白銀のヒーローソウル【WEB版】 (鴨山兄助)
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第一章:輝く光の魂
Page00:獣を操る者たちへ


※お知らせ
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Page01〜04を少し改稿しました


 ヒーローが死んで三年。

 良くも悪くも、世界は何も変わっていなかった。

 

 それはこの街も例外ではない。

 

「変わらないな、他人に任せて享受した平和なのに、呑気に謳歌する性質(たち)だけは……」

 

 人と獣が共存する街セイラムシティ、その中央に位置するギルド本部。

 その屋上で赤髮の少年、レイ・クロウリーが呟く。

 望遠鏡片手に街を見下ろしているが、見えるのは反吐が出る程変わらぬ日常風景ばかり。

 そんなレイの横に鎮座している巨大な獣が、彼の呟きに答えた。

 

「変わらぬさ、いつの時代も人の性質(たち)だけは変わらんよ」

 

 銀色の美しい毛並みをした馬型魔獣、スレイプニルだ。

 レイはスレイプニルの返答に納得してしまう。だからこそ、彼は人間という存在の愚かさに嫌気が差した。

 

「……なのに助けようと思う辺り、ヒーローって分かんねぇな」

 

 この街には『ヒーロー』と呼ばれる男がいた。

 彼は誰よりも強く、誰よりも心優しく、目の前で傷つく生命を放ってはおけない……そんな男だった。

 レイとスレイプニルは、そんなヒーローの姿をすぐ近くで見続けて来た。

 人を守り、獣を守り、街を守ったという英雄譚を見続けて来た。

 その結果、ヒーローの最期も見てしまった。

 

「何だかんだ言って、最後に街に裏切られたら世話ないのにな」

 

 どれだけ必死になって人や獣を守ったところで、最後に裏切られ殺されてしまえば何の価値も無くなってしまう。

 望遠鏡越しに人々を眺めるレイは、そう思わざるを得なかった。

 

 セイラムシティは今日も平穏である。

 ヒーローによって守られた安寧の元に暮らす人々……しかしそのヒーローを死なせたのもまた、彼らである。

 非業の死を遂げた英雄と言えば聞こえは良い。

 だが、その英雄に全ての平穏を任せた事実を時と共に風化させてしまうのも人間である。

 沈黙するならまだ良い方、中にはヒーローの後釜を狙う者たちもいる。

 純然たる憧れからなら始末に負えない。

 そういう者ほど真実から目を背ける。レイはそれを嫌という程理解していた。

 

「何で皆憧れるんだろうなァ?」

「それも、性質(たち)だろうさ」

「だとすれば人間は、相当なアホ種族だな」

「ならばそう言ってヒーローに憧れるお前は、その上を行く愚者だぞ」

 

 望遠鏡から目を逸らし、視線をスレイプニルに向けるレイ。

 図星を突かれたのか、どこか不機嫌な表情を浮かべ……どこか濁った眼を見せている。

 

「矛盾、だよなぁ……解ってはいるさ、馬鹿馬鹿しい夢だって」

 

 少し唇を噛みながら、レイは言葉を続ける。

 

「けどな解りたいんだよ、ヒーローって何だったのか、何で最期までヒーローをやろうとしてたのかとか……解った上で、守りたいんだよ」

「何をだ?」

「……意志を」

 

 スレイプニルは「そうか」と小さく呟いて返す。

 

「その為にお前は力を欲するのか? 無能と解りきった身体に、分不相応にも王の力を願い叫ぶのか?」

「解りきってるじゃねぇか」

「お前が何度も叫んだからな」

 

「だったら」と言って、レイはスレイプニルに手を差し出す。

 

「一秒でも早く寄越せよ、お前の魔力(インク)

 

 レイは濁った視線でスレイプニルを睨む。

 強欲だとか、渇望だとか、そう言った感情が含まれ過ぎた眼だった。

 そんな視線を受けても、スレイプニルの表情は涼やかなものだ。

 獅子が蟻に脅えることが無いように、動じること無く凜と在る。

 それは強者……否、王者の風格であった。

 

「我の問いに満足いく答えを出すならば、我もやぶさかでは無いのだがな」

「それが出てたら苦労しないッつーの」

 

 項垂れてため息をつくレイ。

 両者にとって、もう何度目か分らなくなったこのやり取り。

 スレイプニルの出したものはシンプルな問いだ。

 

――先代を超えるヒーローとは何か?――

 

 他の者、ヒーローに憧れを抱いた有象無象なら即座に安っぽい答えを出すであろう問い。

 だが、ヒーローを見て来たレイだからこそ、矛盾を内包したレイだからこそ、この問いは難しすぎた。

 

「やっぱり、出来る事からやっていかないとだな」

 

 そう言ってレイは再び望遠鏡越しに街を見渡し始めた。

 

 なにも変わらない。

 街も、組織も、心も。

 闇と諦めと絶望で濁ったレイの眼も。

 

 それでもレイはその眼で探し続ける。

 彼がこの街を守った意味を、自分がヒーローと成る為に必要な何かを……そして、ヒーローの意志を踏みにじろうとする悪意を。

 

 そんなレイの後ろから、スレイプニルが問いかけてくる。

 

「何が見える?」

 

 望遠鏡を覗きながら、レイは吐き捨てるように問いに答えた。

 

「獣を操る奴ら」



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Page01:レイ・クロウリーの日常

 世界は変わらず、日常にも変化はない。

 

『キラキラ輝いて、目指せナンバーワン!!! 【ナディアの広報部ラジオ】今日も元気いっぱいに、はっじまるっよー!!!』

『ピィーッ!』

 

 朗らかな木陰の下で、鳥型魔獣の鳴き声と、可愛らしい女の子の声が響く。

 腰につけた十字架付きの小さな魔本から流れる、ラジオ放送だ。

 

『という訳でハロハロ、リスナーの皆さん♪ このラジオはセイラムシティやギルドに届いた色んな情報を、魔本の前の皆さんにお届けするスペシャルなラジオ放送ですッ! 司会はお馴染みセイラムシティのアイドル、ナディアちゃんと!』

『ピィーッ!ピィーッ!』

『マイベストバディ、テルたんでお送りします』

「あぁ~良いねぇ~。心が洗われる声だ」

 

 鼻歌を鳴らしながら、労働の疲れを忘れて、ラジオを聴きながら一息つける。

 なんてことの無い日常の光景。

―― 斬ッ!! ――

 少しばかり右腕が働いているが、レイにとってはありふれた光景。

 

『まずはお便りのコーナーから♪ 《ナディアちゃん、いつも楽しくラジオを聞かせてもらってます。ボクは船で働いているのですが、先日海の上で悪性のクラーケンに襲われてしまいました》 ひゃぁ~、怖ーい』

「怖ーい」

 

――斬シュッ!!――

 ラジオから聞こえる声にお道化た口調で相槌を打っていると、足元から灰色の手が伸びて来たので、容赦なく切り捨てる。

 

『それでそれで? 《すぐに同乗していた操獣者(そうじゅうしゃ)が倒してくれたので無事に済んだけど問題はその後。戦利品として持ち帰ったクラーケンの足が再生を始めたんです。突然の事だから船の皆が大慌て! 少し遅れて同乗していた操獣者が何とかしてくれて、被害も最小限に食い止められました。その後、船の皆は操獣者に感謝してたのですが……ボクにはできません。何故ならこの件で出た唯一の被害と言うのは、クラーケンの吸盤に持っていかれたボクの髪の毛だったからです!!!》 ありゃりゃ~、それはご愁傷様です。トドメはちゃんと刺さないとだよ~、リスナーの操獣者も気を付けるんだぞ♪』

「気をつけます。と言っても、上手くトドメを刺し切れない辺り自分の未熟さを体現しているみたいで、心が痛む言葉なんだよなぁ」

 

 自分の真下で微かに蠢くソレらを見ながらレイは一人でぼやく。

 さて、傍から見れば今現在のレイの姿はちょっとしたホラーと言われるだろう。

 木陰の下でラジオを聞きながら一息付けている事は間違いでも何でも無い。

 だが、大量に積み上げられた全身灰色の人型の死骸の上に座り込んでいると補足を付ければ、誰もが日常の光景という言葉を否定するだろう。

 この灰色の人型の名は『ボーツ』。別名:食獣魔法植物とも言われる人や獣に害を為す意思を持った危険植物なのだ。

 

「ギルドの操獣者がさっさと片づけてくれりゃ良いんだけど、居住区に出られたら面倒だし、無償奉仕せにゃならんのもダルいんだよなぁ」

 

 うだうだ愚痴りつつ、ボーツの死骸の山から飛び降りるレイ。

 右手には二つのグリップを持つ、文房具のコンパスを想起させる形状をした大剣を握っている。

 

「一匹一匹潰すのも面倒だし、まとめてブっ飛ばすか」

 

 そう言うとレイは懐から一本の鈍色の栞を取り出して、今握っているグリップとは別のグリップに差し込んだ。

 

形態変化(モードチェンジ)、コンパスブラスター銃撃形態(ガンモード)

 

 差し込んだ方のグリップを掴んで操作すると、大剣は瞬く間に一丁の銃へと変化する。

 そしてレイは瞬時に頭の中で術式を構築し、ボーツの山へと銃口を向けた。

 

「残り魔力(インク)全部爆破特性与えて……シュート!」

 

 レイが引き金を引くと、銃口から鈍色の魔力が弾丸となって発射される。

 その弾丸は肉眼では殆ど確認できない速度でボーツの山に着弾し、轟音を立てて爆発した。

 

「これで一件落着、俺の素敵な日常は取り戻されました」

「キュイキュイ」

「後は日が沈むまでラジオを聴きながらのんびりと過ごせれば最高だな。緑色のウサギとか銀髪のお節介焼きとかは御免被るぜ」

「キューキュー」

 

 レイの足元から渋い声で可愛い字面の鳴き声が聞こえる。

 この奇妙な鳴き声を持つ生き物をレイは一匹しか知らないので、レイは必死に認識しない様にする。

 だが、いずれ現実と戦わねばならない事が人間が背負う悲しい運命なのだ。

 

 ゆっくりゆっくり、見下げてごらん。

 

「こうして日常とは儚くも破壊されていくんだな」

 

 レイが足元に視線をやると、そこにはミントグリーンの体毛をした一匹のウサギがいた。

 体毛の色が突然変異したウサギなのか? いや違う。額から紅い宝玉の生えたウサギなんて普通じゃない。

 

「あァ〜ロキ。日向ぼっこなら他の場所を当たってくれないか」

「ギュー」

 

 しゃがみ込んで足元のウサギことロキに語り掛けるレイ。

 ロキはその言葉を拒否する様に唸り声を上げる。知能は高いようだ。

 それもそのはず。ロキは見た目こそウサギだが、その実態は魔力を持って進化した獣、魔獣カーバンクルである。

 いや、今はそんなことは問題ではない。レイにとって最大の問題は、間違い無くレイを探し回っているであろうロキのご主人様なのだから。

 

「ほら、干し肉あげるからどっか別のとこ行け! ここに居られたらお前のご主人様に見つかっちまうだろ!」

「…………そのご主人様、後ろにいる」

 

 レイがポケットから取り出した干し肉でロキを買収しようとすると、後ろから声が掛かる。

 錆びついた歯車の様に、恐る恐るレイが後ろを振り向くと、そこにはレイが恐れていた存在(ロキのご主人様)が居た。

 ちんまりとしたシルエットに、オーバーオール姿の可愛らしい少女が一人、ジトーとした目でレイを見ている。

 

魔本(グリモリーダー)の通信に出ないと思ったら、案の定」

「ア、アリスこれは、その」

「レイ、またサボり」

 

 ご主人様の姿を見つけ駆け寄ってきたロキを優しく抱きかかえる少女。

 少しウェーブのかかった銀髪と金眼が特徴的なこの少女の名前はアリス・ラヴクラフト。レイの幼馴染にして、レイにとって頭が上がらない数少ない存在である。

 

「い、いやぁ、これはサボり等ではなくチョットした休憩でございましてそうでして」

「今朝からずっと事務所が無人、レイがサボってる証拠」

「従業員俺だけなので、所長判断で定休日です」

「働け」

 

 開き直って馬鹿を抜かすレイに辛辣な言葉をぶつけるアリス。流石のレイもこれには思う所があるのか、少し狼狽える。

 

「ほら、事務所に戻る」

「いででで、もう少し優しく、優しくッ」

 

 そう言ってアリスはレイを連れ戻す為に、小さな手でレイの腕を掴んで引っ張る。 

 しかし、レイにとってはそれはとどめの一撃だった。

 アリスの掴んだ箇所から、強い痛みが脳へと走って行く。痛みに屈したレイが思わず優しく扱って欲しいと懇願するのをアリスは聞き逃さなかった。

 ハッとした表情で振り向いたアリスを見たレイは思わず「ヤベッ」と漏らしてしまう。

 

「……レイ、服脱いで」

「断ったら?」

「裂く」

「脱ぎます」

 

 ナイフ片手に言われては従う他ない。貴重な服だ、大切に扱わないと。

 ジト目に怒りの感情を含んだアリスに見られながら、慣れた手つきで服を脱ぎ始めるレイ。

 レイとアリスにとって、このやり取りは初めてでは無い。故にレイはアリスが何故怒っているかも若干だが理解していた。

 

 あっという間に上半身裸になって正座するレイ。

 年齢の割には随分と鍛えられた肉体だが、真新しい傷が無数についていては美しさに欠ける。真人間ならドン引きモノだ。

 そんなレイの身体を見たアリスは、ただただ深い溜息を一つついたのだった。

 

「レイ、この間アリスが言った事覚えてる?」

「えぇッと、人参は残さず食べましょう?」

「レイ?」

「ウィ、『非戦闘員が無茶な戦闘をするな』です」

「よろしい」

 

 上半身裸の男が身長146cmの少女の前で正座している光景は、傍から見れば犯罪の臭いが漂っているが、凡そレイの自業自得なので同情の余地は無い。

 レイが口を尖らせて不貞腐れていると、そっとアリスがレイの手を取った。

 

「服着て、事務所で治療するから。 痛かったら、レイのペースで歩いて」

 

 アリスに言われて服を着て立ち上がるレイ。

 さっさと事務所に行こうとするが、レイの右手はアリスに握られたままであった。

 

「あの、アリスさん? 子供じゃ無いんだから手を離してくれると」

「あっちこっち走り回る子供、レイと同じ」

 

 完全にわんぱく小僧を繋ぎとめる母親の握り方である。

 女の子に手を握られてここまで心ときめかないシチュエーションがあるだろうか?

 三流喜劇でももう少しマシな演出をすると、レイは心の中で叫ぶのであった。

 



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Page02:はじまりの依頼★

挿絵は匿名の絵師様より。


 結局の所、レイはわんぱく小僧のまま事務所に戻る事となった。

 

「アリス、お前はもう少し人目って言葉を気にした方が良いと思うんだが」

「アリスは全然気にしない、レイが気にしすぎ」

 

 レイの言葉に淡々と返すアリス。

 後でこいつに羞恥心という言葉を叩きこもう、そう心に誓うレイであった。

 

「それに、此処は八区の果て。 人はあまり来ない」

 

 そうこうしている内に、二人は事務所へとたどり着いた。

 

 セイラムシティ第八居住区。それが事務所の所在だ。

 外観はレンガ造りの二階建てと、その真横に工房が併設された建物。周りに他の建物は無く、殺風景に見える。

 レイの本業は所謂なんでも屋だ。出来る事なら大体何でもこなすと謳ってはいるが、何時も閑古鳥が鳴いている売れない事務所の所長なのだ。

 

 レイはアリスに手を引かれて、ズルズルと事務所の中に引きずり込まれていきく。

 

「はい、座って、服脱いで」

 

 室内に入るや否や椅子に座らされ、服を脱ぐよう指示されるレイ。治療の為なのは解っているので素直に従う。

 これから怪我の治療が始まると言うのに、二人揃って薬も包帯も用意しないのは些か奇妙な光景かもしれないが、別に間違ってはいない。

 少し、変わった治し方をするだけだ。

 

「ロキ、力を貸して」

「キュッキュイ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 アリスがそう言うと、ロキの身体は光を放ちその姿を大きく変え始める。

 光が収まるとロキが居た場所にそれまでの姿は無く、ミントグリーンをした一枚の栞『獣魂栞(ソウルマーク)』が浮かんでいた。

 アリスはロキが姿を変えた獣魂栞を左手に持つ。そして右手には小さな魔本、グリモリーダーを構えて、その言葉を唱えた。

 

「Code:ミント、解放」

 

 アリスが獣魂栞に向けてCode解放を宣言すると、獣魂栞からミントグリーンの魔力(インク)が滲み出して来た。

 魔力が出て来た獣魂栞をアリスはグリモリーダーに挿入する。

 そしてグリモリーダーの中央に備え付けられた十字架を操作して、最後の呪文を唱えた。

 

「クロス・モーフィング」

 

 装着と変身。

 グリモリーダーから解き放たれた魔力がアリスの全身を包み込み、その肉体を魔力に最適化されたモノへと変化させていく。強化された肉体の上から更に魔力で紡ぎだされたローブ、ベルト、ブーツが具現化されてアリスの身体に装着される。

 そして、最後に放たれた魔力で頭部を覆い隠すフルフェイスメットが形成される(何処となくカーバンクルの意匠が見受けられる)。

 僅か一秒足らずの出来事。その一瞬間に、アリスはミントグリーンの魔装に身を包んだ戦士へと姿を変えたのだ。

 

 『グリモリーダー』。

 正式名称、変身魔本グリモリーダー。ラジオ機能はあくまでオマケ、本命機能は契約魔獣の魂の結晶『獣魂栞』から出る魔力を用いて魔装を身に纏う事。

 要するに、変身機能である。

 

「なー、ラジオ点けながらでもいいか?」

「いいけど、ジッとしてて」

「了解、便利で良いよな~操獣者(そうじゅうしゃ)ってのは」

 

 一人ぼやきながらグリモリーダーを操作してラジオを点けるレイ。

 身体についていた傷は、アリスの手から放たれている治癒魔法で徐々に消え始めていた。

 

『え~続きまして、ギルド本部からのお知らせです♪ 禁制薬物の流通が確認されたので、見つけた人はスグに本部に通報して下さいとの事です☆彡 続けてもう一つ、最近セイラムシティ内でボーツの異常発生が――』

 

 ラジオから流れてくる少女の声を耳にしつつ、レイは少々物思いに耽る。

 

 人と魔獣が共存する時代と呼ばれ始めて、八百年程が経過した。

 長き年月の中で人間は魔獣と心を通わせ、魔獣の力を身に纏う術を手に入れた。

 それが魔法戦士『操獣者』。

 

 八百年の時の中で操獣者となる者は世界中で爆発的に増えた。

 現に今こうして魔法でレイを治療しているアリスは別に何か特別な存在と言う訳ではない。この世界ではそれなりにありふれた存在なのだ。

 しかし一方で、特別な者が存在するのもまた事実。

 ただしレイにとっては、悪い方向でだが。

 

「あ、ここにも傷……なんでこんなになるまで?」

「だってよぉ、ボーツが居住区に来たら面倒じゃん」

「操獣者に任せればいいのに?」

「出来る事が目の前にあったんだから仕方ないだろ」

「レイ、操獣者じゃないのに?」

「うっセ! 絶対なってやるかんな!」

「魔核が無くて召喚魔法使えないのに?」

 

 この女は淡々と心の傷に塩を塗り込む。レイは忌々しそうな表情を浮かべて、心の中でそう呟くのも無理はない。

 獣と共存する時代。操獣者でなくとも、魔獣と契約して魔法を使うのが当たり前の時代。

 魔獣と契約するには原則として召喚魔法で呼び出す必要がある。そして人間には、召喚魔法と契約魔法を使う上で必要不可欠な霊体器官『魔核』という物がある。

 さて、単刀直入に言ってしまうとレイ・クロウリーと言う少年は生まれつき魔核が無い。これが悪い意味で彼が特別な理由だ。

 

「それに、操獣者になれなくても戦力は持ってるから問題無いだろ!」

「それは怪我せずに帰ってくる人が言う言葉……はい、治療終わり」

 

 アリスの治療が終わったので、腕や腰を動かし身体の調子を確認するレイ。治癒魔法のおかげで身体の痛みは引き、傷も跡形なく消えていた。

 レイが服を着ていると、変身を解除したアリスがパンパンと手を叩く。

 

「はい、じゃあレイはお仕事再開」

「へーい。 てか、溜まってる仕事なんか何も無いんだけどな」

「依頼が来るかもしれない」

「こんな辺境に態々仕事依頼しにくる物好きなんて居ねぇよ」

「八区の人からの依頼も来る」

「あぁ偶に来るな、子供の小遣いで迷子のペット探しとか」

「それも立派な仕事、それに魔本(そっち)からの依頼もある」

「最近纏まった依頼をこなしたとこだから、しばらくは来ねぇよ…………つか、お前は自分の仕事をしろよ」

 

 あたかもレイの事務所の職員の様にそこに居るが、アリスの本業は救護術士(所謂フリーの医者みたいなもの)である。故に、仕事をサボっているのはアリスも同じなのだ。

 レイがそれを指摘するも、当のアリスはどこ吹く風。

 

「レイ、アリスが居なくなったら誰が事務所を維持するの?」

 

 そう言ってアリスは床を指さす。

 脱ぎ捨てられた服が散乱し、工具が転がり、何時の物か分らない書類や設計図がぶちまけられている惨状と呼ぶに相応しい床(及び室内)。

 レイを知る人間は皆口を揃えてこう言う。『アリスが居なかったら、この事務所は三日でゴミ屋敷になり、一週間で廃墟になる』と。

 それを自覚しているレイは何も言い返すことが出来なかった。

 

 そんなやり取りをしていると、気づけばラジオは終わっており、再びレイにとって退屈な時間がやって来たかに思えた。

 それはちょうどラジオ放送が終わった直後のことだ。

 レイのグリモリーダーからピッピッと音が聞こえてきた。

 通信機能に誰かがかけて来た音だ。

 レイはグリモリーダーの十字架を操作して、通信に出る。

 

『おぉーレイ! 元気にしてるかー!』

「あぁ親方か、俺はさっき元気になったばかりだよ」

『そうか! 元気で何よりだ!』

 

 通信してきた男の名はモーガン・キャロル。

 ギルド直属の魔武具整備課の整備士にして、事務所のお得意様でもある。

 基本的に閑古鳥が鳴いているレイの事務所だが、これでも一応安定した収入源は持っている。それが操獣者用の魔法武器『魔武具(まぶんぐ)』の開発と整備である。

 魔核も愛想も無いレイだが、唯一魔武具の開発とそれに必要な術式構築の才能だけは持っており、こうして度々魔武具整備の依頼や下請けを請け負っているのである。

 

「で? 何だ、依頼か?」

『そんな所だ、剣を一本作ってやって欲しい奴がいる』

「了解。 で、どんな剣を作ればいいんだ?」

『頑丈なやつだ、使用者がうっかり砕いちまわねぇような頑丈な剣と術式を頼む』

「…………もしかして、専用器か?」

『話が早くて助かる』

 

 うへぇとした表情を浮かべるレイ。

 

『まぁ安心しろ、こっちに足運んでもらう必要はねぇからよ!』

「え、いいのか?」

『あぁ、それと依頼人が専属整備士を探してるっつーから紹介しといたぞ』

 

