同盟上院議事録異伝 とある構成邦顛末記 (如月一月)
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第一話 首相閣下の憂鬱(ランソメドーズ首相官邸)

「どこにあるんだ?その邦は?」(市民による自虐)


ランソメドーズ共和国。

 

そう呼称される同盟構成国は、同盟首都ハイネセンポリスのあるバーラト星系から離れ、バーミリオン星域とランテマリオ星域の間にあった。

この国は所謂「第二次開拓時代」と呼ばれる時代――『長征』を終えたバーラトの建国者たちの子孫たちによる星間開拓時代――に建国された【中間星域】と呼ばれる国家の一つだ。

 

 

そんな彼らは、『自由と共存、協調と融和』という国是を掲げ、民主主義国家である自由惑星同盟の構成邦の一国として、紆余曲折を経ながら存在している。

 

 

 

22時47分。

ウェントワース街12番地。ランソメドーズ国内で最も知られている住所。昨年末にその「住人」となった男がいる。

 

――当選確実です! セントビンセントに続き、東アルバータ州知事選挙は、新人の農民党候補である……

――船団事故については、続報が入り次第、お伝えしていきたいと思います。では、次のニュース。衆議院総選挙は与党、農民党が第一党を確実にしつつあり……

――最後まで難航していた汎ローマピクニックでしたが、先ほど「統合」への協力を表明。結果的に「統合」参加の各派は……

――渉外大臣は記者会見にてアスターテへの支援を表明。船舶委員会、並びに事業団に対し……

――10日後の観艦式に備え、宇宙軍名誉総旗艦「ランソメドーズ」が出港準備を……

 

 

「……なぜだ」

 

次から次へとテレヴィジョンの変更に飽きたその男は深く溜息をつくと、投げ出すように椅子にもたれかかった。そして彼の前任者のトレードマークであった葉巻を取り出す。

 

ゆっくりと火をつけて煙を吸込み、そして――

 

「っげっほほっ!!!?」

 

――盛大にむせた。

 

彼の名はリッカルド・フォンターナ。

ウェントワース街12番地。すなわち、現ランソメドーズ首相官邸の住人。

 

ランソメドーズ首相の肩書きを持つその男は憂鬱の中にいた。

 

 

 

リッカルド・フォンターナ。

52歳で現ランソメドーズ首相に就任した彼の政治的キャリアに、目立つものはあまりない。税理士出身であった彼は与党農民党所属議員として、当選4回。現職に就くまでは、交通大臣の職にあった。

 

そんな彼の「幸運」にして「不幸」は彼の前任者、前ランソメドーズ首相ハーディングの死によるものだ。

当時、政権は同盟中央政界と農産物に関する関税関連交渉の大詰めを迎えており、それも交渉はランソメドーズの要望から遠いもので決着しそうであった。

ハーディング前首相はタフな政治家ではあったが、農民党主流派――最大支持基盤たる農業協同組合出身――であっても、いやだからこそと言うべきか、政権内外の反発と戦い、その結果のようにあっけなく脳卒中で亡くなった。

 

その間、わずかに3日。

本来なら後継すべき副首相――当然の如く彼も主流派議員、それも若手のホープとみられていた――を含め、当時の農民党執行部は短くも激しい内々の討論の結果、「閣議による後継指名」を実施。

結果、当時の閣内で『非主流派の中で最も若手』であった彼が選ばれた。

 

 

「敗戦処理」「暫定政権」「選挙管理内閣」

誰も期待しなかった就任であった。

 

 

それから四か月後。

彼は、ランソメドーズ首相にして与党ランソメドーズ農民党「暫定」総裁として、下院たる衆議院選挙結果を「勝者」として享受しつつある。

 

その原因は単純。

誰もが敗戦と思っていた「関税交渉」に勝利してしまったからだ。それも、ほぼほぼランソメドーズの要望が通る形で。邦内基幹産業の救世主となった彼に対し、有権者たちは分かりやすく返答を返した形である。

 

 

勝利。

 

 

なるほど、確かに。一面で見ればそうだ。基幹産業の保護者たる農民党としては、大変分かりやすい実績だ。

その背後で、一緒に受け入れたものを見なければ、だが。

 

 

悩みを忘れようと二、三度と軽く首を横に振ると、吸い慣れた大衆煙草を咥えたまま――盛大にむせた元凶たる葉巻は灰皿に放置されたままだ――彼の出身地たる東アルバータ州産のウィスキーを取り出す。妻は既に眠った。憂鬱の元凶たるこの職責も、官邸が公邸を兼ねていることだけはこれを行える数少ない特権だ。

 

そのささやかな楽しみを得ようとしたまさにその瞬間、扉が控えめにノックされた。

 

 

「あの、首相閣下。来客が……」

扉越しにかけられる秘書官の声に、怪訝な顔をしたリッカルド。

 

「…………客?この時間に?……いや、待て!」

瞬間、なにかに気づいたように椅子から立ち上がる。

 

「今すぐ!帰ってもら――」「邪魔しますぞ!首相閣下!!」

怒鳴りつけるような大声とともに、三人の老人がどかどかと入り込んでくる。

 

――畜生、畜生!!俺がなにをしたって言うんだ!!

