アスカとシンジは、空の軌跡の世界で本当の幸せを見つけた ~アスカ・ブライト!~ (朝陽晴空)
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キャラクター紹介・設定資料集(必要に応じて更新)

新世紀エヴァンゲリオンをご存知の方が多いと考えまして、空の軌跡の方から紹介します。

 

 

 

《空の軌跡 登場人物紹介》

 

エステル・ブライト Estelle Bright

 

16歳。

空の軌跡のヒーロー的存在。

外見は栗色の髪にツインテール。

頭にくると「あんですって~っ!」と怒鳴ってしまうところもアスカに似ているかもしれません。

11歳の頃から同い年の少年、ヨシュアと一緒に暮らし始めるのですが、鈍感な彼女はヨシュアを異性として意識しておらず、「あーん」など無邪気な子供っぽい行為にヨシュアがあきれてしまうほどです。

天真爛漫で明るい性格から人に好かれています。

 

 

 

ヨシュア・ブライト Joshua Bright (本名:ヨシュア・アストレイ)

 

16歳。

空の軌跡のヒロイン的存在。

外見は黒髪に中生的な顔立ちとシンジに似ている所があります。

声優さんも女性の方です。

二次創作でよく見かける、アスカを積極的に守っているような少し性格の強くなったシンジがピッタリ当てはまります。

エステルに振り回され、フォローに回ることを義務付けられているところ、料理も彼の方が得意な所もシンジに似ていると思います。

表面的には穏やかな性格ですが、エステルに危害を加えようとする人間には殺意をむき出しにします。

11歳の時エステルの父親カシウスに酷い大けがを負っているところを拾われ、帰る所の無い彼はそれから5年間、エステルとカシウスの家族として一緒に暮らすことになります。

 

 

 

カシウス・ブライト

 

歳は多分?40代前半。

陰で子供達を見守り、ピンチになった時も助けにきてくれる。

こんな父親だったら、エヴァは熱血ロボットアニメになっています。

エステルの母親が死んだ後、軍を引退して遊撃士となりエステル達との時間を持つようにします。家族を穏やかに包み込む大空のようにおおらかな父親。

 

 

 

シェラザート・ハーヴェイ

 

20代の女性。

5歳ぐらい若くなったミサト。

大酒飲みで、ヨシュアとエステルをからかってお酒の肴にするところもそっくり。

ヨシュアとエステルの先輩で、姉のような存在。

タロット占いが得意。カシウスを先生と言って慕っている。

 

 

 

オリビエ・レンハイム

 

20代前半。

青葉シゲルと渚カヲルを合わせたような性格かな?

自称愛を求める旅の演奏家。

これだけで彼の性格はどんなものかわかるかと思います。

エステルより色気たっぷりのヨシュアを口説こうとする。

(青葉シゲルと同じ声優さんです)

 

 

 

クローゼ・リンツ

 

16歳。

ジェニス学園の生徒。(女子高生みたいなものかな)

清楚な感じで、委員長(洞木ヒカリ)。

ヨシュアに好意を寄せ、エステルの強力な恋のライバルになると思われましたが、ヨシュアがエステルをどのくらい好きだったかを理解すると、身を引く奥ゆかしい女性です。

ヨシュア×クローゼの二次創作があるほど人気キャラです。

 

 

 

アガット・クロズナー

 

20代前半。

元不良だった所をカシウスに改心させられたこともあって、エステルにはきつく当たります。

ですが、幼いティータには優しい面を見せます。

巨大な剣を振り回して戦う驚異的な筋力とスタミナの持ち主。

 

 

 

ティータ・ラッセル

 

13歳。

ペンペンみたいに可愛い女の子で、相田ケンスケみたいにメカオタク?

世界的に有名な博士であるラッセル博士の孫娘。

本人も相当のメカオタクで、バズーカ砲のような大砲を使って戦闘に参加します。

アガットの事をお兄ちゃんと言って慕っています。

アガット×ティータは二次創作でも人気があります。

 

 

 

ケビン・グラハム

 

20代前半。

喋り方もサッパリとした性格も鈴原トウジ。

教会の巡回神父として各地を回っているが、何か密命を帯びているようである。

空の軌跡3rdでは幼馴染のリースをヒロインに迎えて主人公に昇格。

 

 

 

《新世紀エヴァンゲリオン 登場人物紹介》

 

惣流・アスカ・ラングレー

 

14歳。

新世紀エヴァンゲリオンのヒロイン的存在。

外見は金髪で描かれることもありますが、原作アニメでは栗色の髪です。

自信家で自己中心的な印象を受けますが、内面は傷つきやすく繊細な性格。

シンジの事は異性として意識していますが、素直に表に出す事が出来ません。

自主性を持たない人間にはきつく当たりますが、自分を評価してくれる人間や信頼のおける人間に対しては笑顔を向けます。

 

 

 

碇シンジ

 

14歳。

新世紀エヴァンゲリオンのヒーロー的存在。

外見は黒髪に中性的な顔立ちとヨシュアに似ています。

声優さんも女性の方です。控えめで内向的で人見知りする印象を受けますが、親しくなった相手には遠慮なく自分の感情を出します。

他人に従うことを処世術としていますが、自分が決心した事は貫き通す意志の強さを見せます。

家事が全くできないミサトに代わって家事をしていたこともあって、料理や掃除、洗濯もそつなくこなします。

 

 

 

《空の軌跡 設定資料紹介》

 

戦術オーブメント

 

誰でも《導力魔法》が使えるようになる装備。

一般市民は持っていないが、遊撃士や軍人は一人一つは持っている。

人の精神力ではなくオーブメントのエネルギー(EP)を消費する。

 

 

 

《新世紀エヴァンゲリオン 設定資料紹介》

 

インターフェイス・ヘッドセット

 

エヴァンゲリオンとパイロットの神経接続に使う、髪留めのように頭に装着する機器。

シンジは白、アスカは赤。(原作設定)

異世界での生活では不要と思いきや、翻訳機として活躍します(着けていると会話ができる)。

※この作品オリジナルの設定です。



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空の軌跡FC・ロレント地方編
第一話 カシウスと二人の出会い、アスカの悪夢(2022/08/31 01:28改稿)


「お願いです! ボク達、連絡を取ってネルフに戻らないといけないんです!」

「アタシ達がエヴァに乗って使徒を倒さないと、サードインパクトが起きて世界が滅亡するのよ!」

 

 5階建ての石造りの塔の屋上。

 アスカとシンジは、姿を現したカシウスという中年の男性を相手に、必死の形相で訴えていた。

 

「世界が滅亡だと!? それは随分と面白い冗談だな、はっはっは」

 

 彼は住んでいる町の子供たちを相手にしているような態度で、真剣に取り合わなかった。

 

 

 

「信じて下さい!」

 

 ネルフもエヴァも全く知らない彼に、シンジは必死に訴える。

 ここは、人の命を奪う魔獣の住処となっている場所。

 脱出してネルフに戻るには、武術の達人と思われるカシウスの助けが必要だった。

 

 

 

 

 

 

 栗色の髪と青い目をした少女アスカ。

 黒い髪と黒い目をした少年シンジ。

 共に14歳でプラグスーツと呼ばれるパイロットスーツのような服を着ていた。

 

 

 

 塔の上から身を乗り出して周囲を見降ろしたアスカは、自分達が第三新東京市から離れた場所に居ると気付いた。

 石造りの建物が並ぶ集落のようなものが見えるだけで、後は緑に覆われた大自然だ。

 シンジは高所恐怖症気味だったので、塔の外周に近づくこともできなかった。

 

 身に着けていた服、プラグスーツ以外に何も持ち物を持っていない二人。

 少し待てば彼らの所属する組織、ネルフからの救援が来ると二人は楽観的に考えていた。

 

 

 

 

 

 

 だがしばらく待っても空を飛ぶ飛行機などの飛翔体すら見当たらない。

 2015年の日本でそのような場所はあるのだろうか、とアスカは思った。

 

「外国のとんでもない田舎に飛ばされたのかもしれないわね」

「えっ、それってワープしたってこと?」

 

 アスカは平凡な中学生であるシンジでも、神隠しやワープといった知識は持ち合わせているかと思った。

 ワープなんて小説などのノンフィクションの世界でしかあり得ないと考えていたが、まさか自分達が体験することになるとは思ってもみなかった。

 

 

 

「こんな所にずっと居るなんて冗談じゃないわ、さっさと行きましょう!」

「どこに?」

「バカっ、電話とか連絡手段のある場所よ!」

 

 緊急事態を飲み込めていないシンジにアスカは苛立った。

 ボケッとしているシンジの手を強引に引っ張り、屋上から塔の内部へと続く階段を降り始めた。

 階段の壁面には青白い電灯のようなものが埋め込まれており、灯りを持っていなくても進むことは出来た。

 

 

 

 しかし塔の5階に足を踏み入れた途端。

 前を歩くアスカと、後ろをついていたシンジは、異形の姿をした怪物に遭遇した。

 

 その怪物は巨大なヤドカリのような姿をしていた。

 怪物は数本の触手を威嚇するようにアスカに向かって振り回して迫ってきた。

 触手によってムチの様に叩かれても、絞められたりしたらただでは済まない。

 命の危険を本能で察したアスカは、シンジの手をつかんで急いで屋上への階段へと引き返した。

 

 

 

「アスカ、屋上は行き止まりだよ!」

「今すぐ絞め殺されるよりはマシでしょ!」

 

 屋上まで怪物が昇って来たら絶体絶命だ。

 しかし後ろに居たシンジは怪物が電灯の光を嫌ってそれ以上追いかけてこないことに気が付いた。

 

「アスカ、急がなくても大丈夫みたいだよ」

「何でよ?」

 

 振り返ったアスカはシンジと同じように、電灯のある場所に怪物が近づいてこないと分かった。

 二人はホッと胸をなでおろした。

 

 

 

 当面の命の危険は無くなったが、塔の屋上に閉じ込められる形になってしまった。

 怪物に襲われずに塔から脱出するには飛び降りるしかない。

 天空の何とかというアニメでもあるまいし、5階建ての建物から怪我一つなく着地するなんて奇跡は起こらない。

 

 

 

 人間は絶望的な状況に置かれると、まず強烈な怒りがこみあげてくるものである。

 アスカはシンジに向かって感情を爆発させた。

 

「こうなったのも、全部バカシンジのせいよ!」

「アスカを助けようとして巻き込まれたんだから、ボクは悪くないよ!」

「ハァ!? 結局アンタはアタシを助けることが出来ずに、一緒に飲み込まれただけじゃないの!」

 

 

 

 ほんの数時間前まで、二人は第三新東京市でエヴァンゲリオンと呼ばれる巨大ロボットに乗っていた。

 特務機関ネルフによって使徒と呼称される人類の敵と戦っていたのだ。

 エヴァンゲリオンは正確にはロボットではなく人造人間。

 使徒は怪獣のような存在であるが、様々な生態を持つ存在だ。

 

 

 

 今回、シンジの乗るエヴァ初号機と、アスカの乗るエヴァ弐号機が戦った使徒の名前はレリエル。

 空中に浮かぶ白と黒の縞模様の使徒レリエルを、二人は迎撃した。

 使徒との戦闘中、弐号機はレリエルの真下に広がった黒い影に足元から沈み込んだ。

 

 空中に浮かぶレリエルの影だと思っていたものは、底なし沼だったのだ。

 飲み込まれて行く弐号機を地上に引き上げようと、初号機が助けに駆け付ける。

 

 

 

 しかし初号機も同じように沈んでいき、二機のエヴァは頭の頂点まで黒い影に飲み込まれた。

 黒い影に飲み込まれた後、エヴァの操縦席から見える外部モニターは真っ黒な闇に覆われた。

 作戦の指揮を執る、ネルフの発令所と通信を試みるも、不可能だった。

 

 しばらく暗黒の世界が続いたと思うと、目を開けていられないぐらいに眩しい光で満たされる。

 光が収まった後、恐る恐る二人が目を開くと、石造りの塔の屋上に立っていたことに気が付いた。 

 乗っていたはずのエヴァの姿は跡形もなく消えていた。

 

 

 こめかみに青筋を立てるほど激しい二人の言い争いはしばらく続いた。

 無益ないさかいを止めたのはお互いのお腹の虫の音だった。

 

 

 

 怒りが収まった後に湧いて出るのは諦めの感情。

 アスカとシンジはにらみ合いを止めると、深いため息をついて壁を背に、もたれかかって床に座る。

 

「ボク達、このまま死んじゃうのかな……」

「アンタねえ、そんなに簡単に諦めてどうするのよ!」

 

 空腹になったのも影響したのか。

 へたり込んで弱音を吐くシンジ。

 檄を飛ばすアスカも、八方塞がりだと頭では分かっていた。

 

 

 

 屋上は安全地帯だが、食料も水も無い。

 飛び降りるにしても、クッションのようなものがなければ足の骨折は確実だ。

 誰かが塔の屋上にやってくるのを待つ?

 怪物の巣に集落の人間が入って来るとは思えない。

 

 

 

 このまま二人とも死んでしまうとなれば、シンジが自分の身を犠牲にしてアスカを助けようとするかもしれない。

 献身的な性格のシンジは、5階から飛び降りるためのクッションになることも、囮となって怪物を引き付ける役目も引き受けるだろう。

 

 シンジが行動を起こす前に、二人とも命を落とさないで済む方法に賭けるか。

 それは二人で怪物の巣である塔の内部を突破して脱出することだ。

 アスカが決意を固めようとした時。

 

 信じられない事に、カツン、カツンと塔の内部から階段を登る足音が二人の耳に届いた。

 

「ネルフの人達が助けに来てくれたんだ!」

「しっ、黙りなさいよ、バカシンジ」

 

 アスカは小声で注意を促すと、シンジの口を手で塞ぎ、ため息を付いた。

 まったくシンジの無警戒には呆れたものだ。

 ここは、ネルフの監視が及んでいるかどうか分からない異国の地。

 登って来た人物がネルフの関係者であるとは限らないのだ。

 

 

 

 ここは物陰に隠れて様子をうかがうのが得策だとアスカは判断した。

 幸い相手は一人のようであるから不意を突けば二人掛かりで勝てるかもしれない。

 二人はエヴァのパイロットとして肉弾戦の訓練を受けていた。

 怪物がひしめくこの塔を一人で踏破できる強者が、そんなに甘い存在ではないという不安は大いにあった。

 

 

 

 困惑するシンジを物陰に引っ張り込む。

 そして塔の内部から屋上に姿を現した男性の風貌を観察する。

 歳は30代後半から40代前半位。

 手には長い棒のような武器を持っている。

 棒術使いか、銃ほどではないが厄介な相手だとアスカは思った。

 

 

 

「こんな所で二人仲良くかくれんぼか……良かったら私も交ぜてくれないか?」

 

 男性の言葉を聞いたアスカは肝を冷やした。

 気配だけではなく人数までピタリと言い当てるなんて、かなりの達人だ!

 

 隠れていることがバレたと判断したアスカは愛想笑いを浮かべて物陰から男性の前に歩み出る。

 怯えたシンジの脇腹を肘で突いて一緒に愛想笑いをしろと合図を送ったが、シンジは直ぐに作り笑いを浮かべられるほど器用ではなかった。

 

 

 

「あの、あなたはどなたですか? どうしてこちらに?」

 

 アスカは精一杯の愛想をふりまいて、男性に話しかけた。

 久し振りに見せる社交的なアスカの姿を見て、シンジは怖さも忘れてアスカの処世術に感心しているようだ。

 

「私はカシウス・ブライト、『遊撃士』だ。この翡翠の塔に空から光の柱が降りて来たという目撃証言があったから調査に来たわけだが……お前さん達、何か知らないか?」

 

 とりあえず、男性と言葉が通じたようで二人はホッとした。

 しかし『遊撃士』とは二人にとって聞き慣れない言葉だった。

 弁護士、税理士、消防士、想像の世界の分を入れるなら武士や錬金術士、までは聞き覚えがある。

 

「遊撃士って何ですか?」

 

 シンジから率直な疑問が口を突いて出た。

 

 

 

 

 

 

 カシウスは偶然出会った子供たちを安心させるために『遊撃士』と名乗った。

 塔の近くにある集落、名前はロレントの街という。

 その街の子供たちが空から光の柱が降りてきたという話を耳にした。

 そして探険ごっこでこの翡翠の塔へと足を踏み入れ、魔獣に追われて屋上で震えていた。

 可能性としてはそんなところだとカシウスは考えていた。

 

「遊撃士って何ですか?」

 

 『遊撃士』は民間人の安全と地域の平和を守る存在であり、世界の子供たちにとっては憧れの的となっている。

 その遊撃士を知らないとは、カシウスは大いに驚いた。

 

 

 

 尋ねてきたシンジと側に居るアスカの服装も、カシウスが見た事のない奇妙な文様をしていた。

 どことなく、カシウスと敵対する『結社』の雰囲気を感じさせる。

 光の柱の降臨という怪奇現象の起きた塔の屋上に現れたこの二人の少年少女はただものではない。

 

「お前さん達は何者だ?」

 

 眼光の鋭さを増してカシウスが尋ねると、アスカの愛想笑いがスッと消える。

 するとアスカの後ろに隠れるようにしてシンジが、アスカをかばうように前に出た。

 

 

 

「ボクはエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジです!」

 

 シンジは勇気を振り絞って、カシウスの問いに答えた。

 その言葉の意味がカシウスに理解できるはずもない。

 今度はカシウスがあっけにとられる番だった。

 気の強そうな少女はシンジの耳を思いっきり引っ張った。

 

「何バカなことを言っているのよ、シンジ!」

「でもアスカ、何者だって尋ねられたから正直に答えないと……」

 

 目の前で繰り広げられる栗色の髪の少女と黒髪の少年の子供染みた喧嘩を見て、カシウスは胸がざわつくのを感じた。

 

 

 

 これはまるで我が家で帰りを待っている私の子供達、エステルとヨシュアを思い起こさせるものではないか。

 自分の子供達に髪の色の組み合わせも、性格も似た少年少女に親近感を覚えたカシウスは一気に緊張を緩めて陽気な調子で声を掛ける。

 

「そうか、お前さん達はシンジとアスカと言うのか!」

 

 カシウスが態度を変えると、アスカは虚を突かれて目を丸くした。

 

「な、何よこのオッサン……」

 

 

 

 カシウスは正体が何であれ、自分の子供達に似たこの二人を救助すると心に決めた。

 それに先ほどのやり取りからも、この二人には自分の身を投げ出してでも相手を守る強い仲間意識のようなものを感じる。

 片方を人質に取れば、もう片方の行動を抑止できるだろうと打算も働いていた。

 

 

 

「お願いです! ボク達、連絡を取ってネルフに戻らないといけないんです!」

「アタシ達がエヴァに乗って使徒を倒さないと、サードインパクトが起きて世界が滅亡するのよ!」

 

 カシウスが敵対的な存在ではないと気が付いたのか、警戒心を解いたシンジとアスカが、必死な表情で頼み込んできた。

 二人の力になると決めたカシウスだが、話の内容が解らない。

 まだ幼さを感じさせる少年少女二人が世界を滅亡から救うために戦っている?

 

「世界が滅亡だと!? それは随分と面白い冗談だな、はっはっは」

「信じて下さい!」

 

 そんなバカな話があるものか、とカシウスは一笑に付したいところではあった。

 だがこの二人の表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには到底見えない。

 

 

 

 遊撃士を知らない、奇妙な文様の服装、空から光の柱が降り注いだ後に現れた子供たち。

 空の女神エイドスが起こした奇跡によって、遥かなる時空の彼方から転移してきたと言うのか、レナ?

 七耀教会のシスターであった、亡くなった妻にカシウスは心の中で問い掛けた。

 

「お前さん達が言うネルフだかエヴァと言うのは俺には分からん。この塔を脱出しなければ何も始まらん」

「それは、そうですけど……」

 

 カシウスは笑顔を作って手を差し伸べたが、シンジは表情を曇らせて握手を拒絶した。

 遊撃士を知っていれば直ぐにでも心を開いてくれそうなものだが、どうしたものかとカシウスは溜息をついた。

 二人はネルフという組織に属していると聞いていた、今頃になって私が敵対する組織の人間かどうか怪しみ出したのかもしれないな。

 さて二人の信頼を得るにはどうしたら良いものか……。

 

 

 

「何を悩んでいるのよ! このオッサンがネルフ関係者じゃなくても、この塔から脱出するためなら協力しなくちゃ!」

「まあ、待て」

 

 カシウスは落ち着いた声で、跳ねるように階段に向かおうとしたアスカを引き留めた。

 この思い立ったら直ぐ行動は我が娘、エステルとそっくりだな、と心の中で思いながら。

 

「お前さん達はこの塔に来てから、飲まず食わず、休みも取っていないのだろう? そんな状態で魔獣が潜む塔を突破するのは無謀だ」

「でもアタシ達は急いでいるのよ!」

「落ち着け。世界を救う前に死んでしまっては元も子もないだろう」

 

 

 

 カシウスに説得されたアスカとシンジは、安全地帯である翡翠の塔の屋上で一夜を過ごすことになった。

 手渡された何の味もしないパンとワインで空腹とのどの渇きを癒した。

 満腹感とアルコールは二人に強烈な眠気を催す。

 固い石畳の上にも関わらず、二人は直ぐに眠りに落ちた。

 寝ずの番をしているカシウスは二人のあどけない寝顔を微笑ましいものだと温かい目で見守っていた。

 

「さて、この塔から脱出した後、この二人をどうするか……」

 

 塔から脱出しても、この二人がネルフという組織に戻れる可能性は限りなく低い。

 この王国の情報を知り尽くしているカシウスはネルフという言葉さえ耳にしたことがなかった。

 ロレントの住民たちや、遊撃士協会のネットワークには存在しない情報だ。

 さらに二人がやって来たと思われる光の柱が直ぐにこの場に再び現れる気配もない。

 

 

 

 とりあえず目立つ服装で外をうろつかせるわけにもいかない。

 しばらく自分の家で匿うしかないかと思案していたカシウスの耳に、アスカの悲鳴が突き刺さった。

 

「イヤァァァァ!」

「どうした!?」

「ママ、ママぁ!」

 

 アスカの口から発せられた母親を求める言葉。

 この極限状態で、アスカは悪夢を見てしまったのだろう。

 自分には母親の代わりをすることはできない、それならば……。

 カシウスは幼きエステルを宥めた時と同じく、包み込むようにアスカを抱き締めた。

 

「アスカ、パパが側に居るぞ、安心しなさい」

「パパ……?」

 

 優しくされたアスカは一度は落ち着いてカシウスのハグを受け止めたかのように見えた。

 しかし、一呼吸置いてからアスカは一際大きな叫び声を上げた。

 

「ヤダヤダヤダ! パパのせいでママは! イーヤーッ!」

 

 強い力で抵抗してアスカはカシウスの抱擁から逃れようとする。

 拒絶され、動揺した彼の後頭部を、厳しい表情をしたシンジが殴打した。

 彼は自分がアスカを襲っていると、シンジが誤解していることに気が付いた。

 

 

 

 アスカを救うために、自分に攻撃を仕掛けるとは男気があるじゃないかとカシウスは感じた。

 痛む頭を手で押さえながら、カシウスはシンジに向かって声を掛けた。

 

「アスカは悪夢にうなされて助けを求めている。応えてあげなさい」

「そ、それってボクがアスカを抱くってことですか?」

 

 カシウスの言葉に怒りがスッと覚めたシンジは、激しく動揺しながら聞き返した。

 

「そうだ。俺が父親の代わりになって、アスカを慰めようとしたが、できなかった。シンジ以外の人間にアスカを救うのは無理だ」

 

 

 

 

 

 

 カシウスに言われたシンジは、父親のゲンドウに呼び出されて初号機に乗った時のことを思い出した。

 初号機に乗れる人物は自分の他にいないとシンジは言われた。

 あの時も逃げちゃダメだと自分を奮い立たせた。

 

 今も自分にしか出来ないことをするべき時なんだ……!

 シンジは涙を流し続けるアスカを抱きしめて安心させるように声を掛ける。

 

「シンジ……?」

「アスカ、安心して。ボクが側に居るよ」

「何処にもいかない?」

「もちろん、ずっと側に居るよ」

「ありがと……シンジ……」

 

 

 

 すっかり心が落ち着いたアスカは、再び眠りに就いたようだった。

 目的を果たしたボクは身体を離そうとしたけど、カシウスさんに止められた。

 

「再びアスカが悪夢にうなされるかもしれない。今夜はずっとアスカの側に居てあげるんだ」

「分かりました……あのカシウスさん」

「なんだ?」

「さっきは思い切り頭を殴ってしまってごめんなさい。アスカがカシウスさんに襲われていると思って……」

「はっはっは、遊撃士は普段から鍛えているんだ。あの程度の攻撃、たいした事ないさ」

「遊撃士って凄いんですね……」

 

 

 

 話しているうちに、シンジも再び眠くなって来た。

 床は石畳みだが、今はアスカという最高の抱き枕が側に居るのだ。

 柔らかい感触に心が休まるのはシンジも同じだった。

 

「安心して寝なさい。私が起こしてやる」

 

 眠りに落ちながら、アスカのことを父親のように守ってくれたのだから、カシウスさんは信頼に値する人物だとシンジは思った。

 明日の朝に目が覚めたら、アスカにカシウスさんは優しい人だって何とかして伝えよう。

 

 

 

「キャーーーッ! エッチ! バカ! 信じられない!」

 

 シンジはパニックになったアスカのビンタで目を覚ました。

 アスカが起きた時、胸に顔を埋めて寝ていたらしい。

 さらにタイミングの悪いことに朝立ちもしていたみたいだった。

 

「カシウスさん、起こしてくれるって言ったじゃないですか!」

「この方がスッキリと目が覚めると思ったからな」

 

 カシウスさんはニヤニヤした顔で口を尖らせたシンジに答えた。

 せっかくカシウスさんが信頼できるってアスカに話そうとしたのに。

 

 

 

「シンジ、カシウスさん。……昨日はありがと」

 

 どうやらアスカにも昨夜の記憶が少し残っているみたいだった。

 それなら改めてシンジがアスカを説得する必要はない。

 

 疲れも取れたところでいよいよ出発だ。

 赤くて長い棒のような武器を持ったカシウスさんの背中は頼もしく見えた。

 

「良いか、俺の後ろをピッタリと付いてこい。他の道に迷い込んだら命は無いと思え」

 

 カシウスの警告にシンジはゴクリと唾を飲み込んだ。

 それはアスカも同じだった。

 三人はカシウスを先頭に、魔獣が巣食う塔の内部への階段を降りるのだった。




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第二話 ようこそブライト家へ

 

 屋上で一夜を過ごした後、アスカとシンジはカシウスに先導される形で5階建ての翡翠の塔からの脱出を始めた。

 

「良いか、俺の後ろを付いて来い。別の道に迷い込んだら命は無いと思え」

 

 カシウスの言葉に、アスカとシンジはしっかりと頷いた、自力で塔を降りようとした時、魔獣の群れに追いかけられて命からがら屋上に逃げ帰った事は記憶に新しい、決死の覚悟で、翡翠の塔の5階へ足を踏み入れた。

 武器を持たないシンジとアスカは魔獣に襲われても逃げ惑う事しか出来ない、アスカも護身術として格闘技の訓練を多少受けていたが、徒手空拳で魔獣と渡り合える程ではなかった。

 それとは対照的に、カシウスの戦い振りは衝撃的なものであり、持っている棒を一振りするだけで魔獣は吹き飛ばされて行く……その後ろから襲い掛かろうとした魔獣を玉突きのように弾き飛ばし、道が出来ていた。

 

「凄い……」

「おじさん、アンタ何者なの……」

 

 アスカとシンジは目を丸くして息を飲んでその光景を見つめていた。

 棒一本で猛獣の群れを薙ぎ払う人間など見たことも無い、アスカに護身術を教えた人間より数倍強いのではないか、そして何よりあれだけ激しい動きをしたのにもかかわらず息が全く乱れていない。

 

「さあ、ボヤボヤして居ないで付いて来い」

 

 カシウスに促され、身体の硬直が解けたように動き出すアスカとシンジは自然と手を繋いで塔の中を駆けて行く……この武芸者であるカシウスが味方で良かったと感謝しつつ、敵に回った時の恐ろしさを肌で感じていた。

 

「しかし、お前達はツイていたな。お前達を見つけたのが俺みたいな遊撃士だったから良かったが、城の兵士だったら牢屋行きだったかもしれんぞ、ハハハ」

 

 軽口のつもりで呟いたカシウスの言葉は、アスカとシンジに衝撃を与えた、城?兵士?世界にはわずかながら王族の居る国がある事は知っている、しかし猛獣の域を超える魔獣の存在と言い、何かが“現実離れ”している。

 その違和感がハッキリとした確信へと変わったのは、カシウスが二人の見ている目の前で、魔獣に向かって炎を放った事だった、火炎放射器などの火器を使わずに炎の塊を噴射するなど、まるで手品師、マジシャンの使う《魔法》だ。

 

「な、何もない所からいきなり火が出て……」

 

 驚きのあまりシンジは腰を抜かして床にへたり込んでしまう、それは科学技術文明で育った現代人の正しい反応だ、同じく驚いたアスカも崩れ落ちそうになる膝を何とか気力で踏みとどまっている。

 

「お前達《戦術オーブメント》も知らないのか?」

 

 カシウスは不思議そうな顔でそう言うと、腕に着けられた宝石が埋め込まれた器械を見せる。

 そしてカシウスの説明によると、先ほどの炎の魔法、この世界では《導力魔法・オーバルアーツ》と言うらしい、はこの器械を使う事で発動し、消費された導力エネルギーは時間経過で回復する、急速チャージする方法もあるらしいが……だから、石炭やガソリンなどは過去の遺物となっているそうだ。

 そのような技術はエヴァンゲリオンを開発したネルフでも見た事が無い、アスカとシンジは今居る場所がワープやタイムスリップで説明できない、異世界に居るのかもしれないと考え始めた。

 

「カシウスさん、今って西暦何年ですか?」

「西暦? 今は七耀暦1202年だが」

 

 シンジが質問したカシウスの答えに、思わずアスカとシンジは顔を見合わせる、自分達は使徒の見せる夢の世界へと迷い込んでしまったのか……だが、こうしてお互いの手を握り合う感覚は本物だ。

 そしてアスカとシンジは自分達がこの世界の住民と全く価値観の異なる存在、世界二人ぼっち、になってしまった事をじわりじわりと感じ始めていた。

 塔から出て街道に出る頃には、もしかしたらネルフと連絡が取れるかもしれないという希望もほとんど消え失せていた。

 

「どうしたお前達、塔から出れたのに嬉しくないのか?」

 

 閉鎖的な塔の中から、開放感あふれる屋外へと出たカシウスは伸びをしながら、沈んだ表情のままのアスカとシンジの顔を見て不思議そうな顔をして尋ねた。

 

「そりゃあ、嬉しいけど……」

 

 アスカとシンジの足取りはまるで墓から蘇ったゾンビの様に重くて鈍い、こんな二人を引き連れて街に行けば、カシウスが看守で、二人の囚人を連行しているように見えてしまう。

 ただでさえ街では有名人であるカシウスが、目立つ奇妙な服を着ている二人を捕まえたとあってはゴシップを好む町人達の噂にもなりかねない。

 

「よし、街は迂回してやり過ごすぞ」

「じゃあ、何処へ行くのよ?」

「俺の家だ」

 

 アスカの問い掛けに、カシウスはそう答えた……そうだ、ヨシュアを“拾った”時と同じ作戦で行こうと思い付いたのだ、そうすればカシウスがまた孤児を引き取ったのか、程度に受け止められ、隣町や王国の兵士の耳に入るほどの大きな噂とはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 地方都市ロレントから少し離れた場所に、周囲を森に囲まれた二階建ての一軒家があった、ロレントの街の住民なら誰もが知るS級遊撃士、カシウス・ブライトの家だ。

 元は放蕩貴族の別荘だったこの家にカシウスが住む事になった経緯の詳細は省くとして、妻の死後、軍人を辞して遊撃士となったカシウスは様々な難事件を解決し、その名声はロレント地方、いやリベール王国のみならず、大陸全域までその名が知られる英雄となって居る。

 もっとも、彼の偉業を知らない娘のエステルに言わせれば、大陸各地をブラブラしている不良親父、でしかないのだが、今回も久しぶりに家に帰って来るなり、翡翠の塔の調査を依頼され、一日経っても帰って来ない。

 そのブライト家の一階、ダイニングキッチンで、少女は退屈そうに窓の外を眺め、少年は椅子に座って本を読んでいた。

 少女は、栗色の髪とルビー色の瞳を持ち、名前をエステル・ブライトと言った……カシウスの血の繋がった実の娘である。

 少年は、黒髪で琥珀色の瞳を持ち、名前をヨシュア・ブライトと言った……彼は数年前にとある事件がきっかけでカシウスと出会い、カシウスに引き取られブライト家で暮らす事になった。

 

「あの不良親父ってば何処をほっつき歩いているのよ、翡翠の塔なんか数時間で行って帰って来れるじゃない」

 

 エステルはふくれっ面で父親のカシウスの帰りを今か今かと待ちわびていた。

 何だかんだ言いつつも、エステルは父親のカシウスの事が大好きだった、だから大きな事件が解決してしばらくの間家に居ることが出来ると聞いた時は喜んだ、一緒に釣りをしたり、ミストヴァルトの森で虫を捕ったりしたい、まるで少年のような願望だ。

 

「仕方無いよ、父さんの事だから、また何か急な仕事が入ったかもしれないし」

 

 そんなエステルをなだめるようにヨシュアは声を掛ける、まったくこの父娘の親子愛の深さにはあきれてしまうものだ、自分に実の両親が居たのは何年も前の事だが、貧しい村で暮らす両親は畑仕事に忙しく、息子と遊ぶなんて余裕は無かった。

 

「父さんってば野次馬根性が旺盛だから、きっとまた事件に首を突っ込んでいるに違いないわ」

「それは君も同じじゃないか」

 

 エステルの予感は正しい、遊撃士の仕事をこなすだけであれば、さっさとアスカとシンジの身柄を保護して軍の兵士か遊撃士協会に引き渡せばお終いだ、ひと晩、塔の屋上で夜を明かしてまで二人の事情を探る必要は無い、さらに家に連れて帰るなどもっと余計な世話だ。

 そしてヨシュアの指摘も合っている、エステルは街に出ると子供同士のケンカ、酒場のウェイトレスと酔った客の言い争いなど何にでも顔を出して首を突っ込み、騒ぎを大きくして後でヨシュアが謝る羽目になるのだ。

 

「あっ、父さんが帰って来たわ!」

 

 窓の外を眺めていたエステルは、森の小道から姿を現したカシウスの姿を認めると、嬉しそうに跳び上がる。椅子に座って本を読んでいたヨシュアも立ち上がり、同じ窓からカシウスの姿を見て首を捻った。

 なぜカシウスは街道を通らずに森から出て来たのか、街を避け人目を忍んで帰宅する理由は、カシウスに続いて現れた奇妙な服装をした二人の少年少女を見て合点が行った。

 

「あれ? 父さんの後からついて来たあの子達、誰?」

「僕に聞かれても分からないよ。でも、この王国の住民では無さそうだ」

 

 ヨシュアは二人の服装からそう感じ取った。ボディラインが強調され、着用者の身体にフィットしている様に見えるその服は、優れた伸縮性を持つ生地によって作られているのだろう。

 そのような服を着た人物とはリベール王国に来てから、いや、未だかつて見たことはない、ならば、導力文明の発達しているクロスベルか、東方の神秘と呼ばれるカルバート共和国からの来訪者では?と考え、エステルにこの王国出身者でないと告げたのだ。

 

「それって……外国の子って事!?」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは、目を輝かせ、ワクワクが止まらない、そんな宝物を目の前にした少年のような反応を示した。

 そして、父親と二人の来訪者を迎えるために玄関のドアに向かって笑顔で一直線、本当に元気と好奇心の塊だとヨシュアは思った。

 

「父さん、お帰りなさい!」

「おおエステル、今帰ったぞ」

 

 カシウスの家、ブライト家のドアが開け放たれ、栗色の髪の少女、エステルが満面の笑みで姿を現すと、アスカとシンジはあっけにとられたようにエステルを見つめる、翡翠の塔からの道中、カシウスから自分には二人と同じ年頃の娘と息子が居ると聞かされていたが、予想外に可愛らしい少女だった。

 

「ねえねえ父さん、この子達は?」

 

 好奇心むき出しのくりくりとしたエステルの瞳が、アスカとシンジを見つめる、穴が開くほど見つめられた二人はくすぐったい気持ちになったが、露骨に視線を逸らすわけにもいかない。

 

「アスカとシンジだ、歳はお前達と同じ14らしいぞ」

 

 カシウスがお前『達』と言ったのは、家の中からアスカとシンジを観察するように視線を送る少年の姿があったからだ、その黒髪の少年は無表情に見えたが、その眼にはわずかながら警戒心のようなものが浮かんでいた。

 

「あたしはエステル、よろしくね!」

 

 玄関から階段を降り、アスカとシンジに歩み寄ったエステルは、無邪気な笑顔で二人の前に手を伸ばした、天真爛漫なこの少女は同時に握手をするつもりなのだろう。

 

「よ、よろしく……」

「ど、どうも……」

 

 エステルの笑顔にすっかり毒気を抜かれてしまったのか、アスカは猫を被ったような作り笑いでエステルの手を握り、シンジは照れくさそうに顔を赤らめ、エステルの手を握ったのだが……その瞬間、黒髪の少年の琥珀色の瞳が鋭く自分を射抜いた気がした。

 その黒髪の少年の刺すような視線に怯えたシンジはパッとエステルの手を離す、アスカも同じくその視線に気が付くと、ニヤリと薄笑いを浮かべた、この少年はエステルに惚れている。

 

「ほら、ヨシュアもそんなところに居ないで、こっちに来て挨拶しなさい!」

 

 エステルが家の中に居るヨシュアに声を掛けると、落ち着いたゆったりとした足取りでアスカとシンジの前に姿を現した。そして表情を柔らかい笑みへと変えてアスカとシンジに話し掛ける。

 

「ごめんね、エステルは誰に対しても馴れ馴れしいんだ、迷惑をかけたね」

 

 それはエステルの好意は誰にでも分け隔てなく与えられるものであって、あらぬ“誤解”をしないように、とシンジに言い聞かせる言葉だった。

 

「あんですって!? あたしが迷惑を掛けたって、どーゆー事よ!」

 

 エステルはヨシュアの言葉の真意に気付く事はなく、ふくれっ面で抗議の声を上げる、そんな二人の様子を、カシウスは困ったものだ、と心の中で呟きながらとりあえず家の中に入るように促した。

 

「この二人の事なんだがな、遥か遠くから転移させられたそうだ。元居た場所に帰る手段が見つかるまで家で預かる事にした」

「やっぱり、アスカとシンジって外国から来たの!?」

 

 カシウスの言葉を聞いたエステルは興奮した様子で目を爛々と輝かせる、どんな異国の地から来たのか、どんな暮らしをしていたのか、好奇心旺盛なエステルからは矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

 だがアスカとシンジはどう話していいものか困ってしまった、この場所は自分達の居た第三新東京市とは文化も全く異なる、5階建ての翡翠の塔よりも高い建物、12階建てのマンションで暮らして居たと説明しても説得力を持たないに違いない。

 

「エステル、聞きたい事は山ほどあるだろうが話は後だ。まずお前達の服をアスカとシンジに貸してやってくれ。この服装では街を歩くだけで目立ってしまう」

「了解!」

 

 エステルは笑顔でカシウスに答えると、アスカの手を引いて2階にある自分の部屋へと向かった、シンジも同じくヨシュアに続いて階段を登って行く。

 

 

 

 

 

 

「ほう、これは驚いた。お前達、まるで本当の兄弟の様だぞ」

 

 着替えを終え、それぞれの部屋から出て来たアスカとシンジを見て、カシウスは感心したように声を上げる、瞳の色は違えど、そっくりな髪の色と似通った体格は、後ろ姿を見れば双子と言っても過言ではない。

 

「あたしも可愛い妹が出来て嬉しいよ、アスカ」

「ちょっと、アタシはアンタの妹になった覚えもないし、そんなに気安く抱き付かないでよ!」

 

 アスカは背中から抱き付こうとするエステルから身をよじって逃れようとするが、笑顔を浮かべたエステルは強い力でアスカを引き寄せ、頬をグリグリした。

 

「ヨシュアさん、色々とありがとう」

「どういたしまして。早く帰る方法が見つかるといいね」

 

 シンジとヨシュアは笑顔で言葉を交わしていたが、カシウスはヨシュアの言葉にトゲがある事に気が付いている、やはりヨシュアはエステルに近づく男が気に食わないらしい。

 ロレントの街に行けば、エステルもルックとパットと言う年下の少年達と親しくすることはあるのだが、年齢の近いシンジの出現に、心中穏やかではなくなったと言ったところか。

 そのようにヨシュアが感情をむき出しにする事を、カシウスは喜ばしい事だと思った。シンジが居てくれれば、自分とエステルに拾われたと負い目を感じ、抑えていたヨシュアの素直な感情が発露してくれるのではないかと期待していた。

 そして翡翠の塔の屋上で一夜を過ごした事でアスカの深い悲しみを知ったカシウスは、心の底から救いたいと願い、我が娘エステルならば、アスカの心の闇を照らして取り払うことが出来るのではないかと考えていた。

 

「今日の夕食当番はエステルだったな。何を作ってくれるんだ?」

「そりゃあ、お客さんのリクエスト次第よ、二人とも、何が食べたい?」

 

 カシウスに尋ねられたエステルは腕まくりをしてアスカとシンジに問い掛けるが、複雑な料理をエステルがこなせるとは思えない、しかし、悪戯心が芽生えたアスカはエステルを試してやろうと思った。

 

「じゃあ、とっても美味しいハンバーグをお願いするわ!」

「オッケー、ハンバーグね!」

 

 ハンバーグは焼き加減が難しい料理であり、割れてしまったり、パサパサになってしまったり、失敗する事も多い、アスカはシンジの方がハンバーグを上手く作れると笑ってやろうと思ったが、青い顔をしたのはシンジだった。

 

「ちょっとアスカ、この世界のハンバーグって……」

「あっ!?」

 

 シンジに指摘されて気が付いた、この世界に牛や豚のような家畜が居ると言う確証はない、さらに翡翠の塔では魔獣に遭遇している、となると食べさせられるのは得体の知れない魔獣の肉……。

 

「エステル、タンマ!」

 

 慌ててアスカは止めようとするが、既にエステルは玉ねぎとまな板で格闘を始めていた、料理に集中していてアスカの言葉は耳に届いていないようだ、こうなったら覚悟を決めて食べるしかない。

 

「アスカ、シンジ、話があるから来てくれるか?」

 

 エステルと手伝うヨシュアが夕食の準備をしている間、カシウスはアスカとシンジを2階のバルコニーへと呼び出した。東の空は茜色に染まっている、しばらくの間カシウスは沈黙していた、それは話を切り出すタイミングを計っているようだった。

 

「何よ、わざわざ呼び出しておきながら、ダンマリだなんて、アンタらしくもない」

「その……良かったら、このまま家に居るつもりはないか?」

 

 しびれを切らしたアスカに促されて、カシウスは本音を二人にぶつけた、それは身勝手な言い分であり、なんら強制できるものではない、二人が元居た世界に帰りたいと望むならば、遊撃士である自分は全力で協力する義務がある。

 

「ご迷惑でなければ、居させてください、お願いします」

「ちょっとシンジ、アンタ何を言っているのよ! アタシ達はエヴァのパイロットなのよ、逃げる気!?」

 

 シンジの言葉を聞いたアスカは、シンジの服を掴んで詰め寄った、エヴァのパイロットであることが自分達の誇りであり、使命だったはずだ、力を合わせて戦って来たシンジへの信頼を裏切られたとアスカは思った。

 

「逃げたって良いじゃないか! それにもう、アスカにはエヴァに乗って欲しくないんだ!」

 

 アスカに詰め寄られても、シンジは自分の考えを改める事はなかった、それどころか、アスカにもエヴァンゲリオンのパイロットを諦めるように強く主張した。

 

「アタシにエヴァを降りろって言うの!?」

 

幼い頃からアスカはエヴァンゲリオンのパイロットとしての人生を歩んで来た。それを否定される事は、自分の存在価値が無くなるのと同義であり、アスカには受け入れ難い話だ。

 

「ここに来た原因だって、エヴァや使徒のせいじゃないか……使徒に飲み込まれて命が助かったから良かったけど、アスカが居なくなったりしたら……」

 

 感情が高ぶったシンジは、そう言ってアスカを抱き寄せた。不意を突かれたアスカは、シンジの身体を突き放す事が出来ず、しばらくの間抱かれたままになっていた。

 

「アンタの気持ちは分かったから、ちょっと離れなさいよ!」

 

 顔を真っ赤にしたアスカがそう言うと、シンジも自分がした事の重大性に気が付き、肩の力の抜いてアスカを解放した。

 

「……しょうがないわね、もうネルフには戻れそうにないし、ここに居てやってもいいわ」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジの表情がぱぁっと明るくなる。今までアスカとシンジの話に口を挟まなかったカシウスも、安堵の息を漏らした。これで晴れて二人は異世界からの来訪者から、この世界の住人となった。

 しかしアスカの表情は幾分冴えない表情だ。今まで自分の評価の指標となっていたエヴァンゲリオンのパイロットと言う肩書を捨てたのだ、その喪失感は小さなものではない。

 

「お前さん達、遊撃士を目指してみるつもりはないか?」

「遊撃士ってカシウスさんと同じ?」

 

 カシウスの言葉に、シンジが声を上げた。

 

「ああ、エステルとヨシュアも遊撃士に成るべく努力をしている」

 

 遊撃士とはこの世界における職業の一つであり、”民間人の安全と地域の平和を守る”を憲章に掲げ、人々の依頼を解決する何でも屋、時には犯罪を取り締まる正義の使者となる事もある。遊撃士に憧れを抱くものも多く、人々の支持も厚い。もっとも、権力者や犯罪者からは煙たがられる存在だ。

 その遊撃士はランク分けがされており、S級遊撃士であるカシウスはこの大陸に5本の指に入る存在だと聞かされたアスカとシンジは、カシウスがただ者ではないと予想はしていたが、大いに驚いた。

 

「憧れと信頼の存在の遊撃士……いい響きじゃない」

 

 カシウスの話を聞いたアスカはニヤリと笑みを浮かべた。自分の生きる目的を見出したアスカはすっかり元気を取り戻したようだ。そのアスカの笑顔を見たシンジは心の底からホッとした表情になった。曇りの無いアスカの笑顔を見るのはしばらく振りの事だった。

 

「シンジ、何をボケっとしているのよ。アンタもよ!」

「ええっ、ボクも遊撃士に?」

「せいぜいアタシの足を引っ張らないようにね!」

 

 そう言ってアスカがシンジに向かって手を伸ばした。シンジはアスカを見つめながら、そのアスカの手をギュッと握る。二人の固い握手を見たカシウスは腕組みをして感慨深げに息を吐いた。これで新しい遊撃士コンビの誕生だ、しかも我が家族から4人も遊撃士が出るとは嬉しいものだ……だが、その前に家族の誕生を、空の女神エイドスに感謝せねば。

 

「そろそろ戻ろう、お前達の姉が作った料理を食べようじゃないか」

 

 カシウスは背中からアスカとシンジを包み込むように肩を抱いて、テラスから家の中へ向かって歩みを進める。茜色は既に西の空にまで広がっていた。街道の向こうには明かりの灯ったロレントの街並みが見える。

 

「別にアタシはエステルの妹になった覚えはないわよ!」

「この家ではエステルに逆らわない方が良い、怒らせたら俺も手を焼くほどだからな」

 

新たに家族となった三人は賑やかな声を上げながら、その『家』の中へと入って行った。その様子を見送る人影があった事を、カシウス以外の二人は気が付いていなかった……。




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第三話 飲酒は20歳から、遊撃士は16歳から

 

「えーっ、遊撃士になれない!?」

 

 夕食の席でカシウスの話を聞いたアスカは、テーブルにドンと手を付けて身を乗り出した。遊撃士の話を聞いたアスカは、やる気満々で腹ごしらえとばかりにエステルの焼いたハンバーグを平らげたのに、はしごを外された形だ。

 

「遊撃士になるための試験を受けるには、16歳以上と言う条件があるんだよ」

 

 綺麗にエステルの料理を食べて、食後のお茶をすすっているヨシュアは涼しい顔でそう説明した。ちなみにエステルのハンバーグはヨシュアの手伝いのおかげもあってか、アスカとヨシュアも合格点をつけるほどの出来だった。むしろ牛や豚よりも良い肉を使っているので、HPと言うステータスがあれば、回復するほどのものだ。

 

「じゃあアタシ達、二年も足止めされなきゃならないの?」

 

 アスカはウンザリした顔になってテーブルにうなだれてあごを着いた。行儀の悪い行為だが、もう既にアスカは猫を被るのを止めており、家族に対するものと同じように素直に感情を表していた。

 人見知りするシンジは親しくなった相手にはストレートにものを言う性格だが、まだアスカほどブライト家には馴染んではいない様だ。こうして同じ食卓に付いている時も、特にヨシュアの顔色をうかがっていた。

 

「だが、遊撃士試験を受ける前にその準備をする事は出来る。差し当たってアスカとシンジがする事は、この世界の知識を身に着けるために学校に通い、身体を鍛える事だな」

「学校なんて、大丈夫かな……」

 

 カシウスの言葉を聞いたシンジは不安を漏らした。元居た世界の学校でも、シンジの成績は褒められたものではない。保護者の女性からも勉強をおろそかにするなと叱られたほどだ。特に数学や理科の計算式など見るのも嫌だ。

 

「平気だよ、遅刻と居眠りの常習犯であるエステルでさえ通えているんだから」

「あ、あんですってー!?」

 

 食器を片付けて居たヨシュアがそう言うと、エステルは椅子から立ち上がって怒鳴った。アスカの『アンタ、バカァ!?』に匹敵する口癖の様だ。エステルの場合の『あんですって』には8種類のバリエーションがあるらしい。

 

「安心して、教会の日曜学校だから小さな子も一緒だよ」

 

 ヨシュアは本棚から本を取り出すと、椅子に座っているアスカとシンジの席の前のテーブルの上に広げた。絵が大きく描かれ、絵本のようなものだとは理解できたが、二人は書かれている文字を見て石像の様に固まってしまった。一文字も読めない!

 

「そう言えば、どうしてボク達は話す事が出来るんだろう?」

「もしかして、このインターフェイス・ヘッドセットのせいじゃない?」

 

 シンジの疑問に答えたアスカは髪留め代わりに使っているインターフェイス・ヘッドセットを触った。この器械はエヴァンゲリオンに操縦者の脳波を飛ばすものだと博士が説明していた事を思い出す。

 試しにアスカは頭からヘッドセットを外してエステルに「こんにちは」と言ってみると、難しい顔をしたエステルの口からは理解不能な言語が発せられる。アスカは青い顔になって慌ててヘッドセットを装着する。

 

「アスカ、今あたしに何て言ったの?」

「アタシ達の国の言葉で、こんにちは、よ」

「凄い! やっぱり二人は外国から来たんだね!」

 

 エステルはキラキラを目を輝かせて喜ぶが、二人はそれどころでは無かった。翻訳機となっているヘッドセットが壊れれば、文字は読めない、言葉は通じないと、最大のピンチを迎えてしまうのだ。

 

「あの、機械とかに詳しい人って居ませんか?」

 

 事態の深刻さを理解したシンジは血相を変えてカシウスに尋ねる。カシウスは二人の狼狽振りに首を傾げながらも質問に答えた。

 

「ロレントの街に行けば、《メルダース工房》があるが……」

「直ぐにでも連れて行ってください! この器械が壊れたら、ボク達はあなた達と話すことが出来なくなるんです!」

「何だと!?」

 

 シンジの話を聞いたカシウスは顔色を変えた。アスカとシンジの身に着けている器械が同時に壊れてしまう事は考えにくいが、筆談も出来ない状態で放り出されては、二人はまた世界から孤立してしまう。カシウスは留守をエステルとヨシュアに託すと、アスカとシンジを連れてロレントの街に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「こいつは……複雑な器械だな。だが、動力源が電気とは、古臭いものを持って来たな。バッテリーの充電ならば、導力機でも可能だ」

 

 メルダース工房の導力技師はシンジのヘッドセットを分解すると、電池の充電や修理ならば出来ると告げた。とりあえずヘッドセットが電池切れになり、会話が出来なくなる危機は回避できた。

 一安心したシンジは興味深そうにメルダース工房の中を見回す。様々な導力器に交じって、置かれていた導力銃に目を止めた。

 

「シンジ、導力銃に興味があるのか?」

「あっ、魔獣と戦う事になったら、どんな武器が良いかなと思って」

 

 カシウスに声を掛けられたシンジは振り返ってそう答えた。シンジはエヴァの操縦訓練では射撃訓練をしつこく行っていた。その経験を活かせないかと考えていたのだ。

 

「よし、ならば導力銃を一つ、シンジにプレゼントしてやろう」

「そんな、悪いですよ」

 

 シンジは遠慮をしたが、カシウスはメルダースと相談し、初心者であるシンジにも扱い易い、照準の合わせやすい導力銃を選んだ。工房にある導力銃は修理に出された物で、販売は武器屋で行っている。

 

「シンジばかりズルい、アタシにも何か買ってよ!」

「アスカはさっそくパパにおねだりか」

 

 頬を膨れさせたアスカがそう言うと、カシウスは穏やかな笑みを浮かべて呟いた。エステルにスニーカーをねだられて、女の子らしいものに興味を持って欲しいと嘆いた事があったが、まさか新しい娘にねだられる最初の品物が武器とは皮肉なものだ。

 

「まだアタシはアンタをパパって呼ぶつもりはないからね」

 

 アスカはそう言って顔をプイっと横に向ける。その子供のようなすねた仕草は可愛いものであり、同じく反抗期に突入したエステルを思わせる。遠慮をせず、ストレートに感情を表現してくれるのは嬉しい事だとカシウスは思った。

 

「まあ、呼び方は何でも構わんさ」

 

 カシウスはアスカとシンジに向けてそう言い放った。もちろん、娘にパパと呼ばれる方が活力がみなぎって来るものだが、エステルも最近は父さんと呼ぶようになって、幼い頃の様にパパとは呼んでくれない。入浴や添い寝も……流石にそれはできないか。

 夜も更けたところで商店街の店主達に迷惑を掛けるのは気が引けるが、せっかく工房に足を運んだついでだ、カシウス達は雑貨屋《リノン総合商店》で二人の日用品を買い、《エドガー武器商会》で武器を買い求めた。

 

「ほら、お前さんの導力銃だ。銃を収めるホルスターもサービスしておくよ」

「ありがとうございます!」

「何時でも遊びに来てくれ、ヨシュアの弟なら大歓迎さ」

 

 ヨシュアはこの武器屋でアルバイトをしている、店主のエドガーと妻ステラはヨシュアを可愛がっていた。またヨシュアは武器の知識に詳しく、店に来る客にも店主顔負けのアドバイスをするので頼りにされている。

 武器選びに悩んだのはアスカの方だった。アスカは元居た世界ではエヴァンゲリオン弐号機に乗り、ソニックグレイヴと言う薙刀状の武器を愛用していた。しかし先端が金属で作られた長柄武器は重くて振り回し辛い。レイピアのような細剣なども試してみたがしっくり来ない。結局エステルと同じ棒術で戦う事になった。

 

「明日から、みっちり鍛えてやるからな」

 

 カシウスはアスカの肩に手をかけ、ニコニコ顔で声を掛ける。アスカは大きくため息を付きながらも、手に握り締めた棒状の武器を手放そうとはしなかった。そしてエステルとおそろいになるとは分かりつつも、真っ赤な色の物を選んだ。

 

「カシウスさん、嬉しそうだね」

 

 店主のエドガーがカシウスに声を掛ける。エドガーの話によると、棒術使いは珍しく、ロレントの街では娘のエステルしか使い手が居ない。カシウスは昔は剣聖と呼ばれるほどの剣の達人だったが、軍を退職して遊撃士になった時に武器を棒術に変えたらしい。

 

「戦闘力を落としてまで、どうして武器を変えちゃったワケ?」

「棒術は剣術に比べて、防御に重きを置いているからな。アスカもその棒術でシンジを守ってやれ」

 

 カシウスはおどけた口調でアスカに声を掛けたが、その思いは本気だ。棒術は遊撃士の理念を体現する武器だとカシウスは考えていた。敵を斬る事に特化した剣術には無い、力無き者を護る力がある。

 目的を終えた三人はすっかり暗くなった街道を、家路に向かって歩いていた。武器屋を出てから、カシウスの表情は影があるように見えた。それは周りが暗いせいでは無かったと、アスカとシンジはカシウスの言葉を聞いて知る事になる。

 

「……お前達、愛する人は居るか?」

 

 カシウスの言葉を聞いたアスカとシンジは視線を交差させた。お互い嫌ってはいないが、まだ愛していると言えるほどでもない。これからそのような関係になる事を否定することも出来ないが。

 

「愛する人が居る事は幸せな事だ、大切しろよ。……もしも、愛する人を失ったとしたら……それは辛い事だ。そんな事があったら……俺みたいな腑抜けた奴になるかもしれんな……」

 

 先ほどのカシウスが武器を剣から棒に変えた話に関係があると二人は思った。カシウスがそれほどの後悔を抱えている事とは何だろうか、エステルの母親の姿がない事に関りがあるのか……。ダイニングキッチンに置かれている写真立てに、エステルの母親の写真が飾られている事に二人は気が付いていた。

 

「何をしんみりしているのよ、アンタにはまだエステルが居るじゃない。それにヨシュアやアタシも、シンジだってさ」

 

 覇気をなくしている様に見えるカシウスに、アスカが励ます様に声を掛ける。

 

「そうだな。だが、お前達にも同じ思いはして欲しくない。遊撃士を目指して、街の外に出る事は危険が伴う。気を付けろよ」

 

 真剣な目をして語るカシウスに、アスカとシンジはしっかりと頷いた。街道を歩いていた三人は、帰るべき家の間近まで来ていた。しんみりした表情はこれまで、アスカは笑顔で玄関のドアを開けて「ただいま」と言った。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、女っ気の無い部屋ね……」

 

 アスカはエステルの部屋を見回してあきれたようにため息を付いた。戸棚に並べられているのはスニーカー、壁に立てかけられた虫取り網、釣り竿、棒術用の武器。机の上には口を開けた、中身のヒヨコの縫いぐるみが飛び出したビックリ箱が置かれている。まるで少年のような部屋であるが、立派な化粧用の鏡台が唯一女性らしさを主張していた。

 

「でもこの鏡台はなかなかの物じゃない」

「それって母さんの形見なんだ」

 

 アスカが鏡台に言及すると、エステルは沈んだ声でそう言った。この家に来て初めてアスカが目にする、エステルの影のある表情だった。やはりエステルの母親は亡くなっていたのかとアスカは思った。

 

「その鏡、アスカが使ってくれたら母さんも喜ぶと思う。あたしはお化粧とかあまりしないから……」

「それなら、アタシが教えてあげるわ。エステルも口紅の一つくらい、付けなさいよ」

 

 この鏡台に座ると言う事は、母親と向き合う事だ。それをエステルは化粧に興味がないと言う理由を付けて避けている。悲しい事だとアスカは思った。自分は母親を見ていたのに、母親は自分を見てくれなかった、と言う過去を思い出し、アスカの胸は痛くなった。

 だからエステルには母親から目を逸らさないで欲しいと、まだエステルの母親が亡くなった事情を知らないアスカはそう思った。

 

「えっと……アスカのお母さんはどんな人なの?」

「アタシのママもね、アタシが小さい頃に死んじゃったの。アタシの目の前で首を吊って自殺したのよ」

 

 エステルはアスカの言葉を聞いてハッと息を飲んだ。異世界に帰る事を諦めてこの世界で暮らす事を選んだアスカだ、母親が生きていたら必死に帰ろうと足掻いて居たに違いない、だから母親が亡くなっていたかもしれないと、ある程度予感はしていた。しかし自分と同じく母親の死を目撃してしまっていた事にショックを受けた。

 

「あたしの母さんもね、あたしが小さい頃、あたしの目の前で死んじゃったの」

 

 エステルの言葉を聞いたアスカが驚くのが分る。それでもエステルは自分の話を止められなかった。今日であったばかりのアスカに、ヨシュアにも話していない母親が死んだ時の事を話すとは思ってもみなかった。

 エステルが小さい頃、百日戦役と言うリベール王国とその北にあるエレボニア帝国の間で戦争が起きた。突然の帝国の侵攻に、帝国に近いリベール王国の領土の3分の1近くがあっという間に占領された。

 しかし、リベール王国軍は反攻作戦を展開。攻めて来た帝国軍を孤立させ、包囲する事に成功した。好奇心旺盛だったエステルは、帝国軍の姿を見ようとロレントの街の中央にある時計台に登ってしまったのだ。

 そして時計台の上に居るエステルの姿に気が付いた母親のレナは、エステルを連れ戻そうと時計台の上へと登り、エステルを保護するが、その直後、包囲されヤケになった帝国軍の残党は、戦車で時計台に砲撃を加えた。

 砲撃を受けて崩れ落ちる時計台が瓦礫の山と化した時、レナはエステルを守るように抱き締めていた。レナに守られたエステルは傷一つなかった。騒ぎを聞きつけて駆けつけたカシウスに、レナは胸に抱いたエステルを渡して息絶えた。

 

「あたしが父さんの言い付けを破って時計台に行かなければ、母さんは死なずに済んだのに、って思ったわ。父さんは自分を責めるなって言ったけど、あたしも何か償いみたいな事をしてみたくなって遊撃士を目指す事にしたんだ」

 

 エステルの長い独白を聞いて、アスカは深々とため息を付いた。今まで自分は世界で一番不幸だと思い込んでいたが、目の前に居る自分に似た容姿の少女、エステルがその様な暗い過去を抱えていたなどと、思いもよらなかった。

 そしてアスカは自分も誰にも話した事のない、自分と母親の過去を話す決意を固めた。自分もエステルの悲しみを理解していると示したい気持ちがあった。

 

「アタシもエステルに話さないといけないわね、ママが死んだ時の事を。解らない事があると思うけど、聞いてくれる?」

「もちろんよ!」

 

 真剣な表情でエステルが話を聞く態勢に入ったのを見て、アスカは話し始める。アスカの母親は惣流=キョウコ=ツェッぺリン博士と言い、人造人間エヴァンゲリオンの研究をしていた。

 小さい頃、アスカは母親のキョウコと近くの向日葵畑でかくれんぼをして遊んだり、母親に甘えて過ごしていたが、ある日そんな幸せな日々が終わりを告げる。人造人間エヴァンゲリオンの起動実験が失敗に終わった後、キョウコは精神に異常をきたしてしまったのだ。

 病院に入院したキョウコはサルの縫いぐるみを自分の娘だと思い込むようになり、アスカの事は『知らない他所の子』と認識するようになってしまった。アスカがいくらキョウコに「ママ」と呼びかけても、キョウコはアスカの顔を見ようともしない。

 目の前でぬいぐるみを赤ん坊のようにあやす母親を見て、アスカは深い悲しみに襲われた。そしてある日、キョウコに会いに病室を訪れると、キョウコはサルの縫いぐるみと並んで首を吊って死んでいた……キョウコは自分の娘と心中を図った。その第一発見者がアスカになってしまった。

 

「アタシ、今でも見る事があるの。病院に行くと、ママが首を吊って死んでいる夢……」

「あたしも、時計台が崩れた後、母さんが息絶えてしまう夢を何回も見た」

 

 アスカとエステルは、お互いの心の傷をなめ合うかのように抱き合った。強い共感を覚えた、二人はこれから姉妹として暮らしていく絆が深まった様に感じた。

 

「でも、泣いてばかりも居られないわ。アタシ達は前を向いて、遊撃士を目指して進むしかないのよ」

「分かってるって!」

 

 身体を離したアスカとエステルはグータッチを交わした。過去の不幸な出来事は変えられない、ならば明るい未来に向けて突き進むのみ。

 

「アスカ、寂しくなったらあたしが居るからね」

「エステルも、アタシが側に居るから安心しなさい」

 

 ベッドの上にはアスカ、そのすぐ横には毛布を掛けたエステル。二人は手を繋いで就寝する。ブライト家に来て初めての夜、アスカは安らいだ思いで眠った。

 

 

 

 

 

 

「ヨシュアさんって、きれい好きなんだね」

「……習慣として身についているだけだよ」

 

ヨシュアの部屋を見回したシンジは部屋の中の物が隅々まで整理整頓されている事に驚いた。部屋には必要最低限の物しか無い。本棚に納められているのも武器の解説書などの実用書ばかりだ。

 その他に目につくものと言えば、ヨシュアの武器である双剣と手入れ道具、机に置かれたハーモニカだ。実用的な物しかない部屋の中で、鈍い光を放つハーモニカだけが異彩を放っていた。

 

「ヨシュアさん、ハーモニカを吹くんですか?」

「まあ、何となくだけどね」

 

 シンジの質問に、ヨシュアは素っ気なく答えた。ヨシュアにとってこのハーモニカは思い入れのある品だが、深い事情までシンジに話すつもりはなかった。気安くハーモニカの事に触れてくれるな、と言う雰囲気に気が付かないシンジはそのまま話を続ける。

 

「ボクも人に勧められて、何となくでチェロを続けていたけど、偶然聴いたアスカが拍手をして褒めてくれたんだ。ヨシュアさんもそんな事無かった?」

 

 シンジの言葉を聞いたヨシュアの頭に思い浮かぶ場面があった。ヨシュアもこの家に来てまだ馴染め無かった頃、自分の故郷を思い出す『星の在り処』と言う曲をハーモニカで吹いていた時、2階のバルコニーでエステルに聴かれて拍手された経験があった。

 

「……そんな事もあったかもしれないね」

 

 ほんの些細なものだが、シンジとの共通点を見出したヨシュアは口角を上げて笑った。今までヨシュアは全くシンジ自身に興味を持っていなかった。自分からエステルを奪うかもしれない危険な存在、とも認識していた。

 しかし、少し前のバルコニーでのアスカとシンジの話から、シンジはアスカに好意を持っているようだ。その気持ちを後押しして二人をくっ付けてしまえば、シンジはエステルには手を出さない。ヨシュアの心にそんな打算が生まれた。

 

「ゴメン、ヨシュアさんはエステルさんが好きなんだよね」

「何を謝っているのさ」

 

 突然のシンジの言葉に不意を突かれたヨシュアは、苛立ちを隠せなかった。そう言えばアスカも自分にニヤニヤと視線を送っていた。自分では冷静に振舞ったつもりでも、感情を抑えきれて居なかったのか。

 

「その気持ちは解るよ、ボクだってアスカを誰かに奪われるのは嫌だから」

 

 そのシンジの言葉を聞いたヨシュアは、どうやら自分はシンジの事を誤解していたらしいと思った。シンジは気弱で大人しく、優しいだけの少年だと捉えていた。だが自分に似たものを持っていると分かった途端、強い親近感を覚えた。

 

「僕の事はヨシュアって呼び捨てにしてくれても構わないよ、シンジ」

 

 心からの笑顔を浮かべてヨシュアがシンジにそう言うと、シンジは驚いた顔で固まってしまった。出会った時から鋭い視線を向けて来たヨシュアに嫌われないようにしようと、顔色を見ながらシンジは過ごしていたからだ。

 

「家族だから当然だよ」

 

 ヨシュアが再度声を掛けると、シンジは明るく晴れやかな笑顔になった。今までシンジの気弱そうな表情しか見て来なかったヨシュアにとって、それは心を打たれるものがあった。もしアスカもこの様な笑顔を見せてくれるのならば、自分の弟や妹にしても良いかもしれない、とヨシュアは思うのだった。

 

「ありがとう、ヨシュア」

 

 歳の近い兄が出来た事をシンジもまた、喜んでいた。元居た世界では兄や姉と呼べるような存在は居たが、歳は15も離れていて、少し遠くに感じていた。異世界に来た事により、同級生の友達とも別れる事になってしまった。親友とも最愛の兄とも言えるヨシュアとの出会いに、シンジは心から感謝した。

 

 

 

 

 

 

 次の日から、本格的にアスカとシンジの異世界生活は始まりを告げた。朝起きたアスカ達は、家事の分担表に従って朝食の料理、洗濯、掃除等の家事を行う。シンジが驚いたのは、アスカが一通りの家事をこなしている事だった。洗濯物はキチンと折り目正しく畳むし、掃除も部屋の隅までキッチリと、料理の段取りも悪くない。それならば元居た世界でも家事をしてくれれば良かったのに、とシンジは独りごちたが、それだけシンジの優しさにアスカが甘えていたのだった。

 朝の家事が終わった後は、午前の鍛錬に時間になる。エステルとアスカはカシウスの指導を受けながら棒術の組み手を行い、ヨシュアはシンジの銃の訓練を助けていた。銃は接近戦に弱い事もあって、切り札的にヨシュアと同じ双剣を鍛えていた。

 ロレントの街の日曜学校では、エステルと同じ年齢の女子、エリッサとティオと友達になった。同じ年齢の男友達が居ない事をシンジは残念がったが、パットとルックと言う年下の男の子とは仲良くなれた。

 

「ねえねえ、みんなで虫取りに行こうよ!」

「アンタねえ、もういい加減男の子の遊びは卒業しなさいよ」

 

 ある日、エステルがロレントの街の南に広がるミストヴァルトの森での昆虫採集を提案すると、アスカはあきれ顔でため息を吐き出した。せっかく口紅を付けるように習慣付けたのに、中身は少年のままだ。結局エステルに押し切られる形で四人はミストヴァルトの森へ行く事になってしまった。

 

「エステルは二人に『伝説のアノ虫』を見せたくてたまらないみたいだね」

 

 ヨシュアは昔を懐かしむような遠い目をして、アスカとシンジにそう話した。ヨシュアによると、自分がブライト家に来てから毎日のように、エステルは心を閉ざしていたヨシュアを驚かせようと、様々な虫をヨシュアのもとへと持って来た。最初はダンゴムシ、それからオニヤンマ、マルガオオトカゲ、人面蛾、いぶし銀ジャンボカマキリ、タツノオトシゴ・ダブルとなり、ついに両手で抱えるほどのカブトムシをヨシュアに差し出したらしい。

 

「両手で抱えるほどのカブトムシって、本当に居るの?」

 

 ヨシュアの話を聞いたシンジは信じられない、と言った表情をした。もしかして魔獣の一種ではないかと思ったが、ヨシュアによれば魔獣ではないと言う。どうしてエステルがその『伝説のアノ虫』をアスカとシンジの二人に見せようと思っているのか、その理由をヨシュアはこう話した。

 

「僕は父さんに強引に連れて来られてから、何度も家から逃げ出そうとする度に連れ戻されて居たけど、エステルに『伝説のアノ虫』を見せられた日から、逃げようとする事を止めたんだ。だから、エステルは二人にずっと家に居て欲しいと思ったんじゃないのかな」

「ふーん、なるほど、そんな思い出があるのね」

 

 アスカはニヤニヤ顔でヨシュアを見つめている。全くこんな事なら話さない方が良かったよ、とヨシュアは面倒臭そうに顔を逸らす。三人が話している間にも、エステルはずんずんと森の奥へと入って行く。放って行くわけにもいかず、慌てて追いかける。

 すると、ブーンと言う羽音と共に、ガサガサと茂みをかき分け、エステルが泡を食って森の奥から引き返して来た。何があったのかは三人にも理解できた。エステルは蜂の巣をつついてしまい、蜂の群れに追いかけられている。自分達も逃げなければならない。

 エステルに腕をつかまれたアスカは、大きな池まで引っ張られた。飛び込んで蜂の群れをかわそうと考えているようだ。そして四人は池に飛び込む。蜂の群れは目論見通りに頭上を通過した。

 

「あはは、アスカの顔ってば面白い!」

「そう言うエステルの顔だって!」

 

 水面から出したお互いの顔を見て、お腹がよじれるほど笑う。『伝説のアノ虫』は見つけられなかったが、四人にとって思い出がまた一つ増えた。こうして温かいロレントの街の人々と、豊かな自然に囲まれたアスカとシンジはこの世界での生活を二年間体験し、そして遊撃士になるための講習を受ける日を迎える事になる。



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第四話 遊撃士試験!

 

 「うーん、このカードの示す意味は……よく分からないわね」

 

 ロレントの街にある、遊撃士協会の2階の部屋で、褐色系の肌が特徴の、スタイルの良い、胸元を大きく露出させた踊り子のような服を着た女性が腕組みをして思案顔になる。

 彼女の名前は、シェラザード・ハーヴェイ。その髪の色から《銀閃》の異名を持つ、ロレント地方では名が通っている新鋭の遊撃士だ。6年ほど前にカシウスに師事し、エステルの姉弟子に当たる。

 シェラザードはタロット占いにも精通していて、今もテーブルにカードを並べていたのだが、占いの結果は彼女にも読み解く事が出来ないものだった。

 

「やっほー、シェラ姉!」

「おはようございます」

「おはよう、シェラ」

「おはようございます、シェラザードさん」

 

 挨拶をしながら遊撃士協会の1階から登って来たのは、エステルとヨシュア、アスカとシンジだ。四人は16歳になってから本格的にシェラザードの直接指導を受けていた。大酒飲みで二人の仲をからかう所は、アスカとシンジが元居た世界の保護者役の女性に似ていた。懐かしさも覚えた二人は、シェラザードを姉の様に慕っていた。

 今日は四人の遊撃士試験が実施される日。特にエステルとアスカは大張り切りで遊撃士協会へと向かった。四人は二年前から遊撃士を目指すと口外していたため、街ですれ違う人々の話題は今日の講習の最後に行われる遊撃士試験の事だった。

 

「シェラ姉、何を占っていたの?」

「ちょっとした事よ」

 

 テーブルに広げられていたタロットカードを見て、エステルが尋ねると、シェラザードは少し慌てた様子でタロットカードをしまう。その様子を見て、アスカはニヤリと笑いを浮かべる。

 

「さては、また恋愛運を占っていたわね?」

 

 アスカの指摘に、シェラザードは頭を搔いた。地元ロレントでは《銀閃》として有名になりつつある美女に言い寄る男性も居ない事もないが、交際を始めたと言う浮いた噂は無い。

 

「恋人探しより先に、大酒飲みを直した方が良いんじゃないですか?」

「アスカもシンジも、うるさいわね」

 

 すっかりこの世界に馴染んだシンジは、率直にものを言うヨシュアに匹敵するツッコミ役になっていた。前の世界では気弱な面を見せる事が多かったシンジだが、これが本来の彼の性格なのかもしれない。

 少し不機嫌そうな顔をしたシェラザードは、四人に席に着くように促す。テーブルにはテキストが置かれていて、書類が苦手なエステルは顔をしかめた。内容を読むとそれはテスト用紙では無く、遊撃士として必要な知識が書かれた本のようだ。

 

「さて、試験を始める前に最後のおさらいをするわよ。テキストの一ページ目を開きなさい」

 

 四人の目の前に立ったシェラザードは教師のように授業を始める。活字を見ると眠くなるエステルは必死にこらえる。居眠りをしようものなら、シェラザードのお説教が延々と続くからだ。最前列で居眠りをしても笑って許してくれた、優しい日曜学校の神父とは違う。最前列で居眠りをするエステルの大胆振りにもあきれるが。

 まず最初のページに書かれていたのは遊撃士協会に関する事だった。遊撃士の使命とは地域の平和と民間人の保護であり、遊撃士協会が設立されたのは約50年前、国家権力への不干渉、準遊撃士資格認定試験は16歳以上である事などが書かれていた。

 そして、《導力革命》についての授業も続く。50年前、導力学者エプスタインによってもたらされた技術革命であり、石炭エネルギーを過去のものとした。大量生産が可能で様々な分野にも応用できる汎用導力器《オーブメント》が開発され、博士の直弟子の一人であるラッセル博士はリベール王国にオーブメント技術を広めた。

 《オーブメント》は《導力》により動く機械ユニットで、照明・暖房・通信・兵器・魔法・飛行船など様々な技術に応用されて大陸中に広まっている。《導力》の発生源となる宝石のような物《クオーツ》は《七曜石(セプチウム)》を結晶化したもので、鉱山から採れるほか、魔獣を倒す事でも入手でき、セプチウムの破片は通貨として流通している。

最後はリベール王国の歴史について学ぶ。エレボニア帝国がリベール王国に侵攻した《百日戦役》の部分になると、エステルの事情を知るシェラザードの声も震える。エステルの母親であるレナ・ブライトはこの百日戦役に巻き込まれて命を落とした。百日戦役を終戦に導いたのが、七曜教会と遊撃士協会の仲裁だった。

 

「うーん、机に向かうのは疲れるわね」

 

 授業が終わると、アスカは思い切り伸びをした。前の世界では大学に行くほどの才女である彼女も、座学は窮屈なものだった。エステルもホッとした様子で大きく深呼吸をした。

 

「エステルはよく最後まで眠らずに頑張ったね、偉い偉い」

「ムッカー! あたしはそこまでひどくないわよ!」

 

 穏やかな笑顔のヨシュアにそう言われたエステルは、ふくれっ面でそう答えた。前の席で繰り広げられる二人のやり取りには目もくれず、アスカとシンジはテキストのテストに出そうな単語に鉛筆で印を付け、暗記作業に入っていた。中学校で日常的にテストを受けていた二人には習慣付いた行動だ。普段から勉強しろ、と言えなくもないが。

 

「さあ、それじゃあ場所を移動して試験を始めるわよ」

「えっ、試験ってペーパーテストじゃないんですか?」

 

 シェラザードの言葉を聞いたシンジはアスカと同時に驚いて顔を上げた。元居た世界では資格試験はペーパーテストが必須であるのは常識だった。運転免許でさえもそうだった。だから暗記をしようと必死だった。

 

「やったよ、ヨシュア!」

「はいはい、良かったね」

 

 苦手なペーパーテストから逃れられたと知ったエステルは、身体全体で喜びを表現する。蹴り倒された椅子は、涼しい顔をしたヨシュアが元に戻した。逆にペーパーテストの対策に追われていたアスカとシンジは顔を見合わせてため息を吐き出した。実技試験とはどのようなものか、二人には不安がこみ上げて来た。

シェラザードに先導されて四人は遊撃士協会の1階に降りた。遊撃士協会の1階のカウンターにはアイナと言う受付の女性が立っていた。アイナは雑務をこなすだけでなく、遊撃士のスケジュール調整も行っている。シェラザードとは個人的にも親しい。

 

「アイナ、例の物を渡してあげて」

「分かったわ」

 

 シェラザードに言われたアイナが引出しから取り出したのは、四冊の手帳だった。エステルは白、ヨシュアは黒、アスカは赤、シンジは青だった。遊撃士手帳の冒頭には、遊撃士協会の規約、そして名前と準遊撃士としてのランク、活動履歴を書く欄があったが、ほとんどのページは白紙で占められている。

 

「ちぇーっ、アタシ達はまだ9級か」

 

 アスカは準遊撃士・9級と書かれたページを見てため息をもらした。試験に合格してもいきなり正遊撃士になれるわけではない。まず見習いの身分である準遊撃士となる。準遊撃士には1級から9級までにランク分けされている。依頼をこなしていけば8級、7級とランクが上昇して行く。

 

「遊撃士手帳には受けた依頼の内容だけでなく、どのような過程でその依頼を解決したのかも詳しく書くのよ。依頼主やアイナに報告するためにね」

「受けた依頼の報告や評価、報酬の受け渡しは私がするからよろしくね」

 

 シェラザードの説明の後、アイナが笑顔で四人に語り掛ける。四人の遊撃士としての評価はアイナにかかっている。穏やかな笑顔を浮かべるアイナだが、甘やかしてくれるとは思えない。

 

「何か面倒ね、ヨシュアに任せた!」

「シンジ、後で写させて」

「こらっ、二人とも!」

 

 エステルとアスカにシェラザードの叱責が飛ぶ。他にも魔獣手帳、レシピ手帳、生物手帳、オーブメント手帳が渡され、魔獣の記録はヨシュアが、料理のレシピ集めはシンジ、各地の生態調査(と言っても昆虫採集や釣りがメイン)はエステルが、戦術オーブメントの研究はアスカが担当する事になった。

 

「遊撃士の依頼は依頼人から直接受ける事があるけど、掲示板に張り出された依頼内容を見て引き受けるのが通常の形ね。掲示板で依頼を確認して来なさい」

 

 シェラザードに言われて四人は遊撃士協会の1階にある掲示板へと向かった。隣町まで物を運ぶ依頼、危険な魔獣退治、などの依頼に交じって、試験と思われる依頼があった。

 

 ◆実地研修・宝物の回収◆ 進行中

 

 【依頼者】シェラザード

 【報 酬】500 Mira

 【制 限】なし

 

 地下水路を捜索し、宝箱に納められているものを回収して来ること。

 詳しくはシェラザードまで。

 

 内容を手帳に記録した四人はシェラザードの所に戻る。地下水路の捜索は魔獣と戦う事になる。今まで魔獣から逃げてばかりだったアスカとシンジは身体が震えた。この日に備えて訓練は積んだが、実戦は初めてだ。

 

「次はメルダース工房で《戦術オーブメント》の使い方を教えるわ」

「頑張ってね」

 

 そう言ったシェラザードに続いて四人はアイナに見送られて遊撃士協会を出る。いよいよ自分達にも翡翠の塔でカシウスが魔獣相手に使っていた《導力魔法》が使えるようになる。興奮が高まるのも無理はなかった。

 

「さあ、メルダース工房に着いたわよ。営業時間中に頼んでいるのだから、さっさと進めるわ」

「やあシンジ、導力銃の調子はどうだい?」

「おかげさまで、故障もありません」

 

 シンジは自分のメイン武器である導力銃のメンテナンスでメルダース工房には顔を出していて、メルダースの弟子であるフライディとも親しくなっていた。

 

「戦術オーブメントの使い方のコツさえつかめば、きっとうまく使いこなせるよ」

「フフン、きっといつかアタシは誰もが驚くような導力魔法を編み出してやるんだから」

 

 アスカは早くも戦術オーブメントの研究に意欲を燃やしているようだ。戦術オーブメントには6個のクオーツをはめる穴、スロットがあり、その組み合わせによって攻撃魔法から回復魔法、筋力や敏捷性を高める魔法や、姿を消してしまう魔法まである。

 

「四人で話し合って、それぞれが中心とするオーブメントを決めなさい。でも、最低一人は回復役になった方が良いわね」

 

 クオーツには火・水・風・土の4属性と時・空・幻の3属性の計7属性が存在する。水のクオーツを1個組み込めば、ティアと言う小回復できる導力魔法が使える。

エステルのスロットはどの属性のクオーツも使える万能型だったため、土のクオーツを、ヨシュアのスロットは時属性固定だったので、時のクオーツ、アスカは火属性、シンジは水属性を選んだ。

 

「どうして、ヨシュアの戦術オーブメントだけ違うのよ? それに7個スロットがあるし」

 

 ヨシュアが持っている特殊なオーブメントにアスカは不思議そうに尋ねた。聞かれたシェラザードは少し困った顔で言いにくそうに答える。

 

「ヨシュアの持っているオーブメントは、前から持っていたものなのよ」

「アタシ達のオーブメントより技術が高そうだし……アンタ何者!?」

 

 疑り深いアスカの視線がヨシュアを射抜いた。ヨシュアはその理由を告げる事が出来ずに黙り込んでいた。そんなヨシュアをかばったのはエステルだった。

 

「アスカ、ヨシュアにだって言いたくない事はあるよ。でも、それでも構わないじゃない。だって、もうヨシュアはあたし達の家族なんだから」

 

 家族なのだから隠し事はしない、という考え方もあるが、エステルの包容力はその上を行った。素性は何であれ、心を許した存在には変わりないと言うエステルの言葉にアスカは心を打たれた。

 

「ごめんヨシュア、余計な詮索をしちゃって」

「ううん、アスカがこのオーブメント興味を持つ事は当たり前だよ。きっとそのうちに7つスロットがあるオーブメントも世間に出回るようになるよ」

 

 アスカが素直に謝ると、ヨシュアも笑顔に戻ってそう答えた。険悪なムードが解消されてシェラザードも安堵の息をついた。戦術オーブメントの準備も整ったところでいよいよ試験の開始となる。

 

 

 

 

 

 

 ロレントの街の外れ、教会の裏の路地に地下水路の入口はあった。街の子供達が入り込んでしまわないように、入口には南京錠が掛けられている。準遊撃士資格試験にこの地下水路が使われるのは慣例のようで、鍵は遊撃士協会が管理していた。

 

「さて、これから地下水路に潜ってもらうわけだけど、これを渡しておくわね」

 

 シェラザードから四人に渡されたのは傷を回復させるティアの薬の小瓶5個。照準を合わせた敵の能力を解析するバトルスコープ(この作品では非消耗品扱い)、そして釣り竿だった。

 

「わーい、あたしの竿より良い釣り竿だ!」

 

 釣り竿を渡されたエステルは少年のようにはしゃぐ。生態調査も重要だがエステルに釣り竿を渡すと嫌な予感がするとシンジは思っていた。時間を忘れて釣りに没頭するなんて事にならなければいいけど、と思っていると、ヨシュアに肩をつかまれる。その時は任せろ、と言っているようだ。

 

「私はここで待っているわ。地下水路の奥にある箱から依頼の品物を取って来るのが試験の内容よ。そんなに危険ではないけど、魔獣が住み着いているから気を付けて行きなさい。戦術オーブメントのEPが減ったら、地下水路の中に回復装置があるから使いなさい」

「了解!」

 

 元気良く返事をしたエステルは、シェラザードが開錠した入口を先頭でずんずんとハシゴを降りて行く。その次はアスカが素早く入口の側に移動する。

 

「アンタ達男共は後よ!」

「何でだよ!」

「スカートを履いているからに決まってるじゃない、バカシンジ!」

 

 ヨシュアはシンジに同情するような視線を向け、シェラザードは相変わらずアスカの尻に敷かれてのね、とニヤニヤと見つめた。そしてアスカに続いてシンジもハシゴを降りる。最後尾で背後を油断なく見張るのはヨシュアの役割だ。

 

「うっぷ、凄い臭いね」

 

地下水路は流れ込む下水や魔獣達の生活臭などが漂い、居心地の良い場所では無かった。水路の水面にはゴミが浮いている。こんな所で魚が釣れるとは思えないが、エステルが釣り糸を垂らすと、釣れたのはアスカとシンジも見慣れたザリガニだった。

 

「獲物、ゲット!」

「ちょっと、そのザリガニ持ち帰る気?」

「生態調査よ、それに魚の餌にもなるしね」

 

 笑顔のエステルに押し切られ、道具袋にザリガニさんをINする事になった。アスカも従わせてしまうとは、一番強いのはエステルではないかとシンジは考えた。最初会った時は明るい少女だと思っていたが、エステルの奇天烈振りには何回も驚かされた。

 

「この先に魔獣が居るみたいだよ」

 

 気配を探っていたヨシュアがそう言うと、エステル達にも緊張が走った。進もうとした石畳の通路の先に、小型の魔獣が動いている影が見える。嗅覚か視覚か、あるいは聴覚か。四人を見つければ襲ってくるだろう。ヨシュアがバトルスコープを向けると魔獣の詳細データが表示された。

 

 ◆ダーティーラッチュウ◆

 

 【属性有効率】

  地 100%

  水 100%

  火 100%

  風 100%

 

「へえ、名前や戦術オーブメントの効果まで表示されるなんて便利な物ね」

 

 小型ディスプレイにデータが表示されると、アスカは感心したように呟いた。今回は遭遇前にバトルスコープを使えたから良かったが、混戦状態では残り三人で敵と戦う事になる。魔獣の解析を終えた四人は小型魔獣に攻撃を仕掛ける。

 シンジが導力銃で小型魔獣を撃ち、アスカとエステルが棒でボッコボコに叩く。3対1と言う数の暴力で、ヨシュアが双剣を抜くまでも無く魔獣は息絶えた。戦闘の物音を聞きつけて他の魔獣がやって来ないかヨシュアは探ったが、魔獣の気配が無いと分かると警戒を緩めた。

 

「魔獣の骨ゲット!」

 

 エステルは倒した魔獣の死体を解体し、折れていない骨を取り出していた。この世界で生きて行くために必要な事だと思いつつも、まだアスカとシンジが慣れるまで時間はかかりそうだった。シンジが担当する料理のレシピには魔獣の骨や肉、卵や目玉まで使うものがあるらしい。

 雑貨屋のリノンが教えてくれた、新鮮ミルク、挽きたて小麦粉、メイプルシュガーで作るメイプルクッキーで許してくれないかな、と思うシンジだった。魔獣素材を使った料理を手伝った事はあるが、まだ死体を解体して食材を調達した事はない。

 途中で武器攻撃が当たらない羽虫の集合体である魔獣を導力魔法で倒したり、魔獣に引っかかれた傷を治したりしながら、四人は地下水路の行き止まりに置かれた、いかにも宝箱です、と言った感じの箱を開けた。

 するとその中には、4つの手のひらに乗るくらいの小さな箱が入っていた。その箱の他には何も入っていない。へそ曲がりな所があるアスカは、罠が仕掛けられていないか念入りに調査するが、その様子もない。

 

「何かあっけないわね」

 

 アスカの言葉にエステルとシンジも同感のようで、緩んだ空気が流れる。

 

「この箱の中、気になるから開けちゃって良いかな?」

「エステルだけ試験に不合格になりたければいいけど」

「どうして!?」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは慌てて箱を開けようとした手を引っ込める。アスカは怒った顔で腰を少し曲げてエステルに人差し指を突き出す。

 

「アンタバカァ!? この箱は依頼した人の物なのよ、勝手に開けたらそれこそ遊撃士失格よ!」

「なるほど、ありがとうヨシュア、アスカ」

 

 試験失格を免れたエステルは胸に手を当てて安心したように息を吐き出した。

 

「でも運んでいるものが違法な物とか、危ないものだったらどうするんだろう?」

「その時も、遊撃士協会で指示されるまで開けない方が良いね」

 

 シンジの疑問にヨシュアはそう答えた。

 目的は達成したも同然、地下水路の魔獣はあらかた退治して帰り道を阻む者は居ない。四人は悠然と地下水路の入口まで戻り、シェラザードの待つ地上へと顔を出した。もちろん、ハシゴを登る順番はヨシュアとシンジが先だったから、アスカとエステルのスカートの中身がのぞかれる事は無かった。

 

「どうやら、無事に目的の物を回収できたようね……開けた形跡も無し」

(あ、危なかった~!)

 

 シェラザードが四つの小箱を念入りに確認するのを見て、エステルは心の中で安堵の息をついた。それは他の三人も同じだ、エステルだけ再補習となるのは阻止したいところだ。

 

「さあ、遊撃士協会に戻るわよ」

「えっ、試験はこれで終わりじゃないの?」

 

 シェラザードが遊撃士協会に向かって歩き出すと、エステルは疑問の声を上げる。

 

「最後に報告の義務があるのよ」

「もう少しだから頑張ろう」

 

 ヨシュアに励まされ、四人は地下水路を踏破した疲れも忘れて遊撃士協会に向かった。

 

「お帰りなさい」

 

 四人が遊撃士協会にたどり着くと、受付カウンターでアイナが笑顔で出迎えた。遊撃士手帳をアイナに渡し、地下水路での成果を報告する。エステルは得意顔で道具袋からザリガニを取り出したが、アイナは取り乱す事なく穏やかな笑顔を崩さなかった。その様子からアスカとシンジは、アイナからただの受付嬢ではない胆力を感じるのだった。

 

「はい、これで報告は完了ね」

 

 アイナは四人の遊撃士手帳にスラスラと今回の依頼の評価を書き込んで行く。そして手帳を返すと同時に四人が持ち帰った小箱も渡した。

 

「みんな、もう箱を開けていいわよ」

 

 シェラザードがそう言うと、箱を開けたくてうずうずしていたエステルは、嬉しそうに箱を開ける。そして箱の中身を見ると、さらに喜びを爆発させた。四つの箱の中に入っていたのは、円い盾に籠手があしらわれた準遊撃士の紋章バッジだった。四人は感激した様子でその紋章を胸に着ける。

 

「エステル・ブライト、ヨシュア・ブライト、アスカ・ブライト、シンジ・ブライト、本日12:00をもって準遊撃士に任命する」

「僕が……遊撃士に……」

 

 そうシェラザードが告げると、ヨシュアはぼうぜんとした表情でつぶやいた。そんなヨシュアの肩をエステルがポンと叩いて声を掛ける。

 

「もうちょっと喜びなさい!」

「どんな風に?」

「ひゃほーーーーっ!」

 

 奇声を上げながらぴょんぴょん飛び回るエステルに、その場に居た皆は困ったものだと、苦笑した。

 

「さてと、じゃあ私は溜まっていた依頼を片付けに行くから」

「忙しいのにボク達に付き合ってくれて、ありがとうございました」

「別にいいのよ、可愛い姉弟のためだもの」

 

 頭を下げて感謝するシンジに、シェラザードはウィンクをして出て行った。お昼になったので、四人はアイナと一緒に街のレストランでランチを取る事になった。

 

 

 

 

 

 

「おや、アイナさん。昼間から珍しいですね」

 

ロレントの街の居酒屋《アーベント》。バーテンダーのフォークナーはアイナの姿を見ると不思議そうに声を掛けた。

 

「今日はこの子達が遊撃士になったお祝いにランチに来たのよ」

「そうですか、それなら祝い酒、と言うわけにはいきませんね。と言ってもアイナさんじゃいくら飲んでも酔わない気がしますけど」

 

 エステルの話によると、アイナは大酒飲みのシェラザードが酔いつぶれるほど飲んでも、顔一つ変えずに同じ量を飲んでいたらしい。そんな武勇伝を聞くと、アスカとシンジはロレント支部の受付は笑顔に合わず評価は厳しいのではないかと思った。

 

「エステル、それにアスカも、胸に遊撃士のバッジを付けてるって事は遊撃士になれたんだね、おめでとう~」

 

席に着いた五人の元へやって来たのは、エステルの幼馴染であり、アスカの友達となったエリッサ。この店で料理を運ぶウェイトレスをしている。ぽわぽわとした感じで、ヨシュアの見立てでは純真で騙されやすい子だそうだ。

 

「まだ見習いなんだけどね」

「アタシは直ぐに正遊撃士になってやるわ!」

 

照れながら答えたエステル。天井を人差し指で突き刺してアスカは堂々と宣言した。

 

「アスカってば凄い気合いね~、それで注文は何にする~?」

「今日のシェフお勧めの一品をお願いします」

 

 レシピ手帳担当のシンジがすかさず注文する。その瞳は真剣そのものだ。この世界に来てから、S-DATで音楽を聴く事も、チェロを弾く事も出来なくなったシンジは余った時間を料理に費やしていた。

 

「シンジくんってば、そのうち、ロレントで一番のシェフになっちゃうんじゃない?お父さんも褒めてたよ」

 

 そしてシンジはヨシュアが武器屋でバイトをしていたように、この居酒屋でアルバイトする事もあった。アスカはシンジの近くに居たいためにウェイトレスをしていた時期もあったが、酔った客にパンチを食わらせ……その後はお察しください。

 

「大変、大変なの!」

 

 和やかなランチを楽しんでいる時に血相を変えて店に飛び込んで来たのは、8歳くらいの少女、ユニだった。いつも同じ歳の男の子、ルックとパットと街中を駆けまわって遊んでいるはずだが……。

 

「どうしたの、ユニちゃん」

 

 アイナが落ち着かせようと穏やかに声を掛けると、ユニは堰を切ったように泣き出した。

 

「ルックとパットが、翡翠の塔へ探検に行くって……わたし、止めたのに……!」

「翡翠の塔って魔獣の巣になっている所じゃない!」

 

 ユニの言葉を聞いたアスカは顔色を変えた。

 2年前、アスカとシンジは翡翠の塔の屋上に不時着し、カシウスに助けられなかったら生きては帰って来れなかったであろう危険な場所。そんな場所に子供達だけで行ったら……。

 

「エステル、カシウスさんは家に居るかしら?」

「多分、居ると思うけど」

 

 アイナに尋ねられたエステルはそう答えた。多分カシウスにルックとパットの保護を依頼するつもりだと察したアスカは、それに待ったをかけた。

 

「アタシ達で追いかけるわ!」

「アスカ!?」

 

 アスカの言葉にシンジは息を飲んだ。あの翡翠の塔で遭遇した魔獣達の群れに、今の自分達で勝てるとは限らない。地下水路とは比べ物にならないくらいの魔獣が居るだろう。

 

「そうだね、今追いかければ、翡翠の塔に着く前に連れ戻せるかもしれない」

 

 ヨシュアもアスカの意見に賛成のようだった。遊撃士協会のメンバーとしてもそれが最良だと判断したアイナは真剣な表情でエステル達に話す。

 

「分かりました。遊撃士協会として依頼します、あの子達を保護してください」

「了解!」

 

元気いっぱいに返事をしたエステルに続いて、他の三人も店を出て行った。

四人は子供達が翡翠の塔に着く前に連れ戻す事が出来るのか、アスカとシンジは翡翠の塔の恐怖を克服することが出来るのか、遊撃士としての最初の仕事が今、始まった。

 

 ◆子供達の保護◆ 進行中

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】??? Mira

 【制 限】緊急要請

 

 子供達が翡翠の塔に遊びに行ってしまったらしい。

 あそこは魔獣の巣になっていて危険だ、早く連れ戻さないと。

 

 

 




空の軌跡は街の人ひとりひとりに生活感がありますので、それも表現出来たら良いと思います。


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第五話 遭遇、黒衣の剣士

 

 さんさんと太陽が輝く昼下がり、アスカとシンジ、エステルとヨシュアの四人は険しいマルガ山道を走っていた。ロレント地方最大の七曜石が採れるマルガ鉱山とロレントの街を結ぶこの山道は、他に翡翠の塔しか目立ったスポットは無く、鉱山労働者がたまに通るだけだった。

 四人は先に街を出て翡翠の塔に向かったルックとパットを追いかけている。子供達の足ではそう遠くは行っていない、すぐに追いつけるだろうと言う考えは甘かった。自然豊かなロレントで育った子供達の脚力は素晴らしいものがあった。山道を行けども行けども子供達の姿は見えない。

 

「ねえ、この近くで街の子供達の姿を見なかった?」

 

 掘った鉱石を街へと運ぶ、導力車に乗った男性にアスカは声を掛けた。鉱山と街の間に翡翠の塔への分かれ道がある。もしかしたら目撃しているかもしれないと思ったのだ。

 

「そう言われれば、姿は見えなかったが、子供の声が聞こえた気がしたな。翡翠の塔のある方角だったかもしれない」

「早く助けに行かなきゃ!」

 

 男性の話を聞いたエステルは弾かれたように走り出した。慌ててアスカやシンジは追いかける。その行動の早さに男性は目を丸くする。そして、街の子供達と四人がそう年齢が変わらない事に気が付くと、心配そうな顔でヨシュアに声を掛ける。

 

「おいおい、大丈夫か? 街に行って遊撃士に任せた方が良いんじゃないのか?」

「僕達も遊撃士ですから」

 

 ヨシュアは落ち着いた笑顔でそう言って準遊撃士の紋章を男性に見せ、エステル達の後を追う。そんなエステル達の後ろ姿に、男性は大声で呼びかける。

 

「頑張れよー! 小さな遊撃士達!」

 

 その声はエステル達に届いたかどうかは分からないが、ロレントの街の人々に四人の準遊撃士達の誕生が知られるようになって行った瞬間だった。この男性は鉱山労働者の仲間に四人の事を話すだろう。

 この山道に出る魔獣は花の怪物のような姿をしていて、近づいたものに種を飛ばす攻撃をしていた。裏を返せば、魔獣に近づかなければ攻撃をされないわけで、子供達二人がすんなりと翡翠の塔に行けた理由の一つだった。

 他にマルガ山道には化け猫のような魔獣や、巨大なテントウ虫のような魔獣も居るのだが、ほとんどがマルガ鉱山方面に集中していて、エステル達は魔獣達との戦いもそこそこに、5階建ての翡翠の塔の入口までたどり着いた。

 

「本当にこの中にルックとパットが居るのかな?」

 

 できれば塔の中に入りたくない、と言った気持ちがありありと出ているシンジが同意を求めるようにエステル達を見回すが、地面を注意深く調べていたヨシュアはその意見を否定する。

 

「よく見て、塔に入って行く子供達二人の足跡があるよ」

 

 泥の付いた靴で歩いたからなのか、塔の入口の階段にはかすかに靴跡が残っていた。泥はまだ乾いていない、と言う事は二人が入ってから時間は経っていない。

 

「これは急ぐ必要がありそうだ」

 

 真剣な表情でヨシュアがそう告げる。しかしシンジは二年前の記憶が蘇ったのか身体を震わせている。そんなシンジを見かねてアスカがシンジの手を握る。でもアスカの手も心なしか震えている様にシンジは思った。やはりアスカも怖いのだと。逃げちゃダメだ、自分がアスカを守るんだ、と言い聞かせて、シンジはエステルとアスカに続いて塔の中へと入った。

 棒術使いのエステルとアスカが前衛、導力銃装備のシンジが中衛、ヨシュアが周囲を警戒しながら後詰めを務める陣形で四人は戦って来た。奇襲攻撃を受けてもシンジが敵の至近距離にならないように考えた作戦だった。

 

「く、暗いよ~ こ、怖いよ~」

 

 翡翠の塔の一階に足を踏み入れた四人が耳にしたのは、怯えるパットの声だった。その声は塔の中で反響し、同じ一階に居るかどうかも分からない。幸いな事に入口の広場には魔獣の姿は無かった。

 

「そんなに怖がるなよ! まだ最初の階じゃないか……」

 

 パットの言葉に答えるようにルックの声も聞こえて来る。どうやら二人とも無事で一緒に行動しているようだ。同じ一階に居ると分かった四人はホッと胸をなでおろした。しかし何を思ったのか、エステルは大きく息を吸い込んだ。

 

「ルック! パット! 早く出て来なさーい!」

「やばっ、エステルだ!」

 

慌てるルックの声と共に、ドタドタとした足音が聞こえる。階段を登って二階へ逃げてしまった事は確実なようだ。怒ったアスカがエステルに詰め寄る。

 

「アンタバカァ!? 余計に面倒な事になったじゃないの!」

「でも、あたしが呼ばなくても同じ結果になったかもよ?」

 

 いがみ合うアスカとエステルを、シンジとヨシュアが身体をつかんで引き離す。喧嘩するほど仲が良いと言うが、アスカとシンジがしていた言い争いを、アスカは家族となったエステルともするようになっていた。それは喜ばしい事だが、魔獣の巣になっている場所でするべき事ではない。

 

「仕方ない、奥に行ってみるしかないね」

 

 ヨシュアの提案に従い、四人は陣形を組んで二階へ登る階段を探し始めた。通路の角、見通せない闇の先からいつ魔獣が現れるか分からない。アスカとエステルは前と左右をそれぞれ警戒していれば良かった。背後はヨシュアがカバーしてくれると絶対的な信頼があった。

 塔の一階はそれなりの広さはあったものの、魔獣の姿は見えず真ん中に柱のある部屋とそれを繋ぐ見通しの良い真っすぐな廊下の一本道で構成されており、二階への階段にあっさりと到着する。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

「た、助けてぇぇぇっ!」

 

 塔の二階へ登り終えるなり四人の耳に飛び込んで来たのは、ルックの叫び声だった。間髪入れずにパットの叫び声も辺りに響き渡る。子供達二人の身に危険が迫っているのは明白だった。

 

「待ちなさい、エステル! ここはアタシとタイミングを合わせて突入よ!」

「了解!」

 

 声がした方に全力疾走しようとしたエステルを、素早い判断を下したアスカがほんのわずか押し留めた。円い部屋に居た子供達二人は五匹の飛び猫と呼ばれる魔獣に、壁際まで追い詰められていた。

 

「てやぁぁぁぁっ!」

「うりゃぁぁぁぁっ!」

 

 その魔獣達の包囲を背後から突き崩したのは、飛び込んで来たアスカとエステルだった。二人の勢い良く振られた棒に頭から叩き伏せられた魔獣は床へと落下し脳震とうを起こして気絶した。数を半減させた魔獣は恐れをなして距離を取った。

 

「エステル姉ちゃん!」

「アスカお姉ちゃん!」

 

 絶体絶命のピンチを救った二人に、ルックとパットは感激の声を上げた。そしてシンジとヨシュアも追いつき、子供達二人を守るように陣形を組んだ。ヨシュアの戦技(クラフト)双連撃が炸裂し、一匹目の魔獣は双剣の2×2の四連撃を食らい、さらに双剣に仕込まれた毒によってピクピクと体を震わせ虫の息となった。

 そして残りの二匹の魔獣はそれぞれアスカが棒で叩き伏せ、シンジが導力銃で撃って手傷を負わせる。それでも魔獣にはまだ戦う意思は残っているようだ。

 

「アスカ、シンジ、後ろに退いて!」

 

 二匹の魔獣がアスカとシンジを追いかけ、密の状態となる。そこに飛び込んだエステルの戦技、旋風輪……円の中心で棒を高速回転させる技で弾き飛ばされた魔獣は飛ぶ体力を無くし、その場に落下して気絶した。

 

「よしっ、上出来っ!」

 

 棒を回転し終えたエステルは棒を後ろ手に持って構え、もう片方の手でピースマークで決めポーズを取る。表情はウィンクをしたドヤ顔である。その堂々とした振る舞いに、ルックとパットはおおっ、と感嘆の声を漏らした。

 

「もう魔獣はいない様だね」

 

 辺りを見回したシンジがホッとした顔で息を吐き出した。多数の魔獣と戦闘をするのは初めてだったが、タイミングを合わせた奇襲攻撃で数を減らせたので、シンジは落ち着いて導力銃の照準を合わせる事が出来た。

 

「突入のタイミングが良かったと思うよ」

「そ、そうかな」

「フフン、当然よ」

 

 戦闘の評価をヨシュアが下すと、エステルは少し照れくさそうにはにかみ、アスカは胸を張って鼻息を荒くして答えた。この反応の違いが二人の性格の微妙な差異を示していた。シンジはエステルの素直な謙虚さを、アスカも見習った方が良いと思っていた。本人に面と向かっては言えないけれど。

 

「凄え強いんだな、エステル姉ちゃん、アスカ姉ちゃん!」

 

 ルックが感激を抑えきれない様子でぴょんぴょんとエステルとアスカの周りを廻る。しかし、エステルとアスカの表情は険しいものになり、エステルはルックの頬を平手打ちにした。

 

「この馬鹿っ! どうしてこんな危険な事をしたのよ!」

「エステルやアスカ達が遊撃士試験に合格したって話をクルーセから聞いて、オレも負けてられないって思ったんだよ!」

 

 怒り心頭に発したエステルの迫力に圧され、ルックは怯えながら話した。ルックは自分が先に遊撃士になると、エステルと張り合っていた仲である。それに付き合うエステルも大人げないとヨシュアは話していたが、ルックは自分がエステルに置いて行かれたと感じて背伸びをしたのだろう。

 

「アンタバカァ!? 死んじゃったら何にもならないじゃないの! アンタのママや友達もみんな悲しませる事になるのよ!」

 

 そう言うアスカの口調はキツイものがあったが、目には涙を浮かべていた。子供を失って母親が悲しむのは当然の事だ。特に母親を失ったアスカにとっては、強い思い入れがあった。そのアスカにつられてルックも涙目になり、ごめんなさいと謝った。

 ルックが自分で反省しなかったらエステルの事だ、力づくでも謝らせようとしただろう。アスカが居てくれた事に安堵の息をもらすヨシュアだったが、次の瞬間、表情を厳しいものに変える。エステルの背後に浮遊する大型のチョウチンアンコウの様な姿をした魔獣が忍び寄っていた。

 

「くっ!」

 

 陣形でエステルから一番離れた場所に居るヨシュアは直ぐに駆けつけることは出来ない。バトルスコープでその魔獣を分析をすると、今のエステルではダメージを与える事すら難しい固い防御力を誇る格上の魔獣だと分かった。このままではエステルがやられる、怪我を負わされるか、命を落とすか……ヨシュアの頭に嫌な考えがよぎった。

 しかし通路から部屋へと素早く躍り出た人影が、その大型魔獣を切り裂いた!

 驚きながらもヨシュアはその剣筋を見極める。2、4、6、8、10、12、14……そして16連撃!!

 一度に16連撃も叩き込む戦技など見たことも無い!

 ヨシュアはもちろんの事、エステルやアスカやシンジもその剣技にポカンと口を開いて立っていた。16連撃を食らった魔獣は無事で済むはずも無い。その大きな図体はドシンと音を立てて床に沈んだ。無数に付けられた切傷からはドバっと血が噴き出し、出血多量で魔獣が息絶えたのは明白だった。

 

「二刀流……?」

 

 その戦い振りを間近で見たエステルがポツリと呟く。魔獣を倒したのは二つの剣を振るう黒髪の黒い服を着た剣士だった。シンジと同じ黒色の瞳で、その剣士はサッパリとした笑顔でエステルに話しかける。

 

「間に合って良かった」

「あ、ありがとう……」

 

 エステルは顔を赤らめてその若い剣士……歳は同じか、一つ二つ上ぐらいだろう、にお礼を言った。その姿を見たヨシュアの胸がざわつく。自分より明らかに力量が上の剣士に遭遇しただけでも衝撃を受けたのに、エステルにあのような表情をさせるとは……。

 

「エステル姉ちゃんやアスカ姉ちゃんより凄えーーーっ!」

 

 素人には数える事すら困難な16連撃を目の当たりにしたルックとパットは、羨望の対象をエステルからその黒衣の剣士へと移す。熱烈な視線を浴びて困った表情になったその剣士は、シンジの姿を目に止めると、近づいて話しかける。

 

「君の名前を教えて欲しいんだけど、良いかな?」

 

 アスカはこの剣士はシンジを口説いているのかと、あっけにとられた。しかしその剣士の表情は真剣そのもので、ナンパをしているようには思えない。なぜシンジの名前を聞こうとしているのか、そのアスカの疑問は剣士の次の言葉によって答えが出た。

 

「ボクの名前は碇シンジだけど……」

「やっぱりそうか。俺は桐ヶ谷和人、この世界ではキリトと名乗っている」

 

 キリトの言葉を聞いたアスカとシンジは大きな衝撃を受けた。自分達以外にもこの世界に日本からやって来た人間が居る……!

 エステルとヨシュアには、この三人に共通した話題の内容が解るはずも無く、首を捻るばかり。もちろん、子供達二人にはなおさら分からない。

 

「この翡翠の塔の屋上に光の柱が降りて来た話を聞いて、俺の探している仲間だと思って来てみたら……君達だったわけさ」

 

 そう話すキリトの表情は、落胆の色が隠せなかった。それほど大切な仲間なのだろうと、アスカとシンジは思った。もし自分達が離れ離れになったら、地の果てまで探しに行くに違いない。

 

「じゃあ、俺はもう行くよ。他にも光の柱が降りて来た場所があるんでね」

 

 アスカとシンジとしては、もう少しキリトと話をしたかったが、キリトは足早に走り去ってしまった。しかし他にも光の柱が降りた場所があると言う事は、二人の知っている人物がこの世界に来ている可能性も否定できない。エヴァのパイロットと言う地位を捨てた二人にとって、それは良い事なのか判断は下せなかった。

 

「ごめんエステル、君の事を守れなかった」

 

 先ほどの事が尾を引いているのか、ヨシュアは沈んだ表情でエステルに謝った。しかしエステルがヨシュアに向けたのは、太陽のような笑み。

 

「油断していたあたしだって悪かった。これから頑張って行けばいいじゃない」

「そうだね、僕も精進するよ」

 

 すっかり明るさを取り戻したヨシュアの姿に、見守っていたアスカとシンジ、子供達二人も嬉しそうに笑みをこぼす。

 

「さてアンタ達、歩ける? 街に戻るわよ!」

「おーっ!」

 

 アスカの言葉にルックとパットは元気に答え、六人は悠々とした足取りで翡翠の塔を後にする。美味しい所は黒衣の剣士に持って行かれてしまったが、彼を超える強い剣士になるとヨシュアは闘志を燃やすのだった。

 

 

 

 

 

 

 「大変だったわね、お疲れ様」

 

 子供達をロレントの街に送り届けた四人は、遊撃士協会のアイナに依頼達成の報告をした。油断していた所を黒衣の剣士・キリトに助けられた事も包み隠さず話した。キリトが倒したのは、手配魔獣と言う危険度が高いために遊撃士協会で賞金が掛けられている魔獣だった。その魔獣の戦利品は四人が手にしているため、自分達が倒したと申告することも出来たが、正直に話した事がアイナに好感を与えたようだ。

 手配魔獣の賞金は教会に寄付される事になり、手配魔獣以外の魔獣とのタイミングのあった戦闘内容は高く評価され、遊撃士ポイント(BP)に+1点のボーナスが加算された。遊撃士手帳の評価を見て驚く四人。

 

「アイナさん、このボーナスポイントって……」

「ふふっ、初任務、頑張ったあなた達へのご褒美よ」

 

 シンジの質問にアイナは穏やかな笑顔をたたえてそう答える。依頼の難しさにより基本BPは決まるが、ボーナスBPを稼げば早く遊撃士のランクが上がる。それを知ったアスカは俄然やる気をみなぎらせた。

 

「この調子で大陸に名をとどろかせるエース遊撃士になるのよ!」

 

 エヴァンゲリオンのエースパイロットの次はエース遊撃士か、アスカらしいや、とシンジは思った。上を目指すアスカの瞳はキラキラと輝いている、それはシンジにとって憧れでもあった。でも、無茶はしないで欲しいともシンジは願うのだった。

 

「それじゃあ、街で夕飯の材料を買って帰ろう。父さんが家で待っている」

「あ、ちょっと待って。カシウスさん宛に手紙を預かったの」

 

 ヨシュアの言葉に同意して四人が遊撃士協会から出ようとすると、アイナが気が付いたように呼び止めて封筒を渡す。その封筒はどことなく気品があるように見えた。

 

「何かしら、もしかしてラブレターとか?」

「だとしたら遠距離恋愛だね」

 

 アスカが茶化すように冗談を言うと、ヨシュアはクスリと笑いながらそう言った。アイナの話に拠れば、遊撃士協会はリベール王国以外の国にも支部があり、カシウスは顔が外国にも利くほど広いらしい。それならばカシウスは、キリトの事を知っているのかもしれないと四人は思うのだった。

 

「ねえねえ、エステル達が会った黒い服の凄腕の剣士ってどんな人? 名前とか分かる?」

 

 遊撃士協会から出た四人は、街の小さな女記者、クルーセに声を掛けられた。このクルーセはルックとパットやユニと同じ年齢でありながら、王国大手の新聞社、《リベール通信》顔負けの取材力をロレントの街では持っている。

 多分情報源は街に帰って来たばかりのルックとパットに違いないと思った四人は、クルーセの行動力に舌を巻いた。仮にアスカとシンジがキスなんかした場面を誰かに目撃されれば、次の日にはクルーセによって街の全員に広まってしまうだろう。

 

「そうそう、珍しい事と言えばね、ジェニス王立学園の女生徒が街を歩いていたわ」

 

 クルーセの話を聞いたヨシュアはとても驚いた顔をした。《ジェニス王立学園》はリベール王国のルーアン地方にある、3年制の学校で、日本の高校と同じ位置づけのものだった。

 

「ふうん、この世界にも高校があるのね」

 

 自分達が前の世界に居たままだったら、今頃はシンジと同じ高校に通っていたかもしれないとアスカはぼんやりとそんな事を考えていた。そんなアスカの表情を見たシンジはアスカに質問を投げかける。

 

「アスカは学校に通いたかった?」

「のほほんと学園生活を送るよりも、刺激にあふれた遊撃士の方が断然良いッ!」

 

 グッと手を握り締めて答えるアスカに、シンジは苦笑しながらも嬉しさを感じていた。この世界で暮らすと言う自分の選択にアスカを巻き込んでしまった事に後ろめたさを感じずにすむからだ。

 

「どうしたのヨシュア、ジェニス王立学園の女の子が気になるなんて、そう言うのがタイプなんだ」

 

 エステルはニヤリとした薄笑いを考え込んでいたヨシュアに向ける。どれだけエステルは鈍感なのかとアスカとシンジとヨシュアとクルーセはあきれるばかりだった。未だにヨシュアとの恋人関係を否定し、姉弟だと言っている所からもそれが分る。それがヨシュアにとって残酷な言葉であるのも自覚していない。

 クルーセと別れた四人は街の雑貨屋である《リノン総合商店》で夕食の食材や、カシウスから頼まれていた新聞《リベール通信》02年度第1号を買う。エステルは店主のリノンに《ストレガー社》の新作スニーカーがいつ発売されるのか熱心に尋ねていた。道具袋には魔獣の肉やら骨やら羽やらが入っているので、シンジは店で売られている数点の食材を買って店を出た。

 四人が店を出ると、ロレントの街並みは夕陽に染められていた。街の家からは夕餉の煙が立ち昇り、教会の鐘が鳴ると遊んでいた子供達は夕飯の待つ自分の家へと帰る。四人も街の郊外にある自分達の家を目指して歩き始めた。




今回キリトはチョイ役で出ましたが、空の軌跡の化け物級の強さを持つ人達と戦ったりするかもしれません。


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第六話 ヨシュアの悲しい誓い、シンジの苦悩

 

 家に帰った四人は、夕食の準備をする前にカシウスに今日の成果を報告する事にした。カシウスは一階にある自分の部屋で机に向かい書類仕事をしていた。四人はカシウスの部屋に入る事はあまりない。ヨシュアの部屋よりも多い本棚に納められた蔵書の山、金庫には機密文書と貴重な酒と釣り竿が入っているらしい。

 

「四人とも、よく頑張ったな。父さんは嬉しいぞ」

 

 四人の報告を聞いたカシウスは、満足そうな笑みを浮かべていた。遊撃士の初仕事の内容はカシウスの目から見ても合格点のようだ。それよりも五人の関心は翡翠の塔で圧倒的な強さを見せたキリトの事だった。16連撃を使いこなせる剣士など、リベール王国はおろか、未だかつて大陸に居なかったとカシウスは断言した。

 

「カシウスさんでもキリトの事は分からないんだ」

「国内で起きた異変ならば遊撃士協会のネットワークがあるから大抵俺の耳に入るんだが、そのキリトが召喚された場所は遠く離れた辺境の地かもしれんな」

 

 シンジの言葉にカシウスはそう答えたが、アスカはカシウスの言い方に引っかかるものがあった。召喚? 普通は降臨や来訪などと言うのではないか、召喚とは何者かの意思で呼び寄せる事を意味する言葉だ。使徒に飲み込まれたのは全くの偶然、この世界に飛ばされたのも偶然、それが重なっただけではないか。

 

「俺は光の柱の異変は、人為的なもの、各地のゼムリア古代文明の遺物によって能動的に引き起こされたものだと考えている」

 

 カシウスの話によれば、アスカとシンジが現れた翡翠の塔もゼムリア古代文明の遺跡の一つであり、屋上には用途が解明されていない遺物があるのだと言う。リベール王国には翡翠の塔の他にも三本の塔があり、まとめて四輪の塔と呼ばれている。

 

「まあ小難しい話は後にして、そろそろ飯の準備を始めてくれ」

 

 カシウスの言葉で、すっかり話し込んでしまったと気が付いた四人は夕飯の準備に取り掛かろうと部屋を出ようとする。その時、エステルが気が付いたように道具袋から手紙を取り出してカシウスに差し出す。

 

「そうだ、父さん宛の手紙をアイナさんから受け取っていたんだ」

「後、リベール通信もね」

 

 エステルとヨシュアから受け取ったカシウスは真剣な眼差しで目を通している。邪魔をしては悪いと思った四人は部屋から出て行った。静かになった部屋でカシウスは

手紙を開いた。外国から届いたその手紙は、エレボニア帝国の遊撃士協会から助けを求めるものだった。

 最初の事件から、わずか二日間のうちに六ヶ所の帝国にある遊撃士協会が襲撃を受けたと記されていた。帝国の遊撃士協会は機能不全に陥り、立て直しと襲撃犯の究明に力を貸して欲しいと書かれていた。

 手紙を読んだカシウスはどうしたものかと考えた。外国に行くと言う事は、エステル達と長く離れる事を意味する。エステルとヨシュアはともかく、アスカとシンジはここに来てまだ二年、いや、もう二年も経ったのか。

 この二年の間、アスカとシンジは身体を鍛え、魔獣とも渡り合えるほどにたくましくなった。エステルとヨシュア、ロレントの街の人々とも打ち解け、この世界にもなじんで来た。もう、俺が付きっ切りで守っていなくても大丈夫だろう、とカシウスは思い至った。

 

「えーっ!? しばらく外国に行くって?」

 

 夕食の席でカシウスが話を切り出すと、アスカはテーブルに手をついて身を乗り出した。今日の夕食はエステルが初挑戦したオムライス。ふわっと仕上げることが出来たとエステルも満足気だ。娘の成長を喜ぶカシウスをアスカは冷やかし、いつもの楽しげな夕食になると思われたのだが……。

 

「あの外国から来た手紙に関係があるんですか?」

 

 シンジは不安そうな表情でカシウスに尋ねた。シンジは強くなったが、人を傷つく事を嫌がる性質があった。しかし優しく依頼人に寄り添う性格は遊撃士に向いているとカシウスは思っていた。ひたむきに努力するアスカの姿勢も遊撃士として大切なものだ。アスカは向上心を持って周囲の先達から学ぼうとしている。

 

「ああ、調査やらで二ヵ月くらい留守にするが、今のお前達なら大丈夫だろう」

 

 カシウスは安心した口調でそう答えた。今度顔を合わせる時はどれだけ四人は成長しているのかと楽しみにしていた。男子三日会わざれば刮目してみよ、と言う言葉もある。

 

「父さん、ロレント支部から依頼を受けていたんじゃないの?」

「ああ、その事なんだが……お前達、いくつか俺の代わりにやってみないか?」

 

 ヨシュアの言葉にカシウスはそう四人に提案した。

 カシウスはこの二年間、遠出をせずにロレント地方周辺の依頼だけに絞って受けていた。アスカとシンジの成長をそばで見守りたい気持ちもあったが、懸念していたのは、異世界から来た二人が何者かに命を狙われている可能性についても考え、周囲に目を光らせていたのだ。しかしこの二年間、そのような気配は感じられなかった。

 

「もちろん、難しい依頼はシェラザードに任せる事にするが」

「カシウス・ブライトの名代として恥じない仕事をするわ!」

 

 もう既にアスカはやる気満々の様子だ。遊撃士の功績をあげる絶好の機会、他の三人も反対する事はなかった。明日、遊撃士協会でアイナから依頼の内容の説明があると聞き、四人の胸は高鳴った。英気を養うために夕食はしっかりと食べた。

 

 

 

 

「……父さん」

「……ヨシュアか」

 

 賑やかな夕食が終わった後、カシウスは一階のバルコニーの椅子に座って夜空に浮かぶ月を眺めながらワインを飲んでいた。家の中からスッと姿を現したヨシュアに、カシウスはそのまま顔の向きを変えずに声を掛ける。辺りは虫の声以外聞こえない静かなものだった。

 

「シンジとアスカが来て二年、もうすっかりお前とエステルは打ち解けたようだな」

「僕はあなたが二人と仲良くするように命令したから従ったまでだ」

 

 そう話すヨシュアの瞳には冷たいものが宿っていた。カシウスと出会った頃の、感情を殺した人形のような目。アスカやシンジには、見せた事の無い表情だ。普段人と接する時の優しげで柔らかなヨシュアの表情からは想像もつかないだろう。

 今ここに居るヨシュアは隠された本性をさらけ出していると考えたカシウスは、近づいて来たヨシュアに、いつものおどけた表情ではなく、真剣な眼差しでヨシュアに尋ねた。

 

「俺がしばらく離れる前に改めて聞いておきたいんだが、あの時の誓いを撤回するつもりはないか?」

「無いよ」

「……そうか」

 

 迷いも無く即答したヨシュアにカシウスは残念そうな顔をしてつぶやいた。五年間時を過ごせばその決意は少しでも揺らぐと期待していたのだが、ヨシュアの意思は固いものがあった。

 

「もし僕が居る事で、あなた達に迷惑を掛けるようなら立ち去る。それが、僕が僕で居られるための約束だから」

「今回の帝国遊撃士協会連続襲撃事件、奴らが糸を引いていると結論を出すにはまだ早いぞ」

 

 エステルとアスカ、シンジが寝静まった夜更けにヨシュアが外に出て来た理由を察したカシウスはそう言って釘を刺した。事件を表面的に捉えず、背後関係まで推測するからこそカシウスはS級遊撃士なのだ。

 

「俺が例の事件の調査を終えるまで、踏み留まってはくれないか。俺も人の親だ、エステルの事は可愛い。あいつがあんな性格になってしまったのも、妻が死んだ悲しみを忘れようとして仕事に没頭し、エステルを家で独りにしてしまった俺に責任がある」

「確かにエステルは人の話は聞かないし、有無を言わさず強引な所がある。でも彼女の善意には邪な所が無い。太陽のような彼女のおかげで僕の心にも光が戻った。だからこそ、彼女を汚してはならない。大事な物ならば、手の届かない場所に置けばいい、それが僕が僕を許すための一線だから、ごめんなさい」

 

 ヨシュアの返事を聞いて、カシウスは大きなため息を吐き出した。このままヨシュアが姿を消してしまえば、エステルの動揺は計り知れない。今はアスカとシンジと言う妹と弟が居るが、カシウスは後ろ髪を引かれる思いで旅立たなければならない。

 

「でもまだ父さんの言う通り、帝国遊撃士協会連続襲撃事件が奴らの計画とは限らないし、僕が関係している確証はない。僕の早とちりだったみたいだ」

 

 柔らかい表情を取り戻したヨシュアがそう言うと、カシウスは心の底から安心したように息を吐き出した。とりあえず、ヨシュアを引き留める事は出来たようだ。

 

「でも、エステルはもともと強い子だから、大丈夫だと思うよ」

「遊撃士としてはまだまだだ。四人そろって一人前と言う所だな」

 

 自分が小さい頃、勇者が四人パーティを組んで魔王を倒すおとぎ話を聞いた事がある。まるでそれみたいだな、とヨシュアは苦笑した。

 話は終わった、と家の中に戻ろうとするヨシュアの背中に向かってカシウスは声を掛ける。

 

「この5年間、俺達は家族として過ごして来た。それは、消えない事実だ。これから何があっても、俺とエステル、アスカとシンジはお前の家族だ」

「ありがとう、父さん」

 

 ヨシュアが家の中に入ると、エステルとアスカの寝息が聞こえて来る。すっかりと二人は寝入ってしまい、カシウスとの話を聞かれてはいない様子だった。誰の気配も感じなかったので、腹を割って話したわけなのだが。

 

「ねえヨシュア、エステルを悲しませるような事はしない方が良いと思うよ」

 

 自分の部屋に帰った時、シンジにそう声を掛けられたヨシュアは心底驚いた。二階の部屋の窓は閉じていたのを確認したはずだ。そしてもし三人が目を覚ましても聞こえないような抑えた声でカシウスと話したはずだ。

 

「シンジ、僕達の話を聞いていたのか?」

 

 シンジは照れくさそうな顔をしながらトリックの種明かしをするマジシャンの様に自分の頭を指差した。それはこの世界に来た時から肌身離さず身に着けているインターフェイス・ヘッドセットだった。アスカは外している事もあるのだが、付けているのが当たり前となったシンジは付けたまま寝てしまう事も多い。

 

「僕の付けているインターフェイス・ヘッドセットって遠くの話まで拾えちゃうみたいなんだよね」

 

 確か脳波を発信・受信する器械だと聞いていたが、遠く離れた人間の声まで拾ってしまうとは厄介なものだ。もしかして、人の思念や記憶まで読み取ってしまうものなのか、とヨシュアは警戒を強めた。

 

「安心して、ヨシュアの心の中で考えている事までは分からないよ」

 

 それもそうかとヨシュアは納得した。他人の言葉に隠された思念まで読み取れるようになっては、人間不信となり人と関わる事を避けるように生きて行くしかない。他人のためを思って掛けた言葉にも、自分の主観やエゴが混じっているのが人間だ。

 

「さっき聞いた話は絶対にエステル達にもらすな、聞かなかった事にするんだ」

 

 凍り付かせるような瞳でヨシュアはシンジに告げた。その目はシンジが初めてヨシュアと会った時、エステルと話すシンジをにらみつけていたヨシュアの眼光より鋭いものがあった。優しそうなシンジが自分の意志を曲げなかった時があるように、穏やかに見えるヨシュアも自分の意志を貫き時がある、やはり自分とヨシュアは似ている所があると感じたシンジは、ヨシュアの気持ちを無視し続ける事は出来なかった。

 

「……分かったよ、誰にも言わない」

「ありがとう」

 

 誰にも話せない重い秘密を抱える事になったシンジは、寝付けない夜を過ごした。あのエステルの笑顔が曇る所を見たくない。出来れば三人掛かりでも引き留めたいが、ヨシュアとの約束を破ってしまえば、ヨシュアは二度と心を開いてくれないだろう。自分はウソを突き通すのは上手くない。勘の良いアスカにバレなければいいけど、と思うシンジだった。

 

 

 

 

 そして次の日の朝、ロレントの街にある空港で、帝国に向かうため飛行船に乗ろうとするカシウスを、シェラザードと一緒にエステル達は見送りに来た。街の人気者であるカシウスの事だ、ロレントの街の人々も駆けつけていた。エステルとヨシュアと親しくしていた武器屋の夫婦はもちろん、市長までカシウスの旅立ちを見守っていた。

 

「シェラザード、後は頼んだ。あまり甘やかすんじゃないぞ」

「お任せ下さい、四人ともビシバシと手加減無しで鍛えますから」

「ひえっ」

 

 シェラザードが鞭を構えてカシウスの言葉に答えると、エステルは震え上がった。講習を受けたのは16歳になってからの半年間だったが、最年少で遊撃士試験に受かりたいとアスカの希望を聞き入れて、カシウスより厳しい訓練や座学が待っていたのだった。やっとシェラザードから逃れられたと思ったのに、とエステルは思った。

 

「シンジ、アスカを守ってやれよ」

「うん」

 

 カシウスの言葉にシンジは真剣な眼差しでうなづいた。そんな二人の間にアスカが割って入る。

 

「アタシがシンジを守るのよ。アンタは遠距離でアタシのサポートをするの」

 

 アスカが胸を張ってそう言い放つと、周りに居た街の人達からも笑い声が上がる。シンジがアスカの尻に敷かれている事は、周知の事実のようだ。クルーセが面白がって話を広めたに違いない。

 

「それは頼もしいな」

 

 カシウスはそう言ってわしゃわしゃとアスカの頭を撫でる。子供扱いされたアスカは照れくさそうにカシウスの腕をはねのけた。背伸びをしているアスカだが、カシウスに褒めてもらいたいために、成果を大げさに話す節がある。

 

「むーっ、アンタが帰って来た頃には正遊撃士になってビックリさせてやるんだから!」

「ハハハ、楽しみにしているぞ」

 

 アスカがそう言うと、カシウスは愉快そうに笑った。正遊撃士になるにはリベール王国の遊撃士協会の各支部の推薦状をもらう必要がある。まだ準遊撃士としての初仕事を昨日こなしたばかりなのに、大口を叩くとは、おかしくて仕方ない。

 

「そうだ、お土産忘れないでね!」

 

 空気を読まないエステルが笑顔でそう言うと、カシウスや周囲の街の人々は一斉にあきれたようにため息をつく。これからカシウスは帝国で起きている大事件に挑むのだ。呑気にお土産など買っている余裕などない。

 

「あのなあエステル、父さんは遊びに行くんじゃないんだぞ」

「だって、いつもフラフラ遊び歩いてはお土産を買って来てくれるじゃない」

 

 エステルは頬を膨れさせてそう呟いた。これはカシウスの教育が悪い。エステルが幼い頃に母親のレナが亡くなり、ヨシュアが来るまで家で独りぼっちだったエステルを憐れんで、カシウスは必ずお土産を持って帰っていたのだ(そのうちの一つがヨシュアだった)。

 

「分かった、良い子にしてろよ」

「やった!」

 

 ため息交じりにカシウスがそう言うと、エステルは手を打って喜んだ。

 そしてカシウスは最後にヨシュアと意味ありげな視線を交わした。

 その張り詰めたような雰囲気に、アスカは何か胸騒ぎのようなものを感じたが、何も言う事は出来なかった。二人の間には割って入る事の出来ない壁のようなものを感じていたのだ。

 

「王都方面行き定期飛行船、《リンデ号》、間もなく発進いたします」

 

 飛行船の発車を告げる汽笛がならされ、飛行船と乗り場を結ぶ橋が飛行船のクルーによって取り外される。カシウスはエステル達に手を振って客室の中へと姿を消した。大きな音を立てて、カシウスを乗せた飛行船は東の空に軌跡を描いて飛び立っていったのだった。



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第七話 エステルの輝き、シンジの優しさ

 

 帝国に向かって飛び立ったカシウスの乗る飛行船をを見送ったエステル達は、依頼を受けるために遊撃士協会へと向かった。その道中、街の子供達と同じ年齢だと思われる少年がウロウロしながら地面を探し回っていた。

 

「ねえ君、困っているようだけど、どうしたの?」

 

 そんな少年の姿を見かけたシンジが声を掛ける。すると少年はシンジが頼りないと思ったのか、バカにしたようなため息をついた。そんな少年の態度にカチンと来たアスカはシンジの手を引いて立ち去ろうとする。

 

「こんな可愛げのないガキ、放って置いてサッサと行くわよ!」

「ふん、お前達に手伝って貰わなくても遊撃士が来れば、俺の宝物を見つけてくれるさ!」

 

 少年が腕組みをしてフンと鼻息をもらすと、シンジは準遊撃士の紋章を少年に見せる。すると少年は驚いたようにシンジを見たが、直ぐに笑い出した。

 

「お前みたいなちんちくりんが遊撃士かよ!」

「アンタ、これ以上シンジをバカにすると許さないわよ! シンジをバカにしていいのはアタシだけなんだからね!」

 

 少年の言葉が腹に据えかねたアスカは少年の胸倉を掴みあげた。慌ててエステルとヨシュアが二人を引き離しにかかる。尚も少年に敵対心を向けるアスカに、ヨシュアは小さな声で話し掛ける。

 

「これも遊撃士の仕事だよ、BPが貰えるかもしれないね」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたアスカは目の色を変えた。意外とアスカはちょろい所があるなのかもしれないとシンジは思った。エステルが子供好きする笑顔で少年の事情を尋ねた。

 少年の名前はカレル。リベール王国の街を廻って行商をする母親についてロレントの街にやって来た。しかし母親の木彫りの工芸品を売ると言う仕事に退屈した彼は手伝いを放り出して街をブラブラと歩いていた時に、ツァイスの街でオーブメント技師から貰った大事な宝物である光る石を排水溝に落としてしまったのだ。

 

 「あちゃ~っ、あそこで光っているのがそれ? あたしの棒でも届きそうにないよ」

「エステル、この排水溝がどこに繋がっているか分かってる?」

 

 ヨシュアに尋ねられたエステルは首を傾げた。そんなエステルにイラついたアスカが声を荒げた。

 

「地下水路、昨日遊撃士の試験で潜ったばかりでしょう!」

「お前達、大丈夫なのか?」

 

 年下の子供、カレルに心配されるとは落ちたものである。四人で一人前だと言ったカシウスの言葉を実感するヨシュアだった。四人は素早く地下水路に潜り、魔獣を蹴散らしながら光る石を探し、カレルの元に届けた。

 

「ふーん、まあ見習い遊撃士にしてはやるじゃないか」

 

 カレルの生意気な態度はそのままだったが、感謝はしているようだった。カレルの宝物の光る石とはクオーツの結晶だった。もしかしたらカレルも将来、導力技師の見習いになるのかもしれない。遊撃士協会に預けた報酬の他に、カレルからドリルミートボールを貰った。これでシンジの料理レシピがまた増えた。思わぬ収穫とはこの事だった。

 

 

 

 

 遊撃士協会に着いた四人は掲示板の依頼を見た。自分達のランク9級で出来そうな依頼は『光る石の捜索』と『ミルヒ街道の手配魔獣』だけだった。光る石の捜索は先程の少年、カレルが出したものだろう。

 

『光る石の捜索』 達成!

 

【依頼者】:カレル

【報 酬】:30 Mira

【制 限】:9級

 

『ミルヒ街道の手配魔獣』 進行中

 

【依頼者】:遊撃士協会

【報 酬】:600 Mira

【制 限】:9級

 

 ミルヒ街道に凶暴な魔獣【パインプラント】が出没中です。

 遊撃士のすみやかなる退治をお願いします。

 

 

 

 四人は掲示板に書かれた依頼をメモして、受付のアイナの所へと向かう。まずはさっき街でこなしたカレルの依頼を報告する。報酬はたった30Mira。一人辺り7Miraとは苦笑いを浮かべるしかない。しかしアイナがBPを2ポイントもくれたのにはアスカも驚いた。

 

「どんな小さな困り事も解決するのが遊撃士の姿よ」

「なるほど、アスカに飴を与えたんですね」

「余計な事言わないの!」

 

 図星を突かれたアスカはシンジに肘打ちを食らわせた。みぞおちを突かれたシンジはうめき声を上げる。照れ隠しにしてもアスカは容赦が無い。報告を終えた四人はアイナからカシウスが引き受けていた依頼の内容を聞く体勢に入った。

 

「カシウスさんからあなた達に回すように頼まれた依頼はいくつかあるけど、緊急性が高いのはパーゼル農園からの依頼ね」

 

 パーゼル農園の名前が出て来たエステルは顔色を変えた。パーゼル農園はエステルの幼馴染であり親友であるティオの両親が営む農園だった。アスカもこの二年間、ティオとかなり絆を深めて来た。シンジも畑仕事を手伝った事があるし、ヨシュアは赤ん坊の時に子守をした縁からか、ティオの弟と妹のウィルとチェルにとても好かれている。

 アイナの話によると、夜な夜な畑に魔獣が出没し、作物を食い荒らしていくらしい。まだ怪我人は出ていないが、ロレントの街に野菜を売りに行く事も出来ず、このまま放置していれば野菜は全滅、パーゼル農園は閉園へと追い込まれてしまう。

 四人はパーゼル農園を救うため気合いを入れて遊撃士協会を出発しようとする。そんな四人にアイナは注意を促した。

 

「街からパーゼル農園に行くミルヒ街道に手配魔獣が居るから気を付けてね」

「そんなの蹴散らしてやるわよ!」

 

 アスカは笑顔でピースマークを突き出してアイナに答えるのだった。

 遊撃士協会を出た街の中を歩いていると、ルックとパットが駆け回って遊んでいるのを見かけた。

 

「あっ、エステル姉ちゃん」

「この前はごめんなさい」

 

 やって来たエステルに気が付いた子供達二人が四人の側に寄って来た。

 

「反省してる?」

「うん、この前は心配かけてみんなに怒られた」

 

 エステルに問い掛けられたルックは、真剣な顔でアスカに謝った。反省してない様子が見られたら、エステルのお仕置きが炸裂していた事だろう。子供達はもう街の外に出る無謀な事はしないと安心した四人は、ロレントの西の門からミルヒ街道に出るのだった。

 

 

 

 

 ミルヒ街道はロレントの街と西にある商業都市ボースの街を結ぶ街道だ。開けた平原には虫型魔獣が徘徊しているが、平原を貫くように真ん中に石畳を敷かれた街道は多数の導力灯に守られて魔獣が入って来れない。つまり街道を歩いて居れば魔獣と戦う事は無いわけだ。しかし……

 

「何、あの魔獣?」

 

 アスカは街道の先に、光を放つ毛玉のような魔獣が居る事に気が付いた。この街道に出没する魔獣はマルガ山道や翡翠の塔と同じようなものだが、光を放つ魔獣など見た事が無い。

 

「あれは、《シャイニング・ポム》と言うレア魔獣だよ。倒すと大量のセプチウムを落とすらしい。逃げ足も速いけどね」

「そうと決まれば先手必勝!」

「おーっ!」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたアスカは嬉々として三匹のシャイニング・ポムのグループへと突撃を開始する。エヴァに乗っていた頃もアスカは速攻を好んでいた。動物的勘でアスカの突撃を察知したエステルがそれに続く。素早い動きをする魔獣にシンジの導力銃の照準は定まらず、陣形の後方に居たヨシュアは追い付けなかった。

 

「行くわよ、エステル!」

「分かった、アスカ!」

 

 シャイニング・ポムを確実に仕留めるため、二人はS戦技である《烈波無双撃》を叩き込む。この技は単体にしか効果が無いが、数えきれないほどの棒の打撃を与える多段攻撃だ。W烈波無双撃を食らったシャイニング・ポムは息絶えて多数のセプチウムの欠片となった。残る二匹は後方に向かって一目散に逃げ始めた。

 

「待てーっ! 逃がさないわよっ!」

 

 完全にセプチウムに目がくらんだアスカは、パーゼル農園への道とは違う、ヴェルデ橋の方の道へと突進して行ってしまった。アイナの話に拠れば、その方向には手配魔獣がいたはずだ。追いつかないとアスカが危ない。陣形なんて気にせずにシンジは疾走した。

 

「何よコイツ!」

 

 アスカは既に手配魔獣、パインプラントに遭遇していた。名前の通り、パイナップルの化け物のような姿をしていた。するとパインプラントの身体が光り始めた。アスカを標的にした導力魔法の詠唱を始めたのだ。

 アスカと追いついたエステルは導力魔法の詠唱を妨害しようと魔獣を棒で殴るが、魔獣はものともしない。そして魔獣から解き放たれた水属性の攻撃魔法、アクアブリードが発動し、噴射する水流がアスカを直撃する!

 突き飛ばされたアスカは転倒したが直ぐに立ち上がった。移動しようとしない魔獣を見て、アスカはまた棒でボコボコにしようと近づこうとした時、バトルスコープで魔獣を分析したヨシュアが警告を発した。

 

「二人ともその魔獣から離れて! 死ぬ時に自爆するらしいよ!」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは慌てて魔獣から距離を置いた。接近戦は無理となると、シンジの導力銃か導力魔法で戦うしかない。エステルの風魔法やヨシュアの時魔法はそれほど効き目はない。ここで遂にシンジが大活躍! ……とはならなかった。アスカの放った火属性の導力魔法、ファイアボルトが魔獣を焼き尽くしたのだった。植物系の魔獣であるから、それは道理だった。

 

「とほほ……」

 

 肩を落とすシンジに、エステルが励ます様に「明日があるよ」と声を掛けるのだった。

 

 

 

 

 四人は少し道を引き返す形でパーゼル農園に到着した。魔獣除けの作に囲まれた畑にはニンジン、トマト、キャベツ、ナス、トウモロコシが植えられており、牛や鶏が暮らす小屋があった。イチゴなどのフルーツを育てる温室まで備えている、それなりの設備と広さを持った農園だった。

 

「いつ来てものどかな場所よね。魔獣なんて出る感じじゃないし」

 

 アスカは伸びをしてリラックスをした様子で呟いた。

 

「とりあえず、ティオに話を聞いてみようよ」

 

 四人は農園の中を見回しティオの姿を探す。農園の中で遊んでいたのはウィルとチェルの双子の兄妹だった。二人はヨシュアの姿を見ると嬉しそうに駆け寄る。この二人がヨシュアになついているのは、赤ん坊の頃からヨシュアが子守をしていたからだった。

 パーゼル農園に双子の赤ちゃんが生まれた時、初めてエステルに連れて来られたヨシュアは、身体に包帯を巻いていた。その怪我の原因の半分はエステルによるものなのだが、畑の収穫仕事が出来ないと判断したティオの母親であるハンナは、ヨシュアに双子の赤ん坊、ウィルとチェルの子守を頼んだのだ。

 

「ねえヨシュアお兄ちゃん、遊んでよ~」

「ごめんね、今日は仕事で来たんだ。後で時間があったらね」

 

 ウィルにせがまれたヨシュアは、優しい笑顔で両親の居る場所を尋ねた。ウィルとチェルの話によると、両親は不在で、奥の牛舎にティオは居るのだと言う。話を聞くだけなら自分達だけで十分だとヨシュアを置いて、三人はティオの所へと向かった。

 

「やっほー、ティオ」

 

 エステルに声を掛けられたティオは牛舎での作業を止めて三人の方を振り返った。

 

「エステル、それにアスカも! 遊びに来てくれたのは嬉しいんだけど、それどころじゃないのよ」

 

 ティオはそう言って困った顔になった。三人は依頼を受けたカシウスの代わりに魔獣退治をしにやって来た事を告げた。三人の準遊撃士の紋章を見て、ティオは依頼をエステル達に任せる事を決めた。

 

「ここ数日魔獣が出て、私もすっかり寝不足なの」

「じゃあ魔獣は夜に出るのね」

 

 アスカの言葉に、ティオはこくんと頭を振ってうなずいた。よく見ればティオの目の下にはクマが出来ているように見えた。睡眠不足だけではなく相当ストレスも溜まっているのだろう。親友を何としてでも助けなければとアスカは思った。

 しばらくすると、ロレントの街の遊撃士協会に陳情していたティオの両親が戻って来た。四人の姿を見ると、ティオの母親であるハンナと父親であるフランツは嬉しそうに声を掛けた。四人が準遊撃士になった事を自分の家族の様に喜んでいるようだった。

 ティオの両親と四人は、家の中でダイニングキッチンの椅子に腰かけてじっくりと腰を据えて話す事になった。

 

「なるほど、カシウスさんの代わりにね。でも、あんた達だけで魔獣退治なんて危ないんじゃないのかい?」

 

 ハンナは一応納得はしたようだが、四人の事を心配している様子だった。ヨシュアは準遊撃士の紋章を見せて、真剣な表情で遊撃士協会の許可は得ているのでやらせて欲しいと訴え、最後にはハンナの方が折れた。

 

「それで、どんな魔獣が出るの?」

「暗くて正体は分からないんだが、丸っこい猫のような魔獣でね。夜中に数匹で現れて畑の野菜を食い散らかせて行くんだ」

 

 エステルの質問に、フランツは眉間にしわを寄せて本当に困っている表情で答えた。

 

「人に危害を加えるほど凶暴ではないんだけどね、捕まえようとしても逃げ足が速くて見失っちまうんだよ」

 

 ハンナの話を聞いた四人の頭に、先ほどミルヒ街道で遭遇した魔獣、シャイニング・ポムが思い浮かぶ。一匹を捕えても、他の魔獣に逃げられては依頼達成とは言えない。何か対策を考える必要がありそうだ。

 

「夜の間に出現するとなると、それまで待つ必要がありますね」

 

 ヨシュアは考え込むような表情でそう言った。朝にカシウスを見送り、遊撃士協会に行って寄り道をしながらパーゼル農園に来たものの、まだ太陽は高い位置にある。

どうやらウィルとチェルの相手をする時間はありそうだ、とヨシュアは思った。

 

「それなら夕食も家で食べるんだろう?」

「やった、ハンナおばさんの料理、とっても美味しいもんね」

 

 ハンナの言葉を聞いたエステルはパッと輝く笑顔になる。その期待に応えようとハンナも張り切ってキッチンに立つのだった。

 

 

 

 

 そして楽しい夕食も終わり外に夜の帳が降りた頃。ヨシュアとシンジはリビングでウィルとチェルの相手をしていた。エステルとアスカはティオの部屋でベッドに腰かけてガールズトークを繰り広げていた。

 

「ええっ、ヨシュアってそんなにモテるの?」

 

 ティオの話を聞いたエステルは驚きの声を上げた。ヨシュアが街の大人達や子供達に好かれている事は姉として誇らしく思っていたが、女子のハートまで盗んでいたとは思ってもみなかった。

 流れるような黒髪と綺麗な琥珀色の瞳、線の細い整ったヨシュアの顔立ちは、女子だけでなく男子も「女装させたらイケるんじゃない?」と思わせるほどだ。さらに人当たりの良さと、エステル達がトラブルに巻き込まれてもフォローする面倒見の良さ、決定的なのは夕方ヨシュアが独りハーモニカを吹いていた姿が絵になると言う。ティオとエリッサも思わず惚れ込んでしまうほどだったらしい。

 

「ロレントの街のほとんどの女の子が交際を申し込んだって話よ。クルーセちゃんが大げさに言っているだけかもしれないけどね。でも、全部断ったみたいだけど」

「し、知らなかった。あたしにそんな事隠していたなんて」

 

 ティオの話を聞いたエステルは動揺を隠せなかった。自分とヨシュアが一緒に居る時はそんな素振りは感じ取れなかった。それは街の人々にはエステルとヨシュアはお似合いのカップルだと目に写っていたから、エステルの前では遠慮していたのだろう。そんなエステルの反応を見て、ティオは大きなため息を吐き出す。

 

「まあ誰かに相談するような話じゃないし。エステルにはなおさら無理よ」

 

 ヨシュアの話を聞いて落ち着かなくなったのはアスカである。シンジもヨシュアに似た雰囲気を持っているためモテモテになっている可能性がある。シンジの優しさを独占したい、そんな思いを秘めているアスカはシンジが他の人に優しくしている所を見るとヤキモキしてしまう。さらにその相手が年頃の女性だったら……。

 

「シ、シンジの方ははどうなの?」

「シンジ君はそんなに目立ってはいないかな。母性本能をくすぐられるような可愛さはあるけど。でもエリッサと良い雰囲気なんじゃない。同じアーベントでバイトしてたでしょう。でも鈍感なシンジは気が付いてない様子かなあ」

 

 あの天然娘のエリッサの事だ、シンジに恋愛感情を抱く事は無いかもしれない。でも自分と同じ年齢の年頃の娘だ。自分とシンジが友達以上恋人未満だと強調してもスルーされそうだし、どうしたものか……とアスカが考えていると、部屋のドアがノックされる。声の主はヨシュアのようだ。

 

「エステル、アスカ、そろそろ見回りの時間だよ」

「分かった、ティオは安全な家の中で待っていて。あたし達が魔獣を追い払ってやるから!」

「追い払うだけじゃダメよ、とっ捕まえて懲らしめてやらなきゃ!」

 

 エステルとアスカはそんな事を話しながら部屋を出て行った。廊下ではヨシュアとシンジと話しているからなのか、賑やかな声が聞こえて来る。その話の内容まではティオには聞き取れない。

 

「相変わらずエステルはこの手の話には鈍いし、アスカは素直になれないし。ヨシュアもシンジも苦労しているわね」

 

ティオは二人が出て行ったドアを見つめてそう呟くのだった。

 

 

 

 

「ヨシュア、あたしに何か隠し事していない?」

 

 ティオの部屋から出るなり、エステルはヨシュアに質問を浴びせた。ティオに何か吹き込まれたのか、それとも……。ヨシュアはシンジに鋭い視線を送ったが、シンジは必死に首を横に振って否定した。このタイミングでそれは無いか、と思ったヨシュアはシンジに謝るように微笑みかけ、まだ何か言いたげにしているエステルの方を向く。

 

「困った時は相談になるから……その、恋の悩みとか」

「ハァ!?」

 

 エステルは顔を赤らめてそう言うと、ヨシュアの気持ちを代弁したのはアスカだった。何を言っているんだこの娘は、鈍感力ならシンジと良い勝負だ、とアスカとヨシュアは深いため息を付いた。今はどんな言葉を言ってもエステルには理解できないだろうと、ヨシュアは受け流して依頼に専念する事にした。

 四人が家の外に出ると、辺りは家から漏れ出る明かり以外、暗闇に包まれていた。導力灯で農園をぐるっと囲めば安全なのだろうが、道力灯は大型のクオーツが使われていて定期的なメンテナンスが必要、公道や重要な公共施設に設置される高価なものであり、一般の家庭には手が出せない。

 今夜は新月、月明かりの無い夜空にはたくさんの星の瞬きが見える。照らすものが無いと言う事は、畑を荒らす魔獣にとって絶好の機会だ。このチャンスを魔獣が見逃すはずはない。きっと魔獣は姿を現すと四人は確信していた。

 

「戦力を分散させるのは危険だけど、手分けして魔獣を探そう」

「そうね、農園全体をカバーできないと意味がないわ」

 

 ヨシュアの提案に、アスカも賛成した。不安を感じたのはシンジだった。自分の武器は遠距離攻撃用の導力銃、今まで魔獣と戦う時は誰かが盾になって守ってくれた。そんなシンジを安心させるように、ヨシュアはシンジの肩に手を掛ける。

 

「大丈夫、直ぐに駆けつけるから。それよりも、魔獣を逃がさないように足止めを頼んだよ」

 

 魔獣が遠く離れた場所に居る時、直ぐに足止めが出来るのは導力銃だ。導力魔法は詠唱時間があるので即効性に欠ける。今度こそシンジの長所が発揮される時だ。

 射程の短い双剣を装備しているヨシュアは、温室へと向かったが、流石に中には入り込んでいない様子だった。

 中心に位置するキャベツ畑の辺りを捜索したのはアスカ。虫の声以外聞こえるものは無い。

 

「アタシ達の気配に気が付いて、警戒しているのかしら?」

 

 今日決着を付けなければ、また明日も続けなければいけなくなる。寝不足になっているティオのためにも、長期戦は避けたい。またパーゼル農園から野菜を仕入れているロレントの街の人々も困る事になる。

 牛舎の方を見て回ったエステルも、魔獣の気配を感じる事はなかった。近くに魔獣が現れれば牛や鶏が騒ぎ出すし、お目当ての野菜も無い。可能性としては低い場所だった。

 シンジは家の物陰から、農園の中を見回していた。明るい所からなら、見渡せる距離は広い。そして牛舎から出て来たエステルが、畑の小道を飛び跳ねるように歩いてた小型魔獣と鉢合わせになったのを目撃した。

 エステルに気が付いた魔獣は猫のような鳴き声を上げる。逃げようとした魔獣の足元にシンジの導力銃の弾が炸裂する!

 動きを止めた魔獣にエステルが詰め寄り、銃声を聞いたアスカとヨシュアも駆けつけて参戦する。畑に侵入していた魔獣はその一匹では無いらしく、合計三匹の魔獣との戦闘になった。ヨシュアがバトルスコープで魔獣を分析すると『畑荒らし』とそのままの名前が表示された。これが目的の魔獣に違いない。

 直線状に並んだ魔獣の姿を見て、ヨシュアは《絶影》と言う戦技を発動させる。二匹の魔獣は駆け抜けたヨシュアに倒され泡を吹いて倒れる。残るはアスカとエステルに包囲され、シンジが狙いを定めている一匹だけだ。すると魔獣はペタンと横になり、死んだふりをした。

 抵抗する素振りが無くなった三匹の魔獣を、四人は家から出て来たティオの家族達の前に突き出した。魔獣達は「みゅう~」とか「にゃおん」などと子猫のような声を上げて大人しくしている。

 

「さすが遊撃士だ。私達が追いかけると逃げ去ってしまう、このすばしっこい連中を

捕まえてしまうとはね」

 

 フランツが感心したようにため息をもらす。食い荒らされた野菜の被害はそれほどでも無かったが、家族で毎晩魔獣の影に悩まされるストレスは相当のものだった。

 

「この魔獣達、見逃してあげるわけにはいかないかな?」

 

 シンジがそう提案すると、ヨシュアは厳しい目つきでシンジをにらんだ。

 

「僕達は魔獣退治に来たんだよ。敵に情けを掛けてどうするのさ?」

「でも痛い目に遭ったから、もう畑を荒らさないと思うし」

 

 シンジの言葉に同調するように、三匹の魔獣はペコペコと頭を下げて謝りだした。その仕草はパーゼル農園の家族にかわいさも感じさせるものだった。そんな魔獣の仕草を見てもヨシュアの表情の厳しさは変わらない。

 

「また畑を荒らされたら、どう言い訳するつもり? 禍根はここで断ってしまうべきだよ」

 

 ヨシュアの言葉は道理に合っているものだった。しかし、パーゼル農園の家族達は魔獣の命まで奪うのには反対した。人間と同じように、この魔獣達もこの土地で暮らす存在、人間の自分勝手な都合で命を奪っていいものではない。

 

「ヨシュア君、私からも頼むよ。今回は彼らを逃がしてあげてはくれないか」

 

 パーゼル農園の主であるフランツがそう言うと、ヨシュアは自分を落ち着けるためにすうっと息を吐き出した。そして穏やかな表情になってフランツに答える。

 

「分かりました、被害に遭った皆さんがそう仰せられるならば従います」

「良かった」

 

 パーゼル農園の家族と同じく、魔獣達の命が助かると知ったシンジも安堵の息を吐き出した。フランツはこれから柵を強化するなどの対策を講じると言う。これにて一件落着と言ったところか。

 

「あんた達、みんなに感謝しなさいよ」

 

 エステルが床にひれ伏す魔獣に近づいて声を掛けると、そのうちの一匹がエステルに襲い掛かった!

 さっきの戦闘で死んだふりをしていた魔獣は体力が残っていたのだ。その魔獣の鋭い爪がエステルを傷つける前に、ヨシュアはその魔獣の首をためらいも無く刎ね飛ばした!

