チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える (白河仁)
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お気に入り一万人突破記念特別編 もし原作知識を持った状態で原作時期に転生してた場合

お気に入り1万人突破記念!もしチートオリ主がウマ娘を知っていた場合どうなったのか!
本編はもうちょっと待っててね!
あと感想返信ですが全部目を通してるけど返信は無理な状況になってるから作品で以ってお返しします、すまんの!


 津上あきはチート転生者である。バ名はまだ無い。

どんな家で生まれたかとんと見当がつかぬ。病院で両親に祝福されながらワンワン泣いていた事だけは記憶している。

あきはここで初めて己の尻尾というものを見た。しかもあとで解るがこれはウマ娘の尻尾で、あきの前世が知る中で最もハマったゲームの種族であったそうだ。

このウマ娘というのはレースを走って夢を駆けて煌めく尊いものという話である。

しかしその当時は転生したばかりで何という考えもなかったから、ただ『生レース生ライブ見れる!嬉しい!』としか思わなかった。

ただ両親の腕の中でフワッと持ち上げられた時何だかポカポカした感じがあったばかりである。

 

 それから数年。

 

 あきは激怒した。必ず、かの邪知暴虐な運命を除かなければならぬと決意した。

 

 あきには転生の理屈などわからぬ。あきは、ただのチート転生者である。

テレビでレースを見て、ライブにきゃっきゃと遊んで暮らしてきた。けれどもウマ娘の不幸に対しては、人一倍敏感であった。

きょうの午後あきはテレビの前で準備をし、ライトが無いので適当な大きさに切った新聞紙サーベルで、日経新春杯の開始を待っていた。

あきには会場までの足も、お金も無い。まだ幼児なのでレース場にも入れない。優しい父と母の三人暮らしだ。

この日経新春杯ではあきの推しウマ娘が走る予定であった。ライバルと見せた有記念がとても凄かったのである。

あきは、それゆえ、海外遠征を行う前に、日本で走るというこのレースを見たかった。

 

 あきには竹バの友があった。アイネスフウジンである。今頃きっと自分の家で妹たちの相手をしている。

その友に、レースの結果を語り合うつもりなのだ。きっとあきの推しが勝つから、今から楽しみである。

 

 レースを見ている内に、あきの推しが転んだ。画面の中のレース場の空気もひっそりしている。

心配なのは当りまえだが、けれども、なんだか、やけに不安だ。

のんきなあきも、だんだん不安になって来た。

 

 父をつかまえて、何があったのか、推しは大丈夫なのか、と質問した。父は、首を振って答えなかった。

母の袖を掴み、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。母は答えなかった。あきは両手で母のからだをゆすぶって質問を重ねた。

母は、哀しげな低声で、わずか答えた。

 

「彼女は、もう走れないわ」

「なんで走れないの」

「皮膚を突き出した開放骨折。怪我が酷すぎるの」

「怪我をするウマ娘ってたくさんいるの」

「えぇ。たくさんいるわ。ああやって転んでしまった人、走りすぎて潰れてしまった人、限界を超えて壊れてしまった人。どうしても無くならないの」

 

 聞いて、あきは何行か台詞をすっ飛ばして激怒した。

あきは単純なチート転生者であった。しかしウマ娘に対する愛があった。

アニメではスペのダービーで涙し、スズカの天皇賞で悲鳴をあげ、ジャパンカップで熱狂し、ドリームトロフィーリーグで号泣し、2期テイオーの怪我に心をやられ、ライスの激走にお兄さまに目覚め、ツインターボ師匠のオールカマーで涙腺が破壊され、マックイーンのボロ泣きに脳味噌が壊れ、有記念の復活にトドメを刺された。

ウマ娘にハマッたので競馬の事も少し調べ、故障の多さにもびっくりしていたが、ウマ娘世界に来れた嬉しさですっぽり頭から抜けていた。

確かに、確かにアプリでもアニメでも怪我は治っていた。怪我をしても生きていた。

1期と2期の最終話で皆走っていた事からリハビリ技術が革新的に進むのは間違いない。

だが違うのだ。そもそもの話怪我で彼女達の笑顔を曇らせたくないのだ!!!!!

 

 あきはケツイを持って立ち上がった。己はチート転生者である。きっとチートはこの為に。

ウマ娘の脚から『故障』という二文字を消す為に生まれ出でたとケツイしたのだ。

 

 

~さらに時は過ぎて~

 

 

 かつん、かつんとトレセン学園の廊下を歩むウマ娘、津上あきは生徒ではなく、先生兼研究者兼超有能スタッフとしてトレセン学園に入っていた。

あきが送り出した故障回避トレーニング法、転倒衝撃吸収勝負服、その他諸々で、ウマ娘から故障の二文字は加速度的に姿を消して行った。

そのあまりにも鬼気迫り全てを擲つかのような熱意が、世界を動かしたのだ。

今ではその功績が認められ、このトレセン学園にて存分に推し活を満喫している。

 

「あ、センセー!」

「おやテイオー君。君、今年クラシック出走だってね。頑張るといい」

「へへーん!無敵のテイオー様の走り、是非とも見てよね!ってそうだけどそうじゃなくて!」

 

 声をかけてきたのはトウカイテイオー。前世からの推しの一人であり、万が一にでも怪我をしないよう、一時期とても心を砕いて面倒を見た生徒である。

むしろウマ娘は全員推しであるが、やはり前世で見たアニメの影響は強い。

菊花賞で走れなくて泣くテイオーや宝塚記念を諦めて泣きながら笑うテイオーとかもう見たくない。

たしかにターボ師匠のオールカマーと復活の有記念は神回であるが、神回であるが!

推しの笑顔の為ならその神回も断腸の思いでフラグ圧し折るのがファンの心意気というものである。

 

「カイチョーが放課後に生徒会に来てくれって言ってたよ!新薬の認可がどーとか言ってた!」

「おや、そうかい?うん、解ったよ。ありがとう、テイオー」

「どういたしまして!…ねぇセンセー…ううん。やっぱなんでもない!ボクのレース見に来てねー!」

 

 テイオーは今日も元気印である。やはり彼女は快活な笑顔が似合う。シットリテイオーやジメジメテイオーなんてなかったんや!

レースは絶対見逃せないけど、ナイスネイチャをはじめ、応援したいウマ娘ばかりなのが困りものだなぁとあきはのんきに考えていた。

 

 

――――――――――――――――

 

「……やっぱり聞けないや。どうしてセンセーが今でも無理し続けてるのかなんて……」

 

――――――――――――――――

 

 

 かつん、かつんと音を響かせ、あきはトレセン学園食堂で空きテーブルを探していた。

燃費は良いとはいえ、あきもウマ娘である。オグリキャップ並とは言わないが、トレーニングの分も合わせてかなりの量を食べるのだ。

 

「あっ、お姉さま、こっち、空いてるよ」

「津上教諭、こんにちは」

「ライス、ブルボン。ありがとう、お邪魔するよ」

 

 そこで出会ったのはライスシャワーとミホノブルボンである。

あきはライスシャワーのトレーナーではないが、ライスシャワーが不幸を呼び込むだのなんだのというジンクスの打破に一役買った為、彼女に慕われている。

その過程でライスシャワーとミホノブルボンが友人同士となり、原作より早くお互いライバルとして切磋琢磨しているのを見ていつも尊さで胸が一杯になっている。

願わくば此処にマチカネタンホイザを混ぜたい、混ぜたくない…?と密かに企んでいるが、それを知るのは本人ばかりである。

 

「ねぇねぇお姉さま、今度はどんなお薬を作っているの?」

「んー、骨を強くする薬かな。タキオン達と協力したんだけど、まだちょっと副作用が残っていてねぇ」

「あのトレーナーさんがゲーミングに発光していたのは、その為だったのですね」

 

 アグネスタキオンとあきは、この世界線では、共同開発者として論文などに名を連ねる事となる。

両者共にウマ娘の脚に関する薬を開発しているわけだが、あきは被験者にするにはチートな肉体が邪魔をし、タキオンではまだ副作用が不明という事で、主に被験者となっているのはタキオンのトレーナーだ。

顔色がレインボーになったりゲーミングに発光したり、およそ人類には無理な副作用を併発しながらも何故か今日も元気一杯にタキオン達に従う健気なトレーナーである。

 

「それじゃあ午後の授業も頑張るんだよ、二人とも」

「うん、またね、お姉さま」

「はい。オーダーを承りました」

 

 二人と雑談しながら食事をとってあきはご機嫌である。

やはりウマ娘とのコミュニケーションは元気になるなぁ!などと思いながら、次の仕事へと向かうのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

「骨のお薬…お姉さま、やっぱり……」

「津上教諭は、背負いすぎではないのでしょうか」

 

――――――――――――――――

 

 

 かつん、かつんと生徒会室まで足を運んだあきは扉をノックした。

授業も終わり、良い塩梅だろうとトウカイテイオーから聞いていた用事をこなそうという事だ。

 

「どうぞ」

「うん、ルドルフ会長、失礼するよ」

 

 室内には書類を捌いているシンボリルドルフ生徒会長のみが居た。

エアグルーヴとナリタブライアンの机には書類が無い事から、別件で今日は居ないのであろう。

 

「新薬の事で話って聞いたけど、炎症治療薬の許可は下りたかな?」

「あぁ、そちらは問題無く下りたよ。懸念されていた副作用も確認されず、増強効果も認められなかったからスムーズだったな」

 

 タキオンとの共同研究で発表された幾つかの新薬の中で、一番最近に発表されたのがそれである。

ウマ娘というのはレースに全力を傾ける分、怪我や故障が大変多い。

それを一つずつ潰していこうとしているのがタキオンとあきだ。

実はタキオン一人でも怪我や故障の軽減という意味ではかなりの所まで行けるのだが、もしあきが共同で研究しなければかかる時間は今の比ではなかっただろう。

しかし新薬や各種トレーニングの改良で大変少なくなってはいるが、まだ根絶とはいかないのが現実である。

 

「…次は、骨の強化薬を研究していると聞いたが」

「あぁ、ウマ娘の怪我としてやっぱり多いのは、各部の炎症と骨折だからね。ただ骨を強化すると一口に言っても、匙加減は難しいんだ」

 

 あきとタキオンの新薬開発では、徹底的なまでにドーピング効果を排除している。

薬を使って足を速くしレースに勝つのは論外である、というのは共通した認識だ。

ただし、これが骨の強化となると途端にその匙加減が難しい。

集中力の強化だとか、筋肉の強化だとか、そういう増強効果を徹底して廃して骨の強靭化だけを目指すが、それは何処までがドーピングに当たるのか、というのを手探りしている最中だ。

 

「そうか。上手く、行くといいな」

「ふふっ、ルドルフ会長の目標も達成が近くなるからね。頑張らせてもらうよ」

 

 ルドルフ会長の掲げる『全てのウマ娘の幸福』。

あきがウマ娘の不幸と言える故障や怪我に対し、その撲滅を目指す事は確かにその大きな手助けになっている。

会長のお手伝いできるとかもうそれだけでご褒美でしょ!と、あきは喜びながらも使命に燃えていた。

 

「ルドルフ会長もまだ仕事残ってるみたいだからね、あんまり邪魔はしないようお暇するよ。でも、あまり根を詰めすぎないようにね?」

「…あぁ。感謝するよ、津上先生」

 

 認可などの書類を手早く纏め、仕事の邪魔をしてはいけないと、あきは退出する事にする。

全てのウマ娘の幸福の為にもやはり怪我や故障は撲滅せねばなるまい!と決意を新たにしたのだった。

 

 

――――――――――――――――

 

「走る事のできないウマ娘を居なくさせたい、か。だが、それでも君は――」

 

――――――――――――――――

 

 

 がしょん、がしょんとトレーニング器具が動く音がする。

あきの家に備え付けられた私的なトレーニングルームでは、特製で特注な器具が目白押しだ。

今も行っているレッグプレスの重りなど、1トンを超えている。

それを『()()()』、あきは涼しい顔でこなしていく。

身体を鍛えているのは、いざという時にウマ娘達を戦いに巻き込まない為だ。

あきは知っている。名前は出ていなかったが、スペシャルウィークが同じ会社のお空のゲームとコラボしていた事を。

無論戦闘モーションとかそういうのは無かった事は知っているし、権利関係でまず他のゲームとかとコラボするのは難しいんじゃないかと思ってはいるが、此処がどんな世界かはまだはっきりしていないのだ。

クロスオーバーで変な世界とかち合ってても不思議ではない。

チート転生者の自分はともかく、ウマ娘の身体能力とはレースで走りライブで踊る為にあるのだ。

VRゲームとかアクションとかはともかくとして、決して戦闘に使ってよいものではないと、あきは硬く信じている。

だが世界はそうは言ってはくれないかもしれない。だとしたら、その業を背負うのは自分だけであるべきだ。

だからこそ、『()()()()()()()()()()()()()()()()』、身体を鍛える事はやめない。

全てはウマ娘の不幸という不幸を打破する為に。

 

 ただ、片足を失っていても身体を鍛え続け、怪我や故障を撲滅しようとするその姿が、他の人にどう見えるかなど、あきは露ほども気づいていなかった。

 




津上あき(原作知識有バージョン・年齢は高等部相当)
原作知識が有り、見事にウマ娘にハマって限界オタク化。知識は2021年7月までのものなのでそれ以降の事は知らない。
ウマ娘にハマった事で実在馬の事も調べており、アプリ実装済みの馬達に対しては幾らかの知識はあった。
最初はウマ娘ワールドヒャッホー!と喜んでいたが、アプリやアニメが始まる遥か前のトゥインクルシリーズで活躍するウマ娘、テンポイントのファンになる。
前世の魂の知識は実装されている馬だけであった為、テンポイントの故障引退に酷くショックを受け、覚醒。
ウマ娘の怪我や故障をこの世から根絶させようとガンギマる事になる。
また世界コラボやクロスオーバーが有り得る事にも気づき、形振り構ってられねぇと幼少から無茶なトレーニングを積む事となる。
結果、精神が進化するチート肉体すらを超越し、右足を切断する事になる大怪我を負った。
だがそんな事で止まるガンギマリではないので、変わらず鍛錬を積み、世界の理不尽(ウマ娘の怪我)を無くす為に活動し続ける。
ちなみに身長は高く、女性として理想的なプロポーションを持っている。これは本編あきも成長すれば共通となる。
右脚欠損しているが努力し続け怪我や故障の根絶に動いているという、あまりにも解りやすい曇らせポイントが有る為、曇らせ度では本編あきを超える。
というか本編あきが勝っている所は速度くらいしかない。

身長:170㎝
スリーサイズ:B90・W60・H89
体重:筋肉の塊なので見た目に反して実はかなり重い。
走力:100mを5秒(義足の関係)
ジャンプ力:一跳び30m
パンチ力:60t
キック力:40t

勿論両親や幼馴染のアイネスフウジン他、生徒のウマ娘も鍛え続けるあきに何も言えないよ!言う事ができないよ!
なんでだろうね!!


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第一話 クロスオーバータグが付いていないことはどうやっても読めない主人公

ウマ娘に転生した、競走馬に転生してウマ娘になった、オリジナルウマ娘をブッ込んだ、馬じゃないモンスターとかロボとか超能力者をウマ娘にした。
いろいろ見たけど純粋にただのウマ娘に生まれ変わってもう明らかにウマ娘の枠をブチ抜けてるようなチートオリ主なかなか見たことないなって思ったら筆が滑った。



 とある次元、とある時空、とある場所。

そこは魂の集積場であり、洗浄場であり、加工場であり、出荷場である真白い彼方。

はたして故意なのか、偶然なのか、バグなのか、それは全く以て判別しないが――

とある魂が、洗浄されず、ある特殊な加工をされて送り出された。

 

 ある世界に、『ウマ娘』なる人種がいる。

不思議なことに女性しか生まれないその人種は走るために生まれてきた。

ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前を持って生まれ、その魂を受け継いで走るのが彼女たちの運命。

本来ならば、彼女たちが持ち、受け継ぐものはおおよそ名前と魂であり。

魂に染み付くほどの思いは例外として、そこに記憶は受け継がれない。

 

 だが、何の因果か悪戯か。

とある別世界の『男』の記憶をそのままに持つ魂が、一人のウマ娘として生まれ落ちた。

この物語はそのウマ娘が生まれ落ちてから5年。

両親から『早熟だなぁ』とのほほんとした感想を抱かれながら、一人で図書館を利用することを許され、何かを必死になって調べていたそのウマ娘から始まる。

 

 お昼を少し過ぎたころ。日曜日の図書館に、そのウマ娘の姿はあった。

彼女は幼い頃から妙に手のかからないウマ娘であり、夜泣きの回数も少ないし、乳離れの離乳食も早く、トイレトレーニングもすぐに済ませるという、年若い夫婦の初子としては手のかからなすぎる赤子であった。

育児は大変だと聞いたり習ったりしていた両親もこれには最初拍子抜けしたものの、世界の気質としてのんびりのほほんとした所がある為か、気にせず『優秀なのだ』と無邪気に喜んでいた。

だが手のかからないなら手のかからないで寂しく感じているのか、娘に何くれと構い、娘は娘で若干うざったそうにしながら両親に応えるというのがこの家族の日常であった。

 

 文字もすぐ読めるようになった娘はなにかと読書家で、この時ばかりは立場が逆転し、両親にもっと本を読みたいだのいろいろな種類を読みたいだのとしつこくせがむのだ。

わがままらしいわがままを言わない娘に両親は喜んでいろいろと本を買い与えた。

ただやはり幼児である故か絵本や物語などの比率が多く、もっといろいろな本が読みたいと駄々を捏ねた娘が『一人で図書館にお出かけする』という権利を勝ち取ったのだ。

さて、そんな彼女が何をしているかと言えば。

 

「(……っしゃぁああぁぁ!セェェェフ!)」

 

 持ってきた本や図書館の備品が並べられた机の前で、勝利のガッツポーズをしていた。

並べられているのは様々な歴史年表と百科事典、法律書やレースルールブック。

そして図書館使用者に無料で解放されているちょっと型の古い――前世の『彼』にしてみると大分新しめの――ノートパソコン。

画面にはWikipediaや日本地図、世界地図が広がっている。

調べ、検索した単語が『無かった』ことを確認した彼女にも、公共の場で大声をあげないでいられるだけの理性はまだあった。

 

「(最悪は、最悪は無い!

  法と混沌で争い中庸で皆殺しするゲームのカルト宗教も!

  明らかにキナ臭いシェルター建設会社も!

  特撮系の組織はちょっと調べられないが摩訶不思議な事件とかは起きてない!

  製薬会社のくせに生物兵器作ってる会社の名前も無し!

  週刊世界の危機やってる卓ゲシステムいろいろで出てくるような組織名もない!

  だいたい60年周期で魔術師達が戦争やってる街も無い!

  吸血鬼が連続殺人やる市も無いし魔術師が変なマンション建ててた筈の市も無い!

  此処までないってことは天文台な国連組織も無い可能性は高い!

  都市内だけ異常に技術が進んでる学生の街も無い!

  人を灰にする古代兵器も無い!

  魔王の妹が何故か管理者やってる日本の町も無い!

  カードゲームが世界的にあらゆる手段になってるなんてことは無い!

  スーパーなロボットとかがお祭り騒ぎで集まるみたいな事も現状無い!

  小笠原諸島に伝わる未知の巨大生物伝承は無い!

  何かよくわからない立ち入り禁止汚染地帯なんかも無い!

  つまり今現在、ボクが知る限りでサクサク世界滅亡系の作品とのクロスオーバーの心配は無い!)」

 

 何故彼女がこんな奇怪な行動をしているのか。

それは、消されずに魂に染み付いていた記憶に原因があった。

『彼』は自分が何に転生したのか、それは生後間もなく把握していた。

『ウマ娘 プリティダービー』という作品があることは知っていたのだ。

 

 ただ、その作品についての知識は余りにも薄かった。

さもありなん、何かそのような名前のゲームアプリが出ると発表されたものの延期に延期を重ね、ゲームより先に漫画やアニメなどが先に出て、友人が騒いでいたのを知るくらいなのだ。

競馬にまるで関心の無かった彼は、そんな自分でも知っているようなオグリキャップやトウカイテイオー、ハルウララやディープインパクトも出るのかと聞いたことがある。

友人は味わい深い顔で、最後の一頭以外は出る、いやそういうのはいいからアニメを見てみろ、と勧めていた。

 

 まぁ、そこまで言うならと、スペシャルウィークという名前の女の子が主人公だというそのアニメを見てみるか、という所で記憶は終わっている。 

前世の『彼』がネタバレにならない程度に聞いた内容としては、特殊能力や超常能力とかは無い爽やかなスポ根ものだと聞いていた。

つまり、スポーツで世界の支配を企む秘密組織だとか、たった数名で世界の命運をかけた勝負をやるとかは無いと判断してよい筈だ。

ならば現代日本、あるいはそれを上回るような技術水準を持つこの世界に生まれ変わったのはアタリなのではないかと判断していたのだ。

性別が変わっていたのはそれなりにショックだったが、下手に中世的な異世界だとか技術水準が圧倒的に違う場所に生まれ変わるより余程いいと。

まぁ其処まではっきりした思考ができるようになったのは乳児からようよう脱し始めた時くらいからであるが、文字を読めるようになった辺りくらいから彼女ははたと気付いた。

 

 果たして此処は本当に『ウマ娘 プリティダービー』の世界であるのか、と。

 

 前世ではそれなりに異世界転生ものの小説を読んでいた『彼』は、二次創作でもいろいろと流行っていたのを知っている。

彼は果たして、自分がどのような立場で此処に在るのか、ということは早々に理解を放棄した。

高次元観測者によって一挙手一投足を見られていたり、世界自体、何かによって作られたものであったりなどは考えだしたらキリがないからだ。

せめてまだ意識があまりはっきりしていなかった乳児時期の赤ちゃんプレイだとかトイレやお風呂のシーンは見られたり描写されてないと良いなぁと完全に割り切った。

世界がなんだろうと自分がなんだろうと、結局は今を生きていくしかないのだ。

 

 だが、しかし。

『彼』の知る二次創作では『クロスオーバー』もの、複数の世界を組み合わせて舞台設定を作る作品もあった。

もし、この世界がそうであったなら?健全なスポ根世界が別の作品と混ぜ合わされて奇想天外な方向にカッ飛んでいたら?

彼女は早急に調べる必要があった。何故ならば――

 

「(この何だか知らんが異様に高い肉体性能で戦闘させられる、って可能性は、低い!)」

 

 そう。彼女の肉体性能は、ウマ娘と比しても高かった。

魂に刻み付けられている記憶なんてオマケだと言ってしまってよい程度にはチートと言えてしまうほどだ。

同じく極めて高い肉体制御能力で、高めではあるがまだウマ娘の範疇の身体能力を装っているが、もし本気を出せば現時点でさえ1000mを60秒フラットで走り抜けられるだろうか。

まだ、ろくに身体が育ち切ってない5歳の時点で、である。

この世界のことを少しは調べた彼女も、この速度をこの世界で行われる大規模競争大会、トゥインクルシリーズやドリームシリーズで走る競技者達が出すなら不思議ではないと解っている。

しかし、常人より遥かに身体性能が高いウマ娘とはいえ、5歳の幼児が出す速度ではないとも解っていた。

 

 勿論、成長するに従いもっと速くなるとも予想できる。

彼女の身体は確実に、ウマ娘としての枠組みを超越していた。

ならば、それを使って何かさせられるのではないかと疑ったのは当然の事であった。

調べようにも、5歳の幼児が個人的な端末やパソコンが欲しいと言ってもそうそう与えられるわけがない。

 

 故に、彼女は図書館に一人で来て、資料を片っ端から集めて調査した。

結果として彼女の心配は今のところは杞憂であるとわかったが、無論、今、何も無いとはいえ将来もそうであるかはわからない。

突然ワープゲートが開いてそこから異世界の軍勢がやってくるとか、隕石に乗って未知の生命体が飛んでくるとか、誰も知らない海底に巨大生物が居ないとも限らない。

何かあっても最低限逃げれるよう、油断せずに身体はある程度鍛えておこうと決めた。

 

「(さて、そうなると。どうする、この世界はわりと『ゆるい』。

  いやダーク方面に思いっきり振り切れてるより余程マシだけど)」

 

 さて、『彼』の転生したこの世界であるが、驚くべきことに『世界大戦が発生していない』。

 

 この理由はヒトとウマ娘が深く交雑してきたことによる。

ウマ娘とはヒトより何倍もの力と速さを持ち、走る事が大好きな種族である。

そして走る事に対して闘争心や競い合う心を持つが、殴り合ったりなどの暴力的な戦いはそんなに好きではない、どこか牧歌的でのほほんとした所がある種族だ。

さらにウマ娘は何故か女性しか産まれず、ウマ男なるものは産まれないが、しかし、ウマ娘『から』産まれてくる種族は違った。

そう、ウマ娘からはヒトの男女も産まれてくるのだ。

 

 最初はウマ娘はウマ娘からしか産まれなかったのだろう。

しかし時代が降ると、今度はヒトの男女の夫婦からウマ娘が産まれるようになるまで遺伝子的交雑が進んだ。

そうなるとこの世界のヒトは、『彼』の前世のヒトとはもう根本的に違ってくる。

正しくヒトでありながら、どこかこの世界の人は『前』と比べてより平和的で、のほほんとしているのだ。

ただ、レースとなるとヒトもウマ娘も種族が変わったかのようにどこまでも熱くなるが。

 

 この奇跡的な塩梅によって、『ヒトがウマ娘についてけないと不便だから』と自動車やバイクが発明され――モータースポーツもレースである為かまた別枠で人気である――たり。

『もっと遠くの、世界中で開催されてるレースが見たい、走りたい』とかで大規模輸送手段が発明されたり、開発動機や経緯が微妙に違ってきたり。

『レースの為に作ったんだから戦う為に使っちゃいけないよね』と若干お花畑が入った思想がデフォルトだったりと。

流石にどこぞのカードゲーム並とは言わないまでもこの世界はかなりの割合で『レース』が基準となっている。

 

「(やはりレースか。でもなぁ。転生したおかげか走るのは抵抗ないんだけど…チートで蹂躙するのはどうなんだ?)」

 

 ぱらぱらとレースルールブックを開き、目当てのページをぴたりと開く。

そこに書かれていたのは『タイムオーバー』ルール。

それは1着のウマ娘と2着以下のウマ娘の差があまりにも離れていた場合、『調整不足』として一定期間、レース出走禁止とするルールである。

無論、例外はあるが、それはレース中の病気や怪我、他のウマ娘の転倒に巻き込まれてなど、『競争能力』に関係が無い理由で遅れた場合のみだ。

では、これの何が問題かというと。

 

「(たしか菊花賞とかいう大きなレースが3000mで、レコードタイムが3分ちょい。

  で、成長したこの身体なら…多分2分30秒は余裕で切る)」

 

 そう、彼女の『チート』とも言うべき肉体は、あまりにも『速すぎた』。

ウマ娘と比べても高すぎる肉体性能が、それによって強化された脳細胞から弾き出された高性能演算が、『それだけの速度で走れる、その速度で走っても何も問題が無い』と告げる。

しかも消耗品とも呼ばれるウマ娘の足も、彼女にとってはまるで問題とならない。

高すぎる肉体性能は勿論回復力にも及び、レース程度の消耗なら、健康的に食べて寝るだけで、どれだけ消耗してようが翌朝には治っていると確信できる。

いや、むしろどんな大怪我しても、必要な栄養を取って安静にしてれば1日で完治するだろう。

もはや、ウマ娘の姿をした別の生命体と言っていいくらいには彼女の身体は普通とはかけ離れていた。

 

「(この身体になって走るのは好きになったけど別にどうしてもレースに出たいってわけでもない。

  ……この世界が普通のガールズスポ根モノだとしたら、むしろ競技に出るより横で見てたいかなぁ)」

 

 彼女は前世、いわゆる消費型のオタクであり、今世でもあまりそれは変わってはいない。

高校生の少女達が戦車に乗って大会を競うアニメにはとてもハマっていたし、円盤もグッズも集めていたが自分から二次創作を作ろうなどそういうことはしていなかった。

もしこの世界が前世で見る予定であったアニメと同じような世界だというなら、いわば自分は異物である。

ガワがいくら美少女といえど、走り、競い、青春の汗と涙を流す美少女たちの間に自分が混ざるのは前世がおじさんであった身では抵抗がある。

 

 さりとて、自分の才能、というよりは肉体の性能を活かさないのはなんとも損であるようにも感じる。

それならば―――

 

「(……なってみるか!トレーナー!)」

 

 ウマ娘のトレーナーとは、ウマ娘を支え、共に夢に向かい走る誇り高き職業である。

ウマ娘の身体や脚質に合ったトレーニングの考案や指導、作戦の立案、ウイニングライブの教導など、様々な事柄を修め、ウマ娘と共に笑い、共に泣き、共に歩む。

この世界のヒト種の子供が選ぶなりたい職業第1位。

 

 しかしウマ娘でトレーナーになりたいと思う者はまずいない。

何故ならばウマ娘ならばまず自分で走って勝ちたいと本能的に思うからで、ウマ娘のトレーナーになりたいと思うなど余程の変人か例外くらいだ。

彼女はこの例外に当たるだろうが、思った以上にこの選択はアリだと思考する。

勉強は問題ない、この肉体は脳味噌も大概ハイスペックだ、記憶力もかなり良い。

トレーニングの指導も問題ない、この眼球は高性能、筋肉の付け方や個々に合わせた走り方を見抜くことはできる。

なんなら自分が一緒に走って教導すれば良い、いやむしろ一緒に走って教えられるとかトレーナーとして得難き才能になるんじゃね?と。

 

 降って湧いた閃きに自分の将来設計は明るいと笑顔になる彼女はついぞ気付かなかった。

『レースの事になるとどこまでも熱くなる』この世界において、『明らかに強いウマ娘』がどう思われるかなどと考えも寄らず、お気楽に人生設計を練っていたのだった。



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第二話 主人公、初手SSR人権キャラ引く豪運

主人公は『実はこの世界はクロスオーバー世界で戦うことになるんじゃないか』という心配が大きすぎて、他の心配事はチート肉体性能あればなんとかなるなる、ガハハ勝ったな!気分。
おおよそ正しい。


 図書館にてトレーナーとして歩むと決め、その人生設計を始めてさて翌日。

月曜日なので幼稚園に向かう日となる。

前世がある影響かまた幼稚園からとかキツイとか内心思っていたとしてもそれはそれ、園児たちにほどほどに構い、お遊戯だのなんだのをほどほど真面目にやる気見せればよいだけである。

さらに子供たちの間では歌や絵が上手かったり運動が得意であればそれだけでヒーローだ。

肉体性能が桁違いな彼女なら言わずもがな、何やっても勝てるのだからすっかり園児たちの中心人物である。

さてそんな幼稚園であるが、トレーナーとして生きると決めたなら逃す手は無いと思っている園児が一人いた。

 

「――アキちゃん、かけっこ」

 

 幼稚園に来てから朝一番、この服の裾をギュッと掴んで、うんと言うまで離さないと目線で訴えている幼女である。

右耳に飾りをつけた、この世界でいえばわりと黒が強い鹿毛の子である。

普段は物静かで日向ぼっこしてたり絵本を読んでいたりとお嬢様のように品が良いのだが、こと走ることに関してはとても負けず嫌いである。

かけっこ勝負で『おー、わりと速いなぁ』と思いながら千切ったらその日の内から毎日のように張りつけられているのである。

なにせ他の子と別の遊びもやろうと言っても幼児ながら圧の強い瞳でかけっこがいい、とひたすら見つめてくるくらいである。

この世界では子供もレースが好きなので、なんだかんだ言って他のウマ娘の園児たちも集まってレースをするのだが1着でぶっちぎるチート転生者にいつも2着につけていた。

 

 そんな彼女の名前は『早来翔子』という。

ウマ娘達は競走ウマ娘としての名前を持つが、その名前が降りてくるタイミングはまちまちである。

早ければ物心ついてすぐ口からついて出る場合もあれば、中学生になるまで降りてこなかった事例もあり、それまではその国に合わせた通常の名前を呼ばれるようになっている。

レースでは絶対に『降りてきた』名前を使うが、それ以外の場ではどちらを使ってもいい扱いだ。

翔子にはまだ名前は降りてきていないので、さて彼女がどんなバ名を持つかは、転生者こと、今世の名前を『津上あき』とする少女も未だ知らない。

 

「翔ちゃん、かけっこはお昼休みの時にねー」

 

 いつも朝から纏わりつかれて一緒に走れとせがまれるが、流石に翔子一人に構っているだけでは他の園児も不満が溜まる。

いくら自分を除けばウマ娘として素質が段違いの将来のスカウト第一候補といえど、それだけにかまけていて良いわけでもない。

さらに、ウマ娘といえばウイニングライブ、つまりファンに対して歌って踊ってアピールする必要もある。

それを考えれば自分にべったりというのも少しずつでも修正していくべきだろうか、とあきは思考する。

 

「――やくそく。レース10ぽん」

「足に負担かかるから3本までねー」

 

 翔子が不満そうに頬を膨らませるが、あきは走る本数だけは頑として譲る気はなかった。

なにせ翔子に初めて勝った日はもう一回、もう一回と結局翔子が疲労で倒れるまで走ったのだ。

途中で終わらせたくなってわざと手を抜いて負けたら逆に怒ってさらにムキになった為、しょうがないので最後まで付き合った。

しかも倒れた後も譫言でまだ走ると言っていたので、本数に制限をかけねば幼稚園児だというのに壊れるまで走りかねない。

あきは自分以外のウマ娘の脚は消耗品であると正しく認識していたので、勝者の特権として倒れるまで走るのを禁止したのだ。

 

「もっとはしりたい」

「だーめ。また走り方見てあげるからガマンガマン」

 

 ぱしん、ぱしんと翔子の尻尾があきの身体を叩くが、気にも留めずにばっさり答える。

あきは今現在、翔子に一番力を入れてはいるが、他のウマ娘達にも走り方を教えてあげている。

どのように力を入れ、どのような歩幅で、どのように走ればいいかを教えているのだ。

おかげで園児たちは皆一様にタイムが縮み、レースが白熱する一因ともなっている。

ちなみに翔子は教えれば教えただけタイムが縮んでいる才能の塊のような走りを見せているが、まだ出来上がってない身体を守る為にレース本数制限が一番厳しい。

 

「みんな、ずるい」

「その皆より翔ちゃん大分速いでしょ。走り方教えるのはともかく、走りすぎると逆に駄目だよって前から言ってるじゃん」

 

 翔子のむくれる頬を人差し指でつっついたり、髪をわしゃわしゃ撫でながらあきは今後の計画を建てる。

とりあえず小学校の間にトレーナーの勉強をしつつ翔子を鍛え、トレセン学園なるレースの本場に通いながら、中学生の内にトレーナー資格を取る辺りが良さそうだ、と。

トレーナー資格は取れるようならもっと早くに取ってもいいかもしれないが、基本はこの路線でいいだろう。

翔子は間違いなくスターウマ娘の素質があり、これをウマ娘トレーナーとしてデビューから担当すれば恐らく話題性抜群。

流石に翔子並の素質を持つウマ娘が他にも居るかはちょっとわからないが、そこは才能が集まるトレセン学園である、大いに期待できる。

居なかったとしても自分が見立てた翔子の才能ならばクラシックレースのレコードを全部塗り替えて勝てる、初っ端からガチャでSSR人権キャラ当てたんだから文句は言うまい、と。

 

「翔ちゃんならクラシックレース全部勝てるからねー。脚は何より大事にしなきゃ」

「………」

 

 脳内でスーパーウマ娘のトレーナーとしてちやほやされる未来予想図を描いているあきは知らない。

まるで『目の前の相手に一度も勝てていない事』を無視して語られるクラシックレースの勝利を約束された事に何を思うかなどと。

翔子のどこかじっとりした視線を受けながら、そんなことなど思いも寄らないあきはどこまでも気楽に考えていた。



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第三話 あるいは、彼女こそが真の主人公かもしれない

感想・評価ありがとうございます。妄想をつらつらと書き綴ってるだけなので感想と評価が来ると思ってなかった(小並感)
途轍もない才能を持っているウマ娘が居るとして、走る毎にタイムを縮める才能の塊が居るとして、主人公がどう見えるかという話。
チートオリ主が翔子ちゃんを順調に鍛え上げるしかやる事ないので年齢は一気にジャンプだ!


 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

幼稚園で静かに絵本を読んでいた自分を連れ出してくれた人。

とても楽しくて、とても速くて、とても熱い――そんな、凄いレースを教えてくれた。

『君も一緒に走ろう?きっと楽しいよ!』と、笑顔で差し出された手を、早来翔子は今でも鮮明に覚えている。

 

 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

皆の走り方を見て、どんな走り方をすればいいのか一目で見出した人。

彼女に走り方を見てもらった子で、タイムを縮められなかったウマ娘なんて一人としていない。

『こうすれば良いなって見ればわかるから』とどこまでも自然に言ったその顔を、早来翔子は今でも鮮明に覚えている。

 

 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

とても頭が良くて、レースのルールやどんな戦法を取ればいいかを明瞭に教えてくれる人。

そんなに足が速くなかった子に、どう仕掛ければいいか教えて、かけっこで2着を――あの時は本当に危なかった――取らせた。

『足の速さや強さも大事だけど、ちゃんと頭も鍛えなきゃね』と悪戯っぽく笑った顔を、早来翔子は今でも鮮明に覚えている。

 

 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

誰よりもウマ娘の身体を知っていて、どう鍛えればいいのか鮮明に見えている人。

どうしても走りたくて内緒で余分に走ったなんてウマ娘が居た時は、容赦なくこめかみをぐりぐり――あの時は本当に痛かった――してくる。

『ウマ娘の脚は!消耗品なんだから!いくら!多少!回復すると!いっても!無理に!使わない!』と怒った声を、早来翔子は今でも鮮明に覚えている。

 

 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

ウイニングライブで踊るダンスや歌う歌を、誰よりも綺麗に踊り、歌う人。

今まで見た誰よりも綺麗な歌と踊りで、思わず拍手をしたら、手を取られた。

『今度は君が踊って歌うんだよ。センター以外獲らせる気ないから!』と唐突に始まった初めてのダンスレッスンを、早来翔子は今でも鮮明に覚えている。

 

 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

逃げ、先行、差し、追込み、ウマ娘の走り方を全部教えられて、芝もダートも良も重も和も洋も、どんな地形だろうと問題無く走らせる事ができる人。

実演しながら叩き込まれるので、他の人から『どんな変態的な脚をしてるんだ』と――私も教えられて全てできるよう叩き込まれたからこの脚は変態さんなんだろうか――言われていた。

『好きに言わせておけばいいよ、ダートだろうと雨降ってようと海外だろうと、翔子ちゃんが獲れないタイトルは何一つないと言わせてやる』と言った時のどや顔を、早来翔子は今でも鮮明に覚えている。

 

 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

日本でも最難関と言われる中央トレセン学園のトレーナー資格を、子供の内から取ってしまった人。

いつの間にそんなことしてたの、と聞いたら、何でもない事のように彼女は口を開いて。

『いや、意外と簡単そうだったし、これなら入学した当初から君を見れるかなぁって』とまるで当然のように答えられた事を、早来翔子は忘れることができない。

 

 早来翔子には凄い幼馴染がいる。

幼い時より格段に速くなったのに。

4年生の時から、小学校で彼女以外の誰よりも速くなったのに。

彼女が教える全てを染み込ませ、全てを昇華し、トレセン学園に通う年上の人より速くなったのに。

 

 【一度も全力を出さないで】、自分に勝っている人がいる。

 

 本当はもっと速く走れる筈なのに、誰よりも速く走れる筈なのに、全てを引き千切ってどこまでも走れる筈なのに――

レースに出ないのか、三冠を目指さないのか、芝もダートも重賞も全てのレースで歴史(レコード)を塗り替えないのか。

貴女は、何でもできる筈なのに。

何故、貴女が私を鍛えているのか、解らなくなって、胸が一杯になって。

 

 何故、自分で走らないのか聞いて。

 

『そういうのは、ボクはいいかな』と。

 

 どこか、どこか、とても遠くを見ながらへらりと笑った顔を。

 

 早来翔子は、何があろうと、忘れることができない。

 

 ――早来翔子には。

彼女と一番、長く、近くに居たウマ娘には。

彼女に一度も勝てなかった私には。

 

 競争ウマ娘『ディープインパクト』には。

 

 誰よりも、何よりも、全てを賭けてでも。

 

 振り向かせたい人がいる―――

 

 何よりも、誰よりも『奇跡に最も近いウマ娘』は、どうしようもない『奇跡』に手を伸ばす。

例え、それが身を焼き焦がし、灰も残さぬだけの星光と理解していても。

それに向かって走らないなんてことは、できなかったのだ。

 

 友達の筈なのに、誰よりも近くで育った筈なのに。

暖かな家族と、多くの友達に恵まれている筈なのに。

遠くを見つめて、何故か孤独で、何処か必死な彼女に。

 

 『走る事が好き』なのに。

 

 『ただの一度も全力の本気で走った事なんてない』彼女に。

 

 私がいると、言いたいのだ。

最後の第四コーナーを曲がったその直線で、全力で走る彼女に。

こんなに速いのかと、振り向かせたいのだ。

ゴール板を駆け抜けたその先で、彼女に振り返って。

独りじゃないと、抱きしめたいのだ。

 

 三冠も、盾の栄誉も。

最速の称号も、最強の証明も。

そんなものは、どうだっていい。

貴女は何処までも速いから。

貴女は何処までも強いから。

私はきっと、貴女のようにまでは速くなれないのだろう。

私はきっと、貴女のようにまでは強くなれないのだろう。

 

 それでもいい。

 

 他の誰より遅くたって、他の誰より弱くたって、他の誰に負けたって。

 

 私は、貴女よりも『ほんの少しだけ』、速くなれれば、強くなれれば、それでいい。

 

 それが、私の『夢(決意)』だ。

 




途轍もない才能の塊のウマ娘に全く本気を出さず勝っておいて『もしクロスオーバー世界だったら目立つのはマジ死活問題だし人生楽しみたいけど可能な限り裏方でいたい』とかぬかしてるチート転生者がいるらしいっすよ。
なお才能の塊ウマ娘は普段は大人しいタイプでレース以外おっとりお嬢様なうえ、転生者本人もクロスオーバーじゃないか情報集めにかなり必死で心の余裕がさほど無い為全然気づかない模様。
しかも才能の塊な上、チートオリ主に完璧なトレーニングを施されたので一般ウマ娘からは『オメーもバケモノだよ何言ってんだ』くらい格差があるっていう。
隣の芝生は青いな!(白眼)


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第四話 そろそろ『独自設定』タグが本格的に火を吹いてくる

この世界はアニメでもアプリでも漫画でも史実ベースの世界でもない、わりと変わってる世界だということをご了承ください。


 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、またの名を中央トレセン学園、もしくはただ中央と呼ばれる。

シンボリルドルフ、オグリキャップ、スペシャルウィーク、サイレンススズカ、トウカイテイオー、メジロマックイーン、ミホノブルボン、ライスシャワー…

その他、数々の名ウマ娘達がレースを走り抜け、人々が熱狂した時から、二十余年。

レースを彩るウマ娘達は移り変わり、それはトレセン学園も例外ではない。

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、理事長室。

現理事長である『シンボリルドルフ』は、二つの書類の前で唸り声をあげていた。

それは新入生の事が書かれている書類であり、一つは二つの名前が書かれている。

早来翔子こと、今季の中等部入学者代表生徒のディープインパクトのものだ。

そして、もう片方の書類には、名前はたった一つしか書かれていない。

 

 書類の彼女の名前は津上あき。

小学生でありながら、日本最難関と呼ばれる中央のトレーナー資格を合格した、異例の天才児である。

無論、年齢はともあれ、書類に書かれている事に色眼鏡をかけてはいない。

彼女はとてもトレーナーとして優秀なのだと書類に書かれている。

彼女はこの春から、学生兼トレーナーとしてこのトレセン学園に入学する予定である。

年齢にさえ目を瞑れば、是非とも中央でその才能にて、ウマ娘を導いて欲しい。

ただ一点、彼女もウマ娘ということを除けば。

 

 否、別段、ウマ娘でもトレーナーをやりたいというのは問題は無いのだ。

ウマ娘でトレーナーになったというならアグネスデジタルという前例が居る。

ただ、それでさえ彼女はトゥインクルシリーズとドリームシリーズを走り抜き、トレーナーとなったのはレースを引退してからの話だ。

彼女でさえも、自らで走る事さえせずにトレーナーになるなどしなかった。

 

 そもそも、何故ウマ娘達が『トレーナー』という立場に着くことが、ほぼ皆無と言えるほど少ないのか?

走り方も、筋肉の付け方も、作戦の建て方も、ライブの練習も。

それらはヒトが教えるより、ウマ娘が教えた方が余程効率が良い筈だ。

何故ならば、実際に走ってきた当人たちなのだから。

名選手は必ずしも教導が上手いとは限らないが、どんな名ウマ娘であろうと、逆に全く勝ったことのないウマ娘であろうと、トレーナーになろうというウマ娘は本当に少ない。

 

 それは何故か。

それは、ウマ娘にとって走り競う事が本能だからだ。

レースの為に走るウマ娘を見て、己が同じように走る事が出来ないなどと、レースに出ることが出来ないなどと、我慢出来るウマ娘などほぼ居ない。

ウマ娘とは、何よりも走る事が大好きなのだから。

その本能を覆すにはそれを凌駕するような思いか理性、どちらかが必要なのだ。

 

 翻って、彼女はどうなのか。

最年少のトレーナー候補として、面接を行うと、実際に出会ってみて、彼女を見た時。

シンボリルドルフは、目の前に『奇跡』が居ると思ったのだ。

トレセン学園理事長として、URA常任理事として、一人のウマ娘として。

その嗅覚と眼力が、彼女はきっとウマ娘として歴史に大記録を打ち建てる、否、どんな記録を打ち建てるかすら『理解できない』途轍もない才能だと。

面接の最中、思わず君はレースに出ないのかと聞いてしまった程に。

 

 その時に彼女は、なんでそんな事を聞くのかまるで解ってない顔で、『レースに出る事に興味なんてありませんけど』と言った。

シンボリルドルフは、最初その言葉が理解が出来なかった。

 

 ウマ娘にとって走る事、レースに勝利する事は本能だ。

走り切って、満足したというのなら解る。

走って走って走って走って、レースを存分に闘い切ったというならば解る。

それでさえも、熾火のように目立たなくなっただけで、心の中で高熱で燃え続けるというのに。

だが、彼女は一度としてレースに出た事など無い。

レース場で、心を燃やした経験など有る筈がない。

 

 走る事が、嫌いなのかとも聞いた。

彼女はまたもきょとんとした顔で、『いえ、走る事は好きですよ?』と答えた。

その時に、やっと少しだけ理解できた。

 

 彼女にとっても走る事は本能だ、それは間違っていない。

ただ、『レースで勝利する事』は何も変わらない、とてもつまらない、ただの『当然の結果』なのだ。

走れば勝つ。

当然のように、動物が呼吸するように、言い訳の仕様も無く、苦戦など有る筈も無く、圧倒的に、周囲との差を歴然と、過去も現在も未来も全て引き千切って。

彼女はきっとそうなるのだと『走らなくても解って』いる。

己に並び立つ者など居る筈が無いと思っているし、競い合えるものなど居ないと思っている。

 

 そして、それは事実なのだろう。

 

 目の前の、どれだけ速く走るのかさえ理解できないウマ娘は、競い合う喜びを、レースで走る熱狂を、知らない。

 

 知りようがない。

 

 続く面接で表情を取り繕えたか、シンボリルドルフにはあまり自信が無かった。

 

 そして、もう一人。

津上あきと共に育ち、津上あきが幼少から徹底的に鍛え上げた、正真正銘の天才。

レースの歴史全てを塗り替えてしまえる逸材。

思わず『彼女と自身が同期であったなら』と思ってしまった程の才能の塊。

津上あきが『翔子ちゃんはG1全部獲れます』と言って自慢していたのが過言ではないと思える。

早来翔子こと、ディープインパクト。

 

 毎年、代表生徒と顔を合わせる事にしている(本当は全ての生徒と顔を合わせたいが)シンボリルドルフは、彼女に質問をした。

君の夢は何なのか、と。

 

 『私の夢は、ただ一人に勝つ事です』と、綺麗な笑顔で答えられた。

 

 誰の事かは聞かなかったが、あまりにも無謀だと思ってしまったのは事実だ。

何故ならば、ディープインパクトは確かに天才だが、シンボリルドルフが『まだ理解できる』天才だ。

『理解すら放棄して奇跡と呼ぶしかない』ような、そもそもとしてカテゴリが違うようなウマ娘ではない。

 

 『勝つつもりなのか』と、シンボリルドルフは知らず声に出していた。

『全てのウマ娘に幸福を』というシンボリルドルフの夢に、ただ存在するだけで罅を入らせたような『奇跡』と。

見ただけで挑む事を諦めさせるような『奇跡』と、誰よりも近くに居た者が。

競い合う喜びを、闘いの熱を、夢に挑戦する希望を、負ける悔しさも、負けるものかという意地も、何一つとして持てる筈も無い『奇跡』に。

勝とうとする意志を、勝ちたいという意地を、勝つ事を、諦めないでいられるのかと。

 

 ディープインパクトは、『はい、私の大事な夢ですから』と、嬉しそうに答えたのだ。

 

 

 今のシンボリルドルフの前に、書類が二つある。

どちらか一方だけでも、トレセン学園に、トゥインクルシリーズに、激震を走らせるであろう存在。

おそらくこの時代は『ディープインパクト一強』と呼ばれるだろう。

おそらく多くの者が、多くの夢が彼女の輝きに灼かれるのであろう。

それが、たった一人を追い抜こうとするものだとしても。

それが、たった一人に届かないものだとしても。

 

 ただ、それでもシンボリルドルフは信じたかった。

ディープインパクトの眼を、ディープインパクトの夢を、ディープインパクトの意志を、ディープインパクトの決意を。

彼女ならば、あるいは『奇跡』に火を灯せるのではないかと。

シンボリルドルフは、彼女にそっと、夢を賭けた。

 




リジチョーは輝きに眼をヤられた被害者第n号。
最初にデカすぎる光を見せられて強制的に目を曇らされた挙句、輪郭は見えるけどそれでも充分すぎる輝きを後にお出しされて『あっ、まだ解る』と判断してしまった。
後者だけでもトゥインクルシリーズは大概焼け野原である、目を覚ませ!


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第五話 チートオリ主渾身の衝撃

評価赤バーなのと沢山の感想ありがとナス!ぶっちゃけ此処まで読まれるとは思ってなかったゾ(震え声)
しかもなんか日間ランキング1位になってる…どうしてなの…(震え声)

そして今回で明かされるチートオリ主の教え子達。
この年代は…地獄だな……


 春、トレセン学園中等部一年第一回模擬レース、芝2000m。

入学したばかりの初々しいウマ娘達を時に熱く、時に微笑ましく見守るそのレースは、常ならぬ熱気を孕んでいた。

その理由は、ただ一人に集約されている。

 

 新入学生代表、ディープインパクト。

競走ウマ娘のエリートが集うこのトレセン学園で、入学したばかりにも関わらず『モノが違う』と評されているウマ娘。

入学試験官が興奮気味にそう語り、眉唾であるが試験レースを共に走ったウマ娘達、全員が心を折られ、入学を辞退したとまで噂されるウマ娘。

本人も名家の出身であり、血筋も確かな、将来のアイドルウマ娘候補の大本命。

 

 そのディープインパクトが、とうとうこのトレセン学園で走るという。

それを聞いた者たちはこぞって彼女のレースを見に来たのだ。

ある者は偵察の為、ある者は評判を確かめに、ある者は今後のレースを見極めに。

 

 そんな熱気がレース場を包む中、津上あきはゴール板周辺観客席で、訳知り顔で腕組みしていた。

なんならディープインパクトの話題になる度に、耳がピクピクと動いてドヤ顔している。

トレセン学園の制服に何故かトレーナーバッジが付いている事を不思議に思う周囲の目線を集めながら、満足そうにむふーと息を吐いていた。

 

「先生、顔、顔」

「相変わらずお嬢の事になるとすんごい顔緩むよね、先生」

「おや、キリちゃんにミリアちゃん。翔ちゃん達の応援に来たの?」

 

 そんな不審ウマ娘に声をかけたのは、ディープインパクトと同じく今年のトレセン学園新入生。

早くもダート路線ではこの双璧と呼ばれるカネヒキリとヴァーミリアンである。

この二人は実はディープインパクトと同門の出自であり、ディープインパクトが親戚の子供同士の集まりに津上あきを連れてきた事から付き合いが始まった。

最初は二人も芝を走っていたのだが、『ちょっと比べるの可哀そうなくらいダートの方が才能あるよ』とあきに教えられ、さらに鍛えられ。

実際に走ってみれば、あきにダートも走れるように鍛えられ始めたばかりのディープインパクトに圧勝。

本来ならターフ走るんだからしょうがないよね、ですまされる所をディープインパクトが負けず嫌いを発症、それにあきが応え。

勿論ダート路線に才能があるならそれで走ろう、と決めた二人も『専門でもないのに走るヤツに負けるか』と燃え上がり。

今では三人なら誰が勝つか解らない、本当に本当に僅かだけ、ディープインパクトが有利か、くらい走るウマ娘である。

あきの指導力もおかしいが、芝もダートも両方走って専門と勝負できるディープインパクトも殊更に異常である。

しかしあきの教え子達は全員が脚質自在な為、最早全員異常である。

 

 あきが指導したウマ娘はもう二人居て、その二人、ラインクラフトとシーザリオはティアラ路線を進む予定のウマ娘であり。

そちらは芝専門なので模擬レースの方に出ており、この場には居ない。

 

「いやいや、むしろ応援するなら他のウマ娘よね。お嬢達の相手するの可哀そうよね」

「ラフィとリオが同じレース。お嬢様は最終レース。正直蹂躙しか見えない」

 

 頬に手を当てて他のウマ娘の心配をするヴァーミリアンと、断定的に三人が蹂躙すると言うカネヒキリだが、ダート路線では二人も人の事を言えない立場である。

路線的に三冠路線はディープインパクトが踏み荒らし、ティアラ路線はラインクラフトとシーザリオが分け合い、ダート路線ではカネヒキリとヴァーミリアンが君臨するであろう、というのが二人の予想である。

下手するとディープインパクトがダートの方まで出てくるかもしれないが、日程的にそんなに余裕が有る訳でも無いので、ウマ娘の脚を大事にするあきならばやらない…やらないんじゃないかなぁと思っている。

 

 本来ならターフ専門で走る筈だったのにいつの間にか地形不問、距離不問で走ってこっちを追い抜いてくるお嬢様に、二人はいい加減にしろよと思う。

負ける気は無いが。

 

「いやぁ、そんな蹂躙なんて言いすぎだよぉ」

「其処で謙遜した台詞言いながら思いっきりドヤ顔で胸を張るんだから先生も相当よね」

「処置無し」

 

 教え子を褒められるのなら相手が誰でもドヤるあきを呆れながら見る内に、レースは進み、ラインクラフトとシーザリオのレースである。

すると、あきは途端に持ってきていた鞄の中から何かを残像が見えるほど素早く取り出した。

 

「ラフィーちゃーん!リーオちゃーん!頑張れー!!」

 

 無駄に精度の高い二人のイラストが描かれたうちわ(自作)である。

それを右手左手共に三本、無駄に絶妙な握力操作でイラストが被さらないよう指に挟み、ばっさばっさと振り回して応援の声をあげる。

周囲がこいつマジか、と見やり、カネヒキリとヴァーミリアンはすっと距離を取り、ラインクラフトとシーザリオは赤面して俯いた。

瞬間、スタート。

 

 メンタルコンディションに関わらず二人は好スタートを切り、そのまま逃げの態勢。

二人とも他のウマ娘を寄せ付けず、スタートから第四コーナーまで二人でトップを走り抜ける。

後続のウマ娘も懸命に追いすがるが、まるで届かず一対一のタイマン勝負。

たたき合いとなったその結果は、1番内枠ラインクラフトが10番外枠シーザリオをアタマ半分抜いての決着となった。

タイムは1分58秒6、2000m皐月賞の優勝タイムの多くを突き放し、レコードまであと0.1秒という結果に会場がどよめいた。

 

 なお、二人ともゴールしたその脚で、ゴール板前ではしゃいでいた一人のウマ娘を仲良く蹴りに行った。

 

――――――――――――――――

 

 さらにレースは進み、この模擬レース最後のコース。

5枠9番、最外、ディープインパクト。

ラインクラフトとシーザリオに応援グッズを全て没収されてしまったあきはちょっと耳を垂らしながら、ゲートに入る前のディープインパクトを見ていた。

今日も良い仕上がりである。

他のウマ娘をさらっと見たが、ディープインパクトに勝るようなウマ娘は居ない。

 

「翔ちゃん、がんばれー!」

 

 負ける心配など欠片もしていないが、それと応援するかどうかは別と、両手を振り回してディープインパクトを応援するあき。

カネヒキリとヴァーミリアンはこれからの学園生活で他人の振りをするべきか悩みつつ、またすっと距離を取っている。

今まで傍目にはぽやっとレースを眺めていたディープインパクトが、微笑を浮かべてその手を小さく振り返し。

ゲートインした、その瞬間。

 

 空気が、切り替わる。

 

 重い、重い、ひたすらに重い。

ゲートインした他のウマ娘達は、今居る場所が猛獣と一緒に入れられた檻の中であるかのように幻視する。

腹を空かせた狼が、涎を垂らした虎が、舌なめずりする獅子が、隣に居る!

逃げたい、こんな所に居られない、早く出せ!

瞬間、ゲートが開き。

 

 他のウマ娘達は、一斉に全力で駆けだした。

まるで後先を完全に考えていない全力疾走、必死な形相で走り出す。

隊列など考える余裕も無い、全員少しでも早く速く逃げたいという破滅逃げ。

途轍もないハイペースで走り、1000mを57秒後半で駆け抜けようとした、その時。

 

 スタートからその時までずっと大外に居た影がするっと抜け出した。

 

 内に入るなど考えもせず、そのまま大外を回り、直線でスパートをかけ。

無理に逃げ出して、恐怖の元凶が前に行ってしまった為に、スタミナが尽きて気も抜けてしまって垂れてしまったウマ娘達を気にも留めず。

2000mを1分56秒で走り切って、なお余裕。

その名の通り、余りにも深すぎる衝撃を、そのウマ娘は刻み付けた。

 

――――――――――――――――

 

 あまりにも衝撃的な勝利を見せつけたディープインパクトがトレーナー達に囲まれている。

まぁ、それはそうだろう、彼女はあまりにもモノが違いすぎる。

津上あき、渾身の指導を授けたスーパーウマ娘である。

これだけ速くてしかも踊って歌えてしかも可愛いのだ!もう翔ちゃんしか勝たん!と後方腕組トレーナー面のあきである。

 

 とはいえ、レース以外でのディープインパクトはやや天然入ってるおっとり系お嬢様である。

海千山千のトレーナーの口八丁に惑わされてトレーナー契約用紙にうっかりサインしかねない。

 

「はいはいちょっとごめんねーすまないねーどいてねー」

 

 これはボクが守護らねば!と、トレーナーの波を掻き分けてディープインパクトの前に立ち、『翔ちゃんはボクの生徒だぞ!』と高らかに威嚇しようとした、その時。

 

 はっしと服の袖を掴まれた。

 

「?」

 

 何の用か、とあきがディープインパクトに問いかける、その前に。

ディープインパクトがにっこりと微笑んで。

 

「私のトレーナーの条件は、あきちゃんを全力で走らせてくれる人です」

 

 トレセン学園中等部一年第一回模擬レース。

そのエクストララウンドを決定付ける一言が飛び出した。

 




チートオリ主『????』
翔子ちゃん『ねぇ、あきちゃん。かけっこしよっか』(にっこり)


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第六話 『チートオリ主』のチート具合とは

評価と感想ありがとうございます!
『ちょっと妄想吐き出しといてみるかー、読まれなくても別にいいから宣伝しなくていーやヘーキヘーキ』とか思ってた一週間前の自分に今の結果見せたらひぇってなりそう(小並感)
割と読者さんが気になっているであろうチートオリ主がどのくらいチートなのか、お披露目の時です。


 トレセン学園中等部一年第一回模擬レース。

衝撃の走りを見せつけた中等部生徒代表から放たれた一言は、何故かその場に居たシンボリルドルフ学園理事長が聞きおよび。

授業時間を超過して、何故か距離も延長され、芝2400mコースがディープインパクトと津上あきの為だけに用意された。

なお、此処までの流れであきは一切口を挟めず挟ませてもらえず、まるで宇宙を見る猫のような表情で体操着とシューズを押し付けられている。

 

「何故こんなことに…」

 

 遠い眼をしているが、あきはトレーナーについてもらってレースに出る気など欠片も無い。

教え子達の指導もあるし、最近あまりにも成果が無いので実はこの世界平和なのでは?と思い始めた世界調査もある。

無論、そうやって油断した所に愉悦をブチ込んでくる邪神には心当たりしかないので油断はできないとも思っているが。

と、なると、自分が走る気は無いので他のトレーナーがディープインパクトのトレーナーになる事は有り得ない。

しかし自分が走らないのでディープインパクトが自分をトレーナーにしてくれない。

なだめすかそうとしても無駄だ、あれは指導中見た絶対に諦めない眼だった。

というか推しの全力のお願いに断る事なんてありえないと騒いでるオタクの自分がいる。

では自分がやる気出して全力で走るしかない。

 

 別に全力で走る事はいいのだ。

走る事は好きだし、賞賛も喝采も、もう唸るほど浴びたい。

前世の記憶さえ無ければかなり自己顕示欲強めである自覚があるあきは、レースに出て消えない歴史を刻み、世界中から喝采を浴びて唯一絶対王者に君臨していただろう。

だが前世の記憶がストップをかける。

その記憶が教えているのだ。

『創作の世界って割と簡単に世界とか星とか国とか街とか滅ぼせる力を持った奴がポンポン出てくるぞ』、と。

それが怖い。

本当に、本当に怖い。

身体を動かすだけなら、走るだけなら良いのだ。

だが、自分が創作かもしれない世界に生まれ変わり、創作かもしれない世界が他に有ると知ってしまった。

それらが割と簡単に、世界の壁を越えたり、壊したりしてしまう事をこの世界の誰よりも知っていた。

ならばこの並外れた身体能力が、隔絶した肉体が、それらと戦う為に用意されたのだと言われて、一体誰が、一体何が、否定できるのだろうか。

この星から出てくるかもしれない異常な存在や、宇宙から降り注いでくるかもしれない危険物や、異世界からの侵略者など。

普通なら気にも留めない事を、津上あきは本気で警戒していた。

 

「あきちゃん」

「翔ちゃん…」

 

 この世界に居る筈が無い秘密結社を警戒し、いやでも今まで何の痕跡も無いし、と悩んで体操着とシューズを持って考え込んでいるあきに、ディープインパクトが話しかける。

彼女はその整った顔で眉をハの字にし、小首を傾げ、ちょっと切なそうな顔でこう言った。

 

「私のお願い、きいてくれないの?」

「今すぐ準備してくるよ!!」

 

 津上あきはこの星から出てくるかもしれない異常存在や宇宙から降り注いでくるかもしれない危険物や異世界からの侵略者を本気で警戒している転生者である。

だがそれはそれとして、推しのお願いを断る事などできる筈が無い割と重度なオタクだった。

 

 かなり速度を出して更衣室まで走るあきを見て、少し離れた場所で見ていた生徒四人は『知ってた』と味わい深い顔で頷き。

お願いをきいてもらえたディープインパクトは満足そうに頷いていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 トレセン学園中等部一年第一回模擬レース、エクストララウンド、芝2400m。

それはトゥインクルシリーズでも最も栄誉あるレースであり、最も注目される日本ダービーと同じ距離である。

2000mをぶっちぎりのレコードで走り切ってまだ余裕のディープインパクトがどう走るのか、そもそも一緒に走らされる事になったウマ娘が一体誰なのか。

レース場内は未だにざわついていた。

 

 そんなレース場内、ゴール板前観客席にあきの教え子達四人が集まっていた。

 

「しかしいつかおねだりするんじゃないかと思っていたが…我慢できなかったのか?お嬢様は」

「たぶんー、他のトレーナーさんに纏わりつかれてー、うっとーしかったのもあってー、これ幸いにー、って感じだと思うのー」

「あー、お嬢ならやるわよねー」

「先生はチョロ甘」

 

 どこか宝塚的な、凛々しい顔に疑問を浮かばせてディープインパクトの行動を訝しがるシーザリオに、間延びした声でラインクラフトが答える。

さもありなんとヴァーミリアンが肯定し、カネヒキリがあきを割と辛辣に評した。

付き合いが長い為か、あきの一度懐に入ってしまえば割と甘いのは全員解っていたが、自分でレースに出ない事だけは徹底していたのも知っている。

それがこうなるとは…多分公式なレースじゃないからだろうなぁと思っていた。

仮に、これが中山などのレース場で行われる公式なレースならあきは走らなかっただろう。

そもそもあの人、出走登録もしてないし、と。

 

「失礼。此処を良いだろうか」

「! あなたは…」

 

 何処か微妙な表情でスタートを待つ四人に話しかけてきたのは、このトレセン学園理事長。

無敗の三冠ウマ娘、たった『一度』の敗北、それすらも翌年のジャパンカップで借りを返し、そのまま有マ記念に出て勝利した、驚異の『十冠』。

『皇帝』、シンボリルドルフ。

今なお生きる伝説であり、競技者として引退した後もURA重鎮として活動する名ウマ娘である。

そんなウマ娘が、自分達の先生とディープインパクトに注目していた。

何をやってんだ、とも思うが、同時に納得しか湧かない二人に、幼馴染四人は呆れればいいのか、嘆けばいいのか。

 

「君達は、津上トレーナー君の生徒かい?」

「は、はい。あの、師匠が何か粗相でも…?」

「いや、特に問題になる事はしていないよ」

 

 シンボリルドルフの質問に、アイコンタクトで相手役を押し付けられたシーザリオがお前たち覚えてろよ、とばかりに三人を睨んでから答える様子を、シンボリルドルフは苦笑しながら見た。

自分はどうにも初対面のウマ娘達には怯えられる、やはり会話にはユーモアが必要だな、と。

ただ、今回は聞きたい内容が内容な為、ユーモアは挟まない方が良いかもしれない、とも。

 

「君達は、津上トレーナー君がレースに出ない理由を知ってるのかい?」

 

 瞬間、四人の顔が固まる。

あぁ、やはり彼女達も同じなのだろうか、とシンボリルドルフは思う。

 

「……興味が無い。とだけ」

「でも、先生はそれだけしか答えてくれないのよね」

「師匠の考えは、はかり知れませんから」

「おじょーさまだけー、明らかに鍛え方が違うけどねー」

 

 瞳に宿るのは、嫉妬か、諦観か、闘争心か。

この四人にも解っているのだ、ディープインパクトがどれだけ特別か。

この四人にも解っているのだ、津上あきがどれだけ規格外なのか。

ただ、この四人が向ける闘志は主にディープインパクトへと向かっており、津上あきにはそうではない。

それを諦めと言ってしまうのは、あまりにも酷な事だろう。

 

「そうか、答えてくれて、ありがとう」

 

 生徒たちの中でただ一人、津上あきだけに拘っているディープインパクト。

決定的な、覆しようのない差を見せられ、彼女がどうなるか。

シンボリルドルフは、それだけが気がかりだった。

 

 トレセン学園中等部一年第一回模擬レース、エクストララウンド、芝2400m。

今、出走開始。

 

――――――――――――――――

 

 二人しかいない、1枠1番のゲートの中、ディープインパクトの心は奇妙なまでに凪いでいた。

彼女の全力を見れるからか。

一番の友達と走れるからか。

誰よりも勝ちたい人と走れるからか。

全部そうであるような気もするし、全部違うような気がする。

ただ、とても心が静かで。

血管の中を通る血液の一滴一滴すら、手に取るように解りそうな気分で。

ゲートが開く瞬間がスローモーションのように目に見えて。

これまでの中でも、最高のスタートを切った。

 

 そして、『それ以上に完璧のスタートを切るなんてあきちゃんには当然』の事で。

 

 すぐさま目に入ったその背中を追おうとして。

 

 たなびく、吸い込まれそうになるほどの黒い髪を視界に捉えようとして。

 

 脚を踏み出した瞬間、加速しようとした瞬間。

 

 ディープインパクトは、一瞬で千切られた。

 

――――――――――――――――

 

「…速い」

 

 シンボリルドルフの見る限り、ディープインパクトは完璧なスタートを決めた。

彼女の長いレース経験の中、また、引退してから見たレースの中でも、一二を争う程のスタートダッシュだ。

だが、津上あきはそれを軽く凌駕した。

まるでゲートがいつ開くのかタイムラグ0で把握し、即座に反応したかのように、それはウマ娘の反射神経すら超えて、しかしフライングにならないように。

完璧以上の、異次元のスタートダッシュだった。

それに加えて。

 

「おい、なんであんな加速してるんだ、かかっているのか?」

「いや待て、なんだあの加速は!?」

 

 ただ、ひたすらに速い。

200mで既に一般のウマ娘のトップスピードに乗り、なお加速して、400m時点で津上あきは『このレースでの最高速度』に到達した。

どういう加速だ、どういう速度だと、周辺のトレーナー達が騒ぐ。

スタミナは持つのかなんて、ただの愚問だ。

それができないウマ娘ならば、シンボリルドルフの眼を以てして『計り切れない』などと思いはしない。

きっと彼女は走り切るだろう。

コーナーも坂も関係無い。

トップスピードのまま、残り2000m『程度』走り切る。

シンボリルドルフには、確信が有った。

 

――――――――――――――――

 

 遠い、遠い、遠い。

彼女の背中は豆粒のようにしか見えない。

コーナーを曲がって、もう見えなくなった。

 

 あぁ、貴女はそこまで速かったのか。

 

 あぁ、貴女はそこまで遠かったのか。

 

 あぁ、貴女はそこまで強かったのか。

 

 ターフの上に、彼女が踏み抜いた跡が残る。

とても深く、散弾銃でも撃ち込んだかのような跡。

きっと彼女には誰も追いつけない。

きっと私でも彼女には追いつけない。

そんな事は、何よりも、誰よりも、承知していた。

 

 ――だけど、それでも!!!!

 

 それは、私が全力で走らなくていい理由にはならない!!!

 

――――――――――――――――

 

 ディープインパクトが加速する。

模擬レースで走っていた時と比べものにならない程に本気で、全力で、前を走る津上あきに追いつかんと、必死で駆ける。

だが、どうにもならない、もう、どうにもなりはしない。

ディープインパクトが56秒で1000mの標識を越えた時。

津上あきは、既にそこから300mよりさらに前を走っていた。

シンボリルドルフの予見した通り、カーブも、坂も、まるで直線と同じだというかのように一切減速せず。

2000mを全く同じ速度で駆け抜けて。

彼女が走ったタイムは、ゴール板を駆け抜けたタイムは。

 

 1分39秒0。

 

 上がり3F、24秒0。

 

 それは、ウマ娘が理論上出しうるとされた速度を遥かに超えた、正真正銘の規格外。

再現も、模倣も、試す事すらできはしない、もう二度と現れない、正真正銘の『奇跡』。

他の誰も、影すら踏めず、背中すら拝めず、ただ遥か遠くで誰かがゴールしたとしか解らない。

 

 あぁ、なのに。

 

 あぁ、もうお前が追いかける背中は遥か遠くで、もう勝負は決まっていて、走る必要は無いというのに、諦めてしまってもいいのに、走るのを辞めてしまっても誰も責めないというのに。

 

 ディープインパクト、お前は、何故そうも走るのか。

 

――――――――――――――――

 

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

前には誰も見えない、誰も居ない、居る筈が無い。

当たり前だ、彼女はもう既にゴールした。

もうコースを走る者は、自分以外に誰も居ない。

 

 独りだ。

このレースで、後ろには誰も居ない。

前を走る者はもう居ない。

隣になんて居る筈が無い。

 

 もう彼女はゴールしたのに。

彼女は約束通り全力で走り切ったのに。

なんで私は走っているのだろう。

こんなに苦しいのに。

彼女はもう走っていないのに。

なんで、私は。

 

 こんなに、走っていたいのだろう。

 

――――――――――――――――

 

 最後の第四コーナー、回った直線。

ディープインパクトは内ラチギリギリを綺麗に周る。

そんなもの、もう適当で良い筈なのに、結果は覆らないというのに、ほんの少しでも、僅か0.01秒だろうとタイムを縮めようと、何より速く駆け抜けようと。

 

 最後の直線、ダービーと同じ525.9m。

坂を駆けのぼり、ラストスパートをかける。

雄叫びをこぼしながら、何より、誰より必死に、ぐんぐんと伸びる。

諦めてたまるかというように。

脚を止めてなんていられるかと、世界に叫ぶかのように。

 

 どこか、とても楽しそうに。

 

 鹿毛の髪をたなびかせながら、ほんの少し、まるで、見間違えかもしれないが。

ディープインパクトは、微笑みを溢してゴールした。

 

 彼女の走りを見て、拳を握りしめたトレーナーが居る。

 

 彼女の走りを見て、目を潤ませたウマ娘が居る。

 

 彼女の走りを見て、叶う筈が無いのに、負けるなと溢してしまった人が居る。

 

 彼ら、彼女らの心に灯ったそれは、今はとても儚くて弱いものかもしれないが。

それでも、彼女の走りは、確かに何かを灯らせたのだ。

 

 シンボリルドルフ一人の拍手が響く中、ちょっと時間を使い、息を整え終えていた津上あきは。

自分より1分弱遅れた、上り3Fを30秒6、トータルタイム2分19秒0でゴールしたディープインパクトを抱き止めた。

 

 

――――――――――――――――

 

「翔ちゃん、大丈夫?」

 

 息が苦しい、足が棒のようで、身体に酸素が足りなくて、疲労が全身にのしかかっている。

彼女に心配をかけたくはないけど、声を返す余裕が今はちょっとない。

 

「あー、えっと。翔ちゃん。そのー、ごめん!」

「……?」

 

 何故だか気まずそうに声をかけ、しかも謝る彼女。

一体何がそうさせているのか、ディープインパクトには皆目見当がつかなかった。

 

「あのさ、ほら、全力で走れって言われたじゃん?あれなんだけど」

 

 確かにそう言ったし、彼女はそれに応えてくれた。

400mで最高速度――タイムから逆算して100m4秒、時速90㎞――まで加速して、そのまま走り続けてくれた。

解っていた事だが、まるで追いつけなかった。

……『そのまま走り続けた』?

 

「あのね。シューズが保てなくてさ。『ラストスパートできなかった』んだ」

 

 ほら、とあきが履いているシューズを脱いで裏を見せると、蹄鉄が見事なまでにガタガタのブレブレになっていた。

なんなら他の部分の靴底までダメになっている。

つまり、もしシューズが壊れなかったら、彼女はもっと速く走っていたということで。

 

「きちんと出せる全力で走ったから、そこは勘弁してくれないかなーって。ね?ね?ボクが翔ちゃんのトレーナーだよね?」

「……ぷふっ」

 

 今、目の前でおろおろしてる彼女と、隔絶した速さを見せつけた彼女を見比べて、ギャップでどうしてもおかしくなってしまった。

身体が疲れ切っているというのに、笑いが止まらない。

――あぁ。

 

「ねぇ、あきちゃん」

「え、お、へぅ、な、なぁに?」

 

 何で自分を見て笑ってるのか、そもそも許してもらえるか、おろおろしてる幼馴染に、このくらいの意地悪はしていいだろう。

 

「私が取れるG1全部取ったら、また私と全力で走ってくれる?そしたら、いいよ」

「ふぇ?」

 

 きっと、彼女はまた今回みたいに、模擬レースで二人だけの状況を思ってるんだろうけど。

 

「ふ、ふふーん!良いよ、約束だ!でもこれで翔ちゃんのトレーナーはボクだからね!」

「うん、約束」

 

 この安請け合いした約束が、同じ場所、同じ状況で走る事になるのかなんて、一言も言ってないのだから。

 




チートオリ主『ふ~、ちょっと焦ったけど無事ボクがトレーナーだ!』
翔子ちゃん『約束。ふふっ』
幼馴染四人『うわぁ…(ドン引き)』
リジチョー『あれを見て、体感して、なおまだ諦めないのだな、君は……!(感動)』

 大 惨 事


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第七話 この世界のレース結果は史実をアテにしてはならない

第六話のリジチョー見てもらえるとわかると思いますがこの世界はレース結果が大幅に変わっております。
独自設定タグを使い倒して行け(迫真)


 トレセン学園近くの商店街にその店はある。

いつもは商店街のお年寄りや、店主のファンだった者たちがわいわいがやがやと騒がしい小さなバー。

今日は、二人のウマ娘によって貸切られていた。

 

「んん~もぉ~!!もぉ~いっぱぁああ~い!」

「テイオー、あんた飲み過ぎよ。仕事明日もあるんでしょ」

「どぅあぁ~ってさあぁ~!」

 

 すっと店主がこれでも飲めと差し出した水を脇に置き、そのままウザ絡みを始めたのは、トウカイテイオー。

『ダービーは獲り逃がした』ものの、『皐月賞、菊花賞を勝った』クラシック二冠、『G1レース六勝』の名ウマ娘。

『出場したレースは競走中止以外全て1着か2着』という誰もが認めた世代の最強であり、三度の骨折を乗り越えて走った不屈の帝王、『もう一人の不屈のウマ娘』として知られている。

特にジャパンカップ優勝後の有記念で『レース中骨折での競走中止』からの丸1年休養した後、ほぼぶっつけ本番で復帰した有記念で見事に勝利を遂げたレースは今でも伝説になっている。

レースを引退した後は、彼女が慕うシンボリルドルフを助けるんだと猛勉強、今ではトレセン学園で教鞭を執っている。

活発で気風のいい彼女は実績もあってトレセン学園生徒達からも人気であり、評判も高い。

 

「ステータス、酩酊を感知。これより冷却水の摂取を開始します」

「それは日本酒だってーの!水ははい、こっち!」

 

 淡々とアルコールを飲み続け、水と酒の区別がついてないポンコツっぷりを見せながら店主に世話を焼かれるのは、ミホノブルボン。

数多くの勝利ではなく、『たった三度の敗北』をこそ良く語られる、クラシック二冠、『G1レース八勝』の、これも押しも押されぬ名ウマ娘。

三度の敗北も全て2着に入っており、調整不足で走りレース後に怪我が判明したジャパンカップ以外では、負けた相手も菊花賞でのライスシャワー、宝塚二勝目をかけたメジロマックイーンと強豪相手。

本人は後の宝塚記念とジャパンカップで勝利してリベンジしており、天皇賞秋を二連覇している。

レース引退後はトレセン学園にて、坂路コースを中心とした体育教師として勤めている。

 

「ネイチャネイチャネイチャネイチャー!聞いてよ聞いてよ聞ーいーてーよー!」

「あーはいはいわかったわかった」

 

 そして今、トウカイテイオーがウザ絡みをしているこのバーの店主にして、世代の不屈のウマ娘、そして『ダービーウマ娘』、ナイスネイチャ。

彼女を評す言葉は様々あるが、一番有名であろうのは『トウカイテイオーが絡まないと全力出せないウマ娘』であろうか。

彼女はトゥインクルシリーズ最初の3年間、G1レースに十一回出走した。

そしてトウカイテイオーとオープン戦で一回、G1レースで七回、計八回を共に走っている。

一番最初に共に走ったオープン戦では大敗し、そこから彼女は奮起した。

次の対決のホープフルステークスでは2着まで上がるもののまだ差を付けられ意識されず。

次の皐月賞で2着につけたものの詰め寄って一バ身差。

そしてついにダービーで追い縋り、最後の最後競り合って執念のハナ差勝利を遂げたものの、無理が祟ったのか怪我をして菊花賞は見送り。

回復後、菊花賞後に骨折したトウカイテイオーが居なかった最初の有記念ではやる気が最後まで続かなかったかのように三着。

翌年、大阪杯から復帰したテイオーに、テイオーが走るなら私も走ると言わんばかりに出た大阪杯では負けて2着。

テイオー二度目の骨折からの復帰、天皇賞秋では二度目は許さんとばかりに勝利したら、今度は自分が怪我をする。

怪我から復帰後、テイオーと出た二度目の有記念では、たたき合いをしていたテイオーの異変に思わず大きく振り返り、彼女の『走れ!』の叫びに押されて、『あの振り返りさえなければ』と言われる三着。

また翌年、『トウカイテイオーのライバル同士の対決だ』と呼ばれた大阪杯では、『誰が本当のトウカイテイオーのライバルか理解らせてやる』とばかりにメジロマックイーン相手に勝利をもぎ取り、また怪我。

復帰した天皇賞秋ではトウカイテイオーがずっとお休みの為やる気出なかったのか三着で、三回目の有記念もまた三着なのかなぁとファン達の生暖かい視線の中、トウカイテイオーが復活したのでやる気出して二人でワンツーフィニッシュ。

トウカイテイオーが出ないG1レースでは勝ち切れず、トウカイテイオーが絡めば勝つか2着――テイオーが競走中止になった2回目の有は除く――。

勝っても怪我をし、それでも必ず立ち上がってまた走った彼女は世代最強とは言われずとも、おそらく世代で最も愛された名ウマ娘である。

ネタ的な意味でも大いに愛されているウマ娘でもあるが。

今では実家であった店から暖簾分けされ、彼女も親しんだトレセン学園付近の商店街でバーを営んでいる。

 

「それで?今年の新入生の話だっけ?」

「そぉうなんだよぉ~、もうね~ボクはね~」

 

 もうその話三度目だけど、と思いながら、ナイスネイチャは慣れた様子で酔っ払いの相手をする。

とんでもない新入生が入ってきて、その走りが凄いらしい。

でもそのトレーナーの方がもっととんでもなかったらしい。

でも新入生が諦めずに走ってやっぱり凄くて。

よく考えると新入生の出したタイムもやっぱりおかしいし。

あんな走り見せられてファンにならない人なんていないよ反則だよアレ。

 

 そんな賞賛と嫉妬とその他諸々が混ぜこぜになった愚痴が先ほどからループしている。

ミホノブルボンに少し水を向けてみても『ステータス、羨望を検出したのは事実です』などと、新入生がとんでもない事をしでかしたのは事実らしい。

 

 ナイスネイチャは思う、やっぱり引退した後までレースに関わる仕事に就くものじゃないなぁ、と。

聞いてるだけでちょっとうずうずしてくるのだ、実際眼にした二人はどんな心境だろう。

ウマ娘はレースを走るのが本能だ。

他の強いウマ娘達が、自分を置いて走っているのを近くで見ているだけなのは、闘う機会が無いというのは結構辛い。

こいつもいろいろガマンしてるんだろうな、と当時と比べて色々と大人になった親友を思い、ナイスネイチャはやれやれ仕方ないなぁとまた愚痴を聞いてやるのだった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 春のトレセン学園はやにわに活気づいていた。

中等部一年生から話が広がり、ディープインパクトは凄い、ディープインパクトは強い、今からクラシックを走っても圧勝できる、などと。

そんな噂が上の学年にまで広がっている。

 

 そんな噂が流れる中、かつて、最強チームと謳われ、スピカが台頭してきた後も双璧と呼ばれ、時を経て今なお最強と名高いリギルのチーム室にて。

一人の褐色の肌色をしたウマ娘が、机の上に広げられた資料を見ている。

それは先日行われた一年生模擬レースのデータであり、その中には噂の人物達、ディープインパクト他、その幼馴染達の名前――とある一人は載っていないが――が載っていた。

彼女が見つめる先は一人のウマ娘のタイム。

芝2400m、2分19秒0。

彼女が強い事は知っていた。

なにせ、『本家の秘蔵っ子』、『最高傑作』とまで言われていたし、面識もある。

一目見てこれは強い、と思っていたし、あの子『達』なら大幅なレコード更新くらいやらかすかもしれない、とも思っていた。

しかし、今のこの現状は。

今、クラシックレースを走っている自分達を無視してあっちが最強、向こうが強いなどと騒ぎ立てるなど。

思わずピリリとした圧を漏らしかけた時――

 

「カメ、落ち着きなさい」

「あらーん、ちょ~っとピリピリってしちゃってたかなー?」

 

 ぽん、と彼女のトレーナーに肩を叩かれ、はーやれやれと――豊かなおかげでコリも酷そうな――肩を回す。

トレーナーの名は東条ハスミ。

初代リギルトレーナー、東条ハナの実子であり、ちょっと前まで最年少中央トレーナー資格取得記録を持っていた弱冠20歳の新鋭トレーナーである。

 

「ほら。これでも舐めて落ち着きなさい」

「わ~い、私、はすみんの飴好きよ。甘いしカラフルで楽しいしね!」

 

 東条ハスミは常に常備しているウマ娘用キャンディポーチから――彼女自身のものはシュガーレスなので入れる場所を変えている――飴を一本取り出し、担当するウマ娘に渡す。

蜂蜜が多めに練り込んであるその飴はウマ娘達に好評だ。

ハスミは既に口にしている飴の棒を軽くつまみながら、彼女の担当しているウマ娘の中でも最強の『大王』に問う。

 

「ディープインパクト。彼女、知り合いなの?」

「えぇ、あっちは『本家』のお嬢様だしね。親戚の集まりでも顔を合わせた事があるし、ちっちゃくて可愛い子よー?」

 

 くすくすと思い出し笑いを溢す彼女であるが、それにしては先程の空気は攻撃的に過ぎた。

やはり、原因はあの噂であろうか。

 

「やはり噂の事が?」

「えぇ、まぁ正直に言うわ。気に入らないわね」

 

 強い、速いと言われるのは良いだろう、実際そうだ。

だがまだメイクデビューすらしていないウマ娘に対し最強と騒ぎ立てるなど片腹痛い。

成程レコード、良いだろう。

お前達がレコードを見せたいというなら見せてやる。

 

「ねぇはすみん。私、出るレース変えるわ」

「ふぅん?まぁ、まだ修正は効く範囲だけど、希望は?」

 

 それはいつからかは知らないが呼び名があった。

それが何なのか、物の名前なのか、人の名前なのかそれすら不明。

ただ、その過酷さから別名を『ウマ娘を壊す為だけにあるもの』、『死のローテーション』。

 

「皐月賞、NHKマイルカップ、日本ダービー」

「 !! あなた、それ…」

 

 誰が呼んだか、それの名は『マツクニローテ(真)』。

未だ誰も達成した事のない異例の冠。

 

「…やらせると思ってるの?」

「ん~?やらせる、やらせないって話じゃあないのよ」

 

 これまでのレース史において、最も過酷と言われるだろう道の第一歩を踏み出す。

己こそが最強なのだと高らかに叫ぶ為。

 

「やるのよ」

 

 『大王』、キングカメハメハ。

『最強』は、この私だ。

 




前半三人の内なんか一人やたら多いって?しょうがないね、ネイチャはかわいいからね。


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第八話 レコードを大幅短縮すればこういう事になる

なんか週間一位とかになってて読者の多さにちょっと震えますよ(震え声)
みんなそんなに曇らせが好きかい…?
最近主に曇らせてるのはチートオリ主じゃなくて翔子ちゃんの方じゃないのかい…?
チートオリ主より翔子ちゃんをすころう…?(天使の囁き)

こんなヤツ(チートオリ主)がいたら多分一番出てくるんじゃねーかなーと思われているであろうあの人が登場です。


 その日、津上あきは上機嫌だった。

模擬レースを走ってからというもの、秘密結社などからの接触は無い。

怪しげな財団や企業、集団からのアプローチも無い。

つまり、この世界では日アサ特撮系のクロスオーバーしている確率は、きっと低い!