リッカルドはこの日、三度目の涙を浮かべそうになった。

 

 

この晩、首相官邸を襲撃した賊を語るなら、彼らはいずれもフォンターナ政権の閣僚たちだ。そしていずれも、農民党内では非主流派という頭文字がつく。

 

農務大臣、渉外大臣、そして、軍務大臣。

関税交渉の表裏それぞれの責任者であり、結果として今回の衆議院選挙勝利の立役者となった連中。

 

そして、頼んでもいないのに勝手にリッカルドの後見人気取りの老人たちだった。

 

「おお、東アルバータのウィスキーですか。我が西アルバータの次には美味いですからな」

「セントビンセントと言えばワインだ。ガラティエには流石に勝てんが、よい赤をもってきた。サラミはないかね?」

「ミードもあるぞ。ああ、君。大皿をふたつ。しまったな、ナッツを忘れた」

 

「いや、なにしに来たんですか」

 

やいのやいのと騒々しく思い思いに酒と肴を広げだす老人たち。中にはリッカルドの秘書官に命じる始末。もはや誰が主人か分からない有様だ。

 

「なにって、そりゃ祝杯だよ。我が党の勝利にね」

「首相閣下の東アルバータ州に至っては、15年振りに知事選挙にも勝ちましたからな。あとで新民主党の連中がうるさそうだが」

「どうせ明日には党本部に行って同じことするんだ。その前に『気心しれた』我々と楽しもうじゃないか。そら、チーズの準備が出来たぞ。好きに飲みたまえ。我らが首相閣下」

 

乾杯の音頭もなしに好き勝手に飲み始める老人たち。げんなりとしながら、ウィスキーをあおるリッカルド。その胸中にどこか高揚した思いがあるのを否定しきれない感触があることも、認める部分があったのは事実だった。

 

 

「……それで?本題は何ですか」

「つまらん男になったな。首相就任時はもう少し可愛げがあったのに」

「諸先輩方が大変優秀でしたので」

 

しばらく酒と簡単な肴を楽しんでいたが、まさか本当に総選挙の祝杯というだけでないだろう、という確信をもってリッカルドが問いかける。その彼に老人たちはつまらなそうに顔を見合わせると、最高齢たる農務大臣が口を開いた。

 

「幹事長から話があった。一週間の臨時議員総会。そこで貴様の臨時総裁から臨時が取れる。……革新連合に礼を尽くすことだな」

 

「嬉しくない報酬ですな。……閣内をいじっていけますか?」

「いや、今のままでいいだろうな。司法大臣を指定席にしておけばそれでいいさ」

連立与党からの働きかけ。まったく、自党よりも協力的とは!!

 

「そもそも今の内閣をいじる必要がない。強いて言えば副首相か。あの小僧は副総裁に回すらしい。しばらく党務を見せたいのだろう。ま、適当に主流派からの推薦者をはいはいと受け入れておけばそれで済む話だ」

「それよりも、次期通常会だ」

「……ああ。そういうことですか」

 

きょとんとしたリッカルドだったが、渉外大臣の発言で納得した顔を見せる。なるほど、連立与党革新連合はその支持基盤の中枢が船舶委員会――輸送業や造船業の団体――だ。確かにあの忌み子の影響のほうが大きいだろう。

目立つ閣僚を捨ててでも、支持勢力のために。今回の農民党の逆だ。

 

「次年度予算は財務に呑ませた。ついでに五か年の特別予算だ」

「軍務省も予定通り。なに、人員だけは揃えているからな。他邦からの要望にも対応しているのは知っての通りだ。この計画範囲なら予備役でどうにか賄える」

まあ、その範囲で頼んだわけだが、とワインを美味そうに飲む軍務大臣。

 

 

「……農務省は?」

「あれだけやったんだ。反対する奴がいると思うかね?」

にんまりと笑みを浮かべた老人たちにリッカルドは深い深い息をついた。

 

「弁務官たちに話をする機会を設けるべきだが……。ちょうど、そのうちネヴィルの奴が帰ってくる。まずは奴からだな」

「一番の難敵じゃないですか!?」

「だから最初にやるんだよ」

 

「時期通常会。第三次建艦計画をなんとしても成立させますよ」

「結構、実に結構!!」

 

 

 

再びの歓談に花を咲かせる老人たちを見ながら、リッカルド・フォンターナは自己の思考の住人となった。

 

『どうして自分が』と思わないと言えば噓になる。

この道を選ぼうとしなかった前任者と、選んでしまった自分。

しかしながら、既に賽は投げれた。いや、投げたの自分か?

いずれにせよ、結果が出るのは先のことだ。

 

ならば、その未来が、良きものであることを祈って。今を生き、決断するしかない。

 

思索から復活した彼は、とりあえず彼は椅子から立ち上がることにした。

まずは目の前にいつの間にか出されていたローストビーフを腹におさめたかったのである。

 

四人の男たちのささやかというには騒々しい酒宴は、あまりの喧騒に静かな怒りを噴火させた首相夫人の襲撃を受ける1時間27分続くこととなる。

 

 

 

いつしか、放置され続けていた葉巻は燃え落ちていた。



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第二話 協調ブロック「統合」(衆議院第三控室)

協調ブロック「統合」会派規約
第一条:本会派の名称は協調ブロック「統合」とする。
第二条:本会派はランソメドーズ共和国国是『自由と共存、協調と融和』に賛同する政党・議員であれば誰でも加入出来る。また、会派構成員は如何なる政治的対立があろうともこれを妨げてはならない。


――『酔いどれ内閣』フォンターナ政権の行く末(ランソメドーズ共和国)

 

111と38、これが何を意味するのか。111は分かりやすい。今回の総選挙で政権与党、ランソメドーズ農民党が得た議席数だ。では、38は?