 その首を切り離された魔獣の身体はドサッと崩れ落ち、残りの二匹は泡を食ったように逃げて行った。何とも言えない重い空気が辺りを包む。

 

「とりあえず、今日の所は泊って行ってくれ」

 

 フランツの提案に従い、四人はティオ達と共に家の中に入る。夜ももう遅い、後は男女別に客間に分かれて寝るだけなのだが、暗い表情をしたヨシュアは動こうとしなかった。不思議に思った皆の視線がヨシュアに集まる。

 

「僕のせいで、皆に嫌な思いをさせてごめん」

「さっきの事なら、みんなそうな風に思ってないわよ。現に魔獣はエステルを襲ったし、ヨシュアの言った事は間違ってないわ」

 

 アスカがヨシュアを励ます様に声を掛ける。周りの皆もアスカの言葉に同調し、気にするなとヨシュアに笑顔を向けた。しかしヨシュアの表情は晴れなかった。

 

「僕は心の冷たい人間なんだ。今でも敵は排除すべきだと思っている。皆と違って、可愛そうだという感情が無いんだ。こういう自分が嫌いで仕方がないんだ……」

 

 暗い顔で独白を続けるヨシュアを、エステルは怒った顔で見つめる。

 

「僕は不完全な人間で、心の何処か壊れているのかもしれないな……」

「アンタバカァ!?」

 

 そう言ったのはアスカではなく、エステルだった。本家本元のアスカは驚いてあんぐりと口を開けている。シンジもアスカ以外からその言葉を聞くのは初めてだった。気圧されたのはヨシュアも同じだった。エステルに迫られたヨシュアは後ろに後ずさる。

 

「自分の事を勝手に決めつけないでよ! この5年間、あたしはずっとヨシュアの事を見てきた! 良いところ、悪いところは誰よりも知っている自信がある! 多分、ヨシュア本人よりもね!」

 

 エステルがそう宣言すると、見守っていた皆からも歓声が上がる。少し照れくさくなったエステルだが、もう一息と、言葉を吐き出した。

 

「このあたしを差し置いて、心が壊れているなんて言わせないからね!」

「ごめん……」

 

 エステルの言葉を聞き終えたヨシュアは消え入るような声で謝った。

 

「でも、今日はヨシュアが自分の弱い面をさらけ出してくれてよかった。ヨシュアってば独りで悩み事を抱えているんだもの」

「そうそう、いつだってアタシ達を頼ってくれていいのよ、家族なんだから」

 

 エステルとアスカの言葉を聞いたヨシュアは、感無量と言った様子だった。顔を伏せたまま体を震わせ、呟くような声でそばにいたシンジに尋ねる。

 

「こんな時、どんな顔をしていいのかわからないんだ」

「笑えばいいと思うよ」

 

 シンジの言葉を聞いたヨシュアは、ハッと気が付いた表情になって皆に向かってとびっきりの笑顔になった。その晴れやかなヨシュアの表情を見たパーゼル農園の皆は、久しぶりの安眠を貪るのだった。



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第八話 可憐な少女?ジョゼット登場!

 

 パーゼル農園で一夜を過ごした四人は、ティオ達に見送られて朝のミルヒ街道を通りロレントの街へ戻った。たった一夜の出来事だったが、四人の絆は大いに深まったようだ。英気を養った四人は遊撃士協会で次の依頼を受けようと張り切っていた。

 

「その前に、メルダース工房に寄ってみない? 魔獣もたくさん倒してセプチウムも溜まった事だしさ」

 

 アスカの提案により、四人はメルダース工房へと向かった。新しい依頼を受ける前に、戦術オーブメントの強化をする事にしたのだ。しかし、強化に必要な要求セプチウムは多く、シンジのスロットを解放して、駆動1のクオーツを装着するだけに留まった。これでシンジは少しだけ早く導力魔法を発動することが出来る。

 

「君達、ちょうどいい所に来てくれたよ。実は急ぎの仕事があってね」

 

 戦術オーブメントを改造したメルダース工房の若き技師、フライディはミルヒ街道にある導力灯の交換を四人に依頼した。四人は快くその依頼を引き受けた。もっと早く遊撃士協会に頼むつもりが、忘れてしまっていたのだと言う。

 フライディはエステルに交換用のオーブメント灯を渡して、交換すべき導力灯の場所を告げた。ミルヒ街道のロレント側から数えて6番目の導力灯。そして整備用のパネルを開くには、6桁の開場コードを打ち込む必要がある。そのコードは544818。

 

「ええっと、もう一回コードの番号を言ってくれる?」

「遊撃士手帳にメモすれば良いと思うよ」

「そ、そうね」

 

 シンジに指摘されたエステルは、遊撃士手帳に依頼内容を書き留めた。

 

 ◆街道灯の交換◆   進行中

 

 【依頼者】フライディ

 【報 酬】600 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 ★交換するのはミルヒ街道のロレント側から数えて6番目にある街道灯。

 ★整備パネルの開錠コードは544818。

 

「もう既に街道灯が故障してしまっている場合があるから、魔獣には気を付けてね」

「あたし達が護衛するから楽勝よ!」

 

 心配するフライディにエステルは自信満々にそう答えた。すでに修理する役目は他の三人に譲ってしまったようだ。オーブメント灯はセプチウムから造られている。魔獣除けの機能が壊れてしまえば、逆に魔獣を寄せ付ける事になってしまうのだ。そうなるとまたパーゼル農園からミルヒ街道を通ってロレントの街に野菜を配達するティオの両親達が危ない。四人は急いでミルヒ街道に舞い戻るのだった。

 

 

 

 

 ※ここから先には記憶力を試すクイズのために行間が離れます。自分も遊撃士になったつもりで挑戦してみてください。

 ミルヒ街道に出た四人は、街道の両脇に配備された街道灯を一つ一つ数えて行く。この街道の魔獣達はもう四人の敵ではない様だ。交換する街道灯は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆三択クイズ◆

 

 ロレントから数えて5番目

 ロレントから数えて6番目

 ロレントから数えて7番目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確か、ロレントから数えて6番目の街道灯だったはずだ。四人は早速オーブメント灯の交換に取り掛かろうとしたが、魔獣達が周囲から押し寄せて来るのが見えた。オーブメント灯は既に故障していたのだ。四人は魔獣を食い止めながらオーブメント灯の交換作業をしなければならなくなった。

 

「じゃあシンジ、オーブメントの交換は任せたわよ!」

「ええっ、ボクが!?」

 

 アスカに指名されたシンジは驚きの声を上げる。自分は機械の修理や数字の暗記などは得意ではない。てっきり戦術オーブメントの研究を個人的にしているアスカがやってくれるのだと思って気を抜いていたのだ。

 

「敵に囲まれた状況では、君が適任なんだよ」

 

 ヨシュアにそうまで言われては仕方がない。エステルとアスカは棒術で複数の魔獣と渡り合う事が出来るし、双剣を使うヨシュアは接近戦に長けている。この中では遠距離武器を装備するシンジが適任だった。

 

「捉えたっ!」

 

 ヨシュアは直線状に敵を薙ぎ払う戦技、絶影を使って三匹の魔獣を一度に倒した。この技は敵の動きを鈍らせる効果もある。包囲戦においては有益なものだった。別の方面で戦っているエステルとアスカも旋風輪の戦技を使い、自分を中心に周りの魔獣を薙ぎ払った。

 

「シンジ、そっちの調子はどう?」

「これから開錠コードを入力するところ!」

 

 アスカに尋ねられたシンジは大きな声で叫んだ。シンジは必死に開錠コードを思い出そうとする。アスカ任せで、自分の遊撃士手帳に番号を書いていなかったのは痛恨の極みだった。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 開錠コードの番号は?

 

 545818

 554818

 544818

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「5・4・4・8・1・8だ!」

 

 シンジが番号を入力すると、街道灯のカバーが開いた。そしてオーブメント灯を交換すると、押し寄せて来た魔獣は波が引くように去って行った。魔獣除けのオーブメント灯の効果が表れたようだ。

 

「シンジ、お疲れ!」

 

 エステルに声を掛けられたシンジは笑顔で応えた。番号を間違えていたらまたアスカにバカシンジと罵られるところだった。最近はバカシンジと呼ばれる回数は以前よりもかなり減ったが、失敗した時のアスカのツッコミは辛辣だった。

 

「あっけなく終わったわね」

 

 アスカは退屈そうに伸びをして魔獣が去った方角を見やった。手際よくオーブメント灯を交換したシンジを褒めるのが筋なのだろうが、アスカはまだシンジを甘やかすまでには行かないようだ。

 

「おや、君達は息子を助けてくれた遊撃士じゃないか」

 

 オーブメント灯の修理を終えた四人が街に戻ろうとした時、兵士の一団とすれ違った。その先頭を歩いていた隊長が四人に気が付いて声を掛けた。その隊長は翡翠の塔で助けた子供達の一人であるルックの父親、アストンだった。

 アストン隊長は四人がルックを助けたお礼を改めて述べた後、遊撃士として関所の兵士の戦闘訓練に参加してくれないかと依頼をして来た。勝敗は気にせず、ただ模擬戦闘の相手をしてくれれば良いと言う話だったが……。

 

「もちろん、やるからには負けないわよ!」

 

 アスカは勝つ気満々の様だった。確かにアスカは負けん気が強い。付き合わされるシンジはたまったものではないが、アスカのその姿勢は見習うべきだと思った。

 

 ◆兵士訓練◆

 

 【依頼者】アストン隊長

 【報 酬】500 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 依頼を引き受けた四人と守備隊の模擬戦闘は街道から少し外れた開けた場所で行われた。魔獣との戦いの後の連戦となったが、弱音を吐くわけにはいかない。四人と向かい合う守備隊の兵士達は、相手が新米の見習い遊撃士だと知ると態度が大きくなった。四人の事を見くびっているのだろう。

 

「全員、構え! ……始め!」

 

 アストン隊長の合図と共に模擬戦闘が始まった。兵士達はライフルに銃剣を装備していた。銃剣は弾を発砲するだけでなく、銃身を使った槍の様な攻撃も出来る武器で、兵士達は一斉にペイント弾を放ち、四人の視力を潰す戦法に出た。

 四人は腕で目を守るようにガードし、ペイント弾の嵐をしのいだ。銃の欠点は連射が出来ない事である。エステルとアスカの突撃に兵士達は銃剣で立ち向かおうとするが、繰り出される棒術の多段攻撃を兵士達は受け止めるのに精一杯だった。それを助けて二対一に持ち込もうとする兵士達にはシンジの導力銃の攻撃とヨシュアの双剣

が襲い掛かった。

 四人対四人の闘いの均衡が破ったのはエステルだった。彼女の力一杯振り回した棒が兵士の銃剣を弾き飛ばしたのだ。

 

「全く何て力だ、君みたいな野生児にはとても敵わないよ」

「野生児ですって~!?」

 

 エステルに力負けした兵士がそう言うと、エステルは顔を真っ赤にして怒った。確かに11歳にして街の外まで虫取りに行ってしまうその行動は野生児と言われても仕方が無い。自分の目の前の兵士を打ち倒したエステルは他の兵士と剣戟を繰り広げるアスカに加勢し、模擬戦闘は数の上で有利になったエステル達の勝利で終わった。

 

「さすがカシウスさんの指導を受けただけの事はある。若いのにここまでやるとは大したものだ」

「フフン、ざっとこんなもんよ!」

 

 アストン隊長に褒められて、アスカは自信満々に胸を張った。手加減有りの模擬戦闘とは言え、兵士に勝てたのは四人にとって大きな自信になったようだ。アストン隊長と手を振って別れた四人は、今度こそロレントの街に戻るのだった。

 

 

 

 

 メルダース工房に戻った四人が依頼人のフライディにオーブメント灯が故障していた事を報告すると、危険な事に巻き込んでしまったお詫びとして《妨害2》のクオーツを貰った。このクオーツは導力魔法の詠唱を妨害する効果がある。アスカは嬉々として《妨害2》のクオーツを自分の戦術オーブメントにセットした。

 そして遊撃士協会でパーゼル農園での出来事をアイナに報告した四人は、BPが既定のポイントを超え、準遊撃士8級へ昇格した事を知らされた。魔獣を逃がした事については、ペナルティを課されなかった。依頼人であるパーゼル農園の家族の気持ちを尊重する事も正義の貫き方の一つであるとアイナは話した。

 

「一流の遊撃士になるとね、国家間の争いに巻き込まれることもあるのよ。その時要求されるのは状況判断能力と調停力ね。でも一番大切なのは、自分なりの正義を見つける事なの。正義はその人によって違うから、星の数ほどあるわ」

「はぁーっ、遊撃士って奥が深いのね」

 

 アイナの言葉を聞いたエステルは、感心した様子でため息を付いた。シンジは自分にとっての正義とは何だろうと考えてみた。今のところ自分達四人の正義は一致している様に思える。しかしシンジはヨシュアがカシウスと話していた夜の事を思い出した。いつか自分とヨシュアの正義が違える時が来るのかもしれない。そんな嫌な予感が頭を離れなかった。

 

「それじゃ、次の仕事を説明するわね」

「ドンと来なさい!」

 

 遊撃士ランクが上昇し、喜び満面のアスカは胸を叩いてアイナに答えた。

 

「今度も魔獣退治の依頼?」

 

 エステルは身体を動かす仕事が好きなようだ。しかし、アイナはエステルの言葉に首を横に振る。今回の依頼人はロレント市長、クラウス。物品輸送の依頼だと言う。

市長からの依頼という大任を受けてしまって良いのかと戸惑う四人だったが、アイナの話によると簡単な依頼だから問題は無いらしい。詳しくは市長本人から説明があると言われた四人は、掲示板に新しい依頼が張り出されていないか確認してから市長邸に向かう事にした。

 

 ◆クラウス市長の依頼◆

 

 【依頼者】ロレント市長・クラウス

 【報 酬】1,500 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 ★依頼の詳細については直接クラウス市長に聞く事。

 

 ◆キノコ狩り◆

 

 【依頼者】オーヴィット商会

 【報 酬】700 Mira

【制 限】8級以上

 

 ★ホタル茸と言う珍しいキノコを探しています。ホタル茸はセプチウムの豊富な土壌にしか生えないキノコで、この周辺ではマルガ山道にあると思われます。なるべく早くお願いします。

 

 遊撃士ランクが上がったため、受けられる依頼の数も増えたようだった。自分達よりもランクの高いシェラザードはもっと難しい依頼を受けているのだろう。彼女に追いつく日を夢見ながら、四人は遊撃士協会を後にするのだった。

 

 

 

 

 ロレント市長の家は、街の東、礼拝堂の先にあった。素朴な田舎町と言われるロレントの街を体現するかのように、市長クラウス邸は、ごく普通の木造二階建ての一軒家だった。広さを取ってみても、四人が暮らすブライト家とそう変わりはない。贅沢をせず、質素な生活で市民目線で市政を行うクラウス市長は温厚な性格の好々爺(優しくて気のいい老人)で、市民達からも親しまれていた。

 

「おお、よく来てくれたね」

「こんにちは、市長さん!」

 

 新米遊撃士の四人を自ら玄関で出迎えてくれたクラウス、エステルは元気に挨拶をする。カシウスが引き受けた依頼を断った事を詫びると、クラウス市長は別に気にしていない、と穏やかな笑顔で答えた。

 依頼の内容とは、ロレントの街の北方に位置するマルガ鉱山で採掘されたセプチウムの結晶を市長邸まで届けて欲しいとの事だった。マルガ鉱山では、翠耀石(エメスラス)の結晶が採掘されていたが、先日大きな結晶が掘り出されたらしい。宝石の運搬とは、魔獣退治とは別の意味で緊張する仕事だ。

 

「この紹介状を見せれば、鉱山の中へ入れるはずだ」

「任せといて!」

 

 市長から紹介状を受け取ったアスカは、胸を張って堂々と言い放った。紹介状が盗まれては一大事、シンジはアスカから紹介状を渡され、自分の鞄の中へしまい込んだ。

 

「皆さん、お昼はいかがですか?」

 

 市長と話していた四人は、市長婦人のミレーヌから声を掛けられた。パーゼル農園から野菜が届くようになったので、是非料理を振舞いたいのだと言う。最初は遠慮していたエステル達だったが、エステルのお腹の虫が盛大に音を立てると、大きな笑いが起こり、市長邸で昼食をご馳走になるのだった。

 

 

 

 

 お腹も満タンになり、マルガ山道へ歩みを進めた四人は、市長の依頼とは別に、遊撃士協会の掲示板に書かれていた依頼をこなす事にした。マルガ山道に自生しているホタル茸の捜索だ。たくさん採集すればそれだけ評価が上がるだろう……そんな浅はかな考えにとらわれたアスカは率先してホタル茸の在りそうな場所を探した。

 

「やった、収穫!」

 

 草むらに顔を突っ込んだエステルが大ぶりのホタル茸を掘り起こした。その嗅覚はまさに野生児、犬並みだった。ホタル茸はその名前の通り、淡いエメラルドグリーンの光を放っていた。

 

「まるでセプチウムみたいね」

 

 アスカが光り輝くホタル茸を見て、そんな感想を呟いた。そのアスカのつぶやきを聞いたシンジの脳裏に嫌な予感がよぎる。

 

「早くそれを袋にしまって!」

 

 シンジが声を上げた時は既に手遅れ、ホタル茸に引き付けられた魔獣達の群れが四人を襲うのだった。

 

「あのオーヴィット商会とか言う依頼者、ホタル茸が魔獣を呼び寄せるなんて一言も書いていなかったじゃないの!」

 

 一度寄って来た魔獣達は撃退したものの、ひょこひょこと散発的に現れる魔獣に手を焼かれる事態になって、アスカは怒りをあらわにした。もう街に引き返す時間的余裕は無い。半ば自棄になりながら四人はマルガ鉱山を目指すのだった。

 マルガ鉱山に到着した四人は入口で見張りをしていた鉱員に市長の紹介状を見せて鉱山の中へと入った。セプチウムの結晶を持つガートン鉱員長は地下に居るらしい。四人はトロッコとエレベーターを乗り継いで鉱山の地下へと入った。

 鉱山の地下は横穴が入り乱れ、迷路のようになっていた。四人は何度も行き止まりに当たりながらも、最深部に居るガートン鉱員長の所へたどり着いた。ガートン鉱員長は市長の紹介状を確かめると、自分の服の懐からセプチウムの結晶を取り出した。

 

「凄いわね、こんな大きなセプチウムの結晶、初めて見るわ」

 

 アスカはあんぐりと口を開けて感心した。そんなアスカの表情を見たガートン鉱員長は得意げにセプチウムの結晶を四人に突き出した。

 

「これだけ大きいと、宝石としての価値はかなりのものになる。間違い無く市長さんに届けてくれよ」

 

 セプチウムの結晶を手渡されたエステルもその輝きに見惚れていた。そしてシンジの鞄から特大のホタル茸を取り出し、両手に光る物を持ったエステルは嬉しそうに飛び回ってはしゃいだ。

 

「見て見て、妖精さんの双子が飛んでいるみたい!」

「エステル、嬉しいのは分かるけど、宝石を落として割ったりしたら大変だよ」

「ちぇっ、つれないの」

 

 エステルは口をとがらせてセプチウムの結晶とホタル茸をシンジに渡した。当のシンジはどうして重要な物を二つとも持たされるんだろう、ボクってそんな役回り?と少し納得のいかない顔をしていたが、陣形では真ん中で護られるように位置しているのだから仕方ない。

 四人がガートン鉱員長と話を終えた後、大きな揺れが鉱山全体を襲った。

 

「なに今の、地震?」

「いや、鉱山のどこかで崩落が起きたみたいだ。被害状況を確認しないとな」

 

 アスカの質問に、ガートン鉱員長は厳しい表情でそう答えた。周囲を警戒していたヨシュアが注意を促す声を上げる。カニのような姿をした魔獣の群れが迫って来たのだ。

 固い甲羅を持つ魔獣との戦闘は、苦戦を強いられた。そんな中で活躍を見せたのは《駆動1》のクオーツを装備したシンジの導力魔法だった。少し早めに詠唱できるシンジは他の三人が魔獣の攻撃を食い止めている間に、導力魔法で効果的なダメージを与えていた。

 

「鉱員長さん、鉱山に魔獣は出るんですか?」

「いいや、今までこんな奥に魔獣が出る事は無かった。……今の崩落で坑道が魔獣の巣と繋がったかもしれんな」

 

 ヨシュアの質問に、ガートン鉱員長は考え込んだ表情でそう答えた。自分達の居るところに魔獣が出現したと言う事は、他の鉱員も襲われている可能性がある。四人は遊撃士として、他の鉱員の救出を志願するのだった。

 

「こ、こっちに来るんじゃねえ、俺は筋が多いから食べても美味くないぞ!」

「俺は脂肪が多くてブヨブヨだから、食べたら身体に良くないよ!」

 

 怯える鉱員達の声が坑道の奥から聞こえる。四人とガートン鉱員長は急いでその声のする方に駆けつける。すると二人の鉱員が魔獣によって行き止まりに追い詰められていた。何とかギリギリ間に合ったようだ。

 

「た、助かった~!」

「あ、ありがとう~!」

「お前ら、俺達の側を離れるんじゃねえぞ」

 

 救出された鉱員二人はエステル達に感謝の言葉を述べてガストン鉱員長の側に付く。護る対象が三人に増えたエステル達は緊張感を増して坑道の捜索を続ける。

 

「おお、女神エイドスよ、俺達を救ってくれ」

「バカっ、神頼みしている暇があったら逃げるんだよ」

 

 声が響く方へ行くとまたもや二人の鉱員が行き止まりに追い詰められていた。魔獣の背後から躍り出たエステル達は、魔獣達が鉱員達を襲わないように挑発的に戦いを挑んでいた。連戦に次ぐ連戦で、頼みの綱のシンジのEPが尽きかけていた。時間経過でEPは自然回復するとは言え、短時間で回復するものではないのだ。

 

「よし、これで地下に居た鉱員は全員助け出したはずだ」

 

 ガートン鉱員長の言葉に頷いたエステル達は地上へ続くエレベーターの方へ向かおうとした。しかしそこへ別の鉱員の悲鳴が響き渡った!

 

「ひいい~っ、こんな事になるなんて聞いてないっすよ!」

「まだ鉱員が居たのか!?」

 

 驚くガートン鉱員長だったが、助けを求める声を放って置くわけにはいかない。エステル達はさらに多くの魔獣に囲まれた鉱員を救うために突撃した。腰を抜かしている鉱員の前で獅子奮迅の戦いを見せるエステル達。シンジのEPは空になったのでアスカ達も敵の攻撃を食らいながら導力魔法を唱えるしかなかった。

 

「おや、お前さんは昨日入った見習いじゃないか。どうしてこんな地下で掘っているんだ?」

 

 ガートン鉱員長は助けられた鉱員の顔を見ると不思議そうな顔で尋ねた。

 

「せ、先輩方の仕事を見ていて自分も頑張りたいなと思ったんですよ! じゃ、じゃあ俺はこれで……」

 

 そう言うと、その鉱員は脱兎のように逃げ出して行ってしまった。

 

「よっぽど怖かったのね」

「そうだね……」

 

 アスカの言葉に、シンジも同意した。もし魔獣の群れに襲われた時、自分は逃げずにアスカを守れるだろうか、とシンジは自分に問い掛け、そうなるためには強くならないといけないと思うのだった。

 地上へと戻ったエステル達は、鉱員達とお互いの無事を喜び合った。見習い鉱員の姿が見えない事をガートン鉱員長は不思議がったが、あれだけ怖い体験をしたのだから無理もない、と鉱員達も結論付けた。

 

「君達には余計な仕事までさせてしまったね」

「いえいえ、魔獣退治も遊撃士の仕事ですから!」

 

 ガートン鉱員長の言葉にエステルは元気良く答える。退屈な輸送の仕事が面白くなったとでも言うかのようなエステルに、アスカ達は深いため息を付くのだった。

 

「ところでシンジ、宝石は無事?」

「うん、皆が守ってくれたから、魔獣が近づいて来ることも無かったよ」

 

 アスカが尋ねると、シンジは笑顔で答えた。するとアスカはニヤリと笑いを浮かべた。

 

「それじゃあ帰り道も頑張りなさい」

「そんなぁ、誰か代わってよ」

 

 シンジの試練はまだまだ続く。街への帰り道でもシンジの持つホタル茸と翠耀石の結晶に魔獣が引き寄せられ、シンジは今までにないほど疲れた長い一日となるのだった。

 

 

 

 

 街に戻ったエステル達は遊撃士協会へと行き物騒なキノコ、ホタル茸をアイナに引き渡した。魔獣を寄せ付ける危険なものだと知っていたのかとアスカが尋ねると、アイナはそっぽを向いてとぼける仕草をした。どうやら一杯食わされたらしい。アイナの話によると、ホタル茸は珍味として重宝されているとか。報告してとりあえずBPは貰えたのでアスカ達は文句もそこそこに遊撃士協会を発ち、市長邸へと向かった。

 エステル達が市長の部屋へと入ると、先客が居た。ジェニス王立学園の制服を着た青み掛かったショートカットの少女だった。前に居た世界の”あの少女”を想起させるその風貌にアスカの表情がかすかに歪む。しかしその少女の瞳の色は自分達が持って来た翠耀石のような緑色だった。

 

「えっと、あたし達、お邪魔だったかな?」

「いや、そんな事はない、君達にも紹介しよう。ジェニス王立学園の生徒であるジョゼット君だ」

 

 エステルが遠慮がちにそう言うと、椅子に座って制服姿の少女と向き合っていたクラウス市長は笑顔で答えた。

 

「よろしくお願い致しますわ。お初にお目にかかります。ジョゼット・ハールと申します」

 

 そう言ってジョゼットは制服のスカートの端を持ち上げ、涼やかな笑顔で挨拶をする。

 

「あたしはエステル、よろしく、ジョゼットさん!」

 

 エステルは元気一杯の笑顔で答え、

 

「ヨシュアです、よろしく」

 

 ヨシュアは落ち着いた表情で、

 

「シンジです、よろしくお願いします」

 

 シンジは少し顔を赤らめて、

 

「アタシは、アスカよ」

 

 アスカは少し固い表情でジョゼットに答えた。

 

「この四人は若いながらも、遊撃士なのだよ」

 

 クラウス市長がそう言うと、ジョゼットは目を輝かせてシンジを見つめた。

 

「あの、いかなる権力にも屈しない、平和を愛する自由騎士様ですか!?」

 

 そして感極まった表情でシンジの両手を握る。驚いたシンジはその手を振り払う事も出来ずに固まってしまった。

 

「感激ですわ、わたくしと年も変わらないのに遊撃士をしておられるなんて!」

 

 アスカの視線に気が付いたジョゼットは照れたように顔を赤くしてシンジの手を離す。しかしアスカから見れば、魂胆が見え見えの演技だった。

 

「ああっ、ごめんなさい、わたくし失礼な事を!」

「別に、気にしてないよ」

 

 シンジも顔を赤くしてそう呟いた。遊撃士としてみっともない所を市長に見せる訳にもいかず、アスカはグッとこらえていた。

 

「ところでジョゼットさん、えっと、ジョゼットと呼んでいい?」

「ええ、構いませんわ」

 

 エステルの言葉に、ジョゼットは穏やかな笑顔で答えた。

 

「ジョゼットは何で市長さんの所に?」

 

 エステルの質問にジョゼットは自由研究でロレントの街の歴史を調べているのだと答えた。その調査の一環で市長に話を聞いていたのだと言う。

 

「そうだ、せっかくの機会だからジョゼット君に例の宝石を見せてあげなさい」

 

 クラウス市長にそう言われたシンジは、自分の鞄から翠耀石を取り出した。光を放つ宝石を見て、ジョゼットは目を輝かせた。

 

「まあ、何て素晴らしい宝石なんでしょう」

「うむ、ロレント市民全員の感謝の意を示すのに相応しい贈り物だ」

 

 宝石を見たクラウス市長は満面の笑みを湛えてそう言った。市長の話によると、この宝石は女王生誕祭でリベール王国のトップ、アリシア女王に贈るつもりなのだと言う。

 

「どうしよう、あたし達、女王陛下への贈り物を運んじゃったよ!」

「アンタはそんな大事な物を振り回していたけどね」

 

 アスカがエステルにツッコミを入れると、市長の部屋は笑いの渦に包まれた。宝石を受け取った市長は大事そうに金庫へとしまって安堵の息を吐き出した。

 

「では今日はこれで失礼致しますわ。大変貴重なものを見せてくださってありがとうございました」

 

 そう言ってジョゼットは可憐にお辞儀をして市長の部屋を出ようとする。そのタイミングに合わせてエステル達も市長の部屋を退出した。一緒に市長の部屋を出た五人は市長邸の前で話をした。ジョゼットの話によれば、彼女は明日の定期船でジェニス王立学園へ帰るらしい。

 

「あーあ、残念だったな。せっかくお友達になれると思ったのに」

 

 エステルはガッカリした表情でため息を吐き出した。

 

「それはわたくしも同じですわ。それでは御機嫌よう」

 

 ジョゼットは会釈をすると、街の方へと去って行った。エステルはジョゼットが去って行った方を眺めて感心したようにため息を付く。

 

「いやぁ、本当に良い子だったわね。育ちの良いお嬢様って感じだけど、それを鼻に掛けていないし……」

「アンタバカァ!? すっかり騙されちゃってさ」

 

 アスカはカンカンに怒った表情でエステルとシンジをにらみつけた。怒りの矛先はシンジに対しての方がより激しいようだ。

 

「やっぱりアンタは優等生タイプが好みなんだ。ファーストと楽しそうに話していたもんね」

「別に綾波とは関係ないだろう!」

 

 言い争いを始めてしまったアスカとシンジを、エステルとヨシュアはあきれた表情で見つめてため息をついた。



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第九話 アルバ教授と四輪の塔の謎と記念写真

 

 市長邸前でのアスカとシンジの不毛な言い争いが収まった後、エステル達は遊撃士協会に運搬依頼の達成の報告をしに行った。アイナはマルガ鉱山の鉱員達から感謝の声が届いていると話した。突発的な事件に対応するのも遊撃士として大切な事だとも言った。

 

「まあ、エステルの場合は勝手に首を突っ込むけどね」

「ちょっと、人の事をお節介みたいに言わないでよ!」

「お人好しで野次馬根性丸出し、直情的性格だからね」

 

 今度はエステルとヨシュアが言い争いを始めてしまい、アイナとアスカとシンジは苦笑した。言い争いが収まった後、アイナがカシウスの代理の最後の依頼について話し始める。

 《リベール通信》の記者の取材協力をする、それが依頼の内容だった。魔獣が居る危険な場所にも行くので、護衛として遊撃士の助けが必要なのだと言う。記者とカメラマンの二人組は《居酒屋アーベント》で待っているらしい。

 

 ◆記者たちの案内◆

 

 【依頼者】リベール通信社

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 

 

 

 居酒屋アーベントの前に到着したエステル達は、店の前でソワソワと探し物をしている婦人に気が付いた。店の床下をのぞき込んだり「アリルちゃ~ん!」と呼びかけている。

 

「もしかして、あのおばさん、迷子の子供を探しているのかも! 助けてあげなきゃ!」

「アンタねえ……」

 

 あきれた表情のアスカが止める間もなくエステルは婦人の元へ駆け寄って行った。ヨシュアの言う通り、野次馬根性丸出しで、お節介な性格だとシンジは思うのだった。

 

「えーっ、探しているのは子猫?」

「そんな事だと思ったわよ。店の床下を探していたみたいだし」

 

 その婦人、イーダの話を聞いたエステルは驚きの声を上げた。アスカはとっくにお見通しだったのか、あきれた顔でため息を付く。猫探しなど遊撃士のやる仕事じゃないとアスカは言ったが、乗り掛かった舟を降りる訳にも行かないと説得され、猫探しを正式な依頼として受ける事になった。

 

 ◆子猫の捜索◆

 

 【依頼者】イーダ

 【報 酬】500 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 ★昼寝をしている間に子猫が居なくなってしまったそうだ。

 

 リベール通信の記者たちとの待ち合わせもあるため、そんなに時間は掛けられない。時計台の近くで猫を見かけたが、あっさりと逃げられてしまった。遊撃士協会の前でまた見つけるが逃げられる。パーゼル農園の時のように導力銃で威嚇射撃と言うわけにもいかない。

 

「待ちなさい!」

 

 大声を上げて追いかけるアスカに怯えた子猫は礼拝堂に逃げ込んでしまった。しかし建物の中に逃げ込んだとあっては袋のネズミだ。勝ち誇った笑みを浮かべたアスカは礼拝堂の中へと踏み込んだ。

 アスカの姿を見た子猫は階段を駆け上がり、二階のテラスへと逃げ込んだ。ひっ捕まえてやろうとにじり寄るアスカをシンジが引き留めた。

 

「アスカ、無理に追い詰めちゃダメだよ。猫が飛び降りて怪我でもしたら大変だよ」

「アリル、おいで。……おばさんの所へ帰ろう?」

 

 アスカに代わって前に出たヨシュアが穏やかな笑顔で子猫に優しく呼びかけると、アリルは甘えた声を出し自分から近づいてヨシュアに抱きかかえられた。大人しくなった子猫を見て、エステル達はホッと息をもらした。

 

「おや、君達は遊撃士になったばかりのエステル君、ヨシュア君、アスカ君にシンジ君だね」

「日曜学校ではお世話になりました」

 

 シンジは声を掛けて来たこの礼拝堂の神父、デバイン教区長に頭を下げた。アスカとシンジがこの世界に来てから二年間、一般常識を身に着けられたのはデバイン教区長の授業によるところが大きい。カシウスに次ぐ命の恩人として差支えなかった。エステルは最前列の席で爆睡していたが。

 

「教区長も遊撃士協会に依頼を出されていましたね」

「ええ、そうですが、あなた達には危険すぎるかもしれません」

 

 ヨシュアの言葉にデバイン教区は心配する表情を見せた。

 

 ◆薬の材料採集◆

 

 【依頼者】デバイン教区長

 【報 酬】250 Mira

 【制 限】7級以上

 

 ★街の南にあるミストヴァルトに自生している花、『ベアズクロー』を探しています。

 

 

 

「今のボク達のランクじゃ受けられない依頼だね」

 

 ヨシュアが遊撃士手帳に書き留めていた依頼を見て、シンジはそう呟いた。しかしアスカは不敵な笑みを浮かべる。

 

「フフン、自分達で先にこなしてしまえばいいのよ。事後承諾ってヤツ?」

「ミストヴァルトは本当に危険な森です。無理をしてはいけませんよ」

 

 デバイン教区長は心の底から心配するような表情でアスカに告げた。ミストヴァルトは新米遊撃士の鬼門とも呼ばれる場所で、シェラザードさえも駆け出し遊撃士の頃は傷だらけになって帰って来たのだとデバイン教区長は忠告した。

 礼拝堂から出たエステル達は、子猫のアリルをイーダの元へと帰した。イーダはヨシュアに色っぽい視線を送ってヨシュアを困惑させたが、しばらくするとまたお昼寝をすると言って寝てしまった。付き合いきれない、と思った四人は、居酒屋アーベントの中へ入り、依頼主のリベール通信の記者とカメラマンに会う事にした。

 

 

 

 

 アーベントでは無精ひげを生やした男性が退屈そうな顔でチビチビと酒を飲んでいた。街では見かけない顔とその雰囲気に、エステル達はこの男性こそがリベール通信の記者だと確信した。

 

「あの、あなたがリベール通信の記者さん?」

「あん? どうしてわかったんだ?」

 

 エステルに声を掛けられた男性はけだるそうな表情で答えた。

 

「遊撃士協会から来ました!」

「待っていたぞ! それで、カシウス・ブライトはどこに居る?」

 

 元気良くエステルが挨拶をすると、無精ひげの男性はパッと表情を輝かせた。そして周囲をきょろきょろと見回す。

 

「カシウスさんは急な用事が出来て、ロレントを離れる事になったんです」

「くーっ、マジかよ! 噂の遊撃士に突撃取材をかまそうと思ったのに」

 

 シンジの言葉を聞いて無精ひげの男は悔しそうな顔をした。

 

「でもアタシ達が代わりを務めるから、安心しなさい!」

「はぁ? テメーらみたいなガキが遊撃士なのかよ」

 

 堂々と胸を張って宣言したアスカに、無精ひげの男はあきれた顔で、ため息を吐き出した。

 

「ガキじゃないわよ! このスタイルの良さを見なさい! 全く失礼なオジサンね!」

 

 怒ったアスカは服を引っ張って自分のボディラインを強調した。16歳になった自分はもう少女の域を脱しているはずだとアスカは自負していた。

 

「バカ野郎、オジサン呼ばわりするんじゃねえ、俺はまだ20代だ!」

 

 アスカと無精ひげの男との言い争いが始まり、シンジ達は頭を抱える。依頼人とケンカをするなんて遊撃士失格だ。もしかして、依頼を取り下げられてしまうかもしれない。

 

「別の遊撃士を手配するとなると、またお時間を頂く事になりますよ」

「ちくしょう、締め切りもあるし、仕方ない……お前達に任せるか」

 

 機転を利かせたヨシュアの提案に、無精ひげの男はため息を吐き出しながらそう呟いた。

 

「俺はナイアル・バーンズ、リベール通信の敏腕記者だ」

 

 そう言ってナイアルは親指を立てたが、無精ひげにボサボサの髪、ヨレヨレの服から出るだらしなさはとても敏腕記者には思えない。しかし依頼人である事には変わりが無いので心の中でそう思っていてもなるべく表に出さないようにする。

 依頼の内容は、翡翠の塔の屋上で写真を撮影すると言うものだった。翡翠の塔なら何度も足を運んでいる。油断さえしなければ達成できる依頼だった。

 

「そう言えば、もう一人カメラマンの方が同行するって聞きましたけど……」

 

 ヨシュアの指摘通り、居酒屋にはナイアルの姿しか無く、カメラを持っている様にも見えなかった。ナイアルは面倒臭そうに頭をかいた。どうやら待っていたのは遊撃士だけでは無かったようだ。

 

「アイツ、カメラの修理にこの街のオーブメント工房に行っているはずだが……どれだけ時間が掛かってるんだ?」

「それなら、迎えに行った方が早いんじゃない?」

 

 アスカの提案に、ナイアルは席から立ち上がって賛成の意を示した。五人はメルダース工房でカメラマンと合流してから翡翠の塔へ向かう事にした。

 

 

 

 

「お願いします、カメラを返してください、お願いします! 命より大切な物なんですぅ!」

 

 エステル達がメルダース工房に入ると、涙声で懇願する女性の声が聞こえて来た。

ピンク色の髪を黄色いリボンで結わいた眼鏡をかけた女性は、成人女性ではあるがその振る舞いは幼い少女のように見えた。

 

「あ、ナイアル先輩、助けてください~」

 

 メルダース工房の中にナイアルが入って来た事に気が付くと、そのピンク髪の女性はナイアルに泣きついた。困った表情のメルダース工房の技師フライディは泣きたいのはこっちだとエステル達に訴えていた。フライディの話によると、カメラの修理を頼まれて修理した後、修理代を請求したのだが、ピンク髪の女性は修理代を払うだけのお金を持っていなかった。結局、ナイアルがカメラの修理代を立て替えて支払う事になった。

 

「わたし、ドロシー・ハイアット。《リベール通信》に入ったばかりの新米カメラマンなの」

「へえ、あたし達も新米遊撃士なのよ!」

 

 ドロシーが元気な笑顔で自己紹介をすると、エステルも嬉しそうな顔であいさつを返した。能天気な二人がそろってしまったと、ナイアルとアスカ達はため息を付いた。

 

「それじゃあ、翡翠の塔に向かって出発、おー!」

「おー!」

 

 早速気が合ったエステルとドロシーは肩を組んで街を歩いていた。アスカはドロシーがぶら提げている導力カメラに興味を示していた。趣味の時間はオーブメント研究に費やしていたアスカは、オーブメント技師の道も歩み始めていた。

 

「ふ、ふーん、このポチ君が気になるんですか?」

 

 ドロシーは自慢げに導力カメラをアスカに見せつけた。どうやらドロシーはカメラに名前を付けているようだ。カメラの修理代が高額だった事を考えると、最先端の技術が使われたカメラだろうとアスカは思った。どうして新米カメラマンのドロシーがそんな高価なカメラを持っているのか。

 

「こいつはとぼけているように見えて、すげえ写真を撮るんだ。だから編集長も一目置いてな。でもしょっちゅうカメラを壊しやがるから修理代がな……」

「ふうん……」

 

 ナイアルがぼやくと、アスカは感心したように呟いた。まあ、鉱山で鉱員達を守りながら戦ったアタシ達なら二人の護衛の依頼なんて楽勝よね、とアスカは思っていたのだが……。

 

 

 

 

通い慣れたマルガ山道の魔獣相手の戦闘は楽勝かと思われたが、意外にエステル達は苦戦する事になった。その原因はドロシーである。ドロシーは魔獣の迫力ある写真を撮りたいがために、エステル達の護衛をくぐり抜けて魔獣に近寄ってしまうのだ。

 

「可愛い表情ですねー、はい、チーズ!」

 

 強力なフラッシュが炊かれて魔獣の目を眩ませる。しかし別方向から魔獣がドロシーに近づくので油断はできない。ドロシーを守るために魔獣との間に割って入るとドロシーがまた前に出てしまうと言う悪循環になっていた。

 なんとかエステル達はマルガ山道を進み、翡翠の塔の入口までたどり着いた。

 

「ほえー、高い塔ですね」

 

 ドロシーが感心したように声を出した。アスカとシンジはこの程度の高さのビルに慣れているが、リベール王国の人達にとってはこのぐらいの高さでも凄いものなのかと思った。

 

「この翡翠の塔はリベール王国が出来るかなり前、古代ゼムリア文明の時代に作られたものらしい。他のボース、ルーアン、ツァイスにも似たような塔があってな、俺達はその歴史を伝えるための取材をするのさ」

「ふうん、そんな地道な記事も書いているんだ」

 

 真剣な眼差しになったナイアルの言葉を聞いて、アスカはそんな事を呟いた。居酒屋で見た時はゴシップ記事を書いていそうな三流記者だったが、あのリベール通信の記事を本当に書いているのかもしれないとアスカは思い始めた。

 

「よーし、じゃあまず塔をローアングルから撮ってみろ」

 

 ナイアルに指示をされたドロシーは笑顔で返事を返した。エステル達はドロシーがどのように建物の写真を撮るのか興味深々だった。まさか魔獣と同じようには行くまいと思っていた。

 カメラを構えたドロシーからは気迫のようなものが感じられた。引き締まった顔でカメラのファインダー越しに被写体を見つめている。見守るアスカ達もその緊張感に唾を飲み込んだ。

 

「ZZZ……」

 

 立ったまま寝息を立て始めたドロシーに、エステル達はズッコケた。怒ったナイアルがドロシーを叩き起こした。どうやらドロシーはエステル達の前で格好をつけていたようだった。

 

「おおーっ、良い顔してますね。セクシーですね、とってもキュートです!」

 

 まるでモデルを撮影するかのようなドロシーの振る舞いに、エステル達はポカンと口を開けた。ナイアルによれば、ドロシーには景色の“表情”が見えるらしい。写真を撮る事に関しては天才だとナイアルは呟いた。

 塔の外観を撮ったエステル達は塔の中へと入る。倒しても倒しても、どこから魔獣が湧いてくるのか。先日もこの塔の魔獣を蹴散らしたばかりなのに、塔の中は魔獣がそこかしこに出現していた。

 塔の4階でアスカ達は立派な宝箱を発見した。2年前にアスカとシンジが塔の屋上からカシウスと一緒に脱出した時は、塔の内部を詳しく探検する余裕は無かったし、先日ルックとパットを助けたのは塔の2階だった。アスカ達は喜んで宝箱を開けたが、魔獣を召還する《アラーム》の罠が仕掛けられていた。

 出現した三体の魔獣は、風の導力魔法・エアストライクを詠唱する強敵だった。強風で煽られたアスカのスカートがめくれ上がり、「見たわね、シンジ!」「アスカの縞パンなんか洗濯の度に見て……ぐほっ」的なやり取りでシンジが余計にダメージを受けたりした。

 そんなこんなで珍道中を繰り広げながらも、エステル達は何とか翡翠の塔の屋上までたどり着いた。久しぶりに見る青空に、エステル達の心も開放的になる。

 

「うーん、光が眩しい!」

「ジメジメした空気からやっと解放されたわね」

 

 エステルとアスカはそう言って伸びをした。ドロシーとナイアルの二人も眺望の素晴らしさに感動の声を上げた。ナイアルの目的は塔の頂上からの景色もあるが、主な目的は塔の頂上にある巨大なオーブメント仕掛けの装置のようだ。ナイアルの資料によると、古代ゼムリア時代の遺物らしい。使用目的は不明らしいが、アスカとシンジは自分達がこの世界に《召喚》された事と関係があると思った。

 誰もが古代の装置の荘厳さに心を奪われている中、ヨシュアだけは警戒を強めた表情で、屋上を探っていた。不思議そうに首を捻るエステル達の前で、ヨシュアは大きな声で呼びかけた。

 

「隠れてないで、出て来てください。素直に出て来た方が身のためですよ!」

「す、すみません、今出て行きますから!」

 

 屋上の物陰から姿を現したのは、青い髪の金縁の眼鏡をかけた男性だった。服装こそ質素なものだが、金縁の眼鏡と落ち着いた服装は清貧なものを感じさせる。

 

「持っているお金は全て出しますから、命だけはお助け下さい!」

 

 怯えてペコペコと頭を下げる男性に、アスカはあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「ちょっとオジサン、こんなカワイイ顔の盗賊が居ると思う?」

 

 そう言ってアスカは身に着けている準遊撃士の紋章を指差した。その紋章を見た男性は、安心したように息を吐き出した。こんな所で何をしているのか問い質された男性は、考古学者のアルバと名乗った。アルバ教授は古代文明の研究をするため、この塔の屋上の装置を調べに来たのだと釈明した。

 たった一人で翡翠の塔を抜けて屋上まで行くとはただ者ではないと驚くエステル達だったが、アルバ教授は魔獣から逃げる事には自信があると涼しい顔で話した。

 

「考古学者の先生なら、この塔の事については詳しいのかい?」

 

 ナイアルがアルバ教授にそう尋ねると、人並み以上には、と前置きして、《セプト=テリオン》と言う古代人が女神エイドスから授かった、『七つの至宝』について話し始めた。

 古代人はその至宝を使い、時空を支配する力を手に入れたのだと言う。さらに、生命の神秘を解き明かし、人間の遺伝子操作まで行うほどだったが、およそ1200年前、謎の災厄によって古代文明が滅びた時、《セプト=テリオン》も失われたらしい。

 

「それで、それがこの塔と何の関係があるって言うの?」

 

 自分達が召喚された謎の正体に迫れるかもしれないと、アスカは前のめりにアルバ教授に尋ねた。アルバ教授は《セプト=テリオン》の一つがリベール王国にあると言う伝承を話した。その至宝の名前は『輝く輪』(オーリオール)。その伝承が真実ならば、この塔にも手がかりがあると考えたアルバ教授は調査に来たのだと話した。しかし、調査の結果は結局分からずじまいとの事だった。

 

「面白い話だったが、結局証拠の無い夢物語って事か」

 

 ナイアルは落胆を隠さずに大きなため息を付いた。記事にするには材料が不足しているらしい。案外真面目に記事を書いているのだと、アスカは心の中で感心した。しかしナイアルは装置の謎が解けない事も想定していて、ドロシーに屋上からの写真を撮るように指示した。全てドロシーの感性に任せるらしい。

 ナイアルの指示を聞いたドロシーは元気な笑顔になって塔の屋上のそこらじゅうを駆けまわり、写真を撮っていた。ドロシーが写真を撮っている間、エステル達は休憩する事にした。

 

「ほら、良い眺めよ」

「ボクは遠慮しておくよ」

「そう言えばアンタ、高所恐怖症の気があったっけ」

 

 アスカは塔の屋上からの景色を楽しんでいたが、シンジは屋上の端には寄らず、真ん中から動こうとしなかった。エステルとヨシュアは並んで屋上から下を見下ろしていたが、エステルはヨシュアが青い顔をしている事に気が付いた。

 

「あれ、ヨシュアも高所恐怖症だったっけ?」

「いや、そうじゃないけど……屋上に出てから、ちょっと気分が悪くなってね」

 

 笑顔を作って答えるヨシュアに、エステルは自分のおでこを突き出して、ヨシュアのおでこに当てた。その突飛な行動に、ヨシュアは辺りに響く驚きの声を上げた。

 

「ちょっと、エステル!?」

「うん、熱が少しあるかもしれないわね」

 

 くっ付けていたおでこを離したエステルはそう呟く。ヨシュアの熱が上がったのはエステル、お前のせいだよ、とアスカを始め塔の屋上に居た全員が心の中でツッコミを入れた。

 自分は休んでいるから、他の所を見て回って良いよと言われたエステル達はヨシュアから離れる事にした。アルバ教授がヨシュアの体調を気遣ってか、ヨシュアに声を掛けていた。

 屋上でタバコを吸っているナイアルからも王国の情勢について話を聞いた。ボース地方では空賊による強盗事件が多発しているらしい。王都の王国軍にも、《情報部》と言う新しい独立部隊を作る話が持ち上がっているらしい。

 再び装置を調べ始めたアルバ教授によると、この翡翠の塔以外にもリベール王国には三つの塔が存在しているらしい。ボース地方の《琥珀の塔》、ルーアン地方の《紺碧の塔》、ツァイス地方の《紅蓮の塔》と合せて《四輪の塔》と呼ばれている。この翡翠の塔以外にも、光の柱が降りて来た現象が見られたそうだ。となると、アスカとシンジ以外にこの世界に召喚された者が居る可能性は高くなった。しかしそれ以上の詳しい話はアルバ教授にも分からなかった。

 

「そうだ、みんな、写真を撮らない?」

 

 思い付いたようにドロシーがそう提案した。リベール通信の表紙を飾っちゃうかもよ、とドロシーが言うと、エステル達は恥ずかしいと渋ったが、私的な写真で記事には使わない、後で写真を送ると説得すると、エステルとアスカが前でかがみ、その後ろにヨシュアとシンジが立ち、両端にアルバ教授とナイアルが映る集合写真が撮影されたのだった。

 

 

 

 

「いやぁ、本当に助かりました」

 

 ロレントの街に戻ったアルバ教授はエステル達に礼を述べた。最初から遊撃士を雇えば良いのに、とアスカが言うと、アルバ教授は財布と相談してみる、と笑ってごまかして去って行った。ナイアルは原稿をまとめるため、ドロシーは撮った写真を現像するためにエステル達と別れた。

 

「父さんからの代理の依頼もこれで終わりね」

「色々勉強になった気がするよ」

 

 エステルがホッと漏らした呟きに、シンジも同調した。エステルは塔の屋上で体調を崩したヨシュアの事を気遣ったが、すっかりヨシュアは調子が良くなったと言うのでそのまま遊撃士協会へと行く事にした。

 

「あら、四人とも」

 

 遊撃士協会に戻ったエステル達はシェラザードと顔を合わせた。シェラザードもカシウスの代理で受けた依頼を全て終えたところだと言う。エステル達も依頼を終えた事を話すと、シェラザードはしごいた甲斐があったと笑みを浮かべた。

 

「でもこの程度で満足しちゃダメよ。もっともっと、頑張りなさい」

「もちろん、大陸一の遊撃士になってやるんだから!」

 

 シェラザードの言葉に、アスカは胸を張ってそう答えた。アスカに妥協と言う言葉は似合わない、とシンジは思った。それにはエステルとヨシュアも同意するだろう。アイナはカシウス宛ての依頼が早く解決したことに感謝の意をシェラザードとエステル達に伝えた。

 

「これでしばらくはのんびり出来るんじゃないかしら」

「うーん、それはそれで退屈しそうね」

 

 アイナの言葉に、エステルは面白く無さそうな顔でぼやいた。しかし魔獣退治や街の人々のお悩み解決など遊撃士がする事はいくらでもある。

 

「よぉーし、今夜は思いっきり飲むわよっ!」

 

 依頼が一区切りついたシェラザードは満面の笑みでそう言い放った。そしてエステル達も付き合うように誘って来た。酔っぱらったシェラザードの相手をするのは嫌だとエステル達は渋い顔になる。シェラザードの酒癖の悪さはロレントでも有名だ。騒いで踊って、挙句の果てには脱ごうとする。アスカはシンジの教育に良くないと激怒していた。アイナもそのシェラザードの行動にはあきれていた。

 

「何だったら、シンジとヨシュアには大人の恋愛講座をしてあげてもいいのよ」

「こらっ、シンジ! 何をデレデレしているのよ!」

 

 シェラザードに顔を迫られてドギマギするシンジの背中を、アスカは思い切り引っぱたいた。そんな雰囲気を吹き飛ばす緊迫した声が、遊撃士協会へと飛び込んで来た。

 

「た、大変だあ!」

 

 声の主はクラウス市長だった。よっぽど慌てて来たらしく、肩で激しく息をしている。エステル達にシェラザードまでそろっている所を見ると、クラウス市長は渡りに船とばかりに声を掛ける。

 

「家が留守の時に、私が強盗に入ったらしいのだ!」

 

 クラウス市長の告白とも言える発言に、遊撃士協会の空気は凍り付くのだった。




丁寧に原作をなぞっていますが、どうでしょうか。
次回かその次辺りででロレント地方編は終了となります。
キャラクターの魅力は伝わりましたでしょうか。
個人的にはエステルとヨシュアのペアだから物語が成立するのであって、アスカとシンジが入り込む隙が無いんじゃないかなとすごく悩んでおります。
でもドラクエは4人パーティだし、無理って事はないと思うのですが……。
空の軌跡の脇役キャラクター達に魅力を感じてくださる方がいるのなら、しんどくても今のペースで行こうと思います。でも正直どうなんだかわからないので、ご感想お待ちしております。


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第十話 さらばロレント! ~消息を絶ったカシウス~

※空の軌跡 evolution FC版をプレイしながらやっているのですが、ミストヴァルトの攻略が難しすぎて投稿が遅れました……。毒ダメージがきついので対策してから攻略をお勧めします。


 

 落ち着いたクラウス市長の話によると、自分が家を留守にしている間に強盗がは居たらしい。家に居たミレーヌ婦人とメイドのリタは屋根裏部屋に閉じ込められただけで怪我は無いらしい。

 その話を聞いたエステル達はホッと胸をなでおろした。人的被害が無かったのは不幸中の幸いだった。しかしこのまま遊撃士協会で話していても仕方が無い。シェラザードとエステル達は他の仕事をロレント支部に所属する他の遊撃士に任せて市長邸へと向かうのだった。

 

「うわー、メチャクチャじゃない」

 

 市長の部屋を見たアスカは感心したように呟いた。本棚から出された本が散乱し、ツボは倒され、箱はこじ開けられ、書類が床に散乱している。そして目を引くのが開けられて中身が空っぽになった金庫だった。

 

「女王陛下に贈るはずだった宝石も盗まれてしまったよ。折角君達が運んでくれたのに申し訳ない」

 

 クラウス市長は落胆を隠せない表情でそう呟いた。エステル達は悪いのは強盗犯なのだから市長が謝る必要は無いと言った。他の部屋の様子を聞くと、他の部屋はほとんど荒らされてはいないらしい。話を聞いたシェラザードは考え込むような仕草をした後、捜査の分担を提案した。

その内容はシェラザードが市長の事情聴取を行い、エステル達が市長邸の現場検証をすると言うものだった。「慎重に、そして確実にね」と言い残して、シェラザードは市長と話すために部屋を出て行った。

 

※エステル達はこれから事件の調査を行います。後でシェラザードからクイズ形式で質問をされるので、遊撃士になったつもりで挑戦してみてください。

 

 

 

 

 まず四人は荒らされた市長の部屋から調べ始める事にした。真っ先に調べたのは宝石の入った金庫。よく見ると扉を壊して開けたわけではなさそうだった。犯人は何らかの方法で暗証番号を知って入力したらしい。

 

「蓄光パウダーを使ったんじゃない?」

 

 アスカは前の世界に居た時、同級生の女子と蓄光パウダーを使ったアクセサリを作った事があった。蓄光パウダーを暗証番号を押すボタンにまぶして置いて、市長にボタンを押させる。その後、部屋を暗くして市長の指によってパウダーがはがれたボタンを調べれば暗証番号が判ると言う算段だ。

 問題は、誰がそのパウダーをこの金庫の扉にまぶしたのかと言う事だ。市長の家の住民ではない事を考えると、犯人は絞られてくる。部屋を掃除するメイドのリタにいつ金庫の扉を掃除したか聞く必要もある。

 本棚に並べられていた市長の愛読書や書類は床に散乱していた。しかし、引き出しの中に入っていた行政関係の書類には手が付けられていなかった。そして本棚には価値のある貴重な本も残されていた。

 部屋にあった小物入れは、錠前が焼き切られていた。これは多分、導力銃を使ったのだとシンジは推察を述べた。すると犯人の一味には導力銃の使い手が混じっている事になる。

 部屋の中を調べ終わったエステル達は市長の部屋の前にあるテラスを調べる事にした。市長の部屋は2階にあり、地上から侵入するには何か道具必要だ。エステルはテラスの手すりに傷がある事に気が付いた。しかも新しい傷だ。ハシゴか、あるいはロープのフックか、金属製のものを引っ掛けた跡のようだった。

 ミレーヌ婦人の話によると、玄関には鍵が掛けられていて、開けられた形跡はなかったらしい。犯人が玄関から入ったという線は消えた。メイドのリタからは強盗犯達は覆面を被っていて顔は見えなかったが、そのうちの一人は背の低い女性ではないかと言う話が聞けた。

 最後にエステル達は屋根裏部屋を調べた。屋根裏部屋にはセルべの葉が落ちていた。セルべの木はロレントの街周辺に生えているものではない。犯人達の落として行ったものに間違いはなさそうだ。

 最後に玄関の鍵が壊されていない事を確認し、エステル達は1階の応接間で市長と話しているシェラザードの所へと向かった。全ての手掛かりがそろったと判断したシェラザードは、エステル達に事件に関する質問をした。

 

 

 

 

※ここから事件に関する三択クイズになります。正解すれば遊撃士としての評価が上がるので挑戦してみてください。

 

 ◆市長邸の強盗事件◆

 

 【依頼者】クラウス市長

 【報 酬】???? Mira

【制 限】緊急要請

 

 

 

 

 

 

 Q1.犯人の狙ったものは?

 

 【お金になりそうな品物】

 【金庫の中の宝石】

 【食料】

 

 

 

 Q2.犯人達の構成は?

 

 【男女二人組】

 【複数人の男性と女性のグループ】

 【女性による単独犯】

 

 

 

 Q3.犯人の侵入方法は?

 

 【玄関の鍵をこじ開けた】

 【2階のテラスから】

 【屋根から屋根裏部屋に侵入】

 

 

 

 Q4.今回の犯行の人物像は?

 

 【マルガ鉱山の関係者】

 【クラウス市長の身内】

 【最近訪ねてきた旅行者】

 

 ※解答は後書きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、良く調べたじゃない。これで犯人を特定できそうだわ」

 

 シェラザードの出した質問に全て正解を導き出したエステル達に、シェラザードは満足した様子だった。シェラザードは市長に、ここ数日の間に自分の部屋に旅行者を通したか尋ねた。市長はナイアルとドロシー、ジョゼットの名前を挙げた。

 ナイアルとドロシーは犯行時刻にはずっとエステル達と一緒に居たのでアリバイがある。となると残る犯人候補はジョゼットだけと言う事になる。

 

「でもあんな上品そうな子がお金のために盗みを働くなんて思えないよ」

「アンタバカァ!? 見かけは関係ないの、アリバイが無いなら疑うのが筋でしょう?」

 

 シンジがジョゼットを擁護すると、アスカはシンジを怒鳴りたてた。シェラザードもアスカの意見に同意する。犯罪者は見た目で判断できるとは限らない。ジェニス王立学園の制服も盗んだり、複製することも出来るとシェラザードは言った。

 

「でも、本物のお嬢様って感じだったし、人当たりの良い子だったと思うし、犯人なんてあり得ないと思うけど」

 

 エステルもシンジと同様の意見を述べてジョゼット犯人説を否定した。友達になりたい、とまで思った相手である。エステルはヨシュアに同意を求めたが、ヨシュアは首を横に振った。

 

「残念だけど、僕は逆意見だよ」

 

 ヨシュアはクラウス市長が宝石を金庫に入れた時、ジョゼットは狩人が獲物を見るような目をしていたと言った。だからジョゼットは普通の女学生には見えないとヨシュアは話した。エステルとシンジとクラウス市長はショックを受けたようだった。

 ジョゼットに話を聞く必要があると判断したシェラザードはジョゼットが居ると言う《ホテル・ロレント》にエステル達を伴って向かうのだった。ホテルのフロント係に聞くと、ジョゼットは既にチェックアウトして発着場へと向かったらしい。

 ロレント空港の発着場に着いたシェラザードは、飛行船の搭乗チケットを売っている青年、アランに声を掛ける。ジェニス王立学園の制服を着た女生徒を見かけなかったかと尋ねられたアランは、清楚で可憐な白のスカートと、紺のハイソックスのコントラスト、と女子の制服へのこだわり振りを語った後、ここ数ヵ月は見ていないと話した。

 アランは乗客のチェックをしているから、飛行場には来ていないと断言すると、シェラザードは困った表情になった。飛行船を使わずにロレントに来たとなると、捜索範囲が広がる事となる。ジョゼットに仲間が居るのならば、その仲間達の潜伏場所があるはずだ。

 

「そう言えばエステル、アンタ、変な葉っぱを拾っていたわね」

「コレの事?」

 

 アスカに言われてエステルは市長邸の屋根裏部屋で拾ったセルべの葉を取り出した。このセルべの葉に関してはアスカ達にも共通の思い出がある。エステルが虫取りから帰るとセルべの葉っぱを服に付けて帰って来たものだった。エステルの服を洗濯していたシンジ達は直ぐに思い付いた。

 

「強盗犯達のアジトがある場所は……!」

「ミストヴァルトの森!」

 

 アスカとシンジは顔を見合わせて叫んだ。ミストヴァルトはロレント地方の中でも危険な森とされる。シェラザードはこのままエステル達と同行する事に決めた。エステル達もシェラザードが居てくれれば心強い事この上ない。

 エステル達が発着場を出ると、ロレントの街中でナイアルとドロシーにすれ違った。二人は街道を歩いてでも今日中にボースの街へ行くのだと話した。大スクープが待っていると息巻いてミルヒ街道の方へ去って行った。

 

 

 

 

 ロレントの街の南口からブライト家への分かれ道を越えてシェラザード達はエリーズ街道を突き進む。その途中の橋に、大型の魔獣が陣取っているのが見えた。普段はミストヴァルトの森の奥に居る魔獣が街道の橋を塞いでいる理由は分からないが、倒さなければ先には進めない。

 

 ◆エリーズ街道の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】7級以上

 

 エリーズ街道に凶暴な魔獣【ライノサイダー】が出没中です。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治をお願いします。

 

 自分達より格上の手配魔獣だったが、先輩遊撃士のシェラザードも仲間に居る今、アスカは先陣を切って魔獣に戦いを挑むのだった。鎧の様に固い皮膚は、シンジの導力銃やシェラザードの鞭では効果的なダメージを与えられない。

 シェラザードの戦術オーブメントは風属性が強化されていて、エアストライクの上位魔法、スパークル、エアリアルが唱えられる。シェラザードのスパークルによって雷が落ち、麻痺させられた魔獣はアスカとエステルにそれほど手傷を負わせる事無く倒れるのだった。

 ミストヴァルトの森の入口に着いたシェラザードは、身に着けた追跡術のスキルにより、数人の集団が少し前に森の奥へと足を踏み入れた気配を感じ取った。逃亡犯の追跡も遊撃士に必要な技術よ、とシェラザードは語った。

 

「アスカ、エステル、森の中では静かにね」

 

 シェラザードに『アンタバカァ!?』と『あんですって~!』禁止令を出されたアスカとエステルは渋い顔をした。ミストヴァルトの森の中を飛び回る蜂のような姿をした魔獣は毒攻撃を仕掛けて来て、そして霧状の魔獣は臭い息を吹きかけて来て導力魔法の詠唱を解除してしまう。新米遊撃士の鬼門と呼ばれる所以がエステル達にも理解できた。ミストヴァルトの森を探索中にエステル達は運良く『ベアズクロー』を採取する事に成功する。

 そしてエステル達が森の奥へと進むと、森の中の開けた場所に数人の集団の気配がするのを感じ取れた。その集団の中にはあのジェニス王立学園の制服を着たジョゼットの姿も交じっていた!

 

「まったくチョロいもんだよね」

 

 お嬢様の演技をしていた時とはまるで違う、不敵な笑みを浮かべたジョゼットの手には市長の金庫から盗まれた宝石が握られていた。その様子をエステル達は茂みの中から見つめていた。

 

「それにしても、お嬢にはビックリだぜ。あんな演技が出来るなんてよ」

 

 強盗犯の一人が感心したように呟いた。他の強盗犯の一味もその言葉に同意した。

 

「騙される方がバカなのさ。あのお人好しの市長や、お坊ちゃん遊撃士といい……手を握ってやったら顔を赤くしちゃってさ、おめでたい奴ら!」

 

 ジョゼットがそう言って笑うと、強盗犯の一味の三人の男達も声を上げて笑う。

 

(あ、あんですって~っ!?)

(シンジをバカにしていいのはアタシだけよ!)

 

 エステルとアスカは心の中で怒りの声を上げていた。薄々騙されていた事に気が付いていても、ガッカリと落ち込んでしまうシンジ。普段からアスカがシンジの事を素直に褒めたりすればシンジもそのような事を気にせずに済むのに、とヨシュアはため息を付いた。それよりも、飛び出しそうなエステルとアスカを抑える事が先決だ。

 ヨシュアになだめられたアスカとエステルの二人は、隠れてさらに強盗団の話を聞く事にした。話によると、マルガ鉱山で逃げた見習い鉱員は強盗団の一味の一人だった。鉱山で宝石を奪うのに失敗したため、ジョゼットが市長邸に行く事になったらしい。

 

「それにしても、あの遊撃士連中はバカばかりだったな。特にあのツインテールのノーテンキ女! 『友達になりたい』だってさ! 笑いをこらえるのが大変だったよ!」

 

 ジョゼットが大笑いをすると、三人の男達も腹を抱えて大笑いをする。そしてついにエステルの我慢のリミッターが外れてしまった!

 

「そんなにおかしいの!?」

 

 茂みから飛び出したエステル達にジョゼットは驚いた表情になる。

 

「黙って聞いていれば好き放題言ってくれちゃって! 覚悟しなさい!」

 

 怒りの表情に満ちたエステルは棒を構えてそう言い放った。自分の純情を弄ばれたシンジも珍しく怒りの表情を浮かべて導力銃を構えている。

 

「詰めが甘かったようね、子猫ちゃん」

 

 シェラザードは余裕を持った大人の表情でジョゼット達に言葉を投げかけた。

 

「遊撃士協会規約に基づき、あなた達の身柄を拘束します。無駄な抵抗は止めた方が良いですよ」

 

 ヨシュアは至って落ち着いて冷静な表情でそう言い放った。強盗団の男三人は遊撃士と聞いて腰が引けてしまい、ジョゼットに助けを求めた。するとジョゼットは制服を脱ぎ捨てて、他の強盗団と同じくゴーグル帽子姿の飛空艇乗りに服装を変えて、導力銃を構えた。

 

「遊撃士と言っても、女とガキの集まりさ。ビビる事はないよ!」

「ガキですって!?」

 

 アスカにガキと言う言葉はNGワードである。これでアスカは一切ジョゼットに手加減をしないだろう。ジョゼットはアスカの地雷を踏んでしまったのだ。

 

「ボク達《カプア一家》の恐ろしさを骨の髄まで染み込ませるんだ!」

「おーっ!」

 

 ジョゼットの号令に勇気づけられた男三人はエステル達に向かって突撃を開始。ここに戦の火蓋が切って落とされた!

 ジョゼットは導力銃でエステル達を狙って来る。導力銃を持った相手と戦うのはこれが初めてだった。導力銃を止めるのは導力銃しかない。シンジは導力銃を持つジョゼットの腕に狙いを定めた。他の仲間の助けは期待できない、シンジにとって一番緊張する瞬間だった。

 そしてシンジの攻撃がジョゼットに命中し、ジョゼットが腕を抑えてうずくまると、エステル達は男達との戦いに専念した。集中攻撃をしようと固まった男達にはアスカとエステルの旋風輪、ヨシュアの絶影、そしてシェラザードの操る風系の強魔法、エアリアルの集中砲火が襲い掛かった。

 

「そ、そんなバカな……」

 

 四人全員膝を突く形になったジョゼットは、信じられないと言った表情で呟いた。そして得意げな表情になったエステルは、ジョゼットの懐から宝石を取り返す。この宝石のせいもあって、ジョゼットをボコボコにするわけにもいかず、相手をシンジに任せていたのだ。

 

「さて、ここからは事情聴取と参りましょうか」

 

 シェラザードは笑顔で鞭を構えてジョゼットに近づいて行く。それはジョゼット達にとって悪魔の笑顔とも言える顔だった。

 

「興味深い名前を言っていたわね、確か《カプア一家》とか」

「さあ、何のことだか」

 

 ジョゼットは知らないと、とぼけるとシェラザードはさらに嬉しそうな笑顔になって持っていた鞭を鳴らす。

 

「強情な子は、嫌いじゃないわよ」

 

 怒らせると、ミサトさんより数倍怖いとアスカとシンジは心の中で思った。シュッと音を立てた鞭がしなると、ジョゼットは跳んでなんとか鞭を交わした。絶対にシェラザードは楽しんでいる、とエステル達は思うのだった。

 しかしその時、空をつんざくような轟音が辺りに響き渡った。上空からの攻撃を、シェラザードはジョゼットから離れて跳んで交わす。そして小型の飛行艇がエステル達の目の前に着陸するのだった。

 

「アハハ! 形勢逆転だね!」

 

 元気を取り戻したジョゼットは三人の男達と一緒に飛行艇へ駆け寄る。飛行艇の運転席からはジョゼットと同じ水色の髪をした青年が顔を出した。おそらくジョゼットの兄だろう。

 

「キール兄! 待ってたよ! 早くボク達に加勢してよ!」

「いや、ここは退却する。ボースで面倒な事件が起きたんだ!」

 

 ジョゼットに呼びかけられたキールはそう言って、ジョゼット達に早く飛行艇に乗るように促した。悔しそうな顔をして、飛行艇の脚に飛び乗るジョゼット。そんなジョゼットに怒ったエステルが声を張り上げる。

 

「待ちなさい!」

「勝負はお預けだ、いずれ決着をつけてやるからね!」

 

 ジョゼット達を乗せた飛空艇は北の空の方へと飛び去って行ってしまった。地団駄を踏んで悔しがるエステルとアスカ。宝石を取り戻せたからそれで良いじゃないかとヨシュアはなだめていた。シンジは今夜の夕食はアスカの好きな献立にしようと決めた。それでアスカは機嫌を直してしまうのだ。

 

 

 

 

 宝石を市長に返したシェラザード達は、遊撃士協会でそのあらましを報告した。アイナはボースを根城にする空賊が絡んでいたとは大変な事件になったわね、と心配そうな表情になった。

 シェラザードは空賊を逃がしてしまったのは自分の修行不足、師であるカシウスの領域にはまだ及ばないと嘆いていた。エステル達も自分達に責任があると言ったが、シェラザードは市長邸の現場検証は完璧だったと褒めるのだった。

 

「アイナ……推薦状を書いてもいいんじゃないかしら」

「そうね、私もそう思います」

 

 シェラザードの言葉に、アイナも穏やかな笑顔で答えた。推薦状?聞きなれない言葉にエステル達は不思議そうな顔をした。その前に今回の事件の評価を……と言う事で、エステル達の遊撃士手帳に評価が書きこまれる。ボーナスBPも加算されて、エステル達は準遊撃士7級に昇格した。ハイタッチをして喜び合うエステルとアスカ。シンジとヨシュアも感慨深そうに遊撃士手帳を眺めていた。

 

「それと、これをあなた達に渡すわ。受け取ってね」

 

 そう言ってアイナはエステル達に正遊撃士の推薦状を渡した。今のエステル達は準遊撃士。見習いのようなものだ。正遊撃士になるにはリベール王国にある全ての地方の遊撃士協会の支部で推薦を受ける必要がある。エステル達が今アイナから受け取ったのはロレント支部の推薦状だ。

 

「アタシ達が貰っちゃっていいの?」

 

 いつも自信満々なアスカも戸惑っているようだった。正遊撃士になるにはそれなり実績を上げなければならない。ロレント支部に居る先輩遊撃士を差し置いてルーキーの自分達が推薦を貰うのはまだ先の話だと思っていた。

 カシウスの代理の依頼と、今回の事件解決の活躍で実績としては十分だとアイナは話す。ただし、ロレント地方での実績だとアイナは釘を刺した。他の地方支部でも実績を上げ、推薦を貰う必要がある。その支部はボース、ルーアン、ツァイス、グランセル。まだ初めの一歩だとシェラザードはニヤリと笑った。

 アスカとシンジは自分の価値を認めてもらった事に深い感慨を覚えていた。2年前まで居た世界ではエヴァンゲリオンに乗って使徒を倒すパイロットとしてでしか自分の価値を認めてもらえなかった。こうして身近な人々に自分自身を必要とされ、感謝されるのは嬉しいものだった。

 

「あら、何かしら?」

 

 カウンターの奥にある通信機の赤いランプが光り、呼び出し音が鳴るとアイナは受話器を取った。何かあったのかな、とエステル達はこの時は事の重大さに気が付いていなかった。

 

「もしもし、こちら遊撃士協会、リベール王国・ロレント支部です」

 

 アイナが落ち着いた声で通信機に話しかける。ご無沙汰しております、とアイナは通信機の相手に答えていた。しかし、通信を黙って聞いていたアイナの表情が厳しいものに変わる。そのただならぬ様子に、エステル達にも緊張が走った。通信を終わって受話器を置いたアイナはそのままの固い表情でエステル達に向き直る。

 

「アイナさん、何かあったの?」

「あんたがそんな顔をするなんて珍しいわね」

 

 エステルとシェラザードが不思議そうな顔をして尋ねた。アイナはそんな二人の言葉に答えず、真剣な表情で告げた。

 

「ボースのルグランさんからの連絡でね、定期飛行船《リンデ号》がボース地方で消息を絶ったの」

 

 定期飛行船《リンデ号》は先日カシウスが乗ってロレントから飛び立った飛行船だ。エステル達は驚いてアイナに詳細を尋ねるが、アイナは悲しそうな顔で首を横に振る。王国軍による大規模捜索が行われているらしい。そこまで話したアイナは言葉を詰まらせた。

 

「……そして、行方不明になった定期船にカシウスさんが乗っていたらしいの」

「……えっ?」

 

 アイナの言葉を聞いたアスカは驚きのあまり息を飲んだ。アイナの話によると、乗客名簿にカシウス・ブライト、45歳と名前が書かれていたのだと言う……。

 

 

 

 

「アスカ、今日の夕食はハンバーグだから」

「うん、美味しそうね、ありがと……先に食べてて」

 

 シンジはエステルの部屋のドア越しにアスカに声を掛けた。部屋の中ではエステルがアスカを慰めている。自分の実の父親の事にショックを受けているだろうに、エステルは強い子だな、とシンジは思った。

 自分以上にパニックに陥っている人間が側にいると、返って自分が落ち着いてしまうと言う心理を聞いた事がある。いまのエステルはその状態なのかもしれないとも考えた。

 遊撃士協会からブライト家に帰ったシンジとヨシュアは、夕食の準備を始めた。カシウスの失踪にショックを受けたアスカは支えられながら家へと帰り、エステルの部屋で休みを取る事になった。

 湯気が上る料理が並べられたダイニングキッチンのテーブル席に座ったシェラザードは、大好物のワインに手を付けずに真剣な表情でタロット占いをしていた。何度占いをしても『運命の輪』と言うカードが出て来る事に、難しい顔をしていた。

 

「アスカはどうしたの?」

「先に食べててくれって」

 

 食卓に一人で戻って来たシンジに、シェラザードはそう声を掛けた。シンジの言葉を聞いたシェラザードは、深いため息を吐き出した。14歳の頃に会ったアスカは、強がっていたが本当は親からの愛情に飢えた寂しがり屋の少女だとシェラザードは見抜いていた。アスカの実の父親は小さい頃に自分と母親を捨てて行ってしまった話も聞いていた。アスカにとってカシウスは父親のような存在になりつつあったのだろう。また父親を失う悲しみを味わいたくないと思うのは当然の事だった。

 

「シェラザードさんはアイナさんの話していた事件、どう思います?」 

 

 ヨシュアに尋ねられたシェラザードは腕組みをしながら考え込むような表情で答える。

 

「カシウス先生は一流の遊撃士よ。事件発生現場に先生がいるのなら、直ぐに解決されているはずだわ」

 

 あり得ない事が起きた、その事実はその場に居たシェラザードとヨシュア、シンジに重い沈黙になって圧し掛かって来た。そんな三人の元に、二階のエステルの部屋のドアが開き、アスカとエステルの二人がやって来た。

 

「ふーん、今日のハンバーグは一段と美味しそうじゃない」

 

 明るい表情でそう話すアスカに、シェラザード達はあっけにとられて驚いた顔になった。アスカの隣ではピースサインをする笑顔のエステルが立っている。

 

「ほらほら、アンタ達も冷めないうちに食べなさいよ!」

 

 席に座ってハンバーグに食らいつくアスカを見て、シンジはホッとした笑みをこぼした。シェラザードはワインに手を伸ばそうとしたが、ヨシュアに止められた。アスカとエステルが元気を取り戻して一安心だが、そこまで無礼講と言うわけではない。

 

「あたし達ね、ボースへ行ってみたいと思うの」

「もしかしてあなた達、先生の消息を確かめに行くつもり?」

 

 食事の途中でエステルがそう言うと、シェラザードはそう尋ねた。

 

「もちろんよ! あの髭親父は殺そうとしても死ななそうな化け物だけど……エステルの言う通り、遊び歩いているなら、お灸をすえてやらないとね!」

 

 アスカはボースのある方角を人差し指で指して、声を張り上げた。前向きなアスカとエステルの二人に、シンジとヨシュアは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

 

「ヨシュアも付き合ってくれるんでしょう?」

「うん、もちろんだよ」

 

 エステルが尋ねると、ヨシュアは快諾した。アスカはシンジに声を出して尋ねるまでも無い、とチラッとシンジに視線を送ると、シンジは嬉しそうな顔で頷いた。たまにシンジはアスカの奴隷なのかと誤解する人も居るが、シンジは自分の嫌な事は拒否する強さを持っているのだ。

 定期飛行船はボースで起きた事件で運航を停止している、となると街道を歩いて行くしかない。シェラザードは街道を急いで半日も歩けばボースに着くと話した。そして、シェラザードはエステル達と一緒にボースへと付いて行くと宣言した。

 

「先生に何かあったって聞いて、弟子のあたしが留守番なんてしてられないわよ」

「シェラさんは、タロット占いでボースで素敵な彼氏と出会う、って出たんじゃないですか?」

 

 シンジの辛辣なツッコミに、シェラザードはギクッとした。親しくなった相手には遠慮なくものを言うのも、シンジに隠された性格の一つだった。エステルとアスカは長期の旅行に備えてパジャマや道具一式をそろえると言ってエステルの部屋へと入って行った。シンジも夕食の片づけを終えてヨシュアの部屋に行こうとした時、シェラザードに呼び止められる。

 

「アスカはすっかり元気になったようね」

「はい」

「でもあの子は感情の浮き沈みが激しい所があるから」

 

 シンジにはシェラザードの心配が良く分かった。アスカは気が強いように見えるが、内面はもろいものだとシンジも気がついていた。

 

「大丈夫です、アスカは僕と……エステルと、ヨシュアで支えます」

 

 シンジは決意を秘めた力強い瞳でシェラザードにそう言い放つのだった。




※推理クイズの答え合わせ

 Q1.犯人の狙ったものは?

 【お金になりそうな品物】
〇【金庫の中の宝石】
 【食料】



 Q2.犯人達の構成は?

 【男女二人組】
〇【複数人の男性と女性のグループ】
 【女性による単独犯】



 Q3.犯人の侵入方法は?

 【玄関の鍵をこじ開けた】
〇【2階のテラスから】
 【屋根から屋根裏部屋に侵入】



 Q4.今回の犯行の人物像は?

 【マルガ鉱山の関係者】
 【クラウス市長の身内】
〇【最近訪ねてきた旅行者】


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空の軌跡FC・ボース地方編
第十一話 謎の演奏家、オリビエ登場!


 

 次の日の朝、ロレントの街の遊撃士協会に集まったエステル達はアイナにボースの街へと行きたい事を話すと、アイナは笑顔でエステル達の門出を祝福した。正遊撃士になるには他の支部の推薦状も貰わなければならない。いずれエステル達がロレントを旅立つ日が来るのは分かっていたとアイナは話した。

 シェラザードもエステル達に同行してボースへ行くと話すと、アイナはシェラザードが受けていた依頼の引継ぎの話があるからと言って引き留めた。そしてその間、2階の部屋で待っているようにシェラザードはエステルに告げた。

 

「シェラ姉、それなら時計台に寄って来て良いかな? 街に出る前に母さんにあいさつをしておきたいし」

「そうね、レナさんによろしく言っておいて」

 

 エステルの言葉に、シェラザードは優しげな眼差しで頷いた。エステルの母親と時計台に何の関係があるのか、話を聞いていないシンジとヨシュアには分からなかった。エステル達は遊撃士協会を出て、ロレントの街にある時計台へと向かった。

 《七耀暦1192年》百日戦役中、ロレント攻囲にてエレボニア帝国軍の砲撃により倒壊、と時計台の記念碑のプレートには書かれている。その5年後、ロレント市民の協力でこの時計台は元通りに再建したのだ。

 

「ねえみんな、時計台の上に登ってみない?」

 

 エステルがそう提案すると、アスカは驚いた。自分達がロレントの街で暮らすようになってから二年間、エステルは時計台に近づこうともしなかったからだ。

 

「エステル、アンタ平気なの?」

「うん、あたしは大丈夫だから」

 

 気遣うようなアスカにエステルは笑顔でそう答えた。時計台に上ったエステルは、ブライト家の屋根が見えるとはしゃいでいる。そんなエステルにヨシュアは疑問をぶつけた。

 

「ここには登りたがらないのに、どういう風の吹き回しかな? この場所はあまり好きじゃないみたいだけど」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルはゆっくりと深呼吸をしてから話した。この時計台は嫌いではないけど、気軽には登れない。自分が母親を死なせてしまった場所だからだと。2年前にエステルから話を聞いていたアスカはまた胸を締め付けられる思いだった。

 エステルはヨシュアとシンジに、アスカに話した事もある、10年前の百日戦役で帝国軍の砲撃による時計台の崩落にエステルが巻き込まれ、瓦礫からエステルをかばって助けた母親のレナが命を落とした経緯を話した。

 侵攻して来た帝国軍の姿を見て見たい、と言う興味本位の行動で、母親を死なせてしまった事を後悔していると言う気持ちもエステルは包み隠さずに話した。数年前に両親を失ったヨシュア、そして幼い頃に母親がこの世から消える場面を目撃してしまったシンジの胸にも迫る悲しみがあった。

 

「でもね、ここに来なかったのは辛い思い出があるからじゃないの」

 

 エステルの言葉を聞いた四人は驚いた顔になった。

 

「この場所に来ると、お母さんに甘えて頼っちゃいそうで……甘えてばかりじゃ、お母さんみたいに強くなれないような気がするんだ……」

 

 そのエステルの言葉を聞いて、アスカ達は自分もエステルの母親のレナに会ってみたかったと思った。同時に自分達の母親の強さについても思い返した。アスカとシンジの母親は子供達の未来のために命懸けの危険な実験の被験者となった。ヨシュアの母親は、国で一番貧しいと言われる村で、自分達を養うために身を粉にして働いていた。

 

「でも今日だけは、お母さんにお願いしてもいいよね。父さんが無事で居るように……父さんを守ってくれるように……」

「もちろんだよ」

 

 エステルの問い掛けに、ヨシュアは笑顔で答えた。アスカとシンジも亡くなった自分の母親に、カシウスを守ってくれるよう、祈るように語り掛けた。すると二人に強烈な違和感のようなものが起こった。二人が頭に身に着けている、インターフェイス・ヘッドセットが光を放ち、点滅を始めたのだ。

 

「いったい、どうなってるのよ、コレ!」

「ボクにも分からないよ!」

 

 困惑するアスカとシンジ。しばらくすると、インターフェイス・ヘッドセットの点滅はおさまったが、エステルとヨシュアもアスカとシンジの“髪留め”が点滅するのを不思議そうな顔で見つめていた。アスカとシンジはお互いに自分の母親に語り掛けていたと話す事はなく、結局理由は分からずじまいだった。

 

「エステル、君が自分の行動を後悔しているのはわかる。だけど君が母さんに助けられたように、今度は君が父さんを助けてあげればいいんだ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは、嬉しそうに瞳を潤ませてヨシュアに抱き付いた。エステルの悲しみ全てを分かる事は出来ないが、自分達が付いていると、アスカとシンジも熱い視線を送ると、エステルは嬉し涙を流した。そして、いつもの元気なエステルの笑顔に戻るのだった。

 そろそろシェラザードが戻る時間だ、とエステル達は時計台から降りる事にした。最後まで時計台の上に残ったエステルは、心の中で母親に語り掛ける。

 

(お母さん、あたしが遊撃士を目指す理由はね、お母さんみたいに誰かを守れるくらいに強くなりたいからなんだよ)

 

 そう言ってエステルは時計台を降りるのだった。

 

 

 

 

「むふふ、エステルってばヨシュアに抱き付いちゃって、良いムードだったじゃない」

 

 時計台から降りて来たエステル達を迎えたのは、ニヤニヤ顔のシェラザードだった。オーバルカメラでも持ってくればよかった、と冷やかすシェラザードに、エステルは酔っぱらったシェラザードもする単なるスキンシップだと話すと、エステル以外の全員はあきれた顔でため息をつくのだった。

 

「全くあんたってば、アスカとシンジと違って、からかい甲斐の無い子ね」

「だからシンジはね! アタシの……実験台だって言ってるでしょう」

 

 アスカはシェラザードの言葉にそう言って顔を赤らめる。アスカはシンジに抱き付いたり頬にキスマークを付けたりする度に実験だと称している。される方のシンジも強硬に拒否しないところをみるとまんざらでもないようだ。

 

「それで、レナさんに挨拶はできたの?」

「うん、父さんの無事をお願いして来たわ」

 

 シェラザードの言葉に、エステルは力強く頷いた。

 

「そう、レナさんの御加護ならば七曜教会の《星杯騎士団》にも勝るわね」

「シェラザードさんはエステルのお母さんの事を知っているんですか?」

 

 疑問を持ったシンジがそう尋ねると、シェラザードは昔を懐かしむような目をして、自分が巡業サーカスの一座で踊り子をやっていた頃に世話になったと話した。12年前、シェラザードが11歳で、エステルが4歳の頃、ロレントに巡業に来てカシウスとレナの夫妻と知り合ったと話した。その縁でシェラザードはカシウスに弟子入りしたのだと言う。

 

「てっきり、魔獣使いだと思ってました」

「シンジ、あたしの調教を受けてみる?」

 

 正直に本音を漏らしてしまったシンジにシェラザードが微笑みかけると、シンジは思わずアスカの後ろに隠れた。まあ、思い出話はこのくらいにして、とシェラザードは話を打ち切り、エステル達は最後にロレントの街で遊撃士の仕事が無いか聞いて回る事にした。

 デバイン教区長が『ベアズクロー』を探していた事を思い出したエステル達は、礼拝堂へと立ち寄った。デバイン教区長はエステル達にお礼を言い、旅先に女神エイドスの加護があるようにと祈ってくれた。

 エステル達四人にとっては学校の先生のような存在であるデバイン教区長に、他に何か助けられる事はないかと尋ねると、デバイン教区長はボースの街のホルス教区長まで届けたい手紙があると話した。恩師の頼みをエステル達は喜んで聞き入れた。

 

「旅をして見識を深めて、多くの人と出会う事はあなた達の成長の助けとなるでしょう。女神エイドスの御加護を……」

 

 恩師に見送られ、エステル達は礼拝堂を後にする。そう言えば、自分達の中学校の先生も温厚で優しい先生だったな、とシンジは老教師の姿を思い浮かべるのだった。

 

 ◆親書の配達◆

 

 【依頼者】デバイン教区長

 【報 酬】800 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 

 

 

 ロレントの街の西口からミルヒ街道に出たエステル達は、パーゼル農園への分かれ道を越えてボース地方との関所のあるヴェルテ橋へと到着した。エステル達は関所の通行証を貰いにアストン隊長と会った。一緒に居るシェラザードの姿を見るとアストン隊長は不思議そうな顔をした。『銀閃』の二つ名を持つロレント新鋭の遊撃士がボースに向かう理由が思い付いたアストン隊長はシェラザードに尋ねる。

 

「もしかして……例の事件に関係しているのかね?」

「その通りよ」

 

 まさかボーイハントに向かうとは言えないシェラザードは真剣な顔をしてうなずいた。エステル達は消息を絶った定期船にカシウスが乗っていた事情を話した。それは一大事と驚いたアストン隊長は、他の申請者の順番を飛び越えてエステル達に通行許可証を発行した。

 

「えっ、こんなに簡単に通行許可証を発行してもらってもいいの?」

 

 エステルの疑問の声にアストン隊長は、遊撃士と王国軍は協力関係にあるから当然の事だと話した。ただ、ボースの街の北にあるハーケン門には近づく時は遊撃士の身分を隠した方が良いと忠告をした。その理由を尋ねられたアストン隊長はこれ以上は自分の口から言えないと告げた。カシウスさんの無事を女神エイドスに祈っているとアストン隊長に言われ、エステル達は関所の詰め所を後にした。

 

「はい、通行証を貰って来たよ」

 

 エステルが通行証を関所の門番の兵士に渡すと、兵士はリモコンを操作する。城門のような大きな鉄の扉がスライドして関所の道が開いた。まるで自動ドアみたいだな、とシンジは思った。オーブメント技術の発達と言い、自分達は純粋な中世ヨーロッパの世界に飛ばされたのではないらしいと思った。アスカの考えだと、自動車くらいあってもおかしくないらしい。

 ヴェルテ橋の関所を通り過ぎたエステル達はボース地方へと足を踏み入れた。ここから先は東ボース街道。見た事の無い魔獣も出て来た。分裂する魔獣を倒したエステルは嬉々として「食材、食材」と言って魔獣のゼラチンを道具袋に入れたが、シンジはまだ抵抗があった。

 

「……霜降り峡谷?」

「それは随分と美味しそうな名前ね」

 

 道中にある『霧降り峡谷』の看板を見て呟いたエステルに、アスカはあきれてため息を吐き出した。今は寄り道をしている暇はない。行く手を塞ぐ魔獣を倒したら、それは偶然、手配魔獣だった事が後に判明した。

 

 ◆東ボース街道の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】6級以上

 

 東ボース街道に凶悪な魔獣【キングスコルプ】が出没中です。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。

 

「よお、シェラザードじゃないか!」

 

 東ボース街道を歩いていると、目指す先の方からやって来た導力貨物車の護衛をしている赤毛の男性が声を掛けてきた。胸には正遊撃士の紋章が付けられている。

 

「グラッツ、久しぶりね!」

 

 シェラザードの顔見知りなのか、笑顔で答えた。グラッツの話によると事件により定期船が運休しているため空輸が使えず、仕方なく陸路で荷物を運んでいる輸送車の護衛をしているらしい。

 グラッツはシェラザードが見習い遊撃士のエステル達を連れているのに気が付くと、

 

「まさか、例の事件について調べるつもりかよ?」

 

と質問を投げかけた。その通りだとシェラザードが答えると、グラッツは難しい表情になる。詳しい事は遊撃士協会のボース支部の受付、ルグラン爺さんに聞いてくれ、と言い残してグラッツは去って行った。

 

「なんか腑に落ちない言い方よね」

 

 アスカはグラッツが去って行った方を見ながらそう呟いた。ボースでの遊撃士としての活動に、何か支障がありそうだと予感があった。ヨシュアも遊撃士協会関係で何かがありそうだと話した。とにかくボースで聞けば分る事だ、エステル達は先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 東ボース街道を抜けたエステル達は、ついにボースの街へとたどり着いた。ロレントの街と違い、広い街道と中央に位置する大きな建物が特徴的だ。商業が盛んで、林業都市ロレントと比較して商業都市ボースと呼ばれている。

 

「ふーん、ロレントに比べて都会って感じじゃない」

 

 アスカは立ち並ぶ建物を見て感心したように呟いた。リベール王国の五大都市の中では王都の次に大きな街だ。ロレントの街は木造の家が多かったが、ボースの街は石造りの建物が多い。

 正面にある大きな建物についてエステルが尋ねると、シェラザードは色々な店が集まった屋内市場、ボースマーケットだと答えた。武器やオーブメント以外の商品はそろっていると聞いたアスカは目を輝かせた。

 

「はいはい、買い物はまた今度ね」

 

 シェラザードはアスカの首根っこをつかんで引き留めた。素朴なロレントの街も悪くなかったが、アスカは垢抜けたボースの街で服や装飾品を見て回りたかったのだ。あたしも最新のスニーカーを見てみたいからその気持ちは分るよ、と言うエステルに、アスカはアンタはスカートの一枚にでも興味を持ちなさい、と膨れっ面で言うのだった。

 まずエステル達はボース礼拝堂のホルス教区長に手紙を届け、その足でボースの遊撃士協会へと向かった。ボース支部のカウンターから、青い帽子をかぶった老人が入って来たシェラザードを見るなり声を掛ける。

 

「おお、シェラザード。思ったより早かったな」

「ルグラン爺さん、久しぶりね」

 

 老人に駆け寄ったシェラザードは笑顔で声を掛けた。ルグラン老人は背筋をピンと伸ばし、年齢を感じさせない生え揃った歯を見せながらシェラザードに笑顔を見せる。まだ何年かは受付の現役を続けられそうなほどしっかりとしている。

 

「それでは、そこの四人が、カシウスの子供達と言うわけか」

 

 どうして自分達の事を知っているのかとエステルが尋ねると、アイナから連絡があたらしい。エステル達はルグラン老人に自己紹介をした。

 

「エステル・ブライトです、よろしくお願いします!」

「ヨシュア・ブライトです、よろしくお願いします」

「アスカ・ブライトです、よろしくお願いするわ」

「シンジ・ブライトです、よろしくお願い致します」

「ワシはこのギルドの受付をしているルグランと言うジジイじゃ、ルグラン爺さんと呼んでくれ」

 

 お互いの自己紹介が終わった所で、エステル達は例の事件についての詳細をルグラン老人に尋ねた。ルグラン老人は浮かない顔をしながら、王国軍による捜索活動は続けられているらしいが、軍の情報規制によって遊撃士協会へ状況が全く報告されないらしい。王国軍と遊撃士協会は協力関係にあるはず、それはおかしいとアスカは抗議の声を上げた。

 それは建前で王国軍と遊撃士協会が対立する局面は多い、とシェラザードは諭した。ルグラン老人が今回の事件にモルガン将軍が絡んでいる事を話すと、シェラザードは露骨に渋い顔をした。

 

「誰、そのモルガン将軍って?」

 

 エステルが疑問の声を上げると、アスカ達からため息が漏れた。モルガン将軍は10年前の百年戦役で帝国軍を撃退した功労者で、歴史の教科書にも名前が載っている人物だ。エステルはきれいさっぱり記憶にないらしい。

 シェラザードの話によると、そのモルガン将軍は遊撃士が大嫌いで、遊撃士協会など不要だと声高に主張しているらしい。その将軍のせいで遊撃士協会に情報が入って来ないのでは?とエステル達は推測したが、ルグラン老人はさらに悪い事に軍が調査をしている場所には遊撃士を立ち入り禁止にしていると話した。

 そのせいで、事件に関係ない遊撃士の仕事にも支障をきたしている、とルグラン老人は深いため息を付いた。

 

「そんな命令、無視すればいいのよ」

「無茶言わないでよ」

 

 腕組みをしたアスカが鼻息を荒げてそう言うと、シンジは困った顔でそう呟いた。

 

「まあ、手が無いわけではない」

 

 ルグラン老人はエステル達を落ち着かせるように穏やかに話し始める。今回の事件に関してボースの市長から調査の依頼が遊撃士協会に来ているらしい。ボース市長の正式な依頼があれば、大義名分になるとシェラザードは歓喜の声を上げた。

 エステル達はその依頼を受けるとルグラン老人に伝えると、その前にボース支部への転属手続きをするように勧められた。ボース地方で仕事をするにはボース支部所属の遊撃士になる必要がある。

 

「ちなみに、正遊撃士は所属に関係なくどこでも仕事ができるからね」

 

 シェラザードは胸を張ってそう言った。エステル達はまだまだ四人合わせて一人前と言う事だ。ボース支部所属になったエステル達はルグラン老人に市長からの依頼を任された。

 

 ◆定期船失踪事件◆

 

 【依頼者】メイベル市長

 【報 酬】6000 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 依頼金額が高額と言う事は、それだけ責任も重大だと言う事だ。エステル達は掲示板にある他の依頼も書き留めて遊撃士協会を出た。

 

 

 

 

 ◆食材の収集◆

 

 【依頼者】グルナ

 【報 酬】800 Mira

 【制 限】7級以上

 

 ボースに来て初めてこなした依頼は、魔獣の鳥肉をレストランの厨房に納める依頼だった。高級レストラン《アンテローゼ》で食事をしてみたいと言ったアスカだが、それには手配魔獣を30匹ぐらい倒さないといけないとシェラザードに言われてうなだれるのだった。しかし食材調達のお礼に、とグルナはレストラン秘伝のレシピを教えてくれた。アスカが期待を込めてシンジを見つめる。自分でも作れるじゃないかと思うシンジだったが、アスカに頼られるのも悪い気はしなかった。

 寄り道をしたが目的のボース市長邸に到着したエステル達は、ロレントの市長邸とは違った荘厳さに驚いた。玄関ホールの天井に吊り下げられたシャンデリアを見てエステルは歓声を上げる。田舎者丸出しの態度にアスカはため息を吐き出した。

 エステル達の来訪に来た執事が対応に当たる。シェラザードが遊撃士だと名乗ると執事は遊撃士協会から話は聞いていると話した。しかし市長は留守にしていると申し訳なさそうに言った。

 市長は礼拝堂へ行っていると執事が話すと、エステル達は自分達で市長を探すと申し出た。市長は一人メイドを連れて外に出ているのでメイドを目印に、と執事が説明すると、エステル達は執事にお礼を言って市長邸を出た。

 礼拝堂へ入ると、メイド姿の女性が一人立っているのが見えた。エステルは嬉しそうな顔でメイドに駆け寄り、声を掛ける。

 

「メイドさん、見ーつけた!」

「あなた方は……?」

 

 メイド服姿の水色のショートヘアの女性は、突然エステルに声を掛けられても驚かずに無表情で問い掛けた。その冷淡な話し方は、アスカとシンジにとって昔の知り合いの少女を思わせるものだった。瞳の色が赤かったら勘違いしていたかもしれない。

 ヨシュアはエステルの失礼を詫びて、遊撃士協会からの使いだと名乗り、市長を探しているとメイド服の女性に伝えた。

 

「そうですか……私、メイドのリラと申します」

 

 リラは淡々とした口調でそう言うと、市長は礼拝をサボっているのだとため息をついた。多分、ボースマーケットの視察をしているのではないかとリラは話した。自分の分までお祈りするように命じて礼拝堂を出て行ってしまったのだと言う。

 

「……個性的な人ですね」

 

 シンジは自分が苦手とするタイプかもしれないと思いながらそうつぶやいた。リラはそろそろ市長を迎えに行くと言うので、エステル達も同行する事にした。

 

 

 

 

 リラに同行したエステル達がボースマーケットの中に入ると、金髪を大きな赤いリボンで後ろにまとめた若い女性が大声を上げながら男性の二人組に詰め寄っているのに気が付いた。

 その女性は二人組の商人が食料品の値段を吊り上げた事を責めていた。定期船が止まって物資が不足している非常時に、必需品の値段を上げるのは商人の道として外れていると正論を説いた。

 しかし、商人達も在庫が減り仕入れ値も上がっていると値下げを渋ると、その分は市の財政で補填すると話して食料品は前の値段で売るように商人達を説得した。納得した商人達が女性の前から立ち去ると、リラはその若い女性に声を掛けた。

 

「あら……リラ、来ていたの。恥ずかしい所を見せてしまったわね」

 

 そう言ってその若い女性は照れたように笑い頬を赤らめる。しかしリラは穏やかな口調で若い女性の政治手腕を褒めた。そしてエステル達が用があるようだとその女性に紹介した。

 その女性はエステル達の遊撃士の紋章に気が付くと、自分の依頼を引き受けてくれる遊撃士なのかと尋ねた。エステル達がそうだと答えると、その若い女性はメイベルと自分の名前を名乗り、ボースマーケットのオーナーであり、市長を務めていると自己紹介をした。

 メイベル市長は真剣な表情になり、エステル達に依頼内容を話す。定期船消失事件の調査と解決をして欲しい、と。メイベル市長は軍よりも遊撃士の方が調査能力は高いと評価している、と話した。

 このまま王国軍による定期船の停止制限が続いたら、ボースの商人達の商売が成り立たなくなる。女王生誕祭で景気が上向くと計算していたのに、かなりの痛手であるから是非とも遊撃士に解決して欲しいと、メイベル市長は商人らしい一面も見せた。

 

「でも、今回の事件に関しては王国軍があたし達遊撃士を締め出そうとしているらしいわね」

 

 シェラザードは困った顔をしてため息を吐き出した。それで市長の立場から力を貸してはくれないかと頼んだ。メイベル市長はモルガン将軍の名前を口にして難しい顔をした。モルガン将軍はメイベル市長の無くなった父親の友人であるから、なんとか出来るかもしれないと話した。

 メイベル市長はリラからペンと便箋を受け取ると、モルガン将軍への手紙をかき上げた。この手紙を見せれば、軍の調査結果について、ある程度教えてもらえるかもしれないとメイベル市長は話した。

 

「でもあたし達が行っても大丈夫かな?」

「もちろん、皆さんが遊撃士だと言う事は隠した方が良いと思いますわ」

 

 エステルの質問に、メイベル市長はそう答えた。市長からの使いだと名乗るだけが最良だとメイベル市長は話した。

 

「アタシ、ウソをつくってどうも気に食わないのよね」

「本当のことを言わないだけさ」

 

 アスカが不満そうな顔で漏らすと、ヨシュアは落ち着いた口調でそう言った。

 

「そうそう、いつものアスカの調子で良いんだよ……グェッ」

 

 うっかり一言多いシンジの首を怒ったアスカが締めた。そんな二人の様子を見てメイベル市長はクスクスと笑う。

 

「ところであたし達はどこに行けばいいのかな?」

「ボースの街の北、帝国との国境《ハーケン門》にモルガン将軍はいらっしゃいますわ」

 

 エステルの質問にメイベル市長はそう答えた。目的地が定まったところでエステル達はメイベル市長と別れた。市長の期待に応えるためにも頑張らなければならない。しかしその前に……。

 

「ちょっとだけ買い物して行って、いい?」

「少しだけよ」

 

 アスカのお願いに、シェラザードは軽くため息を付いて答えるのだった。

 

 

 

 

 ハーケン門に通じる道、アイゼンロードの入口は王国軍の兵士が歩哨に立っていた。メイベル市長の手紙を見せると、兵士は嫌な顔をしながらもエステル達の通行を許可した。メイベル市長の要請を断ると面倒な事になると判断したようだ。

 

「これがハーケン門……」

 

 アイゼンロードを通り抜けたエステル達が見たのはヴェルテ橋の関所とは比べ物にならないくらい頑丈な鋼鉄製の高くて分厚い壁だった。アスカとシンジが二年前に居た世界に存在していた特務機関ネルフの正面ゲートを思わせるほどの規模だった。帝国との国境がいかに厳重に守られているかが分る。

 10年前の百日戦役で破壊されてからさらに強固で堅牢なものが築かれたのだとシェラザードは語った。帝国に通じる唯一の玄関口であり最強の防波堤、それがハーケン門だった。

 

「ほらシンジ、ボーッとしていないで遊撃士の紋章を外すのよ!」

「分かってるよ」

 

 アスカに言われてシンジ達は遊撃士の紋章を外して鞄にしまい込む。シンジがボロを出してしまわないかアスカは不安が残った。シンジはカシウスの目の前でエヴァのパイロットだと名乗ってしまった前科がある。

 モルガン将軍が居る場所は関所で一番大きな建物である兵舎だと見当をつけたエステル達は恐る恐る緊張感をもって入口に立つ衛兵に近づいて行った。まるでここは敵地のようだ。いや、遊撃士にとっては死地に違いない。

 

「君達、どうやってここへ来た? 街道は閉鎖しているはずだぞ」

 

 入口に立つ見張りの衛兵は当然エステル達の事を怪しんだ。

 

「僕達は市長の使いで来ました。モルガン将軍への面会をお願いできないでしょうか」

 

 それでもヨシュアは礼儀正しく衛兵に答えた。他の三人が動揺を隠せない中、ヨシュアの冷静さは目を見張るものがある。ヨシュアは遊撃士であることは隠して市長の使いである事を話した。

 衛兵はヨシュアの説明に納得はしたが、モルガン将軍は今、捜索活動の陣頭指揮を執っているため不在だと告げた。そして将軍が戻ってくるまで休憩所で待つように勧められた。帝国との国境にあるため、入国や出国の手続きを待つ人達のために酒場も併設されているのらしい。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて待つとしますか」

「シェラ姉、絶対にお酒は飲んじゃだめよ」

 

 酒場と聞いて嫌な予感がしたエステルは前もって釘を刺した。

 

 

 

 

 エステル達が休憩所に併設された酒場に入ると、カウンターでは真っ白な服を着た金髪の青年がワインを嗜んでいた。

 

「やあ、ごきげんよう」

 

 金髪の青年は酒場に入って来たエステル達に気が付くと、そう言って声を掛けてきた。アスカとシンジは、青葉さんそっくりの声だな、と即座に思った。するともしかして性格も似ているのか、と考えた。

 

「君達はリベール人かな?」

「うん、そうよ」

 

 青年に尋ねられたエステルは笑顔でそう答えた。するとこの青年はエレボニア人なのだろう。

 

「あなたはリベール王国へは旅行に来たんですか?」

「フッ、半分は仕事かな」

 

 ヨシュアが尋ねると、青年はキザに笑ってそう答えた。そしてエステル達をニヤリと笑って見つめると、

 

「ズバリ君達は遊撃士だろう」

 

と断言した。これにはシェラザードも驚きを隠せなかった。

 

「どうして、ボク達、遊撃士の紋章を付けてないのに!」

「このバカっ!」

 

 動揺して口走ってしまったシンジの頭をアスカは思い切り叩いた。

 

「たいした観察力ですね。ただの旅行者とは思えない」

 

 ヨシュアが警戒するような視線を青年に向ける。

 

「その冷たく煌めく琥珀の瞳……まるで極上のブランデーのようだね。思わず抱きしめて、唇を奪いたくなってしまうよ」

 

 顔を赤らめてそう話す青年に、ヨシュアは驚いて後ろにさがった。

 

「ほう、君も可愛いね。その母性本能をくすぐられるような子犬のような表情……抱き締めてキスしたいね」

「ボク、男ですよ……」

 

 そう言ってシンジは青年をにらみつけた。そこに怒ったアスカが割って入る。

 

「何言ってるのよ、このヘンタイ!」

「フッ……美しいものを愛しているだけさ。それを理解してもらえないとは、ガラスのように繊細なボクのハートは壊れてしまったよ。銀色の髪をした妖艶な美女、ボクの心を慰めてはくれないか?」

 

 青年はアスカの言葉にそう答え、シェラザードを見つめるが、「謹んでお断りするわ」と拒否をされた。そこに衛兵が姿を現した。モルガン将軍が帰って来て、エステル達の事を話したら直ぐに面会に応じてくれるのだと言う。

 エステル達が休憩所を出ると、その青年も後に続いて休憩所を出てついて来た。

 

「何でアンタが付いてくるのよ」

「フッ、バレたか。何だか面白そうだから、見物させてもらおうかなと」

「帰れ!」

 

 アスカが一喝すると、その青年は「ケチ」と一言呟いて休憩所へ引っ込んで行った。ただ者ではない変人であるとエステル達は結論付けた。

 

 

 

 

「ちょっと、これってどういう事!?」

 

 兵舎に近づいた途端、武器を構えた兵士達に取り囲まれたエステルは驚きの声を上げた。

 

「身分を隠して情報を得ようとする、そういう姑息な手段をとるから遊撃士などは信頼できんのだ!」

 

 兵舎から怒った顔のモルガン将軍が姿を現した。どうして自分達が遊撃士だとバレたのか。先ほどの青年が仲間だったのか、それはあり得ないとシェラザードは思った。

 

「しかし甘かったな、街道を警備していた兵士が、お前達が遊撃士の紋章を着けているのを見ていたぞ」

 

 そんなシェラザードの心の中を見透かすように、モルガン将軍はそう言い放った。しまった、紋章を外すのが遅すぎたかとシェラザードは自分の判断ミスを悔やんだ。

 

「そもそも、遊撃士協会に情報をくれないアンタが悪いんじゃない!」

 

 怒ったアスカはそう言ってモルガン将軍に食って掛かった。そして、諫める立場のシェラザードも怒りが沸点に達していた。

 

「なんであたし達がロレントからわざわざ来たか分かる? あんた達軍人が、役立たずだからでしょうがっ!」

「なんだとっ!」

 

 モルガン将軍もシェラザードをにらみつけ、両者は一触即発の状況となった。エステル達もマジギレしたシェラザードに手が負えない状況だった。そこへ、涼やかなリュートの音が鳴り響いた。

 

「フッ、悲しい事だね。争いは何も生み出さないよ……」

 

 リュートを弾いていたのは、先ほどエステル達が休憩所で出会った白い服を着た金髪の青年だった。

 

「お前は何者だ、勝手に話に割り込んで来るんじゃない!」

「ボクはオリビエ・レンハイム、旅の演奏家さ」

 

 青年はモルガン将軍の怒鳴り声に涼やかな顔でそう答えるのだった。



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第十二話 琥珀の塔の不審者と囚われの女剣士

 

 オリビエと名乗った青年は、リュートを鳴らして涼やかな声で、

 

「君達に歌をプレゼントしよう。心の荒野を潤して、美しい花を咲かせられるような、そんな歌を……」

 

 そう言った。そして、『琥珀の愛』と曲名を宣言して歌を一曲披露した。エステル達も、モルガン将軍や兵士達も、あ然として曲を聞いていた。オリビエが歌い終わるまでの数分間、誰も声を立てず、身動き一つしなかった。静まり返ったハーケン門にはオリビエの奏でるリュートのメロディと歌声だけが響き渡った。

 

「みんな判ってくれたかい? 愛と平和が何よりも大切なもの、つまりラブ&ピース!」

 

 歌い終わったオリビエはそう言って自分の金髪をかき上げる。モルガン将軍は咳ばらいをすると「後は任せた、そいつらは放って置け」と言って兵舎の中へ戻って行った。逃げ出したい気持ちはエステル達も同じだった。

 

「フッ、どの国でも軍人が無粋なのは変わりないな。やはり、君達の方がボクの審美眼に合っているよ」

 

 そう言ってオリビエはエステル達の方を向くが、

 

「さあ、アタシ達もとっとと帰りましょ」

 

 アスカはオリビエの方を見向きもせず、エステル達を促してハーケン門を立ち去ろうとする。全員顔を見合わせて凍り付いたような作り笑いを浮かべ、ハーケン門を出て行った所で、オリビエは自分が放置された事に気が付いた。

 

「ちょっと君達、ま、待ちたまえ、いや、お願いだから待ってください!」

 

 オリビエは急ぎ足でエステル達を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 ボースの街まで息を切らしながら追い駆けて来たオリビエと、エステル達は喫茶店《キルシェ》でお茶を飲む事になった。

 

「君達、ひどいじゃないか。街道でもボクを無視して全力疾走だなんて」

「アンタ、意外と根性あるわね」

 

 ナンパな軟弱者だと思っていたアスカは、オリビエに対する認識を多少改めた。

 

「ハーケン門では、あたしも頭に血が上っていたから、あんたのおかげで冷静になれたわ。一応、お礼を言っておくわね」

 

 シェラザードもため息を付きながらだが、オリビエに好意的な視線を送った。

 

「じゃあ、そのお返しにボクと一日デートすると言うのはどうかな?」

「残念だけど、忙しいからそんな暇はないの」

 

 そうオリビエに素っ気なく答えるシェラザード。しかしアスカは、時間があればデートしてやってもいいかも? と言うシェラザードのオリビエを見る視線の変化に気が付いた。ボースの方角で運命の相手と出会うと言う彼女のタロット占いの結果が後押ししているのかもしれない。

 

「それなら、ヨシュア君はどうかな?」

「冗談は止めてください」

「いや、髪を伸ばせば結構イケるよ」

 

 顔を赤らめてそう言うオリビエに、ヨシュアはあきれ果てたようにため息を吐き出した。しかしシェラザードとアスカは、髪の毛を長く伸ばしたヨシュアを想像して、オリビエの言う事にも一理あるのではないかと思った。

 

「うーん、アスカ君とシンジ君の恋路を邪魔して、馬に蹴られるのは遠慮したいしなぁ」

 

 オリビエの言葉に、アスカとシンジはビクッと反応した。気の置けない家族として振舞っているが、傍から見ればそう思われるのか。そして、面白くないと頬を膨れさせていたのはエステルだった。

 

「どうして、あたしを誘わないのよ!」

「うーん、エステル君は素材としては申し分無いが……女性しての振る舞いをシェラザード君に学ぶべきだね」

 

 オリビエの言う通り、エステルは母親のレナ譲りの美貌を持っている。しかし中身は腕白少年に近い。スカートを履いているのに足を広げて座ってしまっている事からもそれが分る。パンツが見えないようにエステルにスパッツを履くように勧めているのはアスカの姉心からだった。

 

 

 

 

 ボースで観光をすると言うオリビエと別れたエステル達は遊撃士協会へと向かっていた。

 

「それにしても、オリビエって変な人だったね。エレボニア人ってみんなそうなのかな?」

「あ、あれを一般的なエレボニア人と思われるとショックだよ」

 

 エステルの呟きに、ヨシュアは慌てた様子で言った。

 

「何でアンタがショックを受けるのよ?」

 

 アスカがそんなヨシュアに不思議そうな顔で質問を投げ掛けた。ヨシュアは帝国には質実剛健を尊ぶ真面目な人達が多いと本で読んだ事があると説明した。それなら芸術家だから変人なのかとエステルが言うと、それは芸術家に失礼よ、とシェラザードが諫めた。

 

「モルガン将軍から情報を引き出せなかった事を、素直にルグラン爺さんに話すしかないわね」

 

 シェラザードは浮かない顔で深いため息をついた。自分の油断で、任務失敗となってしまったのは気が重い。その時、ふとシェラザードは自分の着ている服に違和感を感じた。すると自分の腰巻に手紙が挟まっている事に気が付いた。

 シェラザードが手紙を取り出すと、エステル達もその手紙の内容を確認しようとのぞき込む。その手紙には、軍による飛行船捜索の状況と、《カプア一家》が王家と通信社宛てに今回の事件の犯行声明と、行方不明になった定期飛行船の乗客の身代金要求を出した事が書かれていた。

 

「何よ、これ!?」

 

 手紙の内容を読んだアスカは驚きの声を上げた。それはエステル達がモルガン将軍から聞き出したかった情報そのものだった。シェラザードの服にこんな手紙をそっと忍ばせる事の出来る人物は、先ほど一緒にお茶を飲んだあの人物しかいない。

 

「ありがとう、あなた思ったよりもいい男じゃない」

 

 シェラザードはオリビエが立ち去った方向へ笑顔でそう呟いた。

 

 

 

 

 遊撃士協会でエステル達はルグラン老人に手紙から入手した情報を詳しく説明した。ルグラン老人はボース地方に潜伏する空賊《カプア一家》は、これまで小規模な強盗事件を起こしていたが、定期飛行船を乗っ取り、王家に身代金を要求するほど大胆不敵だとは思ってもみなかったと話した。

 エステル達もそのルグラン老人の意見に同意だった。ロレントでもジョゼット達は宝石強盗未遂事件を起こしていたが、定期飛行船誘拐を計画していたのならロレントまで出張って来る必要も無い。

 ルグラン老人はメイベル市長にも報告をした方が良いだろうとエステル達に話した。その助言に従ってエステル達が市長邸に向かうと、屋敷の前でメイドのリラ、そしてリベール通信の記者ナイアルとドロシーが話しているのが聞こえた。

 

「なあ、メイドのお嬢ちゃん。頼むから市長さんに会わせてくれよ」

「そうそう、ついでに写真もお願いします~」

 

 ナイアルとドロシーが頼み込んでも、リラはアポイントメントが無いと市長に会わせるわけにはいかないと拒否した。穏便に対処していたリラだったが、

 

「ナイアル先輩、ネタが無いなら美人市長さんのグラビアで誌面を飾ってしまえ~って言ってたじゃないですか」

 

 とドロシーがポロっと漏らすと、リラは心臓も凍らせるような冷たい視線で、

 

「お・か・え・り・く・だ・さ・い」

 

 とナイアルに言い放った。ナイアルはドロシーに「これ以上喋らないでくれ……」と話すと、肩を落としてすごすごと市長邸の前から立ち去る。「先輩、待ってくださーい」とドロシーもナイアルの後を追いかけて姿を消した。

 

「……あなた方は市長のお客様ですから、入って頂いて構いませんよ」

 

 リラはその様子を見ていたエステル達に声を掛けた。エステルは照れた表情をしながらリラに近づいた。

 

「あの……今の人達は?」

「お嬢様に近づく不届き者です。私の目が黒いうちは、指一本触れさせません」

 

 エステルの言葉にリラがそうキッパリと答えると、エステル達は顔を見合わせて苦笑した。屋敷に招き入れられたエステル達が二階にあるメイベル市長の部屋へ入ると、メイベル市長は机に積み上げられた書類に向かってうなり声を上げていた。

 

「あら、皆さん。戻ってらしたんですか?」

 

 メイベル市長は部屋に入って来たエステル達に気が付くと、顔を赤らめてそう話した。多忙なら出直すとヨシュアが言うと、メイベル市長は気にせずに入手した情報を報告して欲しいと促した。

 空賊団によるハイジャックと身代金の要求とは深刻な事態だ、とエステル達から話を聞いたメイベル市長は呟いた。エステル達がそれ以上の情報はつかめなかったと謝ると、事故でない事が分かっただけでも十分だ、とメイベル市長は礼を述べた。

 引き続き事件の調査をお願いできないかと言うメイベル市長の言葉に、エステル達は力強くうなずいた。

 

「アスカ、どうしたの?」

 

 エステルは考え込んだ表情になったアスカに不思議そうな顔で声を掛けた。

 

「あのカシウスのおっさんが、空賊ごときに遅れをとるとは思えないのよね」

「カシウスって、あのカシウス・ブライトでございまして!?」

 

 アスカの呟きを聞いたメイベル市長は、目を見開いてエステル達に尋ねた。エステルはうなずいて、カシウスが行方不明になった飛行船に乗っていたと話すと、メイベル市長は考え込むような表情で、「軍との交渉に使えるかも……」と呟いた。

 市長邸を出たエステル達は、市長邸の前で今後の活動方針について話し合った。

 

「ただ闇雲に飛行船や空賊団のアジトを探すだけでいいのなら、軍がとっくに見つけているはずだよね」

 

 エステルがそう意見を言うと、シェラザード達は目を丸くして驚いた表情になった。エステルは不思議そうな顔で四人の顔を見回す。

 

「エステル、成長したね……」

 

 ヨシュアは驚いたままの表情でそう呟いた。

 

「アンタの事だから、『しらみ潰しに探せばいーのよ』とでも言うと思っていたけど」

 

 アスカもうんうんと頷きながらそう言ってため息を吐き出す。

 

「まさかエステルからそんな言葉が聞けるなんて、お姉さん、感無量だわ……」

 

 シェラザードはハンカチを取り出して泣く仕草をした。シンジはさすがにそれはエステルがかわいそうだと、困った顔でアスカ達を見回していた。褒められた気がしないエステルはふてくされて頬を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 ボースの街で情報収集をする事に決めたエステル達の耳に、気になる情報が飛び込んで来た。ボースの街の南にある《琥珀の塔》の屋上に光の柱が降り注いだのを目撃した町民がいたのだ。空賊団と関係はあるとは言い切れないが、アスカとシンジは琥珀の塔の調査に行きたいと強く主張した。自分達の知り合いがこの世界に“召喚”された可能性もあるからだ。

 エステル達はボースの街の南口からアンセル新道を通り、琥珀の塔の1階へと足を踏み入れた。すると塔の奥からボソボソと人の話す声が聞こえて来た。

 

「もしかしたら、ここがビンゴかもしれないわ」

 

 シェラザードは塔を調べてみる価値は十分にあると判断を下した。琥珀の塔に空賊が潜んでいるのか……それとも、光の柱と関係があるのか……。

 

 ◆琥珀の塔の不審者◆

 

 【依頼者】無し

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】自己判断

 

 勝手に依頼を作って良いのかと心配するシンジに、シェラザードは他者からの依頼が無くても自己判断で仕事をする事もあると話した。それなら好きなだけBPを稼げる、とアスカはニヤリと笑ったが、事後承諾でも遊撃士協会が事件と認定しなければ依頼達成にならないと釘を刺した。BP稼ぎのために依頼をこなす遊撃士など、本末転倒もいい所である。

 琥珀の塔の魔獣との戦いでは、アスカの火属性の魔法が大活躍だった。ロレントでの活躍により準遊撃士7級に昇格したアスカは、『必殺1』と言う火のクオーツを入手していた。そのおかげで、火属性LV3のフレアアローまで使いこなせている。

 シンジもアスカに負けじと水属性LV3のアイシクルエッジを習得し、ティアラと言う中級回復魔法も使えるようになった。エステルとヨシュアは残ったクオーツを装備し、優秀なクオーツはアスカとシンジに譲っている。

 

「あっ、あの人……!」

 

 琥珀の塔の深部、5階の部屋で熱心に調査をしていたアルバ教授をエステルが見つけ、驚きの声を上げた。アルバ教授は部屋の中心にある大きなセプチウムの結晶に夢中になっていて周りの様子に気が付いていないようだ。そんなアルバ教授に、塔に住む魔獣達が襲い掛かる!

 エステル達はアルバ教授を助けるために魔獣達へと突撃をした。アスカのフレアアローが魔獣を焼き払い、シンジのティアラがアルバ教授が負った傷を癒した。武器の効きにくい敵だったが、エステル達も二人に負けじと残りの魔獣を倒すのだった。

 

「はあーっ、助かりました」

 

 腰を抜かしていたアルバ教授はエステル達にお礼を言った。エステル達はアルバ教授の無事な姿を見て緊張を解く。エステルはシェラザードに翡翠の塔でアルバ教授と知り合った事情を説明した。話し声がしたが、他に誰かいるのかと言うシェラザードの質問に、アルバ教授は調査中はつい自分の考えを口に出してしまうクセがあると照れくさそうに笑った。

 琥珀の塔に空賊達は居なかった。屋上の異変について何か知っているかとアルバ教授に尋ねると、調査はそこまで進んでいないと残念そうな顔で話した。エステル達は自分達の目で確かめようと屋上を調べたが、翡翠の塔と同じような装置があるだけで、何の手掛かりも見つけられなかった。仕方なくエステル達はアルバ教授をボースの街へと送り届けるため、琥珀の塔を出る事にした。

 

「いやあ、今回ばかりはダメかと思いました。研究費が出たので、お金は遊撃士協会に振り込んでおきますね」

 

 ボースの街に帰り着いたアルバ教授は改めてエステル達にお礼を言った。最初から遊撃士を雇いなさいよ、とアスカが言うと、アルバ教授は次回はそうします、と謝って去って行った。

 

 

 

 

 エステル達が琥珀の塔を去った直後、琥珀の塔の屋上には三人の人影があった。その内の二人は頭を覆うような黒い兜を被り、その素顔を見ることは出来ない。その二人は黒と白を基調とした服を着ていた。

 もう一人は白と赤を基調とした服を着た栗色の長い髪の少女だった。その少女は両腕に手錠を掛けられ、囚われの身である事を示している。その少女を捕えているのは両脇に立つ二人の黒兜の人物達だった。

 

「……どうやら気づかれてはいなかったようだな」

「見つかるか、ドッキドキだったわね、ロランス少尉」

 

二人の黒兜の人物のうち、紫がかった黒い長い髪を兜からのぞかせる方は女性、もう片方は男性のようだ。ロランス少尉と呼ばれた男性は、黒兜の中から女性兵士をにらみつけるように話す。

 

「馴れ馴れしくするな、サトミ軍曹。歳はお前の方が上かもしれないが、階級は俺の方が上だぞ」

「わっかりました、以後気を付けまーす」

 

 サトミ軍曹と呼ばれた女性兵士は、おどけて敬礼のポーズを取る。ロレンス少尉はこいつと行動していると余計に疲れる、とため息を吐き出した。上官の命令なのだから仕方が無い。

 そんな二人とは対照的な、絶望に満ちた暗い表情をしている囚われの栗色の髪の少女は、ポツリとつぶやいた。

 

「……助けて、キリト君……」



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第十三話 大ピンチ? 捕まったアスカとエステル達!

 

 琥珀の塔の捜索が空振りに終わったエステル達は、ボースの街で再び情報収集をする事にした。すると居酒屋で飲んだくれているナイアルの姿を見つけた。

 

「ういっく、何だコンチクショーめ」

「うわっ、ベロンベロンに酔ってるわね」

 

 酒臭いナイアルを、アスカは不快そうに見つめてつぶやいた。酒は飲んでも飲まれるものではないとつぶやくシェラザードに、エステル達は冷や汗を浮かべた。酔っぱらったシェラザードは周囲を巻き込むクセがあるのだ。

 

「ナイアルさん、飲み過ぎは良くないですよ」

 

 冷たい水の入ったコップをナイアルに渡しながら、シンジは心配そうな顔でつぶやいた。水を飲み干したナイアルは痛む頭を押さえながら、エステル達の姿を認識するとぽかんと驚いた顔になった。

 

「新米遊撃士どもじゃないか……俺は知らないうちにロレントまで来ちまったのか?」

「寝ぼけないでよ、あたし達もボースに来たのよ」

 

 エステルが少しあきれた顔でそう言うと、ナイアルは胸に手を当てて分かりやすく安堵の息をもらした。そしてシェラザードの姿を見つけると、ハッキリと目を覚ましたように輝かせる。

 

「おい、あんたもしかして、『銀閃のシェラザード』か!?」

 

 自分の名前がリベール通信の記者にまで知られていると聞いたシェラザードは機嫌良さそうに笑みをこぼした。エステル達が飛行船失踪事件について調べているとナイアルに話すと、とっておきの情報があるとナイアルはニヤリと笑った。

 エステルがその情報を是非とも聞きたいと話すと、ナイアルはギブアンドテイクだろう? とほくそ笑んだ。

 

「事件に関する情報ならどんな些細な事でも構いません、今はどんな手掛かりでも良いから欲しいんです」

 

 シンジがすがるような目でそう言うと、ナイアルは「お、おう」と戸惑った表情で答えた。アスカはあのシンジの泣き落としには敵わないわね、と舌を巻いた。ナイアルが「情報は全部話してやるから!」と言うと、エステルとシェラザードとヨシュアは顔を見合わせて笑うのだった。

 ナイアルが提供する情報は二つあった。まず一つ目は、西の方にあるラヴェンヌ村での目撃情報。事件の夜、大きな飛行物体が村人に目撃されたらしい。しかし王国軍がラヴェンヌ村に赴いても、何の発見も無かったらしい。

期待していたエステル達から落胆の声が上がる。もう一つは、軍の『情報部』が動き始めている、と言う話だった。シェラザードも噂は聞いた事がある、と口にした。最近になって王国軍に結成されたばかりの情報収集・分析を行う部隊らしい。

 そのエリート組織をまとめるリシャール大佐は、かなり聡明な人物だと囁かれていて、今回の事件も彼らの手にかかれば直ぐに解決するのでは、と記者の間でも話されているとの事だ。

決定打に欠ける情報ではあったが、ナイアルから手掛かりを得たエステル達は、お返しに自分達の持っている情報を渡した。《カプア一家》の名前と飛行船ハイジャック事件の情報を得たナイアルは、このネタなら記事が書けると喜び勇んで居酒屋を出て行った。

 

 

 

 

 街で情報を集め終わったエステル達が遊撃士協会に立ち寄ると、掲示板に緊急の依頼が張り出されていた。

 

 ◆護衛の依頼◆

 

 【依頼者】ハルト

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】6級以上

 

 クローネ峠の関所まで護衛してくれる方を探しています。

 

 依頼者のハルトとは街の西口で待ち合わせた。西ボース街道を抜けたエステル達は難所と言われるクローネ山道へとたどり着いた。曲がりくねった山道は、数人が通れるほどの道幅しかない。行く手に立ち塞がる魔獣は全て倒して行かなければならなかった。

 峡谷を結ぶ吊り橋に差し掛かったエステルは、行く手で何かが動いた気がして歩みを止めた。すると、山の上から羊型の魔獣『ヒツジン』が四匹、転げ落ちて来てエステル達の前に立ち塞がった。

 魔獣達の待ち伏せだ! すると、ヨシュアの警戒する後方からもヒツジンが四匹迫って来た。吊り橋の上で魔獣達に挟まれる形になったエステル達。護衛の依頼主であるハルトはパニックに陥った。

 

「全力で正面突破よ、速攻!」

「そうね、戦力を分散させる方が危険だわ」

 

 アスカの意見にシェラザードも同意して、エステル達は正面のヒツジン四匹に向けて突撃した! ヒツジンはその羊のような外見に似合わず三段蹴りを食わせて来たが、アスカとエステルは棒術で強引に吊り橋の向こう岸までの道を切り開いた。

 ヒツジンは跳び回りながらお尻を叩いてエステル達を徴発する。これが返ってエステルとアスカの怒りに油を注ぐ結果になり、四匹のヒツジンは恐れをなして四散した。

 エステル達の後方に居たヒツジンも我先にと逃げ出し、周囲は静けさに包まれた。

 

「あれだけの魔獣に襲われて無事だったなんて信じられないよ……」

 

 依頼人のハルトは驚きと感心が入り混じったため息を吐き出した。遊撃士と言うのは強いんだね、とハルトが感想を述べると、エステルは照れくさそうに笑い、アスカは胸を張って澄まし顔になるのだった。

 

 ◆西ボース街道の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】1200 Mira

 【制 限】6級以上

 

 西ボース街道に凶悪な魔獣【サンダークエイク】が出没中です。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。

 

 エステル達はボースへの帰り道、格上の手配魔獣退治に挑戦した。ヨシュアは土属性の魔法を強化し、シンジは魔獣の雷攻撃によってエステル達が負った傷をティア系の回復魔法で絶え間なく癒す。四人の戦闘能力は向上して来ている、とシェラザードは嬉しく思う反面、自分の元を離れる時を感じて寂しさも覚えるのだった。

 

 

 

 

 緊急の依頼をこなして遊撃士協会に報告したエステル達は、巨大な飛行物体の目撃証言のあったラヴェンヌ村へ行く事にした。王国軍が一度捜索した場所であるが、他に手掛かりも無く、ダメ元で行ってみる事にしたのだ。

ラヴェンヌ村に向かう山道で、エステル達は大きな剣を背負った赤毛に緑のバンダナを被った青年と出会った。

 

「シェラザードか。ボースで会うなんて珍しいな」

「あんたも、王都方面に居たと思ったけど?」

 

 赤毛の青年とシェラザードは知り合いの様だった。例の事件を調べに来たのかとシェラザードが尋ねると、いや、妹の墓参りにな、と赤毛の青年は答えた。

 

「まあ例の事件はお前に任せておけば大丈夫だろう」

 

 そう言い放った赤毛の青年に、シェラザードは眉間にしわを寄せてなじった。

 

「冷たい事言うのね。カシウス先生が捕まっているかもしれないってあんたもルグラン爺さんから聞いていないの?」

 

 そのシェラザードの言葉を聞いたアガットは腹を抱えて大きな笑い声を上げた。

 

「冗談キツイぜ。あのカシウス・ブライトが捕まるなんてよ!」

「あたしも冗談で済めばいいと思っているけど」

 

 シェラザードはそう言ってため息を付いた。エステル達はこの体格の良い長身の男は何者なのか気になっていた。正遊撃士の紋章を着けている事から、その身分は分る。赤毛の青年はエステル達に気が付くと、シェラザードに尋ねる。

 

「そのガキどもは何だ? 見たところ、見習いみたいだな」

 

 エステル達も準遊撃士の紋章を付けている。四人ともカシウスに指導を受けた自分の直弟子だとシェラザードが自慢げに話すと、赤毛の青年は驚いた顔でエステル達を見た後、値踏みするかのように真剣な眼差しで見回した。

 

「フン、見たところ四人でも半人前だな。本当におっさんの弟子かよ」

「あ、あんですってー!」

 

 バカにされたエステルは赤毛の青年に向かって怒って抗議の声を上げた。アスカは黙って静かな怒りを溜めた視線を赤毛の青年にぶつけた。

 

「彼女は正真正銘、カシウス・ブライトの娘ですよ。僕達三人は養子ですけど」

「そんなのどうだっていいさ」

 

 ヨシュアが穏やかな笑顔で言うと、赤毛の青年は興味が無さそうな感じで答えた。じゃあな、と素っ気なく手を後ろ手に振って赤毛の青年が立ち去ると、アスカはイラついたように足元の小石を蹴り上げた。

 

「何なのアイツ、ムカつくヤローね!」

「《重剣のアガット》、特定の支部に所属しないで活動を行う正遊撃士よ。彼の得物は魔獣を一刀両断にするほどの質量のある大剣。凄腕の剣士よ」

 

 シェラザードの解説を聞いても、アスカは腹の虫が収まらない様だ。シンジが不思議そうな顔をしてシェラザードに尋ねる。

 

「なんか、カシウスさんの知り合いみたいでしたけど」

「彼は過去に色々あってね……先生に対しては突っ張るのよ」

 

 困った顔でシェラザードはそう言った。エステルとアスカはそんな失礼な奴の事なんてどうでもいい、と先を急ぐ様に言うのだった。

 

 

 

 

 ラヴェンヌ村に着いたエステル達は、大きな飛行物体を目撃した村人に詳しい話を聞く事にした。いきなり話を聞いて回るのではなく、村長に話を通してからの方が良いと言うシェラザードの意見で、まずエステル達は村長の家を訪ねる事にした。

 エステル達が村長に遊撃士だと名乗ると、村長はアガットの仲間なのかと尋ねた。

 

「確かに彼とは同僚であるけど、一緒に行動はしていないわ。顔見知り程度ね」

 

 シェラザードがそう答えると、村長は悲しそうな顔で「あいつは相変わらず独りで居るのか……」とつぶやいた。そして村長はエステル達にこの村に何の用で来たのか尋ねた。

 定期船消失事件の調査で、大きな飛行物体の目撃情報がこの村であったので詳しい話を聞きに来たとヨシュアが言うと、目撃者はルゥイと言う村の男の子だと言う。事件の夜に怪しげな影を見たらしいが、子供の言う事だ、信用は出来ない、と話した。

 その子供から話を聞きたいとエステルが話すと、村長は快諾した。しかしこの辺りを捜索するならば、村の奥にある山道に凶暴な魔獣が出るから注意した方が良いと話した。遊撃士協会に退治の依頼をしようかと考えていた所だと言う。

 

 ◆山道の魔獣捜索◆

 

 【依頼者】ライゼン村長

 【報 酬】1500 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 エステル達は快く魔獣退治の依頼を引き受けた。その魔獣は山道で突然奇襲を仕掛けて来るのだと言う。村人が安心して暮らせるようにして欲しい、と村長に頼まれた。

 目撃者のルゥイ少年は村の桟橋で池の水面を眺めていた。エステル達が声を掛けると、胸に着けられた遊撃士の紋章を見て、アガット兄ちゃんと同じ遊撃士だ! と興奮して声を上げた。

 しかし君が見た大きな黒い影の事を聞きたいんだ、とヨシュアが言うと、ルゥイの表情は暗くなった。王国軍が捜索しても何も見つからなかったため、ルゥイ少年はきつく兵士に叱られたらしい。

 

「お姉ちゃん達は怒らないから、ねえ、聞かせて?」

 

 優しく明るく微笑みかけるエステルを見て、ルゥイ少年は安心したように話し始めた。ルゥイ少年は夜空を眺めて星を見るのが好きなのだと話した。そして事件のあった日の夜、夜空を二つの影が移動するのを見かけたのだと言う。

 

「えっ、空飛ぶ影って二つあったの?」

 

 驚いたアスカが口を挟んで質問すると、ルゥイ少年はうなずいて、大きい影と小さい影だったと話した。定期船と空賊艇と考えると道理が通る。ロレントのミストヴァルトの森でエステル達の前に現れた飛行艇は小型だったと、ヨシュアも意見を述べた。その二つの影は北の方へと飛んで行ったとルゥイ少年は話した。

 村から北の方角と言えば、村の奥のラヴェンヌ廃坑に続く山道だ。兵士達による捜索が行われたが、何も見つからなかったらしい。そう言って涙目になったルゥイ少年をエステルは優しく抱いた。

 

「お姉ちゃん達が、君はウソつきなんかじゃないって証明してあげるから、泣いちゃダメだぞ!」

 

 エステルがそう言うと、ルゥイ少年は泣き止んで、ぱあっと晴れやかな笑顔を見せた。これもエステルの人徳かな、とシェラザードとヨシュアは顔を見合わせて思うのだった。

 

 

 

 

 エステル達がラヴェンヌ山道に入ってからしばらくすると、道の前方から大きな土煙が舞い上がった! そしてクワガタの様な鋭い牙を持った大型魔獣が飛び跳ねながら近づいて来る、間違いない、こいつがライゼン村長が言っていた魔獣だとエステル達は確信した。

 堅くて武器攻撃が通じにくいと判断したアスカは魔法の詠唱に入るが、詠唱を察知した魔獣がアスカに跳びかかる!

 

「くっ!」

 

 アスカをかばって、背中に魔獣の攻撃を受けるシンジ。

 

「バカ、無理しちゃって……」

 

 優しい声でアスカはそう呟くと、シンジの作ってくれたチャンスを逃すまいとフレアアローを大型魔獣に叩き込む! 

 その後エステルが魔獣を抑えている間にヨシュアとシェラザードも魔法を叩き込み、大型魔獣は息絶えた。魔獣は自分達の足音を聞きつけて襲って来たらしいとシェラザードは推測した。村人達に被害が出る前で良かった、とエステル達は胸をなでおろすのだった。

 その後エステル達は山道をくまなく探すが、空賊の手掛かりらしきものが見つからないままラヴェンヌ廃坑の入口まで来てしまった。ラヴェンヌ廃坑の入口には鍵が掛けられており、錆び付いた鍵が開けられた形跡が無い。それは王国軍の調査が及んでいない事を意味していた。

 

「この中、メチャクチャ気にならない?」

「その気持ちは分るけど、鍵を壊して中に入ろうなんて思わない事だね」

 

 ヨシュアに先回りされ、エステルはぎくりとした。君の考える事はお見通しだよ、と言っているようだった。エステル達は山道の魔獣退治の報告も兼ねて、村長の所へ廃坑の入口の鍵を借りに戻る事にした。

 ライゼン村長はエステル達の報告に大いに喜び、廃坑の入口の鍵も快く貸してくれた。何か見つけたら報告します、と言ってエステル達はまた山道を通ってラヴェンヌ廃坑の入口まで戻った。

 エステルが廃坑の入口の南京錠に鍵を差し込むと、廃坑の入口の扉を縛っていた鎖は解けた。

 

「これで中に入れるわね」

「中には空賊が居るとは限らないけど、魔獣は必ずいるわ。気を引き締めて慎重に進みなさい」

 

 シェラザードは心が急ぐエステルに忠告をしながら、廃坑の中に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 廃坑に住み着いた魔獣は堅いが、導力魔法には弱かった。アスカとシンジは手慣れた様子で導力魔法で魔獣を倒して行く。EPを無駄にしない威力の魔法の運用も出来るようになってきたようだ。

 そして廃坑の奥に進んだエステル達の前に眩しい陽の光が飛び込んで来た。どうやらこの開けた場所は空が見えるようだ。

 

「……みんな、静かにしなさい」

 

 シェラザードが注意を促す理由が、エステル達にも分かった。この光差す広場には、行方不明になった飛行船と空賊の飛行艇、そして空賊達の姿があった。

 

「お前達、運ぶのは食料品と貴重品を優先するんだ。急げ、連中が来るまで時間が無いぞ」

「合点承知の助!」

 

 空賊の男達に指示を出しているのはジョゼットの兄、キールだった。ここに定期飛行船があると言う事は、ルゥイ少年の話は本当だった事になる。どうやら空賊達は定期船の積み荷を自分達の飛行艇に運び込んでいるようだ。

 

「やれやれ、これで何往復目だ?」

 

 キールはウンザリした顔でため息を付いた。全く俺達の兄貴は人使いが荒いぜ、と独りごちる。

 

「まあこれで最後だ。後は帰ってゆっくりと……」

「そこまでよ!」

 

 エステルがそう叫んで、キール達の前に躍り出る。

 

「この世の悪を倒せと、この手が真っ赤に燃える! 正義を貫けと輝き叫ぶ!」

「バカっ!」

 

 調子に乗って名乗りを上げるエステルの頭を、アスカが叩いた。キールと空賊達はあ然とした顔でエステル達の顔を見つめた。

 

「お前達は、ジョゼットとやり合った連中だな!」

 

 冷静を取り戻したキールが剣を振り上げた。

 

「キールさん、どうしてこんなに早く奴らが来るんですかい?」

 

 空賊の男達は明らかに動揺していた。エステル達にはその空賊達の言葉の意味は解らなかったが、遊撃士として逮捕すると宣言した。

 

「お前達、相手は女子供だけだ! 奴らとは関係無い、やってしまえ!」

「イエッサー!」

 

 キールの言葉に鼓舞された空賊達もエステル達に向かって進撃し、会戦の火蓋は切って落とされた。固まって攻撃を加えようとする空賊達はシェラザードの導力魔法、エアリアルの良い的だ。空賊達はナイフを握っていた手を痛そうに押えて呻き声を上げた。

 

「なかなかやるな、ジョゼットを負かせただけの事はある」

「フン、大人しく降参して人質を解放しなさい!」

 

 アスカは導力魔法を詠唱しながらキール達に降伏を迫った。空賊達は膝を折って抵抗する力を失っていた。しかしアスカの言葉を聞いたキールは大きな笑い声を立てた。

 

「ハハハ、お前達は何も知らないらしいな!」

「あ、あんですってー!?」

 

 キールが煙幕弾を投げると、エステル達の視界が真っ白になった。

 

「しまった、煙幕!?」

 

 シェラザードの叫び声がする。そして煙が収まった頃、空賊達を乗せた飛行艇は飛び立って行った。

 

「あばよ、遊撃士諸君!」

 

 キールの勝ち誇った声が空に響き渡るのだった……。

 

 

 

 

「一度ならず、二度も犯人を取り逃がすなんて、こりゃあ、ランクダウンされても文句は言えないわね」

 

 飛行艇が消え去った方を見て、シェラザードは深いため息を付いた。

 

「えっ、遊撃士ランクって降格もあるの?」

 

 アスカが驚いて尋ねると、重苦しい表情をしたシェラザードは黙ってうなずいた。

 

「じゃあ今回はボク達の連帯責任だね」

 

 シンジが悲しそうな顔でつぶやくと、アスカは悔しそうに指を嚙んだ。シェラザード一人に責任を負わせられる話ではない。

 

「シェラ姉、あたし達は落ち込んでいるヒマなんかないわ、やれる事をやらなきゃ!」

 

 落ち込んだシェラザードの肩をそう言ってエステルが叩いた。

 

「ふふ、エステルに励まされるなんてね」

 

 元気を取り戻したシェラザードは早速飛行船の調査を開始しようと提案した。定期飛行船《リンデ号》の貨物室の中はガランとしていた。積み荷は空賊達が持ち去ったのだろう。運転席にも、客室にも、人の姿は見つからなかった。

 

「はぁーっ、やっぱり手掛かりは何もないか」

 

 船内の捜索を終えたエステルは、定期船の甲板でため息を付いた。

 

「そうとも言えないわ。ヤツラ、定期船の導力エンジンを抜き取っていたみたいだし」

 

 アスカは何か気が付いた様子だった。シェラザードも同じ考えだったらしく、ヨシュアと顔を見合わせる。そしてシンジに、なぜ定期船をここに置き去りにして小型飛空艇で荷物を運ぶような手間がかかる事をしたのか問い掛ける。

 

「えっ、ボクが答えるんですか?」

「そう、遊撃士は主体性を持って行動するのが大事よ」

 

 シェラザードはシンジが物事の判断を、アスカに頼っている部分があると考えた。協力関係と言えば聞こえが良いが、二人が別行動をとる事もこれから先あり得るのだ。シンジの自立を促すのもあたしの師匠としての最後の役目だ、とシェラザードは思った。

 

 ◆六択クイズ◆

 

 定期飛行船をこの場所に置いた理由は?

 

 積み荷の選別をするため

 人質を空賊艇に移すため

 導力エンジンを奪うため

 王国軍の捜索から逃れるため

 アジトが特殊な場所にあるため

 ラヴェンヌ村に協力者が居るため 

 

 ※遊撃士としての資質を試すクイズです。

  正解するとBPが多くもらえるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 シンジはアスカに助けを求めるような視線を送ったが、アスカは黙って首を横に振った。『自分で考え、自分で行動して生きて行くの』この言葉はアスカがエヴァンゲリオンのパイロットだった時もシンジに話していた。

 ヒントの一つでも貰えたら楽なのに、と思ったシンジだが、同時に他人に判断を委ねて楽をしようとしている自分にも気が付いた。シンジはシェラザードは質問をしたのは、正解するかどうかに重きを置いていない、自分で考えて結論を出す事が大事なんだと気が付いた。

 どうして空賊は定期飛行船を自分達のアジトに置かなかったのか、アジトに置けば積み荷の選別はゆっくりできるし、こうして遊撃士に見つかるリスクも無かったはずだ。もしかして、王国軍が廃坑を調べない事を、前もって分かっていたから?

 シンジの考えが正しければ、王国軍の内部に空賊の仲間が居る事になる。しかしシンジにはあのモルガン将軍が空賊に協力するような人物だとは思えなかった。するとこの考えは間違っているのか、とシンジは頭を切り替えた。

 

「アジトが飛行船が止められないような場所にあるからだと思います」

 

 シンジがそう言うと、シェラザードは「正解!」と言って嬉しそうに指を鳴らした。空賊のアジトは10~15アージュの小型の飛行艇のみ着陸できる特殊な場所にあるのではないかと、シェラザードは推論を話した。

 

「すると山岳や峡谷の様な複雑に入り組んだ場所が怪しいですね」

 

 ヨシュアの言葉にシェラザードはうなずいた。しかし、空からしか行けない歩いてたどり着けない場所にアジトがあってはお手上げである。王国軍なら警備飛行艇を所有しているが、自分達は持っていない。

 とりあえず遊撃士協会に戻り、ルグラン老人を交えて善後策を練るしかないと考えたエステル達は飛行船を出る事にした。しかし、飛行船を出たエステル達は驚きの声を上げて固まった。王国軍の兵士達が飛行船を出た自分達に銃剣を向けていたのだ。取り囲む王国軍の兵士は軽く数えただけで二十人は居る。

 

「空賊め、大人しく手を上げろ!」

 

 王国軍は自分達を空賊だと勘違いしているようだ。誤解を解こうと、エステルは遊撃士の紋章を王国軍に向かって突き出した。

 

「フン、遊撃士の紋章が身の潔白の証拠になるものか!」

 

 そう言って姿を現したのはモルガン将軍だった。どうしてモルガン将軍がここに現れたのか不思議でならないと言ったエステル達に答えるかの様に、モルガン将軍は調査が不十分と思われた各地の再調査を行っていた、と話した。

 

「お前達が空賊の仲間だとは、さすがに思わなかったがな」

「アタシ達は空賊の仲間なんかじゃないわよ!」

 

 モルガン将軍の言葉にアスカは猛烈に抗議した。

 

「それならば空賊どもはどこにいる?」

「あと一歩の所で逃げられてしまいました……」

 

 ヨシュアがモルガン将軍の質問にそう答えると、モルガン将軍は声を上げて笑い出した。棒を握るエステルの手の力が強まる。殴りかかりたいのを必死にこらえているのが分った。

 

「見苦しい言い訳だな。我々がやって来ることを、おぬしらが空賊に報せたのだろう」

 

 もうエステルの我慢も限界だった。持っていた棒をモルガン将軍に向かって突き付けてしまったため、エステル達は王国軍に現行犯逮捕されてしまうのだった……。

 

 

 

 

 王国軍の警備飛行艇でハーケン門へと連行されたエステル達は、男女別に分かれた牢屋に収監された。明日の朝、モルガン将軍により尋問が行われると兵士から聞かされたアスカは、絶望的な気持ちになった。

 罪人となってしまっては、遊撃士としての輝かしい未来も、そして何より……シンジと会う事が出来なくなってしまう。使徒に飲み込まれた自分を、命を懸けて助けようと追いかけてくれたシンジ。

 この二年間、いつも側に居て、同じ釜の飯を食う仲だったシンジとの別れが唐突に訪れる事になるとは、アスカにとって思ってもみなかった。もう少しシンジに優しくしてあげたら……自分の素直な気持ちを伝えてあげたら……二回目のキスをしてあげたら……とアスカの後悔は尽きず、自然と目から涙があふれて来た。

 

「アスカ、泣いているの?」

 

 エステルに聞かれたアスカは、たまらずエステルの胸に飛び込んだ。

 

「軍が空賊団を逮捕すれば、あたし達の疑いは晴れるわよ」

 

 シェラザードはそう言ってアスカを励まそうとしたが、アスカの涙は止まらない。

 

「そんなの無理よ……空賊団のヤツラが言っていた言葉の意味、シェラだって分ってるでしょう?」

「ええ、軍内部に空賊の仲間が居る」

 

 アスカの涙声に、シェラザードはため息を吐き出してそう答えた。

 

「そうだとしたら、軍に空賊団を捕まえるのは無理じゃない!」

 

 アスカを抱きかかえたままのエステルは、そう言って憤りをあらわにした。

 

「打つ手無しってところね……こんな時、先生ならどうするのかしら」

 

 シェラザードは深々とため息を付いた。そしてアスカのすすり泣く声が地下牢に響いていた。

 

 

 

10

 

 その頃、ヨシュアとシンジが収監された牢屋には先客が居た。このハーケン門で出会い、ボースの街で別れたオリビエである。オリビエは聞かれてもいないのに、自分が牢屋に入れられることになった顛末をペラペラと話し出した。

 そのオリビエの流れるような話し声は、隣の牢屋から漏れ聞こえてくるはずのアスカの嗚咽をシンジの耳に届くのを遮った。しかしそれがシンジにとって精神衛生上良かったのかもしれない。

 アスカの泣き声が聞こえていたら、シンジも正常な心理状態ではいられなかっただろう。自分が追い続けたアスカと離れる事は、シンジにとっても大きな不安になったからだ。

 オリビエの長い長い独壇場は、シンジとヨシュアにとって子守唄のようなものだった。疲れていた事もあり、まぶたが閉じていく。

 

「……これがボクがこの牢屋に閉じ込められる事になった悲劇的物語の一部始終さ、さあっ! 思う存分涙を流してくれたまえ!」

 

 オリビエが気が付くと、ヨシュアとシンジは寝息を立てており。隣からは誰かのすすり泣きが聞こえる妙な状況となった。

 

「……とりあえず、これでいいのかな? そっちは任せたよ、シェラザード君」

 

 オリビエはそう呟くと、自分も眠りに就くのだった。




 ◆六択クイズ◆ の答え

 定期飛行船をこの場所に置いた理由は?