 

 それに加え、幼馴染5人を担当にしたチームでの申請も通っている。

そうなれば与えられるのはチーム部室(合法的な推し活ルーム)である。

きっと部室はあきの推しの様々な軌跡で彩られるだろう、素敵な部屋になること間違いナシのゴキゲンな部屋である。

とりあえずどんなウマ娘にでも必ず届くG1レース共通勝負服に身を包んだ五人の写真を撮るべきだろう。

専用の勝負服はとてもとても良いものだしそれも勿論作らせるし唸るほど写真も動画も撮るつもりだが、さりとて共通勝負服とて良いものには間違いない。

さらに共通勝負服はデザインが同じ、つまり五人で着ればそれは正にアイドルユニットである。

 

 ならばそれはもう撮るしかない、撮らないなどと考えられない。

オリジナリティを出したい場合でもちょっとアクセサリーを変えたり帽子被ってみたり飾りつけてみたりでバリエーション豊かである。

つまり共通勝負服とは地味でも凡庸でもなんでもない、無限の可能性を秘めた一つの完成品なのだ。

そのままで良し、飾りつけて良し、ちょっと着崩して雰囲気変えても勿論良し。

こんな素敵なものが共通勝負服だからって必ず出走ウマ娘全員の手元に届くのである。

それはなんと素晴らしい事であろうか、あきはもし存在してても問題無いだろう方の神様に感謝している。

この世界に生まれ変わって間違い無く良いと思える事はウマ娘という全力で推せる存在に出会った事だとあきは思っている。

それ故にこそ、この世界が本当に安全であるのか確証が欲しくて不安で仕方なくもあるのだが。

 

 そんなルンルン気分でチーム部室についたあきは、部室の前に男女の二人組が居ることを見つける。

 

 男性の方は白髪交じりの、もう還暦過ぎた辺りの年代であろうか。

ただそれにしては肌年齢がかなり若い気がする。

もう一人、女性の方は栗毛のウマ娘だ。

何故かだぶついた白衣を着ているが、その服装に、あきは既視感を覚えた。

そう、たしかあれは過去のレース映像で見たものではなかったか、と。

だが、それを思い出す前に目の前のウマ娘から声をかけられる。

 

「やぁ、君が津上あき君だね?」

 

 どこかねっとりした声を耳にした瞬間、あきの尻尾の毛が逆立ち、白衣のウマ娘のどこか濁っているように見える眼を見た瞬間直感が警報を鳴らす。

『やべーぞこいつマッドだ』と。

すわ、こいつが組織の手先かそれとも個人で何かマッドな事やってる個人世界征服業者か隣の男性はその部下かなどと、決定的な瞬間があればすぐ逃げ出せるように準備した。

 

「私の名前はアグネスタキオン。どうだろう、私に君の身体の秘密を解き明かぶっ」

 

 そして直感に違わず、目の前のウマ娘がマッドな事を言おうとしたら隣の男性に頭を叩かれていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「翔ちゃんの脚の検査、ですか」

 

 『酷いじゃないか助手クゥン!』だの『いいかねこれはウマ娘の未来というものがだね…その両手はなんだい?何をする気だい?(震え声)』だの『いたい…おもにこめかみがいたい…』だの。

秘密結社は秘密結社でもなんかとても緩い方の何かを想起させるようなやり取りを見せつけられ、反応に苦慮していた所。

助手らしき男性がシンボリルドルフ理事長からの紹介だというので、とりあえず用件は聞こうとチーム部室内に招き入れた。

その用件というのが、ディープインパクト達の脚の検査という事らしい。

 

「私としては是非とも君の身体を調べてみたいところだがねぇ。だが、理事長に頼まれたのは彼女達の方だ」

 

 助手だという男性の膝の上に座り、まだじんじんしているのであろう頭の両側面を擦らせながら、アグネスタキオンが言う。

あきは反応にとても困った。

 

「ウマ娘の力は強く、脚は速い。だが、その速度に身体が耐えきれないこともままある。特に、コースレコードを走った後なんてのは、特にねぇ」

 

 もういいよ助手君、と手を離させて、おろそうとした両手をだぶつかせた白衣の袖がしっかと掴み、自分のお腹の上に回して組まさせた。

あきは反応にとてもとても困った。

 

「そんなウマ娘の脚について、私は心得があってねぇ。心配した理事長が私に連絡してきたというわけだ」

「とりあえず、いいですか」

「おや、なんだい?」

「真面目な話をするかいちゃつくか、まずどっちかにしません?」

 

 助手という男性の顎に頭をくりくり押し付けていたアグネスタキオンは、何を言ってるんだろうという不思議そうな顔をした。

あきは反応にとてもとてもとても困った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「ふゥむ。異常無しか」

 

 トレセン学園医務室にて、レントゲン写真などを見ながらアグネスタキオンは呟いた。

検査の結果、ディープインパクトの脚には異常は無い。

2400mをレコードを数秒単位で縮める走りをしてみせたというのに、健康体そのものだ。

勿論、異常が有るよりも余程良い、それはたしかであるが。

 

「しかし素晴らしい。彼女の脚の骨は強く太い。筋肉もしなやかでバネがあり、柔軟性もとても高い」

 

 詳細な検査をしなければわからないが、おそらくディープインパクトの骨の強度は他のウマ娘と比べてとても高い。

強固な骨という土台に、執拗なまでに丹念に造られた筋肉が搭載されながら、その上で成長を阻害せぬよう丁寧に丁寧に仕上げられている。

そんな脚をなんと評すべきだろうか。

蛮用に耐える芸術品、多少欠けてもすぐに完全に埋め直して修復できる精緻な彫像、そんな矛盾した表現が姿を成したような、ウマ娘誰もが羨むような脚。

ディープインパクトは幼少の頃より津上あきからトレーニングを受け、食事の栄養管理についてもそうらしい。

『あきちゃんの手料理はとても美味しい』と、トレーナーの手料理を毎日食べている事にシンパシーを感じた。

このような脚は彼女自身の才覚もあるだろうが、決してそれだけでは作れない。

ならばこれは超一流の素材で、超一流の職人が、年単位の時間を掛けて作り出している未完成の完成品とでもいうものか。

 

 自分の現役時代にこんな脚があれば、などと。

アグネスタキオンは考えてから頭を振った。

自分は現役の時から、恵まれている。

理解者にして己の背中をどうしようもなく押したトレーナーと――今では助手として――出会い、駆け抜けてきたあの時に勝るものはないと思える。

ただ、『もしも』を羨むなどと、年甲斐も無くレースの熱にあてられたのか、それとも。

 

 津上あき。

ディープインパクトのトレーナーにして、この奇跡のような脚の作成者。

そして、そのディープインパクトより圧倒的に速い、まさに『奇跡』としか呼べない体現者。

ただトレーナーというだけで、ただ情熱を捧げただけで、このような脚は作れない。

ただの情熱では無理なのだ。

夢も執念も祈りも願いも、およそ未来の全てを賭けるような、そんな執念と情念が無ければ、こんな脚は作れない。

津上あきは、誰よりも何よりも速いという彼女は、一体何を思ってこのような脚を作り上げたのか。

彼女は一体何が見えていたのか、彼女は一体何が見たいというのだろうか。

『ディープインパクトの脚の作成者(かつての己の理想の体現者)』にして、『それを容易く超える者(かつての己の理想の破壊者)』。

彼女が見ているものは、一体何なのだろうか。

答えてはくれないのだろうが、アグネスタキオンはそれが知りたくなった。

 




まぁ、モルモット君と新婚生活n十年もしていればいろいろ丸くなってんじゃないんですかね(適当)


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第九話 思い出して欲しいのは前世で全く競馬の知識が無かった事と、アニメ第一期も見てない事

チートオリ主は競馬の事を全く知らないしそもそもスポーツ競技素人さんだったので、キロメートル単位を全力で走って数ヶ月単位のインターバルを挟む理由すらこっちの世界で初めて知りました。
レース関係はこの世界で学んだ事しか知りませんしそもそも基準がぶっ壊れてます。
んで、そんな奴がなんか肉体の事細かく把握できるようになっててレースとレースの間に一定期間あるのを知れば何するかってーと。



―さて今年も始まるクラシック三冠第一戦目皐月賞、本誌が推す注目のウマ娘は【大王】キングカメハメハ。

 最強と名高いチームリギルに所属する今年のクラシック本命候補の強豪である。

 前走のすみれSでは2バ身半を離しての勝利、一番人気に恥じぬ強さを見せつけ、豪快な走りはまさに大王の覇道というところ。

 これからのクラシック戦線でもその名に恥じない強さを見せつけてくれるだろう、文句無しの◎である―

 

 ―『週刊トゥインクル特別号 クラシック戦線を駆ける乙女たち』より―

 

 

――――――――――――――――

 

 

 津上あきがトレーナーを務める新設チーム『レグルス』にて、今日も幼馴染達は集まっていた。

話題はやはり今年のクラシック戦線。

この場に居る全員の共通の知り合いが走るレースの事だった。

 

「カメさん、マツクニローテ走るつもりなんだって」

「えー、それ大丈夫なのーししょー?」

「さすがにそれは止めるべきではないのか?」

 

 ついこの間、本人から聞いてきた事をあきが話せば、ラインクラフトとシーザリオが心配混じりに反応を返す。

 

 誰がそう呼んだのか、なんでそう呼ばれるのかすら不明なレースローテーション、マツクニローテ。

基本は同じ月に行われるマイルG1レースのNHKマイルカップと中距離G1レース日本ダービーに続けて出走する過密スケジュールでのレースローテーションである。

ウマ娘の脚とは消耗品とも例えられ、G1などの大きなレースを走った後は数ヵ月のスパンを挟む事は珍しい事でもなんでもない。

それを、このマツクニローテは無視をする。

さらに言えば、マイルから中距離を走る広めの距離適性が必要となり、無論の事脚の消耗は加速度的に大きくなる。

その脚の消耗は普通に走るクラシック三冠レースとは段違いとも言われ、『ウマ娘の脚を壊す為にあるようなもの』とまで言われている。

 

 しかもキングカメハメハはその中でも4月前半に行われるクラシック一冠目、皐月賞までも加えたマツクニローテ(真)を走るというのだ。

このバリエーションは、通常のマツクニローテに加え天皇賞秋を走る『完全版』、(真)に天皇賞秋を加えた『究極版』、『究極版』の天皇賞秋を菊花賞に変えた『ルナティック』がある。

そもそもクラシック三冠レースとは、普通に全て走るだけでも故障者が出るほど負担が強い。

そんなレーススケジュールにさらに負担を強いるなど、普通にウマ娘の事を考えるなら言語道断である。

 

 だがしかし、ただ悪名とその過酷さばかりが話に出されるそれが、何故そうも話されるのか。

それは『このローテで走れるウマ娘は間違い無く強い』からだ。

もしもこのローテを走り、さらに勝ち切ったウマ娘が居るとしたら、それはもう『空前絶後に強い事』の証明だからである。

走っただけで強さを証明され、勝てばその名は永遠に歴史に刻まれるものとなる。

たとえ選手生命を大幅に縮めるものだとしても、その光は燦然と輝き続けるトロフィーになるだろう。

故にこそ、トレーナーや観客、ウマ娘達の間では、忌避と羨望を以てこのローテーションの事を語られる。

 

「私達でもやれるとしてもしたくないものよねー」

「というか。お嬢様しか無理。勝ち的にも。脚の耐久的にも。ルナティック走ろうとしてるお嬢様も。走らせようとしてる先生も。頭おかしい」

「キリちゃん酷い!?なんでそんなこと言うのさぁ~!」

 

 ヴァーミリアンが至極真っ当な事を口にし、カネヒキリが客観的に見た事実を歯に衣着せずに言う。

そう、このチーム『レグルス』では、少なくともあきとディープインパクトの二人だけはキングカメハメハの事をどうこうは言えない。

彼女達二人は最初からマツクニローテ(ルナティック)、皐月賞に出て、NHKマイルカップに出て、日本ダービーに出て、菊花賞に出るという考えただけでも狂気のローテーションを予定している。

なんなら日本ダービーと菊花賞の間に安田記念か宝塚記念挟もうか、それともジャパンダートダービー行く?なんてラーメン屋でもハシゴするみたいにG1レースを走ろうとしている。

当然ジャパンカップや有記念も出走する予定であるとか、『実はディープインパクトを潰す為にやってるのでは?』とか言われても『はい、私もそう思います』としか言えない。

 

 なんでルナティックからさらに難易度を上げようとしているのか、なんでシニアが出てくるグランプリにまで喧嘩売りに行こうとしてるのか、芝だけに飽き足らずダートまで焼き払おうとしているのか。

『出るG1全部勝たせるから』とか有言実行しようとしないで頂きたい、と、特に強くダートウマ娘の二人は思う。

いくら負ける気は無いとはいえ、『芝メインで走ってるディープインパクトが砂でも圧倒的』とか、慣れてる自分達は良いとしても他のウマ娘達の心をこの上なく粉砕する。

ただでさえダート路線、ティアラ路線で、同じチームなのに二人ずつタイトル喰い合う予定だというのに、三人目を放り込むとか鬼畜の所業である。

タイトル獲りたいなら海外に行けとでも言うのか、このトレーナーは。

しかもディープインパクトには凱旋門走らせる気満々だというのに。

 

「ん、でもカメハメハさんならできそう。強くなったら一緒に走ってもらいたい」

「だよねー!翔ちゃん強い人と走りたいもんね!やって欲しいよねー!でもそんな中で誰よりも強いのボクの翔ちゃんだもんね!」

 

 そしてそんなクソローテを走る事を望んでいるぽやぽやお嬢様系修羅とボクの推しこそが一番なんだクソオタク系トレーナーは平常運転である。

幼馴染四人はキングカメハメハがマツクニローテ(真)を走る事決めたのは絶対こっちの影響あるよなぁ、と些かいたたまれない気持ちを感じるのであった。

四人とも自分達の路線を踏み荒らすのは都合良く見ない振りをした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 中山レース場、芝2000m、皐月賞。

 

『――さぁ残り600を切りましたメイショウボーラーまだ逃げている二番手ダイワメジャー三番メテオバースtおおっとここでキングカメハメハキングカメハメハが上がってきた!

 先頭ダイワメジャーに変わりまして残り200を切ったコスモバルクを抜いてキングカメハメハ迫る迫るこれはかわすか!?

 ダイワメジャー伸びるがキングカメハメハがすぐ横だこれは差し切る差し切ったぁー!!

 大王キングカメハメハまずは最速の一冠目!大王戴冠式ライブです!!』

 

 キングカメハメハ、2着とは半バ身差をつけて勝利。

まずはクラシックの一冠目を戴冠し、順調に進むと見えた、そのインタビューにて。

 

『大王の異名に恥じない素晴らしい走りでした!やはり次はダービーの二冠目を狙うのでしょうか?』

「んー、ダービーを狙うのは間違ってないんだけど、それは三つ目ね」

『は?いえ、と、言いますと?』

 

 インタビューに対し、大王はこう宣った。

我が走った轍こそが、覇道であると。

 

「二冠目はNHKマイルカップ。ダービーは三冠目ね」

『!!それは…!』

 

 それは強者の証明。

未だ誰も足を踏み入れた事のない、前人未到のローテーション。

 

「その後は天皇賞秋。全部やるわよ」

 

 走る事すら、強者の証明となるその道程、それの名こそは、マツクニローテ(究極版)。

報道陣がざわつく。

無茶だ、無理だ、無謀だ、いや、まさか。

しかし、そんな群衆のざわめきを、大王は傲岸不遜に笑って吹き飛ばす。

それは大言壮語の愚か者か、それとも実力に伴う絶対の自信か。

 

「見てなさい。私の後にこそ道は続くわ」

 

 クラシック戦線、波乱の幕開けであった。

 

 

――――――――――――――――

 

「現実問題として、よ」

 

 トレセン学園、チームリギルの部室にて。

己の愛バの脚を丹念にマッサージしながら、トレーナー、東条ハスミは眉根を寄せていた。

 

「負担はギリギリよ。NHKマイルカップもダービーも、力を抜いて勝てるようなレースじゃない。一つ間違えば、貴女の脚は容易く壊れるわ」

「んー。そこははすみんを信じてるものー。あ、そこそこぉ」

「簡単に言ってくれちゃって…」

 

 皐月賞ウマ娘、キングカメハメハの宣言は世間を大変賑わせていた。

無謀な挑戦、ウマ娘を壊す気なのか、いやでも大王ならば。

世間の噂を集め、トレセン学園でもそれは同様。

キングカメハメハの狙いは果たされたと言って良いだろう。

それが実現できるかどうかは別として、だが。

 

 勿論、ハスミとてトレーナーとしての意地がある。

ウマ娘が望み挑もうとする事に、そう簡単に否とは言いはしない。

しかし、それはウマ娘自身を壊してまでやる事でも、やらせる事でもないと断言できる。

他に道は無いか、せめて皐月賞は出走しない事にできないか、最後まで説得したがキングカメハメハの意志は硬かった。

結局、トレーナーという人種は、己の愛するウマ娘が走ると決めたなら、どれだけ無茶無理無謀だと思いながらもそれを叶えられるよう尽力するしかないのだ。

もう彼女は走り始めた。

ならば、全力で支えるのがトレーナーの役目であり。

 

「……ねぇ、カメ」

「ん~?なぁにぃはすみ~ん」

 

 気持ちよさそうにとろけている己の愛バを見る。

勝たせてやりたいのは当然の事だ。

担当するウマ娘を、誰が相手だろうと勝たせたい。

しかし、その為に壊れてもいいだなんて絶対に認めない。

 

「貴女、津上トレーナーと知り合いなのよね?」

「んぇ?」

 

 勝利の為に全力を尽くすのはトレーナーの役目だ。

ならば、この娘の為にプライドを捨てるのは東条ハスミの役目だ。

それがたとえまだ一年すら務めていない新人トレーナーに頭を下げることになろうと、将来的に戦うライバルに借りを作る事になろうと。

 

「ちょっと、話したい事があるの。紹介してくれないかしら?」

 

 東条ハスミの担当するウマ娘に、故障引退など絶対に認めない。

 




中央トレーナーは誰だってガンギマリ。


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第十話 もしアニメセカンドシーズンを見ていたら最初から限界オタクとして生まれていたチートオリ主

チートオリ主はアニメも漫画もゲームアプリも一切触らずにこの世界に転生してきましたが、立派な限界オタクへと育ちました。
もしアニメ1期と2期を見ていたらこの世のウマ娘の故障という故障を消すべく覚醒していたんじゃないかな(適当)


 トレセン学園内のカフェテリアにて、津上あきは先輩トレーナーにお呼ばれしていた。

相手はキングカメハメハのトレーナー、最強チームと名高いリギルの東条ハスミ。

チームが違う以上、将来的なライバルではあるが、キングカメハメハの脚の事で相談がある、となればまぁ応えないわけにもいかない。

彼女は友人であるわけだし、これからのレースローテーションを思えば『自分が視た』限り、途中で故障してしまう可能性は五分五分だろうか。

 

 レースでバチバチやり合っている期間中なら口も手も出せないが、まだ自分達のチームはデビュー前。

他のチームであるとはいえ、ウマ娘の、というか青春の汗と涙を流す少女達の故障なんて見たくも無いし。

何よりディープインパクトと走る時に怪我で全力出せませんでした、などと認められない。

 

 怪我を乗り越えてライバルとの勝負を果たす為、大切な人の為に復活して限界を突破する展開はあるし大好きだが、それは心が耐えられない。

もし怪我してる中で他の人の走りを見て、『自分はどうして走れない』とか「もうあんな風に走れないのか」とか言われたら涙腺が死ぬ。

あきはあんまり心が強くないし愉悦を感じられないノーマルなオタクの自負があった。

美少女スポ根モノならば皆万全の状態で、全力を出して、時に限界を越えながら仲良く勝負していて欲しい。

ライバルや仲間とのきゃっきゃうふふがあればなおの事良い。

 

 ウマ娘の故障とかこの世から無くなればいいのにと待ち合わせ場所に来てみれば、パンツスーツ姿にスティックキャンディーを咥えた女性の姿が。

キングカメハメハから送られてきたメール写真と同じ人だな、と確認してから、あきは声をかけた。

 

「こんにちは、東条トレーナー。お待たせしました?」

「あぁ、いえ、津上トレーナー。そんなには待って…」

 

 東条ハスミの口からポロリとキャンディーが零れ、カップソーサーの中にからんと音を立てて落ちた。

何故、自分と出会ったトレーナーは初対面の時、呆ける事があるのだろうか。

『あきにはもう慣れた事』だが、今でも不思議に思っている。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 東条ハスミが津上あきと話をすると決めた時、キングカメハメハからくれぐれもと注意された事がある。

 

 一つ、彼女を勧誘しない事。

津上あきはウマ娘であるが出走登録をしていないし、本人に走る気は無い。

何故かは知らないが本人は頑なに公式レースを走る気が無いので、トレーナーとして接するようにと。

 

 二つ、質問には正直に答える事。

何故かは知らないが彼女に嘘は通じないし、なんなら見ただけで積んできたトレーニングや脚の適性、距離適性まで見切る。

だから正直に、誠実に接する事。

 

 三つ目、自分のトレーナーとしての才能に、決して絶望しないこと。

これに関しては、ハスミならば彼女を見れば解ると言った。

 

 あぁ、確かにこれは、どうしようもない。

どれだけ走るか、どれだけ強いのかわからない。

キングカメハメハに言われていなければきっと勧誘していただろう。

そして、其処まで考えて気づくのだ、『彼女にトレーナーは必要なのか』と。

彼女をトレーナーが支える必要は無い、そんなことしなくても十分に速い。

彼女にトレーナーが尽力する必要は無い、そんなことしなくても十分に強い。

彼女自身、トレーナーとして有能なのだと聞いてはいたが。

そんな『後付け』なんて、彼女には本来必要が無い。

トレーナーとして目を付けずにいられないウマ娘が、一番トレーナーを必要としていない。

――あぁ、これはなんて『目の毒』だ。

すぅ、と一度深く息を吸い、己が何故ここに彼女を呼んだのか思い起こし、意思をしっかりと持つ。

 

「失礼したわ。改めて、私は東条ハスミ。リギルのトレーナーよ」

「いえ、大丈夫ですよ。ボクは津上あき。新設チームレグルスのトレーナーです」

 

 今は自分の愛バをどう支えるのか、それが大事だ。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 結論として、NHKマイルカップ終わってからの一週間と日本ダービー終わってからの二週間、キングカメハメハを預かる事にした。

おそらくそれで彼女のケアは十全にできるだろう、なにせ元が良く鍛えられているし、脚のケアはあきから見ても良くできていた。

そうでなければマツクニローテ(究極版)を走ってなお、故障率が五分五分などと見立てられない。

 

 ただ、流石に骨の太さ1ミクロンから、筋繊維の太さ一本から、内臓がどのような動きをして、どんな風に栄養を取り入れているかなど、普通のヒトが完全に把握できるわけではないので、そこは仕方がないだろう。

これでキングカメハメハは無事走り切れるだろうし、きっともっと強くなってくれるし、翔ちゃんも強い相手と走れると喜んでくれるだろう。

あきはルンルン気分で帰っていった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 あきが帰った後のトレセン学園カフェテリア。

他人の眼が届かない、奥まった一室で、東条ハスミは先程まで居たトレーナーが計画した回復プランを改めて精査していた。

ハスミの胸中は、正直に言って荒れていた。

キングカメハメハが無事に走り切れるのは嬉しい。

彼女がその選手生命を絶たずにいられるのは何より喜ばしい事だ。

 

 だがそれはそれとして、それを当然のようにこなす事が可能だと見られた事が、何よりも悔しい。

津上あきはキングカメハメハを短時間見ただけで、こちらが熟してきたトレーニングを、どのような戦法を目指して鍛えてきたのかを、今の状態を、完璧に見抜いていた。

そして、それをどんな風にすれば回復するのか、どのようにすれば故障しないのか、まるで身体の中身を最新機材で逐一チェックしたかのように。

 

 あぁ、確かにキングカメハメハの忠告は正しかった。

彼女ほどウマ娘の身体を、脚を解っているトレーナーは居ないだろう。

己がその域まで至れない事を、己が自分の愛バ達の限界を最大まで引き出せない事を、己がその限界の壁を壊させてやる事が出来ない事を。

トレーナーとしての勉強を始めて、トレーナーとして活動し始めて、こんなに悔しいと思った事は無い。

今まで、担当したウマ娘がレースで負けた事もあった。

その時も悔しかったが、これはそれ以上だ。

自分の愛バ達の全力を、自分より引き出せるトレーナーが居るのだなどと。

 

 あぁ、認めよう、今の『最強』は自分達だとしても、将来の『最強』は貴女達だと、今は素直に認めよう。

だが、それは自分達が『挑戦者』となる事だ。

今まで『最強』であり、時に『双璧』と呼ばれても、常に他に追われ、目指されるチームであったリギルが、追い、目指すチームとなる。

今はこの悔しさを認めよう、今はこの喜びを噛みしめよう、今はこの感謝を伝えよう。

だが、このままでは終わらせない。

いずれ追いついてみせる、と。

 

 この日より、東条ハスミの胸に、常とは違う闘志が灯った。

『最強』として、挑みかかってきた者達を打ち倒すのではなく。

『挑戦者』として、己より強い者と闘う覚悟を決めたのだ。




知ろうと思えばミリ単位で骨の太さを把握して調整して筋繊維の1本から調整して的確に必要な栄養素を把握できる(オンオフが簡単に可能)とか、実はこいつはチートを存分に使い倒してます。


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第十一話 キングカメハメハのマツクニローテ(究極版)第二走

レグルスの皆のレースを待ってる読者たち、すまんな。まだしばらくはカメちゃん達のターンだ。
感想は全部見させていただいております。励みになるなぁ!
感想返しはぽろぽろ設定溢してたり妄想書き連ねてたりもあるからどっかでまとめようかいやいいかの精神で行く(小並感)


 東京レース場、芝1600m、NHKマイルカップ。

 

『さぁ世代のマイルチャンピオンを決めるこのレース、やはり注目は一番人気、皐月賞ウマ娘キングカメハメハでしょうか、彼女は日本ダービーにも出走を表明しております』

『トモの張りもいいですねぇ、このレースでも期待できますが、今後の予定を考えるとどれだけ抑えて勝てるかが重要になるでしょうか』

 

 実況と解説が語るように、キングカメハメハが走る事を表明しているローテーションは過酷という他は無い。

世間はもし走るとしてもどれだけ勝てるのか、勝てるとしても一体どう勝つのか、強い事は間違い無く解るが、一歩間違えれば間違い無く故障するであろう彼女に対し、期待と不安で騒いでいた。

キングカメハメハはそんなものなどどこ吹く風と余裕の表情を見せていたが、その心はメラメラと燃えていた。

己のトレーナーが誰よりも悔しい思いをしながら、それでも自分の為にと最善を尽くしてくれた事。

自分の我儘に見放されてもしょうがないと思ったのに、東条ハスミは何処までも自分の事を考えてくれた。

脚が壊れないよう、選手生命が絶たれないよう、プライドを投げ捨てて。

 

 あぁ、ならば、この『大王』が応えないわけにはいかない。

 

「随分とギラギラしてるじゃない」

「あら、サンビーム。そういう貴女もね」

 

 ゲートイン前に声をかけてきたのは1枠1番、コスモサンビーム。

前走の皐月賞では5着だが、彼女も注目されている。

朝日杯FSを勝ったG1ウマ娘であることもあるだろうが、何よりも。

 

「走るのはアンタだけじゃないわ。絶対に負けてやんないから。このレースも、次のダービーも」

「あらあら、宣戦布告ね。いいわ、この『大王』の名にかけて受けてあげる。圧勝してあげるから覚悟してなさい」

「ハッ、言ってろ」

 

 彼女の次走も、日本ダービー。

つまり、キングカメハメハと全く同じレースローテーションを走るということ。

共に皐月賞を走ったウマ娘ならば他にメイショウボーラーも居るが、彼女はダービーに出走予定を出していない。

コスモサンビームは人気ではマイラーと目される逃げウマ娘メイショウボーラー、ダートが主流なアメリカから来たものの此処まで四連勝で駒を進めた留学ウマ娘シーキングザダイヤに押されて四番人気ながら、クラシック全体としてキングカメハメハの対抗バとして目されている。

 

 コスモサンビームの宣戦布告を受けたキングカメハメハは心底思う。

自分には全力で支えてくれる良きトレーナーが居て、身体を壊さないよう助けてくれる良き友人達が居て、共に走る良き好敵手が居る。

なんと幸せな事なのかと。

燃え上がる闘志に応えるように、自然と唇が吊り上がる。

今日の走りは、一段と良いものになりそうだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「お~、カメねーさんとっても気合入ってるの~」

「そうだな。あの笑顔が出るという事は、今日のレースにかなり燃えているぞ」

 

 観客席にて、チームレグルスこと幼馴染6人がキングカメハメハのレースを観戦に来ていた。

 

「多分勝つ。あの笑顔のカメ姉は怖い」

「昔、親戚の集まりで見た練習レースで、あの笑顔で凄い追込みしてたのを覚えてるのよね」

 

 昔より親交があった所以か、彼女達にはキングカメハメハの闘志が漲っているのが解る。

そして、そうもなれば。

 

「あきちゃん」

「うーん!翔ちゃんのお願いでもこればかりは無理かなー!出走登録まだそもそもできないからね!メイクデビューまだしてないし!来年!来年ね!?」

「あきちゃん」

「ねぇ!?ちょっと皆!?ちょっとくらい助けてくれていいんじゃないかな!?ねぇ皆!?翔ちゃんのボクの右腕握る力がちょっとずつ強くなってるんだけど!?ねぇ!?」

「「「「がんばって」」」」

「ちょっとぉ!?」

 

 天然お嬢様系修羅が頼れる幼馴染の腕を掴みながら、『あれに出て走りたい』と指差すのは充分であり。

四人はあとで思う存分並走させられるんだろうなぁ、と修羅の闘争心から予想される未来図を今は忘却しながら、一番頑丈な幼馴染に対応を投げるのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁ今年もやってまいりました世代最強マイルチャンピオン決定戦、最強を決めるのは三冠レースだけじゃない、夢を目指す18人揃いまして、今!スタートしました!』

『メイショウボーラー好ダッシュマイルの舞台では負けられないとハナを切る内からはトラッドスキームロードインザスカイハートランドカフェ三人による先行争い』

『後ろにシーキングザダイヤがつきましたがここでタイキバカラが抜け出し先頭目掛け上がっていきます中団アポインテットデイダイワバンディットこの二人』

『一バ身離れて外側キングカメハメハは今ここだコスモサンビームその内につけております!』

 

 コスモサンビームはこのレース、キングカメハメハの内に付いて走ると決めていた。

府中1600では枠番の有利不利は少ない、あいつなら走りやすい外側を選んで走ってくる筈だ、と見ていた為だ。

実際にその通りになったし、勝負は最後の直線525.9m。

外を周って抜け出した時、少しでも油断してみろ、内から差し切ってやる。

少し前を走る褐色の手足を見ながら、心は轟々と燃えていた。

 

『さぁタイキバカラ先頭で今800を通過二番手ハートランドカフェ三番メイショウボーラー内から行った』

『外めを通ってロードインザスカイアポインテッドデイ二人上がっていくトラッドスキームシーキングザダイヤ並んで行って外から!外からキングカメハメハ一番外に四コーナー動きました!』

 

――此処だ!

 

 溜めていた脚を解放し、コスモサンビームはキングカメハメハの内を周って、直線を駆け出した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

ドクンドクンと心臓から脈打ち、全身を巡る血液を自覚する。

心が熱い、身体が熱い、まるで噴火を待つ活火山のように内にマグマを溜めている。

まだだ、まだ噴火にはまだ早い。

溜めて、溜めて、溜めて―――

 

 此処だ――

 

 キングカメハメハは目を細め、唇は弧を描く。

溜めていたマグマよ、待たせたな。

今こそが噴火の時だ。

コーナー直後、火口から噴き出す闘争心に押されるように、火山弾の如く飛び出した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『直線コースに入りましたタイキバカラまだ先頭!外からハートランドカフェ上がってきたメイショウボーラー400を通過!』

『コスモサンビーム上がってきたシーキングザダイヤこれはちょっと苦しい!』

 

 ――抜いた!

コスモサンビームはコーナーを曲がった直後、右後方の目的の褐色を見出し、そのまま抜き切ってやるとスパートをかけた。

前の奴らも問題無い、このまま走って勝つと決め、見え始めた残り200mの標識を先頭で抜いてやるという時に。

身体の右側から、まるで灼熱しているかのような熱量を感じた。

 

「(――まさか!!)」

 

振り向きはしない、だが解る。

あの大王が、外から来る!!!

 

 

――――――――――――――――

 

 

『コスモサンビーム上がるおっとこれは外に!外に!』

 

走る中風を切る、燃える身体に丁度良いととても気持ちが良い。

 

『坂を上りバ場の真ん中から!バ場の真ん中からキングカメハメハ抜けた抜けたぁ!』

 

「んなぁっ!」

 

 コスモサンビームの驚いた声が聞こえる、それもまた心地良い。

群衆よ見ろ、これが私だ、私の走った跡、それこそが覇道だ。

 

『三バ身四バ身これは大きなリードキングカメハメハ強い強い!コスモサンビームメイショウボーラーこれは無理!キングカメハメハ今圧勝ゴールイン!!』

『キングカメハメハ四連勝!皐月賞に続きG1の冠、二つ目を戴冠!三つ目のダービーも戴こうと圧巻の走りを同世代に見せつけました!』

『二着コスモサンビームとは八バ身、タイムは1分32秒0!レコード、これはレコードタイムです!』

 

 波乱のクラシック、キングカメハメハ、圧勝の二冠目戴冠。

最速に続き、マイルチャンピオンに輝き、見据えるはダービー。

大王は、その輝きを確かにその目に捉えた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「やったわね、カメ…」

 

 レースを見届けた東条ハスミはぐっと拳を握りしめた。

勝てる準備はしてきた、勝てるとは思っていた、だが何があるかは分からないのがレースだ。

レースに絶対は無い。

しかし、彼女は異名通り、大王としての威風を示した。

 

 次に目指すレースは、全てのウマ娘とトレーナー達が憧れ、勝利する為に死力を尽くす、生涯一度の大舞台。

そのレースを勝つ為だけに全身全霊を尽くし、其処で燃え尽きてしまったウマ娘さえいる。

関わる者を熱く狂わせる、灼熱の舞台。

 

 日本ダービーでも、勝つ。

 

 投げ捨てたプライドの痛みも確かに感じながら、それだけで終わらせはしないとハスミは歩き出す。

ウイニングライブ前の控室に津上トレーナーを呼んで、キングカメハメハの状態を診てもらう予定だ。

理解できるかは解らないが、少しでも学べるものがあるならば、例え一欠けらでも自分の身にしてやる。

心を決意で満たして、ハスミは控室の扉を開けた。

 

 中にやたらぐったりした津上トレーナーとその右腕を握り締めてやたら眼を輝かせているディープインパクトとそれを見て爆笑しているキングカメハメハが居た。

 

 ハスミは扉をそっと閉めた。

あと五分、いや、三分だけ時間を貰おう。

決意に入った罅を埋めながら、彼女には珍しく、シュガーレスではない甘い蜂蜜キャンディーを取り出して、口に咥えた。




実況読みにくいと思ってもライブ感を大事にして欲しいので句読点はこれからもあんまつけないと思います、すまんな!
肉体的に大丈夫でも精神的に疲労したらそりゃあチートオリ主もぐったりするよ(小並感)


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第十二話 競馬をある程度でも知る人間だったら名前聞いた瞬間思わず二度見するのは間違いない

なお、チートオリ主は競馬知識が全く無いので名前聞いても『へーそうなんだ、よろしくねー』という反応しかないです。
年代のズレとか全く分からないからね。知らないって事は罪なんだなぁ!


 キングカメハメハがNHKマイルカップを勝利した夜、トレセン学園、チームリギル部室にて。

チームレグルスの面々は全員でリギルにお呼ばれしていた。

勿論あきがキングカメハメハのケアをする為でもあるが、東条ハスミには手ずからチームの食事を作るというあきの方法も聞いて、何かヒントになるかもしれないという打算もあった。

 

 レース場でのケアはちょっと理解できなかった。

何せ見ただけで何処をマッサージしてツボを押して針打ってはい今此処で調合したサプリこれ飲んで、と。

直に触るか、機器を使って調査しながらでないと解らないような事柄をその場で調整して施していくのを見て、これをやれと言われるのは流石に人間の限界を超えていたと言わざるを得ない。

『いやぁ、凄いですね、良く鍛えられてるしケアもできてる、これはこのままでもダービーまで確実に全力で走れますよ』とか言われても素直に受け止められなくなるからやめて頂きたい。

アグネスタキオン女史が研究開発しているというウマ娘の脚を詳細検査する為の機材をテストでもいいから導入すべきか、ハスミは本気で悩んだ。

 

 ともあれ夕食である。

レグルスの面々が全員『美味しい』と太鼓判を押す彼女の料理には、ケアのヒントを得る以外にも単純に興味もあった。

 

「いやぁ楽しみだねぇキズナ。トレセン学園の食事より美味しいらしいじゃないか」

 

 ぴょこんと跳ねた前髪を上機嫌に揺らしている栗毛のウマ娘はディープスカイ。

キングカメハメハの先輩として今はドリームシリーズことドリームトロフィーリーグに所属しているが、彼女こそリギル所属で初めてマツクニローテを走ったウマ娘である。

ただし彼女が走ったのは完全版、NHKマイルカップと日本ダービーを走る通常マツクニローテに天皇賞秋を加えたもの。

デビュー戦から掲示板に入るものの勝ち切れず、初めて着外に敗れた未勝利戦から彼女は覚醒。

その後のレースは全て3着以内、ウイニングライブではセンターを取れない時はあってもメインを外す事はなかった。

しかしNHKマイルカップと日本ダービーでは見事勝利した(この時点で偉業であるが)ものの天皇賞秋では姉とそのライバルに敗れ三着。

その後もトゥインクルシリーズでは一着は逃し、姉が全てのレースで一着か二着しか獲ってないミスパーフェクトということもあり良く比較されるものの、結果を見れば重賞レースで三着に入れなかったレースは無いというとても優秀なウマ娘である。

世間一般的にはキングカメハメハがマツクニローテ(究極版)を走るのはこのウマ娘の影響と思われており、同じチームとしての雪辱戦だのなんだのと言われている。

 

「そうは聞きますけど、いつもより作る量多い筈ですし、本当に手伝わなくていいんでしょうか?」

 

 ディープスカイに応える青鹿毛のウマ娘の名前はキズナ。

今年からリギルに入った新人であり、おそらく『ディープインパクトと同じクラシックレースを走る事となる』ウマ娘である。

ハスミは一年ずらす事を考えたが、現最強のチームリギルとして逃げは許されない事、何よりキズナ自身が意欲を見せた事で同じ世代を走らせる事を決めた。

レグルスというよりはディープインパクトを強く気にしているようであり、今もディープインパクト以外がテーブルの上でぐたりと突っ伏しているレグルスの面々がいる方をちらちらと見ている。

 

「はい、皆ご飯だよー」

「ワーオ!すっごいすっごい待ってたネー!」

 

 そして、配膳ワゴンを持ってきた津上あきに反応したのはリギルの最後の一人、キングカメハメハと良く似ている褐色鹿毛の左耳にリボンをつけたウマ娘、名はアパパネ。

彼女もディープスカイと同じく今はドリームトロフィーリーグに所属しているが、トゥインクルシリーズ時代はトリプルティアラを達成した名ウマ娘である。

しかしそれよりもこのチームで目立つのは『ディープインパクトが好きすぎる』事であろうか。

今もさらりとディープインパクトの隣の席を確保している。

 

 彼女もキングカメハメハと同じく、レグルスの面々とは幼少時から面識があると聞いたが、主に話題に出すのはディープインパクトの事しかない。

ハスミがディープインパクトの事を知っていたのはだいたいがアパパネが語ったものであり、そこにキングカメハメハが訂正したり補足したものである。

年齢的にはアパパネが上の筈ではあるが、何故かキングカメハメハに対して甘えているような部分があり、カメハメハもそんなアパパネの世話を焼くのは満更でもないらしい。

 

 規定が改定され、一人のトレーナーにつき担当ウマ娘は五人まで(六人以上のチームを作る場合、サブトレーナー必須)と定められている為、サブトレーナーが居ないリギルではキングカメハメハを加えたこの四人が全員となる。

加入したばかりでまだデビューしてないキズナは別として、G1レースで勝ったことがあるウマ娘しかいないリギルは間違いなく最強チームの一角である。

もう一つ、実績では負けていないチームがあるのだが、そちらは最強というより『クセウマ娘達が集まるイロモノチーム』というイメージが先行しているのが幸いなのか不幸なのか。

 

「ごはん~…ご~は~ん~……」

「あぁ…夕食の時間か……」

「もう…疲れて…お腹減って死にそうなのよね……」

「……(突っ伏したまま無言でスプーンを握り締める)」

 

 ディープインパクトとの並走に付き合わされ、へとへとに疲れてテーブルの上で伸びていたレグルス幼馴染四人組がのろのろと動き出す。

見させてもらったが坂路を軽快に飛ばすディープインパクトに津上トレーナーがストップをかける六本目まで付き合わされていた。

坂路を六本走ってまだぴんぴんしてるディープインパクトが本当に怪物だが六本走りきってまだ何とか動けている四人組も十分おかしい。

やはりあの頭おかしい走った直後のケアとこの食事が秘訣なのだろうか。

 

「あきちゃんのご飯、今日も楽しみ」

「フフフ、翔ちゃん達の為にも今日も腕によりをかけたからね!どうぞ召し上がれ!」

 

 機嫌良さそうに耳を動かし、尻尾をぱたぱたしているディープインパクトに、あきも実にご機嫌そうに応える。

傍から見ているとただの仲の良さそうな友達同士にしか見えないが、一皮剥けば片方は修羅でもう片方は最早ウマ娘かどうかすら疑わしい奇跡の存在である。

あきがクロッシュを取り手際良く配膳を始め、料理の香りがハスミの鼻に届いた、その瞬間。

口の中に涎がどばっと溢れ始めた。

 

「(これは…!?)」

 

 メインはパスタの上に大きく分厚いハンバーグを乗せデミグラスソースをかけたハンバーグパスタ、食べやすいサイズに切り分けた人参とほうれん草のソテーが添えられている。

様々な根菜と魚肉のつみれがごろごろ入ったコンソメベースのポトフがスープとしても付き、米かパンかはお好みで。

シャキシャキとした大根、人参、レタスにシラスを多めに塗したサラダは粉チーズと各種のドレッシングが用意されており、好きな味で楽しめる。

 

「…頂きます」

 

 思わず湧き出た口中の唾液をごくりと飲み下し、まずはスープをと飲んでみれば野菜の旨味と魚介の旨味が溶け出した実に美味なスープ。

根菜にもじっくりと味が染み込み中までホクホクだ、魚肉つみれを口にしてみれば僅かに香る生姜の味。

思わずほう、と腹の底から暖まった息を吐き出す。

 

 スープを堪能したら次はメインとハンバーグを割ってみれば、溢れ出る肉汁と共にとろりとチーズが顔を出した。

『これは絶対に美味い』と視覚から暴力的に訴えてくる事に我慢はせず、切り取った肉をチーズと絡めて口に頬張る。

 

「(!?)」

 

 切り取った時に肉汁が溢れ出したなんてとんでもない、噛みしめたらさらに出てきた肉汁が、まろやかなチーズに受け止められて口の中一杯に広がる。

爆発的に口の中を支配する肉と油に素直に白旗をあげ、今度はパスタに絡めてこれも一口、これは幾らでも頂ける。

 

 これではいけない、サラダと米で口直しだとまずはサラダをシャクリと口にすれば大根と人参が口の油をさっぱり流しながら、シラスが丁度いいアクセント。

ホカホカの白米を頬張れば今度はまたおかずが欲しくなる。

これはやばい。

幾らでも食べれてしまう。

 

 レグルスの面々が手料理を欲しがるのが理解できてしまうが、東条ハスミはいざ自分がこれをやれとか言われてもできる気がしなかった。

いや年頃の女として料理が出来ないとは言わないが、此処までは無理だ。

チームのモチベーションを高める為に専属料理人でも雇おうか、いやでもそれならトレセンの食堂の方が…などと悩みながら、ハスミはチームの皆と一緒に箸を進めた。

 

 後日、体重計の前で悩めるヒトの女性が一人増えた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「うーん、やっぱ凄いわね、あきちゃん」

「凄いで済ませて良いものかって思うところもあるけどね…」

 

 一週間後、キングカメハメハの脚は完全以上に復調していた。

この一週間、トレーニングは筋肉を落とさない最低限のもののみ、逐一状態を把握し、ツボ押しに針まで使用したマッサージ、必要によっては御灸すら使い、トレーニング直後にサプリを調合、そして脚の状態に合わせた食事の内容。

何が必要で何処までやれば回復するか、事前に立てたプランですらその場で合わせて変更、全ての土台は其処なのだと言わんばかりに骨の強度を上げる事に腐心する。

こんな偏執的な管理とトレーニングを幼少期から受けていれば、坂路を六本走って平気な顔できるウマ娘が作れるのかと、思わず納得してしまった。

正直に言って、これらを一人でやるのは無理だと匙を投げた。

これと同じ内容をやるならそれぞれ専門分野に精通したスタッフでチームを組まなければ無理だ。

アグネスタキオン女史に機材の打診をしようとハスミは割と本気で決意した。

 

「それで、カメ。ダービーまであと二週間。行けるわね?」

「勿論。はすみんの為にも絶対に獲るわ」

 

 津上あきの実力は確かに認める。

己が劣っている事を認めない者に進歩は無いからだ。

しかし、東条ハスミはキングカメハメハのトレーナーで。

キングカメハメハのトレーナーは、東条ハスミただ一人だ。

わざわざ言葉に出さずとも通じ合える程には、二人は互いを信じていた。

だからこそ、次のレースは絶対に獲る。

 

 将来は解らずとも、今の主役は私達。

いずれ近い内に記録は越えられるとしても、『あの大王を超えた』のだとは言わせてみせる。

そして、直接の決着を付けるならば、あの舞台。

暮れの中山こそが、相応しい。

あのチームは必ず其処まで昇り詰めてくるだろう。

勿論、キズナを負けさせるつもりも毛頭無い。

来年からは追う立場として、我武者羅に向かっていくのだ。

二人は未来に聳える壁を見据えて、静かに心を燃やした。




何?世代が全然違うって?良く考えるんだ。そんなものはアプリで散々見ているだろう?(目玉グルグル)
あともう一つのチームについてはいずれ出てくるから予想は君達の胸の中に秘めておくんだぞ!
予想とかそういうのになっちゃうからネ!
いずれわかるさ、いずれな…


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第十三話 キングカメハメハのマツクニローテ(究極版)第三走:誰もが夢見る灼熱の大舞台

タイムとかは変えてますが展開変えてるかどうかはね、実際のレースを見てもろて。
見るんだよ(迫真)
あと今回チートオリ主最後くらいにしか出てこないのでスマンナスマンデス!


『今年のクラシックは皐月賞を勝利したウマ娘が言った衝撃の一言から始まった。

 皐月賞ウマ娘の彼女が狙う、そのレースの名はNHKマイルカップ、日本ダービー、そして秋の天皇賞。

 【大王】キングカメハメハ、チームリギル所属、期待の駿メ。

 宣言通り、NHKマイルカップを圧巻のレコード勝利、次に狙うは世代の頂点、日本ダービー。

 彼女の前にNHKマイルカップ、日本ダービーを両方を勝利したのは、同じリギルの先達、ディープスカイただ一人。

 既にキングカメハメハは皐月賞とNHKマイルカップを勝利し変則二冠を達成している。

 果たして彼女はディープスカイを超え、三冠目を手に入れる事ができるのか。

 そして、秋のシニアを走るウマ娘を超え、現役最強を手に入れる事ができるのか。

 無謀な挑戦となるか、大王の覇道となるか。

 今、注目のウマ娘である』

 

  ――週刊ウマ娘 特別コラム『波乱を呼ぶクラシック』より――

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 東京レース場、芝2400m。

世代全てのウマ娘が、トレーナーが、観客が熱狂する大レース。

勝利を狙わない者はいない、負けを前提とした者などいない、誰もが本気、誰もが真剣、一生に一度の大レース。

集った十八人に夢を見る、集った十八人が夢を駆ける。

スタートをしてから二分半で全てが決まる。

灼熱の大舞台、日本ダービー。

 

1枠1番マイネルマクロス。10番人気。

1枠2番ヴンダー。18番人気。

2枠3番マイネルブルック。12番人気。

2枠4番ダイワメジャー。4番人気。

3枠5番ハーツクライ。5番人気。

3枠6番アドマイヤビッグ。6番人気。

4枠7番マイネルデュプレ。16番人気。

4枠8番メイショウムネノリ。17番人気。

5枠9番コスモバルク。2番人気。

5枠10番フォーカルポイント。11番人気。

6枠11番グレイトジャーニー。14番人気。

6枠12番キングカメハメハ。1番人気。

7枠13番スズカマンボ。15番人気。

7枠14番キョウワスプレンダ。13番人気。

7枠15番コスモサンビーム。7番人気。

8枠16番ホオキバウェーブ。9番人気。

8枠17番ハイアーゲーム。3番人気。

8枠18番ビサノクウカイ。8番人気。

 

 夢を追い求めるウマ娘は、以上、十八人。

 

『やはり一番人気はこのウマ娘、キングカメハメハです。皐月賞を勝利し、前走NHKマイルカップにてレコード勝利を記録、このダービーではどんな走りを見せるのか』

『同じチームの先輩を超える事ができるかですねぇ、あとは彼女は強い走りができますので、この短期間でのG1レース三連戦がどう影響してくるかです』

『陣営からは完璧以上に仕上げてきたとコメントがありますが、これはどうでしょう』

『たしかに調子は良さそうですが、それだけに不安ですね。前走はレコードタイムを叩き出しましたので、他のウマ娘も警戒してくる筈です―――』

 

 ハスミの言葉に間違いは無く、キングカメハメハは今日、最高の仕上がりで来ていた。

脚は軽く、気合は十分。

この場に居る誰にも負ける気は無い。

ゲートの中で静かにスタートを待つ。

 

『いよいよ始まります、全国同世代一万人以上の頂点は、2400mの彼方に栄光はただ一つ!』

 

          ガタン!

 

『さぁ日本ダービースタートが切られました!まずはメイショウムネノリ良い出だし!しかし内から逃げウマ娘マイネルマクロスもハナを狙ってかわします先頭です』

『そしてその後ろコスモバルクは三番手、ダイワメジャーがその後ろ、ヴンダーが前を走って一コーナーをカーブ!』

『注目キングカメハメハは中団前めやや外側、集団がコーナーを周りマイネルマクロス先頭を走り後続との差は広がりかなり縦長の展開です!』

 

 

――――――――――――――――

 

 

「あんたの好きにはさせないわよ」

 

 キングカメハメハの外に付いたのはハイアーゲーム、今年のダービートライアル青葉賞を勝った有力ウマ娘。

彼女はキングカメハメハの内枠有利など知った事かと直線で外を突っ切る走りを警戒していた。

直線で誰も居ない場所を走って速いのなら、外側を走らせない。

自分が外に付いて膨らまさせず、内を走る他のウマ娘を壁にする。

ダービーは速いだけでは勝てはしない、位置取りすらも強さの内と、全力の駆け引き。

 

「あら、付いてこれるかしら?」

「後で吠え面かかせてやるわ」

 

 内側には複数のウマ娘、最後の四コーナーでどれだけ彼女の横に付けれるか。

負ける気で走るウマ娘など、この場に一人も居はしない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『マイネルマクロス逃げる逃げるおそらくこれは1000m58秒を切った!大きく開いてコスモバルクとメイショウムネノリ付いていきます!』

 

 マイネルマクロスはとにかく必死だった。

自分には逃げしかない、自分にはおそらく中距離の適性は無い、自分に2400mをこのペースで走り切るスタミナは無い。

だが、それがどうした。

走るのが辛い?距離が長い?適性が無い?そんな言い訳を並べ立てて最初から諦めるくらいなら、今この場で走っていない!

 

 コスモバルクとメイショウムネノリは静かに焦っていた。

ペースが速い、このままでは最後の直線で伸び切れないかもしれない。

しかし前を行くマイネルマクロスの必死の走りは全体のペースを確実に上げている。

ならば他のウマ娘も…?

仕掛け所を間違えれば一気に後続に飲み込まれる緊張。

じりじりと不安が胸中を焼いた。

 

『その後ろにまた離れてヴンダーが続いているダイワメジャーはその後ろ!インコースにはマイネルデュプレ外にマイネルブルック!後ろ外にアドマイヤビッグその後ろにキングカメハメハでありますどっしり構えている!』

 

 キングカメハメハの前を走る五人は後ろから威圧感を感じながらも自分を抑え、ペースを守ろうとしていた。

G1レースを走るウマ娘として、仮にプレッシャーをかけられても常ならば跳ねのけていただろう。

しかし、今のこの状況がそれを覆す。

マイネルマクロス必死の大逃げ、それに付いていく前の二人に、仕掛けるタイミングを誤ればそのまま逃げ切られる。

まだ早い、そのタイミングではない、見極めろ!

じっと前を見据え、タイミングを計る。

 

『後ろ内側グレートジャーニー外にハイアーゲーム、バ群を引き連れコスモサンビームは只今最後方!』

 

 後ろを走るウマ娘達も黙ってはいない、脚を溜め、風除けに使い、今か今かと動く瞬間を待っている。

ペースは間違い無く速い、だが最も警戒すべきウマ娘がそのペースをほぼ落としていない。

否、むしろ少しずつでも速めているようにすら見える。

 

『さぁ残り800を切る三コーナーから四コーナーへマイネルマクロス差が詰まってきた四コーナー手前コスモバルク先頭に立つ!』

 

 マイネルマクロスの息が上がってきたと見た瞬間、コスモバルクが外を周って先頭に立ち、後続が一気に動いた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(――っ此処!)」

 

 四コーナーに差し掛かろうかという時に、ハイアーゲームは減速せずに加速する。

狙うはキングカメハメハのさらに外、此処からやつに好きに走らせれば毎度の如く、誰も居ないド真ん中を貫いて走るだろう。

そうはさせない、貴様に好きにやらせるものか!

 

「――っこいつ!」

「言ったでしょ。付いてこれるかって!」

 

 だが、そんな事はキングカメハメハも解っている。

故に彼女もコーナーで加速、インコースを付かれても関係無い、直線で纏めて千切ると大きく膨らむ!

 

「ん舐ぁめるなぁぁ!」

 

 しかしハイアーゲームにも意地がある、切り返し、僅かにキングカメハメハに遅れるも己も誰も邪魔する者が居ないバ場のど真ん中に躍り出る!

 

「直線走んのが速いのはあんただけじゃないのよ!」

「こっちだって皐月の借り返さないでいらんないのよ!」

 

 そしてインコースを周ってコスモバルクを差したのは皐月賞で半バ身の差をつけられて負けたダイワメジャー、しかし残り400mの時点でキングカメハメハが先頭に立つ!

 

『コーナー周ったキングカメハメハ完全にバ場の真ん中!バ場の真ん中外にハイアーゲーム内にコスモバルクしかしさらに内ダイワメジャー差を詰める!』

『だがキングカメハメハ伸びる三バ身四バ身後続を引き離す!』

 

「いいわ!熱いわね!燃え滾る!」

 

 トップスピードに乗り直線を走る火山弾、そのままの高温で駆け抜けるのか、否。

 

「ずぅっとチャンスを伺ってたわね!いいわ熱いわ燃えるわぁ!」

 

 

――――――――――――――――

 

 

 そのウマ娘はレース中、ずっと我慢をしていた。

目立たぬよう、気づかれぬよう、順番も後方二番に付けて誰からも忘れられるよう。

キングカメハメハの走りは映像でもずっと見ていた。

コーナーで外で抜け出しコースの真ん中を突っ切って、誰より速くゴール。

あれを破るには何が必要だ、どうすればいい、考えて考えて考えて。

――最後方、ロングスパート、彼女を上回る最大外から。

インコースは、捨てる。

それよりも、加速を取る。

途中のラップなど捨てていい。

ゴール板を最初に駆け抜ければいいだけだ。

コーナーを最大限加速に使い、彼女も意識してないさらに大外から、勝負をかける。

我慢して我慢して耐えて耐えて、逸る心をじっと底に沈めて。

最後のコーナー、響く『心の底からの雄叫び』。

 

 

――――――――――――――――

 

『いや大外から!大外から!ハーツクライ上がってきたぁ!ハイアーゲームを抜いて迫る!』

 

「おおおおぉあああぁぁぁあああぁ!!!!!」

 

 気づかれていた、関係無い、此処までくればあとは全力で走るだけだ、絶対に抜く!

 

「いいわね!大好きよ!でも勝つのは私!!!」

 

 しかし雄叫びに呼応し火山弾がさらに熱を帯びる。

もっと速く、もっと熱く、己こそが最強なのだとこの満天下に示す為に!

 

『大外からハーツクライ!ハーツクライ!しかし!先頭はキングカメハメハ!キングカメハメハ!今!最強の大王が降臨した!!!』

 

 その差、一バ身半。

 

『キングカメハメハ強し!今、最強の大王が!三つの冠を携えた大王が!府中のターフに舞い降りました!』

 

 レコードタイム、2分22秒9。

この日本ダービーはウオッカが記録したそれまでのレコードタイム2分24秒5を九着までが上回り、十着もレコードタイ記録と、『別々の年に出ていれば十人のダービーウマ娘が存在したレース』と記録が打ち立てられた。

そして、『大王』キングカメハメハ。

前人未到の大記録、変則三冠、達成。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「いいね、これがダービーかぁ」

 

 やはり重賞レースは熱がある。

チーム・レグルスはできるだけG1レースを走らせようと決めていたが、一年目は流石に数が少ない。

メイクデビュー後は軽くオープン戦を走らせた後、年末のG1に直行しようと思っていたが。

 

「んー。そうだね。ダートは無いからしょうがないけど、G2もG3も出なきゃ勿体無いか」

 

 津上あきは予定を変更する。

横できらきらした眼をレース場に向けている幼馴染をあまり我慢させたくないなぁと思いながら。

 

「一番早いのは7月。函館かぁ」

 

 チーム・レグルス。

いずれ『双璧』を打ち破り、ただ一つの『最強』の座につくチームが、始動する。




熱いレースがあれば別にあんま主人公が出てこなくても十分じゃない、十分でしょ?(おめめグルグル)


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第十四話 とうとう始まるレグルスの初重賞レース、独自設定タグが働く働く

待たせたな!とうとう翔子ちゃんがトゥインクルシリーズで走るよ!
一筋縄ではいかないライバルもこれからたくさん出てくるんだろうね!


 キングカメハメハの走ったダービーより約二ヵ月後。

函館レース場は常ならぬざわめきに満たされていた。

 

 G3、芝1200m、函館ジュニアステークス。

日本の多くで使われる芝と異なり、海外と同じ質の芝で行われる中央重賞レース。

地方所属のウマ娘も出走できる中央重賞であり、地方ウマ娘が勝利した場合、年末に行われる中央ジュニアG1三レースの内、一つへの優先出走権を得られる。

メイクデビューした一年目にのみ出走できるレースにして、6月にメイクデビューしたウマ娘にとって初めて出場可能な重賞レースであり。

このレースに出走するウマ娘達の『多くは』メイクデビューに勝利したウマ娘か、地方ステップレースにて勝利した地方所属のウマ娘である。

ただし、規定上として、この重賞レースは『メイクデビュー前のウマ娘』も出走を可能としている。

 

 勿論、重賞とは簡単に勝てるものではない。

例えそれがデビュー一年目限定のものとしても、メイクデビューすら勝っていないものが出走するのは普通、無謀とされる。

それがトレセン学園に入学したばかりの一年生となれば尚更だ。

 

 トレセン学園ではデビューしてから三年間をそれぞれジュニア、クラシック、シニアの一年ずつに区切っている。

そしておおよそのウマ娘は入学してからの一、二年をトレーニングに費やしてからデビューする。

中等部三年間を身体を作る事に使い、高等部からデビューする者も珍しくない程度には、トゥインクルシリーズは魔境なのだ。

レグルス達の面々と同じ世代のクラシックを走る、リギルのキズナも、同じ中等部とはいえ、年齢的には彼女達の先輩である。

 

 身体も出来ていない、レースの経験すらない中等部一年生が、幾ら規定上可能としても重賞レースに出走するなど、普通ならば一笑に付されるか、勝ち抜いてレースに出場したウマ娘達を侮辱していると怒りを買うものだろう。

しかし、今、この函館レース場ではそうなっていない。

それは何故か。

 

 上がり3F、30秒0。

その彼女にはトゥインクルシリーズ前走の記録が無い為、出走表に記されるのはトレセン学園にて改めて計測されたトレーニングタイムであるが。

中等部一年生、メイクデビューすらしていない新バ、ディープインパクトのその記録は、このレースに出る全てのウマ娘に警戒を抱かせるに足るものだった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

「翔ちゃんどう?ワクワクしてる?」

「ん。そうだね。楽しそう」

 

 パドック入り前、控室にて、あきはディープインパクトと会話をしていた。

まるでピクニックをしに来たかのようにウキウキしている幼馴染は、きっと自分に向けられている警戒と闘志を感じ取っているのだろう。

それに、出走表を見れば一人、面白そうな相手が居たのもあるだろう。

そのウマ娘は、トレセン学園にてリギルと並び、『双璧』と称される強豪チーム、スピカに所属しているウマ娘らしい。

ディープインパクトは3枠5番、件の彼女は1枠1番。

少し離れているが、まぁ、あきの見立てだと二人とも、枠番は関係無いだろう。

 

「うん、そうだね。楽しんできなよ!ボクもきっちり応援するからね!」

 

 今回は幼馴染四人組はお留守番の為、模擬レースの時に没収された応援グッズはばっちり完備である。

はちまき(刺繍自作)、団扇(イラスト自作)、はっぴ(シルクプリント自作)、タオル(染色を手製)、ペンライト(市販品カスタム)、あきの準備に手抜かりはない。

ライブでのコール&レスポンスも、動きがキレッキレのオタ芸も、あきは完璧に披露してくれるだろう。

 

「うん、頑張るね」

 

 なお、ディープインパクトはそんな応援してくれるあきを素直に喜べる品の良いぽやぽやお嬢様なので、今この空間にツッコミは不在であった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

ゲートイン前、ディープインパクトは1枠1番のウマ娘を見る。

学園の強豪チーム、スピカ所属のウマ娘。

速いのだろう、まるで周りをシャットアウトするかのように集中している。

なんとなく、本当になんとなくだが、模擬レースで使った威圧感は今回使わない方が良い気がする。

いや、むしろ。

ならば、取るべき戦法は――

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

『さぁ始まります芝1200m、函館ジュニアステークス。出走するのは十四人、果たして勝つのは中央のウマ娘か地方のウマ娘か、地方は中央G1への切符を掴み取れるのか』

『全てが決まる一分半未満、今!スタートしました!』

『おっとロケットスタートを決めたのは3枠5番と1枠1番のウマ娘!』

『これがデビュー戦中央所属のディープインパクトと!』

『同じく中央所属チームスピカのカブラヤオーだ!』

 

 このコースは短い、最初から速度を出して走り切る。

ディープインパクトはその鍛え抜かれたフィジカルに存分にモノを言わせている。

スタートを決めてハナに立つ、そのつもりだったが、しかし。

 

『ハナをとったのはカブラヤオー!後ろにぴったりディープインパクトがつける!逃げる逃げる五バ身六バ身どんどん引き離す二人旅!』

 

 注目していた相手は大逃げ。

先頭を取るのは自分だとディープインパクトに目もくれずハナを主張する。

 

「(――いや、多分違う。これは)」

 

 ディープインパクトは、メラッと闘争心をほんの少しだけ、威圧感として相手に飛ばした。

カブラヤオーの速度が少しだけ上がる。

自分も速度を上げて、また少しだけメラッと足を竦ませる威圧感を飛ばしてみた。

カブラヤオーの速度がまた少し上がった。

 

「(――面白い)」

 

 全く理由は解らないし、どのようにしているかも解らないが、彼女は『自分に飛んできたプレッシャーをそのまま速度に変えて』いる。

間違いなく速く、間違いなく強いウマ娘だ。

やはりトレセン学園は、トゥインクルシリーズは面白い。

いろんなウマ娘が居て、とても勉強になる。

自分ももっと強くなれる事間違いなしだ。

ディープインパクトはとても嬉しくなって、喜びの感情を全開にして笑った。

 

 カブラヤオーの速度が凄く上がった。

 

 勿論、ディープインパクトは離れずに追いかけた。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

『これは何バ身離れているのかいやこれはメートルか!先頭二人後続をさらに突き放しスピードを上げたぁ!』

 

「おいおい、カブラヤオーの逃げ足についていくのかよ……」

 

 アンダーリムの眼鏡をかけた男性、スピカのトレーナーは頭をがしがしと掻いた。

強いのは解っていた、妹弟子から聞いたのもあるし、練習を見ていたのもある。

しかしディープインパクト自身が『得意なのは差しや追込み』とレース前のインタビューでも答えていたのは何だったのかという走りだ。

あの大逃げで差し・追込みが得意とは、とんだ詐欺だ、と考えて、気づく。

スピカのトレーナーは柵を掴み身を乗り出して走るディープインパクトを見た。

 

「……違う。『あれ』が、あいつの短距離での差しのペースか!」

 

 そう、ディープインパクトが取った戦法は、『差し』。

『大逃げ』カブラヤオーに対し、ああも簡単に先頭を譲ったのは、『その方が都合が良かった』から。

そしてレースは、勝負の第四コーナーに入る。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

『カブラヤオー内ディープインパクト外から四コーナーを周る!減速しない止まらない二人のデッドヒート!』

 

 ディープインパクトはカブラヤオーに感謝していた。

彼女の走りはとても面白く、参考になった。

この破滅逃げを支える脚と強い心肺機能は、天性の才能もあるだろうが、良いトレーナーと巡り会えたのが一目瞭然として解る。

やはり強く、速いウマ娘とレースするのは良い。

だから、彼女には本気を見せよう。

凄く楽しく、面白いレースをしてくれたお礼だ。

また彼女と走りたいと、ディープインパクトは心から思った。

 

 ぐん、と姿勢を低くする。

頭を相手の腰まで下げて、しかし顔は決して下げず、蹴った力を全て前へ前へと進めるように。

 

『最後の直線ディープインパクト身体を低くしさらに加速ゥ!カブラヤオーを抜いたぁ!』

 

 重力が身体を縛る。

けれど彼女の走りは、それを真正面から否定するかのように。

 

『飛んでいる!ディープインパクトが飛んでいる!まるで直線飛行!ディープインパクト今一着でゴォールインッ!』

 

 まるで天を翔けるが如く、ゴール板を通り過ぎた。

 

『二着にカブラヤオー、カブラヤオーです!彼女も強い走りを見せてくれました!そして今、かなり離れて三着ゴールイン!』

 

 そのタイムは、1分05秒1、上がり3Fは事前タイムと同じ、30秒0。

 

『ディープインパクト、これがデビュー戦にして重賞レース初勝利となります!デビューを重賞勝利で飾りました!これはとんでもないウマ娘が出てきました!』

 

 芝1200m日本レコードを超え、世界レコードを記録した。

 

 ディープインパクト、衝撃のデビュー戦。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「あの、カブラヤオーさん」

「はっ、はぁっ、はっ、ふえ?」

 

 減速して止まって息を整えたディープインパクトが、同じく減速して止まって息を整えているカブラヤオーに話しかけた。

ディープインパクトはとても上機嫌そうに笑って。

 

「また、一緒に走りましょう?」

「     」

 

カブラヤオーは逃げ出した。

肩で息をしていた筈なのに、何故かそれを感じさせない速さで控室までの道を駆け抜けた。

後に残されたディープインパクトのきょとんとした顔が、印象に残る形でカメラに写されているのであった。




ちなみにライバルは(年代不問で)どんどん出てくるでな!なお勝てるとは(白目)


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第十五話 明かされるもう一つのヤベーチームの面子

とうとうこのお話でトレセン学園の双璧チームの面子が明かされます。
何度も言うがレース結果とかはかなり変わってるんで『モデル馬はこうだったじゃん!』などのツッコミはしないように。
全てはウマ娘ワールドの奇跡よ…オヌシ達が望めばナイスネイチャが三冠を取るように…
キングヘイローが全G1レースを制覇するように…ハルウララが有マ記念を勝つように…
ヒトの願いが定められた運命を覆すんじゃ!(迫真)


 カブラヤオーはトレセン学園でもストイックでミステリアスなウマ娘だと思われている。

授業中、お喋りを一切せずに集中し、先生に当てられても答えだけを端的に答える姿や、授業が終われば忽然と居なくなり、気づけば放課後に一人ジャージ姿で走る姿。

クラスメイトが遊びに誘おうと話しかけようとしても、そもそもその場に居らず探してみたらトレーニングコースで走っていた、なんて事もざらだ。

寡黙で本当に必要な事以外喋らず、ストイックで何より走っていたい。

いつの間にか誰より先に教室から消えている事から、あの人は普段から走る事ばかり考えているのだろうな、それ以外あるのかな、など、神秘的であるとすら見られていた。

コースを鬼気迫る顔で走る姿は、きっと誰よりも勝ちたいと、走る事に真面目なのだろうと。

 

「ト゛レ゛ェ゛ナ゛ァ゛~゛!!こ゛わ゛か゛っ゛た゛よ゛ぉ゛~゛!゛!゛!゛」

「わかった!わ~かったから!顔を押し付けるな鼻水、鼻水が!」

「ひ゛え゛え゛え゛ぇ゛え゛え゛ぇ゛え゛!゛」

 

 その認識はとんでもない間違いである。

寡黙なのは何を喋ったらいいのか解らないだけだし、話しかけられる前に居なくなるのも話しかけられるのが怖いだけだし、よくトレーニングコースを走っているのもトレーニング中は誰かに話しかけられないからである。

遊びに行くなんて無理だ、何をすればいいか解らないし何を話せばいいか頭に何も思い浮かばない。

普通に話せばいい?その普通ってなんだよわかるわけない他の人こわい。

こっちは部屋の隅の端っこで固まってるからどうかお願い話しかけないでどうか放っておいて(懇願)

カブラヤオーとは、そんなビビリネガティブ根暗コミュ障ウマ娘である。

そもそもトレセン学園に来たのだって、お部屋に引き篭もっていたいのを、両親にいいから走ってこいと叩き込まれたのだ。

入学試験を受けないというのは、ご飯とお部屋を人(?)質に取られて、受けないという選択肢は奪われてしまっていた。

トレーナーにスカウトさえされなければ…と思えば、何処からかトレーナーすら見つけてきて、全方位逃げられない状態でトレセン学園に放り込まれた。

走る事に真面目なのは本当だ、何せご飯とお部屋とインターネットがかかっている。

インターネットの掲示板とかで、自分よりだめな人を見ると少しだけ安心できるのだ、書き込む勇気は無いが。

 

 そんな放っておけばニート一直線のカブラヤオーだが、神が憐れんだのか、それともその能力だけに全て割り振られて他は全部要らないと捨てられたのか、走る能力だけはピカ一だった。

恵まれた心肺機能、天性のスピード、クラシックディスタンスを全力で飛ばしても耐えきる身体、ネット弁慶にすらなれないミジンコより劣る根性と比べ、走る事だけは一級品なのだ。

それをカブラヤオーの両親からも見せてもらっていたトレーナーは根気よく接した。

自分は味方だ、怖くない、どうか一緒に走ってくれないか。

おどおどして何を話せばいいかわからないカブラヤオーにも返事があるまでじっくり待ち、少しずつコミュニケーションを取っていった、結果。

『トレーナーさんなら養ってくれる』と調子に乗ったので全力で併走させた。

有無も言わせずトレセン学園に放り込んだご両親が正しかったのだなぁ、としみじみとスピカのトレーナーは実感した。

 

 しかしそれでも問題は尽きたわけではない、何せカブラヤオーの勝負根性は捕食者が居ない環境のミジンコにすら負ける。

どのくらいかと言えば、『前にウマ娘が居たら怖くて前に行けない』くらい。

闘争心というのが欠片も無い事に、トレーナーも一度は頭を抱えたが、そこは発想を逆転させた。

前に誰か居たら走れないのなら、後ろから追わせればいいんじゃね、と。

普通なら考えついても即座に棄却するようなバカげたものであるが、カブラヤオーがレースで勝つにはそれしかない。

闘争心が欠片も無いなら、恐怖心で前へ前へ進ませれば良い。

プレッシャーもバ群に追い込まさせようとしても、それを感じ取れば取るほどカブラヤオーは加速する。

こうして、狂気の逃げウマ娘、カブラヤオーが誕生した。

 

 だが、これも問題が無いわけがなかった。

何せ『一度でも抜かれた瞬間、もう先頭に行けない』。

抜かれた瞬間、前に行こうとする恐怖心が先に行きたくない恐怖心に変わるのだ。

つまりディープインパクトにコーナーで抜かれた後の最後の直線、カブラヤオーは全力で走れていない。

そうでなければ、控室まで全力で逃げては来れていない。

今回は後続が離れていたので、前に行けずとも後ろから追われる恐怖で二着になれたが、課題は未だ多かった。

 

「死ぬんだぁ、私このままみんなに見捨てられて干物になって一人さびしく死ぬんだぁ」

「んだよまーたウジウジへばりついてんのかオラ、ちゃっちゃ離れろ、お前これからライブだろーがよーオラオラー」

「ひいぃ、むり、ライブむりぃ」

「ぐえぇぇ、締まってる、オルフェ、締まってる!」

 

 顔面ぐちゃぐちゃでトレーナーの服に粘液を染み込ませていたカブラヤオーをライブに向かわせるべく、レース場に付いてきていたもう一人のスピカ所属のウマ娘が引き剝がそうとする。

彼女の名はオルフェーヴル。

クラシック三冠ウマ娘であり、今はドリームシリーズを走る、スピカ所属では最強と見做される名ウマ娘にして希代のクセウマ娘である。

同チーム所属、同じく今はドリームシリーズに所属する、『トリプルティアラウマ娘』ブエナビスタとどちらが強いかは今でも取沙汰されているが、どちらが見ててハラハラするかは圧倒的大差でオルフェーヴルという程。

クセウマ娘っぷりはトレーナーに対しても変わらずで、尋常じゃなく手を焼くのだが、しかし。

何故か同じチームスピカ所属、今のクラシック世代を走るハーツクライと、カブラヤオーと同じ世代を走るジャスタウェイには良い先輩しているという、ちょっとトレーナーにもどうにも読めないウマ娘である。

日本ダービーで激走し、休養中のハーツクライにブエナビスタとジャスタウェイはついているので、オルフェーヴルもてっきり残るかと思っていたが何故か函館の方についてきた。

 

「それじゃダメだぜオルフェ、いいか、こいつを使うんだ」

「おっ!よっしゃオジュウ!行くぜー!」

「ちょっと待てその練りカラシをどうする気だ!?待て!落ち着け!ぐわーっ!?」

 

 そして何故かチームメンバーでも無いのにスピカのチーム室に良く入り浸るウマ娘、オジュウチョウサン。

トゥインクルシリーズの平坦芝競走と比べると些か下火だが、障害物芝競走での絶対チャンピオンに君臨したウマ娘である。

勿論ドリームシリーズでも大暴れしているし、何ならたまに平坦芝の草レースに出て勝ってるなどちょっと理解不能な事をやっている。

こっちの方は本当に何で来ているのか、スピカのトレーナーはまるで理解できない。

オルフェーヴルと同じく何故かハーツクライとジャスタウェイとは仲が良く、不思議とオルフェーヴルとウマが合うようなので、もしかして自費でついてきたのか、函館まで。

 

 ともあれ、二人のウマ娘の活躍(?)により、カブラヤオーは無事ライブに連行されたのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 カブラヤオーがライブに連行された後、控室にて。

 

「それで、オルフェ。どうだったんだ?」

「あぁ、ありゃーヤべーな。真夏に常温放置した納豆と同じくらいヤベー」

 

 相変わらずどんな例え方なのか読解は不可能だが、オルフェーヴルの眼から見てもディープインパクトはヤバイらしい。

まぁ、中等部一年で世界レコード叩き出すウマ娘がヤバくなければ何なのだという話にもなるが。

 

「でもあいつ今年のURAファイナル出れねぇんだろ?なんだよ運営無能修正パッチ当てろよなぁ」

「オジュウ、お前本当何でいるの…いややっぱ言わなくていい」

 

 視界の端に見える土産袋を見るに存分に観光も楽しんできたらしいが、オジュウチョウサンが何で此処にいるのかは考えても無駄である。

むしろ観光がメインでこっちに来たのがついでとか、このウマ娘には普通にある。

 

「URAファイナルの件は仕方ないだろう、あれは無所属やジュニアのウマ娘も確かに参加できるが、それも十五歳からだ」

「十五歳未満のウマ娘が参加する場合、クラシックもしくはシニアのレース走ってるのが条件だってんだろ?」

「んなこたー知ってるけどよー、でもアタシがアイツとヤれんの最速で来年のURAファイナルじゃねーかー。おいおいどんだけ待たせんだおいよー」

「おいオルフェ脇腹殴るな、本気じゃないの解るが地味に痛い、痛いって言ってんだろ!」

 

 トレーナーの脇腹をデュクシデュクシと言いながらパンチするオルフェーヴルだが、ドリームシリーズに移行する時は本当に揉めた。

過去、トゥインクルシリーズはジュニア、クラシックはそれぞれ一年限りだが、シニアは引退、もしくはドリームシリーズに移行しない限り何年でも走れたのだ。

ただ、中央地方無所属全てのウマ娘が参加できるURAファイナルの設立以降、シニア期の故障率の多さも鑑みられて、規定が変わった。

『ジュニア・クラシック・シニアの三年間でG1レースを三回以上優勝したウマ娘、もしくはトゥインクルシリーズにて三十回以上レースに出走したウマ娘』はドリームシリーズに確定移行である。

オルフェーヴルは勿論クラシック時点で前者の条件を満たしており、シニアの一年目を終えればドリームシリーズに確定移行であったわけだが、シニアで参加した凱旋門賞を二着で敗れたのが世間的には余程悔しかったらしい。

何とかもう一年延長を!と署名運動も起こりかけたが、オルフェーヴル自身の鶴の一声で騒動はやっと収まったという事があった。

 

「まー負ける気はしないけど?あれを育てたやつぁー、まーすげーんじゃねーかなー」

「……そうか、ありがとよ」

「なんで礼を言ってんのかわかんねーなー」

 

 ディープインパクトを見て不安になった心を読まれたかもしれない。

だが、その上で『お前だって凄いだろ』と不器用な心遣いをされたようで、トレーナーとしてありがたいやら、情けないやら。

いつも手間をかけられ振り回されても、それが嫌ではないのは、自分がウマ娘が好きなのもあるだろうが、きっとこういう事なのだろう。

カブラヤオーに限らず、チームのウマ娘を勝たせたい。

ディープインパクトに負けたくない。

スピカのトレーナーは、改めて心を決めた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 絶対に負けたくないと決心して、ともあれまずはカブラヤオーの応援をしようと足を運んだライブ会場にて。

 

「キャー!こっち向いてー!チュウしてぇー!ハイ!L!O!V!E!L!Y!ラブリー翔ちゃん!キャー!」

 

 そこには、最前列被りつきでハチマキ団扇ハッピタオルコンサートライト完備でキレッキレのオタ芸で踊り狂うディープインパクトのトレーナーが居た。

凄い目立っている。

応援の熱烈っぷりもそうだが何ならバックダンサーよりキレッキレのダンスで、テンポ良くハイ!ハイ!と声掛けまでして注目を浴びている。

その上で『そんなもの知った事か!』とばかりにたった一人の熱量でG1レースライブ並に会場を盛り上げていた。

なんならキレッキレのオタ芸ダンスと団扇応援で分身してるかのようにすら見える。

いや今姿がブレなかったか?どういう身体能力しているんだ!?と、スピカのトレーナーの脳内が混乱に満たされた。

 

「ありゃーヤベーな。買い物袋に入れたまんま忘れて放置して三日目、発見した未開封のアイスくらいヤベー」

 

 例え方は相変わらず解らないが、オルフェーヴルの感じたヤベー度合いだけは十分に伝わった。

だが自分はそのヤベー度合いに負けないくらいに頑張らねばならない。

まずはオタ芸の練習からしなければならないのかと、スピカのトレーナーの決心はちょっとぐらついた。




この後無事正気に戻ったのでただちに問題はありません(棒読み)


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第十六話 夏休み期間はどうするって?合宿だよ!