 上げて落とすとはこの事だろう。

 モーガンの言葉を聞いた瞬間、レイは額に青筋を浮かべた。

 

「親方、俺がそういう依頼人にはなんて言うか知ってるだろ?」

『そうか! 引き受けてくれるか!』

「お断りだッ!!!」

『依頼人は整備課(ウチ)で作ってる最高硬度の剣を一ヶ月で十本破壊した強者だ、開発頑張ってくれよ~』

 

 レイは絶句した。

 整備課で作られている最高硬度の剣と言えば、金剛石を千回切っても刃毀れしないと評判の代物である。

 専門的な知識が無ければ壊す事は疎かヒビを入れる事すら難しい。

 

「おいちょっと待て、何だよそのバケモンは! なおの事お断りだよ!」

『がっはっはッ! お前ならそう言うと思ったぜ! だから依頼人が到着する直前に連絡を入れた、後は任せる!』

「 ふ・ざ・け・ん・な、任せるな! もしもし、親方!? もしもーし!? 切れやがった」

 

 人の話を聞かない男である。

 

「よかったね、お仕事だよ」

「よくねぇ!」

 

 そこまで仕事をしたくないのかと、呆れ果てたジト目でレイを見つめるアリス。

 実際面倒にも程があるのだ。今すぐここから脱出する事こそレイにとっての正解に他ならなかった……が。 

 

――コンコン――

 

 無情なノック音が、レイの退路を断った。

 

「い、居留守でーす。 誰もいませんよ~」

「はーい、今出まーす」

「出るな」

「普通のお客さんの可能性も……ある?」

「ねぇよ! 疑問符つきじゃねぇか!」

 

 トテテテと足音を立てて玄関に向かうアリス。レイの意見は華麗にスルーして扉を開けた。

 

 アリスが開けた扉の向こうには二人の男女の姿。

 一人は金髪長身の爽やかな風貌の少年。

 もう一人は黒髪褐色肌で、活発そうな雰囲気が滲み出ている少女である。

 

 二人の姿を見たレイは安堵の溜息をついた。

 

「なんだ、ジャックとライラじゃねぇか」

「やぁレイ久しぶり、アリスちゃんも久しぶり」

「おひさ」

「オッスオーッス! 養成学校の時以来っスね!」

 

 少年の名前はジャック・ルイス。

 少女の名前はライラ・キャロル。

 二人共レイの学生時代の知り合いであり、現在は操獣者をしている。

 

「急にどうしたんだ、思い出話でもしに来たのか? それとも仕事の依頼か?」

「一応仕事の依頼がメインだけど、個人的には両方だね」

「まさかとは思うが、一ヶ月で剣十本もダメにしたバケモノはお前らじゃねーよな?」

「違うっス!  風評被害も甚だしいっス!」

 

 先の通信のせいで若干疑心暗鬼になっているレイが凄んで問うと、ライラは両手をバタバタさせて否定した。

 

「えーっとレイ君、お父さんから連絡来てるっスか?」

「明らかに厄介事を投げつけるような連絡なら来たぞ」

「なら話が早いっス!  剣を作って欲しいっス!」

「お前ら親子は人の話を聞く習慣を持たないのか?」

 

 腹立たしくも似た者親子である。

 レイは眉間にしわを寄せて、大きなため息をつく。

 

「はぁ~っ、で?  どっちが剣を作って欲しいんだ?」

「あぁ、作って欲しいのは僕達じゃなくてね」

「ウチの姉御が作って欲しいんスよ!  姉御ーッ、レイ君に挨拶……姉御?」

 

 後ろを振り向き「姉御」なる存在を呼ぶライラだが、彼女達の後ろには誰もいなく硬直する。

 ジャックも同様に後ろを向いたまま固まっている。

 

 しばし気まずい雰囲気が四人の間に漂った。

 

「お前ら、禁制薬物(ヤク)でもやったのか?」

「正常だよ、悲しい程に」

「姉御ォ、また迷子っスかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 膝から崩れ落ちて叫ぶライラ。この様子だと初犯ではないのだろうと、レイは心の中で同情するのだった。

 

「ジャック、剣の依頼より先に首輪とリードを作った方がいいか?」

「いや、遠慮しとくよ……そこまで酷くは無いと信じたいからね」

 

 生気の無い目でそう答えるジャック。流石のレイも不憫に感じた。

 

 

 さて、依頼人が居なくては話が始まらない。かといって彼らを追い返すのも後味が悪すぎると思ったレイは、一先ず二人を事務所に招き入れた。

 

「いや~、相変わらず汚いっスね~」

「ほっとけ!」

 

 前述の通り、事務所の中は工具やら書類やらが散乱している地獄絵図。

 とは言え、流石に応接用の机と椅子は綺麗にしてある(アリスが)。

 

 とりあえずジャックとライラを座らせるレイ。

 普通なら級友との思い出話にでも花を咲かせるのだろうが、二人が身につけているそれが目に入った瞬間レイの中でその気は蒸発した。

 ジャックは右腕に、ライラは首に巻く形で身に着けているスカーフ。

 赤を基調として炎の柄が入っているそのスカーフが何を表しているのか、レイは知っていた。

 

「レッドフレアか」

「お、レイ君ウチのチーム知ってるっスか!?」

「あぁ、噂なら聞いてるよ。 あっちこっちで派手にやってる暴れん坊チームだって」

「あはは、やっぱりそういう評価なんだね」

「でも、期待のルーキー達って……ギルドで評判」

「いやぁ~、それほどでもっス」

 

 照れるライラを尻目に、レイの中では少々どす黒い感情が渦巻いていた。

 これが夢に近づく者と、果てしなく遠い者の差なのだろうなと。

 

「でもでも! レイ君の評判も色々聞いてるっスよ!」

「嫌味か?」

「違う違う、親方さんから聞いた話だよ」

「そっス! 難しい魔武具の開発依頼を難なくこなす凄腕だって、お父さん褒めてたっス!」

 

 ライラの言っている事は真実だ。実際レイの元に来る依頼の大半は、整備課ではどうしようもない程困難な魔武具の発注ばかりである。

 どんな無茶振り発注でも完成させてきたので、レイ・クロウリーという少年は整備課の面々から若干神聖視されている節がある。

 

 確かに、レイ・クロウリーという少年に才能はあった。

 だがそこに、彼が望んで止まない夢に向かう為の力は存在しなかった。

 

「作る才能だけあっても……意味ねーんだよ……」

 

 小さな声で吐き捨てるレイ。

 レイを除く三人は皆、彼が抱える事情を知っている数少ない存在であった。故に、思わず心の闇をこぼしてしまったレイに対して何も言う事が出来なかった。

 

 少しの静寂が場を支配する。

 その静寂を破ったのはジャックだった。

 

「なぁレイ、剣の依頼とは別に頼みがあるんだ」

「専属整備士のお誘いならお断りだぞ」

 

 モーガンから話を聞いていたレイは、ジャックの誘いをバッサリと切り捨てた。

 それを想定していたのか、ジャックとライラはどこか納得を含んだ苦笑いをする。

 

 その時であった、何処からか着信音が鳴り響いてきた。

 音の発生源はライラのグリモリーダーだ。

 疑問の表情を浮かべながら、ライラはグリモリーダーの十字架を操作して通信に出る。

 

「もしもしライラっス」

『あ、ライラぁ~、今どこー!?』

「姉御!? もうとっくに目的地に着いてるっスよ!』

『マジで、整備士勧誘できた!?』

「既に勧誘失敗済みっス」

『そんなぁぁ』

「てか姉御は今どこにいるんスか?」

『えっとねー…………森!!!』

「全然分かんないっス」

 

 あぁ、これは本当に迷子なのだなぁ。

 

「ジャック、レッド・フレアの奴は全員そのスカーフを着けてるって認識で間違いないよな?」

「あぁ、そうだけど」

 

 それを聞ければ十分だと言うと、レイは渋々といった表情で立ち上がった。

 

「アリス、二人にお茶でも入れておいてくれ」

「いいけど、どこ行くの?」

「迷子探し」

 

 忌々しくもせっかく来てくれた依頼人に怪我をされては後味が悪い。

 そんな事を考えつつ、グリモリーダーとコンパスブラスターを身に着けて出かける準備をするレイ。

 と、その様子を疑惑の目で見るアリス。

 

「サボる?」

「客人置いてまでサボらねーよ!」

 

 前科者に信用は無かった。



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Page03:デコイ・モーフィング

 事務所を後にしたレイは八区の中を探していた。

 ジャックとライラも同行すると言ったが、彼らはこの辺りの土地勘が無いのでレイは一人で迷子探しをする事にした。

 幸いにして、件の依頼人は判り易い特徴も着けている。

 

 探しにいく道中、必然的に居住区の中を通過するのだが、レイを良く知る住民たちが気軽に声をかけてくる。

 

「おぉレイ、珍しく外で仕事か?」

「あぁ、珍しくも迷子探しだ」

「レイ! またウチの魔道具直してくれよ」

「依頼なら事務所にどーぞ、てかアンタ今月何回目だ!?」

「あ、レイ兄ちゃんがまたサボってる」

「アリスお姉ちゃんにいっちゃおー」

「サボりじゃ無くて仕事だ」

「ペットさがし?」

「人間探し」

 

 さばさばした態度で適当に受け答えして数分後、レイは森の中に到着した。

 しらみ潰しに探していくしか無いのだが、レイの中では一つ心配事もあった。

 一人で迷子になるには、此処は少々危険過ぎる。土地柄ボーツが発生しやすいのだ。

 

「ま、バケモノ級操獣者だったら心配はいらねーと思うけどな」

 

 しばし森の中を探索するレイ。

 道が整備された場所は粗方探してしまい、鬱葱とした場所を進む羽目になったので「これは後で文句の十や二十言っても罰は当たらないだろう」と少々頭に血を上らせていた。

 

 空を見上げると日が傾き始めている。探し始めてから随分と時間が経過したようだ。

 道程を遮る草やツタをコンパスブラスター(剣撃形態(ソードモード))で切り裂きながら進むと、広く開けた場所に出た。

 

 それは御伽噺に出てくる花畑の様な光景であった。

 所狭しと咲き乱れる幻想的な花々。花弁の形こそ皆同じだが、その花々は優しくも美しい光を放っていた。

 橙色、薄紅色、桃色、水色などなど個体ごとに違う光を放つ花であった。

 何も知らない者が見ればその美しさに魅了されて、その場でしばし身が動かなくなるだろう。この光景を記憶しようと、瞬きを惜しむ者も現れるであろう。

 それ程までに幻想的な光景であったが、レイは少々嫌な気分になっていた。

 

「(あの花がある場所は、少しマズい)」

 

 早急に依頼人を探し出さなければ、と考えたレイなのだが……ここで一つ気づいてしまう。

 

「つーか、よくよく考えたらライラ達経由で『動くな』って言ってもらえばいいじゃん!」

 

 遭難者と迷子の基本。今更気付いてしまうレイであった。

 善は急げと言わんばかりにグリモリーダーでライラ達に連絡を取ろうとするレイ。

 

 その時であった。レイの視界に一つの人影が目に入った。

 花畑の中を動く影。ここはあまり人の来る場所ではない、ならばあの人影が目的の迷子か。そう思ったレイは人影を注視する。

 しかしレイは、それが探している依頼人では無いとすぐに気が付いた。

 スカートは着けていない上に、そもそも男だ。

 

 異様な雰囲気が気になったレイは、男を注視する。

 チラリと見えた腕は枯れはてた老人の様であった。

 

「迷子のボケ老人か?」

 

 これは余計な仕事が増えてしまった。レイは渋々といった表情で男の元に歩み寄る。このままでは依頼人よりもこっちの迷子の方が危険である。

 その男に近づくにつれて、男はブツブツと何かを言っている声が聞こえてくる。

 

「もうお終いだ……あの人に見捨てられた……これが最後の一つなんて……どうすれば……」

 

 随分と悲観的な言葉が聞こえるので、家庭環境がよろしくない哀れな老人かと思ったレイ。

 慰めの言葉の一つでもかけてやろうと近づくレイであったが、男が抱えているソレが目に入った瞬間レイの顔は一気に強張った。

 先ほどまでの感情はどこへやら、レイは背後から男の首にコンパスブラスターの刃を突きつけた。

 

「おい、こんな場所で御禁制の薬物(ヤク)使ってんじゃねーぞ」

 

 突然剣を突きつけられた男は、驚いて腰を抜かしてへたり込んでしまう。

 その際に男のフードが外れ、顔が外に晒された。先程の通り両腕は老人の様にか細いが、その顔はまだ二十代といった若者のものであった。

 腰を抜かしてなお、粘性のあるどす黒い液体が入った瓶を大事そうに抱える男。

 この街に住む者、特にギルドの関係者にとってその液体が何かは周知の物であった。

 『魔僕呪(まぼくじゅ)』。

 一時の快楽と超人的な身体能力向上、そして圧倒的な魔力活性を得られるが、依存性が極めて高く、服用した生物の肉体を徐々に喰らい尽くしてしまうギルド指定の禁制薬物である。

 

「な、何なんだよオマエ! オレになにすんだよー!!!」

「手足の老化に錯乱の症状、典型的な中毒者(ジャンキー)だな」

 

 脅えた表情で後退る男に対して知るかと言わんばかりににじり寄るレイ。

 別にこの男が薬物中毒になろうが知った事では無いのだが、この液体を持ち運ばれるには、此処は場所が悪すぎる。

 

「落ち着け、別に俺はアンタからそれを取り上げようってつもりじゃねーんだ。 ただ此処は場所が悪いからちょっと移動して欲しいだけなんだよ。 できれば中央区の方に行くのがオススメかな?」

 

 宥める様に語りかけるレイだが、伝わってないのか男は後退るのみである。

 

「嫌だ、渡すもんか! これは全部オレのもんだ!」

「そうだな、そういう事にしておこう。 だからその瓶を絶対にこぼすな」

 

 瓶の中身を零されるのだけは避けたいレイ。ゆっくりと男に近づいて落ち着かせるか、瓶を奪うかをしたい。

 どうせ足も老化しているのだから簡単には逃げられないだろう、と高を括っていたレイだったが……

 

「嫌だァァ、これが最後なんだ!  誰にも渡すもんかァァァァァァァァ!!!」

 

 狂ったように叫び、逃げ出す男。

 迂闊だった、まだ無茶して走るだけの力はあったのか。

 だがどれだけ走って逃げようとも、碌に筋肉のついていない足ではどうにもならない。それどころか、瓶を抱えたまま倒れる可能性の方が高い。

 

「おいバカ、走るな!」

 

 男を止めるために追いかけるレイ。だがその行動は既に遅かった。

 貧弱な足で無理矢理走っていた男は、瓶を抱えたまま前のめりに倒れ込んでしまった。

――ガシャン!!!――

 レイの耳に最悪の音が聞こえる。

 

「あぁ、魔僕呪、オレの、オレのぉぉぉぉ」

 

 瓶が割れて、中に入っていたどす黒い粘液が地面に流れ出る。

 それを見た瞬間、レイは声を張り上げた。

 

「馬鹿野郎! 今すぐそこから逃げろ! ここはデコイインクが大量にあるんだぞ!」

 

 レイの言葉に耳を貸さず、恍惚の表情で魔僕呪を舐め取る男。

 しかしその周囲からは、鈍色のインクがゴポゴポと大量に湧き上がろうとしていた。

 

 この世界の魔力(インク)には大きく分けて二種類ある。

 魔獣と契約した人間と獣魂栞から生み出されるソウルインク。

 もう一つは、自然に発生するエネルギー資源でもあるデコイインクである。

 

 そして食獣魔法植物であるボーツは、デコイインクを栄養にして発生するのである。

 ここはデコイインクの一大生産地セイラムシティ。

 こんな土地に強力な魔力活性効果がある魔僕呪を零せばどうなるかは火を見るよりも明らかだった。

 

「ボッツ、ボッツ、ボッツ」

 

 地面から湧いた鈍色インク。そこから灰色の人型、ボーツが現れた。

 それも一体や二体なんて数では無い。特徴的な鳴き声を上げながら、三十体を超えるボーツが湧いて出る。

 レイは「逃げろ!」と男に向かって叫ぶが、返事はおろか動く気配もない。

 

「クソッ!」

 

 止む無くレイは、腰にぶら下げていたグリモリーダーと懐に仕舞っていた鈍色の栞を取り出す。

 魔獣と契約できず操獣者ではないレイだが、戦うための力は持っているのだ。

 

起動(ウェイクアップ):デコイインク!」

 

 左手に持った鈍色の栞に起動用の呪文を入れるレイ。すると栞から鈍色の魔力液、デコイインクが滲み出て来た。

 インクが滲み出た栞をグリモリーダーに挿入し、十字架を操作するレイ。

 

「デコイ・モーフィング!」

 

 偽装変身。

 グリモリーダーから放たれた鈍色の魔力がレイの全身を包み込む。

 肉体を変化させはしないが、身体を守るための黒いアンダーウェアを魔力が紡ぎだす。

 その上から灰色のローブ、ベルト、ブーツ等が形成されていく。

 最後に一本角が生えたデザインのフルフェイスメットがレイの頭部を覆い隠した。

 

 『デコイモーフィングシステム』。

 契約できない人間が操獣者になる為の偽りの変身システム。

 魔核を持たないレイが戦う為の数少ない手段だ。

 

 変身を終えたレイはコンパスブラスターを片手に男の元に駆け寄る。

 が、その行く手を数匹のボーツが阻む。

 

「ボッツ、ボッツ」

「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

――斬ァァン!!!――

 

 大剣で一閃。首を刎ねられたボーツはその場に崩れ落ち、物言わぬ塊になってしまった。

 そして男の前に近づいたレイは大声で語りかける。

 

「おい、生きてるか!?  さっさと逃げろ!」

「アー……あぁー……」

「こんの腐れ中毒者(ジャンキー)ィ、こんな所で意識飛ばしてんじゃねーよ!」

 

 しかしこちらの事情など毛先ほども理解していないボーツの皆さま。

 極上のエサ二匹を前に容赦なく襲い掛かってくる。

 

「チィッ!」

 

 トリップしている男に近づくボーツを切り捨てる。

 犯罪者といえど見捨てたら目覚めが悪いので、泣く泣くレイは防衛戦をする事になった。

 

「ハハッ、今日は間違いなく厄日だよ畜生め!」

 

 手先を槍や鉤爪のような形状に変化させて攻撃してくるボーツ達。

 レイは男に攻撃が当たらないように左手で首根っこを捕まえた状態で反撃をする。

 槍の手を伸ばしてきたボーツはその腕を切り落とし、後ろから鉤爪で攻撃してきたボーツには魔力を含んだ蹴りで胴体を爆散させる。

 しかし、あまりにも数が多すぎる。次第にレイは何発かの攻撃をその身に受けるのだった。

 

「ボッツ、ボーツ!」

「ぐゥッ!!!」

 

 ボーツが伸ばした槍手がレイの左腕を切る。痛手を与えられたのが嬉しいのか、ボーツは醜い笑みを浮かべている。

 いくら変身して防御力が上がっているとは言え、所詮は偽物(デコイ)でしかない。

 本来ボーツと戦うはずである操獣者の魔装と比べれば、その性能は天地程の差がある。

 だが、それを重々承知した上でレイは戦う事を選んでいるのだ。

 

「こな、クソォォォォォォォォ!!!」

 

 コンパスブラスターを天高く投げるレイ。そして空いた右手で左腕に刺さっているボーツの腕を掴んだ。

 

「フンッ!」

 

 力いっぱいボーツの腕を引っ張り、引き寄せるレイ。

 落下してくるコンパスブラスターをタイミング良くキャッチし、正面から飛んでくるボーツを迎え撃つ。

 一刀両断。

 レイはコンパスブラスターを思いっ切り振りかざし、ボーツの身体を縦から真っ二つに切り裂いた。

 仮面越しにボーツ達を睨みつけるレイ。

 しかし、知能の低いボーツは構うことなくレイ達に襲い掛かってくる。

 

「チッ、面倒くさいなぁもー!」

 

 そう言うとレイは左手で掴んでいた男を一度下ろし、コンパスブラスターに鈍色の栞を差し込んだ。

 

「インクチャージ!」

 

 コンパスブラスターの中が魔力で満たされていく。

 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇。

 レイは複数の魔法術式を瞬時に頭の中で構築していき、完成した術式をコンパスブラスターに流し込んだ。

 

「そのままかかってこいよ~」

 

 レイはコンパスブラスターを逆手に持ち変えた。

 ボーツ達は360度、全ての方向から一斉に襲い掛かってくる。

 

 今だ!