 

その答えは、フォンターナ首相を支えるいわば「党内与党」の数字だ。元々、党総裁でもなければ、独立した派閥を持たないフォンターナ首相は、各少数派閥――いずれも前政権から引き続き閣僚の座にある――の援助を受けてやっと政権運営を行っている節がある。その彼等の衆議院内勢力が38議席だ。

 

にもかかわらず、である。邦内でも左右の支持者に振り回される様子から『酔いどれ内閣』などと呼ばれる政権運営を余儀なくされていた筈のフォンターナ首相は、首相代行から正式に首相、党総裁の座を得た。それは何故か?

 

それは連立与党の革新連合が、総選挙前から「フォンターナ首相支持」で挙党体制をとったことにある。船舶委員会を中心とした造船・流通業界を強力な支持基盤として持つ同党は、今回の総選挙で48議席、第3党の地位を占めた。農民党内の「与党勢力」と合同すると86議席。反対勢力である党主流派――主流派でありながら反対勢力であるところが歪なのだが――を上回ったのだ。

 

一部論者による政界再編論――フォンターナ支持派と革新連合による合同新党、あるいは連立政権構想――はこのような理由から出てくる。単純に計算すれば野党第1党(衆議院第2党)の社会民主党(議席数93)以下ではあるが、農民党内の中間派には様々な理由でフォンターナ支持の者もいる。何人かの中間派が転ぶだけで、農民党は野党転落の可能性があるのだ。

 

あるいは、衆議院内会派、協調ブロック「統合」との野合が成立すればそれすら必要ないのだが――

 

 

- デイリー・ニュース・オブ・フリー・プラネッツ -

 

 

 

「出来る訳なかろう」

 

イトー・G・シェロは、タブレットに表示させていた記事を消すと、その痩せがれた老体を衆議院内第三控室に置かれている年代物の椅子に預けながら、感心とも呆れともつかぬ声を上げた。ランソメドーズ共和国のとある少数野党「自由民主党」唯一の国会議員だ。ひとりごとの多いこの老人の癖を承知している『同輩』たちは気にもせずに、左右の者との談笑や思案にふけっており、反応したのは今回選挙で初当選の『新人』ぐらいのものであった。

 

「まったくです」

 

故に、老人すらその呟きに返答があるとは思っていなかった。

 

「……代表」

 

豊かな暗い茶髪を波打たせながら、片眼鏡の向こうの緑の瞳を穏やかに笑みの形で固定させた妙齢の女性。

 

「伝統的なタブロイド紙です。まして、ハイネセン内で完結しているような人物向けの。同盟中央でも起きないであろう内容が、どうして構成邦で起きると思うのでしょうね?」

 

くすくすとした笑みを浮かべたまま、そう続けると、かつりかつり、と杖を突きながら自席へと向かっていく女性。

談笑にふけっていた者も、思案に沈んでいた者も、彼女の姿を目に止めるといずれも姿勢を正していく。

 

そして、彼女の着席と同時に、柱時計の鐘が鳴った。

 

 

「時間です。始めましょう」

 

その声に合わせて、ひとりの壮年男性が立ち上がる。

 

「汎ローマピクニック。議員1名」

 

「新人類創造委員会。議員1名」

 

「祭政者推戴会議。議員1名!」

 

「全国共産主義者連盟。議員2名」

 

そうして会派参加表明の新しい順に次々と立ち上がり、自らの所属と議員数を告げていく彼ら。そして大して時間もかからずに自らの番に至ると、イトーも慣れた様子で立ち上がる。

 

「自由民主党。議員数1名」

 

そして。次には彼女の番が来る。

 

「連邦党(フェデラリスト)。議員3名」

 

 

「「「我々はここに、協調ブロック「統合」所属として、『自由と共存、協調と融和』の国是のもと、正々堂々たる議論を行うことを宣誓する!」」」

 

 

まるで儀式だな、とイトーは思う。いや、実際に儀式なのだ。これは。

神権政治主義者が、共産主義者が、そして己のような、同盟からの独立主義者すら内包する会派。会派所属議員の議員立法に、他の者が公然と反対するなど日常茶飯事の我々が、曲がりなりにも統一会派たることを認め合う儀式。

そして、今。その中心には、あの女がいる。

 

彼女、連邦党党首にして、協調ブロック「統合」代表世話人のウルリカ・ストゥーレ。建国時与党だった残骸政党の党首にして、建国時の野党協同会派の後継者の代表者。

 

もっとも国民人気の高い政治家でありながら、その全てを無視して、『自由と共存、協調と融和』という本邦の国是の代弁者。

 

 

さぞ、フォンターナの奴は嫌だろうな、とあの人のよい男が頭を抱えている姿を幻視した。

 

 

 

 

 

いささか奇妙というべきか、当然というべきか、ランソメドーズ共和国はその建国の経緯から、ある種の名家、と呼ばれる一族が存在する。

 

いずれも、主星開拓時から独立宣言までの間、主導的な役割を果たした人物・一族たちで、いわば、ランソメドーズの『建国の父』たちの一族だ。彼らの子孫は『二十九家』と呼ばれ、その後も政官財で重きを果たした人物を輩出した。

 

本人もあまり気にしていないのだが、現首相、リッカルド・フォンターナも――傍流ではあるが――その祖は第二代最高裁判所長官を務めている。

 

その中でも格別の評価を得ている人物がいる。それが、初代大統領のグスタフ・ストゥーレだった。ランソメドーズの国家デザインは長らく彼が主導して作り上げたのだから当然だろう。いささか乱暴な言い方をすれば、ランソメドーズにおけるグエン・キム・ホアだ。

 

その後、他の二十九家の一族が様々な道に進むが、ストゥーレ家――特にその嫡流――は政治家たることを己が一族に命じた。

 