新設チームでジュニア走ってる子達ばっかだから合宿いけない…じゃあこうするんだよ!っていうお話。


 さてディープインパクトが衝撃のデビューを果たして数日後。

世間は夏休みシーズンが到来していた。

しかしトレセン学園においては八月はその限りとはならない。

なんなら夏開催のレースもあるし、むしろトレセン学園に所属するウマ娘はほぼ丸々一年トレーニングとレースに費やすのが普通である。

となれば世間様が夏休み期間だのなんだので浮かれている時、トレセン学園の生徒達は何をしているか。

そう、夏の合宿である。

 

 さて、夏の合宿であるが新設チームであり、まだデビューしたての新人ウマ娘ばかりしか居ないレグルスでは合宿所の予約ができなかった。

だが持つべきものはコネである。

キングカメハメハの縁で繋がりがあるチームリギルに一緒に合宿しないか提案して、そこからなんともう一つの強豪チームであるスピカも合同で合宿する事になった。

なんでも東条ハスミトレーナーはスピカのトレーナーの妹弟子でもあるらしい。

意外な繋がりに驚きながらも、合宿人数が増えて施設やトレーニング器具が豪華になるのは良い事だとあきは考えた。

なにせトレセン学園双璧チームの合同合宿だ、使える場所も機材もそりゃあ豪華である。

来年はレグルスだけで合宿する事もあるかもしれないし、書類のノウハウなどを教えてもらう事にもなった。

これは合宿で恩を返さなければなるまい。

あきはそう決心した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 青い海、輝く太陽、白い砂浜、そして転がる死屍累々。

リギル、スピカ、レグルスのチーム合同合宿は、今まさに地獄だった。

 

 何をやっているかと言えば、体幹トレーニングである。

ただし、条件が異常だった。

レグルスのトレーナーがどこからか持ってきたバネギブスを着せられ、身体各所に重りがつけられ、ツルツルの金属球の上に置かれた板の上でひたすらバランスを取り続けるのだ。

バネギブスは強力で放っておけば腕が身体の横にぴったりくっつけられるというのに、腕は肩まで上げて水平を保てという。

足は必ず肩幅まで開きその上中腰でバランスを取り続けろというのだ。

キツさが尋常ではない。

まずは三チーム全員合同での訓練ということであるが、最初からこんな飛ばして大丈夫なのか。

だがトレーナー自身が『はい、こうやってね』と、目の前で実演されたらやらないわけにはいかなくなった。

レグルスのメンバーの四人が虚無を見つめる魚のような眼でギブスを受け取り、ディープインパクトだけが『頑張る』とふんすふんすしていたのが印象的だった。

 

 まず開始十分でスピカのカブラヤオーが沈没した。

まず他のウマ娘に囲まれている事とディープインパクトがじっと見てきた事に耐えきれなかったらしい。

み゛ぎゃあ゛と女子としてはどうかと思われる悲鳴を上げてリタイア。

 

 次にリギルの新人キズナとスピカの新人ジャスタウェイが二十分で音を上げた。

腕を上げていられなくなり、バネによってバチンと体の横に腕を張り付けてリタイア。

メイクデビューしたばかりのウマ娘として頑張ったが流石に無理だったようだ。

 

 開始三十分ではディープスカイとハーツクライがリタイア。

長距離を走るには厳しいスタミナのディープスカイと、あきの特別ケアを受けていなくて、レコードを大幅に更新した激走の日本ダービーの疲労が抜け切れていないハーツクライは此処が限界。

 

 次はしばらく待って五十分、キングカメハメハ、アパパネ、ブエナビスタが揃ってダウン。

変則三冠ウマ娘、トリプルティアラウマ娘の意地を見せた素晴らしい根性だと言えるだろう。

ブエナビスタは空腹で盛大に腹の音を響かせていなければもう少しだけ耐えられたかもしれない。

 

 そして一時間であきから終了の合図が出された。

達成者はチームレグルスメンバーとオルフェーヴル。

あきの手によってギブスを脱がされた六人は、終わったと大きく息を吐いた。

ただしラインクラフト、シーザリオ、カネヒキリ、ヴァーミリアンの四人は息も絶え絶えで、オルフェーヴルも『やっぱこいつヤベーわ』とかなり疲れた表情。

ディープインパクトも流石に疲れた表情でゆっくり息を整えていた。

 

 一方あきはギブスと重りをつけたままぴんぴんして機材の片づけを始めていた。

 

 レグルスのメンバー以外が『こいつマジか』と目を見開き、幼馴染四人は『そうだろうな』と遠い目で見て、ディープインパクトだけ手伝おうとして体を休めるよう窘められていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 トレーニング後はあきによる身体のケアである。

これにはリギルとスピカの両トレーナーとどうやら二人に呼ばれて一緒に来ていたアグネスタキオンが一緒になってデータを取っていた。

その場でのサプリ調整や各人に合わせたケアをしているあきを見るアグネスタキオンの眼がどんどん怪しくなっていき、『是非とも私の下で実験器g…げふん、助手を』『君が居るだけで実験機材費がどれだけ浮くか』など妙に熱烈に誘っていたのが印象的だ。

助手の男性とディープスカイが一緒になって抑えていたが、『離したまえよぅ!浮いた費用でどれだけ研究が進むかぁ!』と未練タラタラだった。

 

 食事もあきの手製である。

ウマ娘達の疲れた身体に染み渡るような味で、あのカブラヤオーですら目を輝かせて御代わりしていた。

調理を手伝ったというアグネスタキオンの助手の男性とあきが何故か専門用語飛び交う料理談義をしていたのも印象に残っている。

一方ブエナビスタは御代わりをしすぎて腹をぽっこり膨らませており、食べすぎをスピカのトレーナーに叱られていた。

 

 昼食が済み、食休みが終われば個別トレーニングである。

スピード、パワー、スタミナ、メンタル、レーステクニックなど、それぞれ鍛えたい箇所別にばらけてトレーニングをする。

カブラヤオーはそのまま部屋に引き篭もろうとしてたが、オルフェーヴルに強制的にメンタル訓練へ引きずられていった。

 

 個別トレーニングが終わればまたケアをして、あきの手製の夕食を食べ、自由時間の後、就寝。

これを基本として、約一ヶ月この合宿は行われる。

 

 さて、このような合宿が何故開催されたのか。

新設チームのレグルスにチーム合宿というものを教えよう、というだけならリギルだけでも足りた筈だ。

それを何故ライバルチームと言えるスピカや、研究者のアグネスタキオンまで巻き込んだのか。

いずれレグルスが台頭するであろうから、今の実力を測っておきたいというのもあるだろう。

だがそれよりも何よりもこの合宿で重要視された事は、『ウマ娘を故障させない方法』の探求だ。

 

 ウマ娘がレースを走る場合、故障とは切りたくても切れない、どうしてもついて回る問題だ。

故障と無縁でトゥインクルシリーズを走り抜けられたウマ娘など、本当に数えるくらいしか居ない。

トゥインクルシリーズを走るウマ娘は大なり小なり怪我を抱え、酷い時には故障を理由に引退する。

速さを求めれば故障は必ず発生し、それを如何に抑えるか、故障が発生したとして、如何に短い期間で立ち直らせるか。

ウマ娘による競走が始まって以来、どのウマ娘もトレーナーも頭を抱えてきた問題である。

 

 だが其処に現れたのが津上あきだ。

彼女が担当したディープインパクトは、一日に2000mと2400mを走って翌日もぴんぴんしていた。

2400mなど明らかに限界を振り絞った走りを見せた筈なのに、である。

普通、そんな事をしたらウマ娘の脚は多少なりとも故障する。

むしろレースでなくとも、トレーニングですら怪我の可能性があるのだ。

だが、彼女の担当するウマ娘は他の幼馴染四人を含めても一度も怪我をしたことなど無いという。

 

 これは、もしかすればもしかするかもしれない。

些細な事でもいい、ウマ娘の故障する確率が1%でも下がるなら、やる価値はある。

そう考えて合意したリギルの東条ハスミとスピカのトレーナーは、以前からハスミが最新機材を頼んでいたアグネスタキオンを呼びこんで、この合宿で少しでも糸口を探る事を決めた。

勿論、あきにも協力してもらう手前、そういう事であるから頼めないかと許可は取ってある。

あき自身もウマ娘に故障してほしくない心は全く同じである為、これに快く応じた。

 

 そして調査してみて判明した事は、『津上あきのトレーニングとケアは極めて個人的才能により成り立っているが、ある程度の再現は可能』ということであった。

最初に、あきのトレーニングの土台になっているのは、これでもかと言わんばかりの骨の強靭化だ。

まずは此処が強くなくては話にならないと全てが『骨、在りき』となっている。

どれだけ速度を出そうが、どれだけ長く走ろうが、骨が強ければそんな問題は大抵が踏破できると骨を作り込む。

筋肉は全てが連動してるなら骨も全て連動させろと全身の骨を強化するのが文字通り骨子となる。

 

 次に鍛えるのが体幹である。

身体の中心を鍛えて鍛えて鍛えて、何があってもブレない身体とバランス感覚を刻み込み、エネルギーを良く取り込む内臓に強い心肺を作る。

全力の体当たりをされても微動だにしない身体の中心と、消化吸収の良い内臓で回復力を高め、心肺機能を強化し走る活力にする。

言うは易いが、実際にやるとしたら、食事の管理から呼吸の深さから何から何まで把握して鍛え抜く必要がある。

 

 そして最後に手足の筋肉である。

執拗なまでに鍛えられた骨格と体幹という土台に、まずは載せられるだけ載せた筋肉を想定し、其処から過剰な部分を削ぎ落し、さらに成長の余地を残すように調整してから、筋肉を作っていく。

まず『この部分にはどのくらい筋肉を載せられるか』を正確に解るのがおかしいし、そこから『骨は絶対に壊れないが最も速く走れる理想値』を弾き出せるのも訳が解らないが、やっている事は単純だ。

さらに筋肉はわりと容易く変動する為、適宜修正を加えていく必要がある。

 

 そう、あきがウマ娘の身体面に対しやっている事は、ある意味、個人の能力の上で成り立った最高のゴリ押しである。

 

 あき以外がこれをやろうとしたら、まず研究所を建ててそこに様々な検査機械を詰め込み、トレーニングしたりレースした直後にそこにウマ娘を突っ込み、様々な精密検査とプランの適宜修正を行うという、予算も手間も一人のウマ娘にかけるようなものじゃない事をやらなければならない。

ハスミもスピカのトレーナーもアグネスタキオンも、どうやったらこんなのを再現できるんだと頭を抱えたが、それで諦めるなら此処にまで来る前に、とっくに諦めている。

三人の心は燃えていた。

今はたしかに小さな一歩かもしれないが、いずれ全てのウマ娘が、故障と無縁の夢の世界へと至る一歩にするのだと。

 

 一方あきは面倒を見たウマ娘達にすっかり心を開き一緒に泳いだり遊んだり花火したりと夏休みをきっちり堪能していた。

 

 そして合宿は終了し、いよいよレースの時期となる。

ディープインパクトはジュニアの重賞をまた幾つか蹂躙し、ラインクラフトやシーザリオも年末のG1を見据えオープン戦を勝利。

カネヒキリやヴァーミリオンはダートレースが本格化するのは二年目からなので目立たないが、少ないレースの中でも存在感を放ち始める。

 

 そして残り二つのチームも黙ってはいない。

スピカのカブラヤオーとジャスタウェイもオープン戦で勝利を遂げ、ハーツクライは前哨戦の神戸新聞杯を勝利し、菊花賞への弾みをつける。

リギルのキズナもまたオープン戦を勝利し、キングカメハメハは毎日王冠に出走、見事勝利し、天皇賞秋を射程に捉える。

 

 目指すは十月後半、クラシックの冠とグランプリの冠。

一人は『大王』が不在とて、弱いウマ娘など居ないと示す為。

一人は『己こそがトゥインクルシリーズ最強』と、証を打ち立てる為。

 

 いざ、決戦の秋である。




どっちを先にやるかはその時の筆者が考えてるさ(適当)


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第十七話 菊花賞―叫べ、吼えろ、心の底から。最強の証明を―

多分二話くらいチートオリ主は直接出てこないと思う(小並感)
お気に入りがいつの間にか9000件超えててびっくり。
皆こんな妄想の書きなぐり見ててくれるんやなって…むしろ最近チートオリ主より他のウマ娘達の方を書きた(断線されました)


『【最も強いウマ娘が勝つ】と謳われる菊花賞。しかし、今年のクラシックこのレースに、世代で【最強】と見做された【大王】は居ない。

 だが、それは果たして、この菊の舞台を走る彼女たちが弱いと言い切れるものだろうか。

 今年の灼熱のダービー、そう単純に言えたものではないが、【世代が違えば十人のダービーウマ娘が生まれていた】とさえ言われる。

 一着から九着までが従来のレコードを更新し、十着ですらタイ記録という、彼女達が弱いなどと誰が言えるだろうか。

 誰かが言った、【空き巣狙いだ】と。誰かが言った、【所詮二位決定戦だ】と。言いたいヤツには、言わせておけばいい。

 誰が何と言おうと、私は、私達は知っているのだ。

 彼女達が本当に強いウマ娘なのだと』

 

 ―『週刊トゥインクル十月号 菊花賞特集』より―

 

 

――――――――――――――――

 

 

『――さて次のウマ娘は一番人気、大外からの一気を今日も見せてくれるのか、ダービー二着のハーツクライです』

 

 深く息を吸って、吐く。

夏の合宿を経て、ハーツクライは自分が驚くほど調子が良い事に驚いていた。

勿論、スピカのトレーナーとて何もしなかったわけではない。

むしろ彼は手を尽くしてくれていたが、どうしてもダービー以降の、身体の芯に鈍く残る疲労が取れなかった。

 

 休んでも、いっそトレーニングしても残り続けるそれを、どうしようかと悩んでいた時、津上あきトレーナーはこう答えた。

身体と脳がその全力疾走を覚えていて、休んで調子を戻そうとしようが、抑えた走りをしようが、速さを求める本能が『全力疾走の時はこんなもんじゃない』と無意識に求めている。

証拠に普通に走ろうとしても、全力疾走の時みたいに走ろうとしてて、バランスが酷くブレてるよ、と。

そして、そのブレから良く故障に繋がるから、そこを直していこうか、などと。

 

 そこからはもう大変だった。

トレーナー三人に研究者一人が顔を突き合わせて、まず何があってもブレない中心をだの、全力で走っても問題にならない土台を作るだの、専門的な話が飛び交い。

『バランスをしっかりさせるとつまりこういう事できるよ』と、透明なコップに入れた水を『一切揺らさず』自在に加減速して走るとかいう(頭のおかしな)実演を見せられ。

『身体と脳に全力の走りが刻み付けられてるなら、それを上回るバランス感覚を魂に染み込ませようか』などとトレーニングに追われている間。

気付けばいつの間にか、芯に残った鈍い疲労は、跡形も無く消えていた。

 

「――ふぅー」

 

 そうして気づいた事が沢山ある。

いつもうっすらと目の下に残っている隈、見せないようにしていても隠せない、僅かに荒れている顔の肌、机や書類に良く押し付けられて、そこだけ妙に傷んでいる服の袖。

トレーナーが、どれだけ自分達の事に心を砕いてくれていた――合宿中の食生活などによって加速度的に改善されていたが――のか。

 

 きっと、忸怩たる思いだったのだろう。

自分だけの力で、私達を治したかったのだろう、勝たせたかったのだろう。

でも、速く走る為に無理をしがちな私達ウマ娘の為に、そんなプライドを投げ捨てて。

 

 元より、負ける気でなんて走っていない。

けれど、それに何より応えたい。

 

『始まりますは菊の舞台、京都レース場芝3000m。今まで走った事のない未知の領域、果たして誰が一番強いのか』

 

          ガタン!

 

『今!スタートしました!』

 

 

――――――――――――――――

 

『先頭争いはまずエーピースピリットとブルートルネードが争うか、一周目の坂に向かいます。おっとコスモバルク上がってきます!モエレエルコンドルも追って二番手!』

 

 コスモバルクは先頭を取る気でいた。

あのダービーから自分の何かがズレているのは解っていた。

だが結局は自分の脚質は逃げだ、最初から先頭に立ち、自分のレースで勝つしかない。

事実、前走で逃げて勝てば自分の中のズレが修正された気がした。

この菊花賞でも、逃げて勝つ。

今までそんな例外が数えるほどしかいないなら、自分もそんな例外になってやるのだと。

 

『各ウマ娘スタンド前を通過していきます!グレイトジャーニー中団グループ、ハイアーゲームは中団後ろ!後方集団にスズカマンボとホオキパウェーブ、一番人気ハーツクライは後ろから四人目!』

 

 ダービーを走ったウマ娘達は、あの最後の直線を覚えている。

あの極限まで自分から意識を逸らさせ、大外から一気に詰めたあの走り。

無論コースも違えば、直線の距離も違うこの菊花賞で同じ事をやるかは解らないが、あの時と同じく追込みの姿勢。

警戒を怠る事などできない。

 

『先頭はコスモバルク、コスモバルク先頭でコーナーに入りました、二番手二人、コスモステージとモエレエルコンドル、三バ身ほど空いてブルートルネード四番手!』

『縦長の展開です、五番手油断できないデルタブルース、六番手にブラックコンドル、さらに開いて中団ストラタジェムとトゥルーリーズンが追走!』

『外目にケイアイガードとハイアーゲームこれも中団、後ろ内からエーピースピリット、その外にオペラシチー中団後ろに上がりました』

『後方集団にはグレイトジャーニー、スズカマンボ、ハーツクライにホオキパウェーブ、最後方にはシルクディレクターとカンパニーが控えています』

『向こう正面から二周目先頭コスモバルクが坂を登り始めました!』

 

 ハーツクライは落ち着いていた。

警戒されているのは解っている。

今も前から後ろから、意識をされているだろう。

ならば大外を周るあの戦法が使えない――わけがない。

 

『コスモバルク先頭坂の頂上、残り800を切りましtおぉっと!?大外、大外から一人、一人上がってくる!』

『ハーツクライ、ハーツクライまたも大外から登ってくるスタミナは持つのか!?コスモバルク600mまだ先頭!』

『ハイアーゲームも仕掛ける第四コーナー周ってデルタブルースとコスモバルクどちらが先頭か!』

 

 デルタブルースは見てきた。

皐月賞を、日本ダービーを彼女は見て、自分はああは走れないと自覚した。

故に、彼女は長距離ただ一本に狙いを定める。

長く、長く、もっと長く。

ステイヤーこそが己の輝く道と信じて、絶対に勝つと、他の距離を切り捨てても良いとばかりにこのレースに臨んでいた。

だが、しかし。

勝ちたいのは、彼女だけではない。

 

「――おおぉおああぁぁ!」

 

『大外、大外から響く雄叫びハーツクライ!上がる上がるぐんぐん伸びる!』

『デルタブルース先頭内からホオキパウェーブも上がってくるがデルタブルース抜かせないしかし外ぉ!』

『外から吼えろハーツクライ誰も邪魔できない先頭に立って独走状態これは決まるか決まったぁー!!』

 

 コーナー手前、大外から一気に上がり勝負を決めたのは、ハーツクライ。

 

『【大王】が居なくても己こそが最強だと!ハーツクライ吼えました!勝ち時計は3分2秒8!奇しくも!奇しくも同じチームの先輩!あの三冠ウマ娘、オルフェーヴルと同じタイム!』

『レコードタイ記録でハーツクライ、菊の舞台を勝ちましたぁー!』

 

 見ててくれただろう、聞こえていただろう、と、ハーツクライはちらりと見えた観客席の【大王】を見やる。

彼女がこっちを見ているのを、手を振りながら確認して。

『次はあなたの番よ』と、声を出さずに呟いた。

 




次の作者はもっと上手くやるでしょう(棒読み)


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第十八話 キングカメハメハのマツクニローテ(究極版)Final 前半戦 『最強を掲げろ』

さーて…まずは盛り付けだ…


 暫し、時を遡る。

季節は夏、七月の夏真っ盛り。

トレセン学園近くの公園で、ベンチに座っているウマ娘が一人。

本を読むのでもなく、何かをするでもなく、ただぼうっと蝉の声を浴びている。

そのウマ娘を見るものが見れば、目を見張っただろう。

何せ、彼女は去年のトリプルティアラウマ娘、名をスティルインラブ。

名家の令嬢、有力ウマ娘のアドマイヤグルーヴと繰り広げた激戦は、未だ記憶に新しい。

シニア期に入ってから、ことごとく掲示板入りすら逃していたとしても、彼女のファンは未だ多かった。

そんな彼女が、何をするでもなく、ただベンチに座っていた。

それはまるで、口さがない者たちが言うような、燃え尽きてしまったような灰のようで。

 

「おい」

「…あれ、アドマイヤグルーヴ」

 

 通りがかったのか、それとも探していたのか。

そんなスティルインラブに声をかけたのは、アドマイヤグルーヴ。

彼女は桜花賞、オークス、秋華賞、ティアラG1レースで三度、一番人気に推されながら、その三度とも、二番人気であったスティルインラブに敗れた。

無論、スティルインラブとのレースで一度も勝てていないわけではない。

秋華賞前哨戦であるローズステークスではスティルインラブに勝利し、だからこそ秋華賞では一番人気に推された。

最後のティアラを負けてなるものかと白熱したレースを展開したが、其処でも惜敗。

スティルインラブがトリプルティアラの栄冠を手にした。

 

 そして、その約一か月後のG1エリザベス女王杯。

無冠の女王とトリプルティアラのプリンセスは互いに負けてなるものかと彼女達のクラシックでも並ぶ事のないレースを繰り広げ。

結果は、アドマイヤグルーヴのハナ差での勝利。

無冠の女王が戴冠し、ライバルに正式にG1での勝利を一つ返したのだ。

 

 アドマイヤグルーヴは、シニアでもスティルインラブとそんな勝負を繰り広げるのだと信じていた。

強豪犇くシニアの中であっても、自分と彼女は熾烈な戦いを繰り広げるのだと。

しかし、それは叶わなかった。

 

 八着、八着、十二着。

これが、シニア期に入ってからのスティルインラブのレース成績だ。

金鯱賞、一度目の八着はレースのブランクと環境の変化、シニアの洗礼だと思っていた。

同じレースで走っていたが、自分だってシニアでの初めてのレースは七着だったのだ。

まるで上がってこない彼女に動揺し、自分も仕掛けが遅れて掲示板ギリギリであったが、彼女も次は持ち直すだろうと思っていた。

 

 しかし宝塚記念で、二度目の八着。

明らかに、伸びを欠いている。

オークスで見た彼女の走りは、あんなものではなかった筈だ。

 

 そして、G3レースでの十二着。

彼女は早熟なウマ娘だったのだと、クラシックで燃え尽きてしまったのだと、無責任な言葉が聞こえだした。

 

 そんな筈は無い。そんな筈は無いのだ。

あの時の桜花賞で、あの時のオークスで、あの時の秋華賞で自分の前を走った彼女が、トリプルティアラになった彼女が、あの時見せた走りがそこで終わるものだったなどと。

『次こそ勝つ』と睨みつけた自分に、『次も私だよ』と笑って応えた彼女が。

 

――でも。

あの時、エリザベス女王杯で。

『次も勝つ』と笑った自分に、彼女は睨みつけては来なかった。

返されたのは、とても綺麗で、透き通った笑顔だけで。

 

「――おい」

「二回も言わなくたって聞こえてるってば、なぁに?」

 

 まるでなんて事もないように、へらっと笑う彼女にずかずかと歩み寄って、両肩を掴んで睨みつける。

 

「ちょっと、アドマイヤグルーヴ、何の――」

「秋の天皇賞だ」

 

 認めない。認められない。

お前は自分に勝ったウマ娘なのだ。

三度も勝って、トリプルティアラを手にしたウマ娘なのだ。

認めない、認めてたまるか。

 

「秋の天皇賞に出ろ。私も出る。そこで、走れ」

「………」

 

 まだ、一度しか勝っていない。一度しか返していない。

あの一度で終わってしまったなんて。

あの一度で終わらせてしまうなんて。

そんなのは、絶対に認めない。

 

「用件は、それだけだ。いいな」

「……」

 

 返事は聞かず、手を放し、アドマイヤグルーヴは踵を返して立ち去った。

スティルインラブは、黙ってその後姿を見ていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『最強の称号とは何だろうか。三冠レース、トリプルティアラ、グランプリ、盾の栄誉。

 最強の称号とは、人によって変わるのだろう。しかし、彼女は今新しい概念を打ち立てようとしている。

 皐月賞、NHKマイルカップ、日本ダービー、変則三冠。

 異例の称号を得た彼女は、【最も強いウマ娘が勝つ】と称される菊花賞でなく、シニアのウマ娘も鎬を削る秋の天皇賞を選んだ。

 距離の不安と言う者もいる。2400が限界で、それより上は適性外だと、見もしないのに言い放つ者もいる。

 違うだろう。彼女は、別の形で最強を目指しに行ったのだ。

 前年トリプルティアラ、スティルインラブ。そのライバルエリザベス女王ウマ娘、アドマイヤグルーヴ。

 天皇賞春、宝塚記念を勝ったヒシミラクルに。今年の桜花賞ウマ娘ダンスインザムードなど。

 トゥインクルシリーズを走る強豪の中の強豪が集うこのレースで、最強を目指し選んだのだ』

 

 ―『週刊ウマ娘特別号 天皇賞秋を走るウマ娘』より―

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さてとうとう始まります秋の天皇賞ですが、今回注目のウマ娘はやはりキングカメハメハでしょうか?』

『えぇ、やはり彼女が注目されますが、しかし他の面子も負けておりません。

 代表的なのはシニア期に入って低迷しておりましたが前走にて三着に入り調子を取り戻してきたスティルインラブ、そのライバルアドマイヤグルーヴでしょうか。

 ですが春天ウマ娘ヒシミラクルや、今年に入って安田記念で悲願のG1を勝ったツルマルボーイ、同世代では皐月賞二着のダイワメジャーや桜花賞を獲ったダンスインザムードなど油断できない面々が揃っています』

 

 ハーツクライの激励を受け取ったキングカメハメハは燃えていた。

ハーツクライは見事菊花賞を勝ち、最強を吼えてみせた。

ならば自分はトゥインクルシリーズ最強を此処に示してみせようと。

この場にはリギルもスピカも、そしてレグルスも来ているだろう。

津上あき、彼女のおかげで、ハスミと一緒に此処まで走ってこれた。これからも一緒に走っていくだろう。

そのお礼に見せてやるのだ。お前達の敵は、クラシックで走るウマ娘達ばかりじゃないぞ、と。

強い相手と戦うのが趣味みたいな子もいるから、きっと喜んでくれるだろう。

 

「キングカメハメハ」

「あら、アドマイヤグルーヴ先輩。今日はよろしくね。尤も、負けてはあげないけど」

「戯け。それはこちらの台詞だ」

 

 言い返し去っていく彼女の闘志を感じる。良い闘志だ、肌にぴりぴり来る。

しかし、彼女の闘志は自分にも向きながら、どうも他のウマ娘の方に向かっている気がする。

自分を見ていない、という事ではないが、もっと他の者を見ているような。

おそらくその先は、ライバルと言う彼女、スティルインラブなのだろうが、しかし。

 

「………」

 

 何故だろうか、どうにも、違う。

強いのだろう、それは解るが、覇気というものが無い、気持ちが乗っていない。

あれが、本当にトリプルティアラウマ娘なのだろうか?

あれでは途中までは好位で走れても、伸びはしないような。

しかし彼女だけには構っていられない。

このレース、強敵は多い。誰にも油断はできないのだ。

 

『さぁ各ウマ娘ゲートイン完了しました。盾の栄誉は誰の手に、トゥインクルシリーズ最強を決めるかシニアの意地を見せるか』

『栄光の2分間、答えは2000m彼方、今、スタートしました!』

 

 泣いても笑っても二分で決まる。

最強を決めるレースが今、始まる。




次回もチートオリ主たちあんま出てこないと思います(素朴)


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第十九話 キングカメハメハのマツクニローテ(究極版)Final 後半戦『一瞬。全てをかけて』

まぁ読者的には『はよチートオリ主と翔子ちゃん達の絡みを書けや』とアクセス数とかここすきで示されてるのは知ってるんだが、すまんなこれは私の妄想の書きなぐりなのだ!
翔子ちゃん達は書く…書くが……!他のウマ娘を書かないとは言っていない……!
あとゼンノロブロイちゃんはアプリの方で登場してるのでつまりこの世界では過去に走っていた世代となっており、このレースには出ておりませんのであしからず。
あとレグルスの面子があんま出てこないと前話で言ったな、スマンありゃあ嘘だ。


『先行争いはシェルゲームにダンスインザムードが好ダッシュ!しかし外からローエングリンがハナを取ります』

『ダンスインザムード三番手で二コーナー周りましてマイソールサウンドが続きます、内にはトーセンダンディ外にはバランスオブゲームです』

 

 今年のクラシックを走る世代ではシェルゲームとダンスインザムードが先行し、ダイワメジャーが中団前め、キングカメハメハはいつも通りの真ん中だ。

ベテラン、シニア三年目、レース数的に来年はドリームシリーズ移籍となるG1ウマ娘ツルマルボーイはキングカメハメハの後ろで内に付き、同じくシニア二年目ヒシミラクルは後方から。

注目のシニア一年目、アドマイヤグルーヴはキングカメハメハの前を走り、スティルインラブは中団後ろ外目に付けた。

 

「タイトル獲ってねぇわりには粘るじゃねぇか、えぇ!?」

「うっさいわね!だからこうして獲りに来てんでしょうが!」

 

 ハナを行く逃げウマ娘、ローエングリンを追うのは同世代クラシックの二人、ダンスインザムードとシェルゲーム。

ダンスインザムードは桜花賞を勝ち、一時はその強さからすわトリプルティアラかと期待されたものの、気性が荒くレースに集中しきれず、実力を出し切れずに残り二つのティアラを負けていた。

しかしその負けん気の強さに陣営は賭け、秋華賞から二週間のわずかなスパンで天皇賞秋に送り出した。

人気は十三番と低いが、送り出した彼らは彼女ならきっとシニアウマ娘相手にも勝てると信じたのだ。

シェルゲームはキングカメハメハ達と同じクラシック世代となるが、毎日杯ではキングカメハメハに敗れ、青葉賞でもハイアーゲームの三着と、クラシックレースには出走を希望するも抽選を外れ、走る事は叶わなかった。

皐月賞を、ダービーを見ている事しかできなかった彼女は、だからこそキングカメハメハとの勝負を求め、この天皇賞秋に出走を決めた。

 

「(序盤の立ち上がりは悪くない。府中の直線は長い、だけどこのコースだと外側は厳しい筈。いつも通り真ん中を突っ切るなら内を差せば…!)」

「(私もあいつも外からの追込みがスタイルだ、だがこのレースで警戒すべき奴は中心を堂々割ってくるぞ。お前はどうする!)」

 

 今年でトゥインクルシリーズからの移籍が確定しているツルマルボーイは前を走るキングカメハメハを警戒する。

秋の天皇賞は内側コースが有利とはいえ、相手は常識を蹴倒してきた大王だ。

そんな有利など悠々と踏みにじって来ても不思議ではない。

アドマイヤグルーヴはスティルインラブがいつも通りの外からの追込みを選んだように見えたのを確認し、いつも通りのそれが通じる相手ではないぞと鋭い目線を送る。

自分の得意なスタイルを押し付けるだけでは勝てないレースをどう勝つか。

未だ同期のトリプルティアラに思考領域を割きながらも、アドマイヤグルーヴは己の勝利の為にどう走るかを考えていた。

 

「………」

 

 様々な思いが錯綜するレースの中で。

スティルインラブは、ひたすらに静かだった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁ各ウマ娘これから三コーナーへ向かいます!先頭はローエングリン二番手シェルゲーム今1000mを通過!タイムは59秒多少速めか!』

 

 キングカメハメハは自身に向けられる警戒と闘志を感じている。

同世代のライバル達の負けてたまるかという熱。

シニアを走る先輩達の勝たせてたまるかという熱。

これがグランプリ、これが世代混合G1、熱が加速度的に溜まっていく。

この熱だ。この熱が、私を速くする。

溜まった熱を火山のように噴火させ、ゴールまで駆け抜けるのだ。

合宿でのトレーニングで、その距離は伸びた。

今までは四コーナーからの直線を、火山弾のように駆け抜けたが。

今の私なら!

 

『三コーナーから四コーナー中間を通過してダイワメjおおっと!?キングカメハメハキングカメハメハ外から上がる!?いつもより仕掛けが早いぞこれはどうなる!?』

 

「なっ、早!?」

「上がってきたかよ、大王さんよぉ!」

「早仕掛けだと!?」

 

 ダイワメジャー、ダンスインザムード、アドマイヤグルーヴ。

ダイワメジャーは今までの経験から、四コーナーに入る前から仕掛けた事に驚きを。

ダンスインザムードは闘争心を剥き出しに笑って。

アドマイヤグルーヴも予想より遥かに早い仕掛けに、自分の仕掛けのタイミングが間に合うか思考する。

他のウマ娘も同様だ、ツルマルボーイもヒシミラクルも、キングカメハメハを警戒していたウマ娘達は揃って反応し、彼女の走りに神経を傾けた。

 

 ただ、一人を除いて。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 そのウマ娘にとって、彼女は憧れだった。

彼女の走りを見てから、彼女の凛とした姿を見た時から、その血に相応しい高潔さと実力を知ってから。

ずっとずっと、憧れだった。

己とて、実力は負けていないと思う。

だが、そういう話ではない。実力でなく、地位でもなく、ただ、彼女のその姿に見惚れてしまった。

 

 桜花賞の時。一番人気に推された彼女に、そうだろうと納得した。

彼女と同じレースで走れる事にただ我武者羅になっていて、気づけば一位を取っていた。

 

 オークスの時。また一番人気に推された彼女に、そうでなくてはと思った。

桜花賞と同じく出遅れて、上がり3Fで一番速かった筈なのに掲示板すら逃した時、彼女が居るべきなのはそこじゃないと言いたかった。

 

 秋華賞の時。やっぱり一番人気に推された彼女に、やはり自分じゃなくて彼女に似合うと思った。

遅れずにゲートを出て、ぴったり彼女のマークを受けながら、心は常に燃えていた。

やはり彼女はとても強い。憧れた彼女は敗北を知っても折れず、さらに強くなって、そんな彼女が私を強いと思って戦っている。

その信頼に応えたくて、彼女といつまでもこんな風に走っていたくて、全力を出して。

体半分、ほんの少し速くゴールした自分にまた、『次は負けない』と、強い眼で言ってくれる彼女がどうしようもなく美しくて。

負けたくないと思った。負けてもいいと思った。どちらも、本当の気持ちで。

 

 そして、エリザベス女王杯の時。一番人気になった自分と、二番人気になった彼女。

前のローズステークスの時は負けたけど、G1では負けないよ、と。

前のローズステークスの時のように、人気はやるが勝ちはもらう、と。

彼女に勝つ為に走って。彼女も勝つ為に走って。

最後の直線、並んでゴールした後。

『やっと一つ返したぞ、次もG1でお前に勝つ!』と、彼女に笑顔で言われたあの日。

ほんの僅かな数センチ、ハナ差で駆け抜けられた、あの時。

スティルインラブは、世界が止まればいいのにと思った。

 

 あの日、あの時、あの場所が、あの刹那が美しくて、とても綺麗で。

あの一瞬が、この世界で最も綺麗に感じすぎて。

あの刹那より、この世界で美しいものがあると思えなくて。

此処で終わっていいと、此処で終わりたいと願ってしまった。

 

 彼女がずっと、自分を気にかけているのを知っている。

彼女が自分を終わらせてしまったのではないかと、それを認めたくないと思っているのを知っている。

でも、それで良かった。

きっと彼女の傷になってしまうかもしれないけど、あの刹那より美しいものと出会えるとは、もう思えなかった。

この天皇賞だって、彼女に諦めてもらう為だった。

だって、自分はもう熱くなれない。あれより綺麗なものは、見れはしない。

彼女に自分を振り切って。迷っている彼女を切り捨てて。

あの日、憧れた彼女に戻って欲しいと。自分の事なんて、捨て置いて走って欲しいと。

そう思って『いた』。

 

 火山が噴火する。『大王』が熱を帯び火を纏う。レースに出ている他のウマ娘の意識全てが、キングカメハメハに集中する。

アドマイヤグルーヴもそうだ。彼女の意識も、視線も、視界も、思考も。

キングカメハメハが独占している。『スティルインラブではなくて』。

 

 そう、望んでいた筈なのに。願っていた筈なのに。

 

 何故か、脚は前に出ていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『キングカメハメハ上がる!キングカメハメハ上がる!四コーナー周って先頭ローエングリンも外からかわす!内からダンスインザムードとアドマイヤグルーヴが追うがまだ差が縮まらない!』

『直線に入るキングカメハメハがコースど真ん中を駆け抜ける!』

 

「こぉんの負けるかぁー!」

「お前だけに行かせるものか!!」

 

 左後方から二つ、とても高い熱が届く。ダンスインザムード、アドマイヤグルーヴ。

二人も強いウマ娘だ。このレースに勝ってもおかしくない。

いや、このレースに出ているウマ娘は誰でも勝っておかしくないのだ。

それだけの熱がある。だがその熱こそが、キングカメハメハを速くする。

火山弾は燃え盛りながら飛ぶのだ。

 

「いいわ、熱くなって…っ!?」

 

 瞬間、右後方、大外から感じた『冷気』。

これは違う、日本ダービーの時のような、あの時のハーツクライのような、『大王を相手に』食い破るような、勝ちを狙うような熱気ではない。

一体誰が、一体何が来たというのか!?

 

『大外から、大外からスティルインラブ上がってきたぁ!そのまま先頭争いに突っ込むか!』

 

 上がってきたのはトリプルティアラ、スティルインラブ。

レース前に見た覇気の無さなんてまるで嘘のように。

歯を食いしばって、必死な眼で。

まるで彼女がトリプルティアラを獲った時のように、大外から、先頭争いに突っ込んだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 諦めた筈なのに、もうそんな一瞬など来ないと思っているのに何をやっているのか。

 

「(違う…!)」

 

 彼女に忘れ去って欲しいのではなかったか、彼女に走り去って欲しいのではなかったか、自分は何をやっている。

 

「(違う…!!)」

 

 願ってもないことだ、彼女には新しいライバルができるだろう、いつか自分の事だって『あぁ、あんなウマ娘も居たのだったな』と思い出す程度になる筈だ。

 

「(違う…!!!)」

 

 それなのに、なにをみっともなく、みじめったらしく、必死になって走っている。

 

(違う!!!!)

 

 彼女の思考、彼女の視界、彼女の熱意、彼女の視線の先。全て、キングカメハメハが集めた。

 

「(それは!『其処』は!!)」

 

 かつての桜花賞のように。かつてのオークスのように。かつての秋華賞のように。

――かつての自分と同じように。

 

「(『私』の場所だ!!!!!!!)」

 

 脚が前に出る。歯を食い縛る。前だけを見詰める。息を吸い込む。

 

『其処』を退けえぇぇええぇぇぇぇっっ!!!!

 

 名前が示すように。未だあるのだと証明したいが為に。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『伸びる伸びるスティルインラブ一気に詰める!残り200を切った此処でアドマイヤグルーヴも加速!』

 

「(お前は…!やはり、それでこそ、お前は!!)」

 

 大外から大王に迫るライバルを見て、アドマイヤグルーヴの心に別の火が燈る。

そうだ、それでこそ私に勝ったウマ娘だ、それでこそ私が勝ちたいウマ娘だ、それでこそ私が勝負すべきウマ娘だ!

勝ち逃げなんて許さない、本気の全力のお前でなければ意味は無い!

がちん、とトリガーが弾かれる。青く燃える高熱の闘志が湧き出る。

そうだ、お前にだけは負けられない!

 

「あぁあああああぁ!」

 

 諦観は無い、心を縛る鎖は無い、スティルインラブは叫びのままに走る。

何のことは無い、そう、ただ『負けたくない』のだ、他に何を負けても、ただそれだけは譲れない。

諦観を脱ぎ捨てる、己を縛る鎖を砕いて振り解く、感情を開放する。

バカなことかもしれない、でもただ一人、どうしてもそうしたい人がいる。

そうだ、だから其処(先頭)だけは譲らない!

 

「誰だってそうよね!でも!勝つのは私!!!!」

 

 自負がある、誓いがある、誇りたい人と渡したいものがある、キングカメハメハは熱を引き出す。

己の為に全てをかけてくれた人がいる、己の無茶に付き合ってくれた者がいる、己の為にプライドなどかなぐり捨ててくれた友がいる。

心はいつだって煮え滾っている、マグマがいつも燃えている、制御しなければ危うい程に。

冷えて固まる火山弾ではない、いつだって内側に、燃え盛る溶岩が詰まっている。

間違いない、お前達は類稀なる強者だと認める。ならば後先などは考えない。

だから、絶対に私が勝つ!

 

『スティルインラブとアドマイヤグルーヴが詰める三バ身二バ身キングカメハメハに追い縋るどうだ内と外に並んだ今ゴォールインッ!』

『三人並んでゴールしました!これは判りません!写真判定となります!変則三冠の大王と!トリプルティアラのプリンセス!エリザベスの女王!一体誰が勝ったのか!』

 

 写真判定は長引いた。その時間はたっぷり十五分。

掲示された結果は、それぞれがハナ差1センチ。一着と三着の差でさえ2センチしかない大接戦。

一着、キングカメハメハ、二着、スティルインラブ、三着、アドマイヤグルーヴ。

 

 大王が、究極を証明した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「心配をかけさせよって、この戯け」

「……ねぇ、アドマイヤグルーヴ」

「なんだ?」

 

 レース後、互いに肩で息をしながら、スティルインラブにアドマイヤグルーヴが話しかける。

スティルインラブは、視線を迷わせ、口を何度か開け閉めしながら、絞り出すように言った。

 

「本当はね。あの時、あのエリザベス女王杯で、終わってもいいって、此処で終わりたいって思ったの。あの時が、あの一瞬が、あんまりにも綺麗だったから」

「………」

 

 アドマイヤグルーヴは、薄々と感じていた事が本当だったと知る。

あのレースで、スティルインラブはまるで満足しきったかのように微笑んでいたのだから。

 

「でもね。でもね!……私はやっぱり、貴女に見てて欲しい。貴女の前で、視界を独占したい。……ごめんね、気持ち悪いでしょ」

「全く……」

 

 勝手に満足した気になって、勝手に終わろうとして、あげくに戯けた事を言い出す、困ったライバルは。

俯いて下を見るそいつの額を、人差し指でぐんと上げて。

 

「戯け。私はお前の背中をいつまでも見る気は無い」

「あう…」

「お前が私のを、じゃない。私がお前の視界を独占するんだ。もう情けない走りなどするんじゃないぞ」

「え……」

 

 笑って人差し指を離し、控室へと去っていく。

なにせこの後はライブもあるのだ。走って赤らんだ顔だって、きちんと冷やさねばならない。

答えなんて聞いてやらずに、アドマイヤグルーヴは彼女に背中を見せた。




言い訳はしねぇ。ただスティルさんとアドグルさんは尊い。これだけは伝えたかった(小並感)


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第二十話 いろいろなドラマがあってもダイジェストで流されるレースはある

そろそろ翔子ちゃん達が本格稼働し始めるので、カメラは移り始めるよ!


 天皇賞の激走後、ウイニングライブを終えたキングカメハメハの控室にて。

 

「んー、有記念までお休みで!」

「あら、やっぱそうなっちゃう?」

 

 キングカメハメハはあきの診断を受けていた。

可能ならばジャパンカップも走りたかったが、そうすれば八割の確率で有記念後に故障するという。

菊花賞を走ったハーツクライはジャパンカップも有記念も両方出ても大丈夫とお墨付きをもらったのだが、生来の頑丈さが違ったのか。

 

「そう…ありがとう、津上トレーナー。手間をかけたわ」

「大丈夫ですよ、カメさんの事ですし。本当はレースに出た人皆を診れればいいんですけどね。でも、チームの皆が優先ですから」

 

 あきはその辺りは実に弁えていた。

できる能力があろうと、それでチームの皆の事が疎かになるならやらない。

あくまで余力でできる範囲で、友人の調子や、研究に付き合うに留める。

それだけでも、他のトレーナーにとってはあり得ないくらいありがたいのだ。

研究も加速度的に進み、シンボリルドルフ理事長の後押しもあって、近い内に津上あき理論(不完全版)のトレーニングがトレセン学園に導入されるだろう。

その為に必要な器具を開発する為、最近アグネスタキオンは研究所にカンヅメである。

何故に不完全版かは、ヒトだろうとウマ娘だろうと機械だろうと、レースやトレーニング時の内臓や骨や筋肉や他全てをリアルタイムで計測し、それに合わせた栄養と適した鍛錬をリアルタイムで更新しながら実行する事など不可能だからである。

いずれ技術が進歩すれば可能となるかもしれないが、完全に個人の能力でこれを可能とするものは、未来永劫あきしかいない。

 

「無理はしないでねー。ゆっくりやすんでほしいなー」

「そうです。カメハメハさんには来年のシニアもあるんですから」

 

 レグルスのメンバーは全員キングカメハメハと親交があるが、良く懐いているのはティアラ路線を走る予定の二人だ。

特にシーザリオなどは良く寮での食事も一緒に取っている。

というか、キングカメハメハはやたらティアラ路線を走るウマ娘に人気である。

なんならディープインパクトにもちょいちょい視線を投げているウマ娘も多い。

それについてはおおらかお姉さん属性って男女問わず効くんだな、とか、翔ちゃんはやっぱ人気者だぞすごいだろ、とか、あきは暢気に考えていた。

 

「多分。カメ姉はハーツさんにジャパンカップを勝ってもらって。有で勝てば帳消しって考えてそう」

「そ、そーんなことはないわよー?」

「言い淀んだって事はちょっとは考えたのよね?」

 

 逆にカネヒキリとヴァーミリアンは良い意味で遠慮が無い。

普通、G1を何度も勝っているウマ娘に対しては普通のウマ娘は多少は委縮するものだが、二人は余程年上やレース以外での肩書や地位がある人以外にはほぼ自然体だ。

前者は年長者への礼儀として、後者は目上の人に対しての礼儀や緊張はあるが、ただのウマ娘に対してはちょっと驚くほどフランクである。

あきは全く知らない事だが、もし二人に理由を聞けば『身内にもっととんでもない化物いるし…』と若干げんなりした顔で教えてくれた事だろう。

 

 ディープインパクトはキズナやアパパネとちょっと興奮した様子でレースの感想を語り合ってるし、ディープスカイは生中継を見ていたというアグネスタキオン女史と電話で何事か話している。

ウマ娘達がわちゃわちゃしているのを見て、あきは『実に良き』としみじみ頷いた。

レースでバチバチやっても、レースが終わればノーサイド。

逃げ宣言での惑わせとか作戦こそあれど、皆勝ったウマ娘を純粋に祝福してくれる良い子達ばかりである。

あきはこの世界に生まれてきて良かったと、基本は思っている。

だからこそ、この世界になんの脅威も無いようにと、今日も願うのだった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 それからのレースを簡潔に語ろう。

秋の天皇賞から半月後のエリザベス女王杯では、復活のスティルインラブをアドマイヤグルーヴがギリギリで差し切り一着。

前年度と同じくハナ差での勝負となるが、アドマイヤグルーヴが二連覇を達成した。

 

 ジャパンカップではホオキパウェーブ、コスモバルク、ハイアーゲーム、デルタブルースなど、ハーツクライ以外にもこの年のクラシックを賑わせたウマ娘達が参戦。

しかしハーツクライ、同期も先輩も外国ウマ娘も纏めて大外から切り捨てた。

大王に負けていられないと、世代混合G1で一着をもぎ取る。

 

 十二月前半、ジュニアG1レースの一走目、阪神ジュベナイルフィリーズ。

レグルスよりラインクラフトが出走、他のウマ娘を悠々千切って一着でゴールイン。

レグルスに初のG1タイトルを持ち帰った。

なおウイニングライブであきがキレッキレのオタ芸も披露し、『あのウマ娘は誰だ』と噂になりかける。

 

 そして同じくジュニアG1レースの二走目、朝日杯フューチュリティステークスではシーザリオが出走。

こちらも他のウマ娘とは基礎力が違うのだと言わんばかりに一着でゴールイン。

他の重賞レースでも暴れたディープインパクトも相まって、チームレグルスの名が徐々に広がり始める。

変わらずあきがキレッキレの応援を続け、『レグルスのトレーナー…?あれが…?』と徐々に話が広がり始める。

 

 そして暮れの中山、有記念。

キングカメハメハ、ハーツクライ、スティルインラブ、アドマイヤグルーヴ、タップダンスシチー、アドマイヤドン、ツルマルボーイ、コスモバルク。

出走する十五人のウマ娘の内、八人がG1タイトルを持つ正に世代を超えたグランプリレース。

意地とプライドのぶつかり合い、誰もが己こそが主役なのだと覇を競った。

最後の直線、大王が、心の底からの咆哮が、トリプルティアラのプリンセスが、エリザベスの女王が並び。

抜け出したのは二人のウマ娘。

キングカメハメハとハーツクライ。

先にゴール板を駆け抜けたのは――

 

――その差は、僅か2センチ。

たった2センチ、しかし確かに彼女は先に駆け抜けた。

一着、ハーツクライ。二着、キングカメハメハ。三着同着、スティルインラブ、アドマイヤグルーヴ。

勝利の雄叫びが、まずは一つ獲り返したと、暮れの中山に響いた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 そして同じく年末、中山レース場。

つい先日行われた有記念の興奮も冷めやらぬ中、もう一つの『暮れの中山』のレースがある。

ジュニアG1三走の最後の一つ、芝2000m、ホープフルステークス。

来年のクラシック戦線を担う、期待のウマ娘達が集まる注目の一戦。

出走メンバー達には早くも注目が集まっていた。

狂気の逃げウマ娘、カブラヤオー。

その末脚で勝利を飾れるか、キズナ。

名家シンボリ家の新星、シンボリクリスエス。

真冬に華を咲かせる事ができるか、サクラスターオー。

弾丸シュートでゴールを狙う、サッカーボーイ。

ナリタの冠名の輝きを背負えるか、ナリタトップロード。

メイクデビューでは圧巻の勝利、此処でもそれを見せれるかダンスインザダーク。

そして、デビューから此処に至るまで全てのレースが重賞レース、それを全て圧勝。

公式ワールドレコードホルダー、新星チームレグルスのエース、空を駆けるウマ娘。

ディープインパクト。

ホープフルステークス出走は以上八人。

 

 観客は感じていた、これは、ただのジュニアG1には収まらない。

中山のスタジアムは、異様な熱気に包まれていた。




さて、いよいよ顔を出してきた世代混合クラシックレースですがまぁなんだ。ウマ娘に出てない人たち縛りでやってもスゲー魔境だな!


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第二十一話 G1ホープフルステーク・パドック編『前途洋々、未来は夢色』

投下感覚は空いたり空かなかったりするかもしれません(事後報告する作者のクズ)
特に味覚がね(そんなわけがない)……駄目なんだよ…気温が高ぶるとボーッと光るのさ…まるで溶けたアイスだろ?(夏バテ)

いよいよ始まるG1編、まずは各ウマ娘紹介からでしょうか(棒読み)

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


 中山レース場控室にて、二人の姿はあった。

 

「翔ちゃん、ついにG1だね!」

「うん、皆強そうで楽しみ」

 

 あきはラインクラフトやシーザリオを応援した時と同じよう、はちまきなどのグッズフル装備である。

最近では『応援席でやべーウマ娘が居る』と噂になっているが、トゥインクルシリーズの古参ファンからはよく『どっちの?』と聞き返されているようだ。

なんでも『動きがヤベー黒いヤツ(おそらくこっちがあき)』と『顔がヤベーピンクのヤツ(まだ会った事は無い)』の二人がいるらしい。

美女美少女揃いのウマ娘の中で顔がヤベーとは一体、とあきは思うが、いずれ知れる事だろうと気にしない事にした。

 

「うん、実際強い子多いね。翔ちゃん居なければこのレースは誰が勝ってもおかしくないよ。んー、カブちゃん、シンボリクリスエスって子、キズナちゃんが特に、かな」

 

 中距離をずっと飛ばして逃げ続ける事が可能なカブラヤオー、まだ開花していないが2000から2500の間ではおそらく世代でも有数になりそうなシンボリクリスエス、素質は長距離気味だが中距離も十分射程範囲のキズナ。

ディープインパクトを除けばこの三人が一番勝率高いだろうな、とあきは見て判断した。

 

「他の四人は?」

「ダンスインザダーク、ナリタトップロードって二人は中距離も走れるけどどっちかっていうともっと長距離向きだね。ダンスインザダークって子はあまり無理しちゃダメだし」

 

 長距離では先にあげた三人よりも分があるが、現状では中距離で先の三人に勝つのは少し厳しい。

特にダンスインザダークは、素質に比して身体が出来上がっていないので、全力を出し続ければ故障や不調が出るだろう。

故障しない身体作りにおいては、最近、アグネスタキオン女史が頑張っているが、論文だけでは流石に実行するのが難しいらしい。

理論はできているので取り入れている所もあるのだが、肝心の計測器具が無いので効率化が困難なのだ。

それでもこのトレセン学園で、一年経たずに新しいトレーニング方法が普及し始めている事自体が、既に凄い事なのであるが。

 

「サッカーボーイとサクラスターオーの二人は距離適性どうこうっていうよりこっちも脚かな。特にサッカーボーイって子はマイルまでならこの中でも強いけど、現状だと中距離は厳しい」

 

 そしてサッカーボーイとサクラスターオー、こちらも素質に比して身体が出来上がってない典型例と言えるだろう。

走れないわけではない、強くないわけではない、だがこのままでは脚が保たない。

此処からクラシックの間までで、どれ程仕上げられるかで変わってくる。

 

「でも合宿で直接見たカブちゃんとキズナちゃん以外の全員、体幹出来始めてるから、タキオンさんの発表した論文の取り入れは始めてるんだろうね。んー、出来上がり始めるのが弥生賞辺りからかなぁ」

 

 骨の強化も体幹トレーニングも、やってすぐに効果が出るわけではない。

むしろ通常のトレーニングより効果が出るには時間がかかるだろう。

キングカメハメハの天皇賞秋に合わせて、論文だけでもと先に発表したようだが、ある程度リアルタイムで骨の強度を測る器具の作成と、足が絶対に壊れない範囲の筋力を測定する器具が特に難航しているようだ。

特に後者が難しいらしく、最悪前者を仕上げて、とにかく骨の強靭化と体幹鍛錬の優先という手で行こう、と視野に入れているらしい。

 

 だが、体幹の鍛錬は直接的には速さに繋がらない、というのがネックとなる。

長距離が安定するのでステイヤーに人気は出そうだが、マイラーやスプリンターの場合は筋力を鍛えた方がお手軽で実際そちらの方が速くなるのだ。

適切な筋力の見極めが出来れば、600mと言わず、1000mでもずっと全力疾走できる身体ができて、結果的にさらに速くできるのだが。

現実とはままならないものであるなぁ、とあきは溜息を吐いた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

中山レース場、パドック前。

これから出走するウマ娘達が事前のパフォーマンスやお披露目をする場である。

通の間では『元からの推し以外で誰を応援するか決めたい時はパドックを見ろ』なんて言葉もある程度には、注目される場だ。

今も怯えを通り越して表情が無になっているカブラヤオーが、周囲から『見ろ、いつも通り大逃げをする時の表情だ…!』『このG1の舞台でも変わらず逃げるつもりか!なんて度胸だ!』などと騒がれている。

だが実際オープンレースだろうが、重賞レースだろうが、絶対に絶対に圧倒的な逃げをする、先行なんて甘え、みたいな走りをするので、とんでもない強心臓(身体性能的な意味ではなく、精神的な意味で)だと思われているのだろうな、とディープインパクトは思った。

 

「ディープインパクトさん!」

「貴女は…サクラスターオーさん?」

 

 そんな彼女に話しかけてきたのは、おでこを出して髪をつむじを超える程の高さで後ろに結び、桜色の瞳をしたウマ娘、サクラスターオー。

あきから脚の脆弱性が語られた一人。

 

「貴女と貴女のトレーナーさんに一度お礼を申し上げたかったんです!」

「?私とあきちゃんに…?」

 

 彼女が語るには、幼少の頃から脚の脆弱性は懸念されており、幼いころは驀進したいのに思うように驀進できず、歯痒い思いを抱いていたそうだ。

成長して多少マシになったとしても、思うように驀進できないのは変わらず、トレセン学園に入学してもほどほどの驀進で満足するしかないのかと考えていた。

しかしそこに知らされたのが『故障を防ぐ身体作り』である。

八月末に発表されたという論文は『現状、必要な検査器具の製造が難しいので効果は個人差がどうしてもでてしまう』との事だったが、彼女はそれに驀進した。

たとえ僅かでも満足に驀進できる身体になるのなら、数ヶ月驀進を我慢してでも後の驀進の為に身体作りに驀進する事を決意した。

始めて一ヶ月は十五分もできなかった『津上あき式体幹トレーニング』が少しずつ、少しずつ増えていった。

今では二倍の三十分を超え、四十分も見えてきた。

脚も以前よりもっと驀進できると確信できた。

これからも思う存分驀進する為に、まずは合格ライン六十分をクリアする為に驀進していくつもりだ。

 

「貴女達が居なければきっと私はほどほどの驀進で満足した振りをして、きっと我慢できなくなっていたでしょう!ありがとうございます!」

「うん、受け取るよ。できるといいね、全力の驀進」

「はい!!!!」

 

 ディープインパクトに話しかけようと思って近づいていたキズナは会話を聞いていたが、何回驀進が出てくるのだと思った。

というかほどほどの驀進ってなんなのだろう。驀進って『まっしぐらに進む』事だから程々も何も無いんじゃ…

いやそもそも何に向かってこの人は驀進しているんだろう。

一瞬聞こうと思ったが、『驀進に対して驀進しているのですっ!』と自信満々で答えてくる姿が目に浮かんだので、止めた。

最早この人にとって驀進とは概念になってるんじゃないだろうか。

なんでディープインパクトさんは疑問に思わず普通に答えられてるんだろうか。

でも全力の驀進とか言ってるって事はもしかして内容を理解してる…?

 

「ケッ、随分と仲良しこよしすんじゃねぇか。オトモダチになりに来たんなら来る場所が違ぇぜ、お二人サンよぉ」

「サッカーボーイさん」

 

 キズナが驀進について思い悩んでいる間に、また一人新しいウマ娘が彼女に声をかけた。

鋭い目つきに三白眼、アイシャドーでそれらを尚更強調し、覗く八重歯はかなり鋭い。

 

「テメェのトレーナーもご苦労なこったな、相手をわざわざ強くする為の情報を開示するとかよぉ。良かったじゃねぇか『トレーナーのせいで負けた』って言い訳が使えるぜ?」

 

 その言葉にキズナもサクラスターオーもむっとする。

サクラスターオーは恩義から、キズナはあきの為人とレグルスのメンバーを直接知っているから。

彼女はウマ娘の為を思ってやった事だし、レグルスのメンバーもそんな事を言う人たちではない、と口を挟もうとして。

 

「大丈夫」

「あぁ?」

 

 それより早く、ディープインパクトが答える。

うっすら微笑みすら返して、なんて事もないように。

 

「私も皆もそれくらいで負けるくらい弱くないよ。むしろ私は楽しみにしてる。強い人とは沢山走りたいから」

「ハッ、言うじゃねぇか澄ました顔してよぉ…!」

 

 ビキリ、とサッカーボーイの額に青筋が走りかけ、元々怖そうな顔が怖い顔になっている。

子供が見たらちょっと『泣き出しそう』な『迫力』のある顔で『メンチ』を『きって』いた所に、また闖入者が一人。

 

「あーほら姐さんもうパドック!姐さんのパドックの順番ですから!ほら行かないと!」

「あぁ?チッ、続きはレースだ。トプロ、テメェもシケたレース見せるんじゃねぇぞ」

 

 介入したのは金髪栗毛のウマ娘、ナリタトップロード。

同世代であるがサッカーボーイの事を姐さんと呼び慕っている。

 

「えーとね、姐さんもちょっと誤解されやすいんですけど、悪い人じゃ…悪い人じゃ多分無いから、そのですね?」

「うん、解ってる。心配してくれたんだよね」

 

 迷うように悪い人じゃないと言われても信用できるのだろうか。

しかし言葉は荒いし割と手が出るタイプなのでトップロードは『根は良い人なんです!』と素直に言えなかった。

だがディープインパクトはあの人殺してそうな顔で睨まれても彼女の気持ちが伝わってたらしい。

しかし何故それが心配に結びついてるのかナリタトップロードには皆目不可解である。

 

「え、ええっと、参考までに何でそう感じたのかとか聞いていいですか?」

「? だって、彼女もう体幹トレーニング四十分はできるでしょ?そんなに頑張ってる人だもの」

「!?」

 

 サクラスターオーは自分より長い時間できている事に驚いたし、ナリタトップロードも驚いた。

たしかにサッカーボーイは毎日汗水垂らしてやっているが、時間まで解るのかと。

 

「あきちゃんが言ってたよ。言動はたしかに荒っぽいけど、走る事には凄いひたむきな努力をしてるって。脚を見れば解るって」

「はー、そこまで解るんですね、そっちのトレーナーさん。ライブですごい応援してるだけじゃないんですね」

「うん。あきちゃんは凄いよ」

 

 あきを褒められたディープインパクトが嬉しそうに笑う。

ディープインパクトは幼馴染が大好きなので、なんなら自分が褒められるよりあきを褒められるのが嬉しいのだ。

ちなみにあきは褒められるのが大好きだし身内を褒めるのも大好きウマ娘なので、ディープインパクトがあきを褒めるとあきもディープインパクトを褒めだして、誰かが止めない限りエンドレスループに陥る。

 

「貴女のトレーナーさんも考え無しじゃないってのは充分解りました。でも、レースは別ですからね!」

「うん、楽しみにしてる」

「ふふっ、姐さんも言ってましたけど貴女も言いますね!後で見ててください!」

 

 ニシッと笑ってナリタトップロードもパドックの方へ歩いていく。

彼女も良い人だな、とディープインパクトは思った。

 

「深淵なる衝撃の同胞よ、終の決戦の戦場に見えし事、我は此処に寿がん(ディープインパクトさんですね!この年末のレースで走れる事が嬉しいです!)」

「えっ…と?」

 

 だが次に話しかけてきたウマ娘の言ってる事はちょっと解らなかった。

嬉しいということはなんとなく解るが、それがどれに対してかがちょっと不明だ。

 

「我が名は『闇ノ中二閃ク舞手』、汝の精妙なる導き手の恩恵を受けし中つ国の戦乙女の一人、されど決戦場で手心を加えはせぬ(私はダンスインザダークです!貴女のトレーナーさんのトレーニングは私も参考にさせてもらいましたけど、今日は負けませんからね!)」

「う、うん、よろしく」

 

 ぴんと開いた右手で顔の左を隠し、左手をぱっと開いてこちらに向けている、なんだか格好良さそうなポーズをする、髪をドリルツインテールにしている彼女だが、多分今日はよろしく的な事を言っている、と思う。

 

「なれば後はいざや開戦の刻を待つのみ。されば深淵なる衝撃の同胞よ、全て終わりし後のヴァルハラにてまた相見えようぞ(それじゃああとはレースですね、ディープインパクトさん、またゴールで!)」

「うん、楽しみにしてる」

 

 多分レースで決着をつけよう、的な事だと思う。

 

「ディープインパクトさん、よく解りましたね?」

「私も何を言ってるか解りませんでした!」

「ん、私も、多分?だから。きっとレースを楽しみにしてる、ってことを言ってたと思う」

 

 キズナもサクラスターオーも全く解らなかったらしいが、ディープインパクトもなんとなくのニュアンスしか解っていない。

あのウマ娘…ダンスインザダークもきっと良い人なんだと思うが、言葉はちょっと解らなかった。

 

「(……私には誰も話しかけて来ないのか)」

 

 そして一番最初にパドックを終わらせ、威風堂々、自信満々な様子で腕を組んで仁王立ちし、不敵な笑みをたたえていたシンボリクリスエスが、実は気さくに話しかけられるのを待っていた事は誰も気づかなかった。

カブラヤオーは言うまでもないが、他の六人もその威風に『こいつはやるな』と闘争心が騒き、レースで応えてやると話しかけなかったのだ。

ディープインパクトも『強そうな人が居るなぁ』と楽しみにしていたが、相手も楽しそうにしていたので水を差すのも悪いと話しかけなかった。

威風の無駄遣いである。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁいよいよ始まります、中山レース場、芝2000mホープフルステークス、集まったのは来年のクラシック戦線期待のウマ娘達です』

『まずは三番人気シンボリクリスエス、かのシンボリ家の期待の新星、『十冠の皇帝』の偉業に追いつけるのか追い越せるのか、背負う期待は重圧か追い風か』

『二番人気は驚異の逃げウマ娘カブラヤオー、最初から最後までレースを作るのはこの私、諸人は自分の背中だけを見ればいい、このレースではかのウマ娘にリベンジ達成なるか』

『そして一番人気!これまでのレースは全て重賞、その全てを圧倒的な実力で勝ってきました、早くも三冠確実と騒がれるその実力は、この希望花開くレースでも見せつける事ができるのか!』

『空を駆けるウマ娘、ディープインパクト!』

 

 周り中から歓声が降り注ぐ。

ホープフルステークはG1はG1でもジュニアG1だ、クラシックやシニアと比べても少々人気は劣る。

だというのに、この会場の人数は、熱気は、一体なんなのか。

まるでクラシックやシニアのG1のようだ。

 

「ま、翔ちゃんのレースだからね。当たり前だよ!」

「その一言で片づけていいものじゃないのよね?」

「普通に考えて。名門が複数人出てるのと。リギルとスピカの学園最強チームに勢いのある新興チームが挑んでるって図だから」

 

 この熱狂が全てディープインパクトに向かっている事をまるで疑ってないトレーナーバカに対して鋭いツッコミが入る。

なお実際にはカネヒキリの指摘通りで、シンボリ冠名とサクラ冠名のウマ娘が居る事、今の所ジュニアG1を二つとも取っている新興チームが、果たしてリギルとスピカ相手にも取れるのか。

勿論、今までのジュニア重賞レースで圧倒的勝利を重ねているディープインパクトに対する人気も充分にあるだろう。

 

「というかー、うちのチームはトレーナーもー、なんだか有名になってるんだけどー、ねーししょー」

「発表された論文もそうだが、ウイニングライブのキレッキレのオタ芸がな…師匠が応援してくれるのは嬉しいのだが」

「トレーナーは担当ウマ娘の一人目のファンじゃん!だからボクは全力で応援するんだよ!」

 

 実際、あきはディープインパクト以外の四人に対しても変わらず全力で応援している。

レースではうちわを振り回し、ウイニングライブではライトとうちわでオタ芸&会場の盛り上げをする。

実際あきのコーラスやオタ芸で他の観客もノリにノッて、ライブが大盛り上がりになったなんて事もある。

だが、それはそれとして恥ずかしくないかと言われればちょっと恥ずかしいのだ。嬉しくないとは言わないが。

 

「ほら!皆も!翔ちゃーん!がんばれー!!」

「はいはい。お嬢ー!頑張るのよねー!」

「お嬢様。がんば」

「カネヒキリ、お前はもうちょっと声を張れ!お嬢様ー!頑張ってくださーい!」

「おじょー!がんばるのー!!」

 

 内心、応援しなくてもブッ千切るんだろうなぁとは思ってもヴァーミリアン、カネヒキリ、シーザリオ、ラインクラフトにとってディープインパクトはライバルであり、仲間である。

彼女には勝ってもらいたいし、強い走りを見せてもらいたい。

彼女達にとって、ディープインパクトとは憧れであり、己のトレーナーの執心を一等に受けるウマ娘であり、勝ちたいライバルだ。

強い事など百も承知。だが、それは挑まないという事ではないのだから。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 中山レース場、芝2000m、クラシックへの希望を胸に、ホープフルステークス。

 

1枠1番シンボリクリスエス。3番人気。

2枠2番カブラヤオー。2番人気。

3枠3番サッカーボーイ。8番人気。

4枠4番サクラスターオー。5番人気。

5枠5番キズナ。4番人気。

6枠6番ナリタトップロード。6番人気。

7枠7番ダンスインザダーク。7番人気。

8枠8番ディープインパクト。1番人気。

 

 希望を咲かせるウマ娘は、以上8人。

クラシック前哨戦、ホープフルステークス。

いざ、出走。

 



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第二十二話 G1ホープフルステーク・レース編『未来に託すものの名は』

さぁいよいよ始まります翔子ちゃんのG1レースです。
関係者の方ではチートオリ主のなんかわけわからん能力が取沙汰されてますが、さて世間や実際に走るウマ娘達がどうかっていうと。

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


『さぁ各ウマ娘ゲートイン完了しました。果たして来年クラシック戦線希望を齎すのはどのウマ娘か』

『ホープフルステークス夢の先へと2000m、今、スタート!』

 

          ガタン!

 

『さぁ各ウマ娘出遅れ無しの絶好のスタートハナを切ったのはやはり2番のカブラヤオー!坂があっても関係無い先頭は絶対に譲らないとこのレースでも主張します!』

『内側に二番手ナリタトップロードすぐ後ろに8番ディープインパクト外側三番手!先頭集団定まりましておっとあとは三バ身四バ身離れて全員中団後方集団はありません!』

 

 やはりこのレースでも先頭を取って大逃げをするのは狂気の逃げウマ娘カブラヤオー。

通常なら此処までの破滅逃げなら後ろに控え、バテるのを待つのが常道だ。

だが彼女に対してはそれはできない。

何故なら彼女は垂れないのだ、そうでなければ『狂気』とまでは呼ばれていない。

後方集団で機を伺っていたら、そのまま置いて行かれる。

カブラヤオーにはそれをするだけの能力が在る、ならば勝利する為には最低でも中団で勝負を仕掛ける必要がある。

自然とペースが上がる為、追込みウマ娘の天敵とも言えるようなウマ娘だった。

 

「(ひぃん!やっぱりディープインパクトさんこっちに来てる!しかも今日はもう一人のウマ娘さんがいる!なんで!なんでぇ!)」

「(このハイペースやっぱキツイです!でも後ろに居ても千切られるだけ!前目につけて差すしかない!)」

 

 だがそんな思惑など関係も無く、カブラヤオーは相変わらずのディープインパクトの圧と、インコースにつけたナリタトップロードからの圧に内心ガクブルしていた。

しかしそれが彼女を速くする。

 

 ナリタトップロードの脚質は先行寄りの万能型だ、しかしカブラヤオーに対していつも通り好位追走なんてやってたら、おそらくこのレースでは追いつけないと判断した。

何せ出ている面子が面子だ、末脚でそうそう負ける気は無いが、中団からスタートとなれば、おそらく団子状態でラストスパートを駆け抜ける事となって互いに邪魔。

ならば前につけてカブラヤオーを差す勢いで走るしかない。

しかし誤算はカブラヤオーのペース、二人に追われる彼女のペースは異常だ、二番手につけてる自分でさえ普通は『大逃げ』と呼ばれるくらいだろう。

果たして脚が保つか、それが焦点。

 

『三番手ディープインパクトからおよそ五バ身キズナ外側ついてサッカーボーイ大外にサクラスターオー内にダンスインザダーク最内シンボリクリスエス!』

『しかし四番手から最後尾までさほど差はありません先頭から最後尾までおよそ七バ身!これは稀に見るハイペースなレース展開でしょうか!!』

 

 カブラヤオーに引っ張られ、展開は高速化。

追込みを得意とするキズナだがカブラヤオーの逃げ脚とディープインパクトの差し脚を知っているので少しでも追いつくように前で構えた。

他にもこの中団は差し、追込みを得意とするがいつもの2000mのペースでは影も踏めやしないと直感、ペースを上げている。

 

「(注意すべきはディープインパクトさんだ、中山の直線は短い!かなり手前で仕掛けるとは思うけどタイミングを間違えれば背中すら見えない!)」

「(トプロは前目につけてやがるな、末脚じゃあのオジョーサマに勝てねぇって判断したか?ケッ、だがそのペースでテメェのスタミナが保つかよ!)」

「(流石見事な驀進です!これは私も凄い驀進を見せなければなりませんね!残り600mで張り切らねば!)」

 

 キズナは今この時点でディープインパクトに勝利できるとは思っていない、合宿やこのレース以前の重賞で見せた基礎能力が違い過ぎた。

だが弥生賞では、皐月賞では、日本ダービーでは?