 

偽典一閃(ぎてんいっせん)!!!」

 

 レイが魔法名を叫ぶとコンパスブラスターから巨大な魔力の刃が現れる。

 すかさずレイは円を描くように、その刃で薙ぎ払った。

 

――斬ァァァァァァァァァン――

 

 一斉に襲い掛かってきたのがボーツ達の運の尽きであった。

 ある者は首を、ある者は胴体を切断されて、一匹残らずその場に崩れ落ちていった。

 

 少し無茶をしたせいか、肩で息をするレイ。

 視界にはもう活動しているボーツの姿は見えない。

 これで一安心か。レイがそう思った時であった。

 

「ボッツ……ボッツ」

「オイオイ、まだ生えてくんのかよ!?」

 

 魔僕呪の魔力活性の影響を受けたせいか、通常では有り得ない頻度でボーツが湧き始める。

 新たに発生したボーツは目算しただけでも約四十体。身動きできない男を守り、さらに先ほどのダメージも残っているレイには到底捌ききれない数であった。

 

「ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ」

 

 鳴き声を上げながら近づいてくるボーツの大群。

 レイはコンパスブラスターを構えるが、仮面の下では既に余裕を無くした表情をしていた。

 今回ばかりは流石に無事では済まないかもしれない。

 ボーツの大群が容赦なくレイ達に襲い掛かってくる。

 レイが覚悟を決めてボーツの大群に立ち向かおうとした、その時だった――

 

「クロス・モーフィング!!!」

 

 それは、操獣者が変身の時に唱える呪文であった。

 



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Page04:ファースト・エンゲージ

「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

――業ゥ!!!――

 突如として放たれた巨大な炎に、十数匹のボーツが焼き払われた。

 何が起きたのか。

 レイは炎の発生源に目をやった。

 

 それは、操獣者だった。

 雄々しき二本の角が生えたフルフェイスメット。

 それと似たような魔獣の頭部を模した、巨大な籠手を右手に着けている。

 真っ赤な魔装の操獣者であった。

 籠手からは未だに炎がチロチロと出ている。あそこから炎を放ったのだろう。

 そしてシルエットと声から察するに同年代の女性だという事は分かった。

 

「いやぁ~、すごい数のボーツね」

「誰が助けてって言った」

「ん~……誰も言ってないね」

「じゃあ邪魔すんなよ」

「そんな事言って~、そのダメージじゃ説得力無いよ」

 

 心が痛むと同時に一つの確信を得るレイ。

 この女、苦手なタイプだ。

 だが彼女が言う事も一理ある。このままでは防衛すらままならない。

 無茶をしてボーツが居住区に溢れては本末転倒である。

 ならば今は、この女を利用してやろうとレイは考えた。

 

「戦いたいなら好きにしろ、俺はコイツを安全な所にポイする」

「雑だなぁ……まぁ好きにして良いならそうさてもらうけど!」

 

 赤い操獣者は腰から剣を抜きボーツに立ち向かう。

 その間にレイは男を掴んでボーツの大群から離れた場所へと駆けて行った。

 そして適当な場所に男を捨て置くと、レイはすぐに戦場へと戻った。

 

「オラオラァ!」

 

 戻ってきて最初に目に入ったのは、赤い操獣者が喜々としてボーツを切り裂いている光景だった。

 火炎を纏った刀身に焼き切られていくボーツ達。

 なんだか獲物を横取りされている気分がしたレイは少々ムッとなった。

 レイは若干ムキになった感じで加勢しに行く。

 

 レイの存在に気づいたのか何匹かのボーツがレイに襲い掛かってくる。

 

「このくらいなら、どうにでもなんだよ!」

 

 手に持ったコンパスブラスターで的確に首や胴体を切り落としていくレイ。

 身動きの取れない男と言う枷が外れたので、本領が発揮できているのだ。

 

 だが先程のダメージがレイの中で響いている。

 近距離戦では上手く戦えないと判断したレイは、コンパスブラスターに栞を差し込み、コンパスブラスターを剣撃形態(ソードモード)から銃撃形態(ガンモード)へと変形させた。

 

「変形する魔武具か~、珍しいね」

「こう見えて射撃は得意なんだよ!」

 

 褒め言葉は無視して、ボーツに向かって引き金を引まくるレイ。

 着弾した魔力弾はボーツの胴体を爆散させていった。

 

「ヒュー、やるぅ。 アタシも負けてらんないな!」

 

 赤い操獣者も負けじとボーツを切り捨てていく。

 少し気持ちに余裕ができたレイは、赤い操獣者の戦いや武器を見ていた。

 

「(ペンシルブレード……一番オーソドックスなG型か……けどアレは相当強度を高めた代物だな)」

 

 赤い操獣者が使っているペンを模した剣。

 操獣者が使う定番魔武具の一つペンシルブレードだ。

 魔力を纏わせてもそう簡単には壊れない様に出来ている頑丈な剣である。

 

 赤い操獣者はペンシルブレードに炎を纏わせて次々とボーツを倒していくが、如何せん数が多い。

 地面からは未だに何匹か追加で発生している。

 

「よっと! なんかこのボーツ強くない!?」

「ここで出てくるボーツは元々強い奴ばっかだ! しかも今日はどこかの馬鹿が地面に魔僕呪こぼしやがった!」

「それは厄日ね」

「まったくだよッ!」

 

 無駄口を叩きつつもボーツを処理していく二人。

 が、またしてもレイはボーツの大群に囲まれてしまった。

 

「短時間で二発も撃ちたくないんだけどなぁ!」

 

 再びコンパスブラスターに栞を挿入するレイ。

 

「インクチャージ! 本日二発目のォォ、偽典一閃!!!」

 

 構築した術式を解放し、魔力刃で周辺のボーツを一掃するレイ。

 その様子を見た赤い操獣者は、何かを閃いた様子を見せた。

 

「そうか、まとめてブっ飛ばせば良いんだ!」

 

 そう言うと赤い操獣者はグリモリーダーから獣魂栞を抜き取り、ペンシルブレードの柄に挿入した。

 

「インクチャージ!!!」

 

 赤い操獣者は魔獣の頭部を模した籠手で剣を握りしめる。

 するとペンシルブレードから彼女の身の丈以上はあろうかと言う、巨大な炎の刃が作られ始めた。

 周囲が凄まじい熱気に包まれ、足元の花が干からび始める。

 彼女の身体から、明らかにキャパシティオーバーをしたであろう魔力がレイの肌にビリビリと伝わってくる。

 どう考えても嫌な予感しかしない。身体の痛みも忘れて、レイは仮面の下で青ざめた。

 

「オイ、まさかそれブっ放す気じゃ――」

「そこのアンタ! 頭下げないと焼き切るよ!」

 

 そのまさかであった。

 間髪入れる事無く、赤い操獣者はペンシルブレードで前方を薙ぎ払った。

 

「必殺、バイオレント・プロミネンス!!!」

 

――業ォォォォォォォォゥ!!!!――

 

 それは、地獄の業火と呼ぶに相応しい火力であった。

 レイは剣が振られたと同時に後ろに仰け反って回避したが、そのとんでもない火力を間近で見る羽目になった。

 当たれば確実に死ぬ。横目に切り裂かれるボーツ達の姿が写ったが、明らかに熱したナイフでバターを切るよりも容易くボーツが葬られていた。

 変身していたおかげで炎が鼻先をかすめても大丈夫だったが、もし変身していなかったらと思うとレイはゾッとした。

 

「ん~~、もうボーツは残ってないね? 一件落着ゥ!」

「一件落着ゥ、じゃねーよ!!! 殺す気か!!!」

 

 勢いよく起き上がり、呑気に締めようとした操獣者へ思わず怒りの声をぶつけてしまうレイ。

 

「いやぁ、上手く避けてくれて助かったわ。危うく人間焼き切るところだった」

「お前はちょっと加減って言葉を調べてこい!!!」

 

 地面を指さしながら叫ぶレイ。

 操獣者が撃った必殺技の熱波によって花は吹っ飛び、木々からは葉っぱが消し飛び、周囲にはちょっとした荒地が完成していた。

 

「アハハ、ごめんごめん」

 

 そう言いながら変身を解除する操獣者。

 やはりレイが予測した通り、正体はレイと同い年くらいの少女であった。

 レイと同じ赤髪で女の子らしいロングヘアー、同年代に比べれば発育は良さげなシルエットをしている。

 服装は赤いジャケットに黒いズボンと、ボーイッシュな感じを出しており行動力の権化のような印象を受ける。

 

「避けろって、無茶振りだった?」

 

 どこか挑発するような目で問いかける少女。

 

「まっさかー」

 

 内心ちびりそうになっていたが、レイは強がってしまった。

 

 

 

 

 さて、戦闘に巻き込んではいけないと捨て置いた男だが、その後すぐにレイが回収してきた。

 ただし、その辺のツタで身体は拘束しているが。

 

「あれ、その人さっきアンタが守ってた人じゃないの?」

「好きで守ってた訳じゃねぇ、しかたなくだ」

「ふーん……ガッツリ縛ってるけど、何やらかしたの?」

「魔僕呪服用と地面にこぼしてボーツ大量発生の現行犯」

「うわぁ、諸悪の根源か」

 

 本当は自分で歩いて欲しいのだが、残念ながら意識が戻っていない。

 これからこの男をギルド本部まで運ばなくてはいけないのかと考えると、レイは憂鬱な気分になった。

 

「それはともかくさ! アンタずっとデコイインクばっか使ってたけど何で?」

 

 嫌な質問をしやがると、レイは顔をしかめる。

 

「生まれつきの体質だ、デコイインクしか使えないんだよ」

 

 あっさり真実を告げるレイ。

 誰かに見下されるのには慣れているが故の、壊れた感性からの発言だった。

 それに対して少女はというと。

 

「え、マジ!? それじゃあそれじゃあ、デコイインクだけで変身してたの!?」

「お、オウそうだけど……」

「それであのボーツの群れと戦ったり、銃を撃ったりしてたの!?」

 

 コクコクと頷くレイ。あまりにも予想外な反応をされて若干思考が停止している。

 

「スッゲー! 人間頑張ればココまでいけるんだ!」

 

 目をキラキラ輝かせる少女。完全に何にでも興味を示すお年頃な反応である。

 

「アタシ、フレイア! フレイア・ローリング! アンタは?」

「……レイだ」

 

 レイの名前を聞いた少女ことフレイアは、名前に聞き覚えがあるのか首をかしげるポーズをする。

 記憶力はあまり良くないのだろうか。レイは溜息を一つついた。

 

「はぁ~、アンタが依頼をする予定の男だよ……チームレッドフレアのフレイア・ローリングさん?」

「あれ、チームの名前って言ったっけ? もしかしてアタシ有名人!?」

「有名なのもあるけど、お前首に何着けてるか言ってみ?」

 

 照れと驚きの表情をコロコロ入れ替えるフレイアに対して辛辣に指摘するレイ。

 フレイアの首には炎柄のスカーフ。即ち、チームレッドフレアの証が着いていた。

 

「ん、依頼をする予定って……」

 

 今更その事実に気づいたのか、見定めるような目でレイを見るフレイア。

 

「整備士さん?」

「いかにも」

「一目見た時から心に決めてました仲間になってください!」

「お断りします」

 

 哀れフレイア、一秒で振られた。

 しかしめげないフレイア、頬を膨らませながらもレイに追撃をする。

 

「ダメ?」

「ダメ」

「どうしても?」

「どーしてもだ!」

「ぶーぶー! 何でよー」

 

 ぶー垂れるフレイア。

 一方で、この質問の答えはレイにとってはシンプルなものであった。

 

「俺を仲間にしたところで、お前にも俺にも何の得も無いからだよ」

 

 何を言っているのか分らないといった表情を浮かべるフレイア。

 だがレイにとっては分らないならそれで良い事だった。

 

「じゃあ次は俺の番だ、三つほどお前に言いたいことがある」

 

 指を三本立ててレイが告げる。

 

「一つ、戦闘中も言ったが加減を覚えろ。 常にオーバーキルを目指すような戦い方をすれば剣に負担がかかるのは当然だ。 魔法の出力は必要最小限に抑える努力をしろ、それだけでお前の剣の寿命は延びる」

「ほー」

「二つ、魔法の術式はもっと丁寧に組め。 火力強化の重ね掛けと魔刃生成をアホみたいな出力でブっ放すのは身体にも剣にも負担が掛かって良くない」

「おぉ、アタシの魔法の正体よく解ったな~」

「単純過ぎて一目で解った。 そして三つ目! お前の腰にある剣、もうすぐ砕けるぞ」

 

 「へ」と間抜けな声を漏らすフレイア。だが悲しい事に、彼女の耳にはピキピキと金属にヒビが走って行く嫌な音が聞こえていた。

 フレイアは青ざめた表情でペンシルブレードを引き抜くが、時は既に遅く。

 

――パリーーン!!!――

 

 あまりにも無情な音が響き渡る。

 フレイアのペンシルブレードは粉々に砕け散ってしまった。

 

「ノォォォォォォォォォン!!! 今月十一本目ぇぇぇぇぇ!!!」

 

 砕けた剣を目にして膝から泣いて崩れ落ちるフレイア。

 その姿を見たレイは思った、「こいつはアホだ」と。

 

「つーか十本も壊す前に専用器が必要だって気づけよ」

「うぅ~、だって専用器とか知ったのついこの間だったし」

 

 そうですかいと呆れた表情を浮かべるレイ。

 だがここでレイはある事に気づいた。

 

「……悪ぃ、言いたい事四つ目が出来た」

 

 「ふぇ?」と涙目でレイを見上げるフレイア。

 

「加減をしないのもまぁ良い、術の構築が雑で火力任せなのもそれで戦えるなら良いと思う」

 

 そう言いながら銃撃形態のままであったコンパスブラスターに栞を差し込むレイ。

 

「けどお前には足りないモノがあると思うんだ。 後先考えず突っ込む事、他人の事情を考えない事……そして」

 

 弾込めを終えたレイは、コンパスブラスターの銃口をフレイアに向ける。

 

「え、ちょ、レイさん?」

 

 突然銃口を向けられ焦るフレイアだが、そんな事は関係ないと言わんばかりに、レイは冷静な表情で引き金を引いた。

 

 銃口から魔力の弾丸が出ると同時に、フレイアは思わず目をつぶってしまう。

 放たれた弾丸はそのままフレイアの頭部に直撃――

 

 

 

 ――することは無く、直前で軌道を曲げて、フレイアの肌を傷つける事無く、フレイアの背後から襲い掛かろうとしていたボーツの頭だけを貫いた。

 世にも珍しいカーブする弾丸である。

 

 「ボッ」と言う断末魔が背後から聞こえたフレイアは、目を開いて自分の後ろで絶命しているボーツを認知した。

 

「背後の敵にも、ご用心」

 

 呆然とした表情を浮かべるフレイア。

 軌道変化の弾丸でボーツの急所を的確に撃ち抜くという離れ技を前に「スッゲー」としか零せなくなっていた。

 

 そんなフレイアをよそに、レイは歩み始めて。

 

「何してんだ、事務所に行くぞ」

「え、でも仲間にならないって」

「仲間になるのはお断りだが、剣くらいは作ってやるよ」

 

 ほら行くぞと言ってレイは男を引きずりながら、事務所へと進み始めた。

 

 フレイアはそんなレイの背中をジッと見つめる。

 そしてフレイアの顔には徐々に笑みが浮かんできた。

 

「見つけた……戦える整備士」

 

 それは宝物を見つけた子供の様な表情だった。

 それは一つの事を決心したリーダーの表情でもあった。

 

「決めた、アイツを絶対に仲間にする!」

 

 

 この数日後に、レイは次のように語った。

――あの時フレイアと出会わなければ……俺はきっと、もう少し胃に優しい生活が送れただろう――と。



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Page05:一日前の出来事~フレイア・ローリングが求める人材~

 話はレイとフレイアが出会う一日前に遡る。

 

 単刀直入に言おう、フレイア・ローリングと言う少女は天才と呼ばれる部類である。

 セイラムシティに越してきてまだ一年と少々であるが、その僅かな期間中に養成学校を飛び級卒業 (主に実技で)。

 ギルド加入後は高難易度の依頼の数々をこなし、若干17歳にして今では期待のルーキー集団との呼び声も高い操獣者チーム【レッドフレア】のリーダーを務めている(アホだけど)。

 更に彼女の契約魔獣は、高ランクの火炎魔獣イフリートだ。

 強さ、カリスマ、栄光。

 【ヒーロー】の称号に憧れ奮闘する者が多いこの街で、その称号に最も近い存在は誰かと聞かれたら彼女の名を上げる者も少なからず居る程にはランクの高い操獣者である。

 ギルドの期待の星と言って差し支えないだろう。

 

 そんなギルドの未来を無理矢理背負わされた(?)フレイアであるが、彼女が今何をしているのかと言うと――

 

「今月十本目……剣も、サイフも、ボロボロ……」

 

 喧騒に包まれたここは、ギルド本部の受付兼大食堂。

 周囲で賑やかにしている操獣者達とは裏腹に、今にも消え入りそうな声と眼でフレイアは食堂の机に突っ伏していた。

 生きる屍となってはギルド期待の星も形無しである。

 

「姉御~、元気出すっス」

 

 隣でフレイアの背中を擦り、慰めるライラ。若干呆れの表情も混じっていたが、無理もない。

 数日前の戦闘によって、フレイアの破壊した剣は今月十本目となった。それも全て強度硬度を最高値まで高めた逸品である。お安くは無い。

 高難易度の依頼を数こなし、随分と収入はあるフレイアだが……毎度毎度豪快に必殺技を放つせいか、収入と支出があまり変わらない生活を送っていた。

 

 食堂の片隅で腹の虫を大きく鳴らすフレイア。目の前に置かれている空き皿にはマッシュポテト(最安メニュー)が入っていたが、とうに食い切っていた。

 

「こんな時にあの娘達がいれば、空腹だけでも満たせれたのかも」

「姉御~、一ヶ月は帰ってこないんスから、無い物ねだりしてもしょうがないっスよ」

「うぅ~、剣と……ご飯」

 

 普段の火力が高すぎるせいか、胃袋の燃費が悪すぎる少女フレイア。

 これでも普段は頼れるチームリーダーだと言うのだから、人間とは分からないものである。

 流石にライラも、フレイアの姿に哀れみを抱いてきた。

 

「お金入ったばっかだし、ランチくらいなら奢るっスよ」

「マジでッ!? ライラって女神!?」

 

 先ほどまでの消沈はどこへやら、ライラの提案に飛び上がって食いつくフレイア。

 そんなフレイアの様子を見て、ライラは静かに「ボクのお財布は生きて帰れるかな?」と考えるのだった。

 

 メニュー表を見ながらなにを注文するか考えるフレイア。

 転機はその直後に訪れた。

 

「ライラ、フレイアお疲れ…………って、フレイア財布に余裕あったんだ」

「女神ライラ様の奢り!」

「あはは……程々にしてあげてね」

「ジャッ君お疲れ……お財布が召されない様に神に祈って欲しいっス」

「難しい依頼だね……」

 

 生気のない瞳で乞うライラだが、恐らく無理だろう。

 軽率な提案はしないに限る。

 

「おうお前ら、また依頼先で派手に暴れたらしいじゃねーか!」

「あ、親方さん、どーも」

「お父さん、派手に暴れるのは姉御だけっスよ!」

 

 筋肉隆々、2メートルはあろうかと言う身長も相まって大熊か何かに間違えられそうな男がフレイア達に話しかけてくる。

 モーガン・キャロル。魔武具整備課のトップであり、ライラの父親だ。

 ちなみに見た目は武闘派だが、中身はバリバリの頭脳派である。

 

「ガハハ、良いじゃねーか! 若い頃のエドガー……あぁ、ヒーローもそんな感じで暴れまわってたんだぜ!」

「そうなの?」

 

 キラキラした瞳でモーガンの話に耳を傾けるフレイア。

 

「そうだぞ! よーし、お前たちにセイラムのヒーローの話を――」

「はいはい、長話はまた今度にするっス!」

「えー」

「えー」

 

 英雄譚を語ろうとするも娘に遮られるモーガン。

 ワクワクと期待していたフレイアと思わずぶー垂れてしまう。

 

「お父さん、姉御の剣もっと頑丈に出来ないっすか?」

「なに? おいフレイア、お前また剣壊したのか!?」

「柄を残して、こう……粉々に」

 

 そう言いながら、フレイアはかつて剣だった残骸を取り出す。

 柄を残して後は消え去った何か。職人が見れば号泣ものである。

 

「はぁぁぁぁ……フレイア、お前今月九本目だろ?」

「残念、十本目」

「威張るな小娘!」

 

 せっかく作った剣がこうも短期間でお陀仏し続ければ、職人も小言の一つや二つ言いたくなるものである。

 

「ねーお父さん、姉御の剣どうにかなんないっスか?」

「僕からもお願いします、そろそろ何とかしないとフレイアだけじゃなくてチームの経済事情に関わるんです」

「そうは言ってもな~、今フレイアが使ってたのは整備課《ウチ》で作れる最高強度の剣だぞ。しかも殆ど特注みたいなもん」

 

 そこを何とか、とジャックに言われて考え込むモーガン。

 

「やっぱり、もっと頑丈な素材を探さなきゃっスか?」

「ん~、ここまでくると剣の素材云々の話じゃなくなるな」

 

 どういう事だと、モーガンの方に視線を集めるフレイア達。

 

「術式だよ、魔武具の中に組み込まれる術式。それをフレイアに合わせた特注品にするしかない」

「あ、専用器ですか」

「専用器?」

 

 モーガンの言葉でその意図を理解したジャックとは対照的に、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるフレイア。

 

「お前本当に操獣者か? いいかフレイア、専用器ってのはな――」

「簡単に言えば所有者の特性に合わせて、専用の術式を施した特別な魔武具っス」

「えっと、つまり……アタシだけの最強?」

「ザックリ言えばそういう事っス」

 

 台詞を奪われて不満そうな表情を浮かべるモーガン。

 だが幸いライラの説明でおおよその事はフレイアに伝わったようだ。

 

「なら話が早い。親方、専用器作って!」

「悪いが、そりゃ無理な相談だな」

 

 希望が見えた途端に消え去った。出鼻を挫かれたフレイアは口をあんぐりと開けた表情になった。

 

「な、なんで?」

「やっぱり、時間ですか?」

「まぁ、それも一つだな」

 

 事情を察したらしいジャックに「時間?」とフレイアは問う。

 

「うん、専用器の開発にはトライアンドエラー……つまり何度も試行錯誤を重ねて所有者の特性に合った物を作らないといけないんだ」

「ウチの整備課って結構多忙っスからね~。単純に人手を割けないと思うっス」

「いやまぁ、それもそうなんだが……ぶっちゃけた話、ウチの整備課の面々でフレイアに合った術式を作れる程の実力者がいねぇ」

 

 人手不足と技術者不足。

 解り易く深刻な壁にぶつかったフレイアは、再び机の上に突っ伏した。

 完全に詰みだと思い込み、またもや生気の抜けた表情になるフレイア。

 しかしここでモーガンが一つの提案をする。

 

「まぁ術式の構築ができる奴を探せば何とかなるにはなるが……」

「え、なになに? なんか方法あるの?」

「専属整備士ってやつだ、お前らのチームに付きっきりで魔武具の整備や開発をするやつ」

「あ~なるほど、つまり姉御に整備士をくっつけて手っ取り早く専用器を作ってしまおうって事っスか」

「そういう事だ。良い機会だし、お前ら専属整備士の募集でもかけてみたらどうだ? ダメ元だろうけどよ」

 

 モーガンの提案を聞いたフレイアの中に一つの方針が定まる。

 専属整備士を仲間にする。フレイアの頭の中では「すごいせいびし」の像が浮かんでは消えてを繰り返していた。

 一方でジャックとライラは気難しい表情を浮かべていた。

 

「専属……専属っスか」

「僕達の現場ってかなり荒事多いよね」

「しかも姉御は実戦の時が一番力を発揮できるタイプっス」

「そうだね~、やっぱりアタシを知って貰うにはアタシの戦いを間近で見てもわなきゃだしね」

 

 フレイアの中で募集要項が決まった瞬間である。

 

「親方! アタシ専用の術式を組めて、アタシと一緒に戦える、そんな整備士紹介して!」

「前者はともかく、後者は無理だな」

「即答!?」

 

 自信満々に募集要項を出したフレイアだが、即座に没を喰らってしまった。

 

「理由は二つある。一つはお前専用の術式が組める実力者だ、これを探すだけでも相当苦労する」

「まぁ、整備課のトップが無理宣言したっスからねぇ……」

「もう一つは戦える整備士ってところだ」

 

 フレイアはともかくとして、ジャックとライラにも二つ目の理由は察しがつかなかった。

 

「確かにフレイアが言った通り、操獣者ってのは戦いの中でこそその真価を発揮できる。なら、その戦いを間近で見れるだけの力を持った整備士こそが専属整備士に相応しいってのも正解だ」

「だからそういう人を探すって言ってんじゃん」

「まぁ最後まで聞け、元々整備士ってのは非戦闘員っつー前提がある。整備士としてのスキルに加えて、戦闘の実力も兼ね備えた人材……確かに居ない事は無いが、数があまりにも少なすぎる」

 

 ここまで来て何かを察したライラは恐る恐る聞く。

 

「お父さん……それって、もしかして」

「あぁ、そういう人材はベテランチームや大規模なチームにみんな持ってかれちまう。今のセイラムじゃあ全員売約済みさ」

「親方さん、戦闘可能って項目を除いたら整備士見つかりそうですか?」

「ん? まぁ時間は掛かると思うが……いけるだろ」

「ヤダ!」

 

 モーガンの話を聞いて妥協案を出すジャックとそれに答えるモーガンだったが、肝心のフレイアがその妥協を拒否した。

 

「術式も組めて戦える整備士がいい!」

「いやだから、それが無理なんだって」

「一人くらい売れ残りが居るかもしれないでしょ!」

「姉御、売れ残りって……」

「親方、ホントに誰もいないの?」

 

 腕を組んで考え込むモーガン。フレイアが出したハードルの高い要求に何とか応えようとするあたり、人の良さが滲み出ている。

 モーガンは知りうる限りの整備士を思い浮かべながら「あれでも無い、これでも無い」と該当者を探し続ける。

 