 積み荷の選別をするため
 人質を空賊艇に移すため
 導力エンジンを奪うため
 王国軍の捜索から逃れるため
〇アジトが特殊な場所にあるため
 ラヴェンヌ村に協力者が居るため 


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第十四話 イイ男? オリビエとリシャール、そしてヤンデレ婆さん

 

 次の日の早朝、エステル達は王国軍の兵士に起こされた。驚く事に兵士はエステル達を釈放すると話した。不思議そうな顔をするエステル達の前にモルガン将軍と一緒に姿を現したのは、ボースのメイベル市長だった。

 メイベル市長はモルガン将軍にエステル達の事情を説明したと話した。モルガン将軍は渋い顔をして、エステルがカシウス・ブライトの娘かと尋ねた。エステルがうなずくと、確かにエステルにはレナの面影が残っている、と遠い目をして呟いた。

 

「あたしのお母さんを知ってるの?」

 

 意外なモルガン将軍の言葉に、エステルは驚きの声を上げた。モルガン将軍はロレントのブライト家を訪れ、レナの料理を食べた事もあると話した。

 

「ふふ、赤ん坊だったおぬしにも会った事があるぞ」

 

 モルガン将軍はそう言って口角を上げた。モルガン将軍はカシウス・ブライトとは王国軍に居た頃からの知り合いだと話した。遊撃士カシウス・ブライトが元軍人だったと知ったアスカとシンジは大いに驚いた。

 カシウスは軍に居た頃は稀代の戦略家と呼ばれ、百日戦役の勝利も彼の献策があってこそだと話した。そこまで話したモルガン将軍は突然怒った表情になって、

 

「どうして遊撃士なんぞに……思い出すだけで腹が立つ!」

 

 と言って立ち去ってしまった。

 メイベル市長はモルガン将軍はカシウスが軍を辞めようとした時、何度も引き留めたと話していたと言った。

 

「しかし、そうなると……モルガン将軍の遊撃士嫌いは、先生が原因かもしれないわね」

 

 シェラザードがそう呟くと、エステルは自分の父親のせいでボースでこんな苦労をする羽目になっているのかと頬を膨れさせた。メイベル市長の提案で、エステル達はとりあえずボースに帰り、善後策を練る事になった。

 帰ろうとしたエステル達の耳に飛び込んで来たのは、激しくかき鳴らされたリュートの旋律だった。そして聞き覚えのある哀愁を漂わせる声。

 

「おお、悲しいかな。一夜を共にした仲間の事を忘れ去ってしまうとは……」

「アイツが居たか……」

 

 アスカは大きなため息を付いて牢獄の中でリュートを鳴らすオリビエを見つめた。メイベル市長はオリビエの起こした事件については承知しているようだった。

 

「結局、なんでオリビエさんは牢屋に入っていたの?」

「見も蓋もない言い方をすれば、食い逃げですわ。それもレストラン《アンテローゼ》で」

 

 不思議顔のエステルの質問にメイベル市長そう答えた。メイベル市長はオリビエを釈放するようにモルガン将軍に掛け合ってみると話した。さすがにそれは許されないのでは、とアスカが言うと、レストランのオーナーは自分だから問題ないと話した。

 

「オリビエさん、あなたを釈放して差し上げますよ。ただし、“対価”は払って頂きますからね」

「怖いよー ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」

 

 メイベル市長の意味ありげな笑みに怯えるオリビエを伴って、エステル達はボースの市長邸へと帰るのだった。

 

 

 

 

「それでボクはどうしたらいいのかな、あのレストランでの契約通りピアノを弾けばいいのかな?」

 

 市長邸に戻ったオリビエはそう話を切り出した。

 

「へえ、オリビエさんってリュートだけじゃなくてピアノが得意なんですね」

「そう言うシンジ君だってチェロが弾けるならピアノも弾ける素質があるよ」

 

 ハーケン門からの帰り道、アスカはオリビエのリュートの腕前自慢に、それならシンジはチェロが弾けると対抗心を燃やしていたのだった。チェロはその大きさからヨシュアのハーモニカと違い旅に持って行けるものではない。ピアノなら色々な街に置いてあるからピアノを弾くのも良いかなと思い始めた。

 

「オリビエさんには、エステルさん達の調査の手伝いをしてもらうと言うのはいかがでしょうか?」

「はぁっ!?」

 

 メイベル市長の思ってもみない提案にエステルは驚きの声を上げた。得体のしれないところがあるが、オリビエは旅行者だ。魔獣との戦いなどに巻き込むわけにもいかない。

 

「そう言うわけで、よろしく頼むよ」

 

 許可したわけではないのにオリビエはついてくる気満々だ。

 

「素人について来られても、足手まといになるだけなんだけど」

 

 そんなエステル達の気持ちを代弁するかのように、シェラザードはそう告げた。

 

「導力銃と魔法には自信がある。無論、ボクの天才的な演奏もね」

「人手は不足しているし、仕方ないわね」

 

 シェラザードはため息混じりにそう言ったが、オリビエに好意的な視線を送っている事にアスカは気が付いている。

 メイベル市長は昨晩、ボースの南街区で大規模な強盗事件が起きたので調査をして欲しいと申し出た。空賊の可能性が高いので調査して欲しいとも。また王国軍に邪魔される可能性はあるが、南街区に行ってみる事にした。

 

 

 

 

 遊撃士協会にエステル達が顔を出すと、ルグラン老人から飛行船誘拐事件の中間報告の報酬が出ていると言われた。そしてエステル達は遊撃士6級にランクアップした。仕事が認められ、エステル達は気合いを入れて南街区の聞き込みに向かうのだった。

 南街区ではそこらじゅうに王国軍の兵士達の姿が見えた。エステル達を見ると、市長の依頼だから仕方なく許可してやろう、と大きな態度だ。被害に遭った南街区への店主や住民の聞き取りも王国軍が優先、これ以上市長に迷惑を掛ける訳にもいかない。

 オーブメント工房の二階で、エステル達はリベール通信の記者とカメラマン、ナイアルとドロシーの二人組に会った。強盗事件の被害を取材しているらしい。ナイアルの話によると、この店のオーブメント製品は根こそぎ奪われてしまったようだ。

 

「聞いたぜお前ら、空賊と間違われて投獄されたそうじゃないか」

「アンタの情報のせいよ!」

 

 からかうような表情でナイアルが言うと、アスカは怒った顔で人差し指をナイアルに突き付けた。それは逆恨みだろうとナイアルは涼しい顔で受け流した。ナイアルとドロシーもラヴェンヌ廃坑へ向かったが、すでにエステル達が連行された後だったらしい。

 

「逮捕された瞬間を撮れれば、面白い記事が書けたのによ」

「冗談でも止めてよね、そんな事!」

 

 ナイアルの不用意な発言を聞いたアスカは厳しい目でナイアルをにらみつけた。インターネットやSNSが発達した世界から来た自分達は、フェイクニュースでも拡散されてしまえばネットから消えない恐ろしさを知っている。

 

「そんな事よりも、この強盗事件はやはり空賊達の仕業なの?」

「ああ、そうみたいだな」

 

 シェラザードが真面目な表情で尋ねると、ナイアルも真剣な顔になって答えた。王国軍も今度は遊撃士に負けじと調べているみたいだが、手掛かりをつかめていないようだ。ナイアルからそう聞いたシェラザードは深いため息を吐き出した。

 

「記者君、聞きたい事があるんだけど」

 

 今まで話を黙って聞いていたオリビエが口を開いた。空賊はどこからやって来たのかオリビエに尋ねられたナイアルは、街の西口の方へ飛び去った目撃証言があると話した。

 オリビエはその空賊達の行動は不可解だと発言した。ボースマーケットや市長邸に被害が無いのがおかしいと。推理を披露するオリビエの顔を不思議そうにナイアルは見つめている。

 

「あんたの顔、どこかで見た事ある気がするんだが……」

「フッ、稀代の演奏家、オリビエ・レンハイムの名は聞いた事あるだろう」

「あーっ、レストランの高級ワインを勝手に飲んで兵士さんに捕まったって人ですね!」

 

 オリビエの名前を聞いたドロシーが声を上げると、ナイアルの疑問は四散したようだ。食い逃げ犯とどうしてエステル達が一緒に行動しているのか理由を尋ねると、疲れるような気がするから尋ねないでおく、と言ったナイアル達とエステル達は別れた。

 

 

 

 

「おい、お前達!」

 

 オーブメント工房を出たところでエステル達は王国軍の士官に呼び止められた。今は自分達王国軍が捜査中だから南街区を出て行け、と言われたエステルは怒って、

 

「あ、あんですって~!?」

 

と叫んだ。

 調査をしたいのなら、王国軍が引き上げた後にしろと言い放つ王国軍の士官。立ち去らなければまた牢獄行きだぞ、と脅しをかけて来た。

 

「ふん、虎の威を借りる狐ね」

 

 本来ならば暴走するエステル達を抑える立場であるシェラザードが挑発するようにつぶやいた。横暴な王国軍の士官の態度に、よほど腹が立ったらしい。にらみ合う王国軍の士官とシェラザード。一触即発の状態となった。

 

「何をしているのかね」

 

 王国軍の士官の後ろから姿を現したのは金髪でオールバックの、立派な軍服に身を包んだ男性将校だった。その隙のないお手本とも言える姿勢からは品格が漂っていた。士官は慌てふためいて将校に向かって敬礼をする。

 

「栄光ある王国軍の一員が恫喝行為などとは……恥を知りたまえ」

 

 士官はすっかり平伏してしまっている。この将校は士官よりも位がかなり高い事を感じさせた。将校はエステル達の遊撃士の紋章に気が付くと、士官を厳しい目で追及する。

 

「軍と遊撃士協会は協力関係にある。悪化させるような事をしてどうするのだ?」

「じ、自分はモルガン将軍の忖度を致しまして……」

 

 士官が恐る恐る進言をすると、将校はウンザリとした顔で深いため息を吐き出した。この将校はモルガン将軍の遊撃士嫌いに嫌気がさしているらしい。将校が撤収を命じると、士官は敬礼をして近くで捜索活動をしていた兵士達をまとめて立ち去った。

 

「遊撃士の諸君。軍の人間の無礼を詫びよう」

 

 将校はエステル達に近づくと、爽やかな笑みを浮かべながらそう話した。またシェラザードの視線が熱いものになった、とアスカは心の中で苦笑した。

 

「これは、ご丁寧にありがとうございます。私の方こそ、挑発的な態度をとってしまい申し訳ないことをしました」

 

 かしこまったシェラザードの立ち振る舞いに、シンジは懐かしい人物の姿を思い浮かべた。外ではピシッと決めて、家族の前ではズボラな一面を見せていた彼女の姿を。

 

「お互い様だと言うわけだね。軍と遊撃士は補完し合う存在だと考えている」

「あなた方を失望させないように、努力させて頂きますわ」

 

 将校が自分の意見を述べると、シェラザードは笑顔を浮かべて熱い視線で将校を見つめた。エステルとアスカも将校の紳士的な振る舞いに感心した様子だった。そして将校の後ろに控えていた女性士官が初めて口を開いた。

 

「大佐、そろそろお時間ですが」

 

 将校はもう少しエステル達と話したそうな様子だったが、別れのあいさつをして立ち去ろうとした。一度背中を向けた将校は、数歩歩いて気が付いたようにエステル達に向き直った。

 

「まだ名前を言ってなかったな。私は王国軍大佐、リシャール。何かあれば連絡をお願いする。それでは今度こそ諸君、さらばだ」

 

 そう言ってリシャール大佐と女性士官はエステル達の前から立ち去って行った。

 

「ふーん、なかなかイイ男じゃない」

 

 アスカがシェラザードをからかうようにつぶやくと、シンジは顔を歪ませた。分かりやすいシンジのやきもちに、アスカはプッと噴き出した。

 

「バカシンジ、あんたが無理してリシャール大佐に張り合う必要なんてないのよ」

「な、何を言い出すんだよ」

 

 自分の心を見透かされたシンジは顔を赤くしてアスカに言い返した。

 

「どうせ大佐になんてなれっこないんだからさ!」

 

 素直にそのままのシンジが好きだとは言えないアスカだった。

 

「おーい、今話していた黒い軍服の男は何者だ?」

 

 ナイアルがあわててオーブメント工房から出て来てエステル達に尋ねた。二階の窓から話しているのが見えたのだろう。

 

「ナイアルさんが前に話していた情報部のリシャール大佐だよ」

「何だとーーーっ!」

 

 エステルがそう言うと、ナイアルは大声を上げて驚いた。こうしてはいられない、とナイアルとドロシーはリシャール大佐を追いかけるためにエステル達の前から姿を消した。

 

「あんた、どうしたの?」

 

 真剣な表情で考え込むオリビエに、シェラザードが不思議そうな顔で声を掛ける。

 

「今のリシャール大佐という人物。イイ男である事はボクも認めざるを得ないが……ボクのライバルになるにはウィットにとんだユーモアが足りないね」

 

 オリビエの言葉を聞いたエステル達は大きな大きなため息を吐き出すのだった……。

 

 

 

 

 王国軍の兵士が引き揚げた後、エステル達は南街区で聞き込みを行った。住民の話によれば、強盗団はやはり複数犯、被害者の中には大事な指輪を盗まれた者もいた。

 

 ◆盗まれた指輪◆

 

 【依頼者】ラーナ

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 そしてエステル達は被害者の一人、セシル婆さんから詳しい状況を聞くことが出来た。婆さんは夜中に玄関先から物音が聞こえたので、酒を飲んだバカ亭主が帰って来たのかと、ドアを開けて怒鳴った。しかしそこに居たのは怪しい覆面の男達。

 婆さんは心臓が止まるほど驚いたらしいが、覆面の男達も婆さんの怒鳴り声に驚いて逃げて行き、盗みに入られる事は無かったと言う。

 

「それで、ご主人の帰りが遅かったのはお酒が理由ですか?」

 

 シェラザードが尋ねると、婆さんは首を横に振って右手を上げる仕草をした。その仕草にピンときたアスカが声を上げる。

 

「外に愛人を作って居たって事ね!」

「バカ言うんじゃない! そんなんだったらあたしゃ亭主をぶっ殺して、あたしも死ぬよ」

 

 思わぬヤンデレ婆さんに、さすがのシェラザードもドン引きした。シンジは歳をとってもこれほど愛されるのは幸せな事なのかなと考えた。

 

「お婆さんが言いたかったのは釣りって事でしょう?」

 

 エステルがそう言うと、婆さんは力強くうなづいた。婆さんの夫は釣り好きで、昨日もボースの街の南にあるヴァレリア湖畔へ行ってしまったのだと言う。そして今日になってもまだ帰って来ていないらしい。

 

「全くあのロクデナシ、帰ったらうんと叱ってやる!」

 

 婆さんから湧き上がる怒りのオーラに圧されたエステル達は、これ以上強盗事件の話も聞けないとも判断し、婆さんの家から出ようとした。そこに老人の声が響き渡る。

 

「おーい、今帰ったぞ!」

 

 老人は何も釣れずに帰って来た事で、疲れたため息をつきながら中へと入って来た。老人の姿を見た婆さんはエステル達が耳を塞ぎたくなるほどの腹からの大声で叫ぶ。

 

「このバカクワノ!」

「なに怒ってんだ、そんな大声出して」

 

 クワノ老人は腰を引かせて辛うじてそう言い返した。

 

「あたしにこんなに心配かけて、呑気に遊び惚けてるなんて!」

 

 そう言ってセシル婆さんはクワノ老人を抱き締めた。

 

「叱ってやるんじゃなかったの?」

 

 アスカがドン引きしながらもあきれた顔でポツリとつぶやいた。

 

「おい、お客さんが見ているだろうが」

 

 クワノ老人がそう言うとセシル婆さんはクワノ老人から離れて椅子に座った。無駄だと思いながらも、エステル達はクワノ老人に昨日の夜、この近辺で起きた強盗事件について説明した。

 

「それにしても、婆さんの怒鳴り声で強盗犯が逃げて行ったってのは面白いな」

「あんだって~っ!?」

 

 不用意なクワノ老人の言葉にセシル婆さんの鉄拳が飛ぶ。椅子から転げ落ちたクワノ老人を見て、エステル達は心配になった。立ち上がったクワノ老人は何かを思い出したように話し始めた。

 

「今のショックで思い出したんだが、南の湖畔にやる宿屋に居る奴から、宿屋の近くで怪しい連中を見たって聞いたな」

「あんたバカだね、そう言った事は直ぐに話しな」

「忘れていたんだから仕方ないだろ」

 

 セシル婆さんに言い返したクワノ老人の頭が叩かれる。「アタシはあそこまで暴力的じゃないわよ」とアスカは言い訳するようにつぶやいた。詳しい話を聞かせてくれとシェラザードが促すと、クワノ老人は話を続けた。

 クワノ老人は又聞きだと前置きをしてから、夜釣りをしている時、真夜中に宿屋の裏口からこっそりと抜け出して街道の方へ行った集団がいたらしいと話した。宿屋のスタッフの話だとそんな集団は泊まっていないらしい。

 その宿で事件は起きていないかヨシュアが尋ねると、無事平穏、静かなものだとクワノ老人は答えた。何も事件が起きていないと聞いたエステルは落胆したが、ヨシュアは逆に怪しいと断言した。

 何か事件が起きれば軍が調べに来る、だから自分達のアジトの近くでは事件を起こさないのではないか。ヨシュアの考えにシェラザードも賛成のようだった。空賊達は抜け目がない、起きた事件を調べるだけではなく、こちらから積極的に調べる必要があると話した。

 クワノ老人の話によると、ヴァレリア湖畔にある川蝉亭は料理も美味く、絶好の釣りスポットでもあると言う。その話を聞いたエステルとオリビエは目を輝かせた。

 

「さあ、川蝉亭に向かってレッツゴー!」

「アンタ、釣りに行くんじゃないんだからね」

 

 元気良く拳を突き上げるエステルに、アスカはあきれ顔でツッコミを入れた。

 

「フッ、美味い料理を肴にワインを嗜もうじゃないか」

「今夜付き合ってあげるわ」

 

 シェラザードはオリビエに向かって妖艶な笑みを浮かべる。酔わせて一夜を共にして既成事実を作ってしまうつもりなのか。オリビエはシェラザードの酒が底無しだとは知らない。シンジはオリビエに降りかかる災難を思うと、深いため息を吐き出したのだった。




セシル婆さんがヤンデレなのはこの作品オリジナルの設定です。セシル婆さんの話が面白くて少し長くなってしまいました。次回は湖の湖畔でちょっとしたLASとヨシュエスシーンがあるかもしれないです。


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第十五話 水色の髪の少女と銀髪の少年

 

 エステル達は喜び勇んでヴァレリア湖畔を目指したが、行く手には手配魔獣が立ちはだかっていた。

 

 ◆アンセル新道の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】1500 Mira

 【制 限】6級以上

 

 アンセル新道に凶暴な魔獣【アンバータートル】が出没中です。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。

 

 武器攻撃も火属性以外の魔法も効きにくい魔獣がなんと六匹。エステル達はウンザリとした顔になった。しかし、美味しい料理と釣りが待っている、と自分達を奮い立たせ、エステル達はアスカの火属性魔法ヒートウェイブの範囲内に魔獣達を引き付ける作戦を取り、魔獣を一掃した。

 

「ザッとこんなもんよ!」

 

 火属性の魔法を詠唱したアスカは得意げに胸を張った。

 

「アスカ、自分一人の手柄じゃないんだからね」

「分かってるわよ、あ、ありがと……」

 

 シンジにたしなめられたアスカはぎこちなくではあるが共に戦ったメンバーにお礼を言うのだった。

 ヴァレリア湖の北岸に建つ宿屋の名前は《川蝉亭》。二階建てのコテージを数軒合わせたような大き目の建物だ。湖に突き出した桟橋からは釣り人達が糸を垂らしている。

 

「雰囲気の良い所じゃない」

 

 エステルは静かな湖畔を見回してそうつぶやいた。

 

「あたしはこの宿に泊まった事があるけど、お酒は美味しいし、部屋も良かったわ」

「仕事が終わったら、泊ってもいい?」

 

 シェラザードがそう言うと、アスカは上目遣いで許可を求めた。どうやらこの宿が気に入ったようだ。

 

「さあ、早く事件を解決してバカンスを楽しもうじゃないか!」

「なにアンタが仕切ってるのよ!」

 

 髪をかき上げてオリビエが声高らかに宣言すると、アスカは怒った顔でツッコミを入れた。シェラザードがパンパンと手を叩く。

 

「とりあえず、怪しい集団の目撃者に話を聞きに行くわよ」

「はーい」

 

 エステルは釣りが出来ない事を名残惜しそうに返事をした。宿の主人に話を聞くと、クワノ老人の釣り仲間の名前はロイドと言い、《釣公師団》と言う組織の一員らしい。今も湖の桟橋で釣りをしていると聞いたエステル達は、湖の桟橋で真剣な表情で釣りをしている男性の姿を見つけた。

 

「あの、あなたがロイドさん?」

 

 エステルが話しかけても、男性は返事をしない。

 

「凄い集中力だね……」

 

 湖を泳ぐ魚に全集中をしている中年の男性に、ヨシュアは驚きの声を上げた。このままでは話が聞けない、と困った顔をするエステル達に、ここはアタシに任せて、とアスカが中年の男性の耳元に近づいた。

 

「アンタバカァ!?」

 

「うわっ!」

 

 驚いた中年の男性はエステル達の方を振り向いた。アスカの怒鳴り声はエステル達の鼓膜も直撃していた。反射的に手で耳を抑えていたヨシュアは手を外すと、中年の男性にあなたがロイドさんですか、と再度尋ねた。

 

「どうして私の名前を?」

「クワノさんから聞いたのよ、少し話を聞かせてもらっていいかしら?」

 

 不思議そうな顔で尋ねるロイドに、シェラザードはそう説明した。知人の名前が出た事で、ロイドは警戒心を解いて協力してくれる事になった。ロイドはおとといの夜、奇妙な集団を確かに見たと話した。

 もっと詳しく話を聞かせて欲しいと、続きを話す様に頼むと、ロイドはおとといの夜の事を順を追って話し始めた。ボートで夜釣りに行ったロイドは、魚釣りでクタクタになって宿に戻った。夜も更けて、宿のスタッフ達も全員寝ていた。

 そして借りていたボートを元の場所に戻して宿の中に入ろうとすると、奇妙な二人組が宿の裏口から街道の方へ出て行くのを見た。次の日、宿のスタッフに聞くと二人組の事は知らないと言われ、幽霊でも見たのかと背筋が凍る思いがしたのだと言う。

 

「幽霊、そんなのが出るの!?」

 

 ロイドの話を聞いたエステルは青い顔になって体を震わせた。その二人組は若い男女のカップルで、心中して湖に身を投げたのかもしれない……とロイドが話すと、エステルはさらに真っ青になって体を震わせた。

 

「相変わらず、幽霊話には弱いのね」

 

 シェラザードはそう言って苦笑した。ロイドは幽霊と言うのは冗談だが、その二人組が普通のカップルではないと話した。その男女は変わった服を着ていたらしい。身体のラインが判るような、全身タイツの様な真っ白な服と、真っ黒な服を着ていたと言うのだ。

 

「もしかして、プラグスーツ!?」

 

 アスカとシンジは顔を見合わせて叫んだ。

 

「あんた達の知り合いなの?」

 

 不思議そうな顔で尋ねるシェラザードに、アスカとシンジは自分と同じ世界から“召喚”されたに違いないと話した。エステルとヨシュアも、二年前にアスカとシンジが着ていた服の特徴と似ていると話した。

 そのカップルは二日後にまたここに来る、と誰かと話していたらしいとロイドは言った。おとといの二日後と言えば今日の事だ。その怪しい二人組は今夜現れるに違いない。

 空賊事件と関係があるとは言い切れないが、アスカとシンジにとっては放っては置けない情報だ。シェラザードも二人の気持ちを汲んで、今夜はここで宿をとる事に決めた。

 

「ありがとうございます、シェラさん!」

「まあ、空賊事件に関係ないとも言い切れないしね」

 

 嬉しそうな顔をしてお礼を言うシンジに、シェラザードは優しい笑みを浮かべてそう言った。話を終えたロイドはまた釣りに行くと言ってボートで湖の方へと消えて行った。エステル達は宿をとるために、宿の主人の所へと行く事にした。

 

 

 

 

 宿の予約を取ったエステル達は、夜にまで時間があるため、遊撃士の依頼をこなす事にした。ボースの遊撃士協会の掲示板を見ると、急ぎの依頼が張り出されていた。

 

 ◆ベアズクローの調査◆

 

 【依頼者】スペンス老人

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】6級以上

 

 ボース地方で『ベアズクロー』の生息地を探しています。

 

 エステル達はロレント地方のミストヴァルトでベアズクローを見つけている。ボース地方で同じように湿気の多い場所と言えば、

 

「霜降り峡谷よね、エステル?」

「霧降り峡谷だってば、しつこいなあ!」

 

 バカにして笑うアスカに、エステルは怒った顔で言い返す。霧降り峡谷には手配魔獣も居ると言う。BPを稼ぐには良い機会だった。

 霧降り峡谷はその名前の通り、10アージュ(この世界で言うセンチメートル)先も見通せない危険な場所だった。魔獣の奇襲はもちろん、意外なものを触ってしまう事もあるわけで……。

 

「アレ? なんだこの柔らかくて弾力のある物は……」

「それはアタシのお尻よ、バカシンジ!」

 

 アスカの裏拳がシンジのみぞおちに炸裂する。シンジはバランスを崩して谷へと落ちそうになったところをヨシュアに助けられた。アスカの照れ隠しは命取りになる。しかしエステル達は他にも危険なものがこの山には眠っている事を知る。

 

「おや、来客とは珍しいな」

 

 エステル達が霧降り峡谷を進んで行くと、一軒の山小屋があった。その小屋に住むウェムラーと言う男性は、休憩場所と食事を提供してくれると話した。しかしシンジは鍋で煮込まれている料理が、かつて自分の居た世界で見たものと同じ色と匂いを放っている事に気が付いた。

 

「アスカ、これって……」

「ミサトのカレーに匹敵しそうね」

 

 危険を察知したシンジとアスカは料理を口に入れなかったが、他の三人はHPを瀕死になるまでゴッソリと持って行かれた。《地獄極楽鍋(闇鍋)》。ウェムラーは嬉しそうにレシピをシンジに教えてくれた。食べずにレシピを習得出来て、本当に良かったと思うシンジだった。

 瀕死になったエステルとヨシュアとシェラザードは、シンジの魔法で何とか回復した。そしてエステル達の推測通り、ベアズクローは霧降り峡谷に自生していた。後は、手配魔獣を倒すだけだ。

 

 ◆霧降り峡谷の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】6級

 

 霧降り峡谷に凶暴な魔獣【マスタークリオン】が出没中です。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。

 

 霧降り峡谷に居た手配魔獣は、魔法を操る強敵だった。しかし、時属性のクオーツを重点的に装備して時属性をLV3に上げていたヨシュアは、アンチセプトと言う相手の魔法を封じる魔法を会得していた。

 魔法を封じられた魔獣は何もすることが出来ず、エステル達は苦も無く手配魔獣を退治するのだった。

 

 

 

 

 遊撃士協会に依頼の報告をしたエステル達は、川蝉亭で休憩をとる事にした。四人部屋にはエステル、アスカ、シンジ、ヨシュアの四人。二人部屋にはシェラザードとオリビエの二人。シェラザードは早速オリビエと酒場でお酒を嗜む(?)ようだ。

 

「ねえねえ、みんなで釣りしようよ!」

 

 険しい霧降り峡谷で魔獣退治をしたのに、エステルの体力は有り余っているようだ。アスカとシンジは体を休めると言って二人で部屋に残り、ヨシュアはテラスで読書をすると言った。

 

「ちぇっ、ヨシュアに振られちゃったな」

 

 エステルがつまらなそうな顔でそうつぶやくと、ヨシュアの身体がビクッと震えた。しかし、一緒に釣りをする気までにはならない様だ。ここから君の釣りの腕を見せてもらうよ、と微笑む。

 宿屋の主人に釣り竿を借りたエステルは、桟橋の先で釣りを始めた。

 

「よし、狙いは大物!」

 

 淡水魚の中で一番大きい魚はサモーナ。この湖で釣り上げる事が出来るか分からないが、エステルは挑戦してみる事にした。

 

 ◆釣り三択クイズ◆

 

 ※サモーナが釣れるかは完全に運です。27分の1の確率です。

 

 釣りのポイントはどうしよう?

 

 【西側にある桟橋周辺】

 【南側の日の照った水面】

 【東側の木陰が伸びている付近】

 

 仕掛けはどうしよう?

 

 【ルアー】

 【生き餌】

 【フライ】

 

 ポイントと仕掛けが決まったエステルは針を投げた。そして待つ事しばらくして、エステルは竿に手応えを感じた。

 

「ここからが肝心ね、どうやって釣り上げようかしら」

 

 【一気に引き抜く】

 【少し待ってから】

 【じっくり疲れさせてから】

 

「これでどう!?」

 

 エステルが竿を引っ張ると、見事に狙い通りサモーナを釣り上げた!

 自己最高記録の更新に、エステルは大はしゃぎで喜び、見ていたヨシュアからも拍手が起こる。

 

「フフン、ヒキの強さから、ただ者ではないと思ったのよね!」

 

 ヨシュアに向かって得意満面の笑みでピースサインをするエステルを、ヨシュアは眩しそうに見つめていた。

 

 

 

 

 エステルが釣りを楽しんでいた頃、部屋に残ったアスカとシンジは深刻な表情で、ロイドに目撃されたプラグスーツの二人組の事を話していた。片方の女性の方は自分達が良く知る綾波レイで間違いないだろう。もう片方の黒いプラグスーツを着た男性の正体が全く見当が付かない。それが二人の不安を大きくしていた。

 

「アスカは、ボク達の他にエヴァのパイロットが居るか知ってる?」

 

 不安そうな顔をしたシンジが尋ねると、アスカは苛立ったような表情で首を横に振った。

 

「アタシだって分かんないわよ。でも、初号機と弐号機が消えたのだから、新しいエヴァとパイロットが補充された可能性はあるわね」

 

 せっかくのバカンスなのに、二人の気持ちは沈んでいた。エヴァンゲリオンが無いのだから、パイロットだけでは何も出来ないはず……。

 

「こうなったら、今夜ファーストのやつをとっ捕まえてゲロさせてやるんだから!」

「綾波は別に犯罪者じゃないんだから、手荒な真似はしないでよ……」

 

 腕まくりをして鼻息を荒くするアスカに、シンジは深いため息を吐き出した。

 

「やる事が決まったのなら、もう部屋に閉じこもってウジウジしている場合じゃないわ。アタシ達も、休暇を満喫しましょう!」

「うん、そうだね」

 

 アスカの言葉にシンジも力強くうなずいて、部屋を出るのだった。

 

 

 

 

「大漁大漁。ねえねえ、ヨシュア、見て見て!」

 

 エステルが夢中になって10匹目の魚を釣り終わると、いつの間にか空は茜色に染まっていた。そしてテラスの椅子で座り、本を読みながらエステルの事を見守っていたヨシュアの姿が見えない。

 その代わり、テラスの椅子に座っていたのはアスカとシンジだった。しばらく前から湖を眺めながらエステルが釣りをしている所を見ていたらしい。

 

「ヨシュア、どこに行ったのか知らない?」

「さあ? 宿の中には居ないと思うけど」

 

 エステルに尋ねられたアスカはそう答えた。建物の中に居ないならばきっとヨシュアは外に居る。エステルは虫取りで鍛えた視力で周囲をくまなく見回す。かくれんぼの鬼では街の子供達の誰にも負けたことが無い。

 エステルはヨシュアが今朝ロイドが釣りをしていた西の桟橋に居るのを目敏く見つけた。ヨシュアは考え込むような表情で、空と同じオレンジ色に染まった水面を眺めていた。

 エステルは釣った魚を宿の主人に渡すと、ヨシュアの元へと近寄った。

 

「何か悩み事?」

「いや、別に悩んではいないけどね」

 

 エステルが声を掛けると、振り返ったヨシュアは笑顔で答えた。

 

「君の方こそ、釣りはお終い?」

「もう十分堪能しちゃったわ」

 

 ヨシュアの問い掛けに、エステルも満面の笑みで答えた。しかし次の瞬間エステルはヨシュアを真剣な表情で見つめると、責めるように尋ねた。

 

「また独りで何か抱え込もうとしていない? あたしには分かるんだってば」

 

 エステルに指摘されたヨシュアは、息を飲んで驚いた。そしてエステルは頬を膨れさせてヨシュアの目をじっと見つめる。

 

「ヨシュアだって、あたしが落ち込んだ時慰めてくれるでしょうに。……あたしじゃ頼りにならないかもしれないけど、こうして側に居てあげる事は出来るんだから」

 

 エステルの言葉を聞いたヨシュアはしばらくの間黙り込んでいた。そして考えを巡らせるような仕草をした後、

 

「…………ごめん…………」

 

と、ポツリとつぶやいた。

 

「違う、ありがとう、でしょう?」

 

 何だか自分もシンジみたいに謝ってしまったな、とヨシュアは反省した。アスカも今のエステルのようにシンジの事を正すのだろう、と思った。

 

「ヨシュアってば色んな事は知ってるけど、肝心な事が分かっていないんだから」

 

 エステルがあきれた顔で深いため息をつくと、ヨシュアは本当にその通りだと自嘲した。そして笑顔でエステルに改めてお礼を言った。

 

「ありがとう、エステル」

「お礼はハーモニカで一曲でいいわよ」

「『星の在り処』でいいかな?」

「もちろん!」

 

 エステルはそう答えて、桟橋の丸太の上に腰掛けてヨシュアがハーモニカで奏でるメロディに聞き入っていた。

 

「……僕の事、何も聞かないんだね」

 

 ハーモニカを吹き終えたヨシュアはそうつぶやいた。

 

「だって、自分から話す気になるまで、あたしの方からは何も聞かないって約束したじゃない」

 

 エステルはあっけらかんとした笑顔でそう答えた。

 

「でもどうして五年も何も聞かないで一緒に暮らせたりするんだい? 得体の知れない人間を、どうして君たちは受け入れてくれるの……?」

 

 ヨシュアは辛そうな瞳で、グッとエステルを見つめながら尋ねた。すると、エステルは穏やかな笑みをたたえてヨシュアを見つめ返した。

 

「そんなの理由なんて必要ないわよ、だってヨシュアは家族なんだし」

 

 キッパリとそう言い切ったエステルに、ヨシュアは驚いて息を飲んだ。

 

「あたしはヨシュアの事、よく知っているつもりよ。面倒見が良くて、寂しがり屋な所も」

 

 そしてエステルは黙って二の句が継げないヨシュアにさらに語り掛ける。

 

「そしてあたしは父さんの性格とかクセとか、料理の好みとか、そういった肌で感じられる部分を知っている。アスカだって、シンジだって、それは同じよ」

 

 エステルは満面の笑みでヨシュアにそう告げた。そしてヨシュアは嬉しそうにクスリと笑った。

 

「全く君には敵わないな。初めて会って、君に跳び蹴りを食らった時からね」

「あはは、幼いがゆえの過ちって事で、赦してね」

 

 照れたエステルはそう言ってごまかし笑いを浮かべる。その頬が赤いのは、夕陽のせいだけではないはずだ。そしてヨシュアは真剣な表情になってエステルに話しかける。 

 

「今回の事件、僕達の手で解決しよう。父さんの行方を突き止めるんだ」

「もちのロンよ!」

 

 エステルも元気にヨシュアの言葉に答えるのだった。

 

 

 

 

 アスカとシンジが二階から降りると、宿の酒場ではシェラザードとオリビエが向かい合わせの席に座ってワインをまだ飲み続けていた。

 

「ほらほら、どんどん飲みなさい」

 

 シェラザードはそう言って、オリビエのグラスにワインをなみなみと注ぐ。

 

「待ってくれたまえ、ペースが早過ぎはしないかい?」

 

 酒に酔った真っ赤な顔でオリビエがシェラザードを止めようとすると、シェラザードは不機嫌な顔になって怒り出した。

 

「ゴルァ、このポンコツ演奏家! あたしの酒が飲めないつーの?」

 

 シェラザードにどやしつけられたオリビエは悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 

「まあ、シェラならどんなに飲んでも大丈夫でしょ」

 

 アスカはそう言ってあきれた顔でため息をついて、スタスタと宿の外へと出て行ってしまった。

 

「ボクの心配をしてくれぇぇぇ……」

「ごめんなさい、オリビエさん。もうシェラザードさんを止めるのは無理です」

 

 シンジは申し訳なさそうな顔でオリビエに謝って、アスカを追って宿の外に出るのだった。

 

 

 

 

 二人が宿の外に出ると、暮れなずむ湖畔でエステルが釣りに夢中になっている姿が見えた。そして釣りを終えたエステルがこちらを向いてヨシュアに呼びかける声が聞こえた。

 

「ヨシュア、どこに行ったのか知らない?」

「さあ? 宿の中には居ないと思うけど」

 

 エステルに尋ねられたアスカがそう答えると、エステルは外をぐるりと見まわしヨシュアの姿を見つけたようだ。エステルは釣った魚を宿の主人に渡すと、ヨシュアの元へと近寄って行った。

 アスカとシンジはそんな二人の様子をテラスの椅子に座って眺めていた。わざわざ自分達が二人の話を邪魔しに行く事は無い。ただ静かな湖畔であるため、エステルとヨシュアの話は少し離れたアスカとシンジには丸聞こえだったのだ。

 ヨシュアがハーモニカで奏でる『星の在り処』の調べがアスカとシンジにも聞こえて来る。

 

「夕陽を背負ってハーモニカを吹くなんて、反則よね……」

 

 アスカがヨシュアを見て、感心したようにつぶやくと、シンジの心に嫉妬が燃え上がった。自分も今のヨシュアのようにチェロをアスカの前で弾いてみたいが、それは叶わない願いだ。

 

「ピアノ、弾いてみたらどう? チェロと大して変わらないわよ」

「変わると思うけど……」

 

 そんなシンジの心を見透かしたように、アスカがニヤリと笑ってシンジに声を掛けた。シンジは前にもピアノを弾くように勧められた事がある。アスカにはそう答えたものの、ピアノを始めてみようかなとシンジは思った。

 ヨシュアのハーモニカ演奏が終わり、エステルとヨシュアは再び話を始めた。落ち込むヨシュアと、励ますエステルの会話が二人の所にも漏れ聞こえて来る。エステルの言葉を聞いたアスカとシンジは考え込むような表情になった。

 

「ミサトがさ、一緒に暮らそうとした意味が分かった気がする」

「うん、お互いの事を肌で感じられる距離が家族なんだね」

 

 アスカの言葉に、シンジも深くうなずいて同意した。そして、アスカは少し潤んだ瞳でシンジの事を見つめる。

 

「アタシ、ハーケン門の牢屋にシンジとバラバラに閉じ込められた時、シンジと二度と会えなくなるんじゃないかって思うと悲しくなった」

「うん、家族と離れ離れになるなんて、とても辛い事だよね」

 

 シンジは真剣な表情でアスカの目を見つめ返してそう答えた。しかしアスカは首を軽く横に振って、シンジに呼び掛けるように言った。

 

「アタシはね、シンジにまだ自分の本当の気持ちを伝えてないのよ」

「本当の気持ち?」

 

 シンジは不思議そうな顔をして尋ねる。

 

「好き、って事」

 

 アスカはそう言うと、目を閉じて身を乗り出し、シンジに向かって唇を突き出した。アスカの頬が赤く染まっている様に見えるのは、夕陽のせいではないだろう。恥ずかしさを感じたシンジも目を閉じて接触の瞬間を待った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、シンジの唇に何かが軽く触れる感触があった。しかし何かがおかしい。初めてアスカとキスした時(ファーストにしてワーストなものだった)感じたものと違う。上唇に固いものが当たっている。アスカの歯が当たっているにしても凄く不自然だ。

 違和感を覚えたシンジが目を開くと、シンジはアスカの人差し指を加えていた。アスカはしてやったりと、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。今はこれで良い、冗談交じりでもシンジに自分の想いを伝えられたとアスカは思うのだった。

 

「あははは、シンジってば魚みたい!」

 

 エステルの笑い声を聞いたアスカとシンジは顔が真っ赤になった。二人はいつの間にか桟橋での話を終えて、宿の近くに戻って来ていたのだ。

 

「アンタ達、さっきからずっと見ていたの!?」

「僕達の事を見ていたお返しさ」

 

 ヨシュアは涼しげな笑顔でアスカにそう答えた。お互い様だよ、と肩を叩くエステル。茜色に染まった空は、東の方から暗いグラデーションに変わり始めていた。楽しい休暇の時間はお終い、これから最重要作戦に向けて準備を始めなければ。

 エステル達は、宿の中で飲んでいるであろうシェラザードとオリビエに合流するべく、宿の中へと入って行った。その姿を白いプラグスーツを着た水色の髪の少女と、黒いプラグスーツを着た少年がじっと見ていた事には気が付かなかった。

 

「『葉隠れ』のクオーツは便利だね。気配を完全に消す事が出来るなんて」

「でも、もう残りEPが少ないわ」

 

 銀髪の少年に話し掛けられた水色の髪の少女は無表情でそう答えた。

 

「……彼に会わなくて良いのかい?」

 

 真剣な表情になった銀髪の少年は、水色の髪の少女の目をじっと見つめるとそう尋ねた。

 

「そんな『命令』はされていないわ」

 

 そう言うと水色の髪の少女は悔しそうに下唇を噛んだ。彼のお陰で『命令』に縛られない生き方をする事が出来るようになった。しかし今は『命令』に従わないと命まで取られるかもしれない状況に居る。

 その悔しさは少女の胸をきつく締め付けるのだった……。




この段階ではここまでが限界です、済みません。
FC編の最後では〇〇シーンもあります。(原作微ネタバレ)

 ◆釣り三択クイズ◆ 解答

 釣りのポイントはどうしよう?

〇【西側にある桟橋周辺】
 【南側の日の照った水面】
 【東側の木陰が伸びている付近】

 仕掛けはどうしよう?

〇【ルアー】
 【生き餌】
 【フライ】

「ここからが肝心ね、どうやって釣り上げようかしら」

 【一気に引き抜く】
 【少し待ってから】
〇【じっくり疲れさせてから】


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第十六話 絶体絶命! 人質にとられたアスカ!

 

 エステル達が川蝉亭の酒場に顔を出すと、目を回したオリビエがテーブルに突っ伏していた。そのオリビエをニコニコ顔で見つめているのは、ワインでほんのりと頬を赤くしたシェラザードだった。

 

「いい所に来たわね、お姉さんと一緒に飲みましょう?」

「未成年に飲酒を勧めてどうするんですか」

 

 シンジは少し固い表情でシェラザードを注意した。しかしシェラザードは身体をくねくねさせてイヤイヤと拒絶する。

 

「シンちゃんってば、つれないっ。一緒に飲むったら飲むのっ!」

 

 精神年齢が二十も低下したようなシェラザードの口振りに、エステル達はため息をもらす。駄々っ子モードに入ってしまったシェラザードを鎮めるには更なる生贄を捧げるしかない。

 

「オリビエさんがまだイケるみたいですよ」

「ヨシュア君、ボクを殺す気かい?」

 

 明るい笑顔でヨシュアがそう言うと、オリビエはすがるような目で訴えかけて来た。アスカはそんなオリビエに目もくれず、夕食を食べるために奥のテーブルへと向かった。

 

「アスカ、オリビエさんを放って置いて大丈夫なの?」

「本人たちが幸せなんだから、止める必要はないんじゃない?」

 

 まだまだ大人の恋愛と言うものがわかってないわね、とアスカは心配顔のシンジの手を引っ張ってテーブルへと座らせる。エステルとヨシュアも同意見の様で、アスカとシンジと同じテーブルへと座った。

 

「面倒だから、あんたに口移しで飲ませちゃおうかしら」

 

 シェラザードはニヤリと笑ってワインを口に含ませて、テーブルに突っ伏しているオリビエの髪を引っ張り、顔を起こす。シェラザードの唇がオリビエに迫る。

 

「うわあああああっ!」

 

直後にオリビエの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 伸びてしまったオリビエは夕食を食べ終わったシンジとヨシュアによって二階の部屋のベッドへと運ばれた。

 

「さすがの超マイペース男も、シェラ姉には勝てなかったか」

 

 エステルはそう言ってため息を吐き出した。対照的にシェラザードは晴れやかな笑顔で「久しぶりに堪能したわ」とご満悦だ。もう酔いが醒めてしまっている常人離れしたシェラザードを、シンジは冷や汗を流しながら見つめた。

 

「コイツ、もう使い物にならないわね」

 

 アスカはベッドで仰向けになってグロッキーになっているオリビエを見下ろしてそう言い放った。

 

「これから空賊との戦いになる可能性が高い。シェラさんはオリビエさんを酔い潰らせてついて来れないようにしたんですよね?」

 

 何もかも理解していると言った顔のヨシュアがシェラザードにそう問い掛けると、シェラザードは不思議そうな顔をする。

 

「えっ?」

「えっ?」

 

 ヨシュアも驚いて聞き返した。シェラザードはごまかすかのように夜が更けたので宿の周辺の調査を開始すると宣言した。目撃証言があったのは西の桟橋だ。宿を出たエステル達は桟橋の方を見るが、人の姿は無い。

 怪しい二人組は街道の方へ姿を消したとロイドは証言をしていた。それならば、街道の方からやって来るかもしれない。エステル達は街道を見張る事にした。見つからずに街道の様子を探ることが出来る場所は、偶然にもエステル達が四人で泊っている部屋の窓だった。

 

「そんな……どうして……?」

 

 街道からやって来た二人組の人影を見て、シンジはショックを受けた。プラグスーツを着た二人組の姿を見られると期待していたのに、現れたのは空賊の一味であるキールとジョゼットだったのだ。

 空賊の服に身を包んだキールとジョゼットの姿は見間違えようが無かった。アスカも落胆したが、落ち込んでいる場合ではないとシンジの肩に手を置いて励ました。空賊事件を解決して自分達の義父であるカシウスの行方を知るのも重要な目的だ。

 

「気づかれないように後をつけるわよ」

 

 シェラザードの忠告に従い、エステル達は静かに外へ出た。キールとジョゼットは西にある桟橋の方へと向かったようだ。外に出れば桟橋での会話が聞き取れる事は夕方に実証済だ。エステル達は物陰に隠れて耳を澄ませた。

 

「ねえドルン兄、最近おかしいと思わない?」

 

 ジョゼットが不安そうな顔でキールに問い掛けると、キールは考え込んで黙ったまま答えなかった。

 

「ボク達、今までケチな盗みはやって来たけど……人質を取って身代金を要求するなんてやりすぎだよ」

 

 そう言ったジョゼットの頭を、キールはポンと優しく手を置いて撫でた。

 

「やっぱりお前は心底、悪党には成りきれないか」

「な、何言ってるのさ!」

 

 ジョゼットはそう言ってキールの手をはね除けた。それでもキールは笑みを崩さない。

 

「俺は嬉しいんだよ。何だったらお前だけでも故郷に帰ると良い。仕送りはしてやるからさ」

 

 するとジョゼットは凄い剣幕でキールに詰め寄った。

 

「ボクが居なかったら、料理も洗濯も出来ないくせに! ボクがロレントに行ってた間に、部屋が酷い事になってたじゃないか!」

「さすがにそれは御免被りたいが……心が完全に染まっちまう前に、足を洗う事も考えておけよ」

 

 キールが優しい口調でそう諭すと、ジョゼットは悲しそうな顔で黙り込んだ。それから考え込むような表情になってからキールはポツリとつぶやいた。

 

「ドルン兄貴の様子が変だと俺も思う。身代金の額を吊り上げるために人質の一部解放にも応じないって言うのも限度がある」

「やっぱり、アイツ等に何か吹き込まれたんじゃないのかな」

 

 ジョゼットは不安そうな顔でキールに向かって訴えかけた。話を聞いたエステル達は『アイツ等』と言うキーワードに反応して考え込むような顔になる。ほどなくして一隻の手漕ぎボートが湖の向こうから姿を現した。

 その手漕ぎボートには黒兜を被った黒と赤を基調した軍服の男女が乗っていた。長い髪が兜から覗いている女性士官は必死にボートを漕いでいる。黒兜を被った男は直立したまま隙の無い構えを見せていた。

 

「よう、時間通りじゃないか」

 

 キールが黒兜の男に声を掛けると、口元しか露出していない兜の男は黙ってニヤリと笑った。

 

「それで、上手く行きそうか?」

「陛下は身代金を払う事を決意なされたようだ」

 

 キールが尋ねると、黒兜の男は落ち着いた声でそう答えた。思わず喜びの声を上げようとするジョゼットの口を、キールは慌てて押えた。人気が無いとは言え、宿の人間に聞かれてしまう可能性がある。

 

「王国軍の動きはどうだ?」

「今のところ、お前達のアジトを突き止めた様子は無い。だが遊撃士が数名、お前達のアジトの近くに来ていたようだ。油断しない事だな」

 

 再びキールに尋ねられた黒兜の男はそう言って口角を上げた。その遊撃士と言うのはもしや自分達の事ではないかとシェラザードとアスカとヨシュアは考えた。しかし霧降り峡谷に空賊のアジトがあるにしても、濃い霧のため探すのは難しい。

 

「シェラ姉、突入して一気にケリをつけようか?」

 

 エステルは持っていた棒を握りながらシェラザードにそう尋ねた。ここでキールとジョゼットを捕まえてアジトの場所を吐かせるのも手だが、また逃げられたらどうしようもない。

 

「それよりも、あの二人がここに来たって事は、近くに空賊艇があるって事じゃない。それを押えてしまえば空を飛んで逃げられないはずよ」

 

 アスカはそのエステルの意見に異議を唱えた。空賊艇を押えるならばキールとジョゼットが黒兜の男と話している間に動かなければならない。

 

「ねえ、ヨシュアはどう思う?」

 

 エステルがヨシュアにそう尋ねると、ヨシュアは黒兜の男をじっと見つめて固まってしまっている。エステルがもう一度ヨシュアに声を掛けると、気が付いたヨシュアはアスカの案に賛成した。

 

「……えっと、ボクの意見は?」

 

 おずおずと遠慮しがちに手を上げたシンジに、アスカはあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「ハァ? アンタ、アタシの意見に反対した事なんてあったっけ」

「ないけど」

 

 シンジは自信無さげにそうつぶやいてうつむいた。シェラザードはそんなやり取りを見て、まだ成長してないと、困った顔でため息をついた。

 

 

 

 

 街道に出たエステル達は、飛行艇が着陸できそうな場所を調べた。

 

「なるほど、《琥珀の塔》か。街道から外れて人が寄り付かない場所だから、潜伏場所としてはうってつけね」

 

 シェラザードは空賊の飛行艇を見て感心したようにつぶやいた。木登りが得意なエステルは街道沿いの木に登り、遠目から飛行艇を発見した。その早さにはシェラザードも驚くほどだった。飛行艇の周りには空賊の男達の姿も見える。

 飛行艇の方にも見張りが居ると予想はしていた。キールとジョゼットが戻る前に制圧してしまうべきか、と物陰に隠れて様子をうかがっているエステル達は考えた。

 

「キミたち、ボクにいい考えがあるよ」

「オ、オリビ……」

 

 突然後ろから声を掛けられたエステルが驚きの声を上げようとすると、ヨシュアが後ろからエステルを抱き寄せて口を押えた。不思議そうな顔をしてシンジが尋ねる。

 

「大丈夫ですか……?」

「胃の中の物をすべて吐き出して、冷たい水を被ったらスッキリしたよ」

 

 オリビエは髪をかき上げてそう答えた。もうエステル達はあきれるしかなかった。

 

「こんな面白い事、黙って見ていられないからね」

「ウォッカ樽を一気飲みさせておけばよかったかしらね」

 

 シェラザードは腕組みをしながらため息をついた。

 

「それは確実に死んでしまうよ」

 

 オリビエはげんなりとした顔でそうぼやいた。

 

「それで、アンタの考えって何なの?」

 

 これ以上余計な話をしている暇はない。アスカは苛立った口調でオリビエに尋ねた。するとオリビエは胸を張って自分の考えを披露する。

 

「ここを制圧して、あの兄妹を捕まえたとしても、アジトの場所について口を割らない可能性がある。それどころか、足手まといだと切り捨てられるかもしれない」

「それは解かっているわ。だから何かいい考えがあるか聞いているの」

 

 シェラザードは真剣な眼差しでそう尋ねた。

 オリビエの作戦とは……こっそりと空賊艇に忍び込んで、の船倉の荷物の影に隠れる事だった。

 

「シンジ、アタシに固い物を当てないでよ!」

「仕方ないだろ、狭いんだから!」

 

 六人で船倉スペースに隠れるのには無理がある。アスカとシンジは身体を密着せざるを得なかった。なんとかエステル達は見つかる事無く空賊艇はアジトに向かって飛び立って行った……。

 

 

 

 

 アジトに着陸した空賊艇からキールとジョゼット、空賊の男達がバラバラと出て来た。空賊の男達はこの狭苦しいアジトでの生活に不満を持っているようだ。お互いに愚痴をこぼし合っていた。

 

「はあ……ここに来てから昼夜逆転の生活。ドルン兄貴も人使いが荒いから休ませて欲しいぜ」

「たっぷり休ませてあげるわ」

 

 少女の声がした方を空賊の男達が見ると、そこには武器を構えたエステル達が居た。空賊の男二人組は驚いた顔で固まってしまった。

 

「遅いっ!」

 

 棒を構えたアスカはそう言ってエステルとタイミングを合わせて空賊の男に突撃した!あっという間に伸されてしまう空賊の男達。侵入者の通報をさせる暇は無かった。

 

「今回もあんたに感謝しなくちゃいけないわね」

「フッ、ハーケン門の件、気が付いてくれていたんだね」

 

 エステル達はハーケン門でモルガン将軍から聞き出せなかった軍の調査状況を教えてもらった恩がオリビエにある。シェラザードにお礼を言われたオリビエはまんざらでもない様子だった。

 

「でも、隠れている所を見つけられたらどうするつもりだったんですか?」

 

 シンジは不安そうな顔でそう質問をつぶやいた。

 

「その場合は空賊艇を制圧してしまえば良かったのさ。そうでしょう、オリビエさん?」

 

 オリビエの代わりにヨシュアがそう答えた。聞かれたオリビエは不思議そうな顔をしてヨシュアに返した。

 

「えっ?」

「えっ?」

 

 ヨシュアも驚いた顔をして声を上げた。まあ結果オーライよ、とシェラザードは笑顔でつぶやいた。予想通りこのアジトがあるのは《霧降り峡谷》のようだった。外は濃い白い霧で覆われている。アジトが特殊な場所にあると言う推測も当たったらしい。今となっては役に立つ情報ではないが。

 人質の救出を最優先、空賊達を制圧してカシウスの行方を突き止める。方針が固まったところでエステル達は行動を開始した。空賊団のアジトは迷路のようになっていた。空賊達は偶然見つけた古代遺跡をアジトとして使っているのだろう。

 エステル達は空賊団が奪ったものの中に指輪を発見した。おそらく南街区の強盗事件で奪われた指輪だ。しばらく進むと中から男達の声が聞こえる部屋があった。エステル達が部屋に突入すると、ベッドで寝ていた空賊、くつろいで酒を飲んでいた空賊達はあわてて武器を手に取った!

 部屋の中に居た空賊達は十人、シェラザードはエアリアルの魔法、アスカはヒートウエイブの範囲魔法で応戦するがエステル達は手傷を負った。戦った後、シンジはエステル達はもちろん、重傷を負わせてしまった空賊達の治療に大忙しだった。

 

「人質はどこに居るの? 喋らないと痛ーい目に遭うわよ」

 

 シェラザードは嬉しそうな笑いを浮かべると、空賊の男に向かって鞭を振り下ろした。男は悲鳴を上げて後ろにさがる。

 

「ふふふふふ、手加減しているから、そう簡単に気絶出来ないわよ?」

「この下の階ですっ!」

 

 恐れをなした空賊の男は口を割った。しかしシェラザードはまだ満足がいかない様子で鞭を構えたまま空賊の男ににじ寄った。

 

「キールとジョゼット、それにあんたたちのボスはどこに居るの?」

「それは口が裂けても言えねえぞ!」

「ふーん、自分達の仲間は売れないか。許してあげるわ」

 

 シェラザードが鞭を思い切り振り下ろすと、吹っ飛んだ空賊の男は後頭部を背後にあった二段ベッドにぶつけて気絶した。

 

「相変わらず容赦ないわね」

 

 エステルは鞭をノリノリで構えているシェラザードを見てため息をつくのだった。

 

 

 

 

 空賊達のアジトを捜索しているうちに、エステル達は珍しいものを見つけた。それは導力式の掃除機だった。この世界にも掃除機はあるのか、と箒と塵取り、はたきで掃除をしていたシンジは関心を持った。

 その掃除機の中に、黒いノートが挟まっていた。

 

「これは、二重帳簿ね」

 

 ノートをペラペラとめくって中を確認したアスカがそうつぶやいた。

 

「何かの犯罪の証拠になるかもしれないわね、取っておきなさい」

 

 シェラザードに言われたシンジはその黒いノートを鞄にしまった。空賊のアジトを進むとまたもや空賊の男達の声が聞こえる部屋を見つけた。そこはやはり空賊達の休憩室だった。エステル達は降伏勧告をするが、数に勝っている空賊達は襲い掛かって来た!

 エステル達が空賊たちと戦いを繰り広げる激しい物音は、その奥の部屋に居た人質となった定期船の乗客たちにも聞こえていた。空賊同士の仲間割れが起こったのかとざわつく室内。

 ドアが勢い良く開かれ、姿を現したのはエステル達だった。胸の遊撃士の紋章をつけたエステル達の姿に、乗客たちは驚いて言葉が出なかった。

 

「私たちは遊撃士よ。あなたたちを助けに来たわ!」

 

 シェラザードがそう宣言すると、乗客たちは歓声を上げた。しかしエステルは室内を見回して不思議そうな顔になる。

 

「人質になった人は全員ここに居るの?」

「ああ、そうだが」

 

 定期船の船長らしい男性も不思議そうな顔でそう答えた。

 

「カシウス・ブライトと言う人は乗って居ませんでしたか?」

 

 ヨシュアが尋ねると船長は渋い顔をした。

 

「この娘はエステル・ブライト、カシウスさんの娘なの」

 

 アスカがそう説明すると、船長は重い口を開いた。

 

「娘さんになら話してもいいだろう……遊撃士のようだし。カシウス・ブライトさんは、ボース到着後、この《リンデ号》が空賊に襲われる前に定期船を下船していたんだよ」

「あんですって~!?」

 

 船長の話を聞いたエステルは部屋中に響くほどの大きな驚きの声を上げた。シェラザードは真剣な表情になって船長に尋ねた。

 

「でも乗客名簿には名前が載っていたはずだけど?」

「カシウスさんに自分が定期船を降りた事は秘密にして欲しいと頼まれたんだ」

 

 船長がそう答えると、アスカは拳を握り締めながら叫んだ。

 

「あの髭親父、余計な心配させやがってーっ!」

「まあこれで疑問は解けたわね」

 

 シェラザードは腕組みをしながらホッとした表情で息を吐き出した。

 

「それなら父さんは、今一体何をしているのよ! これだけの騒ぎになっているのに顔も出さないなんて!」

「落ち着いてエステル。今はここに居る人たちの安全を確保する方が大事だよ」

 

 カシウスに当たり散らす様に叫ぶエステルをヨシュアが抑え込んだ。シェラザードはこれから空賊のボスを倒しに行くので、飛行船の乗員のみんなはこの部屋で待機するようにと指示した。

 

 

 

 

 エステル達が階段を下りて空賊のアジトをさらに進むと、突き当りの部屋から聞き覚えのある声が聞こえて来た。キールとジョゼットが居ると言う事は、ここが空賊団のボスの部屋に違いない。

 部屋の中ではキールとジョゼットが声の太い大男と言い争いをしているようだった。身代金が手に入ったら人質を皆殺しにするなどと言う物騒な話に、エステル達は闘志を燃やして部屋の中に踏み込んだ。ジョゼットは驚いてエステル達に問い掛ける。

 

「な、なんであんたたちがここに居るんだよ!」

「《琥珀の塔》の前に止めてあった飛行艇にこっそり乗り込んだのよ。いわゆる密航ってヤツ?」

 

 エステルが自慢気な笑顔で言い放つと、ジョゼットは怒った顔で言い返す。

 

「何を偉そうに言ってるんだよ、この能天気オンナ!」

「うるさいわね、この生意気ボクっ子!!」

 

 負けじとエステルが言い返すと、ジョゼットは頭に血がのぼってさらに言い返した。

 

「単純オンナ、暴力オンナ!」

「あ、あんですって~!?」

「口喧嘩そのくらいにしなよ」

 

 シンジが口を挟むと、エステルとジョゼットはシンジをにらみつけた。どうしてこんな損な役割なのかとシンジはため息を吐き出した。

 

「残るは、あなたたちだけです。降伏した方が身のためですよ?」

 

 ヨシュアが勧告すると、キールとジョゼットは悔しそうに歯を食いしばった。

 

「手前ら、何やってやがる! こいつらをぶっ殺せばそれで済む話じゃないか」

 

 太い声であごひげを生やした、水色髪の大男は椅子から立ち上がると、テーブルの上に乗って大きな笑い声を上げた。

 

「がはは、その程度の人数でこのドルン・カプアを捕まえに来るとはな!」

 

 ドルンは脇に導力砲を抱えていた、そして先制攻撃とばかりにエステルに向かって砲弾を発射した!

 エステルが立っていた場所の壁が砲弾の衝撃で崩れ落ちた!

 

「エステル!? エステル、どこに居るんだ、返事をしてくれ!」

 

 土煙をあげて崩れ落ちた壁の瓦礫の山を見て、取り乱したヨシュアは必死に呼びかけた。敵であるはずのキールとジョゼットも驚いて息を飲んだ。

 

「ヨシュア、落ち着きなさい! 敵は目の前に居るのよ!」

 

 シェラザードがヨシュアを落ち着かせようと肩に手を乗せた。いつも冷静だったヨシュアがこんなに乱れるのはアスカとシンジも見たことが無い。アスカとシンジも浮足立ってまともに戦う事は出来なかった。

 

「ちっ、こうなったらあたしがやるしかない!」

 

 シェラザードは何とか心を落ち着けて風属性の魔法エアリアルを発動させて、キールとジョゼットから武器を奪う。ドルンの暴挙に動揺して戦えなかったのはこの二人も同じだったのだ。

 

「さあ、残るはあなた一人よ、ドルン・カプア!」

 

 鞭を構えたシェラザードはそう宣言する。キールとジョゼットは膝を折り、戦う気力は無い。室内で放たれる導力砲は厄介だが、散開していれば被害は少ない。しかしその陣形が裏目に出た。

 

「おっと、こいつの頭をぶっ飛ばされたくなかったら武器を降ろすんだな!」

 

 ドルンはその怪力でアスカの身体をつかんで抱き寄せると、導力砲の砲身をアスカの頭に突き付けたのだった。



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第十七話 いざ、ルーアンへ! 父カシウスからの手紙

 

「おっと、こいつの頭をぶっ飛ばされたくなかったら武器を降ろすんだな!」 

 

 ドルンはその怪力でアスカの身体をつかんで抱き寄せると、導力砲の砲身をアスカの頭に突き付けた。導力銃ならともかく、導力砲を至近距離で放てば自分自身もただでは済まない。焦点の合っていない目付きと言い、狂気に支配され正気を失っているように見えた。

 直ぐにでも指示に従わなければアスカが危ないと判断したシェラザードとヨシュアとシンジは、持っていた武器を床へと放り投げた。これで油断したドルンがアスカから狙いを外してくれればチャンスがあるとシェラザードは思った。

 ドルンの不意を突いて倒すのは難しいと思われた。導力魔法は詠唱から発動までに時間が掛かる。怪力の持ち主であるドルンをねじ伏せる事も無理だ。頼みの綱はヨシュアが隠し持った短剣をドルンの首元に突き付ける事だが、ヨシュアもエステルが消えた事で冷静さを欠いている。

 真っ青になったアスカは恐怖で声が出ない。下手に騒ぎ立てるとドルンを刺激してしまう危険性はあった。恐怖で歪むアスカの顔はシンジがこの世で一番見たくないものであった。

 

(……助けて、みんな……)

 

 アスカは武装解除をして立ち尽くすシェラザードとヨシュア、シンジの間に視線をさまよわせる。この状態では手出しが出来ないのはアスカも分かっている。特にシンジが自分が死んでしまいそうなほど辛そうな顔をしているのはアスカは心が痛んだ。

 

「キール、ジョゼット、何をぼさっとしてやがる! こいつらを殺っちまえ!」

 

 ドルンが部屋の隅で様子をうかがっていたキールとジョゼットに向かって怒鳴った。キールとジョゼットは驚いた顔になってドルンに向かって抗議した。

 

「ちょっと、ドルン兄! 人質と同じ部屋に閉じ込めるだけで十分だよ!」

「そうだ、殺す事は無い!」

 

 しかしドルンは全く聞き入れる気配は無く、さらに大声を張り上げる。

 

「俺達は顔を見られているんだぜ? 目撃者を消しちまった方が楽でいいじゃねえか!」

 

 キールとジョゼットは悲しそうな顔でドルンを見つめた。カプア一家は盗みはするが殺しはしないが信条だった。真の悪人になれない気の良い奴らが集まる空賊団だったのが……あの黒兜の二人がやって来てからドルンは変わってしまった。

 

「ほら、さっさとしねえとコイツの頭をぶっ飛ばすぞ!」

 

 イラついたドルンが野太い大きな声でキールとジョゼットにシェラザードたちを殺すように促す。ジョゼットは震える手でシンジに向かって導力銃を向ける。シンジが避けた場合、ドルンがアスカに危害を加える可能性が高い。シンジは避ける訳にはいかなかった。

 

(……お願い、シンジを助けて、ママ!)

 

 アスカはシンジが大人しく撃たれても、ドルンが自分を開放する保証がない事に気が付いていた。シンジも自分が撃たれる姿を見れば、アスカが傷つくと分かっていた。

 

(……お願い、アスカを助けて、母さん!)

 

 アスカとシンジが念じると、二人のヘッドセットが光を放ち始めた。今までにない強く長い反応に、シェラザードとヨシュアも驚いた。

 

「手前ら、何かおかしな事を企んでいやがるな!」

 

 興奮したドルンは導力砲のトリガーに指を掛けようとした。しかし、ドルンの導力砲は謎の不可視の力に弾かれてドルンの手から離れ、床に転がり落ちた。絶好のチャンス、ヨシュアがドルンに近づこうとする前に、ドルンの背後から、赤く長い棒が脳天に振り下ろされた!

 

「よくもやってくれたわね!」

 

 ドルンの死角から不意打ちを食らわせたのは今まで姿を消していたエステルだった。エステルの姿を見たヨシュアから涙が一筋流れた。エステルの一撃でドルンの腕の力が弱まると、戒めから解かれたアスカはシンジに思わず抱き付いた。

 

「エステル、今までどこに行ってたのよ?」

「導力砲の爆風で壁に頭を強くぶつけて気絶してたみたい。それで気が付いたらあの大男の背後に居たもんでゴツーンと」

 

 シェラザードが尋ねると、エステルはあっけらかんとした笑顔で答えた。エステルは指で涙をぬぐうヨシュアの姿に気が付くと、あわてて近くに寄った。

 

「ヨシュア、もしかしてあたしの事、心配してくれたの?」

「当たり前だろう、か、家族なんだから」

 

 そう答えるヨシュアの顔は心なしか赤い。いつも冷静なヨシュアにしては珍しい表情だった。シェラザードも二人の姿を温かい目で見守っていた。恐怖から脱したアスカもシンジに抱き付いたままになっている。

 

「痛たたた……何でこんなに頭が痛いんだ?」

 

 エステルの棒の直撃を食らったドルンが不思議そうな顔でそうつぶやいた。恐るべき石頭と言うべきか、後遺症なども無いようだ。

 

「兄貴?」

「ドルン兄?」

 

 キールとジョゼットも穏やかな表情に戻ったドルンを不思議顔で見つめている。

 

「ジョゼット、いつの間にロレントから帰って来ていたんだ?」

「何言っているんだ兄貴、ジョゼットはとっくにロレントから帰って来ていただろう」

 

 訳の分からない発言をするドルンにキールはあきれた顔で問い掛けた。ジョゼットもあわててドルンに質問を浴びせた。

 

「飛行船の人質を殺すって話していたじゃんか!」

「飛行船? 人質? 何の話だ? 俺たちは盗みはするけど、殺しはしねえ。それがカプア一家の掟ってもんよ」

 

 腕組みをして豪快に笑うドルンを、エステル達もポカンとして見つめていた。まるで先程と別人だ。おまけに記憶も無くしているようだった。

 

「それで、こいつらは新入りか?」

 

 キョトン顔でドルンはエステルたちの方を見てキールに尋ねた。キールより先にシェラザードが涼やかな笑顔で答える。

 

「あたし達は遊撃士よ」

 

 シェラザードの言葉を聞いたドルンは驚きの声を上げる。

 

「はぁ!? 何で遊撃士がここに居るんだ?」

「こりゃあ、完全に忘れているみたいね」

 

 エステルはあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「忘れていたじゃ済まされませんよ! アスカをひどい目に遭わせておいて!」

 

 シンジは今までにない強い怒りの表情でドルンをにらみつけた。導力銃を握り締め、ドルンの眉間に狙いを定めていた。

 

「おい、そりゃあ何の冗談だ!?」

 

 大男のドルンがシンジの気迫に押されている。今度はシンジが人を殺しかねない勢いだ。危険を察知したキールは発煙筒を床に投げ付けた。真っ白な煙が部屋を満たす。

 

「しまった、何度も同じ手に……!」

 

 シェラザードが悔しそうに声を上げる。煙がのどに入り込み、エステル達は咳込みながら部屋を飛び出した。廊下にはドルンたちの姿はもう見当たらなかった。

 

「きっと空賊艇で逃げるつもりだよ!」

 

 ヨシュアが厳しい顔で警告を発すると、エステル達はあわてて来た道を引き返し空賊艇の所へ向かう。エステル達を足止めしようと、またもや空賊達が立ち塞がる!

 

「どけよ! どけって言ってるだろ!」

 

 ドルンを逃がしたくないシンジは荒っぽい口調で空賊達に導力銃を乱射する。前衛のエステルとアスカより突出するなど、シンジは頭に血が上っていた。ドルンたちを逃がそうと足止めする空賊達との戦いで、シェラザードはシンジに注意する間も無く風魔法エアリアルの詠唱に追われていた。

 

 

 

 

 階段を昇ったエステル達が空賊艇が泊まっていた発着場へ行くと、王国軍の警備飛行艇により制圧されていた。目の前でドルン達は王国軍に連行され、リベール通信の記者であるナイアルとカメラマンのドロシーがその様子を取材していた。

 ドルンたちを連行した王国軍の兵士と入れ替わるように姿を現したのは、ボースの街で出会った青年将校、リシャール大佐だった。リシャール大佐はナイアルのインタビューに応じ、ドロシーの写真撮影にも応じていた。

 

「やあ、君達か」

「リシャール大佐、お会い出来て光栄ですわ」

 

 階段から昇って来たエステル達に気が付くと、リシャール大佐は気さくに声を掛けた。作った上品さであいさつを返すシェラザードを、副官の女士官は相変わらずきつい目でにらみつけている。

 

「我々がこのアジトに突入できたのも、君達が空賊の気を引いてくれたお陰だ」

「それほどでもありませんわ」

 

 リシャール大佐に褒められたシェラザードは謙遜してそう答えた。人質や積み荷の移送などは軍の方で引き受けると話して、リシャール大佐は副官のカノーネ大尉を引き連れてアジトの深部への階段を降りて行ってしまった。

 ナイアルとドロシーもエステル達に目もくれずに後を追いかける。

 

「美味しい所を持って行かれた感じね」

 

 リベール通信の記者とカメラマンに無視されたアスカはつまらなさそうな顔でため息を吐き出した。

 

「遊撃士の本分は縁の下の力持ち、無理して目立つ事は無いわ」

 

 シェラザードはアスカをそう言ってなだめた。先ほどは人質にとられて怖い思いをしたアスカが立ち直って、シンジは安心すると同時に怒りも収まってきた。カシウスの行方も気になる。ボースの遊撃士協会に戻って事件の報告をする事にした。

 

 

 

 

 エステル達は遊撃士協会に戻り、メイベル市長に事件の報告をした。メイベル市長は感謝の言葉を述べる。しかしアスカは未だに軍に空賊逮捕の手柄を持って行かれた事を悔しがっているようだ。

 

 ◆南街区の強盗事件◆  報告済み

 

 【依頼者】メイベル市長

 【報 酬】8000 Mira

 【制 限】緊急依頼

 

 まだ解決していない謎もいくつか残されている。ボートで現れた黒兜の男女の兵士、空賊の首領ドルンの異変、プラグスーツを着た男女二人組の正体。事件にはまだ裏がある。その捜査は王国軍に引き継がれる事になる。

 メイベル市長は報酬は奮発させて頂きました、と言って遊撃士協会を去って行った。ルグラン老人に今回の事件の報告をすると、準遊撃士・5級への昇格が認められ、エステル達にはボース支部の推薦状が渡された。

 

「ルグラン爺さん、本当にいいの?」

「お前達はこんなに大きな事件を解決したんじゃ、その功績を認めないわけにはいかんじゃろう」

 

 驚いたエステルが尋ねると、ルグラン老人は笑顔でそう答えた。順調にランクアップしていく様子に、アスカも笑みが止まらなかった。

 

「カシウスさんが聞いたら喜んでくれそうですね……」

 

 シンジが少し暗い顔でそう言うと、エステル達の表情も曇った。ボースにはカシウスの消息を知るために来たのだ。飛行船から降りた事は分かっても、行方不明だと言う事は変わりない。

 

「全く連絡一つも寄こさないなど、カシウスらしくもない」

 

 ルグラン老人は渋い顔でそうつぶやいた。そんな時、遊撃士協会宛てに郵便物が届いた。郵便物の中にはカシウスがブライト家の四人宛てに書いた手紙が入った封筒が交ざっていた。

 

「これ、父さんの字! あたし達宛てだわ」

 

 エステルが封筒を見て声を上げた。ルグラン老人は二階の休憩室で落ち着いて手紙を読むように勧めた。エステル達は二階へ上がり、四人掛けのテーブルに座った。

 

「何でアンタが付いて来てんのよ!」

 

 アスカがバンッと机を叩いても、オリビエは涼しい顔で「純粋に興味がある」と答えた。手紙の内容次第では席を外してもらうと言う条件で、オリビエも同席を許された。エステルは手紙の封を切った。

 

 『エステル ヨシュア アスカ シンジへ。

  

 そろそろロレントで推薦状を受け取りボースへと行っている頃だろうか?

 

 最初は失敗する事もあるだろうが、一つ一つ確実に依頼をこなせばいい。

 お前達なら失敗から学ぶべきものもあるだろう。

 

 さて、こちらの方だが、厄介な事件を抱えてしまってな。

 どうやら、しばらくの間、国に帰れそうにない。

 

 女王生誕祭が始まる頃くらいまでには帰って来る努力をしよう。

 まあ、今更親の留守を寂しがるような歳でもないだろう。

 

 お前達の事だ、正遊撃士の資格を得るために旅に出ているだろう。

 

 16歳という実り多き季節を悔いなく過ごすといいだろう。

 

 じゃあな。

 

 シェラザードとルグラン爺さんによろしく伝えておいてくれ。

 

                            カシウス・ブライト』

 

「先生らしい文章ね。軽そうだけど、あんた達への思いやりに満ちあふれているわ」

 

 シェラザードがそう言うと、エステル達はしっかりとうなずいた。

 

「女王生誕祭まで後3ヵ月くらいだっけ? その間に正遊撃士になってカシウスのおっさんをギャフンと言わせてやるのよ!」

 

 椅子から立ち上がったアスカは右手を突き上げてそう言い放った。

 

「ギャフンはダメだよ、僕達じゃ逆に叩きのめされちゃうよ」

 

 シンジは日本語のいまいち分かっていないアスカにツッコミを入れた。

 

 

 

 

 カシウスの手紙を読み終わったエステル達は、ロレントに帰るシェラザードを見送るためにボース空港へと向かった。

 

「うーん、本当について行かなくても大丈夫かしら」

「シェラ姉が居たら頼っちゃって修行にならないもん」

 

 エステルは真面目な顔でシェラザードに答えた。

 

「シェラさんが居なかったらロレント支部も持たなくなりますよ」

 

 ヨシュアも穏やかな顔でシェラザードに言った。

 

「ボーイハントの目的は達成したんだから、とっとと帰ったら?」

 

 アスカは腕組みをしながらあきれた顔でぼやいた。

 

「おや、シェラザード君、そうだったのかい?」

 

 オリビエが不思議そうな顔で尋ねると、シェラザードは面倒臭そうな顔で首を回した。シェラザードは表情を穏やかな笑顔へと戻す。

 

「あんた達は最年少の準遊撃士なんだから、背伸びして無茶しないようにね。困った事があったらロレント支部に連絡するのよ。あんた達がどこに居ようと直ぐに駆けつけて行くからね」

「ありがとう、シェラ姉」

 

 エステルは顔を赤くして照れくさそうにお礼を言った。

 

「イイ男が見つかったら、連絡してあげるわよ」

 

 アスカがからかうようにそう言うと、

 

「ボクよりイイ男なんて居るわけ無いさ」

 

 とオリビエが髪をかき上げて言い放った。

 

「どうしてオリビエさんもロレントに?」

 

 シンジが不思議そうな顔で質問すると、オリビエはボースの料理は味わいつくしたので、野菜が絶品と呼ばれるロレントの料理を味わいに行くのだと話した。居酒屋ではシェラザーの飲みに付き合う約束をしているらしい。

 

「ロレントの遊撃士協会にはね、アイナって言うシェラよりも底無しの酒飲みが居るから、気をつけなさいよ」

「えっ、シェラザード君以上だって!?」

 

 アスカの言葉を聞いたオリビエは顔を真っ青にして驚いた。

 

「シェラザード君、ちょっと急用が……」

「空港に来てまで何言ってるの、男ならグダグダ言わない!」

 

 オリビエはシェラザードに引きずられながら定期飛行船に乗ってしまった。

 

「シェラ姉、ロレントのみんなによろしくー!」

 

 二人を乗せた定期飛行船はロレント地方の空へと消えて行った……。

 

 

 

  

 遊撃士協会に戻ったエステル達は、ボース地方での最後の報告を行った。エステルたちは空賊団のアジトで、強盗事件で奪われた住民の指輪を発見していたのだ。

 

 ◆盗まれた指輪◆ 報告済み

 

 【依頼者】ラーナ

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 アスカが空賊のアジトで見つけた黒いノートはやはり犯罪の証拠品だったらしい。王国軍に感謝をされた。

 

 ◆黒いノート◆  報告済み

 

 【依頼者】王国憲兵

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】6級

 

 遊撃士協会の掲示板には新たな依頼が張り出されていた。

 

 ◆荷物の配達◆  進行中

 

 【依頼者】K

 【報 酬】4000 Mira

 【制 限】5級

 

 小包をツァイス地方に居るラッセル博士まで運んでくれる人を探しています。

 《アンテローゼ》でお待ちしております。

 

 

 

 

 エステル達が依頼人のKと待ち合わせをしたのは、高級レストラン《アンテローゼ》だった。銀色の髪をした少年がピアノを弾いている。レストランのウェイターによれば、オリビエの代わりに雇ったのだと言う。本当の名前や素性は明かせないが、エステル達に運んで欲しいものがあると話した。

 エステル達がこれから向かうルーアン地方は、ツァイス地方への通り道だ。素性の知れない人物の依頼を受ける事に一抹の不安はあったが、旅の道れに引き受ける事にした。

 

「中身は精密なオーブメント製品だから、気を付けてね」

 

 爽やかな笑顔を浮かべる依頼人の『少年K』は小包を手渡すと、シンジの手を撫でて握った。照れて顔を赤くするシンジと、ドン引きするアスカ。

 

「アイツはホモね、明らかにシンジを狙った危険人物だわ」

 

 レストランから出たアスカは怒った顔でそう言い放った。

 

「そりゃあ、危険な気がするけど……別の方向よね?」

 

 エステルはそう言って苦笑する。危険人物の荷物は遊撃士の判断で調べる事が出来る。ただ名前が分らない程度では犯罪の根拠とはならない。エステル達は小包の中を確認するのは諦めた。

 シンジは依頼人に違和感を覚えていた。この世界の住民ではないような、自分たちと同じ世界から来たのではないか、この前目撃されたプラグスーツ姿の銀髪の少年は彼ではないかと根拠は無いが、直感が告げていた。

 

 

 

 

 ロレント行の定期飛行船の人気の無い甲板ではオリビエが何者かと連絡を取っていた。

 

「結局、彼に会う事は出来なかった。どうやら一杯食わされたらしい。空賊事件には正体不明の勢力が糸を引いているのは間違いない」

 

 オリビエが持っているのは小型のオーブメント機器のようだった。

 

「そちらの計画は進めておいてくれ。宰相殿に気づかれないように慎重に。じゃあな……親友」

 

 そう言うとオリビエはオーブメント機器を懐にしまった。

 

「小型の通信機器なんて、随分と面白い物を持っているのね」

 

 船室の影に隠れていたシェラザードが姿を現した。オリビエはとぼけようとするが、シェラザードは鋭い目つきでオリビエをにらみつけた。

 

「そんなオーブメントを持っているなんて、ただの旅行者じゃないわね。エレボニア帝国の諜報員って所かしら?」

「フフ、銀閃のシェラザードはボクの事をお見通しのようだね。エステル君達の前では黙っていたのかい?」

 

 オリビエが両手の手のひらを上に向けて肩をすくめてそう言うと、シェラザードは悲しそうな顔をしてつぶやく。

 

「先生の件に加えて、あの子たちに余計な心配の種を増やしたくないのよ」

 

 シェラザードはムチを構えると、オリビエにリベール王国へ来た目的を問い質そうとする。オリビエは顔を赤らめ体をくねらせながら、

 

「優しくしてくれたまえ……」

 

と、とぼけた口調で言うがシェラザードの真剣な眼差しは崩れなかった。オリビエもこれ以上ごまかす事は無理だと判断したのか佇まいを直して本当の目的を話す。《剣聖》カシウス・ブライトに会いに来たと。

 

 

 

 

 小包を受け取ったエステル達は、いよいよルーアン地方へ旅立つ準備をするためにボースマーケットで買い物をした。リベール通信の最新号には王国軍情報部の活躍で空賊が捕えられたと書かれ、リシャール大佐のインタビューも載っていた。遊撃士の活躍もあったと書かれていたが、扱いの小ささにアスカは不満を漏らしていた。

 エステル達は難所と言われるクローネ峠を進んで行くが、準遊撃士・5級に昇格した時に支給された《幻龍》のクオーツのおかげで魔獣の脇をすり抜けて行く事ができた。《幻龍》には気配を気づかれにくくなる効果があるようだ。

 

「まったくシンジってばビクビクしちゃって。魔獣の目の前を通らない限り見つからないんだから、もっとシャキッと歩きなさいよ」

 

 アスカはそう言ってシンジの背筋を伸ばさせる。

 

「ごめん……」

 

 空賊アジトでの勇ましさはどこへ消えたのやら。少しシンジを見直していたアスカはへっぴり腰のシンジを見てため息をもらすのだった。暮れなずむ頃、エステルたちはクローネ峠の関所へとたどり着けた。

 夜の峠越えは危険と判断したヨシュアの意見にエステル達も賛成し、関所の兵士に泊めてもらえないか交渉する事にした。関所の門番をしていた兵士は隊長に断りを入れれば旅行者用の休憩室を使っても良いと答えた。

 険しいクローネ峠を徒歩で越える旅行者は多くないらしく、エステルたちが部屋に入った時は誰の姿も無かった。貸し切りだとはしゃぐエステルたち。関所を守る兵士達が夕食の用意をすると言うので、シンジも料理を手伝った。

 

「空賊団の事件で王国軍とぶつかったけど……一人一人の兵士さんは優しいよね」

 

 エステルは夕食をご馳走してくれると言う兵士の言葉を聞いて笑顔でつぶやいた。

 

「まあ、軍人が気さくなのはリベール王国ならではだと思うけど」

 

 ヨシュアがポツリとつぶやくのを聞いたアスカは、ヨシュアがリベール王国の人間ではないと疑いをさらに深めた。もしかして、帝国の諜報員なのでは、と心の底で怪しんでいないと言ったらウソとなる。

 夕食後、すっかり日が暮れた関所の休憩室で、エステル達はカードゲームを楽しんでいた。そこへ関所を守る王国軍の副長がノックをして入って来た。新たに来客が来たので、相部屋でも構わないか? と言う。

 エステル達は、こんな夜更けに峠を越えるなんて凄い人が居るものだと感心した後、自分たちは無料で泊めてもらってるから別に気にしないと副長に答えるた。副長が言うには、その来客はエステルたちと同じ遊撃士らしい。

 

「ふん、あの時のヒヨッコ遊撃士どもか」

 

 部屋に入って来たのはラヴェンヌ村へ行く途中で出会った、《重剣》のアガットだった。シェラザードの姿が見えない事をアガットに尋ねられると、エステル達はシェラザードはロレントに帰った事を話した。

 

「アタシ達四人は、正遊撃士になるための修行の旅をしているのよ!」

 

 アスカが胸を張ってそう言い放つと、アガットは声を上げて笑い出した。

 

「お前らみたいなガキが正遊撃士になれるわけがねーだろ!」

「あ、あんですってー!?」

 

 エステルは怒ってアガットに言い返した。遊撃士協会のルール上、16歳でも全支部の推薦状を集めれば正遊撃士になれるが、実際になった者は居ない。16歳で準遊撃士になったエステルたちでも珍しいケースだ。

 

「アタシたち、空賊事件での活躍が認められて推薦状も貰ったのよ! 子供扱いしないで欲しいわね!」

 

 アスカもアガットに向かって食って掛かりそうな勢いで怒った。アガットは詰め寄って来たエステルとアスカを鼻で笑った。

 

「シェラザードの手を借りずに、お前らだけでその事件を解決できたのか?」

 

 アガットにそう言われたエステルとアスカは下を向いてしまった。ヨシュアとシンジも反論する事は無かった。

 

「お前らは新米だ、力も経験も足らねえ。とっさに判断する事も出来ねえさ。推薦状を貰ったからと言って浮かれてるんじゃねえぞ」

 

 アガットは吐き捨てるようにそう言うと、重剣を置いて空いているベッドに寝転んでしまった。直ぐに寝息を立て始めたアガットをエステルとアスカは悔しそうににらみつける事しか出来なかった。

 

「アガットさんは、僕達の事を心配してきつく当たっているのかもしれないよ」

「アンタ、何で分かるのよ?」

 

 シンジがおずおずと自分の意見を言うと、アスカは不機嫌そうな顔でシンジに問い掛けた。

 

「だっていつも側で見ているから……ぐえっ!」

「アイツと一緒にするなっ!」

 

 アスカの怒りの一撃が、シンジのみぞおちに食い込んだ。余計な事を言わなければいいのに、口は禍の元、だとヨシュアは思った。明日も峠道を越えなければならないエステル達も眠りに就く事にした。

 

「そうだ、寝ているコイツの顔に落書きしてやるって言うのはどう? そうすればスッキリ眠れそうよ」

「起きた後が大変だって」

 

 ヨシュアはため息をついてアスカを押し留めるのだった……。




 ◆ブレイサー手帳◆

 依頼達成数:32

 獲得BP  :119

 ランク 準遊撃士・5級

 所属 ボース支部  


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空の軌跡FC・ルーアン地方編
第十八話 エステルとアスカのダブル間接キスデート!? ~Shinji Ikari meets girl. 清楚で可憐な少女、クローゼとの出会い~


 

 エステル達が関所の休憩室で寝静まった頃、関所の門番の兵士は妙な気配を感じ取っていた。ほどなくしてその正体が分かった。関所を狼の群れが取り囲んでいたのだ!

 その数は10匹をはるかに超えていた。関所の兵士たちもこれほどの数の狼の群れを見るのは初めてだった。囲まれないように建物の中に退避して応戦する。当然、関所の建物内は騒がしくなった。

 休憩室で寝ていたエステル達も激しい物音を聞いて目を覚ました。アガットは直ぐに部屋を飛び出した。エステル達もあわてて後を追うように部屋を出る。廊下に出たエステル達はボース地方に通じる関所の入口の方が騒がしい事に気が付き、駆け付けてみると、関所の兵士たちとアガットが狼の群れと戦っているのを目撃した。

 

「あたし達も加勢するわよ!」

「お前らの手出しは無用だ!」

 

 エステルはそう言って棒を構えたが、アガットは大声で叫んで制した。

 

「食らえ、ドラグナーエッジ!」

 

 アガットが重剣を振り下ろすと、直線状に衝撃波が起こり、狼の群れを巻き込んで行く。その破壊力を目の当たりにしたエステル達は感心するしかなかった。

 

「ヒヨッコ遊撃士どもは大人しく寝ていろ。明日も朝は早いんだろ」

「アンタこそ、どうなのよ!?」

 

 未熟者扱いされたアスカは堪らずアガットに向かって叫ぶ。しかしアガットは全く意に介さない様子だった。

 

「お前らとは鍛え方が違うっての」

「そうだ、君たちは休憩室で休んでいてくれ」

 

 関所を守る兵士たちにも言われたエステル達は、困った表情で顔を見合わせていた。このままここに居ては返って邪魔になるかもしれない。そう感じたエステルたちは関所の建物の中に戻った。

 

「た、助けてくれっ!」

 

 関所の兵士の悲鳴が聞こえて来たのは、反対側のルーアン地方の出口の方だった。エステルたちは廊下を走って救援へと駆け付けた。こちらの方にも狼の群れが同じくらい、いや、こちらの方が数が多い気がした。

 瞬く間にエステルたちは狼の群れに取り囲まれてしまった。エステルとアスカ、ヨシュアの三人でシンジと負傷した関所の兵士をを護るように壁を作り、狼とにらみ合う。こんな事なら風の属性魔法を強化しておけば良かったと悔やむシンジ。シェラザードが抜けた穴は大きかった。

 一斉に狼に跳び掛かられたら打つ手が無い。それは狼の方も分かっているようで、うなり声を上げながら徐々に包囲を狭めて行く。シンジは回復魔法で負傷した関所の兵士を癒した。しかし一人復帰しただけでは圧倒的に不利な状況は変わらない。

 

「ドラグナーエッジ!」

 

 狼の包囲の一角を崩したのは関所の建物から姿を現したアガットだった。アガットの思わぬ攻撃に狼たちは怯んだ。そのチャンスを生かしてエステル達は関所の建物内に兵士を連れ込んで撤退することが出来た。悔しそうな狼の遠吠えが聞こえる。勝てないと判断したのか、狼たちは関所から波が引くように逃げて行った。

 

「ったく、陽動作戦に引っかかりやがって」

 

 アガットはウンザリとした顔で大きなため息をついた。

 

「でも君のおかげで命が助かった、ありがとう」

「いえ、どういたしまして」

 

 傷を治した兵士にお礼を言われたシンジは、照れた顔でそう答えた。

 

「敵に釣られたのはアンタも同じじゃない!」

 

 アスカが人差し指でアガットを差して言い放つと、アガットは「そうだな」素直に自分にも非があったと認めた。敵は統率の取れた魔獣を使って、関所を襲ったようだとアガットは話した。

 関所の兵士も、関所や街道にある導力灯には魔獣除けの効果があり、魔獣が迷い込んで来る事があってもせいぜい三匹くらいで、こんな大群が襲って来たのは珍しい事だと言った。

 

「まあ、人を助けたいって勇気は認めてやるぜ」

 

 アガットはシンジにそう声を掛けると、寝直すと言って休憩室の中へと姿を消した。

 

「アガットさんって、やっぱり良い人なんじゃないかな」

 

 消えたアガットの背中を見つめたシンジはポツリとつぶやいた。

 

「ちょっと褒められたからって、コロッといっちゃって。アンタバカァ?」

 

 アスカは不機嫌そうな顔でシンジにそう言い放ったが、口角は上がっていた表には出せないが、シンジの事を認めてくれる人間が居るのは嬉しいのだ。魔獣襲撃事件の黒幕とその目的は不明だったが、エステルたちも周囲の警戒は関所の兵士たちに任せて眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 次の日の朝、と言っても早朝ではなく昼に近い遅い朝の事、エステルたちが目を覚ますと、アガットは関所から姿を消していた。

 

「アイツ、アタシ達にあいさつも無しに行くなんて、やっぱり失礼なヤツよね!」

 

 アスカは腕組みをして頬を膨れさせたが、なだめるようにヨシュアが声を掛ける。

 

「アガットさんは急ぎの用事があったみたいだよ。それに、みんな昨日の魔獣騒ぎで疲れているから起こさないであげよう、って言っていたよ」

「ほらほら、新しい土地へ行くんだから、細かい事を気にするのはよそうよ!」

 

 昼近くまでぐっすり眠ったエステルは元気が有り余っているようだった。休憩室を出たエステルたちは関所の通行手続きを行った。関所の兵士は昨日の魔獣襲撃事件についてルーアン支部の遊撃士協会に報告をしたので、報酬が出るはずだと話した。

 

 ◆クローネ峠の魔獣退治◆

 

 【依頼者】王国軍

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】緊急要請

 

「えっ、あたし達、何の役にも立てなかったけどいいの?」

 

 エステルが驚いた顔をして聞き返すと、関所の兵士は自分の命を助けて貰ったお礼だとシンジを見つめて話した。報酬はアガットと山分けとなったが、後日報酬が2,000ミラしか貰えなかったとアスカは怒っていた。

 関所を越えてもクローネ峠の険しい山道は続く。やっとの事で峠道を抜けたエステルたちの目前には青い海が広がっていた。

 

「わあっ!」

 

 歓声を上げて駆け出すエステルを、三人はあわてて追いかけた。

 

「みてみて、みんな、海よ、海っ! 海って青くてキラキラ光ってめちゃくちゃ広いのね、それに打ち寄せる波が奏でる潮騒の音と鼻孔をくすぐる潮の香り……海ってすごーい!」

「アンタ、海を見るのって初めてなの?」

 

 エステルのハチャメチャな喜び様に、アスカは不思議そうな顔で尋ねた。

 

「うん、こんなに近くで海を見れるなんて最高っ!」

「定期船を使わずに歩いて来た甲斐があったね」

 

 ヨシュアも飛び跳ねて喜ぶエステルの姿を微笑ましく見つめながらそうつぶやいた。アスカとシンジにとっては海はテレビなどで何度も見ていたし、二人が出会ったのも太平洋に浮かぶ船の上だった。しかし自分たち二人にとっても、潮の香りは思い出深いものなのかもしれないと感じた。

 海岸沿いの解放感にあふれたマノリア間道をエステル達は元気良く進んで行く。道中に魔獣が潜む宝箱もあったが難なく蹴散らして行った。街道の分かれ道でエステル達は困った顔でため息をつく老人と出会った。

 老人はこの先のバレンヌ灯台を管理している者だと話した。老人はエステルたちの胸についている準遊撃士の紋章に気が付くと、困っている老人を助けるのは遊撃士の仕事だろうと話し始め、エステルたちは灯台に入り込んだ魔獣退治をする事になってしまった。

 

 ◆灯台の魔獣掃討◆

 

 【依頼者】フォクト老人

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 灯台の魔獣を全て倒し、老人に報告をすると、老人は喜んでエステル達にお礼を言った後、遊撃士たるもの気配りが大切だと告げて灯台の中へと入って行った。

 

「気配りの心……か。アタシたちが忘れちゃいけない初心を学んだ気がするわ」

 

 アスカのつぶやきにエステル達もうなずき、先へと進むのだった。

 

 

 

 

 街道を進んだエステルたちは、マノリア村へと到着した。白い木蓮の花が咲き誇るこの村は、懐かしいロレントの街を感じさせた。

 

「うーん、甘い花の匂いを嗅いでいたら、お腹が空いて来ちゃった」

「全くアンタってば、花より団子ね」

 

 色気より食い気全開のエステルに、アスカは大きなため息をついた。しかし街道を歩いてお腹が空いたのはアスカも同じ、エステル達はこの村でランチを食べる事にした。

 マノリア村の宿屋《白の木蓮亭》の主人は、宿の中で食べるよりも、お弁当を持って外で食べる事を勧めた。町外れにある風車の前が、景色の良い展望台になっていると話した。

 エステルたちは主人のお勧め、『ハンバーガー』と『パエリア』の二種類のうち好きな方を選んだ。

 

「ほらほら、みんな早く行こう!」

 

 エステルは勢い良く展望台へと向かうため、宿を飛び出した。アスカとヨシュアも続いて外に出る。優柔不断な所があるシンジはどちらの弁当にするか選ぶのが遅くなってしまい、あわてて外に出た。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 シンジは宿から飛び出した所で紫色の髪をした、ジェニス王立学園の制服姿の少女とぶつかってしまった。膝を曲げて座り込んでしまった少女のスカートがふらりと舞い上がり、シンジの目は少女の“純白”に釘付けになった。シンジの視線に気が付いた少女は顔を赤くしてスカートの前を手で押さえた。

 

「ごめん、僕が前を見てなかったから」

「すみません、私の方こそ不注意でした」

 

 シンジと少女がほぼ同時に頭を下げて謝ると、少女は「お互い様ですね」とシンジと目を合わせて笑った。

 

「何をしてるのよ、バカシンジ!」

 

 見つめ合うシンジと少女の元へと近づいて来たのは、超不機嫌な顔をしたアスカだった。シンジは少女のスカートの中をのぞいた事がばれたら、ただでは済まなかったと戦慄した。

 

「アタシの連れが迷惑かけて、悪うござんしたね!」

 

 顔付きも悪ければ口も悪い。アスカは自分の顔の筋肉が引きつるのを抑えきれずに少女に声を掛けた。少女には戸惑いの表情が浮かんでいた。

 

「そうだ、お尻を打ったみたいだけど、怪我は無い?」

「はい、大丈夫です」

 

 心配そうな表情をしてシンジが声を掛けると、少女は穏やかな笑顔でそう答えた。アスカの視線が少女のスカートに動いた。こういう時のアスカの勘はエスパーかと思うほど鋭い。

 少女の話によると、村で人捜しをしていて前方への注意がおろそかになりシンジとぶつかってしまったのだと言う。捜しているのは帽子をかぶった10歳前後の男の子。アスカとシンジが見かけていないと答えると、少女は困った表情になってため息をついた。

 

「では、これで失礼します。お手数をおかけしました」

 

 少女は会釈をしてルーアンの街がある街道の方へと立ち去って行った。

 

「もう、二人とも遅いってば。それで、今の制服の子って誰?」

「人捜しをしているみたいで、見かけていないか聞かれただけ。名前は聞いてないわ」

 

 アスカはため息をついてエステルに答えた。エステルとヨシュアは、アスカとシンジがやって来ないので引き返して来たようだった。ヨシュアは去り行く制服姿の少女をじっと見ていた。

 

「ヨシュアってば、そんなにあの子が気になるの? なるほど、そういう事か」

 

 エステルがにやけ顔でつぶやくと、ヨシュアはウンザリとした顔でため息をついた。

 

「一目惚れって事もあるからね」

「ち・が・い・ま・す」

 

 ヨシュアはハッキリとした大きな声で否定した。

 

「ただ、昔の知り合いに似ていただけだよ」

 

 そうつぶやいたヨシュアの瞳は悲しげだった。ヨシュアが誰の事を思い出しているのか、それは他の三人には分かるはずも無い。

 

「加持さんが言いそうな口説き文句だね」

「そうね、セカンドインパクト臭が漂って来るわ」

「……君たちまで勘違いしないでもらえるかな」

 

 ボソボソと感想を述べるシンジとアスカに、ヨシュアは深い大きなため息を吐き出した。

 

 

 

 

 エステルたちは展望台に着くと、海が一望できる眺望の良さに感動の声を上げた。有名なスポットなのか、ベンチには老若男女問わず肩を並べて座るカップルたちの姿がちらほらとあった。

 エステルとヨシュア、アスカとシンジと別れてベンチに座ってから、アスカは不覚を取った事に気が付いた。エステルと同じベンチに座るべきだった。あまりにスムーズな動きでエステルがヨシュアと同じベンチに座るものだから、自分たちは取り残されてしまった。

 

「……別にそんなに離れて座らなくても良いわよ」

「ごめん」

 

 ベンチの端に腰掛けていたシンジにアスカが声を掛けると、シンジは固い動きで身体を内側にずらした。そんなに緊張していたらせっかくのランチが美味しくなくなるじゃない、とアスカはため息をついた。

 

「うーん、このハンバーガー、美味しくていい匂いがする」

 

 エステルはさっそくハンバーガーを食べている。アスカもハンバーガーは大好物だ。冷める前に食べようと口に運ぶ。もう魔獣の肉にも慣れた。エステルの言う通りハンバーガーには香りが付けられていた。肉の臭みが消える甘い香りだ。ミサトの家に居た頃、シンジもハンバーグにナツメグを入れてくれたっけ。そんな事をアスカは思い出していた。

 ヨシュアとシンジが食べているパエリアからはサフランの香りが漂っていた。エステルはハンバーグを半分ほど食べた後、パエリアを食べるヨシュアを羨ましそうに見て、「一口ちょうだい」と言った。

 

「それなら、お弁当箱を交換しようか?」

 

 ヨシュアがそう提案すると、エステルはとんでもない事を言い出した。

 

「手が塞がってて面倒だし、ヨシュアが食べさせてよ。あーん」

 

 そう言ってエステルはヨシュアに向かって口を大きく開いた。さすがにヨシュアも驚いた顔をしながら、パエリアを掬ったスプーンをエステルの口元に運んだ。

 

「さすがにコレは……恥ずかしいんだけど」

 

 エステルはヨシュアの差し出したスプーンにパクっと食らいついてパエリアを飲み込んだ。

 

「子供っぽいって笑われたかな?」

「そう言う意味じゃないんだけど……」

 

 まるでわかっていないエステルにヨシュアは深いため息をついた。

 

「な、何て事してるのよ、エステルは!」

 

 そんな二人を顔を真っ赤にして見ていたのはアスカだった。隣に座るシンジも大胆過ぎるエステルの行動に驚いていた。

 

「じゃあヨシュアにお返し、えいっ!」

 

 エステルは笑顔でそう言うと、残ったハンバーガーをヨシュアの口に放り込んだ。ヨシュアは息苦しそうにしながらもハンバーガーを咀嚼して飲み込んだ。

 

「美味しかったけど、いきなり口に突っ込まないでよ」

「ふっふっふ、参ったか」

 

 困った顔で抗議するヨシュアに、エステルは得意げな顔でそう言い放った。

 

「シンジ、アンタもこのハンバーガー食べてみなさい、美味しいわよっ!」

 

 アスカもシンジの鼻をつまみ上げると、シンジの口に食べかけのハンバーガーを押し込んだ。シンジは苦しそうにしたが、何とかハンバーガーを飲み込む事が出来た。

 

「これでハンバーガーのレシピを覚えられたでしょう、アタシに感謝しなさい!」

「鼻までつまむ事はなかったじゃないか!」

 

 シンジは少し怒った顔でアスカに言い返した。そんなコントみたいなやり取りを見て周りのカップルからも笑い声が上がる。その後食べたパエリアの味を感じられないほどシンジは恥ずかしかった。

 

 

 

 

「はーっ、美味しかった。ねえちょっと、ここでお昼寝していかない?」

 

 ランチを食べ終わった後、エステルはそんな事を言い出した。満腹感と潮の香りがする風に誘われて昼寝をするのは確かに気持ちが良いかもしれない。そのエステルの魅力的な提案に、アスカたちも反対はしなかった。

 エステルとヨシュアはベンチに座ったまま、直ぐに寝息を立ててしまった。席替えのチャンスを逃したアスカは仕方が無いかとシンジの隣で目を瞑る。ほどなくして睡魔に誘われ、しばらく眠ったアスカが違和感を覚えて目を覚ますと、シンジが自分の身体にもたれかかって眠っているのが分かった。

 シンジを起こさないでもう少し寝かしておいてあげようか、とアスカが仏心をのぞかせていると、寝ぼけたシンジの腕がアスカの身体をまさぐり始めた。シンジの手がアスカの胸を握った時、アスカは顔を真っ赤にしてシンジの頬に平手打ちを食らわせた!

 

「ちょっと、どこ触ってるのよっ!」

「痛っ!」

 

 完全に目を覚ましたシンジはあわててアスカの胸から手を離した。アスカの大声で眠っていたエステルとヨシュアも目を覚ました。昼寝どころでは無くなったエステル達は展望台を後にして、ルーアンの街に向けて出発する事にした。

 展望台を降りたところで、エステルは駆けて来た帽子をかぶった少年と思い切りぶつかった。少年は人捜しをしていて、よそ見をしていたと謝った。シンジはその少年の姿を見て気が付いたように声を上げる。

 

「少し前に制服を着た子が帽子をかぶった男の子を捜してるって話していたけど、君の事じゃないかな?」

「そうだよ兄ちゃん、どこで会ったの?」

 

 少年はシンジの言葉にうなずいて、尋ね返した。

 

「宿屋の前だったけど、もう街道の方に行ってしまったよ。僕達もついて行こうか?」

 

 ヨシュアが代わりに答えて声を掛けると、少年は首を横に振った。

 

「大丈夫だよ。兄ちゃんたち、ありがとう、バイバイ!」

 

 手を振って元気に走り去って行く少年の姿を、エステルは微笑ましいと思いながら見送った。ロレントに居るルックとパットの二人を思い出したようだ。しかしヨシュアは厳しい表情をしている。

 

「エステル、何か失くしたものはない?」

 

 ヨシュアに尋ねられたエステルはポカンとした顔をしている。エステルの異変に気が付いたのはアスカだった。

 

「アンタ、遊撃士の紋章は?」

「あーーっ!」

 

 アスカに指摘されたエステルは自分の胸元を見て驚きの声を上げる。身に着けている準遊撃士の紋章がなくなっていたのだ。

 

「多分、さっきの子にスリ盗られたんだろうね」

 

 準遊撃士の紋章を子供が持っていても意味が無い、いたずら目的だろうとヨシュアは付け加えた。準遊撃士の紋章をなくてしまったとなったら、ルーアンの街の遊撃士協会に合わせる顔が無い。

 エステルたちは村の人々に聞き込みをして帽子の少年の行方を捜した。村の住民の話によれば、帽子の少年は村に住んでいる子供ではなく、『マーシア孤児院』の子供たちだと言う。

 

「いたずら小僧め、とっちめてやるんだから!」

 

 エステルは拳を握りしめてそう言い放った。エステルたちはルーアンの街に行く前に、マーシア孤児院に寄る事になった。そこではあの少女との再会が待っていた。



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第十九話 逃げちゃダメだ! 男の戦い

 

 マノリア村から出てメーヴェ海道を進んだエステル達は、『北・マーシア孤児院』と書かれた看板を見つけた。孤児院の敷地内に入ると三人の子供たちが楽しそうに話していた。そのうちの一人は帽子の少年で、子供達からはクラムと呼ばれていた。

 クラムはエステルからかすめ取った準遊撃士の紋章を誇らしげに他の二人に見せびらかしていたが、エステルの姿を見ると跳び上がった。

 孤児院の庭を舞台にエステルとクラムの追いかけっこが始まり、ため息をついたアスカたちは不思議そうな顔をした子供たちと一緒に見守っていた。

 

「離せよっ、児童虐待で訴えるぞ!」

 

 捕まってエステルに首根っこをつかまれたクラムはジタバタともがくが、子供の力では振り切る事は出来ない。

 

「大人しくあたしの紋章を返しなさいっての!」

 

 抵抗するクラムの身体をつかんでエステルはブンブンと振り回す。さすがにやりすぎだとヨシュアが止めに入る前に、凛とした少女の声が響いた。

 

「ジーク!」

 

 白い鷹の様な鳥が高速で飛来し、エステルの側をかすめた。驚いたエステルはクラムをつかんでいた手の力を緩めてしまう。クラムが逃げて行った先、孤児院の入口の前には、マノリア村で出会った紫色の髪をした制服の少女が、凛とした表情でエステルに鋭い視線を向けて立っていた。

 

「あら? あなたはマノリアでお会いした……」

 

 制服の少女はシンジの姿に気が付くと、不思議そうな顔になった。

 

「助けて、クローゼ姉ちゃん! オイラ、あの姉ちゃんに暴力を振るわれたんだ!」

 

 クラムは制服の少女にしがみついてエステルを指差した。エステルがクラムをつかんで振り回している姿をクローゼも目撃していたからこそ、クローゼはシロハヤブサのジークをけしかけたのだった。

 

「ごめんね、彼女はボクたちの仲間なんだ」

 

 シンジが申し訳なさそうな顔をしてクローゼに声を掛けると、クローゼは安心したかのような笑みを浮かべた。

 

「私、てっきり強盗がやって来たのかと思って、早とちりをしてしまいました」

「こんなかわいい強盗なんて居ないと思うんですけど!」

 

 エステルは不満そうにほおを膨らませた。自分でかわいいと言ってれば世話が無いよ、とアスカはあきれ顔だ。孤児院の子供たちによると、クラムがいたずらをするのは毎度の事らしく、クローゼも事情を察したようだ。

 

「お姉ちゃん、アップルパイまだ?」

「もうちょっとで焼き上がるから、待っててね」

 

 孤児院の子に声を掛けられたクローゼは、優しく微笑んでそう答えた。エステルとクラムはクローゼを挟んで「この悪ガキ!」「暴力オンナ!」と言い合いをしている。ややこしい事態になったとシンジとクローゼが顔を合わせてごまかし笑いを浮かべていると、孤児院の中から穏やかな笑みを浮かべた女性が姿を現した。

 

「テレサ先生!」

 

 クローゼにテレサ先生と呼ばれたエプロン姿の女性は、クラムに向かって優しく語り掛ける。

 

「あなたは本当に何も悪い事はしていないのですね? 女神エイドス様にも誓えますか?」

「ち、誓えるよ!」

 

 クラムは目を泳がせながらも、テレサ院長に向かってそう答えた。テレサ院長はエステルたちの顔を見回した後、地面を指差してクラムに再び尋ねた。

 

「そこにバッジが落ちていますよ。あなたのではないですか?」

「えっ、ズボンのポケットに入れてあるはずなのに……」

 

 そうつぶやいたクラムは口を手で押さえたがもう遅い。見守っていたエステルたちからも驚きの声が上がる。言い逃れが出来なくなったと悟ったクラムは準遊撃士の紋章をエステルに投げ返すと、孤児院の外へと逃げて行ってしまった。クローゼは心配そうな顔でクラムが消えた方を見つめていたが、テレサ院長はお腹が空けば戻ってくると大きく構えていた。

 

「お話は、中でお茶を飲みながら伺わせて頂けないかしら?」

 

 穏やかな笑顔のテレサ院長に誘われたエステルたちは孤児院の中へと入るのだった。

 

 

 

 

 孤児院の中に入ったエステルたちはテーブル席に着き、ハーブティとクローゼが焼いたアップルパイをご馳走になった。エステルも美味しいパイですっかり機嫌を直した。自己紹介をしたエステル達はテレサ院長とクローゼにマノリア村でクラムと出会った事から先程の事までを話した。

 

「あの子は悪い子ではないのですが、いたずら好きで……本当にごめんなさい」

「もういいですよ、紋章も返してもらったし。美味しいお菓子とお茶でチャラって事で」

 

 謝るテレサ院長に、エステルは笑顔でそう答えた。シンジはハーブティに関心を持ったようで製法を尋ねると、テレサ院長は孤児院の庭でハーブを栽培していると答えた。アップルパイもテレサ院長が作ったのかと聞くと、クローゼが作ったのだと話した。シンジが感心したようにクローゼを見つめると、クローゼは照れくさそうに微笑んだ。

 

「私、勘違いをしてしまって、皆さんに失礼な事をしてしまいました……」

「別に、気にしなくていいってば。あたしもあの子に乱暴な事しちゃったし」

 

 また謝ったクローゼに、エステルはそう言って笑いかけた。話題はエステルを驚かせたシロハヤブサの事になった。名前はジークだとクローゼは話した。

 

「シロハヤブサはリベール王国の国鳥だったね、君が飼っているの?」

 

 ヨシュアに聞かれたクローゼは、ペットではなく仲のいい友達だと笑顔で答えた。

 

「アンタ、ジェニス王立の生徒よね、孤児院の子なの?」

 

 今まで鋭い目つきでクローゼをにらみつけるように見ていたアスカが口を挟んだ。ロレントで会ったジョゼットの様に偽学生でないかと疑っている事に気が付いたシンジは、アスカを責める様な目で見た。

 

「いえ、私は学園の寮に住んでいます。あまり遠くないので、つい毎日のように遊びに来てしまうんです。ご迷惑おかけしていると思うのですけど」

 

 クローゼはそう言って弱々しい笑みを浮かべた。

 

「そんな事はありませんよ。あなたが来てくれて、いろいろ助かっていますよ。子供たちも喜んでます」

 

 テレサ院長はクローゼに穏やかな笑顔を向ける。エステル達はクローゼがこの孤児院に足繫く通うのが分かる気がした。テレサ院長には母親の様に包み込んでくれる優しさがある。

 

「でも、学園生活も大切ですよ。まあ、あなたなら大丈夫でしょうけど」

「はい、分かりました」

 

 しっかりと大切な事は言うテレサ院長に、はにかみ笑いを浮かべてクローゼは答えた。

 

「うーん、学園生活って言うのも面白そうね」

 

 エステルはポツリとそうつぶやいた。遊撃士になる前に通っていた教会の日曜学校はその文字通り週に一回しか授業が無かった。

 

「アンタが学校に通っても、どうせ先生の前でグースカ寝ているのがオチね」

「そうなんですか?」

 

 アスカが口を挟むと、クローゼにもその光景が思い浮かんだのか、楽しそうに声を上げて笑った。ジェニス王立学園には入学試験もあると聞いたエステルは、自分には無理だとため息を吐き出した。

 

「遊撃士になる方が大変だと思いますよ」

 

 クローゼはそんなエステルを励ます様に声を掛けた。16歳で準遊撃士の試験に受かり、ロレント支部とボース支部の貰っている事を知ったクローゼは自分の方こそ憧れてしまうとエステルたちを羨望の眼差しで見つめた。

 しばらくの間、ルーアン支部の遊撃士協会に所属する事になるとエステルたちが話すと、テレサ院長はそれならお世話になる事もあるかもしれませんね、子供たちも喜ぶのでまた遊びに来て欲しいと穏やかな笑顔で話した。

 

 

 

 

 すっかり話し込んでしまったエステル達はクローゼと一緒に孤児院を出た。テレサ院長は暖かい母親のような人だと全員の意見が一致した。シロハヤブサのジークが飛んで来て、クローゼの肩に止まる。

 

「クローゼさんは、ジークの言葉が分かるの?」

「話せはしませんけど、何を言いたいのかは分かります」

 

 シンジが尋ねると、クローゼはそう答えた。エステルがジークに近づこうとすると、ジークは飛んで行ってしまった。

 

「あーあ、フラれちゃった」

 

 エステルがガッカリした顔でため息をつくと、クローゼたちは笑った。これからエステル達がルーアン支部の遊撃士協会に行く事を知ったクローゼは、案内役を買って出た。今日は外出許可を貰っているので問題は無いと話した。

 エステル達は孤児院から出た所で、クラムに呼び止められた。クラムはクローゼにウソをついた事、エステルの準遊撃士の紋章を盗ってしまった事を謝った。

 

「許してあげる。あたしも注意力が不足していたのは確かだし」

 

 エステルはクラムに向かってそう言って笑顔を向けた。

 

「まだまだ修行が足りないな、姉ちゃん!」

「むー、やっぱりかわいくない!」

 

 クラムは憎まれ口を叩きながら孤児院の方へと姿を消した。エステルは頬を膨れさせてクラムの消えた方を見つめていた。

 ルーアンの街に向けて海岸沿いの街道を進むエステルたちの耳に男性の悲鳴が聞こえて来た。エステル達は悲鳴のあった砂浜の方へと駆け付けると、男性がサメに足が生えたような魔獣に襲われていた!

 

「クローゼは後ろにさがってて!」

「はい!」

 

 エステルの指示に従ってクローゼは後方へ下がった。必然的にシンジとの距離が近くなる。

 

「ボクが君を守るから」

「お願いします」

 

 アスカはそれが気に入らなかったが、今は魔獣との戦いに集中しなければ、と意識を無理やり前方の魔獣へと向けた。魔獣の動きは鈍く、エステルたちは傷を負う事無く倒すことが出来た。

 襲われて男性はジミーと名乗り、街道から外れた砂浜に居たのは深い理由があるが話せないと言った。アスカに鋭い目でにらまれたジミーはルーアンの街の方へと逃げるように走り去っていた。

 

「全く、自分勝手に街の外に出て危険な目に遭ってれば世話無いわ」

 

 アスカは苛立った顔をしながらため息を吐き出した。ジミーが危険を承知でこの海岸に来たのは何かがここにあるはずだとアスカが勘を働かせながら周囲を見回すと、古い樽のようなものが埋まっているのが見つかった。

樽の中には古びた短剣と海図の切れ端が入っていた。これがジミーの探していた物だと確信したアスカは、ニヤリと笑いを浮かべながら、シンジに大事に持っておくようにと預けた。こういう事には鼻が利くアスカだった。

 

 

 

 

 ルーアンの街に着いたエステル達は風光明媚な街並みに目を輝かせた。海は青く、真っ白な建物との対比は海港都市を感じさせた。クローゼはルーアンの街には様々な見所があるが、一番の場所は《ラングランド大橋》だと話した。巻き上げ装置を使った跳ね橋になっているのだと言う。

 

「跳ね橋か、面白そうだね!」

「そうね」

 

 ワクワクするような顔で声を掛けるエステルに、アスカは素っ気なく答えた。アスカはドイツでは回転する橋など見ているのだ、今更跳ね橋くらい……とやはり世界の溝は埋められない部分があった。

 エステルたちが遊撃士協会へと入ると、受付には人の姿が無かった。不思議そうな顔で立っていると、掲示板を見ていた遊撃士の女性に声を掛けられた。

 

「受付のジャンは二階で客と打ち合わせ中なんだ」

 

 紺色の長い髪を後ろで束ね、胸元が開いた色気を感じさせるその遊撃士の女性はカルナだと名乗ると、遊撃士協会に頼み事があるなら自分が代わりに聞くと話した。

 

「あたしたちも遊撃士なんだけど」

 

 エステルが胸にある遊撃士の紋章を指差すと、カルナは同業者かと声を上げて笑った。

 

「エステルにアスカ、ヨシュアにシンジか、あんたたちロレントから来たのかい」

 

 エステルたちが自己紹介をすると、カルナは感心したようにつぶやいた。さらにロレント支部とボース支部の推薦状を持っている事を話すと、カルナは含み笑いを浮かべてつぶやいた。

 

「ジャンのやつ、有望な新人が来ると知ったら大喜びだね」

 

 エステル達は背筋に寒いものを感じた。転属手続きをしなければ遊撃士としての活動が出来ない。ジャンの話が終わるまでエステルたちは再びルーアンの街の見物をして待つことにした。

 

 

 

 

 ラングランド大橋を渡りルーアンの街の南街区まで足を伸ばしたエステル達は、倉庫が立ち並ぶ区画までやって来た。倉庫の前では赤い布を頭に巻いている若い男たちがたむろしていた。

 

「へへっ、ヒマだったら俺達と遊ばないか、お嬢ちゃんたち」

 

 エステルたちの姿を見た五人の男達は近づいて来た。

 

「何よ、下手なナンパね。アタシたちはアンタ達に付き合っているヒマなんてないの、他を当りなさい!」

 

 アスカが腰に手を当てて断言すると、男達の内の一人がアスカを物色するように見ながら笑みを浮かべる。

 

「その強気の態度、俺の好みのタイプかも」

「ウザッ」

 

 アスカが嫌悪感をあらわにする。リーダー格の別の男がヨシュアとシンジを見て鼻を鳴らす。

 

「そんな女みたいな生っちょっろいガキども何か放って置いて、俺たちと楽しもうぜ」

「何がガキよ!」

 

 バカにされたヨシュアとシンジ当人よりも、アスカやエステルの方が怒りに震えていた。

 

「あんたたちド素人なんか、束になってもヨシュアに勝てないわよ!」

 

 エステルがそう言ってヨシュアを指差すと、男達の視線が集中する。ヨシュアがウンザリとした顔でため息を吐き出すと、それが余裕ぶった態度に見えたようで、男達の表情がさらに険しくなる。男達はヨシュアを取り囲むようににじり寄って来た。

 

「僕の態度が気に入らないなら謝りますけど……彼女たちに手を出したら、手加減、しませんよ」

 

 ヨシュアが眼光鋭く男たちをにらみつけると、男達は驚いて後退りした。しかし人数的には自分達が有利であると気が付いた男達は再びヨシュアに詰め寄った。エステルとアスカをかばうように前に出るヨシュア。

 

「兄貴、俺達も交ぜてくださいよ」

 

 タイミングが悪い事に、市街の方から男達の仲間が五人もやって来てしまった。ヨシュアと対峙する男達と同じく、エステルとアスカとクローゼを嫌らしい笑みを浮かべて舐めまわすように見ている。シンジは身体を震わせながらもクローゼを守ろうと踏ん張った。

 

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、

逃げちゃダメだ……」

 

 シンジは初めて使徒と戦った時のように自分にそう言い聞かせるのだった。



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第二十話 アスカもマジギレ!? ワガママ公爵!

 

 倉庫街で十人の男達に囲まれてしまったエステル達。嫌らしそうな目でエステル、アスカ、クローゼを見る男達から守ろうと、ヨシュアとシンジは勇気を振り絞って立ち向かった。

 多勢に無勢、ヨシュアとシンジが男達によって叩きのめされ、悲鳴を上げるエステルとアスカとクローゼは倉庫に連れ込まれる……。嫌な想像がエステルたちの頭をよぎった。

 

「お前達、何をしているんだ!」

 

 青年の声が、にらみ合いの続く倉庫街に響き渡った。声を発した青年が近づいて来ると、エステルたちを取り囲んでいた男達は顔を歪めた。

 

「君達、いい歳をして恥ずかしいと思わないのかね!」

 

 青年が堂々とした口調でそう言い放つと、リーダー格の男は負けじとにらみ返した。

 

「うるせえ、市長の腰巾着が口出しすんじゃねえ!」

「私の事を呼んだかな?」

 

 威厳のある声と共に現れた品格のある壮年の男性は、クローゼの話によるとルーアン市長ダルモア氏らしい。青年の方は秘書のギルバード。市長の姿を見た男達は動揺してお互いに顔を合わせてヒソヒソと話し始めた。市長に傷の一つでも付けたら王国軍が動くだろう。謝るだけでは済まない。

 

「今日の所は見逃してやる!」

「待ってくださいよ、兄貴~!」

 

 陳腐な捨て台詞を残して、エステルたちを取り囲んでいた十人の男達は走り去って行った。ダルモア市長は余裕を持った表情でエステルたちに話し掛けた。

 

「街の者が迷惑を掛けて申し訳ない。私はルーアン市の市長を務めているダルモアという。こちらは、私の秘書のギルバード君だ」

 

 ダルモア市長に紹介されたギルバードは爽やかな笑顔をエステルたちに向けた。

 

「その胸の紋章からすると、君たちは遊撃士だね? よろしく頼むよ」

 

 エステルたちが自己紹介をすると、ダルモア市長は有望な新人が来たら遊撃士協会の受付のジャン君は喜ぶだろうと話した。

 

「有望かどうかは判らないけど……」

 

 エステルは照れくさそうな表情でダルモア市長に答えた。ダルモア市長はクローゼの姿に気が付くと不思議そうな顔で尋ねる。

 

「そちらのお嬢さんは王立学園の生徒のようだね」

「はい、お初にお目にかかります、二年生のクローゼ・リンツと申します」

 

 クローゼがかしこまってあいさつをすると、ダルモア市長は穏やかに微笑んだ。

 

「王立学園のコリンズ学園長とは親しくさせてもらっているよ。そう言えば、ギルバード君も王立学園のOBだったね」

 

 ダルモア市長の言葉にギルバードはうなずいた。君の様な優秀な後輩がいてくれると鼻が高いとギルバードが言うと、クローゼは照れくさそうにはにかんだ。

 

「今度の学園祭、期待しているよ」

「はい、頑張ります」

 

 ダルモア市長に声を掛けられたクローゼは明るい笑顔で答えた。

 

「それでは失礼するよ。先ほどの連中が手を出して来たら私の所に報せてくれたまえ、ルーアン市長として厳粛に対処しよう」

 

 そう言ってダルモア市長はギルバードと共に去って行った。貫禄があるダルモア市長を見送ったエステルたちは感心してため息をついた。ダルモア市長とギルバードが来てくれなかったら今頃自分たちはどうなっていたか分からない。その意味でももう一度エステルたちは大きな安堵のため息を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 倉庫街でトラブルに巻き込まれたエステルたちがルーアン支部の遊撃士協会に戻ると、受付には眼鏡を掛けた青年が立っていた。

 

「いらっしゃい、遊撃士協会へ! おや、クローゼ君じゃないか」

 

 青年はエステルたちの中にクローゼの姿を見つけた青年は声を掛けた。

 

「こんにちは、ジャンさん」

 

 クローゼは青年に対してあいさつを返した。受付に居る青年がジャンのようだ。クローゼは学園長の依頼を遊撃士協会に伝えに来るうちにジャンと知り合いになった。

 

「あれ、君と一緒に居るのは準遊撃士の……」

 

 エステルたちの紋章に気が付いたジャンは不思議そうな顔になった。エステルたちが自己紹介をすると、ジャンは嬉しそうな顔で歓迎の気持ちを示した。ボース支部のルグラン老人からは連絡を受けていたと話した。

 

「僕の名前はジャン。君達の監督者となるから、これからよろしくな」

「うん、よろしくお願いね、ジャンさん!」

 

 エステルは元気にジャンに答えた。そんなエステルの返事にジャンは目を細める。

 

「君達には大いに期待しているよ、空賊事件では活躍したそうじゃないか」

「フン、どんな依頼も任せなさい!」

 

 ドンと胸を叩いて宣言するアスカに、シンジは不安げな視線を送った。ジャンの言葉を聞いたクローゼが驚きの表情になる。

 

「私、リベール通信の最新号で読みました。あの事件を解決したのは皆さんだったんですね」

「ボクたちは大した事はしていないよ」

 

 クローゼに尊敬の眼差しを向けられたシンジは照れくさそうに答えた。

 

「王国軍が居なかったら空賊を捕まえられなかったからね」

 

 ヨシュアも冷静にそう付け加えた。ジャンはそんなに謙遜する事は無いとエステルたちを励ましながら、直ぐにでも転属手続きをするように勧めた。急かすジャンに戸惑いながらもエステルたちは転属手続きの書類に必要事項を書き込んだ。

 

「これで君達もルーアン支部の所属となったわけだ。この忙しい時期に来てくれて助かったよ。もう逃げられないからね」

 

 眼鏡の奥で目を細めて笑うジャンに、エステルたちの背中に悪寒が走った。

 

「今、王家の偉い人がこのルーアン市に来ているんだけどね……」

 

 ジャンは困った顔で話を切り出した。その表情から厄介な依頼だとシンジは直感した。アスカが大口を叩くから大変な事になるんだ、とシンジは心の中でそう思った。

 その王家の人物は‘視察’と称してルーアン市に来ているが、実際は‘観光’だろうとジャンは話した。ダルモア市長は万が一の事が起きてはいけないと、ルーアン市街の警備を強化しているらしい。

 倉庫街にはエステルたちに絡んで来たならず者が居る。ダルモア市長が目を光らせていたおかげでエステルたちは助かったのだとも言えた。エステルたちは倉庫街であった出来事についてジャンに話した。

 

「そうか、君達も倉庫区画に行ったのか。あそこは『レイヴン』と名乗っているチーマーのたまり場なのさ」

 

 ジャンの話を聞いたアスカはあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「ふーん、カッコつけてるつもりかしら」

 

 レイヴンは昔からルーアンの街に居たが、そんなに住民達に迷惑を掛ける存在では無かったとジャンは話した。最近になって行動が過激になり、ダルモア市長が心配する気持ちも分かるが、遊撃士協会はルーアンの街だけに構っているわけにはいかない。エステルたちが来てくれて本当に助かったとジャンは言った。転属手続きを済ませたエステルたちの遊撃士としての仕事は明日からジャンジャンバリバリ始める事になった。

 

 

 

 

 エステルたちが遊撃士協会を出ると、空はすっかりと茜色に染まっていた。白い街並みが夕陽に染まる美しい光景は、エステルたちの心を奪った。鐘の音が街に鳴り響き、巨大な跳ね橋である《ラングランド大橋》が巻き上げられた。

 

「圧巻されるわね。あの跳ね橋ってどのくらい開いているの?」

「三十分ぐらいです。早朝、昼前、夕方の三回、通る船が無くなるまでです」

 

 エステルの質問にクローゼはそう答えた。クローゼは暮れなずむ街を眺めて気が付いたようにエステルたちに声を掛ける。ホテルに泊まるつもりならば早めに予約を取った方が良いとクローゼは話した。

 エステルは遊撃士協会の二階で泊まるつもりだったが、アスカはせっかく観光地に来たのだからホテルに泊まりたいと言い出した。シンジは最初アスカにワガママを言うなと毅然とした態度で対応したが、結局アスカに押し切られてしまった。

 

「いらっしゃいませ。ホテル・ブランシェへようこそ」

 

 ホテル《ブランシェ》でイケボのフロント係の男性に迎えられたエステルたちは部屋が取れるかどうか尋ねると、最上階のスイートルームなら空いているとフロント係の男性は答えた。

 

「最上階の部屋って、やっぱり高いよね?」

 

 エステルは振り返って後ろに居るヨシュアたちの顔を見回した。準遊撃士は見習いで、高額報酬の仕事を受ける事はあまりない。贅沢な生活は出来ない。アスカはガッカリとした顔でため息をついた。

 

「予約をお願いします」

 

 フロント係の男性にシンジがそう言うと、アスカは驚いた顔でシンジを見つめた。普段から財布の紐が固いシンジからは想像できなかった。

 

「ロレントの居酒屋でバイトしていた時の貯金があるから大丈夫だよ」

 

 シンジはアスカに向かってそう微笑みかけた。相変わらずシンジはアスカには甘いとエステルとヨシュアは苦笑していた。アスカは厳しい表情でシンジに詰め寄る。

 

「アンタ、そう言うお金はもっと大切な時に使うもんよ!」

 

 せっかくシンジが気を遣ったのに、このままでは逆効果になりかねない。察したフロント係の男性はシンジに助け舟を出した。

 

「通常の客室の宿泊料金と同じで構いませんよ」

「えっ、いいの?」

 

 エステルは驚いてフロント係の男性に聞き返した。

 

「遊撃士の皆様にはお世話になっておりますので、サービスさせて頂きます」

「ありがとうございます!」

 

 シンジは明るい笑顔になってフロント係の男性にお礼を言った。怒る理由を無くしたアスカも恥ずかしそうにしながらも笑顔になる。シンジはアスカの笑顔が見れて良かったと喜んだ。

 

「ふふ、皆さん良かったですね」

 

 クローゼも嬉しそうなシンジたちの姿を見て穏やかに微笑んだ。クローゼが学園に帰るとエステルたちに話すと、学園までクローゼを送り届けようかという話になった。

 

「大丈夫です、通い慣れていますから」

 

 クローゼはエステルたちの申し出に対してそう答えた。クローゼは学園からマノリア村まで来れるのだから心配は要らないのかもしれないとエステルたちも納得した。

 

 

 

 

 クローゼを見送るため、エステルたちは一旦ホテルの外に出た。

 

「今日はありがとうございました」

「お礼を言うのはこっちの方よ」

 

 頭を下げるクローゼにエステルは照れながらそう言った。

 

「いろいろ案内してくれてありがとう」

「私の方こそ、皆さんを危険に巻き込んでしまってすみません」

 

 ヨシュアが笑顔でお礼を言うと、クローゼは申し訳なさそうな顔で謝った。

 

「ボクの方こそ、クローゼさんを守れなくてゴメン」

 

 ダルモア市長とギルバードが倉庫区画に来なかったら、自分はやられていただろうとシンジは苦しげな表情でクローゼに謝った。

 

「はいはい、お互いにペコペコ頭を下げるのはそこまで。辛気臭いったらありゃしない」

 

 見かねたアスカが割って入ると、シンジとクローゼは目を合わせて笑った。アスカは面白く無さそうな顔でそんな二人を見つめた。

 

「そうだ、皆さんも来週末にある学園祭にいらっしゃいませんか?」

「ガクエン菜?」

 

 クローゼの言葉の意味が分からず、エステルは不思議そうな顔でつぶやいた。そんなエステルを見てアスカはあきれたような顔でため息をついた。

 

「学園でやるお祭りみたいな行事の事よ」

「あら、アスカさんはご存じなんですか?」

 

 クローゼに尋ねられて、アスカは面倒な事になったと顔をしかめた。自分が異世界からやって来たと説明すると長い話になってしまう。

 

「何となくそんな感じがしただけよ」

「そうですか……」

 

 アスカがそう言うと、クローゼは納得していない様子だが、それ以上追及はして来なかった。

 

「お祭りか、楽しそうだね! 出店とかイベントとかあるの?」

 

 エステルは飛び切りの笑顔でクローゼに尋ねた。もちろんあるとクローゼが答えると、エステルは絶対に行くと約束した。

 

「遊撃士協会で、ジャンさんから忙しくなるって話を聞いたのを忘れた?」

 

 ヨシュアにそう指摘されると、エステルはガックリと肩を落とした。ヨシュアもそんなエステルを見てかわいそうだと思ったのか、あわてて笑顔を取り繕った。

 

「まあ、学園祭の当日だけなら良い息抜きになるんじゃないかな?」

「やったぁ、ヨシュア大好き!」

 

 笑顔を取り戻してヨシュアに抱き付くエステルを見て、アスカとシンジはヨシュアはエステルに甘いなと思った。そんなやり取りにクローゼは楽しそうに笑みをこぼした。

 

「それでは私はそろそろ失礼しますね」

 

 クローゼはそう言うと街道の方へと立ち去った。

 

「可憐で凛とした雰囲気を持った女の子、あたしが男だったら惚れてるわね」

 

 エステルはクローゼの姿が消えた方角を見ながらそうつぶやいた。

 

「まあ悪巧みをしている様子は無さそうだね」

「全く、あの空賊の生意気ボクっ子じゃないんだから」

 

 ヨシュアの言葉に、エステルはウンザリとした顔でぼやいた。

 

「ほら、サッサと行くわよ、最上階の良い部屋が取れたんだし!」

 

 アスカは上機嫌な様子でエステルたちを急かした。シンジも一大決心をして予約を取った甲斐があるものだ。ホテルの中へとエステルたちは戻った。

 

 

 

 

 ホテルの最上階のスイートルームに足を踏み入れたエステルは子供のようにはしゃぎながら部屋の中を見て回る。アスカはそんなエステルにため息をつきながらも部屋には大満足のようだった。

 スイートルームのバルコニーに出たエステルたちは、綺麗なルーアンの街並みを見下ろせる絶景を堪能した。陽が完全に沈んで星空が見える頃になれば更なる絶景が見えるはずだ。エステルたちが楽しみに胸を膨らませていると、部屋の中から男性の声が聞こえた。

 

「ふーむ、なかなか良い部屋ではないか、気に入ったぞ」

 

 驚いたエステルたちが部屋に戻ると、貴族風の男性と黒服の老人が立っていた。貴族風の男性は前髪を切りそろえると言う独特のヘアスタイルをしていた。白髪に眼鏡を掛けた黒服の老人は困った顔で男性に声を掛ける。

 

「閣下、この部屋は既に利用客が居るとの事、予定通り市長殿の家に滞在なされてはいかがですか」

「うるさい、フィリップ! あそこからは海が見えぬではないか!」

 

 貴族風の男性は黒服の老人に怒った顔で言い返した。そしてバルコニーに出ようとした貴族風の男性は部屋の中で立ち尽くすエステルたちの姿を見ると、驚いて声を上げた。

 

「な、なんだ貴様達は!? 曲者だ、出合え、出合え!」

「アンタこそ曲者じゃない、勝手にアタシたちの部屋に入って来て!」

 

 アスカは貴族風の男性に負けないくらいの怒りの表情でそう言い放った。

 

「アンタ呼ばわりとは失礼にも程がある。この部屋は私がルーアン視察中の滞在場所する事に決めた。とっとと出て行け!」

 

 貴族風の男がそう言い放って部屋の出口を指差すと、アスカも口を大きく開いて怒鳴り返す。

 

「アンタバカァ!? 出て行くのはそっちじゃない、カボチャ頭!」

 

 アスカは貴族風の男性の頭を指差した。貴族風の男性の男性は自分の自慢の髪型をバカにされた事で更に怒りのボルテージが上がった。

 

「これだから無知な庶民は嫌いなのだ、この私が誰か判らずにそのような無礼な口を利くとはな!」

「変なオジサンでしょう!?」

 

 ヒートアップするアスカと貴族風の男性のにらみ合いを、シンジは不安そうに見つめていた。遊撃士が民間人に手を出したなんて事はあってはならない。

 

「この紋章が目に入らぬか! 私の名はデュナン・フォン・アウスレーゼ! リベール王国元首、アリシア二世陛下の甥にして、公爵位を授けられし者である! 頭が高い!」

 

 貴族風の男性がそう言ってリベール王家の紋章が描かれたスカーフを突き付けると、エステルたちはポカンとして口を開いた。

 

「驚きのあまり声も出ない様だな」

 

 勝ち誇ったように鼻を鳴らすデュナン公爵。

 

「あはははははは!」

 

 エステルはお腹を抱えて大声で笑い出した。ヨシュアやシンジ、アスカにも笑いは伝染し四人は目に涙を浮かべるほど笑った。

 

「オジサン、そのギャグ面白い、メチャクチャウケる! よりによって女王様の甥だなんて!」

「エステル、この人は天才コメディアンだよ」

 

 ヨシュアも笑いながらエステルに声を掛けた。四人のバカにした態度に、デュナン公爵は歯を食いしばるほどの怒りを覚えていた。

 

「誠に申し訳ございませんが、閣下の仰せられた事は本当です」

 

 真面目な顔をした黒服の老人がエステルたちに告げると、エステルたちの笑いは止まった。

 

「わたくし、公爵閣下のお世話をさせて頂いております、フィリップと申します」

「は、はあ」

 

 エステルは困った顔でそう答えた。

 

「こちらにおわすデュナン公爵は、正真正銘、陛下の甥御でございます」

 

 フィリップという人物は信用できると判断したエステルたちは、遊撃士協会で聞いたジャンの話を思い出した。「王家の人物がルーアン市に視察に来ている」と言っていた。

 

「ふはは、参ったか。次期国王となるこの私の命令だ、部屋を私に譲れ!」

 

 そう言ってデュナン公爵は高笑いをしたが、アスカは怒った顔になって言い返す。

 

「ふざけんじゃないわよ! いくら王族だからってね、そんな横暴、許されると思ってんの!」

 

 ヤバい、アスカの手が出てしまうと危険を察知したシンジはアスカを止めようとした。しかしシンジよりも先にアスカの腕をつかんだのは執事のフィリップだった。

 

「お嬢様、しばしお待ちくださいませ! ……閣下はそうと決めればテコでも動かない御方……どうか……どうか……お願いいたします……」

 

 フィリップが土下座をして何度も頭を下げるのを見て、アスカの怒りもしぼんでしまった。

 

「フン、仕方ないわね。執事さんに免じて部屋を譲ってあげるわ」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 

 フィリップは深く何度も頭を下げてエステルたちに頭を下げた。

 

「まだアタシたちには豪華すぎる部屋だったしね」

 

 そうつぶやくアスカの作り笑顔が少し寂しそうにシンジには見えたのだった……。



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第二十一話 テレサ院長の危機! 孤児院に舞い降りた女神!?

 

 最上階のスイートルームを追い出される形となってしまったエステルたちに、フロント係の男性は「本当に申し訳ございません」と謝り、宿泊料金を返した。他の部屋は埋まっていて、遊撃士協会の二階に泊まるしかないとエステルたちがロビーで話していると、見知った男性がやって来て声を掛けた。

 

「よお、新米遊撃士たちじゃないか!」

 

 その男性はリベール通信の記者、ナイアルだった。

 

「意外な所で会いましたね」

 

 不思議そうな顔でヨシュアが言うと、ナイアルは頭をかきながら答える。

 

「お前達もルーアンに来ているとは思わなかったぜ。それで、何かあったのか?」

 

 ナイアルに尋ねられたアスカは最上階の部屋であった出来事を怒りながら身振り手振りを交えて話した。

 

「ははは、それは傑作だな!」

 

 アスカの話を聞いたナイアルは愉快そうに笑った。

 

「アンタねぇ、笑い事じゃないのよ!」

 

 頬を膨れさせたアスカがナイアルにそう言うと、事情を聞いたナイアルはエステルたちに自分が予約した部屋を譲ると話した。

 

「えっ、いいの?」

 

 驚いたエステルが尋ねると、ナイアルはニヤリと笑ってうなずいた。あの顔は何かネタを要求するような表情だとエステルたちにも判った。ナイアルが予約を取った部屋は地下の奥にあるらしい。

 

「本日はサービスさせて頂くつもりが、このような事になって済みません」

 

 フロント係の男性はお詫びの印として、食事の時はドリンクを無料サービスすると話した。エステルたちはフロント係の男性にお礼を言ってホテルの地下へと向かった。

 エステルたちが部屋に着くと、ナイアルはこの前の空賊事件を載せたリベール通信が大きな売り上げだったと話した。特にリシャール大佐の情報部の活躍を取り上げた記事は大きな反響があったらしい。

 リシャール大佐は空賊事件解決の功績が認められ、国王陛下から勲章を授与されたようだ。記事のおかげでボーナスも出たし、ドロシーのお守りからも解放されたとナイアルは大喜びだった。

 

「でもドロシーさんって、一人にしておいて大丈夫ですか?」

 

 シンジが心配そうな顔でナイアルに尋ねると、ナイアルは深いため息をついた。

 

「それを言うな、考えないようにしてるからな……」

 

 ナイアルはボーナスを使ってバカンスを満喫していると話したが、ヨシュアは疑り深い目でナイアルを見つめた。

 

「バカンスだと言いながら、スクープを追っているわけですね?」

 

 ヨシュアに尋ねられたナイアルは、頭をかきながらため息を吐き出す。

 

「相変わらず鋭い小僧だな。夕飯もおごってやるから、話を聞かせてもらおうか」

 

 エステルたちはナイアルとホテルのバーで夕食を取った後、酔い潰れてしまったナイアルをホテルの部屋まで連れて行き、エキストラベッドを部屋に入れてもらって眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 その日の夜、子供たちが寝静まったマーシア孤児院では、テレサ院長が自分の部屋で子供たちの破れた服を縫い直していた。

 

「繕いものが多いのは、子供たちが元気だからかしら……」

 

 裁縫に区切りがついたテレサ院長は、女神エイドスに子供たちの加護を祈って眠りに就こうとした。その時、外から物音と油の匂いがしてくるのに気が付いたテレサ院長は、ハッとした表情になって窓の外を見ると……火柱が上がっているのが見えた。

 

「みんな、起きなさい!」

 

 子供たちが眠っている部屋にテレサ院長は駆け込んだ。クラムが寝ぼけ眼で起き上がると、テレサ院長は他の子供たちを起こそうと再度大きな声で呼びかけた。

 

「先生、どうしたんだよ……」

「火事です!」

 

 クラムの質問にテレサ院長が切羽詰まった表情で答えると、子供たちも事の重大さを理解したのか、あわてて飛び起きた。子供部屋のある二階からテレサ院長と子供たちが階段を降りると、一階は火の海になっていた。

 

「みんな、急いで出口へ!」

 

 走り出したテレサ院長たちの目の前に、焼け崩れた天井の木材が落ちて来て、出口を塞いでしまった!

 

「そんな……ああ、女神エイドスよ、どうかこの子たちの命をお助け下さい……!」

 

 女神に必死に祈りを捧げるテレサ院長。子供たちも不安そうにテレサ院長にすがり付く。周りを炎に包まれ、もうダメかと覚悟した時、信じられないことが起こった。出口を塞いでいた燃え盛る木材が吹き飛んだのだ。

 そこには月の明かりに照らされた水色の髪の少女が立っていた。テレサ院長が見たことも無い不思議な服を着た少女は、子供たちの方を見て穏やかに微笑んだ。その少女が起こした奇跡とその少女の神秘的な姿を見て、テレサ院長は思わずつぶやいた。

 

「女神エイドス様……」

 

 

 

 

 次の日の朝、二日酔いになったナイアルは痛む頭を手で押さえながら取材に向かうと言ってルーアンの街へと姿を消した。エステルたちも遊撃士協会へと向かう。ジャンはどんな依頼を押し付けて来るのか、期待と不安が入り混じった気持ちで遊撃士協会へと足を踏み入れた。

 

「ジャンさん、おっはよー!」

 

 元気良くあいさつをするエステルに、ジャンも笑顔で応えた。

 

「さあて、君達にはどんな仕事をお願いしようかな」

 

 眼鏡の奥で目を細めたジャンは書類をペラペラとめくって行く。厄介な仕事になりませんようにとエステルたちが祈っていると、受付にある通信機の呼び出し音が鳴った。

 

「はい、こちら遊撃士協会……」

 

 ジャンが話している相手は、マノリア村の宿屋の主人のようだった。最初は冗談混じりに言葉を交わしていたが、話をしているうちに、ジャンの表情が深刻なものに変わって行く。エステルたちは不思議そうな顔でジャンの様子を見つめていた。

 

「何か事件でもあったの?」

 

 アスカが尋ねると、ジャンは深刻な顔で答える。

 

「事件か事故かは判らないんだが……昨日の夜、マーシア孤児院が火事になったそうだ」

 

 ジャンの言葉を聞いたエステルたちは血の気が引いたような顔になった。

 

「うそ……そんなの冗談よね?」

「マノリア村の宿屋の主人がわざわざ連絡して来たんだ、間違いない」

 

 エステルがつぶやくと、ジャンは真剣な顔で否定した。マーシア孤児院を知っているのかとジャンに尋ねられたエステルは首を縦に振った。

 

「院長先生と、子供たちは無事なんですか?」

 

 ヨシュアが深刻な顔で質問すると、ジャンは悲しそうな顔で、安否確認は取れていないと答えた。ジャンはエステルたちにマーシア孤児院の事件の調査を依頼すると話すと、エステルたちは真剣な表情で引き受けるのだった。

 

 ◆マーシア孤児院の調査◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】緊急要請

 

 ★マーシア孤児院で火災があったそうだ。調査しないと。

 

 

 

 

 エステルたちがマーシア孤児院にたどり着くと、目に飛び込んで来たのは無残にも焼け落ちてしまった孤児院の建物だった。あまりの酷さにエステルたちは悲しそうな顔で目を伏せる。

 

「もしかして君たちは遊撃士かい?」

 

 エステルたちは瓦礫の片付けをしていたマノリア村の人々に声を掛けられた。昨日の夜、孤児院から火の手が上がるのを村人は目撃したのだと話した。

 

「院長先生と子供たちは!?」

「大丈夫、みんな無事だよ」

 

 アスカの質問に村人が答えると、エステルたちはホッと息をもらした。テレサ院長と孤児院の子供たちはマノリア村の宿屋に居るらしい。火事による怪我もなかったようだ。

 村人たちは瓦礫の片付けを続けると話したが、ヨシュアはそれに待ったをかけた。不思議に思った村人が尋ねると、ヨシュアは事件現場を片付けるのは自分たちの調査が終わってからにして欲しいと頼んだ。

 村人たちはヨシュアの頼みを聞き入れ、しばらく休憩を取る事にした。ヨシュアはこの場所を見た時から、火事にしてはおかしな点が多すぎると感じたとエステルたちに話した。

 エステルたちは孤児院の現場検証を開始した。植えられていたハーブは根元から乱暴に引き抜かれていた。花壇が荒らされた板。暖炉に使う薪が散らかっていた。食料品が入った樽や、ミルクタンクは倒されて中が空になっていた。

 

「えっ……これってどういう事?」

 

 孤児院の入口を調べたアスカは驚きの声を上げた。焼き焦げた木材の一部が、爆発でもあったかのように粉々に砕けていたのだ。しかし、爆弾の残骸らしい火薬類は辺りに見当たらない。火薬を使わない爆弾なんてあるのだろうか。ヨシュアもその疑問に答えることが出来ず、この件は保留となった。

 石壁がひどく崩れ落ちている場所が火事の火元だと思われた。エステルたちは鼻を突くような匂いがする事に気が付いた。一通り調べ終わったエステルたちは調査の結果を整理してみる事にした。

 

「火は室内ではなく屋外から広まった、これがどういう意味か分かるかい?」

 

 ヨシュアは真剣な表情でエステルたちに尋ねた。

 

 ※ここから事件に関する三択クイズになります。正解すれば遊撃士としての評価が上がるので挑戦してみてください。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.火事の原因は?

 

 【山火事】

 【放火】

 【オーブメント機器の発熱】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、僕もそう思う。この辺りでは可燃性の高い油のにおいがする」

 

 エステルたちの答えを聞いたヨシュアはしっかりとうなずいた。シンジとアスカはヨシュアに指摘されて、ガソリンの匂いだとはっきりと気が付いた。この世界でも導力革命の前は石炭や石油を燃料として使っていたのだ。

 

「さらに火事とは関係無いハーブ畑まで荒らされているとなると、人為的なものを感じるよ」

 

 ヨシュアがさらに自分の推理を話していると、聞き覚えのある凛とした声が響いた。

 

「……それは本当の話ですか……?」

 

 エステルたちが声のした方を見ると、そこには悲痛な表情を浮かべたクローゼが立っていた。

 

「どうして……誰が……こんなひどい事を……どうして……こんな……酷い事ができるんですか!?」

 

 クローゼは目に涙を浮かべながら、大きな声で叫んだ。クローゼがこんなに取り乱す姿を見たのは初めての事だった。

 

「……信じられないよね、こんな事をする人がいるなんて……」

 

 エステルも悲しそうな顔で、クローゼの手を優しく握った。

 

「エステルさん……」

 

 不安そうな表情のクローゼに、エステルが優しく微笑む。

 

「でも院長先生と子供たちは無事だって聞いたから、もう安心していいからね」

「……ありがとうございます、少し落ち着きました」

 

 クローゼは息を吐き出すと、手を握るエステルにお礼を言った。クローゼの話によると、朝の授業中に孤児院で火事が起きたと知らせを受けたらしい。ここに来るまで心臓が止まる思いだったとクローゼが言うと、エステルはもう一度クローゼを握る手に力を込めた。

 現場調査を終えたエステルたちは、クローゼと一緒にマノリア村に居るマーシア孤児院の子供たちに会いに行く事にした。エステルとアスカを先頭に、中心に居るシンジとクローゼを守り、後方をヨシュアが警戒する陣形で街道を進む。シンジは距離の近くなったクローゼに声を掛けて励ましているようだったが、全力疾走するアスカには会話の内容まで聞き取る余裕は無かった。

 

 

 

 

 マノリア村の宿屋に到着したエステルたちは、息せき切ってテレサ院長や子供たちの居る二階の客室へと駆け付けた。テレサ院長と子供たちの姿を見たクローゼは息を飲んだ。クローゼの姿に気が付いた子供たちが駆け寄る。

 

「みんな、大丈夫? 怪我は無い?」

 

 子供たちが元気に大丈夫だと答えると、クローゼは笑みを浮かべた。

 

「クローゼ、来てくれたのね。エステルさんとヨシュアさん、アスカさんとシンジさんも一緒に来てくださってありがとう」

 

 テレサ院長は穏やかな笑みを浮かべてエステルたちに声を掛けた。エステルたちは遊撃士協会から連絡を受けて、火事の調査をしていると話した。

 

「姉ちゃん、何かわかったのか?」

 

 クラムに聞かれたエステルたちは困った表情で顔を見合わせた。子供たちに聞かせたくない話の内容だ。そんな雰囲気を察したテレサ院長は、クローゼに子供たちと下の食堂で何か甘い物でも食べて来るように話した。

 クラムは渋っていたが、クローゼに強く誘われて一緒に部屋を出て行った。子供たちの姿が部屋から消えると、エステルたちは安堵の息をもらす。クローゼも自分の意図を忖度してくれたのだと感じたテレサ院長は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「調査にいらしたとおっしゃいましたね。どうぞ、何なりと聞いてください」

「ご協力ありがとうございます」

 

 エステルたちに向き直ったテレサ院長に、ヨシュアはお礼を言ってから話に入った。火災現場を調査したところ、放火の可能性が高いとヨシュアが話すと、予想していたのかテレサ院長は驚きもせずに聞いていた。

 犯人に心当たりはないかとヨシュアに尋ねられたテレサ院長は、見当もつかないと悲しそうな顔で答えた。強盗が入るほどお金には余裕は無い、恨みを買った覚えも全く思い浮かばないと話した。

 

「金銭目的や怨恨の線は薄いわね」

 

 テレサ院長の話を聞いたアスカは考え込むような顔でそうつぶやいた。

 

「そうなると、愉快犯の可能性が強いです」

 

 ヨシュアは真剣な表情でテレサ院長に告げた。何か変わった事は無かったと尋ねられたテレサ院長は、多分無関係だろうと前置きした上で話し始めた。

 炎に包まれた孤児院から脱失しようとした時、天井の梁が焼け落ちて来て入口が塞がれてしまい出られなくなった。その時、信じられない事に水色の髪の少女が天井の梁の残骸を吹き飛ばし、助けてくれたのだと話した。その少女は見た事も無い服を着ていて、月明かりに照らされた穏やかな笑顔は女神エイドス様のように見えたと。

 その少女はテレサ院長と子供たちの無事を確認すると、村人たちが来る前に立ち去ってしまったらしい。アスカとシンジは少女の特徴を聞いて思わず目を合わせた。しかし二人は浮かんだその考えに確信を持てなかった。自分たちが知っているその‘少女’は瓦礫を粉砕する力など持っていないはずだ。だから二人は口を噤んで話さなかった。

 

「アスカもシンジもどうしたのよ、ボーッとしちゃって?」

 

 エステルに声を掛けられた二人はごまかし笑いを浮かべた。自分で放火して助けるマッチポンプの様な事を孤児院にしても犯人にメリットがあるとは思えない。エステルたちはその少女を犯人候補から一旦外す事にした。

 エステルたちが話を続けていると、クローゼが部屋に戻って来た。孤児院の子供たちは下の食堂でケーキを食べているらしい。

 

「先生、お客様をお連れしました」

 

 クローゼがそう言うと、部屋に入って来たのはダルモア市長と秘書のギルバードだった。エステルたちは少し驚いて二人の姿を見つめた。

 

「おや、遊撃士諸君も来ていたのかね。さすがはジャン君、仕事が早くて結構な事だ」

 

 エステルたちの姿を見たダルモア市長は感心したようにつぶやいた。テレサ院長に近づいたダルモア市長は神妙な顔で、火事の知らせを聞いて飛んできたのだと話した。無事で本当に良かったと言ってダルモア市長は安堵の息をもらした。

 

「ありがとうございます、ダルモア市長。お忙しい中、訪ねてくださって恐縮です」

 

 テレサ院長は穏やかな笑みでダルモア市長にお礼を言った。これも市長の仕事だとダルモア市長は答えた。

 

「それにしても、誰だか知らないが度し難い仕業をするものだ」

 

 ダルモア市長は目を閉じて穏やかながらも憤慨する表情を見せた。

 

「ジョセフが愛していた建物が、あんなにも無残な姿になって……テレサ夫人の心痛、お察し申し上げる」

 

 続けてダルモア市長はテレサ院長に遺憾の意を伝えた。

 

「いえ、子供たちが無事ならば、あの人も喜んでいると思います。あの人の遺品が燃えてしまったのが心残りですけど……」

 

 テレサ院長の言葉を聞いて、シンジは愛する人の遺品が無くなってしまうのは悲しい事だと思った。自分の母親の遺品も父親のゲンドウによって全て処分されてしまっている。そのせいで自分は母親の顔すらハッキリと思い出せない。悲しそうなテレサ院長をシンジは同情するような視線で見つめた。クローゼも同じ気持ちでテレサ院長を見つめた。

 

「遊撃士諸君。犯人の目星はついているのかね?」

 

 ダルモア市長は真剣な表情でエステルたちに尋ねた。

 

「金銭目的や怨恨の線は薄そうです。もしかしたら愉快犯の可能性があると考えています」

 

 ヨシュアがダルモア市長にそう答えると、秘書のギルバードが口を挟んだ。

 

「市長、今回の事件、ひょっとして彼らの仕業ではないでしょうか」

 

 ギルバードの言葉を聞いたダルモア市長は硬い表情になって黙り込んだ。

 

「ねえ、アンタの言ってるヤツラって、昨日アタシたちに絡んで来たアイツらの事?」

 

 アスカが確認するように質問すると、ギルバードはしっかりとうなずいた。

 

「ああ、倉庫区画に集まっているチンピラ共だ。奴らは市長に盾突いて問題ばかり起こしているんだ。市長に迷惑を掛けて面白がっている様子だ。だから市長と仲の良い院長先生に嫌がらせをしても不思議じゃない」

 

 ギルバードがキッパリと断言すると、ダルモア市長は厳しい表情でギルバードを怒鳴りつけた。

 

「ギルバード君、憶測で罪を擦り付ける様な事を口にするのは止めたまえ。冤罪を生み出したらどうするつもりだ」

「申し訳ございません。私の考えが不足しておりました……」

 

 叱責を受けたギルバードはかしこまってダルモア市長に謝った。ダルモア市長は自分達が余計な憶測を言わなくても遊撃士であるエステルたちが犯人を見つけるだろうと話した。

 

「遊撃士諸君には期待しているよ」

「任せなさい!」

 

 アスカは堂々とダルモア市長に向かって言い放った。ダルモア市長は満足気にうなづくと、テレサ院長の方を向いて質問をした。

 

「孤児院があのようになってしまって、これからどうするおつもりですかな?」

 

 孤児院を再建するには資金が必要だ。しかしテレサ院長にはお金が無い。悲しい顔でテレサ院長は黙り込んでしまった。

 

「それなら、僕が貯金を出すよ!」

 

 たまらずそう叫んだのはシンジだった。そんなシンジに向かってアスカは怒鳴った。

 

「アンタバカァ!? 家一軒建てるのに足りる訳無いじゃない。……だからアタシもお金を出すわよ」

 

 アスカはふくれっ面を装いながらもそう言った。テレサ院長の悲しそうな顔に耐えられないのはアスカも同じだった。

 

「それならあたしも!」

 

 エステルまでもが名乗りを上げるが、ヨシュアは冷静だった。自分たちが出せるのは、当面の生活費ぐらいだ。孤児院を立て直す資材費には到底届かない。

 そんな暗い雰囲気を打ち砕くようにダルモア市長は咳払いをする。

 

「王都グランセルにダルモア家の別邸があってね、住む者も居ないので空き家同然となっている。それで提案なのだが、しばらくの間子供たちとそこで暮らしてはどうだろうか?」

「えっ?」

 

 ダルモア市長の言葉を聞いたテレサ院長は驚いた顔でダルモア市長を見た。ダルモア市長は穏やかな笑顔で話を続けた。

 

「もちろんお金を払えなどとは言わない。いつまでも滞在してくれても構わない」

「で、ですがご迷惑では……」

 

 困惑するテレサ院長に、ダルモア市長は明るい口調で笑い飛ばした。

 

「迷惑なものか、屋敷の管理をして頂ければ願ったり叶ったりだよ。もちろん、謝礼もお出しする」

 

 ダルモア市長の話を聞いたテレサ院長は困った顔で話し始める。

 

「ありがたい申し出ですけれど、いろいろな事が起こりすぎて気持ちの整理が付かなくて……少し考えさせて頂きませんか?」

 

 テレサ院長に向かってダルモア市長は真剣な表情でうなずいた。

 

「無理もない……ゆっくりとお休みなさい。今日の所はこれで失礼するよ。いつでも連絡を待っているよ」

「ありがとうございます」

 

 もう一度テレサ院長はダルモア市長にお礼を言った。ダルモア市長とギルバードが部屋を出て行った後、エステルは笑顔で感激したようにつぶやいた。

 

「凄い、市長さんってとっても太っ腹な人よね」

「元貴族だったと言うのもうなずけるね」

 

 ヨシュアもエステルの意見に同意してつぶやいた。クローゼは不安そうな表情でテレサ院長に尋ねる。

 

「テレサ先生、市長の申し出、受けるおつもりですか?」

 

 テレサ院長は考え込むような顔で目を閉じると、クローゼに尋ね返した。

 

「あなたはどうしたら良いと思いますか?」

 

 クローゼは悲しそうな顔で黙り込んでしまった。しばらくして、震える声でクローゼは話し始めた。

 

「一般論ですが、受けるのが良いと思います……」

 

 王都には行かないでくださいとクローゼは言う事が出来なかった。

 

「クローゼ、あなたは昔から聞き分けの良い子でしたね……」

 

 テレサ院長は穏やかな笑顔でそう言って、クローゼの手を優しくなでた。

 

「我慢しないでいいのよ、正直なあなたの気持ちを言ってちょうだい」

 

 テレサ院長にそう言われたクローゼは、目に涙を浮かべてしばらくの間沈黙した。

 

「あの場所が無くなってしまったら、ジョセフおじさんとテレサ先生に優しくされた思い出まで消えてしまう気がします……ごめんなさい、愚にもつかないわがまましか言えません」

 

 クローゼが謝ると、テレサ院長は首を軽く横に振って優しく話し掛けた。

 

「私も気持ちは同じです。あの場所は思い出が詰まった場所。でも今生きる事の方が言うまでも無く大切です」

「はい、そうですね……」

 

 悲しそうな顔で答えるクローゼを、エステルたちは黙って見守っていた。テレサ院長は結論は直ぐには出さない、自分たち孤児院の事よりも学園祭の準備に集中しなさいとクローゼを元気付けた。学園祭は子供たちも楽しみにしているから、とテレサ院長が話すと、クローゼはやっと笑顔を見せた。

 

「エステルさん、ヨシュアさん、アスカさん、シンジさんも、調査は大切ですが無理はなさらないでくださいね」

 

 テレサ院長はエステルたちの方に顔を向けると、穏やかな口調で声を掛けた。

 

「絶対に犯人を捕まえて、罪を償わせますから!」

 

 エステルはテレサ院長に向かって強い決意をにじませながらそう言った。

 

 

 

 

 マノリア村の宿屋を出たエステルたちは、顔を見合わせ改めて闘志を燃やしていた。遊撃士協会に戻ってジャンに調査報告をしてから捜査方針を決める事で意見は一致した。

 クローゼは宿屋を出てからずっと沈み込んだ表情をしていた。エステルはそんな雰囲気を和らげようと、クローゼに質問をした。

 

「ジョセフさんって、テレサ院長の旦那さんだったの?」

「はい、数年前にお亡くなりになりましたけど、私も随分と可愛がって貰いました」

 

 話しているうちに孤児院の思い出に心が温まったのか、クローゼは明るい笑顔になった。クローゼは孤児院出身の子供ではないが、とある事情により孤児院の世話になった事があったのだと言う。ジェニス王立学園に通う事になってから、再びマーシア孤児院を訪れるようになったとクローゼは話した。

 

「私、何とかして先生や子供たちを元気付けてあげたいんです」

 

 クローゼは凛とした表情でそう言った。エステルたちも、もちろんそのつもりだと話していると、街道の方から孤児院の子供たちのうちの一人、マリィが血相を変えて走って来た。

 

「クローゼお姉ちゃん! クラムが怖い顔をしてどこかに行っちゃったの!」

「えっ?」

 

 マリィの言葉を聞いたクローゼは驚いて息を飲んだ。マリィの話によると、ダルモア市長とギルバードが来た時、クラムは二階へと上がってしまったらしい。しばらくして降りて来たクラムは怒った顔で「絶対に許さない!」と叫んで外に飛び出して行ってしまったのだとマリィは言った。

 

 ※ここから事件に関する三択クイズになります。正解すれば遊撃士としての評価が上がるので挑戦してみてください。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.クラムが向かった先は?