その能力差が縮まらないと誰が決めたのか、いや絶対に縮めて追い抜いてみせる、これはその試金石だと。

G1レースでそんな事をするのは普通は有り得ないだろうが、キズナはその『有り得ない』をしなければとてもじゃないがディープインパクトには勝てないと、勝つ為に全力で全て使ってやると心を決めていた。

 

 サッカーボーイはナリタトップロードがステイヤーとして超一流を張れるスタミナがあっても、このハイペースでは最後に差す脚は残らないと判断する。

長距離で走るスタミナとハイペースで中距離を走るスタミナは使う部分が違う、あいつは絶対落ちてくる。

ただし彼女の脚で勝ち筋を残すのならばその戦法しかないというのも事実だと解っていた。

いつも通り好位追走からの末脚を発揮しようとも、あのカブラヤオーについていった上で、常識外の末脚を見せたディープインパクトには届かない。

いつも通りやってもそれでは結局二番手争い、勝つ為にはどこかで賭けが必要だ。

ナリタトップロードは前につける事でそこに賭けたのだろう、ならば自分はどこで賭けに出るか。

 

 サクラスターオーは最後の600mでどれだけ驀進するかだけで頭を埋めていた。

 

「(深淵なる衝撃の同胞の最終天空飛翔疾走は此れまでにいずれも歪み無き翠色の絨毯でしか発動させておらぬ。ならば此の身は戦場に表出する歪みの間を縫いかの英雄に詰め寄る…!(ディープインパクトさんのラストスパートはいつも直線で見せていました!ならこっちはコーナーで少しでも近づかなきゃ!))」

「(ペースは高速化している、勝負は前半1000mを過ぎた辺り、彼女がどの時点でスパートをかけるか。おそらく…)」

 

 ダンスインザダークは今まで見たレースでディープインパクトが直線でしかスパートをかけていないのを見ていた。

それがブラフかどうかは解らないが、今の自分では彼女の直線での加速に勝てない事は解っている。

ならばコーナーで加速し少しでも差を縮めるしかない。

インコースから外に入って加速、再び内に入る。

多少のロスは加速で補うと決めた。

 

 シンボリクリスエスはおそらく一番冷静に展開を読んでいた。

ディープインパクトはあの論文の元となった津上トレーナー直接の教え子だ。

ならばおそらく、今このレースを走るどのウマ娘よりも頑丈な身体をしているに決まっている。

ならば、それをどう使うのが有効か、どれだけの距離でスパートするか、もしできるとするならば、そう――

 

『ここで前半1000mを通過しますタイムはなんと58秒!?本当にジュニアのペースかとても速いあっ!?ここで、ここでディープインパクト頭を下げたぁ!?』

 

 

――――――――――――――――

 

 

観客席ではあきやレグルスのメンバーが応援している。

前半1000mを越えた時、彼女達はディープインパクトがスパートの体勢に入ったのを見た。

 

「うわ、おじょーひさびさにアレやるつもりなのー?」

「今まで直線でしか見せてなかったからな…此処で見せつけて他の連中がクラシックでどう対応してくるか、見るつもりじゃないか?」

「お嬢のあれ、えぐいのよね。評判的に、頑丈さと単純な速さばかり噂されてるんだろうけど…」

「それだけなら。私達がとっくに勝ち越してる」

 

 今までディープインパクトが見せた頭を低くしてのスパートは最後の直線でのみ見せてきた。

勿論、それは普通の事だ。

普通のウマ娘はスパートしている時に曲がったり坂を同じペースで駆け登ったりなんてできないし、しない。

だが、ディープインパクトだけは違う。

 

「ふふーん!ボクが『翔ちゃんならG1全部獲れる』って言ったのは嘘でもなんでもないもんね!」

 

 絶対的なボディバランス、どこまでも精密な身体制御、作り上げられた強靭な骨格と心肺と筋肉により高められた耐G性能。

いっそ狂気的なまでに仕上げられた、肉体に任せるだけでレースに勝てるような、そんな身体性能にあきはディープインパクトを仕上げたのだ。

普通ならそれだけでいい。

普通ならそれだけで満足する。

 

「翔ちゃんは『最強』だよ、例え他の子がG1何度も獲ってようがコースレコード出してようが、ボクの翔ちゃんが絶対に勝つもんね!」

 

 だが二人はそれで満足しなかった。

どうすればより正確に精密にロスが無くコーナーを駆け抜けられるか研究した。

どうすれば強く速く短時間で消耗少なく坂を駆け抜けられるのか編み出した。

どうすれば少しでも距離を時間を長くスパートできるか鍛錬した。

 

 どれか一つでも極めたら、それはG1レースで勝利できるような立派な武器だ。

『だから』二人は全部を求めた。

強い肉体を誇るウマ娘が居れば、それよりさらに強靭な肉体を。

速い脚を持つウマ娘が居るなら、それよりさらに速い脚を。

技術で以ってレースをコントロールするウマ娘が居るならば、それよりさらに巧い技術を。

誰よりも強靭な肉体で。

誰よりも速い脚で。

誰よりも巧い技術で。

最強、最速、最巧の、二位の項目など一つもない正しく最高のウマ娘。

オールマイティなどではない、何処を切り取っても全てがハイエンド。

 

「走れ!翔ちゃん!キミが『最高』だぁー!」

 

 映像で、現実で、あらゆるウマ娘を『視』てきた津上あきが、それでもなお『一番』と自信を持って言うウマ娘。

それが、ディープインパクトだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 風を切る。地を駆ける。揺らさず、ぶれさせず、真っ直ぐに、高さを変えず。

まるで大空を飛ぶ飛行機のように真っ直ぐに。

されど大空を舞う鳥のように鋭角に。

ディープインパクトは残り1000mの時点でスパートをかけた。

 

「(ひえっ!?何でディープインパクトさんが前に居るの!?コワイ!)」

「(まさか、此処からスパートかけて最後まで保つんですか!?嘘でしょ!?)」

 

 抜かれてしまったカブラヤオーがディープインパクトを見て動揺するが、すぐ後ろにもウマ娘が居るのでペースは落とせない。

ナリタトップロードも前に出られた事に驚愕するが、すでにペースはいっぱいギリギリだ。

そう、二人はまだ1000m58秒というハイペースを崩してなんていない。

だというのに、ディープインパクトは抜き去ったのだ。

 

「(600mより仕掛けてくるとは思ったけどこの時点で!?まだ早すぎる!)」

「(クソが!残り800よりさらに前だと!?どういうスタミナしてんだ!)」

 

 中団のウマ娘もあまりの早仕掛けに動揺し、少しだけペースが上がる中。

ただ一人だけ、それを読み切って変えなかったウマ娘が居た。

 

「(やはり1000m時点で仕掛けてきたか。周囲のウマ娘もそれに影響されてペースが上がった、此処までなら差し切れるな)」

 

 ペースを上げた周囲とは違いペースを守る、現在最後方を走るシンボリクリスエス。

焦燥に駆られる周囲と違い、彼女だけは落ち着いていた。

 

「(――今は無理だ。私の脚では1000mの正真正銘超ロングスパートなどできない。彼女以外ではペースを変えなかったカブラヤオーだけが相手だ)」

 

 読み切ったからこそ、冷静だったからこそ理解した。あれは今の自分では及ばない。

否、成長した自分ですら敵うかどうか解らない、正しく尋常でない才能と常識外の努力を積んだ怪物だ。

ディープインパクトに前を取られてもムキになって競り合おうとしなかった――いろいろな意味でできなかっただけだが――カブラヤオーだけが、自分が差し切れるか解らない範囲となる。

他のウマ娘はこの時点でかかっている、スタミナを消費しすぎて最後の直線では伸び切れないと見切る。

――勿論悔しい思いはある。ディープインパクトに勝ちたいという気持ちはある。

だが自分の実力不足を棚に上げるつもりも毛頭無い。

彼女とは勝負の土俵が違っていたのだ、それを実際にこうして走るまで読み切れなかった自分の未熟である。

このままでいるつもりは欠片も無い。だが今は闘志を深く、深く、深く沈める。

いつか見ていろ、そう思ってディープインパクトを見据えた、その時。

 

「(――!?)」

 

 ちらり、と、彼女が自分を見た気がする。

いや、確実に見たのだろう。

だって目線が語っていたのだ、『楽しみにしている』と、まるで好物を待ちかねる子供のように。

沈めた闘志が一瞬浮かび上がりそうになるが抑えた。

今は認めなければならない。まだ挑戦状を叩きつける段階ではない。あぁ、だがしかし――

 

「(ふ、ルドルフ様に『覚悟しておけ』と言われたが)」

 

 シンボリクリスエスはシンボリ家の新星と呼ばれる。

勿論、シンボリ家の重鎮、最も強いと謳われる『十冠の皇帝』シンボリルドルフと知己がある。

その彼女に言われたのだ、『ディープインパクトと同じ世代で走るのならば覚悟をしておけ』と。

真摯な表情の中に、隠しきれぬかすかな羨望と嫉妬が混じった眼差しで。

たしかに、シンボリルドルフの世代にライバルと呼べるライバルは居なかった。

唯一負けたレースも疲労を抜かし切れなかった調整不足故になったものだ。

彼女に自分の夢と目標はあっても、夢と目標になるウマ娘は居なかった。

それに比べて、自分はなんと――

 

「(――今は、いい。このレースで少しでも結果を残す事を考えろ)」

 

 思いを深く、深く沈める。

今はその時ではない。まだ早い。いずれ必ずその時が来るまで、大きく育つように深く、深く。

シンボリクリスエスに隙は無い。

才能に振り回されず、感情に引きずられず、己の実力を最大限に出し切るまでだ。

いずれ前を行く彼女に借りを返すその時まで、シンボリクリスエスは冷静沈着に走るだろう。

 

「(――うん、やっぱりG1レースは凄い)」

 

 スパートをかけ、コーナーも坂も全てお構いなしに飛ばしていくディープインパクトは思う。

G1レースは凄い。まだ誰も勝ちを諦めていない。

今、このレースに勝てないとしても、最終的な勝利は絶対に譲るものかという闘志を何処までも感じる。

それはとても、得難いものだと彼女は思う。

強すぎる者は、孤独だ。

いずれついていく事を諦められ、追いつく事を目標にされ、それすらできないと嘆かれる。

それはきっと、とても寂しい事で、とても哀しい事だと思う。

だからきっと、ディープインパクトは走るのだ。

それ以上強くなるのかと、なんでそこまで速さを求めるのかと言われても。

きっと、何処までも空を駆けるように、ディープインパクトは走り続ける。

 

『ディープインパクトがまだスパートを続けますコーナーも坂も関係無い!後続のウマ娘も必死に追いかけますが差が縮まらないまま今残り400mの標識を越えます!』

『ディープインパクトがまだ落ちない!まだ落ちない!直線飛行を続けます!カブラヤオー二番手のまま此処で後続も上がってきたっ!』

『ナリタトップロード粘るも苦しいか!最後尾シンボリクリスエス上がってくるぞ他のウマ娘は伸び切らない!クリスエスがカブラヤオーまで捉えたがカブラヤオー必死に逃げる!』

『だが二人も前を行くディープインパクトには届かない今一着でディープインパクトがゴールインッ!強い!並みいるウマ娘を寄せ付けず圧巻の、圧勝のゴール!!』

『二着はシンボリクリスエスが差し切った!カブラヤオー僅かに逃げきれませんでした三着です!』

 

レース結果

 

一着 8枠8番 ディープインパクト 1分55秒0

二着 1枠1番 シンボリクリスエス 大差 1分58秒0

三着 2枠2番 カブラヤオー アタマ 1分58秒0

四着 5枠5番 キズナ 2バ身 1分58秒3

五着 4枠4番 サクラスターオー 1バ身 1分58秒5

六着 3枠3番 サッカーボーイ クビ 1分58秒5

七着 7枠7番 ダンスインザダーク 2バ身 1分58秒8

八着 6枠6番 ナリタトップロード 1バ身 1分59秒0

 

 一着、ディープインパクト、タイムは1分55秒0。

二着のシンボリクリスエスに3秒の大差をつけての圧巻のゴール。

タイムは芝2000mのワールドレコードを0.4秒更新した。

このレースは最下位ですら1分59秒と、例年より遥かにハイペースであり、最下位のタイムですらレースレコードの更新をした事でこのレースに出たウマ娘達が如何に強かったのかを雄弁に語る。

彼女達は決して弱くない、世代に居ればG1を最低一つ、もしくは世代を代表するような強いウマ娘だと評されただろう。

しかし、ただそれよりもディープインパクトが遥かに強かった。否、強すぎたのだと。

 

 来年のクラシック戦線は、一際人々を熱狂させるだろう。

『最強』ディープインパクトに、他の強豪がどう挑みかかるか。

彼女達が一矢報いるか、はたまた最強が蹴散らすのか。

人々は、確かに彼女達に夢と希望を見た。

 




ちなみに翔子ちゃんは第五話で2000mを走ってますがあれはそこそこの力で走ってます。
その時のタイムから1秒縮めてるのが今現在の本気の走りですね!
ワオ……(白目)


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第二十三話 ミッション:来年からが本番だ!レースの計画を建てよう!

もうすぐ始まるクラシック、どんなレースに出るかレグルスの皆はとっても楽しみにしています!
トレーナーさんが上手く調整して素敵な一年を送れるよう計画を建ててみましょう!
(ゲーム的紹介)


 世界レコードや相変わらずの熱烈な応援ですっかり有名になった『レグルスのトレーナー』の盛り上げもあって、ホープフルステークスのウイニングライブは大盛況に終わった。

新設チームとしていきなりG1三つも取得、さらにディープインパクトが年末に発表されるURAのジュニア年度代表ウマ娘に選ばれた事もあり、レグルスの知名度は一気に上昇。

最近強豪チームや強豪ウマ娘の間で実行され出した『津上あき式トレーニング』も来年一月中旬には機材が大量配布される予定――アグネスタキオンが本当に頑張った――であり、ウマ娘達の故障しない身体作りが近い内に一般化される予定だ。

これはシンボリルドルフ理事長を筆頭にURA全体で強力に推し進めており、『怪我で【泣く】ウマ娘を【無く】そう』と理事長自ら声明を発表している。

世間的にももしあのウマ娘があのレースに出られていたら、もしあのウマ娘が怪我で引退しなかったら、などの話は出過ぎるほど出ており、あと何年早かったら、いやむしろレースが始まった時にありさえすればなど極めて好意的に受け入れられている。

またチームとしてもクラシック王道路線に『最強』ディープインパクト、ティアラ路線にラインクラフトとシーザリオ、ダートにもカネヒキリとヴァーミリアンと有力と見做されるウマ娘が所属している事もあり、とうとう『双璧』リギルとスピカを打ち倒す新星チーム出現か、と評価が上がっていた。

 

 そんな中、いざ新年を迎えようというチームレグルスの部室にて。

 

「じゃあ皆、来年のレースローテーションを組もうか!」

 

 加速度的に有名になりすぎて、マスコミやファンの山に埋もれる事を厭って実家に帰らず、全員トレセン学園に残る事を選んだチームメンバーがこたつに入りながら日程表を広げていた。

音頭を取るのは無論、トレーナーであるあきである。

二年目のクラシックはいよいよG1やG2レースが本格化、タイトルも多い時期に入るとあって、推し達を自分の手で輝かせる為にも生き生きとしている。

 

 チームメンバーの中で、最も手早く決まったのはシーザリオとラインクラフトだ。

二人ともクラシックティアラ路線を走る予定であり、その内ラインクラフトがNHKマイルカップとマイルチャンピオンシップのマイルレースを二つ、シーザリオはエリザベス女王杯に出る予定だ。

 

「まぁ奇を衒う必要は無いからな」

「トリプルティアラは被るけどー、それはもともとの予定だもんねー。あとは有記念くらいー?」

「うんうん、何個かG2やトライアルレース入れるかもしれないけど、二人は路線決まってるもんね!」

 

 二人してトリプルティアラを獲りに行くつもりではあるが、マイルから中距離辺りが主な範囲のラインクラフトと、中距離が得意で長距離もいけるようになったシーザリオで差別化もできている。

来年のトリプルティアラクラシックの二大本命であり、心配はまるでいらないだろう。

 

 次にダート路線の二人であるが此処は国内でもダート重賞は少ない。

さてどうしたものか、芝でもG3やG2クラスなら二人も充分いけるかな?と思ったあきであったが。

 

「じゃあアメリカクラシック三冠」

「キリちゃん??ちょっとキリちゃん???」

 

 まず最初に唐突にブッ込んできたのはカネヒキリである。

新設チームにしていきなり海外遠征とか普通なら書類仕事も調整も何もかもトレーナーを過労で殺す気でしかない提案だ。普通なら。

 

「日本を出る喜び。正直日本はダートレース少ない。クラシックの中央G1ダートとか。出れるのが片手で数えられるくらいしかない」

「それを言われるとキッツイけどさぁー!」

 

 そう、上述通り、日本ではやっぱり主流が芝なのだ。

カネヒキリだってヴァーミリアンだって芝を走れなくもないが、今ではすっかりダート専門である。

つい先日のホープフルステークスでも、カネヒキリやヴァーミリアンがもし出場したら、きっと2分0秒で最下位争いだ。

それだとしても普通なら勝てる、というよりそれまでのホープフルステークスの一着タイムと比べても、余裕で一着が獲れるタイムだが、時代が悪すぎた。

 

「私は向こうのダートレースを六月まで走って。七月に帰国でジャパンダートダービー。その路線で良いと思う」

「あら、じゃあ私はアメリカトリプルティアラよね?日程的にちょっと被るくらいだけどそうするとジャパンダートダービーはちょっときついのよね」

「正直。ジャパンダートダービーよりチャンピオンズカップや東京大賞典でやった方がいい。国内G1より国際G1でケリをつける」

「待って??待って???なんで二人とも渡米するのが前提になってんの????」

 

 どんどん話を進めていくダート路線の二人に、あきが身体全体からハテナマークを飛ばして問うが、その答えは決まっていた。

 

「「だって走るG1レース少ないし」」

「渡米されるとボクが応援簡単に行けないじゃん!?」

「「先生、教え子を信じて送り出す事も必要(なのよね)」」

「ヤダー!キリちゃんリアンちゃんの応援行けないのヤダー!ボクは二人のトレーナーなんだぞぅ!ライブ見に行けないのヤダー!」

 

 書類は確かに大変だ。渡りをつけるのも難しいだろう。二人の調整だって難しいかもしれない。

だがジタバタ駄々っ子のように暴れるあきが一番嫌なのがこれだった。

あきは教え子達が大好きである。

レースで勝たせてライブでセンター取らせて誰よりも前で応援するのが既に生き甲斐となっている。

確かに、確かに二人が渡米しても勝たせる事は可能だろう。

直接二人についていかなくとも映像だけで『視』れば解るほど、あきの眼は進化している。

リモート映像で指導できる技術の進歩に万々歳だ。

でもライブを現地で応援できないのは別なのだ!

 

「でも。私達二人は所詮前座。ほら。本番が来た」

「そうなのよね。覚悟するならそっちなのよね」

「へ?」

 

 だが、悟ったような表情で二人が言う。

視線の先には出走レース希望を書いた紙を持ったディープインパクト。

それを持った彼女の目と顔はとてもキラキラしていた。

もう一度言う、とてもとてもキラキラしていた。

 

「はい、あきちゃん」

「うん、翔ちゃん……ん?……んんん?????

 

 覚悟も何も多分国内クラシックG1全部でしょ、そのくらい解るよ、と思ってあきが渡された用紙を確認する。

目を擦ってその後もう一度確認し、書いてあるのが間違いじゃないか、実は疲れ目(なる訳が無いが)になって目が霞んでいて文字が違ってるんじゃないかと三度見する。

 

ねぇ、翔ちゃん、これ本気?

「うん、沢山走りたいから、沢山考えたの」

 

 むふー、とまるで褒めて褒めてと言わんばかりにディープインパクトが胸を張る。

あきはいっそ『翔ちゃんは可愛いなぁ』と現実逃避をしたかったが、目の前にある紙は無くならない。

ご丁寧にそれにはレースの日付まで書かれて、いつどこで走るよ!というのがとても解りやすかった。

では、その肝心の内容とは。

 

『ディープインパクト出走希望レース表』

 

3/6 G2 弥生賞(日本)

4/17 G1 皐月賞(日本三冠一つ目)

4/30 G1 2000ギニーステークス(イギリス三冠一つ目)

5/8 G1 NHKマイルカップ(日本)

5/29 G1 東京優駿(日本三冠二つ目)

6/4 G1 英国ダービーステークス(イギリス三冠二つ目)

7/14 G1 パリ大賞典(フランス)

7/23 G1 キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(イギリス)

8/14 G1 ジャック・ル・マロワ(フランス)

9/10 G1 セントレジャーステークス(イギリス三冠三つ目)

10/2 G1 凱旋門賞(フランス)

10/23 G1 菊花賞(日本三冠三つ目)

10/30 G1 天皇賞秋(日本)

11/20 G1 マイルチャンピオンシップ(日本)

11/27 G1 ジャパンカップ(日本)

12/25 G1 有記念(日本)

 

 以上である。

いっそ三月の弥生賞が浮いてるまである、欲張りも欲張ったG1レース十五戦。

むしろ何で弥生賞を入れているんだろうか?

 

ねぇ、翔ちゃん、G1ばっかりだけどなんで弥生賞も?

「んー、なんとなく、出なきゃって思ったから」

そっかぁ、そうなんだぁ

 

 出なきゃいけないって思ったならしょうがないなぁ、とあきは現実逃避気味に思った。

 

 さて、実際問題であるが。

勝てるかどうか?可能だ。どんなレースに出ても勝てるように最速の脚を作り、最巧の技を磨いてきた。

走れるかどうか?可能だ。中一週間がいくつもあるという、普通のウマ娘ならば故障必至の地獄ローテであるが、どんな激しいレースであろうと三日で完全回復させる最強の肉体を作り上げてきた。

できるかどうか?しょうじきわかんない。

 

 何故ならあきには伝手が無い。

日本国内なら大丈夫だろう、何せあきもディープインパクトも日本の中央所属だ。

だがダート路線の二人もそうだが、外国に伝手がある訳が無いし、そもそも向こうのG1だっていきなり飛び入り参加できる筈も無い。

 

「(いや日本のG1勝って賞金額満たしてれば行けるのか…?向こうの国の出走登録は必須だと思うけど…)」

 

 むむむ、と悩むあきだが、そんなあきにちょこんと首を傾げ、ディープインパクトが一言。

 

「だめ…かな?」

できらぁっ!!!!!!

 

 幼馴染四人は『まーた安請け合いしたよこいつ…』と呆れた眼であきを見つめ、あきはあきで心の中が『やばい』と『どうしよう』で埋まり、ディープインパクトは『流石あきちゃん!』と無邪気に喜んだ。

勿論であるが渡米してダートG1を走ろうとしてる二人の問題も解決していない。

 

 津上あき、トレーナー二年目にして地獄のデスマーチ決定である。




ここのレグルスの面子が大人しく国内レースだけ走ってくれるわけねぇなって思い直しました(小並感)
日程はモデルのお馬さんが実際走ってた年度の日に合わせてるってだけです。
暦から計算して今が何年とかそういうのは無いので計算したりツッコミ入れるのはしないようにな!


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第二十四話 過去話での伏線をしれっと回収していくのはSSの嗜み

なおどれを回収するかそれともしないかはまだ全部決めてないんじゃないんですかね(適当)
むしろ回収しない方が妄想の羽を広げられて健康に良いまである。
啓蒙に目覚め、脳に瞳を宿すのです…(その眼は狂っていた)


 いろいろと取りまとめた結果、希望レースにはトライアルレースへの出走が勿論必要という事になり、それを纏めていくと全体像が浮かび上がった。

まず一番最初に二月にヴァーミリアンが渡米、アメリカトリプルティアラのトライアルのケンタッキーオークスのさらにトライアル、ラスヴァージネスステークス(G3)に出走。

次に三月初めに日本でシーザリオが出るチューリップ賞(G2)とディープインパクトが出る弥生賞(G2)をこなし、中旬に同日開催のラインクラフトが出るフィリーズレビュー(G2)と、ヴァーミリアンが出るアメリカ開催の二度目のケンタッキーオークストライアル、サンタアニタオークス(G2)。

アメリカのレースは着順によるポイント制でポイントが高いウマ娘が優先して出走できるシステムを持つレースが結構ある為、複数トライアルに出る場合がある。

 

 そして此処から本格的に地獄が幕を開ける。

 

 四月初めに、ジュニア期の内に、ちゃっかり出走条件を満たしていたカネヒキリがフロリダダービー(G1)に出走、その一週間後にサンタアニタダービー(G1)の強行軍。

その翌日には日本でラインクラフトとシーザリオのトリプルティアラ一つ目の桜花賞(G1)と、同日でイギリス三冠2000ギニーのトライアル、ディープインパクトが出るグリーナムステークス(G3)が開催。

その一週間後には日本でクラシック一冠目、皐月賞(G1)が始まり、およそ一週間後にシーザリオの出るフローラステークス(G2)、さらに一週間後、四月末日にディープインパクトのイギリス2000ギニーステークス(G1)が開催。

 

 そして5月初めにヴァーミリアンのケンタッキーオークス(G1)が開かれ、その一日後にアメリカ三冠の一つ目、カネヒキリのケンタッキーダービー(G1)、そしてその翌日に日本でディープインパクトとラインクラフトの出るNHKマイルカップ(G1)。

約二週間置いて五月中旬、アメリカ三冠二つ目のプリークネスステークス(G1)が開かれ、その翌日に日本でトリプルティアラ二つ目のオークス(G1)、その一週間後に日本クラシック二つ目の日本ダービー(G1)。

 

 一週間後、六月の初めに今度は英国三冠の二つ目イギリスダービーステークス(G1)があり、その四日後にアメリカトリプルティアラ一つ目のエイコーンステークス(G1)、その三日後にアメリカ三冠最後の一つベルモントステークス(G1)。

 

 七月も移動距離がえぐく、まず日本に帰ってきたカネヒキリがジャパンダートダービー(G1)に出走、その翌日にディープインパクトのパリ大賞典(G1)、一週間後ヴァーミリアンのアメリカトリプルティアラ二つ目のCCAオークス(G1)が開かれ、その二日後にイギリスでキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(G1)。

 

 八月も行ったり来たりする事となる、中旬にフランスでジャック・ル・マロワ(G1)、その三日後にアメリカトリプルティアラ最後の一つアラバマステークス(G1)、そしてその十日後にアメリカでヴァーミリアンとカネヒキリの第一戦目が行われるトラヴァーズステークス(G1)。

 

 九月には前半にイギリス三冠最後の一つセントレジャーステークス(G1)が在り、同日開催でラインクラフトが出る紫苑ステークス(G3)とその一週間後にシーザリオのローズステークス(G2)。

 

 十月からやっと日本に留まり始めると思ったら一番最初がフランスでディープインパクトの凱旋門賞(G1)である。

ただしそこが終わればあとは日本となるが、ローテーションが地獄ではないというわけではない。

十月中旬にトリプルティアラ最後の一つの秋華賞(G1)、その一週間後に三冠の最後菊花賞(G1)、一週間後にディープインパクトが出る天皇賞秋(G1)なのでレースの密度はほぼ変わっていない。

 

 十一月はシーザリオがエリザベス女王杯(G1)、ディープインパクトとラインクラフトが出るマイルチャンピオンシップ(G1)、ダート二人が出るチャンピオンズカップ(G1)とその翌日のジャパンカップ(G1)と、ディープインパクトが相変わらず頭おかしいローテーションなだけで普通と言えるのかもしれない。

 

 十二月は正真正銘平和に終わる、何せ芝を走る三人が出る予定の有記念(G1)とダート二人が出る東京大賞典(G1)しかレースが無い(感覚麻痺)。

 

 総括してみれば日程がギチギチなのはディープインパクトだけで、あとの四人はそうでもない。

ダートの二人組は夏までアメリカで走るだけだし、ティアラ二人組も海外なんて行かない普通のティアラ路線のローテーションだ。

同日開催のレースはどうしようもないがこれで殆どのレースは応援できる!やれる!あきは目をぐるぐるさせながら拳を握りガッツポーズを取った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 無論こんなのがあき一人でできるわけが無いので即座に理事長室に土下座しに行った。

 

 レースで勝たせる事は可能でも、走らせる段階まで持っていくにはあまりにも経験も伝手も足りていないのである。

まず書類で死に、次に滞在場所の確保で死に、最後に移動手段の確保で死んでスリーアウト、何もできずにゲームセットである。

では素直に国内で走らせればいいのではないか、となるかもしれないが、実はこの無茶苦茶なスケジュールをこなせるかもしれない可能性が有るのを、あきは知っていた。

 

 以前、あきがこの世界の歴史を調べた時に、『この世界では世界大戦が起こっていない』世界であり、『技術の開発経緯が違う』事を学んでいた。

そしてこの世界の車や船、飛行機などの大量輸送手段が『もっと遠くのレースを見たい・走りたいから』である事をその時に知っていたのである。

 

 あきの前世だったならば、無理だっただろう。

移動手段の確保もあれば、実際に走る『馬』の健康状態、他の人間達の害意でこんなことは不可能だ。

だが、この世界ならば、それが可能であると、走って勝つ事ができるならこれは通ると、あきは判断した。

この世界はレースの事柄に対してはとことんまで純粋だ。

もしこんな日程で勝つ事ができるウマ娘が居るなら、もしそんなチームがあるなら、この世界の人類が抱くのは夢と希望だと、あきは思っている。

何せこの世界、『レースしようぜ!月まで行って無事帰ってきたらゴールな!』と言った国があって、他の国が『何をバカな事を。――で?レギュレーションは?』と返して本当にレースが始まった歴史がある。

ちなみに勝ったのは言い出しっぺのアメリカである。

有人宇宙飛行まではロシアがリードしていたが、そこから思いっきりマクって月面一番乗りを果たした。

一着の証拠として月面に国旗を突き立てて帰ってきたのは有名な話だ。

 

 そんな世界であるから、あきは知ってる人の中で一番力になってくれそうなシンボリルドルフ理事長を訪ね、間髪入れずに土下座したのであった。

ディープインパクト達が強すぎてトゥインクルシリーズをどうしようという問題はまるで解決してないが、故障の根絶という、全てのウマ娘の幸福という大きな夢に前進して上機嫌だったシンボリルドルフ理事長はいきなり土下座してきたある意味での元凶にフリーズし、『今度は何を言い出すのか』と厄介事の臭いを嗅ぎ取ったエアグルーヴ秘書が、絶妙にやさぐれた眼で溜息を吐いた。

トレーニング方法を開示してくれたというのは本当にありがたいし、他のウマ娘達の為になるのだが、その事務処理とか関係各所への折衝をしたのは主にこの二人が中心として行った為、この年末でようやく一息ついた所だったのである。

望んでやった事とはいえ、激務は激務であった為、二人がここ最近、家にはほぼ寝に帰るだけで働き詰めであり、お互い家族とどう過ごそうか話していた所に、御代わりが追加されれば眼の一つや二つは流石に死んでいた。

 

 そして提出されたチームレグルスの出走プランに二人して頭を抱えた。

 

 何が酷いかと言えば『移動手段と書類手続きが万全であり、予定しているレースに勝利できる』なら何一つ問題が無い事だ。

ティアラ路線の二人は問題無い。というか文句のつけようが無い完璧に国内ティアラ路線ルートでこの中ではむしろ癒しである。

ダート路線の二人も国外であるということ以外は問題が無い。こちらはパスポートと書類をきっちり完備し、申請を出せばあとは移動手段の問題だけである。

 

 だが最後の一人が大問題だった。

日本と欧州を何回行ったり来たりするんだ?あと欧州内でも移動かなり多くないか??

走るレースも日本三冠に英国三冠に欧州三冠ってそんな欲張りセット何故個人でやろうと思ったのか???

地味にトレーナーの移動も問題だ、こいつ何回日本とアメリカと欧州を移動するんだろう?

可能な限りライブに出たいとかそもそも同日開催は確実に無理だし、移動時間で出れないライブだって多数なんじゃないか??

そもそもそんな移動ばっかりしてて本人の体力とトレーニングの指導は可能なのか???

 

 いや解っている、一人では無理だと判断したからこうして頭を下げに来たのだろう。

だがもう一つの問題もある。

シンボリルドルフ理事長は聞きたい事があると、あきに頭を上げさせた。

 

「ふ、む。そうだな。そもそもとして、勝算は?」

「出れさえすれば勝てます。っていうか、翔ちゃんに勝ち目を見出せるウマ娘ってチームメンバーの四人…と、あとはギリギリでオルフェさんしかいません」

 

 それはとても自信に満ちた断言だった。

レコードを連発し、時にはワールドレコードまで出すディープインパクトに並ぶ者は同じチームメイトと、ギリギリのラインで今なおドリームシリーズを走っている三冠ウマ娘しか居ないと。

 

「……それ程か?」

「んーと、そうですね。オルフェさんはこのままだと10:0で無理です。翔ちゃんに勝てません。一ヶ月時間を貰えれば9:1まで引き上げられます。リオちゃんも同じくらいですね。ラフィちゃんとリアンちゃんならそれぞれの分野なら8:2で。キリちゃんなら6:4で一番拮抗してますね」

 

 エアグルーヴ秘書の問いにあきはすらすらと答える。

オルフェーヴルなら自分が一ヶ月時間をかければディープインパクトに勝ち目は作れる。

シーザリオも勝ち目はあるが、ディープインパクト自体中長距離の芝が得意なので、勝ち目はあるというところまでだ。

ラインクラフトなら芝のマイル、ヴァーミリアンならダートなら二割の可能性がある。

ヴァーミリアンは芝も少しは走れる分ダートへの特化が足りず、ラインクラフトは芝という同じ戦場なのでどうしても分が悪い。

そしてレグルスのチームメンバーの中で、ディープインパクトの次に才能があるのがカネヒキリだ。

ヴァーミリアンと違って芝の適性はほぼ無いが、その分ダートに特化しており、全地形対応のディープインパクトに四割の勝率を残す。

 

 つまりレグルスのメンバーは全員、その気になればレコードで走れるだけの能力がある。

それを今までのレースでしなかったのは、この為だ。

確かにレコードは出せるが、その時にあきが常に傍にいるとは思ってない。

あの二人ならとんでもない事をやらかすと、信頼と信用と、確信があった。

だから『本気』では走るが、『全力』では走らない。

もし全力を出すとすればお互いの路線のチームメイト兼ライバルと走る時か、もしくはディープインパクトと走る時だけだと。

 

 まぁディープインパクトは強いウマ娘が居るとつい嬉しくなってレコードタイムでブッ飛ばすのだがあれは例外だ。

生まれ持った図抜けた才能と、幼児期からの究極的なトレーニングと、あきを見て育った逸脱した精神力のどれ一つ欠けてもああはできない。

あきと出会わなければ『日本を代表するレジェンドウマ娘』で済んだだろうが、出会ってしまったから『既にワールド級レジェンドなのにまだ強さを追い求める修羅』というとんでもないものが生まれてしまった。

この件について、幼馴染四人は『まぁ責任はあきにとってもらおう』という生暖かい共通認識で二人を見ている。

 

「……津上トレーナー君。勝てるのだね?」

「はい。勝てます。ボクのチームは『最強』です」

 

 改めて問うたシンボリルドルフ理事長に、あきは胸を張って断言した。

シンボリルドルフ理事長の個人的な感情としても、実際にあのワールドレコードを出した走りを見た者としても、たしかにディープインパクトは夢を見るに値するウマ娘だ。

そして今目の前に居る彼女は己達が必死になって整備した『故障を回避するトレーニング』のオリジナルにして第一人者、今はまだ技術的にできない事を完璧にこなす事ができる規格外である。

日本のチームによる、日本のウマ娘による、日・英・米・欧州三冠独占。

そのあまりにも輝かしい夢が、目の前に提示されていた。

 

「……了承。書類手続き、移動手段の手配、滞在先の確保。こちらで全身全霊、粉骨砕身の心持でバックアップしよう」

「理事長!?」

「エアグルーヴ。これはおそらくチャンスだ。日本のウマ娘が確かに世界に通用するという、またとないチャンスだ」

 

 シンボリルドルフ理事長とて、理事長となる前は一選手であり、日本一国に留まらず世界という舞台を夢見た事がある。

様々な要因でそれこそは叶わなかったが、しかし全てのウマ娘の幸福を実現せんと夢を掲げる者として、自分の時のような挑戦の機会すら与えられなかったような、そんな事はしたくない。

さらに言えば彼女達の存在がある事で、誰もが夢見ても実現はできない、正しい意味での無差別級ワールドカップ、真の意味でのURAファイナルズの実現すら可能とするかもしれない。

世界各国のスターウマ娘がレグルスを打倒する為に、彼女達を追い抜かんと闘志を燃やしやってくるのだ。

別に開催が日本じゃなくて各国持ち回りになっても良い。というかそうするべきだろう。今度URAの国際会議で提唱しよう。仕事もそっちに振れるし、とても良い考えだ!

おそらくきっとたぶん、シンボリルドルフ理事長はとても疲れていた。

 

「よし、では移動手段は当家の自家用ジェットを貸し出そう。滞在先の確保はまぁ、そこまで手間では無い。あとは手続きだな」

「自家用ジェット」

 

 そこでポンと自家用ジェットという単語が出てくるのか、名家ってやっぱ凄い、とあきはオウムのように言葉を繰り返しながら思った。

なおエアグルーヴ秘書は書類手続きだけでも大変だろうと胃と目頭を押さえている。

 

「しかし津上トレーナー君もこれだけの手続きや、現地での指導や日本残留組の指導など手が回らないだろう?」

「あ、はい。なので事務員さんだけでも紹介してくれないかなー、と」

 

 実際、チームを率いるトレーナーは激務である。

サブトレーナーをつけていないチームはあっても、事務員がいないチームなどは、新しすぎてまだ事務員がどれだけ必要かすら判明していなかったレグルス以外、存在しない。

あのスピカやリギルでも書類仕事の大半は専属の事務員に任せているのだ。

そうでなければ時間がとてもじゃないが足りはしない。

十数年前は事務仕事すらトレーナーがこなしていたチームもあったそうだが、元から問題視されていた所を過労で入院したトレーナーが出たので抜本的に見直しをされた。

これによってトレーナーはウマ娘達のトレーニングやレースのプランニングに専念し、他の煩雑な仕事は事務員にという分業体制が成り立った。

それでも各ウマ娘の一人一人に合わせたトレーニングの構築やレースでの戦術構築、相手ウマ娘の戦力分析などやる事は沢山あって激務なのは変わりないのだが。

レグルスについても提出されるレースローテーションによって、配属される事務員の人数を決定する予定だったのだ。

 

「あぁ、勿論事務員も派遣する。そしてこれは提案なのだが、津上トレーナー君。サブトレーナーを迎える気はないかね?」

「む…いえ、ボクが飛び回るにせよ、どうするにせよ、必要になりますか」

「うむ。場合によっては君の親交のあるスピカやリギルの手を借りる事もできるだろうが、アメリカや欧州でトレーナーをつけずに送り出す事は流石にできない」

 

 そして、このレースローテーションで一番の問題がアメリカを飛び回るダート路線二人組と、日本に残るティアラ路線二人組、日本と欧州を行ったり来たりするディープインパクトで、どうしてもトレーナーが居ない状態が起きてしまう事である。

日本に残るティアラ路線二人組はまだいいだろう、スピカやリギルが今年のクラシックでティアラ路線を走るウマ娘が居ない事もあり、短期間の間面倒を見てもらうあてがある。

しかしダート路線の二人と日本と欧州を飛び回るディープインパクトは別だ。

あきが分裂できない以上、どうしても一人になる期間がある。

リモート通信など技術の進歩は目覚ましいが、直接指導したりケアしたりする方がどうしたって効率がいいのだ。

それにトレーナー資格を持つ者がいないと利用できない施設だってある。

日本のトレセン学園で言えば合宿場など、選手のウマ娘だけでは申請しても使えないのだ。

 

「むむむ、いえ、仕方ない事ですね。というか、ボクらみたいな新設チームに入ってくれる人なんているんですか?」

「あぁ、そうでなければこのような提案はしないよ」

 

 あきにすればディープインパクト達がいくらG1確実の将来有望なウマ娘の集まりとしても、今現在のチームレグルスは新興もいいところ、重賞だって勝ってるのは所詮ジュニア期のものでしかないチームだ。

サブトレーナーなどといった存在は、もっとクラシックやシニアのオープンレースや重賞で結果を残しているチームでなければ希望者も居ないし、配属だってされないものと思っていた。

しかしシンボリルドルフ理事長が言うには、向こうから是非に、と申し出があったのだというそうだ。

 

「一体誰なんですか?かなり物好きな人だと思うんですけど」

「ふむ。まぁ、物好きなのは否定しない。だがある意味納得もしたものだよ。彼女、というより、家の方が有名だが」

 

 シンボリルドルフ理事長が言う、レグルスに是非ともサブトレーナーとして配属してほしいという人。

その人の名は。

 

「彼女の名前は、桐生院桜。君と同じ、飛び級をし、中学生でトレーナー資格を取得した俊英だ」

 

 トレーナー名門、桐生院家。そのご令嬢の名である。




追加メンバーその一はトレーナーのやべーヤツだ!
ウマ娘の事ばっかり考えてて社会常識が欠落してる部分があるゾ!
流石にデータ面とかフィジカル面ばっかり見てて交流しないといった前例の過ちは踏襲しないがそれはそれとして流行とかそういうのはガン無視なんじゃないんスかね(適当)


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第二十五話 一目見るだけで心を圧し折る場合もある。なお見られただけなのでそれに気づくかどうかは別問題

最近熱くなったり雨が降ったりと気温気候の変化が激しいですね。
どうか皆さんも身体に気を付けてお過ごしください。
クーラー効いた部屋から出ずに食っちゃ寝して過ごしてぇなぁ俺もなぁ(ダメ人間感)


 桐生院桜には幼少の頃より憧れているウマ娘達が居る。

彼女達に出会ったのはほんの偶然だ。

名門の一員として出席したパーティー、其処に彼女達は居た。

桜にとって、名門であるとかそういうものとは微塵も関係無く。

ただただその出会いは衝撃的だった。

 

 桜は昔から、ウマ娘達の『音』が聞こえた。

シナスタジア、共感覚というものらしいとは今では学んだが、子供の頃はそんな事も解らず、ただその『音』を聞くのが大好きだった。

重々しい身体の芯に響くような『音』や、静かでさらさらと流れるこちらも落ち着いてしまうような『音』、激しく燃える炎のような気持ちが昂る『音』。

素晴らしいウマ娘であればあるほど、桜に聞こえる『音』もまたわくわくするような、とても楽しい『音』だった。

だからこそ彼女はこの『音』をもっと聞きたい、できるならば自分もこの『音』を奏でさせる助けになりたいと、そう幼い子供の頃から思っていた。

幸いにして桜の家はトレーナーとして名門の桐生院という家であり、彼女の聞こえる『音』も相まって、夢への道は立派に舗装されていた。

 

 小学生も高学年の頃、とあるウマ娘の名門一族ご令嬢達のお披露目パーティーがあった。

この時のパーティーは特別で、お披露目と言っても社交界などではなく、彼女達のバ名のお披露目パーティーだ。

ウマ娘には名前が二つある。

産まれた時につけられた『人間』としての名前と、彼女達の奥底から湧き出る魂のかたち、『ウマ娘』としての名前の二つだ。

花も恥じらう美しい彼女達に、場合によっては『ボーイ』や『ミスター』なんて名前が湧き出るのは、桜もちょっと不思議に思ったが、彼女達はその名前を誇っているし、とても似合っているので、そういうものなのだろう。

桜も名門トレーナーの一族として、そのお披露目パーティーに参加したのだ。

名門一族ともなればきっと音もとても楽しいものだろうと期待して。

 

 そしてその日、彼女はきっと『運命』に出会ったのだと、年月を経た今でもそう思っている。

 

 最初に聞いた四人の『音』はとても素晴らしかった。

ダートの重々しさと芝の清々しさの違いはあれど、凄く強いのにとても良く整えられて調和を響かせる『音』。

とても心地良くていつまでも聞いていたくなるような『音』だ。

やっぱり名門の人は凄いな、トレーナーになれないかな、と思っていたのも束の間。

最後に紹介されたウマ娘と、その横に居たウマ娘の『音』を聞いて、全てが吹き飛んだ。

 

 途轍もなく重々しくて、何よりも清々しくて、どんなものより忙しない金属パーカッションと長く響くティンパニが、何故か不思議な調和を生み出している。

燃え上がるような、全てを凍てつかせるような、まるで矛盾しながらも、完璧に整えられて全てが自然と、オーケストラのように様々な音が奏でられる。

こんな強い『音』は聞いたことが無い。こんな素晴らしい『音』は聞いたことが無い。こんな美しい『音』は聞いたことが無い。

こんな、こんなただ一人で紡がれた『演奏』なんて、見た事が、無い。

トレーナーなんていらない。ライバルも必要ない。彼女はもうたった一人でどこまでも完成されていた。

名前も知らない、ご令嬢の友人らしきウマ娘は極限だった。

彼女の『音』が聞きたくて、彼女の『音』に少しでも関わりたくて、しかし、その必要も能力も資格も無い事に、桜は何処までも絶望するしかなかった。

 

 あぁ、なのに。桜は絶望するしかなかったのに。比べる事なんておこがましい程に差があるのに。

何故、何故、何故、何故、そんなにひたむきに、精一杯、胸が掻き毟りたくなる程に切なく、何処までも情熱的に。

目の前の差を認識していない筈などあるわけが無いのに、なんでそんなに澱みが欠片も無い、とても透き通った『音』を響かせるのか。

『音』の強さも、素晴らしさも、美しさも、段違いに彼女の方が上なのに。

なんで、こんなに、『綺麗』な『音』と感じてしまうのか。

 

 桜の眼から涙が溢れ出した。

自分の手で作り出したかった美しい『音』よりも何よりも美しい『音』を知ってしまった。

その美しさを超えるものを絶対に作り出せず、手を加える事もできる筈が無いそれに絶望を知った。

何処までも澄んだ『音』を聞いた。

どうしようもない壁を理解していながらも、それでも真っ直ぐに、何処までも響け、果てのその先にまでも届けと心の奥底から流れる透明なそれを聞いた。

周りの人が心配して声をかけても、桜の涙は止まらずにぽろぽろと流れ続けた。

何よりも美しいものに出会った。何よりも綺麗なものを見た。何よりも尊いものがあった。

桐生院桜は、全てを賭すに相応しいものを見つけたのだ。

 

 それからはもう、とにかく時間が足りなかった。

年齢的に自分が一つだけ年上とはいえ、彼女達が素直にトレセン学園で数年鍛えてからデビューするだなんて、欠片も思えない。

初年度からデビューして伝説を作り上げるくらいやってのけるだろう。

そこに観客として以外で関わるには、一分一秒でも無駄にはできない。

元から力を入れていたトレーナーの勉強に生活の全てを費やした。

指導方法、作戦構築、レース場の地形把握、脚のケア、ライブのレッスン、どれ一つとして怠る事などできない。

あの誰よりも美しい音を奏でた彼女、津上あきが最年少でトレーナー資格を取っていた事も、ディープインパクト達が彼女の指導を受けている事も、後ほど知った。

やはり常識外だ、急がねば間に合わない。

もし、トレーナー資格の取得が間に合ったとしても、彼女達に関われるかどうかは解らなかったが、予感はあった。

彼女達はきっとこの国だけでは収まらない、きっと世界に飛び出すはずだ、と。

そして、予感通り、クラシックが始まる直前、ディープインパクトがホープフルステークスでワールドレコードを出す直前。

桐生院桜のトレーナー資格取得は、確かに間に合った。

資格取得時年齢、十四歳。歴代最年少資格取得記録、二位とタイ記録である。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「皆さん初めまして!私は桐生院桜と申します!以後よろしくお願いしますね!」

 

 年が明けて新年、三が日も終わりの頃、チームレグルス部室にて。

早速とばかりにやってきたサブトレーナーがチームの面々に自己紹介をしていた。

ショートヘアーの黒髪に黒い瞳、手にはノートのようなものを持っている。

 

「うん、よろしくね、桐生院さん」

「さん付けなどと!どうぞ桜と呼んでください津上トレーナー!」

「お、おう…?ならボクもあきでいいよ、桜さんの方が年上だしね」

 

 初対面の筈なのに何故かやたら好感度が高くて圧が強い事にとまどうあきであるが、彼女は貴重な即戦力である。

友好的なのは逆よりも余程良いとあまり気に留めない事にした。なにせこれから地獄が待っているからして。

 

「桐生院って有名なトレーナー一族よね。こんな新設チームに来てよかったの?」

「とんでもありませんヴァーミリアンさん!私はこのチームが世界に旋風を巻き起こすものと信じてますから!」

「圧が強い。へこたれない意志はありそう」

 

 おそらく彼女にはダート組と伴って渡米してもらう事になるだろう。

勿論あきも都度渡米するつもりであるが、日程的に厳しい時は桜に任せる予定である。

 

「来て早々、日本ではなくアメリカのダートを中心として活動してもらう事になるだろうが、大丈夫か?」

「お任せくださいシーザリオさん!レース場の特性から土の違いまでばっちりデータは集めてあります!現地の状況などによって修正は必要ですが、抜かりは有りません!」

「おー、やるきまんまんなのー」

 

 それにしても是非にと志願して来ただけあって、やる気も高ければ情報収集能力も高い。

日本に留まらず海外のレース場も調べるのは流石名門トレーナー一族といったところだなぁ、とあきは評価をプラスした。

 

「あきちゃんの脚を見るの、ちょっとだけ真似できるって本当?」

「論文を見て、共感覚を一点に集中できればある程度の再現はできるんじゃないかと思いました!なのでできるようにしました!」

「割と凄いねそれ。ボクくらいの精度は流石に無理でも、ケア能力として凄い有用じゃん」

 

特にアグネスタキオンが発表した論文を自分なりに嚙み砕いて、あきから見ても結構な水準でこなせる辺り、才能もある。

共感覚を使った脚の状態確認も結構な精度で出せるなら、ケア能力でも十分期待できる。

あれ?この人普通にもうトレーナーとして一人立ちできるんじゃね?なんでサブトレしに来たんだろう?と積みあがったプラス評価に逆に首を傾げるあきである。

しかし優秀ならばそれでいいのだ。むしろこの一年は絶対に逃す気は無い。

自ら望んでこの地獄ローテに飛び込んできたのだから、自分並とは言わずとも酷使させてもらう。

だってあき自身スーパーウルトラハイパーに酷使無双で常人なら過労死不可避なデスマーチなのだ。

日米三冠トリプルティアラ、英三冠に欧州三冠を一つのチームで独占するなんてトレーナー一人で面倒見切れるものではない。

というか二人でもまだ足りない。

あと一人増やして日本とアメリカとディープインパクトで担当すれば負担も大分減っただろうが、居ないものは居ないのだ。

無論あきと桜がメインで面倒を見るが、二人が外国行っていない時はリギルとスピカに泣きついて、日本に残るティアラ路線の二人の、ある程度の面倒を見てもらうしかない。

二チームに今現在トゥインクルシリーズのティアラ路線を走るウマ娘が居ない事と、キングカメハメハのケアや合宿などで繋ぎを作っておいたからこそできる荒業である。

 

「とりあえず、一月は書類手続きやうちのチームでの指導方法に慣れてもらう事からだね。移動手段とかについてはシンボリ家や桐生院家、あと翔ちゃん達の実家からも協力してもらえる事になったし、大分楽になったよ」

「はい!到着が遅れてレースに出れないなんて、とても悲しい事ですからね!ばっちりサポートします!」

「いやホントありがたい…桜さんも含めてうちの皆、運転とかできないからさ…」

 

 トレーナーや選手といっても、レグルスのメンバーは全員十三や十四の小娘である。

普通自動車免許という、最も一般的な移動手段を乗り回す為に必要な資格さえ、まだ取得できない年齢なのだ。

レース場まで走って移動などあきだけならできるが、あきだけができても意味が無い。

 

「二月には渡米しなきゃいけない。桜さん、かなりスパルタになるだろうけど、覚悟は大丈夫?」

「はい!どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

 

 桜は笑顔で応えた。桜に否など有る筈が無い。

だって、此処にはこんなにも楽しい『音』が満ち溢れているのだから。

 




トレーナーのヤベーヤツは脳破壊された後に眼を灼かれてしまってな……
『彼女が全力でやってるなら私だって全力を賭さねば』とガンギマリしちまったんじゃよ…
なおレースやトレーニングの事ならとても詳しいが年頃の女の子のアレとかソレは真っ先に切り捨てているのでオシャレとか恋バナとかには『他の人はともかく私にそれ必要?』ときょとん顔しか返しません。
せっかくの可愛い子なのに罪深い事しちまったなチートオリ主!


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第二十六話 勝つ為に必要な努力は誰だってしているという話

出てきて皆に大人気のガンギマリ桜ちゃんですが、彼女はヒト娘なのであんまり無理な事を期待しちゃ駄目ですよ!
しかもまだ年齢的に中学生なんだから労わってあげましょう!
なお年齢的に一つ年下のチートオリ主の扱いについては棚に上げるものとする。


 レグルスにトレーナー名門一族の一員、桐生院桜が合流し、月日はあっという間に流れていく。

その間にあきは書類手続きでひーこら言ったり、自分を含め国外に出るメンバーのパスポートを作ったり、世界各国で使える端末をメンバー全員分用意したり、どうせなら観光もしたいので現地の良さげな観光スポットを調べたりした。

桜の指導についても、共感覚を使った脚の見方をあきが『視』た情報から割り出した『音』の指摘でさらに洗練させたり、桜の私生活が壊滅的なのが判明してご飯を作ってあげたり、寝食を放り出してお風呂すら時間を惜しんで入らない桜を無理やり浴槽に叩き込んだり、『あれ?これ指導より生活習慣の改善の方に時間割いてない…?』と思いながら最適な骨格強度とその筋肉配分を教えたり(流石にこれは桜もできなかった)。

 

 そんなこんなであっという間に二月に入り、まずはヴァーミリアンの米国G3ダート8ハロン、ラスヴァージネスステークスである。

様々なサポートもあり移動も滞在先も問題無く確保され、最初のレースということで余裕もあって一週間前に現地入り。

海外初挑戦、オークストライアルとはいえ、あきの調整を一週間しっかり受けたヴァーミリアンがG3で苦戦するわけが無く、あっさり勝利。

三月のサンタアニタオークスに弾みをつける。

 

 ちなみにこの一週間であきが用意した端末で実際に指導したりなどテストも行ってみたがそちらも問題無くクリア。

ただし見ている方(桜、ハスミ、スピカトレーナー)は何故そこまで的確に指導できるか、まるで理解できなかった。

遠距離からの指導も問題無くこなせたという事で、此処であきは一旦帰国である。

まずはヴァーミリアンと桜が米国に残り、後にはカネヒキリと合流して夏まで走る事となる。

都度にあきも米国に渡る事になるが、果たして何往復する事になるのか、あきは飛行機の中で少し遠い目をするのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『いよいよ始まりが見えてきた今年のクラシック戦線であるが、その前哨戦、弥生賞から早くも嵐が吹き荒び始めているようだ。

 年末の奇跡、コースレコードを全員更新したあのホープフルステークス全ウマ娘が既に出走を表明している。

 それに加え、朝日杯FS二着のマイネルレコルト、オープン戦で手堅い勝利をあげたリボンロック、メイクデビューでの勝利から直行のギターリズム、メイクデビュー以来勝ち星は無いものの掲示板も外していないジュエルジェダイトの計十二名で行われる。

 この中で注目はやはり此処まで全戦全勝、無敗のレコードブレーカー、ディープインパクトだろう。

 彼女のみならずチームレグルスは日本だけでなく、海外への遠征レースを行う事を公式発表した。

 先駆けとしてダート路線の新星、ヴァーミリアンがアメリカにて早速勝ち星をあげており、同じくダート路線の駿メ、カネヒキリ共々アメリカンクラシックロード制覇を狙う。

 そしてディープインパクトは日本のみならず海外のレースでも走る事が公式発表された。

 彼女が狙うは日・英・欧州・秋シニア三冠という前代未聞のローテーションである。

 世界記録保持者とはいえ、果たしてこの無謀な挑戦の行く末はいったいどうなるのか?

 世界全てのウマ娘に挑戦状を叩きつけた彼女達に今後も目が離せない一年となるだろう』

 

  ――日刊デイリーウマ娘 弥生賞当日特別号より抜粋――

 

 

――――――――――――――――

 

 

 三月六日、中山レース場、芝2000m、弥生賞。

前日に阪神レース場で行われたシーザリオのチューリップ賞での勝利とライブを見届けたあきは、直行で中山へと馳せ参じていた。

その元から頑健極まりない身体に、ハードスケジュールに早速適応進化し始めた事で、あきのコンディションはバッチリであり、今日もオタ芸のキレは一切鈍らない事だろう。

むしろアメリカに置いてきた(三食きちんと取って睡眠を取るよう口酸っぱく指導した)桜の健康状態の方が余程心配である。

向こうに居る料理人に毎日レシピを送っているが、食事を抜いたり残したりして、ヴァーミリアン共々調子を崩していないか毎日映像でチェックをするくらいには心配している。

世間ではレグルスの日程が無理無茶無謀の代名詞、トレーナーは何を考えているのかと叫ばれているが、此処最近睡眠時間が一時間を切り出してなお元気に活動しているあきの実態が知れれば黙ってしまうかもしれない。

短い睡眠と休息でもバッチリ完全に回復してくれるように進化してくれたチートには感謝の念も覚えているが、むしろこんな肉体になっていざ戦うとなったらどんな存在が来るか戦々恐々としているあきであった。

 

 あきの終わりの無い不安はともあれ、あきは控室に居るディープインパクトの調子を細かく『視』ていた。

結果は上々。今日も問題無し、パーフェクトである。

 

「翔ちゃん、今日もコンディションはバッチリだね!」

「うん。今日も楽しいレースができそう」

 

 年末のホープフルステークス以来、じっくり仕上げてきたであろう七人と、ジュニア期に重賞レースで何回か抜き去った二人、全くの新顔が二人。

特にホープフルステークスで一緒に走った七人はあきの見立て通り、『全力で走っても壊れない身体』が出来上がり始めている。

無論、身体を鍛え続ける限り、骨を強くし体幹も同じく鍛え続けねばならないが、バランスが出来始めているのだ。

 

「相変わらずカブちゃんとキズナちゃん、シンボリクリスエスさんが強いね。でもサッカーボーイさんとサクラスターオーさんも無視できないかな。脚と身体が出来始めたならこの二人がカブちゃん達を差し切ってもおかしくないよ」

 

 注目は以前と同じカブラヤオー、キズナ、シンボリクリスエスの三人。

しかし脚の不安を解消しつつあるサッカーボーイとサクラスターオーがこの三人に劣るかと言えばそんなことはない。

むしろ才能を発揮すればその三人を相手に十分な勝率があるのだから、いよいよ誰が勝つか解らない領域である。

 

「ダンスインザダークさん、ナリタトップロードさんには2000はやっぱり短いかなぁ。それでも例年なら一着狙えたんだろうけど、多分根本的に変えないと皐月賞とダービーじゃ掲示板も難しい。二人は菊花賞が本番かな」

 

 対してダンスインザダーク、ナリタトップロードの二人は以前に言った通り、ディープインパクトを除外しても先にあげた五人に中距離で先着するのは難しい。

身体が出来上がってきた分、逆にステイヤーの素質が明瞭となってしまっている。

勝ち目が無いとは言わないが、かなり薄いと言えるだろう。

 

「翔ちゃんも何回か一緒に走ったマイネルレコルトさんとジュエルジェダイトさんだけど、流石にこの面子じゃあ掲示板は無理かな。リボンロックさんとギターリズムさんは1600か1800なら勝負できそうだけど、2000は長い」

 

 マイネルレコルトもジュエルジェダイトも決して弱くは無いが、他の面子が強すぎた。

不可能とは言わないが今の状態では掲示板入りはまず無理だろう。

リボンロックとギターリズムについては脚の質的にマイラー寄りである為、マイルまでならサッカーボーイ相手に健闘できるだろうが、2000は彼女達にとって長すぎる為、先頭争いには関わってこれないだろう。

 

「でも翔ちゃん、皆勝ちたいわけだから、そろそろいろいろ仕掛けてくる頃合いだと思う。特に、翔ちゃんはちょっと他の子じゃあ考えられない連闘を予定してるからね。多分、尚更負けるかってなる」

「うん。良いよね、そういうの」

 

 そろそろ勝つ為にレースで正攻法だけじゃなく、搦め手も使ってくるだろうというあきの言葉に、ディープインパクトはむしろにっこりと笑う。

勝つ為に全力で立ち向かってくるのは歓迎すべき事だ。正攻法でも勿論良いが、奇策、奇襲、何でも使って勝ちに来て欲しい。

それをこちらも堂々と打ち破ってみせるし、もし打ち破れなくても全力で戦えればそれで良いのだ。

今日もディープインパクトはにっこり爽やかに修羅っていた。

 

「まぁ細かくプレッシャーかけたり隙間をブチ抜いたりとかもできるけど、今日は置いておこう。翔ちゃん、今日は――」

 

 技術は見せても良いが、まだ、細やかな技術や搦め手をこちらも使えるという事を相手に見せる時期ではないと、あきはそう判断する。

ならばどうするべきか。このレースでどう走るべきか。あきはディープインパクトに作戦を提示した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『各ウマ娘ゲートの前に集いました、集まりました十二人、クラシック一戦目、皐月賞の前哨戦、弥生賞がいよいよ始まります』

『三番人気はこのウマ娘、カブラヤオー。ホープフルステークスでは差し切られ三着となりましたが今日は果たして最後まで逃げ切れるのか』

『二番人気はシンボリクリスエス、今日こそついにあのウマ娘を差し切れるのか、気合も十分です』

『そして堂々一番人気、ホープフルステークスと同じこのレース、今日もぶっちぎりで駆け抜けられるか、ディープインパクト!』

 

 実況の声が響く中、ウマ娘達がそれぞれゲートインしていく。

パドックでもゲート前でも、(一人を除いて)誰もが自分に負けないと宣言してきたのを、ディープインパクトはとても嬉しく思う。

それはきっと記録を出したり、レースに勝つ事よりも得難い事だ。

ディープインパクトは自分が誰よりも挑戦者の顔をしているから、周囲もそれに触発されているのだという事を気付いていなかったが、結果を誰よりも享受していた。

 

 中山レース場、芝2000m、誰もが夢への挑戦者、弥生賞。

 

1枠1番マイネルレコルト。6番人気。

2枠2番サッカーボーイ。7番人気。

3枠3番ジュエルジェダイト。10番人気。

4枠4番ディープインパクト。1番人気。

5枠5番ダンスインザダーク。9番人気。

5枠6番ギターリズム。12番人気。

6枠7番シンボリクリスエス。2番人気。

6枠8番カブラヤオー。3番人気。

7枠9番リボンロック。11番人気

7枠10番キズナ。4番人気。

8枠11番サクラスターオー。5番人気

8枠12番ナリタトップロード。8番人気

 

 クラシックの冠を我こそはと目指すウマ娘は、以上12人。

皐月賞トライアルレース、弥生賞。

出走の時である。

 

 

――――――――――――――――

 

『さぁ各ウマ娘ゲートイン完了しました。クラシック一冠目を占う前哨戦、勝ち上がるのは盤石かそれとも打ち破るものが現れるのか』

『弥生賞目指すは2000mあの娘より先へ、今スタート!』

 

          ガタン!

 

『各ウマ娘綺麗にスタートしましたハナを目指すは1枠1番マイネルレコルトと6枠8番カブラヤオー!』

『しかしカブラヤオーはハナを譲らず先頭に立ちますおおっとぉ!?』

 

 実況の戸惑った声と観客のどよめきで、会場の空気は大きく揺れた。

何故ならば――

 

『一バ身差二番手マイネルレコルトしかし!しかし他のウマ娘ほぼ間を空けずカブラヤオーの大逃げについていきます!最後尾はなんと一番人気ディープインパクト!』

『しかし先頭カブラヤオーから最後尾ディープインパクトまでおよそ六バ身!しかし内から外まで壁ができている!』

 

 カブラヤオーが変わらずの初手大逃げ、逃げウマ娘のマイネルレコルトがそれについていくかと思えば、なんとディープインパクト以外の全員がカブラヤオーについていく超ハイペースの逃げを打ったのだ。

ホープフルステークスで、カブラヤオーに先行の位置でついていったディープインパクトは、1000m時点でスパートをかけて先頭を抜き去り、あとは影も踏ませず走り続けた。

ならば1000mの地点で前に動かれたら即ち、勝ち目は無い。では前に行かせないにはどうするか?

そう、最早全員でカブラヤオーのペースについていくしか、他に方法が無い。

差しても追込んでも追いつけはしないなら、最初から前を走ったまま先にゴールするしか無い。

ディープインパクトはカブラヤオーよりさらに速いが、もしこの集団を追い抜くには大外を周り込むしかなく、それは確実に大きなロスになる筈だ。

そうなれば、差し返せるだけの可能性が発生する筈。

打合せも何も一切無いにも関わらず、カブラヤオーを除いたこのレースを走る内十人のウマ娘は、ディープインパクトに勝つ為に同じ結論に到ったのだ。

カブラヤオーはホープフルステークスの時より格段に人数の増えたプレッシャーに、内心嘔吐しそうになりながら必死に逃げていた。

 

『各ウマ娘一斉に最初のコーナーを曲がりますがまだペースは落ちない!とんでもないハイペースこれはどうなる!?』

 

 皐月賞トライアルレース弥生賞、波乱の幕開けである。




皆勝つ為に必死で頑張るから尊いっていう。
実際好きに走らせると先頭辺りからとんでもないロングスパートでブチ抜いてくるから、対抗するにはそれ以上の速さで走るか蓋するしかないよね…じゃあ蓋するんだよ!ってしただけ。
なおその為に狂気の破滅逃げについていかなきゃ蓋もできないとかいうあたおかな事やってるけどそうでもしなけりゃ勝機見出せねぇ!じゃあやるしかねぇな!
誰も彼も覚悟ガンギマリだぁ(白目)


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第二十七話 心に火をつけて

これでもレースまだまだ残ってるんだぜ、震える…(白目)


『ウマ娘達がコーナーを曲がりました最後尾は変わらずディープインパクト!先頭はカブラヤオーハイペースで集団を引っ張ります!後続のウマ娘変わらず先頭のペースについていくぞこれは何処まで保つのか!?』

「(まだ誰も脚は衰えていない…しかしそれがどこまで続くか)」

 

 カブラヤオーのハイペースについていきながら、シンボリクリスエスは目線だけで周囲を見回す。

当然ながら、このハイペースで全員ついていけるわけではないとシンボリクリスエスは判断していた。

必ず何処かで誰かが脱落する、その時に果たして如何に上手くブロックできるかで勝負は決まると考える。

 

 結論として、自分に安定的にレコードで走るだけの能力、レコードを更新する強さは無いと、自覚せざるを得なかった。

しかし相手は出してくる。つまり好きに走らせた時点で、敗北が確定する。

ならば相手の強みを封じて走り方を縛るしか方法は無い。

巡航速度も末脚勝負も、肉体的にこちらが遥かに負けているなら、頭を使って勝つしか無い。

 

 ただシンボリクリスエス自体、この戦い方での勝率はそれ程高くないと思っている。

あの怪物的なフィジカルに大外を周る程度のハンデがどれだけ作用するか、判別がつかないからだ。

しかしやらなければ勝利など見えない。

シンボリクリスエスにとって、正しくこのレースはこれからの為の前哨戦だ。

ディープインパクトがどう攻略してくるか、それがこのレースで一番見るべき所だと思っていた。

 

「(クソが、ペースは速ぇが緩める事はできやしねぇ、あの1000mからのスパートが伸びてねぇ保証なんざねぇんだ、最初から前を塞ぐしかねぇ!)」

 

 サッカーボーイは内心舌打ちをする。このペースで全員走れるなどと思ってもいないが、ホープフルステークスでの逃げ戦法からのあのロングスパートが強烈すぎた。

つまりディープインパクトはカブラヤオーの破滅逃げの一つ前、逃げのスタイルで走りながら1000mのロングスパートを決めれる異常なフィジカルがある。

今のレースなら最後尾とて普通のペースで言えば先行、つまり脚をさらに溜めていてスパートの距離が伸びても不思議ではない。

前を好きに走らせれば追いつけず、さりとてこちらが前を走るにしてもペースを格段に速めなければならない。

相手にするのは最悪の類のヤツだと内心で吐き捨てた。

 

「(相手に驀進させず!こちらは驀進する!さすれば必ず勝てる!これぞ最高に頭の良い戦法です!!!)」

 

 サクラスターオーの頭の中は最高に最強な戦法で埋まっていた。

 

『さぁ先頭カブラヤオーのまま1000mをもうまもなく通過します!タイムはなんと57秒台だこれはなんというハイペース!』

 

 中距離としては途轍もないハイペースであるが、彼女達が集団でこのハイペースを維持し、何故もっと後ろで壁を作らないのかには理由がある。

その理由こそが今現在先頭を逃げるカブラヤオーである。

彼女は最初は飛ばして最終直線に入る頃にはもうバテバテの、そんじょそこらの大逃げウマ娘とはものが違う。

彼女の逃げ足は最終直線からでもなお伸びるのだ。

彼女が先着を許したのは、途轍もない末脚と規格外のロングスパートで彼女を二回切り捨てたディープインパクト以外、虎視眈々と脚を溜めて乾坤一擲、末脚勝負に賭けたシンボリクリスエスの二人だけである。

前者はともかくとして、後者はギリギリ、タイム差無しのアタマ差での決着という大接戦だったのだから、カブラヤオーが最後の逃げ足でもまるで脚が衰えていない事を示している。

つまり下手に余りにも後ろで機を伺っていたら、今度はカブラヤオーに逃げ切られるのだ。

前門のカブラヤオー、後門のディープインパクトに挟まれているウマ娘達の勝利の為には、一瞬のタイミングを見極める眼と、破滅逃げにつきあいながら自分は決して潰れないようなシビアなペース管理が求められた。

 

 そして、それを最後まで続けられるウマ娘は少数派なのだ。

 

『残り800m時点おっとここでギターリズムがペースダウン!後続に――えぇ!?』

 

 故に穴が開く。其処に道ができる。勝利の為には一刻も早く塞がねばならないと、シンボリクリスエスとサッカーボーイはコーナーを曲がりながら少しだけ穴を埋め。

それでも無理をすれば一人、抜けられる、抜けられてしまう、此処で来るか、とちらりと後方を確認し、その眼を見開いた。

 

 何故なら、其処には必死になって追い縋るギターリズムの姿しか、見えなかったからだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 ディープインパクトは思い出す。

最も頼れる幼馴染にしてトレーナーは、垂れたウマ娘の間を抜けとも、プレッシャーをかけて道を作れとも、技術を使い道を開けとも言わなかった。

彼女が指示したのはもっと別の事。

ウマ娘だからこその常識を打ち壊し、禁忌を投げ捨て、ディープインパクトだけの道を拓いて駆けろと言った。

 

『まぁ細かくプレッシャーかけたり隙間をブチ抜いたりとかもできるけど、今日は置いておこう』

『翔ちゃん、今日は皆の度肝を抜いてやろう。レースを走るウマ娘だからこそ、誰もやりはしない事をやって勝つんだ』

『仕掛け所は残り800から600にかけての第三コーナー。多分この辺から垂れてくる人がいるだろうけど、其処は狙わない。其処で抜いても普通に驚かれるだけで、度肝は抜けない』

『だからね翔ちゃん、走るべき場所は――』

 

 コーナーに入る。類稀なるボディバランスと。鍛え抜かれた体幹と。研ぎ澄まされた脚で。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 インは狙わない。其処は狙わなくていい。彼女が指示した、走るべき場所。それは――

 

『大外すらも越えていい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(あいつ!?一体何処に消えやがった!?)」

「(コーナーに入る直線までは後ろに居た筈だ、何処だ、何処に消えた!?)」

 

 サッカーボーイとシンボリクリスエスが目を見張る、確かに後ろに居た筈のディープインパクトが消え去った。

視線を動かし――ただ一人だけ、キズナだけが其処に目を向けていた事に気が付いた。

 

「(マジかよあいつ!?)」

「(な、其処を走るだと!?)」

「(内から抜かないなら、貴女なら――ディープインパクトさんなら、其処にいると思ってました!)」

 

 ディープインパクトが走る場所。観客達以外には、ただ三人しか気づいていないその場所。それは。

 

『な、なんとディープインパクト!外ラチギリギリ、外も外まさしく最大外に居ます!加速をかけるスパート体勢だこれはなんということかぁー!!!』

 

 ウマ娘だからこそ走らない、レースを走る者だからこそ有り得ない、三コーナー外ラチギリギリからの勝負。

大外を周るロスなんてものじゃない、何より不利なコースを圧倒的なフィジカルで踏み散らした。

 

『第四コーナーに入ります先頭変わってディープインパクト!しかしカブラヤオー脚が全く衰えないこれは凄い!?』

 

 そして、この外ラチギリギリを周った事で、他のウマ娘にとっての誤算が一つ。

カブラヤオーが、ディープインパクトに抜かれた事を全く気付いていない。

これがどういうことか?

今までカブラヤオーがディープインパクトに抜かれた時、カブラヤオーは『前に近づきたくない』為に『後ろに追いつかれない程度に』脚を無意識に緩めていた。

ホープフルステークスでシンボリクリスエスがカブラヤオーを差し切ったのも、この無意識のスピードダウンがあった為だ。

しかし、今回カブラヤオーは自分を抜いたディープインパクトに気づいていない。

それによって何が起こるのか。

 

「(カブラヤオー君の脚が緩まない…!これでは彼女を差し切る事すら…!)」

「(クソが!緩まない所かペースあげやがったぞあいつどうなってやがる!!)」

「(流石カブラヤオーさん、速い…!)」

 

 十人からの圧を受け、最内を走るカブラヤオーの脚の回転が上がる。

最早心臓が爆発したかのように高鳴り、頭の中は(恐怖で)真っ白で、このレースが早く終わってくれとゴール板しか見えていない。

 

『残り200mディープインパクトが先頭で坂を駆け登る速い速い!二番にカブラヤオー必死で最内追い上げる後続をさらに引き離すが差は詰まらない!』

『三番手にキズナが上がるシンボリクリスエスこれは苦しいか!サッカーボーイ粘るもキズナかわすカブラヤオーに差を詰めなんとカブラヤオーまだ伸びる!?』

『しかしディープインパクト詰めさせない外ラチ沿いに伸びる伸びる今一着でゴールインッ!最内カブラヤオー、二着に入りました!三着はキズナ、詰めましたが一歩及ばず!』

 

 結局。カブラヤオーがディープインパクトに気づいたのは、ゴールをしてからの事だった。

 

 レース結果

 

一着 4枠4番 ディープインパクト 1分55秒9

二着 1枠1番 カブラヤオー 大差 1分57秒8

三着 7枠10番 キズナ 3バ身 1分58秒3

四着 2枠2番 サッカーボーイ 3/4バ身 1分58秒4

五着 8枠11番 サクラスターオー 1バ身 1分58秒6

六着 6枠7番 シンボリクリスエス クビ 1分58秒6

七着 8枠12番 ナリタトップロード 1バ身 1分58秒8

八着 5枠5番 ダンスインザダーク 1バ身 1分59秒0

九着 1枠1番 マイネルレコルト 6バ身 2分00秒0

十着 7枠9番 リボンロック 6バ身 2分01秒0

十一着 3枠3番 ジュエルジェダイト 3バ身 2分01秒5

十二着 5枠6番 ギターリズム 6バ身 2分02秒5

 

 

――――――――――――――――

 

 

 弥生賞ライブ後、カブラヤオーの控室。

 

「…………」

 

 カブラヤオーは、もやもやとしたものを抱えていた。

ディープインパクトに負ける事は初めての事ではないのに、それまでの負けではこんな気分にならなかったのに、これは一体なんなんだろうか。

 

「どうした、カブラヤオー」

「トレーナーさん……あのね、あのね…」

 

 カブラヤオーには解らなかった。だから、自分がトレセン学園で一番信頼している人に聞いた。

終わったのに、前もあった事なのに、何で今日はこんな気分になっているのか。

カブラヤオーには、わからなかったから。

 

「……それはな。お前はきっと、悔しいんだ」

「…悔しい?」

 

 それは、カブラヤオーには無縁の感情だった筈だ。レースに出るのは、怖い。早く終わってくれと思っている。

早く終わらせたいし、他のウマ娘が近くに来ると怖いから、だから速く駆け抜けようとしてきた。

其処に悔しいとか、嬉しいとか、そんなものは無かった筈だ。

ただ、ただ、怖いものだった筈だ。

 

「ディープインパクトに負けるのは初めてじゃない。いつだって、お前は目の前であいつに抜かれてきた。けど、気付かなかったのは今日が初めてだ」

「お前はあいつに気づかずに、本当の意味で全力で駆け抜けた。『前に誰も居ない』と思って。だが、違った」

「前には本当はディープインパクトが居た。お前が気付かなかっただけで。お前は今日、『全力を出して初めて負けた』んだ」

 

 トレーナーの言葉が、腑に落ちた。

あぁ、負けたのだ。全力を出して。前に誰か居たからなんて言い訳も無く。

だから。だから、こんなにも胸を焼くのか。叫びたくて、もどかしくて、こんなにも、こんなにも心が騒ぐ。

 

「ト゛レ゛―゛ナ゛ー゛さ゛ん゛っ゛」

「あぁ」

「く゛や゛し゛い゛…わ゛た゛し゛く゛や゛し゛い゛っ゛」

「あぁ」

「か゛ち゛た゛い゛っ゛……わ゛た゛し゛は゛じ゛め゛て゛…ま゛け゛た゛く゛な゛い゛っ゛」

「あぁ。そうだな」

 

 ボロボロと涙と鼻水をシャツに染み込ませるカブラヤオーの頭を、スピカのトレーナーは優しく撫でた。

いつもみたいに顔を押し付けるななんて言いもせず。

初めて、本当の意味での負けの悔しさを味わうウマ娘を、優しく受け止める。

 

 きっと、カブラヤオーはこれからもっと強くなる。してみせる。だから見ていろ。必ず追いついて、追い抜いてみせる。

わんわんと泣く彼女の悔しさを分かち合いながら、スピカのトレーナーは硬く決意した。




怖いから先頭を走る、早く終わらせたいから先頭を走る、他のウマ娘が怖いから競り合いを拒否する。
でも、本当の負ける悔しさを彼女は知らなかった。どうしようもなく苦いそれを、本当の意味で知らず。
だが、本当に知って折れるのかというとそれはまた別というお話。


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第二十八話 互いを理解し、深く知るからこそ

レース開催日と他国との時差を調べてスケジュール組んで『これイケる…?イケそう!?ファ!?』とかやってるSSはウチだけなんじゃねぇかなぁと書きながら思いました。
文章にしてみると解るチートオリ主の強行軍シフトよ…


 さて弥生賞を終えたチームレグルスだが、あきに息を吐く暇など無い。

一週間後(3月13日)にはヴァーミリアンのサンタアニタオークス(G2)、ラインクラフトのフィリーズレビュー(G2)が控えている。

この時には四月にフロリダダービー(G1)を控えるカネヒキリも一緒に渡米する。

 

 まず日本で行われたフィリーズレビューはデアリングハートとエアメサイアが粘るも、ラインクラフトが最初から最後まで先頭のまま3バ身の差をつけてゴール。

シーザリオと合わせ強いレースを見せつけ、桜花賞では同じチームのこの二人が大本命と報じられる。

 

 そしてフィリーズレビューが終わった直後にすぐ渡米。時差の関係でヴァーミリアンのサンタアニタオークスに滑り込みセーフ。

肝心のサンタアニタオークスであるが、やはりこの時点ではヴァーミリアンに詰め寄るようなウマ娘が居らず、5バ身の差をつけて快勝。

これでヴァーミリアンはアメリカトリプルティアラ前哨戦、ケンタッキーオークスへと歩を進める事となる。

 

 この辺りから『あれ…?レグルスのトレーナーなんでいつも会場にいんの…?』とネットで話題になり始める。

ディープインパクトの過酷なローテーションよりもさらに過酷なローテをしてるとか、まだこの時点では誰も考えが及ばなかった。

 

 さて四月に入り、早々(4/2)にカネヒキリのフロリダダービーである。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『直線入って此処でカネヒキリが上がってきたぁ!?先頭ハイフライが粘るもこれは千切れたぁっ!(英語)』

『直線で全員切り捨ててゴールイン!これはとんでもないウマ娘がやってきたぞ!ダート本場のアメリカに!日本からのサムライがやってきたぁ!(英語)』

 

日本ウマ娘の海外G1挑戦ということで大きく取り上げられたが、なんとカネヒキリは悠々と六バ身差をつけて圧勝。

トリプルティアラ路線で強さを見せつけているヴァーミリアン共々、『今年の日本から来たウマ娘がヤバイ』と、全米を震撼させた。

 

 勿論そこはダート大国アメリカ、ダートが主流でない日本から来たポッと出のウマ娘に負けてられるかと、一週間後(4/9)のG1サンタアニタダービーにて借りを返すと大いに燃えていた。

なんせ東部(フロリダ)から西部(カリフォルニア)への長距離移動もある。しかも間は一週間。

こっちのスケールに慣れてない日本のウマ娘にとって、たった一週間でそんな距離を移動して完璧な調整ができる筈が無いだろうと。

 

『最後の直線カネヒキリが上がる抜群の末脚ぃ!なんてこったあり得るのか全員抜き去ったぁ!?(英語)』

『もう認めるしかない!こいつは強い!クラシック一冠目ケンタッキーダービーに向けて最高のスタートダッシュを決めたぁっ!(英語)』

 

 だがそんなものは欠片も問題にはならないとあきが完璧なコンディションに仕上げ、此処でも六バ身差の圧勝。

ダート後進国の筈であった日本のウマ娘が、アメリカクラシックの大本命に名乗りを上げた。

なおあきはカネヒキリの脚を『視』て問題無い事を確認してライブを思う存分応援したら日本に直行である。

既に日付が変わった深夜の日本。

その日に行われる桜花賞に駆けつける為、あきはまた機上の人となった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『いよいよ始まるトリプルティアラクラシック一冠目、桜花賞。

 否応なく注目が集まるのは互いに無敗、同チームでの対決となるシーザリオ、ラインクラフトの二人だろう。

 彼女達の所属するチームレグルスは圧倒的速さでレコードを量産する新星ディープインパクトを筆頭に、本場アメリカダートに挑戦し見事結果を示したカネヒキリ、ヴァーミリアンとスターが揃う。

 今までは手堅い勝ち方を示してきた二人だが、初対決となるこのレースで果たしてどんな走りを見せてくれるのか。

 また、彼女達以外にもエアメサイア、テイタニヤ、ダンスパートナー、テイエムオーシャンと決して侮れないウマ娘も数多い。

 桜咲き誇るこの春に、ティアラを戴くプリンセスは一体誰になるか、注目の一戦である』

 

  ――新聞スポーツティアラ 桜花賞特別号一面見出しより――

 

 

――――――――――――――――

 

 

 阪神レース場、会場は熱気に包まれていた。

今を時めく新星チーム、レグルス所属のウマ娘、ラインクラフトとシーザリオの初の対決が、この桜花賞で行われるのだ。

二人のレース予定ではオークス、秋華賞も出走を予定しており、同じチームだというのに、路線が被ってもデビューをずらしたりなどせず、バチバチにやり合うのがこのチームの特色であると認識されている。

実際、今はアメリカにいるカネヒキリやヴァーミリアンも日本に戻ってきたら一緒のG1に出す事、ラインクラフトはマイルでディープインパクトと対決する予定である事など、ウマ娘の希望であれば、例え同じチームで対決する事になっても出走させると表明している。

圧倒的強さを見せるディープインパクトに、アメリカダートで無類の強さを見せたヴァーミリアンとカネヒキリ。

チームメイトの見せた活躍に、二人への期待も否応なしに高まっていた。

 

『やはり注目はシーザリオとラインクラフトの二人のウマ娘、二人とも此処まで無敗で歩を進めております』

『活躍を見せるチームメイト達に、負けない程の輝きを見せられるのか、しかし他の出走ウマ娘達も一筋縄ではいきません』

『雪辱を狙うエアメサイア、デアリングハートを始め、桜の冠を狙うウマ娘が続々と集いました』

 

 長距離移動も時差もなんのその、今日も今日とて会場に駆け付けたあきは、これまた完全装備で観客席で応援をしていた。

今日は教え子二人が出る為、ハーフ&ハーフ仕様(自作)だ。

ネットの掲示板では『またレグルスのトレーナーいるwww』『新規応援グッズ…だと…!?』『なんで前日にアメリカのレース場に居たのに今日は日本に来てんの???』とある意味お祭り騒ぎだった。

ちなみに勝手に写真を撮るのはNGの為、文章でのみ服装などは説明されている。

 

「ししょー、あいかわらず無茶するのー」

「通信トレーニングは言わずもがなだが、あのスケジュールで応援できる元気が残っているのはな…」

 

 度々ウマ娘どころか人類の限界を楽々突破してくる幼馴染に苦笑いがもれる二人である。

 

「…リオ。きょーは私、負けないから」

「ふん…得意距離だと胡坐をかいていればいい。私が勝つ」

「リオ相手に?じょーだんいいっこないのー」

 

 ふつふつと闘志が湧き出る。

一番近く、一番長く、一番走った間同士。

クセも、技も、強さも、速さも、得意も、苦手も、何から何まで互いに把握している。

だからこそ負けられない。

だからこそ負けたくない。

互いが互いに一番そう思っているのだと、二人は手に取るように解っていた。

 

『さぁ各ウマ娘ゲートインを開始します、前走の借りを返せるかエアメサイア、三番人気です』

『同チームでの初めての対決、大外枠は果たして不利なのか、二番人気はラインクラフト』

『互いに無敗、果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか、一番人気シーザリオ』

 

 阪神レース場、芝1600m、桜の栄冠は誰の手に。

 

1枠1番アドマイヤメガミ、12番人気。

1枠2番ペニーホイッスル、11番人気。

2枠3番エリモファイナル、14番人気。

2枠4番テイタニヤ、5番人気。

3枠5番ジョウノビクトリア、15番人気。

3枠6番ダンツクインビー、16番人気。

4枠7番シーザリオ、1番人気。

4枠8番エイシンテンダー、8番人気。

5枠9番デアリングハート、13番人気。

5枠10番テイエムオーシャン、6番人気。

6枠11番ライラプス、9番人気。

6枠12番カシマフラワー、18番人気。

7枠13番ダンスパートナー、4番人気。

7枠14番アンブロワーズ、7番人気。

7枠15番エアメサイア、3番人気。

8枠16番モンローブロンド、17番人気。

8枠17番ラインクラフト、2番人気。

8枠18番ショウナンパントル、10番人気。

 

桜の女王はただ一人。決めるべく走るは以上、18人のウマ娘。

クラシックトリプルティアラ一冠目、桜花賞。

出走準備完了。




さらっと別の世代の筈のお馬さんの名前があるのは仕様です(棒読み)


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第二十九話 負けられない。絶対に。負けたくない。焼け付くほどに。

現状ちらほら出てる芝生える世界での設定とかを活動報告にてあげておきました。
感想欄に書けないあれそれを好きに書いてよい場所でもあるので。
『実はこんな開発経緯あったんじゃないか』『あのウマ娘はこうなってるんじゃないか』
『後々こんなウマ娘が出てくるんじゃないか』『退け!俺はあの娘のトレーナーだぞ!』などなどは感想の方じゃなく全部そちらにどうぞ!
質問とかもそっちで答えたり答えなかったりします。



 

『いざ桜の栄冠を手に十八人の乙女が挑みますティアラ一冠目桜花賞』

『春の姫に輝くのは誰か、答えは阪神芝1600mの先今スタートです!』

 

          ガタン!