コルネリアス一世の『大親征』時、時の挙国一致内閣を率いたのは、アクセル・О・ストゥーレであった。彼の時代に、ランソメドーズはその特殊な官営企業体である事業団と船舶委員会、そして何より、現在に至る輸送船団と巨大な倉庫管理技術を持った構成邦軍方針を決定づけた人物であった。

 

 

大統領一名、首相二名、議長経験者一名、州知事四名、元老院議員三名、衆議院議員八名。

暗殺により死亡した者二名、在職中に死亡した者五名。

 

 

――ストゥーレ、その性、絢爛にして破滅。

 

家系図を紐解けば、きらびやかな経歴とまるで呪われるかのように一族が消耗していく様を見て取れる。

いまやその最後の生き残りが、ウルリカ・ストゥーレであった。

 

 

 

 

「さて。議員諸賢もご承知かと思いますが、平和市民連合と民主主義者戦線の方々が本会派を離脱なさいました。この件につきましては、会派規約第三条により、申出と共に承諾を行った旨をご報告します」

 

反戦主義者の集まりと、憂国騎士団その他に当てられた活動家もどき達だ。連邦党と同規模の衆議院議員を得たのを理由に颯爽と独自路線に打って出たわけだが、前者はバーラトの友党からの「要請」に混乱し迷走、後者は落選した党代表と当選した副代表の間で醜い主導権争いでゴシップ紙を賑わせている有様だった。

 

「我らがフォンターナ叔父さんは、次期通常会にてこちらの建艦計画とそれに付随する関連法案、並びに特別予算を提出するつもりとのこと」

 

議員達からわずかな笑い声が流れる。その様子を確認しつつ、穏やかな笑みを浮かべたまま、静かな声で説明を紡ぐウルリカ。まだ三十にもならないのに代表世話人五年目となれば進行も慣れたものであった。

 

 

「ところで本関連法案、並びに関連予算ですが。我々、連邦党は反対の立場を取ります」

 

ざわり、と一瞬にして控室が揺らめいた。

それを無視して、イトーはつとめた大声で答える。

 

「我が自由民主党は賛成する。諸氏は如何に!」

 

たとえ怪しげな交換取引の結果であろうとも、同盟からの独立路線を掲げて半世紀議員生活を送ってきたイトーに、構成邦軍強化の関連で反対なぞ、あり得る訳がない。もとより、連邦党、ストゥーレがなにを決定しようとも、己には関係がないのだから。

 

イトーの発言に引きずられたかのように、他の議員の声が上がる。

 

 

 

かくして、協調ブロック「統合」は常のように日々を進めていくのであった。

 

 

 



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第三話 誰の為に(イースト系料理店『シンラク』)

「嫌ねえ。ねえ、参謀長?あたくし、この艦で死ぬのかしら」
「恐れながら!兵の士気が下がります!!」

――宇宙歴699年、ランソメドーズ共和国宇宙軍旗艦「ランス・オ・メドー」にて


この日、リッカルド・フォンターナは地上車で、ある店を目指していた。

翌日に控えた観艦式。軍務大臣や統合参謀本部議長、実際に艦隊を指揮する司令官らと最終確認を行っていたのだが、結果として、予定時間に間に合うかは大変厳しい状況だった。

 

何より彼にとって、その場に向かう時点で精神的疲労を感じるには十分だった。

 

 

目的地はイースト系料理店『シンラク』(新楽)

イースト系料理店の中でもジャパン系とされる料理の名店だ。

そこで、ランソメドーズ大統領主催の食事会、というのが次の彼の予定だった。

 

 

 

「おや、私が最後でしたかな……?」

――胃が痛い。いや、痛くない。大丈夫、俺、負けない。

男、リッカルド・フォンターナ。勇気を振り絞り、震えそうになる心を無理矢理宥めながら、彼は(自身の中では)毅然と胸を張る。……実態としては、この現ランソメドーズ首相はいつものように右手で頭をかきつつ、無意識に左手で腹のあたりを抑えながら室内を見回していたわけだが。

コの字形に配置されたテーブルと椅子。空いている席は一つだけであった。

 

「ンフフフ。いやいや、公務が忙しいのは十分承知しているからね。僕も五年前は色々とあったからさぁ」

ホストの席に座る黒眼鏡と無精髭がトレードマークの老人は、社会民主党出身のランソメドーズ共和国大統領のウィリアム・ローリエ。同盟宇宙軍を佐官で退役すると、そのまま社会民主党へ入党して三十年。一時、労農連帯党から同盟下院議員を二期務めたものの、再びランソメドーズ政界に復帰し、中央執行委員長として首相も務めた。フォンターナから見ると三代前の首相だ。首相の任期を終えると、大統領選に出馬し当選。危うげもなく二期目を務めている。慣例に従って大統領就任と共に社会民主党を離党したが、党からは「名誉顧問」の称号を贈られている。

 

「さあさあ。貴方がいなきゃ始まりませんからな!」

そうにこやかな笑みで、自身の隣の空席を指すのは肥満体の男は連立与党、革新連合のダヴィド・ブラン代表。親しみやすい微笑みで市民からの人気も高く、『ビッグ・パパ』の異名を取る。一座の中では唯一の親フォンターナ派、と言えなくもないのだが、選挙前からあえての「フォンターナ『首相』支持」で党勢に大きな差のある農民党へ揺さぶったり、今回の総選挙では農民党以上に議席数を増やしたことで、影に日向に政権への影響力を強めようとしている。

 