 見かねたジャックが「やっぱり地道に探そう」とフレイアを諭そうとしたその時だった。

 目を見開いたモーガンの頭の中に、一人の整備士の存在が浮かんだ。

 しかしモーガンはすぐに顔をしかめた。コイツは色々と難しすぎる……。

 

「一人だけ、アイツなら……いや、でもなぁ……」

「何々、誰かいるの!? 戦える整備士!?」

 

 モーガンが何かに思い当たった事を察したフレイアは、目を輝かせながら身を乗り出す。

 しかし、モーガンは顔をしかめながらフレイアに教えるのを躊躇ってしまう。

 

「大丈夫大丈夫、ちょっとくらい変な奴でも大歓迎だから!」

「変、と言うか……色々難しい奴と言うか……」

 

 モーガンがそこまで教えるのを躊躇うような整備士……。

 彼の様子を見たジャックとライラは一つの答えに行き着いた。

 

「もしかして、レイ?」

「もしかして、レイ君っスか?」

 

 ジャックとライラの答えを聞いたモーガンは溜息を一つついて、正解だと認めた。

 その瞬間、ジャックとライラは何故モーガンがここまで言いよどんだのかを理解してしまった。

 

「あ~レイ君……レイ君っスか」

「確かにレイならフレイアに必要な術式を組むのも朝飯前だろうし、戦闘もそれなりにこなせるね……けど、レイかぁ……」

 

 ジャックとライラも、モーガンと同じようにしかめっ面になってしまう。

 これにはフレイアも少々動揺した。

 

「え、何? そんなにヤバい人?」

「いや、ヤバいじゃ無くて……気難しい人?」

「仲間にするどころか、剣の開発依頼すら受けてくれない可能性もあるっス」

「まぁ腕の方は俺が保証するけどな、術式構築のセンスだったらセイラムでもトップクラスだ」

 

 まさかの魔武具整備課トップのお墨付きに動揺が消し飛んだフレイア。

 フレイアの中で、これは何としてでも仲間にしたいという気持ちが間欠泉の様に湧き出てきた。

 

「親方、そのレイって奴はどこに居んの?」

「え、フレイアお前、スカウトする気か?」

「実際会って良い奴だったらね~♪ それに、魔武具整備も戦闘もどっちも出来るスゴイ奴なんでしょ!」

 

 満面の笑みを浮かべて、完全にスカウトする気満々のフレイア。

 モーガンはしばし悩みながら、フレイアを見定めるように見つめる。

 やがて自分の中で決着したのか、モーガンは仕方なさそうに息をついた。

 

「ダメで元々でも構わねぇか?」

「問題なし!」

「住所、紙に書いて持ってきてやる」

 

 笑顔でサムズアップするフレイアを見て「これは諦めるような性質ではない」と悟ったモーガンは、「ちょっと待ってろ」と言って席を離れた。

 モーガンの姿が食堂から見えなくなっても、ジャックとライラは悩むような表情を浮かべていた。

 

「姉御ォ、今回ばかりはスカウト失敗も覚悟した方がいいっス」

「何で? そんなに凄まじい人なの?」

「いやぁ……その……」

 

 言いよどむライラに「僕が話す」と言って続きを引き受けるジャック。

 少々言いにくかったが、レイを良く知る人間だからこそジャック言わねばならないと考えた。

 

「レイと言う人間を端的に表すなら、これしか無いね」

 

 覚悟を含んだ目でジャックはフレイアに告げた。

 

「恐らく……この街で一番、ギルドを恨んでいる人間だよ」



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Page06:操獣者の街~ストーキング添え~

 さて、レイがフレイアと出会ってから一週間が経過した。

 結論から先に言うと、レイはフレイアの専用器開発の依頼()()は受けた。……受けたのだが、一つ問題が出てしまった。

 専用術式の構築はレイがその日の内に試作第一号を完成させたので良いのだが(通常は一週間かかると言われているので、レイの「完成したぞ」の言葉を聞いたフレイア達は目が点になっていた)、肝心の魔武具本体を作る為の材料が不足していた。

 レイはすぐに魔武具整備課に在庫の有無を確認したが、どうやら向こうも無かったらしく……結果として材料取り寄せに三週間も待つ事となった。

 

 故にレイは、少なくとも後二週間はフレイアの顔を見ずに済むと安心できる…………筈だった。

 

「じゃあ昨日の復習からな。術式構築の基本は魔法文字とその意味を正確に把握する事だ。まずはよく使われる魔法文字十種を――」

 

 此処は八区の中にある小さな私立学校。父親がこの学校の校長と親しかった縁もあって、レイは定期的に魔法術式の構築学を子供たちに教えに来ている。

 今日も教室で年端も行かぬ子供たちに(若干大人ぶって)教鞭を取っているのだが……

 

「せんせー、お姉さんが窓の外からこっちをみてます」

「幻覚です。気にしてはいけません」

 

 視界の端、窓の外に赤髪の不審者(フレイア)が写り込むがレイは必死に目を背ける。

 

『レイー!』

「せんせー、赤いお姉ちゃんがせんせーをよんでます」

「幻聴です。今夜は早く寝ましょう」

『無視すんなー!』

「せんせー、ボインなねーちゃんが手を振ってます」

「妖精さんです。目を合わしたら平穏を持っていかれます」

『レェェェェェェェェイィィィィィィィィィィィィ!!!!』

 

 校庭に生えている木に登って、レイにアプローチをかけてくるフレイア。

 いい加減鬱陶しくなったレイは、無言でコンパスブラスター(銃撃形態)を取り出し、騒がしい猿(フレイア)に向けて引き金を引いた。

 フレイアは「ギャン!」と可愛いらしさの欠片もない声を上げて、木から落ちた。

 

「せんせー、赤いお姉ちゃんが頭からおちましたー」

「大丈夫です、この程度で死ぬ女なら俺は今頃苦労してねぇぇぇ!!!」

 

 レイの魂からの叫びが、悲しく木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 レイの胃は、ひたすらに痛かった。

 

 子供たちへの授業を終えたレイは麻袋を片手に、八区から中央区へと続く道を歩いていた(道といっても簡素な整備の獣道の様な道だが)。

 森に囲まれた道をそのまましばらく進むと、街の中央部への入り口に辿り着いた。

 森に囲まれた八区とは打って変わって整備された街並み。

 石畳で舗装された道を着飾った婦人や馬車が通り抜けていく。

 まだ中央区の入り口にも満たない場所なのに、レイの耳には客をかき寄せようとする商売人の声が自然と届いてくる。

 そして、ふと空を見上げれば大きな翼を広げた魔獣に乗って移動する人間の姿が。隣に目をやれば、自分と身の丈が変わらない魔獣と共に街を歩く人の姿が見えた。

 

 ここがレイの住む街【セイラムシティ】。

 街に住む人々からは『ギルドの城下町』だとか『操獣者の街』と呼ばれる事が多い。

 

 街を歩くと度々嫌悪の視線が向けられている事に気づくレイだが、今に始まった事ではないので気にせず歩いていく。

 今日のレイの目的地はギルド本部である。しかし、此処から街の中央に位置するギルド本部へ徒歩で行くと時間がかかってしまうので、レイは近くまで乗合馬車で移動する事にした。

 乗合馬車の御者に3ブロン分の硬貨を渡してレイは乗り込む。

 馬車の中は人間がぎゅうぎゅう詰めになっていて、息苦しい限りであった。

 無理もない、セイラムシティは貿易が盛んな港町。年がら年中、多くの人が訪れて満員御礼である。骨が軋まないだけ、今日はまだマシだ。

 

 馬車に揺られて目的地に進むレイ。

 後ろからは「ギャウ!」とか「ゲフゥ!」といった聞き覚えのある声と視線が刺さってくる。

 もしかしなくても、馬車慣れしていないフレイアのうめき声だ。

 

 これがレイの胃痛の原因。

 フレイアの()()依頼を受けたは良いが、フレイアはレイを仲間にする事を諦めきれず、この一週間ずっとレイに熱烈なスカウト活動(ストーキング)をしていた。

 最初は直接文句を言いに行っていたレイだが、フレイアの強すぎる粘着故にここ二日程は全力で逃げ続けていた。

 

「次は~ギルド本部前~、ギルド本部前~」

 

 御者のアナウンスが聞こえる。馬車が目的地に到着したのだ。

 馬車の扉が開くと、缶詰状態だった客達が一斉に降り始めた。

 レイもその流れに乗って馬車から降りる。途中、赤い何かを踏んだ気がするが気のせいだろう。

 

 フレイアを撒くように駆け足で向かうレイ。

 目的の建物はすぐ目の前だった。いや、建物と言うよりは城と呼んだ方が適切な程に巨大な建造物であった。

 この城と見間違える程に立派な建物こそが、セイラムシティの心臓部。

 これこそが世界最大の操獣者ギルド【ゴールデン・オブ・ドーン】通称【GOD(ゴッド)】の本部である。

 

 入り口のドアを開けて入ると、すぐそこは受付兼大食堂となっている。

 多くの操獣者達が飯を食いながら己の武勇を語り、チームミーティングをし、はたまた情報交換をするなどして喧騒に包まれていた。

 しかしそんな事はレイにとってはどうでもいい。レイは眉を吊り上げて、ズンズンと歩みを進める。

 

「おや、レイちゃん。何か食べてく?」

「悪りぃおばちゃん、今日は急ぎなんだ」

 

 馴染みである食堂のおばちゃんが声をかけてくるが、今日のレイはそれどころでは無かった。

 レイは迷う事なく『魔武具整備課』と書かれた扉の前に辿り着く。そして一切躊躇う事なく、レイは力一杯に扉を蹴破った。

 

「親方ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 レイの怒号が整備課の部屋に響き渡る。

 突然の事に整備課の整備士達が一斉にレイの方へと視線を向けた。

 その奥からヘラヘラとした表情のモーガンがレイの元に来た。

 

「おうレイどうした? ヒヒイロカネの在庫ならウチには無いぞ」

「どうしたもこうしたもねェェェェェェ! なんつー女を紹介しやがった、ここ一週間ずっとつけてくるんだぞ!」

「よかったじゃねーか、モテ期だぞモテ期」

「脳筋バカ女のストーカーなんざ、こっちから願い下げだ!」

 

 狂犬の如くモーガンに食ってかかるレイ。そんなレイを、じゃれつく子供をあしらう様に扱うモーガン。

 まるでこうなる事を想定済みであったかの様な対応に、レイは心の中で「確信犯だな……」と吐き捨てるのだった。

 

「まさかアレ、親方の指示じゃないだろうな?」

「いんや、俺はただ『しつこいスカウトの方がレイには効くかもな』って言っただけだぞ」

「ほぼ自白じゃねーか!」

 

 ここ一週間フレイアの休みなきストーキング&スカウト活動で碌に休息出来ていないレイの眼には大きな隈ができていた。

 流石に堪忍袋の緒が切れたのか、今日は何時もより強気に苦情を叫ぶレイ。

 

「けどよ~、お前もそろそろ身を固めたらどうだ?」

「だからそう言うのが色々大きなお世話だっつってんだよ!」

「あのな、レイ――」

 

 モーガンは何時になく真剣な眼差しでレイを見る。

 

「フレイアは、お前が思っている程いい加減な気持ちでスカウトしている訳じゃない」

「……」

「アホだけど悪い奴じゃねぇ……一度でいい、俺に騙されたと思ってアイツ信じて――」

「それは裏切らない保証にはなんねーだろ」

 

 諭すような声で語るモーガンに、どす黒い闇を含んだ目で応えるレイ。

 

「どれだけ一方的に信じても、肝心な時に誰も応えてくれないんじゃあ意味ないだろ」

「レイ……」

「それに何度も言ってるだろ、俺は()()()()()()()()()って」

 

 レイの瞳の奥からどす黒いものが見え隠れする。

 モーガンはそれの正体を知っているからこそ、レイに何も言い返せなかった。

 

「必要なのは仲間じゃねぇ…………必要なのは…………」

 

 小さな声で、何かを吐き出そうとするレイ。しかしその直後、レイの視界に見覚えのあるシルエットが写り込んだ。

 瞬間、レイの頭に血液という血液が上り詰めた。

 

「あ、レイ君来てたんだ~。こんちゃーっス!」

「ライラァァァァァァァァァ、お前んとこのバカリーダー何とかしやがれぇぇぇ!!!」

「無理っス」

 

 キッパリと無情な宣告をするライラ。だがこれで引き下がれるレイではない。

 

「無理とかノーじゃなくて、はいかイエスで答えろ」

「いや本当に無理っス。一度姉御にロックオンされたが最後、地獄の果てまで追跡されるっす!」

「じゃあ何か逃走用のスキル教えてくれよ、何か一つくらいあるだろ忍者さんよぉ」

 

 東方の人種の特徴は黒髪くらいしか無いが、こう見えてライラは東の大国に伝わる忍者の血族である。

 操獣者として依頼をこなす際もその忍術を遺憾なく発揮しているのだとか。

 

「それが出来たらボクはずっと前に姉御の追跡から逃れてるっス。勘と匂いで場所が分かるとか忍者形無しっスよ」

「ガッデム! 忍者超えとかふざけんなよ!」

 

 東国の秘術士忍者は不思議パワーで何でもしてくれるはずなのに、それすら超える野生とは……。

 当てが外れたレイは思わず叫んでしまう。忍者は万能ではないのだ。

 

 振り出しに戻ってしまった。どうにかしてフレイアから離れたいレイは頭を抱える……のだが

 

「あ、レイ君」

 

 ライラがレイの後ろを指さすと同時に、誰かがレイの背中をツンツンと突いてくる。

 大丈夫、誰か分っている。だが受け入れたくないんだ。振り向けば、間違いなくヤツが居る。

 だが現実は非常にも人間に牙をむけてくるのだ。

 我々人間に出来る事は、絶対的な死を受け入れる事のみである。

 ならば受け入れよう。現実という凶器を、その身に刻み込もう。

 

 覚悟を決めて、レイは後ろを振り向く。

 

「かむひあ~、レッドフレア~」

 

 そこには満面の笑みで入隊を進めてくる赤い悪魔(フレイア)が居た。

 そうか、これが……この追跡能力こそが、人間が秘める野生なのだな。

 

「神様……俺が何をしたんだ……」

 

 げんなりした表情と力なき声で、レイはそう零すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局その後、ライラとモーガンを(コンパスブラスター片手に)説得(きょうはく)してフレイアを縛り上げてもらったレイ。

 これでしばらくはフレイアの追跡から逃れられると安心したレイは整備課を後にした。

 

 これで本日の要件一つ目が終了。レイは次の目的地に向かうことにした。

 

 ギルド本部の中を歩むレイ。

 世界最大の操獣者ギルドの肩書は伊達では無い。建物には上層部や職員の執務室だけで無く、美味い食堂もあれば派手に暴れても壊れない模擬戦場、童話から魔法専門の書物まで何でも揃った巨大図書館。先ほどまで滞在していた魔武具整備課には個人では絶対に手が出ないような大規模設備があるなど、至れり尽くせりなギルドである。

 だがレイがこれから向かおうとしている場所は、そんな街の誰もが知る華美な場所ではない。

 そこへの入り口はギルド本部の最中央部にある。道中人を避けられる道筋は無い。なのでレイが顔見知り達とすれ違うのも必然であった。

 

「あ、クロウリー君こんにちは」

「はいこんにちは」

「おぉレイ、この間の魔武具整備はマジでサンキューだよ! 調子が良いったらありゃしねー!」

「そりゃよかったな」

「レー君、こんちゃ~。また爆破魔法の術式教えてな~」

「ちゃ~。たまには自分で考えてな~」

 

 顔見知り達が親し気に声をかけてくるが、言葉の意味まではレイの中に伝わってない。レイは面倒くさそうな表情で、適当に応える。

 実際レイにとっては面倒くさい限りなのだ。親しく接触されても困る。

 いや、声をかけてくるだけならまだマシか。

 本当に面倒くさいのは――

 

「おやおや?レイ君~、誇り高きギルド本部に何か御用かな?」

「ここは君のようなトラッシュが来る所ではないんでちゅよ~」

 

 ――こういう輩である。

 大柄で太ましい男が一人と、小柄で骸骨のような細身の男が一人。見覚えのある顔だ、レイが養成学校に通っていた頃の同期だ。

 こうやって絡んでくるのも今日が初めてでは無いので、レイは淡々と対応する。

 

「あぁそうかい、悪いけど今日は急いでるんだ。通してもらうぞ」

 

 レイが二人の男の間を通ろうとすると、大柄な男がレイの肩を掴んで引き留めた。

 

「まぁそう言わないで。同期のよしみだ、少しくらい話でもしようじゃないか」

「マナー知らない君に、僕たちがセイラム流のマナーを教えてあげようと言うんだ」

「ワーオ、そりゃありがたいね。手短に頼むよ、センセイ?」

 

 心底馬鹿馬鹿しい。どうせ下らない因縁なのは分りきっているが、ここで断れば余計に粘着してくると思ったレイは、素直に聞くフリをする事にした。

 だが大柄な男は何も言い始めず、地面を指さすのみであった。

 

「靴ひもでも解けたか?」

「違う違う、マナー講座その一だ。誰かに教えを乞う時はそれ相応の態度を見せねばならない」

「何だ、頭でも下げればいいのか?」

 

 品の無い奴らだと、レイは心の中で悪態をつく。

 早期決着できるなら頭の一つくらい下げてやってもいいかと思うレイだったが、男達の要求は予想の遥か下を突き抜けていた。

 

「靴を舐めるんだよ、薄汚いトラッシュに相応しい物乞いのポーズだ」

「そうだそうだ、人獣以下のトラッシュがすべき正しい姿だ」

 

 レイは大きな溜息を一つついて、心底後悔をした。

 この類に砂粒程でも「品性」というものを求めた自分が馬鹿らしくなった。

 

「あぁ……悪いけど、糞を踏ん付けた靴をエサと間違えて食う習慣は無いんだ。お前らと違ってな」

 

 それを聞いた男たちは、見る見るうちに顔を赤く染め上げていった。

 喧嘩を売って来た相手に、逆に売り返す。

 連日のフレイアによるストーキング被害で、レイは心底機嫌が悪かったのだ。

 

「あとお前らこそ、こんな場所に何の用だ? ここは屠畜場じゃないぞ」

「何だとッ!?」

「ん? 豚小屋と鶏小屋の方が適切だったか?」

 

 男達に向かって「ぶーぶー、クルッポー」と挑発するレイ。

 大柄な男は頭に血が上り過ぎたのか、茹でだこの様な怒り顔を浮かべている。

 

「貴様ァァァ!!!」

 

 大柄な男は怒りに任せて、衝動的にレイに殴り掛かる。

 しかしレイは動じない。男の拳が眼前に迫ってきても、焦りの様子一つ見せなかった。

 浮かび上がった表情は、呆れを含んだどこか黒いものであった。

 そしてレイは、淡々とした様子で小さく「馬鹿が」と呟いた。

 瞬間、レイは眼前に迫っていた男の腕を掴み取り、流水の如く滑らかな動きで男を背負い投げた。

 途中で腕を離された男はそのまま一瞬宙を舞い、頭から床に落ちた。

 

「喧嘩売ってくるのは良いけど……変身無しの模擬戦闘で、お前らが俺に勝ったこと一回でもあったか?」

 

 レイは汚れを落とす様に手をパンパンと叩くと、細身の男の方へ振り向いた。

 

「続けてやるか?」

 

 細身の男は勢いよく首を横に振り拒否の意志を示す。

 こうなっては態々追撃する必要も無い。

 これに懲りて当分は自分に絡んでくれなければ良いのだが……そんな事を考えてレイが立ち去ろうとした時だった。

 

「クソッ、親の七光りが」

 

 瘤の出来た頭を擦りながら大柄な男が吐き捨てた言葉、レイはそれを聞き逃さなかった。

 思わず歩みを止めてしまう。

 

「何だって?」

 

 聞き返すレイに、嘲笑うような態度で大柄な男は続ける。

 

「親の七光り、お情けでセイラムに置いてもらえてるって言ったんだよ! 聞こえなかったのか、ゴミ屑(トラッシュ)野郎!」

 

 それは、レイにとって本気で抜刀するに事足りる言葉であった。

 ならば後は動かすのみ。

 レイは剣撃形態のコンパスブラスターを横なぎに振る。大柄な男が居る場所スレスレを切り裂いたので、男の前には一文字の浅いクレバスが出来ていた。

 レイは男に剣を向けて再び問う。

 

「親の……何だって?」

 

 明確な敵意を瞳に宿して、大柄な男を睨みつけるレイ。

 一方で男は正当防衛の理由が出来たと考えたのか、喜々として腰の剣に手をかける。

 

「あ、兄貴ここじゃ流石に――」

「うるさい! トラッシュ程度に馬鹿にされたままでいられるか!」

 

 細身の男が止めようとするが、大柄な男は頭に血が上りすぎて碌に聞いてない。

 レイと男は共に殺意と狂気を宿して剣を構える。

 制止の声は届くことなく、二人は同時に動き始めた。

 

「こんの糞ブタ野郎がァァァァ!!!」

「トラッシュ風情がァァァァ!!!」

 

 お互い剣を振りかぶり、鍔迫り合いの音が鳴り渡る。もしくはどちらか一方、はたまた両者の身体が剣に切り裂かれ血濡れになる。

 この場に居る全員がそうなると思っただろう。

 しかし結果は、血が流れるどころか剣がぶつかり合う事すらなかった。

 

 男とレイの間に一人の老人が割り入っている。二人の剣は老人の指先によって固く抑え込まれていた。

 いつの間に現れたのか、誰にも彼が二人の間に割って入った瞬間を認識する事が出来なかった。

 それどころか、切り傷一つ作ること無くたった二本の指で剣を掴み取っている。

 レイは何とか剣を動かそうとするが、びくともしない。

 一方で大柄な男は老人の姿を確認すると、先程までの威勢はどこへ行ったのか、顔を青白く染め上げていた。

 

「ふぉっふぉ。怒りに任せて剣を振るうとは、まだまだ青い証拠じゃのう」

「あ、あの……これは、その」

「喧嘩するのは良いが、老い先短い老人の前で若人が命のやり取りをせんでくれ」

 

 大柄な男は力なく剣を離す。後ろで見ていた細身の男も顔を真っ青にして震えていた。

 そんな様子を気にも留めず、レイは老人の指から剣を抜こうと必死にもがいていた。

 

「兄貴、流石に不味いよ」

 

 細身の男の言葉で我に返った男は、剣を放置したまま一目散に逃げて行った。

 

「己の魔武具を置いて逃げるとは、情けない若者じゃのう」

 

 床に落ちた剣を見つめて、呆れ果てる老人。

 その一方でレイは、腰を大きく仰け反らせて剣を抜こうとしている。とても老人の力とは思えない。

 そんなレイの様子を見た老人は、剣を挟んでいた指を唐突に離した。

 突然剣を離されたレイは、そのまま頭から床に落ちた。

 

「ギャス!」

「ふぉっふぉ。まだまだ修行が足りんようじゃのう」

「だからっていきなり離さないで下さいよ、()()()()

 

 愉快そうな声を上げながら、口から顎にかけて生えた真っ白な鬚を弄る老人。

 先程の男達がこの老人に恐れ慄き、逃げ去ったのも無理はない。

 この老人こそGODの長にしてセイラムシティのトップに立つ男、ウォルター・シェイクスピアその人である。

 その老い果てた外見からは想像もできない力の持ち主だが、今年で百歳だと言うのだから本当に想像の向こう側に存在する老人である。

 