 

『抜群のスタートを切ったのは7番シーザリオ大外17番ラインクラフトしかしエアメサイアも飛び出す続いてテイタニヤ内にダンスパートナー!』

『モンローブロンドとデアリングハート追いかけます続いてダンツクインビー内にジョウノビクトリア中団後ろにテイエムオーシャン続きます!』

 

 ハナを狙って飛び出したのはチームレグルスの二人、しかし他の有力ウマ娘も一斉に飛び出した。

 

「(ラインクラフトはともかくシーザリオまで逃げ?脚質差しじゃなかったの!?)」

「(前に走った時よりずっとペースが速い、もしかしてかかってるっていうの?)」

 

 チューリップ賞でシーザリオと戦い、後方から差されたダンスパートナーと、フィリーズレビューでラインクラフトと戦い逃げ切られたエアメサイアが疑問を抱く。

ダンスパートナーは中団もしくは後方からのレースをしていた筈のシーザリオが逃げを選択した事に対して。

エアメサイアはフィリーズレビューで見た逃げ足よりペースを上げた事に対して。

 

「(走り方はブレておらん、互いに横にフェイントをかけようとしよっても後ろはまるで気にしとらん…よもやあやつら、今まで三味線弾いておったか?)」

 

先頭集団の中で二人を冷静に観察しているのはテイタニヤだ。

彼女は他のレグルスのメンバーが華々しい勝利をあげる中、言ってはなんだが『普通の勝ち方』をする二人に疑問を持っていた。

シーザリオは差して三バ身差、ラインクラフトは逃げて三バ身差、確かに強いがこれは普通に解る範囲の強さだ。

アメリカで走ってる二人のように五バ身六バ身引き離しているわけでもなく、ディープインパクトのように大差で圧勝するわけでもない。

まだ二人は『もしかしたら追いつけるかも』という範疇で走っていた筈だ。

いや、思えば其処が既におかしいのか。

二人とてあのチームレグルス所属の筈、むしろもっと並外れて強くてもおかしくないのだ。

ならば抑えて走っていたのは手の内を見せない為か、それとも消耗を抑える為か、あるいは両方かもしれない。

どれにせよ、同チーム対決となっている今はその制限が取り払われていると見るべきだろう。

これは後ろに居たら影さえ踏めず置いて行かれると判断したテイタニヤは二人についていくべく僅かにペースを上げた。

 

『残り1000mを通過して依然先頭はラインクラフトとシーザリオが逃げで競り合うここでテイタニヤ上がり始めたかダンスパートナーとエアメサイアに並びます』

『三バ身ほど離れてテイエムオーシャンデアリングハート五番手モンローブロンド今日は先行で進めます』

 

 先頭は変わらずラインクラフトとシーザリオの二人が引っ張る。

前を走る二人もやはりレグルスの一員だったのか、いやまだ解らんぞと会場が騒めくが。

観客も、今レースを走るウマ娘達でさえ、『レグルス所属のウマ娘』がどういうものか、本質を掴み切れていない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レグルスに所属するウマ娘において何よりもまず最初に作られるのは、絶対に故障しない身体である。

あきによる有り得ない精度での骨の状態測定、常人には鍛えられる筈も無い内臓ですら鍛え上げ、回復の早い身体の下地を作り、徹底的に鍛えられた体幹によってどんな時もブレず、よれない軸を作り出す。

だがどれだけ注目されようが、どれだけもてはやされようが、そんなものは文字通りの『基礎』なのだ。

 

 本当に常軌を逸するのは此処からだ。

作り上げられた基礎に、綿密なまでに調整された筋肉が載せられていく。

瞬発力か、持久力か、どちらかに優れた筋肉を、どういう配分で、という話ではなく。

瞬発力も、持久力も、どちらにも優れた筋肉を、絶対に骨が折れない範囲を見極めて、全てに搭載して、という次元で。

無論、基礎を作るのにも筋肉を作るのにも、地獄というのも生温いようなトレーニングが待っている。

 

 津上あきのトレーナー理論骨子は実の所、とても単純だ。

絶対に壊れない身体に、他のウマ娘より質の良い筋肉を搭載して、其処に技術を仕込む。

実力を発揮できれば勝てる状態にし、実力を発揮できない状態にさせず、実力を発揮させまいと仕掛けてくる者は、磨いた技術と鍛え上げられた肉体で逆に潰す。

逃げ、先行、差し、追込み、全てを教えるのも『どんな脚質のウマ娘が相手でも実力と技術を存分に発揮させる為』だ。

そして、其処まで鍛え上げたウマ娘は『段階』を越える。

 

 『追込み』の走りが他のウマ娘にとっての『差し』に。

 『差し』の走りが他のウマ娘にとっての『先行』に。

 『先行』の走りが他のウマ娘にとっての『逃げ』に。

 『逃げ』の走りが他のウマ娘にとっての『大逃げ』に。

 

 そう。このレースでのラインクラフトとシーザリオは、『()()()()()()()()()()』。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁ1000mを越えるタイムは57秒台これは速い!先頭は変わらずシーザリオとラインクラフトこれを先頭集団が追いますそろそろ最終コーナーが見えてきた各ウマ娘仕掛けのタイミングは充分か!』

『さぁ最後の直線各ウマ娘一斉に仕掛けrはぁ!?

 

 実況が絶句する。観客が息を呑む。後続のウマ娘達が目を見張る。

先頭を走り、逃げに逃げて脚をそんなには残していないと思われていた二人が、スパート体勢に入った。

まるで此処からが本番だというように、此処から差し切るぞと言うように、身体をより前に倒し、脚の回転数を上げた。

予想していたのは一人、違和感を感じペースを若干速めていたテイタニヤただ一人。

だからこそ、その結末が見えてしまった。

 

「(いかん。これは追いつけん)」

 

 それは単純な速度の差。

最終コーナーを周る前に二人より先に出られなかった時点で、負けが確定している。

あのコーナーを周るまでに、二人は十分に脚を溜めていたのだ。

それに比して、自分はペースを速めた分二人より脚の溜めが少ない。

坂での減速も期待はできない、この展開を作り上げ、前を走る二人がそれを考えていない訳が無い。

速度で負けており、コーナーに入るまでの展開で負けており、脚の溜めの量で負けており、勝機は無い。

 

「(じゃがのう――こっちだって意地があるんじゃあ!)」

 

 だがそれで勝負を投げ出すかは別だ。

 

「(あのペースで脚を溜めてたっていうの!?でも負けるもんですか!)」

「(二人だけでレースしてんじゃないのよ!こっちだって!)」

 

 テイタニヤが、ダンスパートナーが、エアメサイアが同じくスパートをかける。

 

「(くっ、見誤って差し切れないとしても投げ出すものか!)」

「(速い、けど諦めたりするもんか!)」

 

 テイエムオーシャンが、デアリングハートがそれでも差し切ろうと脚に力を入れる。

 

 背後からの熱気を感じながら、やってみろ突き放してやるとばかりに二人は直線を駆ける。

互いの息遣いや流れる汗すらも捉えて、お前には負けない、負けたくないと歯を食い縛りながら、笑みを零す。

物心ついた時から一緒に居た。

一族の最高傑作と呼ばれたお嬢様の御付として選ばれて、その強さに憧れ、超えたいと思った。

同じ師匠に鍛え上げられた。

お互いに、縁が腐ってしまうくらいに一緒に居た。追い越したい目標すらも一緒だ。

だからこそ――

 

「「((隣のヤツに、勝つ!!!))」」

 

 そうでなければ、胸を張って挑めない!!

 

 シーザリオが流れる星の様に走る。流れる汗と衣装の装飾が光を反射しながら纏い、空を裂く白い流星の様に。

 

 ラインクラフトが流れ出ていたプレッシャーを薄皮一枚までに凝縮する。鉄砲水が流れる前には、河の水が極端に減るかの如く。

 

先頭シーザリオラインクラフトのまま最後の直線に入るテイタニヤ追い上げるがこれは届くか後ろからダンスパートナーエアメサイア迫るテイエムオーシャンデアリングハート上がってきたっ!

シーザリオ僅かに前に出たかテイタニヤ追い縋るが差は詰めれない後ろにダンスパートナー!

 

「(圧が凝縮された!だが負けん!このまま逃げ切るっ!)」

 

 シーザリオはラインクラフトの身体の内に集まり纏まった力を敏感に感じ取る。

こうなった幼馴染の強さと怖さは誰より知っている。

いつも間延びした喋り方も、けだるげで省エネな態度も、全て全て内に溜め込んでおく為だ。

あいつは此処から差してくる。だから脚の回転を上げろ、0.01秒でも前に進め――!

 

「――ィィィィィィイイイイイイイ!!

 

 ラインクラフトの、いつも怠そうに細められていた眼が、呼気と共に見開く。

凝縮された力は解き放たれた。全てを飲み込む濁流の様に、ただ前を目指し走る!

 

だぁが此処でラインクラフト!ラインクラフト差し返すいやシーザリオ並んだラインクラフトッ!シーザリオッ!ラインクラフトッ!並んだゴォールインッッ!

 

『三着はテイタニヤ!デアリングハート追い上げましたが僅かに届きませんでした!』

『一着二着は写真判定です!大接戦です!同チーム二人による大接戦のゴール!』

『結果は――出ました!ハナ差8センチ!ティアラ一冠目桜花賞桜の栄冠を戴いたのは!』

8枠17番!ラインクラフトです!!!

 

 ターフの上にて、荒い息を吐きながら二人は掲示板を見上げる。

一番上に表示された番号は17番。桜花賞を勝ち獲り、一つ目のティアラを受け取ったのは、ラインクラフト。

タイムは1分30秒3。芝1600mの世界記録となった。

 

「…えへー。マイルじゃまだリオに負けないもんねー」

「…言ってろ。オークスでは私が勝つ」

「ふふーん。わたしだってせいちょーするもーん。中距離での全力のリオにだって勝つもーん」

「調子に乗って…吠え面かかせてやるから見てるんだな」

 

 人差し指で元のけだるげ省エネ状態に戻った幼馴染の頬をぐにぐにしながら、リベンジを誓う。

二人での次の舞台は、東京レース場芝2400m、オークス。

だがしかし、その前にもう一つ。

 

「…一足先に挑むのだ。情けない走りを見せるんじゃないぞ」

「んにー。そうだねー。とうとうだもんねー」

 

 二人はこのレースの前に一つ、約束をしていた。

桜花賞でシーザリオが勝ったら、ティアラ路線に専念し、とあるレースに出るのを諦める事。

桜花賞でラインクラフトが勝ったら、とあるレースに出る事を素直に認める事。

そのレースの名前はNHKマイルカップ。

 

 チームメイトにして最強のエース、ディープインパクトが出走するレースである。

 



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第三十話 もう一人の主人公が起こした衝撃の余波について:皐月賞準備編

省略したいレースは結構あるけど書きたいレースもかなりあってじゃあどれを書いていこうどれを残そうというジレンマ。
時間が足りない!

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


 激戦に終わった桜花賞であるが勿論あきは客席でもライブでも全力で応援していた。

ゴール後に二人が頬っぺたをむにむにしていた時などちょっと涙が滲んだ目で『うんうん、青春だね!』と腕を組んで師匠面(実際に師匠)をしていた程だ。

 

 そしてレースもライブも終わった後、ラインクラフトとシーザリオの脚のケアを入念にしていたあきであるが、同日にほぼ世界の反対側で行われるディープインパクトのグリーナムステークスにまだ向かっていないのも理由がある。

時差の関係もあるが、レグルスのチームでのレース日程を見た名門達が本気を出してくれたのだ。

 

 なんと超音速旅客機を丸一年チャーターである。

レースの賞金や発表された研究その他経済効果で余裕でペイできるどころかリターンが圧倒的に大きいから心配するなと言われても、あきは最初、まるで安心できなかった。

前世も今世も産まれは庶民の津上あきである。

自家用ジェットだけでも処理落ちしそうなのにそれを飛び越えられるとまずどう反応していいか解らなかった。

 

 勿論、レースに期待しているだけではなく、あきの提供した『故障しない身体作り』の影響も大きい。

関係各所でもっと増産をもっと精度を筋肉の最適範囲の測定可能とせよなど、世界を巻き込んで研究と開発が爆発的に進んでおり、アグネスタキオン女史もその濁流に飲み込まれてカンヅメ再開である。

なまじ第一人者が未成年かつ現在活躍中のチームのトレーナーである為、その次に専門家であるアグネスタキオンがとても頑張る必要があるのだ。

題材的にも意欲的にも望む所であるが、忙しさに今日もアグネスタキオン女史は助手の膝の上でぶー垂れている。

 

 ともあれ音速でイギリスまで輸送されたあきは無事ディープインパクトのレースに間に合った。

先に現地入りしていたディープインパクトと合流し、最終確認もOK。

今日も万全と送り出し、実際に芝の違い程度で止められるとでも思ったのかと宣言するかのように圧勝。

海外であろうとディープインパクトはディープインパクトだったと証明し、予定通り、イギリストリプルクラウン一冠目、イギリス2000ギニーステークスへの出走をインタビューにて宣言した。

今日から一週間後(4/17)には日本で皐月賞、2000ギニーはその二週間後(4/30)である。

このような前代未聞のローテーションでクラシックを挑むのは本来才能に驕った無謀と謗られても文句が言えない。

しかし彼女は結果を示し、今、世界を席巻している『アキ・ツガミ式トレーニング』を直に受けたウマ娘の一人である。

もしかするかもしれない――芝レースのもう一つの本場、欧州に、確かな衝撃が走った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 あきとディープインパクトは、二日ほど休養がてらイギリスを観光し、日本に帰る為に機上の人となった。

 

「いよいよ皐月賞だね!初めはどうなることかと思ったけど、いやーなんとかやれるみたいで良かった良かった」

「うん。あきちゃんは凄い。普通のトレーナーさんは此処までできないから」

「いやぁー!それ程でもあるけど!」

 

 ふふーん!と胸を張るあきだが、実際にそれ程の事をしている。

普通のトレーナーでは過労で入院しているか、ウマ娘のコンディション管理をミスっている。

しかも国外で走っているウマ娘の方がチームでは多いのだ。

いくらサブトレーナーが居るとはいえ、あき自身が非凡だからこそ完璧なコンディション管理を実行できているのだ。

 

「まぁ、いよいよクラシック本戦だからね。きっと気合の入れ具合も違ってくると思うよ」

「うん。楽しみだね、あきちゃん」

 

 ディープインパクトがうっすらと笑みを作る。

きっと皆強くなってきてくれるんだろうなぁと無邪気な期待を抱いていた。

それが楽しみで仕方ない。

じんわり漏れ出している闘気、今日も順調にディープインパクトは修羅っていた。

 

「ふふーん!翔ちゃんなら誰が来ても大丈夫だからね!」

「うん。頑張るよ」

 

 ほのぼのと洒落にならない事を話す師弟は、日本でトレーニングしているであろう皐月賞に出てくるウマ娘達に思いを馳せるのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 時は少しだけ遡り。

 

 サッカーボーイとナリタトップロードは諦めを投げ捨てていた。

基礎力向上の為に、朝からひたすらに、坂路を走っている。

 

「姐さーん!あの!これ!キツイ!すごく…キツイです!」

「っせぇ!んなこたー解ってんだよ!」

 

 ディープインパクトと自分達の違い。それはまず何はともあれ基礎性能の差だ。

作戦どうこうで何とかできる範囲を超えている程、スピードもスタミナもあちらの方が上なのだ。

なので其処をどうにかしないと勝負も何も無い。同じ土俵に上がれないのだ。

故にこそ、地道なトレーニングを積むしかない。

相手だってそうしている事は百も承知だ。もしかしたらこちらが一段積んでいる間に相手がもっと積み上げているかもしれない。

だが、それは諦める理由にはならない。

 

「おら立て!走れ!負けたまんまでいられるか、あぁ!?」

あああぁぁ!?」

 

 胸に込み上げるモノがある限り、走るのだ。あのすまし面に吠え面かかせてやる。

 

 

 ダンスインザダークは悩んでいた。

トレーニングをすればするほど、自覚してしまうのだ。自分にとって、2000mは短すぎると。

走れないわけではない。他のウマ娘達と勝負ができないわけではない。

だが、ディープインパクト(一番勝ちたい人)には勝てない。それが解ってしまう。

皐月賞に出れば負ける。ならば、目指すべきは――

 

「…深淵なる衝撃の同胞よ。不甲斐無くも相見えることができぬこの身を許せ。されど『絢爛タル灼熱ノ決戦場』にてまた再び相見えん…!(ディープインパクトさん…皐月賞を私は回避します。でもダービーで…!)」

 

 2400でも足りないかもしれない。それでも、それ以上は待ちたくない。

 

 

 シンボリクリスエスは決断した。

皐月賞は、出ない。今の己には、足りないものが多すぎた。

ホープフルステークスでカブラヤオーを差し切った時。残る相手はディープインパクトだけだと思っていた。

とんでもない増上慢だ。あの弥生賞で、自分は着外。掲示板にすら入れなかった。

彼女達が自分に並ぶ、あるいは超えるウマ娘であったというのに、ただ一人に目を眩ませて見ようともしなかった。

なんという未熟。なんという傲慢。基礎力以前の問題だ。

だからこそ、鍛える。身体を、心を、魂を。

彼女を捉える為、彼女達に誇れる自分になる為に。

 

「まだだ、まだ、足りない。修練を。身も心も魂にも、炎を灯せ」

 

 シンボリ家からすらも一時的に離れ、山に籠る。名門の名すらも今は邪魔だ。

 

 

 サクラスターオーは決心した。

滝に打たれよう。

滝は一直線に地面へと流れ落ちる。つまり驀進だ。

今の己には驀進が足りない。かの先人も1200mを二回驀進できれば2400mを驀進したのと同じ事だと言っていた。

ならば1000mを二回同じ日同じ時同じレースで驀進すればいい。方法はまだ思いつかないがとても冴えた手段だ。

だが問題はディープインパクトもかなりの驀進である事だ。自分でも勝てるか自信が湧かない驀進は彼女が初めてだった。

だが、諦めてなるものか。

滝という驀進に打たれながら、サクラスターオーはかっと眼を見開いた。

 

「そう、1000mを二回驀進するのが無理なら、2000mを驀進すればいい…!」

 

 結論は出た。そう、答えは驀進の中にある。いざ、驀進。

 

 

 キズナは決意していた。

今までのレースも、皐月賞も、全て試金石。決着は、ダービー。

それまでに鍛え、それまでに積み上げ、そこで勝つのだ、と。

しかし鍛えれば鍛える程、積み上げれば積み上げる程、見えてきたのはあまりにも高く、分厚い壁だった。

同じだけの時間をかければ、あるいは乗り越えられたかもしれない。

だが、そんな時間は残っていない。手元にあるもので勝負しなければならない。

勝ち目は、薄い。

 

「そんなことは、知っていました…!」

 

 あの時、東条ハスミトレーナーからデビューを一年遅らせても良いと言われた時に。

ダービーを獲れる素質はある、G1を獲得できる、でも彼女達がいる以上、それはとても難しいと言われた時に。

トレーナーとしての力不足を謝られた時に。

それは違うと言ったのだ。貴女が私のトレーナーで、私のトレーナーは凄いのだと、私だって負けてないのだと。

諦める為の理由や言葉は山ほどあった。でも、それは選ばなかった。

勝つ。何度負けても。勝つ。たとえダービーで負けても。

彼女の背中を越えて、私と私のトレーナーは凄いでしょう、と笑う為に。

 

 

 カブラヤオーは後悔していた。

たしかに負けたくないと思った。勝ちたいと思った。でもこんなのは聞いてない。

 

「おら走れ走れー!そんなんでアレ相手に戦えると思ってんのかテメー!」

「ひゃっほー!ひゃっふー!ひゃっはー!」

「ごめんね、これもカブラヤオーちゃんの為だから…」

 

 隣でオルフェーヴルが併走し、何故か居るオジュウチョウサンが一定地点を通る度に真横から自分達をジャンプで飛び越し、後ろからはハーツクライがぴったり追い上げてくる。

怖い、凄い怖い。特にオジュウチョウサン、なんで居るのとかそういうのを超越して、レース場を周るんじゃなくて直線でジャンプを挟んだシャトルランしている。

練習にもなってるんだろうけど実はただ悪ノリしてるだけなんじゃないだろうか。

背面飛びとか宙返りとかやめて欲しい、障害物競走だと二~三メートルのハードル跳びながら技を決めると高得点だって言っても限度がある。

 

「むりぃ!?これむりぃ!?」

「無理なんて言葉使ってんじゃねぇー!」

び゛え゛ぇ゛え゛ぇ゛ぇ゛!!

 

 レースってこんなにも辛いことしないと勝てないのか。此処までやらないと無理なのか。

正直今すぐやめたいし、正真正銘後悔だってしているが。

それでも勝ちたいという気持ちは消えなかった。

 

 

 それぞれが、それぞれの思いを抱き、走る。

 

 皐月賞、もう間もなく。



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第三十一話 いざ栄光の三冠へ―皐月賞、開始編―

やっとこさ皐月賞ですが此処から待っているレース日程を見てちょっと血の気が引くんだぜ!
重複もあるけど翔子ちゃんだけでもこのクラシック期間G1レースあと14個、これ含めて15個とかバカじゃねぇの(素)
でもキャラは勝手に動くねんな…

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


 皐月賞。それは最も速いウマ娘が勝つという、栄光あるクラシック一冠目。

中山レース場で行われる伝統と格式あるレースであり、このレースを走ろうとしても、フルゲートである18人の枠に入れず、走りたくとも走れないというウマ娘の方が多い。

近年において、皐月賞がフルゲート18人でない時を探すのが難しいほど、このクラシック一冠目は多くのウマ娘と、それに関わる数多の人が出走を希望してきた。

しかし、今年の皐月賞においては、話が違った。

 

 出走人数、12人。

レース黎明期はさておいて、近年の皐月賞での出走人数が15人を割る事など、本来は有り得ない筈だった。

それが、何故12人という少人数で行われる事になったのか。

その理由はただ一人のウマ娘にある。

 

 ディープインパクトが残した、ホープフルステークスでの1分55秒0という数字。

弥生賞で第三コーナーから外ラチギリギリを走って残した、1分55秒9という数字。

ならば、皐月賞でも1分55秒台を、下手をするならば55秒を切るのではないか?

そうすると、見えてくるのだ。

普通に生活していれば、まるで意識しないであろう、6秒という壁。

レースにおいて絶対の『タイムオーバー』というルールが。

 

 事実、弥生賞での十二着、ギターリズムは2分02秒5、ディープインパクトより6秒以上遅れてゴールした為に、一ヶ月の出走停止となっていた。

誤解なきように言えば、中山2000mを2分02秒台というのは決して遅いわけではない。

弥生賞や皐月賞でもこれより遅いタイムで勝ったウマ娘もいるし、間違ってもタイムオーバーになるような数字ではない。

だが、この世代では、それが起こり得てしまうのだ。

日本のレースに携わる者は全員に激震が走った。

何故ならば皐月賞から、もしも一ヶ月間レースに出れないとしたら、ほぼ確実に出走すらできないとあるレースがある。

 

 日本ダービー。クラシック二冠目にして、最も栄誉あるレース。

このレースに出る事だけを、このレースに勝つ事だけを目指し、他を全て捨て去る者が居てもおかしくない大レース。

このレースに出るには事前のトライアルレースに勝利するか、それだけの実績を積むかしかない。

しかし、皐月賞から一ヶ月間レースに出れないとしたら、トライアルレースに出る事も、実績を積む事も不可能となる。

それに、もし皐月賞に出ずにタイムオーバーを回避したとしても、タイムオーバーしなかった上位陣が実績を積む為、G2やG3レースに出てくる事も充分にあり得るのだ。

 

 普通ならば、2000mを2分00秒台で走り抜ければ、皐月賞は十分勝てる筈であった。

だが、それが通用しない領域が、今の世代。

皐月賞の出走人数が少ない訳は、その差を僅かでも詰めようと、今はレースをそっちのけで必死に鍛えるレース関係者が多かったのである。

むしろ、今までを思えばよくぞ他に11人も集まったと言えるかもしれない。

 

 出走人数が少ないにも関わらず、中山レース場の席は観客で埋まっていた。

最早不動の一番人気、ディープインパクトは時の人である。

日本三冠、英国三冠、欧州三冠を一度に目指すという、前人未到の発表。

しかし、彼女の走りにはもしかしてと思わせる強烈な光があった。

そして、そんな彼女に挑む綺羅星の如きウマ娘達。

世代さえ違えばと惜しむ声と、だからこそ勝つ姿が見たいと望む声があった。

 

 とても良く晴れた春の日、バ場は良。

四月の中山に、ただならぬ熱気が集まっていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 パドックに集まったウマ娘達は、一様に顔つきも身体つきも変えていた。

サッカーボーイの目つきの鋭さや、カブラヤオーの無の表情は変わらずとも、皆良く鍛えられ、気迫の籠った表情だ。

三白眼の目つきを更に鋭くさせ、みっちりと筋肉が詰まったトモを惜しげもなく晒しているサッカーボーイ。

深呼吸をしながら、過度の緊張をしないよう身体を解しているナリタトップロード。

自信満々な顔でどこか煌めいたオーラを発しているサクラスターオー。

どこか揺らめいた闘志を身体から表出させ、凛とした顔を引き締まらせているキズナ。

変わらず虚無的な表情ながら、たまに眼に光を灯らせるカブラヤオー。

他にも我こそはと闘志を漲らせたウマ娘達が、最後に入場してくる一人に対し、負けるものかと待ち構えていた。

観客達もウマ娘達の戦意を感じ取り、レース場は熱い騒々しさに支配されている。

 

 だが、彼女がレース場に足を踏み入れた瞬間、『一人を除いて』場が『静寂に波打った』。

 

 さふり、さふりと彼女が芝を踏む音さえ聞こえそうな静けさがある。

だが、誰もこの場が静かだなんて感じてなんかいなかった。

びゅうと吹いた風にたなびく鹿毛の髪。炯炯と光を宿す眼差し。引き結ばれながら、僅かに弧を描いた唇。

そして、世界を飲み込まんとするような、圧。

どくり、どくりと音がうるさい。雨も降っていないのにざぁざぁと耳元で音がした。

壇上で彼女が天高く拳を上げた時、何処かで『翔子ちゃーん!』という声が響いて、やっと口元や隣でひゅっという空気を吸い込む音がした。

 

 瞬間、歓声。

 

 轟々とした声に包まれている彼女は、ただ現れただけでこの場を支配した。

『最高傑作』、『前人未到』、『英雄(ヒーロー)』。ディープインパクト。

己に向けられた闘志を楽しむが如く、されどまるで己こそが挑戦者だというように、彼女は対戦相手達に視線を向ける。

 

 目を逸らしたウマ娘は、一人として居なかった。

 

 中山レース場、芝2000m、いざ栄光のクラシック、皐月賞。

 

1枠1番ローゼンクロイツ。8番人気。

2枠2番カブラヤオー。2番人気。

3枠3番ナリタトップロード。6番人気。

4枠4番サッカーボーイ。5番人気。

5枠5番キズナ。3番人気。

5枠6番サクラスターオー。4番人気。

6枠7番シックスセンス。12番人気。

6枠8番アドマイヤフジ。10番人気。

7枠9番アドマイヤジャパン。11番人気

7枠10番マイネルレコルト。7番人気。

8枠11番ジュエルジェダイト。9番人気。

8枠12番ディープインパクト。1番人気。

 

 注目のディープインパクトは最大外、しかし1番人気は小動もしなかった。

一生に一度の大舞台、トゥインクルシリーズクラシック、開幕。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『奇しくも人数は先月弥生賞と変わらず出走人数十二人。クラシック一冠目皐月賞としては異例の少人数と言えるでしょう』

『三番人気はキズナ、前を走った大逃げウマ娘に借りを返せるか』

『二番人気はカブラヤオー、三度目の正直を狙います。今日こそ果たして逃げ切れるのか』

『一番人気、ディープインパクト。この中山2000mは三度目、今回も絶対王者として君臨するのか』

 

 実況の静かな口調ながら、異様な熱が込められた言葉が会場に響く。

観客達のボルテージも最高潮、スタートを今か今かと待ち望む。

 

『ウマ娘達のゲートインが完了しました。栄光のクラシック一冠目、誰もが目指すその冠を掴み、三冠への一歩を踏み出すのは果たして誰か』

『いざ皐月賞、今スタート!』

 

          ガタン!

 

『各ウマ娘抜群のスタートを決めましたハナを目指すのはやはり内枠カブラヤおぉなんと!?

 

 これが何度目か、会場が驚愕に満ちる。

そう、今まで彼女が見せたレースで、この展開は誰も見た事が無かった。

 

カブラヤオー突出しますがハナは違います!クラシック一冠目先頭を切ったのは!

 

 ハイペースで走った時も、前を防がれた時も、彼女は途中から先頭を走る事はあっても。

 

大外一番人気!ディープインパクト!!大逃げカブラヤオーは初めて二番手でのレース開始です!三番手にはサクラスターオー!

 

 最初から先頭を走るレースは、今まで誰も見た事が無かったのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(やっぱり戦法を変えてきた!でも此処で逃げ…!)」

 

 このレースに出走しているウマ娘の中で、おそらくディープインパクトの事を一番知っているキズナは彼女がどんな脚質でも走れる事を知っていた。

好みだから先行や差し、(結果的には)追込みで走っているのであり、彼女に不得意は無い。あるのは得意だけだ。

だから何処かで逃げのレースもしてくると思ってはいた。

だがしかし。

 

「(あのカブラヤオーさんよりさらに前を走るとか、ディープインパクトさん何を考えてるんですか…!)」

 

 ナリタトップロードが考えた通り、カブラヤオーの脚質とは破滅逃げだ。

最初から飛ばして先頭を走り、リードを保ったまま先頭でゴールまで駆け抜ける異形の戦法。

そんな破滅逃げよりさらに前を走るなど、最早それは狂人の発想としか思えない。

けれども。

 

「(あのヤローにだけはそれができる…こう言ってんだろぉ、『お前達はできるか?』ってよぉ!)」

 

 サッカーボーイは感じている。ひしひしと前から迸るプレッシャーが、自分達を手ぐすね引いて待っているのを。

『追ってこい』『ついてこい』『お前は抜けるか?』『やってみろ』『見せてみろ』と。

語りかけるかのように、誘うように、きっと先頭を走るアイツは。

 

「「「「「「「「「(((((((((舐めるな!!!)))))))))」」」」」」」」」

 

 そうまでされて黙っていられるウマ娘であれば、この皐月賞に出ていない。

後続を走る九人は燃え盛る闘志にさらに火を入れた。

元々、向こうとの基礎能力の差で言えば、第四コーナー周って十バ身以上の差がついていれば、おそらくは差し切れない。

勝利の為にも、走るしかない。

心は熱く。されど頭は冷静に。それをできる者だけが、彼女に挑める。

これはそういうレースだ。彼女達は理解した。

 

 クラシック一冠目、皐月賞。

レースは未だ、始まったばかり。



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第三十二話 立ちはだかる壁、踏む影が見せるのは何か―皐月賞、中盤戦―

ふと確認してみるとお気に入りが一万件超えていてちょっと眼を疑った事でございますわよ。
特に宣伝もしてないSSがこんな事になるとかやっぱウマ娘人気とディープインパクト人気はすげぇなって事にしておこう!
記念に何かネタ書くわ…


『400mを通過して先頭は未だディープインパクト!すぐ後ろにはカブラヤオーがついて二バ身あけてサクラスターオー!後続との差は現在七バ身ほどでしょうか!』

 

 先頭は依然ディープインパクト。しかしそのすぐ後ろにカブラヤオーがつき、サクラスターオーは三番手。

後続は心は煮え滾っているが、此処で脚を使えば勝負もできないとギリギリを見極めようとペースを調整していた。

速すぎても遅すぎても駄目だ。

理想を言えば、第四コーナーを周った時に五バ身以内。最低限で十バ身より前。

その距離を脚を使い過ぎないよう、調節しなければならない。

 

 だがディープインパクトを追いかけるウマ娘の中で、そんな事などまるで考えていないウマ娘が二人だけ居た。

 

「(2000mを驀進!つまり!最終コーナーまで速めに走り!コーナーでちょっと息を入れ!直線を全力で走ればいいのです!)」

 

 余人はそれを溜め逃げというが、サクラスターオーはそういう細かい事は気にしていなかった。というか聞いてもいなかった。

それができるかどうかもまるで考えていなかった。

何せ『できる!!!』と思考を挟まず脳内が埋まったからだ。

サクラスターオーが耳を傾けるのはいつも、己の身体からの声だ。

身体に聞けば解る。脚に聞けば解る。

サクラスターオーは殊更に、己が何処まで驀進できるかどうか把握するのが上手かった。

最初の頃は満足に驀進できないと答えていた身体が、トレーニングを積んでからは『此処までなら驀進できる』『次はもうちょっと驀進できる』と教えてくれている。

その身体が『こうすればできる』と教えてくれた。

ならば後は驀進あるのみだ。

 

「(しかしディープインパクトもカブラヤオーさんも素晴らしい驀進です!!)」

 

 しかしサクラスターオーの前を走る二人はさらに速いペースで進む。

これはサクラスターオーが遅いわけでは決してない。

サクラスターオーから次のウマ娘まで七バ身、普通ならこれは立派に逃げのペースなのだ。

 

 大外に居た筈なのに最内に収まったディープインパクトと、その少し外をぴったりつけるカブラヤオー。

今まで見せた形とは全く別ながら、レースのペースを作るのはこの二人だった。

 

「(ラチ沿い…最内入れない…!)」

 

 カブラヤオーの前を走るディープインパクトは内ラチに沿った経済コース。

今まで外を走って途中からスパートをかけて内を走ったり、最大外を周って全員ブチ抜いたりしてきたが、最初から内を走るレースは初めて見せている。

カブラヤオーがいつも走っていた位置だ。

 

「(外に行くしかない…練習通りだ……!)」

 

 だが、チームスピカでの練習中。カブラヤオーはいつもオルフェーヴルの外を走らされていた。

スピカのトレーナーからも、オルフェーヴルからも、必ず外につけろと言われた。

何故なら、カブラヤオーの前に立ったディープインパクトは絶対に内を譲らないと断言されたからだ。

レースを見ていたトレーナーは気づいていた。

外ラチギリギリをああも綺麗に周れるのなら、内だって周れない筈が無いと。

オルフェーヴルは直感していた。

あの途轍もなくヤベーのがかなりヤベーのになまらヤベー技術を教えていない筈が無いと。

オルフェーヴルの言葉は語彙がヤベーでほぼ死んでいたが言いたい事だけは解った。

カブラヤオーの長所はその心肺能力だ。

なにせあきが『翔子ちゃんより心肺強いウマ娘初めて見た』とディープインパクトに零したくらいには、カブラヤオーの心肺能力は群を抜いている。

だからこそ、大逃げで走っても垂れない。だからこそ、最内を狙わなくても同じだけの速さで走れる。

 

 ただ。それだけで勝てる程、ディープインパクトは甘くない。

 

「(でも追い抜けない…!速いのもある…けど…!)」

 

 オルフェーヴルとハーツクライ(と、何故かオジュウチョウサン)との執拗なまでの併走で競り合えるようになった。

心肺能力ただ一点の勝負なら勝てるかもしれない。

だが、何より単純な技術が足りていない。

ブラフの出し方、プレッシャーのかけ方、たまに見せる一人分の空間が空きそうで、実は空いていない内側。

今まで欠片も見せていなかったそれを、前を走る彼女は見せている。

カブラヤオーはそれに惑わされる。

 

 これは間違いなく、常に先頭を走り、駆け引きをしてこなかった弊害だ。

カブラヤオーは今まで駆け引きをしてこなかったし、そんな余裕もなく、またその必要も無かった。

トレーナーとしても競り合いができるだけの勝負根性をつけるのが第一で、技術を仕込むまでの時間が無かった。

 

 そんな事など関係無いと、ディープインパクトは惜しげも無く使ってみせる。

大きく外は使えない、大きく外を追い抜こうと踏み出した途端、待ってましたとばかりに内に寄って突き放す気だ。

抜くのなら今よりほんの少しだけ外、ギリギリで抜かなければならない。

カブラヤオーの視界と思考が誘導される。

 

 今か、まだか、今か、まだか。

前ばかり、ディープインパクトの動きばかりを見ていたカブラヤオーは気づいていなかった。

少しずつ、ほんの少しずつ、ペースが落ちている事。

後ろを走るウマ娘達が、少しずつ、少しずつ差を詰めている事。

サクラスターオーとの二バ身の差が、一バ身に詰まっている事。

 

『今1000mを周ってタイムは58秒後半!徐々に後続との差が詰まっている此処からどうなるか!?此処でサクラスターオーがカブラヤオーと並びました!』

 

 1000mを周り、サクラスターオーがカブラヤオーの外側についた時、初めて気づいたのだ。

ほんの少しだけ、1000mの間のコンマ何秒という差でペースが落ちた。

そうでなければ幾らペースを速めているとはいえ、サクラスターオーが横につけれていない。

このペースは、いつもの大逃げよりも遅い!

 

「(外につかれた!ダメ、此処からディープインパクトさんを抜くには間が狭すぎる!)」

 

 何より位置が不味い、サクラスターオーのついた場所はカブラヤオーの外側、此処からディープインパクトを抜こうとすれば、二人の間の一人分あるかないかの隙間を抜かなければならない。

だがカブラヤオーにその隙間を綺麗に抜ける技術は、今は無い。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「くっ、エグい事しやがる!これもそっちの作戦通りかい?」

「ボクは逃げ戦法で走るように言ったのと小技使ってこうかって言っただけですね。あとは翔ちゃんにお任せです」

 

 観客席、たまたま近くの場所を取っていたスピカのトレーナーとあきがレースを共に見ている。

今はちょうど、カブラヤオーが蓋をされた所だった。

 

「でもまぁ、カブちゃんとは三回走って三回勝ってます。そろそろ明確な成長見せてくる頃合いだってのは予想してました。翔ちゃんとレース走ってて、影響受けないってのは無いなって」

「そこまで読むのか…」

 

 あきの眼力は最早人類の限界を引き千切っているのは証明されていたが、あくまでそれは肉体面を見る場合のみだと思っていた。

だが精神的な成長まで見抜くとは…と思考して、ふとそうではない事に気づく。

 

「…あのやり方、教えたの最近かい?」

「まさか。デビューするよりもっと前から超一流です」

 

 そう、他のウマ娘の精神的な成長を見越して教えたものではない。

もっと前から、どんな状況でも、どんな相手でも、自分は全力を出し、相手には全力を出させない走り方をディープインパクトはできたのだ。

それができる事は、それをされても自在に対応できるという事だから。

それに思い当たったスピカのトレーナーは、冷汗が背中に伝う事を自覚しながら、眼鏡の位置を直した。

 

「…恐ろしい話だよ、本当に」

「でも翔ちゃんですから、きっとそれだけじゃ終わりませんよ」

 

 ディープインパクトには相手に全力を出させない走り方ができる。それは事実だ。

だが彼女にはもう一つ ――彼女の魂に宿る、異世界のソレがついぞ持ち得なかった―― 特別なものがある。

全力を出させない方法は見せた。全力を出している姿も見せた。

その上で、彼女の走りは語り掛ける。

『まだやれるだろう』と、『かかってこい』と、『お前の走りを見せてみろ』と。

それはウマ娘にとって、『鍵』となる。

 

「翔ちゃんとレースを走るウマ娘で、諦める娘だけは絶対に居ません」

「…そうか」

 

 誇らしげに、目を輝かせてディープインパクト達を見るあきに、スピカのトレーナーは言葉を飲み込んだ。

飲み込む事しか、できなかった。

 

 皐月賞、レースは未だ、中盤戦。




なおチートオリ主は『翔ちゃんすげー!流石最推し!!!』が100%であり、特にスピカトレーナーとかハスミんとかタキオン女史が考えたような気持ちは一切抱いていない事を此処に明言しておきます(断言)
自分が走ると他のウマ娘が云々かんぬんなんて推しのライブより重要な事なのそれ?でもう思考の片隅にもないよ…
ただ秘密結社とかそういうのの警戒だけはまだ残っている(でも最近確認できてないので大分緩んでる)のでレースにだけは出てこないね!それがどう見えるのかは、ね!


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第三十三話 誰かが言う。全力を振り絞れ。言うまでも、無い事だ―皐月賞決着編―

お気に入り1万件突破でのネタはアンケート募集で決めようかと思ってます。
良ければ投票どうぞ!

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


「(――やられた!)」

 

 キズナは蓋をされるカブラヤオーを見ていた。

彼女達から自分まで距離はおよそ七バ身、1000m時点ではまだ巻き返せない差ではない。

だが差の問題ではなかった。

ディープインパクトは最内、その少し外にカブラヤオー、サクラスターオーはその隣。

ディープインパクトがコーナーを周る時、膨らむとは思えない。変わらず最内をキープするだろう。

問題は、後ろの二人。彼女達が壁になる。

あの二人だって多少なりとも膨らむだろうが、内をつける程そうするとは思えない。

となると、コーナーで大外に出なければ、二人が壁となって前に出れない。

それはつまり。

 

「(弥生賞で自分がやられた事の意趣返しのつもりかよ!?『やれるもんならやってみろ』ってそういう事だってか!)」

 

 奇しくも、サッカーボーイは弥生賞と逆の立場にされたと気づく。

あの時はディープインパクトの前に壁が出来て、それを彼女はコーナー外ラチギリギリを周るという、過去の三冠ウマ娘でも最終コーナーでしかやってない事を第三コーナーから始めて追い抜いて行った。

だがそういう事をできるのは例外だからこそであって、普通はしないのだ。

 

「(だけど何処かで外に出なきゃならない!でもそれは皆解ってるから…あの人こんな性格悪いレースもできたんですか!?)」

 

 ナリタトップロードがまだ見誤っていたと戦慄する。

先頭で逃げながらこんな仕掛けまで作れるのかと。

ただ速いだけでも、頭を使うだけでもこの状況は作れない。

カブラヤオーとサクラスターオー相手の絶妙なペース調整と、最内をキープして走り続けるだけの技術。

全て利用してこんな悪辣な状況を作り出している。

相手が自分より速いのに、『追い抜きたいなら有利な内側を捨てて外側に出ろ』と全員が強制されている。

ポジショニングが下手なウマ娘なら、他のウマ娘に弾き出されて勝負すらできない。

 

「(残り800が見えた、早いけど此処で動くしかない!)」

 

 各自の思惑が交錯する中、キズナが動く。

四番手につけた自分が大外に出ればあっという間に内側に潜り込まれるかもしれないが、その先は壁だ。

第三コーナーを周る少し前に外に出て、そのまま先頭を狙う。それしかないと判断した。

 

 ただし、それを予感していたのは一人だけではない。

 

『残り800m通過しました此処でキズナとサッカーボーイ動く!コーナーを大きく膨らみました内側をナリタトップロードにシックスセンス上がってきます!』

『後続も仕掛けが多少早いか詰まってきました先頭ディープインパクトまでおよそ六バ身今残り600の標識を通過!』

 

 そして再度、レースは動き出す。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 あきが提示した作戦は逃げで、あとの詳細はディープインパクトにお任せ、というものだ。

ある程度小技を使ってこうね、という指示はあったが、それすらもどういうものを使うかすら当人にお任せ。

それは、できる引き出しを存分に作ったという自負と、ディープインパクトなら使い所を間違えないという信頼だ。

そして、それはたしかな現実となって此処にある。

このレースで走るウマ娘はまだ気づいていないだろう。

ただ普通に見てる観客もそうだ。

しかし、ストップウォッチまで持ち込んで熱心に見てるファンや、トレーナーなら気づくかもしれない。

カブラヤオーの前を走っていることや、スタートで加速したことで意識されていないかもしれないが。

1()0()0()0()()()5()8()()()()、それはつまり、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だ。

 

 勿論、普通に当て嵌めれば大逃げなのは変わりが無い。

これより速めに1000mを駆け抜けて、そのまま走り切るカブラヤオーのペースがおかしいだけだ。

だがそれも、前に出れば技術のみで抑えれる事は既に示した。

おそらくそろそろ違和感に気づく頃だろう。だが、手加減はしない。

 

 身体を倒す。前傾姿勢で、だけど顔は下げず前を見る。

もう小細工は必要ない。残り600m、スパートで駆け抜ける。

ついてこれる者はどれだけいるかなどは思考の外だ。むしろ抜いてみせろとすら思う。

どうか強さを見せてくれ、走る中で限界を突破しろ、負けるものかと奮起しろ、己が勝つと叫んでくれ。

その全てに受けてたとう。全力で応えよう。どれだけ差があろうとも。油断も慢心も手抜かりも一切しない。

 

 だって、それを見たかったと思うのだ。

それをしたかったと、思うのだ。

未だ、影も踏めないあの人は。

捉える事すらできなかった、あの背中は。

思い違いかもしれない。それでもいい。

ただ、あの人に届けたい。

 

「(諦める人なんて、居ないってことを――!)」

 

 残り600m。世界が塗り替えられる。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(見えました!残り600mです!400mまで普通に走ってそこから驀進です!)」

 

 サクラスターオーは当初の予定通り、ほんのちょっぴり足を緩めようとした。

最後の直線で思う存分驀進する為にはそれが必要だからだ。

 

「(……?)」

 

緩めようとして、それをしたくない自分に気づいた。

しかし驀進するのには息を入れる事が必要で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

問題は無い筈だ。…()()()()()

 

「(…なんと!?それでは負けてしまいます!これはいけません!)」

 

 そう、いつも通りではダメなのだ。ホープフルステークスや弥生賞と同じではダメなのだ。

それでは驀進できていたとしても勝てていない。それではいけない。

驀進する為にレースに出るのではない。勝つ為に驀進するのだ。

驀進するだけで満足するのならレースに出る必要は無い。

勝つ為に驀進し、驀進したいから勝つのだ!

 

「つまり今こそ驀進の時!」

 

 脚からは『ちょっと厳しい』と聞こえるが、ちょっとなら気合と根性を今こそ使う時だ!

心で肉体に活を入れる。精神が溢れ出す。

桜色の光を引きながら、サクラスターオーは星の様に走る。

 

「(スパートをかけた!私は追いつけるか…いや…追い抜かなきゃならないんだ!)」

 

 キズナは知っている、彼女がどれだけ速いのか。壁がどれだけ分厚く高いのか。

キズナは解っている、彼女がどれだけ彼女のトレーナーと結びつきが強いのか。お互いへの深い信頼と、故にこその一番だというその言葉を。

だがキズナだって負けていない。己の名が示す通り、自分とトレーナーのそれこそが一番と証明する。

そして何より。

 

「(私の『魂』が吼えている!『貴女』にだって負けたくない!『貴女』にだからこそ勝ちたい!)」

 

 胸の奥底から迸る思い。彼女を見た時から感じた不思議な親近感と、その何倍もの闘争心。

繋がりを確かに感じるからこそ、彼女を超えたい。

己に繋がる絆を確かに握り締めて、それを力に変えて駆け出す。

 

 サクラスターオーやキズナだけではない。

サッカーボーイは蹴り出された弾丸のように加速する。

勝利の為のコースを光の道として捉え、ナリタトップロードはそれを駆け抜ける。

他のウマ娘だってそうだ。全力で、全身全霊で、ディープインパクトを追い抜こうと駆け出した。

 

 それはきっと、カブラヤオーも。

 

「(怖い…)」

 

 彼女はいつも怖かった。

他のウマ娘の事。話しかける事。一緒にいる事。どれもこれもが怖かった。それは今も変わっていない。

 

「(怖い……)」

 

 だけど。だけれども。あの日、あの時、負けた事で。

怖いものが一つ、増えた。それは当たり前の事かもしれないけど。

もしかしたら、知らない方が良かった事かもしれないけど。

 

「(このまま、全力を出せないで負けるのは、怖い……!)」

 

 負ける事の何が怖いのか。何故、怖いのか。それはまだ、カブラヤオーには解らないけれど。

恐怖に背中を押されて。恐怖を追い風にして。

風を切る矢の様に、カブラヤオーは加速する。

 

 ディープインパクトのスパートに触発されたように、各々が全力で走りだす。

まるで彼女から全力で走ってくれと言われたかのように。

しかし応えた彼女もまた、全力。

影さえ踏ませるものかと、飛翔するかのように駆ける。

 

 力の差は歴然だ。

ただそれでも、この場で勝ちを諦める者も、全力を出さない者も、一人としていなかった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『各ウマ娘スパートをかけたが最終直線先頭はディープインパクト!サクラスターオーとカブラヤオーは必死に追いかけます後続も迫ってきたぁ!』

『キズナが外につけた大外膨らんでサッカーボーイしかし間を縫ってナリタトップロードそのすぐ後ろシックスセンス!しかし粘る!カブラヤオーとサクラスターオー粘ります!』

『しかしディープインパクトとの差は詰めれない!強い!圧倒的だ!最初から最後まで先頭を保って今ディープインパクトがゴォールッ!』

『二着争いは微妙です!サクラスターオーとカブラヤオー、キズナがほぼ並んでゴール!僅かにサクラスターオー体勢有利か!』

 

 勝利したのは大本命、ディープインパクト。

徐々に減速した後、観客達の前で止まると、彼女は右の手を突き上げた。

伸ばした指は、人差し指一本。

日英欧州三冠に向けて、まず一つ。

 

 レース結果

 

一着 8枠12番 ディープインパクト 1分55秒3

二着 5枠6番 サクラスターオー 大差 1分57秒6

三着 2枠2番 カブラヤオー ハナ 1分57秒6

四着 5枠5番 キズナ ハナ 1分57秒6

五着 6枠7番 シックスセンス 1バ身 1分57秒8

六着 4枠4番 サッカーボーイ アタマ 1分57秒8

七着 3枠3番 ナリタトップロード 1バ身 1分58秒0

八着 7枠10番 マイネルレコルト 3バ身 1分58秒5

九着 7枠9番 アドマイヤジャパン 2バ身 1分58秒8

十着 1枠1番 ローゼンクロイツ 1バ身 1分59秒0

十一着 8枠11番 ジュエルジェダイト 2バ身 1分59秒3

十二着 6枠8番 アドマイヤフジ クビ 1分59秒4

 

 例年より遥かに高速化し、全員2分を切ってのゴール。

確実にこの世代は強いのだと、結果を見せつけた。

皐月賞ウマ娘に輝いたのは、一番人気ディープインパクト。

次に待ち受けるのは英国三冠最初の一つ、2000ギニーステークス。

決戦は、二週間後である。



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第三十三.五話 激戦の前に世界的なとあるルールの変化について

アンケートは8/30の午前10時までを締め切りと予定してます。
みんなどしどし答えてくれな!


 さて世間がディープインパクトのクラシック皐月賞で一冠目、目指すは日英欧州三冠グランドスラムだと賑やかになっている一方で。

頭を抱え七転八倒のたうち回っている者達も居た。

そう、Uma-musume Racing AssociationことURAである。

このURAであるが世界的に展開する国際組織であり、日本は勿論の事レース場のある国は全てこの組織に加盟しているし、国ごとに部署がある。

そして今全世界のURAが、特に日本とアメリカとヨーロッパのURAがとあるルールの前に頭を抱えていた。

 

 そのルールは『タイムオーバールール』。

久しく適用されておらず、半ば化石となっていたルールである。

 

 そのルールにはこうある。

『当該平地競走の第一着ウマ娘の競走に要した時間より、特定の定める時間を超えて決勝線に到達したとき、当該競走の実施日の翌日から起算して一ヶ月間、平地競走に出走できないこと。

 ただし、裁決委員がやむを得ないと認めたときは適用されない』

特定の定める時間は1400m以下で4秒、1400m超2000m未満で5秒、2000m以上で6秒である。

障害物競走についてはタイム差以外にも芸術点がある為、このルールは適用されない。

また、裁決委員が『やむを得ない』と認めるのはレース中の怪我での走行不能や、事故に巻き込まれての転倒などの『競走能力』に関係が無い事例のみであり、単純に走り切ったがタイムが遅かった場合はこれを認めない。

ちなみにこのルールは全世界で適用される。

日本であろうがアメリカであろうがヨーロッパであろうが、この時間を過ぎればどんなウマ娘だろうと一ヶ月間出場停止である。

最初、2000m以上では5秒の遅れで適用されていたが、とある事情で6秒に延長された。

 

 さて、何故この世界では、タイムオーバールールにいろいろな制限が無いのか、それはこの世界独自の事情がある。

この世界においては世界大戦が発生していない事や技術発展の理由が異なる事は既に述べた。

そしてさらにもう一つ述べるべき事は、『レースとなるとヒトもウマ娘も種族が変わったかのようにどこまでも熱くなる』事である。

そう。この世界の人々にとってレースとは途轍もなく比重が重いのだ。

 

 レースとは熱狂するものであり、神聖なものであり、走るに相応しい者達が出るべき競走の場である。

レースに出るからには、その者達にはそれ相応の実力が求められていた。

つまり、タイムオーバールールとは。

『このレースという場所で、この秒数より時間かかってゴールするとかお前どんな未熟者だよ出直せ!鍛え直してこい!』という人類の総意が込められているのだ。

 

 6秒と言えばほんのわずかな時間と思うかもしれないが、ウマ娘のレースにおいて、6秒とはおおよそ90~100m弱の距離を離されているという事である。

誰が見ても圧倒的に『力が足りてない』と解る距離だ。

 

 無論、走る事には全身全霊のウマ娘の事である、そもそもタイムオーバールールが適用される事自体がほぼ存在しなかった。

だが今年に入って事情が変わった。

 

 最初は何やら日本で久しぶりにタイムオーバールールが適用された、という事だけだったのだ。

なんだまだこんなルールに引っかかるウマ娘が居たのか、トレーニングが足りてないぞ情けない!というのが、ただ話を聞いただけの関係者の反応だ。

だが詳しく調べてみれば、そのタイムがなんと芝2000m2分02秒5である。

関係者は2分20秒5の誤植かな?全く人騒がせな!と思ったか、う~ん眼が滑ったかな?と、目薬をさしてみたり、まずは書類の不備や自分の目の性能を疑った。

しかし何度確認してもタイムは2分02秒5である。このタイムはたしかに一着は難しいかもしれないが、断じてタイムオーバーになるようなものではない。

ここでやっと一着のタイムを確認する。そこに記されていたのはなんと1分55秒台という、またも目を疑うようなタイムだ。

 

 この時点ではまだ他人事だったのだ。

おいおい日本でとんでもないウマ娘が出たな、で終わる話の筈だった。

そのウマ娘が日本・英国・欧州三冠グランドスラム走ろうとしてるよ、という情報でまずヨーロッパに激震が走った。

しかも芝の違いとかまるで問題にならないというおまけつきである。

 

 そもそも、G1レースに出るウマ娘というのはエリート中のエリート、まずタイムオーバーになるというのは考慮されていない。

それがもしなってしまうとしたら、影響は計り知れない。

事実、日本では皐月賞の出走人数が12人しかいないという結果がある。

 

 さてこの時点でもまだアメリカは『ウチにはディープインパクト来ないから』と胸を撫でおろしていた。

だがそんな安心など欠片も残さず吹き飛ばすのがレグルスというチームである。

日本のシンボリルドルフ理事長より、『ダートも走れるディープインパクトに二割の確率で勝てるのと四割の確率で勝てるのがそっちに行ってる』と知らされたのである。

アメリカの関係者は卒倒しかけた。

何せ、タイムオーバールールを5秒から6秒に延長したのは、アメリカ出身のあるウマ娘が理由だったのだ。

 

 そのウマ娘が二着との間につけた着差が三十一バ身。

自分以外全てのウマ娘にタイムオーバールールを適用させ、主戦場のダートどころか芝でも強かった伝説のウマ娘。

そのウマ娘の名は、セクレタリアト。

五十年以上経過した今でもなお、ダート2400mの世界記録保持者というちょっと有り得ないレベルのウマ娘である。

あのセクレタリアトと同じ事をやらかせるかもしれないウマ娘が複数いるかもしれない、というのは、関係者にとってはある意味で悪夢である。

 

 当時の関係者も一着以外全てのウマ娘がタイムオーバーという驚愕の事実に紛糾した。

喧々囂々の末、5秒、つまり三十バ身だからダメだったんだ、なら6秒、三十六バ身ならどうだ!という事で決着を見た。

流石にセクレタリアトみたいな例外はもう現れないだろう、と。

 

 ところがどっこい、一気に五人ほど現れた。

 

 URA国際会議は大慌てだ。世間はレグルスが強い!で話が終わるかもしれないが、それだけではすまない部分もある。

権威あるG1レースで出走人数が10人下回りました、なんて事になったら目も当てられない。

ならばまたタイムオーバールールの延長か?いやいっそ廃止に?となるとまたそれも話が違う。

何せ元々は『レースに出るならしっかりした実力をつけてこい』という趣旨がこのルールだ。

さらに1秒延長して四十二バ身?100m以上離されてるじゃないか冗談じゃない!

だが実際問題として一着のウマ娘がべらぼうに速いだけでほかのウマ娘が遅いってわけじゃないんだぞ!

 

 そんな感じで会議は踊った。

実際100m以上離されてゴールなど実力不足の謗りを免れ得ないし。

G1レースでそんなことできるヤツ(具体例:セクレタリアト)の方がおかしいというのは至極尤もである。

やはり会議は大騒ぎ、1秒延長を認めるか認めないかで言い争っていた委員たちに、此処でシンボリルドルフが鶴の一声。

 

「コースレコード、レースレコードが出たら適用外という事にしては、どうだろう?」

 

 全員こぞってその意見に飛びついた。

という事でこれ以降、タイムオーバールールには一文が加えられる。

『当該平地競走の第一着ウマ娘の競走に要した時間より、特定の定める時間を超えて決勝線に到達したとき、当該競走の実施日の翌日から起算して一ヶ月間、平地競走に出走できないこと。

 ただし、裁決委員がやむを得ないと認めたとき、コースレコードもしくはレースレコードが更新された場合は適用されない』

改定された時期は、皐月賞から一週間後。

世界共通のルールとしては、異例の速さでの変更であった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「ふぅ…意外と早く間に合ったな」

 

 タイムオーバールールの改定が決定され、シンボリルドルフは理事長室で安堵の溜息を吐いた。

あの模擬レースで彼女達の走りを見て以来、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうにかこのルールを変更できないか、考えてはいた。

全力で走った結果として、そうなってしまったのだろうが、実際にタイムオーバーが適用されて、皐月賞の人数が例年と比べ激減したのも追い風となったと言えるだろう。

ディープインパクト達のクラシック期の記録と合わせて、シニアまでに変更をする予定であったが、その時期はかなり早まった。

だが、本人としてはただ一人を、たった一人だけを気兼ねなく走らせたいから、あの模擬レースの後に頼みに来たのだろう、と解っている。

津上あきトレーナーは出走登録をしていない。

おそらくする気も無いだろう。

ただ、それでも一つだけ、たった一つだけ、出走登録をしていなくても出れる世界規模での大規模レースが、ある。

URAファイナルズ。その出場規定は十五歳以上であるか、トゥインクルシリーズクラシックもしくはシニアのウマ娘である事。

ディープインパクトの目的は、シニアを走り終えたその年のURAファイナルズにて、あきを此処に出場させる事だ。

その時に全力で走って欲しいから。ただそれだけの為に、ルールの改定を求めていた。

 

 果たしてルールの変革は為された。これでいざ、彼女が走り出す時に、縛る鎖は無くなった。

シンボリルドルフは予感している。きっと世界は変わる。様々な意味で、彼女達を中心に世界は変わっていくだろう。

それが楽しみのような、恐ろしくもあるような。

ただ、彼女達に幸あらん事をと祈るだけは間違いではないだろうと、シンボリルドルフは目を瞑って手を組んだ。



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第三十四話 何処でデビューしてどんな記録を出したのか今一度思い返すと解るという話

ちなみに投稿時間がこの時間なのはわざとです。舞台はイギリスだからね!
でも今後また同じ事やるかどうかは未定(適当過ぎる)


 さて日本のウマ娘が何故海外では中々活躍できないのか、また海外からのウマ娘が何故日本のレースでは中々勝てないのか。勿論理由がある。

その大きな理由が走る環境の違い、つまりバ場だ。

日本の芝と海外の芝ではその性質が大違いなのである。良く言われる事であるが、海外の芝は『重い』。

走るのによりパワーを必要とされるのが海外芝の特徴である。

これはどちらが悪い、良いという話ではなく、単に生育環境の違いや産地の違いであり、やはりその土地その土地のウマ娘が活躍しやすいのは、慣れ親しんだバ場により適応できているからであろう。

ちなみにこのバ場の違いがどれほどの差を生むか、タイムを見れば一目瞭然である。

欧州でも特に権威と格式のあるレース、凱旋門賞のタイムと、日本ダービーのタイムを比べると、凱旋門賞は世代混合レースにも関わらず、おおよその場合日本ダービーのタイムの方が圧倒的に速い。

だというのに、凱旋門賞を勝った日本のウマ娘は一人も居ない。

それ程までに芝の違いというのは大きいのである。

 

 さて、そんな芝の違いであるが日本にも海外のものと近い質を持つ芝でコースが作られたレース場が幾つかある。

そう、ディープインパクトが芝1200m世界レコードを出した函館レース場である。

勿論、あくまで近い質を持つ芝であって、全く同じわけではない。わけではないが。

 

Oh,My God!(嘘だろなんてこった!) Nothing's coming from behind!(後ろからは何にも来ない!) Nothing's coming from behind!(後ろからは何にも来ない!) Nothing's coming from behind!(後ろからはなぁ~んにも来ない!)

 

 4/30、ニューマーケットレース場、イギリス2000ギニーステークス、芝1マイル(約1609m)。タイムは1分31秒1。二着との差、およそ三十バ身。

およそ約4秒のレースレコード更新、衝撃の第二勝。

二週間前と同じように彼女は右手を空に突き出した。違うのは、最初から人差し指が伸びていた事。

 

Deep Impact!(ディープインパクト!) The Hero Deep Impact!(スゲェやつディープインパクト!) A hell of a fast Runner from Japan!(日本から来たとんでもなく速いウマ娘だ!)

 

 ぴんと伸ばした腕と人差し指を見せた後、すぐ傍にもう一つ、指を増やした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「まぁ正直、有力なウマ娘があまり出てこなかったってのもあるね。焦点を合わせてるのはダービーかなぁ」

 

 ライブ後、控室にてディープインパクトをマッサージしながら、今日のレースを語るあき。

 

「2000ギニーステークスは英国三冠になるけど、ヨーロッパ的に重要なのは欧州三冠、こっちの言い方で言えば三大レースかな。そっちの方を狙う人が多い。本当の勝負はイギリスエプソムダービーからかな」

「どんな人が出て来そう?」

「そうだなぁ…」

 

 ディープインパクトの質問にちょっと考え込むあきだが、即座に候補を絞り込む。

 

「エプソムダービーには、モティヴェーターさん、シンダーさん、ガリレオさん、この三人がきっと出てくるんじゃないかな」

 

 この三人の内、モティヴェーターはイギリス、シンダーとガリレオはお隣のアイルランドのウマ娘だ。

イギリスとアイルランドは国としては別なのだが距離はかなり近く、互いの国のレースに互いの国のウマ娘が出走してくる事は割とよくある事だ。

レースではわりとバチバチにやり合っており、『ウチの国のウマ娘の方が強い!』と良く論争を起こしている。

世代毎にイギリスが勝ったりアイルランドが勝ったりたまにフランスウマ娘に無双されたりしてるが、総合して見ると大体互角である。

ヨーロッパで特に強いとされているのはイギリス、アイルランド、フランスの三ヶ国であり、そこにドイツなどが続いている。

その国で開催されるレースに勝つのはやはりその国のウマ娘達が多いのだが、他所の国に乗り込んで勝てるのが強豪三ヶ国に多いのが事実だ。

 

「今年のイギリスクラシックはアイルランドの年かな。多分シンダーさんとガリレオさんは三大レース狙ってるから、翔ちゃんとは結構被る事になるだろうね!」

「わかった。イギリスのダービーも楽しみだね」

 

 強い相手と走れればだいたい満足の修羅的思考回路もご満悦の相手である。

エプソムダービーも勿論であるが、世代混合となるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、パリ大賞典、凱旋門賞など楽しみなG1レースはまだまだある。

どんなウマ娘と走れるのだろうか。日本のウマ娘と同じように楽しく走れるだろうか。

ディープインパクトの胸はワクワクで一杯であった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 イギリストレセン学園のとある一室。そこで繰り返し繰り返し、何度も何度も映像を見ているウマ娘が居た。

再生される映像に映っているのは、とある鹿毛のウマ娘が出走したレースばかり。

少しでもそのウマ娘の走りを見逃すまいと、目を皿のようにして追っている。

走っている他のウマ娘と基礎能力が違う、技術の蓄積が違う、それでも勝機を見出す為に。

 

「あまり、根を詰めすぎるものじゃない」

「…代理人さん」

 

 部屋に入ってきたのはトレーナーだ。

彼はイギリストレセン学園に勤めていたとあるトレーナーとは友人であり、このイギリストレセン学園に赴任したばかりの新人だった。

その友人は、もう居ない。

 

「…彼女。とても強いわね」

「あぁ。日本から来たディープインパクト。とても強いウマ娘だ」

 

 本来、彼女は居なくなったその友人と、二人三脚で歩んで行く筈だった。

彼が『とんでもないウマ娘を見つけたんだ!彼女は凄い!きっと伝説になる!』とはしゃいでいた様子を、とても良く覚えている。

二人はとても仲が良く、去年の八月にデビューした彼女が見事一着を獲った時、『やったぞ!やっぱり彼女は最高だ!英国三冠、いや欧州三冠だって夢じゃない!』と大喜びしていた。

レースの後の練習中に怪我をして、その当時発表された斬新な論文を試す為にも、療養の為にも、温暖な地方で一時移ろうという時も。

まだイギリスでやるべき仕事が残っていたから、彼女をくれぐれもよろしく頼むと未練たらたらでその友人が頼んでいた時も。

彼女がそんな友人に、心配しないでも、少しすればまた戻ってくると笑って言った時も。

彼と彼女はこれからもそうして歩んで行くのだろうと、ただ純粋に思っていた。

 

 だが、その機会は永遠に失われてしまった。

たとえ戦争が無かろうと、世界が平和であろうと、その『終わり』は全てのものに平等に降り注ぐ。

ほぼ、誰の過失も無い事故であった。

偶然、空を飛んでいた鳥が何らかの事情で死んでしまった事。

その鳥の死骸が、主人と散歩中であった犬の頭に当たってしまい、犬がパニックを起こして車道に飛び出してしまった事。

主人は未だ子供のヒトであり、体重が軽く、リードに引っ張られ車道に引きずられてしまった事。

急ブレーキが間に合う筈が無い距離に、車が通っていた事。

彼が、間に合う場所にいてしまった事。

子供は助かった。彼の命を犠牲にして。

彼女が帰国する、二日前の事だった。

 

 彼女は子供とドライバーの事を許した。運が悪かったのだと、貴方達は無事で良かったのだと。

それでも、涙で腫れぼったくなった目元は隠さずに。

 

 日に日に憔悴していく彼女の事は、正直見ていられなかった。

彼の友人だった者として、力にはなろうとしたが、彼女自身が首を横に振ったのだ。自分のトレーナーは一人だけなのだと。

納得する気持ちも、もどかしい気持ちもあった。

彼女を見出したのは彼だ。彼女を育てたのも彼だ。彼女と夢を目指したのも彼だ。

彼女は本当に素晴らしいウマ娘なのは間違いない。なのに、此処で終わってしまうのかと。

彼と目指した彼女の夢は、此処で途切れてしまうのかと。

 

 年が明け。三月に入り。彼女は病に倒れた。まるで友人を追いかけるように。

病院に駆けつけて、生気の無くなった彼女を見て。とうとう、感情が爆発した。

そうじゃないだろうと。君は凄いウマ娘なのだろうと。彼が夢を賭けた強いウマ娘なんだろうと。

君は走るべきだ。彼が信じたウマ娘は、此処で終わってしまうようなそんなウマ娘だったのかと。

勝手な押し付けだった。誰より一番、辛かったのは彼女の筈だ。それでも我慢ができなかった。

目の前の彼女はきっと、ダービーだって、キングジョージ6世&クイーンエリザベスだって、凱旋門だって勝てるウマ娘なのだ。

友人としての贔屓目だけじゃない、自分だってそう信じる事ができる程の。

 

 果たして、彼女は峠を乗り越えた。彼女のトレーナーは今でも彼のままだ。きっとそれは終生変わらない。

ただ、自分はその代理人としてでもいい、彼女の走りを見たかった。

 

 そして今、彼と彼女の夢であった事を叶える為に、自分と彼女は此処に居る。

険しい道だとは思っていた。だが、壁は予想以上に高く、分厚い。

 

「…困ったものね。何回見ても勝ち目が見えない」

「だが、諦めるつもりも欠片もないだろう?」

 

 ちらりと部屋に置かれた写真立てに目を向ける。そこには彼と、彼女と、自分が写っていた。

もう見る事ができなくなった彼の笑顔と、浮かぶ事の無くなった彼女の笑顔がそこにある。

モティヴェーターよりも、シンダーよりも、ガリレオよりも、きっとディープインパクトよりも。

彼女の勝利への執念は、誰よりも強い。

 

「私は代理人だ。だが、そうだとしても全力を尽くす。君と、彼の勝利の為に」

「…ありがとう。トレーナーさんの次に、感謝してるわ」

 

 彼女の名前は、ラムタラ。

『目で追えぬもの』という名を持つ、未だ一戦一勝のウマ娘。

彼女の二戦目はイギリス、エプソムダービー。

思いを胸に、彼女は走る。



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第三十五話 アメリカ、雷神の胎動/日本、最強との対決

お待たせしました!まぁいろいろ忙しくってちょっと9~10月は毎日更新や隔日更新は無理めかな!
身体は健康なんでそこはご心配なく。
(できれば)週に…1、か2ぐらいですね(更新)


 さて五月である。

チームレグルスとしては、五月からは序盤に5/6にヴァーミリアンのケンタッキーオークス、翌日5/7にカネヒキリのケンタッキーダービー、さらにその翌日5/8に日本でのNHKマイルカップと、連日でのG1開催だ。

というよりも、5月から10月までは国内外でのG1レースが目白押しである。

今までよりもさらにあきがあっちこっちに飛び回る事となる。

あきがこの日程に全て出るのは、超音速旅客機による音速輸送があるからこそ可能なゴリ押しである。

頻繁な長距離移動に対し異様な頑健さを持っているという事も大きい。

 

 アメリカ遠征組や日本でティアラ路線ルートを走る組はあきがつきっきりでいられない事もままある為、カネヒキリを除いてはレース日程については常識的である。

ディープインパクトの異次元ローテで目の錯覚が起きているが、カネヒキリも四月から八月までの四ヶ月間で、G1レースに七つ出るという中々に狂ったローテーションをしている。

これはカネヒキリ自身が希望したレースローテーションであるが、あきはこれを素通ししている。

『ダートならばディープインパクト相手に四割で勝てる』と認めさせたその強さは、決して身内贔屓でも弟子可愛さでも何でもない。

純然たる事実だ。

 

『カネヒキリが走る!後続と差を広げて走る!止まらない誰も止められない!(英語)』

 

 踏み出したその跡に雷が落ちるかのように、まるで紫電を纏う雷神の如く。

カネヒキリは止まらない、競り合わない。

そもそもの想定相手が違うのだ。

あぁ、確かに偉大だろう、強いのだろう、速いのだろう、だがしかし。

 

『後続を遥か後方引き離して!日本から来たサムライが一着でゴォール!前日のオークスと合わせてケンタッキーは日本のウマ娘が両方制覇だ!(英語)』

 

 過去のその記録を、五十年以上かけて破れないというのなら、そもそも勝負にならない。

ヴァーミリアンが、カネヒキリが相手をするウマ娘とはそういう次元だ。

少しでも強く、僅かでも速く、誰よりも、何よりも。

キングカメハメハが、あのダービーで見せたように。

過去の記録を、そんなものなど知るかと引き千切って走らなければ相手にならない。

速いから?強いから?規格外だから?だがそれは『今』ではない。踏み越えない理由にはならない。

 

『タイムは…1分59秒1ぃ!あの!セクレタリアトのレースレコードを0.3秒更新!ケンタッキーダービーのレースレコードが!50年以上の時を経て!更新されました!(英語)』

 

 出ていたウマ娘は、決して弱いウマ娘は居ない。

アメリカ三冠だって十分狙える素質と才能、強さを持ったウマ娘だって居る。

しかし、勝とうという気持ちと気概は見えても、レコードを超えてやるとまでは見えなかった。

ゴールした後、荒い息を吐くそのウマ娘――アフリートアレックスを見る。

彼女にとって、否、全アメリカのウマ娘にとって、目標であり、憧れであっても。

 

「――アフリートアレックス。宣言する」

「ハッ、ハァッ、何を…」

「次も。その次も。私はレコードで勝つ」

「!!」

 

 それを踏み越えて勝つくらいの気持ちで走らなければ、レグルスには勝てない。

絶対の憧れであろうとも。負けてなどやるものかと、勝つのは己だと吼えるくらいが丁度良い。

 

「覚悟して来るといい。私は『憧れ』に勝つ」

「上ッ、等!負けない…負けないわよ!『彼女』を、超えるのは!私達…いえ!私よ!!」

 

 瞳の奥にさらなる闘志が燃え盛る。

此処まで言われて燃えないアメリカウマ娘など、居るわけが無い。

確かに彼女は偉大だった、彼女はこの国の憧れだった、五十年以上超える事のできない壁だった。

だけど、だからこそ、この国のウマ娘こそが彼女を超えなければならないのだ。

 

「楽しみにしている」

「見てなさい…!次は勝つ…!」

 

 赤熱する闘志を受けながら、雷神は微笑む。

ディープインパクト程の修羅ではないが、レグルスのメンバーは強い相手とレースする事を好む。

いずれ訪れるライバルとの激戦に、カネヒキリは胸を躍らせるのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 5/8、日本、東京レース場。

先月の桜花賞と同じく、会場は異様な熱気に包まれていた。

此処まで無敗同士のチームメイトが此処でも対決するからだ。

同チーム対決ではまず一勝目をあげ、その対決したレースでワールドレコードを出した桜花賞ウマ娘、ラインクラフト。

日英欧州三冠を掲げ、皐月賞とイギリス2000ギニーで勝利し、走るレースではレコード更新をし続けるディープインパクト。

 

 勿論二人以外にも注目ウマ娘は多数居る。

皐月賞では二着に入ったサクラスターオー。

ホープフルステークスから熱戦を繰り広げているサッカーボーイ。

カブラヤオーに続く、チームスピカのもう一人のウマ娘、ジャスタウェイ。

桜花賞に出走したウマ娘もかなり出走しており、桜花賞では熾烈な争いを見せた三着のテイタニヤ、続く四着デアリングハート。

粘りを見せギリギリの戦いで掲示板に入った五着エアメサイア、惜しくも着外に敗れるも差はクビにまで迫ったダンスパートナーとテイエムオーシャン。

弥生賞ではマイルならばかなり強いとあきに断言されたリボンロック、ギターリズム。

 

 あきのトレーニング法が広まった事により、より短い期間でのG1レース出走も無謀とは言えない、現実的なものとして徐々に広まっている。

流石に距離適性や地形適性まで常識をブッ千切るものはそう簡単には現れないだろうが、未来ではいずれ、二週間毎にレースに出走しても普通となる時代が来るのかもしれない。

 

 あきは今回、それぞれの控室に顔を出して事前のチェックをした後、速やかに観客席へと移動した。

桜花賞の時も同じである。

チームメンバー二人が出走する以上、どちらにも平等にする。

二人が過度な助言を望んでいないのもあるし、どちらにも勝って欲しいという思いもある。

しかし桜花賞でもそうであったように、勝つのはただ一人だけだ。

競技としてウマ娘達が走る以上、一着とそれ以外の間には、絶対的な断絶がある。

それでも、彼女達は走る事を止めはしないのだ。其処にこそ、己の魂があると、どうしようもない程に熱く。

己の全てを賭けて、正々堂々と心を燃焼させながら走るのだ。

あきはそんな彼女達の姿がとても尊いと思う。

彼女達が走り、踊るその姿にのめり込んだのは前世からのオタク気質もあるだろうが、其処に尊さと美しさを見出したからこそだ。

 

 彼女達は、今日も夢に向かい走る。

あきはその姿を何よりも応援すべく、気合を入れてハチマキを巻いた。

 

 なお、応援グッズにまた新バージョン(ディープインパクトとラインクラフト半々)が出てきたのを見た周囲は、もしチームで三人以上同じレースに出てきたらどうするのかという疑問を抱いていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 東京レース場、芝1600m、世代のマイル王者決定戦、NHKマイルカップ。

 

1枠1番サッカーボーイ。3番人気。

1枠2番ラインクラフト。2番人気。

2枠3番ダンスパートナー。7番人気。

2枠4番ギターリズム。12番人気。

3枠5番テイタニヤ。5番人気。

3枠6番ディープインパクト。1番人気。

4枠7番ジャスタウェイ。8番人気。

4枠8番リボンロック。11番人気。

5枠9番テイエムオーシャン。9番人気。

5枠10番デアリングハート。10番人気。

6枠11番サクラスターオー。4番人気。

6枠12番ペールギュント。14番人気。

7枠13番リボンメタル。15番人気。

7枠14番ポロポロ。13番人気。

8枠15番エアメサイア。6番人気。

8枠16番マンボステップ。16番人気。

 

 出走人数は16人、しかし栄光を掴むのはただ一人。

誰しもが勝利を夢見て走る1600m、いざ開幕。



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第三十六話 深く、遠く

三か月以上待たせてしまったな!
ちょっと早めのクリスマスプレゼントと、生存報告も兼ねて投下じゃよ!
まぁ、なんだ、仕事やスランプもあったけど巨大戦艦に乗っておっぱい艦長と世界征服に乗り出したりナホビノになったり人類最後の司令官になったりいろいろあってね…
そんな時に限って他のネタもムクムク湧いたりするんだ…
誰かウマ娘が人間に近い事を利用して、トゥインクルシリーズの時にガチつよつよでレースで無双してライブでキラキラしてた娘が、アラサー(30オーバー)になってもドリームシリーズで現役で若い時のイメージで未だフリッフリの衣装着せられてドリームシリーズに上がって来たばかりのカイチョーとかに若い時の走りはできないけど年季の違いを見せつけながらギリッギリ勝利してライブでセンター獲って『流石○○さん…』とか言われるんだけど本人は『いやこのトシになってこの衣装キッツ…』とか『トレーナァ!そこの!そこの湿布取って!腰が!』とか『なぁトレーナー同期から出産しましたってハガキ来たんだけどさーなートレーナー(圧力)』とかやってる小説誰か書いてくーださい!(早口)
どうか気長に待ってておくれ(脱兎)


 周囲の騒めき。他のウマ娘の息遣い。

それらを感じ取りながら、ラインクラフトは深く、深く集中していた。

自分が世界レコードを出した桜花賞、そのタイムは1分30秒3。

対し、ほぼ同距離、ディープインパクトがイギリス2000ギニーで出したタイムは1分31秒1。

これはラインクラフトの方が速いという証明になるか?