「ええ、首相閣下。さ、どうぞお席へ」

ブランに続いてそう促すのは、一座の中では最年少。連邦党党首にして協調ブロック「統合」の代表世話人であるウルリカ・ストゥーレ。実は幼い頃から見知った相手ではあるものの、星系中央政府への集権を好まない伝統的保守政党(のはず)である連邦党党首、その上、問題児集団と言っても許されるのでは?と個人的な感想を常に抱く「統合」の代表を若干28歳で務めている時点で、今のフォンターナからすれば触れ合いたくない人物だ。

 

そういう彼・彼女らの向かいで、日に焼けた顔に現れている不機嫌さを隠そうともしていないのが、『瞬間湯沸かし器』と呼ばれる新民主党のパトリック・スミス代表。学生時代はとあるスポーツの代表選手として活躍。ハイネセンポリスの金融業界に務めた後に、ランソメドーズで証券会社を創業した経歴を持っており、財政には口うるさく、事業団や構成邦軍の縮小すら口にする所謂都市政党の代表格。

 

その隣でそわそわと居心地悪そうな顔の若い女性――といってもウルリカほどではないのだが――が、野党第一党である社会民主党の党首のアンバー・クロス中央執行委員長。総選挙の敗北を受けた委員長選挙の結果、昨日、その職に就任したばかりだ。細身で気弱そうに見えて、いや、実際にそうなのかも知れないが、敢えて火中の栗を拾うような人物が、見かけ通りとは信じられない。

 

革新連合のブランの他はいずれも、対立党派の代表、指導者達だ。『慣習』とはいえ、こんなものに毎度毎度参加していたハーディング前首相を含めた歴代に――無論、農民党でない者も含めて――フォンターナはあらためて畏敬の念と、どこかでやめてくれなかったのかという疑問を覚えた。

だが、その疑問は愉快そうな笑みを浮かべ続けているローリエ大統領の顔を見ることで、諦めた。

 

そして。彼は着座しながら、意図的にその存在を無視していた人物に正対する。クロス委員長の隣。ある意味では最も会話したくないが、職務上、この中では一番会話しなくてはいけない人物に。

 

 

ランソメドーズ共和国弁務官、ネヴィル・グレイ。

 

一座の中での最年長の76歳。同盟軍地上軍で幾度も戦傷を負い、尉官で予備役に移ってからはランソメドーズ軍地上軍へ。邦軍地上軍では将官まで登ると退役後に政界へ出た。そして、フォンターナ自身の政界歴を倍にしても足りぬ期間、その世界に身を置き続けている。現在はランソメドーズ共和国の「外交官」たる弁務官として既に三期目。今も変わらず同盟上院で獅子奮迅の活躍をする老人。

 

 

――今からでもあの小僧、変わってくれないかな……。

 

二日前、フォンターナの党総裁就任を忌々しそうに見つめていた同世代である副総裁の顔を思い出しながら、彼は水を口に運んだ。

 

 

「さて。さてさて。まずは大変忙しい時期にも関わらず、こうしてお集まり頂いたことに感謝する」

そう言って頭を下げるローリエ。もっとも、頭を上げた時には常のような笑みを浮かべていたのだが。

「初参加の者も少なくないので改めて。今回の席は、衆議院総選挙後、諸君の健闘と当選祝いを兼ねたものだ。また、折角の機会なので、ハイネセンから戻ったグレイ弁務官にも参加してもらっている。常のように、衆議院当選の各党代表には招待状を送ったのだが……」

そこまで話すと視線をウルリカに向ける。

 

「「統合」参加の各党代表からは、いずれも辞退の申出があった。まあ、これはいつものことだから良いのだが」

そう続く説明に緩やかに頭を下げるウルリカ。なんでもありの彼らだからこそ、代表とそれ以外の序列は分ける、というのが彼らなりの流儀なのだろう。……だとすれば、そこから離れた連中は?

 

「残った平和市民連合と、民主主義者戦線なのだがね。彼らは共に期限までに、いや、なんなら本日現在に至っても回答がなかった。まあ、色々あるのだろうねえ」

「回答出来なかった、の間違いでは?」

 

ローリエの説明に鼻で笑うようにスミスが言葉を続ける。「真の市民の党」を主張する平和市民連合は党代表の席を「常任幹事会」としているのだが、肝心の幹事会メンバー内には当選議員は不在どころか誰一人出馬せず、当選者で国会議員団を構成するとしたものの、団長はあえて置かないという表明している。

民主主義者戦線に至っては、落選した代表と、当選した副代表の間の対立が先鋭化、選挙後の党員大会で互いが互いに不信任突き付けて辞職を要求する有様で、最早どちらが党代表のなのか判別不可能だった。

 

「さぁてね。そこまでは私の仕事じゃあない」

肩をすくめるローリエ。一々役者染みた振る舞いなのだが、この老人がやるといかにもな風格が漂う。

 

「ま。なにはともあれ、今回はこの7人という訳だ。無礼講だ。気楽にやろうじゃないか」

そう言うと、全員の前に酒が運ばれてくる。食前酒、というわけだろう。透き通った色合いのシェリーが配られた。……酒の飲めないスミスだけは、炭酸水のようだったが。

 

 

「では諸君。選挙の遺恨は忘れ、ノーサイドといこう。……乾杯」

 

 

 

会食が始まってしばらく。

あれ。思ったより平和だな、とフォンターナは安堵していた。ジャパン系の前菜は美味かったし、酒はフォンターナ好みのウィスキーがいくらでもある。グレイは義務的に上院の報告――いずれも通常会で詳細は話されるものだ――をした後は黙って食事に専念している。