 レイは頭にできた瘤を気にしながら起き上がる。

 

「しっかし、レイがここまで激怒するのも久しぶりじゃのう。今回は何言われたんじゃ、言うてみ」

 

 孫を諭す祖父の様な口調で語りかけるギルド長に、レイは不貞腐れた顔で答えた。

 

「……親の七光りだってさ」

「ほぉ~、それはまた久しく強烈なのが来たのう」

 

 色々縁があってギルド長とは割と親しい間柄であるレイ。

 そしてレイの事情を知る側であるギルド長は、男達が口にしたその言葉がどれほど強烈にレイの地雷を踏みぬいたのか、想像するに容易かった。

 コンパスブラスターを仕舞い、服に付いた埃を叩き落とすレイ。

 ギルド長はそんなレイの手を掴み、上着の裾を巻くって見た。

 

「まったく、生傷ばかり増やしおって」

 

 露出したレイの腕には無数の傷跡がついていた。

 定期的にアリスに治療して貰っているとは言え、傷跡までは完全に消えてはいなかった。

 そしてギルド長は、レイの傷の原因を知っていた。

 

「夢に走るのは若人の務めじゃが、身体を粗末にするもんでない」

「目の前に出来る事があったからやっただけです、その結果だから後悔はない」

「お主が悔やまんでも、お主の隣人が悔やむのじゃよ」

「……よく分かんね」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 レイはギルド長の言葉を理解しかねていた。いや、理解する事を拒んだと言う方が正しいだろう。

 とにかく話題を変えたかったレイは懐から取り出した一枚の紙をギルド長に渡した。後で済ます予定だったもう一つの用事。

 

「まぁいいや後で執務室に行く手間も省けたし、はいコレ。例の依頼の経過報告書です」

「おぉスマンのお……してレイ、もう一つの依頼の方は?」

「女湯専用遠隔投影機とか作った日にゃ、ギルド女子に殺されかねないから断ったはずですけど?」

「カァーーーッ!!! そんなもんギルド長権限でどうにもなるわい!」

「そう言って何時も秘書に締め上げられてるだろが、性欲ジジイ! もう少しましな動機で開発依頼持って来い!」

「エロが無くて何が人生かァァァッ!!! つーか、私欲でうっかり大発明をしたドルオタが言えた義理か!!!」

「ナディアちゃんは特別枠です」

 

 一年前。セイラムシティのアイドルこと広報部のナディアちゃんの声を無限再生したい一心で、この世界に録音技術を産み落とした男、レイ・クロウリー。

 

「てかギルド長、仕事はいいんですか?」

 

 仮にも世界最大の操獣者ギルドのマスター。その多忙っぷりは世界有数の者の筈である。

 レイの指摘を受けたギルド長はハッとした表情を浮かべた。

 

「そうじゃ、此処でのんびりしておったらヴィオラの奴に見つかってしまう」

 

 そう言うとギルド長はその場で足踏みを始める。

 

「じゃあのうレイ、無理せんでなー!」

 

 素早い駆け足でその場を立ち去るギルド長。

 レイはその背中を見ながら「あのジジイ、またサボりだな」と呟く。

 恐ろしい事に、GODでは日常の光景なのであった。



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Page07:王獣スレイプニルとテーブル下のスケベ①

 ギルド長の姿が見えなくなったので、レイは当初の目的地に向かって歩みを進めた。

 華やかな施設の数々を抜け通って行くにつれて、徐々に人通りも少なくなっていく。やがてレイ以外に人影は見えなくなっていった。

 

 目的地への入り口がある、ギルド本部最中央区。

 目の前には古びた木製の扉。しかし見た目こそ木製だがその実幾多にも及ぶ複雑な術式の封印魔法がかけられているのだ。

 

 ここはギルド内でも有名な開かずの扉。

 巷では『凶悪な魔獣が封印されている』だとか『ギルド秘伝の古代兵器が隠されている』だとか根も葉もない噂が流れているらしいが、そんな大層なものは無い。

 いや、人によっては大層に思うかもしれない。

 しかし扉の向こうに何があるのかを知る者は、セイラムシティを探し回ってもレイやギルド長などごく少数の人間しかいない。

 

「はぁぁぁ~~~」

 

 扉の前で鍵を出し、ため息を吐き出すレイ。

 フレイアのストーキングだとか、喧嘩だとか、サボりのギルド長だとか……短時間で濃密すぎる内容を経験したレイの心は疲れ切っていた。

 

「何してるの? 早く開けて」

「キュー」

「りょーかーい」

 

 投げ槍に返答したレイは、手に持った鍵で扉を数回叩く。

 すると扉はジクソーパズルの様にバラバラになり、壁の内側へと綺麗に収納されていった。

 

 扉が消えて、向こう側が見える。

 噂に出てくる魔獣だとか兵器だとかそんな物は存在せず、あるのは普通の螺旋階段だけであった。

 この階段の先がレイの目的地である。

 だがここでレイはある事に気が付いた。

 

「レイ、狭いから早く行って」

「ギギキュ」

「……アリス、お前何時からいた?」

 

 後ろを向いて視線を下ろすと、見慣れた銀髪の少女と緑の小魔獣。

 アリスは人差し指を頭につけて、レイの質問に答えた。

 

「ん~、ギルド長と別れたあたりから?」

「心臓に悪いからせめて一声かけてくれ」

 

 追手なんぞはフレイアだけで十分だ。

 幸いアリスは階段の先に何があるかを知っている側なので、見つかった所で何も問題ない(と言うかこの先自体、本来特別隠すようなものでもない)。

 

「キュッキュー!」

「おいおい、そんなに急かすなよ」

 

 アリスの足元にいたロキは、レイ達の間をすり抜けて一足先に階段を上り始めた。

 それを見たアリスは「ほら早く」とレイの背中を押して進むのだった。

 

 長く高く続く螺旋階段。

 最初はレイも上るだけで息切れたものだが、今では涼しい顔で上りきっている。

 それはアリスも同じだ。美しい銀の髪を揺らして、トテトテとレイの後ろをついて行く。

 

 

「……レイ、さっき何言われてたの?」

「んあ、ギルド長の事か?またアホな開発依頼してきたから断っただけだよ」

「その前」

 

 全てを見透かしたかの様な声でレイを問い詰めるアリス。

 レイはしらばっくれようとするが、先手を打たれてしまった。

 

「レイ、絡まれてた……何言われてたの?」

「……そこから見てたのかよ」

「レイが怒鳴ってる声が聞こえた。だから推察」

「……大した事じゃねーよ」

 

 僅かな心配もかけたくないと、無意識に真相を伏せてしまうレイ。

 何かを察したのか、アリスはそれ以上レイを追及しなかった。

 

「…………叱らないんだな」

「叱って欲しかった?」

「いや……少し珍しいなって」

 

 道中、他愛のないやり取りをする二人。

 レイがギルド本部で喧嘩をした事は今までにも何度かあった。その度に怪我をしたり、逆に相手に重傷を負わせたレイに対して、アリスがナイフ片手にレイをお説教するのがお約束の展開だった(ちなみにレイに喧嘩を売って来た相手には、アリスが後でこっそりお仕置きをしている)。

 今回も喧嘩がバレたのでまたアリスからのお叱りがあると予想していたレイだが、どうやらその予想は外れたようだ。無いに越したことは無いのだが、こう急に無くなると何処か寂しさを覚える。

 

 そうこうしている内に螺旋階段の果てに到達した一行。

 小さな踊り場の奥にある扉を開けて目的の場所へと進む。

 

 

 扉を開けると同時に少し肌寒い風が身体を撫でてて行く。

 ここはギルド本部の屋上にして、セイラムシティで最も高い位置の場所である。

 一見すると悩める若人が好んで足を運びそうな場所だが……残念な事に、此処には古くからの住民がいる。

 

「よッ、スレイプニル!」

「レイか……飽きもせず、よく来るものだ」

「こんにちは」

「キュー!」

「ふむ、アリス嬢とロキ殿は久しい訪れだな」

 

 美しい白銀の毛と雄々しき一本の角を生やした、一頭の馬が屋上に鎮座している。

 レイ達の何倍もの大きな身体を持つ、この銀馬の名はスレイプニル。

 セイラムシティでその名を知らぬ者は居ないとさえ言われている、高位の魔獣である。

 

「ほら、差し入れ」

 

 そう言うとレイは持っていた麻袋を開けて、スレイプニルに投げてよこした。

 

「うむ、恩に着る」

 

 投げられた麻袋をタイミングよく口で掴んだスレイプニル。

 袋には大量の栞が詰め込まれていた。全てデコイインクを含んだ物である。

 スレイプニルは袋の中から数枚の栞を取り出し、口の中に含んだ。

 

 基本的に魔獣は人や獣と変わらず動植物を食べて生きていくのだが、魔力(インク)の摂取でも必要な栄養を賄う事ができる。ただしこの方法での栄養補給は効率が良くないので、魔力だけで生きようとする魔獣は滅多にいない。

 とは言え、魔獣にとって魔力は美味なモノに変わりはないそうなので、スレイプニルの様に嗜好品として好んで摂取する者もいる。

 要するに人間で言うところの酒や煙草のような物だ。

 

「あんまし屋上から出て無いみたいだけど、ちゃんと飯食ってんのか?」

「問題無い。必要な時に必要分だけ狩りはしている」

「なら良いけどよ」

 

 そう言うとレイはスレイプニルの隣に腰掛けて、一緒に持ってきていた望遠鏡を取り出した。

 

 望遠鏡越しに街の様子を観察するレイ。

 獣と街を歩く者、井戸端会議に勤しむ婦人達、噴水の前で楽しそうに一服しているカップル。なんとも代り映えしない光景である。

 

「何が見える?」

「ん~~、普遍の体現?」

「……そうだな、何も変わりはしない」

 

 二人には飽きる程、交わし続けた定番のやり取り。

 街は変わらぬ、人は変わらぬ、諦めの感情を含みながらも心のどこかで「もしかしたら」を求めてしまう。

 街を包む変わらぬ平穏。街に響く変わらぬ笑顔。

 誰かの手で守られておきながら、自分だけは永久の平穏を享受できると錯覚しているように見えて、レイはどこか危うさを覚えた。

 

「……スレイプニルには、見えてたか?」

「何をだ?」

「俺の戦い」

 

 望遠鏡を覗きながら、スレイプニルに問うレイ。

 スレイプニルの視力であれば、此処から八区の果てまで見る事は容易い。

 

「あぁ、見えていたさ……ボーツの群れ相手に、随分と無茶な事を繰り返しているようだな」

「辛辣だなぁ。前よりは善戦できてるだろ」

「血まみれで帰ってくるのを善戦とは言わない」

 

 背後からアリスの指摘が刺さる。

 

「それでも前よりは怪我も少なくなってきただろ!」

「確かに、前に比べれば幾分かマシにはなっただろうが……」

「レイ、三日連続両手足複雑骨折は論外」

「頼むから成長したって言ってくれ」

 

 八区で度々ボーツの頻出するようになって早一年と少々。

 最初の頃は十数体のボーツを相手にし、殆ど相打ちのような形で狩っていたレイ。その度に大怪我をして、アリスにお説教をされていたものである。

 

 それはともかくとして。

 レイは望遠鏡で街を覗きながらスレイプニルに問う。

 

「スレイプニル、次は第三居住区辺りに出そうな気がするんだけど……お前はどう思う?」

「我も概ね同意だな」

「やーりぃ。俺の眼も随分鍛えられてきただろ?」

「……」

「これで後もう少し力があったら、スレイプニルも俺に魔力(インク)をくれる気になるんじゃないか?」

「…………まだ、程遠いさ」

 

 評価の言葉が返ってこなかったせいか、不服そうな表情でスレイプニルを睨むレイ。そんな視線を物ともせず、スレイプニルは言葉を続けた。

 

「確かに、技は磨き抜かれた。力も以前と比べれば、随分ついただろう……しかし、お前は少し眼が悪すぎる」

「……どういう事だ?」

「それは自分で考えるのだな」

 

 レイはスレイプニルの言葉の真意を理解しかねた。

 答えの存在しない問い掛けをされたようで、頭が痛くなるレイ。

 しかし、この言葉の向こうに何か大きな成長があるのだという事だけは本能的に理解した。

 

「それからレイ、お前はもう少し勘の鋭さを鍛えた方がいい……主に背後のな」

 

 そう言って屋上の出入口に視線を向けるスレイプニル。

 そんな筈はない、それだけは有り得ない、そう思いながらレイがゆっくりと振り向くと…………

 

「ヤッホー! レイー!」

「神は死んだ」

 

 扉の向こうからフレイアが顔を出して手を振ってきた。

 おかしい、鉄の鎖で縛り上げていた筈なのに。

 

「鎖なら気合で千切った!」

「そっか~」

 

 気合なら仕方ない。

 

「レイ、本当に気づいて無かったの?」

「え?」

「下で扉開けた直後からずっと着けられてたよ」

「直感と匂いで余裕でした!」

「クソッ! この忍者スレイヤーめ! つーかアリスも気づいてたなら教えてくれよ!」

「まぁまぁ、そうカッカしないで」

「誰のセーだと思ってんだ! 誰の!」

 

 あっと言う間に距離を詰めて来たフレイアがレイの眼前現れる。

 これが忍者(ライラ)仕込みのシノビスキルなのだろうか、逃がした件も含めて後でライラに文句を言おうと決心したレイだった。

 

「ところで、こっちの大きな(かた)は?」

「フレイア……お前マジか……」

 

 セイラムシティに住む者として、今のフレイアの質問はこの上なく脱力ものであった。

 だが当のスレイプニルはそんな反応が珍しかったのか柄にもなく笑い声を上げた。

 

「ハハハハハ、こちらから自己紹介をするのは何十年振りか」

 

 そう言うとスレイプニルは立ち上がり、フレイアの方へと向いた。

 

「では自己紹介をさせて頂こう。我が名はスレイプニル、このセイラムの地に陣取る王である」

「王様?」

「そうだ、他者からは【戦騎王(せんきおう)】等と呼ばれる事が多い」

「…………あの、レイさん……いまアタシの耳にスゴイ二つ名が聞こえたんだけど、空耳?」

「空耳じゃねぇよ。スレイプニルは正真正銘ランクA以上の()()だ」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情で口をパクパクさせるフレイア。

 無理もない、【王獣】とはその名の通り王として君臨するだけの力を備えた高ランクの魔獣を指す言葉である。

 普通は遭遇する事はおろか、人間の前に姿を見せる事さえ珍しい存在だ。

 

「フフ、そう畏れなくとも良いフレイア嬢。見たところ君も高位の獣を従えた操獣者ではないか」

「ふへ?」

「炎の香りがする。闘志に……暴魔の気配……年若いが実力を持ったイフリートだな」

「おぉぉ、匂いでそこまで分かるんだ」

「年の功と言うヤツさ」

 

 スレイプニルの答えに「スッゲー」と漏らすフレイア。

 そして何かを思いついたのか、懐から赤い獣魂栞を取り出した。

 

「せっかく王獣に会えたんだ。イフリート、アンタも挨拶しな!」

 

 そう言ってフレイアが獣魂栞を投げると、獣魂栞は赤い輝きを放ち一体の魔獣へと姿を変えた。

 炎の如く赤い体毛に、その獰猛さを体現したかのような鋭利で巨大な二本角。

 剛腕と呼ぶに相応しい筋肉質な腕を地面に着け、獅子の様な顔が咆哮を上げる。

 これがフレイアの契約魔獣。暴炎の魔獣、イフリートである。

 

「グォォォォォォォ!!!」

「違う違う。イフリート、今日は戦いじゃなくて挨拶」

「グォン!!!」

 

 闘争本能が相当強いのか、傍から見てもバトルジャンキーだという事が分かる魔獣である。

 だがフレイアに指示されてスレイプニルの姿を認識したイフリートは見る見るうちに大人しくなってしまった。

 

「ほら、こちら戦騎王のスレイプニルさん」

「…………グオン!?」

「ほう。中々見込みのある獣ではないか……未来の王を争う器だな」

「グ……グ、グオン!? グオグオォォォォォォン!!!???」

「え? 『何気軽に王獣の前に出しやがるんだ、このバカ娘!』って失礼な!」

「いや、イフリートの主張が正しいと思うぞ」

「レイに同じ」

「キュ」

 

 本来魔獣にとって王獣とは畏れ敬うべき存在である。

 故に今のフレイアの行動を分かりやすく例えると、しがない平民を玉座に座る王様の前にいきなり放り出したようなものである。そりゃビビるのも当然だ。

 ちなみにロキも最初は畏まっていたが、最近は馴染んだのか気軽にスレイプニルに接している。

 

 結局、イフリートは全身プルつかせたまま「グォォォォォォォン!」と叫びながら赤い獣魂栞に戻ってしまった。

 イフリートの言葉が分らないレイでさえ、今の叫びが「失礼しましたァァァァァァ!」と言っていたのは何となく理解した。

 

「もぉ~、せっかくヒーローのパートナーに会えたってのに~」

 

 手に持った獣魂栞を前に頬を膨らませるフレイア。

 一方でフレイアの言葉を聞いたレイは微かに反応してしまった。

 

「ほう、よく知っているな」

「名前はね。ヒーローの契約魔獣、最強の戦騎王って!」

「ハハ、そう大層なモノでもない…………手痛い黒星も随分付いてしまったからな」

 

 自嘲気味に自分を評するスレイプニルと、目線を逸らし顔を伏せるレイ。

 そんな空気を知ってか知らずか、フレイアは子供の様に目を輝かせて話を続ける。

 

「じゃあさじゃあさ、スレイプニルってヒーローの話色々知ってるんだよね!?」

「まぁ、そうだな。仮にも契約を交わした仲だからな」

 

 スレイプニルの言葉を聞いたフレイアは一段と目を輝かせ、機関銃の様に質問をするのだった。

 フレイアの質問に快く答えるスレイプニル。その様子をレイは不機嫌な表情で見つめる。

 子供に英雄譚を語るようなスレイプニルの言葉がレイの耳に入ってくる。

 ヒーローの武勇伝がレイの耳に届けば届くほど、レイの心はキリキリと痛んだ。

 

「……レイ?」

「好きにさせてやれ」

 

 アリスが心配げに声をかけてくるが、構わずレイは望遠鏡を覗き込む。

 ただひたすらに耳に意識が行かない様に、街を見つめ続ける。

 心に潜む黒いモノから目を逸らす様に、一秒でも長く音を遮断するように、変わらぬ街の様子を見続けるのだった。



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Page08:王獣スレイプニルとテーブル下のスケベ②

 望遠鏡を覗くのにも飽きてきた頃、レイの腹が音を立てて空腹を知らせた。

 フレイアとスレイプニルの様子を見ると、未だにフレイアの質問攻めが続いており、スレイプニルが律儀に応え続けていた。

 なんだか水を差すのも可哀そうに思ったレイは、アリスに鍵を預けて食堂へと足を運んだ。

 

 

 食堂の喧騒に包まれる中、目の前に運ばれて来たミートボール入りのパスタを食べているとレイの視界に一人の女性が写り込んだ。

 長い髪を一つにまとめ上げ、かけた眼鏡の向こうからはキツそうな印象を受ける吊り目が見える。

 手には手帳とペンを持ち、今にも噴火しそうな青筋を浮かべて何かを探している。

 レイが知っている人間だったが、正直彼女は苦手なタイプなのでレイは目を合わせない様にそっぽ向いた。が、件の女性はレイの姿を見つけたのかツカツカとヒールの音を立ててレイに近づいて来た。

 幸せは向こうから寄って来ないのに、どうして面倒事は向こうから走って来るのだろうか……レイはひたすら疑問に感じた。

 

「お食事中失礼いたします、ミスタ・クロウリー」

「何ら急用でふか……ングッ……ミス・ヴィオラ?」

 

 声をかけてきた女性はギルド長の秘書、ミス・ヴィオラ。

 GODで最も優秀な事務処理能力を持ち合わせた秘書である。

 その優秀さは、彼女一人で約30人分相当の事務作業を難なくこなしてしまう程であり、彼女が居なければGODの事務効率は5割減すると言われている。

 だがその優秀さ故に、彼女に仕事を押し付けたギルド長が執務室から抜け出す事多数。いつもギルド長を探し回っている苦労人でもある。

 ちなみに独身。優秀なのだが、性格キツいビジネスウーマンなせいで何人もの男を取り逃がしてきたと噂されている。

 

「単刀直入に要件を申します、ギルド長を見かけませんでしたか?」

「……いや、屋上から戻ってきてから一度も見てないですね」

 

 ある意味予想通りすぎる要件だったので、少しホッとするレイ。

 

「そうですか、それは失礼しました。ではもう一つの要件を」

「ん?」

「あまり頻繁に屋上に行かれるのも困ります。仮にもあそこは立入禁止という事になっているので」

「ギルド長の許可は得てますけど?」

「そうかもしれませんが、頻繁に出入されると他の者に示しがつきません。戦騎王の契約者ならいざ知らず、無関係の者が入り浸るのは感心しかねます」

 

 余計な一言が聞こえたせいか、レイはムッとした表情で言い返す。

 

「文句なら許可出したギルド長に言ってくれ。後、スレイプニルの契約は絶対にもぎ取ってやるかんな」

「……貴方も諦めの悪い人ですね」

「悪いか?」

「いえ、貴方の様な夢追い人はこの街では珍しくもないので」

 

 遠回しに「馬鹿」と言われて内心腹を立てるが、レイは必死にそれを抑え込む。

 

「夢に憧れて盲信する馬鹿に比べたら、自分の方が随分マシだとは自負しているけどな」

「似たようなモノだと思いますけどね……では、私はこれで。早急にギルド長を連れ戻さないといけませんので」

 

 言いたい事だけ言って、ヴィオラはその場を後にした。

 ムカっ腹が立っていたレイは、去り行くヴィオラの背中に向けてこっそりと中指を突き立てるのであった。

 

 ……ヴィオラの姿が見えなくなった事を確認するレイ。

 食堂から出ていく姿も確認したレイは、テーブルの下で丸まっているソレに軽く蹴りを入れた。

 

「アウッ!」

「怖~い秘書さんは居なくなりましたよ、ギルド長?」

「ふぉっふぉ、スマンのう。じゃがもう少し丁寧に扱ってくれんかのう」

「サボり常習犯のギルド長には相応しい対応かと?」

「お主は言えた義理じゃなかろうに」

 

 ブツブツ言いながらテーブルの下からギルド長が姿を見せる。

 実はレイがテーブルに着いた段階で既に潜んでいたのだ。

 

「つーか、テーブルの下で何やってたんですか?」

「決まっておる……アレじゃ」

 

 そう言ってギルド長が力強く指さした先をレイは見る。

 指さした先には、食堂の若い女性店員達が見えた。

 

「あの艶肌! あの桃尻! 見ているだけで寿命が延びるとは思わんかね!?」

「仕事サボってまでガールウォッチかよ、このエロジジイ!?」

 

 しかしそれではテーブルの下に潜んでいた理由が分らない。

 レイがその件についてギルド長に聞くと……

 

「決まっとる、ワンチャンパンツが拝めるかもしれんじゃろ」

「今すぐ執務室を地下牢に移しやがれ、セクハラジジイ!」

「カァーーーッ!!! 女子からの叱責が怖くてエロを探求出来るかァ!!!」

 