 

 否である。

イギリス2000ギニーの距離は約1609m。桜花賞の1600mと比べて9m、そう、約三バ身半、つまりほぼ0.6秒分長い。

これを差し引いて、1分30秒5。

まだラインクラフトのタイムの方が早い、これなら勝てるか。

 

 そんなわけがない。

此処からさらに見るべきは芝の違いだ。日本の芝ではない、重い洋芝でこのタイム。

たしかに彼女はトレーナーからどんな地形でも走れるようにとトレーニングを受けている。

だが芝による速度の出しやすさというのは確かにあるのだ。

最低でも此処から0.5秒。最速で1秒縮めるものと想定する。

するとほら、1分29秒5~1分30秒ジャスト、桜花賞のタイムを凌駕してくる。

ディープインパクトと走る場合、レコードタイムで走った事があるなんてことは勝利を保証しないのだ。

 

 ぴりぴりとしたプレッシャーがゲートイン前から周囲を包んでいる。

きっと楽しみで仕方がないのだろう。

あの天然お嬢様系修羅は、強いウマ娘が多ければ多い程、強ければ強い程、プレッシャーを叩きつけてくるようになる。

調子はレースに出る以上絶好調以外無いので、これ以上に上がる事が無いのだけは救いなのだろうか。

練習ではない、併走ではない、本番での、勝利を狙う走り。

それを見せてくるのが、楽しみで仕方ないのだろうと手に取るように解る。

あぁ、けれど、だけども、それでも。

誰よりも、何よりも、彼女と戦いたかったのは、こちらの方だ。

 

 ディープインパクトが強い事なんてこのレースに出ている誰よりも知っている。

ずっと見てきた。ずっと見上げてきた。ずっと見つめてきた。

勝算が薄い事だって何よりも解っている。

共に歩んできた。共に走ってきた。共に鍛えてきた。

 

 だからこそ挑むのだ。全身全霊をかけて。

 

 だからこそ勝つのだ。全速前進に駆けて。

 

 ラインクラフトは深く、深く息を吸い込んだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『ここで人気を見てみましょう、三番人気は――』

 

 実況の声がレース場に響く。観客の騒めきが選手を包む。

しかし、ディープインパクトの耳には入ってこなかった。

彼女はただ、これから始まるレースに集中している。

耳に入るのは、これから走るウマ娘達の息遣い、鼓動、芝を踏む音。

全て、走る為に、勝つ為にこのG1レースの舞台に上がってきたウマ娘達。

そして、何より彼女達の闘志を集めているのは、己なのだと。

出しているタイムではラインクラフトの方が速いにも関わらず、しかし誰よりも闘争心を向けられているのはディープインパクトだ。

ラインクラフトが舐められているわけではない。ラインクラフトが劣ると思われているわけでもない。

 

 ただ、レースを走るウマ娘がディープインパクトと相対する時。どうあっても、引き込まれるのだ。

走りたいと、闘いたいと、勝ちたいと。

その身に宿る全力で、このウマ娘に勝ちたいと。

あるいはそれは、ウマ娘の完成形を見たからこその闘争心かもしれない。

あるいはそれは、どこまでもストイックに強さを求める、その姿に目を捕らわれたのかもしれない。

理由は十人十色、千差万別だろう。

今までそうならなかった例外は、ただ一人だけである。

 

 己に向けられる闘争心に、ディープインパクトは笑みを零す。

何度負けていようと、それでも勝ちを諦めない意志も。

単純に身体性能や技量が劣っていても、それでも諦めるかは別だという思いも。

近くに居たからこそ解っている壁を、砕いて乗り越えようとする決意も。

嬉しくなってしまうし、親近感も抱いてしまう。

それは、いつだって己が持っているそれと同じだからだ。

 

 そして、『魂』が求めている。

妥協を求めない、最後まで勝ちを貪欲に狙う相手と走る事を。

そんな相手と全力で競い合って、その上で勝利する事を。

 

 強い相手と競い合いたい負けず嫌い。

大なり小なりウマ娘はそんな面があるが、ディープインパクトは己が特にそうなのだと自覚していた。

それでいいと思っているし、それを変えようとは思っていない。

むしろ、もっと研ぎ澄まさなければならない。

目指す頂きは、まだ遠いのだから。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁいよいよ始まります、世代のマイル王者決定戦、果たしてマイルチャンピオンの栄冠を戴くのは誰なのか』

 

          ガタン!

 

『今!スタートしました!一番人気ディープインパクト抜群のスタートでハナを取りました後に続くはサッカーボーイサクラスターオーテイエムオーシャンこの3人』

『間はそんなに離れていないペールギュントデアリングハートリボンメタルジャスタウェイが位置取りを争っていますその後方テイタニヤダンスパートナーリボンロックが前方集団を伺います』

『二バ身離れて外側マンボステップ内ポロポロさらに内ギターリズムエアメサイア後方で足を溜めるか二番人気ラインクラフトは最後方から!』

 

 レースを走る、ティアラ路線のウマ娘達の心は僅かに揺らめいた。

ラインクラフトがこのレースで選んだ位置は最後方、今まで彼女は追込みの走りなど見せた事は無い。無論、走れないなどとは思っていない。

ラインクラフト、というよりチームレグルスに所属する全てのウマ娘に当て嵌まるが、彼女達に『好みの走り方』は存在しても『不得意な走り方』など存在しない。

だが、このレースで、ディープインパクトと走る今此処で、今まで見せた事が無い走り方をするからには、何か意味が有る筈だ。

少なくとも、ラインクラフトにはその走りでディープインパクトに勝つ算段がある。

――何処だ、何処で仕掛ける。

無論、前のディープインパクトを追い抜く事を忘れるわけではない。

しかし、最後方のラインクラフトがどのような仕掛けで勝ちを狙うのか。

ディープインパクトとラインクラフトに挟まれたウマ娘達は、じりじりとしたプレッシャーを感じていた。

ただ、一人を除いて。

 

『今ディープインパクト先頭で200mを通過ここでなんとサクラスターオーペースを上げてディープインパクトに喰らいつく!』

 

 後ろを走るラインクラフトも他のウマ娘も知った事かと駆け出したのはサクラスターオー、彼女の脳内はただ一つの事柄に埋め尽くされていた。

それ即ち――

 

「(バクシン!驀進!ばくしん!Bakusin!)」

 

 ただひたすらに進む事。

眼はコースの状態を捉えるだけでいい。耳は相手との距離を測るだけでいい。肌は風を切り速度を感じるだけでいい。

他、全て不要である。

スプリントにおいて無類の強さを誇った一族の先達に比べれば、恐らくトップスピードにおいては敵わないかもしれない。

しかし、己には中距離を問題無く走れるスタミナが備わっている。アベレージで競り勝つ自信がある。

即ち、マイルは射程圏内!

 

「(驀進こそが勝利への道!驀進こそが私の走る道!しかし!それでも!)」

 

 ペースを上げた。じわりじわりと後続への差は広がっている。それでも、それでも。

 

「(あなたとの差が、縮まらない!それでこそ!私が認めた驀進です!)」

 

 前方で風になびく、黒鹿毛の髪との差は、思う程に縮まらない。

近づいてるかもしれないが、それはひどくゆっくりだ。

下手をすれば、近づくどころか離されそうだ。

つまり、彼女もペースを上げているという事。そして、ディープインパクトであるならばかかっているという事は有り得ない。

皐月賞で見せた大逃げの走り、それはまだ誰しもの脳裏に焼き付いている。

 

「(クソが!基礎力の差で真っ当に圧し潰しに来てやがる!ならもうちょっと雑に走りやがれ!)」

 

 サッカーボーイが内心で舌打ちする、基礎能力でディープインパクトが極めて高いのは周知の事実だ。

その上で駆け引きの能力も、レースの組み立て方も抜群に高い。

雑に走るだけでもG1を獲れるような肉体に、緻密に走ればG1を征するような頭脳を載せた悪夢みたいなウマ娘だ。

証拠にサクラスターオーに追われてるというのに、後続のサッカーボーイにとって絶妙に追い抜きにくいコースで走っている。

要するに、ディープインパクトは『後続が無理にスパートをかけて来て追い抜こうとしても、よりスタミナを浪費させる』位置取りを把握している。

どんな手段か解らないが、後続が『視えて』いるか『聞こえて』いる。

まるで己を抜きたいなら、限界まで全力を尽くして、その上でその限界を打破してみろと言わんばかりに。

ウマ娘として、相手の全力を出させながら、その上で勝つそのスタイル。

 

「気に入らねぇなあぁぁぁぁ!!」

 

 轟々と心に炎が燃え盛る。上から見下ろしてるんじゃないと腹の奥底から感情が湧いてくる。

だというのに傲慢に見下すのではなく、押し付けられる溢れんばかりの期待に心底腹が立つ。

その真っ直ぐすぎる瞳から眼を逸らす事を、己自身が許さない。

ペースを上げる、展開組み立てなどもう投げ捨てる。

大体にして今回のレースでクレバーに走るというのは土台無理だ。

あのディープインパクトが大逃げを決めた時点で、あのラインクラフトが追込みを選んだ時点で、己が考えた作戦や戦略なんてものは消し飛んだ。

そんなものに費やす余力があれば、全てただ走る事に消費しろと己の『勘』が叫ぶ。

仕掛け所など、おそらくこのレース、1600mには関係が無い。

何故ならば―――

 

 

――――――――――――――――

 

 

「! あの走り方…」

 

 観客席にて、二人の教え子を応援していたあきは先頭を走るディープインパクトを見て目を見張る。

スタートの仕方、走るスピード、加速の仕方、走るフォーム。

比べるべくも無く、全く違うものだが、確かにそれは。

 

「凄いよ、翔ちゃん!やっぱり君は、『最高』だぁー!」

 

 200mまでで一般のウマ娘のトップスピードまで持っていき。

400mには最後の最後、200mをスパートする力を残してフルスピードで走る。

走り方やフォームなんて実際に見る事なんてできなかった筈なのに。

それでも確かに、その走り方は――

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(あの時の、ししょーの走り方)」

 

 最後尾。ラインクラフトは静かに力を溜めながら、先頭で風を切るディープインパクトを見る。

無論、あきほどの――それでも十分以上に速いが――速度は出ていない。

だが彼女は今できる『一番速い走り方』をぶつけてきたのだ。

本気で。全力で。私と、私達と競い合う為に。

それだけは、解る。

だからこそ、勝ちたい。だからこそ、勝つ。

静かに、静かに、力を溜める。

解放の時は、未だ先だと。

 



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番外編:NHKマイルカップ前、深夜のとある掲示板

ちょっと早めのクリスマスプレゼント?
うふふ…クリスマスプレゼントは、クリスマスの朝に見つけるものだろう?


 

チーム・レグルスについて語るスレPart89

 

1:ウマ娘ファンの名無し ID:dtqOdXL+z

突如として現れた超新星チームレグルスについて語るスレです。

レグルスについての話題なら何でもOK!

ただしアンチは別の専用スレへ

 

前スレ:ttp://umamusume.daisuki.com/test/read.cgi/team/XXXXXXXXXXXXX

 

2:ウマ娘ファンの名無し ID:qQvS1ycSN

建て乙

 

3:ウマ娘ファンの名無し ID:x8VjXSndq

>>3get

建て乙

 

4:ウマ娘ファンの名無し ID:w+m8eRI0S

しかし弥生賞に続き皐月賞もぶっちぎり、イギリス2000ギニーでも圧勝とかディープインパクトちゃんほんま強すぎワロエナイ

 

5:ウマ娘ファンの名無し ID:YsoMC+wcw

出るレース出るレース何かしらのレコードブチ破ってるとかもうね。

 

6:ウマ娘ファンの名無し ID:GWk1SMrKU

今の所2000m以下しか走ってないけどこれルドルフ以来の無敗三冠いけんの?

 

7:ウマ娘ファンの名無し ID:6EFtvwZzM

>>6

普通なら多分いける、普通なら、普通ならな。

 

8:ウマ娘ファンの名無し ID:ilb/Zkabz

大事な事なんで3回言ったんですねわかります。今発表されてるディープインパクトのレースローテぇ……

 

9:ウマ娘ファンの名無し ID:eT0+gyKyh

『日本クラシック三冠狙います!』→うん、理解るわ。

『ていうかマツクニローテ(ルナティック)走ります!』えっ!?

『付け加えて英国三冠も狙います!!』→ホワッ!!??

『ていうか欧州三冠も狙います!!!あとちょこちょこ外国G1獲ります!!!!』→!!!!!????????

『〆は秋古バ三冠で!!!!!』→お前は…何を…言っているんだ…!!!???

 

10:ウマ娘ファンの名無し ID:kKCExlrEQ

グランドスラムっていうかグランドクロスっていうかホント何考えてこのローテ作ったんだろうねマジで。

 

11:ウマ娘ファンの名無し ID:Mw9DsjQ4g

発表された時のトレーナーちゃんの微妙にやさぐれた目と横でキラッキラした目をしてたディープインパクトの姿が今でも思い起こされる。

 

12:ウマ娘ファンの名無し ID:FtlSzGh5m

『全て本人の希望です』って言った時凄い満足そうに頷いてたもんな……

いやそもそもそんな希望通すなって話になるが……

 

13:ウマ娘ファンの名無し ID:6W9qV7tTE

ロマン(だけは)一杯だルルォ!?

 

14:ウマ娘ファンの名無し ID:Sgcz6+YYr

(普通はそんなレースローテ脚が)壊れちゃ^~う!

 

15:ウマ娘ファンの名無し ID:qJ/4XAgpc

(応援する為のチケット取るの)いやー、キツイっす

 

16:ウマ娘ファンの名無し ID:baOf13//F

こう…応援パックとか作ってくれていいのよ?>旅行代理店さん

 

17:ウマ娘ファンの名無し ID:HlCk51H3A

旅行代理店『そんな急に言われても無理に決まってるだルルォ!何往復すると思ってんだ!』

 

18:ウマ娘ファンの名無し ID:sZZGJ0GLk

>>17

ガチでこれなんだよなぁ…いや幾らレースの為でもそんな頻繁に海外には…

 

19:ウマ娘ファンの名無し ID:sgtOQgauE

カネヒキリ&ヴァーミリアン『その点我らはアメリカだけだから安心だな!』

 

20:ウマ娘ファンの名無し ID:f0RJOBoNj

>>19

ダート後進国の出なのになーんで普通にダート本場のアメリカで勝ってんですかねぇ……

 

21:ウマ娘ファンの名無し ID:MLIe7vaEa

中一週間しかも移動距離が超長いっていうのに普通に勝ってんだけどホント意味解らん。

ディープインパクトが名前通りインパクトで印象かっさらってったけど、カネヒキリ達も十分おかしいんだよなぁ…

 

22:ウマ娘ファンの名無し ID:bAokpwkrW

まとも枠と信じていたシーザリオちゃんとラインクラフトちゃんもやっぱりレグルスだったって桜花賞で証明されちまったしなぁ!

 

23:ウマ娘ファンの名無し ID:E9NuzUTdb

あのチームはなんかしらレコード獲ってないと気が済まないの?

 

24:ウマ娘ファンの名無し ID:N583N9hrh

ディープインパクトはなんでも『つい嬉しくなったから』でレコード更新してるらしいゾ。

インタビューで言ってた。

 

25:ウマ娘ファンの名無し ID:CTWYZ+lh3

『皆強くて速いウマ娘(ガチ)』って言ってるけどそれに大差つけて勝ってる君は何なの?

なんなんなの???

 

26:ウマ娘ファンの名無し ID:EB7TrKzR/

いやタイム見れば解るけどホントこの世代強いからなマジで。

世代ちょっとズラせばダービーウマ娘かもしかすると三冠ウマ娘続出くらいあるからな。

 

27:ウマ娘ファンの名無し ID:CalFDtHtv

なおディープインパクト。

 

28:ウマ娘ファンの名無し ID:InHwMtNPD

困った…ちょっと勝てない……

 

29:ウマ娘ファンの名無し ID:PF+3af/13

『スピードとフィジカルで勝負!』→相手の方が圧倒的に格上です\(^o^)/

『じゃあ壁を作って抜かせないようにしてやんよ!』→ゴールのスゲー手前で最大外からブッ飛ばして勝ちます/(^o^)\

『足を溜めて…足を溜めて差す…!』→他の逃げウマ娘使って壁作りました。前走の意趣返しでしょうかorz

映像で見るとコーナリングもすげー綺麗だしどうやれば勝てるの????

 

30:ウマ娘ファンの名無し ID:CILt61S+D

簡単だ、ディープインパクトより速くて強ければいい、シンプルイズベスト!

 

31:ウマ娘ファンの名無し ID:uu/pFkB0a

どこにいんだよぉ!そんなウマ娘がよぉ!

 

32:ウマ娘ファンの名無し ID:jAeqnKKkN

お、同じチームのレグルスならワンチャン……

 

33:ウマ娘ファンの名無し ID:khjt3HTKC

ディープインパクト→レコード走ってまだ余力有りそう

シーザリオ・ラインクラフト→レコード走ってわりとキツそう

カネヒキリ・ヴァーミリアン→そもそも路線が違う

クォレは駄目そうですね……

 

34:ウマ娘ファンの名無し ID:Hn07VrHr9

なんでや!レースに絶対は無いやろ!

ワイはラインクラフトちゃんを信じるで!

桜花賞で見せたあの二人の激走は信じるに足るものやった!

 

35:ウマ娘ファンの名無し ID:YfqT9IC1Q

たしかにあの走りは心が熱くなったわ。

順位確定した後にシーザリオちゃんがラインクラフトちゃんのほっぺぐにぐにしてたのは別の意味で心が熱くなったわ。

 

36:ウマ娘ファンの名無し ID:jREQf3C2r

おまわりさんこいつです

 

37:ウマ娘ファンの名無し ID:X+5xfjUmu

さておまいらそろそろカネヒキリちゃんのケンタッキーダービーのお時間ですよ。

 

38:ウマ娘ファンの名無し ID:hKZIk9gl9

夜食食ってる場合じゃねぇ!

 

39:ウマ娘ファンの名無し ID:dm3jtgTkr

仕事してる場合じゃねぇ!

 

40:ウマ娘ファンの名無し ID:5xb6RvJ/q

寝てる場合じゃねぇ!

 

41:ウマ娘ファンの名無し ID:mqiTnJ0D1

死んでる場合じゃねぇ!

 

42:ウマ娘ファンの名無し ID:TEYhkBAzJ

>>41ニキは成仏してもろて…

 

43:ウマ娘ファンの名無し ID:10YaI1pWZ

トレーナーちゃんやっぱ今日もいるwwww

 

44:ウマ娘ファンの名無し ID:nKXTtZiwo

あのトレーナーいっつも会場いるなぁ(呆)

 

45:ウマ娘ファンの名無し ID:tIz6V3aA+

会場に居ないトレーナーって逆に駄目では?

 

46:ウマ娘ファンの名無し ID:yGjZK4huI

移動距離と時間を考えると居る方がおかしいんだよなぁこれがなぁ

 

47:ウマ娘ファンの名無し ID:1JXQ8wUm0

で、カネヒキリちゃんはどうなん?

 

48:ウマ娘ファンの名無し ID:4jID72dNv

映像で見る限りは調子良さそうに見えるな。

っていうかレグルスのウマ娘ってレースで不調そうなのは見た事ない。

 

49:ウマ娘ファンの名無し ID:eYadnRG3G

あれってトレーナーちゃんどうやってるんだろうな。

サブトレちゃんがいるとは聞いてるがそれでも全員コンディション好調に保つとかわりとあたおか案件ですよ。

 

50:ウマ娘ファンの名無し ID:pVyckjcX9

というか最近出回ってる故障回避トレーニングも出所レグルスのトレーナーちゃんだろ?

ウマ娘なのになんでトレーナーやってるのかすげー謎だが。

 

51:ウマ娘ファンの名無し ID:Te2QN/eiJ

あれ色んな説出てたよな。

 

52:ウマ娘ファンの名無し ID:pWzQ1c79J

実はレースに出れない程の故障があるんだよ説、あれはつけ耳つけ尻尾で実は人間なんだよ説、アグネスデジタルを超える逸材説、まだなんかあったっけ?

 

53:ウマ娘ファンの名無し ID:+eisz8SsM

異星人説とか突然変異説とか諸説は沢山ある。

本人は『走るのは好きだけどレースは特に出たいと思わない』とかコメントしてるけどそれも何処まで本当なのか…

 

54:ウマ娘ファンの名無し ID:HEbEDBsXk

おっとそろそろ始まるぞ。頑張れ!

 

55:ウマ娘ファンの名無し ID:YF2TA3mHy

カネヒキリがんばえー!

 

56:ウマ娘ファンの名無し ID:nwM732tg8

位置は後ろ、追込みか!

 

57:ウマ娘ファンの名無し ID:/H0ClGjyn

アメリカのウマ娘からすっげー睨まれてるのにすげー平静な顔してる。

 

58:ウマ娘ファンの名無し ID:qDiPDrbQC

そりゃあダート後進国からダート本場にやってきて勝ちを重ねてるんだもの対抗心バリッバリすわ。

 

59:ウマ娘ファンの名無し ID:0IYXunXwz

400過ぎたなまだ最後尾、仕掛けるの何処だ?

 

60:ウマ娘ファンの名無し ID:TuLisZ5k6

ディープインパクトは残り1000からとかおかしい位置から仕掛けてたけど流石にカネヒキリは無いやろ…無いよな?

 

61:ウマ娘ファンの名無し ID:V9Cb9jVuf

眉唾情報やけど『ディープインパクトに一番勝ち目があるのがカネヒキリ』らしいで。

ディープインパクト走ってるの芝なのになんでダートウマ娘が引き合いに出るんやろな???

 

62:ウマ娘ファンの名無し ID:RvTU0Y0Y6

800過ぎたまだ溜めるぅ!向こうの本命アフリートアレックスは先行好位ついてるな。

 

63:ウマ娘ファンの名無し ID:jl0YlMZNu

はぁ!?

 

64:ウマ娘ファンの名無し ID:aPBBHOCNl

おまっ!

 

65:ウマ娘ファンの名無し ID:N4rA+AgRb

残り1000で!?

 

66:ウマ娘ファンの名無し ID:jM3l59Wgl

まさかカネヒキリお前もできるんか!?

 

67:ウマ娘ファンの名無し ID:hE0SjUnMM

超ロングスパートキタ――(゚∀゚)――!!

 

68:ウマ娘ファンの名無し ID:PZ1ByVMX2

おっま!マジか!

 

69:ウマ娘ファンの名無し ID:Bg74OnyH6

やべぇすげぇ勢いで抜いてる!

 

70:ウマ娘ファンの名無し ID:UEviNZiNS

残り600先頭並…ばねぇ!?

 

71:ウマ娘ファンの名無し ID:sf+Izae6N

そのまま行ったぁ!いけるのか!?これいけるのか!?

 

72:ウマ娘ファンの名無し ID:01T/4kTwP

アフリートアレックススパートかけた!でもほとんど縮まらねぇ!

 

73:ウマ娘ファンの名無し ID:SbO92gKni

やべぇぞ!やべぇぞ!

 

74:ウマ娘ファンの名無し ID:qbTszGO/x

行けっ!行けぇえぇぇぇ!!!!

 

75:ウマ娘ファンの名無し ID:I6L7L0YJc

残り200!後続追い上げ届かない!

 

76:ウマ娘ファンの名無し ID:7ywyLU7ZQ

カネヒキリ!カネヒキリ!

 

77:ウマ娘ファンの名無し ID:mY1eRCfRO

勝ったああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

 

78:ウマ娘ファンの名無し ID:7SwF5Ajba

うおおおおぉぉおおおぉぉぉぉおぉおおおお!

 

79:ウマ娘ファンの名無し ID:WMbVhLtNf

レコード!?レースレコード!?え、ケンタッキーダービーレースレコードってそれお前!

 

80:ウマ娘ファンの名無し ID:fplcmBHxC

セクレタリアト越えたあぁぁああぁ!?

 

81:ウマ娘ファンの名無し ID:QVwyfsKVr

マジかあぁああああぁぁ!!

 

82:ウマ娘ファンの名無し ID:HBh6uupCr

すげえぇええぇぇ!!

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

900:ウマ娘ファンの名無し ID:TxDllw2B4

いやぁ絶叫でスレ埋まるかと思ったわ。

 

901:ウマ娘ファンの名無し ID:QvzprV5S0

しゃーないそれだけの事はやった、してくれた、マジで凄いもん。

 

902:ウマ娘ファンの名無し ID:CTBPvP0bV

やっぱり次はアレか、あの伝説のタイム塗り替えが目標?

 

903:ウマ娘ファンの名無し ID:xbr1vhZ47

まっさかぁ!…とは言えないんだよなぁ。レグルスだから。

 

904:ウマ娘ファンの名無し ID:GL3NP8+lt

レグルスだからねぇ…

ともあれ、今日のNHKマイルカップが楽しみだな!

 

 




ということでちょこちょこ要望があった気がしないでもない掲示板回。
ファン目線からもレグルスがやべー奴らだと思われてるのでしたとさ。


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第三十七話 背中

待たせたな!
まぁ、あれだよ!あれあれ!いろいろあったんだ!
うん、モチベって一回切れると復調まで大分時間がかかる病という突発性の不治の病がね…
そうこうしてる間にトプロさん実装ですよ。いや今まで何で実装してなかったんだってウマ娘でしたがまぁそれでもね。
こうなるとボリクリとかスターオーさんとかも危険域…?
カブちゃんとかキズナとかはまだセーフラインとは思うが…これもうわかんねぇな!
あ、最後にアンケートあります。


 

『さぁ600mを過ぎました未だ先頭はディープインパクト二番手サクラスターオーにサッカーボーイが続きます』

『おっとジャスタウェイとテイタニヤダンスパートナーがじわじわ差を詰めて来ました中団には塊が出来てきたこれは後方集団の前に壁ができるか』

『マンボステップギターリズム抜け出しましてポロポロエアメサイアまだ後方で足を溜めます二番人気ラインクラフト未だ最後尾動きません今先頭が800mを通過!』

 

 レースも半分が過ぎ、未だ先頭を走るのは本命、一番人気のディープインパクト。彼女の速度は400mを越えてからずっと、1Fを11秒を切り、10秒後半で駆け抜けている。

それはG1に出るようなウマ娘ならば最後の直線のラストスパート並であり、それを1000m以上続けようとしているディープインパクトの能力は図抜けている。

ラインクラフトの、レースの事前予想は実に正しかった。

間違いなくディープインパクトは1分30秒を切り、1分29秒台でこのレースを走破する。

サクラスターオーもサッカーボーイも、必死で喰らいつこうとするが、その差は縮まるどころか、少しずつ、確実に広がっていく。

如何に才能が有り、どれ程努力を積み上げてきたウマ娘といえど、11秒を切るスパートを1000m以上続けられる者は余りにも少ない。

それを続けられる能力が有れば、圧倒的な大差をつけてゴールするのはディープインパクト自身が何度も証明している。

そうだというのに、ディープインパクトには油断は無い。慢心も無い。

一切の手加減も無く、一切の手抜かりも無く、このレースで一着を獲る。

そうするつもりだし、それができると心からディープインパクトは思っていた。

サクラスターオーとサッカーボーイは良く付いてきているが、このペースでは1200mまでが限界。

まだこの二人は1Fを10秒台で走り、それを1000メートル続けられるには能力が足りていない。

後続テイタニヤやダンスパートナーなどのティアラ路線組も、最終直線入ってからのスパートでは遅すぎる。

ラインクラフトも現時点で凡そ3秒ほどの差が有り、これを埋めるのは桜花賞で見たスパートでも難しい筈だ。

手加減は無く。手抜かりも無く。ディープインパクトは勝つつもりだった。

800mを過ぎた時も。

900mを駆け抜けた時も。

1000mを踏み越えようとした時も。

 

  ぞ く り 。

 

 果たして、それは何だったのか。

1000mの標識を越えた瞬間に、ディープインパクトの全身に走ったそれは。

ディープインパクトに油断は無かった。全てのレースにおいて、どのようなウマ娘相手にでも。

ディープインパクトに慢心も無かった。どのような勝負において、全ての相手に対してでも。

しかし。トゥインクルシリーズを走るようになった彼女が、今まで勝負において感じる事が無かったものがある。

ディープインパクトは今まで大差をつけてゴールしてきたか、彼女が追いかける絶対に大差をつけられてゴールされたことしかない。

前者では感じる事ができず。後者ではそもそも解り切った結果だった故に。

だからこそ、今まで感じ取る事ができなかった『それ』。

 

 

自分が、負けるかもしれないという、『危機感』だ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 幼い時から、ずっとその背中を見続けてきた。

名門の、本家のお嬢様に、一族の中でも近い年のウマ娘を幼友達としてつけようなんて珍しくもない話で。

ちょっと言葉を飾ったくらいの親戚付き合いと思えば、それはだいたい合っていた。

変わったのは、小学校に入ったか入らないくらいかの時に、彼女が一人のウマ娘を連れてきた事。

その人は、ディープインパクトのみならず、ラインクラフト達4人も巻き込んで多くの変化を齎した。

精魂尽き果てるまで鍛えて、走って。

子供の頃では想像もできなかったような速さになった今でも。

まだ、ラインクラフトは、その背中を見ていた。

 

 彼女が。ディープインパクトが強いのは他の誰より自分達が知っている。

いつも間近で見てきた。

いつも間近で走って来た。

一緒に歩み、共に成長してきた。

師匠、あきが彼女に向けた期待と親愛も。

決してレースに出ようとしない師匠に向けた、彼女の狂おしいほどの熱も。

その為にどれだけ修練を積んだかも、どれ程の貪欲さで強さを求めているのかも。

それを一番近くで見てきたのは自分達だ。

だからこそ。だからこそ。

その純粋さが何よりも腹が立つ。

『たった一人』に向けられたその視線が、その心が。

何より、己の魂が叫ぶのだ。

 

『何処を見ている、お前の敵は此処に居る』、と。

 

 息を吸う。深く、深く、息を吸う。

1000mを過ぎた瞬間、ディープインパクトの気配が変わった。いや、おそらく漸く気づいた。

それでいい、そうでなければ勝つ甲斐が無い。

そもそも1F毎のアベレージではディープインパクトに勝てるウマ娘などそうそう居ない。

己の武器はそこではない。求めたのは、たった600mで彼女を凌駕する事。

その為に、最後尾で深く、長く、強く溜めてきた力。

それを、残り600mで爆発させるのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

56.6Second

 

(ぞわりとした感覚、このままじゃ不味い?)

(スパートをかける、残りのスタミナ、後続へのコース制限――)

 

(気づかれた。だけど問題無い)

(勝負は残り600m)

 

57.9Second

 

(考えてる暇は無い――余裕は無い)

(思考に回す分も全て走りに回す)

 

(考える必要は無い――前だけを見ろ)

(思考に回す分も全て走りに回せ)

 

59.1Second

 

(負けたくない。勝ちたい)

 

 

60.0Second

 

(誰が相手でも!)

 

 

――――――――――――――――

 

 

『ここで先頭ディープインパクト56秒台で1000mを過ぎましたハイペースで飛ばしているおっとここでさらにペースを上げtなんと!?』

『さ、最後尾ラインクラフト!最後尾ラインクラフトとんでもないスパートをかけたどんどんどんどん上がっていくこぉれは速い!?』

 

「翔ちゃん!ラフィちゃん!」

 

 ラインクラフトが1000mを踏み越えた瞬間、今まで不気味なまでに動きを見せなかった彼女が急激に加速する。

それを見ながら、観客席で二人分の応援団扇を振りつつ、あきは感極まっていた。

二人に負けて欲しくない。二人に勝って欲しい。相互に矛盾する感情に脳味噌を破壊されながら、応援するのだけはやめない。

脳味噌の45%ずつで二人を『がんばえー!』と神経直結で応援し、7%で本格的な脳破壊から精神を守りつつ、残りの3%がトレーナーとしての部分が冷静に分析していた。

 

 ラインクラフトが残り600mになってみせたその速度は、即ちあきが言っていた、ディープインパクトに対する『1割の勝機』だ。

それは、何故か。極々単純に。純然たる事実として。

ただ、距離を600mと限定した時、あきの教え子達5人の中で、タイムが一番速いのはラインクラフトだからだ。

勿論、それだけではレースは勝てない。幾ら600mならば上回ると言っても、レースはそれよりも長いし他にも様々な要因がある。

600mの全力疾走をする為のスタミナをどう温存するか、残り600mで全てを抜き去れるまでの射程圏内に捉えられる速度で走れるか、スパートをしたとしてきちんと走れるコースを探せるか否か。

そして、それらの条件をクリアしても勝利が確定するわけではない。そこまでやってやっと勝負の土俵に上がれるのだ。

あきが見切った、ラインクラフトの猶予タイムは、コースの状態にもよるが、1000m時点でディープインパクトとの差が最小3秒から最大4秒以内。

ディープインパクトの1000mタイムが56.6、ラインクラフトが60秒ジャスト。

枠内に収まっているがギリギリの勝負となるだろう。

肉体を詳細に見抜くあきの眼には、ラインクラフトに勝機が1割あるかないかという見立ては変わっていない。

しかし、往々にして精神は肉体を超越するのも知っている。

たとえ勝機が薄くとも、それを覚悟して走るラインクラフトと。

それを真っ向から受け止めて、勝つ為に走るディープインパクト。

今はただ、トレーナーとして、ただの1ファンとして、二人を見守るしかないのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 走る、走る、走る、走る。

600m、30秒足らずでこのコースを走り抜ける。

さぁ、此処まで来た。あの背中を追い抜く為に。

加速する、加速する、加速する。

今日こそ、あの背中に勝つ為に。

足を踏み出す度に、確かに近づいている。

心を燃やせ、魂を燃やせ、身体中の細胞を燃焼させろ。

全力を振り絞った程度ではあの背中を追い越せないのは、ラインクラフトが一番良く知っている。

だから、全力の壁を蹴倒せ。

 

『ラインクラフト猛追!今一人抜き二人抜き先頭を追い上げる後ろで控えていたエアメサイアポロポロスパートをかけるがこれは間に合うかテイタニヤダンスパートナーもペースを上げた!』

 

 ラインクラフトを警戒していたティアラ路線のウマ娘達はかならず何処かで彼女が動くと信じていたし、それを覚悟もしていた。

しかし、それでもなおラインクラフトの猛追に追い縋る事ができないと、理解してしまった。

競技者としての能力の高さがあるからこそ、理解できてしまった。

だがそれが何だというのか。今、自分が走っているのはG1レース。

多くのウマ娘が望んでも走れない、一流の中の一流のみが揃って走るレースで、勝てそうにないから諦める?

どうしようもないから流して走る?

 

ふざけるな!

 

負けたくない、負けられない、その思いは誰しもが抱くもの。

今まで多くのそれを追い抜いた、抜き去ってきた、ならば『今』が『自分の番』であろうと、みっともなくとも、『勝負』だけは捨ててはならない。

 

『先頭ディープインパクト400mを通過ペースはまるで落ちないいや上がっていくサクラスターオーサッカーボーイ徐々に引き離されるかラインクラフトラインクラフトだけがぐんぐんと迫っていく!』

 

ごうごうと風が唸る。

この背中を、瞳が差す/この瞳に、背中が映る。

 

あれだ。

この視線だ。/あの背中だ。

 

ぞくぞくとする。

楽しい。全力で競う事が。/怖い。あの背中を追い抜けない事が。

 

だけど。それの何倍も―――

―怖い―/―楽しい―

 

その感情が、この脚を前に進める。

 

「(捉える。捕まえる。並ぶ。追いつく。追い抜く――!)」

「(走る、負けたくない、負けない、勝ちたい、勝つ――!)」

 

『残り200mをきった未だ先頭はディープインパクトだが凄い勢いでラインクラフトが迫るサクラスターオーサッカーボーイを今追い抜いてさぁ追いかける!』

『同チーム無敗同士の一騎打ちだ並ぶか!?並ぶか!?並ぶか!?

 

風の音すら、もう聞こえない。

自分と相手、二人だけしか世界に居ないような、そんな錯覚の中。

身体中の細胞を燃やし尽くし、僅かな酸素さえ使い切るような、そんな一瞬。

 

ゴールはすぐ目の前だ二人並んだ今ゴォール!!!!!

『ディープインパクト!ラインクラフト!ほぼ、ほぼ同時!並んでゴールしました!これはどちらが勝ったのか私では解りません!』

 

 ゴールした後、いつもは余裕の表情を崩さないディープインパクトは減速すると膝に手をつき、肩で息をしていた。

桜花賞でシーザリオとデッドヒートを繰り広げても、それでも動けていたラインクラフトは、立ち止まった瞬間にターフに身を投げて、もう一歩も動けないと主張するようにぜいぜいと息を吐いていた。

今までチームレグルスのレースを見てきた観客が初めて目にする、精根尽き果てたような姿だ。

それでもゆっくりと、何とか呼吸を整えて、ディープインパクトはラインクラフトの元に歩いていく。

 

「おじょー…」

「うん」

 

 ラインクラフトは、確かにあの背中に追いついていた。

彼女は、確かにあの背中を追い抜いていた。

 

「どうだったー…?私とのレース…」

「凄く、楽しかった」

 

 ゴール板の、僅か2m先で。

 

「それ以上に、とても、とても、怖かった」

「そっかー…ちぇー…あー、もう…」

 

 ハナ差、8cm。タイム、1分28秒7。平地芝、1600mワールドレコード。

1着と2着、タイム差無し。

 

「くやしいなぁっ…!」

「…待ってる。また、走ろう」

 

NHKマイルカップ、1着ディープインパクト。2着ラインクラフト。

 

「つぎはっ…!つぎは、かつからっ…!」

「次も、負けない」

 

 空を仰ぎながら、右腕で、零れ落ちる涙を抑えるライバルに背中を向けて、未だ無敗の王者は歩む。

負ける恐怖すらも力に変える術すら身につけて。

勝利を胸に抱きしめて、背筋を伸ばし凛とターフの上に立つ。

そして、これからも勝ち続けると誓うのだ。

今まで競ってきた者の為に、何より自分自身の夢の為に。

ディープインパクトは、夢を追い続ける(勝利を積み重ねる)




一つ一つ、丹念に丹念に。
空の果てのその先にあるそれに届かないとは知っていても。


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第三十八話 主人公のチートをそろそろもう一度強調していこうという話。

アンケートがマジ接戦で最早これ自体がネタに思える不思議!
という事で今回はさくっと書けたのでちょっと早めにお届けだ!


 さてNHKマイルカップのウイニングライブも無事終了し、チームレグルスが何をしているかといえば。

 

「おあー………」

「ぅおぅー……」

「二人とも脚酷使したんだからもー」

 

 ワールドレコードを大幅に更新したディープインパクト、ラインクラフトに対するコンディション調整である。

何せ普段のレースとは消耗度合いが違った。

ラインクラフトは最後の600m、特に最終100mでは自己ベストを更新していたし、ディープインパクトも想定より1秒以上の大幅なペースアップをした。

その為、幾らあきの手により故障知らずの肉体が作られているとはいえ、完走後に残った肉体ダメージは今までの比ではない。

並のトレーナーなら回復に三ヶ月、一流のトレーナーでも一ヶ月は休ませるくらいには、ワールドレコードの走りとは消耗する。

故に、ウマ娘の身体の事を考えるなら、ただ速く走らせるだけではトレーナー失格である。

レコードを出さずに勝てるなら、出さずに勝たせて負担を軽くすべきなのだ。

 

「まぁ今回はちょっと様子見て5日で調子戻そうか!はいじゃあ二人とも、鍼うつよー」

「あいー…」

「んぅ~…」

 

 だがしかしこのチームだけは例外だった。

何故持っているかは分らないが使えるものは存分に使うとあきはチートを使い倒し、何をどうすれば能力を落とさず回復するか手に取るように理解する。

何処にどんな栄養素が必要で、消化効率とその負担はこうで、今の内臓の動きはこうなっていて、筋肉や骨の消耗はこれだけだからこれをこうして…と、いうのが解る。

だから鍼やマッサージや灸、時には電気刺激や超音波機器も使って適切な刺激を加え。

其処に今二人に必要な栄養素を、丹精込めた手料理として過不足無く摂取させる。

傍から見ると上げ膳据え膳、実に心地良いマッサージなども合わせ、ウマ娘をダメにする環境そのものだった。

無論、レグルスのチームメンバーにしてみれば、これくらいの役得くらいいいだろう、と言ってもいいくらいの地獄みたいなトレーニングはしているわけだが。

それはそれとして。

 

「うにぁ~……」

「んむぅー……」

「ほら二人とも涎垂れちゃってるから拭こうねー」

 

 ディープインパクトとラインクラフト。

激闘を繰り広げた二人が、今この場では、ちょっとファンには見せられない程とろけてたれているのは事実であった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 アフリートアレックス。

この年のアメリカにて、クラシックの大本命として見られていたウマ娘。

三冠ですら夢ではないと目されていた素質があり、それは決して世辞でも、偽りでも、間違いでもなかった。

無論、レースに絶対は無い。レース運びなどによっては一つは落としてしまっていたかもしれないが、それでも揺るぎない今年のクラシックの主役である筈だった。

しかし、とある日本から来たウマ娘が全てを引っ繰り返した。

 

 彼女の通り名は多い。

インベーダー、日本から来たヤベーのの片割れ、サムライ、モンスター、雷神、伝説を塗り替える者。

その名は、カネヒキリ。

もう一人、ダート後進国である筈の日本から来ているヴァーミリアンと並び、本場たるアメリカで未だ無敗。

アメリカが誇る二つの『偉大なる赤』、その一人であるセクレタリアトのレコードを塗り替えたウマ娘。

そして、カネヒキリはセクレタリアトが持つ最も偉大なもの、ベルモントSでの記録も更新すると宣言した。

その事実と、言葉が持つ意味は、重い。

なにせ、その記録は彼女が残してから五十年以上、誰も更新した事が無いからだ。

勿論、レースとはレコードを更新すれば良いというものではない。

ウマ娘の身体を考えるならば、レコードばかりを狙うというのは、選手寿命を削る行為だからだ。

故にこそ其処に駆け引きが生まれ、ただ速いだけでは勝利できない、レースというものの妙がある。

だけれども、それを理解していても、理解しているからこそ、ウマ娘を含めた人々は求めるのだ。

そいつが、今までの誰よりも速い(ワールドレコード)という称号を。

 

「スゥー…フゥー…」

 

 練習場にて、アフリートアレックスは深く呼吸をする。

幾つシューズを駄目にしただろうか。どれ程汗を滝の様に流しただろうか。

だが、遠い。カネヒキリどころか、セクレタリアトの影もまだ踏めない。

普通に考えれば、頭のおかしい事を言っているのだろう。

アメリカレース史上、燦然と輝く『二代目偉大なる赤』を踏み越えるなど、大抵は無謀と笑われるような事だ。

だが、カネヒキリはやるだろう。

過去の記録に何の意味があると言わんばかりに、たとえ当人が再びこの世に現れ出でても、当たり前のように自分が勝つと傲岸不遜に。

実際に、彼女のチームメイトは、速度の出やすい日本の芝とはいえ、ワールドレコードを当たり前のように更新していくのだから。

それと同じ事をカネヒキリが出来ないなどと、アフリートアレックスは思わない。

だからこそ、勝ちたい。だからこそ、負けたくない。

あぁ、そうだ。『偉大なる赤』はアメリカの誇りだ。アメリカの象徴と言ってもいい。

それを、ぽっと出の、しかもダートが主流というわけでもない、外国のウマ娘に破られる?

あぁ、あぁ。

 

「私が、勝つ」

 

 確かにこの国はチャンスの国だ。どんな者にもチャンスが与えられる。そうだ、こうして、アフリートアレックスにもチャンスが与えられた。

遥か過去、とても競える筈が無い『偉大なる赤』と。

否、もしかしたらそれより強いウマ娘と競えるチャンスが!

 

「私が、勝つ――!」

 

 ただ、あの後少しだけ話した彼女は僅かに気になる事を言っていた。

『踏み越えられる記録は本当の絶望じゃない』と、まるで零れるように。

本当の『絶望』をあたかも知っているからこそ、つい口から出てしまったかのように。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「んー、さーて」

 

 日本、トレセン学園。夜の誰も居ない練習場にて。

津上あきが軽く体をほぐしながら、走る準備をしていた。

ウマ娘のトレーナーはやる事が多い。そのウマ娘に最も適したフォーム、負担の少ない走り方の見極め、その他沢山。

担当のウマ娘や、それ以外のウマ娘、さらに過去のウマ娘からもフォームを真似て、こうすれば此処に負担がかかる、こうすれば減らせる、その他諸々。

それを自分の身体で試し、『見た』データと繋ぎ合わせ、フィードバックしていく。

ウマ娘個人個人で走り方は千差万別。細かい修正は常に必要なのだ。

あきは誰も居ない、見ていない夜にいつもこの作業をしていた。

ちなみに、この作業をやる時は耐えられるシューズが無い為いつも裸足だ。

走る事は好きなのでこの事自体は苦ではないが、いつも足が汚れる事が不満点だ。

シューズと裸足の相違点によるズレくらいはチートで補正できるので問題無いが、そろそろ本気でシューズの事を考えるべきかなぁとは思っては、まぁいいやと後回しにしている。

翔ちゃんはこう、ラフィちゃんはこう、リオちゃんはこう、後で内側ダートコースでも走らないと、と50m毎に走り方を変えるといういっそ変態的な技量でそれぞれの補正をしていく。

見る者が見れば、なんで其処まで忠実に再現できるのか、そんなころころ走り方を変えられるのか、目を剝いた事だろう。

しかも、その『走り』が本人よりも『巧い』。

蹴り方、負担のかけ方、力の伝え方、何もかもが遥かに上なのだ。

たとえ同じ身体能力に揃えて走らせたとしても、本人よりもあきの方が速く、消耗が軽く、長く走れるだろう。

さらに、現時点の本人の能力だけでなく、どのように成長させ、鍛錬させればいいかを常に思考し、それに合わせて走り方を微妙に変えている。

最早、何と言っていいかわからない曲芸だ。

 

「んー、こんなもんかな」

 

 ある程度補正に満足いったのか、構えを変える。

それは誰かのフォームの真似というわけではない。

ただ一人、津上あき自身の走り方。

そう、レースに興味は無いあきであるが、本人も言っている通り、走る事は好きなのだ。

だから、彼女は誰も居ない、誰も見ていない夜、趣味と実益を兼ねてコースを走っている。

 

「(じゃ、ここからは趣味の時間っと)」

 

 それは、どんなウマ娘の走り方よりも綺麗だった。

有り余る身体能力を、無駄無く、負担無く、絶妙に推進力に変えている。

腕の振りによる体重移動、重心の傾けによる方向移動、地面を蹴る反発。

あらゆるウマ娘の理想にして、絶対に不可能な走り方だった。

ウマ娘に限らず、人体には歪みがある。

例えば、左足が右足より僅かに長いだとか。

例えば、右足の方が僅かに左足より力が強いだとか。

そんな歪みを無くす事はできないし、それらを全て完全に把握しながら走る事は不可能だ。

しかし、津上あきはそれを可能にする。

その身体に、そもそも歪みは無い。あまりにも、完璧すぎる肉体故に。

彼女の知覚に、不備が有り得ない。あまりにも小さな差異すら完璧に把握できる故に。

この世界で彼女だけができる、完璧故の完全な走り。

それは、あまりにも完成されすぎていた。

 

「(ひゅうー!たーのしー!)」

 

 尤も、当人はそんな事など関係無いと、風を切る感触を思いきり楽しんでいたのだが。

しかし、もし、レグルス以外の誰かがこの走りを見て、もしタイムを計測していた場合、此処が現実ではなく、ベッドの中で夢を見ていると判断していた事だろう。

あきは既に、自分の走りで2000mを走っていた。

そのタイムは、1分05秒4。

時速に換算し、おおよそ110km。

秒速にして、おおよそ30m。

ウマ娘の最高時速を余裕でぶっちぎった、異次元の速度で走りながら、あき自身はまるで消耗が無い。

もし、カネヒキリがこの場にいれば言っただろう。

『これこそが。踏み越えようのない記録(マジモンの絶望)ってやつ。』と。




なおこれで裸足です。つまり専用シューズという装備で一段階、スキル全開でもう一段階、領域発動でさらに一段階の引き出しがあるな!
さらにチームレグルスの面々は今更だがまだ中学2年生、伸びしろは山ほどあるぞ!こいつ自身もな!
なんぞこいつ(白目)


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第三十九話 雷鳴、地を切り裂いて/入門の日

ボリクリさんとうとう参戦決まりましたねぇ…
ただこっちは手直し必要なさそうな予感。いや実際にどういうキャラなのかは流石にまだ解らんのですが。
ただデザイン的には褐色ウマ娘増えてウレシイ…ウレシイ…
ギムさんはあれ一人称不安定なのはキャラ付けなのか二重人格設定なのか続報がすげー気になりますね!
アンケートは本日5/9までとします。よければお答えしてネ!


 

「いよいよですねっ!」

 

 アメリカ、ピムリコレース場にて、桐生院桜は弾んだ声を出す。

アメリカクラシック2冠目、プリークネスステークスが今日、此処で行われる。

ダート9.5ハロン、カネヒキリが踏み越えたケンタッキーダービーと同じく、セクレタリアトが未だにレースレコードを持つ。

そのタイムは1分53秒0。

これがどれ程の記録かといえば、この世界線ではセクレタリアトの記録から50年以上経過した現在でも、まず1分53秒台でゴールしたウマ娘は数える程しかいない。

それこそ片手で収まるほどしか居ないのだ。

しかし、桜は目の前に居るウマ娘、カネヒキリはその記録を打ち破れると、トレーナーとして確信している。

 

「うん、オッケーばっちりだよキリちゃん」

 

 メイントレーナーであるあきはレース三日前に現地入りしている。

映像指導に桜も居る為、トレーニング自体は問題無いのだが、やはり現地で直接見るのが一番である。

食事管理にしても、あき本人が作るものと他人が作ったものとではやはり差異がどうしても出る。

必要な栄養素を見極め、ミリグラム単位の無駄も無く、身体全てに行き渡らせる食事を作るのは常人には不可能だ。

今回もきっちり万全に仕上げ、カネヒキリの調子は絶好調である。

 

「でも、レースが終わった後すぐに先生は日本にとんぼ返りよね?相変わらず忙しないのよね」

 

 レグルスのチームメイトにしてアメリカでのトレーニングパートナー、ヴァーミリアンはギチギチに詰め込まれているあきの日程に言及する。

何せ、翌日には日本でオークスが行われるのだ。あきはレースが終わったら超音速機で日本に直行である。

ヴァーミリアンがアメリカトリプルティアラ路線を走っている以上、彼女の本番は6月から、カネヒキリとの最初の決戦は8月、トラヴァーズステークスの予定である。

改めて日程を見ても、5~8月はあきの移動距離がおかしい。何故適応しているのか意味不明な程のデスマーチである。

 

「まぁ。心配は要らない」

 

 勝負服を纏ったカネヒキリが、いつもと変わらずに訥々と口を開く。

右耳には青いリボンをつけ、真ん中に白い流星が走る濃い茶色の髪はショートウルフカットに揃えられている。

黒半袖のタイトシャツに黄色のリボンタイ、首元にファーのついた、タイと同じ黄色のアーミージャケット。

白色のハーフカーゴパンツに稲妻模様が入った黒いブーツ。

まだ中等部でありながら、カネヒキリは外国ウマ娘顔負けのスタイルの良さを持つ。

日本から来たというのに、アウェーともいえるアメリカでも一定以上の人気があるのは、およそ他国人とも思えないその容姿もあるのだろう。

 

「強いウマ娘は一人。確かにいる」

 

 確かに、あいつは強いのだろう。『血』が疼くような相手だ。

だが、それでも。

 

「私が勝つ」

 

 バチリ、と。

雷を閉じ込めたかのように青く光る瞳から、漏れ出るかのように電流が走った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「いよいよだね」

 

 レースを控えるアフリートアレックスに、矍鑠としながらも、既に頭髪全てが白髪になった老いたウマ娘が声をかける。

その老人は十日前、鬼気迫るトレーニングを積むアフリートアレックスの元にふらりとやってきて訊ねたのだ。

『あの雷神に追い縋りたいか』と。

アフリートアレックスは間髪入れずに『いや、追い抜きたい』と答えた。

その答えを聞いた老人は、実に楽しそうに笑い、彼女に一つ提案をした。

今までできたヤツはいない。できても勝てる可能性は極薄い。それでも、できればお前は今より速くなれる。

やるか?と老人は尋ねた。

やるよ。と若者は応じた。

老人の名前はセクレタリアト。その技術の名前は、等速ストライド。

数多いるウマ娘達の中で、ただセクレタリアトにのみ許された走り。

 

「お前さんのは所詮、まだ付け焼き刃だ。ベルモントまでにはなんとか一丁前にしてやるが、今日の所は普通に走りな」

「わかった。ありがとうコーチ」

 

 しかし、アフリートアレックスが才能に溢れたウマ娘とはいえ、十日間でできる事はたかが知れている。

本番は一番最後、ダート2400m、ベルモントステークス。セクレタリアトのワールドレコード。

だが、このレースを諦めたわけではない。

 

「でもわかってるね?向こうがこのレースでギリギリのレコードを狙おうって甘えた走りで来るなら…」

「あぁ。私が勝つ」

 

 よし、とセクレタリアトは頷く。

確かに等速ストライドはまだ仕上げていない。だが、このプリークネスステークスで自分の記録を踏み越えられる程度には鍛えた。

 

「やれやれ。あと30年早いか、20年遅けりゃあねぇ」

「羨ましいでしょ?あげないよ」

「こんなババアに何言ってんだい。敬老の精神ってのを持ちな」

 

 あと30年早ければ、自分で挑んでいた。あと20年遅ければ、まぁ流石にその頃は自分がくたばってるだろう。

あぁ、今の若い奴らがなんと羨ましいものか!

あんな凄い奴らと競い合えるのだ。今この時ばかりは、老いたこの身が憎らしい。

 

「存分に、走ってくるんだね」

「勿論」

 

 勝ち目はほぼ無い。

だというのに、諦めた様子は欠片も見せない小憎らしい若者を、老いた伝説は笑って送り出した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『コーナー曲がって最後の直線だ先頭はカネヒキリ!カネヒキリ!日本のサムライがこのアメリカで二冠目を手にするのか!』

『アフリートアレックス二番手追い上げるがこれは届かないか三番手差が大きいこれは無理!』

『カネヒキリだ!カネヒキリだ!アメリカレースの歴史を切り裂いて!雷鳴が今一着ゴールインッ!!』

『二着はアフリートアレックス、差は開きましたが手元の時計では1分52秒台でゴール!』

『えー、今タイム確定が出ました、一着カネヒキリは1分52秒1、ワールドレコード更新となります!』

『二着アフリートアレックスは四バ身差1分52秒8、あのセクレタリアトの記録は踏み越えましたが雷神には届かなかった!』

『強い!強すぎるジャパニーズサムライ!このまま無敗の三冠まであのウマ娘に獲られてしまうのかー!?』

 

 再び対決し、またも敗北したアフリートアレックス。しかし、一戦目とは明確に違う点がある。

それは、彼女も踏み越えた事。数多のウマ娘が越える事ができなかった記録を、踏破したこと。

もし、記録を踏み越えることだけを狙っていた場合、間違いなく彼女にカネヒキリは負けていた。

 

「残念だよ。過去だけを見てたなら、勝って笑ってやろうと思ってたのに」

「あなたを見て。そんな生温い走りをする程。脳内お花畑でもない」

 

 甘くないなぁと笑う彼女の目の奥には、透徹な闘志の炎だけがある。

悲嘆も憎悪も欠片も無く、油断すればすぐさま喉笛を噛み千切ってくるような、獰猛なまでの純粋な熱だ。

諦めていない。二度にわたり格の差を見せつけられようとも、目の前の彼女はまるで諦めていなかった。

カネヒキリは、アフリートアレックスの瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「ようこそ。他のチームメンバーのレースを詳しく見てないけど。多分。あなたが一番乗り」

 

 勝てない事を一度認め、それでも勝つと足掻き、限界の壁を蹴倒す事。

これに最も求められるのは、肉体性能ではない。

そも、肉体という点であれば、G1に出て勝てるようなウマ娘ならば皆、基準に達しているのだ。

何故ならばG1に出ている時点で、ウマ娘の中でも天賦の才を持っていると言って等しい。

そのようなウマ娘の肉体性能は、水準が一様に高い事が前提。

無論あればあるだけに越したことはないが、重要なのは。

必要とあらば、記録なんぞただの紙切れのように破り捨てるまでに極まった精神。

地獄のようなトレーニングであろうと、勝てるというのならば絶対にこなす心。

記録(レコード)など過程にもならないと、見向きすらしない、ただ勝利にだけ向けられた狂おしい熱。

ディープインパクトがあきに。

カネヒキリたちがディープインパクトと互いに。

『勝つ』と決めた心の熱量こそが、レグルスのウマ娘達は他のウマ娘達と一線を画す。

そこにアフリートアレックスは足を踏み入れた。

ならば、次のレース(ベルモントステークス)でも記録(ワールドレコード)など知ったことかと踏み越えてくるだろう。

 

「次は。競る」

「あぁ。次は、土をつけるから」

 

 きっと、次は接戦になる。

そんな予感を互いに覚えつつ、二人は笑い合った。




他のウマ娘達「「「怖っ!?」」」
観客「なんか背筋がゾクゾクしてきたゾ…」

ちなみに『血』は原作のミスプロさん(カネヒキリ:母方の曾祖父、アフリートアレックス:父方の曾祖父)の事ですねぇ。
競馬は大抵そうなんですがどのお馬さんも大抵親戚になるっていう。
むしろカネヒキリは血統だけ見たらほぼアメリカのお馬さんっていう…

なお、まだ足を踏み入れたばかりなので伝説ババアパワーで年季の差を埋める模様。
ババアはやっぱりすげぇな!


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第四十話 ダービーまであともう少し(前編):それぞれの……

お待たせしました、あともう少しでダービーですね…
それまでにはこっちもダービー終わらせたいなぁできっかなぁわがんね!


 あきが超音速旅客機にまた運ばれて日本に着けば、始まるのはオークスである。

今年はチームレグルスがG1を総なめする勢いで快進撃を続けている事もあり、オークスも桜花賞ウマ娘ラインクラフト、桜花賞二着のシーザリオが二強と見られていた。

あきの見立ても全くその通りであったが、世間がラインクラフトを一番人気に推すのとは別に、あきはシーザリオが有利とトレーナーとして冷静に見ていた。

何故かと問われれば、得意距離の差である。

勿論、レグルスのメンバーで走れない距離、他のウマ娘に勝てない距離などというものは無い。そんな生温い鍛え方をしていない。

しかし、個人によって得意距離というものはどうしても出てくるのだ。

ラインクラフトならば、芝の1800m以下、マイルとスプリント。

シーザリオならば、芝の2200m以上、王道の中長距離~長距離。

ヴァーミリアンならばダートの1600m以上、マイルから長距離まで。

カネヒキリはダート限定で距離不問で走り。

ディープインパクトは地形も距離も不問で走る。

どいつもこいつもおかしい距離適性をしているが、地形適性まで無視できているディープインパクトが一際異常である。

無論あきの指導が常識を覆す程有用である事と、本人の才能ありきではあるが、全て走って勝てるようにしようとする執念が一番おかしかった。

 

「(ん~…7、いや8割でアタマ差、1割5分でクビ、5分で同着…かな)」

 

 今までのトレーニング、筋肉の質、骨の状態、体幹の強さ、ありとあらゆるデータと今まで見て、作り上げてきた二人の身体を勘案し。

あきの頭脳は『ラインクラフトの勝ちはまず無し』と算出した。

これが2000m、秋華賞であれば完全には読み切れないくらいに拮抗しているのだが、オークスの2400mではシーザリオの優位が揺らがない。

桜花賞の時の様に『限界』まで走っても、もしくはNHKマイルカップのように『限界を踏み倒して』走った場合でもだ。

どこまでも怜悧に、あきのトレーナーとしての目が、チート故の看破技能が結果を算出する。

あきは教え子達を信じているし、全員に勝って欲しいし、そうなるよう指導もしている。

彼女達の為ならば地獄のようなスケジュールもこなすし、睡眠時間が減ろうと適合するし、オタクとしてもトレーナーとしても全身全霊をかけて彼女達を推す。

 

 だが、レグルスのメンバー達があきの予測算出結果を超えた事は、未だ一度として無い。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

緑のシャツに白ネクタイ、ラメの入った白の燕尾服。紅い手袋をつけた男装の麗人が先頭を走る。

追うのは緑のフリルシャツに桃色のディアンドル、身体を紅いリボンで彩って、背中に大きな星型の穴を開けたウマ娘。

 

『シーザリオ先頭!シーザリオ先頭!ラインクラフト追い上げるこれは追いつくか!?後続テイタニヤとダンスパートナーエアメサイアもスパートをかけた!』

 

 シーザリオは中長距離において、自分の方がラインクラフトよりも強いと思っている。

それは概ね事実だ。10回走れば必ず8回はシーザリオが勝つ。

だが、レースにおいて、勝負の世界において、その『1回か2回』を引き寄せる者がいる。

チームレグルスの面々は皆、そういう者だ。

多少の有利があるから安心などととんでもない。

ゴールまで残り1mだとしても、勝利の確信など有り得ない。

向こうは全力で差す気でいる。気を抜こうものならば一瞬で引っ繰り返される。

シーザリオの有利など所詮薄紙一枚程度しかないと、彼女は自認している。

 

「(だが!その薄紙一枚でも!私が先にゴールする!)」

 

 スイッチが入る。優れたウマ娘はレースの最中、極限の集中力を発揮する時、己の心の中の領域を垣間見るという。

例えばそれは前に誰も居ない、朝日に輝くターフを駆け抜ける景色であったり。

例えばそれは夜空を駆け抜ける流れ星をその身に宿したり。

シーザリオも、それを見た事がある。

舞台の上で満身にスポットライトを浴びる自分。

万雷の喝采の中、光を吸収した己が、夜の闇を輝きながら切り裂いていく情景。

そうだ、この樫の舞台で、スポットライトの光を浴びるのは自分だ。

 

『しかし先頭はこの二人!シーザリオにラインクラフトは届くか!?ラインクラフト迫る!だがシーザリオだ!だがシーザリオだ!!シーザリオ先頭ゴォール!!』

『最後ラインクラフトが追い上げましたが僅かに!僅かに届きませんでした!三着にはテイタニヤ、四着と五着は判定かダンスパートナーとエアメサイア!』

 

 日本オークス芝2400m、一着シーザリオ。二着にアタマ差でラインクラフト。

タイムはオークスのレコードどころか、ダービーの記録さえ超え、世界記録を刻んだ2分20秒9。

 

『これでティアラ路線は1勝1敗!チームとしては2冠独占!果たして最後のティアラはどちらが、誰が戴くのか!』

『今から楽しみですねぇ』

 

 最初のティアラはラインクラフトが、二つ目のティアラはシーザリオが戴いた。

最後のティアラは誰が獲るのか、未だ先は解らない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 世間がオークスに沸く暫く前、とある山の中。

山頂にある突き出した岩の上で、座禅を組むウマ娘が一人。

山に籠り長いのか、元は艶が見て取れた黒鹿毛の髪もどこかボサボサで、褐色の肌も土に汚れていた。

しかし、その身体はまるで衰えたようには見えず、柔らかそうな少女の肌の下には縄のような筋肉が詰められている。

土に汚れた道着に身を包みながら、背筋をピンと伸ばし、半眼で下界を見るその姿は、見るものに自然の中に聳える大樹を連想させた。

今も彼女の肩や膝の上には、数羽の鳥が羽を休め、リスなどの小動物が乗っている。

小鳥達の囀りを聞きながら、細く、長い呼吸をする彼女の名はシンボリクリスエス。

彼女は弥生賞の敗北を受け、クラシック一冠目の皐月賞を捨て、身も心も極限に追い込む為に山に籠ったのだ。

 

 最初の一週間目はただ我武者羅に鍛えた。

ディープインパクトどころか他のウマ娘達に負け、彼女達を見ていなかった己の不明を罰するかのように。

 

 次の二週間目、持ち込んだ食料が尽き、食料を得る為に這いずり回った。

時には食料が見つからず、湯冷ましだけで腹をごまかし、すきっ腹を抱えて眠った夜もあった。

 

 そして三週間目、何故己がこんな事をしているのか分からなくなった。

孤独は人を、ウマ娘を蝕む。望んでこの環境に身を置いた筈なのに、何で此処までするのか、どうしてレースに勝ちたいのか、理由が解らなくなった。

それでも身体は、足は、走る事を求めていた。

 

 四週間目、走った後に座禅を組む事にした。

一つトレーニングをこなしては座禅。一つ山を駆け登れば座禅。深く、深く、己の内に潜った。

 

 五週間目にして、座禅の間、鳥や小動物がシンボリクリスエスにとまり始めた。

心や魂に炎を灯す為に此処に来た筈なのに、何故か心は穏やかだった。

レースとは勝負の世界だ。身体を鍛え、心を研ぎ澄まし、魂を燃やす、鉄火場である。

強さを、速さを貪欲に求め、手強き相手に己の方が速いと示す、修羅の如き舞台である筈だ。

たしかにライブではそれも横に置き、ファンに笑顔を送り、観客のみならずライブに関わる皆を楽しませたい心は有る。

しかしレースは違う。純粋に、あの場を走るウマ娘、幾つもの個と個がぶつかり合う場所だ。

その炎を灯しに来た。だのに、こんなにも心は凪いでいる。

 

 六週間目。凪いだ心が、走る身体に気づいた。

心は落ち着き払っている。闘志は僅かにも無い。されど、身体は走っている。

心と身体が別々に動いているのか。否だ。どちらもシンボリクリスエスである。

どのように足を踏み出せばいいのか、地面が教えてくれる。

どのように動けばいいのか、風が撫でてくれる。

己の身体の事が手に取るように解る。

幾つもの景色を垣間見た。

己を送り出してくれた家族。己の為に尽力してくれたシンボリ家。己の事を羨ましそうに見ながらも激励してくれた憧れの皇帝。

ただ走る事が楽しかった子供の頃。己にかけられた期待を自覚した時。誰よりも速い黒鹿毛を追いかけたレース。

成程、それで良いのだとシンボリクリスエスは悟った。

シンボリクリスエスを形作った全てに感謝を。彼女に関わった全てに、義を果たそう。

 

 法界定印に作った掌に、一羽の鳥がとまる。

シンボリクリスエスは鳥を乗せたまま、ゆっくりと右手を空に伸ばした。

伸ばした人差し指に掴まった鳥が羽を広げ飛び立つ。肩や膝に乗った鳥や小動物たちも同様に。

彼女の心は穏やかなままだ。されど、鳥たちには山が動いたと感じられたのだろう。

シンボリクリスエスは立ち上がる。そろそろ下山しなければなるまい。

ダービーに出るには一つ、出ておかなければならないレースがある。

答えは得た。ならば、それを皆に返さねばならない。

 

 果たして、シンボリクリスエスは青葉賞を1着で駆け抜けた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「うおーいボリクリのヤツも仕上げてきたじゃーん。あの、あれ何?何か別次元でヤベー感じになってない?」

 

 トレーニングコースの上で、オルフェーヴルがタブレットで青葉賞の映像を見ながらボヤく。

スピカからは、日本ダービーに二人のウマ娘が出る予定である。

一人はオルフェーヴルや何故かスピカに良くいる部外者オジュウチョウサンに可愛がられているジャスタウェイ。

もう一人は実は未だレースで三着より下になった事が無い、破滅逃げの化身、カブラヤオー。

ノミより劣る度胸により、本人の希望はステージの隅っこなのだが、そこに立った事が無いという、いろいろな意味で規格外なウマ娘。

 

 そんな彼女が今、トレーニングコースのターフの上でうつ伏せになりながらずりずりと這いずっていた。

 

「ひっ、ひゅー、ぜひっ、ひー」

 

 涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしながら、少しでも、僅かでもオルフェーヴルから離れようとする。

 

「カブちゃんよー。それじゃーダメだぜ駄目駄目だ。もう何回も言ってんだろー?」

 

 オルフェーヴルがスピカのトレーナーに対し、『カブラヤオーに最後の仕上げをする』と勝手に言って、カブラヤオーを拉致してから早8時間が経過していた。

その間、オルフェーヴルは常にカブラヤオーを追いかけ続けたのだ。

それも、いつもの併走の様にではなく。

 

「きちんと逃げろよ。 殺 す ぞ ? 」

「かひゅっ」

 

 まるで全力のレースの様に。威圧を、覇気を、殺気をこれでもかと込めて。

オルフェーヴル。いつもチームスピカでおちゃらけた姿を見せているクセウマ娘。

だが忘れてはならない。

彼女こそは、セントライトに始まり。

シンザンが神話を作り。

ミスタシービーが伝説を打ち立て。

シンボリルドルフが絶対を築き上げ。

ナリタブライアンが群れを否定し、駆け抜けた。

彼女達に続いた6人目の三冠バ。

黄金の暴君。激情の覇王。

忘れてはならない。確かに、津上あきは『ディープインパクトはオルフェーヴルに勝てる』と言った。

津上あきは『一ヶ月あればオルフェーヴルにもディープインパクトに対し勝ち目を作る』とも言った。

『10年間ずっとあきのトレーニングを受け続け、年齢的にも身体能力的にも上昇し続けるディープインパクト』に。

『トゥインクルシリーズを走り抜け、ドリームシリーズに移り、身体能力的にはピークに達し緩やかに落ち続けるであろうオルフェーヴル』を。

スピカのトレーナーは間違いなく優秀であり、あきの指導が劇的であろうとも、ただのウマ娘がたった一ヶ月でディープインパクトに勝ち目を作る事は、不可能だ。

それができるオルフェーヴルは、超一流のウマ娘である。で、あるが故に。

 

「見えてんだろ?感じてんだろ?そォら引き出さないと本当に心臓が爆発して死ぬかもなぁ」

 

 彼女には、カブラヤオーが『領域』を引き出しかけているのが見えていた。己がそれを引き出せるが故に。

勿論、それが具体的にどんなものかは、オルフェーヴルは知らないし、見えない。

そもそもそれは他人に見えるものではないのだ。

レースの中、極限の集中に達した時に、己の中の時間が引き延ばされ、ただ己だけの世界を垣間見る。

しかし、他人のそれを見る事はできずとも、『同類』は解る。

レグルスの面々はどいつもこいつも同類だ。

キングカメハメハは皐月賞で片鱗を見せ、ダービーでは使いこなしていた。

ハーツクライはダービーの後、菊花賞で足を踏み入れ、有記念でモノにした。

シンボリクリスエスも動画で見た限り、あれは使えるようになっているのであろう。

今のトゥインクルシリーズで走っている奴らではっきり解るのはこいつらだ、とオルフェーヴルは感じている。

そして、目の前に居るカブラヤオー。

 

「(こいつは『領域』に無自覚のまま、半歩踏み込んでいる。心の底から他のヤツらにビビッて本気で逃げ出したいからだ)」

 

 だが、カブラヤオーの場合はその無自覚が問題だった。

レース中にウマ娘達が垣間見る領域とは、才能と、鍛えた身体、そして極まった精神が揃って初めて成立する。

才能、これは問題が無い。鍛えた身体、こちらも問題が無い。では、精神はどうか。

カブラヤオーの異常な程のビビり。これもある種極まった精神だ。それが、中途半端に条件を満たしてしまった。

カブラヤオーの根性はノミにも劣るミジンコ級である。

それこそウマ娘が怖いからこそ全速力で逃げるのに、ウマ娘が前に居ればそれが怖くて減速するくらいに。

だが本当の意味で領域に入るなら、集中力の極限を目指すのならばそれではいけないのだ。

むしろそんな『周りを見る余裕の有る中途半端さ』で領域に足を踏み入れかけているカブラヤオーの才能にこそ驚くべきなのか。

だが、此処に至ってはそれが邪魔をしている。

この根性クソ雑魚メンタルに、領域に到れる程に極まった闘争心だの競争心は、望むべくもないとオルフェーヴルは理解していた。

こいつはビビりなのだ。負ける悔しさを理解したとしても、それを大きな爆発力にする事はできない。

こいつはビビりながら、周りを見て走り方を調節する事ができるくらいに、才能が溢れている。

だから、生半可な追込み方では覚醒しない。レースでも、トレーニングでも、カブラヤオーは本気になった事はあっても、必死になった事がない。

だから、『必死』にならせる必要があるとオルフェーヴルは判断した。

今だって這いつくばっているが、それは肉体の限界を迎えているわけじゃない。目的に好都合なのでそのままにしているが、精神の方に重圧がかかっているのだ。

最初の数時間はまだトレーニングの一部かもしれないという甘えがあった。

だが日が暮れようとしている今、そろそろ『本気なのだ』と思い始めただろう。

 

「まぁ、これで最後か。じゃあな。カブラヤオー」

 

 暴君が莫大な殺気を向けたまま、カブラヤオーに向けて走り出そうとした。

地べたに這いずる虫を踏み殺そうとせんばかりに。

 

 ターフを這うカブラヤオーの精神は限界に近づいていた。

もう何もかもが怖かった。なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかまるで解らなかった。

何故こんな目にあってまで走ろうとしていたのかと後悔もした。

だが、疑問も後悔も、ありとあらゆるものがただ一つの感情に塗り潰される。

恐怖。ただただ、恐れに精神が振り切れた、その瞬間。

 

 カブラヤオーは、己の世界を垣間見た。

 

 

「――なぁんだよ。やりゃできんじゃねぇか」

 

 金色の暴君が笑う。目の前から一瞬で走り去った後輩が、確かに門を開いたのを認めたからだ。

これでやっと、勝負の舞台が整った。流石に勝利なんて確約できやしない。なんせ相手が規格外すぎる。

だが、『勝負』できるのだ、充分だろう。

 

「おうおう、やっと面白くなってきたぜ。30人単位で具材持ってきた闇鍋みてーにな」

 

 あとは、勝負を見物するだけだ。

果たして後輩どもは、己が手にしたダービーでどんな勝負を繰り広げるのか。

オルフェーヴルはとても楽しみにそれを待つ事にした。




ダービー馬が弱い訳がないのだ。

*この後オルフェーヴルはメタクソに怒られました。是非もないネ!


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第四十一話 ダービーまであともう少し(後編):温度差で風邪をひかないように。

そういや今話題のシン・ウルトラマン見てきたんですが、実に良い映画でした。
あれですね。『子供の頃、ウルトラマンに憧れた人へ』送る映画として凄いクる映画だと思います。
活動報告の方でちょっと堪えきれないあれそれを垂れ流すくらいにはな!


 サクラスターオーは悩んでいた。

驀進をしても勝てていないのだ。正確には、G1レースに勝てていない。

傲慢に見えるかもしれないが、サクラスターオーは才能も努力もG1ウマ娘に相応しいウマ娘である。

これが普通のクラシックであったなら、サクラスターオーはホープフルステークスや皐月賞などG1をぶっちぎりで勝っているようなウマ娘である事は、紛う事なき事実。

しかし、そうはならなかった。何故ならば、彼女の世代にはG1ウマ娘に相応しいウマ娘が他にも大勢いるのだ。

もし、競『馬』に詳しい者がいたのなら、なんでこの面子が同じクラシックを走ってるんだと驚愕するような面々である。

相手が強い事は仕方ない事だ。そこにサクラスターオーは干渉できない。だが、驀進をしても勝てなかったのは事実としてあるのだ。

 

 その特に強いウマ娘達と走ったレースの結果は、ホープフルステークスで5着、弥生賞で5着、皐月賞で2着、NHKマイルカップで4着。

掲示板を外した事こそないが、勝利はしていない。

では驀進を止め、普通に走るべきなのだろうか?

そもそも、何故、中長距離のステイヤーとしての才能があるサクラスターオーが『驀進』を志すようになったのか。

 

 過去の話だ。彼女には、共に産まれてくる筈の妹が居た。

しかし、ウマ娘の出産にとって、双子というのは決して慶事ではない。

ウマ娘の多胎妊娠は、最低でも一人が、最悪は全員が流産してしまう。それだけでなく、母体にも危険が及ぶ。

極々稀に、無事出産できる場合もあるが、その確率はおおよそ1000分の1以下。

また、もしその確率を潜り抜けて産まれたとしても、虚弱であったり、ハンデを背負う事が多い。

この事は医学がどれだけ進んだとしても、未だ解決できていない。

サクラスターオーの妹も、この世に産まれる事はなかった。

 

 サクラスターオーがそれを知ったのは、小学生になって暫く経ってからである。

サクラスターオーは才能に溢れる反面、お世辞にも身体が強いとは言えないウマ娘であった。

家族はそんなサクラスターオーを心配し、常に過保護だったのだ。

幼少の頃は特に顕著で、低学年の頃は、登下校は常に車で送迎されていた。

いろいろと身体面で制限されていた事もあり、特に、全力で走る事は強く禁じられていたのだ。

不満に思っても、母親が『ごめんなさい』とぼろぼろと泣くものだから、悲しく辛くとも我慢するしかなかった。

 

 そんな折、自分には妹が『いた』と知ったのだ。

ふとお手洗いに起きた夜中、仏壇の前で手を合わせる両親の背中を見て。

 

 走るどころか産まれてすらこれなかった妹が居たというのに、身体と足が弱く、ろくに走れなかった子供の頃の自分。

才能が有るからこそ、全力で走る事などできようはずが無かった。本気で走れば容易くこの足は砕け散ってしまう。

そんな中、親戚の大分年上のお姉さんが、トゥインクルシリーズで活躍し、ドリームシリーズで走っている事を知った。

流石に今はもう引退してしまったが、現役最後のそのレースを今でも覚えている。

 

 緑のターフの上を、全力で、力いっぱい、楽しそうに走るあの姿。

名前の通りに正に驀進という走りで、スプリントの絶対王者を体現したあの走り。

彼女も決して、頑健な足を持っていたわけではないという。

羨んだ。自分は力いっぱい走れないのに、と。

嫉妬した。自分とそんなに条件は違わない筈なのに、と。

だけど、何より、そんな事よりも。

 

 憧れたのだ。力いっぱい、全速力で走るあの親戚のウマ娘、サクラバクシンオーに。

 

 だが。憧れだけでは、駄目なのか。

そうありたいと願っても、それでも勝利できなければ、意味は無いのか。

 

 サクラスターオーの悩みは、未だ晴れない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 東条ハスミは誰もが認める超一流のトレーナーである。

僅か十四歳で、世界屈指の難関である中央トレーナー試験を合格した天才少女として、トレセン学園に就職。

当時、チーム規定の関係で規模を縮小しながらも、変わらずに最強のチームとして存在したリギルに母のサブトレーナーとして下積みを二年。

十六歳になって、母のチームであるリギルを受け継ぎ、トレーナーとして着任。

彼女がトレーナーとして活動したのはまだ五年でしかない。

しかし、その五年間の中で、チームリギルがG1レースを一度も獲れなかった年など無い、と言えばその優秀さは誰でも解る。

 

 だが、そんなチームリギルがその年のクラシックに出走するウマ娘を出しながら、未だジュニア、クラシックG1を獲っていないのは異例と言えた。

普通ならばさぞや噂も流れたろうが、実際には全くと言っていい程、外部からの口出しは無い。

勿論、キングカメハメハがきっちりG1大阪杯に勝ち、ハーツクライに有の借りを返したのもあるのだろう。

それでも一番の理由は、中央トレセンの『双璧』をあっという間に抜き去った超新星、レグルスの存在だ。

彼女達はあまりに圧倒的すぎた。

本来ならば挑まれる側である強豪の自分達が、絶対を覆すべく挑む挑戦者たちである。

 

 まぁ、それはいいのだ、とハスミは考えている。むしろ、どのように勝つか考えるのは望む所。

トレーナーとしても、勝負師としても、実に熱くなる環境である。

だから、それはいいのだ。

今もデータを纏め、少しでもどうすれば勝率が上がるのか机に向かいキーボードを弾いている所だ。

だが、問題が一つ。

 

「……キズナ」

「はい」

 

 その声はハスミのすぐ後ろの下の方から聞こえた。

そう、問題は、午後からずっと背中に張り付いてるこのウマ娘の方である。

何があったかは知らないが、腕を前に回し、こちらが苦しくならない程度にずーっと背中に抱き着き、顔を埋めている。

 

 何でこんな事をしてるのかを聞いたら、かなり真剣な顔で『こう、何か掴める気がするんです!』と答えられた。

これでもかなりの数の超一流ウマ娘を見てきたハスミである。

そんなウマ娘達が、極限の集中力で発揮する『何か』を、特別な『領域』を持っているのは知っている。

キズナはそんなウマ娘達がその『何か』を掴む時と同じような顔をしていた。何故か。いや、本当に何故か。

 

 たしかにそんな超一流のウマ娘達はどこか突飛な所があるものである。

変わり者が多いのは別にいいのだ。

だが、トレーナーに抱き着いて得られる領域って、一体何だ。

流石に前例が無さ過ぎて、ハスミとしては困惑するしかない。

 

「……何か掴めたの?」

「う~ん…もう少しこのままで」

「……そう」

 

 己の愛バの為ならなんだってやる覚悟はある。身を粉にもしよう、心だってどれだけでも砕こう。

そんなトレーナーだって困惑する事はある。

取り敢えず頭でも撫でればいいのだろうか?