不機嫌そうだったスミスも美味い飯にはほだされたと見えて落ち着いているようだし、普段の政治信条を横に、頑なにホット・サケしか飲まない趣味のウルリカはローリエとサケ談義に花を咲かせている。隣のブランに思い出したかのように絡まれるのを除けば、どの参加者とも談笑、というレベルだ。

メインディッシュの肉料理。上品に焼かれたそれが、各自に配膳される。

と、気を更に抜いた、その瞬間だった。

 

「そういえば首相閣下」

「……なんですか。グレイ弁務官」

 

うわ来た、と思った。声がうわずることなく返せたことを褒めてほしい、と本気で思った。

 

「ルンビーニ船団事故に関してですが。周辺流通に関しての、輸送事業団と船舶委員会を通じた支援表明。あれには感謝します」

「あ、ああ、そのことですか……」

 

多くの死傷者と流通の要衝へ悪影響を及ぼした件の事件に関して、フォンターナ政権は官営企業体である事業団と、民間の船舶会社によって構成される船舶委員会による支援を表明している。いずれも『大親征』時に、戦地となった構成邦への輸送に派遣される為に創設された組織だ。現在では戦地だけなく、政治的案件の際に――特に事業団は――派遣されるようになっている。

大事、といえば大事だが、フォンターナ、というよりランソメドーズからすればそれほど、というものではない。何より、あちらの方面にはガラティエがあることだし、急いでなにかを、と求められた訳ではないからだ。

 

「正式には同盟政府、あるいはルンビーニの反応待ちでしょうが、言っておけば、のレベルですよ」

「それでも自ら口にしたか、はひとつの指標だ」

はて、とフォンターナは不意に悪寒を感じた。メインディッシュに向けようと思っていた手を止める。前にもこういうことがあった。なんでもないことのはずが、いつの間にか、己を縛り付けたこと。あれは、確か――。

 

「そういう意味であえて問いたい。時期通常会。第三次建艦計画と関連特別予算について」

 

――俺が、首相代理になった時だ。

 

 

「如何なる目的で。如何なる理由でこれを提出するのかを」

 

 

室内から、音が消えた。

 

 

 

 

「……如何なるもなにも、既に記者会見でも告げた通りです」

フォンターナは困ったような笑みを浮かべ、グレイに視線を合わせた。

 

「農産物に関して、同盟中央政府との関税交渉の結果、我がランソメドーズは現状維持を勝ち取りました。まあ、これは「売値はいじらない代わりに軍へ出せ」ということなのでしょうが。軍隊は大口消費者ですし。そして同時に、駐屯する同盟正規軍の縮小と、【交戦星域】方面への輸送案件の受注……」

「それだ、それ!」

フォンターナの説明中であったが、スミスの大声が部屋中に響いた。

 

「何故、こんな建艦計画が必要になるのか!しかも今までのような輸送船団だけではない!構成邦軍の警備艦クラスだけでなく、同盟軍の駆逐艦クラスの建艦計画まだ入っているではないか!それも何隻も!!」

ドンッ!!とテーブルが叩かれ、一瞬皿が浮く。隣のクロスは迷惑そうに……することなく、肉を口に運んでいる。

 

「戦地ともいうべき地への輸送ですよ?それも自力で。自衛戦力の拡充。それが不可欠なことは……」

「どこに!そんな!金と!人がある!!」

ダンッ!ダンッ!と繰り返されるそれ。ブランは眉をひそめるものの、スミスの両隣のうち、目の前の老人はじっと見つめてくるし、もう片側の食事を止める気配がない。ホスト席の大統領は「面白いものが始まった」とばかりに喜色を隠さないし、一番端の奴に至っては微笑みのまま手酌でホット・サケを飲むのをやめようとしない。――こいつら、どういう神経しているんだ。

 

「聞いているのか、首相!!」

 

 

「ま、まあまあ。少し落ち着きませんか、スミス代表。食事の席で……」「だがなあ、スミス」

宥めようとしたフォンターナだったが、そこにブランが横入してくる。

 

「ぶっちゃけ聞くぞ。なにを説明しても、お前さん、賛成する気ないだろう?」

「当たり前だぁ!!!」

 

ガシャン!となにかが割れる音。思わず椅子の上で跳ねるフォンターナ。そこで、ようやくスミスの暴走は止まったようだった。

 

「ンフフフ……。相変わらず威勢のいいことだねえ、スミス君は」

ローリエの愉快そうな声。彼自身、首相時代はスミスに色々と手を焼いたはずだが、子供でも相手しているかのような言い草はいかにもこの老人らしい。スミスはきっと顔を赤らめたが、一度、二度と深呼吸する間に、いくらか落ち着いたらしい。「失礼した」と恥じ入るような声が出された。

 

「醜態を晒しました。申し訳ない」

「い、いや……その、こちらこそ……?」

素直に頭を下げるスミスにフォンターナも思わず返す。

 

「まあ、スミス代表の言いたいことも分かります」

か細い声。女性にしては低く、まさに蚊の鳴くよう声で、いつの間にかメインディッシュを食べきったらしいクロスが言葉を繋いでいく。

 

「首相閣下。本邦の労働人口は縮小傾向に陥っているのはご存知ですね」

「それは、まあ……」

「つまり、そういうことです」

なにがだ、と思わず思ったが、スミスやグレイが頷く姿を見て必死に頭を回転させる。そして、たどり着く。

 