 ちなみにこれが初犯では無いからか、食堂の女の子のスカートの中は鉄壁の守りで隠されている。苦労したんだろうな……。

 サボり癖と女好きにさえ目を瞑れば、これでも歴代有数の超有能ギルド長だと評されているのだから、世の中分らないものである。

 

「フンッ!!!」

「あ、こりゃ! 何をする!?」

 

 一先ずギルド長のスカート覗きだけは阻止する為に、レイはギルド長を(無理矢理)椅子に座らせた。

 

「あぁぁぁ、おパンツ様がぁぁぁ……」

「アンタは便所で自分の下着でも見てろ」

 

 不服そうな表情のギルド長を睨んで黙らせるレイ。

 そこでふと、レイは先日の事を思い出した。

 

「そう言えば、ギルド長」

「ぐすん、なんじゃ?」

 

 完全に涙目のギルド長だが、同情の余地は無いのでレイは話を続ける。

 

「この間引き渡した中毒者(ジャンキー)、アイツどうなったんですか?」

「あぁあの男か、囚人用の救護室でまだ治療中じゃな。意識が戻らん事には何にも聞き出せんから、特捜部の奴らがヤキモキしとるわい」

「あぁ、運ぶ最中に散々揺らしたのに一度も起きなかったから、もしやとは思ったけど……やっぱり長期服用者だったか」

「そうらしいのう。まったく、年若いもんが一時の快楽の為に薬に手を出すなんぞ、情けない限りじゃ」

 

 眉間にしわを寄せてため息をつくギルド長。

 魔僕呪の長期服用者が昏睡状態になるのは、そう珍しい事では無い。むしろ命があるだけまだマシと言うものだ。

 今まで魔僕呪の服用者は何人も捕まって来たが、短期服用者は皆末端の末端売人から購入しているので大元には辿り着けず。長期服用者は皆中毒症状による昏睡か死かのどちらかである。

 

「一先ずは所持品と服装から商船で働いとった若手という事は分かっておる。今はその筋から調査しとるんじゃが……これが全然尻尾を掴めんでのう」

「結局は治療結果待ちってやつですか……ギルド長、起きたらキツめに尋問してやって下さいね。アイツのせいでエライ目に会ったんだからな!」

「ほほ、そう言えばそんな報告をしとったのう」

 

 愉快そうにギルド長が笑うが、レイは全く持って愉快では無かった。

 

「しかしのうレイ」

 

 突然。ギルド長は笑みを消し、真剣な眼差しでレイと向き合う。

 

「ようやった。被疑者を守っただけで無く、居住区にボーツが行かんよう戦ったそうじゃないか」

「……別に好きでやった訳じゃないです。男に死なれても困るし、ボーツが居住区に来たらもっと面倒――」

「それじゃよ」

「……」

「どれだけ勇猛の言葉を並べる強者がおっても、他者の為に一歩を踏み出せる者には決して敵わん」

「はぁ、結果的には殆どフレイアの活躍でしたけどね」

「だとしてもじゃ。お主が最初に戦おうとしなければ、フレイア君が間に合う事は無かった。お主が戦い作り出した時は、間違いなく勇気ある時じゃった」

「…………なら結局、俺は弱いままですね」

 

 レイの中にどす黒いモノが蠢き、眼に濁りが出てくる。

 

「必要なのは力なんですよ……全部倒して、全部背負える、そう言う力が……」

「……レイ……」

 

 レイの様子に若干の困惑を覚えるギルド長。

 だがギルド長はすぐに、レイの闇の正体を理解した。

 

「まったく……要らぬ所ばかり似おって」

 

 やれやれと言った様子で呆れるギルド長。

 レイを見るその眼には、彼の闇に関係する者の面影が重なっていた。

 

「お主は些か、眼が悪い」

「……アンタ達よりは、良い眼を持ってるって自負してるよ」

「見方を変えれば……そうやもしれぬな。じゃがのうレイ」

 

 ギルド長はビシッとレイの眼の前に一本指を立てる。

 

「道も光も一つでは無い。一度立ち止まって隣を見てみてはどうじゃ?」

「……そんな余裕無いですよ。俺は、人より劣り過ぎた……他の奴が十歩進む時間で、俺は一歩進めるかどうかすら分からない。だったら多少の無茶くらいしないと、夢が離れて行くんですよ」

「そうしてまた、怪我を繰り返すのか?」

「……それしか道が見えないから……」

「強情じゃのう」

 

 そう言うとギルド長はポケットから一枚の紙を取り出す。

 先ほどレイがギルド長に渡したメモだ。

 

「いつもこのメモ用紙くらいは、友を信じてやって欲しいもんじゃがのう」

「そう言うのは必要ないです。後、そのメモは緊急性が高めだから――」

「解っとる解っとる。ちゃんと巡回の操獣者に通達済みじゃ」

「なら良いんですけど……」

「そしてお主はもう少しレディに優しく生きてみたらどうじゃ?聞いとるぞ~、中々ええ乳した娘からラブコールを受けとるって」

 

 突然の言葉に思わず吹き出すレイ。

 

「は!? ラブコール!?」

「しっかし、アリス君だけでは無くもう一人娘を侍らすとは……中々ヤル男じゃのう」

「勘違い!!! それ絶対盛大な勘違いだから!!! 俺は専属整備士のスカウトしか受けてねぇぇぇぇ!!!」

「専属……整備士 (意味深)じゃとッ!? ……それはあんな所やこんな所を整備して、ハァンッ!? ……最近の若者はマニアックなプレイをするのう」

 

 よし制裁しよう今すぐしよう方法はどうしよう。

 間抜けな衝撃顔を晒しているギルド長を見て、レイの中で「尊敬の意」の文字が粉々に砕け散った。

 どうやって目の前の色ボケジジイを懲らしめようか考えていると、レイの視界にある人物が写り込んだ。

 その人物を見つけるや否や、レイは無意識に右腕を高く上げて、そのままゆっくりゆっくりとギルド長の頭上を指さした。

 

「そうして貴方専用に整備された私を~~……って、何じゃレイ。その指は?」

「ギルド長、お迎えの時間です」

「ふぇ?……グフォウ!!!」

 

 突然背後から首根っこを掴まれたギルド長。

 ギルド長の背後にいる人物、レイがギルド長の位置を伝えた相手であるヴィオラが居た。

 

「探しましたよ……ギルド長」

「ヴィ、ヴィオラ!?これは、その」

 

 無表情ながらも、ヴィオラが放つ怒りを肌で感じ取ってしまうレイ。

 そうとう長いこと逃げ回っていたのだな。

 

「ご協力感謝します。ミスタ」

「いえいえ」

「さぁ執務室に戻りますよギルド長!仕事は山の様に積み上げられていますので!」

 

 ギルド長の首根っこを掴んでズルズルと引きずって行くヴィオラ。

 この光景も別段珍しいものでは無いので、食堂の者たちは誰も気に留めない。

 

「何故じゃぁぁぁぁぁぁ!? レイ、何故ワシを売ったァァァァァァァァァ!?」

「俺がサボっても困るのは俺だけですが、貴方がサボるとギルドと街が困ります。なら仕事をサボっている貴方を秘書さんに引き渡すのは、善良な市民として当然の義務です」

 

 笑顔でそう答えるレイに、ギルド長はただ「ノォォォォォォォォォン!!!」と叫ぶのみだった。

 ヴィオラに引きずられ、あっという間に姿を消したギルド長。

 レイは特別同情の念は感じなかったので、そのまま大人しくパスタを食べ続けるのであった。



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Page09:たわわとペタンと刺さる悪意

「見つけた!レェェェイィィィィィィ!!!」

 

 ギルド長を見送り食事を終えたと思った矢先に、レイの耳にフレイアの叫び声が聞こえてきた。

 頬を膨らませて両腕を上げて、プンプンと擬音が見えそうな顔をしている。

 

「もーー、仲間を勝手に置いてくなよーー!」

「そのまま戻らなくても良かったし勝手に仲間認定するな」

「いーじゃんかー! 一緒にヒーロー目指そうよー!」

「ッ!?」

 

 この街では決して珍しくもない誘い文句。

 意訳すれば「頂点を目指そう」と言うニュアンスで使っているのだろうが、レイにとっては心をザラつかせる以外の意味を持ち合わせていなかった。

 

「……嫌だ」

「え~何でさ~」

「簡単な話だ。俺はお前みたいな夢見がちで口先だけは一流の人間が嫌いだからだよ」

「いーじゃん、どうせ叶えるんだし」

「は?」

「夢は叶えるから夢なんだよ。みんなで一緒なら更に倍速でドン!」

 

 曇りない眼で語るフレイアを前にレイは呆れ果ててしまう。

 どれだけ足掻いても、夢の方から離れてしまう事もある。それを知っているレイだからこそ、フレイアの言葉が戯言にしか聞こえなかった。

 

「と言う訳で〜〜、仲間になって」

「嫌だ」

「……どうしても?」

「断る」

「ヤーーーダーーー!!! 仲間になってくれなきゃヤーーーダーーー!!!」

「えぇぇぇい、くっつくな! 駄々っ子かお前は!」

 

 駄々をこねてレイの腕にしがみつくフレイア。

 レイは鬱陶しそうに腕を振るうが、年頃の娘が抱き着いている腕を振ればどうなるかは大体予想出来るのでありまして……

――むにょん。ふわん。――

 

「~~~~ッッッ///」

 

 レイの腕を挟みながら潰れる二つの果実。

 オレンジだとかレモンなど比ではない。これはメロンだ、それも羽毛の様に柔らかな果肉が詰まった甘美すぎるメロンだ。

 そんなたわわメロンちゃんが今、レイの腕の上でコネコネと形を変えている。

 17歳思春期童貞には刺激が強すぎる光景だった。

 

「……ほほ~う」

 

 赤面するレイを見て、何かを察した表情をするフレイア。

 いや、正確には悪巧みをした表情が正しいか。

 

――むにゅぅぅぅぅん――

 

 意図して押しつぶされるビッグメロン。

 レイの鼻の血圧は急激に上昇していた。決壊まで秒読みである。

 

「おまッ! フレイア、押すな! 引け!」

「いいや、引かないね! ライラから聞いたことがある、東国のくノ一は男を仲間にする為に『ぼーちゅーじゅつ』なる方法を使うとか!」

 

 キラキラお目々と発音で解った。コイツ房中術をちゃんと理解してない。

 

「……フレイア、房中術って何か解ってるか?」

「イケイケスキンシップで男仲間ゲット!」

 

 ライラさん、お仲間の性教育はしっかりとお願いします。レイはそう思わずにはいられなかった。

 それはともかく。

 今はこの無知無知ハニートラップを何とかしなくてはいけない。

 

「はーなーれーろー!」

「いーやーだー!」

 

 フレイアの頭を掴んで引きはがそうとするレイと、抱きついて抵抗するフレイア。

 何とか腕に意識が向かない様に努力するレイだが……哀れ思春期男子、鼻の下は延びていた。

 必死に抵抗するレイ。腕を挟んでいるロマンスメロンに未練は無い。

 

 レイがフレイアと攻防を繰り広げていると、レイの背中をチクチクと何かが刺さって来た。

 

「……レイ、何してるの?」

 

 振り向けばアリスが居た。フレイアが下りて来たのだ、一緒に屋上に居たアリスが下りて来るのは当然の事なのだが。

 二つ、当然とは言い難い事がある。一つはアリスが手に持ったナイフでレイの背中をチクチクした事。もう一つは、アリスの眼に光が灯っていなかった。

 

「鼻の下を伸ばして……何してたの?」

「ア、アリス……これは、その」

「勧誘の為の『ぼーちゅーじゅつ』!」

「お前ちょっと黙ってろ」

「…………へぇ」

 

 アリスの眼から更に光が消える。最早光を通り越して闇とか深淵とかそう呼ばれる類のモノになっている。

 圧が……圧がすごい。

 方やブリザードと形容しても差し支えないアリスの眼とオーラによる圧。

 方や幸せプリンちゃんと形容しても差し支えないフレイアのたわわによる圧。

 正の圧と負の圧、二つの圧の狭間でレイは死にそうになっていた。

 

「房中術……へぇ……そういうのが好きなんだ……」

 

 表情はいつも通りの無表情だが、明らかに全身から出てはいけない闇が溢れ出ているアリス。

 気が付けば周囲から人が消えている上に、なんだか気温まで下がったように錯覚するレイ。

 そして全くそれらを気にしていないフレイア。

 

「アリス、これは決して俺の趣味とかそんなのでは無いゾ。むしろ今こうして引っぺがすのに苦労している最中なんだゾ」

「腕裂かなくても大丈夫?」

「大丈夫です! すぐ剥がします! だから裂かないでぇぇぇぇ!!!」

 

 底無き深淵の眼でプレッシャーをかけられたレイは恐怖におののいていた。

 グイグイとフレイアの身体を剥がそうとするが、押せば押す程フレイアも抵抗して強く腕を圧迫してきた。

 

――むにゅにゅんんんん――

――ブツン!!!――

 フレイアが(無自覚に)追撃と言わんばかりに、レイの腕にたわわを押し付けた瞬間、フレイアを除く食堂の者達とレイの耳に何か切れてはいけない一線が切れた音が聞こえた気がした。

 

「…………フレイア、レイから離れて」

「えぇ、今勧誘活動の途――」

 

――ヒュン!!!ガスン!!!――

 途中と言い切る前に、フレイアの頬を高速で飛来したナイフが掠めて行った。

 薄皮が切れたフレイアの頬から、少量の血が滲む。

 振り向くと、フレイアのちょうど真後ろにあった柱に一本のナイフが突き刺さっていた。

 

「レイから離れて」

「あ……あのぉ、アリスさん?」

 

 突然の事に身体が硬直したフレイアが、抱き着いた態勢でアリスを問うが…………

 

――ジャキン!――

 

「次は、耳を落とす」

「はい離れました! 今離れました!」

 

 両手の指全てでナイフを挟み込んで凄むアリス。

 圧倒的負の感情を含んだ眼とナイフで凄まれては、流石のフレイアも顔面蒼白である。フレイアは両腕を上げて、残像を残す勢いでレイから離れた。

 アリス・ラヴクラフト、GOD所属の救護術師だがその特技はナイフ投げである。

 

「と、とりあえず一安心……か?」

 

 フレイアが居なくなって軽くなった腕を回しながらレイはつぶやく。

 さて、フレイアが片付いたら次はアリスだ。

 

「あ~~、アリス。とりあえずそのナイフ仕舞おうか。物騒すぎてフレイアが小鹿みたいになってる」

 

 そう言ってレイが指さした先では、生まれたての小鹿の如くフレイアが全身をプルプルさせて怯えていた。

 しかしアリスは一向にナイフを仕舞う気配を見せない。

 

「…………レイ?」

「なんだ?」

「大きいのは……気持ち良かった?」

 

 レイにナイフを向けながら淡々と問うアリス。

 正直気持ち良かったです。だがここで本音を漏らせば命が無い。

 

「レイ?」

「ノ、ノーコメントで、お願いします」

 

 童貞少年は嘘がつけなかった。

 そんなレイをアリスはジーっと見つめ続ける。無言の圧を前にレイの心拍数は急上昇していた。

 

「…………」

 

 無言でナイフを仕舞うアリス。

 レイがホッとしたのもつかの間、アリスは突然レイの手を掴み、そして…………

――ふにゅ――

 …………自分の胸に強引に押し当てた。

 

「ッッッッッッ/// ア、アリ、アリスさん!?」

「房中術が、いいんだよね?」

 

 レイの手をグリグリと自分の胸に押し当てるアリス。

 女の子の胸を合法的に触れるという字面だけ見れば魅惑のシチュエーション。しかし悲しいかな、先程の豊満メロンと比較してしまうとアリスの胸はせいぜいサクランボの種粒。絶壁もいいところである。

 しかしながら絶壁なりに女の子の柔らかさは有る訳でして。レイの思春期ハートを刺激するには十分な威力を持っていた。

 

「アリスも……その気になれば……」

 

 何やらブツブツと呟いているアリス。

 

「あのさ~、アリス。とりあえず手を離してくれると――」

 

 嬉しいのだが、とレイが言おうとした瞬間。

 アリスはレイの顔を見上げて、こう言った。

 

「鼻の下……伸ばさないんだ」

「…………」

 

 どうやらフレイアの時と反応が異なるのが相当不服らしい。

 不味い、このままではアリスのナイフで腕が裂かれてしまう。なんとかして機嫌を治さねばならない。

 

「アリスのじゃ……ダメかな?」

「そ、そうでもないと思うゾ」

「…………ホント?」

「ホントホント。その、アレだ。とってもスレンダーで魅力的だと思います」

 

 物は言いようである。

 何だかんだレイの答えに満足したのか、アリスは小さく笑みを浮かべた。

 

「そっか……魅力的、か」

 

 レイの手を離すアリス。その全身から放たれていたプレッシャーが徐々に消えていくのをレイは肌で感じていた。

 ほんのりと顔を赤らめているアリスを見て、レイは素直に可愛いと思うのだが……懐に大量のナイフを仕込んでいるとあってはトキメキも糞も無い。

 

「死ぬかと思った死ぬかと思った」

「言っとくけど九割方お前のせいだからな」

 

 床にへたり込んで震えるフレイアに対して苦言を呈すレイ。

 アリスが完全に鎮静化したのを確認したレイは、一先ず危機は去ったと判断した。

 

 一山去って気が緩んだせいか、レイの耳に騒がしい声が聞こえてくる。

 いつもの食堂の喧騒とは違った騒ぎ声が気になり、レイが辺りを見回すと出入口付近に人が集まっている様子が目に入った。

 

「おや。レイ来てたんだ…………って、なんでフレイアはへたり込んでるの?」

「色々あったんだ、深く追求はしてやらないでくれ」

「オーケィ。またフレイアが何かやったんだね」

 

 アリスやレイ達の様子を見て何かを察したジャックは、それ以上追及する事は無かった。

 一方レイは人だかりの正体が気になって目を凝らして見る。

 人だかりは老若男女入り乱れているが、殆どの者にある共通点があった。

 

「剣の金色刺繍……グローリーソードの奴らか」

「あれ、レイ知ってて来たんじゃないの?」

「何がだよ。つか俺がアイツら苦手なの知ってるだろ」

「あぁ、そうだったね」

 

 近年チームを組む操獣者の数は増加の一途を辿っているが、それはGODも例外ではない。世界一の操獣者ギルドの肩書は伊達では無く、ギルド内に存在するチームの数も相当数に上る。

 故に、チームの名を上げた時の利益も莫大なものだ。有名なチームの公式グッズなどは販売開始後即完売当然である。

 そう言う時に象徴兼肩書として機能するのがチームシンボルである。

 例えばフレイアのチーム、レッドフレアであれば炎柄のスカーフ。今話題に出て来たグローリーソードであれば剣の金色刺繍が入った衣服等々。チーム所属者はチームシンボルを身に着けて活動するのが通例なのである。なのでギルドに関わる人間はチームシンボルを見れば何処のチーム所属かがすぐに分かるのだ。

 

「ふぇ~~、アレもしかして全部同じチームの人?」

「刺繍入ってる奴らはな」

「いーなー、仲間いっぱいで。頼んだら一人くらい分けてくれるかな?」

「止めとけ止めとけ。アイツら数と肩書ばっかで、中身は馬の骨がほとんどだ」

「あぁ……ここ最近のグローリーソードは特にだね。GOD最大規模の操獣者チーム。幹部は実力者揃い、高難易度の依頼も数多く達成してきて実績はあるんだけど、下部メンバーの素行の悪さが目立つチームだね」

「アリスもよく知ってる。偉そうに文句ばっか言うから、救護術士の間でもあまり評判は良くない」

 

 露骨に嫌悪感を出すアリス。普段感情をあまり表に出さないタイプなので、レイは「珍しいな」と呑気に考えていた。

 

「正直あんまり関わりたくないんだよな~」

「でもチームリーダーは人格者なんだよね。レイ、君もよく知ってる人だ」

 

 頭の上に疑問符を浮かべるレイ。

 次の瞬間、人込みから大きな歓声が沸き始めた。

 

「隊長、おかえりなさいませ!」

「支部局長の任、ご苦労様です!」

「ありがとう。とは言っても定期報告に来ただけだから、またすぐに戻るけどね」

 

 歓迎する人込みの奥から、眼鏡をかけ白い手袋を着けた物腰の柔らかそうな男性が姿を現す。

 

「……あの人は……」

「キース先生さ。レイも養成学校の時に授業受けてただろ」

「(ほとんど聞いてなかったけどな)」

 

 グローリーソードの面々に歓迎されている男性をレイはよく知っていた。

 キース・ド・アナスン。レイやジャック達が通っていた操獣者養成学校で教鞭を取っていた人物だ。担当科目は魔法術式構築論。教科書の内容を二カ月でマスターしたレイにとっては退屈過ぎる授業だったので、ほとんど聞いている振りだけをしていた。

 

「つーか、グローリーソードのリーダーってキース先生かよ」

「そうだぞ。レイ知らなかったのか?先生と仲良かったのに」

「術式構築の意見交換を何回かしただけだ。特別仲が良い訳じゃないし、親が知り合いだった縁で話しかけられたんだよ」

 

 ジャックとレイがそんなやり取りをしていると、人込みの中から出て来たキースがこちらにやって来た。

 

「おやおや、やっぱり。レイ君じゃないか!久しぶりだねー、卒業式の時以来か」

「……お久しぶりです。キース先生」

「先生、僕もお久しぶりです」

「おぉルイス君! 君とは離任挨拶の時以来だねー」

「……離任?」

「あぁ。レイが飛び級卒業した直後に、オータシティの支部局に異動になったんだ」

「ハハ、まだまだ未熟者だと言うのに大任を任されてしまったよ」

「いやいや、支部局長ってなれるだけでも相当なエリートですよ」

 

 GODは世界各地に支部局と言うモノを持っているのだが、ジャックの言う通り支部局の長に任命されるのはほんの一握りのエリートだけである。

 故に、支部局長の肩書はセイラムにおいて非常に強力な物として認知されているのだ。

 ここまでの話を聞いてレイは一つの納得をしていた。

 

「(なるほどね……支部局長がチームリーダーって看板を掲げれば、ピンからキリまで人材が山ほど集まるのも当然ってヤツだな)」

 

 実際チーム:グローリーソードの規模はGODの中でも最大である。所属する操獣者の質こそピンからキリまで様々だが、結論だけを見てしまえばその実績はギルドの中でも上位に入る。

 

「おや。レイ君の後ろに居るのは……」

「ん?アリス?」

「…………」

「アハハ……相変わらず嫌われてるみたいだね」

 

 レイの背中に身を隠し、キースと目を合わせないようにするアリス。

 養成学校に入学した直後からずっと、何故かアリスはキースにだけは拒否反応を示していた。

 

「いーなー仲間いっぱいのチームで」

「おや、君は初めましてだね」

「チーム:レッドフレアリーダー、フレイア・ローリング! ヒーロー目指して頑張ってます!」

「元気な子だなぁ、これはギルドの未来も明るいね」

 

 有名なチームの長に褒められたからか、照れくさそうに喜ぶフレイア。

 時たま鼻を動かしては奇妙な表情を浮かべるが、誰もそれを気に留めなかった。

 