 

「………」

 

 尻尾の動きが機嫌良くなっている。どうやら正解のようだ。

子供の頃からトレーナーを志し、物心ついてからずっとウマ娘と関わり続けているハスミであるが。

やはりウマ娘は神秘である。解らない事など山ほどあるのだなぁ、と。

自然に耳の裏を掻いてやったり背中を優しく撫でてやったりしながら思うのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 ダービー。生涯一度、そのレースは走る事を許される。

 

 ダービー。あらゆるウマ娘にとって、最高の栄誉を約束する。

 

 ダービー。勝負と誇りの世界。

 

 ダービー。夢の頂。

 

1枠1番 キズナ。

1枠2番 ローゼンクロイツ。

2枠3番 ダンスインザダーク。

2枠4番 ジャスタウェイ。

3枠5番 ディープインパクト。

3枠6番 アドマイヤフジ。

4枠7番 サクラスターオー。

4枠8番 ジュエルジェダイト。

5枠9番 リボンファンク。

5枠10番 シンボリクリスエス。

6枠11番 ナリタトップロード。

6枠12番 カブラヤオー。

7枠13番 マイネルレコルト。

7枠14番 アドマイヤジャパン。

7枠15番 シックスセンス。

8枠16番 ドラムリズム。

8枠17番 ポコポコ。

8枠18番 サッカーボーイ。

 

 以上18名。栄光を掴むのは、誰か。



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第四十二話 日本ダービー・開始

現実ももうすぐ日本ダービー、それまでにこっちのレースも終わらせられるかチキンレースだな!


 5月29日。東京レース場は、常ならぬ熱気に包まれていた。

今日、この場で始まるレースは、日本ダービー。

その世代の『最高』を決めるレース。

トゥインクルシリーズの登録者が数千人を超えるというウマ娘の中から、このレースに出られるのはたった18人。

その中での『一番』を決めるレース。栄光を掴めるのは、ただ一人。

それは、ダービーを夢見ながら、出る事さえできないウマ娘の方が、夢を果たせなかったウマ娘の方が、圧倒的に多いということ。

ダービー。それは、数多の夢と、数多の挫折の上に成り立つ。

 

 それでも、そのレースで走る少女達に夢を託さずにはいられないのだ。

 

 熱狂の舞台、日本ダービーにあがったウマ娘は18人。

その中でも、ただ一人が歩む無敗の道に人々の注目は集まっている。

出るレースは全て何らかのレコード。たった一つを除いて2着との差は大差。

そこまで圧倒的となれば、普通は全てが敵となる筈だ。

ウマ娘達には諦観を、観客には退屈を押し付け、トゥインクルシリーズ自体の人気を大いに下げる可能性すらあった。

 

 だが、そうはなっていない。彼女には華があった。彼女には熱があった。

彼女は誰よりも強いというのに、まるで見えない何かを追いかけるように必死だった。

彼女は誰よりも強い己に挑んでくる者がいるのを、とても嬉しそうに見ていた。

彼女の強さが証明されても、それでも諦めず彼女を追いかける者達を見て、とてもあどけなく微笑んだ。

 

 彼女が、他のウマ娘を見る眼はとても純粋だ。

『凄い』『もっと見せて』『走ろう』『負けない』『私が勝つ』。

雲一つ無い、晴天のように澄み切った青い瞳は、そのウマ娘達が己と競い合ってくれる事を、まるで疑っていない。

たまらない瞳だ。

誰よりも強いウマ娘が、己をそんな風に見てくるのだ。

彼女が、ディープインパクトが挑まれはしても嫌われはしないのは、そういう事なのだろう。

 

 今日もディープインパクトが一番人気だ。

老若男女問わず、多くの人々が彼女の走りに夢を見る。

思いも夢も希望も、全てを乗せて走れそうな彼女に魅せられるのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「ふうぅぅぅぅ~~~~……」

 

 控室の中で、ナリタトップロードは余分な熱を逃すかのように息を吐いた。

正直に言えば、勝ち目はかなり薄いのだとは、彼女は自覚していた。

勿論、鍛錬は並のウマ娘より遥かに積んでいる。才能だって、他の人よりも沢山ある。

負ける気なんてものは絶対に無いけど、じゃあ勝てるのかと言われれば、正直厳しいだろう。

ディープインパクトを筆頭に、今年のクラシックは才能に溢れたウマ娘の大豊作だ。

一年に一人から三人いれば時代を作れるようなウマ娘が、十数人も居るという集中具合。

流石に路線の違いもあるので、多少はばらけてもいるが魔境もいい所である。

正直、とんでもない時代にデビューしてしまったものだとナリタトップロードは思っている。

もっと別の時に生まれて、もっと別の時にデビューしていたらまた違っていたのだろうか?

…いや、それはそれでまた似たように『とんでもない時代』になっていたような気がする。

 

「よしっ!」

 

 ぱんっ、と両頬をはって気合を入れる。生まれた時代、デビューする時期、それを考えても仕方がない事だ。

できる事を、精一杯やるしかない。そうしてきたし、そうしていくのだ。

めげず、へこたれず、常に真っ直ぐ前を見て。

ナリタトップロードは走るのだ。

 

 ちなみに、その真っ直ぐでからりとした性格と、抜群のスタイルとビジュアルで、レースに関係しない一般人気は、同期の中でナリタトップロードが頭一つ抜け出している。

日本に限った応援人数ならばなんとディープインパクトを抜いて、名前の通りトップの器だったりするのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁ皆さんお待ちかね、本日のメインレース、日本ダービーの番が回ってまいりました。やはり注目は今回も一番人気、ディープインパクトでしょうか?』

『そうですねぇ、国内に国外レースも全て無敗、勝ち方もね、非常に強いですからね、無敗の三冠あるんじゃないかなと。期待も大きいですねぇ』

 

 実況と解説の声が響く中、各ウマ娘の入場が始まる。

一番人気はかなりの差をつけてディープインパクトである。二番人気はカブラヤオー、僅差で三番人気シンボリクリスエス。

その後もキズナ、サクラスターオーと続いていくが、どこもかなりの僅差だ。

ある意味でこの圧倒的な差が、『絶対的なディープインパクトに他のウマ娘達が勝てるのか』と観客が思っている事を表している。

 

 それでも、入場するウマ娘達の顔に諦めは無い。

気合十分といった表情のキズナ、いつも以上のストイックな姿を見せるカブラヤオー、相変わらずファンに対してもメンチを切っているサッカーボーイ。

ただし、いつもと同じというわけでもない。

いつもの朗らかな笑顔ではなく、真剣な真顔のサクラスターオー。威風堂々としたのではなく、まるで自然体のシンボリクリスエス。

常とは違う彼女達の姿に、観客達もこれがダービー、最高の栄誉を誇るレースなのだとごくりと唾を飲み込む。

 

 注目の一番人気、ディープインパクトは楚々とした振る舞いを見せながら、童女の様に微笑みを携えている。

だが見る者が見れば解るだろう。その瞳に湛えた高熱の闘志の炎。ウマ娘達に伝播する熱がある。

誰も彼もが『負けるものか』と熱を返す中、例外は二人。

熱を遮断するかのように凍てついた顔のカブラヤオーと、伝わっても受け流すかのようにただ在る様を見せるシンボリクリスエス。

 

 いいな、とディープインパクトは素直に思った。

今日のレースは、とても良いものになる。そんな予感がした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁ今回も始まります、世代『最高』のウマ娘を決める日本ダービー。果たして栄誉を掴むのは一体誰なのか』

『三番人気、青葉賞一着で手応えは十分か、進化して帰ってきたぞシンボリクリスエス』

『二番人気、今日も大逃げでレースを引っ張る、驚異の逃げ足カブラヤオー』

『そして一番人気、日本が、世界が誇るレコードブレイカー、今日も伝説を打ち建てるのかディープインパクト』

 

『各ウマ娘ゲートイン完了しました』

『目指すは彼方栄光へ、芝2400m日本ダービー今スタートしました18人綺麗にスタートを切りました!』

『ハナを切るのはやはりこのウマ娘12番カブラヤオーがポンポンポーンと飛び出ました、続く17番ポコポコ』

『9番リボンファンク前目につけます18番大外サッカーボーイ3番人気シンボリクリスエス今回は先行か』

『11番ナリタトップロードが中団先頭につきまして続くのはダンスインザダーク、おっと珍しいサクラスターオーもこの位置』

『2バ身離れまして後方1枠1番キズナがいます、一番人気ディープインパクトはこの位置!シンガリはドラムリズム!各ウマ娘第1コーナーに入ります!』

 

 レース序盤、大勢の予想通りカブラヤオーが大逃げの態勢、同じく逃げウマ娘ポコポコが続くが間には3バ身程の差がある。

5バ身程離れて先行集団にはサッカーボーイ、シンボリクリスエス、ナリタトップロード、アドマイヤジャパンなど。

3バ身離れて中団にダンスインザダーク、サクラスターオー、ジャスタウェイ、マイネルレコルト他。

2バ身離れた後方集団にディープインパクト、キズナ、シックスセンス、ドラムリズムの4人となる。

 

 カブラヤオーの破滅逃げに対し、先頭から最後尾までまだ20バ身も離れていないのは、彼女の逃げがそれだけ警戒されているからでもある。

しかし今回の本命、ディープインパクトは後方から追込みの構え。

勿論彼女の足が変幻自在なのは重々承知であったが、他のウマ娘達の多くは不気味さを感じている。

 

「(ヤツは後方スタートかよ、ってことは狙うのはロングスパートか、データにありやがる3F30秒のバカげた末脚…どっちだ、どっちが来やがる)」

「(衝撃の同胞よ、汝の天翔ける疾走は道半ばよりか、我はそれに命運を賭けようぞ(ディープインパクトさんがやるなら…ロングスパートの方、かな、そっちに賭ける)」

 

 サッカーボーイは今までも見せられた1000mずっとのロングスパートと溜めに溜めた末脚、どちらが来るかを冷静に見極めようとしていた。

ダンスインザダークはロングスパート一本に絞り、それに対応しようと腹を決める。

その他のウマ娘も、先頭を逃げるカブラヤオーに注意を払いつつ、後方にいるディープインパクトに対し気を向けざるをえない。

いつ来るのか、どう来るのか、勝ちを狙う以上、最も手強い相手を気にせずにはいられない。

 

 そんな注目の中、ディープインパクトはプレッシャーを放ちながら未だ静かに追走を続ける。

彼女ほどのウマ娘が放つプレッシャーはそれ自体が立派な武器、戦術となる。

ジリジリとスタミナが削られるが、しかし、あきの公開した情報によって、ウマ娘達のスタミナは全体的に増加傾向だ。

効果が出るには今しばらくの時間が必要だろう。

 

 日本ダービー、レースはまだ始まったばかりである。



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第四十三話 日本ダービー・中盤/開く

マニアワナカッタ…


「今日は追込みかい。一体どんな仕掛けを企んできたんだ?」

「いやだなぁ、そんな人を悪人みたいに。シンプルに、『翔ちゃんの一番強いレースを見せてきて』って言っただけですよ?」

「それだけでも殆どのウマ娘がどうしようもなくなるのだから、全く嫌になるわね」

 

 観客席の一角、そこにリギル、スピカ、レグルスのトレーナー達が集まっていた。

口調だけは世間話の様に軽く装っているが、その眼はどこまでも真剣にレースを見つめている。

ウマ娘をレースに送り出した後、トレーナーにできる事は祈る事、見守る事、応援する事。

そして、分析する事だ。

どうやって勝ったのか、何故負けたのか、自分の愛バが次も、あるいは次こそは勝つにはどうすればいいのか。

ぱっと見には和やかに見える三人の会話も、その裏には常に思考が張り巡らされている。

 

「まぁ翔ちゃんが一番なんですけどね」

「そりゃあ聞き捨てならないな?」

「うちのキズナが劣るとでも?」

 

 おほほ、あはは、と笑いながら目は何処までも笑っていなかった。

確かにトレーナーはレースの外でも思惑を巡らし、勝利を掴む為に足掻くものである。

それはそれとして、誰が相手だろうとも己の愛バが一番!と主張をしないトレーナーなんているわけが無いのであった。

 

「あれほっといていいのー?」

「処置無し。放置推奨」

「いやー。場外乱闘も期待できるんじゃねーのー?実際やったらやべーのの一人勝ちだろうけどな!」

「トレーナーくんは丈夫だけどあくまで人間の範疇だからねぇ」

 

 一時帰国した米国組含めレグルス、リギル、スピカの残りのメンバーの呆れた声をバックに、レースは進んでいく。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『レースは依然、カブラヤオーがアタマを走り軽快に飛ばしていきます。そろそろ1000mを通過タイムは56秒台!これは速い!』

『このペースをどれだけ保てるかがキモですねぇ、彼女もかなり強いので、これはもしやがあるかもしれません』

 

 会場ではお馴染みのカブラヤオーの逃げに歓声が飛ぶ。ダービーで1000mを56秒台はかなりのハイペースである。

どれくらいかと言えば、前年のキングカメハメハのレコード量産ダービー、キングカメハメハが1000m57秒台ペースで走っている。

普通ならばこんなペースの逃げウマ娘は確実に潰れるものと見られ、マークもされず放置が常道。

しかし、カブラヤオーにそれは通じない。

 

「(それしか無いってのは重々承知だけど、差す足残るかしらこれ!?)」

 

 ポコポコは逃げウマ娘であるが、ダービーに出る事が決まってからひたすら差しの練習も追加していた。

何故ならば自分以上の逃げウマ娘が確実に一人はいる事になるからだ。

ディープインパクトが逃げ戦法を取ってきたのならばどちらをマークすべきか迷う所であったが、今回彼女は差し、もしくは追込み。

故にマークはカブラヤオー一択になるわけだがしかし、それは決して楽になるという事ではない。

むしろハイペースに付き合わされ、スタミナが切れた途端に沈んでいくかもしれない諸刃の刃である。

 

「(仕掛け所は直線って言いたい所ですけど…!)」

 

 ナリタトップロードが狙うのは第4コーナー終えての直線一気、しかしそれだけに決め打つにはディープインパクトがあまりにも怖い。

逃げに合わせてペースを上げ過ぎれば直線まで残す足が無くなる。しかしペースを落とし過ぎても逃げを捕まえられない。

ディープインパクトは後方集団からでも捕まえられる自信があるのだろうが、カブラヤオーに対してそれができるのは稀有な例外だけだろう。

普通に考えるなら徐々にペースを上げてロングスパートなのだろうが、彼女の事だから最終直線で纏めて撫で切っても不思議ではない。

そもそもカブラヤオーを差す足を残しながら、差せる距離を保つというだけで相当に難易度が高い。

 

「(けど、やるしかない)」

 

 キズナは敢えてカブラヤオーの事は意識から外した。キズナが見るべきはカブラヤオーではない。

彼女が意識すべきはただ一人であると、ただディープインパクト一人をマークするべきと決めた。

決めたのならば、あとは走り切るだけである。

 

『此処からが中盤戦各ウマ娘未だ隊列を保ったまま!先頭は変わらずカブラヤオー、ポコポコ付いていくが足は残るか!』

『先団先頭はサッカーボーイ、虎視眈々と狙いを定めます遅れて内にシンボリクリスエス外ナリタトップロード!』

『注目ディープインパクトはまだ後方此処からどんな展開を見せるのか!』

 

 

――――――――――――――――

 

 

 シンボリクリスエスは先頭を走るカブラヤオーを見る。いつも通り、見事な逃げだ。

彼女も研鑽を積んだのであろうと一目でわかる。否、ダービーに出ているウマ娘全員に、それは言える事だ。

走るべき道は風と芝が教えてくれる。身体は在るがままに動く。

シンボリクリスエスの身体は疾走を続けながら、その心は凪いでいた。

 

 無念無想。焦りも、威圧も、今のシンボリクリスエスには効果が無い。彼女の走りは一切乱れない。

どんな存在がプレッシャーをかけようと、駆け引きをしようと、まるでぶれない。

全てを受け止めながら、すり抜けるかのような空の心。

駆け引きなどで他のウマ娘の走りを乱して勝利を狙う策士タイプのウマ娘にとって、彼女は天敵の一人となった。

シンボリクリスエスはこのレースでただ一人だけ、後方からのディープインパクトによるプレッシャーの効果を受けていない。

 

 まもなく1600m、残り800m地点にまで差し掛かる。

威圧や焦りに振り回されぬ彼女だけは、カブラヤオーが少しだけペースを落とし、ディープインパクトがじわじわと差を詰めてきているのを感じ取っていた。

風が教える。機、であると。

芝が囁く。今、であると。

シンボリクリスエスは自然と、どこまでも深く心を研ぎ澄ませた。

 

 彼女の領域が開く。そこは、真っ暗な闇である。無明の中に、ただ輪郭だけが浮かぶシンボリクリスエスだけが居る。

周りにあるのはただ漆黒の闇の中、しかしシンボリクリスエスには迷いが無い。

地面が進むべき先を教えてくれる。身に受ける風がその正しさを後押しする。

暗闇の中、駆ける彼女の先には一筋の光が見える。否。その黒鹿毛の髪と、褐色の身体が黒を吸い込んで、光が見えるのだ。

 

 加速する。既に集中は極限である。コースは身体が自然と取る。ただ、走るだけを考える。

 

 漆黒の帝王が、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レースも1600mを過ぎ、残り800m。サクラスターオーの心に過ぎるのは、今までの事。

 

 意外に思われるかもしれないが、サクラスターオーの生来の得意の走り方は驀進ではない。

憧れと並ならぬ鍛錬で『最初から最後まで全力』の驀進を身に着けたが、彼女が得意としているものは王道の先行、差しの走りである。

そして、彼女は己の生来の武器を鈍らせていた訳ではない。むしろ、逆だ。

驀進にとって多く相手となるのがむしろそれなのだから、相手の事を知る為に、驀進に活かす為に、劣らずに磨いていた。

しかし、彼女は憧れを追う事を優先した。彼女の走りは公式レースで使われる事は無かった。

 

 あるいはこの世代で無ければ、それでも良かったかもしれない。

驀進的な走りでも、彼女は多くを勝ち、程々に負け、世間を賑やかに彩ったであろうことは間違いない。

しかし、三女神が何を思ったかは知らないが、そうではなかった。そうはならなかった。

 

 ダービーより前、驀進では勝てない、そう悩む彼女に、一本の電話がかかってきた。

悩んでいた彼女はディスプレイに表示される名前を確認もせず、反射的に電話を取って応答した。

 

「はい、もしもし」

『こんにちは!お久しぶりですね!スターオーさん!』

「え、そ、その声は…」

『はい!サクラバクシンオーです!!』

 

 相手は、サクラバクシンオー。サクラスターオーの憧れ、サクラスターオーの驀進の原点。

そんな彼女が、何故サクラスターオーに連絡を取ってきたのか。

 

『あなたが悩んでいるとあなたのお母さまやトレーナーさんから聞きました!』

「そうだったのですか…」

 

 どうやら、想像以上に心配をかけていたらしい。ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちで一杯になる。

そして、バクシンオーが電話をかけてきてくれたという事。やはり、自分の悩みは見通されているという事だろうか。

 

『だいたいの事は聞いています!ですが!スターオーさんご自身の口から仰ってください!』

「…はい。実は…」

 

 妹が居る筈だった事。好きに走れなかった事。驀進に憧れた事。驀進で勝とうと思った事。それでも勝てなかった事。

全てを吐き出した。

 

『ふむ、ふむふむ。そうですね、私も罪なウマ娘でした!』

「ええと?」

『私に憧れてくれた事、まずはありがとうございます!しょうがないですね!だって私は凄いですから!』

 

 えっへん、と電話越しからですら、バクシンオーが胸を張っているのが窺えるかのような声だった。

だが、それは確かに事実なのだ。短距離、スプリントに限れば正に彼女の独壇場。

現役時代、ライバルと呼べるような相手はニシノフラワーただ一人だけ。

スプリントの絶対覇者、そう呼んでいいくらいには、バクシンオーは強かった。

 

『ですが!私のバクシンとは、私だけのバクシンなのです!何故なら私はサクラバクシンオー!私の走った道こそがバクシンです!

 憧れるのも仕方ないでしょう!しかし、スターオーさん!走った道をなぞるだけで満足でしょうか!?』

 

 どきりとした。憧れるままでいいのか、と言われた。

 

『どうやって走るのを決めるのはスターオーさんでしょう!生まれた時代が違っているので、直接競走できないのは仕方ありません!勿論同じだったら私が勝ちますが!

 それでもです!スターオーさんは、それで良いのですか!?』

「……私の、走り」

 

 どうやって走るのか。何の為に走るのか。何を目指すのか。サクラスターオーのオリジン。

 

「……走って、良いのでしょうか。あの子は走れなかったのに」

『はい!誰が何と言おうと、私はスターオーさんの!あなた自身の走りが見たいです!』

 

 サクラスターオー自身の走り。彼女本来の走り。憧れの、借り物の驀進ではないそれ。

府中芝2400m、ある世界では、決して走る事の無かった其処で、ついに覚醒する。

 

 彼女の領域が開く。そこは、満天の星である。空の下に居るサクラスターオーに、一筋の流れ星が降り落ちてきて、目の前で浮かぶ。

それは、彼女の灯火だ。サクラスターオーは、大事に、大事に、その光を両手に包んで、胸に抱き締める。

胸に抱き締めた星から溢れ出すのは、大量の光と、桜の花びら。

光の中、桜吹雪を切り裂いて、サクラスターオーが走り出す。

 

 加速する。もう迷いは無い。彼女は彼女の『星』を見つけた。

 

 季節を問わず、満開に咲く桜の花が、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 キズナは常に考えていた。己にとっての一番は何なのだろう、と。

レースに勝つ事は大事だ。あの人を追い抜きたいと感じるのは尤もだ。

だが、それが一番大事なのかと問われれば、腑に落ちない気がした。

『魂』が感じるそれと、今此処に居る自分。それを繋ぐのは、何なのか。

 

 考えて、考えて、皐月賞の頃に、一つの答えが見えたような気がした。

自分の事を見てくれているトレーナー。

鍛錬は厳しくも、しかし決して怪我をせぬよう、どこまでも心を砕き、自分を導いてくれる人。

あぁ、そうだ。騒ぎ立てる『魂』と自分を確かに繋いでくれる人が、この人なのだと。

 

 彼女がいつまでも夜遅くまで起きているのを知っている。

少しでも自分のチームのウマ娘達の勝率が上がるよう、常に手を打っているのも知っている。

ウマ娘の為ならば、今まで築いてきたブランドやプライドだって放り出せるのも知っている。

1mだってトレーニングで余分に走らせない事も、絶対に怪我をさせたくないからだと知っている。

 

 それに応えたいと思った。応えて、走りたいと思った。

 

 荒れ狂う『魂』を制御する。

うん、知っているよ。勝ちたいんだと知っている。走りたいんだと知っている。

きっと、自分はウマ娘が持つというその『魂』と特別縁が深いのだろうと思っている。

そして、その気持ちは、自分だってきっと同じだ。

越えたいと思う。勝ちたいと思う。でも、それだけでは駄目だ。だって、走るのは『自分』なのだから。

 

 レースも1600mに差し掛かる。ディープインパクトは今、キズナのすぐ後ろ。

キズナは深く集中する。

 

 彼女の領域が開く。鮮やかなターフの上にキズナが居る。目の前に居るのは、トレーナーだ。

トレーナーがいるからこそ、彼女は走りたいと思う。その気持ちに、応えたいと願う。

キズナはトレーナーの手を握って、彼女の額に持っていき、誓うのだ。

あなたとの『絆』を証明してみせます、と。

 

 加速する。誓うのは絆の証明。『魂』と自分を一体化させて、走ってみせる。

 

 己の愛バこそが最高と大事な人に言わせる為に、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁ1600を過ぎて残り800m此処で展開が動き出しました!』

『シンボリクリスエスとサクラスターオー差を詰めにかかるキズナも後方から動き出した他はどう動くのか!』

 

 レースが動く。終わりは、まだ見えない。




シンボリクリスエス:デバフ完全耐性&発動条件ゆるゆる固有
サクラスターオー:スキルお化け&固有は2種類あって選択制
キズナ:固有確定発動&トレーナーとの友好度に応じて効果アップ
みたいなイメージ。


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第四十四話 日本ダービー決着編・空を駆ける

お待たせしたな!


『さぁ1600を過ぎて残り800m此処で展開が動き出しました!』

『シンボリクリスエスとサクラスターオー差を詰めにかかるキズナも後方から動き出した他はどう動くのか!』

 

 盤面が動き出す中、観客達は固唾を飲んでレースを見つめていた。

前年よりもさらにハイペースの展開、無敗の絶対的王者の動き、それに対抗する為走る各ウマ娘達の動き、瞬きすら惜しいと目を見開いて見つめている。

今の世代のレースは、素人目にも解るほどレベルが高い。

年度代表ウマ娘に選ばれてもおかしくないようなウマ娘達が、ぽんぽん出てくるのだ。

正に魔境、トゥインクルシリーズにおける特異点と言ってもまるでおかしくない。

レースを見つめる観客達は、拳を握り締めながら予感している。

間違いなく、このダービーは『最速』のダービーになるのだと。

ウマ娘達だけではない。多くの人の熱気が、東京レース場を包む。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「どいつもこいつもポンポン開きやがってバーゲンセールかってーんだよなぁったくよー」

「まさしく魔境だねぇ。これダービーじゃなくて宝塚記念か、有記念なんじゃないかな?」

 

 複数人が領域に入り込もうとしているのを感じ取り、オルフェーヴルは胡乱げな眼を向け、ディープスカイは溜息を吐いた。

普通、たとえダービーとはいえ、領域に入り込めるウマ娘は一人か二人くらいなものである。

才能有るウマ娘でも、クラシック期にはまだ入り込めないなんて事は珍しくも無い。

だというのに、もう入り込めるレベルが五人。最早グランプリレースと言ってしまっても過言ではない。

 

 ちなみに、今年の有記念になるともっと酷いと予想される。

筆頭ディープインパクトのラインクラフトとシーザリオのチームレグルスの三人。

ハーツクライ、キングカメハメハが確定のシニア組の二人。

既に踏み入れているカブラヤオー、シンボリクリスエス、キズナ、サクラスターオーのクラシック同期の四人。

さらに此処からナリタトップロード、ダンスインザダーク、サッカーボーイ、ジャスタウェイの今年中には足を踏み入れてるんじゃないかという四人。

シニア組でも才能のある者は他にも居るし、下手したらジャパンカップと有記念両方に外国のウマ娘が殴り込んでくる可能性だってある。

何せディープインパクト自身が散々に海外芝レースを荒らす予定なのだから、向こうだって同じ事をしてくるかもしれないのだ。

故に、最低九人、下手したら十八人全員領域に入り込めるウマ娘達による夢のグランプリ有記念が開催される。

G1勝利数やレース出場数によるドリームシリーズ移行規定が無かった昔ならともかく、今ではちょっと考えられない。

 

「カブラヤオー君は確定か」

「おう。ちょっとおもしれーぜ?」

 

 確かにカブラヤオーは領域に入り込んだが、それだけでは片手落ちだ。

領域に入り込むには極限の集中が必要で、レース中にその集中を作り出すのは難しい。

多くのウマ娘にとっては、領域に入り込むまでをルーティン化する事により、それを発動している。

ルーティンは様々で、それを達成できなければ普通は領域には入れない。

中には精神一つであらゆるルーティンをぶっ飛ばして領域に入り込むなんて奴もいるかもしれないが、そういうのは例外中の例外だ。

ともあれ、ルーティンを崩されれば領域には入り込めない。

 

 故に、カブラヤオーには『絶対に入り込めるよう』仕込んだ。

 

「タネは簡単よ。この世代はやたらと領域に入り込むからな」

「あぁ…そういう事か」

 

 そう、仕掛けは簡単。カブラヤオーは破滅逃げと呼んでいい逃げウマ娘である。

そして、同じ世代でカブラヤオーに匹敵する逃げができるのは例外一人だけしかいない。

他の領域持ちは、必ずカブラヤオーの後ろで領域に入り込む。

 

 ならば、その領域に反応するようにしてやれば良い。

 

 カブラヤオーは度を越した臆病である。後ろのウマ娘の気配が変われば即座に気づく。

そして、相手の領域に気づいた時に、カブラヤオーの頭の中を恐怖で振り切らせるよう、オルフェーヴルは仕込んだのだ。

今のカブラヤオーには、もう誰が前に居ようが関係は無い。後ろで領域に入り込んだウマ娘が現れた瞬間、カブラヤオーの心はたった一つに埋まる。

 

 破滅逃げと言われるスタイルと、それで最後まで走り切れるスタミナを持つからこそ成り立つ、全自動カウンター式領域。

それが、オルフェーヴルがカブラヤオーに仕込んだ手品である。

それでもあのディープインパクトに勝てるかどうかと言えばぶっちゃけかなり厳しいだろうが、少なくとも勝負の場には持っていけるとオルフェーヴルは思っている。

 

 しかし、今回のダービーでスピカ所属のウマ娘はカブラヤオーだけではない。

では、そのもう一人が今回どうかと言えば……

 

「で?そっちのカブラヤオー君は入り込んでるだろうけど、ジャスタウェイ君は?」

「まぁ今回のレースじゃ無理だろ。だって葦毛いねーもん」

 

 スピカ所属、ジャスタウェイ。才能は確かにピカイチなのだが、今現在、チームメイトにもライバル達にも葦毛が居ない為、低調である。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 カブラヤオーは才能に溢れたウマ娘である。

少なくとも、適切なトレーニングを積み、適切な時を選び、怪我という不運がないとしたら、シンボリルドルフ以来の無敗三冠すら可能であっただろうウマ娘だ。

津上あきから見て『ディープインパクトに勝てる項目がある』とはそういう事である。

 

 その上で、カブラヤオーのメンタルはどうしようもない程貧弱である。

そもそもカブラヤオーの根性は『鍛える』や『克服する』といったことに一切の適性が無い。

熾烈な競走やせめぎ合いで、最後に頼るべき精神的な強さを、マイナス方面でぶっ千切っている。

 

 溢れる素質に弱すぎるメンタル、それがカブラヤオーの領域が中途半端であった本質である。

もし、カブラヤオーにレースに出る一般的なウマ娘並の根性があれば、とっくに領域をものにしていた。

そして、普通のトレーニングではカブラヤオーに領域を目覚めさせる事はできない。

何故ならば、カブラヤオーにメンタル的な訓練の適性がまるで無いからだ。

 

 それを理解したオルフェーヴルは、だからこそ『逆』のやり方でカブラヤオーに領域を習得させた。

というより、それ以外にカブラヤオーに領域を会得させる方法が無い。

澄み切った精神や迸る闘志など望むべくもない故に、本来ならばマイナス感情の恐怖で精神を振り切らせる。

普通ならば精神が折れて、レースになど出れる筈も無いのだが、カブラヤオーだけは例外だ。

そもそもとしてカブラヤオーの心は元から折れるどころか木っ端微塵に粉砕されているからである。

 

 ウマ娘にもヒトにも極度の対人恐怖症にしてコミュ障、外側を取り繕えているのも全く知らない他人とは喋れないし表情が固まってしまうからだけ。

少しでもコミュニケーションが取れる対象にはすぐ化けの皮が剥がれ、泣くわ喚くわ縋るわ甘ったれるわ。

およそ競技者として度胸というものが欠片も無いカブラヤオーは、可能ならレースに出ることなく部屋に引き篭もっていたいとトレーナーにすら臆面もなく言う。

心が折れるどころかまず建設されてないレベルである。普通、そんなウマ娘が領域に入り込める程強いウマ娘である筈が無い。

 

 だが、カブラヤオーはそれでもレースに勝てる。勝ててしまえる。

それが、逆説的にカブラヤオーが領域に入り込める事を証明する。

 

 

 カブラヤオーの心を占めるのは多くの恐怖と、走る事、逃げる事、ほんのちょっぴりある勝ちたい気持ちだ。

しかし、鋭敏なカブラヤオーの感覚が、後方を走るウマ娘の気配が変わるのを捉える。

間違いない、領域に入り込んだウマ娘達がいるのだ。

その瞬間、カブラヤオーの精神は恐怖に振り切れた。

 

 彼女の領域がこじ開けられる。カブラヤオーが必死に逃げる。

後ろには追ってくるものがいる。右にも。左にも。そして前にも出現した。

泣き顔で周りを見渡したカブラヤオーがバッと上を向く。そうだ、空なら開いている…!

踏み切って、まるで矢の様に空へと飛び出した。もう、何処に誰が居ようと関係ない。

彼女の足が『全てから逃げきれ』と身体を急かすのだから。

 

 加速する。もう誰であろうと、彼女の逃走は止められない。

 

 風を切り裂く鏑矢が、音を鳴らして府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 ディープインパクトは強い。スピード、パワー、スタミナ、メンタル、テクニック、全て図抜けている。

そんな彼女は勿論、領域に入り込める。しかも、ただ入り込めるだけではない。

勿論、精神の中のそれであるので一つではあるのだが、逃げ、先行、差し、追込み、戦法によってそれぞれ効果が微妙に違うのだ。

 

 レグルスのメンバーに脚質の得意不得意は無いが、好みがあるというのは、其処にある。

ディープインパクトは走り方では追込みが一番好みなのだ。それが一番『深く』入り込める。

 

 ディープインパクトの眼の前で走るウマ娘達が、次々と領域に入り込んでいく。

実に嬉しかった。彼女達に大差で勝った事は自覚している。それでも、諦めてなかった。

勝とうとしている。負けたくないと思っている。勝ちたいと歯を喰いしばっている。

あぁ、そうだ。そうなのだ。『自分と似ている』のだ。

『一緒』だとは言わない。言えない。幼馴染達は、直接知っている。あれを見て、まだそう思う自分の方が変だとは自覚がある。

 

 でも。あぁ、それでも。

『たった一人に勝ちたい』と走る彼女達も、『自分と同じように』、『彼女』を目指してくれないかと期待してしまう。

勿論、その為に負ける気は無い。むしろ、『彼女』を目指す為にはもっともっともっと勝利を積み上げて。

それでも到底届かないその高みを目指して、駆け上がる必要がある。

その為にも負けられない。負けるわけにはいかない。

何故ならば、自分は彼女が認めた『最高』なのだから。

 

『さぁ第四コーナーを回って!先頭カブラヤオー!だが後続が次々と上がってきました!』

 

 最終直線に入る。直線525.9m。高低差は最早関係が無い。全て、全部、何もかも。

 

凌 駕 す る 。

 

 彼女の世界が塗り替わる。どこまでも澄み渡る青空の上。雲を切り、風を追い越すディープインパクト。

その遥か先を行く光が微かに見える。何処までも速く。何よりも輝く。彼女を導き、ただ彼女だけが追いかける光。

遥か遠くに在っても届くその眩しさに、彼女は目を細めない。

――嗚呼、未だ手も届かぬ光だとしても。

走る。離されるだけの疾走と理解しながら。

走る。その光を決して見失わないように。

顔を下げる暇は無い。絶望する時間は無い。諦めている余裕は無い。

手を伸ばせ。足を踏み出せ。たとえ道など見えぬ果てだとしても。何故ならば、光は教えてくれたのだ。

 

 だって、走るのはこんなにも楽しい!

 

 加速する。加速する。加速する。風を切り、地面ではなく、空を駆けるかのように。

勝利への執念も敗北への恐怖も走る事の楽しさも、全部、全部を推進力に変えて。

『奇跡』が認めた、『奇跡に最も近いウマ娘』が、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『最終直線に入った此処でディープインパクト動いた外に回る!』

 

 最終直線、ついにディープインパクトが動いた。否、観客にはそう見えただけで、実際にはコーナーに入る前からじわじわと加速していたのだ。

だが、直線に入ってスパートをかけた、だからそう見えているだけ。外に持ち出したのは、其処が空いているから。

スタミナが切れ、ずるずると落ちるポコポコをあっという間に交わし。

 

『残り400を切った先頭カブラヤオー粘るキズナとサクラスターオーが追い上げたシンボリクリスエス迫る!』

 

 同じく最終直線に入ってスパートをかけ始めたサッカーボーイやナリタトップロード、ダンスインザダーク達を追い抜き。

 

『逃げ切るか!?カブラヤオーまだ抜かせない必死で逃げるしかし外から!外から一人このウマ娘!』

 

 領域に入った五人を射程に捉え。

 

『大ォ外からディープインパクト先頭五人に並ぶぁわない!一気にかわす直線外一気ぃー!』

 

 そして、全てを抜き去り。

 

『強い!速い!無敗を貫くのは最早運命なのか!先頭ディープインパクト圧勝ゴォールイン!』

 

 空を駆ける英雄が、その強さを証明した。

 

『二着争いは解りません今五人並んでゴォール!これは解りません写真判定でしょうか!』

 

 そして、審議の末、掲示板に表示された番号は。

 

東京 11R 確定

 

Ⅰ 5

   >7

Ⅱ 1

   >同着

Ⅲ 12

   >ハナ

Ⅳ 7

   >同着

Ⅴ 10

       レコード

芝良 タイム 2:19:5

 

1着ディープインパクト、しかしとうとう着差が『大差』ではなくなった。

それ以外にも、2着同着のカブラヤオーとキズナ、4着同着のサクラスターオーとシンボリクリスエスのタイムは2分20秒7。

そう、オークスでのレグルスのメンバー、シーザリオの2分20秒9を僅かに上回っている。

ディープインパクトは未だ無敗。しかし、他のウマ娘達も確かにその身に届かせんと切磋琢磨している。

 

 ディープインパクトは右手でピースサインを作り、天に掲げる。

既に英国一冠、日本二冠、G1勝利数は5。果たして、無敗は何処まで続くのか。

人々は、彼女の背中に夢を見る。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レースが終わった後、ライブが始まるまでの間。

記者たちに囲まれるディープインパクトとあきが、ふと己に向けられる熱く、純粋な視線に気づく。

其処にいたのはまだ小学校低学年くらいの、二人のウマ娘だ。

きらきらとした眼でディープインパクトを見ている。

一目見て解った。あぁ、これは。

 

 報道陣の間を割って、二人の元へと歩み寄る。騒めく報道陣は察した幼馴染が抑えてくれた。

突然の事に驚く二人に、しゃがんで目線を合わせる。

 

「私を応援してくれてたのかな」

「は、はい!ダービー!他のレースも!凄かったです!」

 

 緊張で二人とも固まっていたが、声を掛ければ右耳に飾りをつけた幼いウマ娘が興奮して返す。

 

「うん。ありがとう」

「あ、あの!私!私、ディープインパクトさんみたいな凄いウマ娘になります!」

 

 きらきらと夢を信じて輝く瞳を受け止めながら、ディープインパクトは微笑んで二人の頭を撫でる。

 

「なれるよ。あなた達なら、なれる」

 

 きっと、この子達なら凄い事をやれるのだろう、という確信が有る。

あぁ、この子達が自分のクラシックにいなくて残念だとも思う。

 

「あなた達の名前は?」

「わ、私はデアリングタクトです!」

 

 今まで緊張で話せなかった左耳に飾りをつけた子が答える。目指すのはトリプルティアラだろうか。

そして。

 

「私!私の名前は――」

 

 きっと多くの夢を乗せて走るだろうこの娘。見た人の夢を背中に走るだろうこの娘。

 

「コントレイルです!!」

 

 大丈夫。きっと、未来のレースも絶対に面白い。




カブラヤオー:他のウマ娘が固有を発動したら確定発動。ステータスはスピードとスタミナが高いけど根性クソ雑魚ナメクジ、さらに根性の成長補正にマイナスついてる。

ディープインパクト:逃げ、先行、差し、追込みで固有効果が違う。
逃げ・加速+自分が発動したスキルの分だけスタミナ回復(回復補正・微)
先行・加速+他のウマ娘が発動したデバフの分だけ追加加速(追加加速補正・微)
差し・加速+自分が発動したスキルの分だけ追加加速(追加加速補正・小)
追込み・加速+相手が発動した固有の分だけ追加加速(追加加速補正・大)

こんなイメージ。


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第四十五話 ダービーが終わってまたダービー/だれもしらない

お待たせしました!ほな、ダービー(2回目)や…


 見事日本ダービーを制覇したディープインパクトであるが、次に出るのもまたダービー、一週間後の英国エプソムダービーである。

普通なら中一週間*1で外国遠征など正気の沙汰ではないが、それを通せてしまうのがレグルス、というよりあきの力だ。

なんならグリーナムステークスから皐月賞の中一週、英国2000ギニーステークスからNHKマイルカップの中一週で逆なら既に行っており、しかも勝っている。

その上で疲労も不調も一切無く、調子は絶好調に固定というのだから、レース関係者として凡そ理解できない芸当である。

無論、長年にわたる肉体改造と的確に調子を整えるあきの人外技量があってこその話であるが、他の者にとっては最早悪夢と言っても過言ではない。

 

「二日は日本で調整、移動して三日でイギリスに合わせるからねー」

「ぁ~ぃ」

 

 ベッドの上で横たわるディープインパクトに整体を施しながら、あきが言う。

レグルスのメンバー、もしくは夏合宿で味わったスピカ、リギルのメンバーが言うには、あきのマッサージの腕は魔性である。

的確にコリをほぐし、血流の改善、筋肉と骨の歪みを修正、これらを一切の痛み無くこなすのだ。

選手たるウマ娘達も勿論であるが、実はもっとヤバかったのはトレーナーや研究者の方である。

長時間の資料の読み込み、データ作成などで肩こり、腰痛、眼精疲労はトレーナーの職業病である。

それが嘘のように消えて無くなっていくのだから、もうたまらない。

アグネスタキオンと合わせかなりガチめな眼であきを見つめていたのもしょうがない事だと言えよう。

結局は三ヶ月に一回の整体を報酬に、あき達トレーナーが居ない時、レグルス面々の手続き代行などの面倒を見る事に落ち着いた。

ネットワークを使ってリアルタイムでトレーニングの指示ができても、トレーナーの監督がなければ使えない施設は勿論あるのだ。

 

「評判だけ見ればエプソムダービーで注意すべきなのは、ガリレオさん、シンダーさん、モティヴェーターさんかなぁ。

 2000ギニーの方では勝ったけどドバウィさん、オラトリオさんもちょっと見逃せないね。」

 

 それでもあきはディープインパクトの勝利をまるで疑っていなかった。

肉体においても、技術においても、適性においても、全てディープインパクトが勝っていると確信していた。

イギリス本国でも大多数の見方は、それと同じだった。

あの無敵の無敗ウマ娘に一体どれだけ差を詰められるのか?

レースの本場、イギリスのレース関係者としては業腹ではあるが、今のディープインパクトに勝ち目を見出せるウマ娘が果たして存在しているのか。

無論、レースに出るウマ娘達は勝つ為に走るし、トレーナー達は勝たせる為に必死で考えるだろう。

だが、それ以外の、外からレースを眺める面々の眼には、最早『勝利』を見出す事はできなかった。

それはエプソムダービーの出走人数からも見て取られている。

元々、欧米のレースは少数精鋭主義。G1レースでも、十人未満で開催されるという事はそれほど珍しくも無い。

『勝ち目が無い』と見られたレースにはそもそも出ない、という選択肢が取られる事は多い。ウマ娘の実力というものに対し、常にシビアな目線で見られているのだ。

しかし、今回のエプソムダービーの出走人数は、なんと7人しかいない。

イギリスでも特に権威あるレースであるダービーで、である。

『ダービーウマ娘になる事は、一国の宰相になる事よりも難しい』と言われた国で、欧州に産まれたウマ娘の大多数が目指すレースで、である。

これは、長いエプソムダービーの歴史の中でも最少の出走人数だ。

多くの陣営が『出ても負けるだけだ』と諦めたと見るべきなのか。

それとも、『ディープインパクトに勝つ算段がある』と勝負に出た者が6人も居ると見るべきなのか。

アイルランドより、ガリレオ、シンダー、ドバウィ、オラトリオの4名。

イギリスからは、モティヴェーターが1名のみ。

欧州からはこの5名であるが、今年は以前あきが言ったようにアイルランド勢が強い年のようである。

そして、誰も彼もが忘れている一人。戦績は一戦一勝。所属はアメリカ。

誰もが、出走人数が少なすぎるから選ばれているのだと見ていた。

あるいは、あきですらも、意識から外していた。

データが少なすぎる為か、一回しかレースに出た事のないウマ娘故に、警戒するにしても最低限で良い、と。

 

 世界は、まだ誰も彼女を知らない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 イギリストレセン学園。とある一室にて、一人のトレーナーとウマ娘が向き合っていた。

トレーナーがウマ娘に対し、万感の思いを込めて告げる。

 

「間に合ったな」

「ええ」

 

 友人であった彼女のトレーナーが亡くなり。打ちひしがれていた彼女を叱咤し。ディープインパクトという壁を知り。それを打ち破る為に重ねてきた月日。

過ぎ去れば閃光のような、一瞬とも思える日々。

このトレーナーと彼女は、その日々をただ、ただ、おおよそ7分と少しの、極々短い時間だけにこそ費やす為に。

 

「解っているな?」

「勿論」

 

 互いに対し、ただ短く問い、短く答える。

トレーナーは全力を尽くし、ウマ娘はそれに応えた。

狙うレースは、たった三つ。

イギリスエプソムダービー。

キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス。

凱旋門賞。

この、三つのみ。

その三つだけを目指した。その三つだけでいい。

 

「さぁ、いこう」

「――えぇ」

 

 世界中の誰もが知る彼女に勝つ為に。

世界中がまだ知らないものを見せる為に。

 

 世界がまだ知らない彼女の名前は、ラムタラ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 6月4日。イギリス、エプソムレース場。

今日のエプソムは、静かな熱気に包まれていた。

老若男女、貴賤を問わず多くの観客が集まっている。

史上最少のダービーに対し、それでもどんなレースが見れるというのか、期待は否が応でも高まっている。

全員解っているのだ。このダービーは類を見ないものになる。

 

「んー、やっぱ日本とはちょっと違うなー」

 

 しかし、そんな会場の熱気もどこ吹く風と、あきはのんびりと見ていた。見ていた筈だった。

ただ、一人のウマ娘を眼に入れるまでは。

 

「―――!?」

 

 そのチートで人類の限界を突破した眼が彼女を捉える。捉えただけで理解する。

なんだ、それは、そこまで、どうやって、ただそれだけを?

普通では有り得ない、通常なら考えださない、思っても実行に移さない。

 

 みしり、と掴んだ柵が音を立てた。あきは今、信じられないものを見た。

まさか、まさか、まさか。

 

「勝率、4割――」

 

 誰よりも強く育てた筈の教え子に対して、『有利』が初めてついたウマ娘。

 

「ラムタラ ―― 翔ちゃん、このレース、一筋縄じゃあいかない……!」

 

 全くのノーマークだった筈の、世界が未だ知らない彼女が、牙を剥く。

*1
レース用語ではなく、純粋な期間として




柵「ヒギィ!」


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第四十六話 ダービー終わってまたダービー/めにみえぬもの

お待たせ!


 あきがラムタラを一目見てその強さに気づいた頃、他の出場ウマ娘達はどうかというと、勿論気づいていた。

この場に集まるのは押しも押されもせぬ一流のウマ娘達だけである。ラムタラが強いウマ娘である事は一目瞭然であった。

 

「ふぅん。あれが鬼気迫るってものか」

 

 感じた戦慄は顔に出さずとも、背中に冷汗を一筋垂らしながらシンダーが呟く。

あれが1勝クラスのウマ娘?一体なんていう冗談なのか!

彼女から感じる圧は重々しく、鋭い。クラシックどころか、シニアのウマ娘を探しても此処までの圧を放てる者はいるかどうか。

ディープインパクトだけでもお腹いっぱいであるというのに、いきなりとんでもない伏兵が飛び出てきた。

 

「いやはや。これだから世界ってのはわからないものさ」

 

 ガリレオが肩をすくめて零す。全くのノーマーク、欠片も意識していなかった選手がいきなり要注意に変貌した。

デビュー戦に勝利しただけのウマ娘、という認識で、意図して今日まで隠してきたとしたら、ウマ娘もそのトレーナーもとんだ策士である。

初見の印象だけでいうなら、まんまと向こうに持っていかれた形となる。

実際に、レースに出るウマ娘はもう彼女から目が離せない。元から目が離せない化物が一人いたというのに、二人に増えたのだ。

 

「………」

 

 そして、ディープインパクトはただ、無言でラムタラを見ていた。

いつものように強い相手が来た、と微笑むのでもなく。ただ、推し量るように。

その眼は闘志に満たされるのではなく、何かを見通そうかというように、透徹な眼をしていた。

 

 ダービー。一国の宰相となるよりも得難きもの。

 

 ダービー。数多の夢と、輝きを飲み込む舞台。

 

 ダービー。灼熱の勝負の世界。

 

 波乱を秘め、欧州三大レース、その一つ目が始まる。

 

 

――――――――――――――――

 

 

1枠1番 ドバウィ

2枠2番 ガリレオ

3枠3番 ディープインパクト

4枠4番 ラムタラ

5枠5番 モティヴェーター

6枠6番 シンダー

7枠7番 オラトリオ

 

 

――――――――――――――――

 

 

 今、ベルの音と共にエプソムダービーのスタートが切られた。

それを、ラムタラのトレーナー、その『代理人』と呼ばれる彼はじっと見ていた。

この日の為に、多くの鍛錬を積んできた。数多の作戦を考案した。擦り切れる程にデータを見返した。

この瞬間に始まった、たった150秒にも届かないだろう、短い時間の全てを駆ける為に。

その為に。その為に、また多くのものを捨ててきた。ウマ娘として、走るレースに関わる多くのものを。

 

 狙ったのは、欧州三大レースだ。

しかし、欧州三大レースといえど走る国はたった2ヶ国。

だから、適性はその2ヶ国の芝だけでいい。

だから、英国芝と仏国芝以外の適性を『捨てた』。

 

 狙ったのは、たった三つのレースだけだ。

しかし、その三つどれもが2400m台の距離。

だから、その距離だけを走れればいい。

だから、それ以外の距離適性は全て『捨てた』。

 

 彼女の『トレーナー』は、遺した彼女の育成プランを、実に見事に立てていた。

彼の元々想定していた適性は欧州の主要国の芝全て、距離適性は1800~3000m。

こうすればラムタラはそれら全てで活躍できるウマ娘になれる筈だと、心から信じて。

だからこそ、そこから逆算したのだ。

2400m未満のレースに出る為のトレーニングを削り。2400m台より長いレースに出る為の鍛錬を削いで。

彼の、『トレーナー』のプランも『捨てた』。

 

「だからこそ、届く。この場所。この距離。ただそれだけに研ぎ澄ませた」

 

 それ以外は、全て不要だ。

 

「走れ。駆けろ」

 

 彼の遺志。己の夢。彼女の決意。持っていくのはそれだけでいい。

 

「勝て。ラムタラ」

 

 炯炯とした光を目に宿らせながら、彼は亡き友の――そして己の愛バの勝利を願った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 まずハナを取ったのはオラトリオとシンダー。およそ差が無く先頭を二人が走る。

続いてモティヴェーター、ガリレオ、ドバウィが続き、ディープインパクトとラムタラは後方から。

しかし先頭からシンガリまでそれほど差は空いていない。およそ10バ身の範囲に収まっている。

 

「(――重い。凄く、強い思い。『勝ち』にかけた願い)」

 

 すぐ横を走るラムタラからディープインパクトが感じた事。

彼女が強い事はすぐ解った。どれだけ強い思いを抱いているかも。

楽しみと思う筈だった。怖いと感じる筈だった。

だけど、違う。

確かに楽しさも怖さも感じたけど、違う。それで走るべきじゃあないと、そう思った。

 

 パドックの間中見て。レースが始まる前まで見て。こうしてレースが始まって。

あぁ、やっと解った。

彼女はただ、必死で。多分、『まだ』、必死であるだけなのだ。

捨てて、捨てて、捨てて、多分、おそらく、彼女にとって大切な『それ』だけに。

走る事の楽しさすら捨てて。

 

「(――だから。負けられない。勝ちたい――勝つ)」

 

 負けられない。負けてはいけない。恐怖でもなく。楽しさでもなく。

ただ、ただ、ディープインパクトはそう決意した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「英国と仏国…いや、正確にはエプソム、アスコット、ロンシャンのみ特化。距離適性2400台のみ……」

 

 レースを見つめるあきの眼には正確にラムタラのデータが映し出される。

彼女でも他に類を見ない程に、そのデータは完全に狂気の域に達していた。

元の脚質からして1800から3000まで問題無く走れたものを、完全に2400台に特化。

芝への適性もその三つのレース場のみ完璧にし、月単位の修正をかける事で理論上の最高値を本番で発揮させる。

おそらく、調整をミスればその三つのレース場でも掲示板が精々。

そして三つのレース場以外なら論外である。

距離に関しても適性はぴったり2400台、それ以外の距離は100mの違いで入れて掲示板、200m違えば着外に沈む。

 

 本当に、ただただ『欧州三冠だけを獲る為だけ』に整えられた肉体。

確かに、確かにそこまでやればディープインパクト達に勝てるかもしれないが、やろうとする人もやれる人も存在するとは考えていなかった。

やろうとするならばその難易度の前に挫折し、やれるならば正気のまま狂気に突っ込んでいる。

繊細なんてものじゃない調整を、正しく実行せねばできよう筈も無い。そんな事ができるのはあきだけであると。

 

「あぁ…いや…そうか、『だからこそ』可能なのか」

 

 そして、気付く。アグネスタキオン達に言われた事。

あきの技能を再現するならば、研究所を一つ建てて、ウマ娘が何かする度に其処で調査して調整せねば、と。

だが、アグネスタキオン達研究者の尽力のおかげでこの難易度も多少、本当に多少だが下がっている。

しかし、不可能ではないのだ。そう、莫大な資金と技術さえあれば。

 

「オイルマネー。それさえあれば、不可能じゃあない」

 

 だから、それを実際にした人がいた。これは、ただそういう話なのだ。

ラムタラの『代理人』という、褐色の肌を持つ彼が、それをできる立場に居たという、それだけの話。

 

「でも、それでも勝つのは翔ちゃんだ…!」

 

 いつだって、彼女は期待に応えてくれた。いつだって、彼女は駆け抜けてくれた。

あきが初めてファンになったウマ娘は、いつだって輝きを放つのだ。

己の愛バの勝利を疑うトレーナーなど、居はしない。

 

「がぁんばれー!翔ちゃあぁぁぁん!」

 

 だからあきは信じる。きっとディープインパクトが1着になると。

それが、レースを走る愛バにトレーナーができる、ただ一つの事なのだから。




柵『ユルシテ!オネエサンユルシテ!』ミシィ!


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第四十七話 ダービー終わってまたダービー/ゆずれないもの

お待たせ!
まぁいろいろと難産だったのもあるけど、うん、まぁ気候もね…
暑すぎるのも寒すぎるのもいやぁーキッツイ。
ずっと春か秋ならいいのになぁ!


チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える

 

第四十七話 ダービー終わってまたダービー/ゆずれないもの

 

『1000mを過ぎましてペースはこれは早めでしょうか、先頭は変わらずシンダー、離れずオラトリオが続きます』

『続いて3バ身程空いてガリレオ、モティヴェーター、ドバウィが中団を形成、さらに4バ身後ろに注目バディープインパクト、隣にラムタラが並んでいます』

 

 エプソムレース場は非常に苦しいコースをしている。

スタートから1000m地点まで続く上り坂、600mの長い最終直線、ゴール手前200mでは勾配の急な上り坂、とにかくパワーとタフさが求められる。

どれ程厳しいかと言われれば、エプソムダービーのゴールタイムで2分33秒を切ったウマ娘は未だ存在していない。

ほぼ同じ距離であるアイリッシュダービーや、同じ欧州三大レースとされるKG6&QEステークス、凱旋門賞では2分30秒を切るタイムが出ている事から、このコースの難しさが解るものだろう。

 

 しかし。その全ては過去にすべきなのだ。

 

「(2分30秒、切るのが『最低限』!)」

「(それより縮められればなお良い!)」

「「(いざ…勝負!)」」

 

 ガリレオとシンダーはディープインパクトならば絶対に2分30秒を切ると確信していた。

つまり、戦うならばエプソムダービーのレースレコードを3秒以上縮めなければ勝負にならない。

なんと理不尽なことか!だが、心は何処までも燃えていた。

 

 ガリレオもシンダーも才能に溢れたウマ娘である。

お互いやその他ライバルと呼べるウマ娘は居ようとも、『勝てない』と思うようなウマ娘など居もしなかった。

だが、世界は己達が思っていたよりもずっとずっと広かったのだ。

レースの本場と言われるような欧州で、その立場にあぐらをかいていたと、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃が走った。

 

 自分が、自分達が、それこそ一生涯かけても、勝てるかどうか解らないような相手。

恐怖すべきか?否。絶望すべきか?否。

抱くべきは歓喜。するべきは感謝だ。

 

 『地域』も『国』も『大陸』も越えて、世界中に彼女達は宣言したのだ。『一緒に競走しよう』と。『誰からの挑戦も受ける』と。

世界中のウマ娘が、世界中のレースファンが『あのウマ娘が強い、いやこっちの方が』と論を交わす中に、『そういうのは私達を見てから言え』と飛び込んできたのだ。

痛快ではないか。爽快ではないか。そう、最早レグルスはただの日本の一チームではない。

此処からは、この世代からはレグルスこそが『世界』の強さの基準となる。

ガリレオとシンダーはそう予感していた。

だからこそ、この巡り合わせに感謝していた。

 

 ディープインパクトは間違いなく強い。素質も才能も、世界を見渡しても稀に見るレベルなのは間違いが無い。

だが素質や才能に限って言えば、『ディープインパクトを上回るウマ娘』は今後、必ず、何十人、何百人も現れる。

しかし、『幼少期からずっと津上あきに競技者として育てられたウマ娘』なんてものは、片手の指で数えられるくらいしかお目にかかれないだろう。

だからこそ、ディープインパクトは長い歴史の中で『最強』として刻まれる。数多のウマ娘の中で最強を選べと言われた時に、まず一人目に選ばれる。

その最強に挑めるのは、はっきり白黒つけられるのは、この世代だけなのだ。

彼女に勝てるならば、誰もが、歴史からすらも『あの最強に勝ったウマ娘』であると認められるのだ。

火がつかないわけがない。燃え上がらない筈がない。『自分は強い』と自負するウマ娘にとって、彼女達は具現化した目標なのだ。

 

 モティヴェーターやオラトリオ、ドバウィ達もそう思ったからこそ、『勝ちたい』と願ったからこそ今、このレースを走っている。

熱意、気迫、どれをとっても、皆G1ウマ娘に相応しい気概とそれに裏打ちされた実力を持っている。

しかし、いや、だからこそと言うべきなのか。

 

「(あいつは…あのラムタラは何だ…!)」

「(あの圧…普通じゃあない…!)」

「(ちょっと前はあんなんじゃあなかった筈でしょ…!)」

 

 三人の背筋に冷汗が流れる。明らかに、勝利に注ぐ情念が違う。

あんなにも苛烈でドロドロとしたものは見た事が無い。

特にドバウィは彼女のトレーナーがラムタラの元トレーナーとは関係者、現トレーナーと親族である為、幾らか面識があったのだが、それでもああして走る姿は別人としか思えない。

だが、飲まれるわけにはいかない。負けていい理由が無い。

自分がそうならば、相手だって同じであろう事は当然であると思う一方で。

一体、何をどうすればあんな執念の塊にまでなれるのか。

三人は、いや、レース場に居る観客達ですら、戦慄を覚えずにはいられなかった。

 

例外は、ただ二人。

当人たるラムタラと、その横を走るディープインパクト。

ただ、その二人だけだった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レースの最中、ディープインパクトが感じる世界は、やけに静かだった。

 

『―――――』

『―――――』

 

 実況も、歓声も、どこか遠い。よく聞こえる筈なのに、まるで耳に入らない。

理由は解っている。自分のすぐ横を走るウマ娘の為だと、ディープインパクトは何よりも解っていた。

眼は向けてない。相手の顔を見たり、振り返りもしない。己も、そして相手も、ただ、前を、ゴールを見ている。

だが、何よりも解っていた。

その耳で。その肌で。その鼻で。微かに見えるその横顔で。

ディープインパクトはラムタラの。

ラムタラはディープインパクトの。

その走りで以って、お互いを理解する。

 

 なんて事はない。二人は、とても似た者同士なのだ。

 

 お互いに、天稟を持って生まれた。

 

 お互いに、全てをかけてもいいと思えるトレーナーと出会った。

 

 お互いに、決して届かない星の光に手を伸ばしていた。

 

 ディープインパクトはとても嬉しく、とても悲しかった。

だって、ラムタラはただ、自分と走る為に、そして自分に勝つ為に掛け値なしに全てを費やした。

才覚も未来も努力も何もかも、ただ『ディープインパクトに勝つ為に』、『私の全てを使って、お前の全てを凌駕して勝ってやる』と、本当に全部を使って。

擦り切れる程に自分の走りを見たのだろう。呆れる程に想定したのだろう。

ただ、ただ一人、自分に勝つ為に。

執念、執着、渇望、それが全て自分に向けられた事に、競技者として、ウマ娘として、どこまでも嬉しかった。

そこまで走れる人が居たのだと。そこまで勝負できる人が、幼馴染達以外にも確かに存在するのだと。

ともすれば、幼馴染達より、己よりも速いかもしれないウマ娘がまだ居るのだと。

とても、とても嬉しかった。

 

 でも。それでも、彼女の手は、決して星の光には届かない。

自分とは全く違う理由で。彼女の隣にあった筈の光は、手の届かない空の上に昇ってしまった。

けれども。どれだけ積み上げても、どんなものを築き上げても、決して届かない所と知っていて尚。

手を、伸ばさずにはいられないのだ。

ほんの少しでもいい。ほんの僅かでもいい。その光に、手を伸ばさずにはいられない。

その光が、決して応えてくれないものだと解っていても。

それが、とても悲しかった。

 

 同じように、ラムタラもディープインパクトを理解した。

とても辛く、とても羨ましかった。

だって、彼女はどうやったって追いつけない背中を追い抜こうとしているのだ。

才能も時間も鍛錬も何もかも、ただ『彼女にレースを楽しんで欲しい』、『私の全てを使って、彼女に勝ちたい』と、本当に全てを費やして。

諦めたっていいはずだ。そもそもの性能からして論外だと放り投げても誰も責めはしない。

ただ。ただ一人。彼女を振り向かせる為に。

夢、希望、願い、それらを全て追いつける筈が無い者に向けられている事に、競技者として、辛くない筈がなかった。

そこまで純粋に願えるのかと、嫉妬も諦観も絶望も何もなく、ただ、どこまでも澄み渡っている願いのかたち。

どこまでも過酷な道のりの筈なのに、純粋無垢なその願いを、己よりも速いかもしれないウマ娘が抱いているのだと。

とても、とても見ていられなかった。

 

 でも。それでも、彼女の手は彼女に触れられる。

彼女の背中は決して届かない、見る事すらできない先にあるのに。

レースでないのなら、彼女の手はあの星の光に、本当の意味ではないとはいえ、触る事ができる。

手を、伸ばす事ができるのだ。

それが彼女の願いのかたちでも、夢でも、希望でもないと知っていても。

彼女達は、お互いに触れ合える事ができるのだ。

それが、とても羨ましかった。

 

 お互いに理解し合って。お互いに抱いた思いは違って。

でも、二人は似た者同士だった。

 

 ディープインパクトと、ラムタラの二人が『領域』に入る。

決して届かない場所にある星を見た。

一人は遥か先に輝く星を。一人は遥か空の上にある星を。

それを、二人は必死に追いかける。

一人は楽しそうに。一人は悲しそうに。

二人は、必死に手を伸ばす。

少しでも先に届くように。少しでも空に届くように。

二人とも、決して届かない星を見たのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

加速する。

 

『残り600mここで!ここで後方二人ディープインパクトとラムタラが加速した!』

 

加速する。

 

『速い!速い!?中団先頭を撫で切って一気に先頭に躍り出るスピードは落ちない!』

 

星に、手を伸ばす為に。

 

『ガリレオとシンダー加速するも差は縮まらない!先頭は変わらず二人だ!』

 

少しでも、星に近づくために。

 

『いや差は広がる!広がる!?どういう事だ此処はエプソムだぞ!?』

 

いつか、きっと届くと信じて。

 

『後続を一気に引き離して!どっちだ!?どっちだ!?今二人がゴォール!!』

 

ただ、それだけを信じている。

 

『三着にはガリレオ、四着にはシンダー!五着は微妙です、モティヴェーター体勢有利か?一着争いは審議となっております!』

『まさか、まさかの結果となりました!日本から来た大本命に、全くの無名のウマ娘が並んでゴール!一体誰が!この結果を予想したでしょう!』

 

 審議は15分、たっぷりと続いた。そして掲示板に表示された結果は。

 

一着 3枠3番 ディープインパクト 2分25秒9

同着 4枠4番 ラムタラ 同タイム

三着 2枠2番 ガリレオ 2分29秒9

四着 6枠6番 シンダー 2分30秒0

五着 5枠5番 モティヴェーター 2分31秒0

 

 ディープインパクト、ラムタラ、両名とも無敗は続くも、同着。

無論、長いエプソムダービーの歴史の中でも、初の事例であった。

二人の完全決着は、キングジョージ&クイーンエリザベスステークス、そして凱旋門賞へと持ち越された。



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第四十八話 たしかに偉業だけど良く考えろ、距離と地形の適正もバグってるぞ

ちょっといろいろ始めようかと思ってます。
詳しくは活動報告まで!


 ディープインパクトが初めて同着を許した。

これは世界を震撼させたと言っていいニュースとなった。

これまで彼女は、同じトレーナーに鍛えられたチームメイト相手にすらさえ、ほんの僅かな差とはいえ、勝利してきた。

レコードを量産し、最早相手になるのはレグルスのチームメイトだけなのか、と思われていた所にこれである。

世界はそれはもう沸いた。ディープインパクトは現役のトゥインクルシリーズの選手だというのに、半ば伝説と同じように見られていた。

あれはもうしょうがない、あれに負けても恥じゃあない、と。

無論、実際にレースに出場している選手達や関係者達は全くそんな事は考えても思ってもいないが、そうでない一般の人々からは既にそう思われていたのだ。

だが、そんな認識にこのニュースは風穴をあけたのである。

確かに速い。確かに強い。それでも、決して手が届かないものではないのだ、と。

 

 さて、ではついに手が届いたと思われているディープインパクトやあきがショックを受けているかといえば。

 

「いやー、強かったねーラムタラさん」

「うん。次は勝つ」

 

 まるで全然堪えていなかった。

たしかに並ばれた事はびっくりしたが、それでショックを受けるほど柔なメンタルをしていなかったともいう。

むしろディープインパクトなどはやる気に漲っていたし、あきも早々にどんなトレーニングと対策をして次は勝つかを無駄に高性能な頭脳で超高速シミュレートしていた。

そもそもとして、あきはディープインパクトが並ばれるという状況は想定していたのだ。

何せ、担当している他の4人の幼馴染をそう鍛えていたのだから。意外だったのは『カネヒキリ達以外でそれができた』事だが、それもタネは見て理解した。

このままではこちらが不利なのは本当だ。

何せ、向こうは欧州芝2400mだけに絞っているのだが、こちらは全地形、全距離対応である。

どちらもやる方もおかしいが、やらせる方も十分に狂っていると言われかねないものだ。

それでも勝つ。勝たせる。不利を受け入れ、その上で相手より上回らせる。それは『いつも』やっている事だ。

そして、ディープインパクト相手に走らせるなら、ディープインパクト相手に勝たせるなら、やってくる事、やりたい事は手に取るように解る。

あきはディープインパクトを鍛え上げたトレーナー、それは正しい。

しかし、世間は彼女に対して忘れている、認識できていない事がある。

それは、あきがレースで勝負すればディープインパクトに並び、超えかねないウマ娘を4人も育て上げた事。

 

 そう、あきは世界中の誰よりも、『対ディープインパクト』の専門家である。

 

「でもそうすると…ふぅむ。ねぇ、翔ちゃん」

「なぁに?」

 

 ディープインパクトがどう走るべきか、どう走らせるべきか。あきは考えに考えて。

本来の予定である次走、パリ大賞典の前に一つのあるレースを挟むべきかと結論を出した。

このレースには出れる。ほぼ確実に出場は可能だろう。

あとは本人がそれを了承するかどうかであったが。

 

「パリ大賞典の前に、もう一つレース走らない?」

「走る」

 

 即答だった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 所変わって、アメリカ。ヴァーミリアンが当然の様にアメリカトリプルティアラ一冠目、エイコーンSを勝利し、その三日後。

ベルモントパークレース場では、熾烈な競走が繰り広げられていた。

アメリカクラシック三冠目、その最後の一つ、ベルモントステークス。

日本から来たサムライが、伝説を塗り替え、三つの冠を戴いた王者として君臨するのか。

ついに伝説を受け継いだアメリカの意地が、それを阻止し、ついに勝利の冠を戴くのか。

 

 挑戦するのは、血反吐を吐くような鍛錬の末に、ついにあの伝説の二代目ビッグレッドの走法、等速ストライドを会得したアフリートアレックス。

対するは此処まで無敗、圧倒的な差で以って本場アメリカのダートを蹂躙してきた日本の雷神、カネヒキリ。

最早、レースはこの二人の戦場だった。

アフリートアレックスが並ぶ。今まで届かなかった背中を今日、此処でこそ追い抜かす為に。

 

『アフリートアレックスが並んだ!今日こそあのサムライに勝つのか!?あの伝説を塗り替えるのか!?』

『しかしカネヒキリ抜かせない!王者の意地か!?』

 

 だが、だが一つだけ、此処まで何処までも自分を厳しく鍛え上げたアフリートアレックスも、等速ストライドを教え込んだセクレタリアトも、教え込めなかったものがある。

それは『自分と同格かそれ以上のウマ娘に対する勝ち方』だ。

同格までは持ってこれた。勝負の土俵には上がってこれた。しかし、其処から先の経験が不足していた。

 

『アフリートアレックスはどうだ!?カネヒキリは抜かせない!いやカネヒキリ僅かに先に出た!カネヒキリだ!アフリートアレックス追い縋るがこれはどうだ!?』

『縮まない!あとほんの少しが縮まらない!カネヒキリ一着でゴール!半バ身差で二着はアフリートアレックス!』

『タイムは2分23秒5!レコード!レコードです!あの二代目ビッグレッド、セクレタリアトのレコードがついに、ついに更新されました!』

 

 そのやり方をあきに徹底的に仕込まれたレグルスのウマ娘にとって、この経験の差は大きかった。

差は僅か半バ身。しかし、その半バ身に届かない。

 

「あ~~~!クッソ!!負けたわ!!!」

 

 アフリートアレックスが大の字でダートの上に寝転んだ。土がつくのもお構いなしにだ。

必死で努力して、ようやく並んだと思ったら、『ようやく来たか、じゃあ此処からだな』と宣言された。

確かに、確かに勝ち目はあったのだ。だが、勝ち目だけでは足りなかった。

 

「強かった。でも。私の勝ち」

 

 そして、彼女に打ち勝ったカネヒキリがアフリートアレックスに手を差し伸べる。

無表情ながらどこか得意そうに、誇らしげに。

あぁ、そうか。こいつは自分に勝ったのを誇ってくれるのか。嬉しく思ってくれるのか。

 

「――次こそ勝ってやる」

「次も。私が勝つ」

 

 レースが終わった直後だからか、握った手はとても熱かった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 カネヒキリが無敗でアメリカ三冠を達成、しかもあのセクレタリアトのレコードを塗り替えての勝利を飾ったのは無論大ニュースであったが、その僅か二週間後。

それにも負けない程の衝撃が日本に走った。

 

『コスモバルク粘れるか!?しかしキングカメハメハ走る!キングカメハメハ走る!ハーツクライが追い上げてきた!ダイワメジャーも迫る!』

 

 そのレースで、今までクラシックで勝利したウマ娘は居なかった。

 

『だぁがこのウマ娘だ!後方から並みいる強豪撫で切って!ディープインパクトが!ディープインパクトが今先頭に躍り出たぁ!』

 

 確かに出場条件はファン投票で規定順位に達している事。しかし、この春シニア戦線に乗り込んできたクラシックウマ娘は、今まで皆無の筈だった。

 

『追いつけない!追いつけない!!今!私達の目の前で!とんでもない偉業が!伝説がうちたてられようとしています!』

 

 その前例が、今、覆る。彼女達に、タブーなど無い。シニアのレースであろうと、クラシックのウマ娘は勝てるのだと。

 

『今!ディープインパクトが1着でゴールイン!!!これで!これで彼女はG1七勝目!いったい何処まで行くのか!!!』

 

 ディープインパクト、クラシックで宝塚記念を勝利。前人未到の領域に、また一歩踏み出した。

 




チートオリ主『KG6&QESってシニア混合だよね。せや!日本に丁度良いレースあったやん!とりあえず慣れさせておこ』


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第四十九話 推しを活躍させるという点において、奴は自重というものをとっくに投げ捨てている件

Fantiaの方でも活動始めました!
当作品の超外伝を公開してますが、中の人以外リンクしている所はほぼ無い
&有料ファンクラブ限定ですのでどうしても気になるって人のみどうぞ。
内容的にはウマ娘じゃなくて馬の方に転生した場合のあれこれっすね。

さて宝塚記念で先輩方を思いっきりブチ抜いたからくりが今回明かされるのですが…まぁアタマおかしい事してるよ!


「負けたぁー!」

 

 リギルのチーム部屋の中でキングカメハメハの声が響いた。

トレーニングを積み、対策をし、勝負ができる筈であった。

間違いなく、日本ダービーまでのディープインパクト相手になら、1バ身までに差を縮め、そこからの勝負になっていた筈だ。

宝塚記念に出てくるかどうかは半々であったが、それでも準備だけはしてきた。

しかし、結果は5バ身も離された。

間違いなく『何か』をしている。それが何かは解らないが、およそ誰にも思いつかないようなとんでもない事を。

 

「その何かを見切れなければ、手も足も出ない、か。もうとんでもなく強いってのに研鑽と進化を怠らない相手って厄介だわ」

 

 行儀は悪いが、シュガーレスキャンディーをがりがり齧りながら、東条ハスミが眉間を揉む。

本当に相手に油断も隙も無いのだから、相手をする側としてはたまらない。

 

「ねぇはすみーん、何をやったと思うー?」

「そう、ね。もし、もしよ?もし、可能なのだとしたら―――」

 

 

――――――――――――――――

 

 

「適性の特化ぁ?」

 

 スピカのチーム部屋。オルフェーヴルがトレーナーの予測した答えに対し、頓狂な声をあげた。

 

「そもそもディープインパクトに適性特化という文字自体が似合わねぇだろ。あれは全距離全適性オールSとかいうそういう類のヤベーのだろ?」

 

 それは彼女の記録が物語っている。長距離こそまだ走っていないが、和芝だろうが洋芝だろうが短距離だろうが中距離だろうが、全部レコードである。

しかし、スピカのトレーナーは宝塚記念の結果から、そこから一歩踏み出した筈だと予想した。

 

「あぁ。ディープインパクトの適性についちゃその通りだ。だが、もし可能だっていうのなら、これが一番可能性が高い」

「いやこれ以上上がらねぇってヤツをどうやって弄るんだよ」

 

 たしかにそうかもしれない。しかし、スピカのトレーナーには根拠があった。

 

「イギリスでお手本を間近に見た筈だろ?」

「あ?……おい、もしかして」

 

 

――――――――――――――――

 

 

「1週間あれば合わせられるね、ヨシッ」

「あきちゃん、凄い」

「ししょーのはアタマおかしいって言うべきかなー」

「言葉は酷いが、まぁ同感だ」

 

 そしてレグルスのチーム部屋では、あきがむふんと胸を張り、ディープインパクトがあきを賞賛し、ラインクラフトとシーザリオがあきの所業にドン引いていた。

あきが宝塚記念までにやった事、それはリギル、スピカの両トレーナーが予想した通り、『適性の調整』だ。

エプソムダービーにて、あきがラムタラを見た時に、勝率が4割と算定したのは全くの事実である。

才能の有るウマ娘が全てを擲ってたった一つにつぎ込めば、ディープインパクトに並び、越えうるというのは証明された。

では、こちらはどうするか?そう、『ある程度同じ事』をすればいい。

現状、ディープインパクトは全地形、全距離に万能に対応している。全てにおいて隙が無い、完全な円。勿論それはあきの教えと本人の努力によるものだ。

しかも、それはただの円ではない。途轍もなく広く、大きい円だ。一流のウマ娘だろうが、適性を比べれば、その円の外側に振れられはしなかった。

今まではそれで良かった。しかしこれからは駄目だ。超一流が全てを費やした極点が、その円を突き破れると証明された。

 

 だから、それをあえて崩す。

 

 全ての距離、地形ではなく。『次に走るレース』の距離、地形に適した筋肉、走法、体幹。

普通ならば、そこまでの調整は不可能だ。ある程度の調整は可能だとしても、そんなある程度だけでも数ヶ月の時間を要する。

だが、鍛えに鍛え抜いたディープインパクトの肉体が、その細部まで知り尽くしているあきが、そしてどんな僅かな変化も見逃さないあきの眼が。

たった一週間という僅かな期間でそれを可能とした。

 

 もし、今の『宝塚記念に焦点を合わせたディープインパクト』と、ラムタラがエプソムダービーで競った場合、勝率は二割を切るだろう。

そう、そこまで全てを変えたのだ。

前提として全ての地形を、全ての距離を走れる事。あきの指示を寸分違わずやり抜ける事。トレーニングどころか、日常生活におけるほんの僅かな変化ですらあきが見抜く事。

世界のどんな個人でも、組織でも真似できない、しようがない、圧倒的な個人的才覚による質の暴力。

今まで誰もなし得なかった、考えつく事すらしなかった、出るレース毎の適性の再分配。

 

「しょーじきひくの。まじでー」

「これ私達もやるのか?やるんだろうなぁ…」

 

 そんな狂気の沙汰を自分達もやる事になるんだろうなぁ、と、若干死んだ目でラインクラフトとシーザリオは遠くを見ていた。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 宝塚記念が終わり、7月。

一時帰国したカネヒキリが『また先生が。頭おかしい事してる』とドン引きしながら鍛え上げられ、ジャパンダートダービーを8バ身差で圧勝。

ディープインパクトもフランスに飛び、パリ大賞典を10バ身の差をつけて圧勝。

ヴァーミリアンもアメリカでCCAオークスを勝利し、アメリカトリプルティアラ二冠目を戴冠。

 

 ちなみに、この間もあきは超音速旅客機で日本、アメリカ、ヨーロッパを行ったり来たりを繰り返している。

時差もお構いなしに、というより完全に適応し、精力的に幼馴染達5人を存分に鍛え、桜を指導し、時にアグネスタキオン達の研究に協力し、チート能力を存分に使い倒して活躍していた。

ディープインパクトは目を輝かせ、他の幼馴染四人は加速度的に目が死んでいき、桜は進化し続けるあき達に脳がさらに破壊され、アグネスタキオンは『また助手君との時間が減るじゃないか!』と憤慨した。

地味にシンボリルドルフ理事長達も巻き込んでいるので、今頃大量の書類が彼女達に舞い込んでいるだろう。

世界を飛び回るあき達の手続きであったりとか、新トレーニングに対する認可書類であったりとか、アグネスタキオンによる新薬、新型機械の報告だとか。

勿論それは必要な事であったり、未来のウマ娘達の為であったりするので面倒だなどと口が裂けても言えない事ではあるのだが、あきが来てから、来る前より二割は仕事が増えているのが事実である。

しかもあき自身はトレーナーであり、未成年であり、見て解るくらいには明らかに多忙(本人は元気一杯だが)なので何も言えない。

誰も彼も、発展は望む所であるが、度合いが大きすぎて、今の所ついていけるのが幼馴染達しか居ないのが現状であった。

 

「さて。いよいよだね、翔ちゃん」

「うん。今度こそ勝つ」

 

 そして、日付としてCCAオークスの二日後。イギリスのアスコットレース場にて。

いよいよディープインパクトとラムタラ、二度目の対決である。

注目ウマ娘はディープインパクトに唯一並んだラムタラの他に、前年度のパリ大賞典と凱旋門を勝利したバゴ、エプソムダービーでも対決したガリレオ、日本からはハーツクライが来ている。

いずれも強敵ばかりであり、欠片の油断もできない。

それでもあきはディープインパクトを信じている。今日、この日に備えて完璧に仕上げてみせた。あとは勝ってきてもらうだけなのだ、と。

 

「多くは言わない。行って。走って。そして、勝ってくるんだ」

「うん」

 

 ディープインパクトの全身に闘志が漲る。強敵達が待っている。自分は強くなった。相手も強くなっているだろう。

それでも、勝つ。今回も勝利を積み上げる。遥か先で輝く星に届かせる為に、今日も勝利を重ねるのだと。

 




他のトレーナー『早く技術追いつかねぇかなぁ!個人でこれをしろって無理だろ!!(半ギレ)』
それでも挑む事をやめられない辺り、この世界の一流トレーナーって大分キマっているね!


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第五十話 KG6&QEステークス編/『シンカ』

ファンティアの方では超外伝『幼少期編』、『始動編』が投下されてます。
有料コンテンツとなりますが『読みてぇ!』って方は是非どうぞ。

ちなみにですが本来なら2005年の該当レースは改修の為アスコットでは開催されてないのですが、年代を混ぜこぜした結果として変わらずアスコット開催となっております。
ご了承ください。


 実の所、幾らあきとはいえ適性の再分配は簡単な事ではない。

例えばあきが今まで走る所を見た事が無い、トレーニングも指導した事が無い、全く知らないウマ娘の適性を弄ろうとするならば、どれだけ短く見積もっても1ヶ月半の時間がかかるだろう。

また、一度弄った適性をもう一度変化させる事も簡単ではない。回数を重ねる度に短くはなるだろうが、再度適性を弄るなら1ヶ月はかかる。

それでは何故、チーム・レグルスの面々だけは特別なのか?