「輸送船団の拡充、自衛戦力としての艦隊の拡充。ああ、いいさ。いいことさ。個人的には認めたくないが、財政の問題だけで済むなら。だがな、首相。軍は消費するだけの存在だ。それでいて若者を飲み込む」

「同盟全体の産業構造の歪み。ランソメドーズだけが逃れられている訳ではありません」

スミスとクロスの言い分は、つまるところそういうことだった。

 

「駆逐艦は小型艦。ああ、そうだろうとも。戦艦やら空母やらに比べればな」

「幸いにも本邦には同盟軍にも対応できるよう、整備ドッグがある。……これに金をかけて建造ドッグにする。ああ、そうかい」

「で、それを動かす人は?予備役か?退役者まで広げて現役復帰か?」

「そこまでやってだ。他の警備艦は?事業団の輸送船団は?」

矢継ぎ早に問いかけられる質問。フォンターナはそれを答えることは出来る。出来るが――。

 

彼は沈黙をもって回答とした。何故か。

その問いかけに対する表明的な解答だけで、彼らが納得しないことが分かり切っていたからである。

 

 

そして、暫くの沈黙の後。

 

「……それでも、やる」

 

「やると、決めたのです」

 

冷めきった料理を前に、フォンターナは、そうとだけ答えた。

 

 



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第四話 宇宙軍観艦式(ランソメドーズ宇宙軍名誉総旗艦『ランソメドーズ』)

「政界なんて無粋な商売は堅物のストゥーレがお似合い。私達ウィンターホールドは優雅に軍務に就くとしましょう」
――「大親征」時におけるウィンターホールド大将の発言


『宗家頭首は一門を統率するもの』『貴族より貴族らしい』『皮肉を禁じられたら死ぬ一族』
「それで死ぬような殊勝さがあの連中にあるわけなかろう」
――ウィンターホールド家への評判に対してアクセル・О・ストゥーレの談


 

軌道上の待機衛星から短距離シャトルに乗って30分。接舷した通路を、この時代では珍しく無重力空間が彼らの身を覆った。

 

「いやあ、よかったよ。まだ忘れていなくて」

フォンターナの発言に、周囲の随行員や記者たちから笑い声が漏れる。もっとも、随行員はともかく記者たちの何人かはひきつった様子が残っていたが。

旧式艦であるがゆえに、艦内はともかく、このような移乗の際には特設の接続パーツを必要としており、一部無重力空間が発生するのがこの艦の特徴だ。基本的に地上から離れない政治部記者などは、現代艦船においてほとんど感じることのない無重力下での行動に焦っていた。一方のフォンターナだが、前職たる税理士時代に、数えるほどとはいえフェザーンの自由商人相手や小規模な運送業者の船舶相手に経験があり、『酔いどれ』と評される政権運営の手腕とは別に、危うげのない振る舞いを見せている。

……その本心は、別として。

 

――ランソメドーズ宇宙軍名誉総旗艦『ランソメドーズ』

 

コルネリアス一世による大親征の際に、ランソメドーズ共和国の一般国民からの献金・寄付金、はたまた資材提供などを基に建造された戦艦である。そうして建造された彼女は同盟制式艦隊に配備されて幾度かの会戦に参加。無事にその戦乱を生き延び、その後も暫くの間は制式艦隊で戦った。旧式化に伴い辺境警備隊へ、そして予備艦へと回されていき、そのまま退役…と至るはずだった。その建艦に至る経緯を思い出したランソメドーズ共和国民による『帰還』要望運動さえ、起きていなければ。

 

――『自由と共存、協調と融和』のという国是の象徴。

――我々の団結によって建造されたフネ。

 

そして無事『帰還』した彼女は、構成邦宇宙軍の練習艦――という名目によって既に老朽化著しい艦体を修繕作業した――を経て今現在、この国唯一の「戦艦」として君臨している。とはいえ、所詮は動態保存されている骨董品の旧式艦だ。機関部はともかく、基本的にはミサイルをはじめとする実体弾が配備されることもないし、主砲の中性子ビームにしても口径はともかく、動力伝達システムや管制システムはほとんど旧来のままで、とても実戦に投入したり、まともに運用出来るようなものではない。構成邦宇宙軍の主力たる駆逐艦相手であっても実際の撃ち合いとなれば敗北するであろう。

それでも、彼女は構成邦における一種の「象徴」であった。

軍艦としての実態ともかく、象徴として祭り上げられる身となった彼女は、今なお、多大な経費を国費で負担しつつ、維持され続けている。

 

 

「ようこそ、本艦へ。マイ・プライミニスター」

栄誉礼を済ませ、観閲の為に艦橋へ移動したフォンターナ。それを出迎えたのは、鮮やかで豊かな金の長髪と、黒いフレームタイプの眼鏡をかけた、碧眼の妙齢の女性だった。宇宙軍の軍服を身にまとっていたが、穏やかな笑みと、まったく軍人には見えず、その柔らかな口調は、どちらかと言えば、軍人というよりは理知的な学芸員、あるいは司書のような雰囲気だ。

そして、よく見れば、それが精緻なホログラム表示であることがわかるであろう。

「ランソメドーズ宇宙軍所属、戦艦『ランソメドーズ』です」

「ランソメドーズ共和国首相、リッカルド・フォンターナだ。よろしくお願いするよ、総旗艦殿」

まあ、と朗らかな笑い声。とても彼女が軍艦とは思えないだろう。いや、厳密には軍艦そのものではないのだが。

 