「……でも、少し安心したよ。レイ君に友達が出来たようで」

「いや、別にこいつらは友達じゃ――」

「お父さんの事もあったからね。色々と心配してたんだよ」

「――ッ!」

 

 キースの言葉を聞いて、レイは思わず歯ぎしりをする。

 それを見たキースは、自分がレイの逆鱗に触れた事を自覚した。

 

「……どの口がッ!」

「すまない、気に障ってしまったのなら謝るよ。あの時、君のお父さんを助けられなかったのは全て我々の責任だ。どうやっても償う事は出来ないと重々承知しているよ」

 

 苛々が頂点に達したレイがキースを強く睨みつけた次の瞬間、キースの部下達チーム:グローリーソードの面々が様子を見に来た。

 

「隊長、何をしてるんですか?」

「む、彼はトラッシュの……」

「我がチームの隊長に、トラッシュ風情が何の用だ」

 

 レイの姿を確認した途端、グローリーソードの操獣者達は隠すこと無くレイを蔑み始めた。

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、話しかけて来たのはアンタらの隊長だからな」

「フンッ、どうだか」

「トラッシュ如きが吐いた言葉を信用しろと?無いね、それは無い」

「隊長、トラッシュなんかに構う必要は無いですよ。こんな恥さらしのゴミに関わっては生物としての品位を損ねてしまいます」

 

「ッ!!! お前らなァ!!!」

 

 レイに好き勝手罵詈雑言を投げつけるグローリーソードの面々を見かねたジャック。

 感情的に怒鳴りつけようとするが、レイによって静止されてしまった。

 

「レイッ! なんで!?」

「相手するだけ無駄だ……ここはそう言う街だ。後アリス、お前もナイフ仕舞え」

 

 レイの背後でナイフを構えていたアリスは渋々といった様子で構えを解く。

 レイは何処か濁った眼で、キースを見据える。

 

「どうやら、俺が居ると都合が悪いみたいですね」

「レイ君……違うんだ、これは」

「安心して下さい、トラッシュはサッサと消えますよ」

 

 そう言うとレイは出口に向かって静かに歩き出した。

 

「レイ!」

「悪い、一人にさせてくれ」

 

 ジャックがレイを呼び止めるが、レイはそれを拒否して歩みを進める。

 

「ゴミが、最初からそうすれば良いものを……」

「行きましょう隊長。トラッシュだけではありません、トラッシュに関わる輩など碌な者達で――」

 

――弾ッッッ!!!――

 碌な者達では無い。一人の男がそう言い切るより先に、小さな魔力の弾丸が男の頬を掠めて行った。

 弾の軌道を辿ると、上半身を振り向かせて銃撃形態にしたコンパスブラスターを構えたレイが立っていた。

 表情は無い。だがその瞳の奥には、静かに怒りの感情が浮かび上がっていた。

 

「…………悪い、誤爆した」

 

 そう言い残すとレイはコンパスブラスターを仕舞い、再び出口へと歩き始めた。

 一方、レイの銃撃を掠めた男はその場でへなへなと崩れ落ちて、足元には異臭の漂う水溜りが出来上がっていた。

 

 ジャックとアリスは、去っていくレイの背中をただ見る事しか出来なかった。

 だが、たった一人。フレイアだけは違った。

 

「レイ!」

「あ、フレイア!?」

 

 ギルド本部から出ていくレイを追いかけて、フレイアもギルド本部を後にした。



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Page10:ありがとうとトラッシュと最悪の開花

 ギルド本部を出て、馬車に乗る事無く、ただフラフラとセイラムの街を歩き続けるレイ。

 

「…………モヤモヤする」

 

 レイの心はただひたすらにモヤモヤしていた。

 先程の様にトラッシュと罵られる事自体は別に珍しい事でもなく、レイ自身も当に慣れてしまっている。

 だが今日は違う。最後にグローリーソードの男が放った言葉。レイではなく、その周りの人間を罵倒したあの言葉が、レイの心に言い表しようの無い後味の悪さを残していた。

 

「もっと……強くならなきゃな…………もっと……」

 

 濁り切った眼でそう呟きながら進むレイ。

 すると後ろから忌々しくも聞きなれた声が聞こえて来た。

 

「レーーーイーーー!!!」

 

 レイを追って来たフレイアだ。

 いつもなら全力疾走で逃げる所だが、今のレイにその気力は残っていなかった。と言うか、しつこすぎて最早力尽くで引き離す事を若干諦めていた。

 一先ずレイは立ち止まって、フレイアの相手をする事にした。

 

「……なんだよ。一人にしてくれって言っただろ」

「一つ伝えたい事があって」

「あん、仲間にはなんねーぞ」

「違うよ~」

 

 では何を伝えたいのか、レイには皆目見当がつかなかった。

 フレイアは真っ直ぐな目でレイを見、それを伝える。

 

「ありがとう」

「…………は?」

「さっき。ジャックとアリスがバカにされた時に、怒ってくれてありがとう」

「礼を言われるような事をした覚えは無いんだけど」

「そんな事ない。仲間がバカにされたんだ、ホントだったらチームリーダーのアタシが怒るべき場面だったのに、レイにそれを任せちゃった……だから、ありがとう」

 

 レイはむず痒さを感じた。人に罵倒される事は多々あれど、こうして感謝の言葉を言われるのには慣れていなかった。だからこそ、こう言う場面ではどの様な対応がベストなのかもレイには分からなかった。

 

「……そうか」

 

 素っ気無い返事だけを残して再び歩き始めるレイ。

 その後ろをフレイアがトコトコとついてくる。

 

「ついて来るなよ」

「いーじゃん、仲良くしようよ!」

 

 フレンドリーに接してくるフレイアだが、レイにとっては鬱陶しい事この上なかった。

 やはり何処か適当な場所で巻くべきか、レイがそう考えているとフレイアの方から質問が飛んできた。

 

「ねーレイ。ずっと気になってたんだけどさぁ、()()()()()ってなに?」

 

 こいつ解ってなかったのか……レイは心の中で少し呆れた。

 

「……よい子は知らなくていい言葉だ」

「教えて」

「意味は分からなくても、レイがバカにされてるってのは分かる。アタシはそういうの我慢できないの」

 

 いつになく真剣な表情で訴えるフレイア。

 

「はぁ……トラッシュってのはな、要するに魔核が無い人間の事だよ」

「魔核が無いって……それだけ?」

「大事な事だ、特にこの街ではな」

「?」

「セイラムは良くも悪くも操獣者の街だ。魔獣と契約して操獣者になる事があたり前であり普通の世界。操獣者である事が至上であり絶対って考えてる奴も多いんだよ」

 

 具体的には先程のグローリーソードの面々がいい例だ。あれは決して彼らが特別歪んでいるのでは無い。彼らと同等の考えを持つ者は街にも、そしてギルドにも少なからず居るのだ。

 

「底辺操獣者にもなれない産業廃棄物以下のゴミ、だからトラッシュって言うんだ」

「……なに、それ」

 

 レイの説明に絶句するフレイア。恐らくはセイラムシティの光の部分ばかり見て来て、暗部には触れた事が無かったのだろう。

 夢を壊して申し訳ないがこれも現実だ、この流れで大事な忠告もしようとレイは話を続けた。

 

「いい機会だからこれも言っておく。この街で蔑まれるのはトラッシュだけじゃない、トラッシュに関わる人間も漏れなく侮蔑の対象だ」

「もしかして……仲間にしても得が無いって……」

「そういう事だ。さっきの奴ら見ただろ、俺を仲間にしたところでチームにはデメリットしかない。剣ならちゃんと作ってやるから、あまり俺に関わるな」

 

 流石にこれだけ言えばフレイアも理解して離れていくだろう。

 そう考えたレイの予想に反して、何故かフレイアは笑みを浮かべていた。

 

「…………なんだよその顔」

「レイってさ、優しいんだね」

「……ハァッ!?」

 

 フレイアの反応が予想外すぎて、レイは思わず変な声が出てしまう。

 

「さっきもそう。なんだかんだ言ってレイって自分よりも周りが傷つく方が嫌なんだよね」

「……」

「だから自分が傷つく事よりも、ジャックやアタシ達が傷つく事の方に怒る。それってさ、すごくヒーローっぽいと思うな」

 

 ヒーローっぽい。フレイアの口から出たその言葉を聞くと、レイの中で蠢いていたモヤモヤとした感情がゆっくりと霧散していった。

 身体の中で心が軽くなる実感を、レイは感じ取っていた。

 

「ヒーロー……かぁ……」

 

 無自覚の内にレイの頬が僅かに緩むのをフレイアは見逃さなかった。

 

「あ、笑った」

「ッ!?」

「レイが笑ってるとこ初めて見たかも」

「やっぱお前黙ってろ!」

 

 顔を真っ赤に染めて意地を張るレイ。

 

 気が付けば二人は、ギルド本部から随分離れた場所まで移動していた。

 活気のある人々の様子が目に入ってくる。ここは商店等が建ち並ぶ繁華街だ。

 レイが特別関心を持つこと無く進んでいると、ふとフレイアがある行列に興味を示した。

 

「お、新作やってんだ」

 

 フレイアが視線を向けた先に在ったのは、街の小さな劇場だ。行列の正体は演劇を見に来た客のようだ。

 レイは何気なしに劇場に掲げられた演目の看板へと目をやる。

 

「【ヒーロー伝説~エドガー・クロウリーの戦い~】ねぇ……捻りの無いタイトルだな」

「そっか?アタシは王道で好きだぞ」

 

 フレイアの言う通りだった。

 実際セイラムでは【ヒーロー】は定番の題目であると同時に、流行のジャンルでもある。特に今は亡き先代のヒーロー、エドガー・クロウリーを題材にした演劇は満員御礼が常である。

 列に並んで劇を心待ちにする人々の姿を、レイはどこか冷めきった眼で見ていた。

 

「ねー、レイはヒーローって好き?」

「は?」

「アタシは好きだな。強くてカッコよくて、すんごく優しいヒーロー」

「…………どちらかと言えば好きだよ」

 

 レイの小さな返事に目を輝かせて食いつくフレイア。

 

「だよねだよね! 憧れるよね!」

「随分大層に憧れるんだな」

「夢だからね、ヒーローになるの!」

「へぇ、舞台上で美化されてるような英雄様になりたいのか?」

「む〜、なんか棘あるな〜」

 

 ぷくっと頬を膨らませるフレイア。

 

「悪を討って弱きを救う、強くて優しいヒーロー! アタシはそういうヒーローになりたいの!」

「そうだな、舞台の上ではそういう風に描かれてるな……けどなフレイア」

 

 レイは自嘲するような表情を浮かべて、フレイアに告げる。

 

「お前が憧れているヒーローってのはな、今お前が口にしてきた『妄信』ってやつに殺されたんだぜ」

 

 再び歩き出すレイ。フレイアはレイが発した言葉の意味を理解しかねた。

 

「殺されたって……どういう事?」

「言葉の通りさ。強すぎる力と実績は民衆から妄信を生み出す。あの人なら勝てる、あの人なら絶対大丈夫……そう言う歪んだ信仰を使って、助けを求めたヒーローを見殺しにしたんだ」

「…………」

「ん、夢でも壊れたか?悪いけどこれが現実だ。信じる信じないはお前の勝手だけどな」

「ん~~、レイは嘘つくような奴に見えないから信じるけど……」

「(言った本人が言うのもアレだが、簡単に信じすぎだろ……)」

「……詳しいんだね。もしかしてマニア?」

「……色々あったんだよ」

 

 思い出したくない事がレイの頭を過る。

 フレイアの顔を見ない様に進み続けると、周囲の音が鮮明にレイの耳に入り込んでくる。

 商店の多い地区なので、客を呼び込もうとする商人たちの大きな声が聞こえてくる。

 

「お、そこのお兄さん! 綺麗に輝く永遠草《えいえんそう》、お一つどうだい?彼女さんへのプレゼントに」

 

 通りすがった花屋の店主が、美しい光を纏う花を片手に声をかけてくる。

 フレイアを彼女だと思われた事もあるが、店主がススメて来た花がフレイアと出会った場所に咲き乱れていた()()()だったのでレイは心底不快な顔になった。

 

「悪いけど遠慮しとくよ。後コレはただのストーカーだ」

「失礼な! 未来の仲間だぞ!」

 

 花屋の営業を華麗にスルーするレイ。

 一方フレイアは歩きながら振り向いて、花屋が持っていた永遠草に関心を寄せていた。

 

「なんだ、光り輝くお花が好きなのか?意外と乙女趣味?」

「違う違……って、意外とって何さ意外とって!?」

「意外な事にパワー系ゴリラじゃなかったんだな」

「なにおう! パワーこそジャスティスだ!」

「そうですかい……」

「そうじゃなくて!あの永遠草って花、割とその辺に生えてるよね。何で態々売ってるんだろ?」

 

 恐らく八区の森の中で見た光景を指しているのだろうと、レイは思った。

 

「あれが自生してるのは八区だけの話だ。この辺りじゃ基本的に自生出来ないからだろ」

「でもセイラム中で見かけるよ」

「それは植木鉢に植えたやつだろ。花弁が綺麗に光るから、プレゼントやインテリアとして3年くらい前から流行してるからな」

 

 そう言ってレイが周囲の建物を少し見やれば、輝く花を植えた植木鉢がいくつか視界に入ってくる。

 永遠草。三年前からセイラムシティに船で輸入されるようになった魔法植物。

 魔法植物と言ってもボーツとは違って害は無い、ただの観葉植物でる。

 特徴は幾色にも光り輝く花弁と、栄養源であるデコイインクの補給が続く限り枯れず根を伸ばし続ける性質。無限の時を生きる植物、故に永遠草なのである。

 

「それにアレは結構な量のデコイインクを吸い取るから、八区くらいじゃないと自生できないんだよ」

「そうかな?割とどこにも生えてる気がするけど…………あ、ほらアソコとか!」

 

 そう言ってフレイアが指さした先はなんて事の無い路地裏。少し違う点があるとすれば、建物の影で暗い筈なのに意外と明るい事だ。

 レイは目を凝らしてその路地裏をよく見る。影を光で消していたのは輝く花、先程から街中で散々見ている永遠草であった。

 永遠草の光で道が照らされる。最近のセイラムでは珍しい事では無く、これも例外ではないだろう。

 ただし、その永遠草が地面から生えている事を除くが。

 

「ほらね。生えてるでしょ……レイ?」

「……なんで」

 

 フレイアの言葉は耳に入らず、顔面を蒼白させるレイ。

 大抵の者は此処で永遠草が自生していても気にも留めないだろう。しかし、その性質を知っている者であれば話は別だ。

 レイは慌ててその路地裏に駆けこんだ。

 

 路地裏に入るや否や、レイは地面から生えている永遠草を一本力いっぱいに引き抜いた。

 無理矢理引き抜かれた永遠草は根っ子が千切れており、その断面からは鈍色の液体を漏らしていた。

 

「レーイー、いきなりどうしたの?」

「……デコイインクだ……」

「デコイインク?それがどうしたの?」

「永遠草が自生出来る程のデコイインクが、この下に有るんだよ」

「いやいや、セイラムはデコイインクの産地なんだから有るのは当然でしょ」

「それは八区の採掘場に限った話だ。この辺の土地にはそこまで多くのデコイインクは無い」

「でもデコイインクが有るなら永遠草が生えるのもおかしくは――」

「そうだな。ここの地中にデコイインクが有る、だから永遠草が自生している。何も不自然では無いな」

 

 だが問題はそこではない。

 レイは千切った永遠草の根っ子をフレイアに見せる。

 

「大量のデコイインクを必要とする永遠草の根からインクが漏れ出てる。それだけ大量のインクが地中を流れてるって事だ」

「へー」

 

 察し悪く能天気な返事をするフレイアに呆れるレイ。

 

「フレイア、今この街ではボーツの発生が問題になっているが……ボーツの発生条件は分かるよな?」

「それくらい知ってる! 土の中を移動する胞子とデコイインクが混ざって出てくる――」

 

 そこまで言うと、フレイアは顔をハッとさせた。

 レイが何を言おうとしているのか、これから何が起こるのかを理解したのだ。

 

「永遠草が咲いたらデコイインクがいっぱい。つまりボーツが出てきてヤバい」

「語彙力」

 

 だが正解だ。

 デコイインクが大量にあれば永遠草は自生できる。そしてデコイインクが大量にあればボーツの発生も可能になるのだ。

 

「こんな街中で永遠草が生えているって事は、何時ここらでボーツが出てきてもおかしくないって事なんだよ」

 

 路地裏の道を見渡すレイ。自生している永遠草は今引き抜いたものだけでは無かった。

 獣道を照らし出す様に、道なりに満遍なく咲いていた。

 

「なんか、結構生えてるね……ってレイ、ちょっと待って!」

 

 レイは何も言わず永遠草が咲いている場所を辿り始める。フレイアは慌ててそれについて行った。

 

 あまり人の寄り付かない場所だからか、お世辞にも道は清潔とは言い難かった。

 ゴミや汚物が鼻を刺激してくるが、そんな事は気にせず永遠草を辿り続ける。途中でフレイアが鼠の死骸を踏んで悲鳴を上げたが、レイは気にしなかった。

 

 しばらく進むと路地裏を出て、開けた場所に出て来た。

 第六地区の噴水広場であった。噴水の周りでは人々が一時の休息を取っている姿が目に入る(主に男女のカップル)。

 

「へ~、セイラムにこんな場所あったんだ」

「この辺はカップル御用達の場所だからな。独り身には縁のない所だ」

「確かに。あっちもこっちもお熱いね~」

 

 ヒューヒューと口笛を鳴らしながら周囲を見渡すフレイア。そんなフレイアを尻目に、レイはひたすら周りの地面を観察していた。

 路地裏を出ると同時に永遠草は一旦途切れたが、周辺にも存在しないとは限らない。レイが少しずつ視線をずらしていくと、噴水の近くに二~三本生えているのを見つけた。

 同時にフレイアも「あっ」と声を上げ指をさす。

 

「レイ。あれ生えてるよね」

「あぁ、生えてるな」

「こう人の多い場所でだと……マズいよね」

「何時発生するかは分らんが、よろしくは無いな」

 

 流石にこの状況を放置する訳にもいかないと判断したフレイアは、巡回担当の操獣者を探して知らせようとする。レイも賛同した。

 だが、二人が行動に移そうとした次の瞬間。

 噴水付近の地面から鈍色のインクがゴポゴポと湧き出始めた。

 

「ねぇレイ。あれはもっとマズいやつだよね?」

「あぁ……最低のタイミングで最悪なやつだ」

 

 レイの言葉を聞くなり、フレイアは息を大きく吸い込み、そして…………

 

「みんな逃げろォォォォォォォォォ!!! そこ、ボーツが出るぞォォォォォォ!!!」

 

 力いっぱいに叫ぶ。

 大きく叫んだフレイアの声に気づいた民衆たち。インクが湧き出ていた場所に近かった者たちはすぐにその異変に気づいた。

 気づいた者たちが顔から血の気が引いた瞬間。地面から灰色の人型、ボーツが一斉に姿を現した。

 

「ボッツ! ボッツ!」

 

 特徴的な鳴き声を上げて周囲の人間や獣に狙いを定めるボーツ。

 突然の出来事に人々は混乱し悲鳴を上げて、我先と逃げ惑い始めた。

 

「ヒッ!」

「ボォォォォッツ!」

 

 混乱の最中、逃げ遅れた女性に一体のボーツが襲い掛かる。

 鉤爪状に変化させた腕を振り下ろし、獲物の肌を無残にも引き裂こうと企むボーツ。女性は思わず目を閉じる……が、その鉤爪が女性に到達する事は無かった。

 

「ギリッッッ、セーフ!!!」

 

 ボーツが振り下ろした腕を、レイは剣撃形態《ソードモード》にしたコンパスブラスターで受け止めていた。

 目の前の光景に、考えるより先に身体が動いてしまったのだ。

 

「早く逃げろ!」

「は、はい」

 

 顔に恐怖心がこびりついたまま、女性は一目散にその場を逃げた。

 

「さーて。マズいな」

 

 女性を逃がす事に成功したは良いが、変身せずに突っ込んだせいでレイは碌に身を守れない状態になっていた。

 一先ず切り払いで距離を取り態勢を立て直す他無い。

 

「ボ~~ッツ♪」

「ヤベッ!」

 

 レイが距離を取ろうと考えた次の瞬間。ボーツはもう片方の腕を槍状に変化させて、喜々としてレイの身体に狙いを定めた。

 変身していない今の身体で攻撃を喰らえばタダでは済まない。レイは全身から血の気が抜けていく感覚に襲われた。

 

「ドォォリャァァ!!!」

 

 間一髪。ボーツの腕がレイの身体に触れる寸前に、フレイアの飛び蹴りがボーツの身体を吹き飛ばした。

 

「大丈夫!?」

「大丈夫、ってか反撃の邪魔すんなよ!」

「またまた強がっちゃって~」

 

 バツの悪い顔になるレイ。

 ボーツは今さっきフレイアが蹴り飛ばした一体だけでは無い。粗方逃げたとは言え、周囲にはまだまだ人が残っており面倒な状況に変わりは無かった。

 

「ざっと見るだけも六体くらいいるな」

「これだけ騒ぎになってるんだから、巡回の操獣者も来ると思うけど……呑気に待っているのは性に合わないんだよね~」

 

 そう言うとフレイアはグリモリーダーと赤い獣魂栞を取り出して構えた。

 

「ボーツを撃破しつつ、逃げ遅れた人たちの避難誘導もする。できるのか、フレイア?」

「そういう器用な事はできないから……逃げ遅れた人たちに近づく前に、ボーツを焼き切る!」

「雑だなぁ」

「だからさぁレイ。半分力貸してよ」

 

 手柄を半分譲ると言われているようでレイは若干癪に思ったが、うだうだ文句を言っている暇がない事も重々理解していた。

 

「共同戦線とか癪なんだけどな」

「いいじゃん。仲良しの第一歩♪」

 

 フレイアの「仲良し」発言をスルーしつつ、レイはグリモリーダーと鈍色の栞(デコイインク)を取り出した。

 

「俺もそこまで器用な事はできないからな、好きにやらせて貰うぞ!」

「オーケー…………それじゃあ、行くよイフリート!」

『グォォォォォォ!!!』

 

 手に持った栞を、レイとフレイアは同時に構えて呪文を唱える。

 

起動(ウェイクアップ):デコイインク!」

「Code:レッド、解放ォ!!!」

 

 レイの栞からは鈍色のインク、フレイアの栞からは真っ赤なインクが滲み出てくる。二人は間髪入れず、手に持った栞をグリモリーダーに挿し込み操作十字架《コントロールクロス》を操作した。

 

「デコイ・モーフィング!」

「クロス・モーフィング!!!」

 

 偽装・魔装同時変身。

 グリモリーダーから解き放たれた魔力がレイとフレイアの身体を包み込み、その姿を変えていく。

 レイは灰色の偽魔装に、フレイアは赤色の魔装に身を包んだ姿に変身した。

 

「オッシャ!行くぞォ!」



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Page11:戦いという執念

 フレイアは掌に拳を思いっ切りぶつける。

 気合を入れるやいなや、フレイアは右手に装備した巨大な籠手 (イフリートの頭部を模している)を構えてボーツに殴り掛かった。

 

「ボッツ!?」

「オラァ!!!」

 

 拳を振りかざす。

 ボーツはフレイアの攻撃を回避しようとするが、強力な炎を纏った一撃がボーツの腕を肩ごと抉り飛ばした。

 