 

 【孤児院を放火した犯人の所】

 【ダルモア市長とギルバードが居る市長邸】

 【街の不良達がいる倉庫区画】

 

 きっとクラムはあそこに向かったに違いない……! そう確信したエステルたちは、クローゼと一緒に急いでルーアンの街へと戻るのだった。

 

 ※後書きに三択クイズの答えがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ◆三択クイズ◆

 Q.火事の原因は?

 【山火事】
〇【放火】
 【オーブメント機器の発熱】

 ◆三択クイズ◆

 Q.クラムが向かった先は?

 【孤児院を放火した犯人の所】
 【ダルモア市長とギルバードが居る市長邸】
〇【街の不良達がいる倉庫区画】


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第二十二話 再び登場、重剣のアガット!

 

 エステルたちは急いで街道を駆けて行ったが、クラムに追いつく事は出来なかった。ルーアン市街に着いたエステルたちは南街区にある倉庫街へと向かおうとするが、その時、鐘の音が鳴り響いた。

 無情にも目の前で巻き上げられる《ラングランド大橋》に、クローゼは思わず「ああっ」と声を漏らした。この橋は南街区に通じる唯一の通路だ、しかも一度跳ね橋が上がったら三十分は上がったままになる。

 

「クラム君、待って!」

 

 クローゼは南街区の向こうに居るクラムに呼び掛けるが、声は届いていないようだ。どうすればいいのか、と悩むエステルたちだが、名案を思い付いたのはアスカだった。

 

「そうだ、ボートを使えばいいじゃない」

「確かホテルの裏に小船が泊めてあったはずです!」

 

 クローゼの言葉に従い、エステルたちはホテルへと向かった。フロント係の男性は快くボートを使う事を許可してくれた。ホテルの地下から裏口を出たエステルは、桟橋に泊まっているボートに乗っている老人に声を掛ける。

 

「ボートを貸して! 急いで向こう岸に渡りたいの!」

 

 しかし老人は困った顔で、このボートはデュナン公爵の予約が入っているから貸すことは出来ないと答えた。デュナン公爵は釣りを楽しむ予定なのだと言う。

 

「あのカボチャ頭親父、こんな時に邪魔するなんて……!」

 

 アスカは怒りをみなぎらせた顔でつぶやいた。クローゼはすがりつくような顔で老人に頼み込んだ。

 

「お願いです、小さな子供が危険な目に遭うかもしれないんです。ボートを貸してください……」

 

 クローゼの切ない瞳を見た老人は、ボートをエステルたちに貸す事を承諾してボートから降りた。顔を輝かせてお礼を言うエステルたち。ボートの操縦はヨシュアが出来るとの事で、エステルたちはボートに乗り込んだ。

 ヨシュアはボートを倉庫区画の近くへと付けた。シロハヤブサのジークが飛んで来てクローゼの肩に止まる。ジークの鳴き声を聞いたクローゼは、真剣な表情でクラムは街の不良達が集まっている倉庫へと向かったとジークが話していると告げた。

 

 

 

 

 エステルたちより先に倉庫の中へと足を踏み入れたクラムは、不良達に向かって孤児院を放火したのはお前達だろうと叫んでいた。酒盛りをしている十人の不良達はクラムの事を相手にしていなかったが、無視されて怒ったクラムがワインの瓶を蹴り飛ばして割ると不良達の顔色が変わった。

 

「どうやら、痛い目に遭わなければわからない様だな」

 

 割れて先が尖ったワインの瓶を拾い上げ、細い部分を握ってクラムに突き付けた不良達のリーダー格の男はそう言って凄んだ。別の男がクラムを捕まえると、尖ったワインボトルのガラスの先端は凶器となってクラムへと迫った!

 

「止めてください!」

 

 凛とした声と共に倉庫に入って来たのはクローゼとエステルたちだった。突然現れた侵入者に不良達から驚きの声が上がる。しかしすぐに短剣を構えてエステルたちと向き合った。

 

「子供相手に暴力を振るうなんて、恥ずかしくはないんですか!」

 

 静かな怒りを燃やしたクローゼがそう言い放つと、不良達は頭に血が上ったかのように顔を真っ赤にしてクローゼをにらみつける。

 

「クローゼさん、危ない! 後ろにさがって!」

 

 シンジがクローゼに注意を促す様に声を掛けると、クローゼは真剣な顔で首を横に振ってレイピアを構えた。

 

「いいえ、私も皆さんと一緒に戦います。私は剣を、弱い物を守るために習いました。今がその時だと思います」

 

 クローゼの凛とした姿に、取り囲む不良達からも見惚れた声が上がった。しかし、リーダー格の男が一喝すると、不良達は自分の立場を思い出し、武器を構えてエステルたちとにらみ合った。

 

「その子を解放してください。でなければ、実力行使をさせて頂きます!」

 

 不良達の数はエステルたち五人の二倍である十人だが、クローゼは恐れずに言い放った。リーダー格の男が合図を出すと、エステルたちに襲い掛かった。エステルやアスカ、ヨシュアも遊撃士として経験を積んでいる。数人の相手に互角に渡り合っていた。クローゼの剣術もかなりの腕前で、不良の男の攻撃を華麗に受け流していた。

 

「シンジさん、足止めを少しだけお願いできますか」

「うん、分かったよ」

 

 シンジが導力銃による威嚇射撃で不良達の動きを牽制していると、クローゼは導力魔法の詠唱を始めた。クローゼはレイピアだけでなく、戦術オーブメントも持っているのかと驚くエステルたちの目の前で、クローゼが発動した魔法は範囲攻撃魔法、『ダイヤモンドダスト』だった。水属性のLV4、風属性LV2、空属性LV1の条件が整っていないと発動できない上位の魔法に、アスカは驚いた。

 ダイヤモンドダストにより動きを封じられた不良達はエステルたちの攻撃を受けて次々と無力化して行った。

 

「これ以上の戦いは無意味です。お願いですから、その子を放してください」

 

 クローゼが降伏勧告をしても、不良達はクローゼをにらみ続けた。このままではクラムを人質に取られるかもしれない。ヨシュアは戦技・絶影で一気に間合いを詰めようと力を込めた。

 

「そのくらいにしておけ」

 

 倉庫の入口の方から、青年の声が響いた。不良達は驚いて誰だと問い掛けると、姿を現したのはあの『重剣のアガット』だった。

 

「フン、しばらく見ないうちに俺の声まで忘れているとはな」

 

 アガットは不機嫌そうな顔でエステルたちや不良達のいる場所へと近づいて来る。

 

「アガットの兄貴が来てくれたぞ!」

 

 一騎当千の味方を得たかのように不良達の表情が明るくなった。

 

「アンタ、コイツらの仲間なの!?」

 

 アスカは武器である棒を構えてアガットをにらみつける。シンジはショックを受けた顔でアガットの事を見つめる。エステルとヨシュアもアガットに対する警戒心を表に出した。クローゼはアガットに剣を向けるべきなのか迷いの表情を見せている。

 

「兄貴、お仕置きしてやってください!」

「……そうだな」

 

 アガットは不良達のリーダー格の男の言葉に笑みを浮かべてそう答えると、そのリーダー格の男に駆け寄って鉄拳を食らわせた。

 

「ひでぶっ」

 

 その男は倒れ込んで床と熱烈なキスをした。アガットは呆然とする不良達に向かって大声で怒鳴る。

 

「お前ら、女子供に暴力を振るうたあ、タガが緩みすぎじゃねえか」

 

 すかさず別のリーダー格の男がアガットに反論する。

 

「チームを抜けたアンタにそんな事を言われる筋合いは……」

 

 それから先の言葉はアガットの鉄拳で吹っ飛ばされ、後頭部を壁ドンした男は言えなかった。

 

「あいつ、何か言おうとしていたようだな?」

 

 アガットに質問されたさらに別のリーダー格の男は腰を抜かして仰向けになってしまった。

 

「兄貴、勘弁してくれ、ガキは返すからっ!」

 

クラムがクローゼに駆け寄ると、クラムを抱いたクローゼは涙声になりながら声を掛ける。

 

「本当に良かった……もう大丈夫だからね……」

 

 アガットは床に寝転がる不良達を見ながら鼻を鳴らす。

 

「最初からそうしておけば怪我をせずに済んだんだよ」

 

 荒っぽいアガットの鉄拳制裁にエステルたちはため息を漏らした。アガットの話によると、遊撃士協会のジャンから話を聞いて倉庫へとやって来たのだと言う。

 

「ボクたちを心配して来てくれたんですか?」

 

 シンジが嬉しそうな顔でアガットに尋ねると、アガットは橋が上がっていたし、エステルたちが倉庫に居るとは思わなかったと話した。よく見てみると、アガットの身体は濡れていた。『重剣』を背負いながら川を泳いで渡ったのだとすれば物凄い体力だとシンジは思った。橋が降りるまで待てば泳ぐ事も無かったのに、泳いでまで駆け付けてくれるなんて……とシンジは感激するのだった。

 アガットはそんなシンジから視線を逸らす様にクラムに声を掛ける。

 

「一人で乗り込むなんて、なかなか度胸のあるガキじゃないか。だが無茶をして、お袋を心配させるんじゃねえぞ」

 

 アガットはテレサ院長が遊撃士協会を訪れ、受付のジャンに街の倉庫へと向かったクラムやエステルたちの危機を訴えたのだと話した。テレサ院長は、放火した犯人に復讐しても修道院は元には戻らない、クラムたちが無事で居てくれるのが私の望みだと言っていたとアガットが伝えると、クラムは大声を上げて泣くのだった。

 

 

 

 

 エステルたちはアガットの指示に従い、クラムを連れて遊撃士協会へと戻った。アガットは倉庫に残って不良達を締め上げて、放火事件について問い質すのだと言う。

 テレサ院長はクラムを連れてマノリア村まで帰ると話した。マノリア村までの護衛はルーアン支部所属の遊撃士、カルナがする事になった。エステルたちは街の出口まで二人を見送りに行った。

 

「オレ、弱っちいクセに、一人で勝手に乗り込んで人質にとられて、姉ちゃんたちの足を引っ張って……みっともないよな」

 

 クラムは目に涙を浮かべてエステルたちに言った。ヨシュアはクラムを元気付けるように声を掛ける。

 

「みっともなくなんてないさ。大切なものを守るために身体を張って立ち向かうだなんて、大人だって簡単に出来る事じゃないよ」

「そうだよ、ボクもキミの強さに感動したよ」

 

 ヨシュアの言葉に続くように、シンジもクラムに向かってうなずいた。

 

「ヨシュア兄ちゃん、シンジ兄ちゃん……」

 

 ヨシュアとシンジに励まされたクラムは伏せていた顔を上げて、二人の顔を見回した。エステルたちはクラムと放火犯は絶対に捕まえると固い約束を交わした。テレサ院長とクラムは、ジェニス王立学園の学園祭を楽しみにしていると話して、護衛役のカルナと一緒に街道に消えて行った。

 

「ヨシュアさん、シンジさん、先程はありがとうございました」

 

 元気を取り戻したクラムを見てクローゼは励ました二人にお礼を言った。

 

「ボクは本当に思った事を言っただけだよ。ボクはクラム君ほど強くは無いから」

 

 シンジはそう言って顔を曇らせた。単身敵陣に飛び込むだけの勇ましさは自分には無いとシンジは思っているようだ。しかしアスカはシンジが自分を助けるために死地に飛び込み、結果として二人ともこの世界に転移する事になったと知っている。シンジが臆病者ならば黙って穴に吸い込まれるアスカを見ていたはずだ。

 

「アンタは十分強いわよ、シンジ……」

 

 アスカはポツリとそうつぶやいた。

 

 

 

 

 遊撃士協会へとエステルたちが戻ると、ジャンとアガットが話をしていた。アガットの話によれば、絶対とは断言できないが、倉庫に居た不良達は放火の犯人の可能性が低いと言う。

 

「何かあいつらと知り合いっぽいし、かばっているんじゃないでしょうね?」

 

 エステルが怪訝そうにアガットをにらみつけると、ジャンは声を上げて笑った。ジャンはアガットがあの不良達……『レイヴン』の元メンバーだと話した。エステルたちと同じ歳の頃は、今のレイヴンが大人しいと思われるくらい大暴れしていたらしい。とある遊撃士に懲らしめられた後は改心して遊撃士の道を歩み、今では若手遊撃士のエースになっているのだから世の中は不思議だよとジャンはつぶやいた。

 

「こら、余計な事を言うんじゃねえ。昨日の夜、やつらは酒場で飲んだくれてたって目撃証言があった。酔ったやつらに用意周到な放火が出来る訳無いだろ」

 

 アガットの言葉にエステルたちは反論できなかった。火災現場にはレイヴンがやったと証拠品が何一つ残されていなかった。アリバイ証言が出て来た以上、犯人と結論付けるのは無理だろう。

 

「まあ、あいつらの事は俺に任せておけ。放火の犯人捜しもな」

「アンタ、何言ってるのよ!」

 

 そうアガットが言い放つと、アスカは噛み付いた。

 

「お前らは事件から手を引けって事だよ」

「あ、あんですって~っ!? 勝手に首を突っ込んで来たクセに何を戯けた事を言ってんの!」

 

 怒り心頭に発したエステルが叫ぶ。ヨシュアとシンジも納得が行かない表情でアガットを見つめた。

 

「お前らは捜査に私情を挟みすぎなんだよ。予断を持って捜査に臨めば冤罪が生まれる。レイヴンに濡れ衣を着せたのはお前らだろう」

 

 アガットに言われたエステルたちは悔しそうな顔で下を向いた。ダルモア市長の秘書ギルバードの誘導に乗せられた自分たちに非があると認めなければならない。

 

「要するにお前らは遊撃士としての自覚が足りねえのさ」

 

 追い打ちをかけるように放たれるアガットの言葉を、アスカはグッと飲み込んで耐えた。

 

「でも、ボクたちはクラム君と約束したんです、絶対に犯人を見つけるって!」

 

 アガットに向かって食い下がったのはシンジだった。真剣な目で見つめるシンジにアガットは大きくため息を吐き出した後、ジャンに向かって問い掛ける。

 

「正遊撃士と準遊撃士が同じ任務内容を希望した場合、遊撃士協会の規約で優先されるのはどっちだ?」

 

 ジャンはウンザリとした顔で答える。

 

「やれやれ、君も意地悪な事をするね。もちろん、正遊撃士さ」

 

 そのジャンの言葉を聞いて落ち込むシンジを見て、アスカは怒りに満ちた顔でアガットをにらみつけた。

 

「僕達も遊撃士として修業を積んでいます。それなりにお役に立てると思いますよ」

 

 ヨシュアも何とか調査に参加できるようにとアガットに主張した。しかしアガットはその申し出を鼻で突き返した。

 

「フン、ただの調査に人数は要らねえよ」

 

 アガットの言う事は筋が通っていないとヨシュアは思った。犯人が白紙に近い状態になった今、広い範囲での聞き込み調査が必要になる。ヨシュアはボース支部のルグラン老人の話を思い出した。アガットは誰とも組みたがらない、いつも独りで居る。アガットを説得するのは無理なのかとヨシュアは匙を投げた。

 

「これで話は終わりだ」

 

 そう言うと、アガットは遊撃士協会を出て行ってしまった。

 

「アイツ、いったい何様のつもりよ!」

 

 怒りが噴き出したアスカは遊撃士協会のカウンターを蹴っ飛ばそうとして、寸での所で足を止めた。シンジがあんなに頼み込んだのに、最低とも思われる断り方をしたアガットの態度に腹の虫が治まらない。

 

「今回の事件、アガットが追っている事件と関係があるかもしれなくてね。詳しい事は口外できないが、犯人捜しはあいつに任せて欲しい」

 

 真面目な口調になったジャンに頭を下げられたアスカたちは引き下がるしかなかった。これまでの調査結果を報告してエステルたちはマーシア孤児院の調査依頼を完了するのだった。

 

 

 

 

 すっかり落ち込んでしまったエステルたちの様子を見て、クローゼは何かを思い付いたかのようにジャンに質問をする。

 

「あの、遊撃士の方々は魔獣退治以外にも様々な依頼を引き受けてくださるんですよね?」

「その通りだよ。失くした物の捜索から王立学園の学園祭の警備まで引き受けているよ」

 

 ジャンの答えを聞いたクローゼは明るい笑顔になる。

 

「それなら、私たちの学園祭の出し物をエステルさんたちに手伝っては頂けないでしょうか?」

 

 クローゼの提案を聞いたエステルたちは不思議そうな顔でクローゼを見つめた。

 

「毎年、学園祭で私たちは催し物をしています。孤児院の子たちも、とても楽しみにしてくれているんです。エステルさんたちが手伝ってくだされば、もっと素晴らしいものになるかと……」

 

 話を聞いたエステルは元気を取り戻した。お祭りに参加できて、孤児院の子供たちも喜び、BPも貰えるなんて一石三鳥だと能天気に喜んでいる。

 

「ジャンさん、こういう依頼ってアリなんですか?」

「もちろん、OKだよ」

 

 妙な所で律儀なヨシュアが疑問をジャンにぶつけると、ジャンは学園祭は地域の人々の交流として大事なイベント、それを手伝う事は遊撃士の理念に適っていると明るい笑顔で話した。

 落ち込んでいたアスカとシンジもすっかりと元気を取り戻し、『学園祭』という言葉の持つ魔力に囚われているようだ。アスカとシンジも第壱中学校で文化祭を経験したが、やはり胸が高鳴ってしまう。

 エステルたちは掲示板に載っている依頼をこなしてから、ジェニス王立学園へと向かう事になった。

 

 ◆学園祭の手伝い◆

 

 【依頼者】王立学園生徒会

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 ★ひょんなことから学園祭の出し物の手伝いをする事になった。

  変わった依頼内容だけど、孤児院の子供たちも楽しみにしている、頑張ろう。



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第二十三話 ワガママ公爵とアスカ、二度目の遭遇!

 

  エステルたちは掲示板に書かれた依頼をこなそうと気合いを入れ直した。ジャンの言う通り、ルーアン支部に寄せられる依頼の数はロレントやボースよりも多い。

 

 ◆倉庫の鍵の捜索◆

 

 【依頼者】ハーグ

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】5級

 

 倉庫の鍵を酔っぱらってどこかに落としてしまったらしいので見つけてくれ、そんな依頼だった。あきれた事に本人の話によると港の周りを散歩までしたようだ。エステルたちが港の周囲を調べると、水の底で太陽の光を反射して光る物を発見した。

 

「シンジ、アンタ潜って調べて来なさい」

「何でだよ、ボクが泳げないのはアスカも知っているだろう!?」

「遊撃士が泳げなくてどうするのよ!」

 

 アスカとシンジが言い合いをしている間に、エステルが街の居酒屋で釣り竿を借りて来た。

 

「釣り針に引っ掛けるなんて、相当難しくないかな」

「このエステルお姉さんの華麗な技を見てなさい」

 

 怪訝そうなヨシュアの言葉に、エステルは自信あり気にそう言い放った。

 

「まあ、好きにしたらいいよ」

「頑張って!」

 

 ヨシュアはウンザリとした顔でそう言ったが、シンジはエステルを強く応援した。自分が潜って取りに行くなんて嫌だからだ。エステルは釣り糸を垂らすと、水の底に沈む倉庫の鍵を釣り上げた。

 

「まさか上手くいくなんて思わなかったよ」

 

 ヨシュアはポカンとした顔でエステルを見つめていた。驚いて言葉も出ないヨシュアの様子にエステルは満足気に鼻を鳴らした。

 

「せっかくシンジが水泳を覚えるチャンスだったのに」

「いきなり潜水しろだなんて、さすがにハードすぎるよ」

 

 口を膨れさせてつぶやくアスカに、シンジは嫌気が差した顔でため息をついた。釣り竿を居酒屋の主人に返し、ハーグに倉庫の鍵を渡して依頼は完了した。

 

 

 

 

 ◆試作品の捜索◆

 

 【依頼者】カルノー

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】5級

 

 次の依頼はまたしても失くし物の捜索だった。依頼人のカルノー技師の話によると、ツァイスから導力銃の試作品をルーアンに運ぶ途中、街道で魔獣に襲われてパニックになり、鞄の中身をばらまいてしまったらしい。

 最初から護衛に遊撃士を雇えばそんな事態にはならなかったのに、と心の中でぼやきながらもエステルたちは南街区からアイナ街道へと向かった。街道を注意深く進むが、導力銃らしい物は見つからない。

 

 ◆アイナ街道の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】1500 Mira

 【制 限】5級

 

 紺碧の塔の周辺に凶暴な魔獣【ヘルムキャンサー】が出没中です。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。

 

 エステルたちは気持ちを切り替えて、手配魔獣の退治依頼をする事にした。紺碧の塔の前の広場には、浮遊するカブトガニのような魔獣が五匹うろついていた。その動きは鈍く、自分たちに気が付いていない様だと判断したアスカは、先手必勝とばかりに駆け寄って棒術での強烈な一撃を叩き込んだ! しかしアスカの攻撃は、バリアーのような物にはじき返されてしまった。両手に痛みを伴う強い痺れを感じるアスカ。

 

「A.T.フィールド!?」

 

 両手の痛みをこらえながらアスカはそう叫んだ。当然シンジ以外に意味が通じる訳もなく、アスカはこの手配魔獣には物理攻撃によるダメージは通じないだろうとエステルたちに説明した。

 導力魔法だけで戦う事になったエステルたち。その中でも活躍したのが、同行したクローゼだった。範囲攻撃が出来るダイヤモンドダストの魔法は、シェラザードが抜けた穴を埋めてくれた。アスカも負けじとスパイラルフレアの魔法を詠唱する。

 

「皆さん、お疲れ様でした。やっぱり、お強いんですね」

「アンタの導力魔法もなかなかのもんよ」

 

 お互いに強力な魔法を詠唱したクローゼとアスカは目を合わせて健闘をたたえた。倒した魔獣の死体から、壊れた導力銃をエステルは発見した。魔獣は導力器の材料であるセプチウムに魅かれる性質がある。カルノーが落とした導力銃を魔獣が奪ったのだろう。残念な結果となってしまったが、試作品の見本としては役に立つかもしれない。シンジは試作品の導力銃を鞄にしまい込んだ。

 

 

 

 

 アイナ街道に来たついでに、エステルたちはルーアン地方とツァイス地方を結ぶエア=レッテンの関所まで足を伸ばす事にした。遊撃士協会の掲示板に依頼が張り出されていたからである。

 

 ◆旅行者の説得◆

 

 【依頼者】ハーン隊長

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】5級

 

 エア=レッテンの関所にて旅行者が迷惑行為をしています。

 トラブルを穏便に解決してくれる遊撃士が必要です。

 

エア=レッテンの関所に着いたエステルたちは異変に気が付いた。門の守備に就いているはずの兵士の姿が全く見えない。何か事件が起きているのは明白だった。関所の建物の中に入っても兵士の姿は見えず、困った顔でウロウロする観光客達が居た。

 エステルたちが建物の二階に上ると、見覚えのある黒服の老人と関所の守備隊長が苦い顔をして話し合っていた。

 

「……やはり閣下の気持ちは変わりませんか」

「はい、閣下はこうと決めたらテコでも動かない御方。どうにかして御気持ちを変えぬ限りはここにお泊りになると思います」

 

 関所のハーン隊長に対して、フィリップはそう答えた。二人は本当に困ったような顔で考え込んでうなり声を上げていた。そんな二人にエステルが声を掛けると、胸に着けられた準遊撃士の紋章に気が付いたハーン隊長は嬉しそうな表情になる。

 

「よく来てくれた、私は守備隊長のハーンだ」

 

 エステルたちはハーンに自己紹介をした後、迷惑行為をしている旅行者について尋ねた。その旅行者は今食堂を占拠して、他の旅行者に迷惑を掛けているらしい。門を守る兵士達が全員で説得に当たっているが、どうにもならない。

 他の観光客達の苛立ちは頂点に達しているようで、一階に降りて来たハーン隊長の姿を見た観光客達はハーン隊長に詰め寄った。観光客達に囲まれて身動きの取れないハーン隊長は、エステルたちに先に食堂に行くように告げた。

 

「……それでは、参りましょうか」

 

 フィリップもエステルたちの事を覚えているようで、本当に申し訳なさそうな顔で先導するのだった。

 食堂に入ると、予想通りデュナン公爵が満足気な表情で食事をとっていた。警護に当たらされた関所の兵士達は何も言うことが出来ず静観するのみ。

 

「閣下、予定通りルーアンの街に戻られてはいかがでしょう」

 

 戻って来たフィリップが声を掛けるが、デュナン公爵は聞き入れない。

 

「黙れ、エア=レッテンの滝を間近に望むことが出来るこの場所を、私は気に入ったのだ!」

 

 大きな水量を誇るエア=レッテンの滝は観光名所となっていて、国内から多くの観光客達が側に建てられたエア=レッテンの関所へ訪れている。

 

「やっぱり、カボチャ頭のオッサンだったわね」

 

 アスカは我が物顔で振舞うデュナン公爵を見てため息を吐き出した。兵士の話によると、デュナン公爵は食堂と宿泊所を貸切にしろと言っているらしい。他の旅行者を追い出すわけにもいかない。兵士は剣と銃の訓練しか受けていないので、交渉術に長けた遊撃士に要請した、デュナン公爵がルーアンに帰るように説得して欲しいとの事だった。

 

「あたしたちだって、交渉の訓練は受けてないから、自信は無いんだからね」

 

 エステルはそう言ってデュナン公爵に近づいて話し掛けた。

 

 ※二択クイズです。遊撃士としての資質が問われるので挑戦してみてください。

 ※選択に失敗すると、説得失敗になります。答えは後書きです。

 

 ◆二択クイズ◆

 

 Q.はじめにどう話し掛けよう?

 

 【親しみを込めて「やっほ~、公爵さん!」】

 【敬意をこめて「閣下、お迎えに参りました。」】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エステルが話しかけると、デュナン公爵は怪訝そうな顔でエステルの方へと顔を向けた。デュナン公爵はエステルはどこからやって来たのか尋ねる。

 

 Q.どこからの使いと答えようか?

 

 【市長邸からです。】

 【ホテル・ブランシェからです。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お迎えに上がるようにと、市長から依頼されたのです」

 

 エステルがそう言うと、デュナン公爵はまんざらでもない表情で答えた。

 

「なるほど、それは殊勝な事だな。だが今夜はこのエア=レッテンに泊まると決めたのだ」

 

 デュナン公爵の気持ちを変えるのはここからが肝心だ。本人にエア=レッテンに泊まる気が無くなるように上手く誘導しなければならない。アスカたちは息を飲んでエステルを見守った。

 

 Q.デュナン公爵の気持ちを変えるための一言は?

 

 【ええっ!? こんな粗末な所に泊まるんですか?】

 【今夜は市長邸で晩餐会がございます】

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ!? こんな粗末な所に泊まるんですか? 次期国王陛下に相応しい場所とは思えません」

 

 エステルはオーバーなリアクションで驚いて叫んだ。デュナン公爵は機嫌を崩さず、エステルに答える。

 

「それは判っておる。たまには庶民の暮らしを真似てみるのも面白いと思ってな」

 

 デュナン公爵の気持ちが動かせないと感じたエステルは、助けを求めるようにアスカを見る。少し離れて見守っていたアスカだが、デュナン公爵に近づいて声を掛ける。

 

「こんなケチな食堂じゃ、ロクなものが食べられないわよ。それに、不衛生だし」

 

 アスカがそう言うと、食堂の主人は目をむいて怒った顔でアスカをにらみつけた。シンジはアスカが話し始めた事に不安を覚えていた。依頼にはトラブルを『穏便に』解決してくれとある。いつアスカがキレて『カボチャ頭』とデュナン公爵を怒鳴りつけないかハラハラした。

 

「うーむ、そう言われてみれば、薄汚い気が……やはり泊まるわけにはいかぬか」

 

 デュナン公爵は食堂を見回して不安げな顔になった。これはチャンスだと思ったアスカはダメ押しの一言をデュナン公爵に投げ掛けた。

 

 Q.デュナン公爵にもう一押しの一言は?

 

 【さあ、ルーアンに帰りましょう】

 【あっ、閣下の足元に〇〇〇〇が!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、閣下の足元に……!」

 

 アスカが床を指差して固まると、デュナン公爵は不思議そうな顔で首をかしげる。

 

「私の足元がどうかしたのか?」

 

 しばらくの間の沈黙の後、アスカは思い切り叫んだ。

 

「でっかいゴキブリが居るわよ!」

 

「ひぃぃぃ!」

 

 デュナン公爵は絶叫を上げながら、食堂を出て行った。フィリップはエステルたちに頭を下げてから、デュナン公爵を追いかけて食堂から姿を消した。こうして二人の協力もあって、依頼は解決したのだった。

 

「良かった、アスカがまたケンカしないか心配したよ」

 

 シンジはそう言うと、安心したようにため息をついた。

 

「あっちはアタシの事、覚えていなかったようだしね。ゴキブリが居るって言った時のアイツの顔ってば、愉快爽快だったわね」

 

 アスカは思い出したのか、声を上げて笑った。

 

「エステルも、こんな駆け引きが出来るようになっているとは思わなかったよ」

 

 ヨシュアが感心したようにつぶやくと、エステルは鼻を鳴らした。

 

「ヨシュアの交渉術を見て来たからね、真似してみたんだ」

 

 まだまだ掲示板の依頼は残っている。この後、デュナン公爵の事件よりも厄介な事件が待ち構えているとは、想像もしていないエステルたちだった。




◆二択クイズ◆

 Q.はじめにどう話し掛けよう?

 【親しみを込めて「やっほ~、公爵さん!」】
〇【敬意をこめて「閣下、お迎えに参りました。」】

 Q.どこからの使いと答えようか?

〇【市長邸からです。】
 【ホテル・ブランシェからです。】

Q.デュナン公爵の気持ちを変えるための一言は?

〇【ええっ!? こんな粗末な所に泊まるんですか?】
 【今夜は市長邸で晩餐会がございます】

Q.デュナン公爵にもう一押しの一言は?

 【さあ、ルーアンに帰りましょう】
〇【あっ、閣下の足元に〇〇〇〇が!】


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第二十四話 ダルモア家の家宝を取り戻せ! 《怪盗B》の挑戦状!

 

 ルーアンの街に戻ったエステルたちは、カルノーに試作品の導力銃を届けた。エステルたちは発見した導力銃が壊れてしまっていた事を謝ったが、カルノーはこの程度の故障なら修理できると笑顔で許してくれた。

 遊撃士協会に立ち寄ってジャンに報告をすると、エステルたちは準遊撃士4級に昇格した。目を輝かせて喜ぶアスカに、ジャンはさらに追加で仕事を用意しているとニヤリと笑った。

 

 ◆古地図の調査◆

 

 【依頼者】ジミー

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】5級

 

 ルーアンの教会で依頼人のジミーと顔を合わせたエステルたちは驚いた。ジミーはエステルたちがルーアンの街に初めて来た日に、砂浜で魔獣に襲われていた青年だった。掲示板の依頼を見て来たと伝えると、ジミーは砂浜に居る理由を話し始めた。

 ジミーは『大海賊シルマー』の残した宝の地図を手に入れ、街道から外れた砂浜で探していたのだと言う。しかし自分で探すには限界があったため、遊撃士に頼む事にしたらしい。

 

「それで、シルマーって誰よ?」

 

 アスカが尋ねると、ジミーは大きな声を上げた。

 

「大海賊シルマーを知らないなんて、それでもルーアン市民かい!?」

「勝手にルーアン市民にしないでよ」

 

 この世界の住民でもなかったけどね、とアスカは心の中で付け加えた。

 

「百年ほど前にルーアン周辺を荒らしまわっていた海賊ですね」

 

 クローゼはシルマーの事を知っていたようだ。ジミーは地図に書かれた財宝の隠し場所である砂浜を調べようとしたところを魔獣に襲われたので、魔獣退治のプロである遊撃士に調べて欲しいと頼んだ。

 

「あれ? この前、浜辺で変なものを見つけなかったっけ」

 

 エステルがそうつぶやくと、ジミーは目を輝かせてエステルに質問を浴びせる。

 

「何だって!? どんな物だった!?」

 

 尋ねられたエステルに代わってアスカが答えた。

 

「短剣と海図の切れ端だったわね、シンジ?」

「うん、ボクが持っているよ」

 

 シンジがそう言うと、ジミーはシンジの肩をつかんで身体を揺らした。

 

「は、早く見せてくれ~!」

「落ち着いてください」

 

 ジミーに揺さぶられながら鞄を探ったシンジは、持ち手にドクロが描かれた短剣と、海図の切れ端を渡した。

 

「おおっ、これこそ大海賊シルマーの宝の地図に違いない!」

 

 そうジミーが叫ぶと、エステルたちは一斉に目を丸くして驚きの声を上げた。

 

「アンタバカァ!? 宝の地図は自分で持っているって言ってたじゃない」

「これは宝の地図の地図なんだ。財宝の隠し場所を示した地図の隠し場所を示した地図なんだよ!」

 

 あきれた顔でアスカが言い放つが、ジミーは自信たっぷりにそう言い切った。ジミーは嬉しそうな顔をして、新たな海図を持って教会を飛び出していった。

 

「何とまあ、能天気が過ぎると言うか……」

 

 エステルはジミーが去って行った方向を見てつぶやいた。

 

「君と同じじゃないかな」

「あたしは能天気じゃないっ!」

 

 ヨシュアとエステルのやり取りを見て、アスカたちから笑い声が上がった。一つ依頼をこなしたエステルたちは、次の依頼へと取り掛かるのだった。

 

 

 

 

  ◆整備用鞄の運搬◆

 

 【依頼者】ソームズ

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】5級

 

 バレンヌ灯台まで定期点検で使う整備用鞄を運んでくださる遊撃士を探しています。

 

 《グラナート工房》の主人であるソームズに会ったエステルたちは、メンテナンス道具一式が入った重い鞄を渡された。

 

「何よ、女の子に重たい物を持たせる気?」

 

 アスカに言われたシンジは、心の中でブツブツと文句を言いながら、ヨシュアと交代で整備用鞄を運ぶこととなった。届け先はバレンヌ灯台のフォクト老人。気難しい所があるから注意した方が良いとソームズの助言を受けたエステルたちは工房を出た。

 

 ◆探索の護衛◆

 

 【依頼者】アメリア

 【報 酬】1500 Mira

 【制 限】5級

 

 叔父がクローネ山道に出掛けるそうなので護衛の遊撃士を探しています。

 マノリア村でお待ちしています。

 

 バレンヌ灯台に向かうついでに、エステルたちは護衛の依頼も引き受ける事にした。

 

「ほらシンジ、何をノロノロしているのよ、キリキリ歩きなさい!」

 

 アスカは重い鞄を抱えながら汗を流して街道を歩くシンジに向かって檄を飛ばす。ルーアンの街からマノリア村まで、シンジにとっては地獄の道のりだった。クローゼが心配そうな顔でシンジを見つめるが、クローゼに重い鞄を持って貰うわけにはいかないと思ったシンジは、作り笑顔で精一杯強がるのだった。

 

「マノリア村まで後、74セルジュ! 頑張れ!」

 

 エステルも励ましてはくれるが、前衛で魔獣と戦っているため、シンジの代わりに重い鞄を持つわけにはいかない様だ。村に到着すればヨシュアが交代してくれる。シンジは情けない所を見せまいと気合いを入れ直した。

 マノリア村で休憩をとる事にしたエステルたちは、宿屋に居るテレサ院長の所へ顔を出した。子供たちは元気に村の広場で遊んでいた。ホッと安心したエステルたちがのんびりしていると、血相を変えた村の女性が話しかけて来た。

 

「遊撃士の方ですよね? 叔父が一人でクローネ山道に行ってしまったみたいなんです!」

「もしかして、あなたがアメリアさん?」

 

 エステルが尋ねると、女性はうなずいた。アメリアの叔父を助けるため、エステルたちは急いでクローネ山道に向かわなければならない。最初の計画では整備用鞄を灯台に届けてから護衛を引き受けるつもりだった。こうなっては仕方が無い。エステルたちは整備用鞄を宿屋に預け、クローネ山道へと急いで向かった。

 

 

 

 

 エステルたちがクローネ山道にたどり着くと、魔獣に追いかけられ、崖まで追い詰められた男性の姿を見つけた。エステルたちは全力で駆け付け、魔獣に戦いを挑んだ!

 

「はぁ、何とか間に合いましたね」

「本当、ギリギリだったよね」

 

 魔獣を倒した後、クローゼとエステルは顔を見合わせてつぶやいた。助けられた男性はオーヴィットと名乗り、珍しい食材を集めていたのだと話した。名前を聞いたアスカはしばらく考え込むような顔をした後、オーヴィットに指を突き付けた。

 

「あーっ、アンタってば、ロレントでホタル茸の採取を依頼して来たヤツね! アンタのせいで危険な目に遭わされたんだから」

「フン、遊撃士は常に危険と隣り合わせの職業だろう。私のせいではない」

 

 オーヴィットは鼻を鳴らしてアスカに言い返した。マノリア村のアメリアから助けるように頼まれたと伝えると、意外にもオーヴィットは大人しくアメリアに心配を掛けた事を謝るためにマノリア村へと帰ると言う。目的の食材はすでに見つけたらしい。その食材のせいで魔獣に追いかけられていたのかもしれない。

 マノリア村までオーヴィットを送り届けたエステルたちは、宿屋に預けていた整備用鞄を受け散ってバレンヌ灯台へと向かう事にした。結局重い鞄はまたシンジが運ぶ事になってしまった。

 バレンヌ灯台に到着したが、フォクト老人が居るのは灯台の最上階。玄関先に置き配が許されるはずも無く、重い鞄を運んで階段を昇らなければならない。灯台の中では魔獣が襲って来る事も無いため、ヨシュアが交代して鞄を運んだ。

フォクト老人はエステルたちが重い鞄を運んでくれた事に感謝していた。前に会った時、フォクト老人から気配りの心が大切だと教えられたことを思い出したシンジは、フォクト老人に尋ねた。

 

「何か他にお困りの事はありませんか?」

「それなら草むしりをしてもらおうかのう」

 

 フォクト老人はシンジの質問にそう答えた。こうしてしばらくの間、エステルたちは草むしりをする事になってしまった。アスカは少し恨むような目つきでシンジを見ていたが、草むしりを終えると、フォクト老人から《作業用ヘルメット》と《闘魂ハチマキ》を譲り受けたのだった。

 

 

 

 

 掲示板に張り出された依頼を終わらせた後、エステルたちはジャンから《特別な依頼》の紹介を受けた。

 

 ◆燭台盗難事件◆

 

 【依頼者】市長秘書ギルバード

 【報 酬】5000 Mira

 【制 限】4級

 

 ダルモア家の宝『蒼耀の灯火』が何者かの手によって盗まれてしまいました。

 燭台を取り戻してください、お願い致します。

 

 市長からの依頼とあって、報酬も高額だった。エステルたちは気合いを入れて市長邸へと向かった。エステルたちが市長邸の玄関ホールへと足を踏み入れると、ため息をついている秘書ギルバードの姿があった。

 

「やあ、君たちか」

 

 エステルたちに気が付いたギルバードは爽やかな笑顔になる。ヨシュアが状況を尋ねると、ギルバードは黙って空っぽの台座を指差した。燭台は玄関ホールにある台座の上に飾られていたらしい。

 盗まれた『蒼耀の灯火』は導力革命後に造られた芸術品で、ダルモア家の家宝として受け継がれており、売値を付けたら数百万ミラになるだろう名品だとギルバードは話した。

 

「数百万ミラ!?」

 

 エステルはビックリ仰天した。犯人は金銭目的で盗んだ事は間違いないとアスカたちが話していると、ギルバードは難しい表情になる。

 

「それが、金銭目的では無いかもしれないんだ」

「何ですって!?」

 

 ギルバードの言葉を聞いたアスカは驚きの声を上げた。ギルバードはエステルたちに台座に残されていたと言うカードを見せた。カードに書かれていた文面はこうだった。

 

『ああ、求めるものよ。

 この街中に聳え立つ、三つ目の巨人の元へと向かうのだ。

 さすれば汝らは蒼き光へと至らん。     怪盗B』

 

 カードを見たエステルたちはポカンと口を開いた。書かれている内容から犯人が残した犯行声明だろう。金銭目的なら余計な事はしないはずだ。

 

「この文章は謎かけの様にも見えますけど、どんな意味でしょう?」

 

 クローゼの疑問に対してアスカは、厳しい表情になって答える。

 

「これはアタシたちへの挑戦状よ! 謎を解けば燭台を返してやるって言っているのよ、しゃらくさい!」

 

 エステルたちはルーアンの街にある『三つ目の巨人』を探しに行く事となった。もちろん、巨人そのものが実在するとは考えられない。何かを例えたものだろう。聳え立つと書かれている事から、細長い塔のような建物だと考えられる。

 

「もしかして、あそこかもしれない」

 

 ヨシュアはそうつぶやくと、ラングランド大橋を渡り北街区にある灯台の元へと向かった。灯台の上に付けられたライトは、〇〇〇と信号機のような形をしていた。

 

「なるほど、『三つ目』に見えなくもないわね」

 

 ヨシュアの予想通りカードが見つかると、アスカは感心したようにつぶやいた。次のカードにはまた謎かけの文章が書かれていた。

 

『ああ、求めるものよ。

 赤と黒とが繰り広げる果てなき円舞へと向かうのだ。

 さすれば汝らは蒼き光へと至らん。     怪盗B』

 

 カードを読んだエステルたちはウンウン唸って考えたが、思い付く手掛かりは無い。赤と黒の建物が街の中にあれば目立つはずだ。もしかすると建物では無いのかもしれない。

 

「考えすぎて頭が痛くなっちゃった。そこのお店で何かジュースでも飲まない?」

 

 頭がオーバーヒートしたエステルは、灯台の近くにあるカジノバー《ラヴァンタル》を指差した。こうして居ても仕方ないと考えたアスカたちも、気分転換の必要性を感じてエステルの意見に賛成した。

 

「よう、新米遊撃士じゃないか」

 

 バーのカウンター席にはナイアルが座っていた。面白い事は無いかと聞かれたエステルたちは《怪盗B》が残したカードの事を話した。遊撃士が仕事の内容を民間人に漏らすのは褒められた行為ではないが、謎かけが解けなければ燭台は取り戻せない。

 

「何だ、そんな簡単な謎かけが解らないのか」

「えっ、ナイアルさんはもう解ったの?」

 

 ナイアルがニヤリとした顔でそう言うと、エステルは驚いた顔でナイアルを見つめた。

 

「まあ、お前達は真面目なお子様だから知らないだろうけどよ、このバーの二階にはカジノがある。ギャンブルの一つである『ルーレット』は、赤と黒の数字にチップを賭けてルーレットを回す遊戯なのさ」

「なるほど、それならばカードの文章と符合しますね」

 

 ヨシュアは感心したようにうなずいた。今回は偶然にもエステルの発言が解決へと導いた。運も実力の内、準備中の二階のカジノへと行ったエステルたちがオーナーの許可を取りルーレットを調べると、次のカードがあった。

 

『ああ、求めるものよ。

 陸の港で身を休める、一つ目の獅子の元へと向かえ。

 さすれば汝らは蒼き光へと至らん。     怪盗B』

 

 『陸の港』と言うキーワードに着目したエステルたちは港へと向かった。港に着いたエステルたちは『一つ目の獅子』を探し始めた。

 

「獅子と言えば、コイツがそれっぽいわね!」

 

 アスカは港にあるクレーン車を自信たっぷりに指差した。しかし、港の作業員に許可を取ってクレーン車を調べてみても、カードは見当たらない。意地になったアスカは調べている間に段々と顔が真っ赤になって来た。

 

「ぐぬぬぬっ……! きっとここにあるはずよっ!」

「アスカ、もう別の所を探そうよ」

 

 シンジは必死の思いでアスカをクレーン車から引き離した。クレーン車はライトが一つ付いていて、一つ目の獅子に見えない事は無い。ヨシュアは何かを見落としていると考えた。

 

「わざわざ『陸の港』という言い方をしているのが気になる。普通なら『港』の一言で良いはずだ」

 

ヨシュアのつぶやきを聞いて、クローゼに閃くものがあったようだ。

 

「あの……もしかして、空港の事ではないでしょうか?」

「それだ!」

 

 クローゼの言葉に、エステルたちは目を輝かせてルーアン空港へとダッシュした。空港に着いたエステルたちは、階段の下で放置された一つ目のライトの導力運搬車を見つけた。

 

『ああ、求めるものよ。

 鋼鉄の鶴の側で安らぐ樽たちの元へと向かえ。

 さすれば汝らは蒼き光へと至らん。     怪盗B』

 

「鋼鉄の鶴って、さっき見たばかりじゃない!」

「うん、港には樽もたくさんあったし間違いないと思うよ」

 

 カードを読んだアスカは直ぐに反応し、シンジもアスカの意見に同意してうなずいた。今度こそはとシンジは作業員に何度も頭を下げてクレーン車をまた調べさせて欲しいと頼み込んだ。せっかくシンジが作ってくれたチャンスだ、アスカは気合いを入れてクレーン車を調べた。しかしやはりカードは見つからない。

 

「もう良いかい、遊撃士の嬢ちゃん。こっちも仕事でクレーン車を使うんだ。朝から樽を倉庫に運び込んでいて忙しいんだ」

「ごめんなさい……」

 

 作業員の男性にアスカはしおらしい表情で謝った。こんなに気落ちしているアスカは久しぶりだ。自信満々の推理が二度も打ち破られたのだからショックも大きいのだろう。慰める言葉が思い付かないシンジは黙ってアスカの肩を抱いた。

 

「今、作業員の人が気になる事を言っていたね。クレーン車の周りにある樽を倉庫に移したって」

 

 ヨシュアはそうつぶやくと、依頼で知り合った作業員のハーグに樽を調べたいと話した。ハーグは港で取り扱う荷物は商品なので捜査令状無しに中身を調べる事は出来ないが、倉庫の鍵を探してくれた恩もあるので、こっそりと調べさせてあげようと話した。

 

「ハーグ君、倉庫の前で何をしているのかね」

「ポルトス主任!」

 

 ハーグが倉庫に入ろうとすると、倉庫の中から出て来た中年の男性の姿にハーグは跳び上がって驚いた。ハーグが正直に遊撃士の捜査に協力しようとしていると話すと、ポルトス主任はあっさりと樽を調べる許可をくれた。

 

「ところでポルトス主任は倉庫の中で何を?」

「ちょっと気になる事があってな、合鍵を使って中に入ったのだ。遊撃士の捜査に協力してあげるんだよ」

 

 ハーグに尋ねられたポルトス主任は堂々とした振る舞いでそう言って、街の方へと姿を消した。

 

「合鍵なんてあったかな……?」

 

 ハーグはそうつぶやきながらも、倉庫の中から樽を運び出した。何個もの樽を運ぶ港の作業員の体力にエステルたちは舌を巻いた。樽を調べていたヨシュアはカードを見つけた。次のカードに書かれていたのは謎かけではなく謝罪文だった。

 

『申し訳ない、樽が運ばれてしまったのは私の考えが足りませんでした。

 お詫びとして、探し物をお返しいたします。この樽の中を調べてみてください。

 君たちの手で、この燭台を正しい持ち主の元へと戻してください。

 おや、もう時間切れのようだ。それではまたお会いしましょう。

                                 怪盗B』

「あれ、このカード……まだインクが乾いていない」

「ええっ!?」

 

 カードを調べていたヨシュアがそう言うと、エステルたちは驚きの声を上げた。アスカは嫌そうな表情で辺りを見回す。

 

「どこかでアタシたちを見てたって事? 気持ち悪いヤツね……」

 

 倉庫の前でキョロキョロと辺りを探っていたエステルたちに近づいて来たのは、先ほど立ち去ったポルトス主任だった。

 

「君たち、そこで何をしているんだ?」

「えっ、ポルトス主任? さっき話したじゃないですか」

 

 突然現れたポルトス主任にハーグは裏返った声で尋ねた。

 

「何の話だ?」

 

 不思議そうな顔をするポルトス主任を見て、ヨシュアは悔しそうな顔でつぶやいた。

 

「しまった、騙された!」

「さっきここにいたポルトスさんって、偽者だったって事?」

 

 シンジの質問に、ヨシュアはしっかりとうなずいた。犯人がポルトスに変装して倉庫に入り、カードの中身を書き換えていたのだろうとヨシュアは話した。

 

「じゃあ追いかけなきゃ!」

 

 エステルはそうつぶやくと、偽のポルトスが姿を消した街の方へと走って行ってしまった。

 

「待ちなさい、エステル!」

 

 アスカもエステルを引き留めようと追いかけた。落ち着いているヨシュアに、クローゼが不安そうな表情で尋ねる。

 

「追いかけなくていいのですか?」

「偽物を見破れなかった時点で、僕達の負けさ。エステルは犯人の背中を見る事も出来ないよ」

 

 ヨシュアがそう言うと、シンジとクローゼは沈んだ表情になった。何はともあれ、まずは燭台が無事かどうか確かめなければならない。ヨシュアは樽の中身を改めた。

 

 

 

 

 『蒼耀の灯火』を取り戻したエステルたちはダルモア市長に調査結果を報告した。怪盗Bの正体はまるでつかめなかったが、ダルモア市長は燭台を無事に取り戻せただけで十分だと、穏やかな笑顔でエステルたちを労わった。

 エステルたちは調査を続行すると申し出たが、ダルモア市長は他にも遊撃士の力を必要としている人々が居るはず、その人達の力になって欲しいと諭し、調査は終了となった。

 何となくスッキリしない気持ちで市長邸を出たエステルは、ヨシュアが悩んでいるのに気が付いた。

 

「どうしたのヨシュア、一人で抱え込むのは良くないわよ?」

「犯人はどうして燭台を盗んだのかなって気になるんだよ」

 

 エステルが尋ねると、ヨシュアはそう答えた。結局動機は判らずじまいだった。

 

「最後のカードに書かれた内容も意味ありげでしたね。‘正しい持ち主’という言い方が引っ掛かります」

 

 クローゼはダルモア市長に燭台を返したのは正しかったのか気になっているようだった。

 

「犯人がどうやって忍び込んだのかも明らかになっていないのよ、こうなったらこっそりと屋敷を調べちゃおうかしら」

 

 アスカも苛立った顔でそうつぶやいた。アスカの言葉を聞いたシンジが心配そうな顔でなだめる。

 

「そんな事したらボク達が泥棒みたいになっちゃうよ」

「分かってるわよ、言ってみただけ!」

 

 アスカは腕組みをしてシンジに怒鳴った。

 

「みんな、ここは我慢だよ。僕達の助けを必要としている人たちは他にもいる」

 

 ヨシュアはそう言ってクローゼの顔を見つめた。

 

「そっか、仕事が終わったらクローゼの依頼を引き受けるって約束だったわね」

 

 エステルは気が付いたようにそうつぶやいた。溜まっていた仕事も終わり、ジャンにこの件を報告すればジェニス王立学園へと行くことが出来る。エステルたちは気分を切り替えて遊撃士協会へと向かうのだった。



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第二十五話 ワクワク学園生活、シンジのキスシーンにアスカはモヤモヤ?

 

 遊撃士協会で報告を終えたエステルたちは、クローゼの案内でヴィスタ林道を抜けてジェニス王立学園へと向かった。森の中の細い道を抜けると、大きな門と広い中庭、風格のある校舎を備えた立派な学園だった。

 中庭を囲むように教室のある本館、東西に講堂と部活棟があり、南東と南西にはそれぞれ男子寮と女子寮がある、小さな村とも言える敷地の広さだ。今は教室で授業中だと言う事もあり、中庭には手入れをする用務員の姿しか無い。

 

「本当は直ぐにでも生徒会長にエステルさんたちを紹介したいのですが、まず学園長先生の部屋へとご挨拶に伺いましょう」

 

 クローゼはそう言って正面に位置する本館を指差した。学園長の部屋は本館の一階、職員室の隣にある。学園内を探検したい気持ちを抑えて、エステルたちは学園長室へと向かった。

 学園長の部屋のドアをクローゼがノックすると、中から老人の声が聞こえる。返事を聞いたクローゼがドアを開いて中に入ると、エステルたちも続いて学園長室に足を踏み入れた。

 

「学園長先生、ただ今戻りました」

 

 あいさつをしたクローゼは席に座っている学園長に近づいて行った。エステルたちもゆっくりと続いた。学園長は眼鏡を掛け、ひし形の博士帽を被り、長く白いあごひげから知的な雰囲気を感じ取れた。

 

「おや、君たちは……ほう、その若さで遊撃士とは大したものだ」

 

 エステルたちの遊撃士の紋章に気が付いた学園長は感心したようにつぶやいた。クローゼは学園長に孤児院の放火事件の調査結果を含めた一連の事情を説明した。学園長は深刻な表情で話を聞いていた。

 

「わしらも、何かの形で協力できると良いのだが……」

 

 学園長は深いため息を付きながら目を閉じて考え込んでから、ゆっくりと目を開いた。

 

「まずは、学園祭を成功させて子供たちを元気付ける事、そこから始めるのが良いだろう」

「はい、その通りだと思います」

 

 クローゼは学園長の言葉に深くうなずいた。クローゼが学園祭の手伝いをエステルたちに頼んだ事を伝えると、学園長も笑顔で賛成した。

 

「どうかよろしくお願いする」

「はい、微力ながら尽くさせて頂きます」

 

 学園長にヨシュアはそう答えた。学園長は学園祭に関しては生徒会長のジルに一任していると話した。学園長はエステルたちが学生寮に泊まる手配もしておくと話した。学園祭の手伝いに集中できるようにとの心遣いだった。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 授業の終了を告げるチャイムが学園内に鳴り響いた。学園長は早速、生徒会長にエステルたちを紹介すると良いだろうとクローゼに告げた。

 

「次は生徒会室にご案内しますね」

 

 クローゼは振り返ってエステルたちに告げた。生徒会室は部活棟の二階にあると言う。エステルたちは学園長にあいさつをして学園長室を出た。

 

 

 

 

 授業が終わった学園内は教室から解放された生徒達の姿であふれていた。生徒達は学園祭の準備で盛り上がっているようだ。中庭では出店の場所を考える生徒達の姿があった。

 エステルたちが生徒会室に入ると、真っ赤なリボンで小麦色の髪を束ねた、眼鏡を掛けた制服姿の少女が机の上に置かれた書類と忙しそうに格闘をしていた。同じ机には紫色の短く髪を切りそろえた制服姿の少年が付いていた。

 

「ただいま、ジル、ハンス君」

 

 クローゼが声を掛けると、二人はクローゼたちの方に顔を向けた。

 

「お帰り、クローゼ。あれ、その人たちはどちらさま?」

 

 ジルがエステルたちを不思議そうな顔で見つめる。

 

「こちらは、遊撃士のエステルさんとヨシュアさん、アスカさんと……シンジさんです。四人とも学園祭に協力してくださるって」

 

 クローゼはそう言って笑顔でエステルたちを紹介した。ジルはエステルたちをザっと見回していたが、シンジに目を止めるとニヤリと笑った。そのジルの視線に悪寒を感じるシンジ。アスカが自分をからかう時と同じだと思ったからだ。

 

「初めまして、私は生徒会長を務めている、ジル・リードナーです。学園祭の実行委員長をしているわ」

「俺は副会長のハンスだ。学園祭で行われる演劇の責任者をしている」

 

 ジルとハンスもエステルたちに自己紹介をした。

 

「ところで、エステルさんは剣は使える?」

「まあ、父さんから剣も習った事があるけど」

 

 ジルに尋ねられたエステルがそう答えると、ジルは満足気にうなずいた。再びシンジとヨシュアをなめまわすように見たジルは笑顔になって言い放つ。

 

「エステルさんには学園祭の演劇で剣を使ってクローゼと戦ってもらうわ」

「え、演劇!?」

 

 学園祭の手伝いと聞いていたが、まさか劇に出演する事になるとは。エステルは驚きの声を上げた。劇の中で騎士の戦闘シーンがあるので、剣の腕が立つエステルたちが出てくれると盛り上がるとジルは話した。

 

「女騎士が戦うなんて、珍しい演劇だね」

「何を言っているんだ、戦うのはれっきとした男の騎士だぜ」

 

 ヨシュアのつぶやきに、ハンスはそう答えた。その言葉の意味が解らず、エステルたちも不思議そうな顔になる。

 

「うーん、シンジ君とヨシュア君も素材としては申し分ないわね」

「ああ、全くもって同感だぜ」

 

 シンジとヨシュアを見つけてつぶやくジルに、ハンスも笑顔で同意した。シンジは先ほどから嫌な汗がずっと止まらなかった。

 

「えっと、ボク達も劇に出るの……?」

 

 シンジが不安そうな顔で尋ねると、ジルはうなずいた。ハンスは配役の男女を逆転させることで昔ながらの定番劇でも大きなインパクトを与えられるのではないかと考えたらしい。

 

「性差別からの脱却! ジェンダーの平等! と言うスローガンで無理やり押し通しちゃったわ。本当はただ面白いと思っただけなんだけど♡」

 

 ジルはそう言って笑顔でシンジとヨシュアを見つめた。

 

「ちょっと待ってよ、その話の流れだと、ボクたちがやらされる役って……」

「シンジ、観念しなさい!」

 

 不安そうな顔になるシンジに、アスカもジルと同じニヤリとした表情を浮かべて声を掛けたのだった。

 

 

 

 

 学園祭の演劇に出る事になったエステルたちは講堂で衣装合わせをする事になった。劇の演目は『白い花のマドリガル』。百年前のリベール王国を舞台にした物語だ。百年前のリベール王国は貴族制度がまだ存在しており、貴族と平民は対立していた。そんな情勢の中、貴族出身の赤の騎士ユリウスと、平民出身の青の騎士オスカーが王家の姫セシリアを巡って決闘をする事になると言う話だった。

 

「へーえ、これが舞台衣装なんだ」

 

 赤の騎士ユリウスの衣装を着たエステルは感心したようにつぶやいた。モルガン将軍が着ていたリベール王国の軍服に似ている。

 

「クローゼさんも似合ってるわよ」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 青の騎士オスカーの衣装をまとったクローゼをエステルが褒めると、クローゼはお礼を言った。

 

「それで、なんでアタシが公爵役なのよ」

 

 豪華な装飾が施された服に身を包んだアスカは不満そうに顔を膨れさせた。公爵と聞くと、あのデュナン公爵を思い出してしまう。

 

「ごめんごめん、アスカさん。赤と青の対立と言う構図の方が見た目にも分かりやすいのよ」

 

 ジルは手を合わせて謝る仕草をした。アスカが怒っているのは配役に対しての事だけではない。台本の内容に関してもアスカは大きな不満を持っていた。

 

「それで、ヨシュアとシンジの役は?」

「二人の騎士の身を案じる王家の白の姫セシリアと、御付きのメイドさ」

 

 エステルの疑問の声に、舞台袖に居るハンスが答える。

 

「待ってください、ボクはまだ心の準備が出来ていません!」

 

 戸惑うシンジの手を引いて、ハンスは無理やり舞台へと引きずり出された。長い黒髪のカツラを被り、白いドレスを着たシンジは美しい女性へと変貌していた。同じくメイド服を着たヨシュアも然り。

 舞台に居たエステル、アスカ、クローゼ、ジルは息を飲んでセシリア姫となったシンジを見つめていた。

 

「な、何か言ってよ……」

「このまま放置されるのは辛いものがあるよ……」

 

 シンジとヨシュアは困った顔でエステルたちに言った。

 

「思ったより、違和感無いじゃない」

 

 アスカが顔を赤らめてシンジを見る。クローゼも感激した様子でシンジの姿を見てポツリとつぶやいた。

 

「とても……綺麗です」

「うんうん、俺も街で見かけたら思わず二度見しそうだな」

 

 ハンスも二人の意見に同意してうなずいた。

 

「ボク、男ですよ」

 

 シンジはそう言ってハンスをにらみつける。ジルは満足気な様子で人差し指で眼鏡をグイっとずらした。意気上がるエステルたちを他所に、シンジとヨシュアは心の中で涙を流すのだった。

 

 

 

 

 その日の夜から、エステルとアスカ、ヨシュアとシンジはそれぞれ学園の女子寮と男子寮に泊まる事になった。エステルとアスカ、クローゼとジルは同じ部屋となった。

 ジルはルームメイトになったエステルとアスカに、お互い『さん』付けは止めようと提案し、エステルとアスカは快く了承した。クローゼも加わる事になり、呼び捨てにする練習が行われた。

 

「あ、アスカ……」

 

 さん、と言いそうになる言葉を、クローゼはやっとの事で飲み込めた。

 

「まあ、まだ固いけどそんなもんね」

 

 アスカはそうつぶやきながら、前の世界に残して来た《友達》の事を思い返していた。呼び方を惣流さんからアスカにするまで、それなりに苦労したんだっけ。

 

「ジルとクローゼって仲が良いんだね」

 

 エステルがそう言うと、ジルはクローゼとはジェニス王立学園に入学してから一年半もの間ずっと一緒の腐れ縁だと話した。

 

「羨ましいなあ、あたしもロレントの街に友達は居たけど、家が街から離れた森の中にあったからずっと一緒には居られなかったな」

 

 そうエステルがつぶやくと、ジルは大きなため息を吐き出した。

 

「何言っているのよ、エステルにはアスカが側に居るじゃない」

「そうだったわね」

 

 エステルはアスカを見てペロッと舌を出して笑った。十四歳の時にアスカに出会って二年以上、エステルはアスカと同じ部屋で寝食を共にしているのだ。

 

「それに、あんな上玉の男達と一緒に旅をしているくせに、女所帯を羨ましがるとは納得いかないね」

 

 ジルがからかうようにそう言うと、エステルは目を閉じてウンザリとした顔でため息をつく。

 

「もう、何を言ってるんだか。ヨシュアとシンジはあたしの弟みたいなものだってば。ねえアスカ」

「そ、その通り、アイツとはただの同居人よ」

 

 アスカは目を泳がせながらもエステルに同意した。

 

「ふーん、弟で同居人ねえ。あんたたちがそのつもりでも、ヨシュア君とシンジ君の方はどう思っているのかしら?」

「えっ?」

 

 ジルがそう尋ねると、エステルはキョトン顔になった。

 

「年頃の男の子は抑えが効かないって言うし、ましてあんたたちみたいな健康美あふれた子が一日付きっきりだったら我慢を強いられたりして……」

「もうジルってば、人をからかうのはそのくらいに」

 

 悪乗りしているジルをクローゼがたしなめた。

 

「そんなまさかヨシュアがあたしの事を……だなんて」

 

 エステルは顔を赤くしてモジモジしている。アスカは常日頃からシンジをからかって、色仕掛けのような事をしている。この世界に来る前に初キスもしたし、自分を命懸けで助けてくれたのだから、アスカはシンジに好かれている自信があった。しかしクローゼの出現により、アスカは自分の自信が揺らいでいるのを感じた。クローゼのような子に優しくされたら、シンジはなびいてしまうのではないか。

 

「ふふ、二人とも意識している」

「ジル!」

 

 ニヤケ顔のジルを、クローゼは厳しい表情で叱った。

 

「おっと急用を思い出しちゃった! それじゃ、おやすみ。先に寝てていいから」

 

 ジルはクローゼの説教から逃れようと、部屋を出て行った。

 

「エステルさん、アスカさん、お二人が使うベッドですけど……」

 

 そこまで話したクローゼは、エステルとアスカが上の空になっている事に気が付いた。クローゼの言葉は耳に入っていないようだ。

 

「エステルさん、アスカさん!」

「ふえっ!?」

「な、何よ!?」

 

 クローゼが大きい声で呼びかけると、エステルとアスカは飛び上がって驚いた。それからしばらくして戻って来たジルと四人でたわいのない話をしながら、エステルたちは眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 こうして、エステルとアスカ、ヨシュアとシンジの学園生活は始まった。家族以外の同級生と朝食をともにして、午前中の授業を教室で受ける。第三新東京市の第壱中学校のようにタブレット端末など無いからペンとノートで受ける授業はアスカとシンジにとっても新鮮だった。

 昼食後の午後の授業では、エステルが上半身を直立させたまま爆睡すると言う大技を披露した。やはり日曜教会の学校と同じく授業は少々苦手のようだった。放課後は講堂で演劇の稽古が連日夜遅くまで続いた。

 楽しくも忙しい学園生活は光陰矢のように過ぎ去って行き、学園祭の前日を迎えるのだった。

 

「よし、リハーサルは終了だ。今日は早めに休んで明日に備えてくれ!」

 

 監督であるハンスの号令により、最後の練習は夕方には終了した。セリフを間違えずにリハーサルを乗り切ったエステルたちは安堵の息をついた。クローゼとシンジは少し残って練習をすると言って、他のスタッフ達と別れた。

 

「これでテレサさんや孤児院の子たちも喜んでくれるかな」

「はい、シンジ……さんのお陰で素晴らしいエンディングになりそうです」

 

 講堂のステージで最後まで秘密の練習をしていたシンジとクローゼはため息をついた。秘密の練習の内容は、演劇の最後の方で行われる青い騎士オスカーとセシリア姫が口づけをする場面だった。

 もちろん実際には唇が触れ合うものではないが、キスをしていなくてもしているように見せかけるのには演技力が必要なのだ。みんなの前で練習するのが恥ずかしいシンジとクローゼは講堂に残ってこっそりと練習を重ねていた。

 

「クローゼさんはテレサさんや孤児院の子たちの事を本当の家族のように思っているんだね」

 

 シンジが尋ねると、クローゼはうなずいて自分の身の上を話し始めた。

 

「ええ、私、生まれてすぐに両親を事故で亡くしているんです。裕福な親戚に引き取られましたが、家族がどのようなものか知らなかったんです」

「ごめん、辛い事を思い出させちゃって」

 

 そうシンジが謝ると、クローゼは首を横に振った。

 

「いえ、気になさらないでください。十年前のあの日、テレサ先生に会って私は家族の温かさを知ったんです。《百日戦役》の時、帝国軍から逃げてルーアンに来ていた私は知っている人とはぐれてしまって……テレサ先生と、旦那さんのジョセフさんに保護されました」

「そんな事があったんだね……」

 

 クローゼの話を聞いたシンジはため息をついた。

 

「先生たちと過ごしたのは、たった数ヵ月の事でしたけど……テレサ先生とジョセフさんは本当にとても優しくしてくれて……その時、初めて知ったんです。家族が暮らす家がどんなに暖かいものなのかを……。ごめんなさい、つまらない話を延々と聞かせてしまって」

 

 今度はクローゼの方が謝ると、シンジは首を横に振った。

 

「僕もクローゼ……さんの気持ちは分かるよ。僕も五歳の頃、母さんが事故で死んだんだ。それから僕は父さんに捨てられて、親戚の家に預けられる事になったんだ」

「そう……なのですか」

 

 シンジが自分の事を話すと、クローゼは驚いた顔でそうつぶやいた。

 

「だから僕もカシウスさんに会って、家族の暖かさを教えてもらったんだ」

「えっ、シンジさんの御家族ってカシウスさんだったんですか?」

 

 そしてシンジの口からカシウスの話が出ると、クローゼはさらに驚いて手で口を押えた。シンジも目を丸くしてクローゼに尋ねる。

 

「クローゼさん、カシウスさんの事を知っているの?」

「はい、帝国軍から私を助けてテレサ先生と引き合わせてくれたのがカシウスさんなんです」

 

 シンジに尋ねられたクローゼは嬉しそうな笑顔でうなずいた。

 

「……演劇、絶対成功させようね」

「シンジさんが頑張ったんですから、大丈夫ですよ」

 

 シンジとクローゼはお互いに見つめ合ってうなずいた。自然と手を握りそうになった二人は、ハッと気が付いて触れた手を離して顔を赤らめた。

 

「あの……私の役、アスカさんと代わった方が良かったですか?」

 

 突然クローゼから話を切り出されたシンジは沈んだ表情になった。

 

「クローゼさん、ボクとじゃ嫌なら正直に言ってくれても良いよ」

「いえ、そういう意味では無いんです。アスカさんに申し訳ない気がして」

 

 落ち込んだシンジの表情を見たクローゼは慌てて言った。誤解の解けたシンジはホッとした顔で笑ってクローゼに語り掛ける。

 

「アスカはボクの事をからかって楽しんでいるだけだよ」

「私にはそうは見えないのですが……」

 

 目聡いクローゼは、アスカがシンジに好意を持っている事を感じ取っていた。同じ部屋で寝る前に交わす会話でも、アスカはシンジの事を話すときは嬉しそうな顔になる。クローゼはアスカにも役を交代するように提案していたが、アスカは頑としてはねつけていた。

 

「何だ、やっぱりここに居たんだ」

「予行演習が終わったのに、まだ練習していていたのか」

 

 講堂にやって来たのはヨシュアとハンス、エステルとジルだった。

 

「あれ、アスカは来てなかった? 講堂に探しに行ったと思ったんだけど……」

 

 エステルは不思議そうな顔で辺りを見回しながらシンジとクローゼに尋ねたが、二人もアスカの姿を見ていなかった。

 

「お二人さん、キスシーンは上手く行きそうかい?」

「うん、大丈夫だと思うよ」

 

 ジルに質問されたシンジは、少し顔を赤らめながらそう答えた。

 

「みなさんはどうしてこちらに?」

「そろそろ夕食を食べようと思ってさ、呼びに来たんだ」

 

 クローゼに聞かれたハンスはそう答えた。

 

「それにしても、騎士と姫ってお似合いの二人ね、このまま付き合っちゃえば?」

「もう、ジルってば。アスカに聞かれたら大変ですよ」

 

 からかうような口調で話したジルをクローゼは軽い調子で諫めたが、ジルの瞳は真剣だと気が付いた。

 

(……やっぱり、シンジはクローゼと付き合う方がお似合いだって、みんなそう思うわよね)

 

 舞台袖に隠れて話を聞いていたアスカは、ジルの言葉に胸を撃たれる思いだった。

 

「僕達、衣装を着替えるから先に食堂で待っていてよ」

「分かった、それじゃあ行くぜ、ヨシュアの大将」

 

 シンジの言葉にうなずいたハンスはヨシュアにそう声を掛けた。ヨシュアはハンスに向かって不服そうに口をとがらせる。

 

「何で大将なのさ……」

「ふふ、ヨシュアってばすっかりハンスとも仲良くなったみたいね」

 

 エステルは嬉しそうな顔でヨシュアの事を見つめていた。ヨシュアは礼儀正しいが他人を寄せ付けないところがあるので、エステルは心配だった。シンジがヨシュアと出会った時も、ヨシュアはシンジに刺々しい態度をとっていた。

 

「アスカはボクたちの事を三バカトリオって呼ぶけどね」

 

 そうつぶやくシンジの顔はどことなく嬉しそうだ。シンジはもう二年も会っていない学友たちの姿を遠い目をして思い浮かべた。

 

 

 

 

 その日の夕食は明日の学園祭の景気付けを兼ねて少し豪勢なものとなった。明日の学園祭が終わればエステルたちも依頼を終えて学園を去る。学園での最後の晩餐でもあった。

 

「あーっ、もう今日も一日忙しくてお腹ペコペコ」

 

 エステルはそう言ってテーブルに倒れ込んだ。エステルの話によれば、シンジたちが講堂で練習している間、エステルとヨシュア、ジルとハンスは学園祭の準備の手伝いをしていたのだと言う。

 校舎の飾り付け、資料の捜索、そして旧校舎に出現した魔獣退治までやったと聞いたシンジとクローゼは、自分たちだけが演劇の練習をしていた事を謝ったが、エステルたちは笑って許した。

 

「明日は演劇の他に、もう一つ新しいイベントを思い付いたのよ」

「新しいイベント? なんだそりゃ?」

 

 ジルが腰に手を当ててそう言い放つと、ハンスが不思議そうな顔で尋ねるが、ジルはそれは明日のお楽しみだと話した。食堂には続々と学生たちが集まり、明日でお別れとなるエステルたちはこの数日間で知り合った生徒たちに囲まれた。

 シンジが沢山の人に取り囲まれるのは、中学校に転入した際に自分がエヴァのパイロットだと知られた時だった。今は遊撃士として注目されている事もあるが、エヴァに乗らない自分も価値を認められるようになったのだと実感するのだった。

 そして寮に帰ったエステルたちは、明日の学園祭に備えて早めに眠りに就くのだった。



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第二十六話 上演開始!《白き花のマドリガル》

 

 学園祭の日の早朝、エステルたちは演劇が行われる講堂で最終チェックを行っていた。演劇に使うセットや大道具、小道具、照明や衣装の確認を終えると、ジルはエステルたちに演劇の時間まで、学園祭を見て回るように勧めた。

 

「やっほー! 全ての出店を制覇するわよ!」

「食べ過ぎて、お腹が衣装に入らなかった、何て事にならないでね」

 

 元気良く拳を振り上げて宣言するエステルに、ヨシュアは笑顔を浮かべてツッコミを入れた。

 

「アスカ、元気無さそうだけど、どうしたの? あんなに学園祭を楽しみにしていたのに」

「別に、そんな事ないわよ。ああ、楽しみだわ!」

 

 心配そうな顔のシンジに指摘されたアスカは無理やり笑顔を作って答えた。シンジはアスカの笑顔に影が差しているのを残念に思っていた。曇りの無い満面の笑顔のアスカと学園祭を見て回る、それがシンジにとって学園で過ごした最高の思い出となるはずだった。

 

「アンタたちも一緒に学園祭を見て回らないの?」

「私たちは『新しい仕事』の件があってね。学園長先生と話があるの」

 

 アスカに尋ねられたジルは意味ありげな笑みを浮かべてそう答えた。

 

「私も手伝おうか?」

 

 クローゼがそう言うと、ジルは大丈夫だと首を横に振った。

 

「孤児院のチビちゃんたちも学園祭に遊びに来るんでしょう?」

「ありがとう」

 

 笑顔でクローゼはジルにお礼を言った。

 

「そうだ、来場者の中にオレ好みのタイプの女性が居たら連絡先を聞いておいてくれよ」

 

 ハンスがシンジとヨシュアに声を掛けると、ヨシュアはため息をついて答える。

 

「はいはい、胸が大きくて美人で大人の魅力を備えたお姉さんね」

 

 ミサトさんみたいなタイプが好きなのはトウジたちと似ているな、とシンジは思った。シェラザードさんを紹介してあげれば良いのかなとも思った。この場に居ないので紹介のしようがないけれど。

 

 

 

 

『大変長らくお待たせいたしました。ただ今より《第五十二回ジェニス王立学園・学園祭》を開催いたします』

 

 女性の声のアナウンスが校内に響き渡ると、学園の正門が開け放たれ、入場待ちで行列を作っていた人々が中庭へとどっと雪崩れ込んだ。

 

「凄い数のお客さんね」

 

 講堂から出てその光景を目の当たりにしたエステルは感心したようにつぶやいた。

 

「フフ、これなら例の計画も上手く行きそうよ」

 

 腕組みをしたジルは満足気な笑みを浮かべて見つめていた。ジルがハンスと一緒に立ち去ると、エステルたちは学園祭を見て回る事にした。

 

「あれナイアルさん、学園祭の取材ですか?」

 

 講堂から中庭に足を踏み入れたヨシュアは、リベール通信の記者ナイアルが居るのに気が付いて声を掛けた。

 

「まあそんなところだ。まずは出店で腹ごしらえだな」

 

 中庭にはクレープ、ポップコーン、ゼリー、クローゼの後輩が居るアイスを売る店などが並んでいた。レシピ担当のシンジは出店のスイーツを全てアスカに食べさせられるのだった。

 本館一階の教室では、学生たちが喫茶店をしていた。その喫茶店の中でウェイトレスをしていた学生たちよりも目立っていたのが、純然たるメイドを引き連れていた若い女性客の姿だった。

 

「あーっ、メイベル市長にリラさんだ!」

「あら、エステルさんたちではないですか。こちらには遊撃士のお仕事で?」

 

 その女性客はボースでエステルたちが出会ったメイベル市長だった。御付きのメイドのリラも一緒だった。メイベル市長に尋ねられたアスカは今日の演劇で自分たちが出演すると話した。

 

「それは是非楽しみにさせて頂きますわ」

「知ってる人に見られるのはとても恥ずかしいんだけど……」

 

 シンジが異常に顔を赤くしているのを見て、メイベル市長とリラは不思議そうな顔でシンジを見つめる。

 

「ええ、それは楽しみにしてください」

 

 アスカはニヤリと笑みを浮かべてメイベル市長に声を掛けるのだった。教室を出た本館一階の玄関ホールで、ダルモア市長と学園長が親しげに話していた。声を掛けるのもはばかれるので、エステルたちはそばを通り過ぎた。

 本館の二階の社会科の教室でデュナン公爵の姿を見たアスカは顔を引きつらせた。これはマズイと思ったシンジはアスカの手を引いて別の教室へと行った。その教室では『相性占いマシーン』が出し物となっていた。

 

「アンタがこんなものをやりたがるなんてね」

 

 アスカはあきれた顔でため息をついてシンジの事を見つめた。

 

「まあまあ、そんな事を言わないでやってみようよ」

 

 エステルが二人を取り成して、相性占いをしてみる事になった。

 

『一人目の誕生日を入力してください』

 

 機械のアナウンス音声に従い、シンジは自分の誕生日である六月九日を入力した。

 

『続いて二人目の誕生日を入力してください』

 

 機械のアナウンス音声に従い、シンジはアスカの誕生日である十二月四日を入力してしまった。

 

「何を勝手に占っているのよ!」

「ご、ごめん……」

 

 アスカはあわててシンジの胸倉を掴んで止めたが、既にデータは入力が終わってしまっていた。

 

『シンジさんとアスカさんの相性占いを開始します』

 

 機械音声の後、ディスプレイに映し出された絵文字の顔がルーレットのように喜怒哀楽の表情に切り替わる。悲しそうな絵文字の顔でルーレットは停止した。

 

『今日の二人は一緒にいてもギスギスとした一日になりそうです。隠していた秘密がバレそうになり、ごまかそうとしても相手に不信感を与えてしまうでしょう。無理に歩み寄ろうとせず、思い切って別行動をしてみましょう。距離を置く事でお互いの必要性を再認識できるはずです』

 

占いの結果を聞いたアスカは渋い顔になった。ジルだけではなく機械にまで自分とシンジは相性が悪いと言われた気分になったからだ。

 

「もう一回やってみるわよ」

 

 不機嫌そうなアスカは、シンジに代わって機械の前へと立った。

 

『一人目の誕生日を入力してください』

 

 機械のアナウンス音声に従い、アスカはシンジの誕生日である六月九日を入力した。

 

『続いて二人目の誕生日を入力してください』

 

 機械のアナウンス音声に従い、アスカはクローゼの誕生日である十月十一日を入力した。

 

「アスカ、どうして……?」

「ほら、今日の演劇ではアンタたちが主役のカップルじゃない」

 

 驚いて息を飲むクローゼに、顔を赤くしたアスカはごまかすようにそうつぶやいた。

 

『シンジさんとクローゼさんの相性占いを開始します』

 

 機械音声の後、ディスプレイに映し出された絵文字の顔がルーレットのように喜怒哀楽の表情に切り替わる。ハートマークの絵文字でルーレットは停止した。

 

『今日の二人は意識が同調し、楽しく過ごす事が出来るでしょう。二人のどちらかにトラブルがあっても、お互い手助けをして乗り越えられるでしょう。共通の意識を持つ事で相手の知らない一面に気が付くとともに、二人の絆もより一層深まります。今日一日で二人は互いに特別な愛情を持つ事が出来そうです』

 

 シンジとクローゼの相性占いの結果を聞いたアスカは、悔しそうに唇をかんだが、直ぐに笑顔を作って、

 

「これなら演劇も上手く行きそうじゃない、良かったわね!」

 

と強がった。それが空元気だと察したエステルたちはアスカを気遣い、『相性占いマシーン』から離れるのだった。

 

 

 

 

 部活棟の一階にある食堂に足を踏み入れたエステルたちは意外な人物が学園祭に顔を出している事に驚いた。そのうちの一人は、リシャール大佐の副官のカノーネ大尉だった。なぜ彼女が一人で学園祭に来ているのかは分からない。直接の知り合いでもないエステルたちは声を掛ける事は無かった。

 もう一人は翡翠の塔と琥珀の塔で出会ったアルバ教授だった。テーブルでソフトドリンクを飲んでくつろいでいた。エステルたちはアルバ教授に近づいて声を掛けると、アルバ教授は穏やかな笑顔で答える。

 

「これは奇遇ですね。四人ともお元気そうで何よりです」

「アルバ教授も学園祭に招待されたんですか?」

 

 ヨシュアが尋ねると、アルバ教授は残念ながらそうではないと答えた。アルバ教授はこのルーアン地方にある《紺碧の塔》の調査に来たのだと話した。ついでにこの学園に研究資料がないか足を伸ばして立ち寄ってみたのだと付け加えた。

 

「まさか、光の柱が現れたんですか!?」

「いえ、そのような目撃証言はありませんでした」

 

 シンジが必死の形相で尋ねるがアルバ教授は否定した。アルバ教授の答えを聞いたシンジは少し残念そうに肩を落とした。アルバ教授は遺跡研究の成果報告をしている教室は無いかとエステルたちに尋ねた。

 

「社会科の教室で展示をしていたと思いますけど……ご案内しましょうか?」

「それは助かりますね、でもよろしいんですか?」

 

 クローゼが案内を申し出ると、アルバ教授は学園祭を見て回っている途中なのではないかと気遣うように尋ねた。

 

「あの公爵はもう居ないだろうし、行っても良いわよ」

 

 アスカはエステルたちの視線を受けてそう答えた。本館の二階にある社会科の教室はつい先ほどデュナン公爵の姿を見て慌てて出て来た教室だった。

 

「ほう、これはこれは本格的な展示ではないですか。歴史から経済まで様々なジャンルを網羅しているようですね。これは楽しめそうです」

 

 社会科の教室を見回したアルバ教授は感心したようにつぶやき、案内をしてくれたクローゼにお礼を言った。

 

「いえ、どういたしまして。私も社会科を専攻していますから、興味を持って頂けると嬉しいです」

 

 クローゼはアルバ教授に笑顔でそう答える。エステルは展示物を見て、こういう難しい物を見てると眠くなっちゃうなと苦笑いを浮かべていた。

 

「遊撃士だって色々な知識を必要とするんだから、興味を持たないとダメだよ」

 

 ヨシュアはあきれた顔でエステルにそう声を掛けた。エステルは助けを求めるようにアスカたちを見つめたが、アスカたちもヨシュアの味方だと知るとうなだれた。

 

 

 

 

 エステルたちが二階から降りると、本館一階の玄関ホールでクラムたちと会った。

 

「みんな……来てくれたのね!」

 

 クラムたちの姿を見たクローゼは笑顔になる。エステルたちが学園祭を楽しんでいるか尋ねると、孤児院の子供たちは弾けるような笑顔ですっごく楽しいと答えた。

 

「テレサ先生も一緒に来たの?」

「うん、さっき外で別の大人の人と話していたけど……」

 

 クローゼに聞かれたクラムがそう答えていると、穏やかな笑みをたたえたテレサ院長が玄関ホールに姿を現した。

 

「こんにちは。今日は招待してくれて本当にありがとう。子供たちと一緒に楽しませてもらってますよ」

「なあ、クローゼ姉ちゃんたちが出る劇っていつ始まるの?」

 

 クラムに尋ねられたクローゼは午後からだと答えた。

 

「ねえ、シンジお兄ちゃんはどんな役をするの?」

「えっと……それは言いにくいと言うか……」

 

 子供たちに聞かれたシンジは言葉に詰まってしまった。

 

「フッフッフ、それは見てのお楽しみよ」

 

 アスカはからかうような笑みを浮かべて子供たちに声を掛けた。

 

「そうだ、みんなはまだマノリア村にいるの?」

「はい、ですが……」

 

 エステルに尋ねられたテレサ院長は浮かない表情になってため息をついた。その雰囲気から察したヨシュアが子供たちに声を掛ける。

 

「ねえみんな、劇の衣装を見てみたくないかな? 綺麗なドレスや騎士の服とかあるよ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたクラムたちは目を輝かせた。ヨシュアはエステルたちにウインクをすると、クラムたちを連れて玄関ホールを出て行った。多分ヨシュアはテレサ院長が子供の前では話しにくい事を察して、子供たちを講堂の舞台袖に連れて行ったのだろう。

 

「ヨシュアさんは気の利く良い子ですね」

 

 テレサ院長はヨシュアたちの消えた方向を見て感心したようにそうつぶやいた。

 

「先生、もしかして……」

 

 クローゼが不安そうな顔でテレサ院長に尋ねた。

 

「はい、市長のお誘いを受ける決心がつきました。これ以上、マノリアのみなさんにご迷惑をかけられませんから。今日の学園祭が終わったら、あの子たちにも話します」

「……そう……ですか……」

 

 テレサ院長の言葉を聞いたクローゼはとても悲しそうな顔でつぶやいた。見かねたシンジがテレサ院長に声を掛ける。

 

「あの……せめてクローゼさんがこの学園に居る間だけでも、ルーアンに居る事は出来ませんか?」

「シンジさん!?」

 

 クローゼが驚いた顔でシンジを見つめた。

 

「クローゼさんにとって、孤児院のみんなは家族だと思うんです。家族と離れ離れになるなんて、悲しすぎます……」

「シンジさんも、クローゼもそんな顔をしないで。王都は飛行船を使えばすぐの距離ですから、いつでも会えますよ。それに私、王都で仕事に就きたいと思います。ミラを貯めて、きっといつか孤児院を再建します……」

 

 テレサ院長が強い決意を秘めた瞳でそう言うと、シンジはそれ以上何も言う事が出来なかった。話が終わったエステルたちはテレサ院長と一緒にヨシュアと子供たちの居る講堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

 エステルたちが講堂の舞台袖に着くと、そこでは子供たちが目を輝かせて用意された舞台衣装や小道具などを見ていた。しかし、ヨシュアの姿が見当たらない。

 

「ヨシュア兄ちゃんなら少し前に急用があるからここで待ってろって言ってたぜ」

 

 クラムの話を聞いたエステルたちは不思議そうな顔になった。ヨシュアが子供たちを放り出して姿を消すなんて嫌な予感がする。エステルたちは子供たちをテレサ院長に預けて、ヨシュアを探しに行く事に決めた。

 

「あ、ナイアルさん、ヨシュアを見かけなかった?」

「ヨシュアなら、旧校舎の方に行くのを見かけたぜ」

 

 講堂前に居たナイアルにエステルが尋ねると、意外にすんなりとヨシュアの行き先が判明した。エステルたちはナイアルにお礼を言って旧校舎へと向かった。旧校舎に通じる王立学園の裏道にも人の気配は無かった。

 

「えっ、昨日先生が鍵をかけたはずなのに!?」

 

 旧校舎の入口のドアの鍵が開いている事にエステルは驚きの声を上げた。昨日旧校舎では魔獣が出現し、エステルたちが退治した後、報告を受けた教師によって入口のドアは施錠された。

 旧校舎の中に足を踏み入れたエステルたちは耳を澄ますが、物音は何も聞き取れない。二階への階段を昇り、室内の窓からバルコニーに立つヨシュアの姿を見つけたエステルは大きな声を上げて駆け寄る。

 

「ヨシュアーっ!」

「エステル!?」

 

 ヨシュアは驚いた顔で振り返った。

 

「もう、いきなり姿を消したって言うから、心配したんだからね!」

「ごめん」

 

 エステルに向かってヨシュアは謝ったが、その理由を語ろうとしなかった。

 

「ヨシュア、アンタねえ……」

 

 怒った顔のアスカが問い質そうとしたが、エステルは手を伸ばしてアスカを制した。

 

「あたしたちは家族だから……何も聞かないって決めている。そうでしょう?」

「本当にごめん」

 

 ヨシュアは再度謝る事しかしなかった。その雰囲気を察したクローゼは、エステルたちの家族の絆が深い事を感じ取った。

 

『連絡を申し上げます。劇の出演者とスタッフは講堂で準備を始めてください。繰り返します。劇の出演者とスタッフは講堂で準備を始めてください』

 

 校舎から発せられた連絡放送のアナウンスが旧校舎に居るエステルたちにも聞こえるほど響き渡った。

 

「よしっ、気合い入れて行くわよ!」

 

 重苦しい雰囲気を振り払うようにエステルは明るい口調でそう言い放った。

 

 

 

 

 それから三十分後、講堂に用意された観客席にはダルモア市長とメイベル市長にデュナン公爵、ナイアルにアルバ教授、学園長にテレサ院長と孤児院の子供たちとエステルたちの知り合いが顔をそろえていた。

 

「うーっ、たくさん人がいて緊張するよ!」

「大丈夫、劇が始まれば他の事は気にならなくなるよ。特に君は一つの事に集中すると周りが見えなくなるタイプだからね」

 

 落ち着かない騎士装束姿のエステルを、メイドに扮したヨシュアはそう言って励ました。

 

「アスカ、頑張ろうね」

 

 ドレスを着て長い黒髪のカツラとティアラを被り、薄化粧に口紅を付けてすっかりとお姫様となったシンジに微笑みかけられたアスカは思わず鼻を押さえた。

 

(……シンジってば、可愛くて正面からまともに顔を見る事が出来ないじゃない)

 

 アスカとしてはこの演劇でシンジにストーカーが付かないかどうか心配になった。もし第壱中学校に居た頃にシンジにこの姿をさせていたら、あの相田ケンスケによって画像データが高く売りさばかれていただろう。

 

「今年の学園祭は大盛況。公爵やら市長やらお偉いさんまで来ているみたいだけど、私たちが臆する事は無いわ。練習の通りにやればいいのよ」

 

 ナレーションを務めるジルがエステルたちや劇のスタッフ達に檄を飛ばす。

 

「俺たちの手で学園祭の最後にでっかい花火を上げてやろうとしようぜ!」

 

 演劇の監督であるハンスも明るい笑顔で声を掛けた。

 ブーーーッ。

 開園を告げるブザーの音が講堂に鳴り響くと、ざわざわとしていた観客席も静まり返った。

 

『……大変長らくお待たせいたしました。ただ今より、生徒会が主催する史劇《白き花のマドリガル》を上演いたします。皆様、心ゆくまでお楽しみください……』

 

 制服姿のジルが舞台の端に姿を現した。

 

「時は七耀暦1100年代、100年前のリベールでは貴族制が存続していました。その一方、商人達を中核とした平民勢力の台頭もあり……貴族と平民の対立は日を追うごとに激しくなったのです。王家や教会が仲裁に立っても、効果がありませんでした……」

 

 そこまでジルが話すと、舞台袖からセシリア姫に扮したシンジが静々と歩きながらステージに姿を現した。ステージの中心でスポットライトを受けて煌くその美しさに、観客席から感嘆の息が漏れた。

 しばらくの間沈黙が辺りを支配する。しかしその沈黙が長すぎると不穏な空気となった時、再びジルのナレーションが始まる。

 

「国王が病で崩御されて一年が過ぎたくらいの頃……ある春の日の夜、グランセル城の屋上にある空中庭園でセシリア姫はこの国の未来を憂えていました……」

 

 ジルのナレーションが読み上げられている間、頭が真っ白になってしまっていたシンジは何とかセリフを思い出すことが出来た。アドリブのナレーションを加えてくれたジルにシンジは心から感謝するのだった。

 

「街の光は、人々の輝き……」

 

 シンジがセリフを喋り始めると、ジルは速足で舞台袖へと引っ込んだ。それはアドリブとは感じさせない自然な動きだった。

 

「あの瞬き一つ一つに人々の幸せがあるのですね。ああ、それなのに私は……」

 

 シンジが両手を合わせて祈るような仕草でセリフを言う。舞台袖からまた美しい黒髪のメイドが現れると、観客席からどよめきの声が上がる。セシリア姫と美しいメイドの女性は姉妹なのではないかと二度見する者達も居た。メイドの女性は黒髪のカツラを被ったヨシュアだった。シンジとヨシュアは瞳の色が違う。その点が二人が血縁である可能性を否定させた。

 

「姫様……こんな所にいらしたのですね。そろそろお休みくださいませ。あまり夜更かしをなされては御身体に障りますわ」

 

 セシリア姫の声に続き、メイドの声も女性と言っても差し支えない声をしていたので、この演劇が男女逆転劇だと気付く者はほとんどいなかった。

 

「構いません、私など病に罹ってしまえば、この国の火種とならずに済むのですから」

 

 シンジは憂いを浮かべた表情でそう言った。観客席の誰もがそのシンジの演技に引き込まれた。

 

「そのような事を仰せられないでください、姫様はこの国の至宝……良き御方とご結婚なさって王国を統べる方なのです」

 

 メイドであるヨシュアも、シンジに負けない熱演をする。当初は舞台に二人のメイド役の男子が登場する予定だった。しかしヨシュアの美しさに釣り合う男子が学園内に存在しなかった。試しにハンスが女装をしてみたら身の毛がよだつほどだった。だからハンスは舞台にヨシュア以外の男子を登場させない英断を下した。

 

「私、結婚などしません。亡きお父様の遺言でも、受け入れる訳には……」

 

 セシリア姫はメイドの言葉に強く首を横に振って拒絶の意を示した。

 

「どうしてでございましょう、あのような立派な求婚者達がいらっしゃいますのに。一人は公爵家の嫡男にして近衛騎士団団長の赤き騎士ユリウス様。もう一方は平民出身でありながら多数の武功を上げられた青き騎士オスカー様。何の不満がございましょう?」

 

 メイドが尋ねると、セシリア姫は硬い表情になって黙り込んだ。

 

「姫様、彼らが素晴らしい人物であるのはご存じでございましょう?」

 

 二度念を押すようにメイドが尋ねると、セシリア姫はメイドに同調するようにうなずいた。

 

「ええ、それは私が良く知っています。ああ、オスカー、ユリウス……」

 

 セシリア姫は二歩ほど前に出て、目を閉じながら両手を胸に当てた。

 

「私は……どちらかを選ばなければならないのでしょうか?」

 

 グランセル城の空中庭園の場面が終わり、一旦幕が下りる。観客席からは盛大な拍手が上がった。舞台袖にシンジとヨシュアは引き揚げた。

 

「ジルさん、ヨシュア、ありがとう。二回ぐらいセリフが思い出せなくなって焦ったよ」

 

 舞台袖に戻ったシンジはアドリブで助けてくれた二人にお礼を言った。

 

「まあシンジもなかなかのものだったわよ。やっぱり人間、努力してみるものね」

 

 アスカはからかうような笑顔を浮かべながらも、シンジの事を率直に褒めた。次の場面は街の路地裏で赤の騎士ユリウスと青の騎士オスカーが語り合うシーン。エステルとクローゼの出番だ。今のところ演劇は上手く行っている。アスカも少ないながらも出番もセリフもある。演劇の後半に向けて気合いを入れ直すエステルたちだった。



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第二十七話 テレサ院長強盗事件! 奪われた百万ミラ!

 

 学園祭の演劇である《白き花のマドリガル》の冒頭部分は、セシリア姫とメイドに扮したシンジとヨシュアの熱演で成功を収めた。次は赤の騎士ユリウスと青の騎士オスカーが互いに顔を合わせる街中の場面が始まる。ステージには樽や木箱などが山積みにされている。

 

「二人で棒切れを手にしてこの路地裏を駆けまわった幼き日の事を、オスカー、君は覚えているか?」

 

 赤の騎士ユリウスに扮したエステルはしっかりと青の騎士オスカーに扮したクローゼの瞳を見つめて初めてのセリフを言い切った。

 

「君とセシリア様と無邪気に過ごしたあの日々は、忘れる事が出来ようか……」

 

 クローゼの演技も堂々としたものだった。

 

「お忍びで姫の所に遊びに来ていたのが、私だけでないと知った時は驚いたよ」

「舞い散る花のような可憐さと清水の如き潔さを備えた少女。セシリア様は自分たちにとっての太陽だ」

 

 赤の騎士ユリウスと青の騎士オスカーは正面を見据えて声高らかに話した。

 

「しかし、その太陽の輝きは日を追うごとに翳っている。貴族と平民の対立は避けられない所まで進んでしまった。姫が嘆くのもうなずける……」

「その嘆きを深くしているのが他ならぬ我々とは、何と言う事だろう」

 

 二人は苦悩の表情でそう語る。セシリア姫と赤の騎士ユリウスと青の騎士オスカーは幼馴染、セシリア姫は二人のどちらかを選んで結婚する事を迫られているのだ。

 

(……悔しいけど、男よりもカッコイイかも……)

 

 観客席に座るクラムはそう思いながら舞台のクローゼを見つめた。エステルの勇ましさも注目を集めていたが、より注目を集めていたのは凛としたクローゼの振る舞いだった。

 

「ユリウスよ、判っているだろうな」

 

 ステージ上の場面はラングレー公爵の部屋へと切り替わる。豪華なテーブルに両肘をついて、豪華な椅子に座って豪華な服を着たアスカは威厳たっぷりの公爵を演じた。シンジにはアスカが自分の父親の碇ゲンドウの物真似をしているように見える。ハンスに『威厳のある演技をして欲しい』と言われて、アスカが捻り出したのがネルフ総司令のトレースだった。アスカの演技はハンスの了承を得て採用された。

 

「これ以上、平民どもの増長を許すわけにはいかん。平民風情が我らの上に立つ事があれば、伝統あるリベールの権威は地に墜ちる!」

「ですが、父上……東方に共和国が誕生してからもう十年です。平民勢力の台頭も時代の流れではないでしょうか」

 

 ユリウスがラングレー公爵にそう答えると、ラングレー公爵は椅子から立ち上がって怒鳴る。

 

「おぞましい事を言うな! 自由と平等だと!? 高貴と下賤の区別のつかない浅ましい奴らめ! 帝国の支配を受け入れた方がまだマシだ!」

「父上、お止めください!」

 

 アスカとエステルの演技は白熱していたが、観客席に居たデュナン公爵から飛んだヤジが水を差した。

 

「公爵の言う通りだ! 平民どもを調子づかせたら王国の権威は失われるからな!」

「閣下、お静かに……」

 

 隣の席のフィリップがデュナン公爵をいさめる。アスカもデュナン公爵の行動には腹が立ったが、舞台の上で表情を変える訳にはいかない。アスカはグッとこらえて幕が下りるのを待った。

 

「全く何よあのバカ公爵は! 黙って劇を見ることも出来ないの!? 日曜学校に通っている子供だって出来るわよ」

 

 舞台袖に下がったアスカはデュナン公爵への怒りをぶちまけた。自分とエステルは良い演技をしたのにデュナン公爵のせいで後味悪いものとなってしまった。

 

「シンジ、ちょっと面貸しなさい」

 

 アスカはシンジの両肩をつかんでシンジの顔を見つめる。ステージの上ほどではないが、舞台袖でもシンジの顔は十分見えるようだ。シンジの顔を見るうちに、アスカの怒りは収まってきたようだ。不思議そうに顔をしかめるシンジとは対照的に、アスカの表情は穏やかになった。

 

「君には期待しているよ、オスカー君」

 

 幕が上がると、今度は平民勢力の旗印であるクロード議長の部屋へと場面が切り替わった。

 

「王家を味方に引き込めば、貴族の勢力を抑えることが出来る。我々平民が名実ともに主導権を握る日は近い」

 

 クロード議長を演じているのは、文芸部の女生徒だった。史書に造詣が深い彼女の演技も素晴らしいものだった。クローゼのような際立った美しさは無いが、見劣りしない。

 

「政治の駆け引きにセシリア様を利用するなど、私は納得が行きません!」

 

 オスカーが怒気をはらんでそう言い放つと、クロード議長は声を上げて笑った。

 

「ハハハ、名目上の地位とは言え、王になる絶好の機会なのだぞ。君が王にならなければ、血で血を洗う革命が起こる。貴族どもは言うまでも無く、王家の方々にも消えて頂く事になる」

「議長、お止めください!」

 

 張り詰めた講堂にクローゼの怒声が響き渡る。観客席から演劇を見ていたダルモア市長は感心したようにつぶやく。

 

(……時代考証もしっかりとしている、大したものだ。男女逆転劇と聞いた時は驚きましたな)

(ふふ、このような生徒たちを持って教師冥利に尽きます。若き遊撃士たちの協力もあってこそ……)

 

 ダルモア市長の隣に座っていた学園長も抑えた声でそう答えた。幕が下りると再び場面は樽や木箱が雑多に積まれた街の路地裏へと切り替わる。

 

「流血の革命だけはさせてはならない……」

 

 ステージの上では一人悩むオスカーだけが立っていた。

 

「ユリウスも、セシリア様も、守らなければ……でも私はどうすればいいのだ……」

 

 まだ悩み続けるオスカーの前に、一人の酔っ払いの男性が現れる。ひどく酔っているようで、空いている樽に向かって吐くような仕草をしている。

 

「大丈夫か? いくら暖かくなってきたとはいえ、このような場所で寝てしまっては風邪をひくぞ」

 

 オスカーは酔っている男性に近づいて声を掛けた。酔っ払いはぐるりと振り返ると、オスカーの右腕を隠し持っていた短剣で切りつけた! オスカーの右腕から血が滴り落ち、オスカーは苦痛に顔を歪めた。

 

「この短剣の刃には痺れ薬が塗ってある。大人しく死んでもらうぜ!」

 

 酔っ払いとは思えない身のこなしで木箱に飛び乗る男性。この男性は髪型と服装を変えて一人二役を演じるアスカだった。

 

「貴様っ……! どこの手の者かっ!」

 

 オスカーが酔っ払いに扮した暗殺者をにらみつけると、暗殺者は性悪な笑みを浮かべた。

 

「アンタが目障りだと言うとある高貴な方のご命令よ!」

 

 暗殺者がオスカーに飛び掛かると、オスカーは利き腕とは反対の左腕で剣を抜き、暗殺者のナイフを受け止め、暗殺者の胸元を一撃で突いた! 観客席からは驚愕の声と歓声が上がる。

 

(……お子様の学芸会と思っていたが、なかなか見応えがあるじゃないか)

 

 観客席の端に座っていたナイアルはニヤリと笑みを浮かべた。幕が下がり、また大きな拍手が起こった。

 

「アスカ、酔っ払いの演技も板についていたじゃない」

 

 ジルが労いの言葉をアスカに投げ掛けると、アスカはサラッとした口調で答える。

 

「前にシンジとキスした時の事を思い出してやったのよ」

「おいおい、マジかよ!?」

 

 アスカの言葉を聞いたハンスが顔色を変えて聞き返した。あの時はアスカにとっても初めてのキスでやり方がアスカ自身も分からなかった。安っぽい挑発にシンジが応じるとは思わなかったのだ。

 

「暇潰しよ、暇潰し」

 

 腕組みをしてツンとした表情で話すアスカの横顔を、クローゼは困惑した表情で見つめていた。幕が上がり、ステージはセシリア姫の部屋へと場面が切り替わる。

 

「お久しぶりです、姫君」

 

 背後からユリウスに声を掛けられたセシリア姫はゆっくりとユリウスの方へと振り返る。

 

「本当に……久しぶりですね……ユリウス。今日はオスカーと一緒ではないのですね。お父様がご存命だったころは足繫く宮廷に来てくださったのに」

 

 セシリア姫の言葉にユリウスは愛想笑いの一つもせずに、重苦しい表情で言葉を発した。

 

「事態は風雲急を告げています。私と彼が懇意にすることは、もう無理なのです……」

 

 ユリウスの言葉を聞いたセシリア姫の表情はとても沈み込んだものとなった。

 

「今日は姫にお願いがあって参りました!」

「お願い……何でございましょう?」

 

 力一杯ユリウスが声を張り上げて言うと、セシリア姫は驚いた顔でユリウスを見つめる。

 

「私とオスカーとの決闘を許していただきたいのです。そして勝者には姫の夫となる祝福を賜りますようお願い申し上げます」

 

 ユリウスの言葉を聞いたセシリア姫は目を大きく見開いて息を飲んだ。そして幕が下がり、再び上がった時にはジルがステージの中心に姿を現した。

 

「貴族と平民の争いに巻き込まれる形で……幼馴染であり親友でもある二人の騎士は命を懸けた決闘に臨む事になりました。彼らの意志の強さを察した姫は止める事が出来ませんでした。いよいよ、決闘の日がやって来ました……」

 

 ステージのセットは闘技場を模したものとなっていた。西の門からは赤の騎士ユリウスが現れて歓声と拍手が上がり、東の門からは青の騎士オスカーが姿を現した。

 

「貴族、平民、中立勢力など大勢の人々が見守る中……セシリア姫の姿がありませんでした」

 

 ステージにはアスカが演じるラングレー公爵とエステルが演じる騎士ユリウス、クロード議長とクローゼが演じる騎士オスカー、中心に決闘の見届け人の神父と見物客が四人が立っていた。ヨシュア演じる美人メイドの姿が無い事に観客席は少しざわついた。

 

「オスカー、我が友よ。こうなれば致し方ない……雌雄を決する時が来たのだ。剣を抜け! 愛しき姫のために!」

 

 真剣な表情をしたユリウスは剣を抜いて構えた。

 

「自分もまた、本気になった君と戦いたくてたまらないらしい……革命という名の嵐がこの国を飲み込んでしまう前に……この剣を以て運命を切り拓くべし!」

 

 オスカーも剣を抜いてユリウスと対峙した。

 

「女神エイドスよ、我ら二人の魂を御照覧あれ! いざ、尋常に勝負!」

「応!」

 

 ユリウスの呼び掛けにオスカーが答え、二人による剣の舞がステージで繰り広げられた。斬りつけるように振り下ろされるユリウスの剣を、オスカーは自分の剣で受け止める。オスカーもフェイントを交えながら剣を突き出すが、ユリウスに振り払われてしまう。ユリウスが叩きつけるように強く剣を打ち付けると、オスカーは素早く身をかわした。

 

「やるな、ユリウス……!」

「それはこちらのセリフだ、オスカー。だが、どうやらお前の心には迷いがあるようだな! 剣にいつものスピードが無い!」

 

 ユリウスは素早い三連撃をオスカーに叩き込む。オスカーはその剣をなんとか受け止めるだけで精一杯だった。

 

「どうしたオスカー、お前の剣はそんなものなのか!?」

 

 ユリウスはそう言ってオスカーを怒鳴りつけた。

 

「帝国を退けた武功は、そんなものだったのか!」

 

 二度ユリウスにどやされても、オスカーは苦しそうに顔を歪めるのみ。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 オスカーは鬨の声を上げて反撃に出るが、スピードの半減した太刀筋は全てユリウスに見切られてしまった。

 

「さすがだユリウス……私の剣が届かない……くっ……!」

 

 なおも苦しそうに顔を歪めるオスカーを見て、ユリウスは驚いた顔で尋ねる。

 

「もしやオスカー、お前は腕に怪我をしているのか!?」

「この程度のかすり傷、問題ない……」

 

 オスカーは表情を引き締めながらそう答えた。

 

「いまだ我々の剣は互いを傷つけてはいないはずだ……まさかその怪我は決闘の前に!?」

 

 ユリウスがそうつぶやくと、クロード議長が声を荒げた。

 

「ラングレー公爵、貴公の企みか!?」

「フッ、証拠も無しに難癖をつけるのは止めてもらおうか」

 

 ラングレー公爵が高笑いをすると、ユリウスの顔が青ざめた。

 

「父上……なんという愚かな事を……」

「いいのだ、ユリウス。自分の未熟さが蒔いた種。この程度のケガ、戦場では日常茶飯事さ」

 

 オスカーがそう言うと、ユリウスは厳しい表情でオスカーをにらみつけた。

 

「次の一撃で決着をつけよう。自分は君を殺すつもりで行く」

「わかった、私も次の一撃に命を懸ける」

 

 ユリウスとオスカーは後ろに飛びのいてステージの端から端まで距離を取った。

 

「勝ったものは王となり、姫の笑顔と全てを背負って生きて行く」

「敗れたものは魂となり、静かに見守って行く……それもまた騎士の誇り」

 

 お互いに剣を構えたユリウスとオスカーは、鬨の声を上げながら突進して行く。

 

「はああああああっ!」

「うおおおおおおっ!」

「いやーーーーーっ!」

 

 ユリウスとオスカーの剣の交差に飛び込んだのは、群衆から飛び出したセシリア姫だった。

 

「あっ……」

 

 胸から鮮血を流し、白いドレスを赤く染めて崩れ落ちるセシリア姫。

 

「姫ーーーーーーっ!」

 

 ユリウスが悲鳴にも似た大声で叫んだ。

 

「セシリア、どうして……君はここに居ないはず……!」

 

 崩れ落ちたセシリア姫の身体をオスカーが抱き上げる。

 

「二人とも無事でよかった……あなたたちの決闘なんて見たくありませんでしたが……どうしても戦うのを止めて欲しくて……間に合ってよかった……みなさんも聞いてください、わたくしに免じて、どうか争う事は止めてください……同じリベールの国を愛する大切な仲間ではありませんか……手を取り合ってください」

 

 そう言うと、セシリア姫は目を閉じた。ユリウスとオスカーがいくら呼び掛けてもセシリア姫は目を開く事は無かった。

 

「王女陛下……!」

「私たちは……」

 

 ラングレー公爵とクロード議長は崩れ落ちたセシリア姫の姿を見て嘆いた。ユリウスは完全にこと切れたセシリア姫に向かって叫ぶ。

 

「姫、頼むから目を覚ましてくれ!」

「セシリア、自分は……」

 

 オスカーも抱き上げたセシリア姫を見てそうつぶやいた。

 

「殿下は命を捨てて、我々の愚行をお止めになった……その気高さの前では、貴族の誇りなど取るに足らないものだ……そもそも我々が争わなければこのような悲劇はおこらなかったのだ……」

 

 そう言ってラングレー公爵は悔しさに身を震わせた。

 

「人は、取り返しがつかなくなってから己の過ちに気が付くもの……これも人の子としての罪か……女神エイドスよ、お恨み申し上げます……」

 

 クロード議長も厳しい表情で嘆いた。

 

『まだ分かっていないようですね』

 

 天井に付けられた青白いライトが灯ると、女性の声が講堂に響き渡った。ステージに立っていた役者たちは上を見上げた。

 

『……確かに私はあなたたちに魂の器としての肉体を与えました。しかし、人の子の魂はもっと気高く自由であれるはず。それを貶めているのは、あなたたち自身です』

 

 ステージの真ん中の奥に立っていた神父が感嘆の声を上げる。

 

「おお……なんてことだ……畏れ多い事に、女神エイドス様が降臨なさいましたぞ!」

 

『若き騎士たちよ、あなたたちの決意、私も見せてもらいました。なかなかの勇壮さでしたが、肝心なものが足りませんでしたね』

 

 女神エイドスの言葉にユリウスとオスカーはうなずいた。

 

『議長よ、あなたは身分を憎むあまりに貴族や王族が同じ人間である事を見失ってはいませんでしたか?』

「申し開きのしようもございません」

 

 クロード議長は深々と頭を下げた。

 

『そして公爵よ、あなたの罪は、あなた自身がよくわかっているはずですね?』

 

 ラングレー公爵は無言で奥歯をかみしめた。

 

『今回の件を傍観するだけだった者達……あなたたちにも大切なものが欠けています。胸に手を当てて考えて御覧なさい』

 

 女神エイドスの言葉に、決闘を観戦していた神父達はしばらくの間目を閉じた。

 

『それぞれの心に思い当たる所があったようですね。それならば、リベールにはまだ希望があるでしょう。今日の事を決して忘れてはいけませんよ……』

 

 空から青白い光がステージの一角に降り注ぐと、舞台袖から美しいドレスを着た長い黄金色の髪をした女性が姿を現した。それは女神エイドスに扮したヨシュアだった。女神エイドスはセシリア姫に歩み寄ると、額の上で手をかざす。すると、眩しい金色の光と共にドレスを染めていた血が消え去って行った。女神エイドスは悠然とした歩みで舞台袖へと姿を現した。

 

「……あら……ここは……?」

 

 セシリア姫が驚いて目を大きく瞬きした。

 

「姫!?」

「セシリア!?」

 

 ユリウスとオスカーは目を丸くして息を吹き返したセシリア姫を見つめた。

 

「ユリウス、オスカー……あなたたちまで天国に来てしまったのですか?」

 

 セシリア姫がそう尋ねると、二人は息を飲んだ。

 

「これは……女神エイドス様が奇跡を起こされたのです!」

 

 ステージの真ん中の奥に立っていた神父が感嘆の声を上げた。天井からは色とりどりの紙吹雪が舞いおりてセシリア姫の復活を祝っているようだった。

 

「私は……命を落としたはずでは……」

 

 セシリア姫は不思議そうな顔をしながらも立ち上がった。

 

「おお、女神エイドスよ! よくぞリベールの至宝を我々にお返しくださった!」

 

 ラングレー公爵が感嘆の声を上げた。

 

「女神よ、大いなる慈悲に感謝いたします!」

 

 クロード議長も大きな声で女神に謝礼の言葉を述べた。

 

「あの、どうなっているのでしょう?」

 

 なおも状況をつかめないセシリア姫に、オスカーが笑顔を向けて答える。

 

「もう何も心配いりません。長い対立は終わり……これからは全てが良い方向へと進むでしょう」

「ふん、甘いなオスカー。我々の決着は付いていないぞ」

 

 ユリウスは不敵な笑みを浮かべてオスカーに言い放った。

 

「まだ戦うと言うのですか?」

 

 不安そうな顔でセシリア姫が尋ねると、ユリウスは首を横に振った。

 

「いえ、そこの大バカ者が利き腕を怪我をしていますので、今日の勝負はこれまでです。しかし、決闘を手配しておきながら勝者が居ないのも面目が立たない。それならば、逆境を克服して互角の勝負を演じたものに勝利の祝福を!」

「待て、ユリウス!」

 

 思わぬユリウスの提案に、オスカーは驚いた顔で叫んだ。

 

「勘違いするな、まだ姫を諦めたわけじゃない。お前のケガが直ったら、今度改めて木の剣で決着をつけよう」

「分かった、受けて立とう」

 

 ユリウスとオスカーの視線が交差した。

 

「もう、二人で勝手に決めないでください」

 

 セシリア姫がむくれた表情でつぶやいた。

 

「ですが姫、今日の所は勝者へのキスを」

「……分かりました」

 

 ユリウスの言葉に笑顔で答えたセシリア姫はオスカーに歩み寄り、観客席に背を向けた。観客席から縦位置に並んだセシリア姫とオスカーは頭を傾けて顔を近づけた。

 

「女神エイドスも御照覧あれ! 今日という良き日がいつまでも続きますように!」

 

 ユリウスが正面を向いて言い放った。

 

「リベールに永遠の平和を!」

 

 ラングレー公爵も正面を向いて言い放つ。

 

「リベールに永遠の栄光を!」

 

 続いてクロード議長がそう言い放つと、幕が下がり演劇は終了した。観客席から盛大な拍手喝采が起こった。

 

「やはり最後は大団円か。それも良いだろう……」

 

 観客席のはるか後方、講堂の入口付近で演劇を見ていた銀髪の青年は笑みを浮かべてそうつぶやいた。

 

「……それでお前は何枚写真を撮る気だ。標的の確認なら一枚で良いだろう」

「あっ、バレました?」

 

 導力カメラを持って隣に立つ、長い黒髪の胸の大きい大人の女性は舌をペロッと出してごまかし笑いを浮かべた。

 

「もう良いだろう、行くぞ」

「はいはい、仰せのままに」

 

 二人はステージに居た誰にも見つかる事無く、講堂を出て行った。こうして演劇《白き花のマドリガル》は大盛況で幕を下ろした。そして学園祭の終了を告げるアナウンスが鳴り響き……来場者たちは満足した顔で学園を去って行った。

 

 

 

 

 演劇が終わったエステルたちは衣装を着替え、片付けを終える頃には夕方になっていた。

 

「みんなお疲れ、最高の舞台だったわよ!」

 

 興奮冷めやらぬジルが満面の笑みで声を掛けた。

 

「男女逆転劇なんて成功するか不安でしたけど、みんな真剣に見てくれて本当に良かった」

 

 クローゼも嬉しくてたまらないようだった。

 

「うん、恥ずかしかったけど頑張った甲斐があったよ。もう二度としたくないけど……」

 

 シンジはウンザリとした顔でそうつぶやいた。メイクはすっかり落としてしまっている。

 

「写真部の連中は喜んで撮っていたぜ。どれだけ売れるか楽しみだ」

「ウソぉ!? 勘弁してよ!」

 

 ハンスがそう言うと、シンジは頭を抱えてしゃがみこんだ。まさかこの世界でもケンスケみたいなやつがいるとは思わなかった。穴があったら入りたい気持ちになった。

 

「エステルたちの写真もすっごく売れると思うわよ! 男子はもちろん、女子達にもね」

 

 ジルはニヤケ顔でそう言った。アスカは学園に居る日が今日で最後になって良かったと思った。第壱中学校でも羨望の眼差しで見られたり女子の嫉妬を買ったり面倒な事がいろいろあったのだ。

 

「エステル、ずっと黙っているけどどうしたの?」

「ふえっ!? な、何でもない!」

 

 顔を赤くして俯いているエステルを訝しんでヨシュアが尋ねると、エステルは動揺している様子で答えた。

 

「まあ、ハードな決闘シーンだったから、疲れたんだろうな」

「調子が悪いんだったら、保健の先生に診てもらおうか?」

「大丈夫、あたしは遊撃士なんだからこのくらいへっちゃらよ」

 

 ハンスとジルに気遣う声を掛けられたエステルは、そう答えた。

 

「失礼しますね」

 

 そう言って舞台袖に入って来たテレサ院長と共に、孤児院の子供たちもやって来た。

 

「クローゼ姉ちゃん、オスカー、カッコよかったぜ!」

「ふふ、ありがとう」

 

 興奮して褒め称えるクラムに、クローゼは笑顔でお礼を言った。

 

「シンジお兄ちゃんも、ヨシュアお兄ちゃんもとっても綺麗だったよ」

「あはは……ありがとう」

 

 孤児院の子供たちに褒められたシンジとヨシュアは困った顔に作り笑いを浮かべてそう答えた。

 

「恋と友情の間で悩みながら、時代の奔流に立ち向かって行く主人公たちの手に汗握る決闘の果てに、待ち受けていた悲しい決着と心温まる大団円……楽しませて頂きましたよ、本当に素晴らしい劇でした」

 

 テレサ院長の好評を聞いたエステルたちは照れくさそうな笑みを浮かべた。

 

「あ、そうだ、私たち用事を思い出したわ。すぐに戻って来るから、このままおもてなししておいて」

 

 ジルはエステルにそう言うと、ハンスと一緒に講堂を飛び出して行ってしまった。

 

「今の子たちも演劇に協力をしてくださったのですか?」

「はい、監督と脚本、演出などをしてくれました」

 

 テレサ院長に尋ねられたクローゼはそう答えた。

 

「それならばあの子たちにも感謝しなければいけませんね。本当にルーアンでのいい思い出になりました」

「先生……」

 

 テレサ院長の言葉を聞いたクローゼはとても悲しそうな表情になった。

 

「まだ言っていないんですか?」

「はい、マノリアに帰ってから話します。……明日には出発しようかと思っています」

 

 シンジの質問にテレサ院長はそう答えた。

 

「そんなに急に……?」

 

 テレサ院長がそう言うと、クローゼはショックを受けて手で口を押えた。

 

「何の話?」

「それはマノリアに帰ってから話しますね」

 

 クラムが不思議そうな顔で尋ねると、テレサ院長はそうなだめた。

 

「それでは私たち、そろそろ失礼しますね。今日は本当にありがとう」

「あっ、ちょっと待って、ジルたちが戻ってくるまで」

 

 立ち去ろうとしたテレサ院長をエステルが引き留めた。

 

「……失礼するよ」

「まあ、コリンズ学園長」

 

 突然ジルとハンスと一緒に姿を現した学園長に、テレサ院長は驚きの声を上げた。

 

「久しぶりだね、テレサ院長。事情はクローゼ君から聞いた。大変な事になっているようだね。それで、私たちも微力ながら力になりたいと思ってな……」

「えっ?」

 

 学園長の話を聞いたテレサ院長は不思議そうな顔になる。ジルは困惑するテレサ院長に袋を手渡した。

 

「これは……?」

 

 ジャラジャラと音が鳴り、重みを感じる袋を持ったテレサ院長は疑問の声を上げた。

 

「来場客から集まった募金で、数えてみたら百万ミラを超えていました。孤児院再建に役立ててください」

 

 ジルがそう言うと、エステルたちは驚いた顔になった。学園祭にはダルモア市長やメイベル市長など名士達も来場していた。だからこの大金が集まったのだろう。

 

「そんな、受け取れません!」

 

 テレサ院長は厳しい表情で学園祭に袋を突き返そうとした。

 

「毎年、学園祭で集まった募金は福祉活動に使われていますので、遠慮する事はありませんよ」

「孤児院再建に使われるのであれば、募金に応じてくださった方も納得しますって」

 

 ハンスとジルがテレサ院長を説得に掛かる。

 

「でも、ここまでして頂くわけには……」

 

 なおも受け取りを拒否するテレサ院長に真剣な表情でクローゼは訴えかけた。

 

「先生が戸惑う気持ちも判ります。でも、どうか考えて欲しいんです。それだけのミラがあれば王都に行く必要もありません。あの思い出深い孤児院の土地を手放す必要も無いんです」

「クローゼ君の言う通りだ。今は亡きジョセフ君と、何よりも子供たちのために、あなたは拘りを捨てて、そのミラを受け取るべきだろう」

 

 学園長にそう言われて百万ミラの入った袋を握らされたテレサ院長は、目から涙を流し始めた。

 

「もうなんとお礼を申し上げたらいいのか……本当にありがとうございます……」

「よかった……本当に良かった……」

「ぐすっ……良かった」

 

 シンジとエステルはもらい泣きをしていた。

 

「うん、これで全て丸く収まったね」

「一件落着ってわけね」

 

 ヨシュアとアスカは満面の笑みを浮かべてつぶやいた。

 

「テレサ先生、どうして泣いているんだよ?」

「……もう心配しなくて良いんですよ、あなたたちには本当に心配をかけましたね……」

 

 クラムがテレサ院長に声を掛けるとテレサ院長はクラムを抱き締めた。テレサ院長とクラムたちは遊撃士のカルナに護衛されながらマノリア村へと帰る事になった。テレサ院長たちが帰った後、エステルたちは学園祭の片付けを手伝うのだった。

 

 

 

 

 学園祭の片付けが終わった頃にはすっかり夕方となっていた。

 

「せっかくなんだから、もう一泊していけばいいのに。これから学園祭の打ち上げもあるのよ?」

 

 ジルはそう言ってエステルたちを誘ったが、エステルは首を横に振った。

 

「ありがとう、でも新米なのに遊撃士協会にあまり顔を出さないのもまずいしね」

「今日中に報告したいから、これで失礼するよ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたハンスは寂しそうにため息をついた。ヨシュアとシンジとハンスはアスカに三バカと呼ばれるほど仲が良くなっていたのだ。

 

「あんたたちと一緒に居て楽しかったわよ」

「こっちこそ」

 

 ジルのつぶやきに、アスカも笑顔でそう答えた。

 

「今度また遊びに来なさいよ」

「もちろん、泊まりがけでな」

 

 ジルとハンスの言葉に、エステルたちはまた学園に来る事を約束した。エステルたちは日が暮れる前にルーアンに、クローゼはマノリア村へと行くつもりだった。

 

「私、先生たちとたくさん話したいことがあるし、外泊許可をもらってきちゃった」

 

 そう話すクローゼはとても嬉しそうだった。全てが丸く収まって良かったとエステルたちは思う。

 

「頑張ってね、しっかり修行して正遊撃士を目指しなさいよ」

「もちろんよ、世界最速でなってやるんだから!」

 

 ジルに対して、アスカは腕を振り上げて答えた。

 

「君たちも勉強を頑張ってね」

 

 ヨシュアもジルたちに声を掛けて、エステルたちは学園を後にするのだった。

 

 

 

 

 学園を出たエステルたちはクローゼと一緒にヴィスタ林道を歩きながら楽しそうに学園生活の事を話していた。特に学園生活を経験した事の無いエステルとヨシュアにとって、数日間の学園生活は新鮮で楽しいものだったようだ。

 

「授業が無かったら、もっと楽しかったんだけどね」

「何をバカな事を言っているのよ」

 

 エステルのつぶやきにアスカがあきれた顔でツッコミを入れた。

 

「あら……?」

「どうしたの、クローゼ?」

 

 辺りをキョロキョロと見回すクローゼを不思議に思ってエステルが尋ねた。

 

「いえ、ジークの気配が近くに感じられないんです。どこに行ったのかしら」

「ご飯でも食べに行ったんじゃないのかな?」

「はい、そうかもしれません」

 

 シロハヤブサのジークは猛禽類であり、クローゼが餌付けしているわけでは無いので、エステルの意見にクローゼも同調した。ルーアンの街とマノリア村の分かれ道であるメーヴェ海道までクローゼも一緒に行く事になり、エステルたちは夕暮れの細い林道を少し駆け足で進んで行く。

 

「それでは、ここでお別れですね。この数日間、本当にありがとうございました」

 

 ヴィスタ林道を抜けてメーヴェ海道に着いたクローゼは名残惜しそうに告げた。

 

「気にしないで、ボクたちも楽しかったし」

 

 シンジはそう言ってクローゼを見つめた。クローゼもシンジを見つめ返す。クローゼは何かを言おうとして言葉に詰まっているようだった。

 

「おーい、あんたたち!」

 

 その時、マノリア村の方角からあわてて男性が街道を駆け寄って来た。男性は孤児院の火災現場でも会ったマノリア村の住民だった。

 

「大変な事が起きたんだ!」

「何があったの?」

 

 そう尋ねるアスカの表情が険しくなった。男性は息を整えてから話した。テレサ院長と子供たちが、マノリア村に帰る途中で何者かに襲われたと言うのだ……。

 

「あ、あんですってー!?」

 

 エステルが驚きの声を上げた。

 

「……えっ……」

 

 あまりの衝撃に、クローゼは膝を折って両手を地面につけるほど倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫!?」

 

 シンジが慌てて声を掛けた。アスカがクローゼに向かって檄を飛ばす。

 

「しっかりしなさい、倒れている場合じゃないわよ!」

「すみません……」

 

 クローゼはよろよろと自力で立ち上がると、やって来た男性に事件の詳細を尋ねた。子供たちにケガは無かったが、テレサ院長と遊撃士のカルナは傷を負わされ、気絶してしまったらしい。正遊撃士のカルナがやられてしまうとは、強盗犯はかなりの強者のようだとエステルたちは考えた。

 一緒に居た子供たちがマノリア村まで走って知らせに来て、宿の主人は遊撃士協会に連絡するつもりだったが、宿にある通信器が故障していたため、この男性が直接ルーアンまで走る事になったのだと言う。

 

「ご協力感謝します。ですが、あなたはこのままルーアンへと行ってもらえませんか? 僕達はマノリア村へと急ぎますから」

 

 ヨシュアが男性に頼むと、男性は了承してルーアンの街の方へと走って行った。

 

「さあ、僕達も急ごう!」

 

 エステルたちはヨシュアの言葉にうなずいて、マノリア村に向かって駆け出すのだった。

 

 ◆テレサ先生襲撃事件◆

 

 【依頼者】――――

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】緊急依頼

 

 急いでマノリア村へ行こう。



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第二十八話 怪薬《グノーシス》の脅威! 怒りを燃やすクローゼ!

 

 マノリア村へ急ぐエステルたちの前に手配魔獣が立ちはだかる。

 

 ◆メーヴェ海道の手配魔獣②◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】4級

 

 メーヴェ海道に凶暴な魔獣【ジャバ】が再び出没しています。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。

 

 しかし、怒りに燃えるクローゼのダイヤモンドダストにより魔獣達は壊滅状態になり、十匹も居た魔獣達に苦戦する事も無く蹴散らした。エステルたちがマノリア村に到着すると、マノリア村の人々は強盗犯と放火犯が同一人物なら許せないと怒りに燃えていた。絶対に犯人を捕まえてくれとエステルたちに強く訴えた。

 マノリア村の宿屋では、テレサ院長と遊撃士のカルナがベッドに寝かされていた。不安そうな顔で見守る孤児院の子供たち。エステルたちが部屋に入って来るのに気が付くと、泣きながら飛び付いて来た。

 

「よかった、あんたたちにケガは無いみたいね」

 

 エステルはホッとした笑顔で子供たちを受け止めた。シンジが深刻な顔でテレサ院長とカルナの容体を尋ねると、看病をしていた村の女性は二人とも腕を斬りつけられただけで、傷自体は大したことはないと言う。ヨシュアは恐らく睡眠薬を塗った刃物で切り付けられたのだろうと話した。副作用があるのかどうかまでは判らないようだ。

 

「クラム君、何があったのかボクたちに教えてくれるかな?」

 

 シンジに聞かれたクラムは襲われた時の状況を話し始めた。テレサ院長と子供たちは遊撃士のカルナとメーヴェ海道を歩いていた。すると、覆面を被った男達が現れカルナが応戦したが、男達に囲まれてしまいやられてしまった。百万ミラの入った袋を持ったテレサ院長も襲われ、二人とも倒れてしまったらしい。クラムは袋を取り戻そうとしたが、男に思い切り突き飛ばされてしまったのだと話した。

 

「シンジお兄ちゃん、ヨシュアお兄ちゃん……オイラ、先生を守れなかった……」

 

 泣きじゃくるクラムの頭をシンジは優しくなでた。

 

「気にする事は無いよ。君たちが無事だったら先生は満足していると思うよ。だから……自分を責めちゃダメだ」

 

 ヨシュアは真剣な表情でクラムに訴えかけた。

 

「でも、オイラ……オイラ……」

「クラム君……」

 

 それでも泣き止まないクラムをシンジは抱き締めた。

 

「許せない……どこのどいつの仕業よ!」

 

 アスカは怒りに拳を震わせた。エステルもアスカと同じくらい怒っているようだ。

 

「遊撃士の方が気絶させられているわけですから、犯人達はかなり腕の立つ人間だと言う事はハッキリしています」

 

 クローゼが凛とした表情で言い切った。その表情を見て胸に秘めた怒りの大きさは自分たちよりも大きいのだとエステルは感じた。

 

「さらに重要な点が一つ……これは計画的犯行だと思います。狙いは先生の持っていた募金……孤児院を放火したのも同じ人たちだと考えられます」

 

 エステルたちもクローゼの推理に同意した。クローゼが冷静さを取り戻したのを見て、エステルたちは安堵の息を漏らした。

 

「落ち込んでいる暇はありません、今は一刻も早く犯人の行方を突き止めないと……」

 

 こんなに怒りを燃やすクローゼの姿は初めてだった。エステルたちが困惑してクローゼを見つめていると、部屋にあの『重剣のアガット』が入って来たのだった。

 

「話は遊撃士協会のジャンから聞いたぜ。随分と面倒な事になっているようじゃねえか」

「アンタ、放火の犯人を捜すって大見得きって今まで何をしていたのよ! グズグズしているからカルナさんまでやられちゃったじゃないの!」

 

 アスカは姿を現したアガットに怒りをぶつけた。放火事件の調査から外れるようにアスカたちに言ったのはアガットだった。

 

「俺も判ってる、そう騒ぐな。カルナがやられるなんて、奴らは相当の手練れのようだな。何が起こったのか、俺にも一通りの事情を聞かせてくれ」

 

 真剣な表情で話すアガットに、アスカはそれ以上なじるのを止めて一連の事情を説明した。

 

「俺からも情報がある。《レイヴン》の連中が港の倉庫から姿を消した」

 

 アガットの言葉を聞いたエステルは驚いた顔になる。

 

「やっぱりあいつらがテレサさんを襲ったの!?」

「いや、彼ら程度にカルナさんがやられるとも思えない」

 

 エステルの考えをヨシュアは冷静に否定した。海道で《レイヴン》のメンバーが待ち伏せして二十人全員で一斉に襲い掛かるというのは無理がある。烏合の衆ならばカルナに勝てる道理はない。

 

「俺がルーアンに戻って、睨みを利かせて大人しくしていると思っていたが……今日になって行方をくらますとはな。それで、ジャンから事件の話を聞いたわけだ」

「犯人かどうかはともかく、関連性はありそうですね」

 

 アガットの話を聞いて、ヨシュアは真剣な表情でそう答えた。

 

「だが今は、ここでウダウダと議論している場合じゃねえ。新米ども、さっさと犯行現場の海道に行くぞ」

 

 犯行現場で犯人の手掛かりを見つけるのは調査の基本。エステルたちはアガットの指示に従い、宿屋を出発するのだった。

 

 

 

 

 エステルたちがアガットと一緒に宿屋を出ると、日はすっかり沈んでおり、夜の帷が降りていた。これだけ暗いと街灯の無い海道では手掛かりを探すのは難しいかもしれない。エステルたちが渋い顔をしていると、シロハヤブサの鳴き声が辺りに響いた。

 

「まあジーク、今までどこに行っていたの?」

 

 クローゼは自分の伸ばした腕に止まったジークに話し掛けた。ジークを初めて見たアガットは驚いた顔でジークを見つめた。

 

「クローゼのお友達で、シロハヤブサのジークよ」

「ふん……お友達だと……」

 

 エステルがジークを紹介すると、アガットは惚けた顔でそうつぶやいた。ジークの鳴き声を聞いたクローゼは全てを理解したようにうなずいた。

 

「で、そのお友達がどうしたんだ?」

 

 アガットに尋ねられたクローゼは真剣な顔で答える。

 

「先生たちを襲った犯人を知っているそうです」

「ははは、真面目な顔で面白い冗談を言うんだな」

 

 クローゼの言葉を聞いたアガットは大声で笑い飛ばした。

 

「やるじゃない!」

「うん、お手柄だよ」

 

 アスカとシンジがジークを口々に褒めるのを見て、アガットはあわてた表情になる。

 

「待ちやがれ、お前らそんなバカな話を信じているんじゃないだろうな?」

「僕はクローゼの事を信頼していますし」

「ウソだと思うのならついて来なければいいのよ」

 

 ヨシュアとエステルまでそう言って、飛び立ったジークの後を追いかけて行った。一人残されたアガットは、

 

「こらガキども、ちょっと待て!」

 

 そう言ってエステルたちの後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 ジークの後を追いかけてマノリア間道を進んだエステルたちがたどり着いたのは、バレンヌ灯台だった。バレンヌ灯台はフォクト老人が一人で灯台守をしていたはずだ。こうなると灯台は強盗をした連中に占拠されている可能性が高い。入口の扉は一カ所しかない。エステルたちはそこから踏み込むしかなかった。

 アガットは民間人であるクローゼはここで引き返すように話した。しかしクローゼは誰がテレサ院長たちを襲ったのか自分の目で確かめたいと頑なに譲らなかった。シンジが強くアガットに頼み込んだ結果、アガットはクローゼの同行を認めるのだった。

 エステルたちが灯台の中へと足を踏み入れると、中に居たのは《レイヴン》のメンバーたちだった。予想はしていたが、エステルたちは驚きを隠せなかった。

 

「おい、お前ら! こんな所で何をしてやがる!」

 

 アガットが怒鳴り散らすが、不良達の目は焦点が合わず、何も見ていないようだった。

 

「おい……どうしたんだ、お前ら?」

 

 様子がおかしい事を不審に思ったアガットが不良達近づくと、不良は持っていたナイフをアガットに向かって振り下ろした! 重剣でそのナイフを受け止めたアガットだが、目を丸くしてつぶやいた。

 

「ぐっ、この力は!? ディン、お前……」

 

 ウーーーーッ。

 

 アガットが名前を呼んでも不良の青年は獣のようなうなり声を上げるだけだった。

 

「ふん、ヤバいヤクをキメているのか知らねえが……俺が目を醒まさせてやるぜ!」

 

 アガットはそう叫ぶと不良達へと突撃した。室内に居る不良達の人数は六人、数の上では互角だ。エステルたちもアガットに加勢するために前へと出た。不良達の力は増大していたが動きは直線的であり、エステルたちは大振りで繰り出される攻撃をかわして不良達にカウンター攻撃を加えて無力化をして行った。気絶した不良達を見てエステルたちは一息ついた。

 

「こいつら、ルーアンで戦った時とはケタ違いの力強さと体力じゃない!」

 

 エステルは完全に気を失ってのびている不良を見下ろしてそうぼやいた。まるでゾンビのように何度棒で叩き伏しても這い上がって来たのだ。

 

「様子もおかしかったようですし……どういう事なんでしょうか?」

 

 クローゼも不安そうな顔でつぶやいた。部屋を調べていたヨシュアが潰れた毒々しい色のカプセルのような物を見つけて拾い上げた。かろうじて《グノーシス》と読むことが出来た。この薬の名前だろうか。

 

「どうやら、この薬を使って理性を失わさせて、催眠術か何かで操っていたみたいだ。肉体的な潜在能力も限界まで引き出されている」

「そんな事出来るの!?」

 

 エステルが驚きの声を上げた。技術力が進んだ世界から来たと自負しているシンジとアスカにとっても驚くべき事だった。やはりこの世界は技術後進国だと考えるのは間違いだったようだ。

 

「凄い技術が必要なのは間違いねえ。こいつらが主犯だっていうのはあり得ねえな」

 

 アガットの言葉にエステルたちは同意した。《レイヴン》を操っている真犯人は上の階にいるはずだ。二階に上がると八人の不良達が待ち構えていた。手加減する余裕はなさそうだ。二階の不良達を蹴散らした後、三階に昇ると八人の不良の姿があった。やはりレイヴンのメンバー二十人全員がこの灯台に集められたようだ。

 そしてエステルたちが最上階の手前である五階に差し掛かった頃、上の階から聞き覚えのある声が聞こえて来た……。

 

 

 

 

「君たちは実によくやってくれたよ。これでレイヴンの連中に罪をかぶせれば全ては丸く収まるというものさ」

 

 六階の灯台守の部屋では、気絶させられたフォクト老人の他に、黒装束の男達の姿が四人、さらに……ダルモア市長の秘書ギルバードの姿があった。

 

「我らの仕事ぶり、御満足して頂けたかな?」

 

 黒装束の男に尋ねられたギルバードは大きくうなずいた。

 

「ああ、見事な手際の良さだ。念のために確認しておくが、市長に捜査の手が伸びる証拠は残して居ないだろうな?」

 

 ギルバードに聞かれた黒装束の男は声を上げて笑った。

 

「安心しろ、やつらが正気を取り戻しても、我らの記憶はない。そこで寝ている灯台守も同じだ」

「それは上等。これであの院長も孤児院再建を断念するはず……放火の犯人も、あのクズどもに仕立て上げることが出来る。まさに一石三鳥だな」

 

 ギルバードの高笑いが部屋に響き渡った。

 

「それほど喜んでもらえて何よりだ。しかしそこまでして孤児院を潰す意味が分らんな」

 

 黒装束の男があきれた様子でつぶやくと、ギルバードは得意げに胸を張る。

 

「君たちには特別に教えてあげよう。市長はあの一帯の土地を高級別荘地にして国内外の富豪に売りつけるつもりなのさ。風光明媚な海道沿いにありルーアン市へのアクセスも悪くない」

「なるほど、だが孤児院を潰す必要は無いだろう?」

 

 黒装束の男が尋ねると、ギルバードは声を上げて笑った。

 

「豪華な別荘地の中に、あんな薄汚れた建物があったら景観が損なわれるだろう? さらにガキどもが大声で騒いでいるとあっては……」

「なるほど、別荘地として高く売れなくなるか。しかし買収すればいい話だろう」

 

 もっともな黒装束の男の意見だが、ギルバードは首を横に振る。

 

「あの頑固女は、夫の遺した土地は絶対に売らないと言っていたよ。だがあの連中をルーアンから遠ざけて、その隙に別荘を建ててしまえば手も足も出まい。再建費用もこうして奪ってしまえば、市長の言いなりになるしかないだろうよ、ハハハ!」

 

 ギルバードは今までで一番大きな声で高笑いをしたが、下の階への階段の方を見て顔が凍り付いた。階段の側には怒りを燃やしたクローゼが立っていたからだ。

 

「き、君は……?」

 

 クローゼの姿を見たギルバードは熱気も冷めた驚きの表情になった。

 

「そんなつまらない理由で……先生たちを傷つけて……私たちの家を灰にして……あの子たちにも心の傷を負わせて……!」

 

 剣を構えたクローゼはギルバードを睨みつけた。ギルバードはレイヴンたちに呪詛の言葉を吐く。

 

「どうしてここに……あの役立たずのクズどもめ!」

「アタシたちも居るわよ!」

 

 階段の下からアスカたちも姿を現した。黒装束の男四人とギルバードを合わせても五人。エステルたち六人が物怖じする事は無かった。

 

「それにしても、まさか市長が事件の黒幕だったとはね。あんたを捕まえれば決定的な証拠になるわ!」

 

 エステルが棒を構えてそう言うと、ギルバードは慌てふためいて黒装束の男たちに指示を下す。

 

「お前たち、あいつら全員の口を塞げ! 顔を見られたからにはただで返すわけにはいかない!」

「ギルバード先輩……見損ないました……」

 

 クローゼは怒りの表情でギルバードをにらみつけた。

 

「面倒だが、雇い主の要望とあれば仕方あるまい。相手をしてもらおうか」

 

 黒装束の男たちが武器を構えると、アガットは鼻を鳴らす。

 

「今までちょろちょろと俺の前から逃げ回っていた手前らに重剣の威力をたっぷりと味あわせてやるぜ!」

 

 ギルバードは後ろにさがり、エステルたちと黒装束の男たちは接触した。黒装束の男たちは今までエステルたちが戦ったどんな相手よりも動きが早かった。黒装束の男に斬りつけられたアスカは手が痺れて握っていた棒を落としてしまう。黒装束の男たちの武器には痺れ薬が塗ってあるようだ。

 

「アスカっ!」

 

 シンジが素早くアスカの元に駆け付けて回復魔法を掛けた。クローゼが範囲魔法のダイヤモンドダストを詠唱しようとするが阻まれる。それでもアガットの重剣によりエステルたちは活路を見い出した。

 

「クローゼさん、大丈夫ですか?」

「はい……」

 

 魔法を詠唱していたために狙われていたクローゼの傷をシンジが手製の料理で癒す。エステルたちは何とか武器だけで黒装束の男たちを押しのけた。

 

「そんなバカな!」

 

 黒装束の男たちが後退りすると、ギルバードは驚きの声を上げた。

 

「市長秘書ギルバード、及び黒装束のガキども。遊撃士協会規約に基づき、手前らを逮捕する。無駄な抵抗は止めて大人しくしやがれ」

 

 アガットが重剣を振り上げて降伏勧告をした。ギルバードは悔しそうにうなり声を上げる。

 

「ふん、なかなかやるな……真っ向勝負では遊撃士は手強い。隊長抜きで戦うべきではなかったか」

 

 黒装束の男がつぶやくと、ヨシュアが顔色を変えて尋ねる。

 

「隊長? ひょっとして空賊と交渉していた人ですか?」

「さすが遊撃士協会の犬ども、鼻が利くようだな」

 

 ヨシュアの質問に対して、黒装束の男は否定しなかった。

 

「アンタバカァ!? 何を余裕かましてるのよ、さっさと武器を置いておとなしくしなさい!」

 

 苛立ったアスカが棒を振り上げて再度黒装束の男たちに降伏を迫った。

 

「それは出来ない相談だな」

 

 黒装束の男はそう言うと、無防備で立っていたギルバードの頭に導力銃を突き付けた!

 

「どういうつもりよ!?」

 

 エステルが驚きの声を上げた。ギルバードは恐怖で身体が硬直して動けない。

 

「それ以上我々に近づけば、こいつの頭が吹き飛ぶと言っている」

 

 黒装束の男は冷酷な声で言い放った。

 

「ぼ、僕は君達の雇い主なんだぞ!?」

 

 やっと声を出したギルバードに黒装束の男は冷たい声で告げる。

 

「勘違いしてもらっては困るな。市長たちとは利害関係が一致していたから協力していたに過ぎない。お前がここで死のうが我々の知る事ではない」

「ひぃぃぃぃぃ! 助けてくれ!」

 

 黒装束の男が本気だと知ると、ギルバードは悲鳴を上げた。

 

「いい加減にしろ、そんな三文芝居で逃げられると思うのか!」

 

 アガットが大きな声で言い放つと、黒装束の男はためらいもなく導力銃を撃った!

 

「うわあああっ! 僕の足がああっ!」

 

 黒装束の男が打ち抜いたのはギルバードのすねだった。血が噴き出し、床を赤く染める。

 

「チッ、マジかよ……」

 

 アガットが悔しそうな顔で舌打ちした。

 

「我々は別に、こちらの灯台守の頭を打ち抜いてもいいんだぞ?」

 

 黒装束の男は眠らされているフォクト老人にも銃を向けた。

 

「やめなさい! その人は関係ないでしょう!」

 

 エステルが棒を構えたままそう叫んだ。

 

「それならば、そのまま離れていてもらおうか……そうだな、階段の近くまで下がれ」

 

 黒装束の男の言葉に従い、エステルたちは構えを解いて後ろにさがった。

 

「では、御機嫌よう」

 

 黒装束の男たちは隊列を組んで部屋を出て行った。男達が姿を消したのは階段とは反対側の、灯台の導力ライトが置かれている場所の扉の向こうだった。六階建ての灯台の最上階で行き止まりのはずだった。

 しかしエステルたちが後を追いかけて部屋を出ると、黒装束の男たちは手すりに縛り付けられた脱出用のワイヤーロープを伝って地上へと降りて行ってしまった。

 

「お前ら、あの秘書のバカ野郎の事と、ジャンへの報告は任せたぜ。俺はあいつらを追いかける!」

 

 アガットはそう言うと、黒装束の男たちと同じようにワイヤーロープを伝って降りて行ってしまった。

 

「それなら、あたしも!」

 

 続いてロープに駆け寄ったエステルをアスカが呼び止める。

 

「アンタバカァ!? アガットが言ってたじゃないの、ヘボ秘書達を放って置くわけにはいかないじゃない!」

「そっか、悔しいけどあの連中はアガットに任せるか」

 

 エステルはそうつぶやいて灯台守の部屋へと戻った。エステルたちが居ない間に、テレサ院長が奪われた百万ミラの募金の袋を持ち逃げしようとしていたギルバードも逮捕された。

 クローゼがギルバードの足のケガの治療をするのが辛そうだったので、シンジが代わりに泣き喚くギルバードの足に回復魔法をかけた。そして、ギルバードや不良達をマノリア村の物置小屋に拘禁し終わった頃には、夜が明けていたのだった。

 

 

 

 

 エステルたちがマノリア村に帰った時には、すでに遊撃士のカルナは目を覚ましていた。ギルバードたちの拘禁に手を貸してくれたカルナはこのままマノリア村に残って見張りをしてくれると言う。

 学園祭の朝から、演劇、学園祭の片付け、灯台におけるレイヴンたち、黒装束の男たちとの連戦と、休息をほとんどとっていないエステルたちだったが、士気は下がらなかった。倒すべき《巨悪》はルーアン市に居る。

 怒りに燃えるエステルたちは徹夜明けとは思えないしっかりとした足取りでメーヴェ海道を進んで行く。

 

「ダルモア市長が事件の黒幕だったなんて、親切そうに振舞ってあたしたちを騙していたのね!」

 

 先頭を行くエステルは怒り心頭に発していた。

 

「アタシ、気になるんだけど……今回の件でダルモア市長を逮捕できるの?」

「えっ!?」

 

 アスカの言葉を聞いたエステルは驚いた表情になった。ヨシュアは浮かない顔になって自分の意見を言う。

 

「遊撃士協会は、国家の内政に不干渉と言う規則があるから、現職市長を逮捕するのは難しいと思う」

「ちょっと待って、それって変じゃない!?」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは怒った顔でヨシュアに詰め寄った。

 

「おかしいけど、この規則があるからこそ、遊撃士協会はどんな国にも支部を作る事が出来たんだ」

「だからって……」

 

 ヨシュアの説明を聞いてもエステルは納得のいかない様子だった。

 

「とにかく遊撃士協会に行ってジャンさんに相談してみようよ。ボクたちに思い付かない良い方法を教えてくれるかもしれないよ」

 

 シンジがエステルをなだめるようにそう話した。クローゼは不安そうな顔をしていた。

 

「大丈夫、心配いらないよ。テレサさんならきっと目を覚ますよ」

「はい……そうですね」

 

 シンジが元気付けると、クローゼは穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「あの……エステルさんたちは遊撃士協会へ行かれるんですよね? 私、急用を思い出したので先に行っててもらえませんか?」

 

 しばらく海道を歩いていると、ルーアン市に着く直前でクローゼはそう話した。

 

「別に構わないけど……一回学園に戻るのかい?」

 

 ヨシュアは不思議そうな顔でクローゼに尋ねた。クローゼが足を止めたのは学園に通じる林道への分かれ道の前だった。

 

「はい、学園長にも報告しておこうと思いまして」

「ふぅん……?」

 

 アスカはクローゼの表情に怪しさを感じた。ウソをつくのが苦手な人間、シンジをいつも見ているからだ。しかしここでクローゼを責めても始まらない。アスカは黙ってクローゼのウソを見過ごす事にした。

 

「じゃあ、遊撃士協会で待っているからね!」

 

 エステルたちがルーアンの街の方へと姿を消した後、クローゼは生徒手帳にペンで何かを書いた後、そのページを破った。

 

「……ジーク!」

 

 クローゼが呼ぶと、シロハヤブサのジークがどこからともなく飛んできた。クローゼは破ったページをジークに渡してとある人物に届けるように伝えた。

 

 

 

 

 その頃遊撃士協会ではエステルたちがジャンに事件の報告をしていた。ヨシュアが灯台で見つけた怪しげな薬の入ったカプセルもジャンに預けた。

 

「まさか、ダルモア市長が全ての事件の黒幕だったとは思わなかったな……」

 

 ジャンは天を仰ぐように大きなため息をついた。

 

「それでダルモア市長を逮捕することは出来るの?」

 

 エステルに尋ねられたジャンは困った顔で答える。

 

「残念だがそれは無理そうだな。現行犯だったら、市長でも逮捕出来るんだけどね」

「それじゃあ、市長を挑発して自分の身体を触らせればいいのよ。そして『痛いっ!』って演技をして、『公務執行妨害で逮捕~!』ってやつ!」

「アスカ、ドラマの警察じゃないんだから……」

 

 アスカの言葉にシンジは思わずツッコミを入れた。サスペンスドラマで警察官がその様な手で別件逮捕をするシーンは確かにあるが……。

 

「このまま極悪市長を放っておいてもいいってわけ!?」

 

 エステルは怒った顔でジャンに食って掛かった。

 

「あわてないで、遊撃士協会がダメでも……王国軍ならば市長を逮捕出来るよ」

「やったじゃない!」

 

 ジャンの言葉を聞いたアスカは指を鳴らして喜んだ。

 

「四人とも、これから市長邸に向かって、市長に事件の調査結果の報告に行ってくれ。世間話でもいいから出来るだけ時間を稼いでほしい」

「なるほど、その間に王国軍に来てもらうわけですね」

 

 ジャンの提案にヨシュアは納得したようにうなずいた。

 

「レイストン要塞の司令部に応援を依頼してみるよ」

「あたしたちの手で逮捕したかったけど仕方ないか」

 

 エステルは少し不満そうな顔をしながらもそうつぶやいた。話の終わったエステルたちはクローゼを待つ事にした。市長邸に乗り込むときはクローゼも一緒だと約束していたからである。

 

「はぁはぁ……お待たせしました」

 

 ほどなくして息を切らせたクローゼが遊撃士協会へとやって来た。

 

「学園に行って帰って来たにしては、早かったじゃない?」

 

 アスカに指摘されたクローゼはぎくりとした表情になる。

 

「私、足の早さには自信があるんです。体育祭でもリレーの選手になるくらいで……」

 

 そう話すクローゼの目は泳ぎ、いつもにも増して早口なその様子は、アスカにはバレバレだった。ともかく全員揃ったエステルたちは市長邸へと向かうのだった。



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第二十九話 巨悪に鉄槌! アスカ・ザ・ビースト!