さて、何故『彼女』のような存在がいるのかについては、少しばかり説明がいるだろう。いくら国民から望まれたとはいえ、この実用性皆無の旧式艦一隻のための「莫大な」維持費を軍務省のみで負担するのを嫌がった。「象徴のために実用性実務にまわす予算を削れとはいえない」ましてや「旧式艦のために兵士のボーナスカットが出来るか」というわけである。この予算請求上のあからさまな貧乏籤をどうするのか。真っ先に「巻き込み」に行ったのは、同じく大親征をきっかけに誕生した運輸整備事業団、その後援者たる運輸省、そして同様に「国是への意識によって誕生した」民間船舶運営委員会だ。そこでいくらかの助力は得たものの、それだけでは不十分であった。というより、運輸省サイドからすれば事業団運営に軍務省の「協力」をもっと寄越せ、というのがストレートな回答であった。というか、『ランソメドーズ』の維持するぐらいなら事業団運営に助力しろ、金を出せ、というのが運輸省の本心だった。船舶委員会は快諾といえば快諾であるがそもそも民間団体である。限界があった。

 

そして、当時のランソメドーズ軍務省は次のような結論に至った。

 

「どうせなら全部巻き込もう」

 

かくして、戦艦『ランソメドーズ』は摩訶不思議な事態へと突入する。

たとえば。首相府直轄による構成邦歴史博物館の分館として。

たとえば。農務省の宇宙空間における新種開発の実験室を搭載。

たとえば。学術省による学習AIホログラムの実験展示場として。

 

それらが複合的に重なり合った結果、曲がりなりにもランソメドーズ共和国宇宙軍に艦籍のある現役軍艦でありながら、此度の観艦式のようなイベントを除いては一般公開された軍艦博物館――それも美しい女性ホログラムによる解説つき――として機能しているため、一部のニッチなファンにとっては有名な存在が誕生した。

それが彼女、『ランソメドーズ』である。

 

余談であるが、何故、彼女が『ランソメドーズ』名誉艦長なり、解説ガイドなりの役職ではなく、戦艦『ランソメドーズ』そのものと同一して設計・開発されたのかというのには諸説ある。多くは「その方が特異性があり同一性が進めば滅多な理由で削除するのにも心理的抵抗感が強まるから」というもの(これはこれで邪悪な感性ではないかという意見もある)だが。一部の人間からは「いやあ、単なる趣味でしょう」という声もある。

 

 

閑話休題。

 

 

さて、そんな彼女に迎えられたフォンターナであるが、眼前のスクリーンに表示されている様子を見て表情をあらためる。丁度、観艦式指揮官の号令が聞こえる。

ランソメドーズ宇宙軍観艦式が、始まろうとしている。

 

 

 

 

――ランソメドーズ宇宙軍前衛総隊・第二護衛隊旗艦 

受閲艦隊旗艦 巡行艦『セントローレンス』

 

 

「『アゲタラム』、『アルメリア』より、第二・第三列それぞれ準備完了」

「『グズベリー』より、他構成邦軍船舶の準備完了との報告あり」

「『モナルダ』より、フォンターナ首相の移乗確認の連絡が入りました」

「スパルタニアン隊、予定通り『ロッキーズ』より発進」

 

「暇ねえ……」

査閲艦たる名誉総旗艦『ランソメドーズ』、先導艦である前衛総隊旗艦である巡航艦『ユーコン』が映し出されている画面を前に、一人の女性がその長い脚を組み、長い青髪を指に絡ませながらいかにも退屈そうに呟いた。

 

受閲艦隊指揮官であるグェンドリン・ウィンターホールド少将である。

 

同国宇宙軍における前衛総隊と護衛隊の関係は、同盟軍の制式艦隊をイメージするといい。第一から第五まで編成されており、巡行艦戦隊と駆逐艦隊で構成されている。その中でも第二護衛隊は交戦星域に対して輸送船団が派遣される際には必ず選ばれるまさに精鋭だ。その指揮官たる彼女は同盟軍に奉職することなく、ランソメドーズ宇宙軍にその軍歴を捧げている。

 

パレルメント出身のウィンターホールド家は「二十九家」の中でもストゥーレに次ぐ敬意を受けている準州系名家の筆頭格だ。その一門は(ランソメドーズ開拓以前より)代々軍務を選んだことで現在の地位を確立した。もっとも、その結果として当主の戦死記録も珍しくないという一族である。

 

今代の当主たるグェンドリンも、機動力を活かした戦法で戦功を上げた。特に第二護衛隊司令となってからは帝国軍の貴族(略奪)部隊すら撃破したことで同盟軍でも一時話題になったこともある人物であった。

 

 

「司令、そろそろ定刻ですが……」

「参謀長」

長い溜息。

「あなた、本当に退屈な方ねえ。そんなつまらない報告をするのがお好み?」

「そういう問題では、ないかと思うのですが」

司令席に座ったままその美貌を憂い顔で告げるウィンターホールド少将。これであってもこの観艦式終了後、第二護衛隊司令から前衛総隊司令長官への昇進が内示されていると聞く。

 

 

――戦闘での了見と見識は認めるが、何故、こんな人物の補佐役を務めなければならんのだ。

 

 

参謀長はひとり、聞こえぬよう嘆息した。

 

 

「時間です」

「『ユーコン』及び『ランソメドーズ』、移動を開始しました」

 

「総員起立!」

 

直後、艦橋に響き渡る声。

先程までの表情が嘘かのようなグェンドリンを見て、参謀長は再び息を吐いた。

 

 

彼はまだ知らない。

この女傑のもとで、前衛総隊総参謀長に内定していることなど。

そしてその最初の職務が、交戦星域への派遣部隊編成となることを。

 

 

 



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