それは、彼女達が完全に、あき自身によるカスタムハンドメイドされている事と、適性を弄るのが初めてでは無いからだ。

幼少期から、遅くとも小学生の頃からの、完全に把握された身体作り。

伸ばす方向とはいえ、適性外の距離を完全に適応させた事。

彼女達の身体、才能、走り、技術、全てをあきは網羅し、完璧に把握している。

だからこそどこをどうすれば崩せるのか、何をどうやれば戻せるのか、あきだけがそれを理解している。

他の誰にも、同じ事は不可能だ。たとえどんな個人、組織が同じ事をしようとしても、あきほどの精度と短期間で結果を出す事はできない。

桜ですらも適性を読み取るまでが精いっぱい、ラムタラのトレーナー代理ですら、適性を尖らせる事はできても、そこから戻す事はまず不可能。

適性の再分配とは、今現在、地球上で唯一あきだけが為せるオーパーツ的な技術である。

 

 だが、それにも穴はある。

 

 確かにあきは適性の再分配が可能である。可能であるが、限度が存在する。

あきならば、『時間があれば』、適性を100から0にし、それを他の場所に注ぎ込む事はできる。

例えば、ディープインパクトが相手ならば『二ヵ月もあれば』、出るレース以外の全ての適性を0にし、ただ一か所だけに特化させる事が可能だろう。

しかし、その時間は与えられていなかった。

そう、幾らあきとはいえ、適性の再分配を完全にするには時間が必要なのだ。

それでも『可能である』というだけで十分に狂っているのだが。

ディープインパクトにやっている調整も、他の部分の100から15程度を一か所に集めている、という事になる。

それがどういう事であるか、というと。

 

「完全に互角、か」

 

 本当の意味で、他の全てを捨てた特化型が相手の場合、圧倒が出来ない事がある、という事だ。

これは勿論、そこまで研ぎ澄ませた相手を褒めるべき事である。

あきは人の可能性、ウマ娘の可能性というものを改めて思い知った気がする。

存分に使いこなしているとはいえ、自分にはチートがあるというのに、育成とはいえ互角に持っていく存在がいる。

その事に心が動かないかと言えば、そんな事は無いと本心から言える。

だが、津上あきはディープインパクトのトレーナーである。

 

「頑張れ。頑張れ、翔ちゃん」

 

 いつだって勝利を願うのは、応援するのは、己の愛バ。

幼馴染として、親友として、トレーナーとして。今日もあきは、ディープインパクトの勝利を祈る。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「とんでもない怪物達がいるもんだな。たった一年で環境変わりすぎだろう」

「あなたはまだ1年早かっただろう?私とか完全に同世代なんだぞ」

「そりゃあ良い。それだけチャンスがあるって事だろう?」

「違いない」

 

 前年度のKG6&QEステークスの覇者、バゴと、ディープインパクト達には届かなかったものの、二人が居なければエプソムダービーのレコードを更新していた筈のガリレオが軽口を叩き合う。

二人とも、欧州を代表するような名ウマ娘であるのは間違いない。

だが、今日の主役はそんな二人ではない。

目線の先には、二人を差し置いて主役に躍り出た、別の二人がいる。

先のエプソムダービーで、同着1位を記録したラムタラとディープインパクト。

どちらも空気を固形化させるかのようなプレッシャーを放ち続けている。あれに飲まれないウマ娘は、もうそれだけで一流のウマ娘を名乗ってもいいだろう。

 

「で、ガリレオ。お前、自信の程は?」

「勝率1%でも十分だね」

「凄いなお前、あいつらに対して1%でも勝てるのか」

 

 わはは、と笑いながらも絶望的な事を話している。話しているが、二人とも、その目に諦観の色は欠片も無い。

何処までも純粋な闘志が溢れ出している。

今までのレースの常識で考えれば、それは有り得ない事だった。

 

 今までならば、圧倒的なタレントが、隔絶する才能を持つウマ娘が居るならば、時たまの『例外』は居ても、そのウマ娘に対し何処までも闘志を燃やすウマ娘など、そう多くは無い。

ディープインパクトはそんな圧倒的な、隔絶的な本物だ。数多のウマ娘の心を圧し折って再起不能に追込んでもおかしくない暴虐だ。

だのに、彼女と走って心折られたウマ娘など居なかった。むしろ、逆に何処までも心を奮わせるウマ娘の方が多い。

 

 そして、そんなディープインパクトに並んだラムタラ。彼女が、ディープインパクトが絶対ではないと証明してみせた。

勝利したわけではなかったが、しかし敗北しなかった。

同チームの、レグルスのウマ娘ですら証明できなかった事を、全く無関係のウマ娘がやってみせた。

どんな手段であれ、『不可能ではない』と知らしめたのだ。

 

 あの主役の二人は、世界を変えた。

自覚的にせよ、無自覚的にせよ、ウマ娘やトレーナーが、『諦める』という選択肢を選ぶ可能性が減った。

それは、どんなレースで一着を獲るよりも、きっととても大切で、本当に偉大な事なのだろう。

 

 レースが始まる。

諦めも絶望も、そんなものは知るかと蹴飛ばしたウマ娘達だけのレースが、今、始まる。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『いよいよ始まりますキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、注目はやはりこの二人』

『本当に僅かな差ですが一番人気はディープインパクト、二番人気はラムタラとなっております』

『やはりディープインパクトはその実績が、ラムタラはそのディープインパクトに対し初めて同着したという結果がこの人気を表しているのでしょう』

『三番人気、大きく離れてバゴですが、このウマ娘も侮れません、前年度覇者の貫録を後輩たちに見せつけたい所』

『各ウマ娘、全員ゲートに入りました』

『キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、今!スタートしました!』

 

 ゲートが開き、ガリレオが抜群のスタートを決めてハナをとる。

バゴが前めにつけ、日本から来たもう一人ハーツクライは中団後ろ。

注目ディープインパクトとラムタラはエプソムダービーと同じように最後方についた。

 

 しかし、今回のこのレース、例年とは丸っきり違う展開で始まった。

アスコットではスタートから最初のコーナーまで下り坂が続く。

其処を、誰もスピードを抑えない。

 

「(アスコットのコースは日本と違う。自然の形状を利用した、鋭角的なコーナー…)」

 

 コーナーまで続く下り坂、勿論スピードは出やすい。

しかし、スピードを出し過ぎれば勿論、日本の比ではない急角度のコーナーを曲がる時、大きく膨らみロスとなる。

そして、その後からもかなり厳しい。何せその後、最後の200メートルまで延々と上り坂が続くのだ。

尋常じゃないスタミナ、スピード、パワーが要求される。

ハーツクライはそれを知っている。その対策も勿論知っている。

 

「(だけど、それじゃ勝利に近づけない…!)」

 

 対策通りに走るのならば、おそらく即座に最後方の二人に纏めて撫で切られる。

あの二人は、平然とそういう事をすると解る。

だから求められるのは、下り坂を、コーナーを曲がる事ができる、制御できる範囲内のスピードで走る事じゃない。

下り坂で得たスピードをそのままに、コーナーを曲がる事だ。

 

 できるか、と言われれば正直に『キツイ』と答える。

だが、やらなかったら百に一つの可能性すら無い。では、選択肢は一つだけだ。

他の連中だってそれが解っているからこそ、このスピードなのだ。

曲がれるのか、曲がれたとしても膨らみ過ぎないか、それはその時考える。

分の悪い賭けだろう。とんでもない博打だろう。でも、それで勝ち目が残るなら上等だ。

 

「(――負けないよ)」

 

 ディープインパクトに。ラムタラに。他のウマ娘に。何よりも、己の心に。

心の底から、不撓不屈の雄叫びを聞かせてやる。

君はきっと嬉しそうに笑うだろうけど。

君に、『必ず勝ってやる』と、『魂』がそう叫ぶのだ。

それがどれだけか細い糸であろうとも、ハーツクライは決して離さない。

 

 レースが始まった。その決着は、未だ神すらも知らない。




ガンギマリがトレーナーだけだって誰が決めたっていうんだよ(震え声)


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第五十一話 KG6&QEステークス編/『勝利』

活動報告でも書いてますがこちらにも。
ファンティアの方で超外伝第3回目投稿してます。

トレーナーとして、勝負師としてのチートオリ主がどういう手を打ってるかって考えるとこうなる。できるならやるって解るがこいつエゲつないな?


『先頭は変わらずガリレオとなっておりますこれは速いペース!コーナーを曲がり切れるでしょうか、他のウマ娘もこれについていっています!』

 

 これまでのKG6&QEステークスでは類を見ない、前半戦でのハイペース。

それはもし、第一コーナーを上手く曲がれるというのなら大きな武器となる事は間違いない。

そう、間違いが無い故に。

 

『先頭集団と後方集団、差が…開かない!最後方ディープインパクトとラムタラ!ペースを落とさず食らいつきます!』

 

 勿論、この二人だってそれを使わない道理が無い。

他のウマ娘にとっては、このスピードでのコーナー突入は間違いなく賭けだ。だが、このレースでは例外が二人だけ居る。

ラムタラとディープインパクト、この二人だけは自分が、相手が『間違いなくコーナーを上手く曲がれる』と確信している。

第一コーナーは、あくまで前哨戦に過ぎない。

 

『第一コーナーに入るぞやはり膨らみました!ガリレオ、バゴ、ハーツクライ上手く曲がりましたが膨らみをついて二人が上がってきた!』

 

 そしてついに第一コーナー、勢いがつきすぎたウマ娘の中にはどうしてもコーナーで膨らんだ者もいる。

ガリレオ、バゴ、ハーツクライはそれでもかなり上手く曲がれていたが、常のコーナリングに比べればかなりの差がある。

無論、その隙を逃すような二人ではない。

 

 確かに、最大の敵は今、横を走る互いである。しかし、だからといって他のウマ娘達を軽視していいわけではない。

事実、彼女達の目は死んでいない。

シンガリから一気に追い抜いた今になっても、虎視眈々とチャンスを狙う熱を感じる。

油断はしない。隙など与えない。

 

「(くっそ、あれだけ完璧なコーナリングやったっていうのに油断も隙も気の緩みも無しか!)」

「(一体どんな視野だっていうんだ、君達は!)」

 

 それを敏感に感じ取ったバゴとガリレオが舌打ちを溢しそうになる。

勝ち目が1%なんてものじゃない程、薄くなったのを自覚したからだ。

 

 此処からはラスト200メートルまで、容赦なくスタミナを奪っていく登り坂が延々と続く。

そして、他の誰がバテようと、あの二人のスタミナが切れる事はないだろう。

 

「(不利は、解っていた事…!)」

 

 しかし、泣き言も弱音も全て飲み込んで、ハーツクライは走る。

そんな事は百も承知だった筈だ。それでも諦められない、勝ちたいからこそ走るのだと。

それがどんな無謀な挑戦だとしても。挑まなければ、可能性はいつだってゼロなのだから。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(互角っていうのは嘘じゃない)」

 

 あきは脳味噌の9割をディープインパクトの応援に回して声援を飛ばしながら、残りの1割で思考を高速で回す。

スタミナ、スピード、パワー、その他適性において、総合的に見る限り今回も同着の可能性が一番高い。

何らかの要因でどちらかが先着しても、差はハナ差よりは開かない。

そう、『イギリスにおいて』、ラムタラとディープインパクトは互角だ。

イギリスに限るならば、ラムタラとディープインパクトは並ぶ可能性がある。

勿論あきはディープインパクトの勝利を信じているし、勝って欲しいが、たとえもし、このレースで負けたとしても、次でとり返す自信があった。

 

 凱旋門賞、フランス、パリ、ロンシャンレース場。それはディープインパクトが『パリ大賞典を勝った場所』だ。

そう、彼女達は既にロンシャンを知っている。

知っているからには、あきはディープインパクトをより深く、より強く、より速く走らせる事ができる。

これは、どうやってもラムタラ陣営にはできない事だった。

 

 ラムタラ達がいくら欧州の芝、距離2400メートルだけに特化させているといっても、レース場の形状はどうやっても異なる。

それを月単位で慣れさせ、適応させている手腕は確かに素晴らしいのだが、逆に言ってしまえば彼女達は常にぶっつけ本番だ。

一度調整を始めればそう簡単に変えられないからこそ、それなりの期間をかけてレース場毎に調整しなければならない。

 

 勿論、ディープインパクトもあきによる調整を受けてなお、同じくぶっつけ本番だからこそ互角に戦えている。

同じレース場で複数回戦うのなら条件も同じだろう。

しかし、凱旋門賞だけは違うのだ。

 

 あきとディープインパクトは知っている。ラムタラ達は知らない。

0.1秒ですら数十cmの開きがつくレースというものにおいて、この差は、ほんの僅かに見えて、とても大きい。

 

 この場で負けても1勝1敗1分で引き分け。

引き分けたなら1勝2分で勝ち。

勝てたのならば、2勝1分で完勝だ。

 

 あきはディープインパクトを限りなく無敗でトゥインクルシリーズを駆け抜けられるよう鍛えたが、絶対に無敗でいられるだなんて甘く考えてはいない。

むしろ何回かは負ける可能性の方が高いと見ていた。何せ、レグルスのメンバーは同じチームだろうと、本命のレースをずらすなんて事はしないからだ。

高松宮記念で、大阪杯で、安田記念で、宝塚で、秋の天皇賞で、マイルチャンピオンシップで、ブリーダーズカップで、有記念で。

もし、ディープインパクトが目に付くG1レースに全て出るつもりならば、必ずレグルスのメンバーとぶつかり、そこで負ける可能性は十分にあるだろう、と。

春の天皇賞においてはディープインパクトが元々長距離が得意過ぎるくらいな為、そこでの負けはまず考慮していないが、それでもだ。

ディープインパクトには勝って欲しいが、他の教え子達だって負けて欲しくない、勝って欲しい。だが勝負である以上、必ずどこかで勝敗がつくわけで。

だからあきは誰にも勝って欲しくて、誰にも負けて欲しくない、心が複数個ある状態にしばしば陥りそうになる。

 

 そんなセルフ脳破壊が進むチーム内での対決より、ラムタラ陣営との勝負は余程心が楽だった。

相手側が全力でこっちに対抗してくるから、こっちも相手に全力で対抗するだけで済むのだ。

相手の事情とかそこら辺はあるかもしれないが、それはこちらも同じなので、構図が実に単純。

勿論完勝を狙うが、たとえ途中で負けようが絶対に最終的な勝利だけは貰っていくぞと考える余裕すらある。

 

 そう、ラムタラはあまりにも専用に特化し過ぎて、たとえこのレースで勝ったとしても、最終的な結果でディープインパクトに勝る事は無いと言い切れる。

伊達に全距離、全地形適応で育ててはいないのだ。

ラムタラが出れないレースならばディープインパクトが勝っているし、ラムタラが出ていても互角。

比べるには、あまりにも実績が違いすぎる、と断言できる。

 

「(既に英国三冠は獲ったも同然。此処で負けてもカルティエ賞、引き分け以上なら欧州三冠が追加。『勝ち』だけは譲らないよ、ボク達は)」

 

 脳味噌の1割、トレーナーとしての、勝負師としてのあきが、冷徹なまでに『勝利』の道筋をたて続ける。

あきはその能力を存分に使って、愛バの『勝利』の為に、何処までも思考を回し続けるのだ。

 

「翔ちゃーん!がんばえー!」

 

 たとえ脳味噌の9割が『推し!尊い!』で埋まり、口から出るのがその感情の発露だけだとしても。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『いよいよレースも最終局面、登り坂ももうすぐ終わり、先頭は変わらずディープインパクトとラムタラ、続いてガリレオ、バゴ、ハーツクライ!』

『今度こそ決着がつくのかどちらが上か最後の200メートル!』

 

 内にラムタラ、外にディープインパクト。二人は完全に並んでいた。

お互いの息遣いすら聞こえるような近さで並び、走る。

既に『領域』には入っている。互いに干渉するように、二人の景色が混ざり合っている。

あまりにも似ていたからか。あまりにも互いの走りを理解してしまったからか。星を追いかけ、手を伸ばす互いが見える。

思う事は同じだ。負けたくない。勝ちたい。

互いに多くを知ったからこそ、横の相手に、絶対に。

走る、走る、走る。魂を振り絞るように、全ての力を使い切るように。

欧州の天才達も届かない。心の底からの叫びも追い抜かせない。

横に居るこいつに勝つのは、自分だけなのだと。

お互いに、どこまでも意地を張り合って、まるで幼い子供の様に。

そして、エプソムダービーの時と同じように、全く同じタイミングでゴールして。

表示された掲示板もまた、同じ。

 

1着 3番ラムタラ 2分22秒9

同着 5番ディープインパクト 同タイム

3着 10番ハーツクライ 8バ身差 2分24秒2

4着 9番バゴ ハナ差 2分24秒2

5着 1番ガリレオ アタマ差 2分24秒3

 

 2度の勝負、2度の引き分け。決着は、凱旋門。




チートオリ主『負けだけは無くなった、ヨシ!』(パリ大賞典時)
石油王トレーナー『お前こっちがどうにもならない所で手を打つとかホントお前…!』(不利なのは解ってもどうしようもない勢)


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第五十二話 トラヴァーズステークス編/『その身体に流れる血が望んだもの』

レグルスのチームですが翔子ちゃんは勿論パッパが、他のメンバーはジッジがサンデーのサイレンスなお馬さんなんですよね。
なのでアメリカのダートをレグルスのウマ娘達が走ろうとしてるのもおかしくないんだ!きっと!


 さて世間的には異例とも言える、G1レースでの二度目の同着に大騒ぎであった。

ラムタラ陣営は早々に次走は凱旋門賞を予定していると発表。

現状唯一、公式のレースでディープインパクトに黒星のついていないラムタラは一躍時の人である。

ではその相手、目下最大のライバルであると見做され、同じく世界的に注目されているディープインパクトがどうしているかといえば。

フランスのマイルG1、ジャック・ル・マロワを快勝していた。

ラムタラは2400の王道距離にしか出ないが、ディープインパクトは何処にでも顔を出す。

二度の同着に興奮していた関係者達の頭に冷や水を浴びせ、頭を抱えさせるのに十分な勝利である。

 

 チームとしての快進撃も止まらず、アメリカではヴァーミリアンがアラバマステークスを勝利。

この時点でレグルスは二年目の新設チームにもかかわらず、チームとしての勝利は日英二冠、日本ダブルティアラ、米国三冠、米国トリプルティアラ、その他G1無数と異次元の領域である。

しかもまだ開催されていないだけで、既に日英三冠、日本トリプルティアラは確実視されているまである。

ラムタラが居る為に欧州三冠までは確実視されていないが、最有力候補であることも間違いない。

余程の事が無ければ、既に日本での最優秀年度ウマ娘、そして欧州でのカルティエ賞が決定してしまっているとも言えた。

 

 そんなチームとして順風満帆なレグルスであるが、一つ特徴がある。

それはチームメイト同士であろうと、出るレースを回避したりなどせずバチバチにぶつかり合う事だ。

日本でシーザリオとラインクラフトが、ラインクラフトとディープインパクトが戦ったように。

アメリカではカネヒキリとヴァーミリアンがついにぶつかる。

 

 8月27日、ニューヨーク、サラトガレース場。ダート約2000メートル。

ミッドサマーダービーとも呼ばれるそのレースの名前は、トラヴァーズステークス。

クラシックを戦い抜いたウマ娘や、その裏路線を進んだ実力のあるウマ娘が出場する事が多く、レベルも格式も高いレースである。

しかし、このレースにティアラを獲ったウマ娘が出る事はほぼ無い。

何故ならばトリプルティアラの三つ目、アラバマステークスがほぼ同時期(今年は10日前)に開催される為である。

 

 しかし、今年は違った。

あきがその手腕を存分に使い倒し、二人を全く憂いなく走れるように仕上げたのだ。

同じチーム、三冠とトリプルティアラの対決。

果たしてどちらがより強いのか、注目しない者などそうはいない。

真夏のサラトガレース場は、例年以上の熱気に包まれていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「互角、と思っている人は多分結構多いのよね」

 

 レース前の控室、ヴァーミリアンが独り言を零した。

同じチーム、同じトレーナー、同じ三冠とトリプルティアラ。

世間の目ではヴァーミリアンとカネヒキリが全くの互角だろう、と見られている事を知っている。

 

 だが、違う。二人の間には、ほんの僅かであろうとも、明確な差があることをヴァーミリアンは知っている。

ダートという戦場において、もしヴァーミリアンがカネヒキリと戦った場合、10回やれば7回負ける。

これは、日本とはまた違うアメリカのダートでも同じだろう。

それをヴァーミリアンは自覚している。

 

 戦績を稼ぐだけなら簡単だ。何せ、ヴァーミリアンは強い。過去と現在を含め、ダートなら世界全体でも上から五つ以内に入るくらいに。

無敗を貫くなら、カネヒキリとディープインパクトが出るレースに出場しなければ良い。それが賢い選択だろう。

だけど。それでも。そんな、ただ『負けていない』だけの栄光など。

 

「真っ平御免なのよね」

 

 ヴァーミリアンの心が紅蓮に燃える。

相手がウマ娘の範疇であるならば、たとえ誰が相手だって負けたくない。

誰より近い幼馴染が相手でも、手の内を互いに知り尽くしている相手でも、自分より強い相手でも。

なんのことは無い。レグルスのチームメンバー全員が言える事だが。

どいつもこいつも、負けず嫌いなのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『今年もやってきましたミッドサマーダービー、トラヴァーズステークスです』

『やはり注目は日本から来た三冠ウマ娘カネヒキリ、そして同じく日本から来たトリプルティアラウマ娘ヴァーミリアンの二人』

『特にこのトラヴァースステークスにトリプルティアラウマ娘が出場する事は異例中の異例でしょう』

『二人は同じチームレグルスに所属しており――』

 

 実況と解説の声が響く中、カネヒキリはヴァーミリアンだけを見ていた。

己と三冠を走ったアメリカのウマ娘、アフリートアレックスはブリーダーズカップまで休養。

そうなると必然、己と同格となる相手は幼馴染にしてライバル、ヴァーミリアンだけとなる。

いつか対決する事は決まっていた。

 

 名門一族として生を受け、最高傑作とも謳われたお嬢様の御付として選ばれた4人。

思えばとんでもなく遠い所まで来たものだと思う。

まだ、本当に子供の頃、あきとすら出会う前。

無邪気に将来は三冠だ、トリプルティアラだと、幼子が語った夢。

その時の夢とは違うが、自分達は三冠を、トリプルティアラの夢を叶えた。

その事に後悔は無いし、むしろこれでこそ、とも感じるのだ。

思えば、日本の芝ではなく、米国ダートでの三冠を求めたのは『血』か、『魂』が求めたのか。

 

 だけど、これは始まりに過ぎないのだ。

三冠で。トリプルティアラで。やっと『ディープインパクト』に並べる。

シーザリオやラインクラフトにあまりそういう拘りは無いが、カネヒキリとヴァーミリアンは違う。

あの届かないのが解り切っているのに、それでも夢に手を伸ばさずにいられない、おバカなお嬢様を相手にするというのなら。

星に向かって走り続けるその姿が、誰かの夢になっている自覚も無いような、鈍感のお嬢様を追い抜くというのなら。

こちらも勝利を積み上げて、研ぎ澄まさなければならないのだ。

 

 そして、己をより研磨するには、同格かそれ以上の相手と勝負するのが丁度良い。

勿論、互いに負ける気は無い。勝つ気しか無い。ぶつかり合えば、カネヒキリは10回中7回は勝てるだろうが。

ヴァーミリアンはその内の3回を、本番のレースに持ってこれるような相手だ。

 

「負けない。誰であろうと。私が、勝つ」

 

 雷神の目に紫電が走る。闘志が何処までも純化され、気迫に変わっていく。

レース場の熱気すら上回るように、熱く、高く、何処までも。

バチバチ、ごうごうと雷電と火焔がぶつかり合う。

真夏の太陽よりも熱く、降り注ぐ光よりも鮮烈なレースが今、始まろうとしている。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「キリちゃんとミリアちゃんの適性と脚質、得意距離は似通っている。では何故ミリアちゃんが不利と断じる事ができるのか」

「どうしました急に。いえ拝聴しますが!」

 

 レグルスのトレーナー、あきとそのサブトレ、桜が並んで観客席に立っている所、あきが桜に話し始める。

それはカネヒキリとヴァーミリアンが競走した際、何故有利不利がつくのかという話。

 

「今まではミリアちゃんに若干の芝の適性が残っている事だった。けどこれは適性の割り振りを会得したから既に問題じゃない」

「相変わらずちょっと意味の解らない手腕ですよね」

 

 ヴァーミリアンの適性はダートに寄っているが、芝も走れない事は無い程度に適性があった。

だが、あきが適性の割り振りを会得した為にこの点は問題が無い。そう、『問題は無い』のだ。

 

「単純に。キリちゃんがダートで強すぎる。翔ちゃんに対し4割の勝率が今でも変わってない」

「適性を割り振っても、ですか」

 

 だから、問題は能力の絶対値の方だ。スピード、パワー、スタミナ、バ場適性、その他を数値化した場合、レグルスで2位になるのはカネヒキリである。

そして、ヴァーミリアンはその絶対値でレグルスでは最下位となってしまう。

無論、その差はほんの僅かであるが、その僅かで勝負が決まる事は多い。

あきの『眼』から見て、二人がゴールした時、転倒などの事故が起こらなければ、アタマ差以上は絶対に離れないと断言できる。

それ程に二人の力は拮抗している。ハナ差までも、余裕で詰めれる。だが、このハナ差が遠いのだ。

約20センチメートルほどの、ほんの僅かな距離。勝負の明暗を分ける数センチを振り絞れるか。

 

「手の内はどっちも知りすぎる程知ってる。相手の能力も解ってる。どっちも絶対に諦めないから心は互角。だから、スペックだけで見ればキリちゃんに有利がつく」

「勝率3割。運を掴めれば勝てる確率、ですか」

 

 絶望的とまでは言えない。勝ちの目は十分にある。だが、厳しい戦いには間違いない。

 

「やるべき事、やってあげられる事、全部やり尽くした。あとボク達ができる事は、二人の応援だけだ」

「はい!二人とも!頑張ってくださーい!」

 

 だが、トレーナーにとって人事を尽くした後、やるべき事は己の愛バの勝利を信じて待つ事だけである。

たとえその愛バ同士の戦いだとしても、二人の勝利を同じくらい信じて声援を送るしかないのだ。

故にあきと桜はハーフ&ハーフのハッピとハチマキ(左はカネヒキリ、右がヴァーミリアン)、それぞれの応援団扇を両手に持ち、万端の準備で応援する。

 

 なお、案の定ネットの掲示板では『増えた』とネタにされたのは言うまでもない。




マンハッタンカフェのそっくりさん『俺の血統ならアメリカのダート走らせるべきだよなぁ、走らせんだよ!おら!』


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第五十三話 トラヴァーズステークス編/『紅蓮と雷電』

さてキリちゃんVSリアンちゃん決着編です。
どうぞお楽しみください。

*追記:この小説とは全く関係無いSSをファンティアの方であげてます。
 超外伝とは違って無料公開中。
 どんなお話かって言うと今でも新作が待たれてるあのロボゲーのSS。


 スタートが迫る中、ゲートの中でカネヒキリはひたすらに集中していた。

幼馴染、ヴァーミリアンは己の不利を悟っている。この約2000メートル、相手は自分の全能力を活用しきる走りをしてくる筈。

それならば――

 

『トラヴァーズステークス、アメリカレース四冠目、スタートしました!ポンと飛び出たのはヴァーミリアンとカネヒキリ!初の直接対決二人が選んだのは逃げでの勝負!』

 

 逃げも逃げ、ハイペースでの潰し合い!

枠番の関係から内側は取られたが、僅か数センチを争うこの勝負ではこれは明らかに不利だ。

自分が反対の立場に立ったとしても、相手に最内は絶対に譲らない。そして、ヴァーミリアンが最内を譲る隙を見せる筈が無い。

 

『3バ身4バ身5バ身!二人がどんどん後続を引き離していく!』

 

 苦しい戦いだ。負けるかもしれない勝負だ。あぁ、だとしても。そうなのだとしても。

自分より速いかもしれない奴と走るのは、互角の相手と競り合うのは、こんなにも。

 

「(楽しい…!)」

 

 カネヒキリから笑みが零れる。いつも斜に構えたような態度をとっても、一皮むけば出てくるのは闘争心に溢れた心だ。

ただ勝つ事が好きなのではない。戦う事が、競い合う事が好きなのだ。競い合って勝つというのなら、もうこの上ない。

レグルスのメンバーの中で、ディープインパクトと一番メンタリティが近いのは、間違いなくカネヒキリだ。

貪欲に強さを求められる事、純粋に勝負を楽しめる事、負ける可能性を見据えた上で強く勝ちたいと願う事。

『埒外』に対する姿勢を除外して、彼女達はとても良く似ていた。

 

「(もう、嬉しそうにしてるのよね…!)」

 

 一方、その相手のヴァーミリアンはといえば、カネヒキリほど楽しんではいなかった。

ヴァーミリアンとて、競い合う事に楽しみを感じないわけではない。

むしろ他の一流のウマ娘と比べても、その気持ちは段違いに強いものだろう。

ならば何故そうなのか。答えは実に単純だ。

ただそう、言うなれば、ヴァーミリアンはレグルスの中で一番修羅度が低いのだ。

 

 勿論それが悪いという事ではない。むしろ、競走に全てを捧げ尽くす方が問題がある。

競走に心身を、人生を捧げる中で、ふと周りを見渡し、その程度が、方向が本当に正しいのか判断できるくらいの落ち着きを持っている方が余程良い。

ヴァーミリアンはそういう落ち着きを持っているタイプである。本来ならば、超一流のウマ娘としても正しい資質だ。

 

 ただし、あきという例外が存在してしまった。

脇目も振らず、心身と人生の全てをレースに費やすのだとしても、その程度も方向も完全にコントロールできてしまえる、正真正銘の例外が。

あるいは、素質、才能という部分でヴァーミリアンがレグルスで最下位であるのは、その精神性の所以だろうか。

 

「(だからといって!私だって負けてもいいってわけじゃないのよね!)」

 

 だが、落ち着いて見れるからこそ、己の不足を知るからこそ、それをバネにする事がヴァーミリアンにはできる。

足りない事も、勝てない事も、負けるかもしれない事も、何より己が知っている。知っているからこそ、そのままになんてできはしない。

より前に。より先に。1センチでも。たとえ1ミリでも。悔しさを知るからこそ、心が、魂が叫ぶ。先へ行け、前へ進め。

負けたままでいられるか!

 

『今1000メートルを過ぎました先頭2人譲らない!互いに一歩も引きません!』

 

 紅蓮の闘志を渦巻きながら走るヴァーミリアンと、紫電の気迫を漲らせながら走るカネヒキリ。

1000mを過ぎても互いに未だ譲らず。

レースは後半に移る。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「凄い…凄い『音』です…!」

 

 桜の『耳』が捉えるのは何処までも重々しく響くダートの『音』。

こちらの身体が焦げてしまいそうな程熱い炎のような速弾きと、それに負けないくらい鋭く重い雷鳴みたいな速いドラムのビート。

互いに相手に負けてたまるものかと響き渡り、桜の心を振るわせる。

凄い。本当に凄い。レグルスのチームメンバーでのレースは、こんなにも凄い…!

 

「(無理をし過ぎ、かな。この後、二人が3ヶ月くらいは休養だからってペースが速過ぎる)」

 

 そして、あきは常にフル稼働する脳味噌の領域の10%のトレーナーとしての部分が警鐘を鳴らす。

二人とも、このトラヴァーズステークスを走ったら11月の日本でのチャンピオンズカップまでお休みの予定である。

二人のトレーナーたるあきなら、このレースで底の底まで振り絞っても絶対に回復させてくれるから、今回は全部使っていいやとばかりに限界を踏み越える気でいる。

勿論、そう簡単に踏み越えられないから限界と言うのだ。踏み越えたら身体に悪影響が出るに決まっている。

あきのようにそもそも限界が存在しないチートボディとは、二人は違うのだ。

ほぼつきっきりでチューンナップし続け、限界を更新し続けているディープインパクトとも、似ているようで違う。

ディープインパクトの場合、本人が限界を超えた先を飽く事無く目指し続けるからこそ、無茶、無理、無謀を纏めて括ったようなそれをあきのチートで無理矢理成立させている。

対して、カネヒキリとヴァーミリアンには本人達が明確な上限を決めてしまっている。その違いは大きい。

 

「(頼られるのは嬉しいけど!本当に嬉しいけど!そもそも無理はしてほしくない!)」

 

 だからこそ、カネヒキリ達があきが何とかできるからって全力の信頼で限界を踏み越えるのはハラハラしてしまう。

何かあってからでは本当に遅いのだ。

一応故障回避と同時並行で、もし故障してしまった場合の回復方法だってアグネスタキオン女史と研究しているが、人手や時間がどうしても足りない場合だってある。

 

「(怪我はしないで~!無事戻ってきて~!)」

 

 声を張り上げ二人に『がんばえ~!』と声援を送っている裏で、常にハラハラドキドキなあきであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レースは終盤に至り、距離にして残り400メートル。秒数にして20秒よりは多く。23秒よりは確実に少ない。

90秒以上続いてきた二人の先頭争いは、それだけ続く。

まだ、なのか。もう、なのか。

圧縮された2分足らずのこのレースが、まるで何時間も走っているかのような錯覚。

疲労が纏わりつく。流れた汗が風に飛び散っていく。蹴り上げた土が肌を汚す。

足りない酸素を少しでも身体に巡らせろと、肺も、心臓も、血管もうるさいくらいに稼働する。

もういいか?否だ。もう休ませろ?却下だ。さっさと止まれ?お断りだ。

だって、まだ、まだ、まだ。隣のヤツに勝っていない――!

 

「「おおぉあぁあああぁぁぁ!!!!」」

 

 領域なんてとっくに入ってる。地面を裂く紅蓮の炎が、レース場に降る雷が、互いにぶつかり合う。

あと200。いやもう過ぎた。10秒未満でもう決まる。

前に進め、先を走れ、少しでも、1センチでも、1ミリでも、走り続けろ!

 

 叫び、走り、そして。

 

『止まらない!止まらない!日本から来た二人が止まらない!勝つのはどっちだ!?三冠か!?トリプルティアラか!?』

『今二人が同時にゴォール!解りません、この実況席からではどちらが勝ったか解りません!ゴール板前に特設席を作ってくれ!』

『判定、写真判定となります!3着との間は大差!タイムは既に出ました、1分55秒2!文句無しに!世界レコードです!』

 

 カネヒキリとヴァーミリアンが土に汚れるのも構わずに、土の上でぜぇはぁと荒い息を吐く。

限界を踏み越えたからか、視界は狭く、脇目も振らずに走ったのでどちらにも勝利の確信は無かった。

なんとなく横に居たのは見えた気がするが、それだっておぼろげだ。

 

 審査時間はたっぷり10分。判定の結果は――

 

「――はぁあぁぁ。まずは、預けとくのよね」

「返す気は。全く無いから」

 

 その着差は、ハナ差4センチ。

このレースでの勝者は雷神、三冠、カネヒキリ。

ミッドサマーダービーを勝利し、アメリカレース史に残る無敗四冠という記録を刻み付けた。




カフェのそっくりさん『で、なんでブリーダーズカップに出ねぇんだよおめぇらはよぉ。え?子の方が来年出るから?そっちで勝負したいから自分らも来年?しょうがねぇなぁ!』


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第五十四話 彼女達の活躍は多分書かれる事は無いんじゃないかな、多分無いと思う。……無いよ?

ファンティアの方でもいろいろ書いてます。
ちょっと…フロム脳が暴走して…

あと題名通り今回お初の子達の活躍を書く事は無い!
無いと思う。…し、史実を調べると良いと思うよ!


 カネヒキリとヴァーミリアン、激走のトラヴァーズステークスより2週間。

イギリス、ドンカスターレース場では史上初、世界初の偉業が達成された。

黒鹿毛の、日本から来たウマ娘が、レース場の真ん中で指を三本立てた手を掲げた。

 

 ディープインパクト、セントレジャーステークスを勝利。

日本のウマ娘による、初の英国無敗三冠。

 

 今まで、三冠も、無敗三冠も、イギリスには数多生まれてきた。何せ、歴史が違う。

三冠で言うのならば15人。無敗に限定するのならば4人。

数百年の歴史の中で、イギリスのレースはそれだけの人数を送り出してきた。

 

 ただし。ディープインインパクト以前にイギリス三冠を獲ったウマ娘は、もう何十年も前の事となる。

レースの形式が変容したという事もあるだろう。

三冠を狙うのではなく、適性にあった距離を重視する欧州のレース事情もあるだろう。

ただ、そうだとしても。

評価が上がってきたとはいえ、パート1に昇格してまだ30年も経っていない国のウマ娘が、『レースの本場』と言われる欧州、しかもイギリスの三冠を獲った。

カネヒキリ、ヴァーミリアンの米国三冠、トリプルティアラも鑑みれば、歴史的な特異点と見做されてもおかしくはない。

だが、たった一人のトレーナーが全てを変えた。

 

 レグルスのトレーナー、津上あき。最年少トレーナー資格取得者にして、常識の破壊者。

弱冠14歳にも拘わらず、彼女の築き上げた実績、功績はとてつもない。

正しく、世界を変えたトレーナー。

関係者達の間では、実際に走っているレグルスのメンバー達よりも、あきの名前の方が畏怖されている。

彼女の研究一つで、彼女の発表一つで、今までの常識、定石、当然が容易く引っ繰り返される。

先人たちが連綿と受け継いできた、あるいは長年研究されてきた技術をあっという間に追い越される恐怖。

公開された技術によって、あらゆるものが加速度的に進歩していくという興奮。

 

 レースという世界において。

その中心はディープインパクト達ではなく、間違いなく津上あきだ。

レグルスのメンバー達も言ってしまえば、実績もあるが、『あの津上あきが育て上げたウマ娘』であるからこそ注目されている。

今のレグルスのメンバーは幼少の頃よりあきに育て上げられたメンバーだが、ではそうでない場合、どういう事になるかも。

 

 何度も記されている事であるが、この世界はレースを中心として発展した世界である。

速いウマ娘と同等に、そのウマ娘を育て上げるトレーナーは大変注目度が高い。

実は英国や米国から引き抜きの話は何度も来ているが、あきは頑として日本に所属し続ける事を通し続けた。

だからこそ、それはある意味で当然であるかもしれない。

セントレジャーステークスのライブ後、二人のウマ娘があきを訪ねてきたのだ。

どちらも来年からトレセン学園に通い始める年齢のウマ娘であるが、あきの手腕を見込んで、日本に留学してでもトレーナーになって欲しいと売り込んできた。

一人はアイルランドから、もう一人はイギリスから。

あきから見ても、両者共に素質が高く、故郷を離れ日本に来るほど熱意があるならば、と了承を出した。

実際に日本に来るのならば、来年以降となるだろう。

 

「感謝するわ!あきトレーナー!」

「はい、来年からになりますが、どうぞよろしくお願いします」

「うん、よろしくね!」

 

 まだ小さいながらも、王者のようなカリスマを放つアイルランドのお嬢様と、礼儀正しく優雅なイギリスのご令嬢。

実際にレースに出るのは数年後になるだろうが、その数年後が実に楽しみな二人だ。

前者の名前はシーザスターズ。後者の名前はフランケル。

後に欧州を存分に荒らしまわり、あきの育成手腕を存分に世界に見せつけた二人である。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 凱旋門賞がおよそ半月後に迫る中。イギリストレセンの一室では次々と書類が運び込まれていた。

それはウマ娘の身体について詳細に記されているデータだ。

どのように走り、どのように筋肉が疲労し、骨への影響、走ったバ場による変化、等々…

それらの書類を読むトレーナーの目には、焦燥が浮かぶ。

 

 予測される成長曲線、算出されるべきタイム、想定すべき相手の走り。

足りない。ほんの少し、僅かに、届かないかもしれない。

僅か数十センチ。否、数センチかもしれない。今までは全く並んでいたそれが、ほんの僅かに、差がついてしまう。

何が足りないかは解っている。彼女は、ラムタラはあのディープインパクトに並んだとはいえ、その走ったレースの数はたった三戦。

内、走ったG1の数は二だ。レースを競った数も、G1を戦った回数も、レース場を走った数も、ディープインパクトと比べるべくもない。

 

 経験が、圧倒的に足りない。

ラムタラはたった三回のレースで、その身を伝説と同じ領域まで押し上げた。

その密度がそうそう負けているとは思わない。しかし、幾ら密度を上げても、走ったレースの数は精々、ジュニア級のウマ娘と同じくらいでしかない。

あらゆるレース場で、数多のウマ娘と競ったディープインパクトの錬磨された経験。

それはラムタラには確実にできない、作り上げられない武器だ。

 

 レースの数を増やす事はできない。ラムタラの身体は、足はレース場に特化したものにする為に一ヶ月以上の時間を要する。

特に凱旋門は今まで走ってきた国内イギリスのレース場ではなく、国外フランスのまた違うレース場だ。

複数の国に跨りレースを征してきたディープインパクトの方が、勿論経験値が多い。

想定されていなかった初回と、貯金で凌ぎ切った二回目。

三度目の奇跡は、無い。

それでも。それでも、何か方策を見つけねばならない。

 

「代理人さん。随分、悩んでいるようね」

「君か。心配されるような事ではない」

 

 思考の海に潜っていたからか、トレーナー室に入ってきたラムタラに彼は気づかなかった。

そして、声をかけられてからでも書類を捲る手を止めはしない。

彼は何より、誠実でありたかった。己の職責に対しても、亡くなった友に対しても、そして彼女に対しても。

 

「勝てないのね?」

「そうとは決まっていない」

 

 だからこそ考え続ける。探し続ける。友が、彼女が、己が抱いた夢を実現させる方法を。

財産など幾らでも捧げよう。時間も。己も。自己に関するものなら、彼は幾らでも代価にして勝利を引き寄せる。

そういう風に考えていたし、事実そういう風にしてきた。

 

「本当は解ってるんでしょう。埋める方法」

「………」

 

 ぺらり、と。書類を捲った所で手を止める。

 

「本当に。全てを捧げるなら。其処から先、二度と――」

「断じて。そんな事は認めない」

 

 認めない。既に、彼女からは多くのものを捧げてもらった。

バ場の適性、距離の適性、本来ならば対応できる多くの可能性を捧げ、研磨し、そうしてあの最強と並び立った。

削って、削って、削って、しかし、それでも。その決定的な未来まで捧げてしまうなど。

『もう二度と走れなくなってもいいから』などと。

 

「職責として。代理人として。友として。そんな事は、断じて認めない」

 

 ウマ娘を潰してでも勝利を願う。認めよう。それも一つの方策だ。しかし、己は断じてそんな事は認めない。

ウマ娘とは、素晴らしいものなのだ。輝かしいレースを、祝福されるべき花道を、彼女達は走るべきなのだ。

確かに、多くを捧げた。多くを捧げさせた。

だが、それでも彼女は、彼女ならば『欧州芝2400メートルの王者』として君臨『し続けられる』よう、死に物狂いで調整した。

彼女は、たった四戦で喰い潰されるようなものではない。

より長く走り、そして永く語り継がれるべきウマ娘なのだと、心の底から信じているからだ。

 

「……そう。バカな人」

「愚かだと言われようと、私は私の為すべき事を為すだけだ」

 

 また、ぺらりと書類を捲る。たとえ未だ勝ちの目は見えずとも。

それでも、諦める事だけはしないと誓ったのだから。

 

 凱旋門賞まで、あと三週間。三週間後には、全てが決まるレースが待っている。




某偉人と同じ名前のお馬さん『この小説だと本人はメッタクソにやられてんのになんで弟と子は勝ち組になんの?なんで??』


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第五十五話 凱旋門賞編/『それは時に残酷なまでの』

皆お待たせ!
デアリングタクトちゃん実装決まってからというものいつこのSSで登場してるウマ娘達が実装されちまうのかハラハラドキドキがままあるぜ!
いや是非とも実装はされて欲しいんだけども!

超外伝もボチボチ書いてファンティアの方で載せてます。
ただもう一つの全く関係のないヤツを書くのは許してくれ…きっと禁断症状なんだ…
同志たちはきっと何人も居る筈さ…ほら、耳をすませば、あの烏の羽ばたきの音が…


 10月2日。世界中の人間がただ一つのレースを、固唾を飲んで待っていた。

そのレース、凱旋門賞は元々権威あるG1レースである。

世界に数多あるG1レースの中でも最高峰のレースと認められており、このレースに出る事、勝つ事だけに全てをかけるウマ娘も珍しくはない。

それは開催国のフランスのウマ娘のみならず、世界中のウマ娘の中での話だ。

だがそれでも、凱旋門賞を勝利したことがあるウマ娘は本場欧州のウマ娘だけである。

日本での登録ウマ娘による、凱旋門賞の最高着順は2着。

エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル。

言わずと知れた名ウマ娘であり、いずれもあと僅かまで迫った事はあれど、未だ日本に凱旋門を一着で抜け出したウマ娘は居ない。

 

 だが、今日は、今年は違う。凱旋門で一着を獲り得るウマ娘が居る。

 

 ディープインパクト。デビューから今まで、全てのレースでレコードを叩き出す、無敗のウマ娘。

その実績は凄まじい。既にG1を十一勝。日本では既に、クラシック二冠、英国では無敗三冠。

バ場も、距離も、全てを選ばずに駆け抜けるその姿に、世界が熱狂した。

日本のファンもディープインパクトが獲れなければ、一体誰が凱旋門を獲れるのか、という風に思っていたのだ。

 

 だが、彼女で無ければ誰が、と期待される一方で、獲れないかもしれない、と一番危ぶまれてもいる。

たしかに、ライバルは多い。前年度の凱旋門賞の勝者、バゴを筆頭に、シンダー、ダラカニ、モティヴェーター、そしてハリケーンラン。

常であれば誰が凱旋門を獲ってもおかしくないような面子が揃っているが、しかし。

世間の目は、ディープインパクトと、もう一人のウマ娘、たった二人、どちらが、もしくは両方が獲る事になるのかを注目している。

 

 ラムタラ。三戦無敗。G1二勝。戦績だけを見れば、見事ではあっても到底ディープインパクトと並ぶべくもない。

しかし、公式レースで、世界で、彼女だけがディープインパクトと並んだ。

走ったレースの数は少なくとも、その二回で彼女は伝説を作り出した。

ディープインパクトとの同着を二回。場所、距離はいずれも欧州芝2400メートル。

そして、勿論この凱旋門賞も芝2400メートルだ。

ならば、今回も並ぶのか。いや、今回こそ追い抜くのか。それとも。

 

 フランス、パリ、ロンシャンレース場では既に数十万人の人々が集まっていた。

レース場のキャパシティはオーバーし、何台もの大型モニターが周辺に置かれ、通信衛星を使って全世界に対し同時中継の準備が為されている。

老若男女を問わず、世界中がただ一つのレースを、固唾を飲んで待っていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「ラムタラさんは強い。彼女の陣営も油断できない。でも、彼女達にはどうしようもない事が一つある」

 

 ロンシャンレース場の控室にて、あきがディープインパクトに対し話す。

それは彼女達に対する絶対の有利の一つ。

 

「走ったレースが少ない。走ったバ場が少ない。2400メートル特化も、それは正確じゃあない」

 

 何故正確ではないのか。それは、彼女が走ったレースの距離だ。

エプソムダービーは1マイル4ハロン6ヤード。メートルに換算に、約2420メートル。

キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスは11ハロン211ヤード。約2406メートル。

そう、イギリスのレースは正確に2400メートルではない。だからこそ、微細な調整を長期間かけてする必要があった。

2400という数字からしたら、たった数メートルから十数メートル、と思うかもしれない。

しかし、その数メートルから十数メートルは秒にしておおよそ0.3から0.8秒の差をつけるのだ。

完全に2400メートルだけに合わせているのなら、ディープインパクトは同着など許していない。

むしろ、調整してのけたトレーナーと、それに応えてみせたラムタラの才能にこそ賞賛を送るべきなのだ。

 

 だがしかし、その繊細過ぎる調整の犠牲として、ラムタラ達は経験を犠牲とした。

走ったレースの数の少なさは、それだけ対応の幅を狭める。

そして何より。

 

「そろそろ他のウマ娘だってラムタラさんに『慣れる』。だって、翔ちゃんはレースに出まくったしね」

 

 何より、『規格外のウマ娘』と走った経験があるかないか、というのはとても大きい。数を重ねれば重ねる程、それは大きくなる。

その意味ではディープインパクトが散々に欧州を荒らしまわった故に、他のウマ娘達の度胸と根性が加速度的に育っているのも大きいだろう。

今まではその異様な迫力と圧で他のウマ娘達の影響を跳ね除け、ただディープインパクトだけを相手にしていたラムタラであるが、このレースではそうはいかない。

他のウマ娘達だって己の勝利を狙う為に、ディープインパクトは勿論、ラムタラ相手にも仕掛けてくるだろう。

それが、ディープインパクトがはっきりとラムタラに勝る点。

己と同格の相手と走る事、己を上回る相手と走る事、その経験の多さだ。

 

 そして何より、調整期間の長さが違う。

日本ダービーからエプソムダービーまでの6日間。

パリ大賞典からキングジョージ6世&クイーンエリザベスSまでの9日間。

そんな短い間隔で国まで跨いでのG1レースに出走など、普通ならば不可能だ。

これも、世界では未だあきだけが可能な理不尽であるが、出れるとしても調整期間は長ければ長い程良いのが自明の理。

逆に言えば、ディープインパクトは十日足らずの調整しか受けていない状態で、ラムタラと並んでいた。

では、この凱旋門賞ではどうか。前走、セントレジャーステークスからの期間は実に22日。それだけの期間があれば、あきにとっては十分過ぎる。

勿論、ディープインパクトはこの後も複数の、しかも距離が様々なレースに出走する予定である為、それは考えなければならないが。

それでも、次走の菊花賞は10月23日。またその次の出走予定である秋の天皇賞を考えれば厳しいが、それでも凱旋門賞から20日以上の猶予があるならば、あきはどうとでもしてみせる自負があった。

 

「(それでも確定でクビ差までは詰められるだろうってのは流石かな)」

 

 だが、ラムタラの先着は無い。たとえどれ程死力を尽くそうが、これからの未来を賭けようが、負けだけは無い。

頭の中の常に冷静で、何処までも見通す目を持つ一割のあきがそう断ずる。

 

「本気で、全力で走ってくればいい。翔ちゃん。君が最強だよ」

「うん。いってくるね」

 

 己の愛バを絶対の自信で、欠片の不安も無く送り出す。それをできる幸せなトレーナーが、一体どれだけ居るだろうか。

トレーナーのそれに応えられるウマ娘も、果たしてどれだけの数が居るだろう。

誰がどう思っていようと、津上あきは幸せな『トレーナー』である。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『全世界のウマ娘が夢見る凱旋門賞、今回も豪華なメンバーが揃っております』

『前年勝者バゴ、今年のジョッケクルブ賞とアイリッシュダービーをそれぞれ1着と2着で分けたダラカニとハリケーンラン、その他スターが揃っています』

『ですが注目はやはりこの二人でしょう、既に積み上げたG1の勝利は10勝、日本から来たスーパースター、ディープインパクト』

『そのスーパースターに対して全くの互角、三戦三勝ながらそのディープインパクトとの同着二回、欧州ウマ娘の意地を見せるかラムタラ』

 

 アナウンスの声が響く中、そのトレーナーは黙ってコースを眺めていた。

やれる事は全てやった。紙がボロボロになる程にデータを調べ、目を皿のようにして映像を検証し。

ラムタラのコンディションを最高にまで仕上げて、今日という日に持ってきた。

だというのに。

 

 あぁ、いっそ憎悪できたなら、どれだけ良かっただろうか。

想定した最大の敵手を、憎めればどれだけ楽だったのだろうか。

周りの、とんでもないプレッシャーを放つ二人に向けて、それでも不敵に笑うウマ娘達を嫌えればどれだけ楽だったのだろうか。

だが、できるわけないのだ。彼の鍛え上げられたトレーナーとしての眼が、彼女達が素晴らしいウマ娘だと教えている。

その才能を、その努力を、その精神を、その輝きを、彼はトレーナーとして愛さずにはいられない。

 

 だからこそ、彼はこう思わずにはいられない。

女神よ。ウマ娘の始祖とも、導きとも言われる三人の女神よ。

何故、彼女達を同じ時、同じ世代に走らせたのか。

私は、貴女達を恨まずにはいられない。

 

『いよいよ始まります、この門を一着で凱旋するウマ娘は一体誰なのか』

『華の凱旋門賞、いよいよスタートです!』

 

 レースが始まる。時間は過ぎ去るばかりで、戻ってはくれない。

だが、それでもと手を伸ばす先にしか掴めないものがある。

世界中の夢と希望を乗せて、今、レースが始まる。



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第五十六話 凱旋門賞編/『されど何処までも眩い』

お待たせ!
どうぞ楽しんでいってくだせ。

ファンティアの方の全く関係無いSSですが『宇宙行けるなら水中も装備整えれば行けなきゃおかしいだろSF脳』と『でもフロムの水中には河童がいるやんけ脳』がコンフリクトを起こしている…
上下前後左右、全天戦闘が前提だから水中ステージも…


 ハリケーンランにとってロンシャンレース場は初めてのコースではない。

むしろ、デビューから含め四戦をこのレース場で走った、走り慣れたコースと言っても間違いではない。

また、今まで走ってきた六回のレースの中で、ロンシャンでは負けた事が無かった。

世間一般的に当て嵌めるならば、十分に得意なコースと言えるだろう。

だが、このレースは、今年の凱旋門賞はその一般は当て嵌まらない。

否、凱旋門賞なのだ。たとえあの二人が居なかったとしても、集まってくるのは超一流のウマ娘ばかり。

『ロンシャンでは負けた事が無い』などと、何のアドバンテージにもならないような強者が集う。

 

 そうとも、誰も油断できない奴らばかりだ。どいつもこいつも、ギラギラとした眼で勝利を狙っている。

それでも、そいつら相手に勝つ自信があった。己こそが凱旋門を獲る気概があった。

例外は、たった二人。

どう足掻いても、勝てるビジョンが浮かばない。コンディションはこちらだって最高だっていうのに、脳味噌が『不可能』と叩きつけてくる。

 

 成程。成程、成程。理解していたつもりだが、つもりであっただけだった。

確かにこいつは絶望的だ。自分とて上澄みのそのまた上澄みである自負はあれど、それを容易く超越してくる二人。

これは、なんとも。

 

「(面白いじゃあないか……!)」

 

 ライバルと鎬を削るようなギリギリの勝負をするのもいい。

前年勝者のバゴ、愛仏両方のダービーで勝ち負けを分け合ったダラカニ、他の皆も。

自分が勝つという自信はあるが、それでもその能力は自分と同じラインであると感じている。

そんな同じラインで勝負するのだってきっと楽しい。

 

 だが、さらにその先のラインにいる二人に勝つ為に、必死で頭を回して勝ちの目を探るのがこんなにも面白い。

どうしたって勝てない筈の相手に勝つ為に、それでも勝とうと努力するのがこんなにも楽しい。

不可能に対し、それでもと挑戦するのがこんなにも心が熱くなる。

 

 何より、ウマ娘とは、鍛え抜きに鍛え抜けばあのラインまで至れるのだと、二人が証明している。

ならば己も其処に至れないなどと、ある筈が無い。

目指す壁は遠く、高い程目指す甲斐があるのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 ディープインパクトの中で、あきの言う事を疑う、という事は無い。

あきが言うならばそうなるだろう、と素朴に信じている。今まで、彼女の分析が外れた事は無く。彼女の判断に間違いはない。

無論、それは自分で考えないという事ではない。むしろ、レース中の駆け引きであるとかは嫌という程あきに仕込まれているのだから。

毎回、自分の目で見て、考えて、判断した上で、あきの見込みの方が格段に信頼できると結論している。

彼女の目がどこまで見通しているのか、どこまで計算されているのか、とてもではないが計り切れるものではない。

だから、このレースも自分が勝つ結果が見えているのだろうと思っている。

 

 ただし、それは全力を出さなくていいという話ではない。むしろ、逆だ。

今まで鍛え上げてきた身体、技術、経験、それらを100%活用すれば勝てるという意味だ。

そういう風に育て上げ、そういう風に使いこなせると、あきはディープインパクトを1ナノグラムの疑念も無く信じている。

だからディープインパクトも、それに応える。

腕の振り。足の運び。全てを教えられた通りに。崩す時も、『どう崩せばいいのか』と教授された通りに。

目線のフェイク。重心の移動による惑わし。プレッシャーによるバ群の操作。高速で流れるコースの状態の見極め。全てできると信じられた通りに。

ほら、今もフェイクとプレッシャーに引っかかり、迷いを見せたウマ娘が居る。

そのほんの僅かな躊躇を見逃さない。反応を見せた、それが全ての布石となり、全てがつけいる隙となる。

 

『さぁ各ウマ娘下り坂を抜けフォルスストレートに入っ、っとここで!ディープインパクトとラムタラが動いた!』

 

 ロンシャン最後の直線は533メートル。このフォルスストレートを含めてもおおよそ783メートル。

800メートルに届かないのならば。1000メートルすらスパートを決められる、レグルスのメンバーならば。この下り坂の運動エネルギーを使わない手はない。

追込みの位置からグンと加速する。慌てて負けぬよう加速するウマ娘も、本当の最後の直線の為に足を溜めるウマ娘も、一人を除き全員が間に合わない。

横を走るラムタラだけが、ディープインパクトの反応と加速についてくる。

 

 加速する。

風を裂き。芝を蹴り上げ。黒鹿毛に蒼の衣装のウマ娘と、栗毛に緑の衣装のウマ娘の二人が先頭に躍り出る。

他のウマ娘は全員抜き去り、あとは横に居る相手だけだ。

 

 足の回転を上げる。

遠くに在る星を追いかけるウマ娘と、遠くに在る星に手を伸ばすウマ娘。

互いに目指す夢がある。達成すべき目標がある。

其処に立つのは己なのだと、本能が、精神が吠え立てる。

 

 あの先を目指せと、魂が叫ぶ。

誰より速く、誰より遠く、行け、先に行けと己の中の何かが、途轍もない熱で謳い上げる。

汗が弾け飛び、呼気は激しく、それでも眼を炯炯と輝かせ。

 

 走る。叫ぶ。口から流れ出るのは言葉にならぬ絶叫だとしても。勝つのは、己だと大声で。

 

『先頭はディープインパクトとラムタラ!ディープ内!ラムタラ外!最後の直線に入っても譲らない!二人が全く譲らない!』

『後続を完全に振り切った!ハリケーンラン加速するもこれは間に合うかいやこれはもう無理!先頭争いは完全に二人のマッチレースだ!』

『三度目の正直になるのか!二度ある事は三度あるのか!欧州三冠を懸けたこのレースで!王者の意地がぶつかり合う!』

『ディープインパクトか!ラムタラか!ディープか!ラムタラか!どっちだ!どっちだ!?今ゴォール!!!』

『解りません、此処からでは僅かにディープインパクト体勢有利に見えましたが、どちらでしょうか!三着は大きく離れてハリケーンラン!』

『タイムは…2分23秒3!?え、稍重のロンシャンで!?は!?あ、いえ失礼しました、レコード、レコードタイムです!』

 

 三度目の衝突。しかし、以前の二度の激突とは違い、着順はすぐに出た。

ハナ差、18センチ。ほんの僅かな、それでも決定的な差で。

 

『順位確定しました、1着はディープ、ディープインパクト!ライバルとの死闘を越え!G1勝利12勝目!見事!イギリスクラシック三冠に続き!欧州三冠を戴きました!!』

 

 勝者、ディープインパクト。空を駆ける英雄が、凱旋門を潜り抜けた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「負けた…か…」

 

 不思議なほどにショックは無かった。あれほど望み、全てを賭して挑んだレースだというのに。

むしろ、表情を変えまいと唇を嚙みながらも、ボロボロと泣いている代理人の方が余程悔しそうに見える。

それとも、現実感が無いだけなのか。それも、多分、違う。

 

 きっと、おそらく、気付いてしまっただけなのだ。自分は今までただ一人の為だけに走ってきた。

その為に全てを切り捨てて、足も未来も命さえも使い果たしていいと思って『いた』。

あぁ、なのに、走る理由がいつしか増えてしまっていた。

人を一人背負って走るのでさえもこんなに難しい事なのに。

気難しくて頑固で、なのにウマ娘の事に何処までも真摯なあの『トレーナー』と。

何処までも真っ直ぐに純粋で、見果てぬ夢を追いかけ続けているあのライバルと。

全力を尽くして、何処までも走って、戦って。きっと、きっとあの『ラムタラ』は満足してしまったのだ。

 

「ラムタラさん」

「…ディープインパクト」

 

 さっきまで、肩で息をしていたライバルがこちらに顔を向ける。

いつも見ていた、とても真っ直ぐな瞳で。何処までも夢を追いかける光を灯した眼で。

こちらに、手を伸ばす。こちらも、その手を掴む。

 

「また、走りましょう」

「…今度は、私が勝つわ」

 

 私は弱くなったのだろうか。

走る理由が増えてしまった私は、背負うものが増えてしまった私は、前より遅くなってしまったのだろうか。

それはきっと、違うのだろう。

胸に抱いたものと、この背に背負ったものはきっと、力に変えていけるものだ。

これから、自分が自分として、強くなっていく為のものなのだ。

 

「次も、いえ。ずっと、負けません」

「…首洗って待ってなさい」

 

 とりあえずは。この生意気なライバルに勝つ為に。

ウマ娘として、ラムタラとして。この先も走るのだ。




ラムタラの『トレーナー』「四戦で引退はしない!しないんだよ!」

というわけで欧州芝2400は暫く地獄の環境が続くな!(白目)


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第五十七話 菊花賞に向けていろいろ動いているが、凱旋門賞勝てばそりゃそうなる

実際日本の馬が勝ったらそりゃあ大騒ぎになるだろうなぁ。
今日開催される予定ですがどうなる事やら。日本馬の活躍を祈ります!


 ディープインパクトが凱旋門賞を優勝した。当たり前であるが日本では蜂の巣をつついたどころではない大騒ぎである。

日本に所属する幾人もの超一流のウマ娘が挑み、それでも勝つ事ができなかったレース。

今まで欧州のウマ娘以外の優勝者が出ていなかったそのレースで、初めて勝ったのである。

しかもそれまで同着を繰り返していたライバルに先着する形で、欧州三冠まで果たした。

そして無敗でG1を11勝目。かの皇帝、シンボリルドルフの記録さえ塗り替えた大偉業である。

もう騒がない方がどうかしている。

 

 勿論トレセン学園には超大量の取材の申し込みが殺到し、とんでもない規模の処理待ち書類に事務の目が死んだ。

言うまでもないがシンボリルドルフ理事長もこの事務処理やら手続きに追われ、あまりの仕事量の多さに耳と尻尾がへなっていた。

日本のウマ娘の悲願とも言える凱旋門賞を勝ってくれたのは確かに嬉しい。

嬉しい事なのだが、単純に喜んでばかりもいられない地位と責任と仕事量にほんのちょっぴり後悔の念を覚えもしたのである。

 

 なお、取材そのものについてはディープインパクトはそつなくこなしている。

そして基本的にあきはトレーニング以外にもレグルスのメンバーの学業についても面倒を見ており、レグルスのメンバーは成績も良い。

学業成績良し、競走成績良し、マスコミ受けも良しという、ディープインパクトはまさにパーフェクトと言っていい。

が、一部どこぞの掲示板などからは『トレーナーを見る眼がなんかこうヤバイ』とか『レースに対する意気込みが修羅過ぎない?』と滲み出ているものを嗅ぎつけられているようである。

 

 そしてディープインパクトの次走は日本三冠最後の一冠、菊花賞。

今までに英国三冠、欧州三冠を達成し、ついに日本での三冠、しかも無敗での達成が見えている。

これまでの実績やレース内容から既に菊花賞を勝つ事を確実視されているディープインパクトであるが、彼女は一切油断も慢心もしていなかった。

 

 世間はラムタラこそが例外なのだという。レグルスのメンバーでも無いのに、ディープインパクトに迫った彼女だけが例外だと。

しかし、ディープインパクトはそうは思っていない。たしかに、今までのレースでは他のウマ娘達は何バ身も離されている。

だが、それを縮まらないものとはディープインパクトは考えていない。ラムタラは、『最初の一人』だっただけだ。

あきに鍛えられて確かにレグルスのメンバーは強い。だが、あきの研究が世に出て他のウマ娘だって強くなった。

その影響がいつまでも出ていないと考える程、ディープインパクトは甘い考えをしていない。

 

 最後の三冠、菊花賞。日本ダービーで競った他のウマ娘達も、全力で狙ってくる筈だ。

ナリタトップロード、ダンスインザダーク、サクラスターオーはあきからは特に注意するように言われている。

他のウマ娘達だって油断なんてできよう筈がない。

無敗三冠がかかっていようが、そんなものは知るかと挑みかかってくるのは間違いが無い。

 

 それを想像するだけで、思わずディープインパクトは笑みが零れてしまうのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 トレセン学園のとあるトレーニングコース、ダンスインザダークは走りの中、己の中に深く埋没していた。

得意の長距離とはいえ、明確に有利がついているわけではない。ライバルとなるステイヤーは、それこそ多い。

何もディープインパクトだけが強いわけではない。ダービーを見ると良い、明確に、明らかに壁を越えた者達は何人もいる。

確実に。着実に。ウマ娘達全体のレベルが上がっている。

それは、何もG1に出るような才能に溢れるウマ娘達に限らない。

 

 レースとは過酷な世界だ。一度も勝てず、トゥインクルシリーズを去るウマ娘もそう珍しい事ではない。

彼女達は諦めながらも現実を受け入れて、涙と共にトレセン学園を去っていく。

一度はライブのセンターに立ちたいと思いながらも、夢破れていなくなるウマ娘のなんと多い事か。

華々しいレースも、勝負の世界である事は間違いが無い。勝つ者がいれば、負ける者がいる。

 

 だけど、それでも。

一度も勝っていなくても、ライブに出た事すらなくても、歯を喰いしばり、這い上がろうとするウマ娘が増えた。

レースの最中、追い抜かれても、『無理』と泣き言を漏らすウマ娘が居なくなった。

ディープインパクトがレースに出て来てからの、確かな変化としてそれは起こった。

 

 普通。あそこまで圧倒的な強さを見せられれば逆に諦めるものだ。

あれに勝てなくてもしょうがないと、負けてしまっても仕方ないと、心を折られてしまう。

そんな言い訳を慰めとして、レース自体を辞めてしまってもおかしくはない。

 

 だけど、ディープインパクトに挑戦し、追いかけ続けるウマ娘達を見たからか。

それとも、ディープインパクトの何処までも挑み続ける瞳を見たからか。

彼女の眼が語るのだ。まだ走れる、ウマ娘の限界はこんなものじゃないだろう、と。

彼女はどんなウマ娘だろうと、純粋な、真っ直ぐな眼で相手を見る。未勝利であろうと、G1で競う相手であろうと、変わらない眼で。

その眼が、その光が、夢が、他のウマ娘を走らせる。『諦めたくないのはお前だけじゃない』と叫びたくなるのだ。

 

 だからこそ。だからこそ、『もう一段階上』が必要だ。レースにおける絶対の集中の先。

自分だけの領域。それを見出す。勝負はそれからだ。

 

 ダンスインザダークは走る。出口の見えない暗闇の中を、それでも踊るように。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「無敗三冠、か」

 

 トレセン学園理事長室。シンボリルドルフは書類を捲りながら、かつて己も成し遂げたその業績を呟いた。

今まで、日本のレースにおいて三冠の栄誉を戴いた者は複数存在する。

だが、無敗のままで三冠を成し遂げたのは今まで皇帝、シンボリルドルフただ一人である。

 

「何か思う所がございますか、理事長」

「いや、何。私などとは比べるべきも無い成績だよ、彼女は」

 

 エアグルーヴ秘書に問われ、シンボリルドルフは平静な口調で返す。そこに嘘は全く無い。

確かにディープインパクトは無敗三冠へリーチがかかっている。事前予想でも、三冠は確実視されている。

しかし、その実績は既に自分とは比べるべくもないものだとシンボリルドルフは思っていた。

既に獲った英国三冠と欧州三冠。己が成し得なかった海外挑戦。勝利したG1の数も、この間の凱旋門賞で抜かされた。

トレセン学園理事長として、URA常任理事(最近任命された)として、彼女達の活躍は喜ばしいものだ。

日本のウマ娘が世界でも広く活躍してくれる事、それはシンボリルドルフが望んだ事でもある。

そう、理事長として、この学園の運営に携わる者として、彼女達に不満など何もない。

 

「――ただ、私が居れば最後の冠は貰っていっただろうな、と考えただけさ」

 

 だが。ただの個人としての、ただのウマ娘としてのシンボリルドルフがどうしても考えてしまう。

皐月は無理だ。ダービーも同じく。しかし、菊花賞のみに焦点を合わせられたなら、もしあの場に、同じ世代で走れたのなら。

皇帝と呼ばれた己の自負にかけて、ディープインパクト相手に一勝はもぎ取ってみせる自負はあった。

現役を退き、二十年以上経っているというのに、オルフェーヴルの時でさえ熱を覚えなかったというのに。

それ程までにディープインパクトの走りに魅せられたというのだろうか。

あるいは――

 

「URAファイナルズに登録しますか?また走れますよ」

「はっはっは、確かに魅力的だが、私はもうロートルもいい所だよ。年寄りの冷や水などと呼ばれぬように大人しくしているとも」

 

 声に少しばかりの茶目っ気を含ませたエアグルーヴが言えば、シンボリルドルフも笑って返す。

現役時代も含めれば、互いに実に長い付き合いだ。

生徒会長と生徒会副会長だった自分達が、今では学園理事長とその秘書だ。

人生の半分以上を共に歩んできたお互いだからこそ、理解できる事がある。

 

「……それに来年度のURAファイナルズは、いろいろと準備が必要だからな」

「……そうですね」

 

 だからこそ、眼をキラキラと輝かせたディープインパクトが持ち込んできた案件をどうしよう、という悩みを共有する事もできる。

来年、ディープインパクト達が3年目を走った後のURAファイナルズ。

そこに、彼女達のトレーナーである津上あきを出場させる。

URAファイナルズは本人の希望とファンの投票と予選を勝ち抜く実力さえあれば誰でも出場可能とはいえ、あの規格外すぎる津上あきをはたしてどう扱えばいいのか。

今から考えても胃が痛くなるような内容を共有できるのは、確かにお互いしか居なかった。




リジチョー「普通に出すだけだと蹂躙して終わるじゃん…どうすればいいの…」


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番外編 凱旋門賞の後のとある掲示板の様子

本編はまだお待ちを。
久しぶりの掲示板回です。


チーム・レグルスについて語るスレPart158

 

 

1:レースとはいいものだと語る名無し

そろそろ実績が古今類を見ないものになってきたやべぇチームレグルスについて語るスレです。

レグルスについての話題なら何でもOK!

ただしアンチは別の専用スレへ

 

前スレ:ttp://umamusume.daisuki.com/test/read.cgi/team/XXXXXXXXXXXXX

 

2:レースとはいいものだと語る名無し

建て乙。いや実績はヤベーよマジで。

 

3:レースとはいいものだと語る名無し

建て乙。信じられるか?このチーム、まだ2年目なんだぜ…?

 

4:レースとはいいものだと語る名無し

建て乙。今年のG1見るとですね…もうずらーっとレグルスの名前が並んでまして…

ちょっとこれは意味わかんねぇですね…

 

5:レースとはいいものだと語る名無し

建て乙、正直どうなん?今まで似たような成績出したチームってあるん?

 

6:レースとはいいものだと語る名無し

>>5

あるわけねぇだろ初年度でG1勝利して重賞勝利数が2年で30越えてる化物チームなんぞ。

しかもチーム人数成立ギリギリの5人やぞ?

感覚麻痺してるだろうから言うけど重賞勝利するだけでも本当は凄い事なんだからな??

 

7:レースとはいいものだと語る名無し

それはそう。

 

8:レースとはいいものだと語る名無し

その1個勝つだけで凄い重賞をレグルスのエースさんは何個勝ってるんですかねぇ……

 

9:レースとはいいものだと語る名無し

劇場版!レグルスVS世界!勝つのはどっちだ!ぶっちぎり限界突破!

 

10:レースとはいいものだと語る名無し

正直ここまで凄いと感心通り越してドン引きすら超越して憧れるしかないわ。

 

11:レースとはいいものだと語る名無し

>>8

知りたいか?G1だけでも11個や。

 

12:レースとはいいものだと語る名無し

皇帝越えてるやん!!??

 

13:レースとはいいものだと語る名無し

しかも国内だけでなく海外G1も合わせてだからガチで皇帝越えしてんだよなぁ…しかも無敗で。

 

14:レースとはいいものだと語る名無し

改めてラムタラちゃんが如何に偉業を達成したのか本当に良くわかる。

いやなんでディープインパクトちゃんに並べるんだよ…意味わかんねぇ…

 

15:レースとはいいものだと語る名無し

まさか俺らが生きてる内に二代目ビッグレッドや皇帝を越えるウマ娘が出てくるとか考えもしてなかったんだよなぁ…

 

16:レースとはいいものだと語る名無し

G1とか『一勝』だけでも『一生』自慢できるからな!

 

17:レースとはいいものだと語る名無し

おい急に秋から冬になったぞ。

 

18:レースとはいいものだと語る名無し

皇帝みたいな絶妙な解りにくさと高尚さが足りない、11点。

 

19:レースとはいいものだと語る名無し

ええやん嫌いじゃないで、好きでもないけど。10点。

 

20:レースとはいいものだと語る名無し

皇帝のダダ滑りダジャレ、いいよね。お前のは良くないけど。9点

 

21:レースとはいいものだと語る名無し

なんでお前ら1点ずつ律儀に下げてんだよwwww

てーかレグルスの話しようぜレグルスの。

米国四冠、米国トリプルティアラ、英国三冠、欧州三冠を既に達成してんだけどこれ同一年度達成とかある?

 

22:レースとはいいものだと語る名無し

あるわけねぇだろ。

 

23:レースとはいいものだと語る名無し

ないわー。

 

24:レースとはいいものだと語る名無し

あったらこんな大騒ぎしてねぇって。

というか別のチームとか個人トレとかでなくチームがそれ独占してんのが一番頭おかしいんだよ。

 

25:レースとはいいものだと語る名無し

年度を分けてはともかく同一年度は今まで無かったヤバすぎる記録だよ!

 

26:レースとはいいものだと語る名無し

しかもチーム目線だけで見れば日本三冠も日本トリプルティアラも秋シニア三冠も確実視されてるとかいう有り得ねーチームだよ!

 

27:レースとはいいものだと語る名無し

年間無敗の覇王ですらこんな無体な事しなかったわ!!!

 

28:レースとはいいものだと語る名無し

春シニア三冠も出走条件で出れなかっただけで出れば勝ってたとか言われるのが本当にもうおかしい。

 

29:レースとはいいものだと語る名無し

いやクラシックで春の天皇賞は無理…いやディープインパクトならいけるわ…ほんとなんなの…なんなんなの…

 

30:レースとはいいものだと語る名無し

というか他四名はともかくとして、エースのディープインパクトはあの出走期間でなんで故障も何もしてないの?

あの娘ホントにウマ娘なの????

 

31:レースとはいいものだと語る名無し

世間『なんだこの出走間隔!?選手を潰す気か!?』

トレーナー『全て本人の希望です…』

ディープインパクト『フンスフンス』

世間『えぇ…?』

 

これがガチなのがもう腹がよじ切れるんよ。

 

32:レースとはいいものだと語る名無し

走れるだけで凄いのに全部にきっちり勝ってるんだから何も言えないね……

 

33:レースとはいいものだと語る名無し

いや本当にディープインパクトはウマ娘かどうかも疑わしいレベルだったんだけど、むしろトレーナーがね……

 

34:レースとはいいものだと語る名無し

被害者面してるけど元凶は絶対こいつなんやなって。

 

35:レースとはいいものだと語る名無し

ガチで世界を変えたトレーナー、津上あき(14)!は!?14!?中等部2年生!?

 

36:レースとはいいものだと語る名無し

おう中央トレーナー資格取得最年少レコードホルダーのガチモンの天才やで。

 

37:レースとはいいものだと語る名無し

はえーすっごい。で、幾つで取ったの?

 

38:レースとはいいものだと語る名無し

驚け、なんと10歳。つまりS学5年生で資格取ったイミフな規格外やで。

 

39:レースとはいいものだと語る名無し

小五ロリの時に取ったとな!?はっ、拙僧閃いてござる…!

 

40:レースとはいいものだと語る名無し

その道に悟りはねーよ生臭坊主。いや犯罪者。

 

41:レースとはいいものだと語る名無し

レグルスのメンバーがすげー注目されてるけど、レース関係者の方ではトレーナーの方にすげー慄いてるのは有名な話。

 

42:レースとはいいものだと語る名無し

くやしく具体的に。

 

43:レースとはいいものだと語る名無し

トレーナーの中央資格を10歳で取得したのは勿論っ!あのレグルメンバーまで見事に育て上げやがった!

しかもだ!トレセン学園所属初年度でチーム開設!しかも所属ウマ娘が勝ちまくるっ!どういう事なんだよ!

それに全世界に急速に広まった『故障回避トレーニング法』すらその発案はあいつときている!

なんなんだ、なんなんだよお前はよぉ!

 

44:レースとはいいものだと語る名無し

本当にくやしく語るヤツがあるかwwww

 

 

 

 

――以下、暫くあきに対するレスが続く――

 

 

 

65:レースとはいいものだと語る名無し

で、纏めると

 

・僅か10歳で中央トレーナー資格を取得した天才。中央資格は倍率300倍の狭き門。

・というかそれ以前からレグルスメンバーを鍛え上げて結果を出させた鬼才。レグルスメンバーがアレなのは素質もあるがトレーナーちゃんのおかげ。

・ウマ娘に付きまとう故障をトレーニングから変えた異才。津上あき式が広まってから目に見える程に故障率が下がった。

・本人もウマ娘なのに何でかレースに出てない。憶測は飛び交ってるが理由は全く解ってない。でもディープインパクトはなんか熱い眼でトレーナーを見てる。

 

こういうことだな!

 

66:レースとはいいものだと語る名無し

キマシ…?

 

67:レースとはいいものだと語る名無し

いや、そういう方向じゃない。

じゃないんだが…なんかこう…

 

68:レースとはいいものだと語る名無し

なんかクソデカ感情でクソ重情緒を抱いてるように見えるんだよな。

度合いは違うがこう、ナイスネイチャがトウカイテイオーに抱いてたみたいな…

 

69:レースとはいいものだと語る名無し

リアルタイムで知ってるならお前今何歳だよwww>ナイスネイチャがトウカイテイオーに

 

70:レースとはいいものだと語る名無し

やめろ>>69、無差別攻撃は禁止されている!

 

71:レースとはいいものだと語る名無し

トウカイテイオーの奇跡の有マ記念は良いレースだったんだぞ!

え、いつやったかって?うっ…頭が…

 

72:レースとはいいものだと語る名無し

当時10代でももうアラフォーじゃねーか時が流れるのはなんて早い…

 

73:レースとはいいものだと語る名無し

おい自爆攻撃はやめろ!いいから津上トレーナーとディープインパクトについて話すんだよ!

なんか目線が違うって話だけどどういうことだ!

 

74:レースとはいいものだと語る名無し

なんというか、こう…才能とか何もかもが上の相手に何とかして勝とうみたいな…?

いやトレーナーちゃんレースに出てないんだけど。

 

75:レースとはいいものだと語る名無し

いやディープインパクトはトレーナーちゃんの事大好きだけどトレーナーちゃんの方が強いとか無いやろ…

無いよな…?

 

76:レースとはいいものだと語る名無し

とりあえずダンスのキレと何処であろうと担当のレースには駆けつけるという体力はバグってるなぁ!

 

77:レースとはいいものだと語る名無し

ほんまおかしいわアレ。アグネスのヤバイ方(ピンク)よりキレッキレのオタ芸とかどうなってんの…?

 

78:レースとはいいものだと語る名無し

てーかレグルスのメンバーグッズだけどあれ全部トレーナーが手製で作って応援で使ってたヤツをデザイン元にしてるってマジなん?

 

79:レースとはいいものだと語る名無し

マジだぞ。

 

80:レースとはいいものだと語る名無し

トレーナーちゃんはガチで公式がグッズ作る前から手製でグッズ作って応援してた。

で、あまりにも出来が良すぎるから公式の方からオファー出して快諾された。

 

81:レースとはいいものだと語る名無し

トレーナーなの???ただのファンなの????

 

82:レースとはいいものだと語る名無し

第一のガチファン兼トレーナーってだけやぞ。多才過ぎて何が本業か解らなくなるが本業は中学生(義務教育)の筈なんや。

 

83:レースとはいいものだと語る名無し

属性が渋滞を起こしている!!

 

 

 

以下、あきとディープインパクトの関係についてあーでもないこーでもないと話し合いを続ける。

 

 

 

297:レースとはいいものだと語る名無し

結局なんでトレーナーちゃんが走んないかはわからんが、トレーナーちゃんはレグルスの皆と仲良しって事でFA?

 

298:レースとはいいものだと語る名無し

まぁそれは疑う余地がないな。何だかんだ幼馴染だしトレーナーだし信頼関係は強固よ。

レグルスの快進撃はまだまだ続くんやろなぁ。

 

299:レースとはいいものだと語る名無し

国内でもラムタラちゃんやアフリートアレックスちゃんみたいにレグルスのメンバーに迫るウマ娘出てこないかなぁ。

 

300:レースとはいいものだと語る名無し

レース、特に今の世代はレベル高いし成長も期待できるからな、楽しみにして待とうぜ。

 

 



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