 

 遊撃士協会を出たエステルたちは市長邸へとまっしぐらに向かった。

 

「それにしてもでかい屋敷ね。悪事をしているからこんな家に住めるのかしら」

 

 エステルはダルモア市長邸を眺めてそんな事をつぶやいた。

 

「それは違うかと……ダルモア家は元は大貴族ですから、この屋敷も代々の当主に受け継がれたものだと思います」

「まあ、屋敷が悪いわけじゃないわね」

 

 クローゼの説明を聞いてエステルはそうつぶやいた。市長邸の玄関ホールに足を踏み入れると、メイドに市長は接客中なのでお引き取りくださいと対応された。

 

「僕達もデュナン公爵と一緒に市長から招待を受けているんです。お邪魔しても構いませんか?」

 

 ヨシュアがさらりとそう言うと、エステルたちは目を丸くして驚いた。するとメイドはあっさりとエステルたちを市長邸の中へと通した。市長とデュナン公爵は二階の広間に居るらしい。

 

「アンタ、なんであのバカ公爵が来ているって判ったのよ?」

「ああ、アスカの髪がピンと立っていたからだよ」

 

 アスカに尋ねられたヨシュアは笑ってそう答えた。

 

「アタシの髪の毛は妖怪アンテナかっ!」

 

 冗談はさて置き、ダルモア市長は国内外の富豪に別荘地を売りつけようと企んでいたのなら、デュナン公爵は格好の相手だと思ってメイドに鎌をかけたのだとヨシュアは説明した。

 

「もう、市長から招待されているだなんて、口から出まかせ言っちゃってさ」

 

 ヨシュアの悪知恵に感心していたエステルだったが、少しむくれた顔でぼやいた。

 

「ウソじゃないよ。初めて市長に会った時に言われたじゃないか、レイヴンの連中が手を出して来たら知らせてくれってさ」

「ふふ……確かに招待されましたね」

 

 ヨシュアの詭弁を聞いたクローゼは楽しそうに笑った。

 

「それじゃ、堂々と広間に行くわよ!」

「うん」

 

 アスカの言葉にシンジはうなずき、エステルたちは二階へと向かうのだった。

 

 

 

 

 二階の広間の前のドアの側には執事が立っていた。エステルたちが市長の招待を受けていると話すと、執事は疑いもせずに通してくれた。

 広間ではダルモア市長とデュナン公爵がワインを酌み交わしながら商談に花を咲かせていた。

 

「しばらく滞在して、このルーアンは別荘を持つのに絶好の場所だとよく判った」

「ふふ、そうでしょうとも、そうでしょうとも」

 

 顔を赤らめて酔っぱらっているデュナン公爵にダルモア市長はゴマを擦っている。

 

「ルーアンが誇る高級別荘地の中でも格別に素晴らしい場所に閣下の別荘を御造り致します。必ずやお気に召して頂けるかと存じます」

「ふははは、良いだろうミラに糸目はつけん。次期国王に相応しい豪華絢爛な別荘を造るが良い。この屋敷よりも豪勢な物をな」

 

 デュナン公爵に立っていた執事のフィリップは困った顔で諫める。

 

「閣下、女王陛下がこの様な巨額の出費をお許しになるはずがございません」

「黙れ、私は次期国王だぞ! このくらいの買い物は当然だ!」

「公爵閣下の申される通りです。それでは契約書にサインを……」

 

 ダルモア市長は満面の笑みを浮かべて契約書を取り出した。契約書には五千万ミラの金額が書かれている。ダルモア市長はデュナン公爵にペンを渡して名前を書くように促した。

 

「こんにちはー、遊撃士協会のものです」

 

 それに水を差したのは陽気なエステルの声だった。エステルたちが広間に姿を現すと、ダルモア市長は渋い表情になった。デュナン公爵はキョトン顔になる。

 

「んんん? どこかで見たような顔だな……?」

 

 酔っているデュナン公爵はエステルたちの事を完全に認識していないようだった。アスカとデュナン公爵が言い争う事態は回避できそうだ。

 

「おお、皆さんは」

「こんにちは執事さん。今日は市長さんにお話があって来たのよ」

 

 フィリップにアスカは笑顔で声を掛けた。渋い顔をしたダルモア市長がエステルたちに向かって口を開いた。

 

「困るな君たち……今は大切な商談の最中なのだから、出直して来てはくれないか?」

「緊急の話なので、失礼のほどはご容赦ください」

 

 ヨシュアはダルモア市長にうやうやしくお辞儀をした。

 

「実は孤児院の放火事件の犯人が明らかになったんです」

「その件か……わかった、話を聞こう」

 

 シンジの言葉を聞いたダルモア市長は深いため息を吐き出した。

 

「公爵閣下、しばらく席を外させて頂きます」

「別にここで話しても構わないだろう、どんな話なのか私も興味がある」

 

 ダルモア市長がデュナン公爵に伺いを立てると、デュナン公爵はそう話した。

 

「しかし、閣下のお耳を煩わせる訳には……」

「私が聞きたいと言っておるのだ!」

 

 ダルモア市長が口答えをすると、デュナン公爵は声を荒げた。

 

「別に公爵さんに聞かれて困る話でもないでしょ?」

「そうかもしれないが……」

 

 エステルが笑顔でそう言うと、ダルモア市長はそうつぶやいた。

 

「それで犯人は彼らに決まりかね? 残念だよ、いつか彼らを更生させることが出来ると願っていたのだが……叶わなかったか」

 

 ダルモア市長は苦渋に満ちた表情で話した。

 

「市長さん、誰の事を話しているのかしら?」

 

 アスカがそう尋ねると、ダルモア市長は声を上げて笑った。

 

「もちろん、《レイヴン》の連中の事だろうが」

「残念ですが、それは違います。むしろ被害者ですね」

 

 ヨシュアはキッパリと断言すると、ダルモア市長は今までにないほど驚いた表情になった。

 

「なんだと!?」

「今回の事件の犯人、それはダルモア市長、あんたよ!」

 

 エステルはダルモア市長に向かって人差し指を突き付けた。

 

「秘書のギルバードさんはすでに監禁の現行犯で逮捕しました。強盗の共犯で再逮捕されるのも時間の問題でしょう。あなたも実行犯を雇って孤児院放火と、募金の強盗を指示したと言うギルバードさんの証言も取れています」

 

 ヨシュアがダルモア市長に引導を渡し、これでダルモア市長も自分の罪を認めるかに思われた。しかしダルモア市長は観念するどころか逆ギレした。

 

「でたらめを言うんじゃない! 黒装束の連中など知らん!」

「言質取ったわ! アタシたち、犯人が黒装束のヤツラだなんて言ってないわよ!」

 

 アスカがしてやったりとした笑みを浮かべてダルモア市長に指を突き付けた。

 

「ぐぬぬぬぬっ! 知らん、全ては秘書が勝手にやった事だ!」

 

 ついに本性をむき出しにしたダルモア市長は醜悪に顔を歪めて怒鳴り散らした。

 

「往生際の悪いオッサンね、最低っ!」

 

 アスカは口をとがらせてプイっと顔を横に反らした。

 

「高級別荘地を作るために孤児院を潰すなんて、ひどすぎます!」

 

 シンジは怒りに満ちた表情でダルモア市長を睨みつけた。

 

「まだ容疑を否認するつもりですか?」

 

 ヨシュアもシンジに負けず劣らず怒りを感じているようだ。ダルモア市長に降参するように迫った。

 

「くどいぞ君たち、確かに市の行政の一環として別荘地の開発計画がある! どうして犯罪に手を染めてまで強引に行う必要があるのだ!」

 

 ダルモア市長の反論に、エステルたちは何も言う事が出来ずに黙り込んでしまった。

 

「……あなたが大きな借金を抱えているからでしょう?」

「ナイアル!?」

 

 広間に現れたナイアルを見て、エステルは驚きの声を上げた。

 

「どうしてアンタがここに!?」

 

 アスカがナイアルに尋ねると、ナイアルは市長に取材を申し込もうとしていた時、エステルたちが市長邸に入って行く所を目撃し、今までドアの向こうで一部始終を聞いていたのだと話した。

 

「何だね君は!?」

 

 ダルモア市長は不快感を隠さずにそう尋ねた。

 

「初めまして、《リベール通信》の記者、ナイアル・バーンズと申します。最近のルーアン市の財政について調べさせてもらったんですが……ダルモア市長、あなたは市の予算を使い込んでいるみたいですねえ?」

 

 ナイアルに指摘されたダルモア市長はうろたえた。

 

「それは別荘地造成の資金だ……」

「まだ別荘の建築は始まってもいない、そんな理屈は通りませんよ。おかしいと思ったんで、あなたの周辺を調べたんですよ。あなた、共和国方面の株に手を出して大やけどを負ったようですね」

 

 ナイアルが指摘すると、ダルモア市長は悔しそうに歯ぎしりをした。

 

「えっと……株ってなに?」

 

 エステルが間の抜けた質問をした。

 

「会社が発行する株式の価格差を利用してミラを稼ぐ売買取引です。ある会社の株が安い時に買って、高くなったら売るんです」

 

 クローゼがエステルの質問に答えた。

 

「なるほど、市長さんはどのくらい損しちゃったの?」

「俺の記者仲間にも調べてもらった結果……およそ一億ミラらしい」

 

 エステルの質問にナイアルがそう答える。

 

「一億ミラぁ!? アンタウルトラバカァ!?」

 

 アスカがビックリ仰天の声を上げた。

 

「強盗しようとした募金の百倍だよね……」

 

 シンジも驚きあきれ果てた顔でため息を吐き出した。

 

「犯罪に手を染めてもおかしくない金額ですね」

 

 ヨシュアもあきれ顔でそうつぶやいた。

 

「ははは、一億ミラとは、私も金遣いは荒いがお主には完敗だぞ」

 

 デュナン公爵までもがそう言うと、ダルモア市長は真っ赤な顔で歯ぎしりをした。

 

「バカの背比べね」

 

 アスカはウンザリとした顔で言った。

 

「借金を返すために市の予算に手を付けたあんたは後に引けなくなったわけだ。選挙で市長が変わればあんたの悪事は明明白白になるからな。だから市民の御機嫌取りに必死になるわけですなあ」

 

 そう言って煙草をくわえたナイアルはニヤリと笑った。今度こそダルモア市長は観念すると思われたが、しばらく目を閉じて黙り込んでいたダルモア市長は落ち着いた声で言った。

 

「……そんな証拠がどこにある。全ては記者のお前の憶測ではないか! 貴様ら遊撃士もそうだ! 市長の私を逮捕する権限はないはずだ! 私の家から出て行け!」

 

 予想通りの展開に、エステルたちはウンザリとした表情になった。自分の不逮捕特権を知らないほどダルモア市長はバカでは無いらしい。

 

「市長、お伺いしたいのですが……どうして御自分の財産で借金を返さなかったのですか? ダルモア家の資産があれば返す事も出来るはずです。例えば、この屋敷は一億ミラで売れそうですよね?」

 

 クローゼが硬い表情で質問を投げかけると、ダルモア市長は怒った顔で叫ぶ。

 

「バカな事を言うな。この屋敷は先祖から受け継いできたダルモア家の誇りだ! 売ることなど出来ん!」

「あの孤児院も同じです。たくさんの想いが育まれる暖かな場所……誰にも奪う事は許されないはずなのに……どうしてあなたは、あんな酷い事が出来たんですか?」

 

 そのクローゼの言葉を聞いたダルモア市長は激昂して目を剥いて怒鳴った。

 

「あのボロ家とこの屋敷を一緒にするなああっ!」

「あなたは結局、自己中心的なだけ。ルーアン市長としての器はありません!」

 

 クローゼにぴしゃりと言われたダルモア市長は壊れた様に笑い始めた。

 

「どいつもこいつも私を愚弄しおって! こうなれば後のことなど知った事か!」

 

 完全にキレたダルモア市長は広間の奥に仕掛けられたボタンを押す。すると、隠し扉がぽっかりと口を開いた。すると、きつい獣の匂いが室内に漂い、犬型の大型魔獣が四匹、広間に姿を現した。

 

「ま、魔獣!? た、助けてくれー!」

 

 デュナン公爵は素早い逃げ足で広間から出て行った。フィリップがあわてて後を追いかけて姿を消した。

 

「まさか、魔獣を飼っているなんて……」

 

 シンジは驚いた顔でそうつぶやいた。

 

「お前たちを皆殺しにすれば、事件の真相を知る者は居なくなる……ひゃーはっはは!」

「狂ってやがる……!」

 

 狂気に満ちたダルモア市長の顔を見て、ナイアルは後ずさりした。ここでエステルたちを殺せば立場がさらに危うくなることを判断できないほど、ダルモア市長は正気を失っているのだ。

 四匹の魔獣はうなり声を上げながら広間の大テーブルに飛び乗ってエステルたちと距離を詰める。魔獣と戦う事になったのは予想外だが、これで市長を現行犯逮捕できる。

 四匹の大型魔獣との戦いは苦戦を強いられた。武器で叩いても傷つきにくい魔獣と、導力魔法が効きにくい魔獣の二種類の魔獣が居たのだ。しかも民間人のナイアルまで守らなければならない。

 テーブルや燭台などの調度品やカーテンや絨毯をメチャクチャにしながら、エステルたちは奮戦した。ダルモア市長もナイアルも戦闘に巻き込まれないように部屋から出てくれればいいのに、とエステルたちは思った。ダルモア市長に逃げられても困るのだが。

 

「バカな……私の自慢の番犬達が……」

 

 エステルたちが魔獣達を叩き伏せると、ダルモア市長は驚愕してそうつぶやいた。

 

「はぁはぁ……これでアンタを現行犯逮捕出来るってわけね」

 

 息を乱しながらも、アスカは笑みを浮かべてそう言い放った。

 

「ふふふ、これで勝ったと思うなよ?」

 

 追い詰められたはずのダルモア市長は不気味な笑みを浮かべている。

 

「こうなっては仕方ない、秘密兵器を使わせてもらうぞ」

 

 そう言うとダルモア市長は懐から杖を取り出した。

 

「時よ、凍えよ!」

 

 ダルモア市長がそう叫ぶと、エステルたちの身体は石像のように動かなくなった。

 

「強力な導力魔法だ……戦術オーブメントは持っていないと思ったのに」

 

 ヨシュアは顔を歪めながらそうつぶやいた。クロックダウンと言う敵の動きを遅くする導力魔法は存在する。しかし、クローゼはヨシュアの言葉を否定する。

 

「これは多分《古代遺物》の力です!」

「何それ!?」

 

 顔を歪めたままエステルは驚きの声を上げた。

 

「ふふ、クローゼ君は良く勉強しているようだな。これこそ、我がダルモア家の家宝、アーティファクト《封じの宝杖》……杖を持つ者の一定範囲内に居る敵の動きを完全に止める力があるのだよ」

 

 勝ち誇ったような表情でダルモア市長は高笑いした。

 

「こんな強力なアーティファクトが教会に回収されずにいたのか……」

 

 ヨシュアが悔しそうにうめいた。戦術オーブメントとは比べ物にならない。一つの機能しか持たないとは言え、効果は抜群だった。

 

「ふふ、散々私をコケにしたお礼をしてあげよう」

 

 そう言ってダルモア市長は杖を持っている反対の手で導力銃を取り出した。ダルモア市長はひとおもいにエステルたちを殺すつもりは無く、いたぶるつもりだ。

 

「まずはそうだな……この小娘から殺すとするか」

 

 ダルモア市長がエステルの頭に狙いを定めると、エステルの顔は恐怖に凍り付いた。

 

「いいぞ、いいぞ、その顔が見たかった……命乞いでもすれば助けてやらないことも無いぞ?」

 

 愉快そうに話すダルモア市長の表情は醜悪そのものだ。

 

「だ、だれがあんたなんかに命乞いをするものですか……」

 

 気丈にもエステルはダルモア市長にそう答えた。ダルモア市長がニヤリと笑い、エステルに向かって導力銃の引き金を引こうとしたその時。

 

「汚い手でエステルに触るな……もしも……毛ほどでも傷つけてみろ……ありとあらゆる手段を使って、あんたを地獄の底まで追い詰めて、八つ裂きにしてやる……」

「ひぃぃぃぃぃっ!」

 

 冷たく言い放つヨシュアの瞳は、ダルモア市長を怯えさせるほどの迫力だった。

 

「ゆ、指一本動かせないクセになんて気迫だ……」

 

 ヨシュアを気味悪がったダルモア市長は、思わずエステルから狙いを外した。

 

「こうなったら……お前からやってやる!」

 

 ダルモア市長が次に狙いを定めたのはヨシュアだった。先ほどと違いダルモア市長の表情に余裕は無い。

 

(……アタシたち、こんな所で死んじゃうの……? そんなのイヤよ、負けるもんかぁぁぁっ!)

 

「ウォォォォォッ!」

 

 アスカが咆哮を上げると、アスカの頭のヘッドセットが強い光を放ち始めた!

 

「な、何をする気だ!?」

 

 ダルモア市長が驚いてアスカの方を見ると、アスカは獣のように四つん這いになっていた。シンジたちも驚いて豹変したアスカを見つめていた。

 

「バカな、動けるはずがない!」

 

 ダルモア市長はアスカに向かって銃弾を放つが、その銃弾がアスカに届く前にアスカは大きく跳躍し、腕を大きく振り回してダルモア市長の持っている杖を殴った。ボキッと大きな音を立てて《封じの宝杖》は折れた。

 

「身体が……動く?」

 

 エステルは自由になった身体を確かめるようにつぶやいた。

 

「アスカ、大丈夫……?」

「あれ、アタシってば……今、何を?」

 

 シンジが心配してアスカに尋ねると、アスカはポカンとした顔でつぶやいた。アスカのヘッドセットの光はもう止んでいた。

 

「あなたの切り札は無くなった、もう諦めた方がいいんじゃありませんか」

 

 ヨシュアは折れてしまった杖を持って呆然としているダルモア市長に声を掛けた。

 

「誰が観念するものか!」

「キャッ!」

 

 ダルモア市長は近くに居たアスカを突き飛ばすと、魔獣達が飛び出した隠し通路から逃げ出してしまった。エステルたちもあわてて後を追いかけた。

 エステルたちがたどり着いた先は、市長邸の裏手にある船着き場だった。エステルたちの目の前で、ダルモア市長はヨットに乗って逃げて行った。船着き場には他に二隻のボートが止まっていた。

 エステルとヨシュア組、アスカとシンジとクローゼ組に別れてボートに乗り込みダルモア市長のヨットを追いかける事になった。水飛沫を上げて発進する二隻のボート。

 

「こらー、俺を置いて行くな!」

 

 ナイアルの声が虚しく船着き場に響くのだった……。

 

 

 

 

 鐘の鳴る音がルーアンの街に響き渡る。ラングランド大橋が開く音だ。いつもとは違う時間に鳴り響く鐘の音に市民たちは首をかしげながらも橋から退避した。橋が開き始めたと同時にダルモア市長の乗るヨットが猛スピードで橋を通り抜けた!

 エステル組とアスカ組の二隻のボートは並んでヨットを追いかける。それぞれのボートの先頭にエステルとアスカが乗り、ヨシュアとシンジが舵を取っていた。直進するだけならシンジにもボートは動かせる。

 小型である二隻のボートの方がダルモア市長のヨットよりも船体が軽いようだ。少しずつ距離を詰めて行く。

 

「しつこい奴らめ、これでも食らえ!」

 

 ダルモア市長はヨットの上から導力銃をエステルたちに向かって乱射した。波打つ船からの銃撃は照準もぶれて当たる確率はかなり低いはずだった。しかしダルモア市長の撃った銃弾の一発がクローゼの髪をかすめた。

 

「あっ……!」

 

 驚いたクローゼはバランスを崩してボートから落ちそうになる。

 

「危ない、クローゼさん!」

 

 そう叫んだシンジはクローゼを抱き止めようとして……二人でボートから落ちてしまった。

 

「何やってるのよバカシンジ! アンタ、泳げないはずでしょうが!」

 

 アスカはそう叫ぶと、服を脱ぎ捨て下着姿になって水に飛び込んだ。アスカの心に迷いは無かった。なぜならアスカの乗る弐号機が使徒に飲み込まれた時、シンジの乗る初号機は命懸けで助けようとした。アスカはいつかシンジにその恩を返す気で居たからだ。

 

 

 

 

 エステルとヨシュアが乗るボートからもアスカたちが水に飛び込むのは見えた。しかしエステルたちは追撃の手を緩めるわけにはいかなかった。アスカが助けに行ったのだから三人とも無事だと信じて。

 

「よくもやってくれたわね!」

 

 エステルは棒を構えてダルモア市長を睨みつける。弾を撃ち尽くしてしまったダルモア市長からの攻撃は無い。

 

「ヨシュア、あいつのヨットの右舷に付けちゃって!」

「了解!」

 

 エステルはダルモア市長の乗るヨットの右側から飛び移るつもりだった。もうダルモア市長の乗るヨットはエステルの持つ棒が届く距離にある。しかし、ダルモア市長の乗るヨットは速度を上げた。

 

「風が出て来たんだ! まずいな、こうなったらヨットの方が速い!」

「あ、あんですってー!?」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは怒りと驚きの混じった声を上げた。

 

「ははは、女神エイドスは私に微笑みかけてくれたようだな! それではさらばだ!」

 

 ダルモア市長の高笑いが辺りに響き渡る。

 

「まずいな、このまま外国に高飛びされたら雲隠れされかねない……」

「そうよ、高跳びよ!」

 

 ヨシュアが苦い顔をしてつぶやくと、エステルは自分の持っている棒術用の棒(約2m)を見つめて叫んだ。まさか、棒高跳びのように遠くへと飛ぼうと言うのか。そんなバカバカしい事は止めようと思ったヨシュアだが、今はエステルの奇跡に賭けるしかない。

 

「えーーーいっ!」

 

 ボートの上で助走をつけたエステルは舳先に棒を突き立て、正面を行くダルモア市長のヨットへ向かって大きく跳躍したのだった……!



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第三十話 さようならルーアン、さようならクローゼ、また会う日まで

 

 結局の所、エステルは奇跡を起こすことは出来なかった。エステルはダルモア市長のヨットに飛び移る事が出来ずにエステルはルーアンの川の中に沈んでしまった。ダルモア市長のヨットはルーアンの港を出てしまった。ヨシュアの予想通りダルモア市長は王国軍に捕まる前に外国に高飛びするつもりだった。

 

「ふふ、しばらく見つからなければ『彼』が助けてくれる……」

 

 ダルモア市長は笑みを浮かべて空を見上げると、一気に顔が凍り付いた。ヨットの十倍を超える長さの飛行艇が迫って来たのだ!

 

「何だと!?」

 

 巨大飛行艇は旋回し、ダルモア市長の乗るヨットの進路を塞ぐように着水した。その飛行艇は白く美しいカラーリングをしていた。

 

「この飛行艇の紋章は……まさか……」

 

 ダルモア市長は飛行艇に大きく刻まれた紋章に目が釘付けになった。

 

「王室親衛隊の高速巡洋艦《アルセイユ》さ。女神エイドスは貴様に微笑まなかったようだな」

 

 アルセイユの甲板に立った女性士官は笑みを浮かべてダルモア市長に告げた。甲板に立つ士官たちは王室親衛隊の制服に身を包んでいる。その数は総勢七名。ダルモア市長に逃げ場は無かった。

 

「私は王室親衛隊中尉、ユリア・シュバルツ。ルーアン市長、モーリス・ダルモア殿。放火・強盗・横領の罪で逮捕する!」

「こんな事あり得ない、これは悪い夢だ、ウーン」

 

 女性士官がそう言い放つと、ダルモア市長はショックのあまり気絶して倒れ込んでしまった。ヨシュアの乗ったボートと、棒を浮き代わりにして泳いで来たエステルも追いついた。

 

「いったいどうなってるの?」

「ジャンさんが連絡で来てくれた王国軍の人だと思うけど、それにしては早過ぎるような……」

 

 不思議そうな顔をするエステルの問い掛けに、ヨシュアも困惑した顔で答えた。

 

「遊撃士の諸君、大丈夫か?」

「あたしたちの仲間がダルモア市長を追いかけている時にボートから落ちたの!」

 

 自力でヨシュアの乗るボートに這い上がったエステルは、ユリア中尉にそう言うと、ユリア中尉は直ぐに救命ボートを手配し、ダルモア市長の事も自分たちに任せて欲しいと話した。

 

 

 

 

 ダルモア市長を捕えた高速巡洋艦《アルセイユ》は、ルーアン空港へと着陸した。救助されたアスカとシンジとクローゼも、濡れた服を着替えて落ち着いた所でユリア中尉とエステルたちは改めて対面した。

 

「目を覚ました市長を尋問したのだが、どうやら放火や強盗を指示した事も、魔獣を飼っていた事も、君達から逃げ回った事も何も覚えていないらしい」

 

 ユリア中尉の話を聞いたアスカは怒った顔で叫ぶ。

 

「そんなバカな話ってあるの!? あれだけの事をしでかしておいてすっとぼけるなんて!」

「ダルモア市長は借金を抱えて困っている所に、黒装束の男が現れて、『彼』なら助けてくれると思ったと話している。そこから先の記憶が無いそうだ」

 

 ユリア中尉の話を聞いたエステルたちは、空賊の首領の時と同じだと思った。空賊の首領も正気に戻った時は状況を何もつかめていなかった。だからと言ってアスカにした酷い事を綺麗サッパリ許せるはずはない。黒装束の集団が関わっている可能性が高い。

 

「まあ記憶が無いと言っても、証拠はそろっているからな……秘書も一緒に厳罰に処されるのは間違いない。何か判ったら遊撃士協会へ情報を送ろう」

「ありがとうございます」

 

 ユリア中尉の言葉に、ヨシュアはお礼を言った。

 

「ところで中尉さん、そちらの船を見せて頂く事は出来ませんかね?」

 

 いつの間にかエステルたちに交じっていたナイアルがユリア中尉に声を掛けた。ナイアルの話によると、アルセイユはツァイス中央工房が満を持して世に送り出した最新技術を誇る飛行艇なのだと言う。

 しかしユリア中尉はアルセイユは先日配備が終わった所で今は試験飛行中、正式な発表会があるまで取材は控えて欲しいとやんわりと断った。

 

「そ、それなら市長や秘書のコメントだけでも……」

 

 なおも食い下がるナイアルに、ユリア中尉は取り調べの結果はリベール通信にも通達すると話した。ナイアルは深いため息をついて仕方ないと受け入れた。そして急いで記事を書くために空港を走り去り、ホテルへと向かうのだった。

 

「記者根性たくましいと言うか……さすがね……」

 

 エステルは苦笑いをしてナイアルを見送った。

 

「《リベール通信》の発行部数は右肩上がりらしい。彼には偏見に囚われない記事を書いて欲しいものだ」

 

 ユリア中尉はそう言って顔を曇らせた。その表情に気が付いたヨシュアが尋ねる。

 

「どうかしたんですか?」

「いや……何でもない」

 

 ヨシュアに聞かれたユリア中尉は硬い表情のままそう答えた。エステルたちがユリア中尉と話していると、発着場に思わぬ人物が姿を現した。

 

「シュバルツ中尉、お手柄だったようだね」

 

 リシャール大佐とカノーネ大尉が階段を昇ってくると、ユリア中尉は目を見張って敬礼をした。

 

「おや、君達も久しぶりだね。なるほど、遊撃士協会から聞いた新鋭の準遊撃士とは君達の事だったのか」

 

 エステルたちの姿を見たリシャール大佐はそう声を掛けた。

 

「ジャンさんはリシャール大佐に連絡したんですね」

 

 シンジが納得したようにつぶやいた。王国軍の司令部があるレイストン要塞に居たリシャール大佐の所に遊撃士協会のジャンから応援要請があり、リシャール大佐達はルーアンに急行したのだが、すでにアルセイユによりダルモア市長が捕まっていた。

 

「それにしてもおかしいですわね。どうして王室親衛隊の方がルーアンにいらっしゃるのですか?」

「それは、ルーアン市にいらっしゃるデュナン公爵をお迎えに上がるためです」

 

 カノーネ大尉の意地悪な質問にユリア中尉が平然と答えると、カノーネ大尉は悔しそうに顔を歪めた。

 

「ははは、君の負けだなカノーネ大尉。しかし陛下を守る親衛隊が長く王都を開けるのは感心しない。デュナン公爵を連れて早く帰りたまえ。後の捜査は我々が引き継ぐ。市長たちの身柄も引き渡してもらおう」

 

 リシャール大佐がそう言うと、ユリア中尉は敬礼して了承の意を示した。

 

「それでは任務があるので、我々はこれで。制服のお嬢さんもまた会う事があるだろう」

 

 そう言ってリシャール大佐とカノーネ大尉は階段を降りて立ち去って行った。

 

「あたしの気のせいかもしれないけど、リシャール大佐はクローゼの事を知っているの?」

「さ、さあ私は知りません」

 

 エステルに尋ねられたクローゼはしどろもどろになったのをアスカは見逃さなかった。

 

「遊撃士と一緒に居たから、また顔を合わせる機会があると思ったんじゃないかな」

「あはは、そうかもしれませんね」

 

 クローゼはヨシュアの調子に合わせてごまかし笑いを浮かべた。

 

「うーん、そうなのかなあ」

 

 エステルにしては珍しく食い下がっている。アスカと同じ勘のようなものが働いているのだろうか?

 

「私にしてみれば、君達も驚くべき存在だ。君達の若さでここまで活躍するとは、きっと異例の速さで正遊撃士になるのだろうな。親衛隊にもヘッドハンティングしたいほどだ」

「そ、そう? まあアタシたちは英雄カシウスの弟子で天才なのだから当然ね!」

 

 ユリア中尉が笑顔を浮かべて褒めると、アスカは顔を赤くしてそう言った。クローゼを疑う気持ちはどこかに吹き飛んでしまったようだ。

 

「そんなにおだてないでくださいよ。今度も色々な人に助けてもらったから事件を解決できたんだし」

 

 エステルも照れくさそうな顔をしていた。

 

「私も君達が正遊撃士になるのを楽しみにしているよ」

「ユリア中尉、発進の準備が終わりました!」

 

 親衛隊の隊員がユリア中尉にアルセイユの準備が整ったと告げた。

 

「エステル君、ヨシュア君、アスカ君、シンジ君、クローゼ君、機会があったらまた会おう」

 

 ユリア中尉はそう言うと、細い橋を渡り発着場に泊っているアルセイユに乗り込んだ。そしてエステルたちの方を振り返り、アルセイユの甲板に立っている隊員たちに号令を下す。

 

「隊員一同、敬礼!」

 

 隊員がラッパでファンファーレを鳴らしてエステルたちの活躍を祈願する。

 

「王室親衛隊所属艦、《アルセイユ》……テイクオフ!」

 

 アルセイユのエンジンのプロペラが高速回転を始めて、アルセイユは空に向かって飛び立って行った。

 

「ファンファーレを鳴らしながら敬礼するなんて、かっこよかったわね」

 

 エステルはアルセイユが飛び立った方向を見てつぶやいた。

 

「それにしても、ユリアさんってばクローゼが劇で演じた、青い騎士オスカーみたいだったわね」

 

 アスカがまたクローゼをからかうようにそうつぶやいた。

 

「ええ、私もそう思います。偶然とは面白いですね」

「アスカ、さっきからクローゼさんを困らせる質問ばかりするのは止めなよ」

 

 引きつった笑みを浮かべるクローゼを見て、シンジはクローゼに助け舟を出した。

 

「ふん、悪うござんしたね!」

 

 アスカは不機嫌そうな顔でプイっと横を向いた。このまま空港に居続けても仕方ないのでエステルたちは遊撃士協会へと行く事にした。不機嫌なアスカはずんずんと先頭を歩いて行く。

 

「シンジさん……私を助けてくれてありがとうございました」

「ゴメン、僕の方が足を引っ張っちゃって」

 

 後ろの方を歩いていたクローゼが近くに居たシンジにお礼を言うと、シンジは顔を赤くして謝った。

 

「シンジさんは泳げないのに、私を助けるために抱き留めてくれた……本当に嬉しいです」

「パニックになっちゃったんだ。泳げない遊撃士なんてカッコ悪いよね」

 

 しょげた表情でシンジはポツリと力無い様子でそうつぶやいた。

 

「そんな事ありませんよ、シンジさんはかっこよかったです。あの……シンジさん……」

 

 今度はクローゼが顔を赤くする番だった。

 

「アンタたち、何をボヤボヤしてるの! 早く遊撃士協会へ行くわよ!」

 

 クローゼの言葉はアスカの怒鳴り声によって遮られた。クローゼとシンジはあわててアスカたちの後について行くのだった。

 

 

 

 

 遊撃士協会へ戻ったエステルたちはジャンに事件の内容を報告した。王室親衛隊とアルセイユがルーアンにやって来た事にジャンは興奮していた。受付の仕事が無かったら自分も見に行きたかったとぼやいた。

 

「アンタって、真面目そうに見えてミーハーなのね」

 

 アスカが少しあきれたようにため息を吐き出した。

 

「ジャンさんが連絡したのはリシャール大佐だったんでしょう? どうして親衛隊が来たのかな?」

 

 エステルが不思議そうな顔でそうつぶやいた。

 

「軍の連絡系統にも色々あるんだろうね」

 

 ジャンはエステルの疑問に対してそう答えた。王国軍は正規軍、国境警備隊、王室親衛隊、そして新設された情報部に別れていた。

 

「でも、市長が逮捕されてしまって、ルーアン地方の行政はどうなってしまうんでしょうか?」

 

 クローゼが心配そうな顔でそうつぶやいた。ジャンは王都から市長代行が派遣されるだろうと答えた。それから選挙が実施され新しい市長が決まるだろうと話した。

 

「そうだ、孤児院の被害については賠償がされるようだよ」

「本当に良かった……」

 

 ジャンの話を聞いて、クローゼはホッと安心して息をついた。

 

「これもみなさんのおかげです……本当に、感謝しています」

 

 クローゼはそう言ってシンジを見つめていた。

 

「当たり前の事をしただけだよ」

 

 シンジは照れくさそうにそう答えた。

 

「そうよ、クローゼったら水臭いわよ」

 

 エステルも明るい笑顔をクローゼに向けてそう答えた。

 

「それにアガットさんの協力もあったからだよ」

 

 ヨシュアからアガットの名前を聞いたエステルはハッと気が付いた顔でジャンに尋ねる。

 

「ジャンさん、アガットから連絡はあったの?」

 

 エステルに聞かれたジャンは残念そうな顔でアガットは黒装束の連中を捕まえる事は出来なかったらしいと話した。他に黒装束の仲間が居て、伏兵の襲撃にあったようだ。

 

「アガットさん、大丈夫だったんですか!?」

 

 シンジが驚いた顔で尋ねると、ジャンはアガットは一人で撃退し、さらに逃げる黒装束の連中を追ってツァイス地方へと行ったらしい。今はもうルーアン地方には居ないだろうとジャンは話した。

 

「さすがはアガットさんですね」

 

 シンジは感心した様子でつぶやいた。体力のあるアガットにとっては強行軍など日常茶飯事だろうとジャンは言った。エステルたちがボースに居る頃から、アガットは黒装束の連中を追いかけているのだとジャンは話した。

 

「どうやらカシウスさんに頼まれた仕事らしいけどね」

「父さんが!?」

 

 ジャンの話を聞いたエステルは驚きの声を上げた。

 

「《レイヴン》にいたアガットを更生させたのはカシウスさんだからね、アガットはカシウスさんに頭が上がらないのさ」

 

 ジャンは愉快そうな顔でエステルたちに告げた。

 

「アガットはひねくれた性格だから、素直に感謝できずにツンツンしているけどね」

「まるでアスカみたいだ」

 

 思わずシンジがそうつぶやくと、アスカの平手打ちがシンジに直撃した。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「アスカはこうでなくっちゃ……」

 

 心配そうな顔で尋ねるクローゼに痛そうに頬を押さえたシンジはそう言って笑った。

 

「僕たちに対して厳しいのもそうかもしれないね」

「全く、いい迷惑よ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いてアスカはそうつぶやいた。

 

「そうだ、君達から預かったカプセルに入った薬のことだけど」

「レイヴンたちが居た灯台に落ちていたあれの事ですね」

 

 ダルモア市長の逮捕についてあらかた話し終えたジャンは話題を変えた。答えたヨシュアは自分が拾った毒々しい赤い色をしたたプセルの事を覚えていた。

 

「この薬の成分を解析するには、ルーアン市のオーブメント工房じゃ無理だ。ツァイスの中央工房にある特別なオーブメント機器じゃないと出来ない。《工房都市》とも言われている通り、博士の資格を持っている人も多いしね」

「なるほど、薬学に詳しい博士も居るってわけね」

 

 ジャンの話を聞いて、アスカは納得したようにうなずいた。

 

「だけどあたしたち、ルーアン支部の所属だからツァイスに行くのは無理じゃない?」

 

 エステルが考え込むような表情でつぶやくと、ジャンは笑顔でカウンターから正遊撃士資格の推薦状を取り出してエステルたちに渡した。

 

「近くこんな日が来るだろうと用意していたのさ」

「いいんですか?」

 

 驚いて尋ねるシンジに、ジャンは空賊事件と同じくこのような大きな事件を解決したのならば功績は十分だと話した。普通の準遊撃士は半年くらいは掛かるのに、スピード出世である。アスカは飛び上がって喜んだ。

 そして学園祭の手伝いもしっかりとこなしたエステルたちには多数の感謝の声が届き、ボーナスBPが加算されてエステルたちは準遊撃士・3級に上昇した。ルーアン支部で二階級特進である。報酬として全状態異常を防ぐグラールロケットと言う貴重な首飾りを貰った。

 

「凄い、学園祭の出演料もくれるなんて」

 

 エステルはダルモア市長の事件解決の報酬以外にもミラが貰えたことに驚いた。

 

「シンジのお姫様は千両役者だったからね」

「からかうのは止めてよ、アスカ」

 

 ニヤリと笑ったアスカに小突かれるとシンジは渋い顔で答えた。エステルたちは水の中に落ちてしまったため、武器や防具などの一部を無くしてしまっていたので、臨時収入は嬉しかった。

 溺れたシンジを助けるために服を脱いで飛び込んだアスカは、流行スポットのルーアンで新しい服を買える事を喜んでいた。シンジはそんなアスカの役に立てた事を心の中で喜ぶのだった。

 

「そう言えば、ツァイスに行くならこのヘッドセットの事も調べてもらえるかもしれないわね」

「うん、何回かヘッドセットが光った事があったけど、今回はアスカの方だけだったね」

 

 アスカのつぶやきに、シンジはうなずいてそう答える。アスカとシンジも、ヘッドセットがただの翻訳機能以外の役割がある事に気が付き始めていた。

 

「ツァイスでも元気でね、君達が一刻も早く正遊撃士になるのを祈っているよ。そうすればもっとジャンジャンバリバリ仕事をしてもらえるからね」

 

 ジャンの言葉に、相変わらずだなとエステルたちは苦笑いした。

 

「みなさんが居なくなると、寂しくなりますね……」

 

 せっかくのエステルたちの門出を悲しい顔で見送るわけにはいかないと、クローゼは無理に笑顔を作ってつぶやいた。

 

「そうだね、ボクたちも寂しいよ」

 

 シンジがそうつぶやくと、クローゼは首を横に振った。

 

「わがまま言ってすみません。エア=レッテンの関所まで御見送りしても良いですか?」

「もちろんよ!」

 

 クローゼの言葉にエステルは笑顔で答えた。エステルたちは今日の所はルーアンのホテルで休む事にした。学園祭の朝から休息をとっていないのだ。ホテルの一般客室に泊ったエステルたちは遊ぶ余裕も無しに泥のように眠るのだった。

 

 

 

 

 エステルたちがルーアンのホテルで寝入っていた夜、アガットは二人の黒装束の連中を追いかけ続けていた。

 

「あんな重くて大きい剣を担ぎながら、どうして我々の動きについて来れるんだ!」

「ふん、お前らとは体力が違うんだよ!」

 

 黒装束の連中の魂の叫びに、アガットは大声で怒鳴った。さらに逃げ回る黒装束の連中に向かってアガットは突進する。岩に乗ったアガットはそこからさらに飛距離を伸ばして跳躍した。

 目の前にアガットに着陸された黒装束の連中は、逃げる事を諦めて武器を構えた。迎撃する事を選んだようだった。

 

「鬼ごっこに飽きて来たところだから、願っても無い事だぜ」

 

 アガットは嬉しそうに笑みを浮かべながら重剣を構えた。

 

「二人同時に斬り掛かれば……!」

 

 黒装束の連中は果敢に突撃するが、アガットの戦技・《フレイムスマッシュ》を食らって大きく後ろに飛ばされ、膝をついてしまった。

 

「手前らが何者で、何を企んでいるか洗いざらい白状してもらおうか……」

 

 アガットがそう言って黒装束の男に詰め寄るとアガットの背後から青年の声が聞こえた。

 

「そうさせるわけにはいかないな」

 

 アガットの背後から現れたのは、赤い顔当ての付いた黒兜を被った黒装束の男と、兜から豊かな黒い髪がはみ出るほどの黒装束の女性だった。

 

「隊長、お手を煩わせて済みません」

 

 黒装束の男が謝ると、赤兜の男はため息を吐き出した。

 

「情けない連中だな、追っ手を撒く事すら出来ないとは」

「なるほど、手前はこいつらより情報を持ってそうだな」

 

 アガットはニヤリとした顔で重剣を構えた。

 

「やれやれ、面倒な事になったものだ。お前たち、ここは俺が殿を務める。サトミ少尉と共に引き揚げろ」

「了解!」

 

 赤兜の男がそう言うと、黒装束の男たちは女性士官と一緒に走り去った。

 

「逃がすか、コラァ!」

 

 黒装束の男たちを追いかけようとしたアガットの太刀を赤兜の男は剣で受け止めた。

 

「ふん、こうなったらお前をとっ捕まえてやるまでだ」

 

 飛びのいて間合いを取ったアガットは重剣を構えてそう言い放った。

 

「それは無理と言うものだ」

 

 赤兜の男が余裕たっぷりにそう言うと、アガットは赤兜の男に向かって斬り掛かった。しかし赤兜の男は左右にジグザグと跳躍してアガットの攻撃をかわす。さらにはアガットの重剣の上に飛び乗って挑発する始末だった。アガットの攻撃はかすりもしないし、赤兜の男が剣で受け止めるまでも無かった。

 

「なかなかやるじゃねえか」

 

 肩で息をしながらアガットはそうつぶやいた。

 

「憎しみに駆られて重き鉄塊を振るうか……お前は、自分と似ているな」

 

 赤兜の男がそう告げると、アガットは驚いた顔になった。

 

「自分の無力さに打ちのめされた事がある……そんな目をしているぞ」

 

 そう赤兜の男に指摘されたアガットは、大きな声を上げながら重剣を振り上げた!

 

「ふざけんなあああっ!」

 

 赤兜の男もアガットに応えるように剣を構える。アガットと赤兜の男は互いに突進し、二人の剣が交差する。二人がすれ違った後、重剣を弾き飛ばされたのはアガットだった。

 

「ふっ、まだ剣に迷いがあるようだな。その迷いが太刀筋を狂わせる。修羅の道に堕ちるのならば人の道を捨てる覚悟が必要だ。人の道を生きるのならば、憎しみや悲しみは忘れ去るがいい。じゃあな……」

 

 そう告げると赤兜の男はぼうぜんと立ち尽くすアガットの前から煙のように姿を消した。

 

「忘れろだと……そんなの無理に決まってるだろうが……」

 

 アガットは身体を震わせながらそうつぶやいた後、思い切り叫んだ。

 

「ふざけんなあああっ!」

 

 アガットの叫び声は、夜の街道に響き渡るのだった……。

 

 

 

 

 ホテルですっかり疲れを取ったエステルたちは次の日の朝、クローゼと待ち合わせをしているラングランド大橋へと向かった。エステルたちが昨日の事件の事を話して時間を潰していると、走って息を切らせたクローゼがやって来た。

 

 ◆《グノーシス》の調査◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 《レイヴン》達を操っていた謎の薬……。

 博士がたくさんいるツァイスならその正体について何か手掛かりが得られるかもしれない。

 

 ◆インターフェイス・ヘッドセットの調査◆

 

 【依頼者】無し

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】自己判断

 

 ネルフの技術で造られた、エヴァとシンクロを補助するための装置……。

 工房都市と呼ばれるツァイスなら怪現象を引き起こす仕組みについて何か手掛かりが得られるかもしれない。

 

 遊撃士協会の掲示板には依頼は無かった。ジャンが気を遣ってくれたのかもしれない。エステルたちは心置きなくエア=レッテンの関所へと向かうのだった。アイナ街道ではエステルたちの行く手を遮るものは無く、エステルたちはそれほど時間が掛からずにエア=レッテンの関所へと到着した。

 

「相変わらず、迫力のある滝ね。ルーアンの街って見所が多いから、公爵じゃないけど、住んでみたいかも」

 

 エステルはエア=レッテンの関所を取り囲む切り立った断崖から崩れ落ちる滝を眺めると、感心してつぶやいた。

 

「エステルさんたちが住んでいるロレントの街も素敵な所だと思いますよ」

「あんな田舎町じゃ、ダサい服しか買えないわ」

 

 クローゼがそう言うと、アスカは膨れた顔でぼやいた。

 

「クローゼさんはロレントの街へ行った事があるの?」

 

 シンジの質問に、クローゼはうなずいた。

 

「リベール王国の五大都市すべてに行った事があります。これからみなさんが行くツァイスの街は、個性的な建物がたくさんあって驚かれると思いますよ」

 

 クローゼはそう言って微笑んだ。エステルたちは関所を通過する手続きをするため、建物の中に入る。関所の兵士達とは、デュナン公爵の占拠騒動があった時に顔見知りになっていた。

 エステルたちは一階の入口のカウンターで通行手続をして、クローゼは《カルデア隧道》の手前までの見送りを許可された。

 

「カルデアすいどうって何?」

「ルーアン地方とツァイス地方を結ぶ街道で、長いトンネル道なんですよ」

 

 エステルの質問に、クローゼが答えた。

 

「トンネルの街道か……あまりいい気はしないのよね」

「エステル、アンタお化けが苦手だもんね」

 

 ポツリとつぶやいたエステルに、アスカがニヤリと笑みを浮かべて声を掛けた。関所の建物の二階に上がると、荘厳な滝の姿がさらに間近になり迫力を増す。エステルたちが通行許可証を見せると、門番の兵士はトンネル道の入口の扉を開けてくれた。

 

「……お別れの時ですね。あの、エステルさんたちはこれからツァイスとグランセルの遊撃士協会に行かれるんですよね? もしかしたら、グランセルでまたお会いできるかもしれません」

「そうなの!?」

 

 クローゼの話を聞いたエステルが驚きの声を上げた。

 

「私、一ヵ月後にグランセルで開かれる女王生誕祭に行くつもりなんです。親戚の方が招待してくださったので……」

「その頃にはアタシたちもグランセルに居るはずよ」

 

 アスカは自信たっぷりにクローゼに向かってそう答えた。

 

「でも、ツァイス支部の推薦状がそんなに早くもらえるかな?」

「フン、アタシたちは世界最年少で正遊撃士になるのよ!」

 

 不安そうにつぶやくシンジに、アスカは堂々とそう言い放った。支部の推薦状をもらうには地道な活動を続けているだけでは半年は掛かる。アスカはこれまでのように自分たちが大事件に遭遇して解決できるとでも思っているのだろうか。

 

「私の用事が終わったら、グランセルの遊撃士協会に連絡しますね。そうすればお会いできると思いますから」

 

 クローゼはそう言うと明るい笑顔になった。

 

「みなさん、本当にありがとうございました。エステルさんたちが私にしてくれた事、ずっと覚えていますから……」

「ボクたちもクローゼさんには助けてもらったから、おあいこだよ」

 

 シンジもクローゼの目を見つめ返してそう答えた。

 

「とんでもないです、みなさんは私に勇気をくれました。私は今まで自分の責務から逃げ回っていました。でも、逃げてはいけない事を教えて頂きました。おかげで私、立ち向かうことが出来そうです」

「よくわからないけど……役に立てたのならあたしたちも嬉しいかな」

 

 クローゼの言葉にエステルは困惑しながらも笑顔で答えた。最後にエステルたちはそれぞれクローゼと握手を交わした。

 

「それじゃあ、元気でね、クローゼ!」

「エステルさん、ヨシュアさん、アスカさん、シンジさん、正遊撃士になるための修行の旅、頑張って下さい」

 

 別れのあいさつを交わしたエステルたちはトンネルの中へと姿を消した。エステルたちの姿が消えた後、クローゼは深い深いため息を吐き出した。

 

(……私、最後の最後で勇気が出せませんでした……)

 

 思い悩むクローゼの側に、シロハヤブサのジークが飛んできた。クローゼはジークの鳴き声に対して答える。

 

「そうね、また会えますよね。ありがとう、ジーク」

 

 しばらくカルデア隧道への入口の前に立っていたクローゼは、エア=レッテンの関所から出ようと後ろを振り返ると、そこに立っていた人物を見て驚いた。

 

「ユリアさん……? 王都にデュナン公爵を送り届けに行ったはずじゃ……?」

「ええ、思った以上に時間が掛かってしまいました」

 

 クローゼの言葉にユリア中尉はそう答えた。

 

「今回はご報告があって参上した次第です」

 

 ユリア中尉はそう言ってクローゼに向かって頭を下げた。シロハヤブサのジークが嬉しそうな鳴き声を上げてユリアの周囲を飛び回る。

 

「こらこら、じゃれつくな。お前は護衛の仕事を果たしているのだろうな?」

「ジークにはいつも助けてもらっています」

 

 そう言ってクローゼはニッコリと微笑んだ。

 

「街道外れの紺碧の塔の前にアルセイユを止めてあります。報告はそちらで……」

「分かりました……」

 

 ユリアとクローゼは連れ立ってエア=レッテンの関所を出るのだった……。




 ◆ブレイサー手帳◆

 依頼達成数:48

 獲得BP  :198

 ランク 準遊撃士・3級(※最高ランクは1級)

 所属 ルーアン支部  


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空の軌跡FC・ツァイス地方編
第三十一話 ようこそ工房都市ツァイスへ! 小さな導力技師、ティータとの出会い


 

 カルデア隧道に足を踏み入れてしばらくして、エステルはヨシュアが頻繁に後ろを気にしている事に気が付いた。

 

「何かあったの?」

「誰かがつけて来ているような気がするんだ」

 

 エステルに尋ねられたヨシュアは真剣な表情でそう答えた。

 

「もしかして、お化けだったりして」

「な、何を言い出すのよ」

 

 アスカがからかうようにそう言うと、エステルは震え上がった。

 

「それにしてもシンジ、アンタも元気が無いみたいだけど、どうしたのよ?」

 

 顔色の冴えないシンジに気が付いたアスカが声を掛けた。そしてニヤリと笑みを浮かべて声をさらに掛ける。

 

「なるほど、クローゼに未練があるわけね」

「はぁ!?」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジはすっとんきょうな声を上げた。

 

「隠さなくても良いわよ。演劇ではキスした仲なんだし、水の中に飛び込んでまで助けたんだしね!」

「実際にはキスしていないし、水の中に落ちたのは偶然だよ! ……それに、ボクは水の中に落ちた時の事を思い出して昨日眠れなかっただけなんだ……」

 

 アスカに対してシンジは決死の表情で言い訳した。

 

(……シンジが言い訳しているのを聞いて、アタシは何をホッとしているのよ!)

 

 アスカは顔を赤くして胸を押さえながらそう思った。カルデア隧道は魔獣除けの導力灯が置かれている街道の外れには天然の洞窟があり、いつ魔獣が飛び出して来てもおかしくない。導力灯が壊れていれば逆に魔獣を呼び寄せてしまうのだ。

 エステルたちが曲がりくねった街道を歩いていると、幼い少女の声が聞こえて来た。

 

「い、急がなくっちゃ!」

 

その声は洞窟内に反響し、どこから聞こえて来るのか分かりづらい。エステルたちが戸惑っていると、ツァイスの方からゴーグルを額に掛けた小学生ぐらいの金髪の少女がテクテクと走って来た。

 

「あっ……」

 

 アスカと同じ青い瞳でエステルたちを見つめる少女。

 

「ちょっと、アンタみたいなちっこいのがこんな所に居たら危ないわよ!」

 

 言い方は乱暴だが、アスカはその少女を気遣うように声を掛けた。

 

「あの、お姉ちゃんたちはこの道を通って来たんですか?」

「うんそうだけど、どうしたの?」

 

 少女に尋ねられたエステルはそう答えた。

 

「あのあの、それなら途中で消えた導力灯を見かけませんでした?」

「消えた導力灯は見なかったけど、点滅していたものは見かけたよ」

 

 少女の質問にヨシュアが答えると、少女はやっぱり思った通りだと泣きそうな顔でつぶやいた。

 

「すみません、わたし急ぎますので!」

「あっ、待ちなさい!」

 

 少女はそうつぶやくと、エステルたちの脇をすり抜けて走って行ってしまった。アスカが呼び止めても振り返りもしない。少女一人を放っておくことも出来ないと判断したエステルたちはツァイスの街を前に引き返す事にした。

 

「はぅぅぅ、困りましたぁ」

 

 少女の泣きそうな声が聞こえて来る。エステルたちが少女の元に駆け付けると、少女の視線の先には明かりが消えた導力灯に群がる魔獣達の姿があった。

 

「こんなに集まっているなんて……これじゃあ導力灯が壊されちゃうよ……こうなったら……」

 

 少女は魔獣達に向かって導力砲を構えた。その眼差しはあどけない少女とは思えない鋭いものだった。

 

「方向よし、仰角35度……導力充填率50%……みんな落ちちゃえーっ!」

 

 少女の導力砲から弾丸が放たれる。放物線を描いて魔獣達の群れの内、何匹かを焦がしたが、残りの魔獣達は少女に襲い掛かる!

 

「いやあああっ!」

 

 魔獣が迫り、悲鳴を上げる少女の前に、走って来たエステルとアスカが飛び込んだ。

 

「あ、お姉ちゃんたちはさっきの……」

「話は後よ、アンタは下がって!」

 

 導力砲は接近戦闘には向かない。アスカはそう言って少女を後ろにさがらせた。エステルたちは魔獣達と乱戦に突入した。少女の導力砲は着弾地点に爆風を生じさせ、範囲攻撃の導力魔法よりは狭いものの、複数の魔獣を巻き込んだ。詠唱時間が無い分、使い勝手が良さそうだった。

 

「はぁ……怖かった……あのあの、ありがとうございます」

 

 戦いが終わると、少女はペコリと頭を下げた。その愛らしさを見たアスカは胸がときめくのを感じた。

 

「もう、無茶しちゃダメよ。大怪我したら危ないじゃない」

「あぅ……ごめんなさぁい」

 

 エステルに怒られた少女はしょんぼりとした表情になった。

 

「まあまあ、そのくらいにしてあげなさいよ」

 

 珍しく優しい声を掛けるアスカに、シンジは目を丸くした。

 

「無茶をするなって君が言っても説得力が無いよ」

 

 ヨシュアも笑顔でエステルに声を掛けた。エステルたちが自己紹介をすると、少女はティータと名乗った。ツァイスの中央工房で見習いの導力技師をしているらしい。

 

「なるほど、だからそんな服を着ているのね」

 

 エステルは感心した様子でティータの服装を見た。オーバーオールの作業服は小さいながらも立派な導力技師だ。

 

「ティータ、ツァイスに戻るならアタシたちと一緒に行かない?」

「また魔獣が出たら大変だしね」

 

 アスカとシンジが声を掛けると、ティータは太陽のような満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとーございますっ。えっと、あの導力灯を修理しちゃいたいので、少しだけ待ってもらっていいですか?」

 

 ティータはそう言って灯りの切れた導力灯へと向かった。身長の低いティータは背伸びをして導力灯の修理をしていた。それを見ていたアスカがティータを後ろから抱き上げた。

 

「ありがとう、アスカお姉ちゃん!」

「ア、アタシは早くツァイスに行きたいだけよ、だから手伝ってやってんのよ!」

 

 ティータに笑顔でお礼を言われたアスカは顔を赤くして顔を反らした。

 

「それにしても、よくこの導力灯が壊れそうだと判ったね」

「端末のデータベースを調べたんですよ」

 

 ヨシュアの質問に、ティータは小さな胸を張って答えた。リベール王国にはネットワークコンピュータ技術まで存在しているのかとアスカとシンジは驚くばかりだった。もしかしてネルフのスーパーコンピュータMAGIを超えるものもあるかもしれないと思った。

 

「間違って整備不良だったものが設置されてしまったみたいなんです」

「そうなんだ、直せてよかった。凄いんだね」

 

 ティータの言葉を聞いたシンジは笑顔になって声を掛けた。

 

(たいまつ? ベースボール?)

 

 エステルの頭の中では聞き覚えの無い言葉がグルグルと回っていた。

 

「ただクオーツの接続不良を直して、導力圧を調整しただけですから」

 

 シンジに褒められたティータは照れくさそうにそう答えた。エステルはさっぱりわからないと言った感じでウーンと唸っていた。

 

「えーと分かりやすく説明すると、オーブメント機器の内部にはクオーツっていう結晶回路がはまっているんですけど、それが正確にユニット部分に繋がっていないと生成された導力エネルギーが行き場を失ってしまって結果として目的とされた当初の能力が発揮できなくなってしまうんです。それが導力灯の場合は……」

「ちょっと待って! それ以上聞いたら頭がパンクしちゃう!」

 

 エステルはそう言ってティータの説明を遮った。このままティータの説明を聞き続けては日が暮れてしまう。エステルたちはツァイスの街を目指して出発する事にした。トンネル道の終点はツァイス市の中央工房の地下区画に通じていた。

 

「《中央工房》って随分大きな建物だって聞いた事があるよ」

「それはもーとにかくでっかいです!」

 

 ヨシュアの言葉にティータは自分の事のように喜んでそう答えた。

 

「初めて工房に来るお客さんが迷子になっちゃうくらいです」

「ひえー、遊撃士協会にたどり着けるか心配になって来ちゃった」

 

 ティータの話を聞いたエステルは悲鳴を上げた。

 

「それならわたし、お姉ちゃんたちを案内します」

「ありがとう、助かったわ!」

 

 ティータの申し出に、エステルは飛び上がって喜んだ。

 

 

 

 

 ツァイス中央工房の中に入ったエステルたちはベルトコンベヤーを備えた工場を見てあんぐりと口を開けるほど驚いた。

 

「凄い……こんなオートメーション化された工場は見た事無いよ」

 

 ヨシュアは感心したようにつぶやいた。

 

「ツァイスの地下に広がるオーブメント工場なんですよ。色々な物がここで造られているんですよ」

「へえ、圧倒されちゃうわね」

 

 ティータが説明すると、エステルは感心してつぶやいた。

 

「あれ、この狭い部屋は?」

 

 エレベータに入ったエステルはキョロキョロと辺りを見回した。

 

「エレベータです。地下から屋上までビューンって行っちゃうんですよ」

「鉱山にもエレベータってあったよね。どこにも見当たらないけど」

 

 ティータの説明を聞いて、エステルは不思議そうな顔で辺りを見回した。

 

「アンタ、何も知らないのね。この部屋全体が動くのよ」

「えっへん、最新式なんですよ」

 

 アスカの言葉にティータも胸を張った。

 

「アスカお姉ちゃんはオーブメント機器を見ても驚かないんですね」

「アタシとシンジが居た世界では当たり前にあったのよ」

 

 アスカはティータに自分とシンジは別の世界からやって来た事を明かした。調子に乗ったアスカがネルフやエヴァの事を話すとティータは目を輝かせて、もっと話を聞かせて欲しいとせがんだ。

 エレベータが目的の一階に到着すると、ティータは中央工房の受付嬢ヘイゼルから工房のトランス主任がティータを呼んでいると聞かされた。ティータに演算室に来て欲しいとの事だ。

 もっとアスカと話したかったティータは後ろ髪を引かれる思いでエステルたちと別れた。エステルたちがしばらくツァイスに滞在する事を話すと、ティータは嬉しそうな顔をしてエレベータに乗り込んで行った。

 

「ティータって可愛い子だったわね、一生懸命な感じで。アタシもあんな可愛い妹が欲しいわ」

「同感! 健気な感じがたまらないわね」

 

 アスカの意見にエステルも同意した。シンジはアスカの可愛いもの好きがここまでとは思わなかった。

 

「本当、誰かみたいに可愛くない弟じゃなくてさ」

「その通り!」

 

 エステルがそうつぶやくと、アスカもウンウンとうなずいた。

 

「何度も言っているけど、だらしない姉をフォローしているのは僕達だよ」

「そうだそうだ!」

 

 ヨシュアがそう言うと、シンジも力を込めて同意した。

 

「お姉さんって言いたいならもっとしっかりしてくれないとね」

「その通りだよ!」

 

 シンジは勢いで同意したが、そこでアスカが怒った表情をしているのを見て固まってしまった。

 

「シンジ、アンタ生意気!」

「ゴメン、アスカ」

 

 アスカはシンジの頭を両手の拳でグリグリとする。すっかり騒いでいたエステルたちは中央工房の受付エントランスホールに居た人たちの視線を集めていた。視線に気が付いたエステルたちは恥ずかしそうに顔を赤くしてエントランスホールからツァイスの街へと出るのだった。

 

 

 

 

 ツァイスの街に出たエステルたちは、街の中にあるエスカレータに遭遇した。 

 

「動く階段、みたいだね。長い階段だから昇り降りするのは大変そうだからかな」

「だからって機械で動かしてしまうなんて……この街はビックリするものばかりね」

 

 ヨシュアとエステルは感心した顔でそんな事を言い合った。アスカやシンジは動く歩道などネルフで見飽きているが、リベール王国で見たのは初めてだった。

 

「でも、遊撃士たるもの日々修行、楽をしてはいけないわね」

 

 ニヤリと笑ったエステルは、なんとエスカレータを逆走した!

 

「フフン、あたしの勝ちのようね」

 

 昇り方向のエスカレータに逆らって降り切ったエステルは得意げに胸を張った。

 

「アンタバカァ!? エスカレータは走っちゃいけないし、ましてや逆走なんかしちゃいけないのよ!」

 

 下り方向のエスカレータを駆け下りたアスカはエステルの後頭部にツッコミを入れた。アスカもエスカレータを駆け下りてしまっているとシンジは心の中でつぶやいた。

 

「こんにちは!」

「失礼します!」

 

 エステルたちがツァイスの街の遊撃士協会に入ると、受付カウンターには長い黒髪の東方風の妖艶な魅力を備えた女性が立っていた。エステルたちのあいさつにも答えずに黙ってエステルたちを見つめていた。

 

「あの、あたしたち……」

「ようやく来たようね」

 

 エステルが再び東方風の女性に声を掛けようとすると、女性は口を開いた。

 

「エステル、ヨシュア、アスカ、シンジ、ツァイス支部へようこそ。ルーアン支部のジャンから話は聞いているわ」

 

 東方風の女性はキリカと名乗り、ツァイス支部の受付だと自己紹介をした。そしてエステルたちは所属変更の手続きをした。

 

「これであなたたちはツァイス支部の所属となったわけだけど、今のところ緊急の依頼は無いの。BPを稼ぎたければ、掲示板の依頼を自分たちのペースでこなす事ね」

 

 キリカはアスカの考えを見透かしているのか、そう話した。

 

「まあ、そんな大事件にはしょっちゅう遭遇するわけないものね」

 

 アスカはため息を吐き出してそうつぶやいた。

 

「そうだキリカさん、聞きたい事があるんだけど」

「《グノーシス》の事ね」

 

 エステルが尋ねようとすると、キリカは先回りして答えた。キリカはエステルに中央工房の責任者マードック工房長への紹介状を渡した。マードック工房長はツァイス地方の市長と同じ立場の人物なのだと言う。

 

「ずいぶんと用意周到じゃない。アンタ、超能力者?」

「集まった情報から用意をしただけよ」

 

 アスカが尋ねると、キリカは涼しい顔で答えた。

 

「恐れ入りました……」

 

 シンジはキリカの器量に感服してしまったようだ。

 

 ◆臨時司書求む◆

 

 【依頼者】コンスタンツェ

 【報 酬】250 Mira

 【制 限】10級

 

 臨時司書を募集しています。

 中央工房二階・資料室でお待ちしております。

 

 アスカは掲示板の依頼を見てため息をついた。仕事に大きいも小さいも無いのは判っているが、アスカは失望したようにため息を吐き出した。いずれにしても目的地はマードック工房長の居る中央工房だ。

 

 

 

 

 中央工房の一階のエントランスホールで、エステルたちは受付のヘイゼルに工房長への紹介状を見せた。ヘイゼルはインターフォンでマードック工房長と連絡をすると、面会のアポイントが取れたとエステルたちに話した。エステルたちは二階の工房長室を直接訪ねるように言われた。

 

「待たされる事は無さそうね」

 

 アスカは満足したようにつぶやいた。アスカは待たされるのが大嫌いだった。アスカはサッとエレベータに乗り込み、エステルたちを手招きした。エレベータに乗り込んだアスカは、階数の操作盤を見た。中央工房は地下一階から地上五階の大きな建物のようだ。

 他の階にも興味をそそられたが、マードック工房長を待たせるわけにもいかない。アスカは二階へとエレベータを移動させた。工房長室のドアは自動ドアだった。ノックする事無くエステルたちが部屋に入ると、質素な木製の机には白衣を着た初老の男性が座っていた。

 

「やあ、君達が遊撃士諸君だね」

 

 マードック工房長は穏やかな笑顔でエステルたちを迎え入れた。

 

「お忙しいところを恐れ入ります」

 

 ヨシュアが礼儀正しく挨拶をすると、エステルたちもそれに倣った。

 

「いやいや、気にしないでくれたまえ。カシウスさんには世話になったからな。そのお子さんたちに恩返しができるのは嬉しいよ」

 

 マードック工房長はにこやかな笑顔でそう言った。ツァイス中央工房はリベール王国の最先端技術が集まる場所で、技術を狙ったトラブルも絶えなかった。カシウスはロレント支部から駆け付けてそのトラブルを次々と解決して行ったのだと言う。

 

「父さんも出張が多かったからね」

 

 ヨシュアは納得したようにそうつぶやいた。アスカとシンジが着てからの二年間は遠くの依頼を受ける事を控えていたカシウスだったが、その前はエステルを置いて出張する事が多かったらしい。

 エステルたちは《グノーシス》と《インターフェイス・ヘッドセット》の事をマードック工房長に相談した。マードック工房長はグノーシスと印字されたカプセルとシンジのヘッドセットを受け取ると、片眼鏡を付けて丹念に調べ始めた。

 

「うーん、こちらのカプセルには『グノーシス』という文字の他に、『ゲヒルン』と読み取れる文字があるな」

 

 マードック工房長に指摘されたエステルたちはカプセルを覗き込むが、文字が薄すぎて肉眼では読み取りにくかった。マードック工房長は『ゲヒルン』がこのカプセルを作ったメーカーだと推測して、エステルたちに心当たりはないか尋ねたが、アスカとシンジにも聞き覚えが無かった。

 

「こちらの機械は明らかに最近造られた物のようだが、どこにも製造番号が刻まれていないな」

「当たり前よ、アタシたちの居た世界の秘密組織が造ったんだから」

 

 マードック工房長の言葉にアスカは胸を張ってそう答えた。この世界で造られたオーブメント製品にはどこで造られたのか示す製造番号が刻まれるのが普通なのだと言う。50年前にオーブメントが発明された時からの伝統なのだそうだ。

 エステルたちが自分の戦術オーブメントを取り出して確かめると、製造番号が刻まれていた。製造番号が刻まれていないオーブメントは何か後ろめたい目的で造られたものではないかとマードック工房長は話した。

 

「そう言えば、この前遊撃士協会から届けられた黒いオーブメントもそうだったな」

 

 マードック工房長は何か思い出したようにつぶやいた。エステルたちもその出所不明の黒いオーブメントの話が気になった。

 

「この機械の内部構造が気になるが、分解するわけにはいかないのだろう?」

「はい」

 

 マードック工房長が困った顔でシンジのヘッドセットを手に持って尋ねると、シンジは真剣な表情でうなずいた。

 

「それならばラッセル博士に頼むしかないだろう」

 

 腕組みをしたマードック工房長はそうつぶやいた。ラッセル博士はリベール王国にオーブメント技術をもたらした人物として、日曜学校の授業でも教えられるほどである。オーブメントを発明したのはエプスタイン博士だが、ラッセル博士はその直弟子に当たる優秀な博士だ。

 

「しかし博士は研究熱心が過ぎると言うか、色々しでかしてくれるから少々心配だな……」

 

 マードック工房長はそう言って遠い目をした。ラッセル博士が起こした数々のトラブルを思い返しているのだろう。

 

「まあともかく、博士ならこの機械の仕組みを解き明かしてくれるだろう。紹介するから相談してもらうといい」

 

 マードック工房長はそう言うと、インターフォンを通じて誰かを呼び出しているようだった。

 

「もしかして、そのラッセル博士を呼び出したの?」

 

 エステルの質問にマードック工房長は首を横に振った。

 

「ラッセル博士は中央工房とは別に、街に個人的な研究所を構えていてね。普段はそちらで研究をしてもらっているんだ」

「……してもらってるって、何か引っかかる言い方ね」

 

 マードック工房長の言葉を聞いたアスカは察したようにそうつぶやいた。アスカの反応を見たマードック工房長は冷や汗を額に浮かべた。

 

「ここへ呼んだのはラッセル博士のお孫さんだよ。その子に君たちを案内して欲しいと思ってね」

 

 そう言ってマードック工房長は柔和な笑みを浮かべた。

 

「えとえと、失礼します」

 

 聞き覚えのある声と共に部屋へと入って来たのは、カルデア隧道で出会ったティータだった。

 

「あれれ、お姉ちゃんたち?」

 

 ティータはエステルたちの姿を見て驚きの声を上げた。

 

「おや、君達は顔を合わせていたのかね?」

「うん、ツァイスの街に来る途中で会ったの」

 

 マードック工房長が尋ねると、エステルは笑顔でうなずいた。

 

「それじゃあティータがラッセル博士の孫って事?」

「あ、おじいちゃんに用事があるんですか? それならわたしのお家にご案内しますね」

 

 アスカの質問を聞いたティータは、ニッコリとした笑顔で答えた。

 

「よろしく頼むよ。そうそう、何か判ったら私にも教えてくれ。私も技術者の端くれとして興味があるからね」

「分かりました」

 

 マードック工房長の言葉に、ヨシュアはそう答えた。

 

「まさかティータちゃんが来てくれるとは思わなかったわ」

 

 工房長室から出たエステルは笑顔で声を掛けた。

 

「アンタがあの有名なラッセル博士の孫娘だったなんて。だからその歳でそんな知識があったのね。でも、アタシも14歳で大学を出たんだからね」

「アスカ、何を張り合っているんだよ」

 

 胸を張ってティータを見下ろすアスカに、シンジは大人げないとウンザリとした顔でツッコミを入れた。

 

「おじいちゃんはともかく、あたしはただの見習いですから」

 

 ティータは照れたように顔を赤くしながらそう言った。

 

「それでおじいちゃんに何の御用ですか? 遊撃士のお仕事と関係あるんですか?」

「詳しい話はおじいさんに会った時にさせてもらうよ」

 

 ティータに尋ねられたヨシュアはそう答えた。

 

「分かりました。えとえと、それじゃわたしのお家に案内しますね」

 

 エステルたちはティータに先導されて中央工房を出て、ツァイスの街にあるラッセル博士の自宅兼研究所に向かうのだった。

 

 

 

 

 ラッセル博士の家はツァイスの街の南西にあった。外から見てもいかにも研究所と言った外見の家の中に入ると、住居部分は一般的な普通の家だった。

 

「何よ、お掃除ロボットの〇ンバとか、〇ッパーが出迎えがあったりすると思ったのに」

「アスカ、どんな想像をしていたんだよ」

 

 アスカがガッカリした感じでそう言うと、シンジはウンザリとした顔でため息をついた。ティータは困った顔で作り笑いを浮かべていた。

 

「えっと、おじいちゃんは研究所の方に居ると思います」

 

 そう言ってティータが指し示したのは、固い金属で造られていると思われるドアだった。そのいかついドアの向こうが研究所なのだろう。

 

「おじいちゃん、ただいまぁ」

 

 研究所に入ったティータは背を向けて作業に没頭する老齢の博士に声を掛けた。

 

「これをこうすれば……ふぬぬぬぬ……!」

 

 ラッセル博士にはティータの声が届いていない様子だった。

 

「あの、あたし遊撃士のエステル・ブライトって言います」

 

 エステルがラッセル博士の真後ろに立って声を掛けるが、ラッセル博士は作業に夢中になっていて振り返りもしない。

 

「で、できあがりじゃあああっ!」

 

 ラッセル博士は持っていたスパナを振り上げて笑顔で万歳をした。

 

「ひえっ!?」

 

 近くに居たエステルはたまらず悲鳴を上げた。

 

「やった、わしはやり遂げたぞ! 遂に完成だあああっ! さすがワシ! 天才じゃワシ! 早速テストじゃっ!」

「うわああっ!」

 

 エステルはラッセル博士のラリアットを顔面に食らって尻もちをついて倒れ込んでしまった。

 

「ごめんなさい、おじいちゃんは発明に熱中すると周りの事が見えなくなって……また新作の装置が完成したようなんです」

 

 ティータはそう言ってエステルに手を差し出して謝った。

 

「いかにも天才奇才って感じね」

 

 アスカは褒めているのか貶しているのか分からない様子でつぶやいた。ラッセル博士はエステルたちの目の前で珍妙な機械を動かそうと作業をしている。ティータはもう一度ラッセル博士に声を掛ける。

 

「おじいちゃん、このお姉ちゃんたちが相談したい事があるんだって……」

「ん……?」

 

 ラッセル博士は振り返ると、ティータの姿に気が付いて笑顔になった。

 

「おお、ティータ! 良いタイミングで帰って来たな! 今から起動テストをするからデータ収集の補助をしてくれ」

「でも、あのね……」

 

 ティータは泣きそうな困った顔で答えた。

 

「今度の発明品は、生体スキャンを無効にするオーブメントじゃ。特殊な導力波を発生させてスキャンをごまかすわけじゃよ」

「すっごーい!」

 

 ラッセル博士の説明を聞いたティータは目を輝かせた。するとティータはエステルたちをそっちのけでラッセル博士と一緒に複雑そうな装置を動かし始めた。

 

「アンタたちねえ……」

 

 アスカはあきれた顔でため息をついた。

 

「そこの黒髪の!」

「ボ、ボク!?」

 

 ラッセル博士に突然呼ばれたシンジは困惑した顔で返事をした。

 

「ぼーっとしていないで、コーヒーを入れんか! 小腹が減ったから目玉焼きも頼むぞ。黄身はカチカチに固いやつじゃ」

「は、はいっ!」

「シンジ、僕も手伝うよ」

 

 シンジとヨシュアはキッチンへと走った。

 

「次に、そこの触角みたいな髪の!」

「あ、あ、あんですって~!?」

 

 ラッセル博士がツインテールのエステルに向かってそう言うと、エステルは大声で怒鳴り返した。アスカはお腹を抱えて笑い転げている。

 

「二階の本棚から『導力波と斥力値』と言う本を持って来い! ほらほら、そこのダンゴムシみたいに転げているやつもじゃ!」

「ダンゴムシぃ!?」

 

 アスカは怒ってラッセル博士を睨みつけるが、ラッセル博士はアスカを無視して機械の方を向いてしまった。エステルとアスカは大きなため息をついてラッセル家の二階へと向かうのだった。

 

「おじいちゃん、こっちは準備完了だよ」

「さすが我が孫娘、手際が良いな」

 

 ティータが笑顔でそう言うと、ラッセル博士も満足そうに微笑んだ。

 

「あれ? そう言えば、お姉ちゃんたちは?」

 

 エステルたちの姿が見えない事に気が付いたティータは不思議そうな顔で部屋を見回した。ラッセル博士はふと思い出したようにつぶやいた。

 

「そういえば、見慣れない若いのが居たが、マードックが寄こした新しい助手かのう?」

「お、おじいちゃーん……」

 

 ティータの泣きそうな悲鳴が研究室に響くのだった。



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第三十二話 毎度お騒がせ、ラッセル博士! 少年Kの黒のオーブメントの謎

 

 その後エステルたちは流されるままにラッセル博士の装置の実験を手伝う事になり、実験が終わる頃には夕方になってしまっていた。

 

「すまんすまん、お前さんたちをマードックが寄こした助手だと思ってしまってな。いつもの要領でこき使ってしまったわい」

 

 実験が終わった後、ダイニングキッチンのテーブルでくつろいだラッセル博士は笑顔でそう言った。口では悪いと言っているようだが、大して反省はしていないようだ。

 

「全く笑い事じゃないわよ」

 

 アスカは顔を膨れさせてそうつぶやいた。

 

「目玉焼きだけじゃなくて、たくさん料理を作らされたよ……」

 

 葛城家の家事より数倍ハードだとシンジは思った。脳細胞をフル回転させるにはエネルギーが必要だと言われて数人前の料理を作らされた。ヨシュアは足りない食材を街に買いに行かされたりと散々だった。アスカとエステルは何度階段を昇り降りさせられたか分からない。二階の本棚ごと持って来た方が良いと考えたほどだ。

 

「お前たち、なかなか根性があるな。どうじゃ、遊撃士よりも導力学者になってみないか?」

「もう、おじいちゃんてば!」

 

 愉快そうな顔で言うラッセル博士に、ティータは困った顔で声を掛けた。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃんたち。わたしも実験に夢中になっちゃった……」

 

 ティータは顔を赤くして恥ずかしそうな顔で謝った。

 

「別にティータが謝る事は無いわよ」

 

 アスカはそう言ってティータに向かって微笑んだ。

 

「はあ……天才博士と言うからどんな人かと思っていたけど、こんなお調子者の爺さんだとはね……」

 

 エステルはあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「しかしカシウスの子供たちが訪ねて来るとは驚いたのう」

「博士って父さんの知り合いだったんだ」

 

 ラッセル博士の言葉を聞いたエステルはそうつぶやいた。

 

「あいつが軍にいた頃からの付き合いじゃから二十年以上になるか」

「わたしもカシウスおじさんと会った事がありますよ」

 

 ラッセル博士に続いてティータも笑顔でエステルたちに言った。

 

「そう言えばお前さんたち、ワシに相談があって来たそうじゃな」

 

 ラッセル博士に言われたエステルたちは顔を見合わせた。相談したい事は二つある。先ずは遊撃士協会で依頼されている《グノーシス》についてだ。個人的な相談である《ヘッドセット》については後回しだ。

 エステルたちが《グノーシス》について相談すると、細かい分析をする機械は中央工房にある演算装置《カペル》の方が適しているとラッセル博士は話した。《グノーシス》の分析は後日、中央工房にある《カペル》を使って行う事になった。

 

「それじゃあ、この機械について何か判りませんか?」

 

 シンジは自分の頭から《インターフェイス・ヘッドセット》を外してラッセル博士に渡した。ラッセル博士は興味深そうにヘッドセットを眺めた後、

 

「ようし、早速切断じゃ!」

「分子カッターなら切れるかな、おじいちゃん!」

「止めてええええっ!」

 

 シンジは必死の形相でラッセル博士からヘッドセットを奪い取った。

 

「ケチ」

 

 ラッセル博士は面白くなそうな顔でそうつぶやいた。

 

「あのあの、アスカさんたちの話を聞くと、その《ヘッドセット》と呼ばれる機械は特定の精神波に反応して発動すると思います。そして次元のチャンネルを開いて何者かと交信しているのだと……」

 

 ティータの説明を聞いてアスカは少し考えこむような表情で尋ねる。

 

「それじゃあ、ヘッドセットの発動する効果に違いがあるのはどうして?」

「ふーむ、発せられる精神波の違いによるものだろうな」

 

 アスカの質問に対してラッセル博士はそう答えた。結局ヘッドセットについては強く念じれば何かが起こる程度の事しか分からなかった。これも《カペル》を使って分析するしかなさそうだ。

 

 

 

 

 結局、相談したい事の疑問が完全に晴れずに気落ちするエステルたちに、ラッセル博士は面白い物を見せてやると話した。ラッセル博士が取り出したのは真っ黒なオーブメントだった。

 

「先日、遊撃士協会から預かったものだが、製造番号が刻まれて無いのもそうだが継ぎ目のようなものが全く見当たらんのじゃ。しかもこの外殻はこの工房にあるカッターでは傷一つ付けられんのじゃよ」

 

 エステルたちは驚いて黒いオーブメントを見つめた。

 

「このオーブメントのフレームはとても硬い材質で出来ているようじゃ。切断して中を調べるのは至難の業じゃな」

「とんでもない物だと言う事は判ったわ」

 

 ラッセル博士の言葉を聞いたアスカは目を輝かせてつぶやいた。アスカは俄然黒いオーブメントに興味を持ったようだ。

 

「しかし困った事になりましたね……」

 

 ヨシュアは浮かない表情でそうつぶやいた。

 

「まあ、切断する前に測定装置にかけてみようかの」

 

 ティータは導力波の動きをリアルタイムに測定するための装置だと説明した。

 

「その装置を使うとどうなるわけ?」

 

 エステルが訳が分からないと言った顔で尋ねた。

 

「分かりやすく言うと、この黒いオーブメントがどんな機能を持っているかどうか判るんじゃよ」

「なるほど、重要な手掛かりが得られる可能性が高そうですね」

 

 ラッセル博士の言葉に、ヨシュアは真剣な表情でつぶやいた。

 

「おじいちゃん、実験もいいけどそろそろご飯の時間だよ」

「えー、ワシ実験したい」

 

 ティータの言葉にラッセル博士はそう答えた。三度の飯より実験が好きだとはまさにその事だ。

 

「お姉ちゃんたちも食べて行ってください、あんまり自信は無いですけど」

 

 ティータは顔を赤くしてはにかむような笑顔でそう言うのだった。

 

「ボクも手伝うよ」

 

 料理が趣味の域に達してしまったシンジは助けを申し出た。

 

「それじゃあ、食事の支度が済むまでワシはちょっとだけ実験を……」

「だめーっ! わたしだってやりたいんだもん。抜け駆けは無しなんだからね」

 

 ラッセル博士の言葉に対してティータは怒った。結局シンジが食事の支度をすることになってしまった。

 

「血は争えないってやつね」

 

 アスカはポツリとそうつぶやくのだった。

 

 

 

 

 夕食が終わり、すっかり辺りは夜の帷に包まれたと言うのにラッセル博士は元気に次の実験を始めようとしていた。

 

「お腹がいっぱいになったことだし、さっそく実験再開じゃ。ならばアスカ、例のオーブメントを台の上へ置くんじゃ」

 

 ラッセル博士に言われたアスカは黒いオーブメントを装置の台の上に置いた。

 

「ティータ、準備はどうじゃ?」

「うん、オッケーだよ」

 

 ラッセル博士に聞かれたティータは笑顔で返事をした。

 

「それでは《黒のオーブメント》の導力波測定テストを開始する」

 

 ラッセル博士がそう宣言すると、ティータは目を輝かせた。

 

「ティータってばすっかりやる気満々ね」

 

 アスカは笑みを浮かべてそう言った。

 

「えへへ」

 

 ティータは顔を赤くして笑った。

 

「ティータ、装置を起動してくれ」

「うん」

 

 ラッセル博士にティータは真剣な表情で答えた。

 

「出力を固定、50%……各種測定器の準備開始」

「了解です」

 

 二人の間に、エステルたちは立ち入るスキが無かった。

 

「各種測定器、スタンバイオッケーだよ」

「さてと、中の結晶回路に導力波をぶつけて反応を探るか……いよいよ、この測定装置の真価が問われる時じゃ!」

 

 ラッセル博士がボタンを押すと、黒のオーブメントに向かって緑色の光が照射された。

 

「なるほど、結晶回路に負荷をかけるわけね」

 

 アスカが納得したようにつぶやいた。戦術オーブメントの研究をしているアスカは、他のオーブメントの事も積極的に勉強していた。

 

「ティータ、測定器の反応はどうじゃ?」

「なんだか変な感じだよ……メーターの針がグルグル回っちゃってる」

 

 ラッセル博士に聞かれたティータは不安そうな顔で答えた。すると、測定装置の台の上に置かれた黒のオーブメントが青黒い光を放ち始めた!

 

「何じゃこれは!?」

 

 ラッセル博士は驚きの声を上げた。オーブメントから黒い波動が発せられ、周囲の測定器のランプや部屋の照明が消える。その黒い波動はラッセル家に留まらず、ツァイスの街の中にまで広がった。

 街の民家の明かりやエレベータ、オーブメントの街灯が消え、ツァイスの街は闇に包まれた。真っ暗になった事に驚いた住民たちはあわてて家の外に出る。

 

「おじいちゃん、測定装置を止めてっ!」

「止める訳にはいかん、あと少しで何かが分かりそうなんじゃ」

 

 ティータが悲鳴を上げて訴えかけるが、ラッセル博士は装置を止めようとしなかった。外に様子を見に行ったエステルが研究室へと戻って来た。

 

「街中の明かりが消えちゃってるわよ!」

「ふええっ!?」

 

 エステルの言葉を聞いたティータが泣きそうな顔で悲鳴を上げた。

 

「ぬぬぬ、仕方ない! 実験停止じゃ!」

 

 ラッセル博士が測量装置を止めると、照明は再び灯った。

 

「はううう……」

 

 ティータは深いため息を吐き出した。計器に何の記録も残っていなかったことに、ラッセル博士は失望の声を漏らした。

 

「動き続けていたのは、黒のオーブメントが乗った装置本体だけか……」

 

 ラッセル博士は考え込む仕草でそうつぶやいた。

 

「街の照明は元通りになったみたいよ」

「まだ騒ぎは続いているみたいだけどね」

 

 外を見に行ったアスカとシンジはそう告げた。ラッセル博士は黒のオーブメントが導力停止現象を引き起こしたのだと説明した。

 

「オーブメントの中の導力が動かなくなったっていうことね」

 

 アスカは腕組みをしてそうつぶやいた。

 

「これほど広範囲のオーブメントを停止させるとは、こいつはとんでもない代物じゃな、面白い!」

「面白がっている場合じゃないと思うんだけど……」

 

 喜ぶラッセル博士に、エステルがツッコミを入れた。

 

「はーかーせーっ!」

 

 研究室に聞き覚えのある男性の声が飛び込んで来た。

 

「おお、マードックじゃないか。何の用じゃ?」

「何の用じゃ、ではありません! 発明の度に大騒動を起こして! 街中の灯りを消すなんて何をやったんですか!」

 

 マードック工房長はカンカンに怒ってラッセル博士に詰め寄った。

 

「失礼な、今回はワシの発明とは無関係だぞ。遊撃士協会が寄こした、黒のオーブメントのせいじゃ」

「なるほど、博士の発明品が原因ではないのか……」

 

 ラッセル博士の説明を聞いて、マードック工房長は納得したようにつぶやいたが……。

 

「結局、あんたのせいじゃないかっ!」

 

 マードック工房長はそう叫ぶのだった……。こうしてツァイス市に来た初日は過ぎて行った。エステルたちはラッセル博士の家の二階の部屋に泊めてもらう事になった。

 

 

 

 

 目を覚ましたエステルたちは黒のオーブメントについて語り合った。ラッセル博士は黒のオーブメントをどうするつもりなのか話していると、ティータが階段を元気に上がって来た。

 

「おはよーございます。アスカさん、シンジさん、エステルさん、ヨシュアさん」

「おはよう、ティータ」

 

 朝からティータの顔を見れたアスカはご機嫌のようだ。

 

「ラッセル博士はもう起きているの?」

「おじいちゃん、朝早くに中央工房に行っちゃいました。『絶対にあのオーブメントの秘密を解き明かしてやる~!』って」

 

 シンジに尋ねられたティータはそう答えた。

 

「あれだけ工房長さんに怒られたのに懲りてないのね」

 

 アスカはあきれた顔でため息をついた。

 

「僕たちの依頼は後回しになりそうだね」

「ごめんなさぁい……」

 

 ヨシュアがつぶやくと、ティータは泣きそうな顔で謝った。

 

「おじいちゃんは自分の調べたいもの優先ですから。あっ、スープを火にかけたままだった。すぐに朝ご飯できますから、待っててください!」

 

 ティータはそう言って階段を降りて行った。

 

「はぁ……可愛いわね。お持ち帰りできないかしら」

 

 アスカはティータの去って行った方を見てそうつぶやいた。

 

「アスカってば、口元が緩みっぱなしだよ」

 

 シンジがそう声を掛けると、アスカのローキックがシンジのお腹を直撃した。

 

「アンタはボヤボヤしないでティータを手伝って来なさい!」

 

 アスカがそう怒鳴ると、シンジは逃げるように一階へと降りて行った。

 

 

 

 

 朝食を終えたエステルたちは遊撃士協会へと向かう事にした。ティータはラッセル博士がエステルたちの相談を直ぐに聞けないお詫びとして、エステルたちの仕事をしばらく手伝うと申し出た。

 遊撃士協会でキリカに昨日の動力停止現象について報告した後、改めて掲示板の依頼をチェックするが、新しい依頼は入っていなかった。

 

 ◆臨時司書求む◆

 

 【依頼者】コンスタンツェ

 【報 酬】250 Mira

 【制 限】10級

 

 臨時司書を募集しています。

 中央工房二階・資料室でお待ちしております。

 

 昨日はスルーしていた依頼だが、受けてみる事にした。依頼人に会ってみて内容を聞いてみると、返却期限が切れた貸出本の回収だった。三階の設計室と四階の実験室と医務室を廻って本を回収し終わった。

 

「まあこんな依頼、子供でも出来るわよ」

 

 アスカは得意満面で依頼人のコンスタンツェに言い放ったのだが……コンスタンツェはとんでもない事を言い出した。この依頼はほんの前座で、真打の依頼は別にあるのだと話した。

 その依頼も貸出した本の回収。しかし捜索対象地域はツァイス地方全域なのだと言う。その本を借りた人物は最初から本を隠すつもりだったようで、挑戦状とも取れるメモを残していた。

『山里や 池にたたずむ 石の人 近寄りて見よ さらば得られん』

 

 ◆臨時司書の残業◆

 

 【依頼者】コンスタンツェ

 【報 酬】500 Mira

 【制 限】3級

 

 『エルベキツツキの生態』と言う本の回収をお願いします。

 

 追加依頼を引き受けたエステルたちは、緊急の依頼も無いので中央工房を見て回る事にした。三階の工作室に入ると、ラッセル博士が悔しそうな声を上げていた。

 

「おじいちゃん、ここにいたんだ?」

「おお、ティータ。それにお前さんたちも来たのか」

 

 ティータの姿を見たラッセル博士は笑顔になった。

 

「いったい何をしているの?」

 

エステルが尋ねると、ラッセル博士は机に置かれた黒のオーブメントと、導力で動く丸形のチェーンソーを指して愚痴をこぼした。

 

「見ての通り、黒のオーブメントの外殻を切断しようと頑張っておるんじゃが、回転する刃が接触すると機械が止まってしまってな」

「小規模ですけど、導力停止現象が起きましたね」

 

 ヨシュアが真剣な表情でつぶやいた。ラッセル博士は黒のオーブメントは干渉しようとするオーブメントの機能を停止させてしまうので、機械式の丸ノコギリを止められては切断が出来ないと嘆いた。

 

「人間の力で気合いと根性でぶった切る事は出来ないの?」

「無茶な事言わないでよ」

 

 エステルの言葉に、ヨシュアはため息をついた。

 

「じゃあ、溶鉱炉にぶち込んで溶かしてしまうのはどう?」

「そんな事をしたら中身もタダでは済みませんよ」

 

 乱暴なエステルの提案に、ティータは泣きそうな顔で悲鳴を上げた。

 

「それなら導力以外の動力を使えば良いじゃない」

「アスカ、何を言い出すんだよ。そんなのあるわけないよ」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジは眉間にしわを寄せてそう言った。

 

「まったくアンタも勉強不足ね。導力革命が起こる前には何を使っていたのよ。石油や石炭があるじゃない」

 

 アスカがそう言うと、ラッセル博士は目を輝かせた。

 

「ほう、お前さんいい所に目を付けたな。『内燃機関』と言う熱エネルギーで動かす仕組みがあるんじゃ。まあ、導力に比べて非効率だから廃れてしまったわけじゃが……丸ノコを動かすくらいなら出来るはずじゃ」

 

 ラッセル博士はエステルたちに《内燃機関のユニット》と《ガソリン》を持ってくるように頼んだ。場所は中央工房のスーパーコンピュータ《カペル》のデータベースに記録されていると言う。エステルたちはカペルにアクセスするために五階の演算室に行く事にした。

 

 

 

 

 五階の演算室に足を踏み入れたエステルたちは、ワンフロアの部屋を埋め尽くすほどの機械の群れに驚いた。

 

「君達、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」

 

 エステルたちに気が付いた白衣を着た壮年の男性が声を掛けて来た。

 

「あたしたちラッセル博士に頼まれて調べ物に来たんです」

 

 エステルがそう言うと、白衣の男性は技術主任のトランスと名乗った。エステルたちも遊撃士だと身分を明かした。

 

「しかしラッセル博士の頼みとは、また面倒事ではないだろうね」

 

 トランス主任は渋い顔をしてそうつぶやいた。普段からラッセル博士に迷惑を掛けられているのだろう。

 

「博士が天才なのは認めるよ。この演算器《カペル》も博士が開発したものだからね」

 

 トランス主任の言葉を聞いて、アスカはリツコとラッセル博士、どっちが上なんだろうと考えていた。アスカはリツコがMAGIを開発したのだと勘違いしているのだ。

 

「でもね、あの人の周りにはいつもトラブル続きでね」

 

 トランス主任の愚痴が長くなりそうだと思ったアスカは声を掛ける。

 

「今回は迷惑を掛けないと思うわよ。データベースにアクセスして欲しいだけだから」

 

 アスカの話を聞いたトランス主任はホッと安心したように深いため息を吐き出した。トランス主任はエステルたちにカペルの使用方法を教えた。カペルは世界最高峰の情報処理能力と高度な汎用性を備えているとトランス主任は胸を張ってそう話すのだった。

 トランス主任が熱心に操作方法を教えるが、エステルには最初から最後まで意味不明だったので、アスカが操作する事になった。アスカが操作するとディスプレイに、『ガソリンタンク』はエステルたちがツァイスの街に来た時にベルトコンベアを見た地下のオーブメント工場に、『内燃機関ユニット』はツァイス空港の倉庫に保管されていると判った。

 

 

 

 

 地下のオーブメント工場でガソリンタンクを受け取ったエステルたちは、ツァイス空港へと向かった。シンジはどうして自分ばかり重い物を運ばされるのか口を尖らせていた。空港の係員に話を聞くと、内燃機関ユニットは数日前から王国軍のレイストン要塞に貸し出されているのだと話した。

 

「どうして軍部が内燃機関を必要としているんだろう」

「まったく、タイミングが悪かったわね」

 

 ヨシュアのつぶやきにアスカはそう答えたが、ヨシュアは真剣に考え込むような顔のままだった。

 

「ヨシュア、何をそんなに気にしているの?」

 

 エステルも心配そうな顔でヨシュアに声を掛けた。空港の係員の話によると、そろそろレイストン要塞から《整備艇ライプニッツ号》が戻って来る頃だと言う。それほど経たないうちに、何本もの作業用アームが特徴的な飛行艇、ライプニッツ号が空港へと降り立った。

 

「おう、内燃機関ユニットが欲しいのか? ちょうど良かった、さっき王国軍から返してもらったところだ。重いから数人掛かりで運ぶんだぞ」

 

 ライプニッツ号の責任者、グスタフ整備長はバンダナを巻いた親方と言った風体だった。グスタフ整備長は快く内燃機関ユニットを貸してくれた。三人掛かりで重い内燃機関ユニットを運ぶエステルたちを見て、シンジはガソリンタンクを運んでいて良かったと思うのだった。

 

 

 

 

 エステルたちが重い荷物でヘロヘロになりながら中央工房の三階にある工作室にたどり着くとラッセル博士とティータは工作装置の改造を終えて待っていた。後は内燃機関ユニットを取り付けてガソリンを入れるだけで工作機械は動くらしい。エステルたちがガソリンタンクと内燃機関ユニットを渡すと工作機械に取り付けられた。

 

「これで導力に頼らずに工作機械を動かせるわね」

 

 アスカは感心したようにつぶやいた。

 

「ポチッとな」

 

 ラッセル博士はそう言って工作機械の電源ボタンを押した。ガソリンで動く丸ノコは激しい音を立てて回転する。黒のオーブメントに振れても丸ノコの回転は止まらない。エステルたちは息を飲んで見守った。火花が飛び散り、しばらくしたところで止めてみると……フレームの表面に微かに傷が付いただけだった。

 

「えーっ、たったこれだけ?」

 

 エステルは不満の声を漏らすが、ラッセル博士は根気よく続ければ切断できると上機嫌だ。

 

「博士、ちょっといいですか?」

 

 マードック工房長がそう言って部屋へと入って来た。

 

「何の用だ、ワシは実験で忙しいんじゃ」

 

 ラッセル博士は面倒臭そうにマードック工房長に尋ねた。

 

「先ほど、エルモの温泉旅館から博士に依頼がありましてね。温泉を汲み上げる導力ポンプが故障してしまったので修理して欲しいそうですよ」

「かーっ、せっかくこのオーブメントの正体が明かせると言う時に!」

 

 マードック工房長の話を聞いたラッセル博士は地団駄を踏んで悔しがった。まるで駄々っ子のようだ。

 

「あの、おじいちゃん……わたしが代わりに直しに行ってあげるよ」

「なぬ!? ティータ、お前は本当に良い子じゃな!」

 

 ティータがそう言うと、ラッセル博士は笑顔になった。

 

「しかし街道には魔獣も出ますし、危険ですよ」

 

 マードック工房長が心配そうな顔でそう言った。

 

「でもでも、困っているマオおばあちゃんを助けたいよぅ……」

 

 ティータが泣きそうな顔で懇願すると、アスカがそのティータの手を握った。

 

「それならアタシたちに任せなさい! アタシたちがティータを守ってあげるわよ!」

 

 アスカは堂々と胸を張ってそう宣言した。

 

「……アスカは温泉に入りたいからだろ」

 

 アスカはそうつぶやいたシンジの足を思いっきり踏み付けた。

 

「余計な事言わなければいいのに」

 

 ヨシュアは足を押さえて痛がるシンジを見てため息をついた。

 

「アンタ、アタシの裸を見ようなんて、やらしい事考えているんじゃないでしょうね!」

「そんな事無いよ!」

 

 アスカに指を突き付けられたシンジは、そう答えながらも二年前に見たアスカの裸を思い出した。戦略自衛隊のロボット、トライデントが暴れまわった騒動の時、葛城家のベランダで、アスカの裸を見ていたのだ。あれから二年経った今、アスカの身体は成長してさらに女性らしさを増している。シンジはあわてて鼻を押さえた。

 

「どうやら話はまとまったようだね」

 

 マードック工房長が安心した様子でつぶやいた。

 

「おじいちゃん、マードック工房長さん、行ってきます!」

 

 ティータが元気な笑顔で二人にあいさつをした。

 

「おお、行ってこい」

「気を付けるんだよ」

 

 ラッセル博士とマードック工房長に見送られたエステルたちはエルモ温泉に向かうため、工作室を飛び出したのだった……。

 

 ◆エルモ温泉のポンプ修理◆

 

 【依頼者】紅葉亭

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 エルモ村の温泉を汲み上げる導力ポンプが故障してしまったそうだ。

 多忙なラッセル博士の代わりにティータちゃんが修理に行く。

 あたしたちはティータちゃんの護衛だ。



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第三十三話 アスカの恋愛講座!? 復活愛の使者!

 

 エルモ温泉に向かう前に遊撃士協会へと向かったエステルたちは、掲示板に張り出された仕事が増えている事に気が付いた。

 

 ◆新製品のテスト◆

 

 【依頼者】ティエリ

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】4級

 

 ストレガー社では新作スニーカーのテスターを募集中です。

 中央工房四階・実験室までお越しください。

 

「ストレガー社の新作スニーカー!?」

 

 エステルは依頼を見て目の色を変えた。エステルはスニーカー集めが趣味でストレガー社の大ファンなのだ。他の遊撃士にこの仕事を取られては一大事、とエステルに引っ張られる形で中央工房四階の実験室へと向かった。

 依頼人のティエリによると依頼内容は、スニーカーを履いて歩き回ると言うものだった。それで靴のすり減り具合を見たりするらしい。

 

「ああ女神エイドス様、あたしにこのような仕事を回してくれて感謝します」

 

 エステルは滅多にしないお祈りまでするほど喜んだ。実験室の中を見回していたシンジは、実験室の一角にある温室で育てられているトマトに興味を持った。

 

「あの、あそこにあるトマトは?」

「レオ先輩が実験で育てている《にがトマト》だよ。本当はとても甘いトマトを作るつもりが、失敗して苦くなったらしいんだ」

 

 シンジに尋ねられたティエリはそう答えた。ティエリの話を聞いたシンジは《にがトマト》を譲ってもらえないかティエリに頼んだ。ティエリは処分に困っていたところだと言って快く分けてくれた。

 

「シンジ、そんな苦いトマト貰ってどうするのよ! もしかして、アタシに日頃の復讐をするつもりね!」

 

 アスカはシンジの口を引っ張った。シンジはアスカに口を掴まれてフガフガとしか話せないので理由を説明する事が出来なかった。

 

「日頃からシンジに酷い事をしている自覚はあるんだ……」

 

 ヨシュアはアスカに聞こえない小さな声でポツリとそうつぶやいた。

 

 ◆新食材の調達◆

 

 【依頼者】ベン

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】4級

 

 居酒屋《フォーゲル》では、珍しい食材を探しています。

 ガツンとパンチのある食材を希望します。

 

 アスカから解放されたシンジは《にがトマト》をこの依頼の依頼人に渡すつもりだと説明した。シンジはクーラーボックスを借りて、その中ににがトマトを入れて肩に引っ掛けた。

 エステルたちが四階の実験室を出ようとすると、ティエリに同じ四階にある医務室に居るミリアム博士の頼みも聞いて欲しいと言われた。エステルたちが持って来た《グノーシス》の分析はミリアム博士がしてくれているらしい。恩があるミリアム博士の悩みを見過ごすわけには行かなかった。

 

 ◆禁煙強化週間◆

 

 【依頼者】ミリアム

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 何者かが医務室の戸棚から没収されたタバコを盗み出した模様です。

 至急犯人を見つけ出してください。

 

 エステルたちが医務室に入ると、白衣を着たミリアム博士は眉間にしわを寄せて戸棚を睨みつけていた。エステルたちは遊撃士だと名乗り、ミリアム博士から事件の詳細を聞いた。目撃者が居る事で事件は簡単に解決するかと思われた。

 

「ええっ、目撃者って、猫ぉ!?」

 

 ミリアム博士の話を聞いたアスカが驚きの声を上げた。ミリアムによればその猫の名前はアントワーヌと言って、頭の良い猫だからアントワーヌに面通しをすれば犯人は見つかると言う。

 エステルたちは猫のアントワーヌを連れて中央工房で犯人捜しをする事になった。エステルたちはまずアントワーヌとの意思疎通を図るため、『猫語日常会話入門』と言う本を読んだ。

 

【猫語の具体的な用例】

 にやぁおお~ん:本当にそうですね。

 にやぁ~ご  :こちらです。

 にやぁ~~お :これがそうです。

 にやゃゃあ~ :嬉しいです。

 にやゃ~~ご :ちょっと待って。

 にゃあ    :イライラする。

 にゃあ~~  :お腹がすいた。

 にゃぁお~~ん:気を付けて。

 にゃおん   :眠い。疲れた。

 にゃおん?  :どちら様ですか?

 にゃおーん  :はい、そうです

 にゃお?   :どうかしましたか?

 にゃーお   :やあ、またお会いしましたね。

 にゃーご   :お久しぶりです。

 にゃ~おん  :さようなら。

 にゃ~お   :はい、その通りです。

 にゃ~~ご  :こんにちは。

 ふみゃああ  :あくび。

 みゃおん?  :何ですって?

 みゃ~う   :お腹がすいた。(幼児語)

 みゃ~~ご  :ごめんなさい。

 

 エステルたちは第一の容疑者、演算室のトランス主任と会った。トランス主任はタバコの事を聞いても何の反応も示さなかった。一日中演算室に居て医務室へは行っていないと話した。

 

「アントワーヌにも聞いてみる?」

 

 エステルはそう言ってアントワーヌをトランス主任に近づけた。

 

「……にゃお?」

 

 これが第一の容疑者、トランス主任の調査結果だった。第二の容疑者は、導力技師のフーゴだった。フーゴは一階のロビーで他の導力技師と打ち合わせをしていた。その打ち合わせは白熱していて、エステルたちの話を聞いてもらう隙が無かった。

 

「アントワーヌに聞いてみようか」

 

 ヨシュアはそう言ってアントワーヌをフーゴに近づけた。

 

「……にゃお?」

 

 第二の容疑者、フーゴの調査結果も芳しいものでは無かった。最後の容疑者は、マードック工房長だった。工房長室の前でアントワーヌは鳴き声を上げる。

 

「にやゃ~~ご」

 

 エステルたちは顔を見合わせて工房長室へ乗り込んだ。エステルたちの姿を見たマードック工房長は机から顔を上げた。

 

「おや、君達どうしたんだい?」

「にやぁ~~お」

 

 自分に向かって鳴き声を上げるアントワーヌをマードック工房長は不思議そうな顔で見つめた。

 

「にゃ~お、にやぁ~~お」

「どう考えても犯人だね」

 

 ヨシュアはアントワーヌの鳴き声を聞いてそうつぶやいた。

 

「マードックさん、あなたは医務室に行きましたね?」

「いやいやいや、行ってないが……」

 

 ヨシュアが確信をもって尋ねても、マードック工房長はしどろもどろにとぼけた。

 

「医務室から没収されたタバコを持ち出した犯人を捜しているのよ、心当たりは無い?」

「し、知らないな」

 

 アスカが睨みつけながら尋ねてもマードック工房長は無関係を主張した。それならばとエステルたちは工房長室を調べる事にした。

 

「にやぁ~ご」

 

 アントワーヌは工房長室のさらに奥の部屋に通じるドアの前で鳴いた。

 

「この奥の部屋なの?」

「にゃ~お」

 

 エステルの質問にアントワーヌはそう答えた。マードック工房長の寝室に足を踏み入れると、ベッドのサイドテーブルには灰皿とタバコが置いてあった。証拠を突き付けられたマードック工房長は自分の罪を認めて謝った。

 マードック工房長は十年以上前に禁煙していたが、昨日の導力停止現象事件で市民からの苦情が殺到し、その対応のストレスでタバコが吸いたくなったのだと話した。マードック工房長に同情したミリアム博士は、今回だけは水に流すと事件は解決した。

 

「ストレスがたまるとタバコが吸いたくなる……か。加持さんも、ミサトも、リツコも吸っていたわね」

「禁煙活動は広まっているみたいだから、ネルフも全面禁煙になる日も来るんじゃないかな」

 

 アスカとシンジはそんな事を話し合うのだった。中央工房の事件を解決したエステルたちはツァイスの街の居酒屋《フォーゲル》の主人に《にがトマト》を渡した。すると、主人はその味に感激し、その場で思い付いた《にがトマトサンド》のレシピを教えてくれた。酒場にはたまたま研究員のレオが食事に来ていたので、にがトマトの栽培を続ける事で話がまとまった。

 

「フェイ、許してくれっ!」

 

 突然、昼間から酒場で飲んだくれて酔い潰れていた兵士がそう叫んだ。アスカはそんな飲んだくれ男は放って置けと言ったが、シンジはかわいそうだと思って声を掛けてしまった。

 兵士の名前はブラムと言い、ツァイス中央工房で働いているフェイと言う女性と付き合っていたのだが、ケンカ別れをしてしまったのだと話した。またフェイとよりを戻したいと思ったブラムは、自分の気持ちを書いた手紙を渡そうと、職場である共和国との国境にあるヴォルフ砦から数時間歩いてツァイスの街までやって来たのだが、フェイに直接会う決心がつかなくて酒場で酔い潰れてしまったと説明した。

 声を掛けたシンジたちが遊撃士だと知ったブラムは、フェイに手紙を届けてくれないかと依頼して来た。

 

「アンタねぇ……手紙だけで気持ちを動かすなんて難しいわよ」

「えっ、そーなの? アスカお姉ちゃん?」

 

 アスカがため息をついてそう言うと、ティータは驚いた顔になった。

 

「そ、それは困る! 何とかしてくれ!」

「気持ち悪い」

 

 焦ってアスカにすがろうとするブラムの手をアスカは振り払った。

 

「そうねえ……何かプレゼントは無いの?」

「なるほど、プレゼントか! それは良いアイディアだ!」

 

 アスカの言葉を聞いたブラムは元気を取り戻したかのように明るくなった。エステルたちは近くの雑貨屋でフェイへのプレゼントを選ぶ事にした。

 

「それで、フェイさんはどんな人なの?」

 

 エステルに尋ねられたブラムは顔を赤くしながら、エステルの質問に答える。

 

「普段は作業着で男勝りの仕事をこなしているけれど……性格は意外と女の子っぽくて、可愛いものが好きだったりするんだ」

 

 そう話すブラムの顔が赤いのは酔っているせいだけではないようだ。ブラムの言葉を聞いたシンジは真剣そのものの顔でアスカを見つめた。アスカが選んだのは《ふわもこニット帽》だった。ブラムは酒臭いので、とりあえずエステルたちだけで手紙とプレゼントをフェイに渡しに行く事になった。

 ツァイス中央工房の地下オーブメント工場にフェイは居た。手紙とプレゼントを見たフェイは遠い目をした後、はにかんだように微笑んだ。

 

「わざわざ届けてくれてありがとうね。でも、どうせならもっと早く謝りにくればいいのに」

 

 フェイは笑顔でエステルたちにお礼を言うと、遊撃士協会にも報酬を支払うと話した。依頼は成功したのかとシンジがアスカに尋ねると、大成功だとアスカは答えるのだった。居酒屋で待っていたブラムに首尾を伝えて、この依頼は完了となった。

 

 ◆復活愛の使者◆

 

 【依頼者】兵士ブラム・作業員フェイ

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】直接依頼

 

 依頼が終わった後、シンジは雑貨屋を出る前にこっそりと買っていた《ふわもこニット帽》をアスカにプレゼントした。

 

「……アンタって分かりやすいヤツね」

 

 そうアスカは言いながらも、ワンポイントで赤色の入ったニット帽を気に入ったようだった。寒い所へ行ったら使わせてもらうわと言って、アスカは自分の鞄にしまい込んだ。それからしばらくの間、アスカは鼻歌を歌うほど機嫌が良かった。

 

 

 

 

 ツァイスの街中の依頼をこなしたエステルたちは、エルモ温泉を目指してトラット平原道へ足を踏み入れた。

 

 ◆トラット平原道の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】1500 Mira

 【制 限】3級

 

 トラット平原道に凶悪な魔獣【クロノサイダー】が出没中です。

 当支部所属遊撃士のすみやかなる退治を望みます。

 

 八匹の手配魔獣との戦闘ではティータの戦技・スモークカノンが活躍した。目潰しをされた魔獣達はサイのように闇雲に突進するが、エステルたちは悠々と交わせた。

 

「おーい、君たちも遊撃士か?」

 

 エステルたちが手配魔獣を撃退すると、ヴォルフ砦に向かう街道の方から遊撃士の紋章を付けた男性がやって来た。その遊撃士の話によると、運搬車が故障して立ち往生をしてしまっているらしい。エステルたちは掲示板の依頼を思い出した。

 

 ◆運搬車の捜索◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】4級

 

 ヴォルフ砦へ向かった運搬車が遅刻しているそうです。

 当支部所属の遊撃士が護衛していますが、トラブルに巻き込まれた可能性もあります。

 至急、トラット平原道の捜索をお願いします。

 

 この運搬車が掲示板の依頼にあったものに違いない。遊撃士はウォンと名乗り、エステルたちも自己紹介をした。運搬車の運転手はティータと顔見知りのようだ。

 

「ところで困っているみたいだけど、どうしたの?」

 

 エステルはウォンたちにそう尋ねた。わざわざエステルたちに助けを求めて来たのにはわけがあるのだろう。ツァイスの街を出発してしばらくしたところで、導力運搬車のオーバルエンジンが壊れてしまったのだとウォンは話した。

 

「オーバルエンジンの故障なら、内部の駆動オーブメントを丸ごと交換しないといけませんね」

 

 ティータが困った顔でそう説明した。応急修理で何とかなるものではないようだ。エステルたちが話していると、魔獣達の群れに取り囲まれているのに気が付いた。運搬車に積まれたオーバルエンジンに使われている七耀石に引かれて集まって来たのだろう。

 エステルたちは運搬車を中心として陣形を組んで戦った。魔獣達の顔ぶれは普段から街道に居るものと変わらなかったが、数は十匹以上居た。ティータがスモークカノンで魔獣達の視界を遮り、アスカが魔獣達をスパイラルフレアで焼き尽くす。シンジもエアリアルを使えるようになっていた。

 

「ふーっ、君たちのおかげで切り抜けることが出来たよ、ありがとう」

 

 魔獣達を倒し終わった後、ウォンは笑顔でエステルたちにお礼を言った。しかし運搬車をこのまま平原の真っただ中に置いておくわけにもいかない。日が暮れれば魔獣達とも戦いづらくなる。

 

「あたしたち、ツァイスの中央工房に行って新しいパーツをもらって来るわ」

「ええっ、いいのかい?」

「困った時はお互い様よ!」

 

 ウォンに向かってエステルたちは笑顔でウインクした。エステルとヨシュアとティータが駆動オーブメントをツァイスの中央工房に取りに行き、アスカとシンジはここに残ってウォンと一緒に運搬車を魔獣達から守る事になった。

 

 ◆運搬車の修理◆

 

 【依頼者】ブルーノ

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 行方不明だった運搬車は故障していた。

 運転手のブルーノさんによればエンジンの故障らしい。

 修理するためには交換用のパーツが必要だと言う。

 中央工房の人に聞けば分りそうだが……。

 

 エステルたちがツァイスに行っている間、アスカとシンジは息を合わせて迫り来る魔獣達を倒していた。倒した魔獣の数は二十を超えていた。

 

「さすが恋人同士、息がピッタリだね」

「ア、アタシとバカシンジが恋人なワケないじゃない!」

 

 ウォンがそう声を掛けると、アスカとシンジは顔を赤くしながら首を振って否定した。

 

「そうですよ。ボクとアスカは同僚で、ただの同居人ですよ」

 

 シンジがそう言うと、アスカの胸がズキリと痛んだ。

 

(……アタシが自分で今まで散々話して来た事なのに、どうしてシンジの口から聞くとツライんだろう……)

 

「やっほー、お待たせ」

 

 それからしばらくしたところでエステルたちが駆動オーブメントを持って現れた。

 

「フーッ、やっと魔獣退治から解放されるわね」

 

 アスカは深いため息を吐き出した。シンジの事を変に意識し始めてから連携が乱れて大変だったのだ。二人で同じ魔獣を狙って数を減らす戦術が上手く行っていたが、気持ちが乱れると、標的もバラバラになってしまった。

 

「それじゃあ、ぱぱっとオーバルエンジンを交換しちゃいますねー」

 

 ティータとブルーノは協力して運搬車を修理した。修理が完了した運搬車は無事に動き出した。

 

「いやあ、日曜学校に通う歳なのに、ティータちゃんは大したもんだ!」

「えへへ……」

 

 ブルーノに褒められたティータは照れくさそうに笑顔になった。

 

「じゃあ俺たちはもう行くよ、あんたたちも元気でな!」

 

 運搬車に乗ったブルーノはウォンと共にヴォルフ砦への方へと去って行った。エステルたちが目指すのはエルモ村だ。いろいろ回り道があったが今度こそエルモ村へと向かう事になった。

 

 

 

 

 エルモ村に入ったエステルたちは、辺りに漂う刺激的な臭いに顔をしかめた。

 

「何この、卵を燻したみたいな臭いは……」

「温泉に含まれている硫黄成分の匂いなんですよ」

 

 エステルの言葉に対して、ティータはそう説明した。

 

「温泉が湧いている所は大抵こういう匂いがするものよ」

 

 アスカはいかにも温泉に通い慣れている感じでそう言った。実際に温泉に入ったのは一回だけだ。

 

「でも今日はいつもより匂いがちょっと薄いような気がします……。湯気も出ていないようですし……」

「ポンプが故障しているからかもしれないね」

 

 困惑した顔のティータのつぶやきに、ヨシュアはそう言った。ティータによればポンプがある小屋の鍵は旅館の女将が管理しているらしい。エステルたちは旅館へと向かう事にした。

 旅館《紅葉亭》の前ではポンプにより温泉が汲み上げられ、観光客達が足湯を楽しめる広場があった。しかしポンプが故障している事によって温泉は冷え切ってしまい、活気も失われていた。

 

「こんにちは、マオお婆ちゃん」

 

 紅葉亭の中へ入ると、ティータは元気な声であいさつをした。カウンターに立っていた女将のマオ婆さんはティータの顔を見ると笑顔になった。

 

「ティータ、よく来てくれたね」

 

 マオ婆さんは団子頭をかんざしでまとめた東方風の恰幅の良い老婆だった。

 

「工房長さんから連絡があってね、楽しみにしていたよ。それで、その子たちは?」

「おばーちゃん、紹介するね。遊撃士のエステルお姉ちゃんと、ヨシュアお兄ちゃん。アスカお姉ちゃんにシンジお兄ちゃんだよ」

 

 ティータは笑顔でエステルたちを紹介した。エステルたちもマオ婆さんに笑顔であいさつをした。

 

「わざわざティータを送り届けてもらって、済まなかったね。あたしゃ、この『紅葉亭』の女将をしているマオっていう婆さんさ。ラッセルはあたしの幼馴染で、ティータも実の孫みたいに可愛がっているのさね」

 

 マオ婆さんがそう話すと、エステルは感心したようにつぶやいた。

 

「へえ、そうなんだ」

「えへへ」

 

 ティータが照れくさそうに笑った。そしてティータが導力ポンプの修理をしに来た事を話すと、マオ婆さんはポンプ小屋の鍵を渡してくれた。ポンプ小屋は村の外れの高台にあった。

 ティータの説明によれば、導力ポンプは裏山の奥からお湯を汲み取り、旅館の浴槽や広場に送っているらしい。エステルたちは鍵を開けてポンプ装置のある小屋に入った。小屋の中には大きな円形のオーブメント装置があった。これがポンプ装置だろう。

 導力革命が起きたばかりでオーブメントが一般的でない40年前、ラッセル博士はオーブメントの素晴らしさを知らしめるために、温泉を汲み上げるこの導力ポンプを造ったらしい。

 

「博士はこのオーブメント装置に思い入れがありそうね」

 

 アスカは感心したようにつぶやいた。

 

「そう言う事ならしっかりと修理しないとね」

「はいっ!」

 

 ヨシュアの言葉にティータは笑顔で返事をした。

 

「まずは機関部の点検から……」

 

 導力ポンプの点検を始めたティータの表情は真剣そのものだった。

 

「次にスクリューと配管の点検……」

「アタシも手伝うわよ」

「えっとじゃあ、アスカさんはキャビテーションを……」

 

 アスカとティータの二人でオーブメントの修理をする姿は、姉妹のようにエステルたちには見えた。手伝える事は無さそうだと考えたエステルたちは、旅館でティータとアスカの修理作業が終わるまで待つ事にした。

 

 

 

 

 エステルたちが旅館に戻ると、マオ婆さんは不思議そうな顔でティータはどうしたのか尋ねた。エステルはティータがアスカと一緒に温泉ポンプの修理を始め、自分たちは邪魔にならないように旅館で待つ事にしたと話すと、マオ婆さんはそれが一番かもしれないねと笑った。

 ティータは可愛くて素直ないい子だが、機械いじりに熱中すると周りが見えなくなるところは祖父のラッセル博士と同じだとマオ婆さんは笑った。しかし、同世代の友達が居ない事や、両親が側にいない事で寂しい思いをしていないかマオ婆さんは心配しているのだと話した。だから、アスカが一緒にポンプの修理作業をしていると聞いてマオ婆さんは嬉しいのだと言う。

 

「あの、ティータのお父さんとお母さんは……?」

 

 シンジがマオ婆さんにそう尋ねた時、村の青年が息を切らせて旅館に駆け込んで来た。

 

「どうしたんだい、そんなに慌てて?」

「王都から観光に来たあの嬢ちゃん、旅館に帰ってきているかい?」

 

 マオ婆さんに聞かれた青年はそう尋ね返した。

 

「散歩に出掛けたまま帰って来てないよ」

「やっぱりそうか……まずい事になったなぁ」

 

 マオ婆さんの言葉を聞いた青年は深いため息を吐き出した。

 

「実はさっき村の出口であの嬢ちゃんを見かけたんだ。景色の良い場所を探して平原を探検するとか言ってさ……」

「平原には魔獣も居るのに危ない事を……」

 

 青年の言葉を聞いたマオ婆さんは深刻な表情になった。アスカが居たら「アンタバカァ!?」と言っていただろう。

 

「このアンポンタン! 何で引き留めなかったんだい?」

 

 マオ婆さんに叱られた青年はペコペコ謝りながら言い訳をする。

 

「止めたよ! 止めたけどさ、何か凄いマイペースな娘だったろう? だから本当に村から出るのを諦めたのかって心配になっちゃってさ」

 

 今まで話を聞いていたエステルたちは顔を見合わせた。そしてエステルが青年に声を掛ける。

 

「あのう、聞きたいんだけど、その人を村の出口で見たのはいつ頃なの?」

「お昼ぐらいだったかな。飯を食いに帰るところだったからね」

 

 エステルの質問に青年はそう答えた。

 

「急いで探さないと!」

「そうだね」

 

 シンジの言葉にヨシュアがうなずいた。

 

「あたしたち、遊撃士なのよ。これから平原に行ってその人を連れ戻して来るわ」

 

 エステルは青年にそう声を掛けた。

 

「そりゃ頼もしい、じゃあよろしくな」

 

 エステルの言葉を聞いた青年は嬉しそうに声を上げた。

 

「まったく喜んでいる場合じゃないだろう……まあお客さんの安全が最優先だ。あんたたち、済まないけどよろしく頼んだよ」

 

 マオ婆さんはあきれた顔でため息をついた後、真剣な表情でエステルたちに声を掛けた。

 

「任せてください」

 

 シンジはマオ婆さんにそう答えてエステルたちと共に旅館を出て行くのだった。




※原作ではレイと言う名前の研究員ですが、今作ではレオに変更しました。(綾波レイとの混同を避けるためです)

※原作ではヴォルフ砦で発生する◆復活愛の使者◆の依頼を今作では居酒屋《フォーゲル》に変更しました。


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第三十四話 碇シンジ・混浴露天風呂・襲撃後・卒倒事件!

 

 アスカとティータが温泉ポンプを修理している間、別行動で村の外に出て行ってしまった女性観光客を探す事になったエステル、ヨシュア、シンジの三人。村の外に広がる平原のどこから探し始めればいいものかと話し合っていた。

 その女性観光客は景色の良い場所を探していた事から、街道から外れた場所も探さないといけないとヨシュアは言った。街道には魔獣除けの導力灯があるが、平原にはたくさんの魔獣が住み着いている。ハードな人探しになると思われた。

 トラット平原に多かったのは羊のような姿をしていたヒツジンと言う魔獣の群れだった。人間のように二足歩行するこの魔獣は、正拳突きや飛び蹴りなど格闘家を思わせる技を使って来た。

 

「ふえ~ん! 来ないでくださーい!」

 

 エステルたちがヒツジンの群れを倒しながら平原を捜索していると、若い女性の悲鳴が広い草原に響き渡った。

 

「女神エイドス様、お父さん、お母さん、ナイアル先輩~! 助けて~っ!」

 

 聞き覚えのある人物の名前に、エステルたちは冷や汗を流した。悲鳴が聞こえた方に駆け付けると、予想通りと言うべきか、魔獣達に取り囲まれて居るのはナイアルとコンビを組んでいたリベール通信の女性カメラマン、ドロシーだった。

 しかし意外だったのはドロシーを取り囲んでいる魔獣だった。この平原では見た事の無い首輪をした番犬のような魔獣。クローネ峠の関所を集団で襲撃して来たあの魔獣だった。

 

「ぴえーん、こんなところで死んじゃうなら食べ放題に行っておけば良かった!」

 

 後悔の声を上げるドロシーの前に、エステルたちが魔獣の包囲を突き破って割り込んだ。

 

「大丈夫ですか、ドロシーさん!」

 

 シンジが真剣な表情でドロシーに声を掛けると、ドロシーはとぼけた顔で答える。

 

「あなたたちは……!? ……誰でしたっけ……?」

 

 ドロシーの言葉を聞いたエステルとシンジは膝から崩れ落ちそうになった。

 

「冗談ですよ、シンジ君」

 

 笑顔でそう言うドロシーにシンジは激しくやる気を削がれた気がした。こういうタイプの女性は苦手だ。女性に振り回されるのには慣れているけれど。

 

「ボクの側を離れないでくださいね」

 

 エステルとヨシュアが前衛に立ち、導力銃を持ったシンジはドロシーの近くに立った。

 

「それじゃあ、ムギュッと

「!?」

 

 ドロシーに後ろから抱き付かれたシンジはパニックになってしまった。柔らかい物が腕に当たっている。アスカが側に居たら直ぐに引き離していたところだろう。ドロシー流のジョークなのだろうが、これはたまらない。

 エステルとヨシュアが戦いを始めると、ドロシーは真剣な顔になってカメラを構えて写真を撮り始めた。フラッシュに驚いた魔獣達の動きが鈍る。その隙を逃さまいとシンジは範囲攻撃魔法のエアリアルを詠唱した。

 範囲攻撃魔法を食らった魔獣達は退却を始め、平原の彼方へと逃げ去って行った。謎の魔獣達の正体を探りたかったが、とりあえずドロシーを保護する事が出来たので遊撃士としての仕事は成功だ。

 

「久しぶりだねぇ、こんなところで会えるとは思わなかったよ。もしかして運命の赤い糸で結ばれているって事かな?」

 

 ツッコミ役のアスカが不在の中、ドロシーはボケまくりだった。

 

「それで、こんな危険な所で何をしていたんですか?」

 

 ボケをスルーしたシンジが尋ねると、ドロシーは立てた人差し指を左右に振って答える。

 

「ちっちっち、そんな事も分からないの? 正解は、写真のネタを探していた、でした!」

 

 クイズにもなっていない。ため息を吐き出したシンジは、安全な村の中で写真のネタを探してくださいとドロシーに頼むのだった。

 

「シンジ君、元気出してください」

「疲れさせたあんたが何言ってるのよ……」

 

 遂にアスカの代わりにエステルがドロシーにツッコミを入れたのだった……。

 

 

 

 

 エステルたちが村に戻った頃にはすっかり夕方となっていた。エステルたちが村の広場へ行くと、湯気が噴き出していた。どうやらポンプの修理が終わったようだ。

 

「これで温泉に入れるね、我が一生に一片の悔いなし、だよ」

「そんな大げさな事言って……」

 

 笑顔で喜びの声を上げるドロシーに、エステルは苦笑いを浮かべた。

 

「ドロシーさんってそんなに温泉が好きなんですか?」

「何と言っても湯上りに飲むフルーツ牛乳が最高なんだよね」

 

 ヨシュアの質問にドロシーは頬を手で押さえてとろけた顔で答えた。

 

「シンジは温泉に入った事があるみたいだけど、そうなの?」

「うーん、ビールを飲んで喜んでいた人は居たけどね」

 

 エステルに尋ねられたシンジはそう答えた。フルーツ牛乳か、それも良いかもしれない。アスカに教えてあげようとシンジは思った。

 

「じゃあ、わたしは温泉に入りに行くから、バイバイ」

 

 ドロシーは笑顔で手を振って旅館の方へ駆けて行った。多分二十歳は超えているのに、なんてマイペースな女の人なんだとエステルたちは思った。

 

「おーい、エステルちゃん、ヨシュアくん、シンジくーん!」

「どうしたんですか?」

 

 突然大声でドロシーに呼ばれたシンジはドロシーの元へと駆け寄った。

 

「今日は助けてくれてありがとうね」

 

 ドロシーの言葉を聞いたシンジは思いっきりズッコケた。

 

「あのタイミングでお礼を言うなんて、ピントがずれてるわね」

 

 エステルがため息をつきながらそう言うと、ヨシュアは笑いながらつぶやいた。

 

「カメラのピントは直ぐに合わせられるのにね」

 

 エステルたち三人はアスカやティータが居るかもしれないポンプ小屋へ向かう事にした。小屋の中ではアスカとティータが難しい顔をして導力ポンプの機器を見つめていた。

 

「アスカ、ポンプの修理は終わったの?」

「うん、少し前に終わったところよ」

 

 シンジが尋ねると、アスカは笑顔になってそう答えた。しかしエステルたちはアスカとティータの直前の表情が気になって聞いてみた。

 

「何か大変な事でもあったの?」

「おじいちゃんの作ったポンプ装置には問題が無かったんですけど、わたしが前に手伝ったスクリュー部分のシャフトの耐久力が足らなかったみたいなんです……」

 

 エステルに尋ねられたティータは泣きそうな顔で答えた。

 

「でも防錆加工を施した新しいパーツと交換したから、今度は大丈夫よ」

 

 アスカはそう言ってティータを励ますと、ティータはアスカに飛び付いた。ともかく、ポンプ装置を直したエステルたちは旅館のマオ婆さんに報告する事にした。

 

 

 

 

 ポンプ装置を直した事と、女性観光客を保護した事でエステルたちにお礼を言ったマオ婆さんは、今日は旅館に泊まるように勧めた。

 

「でも、わたしたちおじいちゃんに泊って来るって話してないし……」

 

 ティータは困った顔でマオ婆さんに答えた。

 

「ああ、ラッセルにはあたしから連絡しておいたよ。そうしたら、作業には明日まで時間が掛かるから泊って良いってさ」

「ラッセル博士ってば、まだあの黒いオーブメントのフレームを切断するのに熱中しているようね」

 

 マオ婆さんの話を聞いたアスカはそうつぶやいた。ティータが潤んだ瞳でアスカを見つめる。

 

「お姉ちゃん……」

「アタシたちもティータの護衛って事で泊って問題ないわよね?」

 

 アスカはエステルたちの方を振り返ってそう尋ねた。遊撃士協会の受付のキリカも緊急を要する依頼は無いと話していた。温泉が元通りになったと言う話が広まれば、閑散としたエルモ村にも観光客が押し寄せて来る。ゆっくりと温泉旅館に泊まれるのは今のうちかもしれない。魅力的な提案にエステルたちも反対はしなかった。

 マオ婆さんはエステルたちに二階の『柚子の間』と言う部屋を用意した。夕食までしばらく時間があるので、その間に温泉に入るようにエステルたちに勧めた。お風呂って寝る前に入るものではないかと不思議そうな顔で尋ねるエステルに、マオ婆さんは一日に何回も温泉に入るのが普通だと笑顔で語った。

 エステルたちは部屋に荷物を置いて早速温泉に入る事にした。エステルたちの泊る部屋は日本で暮らしていたアスカとシンジも驚くほどの純和風な感じで、畳の上に布団を敷いて寝ると言ったものだった。

 アスカとシンジはユニゾンの特訓をする時に、ミサトの部屋で三人で川の字になって寝ていた事がある。トイレに行って寝ぼけたアスカがシンジの布団に潜り込み、シンジが寝ているアスカにキスをしようとした思い出もあった。

 

「アンタ、寝ているアタシに変な事しないでしょうね」

 

 アスカは未だにその事を根に持っているようだった。

 

「アスカが寝ぼけたりしなければね」

 

 シンジも負けじと皮肉めいた口調で言い返した。

 

「ほらほら、二人ともケンカしないで温泉に行こうよ!」

 

 エステルがアスカとシンジの間に割って入ってなだめたのだった。

 

 

 

 

 部屋へ荷物を置いたエステルたちは温泉へと向かう。温泉は旅館の本館から離れた別館にあると言う。本館の裏口から別館を結ぶ渡り廊下に出ると、見事な枯山水の庭があった。しばらくその庭の美しさに見とれていると、別館の方から真っ赤な顔のドロシーがやって来た。

 

「エステルちゃんたちも温泉に入りに来たの? ここのお風呂は広くて良いよ、のーんびりできるし。ちょっとお湯につかりすぎて、頭がクラクラしちゃったよ」

「もしかして、あたしたちと広場の前で別れてからずっーと入っていたの?」

 

 ドロシーの話を聞いて驚いた顔のエステルが尋ねると、ドロシーはうなずいた。

 

「うん、その通りだよ。よく分かったね」

「それだけ真っ赤な顔をしていれば誰でも判るわよ」

 

 アスカがあきれ果てた顔でため息をついた。

 

「のぼせたら大変ですから、気をつけてください」

 

 シンジがドロシーに気遣うように声を掛けるとドロシーは笑って言った。

 

「その時はダイヤモンドダストの魔法をわたしにかけてください」

「いやいやいや、死んじゃいますって!」

 

 シンジはすごい勢いで手と首を横に振ってツッコミを入れた。

 

「そうだ、エステルちゃんたちもこの旅館に泊まるなら一緒にご飯を食べない?」

「じゃあ、あたしたちがお風呂に入り終わるまで待っててくれない?」

「うん、フルーツ牛乳を飲みながら待ってるよ~」

 

 ドロシーはエステルたちと別れて本館の方へ姿を消した。すると枯山水の庭を眺めていたヨシュアが何かに気が付いたように声を上げた。

 

「もしかして、依頼にあった本はここに隠されているのかもしれない」

 

 ◆臨時司書の残業◆

 

 【依頼者】コンスタンツェ

 【報 酬】500 Mira

 【制 限】3級

 

 『エルベキツツキの生態』と言う本の回収をお願いします。

 隠し場所のヒントが書かれたメモが残されていた。

 『山里や 池にたたずむ 石の人 近寄りて見よ さらば得られん』

 

「でもヨシュア、ここには砂ばかりで池なんてないよ?」

「枯山水は砂で水を表現する事があるんだ。これが『池』だとすると、あそこにある石像は『石の人』にならないかな」

 

 エステルの質問に答えたヨシュアは、枯山水の近くにあるお地蔵さんを指差した。

 

「じゃあ、あそこの石像の近くに本が隠されているってわけね!」

 

 そう言ってお地蔵さんに一直線に近寄ろうとしたエステルの腕をアスカが引っ張った。

 

「ちょっと待ちなさい! 枯山水の池を荒らしちゃマオ婆さんに怒られちゃうわよ」

「あっ、そっか」

 

 アスカに指摘されたエステルは頭をかきながら遠回りしてお地蔵さんに近づくと、油紙に包まれた本が隠されていたのを見つけた。その本は『エルベキツツキの生態』と言う本だった。これで依頼を一つ達成できたわけだ。

 エステルたちが温泉のある別館に着くと、当然のことながら男湯と女湯の入口は別れていた。男女別に分かれたエステルたちはそれぞれ脱衣所で服を脱ぎ、タオルを巻いて温泉に入った。この旅館には露天風呂があるようだが、エステルたちはまずは内風呂を堪能した。

 

「温泉って初めて入ったけど、思っていたより気持ちいいわね。病みつきになっちゃうかも」

 

 エステルはすっかり上機嫌になってそうぶつやいた。

 

「あたしもすっかり温泉の虜です。小さい頃から良くおじいちゃんに連れて来てもらってました」

 

 ティータも笑顔でエステルの意見に同意した。

 

「それにしてもアスカってスタイルいいよね。腰だってこんなに細いし」

 

 エステルはそう言うと、アスカの腰に手を回した。

 

「フフン、まあね。でもエステルの体つきも悪くないわよ」

 

 アスカはまんざらでもない様子で答えた。

 

「わ、わたしもいつかお姉ちゃんたちみたいになりたいです!」

 

顔を赤らめたティータはそう言った。

 

「ティータはまだこれからよ。ティータは、アタシみたいな越しの細いスレンダーな体型と、エステルみたいな太ももが健康的なグラマラスバディとどっちになりたいの?」

「えっと……」

 

 ティータが言い淀んでいると、エステルはタオル越しにアスカの胸を揉み始めた。

 

「アスカだって、ここは二年前より大きくなっているわよ」

「胸を揉むんじゃなぁぁぁぁい!」

 

 アスカが大声で叫ぶとティータがあわてて注意する。

 

「お風呂は声が響くから、静かに話さないとお兄ちゃんたちに聞こえちゃいますよ」

「そ、そうね……」

 

 アスカは顔を赤くしてそう言うと、いつまでもじゃれついているエステルを引きはがした。

 

「ところで奥にある扉は何?」

「話していた露天風呂に繋がっているんです。ここよりも広くて、この旅館に泊っているお客さん全員が一緒に入れるくらいなんですよ」

 

 エステルが尋ねると、ティータはそう答えた。

 

「なるほどね……」

 

 エステルは感心したようにつぶやいた。

 

「そう言えば、エステルお姉ちゃんたちはどうして歩いて旅をしているんですか? 飛行船に乗れば早く遊撃士協会に着くと思いますけど……」

 

 ティータは心の中で思っていた疑問をエステルに尋ねた。

 

「それは父さんの教えよ。シェラ姉って言うあたしたちの姉弟子から聞いた話だけど、まず守るべき場所を、守るべき人を、自分の足と目で実際に確かめてみろってね」

「百聞は一見に如かずって事よ」

 

 アスカはエステルの言葉にうなずいた。

 

「カッコイイですね」

 

 ティータが感心したようにつぶやいた。

 

「普段は三枚目ぶっているけど決める時は決めるんだから、あの髭親父が」

 

 アスカはそうぼやきながらも表情は嬉しそうだった。

 

「今頃、どこで何をしているのやら……」

 

 エステルがそう言ってため息を吐き出すと、ティータは気遣う顔で見つめた。

 

「ほらほら、アンタのせいで湿っぽくなったじゃない」

「ごめんごめん、あたしたちは父さんを信じて、自分たちの修行を頑張るんだよね」

 

 アスカに指摘されたエステルはそう言って笑顔を作った。

 

「あ、そうだ。わたしエステルさんたちにもう一つ聞きたい事があったんです」

「何でも聞いていいわよ」

 

 顔を赤くしてモジモジしているティータに、アスカはそう答えた。

 

「あのエステルさんとアスカさんって結婚しているんですか?」

 

ティータの質問を聞いたエステルとアスカは直ぐに返事をしなかった。ティータは期待に満ちた視線でエステルとアスカの言葉を待っている。

 

「アタシの耳がおかしくなったのかしら? 誰と誰が結婚しているだって?」

 

 アスカは不思議そうな顔で尋ね返した。エステルはやっとティータの言葉の意味が理解できたのか大きな声で叫んだ。

 

「どうしてそうなるわけ!?」

「だってだって……名字が同じで、兄妹にしては似ていないからそう思って……」

 

 エステルとアスカから怒るように睨まれたティータは泣きそうなほど困った顔で弁明した。

 

「名字が同じなのはアタシたちがあの髭親父の養子になったからよ!」

 

 アスカが顔を真っ赤にしてティータに向かって叫んだ。エステルも顔を赤らめてモジモジとしている。

 

「えへへ、ごめんなさい」

 

 ティータはごまかし笑いを浮かべて謝った。

 

「まったく、とんだ勘違いしてアタシをドキドキさせないでよ……」

 

 アスカはそう言って深いため息を吐き出した。

 

「あたしたちまだ16歳だよ。結婚なんてまだ先の話よ」

 

 エステルはウンザリとした顔でそう言った。

 

「そーですよね。いくらお互い愛し合っていても、結婚は早いですよね」

 

 ティータがそう言うと、アスカはガックリと肩と落とした。

 

「だから! あたしとヨシュアは兄妹なんだってば!」

「あたしとシンジも恋人じゃなくて同居人!」

「エステルお姉ちゃん、アスカお姉ちゃん、ヨシュアお兄ちゃんとヨシュアお兄ちゃんに聞こえちゃいますよ~」

 

 真っ赤な顔で息を合わせて怒鳴るエステルとアスカに、ティータがあわてた顔でそう叫んだ。

 

「ティータちゃん、あたしたちってその……恋人みたいに見える? らぶらぶとか、いちゃいちゃとか、あつあつとかそう言う感じ」

 

 エステルはティータに赤い顔をしてもじもじしながらそう尋ねた。

 

「そーいう感じはしませんけど、いつも自然体で一緒に居る感じだし、何も言わなくてもお互いの言いたい事を分かりあっている感じだし……」

「それはお互いの息を合わせるように特訓をしたからよ」

 

 ティータの言葉にアスカはそう答えた。アスカとシンジはユニゾン特訓をした事がある。分裂する使徒を倒してからは合体攻撃の息は合っている。

 

「でもそう言うのって、家族や親友でもありそうな事じゃない? だいたいあたしたちそんな雰囲気になった事は無いと思うけど……」

 

 そう言ったエステルの脳裏にヨシュアとの事が思い出される。

 

 

 

~エステルの回想その1 ロレント時計台~

 

「エステル、君が自分の行動を後悔しているのはわかる。だけど君が母さんに助けられたように、今度は君が父さんを助けてあげればいいんだ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは、嬉しそうに瞳を潤ませてヨシュアに抱き付いた。

 

~エステルの回想その2 ボース川蝉亭~

 

「ありがとう、エステル」

「お礼はハーモニカで一曲でいいわよ」

「『星の在り処』でいいかな?」

「もちろん!」

 

 エステルはそう答えて、桟橋の丸太の上に腰掛けてヨシュアがハーモニカで奏でるメロディに聞き入っていた。

 

~エステルの回想その3 マノリア村展望台~

 

「それなら、お弁当箱を交換しようか?」 

 

 ヨシュアがそう提案すると、エステルはとんでもない事を言い出した。 

 

「手が塞がってて面倒だし、ヨシュアが食べさせてよ。あーん」 

 

 そう言ってエステルはヨシュアに向かって口を大きく開いた。さすがにヨシュアも驚いた顔をしながら、パエリアを掬ったスプーンをエステルの口元に運んだ。

 

「な、何を恥ずかしい事を思い出しているのよ~!」

 

 エステルは身悶えしながらそう叫んだ。

 

(……あたしって言えば、今まであんな恥ずかしい事を平気でしていたなんて……)

 

 「エステルさんってばお顔が真っ赤ですけど……? 湯当たりしたんですか」

 

 ティータが心配そうな顔で尋ねると、アスカは大丈夫だと答えた。恋愛にピュアなエステルは、ヨシュアを意識しすぎてオーバーヒートしているのだと、経験のあるアスカは分かった。相手はシンジではなく、加持さんと言う初恋の人だけど。

 

「何でもないから!」

 

 しどろもどろになったエステルはわざとらしい空元気になって声を上げる。

 

「温泉って本当に元気が出るわね。血の巡りが良くなって、頭も良くなる気がする!」

「それなら円周率を言ってみなさい」

「3.14……えっと、何だっけ?」

 

 アスカに出題されたエステルはそこであっさりと止まった。

 

「えっと、3.141592653589793238462643383279……」

「ティータは偉いわね」

 

 アスカはそう言ってティータの頭を撫でた。

 

「アスカは円周率を言えるの?」

「も、もちろんじゃない!」

 

 アスカは腰に手を当てて、この二年間でCカップにまで成長した胸を張って答えた。

 

「そうだ、露天風呂があったのよね! あたし、外で頭を冷やして来るわ」

「ちょっと待ちなさい!」

 

 エステルはアスカの制止を振り切って、露天風呂へ通じる扉から出て行ってしまった。

 

「露天風呂って混浴なんですけど……」

 

 ティータは不安そうな顔でつぶやいたのだった。

 

 

 

 

 露天風呂に出たエステルは、深呼吸して高鳴った胸を落ち着けた。

 

(あたし……最近何か変だ……今までヨシュアを意識した事なんて無かったのに……)

 

「悩むなんて、あたしらしくない!」

 

 エステルは元気を出してそう言うと、湯気が立ち昇る温泉へ飛び込んだ。誰かが居れば迷惑が掛かる行為だが、温泉にはエステル一人しかいなかった。

 

「はぁ、良い気持ち。外のお風呂はまた格別よね。こんなに広いなら、水練の練習が出来るわね」

 

 エステルがそうつぶやくと、湯煙の向こうからヨシュアの声が聞こえた。

 

「子供じゃないんだから、泳いだりしないの」

 

 ヨシュアの声を聞いたエステルは身体をギクッと震わせた。

 

「やあエステル、湯加減はどうだい?」

 

 いつの間にかヨシュアが露天風呂に姿を現していたヨシュアを見て、エステルの顔は真っ赤に腫れあがる。

 

「この格好だと、少し照れくさいね」

 

 シンジも後から姿を現した。エステルは驚いた顔で固まってしまった。

 

「きゃあああああああっ!」

 

 エステルの悲鳴が旅館中に響き渡った。

 

 

 

  一騒動が終わった後、エステルたちはマオ婆さんに優しく注意された。物凄い悲鳴だったので、あわてて駆け付けたのだと言う。

 

「まったくエステルってば、旅館の色々な場所に混浴だって書いてあったじゃないの。注意力散漫ね」

 

 アスカはそう言ってため息をついた。この程度の事に気が付かないとは遊撃士にとって恥ずかしい事である。穴があったら入りたいと思うエステルだった。

 

「第一、裸の一つや二つ、見られたって騒ぐことはないよ。わたしだって若い頃はね……」

 

 マオ婆さんはそう言って自分に胸を揉んだ。そのふっくらとしたお腹は大きな胸の成れの果てなのかしら、とエステルたちは思った。エステルたちがお世辞を言っていいものか迷っていると、この露天風呂は家族で入れるように混浴にしているのだとマオ婆さんは話すと旅館の本館へと戻った。

 

「まったく、人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて、思ってもみなかったよ」

 

 ヨシュアは少し悲しそうな顔でそうつぶやいた。

 

「ただ単にビックリしたからよ。ヨシュアと一緒が嫌じゃないからね!」

 

 エステルのモゴモゴと言い訳を続けていると、ヨシュアはそう言って露天風呂から去ろうとした。

 

「別にいいよ、後は女子だけで一緒に入っていなよ」

 

 しかしそのタイミングで思わぬ乱入者が露天風呂に侵入した。ヒツジンの群れがやって来たのだ。ヒツジンの内の一匹は、素早くあっけにとられているアスカのバスタオルを奪い取ってしまった。

 

「きゃあああああああっ!」

 

 バスタオルの拘束から解放されたアスカの胸がプルンと波打って揺れた。アスカの裸体が夕陽に晒された。

 真正面からアスカの裸を上から下へとガン見するシンジにアスカのキックが炸裂した。シンジは卒倒して戦線離脱した。アスカは悲鳴を上げながら予備のバスタオルを取るために脱衣所にダッシュ。エステルもお風呂には武器など持って来ていない。これって詰んだ? しかしヨシュアには奥の手があった。

 

(……あの力を解放するしかないか……戦技・漆黒の牙)

 

 ヨシュアの瞳が氷のように冷たくなると、ヨシュアは目にも止まらず早業で跳躍するとヒツジンたちの急所を斬りつけて行った。血しぶきを上げて動けなくヒツジン達。エステルたちはぼうぜんと人間離れしたヨシュアの動きを見つめていた。

 

(ほら、やっぱりドン引きしている……この力は忌むべき力だ……)

 

 しかしエステルから発せられた言葉は意外なものだった。

 

「ヨシュアってば、武器を隠し持ったまま温泉に入っていたわけ!?

「そっち!?」

 

 ヨシュアは半ば呆れた顔でツッコミを入れた。

 

「……あたしたち、家族なんだからヨシュアが自分で話したいと思うまで聞かないよ」

 

 エステルのその言葉は、温泉と同じく心にしみる温かさだとヨシュアは思うのだった。



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第三十五話 ラッセル博士誘拐事件! 犯人は王室親衛隊!?

 

 ヒツジンの死体で汚れてしまった露天風呂は休業になり、エステルたちもマオ婆さんの掃除を手伝う事になった。

 

「わたし、エステルさんたちが羨ましいです。わたし、兄妹が居ないし、おじいちゃんは優しいけど歳が離れているし、お父さんとお母さんも居ないから」

 

 ティータがそうぶつやくと、アスカは聞き辛そうに尋ねた。

 

「あの……ティータのママとパパは……?」

「導力後進国へ行ってオーブメントの普及に尽力しているみたいです。もう何年も家に帰ってきてないんです」

 

 ティータから想像していた最悪の返答が帰って来なかったアスカは少しほっとした。しかしティータが寂しい思いをしているのは変わりない。

 

「中央工房のおじさんたちも優しくしてくれるんです。でもエステルさんたちを見ていると羨ましいなぁって……」

 

 ティータがそうつぶやくと、アスカは笑顔を浮かべて声を掛ける。

 

「良いアイディアがあるわ。アタシとエステルがティータのお姉さんになればいいのよ!」

「ボクとヨシュアはティータのお兄さんだね」

 

 シンジは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。

 

「僕も反対はしないよ、ティータが嫌じゃなければ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたティータは嬉しそうに目を輝かせた。

 

「改めてよろしくね、ティータ」

 

 エステルは笑顔でそう言ってティータに手を差し伸べるのだった。その頃、旅館の本館の食堂ではフルーツ牛乳の空き瓶を山積みにしているドロシーの姿があった。

 

「エステルちゃんたち、遅いなあ……」

 

 風呂掃除を終えたエステルたちは、ドロシーと宿自慢の和食を食べて楽しんだ。食後は六人で人狼ゲームを楽しんだ後、再び温泉に入り、部屋に戻った後は百物語をして眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 次の日の朝、エステルたちはマオ婆さんに見送られて旅館を後にした。ティータとエステルたちが仲良くなったのを感じ取ったマオ婆さんは嬉しそうだった。ドロシーはまだ眠っているのでそのまま寝かして置く事にした。

 そろそろラッセル博士の黒のオーブメントの切断も終わっているはず、そうすればヘッドセットの事やグノーシスの事も聞けるかもしれない。エステルたちは急いでツァイス市に戻る事にした。

 

「待って! わたしだけ置いて行くなんて、みんなひどいよ」

 

 息を切らせたドロシーが旅館の方からかけて来た。

 

「アンタ、記事用の写真を撮るからまだここに居るって言ってなかった?」

 

 アスカがそう言うと、ドロシーは考え込むような仕草をした後、

 

「まあいいや、仲間外れは嫌だし」

 

と言って笑顔になった。六人でツァイス市に戻る事になり、賑やかな道中になりそうだ。トラット平原道の途中で、長身のまるでクマのような東方風の服装の大男に出会った。

 

「よう、ちょっと道を聞きたいんだが、エルモっていう温泉地がどこにあるのか知っているか?」

「それならあたしたちが来た方よ」

「ここから街道沿いに行けばいいですよ」

 

 大男の質問にエステルとヨシュアが答えると、大男はお礼を言った。

 

「おや、もしかしてお前さんたち……」 

「アタシたちがどうしたのよ?」

 

 大男が黙ってエステルたちを見つめると、アスカが不思議そうな顔で尋ねた。

 

「いや、何でもない。それじゃあな」

 

 そう言うと大男は去って行った。

 

「ツァイスにはキリカさんやマオ婆さんと言い、東方風の人が多いわね」

「ヴォルフ砦の向こうはカルバード共和国だからね」

 

 エステルのつぶやきにヨシュアはそう答えた。

 

「でもあの大男、ただ者じゃなかったわね」

「鍛え抜かれた身体に無駄のない足の運び、達人の域に達しているかもしれない」

 

 アスカの意見にヨシュアも同意した。

 

 

 

 

 エステルたちがツァイス市に戻ると、街の中が騒がしかった。騒ぎの元は中央工房のようだった。エステルたちが中央工房の前まで来ると、中央工房の中から煙が噴き出しているのが分かった。

 中央工房の中に居る人々は命からがら外へと逃げ出していた。中央工房の前の広場では、マードック工房長が全員無事かどうか確認している。そこにエステルたちが駆け付けた。

 

「いったい何が起きているの!?」

「中央工房の建物内でガスが発生したらしい!」

 

 エステルの質問にマードック工房長はそう答えた。煙は地下から五階まで全体に充満しているらしい。火事ならば消火装置が作動するので、その心配はなさそうだ。しかし煙が出ている原因に全く心当たりがないのだとマードック工房長は話した。

 

「あの、工房長さん、おじいちゃんが居ないみたいですけど!」

 

 ティータは辺りにラッセル博士の姿が見当たらない事に気が付いて尋ねた。

 

「おや、ラッセル博士も一緒に出たものだと……」

 

 マードック工房長は他の職員にラッセル博士の行方を尋ねるが、みな首を横に振るばかり。

 

「と言う事は、まだ建物の中に残っていると言うのか!」

 

 マードック工房長は驚きの声を上げた。

 

「工房長さん、あたしたちがラッセル博士を助けに行くわ!」

「僕たちに任せてください」

 

 エステルとヨシュアは真剣な顔でマードック工房長に告げた。

 

「わたしにも行かせて……!」

 

 ティータが泣きそうな顔でエステルたちに懇願した。

 

「中央工房の事なら詳しいから……お姉ちゃんたちを案内するから……」

 

 ティータは真剣な眼差しでエステルたちを見つめた。

 

「ティータはアタシが守るわ。それで良いわね」

 

 アスカがそう言うと、エステルはうなずいた。

 

「でも、危なかったら外に出るんだよ」

 

 シンジは真剣な顔でティータに言うと、ティータはうなずいた。

 

「えっと、わたしもついて行ってもいいですか?」

「アンタバカァ!? ダメに決まってるじゃないの」

 

 ドロシーがそう言うと、アスカはキッパリと拒絶した。ラッセル博士が居るとしたら、黒のオーブメントの切断作業を行っていた三階の工作室だろうとマードック工房長は話した。

 

 

 

 

 エステルたちが中央工房の中に入ると、覚悟していたよりも息苦しくなかった事に気が付いた。ヨシュアは多分、攪乱用の煙幕ではないかと話した。となると、建物のどこかに発煙筒が置いてあるはずだとヨシュアは言った。

 

「何でそんなものが……」

 

 アスカは考え込むような顔をしてつぶやいた。その理由はヨシュアにも分からないが、発煙筒を止めれば煙は直ぐに消えるだろうとヨシュアは話した。

 

「おじいちゃん、研究に夢中になると周りが見えなくなっちゃうから逃げ遅れたんだと思う」

 

 ティータは困った顔でそう話した。エステルたちは発煙筒を探しながら、ラッセル博士の居ると思われる三階の工作室を目指す事にした。さっそく一階のロビーに発煙筒が一つ落ちていた。ヨシュアが手際良く発煙筒を解体すると、周囲の煙はスッキリと晴れた。

 

「おじいちゃん!」

 

 三階の工作室へと入ると、直ぐにティータはラッセル博士を呼んだ。しかし工作室にはラッセル博士の姿は無く、黒のオーブメントも持ち去られていた。うるさい丸ノコギリの音が部屋に響いているだけだ。

 

「博士が居なくなっているだけじゃなくて、黒のオーブメントも見当たらない。もしかしたら……」

 

 その先はティータに聞かせたくないと思ったヨシュアは言い淀んだ。とりあえずティータが丸ノコを止めていると、見覚えのある人物が部屋の中に入って来た。

 

「ふん、こんなところにいやがったか」

「アガットさん!」

 

 アガットの姿を見たシンジが驚きの声を上げた。

 

「騒ぎを聞きつけて駆け付けてみれば、お前たちがいるとはな。四人合わせて一人前のヒヨッコのくせに無茶が過ぎるんだよ」

「相変わらず腹の立つ言い方ね!」

 

 アガットの言葉を聞いたアスカは思いっきりアガットを睨みつけた。

 

「違うよアスカ、アガットさんはボクたちの事を心配してくれているんだよ、それを素直に言えないだけで……」

 

 シンジはアガットをフォローしているつもりが一言多い。

 

「お姉ちゃんたちのお知り合いですか?」

 

 不思議そうな顔でティータが尋ねた。ヨシュアはアガットを先輩遊撃士だと紹介した。アガットはティータの姿を見つけると、さらに凄い剣幕になって怒鳴る。

 

「おい、どうしてガキをこんなところへ連れてきやがった?」

「わたしがいけないんです、わたしのわがままで……」

 

 ティータは泣きそうな顔でアガットに向かって謝った。

 

「アンタバカァ!? 小さい女の子を脅してどうするのよ!」

 

 アスカがそう言うと、アガットは舌打ちしてティータから離れた。アガットに状況を聞かれたエステルたちはラッセル博士の姿が見当たらない事や黒のオーブメントが持ち去られた事、攪乱用の発煙筒が置かれていた事を話した。

 

「発煙筒か……あの黒装束の連中が絡んでいる可能性は高いな。よし、さっさとその博士を助けに行くぞ!」

 

 アガットの言葉にエステルたちはうなずいた。博士救出の前に、中央工房の中に逃げ遅れた人が残っていないか確認する事にしたエステルたちは、五階の演算室のドアが開け放しになっている事に気が付いた。廊下の先から誰かが話している声が聞こえる。

 

「最後の目的は確保した」

「よし、ならば脱出だ」

 

 廊下の突き当りにはエレベータがある。アガットを先頭にエステルたちが駆け付けると、エレベータの前には気絶したラッセル博士を運び込もうとする三人の黒装束の男たちの姿があった。

 

「手前ら!」

「おじいちゃん!」

 

 アガットとティータが声を上げると、黒装束の男たちもエステルたちに気が付いた。アガットが斬り掛かる前に黒装束の男たちはエレベータに乗り込んでしまった。黒装束の男たちが逃げるのならば恐らく一階からだろうと推測したエステルたちは非常階段を降りて追いかける!

 

「おお君たち、無事だったかね!」

 

 中央工房の正面玄関から出ると、マードック工房長たちがエステルたちの帰還を喜んだ。

 

「王室親衛隊の人たちが出て来たから、何かあったのかと思ったよ」

 

 マードック工房長の言葉を聞いたアガットは顔色を変えた。

 

「黒づくめの連中じゃなかったのか?」

「いや、そんなものは見ておらんよ。エア=レッテンの関所から駆け付けてくれたそうだ」

 

 マードック工房長はアガットの質問にそう答えた。

 

「カッコよかったから写真に撮っちゃった♪」

 

 ドロシーはニコニコ顔でそう言った。王室親衛隊と言えばルーアンでダルモア市長を逮捕したユリア中尉の部隊だ。

 

「その人たち、おじいちゃんを運んでいませんでしたか!?」

 

 ティータが必死の形相で尋ねると、マードック工房長は首を横に振って否定した。まさか今回の誘拐事件には王室親衛隊が絡んでいる?

 エステルたちには到底信じられない事だった。その王室親衛隊の隊員たちは中央工房で起きた事件の犯人を捜査するため街の方へと行ったのだとマードック工房長は話した。

 黒装束の男たちはラッセル博士と言う大きな荷物を抱えているため、目立つ上に素早くは動けないはず。エステルたちはツァイスの街中を探し回ったが、王室親衛隊も博士を誘拐した黒装束の男たちも見つけることが出来なかった。そして遊撃士協会から連絡を受けてヴァレリア湖の湖畔のレイストン要塞から王国軍の部隊が駆け付けて来た。

 

 

 

 

 工房長室で情報部の女性士官カノーネ大尉による事情聴取が行われた。マードック工房長の他に、エステルたちもカノーネ大尉から質問を受けた。話を聞き終えたカノーネ大尉は優しくマードック工房長を気遣うような声を掛けた。

 カノーネ大尉はこの事件をテロ事件だと話した。黒装束の男たちは演算室のスーパーコンピュータ、《カペル》の中枢ユニットまで奪って行ったのだと言った。

 

「なんて事だ……」

 

 マードック工房長はがっくりと肩を落としてそうつぶやいた。

 

「それで、王国軍はこれからどうするんだ?」

 

 アガットに尋ねられたカノーネ大尉は、ツァイス地方から出入りする関所に検問を敷いていると答えた。これで犯人一味がツァイス地方から逃げる事は不可能だとカノーネ大尉は話した。

 

「ずいぶんと手際が良いじゃない」

 

 アスカは感心したようにそうつぶやいた。有事に迅速な対応をするのが情報部だとカノーネ大尉は涼しい顔で言った。

 

「気になる事があるんですが、王室親衛隊が突然現れて、いつの間にか姿を消していた事をどうお考えですか?」

 

 ヨシュアが尋ねると、カノーネ大尉は笑みを浮かべて答える。

 

「王室親衛隊の動きは確かに怪しいですが、ラッセル博士を連れていなかったところをみると、誘拐犯と結びつけるのは早計ですわね。ふふ、共犯として何らかの役目をしていた可能性も否定できませんけど」

 

 そう言ったカノーネ大尉はドロシーの方を向いて、撮影したカメラを証拠品として軍に提出する事を求めた。

 

「身内をかばうわけではありませんが、王室親衛隊がもし犯罪に加担していたとなると、女王陛下の威光にも傷が付きます。この件については王室親衛隊が無実だと判るまで報道は控えてくださいね」

「仕方ありませんね……」

 

 そうつぶやいたドロシーは渋々と愛用のカメラをカノーネ大尉に渡した。

 

「それと申し訳ない話ですが、遊撃士の方々にはこれ以上の調査は控えるようにお願いしますわ」

 

 カノーネ大尉がそう言うと、アガットは真剣な表情で言い返した。

 

「それはできないな。あの黒装束のやつらは俺が前から追っている。軍の捜査の仕方ってのもあるんだろうが、今引き下がるわけには行かねえよ」

 

 アガットの言葉を聞いたカノーネ大尉は深いため息を吐き出した。

 

「止めても無理のようですね。それでは調査を続けてください。何か判ったらレイストン要塞の情報部に連絡してくれるようにお願いします」

「了解した。あんたたちの方も何か判ったら遊撃士協会に連絡してくれ」

 

 カノーネ大尉の言葉にアガットがそう答えると、カノーネ大尉はうなずいた後、御付きの王国軍の兵士と一緒に部屋を出て行った。エステルたちもマードック工房長にあいさつをすると、報告のために遊撃士協会に向かう事にした。

 

 

 

 

 外に出たエステルたちはドロシーと別れた。ドロシーはティータに元気を出すように励まして去って行った。アガットはそんなティータをじっと見つめていた。エステルたちが遊撃士協会に入ると、受付のキリカが良いタイミングで戻って来たと話した。カウンターでキリカと向かい合わせで話していたのはアルバ教授だった。エステルたちに気が付くと笑顔であいさつをした。

 

「アルバ教授は護衛の依頼で来たの?」

 

 アスカが尋ねると、キリカが深刻な表情で答えた。

 

「アルバ教授はラッセル博士誘拐犯の行方を教えてくれたのよ」

 

 キリカの言葉を聞いたエステルたちは驚いた顔になった。

 

「私が《紅蓮の塔》の調査をしているとですね、王国軍の兵士たちが中に入って来たんです。もしかして、私を連れ戻しに来たのかと思って隠れて様子を窺っていたんですが、誘拐とか強奪とか穏やかでない話を始めましてね。気がかりで塔を脱出した後遊撃士協会に通報に来たわけなんです」

 

 アルバ教授の話を聞いたヨシュアは、真剣な顔でアルバ教授に尋ねる。

 

「その兵士たちはどんな服を着ていましたか?」

「この街でたくさん見かけた普通の王国軍の兵士の服装でしたね」

 

 アルバ教授の答えを聞いたアガットは舌打ちした。

 

「ちぃっ、まんまと騙された!」

「どういう事?」

 

 エステルが不思議そうな顔で尋ねた。

 

「僕達が黒装束の男たちを追いかけて一階に着いた時、大きな荷物になるラッセル博士は中央工房の中に隠されていたんだよ。そしてレイストン要塞から王国軍の兵士たちがたくさんやって来て、僕達がカノーネ大尉に事情聴取を受けている間に、兵士に紛れ込んだ犯人の仲間が紅蓮の塔にラッセル博士を運んだんだ」

 

 ヨシュアは自分の推理を話した。ヨシュアの推理が正しければ、ラッセル博士を運んでいる犯人の仲間に《紅蓮の塔》に行く途中の街道で追い付けるかもしれない。

 

「よし、《紅蓮の塔》へ急ぐぞ!」

 

 アガットの言葉にエステルたちはうなずいた。

 

「お姉ちゃん、お願い、わたしも一緒に行きたい!」

 

 ティータがそう言うと、エステルたちは困った顔になった。

 

「こら、このガキ」

 

 アガットがそう言って凄むと、ティータは泣きそうな顔になった。

 

「連れて行けるわけないだろうが」

「でもでも、おじいちゃんがさらわれたのに、わたし、じっとしていられないよ!」

 

 ティータはそれでもアガットに食い下がった。

 

「ハッキリ言うとな……邪魔なんだよ」

 

 アガットにそう言われたティータは涙を流し始めてしまった。

 

「アンタねえ、もうちょっと言い方を考えなさい!」

 

 アスカが怒って抗議するが、さらにアガットは止めの一言を言い放つ。

 

「ガキの面倒なんて見ている余裕なんかねえんだよ」

「ひどい、ひどいよっ……」

 

 ついにティータは大泣きしてしまった。アスカがそんなティータの背中を抱いて優しく話し掛ける。

 

「お姉ちゃんたちが博士を助けてあげるから、待っててね」

「うん……」

 

 アスカが慰めると、ティータは落ち着いたようだった。

 

 

 

 

 紅蓮の塔の前に到着したエステルたちは、異様な静けさを感じていた。普段ならうろついている魔獣達の姿が見えないのだ。これだけでも怪しさを感じる。

 

「博士とあの黒装束のやつらがここに居る可能性が高いわね」

 

 そう言ってアスカは唾をゴクリと飲む。

 

「複数の足跡もあるし、間違いないよ」

 

 用心深く地面を調べていたヨシュアもそうつぶやいた。

 

「何か来るぞ、気を付けろ!」

 

 気配を察したアガットが武器を構えて注意を促した。塔の中から現れたのは、クローネ峠の関所でも、トラット平原でも遭遇した、首輪をした犬型魔獣の群れだった。しかし、十匹程度では今のエステルたちの敵ではない。

 

「試したい導力魔法があるんだ、敵を引き付けて集中させて!」

 

 シンジがそう言うと、エステルたちは上手く魔獣達を誘導した。

 

「エアロストーム!」

 

 シンジが詠唱したのは風属性Lv7、土属性Lv2の組み合わせで発動する風系最上級攻撃魔法のエアロストームだった。かなり強力なクオーツと、戦術オーブメントの配列を工夫しないと繰り出せない魔法だ。以前シェラザードが使っていたエアリアルより範囲も威力も大きい。

 

「アンタ、かなりやるようになったじゃない」

 

 アスカに褒められたシンジは照れくさそうに笑った。消費するEPも大きいので乱発は出来ないが、今回のように魔獣の群れを一網打尽にするのには役に立つ。シンジのお陰で相手の時間稼ぎも失敗に終わったようだ。

 

「何であの魔獣がここに?」

 

 エステルはその理由を考えてみた。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 【単なる偶然?】

 【この塔に棲んでいる?】

 【黒装束の連中と関係がある?】

 

 ※遊撃士の資質を問うクイズです。

  正解するとBPが加算されるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エステルが自分の考えを口にすると、アガットはエステルの意見に同意した。

 

「多分、やつらに訓練された戦闘用の魔獣だろうな。あの黒装束のやつらを調べ始めてから俺は何度もあの魔獣の群れの襲撃を受けた」

「それなら、クローネ峠の関所での襲撃の狙いはアガットさんだったんですか?

 

 アガットの話を聞いたシンジはそう尋ねた。すると、アガットは不機嫌そうな顔になってぼやいた。

 

「お前らの親父に押し付けられた仕事のお陰でいい迷惑だ、バーロー」

「どういう経緯で頼まれたんですか?」

 

 ヨシュアに尋ねられたアガットは、ボースでの空賊事件が起こる少し前にカシウスに頼まれたのだと言う。他に重要な仕事が舞い込んで来たとカシウスは話していたそうだ。

 

「もう今になっちゃあ、この仕事を他の誰にも任せる気はしねえけどな。さあ、おしゃべりはこのくらいにして行くぞ」

 

 エステルたちにはアガットがこの事件に熱を入れている理由は分からなかったが、塔の中に踏み込む事にした。

 

 

 

 

 《紅蓮の塔》の屋上まで登ったエステルたちは、黒装束の男たち六人がラッセル博士を連れて待機しているのを発見した。黒装束の男はエステルたちの姿を見て驚きの声を上げた。

 

「よくもまあアタシたちの捜査をかく乱してくれたわね。でも、誰も来ない場所だと思って油断したのが運の尽きよ!」

 

 アスカは棒を構えて黒装束の男たちにそう言い放った。

 

「あなたたちは袋のネズミだ。大人しく降参してラッセル博士を解放してもらいましょうか」

 

 ヨシュアもそう言って双剣を構えた。

 

「遊撃士協会規約に基づき、手前らを逮捕する」

 

 アガットもそう言って重剣を構えた。

 

「ボクたちから逃げられると思っていたら、甘いですよ」

 

 シンジは導力魔法の詠唱を始める。

 

「ふん、甘く見ているのは貴様たちの方だ」

 

 黒装束の男たちはエステルたちを迎撃した。ここにエステルたちと黒装束の男たちの戦闘が始まった。敵の側にラッセル博士が居るので、エアロストームのような範囲攻撃魔法は使えない。シンジが詠唱したのは『カオスブランド』と言う相手を混乱させてしまう魔法だ。混乱した相手は味方を攻撃するだけでなく、棒立ちのまま何もしない事もあるし、フラフラと真っすぐに歩けない。

 

「ぐぅ……遊撃士どもめ……」

 

 六人の黒装束の男たちは次々と地面に膝をついていた。

 

「だが、こちらには人質が居る」

 

 生き残った黒装束の男はラッセル博士に近づいて導力銃を頭に突き付けた。これでは下手に攻撃が出来ない。

 

「あんたたち、悪あがきが過ぎるわよ!」

 

 そう言ってエステルは怒鳴った。

 

「アンタたちの目的は生きているラッセル博士でしょう? 何をバカな事をしてるのよ!」

 

 アスカがそう言うと、黒装束の男は導力銃をしまってラッセル博士の腕に剣を近づける。

 

「腕の一本くらい、切り落としてやっても良いんだぞ?」

「面倒くせえな、いい加減にしろや!」

 

 アガットが大声で怒鳴る。

 

「王国軍もこの塔へ向かっています。あなたたちに逃げ場は無いですよ」

 

 シンジがそう言うと、黒装束の男は大笑いした。

 

「お前たちは本当に能天気な連中だな……時間は稼がせてもらった」

 

 轟音と共に王国軍の飛行艇が近づいて来た。しかし驚く事に王国軍の飛行艇はエステルたちに向かって機銃を撃って来たのだ。

 

「くそっ、やつらは王国軍の中にまで食い込んでいたのか!」

 

 アガットが悔しそうに舌打ちする。

 

「ふふ、王国軍など恐るるに足らずだ。ここでお前たちを皆殺しにしてやってもいいが、任務の内容には無い。動かなければ命だけは助けてやってもいいぞ」

 

黒装束の男がそう言うと、エステルは顔を真っ赤にして殴りかかろうとしたが、アガットが動こうとしないので思い止まった。これはエステルの直感とも言うべきものだった。

 アガットは敵を攻撃するタイミングを窺っている……敵の言う事に従うとみせて油断させておいて、黒装束の男たちがラッセル博士を飛行艇に運び込んで油断したところを狙うつもりだろう。

 黒装束の男たちが次々と飛行艇に乗り込む。最後の一人がラッセル博士を連れて飛行艇に乗り込むつもりなのだろう。その時を狙って攻撃を仕掛ける。エステルたちは悟られないように身動きせずにその瞬間を待った。

 

「い、いやぁぁぁぁっ!」

 

 少女の悲鳴と共に導力砲の砲弾が飛行艇の側面に当たって爆発した。装甲の厚い飛行艇には表面に焦げ跡をつける事ぐらいしか出来なかった。その爆発はアガットたちの注意を引くのには十分だった。

 

「おじいちゃんを返してーっ!」

 

 そう言ってティータは導力砲を乱射する。照準の定まっていない砲弾は様々な場所に着弾し焦げ跡を作った。

 

「このガキ、何しやがる!」

 

 導力銃を持った黒装束の男がティータに向かって発砲した! そのティータをとっさに抱き留めて庇ったのはアスカだった。銃弾がアスカの腕をかすめた。

 

「子供を撃つなんて、何てバカな事をする!」

 

 別の黒装束の男がそう叫んだ。

 

「すまない。船が落とされると思って、威嚇射撃をした」

 

 銃を撃った黒装束の男が言い訳した。

 

「まあいい、引き揚げるぞ」

 

 エステルたちがぼうぜんとする前で、黒装束の男はラッセル博士を担いで飛行艇に乗せてしまった。

 

「あ、待ちなさい!」

 

 飛び立とうとした飛行艇を見てエステルが声を掛けた。

 

「お、おじいちゃゃゃゃん!」

 

 飛行艇が空の彼方に飛び去った後、ティータの悲鳴が響き渡るのだった……。




 ◆三択クイズ◆ 答え

 【単なる偶然?】
 【この塔に棲んでいる?】
〇【黒装束の連中と関係がある?】


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第三十六話 猛毒に倒れたアスカを救え! シンジは寝ているアスカに妄想!?

 

 ラッセル博士をさらった黒装束の一味の飛行艇が飛び去った後。すっかり夕方になった《紅蓮の塔》の屋上ではエステルたちとアガットが泣きじゃくるティータを前にして立っていた。

 

「ティータ……」

 

 エステルがティータを気遣うように声を掛ける。しかしここでずっと居るわけにもいかない。飛行艇の事をキリカに報告するためにツァイスの遊撃士協会へと戻る事にした。

 

「……おじいちゃん……どうして……」

 

 まだ泣き続けるティータのほおをアガットが叩いた。ティータはぼうぜんとしてアガットを見つめた。

 

「ちょっと、ティータに何するのよ!」

 

 エステルが抗議の声を上げた。

 

「お前は足手まといだから待っていろと言ったはずだぜ。爺さんを助けるタイミングを逃したのはお前が邪魔したせいだ」

 

 アガットがそう冷酷にそう告げると、ティータは泣きそうな顔のまま固まった。

 

「わたし……そんなつもりじゃなかったのに……」

 

 さらにアガットはティータに説教を続ける。

 

「さらに相手を挑発するような事をかまして、命を危険にさらすようなことをしやがって……お前みたいに力も無いのにしゃしゃり出るガキがこの世で一番ムカつくんだよ」

「ごめんなさい……う、うえーん」

 

 ティータは再び泣き始めた。

 

「いくら何でもひど過ぎよ! おじいちゃんがさらわれたティータの気持ちも考えなさいよ!」

 

 エステルはアガットに向かって怒鳴った。

 

「だから言っているんだ! おい、ガキ。お前、泣いているだけでいいのか? 爺さんを助けないでこのまま諦めるのか?」

「ううううっ……」

 

 ティータは泣きながら首を横に振った。

 

「それなら、腑抜けた態度を取らずにしっかりしろ。泣いてもいい、喚いてもいいからまずは自分の足で立ち上がれ」

 

 アガットがティータにそう諭すのを聞いて、シンジは自分の心が打たれる思いがした。自分がエヴァのパイロットの時、どうしてそう言ってくれる人がいなかったのだろう。

 

「自分の事も守れねえやつが、誰かを助けるなんざ出来るわけねえだろ?」

 

 アガットに言われたティータは泣くのを止めた。

 

「そんなんだから、俺は足手まといだと言ったんだ。ガキらしく、ベッドでメソメソ泣いていやがれ。俺は手前が居ない方が楽だからな」

「ティータ……」

 

 すっかり凹んでしまったティータをエステルは慰めるような視線で見つめた。アガットの言う事は正論で悔しいが言い返せない。

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。わたし、ひとりで立ち上がってみせるから……」

 

 ティータは涙を拭いてアガットを見つめた。

 

「ふん、少しは根性があるじゃねえか」

 

 アガットは感心したようにつぶやいた。

 

「わたしのせいであの人たちを逃がしちゃって、本当にごめんなさい」

 

 ティータは頭を下げてエステルたちに謝った。

 

「謝る事は無いよ、ティータが無事で本当に良かった」

 

 ヨシュアは笑顔でそう答えた。

 

「ありがとう、お姉ちゃんたち、お兄ちゃんたち」

 

 ティータの顔にも笑顔が戻った。

 

「アガットお兄ちゃん、わたしを励ましてくれてありがとう」

 

 ティータがアガットの事をお兄ちゃんと呼ぶと、アガットにしては珍しく顔を赤くして固まった。

 

「俺は別に励ましてなんかねえ、メソメソしているガキがウザったかっただけだ」

「あんたねえ、お礼は素直に受け取りなさいよ。アスカみたいにツンデレなんだから」

 

 エステルはそう言ってため息を吐き出した。シンジはツンデレと言う言葉をエステルに教えた事があるがちょっと本来の意味とは違うと心の中でツッコミを入れた。

 

「アガットさんはただの照れ隠しだよ」

「そっか、可愛いところあるじゃない♡」

 

ヨシュアとアスカはそう言って微笑んだ。

 

「アスカお姉ちゃんも、危ない所を助けてくれてありがとう」

「アンタが無事で良かったわ」

 

 ティータがお礼を言うとアスカも微笑み返した。

 

「撃たれたところは大丈夫なの?」

「肩をかすっただけみたいだけど、大したことないわ」

 

 シンジが心配そうな顔で尋ねると、アスカは笑顔で答えた。アスカの服の肩の部分が切り裂かれていた。

 

「よし、それじゃあ急いで遊撃士協会へと戻るぞ。考えたくはないが……軍の中にもやつらの協力者がいる事は確かだろう」

 

 アガットは真剣な顔でそう言い放った。

 

「うん……やって来たのは軍の警備艇だったもんね」

 

 エステルも引き締まった表情でそう話した。

 

 

 

 

 《紅蓮の塔》を脱出した直後、アスカが突然倒れた。

 

「どうしたの、アスカ!?」

 

 シンジが真っ青な顔でアスカに声を掛ける。

 

「もしかしてアスカお姉ちゃん、わたしをかばった時に……」

 

 ティータが泣きそうな顔で言った。

 

「アタシは大丈夫、このくらいなら歩けるわ」

 

 アスカは強がって立ち上がろうとすると、アガットが止めた。

 

「もし毒なら、身体を動かすと毒の廻りが早くなる。身体を揺らさないように運ぶんだ」

「僕がアスカを背負います」

 

 シンジはそう言ってアスカを助け起こして背負った。アスカは嫌な態度を見せずにシンジに従った。シンジは背中にアスカの柔らかい感触を感じたが照れている場合では無かった。

 アスカを気遣うように少しゆっくりと、トラット平原道をツァイス市に向かって歩いていると、エルモ村の途中で会った東方風の服装の大男だった。

 

「よお、あの時は道案内してくれてありがとうな」

 

 出会った時は笑顔だった大男だが、アスカの顔色を見ると表情を変えた。

 

「どうしたんだ、その子の顔色は!?」

 

 シンジに背負われたアスカの唇が真っ青になっていた。

 

「やっぱりあの黒装束の男が撃った銃の弾に、何か毒が仕込まれていたんだ」

「こんなの、解毒薬やキュリアの魔法で治っちゃうわよ……」

 

 アスカはそうつぶやくと目を閉じて気を失ってしまった。シンジたちも状態異常を直す導力魔法のキュリアや市販の解毒剤は試している。それも効かないほどアスカの受けた毒は強力なのだ。

 

「瞳孔が拡大しているな……これは植物性の神経毒かもしれん。このままでは危険だな」

 

 大男は医学の知識も持ち合わせているのか、アスカのまぶたを開いて真剣な顔でそうつぶやいた。大男の言葉を聞いたシンジの顔もアスカと同じくらい真っ青になった。

 

「アスカお姉ちゃん……! わたしのせいで……!」

 

 ティータがまた泣きそうな顔になった。

 

「とにかく治療できる場所に運ぶわよ、ティータちゃん、案内して!」

 

 エステルがティータに向かって叫んだ。ティータは中央工房の医務室ならば治療できるかもしれないと話した。

 

「よし、俺がその子を運ぼう。この通り身体は大きい。重い荷物運びなら楽なもんだ」

 

 大男がそう言うと、シンジはその申し出を拒絶した。

 

「アスカは重くなんてありません、ボクが運びます!」

 

 シンジの言葉には、自分以外にアスカを運ばせるものかと言う強い意思があった。

 

「そうか、では護衛は任せてくれ。どうやらお仲間のようだしな。俺はジン・ヴァセック、共和国のギルド所属の正遊撃士だ。よろしくな、リベールの遊撃士さんたち」

 

 大男は笑顔でそう言ってエステルたちに自己紹介をしたのだった。

 

 

 

 

 中央工房のエレベータは復旧していたので、シンジは何とかアスカを四階の医務室のベッドまで運ぶことが出来た。普段から貧乏くじを引かされるように重い荷物を持たされていたシンジだったが、こうして今になって役に立つとは思わなかった。

 医務室の主ミリアム博士によると、応急処置は施したが、かなり特殊な毒物でこの工房にある解毒剤でも毒の進行を遅らせる事しか出来ないようだ。このまま昏睡状態が続けば、アスカは二度と目を覚まさなくなるかもしれないらしい。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ティータの涙は既に枯れ果てていた。シンジも沈痛な面持ちでベッドに横たわるアスカを見つめていた。そこへ遊撃士協会へと行っていたエステルとヨシュアがやって来た。キリカや王国軍に報告したから、何か分かった事があれば教えてくれると言う。

 

「あれ、ジンさんとアガットさんは?」

「二人ともキリカさんとは知り合いらしくて、いろいろ話があるみたいだったよ」

 

 シンジが不思議そうな顔で尋ねると、ヨシュアはそう答えた。

 

「やっぱり、正遊撃士だと世界を飛び回っているんだろうね」

 

 シンジは納得したようにそうつぶやいた。

 

「それで、アスカの容体はどうなの?」

 

 エステルが尋ねると、ティータが泣きそうな顔で黙り込む。それでアスカが危険な状態だと察したようだった。

 

「私たちの研究グループで毒の分析を進めているけど、高性能演算機《カペル》が奪われてしまった今では、効率は著しく落ちているわ。……でも、教会のビクセン教区長さんなら未知の毒に対する治療法を知っているかもしれない」

 

 ミリアム博士の言葉を聞いたエステルたちは、ロレントの街の教区長も薬学の研究をしていた事を思い出した。七耀教会は千年の歴史がある。その中には培われた知識もあるかもしれない。エステルたちは七耀教会に向かう事にした。

 

「ボクもついて行くよ!」

「シンジ、あんたはアスカの側に付いていてあげなさい」

 

 一緒に行こうとしたシンジをエステルが止めた。

 

「そうね、私もずっと付きっきりでアスカちゃんを見ているわけには行かないし、そうしてくれると助かるわ。シンジ君がアスカちゃんの手を握ってあげるだけでも、アスカちゃんの助けになるのよ」

 

 ミリアム博士の言う事は科学的ではない。しかし治療不可能だと思われた患者が人の想いによる奇跡によって回復した事例はいくつもある。

 

「あの、わたしは……?」

「付いて来て良いって、アガットさんは言っていたわよ」

 

 思ってもみないエステルの言葉に、ティータは目を丸くした。

 

「自分の手で失敗を取り戻す覚悟があるならね」

「はい、頑張ります!」

 

 ヨシュアの言葉にティータは力一杯そう答えた。エステルたちが出て行き、ミリアム博士も医務室を出ると、医務室はシンジとアスカの二人きりになった。シンジはまだ温もりを持っているアスカの手を優しく握った……。

 

 

 

 

 ツァイスの街へと出たエステルたちは教会が閉まる前にと急いで七耀教会へと行った。夜更けの訪問にビクセン教区長は不思議そうにどうしたのか尋ねた。

 

「あの、アスカお姉ちゃんを助けてあげてください!」

 

 開口一番そう叫んだティータに、ビクセン教区長と側に居たシスターは意味が分らず首をかしげた。

 

「ティータ、落ち着いて」

 

 エステルがティータにそう声を掛けた。代わりにヨシュアがアスカが毒に倒れた経緯と症状について説明した。ヨシュアの話を聞いたビクセン教区長は困った顔になった。神経毒全般に効果のある薬の製法が七耀教会に伝わっているらしいが、在庫も材料も無いのだと言う。

 

「そんなことって……」

 

 ティータが泣き出しそうな顔になった。

 

「その材料はどこへ行けば調達できますか?」

 

 しかしヨシュアは諦めずにビクセン教区長に尋ねた。

 

「ほとんどは街中で手に入るが、一つだけ厄介なものがある。『ゼムリア苔』という古代から生息してる苔だ。この周辺では、カルデア隧道にある鍾乳洞の中に生えているはずだ。以前、遊撃士協会に依頼して探してもらった事がある」

 

 ビクセン教区長の話を聞いたエステルたちは、ルーアンからツァイスに来る時に通ったトンネルの街道の事を思い返した。

 

「じゃあ、さっそく鍾乳洞に行って『ゼムリア苔』を採って来るわよ!」

 

 エステルがそう言うと、ビクセン教区長は遊撃士協会に以前ゼムリア苔を採取した時の記録が残っているから聞いてみると良いと話した。エステルたちはビクセン教区長の助言通り遊撃士協会へと向かう事にした。

 遊撃士協会へと報告に戻ったエステルたちは、中に居たキリカとジンとアガットにアスカの容体の事とビクセン教区長から聞いた『ゼムリア苔』の話を説明した。キリカの話によると、以前にも教会の依頼でゼムリア苔の採取が行われたのだと言う。

 キリカは背後の本棚からファイルを調べて、エステルたちにゼムリア苔は光を放つ特殊な苔で、カルデア鍾乳洞の北西、洞窟湖の近くで採取された事を話した。エステルたちは遊撃士手帳に忘れないようにメモを取る。

 

「ただし、鍾乳洞の魔獣はかなり手強いとの報告を受けているわ。正遊撃士四人で探索したそうよ」

「正遊撃士が四人!?」

 

 キリカの話を聞いたエステルは驚きの声を上げた。

 

「ふん、燃える話じゃねえか」

 

 アガットは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 

「ジン、あなたもついて行きなさい」

「俺もか!?」

 

 キリカに言われたジンは驚いて聞き返した。

 

「あら、最初から付き合うつもりでいたんでしょう?」

「あーっ、分かったぜ。相変わらずだなその性格は!」

 

 キリカが涼しい顔でそう言うと、ジンは頭をかきむしりながらそう答えた。キリカとジンのやり取りを見たエステルたちは苦笑いを浮かべた。

 

「正遊撃士が二人も来ていただけるなんて心強いです」

 

 ヨシュアは笑顔でお礼を言ったが、アガットはジンに向かって火花を飛ばしている。

 

「俺は手前には負けないからな!」

「受けて立とうじゃないか」

 

 ジンは悠然とした態度でアガットの視線を受け止めた。そしてアガットはティータに視線を移す。

 

「今度こそ、無茶はしねえって約束できるか?」

「はいっ!」

 

 ティータはアガットの目を見つめ返してしっかりとそう答えた。

 

「それならいい、それじゃあ行こうぜ」

 

 アガットは無意識のうちにティータの頭を撫でていた。頭を撫でられたティータはとても嬉しそうだった。

 

 

 

 

 エステルたちとミリアム博士が出て行った後、ベッドに横たわるアスカと二人きりになったシンジは初めは純真な気持ちでアスカの手を握って励ましていた。しかし、薄着で寝ているアスカの胸が上下に動く様子を見て、シンジはゴクリと息を飲んだ。

 エルモ村の温泉でほんの数秒だったけど真正面から見てしまったアスカの裸体……美術館の裸婦像に負けないぐらいの腰のくびれは美しかった。いつも胸当てで揺れを抑えている胸も、その時は柔らかそうに揺れていた。

 

「アスカの胸、柔らかそうだな……」

 

 シンジは二年以上前の事、とあるハプニングがあって、床に倒れたレイの胸を鷲掴みにしてしまった事があった。昨日ドロシーに胸を腕に押し付けられた感触も記憶に新しい。

 シンジはアスカの胸を触りたいと思ってしまった。しかしシンジは冷静さを取り戻し、アスカに向かって伸ばした手を引っ込めた。

 

「アスカ、ゴメン。本当に、ゴメン」

 

 シンジは無抵抗のアスカにとんでもない事をしてしまいそうになった罪悪感に駆られて謝り続けた。そうしているうちに、ミリアム博士が医務室へと戻って来た。真剣にアスカに謝り続けるシンジを見て、ミリアム博士は胸を痛めた。

 

「シンジ君、あなたのせいじゃないのよ。悪いのはその銃を撃った黒装束の男でしょう?」

「ありがとうございます……」

 

 ミリアム博士に元気付けられたシンジは申し訳ない気持ちでお礼を言った。

 

「あ、そうだ、シンジ君」

 

 急にミリアム博士に呼ばれたシンジは、アスカにした事がバレたと思ってギクリとした。

 

「研究室に置いてあった《グノーシス》も失くなっていたの」

「あの薬が?」

 

 ミリアム博士の言葉を聞いたシンジは驚きの声を上げた。

 

「演算機《カペル》には《グノーシス》と《黒のオーブメント》のデータが入っていたわ。だから黒装束たちに盗まれたのかもしれないわね」

「なるほど……」

 

 シンジはミリアム博士の言葉に納得したようにうなずいた。黒装束の男たちはどうやって《グノーシス》や《黒のオーブメント》が中央工房にある事を知ったのだろうとシンジの頭に疑問が浮かんだ。

 王国軍や王室親衛隊、中央工房の関係者、遊撃士協会にまでたくさんの黒装束のスパイが送り込まれているのだろうか。それとも、もっと身近に……?

 シンジは頭の中に浮かび上がった恐ろしい考えを首を振って払おうとするのだった。

 

 

 

 

 シンジとミリアム博士が医務室でアスカの看病をする一方で、エステルたちはカルデア鍾乳洞にたどり着いていた。エステルたちには神秘的な場所に思えた。しかし奥の方からは魔獣達の気配が漂って来る。ジンとアガットはどちらが多く魔獣を倒すか闘志を燃やしているようだ。ティータは少し怯えている。

 

「ティータ、怖かったら帰っても良いんだよ」

「ううん、大丈夫。早くアスカお姉ちゃんのために『ゼムリア苔』を探しに行こう?」

 

 エステルに声を掛けられたティータは笑顔でそう答えるのだった。鍾乳洞の中に住み着いていたのは、ペンギンのような姿をした魔獣だった。アスカとシンジが居たならば、ペンペンの事を思い出したかもしれない。しかし性格は獰猛な魔獣、くちばしで突いてきたり、魚を吐き出して遠距離攻撃を仕掛けて来るものまでいた。

 

「青ペングー、赤ペングー、桃ペングー、黄ペングー、緑ペングー、白ペングー、子供ペングー……種類が多すぎて、魔獣図鑑に登録するだけで一苦労だわ」

 

 エステルはそう言ってため息を吐き出した。魔獣図鑑の登録担当はヨシュアなので、実際に苦労するのはヨシュアなのだが。アガットの重剣の威力もかなりのものだが、ジンの格闘術も見劣りしない。ジンの拳の一撃を食らった魔獣は混乱を起こしてしまうほどだった。

 エステルたちは目的の洞窟湖にたどり着くと、光を放つと言うゼムリア苔を探し始めた。苔なのだから一面にもわっと生えているのかと想像していたが、岩にちょろちょろとこびりついているだけだった。

 取りつくしてゼムリア苔を根絶させてはいけない。エステルたちは必要な分だけ採集して洞窟湖を去ろうとした。しかしジンが異様な気配を察してエステルたちに注意を促した。

 

「何よ、アレ!?」

 

 洞窟湖の中から、巨大なペンギン型の魔獣が飛び上がってエステルたちの帰り道を塞いだ。どうやら自分の縄張りを荒らされて怒っているようだ。エステルたちはこれまで鍾乳洞でペンギン型魔獣をたくさん倒して来たのだから言い訳も出来ない。

 

「ふん、どうやらこいつが洞窟湖の主らしいな」

「だったら、どっちがこいつをやれるか勝負と行こうぜ」

 

 ジンとアガットは戦う気満々のようだ。主が声を上げると、鍾乳洞に居たペングー達も集まって来た!

 雑魚と戦うのはエステルとヨシュア、ティータの役目のようだ。ペングーの群れとの戦いでは、ティータのスモークカノンが活躍した。目潰しされたペングーは魚を吐き出してもエステルたちに当てるどころか、他のペングーに当ててしまう。

 ペングー達の主である王様ペングーはとにかくタフだった。ジンやアガットがどんなに攻撃を加えてもへこたれる気配が無い。ジンは全集中……ではなく、特殊な呼吸法を用いて、自分の身体能力を上昇させる《龍神功と言う戦技を使って戦いを続けた。

 群がるペングー達を倒した後は五人がかりで王様ペングーをフルボッコにして、何とかエステルたちは王様ペングーを倒すのだった。倒された王様ペングーは湖へと沈んで行った……。

 

「可愛かったけど、怖かった~」

 

 ティータはそんな感想を述べた。これ以上、鍾乳洞に長居は無用。エステルたちは街の教会へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 エステルたちが教会に駆け付けると、夜も遅いと言うのにビクセン教区長は快く解毒剤を調合してくれた。《アルヴの霊薬》と呼ばれる解毒剤を持って、エステルたちは中央工房の四階の医務室へと駆け付けた。

 

「先生、教区長さんからお薬をもらってきました!」

 

 笑顔でミリアム博士に報告するティータ。

 

「さすがはビクセン教区長ね!」

 

 ミリアム博士も感激した様子でエステルから《アルヴの霊薬》を受け取った。毒を無効化するのではなく、免疫力を高める薬だと聞いたミリアム博士は試してみる価値はあると話した。

 ミリアム博士がアスカに薬を飲ませるとアスカは苦しみ始めた。驚くエステルたちだったが、ミリアム博士によるとこれは薬が効き始めたからなのだと言う。痛みや苦しみを感じるのは身体機能が回復した証拠だと話した。

 教会の薬と似た性質を持つ漢方薬に精通しているジンもその事は解っているようだった。命の危機からは脱したが、丸一日くらいはアスカは苦しむ事になるとミリアム博士は話した。でも、完治はするはずだとミリアム博士は話した。

 夜遅くなったため、エステルたちは交替を取りながらアスカの看病をする事になった。それでもシンジはアスカの事が心配であまり寝付けないようだった。苦しむアスカは大量の汗をかいていた。

 

「ママ……ママ……」

 

 うなされるアスカは何度も母親に呼び掛けていた。その度にアスカの頭に着けられているヘッドセットが淡い光を放つ。それを見たシンジは、ヘッドセットは母親への呼び掛けに反応するのではないかと仮説を考えた。試しに自分もやってみたが、光らない。強い呼び掛けが必要なようだった。

 次の日の朝、王都に行くと言うジンを見送りに、エステルとヨシュアとアガットはツァイス空港に行った。ジンは王都で大事な用事があるのだと話した。その用事が無ければ自分もラッセル博士の誘拐事件の解決に協力したかったと話した。

 

「ごめんな、力になれなくて。それじゃ、機会があったらまた会おう。お前さんも後は頼んだぞ」

「ああ、任せておけ」

 

 ジンはそう言って定期飛行船の甲板へと乗り込んだ。アガットはジンの言葉にそう答えた。

 

「あ、そうだ。ジンさんっていつまでリベールに居るの?」

「はっきりとは分からないが……女王生誕祭の頃まで居ると思うぞ」

 

 エステルの質問にジンはそう答えた。

 

「それなら、また会えるかもしれないわね」

 

 エステルはジンに明るい笑顔を向けてそう言った。

 

「またよろしくお願いします」

 

 そう言ってヨシュアはジンに向かって爽やかな笑みを浮かべた。

 

「おう、よろしくな」

 

 ジンは二人に穏やかな笑顔で応えた。定期飛行船と空港を結ぶ橋が収納され、ジンを乗せた定期飛行船は飛び立って行った。アスカはまだ医務室で入院したままで、シンジとティータが側で看病をしている。エステルとヨシュアだけで遊撃士協会に新たな情報が入っていないか確認しに行く事にした。



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第三十七話 アスカ復活! 黒装束の正体が明らかに!?

 

 エステルとヨシュアとアガットが遊撃士協会に入ると、いつもと変わらない様子の落ち着いたキリカが受付に立っていた。キリカさんもジンさんの見送りに行けばよかったのにとエステルが話すと、それどころでは無い事が起きたと話した。

 キリカが王国軍の司令部があるレイストン要塞に何度問い合わせても、ラッセル博士の誘拐事件についての捜査の進展は一切無いとの一点張り。さらに、犯人をツァイス地方から逃がさないために敷かれていた関所の検問が解除されてしまったらしい。犯人を捕まえた連絡が無いのに、検問を解除するのはあり得ない事だとヨシュアも納得した。

 

「せめて、ドロシーが撮った写真があれば犯人の顔が分かるかもしれないのに……」

 

 エステルが悔しそうな顔でつぶやくと、遊撃士協会の入口からドロシーが姿を現した。

 

「呼ばれて来ました、ジャジャジャジャーン!」

「噂をすれば影とも言うね」

 

 そう言ってヨシュアはクスリと笑った。

 

「そう言えばドロシーさんも災難よね、王国軍にカメラを没収されちゃうなんて」

 

 エステルに言われたドロシーはおよよ~と泣き真似の仕草をする。

 

「だからお仕事にならなくてね、ナイアル先輩に連絡したら王都の本社に帰って来いって言うの。もうちょっと温泉後のフルーツ牛乳を堪能したかったのに……」

 

 本気で残念がるドロシーに、キリカが冷静に声を掛ける。

 

「それでわざわざ遊撃士協会に来てくれたのは、何か話があったのではなくて?」

 

 キリカに聞かれたドロシーはハッとした顔になって自分の鞄から写真を取り出した。

 

「あっ、そうなんですよ。中央工房が火事になっちゃった時、中に居た人を救助してから犯人を追いかけて行った王室親衛隊の人の写真を現像してみたら、おかしな事に気が付きまして……」

「えっ、カメラは没収されたんじゃないの?」

 

 驚いてエステルがドロシーに尋ねると、ドロシーはカメラを没収される前に決定的な瞬間を取った発行クオーツ(ネガのようなもの)をとっさに一枚だけ抜き取ってカノーネ大尉に渡したのだと話した。

 ドロシーが写真を受付のカウンターに広げると、王室親衛隊の制服を着た男性が背中を向けて走り去る姿が写し出されていた。後ろ姿なので当然男性の顔は見えない。男性の顔をハッキリと写してしまった感光クオーツを抜き取ると、カノーネ大尉にバレてしまうと思ってドロシーはこの写真にしたのだと話した。

 

「こんな顔も判らない写真、何の手掛かりになるって言うのよ」

「そもそも、顔が分っても僕達はそれがどこの誰かは判らないよ」

 

 エステルがウンザリとした顔でぼやくと、ヨシュアはそう言った。そんな二人を見てドロシーはニヤリと笑う。

 

「こら、もったいぶっていないで早く言いやがれ」

 

 苛立ったアガットが急かすと、ドロシーは自慢気に話し始めた。

 

「ふっふっふ、注目するべきポイントは靴です! この王室親衛隊の人は、情報部の靴を履いているんですよ」

「なるほど、足元までは変装が行き届かなかったわけね」

 

 ドロシーの言葉を聞いて、キリカは納得したようにつぶやいた。この事件には王国軍の情報部が関与しているとすれば軍の司令部から調査の報告が無い事も、検問が解かれてしまった不自然さも合点が行く。

 

「キリカさん、僕達はレイストン要塞へ直接行ってみたいと思うんですが」

「なるほど、揺さぶりをかけるわけね。許可します、くれぐれも気を付けて」

 

 ヨシュアの提案にキリカは賛成して許可を出した。エステルとヨシュアはドロシーにお礼を言って、アガットと一緒に遊撃士協会を出て、シンジとティータがアスカの看病をしている中央工房の医務室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 解毒剤を飲んだアスカは、シンジとティータが見守る中、自らの免疫力で猛毒と戦っていた。二人で苦しむアスカの手を握り、必死にアスカに呼び掛ける。

 

「負けるなアスカ!」

「頑張って、お姉ちゃん!」

 

 アスカは全身に凄い汗をかいていた。シンジは中央工房の地下にあるオーブメント工場まで足を運び冷却水を分けてもらい、タオルを冷やしてアスカの汗を拭いた。服を脱がせる必要がある時はティータに代わってもらっていた。

 そこにエステルたちが姿を現した。今から探りを入れるためにエステルとヨシュアとアガットの三人でレイストン要塞へ行くのだと話すと、シンジとティータも同行を希望した。

 

「大丈夫よ、行って帰って来るだけだから。シンジとティータはアスカを看ていて」

「そうだ、単なるランニングみたいなもんだ」

 

 エステルの言葉に続いて、アガットはそう言った。そう言う事ならば……とシンジとティータはエステルたちを見送った。

 

「そうだ、ランニングと言えば、依頼を受けていたんだっけ」

 

 エステルが思い出したようにつぶやいた。

 

 ◆新製品のテスト◆

 

 【依頼者】ティエリ

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】4級

 

 ストレガー社では新作スニーカーのテスターを募集中です。

 中央工房四階・実験室までお越しください。

 

 確か依頼内容はスニーカーの試作品を擦り減るまで履き潰すと言った内容のはずだ。中央工房に立ち寄ったついでにエステルは同じ四階にある実験室へ報告に向かった。エステルの履いたスニーカーを見たティエリは、かなり靴底がすり減っている事に感激した。テストは大成功だとティエリはエステルに話した。

 

「じゃあ、これは依頼報酬の他に、テストを頑張ってくれた君への僕からのプレゼントだよ」

 

 そう言ってティエリは試作品のストレガー社のスニーカーを渡した。

 

「未発表の新製品、しかも遊撃士モデル!?」

 

 エステルの中央工房全体を揺るがすかのような大声が響き渡った。

 

「こら喜び過ぎだ、手前」

 

 アガットが怒った顔でエステルを注意する。

 

「そこまで感激してくれて嬉しいよ、ははは……」

「ありがとうございました」

 

 ヨシュアはちょっと引いてしまったティエリに頭を下げてお礼を言って、エステルたちは実験室を出るのだった。そしてついでに二階に立ち寄り、資料室の司書のコンスタンツェに『エルベキツツキの生態』の本を渡して依頼を達成したのだが、また新しい依頼を頼まれてしまった。

 

 ◆続・臨時司書の残業◆

 

 【依頼者】コンスタンツェ

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】3級

 

 いたずらで隠された本はまだあるようだ。

 書名は『ハーツ少年の冒険・下巻』だ。

 今度の隠し場所のメモは暗号文ではなく絵文字だった……

 

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 妙な依頼を頼まれてしまったエステルたちだったが、予定通りリッター街道に出てレイストン要塞へと向かう。エステル、ヨシュア、アガットと戦力は半減してしまったが、街道辺りに居る魔獣相手に遅れは取らないはず……と思っていたが、手配魔獣が行く手を塞いだ。

 

 ◆リッター街道の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】3級

 

 リッター街道に凶悪な魔獣【メルクリバイパー】が出没中です。

 当支部所属遊撃士の速やかな退治を望みます。

 

 メルクリバイパーは猛毒を持つ巨大な蛇のような魔獣だった。猛毒と聞くと嫌な感じがしたエステルだが、その鋭い牙に襲われないように回避を重視して、最後にはアガットが重剣でぶった斬るのだった。

 

 ◆リッター街道の手配魔獣2◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】3000 Mira

 【制 限】3級

 

 リッター街道に凶悪な魔獣【ブラディセイバー】が出没中です。

 当支部所属遊撃士の速やかな退治を望みます。

 

 ブラディセイバーはルーアン市長のダルモア邸で遭遇した大型の狼型魔獣だった。クローネ峠の関所やその他色々な場所で出会った犬型魔獣も引き連れて、明らかに黒装束の連中の仕業だ。レイストン要塞に人を近づけさせたくない理由があるのだろうが、手配魔獣となっては遊撃士にとっては逆効果だ!

 厄介な事に、見慣れた犬型魔獣に加えて一回り大きく、鎧のような服を着た犬型魔獣も三人を取り囲んでいた。相手が十匹の群れなのに対してこちらは三人。いくらアガットが強いと言ってもキツイ。

 

(……狼の群れはリーダーを倒せば散り散りになるはず!)

 

 そう判断したヨシュアは、大型魔獣に向かって行く。エステルとアガットも標的を大型魔獣に合わせた。しかしエステルたちの作戦は失敗だった。大型魔獣が断末魔の咆哮を上げると、犬型魔獣たちが逃げるどころか、さらに獰猛になって向かって来たのだ。

 エステルの肌が野蛮な獣の爪に切り裂かれる所など見たくないと思ったヨシュアは、《漆黒の牙》の戦技を使って魔獣達を縦横無尽に切り裂いて行った。体力の無い魔獣たちは次々と絶命して行った。

 

「……おいヨシュア、何だ今のは……」

 

 魔獣を倒し終わった後、アガットは低い声でヨシュアに尋ねた。アガットはヨシュアを人外のものでも見るような目つきだった。

 

「アガット、ゴメン! あたし、ヨシュアの過去を何も聞かない事にしているんだ。ヨシュアが自分から話してくれる気になってくれる時まで」

「ちっ、しゃーねーな」

 

 エステルが真剣な顔で懇願するような目でアガットを見つめると、アガットは頭をかいてため息をついて舌打ちした後、ヨシュアへの尋問を止めるのだった。

 

 

 

 

 リベール王国の中心に位置するヴァレリア湖の人工島に造られたレイストン要塞は、王国軍の司令部があるだけあって、今までエステルたちが見た大きい建物、ボースマーケットの数倍にも及び、さらに侵入者を防ぐ高い壁に囲まれた難攻不落の要塞だった。もちろん、空からの攻撃に備えて警備艇が周囲を飛び回っている。

 ソルダート軍用路を抜けただけなのに、離れた場所からもエステルはその要塞のスケールに度肝を抜かれていた。陸からの入口はルーアンの街にあった導力式の吊り橋で結ばれた正面ゲートだけ。

 

「ヘッ、物怖じするんじゃねえぞ。弱気な所を見せたら負けだ」

 

 アガットはエステルたちにそう発破を掛ける。エステルたちはせめて遊撃士らしく堂々とした態度で、入口の門番をしている兵士に声を掛けた。

 

「ここはレイストン要塞だ。君たちのような民間人が近づいて良い場所ではない。直ちに退去してもらおうか」

 

 今まで会った気さくな兵士たちと違い、兵士はピリピリとした雰囲気を漂わせていた。分厚いゲートの門は閉じている。

 

「わたしたち、民間人じゃないわ。遊撃士なんだけど」

 

 エステルはそう言って胸に付けた準遊撃士の紋章を指差した。

 

「中央工房のテロ事件について、ご報告したい事があります」

 

 ヨシュアも冷静な口調でそう話した。

 

「責任者を出してもらおうか」

 

 アガットは権威を示すように自分の正遊撃士の紋章を指差した。アガットは自分の地位をひけらかすのは好きではないが、この場合は準遊撃士のエステルたちだけだと舐められると判断したのだろう。

 

「残念ながら、この要塞の司令官は今ここには居なくてね。日を改めて訪ねてもらえないか?」

 

 門番の兵士は上官に確認する事無く即座にそう答えた。これはエステルたちの目にも怪しく映った。門前払いをするように指示を受けているのかもしれない。

 

「それならば、リシャール大佐にお伝えしたい事があるので情報部の方を呼んで頂けませんか?」

 

 ヨシュアは門番の兵士にそう頼むと、門番の兵士は無言で固まってしまった。おそらく命令に無い想定外の事態なのだろう。

 

「了解した、上官に確認を取るから待っていろ」

 

 門番の兵士は要塞の別の兵士に向かって合図を送る。門前払いから一歩前進したようだ。予想以上のガードの固さに、エステルたちの表情は引き締まった。鋼鉄製で分厚くて重い要塞の二重の扉が大きな音を立てて開くと、要塞の中から四人の王国軍の兵士を引きつれた王国軍の将校がエステルたちの前に姿を現した。

 

「待たせてしまって申し訳な「にゃ~~ご」」

「にゃ~~ご!?」

 

 アラサーのスキのない目をした将校がエステルたちに声を掛けると、猫の鳴き声が突然聞こえてエステルは驚きの声を上げた。よく見ると、将校の足元に黒猫がじゃれついていた。将校は顔赤くして猫の頭を撫でて、向こうに行っていろと猫にジェスチャーをした。

 

「じ、自分はレイストン要塞守備隊長、シード少佐だ」

 

 照れ隠しに咳払いをしてエステルたちに向き直ったアラサー将校はそう名乗った。

 

「あたし、準遊撃士のエステル・ブライトです」

「同じく、ヨシュア・ブライトです」

「正遊撃士のアガット・クロスナーだ」

 

 エステルたちはそれぞれ名乗ったが、シード少佐に威力があったのはアガットの勇名より、エステルの名前だった。

 

「まさか、()()ブライト!?」

 

 シード少佐はエステルの顔を見つめて目を丸くするほど驚いていた。

 

「あたしの顔に何か変なものでも付いている?」

「いや何でもない、気に障ったのなら謝る」

 

 エステルが不思議そうな顔で尋ねると、シード少佐は低姿勢になった。

 

「それで中央工房のテロ事件について報告があるとお聞きしたが、残念な事に情報部の隊員も全員不在でね。自分から伝えさせて頂こう」

 

 シード少佐の話を聞いたエステルたちは困った表情になった。情報部の制服を着た隊員が居ればドロシーの写真に写った軍靴の事をズバリ指摘出来るのだが、こうなってはハッタリをかまして相手の動揺を誘うしかない。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.シード少佐に何て言おう?

 

 【ラッセル博士を誘拐した飛行艇の目撃証言があった】

 【王室親衛隊が襲撃事件に関与している】

 【中央工房の襲撃犯が情報部に変装していた】

 

 

 

 

 ※遊撃士の資質を問うクイズです。

  正解するとボーナスBPが貰えるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな大変な時に、情報部はどこに行っているのよ。中央工房の襲撃犯にされそうだって言うのに」

 

 エステルはそう言って大げさにため息を吐き出した。

 

「そんなバカな!?」

 

 シード少佐が驚愕の声を上げると、エステルは意地の悪い笑みを浮かべてさらに質問を浴びせる。

 

「もしかして、王室親衛隊が襲撃犯かも~とか聞いていた?」

 

 シード少佐はエステルの言葉を否定できなかった、肯定も同然だ。

 

「その、情報部が犯人かもしれないと思わせる証拠はあるのかな?」

 

 シード少佐がエステルに尋ねると、ヨシュアはドロシーから譲り受けた写真をシード少佐に渡した。

 

「これは……襲撃を受けた中央工房から走り去る王室親衛隊の後ろ姿じゃないか。これが情報部とどう繋がるのかい?」

「足元の靴を見てよ」

 

 エステルに指摘されたシード少佐は「あっ」と声を上げた。

 

「分かった、リシャール大佐に報告して情報部を調べさせよう。ご協力感謝する」

「ちょっと、それだけ?」

 

 シード少佐の言葉にエステルは不満を募らせた。

 

「遊撃士諸君には軍の内部調査までする権利は無いはずだ。それでは失礼する」

 

 そう言うとシード少佐は取り付く島もない様子で、要塞の中へと入って行ってしまった。そして要塞の入口の扉が閉じられようとしていた。

 

「ま、仕方ないな。この場は引き下がるしかねえな」

 

 今までエステルとシード少佐の話を黙って見守っていたアガットは軽いため息をついた。

 

「何よ、アガットの根性無し!」

 

 エステルはそう言ってアガットを睨みつけた。

 

「現行犯逮捕でない限り、僕達は手が出せないんだよ。アガットさんもそれは判っている」

 

 ヨシュアに諭されて、元気を無くしたエステルたちの目の前で、閉じようとしていた要塞の入口の扉が、突然動きを止めた。要塞の兵士たちがザワザワと騒ぎ出した。そして再びシード少佐がエステルたちの前に姿を現した。

 

「見苦しい所をみせてしまったね。最近、門の開閉装置の調子が悪いんだよ」

「それなら中央工房の人たちに修理してもらったら? 《ライプニッツ号》を呼べば来てくれるんじゃない?」 

 

 取り繕うように話すシード少佐に向かって、エステルは笑顔でそう言った。

 

「そうだな、助言ありがとう」

 

 エステルたちは固い表情でお礼を言ったシード少佐に別れを告げてレイストン要塞から離れた。オーブメント仕掛けの門が閉じなくなったのは多分、動力停止現象のせいだとエステルたちは考えた。

 

「ラッセル博士はあの要塞に捕まっているとみて間違いないと思う」

「中央工房から奪われた黒いオーブメントも一緒だもんね」

 

 ヨシュアとエステルがお互いにうなずき合っていると、事情が分からないアガットは首を傾げた。二人はアガットがツァイスに来る前に、黒のオーブメントを巡る出来事についてかいつまんで説明した。

 

「ふーん、なるほどな。だが、ここで話していても埒が明かねえ、遊撃士協会に戻るぞ。あのキリカが何か知恵を貸してくれるかもしれねえ」

 

 アガットの意見にエステルとヨシュアも賛成し、早々にツァイスの街へと引き返すのだった。

 

 

 

 

 エステルたちが遊撃士協会に戻ると、キリカはマードック工房長を招いていた。これからの作戦にマードック工房長の協力が必要になると判断したからだ。ラッセル博士がレイストン要塞に監禁されていると知ったマードック工房長は声も出せないような驚きようだった。

 マードック工房長は協力関係を築いてきた王国軍がこのような暴挙に出るとは信じられないと天を仰いだ。王国軍は一枚岩ではないとキリカは話した。帝国との国境を守るモルガン将軍の国境警備隊、リシャール大佐の情報部、ユリア中尉の王室親衛隊などに別れた立場にある。

 

「中央工房のテロ事件の犯人である黒装束の連中が王室親衛隊に変装した意味も、エステルには分かるわよね?」

 

 キリカに突然質問を振られたエステルは驚いた。こんな時でもキリカはエステルたちの遊撃士としての技量を見極めようとしているのだ。

 

 ◆三択クイズ◆ その2

 

 Q.黒装束の連中が親衛隊に変装した意味は?

 

 【親衛隊が事件とは無関係だと思わせるため】

 【黒装束の方が変装で、親衛隊が事件の黒幕だった】

 【親衛隊に事件の罪を着せるため】

 

 

 

 

 ※遊撃士の資質を問うクイズです。

  正解するとボーナスBPが貰えるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして、みんなに親衛隊を目撃させて、犯人だったって思わせるため?」

 

 エステルの言葉にヨシュアはうなずいた。シード少佐は情報部の調査をすると約束したが、おそらく調査結果は情報部は無実で王室親衛隊がテロ事件の犯人だとシナリオが出来上がってるのだろうとヨシュアは話した。

 王国軍の中で良からぬ企みがあり、そのためにラッセル博士は誘拐された可能性があるとキリカは話した。黒のオーブメント、謎の薬グノーシス、高性能演算機カペルも根こそぎ奪って行ったのだろう。

 

「どうやら、犯人の手掛かりをつかんだみたいね」

「アスカ!? もう大丈夫なの!?」

 

 遊撃士協会に入って来たアスカを見てエステルは驚きの声を上げた。アスカに付き添っていたシンジとティータも一緒だ。

 

「目が覚めたら、知らない天井でビックリしたわよ。ぐっすり寝たから元気が有り余っているわ!」

 

 アスカは自分の武器である棒を振り回して華麗にポーズを決めた。もう問題は無さそうだ。毒による後遺症も無いようだとティータは喜んでいた。毒舌は相変わらずだとシンジが言うとアスカはいつもの調子でツッコミを入れた。

 エステルたちはアスカたちにもラッセル博士がレイストン要塞に監禁されている可能性が高い事を説明し、今後の作戦について話し合う。

 

「レイストン要塞に忍び込んで、博士を解放して、やつらに泡を吹かせてやるのさ」

 

 今まで黒装束の連中に苦汁を舐めさせられて来たアガットの提案に、エステルたちは諸手を挙げて賛成した。しかしキリカは一筋縄ではいかないと話す。遊撃士協会の大原則として国の軍隊とは干渉してはいけないのだ。ダルモア市長の時と同じで、現行犯でないと調査する権利が無いのだ。

 

「そんなバカな話ってある!? アタシたちは《紅蓮の塔》の屋上で誘拐の現行犯として黒装束のヤツラを逮捕出来たじゃないの」

 

 アスカの言う事は筋が通っているが、王国軍が黒装束の連中を匿っている限り手出しは出来ない。キリカはそんなアスカをなだめるように穏やかな笑みを浮かべて落ち着くように話した。

 

「でも、今回の場合には規則の抜け道がある。遊撃士協会規約第二項、『遊撃士は、民間人の生命・権利が不当に脅かされようとしていた場合、これを保護する義務と責任を持つ』。この意味が分る?」

 

 キリカに尋ねられたヨシュアは納得した様子で答える。

 

「なるほど、博士は『保護されるべき民間人』ですね」

「……工房長さん、あなたがここに招かれた理由はお解りですね?」

 

 キリカに尋ねられたマードック工房長は深くうなずいた。

 

「博士はリベールにとって国宝のような人材だ、救出をお願いする」

 

 マードック工房長の言葉を聞いたキリカは、非公式ではあるが遊撃士協会の依頼としてラッセル博士の救出をエステルたちに要請した。

 

「よっしゃ、これで忍び込む大義名分が出来たぜ!」

 

 アガットはガッツポーズを作って喜んだ。

 

「やっぱり忍び込むんだ……」

 

 シンジは苦笑いを浮かべてため息を吐き出した。次なる問題はレイストン要塞への潜入方法だ。キリカは唯一の陸路である正面ゲートの橋はとても警備が厳しくて無理、要塞を囲む湖にも導力センサーが張り巡らされているから困難、空は警備艇が巡回していると話した。

 そのような難攻不落の要塞にどうやって潜入できるのか……エステルたちは何か見落としていないのか考えを巡らすのだった。

 

 ◆推理クイズ◆

 

 Q.レイストン要塞に潜入できる方法は?

 

 ※遊撃士の資質を問うクイズです。

  今までのツァイス地方での話の中にヒントがあるので挑戦してみてください。

  答えは次回のお話で。

 

 

 

 




 ◆三択クイズ◆

 Q.シード少佐に何て言おう?

 【ラッセル博士を誘拐した飛行艇の目撃証言があった】
 【王室親衛隊が襲撃事件に関与している】
〇【中央工房の襲撃犯が情報部に変装していた】

 ◆三択クイズ◆ その2

 Q.黒装束の連中が親衛隊に変装した意味は?

 【親衛隊が事件とは無関係だと思わせるため】
 【黒装束の方が変装で、親衛隊が事件の黒幕だった】
〇【親衛隊に事件の罪を着せるため】




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第三十八話 ドキドキ身体密着潜入大作戦! 大ピンチ、見つかったアスカたち!?

 

 アスカも復活し、レイストン要塞へ乗り込むメンバーの準備は整った。しかし肝心の潜入方法が思い付かない。普通の方法では無理だ。しかしアスカが名案を思い付いた。この方法を使えば堂々とレイストン要塞へ入れると話した。

 

「そうか、兵士に成りすまして入るんだね」

「アンタバカァ!? 所属不明の兵士なんて怪しまれるに決まっているじゃない」

 

 シンジの発言にアスカはそう答えた。

 

「どこかの部隊に成りすますにしても、王国軍の方に協力者がいないと無理だね」

 

 ヨシュアはシンジの意見をさらに指摘した。

 

「それなら猫になってシード少佐に拾ってもらうとか」

「……あきれてものが言えないわ」

 

 エステルのバカすぎる提案にアスカはウンザリした顔でため息を吐き出した。場を和ませるためのジョークにしても大滑りだ。

 

「要塞の定期メンテナンスをしている《ライプニッツ号》に乗れば要塞の中へ入れるって事!」

「なるほど、それは名案ね」

 

 キリカはアスカの作戦に及第点を出したようだ。しかしエステルたちは王国軍の兵士たちに顔がバレてしまっている。整備員として乗り込むのは難しい。そうなると、積荷に紛れて乗り込む事しかない。だがティータはその作戦の穴を指摘した。

 

「要塞に持ち込まれる積荷は生体感知器でスキャンをされるんです。前に猫のアントワーヌが潜り込んで騒ぎになったから」

 

 ティータは困った顔でエステルたちに事情を説明した。エステルたちが荷物のコンテナの中に隠れても生体スキャンをされては見つかってしまう。

 

「それなら生体スキャンをごまかす器械があればいいけど……」

 

 ヨシュアはそうつぶやきながら、記憶の中で何かが引っ掛かっている気がしていた。

 

「アンタたちバカじゃないの? ラッセル博士の発明品があるじゃない」

 

 アスカがそう指摘すると、ティータも思い出したようだった。

 

「お姉ちゃんたちをお家に案内した時、おじいちゃんが作ってた発明品です!」

 

 ティータの言葉を聞いたエステルたちもラッセル博士に実験を手伝わされた事を思い出した。ただラッセル博士がどんな発明をしたのか理解していたのはアスカだけだった。

 

「あのオーブメントがあれば、生体感知器のスキャンを無効化する導力場を形成出来ます!」

 

 ティータは嬉しそうにそう言った。

 

「マジかよ……」

 

 アガットが感心と驚きが入り混じったため息を吐き出した。

 

「それでそのオーブメントはどこにあるんだ?」

「多分、研究所のどこかにほったらかしになっていると思います……」

 

 マードック工房長に尋ねられたティータは恥ずかしそうにそう言った。キリカはエステルたちにその生体感知器のスキャンを無効化するオーブメントを探しに行くように告げた。

 その間にキリカはレイストン要塞の詳細なデータを用意しておくと話した。キリカはマードック工房長に《ライプニッツ号》がレイストン要塞へ行けるように約束を取り付けるように頼んだ。

 エステルたちはツァイスの街にあるラッセル博士の自宅兼研究所へと向かう事にした。発明品の山から目的の物を探すには人手が要る。アスカが復活して良かったとエステルたちは思うのだった。

 

 

 

 

 ラッセル博士の研究所に着いたエステルたちはさっそくオーブメントを探す事にした。ラッセル博士は発明をする事が趣味なので、発明品を完成させた途端に興味を無くして放り出してしまうのだ。

 しらみつぶしに家探しをしていては時間が掛かりすぎる。ティータは発明品の山が転がっている場所にエステルたちを案内した。幸運な事に、ラッセル博士はあれから黒のオーブメントに掛かりきりで新しい発明品を作っていない。発明品の山の表層に目的の物がある可能性が高い。

 

「ヨシュア、みてみて、これって面白い!」

 

 エステルは自動で床を動き回る円盤のような物体を見て声を上げた。

 

「それは自動雑巾がけ器です。床を水拭きしてくれるんですよ。でも、スイッチを切らないと壁に当たって方向を変えても動き続けるのが欠点で……」

 

 ティータが律儀に発明品の解説をした。しかしヨシュアはウンザリとした顔でため息を吐き出して、エステルに発明品で遊ぶのを止めるように言った。

 

「これは……生卵をゆで卵にする器械!?」

 

 料理好きとなってしまったシンジの目がキラリと光った。

 

「あの博士にしては実用的な発明品じゃない。どうして捨ててあるの?」

 

 アスカは感心したようにつぶやくとティータに尋ねた。

 

「おじいちゃんは、固ゆで卵じゃなくて半熟卵が好きなんです」

「アイツバカァ!?」

 

 ティータから理由を聞いたアスカはそう叫んだ。ともかく探し始めてそれほど時間が掛からずに、目標の生体感知器のスキャンを無効化するオーブメント《感知妨害器》は見つかった。

 エステルたちは遊撃士協会へと戻って《感知妨害器》の発見を報告した。キリカの方もレイストン要塞の詳細データは準備出来ていると答えた。キリカは無断転載は厳禁よ、と言ってエステルたちにレイストン要塞概略図を見せた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 レイストン要塞概略図を見たエステルたちは、軍事機密情報が遊撃士協会にある事に驚きの声を上げた。キリカは情報の入手ルートはエステルたちにも話せないのだと言った。

 遊撃士協会は非合法な手段を使う場合もある事も心しておきなさいとキリカは告げた。リベール王国軍と遊撃士協会の関係は他の国に比べて良好であり、その友好関係を崩さないためにも兵士との交戦は最小限に抑えるべきだとキリカはエステルたちに言った。

 

「アガットも、向こうが敵対の意思を見せないのなら、わざわざ挑発して戦うのは避ける事ね」

「ちっ、仕方ねえな」

 

 キリカはアガットの性格を熟知していて釘を刺した。

 

「そして……ティータ。遊撃士でもないあなたを危険な任務に参加させるのは気が進まないけれど……決心はついたのね?」

「はい、《感知妨害器》を動かせるのはわたしだけだと思うんです」

 

 キリカの言葉にティータはしっかりとうなずいた。操作方法を覚えれば、アスカにも《感知妨害器》を使う事が出来るかもしれない。しかしティータを潜入作戦に同行させるのは、自分のミスで祖父がさらわれてしまった汚点を自分の手で取り戻そうとするティータへのキリカの思いやりでもあった。

 

「俺はこの足手まといになりそうなガキを連れて行くのは反対だ」

 

 せっかく話がまとまりかけたところでアガットがそう言うと、場の空気は険悪なものになった。

 

「だからアタシたちがティータを守ってあげるんじゃないの! 人の願いを叶える手助けをする、それがアタシたち遊撃士の仕事じゃないの!?」

「フン、ひよっこが一人前の口を利きやがって……」

 

 アスカがアガットに噛みつくと、アガットは鼻を鳴らしてそう言った。

 

「だがまあ、他に潜入方法が無いのなら仕方が無い。今回は特別に連れて行ってやるよ」

 

 アガットが吐き捨てるようにそう言うと、泣きそうだったティータの顔がぱぁっと華やいだ。

 

「ありがとう、アガットお兄ちゃん!」

「お兄ちゃん……かよ、ケッ」

 

 ティータがそう言うと、アガットは顔を横にそむけた。

 

「かわいい妹なんだから、しっかりと守ってあげなさいよ」

「うるせえ!」

 

 エステルがそう言うと、アガットはいつもよりムキになっているように答えた。工房船《ライプニッツ号》の準備完了までには、少し時間が掛かりそうだとキリカは話した。その間にアスカの肩慣らしのためにも遊撃士の依頼をこなすようにキリカに勧められた。

 

 ◆続・臨時司書の残業◆

 

 【依頼者】コンスタンツェ

 【報 酬】1000 Mira

 【制 限】3級

 

 いたずらで隠された本はまだあるようだ。

 書名は『ハーツ少年の冒険・下巻』だ。

 今度の隠し場所のメモは暗号文ではなく絵文字だった……

 

●    ●

 

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●    ●

 

 今エステルたちが引き受けている依頼と言えばこれだった。ツァイス地方のどこかの場所だとは言え、何の手掛かりも無い。しかしティータはこの図で示された場所に心当たりがあると話した。トラット平原の奥まった場所にある小さな広場で、ラッセル博士の野外実験場の一つだと話した。

 

「研究所の中では出来ない実験をやったりするんですよ。魔獣が入って来れないように四隅に導力灯が設置されているんです」

「どんな実験かは聞きたくもないわ……」

 

 アスカはウンザリとした顔でつぶやいた。アスカもオーブメント装置には興味はある方だが、度を越した実験は御免だ。あまり悠長に時間を掛けているわけにもいかないので、エステルたちはティータに先導されてトラット平原へと向かった。

 ティータの先導でトラット平原の外れの森に隠されたように存在している小さな広場にたどり着くと、確かに苔むすほど老朽化した四本の導力灯があった。壊れそうな導力灯を見て、エステルたちは嫌な予感がした。

 

「やっぱり、魔獣達が集まって来たよ……」

 

 シンジが嫌そうな顔をしてそうつぶやいた。トラット平原に棲む魔獣達の群れが集まって来ていたのだ。しかしフルメンバーのエステルたちにとってはウォーミングアップのようなものだ。特に前衛のアスカは鬱憤を晴らすかのように魔獣達をなぎ倒した。

 油紙に包まれた形で『ハーツ少年の冒険・下巻』は埋められていた。エステルたちは悠々と依頼人の元へと向かう。こうして長い連続依頼も終わると思ったのだが、世の中は厳しかった。

 

「さあ、次で最後の一冊ね」

 

 依頼人のコンスタンツェに本を渡すと、やはり無理難題をふっかけて来た。

 

「こうなったら意地よ、最後までやってやるわ!」

 

 アスカの言葉を聞いたコンスタンツェは満足そうな笑みを浮かべて最後の依頼を提示した。

 

 ◆続々・臨時司書の残業◆

 

 【依頼者】コンスタンツェ

 【報 酬】2000 Mira

 【制 限】3級

 

 いたずらで隠された本はいよいよ残り一冊となった。

 書名は『変身術入門』だ。

 ヒントとなる文章は以下の通り。

 

 ◆暗号クイズ◆

 

『ひろばでアそぶこどもがフたりいた。

 じゅうでウたれたこどもはカいだんをころげおちた。

 ゆうげきシは、そげきはんノあとをおう。

 キょうかいのしんぷはよんでいたホんからかおをあげた。

 こんなところでアえるとは、ついているものダな』

 

 

 

 ※遊撃士としての資質が問われるクイズです。

  暗号を解いて本の隠し場所を明かしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗号文を難しい顔で読んでいたエステルは早々にギブアップした。ツァイスの街から遠く離れた場所に隠されているのなら、この依頼は諦めなければならない。しかし暗号が解けたらしいアスカは得意げな笑顔になった。

 

「ふっふっふ、意外と近い場所に隠されていたから助かったわね」

 

 アスカはそう言うと、エステルたちを遊撃士協会へと先導した。受付のキリカが、まだマードック工房長から連絡が来るには早すぎる時間だとエステルたちに告げると、アスカは別の用事だと言って二階へと上がった。

 二階には同じ支部所属の遊撃士のウォンが居た。ラッセル博士の事件に集中しているエステルたちに代わって雑務をこなしてくれている。ウォンはエステルたちに気が付くと笑顔であいさつをした。

 アスカの目的は遊撃士協会の二階の多目的室にある本棚だった。エステルたちも協力して本棚を調べると、『変身術入門』は見つかった。エステルたちは喜び勇んで依頼人のコンスタンツェに本を渡した。

 

「凄いわ、全部の本を見つけてくれるなんて、頑張ったわね。偉い偉い」

 

 コンスタンツェはそう言うと、エステルたちにご褒美だと《妨害3》のクオーツを渡した。生成するのに大量の七耀石が必要とされる高級クオーツに驚くエステルたちに、コンスタンツェは遠慮しないでと言ってエステルたちを見送るのだった。

 二階の資料室から、エレベータで中央工房一階のエントランスホールのロビーに降りたエステルたちは、コンスタンツェが受付のヘイゼルと話している事に気が付いた。

 まさかコンスタンツェが非常階段を使ってエステルたちの先回りをしたのか? しかしコンスタンツェが長期休暇を取っていたと受付のヘイゼルに話すと、ヘイゼルも不思議そうな顔をした。

 

「もしかして、今まであたしたちが会っていたコンスタンツェさんって……」

「うん、ルーアンの街で会った変装の名人《怪盗B》に間違いないね」

 

 エステルの言葉にヨシュアはそう答えた。今頃資料室に引き返しても、怪盗Bは姿を消しているだろう。エステルたちは遊撃士協会へと報告に戻る事にした。

 

 

 

 

 遊撃士協会へと戻ったエステルたちは、ツァイス地方で解決した今までの依頼をキリカに報告した。するとキリカはエステルたちに累計BPから《準遊撃士・2級》に昇格したと告げた。

 

「やったね、アスカ」

 

 シンジが穏やかな笑顔でアスカに声を掛ける。アスカの夢である《準遊撃士・1級》まであと一歩だ。グランセル支部の推薦状をもらったら、先に正遊撃士になってしまうけれど。

 

「2級になれたのはそりゃあ、嬉しいけど……ラッセル博士がレイストン要塞に監禁されている今は跳び上がって喜ぶ事なんて出来ないわよ」

 

 そう言ってアスカはティータの方を見た。

 

「ラッセル博士を救出した後でたくさん喜べばいいのよ」

 

 エステルはそう言ってアスカとシンジを励ました。そろそろ《ライプニッツ号》の準備が出来ているはずだとキリカは、エステルたちにツァイスの空港へ向かうように指示した。

 ラッセル博士の救出作戦を立案実行しながら、ツァイスの街での遊撃士の活動もサポートするキリカにはとても頭が上がらない。ツァイス支部に来てそれほど経たないのにエステルたちは感謝しきれないほど世話になっていた。

 エステルたちはキリカにお礼を言いながら遊撃士協会を出てツァイス空港へと向かった。アガットが居るとはいえ、準遊撃士のエステルたちには難しいミッションだ。キリカは作戦の成功を祈るのだった。

 エステルたちが空港の発着場に着くと、空飛ぶ工房船《ライプニッツ号》が出航の準備を大忙しでしていた。グスタフ整備長の怒号が飛び交う。

 

「ちょうどいいタイミングで、王国軍からの依頼があってね。これでレイストン要塞に入れるぞ」

 

 マードック工房長は嬉しそうな笑顔でエステルたちに話し掛けた。ライプニッツ号は巨大なレーンに乗せられてエステルたちの前へと到着した。その迫力にエステルとヨシュアは度肝を抜かれた。

 

「ボクたちはエヴァに乗って出撃するなんて事はもう無いだろうね」

「当たり前じゃない」

 

 シンジのつぶやきに、アスカはあきれた顔でため息をついた。二人はライプニッツ号よりも大きな乗り物で戦っていた。ライプニッツ号から鉄の足場が伸ばされ、グスタフ整備長が降りて来た。

 

「ティータの嬢ちゃんよ、ラッセル博士の話は聞いたぜ。みんなラッセル博士には大きな恩があるからな、力になるぜ」

「ありがとうございます、整備長さん!」

 

 グスタフ整備長にティータは明るい笑顔でお礼を言った。グスタフ整備長は真剣な表情になってエステルたちの方を向いて尋ねる。

 

「それで遊撃士の嬢ちゃんたちは準備は出来たのかい?」

 

 レイストン要塞に乗り込めば街に戻って補給する事も出来ない。エステルたちはグスタフ整備長に向かって真剣な表情でうなずいた。

 

「ようし、それなら乗った乗った、工房船《ライプニッツ号》へようこそ、歓迎するぜ!」

 

 グスタフ整備長は笑顔でエステルたちを迎え入れた。

 

「博士の事をよろしく頼む。そしてティータ君を守ってやってくれ」

「任せなさい!」

 

 見送るマードック工房長の言葉に、アスカは胸を張って堂々と答えた。

 

「それでは行ってきます」

 

 シンジはそう言ってマードック工房長に頭を下げた。エステルたちを乗せたライプニッツ号はツァイス空港を飛び立ち、レイストン要塞に向かって行った……。

 

 

 

 

 エステルたちの乗ったライプニッツ号は、順調にヴァレリア湖の上空を飛んでいた。徒歩で曲がりくねった街道を歩いても半日と掛からない道のりだ。直線距離で進めばさらに短い時間でレイストン要塞へ到着する。

 グスタフ整備長はエステルたちを船倉にあるコンテナの一つの前に案内した。

 

「お前さんたちにはこのコンテナに隠れてもらう」

「アンタバカァ!? この狭い箱に六人で入れっての!?」

 

 グスタフ整備長がそう言うと、アスカは怒った顔で叫んだ。

 

「ダミーとして擬装用の機材を入れるからさらにスペースは狭くなるな」

 

 そのグスタフ整備長の言葉を聞いたシンジはあわてて尋ねる。

 

「いくつかの箱に分かれるとか、もっと大きなコンテナを用意してもらえませんか?」

「そいつはリスクが高くなるから出来ない相談だな」

 

 生体スキャンを無効化する探知妨害器は一つしかないし、大型コンテナはチェックが厳しい。覚悟を決めたエステルたちはどのようにコンテナの中に入るのかどうか話し合った。

 おしくらまんじゅうのように立って密着するような体勢で入る事になるのだが、男子三人・女子三人と人数が半端なので必然的に男女の身体が密着する事になってしまう。

 

「とにかく、アガットとティータをくっ付けるわけにはいかないわ!」

「何でだよ!?」

 

 初っ端からアスカがそう言いだすと、アガットは声を上げた。

 

「アンタとティータは十二歳も離れているのよ、ロリコンを一緒にするわけにはいかないわ」

 

 アスカは腕組みをしてアガットにそう言い放った。アガットは青筋を立てて怒鳴り返す。

 

「俺はロリコンじゃねえ!」

「ロリコンって何ですか?」

 

 ティータが不思議そうな顔で尋ねた。

 

「ほらアスカも、加持さんとはもっと歳も離れていた事だし……」

「それは関係無いでしょうがバカシンジ」

 

 シンジが仲裁すると、アスカはそれ以上しつこくアガットをなじる事はしなかった。

 

エステルアスカティータ
ヨシュアシンジアガット

 

 結局ヨシュアもシンジもエステルやアスカを他の相手と向かい合わせにさせる気持ちにはなれず、この隊列でコンテナに入る事にした。レイストン要塞までのフライトは30分、グスタフ整備長はその間に擬装コンテナの用意をしておくと話した。

 擬装コンテナがバレたらエステルたちだけでなく、中央工房の作業員全員が王国軍から睨まれる事になる。ライプニッツ号の乗員たちは緊張感を持って仕事に臨んでいた。

 エステルたちは待っている間ライプニッツ号の中を見て回っていたが、いつの間にかティータとアガットの仲が良くなっている事に気が付いた。ティータは笑顔でアガットをお兄ちゃんと呼んで、アガットの戦術オーブメントの点検をしていた。

 アガットも戦術オーブメントをいじるティータの姿を穏やかな笑顔で見つめていた。

 

「そうだ、アガットお兄ちゃんって妹さんがいるんですか?」

 

 ティータに聞かれたアガットは顔色が変わった。

 

「……どうしてそう思うんだ?」

「あのあの、何となくそう感じたんです。聞いちゃいけない事でしたか?」

 

 鋭い目でアガットに睨まれたティータは困った顔でそう答えた。アガットは故郷にミーシャというティータと同じ歳位の妹が居ると答えた。遊撃士の仕事があるので、あまり会いに行けないと話した。

 

「なるほど、アガットはロリコンじゃなくてシスコンだったのね」

 

 アガットとティータの話を物陰で聞いていたアスカはそうつぶやいた。

 

「アスカ、盗み聞きは良くないと思うよ」

 

 シンジに促されてアスカはその場を離れるのだった。

 

 

 

 

 擬装コンテナの準備が完了したと連絡を受けたエステルたちは船倉へと向かい、擬装コンテナ前に集合した。周りから見ると隙間無く金属のプレートが積まれているように納められていて、真ん中の空間にエステルたちが入る事になる。

 一番最初にコンテナの奥に入ったのはヨシュアだった。次にエステルが入る事になったのだが、詰めないと残り四人が入れないため、エステルは顔を真っ赤にしながらヨシュアにピッタリ身体をくっ付けた。

 

「ほら、頭はこっちに向けて」

 

 ヨシュアに言われた方にエステルが顔を向けると、口付けが出来そうな至近距離で見つめ合う事になる。それはアスカとシンジも同じ事だった。長い時間お互いに真正面から見つめ合う事は恥ずかしいものだった。

 さらに腕や肘に当たってしまう柔らかい部位、鼻孔をくすぐる髪の香りなど、シンジとヨシュアは我慢するのが大変だった。ティータとアガットは身長差があったため、お互いの顔が近づく事は無かった。

 エステルたちが擬装コンテナに入ってから10分も経たないうちに《ライプニッツ号》はレイストン要塞の南東ブロックに位置する飛行船発着場へと着陸した。船倉から次々とコンテナが運び出され、シード少佐の小隊による検査を待っていた。

 グスタフ整備長とシード少佐は顔見知りのようで、エステルたちはコンテナの中で話を聞いていた。話題が中央工房の襲撃事件になると、シード少佐は犯人の手掛かりをつかんだので数日中に事件は解決するだろうとグスタフ整備長に話した。

 シード少佐の配下たちは、発着場から降ろされて並べられたコンテナを感知器で調査を始めた。「異常無し」「OKです」確認をする声が静かな発着場に響いた。しかし、とあるコンテナの前で「生体センサーに反応あり!」と声が上がった。

 そのコンテナはエステルたちが潜んでいるコンテナのようだった。エステルたちは息を飲んだ。感知妨害器が壊れたのか、それとも上手く動かせなかったのか、ティータは真っ青な顔になった。

 

(……ティータ、そんなに自分を責めないで。アンタだけが悪いわけじゃない)

 

 声の出せないアスカは、心の中で励ます事しかできなかった。

 

「多分、ネズミ辺りが紛れ込んでいるんでしょう。気になさるほどの事では……」

「グスタフ整備長、悪いがこれは規則なのでね。中を検めさせてもらう」

 

 グスタフ整備長の制止を聞き入れず、シード少佐は配下の兵士に命じて、生体反応のあったコンテナを開けさせようとした……!




◆暗号クイズ◆ の答え

 カタカナで書かれた文字を漢字に変換すると、

 『遊 二
  撃 階
  士 の
  協 本
  会 棚』

 になります。


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第三十九話 謎のカヤバ博士登場! シンジはアスカにおっぱいダイブ!?

 

 擬装コンテナに隠れてレイストン要塞に侵入しようとしたエステルたち。しかし生体探知妨害器が上手く作動しなかったのか、コンテナに向けられた生体センサーが反応してしまう。怪しんだシード少佐はコンテナを即座に開けるように部下に命じた!

 このままエステルたちが見つかって潜入作戦は失敗に終わってしまうのか。コンテナの扉が開かれて中から姿を現したのは……ツァイス中央工房に住み着いている猫、アントワーヌだった。

 

「にゃーご」

「ああ、しばらくぶりだな」

 

 アントワーヌの鳴き声を聞いたシード少佐はポカンと驚いた顔で答えた。グスタフ整備長は頭をかきながらバツの悪そうな顔でシード少佐に話す。

 

「アントワーヌもシード少佐に会いたがっていると思いましてね、連れて来たんですが、コンテナの中に紛れ込んでしまったようです」

「それにしても、驚いたよ……」

 

 シード少佐は深い深いため息を吐き出した。

 

「みゃ~う」

「そうか、船の中で大人しくしているんだぞ」

 

 アントワーヌがそう鳴き声を上げると、シード少佐は頬を緩めてそう声を掛けた。

 

「にやゃゃあ~」

 

 鳴き声を上げたアントワーヌはライプニッツ号の中へと戻って行った。本当にアントワーヌは賢い猫だとシード少佐は思った。一件落着したところで、シード少佐は部下達に残りのコンテナを調べさせた。全てのコンテナの検査が終わり、《ライプニッツ号》がレイストン要塞を飛び去った後、シード少佐は部下たちに労いの言葉を掛けていた。

 シード少佐は部下達にコンテナの搬入は明日以降にするように指示し、兵舎に戻って休むように告げた。部下達が去って行った後、シード少佐は苦悩した顔で深いため息を吐き出した。自分から望んで今の任務をしているわけではないと言った感じだった。

 

「シード少佐、カノーネ大尉がお呼びです」

「分かった」

 

 男性兵士の言葉を聞いたシード少佐は、嫌そうな表情を浮かべながら発着場を去って行った。シード少佐の靴音が遠ざかり、辺りが静まり返ったのを確認してアガットは隠れていたコンテナから出て周囲を見回した。

 誰も居ない事を確認すると、エステルたちもコンテナの中から外に出た。窮屈なコンテナの中から解放されたエステルたちは大きく伸びをした。隣のコンテナから生体反応が出た時は心臓がのどから飛び出るほど驚いたと話すエステルに対して、アントワーヌをコンテナの中に入れたのはグスタフ整備長の策略だとヨシュアは気が付いていた。

 とりあえず潜入作戦の第一段階が成功したところで、エステルたちは次の行動を起こすためにキリカから渡されたレイストン要塞の地図を確認する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 アガットは地図の右下の飛行船発着場を指差して、現在地を確認した。レイストン要塞の中をしらみつぶしに探している余裕は無い。アガットはエステルたちに、ラッセル博士が捕まっている場所を地図から指し示してみろと言った。

 

 ◆五択クイズ◆

 

 Q.ラッセル博士が監禁されている場所は?

 

 【兵舎】

 

 【司令部】

 

 【研究棟】

 

 【監視塔】

 

 【武器庫】

 

 

 

 ※遊撃士としての洞察力が試されるクイズです。

  正解すればボーナスBPがもらえるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エステルたち四人は一斉に地図の同じ一点を指差した。アガットは感心したように息を漏らした。どうやら正解できたようだ。

 

「おじいちゃんは、研究棟で何かをさせられているって事ですか!?」

 

 ティータの言葉にアガットはうなずいた。

 

「そんなに時間も無い、まずは研究棟を調べてみるぞ」

「博士を救出した後、どうやって要塞を脱出するんですか?」

 

 シンジが不安そうな顔でアガットに尋ねた。南の正面ゲートから出られるとはとても思えない。潜入する事で頭がいっぱいだったシンジは今となってその事に気が付いて強い不安を覚えたのだ。

 

「軍の警備艇を一隻かっぱらうって言うのはどう?」

 

 エステルが腕まくりをしてそう言うと、ヨシュアは首を横に振る。

 

「僕達には警備艇の操縦なんて出来ないよ」

 

 腕組みをして地図を見て考えていたアガットは、船着場を指差した。

 

「ボートの操縦くらいなら何とかなるだろう。爺さんを助け出したら船を奪ってここから逃げるぞ」

 

 アガットの意見にエステルたちはうなずいて賛成の意を示した。方針が固まったところでエステルたちは研究棟を目指して行動を開始する。巡回する兵士や警備用の魔獣との戦闘は極力避けなければならない。遊撃士は王国軍と対立する立場では無いからだ。

 発着場から出たエステルたちは中庭を通って研究棟へと向かう。潜入作戦で役に立ったのが戦術オーブメントの《鷹目》のクオーツと、《幻朧》のクオーツだった。

 《鷹目》のクオーツは七耀石を主食としている魔獣や、七耀石を使ったオーブメント銃を装備している兵士の居る方向を赤い矢印で示してくれるレーダーだ。

 《幻朧》のクオーツは人が発する臭いや足音を軽減してくれるので敵に見つかりにくくなる。さすがに透明人間にはしてくれないので、相手の視野に入ったらバレる。

 夜が更けた中庭にはエステルたちがこれまでに遭遇した犬型魔獣がうろついていたが、この二つのクオーツの助けもあって魔獣のスキを狙って移動し、見つからずに研究棟の近くまでたどり着くことが出来た。

 

 

 

 

 研究棟の入口の扉の両脇には黒装束の兵士が二人で立っていた。ここで黒装束の兵士と戦えば要塞の中に居る兵士たちが駆け付けて来てしまう。エステルたちは他に研究棟の建物の中に侵入できる経路が無いか探してみる事にした。

 壁伝いに建物の周りを調べると、鉄格子がはめられている窓が見つかった。ここから中に入れないものかとエステルが提案すると、物音を立てずに鉄格子を外すのは難しいとヨシュアは反対した。

 しかし窓から研究室の中の様子を覗き見ることは出来た。研究室の中にはオーブメント機械が乱立しており、部屋の中心には数字やグラフが書かれたレポート用紙が置かれた大きな机。

 そしてその大きな机を挟んで向かい合っている二人の白衣の博士とリシャール大佐とカノーネ大尉。白衣の博士のうち片方は若い日本人男性、もう片方は……エステルたちが救出のターゲットとしているラッセル博士だった。

 

「ラッセル博士、カヤバ博士。この《黒のオーブメント》の制御方法を突き止めてくださりありがとうございます。情報部一同感謝していますよ」

 

 リシャール大佐がそう言うと、ラッセル博士はふてくされた表情で言い返す。

 

「ふん、このカヤバと言う若造が居ればいずれ《黒のオーブメント》は解明出来たじゃろう。なぜワシまで巻き込む必要がある?」

「ラッセル博士、あなたにはこの《黒のオーブメント》の事を口外させるわけにはいかなかった。特にカシウス大佐に《黒のオーブメント》が渡っていたらとんでもない事になっていましたからね」

 

 リシャール大佐の言葉を聞いたラッセル博士は大声で怒鳴る。

 

「お前さんもカシウスの部下だったのじゃろう! その《黒のオーブメント》を使って何を企んでおる!」

「ふふふ、もうカシウス・ブライトが来ても手遅れです。この《福音計画》は止められない」

 

 リシャール大佐はしばらく高笑いをした後、余裕たっぷりの表情でラッセル博士を見つめた。

 

「全てが終わったら、あなたを解放させて差し上げますよ。それまでは大人しくして頂きたい」

「あなたの大切なお孫さんの命が惜しければ、反抗的な態度はとらない事ですわ」

「おのれ小娘、またそうやってワシを脅かしおって!」

 

 ラッセル博士はそう言ってカノーネ大尉をにらみつけた。

 

「ラッセル博士、我々は憂国の士です。この国のための事を思って行動している事をお忘れなく」

 

 リシャール大佐がそう言っても、ラッセル博士の不機嫌そうな顔は直らない。研究室に赤い線の入った兜を被った黒装束の連中の隊長が入って来て、リシャール大佐に報告があると話した。

 王都グランセルで《白き翼》が罠にかかったのだと赤兜の隊長が話すと、リシャール大佐は陰湿な笑みを浮かべた。これでチェックメイトだとリシャール大佐はつぶやいた。

 リシャール大佐はシード少佐を呼ぶと、ラッセル博士とカヤバ博士の身の回り世話を任せると言って、ラッセル博士に挨拶をしてカノーネ大尉と赤兜の隊長と一緒に研究室を出て行った。

 研究室に残ったのはラッセル博士とカヤバ博士、シード少佐の三人。ラッセル博士はあきれた顔でずっと黙っていたカヤバ博士に声を掛ける。

 

「お主、明らかに手を抜いておるな。おかげでワシが要らぬ苦労をさせられる事になっておるわい」

「私は何も持たぬままこの世界へと召喚された身。役目を終えて追い出されては、明日の食事に困り果ててしまいます」

 

 カヤバ博士の答えにラッセル博士は全然納得していない様子だった。シード少佐がラッセル博士に声を掛ける。

 

「何かご入用の際は私に声をお掛けください。博士は今、とある組織に誘拐されている事になっています。それを踏まえた上で承知して頂けるのであれば、お孫さんに手紙を書く事も出来ますよ」

「バッカモーン! 早くワシの前から消えろ!」

 

 シード少佐は頭を下げて研究室から出て行った。

 

 

 

 

 窓の外から一部始終を見聞きしていたエステルたちは、リシャール大佐が一連の事件の黒幕だと知って、少なからずショックを受けていた。さらに黒装束の連中とも繋がりがある事にアガットは腹を立てていた。

 研究棟から出て来たリシャール大佐たちは、停められていた軍の警備艇とは違う形の特殊な小型飛行艇に乗り込んだ。これが黒装束の連中の組織の飛行艇なのだろう。黒装束の連中は研究棟の入口に貼り付いている二人を除いて全員飛行艇に乗り込んで飛び立って行った。

 周囲から人の気配が無くなった今なら入口に居る見張りの兵士を倒して侵入することが出来る。速攻で決着をつける事にしたエステルたちは、建物の死角から見張りの兵士二人に奇襲をかける事にした。

 

「はあ、王都では大規模な作戦があるって言うのに、俺たちはこんなところで博士のお守りかよ」

「そうぼやくな、リシャール大佐の手足となって任務を遂行するのが俺達《特務兵》の使命だぞ」

 

 黒装束の連中二人が話していると、エステルたちが飛び出して突っ込んで来た。

 

「お前は、アガット・クロスナー!」

 

 特務兵の男はアガットを見て驚きの声を上げた。

 

「俺から逃げ回っていた連中だな。ここで年貢の納め時ってやつだ!」

 

 リベール王国最強クラス兵士であろう特務兵も、正遊撃士のアガットも加わったエステルたち六人の敵では無かった。戦技や導力魔法を使うまでも無い。

 

「ざまあみやがれ!」

 

 地面に倒れ伏して気絶した特務兵の二人を見下してアガットはそうつぶやいた。

 

「個人的な恨みがありまくりね」

 

 アスカはバカにしたような視線をアガットに送ってため息を吐き出した。ここからは時間の勝負、エステルたちはラッセル博士の居る研究棟へ突入した。

 

「お、おじいちゃん……」

「ティータ!? 何故ここに!? ワシは夢でもみているのか?」

 

 目の前に現れたティータに、ラッセル博士は心の底から驚いているようだ。

 

「おじいちゃゃゃゃん! よかったぁ……無事でぇ……」

 

 ティータは嬉し涙を流しながらラッセル博士に飛び付いた。すると乾いた拍手の音が部屋に響いた。

 

「いやはや、感動の再会と言ったところかな」

 

 拍手の主はもう一人部屋に居た白衣を着た博士だった。シンジとアスカが近くに寄って見ても、やはり日本人の男性のように見える。

 

「アンタ、何者よ!」

「この世界ではカヤバと名乗っている。生憎とアバター作成の時間が無かったのでね、この姿で存在しているわけさ」

 

 アスカの人差し指を突き付けて詰問すると、カヤバ博士は涼しい顔で白衣のポケットに手を突っ込みながら答えた。

 

「もしかして、ボク達と同じようにこの世界に召喚されたんですか? それなら一緒に逃げましょう!」

「いや、私はここに残る」

 

 シンジの言葉に、カヤバ博士は首を横に振った。

 

「そいつは進んであいつらの研究に協力している変わり者じゃ」

 

 ラッセル博士はそう吐き捨てるように言った。

 

「それなら爺さん、こんなやつは放っておいてとっとと脱出するぜ」

「おう、よろしく頼むぞ、ニワトリ頭」

 

 アガットに声を掛けられたラッセル博士はそう答えた。

 

「何だと、このジジイ!?」

「あうう……アガットさん、ごめんなさい」

 

 ティータが小さな体でアガットを押し留めて謝った。エステルたちは、このまま研究室に置いたままではリシャール大佐たちに悪用されてしまうと、奪われた《カペル》の中枢ユニットを回収した。

 

「これはゲームであっても、遊びではない。アニメじゃない、本当のことさ」

 

 カヤバ博士の謎の言葉に送られて、エステルたちは研究棟を出るのだった。

 

 

 

 

 エステルたちが研究棟の敷地内から出ると、レイストン要塞の中に警報が鳴り響いた。カヤバ博士が通報したのだろうか、それとも気絶していた特務兵が意識を取り戻したのか。

 シード少佐は兵士たちを集め、飛行船発着場と船着場の警戒を強める事を指示した。残る兵士達には侵入者が隠れそうな建物を捜索させた。研究棟にも直ぐに兵士達がやって来るだろう。

 飛行船発着場や船着場から脱出する道は完全に絶たれた。エステルたちは兵士達が巡回する中庭を抜けて新たな脱出ルートを探さなくてはならなくなった。中庭からは犬型魔獣の姿は消えて王国軍兵士が巡回している。徹底的に戦闘を避けなければならなくなった。

 王国軍の兵士たちも考えたもので、《鷹目》のクオーツに反応しないように導力オーブメント製の装備を外していた。エステルたちはなるべく壁沿いを歩き、隠れるために入り込んだ建物は……レイストン要塞の司令部だった。

 

「アンタバカァ!? なんでよりによって敵の中心部の建物に入るのよ!」

「仕方ないだろう、壁沿いに進んで見つけた建物なんだから」

 

 アスカになじられたシンジはそう反論した。しかし灯台下暗しと言うべきか、司令部の建物は人が出払ってしまい、廊下に人の気配は無かった。部屋の扉にも鍵が掛かっていて人の居る様子は無い。

 司令部の廊下の奥には、地下に通じる階段があった。もう引き返す事の出来ないエステルたちは階段を降りて行った。どうやら司令部の地下には牢屋があるようだ。

 

「あーっ、お前はノーテンキ遊撃士!」

 

 エステルたちが入口に近い牢屋の前を通りかかると、あの空賊娘のジョゼットが驚きの声を上げた。同じ牢屋の中にはジョゼットの兄であるキールとドルンたちの姿もあった。

 

「あんたたち、ここに捕まっていたんだ。元気そうで良かった」

「ちっとも良くないよ!」

 

 エステルが笑顔で声を掛けると、ジョゼットは怒鳴り返した。

 

「おい、こいつらはお前らの知り合いか?」

「カプア一家。定期飛行船襲撃事件の犯人達です」

 

 アガットに尋ねられたヨシュアはそう言ってジョゼットたちを紹介した。他の牢屋を見回すと、ルーアン市で捕まったダルモア市長や秘書ギルバードの姿もあった。この辺りの牢屋に居るのはリシャール大佐の情報部が捕まえたとされる犯人達ばかり。情報部の評判を高めるために利用されたとも考えられる。

 地下牢の先は行き止まりで脱出ルートは無さそうだった。地下牢の中に脱出ルートなどあるはずも無い。

 

「邪魔したわね。じゃあ、アンタたちもせいぜい反省しなさいよ」

 

 アスカはそう言って階段をスタスタと昇って行った。エステルたちもジョゼットたちに手を振って後をついて行く。

 

「こらー、俺達も出しやがれー!」

 

 ドルンたちの大声が地下牢に響くのだった。

 

 

 

 

 エステルたちが司令部の外に出ようとすると、王国軍の兵士たちの声が近づいて来るのが分かった。兵士たちは兵舎も武器庫も研究棟も監視塔も調べ終えて、司令部のシード少佐に報告に向かうところらしい。

 そんな袋のネズミとなってしまったエステルたちに声を掛けて来たのはシード少佐だった。

 

「捕まりたくはないだろう? こっちへ来るんだ!」

 

 シード少佐の罠だとも考えられるが、どっちみちここに居ても見つかってしまう。エステルたちはダメで元々でシード少佐の後へとついて行った。シード少佐は廊下の突き当りの部屋へと入った。

 エステルたちも続いて部屋の中へと入る。エステルたちが部屋に入ったのを確認すると、シード少佐は入口のドアの鍵を閉めた。

 

「どういうつもりじゃ、リシャール大佐にワシを監禁するように命令されていたのではないか?」

 

 ラッセル博士がそう尋ねると、シード少佐は頭を下げながら話し始めた。

 

「残念な事に、王国軍の幹部達は大佐の情報部によって弱みを握られて逆らえない状況となっております。私も猫しか愛せない男だと暴露されて欲しくなければ命令に従えとカノーネ大尉から圧力を受けています」

 

 王国軍の実力者であるモルガン将軍も、孫娘の命を人質に取られて国境のハーケン門から動けないで居るとシード少佐は話した。リシャール大佐は情報部を創設すると、王国軍の将校や大きな民間企業の弱みとなる情報を集め、気が付いた時には逆らえない状態にまでなってしまったのだと言う。今、王国軍の実質的トップはリシャール大佐となっているようだ。

 

「アリシア女王はどうしたんだ? 最終的に軍の権力は王家に帰属する事になっているだろう?」

「不可解な事に、女王陛下はリシャール大佐のする事に沈黙を保っておられる」

 

 アガットに尋ねられたシード少佐は悔しさをにじませながらそう言った。

 

「女王陛下の直属の部隊である王室親衛隊も、国家反逆罪で追われている……」

「ええっ、あのユリアさんたちが!?」

 

 シード少佐の話を聞いたエステルは驚きの声を上げた。中央工房のテロ事件の犯人は親衛隊だと公式発表したらしい。多分、没収したドロシーの撮った写真のうち、足元の写っていない親衛隊の服だけが映し出されている写真を《リベール通信》に送ったのだろう。

 

「そんなのおかしいです!」

 

 ティータの怒りの言葉はシード少佐の胸に重く突き刺さったようだ。

 

「上官の命令は絶対だが……間違った上官を止めるのも部下の務めだった。それが出来なかった罪滅ぼしをさせて欲しい」

 

 シード少佐は顔を上げてエステルたちを真剣な表情で見つめた。

 

「それで、騒ぎが治まるまでアタシたちをこの部屋に匿ってくれるって言うの?」

 

 アスカが尋ねると、シード少佐は軽く首を横に振った。

 

「いや、君達にはこの部屋から要塞を脱出して欲しい」

 

 シード少佐はそう言うと、隠し通路のドアを開けた。

 

「ここから要塞の裏にある水路に出られる。ボートも用意してあるから、それで脱出出来るはずだ」

「こんな隠し通路、軍事機密じゃないんですか?」

 

 シンジが尋ねると、シード少佐は乾いた声で笑う。

 

「本来ならば軍法会議ものだが……女神エイドス様は許してくれるだろう」

「まあ、そういうことなら遠慮なく使わせてもらうぜ」

 

 アガットは自分が最初に通路を降りて安全を確認し、次にティータとラッセル博士、最後にエステルたちに降りてくるように指示した。

 

「ありがとう、シードさん」

「例には及ばないよ。カシウス大佐には大きな恩があるからね」

 

 エステルがお礼を言うと、シード少佐はそう答えた。

 

「えーっ、父さんってそんなに偉かったの?」

 

 シード少佐の言葉を聞いたエステルが驚きの声を上げた。

 

「十年前の百日戦役の陰の功労者、カシウス大佐。その子供たちに恩返しが出来て嬉しいよ」

 

 そこまでシード少佐が話すと、兵士達がドアをノックする音が聞こえた。どうやらグズグズしている時間は無さそうだ。エステルたちは素早く隠し通路へと飛び込み、シード少佐は隠し通路の入口を閉じた。

 

 

 

 

「きゃあああああっ!」

 

 隠し通路に飛び込んだエステルたちは悲鳴を上げた。なんと隠し通路は滑り台のようになっていたのだった。エステルとヨシュアは運動神経の良さを生かして素早く身を翻して着地に成功した。

 着地に失敗したシンジは息苦しさを感じた。何かに顔が圧迫されている。

 

「いつまでアタシの胸の上に顔を乗っけているのよ、バカシンジ!」

 

 アスカの平手打ちがシンジに炸裂した。シンジはアスカにおっぱいダイブしてしまったのだ。ツァイス地方に来てからシンジからスケベな事をされるのが多くなった気がするとアスカは思った。アガットたちの姿が見当たらないと言う事は先に行ったのだろう。早く自分たちも追いつかなくては。

 

「遅えぞ、いったい何をやってたんだ!」

「シンジがアタシにスケベな事してたのよ」

 

 アガットに怒鳴られたアスカはしれっとした顔でそう答えた。ティータは顔を真っ赤にしてどんな事をしたのか聞きたがっていたが、そんな暇はない。エステルたちを乗せるとアガットは直ぐにボートを発進させた。

 ボートに乗ったエステルたちは、何とか要塞の正面ゲートの向こう側の岸へと上陸できた。しかし安心しては居られない。しばらくすれば捜索部隊の手がこちらにも伸びて来るだろう。

 ツァイスの街にラッセル博士とティータを連れて戻るわけにも行かない。これからツァイス地方に居る限りラッセル博士とティータへの追跡の手は緩まないだろう。そこでアガットは二手に別れると言う提案をした。

 アガットはこのボートでヴァレリア湖を横断して、ラッセル博士とティータをボース地方で匿うと話した。

 

「ボース地方は俺の生まれ故郷だし、土地勘もある。まあ、馴染のやつらも居るから協力者にも事欠かないしな」

「でも、それならアタシたちも一緒に行った方が……」

 

 ティータの事を実の妹の様に思い始めたアスカにとって、ティータと離れる事は辛い事なのだろう。シンジもアスカに加勢しようと思ったが、先に口を開いたのはヨシュアだった。

 

「逃亡潜伏の基本からすると、一緒に行動する人数が多くなると、それだけ隠れるのが難しくなる。だから七人全員で集まって行動するわけにはいかないんだ」

「アスカの気持ちは分かるけど……ここはアガットの言う通りにしよう?」

 

 エステルにまで説得されたアスカは、目に涙を浮かべていた。

 

「理屈では分かってる、でも納得が行かないのよ!」

「それならば、遊撃士としてワシの依頼を引き受けてはくれないか?」

 

 ラッセル博士がそう言うと、アスカは顔を上げてラッセル博士を見つめた。ラッセル博士の依頼とは、王都に居るアリシア女王に会ってリシャール大佐があの《黒のオーブメント》を使って《導力停止現象》を引き起こし、良くない事を企んでいると伝えて欲しいと言うものだった。

 リシャール大佐が《導力停止現象》を起こす目的については、アリシア女王が事情を知っているのだとラッセル博士は話した。遊撃士の依頼とあっては引き受けないわけにはいかない。アスカはティータと別れる事を受け入れた。

 

「アスカお姉ちゃん、一緒にポンプ装置を修理してくれてありがとう。おじいちゃんを助けてくれてありがとう。本当のお姉ちゃんみたいに仲良くしてくれて、ありがとう」

 

 ティータはそう言ってアスカに向かって泣き付いた。アガットはそんな二人を見てため息を吐き出した。

 

「名残惜しいようだが、そろそろ時間だ。涙なんてまた会った時に取っておけばいいだろう」

 

 アガットとティータとラッセル博士は再びボートへと乗り込み、エステルたちに向かって手を振った。やがてボートは暗い夜の湖へと消えて行った。エステルたちも早くツァイスの街の遊撃士協会へと戻らなければならない。キリカがエステルたちの報告を首を長くして待っているはずだ。

 おそらくキリカはこうなる事を先読みしてツァイス支部の推薦状を用意してくれているだろう。そうすればエステルたちは王都グランセルと行ける。エステルたちはティータとの別れを体験した。

 しかし、それ以上の大きな別れが王都グランセルで待っている事を、エステルたちは知る由も無かった。




 ◆五択クイズ◆ 答え

 Q.ラッセル博士が監禁されている場所は?

 【兵舎】

 【司令部】

〇【研究棟】

 【監視塔】

 【武器庫】



※pixiv転載の際には『アニメじゃない、本当のことさ』を削除(作者用の覚書です)


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空の軌跡FC・王都グランセル編(最終章)
第四十話 ツァイス脱出! いざ王都へ! 関所を突破せよ! かわいい遊撃士アネラスにアスカはジェラシー!?


 

 エステルたちが夜のレイストン要塞に潜入していた頃。王室親衛隊の隊長ユリアとクローゼは黒装束の兵士たち……いわゆる特務兵たちから逃げ回って居た。二人は王都郊外にあるエルベ周遊道から何とか抜け出す事が出来たが、他の親衛隊の隊員達とははぐれてしまった。

 

「ここまで逃げられたのは良いですが、これからどうしましょう?」

「キルシェ街道を進んで、王都の遊撃士協会へと向かってください。今のあなたの姿ならば、気付く者も居ないでしょう」

 

 クローゼが尋ねると、ユリア中尉はそう答えた。そのユリア中尉の言い方に、クローゼは顔色を変える。

 

「私はここで追っ手を食い止めます、一刻も早く遊撃士協会へ!」

 

 ユリア中尉はクローゼに向かってそう叫んだ。王室親衛隊のみんなは自分を逃がすためにここまで力を尽くしてくれている。自分が特務兵に捕まってしまってはアリシア女王ですらリシャール大佐を止める事が出来なくなってしまう。

 決意を固めたクローゼは、シロハヤブサのジークと共に夜の街道に消えて行った。そして今まで逃げて来たエルベ周遊道の方から特務兵と犬型魔獣の一団がやって来る。

 

「特務兵が六人と……犬共が十匹か。その程度で私を仕留められるとは思うなよ」

 

 ユリア中尉はそうつぶやいて剣を構えた。

 

「ユリア・シュバルツ、参る!」

 

 そう言ってユリア中尉は追っ手の一団に突っ込んで行った。そしてその頃……街道を走っていたクローゼは振り返る事無く、ただひたすらに駆けていた。激しい雨が降り出し、濡れた身体が容赦無くクローゼの体力を奪う。それでもクローゼは息を切らしながら走っていた。

 

「シンジさん達もそろそろ王都に来てくれていると良いけど……」

 

 クローゼは再会への期待に胸を膨らませながら、王都への道を急いだ。遊撃士協会で待っていれば、きっとシンジたちが来てくれる。しかしクローゼの淡い期待は闇夜に響く漆黒の飛行艇の轟音によって打ち砕かれた。

 

「情報部の特務艇……!」

 

 王都への道を塞ぐように着陸した飛行艇を見て、クローゼの表情は引き締まった。夜の街道は人気がほとんどないとは言え、今まで隠密行動に徹していた特務兵が堂々と街道に姿を現すとは、クローゼにとってショックな出来事だった。

 飛行艇からは特務兵がぞろぞろと出て来てクローゼを取り囲んだ。逃げようとして背後を振り返ったクローゼは、赤兜の隊長が立ち塞がっている事に気が付いた。平の特務兵ならともかく、この男からは逃げられそうにないとクローゼは悟った。

 

「やあ、また会ったね、クローゼ君」

 

 飛行艇からリシャール大佐が降りて来て声を掛けた。

 

「王都の周囲にテロリストが潜伏していると言う情報があってね。夜間に外を出歩いている人には例外なく話を聞く事にしているんだ」

 

 何を白々しい事を言っている、とクローゼはリシャール大佐を睨みつけた。しかしクローゼに出来る抵抗はそこまでだった。クローゼは押し込まれるように飛行艇へと乗せられるのだった……。

 

 

 

 

 暗い雨が降りしきる王都グランセル東部にある《エレボニア帝国大使館》。その一室で外を眺めながら、雨雲に隠れて月が見えない事を嘆く金髪の若者が一人。エステルたちがボースで出会ったオリビエだった。

 

「リベールでも相変わらずやらかしてくれているようだな」

 

 ノックもせずに部屋に入って来た長身の男性は、生真面目な表情でオリビエにそう声を掛けた。

 

「おお我が友ミュラーよ、わざわざ帝国から駆け付けて来てくれたのかい!」

 

 ミュラーの姿を見たオリビエは笑顔で声を掛けた。

 

「何を抜け抜けと。貴様が目的を果たした後も帝国に戻らずリベールをフラフラしているからだろうが。迎えに来るのも一苦労だったぞ」

 

 ミュラーがそう言うと、オリビエはさらにおどけた口調になった。

 

「嫌だ嫌だ、これから面白くなるところなのに帝国になんか帰りたくない!」

 

 オリビエの言葉を聞いたミュラーは深いため息を吐き出した。

 

「そう言うと思って、俺が直接来たんだ……」

「ボクに会いたくてたまらなかったから来たくせに」

「このまま帝国に帰っても良いんだぞ」

 

 ミュラーは低い声でそう言い放った。

 

「ああん、そんなつれないことを言わないで。分かった、冗談はこれくらいにしよう」

 

 おどけていたオリビエは真剣な顔になってミュラーを見つめた。

 

「貴様が会いたがっていた《彼》だが、その消息がつかめた。どうやら帝国の遊撃士協会にいるらしい」

「それじゃあ、入れ違いになってしまったと言う事だね」

 

 オリビエはやれやれと言ったリアクションを取ってつぶやいた。最近、帝国にある遊撃士協会の支部が次々と襲われる事件があり、カシウスはその事件の調査をしているらしいとミュラーは話した。

 

「遊撃士協会を襲撃とは穏やかな話じゃないな。やはり宰相が絡んでいるのかい?」

「それは判らない。実行犯はどこかの猟兵団らしいと聞いている。いずれにせよ、彼は帝国に居るんだ、帰って来い」

 

 ミュラーがそう言うと、オリビエは困った顔で深いため息を吐き出した。

 

「この国にも大きな嵐が吹き荒れそうだ、巻き込まれないうちに離れるぞ」

「それは嫌だなあ、ボクが帝国に戻ったらまた入れ違いになりそうじゃないか。それにこれから始まるオペラに参加しない手はあるまい」

「また貴様の悪い癖が出たか……」

 

 オリビエの笑顔を見たミュラーは眉間を指で押さえてため息を吐き出した。

 

「舞台の主役は不在だが、代役には心当たりがあってね。あの四人には楽しませてもらえそうだよ」

 

 オリビエは窓から雷雨が降りしきる王都の街並みを見てそうつぶやいた。

 

 

 

 

 夜を徹して街道を歩いたエステルたちは、夜明け頃にツァイスの街の遊撃士協会へと戻り、待っていたマードック工房長とキリカに、ラッセル博士を救出した事を報告した。マードック工房長は《カペル》の中枢ユニットである演算機も取り戻してくれた事にもお礼を言った。《グノーシス》は消えてしまったが、解析データは《カペル》に残っているはずだ。

 

「本来ならば、君たちの《ヘッドセット》の分析もしてあげたかったところだが、ラッセル博士が居ないとなるとね……」

「良いんです、ボクたちにも時間がありませんから」

 

 渋い顔をして謝るマードック工房長にシンジはそう言った。ラッセル博士とティータを連れてボース地方に逃げたアガットたちは、無事にボース支部の遊撃士協会へ着いたらしいとルグラン老人から連絡があったとキリカは話した。エステルたちとマードック工房長は一安心だと胸をなでおろした。

 

「リシャール大佐はあの《黒のオーブメント》を使って王都で何かをするつもりのようね。そしてそれを止められるのはアリシア女王陛下だけだとラッセル博士は話していたみたいね」

「ええ、だからアタシたちが女王様に会って伝えて欲しいってラッセル博士に頼まれたのよ」

 

 キリカの言葉にうなずいたアスカはそう答えた。マードック工房長はキリカとアスカの話に納得した様子だった。

 

「ラッセル博士は女王陛下とプライベートな親交があった。王国の機密情報を知っているかもしれない」

「そんなわけで、あたしたちは王都に行かなくちゃいけなくなったんだけど……」

 

 エステルが伏し目がちでキリカの顔色をうかがうように尋ねると、キリカはフッと笑みをこぼした。

 

「みなまで言わなくても良いわ。あなたたちにも要塞侵入について追及の手が及ぶ前にツァイスを離れて王都に向かった方がいいでしょう」

 

 キリカはそう言うとエステルたちにツァイス支部の正遊撃士の推薦状を渡した。前もって用意をしていたのだろう、アスカの推察通りだった。

 

「これで正遊撃士にまた一歩近づいたね。おめでとう、エステル君、ヨシュア君、アスカ君、シンジ君」

 

 マードック工房長は笑顔でエステルたちに祝福の言葉をかけた。推薦状を貰えて嬉しくないはずはない。しかし、ティータが、ラッセル博士が、アガットが、みなが見守る前で受け取りたかった。

 

「遠からず中央工房にも査察が入る可能性もあるわね」

「それは大変だ、急いで対策を講じなければ。それでは私はこれで失礼するよ」

 

 キリカの言葉を聞いたマードック工房長はそう言って遊撃士協会を去って行った。エステルたちもゆっくりと街道を歩いて行くわけにはいかない。キリカは王都行きの定期飛行船のチケットも手配してくれていた。

 さらにキリカはツァイスでエステルたちが解決した事件の査定もしてくれた。中央工房の異変騒ぎからラッセル博士の救出作戦の報酬もたんまりと受け取った。BPも加算され、準遊撃士・1級は目前。そしてツァイス支部最後の依頼が遊撃士手帳に書き込まれた。

 

 ◆アリシア女王への伝言◆

 

 【依頼者】ラッセル博士

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 リシャール大佐はあの《黒のオーブメント》を使って王都で何かしようとしている。

 ラッセル博士の代わりにその事を女王陛下に伝えるのが依頼内容だ。

 

 

 

 

 ツァイス空港に着いたエステルたちは受付で搭乗手続きを行い、飛行船が到着するのを待った。今まで街道を歩いて王国を廻って来たエステルたちにとって、飛行船に乗るのは初めての体験だった。

 

「にゃーご」

 

 エステルたちが搭乗口で飛行船を待っていると、アントワーヌがすり寄って来た。

 

「昨日はありがとう、キミのお陰で助かったよ」

「にやぁおお~ん」

 

 シンジがお礼を言うと、アントワーヌはそう答えた。エステルたちがアントワーヌと話していると、グスタフ整備長がエステルたちの側へとやって来た。

 

「よお、無事に博士を救出してくれたみたいだな。俺からもお礼を言わせてくれ。博士は俺達技術屋にとっては神のような人だからよ」

「やっぱりアントワーヌをコンテナに入れたのはわざとだったんですか?」

 

 ヨシュアが質問すると、グスタフ整備長は頭をかいて答えた。

 

「まあ、敵を油断させてやろうと思ってな。それで、お前さんたちは発着場に何の用だい?」

「あたしたち、定期飛行船で王都に行こうと思っているのよ」

 

 グスタフ整備長に尋ねられたエステルがそう答えると、グスタフ整備長は怪訝な顔でつぶやいた。

 

「おかしいな、もうとっくに定期飛行船が到着していてもおかしくない時間なんだが……」

「おーい、あんたたち! 大変な事になったぞ」

 

 受付のジラールが息を切らせてエステルたちの所へやって来た。ジラールの話によると、女王生誕祭でテロ行為が行われるかもしれないと情報部から通達があり、飛行船も検査体制を強化して定期船の運行時間が大幅に遅れているのだと言う。

 最低でも半日は待たされる事になると知らされたエステルたちは飛行船に乗る事を諦め、街道を走って王都へ向かう事にした。受付で搭乗手続きのキャンセルをしたエステルたちは情報部の息のかかった兵士たちに見つかる前に、急いで街を出て王都方面のリッター街道へと出るのだった。

 

 

 

 

 リッター街道では情報部の兵士たちに出会う事無く、エステルたちは無事にツァイス地方と王都を結ぶセントハイム門までたどり着くことが出来た。リベール王国建国時からある千年の歴史を誇る城壁は、美しさも持っていた。

 

「時間があったら、城壁の上に昇ってみたかったわね」

「エステルの事だから、城壁の上を全力疾走してみたいとか?」

 

 エステルの言葉を聞いたヨシュアは、笑いながらそう話した。

 

「もうそんな子供じゃないもん」

 

 そう言ってエステルは不機嫌そうな顔で口を尖らせた。

 

「アンタも女心が分かってないのね」

 

 アスカはヨシュアに向かってウンザリとため息をついた。

 

「……女の子は複雑だね」

 

 シンジはヨシュアの肩に手をかけて励ました。門の前で突っ立っていても仕方が無い、エステルたちは建物の中へと入った。いつもの通り関所の通行手続きをしていると、手続きをしている兵士は冷やかすように声を掛ける。

 

「若い子って言うのは羨ましいねえ。君達、街道をハイキングしながらダブルデートかい?」

「ふえっ!? デ、デートだなんて……」

 

 エステルは変な声を上げて顔を赤くした。

 

「あはは、そんなんじゃないですよ。僕達、兄妹なんです」

 

 笑って否定するヨシュアを、エステルはムスッとした顔でにらみつけた。シンジはアスカと恋人同士だと見られて嬉しいのか、顔を赤らめてぼーっとしている。いつもは力いっぱい否定するアスカも、目の前のエステルとヨシュアのやり取りを見て、反論する気持ちも失せたようだ。

 

「エステル、さっきから苦しそうな顔をしているけど、調子が悪いなら休もうか?」

「うーっ、そんなんじゃないわよ。さっさと王都に行きましょう」

 

 朴念仁のような態度をとるヨシュアに、エステルはイライラしっぱなしだった。

 

「そうだ、王都では武術大会が開かれるそうだから、是非見に行くと良いよ」

 

 兵士はエステルたちに、武術大会は王都の《王立競技場》で開かれるイベントで、王国中から腕の立つ人間を集めて行われる大会なのだと話した。武術大会を提案したのは王族の人間で、予選会も今日行われるのだと言った。

 

「へえ、それって面白そう!」

 

 武術大会の話を聞いたエステルは機嫌を直して太陽のような笑顔になった。

 

「見物より参加してみたいわね、修行の成果も試せるし!」

「アタシたちには他の用事があるのよ、諦めなさい」

 

 人前では話せないが、エステルたちは一刻も早くアリシア女王と会わなければいけないのだ。アスカはそう言ってアスカに釘を刺した。話が終わったエステルたちは関所を通り抜けようとしたのだが、鋭い目つきをした関所の守備隊長に呼び止められた。

 

「君たちは遊撃士だな?」

「はい、そうですけど」

 

 守備隊長に呼び止められたシンジは不思議そうな顔で答えた。守備隊長によれば、軍の本部から通達があり、テロ行為を行おうとしている者の中には遊撃士に変装して活動いる者も居るとの事だった。

 エステルたちの身元が本物の遊撃士だと証明できるまで、取り調べを行うと守備隊長は告げた。

 

「あ、あんですってー!?」

 

 思わぬ足止めを食らったエステルは大きな声で叫んだ。するとその声を聞きつけたのか、見覚えのある人物が姿を現した。

 

「エステルさんたち、やっと来てくれたんですか!」

 

 エステルたちに近づいて来たのは、これまでに何度も会っているアルバ教授だった。

 

「さあ王都へ行きましょうか?」

 

 驚いて固まっているエステルたちを気にせずに、アルバ教授は平然と穏やかな笑顔でエステルたちに声を掛けた。

 

「そうね、時間も押している事だし早く行きましょう」

 

 アスカがアルバ教授に向かってそう答えると、守備隊長は困惑した表情でアルバ教授の身分を尋ねた。

 

「私は考古学研究員のアルバと申します。王都にある歴史資料館に勤めています」

「おい、彼の言う事は確かなのかね?」

 

 守備隊長が兵士に尋ねると、アルバ教授が先ほど提示したパスポートは正規のものであり、身分は証明されていると答えた。すると守備隊長は態度を軟化させてアルバ教授に自分の失礼を謝った。

 アルバ教授はエステルたちを自分の護衛を依頼した遊撃士だと守備隊長に話した。王都近くでテロリストが潜伏していて危険だから安全のために四人も雇ったという説明は説得力があったようだ。

 守備隊長はエステルたちにも謝り、取り調べは回避された。エステルたちは関所の食堂で一休みしてアルバ教授と同席する事にした。

 

「教授とアスカの演技には驚かされたわ。あたしが約束を忘れちゃったのかと焦っちゃったじゃない」

「アスカが話を合わせたくらい、遊撃士として察しないとだめだよ」

 

 エステルがむくれた顔でそう言うと、ヨシュアは穏やかな笑顔でそう言った。

 

「そう言うヨシュアだって、察しが悪い事があるくせに」

 

 エステルはぽつりとそう言い返した。

 

「とてもお困りの様子だったので、差し出がましい事をしてしまいました」

「そんな事はありません、助かりましたよ」

 

 アルバ教授にシンジは笑顔でお礼を言った。

 

「いえいえ、何度も助けて頂いてますからね。それにしても、軍の方々はテロ事件だとか言って随分と気が立っているようですね」

「そうそう、遊撃士と王国軍は協力関係だって話はどこに行っちゃったんだか」

 

 アスカは腹立たし気にそうつぶやいた。

 

「私が《紅蓮の塔》で見かけた人達もテロ事件に関係があったそうですし、君たちが解決したんですか?」

「うーん、まだ解決したとは言えなくて……」

 

 シンジは困った顔でそう答えた。

 

「いえいえ、あなたたちならきっと解決できますよ。なにしろ私は初めてあなたたちに出会った時から凄腕の遊撃士になるのだと思っていますからねえ」

「それは間違いないわ」

 

 アスカがアルバ教授に《準遊撃士・2級》になった事を話すと、アルバ教授は穏やかな笑顔でエステルたちを祝福した。アルバ教授はこれから歩いて王都へ向かうところだったと話した。定期飛行船を使うほどのお金が無いのだと言う。

 エステルはそれならば先ほどの仲裁のお礼に、無料で王都までの護衛を引き受けるとアルバ教授に提案した。アルバ教授は街道には魔獣も出るし、テロリストの件もあるのでエステルの申し出を受けたのだった。

 

 

 

 

 王都への第一関門であったセントハイム門を突破したエステルたちは、情報部の追っ手に捕まる事無くキルシェ街道へと歩みを進めた。しかしエステルたちが街道を歩いていると、行く手に王国軍の小隊が街道に駐屯しているのが見えた。

 下手に避けたりすれば逆に怪しまれる。エステルたちは動揺を隠して堂々と王国軍の兵士達の前を通り過ぎようとした。

 

「おい、お前達!」

「何ですか?」

 

 四人の中で一番落ち着いているヨシュアがそう答えた。

 

「エルベ離宮は立ち入り禁止だからな」

 

 兵士はエステルたちにそう言い放った。

 

「エルベ離宮と言えば……ここから東の方にあるリベール王家の小さな宮殿でしたね。普段は王都の市民達に解放されていると聞きましたが」

 

 アルバ教授がそうつぶやいた。

 

「あたしたち、そんなところに用はないけど」

「何だ、ただの通行人か。テロリストが潜伏しているって言うのに街道を徒歩で歩くとはのんきなやつらだな」

 

 エステルがそう答えると、兵士はウンザリとした顔でため息を吐き出した。どうやらエステルたちに注意を払っていない様子だった。エステルたちはとりあえず一安心した。

 エルベ離宮は王国軍がテロリスト捜索部隊の本部として使っているので、テロリストに間違われたくなかったら近づかない方がいいと親切に教えてくれた。

 

「近づくなと言われると、近づきたくなるのよね……」

「アスカ、そんな事冗談でも言わないでよ」

 

 アスカのつぶやきを聞いたシンジは心配そうな顔でため息をついた。その後街道を進んだエステルたちは無事に王都グランセルの南街区へとたどり着いた。さすが王都と言うだけあって、街は今まで訪れた都市を全て足したくらいの規模があった。

 街の大きさでは第三新東京市には及ばないものの、その上品な街並みはパリを思わせるものがあった。実際にアスカとシンジはパリには行った事は無く、社会の授業で見ただけだが。

 アルバ教授は《歴史資料館》と呼ばれる王立の考古学研究所に客員研究員として勤めているのだと話した。今度時間があったら遊びに来てくださいと言ってエステルたちと別れた。

 いきなり城に行ってもアリシア女王と面会できるとは思えない。まずは王都の遊撃士協会へ所属変更のあいさつも兼ねて向かう事にした。この広い王都で遊撃士協会を探すのにも一苦労しそうだ。しかし幸運にも遊撃士協会は今エステルたちがいる南街区にあった。

 

 

 

 

 エステルたちが遊撃士協会の中に入ると、四人の遊撃士と受付の青年が話し込んでいた。四人の遊撃士の中には、エステルたちが会ったことのあるグラッツとカルナの姿もあった。

 

「あんたたちは、エステルにヨシュア、アスカにシンジじゃないか」

 

 カルナはエステルたちに気が付くと笑顔で声を掛けて来た。ルーアンの事件で受けた傷はすっかりと治っているようだった。

 

「君達は確か、シェラザードと一緒に居た新人たちだったよな」

 

 グラッツもそうエステルたちに声を掛けて来たが、あまり顔を合わせる機会が無かったので覚えていない。とりあえず愛想笑いだけはしておいた。

 

「どうして皆さんが王都に集まっているんですか?」

「それについては私が説明致しましょう」

 

 ヨシュアが尋ねると、受付に居た長い金髪を束ねた青い目の青年が答えた。声を聞かなければ、女性と間違えてしまうほど美しい顔立ちの青年だった。青年はグランセル支部の受付をしているエルナンだと自己紹介をすると、四人の遊撃士たちに早く《王立競技場》へ行くように促した。

 

「おっと、早く行かないとね。じゃあまた後でね」

 

 カルナはそう言って遊撃士協会を出て行った。四人の遊撃士たちの中の一人に、黄色いリボンを着けた若い女性の遊撃士が居た。

 

「わたし、アネラス。キミみたいな可愛い物が大好きなんだ」

「えっ?」

 

 突然、笑顔のアネラスに両手を握られたシンジはポカンとした顔になった。

 

「それじゃあね、新人クンたち!」

 

 あっけにとられるシンジを残して、アネラスも手を振って遊撃士協会を出て行った。アスカはそんなシンジの手をつねった。

 

「鼻の下を伸ばして、デレデレしちゃってさ」

「別にデレデレなんてしてないよ」

 

 シンジは納得いかない表情でアスカに言い返した。

 

「彼ら四人は、これから武術大会の予選に出るんです」

「うらやましいな、あたしたちも出たい!」

 

 エルナンの話を聞いたエステルはそう叫んだ。

 

「そうですね、あなたたちはちょうど四人そろって居るみたいですし、出場出来るかもしれませんね」

「本当!?」

 

 エルナンがそう言うと、エステルは嬉しそうに跳び上がった。しかしまずは所属変更の手続きを済ませなければならない。エルナンはキリカから連絡は受けており、エステルたちの来訪も知っていたと話した。

 エステルたちが転属手続きを終えると、エルナンは現在、テロ事件の影響で遊撃士が活動しにくい状況に追いやられていると話した。エルナンはキリカからエステルたちがラッセル博士から依頼を受けている事も聞いていると言った。

 王都でのリシャール大佐の人気はかなりのもので、エルナンもキリカの話を聞くまでは、リシャール大佐が王室親衛隊にテロリストの汚名を着せて陰謀を企んでいるなど思いもよらなかったと話した。

 

「さすが情報部、情報操作はお手の物と言った感じね」

 

 アスカが皮肉めいた口調でそう言った。遊撃士協会の規則では軍の活動に介入する事は禁止されているが、何もせずに傍観している状況ではないとエルナンは言った。

 

「ラッセル博士の依頼をするにしても、問題はどうしたら女王様に会う事が出来るか何だけど……」

 

 エステルは困った表情でそうつぶやいた。平常時なら遊撃士協会の紹介状があれば女王との面会が出来るが、今の状況ではそれは難しいとエルナンは話した。王室親衛隊がテロリストの濡れ衣を着せられている状況がどれほど深刻な事なのか、エルナンはエステルたちに質問した。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.王室親衛隊がテロリスト扱いされている深刻な状況の意味は?

 

 【城の警備が手薄になっていて忍び込みやすい】

 【アリシア女王様の身に危険が迫っている】

 【遊撃士協会の紹介状が握り潰されてしまう】

 

 

 

 ※遊撃士としての資質を問うクイズです。

  正解すればボーナスBPがもらえるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エステルの答えにエルナンはうなずいた。グランセル城もレイストン要塞と同じようにリシャール大佐に掌握されている可能性が高い。そのような状況では、通常の方法でアリシア女王と面会する事は難しいだろう。

 遊撃士協会の紹介状は紙くず同然に握り潰されてしまうのでは、レイストン要塞の時と同じようにグランセル城に忍び込むしか手はないのか。城の地下には水路が巡らされてはいるが、リシャール大佐は侵入者に備えて前にも増して警備を強化しているだろうとエルナンは話した。

 

「そこで、女王陛下と面会できるかもしれない方法が一つあります。それは、武術大会です」

「武術大会!?」

 

 エルナンの話を聞いたエステルたちは驚きの声を上げた。現在、アリシア女王は王室親衛隊がテロリストと認定された等の理由によって心労が溜まり、体調が思わしくないとの理由で女王宮に籠もりきりになっていると声明が出ているとエルナンは言った。

 今ではあのデュナン公爵が政務を代行しているらしいが、実権はリシャール大佐が握っているのだろうとエルナンは話した。アリシア王女もリシャール大佐の手勢によって、女王宮に軟禁されているのかもしれない。そのデュナン公爵が退屈しのぎにと思い付きで始めてしまったのが武術大会だった。

 

「武術大会の優勝者と準優勝者はグランセル城の晩餐会に招かれる事になっているのです」

「なるほど、僕達が出場して武術大会で決勝戦まで進めば良いんですね」

 

 ヨシュアの言葉に、エルナンはしっかりとうなずいた。

 

「カルナさん達にラッセル博士の伝言を頼むと言う手もありますが……」

「アタシたちの手で優勝を勝ち取ってやるわよ!」

 

 エルナンの提案に対してアスカは拳を握り締めてそう答えた。エステルたちも反対はしなかった。

 

「武術大会の予選エントリーはまだ受け付けていると思います。東街区にある《王立競技場》へと行ってください」

 

 エルナンの言葉に従い、エステルたちは遊撃士協会を出て《王立競技場》に向かうのだった。

 

 

 




 ◆ブレイサー手帳◆

 依頼達成数:67

 獲得BP  :290

 ランク 準遊撃士・2級(※ゲームシステムではボーナスBPを稼ぎすぎて1級になってしまいましたが、この作品の中では現状2級のままとさせていただきます)

 所属 ツァイス支部

 ◆三択クイズ◆ 答え

 Q.王室親衛隊がテロリスト扱いされている深刻な状況の意味は?

 【城の警備が手薄になっていて忍び込みやすい】
 【アリシア女王様の身に危険が迫っている】
〇【遊撃士協会の紹介状が握り潰されてしまう】




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第四十一話 激闘、武術大会! 集まる強者たち! エステルはアスカに恋の相談!?

 

 エステルたちは武術大会の予選が行われる《王立競技場》へとたどり着くと、さっそく係員に武術大会に出場したいと話した。受付には間に合ったようで、エステルたち四人はあっさりと参加が認められた。

 

「厳密な身元調査が行われると思ったけど、拍子抜けね」

 

 アスカは気の抜けた顔でそうつぶやいた。デュナン公爵は武術大会を盛り上げるために腕に自信がある者なら、どんな素性のものでも出場を許可するとお触れを出していたらしい。そのズボラさのお陰でエステルたちは助かったわけだが。

 エステルたちに割り当てられた選手控室には、見知った顔は居なかった。カルナ達遊撃士チームとは別の部屋になってしまったらしい。選手控室からでも予選の様子を見る事が出来る。

 

「あっ、カルナさんたちの試合が始まるみたいよ!」

 

 エステルは場内アナウンスと共に登場したカルナたち四人の姿を見て声を上げた。カルナたち遊撃士チームの相手は、ハーケン門を守る国境警備隊の兵士四人組だった。モルガン将軍配下の兵士達だ、訓練度は低くない。

 試合が始まると、エステルたちは先輩遊撃士たちの戦いぶりを見逃すまいと真剣な表情で見つめた。

 アネラスと言う若い女性遊撃士はエステルたちと大して実力が変わりないように見えた。胸には準遊撃士の紋章が付いているので数合わせなのかもしれない。でも、ヨシュアによると独特の流派の剣術を身に着けていて、剣の腕を磨けばもっと強くなるだろうと言う事だった。

 グラッセは他の正遊撃士の二人と比べて地味で堅実な戦いぶりだった。戦技などは使わないが、仲間を守る盾役となってじわじわと相手を追い詰めて行くタイプのようだった。

 カルナは小型の導力砲で煙幕弾を放ち、相手の視界をピンポイントで遮る作戦に出た。優れた精密射撃の技術が無ければ出来ない事だろう。この試合ではカルナの目潰しが一番の活躍だろう。

 最後の一人、エルナンから名前を教えてもらった緑色の髪の落ち着いた雰囲気の正遊撃士クルツは、戦技でも導力魔法でもない不思議な《方術》と言う力を使っていた。彼が念じると、仲間の遊撃士たちが物理攻撃を軽減する光る障壁に包まれる。

 アスカとシンジはクルツの方術による障壁は、A.T.フィールドと似たようなものなのかもしれないと感じた。今までにもA.T.フィールドのように物理攻撃を完全無効化する魔獣に遭遇したこともある。以前、綾波レイに『A.T.フィールドは心の壁よ』と言われた事があったが、今になればその意味が分った気がした。

 さらにクルツは方術で仲間の傷も回復した。エステルたちは方術の幅の広さに驚いた。敵の攻撃の勢いが弱まったところでカルナが導力魔法で一気に勝負をかける。アスカが得意とする火属性の高位魔法・スパイラルフレアだ。

 そして今まで実力をあまり発揮していなかったアネラスが、《剣技・八葉滅殺》を使って相手を乱れ斬りにするのを目撃したエステルたちは目を丸くした。こんなに連続した連撃を見るのは、翡翠の塔で出会ったキリトと言う黒衣の剣士以来かもしれない。

 負けじとグラッツも高く空中に跳び上がり着地の衝撃で敵を斬りつける《グラッツ・スペシャル》と言う戦技を披露した。こうして遊撃士チームは国境警備隊チームを圧倒して勝利した。

 

 

 

 

 遊撃士チームの勝利にホッと胸をなでおろしたエステルたちは次の試合の組み合わせを見て驚いた。なんとジンが一人で出場していたのだ。対して相手のチームは四人。ルーアンの事件で出会った不良達《レイヴン》のチームだった。彼らは薬で操られていたと言う事で、釈放されていた。

 ジンは正拳突きだけであっさりとレイヴンたち四人を倒してしまった。観客たちはジンの圧倒的な強さにどよめいた。

 

「さすがジンさん、何の心配も無かったわね」

 

 試合を見終わったエステルはそうつぶやいた。

 

「だけど本戦でも一人だったら大変じゃないかな」

 

 シンジは不安そうな顔をしてそうつぶやいた。

 

「ほら、他人の心配をしている場合じゃないわ、アタシたちの番よ」

 

 アスカに促されたシンジは選手控室を出た。試合会場に姿を現したエステルたちに観客の大歓声が浴びせられる。こんなたくさんの人に注目されるのはシンジにとって恥ずかしい事だった。学園祭でお姫様役をやった経験が無かったら、緊張でガチガチになっていたかもしれない。

 相手は賞金目当ての一般市民の力自慢のチームで、エステルたちは苦戦するはずも無かった。遊撃士が民間人にケガをさせてはいけないので手加減するのが大変だった。

 予選試合が終わった後、大会主催者であるデュナン公爵は、闘技大会での成績優秀者には賞金とグランセル城で行われる宮中晩餐会への招待を改めて宣言した。

 エステルたちは試合を終えたカルナたちに会う事にした。もし自分たちが決勝戦に進めなくても、カルナたちにラッセル博士の依頼を代わりにしてもらう事が出来るからだ。

 選手控室にエステルたちが入ると、都合の良い事にカルナたち四人しか部屋には居なかった。エステルたちがカルナたちの試合を見て、勉強になったと話すと、カルナたちは笑顔でお礼を言った。

 エステルたちがラッセル博士の依頼の件を話すと、カルナはジンにもラッセル博士の依頼の件を話しておいた方が良いかもしれないと言った。ジンは今でも他の三人のメンバーを募集していて、もし四人そろったら自分たちに勝ち目がないかもしれないとカルナはぼやくように言った。

 

 

 

 

 ジンの居場所をエルナンから聞いたエステルたちは、エルベ周遊道へと向かった。王都に来てから、ジンは体を鍛えるためにエルベ周遊道を何周もしてランニングをしているらしい。魔獣も出没するエルベ周遊道で走るのが修行になるようだとエルナンは話した。

 襲い掛かる魔獣を倒しながら進んだエステルたちは、女性の悲鳴を聞いた。エステルたちが悲鳴の上がった場所へと駆け付けると、シスターの女性が蜂型の魔獣に襲われていた。

 その蜂型の魔獣は猛毒を持っていると魔獣図鑑には記されている、シスターにかすり傷でも負わせることは出来ない。エステルたちは急いでシスターを守るために魔獣達に戦いを挑んだ。

 蜂型の魔獣の魔獣の数は六匹。エステルとアスカは棒術で魔獣をシスターに近づけないために薙ぎ払った。飛び回る魔獣に導力銃を当てるのは難しいが、シンジも必死に頑張った。

 

「大丈夫ですか?」

 

 蜂型の魔獣達を追い払ったシンジはシスターに声を掛けた。毒でも負っていたら大変な事になる。

 

「あなたたちのお陰で無事です。ありがとうございます」

 

 シスターはそう答えると、王都の大聖堂に勤めるエレンだと名乗った。

 

「アンタ、何でこんな危険な場所に一人で居るのよ?」

 

 アスカが不思議と言うよりも疑っている表情でエレンに尋ねた。

 

「薬の調合で使うためのハーブを切らしてしまって、お店でも品切れでしたので植物の多いエルベ周遊道に摘みに来たのです」

「それは大変ですね」

 

 シンジは素直にエレンの勇気ある行動に感動している様子だった。

 

「でもここは魔獣だらけで危ないわよ。今度からは遊撃士に頼んでね」

「普段はここまで魔獣は多くなかったのですが、つい最近になって増えてしまったみたいで……次からはそう致します」

 

 エステルの言葉に、エレンはそう答えた。エステルたちがエレンと話していると、大音量の羽音が近づいて来るのを感じた。いつの間にか蜂型魔獣の群れがエステルたちを取り囲んでいたのだ。

 エステルたちを取り囲んでいる蜂型魔獣の数は先ほどの数倍にも及んだ。シスターを守り切れるかエステルたちの頭に不安がよぎる。

 

「ようようよう、困っているようだな」

 

 旋風のように蜂型魔獣の群れを吹き飛ばしてエステルたちの前に姿を現したのはジンだった。

 

「この魔獣は猛毒を持っています、気を付けてください!」

「そうか、それなら出来るだけ俺に引き付けた方が良いって事だな」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたジンは、エレンの姿を見て何をするべきか心得たようだ。ジンは魔獣達に向かって大声を出して挑発するような仕草をした。すると魔獣達は一斉にジンの方へと飛び掛かった。

 魔獣達の注意が反れたチャンスをエステルたちは見逃さなかった。アスカはスパイラルフレアを、エステルはストーンインパクト、シンジはエアロストーム、ヨシュアはヘル・ゲートと全員で導力魔法を詠唱する。

 ジンは蜂型魔獣が次々と繰り出す攻撃を見切って交わしていた。発動のタイミングを合わせたエステルたち四人の導力魔法で蜂型魔獣の群れは一網打尽となった。

 

「ふう、良い運動になったぜ」

 

 あれだけ激しい動きをしたのに息を乱さないジンの体力にエステルたちは舌を巻いた。エステルたちがジンに話があって会いに来たと話すと、余計な手間をかけさせてしまったなとジンは豪快に笑った。

 

「でもそのお陰で、こうして人助けも出来たわけだし」

 

 エステルはそう言ってエレンに微笑みかけた。

 

「危ない所を助けて頂き、本当にありがとうございました」

 

 エレンは深々と頭を下げてお礼を言った。エステルたちの用件は後で話すとして、エレンを街まで送り届けようかと相談していると、特務兵が二人こちらに気が付いて近づいて来た。

 

「こんな人気の無いところで密談とは、お前たちテロリストの仲間だな?」

「アタシたちがテロリストですって!? アタシたちは遊撃士で、シスターが魔獣に襲われていたから助けたの。アンタたちこそ、フラフラしているなら魔獣掃除の一つでもしなさいよ。シスターが危険な目に遭ったじゃない」

 

 腕組みをしたアスカに何倍も言い返されて、特務兵たちは言葉に詰まった。

 

「そうだな、お前の言う事は最もだ。シスターは我々が責任を持って街まで送ろう。お前たちもテロリストと間違えられたくなかったらエルベ離宮には近づかない事だな」

 

 そう言って特務兵たちはシスターを連れて去って行った。シスターは何度も振り返ってはエステルたちに頭を下げていた。

 

「どうやらやり過ごせたみたいね」

 

 エステルはホッとしたようにため息を吐き出した。そういえば特務兵たちは武術大会にも出場していた。こうして昼間から街道を巡回するようになったのは姿を隠す必要が無くなったのだろう。

 

「因縁をつけられる前に街に戻った方が良さそうだな」

 

 ジンが真剣な表情でそうつぶやいた。

 

「ごめんね、あたしたちが修行の邪魔をして」

「そのうち俺も特務兵のやつらに目を付けられる事になっていたさ」

 

 謝るエステルにジンはそう答えた。ジンを仲間に加えたエステルたちは、日が沈み始めたエルベ周遊道を抜けて王都へと戻った。

 

 

 

 

 王都へ戻ったエステルたちは、遊撃士協会でジンにラッセル博士の依頼の件を話した後、酒場で明日から始まる武術大会の本戦について話していた。

 

「あたしたちは四人そろって居るからいいけれど、問題はジンさんよね。一人で本戦を戦うのはやっぱり辛いんじゃないかな」

「まあ、一人でどこまでやれるか挑戦してみるのも悪くないさ」

 

 エステルの言葉に、ジンはそう答えた。

 

「どこかにジンさんの仲間になってくれる人は居ないのかな」

 

 シンジがそうつぶやくと、リュートを鳴らす音が響いた。

 

「どうやらボクたちの出番のようだね」

 

 エステルたちが声の主の方向を見ると、そこにはオリビエと長身の男性が立っていた。

 

「オリビエ、アンタ、アタシたちの話を聞いてたの?」

 

 アスカが驚いてオリビエに尋ねると、オリビエは手で髪をかき上げながら答える。

 

「こんな面白い話、放って置けるわけがないだろう。なあ、我が友よ」

 

 オリビエが隣に立つ長身の男性に声を掛けると、長身の男性は固い表情でミュラーだと名前だけを告げた。

 

「このボクとミュラーが仲間に加われば、百人力さ。優勝だって夢じゃない」

 

 ジンは無表情でオリビエとミュラーを見つめていたが、エステルに尋ねた。

 

「……腕の方は確かなのか?」

「ミュラーさんは会ったばかりだから分からないけど、オリビエは導力銃の腕と導力魔法の威力は大したものよ」

 

 エステルがそう答えると、ジンは納得した様子だった。先ほどからジンはオリビエの視線の運び方を観察していたのだと話した。ピンポイントで視線を移すのは導力銃使いにある特徴なのだと言う。

 

「それで、ボクたちは合格だと言う事なのかな?」

「ああ、よろしく頼むぜ」

 

 オリビエが尋ねると、ジンは笑顔で手を差し出した。

 

「ヒャッホー、これで宮中晩餐会に行く事が出来る!」

「アンタの目当てはやっぱりそれか」

 

 アスカはウンザリとした顔でため息をつくと、ミュラーも苦虫を嚙み潰したような顔をしている事に気が付いた。オリビエはこのミュラーにも日頃から多大な迷惑を掛けているに違いないとアスカは思った。

 

「ところで、どうしてオリビエさんは王都に? シェラザードさんとロレントに行ったんじゃなかったんですか?」

「うわわわ……その話は止めてくれ」

 

 シンジが尋ねると、オリビエは頭を抱えてうずくまった。

 

「分かった、シェラ姉から逃げて来たんでしょう。ロレントにはシェラ姉を超える酒豪のアイナさんも居るしね」

 

 エステルはニヤリと笑ってそうつぶやいた。

 

「明日の朝になったら、シェラ姉もロレントから来ていたりして」

「それは勘弁してくれえぇぇぇ!」

 

 エステルがさらにからかうと、オリビエは心の底から悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 酒場で食事を終えたエステルたちは、まだ飲み足りないと言うジンとオリビエを残して、ホテルへと向かう事にした。遊撃士協会の二階で泊まる事を考えていたエステルたちだったが、様々な地方の支部から集まった遊撃士たちで部屋はいっぱいなのだとエルナンは説明した。

 

「どうして下っ端のあたしたちがホテルの方に泊まるのか、訳がわからないわね」

「何か特別な理由があるのかもしれないね」

 

 エステルの疑問にヨシュアはそう答えた。

 

「まあいいじゃない、アタシたちはホテルのベッドでぐっすり眠れるんだからさ」

 

 アスカも気になってはいるようだが、開き直って恩恵を享受する事にしたようだ。オリビエから聞いた帝国の遊撃士協会の支部が次々と襲われた事件と何か関係があるのではないかとシンジは思った。

 ホテルには四人部屋の空きが無かったのでエステルとアスカ、ヨシュアとシンジに別れて二人部屋に泊る事になった。エステルとアスカは202号室、ヨシュアとシンジは203号室だった。

 

「あっ、この窓からだと夜の《王立競技場》が見える!」

 

 202号室に入るなりエステルは大はしゃぎで声を上げた。武術大会の間、泊る事になるこの部屋にエステルは満足しているようだった。

 

「本当ね……」

 

 アスカはエステルに近づいて同じ窓をのぞき込んだ。アスカはエステルの耳元でそっと囁いた。

 

「アタシたち、姉妹なんだから隠し事はナシよね?」

「何の話?」

 

 アスカに突然尋ねられたエステルは不思議そうな顔で聞き返した。

 

「エステル……最近アンタ、ヨシュアの事を弟以外の男として意識し始めたんじゃない?」

「ど、どうしてそんな事思うのよ?」

 

 アスカの指摘を受けたエステルは顔を真っ赤にして動揺した。アスカはそんなエステルを見てニヤリと笑う。

 

「そんなんじゃ、ヨシュアにも気づかれちゃうわよ」

「お願い、心の整理が付いたらヨシュアに話すつもりだから……言わないで」

 

 エステルが懇願すると、アスカはエステルの頭を撫でた。

 

「大丈夫、そんな野暮な事はしないわよ。上手く行くと良いわね、アタシも応援している」

 

 アスカが手を握り締めると、エステルは晴れやかな笑顔になった。

 

「安心したら眠くなっちゃった。もう寝ようか」

「明日も試合があるしね。早く寝るのは良い事よ」

 

 エステルとアスカはそう言ってベッドに潜り込んだ。アスカはヨシュアがエステルの気持ちに気が付いていて、わざと無視しているように感じていた。そこにアスカは嫌な予感を覚えてならなかった。

 

 

 

 

 次の日の朝、エステルたちは武術大会に備えて街を廻って装備を整えた。試合は正午からだったので、時間的には随分と余裕を持って選手控室へと入ることが出来た。第一試合はジン、オリビエ、ミュラー、そしてシェラザードのチームが出場した。

 

「シェラ姉、本当に王都に来ちゃったんだ」

 

 冗談で行っていた事が本当になり、エステルは目を丸くして驚いた。オリビエは試合が始まる前から顔色が悪いように見えたが、ジンたちのチームはあっさりと勝利した。

 間を置かずして第二試合が開かれた。エステルたちの本戦初戦の対戦相手はなんとカルナたちの遊撃士チームだった。ラッセル博士の依頼の事を考えると当たりたくない相手だったが、こうなれば全力を尽くすのみ。

 

「後輩だからって、手は抜かないよ。むしろ、厳しく行くからね」

「胸をお借りします」

 

 カルナに対してヨシュアは真剣な表情でそう答えた。

 

「君達とこんな早くに戦う事になるとはな。これも運命なのか」

 

 クルツは冷静沈着な様子でそうつぶやいた。

 

『ベテラン遊撃士チームと新人遊撃士チーム、どちらが勝つのでしょうか!』

 

 アナウンスが流れると観客は大いに盛り上がった。この試合の組み合わせはデュナン公爵の仕込みだと思われた。もしかしたら、リシャール大佐が黒幕かもしれない。デュナン公爵の気まぐれで、遊撃士達が大挙して宮中晩餐会に出席する事態を避けたかったのだろうとエステルたちは考えた。

 シンジは試合開始と同時にカルナの戦術オーブメントに向かって狙撃をして、カルナの導力魔法を封じた。さらにアスカとエステルは棒術でグラッツとアネラスの武器を強打して叩き落した。ヨシュアもクルツに肉薄して武器を握る手を斬りつける。

 

「……奇襲攻撃とは、やってくれるじゃないか」

 

 そうつぶやくクルツは冷静な表情を崩さなかった。エステルたちは汚い手だとは思っても、正々堂々とベテラン遊撃士チームと戦っては勝てないと考えていたのだ。白熱した正面切っての試合を期待していた観客席からもブーイングが上がった。

 

「きゃあっ!」

 

 エステルたちが最初に集中攻撃を加えたのはアネラスだった。のほほんとみえるアネラスだが、その剣技は侮れない。アネラスが膝をついて倒れると、観客席から不満の声が上がる。アネラスはその可愛い外見から一定数のファンがいたようだ。

 

「グラッツスペシャル!」

 

 ベテラン遊撃士チームも黙ってはいない。グラッセが高く跳び上がり、渾身の一撃をエステルに加えると、エステルもたまらず武器である棒を落とした。シンジが導力魔法を唱えようとすると、再びグラッツスペシャルで妨害された。

 しかしカルナの魔法を封じた作戦が功を奏したのか、ベテラン遊撃士チームはグラッツとクルツの武器による攻撃以外に有効な攻撃手段を持たなかった。クルツが方術でサポートに回るが、カルナはほとんど何も出来ないまま膝をついた。

 クルツとグラッツは体力もそれなりにあったが、エステルとヨシュアがクルツを、アスカとシンジがグラッツを相手にして二対一に持ち込み倒す事に成功した。試合を観た観客達も最後は両チームの健闘を称えた。

 

『次は情報部の特殊部隊の登場です! みなさま盛大な拍手を!』

 

 次の第三試合では特務兵たちのチームが出場した。試合では赤い兜を被った隊長の男の剣術と、黒い兜から長い髪がはみ出ている女性隊員の銃の腕前が目立った。まだ二人とも実力を出していない様子だった。エステルたちに手の内を見せまいとする魂胆だろう。試合は特務兵チームの圧勝に終わった。

 

『本日最後の試合はカプア一家チームと王室親衛隊チームの対戦です!』

 

 そしてこの日最後の第四試合の試合の組み合わせがアナウンスされると場内は大騒ぎになった。犯罪者までもが武術大会に出場するとは誰も予想していなかった、予選試合には無かったサプライズである。

 

『両チームとも罪を犯した者達ですが、本人たちは深く反省しており、この武術大会を盛り上げたいとの事で、デュナン公爵の特別な取り計らいがございました』

 

 王室親衛隊はテロリストの疑いがあるとの話だったのに、この場ではテロリストと断言してしまっている。それでも観客たちは王室親衛隊のチームを応援していた。しかし試合はドルンの導力砲とキールの煙幕弾、ジョゼットの導力魔法のコンビネーションでカプア一家が勝利した。ユリア中尉の居ない王室親衛隊は不利だった。

 

 

 

 

「ムカつくわね、リシャール大佐のヤツ!」

 

 試合を終えてホテルの部屋へと戻ったアスカはイライラが止まらなかった。武術大会もリシャール大佐の茶番劇として利用されていると感じたエステルたちは大きな怒りを覚えていた。

 エステルとアスカが部屋の中でリシャール大佐への不満をぶちまけ合っていると、ヨシュアが部屋のドアをノックした。ヨシュアの話によると、ナイアルから《情報部》の情報を掴んだので、西街区にある《リベール通信本社》まで来て欲しいとの連絡が遊撃士協会からあったようだ。

 これから武術大会の試合で特務兵とのチームと対戦する可能性は高い。赤い兜の隊長の情報が何か聞ければと思い、エステルたちはホテルを出てリベール通信社へと向かった。

 

「おお、連絡が付いたようだな」

 

 リベール通信社の二階の編集部のデスクに座っていたナイアルは、エステルたちの姿を見ると顔を上げた。ナイアルは、最近王国軍の情報規制が厳しくなって、王室親衛隊や中央工房のテロ事件に関する記事が書けないと嘆いた。無難に武術大会を取材する事になったところ、エステルたちが出場しているのに気が付いたのだと話した。

 

「ドロシーのヤツ、お前たちが勝ったって大喜びしてたぜ。もちろん俺もお前たちを応援している。そこで情報部のやつらの経歴を集めてみたのさ」

 

 あの赤い兜のロランス隊長の事も気になるが、一番知るべきなのはリシャール大佐だと判断したエステルは、まずリシャール大佐の経歴を閲覧した。

 

『アラン・リシャール』

 

 ルーアン市生まれ。士官学校を首席で卒業した後、カシウス大佐の部隊に配属された。《百日戦役》ではカシウスの反攻作戦を遂行し、大きな戦果を挙げる。カシウス大佐が退任後、軍組織の改革を推し進め、情報部の設立を提案し、初代司令となる。

 

「エリート街道まっしぐらって感じね。まあ、エースパイロットのアタシほどじゃあないけど」

 

 リシャール大佐の経歴を読んだアスカは胸を張ってそうつぶやいた。

 

『カノーネ・アマルティア』

 

 王都グランセル生まれ。士官学校を次席で卒業後、リシャール大佐の推薦で情報部に所属。以後、リシャール大佐の副官となる。

 

「次席だって。いったい誰に負けたのかしらね」

 

 アスカは笑いながらそう言った。カノーネ大尉が聞いたら怒るだろうとシンジは思った。士官学校の話題は禁物だ。意図的に怒らせる場合なら別だが。

 

『ロランス・ベルガー』

 

 年齢、国籍不明。リシャール大佐が招き入れて情報部の少尉となった。彼の副官であるサトミ軍曹も同じく年齢、国籍不明。

 

「これって、何も分かっていないのと同じじゃない」

「すまねえな、経歴は全て抹消されていたって事だ」

 

 エステルの言葉に、ナイアルは頭をかきながら答えた。分かった点は、リシャール大佐が勧誘するほど腕の立つ戦士だと言う事だ。

 

「ありがとうございます、これで少しは敵の姿が見えてきました」

 

 ヨシュアはナイアルに向かって笑顔でお礼を言った。アスカは大した情報では無かったと不満顔を隠さなかった。ナイアルはそんなアスカをなだめるように声を掛ける。

 

「他にもとっておきの情報があるんだって。例えば、指名手配中のユリア中尉は士官学校でカノーネ大尉と同学年だったらしいぞ」

 

 ナイアルの話を聞いてアスカにピンと来るものがあった。カノーネ大尉を負かせて首席で士官学校を卒業したのはユリア中尉の可能性が高い。

 

「なるほど、だからあの二人は仲が悪そうだったのね」

 

 アスカは納得した様子でそうつぶやいた。王室親衛隊がテロリストとされている今の状況はカノーネ大尉にとって痛快であるに違いない。

 

「それと……これは今までの話とは全く関係が無いんだが、お前ら『クローディア姫』の事は知っているか?」

 

 ナイアルに尋ねられたエステルたちはうなずいた。教会の日曜学校でも教えているアリシア女王の孫娘の事である。クローディア姫の両親である王太子夫妻は事故で亡くなってしまっていた。

 

「その姫殿下の結婚相手をとある人物が決めたらしい」

「結婚相手を勝手に決められるなんて、かわいそうですね」

 

 ナイアルの話を聞いたシンジはそうつぶやいた。

 

「シンジ、この話の論点はそこじゃない。そのとある人物が問題なんだ」

「ほう、ヨシュアは分かっているみたいだな。それなら、お前さんには分かるかい?」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたナイアルは感心した様子でつぶやき、シンジに改めて質問した。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.クローディア姫の結婚を強引に進めている人物は?

 

 【アリシア女王】

 【デュナン公爵】

 【リシャール大佐】

 

 

 

 ※遊撃士としての資質を問うクイズです。

  正解するとボーナスBPがもらえるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンジは、パッと頭に思い浮かんだ人物が正しいのか悩んだ。人物の名前を挙げる事は出来るが、その理由まで説明できない。しかし、ずっと黙っているわけにもいかず、シンジは口を開いた。

 

「多分、リシャール大佐だと思います」

「ほう、分かっているじゃないか」

 

 ナイアルの言葉を聞いてシンジはホッと胸をなでおろした。

 

「でもどうしてリシャール大佐がお姫様の結婚相手まで決めようとするわけ?」

「だからそこが面白いんじゃないか」

 

 エステルの疑問の声にナイアルはニヤリと笑ってそう答えた。

 

「武術大会で勝って、宮中晩餐会に招待されたらその辺の事情を探って来て欲しいと言う事ですね」

「そう言う事だ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたナイアルは笑みを浮かべた。

 

「だからアタシたちに色々教えてくれたわけね。何よ、応援しているなんて言ってくれちゃってさ」

 

 アスカはウンザリとした顔でため息を吐き出した。編集部にある導力通信器の呼び出し音が鳴った。応答したナイアルはこれから人に会う約束が出来たと言って階段を降りて行った。

 エステルたちも日が暮れないうちに遊撃士協会に行ってエルナンに報告をする事にした。話を聞いたエルナンはロランス少尉について詳しく調べると言った。彼がどこかの傭兵団に所属していたのなら経歴が分かるかもしれないらしい。

 さらにエルナンは女王生誕祭の日に、エレボニア帝国の皇子が来る事がクローディア姫の結婚に関係しているかもしれないと話した。クローディア姫は16歳、結婚を急がせるのはリシャール大佐の策略の匂いがするとエルナンは言った。

 最後にエルナンはエステルたちに地下水路の扉の鍵を渡した。武術大会の前に、手配魔獣を相手に修行をしてみてはどうかと言う提案だった。武術大会は一日の試合数が少なくなる毎に午後の遅い時間に開始される。早朝に探索してみるのも悪くない。

 

「おい君達、こんな夜遅くに何をしている?」

 

 遊撃士協会を出たエステルたちは巡回をしている王国軍の兵士に声を掛けられた。兵士の話によると、テロ対策を強化するため今日から夜間の外出を禁止するのだと言う。エステルたちは兵士に従いホテルへと戻るのだった。

 

 

 




 ◆三択クイズ◆ 答え

 Q.クローディア姫の結婚を強引に進めている人物は?

 【アリシア女王】
 【デュナン公爵】
〇【リシャール大佐】


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第四十二話 深夜の王都、危険な密会!?  忍法、分身の術

 

 エステルとアスカがホテルの部屋へ戻ると、直ぐに血相を変えたシンジがドアをノックしてヨシュアと一緒に部屋へ転がり込むように入って来た。

 

「どうしたのよシンジ、そんなにあわてて?」

「部屋に戻ったら手紙が置いてあったんだ!」

 

 アスカに尋ねられたシンジは、一通の便箋をアスカに見せた。

 

「ラブレター!? シンジのクセに生意気っ!」

 

 そう言ってアスカはシンジの首を腕で絞めてヘッドロックをかました。

 

「……と言う冗談はさて置いて、何が書いてあるの?」

 

 アスカは腕の力を緩めると、シンジにそう尋ねた。シンジの頭には押し付けられたアスカの柔らかい胸の感触が残った。あの時ちょっと触っておけば良かったかなと思うシンジだった。

 シンジが便箋を開くと、整った文字で『今夜10時、大聖堂まで来られたし。他言無用』と書かれていた。差出人の名前は無い。大聖堂はホテルのある北街区から離れた西街区にある。

 

「うーん、怪しげ満載な手紙ね。ワナじゃないの?」

 

 エステルは眉間にしわを寄せてそうつぶやいた。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うよ」

 

 シンジはことわざを持ち出してまで積極的な発言をした。

 

「ここは誘いに乗ってみるのも手じゃない?」

 

 アスカもそう提案すると、エステルも乗り気になった。

 

「ダメだ!」

 

 ヨシュアが大声でそう言うと、エステルたちは目を丸くした。

 

「驚かせちゃってごめん。兵士たちが夜の巡回を強化するって話していたじゃないか。見つからずに礼拝堂まで行くなんて無理だよ」

「何を怖気づいているのよ、アンタらしくもない」

 

 アスカは腕組みをしてヨシュアを睨みつけた。

 

「だけど、放っておくのもスッキリしないじゃない」

 

 エステルがそうヨシュアをなだめると、ヨシュアは真剣な表情でエステルを見つめる。

 

「……だから僕が一人で確かめに行くよ。四人で行動すると見つかりやすいからね。様子を見に行くだけだから、僕一人で充分だよ」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルたちは厳しい表情でヨシュアを睨みつけた。

 

「アンタバカァ!? アタシたちだって遊撃士よ。自分の身は自分で守れるだけの力はあるわ」

「そんなもっともらしい事を言ってごまかそうとしたってそうはいかないんだからね!」

 

 アスカとエステルは怒り心頭に発した様子でヨシュアに噛みついた。シンジはヨシュアの肩に手を掛ける。

 

「ヨシュア、キミの負けだよ」

「……分かったよ」

 

 ヨシュアはそう言ってため息を吐き出した。

 

「ねえ、もしかしてヨシュアは手紙の主に心当たりがあるの?」

「どうしてそう思うんだい?」

 

 エステルに指摘されたヨシュアは驚いた顔で尋ねた。

 

「あたしはヨシュア観察の第一人者だから、分かるわよ」

 

 そのエステルの言葉を聞いたヨシュアは小さな声でつぶやく。

 

「……もう、これまでかな……」

 

 アスカが部屋の時計を見て声を上げる。

 

「10時まで、もう時間が無いじゃない! 急ぐわよ!」

 

 アスカに急かされる形でエステルたちは部屋を出たのだった。

 

 

 

 

 ホテルから出たエステルたちは兵士たちがパトロールしているのを目撃した。四人で隠れられる物陰はそうそう多くない。苦戦するのは確実だった。それでもヨシュアは兵士たちの視線をかいくぐる事の出来るルートを見つけてエステルたちを誘導する。

 アスカはヨシュアの優れた観察力と無駄のない動きから、ヨシュアは過去にスパイ活動をしていたのではないかと推測した。さらに《漆黒の牙》と言う戦技から察するに、暗殺者だった可能性も考慮に入れた。

 ヨシュアは今居る北街区から直接西街区に向かうのは無理だと判断して、東街区へ行くように指示を出した。『急がば回れ』と言ったことわざがあるが、まさにその言葉が当てはまる状況だった。

 途中に立ち寄ったグランセル空港の発着場には、王室親衛隊の飛行艇《アルセイユ》が泊められていた。王国軍の手に落ちてしまったのだろう。ユリア中尉や王室親衛隊の姿は近くに無かった。

 東街区は帝国大使館と共和国大使館があり、入口には警備の兵士が立っている。エステルたちは極力近づくのを避けた。東街区では兵士が巡回する広場を突っ切る形となり、エステルたちの緊張は高まった。

 南街区に居る兵士たちは直線的に街道を行ったり来たりを繰り返していた。規則的な動きを何十回も繰り返す兵士の熱心さには頭が下がる。それだけに突破のタイミングは計りやすかった。

 いよいよ大聖堂のある西街区にたどり着いたエステルたち。円を描くように巡回する兵士を交わすために取った方法は、兵士の背後をついていくと言うものだった。兵士が気まぐれで振り返ったら一巻の終わり。大きな賭けだった。さらに後続の兵士にも見つからないように歩調を合わせて進まなければならない。

 四人で前の兵士と後ろの兵士の間を歩くのはとても難しい事だった。ヨシュアの話していた通り、一人で来た方が楽だったと思ったがここまで来たら引き返せない。何度もタイミングを見計らって、エステルたちは大聖堂の前までたどり着いた。

 

「今までの仕事の中で一番緊張したわ……」

 

 アスカは肩で息をしてそうつぶやいた。帰りも頑張らなければいけないとなるとさらに気が重くなった。

 

「トラップが仕掛けられているかもしれない、僕が先に入って確認するよ」

 

 ヨシュアに続いてエステルたちが大聖堂の中に足を踏み入れると、ヨシュアはホッと安心したように息を吐き出した。

 

「僕の勘違いだったみたいだ」

 

 ポツリとそうつぶやくヨシュア。大聖堂の教壇の前に立っていたのはエルベ周遊道で出会ったシスター・エレンだった。

 

「あの時はありがとうございました。私の伝言でここまで来ていただき、感謝しております」

 

 エレンは可憐な声と笑顔でエステルたちにお礼を言った。

 

「お芝居はそのくらいにしたらどうですか、ユリア中尉」

「えっ!?」

 

 ヨシュアの言葉にエステルは驚きの声を上げた。

 

「ヨシュア君はさすがに鋭いな。王室親衛隊・中隊長、ユリア・シュバルツだ。覚えてくれていて何よりだ」

 

 そう言ってユリア中尉が頭の頭巾を取ると、紛れもないユリア中尉の顔が露になった。

 

「アタシたちをこんな時間にこんなところまで呼び出すなんて、どういう理由かしら?」

 

 王国軍の兵士とのスパイアクションをさせられたアスカは不機嫌な顔でユリア中尉に尋ねた。ユリア中尉は七耀教会とリベール王家には深い信頼関係があり、リシャール大佐の陰謀によって指名手配犯となったユリア中尉をシスターとして匿ってくれているのだと話した。

 

「君達を呼び出した要件についてだが、武術大会の明日の準決勝で勝利したら、君達は宮中晩餐会に招待される事になる。その機会に、グランセル城の女王宮にいる女王陛下と会う事をお願いしたい」

 

 ユリア中尉がそう言って頭を下げると、アスカは自慢気な顔で言い返した。

 

「偶然ね。アタシたちも女王様に会うために武術大会に出場しているの。まあ、アタシたちの優勝は確実だけどね」

 

 驚くユリア中尉に、エステルたちはラッセル博士の依頼の事を話した。

 

「なるほど、そんな事があったのか……」

 

 ユリア中尉は納得した様子でつぶやいた。

 

「でも武術大会の出場者ならジンさん達も居るけど、どうしてあたしたちを呼び出したの?」

「そりゃあ、ぶっちぎりで優勝するのがアタシたちに決まっているからじゃない」

 

 エステルの疑問の言葉に、アスカが腕組みをして鼻を天狗にしてそう答えた。

 

「いや、そうではない」

 

 ユリア中尉がそう言うと、アスカはズッコケた。

 

「ジン殿は共和国の遊撃士だ。さらに彼のチームには素性の知れない外国人が交っている」

「確かにオリビエはそう言う話を嗅ぎつける勘だけは鋭いのよね」

 

 ユリア中尉の言葉に、エステルも同意した。

 

「私からも陛下の力になるようにお願いしたい」

「もちろんです」

 

 シンジはユリア中尉に向かってしっかりとうなずいた。

 

「遊撃士協会の原則が内政不干渉だとは言え、リベール王国に暮らす者の一人として、見過ごすわけにはいきません」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルたちはヨシュアがリベール王国の一員としての自覚を持っているのだなと喜んだ。ユリア中尉は自分が書いた紹介状をシンジに渡した。

 

「これは城のメイド長をされているヒルダ夫人への紹介状だ。陛下は特務兵たちに監禁されていると思うが、身の回りを任されているメイド長ならば君たちを陛下に会わせる事が出来るかもしれない」

 

 ユリア中尉がそう話すと、エステルたちはそんな手があるのかと感心した。城に招待されてもどのようにアリシア女王に会うか当てが無かったのだ。

 

「分かりました、ヒルダ夫人に会って話してみます」

 

 ヨシュアはユリア中尉にそう答えた。ヨシュアの返事を聞いた後、ユリア中尉は悔しそうな顔でつぶやいた。

 

「策略に引っかかって、守るべき方を守れなかった雪辱……逆賊を討つ事で果たす事も出来ないとは……君達に頼るしかない自分が情けない……」

 

 ユリア中尉は強い自責の念に駆られているようだった。

 

「ユリアさん、ボクたちも一刻も早く王室親衛隊の濡れ衣が晴れせるように力を尽くします」

「ありがとう」

 

 真剣な表情で訴えかけるようなシンジの言葉に、ユリア中尉は明るい笑顔でお礼を言った。礼拝堂のドアがノックされて、王国軍の兵士がテロ対策のため建物を調査をして回っていると告げると、ユリア中尉は頭巾を被って、直ぐにシスター・エレンに成りきって答える。

 

「まあご苦労様です。今鍵をお開けしますわ」

 

 ユリア中尉はそう言うと、祭壇部屋を指差した。多分、祭壇部屋に裏口があるのだろう。エステルたちは急いで裏口から脱出したのだった。

 

 

 

 

 エステルたちは兵士たちの巡回を避けるうちに、東街区にある広場まで来てしまった。近くに兵士たちの気配は無い。兵士の夜間パトロールが終わるまで、エステルたちはベンチに座って休憩することにした。

 

「それで、アンタの心当たりってユリア中尉じゃなかったとしたら誰なのよ」

 

 アスカがヨシュアに尋ねると、エステルはアスカに向かって怒鳴った。

 

「アスカ、それはあたしたち家族のルール違反よ! ヨシュアが自分から話す気持ちになるまで、あたしたちが出会う前の過去は聞かない約束でしょう」

 

 ヨシュアはしばらく黙り込んだ後、決意をしたように口を開いた。

 

「僕はエステルやアスカ、シンジと旅をして少しは強くなれたと思う。僕は君達と一緒に様々な経験をしたり、色々な人と会う事で失ったものを取り戻せると錯覚していたのかもしれない。それでも僕は君達と一緒に居られる事を感謝しているよ……」

 

 エステルたちはヨシュアの独白を黙って聞いていた。ヨシュアはエステルたちの真剣な顔で見つめて告げた。

 

「だから、今回の事件が解決して父さんが帰って来たら……僕がエステルに会う前の事を話すと約束するよ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルはベンチから飛び立ってヨシュアの方を向いた。

 

「よしっ、あたしも事件が解決したらヨシュアに話したい事があるのよ!」

 

 エステルがそう宣言すると、ヨシュアはポカンとした顔でエステルを見つめた。

 

「エステル、頑張りなさいよ!」

 

 アスカはそう言ってエステルを応援した。

 

「別に僕は今すぐ話を聞いても良いけど?」

「それは、タイミングとかあるし……ムードは悪くないんだけどね……」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルは顔を真っ赤にして口ごもった。

 

「とりあえず、明日の試合に勝たないとね」

 

 シンジの言葉にエステルは気合いを入れて叫ぶ。

 

「恋する乙女のパワーでリシャール大佐をぶっ飛ばす!」

 

 エステルの言葉を聞いたヨシュアは大笑いをした。つられてアスカとシンジも笑い、エステル自身も笑い出した。この調子なら明日の試合も勝てると確信するエステルたちだった。

 

 

 

 

 遅い就寝となったエステルたちだったが、早朝から張り切って修行のために王都の地下水路へと潜る事にした。エステルたちは重要な依頼を請け負っているので、受付のエルナンが用意したのは二つの依頼だけだった。

 

 ◆地下水路西区画の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】3000 Mira

 【制 限】2級

 

 地下水路西区画に凶暴な魔獣【シザーハンズ】が出没中です。

 当支部所属遊撃士の速やかなる退治を望みます。

 

 ◆地下水路東区画の手配魔獣◆

 

 【依頼者】遊撃士協会

 【報 酬】3000 Mira

 【制 限】2級

 

 地下水路東区画に凶暴な魔獣【ボーンフィッシュ】が出没中です。

 当支部所属遊撃士の速やかなる退治を望みます。

 

 エステルたちにとっては肩慣らしのような戦いだった。シザーハンズは八匹と数は多かったが導力魔法が効きやすい相手だったのでシンジのエアロストームで一掃。ボーンフィッシュ四匹も冷気ブレスを吐いて来るだけの相手で、シンジのダイヤモンドダストで凍結する訳の分からない敵だった。

 エステルたちを困らせたのは複雑に入り組んだ迷路のような水路だった。しかしヨシュアは地下水路の構造を知っておく事はきっと依頼の役に立つと話してマッピングをしていた。

 この事が後になって役に立つとはエステルたちも思ってもみなかった。水路の探索を終えたエステルたちは遊撃士協会のエルナンに報告してから休憩を取り、武術大会の会場である《王立競技場》へと向かうのだった。

 

 

 

 

 今日は準決勝と決勝がまとめて行われる。それでも昨日より試合数は少ないので開始時間は遅い。試合会場に早く着きすぎてしまったエステルたちが観客席に行くと、カルナたちが来ていた。

 

「そう言えばカルナさん、ルーアンで黒装束のやつらに襲われた時のケガは大丈夫?」

「ああ、すっかり平気さ。試合で戦ったあんたたちも分かっただろう?」

 

 エステルの質問にカルナは笑顔で答えた。エステルたちがアスカが黒装束の連中から猛毒を受けた事を話すと、カルナはそれは大変だったねとアスカに声を掛けた。カルナが黒装束の連中から受けた薬物は、意識を失わせる睡眠薬のようなものだったらしい。人を操る《グノーシス》の件といい、黒装束の連中は様々な薬物を使い分けているようだ。

 他にも観客席にはアルバ教授が観戦に来ていた。普段から遊撃士の護衛をケチるほどのアルバ教授にチケットを買うお金がよくあったものだとアスカが指摘すると、アルバ教授は臨時収入があったからだと話した。

 

「アンタ、もしかしてバクチに参加しているんじゃないでしょうね?」

「バレちゃいましたか」

 

 アスカに指摘されたアルバ教授は頭をかいた。武術大会はギャンブルの対象としても盛り上がりを見せており、大穴であり倍率の高いエステルたちに賭け続けたアルバ教授の財布は膨らんでいるのだと話した。

 

「だから、あなたたちの事は応援していますよ」

「今度、ご飯おごってよね」

 

 ごまかすように笑うアルバ教授にエステルはウンザリとした顔でそう言った。観客席の最前列にはドロシーがカメラを構えてうなっていた。理想のアングルを探しているのだろう。

 

「やっほー、エステルちゃんたち! いよいよ決勝戦だね、燃えて来たよ!」

「アンタが興奮してどうするのよ」

 

 アスカがウンザリとした顔でそう言った。

 

「冷静にならないとチャンスを逃してしまいますよ」

 

 シンジが心配そうな顔でドロシーに声を掛けた。

 

「いいの、落ち着かない方が良い写真が取れるから」

「あっそう」

 

 ドロシーの言葉に、エステルもあきれるしかなかった。

 

「おや、エステル君にヨシュア君、アスカ君にシンジ君じゃないか」

 

 エステルたちに声を掛けて来たのは、ロレントの市長であるクラウス市長だった。

 

「シェラザード君から話は聞いていたが、ずいぶんとたくましくなったようだな」

「もう少しで《準遊撃士・1級》、そして《正遊撃士》になるところよ!」

 

 アスカはクラウス市長に向かって自慢気にそう答えた。

 

「ところで市長さんは、ロレントからあたしたちの応援に来てくれたの?」

「それもあるが、宮中晩餐会に来るようにリシャール大佐から招待を受けてな。シェラザード君に護衛をしてもらって来たのだよ」

 

 エステルの質問にクラウス市長はそう答えた。リシャール大佐は他の有力者たちも晩餐会に招いているのだろう。晩餐会で何かするつもりなのは確かなようだ。

 

 

 

 

 準決勝第一試合の組み合わせはカプア一家とジンたちのチームだった。王室親衛隊のチームを破って勢いに乗っていたカプア一家だったが、シェラザードの姿を見ると恐怖がフラッシュバックしたのか顔色が悪くなった。

 ドルンの導力砲もジンたちの素早い動きによって交わされ、キールの煙幕弾も何度も苦汁を舐めさせられて来たシェラザードに通じるはずも無かった。ジンたちはキールの動きを徹底的に封じる作戦に出た。

 ジョゼットも導力銃と導力魔法で頑張ったがオリビエの方が一枚上手。ミュラーの剣術もアガットの重剣に負けないくらいの威力があった。ジンは素早い身のこなしでドルンに狙いを定めさせなかった。圧倒的な差でジンたちのチームが勝利した。

 

「さすがね!」

 

 試合を観戦したエステルは声を上げた。もちろんジンたちが負けるとはこれっぽっちも思っていなかったので安心して見守っていた。カプア一家も連携を封じられてはどうしようもない。

 

「アタシたちの相手は……アイツらってワケね」

 

 アスカはそう言って表情を引き締めた。自分たちの第二試合の相手は特務兵チーム。隊長であるロランス少尉と副官のサトミ軍曹の実力は未知数だ。まずは彼らを本気にさせてベールを剝ぎ取らなければならない。

 試合会場にでたエステルたちは一列になって特務兵チームと向かい合った。部下の特務兵二人は殺気丸出しだったが、ロランス少尉とサトミ軍曹には余裕のようなものが感じられた。

 試合進行を司る主審が開始位置に着くように告げると、エステルたちは距離をとって武器を構えた。アスカとエステルがダブルで前衛をするいつも通りの陣形だ。後方から奇襲される危険が無いのでヨシュアが中衛、シンジが後衛となる。

 ロランス少尉は剣を抜かずに導力魔法の詠唱を始めた。まだ自分の剣技を見せるつもりは無いのだろう。エステルたちは前衛の特務兵二人を倒してロランス少尉の危機感を引き出す作戦に出た。

 シンジはロランス少尉の導力魔法を阻止しようと妨害を仕掛ける。特務兵の一人が膝をついたが、サトミ軍曹がセラスの薬を使って回復させた。特務兵の二人相手にエステルたちが小競り合いをしていると、信じられないことが起こった。なんとロランス少尉が二人に増えたのだ!

 分身したロランス少尉は幻影では無く実体があり、本物のロランス少尉と違う行動を始めた。

 

「この化け物ぉぉぉっ!」

 

 不気味さに耐え切れなくなったアスカがロランス少尉の分身に向かって棒を振り回す。これでは敵の術中にハマってしまう。シンジは導力銃の攻撃を止めて、エアロストームの詠唱を始めた。

 ロランス少尉が詠唱したのは、あらゆる攻撃を完全に防ぐ《アースガード》と言う導力魔法だった。シンジのエアロストームを食らったロランス少尉の分身は消滅したが、ロランス少尉には傷一つない。

 再びロランス少尉は分身を発生させた。直接攻撃するつもりはなさそうだ。サトミ軍曹は特務兵二人の治療をしている。エステルたちは特務兵二人だけに苦戦している事に苛立っていた。

 さらに驚くべき事に、ロランス少尉は二人目の分身も生み出した。シンジはエアロストームの詠唱に集中せざるを得なくなった。エアロストームは大量にEPを消費する魔法だ。いつまでも続けられるものではない。

 やっとエステルたちが特務兵二人を叩き伏せると、ヨシュアはサトミ軍曹が二人を戦闘不能状態から回復させないように牽制した。するとロランス少尉は次々と分身を生み出す作戦に出た。

 それでもシンジはエアロストームの詠唱を続け、エステルたちはロランス少尉に迫った。エステルとアスカの攻撃を、少しの間ロランス少尉は交わし続けた後、一言つぶやいた。

 

「降参だ」

「はっ!?」

 

 主審はロランス少尉に驚いて聞き返した。

 

「降参すると言っている」

『試合終了! 特務部隊チームが降参したため、準遊撃士チームの勝利です!』

 

 主審がマイクを使ってそう宣言すると、観客席から歓声よりもどよめきの声が上がった。八百長試合ではないのかとの声も上がっている。

 

「剣も抜かないで降参するなんて、アタシたちを舐めるんじゃないわよ!」

 

 アスカは人差し指を突き付けて怒鳴ったが、ロランス少尉や特務兵たちは返事をしなかった。

 

「……今の声は……まさか」

「どうしたのヨシュア、顔色が悪いわよ」

 

 エステルは真っ青な顔になったヨシュアに声を掛けた。試合が終わったエステルたちは控室に戻らなければならない。ヨシュアはエステルに手を引かれる形で試合場を後にした。

 

 

 

 

 決勝戦の試合は休憩の後行われる事になった。対戦相手の控室に試合前に行く事は禁止されているので、エステルたちは控室で疲れた身体と戦術オーブメントを回復した。試合会場から出られないので、この街のオーブメント工房が出張で来てくれたのだ。

 

「ヨシュア、本当に身体は何とも無い?」

「うん、もう疲れも取れたよ」

 

 エステルに尋ねられたヨシュアは笑顔でそう答えた。特務兵は猛毒の弾丸をアスカに撃った事がある。もしかして試合で毒を盛られたのかと心配したのだ。ともかくとして、決勝戦に進んだエステルたちは宮中晩餐会に招待される事になった。これで作戦の第一段階は成功だ。

 しかし決勝戦の手を抜くわけにはいかない。ジンはカルバード共和国の中だけでなく外国にまで名を轟かせるほどの《準S級・正遊撃士》なのだと言う。S級と認められる実力があるのに本人が固辞しているとの話だ。

 先輩の正遊撃士であるシェラザードでさえB級、グランセル支部で一番の実力者であるクルツがA級だとエルナンから聞いたエステルたちは、偉大な大先輩の胸を借りるつもりで戦いに臨んだ。

 試合開始と同時にエステルたちは散開した。シェラザードのエアロストームの魔法を警戒しての事だったが、これが裏目に出た。エステルやアスカ単独ではジンやミュラーの攻撃を受け止めきれなかった。

 ヨシュアがエステルを、シンジがアスカを助けようと駆けつける。完全にフリーになったシェラザードとオリビエは妨害を受けずに導力魔法を唱える事が出来る。ジンとミュラーの速く重い攻撃を、エステルとアスカは耐え切れずに膝をついた。

 ヨシュアとシンジも最後まで頑張ったが、導力魔法の集中砲火まで食らっては瞬く間に崩れ落ちた。武術大会の優勝者はジンのチーム、準優勝はエステルのチームに決まった。

 

『これより、開催者のデュナン公爵からの祝福のお言葉がございます』

 

 決勝戦に沸く試合会場でアナウンスが流れた。選手代表者としてジンがデュナン公爵の前へと歩み出た。

 

「身長が2アージュ*1を超えると聞いていたが、間近で見ると凄い迫力だな」

 

 デュナン公爵はジンを見てそうつぶやいた。

 

「東方人はお主のようにみな体が大きいのか?」

「いえ、私は例外の方でしょう。よく食べて、よく寝て、よく遊んでいたら他の子よりも体が大きくなりました」

 

 デュナン公爵に尋ねられたジンはそう答えた。

 

「そうか、余も同じくよく食べ、よく眠り、よく遊んでおったな」

 

 デュナン公爵はそう言って愉快そうに笑った。

 

(アンタの場合は暴飲暴食、昼夜逆転の自堕落な生活とカジノでしょうが、ジンとは正反対よ!)

 

 アスカは心の中でデュナン公爵に激しくツッコミを入れた。

 

「うむ、気に入ったぞジン! 賞金10万ミラを受け取るが良い!」

 

 シンパシーを勝手に感じたデュナン公爵は上機嫌でジンに賞金を渡した。

 

「このような素晴らしい戦いを繰り広げた者達に、女神エイドスの加護を! さあ諸君も惜しみない拍手を送りたまえ!」

 

 デュナン公爵の言葉を持って、武術大会の幕は閉じるのだった。その様子を競技場の貴賓室で見守っていたカノーネ大尉は厳しい表情でロランス少尉に言葉を掛ける。

 

「まったく、あのような者相手に降伏など、恥を知りなさい」

「恐縮です」

 

 ロランス少尉は淡々とした口調でそう答えた。

 

「カノーネ君。私がロランス少尉に実力を出さないように頼んだのだよ」

「何故です?」

 

 リシャール大佐がそう言うと、カノーネ大尉は尋ねた。

 

「我々情報部は黒子役だ。あのようなこの国の未来を担う若者が表彰された方が大会に華を添えると言うものだよ」

「なるほど、私の考えが足りませんでした……」

 

 カノーネ大尉はそう口にしたが、心の中では納得のいかない部分もあった。武術大会は盛り上がったが、賭博行為を助長することになった。遊撃士の活躍を宣伝して、自分たちに利益があるとは思えない。

 それにリシャール大佐がわざわざあの新米の遊撃士の四人を城に招く意図がカノーネ大尉には理解できなかった。カシウスの子供たちをグランセル城に入れてしまうのは危険ではないのか。

 

「いまさら遊撃士協会が介入しても止められないほどに計画は進んでいるよ」

 

 そんなカノーネ大尉の不安を見抜いたのか、リシャール大佐はカノーネ大尉に声を掛けた。

 

「例の計画は9割以上進んでいます。数日中には閣下を例の場所にご案内できると思います」

 

 ロランス少尉が報告すると、リシャール大佐は晴れやかな笑顔になった。夕暮れに染まる空は、夜明けの空と似ていた。

 

「計画遂行の暁には、リベール王国の夜明けが訪れるだろう。例え逆賊の名を受けても、我らはリベール王国の明日のための礎となろう」

 

 リシャール大佐は空を見上げてそうつぶやくのだった……。

*1
1アージュ=1メートル



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第四十三話 シンジの悪夢再び! アスカとエステルはメイド失格!?

 

 武術大会が終わり、エステルたちは夕暮れ時の《王立競技場》の前に集まって決勝戦を振り返っていた。

 

「凄い戦いだったわね、ジンさんが強いとは知っていたけど、手を合わせてみたら圧倒的だったわ」

「俺もまだ『泰斗流』を極める修行中の身にしか過ぎないさ」

 

 エステルの言葉に、ジンはそう答えた。『泰斗流』は東方の国に伝わる武術の一つで、ツァイス支部のキリカは師匠の娘なのだとジンは頭をかきながら話した。ジンがキリカに頭が上がらないのはその辺の事情もあるのかもしれないとエステルたちは思った。

 

「しばらく見ないうちに、あんたたちも成長したじゃない」

「シェラ姉の導力魔法も、効いたわよ」

 

 シェラザードに声を掛けられたアスカは、腕を押さえながらそう答えた。クラウス市長の護衛で王都に来たシェラザードは急遽ジンとチームを組む事になったが、シェラザードはジンと一緒に仕事をした事もある仲であり、連携に支障は無かったのだと言う。

 

(……シェラ姉はジンとは付き合おうと思ったりしなかったの?)

(あたしがジンと知り合った時には、もうキリカの尻に敷かれていたのよ)

 

 アスカとシェラザードは小声でそんな事を囁き合うのだった。

 

「宮中晩餐会は今晩あるみたいだな。結構夜遅くまでやっているようだから、部屋も用意してくれているそうだぜ」

「フフフ、晩餐会で振舞われるリベールの宮廷料理を想像するだけでよだれが出そうだよ」

 

 ジンがそう言うと、オリビエは口元を手で押さえながらそうつぶやいた。

 

「そうはいかない、貴様の我儘もこれで終わりだ」

 

 厳しい表情をしたミュラーはオリビエの首根っこをガッチリと掴んだ。

 

「やだなぁミュラー君、そんな怖い顔をして、お楽しみはこれからじゃないか。ほら笑って……晩餐会に行っていいかな……? ……いいとも!」

 

 掴まれながらもオリビエはミュラーをなだめようとするが、ミュラーの表情は和らぐ事は無かった。

 

「……いいはずがあるか! もういい、黙れ。さっさと大使館へと戻るぞ」

「ハイ」

 

 オリビエは残念そうな顔でミュラーにそう答えた。ミュラーが来ている制服はエレボニア帝国の物、となるとオリビエはエレボニア帝国でそれなりの地位にある人物だと思われる。

 

「あの……晩餐会に行くぐらい良いんじゃないですか? デュナン公爵から招待も受けてるし」

「シンジクン、ナイスフォロー!」

 

 かわいそうに思ったシンジがそう声を掛けると、オリビエは嬉しそうに親指を立てた。ミュラーはいかつい表情で大きなため息をつきながら話し始める。

 

「考えてもみたまえ、王族や各地の有力者たちが集まる晩餐会にこのお調子者が参加したら、帝国の品位を問われる事にならないか?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ミュラーの言葉に、その場に居たエステル、ヨシュア、アスカ、シンジ、ジン、シェラザードの全員が下を向いて黙り込んでしまった。

 

「誰かボクを弁護してくれる人はいないんですか?」

 

 オリビエはあわてた様子でエステルたちに問い掛けた。

 

「ごめんなさい、オリビエさん。ボクはミュラーさんの心配は正しいと思います」

 

 シンジの意見に、みんな一致してうなずいた。

 

「帝国と王国の終戦からまだ10年。国際問題を招いてしまってはまずいのだ。分かっただろう」

「あ~れ~!」

 

 ミュラーは叫ぶオリビエを引きずって去って行った。帝国大使館はこの王立競技場と同じ東街区にあるとはいえ、あれも帝国の恥さらしではないかとエステルたちは思った。

 

 

 

 

 オリビエを見送ったエステルたちは、市長の護衛の仕事に戻るシェラザードと別れて、ジンと一緒にグランセル城へと向かう事にした。晩餐会が終わったら、城の中に泊めてもらう予定なので、街で準備を念入りに整えた。

 ジンがデュナン公爵から受け取った招待状を兵士に渡すと、兵士はメイド長からも話は聞いているとの事で、城門を開いた。レイストン要塞と同じく二重構造になっているオーブメント仕掛けの城門が開くと、入口には赤い絨毯が敷かれていた。

 エステルたちがレッドカーペットを歩いて玄関広間へと入ると、今まで見て来た市長邸とは比べ物にならないほど豪華で、伝統と格式のある内装に目を奪われた。シンジとアスカはネルフの司令室など無味乾燥なもののように思えた。

 

「ようこそグランセル城へ。ジン選手御一行様でございますね」

 

 エステルたちを出迎えたのはメイド長と思われる落ち着いた風格のあるメイドの女性。そして情報部の制服を着たカノーネ大尉だった。

 

「私は城内の警備を担当しております、情報部のカノーネ大尉と申します。武術大会でのご活躍、お見事でしたわ」

 

 カノーネ大尉が少し皮肉めいた笑みを浮かべている事に、エステルとアスカはムッとした。自分たち情報部が手加減をしたからだとでも言いたげだ。

 

「そちらこそ、その若さと美しさでエリート部隊の大尉とは優秀でいらっしゃる」

 

 ジンがそう言うと、カノーネ大尉にとっては不意打ちだったのか、顔を赤らめて、

 

「そ、それほどでもありませんわ……」

 

 と答えた。照れ隠しをするように咳払いをしてから、カノーネ大尉はエステルたちに声を掛けた。

 

「お会いするのはツァイスの事件以来でしたわね?」

「どうも、御無沙汰しております」

 

 ヨシュアはそう言ってカノーネ大尉に頭を下げた。もっと緊迫した顔合わせになるところを、ジンの言葉が和らげてくれたのだ。

 

「残念ながらラッセル博士の行方はまだ掴めていないのです。遊撃士協会の方では何か手掛かりはありましたか?」

 

 カノーネ大尉の嫌味たっぷりな質問が来た。エステルは顔を背けて露骨にとぼけているが、それはやりすぎだ。

 

「あの事件は正遊撃士の方にお任せして、僕達は王都に向かう事になったんです」

 

 ヨシュアがカノーネ大尉に各支部の推薦状を集めるための修行の旅をしている事を説明すると、カノーネ大尉は表面上は納得した様子を見せた。

 

「そうですか、あなたたちが正遊撃士になるのを応援させて頂きますわ。まあ優秀な情報部の力をもってすれば、ラッセル博士の行方も掴めるでしょう」

 

 カノーネ大尉は挑発するような言い方で、エステルたちにそう話した。遠回しに遊撃士協会をバカにしているのだ。エステルとアスカは思い切りカノーネ大尉を睨みつけたが、ヨシュアは爽やかな作り笑顔でカノーネ大尉に頭を下げた。

 

「ラッセル博士は僕達の大切な恩人なので、よろしくお願いします」

 

 ヨシュアの演技に今度はカノーネ大尉が顔をしかめる番だった。メイド長がカノーネ大尉に視線を送ると、長話をし過ぎた事に気が付いたカノーネ大尉はエステルたちを今夜泊る部屋へと案内すると話した。

 

「それではヒルダ夫人、余計な事をお話ししてお客様に要らぬ心配をお掛けしない様に」

「心得ております」

 

 カノーネ大尉の言葉にヒルダ夫人はしっかりとした声で答えた。カノーネ大尉が立ち去ると、ジンがため息をついてつぶやいた。

 

「うーん、なかなかいい女だったな」

「アンタ、悪趣味ね」

 

 アスカがあきれた様子でそう言うと、ジンはあのように気が強そうに見える女性は、惚れた男の前ではデレデレして尽くす女になるのだと話した。

 

「そのギャップがたまらないのさ」

「何かそういうの、分かります」

「アンタバカァ!? 何を納得しているのよ!」

 

 神妙な顔でうなずくシンジをアスカは怒鳴った。

 

「改めて申し上げます。女官長をしております、ヒルダでございます」

 

 早くも目的の人物に出会えたエステルたちは、ユリア中尉の紹介状を渡そうと気が逸る。しかしヒルダ夫人は黙ってその動きを手で制止した。ここでは情報部の監視の目が光っているので余計な事はしない方が良いと知らせてくれたのだろう。

 ヒルダ夫人の後をついてエステルたちは玄関広間のカーブした長い階段を昇る。エステルたちの部屋は二階にあるらしい。階段を昇り終えたエステルは、天井のシャンデリアを見て歓声を上げた。

 

「うわぁ、あのシャンデリア、メイベル市長の家にあったやつの何倍も大きくて豪華だわ!」

「いちいち騒がないの。ロレントの田舎者だと笑われるでしょう、恥ずかしい」

 

 アスカはウンザリとした顔でエステルに注意した。ヒルダ夫人は正面の入口は《謁見の間》だと案内した。アリシア女王が訪問客と会う時に使われる部屋だとヒルダ夫人は話した。しかし最近はアリシア女王が体調を崩しているため使われていないとヒルダ夫人は言った。

 

「もう少しで生誕祭なのに、女王陛下の御病気はそんなに重いのか?」

「その質問にはお答えできません」

 

 ジンが尋ねると、ヒルダ夫人はキッパリとそう答えた。エステルたちはアリシア女王の病気の声明は何か訳がありそうだと感じ取った。ヒルダ夫人は左側の廊下に向かって歩き始めた。これ以上話す事は出来ないと言う意思表示なのだろう。

 

「こちらが皆様に使っていただくお部屋になります」

 

広めの部屋の中には豪華なベッドが六つ。有力者たちを迎える事も多いのだろう。テーブルや椅子も高そうなものが揃っていた。

 

「晩餐会が始まるまで、まだ時間がございます。城の中を自由に見学なさって構いませんが、警備を担当する情報部の方の指示で立ち入り禁止となっている区画もございます、お気を付けください」

 

 具体的にどのような場所が立ち入り禁止区域なのかエステルが尋ねると、ヒルダ夫人はアリシア女王の居る女王宮、一階の親衛隊の詰所、地下の宝物庫がそうだと説明した。

 現在、親衛隊の詰所は情報部が拠点としているのだとヒルダ夫人は話した。晩餐会の招待客はすでに全員到着し、部屋にいるのだろうとヒルダ夫人は言った。何かメイドに用事があったら一階のメイド控室にお越しくださるようにお願いしますと話してヒルダ夫人は部屋を出て行った。

 

「それじゃあジンさん、行ってきます」

「おう、俺はこの部屋で待っている。晩餐会の時間までには戻って来いよ」

 

 ヨシュアがそう言うと、事情を知っているジンはそう言ってエステルたちを送り出した。晩餐会に招待されている客の中にはクラウス市長を初めとしてエステルたちの知り合いがいるかもしれない。それにヒルダ夫人ともう一度会って話す必要がある。エステルたちは気合いを入れて城内散策に乗り出した。

 

 

 

 

 エステルたちの部屋の向かいの部屋では、クラウス市長とコリンズ学園長が同室となっていた。クラウス市長の護衛として来ているシェラザードも一緒だ。エステルたちの先輩であるシェラザードが近くの部屋に居る事は心強い。

 学園長は武術大会でエステルたちが優秀な成績だった事を知ればジルたちも喜ぶだろうと話した。クラウス市長と学園長はラッセル博士が誘拐され、アリシア女王が病気の時に晩餐会を開くデュナン公爵の考えが理解できないと話した。

 二人はアリシア女王へのお見舞いと、クローディア姫との面会を望んでいた。クローディア姫は離れた場所で暮らしているが、最近になって王都に帰って来たのだと話した。

 

「そう言えば、クローゼ君には会ったのかね?」

「えっ、王都に来てるの?」

 

 学園長に聞かれたエステルは聞き返した。学園長はクローゼは王都に着いたら遊撃士協会に顔を出すつもりだと話していたと言ったが、テレサ院長のところに立ち寄っているのかもしれないとつぶやいた。

 その後メイベル市長とマードック工房長とも話し、有力者たちの知り合いの話を聞き終わったエステルたちは、三階の空中庭園にあると言う女王宮を偵察する事にした。

 空中庭園に足を踏み入れたエステルたちは、その美しさに息を飲んだ。ヴァレリア湖を一望することが出来て、灯りが点るグランセルの城下町が眼下に広がる。平時ならば観光客がたくさん居るのだろうとエステルたちは思った。

 

「事件が無かったら、ゆっくりと景色を楽しんでみたいけど……残念ね」

 

 アスカはポツリとそうつぶやいた。空中庭園にはアリシア女王が国民たちに話をするための広いバルコニーと、アリシア女王が暮らしている女王宮がある。レッドカーペットが敷かれた先の女王宮の入口には特務兵が二人、見張りに立っていた。

 特務兵を倒して女王宮に突入するなんて作戦が出来るはずがない。エステルたちが遠くから女王宮の入口を眺めていると、ヒルダ夫人が女王宮の中から姿を現した。ヒルダ夫人はエステルたちの姿に気が付くと、女王宮には近づかないようにと再び釘を刺した。

 エステルたちもヒルダ夫人と一緒に二階へと降りた。道連れになったヒルダ夫人は招待客であるエステルたちをアリシア女王に面会させられない非礼を謝った。ヒルダ夫人は廊下で込み入った話は出来ないため、メイドたちの控室に行きましょうとエステルたちを案内した。

 メイド控室に着いたシンジは、ヒルダ夫人にユリア中尉の紹介状を渡した。筆跡を見ただけでヒルダ夫人は本物だと判断した様子だった。

 

「ラッセル博士の伝言を直接女王陛下へに伝えたい……ですか」

「はい、女王様が本当に御病気ならば仕方ないですけど……」

 

 ヒルダ夫人の言葉に、エステルはそう答えた。

 

「女王陛下の体調は問題ありませんが、女王宮の入口は特務兵たちが昼夜を問わず見張りをしている状況です。中に入れるのは女王陛下の身の回りの世話をする、ごく限られた者だけなのです」

「そうなると、女王様に面会するのは難しそうね……」

 

 アスカは腕組みをしてそうつぶやいた。

 

「それならヒルダさんにラッセル博士の伝言を頼むしかないんじゃないかな」

 

 シンジが提案すると、ヨシュアは難しい顔をした。

 

「僕達が直接会って伝えないと細かい所まで分かってくれないかもしれない」

「それならば、私に策があります。準備が必要なので晩餐会の後、またこちらに来ては頂けませんか?」

 

 ヒルダ夫人は真剣な表情でエステルたちにそう話した。どのような作戦なのか分からないが、アリシア女王に会えるとなれば嬉しい事だ。メイドたちの話によると料理も作り終わったのでそろそろ晩餐会も始まる頃だとヒルダ夫人は言った。エステルたちは一旦ジンの待つ自分たちの部屋へと戻る事にした。

 

 

 

 

 エステルたちが部屋に戻ると直ぐに、ヒルダ夫人が晩餐会の準備が出来たとエステルたち呼びに来た。

 

「さあて、たっぷりと食べさせてもらうか!」

「試合の後でとってもお腹が空いちゃった」

 

 ジンとエステルたちの言葉に、ヨシュアはテーブルマナーは守るようにと釘を刺した。

 

「アスカは、テーブルマナーとか分かるの?」

「当たり前じゃない。アタシはドイツではエースパイロットだったのよ。ドイツの首相と食事した事だってあるんだから」

 

 シンジに聞かれたアスカは胸を張ってそう答えた。葛城家の食卓ではフランクに振舞っているアスカからは想像もつかなかった事だけに、シンジは驚いた。もっとも、葛城家にはテーブルマナーを実践するだけの食器も無かったし、ミサトは高級レストランに二人を連れて行ったことも無かった。

 長くて大きなテーブル席の食卓に座ったエステルは不思議そうな顔でヨシュアに尋ねる。

 

「えっと、夕ご飯なのにどうして、ナイフとフォークがたくさんあって、料理がテーブルに置いてないの?」

 

 晩餐会の招待客はほとんどがエステルたちの知り合いだったとはいえ、アスカたちは顔を真っ赤にして俯いた。

 

「アンタバカァ!? コース料理も食べた事無いの? 順番に料理が出て来るのよ」

 

 アスカは小声でエステルにそう説明した。ナイフとフォークは外側から使って行くのよ、とアスカは付け加えた。

 

「後、床に落ちたものは食べたりしたら絶対にダメだからね」

 

 正面に座るメイベル市長はクスクスと笑った。

 

「料理は美味しく頂く事が大事なのですから、そんなに固くならずに。緊張しては料理の味も判らなくなってしまいますわ」

「そうだよね!」

 

 メイベル市長に声を掛けられたエステルは笑顔でそう答えた。料理を美味しく食べるためのテーブルマナーなんだけど、とヨシュアはため息をついた。

 

「ところで、そちらの御仁はナイフとフォークで宜しいのですか? 東方では箸を使って食事をするとお聞きしましたが」

 

 マードック工房長がジンに尋ねると、ジンは外国生活も数多く体験しているので問題は無いと答えた。この中で一番ナイフとフォークに慣れていないのはシンジなのかもしれない。シンジは普段はマイ箸を使って食事している。

 

「それにしても、デュナン公爵閣下はずいぶんと遅いですな。我々全員が揃ったというのに……」

 

 学園長の言葉にクラウス市長もうなずいた。テーブルの上座の席と、その近くのもう一つの席が空いている。上座に座るのはデュナン公爵に間違いない。もう一つの席に座るであろう人物もある程度は予測できた。

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.晩餐会の最後の空席に座るのは誰?

 

 【アリシア女王】

 【クローディア姫】

 【リシャール大佐】

 

 

 

 ※遊撃士の資質を問うクイズです。

  挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると、デュナン公爵の執事のフィリップが食堂に姿を現して宣言をした。

 

「大変長らくお待たせいたしました。公爵閣下の御入室でございます」

 

 相変わらずのカボチャヘアーのデュナン公爵は、リシャール大佐を引き連れて姿を現した。

 

「打ち合わせが長引いてしまってな。諸君、待たせてしまって申し訳ない。こちらは噂に名高いリシャール大佐。王国軍情報部の初代司令官だ。テロ事件解決のために日々、力を尽くしてくれているので、感謝の意を示すために晩餐会に招待した」

 

 デュナン公爵はそう言ってリシャール大佐を紹介した。

 

「ご紹介頂きました、王国軍情報部司令のリシャールです。公爵閣下の特別のご配慮で晩餐会に招待していただきました。野暮ったい軍服で失礼ですが、同席をお許し願いたい」

 

 リシャール大佐がしっかりとあいさつをすると、同席に異を唱える者は居なかった。リシャール大佐と同じテーブルで食事をする事になったエステルは緊張で料理の味も判らなくなった……と言う事も無く、しっかりと食欲を発揮するのだった。

 ガサツとズボラに思えたデュナン公爵はやはり食べ方は眉をひそめたくなるほど汚いものだった。ワインを飲むペースも結構早いようで、デュナン公爵は顔を赤くして上機嫌になっていた。

 

「今宵は無礼講だ。酒もたっぷりあるから遠慮なく飲むが良い!」

 

 デュナン公爵がそう言って自分の気前の良さをアピールすると、リシャール大佐が少し慌てた様子で口を挟んだ。

 

「公爵閣下、その前に例の話をしてしまってはいかがでございますか?」

 

リシャール大佐はデュナン公爵が酔っぱらってしまう前に重要な話をするように促した。

 

「この晩餐会に王国を代表するそなた達を招待した訳とは……重大な発表があるからだ」

 

 デュナン公爵が宣言すると、晩餐会の出席者の視線がデュナン公爵に集中した。

 

「恐縮ながら私が代わりに説明致します」

 

 リシャール大佐は落ち着いた口調で話し始めた。

 

「女王陛下が御不調なのは皆様ご存知でしょう。それは王都を騒がせているテロ事件の心労もあっての事です。しかし我々は数日中にテロリストどもを一掃させてみせます。そうすれば女王陛下も快方に向かい、女王生誕祭は例年通り行われる所存です」

「生誕祭は国民が心待ちにしている一大行事、それは素晴らしい事でありますな」

 

 リシャール大佐の話を聞いた学園長はそうつぶやいた。

 

「しかし他にもっと重大な話があるのでしょう?」

「確かにそれだけならば顔を合わせて集まる必要はないでしょうからな」

 

 学園長の言葉にマードック工房長は同意したように言った。リシャール大佐は笑みを浮かべた。

 

「お察しの通りです。女王陛下が回復されるのは先ほどお話しされた通りなのですが、陛下は今回の御不調を機会に、御自身が退位される事を決断されました」

 

 リシャール大佐がそう話すと、食堂の空気は凍り付いた。アリシア女王が退位するなど、耳を疑うような話だ。

 

「それで……王位は、クローディア姫が継がれるのかね?」

 

 一番最初に冷静さを取り戻して尋ねたのは学園長だった。

 

「いえ、王位を継承されるのは、ここにおられるデュナン公爵です」

 

 リシャール大佐がそう言い放つと、食堂に居た招待客の誰もがあごを外しそうなほど驚いた。

 

「アンタバカァ!?」

 

 シンジはあわててアスカの口を押えた。王室侮辱罪で逮捕されても仕方ないほどの暴言だったが、エステルたちは必死に頭を下げて謝り、まだ年の若い遊撃士だという事で何とか許してもらえた。アスカとデュナン公爵はとことん相性が悪いようだ。

 

「今夜は無礼講だと言ったのは私だ、今の無礼は許そう」

 

 デュナン公爵は機嫌が良いのか、アスカの言葉を聞き流したようだった。

 

「私は最初は陛下を励ましていたのだが、陛下は思ったよりも弱気になられてな。女性の身でありながら40年、激動の時代にリベールを治めてくださったのだ。限界を感じる御気持ちも分る。生誕祭を最後にゆっくりと休ませて差し上げたいと、王位継承者としてそう決意したのだよ」

 

 デュナン公爵の言っている事はもっともらしく聞こえるが、リシャール大佐の陰謀によるものであることは間違いない。しかしリシャール大佐の企みを知っているのはエステルたちだけだ。

 

「陛下がそこまでお悩みだったとは、気付けなかったとは私は情けない……」

 

 クラウス市長は苦し気な表情でそうつぶやいた。

 

「ですが、このような宴席で話すのには相応しくない話の内容ですわ。失礼ですが、場を改めてお決めになる事ではないでしょうか」

 

 メイベル市長は困惑した表情でデュナン公爵に向かってそう話した。デュナン公爵の表情が不機嫌なものに変わった。

 

「メイベル市長、閣下の即位に納得が行かないとおっしゃるのですか」

 

 リシャール大佐が冷たい声でメイベル市長に尋ねた。

 

「私は市長が選挙で決まるのと同じように、王位継承にも然るべき手順があるのではないかと言っているのです」

 

 メイベル市長は若いながらもリシャール大佐に呑まれずにしっかりとした口調で言い返した。

 

「そうですな、陛下が不在のまま決めて良い話ではないでしょう」

 

 マードック工房長もデュナン公爵に反対する意見を述べた。デュナン公爵は何も言い返す事は出来なかった。

 

「みなさんの動揺は分かりますが、冷静になって頂きたい。生誕祭では陛下御自身がデュナン公爵に王位継承の儀式を執り行うでしょう」

 

 リシャール大佐は落ち着いた声でそう話した。我儘なデュナン公爵に政務など出来るとはとても思わない。王国の実権を握るのはリシャール大佐になってしまうだろう。それだけは阻止しなければならないと思うエステルたちだった。

 

「問題なのは、王位継承が行われた時に国民が混乱してしまうかもしれない事です。だから前もって王国各地の責任者である皆さんに伝えておきたいと、公爵閣下の御英断です」

 

 リシャール大佐が落ち着いた声で説明すると、デュナン公爵はその通りだと大きくうなずいた。

 

「そして王位継承の隙を狙って、エレボニア帝国が要らぬ野心を抱きかねません。そうならないためにも、我々はデュナン公爵を盛り立てて一致団結するべきなのではないでしょうか」

 

 リシャール大佐の演説を、クラウス市長たちは真剣な表情で聞いていた。

 

「恐怖や不安で人を煽り立てる、たいした扇動者ね」

 

 アスカがそうつぶやくと、リシャール大佐の眉が動いた。これ以上アスカが無礼な発言を続けると、つまみ出されてしまう恐れもある。シンジは気が気では無かった。

 

「気になる事があるのだが、デュナン公爵の他にも同等の王位継承権を持つ方がいらっしゃるはずでは?」

 

 学園長がそう発言すると、デュナン公爵は目に見えて動揺した。しかしリシャール大佐は落ち着き払って答えた。

 

「陛下のお孫さんのクローディア姫の事ですね。しかしクローディア姫はまだ16歳、王位継承には若すぎるという理由もあって、陛下は公爵閣下に王位を譲る事を決断されたようです。先ほど公爵閣下も言われた通り、女性の身に余るほどの重責を姫に背負わせたくはないとお考えなのでしょう」

 

 リシャール大佐が話し終わると、またもやデュナン公爵はその通りだと大きくうなずいた。デュナン公爵がクローディア姫の縁談話も順調に進んでいると話すと、メイベル市長は驚きの声を上げた。

 

「新しい王の誕生と、姫様のご成婚、おめでたい事が二つも続くわけですな」

 

 学園長は感心したようにつぶやいた。

 

「この話は遊撃士協会にも伝えたいと思っていた。遊撃士諸君も帰ったら報告をしてくれたまえ」

 

 リシャール大佐はエステルたちにそう声を掛けるのだった。

 

 

 

 

 波乱に満ちた晩餐会が終わった後、エステルたちは自分の部屋へと戻った。ジンは自分の国の話ではないが、放っては置けないと協力を約束してくれた。エステルたちがヒルダ夫人に呼ばれてメイド控室に行っている間、ジンは談話室でさり気なく噂話を集めると話した。

 エステルたちがメイド控室に行くために一階へと降りようとすると、下から昇って来るリシャール大佐とカノーネ大尉の二人に鉢合わせとなってしまった。なんとかごまかしてやり過ごしたいところだが、リシャール大佐はカシウスの子供であるエステルたちと話がしたいと言い出した。

 

「しかし、デュナン公爵との打ち合わせがあるのでは……」

「カノーネ君はデュナン公爵の所へ行って、私が少し遅れると話しに行ってくれ」

 

 リシャール大佐にそう頼まれたカノーネ大尉は、エステルたちを鬼のような顔で睨みつけて去って行った。エステルたちはメイド控室に用事がある事を悟られるわけにはいかず、リシャール大佐に付き合って談話室へと行く事になってしまった。

 

「私がカシウス大佐と出会ったのは、士官学校を卒業した日の事だ。彼に直接、独立機動部隊に入らないかと声を掛けられてね……それからずっとカシウス大佐が退役するまで公私にわたって面倒を見てくれたんだ」

 

 談話室に着くなり、リシャール大佐はカシウスと会った時の昔話を始めてしまった。

 

「なるほど、そうだったんですか」

 

 エステルは適当に相槌を打った。

 

「『剣聖』とまで呼ばれる剣の腕、森羅万象の戦況に柔軟に対応できる指揮能力、戦術の枠を超えた高度な戦略レベルでの部隊運用。カシウス大佐は私にとっての『英雄』だったよ」

「あの髭親父がねえ……」

 

 リシャール大佐の話を聞いたアスカは肘を付きながらため息を吐き出した。

 

「《百日戦役》の時もカシウス大佐の下で戦ったよ。彼が立てた奇跡のような作戦が成功した時の熱気と興奮は今でも覚えているよ……」

 

 リシャール大佐の『奇跡の作戦』という言葉を聞いて、シンジは空中から落下する使徒をエヴァ三機で受け止めて殲滅した時の事を思い出した。ミサトは成功確率は奇跡的だと言っていた。あの作戦が成功した時の高揚した気持ちは、今でも忘れられない。

 

「あの時、カシウス大佐が王国軍にいなかったら、リベール王国はエレボニア帝国の軍門に下っていただろうと断言できる」

 

 真剣な表情でリシャール大佐はそう言い放った。

 

「今でもカシウス大佐を英雄と慕っている軍人は居るのだよ」

「父さんからそんな話、一言も聞いた事無い」

 

 エステルは不機嫌そうに頬を膨れさせた。

 

「まあ、わざわざ自分の子供に自慢するような話じゃないよ」

 

 ヨシュアはそう言ってエステルをなだめた。

 

「ヨシュアも父さんの今の話、知っていたわけ?」

「リシャール大佐が父さんの部下だって事は知らなかったけど、その他の事は概ね知っていたよ」

 

 エステルが詰問するとヨシュアは涼しい顔でそう答えた。

 

「落ち着きなさいよエステル、アンタが歴史の授業をサボっていただけでしょうが」

 

 アスカがエステルにそう声を掛けた。《百日戦役》について調べれば、カシウス・ブライトの名前は出て来る。エステルは歴史書を読むのが苦手だったのだ。

 

「父さんが帰って来たら、懲らしめてやるんだから!」

 

 エステルがそう言って怒ると、リシャール大佐は穏やかな笑顔で笑った。

 

「すみません、話の途中なのに」

 

 シンジがリシャール大佐に謝ると、リシャール大佐は優しい口調で話し始めた。

 

「カシウス大佐が軍を辞める時、私は慰留したのだが……軍を辞めて君たちの側に居る事で、カシウス大佐は奥さんを亡くされた悲しみから立ち直れたのだと思う」

 

 リシャール大佐はエステルの母親のレナの事も知っていると話した。今のエステルは見かけだけはレナに似た美しさを持っていると話した。性格はカシウス大佐に似ていると言って、大声で笑った。

 

「すっかり話し込んでしまったね。話に付き合ってくれて本当にありがとう。公爵閣下をあまり長く待たせるわけにもいかないから、これで行かせてもらうよ」

 

 そう言ってリシャール大佐はソファーから立ちあがった。

 

「すみません、僕達は話を聞いてばかりで」

 

 ヨシュアがリシャール大佐に謝ると、リシャール大佐は首を横に振った。

 

「いや、君たちと話して踏ん切りがついたよ、ありがとう」

 

 リシャール大佐は真剣な表情でエステルたちにお礼を言った。

 

「それってどういう意味よ?」

 

 アスカが尋ねると、リシャール大佐は柔らかな笑顔を作ってエステルたちに声を掛けた。

 

「また今度、カシウス大佐と一緒に話せる機会があれば良いな。君たちが正遊撃士になれる日を楽しみにしているよ」

 

 リシャール大佐は優し気に話すと、談話室を去って行った。

 

「えっと……今まであたしたちが話していたのは本物のリシャール大佐よね?」

 

 エステルが不思議そうな顔でそうつぶやいた。

 

「エステル、何を言ってるのさ。《怪盗B》が化けた偽者だとでも言いたいの?」

 

 ヨシュアが呆れた顔でそう答えた。

 

「何か……もっと悪人だってイメージがあったから」

「アンタねえ、分かりやすい悪人ってのは雑魚が多いのよ」

 

 エステルの言葉にアスカはため息混じりに話した。

 

「リシャール大佐には自分なりの正義があるのよ。アンタもガンダムを観て勉強をしなさい」

「ガンダム?」

 

 エステルはアスカの言葉に首を傾げた。

 

「とにかくリシャール大佐の計画を止めないといけないのは確かな事だよ」

 

 ヨシュアの言葉にエステルたちはうなずき、ヒルダ夫人の待つメイド控室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 エステルたちがメイド控室に顔を出すと、ヒルダ夫人は随分と遅かったと厳しい表情で話した。ヒルダ夫人は普段からメイドの仕事の時間に厳しいのだろう。

 

「すみません、リシャール大佐に捕まって話をさせられて……」

「こちらの動きを悟られないようにするために断るわけにもいかなかったんです」

 

 シンジとヨシュアが謝りながら釈明をすると、ヒルダ夫人は事情を察したのか、怒りを鎮めたようだ。さっそく女王宮に入るための準備をすると話したヒルダ夫人は、エステルたちをメイドの制服がある奥の部屋に案内した。

 

「あなた方のうち二人には、私と一緒に女王様の世話をするメイドとして女王宮に入って頂きます」

 

 ヒルダ夫人の言葉を聞いたエステルとアスカは、跳び上がって興奮した。

 

「あたしってメイドの制服を着てみたかったのよね」

「メイドの制服ってかわいいわね」

 

 盛り上がるエステルとアスカに向かって、ヒルダ夫人は大きな音で咳払いをした。

 

「残念ですが、あなた方御二人は居酒屋のウェイトレスならまだしも、王城のメイドとしては失格です」

 

 ヒルダ夫人がそう断言すると、エステルとアスカは驚きの声を上げる。

 

「あんですって~!?」

「どういう事よ!?」

 

 抗議をするエステルとアスカに向かって、ヒルダ夫人は理由を上げた。エステルは歩き方が完全に男性的で落ち着きが無く、テーブルマナーや作法も知らない。アスカは、晩餐会の場で公爵を怒鳴りつけるなど言語道断。いくら洞察力の鈍いデュナン公爵でもそろそろアスカの顔を覚えているかもしれない危険もあった。

 

「それじゃあ、女王宮に入る二人って誰の事?」

 

 エステルがヒルダ夫人に尋ねると、ヒルダ夫人はヨシュアとシンジの方に顔を向けた。二人の背中に嫌な汗が流れる。

 

「あなた方なら、王城のメイドとして通用するかもしれません。髪型を変えて化粧をすれば、顔の印象は変わるものでございますし」

「えーっ!?」

 

 シンジの悲鳴にも似た驚きの声が、部屋に響き渡った。確かにルーアンの学園祭での男女逆転劇の経験が活かせるチャンスではあった。エステルとアスカは怒る事を止めてニヤニヤとシンジとヨシュアを見ている。

 シンジとヨシュアにとっての《悪夢》が再び訪れたのだった……。




 ◆三択クイズ◆ 答え

 Q.晩餐会の最後の空席に座るのは誰?

 【アリシア女王】
 【クローディア姫】
〇【リシャール大佐】


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第四十四話 悪酔いデュナン公爵のお持ち帰り!? シンジの危機!?

 

 メイド用の衣装には長い黒髪のヘアピースも用意されていたようで、シンジとヨシュアはヒルダ夫人によってテキパキと可憐なメイドへと変身させられてしまった。ルーアンの学園祭の演劇で女性の立ち振る舞いの指導を受けていたシンジとヨシュアは、直ぐに順応してしまった。

 さらにシンジとヨシュアは料理も掃除も出来るので、本当に就職しても問題無しとヒルダ夫人に太鼓判を押された。落ち込んでしまうシンジとヨシュアを見て、アスカとエステルはお腹を抱えるほど笑っていた。

 

「あなた方も笑っているのではなく、恥ずかしいと思うべきですよ」

 

 ヒルダ夫人にそう言われたエステルとアスカは笑うのを止めて落ち込んだ表情になった。

 

「あたしたちは別に、メイドになりたいわけじゃないもん、ねえアスカ」

 

 そう言ってエステルは頬を膨れさせている。エステルとアスカはこのままメイド控室で待つ事になった。退屈しのぎに他のメイドと話に花を咲かせている。

 

「御二人とも、目を見張るほどお似合いですね。照れを無くせば上流階級の御屋敷のお抱え侍女と言っても通用なさいます」

「シンジ、このままここに就職しちゃえばどう?」

 

 アスカがニヤリと笑ってシンジに声を掛けた。

 

「もうどうでもいいよ……」

 

 シンジは顔を赤くしながらモジモジしながらそう言った。

 

「それではこれから、女王宮へと向かいます」

「はい」

 

 ヒルダ夫人の言葉に、ヨシュアは覚悟を決めて返事をした。

 

「頑張ってね~」

 

 無責任なエステルたちの言葉に送られて、ヨシュアとシンジはメイド控室を出発するのだった。

 

 

 

 

 女王宮を見張る特務兵たちはヒルダ夫人と二人のメイドの姿を見ると用件を尋ねた。ヒルダ夫人はアリシア女王に紅茶とお菓子をお持ちしたと答えた。

 

「おや、そちらのメイドたちは見た事の無い顔ですが?」

 

 特務兵の男がそう尋ねると、ヒルダ夫人は平然と答える。

 

「公爵閣下の命により新たに採用した、メイドの見習いです」

「ふーむ、さすが()()公爵閣下が目を付けるだけあって可憐ですね」

 

 特務兵たちはヒルダ夫人の説明に違和感を覚えることなく納得した様子で二人のメイドを見た。デュナン公爵の女好きは周知の事実で、デュナン公爵が城に来てから辞めてしまうメイドも居たのだ。

 メイドに扮したシンジとヨシュアは黙って頭を下げた。特務兵たちは二人の顔をじっと見つめると、どこかで見覚えのある顔だなとつぶやいた。情報部ではすでにエステルたちの事は調査対象に入っているのかもしれない。

 

「こら、はしたない。年頃の娘の顔をまじまじと見るとは品格に欠ける行為ですよ」

 

 ヒルダ夫人に注意された特務兵たちはあわててメイドたちから視線をそらした。

 

「王国軍のエリート部隊である我々がその様な事は致しません」

「それならばよろしい」

 

 特務兵たちを手玉に取るヒルダ夫人の態度に、シンジとヨシュアは感心してしまった。

 

「それでいつまで入口を塞いでおられるのですか?」

「これはご無礼を致しました!」

 

 ヒルダ夫人にそう言われた特務兵たちはあわてて横へと退いた。ヒルダ夫人は堂々と入口の真ん中を通る。女王宮の玄関広間に無事に入れたヨシュアとシンジは深いため息をついた。ヒルダ夫人の演技には感心させられるばかりだ。

 

「さて、そのままの格好で陛下にお会い致しますか?」

 

 そう尋ねるヒルダ夫人には少しだけからかうような表情が混じっていた。

 

「是非とも、着替えさせてください」

 

 シンジは力いっぱいそう主張するのだった。

 

 

 

 

 シンジとヨシュアは女王宮にある部屋でメイド服から貴族の礼服へと着替えた。アリシア女王に普段着で会うわけにはいかないからだ。

 

「ところでヒルダさん、この部屋はもしかしてクローディア姫のお部屋ですか?」

「その通りで御座います。普段は王城に住んでいらっしゃらないので、ほとんど使われる事はありませんが……」

 

 ヨシュアに尋ねられたヒルダ夫人は寂しそうな表情でそう答えた。

 

「でも、お姫様は王都に戻って来ているという話を聞きましたよ」

 

 シンジがそう言うと、ヒルダ夫人は言葉を詰まらせた。

 

「それはリシャール大佐の流したフェイクニュースですか」

「私の口からは申し上げられません、陛下からお話があるでしょう」

 

 ヨシュアの質問にヒルダ夫人はそう答えた。アリシア女王の部屋は女王宮の二階にあるのだとヒルダ夫人は話した。二階に昇ったヒルダ夫人はアリシア女王の部屋のドアをノックした。

 

「陛下、お話にあったヨシュア殿とシンジ殿をお連れ致しました」

「ご苦労様でした」

 

 部屋の中から凛とした老婦人の声が帰って来た。とても病気だとは思えないしっかりとした張りのある声だった。この声の主が今年60歳を迎えるアリシア女王なのだろう。

 

「どうぞ、お入りになって」

「承知いたしました。私は部屋の前で待たせて頂きます」

 

 アリシア女王のそう答えると、ヒルダ夫人はドアの脇に立ってヨシュアとシンジにそう話した。

 

「失礼します」

 

 ヨシュアとシンジは緊張しながらアリシア女王の部屋へと入った。部屋の中には髪は真っ白に染まっているものの、気品あふれる女性が穏やかな笑顔でヨシュアとシンジを迎え入れた。

 

「ようこそいらっしゃいました。わたしくはアリシア・フォン・アウスレーゼ。リベール王国の第26代国王です」

 

 アリシア女王のドレスは派手な色は使われてはいないが、エメラルドグリーンの宝石があしらわれたイヤリングやペンダント、髪留めで揃えられており、一国の元首としての風格があった。

 

「……ヨシュア・ブライトです。準遊撃士です」

「……シンジ・ブライトです。同じ準遊撃士です」

 

 緊張しながらアリシア女王に自己紹介をすると、アリシア女王は親し気に声を掛けた。

 

「ヨシュアさんと、シンジさんですね。伝え聞く話を聞いてから、あなたたちに会える日をとても心待ちにしていました。さあ、お茶でも飲みながら、ゆっくりとお話をしましょう」

 

 アリシア女王は自らの手で紅茶を淹れてヨシュアとシンジに振舞った。ヨシュアはこの機会を逃すまいと、アリシア女王にラッセル博士の伝言を漏らさず詳細に話した。アリシア女王は口を挟まず真剣にヨシュアの話を聞いていた。

 

「ラッセル博士の危惧する、導力現象を停止させる《黒のオーブメント》をリシャール大佐が手に入れているとは驚きました……」

 

 ヨシュアの話を聞き終えたアリシア女王はそうつぶやいた。

 

「わたくしにはリシャール大佐が導力停止現象を起こそうとしている理由に心当たりがあります。それは王家の秘密に関する事です。リシャール大佐がどうやってその情報を知ったのか不思議でなりません」

 

 アリシア女王は困惑した表情で深いため息を吐き出した。

 

「その王家の秘密と言うのは……?」

 

 ヨシュアが尋ねると、アリシア女王は二人の顔をじっと見つめた。

 

「リシャール大佐の企みを止めて頂けるのであれば、お話しするしかないようですね」

 

 アリシア女王は真剣な表情で王家の秘密を話し始めた。十数年前に王都の地下に巨大な導力反応がラッセル博士の調査により検出されたらしい。それは地下水路よりもさらに深い深度から検出されたようだ。

 ラッセル博士は導力エネルギーが失われていない古代文明の遺跡が眠っているのではないかと話していたとアリシア女王は言った。

 

「古代文明の遺跡って、もしかして……」

「ダルモア市長も《アーティファクト》と呼ばれる古代導力器を持っていたね」

 

 シンジの言葉に、ヨシュアはそう答えた。

 

「塔の頂上にある装置もそうなのかな?」

 

 シンジはそうつぶやいた後、自分とアスカが塔の頂上からこの世界へと召喚された存在だと話すと、アリシア女王は《四輪の塔》の異常現象の話は聞いていると答えた。

 

「でも動いている古代遺跡が王都の地下深くにあるって事は……」

「その古代遺跡の導力を停止させるために《黒のオーブメント》が使われるという事ですね?」

 

 シンジの言葉を受けて、ヨシュアはアリシア女王に確認するように尋ねた。

 

「ええ、その通りですがその遺跡が何のために地下深くに造られたものなのかは、王家の伝承にもはっきりとは伝えられていないのです。ラッセル博士の調査でも遺跡の謎を解明するには至りませんでした……。リシャール大佐が遺跡の目的が分かっているとしたら、わたくしには不思議でなりません」

 

 アリシア女王の話を聞いたシンジとヨシュアは落胆の色を隠せなかった。

 

「とにかく、良くない事が引き起こされようとしているには確かなようですね」

 

 ヨシュアは真剣な表情でそうつぶやいた。

 

「リシャールさんは良い人そうなのに、何でそんな事をするんだろう。みんなを不幸に巻き込もうとするのなら、遊撃士として何とかリシャールさんを止めないといけないね!」

 

 シンジは強い意志を秘めた顔で、そう言い放った。そんなシンジとヨシュアの様子を見て、アリシア女王は嬉しそうに微笑んだ。

 

「やはりカシウスさんのお子さんたちね」

 

 アリシア女王はカシウスは亡くなった王太子の友人であり、王国を救った英雄として面識があると話した。あふれ出る才能を隠すように敢えて三枚目を演じるところが彼の優れた人柄だとアリシア女王は言った。

 カシウスが退役した後も、遊撃士としての依頼をする事があったのだとアリシア女王は話した。アリシア女王はカシウスの活躍について伝えるのは自分の役目かもしれないと言って、少し長い昔話に付き合ってはくれないかと尋ねると、シンジとヨシュアはうなずいた。二人の了解を得たアリシア女王は話を始めた……。

 

「十年前の春、エレボニア帝国の南部の、リベール王国との国境に近い小さな村が焼き討ちに遭い、滅ぼされてしまいました。最初は野盗の仕業かと思われましたが、リベール王国軍が関与している証拠が見つかると、帝国はリベールに突如侵攻を始めたのです。《百日戦役》と呼ばれる事になる両国にとって大きな不幸な出来事でした」

 

 アリシア女王はそこまで話すと紅茶を一口飲んだ。

 

「帝国軍はあっという間にハーケン門を突破し、王国は王都を残して全土を帝国に占領されてしまいました。帝国軍は王国軍の三倍だったという話です。同盟関係にあったカルバード共和国からの援軍も帝国に蹴散らされ、王都陥落も目前でした」

 

 ここからどうやって王国軍は逆転を果たしたのか、シンジは聞き逃さまいと神経を集中させた。

 

「しかしその時です……予想もつかない形で戦局が動きました。レイストン要塞を発進した王国軍の警備飛行艇が、王国の各地方を結ぶ関所を奪還し、陸路で侵攻していた帝国軍の補給路を断ちました。そして補給を断たれて士気の大きく低下した帝国軍は王国軍に降伏して行ったのです」

 

 補給路を断たれた帝国軍は大きな混乱に陥った事はヨシュアにも想像が出来た。

 

「この作戦を立案したのが、カシウス・ブライト大佐、あなたたちのお父様でした。帝国軍の捕虜を無傷で返すという事を条件に、帝国と王国の間では講和条約が結ばれました」

 

 アリシア女王はそこまで話すと、しばらく言葉を詰まらせた。少し話し辛い事なのだろう。

 

「ですがカシウス大佐はこの戦いで奥様を失ってしまったのです。エステルさんのお母様です。ロレントの時計塔は、カシウス大佐の作戦によって追い詰められた帝国軍の戦車に乗っていた兵士によって砲撃されたのです。……自分の作戦のせいで奥様を死なせてしまった。最愛の娘を独りにしてしまった。その自責の念からカシウス大佐は軍を辞めたのです」

 

 アリシア女王の話を聞いたシンジとヨシュアは胸が締め付けられる思いがした。エステルの母親が死んだ事件にそのような事情があったとは、とても自分たちの口からエステルに伝えにくいものだった。

 

「カシウスさんに奥様の死の責任はありません。全ては帝国の侵攻を防げなかったこの無力な女王のせいなのです。エステルさんに、お母様を守る事が出来なくてごめんなさいと伝えてください……」

 

 悲痛な表情でそう謝るアリシア女王にヨシュアは声を掛けた。

 

「女王様はこの国の平和を守るために尽力なされている、だから女王様に非はありませんとエステルもきっと言うと思います」

「ありがとう。きっとエステルさんもアスカさんも、あなたたちと同じように優しい子なのでしょうね」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたアリシア女王はハンカチで目に浮かんだ涙を拭った。

 

「それではこれでラッセル博士の依頼は終わりという事にさせてください」

 

 アリシア女王がそう言うと、シンジとヨシュアは驚いた顔でアリシア女王を見つめた。

 

「これ以上、あなたたちを危険な目に遭わせたくは無いのです」

「でもボクたちはユリアさんから女王様の力になるように依頼を受けました」

 

 アリシア女王の言葉に、シンジは強い意思をたぎらせた瞳でそう答えた。

 

「あなたたちはロレントのお家に帰って、カシウスさんの帰りを待つのです」

 

 そう告げるアリシア女王の意思も固いものだった。

 

「しかし父カシウスと陛下が守り続けて来た平和が崩れようとしているのを、黙って見ているわけには参りません!」

「ボクたちも遊撃士として王国の様々な場所を旅してきました。違う世界からやって来たボクたちにみんな色々優しくしてくれました。ボクはそんなみんなを守りたいんです!」

 

 ヨシュアとシンジがそう訴えかけると、アリシア女王の心を打ったようだ。

 

「分かりました。それならばわたくしから遊撃士協会に改めて依頼したい事があります」

 

 アリシア女王の言葉を聞いたヨシュアとシンジの顔が明るくなった。

 

「わたくしからの依頼は、情報部によって監禁されている人々の救出です。わたくしの孫娘であるクローディアも囚われているのです」

 

 アリシア女王の話を聞いたシンジとヨシュアは、王都に帰って来ているはずのクローディア姫が、女王宮の自分の部屋に居なかった訳を理解した。ヒルダ夫人は言葉を濁していたが、クローディア姫はリシャール大佐に捕まっていたのだ。

 

「リシャール大佐がクーデターを起こしたそもそもの原因は、わたくしが次期国王としてクローディアを指名しようとした事です。デュナン公爵は我が甥ですが、甘やかされて育ったためか、王としての資質に欠けていると判断しました。対して孫娘はまだ未熟ですが、その才能には光るものがあると思いました。王国の未来のために、わたくしはクローディアを次期国王にすると決心したのです」

 

 シンジとヨシュアはクローディア姫とは会ったことも無いが、デュナン公爵を見る限りアリシア女王の決断は正しいと思った。

 

「しかしどのような時代でも女性が権力者になる事に反抗心を生む風潮はあるものです。それにも増して、王国は帝国から侵略を受けて間もない。乱世を切り抜けるには女性君主では心許ない、再び帝国の侵略を受ける事になるかもしれない。そうリシャール大佐が考えるのも無理はないでしょう」

「でも、どうして女王様がクローディア姫を次期国王にしようとした事をリシャール大佐は知ったのでしょう?」

 

 アリシア女王の話を聞いたヨシュアは不思議そうな顔でそう尋ねた。いくら情報部だからと言ってそこまでの情報を掴めるものなのか疑問に思った。

 

「それは分かりませんが、リシャール大佐がデュナン公爵を担ぎ上げてクーデターを決行したのは確かです。公爵を傀儡にして、リベール王国を強大な軍事国家にするのが目的なのでしょう」

 

 アリシア女王の話を聞き終わったヨシュアとシンジはリシャール大佐の企みが見えてきた気がした。軍事費の拡張、大量破壊兵器の開発、徴兵制の拡大、傭兵団を雇入れたりする事だ。

 

「リシャール大佐がクーデターを起こしたのは、純粋な愛国心からだとは思いますが、わたくしは軍事力だけが平和を守っているとは思えないのです。他国と協調する外交努力や技術交流、経済的な繋がりも国を守る事だと考えています」

 

 そう主張するアリシア女王の意見にシンジとヨシュアは賛成の意味も込めてうなずいた。

 

「しかしリシャール大佐はわたくしの考えを女々しい理想論だと否定しました。そしてクローディアを人質にわたくしに退位を迫ったのです。多くの者たちが家族を人質に取られてリシャール大佐に逆らえないでいます。モルガン将軍もその一人です。わたくしは一国の主としてテロリストに屈するわけには参りません。ですが、クローディアはわたくしにとって可愛いただ一人の孫娘。見捨てるわけにはいかないのです」

 

 そう話したアリシア女王が苦しい表情をすると、シンジとヨシュアはアリシア女王をしっかりと見つめて強い口調で言った。

 

「依頼の件、承知しました」

「クローディア姫様たちはボクたちが助け出してみせます」

 

 ヨシュアとシンジの言葉を聞いたアリシア女王は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとう、ヨシュアさん、シンジさん。エステルさんとアスカさんにもよろしくお伝えください。わたくしも大佐の脅しに屈しないように頑張ってみようと思います」

 

 アリシア女王は逃げずに《黒のオーブメント》の事もリシャール大佐に問い質すと決意を話して、ヨシュアとシンジと別れるのだった。

 

 

 

 

 ヨシュアとシンジはクローディア姫の部屋で再びメイドの制服に着替え、ヒルダ夫人と女王宮を出た。もう時刻は夜の11時を回っている。エステルとアスカは待ちくたびれているだろう。

 女王宮を出たところで、シンジとヨシュアは特務兵に呼び止められた。もしかして怪しまれたのかと警戒する二人。

 

「お嬢さんたちのお名前を聞いてなかったな、教えてくれるかな?」

 

 ◆三択クイズ◆

 

Q.名前はなんて答えよう?

 

 【ユイ】

 【アスカ】

 【シェラザード】

 

 

 

 ※遊撃士としての資質が問われるクイズです。

  正解するとボーナスBPがもらえるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユイ……です」

 

 シンジはとっさに自分の母親の名前を答えてしまった。以前、副司令の冬月からユイ君にそっくりだと言われた事があっての事かもしれない。

 

「そちらのお嬢さんは?」

「カリンと申します」

 

 ヨシュアもためらう事無くそう答えた。二人とも迷わずに名前を答えたので、特務兵に怪しまれる事は無かったようだ。

 

「どうだ君たち、今度一緒に食事にでも……」

「こらっ、メイドに下心を抱くなんて、以ての外です!」

 

 ヒルダ夫人に叱られた特務兵たちは、それ以上何も言って来る事は無かった。こうしてシンジとヨシュアは無事にアスカとエステルの待つメイド控室に戻る事が出来そうだったのだが、今度は談話室から出て来た酔っぱらったデュナン公爵と鉢合わせになってしまった。

 

「うん、見た事の無いメイドだが?」

「こちらは最近城に入りました見習いメイドのユイとカリンと申します」

 

 デュナン公爵の質問に、ヒルダ夫人はそう二人を紹介した。

 

「ほほう、二人ともかなりの上玉だが、その初々しさがたまらないぞ」

 

 体を舐めまわすように見て来るデュナン公爵に、シンジは背筋に寒いものが走った。

 

「ユイとやらに枕の伽を命じる!」

 

 デュナン公爵に大声で言われたシンジは意味が分らずポカンとした顔になった。

 

「公爵閣下の悪い癖が出ましたな……」

 

 執事のフィリップは眉間にしわを寄せてため息を吐き出した。

 

「枕の伽って何?」

「それは……言いにくい事なんだけど……」

 

 シンジに聞かれたヨシュアは困った表情になった。

 

「閣下、お戯れはそのくらいで……」

「次期国王に逆らうというのか!」

 

 ヒルダ夫人も次期国王と言う伝家の宝刀をデュナン公爵に振り回されては止めようがない。

 

「さてユイとやら、私の部屋に来るが良い。飲み直そうではないか」

 

 デュナン公爵に手を引かれたシンジは逆らうことも出来ず、周囲に助けを求めても逆らう事の出来る者は居ない。デュナン公爵にシンジがメイドに化けていたと騒がれると後々面倒な事になる。

 ヒルダ夫人はヨシュアに、メイド控室に居るアスカを急いで連れてくるように頼んだ。一階から階段を駆け上がって来たアスカは鬼のような形相でデュナン公爵の部屋のドアを蹴り開けて、シンジにお酌をさせていたデュナン公爵を鉄拳制裁で気絶させたのだった。

 こうしてシンジの危機はアスカによって救われた。厳密にはシンジは遊撃士であり民間人であるか微妙な所であるが、軍人でも国家公務員でも無いので、規約で危険に脅かされた時に助けるべき民間人と解釈してもらえる事になった。

 

「多分、公爵閣下は明日の朝になれば全て忘れていると思います。申し訳ございませんでした」

 

 フィリップはそう言ってシンジに向かって頭を下げて謝った。

 

「まったくあの男はどうしようもない。国王になったら破滅ですわね」

 

 ヒルダ夫人はため息をついてつい本音を漏らした。

 

「それで、何でこんなに帰りが遅くなったのよ。アタシもエステルも待ちくたびれたわよ!」

「それは戻ってから話すよ」

 

 シンジはウンザリとした顔をしながらアスカにそう答えるのだった。

 

 

 

 

 メイド控室に戻ったヨシュアとシンジは、アリシア女王からの新しい依頼についてエステルとアスカに話した。他にもアリシア女王と話した事はあったのだが、今は時間が無いし、話すべきではないと判断した。特にエステルの母親の死については……。

 エステルたちが二階の自分の部屋へ戻ろうと階段を昇ると、謁見の間の方からカノーネ大尉が現れて声を掛けた。

 

「子供は夜更かししないものよ」

「すいません、城の中が珍しくて色々見学していました」

 

 カノーネ大尉の言葉に、ヨシュアはそう言って謝った。

 

「それではあなたたちは先ほどまで、どこを見学していたのかしら?」

 

 カノーネ大尉は意地の悪い質問をエステルたちに浴びせた。

 

 ◆五択クイズ◆

 

 Q.どこに居たと答えよう?

 

 【厨房】

 【メイド控室】

 【女王宮】

 【談話室】

 【地下宝物庫】

 

 

 

 ※遊撃士の資質を問うクイズです。

  正解するとボーナスBPがもらえるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、正直に答えるとはよろしい事ですわね」

 

 カノーネ大尉はエステルたちの動きを監視していたのだ。ウソをついたら危ないところだった。

 

「あなたたちが何度もメイド控室に出入りしていると報告を受けているの。あんな場所を何度も見学するなんておかしいと思わないかしら?」

「それは……」

 

 カノーネ大尉の意地悪な質問にシンジは言葉に詰まった。

 

「メイド控室に何の用があったのか、正直に話してみなさい」

 

 カノーネ大尉に問い詰められたシンジは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「それはボクたちがまた、演劇でメイドの演技をする事になったからです!」

 

 シンジは来年もルーアンの学園祭で《白い花のマドリガル》に出演する約束をしたと説明した。

 

「カノーネ大尉も学園祭にいらしてましたよね?」

「そうね、あなたのメイド姿も思い出したわ」

 

 ヨシュアの質問にカノーネ大尉はそう答えた。

 

「勉強熱心なのは結構ですけど、遅くまでメイドたちに迷惑を掛けないようにするべきね」

「はい、ボクたちも部屋に戻ります」

 

 苦しい言い訳だったが、カノーネ大尉はそれ以上追及する事無く去って行った。もしかして来年もシンジとヨシュアに女装させると言うカノーネ大尉の加虐心を刺激させて満足したのかもしれない。

 部屋に戻ると、ジンはエステルたちにアリシア女王との面会は上手く行ったのかと聞いて来た。あらたにアリシア女王からクローディア姫を含む人々の救出を依頼されたと話すと、ジンも協力すると話した。

 遥か東方のカルバード共和国からやって来て、エステルたちに協力する理由とは、カシウスからの手紙を受け取ったからだとジンは話した。カシウスからジンへの手紙には、自分は依頼で帝国に行く事になったが、留守中にリベール王国で何か事件が起きたらエステルたちの力になって欲しいと書かれていた。

 

「父さんの行方を知っていたなら、あたしたちに教えてくれても良かったのに」

「それについては悪かったと思っている」

 

 エステルが顔をむくれさせると、ジンは素直に謝った。準S級遊撃士のジンが協力してくれるなら、クローディア姫救出作戦はきっと上手く行くと信じて、エステルたちは眠りに就くのだった。




 ◆三択クイズ◆ 答え

Q.名前はなんて答えよう?

〇【ユイ】
 【アスカ】
 【シェラザード】

 ◆五択クイズ◆ 答え

 Q.どこに居たと答えよう?

 【厨房】
〇【メイド控室】
 【女王宮】
 【談話室】
 【地下宝物庫】




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第四十五話 クローディア姫救出作戦! シンジは姫に抱き付かれてドキドキ!?

 

 その頃、リシャール大佐は特務兵の部隊を引き連れてリベール王国の王都の地下深くに眠る古代遺跡に足を踏み入れていた。ロランス少尉とサトミ軍曹も一緒だ。特務兵たちは古代遺跡の大きさに驚くばかりだった。

 

「ロランス少尉、最深部までの案内を頼む」

「了解……」

 

 リシャール大佐にロランス少尉がそう答えると、機械仕掛けの鳥のような魔獣達が二匹飛来して襲い掛かって来た。驚く特務兵の前で、リシャール大佐とロランス少尉は一刀両断にして倒した。爆炎を上げて魔獣達は粉々になった。

 

「君の方が速かったようだな。やはり私は本気の君には勝てそうにない」

「ご謙遜なさいますな」

 

 リシャール大佐の言葉にロランス少尉はそう答えた。

 

「さすがリシャール大佐、《剣聖》より受け継いだ剣技です」

「まだ未熟者だがな」

 

 ロランス少尉の言葉にリシャール大佐はそう答えた。

 

「しかし時代は未熟者の成長を待ってはくれない……諸君よ、大いなる力への道は開かれた! 我らのリベールを取り戻す日が来たのだ!」

 

 リシャール大佐そう宣言すると、特務兵達も敬礼を持って応える。

 

「リベールに栄光あれ!」

「リベールに栄光あれ!」

 

 特務兵たちは声をそろえて復唱するのだった……。

 

 

 

 

 城から戻ったエステルたちは、遊撃士協会のエルナンにアリシア女王から受けた依頼について報告した。エルナンはエステルたちを労う言葉を掛けると、ラッセル博士の依頼に対する報酬を渡した。報酬は活動資金にして欲しいとエルナンは話した。

 エルナンはジンに対してもお礼と歓迎の言葉を述べた。準S級遊撃士としての力を貸してくださいとエルナンが頼むと、ジンはもちろんそのつもりだと答えた。遊撃士のランクは原則としてGからAまでの七段階、非公式にS級が存在する。

 ジンはカシウスと共に五年前のカルバード共和国を揺るがす大事件を解決して二人ともS級に推薦されたが、ジンは頑なに拒んだので、準S級と言う扱いになっている。

 

「王国軍の英雄だとか、《剣聖》だとか、S級遊撃士だとか言うんなら、さっさとリベールに帰って来て、こんな事件ちゃっちゃっと解決すればいいのに」

 

 エステルは顔を膨れさせてぼやいた。

 

「アタシはあの髭親父を超えて見せるつもりよ!」

 

 アスカは腕組みをしてそう宣言をした。

 

「ははは、カシウスの旦那がいたら、クーデターなど起こる前に潰していたかもしれないな」

 

 ジンは笑ってそうつぶやいた。ジンの言葉を聞いたヨシュアは気が付いたように話した。

 

「そうか、一連の事件は父さんが旅立ってから起こっている。リシャール大佐は父さんがリベールを留守にしている間にクーデターを成功させようとしている、そんな気がするんだ」

 

 ヨシュアの推理が当たっているのならば、カシウスが帰って来る女王生誕祭の前にリシャール大佐は決着をつけたがっている。

 

「そうなると、カシウスの旦那が帝国に呼ばれたのも、クーデター計画の一つとなるわけだな」

 

 ジンは難しい顔をしてそうつぶやいた。

 

「しかし、それはリシャール大佐には難しいでしょう。帝国側の遊撃士協会を襲撃させるだけの伝手があると思えない。リシャール大佐が帝国と繋がるなんて考えられませんからね」

 

 ヨシュアはさらに自分の推論をそう話した。二つの大きな事件が偶然重なっただけだとエステルたちは結論付けた。カシウスの力を借りることが出来ない今、自分たちの手で事件を解決するしかない。

 エルナンは遊撃士協会・王都支部は緊急事態宣言をすると話した。アリシア女王からの直接の依頼で、遊撃士協会規約第三項『国家権力への不干渉』の障壁も無くなり、王都に居る遊撃士全員が一丸となってこの依頼を解決するまで、通常の業務を停止する宣言だと話した。

 

「まあ、情報部とタメ張るならその位の戦力が無いとね」

 

 アスカは腕組みをしながらそうつぶやいた。他の国内支部にも協力を要請したが、今日になって関所や空港が王国軍によって閉鎖されたとエルナンは話した。名目はテロリスト対策。情報部に先手を打たれてしまった。

 これ以上エステルたちの戦力を増やさない作戦に出たのだろうとエルナンは話した。閉鎖が長く続けば王国経済にも大きな影響を与える。リシャール大佐は短期決戦に出たのだとエルナンは言った。クローディア姫救出作戦は王都に来ている遊撃士だけの戦力で決行するしかないとエルナンは厳しい表情で話した。

 

「こうなったら、やるっきゃないわよね!」

 

 絶望的な状況でも明るさを忘れないエステルに、アスカたちは励まされた。

 

「それで、人質が捕まっている場所に見当はついていますか?」

「色々な場所を考えてみましたが、一番怪しいのは《エルベ離宮》だと思われます」

 

 ヨシュアの質問にエルナンはそう答えた。特務兵たちはエルベ離宮に人を近づけないようにしているし、レイストン要塞のような場所に王族の女性を監禁するのはリシャール大佐は抵抗があるのではとエルナンは推理した。

 

「だが、怪しいというだけで突入は出来ない。確証が欲しいところだな」

 

 ジンの言葉にエルナンはうなずいた。

 

「エステルさんたちには、記者のお知り合いが居ましたね?」

「ああ、ナイアルの事ね」

 

 エルナンの質問にアスカはそう答えた。

 

「彼ならば軍の情報を何か掴んでいるかもしれません。聞いて来てもらえますか?」

「了解、リベール通信社にも行ってみるわ」

 

 エルナンの言葉にアスカはそう答えてうなずいた。エルナンは他にも、突入の際には潜伏している親衛隊の力を借りたいので礼拝堂に居るユリア中尉と連絡を取る事、グランセルの街に散らばっている遊撃士たちにここへ集まるように伝える事をエステルたちに頼んだ。

 

 ◆人質解放作戦◆

 

 【依頼者】アリシア女王陛下

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 アリシア女王陛下から情報部の人質になっている人々の救出を依頼された。

 クローディア姫も監禁されているようだ。

 

 

 

 

 エステルたちは遊撃士協会を出てすぐ近くにある居酒屋《サニーベル・イン》でカルナたち遊撃士が集まって談笑しているのを見つけた。クラウス市長の護衛で来ていたシェラザードも一緒だった。

 重要な話があると広場までカルナたちを先導したエステルたちは、アリシア女王からの依頼を話した。事態の深刻さを理解したカルナたちは遊撃士協会へと集まってくれることになった。シェラザードはクラウス市長の許可を得てから合流すると話した。

 遊撃士に声を掛け終わったエステルたちはリベール通信社の二階、編集部へと向かった。編集部ではドロシーが編集長に向かって不安そうな顔で何かを訴えていた。

 

「編集長、ナイアルさんから二日も連絡が無いなんて、絶対変ですよ」

「うーん、君はまだ新人で分からないだろうけど、彼の事だからスクープを追いかけるのに夢中になっているだけかもしれないな」

 

 編集長はドロシーの心配など気にしていない様子で答えた。

 

「あ、エステルちゃんたち」

 

 編集部に入って来たエステルたちの姿に気が付いたドロシーはそう声を掛けた。

 

「こんにちは、ドロシーさん」

 

 エステルが明るく挨拶をした。

 

「何か揉めているようだけど、どうしたの?」

 

 アスカが尋ねると、編集長はこの二日間、ナイアルが編集部に来ていないと話した。

 

「あたしたち、一昨日の夕方にナイアルさんとここで会いましたけど」

 

 エステルがそう言うとドロシーは心配そうな顔で尋ねた。

 

「その時ナイアル先輩はどこかに行くとか話してなかった?」

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.ドロシーの質問にどう答えよう?

 

 【家に帰った】

 【誰かに呼び出された】

 【夕食を食べに行った】

 

 

 

 

 

 

 ※遊撃士の資質を問うクイズです。

  正解するとボーナスBPがもらえるので挑戦してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこにある導力通信器が鳴って、誰かに呼び出されたみたいよ」

 

 ドロシーの質問にエステルはそう答えた。

 

「ああ先輩、殺されてしまうだなんて~!」

 

 どういう思考回路でそのような結論が出るのか、ドロシーは大声で泣き出した。ドロシーの話を聞くと、その電話はナイアルに恨みを持つ者からの電話で、一人で来いと人気の無い場所に呼び出されたナイアルは犯人にナイフで刺されて殺されたのだと想像したらしい。何ともたくましい想像力だ。

 

「アンタバカァ!?」

 

 今までの無いほどのドロシーの大ボケに、アスカの最上級のツッコミが炸裂した。

 

「今日になって定期船や関所が閉鎖されたから、帰れないだけ……とか」

 

 シンジが希望的観測も含めてそうつぶやくと、編集長はナイアルが別の地方に取材に行く予定は聞いていないのでその確率は低いだろうと話した。そうなると、ナイアルは王都のどこかに居るのだろうと編集長は言った。

 

「そうだ、君たちはナイアル君がどんなネタを追っていたか聞いていなかったかね? 最近、軍の検閲が厳しくて武術大会のネタしか書けなかった彼は私に極秘で何かを取材していたようだが……」

 

 編集長に尋ねられたエステルたちは考え込んだ。せっかく記事を書いても情報部に潰されてはどうしようもないネタは避けるはず。情報部に検閲されても問題が無いスクープネタとは何だろうか?

 

 ◆三択クイズ◆

 

 Q.ナイアルが一昨日話していたスクープネタはなんだろう?

 

 【武術大会の優勝者ジンとキリカ嬢の関係に迫る!】

 【クローディア姫の結婚相手が明らかに!】

 【ユリア中尉とカノーネ大尉、因縁の過去!】

 

 

 

 ※遊撃士としての資質を問うクイズです。

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「なるほど、晩餐会の時に公爵も話していたな……」 

 

 ジンが感心したようにつぶやいた。

 

「何だ、ナイアル君が追っていたのはそのネタだったか。確かに相手が分かったら大スクープになるからね。どうにかして突き止めてみせるとは話していたが……」

 

 編集長は腕組みをしながらそうつぶやいた。

 

「王室関係者以外知るはずの無い情報を、どうやってナイアルさんは聞いたんだろう」

 

 ヨシュアは考え込むような表情でそうつぶやいた。ドロシーの話によると、ナイアルはエルベ離宮で働いている友人から聞いたのだと言う。

 

「オフレコ情報だけど、姫様がテロリストに狙われているらしくて、エルベ離宮でこっそり内緒で保護されているそうですよ」

 

 ドロシーの口からとんでもない情報が飛び出すと、エステルたちは驚いて息を飲んだ。この人は凄いんだかそうじゃないんだかわからない。もしエステルたちがナイアルにあった時に連絡して来たのがエルベ離宮に居るナイアルの友人だとしたら、ナイアルもエルベ離宮で捕まって居る可能性が高い。だから連絡が出来ないのだ。

 

「ナイアル君の事だから、姫殿下に突撃インタビューをする事もあり得る……」

「それで捕まったらどうにもならないじゃない」

 

 編集長の言葉を聞いたアスカはあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「えーん、ナイアル先輩が処刑されちゃうよ~!」

「不法侵入だけで処刑はされないわよ……」

 

 泣き叫ぶドロシーにアスカはあきれた表情のままツッコミを入れた。

 

「君たちは遊撃士だろう? お願いだ、ナイアル君を助け出してくれ!」

「お願いします~」

 

 編集長とドロシーはエステルたちに頭を下げた。

 

「うん、任せておいて!」

 

 エステルは力強くそう答えると、次はユリア中尉に会うため、大聖堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

 エステルたちが大聖堂を訪れると、ユリア中尉が変装しているシスター・エレンの姿が見当たらなかった。教会のカラント大司教に話を聞くと、カラント大司教は事情は知っていると話した上で、シスター・エレンはもうこの大聖堂には居ないと言った。今朝早くカラント大司教に別れのあいさつをして、行方も告げずに去ってしまったのだと言う。

 これ以上、教会を巻き込みたくないとユリア中尉は考えたのだろうとカラント大司教は話した。不安がるエステルたちに、カラント大司教は安心するように告げた。教会を去る時のユリア中尉は、希望に満ちた表情をしていたとカラント大司教は話した。

 ユリア中尉は逃げるために去ったのではない事に一安心したエステルたちだが、突入のタイミングに合わせて潜伏中の王室親衛隊の協力を得るのは難しくなった。

 

「仕方ない、王室親衛隊の事は当てにしないで考えようぜ」

 

 ジンの言葉に従い、エステルたちは遊撃士協会へと戻るのだった。

 エステルたちが遊撃士協会の受付に入ると、カルナ、クルツ、アネラス、グラッツの四人が待っていた。親衛隊と連絡をつける事は出来なかったが、ドロシーから聞いた話をエルナンに報告すると、エルナンはクローディア姫がエルベ離宮に居る確証は得られたと断言した。

 

「それでは作戦を練る必要がありそうですね」

 

 エルナンはそう言って、エステルやカルナたち、その場に居た遊撃士全員を二階の部屋へと集めた。エルナンは机に王都グランセル周辺の地図と、エルベ離宮の図面を広げた。エルベ離宮は一般市民にも開放されていたので、構造を把握するのは簡単な事だった。

 まずエルナンは改めて作戦参加の意思をカルナたちに問うが、誰も降りる者は居なかった。ダルモア市長の事件の黒幕がリシャール大佐だと知ったカルナは落とし前をつけてやると闘志を燃やしていた。

 

「それでは、具体的な作戦を立てたいと思います。普通、人質解放は犯人側と交渉して行うものですが、リシャール大佐の目的からして話し合いに応じるとは思えません。さらにリシャール大佐の狙いが時間稼ぎである事から、ゆっくりとしているわけにもいきません」

 

 エルナンはそう話すと、パワーとスピードで押す、拠点攻略の形で行くと話した。王家の人間ならば隠し通路など知っている可能性があるが、侵入経路を探る時間も無い。その方法しかないと遊撃士全員が納得した。

 拠点攻略は、陽動組と突入組に別れて行うのが基本だとクルツは言った。外で騒ぎを起こして警備を引き付けている間に別動隊が突入する。ジンは陽動で引き付けられた敵を待ち伏せ攻撃する要撃組と、突入時に混乱を起こして助けるかく乱組もあった方が良いと話した。

 エステルたち準遊撃士四人と後で合流するシェラザードを含めて正遊撃士が六人。四つの組に別れるだけの人数的余裕が欲しいところだ。関所と空港が閉鎖されている今、他の地方から応援の遊撃士を呼ぶ事は出来ない。

 エルナンは陽動組と突入組だけではリスクが大きいと話した。他の作戦に切り替えた方が良いかもしれないとエルナンが提案した時、一階の階段から誰かが昇って来る足音が聞こえた。

 

「足りない人数は、我々が補わせていただこう」

 

 そう言って姿を現したのはシスター・エレンに変装してやって来たユリア中尉だった。ユリア中尉を含めた九人の親衛隊士が作戦に参加してくれる事になり、要撃組とかく乱組が確保出来た。

 

「でもどうしてアタシたちがアリシア女王から依頼を受けたって分かったの? 教会にアタシたちが行った時には居なかったじゃない」

 

 アスカが不思議そうな顔で尋ねると、ユリア中尉は笑みをこぼした。

 

「昨日の夜の時点から知っていたよ。私には情報部にも勝る特別なルートがあってね」

 

 グランセル支部に来てからエステルたちにクールな表情しか見せていなかったエルナンも、顔を紅潮させるほど興奮して叫んだ。

 

「これで作戦の成功率も跳ね上がりましたよ! それでは役割分担を決めましょう」

 

 陽動組は親衛隊士の四人が行う事になった。テロリストして手配されている親衛隊が姿を現せれば、エルベ周遊道を巡回する特務兵たちは釣られて追いかけて来るだろう。親衛隊を見つけた特務兵たちはエルベ離宮を守る部隊にも応援を要請する事が予想される。

 その特務兵の応援部隊をエルベ周遊道の近くの森で待ち伏せて迎撃するのが要撃組だ。要撃組は狙撃手のカルナが居る正遊撃士の四人に決まった。シェラザードも要撃に参加する準備を整えた。

 かく乱組はユリア中尉率いる残りの四名の親衛隊士とジンに決まった。親衛隊の目的はクローディア姫の救出だと特務兵たちも思い込んでいるはず、そうすれば陽動と突入の二組に分かれて来たのだと特務兵たちを騙す事が出来る。

 そして本命の突入組はエステルたち四人となった。ジンが突入組にならなかったのは、2アージュを超える身長と巨体が目立ちすぎる事もあった。

 

「他の組のみんなはお前たちの成功のために命を張っている。大切な役目だ、気合い入れて行けよ!」

「はい!」

 

 ジンの言葉にシンジは元気良く返事を返したのだった。

 

「敵の大部分は我々が引き受ける。君たちは人質を救出する事だけに集中すればいい」

 

 クルツもそう言って突入組になったエステルたちを励ました。

 

「僕達四人だけで達成する依頼じゃない、みんなの力を合わせればきっと大丈夫さ!」

 

 ヨシュアはそう言ってエステルに微笑みかけた。

 

「よし、やってやるわ!」

 

 エステルも元気な声でヨシュアに返事をした。アスカは作戦の成功を確信しているようにシンジは思った。

 

「これにて作戦会議は終了します。作戦決行は明け方、敵が一番油断する時間帯が良いでしょう。一度作戦が始まってしまえば、物資を補給に街へと戻ることは出来ません、今のうちに必要な物を揃えるようにしてください」

 

 エルナンの言葉で、一時解散となった。ユリア中尉は様々な方法で王都に潜伏している親衛隊たちと連絡を取ると言って出て行った。カルナたちは武器の手入れを始めた。

 エステルたちは街に出て、長期戦に備えて食材をたくさん買い込んだ。シンジの作る料理の中には、凍結やマヒなど状態異常を直したり、一時的に攻撃力を上げるなどと言ったものもあるのだ。ロレントを旅立つ時に渡されたレシピ手帳のページはほとんど埋まっていた。

 

 

 

 

 その日の夜、エステルたち突入組は数日前にシスター・エレンに変装していたユリア中尉と出会ったエルベ周遊道の外れで待機をしていた。要撃組のカルナたちも一緒だ。ユリア中尉と親衛隊が見つからずにここまで来れるか心配だったが、全員揃って姿を現した。

 

「よし、エステル君、君が作戦開始の号令をかけて欲しい」

「えっ?」

 

 クルツにそう言われたエステルは驚きの声を上げた。

 

「依頼を女王陛下から受けたのは君たちだ、この作戦の主役と言ってもいい」

 

 困惑するエステルにクルツはそう声を掛けた。

 

「でも、あたしはまだ新米遊撃士だし、先輩たちの方が……」

「何をモジモジしているのよ、何だったら将来のエース遊撃士のアタシが号令を掛けようか?」

 

 照れて顔を赤くしているエステルに、アスカはそう声を掛ける。エステルは覚悟を決めて全員が見つめる前に立った。

 

「これより、エルベ離宮を攻略し、人質を解放する作戦を開始する!」

 

 エステルの号令により、陽動組、要撃組は行動を開始した。エステルたち突入組とかく乱組の出番はその後だ。

 

「はあ……これでエルベ周遊道を巡回するのも何周目だ……?」

「後、数周もすれば交代できるだろうよ」

 

 二人組で巡回をする特務兵たちはそんな事をぼやいていた。

 

「これだけ探しても見つからないとは、潜伏中の親衛隊は本当に王都に居るのか?」

「関所が封鎖される前に尻尾を巻いて遠くに逃げてしまったに違いない」

 

 特務兵たちはそう話してお互いに笑い合った。

 

「尻尾を巻いて逃げるのはお前たちの方だ」

 

 声がした方向を特務兵たちが見ると、そこのは親衛隊たちの姿があった。親衛隊たちの人数は五人、特務兵たちは二人。

 

「ここは俺が食い止める、お前はエルベ離宮に行って応援を呼んでくれ!」

 

 一人の特務兵の男は親衛隊に立ち向かったが、もう一人の特務兵の男は逃げだして行った。しかしそれはシナリオ通り。親衛隊は逃げる特務兵の男を追いかける振りをしてわざと逃がした。

 エルベ離宮の入口には特務兵たちと犬型魔獣達が集められた。その数は合わせて30は超えている。

 

「今、巡回中の隊員から報告があった。親衛隊の残党を発見したらしい。また逃がしたとあっては我が隊の名折れだ。この機会にやつらを殲滅させる!」

「イエッサー!」

 

 そう号令をかけた中隊長に続いて特務兵たちと犬型魔獣達はエルベ離宮の正門から出撃して行った。

 

「ふう、楽勝だったな」

 

 陽動組の親衛隊は最初の特務兵をあっさりと倒していた。しかし油断は出来ない。この後はエルベ離宮から出撃した特務兵がどっと押し寄せて来る。要撃組が全て倒してくれるわけではない。それに潜伏中の親衛隊全員が集まっているかのように派手に暴れなければならない。陽動だと悟られては失敗なのだ。

 

「バカな連中め、事が終わるまで隠れてガタガタ震えていればいいものを」

 

 30人を超える部隊を引きつれた中隊長は勝ち誇ったように四人の親衛隊たちに向かって声を掛けた。中隊長の号令で、特務兵と犬型魔獣の混成部隊は親衛隊たちに襲い掛かった。

 しかしその時、特務兵たちの部隊の背後から、導力銃による攻撃が行われた。驚いた特務兵たちが振り返ると、そこにはカルナたち遊撃士の姿があった。

 

「お前たちは遊撃士か!? まさか、軍に歯向かうつもりか!」

 

 遊撃士は軍に逆らうことは出来ないのを中隊長は知っていた。だからそう言って脅せば遊撃士は手を引くだろうと思っていたが、その目論見は打ち砕かれた。

 

「残念だが君たちは人々の自由を不当に拘束している凶悪犯だ」

 

 クルツは中隊長に向かってそう答えた。

 

「陛下公認の依頼だ、手加減無しでやらせてもらうよ!」

 

 カルナも威勢よくそう宣言すると、特務兵たちに猛攻を加えた。兵力差は30対10、特務兵たちの方が有利だが、挟撃されて混乱して指揮系統が乱れた部隊ほど惨めなものは無い。特務兵たちはバタバタと倒れて行った。

 

 

 

 

 陽動組と要撃組が戦っている間、エステルたちは最初の集合場所でじっと待機をしていた。要撃組が動き出した今がチャンスとみたエステルたちは行動を開始する。

 

「まず、私たちがエルベ離宮の前で残った敵を引きつける。その隙に君たちはエルベ離宮の内部へと突入してくれ!」

「俺も派手に暴れてやる事にするかな!」

「分かりました、あなたたちにも女神エイドスの加護を!」

 

 ユリア中尉とジンにヨシュアはそう声を掛けて見送った。ユリア中尉と四人の親衛隊たちとジンの姿が見えなくなったところで、エステルたち突入組は動き出した。エステルたちの動きが捕捉されれば救出作戦は失敗だ、道中で見つかるわけにはいかない。

 エルベ離宮の庭園ではユリア中尉が堂々と名乗りを上げて、親衛隊たちと共に特務兵たちと戦っていた。特務兵をちぎっては投げる巨体のジンに注目が集まる。エステルたちに目を向ける特務兵の姿は無い。この機会を逃さず、エステルたちは正面切ってエルベ離宮の建物の中へと侵入した。

 

「貴様ら、どうしてここに!?」

 

 エルベ離宮の玄関ホールで泡を食って驚いたのは三人の特務兵だった。この程度の人数ならばエステルたちも後れは取らない。応援を呼ばれる前に制圧した。人質はどこに捕まって居るのか前もって調べることは出来なかった。

 

「ここはそんなに広い建物じゃない、隈なく探して行こう」

 

 ヨシュアの意見にエステルたちは賛成した。

 

「ボヤボヤして居ると庭に居るヤツラがやって来るわよ、早く行きましょう!」

 

 アスカの言葉にうなずいたエステルたちは、迷いを捨ててエルベ離宮の中を駆け回るのだった。中庭に出たエステルたちは特務兵二人と犬型魔獣二匹の小隊との戦闘に突入した。応援を呼ばれると困るエステルたちは、全力で叩きのめした。

 

「まだ建物の中にはかなりの特務兵が残っているみたいだね」

「片っ端から黙らせてやるのよ!」

 

 シンジの言葉に、アスカはそう答えた。こんなに速攻を強いられる戦いは初めてだった。導力魔法を唱える間もなく、シンジも導力銃を乱射する。ターミネータにでもなった気分だ。

 中庭に面した部屋を一つ一つ、特務兵を蹴散らしながら確認して行く。すると鍵が掛かって開かない扉があった。

 

「いかにも怪しい部屋ね」

「でも鍵が掛かっているから、後回しにするしかなさそうだ」

 

 エステルの言葉に、ヨシュアはそう言った。図書室や応接室などを見て回るが、特務兵の小隊の姿ばかり。談話室では騒ぎに気が付かない特務兵たち六人が、酒を飲んでいた。

 

「えっ、あなた方は?」

 

 バーテンダーの男性が部屋に踏み込んで来たエステルたちの姿を見て驚きの声を上げた。

 

「あー? お前たち見かけない顔だが、新入りか?」

「ここに来て一緒に呑もうや」

 

 六人の酒臭い特務兵たちはすっかり酔っぱらってしまっていて、エステルたちを侵入者だと認識していないようだ。

 

「この遊撃士の紋章が目に入らぬかぁ!」

 

 エステルがそう言って胸に付けた準遊撃士の紋章を指差すと、特務兵たちはヘラヘラと笑い出した。

 

「何だお前ら、やっぱり見習いじゃないか」

「アンタたちバカァ!? 論点はそこじゃないでしょう!」

 

 アスカはそう言って特務兵の頭を棒で叩きのめした。酔い潰れた特務兵たちを気絶させるのはエステルたちに何の苦労も無かった。バーテンダーの男はエステルたちが遊撃士だと気が付くと、助けてくれたお礼を言った。

 バーテンダーの男性によると、友人の記者が特務兵たちに捕まってしまったのだと言う。エステルがナイアルの事を話すと、3日前に編集部のナイアルに連絡を入れたのは自分だと言った。

 ナイアルはどうしてもクローディア姫に突撃インタビューがしたいと頼み込んで来たので、こっそりとエルベ離宮の中に入れようとしたが、特務兵たちに見つかってしまい捕まってしまったのだとバーテンダーの男性は話した。

 

「ナイアルが捕まってからやっと気が付いたよ。姫様はテロリストから保護されているんじゃなくて、特務兵たちに監禁されているって事にね」

 

 エステルたちが人質の居場所を知っているかどうかバーテンダーの男性に尋ねると、《紋章の間》にクローディア姫と一緒に閉じ込められて居るとバーテンダーの男性は答えた。エルベ離宮で一番広い大広間だと言う。

 

「その大広間って、鍵が掛かっていて開かなかった扉の部屋じゃないかな?」

「《紋章の間》の鍵は、エルベ離宮の警備隊長が持っていたはずだよ」

 

 エステルの言葉に、バーテンダーの男性はそう答えた。

 

「それじゃ、その警備隊長とやらを探しましょう!」

 

 アスカがそう言って談話室を飛び出そうとすると、バーテンダーの男性が呼び止めた。

 

「警備隊長なら、そこで寝ている特務兵がそうだよ」

「アンタバカァ!?」

 

 アスカは気絶していて聞こえるはずの無い警備隊長にそう言い放つのだった。

 

 

 

 

 エステルが警備隊長から手に入れた鍵を使って中庭の奥にある部屋の入口の扉の鍵を外して中へと入ると、レッドカーペットが敷かれた長い廊下が目前に広がっていた。この奥にあるのが《紋章の間》だろう。

 しかし紋章の間へ通じる扉の前には、見るからに重装備をした特務兵たちが二人、見張りに立っていた。こいつらを倒せば人質は解放できる、エステルたちは気合いを入れて重装備特務兵に戦いを挑んだ。

 重装備特務兵は見るからに強力な導力銃を持っているだけでなく、強靭な鎧も身に着けていた。エステルたちの武器攻撃がほとんど通じていない! しかしその二人は自分の力に自信があるのか、応援を呼ぼうとはしなかった。

 そこでシンジ考えた作戦が、カオスブランドの導力魔法で混乱させてしまおうと言うものだった。魔法にかかって混乱した重装備特務兵の二人は同士討ちを始めた。強力な導力銃をお互いに向けて乱射し合い、分厚い装甲を誇る鎧も凹んでしまった。

 エステルたちが紋章の間に踏み込むと、ナイアルをはじめとした情報部に捕えられた人々の姿があった。

 

「ボクたちは遊撃士です、みなさんを助けに来ました」

 

 シンジが部屋の真ん中まで進んでそう言うと、人々から歓声が上がった。

 

「シンジさん、来てくれたんですね……!」

「えっ!?」

 

 シンジは白いドレスに身を包んだ、姫の証であるティアラを身に着けた長い髪の少女に突然、抱き付かれたのだった。

 

 

 




 ◆三択クイズ◆ 答え

 Q.ドロシーの質問にどう答えよう?

 【家に帰った】
〇【誰かに呼び出された】
 【夕食を食べに行った】

 ◆三択クイズ◆ 答え

 Q.ナイアルが一昨日話していたスクープネタはなんだろう?

 【武術大会の優勝者ジンとキリカ嬢の関係に迫る!】
〇【クローディア姫の結婚相手が明らかに!】
 【ユリア中尉とカノーネ大尉、因縁の過去!】


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第四十六話 女王陛下救出大作戦! 男性陣は女性陣を城へエスコート

 

「ごめんなさい、取り乱してしまって」

 

 シンジから身体を離したクローディア姫……エステルたちの前ではクローゼと名乗っていた白いドレスの少女は顔を赤くしながら謝った。クローゼは王都でクローディア姫の姿でいる時は、長い髪のヘアピースを着けているのだと話した。

 

「ええっと、何て呼べば良いのかな?」

「クローゼと呼んで頂いて構いません。私もその方が嬉しいですから」

 

 エステルに尋ねられたクローゼはそう答えた。

 

「それで、何でいきなりシンジに抱き付いたのよ?」

 

 一国の王女相手にも態度を変える事の無いアスカが怪訝そうな顔でクローゼに尋ねた。

 

「それは……助けに来て頂いた事が嬉しくて、つい……」

「ふーん、まあそう言う事にしておいてあげるわ」

 

 クローゼの言葉に、アスカは不機嫌そうな顔のままそう答えて怒りを収めた。今は言い争っている場合ではないとアスカも分かっている。

 

「それにしても、クローゼがこの国の御姫様だったなんて、驚いたわ」

「本当は女王生誕祭の時に、エステルさんたちに打ち明けるつもりだったんですけど……」

 

 エステルの言葉に、クローゼは申し訳なさそうにそう話した。

 

「でもどうして、身元を隠して学園に……? 命を狙われていたの?」

「それもありましたが、私は王女としてではなく、一人の国民の目線で、自分が治める国の人々の姿を見てみたかったんです……」

 

 シンジの質問にクローゼはそう答えたが、アスカはその理由は格好をつけた建前だと見抜いていた。自分が王女として生まれていたら、束縛された生活から抜け出したいと思うはず。幼い頃からエヴァのパイロットとして宿命づけられた自分も、今振り返ってそう思うのだ。

 

「いやあ、ルーアンの市長邸での事件でお会いしたのに、クローディア姫様だとは気が付きませんでしたよ」

「ダルモア市長やデュナン小父様も気が付かなかったのですから、変装の効果はあったようですね」

 

 ナイアルが声を掛けると、クローゼは微笑んでそう答えた。

 

「あっ、そうだ、こんな話をしている場合じゃなかった」

 

 エステルは気が付いたようにクローゼに、アリシア女王から救出作戦の依頼を受けた事を話した。エステルの話を聞いたクローゼは真剣な表情になる。

 

「エステルさん、ヨシュアさん、アスカさん、シンジさん、助けてくれてありがとうございました」

「クローゼが捕まって居ると聞いたら、依頼が無くても助けに来たけどね」

 

 クローゼが改めてお礼を言うと、エステルはそう答えた。エステルの言葉を聞いたクローゼは嬉しそうな笑顔になった。

 

「御祖母様にもお礼を言わなくてはなりませんね。御自分の身を顧みずに依頼をしてくださったのですから」

 

 クローゼはそう言うと、表情を再び引き締めた。クローゼの無事をアリシア女王に報せれば、アリシア女王はリシャール大佐の脅迫に屈する事は無い。しかし情報部が人質を失ったなると、アリシア女王自身の身に危険が及ぶ可能性が出て来た。

 

「今度は私から御祖母様の救出を依頼させてください」

「分かりました」

 

 クローゼの言葉にヨシュアはそううなずいた。

 

「お前たち、そこまでだ!」

 

 その時、部屋に子供を人質に取った特務兵が姿を現した。特務兵は導力銃を教会の日曜学校に通う年頃の少女に突き付けている。

 

「リアンヌちゃん……!」

 

 クローゼは少女の顔を見て息を飲んだ。リアンヌと言う少女はモルガン将軍の孫娘で、紋章の間とは違う場所に監禁されていたのだとクローゼは話した。

 

「単なる脅しではないぞ……我ら情報部員、リシャール大佐のためなら鬼にもなれる!」

 

 特務兵は大声でそう宣言をした。エステルたちが近づこうとすると、特務兵はためらいも無くリアンヌの頭に導力銃を押し当てた。

 

「アンタはリシャール大佐の命令なら何でも聞く人形なの? いえ、人形より性質が悪いわ」

 

 アスカはそう言いながら、目の前のクズ男をかつての知り合いの少女を比較してしまった自分を恥じた。コイツは人間の皮を被ったクズだ。

 

「その子の代わりに、私が人質になります」

 

 クローゼはそう言って、一歩前へと歩み出た。

 

「その手には乗らない。リシャール大佐は王族は決して手にかけてはならないと言われた。この娘とは違ってな。命の重さが違うのだよ」

 

 特務兵の言葉を聞いたエステルたちは怒りを燃やした。

 

「こんな腐ったヤツがエリート部隊にいるなんて、信じられないわね」

「フン、何と言われようとも、我々には正義がある」

 

 アスカが呆れた顔でそう言うと特務兵は、誇らしげにそう言い放った。

 

「子供の命を奪ってまで貫く正義に、何の意味があるのさ!」

 

 シンジは特務兵に向かってそう叫んだ。しかし特務兵は気にしていない様子だった。

 

「そろそろ応援の部隊がやって来る時間だ。親衛隊も遊撃士も、ここで一網打尽だ!」

「それは無いわね。エルベ離宮周辺に居た特務兵たちはあたし達の作戦によって壊滅しちゃったから」

 

 特務兵の言葉に、部屋に入って来たシェラザードがそう答えた。リシャール大佐が陣頭指揮を執っているのならば、陽動作戦や奇襲作戦も見抜けただろう。しかし中隊長や警備隊長などの無能な連中たちが上に立っていては、烏合の衆以下だ。

 

「くそう、こうなったらヤケクソだ! このガキも道連れにしてやる!」

 

 目が血走った特務兵は導力銃を撃とうとした。しかしその時、アスカのヘッドセットが光ると、アスカの人差し指から細い赤い光線が発せられて特務兵の腕を貫いた!

 

(……やっと分かって来た気がする、ヘッドセットの意味!)

 

 アスカは心の中でそうつぶやいた。腕を押さえてうめき声を上げる特務兵からリアンヌは逃げ出し、シェラザードによりその特務兵は両手を後ろに縛り上げられた。シンジは渋々ながら回復魔法をその特務兵にかけて腕の出血を止めた。

 泣き声を上げるリアンヌをシェラザードがあやした。要撃組のシェラザードが姿を現したと言う事は、彼女の言う通りエルベ離宮に布陣された情報部隊は完全に制圧されたのだろう。

 

「ボクの活躍もあった事も忘れてはいけないよ」

 

 シェラザードに続いて部屋に入って来たのはオリビエだった。シェラザードと組んで戦っていたようだ。

 

「早くロレントに帰ってアイナと一緒にまた三人で飲みたいものね」

「それは勘弁してください」

 

 シェラザードがニッコリとした笑顔でそう言うと、オリビエはウンザリとした顔でそう言った。

 

「懐かしいわ、ボースに居た頃の事を思い出すわね」

 

 エステルはそう言って笑った。そしてエステルたちはクローディア姫を自分たちの友人だと紹介した。

 

「初めまして。クローディア・フォン・アウスレーゼです。助けに来てくださってありがとうございました」

 

 落ち着いた口調で、クローゼはお礼を言った。

 

「お気になさらず。遊撃士としての当然の務めですわ」

 

 シェラザードはかしこまった口調でそう答えた。

 

「美しい姫君を救うのは紳士として当然の事です」

「ふふっ、面白い人ですね」

 

 オリビエの言葉を聞いたクローゼが微笑むのを見たシンジは、胸に穏やかでない感情が沸き起こったのを感じた。

 

「クローゼ、無事だったか!」

 

 そう言って部屋に駆け込んで来たのはユリア中尉とシロハヤブサのジークだった。ジークは嬉しそうにクローゼの周りを飛び回る。

 

「ユリアさん、ジーク……こうしてまた会うことが出来て嬉しいです」

 

 クローゼは笑顔でユリア中尉とジークに声を掛けた。

 

「殿下が無事で良かったです……」

 

 ユリア中尉が心の底からクローゼの無事を喜んでいる事はエステルたちにも感じられた。しばらくして親衛隊や遊撃士たちも全員紋章の間へと合流した。疲れ果てた人質を休ませながら、エステルたちは次の作戦に備えるのだった。

 

 

 

 

 すっかり夜も明けて、紋章の間ではクローゼを中心に状況の確認が行われた。ユリア中尉の話によれば、エルベ離宮に居た特務兵は残らず拘束したが、グランセル城にはかなりの数の特務兵が残っていると言う。

 各地の王国軍も情報部の指揮下にあり、エステルたちがクローディア姫を人質にとってクーデターを起こそうとしていると言ったデマが流布されているとの事だ。今は王国軍の中だけに話が留まっているが、市民達に遊撃士がクーデターを起こしたと噂が流れれば、遊撃士協会の信用問題となってしまう。

 

「あたしたちとクローゼが一緒に居るのがマズイって事?」

 

 話を聞いたエステルはそう尋ねると、シェラザードはうなずいた。

 

「クローディア姫殿下は王室親衛隊に任せて、あたしたちはエルベ離宮から離れた方が良いかもしれないわ」

「帝国か共和国の大使館に助けを求めると言う手もあるんじゃないかな。そうすれば王国軍も簡単に手出しは出来ない」

 

 話を聞いていたオリビエが口を挟んだ。

 

「国境を突破して亡命すると言う手もあるぞ。事件が解決するまでの時間は稼げるだろう」

 

 ジンもそう言ってクローゼに提案をした。

 

「このエルベ離宮は籠城には適していない。どこでお守りするべきか……」

 

 ユリア中尉もそうつぶやいて思案に暮れた顔になった。議題の中心はクローゼをどうするべきかになっているようだった。そんなユリア中尉たちを見たクローゼは息を大きく吸い込んでから話し始めた。

 

「あの、私がエステルさんたちにお願いした依頼の内容を変える事は出来るでしょうか?」

 

 クローゼはエステルたちにグランセル城に居るアリシア女王の救出を依頼した。その依頼をどうしようと言うのか。エステルたちの頭に疑問符が浮かんだ。

 

「私の王城解放と、御祖母様救出の為の戦いを手伝っては頂けないでしょうか」

 

 クローゼの宣言を聞いたユリア中尉たちは困惑した表情になった。クローゼが先頭に立って戦うと言うのだ。ユリア中尉はクローゼの言葉に驚いている様子だった。

 

「逃げずに立ち向かうと言う道を選んだ姫さんの決意は尊重したいところだが……」

 

 ジンは頭をかきながらそうつぶやいた。

 

「逃げてはいけない時がある事を、大切な人に教えてもらいました」

 

 クローゼはそう言ってシンジに視線を送った。シンジはルーアンの倉庫街で不良達に囲まれた時、念仏のように『逃げちゃダメだ』を唱えて自分に言い聞かせていた。それをクローゼも聞いていたのだろう。

 

「ここに居る全員の戦力を合わせても、グランセル城を正面から攻略するのは無理よ」

 

 シェラザードは深いため息をついてそう断言した。

 

「奇襲作戦を行うにしても、侵入ルートを探らないと……」

 

 ヨシュアも否定的な表情でそうつぶやいた。

 

「グランセル城への侵入ルートならば、私に心当たりがあります」

 

 クローゼはそう言って、胸元から地図を取り出した。

 

「これは王都の地下水路の構造を記した地図です。王城地下に通じる隠された地下水路の事も書かれています」

 

 この地図はアリシア女王に託されたものだとクローゼは話した。

 

「でも、デュナン公爵もこの地図のコピーを持っていたりするんじゃないの? 特務兵たちが隠し水路で待ち伏せていたら、それこそ一巻の終わりよ」

 

 アスカは腕組みをしながらクローゼにそう尋ねた。クローゼはアスカに対して説明を続けた。

 

「御祖母様は、地図はこの一枚しか存在しないと言われました。自分は隠し通路の事は暗記しているから私にこの地図を託すと。もしデュナン公爵がこの地図を見ていたとしても……」

「あのバカ公爵の事だから、覚えているはずも無いし、書き写すと言う知恵も回らないって事ね」

 

 クローゼとアスカの話を聞いていたエステルたちは、この地図を使った潜入作戦は成功するのではないかと思い始めた……。

 

 

 

 

 その頃、グランセル城の守備をリシャール大佐から命じられたカノーネ大尉は、謁見の間で特務兵たちを怒鳴りつけていた。

 

「《エルベ離宮》との連絡が付かないとは、どういう事ですの!?」

 

 整列する特務兵たちはその理由を答えられるはずも無く、黙り込んでいた。

 

「ユリア中尉率いる王室親衛隊と遊撃士たちの混成部隊によって落とされたそうだ」

 

 謁見の間に入って来たロランス少尉がカノーネ大尉にそう告げた。

 

「ほらほら、そんなに怒っていると顔にシワが出来ちゃうわよ」

 

 ロランス少尉の後に続いてやって来たサトミ軍曹がカノーネに声を掛けた。

 

「まったく頼りにならない連中ね! ロランス少尉、あなたは指揮を執らずにどこで油を売っていたの!」

 

 ロランス少尉がエルベ離宮に居れば、ユリア中尉たちに攻略されることも無かった。

 

「リシャール大佐に火急の用があると呼び出されてしまってね。もう済んでしまった事をとやかく言っても仕方が無いだろう。これ以上の失態を犯さないように頑張るのだな」

「何を他人事みたいに言っているのですか!」

 

 カノーネ大尉はロランス少尉に向かってそう怒鳴ると、城門を完全に封鎖し猫一匹通さないように特務兵たちに命じた。そして、エルベ離宮に居るテロリストを鎮圧するために各地方の王国軍を向かわせるように伝えた。

 

「イエス・マム!」

 

 特務兵たちはそう言って謁見の間を出て行った。

 

「ほら、あなたたちも守備に就きなさい! 今の総責任者は私で御座いましてよ!」

「了解した……」

 

 ロランス少尉とサトミ軍曹はゆっくりとした足取りで謁見の間を後にした。

 

「リシャール大佐の留守は、わたくしが守りますわよ!」

 

 謁見の間の玉座を見つめて、カノーネ大尉はそうつぶやくのだった。

 

 

 

 

 陽が高く上がったその頃、エルベ離宮ではユリア中尉によるグランセル城解放とアリシア女王救出作戦の説明が行われていた。

 最初にヨシュア、シンジ、オリビエ、ジンの四人のチームが地下水路からグランセル城の地下へと潜入して、親衛隊の詰所にある城門開閉装置を制圧。

 次に開いた城門から、市街地に待機していた親衛隊全員と、カルナたち遊撃士四人のチームが城内へと侵入。特務兵たちの戦力を城内一階へと集中させる。

 最後に城内に特務兵の戦力が集中したのを確認した後、ユリア中尉が運転する情報部の特務艇に乗り、エステル、アスカ、クローゼ、シェラザードと合わせて五人のチームが空中庭園に着陸して女王宮に突入してアリシア女王を救出する三段構えの作戦だった。

 

「作戦開始の合図は正午を告げる礼拝堂の鐘の音、諸君は急いで待機位置に着いてくれ!」

 

「イエス・マム!」

 

 王室親衛隊はユリア中尉の号令にそう答えて部屋を出て行った。ヨシュアたちは早く王都の地下水路に向かわないと作戦開始時刻に間に合わない。

 

「ヨシュア、やられたりしないでね。例の約束の事もあるんだし」

「うん、エステル、元気な姿でグランセル城で会おう」

 

 エステルとヨシュアは力強い瞳で見つめ合った。

 

「シンジさん、地下水路には未知の魔獣が居るかもしれません、気を付けてください」

「ありがとう、クローゼさん」

 

 シンジはクローゼに対してそう答えた。そして腕組みをしていて黙っているアスカに声を掛けた。

 

「今夜の晩御飯、ハンバーグで良いかな?」

「……チーズハンバーグが食べたい」

 

 シンジに対してアスカはそう答えるのだった。

 

「若いって良いわねえ……」

 

 シェラザードはそんなエステルたちを見てため息をついた。

 

「何を言っているんだい、キミだってまだ若いじゃないか」

 

 オリビエはそう言ってシェラザードに向かってウインクするのだった。

 

 

 

 

 どのチームよりも早く王都にたどり着いたヨシュア、シンジ、オリビエ、ジンのチームは特務兵が街を巡回している事に気が付いた。それだけ相手もエルベ離宮を落とされて警戒を強めているのだろう。

 地下水路の入口へと向かう前に、ヨシュアたちはエルナンに依頼の報告をする事にした。するとエルナンは準備資金も必要だろうと話して、アリシア女王の依頼に関しては達成済みとして報酬のお金を渡してくれた。

 そして新しくクローゼの依頼が正式に遊撃士協会に受理された。

 

 ◆女王陛下救出大作戦◆

 

 【依頼者】クローディア姫

 【報 酬】???? Mira

 【制 限】直接依頼

 

 クローディア姫からアリシア女王の救出を依頼された。

 正面から攻略するのは無理であるため、三つのチームに別れて攻略する。

 

 また長期戦の予感がしたシンジは東街区にある《エーデル百貨店》で食材を買い込み、回復薬も十分に用意してから地下水路の入口へと向かうのだった。

 地下水路に入ったヨシュアたちはクローゼから預かった地図を広げて秘密の隠し通路の場所を確認した。ヨシュアたちが城門を開けてからがこの作戦の真の開始の合図だ。迷っていてはそれだけ相手に時間を与える事になる。

 王家の地図に書かれた隠し通路がある壁は、普通のレンガの壁にしか見えなかった。四人で撫でまわすように壁を触ると、レンガの一個が凹み、それがスイッチとなって壁がスライドし、隠し通路が姿を現した。さすが王家の隠し通路だと感心する他無かった。

 ヨシュアたちは城のある北区画の地下水路を進み、ついに水路の終点と思われる小さな部屋にたどり着いた。壁にあるボタンを押せばグランセル城の中へと入れるのだろう。

 作戦開始を告げる正午の鐘が鳴るまで、ヨシュアたちは待つ事にした。

 

「それで、ヨシュア君とシンジ君は彼女たちとどこまで行っているんだい? ちなみにボクとシェラザード君はロレントのホテルで熱い一夜を過ごしたよ」

 

 オリビエは突然、そんな事を言い出した。

 

「オリビエさん、こんな時に何を言い出すんですか」

「嫌だなあ、過度の緊張をほぐすためのサービストークじゃないか」

 

 上目遣いで睨みつけるシンジに、オリビエは笑ってそう言った。

 

「俺も是非とも聞いてみたいねえ」

「ジンさんの方はキリカさんとどうなんですか?」

 

 悪乗りして来たジンに、シンジが聞き返した。

 

「アイツには何度も寝技を食らった事はあるが、色っぽい話はナシだ」

 

 ジンはため息をつきながらそう答えた。

 

「ほらほら、次はシンジ君の番だよ、さあ、話したまえ!」

「そりゃあ……キスくらいはした事ありますけど」

 

 目を輝かせて聞いてくるオリビエに対して、シンジはそうつぶやいた。

 

「それで、ヨシュア君の方はどうなのかな?」

「僕とエステルは……そんな関係じゃありませんよ」

 

 オリビエに聞かれたヨシュアはそう答えた。それには触れてはならない雰囲気を感じさせた。

 

「意外だなあ、シンジ君の方が一歩リードか、ハハハ……」

 

 オリビエの乾いた笑いが小部屋に響いた。それから作戦開始の正午までヨシュアたちは話す事は無かった。

 

 

 

 

 王都前のキルシェ街道では親衛隊とカルナ、クルツ、グラッツ、アネラスの正遊撃士四人組が待機した。街の中で特務兵が巡回しているのに気が付いたカルナたちは待機場所を街の外へと変更したのだ。

 正午の鐘と同時に街へと突入し、グランセル城へと向かう。ヨシュアたちとのタイミングがズレれば作戦は台無しになる。それでもカルナたちはヨシュアたちが城門を開いてくれる事を信じていた。

 そしてエルベ周遊道ではユリア中尉とエステル、アスカ、クローゼ、シェラザードの五人が、情報部の特務艇に乗り込もうとしていた。エルベ離宮を攻略する作戦の時に、特務兵が乗り捨てたものを鹵獲したのだ。

 

「ユリア中尉、点検は完了しました。問題無く動かせるはずです。ですが、かなりスピードが出るので操縦の際はお気を付けください」

 

 特務艇の中から姿を現したのは中央工房の導力技師だった。王都で王室親衛隊の旗艦《アルセイユ》の整備をしていたが、情報部の策略によりアルセイユはグランセル空港に拘束。関所が閉鎖されてツァイスの中央工房に帰れずに途方に暮れていたところをユリア中尉に声を掛けられたのだと言う。

 

「それにしても、《黒のオーブメント》と言い、この高性能な飛行艇と言い、情報部はどこから手に入れたのかしらね」

 

 シェラザードは考え込むような表情でそうつぶやいた。情報部のバックには技術力の高いオーブメント工房が付いているのかもしれない。しかし今はそれを詮索している時間は無い。この特務艇は作戦成功のための重要な道具なのだ。

 エステルたちが特務艇に乗り込むと、ユリア中尉はエンジンを起動させた。正午の鐘を合図に、エステルたちはヨシュアたちとカルナたちの作戦の成功を信じて特務艇を発進させなければならない。

 そしてリベール通信のナイアルとドロシーコンビは、エステルたちのアリシア女王救出作戦の記事を書くために、良い写真が撮れる場所を探していた。特務艇からならば大迫力の写真が撮れるのだが、さすがにそれは危険だとユリア中尉に拒否された。

 事件が解決した暁には、王室親衛隊の冤罪を晴らし、遊撃士たちの活躍を報せるスクープ記事を書かなければならない。『ペンは剣よりも強し』とのことわざ通り、ナイアルたちも戦っているのだ。

 王都の街中に正午を報せる鐘の音が鳴り響いた。これは女王救出作戦の開始の合図でもある。まずはヨシュアたちがグランセル城の地下へと姿を現し、一階にある親衛隊の詰所へと向かった!

 

「バカな、侵入者だと!?」

 

 突然地下から現れたヨシュアたちの姿に、特務兵は驚きの声を上げた。親衛隊の詰所には特務兵が六人、犬型魔獣が四匹が守りを固めていた。時間を掛けて戦っている暇はない。

 ヨシュアは奥義《漆黒の牙》をためらいも無く使い、特務兵たちを切り伏せた。初めてヨシュアの奥義を見たオリビエは何か思うところがあるような表情をしたが、先ほどの事もあってか、ヨシュアの隠された一面に触れるのは止めたようだ。

 城門が開けば、城を守る特務兵たちは親衛隊の詰所に敵が居る事に気が付き、押し寄せて来るだろう。ヨシュアを守るのはシンジとオリビエとジンの出番だ。三人は気合いを入れて敵を待ち受けた。

 

「どういう事だ?」

 

 突然開き始めた城門に、門番をしていた特務兵たちの二人は驚いて振り返った。城門は完全に封鎖すると聞いていたからだ。さらに市街地の方から突撃して来る王室親衛隊と遊撃士たちの混成部隊が現れ、二人はパニックになった。

 

「なぜ城門が開くのです、まさか情報部の中に裏切り者が!?」

 

 空中庭園から城門が開くのを目撃したカノーネ大尉は、侵入者が居るとは露ほどにも思わず、疑心暗鬼に陥った。

 

「大尉殿、我々はいかが致しましょう!?」

「決まっているでしょう、第一小隊を残して、全戦力で玄関広間で敵を迎撃しなさい!」

 

 特務兵に命令を仰がれたカノーネ大尉は、厳しい表情でそう言い放った。三階の空中庭園に居た特務兵のほとんどが一階へと降りて行く。

 

「くっ、私とした事が何たる失態。リシャール大佐が戻られる前に何としてもせん滅せねば……」

 

 カノーネ大尉は悔しそうな顔でそうつぶやくのだった。

 

 

 



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第四十七話 ロランス少尉の必殺剣! アスカVSサトミ軍曹

※ロランス少尉との戦いではBGMとして『銀の意志』が流れます。
 『ファルコム音楽フリー宣言』でYoutubeなどのBGMとして使用許可が出ています。
 『銀の意志』で検索して、視聴してみてください。


 

 グランセル城の城門は、ヨシュア、シンジ、オリビエ、ジンの男性チームの活躍によって開かれた。四人は開閉装置のある一階の親衛隊の詰所に立て籠もり、迫り来る特務兵たちと戦っていた。

 城門が開かれると同時に市街地の方からカルナ、クルツ、グラッツ、アネラスの四人の正遊撃士と潜伏していた王室親衛隊が姿を現し、鬨の声を上げて城内へと突入する。

 三階の空中庭園からその様子を見たカノーネ大尉は、城の警備をしていた特務兵のほとんどを一階の玄関広間へと差し向けた。空中庭園に残ったのは四人の特務兵とカノーネ大尉だけ。

 

「カノーネ大尉、特務飛行艇がこちらにやって来ます!」

「何ですって!?」

 

 城門を見下ろしていたカノーネ大尉は特務兵の報告を聞いてあわてて顔を上げた。

 

「くっ、城門の部隊は陽動か!」

 

 カノーネ大尉は悔しそうにそう叫んだ。カノーネ大尉と特務兵たちが見守る前で特務飛行艇は着陸し、中からユリア中尉とエステル、アスカ、クローゼ、シェラザードが出て来た。

 

「おのれ、ユリア・シュバルツ!」

「クローゼたちは女王宮へ! ここは私一人で引き受ける!」

 

 ユリア中尉はそうクローゼに声を掛けると、クローゼはうなずいてエステルたちと一緒に女王宮の方へと駆けて行った。

 

「私を甘く見ているの? どこまでもムカつく女ね!」

「陽動に二度も引っ掛けるとは、なっていないようだな」

 

 ユリア中尉はそう言ってため息を吐き出した。本当は安っぽい挑発をするのは好きではない。しかしカノーネ大尉の注意を自分に出来るだけ引き付ける必要がある。感情的になったカノーネ大尉は冷静に指揮を執れていない。

 カノーネ大尉は特務兵四人と併せて五人ならばユリア中尉を倒せると思っているようだ。しかし今のユリア中尉は一人では無かった。シロハヤブサのジークと言う相棒が居るのだ。

 ユリア中尉は今まで自分の相棒をクローゼの護衛に就かせていた。それが今はユリア中尉と二位一体、ジークはカノーネ大尉の導力魔法詠唱を封じている。たとえ自分が敗れる事があっても、クローゼたちがアリシア女王を救出する時間だけは稼いでみせると決意するユリア中尉だった。

 

 

 

 

 女王宮の入口を守っていたのはたった三人の特務兵だけだった。エステルとアスカ、クローゼとシェラザードはそれほど時間もかからず蹴散らした。しかし女王宮の玄関で待ち受けていたのは、デュナン公爵と執事のフィリップ、特務兵たちだった。

 

「反逆者どもめ、次期国王の私を狙っての狼藉だろうが、返り討ちにしてやる!」

 

 そう言って大見得を切るデュナン公爵の隣には、エステルたちに向かって頭を下げて謝るフィリップの姿があった。

 

「アンタバカァ!? 冗談は髪型だけにしなさいよ。まだ正式に決まったわけじゃないんでしょうが」

 

 アスカがあきれた様に声を上げた。隣に居たシェラザードがニコリと笑顔を浮かべて呼びかける。

 

「デュナン公爵閣下ですね。私たちはクローディア姫殿下の御依頼でアリシア女王陛下を救出に参りました。大人しくお退きになって頂けると助かるのですが」

 

 シェラザードの言葉を聞いたデュナン公爵は不機嫌な顔になった。

 

「クローディアめ、陛下は私が守っていると言うのに、ふざけた事を言いおって!」

 

 そんなデュナン公爵にクローゼは真剣な表情で声を掛ける。

 

「小父様はリシャール大佐に利用されているだけなのです、目をお覚ましになって下さい!」

 

 デュナン公爵は突然話し掛けて来たクローゼを不思議そうな顔で見つめた。

 

「そなたはもしや……クローディアか!?」

「やっと気が付いたみたいね」

 

 エステルがあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「良くもこの私を騙してくれたな! これだから女と言うのは……信用ならんのだ!」

 

 デュナン公爵の言葉を聞いたエステル、クローゼ、シェラザードの表情が厳しいものとなる。

 

「閣下、今の発言はマズイですぞ……謝った方が良いかと……」

 

 フィリップがあわててデュナン公爵に耳打ちした。

 

「ふーん、このご時勢に何とまあ大胆な発言ね」

 

 シェラザードは貼りついた笑顔でムチを振るって音を立てた。交渉決裂と感じたエステルたちは取り巻きの特務兵たちに戦いを挑んだ。デュナン公爵も一緒に叩きのめしたい気分だったが、それは遊撃士としてできない。

 この戦闘はやりにくいものだった。デュナン公爵を巻き込むわけにはいかないので、範囲攻撃魔法は使えない。デュナン公爵は悲鳴を上げながらちょろちょろと動き回るので邪魔で仕方ない。

 特務兵たちを倒したエステルたちは腰を抜かしたデュナン公爵に向き合う。

 

「次はアンタの番ね」

「女ごときの振るう鞭の味、思い知らせてやろうかしら?」

 

 アスカとシェラザードが揃って武器を構えて威圧をすると、デュナン公爵は四つん這いになりながら逃げ始めた。

 

「あの、そのくらいで許してあげたらどうでしょうか……」

 

 クローゼが困った顔で止めにはいった。

 

「公爵閣下が皆様に失礼をなされたのも、この私の不徳の致すところ、これ以上の罰はこのフィリップにお与えください!」

 

 フィリップがそう言って頭を深く下げると、アスカとシェラザードは顔を見合わせてため息を吐き出した。

 

「放っておこうか、こんな腰抜け」

 

 アスカは冷めた目でデュナン公爵を見ると、スタスタと階段を昇り始めた。デュナン公爵はクローゼの部屋で事態が落ち着くまでフィリップと待機する事になった。

 

 

 

 

 エステルたちは緊張しながら女王の私室のドアを開いて部屋の中に入ると、部屋の中は人の気配がしなかった。拍子抜けしたエステルたちは軽くため息をついた。女王の私室の奥にはさらに扉がある。どこに通じているのか分からないが、アリシア女王は奥に居る可能性が高い。

 

「御祖母様……!」

 

 ドアを開くと、立っているアリシア女王の背中が見えたクローゼは声を掛けた。

 

「クローディア……!」

 

 クローゼに気が付いたアリシア女王が振り返った。

 

「女王様、助けに来ました!」

 

 武器を構えたエステルは真剣な表情でアリシア女王に声を掛けた。

 

「やれやれ、思いの外早かったな。あの女狐め、足止め一つ満足に出来ないとは」

 

 声のした方にエステルたちが視線を向けると……ロランス少尉とサトミ軍曹が待ち構えていた。

 

「ロランス少尉……何でここに!?」

「ほう……俺の事を調べたようだな」

 

 驚いたアスカがつぶやくと、ロランス少尉は感心した様子でつぶやいた。ロランス少尉とサトミ軍曹はこのアリシア女王の私室のバルコニーで待ち構えていたようだ。

 

「私たちは女王陛下の護衛としてここに残ったのだよ。君たちのようなテロリストから守るためにね」

「フン、テロリストはリシャール大佐の方じゃないの」

 

 エステルはそう言って鼻を鳴らしてロランス少尉をにらみつけた。

 

「こっちはアンタたちの倍の人数が居るのよ、とっとと降参したらどう?」

 

 アスカがそう言うと、ロランス少尉は大きな声で笑い出した。

 

「分かった。おい、あいつの相手はお前がしてやれ!」

 

 ロランス少尉は後ろに立っていたサトミ軍曹の方を振り返って声を掛けた。サトミ軍曹は黙ってうなずき、無言でアスカを挑発するように指をクイクイと動かした。アスカはエステルたちと離れてサトミ軍曹の方へと向かった。

 

「さてと、残り三人の相手は俺がしよう」

「あんですって~!? いくら何でも、あたしたちの事を舐め過ぎじゃない」

 

 ロランス少尉の言葉を聞いたエステルは怒りの声を上げた。

 

「エステル・ブライト。『剣聖』と呼ばれたカシウスの娘……。『銀閃』のシェラザード・ハーヴェイ、最近B級に昇格した新進気鋭の遊撃士。そして、クローディア姫は学園の剣術大会で優勝するほどの腕前だとか」

 

 エステルたちの経歴をロランス少尉は余裕を持って話した。

 

「あの……私たちが争う理由は無いはずです。大人しく退いては頂けませんか?」

 

 クローゼがそう言うと、ロランス少尉は軽く首を横に振った。

 

「そちらには無くても、こちらにはあるのだよ。大佐の時間稼ぎをさせてもらうぞ」

「畏れ多くも女王陛下を囮に使った陽動ってわけね……」

 

 シェラザードはロランス少尉をにらみつけながらそうつぶやいた。

 

「おっと、あちらの二人は戦いを始めたようだな」

 

 ロランス少尉が指さす方を見ると、アスカとサトミ軍曹が戦っていた。

 

「……それではこちらも始めようか。武術大会の時のようには行かんぞ」

 

※エステル、クローゼ、シェラザードの三人でロランス少尉と戦います。

 勝利すればボーナスBPが加算されるので応援してください。

 

 

 

 

 エステルたち三人と離れたアスカは、ロランス少尉の副官であるサトミ軍曹と向かい合った。武術大会の試合で顔を合わせた事があるが、あの時サトミ軍曹は特務兵の回復をするだけで導力銃を抜きもしなかった。

 そのサトミ軍曹が銃を抜いてアスカと対峙している。棒術を学んだアスカは、少し間合いを詰めれば攻撃できる。真正面から直線的に突っ込めば導力銃の的になる。だから少しでも変則的な動きをして銃撃を外すしかない。

 銃を撃てば身体が硬直してしまう。だから銃を撃つ方も無暗に乱射するわけにもいかない。サトミ軍曹とアスカはお互いの隙を狙ってしばらくにらみ合っていたが、先に動き出したのはアスカだった。

 

「こんのおぉぉぉぉっ!」

 

 気合いたっぷりに咆哮して、アスカはサトミ軍曹に突進した……かのように見えた。サトミ軍曹は導力銃を迫り来るアスカに向かって乱射した。しかし、アスカは数歩で足を止めて踏ん張り、棒を自分の身体の正面で激しく風車のように回転させる。サトミ軍曹の撃った銃弾は全てアスカの棒に弾き飛ばされた。

 

「チャーンス!」

 

 アスカはニヤリと笑ってサトミ軍曹との間合いを詰めた。しかし今度はアスカが驚く番だった。サトミ軍曹は背後に向かって宙返りで跳び、間合いを離した。銃の腕前だけでなく、身体能力もかなりのものだとアスカは思った。

 まともにやり合っては勝ち目が無いと判断したアスカは、サトミ軍曹と向き合いながら思考を巡らせた。二度も同じ手が通じるとは思えない。

 

「これならどうよ!」

 

 アスカはそう叫ぶと、持っていた棒を放り投げた!

 まさかアスカが自分の武器を手放すなど、予想も付かなかった行動に虚を突かれたサトミ軍曹は身体が硬直し、回避行動をとれなかった。激しく回転した棒はサトミ軍曹の腕に直撃した。

 その衝撃でサトミ軍曹は導力銃を落としてしまった。そして落とした導力銃を拾おうと身体を屈めた。絶好の攻撃機会に恵まれたアスカはサトミ軍曹の兜の側面にキックを食らわせた。

 鈍い音がして、サトミ軍曹の兜がズレる。するとサトミ軍曹は導力銃を拾うよりも、兜を深く被って顔を隠す方を優先した。

 

(……何よコイツ、そんなに正体を隠したいの? 一言もしゃべっていないし)

 

 アスカの投げた棒が腕に当たった時も、サトミ軍曹は呻き声一つ上げなかった。ロランス少尉の指示に対しても黙ってうなずいただけだ。アスカは得体の知れない不気味さを感じ始めていた。

 サトミ軍曹が導力銃を拾っている間に、アスカも自分が投げた棒を拾い上げることが出来た。アスカは第二撃を加えようとするが、サトミ軍曹はまたも宙返りで間合いを離す。そして黙ってエステルたちが戦っている方を指差す。するとエステルとシェラザードがロランス少尉の戦技によって吹き飛ばされるのが見えた。

 

 

 

 

 少し時間を戻して、ロランス少尉とエステル、クローゼ、シェラザードの戦いを振り返る。戦う前にロランス少尉は兜を脱ぎ捨てると、銀髪と整った顔が露になった。

 

「武術大会のようなお遊びとは違う。本気を出させてもらうぞ」

 

 ロランス少尉は不敵に微笑むと、特徴のある剣を鞘から取り出した。武術大会の時はごく普通の剣を使っていた。今ロランス少尉が握っているのは、剣先がC型になっている、見た事の無い剣だ。

 剣先が鉤爪のようになっているのは、斬り付けた相手にさらに傷を負わせるためのものだろう。他にも引っ掛けて相手の武器を折る事も出来る。残酷さがにじみ出ている剣だった。

 エステルたちはロランス少尉を囲むように攻撃し、ロランス少尉に手傷を負わせた。ロランス少尉は攻撃を避けもせず、わざと斬られた様子だった。不気味に思うエステルたちの前で、ロランス少尉は導力魔法《ティアラル》で自分の傷を回復してしまった。

 

「あれは……高位の回復魔法! 少しの傷なら治されてしまいます!」

「一気に畳みかけるか、導力魔法を妨害するしかないわけね……」

 

 クローゼがそう叫ぶと、エステルはそうつぶやいた。

 

「なるほどね……じゃあ、これならどう?」

 

 シェラザードは導力魔法《クロックダウン》を詠唱した。しばらくの間、相手の素早さを下げる魔法だ。光に包まれたロランス少尉はほんの少し動きを鈍らせる。導力魔法は効いたようだが、まだロランス少尉の素早さは油断できない。

 ロランス少尉の纏っている黒装束の服は守備力が高そうだと判断したエステルたちは、エステルとシェラザードでロランス少尉の攻撃を受け止め、EPに余裕のあるクローゼの導力魔法で攻勢に出る事にした。

 しばらく戦ううちに、エステルたちは直ぐに傷を回復してしまうロランス少尉に苛立って来た。魔法の詠唱を妨害しようにも隙が少なく、繰り出した妨害攻撃もかわされてしまう。

 それでもクローゼはクロックダウンでロランス少尉の動きを押さえ続けて、合間に魔法で攻撃した。エステルたちはクローゼにEPを回復させる道具を使ってクローゼの魔法が途切れないようにした。

 エステルたちはジリジリとロランス少尉を追い詰めていたはずだった。しかしロランス少尉は突然、自己回復の魔法の詠唱を止めると、掛け声と共に剣を振り上げた。ロランス少尉の身体からは黄金色に光るオーラのようなものが立ち昇る。

 

「俺の渾身の一撃を見せてやろう。《鬼炎斬》!」

 

 炎をまとった剣を横一文字に回転させた攻撃に、エステルとシェラザードは遠くに弾き飛ばされて深手を負った。離れていたクローゼだけが難を逃れる事が出来た。

 

「この一撃を食らって、命があるだけ大したものだ」

 

 ロランス少尉は不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。追撃を受ければエステルたちは止めを刺されてしまう。クローゼはためらいもなく奥義《リヒトクライス》を使ってエステルとシェラザードの傷を癒した。

 

「エステル、こうなったら出し惜しみは無しよ! 全力であいつを倒す!」

「分かったわ、シェラ姉!」

 

 エステルの奥義《桜花無双撃》がロランス少尉に炸裂する。エステルは空中で宙返りするほどの大ジャンプでロランス少尉の前に着地すると、棒で百裂連打を加える。それでもロランス少尉は倒れなかった。

 次にシェラザードの奥義《クインビュート》が発動し、中距離から鞭の連撃がロランス少尉を襲う。二人の必殺技を立て続けに食らえば、無事では済まないはずだが……。

 

「まさか……これほどやるとはな」

 

 ロランス少尉は片膝を着いた体勢で、感心した様子でつぶやいた。並の相手だったら地面に倒れ伏して気絶しているはずだ。肩で息をしているエステルとシェラザードにはもう奥義を放つだけの体力は残っていない。倒せなかった事は絶望的だった。

 

「エステル・ブライト。お前を甘く見ていた事は謝ろう。お前なら父親のレベルに届くかもしれない」

「えっ?」

 

 ロランス少尉の言葉を聞いたエステルは不思議そうな顔で声を上げた。

 

「さて、もう十分に時間稼ぎは出来た。望み通り、女王陛下は返してやろう。もはやお前たちは手遅れだ……」

「どういう意味よ?」

「女王陛下がお前たちを導いてくれるだろう。さらばだ……」

 

 エステルの質問にロランス少尉はそう答えると、サトミ軍曹と共に、バルコニーに吊り下げられたワイヤーロープで逃げて行ってしまった。ロランス少尉たちの追撃よりも、今はアリシア女王の安全確保が最優先だ。

 

「御祖母様、お怪我はありませんか?」

「大丈夫よ、手荒な事はされていませんから……」

 

 クローゼが尋ねると、アリシア女王は穏やかな笑みでそう答えた。

 

「アスカ!」

「シンジ!」

 

 アリシア女王のバルコニーで再会を果たしたアスカとシンジはお互いの無事を喜んだ。ヨシュアやユリア中尉、オリビエとジンも続いて姿を現した。

 

「城内にリシャール大佐とロランス少尉が見当たらなかったから、心配だったんだよ」

「ロランス少尉なら、さっきまであたしたちと戦っていたわよ」

「えっ!?」

 

 ヨシュアの言葉に答えたエステルの話を聞いて、ヨシュアは驚きの声を上げた。

 

「そこの手すりのワイヤーロープから逃げて行ったわ」

「良かった、みんな無事で……」

 

 シェラザードの言葉を聞いたシンジはそうつぶやいた。

 

「陛下……御無事で何よりです。私の力不足でこのような事態になってしまい、申し訳ありません……」

 

 ユリア中尉はアリシア女王の前に跪いてそう言った。

 

「ユリア中尉、顔をお上げなさい。私はこうして再び会う事が出来て嬉しく思います。他の皆様もお力添えを頂きありがとうございました」

 

 アリシア女王は穏やかな口調でそう言ってエステルたちに微笑みかけた。

 

「フッ、女王のお言葉を頂き嬉しい限りです」

 

 オリビエが髪をかき上げながらアリシア女王の言葉に答えた。この場ではこれ以上ふざけた態度はとれないようだ。

 

「城内の特務兵の鎮圧は完了しました。しかし各地の王国軍の部隊が王都を目指して進撃中との事です」

 

 ユリア中尉は沈痛な面持ちでアリシア女王に報告をした。まだ自分たちは危険な立場に居るのだ。今の王国軍は情報部の支配下にある。

 

「空中庭園に特務兵から奪った特務飛行艇があります。陛下だけでもそれに乗ってお逃げください!」

 

 ユリア中尉はそう訴えるが、アリシア女王は首を横に振ってハッキリと拒否した。

 

「いいえ、それは出来ません。それよりも、私には皆さんにお伝えすべき事があります」

 

 アリシア女王はそう言うと、急いでリシャール大佐を止めなければならない理由について話し始めた。昨日の夜、アリシア女王はリシャール大佐から《伝説のアーティファクト》を手に入れるつもりなのだと話した。

 それがあれば世界を思うがままに変える事が出来ると、伝承になっている物なのだとアリシア女王は言った。そんなおとぎ話のような事をエステルたちは直ぐに信じる気持ちにはならなかった。

 その伝説のアーティファクトは、その危険性からリベール王国のどこかに封印されているのだろうとアリシア女王は続けて話した。王都の地下深くにある古代遺跡が、伝説のアーティファクトと関係があるに違いないとリシャール大佐は考えているらしい。

 伝説のアーティファクトが具体的にどのようなものなのかは王家の伝承にも残っていないとアリシア女王は言った。しかし封印を解いてしまったら大変な事が起こるかもしれない。

 

「それで、その地下遺跡への入口はどこにあるの?」

「私に心当たりがあります。何も宝物が無いのに、王家代々、宝物庫と伝えられている場所です」

 

 エステルの質問にアリシア女王はそう答えた。

 

 

 

 

 エステルたちはアリシア女王と一緒に城の地下へと向かった。エステルたちが見守る中、ヨシュアが宝物庫の扉を丹念に調べた。

 

「間違いありません、つい最近、複数の人間が出入りした跡があります」

 

 ヨシュアは真剣な表情でそう断言した。

 

「さらに、何か重いものを引きずったような跡もあるわね」

 

 シェラザードも床を調べてそう付け加えた。アリシア女王は宝物庫の鍵には予備があり、リシャール大佐たちはそれで出入りしたのだろうと話した。調べてみる必要があると判断したアリシア女王は、鍵を使って宝物庫の扉を開けた。

 エステルたちが部屋の中に入ると、正面には大型のエレベータが造られていた。アリシア女王もユリア中尉も知らなかった事から、リシャール大佐が造らせたに違いない。

 

「わざわざエレベータを造らせたとなると、このエレベータで《伝説のアーティファクト》が封印されている古代遺跡に降りることが出来るわけですね」

 

 ジンが真剣な表情でそう言った。

 

「この宝物庫を占領してこのエレベータを造る事が、今回のクーデターの真の目的なのではないかと私は思うのです」

 

 アリシア女王は考え込むように目を閉じて、そう話した。

 

「そのために国中の人を巻き込むなんて、本当のバカだわ」

 

 アスカは苦々しい表情でそう吐き捨てた。ここで話していても仕方が無い、エレベータを使って地下に降りようとしたエステルたちは、エレベータがロックされている事に気が付いた。

 

「あんですって~!? これじゃあ、リシャール大佐を追いかける事が出来ないじゃない!」

「そんな、ここまで来たのに……」

 

 エステルが怒りの声を上げ、クローゼが失望してつぶやいた。

 

「こうなったら、捕えた特務兵を締め上げてエレベータの動かし方を尋問するしかなさそうね」

 

 拷問でもしそうな勢いで、シェラザードはムチを握り締めてそう言った。

 

「いえ、その必要はありませんぞ」

 

 そう言って部屋へと入って来たのはラッセル博士だった。

 

「ちょっと、何で博士がここに居るの!?」

 

 エステルが驚きの声を上げた。ラッセル博士はアガットとティータと一緒にボース地方で潜伏しているのではなかったのか。

 

「アスカお姉ちゃん……!」

「ティータ……!」

 

 後から部屋に駆け込んで来たティータがアスカの胸に向かって飛び込んだ。ゆっくりとした足取りでアガットもやって来た。

 

「どうしてアガットさんがここに?」

 

 シンジが不思議そうな顔でアガットに尋ねた。

 

「ボース地方の王国軍も騒がしくなってな、ヴァレリア湖をまたボートで渡って灯台下暗しを狙ったら、城で騒ぎが起きているってエルナンから聞いたのさ」

 

 そう答えたアガットは、エルナンからアリシア女王救出の依頼の報酬を預かっていると話した。

 

「ちゃんと報告していないのに、報酬をもらっちゃって良いのかな?」

「親衛隊の伝令から遊撃士協会に城が奪還されたって知らせがあって、エルナンはそれで事態を理解したらしいぜ」

 

 エステルの疑問の声にアガットはそう答えた。

 

「それで、クーデターの首謀者のリシャール大佐が行方不明と聞いたが、どういう事だよ?」

 

 アガットに尋ねられたエステルたちはリシャール大佐の目的や伝説のアーティファクトについて話した。

 

「なるほど、エレベータが使えなくて困っておるのはそう言うわけか」

 

 ラッセル博士はエレベータの制御盤を見ながらそうつぶやいた。

 

「こんな電子ロック、ワシの手に掛かればチョチョイのチョイじゃ!」

 

 エレベータのロックがラッセル博士によって解除されると、エステルたちから歓声と拍手が上がった。

 

「それでは地下に降りてみましょう」

 

 アリシア女王がそう言うと、エステルたちはエレベータに乗り込んだ。その時、城門で見張りをしていたカルナが息を切らしながら部屋に駆け込んで来た。

 

「王国軍の大軍が、城門に迫っている。警備艇も居て、あたしたちだけではとても防ぎきれない!」

「……それでは、私が説得に参りましょう」

 

 カルナの話を聞いたアリシア女王は凛とした表情でそう言った。

 

「しかし、陛下を危険にさらすわけには……」

「彼らとて同じリベールの民、話せばきっと分かってくれるはずです」

 

 心配して引き留めようとするユリア中尉にアリシア女王は毅然とした態度でそう答えた。

 

「エステルさん、アスカさん、ヨシュアさん、シンジさん、あなたたちにこんな依頼をするのは心苦しいですが……」

「リシャール大佐の野望はあたしたちがきっと止めてみせます!」

 

 アリシア女王にそう答えたエステルは、エレベータの降下ボタンを押した。アリシア女王とユリア中尉、カルナたち正遊撃士の四人は城に残って王国軍を食い止めると話した。

 エステルたちの乗るエレベータは地下深くに向かって下降して行く。この先には何が待っているのか。アスカは自然と隣に立つシンジの手を握っていた……。

 

 

 



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第四十八話 ジオフロント決戦! 始動するE計画!

 

 地下深く進んだエレベータが降りた先は、巨大な古代遺跡が見渡せる広場のような場所だった。アスカとシンジが見た事のあるネルフ本部のジオフロントほどではないが、かなり広大な地下空洞だった。

 

「何なの、ここは……」

 

 エステルは口をポカンと開けて目の前に広がる白亜の古代宮殿とも思える遺跡を見つめた。無数の通路が入り乱れ、所々で導力灯が点滅している。

 

「相当旧い遺跡のようじゃが、設備は生きているようじゃな」

 

 ラッセル博士は大きな音を立てて稼働する遺跡を見てそうつぶやいた。

 

「装置が動いているだけじゃねえ、遺跡の奥から殺気がプンプン漂って来るぜ」

 

 アガットが遠くに蠢くものを見つけて警告を発した。

 

「この広場にある資材は多分情報部によって持ち込まれたものね。遺跡へ入るルートを造るために、リシャール大佐が指示したってところかしら」

 

 広場を注意深く調べていたシェラザードはそう言った。

 

「私たちの想像を超えた巨大な遺跡のようですね……効率的に探索しないと、リシャール大佐に追いつけないかもしれません」

 

 クローゼが真剣な表情でそう言った。

 

「ここは先発隊と後発隊に分かれて進んだ方が良いかもしれんな」

 

 ジンはクローゼの意見を受けて、エステルたちにそう提案した。今の集団にはラッセル博士など守るべき非戦闘員も居る。先発隊が前方の安全を確認してから後発隊が進むのが良いだろうとジンは話した。

 

「それでは、先発隊はエステル、ヨシュア、アスカ、シンジ、クローゼに任せようと思う」

「えっ、あたしたちが!?」

 

 ジンがそう断言すると、エステルは不思議そうな顔で尋ねた。ここには準S級遊撃士のジンをはじめとして、アガット、シェラザードと先輩の正遊撃士が居るのだ。それを差し置いて自分たちが先発隊とは。

 

「依頼を受けたのはお前ら何だろう? それならお前らに主役を譲ってやるぜ」

「頑張って、アスカお姉ちゃん!」

 

 アガットとティータの言葉に後押しされ、エステルたちは古代遺跡の探索に乗り出す事になった。

 

「気負いすぎる事は無いよ、いざとなったらみんなが助けてくれるんだから」

「そうよね」

 

 ヨシュアの言葉にエステルはそう言ってうなずいた。

 

「アタシたちがリシャール大佐を倒したら、アンタたちの出番はないかもよ」

「そんな口が利けるようなら大丈夫そうね」

 

 大口を叩くアスカに、シェラザードは笑みを浮かべてつぶやいた。

 

「それでは、行ってきます」

 

 シンジは後発隊に残るアガットにそう告げて、先を行くエステルたちと合流するのだった。

 

 

 

 

 遺跡の守護者である機械仕掛けの怪物を倒しながら、エステルたちは迷路のような地下通路を進んで行く。第一層を突破し、第二層へのリフトに乗るエステルたち。この遺跡は何層にも分かれているようだ。

 第三層の空中回廊でエステルたちを待ち受けていたのは、何とカノーネ大尉だった。カノーネ大尉はグランセル城三階の空中庭園でユリア中尉と戦っていたはず。城を制圧したカルナたちの目を盗んで逃げたとしてもエステルたちより先回り出来るのは不思議だった。

 

「何でアンタがこんなところに居るのよ!?」

「うるさいわね、細かい事はどうだっていいのよ!」

 

 アスカの疑問の声は逆ギレしたカノーネ大尉に一蹴されてしまった。カノーネ大尉は死に物狂いでエステルたちを止める気のようだ。

 

「カノーネ大尉、大人しく武器を収めて下されば、私たちはあなたに危害を加えるつもりはありません」

 

 クローゼが困惑した顔でカノーネ大尉にそう告げた。エステルたち五人を相手に一人で戦うなど正気の沙汰ではない。しかしそれでもカノーネ大尉は戦う素振りを見せた。

 

「リシャール大佐が《伝説のアーティファクト》を手に入れれば、城も取り戻せるのよ!」

「……こうなったら、力づくでアイツの目を覚ますしかなさそうね!」

 

 アスカはそう言って武器を構えた。シンジは気が進まなかったが、相手が戦う意思を見せているのなら仕方が無い。早く決着をつける事が、せめてもの情けだ。

 

「リシャール大佐、申し訳……ありません」

 

 カノーネ大尉は導力銃を数発撃っただけで、エステルたちの集中攻撃を受けて膝から崩れ落ちた。しばらくは自力で歩くのも無理だろう。カノーネ大尉の身柄拘束は後発隊に任せて、エステルたちは先に進もうとした。

 しかしその時一体の機械仕掛けの怪鳥が飛来し、動けないカノーネ大尉に襲い掛かった!

 

「危ない!」

 

 後方に居たシンジがカノーネ大尉を身体で庇い、背中で怪鳥の機銃掃射を受けた。エステルたちによって直ぐに機械仕掛けの怪鳥は倒されたが、シンジの受けた傷は深いようだ。クローゼがあわてて回復魔法をかける。

 

「バカシンジ! 何でこんなヤツを庇うのよ!」

 

 アスカがぼうぜんとしているカノーネ大尉を指差してシンジに向かって怒鳴った。

 

「……ごめん、放って置けなかったんだ」

 

 このシンジの優しさに、アスカはあきれてしまった……が、そのシンジの優しさに惹かれているのも確かな事だった。シンジよりカノーネ大尉の近くに居たヨシュアは、敵だと割り切って助けなかった事から、自分は心が冷たいんだと自嘲していた。

 

「大丈夫だよ、ヨシュア。あたしだって、助けたらいいか迷っちゃうと思うから」

 

 エステルはそう言って微笑んで、優しくヨシュアの手を握った。とりあえずシロハヤブサのジークに早く来てもらうように伝言を頼み、エステルたちは後発隊の到着を待つ事にした。

 

 

 

 

 やがて後発隊が到着し、ラッセル博士の分析によると、今居る場所はちょうど遺跡の中間地点に当たるらしい。ラッセル博士に戦術オーブメントの緊急メンテナンスをしてもらい、シンジのお弁当で休憩をとったエステルたちは気合いを入れ直して遺跡の探索を再開した。

 エステルたちは第四層も踏破し、遺跡の最下層と思われる場所までたどり着いた。ここまでリシャール大佐の姿は無かった。もしかしてすでに《伝説のアーティファクト》を手に入れてしまっているのか。嫌な考えがエステルたちの頭をよぎった。

 エステルたちは遺跡の終点と思われる大きな部屋に到着した。部屋の四隅には今まで旅して来た地域にあった《四輪の塔》を想像させる翡翠、琥珀、紺碧、紅蓮の四色の大きな柱があった。

 そして奥にある祭壇の前では、リシャール大佐が立っていた。

 

「やはりカノーネ君たちでは君たちを止められなかったか。そんな予感がしたよ」

 

 リシャール大佐は余裕を感じさせる落ち着いた表情でそうエステルたちに声を掛けた。

 

「あたしたちは女王様に頼まれてあなたたちの計画を止めに来たの」

 

 エステルは真剣な表情でリシャール大佐を見つめた。

 

「まだ《黒のオーブメント》とやらは起動させて無いみたいね。今なら許してあげてもいいわ」

 

 アスカはそう言ってリシャール大佐に向かって武器を構えた。

 

「元より逆賊の汚名を被ろうとも、計画は遂行するつもりだ」

 

 リシャール大佐はそう言ってアスカの説得を跳ね除けた。

 

「だいたい《伝説のアーティファクト》を手に入れて、どうするつもり何ですか?」

 

 シンジが今までにない厳しい表情でリシャール大佐をにらみつけた。

 

「かつて人は、神の力を得て、海と大地と天空を創造する術を身に付けたのだと言う。《伝説のアーティファクト》によりそれが可能になるのだ」

 

 リシャール大佐は恍惚とした表情でそう語った。

 

「もしそれが手に入ったら、リベール王国にとってどういう意味を持つのか、君たちには分かるかい?」

「周辺諸国に対する、脅威的な軍事力を有する事になる……と言う事ですね」

 

 クローゼが不安げな表情でリシャール大佐にそう答えた。

 

「そうだ。このリベールは《百日戦役》と言う戦禍に見舞われた。兵力においてはエレボニア帝国は我が国の8倍もある。技術力の優位でいつまでも補いきれるものではない。二度と侵略を受けないための絶対的な力が必要なのだよ」

 

 リシャール大佐はそう言って自分の正当性を力説した。

 

「アンタバカァ!? だからと言って、そんな危険な物を使って世界が滅亡したら本末転倒じゃないの!」

「10年前の戦争だって、みんなの力を合わせて何とかなったんでしょう!?」

 

 アスカとエステルは怒った顔でそろって反論を叫んだ。

 

「あの時帝国の侵略を防げたのは、我がリベール王国軍に英雄カシウス・ブライトが居たからだ。しかし彼は軍を去った。だから私は情報部を創り、国難を救おうと考えた。諜報戦で他国に優位に立つ目的もあったが……我々は情報網を駆使して、リベール王国に絶対的な力を与えられるものを探したのだよ」

 

 リシャール大佐の話を悲しそうな顔で聞いていたエステルはポツリとつぶやいた。

 

「それって……正しい力なのかな?」

「何だと?」

 

 エステルの言葉を聞いたリシャール大佐の顔が歪んだ。

 

「あたしたち遊撃士はみんなを守るのが仕事だけど……あたしたちが高圧的に守ってあげているんじゃなくて……みんなが守りたいっていう気持ちに協力してあげる感じなの」

 

 明るい笑顔でエステルがそう言うと、リシャール大佐は怪訝そうな顔で尋ねた。

 

「君は……何を言っているのかね?」

「父さん一人が居たからって帝国軍に勝てたわけじゃない。リシャール大佐やモルガン将軍、色々な人と力を合わせて国を守りたいって思ったんでしょう? その結果、戦争が終わってくれた。あたし、間違った事を言ってるかな?」

 

 エステルの話を聞き終わったリシャール大佐は驚いた顔をしてしばらくの間黙っていた。

 

「今、アタシたちがここに居る事だって何よりの証拠よ。アンタのクーデターに準遊撃士風情が太刀打ちできるか不安もあったわ。でもね、色々な人に助けられたからアタシたちはアンタに追いつく事が出来たのよ」

「これも奇跡みたいなものだとは思いませんか?」

 

 アスカとシンジはさらにリシャール大佐に言葉を畳みかけた。さらにリシャール大佐は目を閉じて黙って話を聞いていた。そんなリシャール大佐にエステルは明るい声で呼びかける。

 

「でもそれって奇跡でも何でも無くて……あたしたち誰もが持っている力じゃないかと思うの。もしまた、戦争が起こってしまっても……みんながまた力を合わせれば、何とかできるような気がする!」

「そんな得体の知れない《伝説のアーティファクト》よりも、エステルが言っている事の方が絶対に確実よ!」

 

 エステルとアスカの言葉に、ヨシュアとシンジとクローゼは驚いて感心した様子だった。

 

「エステルさん、アスカさん、私も本当にその通りだと思います」

 

 クローゼが嬉しそうな笑顔でそうつぶやいた。するとリシャール大佐は大きな声で笑い出した。

 

「アンタ、何がおかしいのよ!」

「皆がエステル君たちのような強さと正しさを持った人間ならば、リベール王国は安泰だろう。しかし実際はそうではないのだよ」

 

 怒ったアスカに対して、リシャール大佐は不敵なを浮かべてそう答えた。

 

「目の前にある強大な力を、みすみす捨てるわけにはいかない。私は《伝説のアーティファクト》を手に入れるために今まで準備を進めて来た。もう引き返せない所まで来ているのだ」

 

 リシャール大佐がそう宣言すると、エステルたちの表情は失望に染まった。

 

「教えてください、どうして大佐は……この古代遺跡の場所を知ったのですか?」

「どういう意味だ?」

 

 ヨシュアの質問に、リシャール大佐は不思議そうな顔で聞き返した。

 

「女王陛下でさえ、この遺跡の存在を知りませんでした。さらに、地下宝物庫から真下を掘り進めれば古代遺跡にたどり着けるなんて……情報部の力では知る事は出来ないと思うんです」

 

 黙り込んだリシャール大佐に向かって、ヨシュアはさらに話を続ける。

 

「それにツァイス中央工房の技術力を遥かに上回る技術で造られた《黒のオーブメント》、あなたはどうやって手に入れたんですか?」

 

 何かを思い出そうとしていたリシャール大佐は突然頭を抱えて苦しみだした。

 

「どうしたの!?」

 

 異変を感じたエステルが驚きの声を上げた。

 

「リシャール大佐にはその部分の記憶が無いんだ」

 

 ヨシュアがそう断言すると、エステルたちはハッとした顔になる。

 

「ダルモア市長の時のように、記憶をいじられた可能性があると言う事ですか?」

 

 クローゼが驚きの声を上げた。

 

「別にそれは問題ではないだろう。実際に古代遺跡はあり、《伝説のアーティファクト》は実在するのだ!」

 

 リシャール大佐はそう大きな声で怒鳴った。

 

「議論は尽きた! 私は、自分の信じた道を往くだけだ!」

 

 そう言うとリシャール大佐は、《黒のオーブメント》を起動させた。

 

「君たちが奇跡を起こせると言うのならば、私を倒してみるがいい。それが出来ないのであれば、青臭い理想論に過ぎん」

 

 リシャール大佐はそう言って鞘から剣を抜いた。先ほどのカノーネ大尉の時と同じように五対一の戦いだが、『剣聖』カシウスから剣術を受け継いだリシャール大佐は格が違う。強敵であるのは間違いなかった。

 

「じゃあ見せてあげるわよ、アタシたちの奇跡の力を!」

 

 アスカは武器を構えてそう叫んだ。相手は一人とは言え、手配魔獣よりも格段に上だろう。エステルたちは陣形を組んで戦う事にした。

 リシャール大佐は戦技《光輪斬》を使い、迫って来たアスカとエステルを切り刻んだ。シンジとクローゼが二人の傷を回復する。リシャール大佐の戦技はそれだけではない。《光鬼剣》で導力魔法を詠唱するヨシュアを妨害した。

 リシャール大佐の奥義《残光破砕剣》を食らい、シンジが地面に倒れた。クローゼは泣きそうな顔になって必死にシンジに回復魔法をかける。ショックを受けたアスカもシンジの元に駆け寄った。致命傷は避けられたようだ。

 ヨシュアは妨害を受けながらも何とか《クロックダウン》と《クロックアップ》の詠唱に成功した。これで少しは有利に戦える。スピードを奪ってもリシャール大佐の体力はかなりのものがあり、エステルとアスカが攻撃しても堪えている様子は無かった。

 しかししばらくすると、リシャール大佐は剣を鞘に収めた。その様子を見たエステルたちはリシャール大佐から慌てて離れた。シンジはクローゼとアスカの献身的な治療もあって、何とか立ち上がれるくらいに回復した。

 

「さすが、カシウス大佐の子供たちだな」

「……大人しく、降参して頂けると言う事ですね」

 

 剣を手放したリシャール大佐に向かってヨシュアはそう尋ねた。

 

「もう時間稼ぎの必要は無くなったと言う事さ……」

 

 リシャール大佐がそう言うと、祭壇に置かれた《黒のオーブメント》は強い光を放ち、消え去ってしまった。

 

「やられた!」

 

 アスカが叫ぶと同時に、部屋全体が大きく揺れ出した。

 

「これってラッセル博士の工房で見た、ツァイスの街の導力灯を落とした黒い光……!」

 

 エステルがそうつぶやいた。動力停止現象は古代遺跡全体に広がり、ラッセル博士の居る後発隊でも確認することが出来た。何が起きたのか分からないエステルたちに、古代遺跡全体にアナウンスの声が響き渡った。

 

『施設に居る全職員に警告します……第一段階の封印結界の消滅を確認しました。封印区画・最深部において、解除行動がされた模様です。《デバイスタワー》のセキュリティ解除を確認』

 

 そのアナウンスと共に、部屋の四隅にあった柱が、大きな音を立てて崩れ出した。

 

「いったい、何が起きてるのよ!?」

 

 エステルは驚きの声を上げた。

 

「大佐、これはどういう事ですか?」

 

 ぼうぜんと立ち尽くしているリシャール大佐にヨシュアが尋ねた。

 

「わ、私にも分からない……こんなはずではなかった」

 

 うろたえるリシャール大佐をよそに、アナウンスはさらに続いた。

 

『ガーディアンの起動を確認。全職員は可及的速やかに施設から脱出してください』

 

 部屋の壁が扉のように開き、暗闇から覗く四つの赤い光の眼。地響きを感じる大きな無機質な足音がこちらに近づいて来るのが分かる。そしていよいよ巨大な二足歩行の人型兵器がエステルたちの前に姿を現した。

 

「何よこの、ファンネル付きのνガンダムみたいなロボットは……」

 

 アスカのつぶやく通り、人型兵器の両脇には宙に自律武装兵器のようなものが一つずつ、合計二つ浮かんでいた。

 

「多分、これが遺跡の守護者だ!」

 

 ヨシュアはそう言ってエステルたちに警戒を呼び掛けた。人型兵器から合成機械音声のような言葉が発せられる。

 

『対象者のIDを参照……登録IDに該当せず。守護者《トロイメライ》、これより不法侵入者の排除を開始する』

 

 人型兵器はそう言うと、エステルたちに腕の先端に付けられた機銃を向けて来た。宙に浮かぶ兵器も、襲い掛かろうと牙を剥いた。エステルたちは陣形を組んで迎撃する!

 降り注ぐ小型ミサイル、発せられる電流、機銃掃射に、振り下ろされる重金属製の腕の一撃。人型兵器たちの攻撃は激しいものだった。エステルたちはミサイルによる火傷や電流による体の痺れに悩まされた。

 さらに苦しい事に、《クロックダウン》などの導力魔法も効果を成さなかった。なんとか《クロックアップ》を自分たちにかけて少しでも優位に立とうとする。

 

「何よコイツ、アタシの攻撃が全然効いて無いじゃない!」

 

 浮遊する起動兵器の中には、物理攻撃を完全に遮断するA.T.フィールドを持つような敵も居た。導力魔法で倒すしかない。その逆、導力魔法が全く通じない敵も居た。さらに導力魔法も使って来るため、エステルとアスカは全力で詠唱を阻止した。

 浮遊兵器の片方をシンジとクローゼの導力魔法で沈めた頃、人型兵器は腹部から強烈なキャノン砲を撃って来た。

 

「危ない!」

 

 ヨシュアに弾き飛ばされて、魔法を詠唱していたシンジとクローゼは転げるようにしてキャノン砲の軌道から反れた。魔法詠唱に集中している間は移動することが出来ない、危ないところだった。

 しかしそれは無暗に魔法が使えなくなったことを意味する。エステルたちは武器や道具中心で、キャノン砲の動きを気にしながら戦う事になった。キャノン砲はエネルギーチャージから発射まで、少しの間がある。その間に避けるのだ。

 浮遊兵器を倒したエステルたちは、人型兵器に持てる力の全てを振り絞って打撃を叩き込んだ。しかし人型兵器はキャノン砲の攻撃を繰り返し、倒れる様子は無い。

 

「マズイわね、このままじゃあジワジワとアタシたちの体力が削られるだけだわ……」

 

 アスカは額から流れ落ちる汗を拭いながらそうつぶやいた。武器を叩きつけるのも、キャノン砲を避けて動き回るのも、体力を消耗するのだ。

 

「まだ何かするつもりだ、油断しないで!」

 

 ヨシュアが警告を発した。するとエステルたちの目の前で、人型兵器は腕を伸ばし、先端を鉄球のような形に変形させた。

 

『ジェノサイドモード起動。これより、殲滅行動を開始する』

 

 人型兵器から合成音声が再び発せられる。殲滅とは穏やかな話ではない。熾烈な戦いが再び始まるのは予想できる事だった。今度は鉄球のような腕の先端に潰されないように気を付けなければならない。

 戦闘が始まると、人型兵器は腕の先から小型のボールのような起動兵器を生み出した。数が増えると嫌な予感がすると考えたシンジとクローゼは、範囲攻撃魔法で数を減らそうとした。

 しかしシンジとクローゼの詠唱は、人型兵器が天高くから降らせた光のナイフによって妨害された。それでもシンジとクローゼは諦めずに詠唱を続ける。

 

「きゃあっっっ!」

 

 突然アスカの悲鳴が響き渡る。人型兵器の腕がバネのように伸びて、アスカを直撃したのだ。不意を突かれたアスカの足は、鉄球に圧し潰された。

 

「アスカっ!」

 

 シンジは必死の形相でアスカに駆け寄ると、全力の体当たりで鉄球を退けた。肩が外れるのではないかと思うほどの激痛がシンジに走る。シンジは惜しげもなく最高級の傷薬をアスカに使った。

 

「アスカ、良かった……」

 

 立ち上がったアスカを見て、シンジは安堵の息を漏らす。

 

「アンタの方こそ、大丈夫なの? バカよ、鉄球に体当たりするなんて……」

 

 アスカの方もシンジを気遣って、傷薬を使った。

 

「……でも、ありがと。この戦いが終わったら、シンジにお礼をするから」

 

 そうアスカはシンジの耳元でつぶやくと、エステルに加勢するため人型兵器の方へと向かった。アスカの顔の赤さが伝染したかのようにシンジの耳も赤くなった。

 

『右腕損傷。アーツキャンセラー発射不能』

 

 エステルたちがダメージを与えているうちに、合成機械音声が流れた。多分、導力魔法詠唱妨害装置が故障したのだろうと察したシンジとクローゼは《クロックアップ》や《エアロストーム》などの魔法の詠唱を始めた。

 すると人型兵器の方も、再びキャノン砲のチャージを始めた。今度のキャノン砲は威力が高そうだと判断したシンジとクローゼは早めにキャノン砲の射線上から退避する。そして高火力を思わせるキャノン砲が火を噴いた!

 

『各部冷却を開始』

 

 機械合成音声が発せられると、人型兵器は動きを止めた。高出力のキャノン砲は最大の武器であったが、同時に弱点でもあったのだ。

 

「このチャンス、逃さず行くわよ!」

「うん分かった、アスカ!」

 

 アスカとエステルは渾身の力を込めて人型兵器に打撃を加えた。ヨシュアやシンジ、クローゼまでもが加わって、人型兵器をタコ殴りにする。

 

『腹部発射砲大破。使用不能』

 

 キャノン砲まで封じる事の出来たエステルたちは勢い付いた。再び人型兵器が動き出し、腕の鉄球がエステルたちを襲うが、仕掛けが分かってしまえば、アスカも不意を突かれる事無く交わすことが出来た。

 

「このおっ!」

 

 エステルの棒の一撃で、人型兵器は各部をバチバチとショートさせながら地面へと倒れ伏した。全員床に座り込んでしまうほど消耗していたが、どうにか勝てたようだ。

 

「守護者の目的は《伝説のアーティファクト》を手に入れようと、遺跡の封印を解こうとした者の抹殺だったのか……」

 

 エステルたちの戦いを見守っていたリシャール大佐はそうつぶやいた。《伝説のアーティファクト》が封印されたと同時に、守護者は扉の奥で眠っていたのだろうとリシャール大佐は語った。

 

「だが……肝心の《伝説のアーティファクト》はどこにあるのだ……?」

 

 リシャール大佐がそうつぶやきながら、部屋の中を見回していると、倒れていた人型兵器が立ち上がり、動き始めた。

 

「もうダメ……体力はこれっぽっちも残ってないわ……」

 

 床に座り込んだアスカは悔しそうな顔で人型兵器を見上げた。アスカがやられる姿なんて見たくない。シンジはそう思ったが、アスカと同じく立ち上がる力すら残っていない。

 

「お前の相手は、この私だ!」

 

 エステルたちを庇うように人型兵器に戦いを挑んだのは、リシャール大佐だった。リシャール大佐は人型兵器と互角に渡り合っていたが、不運な事にリシャール大佐の剣が折れてしまった。そして人型兵器の一撃を食らってしまったリシャール大佐は床に倒れ込んでしまった。

 

「情けないな……計画が失敗に終わったばかりか、君たちを救う事も出来ないとは……後悔ばかりが残る」

 

 床に仰向けに倒れたリシャール大佐はそうつぶやいた。そんなエステルたちの様子を離れた場所から眺める男が居た。その男は突然、煙のように空中に姿を現した。

 

「福音計画の第一段階は成った。さて、次なるエヴァンジェリストは……」

 

 男はそうつぶやくと、出て来た時と同じように煙のように部屋から姿を消すのだった。

 

 

 



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第四十九話 念願の正遊撃士! アスカのエッチなお礼!?

 

 古代遺跡の最深部の封印区画と呼ばれる部屋で、守護者《トロイメライ》と呼称される大型人型兵器と死闘を繰り広げたエステルたち。一度は大型人型兵器を倒す事に成功したエステルたちだが、動かなくなったと思った大型人型兵器が再び立ち上がったのだ。

 床に座り込むほど体力を使い果たしていたエステルたちは戦う事が出来なかった。助けようとしたリシャール大佐も大型人型兵器の直撃を受けて床に倒れてしまった。絶体絶命のピンチを迎えてしまったエステルたち。

 

「済まなかった……君たちをこんな計画に巻き込んだ上に、助けることも出来ないなんて……」

 

 床に仰向けに倒れたまま、リシャール大佐はエステルたちにそう告げた。しかしその時、部屋に飛び込んで来た人影が、大型人型兵器を一撃で殴り倒した。

 

「どんな時も最後まで諦めるな、勝機を見い出せ。そう教えたはずだ」

 

 そう言って姿を現したのはカシウス・ブライトだった。

 

「さあ、お前たち。動けるのならば最後の力でこいつを再起不能になるまでバラバラにしてしまえ!」

 

 カシウスの号令でエステルたちはヨロヨロと立ち上がった。

 

「天に召します女神の力よ、皆の傷を癒したまえ……奥義《リヒトクライス》!」

 

 クローゼの最大級の回復魔法で、エステルたちの負った細かい傷も回復し、元気を取り戻した。

 

「ありがとう、クローゼ。行くわよっ! 奥義《桜花無双撃》っ!」

 

 エステルが無数の打撃を横になった大型人型兵器の胴体に叩きつけた。胴体には亀裂が刻まれ、バラバラに引き裂かれた。

 

「次は僕の番だ、奥義《幻影奇襲》っ!」

 

 ヨシュアが大型人型兵器の残骸の辺りを飛び回り、大きな破片を斬りつけて小さなものにして行く。

 

「ボクだってやってやる! 奥義《ハウリングバレット》!」

 

 シンジの持つ導力銃から強力なエネルギー弾が発射され、大型人型兵器の中心に大爆発を起こした。

 

「アタシが決めるっ! 奥義《太極輪》っ!」

 

 アスカは大型人型兵器の残骸の周囲を素早く駆け回り、その回転力で上昇気流の竜巻の柱を巻き起こす。吸い込まれた破片は文字通り粉々となった。

 

「はぁはぁ……こうなったらもう復活なんて出来ないわよね」

 

 肩で大きく息をしながら、アスカは砂利の塊となってしまった大型人型兵器の成れの果てを眺めてそうつぶやいた。

 

「ただいま帰ったぞ。エステル、アスカ、ヨシュア、シンジ。たった数ヵ月なのにずいぶん久しぶりに感じるな」

 

 カシウスはそう言ってエステルたちに微笑みかけた。エステルはまだ目の前にカシウスが居るのが信じられないと言った顔で目をぱちくりさせている。

 

「修行の成果、見せてもらったぞ。まだまだ詰めは甘いようだがな」

「父さんってば、何でこんなところに居るの!?」

「細かい事はどうでもいいじゃないか」

 

 エステルの疑問はカシウスに笑い飛ばされてしまった。

 

「父さんも相変わらずだね」

「ヨシュア、お前も見ないうちに背が伸びたみたいだな」

「そんなにすぐには伸びないよ」

 

 ヨシュアは笑ってカシウスにそう答えた。

 

「アスカとシンジも、前よりも仲良くなったようだな。どうだ、胸を触らせるくらいまでは行ったのか?」

「アンタバカァ!? 何でアタシがシンジに胸を触らせなくちゃいけないのよ!」

 

 アスカは怒った顔でカシウスに言い返しながらも、口元は嬉しそうにほころんでいる。

 

「シンジもアスカのお守りは大変だっただろう。とんだじゃじゃ馬娘だからな」

「でも、ボクもそれと同じくらいアスカに助けられたから、お相子だよ」

 

 カシウスの言葉に、シンジは明るい笑顔でそう答えた。

 

「じゃじゃ馬娘ってところを否定しなさいよ!」

 

 アスカが腕組みをして口を尖らせてそう言うと、エステルたちから笑いが起こった。

 

「クローディア殿下も、囚われていたと聞きましたがお元気そうで何よりです」

「はい。シンジさんたちが助けてくれましたから。そう言えば、今年の学園祭はエステルさんたちと劇をやったんです。来年もやるって約束したので、カシウスさんも見に来てくださいね」

 

 カシウスの言葉に対するクローゼの話を聞いて、シンジとヨシュアは顔が青くなった。あれはカノーネ大尉の追及を逃れるための方便だったはずだ。いつの間にクローゼにその話が伝わってしまっていたのか。

 

「どうやら、全て終わったようじゃの」

 

 後発隊に居たラッセル博士たちが部屋へと入って来た。

 

「先生が行った後、機械仕掛けの怪物の群れに囲まれたんです。何とか切り抜けてここまで来れましたが、もう終わっているなんて、さすが先生ですね」

 

 シェラザードは感心した様子でそうつぶやいた。実際に敵を粉々に砕いたのはエステルたちなのだが、これがカシウスの名声の成せる事か。

 

「色々と問題は残ったが、これにて一件落着だな」

「そうだ、お城の方はどうなったの? 王国軍の大部隊が迫っているって聞いたけど」

 

 平然と落ち着いているカシウスに、エステルは心配そうな顔で尋ねた。

 

「その点は心配ない。お前たちがモルガン将軍の孫娘を救出したおかげで、将軍の弱みは無くなった。王国軍はモルガン将軍の一喝で引き揚げて行ったよ」

 

 カシウスは笑ってエステルの質問にそう答えた。

 

「司令部のレイストン要塞の方はシード少佐に情報部の動きを押さえてもらったから、軍の騒ぎの方は沈静化するだろう」

「さすがカシウス大佐……ここに来る前に手を打っていたわけですね……」

 

 リシャール大佐はそう言って乾いた声で笑った。

 

「今回の一件でお前も目が覚めただろう」

「モルガン将軍は家族を人質にして逆らえないようにしていた……シード少佐は弱みを握っていた……どちらも、あなたに掛かれば枷などないわけですか……」

 

 カシウスに声を掛けられたリシャール大佐は落胆した表情でため息をついた。シード少佐のあの件は果たして弱みなのかは別問題として、英雄カシウスの登場で王国軍が情報部の呪縛から解放されたのは事実だ。

 

「しかしリシャール、俺一人の力で全てがこなせたわけじゃない。お前たちが居なかったら10年前の戦争だって何とか出来なかったはずだ」

 

 そうカシウスはリシャールを諭すように声を掛けた。

 

「私はあなたが軍を去ってから、不安で仕方がありませんでした……再度、侵略を受けるような事があったら、リベール王国はお終いだと……ですから、私は《伝説のアーティファクト》を手に入れようと思ったのです。カシウス少佐、あなたが軍に居てさえくれれば、私もこの様な事はしませんでした……」

 

 リシャール大佐の独白を、カシウスは真剣な表情で聞いていた。カシウスはリシャール大佐に歩み寄ると、思い切りリシャール大佐を殴り飛ばした!

 

「貴様は、俺にいつまでも甘えている気か! 自分の足で立って、自分の足で歩け! 俺はお前が居たから安心して軍を辞める事が出来たのだ!」

 

リシャール大佐は驚いた顔で立ち上がる事もせずに顔だけ上げてカシウスを見つめた。

 

「俺は英雄ではない……本当に大切なものを守れずに、現実から逃げてしまった矮小な男だ」

「父さん……」

 

 エステルが悲しそうな顔をしてそうつぶやいた。

 

「シンジが良い事を言っていた、逃げてはいけないと。俺も逃げるのを止めてここに来た。だからリシャール、お前も逃げるのを止めるんだ。罪を償って、自分がすべきことを考えると良い」

 

 こうして情報部によるクーデター事件は幕を閉じた。王国軍はモルガン将軍とシード少佐により落ち着きを取り戻し、情報部の将校と協力者は王国各地で逮捕されて行った。それから一週間後……アリシア女王の60歳の誕生日を祝う女王生誕祭が無事行われたのだった。

 

 

 

 

 王都の入口には『アリシア女王、60歳の誕生日おめでとうございます!』と書かれた垂れ幕が掛けられている。至る所に派手な万国旗が吊り下げられ、王都全体がお祭りムードに包まれている。

 抜けるような青い空を飛び回る白い鳩たちも、平和の到来を祝っているかのようだった。子供たちは楽しそうに通りを駆け回り、街道を歩く人々の表情は明るい。王城の前ではたくさんの市民が集まり、アリシア女王の声明を待っていた。

 空中庭園のバルコニーには王室親衛隊が列をなしてラッパを奏でる中、アリシア女王とクローディア姫、ユリア中尉とモルガン将軍、シード少佐が姿を現した。

 そして遊撃士協会の二階の部屋では、カシウスやカルナたち遊撃士の仲間が見守る目の前で、エルナンが今回の事件の報酬を手渡した。受け取ったBPからエステルたちは《準遊撃士・1級》に昇格した。

 

「やったわ、1級よ! あたしたち、準遊撃士のトップになっちゃった!」

「まあ、アタシたちの活躍なら当然の事ね」

 

 跳び上がって喜ぶエステルに比べて、アスカは落ち着いた態度を示したが、心の中は喜びが湧き上がっているだろう。

 

「さて、さらにエステルさんたちには追加報酬があります。今回の働きにより、遊撃士協会グランセル支部は正遊撃士の推薦状を送りたいと思います」

 

 エルナンはそう言って、正遊撃士の推薦状をエステル、アスカ、ヨシュア、シンジに手渡した。

 

「えっ、あたしたち、グランセル支部に来たばかりなのに、いいの?」

「これだけの大事件の解決に貢献したのですから、当然の事です」

 

 困惑するエステルに、エルナンは笑顔でそう答えた。5つの支部の推薦状が揃ったと言う事は、すなわちエステルたちは正遊撃士として正式に認められたことを意味する。

 

「それではカシウスさん、お願いします」

 

 エルナンに促されたカシウスは、真剣な表情でエステルたち四人の前に立った。

 

「エステル・ブライト。アスカ・ブライト。ヨシュア・ブライト。並びにシンジ・ブライト。以下四名を正遊撃士として認定する。各地方支部の推薦状を提出せよ」

 

 カシウスは合計20枚にもなる書類をエステルたちから受け取った。

 

「ロレント支部、ボース支部、ルーアン支部、ツァイス支部、グランセル支部、全ての支部の書類を確認した。最終ランクは準遊撃士1級。まさか、半年足らずで1級まで行くとは思わなかったぞ」

 

 カシウスはそう言うと、ニヤリと笑った。

 

「アンタの時はどうだったのよ?」

 

 あくまでカシウスと張り合うつもりだったアスカはそう尋ねた。

 

「俺か? 俺は最初からS級遊撃士だったぞ」

「そんなのインチキ!」

 

 アスカが肩を怒らせて怒鳴ると、周囲からは笑い声が上がった。

 

「女神エイドスの名と遊撃士協会総長の名代として、四名を正遊撃士として任命する。四名とも、正遊撃士の紋章を受け取るがいい」

 

 エステル、アスカ、ヨシュア、シンジの四人はカシウスから盾と籠手が重なった正遊撃士の紋章を受け取った。見守っていたシェラザードたち正遊撃士から拍手が上がる。

 

「本当に、お姉さんは嬉しいわ」

 

 ロレントで直接指導に当たっていたシェラザードは、目尻に溜まった涙を拭いながらそう言った。

 

「まあ、今回だけは誉めといてやるよ」

 

 アガットは少し顔を赤くしながら祝福の言葉を述べた。

 

「アガットさん……みんな、ありがとうございます」

 

 シンジは嬉しそうな笑顔でお礼を言った。

 

「僕達が正遊撃士になれたのも、皆さんが支えてくれたからです」

 

 ヨシュアもとびきり明るい笑顔でお礼を言った。

 

「遊撃士としてはこれからが本番だ。ランクも一番下のG級からとなる。初心を忘れないようにな」

 

 カシウスは真剣な表情でエステルたちに声を掛けた。

 

「もちろん!」

 

 エステルはカシウスに向かってそう答えた。

 

「おめでたい話の後に、残念なお知らせで恐縮なのですが、皆さんにお話があります」

 

 エルナンがそう言うと、その場に居合わせた遊撃士たちは怪訝そうな顔になった。

 

「本日を持ちまして、カシウス・ブライトさんは遊撃士を辞める事になりました」

「あんですって~!?」

「アンタバカァ!?」

 

 エステルとアスカが揃って叫ぶと、カシウスは苦笑いをしながら耳を手で押さえた。

 

「えっと……無職になるって事ですか?」

「いや、今回の事件でリベール王国軍はガタガタになってしまった。またモルガン将軍の下で軍の立て直しを手伝う事にしたよ」

 

 シンジの質問にカシウスはため息をつきながらそう答えた。王国軍のエリート部隊である情報部がクーデターで逮捕されてしまったのだ。王国軍の混乱は大きいものだろう。

 

「アスカとシンジも、もう俺が側に付いて居なくても大丈夫だろう?」

 

 カシウスの言葉にアスカとシンジはしっかりとうなずいた。アスカとシンジはこの世界に来てからたくさんの仲間や頼れる人々が出来た。カシウスの保護が必要な子供ではなくなったのだ。

 

「正直あたしたちの仲間から先生が抜けるのは痛いけど……いつまでも先生に頼って

ばかりじゃ、あたしたちも一人前になれないってことよ」

 

 シェラザードは強い決意を秘めた瞳できっぱりとそう言い放った。リシャール大佐にもその決意があったのならクーデター事件など起こさずに済んだのかもしれない。

 

「これからは俺たち若手だけでも何とかなるってオッサンに見せつけてやろうじゃないか」

 

 腕組みをしたアガットがそうシェラザードたちに呼び掛けた。

 

「そうよ、だからアタシたちに安心して任せなさい!」

「Gランクのヒヨッコが何を言ってる」

 

 アスカとアガットのやり取りで、また室内は笑い声に包まれた。

 

「この四人は見ての通り新米だ。お前たちの手でビシバシと鍛えてやってくれ」

 

 カシウスはシェラザードたちにそう声を掛けた。

 

「はは、これからはもっと厳しくしごかれそうだね」

 

 ヨシュアはそう言って笑い声を上げた。

 

 

 

 

 遊撃士協会を出たエステル、アスカ、ヨシュア、シンジはこれから城へ向かうというカシウスを見送りに行った。

 

「父さんってば、生誕祭の王都見物に付き合ってくれる暇もないなんて……」

 

 エステルもまだ父親に甘えたい年頃、直ぐに城に戻るというカシウスに残念そうな顔でそうぼやいた。

 

「軍議の予定があってな。リシャールは出頭したが、まだ抵抗して逃げている特務兵たちも居る。カノーネ大尉の所在も不明だ。さらに混乱を狙って空賊団の脱走を情報部が手引きしたらしい。生誕祭で事件が起きないように、警備の強化が必要なんだ」

「まったく、シンジに助けてもらった恩も忘れて、あの女は……」

 

 カシウスの話を聞いたアスカは、苛立たし気にそうつぶやいた。

 

「一番の問題は、あの地下遺跡が機能を停止して封印が解かれた事で、何が起こるかと言う事だ。《伝説のアーティファクト》とは何なのか……今だにその詳細は分かっていない」

「うん、それが気にかかる事よね」

 

 エステルは真剣な表情でカシウスにそう答えた。

 

「リシャール大佐の記憶も何者かに操作されたようだし……」

「空賊団の首領や、ダルモア市長やレイヴンと同じように、まったく思い出せない部分があるそうだ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いてカシウスはそう言った。

 

「しかしあの《黒のオーブメント》をリシャール大佐に渡した人物は判明した。ロランス少尉だ」

 

 カシウスの話によると、ロランス少尉が情報部に入った時に《黒のオーブメント》を渡されたのだと話した。しかし《黒のオーブメント》は一度エステルたちに依頼をした銀髪の『少年K』によって情報部から奪われている。その『少年K』の正体は一切不明だった。

 

「ロランス少尉の正体は徹底的に調べる必要があるな」

 

 カシウスは真剣な表情でそうつぶやいた。話しているうちにエステルたちはついに城の前まで来てしまった。

 

「まあ、それは俺たち王国軍の仕事だ。お前たちは生誕祭を楽しんで来い。休息をとる事も遊撃士にとって大切な事だぞ」

「分かりました」

 

 カシウスの言葉にシンジはそう答えた。

 

「それじゃあ、めいっぱい楽しんじゃおう!」

 

 エステルの号令の下、四人は生誕祭で賑わう王都へと向かう事になった。

 

 

 

 

「それで、最初に行く場所が“ここ”って……」

 

 真っ先に遊撃士協会へと向かったアスカに、エステルはあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「遊撃士協会に何か依頼が入っているかもしれないじゃない。アタシは早く遊撃士ランクを上げたいの!」

 

 アスカに先導される形で、エステルたちは遊撃士協会の中へと入った。

 

「おや皆さん、警備の方は王国軍の方でしてくれるので、仕事はほとんどありませんよ。ダブルデートを楽しんで来てください」

 

 受付のエルナンに言われたエステルとアスカは顔をゆでだこのように真っ赤にする。それでもエステルたちが掲示板を確認すると、一つの依頼があった。

 

 ◆帝国大使館の依頼◆

 

 【依頼者】ミュラー

 【報 酬】100 Mira

 【制 限】G級

 

 大至急、王都のどこかにいると思われる

 お調子者の自称演奏家を帝国大使館に連行してください。

 

「……正遊撃士になって記念すべき最初の依頼がコレとはね……」

 

 アスカは青筋を立てて眉をヒクヒクさせながら真新しい遊撃士手帳に依頼内容を書き留めた。この程度の依頼、ロレントの準遊撃士だった自分にさえできる。

 

「まあまあ、ミュラーさんは忙しいみたいだから手伝ってあげようよ」

 

 シンジはそう言ってアスカをなだめた。探すまでも無くオリビエは南街区の大通りで路上ライブをやっていた。

 

「やあキミたちも、ボクの演奏を聴きに来てくれたのかい?」

 

 エステルたちの姿に気が付いたオリビエは演奏の手を止めてそう声を掛けた。

 

「アタシたちよりももっとアンタの演奏を聴きたいって言う大ファンの所へ連れて行ってあげるわ!」

「えっ、ちょっと、何をするんだい」

 

 アスカはそう言うと、オリビエの服の首根っこを引っ張り、シンジとヨシュアは済まなそうな顔で謝ってから両腕を掴んでオリビエを引きずった。周囲の人は何事かとざわついたが、エステルたちの胸にある遊撃士の紋章を見ると、オリビエの方が悪いのかと理解した。

 

「こ、ここは帝国大使館じゃないか!? せ、せっかくミュラーの目を盗んで抜け出して来たのに、酷いじゃないか」

 

 東街区にある帝国大使館の前に来ると、オリビエはジタバタと暴れ出した。しかしエステルたち四人掛かりで抑え込まれてはかなわない。

 

「依頼遂行、ご苦労だった。今度は絶対に目を離さないようにして、君たちに迷惑をかけないようにする」

 

 ミュラーにオリビエを引き渡して、エステルたちは生誕祭の見物を再開する事にした。

 

 

 

 

 女王生誕祭を見て回ったエステルたちは、街の至る所で知り合いと楽しく話した。ホテルでは城を抜け出したクローゼが、学園からやって来たハンスとジルと会っていた。酒場ではジンとアガットが来年の武術大会では手合わせをしようと語り合い、百貨店ではシェラザードとカルナやアネラスたちがアクセサリを物色していた。

 礼拝堂ではユリア中尉がシスターとして潜伏していた間のお礼を大司教に言っていた。カレーの美味しいコーヒーショップではラッセル博士とティータがくつろいでいた。ティータはアガットをアイスクリーム屋に誘ったが、断られてしまったのだという。

 リベール通信社に顔を出すと、クーデターの顛末について書いた《リベール通信特別号》は大好評で、ナイアルとドロシーは賞を受賞できるかもしれないと話していた。遊撃士協会の意向でエステルたちの名前は載せられなかったと聞くと、アスカは少し残念がった。

 城の謁見の間ではアリシア女王とモルガン将軍とカシウスが顔を合わせていた。場違いな場所に来てしまったエステルたちはあわてて出ようとするが、モルガン将軍に呼び止められて孫娘を助けてくれた事についてお礼を言われた。これで遊撃士嫌いが少しでも直ってくれればいいと思うエステルたちだった。

 

「ふう、色々な所を歩き回って疲れちゃった。一休みしようよ」

 

 エステルの提案で、四人は東街区にある広場のベンチで休憩する事にした。自然とエステルとヨシュア、アスカとシンジに別れて座った。これではマノリア村の展望台と同じ事が起こると気が付いたアスカだが、嬉しそうに話しているエステルとヨシュアの姿を見ると席替えをするとは言えなかった。

 

「そうだエステル、アスカから聞いたんだけど、クーデター事件が落ち着いたら僕に大事な話があるんだって?」

 

 唐突にヨシュアにそう言われたエステルは、顔を真っ赤にして向かいの席に座るアスカをにらみつけた。アスカはニヤケ顔でエステルを見つめ返した。

 

(……もう、アスカってば、余計な事をして!)

 

「そ、その話はまた後で……そうだ、こう暑いとアイスクリームでも食べたくならない?」

 

 エステルがそう提案すると、アスカたちは少し離れた場所にあるアイスクリーム屋の屋台の方を眺めた。遠目からでも分かるほど、行列が出来ていた。

 

「えーっ、あんなに長い行列が出来てるわよ。アタシ、待つのって嫌なのよね」

「そんな事言わずに、行こう!」

 

 さっきの仕返しとばかりにエステルはアスカの腕を強引に引っ張ってアイスクリーム屋の方へと姿を消した。それを見つめるヨシュアとシンジは、眩しいものでも見るかのように目を細めて微笑んでいた。

 

「あれ、どうしたのアスカ?」

 

 直ぐに戻って来たアスカに、シンジは不思議そうな顔で尋ねた。

 

「シンジに話があって戻って来たのよ」

「ボクに話って?」

「ここではちょっと……」

 

 アスカは困った顔で、ヨシュアの方をチラッと見た。

 

「いいよ、行っておいで。僕はここで待っているから」

「ありがと」

 

 アスカはヨシュアにお礼を言うと、シンジの手を引いて、人気の無い物陰へと行った。

 

「それでアスカ、ヨシュアにも聞かれたくない内緒の話って何なの?」

「アタシたちが正遊撃士になれたのも、色々な人に助けてもらったからだと思ってる」

「うん、その通りだと思うよ」

 

 アスカの言葉にシンジはうなずいた。

 

「でもね、アタシは思ったの。一番お礼を言わなくちゃいけないのはシンジかな……って。だからアタシに恩返しをさせて欲しいのよ」

「アスカにそう言われるだけで嬉しいよ」

 

 シンジは顔を赤くしてそう答えた。今のアスカはいつもより色っぽい気がする。

 

「それで……シンジがしたいって言うなら……アタシのお、おっぱいを触っても良いのよ」

「お、おっぱい!?」

 

 シンジは思わず声が裏返ってしまった。

 

「バ、バカっ、大声出さないでよ。アタシだって、は、恥ずかしいんだから……」

 

 アスカは顔を赤くしてそう言った。シンジはそうっとアスカの胸に手を伸ばそうとすると、アスカはそれを押し留めた。

 

「服の上からじゃなくて、直接……ね。だから今夜、《ホテル・ローエンバウム》の201号室に部屋をとってあるから、待ってて」

 

 アスカはそう言うと、アイスクリーム屋の屋台の方へと走って姿を消してしまった。シンジは胸のドキドキがしばらく収まらなかった。今まで、服越しにアスカの胸の感触を味わった事はあるが……。

 

「おや、シンジ君じゃないですか。ヨシュア君と一緒だったんですね」

 

 シンジがベンチへと戻ると、ヨシュアがアルバ教授と話していた。

 

「君たちが正遊撃士になれたお祝いに何が良いのか、ヨシュア君に聞いていたんですよ。ほら、武術大会で君たちのチームに賭けていたおかげで、私の財布も膨らみましたからね」

 

 アルバ教授はホクホク顔でシンジに話し掛けた。

 

「あれ、でも最後の試合はボクたちは負けてしまいましたよ」

「はっはっは、そこは勝負師の勘、相手のチームに賭けましたよ。元金が大きかっただけに儲かりましたよ」

 

 シンジの質問にアルバ教授はそう答えた。

 

「あれ、アルバ教授じゃない?」

 

 アイスクリームを二個ずつ持ったエステルとアスカが広場へと戻って来た。

 

「何か頭のネジが外れたくらい嬉しそうな顔をしてるけど?」

「ははは、そう見えますか。実はこの前の武術大会の決勝戦の賭博で10万ミラほど稼げたんですよ!」

 

 アスカの質問にアルバ教授は弾んだ声でそう答えた。

 

「10万ミラって……賞金より多いじゃない」

 

 エステルは驚きの声を上げた。

 

「じゃあ次からは調査に行くときは遊撃士を雇いなさいよ」

「はい、これからもよろしくお願いします」

 

 アルバ教授はアスカに向かって笑顔でそう答えると、弾んだ足取りで去って行った。

 

「そうだ、アタシたち今夜はお城に泊めさせてもらう事になっているのよね?」

「うん、父さんと僕とシンジが同じ部屋で、エステルとアスカとシェラザードさんが同じ部屋だからね」

 

 アイスクリームを食べながら、アスカの質問にヨシュアはそう答えた。もっと生誕祭を見て回りたかったが、アイスクリーム屋の行列に並んでいる間に日が傾いていた。

 エステルたちは遅くならないうちに城へと向かう事にした。城へ向かう道中、アスカはエステルにそっと耳打ちをする。

 

「お城の空中庭園なんか、告白するには絶好の場所だと思うわよ。せいぜい頑張りなさい」

「……うん」

 

 アスカにそう答えるエステルの顔は夕陽に照らされて真っ赤に染まっていた……。

 

 

 



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最終話 茜空の軌跡、星の在り処(トゥルーエンド)

※最後の場面で『星の在り処』を聴くと、その歌詞の意味がわかると思います。タイミングは本文中で指定しますので、聴いて頂けたら幸いです。
(ファルコム音楽フリー宣言に感謝します)


 

 昼間は女王生誕祭、夕方はアリシア女王主催の晩餐会で盛り上がったグランセル城の夜は静かに更けて行った。シェラザードは談話室のバーでさらに酒を飲むと部屋を出て行き、エステルはヨシュアを空中庭園に誘うためにヨシュアたちの部屋へと向かう。

 

「エステル、ファイトよ!」

 

 アスカは部屋を出るエステルにそう言って送り出した。エステルとヨシュアは相思相愛だ、告白が成功するのは間違いない。肝心なのはエステルとヨシュアが理想の《ファーストキス》が出来るかどうかだ。

 アスカがシンジに暇潰しとして葛城家のリビングで持ち掛けたファーストキスは、アスカもキスのやり方を良く分かっていなかったので、《バッドキス》になってしまった。あれからシンジの頬などにふざけてキスする事はあったが、唇同士を合わせたキスはしていない。

 そろそろセカンドキスをするべきか……と部屋に残ったアスカが考えていると、アスカのカバンに便箋が入っている事に気が付いた。差出人はシンジだった。シンジが手紙を書いているところをアスカは見た事が無い。

 珍しい事もあるものだとアスカが手紙の封を開けると、丁寧な字でシンジが普段話せないアスカへの愛の言葉が綴られていた。顔を真っ赤にしながら書いているシンジの姿を想像して、アスカは笑みを浮かべた。

 そして手紙の最後には、『今夜10時、グランセル港まで来られたし。他言無用』と書かれていた。ユリア中尉の文章を真似て格好を付けたつもりなのだろう。シンジには似合わないとアスカは笑った。

 夜の静かな港で若い男女がする事と言ったらアスカにも想像が付いた。シンジもアスカと同じく二度目のキスをしたいと決心したのだろう。シンジにしてはムードの良い場所を選んだ、合格点をあげてもいいわとアスカは微笑んだ。

待ち合わせをしているのに、こちらからシンジの部屋へ押しかけてもぎこちない雰囲気になるだけだ。アスカは時計を見ながら夢見心地で港へと向かう時間まで待つのだった。

 

 

 

 

 その頃、ヨシュアはシンジと同じ今夜泊る予定の部屋に居た。カシウスも同室だったが軍議などで忙しく、部屋に戻るのは夜遅くになると思われた。

 

「……ちょっと、アスカの所へ行って来るよ」

「ああ」

 

 ソワソワしているシンジに、ヨシュアは生返事をした。いつものシンジならば、ヨシュアが上の空だと気が付いたかもしれない。しかしシンジは甘い妄想に心を支配され、平常心ではいられなかった。逸る気持ちを抑えながら、アスカと待ち合わせをしている王都のホテルへと向かって部屋を出て行った。

 ヨシュアの方も考え事に夢中で、シンジの様子がおかしい事に気が付かなかった。用心深いヨシュアならば、シンジを尾行する事もあったかもしれない。だがヨシュアの頭の中では、少し前に東街区のベンチ広場で交わしたアルバ教授との会話が渦巻いていた。

 

(……エステル、父さん……僕は……)

 

 アルバ教授はエステルがアイスクリームを買いに屋台に向かい、アスカとシンジが内緒話をしに遠く離れた場所に移動して、一人で東街区の広場のベンチに残ったヨシュアに偶然に会った風を装って、穏やかな笑顔で話し掛けて来た。

 

「おや、ヨシュアさん。そんな厳しい表情でどうしました? せっかくのデートなんですから、もっとにこやかな顔をしないと心配されてしまいますよ」

 

 しかしヨシュアは鋭い目でアルバ教授をにらみつけ続けた。

 

「最初に会った時から、あなたと居ると体の震えが止まりませんでした。今はもう慣れましたけど……」

「はて?」

 

 アルバ教授はとぼけた顔でそう答えた。

 

「各地で起きた事件に関わった記憶を消された人たち……あなたは《四輪の塔》の調査という名目で、タイミング良く事件が起こった現場の周辺に居た……」

 

 ヨシュアの追及に対して、アルバ教授は無表情で何も答えなかった。

 

「確信を抱いたのは、僕自身の記憶です……僕は一人で何度もあなたと会った記憶がある。でも何を話したのか、一切覚えていない。会ったという記憶の方が僕の思い違いならともかく、真実は逆なのだとしたら……!」

 

 そのヨシュアの言葉を聞いたアルバ教授は、今まで見せた事の無い性悪な表情を浮かべて笑い出した。

 

「認識と記憶の操作は完璧だと思っていたが、欠片でも記憶が残っていたか。私の作った操り人形の中では優秀な方だな」

「人形……!?」

 

 アルバ教授の言葉を聞いたヨシュアは、驚いた顔でアルバ教授を見つめた。アルバ教授はヨシュアに、青い錠剤を差し出した。

 

「その薬を飲めば、私の掛けた暗示が解かれる。“本当の自分”を知りたくないか、ヨシュア・アストレイ?」

 

 ヨシュアは一瞬だけ戸惑ったが、アルバ教授の手から青い錠剤を受け取り、飲み込んだ。ヨシュアの頭に失われた記憶のイメージがフラッシュのように流れ込んで来る。

 自分の住んでいた村を焼き払った兵士たち、悲鳴を上げながら殺されて行く村人たちや自分の両親。幼い自分を庇って兵士の剣で背中を斬られ、ハーモニカを託して息絶えた自分の姉。

 ヨシュアは姉の命を奪った兵士を、落ちていた剣を拾って斬り殺した。子供だと思って油断していた兵士は自分が死んだのも分らない顔をしていた。廃墟となった村に現れたアルバ教授。

 アルバ教授に引き取られたヨシュアは暗殺者として育てられ、何人もの人間の命を奪った。そしてカシウス・ブライトの暗殺命令を受け、返り討ちに遭ったヨシュアはカシウスに保護されてエステルと出会う……。

 

「あなたは……第三の使徒、ゲオルグ・ワイスマン!」

「壊れた君の心を縫い合わせてあげた私の事を思い出したようだね」

 

 ワイスマンは眼鏡を人差し指で押し上げながら、愉快そうに笑ってそう言った。

 

「《執行者》ナンバー13。《漆黒の牙》……ヨシュア・アストレイ。それが君の本当の姿だ」

「あなたが今回の事件の真の黒幕だったんだな!」

 

 ヨシュアはワイスマンに向かって厳しい表情でそう怒鳴った。

 

「それで……僕を始末しに来たというわけですか」

 

 ただではやられないと、ヨシュアは双剣を抜いて構えた。

 

「計画の第一段階が無事完了したのも、君の協力があってこそだ。だから君に御褒美をあげに来たのだよ」

「僕があなたたちの計画に協力!? でたらめを言うな!」

 

 ワイスマンの言葉を聞いたヨシュアは大きな声で怒鳴り返した。

 

「君が私と何を話していたのか……その内容は気にならないのかい?」

 

 そうワイスマンに尋ねられたヨシュアは必死に思い出そうとするが、頭にモヤがかかったようで一字一句も思い出せなかった。その部分の記憶はワイスマンに消されているようだ。

 

「この計画はカシウス・ブライトがリベール国内に居ては出来なかった。リシャール大佐がクーデターを起こしても、潰されてしまうからね。だから君を使って、彼が国外に出る工作活動をしたのだよ。君の本当の役目はカシウスの暗殺ではなく、スパイだったのさ」

「嘘だ……」

 

 ワイスマンの言葉を聞いたヨシュアは、膝から崩れ落ちた。

 

「この五年間、君は定期的に遊撃士協会とカシウスの動向を我々に報告してくれた。カシウスの性格の細かい部分まで報告してくれた君のお陰で、我々は上手くカシウスを帝国まで誘導する事が出来たのだよ」

「僕はずっとエステルと父さんを裏切っていた……?」

 

 ヨシュアの目から涙があふれた。家族として暮らす事が、ワイスマンの計画に協力する事になっていた事はヨシュアにとって大きなショックだった。

 

「そのお礼に、君を自由にしてあげる事にした。おめでとう、これからは『ヨシュア・ブライト』として生きるがいい」

 

 そんな事、出来るはずが無いとワイスマンは分かった上でヨシュアにそう告げているのだ。どこまでも残酷な男だった。ワイスマンは遠くからシンジがこちらに戻ってくることに気が付いた。

 

「そうだ、異邦人の彼には我々の計画に協力してもらいたい事がありますので、お借りしますよ」

 

 ワイスマンはヨシュアの耳元でそう囁いた。シンジがヨシュアとワイスマンに近づいた時には、既に二人は『正遊撃士ヨシュア』と『アルバ教授』の関係に戻っていた。

 

「ヨシュア、部屋に居るの?」

 

 ヨシュアが部屋で長い物思いにふけっていると、部屋のドアをノックするエステルの声が聞こえて来た。ヨシュアは自分の闇を悟られないように、笑顔を作ってエステルを出迎えるのだった。

 

 

 

 

 グランセル城から抜け出したシンジは、北街区の《ホテル・ローエンバウム》の201号室でアスカが来るのを待っていた。シンジはただアスカの胸を触れる事だけが嬉しいのではなかった。

 こうしてアスカに呼び出されて二人きりになって、アスカから恋人として認められたような気がした。この世界に来てから、アスカは頼る相手が自分しか居ない事もあって、アスカが好意を持ってくれている事は感じていたが、それが家族としてのものだけだとしたら寂しい気がした。

 アスカがこの世界で恋人を作って自分から離れて行ってしまうかもしれないという不安もあった。アスカがはぐらかしてストレートに気持ちを示してくれない性分だとシンジは分かっていただけに、今回のアスカからの誘いは嬉しかった。

 しばらく待っても、アスカは姿を現さない。もしかしてアスカにからかわれたのかと思ったが、ドッキリだとしてもアスカは大笑いしながら姿を現すはずだ。エステルかシェラザードさん、クローゼさんに捕まって来られないだけなのかも、とシンジは考えた。

 シンジの頭の中にクローゼの姿が過ると、シンジにとある考えが浮かんだ。

 

(そういえば、クローゼさんって……ボクの事好きなの……かな?)

 

 エルベ離宮で突然抱き付いて来た事や、時折シンジを見つめる視線などから、鈍いシンジでも薄々クローゼの好意には勘づいていた。少なくとも嫌われてはいないはずだ。

 

(でもボクがもしクローゼさんと付き合っても、相手は王女様なんだから結婚出来るわけないよね。……ってボクが結婚する相手はアスカだよ、ゴメン!)

 

 浮気がバレたかのように、心の中でシンジはアスカに謝った。そして自分が妄想した内容に気が付いてシンジは顔を赤くする。

 

(アスカと結婚だなんて、ボクは何を考えているんだ、先走り過ぎだろう!)

 

 そんな事を考えているうちに、シンジは眠くなって来た。辺りには霧のようなものが立ち込めている。部屋の中で霧が発生するなど絶対に変だと思いながらもシンジは睡魔に抗えなかった。

 ベッドに腰掛けていたシンジはそのまま仰向けになって倒れた。怪しい霧が晴れると、部屋の中にはシェラザードよりも色気のある、露出の多い東方風の服を着た妖艶な女性が立っていた。

 

「私の《睡魔の霧》が効いたようね」

 

 手に持っていた扇子を広げて、その女性はぐっすりと眠りに落ちているシンジを見下ろした。

 

「坊や、せめて幸せな夢が見られると良いわね……」

 

 その妖艶な女性は同情しているのか、からかって笑っているのか、感情の入り混じった複雑な表情でシンジに声を掛けた。王国軍の兵士の格好をした二人組が部屋に入って来て、寝ているシンジを両脇から抱え起こした。

 ホテルの従業員や宿泊客たちは《睡魔の霧》によって深い眠りについている。外の通りでシンジを連れている姿を目撃されても、一般市民には怪しまれないだろうと計算されていた。

 

「あんた、私に感謝しなさいよ。私の幻術のサポートが無ければ、あの娘に上手く化ける事は出来なかったんだからね」

 

 妖艶な女性は部屋の外に居る人物に向かってそう呼びかけた。

 

「ふふ、あの場で胸を触られていたら、さすがの貴殿の幻術でも誤魔化せなかったよ」

 

 部屋の外に居る人物は仮面を付けたキザな細身の男性だった。この男性がアスカがエステルとアイスクリームの屋台に行っている隙に、アスカに変装してシンジと話していたらしい。過激な発言の内容に気を取られていたシンジは、アスカの頭にヘッドセットが無かったなどの不審な点に気が付かずにすっかり騙されてしまったらしい。

 この集団はシンジをどこへ連れて行くつもりなのか。シンジをホテルから運び出した王国軍の兵士に変装した二人組は、遊撃士協会の前を避ける形で遠回りをしながら王都の外へと去って行ったのだった。

 

 

 

 

 その頃、グランセル城の空中庭園ではエステルとヨシュアの二人が城下の街を見下ろしていた。ヨシュアはハーモニカで『星の在り処』を吹いている。告白のムード作りをしたくなったエステルが、吹くようにヨシュアに頼んだのだ。

 

「……月が綺麗ね」

「そうだね」

 

 ヨシュアに普通に返されたエステルは、首を捻った。アスカの話によれば、月が綺麗だと言う事はあなたが好きですと告白するのと同じ意味だと言うのに。エステルは気を取り直してヨシュアに話そうとした。

 

「あの約束を果たさせてくれるかな。僕が君に会うまでの事を話したいんだ」

 

 先に言葉を発したのはヨシュアだった。

 

「えっ、でもその話は……アスカとシンジと一緒に聞くって約束じゃなかった?」

「エステル、君に聞いて欲しいんだ」

 

 真剣な表情でそう語るヨシュアに、エステルは黙ってうなずいた。

 

「昔、甘えん坊で気の弱い男の子が居ました。その子の住んでいた村は貧しかったけど、温かい家族と村の人々と過ごせて、その子は幸せな毎日を送っていました。しかしある日悲劇が降りかかりました。その子の住んでいた村が略奪に遭ったのです。家は焼かれ、ほとんどの村の人たちの命が奪われました」

 

 エステルはヨシュアの生まれた故郷の話を聞いた事が無かった。まさか、そんな事があったなんて思いもよらなかった。

 

「その男の子は生き残る事は出来ましたが、惨劇を目の当たりにして心が壊れてしまいました。ただひたすらに、姉の形見のハーモニカを吹き続けるだけの日々。世話をしてくれた人の呼び掛けにも答えず、男の子は機械のようにハーモニカで『星の在り処』を繰り返していました」

 

 エステルは『星の在り処』についてヨシュアが特別な思いを持っている事を知った。軽い気持ちでヨシュアに吹く事をせがんでいた自分を後悔した。

 

「そんな男の子の元に、一人の魔法使いが訪れました。『私がその子の心を治してあげよう。ただし、代償は支払ってもらうよ』とその魔法使いは言いました。男の子の世話をしていた人は悩んだ末に、男の子を魔法使いに任せる事にしました」

 

 ヨシュアの世話をしていた人、その魔法使いについて、エステルは初めて聞く話だった。だからどこの誰なのか見当もつかない不安を感じた。

 

「その魔法使いは、男の子を自分の好きなように作り変えました。新たな心を手に入れた男の子は、魔法使いの思いのままに動く人殺しになっていました。何年もの間、男の子は数えきれないほどの命を奪いました。男の子が住んでいたような村を全滅させた事もあります。男の子は優秀な化け物へと成長して行ったのです」

 

 罪の無い人々の命を奪う、遊撃士とは対極とも呼べる行為をヨシュアはエステルと出会う前にやっていたのだ。自分を化け物と呼ぶヨシュアの姿にエステルは胸がとても痛んだ。

 

「魔法使いの命で暗殺を繰り返して行くうちに、その男の子は《漆黒の牙》と呼ばれ、闇の組織の一員となっていました。ある日魔法使いは大陸で4人しか居ないと言うS級遊撃士の暗殺を男の子に命じました。しかしその遊撃士は強すぎて、戦いを挑んだ男の子は撃退されてしまいました」

 

 そのS級遊撃士の事は父カシウスの事だとエステルは思った。

 

「任務を失敗してその場を離れた男の子の前に、魔法使いの手下たちが現れました。暗殺の標的に顔を知られてしまった男の子を始末しようとやって来たのです。しかし、暗殺の標的であったその遊撃士がその男の子を助けました。そしてその男の子はその遊撃士の家に連れられて、一人の女の子と出会いました……」

 

 カシウスがヨシュアを抱いて連れて帰って来た日の事はエステルも覚えている。エステルは死んだ母さんを裏切って新しい女を作ったのだとか大騒ぎしたものだった。

 

「それから男の子は何年もの間、素晴らしい夢を見る事が出来ました。本当なら、その男の子はそんな夢を見る事すら許されていないほど、両手は真っ赤な血で汚れていたのに……」

 

 自虐的にそう話すヨシュアを、エステルは不安を感じながら見つめていた。ヨシュアはこうして約束は果たしてくれたのに、エステルの胸騒ぎは止まらなかった。

 

「でも夢が覚めて現実に戻る時がやって来ました。……これで、僕の話はおしまいだよ。最後まで耳を塞がずに聞いてくれてありがとう」

 

 エステルは無駄だと判っていながらも、聞かずにはいられなかった。

 

「悪趣味な作り話……って事は無いわよね? アスカとシンジが居る時は別の話をするとか」

「残念だけど、全部……実際にあった話だよ。だからアスカに伝えて欲しいんだ。僕の口からは話せそうにないから」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは顔色を変えた。ヨシュアの言っている意味を分かりたくないと心が拒絶反応を起こしていた。

 

「僕は君たちの側に居ながら、君たちを裏切り続けていたんだよ。リシャール大佐のクーデター事件も、シンジが奴らにさらわれたのも、全部僕のせいだ!」

 

 ヨシュアはそう言ってハーモニカをエステルに渡した。

 

「えっ……?」

 

 エステルは驚いてヨシュアに渡されたハーモニカを見つめた。

 

「僕は魔法使いからシンジを助けに行く。危険な旅になるから君たちを巻き込むわけにはいかない。それに僕は……君の側に居るだけで、君の輝きを曇らせてしまう血に塗れた穢れた存在だから」

 

 エステルが顔を上げてヨシュアを見つめると、ヨシュアは穏やかな笑顔をしていた。

 

 

「そのハーモニカは僕の中にある人間らしい心そのものだ。もう僕には人の心なんか必要のないものだから……君に受け取ってほしい。この数年間のお礼には足りないだろうけどね」

 

 ヨシュアがそう言うと、エステルは怒った顔でヨシュアをにらみつけた。

 

「いい加減にしなさいっての!」

 

 そう言ってエステルが強引にヨシュアの肩を掴むと、ヨシュアは驚いた顔になった。

 

「今まで夢を見ていたなんて言わないでよ! それじゃあ、今までの事が無かったことになるじゃない! 昔の事なんて関係無いわ! 心が壊れたなんてただの言い訳よ!」

 

 エステルの涙声を聞いたヨシュアは思わず目を逸らした。

 

「あたしの目を見て話を聞きなさいよ! あたしはずっと……その男の子の事を見て来たわ! その男の子が何かに苦しみながら必死に努力して来た事は分かってる!」

 

 深呼吸をすると、エステルは大きな声で叫ぶ。

 

「あたしはそんなヨシュアが好きになったのよ!」

 

 エステルの告白を聞いたヨシュアは驚愕した顔になった。

 

「一人で行くなんて許さないからね! 三人で力を合わせてシンジを助けに行くのよ! あたしを……あたしの気持ちを置き去りにして消えるなんて、絶対にダメなんだから!」

「……エステル……」

 

 エステルの言葉を聞いたヨシュアは真剣な表情でエステルと向き合った。そして……ヨシュアの方からエステルの唇に迫った。思わぬファーストキスに戸惑うエステルの口をこじ開けるかのように、ヨシュアの舌がエステルの口奥深くに侵入した。

 

(……ヨシュア……)

 

 自分の気持ちにヨシュアが応えてくれたのかとエステルは胸が熱くなった。しかし口内に強烈な違和感を覚えたエステルは弾かれるようにヨシュアから身体を離した。

 

「ヨシュア、あたしに何を飲ませたの……?」

「……即効性のある睡眠薬だよ。副作用は無いから大丈夫」

 

 エステルの質問にヨシュアはそう答えた。エステルの身体から急激に力が抜けた。立っていられなくなったエステルは膝を地面に付きながらも腕の力で何とか上半身を起こしてヨシュアに問い掛ける。

 

「そんな……ひどいよ……どうして……?」

「僕のエステル……太陽のような君。君は僕の闇を照らしてくれた。それが眩しすぎて辛いと思う事もあったけど、君と出会えて良かった。シンジなら、こんな風に大切な女の子から逃げ出す事はしないと思うけど……だからなおさら、アスカと引き裂かれたシンジを助けてあげたいんだ」

 

 意識を失いかけているエステルにヨシュアはそう話し掛けた。同時に自分に比べてシンジの心は強いものなのだとヨシュアは思った。数年前にブライト家に来た時は、人の顔色をうかがう、気弱な男の子だと感じていたのに。

 

「離れても、僕は誰よりも君の事を愛している」

 

 自分でも残酷な言葉だと思いながらもヨシュアはエステルにそう言わずにはいられなかった。

 

「……ヨシュア、……ヨシュア、行かないで……」

 

 力を振り絞って、それでも弱々しい声で呼びかけるエステルの姿をヨシュアは見つめた。目の焦点が合っていない。意識が落ちるのも時間の問題だろう。これが最後の言葉だ。だからせめて自分が出来る最高の笑顔で別れを告げようとヨシュアは思った。

 

「エステル、今まで本当にありがとう。大好きな君と過ごした毎日の事を僕は忘れないよ……さよなら」

 

 ヨシュアはそう言うと、空中庭園から身を翻して姿を消した。まるで夜の闇に溶けるかのように……。

 

 

 

 

 その頃、グランセル港でシンジを待っていたアスカは、約束の時間になっても姿を現さないシンジに大きな不安を覚えていた。シンジは遅刻するようなタイプではない。むしろ約束の時間より早く来て待っている方だ。

 だからアスカも遅刻はしないようにと余裕を持って待ち合わせ場所であるこの港に来た。戦術オーブメントには時刻を表示する機能が付いているので何度も確かめたが約束の時間は過ぎている。

 このまま待って居るべきか、シンジを探しに行くか……。アスカがシンジを探しに行く決断をするまでに、それほど時間は掛からなかった。アスカは城へ戻り、シンジの部屋へと向かうと、部屋には誰も居なかった。

 ヨシュアの姿まで見当たらないとはどういう事か……と考えたアスカは、自分がエステルに空中庭園でヨシュアに告白するように焚きつけた事を思い出した。今はエステルとヨシュアが二人きりで話している真っ最中なのかもしれない。

 しかしこの広い王都をしらみつぶしに探すわけにもいかない、同じ部屋に居たヨシュアならシンジの行方を知っている可能性があるとアスカは思った。

 

(……サッとシンジの居場所を聞いて、邪魔にならないようにサッと退散すれば良いのよ)

 

 アスカはそう心を決めると、空中庭園への階段を昇った。庭園に入ったアスカは周囲を見回すが、エステルとヨシュアの姿が見えなかった。不思議に思いながらも庭園の中を歩き回ったアスカは、エステルが倒れている事に気が付いた。

 

「どうしたのエステル? 何があったの!?」

 

 アスカが大声で尋ねても、エステルからの返事は無い。エステルは涙を流しながら眠ってしまったようだった。アスカはエステルを起こそうとエステルの身体を揺さぶるが、エステルは目を覚まさない。

 これはただ事では無いと思ったアスカは、空中庭園を出て談話室に居るシェラザードに助けを求めた。切羽詰まったアスカの様子を見て、シェラザードは一気に酔いを醒ましたようだった。

 

「これは……誰かに睡眠薬を盛られたわね」

 

 エステルを診たシェラザードは厳しい表情でそう言った。シェラザードは多少睡眠薬に関する知識はあるのだと話した。シェラザードは眠気覚ましにも利く香水を取り出すと、エステルに嗅がせた。

 目を覚ましたエステルは、ヨシュアに睡眠薬を飲まされたのだと言った。そしてシンジが悪い魔法使いに誘拐され、ヨシュアが一人で助けに行ってしまった事も話した。聞いていたアスカとシェラザードは真っ青な顔になった。

 

「アタシのせいだ……油断してこんな偽手紙に引っかかったから、シンジは……」

「落ち着きなさいアスカ! 気を抜いていたのはあんただけじゃない、私もよ!」

 

 シェラザードがアスカの両肩を掴んで激励した。とにかくヨシュアとシンジの行方を手遅れになる前に探さなければならない。グランセル城は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。カシウスや遊撃士たち、王室親衛隊や王国軍も総力を挙げて二人を探したが、消息はつかめないまま夜明けを迎えてしまった。

 

「何よ、あの大きな飛行船は……!?」

 

 アスカと一緒に王都郊外を探していたエステルは、エルベ周遊道の方から飛び立った、巨大な紅い空中戦艦を見て驚きの声を上げた。王国軍の警備艇が十隻は格納できるであろう空母を思わせる巨体、大きく口を開けた主砲と多数の自動砲塔を備えたその戦艦は、王室親衛隊の白き旗艦《アルセイユ》の数倍の大きさを誇る。

 あれがヨシュアの言っていた『悪い魔法使い』の戦艦ではないかとアスカは直感した。それならばさらわれたシンジも、助けに行ったヨシュアもあの巨大戦艦の中に居るはず。止めなくてはならない。行かせてはならない。

 アスカはそう思ったが、巨大戦艦を見上げるだけで成す術も無く。巨大戦艦は彼方へと飛び去ってしまった。

 

「シンジィーーーっ!」

 

 アスカが叫ぶ茜色の空には、巨大戦艦が残した軌跡が刻まれていた……。

 

 

 

※BGM『星の在り処』

 この先は曲を聴き終わった後に、BGMを『銀の意志』に変えてお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《予告編》

 

 空中で繰り広げられる、《アルセイユ》と紅き空中戦艦《グロリアス》との死闘……。

 

 エステルにハーモニカを渡し、シンジを救うため《グロリアス》に乗り込んだヨシュア。

 

 アスカとエステルは、シンジとヨシュアを取り戻す旅を決意する。

 

 そして胎動を始めた謎の《福音計画》はリベール王国に再び波乱を巻き起こす。

 

 各地で起こる天変地異、天空を舞うドラゴンの影……。

 

 草原を走り迫り来るエレボニア帝国の戦車隊。

 

 新たな冒険を始めたエステルたちの前に立ち塞がる、ワイスマンをはじめとする《使徒》たち。

 

 未知のアーティファクトがついにその姿を現す。

 

 エステルはヨシュアにハーモニカと自分の想いを渡す事が出来るのか。

 

 アスカはシンジを救い出す事が出来るのか。

 

 ロランス少尉とワイスマンとの決着の時が訪れる。

 

 『Asuka Bright!! 茜空の軌跡 SC編』 2022年 公開予定

 

 

 




 ※この最終話が原作の流れに沿ったトゥルーエンドとなりますが、大団円を迎えるグッドエンドも用意してあります。お待ちくださいませ。

 SC編は空の軌跡原作沿いだと、アスカとシンジの再会までの時間が長くなってしまうので、ヱヴァンゲリヲン新劇場版のように時間軸を飛ばす事も考えています。

 主たる原作を新世紀エヴァンゲリオンさせて頂いたのは、アスカとシンジの活躍を主軸に置いているからです。
 空の軌跡キャラクターも活躍させるために、独自に考えた話も加えていますが、それでもまだ足りていません。
 クロスオーバー作品の難しいところです。
 この作品を通じて、空の軌跡を知らなかった方も興味を持って頂けたら幸いです。


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グッドエンド ブライト家に、ただいま!

 

 昼間は女王生誕祭、夕方はアリシア女王主催の晩餐会で盛り上がったグランセル城の夜は静かに更けて行った。シェラザードはオリビエとジンを誘って談話室のバーでさらに酒を飲むと部屋を出て行き、エステルはヨシュアを空中庭園に誘うためにヨシュアたちの部屋へと向かう。

 

「エステル、ファイトよ!」

 

 アスカは部屋を出るエステルにそう言って送り出した。エステルとヨシュアは相思相愛だ、告白が成功するのは間違いない。肝心なのはエステルとヨシュアが理想の《ファーストキス》が出来るかどうかだ。

 アスカがシンジに暇潰しとして葛城家のリビングで持ち掛けたファーストキスは、アスカもキスのやり方を良く分かっていなかったので、《バッドキス》になってしまった。あれからシンジの頬などにふざけてキスする事はあったが、唇同士を合わせたキスはしていない。

 そろそろセカンドキスをするべきか……と部屋に残ったアスカが考えていると、アスカのカバンに便箋が入っている事に気が付いた。差出人はシンジと書かれていた。シンジが手紙を書いているところをアスカは見た事が無い。

 アスカが手紙の封を開けると、シンジが普段話さないようなアスカへの愛の言葉が綴られていた。顔を真っ赤にしながら書いているシンジの姿を想像して、アスカはお腹を抱えて大笑いした。

 手紙の最後には、『今夜10時、グランセル港まで来られたし。他言無用』と書かれていた。ユリア中尉の文章を真似て格好を付けたつもりなのだろう。シンジには似合わないのに分かっていないんだからとアスカは笑った。

 夜の静かな港で若い男女がする事と言ったらアスカにも想像が付いた。アイツはムードの良い場所を選んだ、合格点をあげてもいいわとアスカは微笑んだ。

待ち合わせをしているのに、こちらからシンジの部屋へ押しかけるのもおかしな話だ。アスカは時計を見ながらじっと港へと向かう時間まで待つのだった。

 

 

 

 

 その頃、ヨシュアはシンジと同じ今夜泊る予定の部屋に居た。カシウスも同室だったが軍議などで忙しく、部屋に戻るのは夜遅くになると思われた。

 

「……それじゃあ、アスカの所へ行って来るよ」

「うん、上手く行くと良いね」

 

 真剣な表情で部屋を出るシンジに、ヨシュアはそう声を掛けた。クーデター事件が終わって平和が訪れたのに、まるで戦場に送り出すかのようだ。しかしシンジにとってアスカにホテルの個室へと呼び出される事は、今までの恋人未満の関係に終止符を打つと言う事だ。真剣な表情をしていても不思議ではない。シンジはアスカと待ち合わせをしている王都のホテルへと向かって部屋を出て行った。

 ヨシュアもエステルに大事な話があるから部屋で待っているようにと言われていた。このタイミングでヨシュアはエステルとの約束を果たすつもりでいた。エステルと出会う前の自分の過去を明かすと言う話だ。

 その事をヨシュアに決意させたのは、少し前に東街区のベンチ広場で交わしたアルバ教授との会話だった。

 

(……エステル、父さん……僕は……)

 

 アルバ教授はエステルがアイスクリームを買いに屋台に向かい、アスカとシンジが内緒話をしに遠く離れた場所に移動して、一人で東街区の広場のベンチに残ったヨシュアに偶然に会った風を装って、穏やかな笑顔で話し掛けて来た。

 

「おや、ヨシュアさん。そんな厳しい表情でどうしました? せっかくのデートなんですから、もっとにこやかな顔をしないと心配されてしまいますよ」

 

 しかしヨシュアは鋭い目でアルバ教授をにらみつけ続けた。

 

「最初に会った時から、あなたと居ると体の震えが止まりませんでした。今はもう慣れましたけど……」

「はて?」

 

 アルバ教授はとぼけた顔でそう答えた。

 

「各地で起きた事件に関わった記憶を消された人たち……あなたは《四輪の塔》の調査という名目で、タイミング良く事件が起こった現場の周辺に居た……」

 

 ヨシュアの追及に対して、アルバ教授は無表情で何も答えなかった。

 

「確信を抱いたのは、僕自身の記憶です……僕は一人で何度もあなたと会った記憶がある。でも何を話したのか、一切覚えていない。会ったという記憶の方が僕の思い違いならともかく、真実は逆なのだとしたら……!」

 

 そのヨシュアの言葉を聞いたアルバ教授は、今まで見せた事の無い性悪な表情を浮かべて笑い出した。

 

「認識と記憶の操作は完璧だと思っていたが、欠片でも記憶が残っていたか。私の作った操り人形の中では優秀な方だな」

「人形……!?」

 

 アルバ教授の言葉を聞いたヨシュアは、驚いた顔でアルバ教授を見つめた。アルバ教授はヨシュアに、青い錠剤を差し出した。

 

「その薬を飲めば、私の掛けた暗示が解かれる。“本当の自分”を知りたくないか、ヨシュア・アストレイ?」

 

 ヨシュアは一瞬だけ戸惑ったが、アルバ教授の手から青い錠剤を受け取り、飲み込んだ。ヨシュアの頭に失われた記憶のイメージがフラッシュのように流れ込んで来る。

 自分の住んでいた村を焼き払った兵士たち、悲鳴を上げながら殺されて行く村人たちや自分の両親。幼い自分を庇って兵士の剣で背中を斬られ、ハーモニカを託して息絶えた自分の姉。

 ヨシュアは姉の命を奪った兵士を、落ちていた剣を拾って斬り殺した。子供だと思って油断していた兵士は自分が死んだのも分らない顔をしていた。廃墟となった村に現れたアルバ教授。

 アルバ教授に引き取られたヨシュアは暗殺者として育てられ、何人もの人間の命を奪った。そしてカシウス・ブライトの暗殺命令を受け、返り討ちに遭ったヨシュアはカシウスに保護されてエステルと出会う……。

 

「あなたは……第三の使徒、ゲオルグ・ワイスマン!」

「壊れた君の心を縫い合わせてあげた私の事を思い出したようだね」

 

 ワイスマンは眼鏡を人差し指で押し上げながら、愉快そうに笑ってそう言った。

 

「《執行者》ナンバー13。《漆黒の牙》……ヨシュア・アストレイ。それが君の本当の姿だ」

「あなたが今回の事件の真の黒幕だったんだな!」

 

 ヨシュアはワイスマンに向かって厳しい表情でそう怒鳴った。

 

「それで……僕を始末しに来たというわけですか」

 

 ただではやられないと、ヨシュアは双剣を抜いて構えた。

 

「計画の第一段階が無事完了したのも、君の協力があってこそだ。だから君に御褒美をあげに来たのだよ」

「僕があなたたちの計画に協力!? でたらめを言うな!」

 

 ワイスマンの言葉を聞いたヨシュアは大きな声で怒鳴り返した。

 

「君が私と何を話していたのか……その内容は気にならないのかい?」

 

 そうワイスマンに尋ねられたヨシュアは必死に思い出そうとするが、頭にモヤがかかったようで一字一句も思い出せなかった。その部分の記憶はワイスマンに消されているようだ。

 

「この計画はカシウス・ブライトがリベール国内に居ては出来なかった。リシャール大佐がクーデターを起こしても、潰されてしまうからね。だから君を使って、彼が国外に出る工作活動をしたのだよ。君の本当の役目はカシウスの暗殺ではなく、スパイだったのさ」

「嘘だ……」

 

 ワイスマンの言葉を聞いたヨシュアは、膝から崩れ落ちた。

 

「この五年間、君は定期的に遊撃士協会とカシウスの動向を我々に報告してくれた。カシウスの性格の細かい部分まで報告してくれた君のお陰で、我々は上手くカシウスを帝国まで誘導する事が出来たのだよ」

「僕はずっとエステルと父さんを裏切っていた……?」

 

 ヨシュアの目から涙があふれた。家族として暮らす事が、ワイスマンの計画に協力する事になっていた事はヨシュアにとって大きなショックだった。

 

「そのお礼に、君を自由にしてあげる事にした。おめでとう、これからは『ヨシュア・ブライト』として生きるがいい」

 

 そんな事、出来るはずが無いとワイスマンは分かった上でヨシュアにそう告げているのだ。どこまでも残酷な男だった。ワイスマンは遠くからシンジがこちらに戻ってくることに気が付いた。

 

「そうだ、異邦人の彼には我々の計画に協力してもらいたい事がありますので、お借りしますよ」

 

 ワイスマンはヨシュアの耳元でそう囁いた。シンジがヨシュアとワイスマンに近づいた時には、既に二人は『正遊撃士ヨシュア』と『アルバ教授』の関係に戻っていた。

 

「ヨシュア、部屋に居るの?」

 

 ヨシュアが部屋で長い物思いにふけっていると、部屋のドアをノックするエステルの声が聞こえて来た。ヨシュアは自分が暗い思考に囚われていた事を悟られないように、笑顔を作ってエステルを出迎えるのだった。

 

 

 

 

 グランセル城を出たシンジは、北街区の《ホテル・ローエンバウム》の201号室でその時が来るのを待っていた。シンジはただアスカの胸を触れる事だけに釣られたはなかった。

 アスカに呼び出されて二人きりになると言う事は、アスカから恋人として認められることを意味する。この世界に来てから、アスカは頼る相手が自分しか居ない事もあって、アスカが好意を持ってくれている事は感じていたが、それが家族としてのものだけだとしたら寂しい気がしたのも事実だった。

 シンジにはアスカがこの世界で恋人を作って自分から離れて行ってしまうかもしれないという不安もあった。アスカがはぐらかしてストレートに気持ちを示してくれない性分だとシンジは分かっていただけに、今回のアスカからの誘いにハッキリと応える必要があると思った。

 しばらく待っても誰も姿を現さない。もしかしてからかわれただけなのかもしれないとシンジは少し不安になった。

 

(そういえば、クローゼさんって……ボクの事好きなの……かな?)

 

 唐突にそんな考えがシンジの頭に浮かんだ。エルベ離宮で突然抱き付いて来た事や、時折シンジを見つめる視線などから、鈍いシンジでも薄々クローゼの好意には勘づいていた。少なくとも嫌われてはいないはずだ。

 

(でもボクがもしクローゼさんと付き合っても、相手は王女様なんだから結婚出来るわけないよね。……ってボクが結婚する相手はアスカだよ、ゴメン!)

 

 浮気がバレたかのように、心の中でシンジはアスカに謝った。そして自分が妄想した内容に気が付いてシンジは顔を赤くする。

 

(アスカと結婚だなんて、ボクは何を考えているんだ、先走り過ぎだろう!)

 

 そんな事を考えているうちに、シンジは眠くなって来た。辺りには霧のようなものが立ち込めている。部屋の中で霧が発生するなど絶対に変だと思いながらもシンジは睡魔に抗えなかった。

 ベッドに腰掛けていたシンジはそのまま仰向けになって倒れた。怪しい霧が晴れると、部屋の中にはシェラザードよりも色気のある、露出の多い東方風の服を着た妖艶な女性が立っていた。

 

「私の《睡魔の霧》が効いたようね」

 

 手に持っていた扇子を広げて、その女性はぐっすりと眠りに落ちているシンジを見下ろした。

 

「坊や、せめて幸せな夢が見られると良いわね……」

 

 その妖艶な女性は同情しているのか、からかって笑っているのか、感情の入り混じった複雑な表情でシンジに声を掛けた。王国軍の兵士の格好をした二人組が部屋に入って来て、寝ているシンジを両脇から抱え起こした。

 ホテルの従業員や宿泊客たちは《睡魔の霧》によって深い眠りについている。外の通りでシンジを連れている姿を目撃されても、一般市民には怪しまれないだろうと計算されていた。

 

「あんた、私に感謝しなさいよ。私の幻術のサポートが無ければ、あの娘に上手く化ける事は出来なかったんだからね」

 

 妖艶な女性は部屋の外に居る人物に向かってそう呼びかけた。

 

「ふふ、あの場で胸を触られていたら、さすがの貴殿の幻術でも誤魔化せなかったよ」

 

 部屋の外に居る人物は仮面を付けたキザな細身の男性だった。この男性がアスカがエステルとアイスクリームの屋台に行っている隙に、アスカに変装してシンジと話していたらしい。

 この集団はシンジをどこへ連れて行くつもりなのか。シンジをホテルから運び出した王国軍の兵士に変装した二人組は、遊撃士協会の前を避ける形で遠回りをしながら王都の外へと去って行ったのだった。

 

 

 

 

 その頃、グランセル城の空中庭園ではエステルとヨシュアの二人が城下の街を見下ろしていた。ヨシュアはハーモニカで『星の在り処』を吹いている。その音色は城の中へと響いていた。

 

「……月が綺麗ね」

「そうだね」

 

 ヨシュアに普通に返されたエステルは、首を捻った。アスカの話によれば、月が綺麗だと言う事はあなたが好きですと告白するのと同じ意味だと言うのに。エステルは気を取り直してヨシュアに話そうとした。

 

「あの約束を果たさせてくれるかな。僕が君に会うまでの事を話したいんだ」

 

 先に言葉を発したのはヨシュアだった。

 

「えっ、でも本当に平気なの?」

「エステル、君に聞いて欲しいんだ」

 

 真剣な表情でそう語るヨシュアに、エステルは黙ってうなずいた。

 

「昔、甘えん坊で気の弱い男の子が居ました。その子の住んでいた村は貧しかったけど、温かい家族と村の人々と過ごせて、その子は幸せな毎日を送っていました。しかしある日悲劇が降りかかりました。その子の住んでいた村が略奪に遭ったのです。家は焼かれ、ほとんどの村の人たちの命が奪われました」

 

 エステルはヨシュアの生まれた故郷の話を聞いた事が無かった。まさか、そんな事があったなんて思いもよらなかった。

 

「その男の子は生き残る事は出来ましたが、惨劇を目の当たりにして心が壊れてしまいました。ただひたすらに、姉の形見のハーモニカを吹き続けるだけの日々。世話をしてくれた人の呼び掛けにも答えず、男の子は機械のようにハーモニカで『星の在り処』を繰り返していました」

 

 エステルは『星の在り処』についてヨシュアが特別な思いを持っている事を知った。軽い気持ちでヨシュアに吹く事をせがんでいた自分を後悔した。

 

「そんな男の子の元に、一人の魔法使いが訪れました。『私がその子の心を治してあげよう。ただし、代償は支払ってもらうよ』とその魔法使いは言いました。男の子の世話をしていた人は悩んだ末に、男の子を魔法使いに任せる事にしました」

 

 ヨシュアの世話をしていた人、その魔法使いについて、エステルは初めて聞く話だった。だからどこの誰なのか見当もつかない不安を感じた。

 

「その魔法使いは、男の子を自分の好きなように作り変えました。新たな心を手に入れた男の子は、魔法使いの思いのままに動く人殺しになっていました。何年もの間、男の子は数えきれないほどの命を奪いました。男の子が住んでいたような村を全滅させた事もあります。男の子は優秀な化け物へと成長して行ったのです」

 

 罪の無い人々の命を奪う、遊撃士とは対極とも呼べる行為をヨシュアはエステルと出会う前にやっていたのだ。自分を化け物と呼ぶヨシュアの姿にエステルは胸がとても痛んだ。

 

「魔法使いの命で暗殺を繰り返して行くうちに、その男の子は《漆黒の牙》と呼ばれ、闇の組織の一員となっていました。ある日魔法使いは大陸で4人しか居ないと言うS級遊撃士の暗殺を男の子に命じました。しかしその遊撃士は強すぎて、戦いを挑んだ男の子は撃退されてしまいました」

 

 そのS級遊撃士の事は父カシウスの事だとエステルは思った。

 

「任務を失敗してその場を離れた男の子の前に、魔法使いの手下たちが現れました。暗殺の標的に顔を知られてしまった男の子を始末しようとやって来たのです。しかし、暗殺の標的であったその遊撃士がその男の子を助けました。そしてその男の子はその遊撃士の家に連れられて、一人の女の子と出会いました……」

 

 カシウスがヨシュアを抱いて連れて帰って来た日の事はエステルも覚えている。エステルは死んだ母さんを裏切って新しい女を作ったのだとか大騒ぎしたものだった。

 

「それから男の子は何年もの間、素晴らしい夢を見る事が出来ました。本当なら、その男の子はそんな夢を見る事すら許されていないほど、両手は真っ赤な血で汚れていたのに……」

 

 自虐的にそう話すヨシュアを、エステルは深い悲しみを感じながら見つめていた。ヨシュアはこんなにも苦しい思いを抱えていたのかとエステルは胸が痛くなった。

 

「でも夢が覚めて現実に戻る時がやって来ました。……これで、僕の話はおしまいだよ。最後まで耳を塞がずに聞いてくれてありがとう」

 

 エステルは無駄だと判っていながらも、聞かずにはいられなかった。

 

「悪趣味な作り話……って事は無いわよね? つい大げさに話しちゃったとか」

「残念だけど、全部……実際にあった話だよ」

 

 ヨシュアの言葉を聞いたエステルは沈痛な面持ちとなった。

 

「僕は君たちの側に居ながら、君たちを裏切り続けていたんだよ。リシャール大佐のクーデター事件も、シンジが奴らにさらわれたのも、全部僕のせいだ!」

 

 頭を手で抱えながらヨシュアは大声でそう叫んだ。エステルはヨシュアを抱き締めて慰めてあげたかったが、ヨシュアは手を伸ばしてエステルが近づくのを拒否した。

 

「僕は魔法使いからシンジを助けに行く。危険な旅になるから君たちを巻き込むわけにはいかない」

 

 ヨシュアが真剣な表情でそう言うと、エステルは怒った顔でヨシュアをにらみつけた。

 

「いい加減にしなさいっての!」

 

 そう言ってエステルが強引にヨシュアの肩を掴むと、ヨシュアは驚いた顔になった。

 

「今まで夢を見ていたなんて言わないでよ! それじゃあ、今までの事が無かったことになるじゃない! 昔の事なんて関係無いわ! 心が壊れたなんてただの言い訳よ!」

 

 エステルの涙声を聞いたヨシュアは思わず目を逸らした。

 

「あたしの目を見て話を聞きなさいよ! あたしはずっと……その男の子の事を見て来たわ! その男の子が何かに苦しみながら必死に努力して来た事は分かってる!」

 

 深呼吸をすると、エステルは大きな声で叫ぶ。

 

「あたしはそんなヨシュアが好きになったのよ!」

 

 エステルの告白を聞いたヨシュアは驚いた顔になった。

 

「一人で行くなんて許さないからね! 三人で力を合わせてシンジを助けに行くのよ! あたしを……あたしの気持ちを置き去りにして消えるなんて、絶対にダメなんだから!」

「……エステル……」

 

 エステルの言葉を聞いたヨシュアは真剣な表情でエステルと向き合った。そして……ヨシュアの方からエステルの唇に迫った。思わぬファーストキスに戸惑うエステルだったが、ヨシュアと目を合わせると小さくうなずいた。

 

(……ヨシュア……)

 

 自分の気持ちにヨシュアが応えてくれたとエステルは胸が熱くなった。しかしエステルは弾かれるようにヨシュアから身体を離した。

 

「ヨシュア、あたしに何を飲ませたの……?」

「……即効性のある睡眠薬だよ。副作用は無いから大丈夫」

 

 エステルの質問にヨシュアはそう答えた。エステルは急激に身体の力を抜いて腕をだらんとさせた。立っていられなくなったエステルは膝を地面に付きながらも腕の力で何とか上半身を起こしてヨシュアに問い掛ける。

 

「そんな……ひどいよ……どうして……?」

「僕のエステル……太陽のような君。君は僕の闇を照らしてくれた。それが眩しすぎて辛いと思う事もあったけど、君と出会えて良かった。シンジなら、こんな風に大切な女の子から逃げ出す事はしないと思うけど……だからなおさら、アスカと引き裂かれたシンジを助けてあげたいんだ」

 

 意識を失いかけているエステルにヨシュアはそう話し掛けた。同時に自分に比べてシンジの心は強いものなのだとヨシュアは思った。数年前にブライト家に来た時は、人の顔色をうかがう、気弱な男の子だと感じていたのに。

 

「信じて、僕は誰よりも君の事を愛している」

 

 自分でも残酷な言葉だと思いながらもヨシュアはエステルにそう言わずにはいられなかった。

 

「……ヨシュア、……ヨシュア、行かないで……」

 

 力を振り絞って、それでも弱々しい声で呼びかけるエステルの姿をヨシュアは見つめた。意識が落ちるのも時間の問題だろう。

 

「エステル、今まで本当にありがとう。大好きな君と過ごした毎日の事を僕は忘れないよ……さよなら」

 

 ヨシュアは笑顔でエステルにそう声を掛けると、空中庭園から身を翻して姿を消した。人目につかないようにこっそりと城を出る。王都に出たヨシュアの顔は《漆黒の牙》に戻っていた。

 

 

 

 

 その頃、グランセル港で待っていたアスカは、約束の時間になるのを今か今かと待っていた。シンジは遅刻するようなタイプではない。むしろ約束の時間より早く来て待っている方だ。

 だから約束の時間を過ぎたアスカが港を離れてシンジを探し始めてもおかしくはない。戦術オーブメントには時刻を表示する機能が付いているので手違いが無いように何度も確認した。

 アスカは城へ戻り、一直線にシンジの部屋へと向かう。部屋には誰も居ない。アスカもそれは分かっていたが、シンジの現状を思うと心が痛んだ。

 

(敵をあぶり出す為にシンジを囮にするなんて、ツライ事だけど……すべてが終わったらシンジに“お礼”はするから……)

 

 アスカはそう心を決めると、空中庭園への階段を昇った。庭園の中を歩き回ったアスカは、倒れているエステルを見つけると駆け寄った。

 

「どうしたのエステル? 何があったの!?」

 

 アスカが大声で尋ねても、エステルからの返事は無い。エステルは深く眠ってしまったようだった。アスカはエステルを起こそうとエステルの身体を揺さぶるが、エステルは目を覚まさない。

 エステルの身体を離したアスカは、空中庭園を出て談話室に居るシェラザードたちに助けを求めた。アスカが談話室に来た事で、シェラザードは事態を理解したようだった。

 

「これは……誰かに睡眠薬を盛られたわね」

 

 エステルを診たシェラザードは厳しい表情でそう言った。シェラザードは多少睡眠薬に関する知識はあるのだと話した。シェラザードは眠気覚ましにも利く香水を取り出すと、エステルに嗅がせた。

 目を覚ましたエステルは、ヨシュアに睡眠薬を飲まされたのだと言った。そしてシンジが悪い魔法使いに誘拐され、ヨシュアが一人で助けに行ってしまった事も話した。聞いていたアスカとシェラザードは真っ青な顔になった。

 

「アタシのせいだ……油断してこんな偽の手紙に引っかかったから、シンジは……」

「落ち着きなさいアスカ! 気を抜いていたのはあんただけじゃない、私もよ!」

 

 シェラザードがアスカの両肩を掴んで激励した。とにかくヨシュアとシンジの行方を手遅れになる前に探さなければならない。グランセル城は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。カシウスや遊撃士たち、王室親衛隊や王国軍も総力を挙げて二人を探したが、消息はつかめないまま夜明けを迎えてしまった。

 

「何よ、あの大きな飛行船は……!?」

 

 アスカと一緒に王都郊外を探していたエステルは、エルベ周遊道の方から飛び立った、巨大な紅い空中戦艦を見て驚きの声を上げた。王国軍の警備艇が十隻は格納できるであろう空母を思わせる巨体、大きく口を開けた主砲と多数の自動砲塔を備えたその戦艦は、王室親衛隊の白き旗艦《アルセイユ》の数倍の大きさを誇る。

 あれがヨシュアの言っていた『悪い魔法使い』の戦艦ではないかとアスカは直感した。それならばさらわれたシンジも、助けに行ったヨシュアもあの巨大戦艦の中に居るはず。止めなくてはならない。行かせてはならない。

 アスカはそう思ったが、巨大戦艦を見上げるだけで成す術も無く、巨大戦艦は彼方へと飛びさろうとしていた。しかしその時、巨大戦艦の主砲が大爆発を起こした。続いて自動砲塔の辺りからも次々と爆発が起き、巨大戦艦は動きを止めた。

 さらに戦闘艇の格納庫からも爆音と煙が上がり、巨大戦艦の攻撃手段が完全に封じられると、雲の中から王室親衛隊の飛行艇《アルセイユ》が姿を現した。あの船にはこの世界で最も頼りになる男が乗っている。

 空を見上げるエステルとアスカは手を握り合って、カシウスがシンジとヨシュアを連れて帰って来てくれる事を信じて祈った。本当は自分たちの手で二人を助け出したかった。しかしあの狡猾なワイスマンを騙すには大掛かりな芝居をするしかなかった。ワイスマンは監視者を通じて自分たちの動きを見ていると考えたカシウスは作戦を立てたのだ。

 

 

 

 

 爆炎を上げる巨大戦艦《グロリアス》の甲板で、怒りに震えるワイスマンの姿があった。向かい合うのは飛行艇《アルセイユ》から飛び降りたカシウスとヨシュア、独房から救い出されたシンジだった。

 

「この船はもう終わりだ。助かりたければ、お前さんも大人しく投降して《アルセイユ》に乗るんだな」

 

 カシウスに声を掛けられたワイスマンは、カシウスには答えずにヨシュアを憎らし気に睨みつけた。

 

「《漆黒の牙》、貴様が結社に戻って来た理由がこの船に爆発物を仕掛けるためだったとはな……」

 

 怒りに燃えるワイスマンは、気取って話す心の余裕が無くなっていた。

 

「ワイスマン、お前たちの計画は順調だったかもしれないが、わざわざヨシュアに正体を明かしたのは余計なミスだったな。お前の意地の悪さのお陰で、俺たちはお前たちの暗躍に気が付くことが出来た」

「おのれ……カシウス・ブライト……!」

 

 カシウスに自分の慢心を指摘され、図星を突かれたワイスマンは歯ぎしりをして悔しがり、カシウスを目を大きく見開いてにらみつけた。

 

「お前はヨシュアを追い詰めれば、自分の思い通りに動くと考えていたのだろうが、ヨシュアは操り人形ではない。シンジと出会って成長して、逃げる事を止めたのさ」

 

 カシウスの言葉を聞いたヨシュアとシンジの表情が明るくなった。ヨシュアが一人で抱え込んで逃げ出してカシウスたちに打ち明けなかったら、ワイスマンの思い描く結末になっていただろう。

 

「結社の他の連中は全員投降したぞ。お前も元七耀教会の司教だ、悔い改める機会があるのは知っているな?」

 

 遊撃士であるカシウスは救える命があるのならば、悪人であっても助けなければならない。しかしワイスマンは自分の計画が崩れた怒りからカシウスの言葉に耳を貸さなかった。

 

「……仕方ない、それっ!」

 

 そうつぶやいたカシウスは、棒術でワイスマンを気絶させた。考え事に夢中だったワイスマンを捕えるのはカシウスにとって簡単な事だった。気絶したワイスマンを担いだカシウスは、シンジとヨシュアと一緒に、近くに寄った《アルセイユ》の甲板に乗り移った。

 

「悪の箱舟の最期だな」

 

 カシウスたちの目の前で、巨大戦艦《グロリアス》は仕掛けられた全ての爆弾が起爆し、爆散した。エルベ周遊道の上空だった事もあり、街への被害は少なかった。

 

 

 

7 

 

 その後、夜明け空の下でシンジと再会を果たしたアスカは、シンジに飛び付いて抱き付いて熱烈なキスをした。それだけ自分の気持ちを抑えきれなかったのだろう。数秒間に渡るキスの後、真っ赤な顔をしたシンジに肩を叩かれたアスカはあわててシンジの腰に回していた両腕を離した。

 

「本物のアスカにキスしてもらって良かったじゃない、シンジ」

 

 ニヤケ顔のシェラザードをはじめとした遊撃士たちがその場に集まっていた。若い女性遊撃士アネラスは驚いた顔でアスカたちを見つめて固まっていた。その他の先輩遊撃士たちも温かい視線を向けて来る始末。

 グランセル城の空中庭園からはクローゼやアリシア女王がこちらを見下ろしている感じがしたシンジとアスカは、揃って顔を真っ赤にした。エステルの隣にはヨシュアが立ってお互いの手を握っている。

 

「ワイスマンの計画は止める事は出来たけど、《伝説のアーティファクト》や結社の事とか、まだ分からない事は多いわね」

「そうだな。だがお前たちが全て抱え込む必要は無い。大陸中に居る仲間と力を合わせて解決すれば良い」

 

 エステルに対して、カシウスはそう答えた。遊撃士協会もリベール王国だけでなく、様々な国に支部がある。王国軍や七耀教会の協力も得られるはずだ。結社の事件だけに構っているわけにもいかない。遊撃士の力を必要としている人々はたくさん居るのだ。

 

「さてと、俺は城へと戻るとするか。これから投降した結社の一味をレイストン要塞まで護送せねばならん」

 

 グランセル城にも非常時用の牢屋があるが、監獄があるのは王国軍の本部があるレイストン要塞だ。リシャール大佐のクーデター事件の事後処理もほとんど終わったカシウスは、王国軍の立て直しのためにも王都からレイストン要塞へと行く事になっていた。

 

「お前たちはとりあえずロレントに戻るんだろう? それならば、レナによろしく言っておいてくれ」

 

 エステルたちが旅立った後、ロレントにあるブライト家は長い間無人となってしまった。ロレントの街からエステルたちの面倒を見てくれていたステラ夫妻や、幼馴染のエリッサやティオなどが定期的に掃除に来ているらしいが、寂しい事には変わりない。

 正遊撃士になったエステルたちは自由に所属を決められる。四人は話し合ってロレント支部の所属になる事にしたのだ。グランセル支部の受付エルナンは笑顔で四人を送り出してくれた。

 遊撃士協会グランセル支部には、遊撃士たちとその仲間たちの集合写真が飾られている。事件解決を記念して、王都に集まった皆に声を掛けてドロシーが撮った写真だ。

 中心に居るのは事件解決の最大の功労者であるカシウス・ブライト。その近くでは家族であるエステル、アスカ、ヨシュア、シンジ。先輩に当たる遊撃士の面々。クローゼやティータと言った協力者も写真の中では笑顔で写っている。

 

「次の集合写真では、アタシがセンターになるからね!」

「こんな大事件、そうそう起きて欲しくないよ」

 

 腰に手を当てて宣言するアスカに、シンジはウンザリとした顔でため息を吐いた。

 

「別にリベール王国に限った話では無いわ。大陸を揺るがすような事件をアタシたちの手で解決するのよ!」

 

 そう言うアスカの瞳は、ブライトの名の通り、爛々と輝いていた……。

 

 

 

 

 ロレントのブライト家に帰って来たアスカが提案したのは、部屋の模様替えだった。旅立つ前はアスカとエステル、ヨシュアとシンジが同室だったが、それをエステルとヨシュア、アスカとシンジの組み合わせに変えようと言うのだ。

 それって模様替えとは言わないのでは、とシンジのツッコミが入ったが、顔を赤くしたエステルも反対しなかったので、そのアスカの提案は受け入れられた。ヨシュアの荷物が運び出され、アスカの荷物を運び込む。

 その中には少ないながらもリベール王国各地を旅して手に入れた思い出の品も入っている。荷物運びや家具の再配置などに追われたエステルたちは遅めの夕食を食べた。

 

「明日は朝早くから遊撃士協会のアイナさんの所に顔を出すんだから、夜更かしは厳禁よ!」

 

 アスカは部屋へと戻るエステルとヨシュアにそう釘を刺した。

 

「そう言うアスカこそ、早く寝なさいよ」

 

 エステルも負けずにアスカにそう言い返した。夕食後の皿洗いを終えたシンジの手を引いて、アスカは部屋へと連れ込む。そしてアスカはお互いのベッドをくっ付けてシンジと添い寝をする体勢となった。

 

「勘違いしないで、シンジ。あくまでするのは添い寝だけよ」

 

 アスカは静かな口調でそう言った。

 窓から差し込む月明かりに照らされたアスカの顔は綺麗だとシンジは思った。

 

「……こ、子供なんかできちゃったら、遊撃士の仕事が出来なくなるじゃない。だから、S級遊撃士になるまでお預けよ!」

 

 正遊撃士になったばかりなのに、気の早い話だなとシンジは苦笑していた。でも悠長に構えてなど居られない。G級遊撃士としてスタートを切った自分たちがS級に昇格するのに何年かかるのか。もしかしたら一生無理なのかもしれない。

 

「それなら僕たち、明日から一生懸命に遊撃士の仕事は頑張らないといけないね」

「今からプレゼントをあげるから、気合い入れなさいよ」

 

 アスカはそう言うと、シンジの頭を抱き寄せて唇を重ねた。アスカの話だとキスでは妊娠しないからOKだそうだ。その後二人は身体を寄せ合って眠りに就いた。次の日の朝、太陽はいつもより強く輝いているように感じるのだった。

 

「おはよう。あんたたち、今朝は妙にやる気に満ちた顔になっているじゃない」

 

 エステルたちがロレント支部の遊撃士協会に顔を出すと、受付のアイナと話していたシェラザードがにやけた顔で声を掛けて来た。今日の仕事終わりには、友人のエリッサの居酒屋《アーベント》で、酔ったシェラザードの質問攻めを受ける事になるだろう。

 

「間に合って良かったわ。あなたたちの正遊撃士の手帳が完成したの」

 

 穏やかな笑みを浮かべたアイナが、エステルたちに真新しい手帳を渡した。

 

「さあて、アタシたちの正遊撃士としての初めての依頼は何かしら……」

 

 アスカはキラキラと目を輝かせて白紙のページをめくった。

 

「オリビエさんを連れ戻す依頼だったじゃないか」

「アレは準遊撃士手帳に書いた依頼だから、ノーカウントよ!」

 

 シンジにアスカはそう言い返した。そんなアスカを見てシェラザードがクスリと笑った。

 

「落ち着きなさいって。アイナが、とびっきりの依頼を用意しているそうよ」

「それで、どんな依頼なの?」

 

 エステルが尋ねると、アイナは依頼の内容について話し始めた。

 

「クラウス市長からの依頼で……」

 

 

 




 ※こちらはあり得たかもしれない大団円のハッピーエンドとなります。エステル、アスカ、ヨシュア、シンジはロレント支部を拠点にしながらも、各地の支部に応援に行く事もあるかもしれません。外国に呼ばれたりする事も。
 ワイスマンの組織の陰謀の全てを暴く事は出来ませんでしたが、リベール王国での活動にダメージを与えたと言う事で一応の決着は付きました。
 LASの場面も最終話でもっと描きたかったのですが、話の長さから断念しなくてはなりませんでした。
 この気持ちはSC編に持ち越そうと思います。
 リシャール大佐やワイスマンなどがどうなったかのなどの後日談ですが、ifルートでもありますし、SC編を前に過剰なネタバレを避けたいので書きませんでした。
 もしこのルートで後日談を書くのならば、アスカとシンジがデートや結婚式を挙げる話などを書きたいと思います。御意見お待ちしております。


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空の軌跡SC・序章
第五十一話 乙女達の特訓!(2022/10/30 0:09公開)


予告編から本格的に書き換えました。


 

 あの悪夢のような出来事の後、すっかり落胆して泣き腫らしたアスカとエステル。

 疲れ果てた彼女達は、カシウスとシェラザードに支えられてグランセル城の部屋へと戻った。

 シンジが寝るはずだったアスカの隣のベッドにはカシウスが、ヨシュアが寝るはずだったエステルの隣のベッドにはシェラザードが入り、うなされるアスカとエステルを朝まで見守っていた。

 カシウスは泣きながら眠るアスカを見て、アスカとシンジの2人と翡翠の塔で出会った夜の事を思い出した。

 あの時もアスカは眠りながら死んだ母親への寝言を言っていた。

 二度とアスカを悲しませるような事をしないと誓った自分が油断したせいで、娘に悲しい思いをさせてしまった事をカシウスは後悔していた。

 カシウスはヨシュアから彼が所属していた組織について聞いていた。

 身喰らう蛇、ウロボロス。

 リベール王国で数々の事件を引き起こし、リシャール大佐のクーデターを扇動し、シンジを巨大戦艦で誘拐したのはおそらく彼らの仕業だ。

 ヨシュアが単身姿を消してしまった事からも、それは間違いない。

 

「パパ……」

「アスカ、目を覚ましたか」

 

 翌日の昼近くになって、ようやくアスカは目を覚ました。

 

「アタシ、ひどい夢を見たの。シンジが遠くへ行ってしまった夢……」

「残念ながら、現実に起きたことだ」

 

 カシウスがそう告げると、アスカの青い瞳から涙があふれた。

 昨日の夜あれだけ泣いたのに、まだ枯れる事はない。

 そんなアスカを、カシウスは胸に抱いた。

 

「お前を慰めてやりたいが、ここで泣いていてもシンジは救われない、分かっているな?」

「うん……」

 

 そうカシウスが声を掛けると、アスカは身体を離して手で涙を拭った。

 歯を食いしばって必死に涙をこらえている。

 

「シンジをさらった奴らについて、お前とエステルに話がある。まずはエステル達と合流するぞ」

 

 カシウスの言葉にうなずいたアスカは部屋を出る。

 廊下ではすでにエステルとシェラザードがソファに腰掛けて二人を待っていた。

 

「アスカ……」

「アタシ達4人は念願の正遊撃士になれたのに……どうしてこんな事になっちゃったのよ」

 

 エステルと顔を合わせると、アスカはそう嘆いた。

 今日は大手を振ってロレントに帰る、そんな素晴らしい日になるはずだったのに。

 シェラザードの話によれば、目覚めたエステルも昨日の夜の出来事は夢であって欲しいと現実逃避を続け、シェラザードの平手打ちにより正気を取り戻したらしい。

 

「廊下でする立ち話では無いな。場所を移すぞ」

 

 4人はカシウスに先導される形で、空中庭園へ続く階段を昇った。

 テラスで向き合う形になったエステルは、カシウスに質問を浴びせる。

 

「父さん、どうしてそんなにのんきに構えているの!? 直ぐにヨシュアを捜し出して、シンジを助けに行かないと!」

「まあ待て。ヨシュアが本気で姿を消したら、見つけるのは無理だ。5年前、俺があいつの気配に全く気が付かずに不意打ちを受けたほどだからな。それに奴らは、すぐにシンジに危害を加えるような真似はしないだろう」

 

 カシウスの答えを聞いたアスカは、今までにないほど怒った顔でカシウスに詰め寄った。

 

「今までエステルに遠慮して聞けなかったけど……ヨシュアって何者よ!?」

 

 しばらくの間、カシウスは黙り込んでいたが、やがて重い口を開いた。

 

「……『見喰らう蛇』と自称する秘密結社がある。世界を裏から動かそうとする連中だ。ヨシュアはその結社の一員らしい。遊撃士協会が調べてはいるが、その実態は謎に包まれている。国民達に不安を与えないように、存在を隠されている。彼らの目的は不明だが、シンジはそのために奴らに捕まったのだろう」

「あの巨大な戦艦の事?」

 

 シンジを乗せたまま、遥か彼方へと飛び去った巨大な赤い戦艦の姿を思い浮かべて、アスカはそうつぶやいた。

 カシウスは無言でうなずいた後、さらに話を続ける。

 

「そしてヨシュアも、結社の一員として活動を続けていたらしい」

 

 そのカシウスの言葉を聞いたエステルとアスカは血相を変えた。

 

「ちょっと、それってどういう事!?」

「ヨシュアが書置きを残していた。それによると、あいつはこの5年間、遊撃士協会の動向やアスカやシンジ達に関する情報を結社に流し続けていたようだ。どうやら無意識のうちに結社に定期連絡する催眠術を掛けられていたらしい。あいつは自分のせいで家族に迷惑を掛けた時……特に結社が関わってきた場合……俺達の前から姿を消すと誓っていた。それがあいつの譲れない一線だったんだろう」

「父さん、分かってたんだ……ヨシュアがいつか居なくなっちゃうかもしれないって……」

 

 カシウスの答えを聞いたエステルは膝を折って崩れ落ちた。

 隣にいたアスカが倒れそうになる彼女の身体を支える。

 そのアスカもショックで全身がガクガクと震えていた。

 

「女の立場から言わせてもらえば、カシウス先生もヨシュアも、男として最低です」

 

 それまで黙って話を聞いていたシェラザードが、厳しい目つきで言い放った。

 

「底の知れない連中だ、出来ればお前達には関わって欲しくなかった。しかしシンジが連中の手に落ちたとなれば、そうも言ってられん。だが、今のお前達には手に余る相手だ。新米の遊撃士では歯が立たないだろう」

「じゃあアタシ達は諦めろって言うの!?」

 

 アスカは今にもカシウスに噛みつきそうな勢いだ。

 そんなアスカをなだめて、カシウスはアスカの両肩に手を置いた。

 

「父親としてはお前達に危険な道を歩ませたくないが……女として、遊撃士として、お前達の信じる道を進むが良い」

「父さん……」

「パパ……」

 

 エステルとアスカはそう言ってカシウスに近づいた。

 2人の頭を抱き寄せるカシウス。

 

「エステル、アスカ……俺の息子たち……ヨシュアとシンジの事を頼んだぞ」

「うん……またあの家でみんなで一緒に暮らすためにも……」

「絶対にヨシュアを連れ戻して、シンジも助け出すから……!」

 

 

 

 

 それから数ヵ月の間。

 エステルとアスカの2人は、リベール王国の国外にあるレマン自治州の遊撃士協会の訓練場に居た。

 

「いくわよ、アスカ!」

「かかって来なさい、エステル!」

 

 エステルとアスカ、2人の武器である赤く長い棒がぶつかり合って火花を散らす。

 力任せに振り下ろされたエステルの攻撃を、アスカは真っ向から受け止める。

 

「相変わらず、手が痺れるほどの馬鹿力ね……」

「力が通じないのならば、速さで勝負!」

 

 棒を振り回すのを止めたエステルは、高速で突きを繰り出す攻撃方法へと変えた。

 アスカは自分の身体の前で棒を回転させてエステルの突き出された棒を弾く。

 攻撃を防がれたエステルは、飛び退いてアスカとの間合いを取る。

 これからは我慢比べ、体力が先に尽きた方が負けだ。

 2人は全身汗だくになりながらお互いの隙を突こうとにらみ合いを続けた。

 

「ほらほら2人とも、そろそろ朝食の時間よ」

 

 割って入るように姿を現したのは、2人の姉代わりでもあるシェラザードだった。

 エステル達が朝練をしている傍らで、彼女は3人分の朝食を作っていた。

 

「えっ、もうそんな時間?」

「もうちょっとで今日の夕食当番を賭けた勝負が決まりそうだったのに」

 

 驚いた顔でつぶやくエステルに対して、アスカは不満げに口をとがらせた。

 

「今日は演習があるんだから、しっかりと食べてスタミナを付けなさい。一段とハードなんだから」

 

 シェラザードがそう言うと、2人とも「ゲッ」と言う表情になった。

 この数ヶ月の間、彼女のしごきを受けてきたのだ。

 演習ともなれば、さらに厳しいものになると想像できる。

 

「ふーっ、美味しかった! シェラ姉がこんなに料理が上手いとは思わなかったわ」

「お酒のツマミを作っているうちに自然とね。アスカはどうしてわたしが料理下手だと思ったのかしら?」

「えーっと、それは……なんとなく」

 

 シェラザードにそう答えるアスカの頭に、元保護者の女性の顔が思い浮かぶ。

 今となってはレトルト食品を頬張っていた彼女の姿が懐かしい。

 自分とシンジがこの世界に来てから数年が経つ。

 彼女は今頃何をしているのか、自分達の事をたまには思い出してくれているのか。

 しばらくの間、アスカは過去に思いを馳せた。

 

「それにしても、シェラ姉が訓練教官として付き合ってくれるとは思わなかったわ」

「ふふ、あんた達はわたしの可愛い妹弟子だしね。先生が伝えきれなかった事を教えたいと思ったのよ」

 

 エステルのつぶやきに対して、シェラザードは笑みを浮かべて答える。

 カシウスはエステルとアスカをもう止めるつもりはないと告げた。

 しかし今の2人の実力では、結社に立ち向かうには力不足だと話した。

 そこでカシウスは2人に遊撃士協会の訓練場に行くことを勧めた。

 訓練場には遺跡探索技術、レンジャー技術、サバイバル技術、対テロ技術などの実戦レベルの訓練が行える本格的な施設がある。

 エステルとアスカは2つ返事で訓練場に行くことを決めた。

 今までヨシュアとシンジに頼りきりだった部分があると感じていたからだった。

 料理に関しても、手伝ってもらっていた部分があった。

 この訓練場の宿舎で交代で自炊生活をするようになって、アスカとエステルの料理技術は向上した。

 

「わたしが正遊撃士になったお祝いに、王都で買ってあげた服はどう?」

「ちょっとスカートだと、まだ落ち着かないかな」

 

 シェラザードに尋ねられたエステルは少し顔を赤らめて、スカートのすそを指でつまむ。

 今までエステルはアスカに勧められても、遊撃士として活動する時はスパッツをずっとはいていたのだ。

 

「エステルはもうちょっと、女の子らしい服装をするべきよ」

「アスカの言う通り、素材は良いんだからね」

 

 再会した時、可愛くなったエステルの服装を見ればヨシュアはきっと喜ぶと丸め込まれて、ついにエステルはスカートをはく決意をしたのだった。

 

「でもヨシュアってば、あたしの下着を見ても平然として洗濯していたし……」

「なんならリボンも着けてみたら?」

「リ、リボン!? さすがにそこまでは……アスカの方こそどうなのよ」

「アタシはこのヘッドセットを着けていないと誰とも話せないし」

 

 アスカはそう言って、入浴時以外は肌身離さず身に着けている赤いインターフェイス・ヘッドセットを触った。

 結局、リベール王国随一の技術力を誇るツァイス中央工房のラッセル博士でもヘッドセットの謎は完全に解明できなかった。

 どうやら精神波のようなものを送受信していることだけは何とか分かったぐらいである。

 

「……あたし達、この数ヵ月の訓練で成長できたよね?」

「当たり前よ、シェラ姉のしごきにずっと耐えてきたんだから!」

「ふふ、その成果は今日の演習で見せてもらうわよ」

 

 楽しい朝食の時間は終わり、エステルとアスカは自分達の部屋に戻って演習の準備を整える事になった。

 演習とは言え、実戦と同じく何が起こるか分からない。

 持っていた練習用の武器をしまうと、今までの旅で愛用していた装備を取り出した。

 

「ヨシュア……」

 

 エステルは荷物からヨシュアのハーモニカを取り出すと、しっかりと握り締めた。

 アスカも頭のヘッドセットを撫でているだろう。

 お互いに離れてしまった恋人達との絆を示す、象徴的な物だ。

 2人は準備を終えると、時間に遅れないように部屋を出て、シェラザードの待つ玄関へと向かうのだった。

 

 

 

 

 シェラザードが用意した演習の内容は『遺跡探索』だった。

 エステル達が泊っている宿舎の西にある『バルスタール水道』。

 遺跡を改築して作られた訓練施設。

 古代の仕掛けも修復され、魔獣達の巣となっている。

 2人はシェラザードに先導されて、バルタザール水道の中に足を踏み入れた。

 

「へぇ、結構広い地下水道なのね」

 

 辺りを見回したアスカは感心した様子でつぶやいた。 

 

「あなた達が準遊撃士になるためにテストを受けた、ロレントの地下水道とは比べ物にならない広さよ」

 

 思わずそう口に出してしまったシェラザードだが、エステルとアスカが表情を曇らせるのを見て、しまったと手で口を押えた。

 

「ごめんなさいね、あなた達」

「ううん、これはヨシュアとシンジを取り戻すための訓練なんだもの、頑張らなくっちゃ!」

 

 謝るシェラザードに対して、エステルは首を横に振った。

 

「さて、それなら気持ちを切り替えて、今回の演習内容を説明するわよ。目標は、遺跡の最奥にあるアーティファクトの回収」

「えっ、この遺跡にそんなものがあるの!?」

 

 驚いてシェラザードに聞き返すエステルの姿を見て、アスカはため息を漏らす。

 

「アンタバカァ!? あったとしても、とっくの昔に回収されているわよ。もうここは遊撃士協会の訓練施設になっているんだから」

「それもそうか」

「はぁ、今度はアタシがヨシュアやシンジのようなツッコミ役に回らないといけなくなりそうね」

 

 そう言ってアスカは再びのため息をもらした。

 

「アスカの言う通り、水路の最奥にはダミーを置いておいたわ。遊撃士協会のシンボルが付いているから分かるはずよ。それを回収して宿舎に居るわたしのところに報告にくること。分かったわね」

「ふん、そんなの楽勝に決まってるじゃない!」

「わたしの演習がそんなに甘い物だと思う?」

 

 腰に手を当てて自信たっぷりに言い放つアスカに対して、シェラザードは含み笑いをする。

 さらにシェラザードは『バトルスコープ』をエステルに渡し、この地下水道に生息する魔獣の生態調査を行うように命じた。

 

「えーっ、魔獣なんて退治しちゃえばいいじゃん、面倒くさい」

「待ちなさいエステル。このサブクエストはボーナスBPの匂いがするわ」

 

 不満を漏らすエステルに、眼光を鋭くしたアスカはそう告げた。

 魔獣の生態調査をするということは、不意を打って先手必勝で息の根を止める、という戦法が使えなくなるということだ。

 『バトルスコープ』は魔獣の死骸に向かって使っても効果が無い。

 シェラザードの演習の洗礼が早速やってきたと、アスカは笑みを浮かべた彼女をにらみつけた。

 今まで魔獣図鑑の登録はヨシュア、料理レシピの研究はシンジに任せきりだった。

 訓練の途中で腹ごしらえをするための食事も、アスカとエステルの手で作らなければならない。

 

「それじゃあ、いってらっしゃい♪」

 

 シェラザードに見送られて、2人はバルタザール水道の奥に向かって足を踏み入れた。

 

 

 

 通路を進むとほどなくして、エステルとアスカは4匹の魔獣の一団と遭遇した。

 

「ちょっと~、いきなり4匹の魔獣と戦うなんて聞いてないよ!」

 

 今までヨシュアとシンジを含めた4人パーティで戦うことが多かったエステルは悲鳴を上げた。

 しかも『バトルスコープ』を使って分析をしてから倒さないといけない。

 うっかり力加減を間違えて止めを刺してはいけないので、2人はやる気満々の魔獣達の攻撃を受けながら戦わなければならなかった。

 

「んもう、アタシの肌に傷を付けるなんて! 痕が残ったらどうするつもりよ!」

 

 多数の魔獣達の爪や牙による攻撃を全て避けきれるはずがない。

 体を張って守ってくれていたヨシュアとシンジの有難みを、エステルとアスカは改めて実感した。

 

「なんか、アスカに回復魔法を使ってもらうと変な感じがする」

「アタシも同じよ」

 

 戦いが終わったエステルとアスカは、お互いの傷を回復魔法で癒していた。

 自分自身に回復魔法を使っても効果はあるのだが、見えにくい場所にある傷は見落としてしまう可能性がある。

 だから2人とも回復魔法を使えるようにしたのは都合が良かった。

 

「毎回この調子だと、先が思いやられるわね」

 

 アスカとエステルは、立ちはだかる魔獣をサクッと蹴散らして進むつもりだったが、気配を殺して物音を抑え、隠密行動をとる必要が出てきた。

 物陰からこっそり『バトルスコープ』を使えば、魔獣には気付かれない。

 この演習は遺跡探索だけではなく、レンジャー技術の訓練も兼ねているのだと2人は思い知らされた。

 

「ふう、待ちくたびれたわ」

 

 迷路のような地下水路を抜け、最奥にたどり着いた2人を待っていたのは、シェラザードだった。

 

「シェ、シェラ姉!?」

 

 ポカンと口を開けながら、シェラザードに駆け寄るエステル。

 アスカも目を丸くしながらエステルに続く。

 

「宿舎に帰ったんじゃなかったの!?」

「あなた達の反対側にもルートがあったのよ。わたしは魔獣の生態調査をする必要はなかったから、サクサクッと進むことができたけどね」

 

 アスカに尋ねられたシェラザードは涼しい笑顔でそう答えた。

 この水路に生息する魔獣達は、エステルとアスカの2人パーティでも苦戦するほど。

 それをたった1人で突破してしまうのだから、シェラザードの実力は相当のものだ。

 

「それで、どうしてシェラ姉がここに居るの?」

「わたしはこの遺跡のアーティファクトを狙って現れた女盗賊の役を演じに来たの。さあ、わたしを倒さないとアーティファクトは手に入らないわよ!」

 

 エステルの質問にシェラザードはそう答えると、ムチを構えて戦闘態勢へと入った。

 

「やるしかないのね……!」

「アタシ達だってこの数ヵ月の訓練で実力を付けた。シェラ姉にだって負けないわよ!」

 

 2人も応えるように棒を向ける。

 遺跡の最奥の大部屋で、エステル・アスカチームとシェラザードの戦いが始まった。

 シェラザードはムチの使い手だが、脅威になるのは強力な風属性の攻撃魔法だ。

 特に彼女の魔法、エアロストームを喰らえば、エステルとアスカはまとめて竜巻に吹き飛ばされるだろう。

 だからエステルとアスカは、シェラザードの魔法の詠唱を妨害することに全力を尽くした。

 アスカも強力な火属性の攻撃魔法を使うことが出来るが、それはシンジの威嚇射撃によるサポートガードがあっての事だ。

 2人は棒術だけで、シェラザードを倒さなければならなくなったが、シェラザードの身のこなしは軽く、棒を振り回しても突いても避けられてしまう。

 このままでは長い棒を振り回して自分達の体力の方が尽きてしまう。

 そう考えたアスカは作戦を変える事にした。

 

「エステル、30秒だけシェラ姉の相手をしてくれる?」

「うん、分かった!」

 

 エステルの返事を聞いたアスカは魔法の詠唱を始めた。

 しかしそれは得意とする火属性の攻撃魔法ではない。

 

「クロックアップ!」

 

 アスカとエステルの身体が光に包まれる。

 彼女が唱えたのは、素早さを上げる時属性の補助魔法だったのだ。

 

「くっ、素早さを上げるとは、考えたわね」

 

 ついにエステルの棒での攻撃の一撃がシェラザードに当たった。

 ガードが間に合い直撃とはならなかったものの、シェラザードには確実にダメージを与えた。

 このまま攻撃を当て続ければダメージが蓄積して彼女の動きも鈍って行くだろう。

 エステルとアスカにも勝ち筋が見えてきた。

 

「こうなったら、ええいっ!」

「あっ!」

 

 シェラザードは部屋に置かれていたダミーのアーティファクトを拾い上げると、一目散に逃げだした。

 

「こらっ! 待ちなさい!」

「待てと言われて立ち止まる女盗賊は居ないわよ♪」

 

 エステルとアスカは慌ててシェラザードを追いかけるが、演習のためのフル装備を身に付けた2人の方が重量的に不利。

 クロックアップの魔法の効果も切れて、遺跡の出口で2人は完全にシェラザードの姿を見失ってしまった。

 いや、実際にはシェラザードは宿舎でエステル達の帰りを待っているのだろうが、彼女は遺跡にやってきた盗賊役だ。

 本物の盗賊ならばとうに逃げてしまったと判定されるだろう。

 つまり今日の演習は不合格だということだ。

 

 

 

 

 肩を落として帰ってきたエステルとアスカは、笑顔を浮かべたシェラザードに出迎えられた。

 彼女は、自分が逃げ帰ることになるとは想定外だった、演習は失敗したがその点は誇って良いと2人を慰めた。

 明日からはサバイバル技術を高めるために、宿舎の南にあるサンクトロワの森で訓練を行うと話した。

 ハードな一日を終えた2人だが、シェラザードが夕食当番を肩代わりすることはなかった。

 

「そういえば朝の訓練で、どちらが夕食当番をするか決めるって話だったけど……」

「……一緒に作ろっか」

 

 もう2人は訓練場で自主練習をする気力も体力も残っていなかった。

 夕食を待つシェラザードはテーブル席で上機嫌にワインを飲んでいる。

 そして3人で食卓を囲んで談笑した後、明日に備えて部屋で寝ることになった。

 エステルとアスカは2階にある自分達の部屋へと戻ったが、シェラザードはまだ1階のダイニングに残ってワインを飲んでいた。

 

「ここでの訓練も最終段階か。あの子達に教えることもいよいよなくなってきたわね……」

 

 シェラザードは妹弟子であるエステルとアスカの成長をとても喜んでいた。

 2人掛かりとはいえ、あのまま逃げずに戦いを続けていたら、膝を折って敗北宣言をしたのは自分の方だ。

 それが彼女にとってたまらなく嬉しかった。

 しかし夜の静寂は、窓ガラスが割れる音によって破られた!

 

「仕事終わりのビールが美味しいって気持ち、あたしにも良く分かるわ。でも飲み過ぎは良くないわよ♪」

「あんた、確か結社の!?」

「覚えててくれて嬉しいわ」

 

 女性兵士の乱入者に続いて、ぞろぞろと武装した連中が入ってきた。

 なぜ、結社の部隊が遊撃士協会の訓練所を襲うのか。

 その理由がシェラザードには直ぐには思い付かなかったが、とある可能性に思い至った。

 

「あんた達、アスカまで誘拐するつもり!?」

 

 結社は異世界からやってきたシンジをさらっていった。

 それならば、アスカも同様に狙われるリスクがあるということではないか。

 何としてでもこの包囲網を突破してアスカ達を逃がさななければならない。

 

「ちょっち、あなたに暴れられると困るのよね」

 

 乱入者達のリーダーと思われる、結社の女性兵士はビンを床に叩きつけて割った。

 たちまち室内に、煙のような霧が立ち込める。

 霧を吸い込んだシェラザードはガックリと膝を折った。

 

「これは……眠りの霧? まさか、姉さんの……」

 

 シェラザードはそうつぶやくと、完全に意識を失った。

 

「はい、その娘は丁重に扱ってね。大事な人質なんだから」

「はっ、サトミ軍曹」

 

 武装集団の兵士達はシェラザードを抱えると、宿舎から出て行った。

 

「さぁて、これからがメインイベントね」

 

 彼女はそうつぶやくと、ゆっくりとエステルとアスカの部屋のある2階へ続く階段を昇るのだった……。




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ハロウィン記念LAS短編『ハロウィン騒動!』(グッドエンド後日談)

グッドエンドを前提とした短編です。


 

「カボチャ泥棒、観念して奪ったカボチャを返しなさい!」

「なんだお前は!? そんなフリフリのリボンの服を着て何者だ!」

「アタシはアスカ・ブライト! 正遊撃士よ!」

 

 アスカはそう言うと、胸の谷間から正遊撃士の紋章を取り出して、野菜泥棒達に叩きつけた。

 正遊撃士は軍の兵士よりも強いともっぱらの評判である。

 泥棒達は青い顔をしてたじろいだ。

 

 

 

 しかし圧倒的な人数の多さが泥棒達を勇気づける。

 アスカは成長したとはいえ弱冠17歳の乙女。

 野菜泥棒達のアジトに単身乗り込むという無謀な行為をしていた。

 

「てめえみたいな小娘が正遊撃士なんて有り得ねえ! その正遊撃士の紋章も偽物か何かだろ?」

「遊撃士ごっこ遊びは終わりだよ、お嬢ちゃん」

「なんなら、試してみる?」

 

 野菜泥棒達の挑発に対して、アスカも同じもので返した。

 そのアスカの不遜な態度を見た野菜泥棒達は武器を構える。

 

「手前ら、やっちまえ!」

 

 5人の男達がアスカに向かって飛び掛かる。

 アスカは赤く長い槍を持ったまま平然と待ち構えていた。

 彼女は男達を一網打尽に出来る間合いを待っていたのだ。

 

 

 

「今よ! 秘技、『太極輪』!」

 

 アスカは持っていた赤く長い槍を自分の身体を中心とした円状に振り回した。

 彼女に迫っていた5人の男達は直撃を受けて後ろに大きく跳ね飛ばされる。

 

「魔法が使えなくたってね! アタシにはカシウス・ブライト直伝の棒術があるのよ!」

 

 堂々とアスカがカシウス・ブライトの名前を出して名乗りをあげると、野菜泥棒達の動揺はさらに激しくなった。

 カシウス・ブライトといえば大陸最強の男として有名である。

 名前を聞くだけで悪党達は蜘蛛の子を散らすように逃げるものだった。

 野菜泥棒達の中には、アジトである倉庫から外へ逃げ出そうとする者も居た。

 

「あれ……?」

 

 アスカが突然間抜けな声を出す。

 武器として持っていた赤い槍『ロンギヌス』がぽっきりと折れてしまったのだ。

 元々はハロウィンのコスプレアイテムとして持っていた単なる木の棒。

 5人の男達を弾き飛ばした衝撃に耐えられなかった。

 

「あはは……」

 

 彼女は誤魔化し笑いを浮かべるがもう遅い。

 

「勇ましい遊撃士のお嬢ちゃんよ、どうやら形勢逆転のようだぜ」

 

 野菜泥棒の男がにやけた笑いを浮かべてアスカに話す。

 アスカも遊撃士として格闘術の類は身に付けてはいるが、大人数で一気に詰め寄られてはどうしようもない。

 

「くっ、シンジ達のいう通り、準備を整えてからやって来るべきだったわね」

 

 今更ながらアスカはハロウィンのコスプレ衣装のまま、犯人のアジトへと踏み込んだ自分の未熟さを呪った。

 正遊撃士の紋章は、肌身離さず持っていただけだ。

 持っていたロンギヌスの槍(コスプレ用)が折れてしまった今、アスカは丸腰だ。

 

「助けてシンジ……」

 

 男達の包囲はじりじりと狭まって行った……。

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてアスカが野菜泥棒を追いかけることになったのか。

 時間を遡って説明することにしよう。

 リベール王国一周の修行の旅を終え、国を揺るがす大事件を解決した功績が認められたアスカとシンジ、エステルとヨシュアは正遊撃士となった。

 見習いとは違い、正遊撃士は自由に所属先を決めることが出来る。

 アスカ達は自分達の家のあるロレント支部に籍を置いていた。

 

「あーあ、またワクワクするような事件が起きないかしら」

「アスカ、物騒なことを言わないでよ。今日もロレントの街では大きな事件も起きなかった。平和が一番だよ」

 

 ブライト家のダイニングで、アスカは退屈そうに欠伸をしていた。

 今日の食事当番はヨシュア。

 シンジの双子の兄のような存在である。

 綺麗な黒髪といい、女装させたら似合いそうなところまでそっくりだ。

 彼はキッチンで料理をしていた。

 

「ねえ、ヨシュア~、お腹が空いた~ご飯まだなの?」

「まったく、エステルってば、色気より食い気よね」

 

 アスカの隣の席でテーブルに突っ伏しているのは、アスカの姉のような存在であるエステル。

 同じ赤みがかった栗毛の少女は、太陽のような明るい笑顔がアスカにそっくりだった。

 

 

 

 4人はロレントの街の郊外にあるブライト家で、家族として暮らしていた。

 ロレントの街は田舎都市と呼ばれるほどの穏やかな街。

 林業や農業が主な産業だと言えばお分かりいただけるだろうか。

 そんな街で大事件など起こるはずも無く……アスカはヒマを持て余している。

 

「お待たせ、カボチャのパイだよ」

「わーい!」

 

 ヨシュアがキッチンからパイの乗った皿を持って来た。

 お腹を減らしていたエステルは歓声を上げてパイへとかぶりつく。

 対照的にアスカはじっとパイを見つめたまま動かなかった。

 

「どうしたのアスカ? かぼちゃは嫌いだったっけ?」

「違う! もうアタシは好き嫌いするほど子供じゃないわよ!」

 

 シンジが心配そうな顔で尋ねると、アスカは首を大きく振って否定した。

 そして意味ありげな笑みを浮かべる。

 あれは何かを企んでいる時の顔だとシンジとヨシュアには分かる。

 

「楽しみが無いのならば、新しく作ればいいのよ!」

「えっ?」

「シンジ、あんたもハロウィンぐらい知って居るでしょ?」

「うん、まあTVで見たことはあるけど」

「家でハロウィンパーティーをやりましょ!」

「えーっ」

 

 乗り気ではないシンジは露骨に嫌な顔をした。

 こうなれば外堀を埋めるべきだと判断したアスカは矛先をエステルに変えた。

 

「エステル、ハロウィンパーティーをやればお菓子が食べ放題よ」

「本当!? やるやる!」

 

 アスカに声を掛けらたエステルは身を乗り出すほどの勢いだ。

 

「エステルは見事にお菓子に釣られたね」

「……そうだね」

 

 同情したヨシュアがシンジの肩に手を置くと、彼は大きなため息を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、遊撃士の仕事をこなしたアスカ達はパーゼル農園へと向かった。

 パーゼル農園はエステルの幼馴染であるティオの両親が運営する農家。

 アスカ達はハロウィン用のかぼちゃを調達するために来たのだ。

 

「何それ、面白そうじゃない。私にもやらせて」

 

 アスカからハロウィンの話を聞いた彼女は目を輝かせる。

 もはやブライト家の中だけのパーティだけではなくなり始めていた。

 

『お菓子をくれないとイタズラするぞ』

 

 街の子供たちの間でハロウィンが流行り始めると、大人達も興味を持ち始めた。

 ロレントの街は娯楽の少ない田舎町。

 アスカがハロウィンのコスプレのことを話し始めると、お菓子に関心のない年齢の大人達までもが参加するようになり、クラウス市長の耳にも入るようになった。

 

「えっ、ハロウィンのイベントをロレントの町興しに!?」

 

 市長邸に呼び出しを受けたシンジ達はクラウス市長の提案に驚いた。

 

「ふふーん、全てアタシの計算通りね」

「そこまで考えていなかったような気がするけど」

 

 シンジがツッコミを入れると、アスカは「文句あるの?」と言いたげににらみ返した。

 これは商売になるぞ、と目聡い商人たちはかぼちゃの確保に奔走することになるだろう。

 アスカもお菓子を貰うためだけにイベントを企画した訳ではない。

 本命はやっぱりコスプレにあった。

 自分はどんな服を着ようか。

 シンジにはどんな服を着せてやろうか。

 そう考えただけでワクワクしてくる。

 

 

 

 

 そしてやって来たハロウィンの当日。

 アスカはシェラザードの用意した魔女のような黒いドレスを着てコスプレに参加。

 

「アスカちゃんの服、リボンがたくさんついていて可愛いね」

 

 ロレントの街の酒場『アーベント』の酒場娘、フレッサがアスカのコスプレを称賛する。

 

「そういうアンタはいつもと変わらないウェイトレスの格好ね」

「これはね~ルーアンの街のウェイトレスのコスプレなんだよ」

 

 それではコスプレの意味がほとんど無いとは思うのだが……。

 

「天然なんだから気にしちゃダメよ」

「そうね」

 

 ティオの言葉にアスカは同意する。

 ロレントの街の住民のほとんどがコスプレを楽しんでいる。

 

 

 

 街の中を歩いていると、アスカ達は先輩遊撃士のシェラザードとばったり顔を合わせた。

 

「どうアスカ? あたしの作った服は気に入った?」

「シェラ姉、お酒臭い。昼間から飲んでいるの?」

 

 シェラザードはアスカ達にとっては7歳年の離れた姉のような存在だ。

 特にアスカとシンジにはミサトを思い出させる。

 酔うと二人のことをしつこくからかってくるところが似ていた。

 

「大丈夫、あたしにとってお酒は水みたいな物だから」

 

 確かに彼女は大酒豪だ。

 一緒に飲んだ相手が酔い潰れてもケロッとしていることが多い。

 しかし今日のシェラザードは顔が赤らんで足元もフラフラするほど飲んでいるようだ。

 

「シェラザードさん、アイナさんと一緒に飲んでいましたね?」

「ピンポーン!」

 

 アイナとはシェラザードの友人で、遊撃士協会ロレント支部の受付嬢。

 どんなにお酒を飲んでも酔い潰れることはなく、居酒屋の酒蔵を空にしてしまった伝説まである。

 するとそのウワサのアイナが、息を切らしてアスカ達の元へとやってきた。

 

「大変よ! パーゼル農園が強盗団に襲われたらしいの――!」

 

 

 

 

 

 

 

 直ぐにでも現場に急行したいところだったが、アスカ達はコスプレ中のため愛用している武器も、魔法が使えるようになる道具、戦術オーブメントも家に置いてきていた。

 エステルに至っては、スポーツ少女のコスプレで、体育着にブルマといった超軽装だった。

 

「よくもアタシのハロウィンを台無しにしてくれたわね!」

 

 頭に血が上ってしまったアスカは、シンジ達の制止も耳に入っていない様子でパーゼル農園の方へと駆けて行ってしまった。

 止めるはずの先輩遊撃士シェラザードは少し酔った状態。

 エステル達は冷静なって自分の家へと武器を取りに行くことにした。

 

「僕たちが行くまで、無事でいてよ――アスカ」

 

 シンジは祈りながら家路への道を急いだ。

 

 

 

 エステル達がすっかりかぼちゃ畑を荒らされてしまったパーゼル農園に到着すると、すでにアスカの姿はなかった。

 

「ティオ、アスカは何処にいったの!?」

「強盗団を退治してやるってあっちの方に」

 

 エステルに尋ねられたティオが指差した方を見ると、多数の靴跡とリアカーの軌跡という分かりやすい痕跡が残っていた。

 これではアスカは容易く強盗団のアジトを突き止めることが出来てしまう。

 

「アスカが僕達の到着を待っていてくれるといいけど……」

「彼女の性格的に、難しいところだね。特にハロウィンをぶち壊しにされて腹を立てているだろうし」

 

 シンジのポジティブな考えを否定して、ヨシュアはネガティブな考えを話した。

 

「見えた! あの倉庫が多分強盗団のアジトよ!」

 

 倉庫の周りにアスカの姿は見当たらない。

 ということはすでにアスカは踏み込んでしまっている。

 一刻の猶予もならない。

 アスカに加勢するためにエステル達もアジトへと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 強盗団の男達に追い詰められたアスカは覚悟をした。

 きっとこの男達にシンジのお嫁になれない身体にされてしまうと。

 しかし信じられないことに、アスカの愛用している武器である赤い棒が倉庫の入り口から飛来してきたのだ。

 それをしっかりと受け止めるアスカ。

 

「秘技、『太極輪』~!!」

 

 アスカに迫っていた男達は大きく跳ね飛ばされた。

 彼女の貞操の危機は脱したのだ。

 

「アスカ、間に合って良かった!」

「シンジ! みんなも!」

 

 シンジ達が倉庫の中へと飛び込んでくると、強盗団の男達は烏合の衆。

 裏口から逃げることしか考えてなかった。

 それを察知したヨシュアは氷魔法で裏口をドアごと凍らせる。

 

「さあ、観念してお縄につきなさい!」

 

 エステルが正遊撃士の紋章を突き付けると、強盗団は大人しくなり、後から来た王国軍の兵士達に連行された。

 強盗団はかぼちゃの値段が上がったことを聞きつけて売りさばくために集まったごろつき達だった。

 

 

 

「アスカ、僕の言いたいことは分かってるよね」

「アタシが悪うございました」

「こんなことをしていたら、正遊撃士の紋章を没収されてしまうかもしれないよ。だいたいアスカはいつも……」

 

 シンジのお説教が長くなりそうだと察したアスカは、自分の唇でシンジの口を抑え込んだ。

 要するに強引なキスだ。

 

「ぷはぁっ、こんなことで僕を誤魔化せるとでも……」

 

 シンジが口を離すと、アスカはもう一度シンジにキスを仕掛ける。

 その後はアスカのキスの連続攻撃だった。

 

「ロレントは今日も平和だね」

「そうね」

 

 ヨシュアの言葉に、エステルも呆れた顔で答えるのだった。




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