「ボォォ、オッ、ツ……」

「逃がすか!」

 

 右肩から先が無くなり、ボーツは撤退しようとする。だがそれをフレイアが逃がす筈も無く、フレイアは籠手の口を展開しボーツに狙いを定める。

――業!!!――

 籠手の口から強力な魔力の炎が噴射される。背を向け逃げようとするも虚しく、炎の直撃を喰らったボーツはその場で消し炭と化した。

 

「オッシ! まず一体!」

「おいフレイア、こんな街中で炎を吐くな! 延焼したらどうすんだ!」

「大丈夫、火力調節には自信があるから!」

「説得力皆無だなァ、オイ!」

 

 フレイアが一体目のボーツを倒した横で、レイは二体のボーツと交戦していた。

 

「ボッツ!」

「ボォォォツ!」

 

 一体は腕を大鎌に、もう一体は腕を蛇腹剣の様な形状に変化させてレイに襲い掛かる。

 最初に動いたのは蛇腹剣のボーツだった。中距離地点から腕を鞭の如くしならせて、レイに振りかざす。

 

「遅いッ!」

 

 着弾前にコンパスブラスターで断ち切る。腕を切断された蛇腹剣のボーツは怯んだが、レイに隙を与える事無く大鎌のボーツがレイの眼前に迫って来た。

 

「ボォォォォォォォォォッツッッッ!!!」

「チッ!!!」

 

 レイの首を刈り取る様に、左から横薙ぎに一閃。だがそれと同じくしてレイは左腕に魔力を込めて、襲い掛かってくるボーツの大鎌に裏拳をぶつける。

 接触と同時に魔力爆破。

 至近距離で発生した爆風によってボーツの大鎌は粉々に砕け散り、そのまま全身弾き飛ばされ転げ落ちる。レイは足を踏ん張ったおかげて立っていたが、左腕の偽魔装に大きなヒビが入っていた。血も少し滲んでいる。

 

「ッ~~~、流石に痛いな」

 

 爆破の衝撃で骨が軋むが、今はボーツの方が先決だ。幸い目の前のボーツは二体共怯んで倒れ込んでいる。

 レイは痛みを押し殺しながら、コンパスブラスターを銃撃形態(ガンモード)に変形させる。

 

「動かない的なら、簡単に当てられる!」

 

――弾ッ!!!弾ッ!!!――

 魔力を込めて、引き金を二回引く。

 腕の再生を終えようとしていたボーツ達が起き上がるよりも先に、レイが放った魔力弾がボーツの額を貫いた。

 

「これで後二体!」

 

 そう叫んだレイが後ろを振り向くと、フレイアが呆然と立ち竦んでいた。

 だがレイはそんなフレイアに言葉を投げかける事が出来なかった。フレイアの視線の先に広がっていた光景を見て、レイも唖然となったのだ。

 

「ねぇ……レイ。なんかメッチャ出て来たんだけど……」

「ハハ、こんな街のど真ん中で……冗談じゃねーぞ」

 

 二人の視線の先には、ボーツ達がいた。それも最初に出て来たボーツだけではない。今まさに地面から発生したばかりのボーツ達も含めて、目算約三十体はいた。

 

「これは……かなりマズいな。被害が及ぶより先にこの数を倒すとか、無茶にも程があるぞ」

「そうだね…………レイ、ちょっと時間稼ぎに協力してもらっていい?」

「まさか巡回の操獣者が来るまでとか言わねーよな?」

「それも一つ。本命はもっとスゴ腕の奴ら」

 

 その言葉を聞いたレイはフレイアの意図を理解した。本当は嫌だったが、()()()()()()今はそれが最善手だという事も理解していた。

 

「好き好んでこんな面倒に首突っ込んで来るとは思えないけどな~」

「大丈夫、仲間の事ならアタシはどこまでも信じられる」

 

 信じると言い切るフレイアを、レイは仮面の下で訝しく思っていた。

 

「まぁどの道か……アイツらを足止めして、逃げ遅れた人たちを逃がす時間を作らなきゃな」

「プラン変更でOK?」

「さっきも言ったけど、俺は好きにさせて貰うぞ」

「じゃあアタシも」

 

 そしてレイとフレイアは各々行動を開始する。

 先ずフレイアはグリモリーダーの十字架を操作して通信機能を起動した。

 

「ジャック、ライラ! すぐに第六地区の噴水広場まで来て!」

 

 フレイアが連絡をしている間、レイは迫り来るボーツの軍勢を足止めする事だけを考えていた。

 銃撃形態では全てを足止めするのは難しい。剣撃形態で『偽典一閃』を撃とうにも、発動後の余波で変身していない周囲の人間に怪我をさせる恐れがある。

 二つが駄目なら、選ぶべきは第三の選択肢。

 

形態変化(モードチェンジ)、コンパスブラスター棒術形態(ロッドモード)!」

 

 レイは銃撃形態のコンパスブラスターを、銃口中心に大きく展開させる。するとコンパスブラスターは2メートルはあろうかと言う、細長い棍棒へと姿を変えた。

 

「スッゲーーー!!! 第三形態とかあるんだ!」

「トリプルチェンジャーなんだよ!」

 

 そう言いながらレイはコンパスブラスターに栞を挿入する。

 コンパスブラスターに鈍色の魔力が纏わりついていく。

 

「「「ボッツ! ボッツ! ボッツ! ボッツ! ボッツ!」」」

「どらァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

――斬ァァァァァァァァァンンンンン!!!――

 ボーツが一斉に進攻し始めた瞬間、レイは魔力を纏わせたコンパスブラスターを用いて、ボーツ達の足元を一気に薙ぎ払った。

 纏わられていた魔力が斬撃と化し、ボーツ達の足を切り落とす。文字通りの足止めである。

 だが止められたボーツは精々半分程度。残り半分はレイの一撃を避けて、進攻を続けた。

 

「どりゃぁ! レイ、こぼしたのは任せてレイは思いっきり足止めして!」

「言われなくてもそうする!」

 

 再び棒術形態のコンパスブラスターでボーツの足を切り裂くレイ。

 攻撃範囲から漏れたボーツは、フレイアが炎を纏った籠手で次々に殴り飛ばしていた。

 

「足止めしつつ、燃やせる奴は燃やす!」

 

 レイが薙ぎ払い、フレイアが殴り燃やす。

 一体たりとも他の人間に近づけさせまいと、二人は戦い続ける。

 だが決して、ボーツの数を減らしている訳では無かった。最初に足を切断したボーツは、既に足の再生を終え始めていた。

 再生を終えて動ける様になったボーツが、キョロキョロと獲物を探し始める。

 そして一体のボーツが獲物を見つけ、歪んだ笑みを浮かべた。先にその事実に気づいたのはレイだった。

 

「ッツ、マズい!」

 

 そのボーツの視線の先には、一人の幼い少女がいた。混乱の中で親とはぐれたのだろうか、少女は建物の柱の影に隠れて一人身を震わせていた。

 ボーツは喜々として腕をグネグネと変化させ始める。槍か蛇腹剣か、殺して食えればどちらでも良い。ボーツは唾液を垂らしながら、じわりじわりと少女に歩み寄る。

 

「やだ……こないで」

 

 恐怖に涙を浮かべる少女。レイは目の前のボーツの胴体を雑に薙ぎ払うと、自然と少女の元へ駆け出していた。

 

「レイ!?」

 

 突然の事に困惑したフレイアだが、レイの向かう先を見て全てを理解した。

 ボーツの腕は大きな鉤爪を形成し、今まさに少女の身体を引き裂こうとしていた。

 ここからではフレイアは間に合わない。だが駆け出しているレイがそのまま腕を攻撃しても完全に防げるかどうか。

 レイは足に魔力を込めて自身の脚力を強引に強化した。

 その足で少女とボーツの間に割って入るレイ。

 そして……

 

――斬シュッッッ!!!――

 

「ガッ――ハッ!」

「レイ!」

 

 振り下ろされたボーツの鉤爪が少女に到達する事はなかった。しかしその爪は、レイの肩に深々と突き刺さっていた。

 強引な脚力強化も相まって、仮面の下で血を吐くレイ。

 肩と両足に激痛が走る。思わずコンパスブラスターを落としてしまうが、レイは意地でも崩れ落ちようとはしなかった。

 

「あ……あ……」

 

 目の前で重症を負った人間を見た少女が顔を青ざめさせる。

 レイは動く方の腕を使って、少女の頭に優しく手を置いた。

 

「大丈夫。ちゃんと守るから」

 

 頭を撫でながら、少女に優しく語りかけるレイ。

 少女の頭上から手を離すと、そのまま肩に食い込んでいる鉤爪をレイは強引に引き抜いた。

 そのまま振り返り、仮面の下からボーツを睨みつけるレイ。

 

「痛てぇだろうが……雑草野郎……」

 

 レイの殺気を感じ取ったのか、ボーツは鉤爪の腕を引っ込めようとするが、レイが力いっぱいに握っているせいでビクともしない。

 レイはボーツの腕を掴んだまま、その懐目掛けて駆け出した。

 

「ボ、ボ、ボッツ! ボーツ!」

「フンッ!」

 

 ボーツの眼前に迫って来たと同時に、レイは掴んでいた腕を放し、魔力を込めた拳でボーツの顔面を貫いた。ボッと短い断末魔を上げて絶命するボーツ。

 ボーツから腕を引き抜くと、レイは少女の方へ振り向き叫んだ。

 

「今の内に逃げろ!」

 

 レイは大人たちが避難した方角の一つを指さす。少女は小さく頷きその方角へと逃げて行った。

 

「レイ、大丈夫!?」

「こんくらいなら大丈夫だ。それより巡回の操獣者はどうしたんだ?こんだけ騒ぎになってんのに来ないのかよ」

 

 傷の痛みを悟られないよう強がるレイ。既に大騒ぎと言っても差し支えない状態であるにも関わらず、援軍は来る様子を見せない。

 二人の前には再生を終えたボーツが次々と起き上がり始めていた。このままではジリ貧になるのは目に見えている。

 

 万事休すと思われたその時、ボーツの軍勢に一体の魔獣が飛び掛かってきた。

 

「ワオォォォォン!」

「レイ、フレイア、大丈夫か!?」

 

 青白い体毛をした魔狼が、背中に人間を乗せてやって来た。

 乗っていたのはジャック。狼の正体はジャックの契約魔獣であるフェンリルだった。

 

「待ちくたびれたよジャック。ライラは?」

「上っスよ、姉御ォォォォ!!!」

 

 空から聞こえた声に、レイとフレイアは思わず空を見上げる。

 黄色い羽を携えた巨大な鳥と、その足に掴まっている少女の姿が見えた。

 

「ガルーダ! ちょっと電撃お見舞いしてやるっス!」

「クルララララララ!!!」

 

 巨大な鳥が口を開け、地上のボーツに向かって電撃を放つ。

 

「ボッ!」

 

 直撃したボーツがその場で黒焦げになり、崩れ落ちる。

 鳥の足に掴まっていた少女ことライラが地上に飛び降りてくる。掴まっていたのは彼女の契約魔獣であるガルーダだ。

 

「よっと。着地成功っス……って~なんすか、このボーツの量!?」

「確かに、ただ事では無いみたいだね」

「そゆこと。アタシとレイじゃ戦闘と避難を同時にできないから、力貸してよ」

「そうゆう事なら」

「ボクらに任せるっス」

 

 そう言うとジャックとライラは、腰に下げていたグリモリーダーを取り出し、自身の契約魔獣に呼びかけた。

 

「いくよフェンリル」

「ガルーダ、お仕事タイムっス!」

 

 二人の言葉を聞いて、フェンリルは青い獣魂栞に、ガルーダは黄色い獣魂栞へと姿を変えた。

 獣魂栞を掴み取り、ジャックとライラは呪文を唱え始める。

 

「Code:ブルー、解放!」

「Code:イエロー、解放っス!」

 

 インクが滲み出した獣魂栞をグリモリーダーに挿入して、二人は最後の呪文を唱える。

 

「「クロス・モーフィング!!!」」

 

 十字架を操作して、グリモリーダーから魔力が解き放たれて魔装を形成していく。

 ジャックはフェンリルの意匠を持った仮面と、腰のベルトから生えた鎖が特徴的な青い魔装。ライラはガルーダの意匠を持った仮面と、ノースリーブのローブが特徴的な黄色い魔装に身を包んだ。

 これが二人の操獣者としての姿である。

 

「ジャック、鎖の魔法でできるだけボーツを一カ所にまとめて! ライラは漏れ出たボーツのフォローに回って、民間人に被害が出ないようにして!」

「オーケィ、リーダー」

「了解っス」

 

 フレイアの指示の元ジャックとライラが行動を始める。

 レイはフレイアのチームリーダーらしい姿を見て少々驚いていた。

 

「アイツ……ちゃんとリーダーやってたんだな」

 

 本格的に進攻を再開したボーツを前に、最初に動いたのはジャックだった。

 

「固有魔法【鉄鎖顕現(てっさけんげん)】起動!」

 

 迫り来るボーツに怯むことなく、落ち着いた態度で魔法の発動を宣言するジャック。するとジャックの周囲に青色の魔方陣がいくつも出現した。

 銃で狙いを定める様に、ボーツを指さすジャック。

 

「残さず捕縛しろ、グレイプニール!」

 

 ジャックが指示を出すと、青色の魔方陣から無数の鎖が勢い良く射出される。だが直線的に進むのではなく、その軌道は意志を持った生物の様に柔軟なものだった。

 鎖が縦横無尽に駆け巡りボーツを捕縛していく。

 だが数が多すぎるせいで、何体かのボーツを取り逃がしてしまった。

 

「しまった、ライラ!」

「任せるっス!【雷刃生成(らいじんせいせい)】起動!」

 

 両手に雷を纏い、逃げ出したボーツに向かって駆け出すライラ。

 ジャックが取り逃がしたボーツからは40メートル程距離があったが、ライラにとってこの程度の距離は無に等しかった。

 

「逃げ足遅すぎっス」

 

 ライラの手に纏わられていた雷がクナイのような形状に変化する。

 ライラがそれを素早く振るうと、ボーツの身体は断面を焦がしてバラバラに崩れた。

 だが逃げたボーツはこれだけでは無い。

 

「お次はそこっスね!」

 

 今度は手に纏った雷を手裏剣の形に変えるライラ。複数枚作り、そのまま流れる流水の如く他のボーツに向けて連続投擲した。

 

「ボッ!?」

「ツッ!?」

 

 放たれた手裏剣は全て外すこと無くボーツの額に命中する。雷で出来た手裏剣なので、着弾カ所から強力な電撃を浴びたボーツはその場で絶命していった。

 だがまだ一体、ライラの死角にいたボーツが生き残っていた。

 

「あっ!」

 

 思わず声を上げるライラ。生き残ったボーツは逃げ遅れた人間に牙を向けんとしていたのだ。

 すぐに次の手裏剣を生成しようとするライラだが、それを投擲する事は無かった。

 

――弾ッ!――

 

 ボーツが襲い掛かるよりも早く、一発の魔力弾がボーツの頭を貫いた。

 

「まだ片腕なら動かせるんだよ!」

「レイ君ナイス射撃!」

 

 銃撃形態に変形させたコンパスブラスターを構えたレイだった。先程落としたのを拾って何とか片手と足で変形させたのだ。

 

 これで残るボーツはジャックが捕縛しているモノのみとなった。

 

「ジャック、そのまま放さないでね!」

 

 そう叫びながらフレイアが走り出す。

 フレイアは腰からペンシルブレードを抜刀し、その柄に獣魂栞を挿入した。

 

「インクチャージ!!!」

 

 籠手の口でペンシルブレードを咥える様に掴むフレイア。若干威力は抑え気味で、ペンシルブレードに大きな炎の刃を作る。

 ジャックの鎖から逃れようともがくボーツ達だが、炎の刃は容赦なく振るわれた。

 

「バイオレント・プロミネンス!!!」

 

 高い火力でボーツ一気に焼き切るフレイア。鎖で縛られたボーツ達は、その鎖ごと消し炭と化した。前回レイの前で見せた時程とんでも火力では無かったが、爆風と余波で噴水にいくつかヒビが入っていた。

 

「よし、今回は耐え抜いた! 十二本目!」

「……火力押さえてアレかよ」

 

 高らかに剣を掲げて喜ぶフレイアに、レイは思わず乾いた声を漏らした。

 

「流石にこれで全部だよね?」

「全部だ。そうであって欲しい」

 

 周囲を見渡し、ボーツが残っていないかを確認するジャック。

 傷の痛みと疲労が重なっていたレイは、これ以上の戦闘は避けたいと願望を漏らす。

 

 だが無情にも、その願望は打ち砕かれる事となった。

 戦闘の余波でひび割れていた地面から、鈍色のインクが再び湧き出す。

 

「ちょっとちょっと~、まだ出てくるの!?」

「流石に追加発注はご遠慮願うっス!」

 

 フレイアとライラの叫びも虚しく、湧き出たインクよりボーツが一斉に姿を現した。それも先程以上の数である。

 一体一体はそれほどの強さを持たないと言っても、こう数が多くては対処に困る。

 

「これは派手目に一掃した方がいいのかな?」

「街が壊れるから最終手段にして欲しいな」

 

 ペンシルブレードを籠手に咥えさせてぼやくフレイアと制止するレイ。

 レイは片手と足を使ってコンパスブラスターを剣撃形態に変形させ、逆手に構える。

 

「……俺が偽典一閃で一掃する。これだけ数がいれば建物まで到達する余波も少ないはずだ……」

「そのダメージでする気か!?無茶だレイ!」

 

 未だ肩の傷口から血が流れているレイを止めようとするジャック。だがレイはそんなジャックの制止を無視して突っ込もうとした。

 

「ッッッ――!!!」

 

 ここまでの戦闘で蓄積されたダメージが、レイの全身に襲い掛かる。

 脳裏を一瞬ホワイトアウトさせる程の激痛に、レイは膝から崩れ落ちる。それと同時に、耐久限界を迎えた偽魔装が光の粒子と化して、レイの変身は強制解除された。

 

「レイ君!」

「だから言ったんだ、無茶だって!」

 

 ジャックとライラはレイの元に駆け寄るが、レイはそれを払い除けようとする。

 

「止まってられるか…………こんな所で……怪我してでも、戦って……力をつけなきゃあ、夢に逃げられるんだ……」

 

 眼の奥に濁りを浮かべて、呪詛を吐くようにレイは呟く。

 コンパスブラスターを杖にして立ち上がり、ボーツを睨みつけるレイ。その背中からは「執念」が漏れ出していた。

 

 あまりにも壮絶な姿に、ジャックとライラは言葉を失っていた。

 レイは鈍色の栞を取り出し、再び変身しようと試みる。

 

起動(ウェイクアップ):デコイ――」

 

 レイがデコイインクを解き放とうとした瞬間。レイの目の前で数体のボーツが串刺しにされた。

 それも何か剣や槍では無い。地面から突如として生えて来た木の根が、巨大な棘を形成してボーツを下腹部から貫いたのだ。

 

「む、少しズレましたか」

 

 レイ達の背後から男の声が聞こえる。振り向くとそこには、ウッドブラウンの魔装に身を包んだ、一人の操獣者がいた。

 

「……誰?」

 

 フレイアが訝しげに聞くが、レイやジャックは彼の正体を知っていた。

 

「キース先生」

「騒ぎが起きていると聞いて駆けつけたのだが、どうやら出遅れてしまったようだね……皆、レイ君を連れて下がってなさい」

 

 怪我で倒れ込んでいるレイを一見した後、後方に下がるよう指示を出すキース。 フレイア不服そうだっだが、ジャックとライラに諭されて渋々下がって行った。

 

「私が来たからには、もう大丈夫だ……早急に終わらせよう」

 

 そう言うとキースは全身に魔力を巡らせて、魔法術式を構築していく。

 ボーツ達はそんな事知るかと言わんばかりに、キースに向かって進攻し始める。だがそれこそがボーツ達が犯した最大のミスだった。少し距離を縮めただけで、そこは既にキースの攻撃範囲だったのだ。

 

「構築完了……術式発動、ニードル・フォレスト!」

 

 キースが魔法名を宣言して魔力を解き放つと、先程と同じ木の根で出来た棘が大量に現れ、ボーツ達を次々に串刺しにしていった。

 それも一発も外すこと無く、正確にボーツを狙い打っていったのだ。

 

「スゴっ」

「人間技じゃ無いっスね~」

 

 ジャックとライラが驚くのもつかの間、キースが地面から生やした根の棘を消すと絶命したボーツがボトボトと落ちていった。

 

「これでもう大丈夫でしょう。地中のデコイインクも根っ子に吸わせて回収しました」

 

 そう言って変身を解除するキース。

 フレイア達は念のため辺りを見回すが、キースの言う通りボーツが出てくる気配は無くなっていた。

 

 本当にもう大丈夫なのだろう。そう判断したフレイア達は皆、変身を解除した。

 

「ありがとうございます、キース先生」

「いいんですよ。困っている生徒を助けるのも先生の仕事なので」

 

 礼を述べるジャックに、笑みを浮かべるキース。

 戦闘が終わったので建物の中に隠れていた人たちも、続々と姿を現し始めた。

 

「終わったのか?」

「おい、あれキースさんじゃねーのか?チーム:グローリーソードの!」

「本当だ、キースさんだ」

「私たちを助けてくれた」

 

 姿を見せた民衆たちがキースの姿を見るや否や、その元に駆けつけてくる。

 集まった民衆にはじき出されるフレイア達。民衆は続々とキースに向けて感謝の言葉を投げかけていた。

 

「イタタ……キース先生人気っスね~」

「まぁ、流石大規模チームのリーダーって言ったところだね」

「…………?」

 

 民衆に囲まれてたじたじになっているキース。その姿を見てジャックとライラは感心するが、フレイアはどこかモヤっとしたものを感じていた。

 一方レイはコンパスブラスターを杖にしつつ、その場を去ろうとしていた。

 

「あ、待ってよレイ!先に怪我を――」

 

 フレイアがレイに怪我の治療が優先だと言おうとした瞬間、フレイアの耳に民衆の声が聞こえて来た。

 

「あんな一瞬で倒すなんて、やっぱりトラッシュとは大違いだ」

「バッカ、トラッシュなんか比較対処にもなりゃしねーよ」

 

「…………え?」

 

 フレイアは民衆の言葉に耳を疑った。

 

「まさかレッドフレアの娘がトラッシュなんかと共闘するとは」

「血迷うにも限度がありますわ」

 

 何故彼らはレイを貶めているのだ、何故彼らは街を守る為に大怪我をしたレイから目を背けているのだ。

 そういった思いが頭の中でグルグルと渦巻き、同時にフレイアは急激に頭に血が上って行くのを感じた。

 

「~~ッ、アンタ達ね――!!!」

「やめろフレイア!」

 

 民衆に向かって声を荒げようとしたフレイアをレイが止める。

 

「レイ。なんで止めるの!?」

「言っただろ、ここはそう言う街だって」

「けどアイツらレイに――」

「感謝されたくて戦った訳じゃない。俺が勝手にやった事だ…………これで解っただろ、俺を仲間にしても何の得も無いって」

 

 フレイアはなにか言葉を紡ごうとするが、レイに対して何と言えば良いのか分からなかった。

 レイは何も言わずフレイア達に背を向けその場を去り始める。

 フレイア達はその背中に、何も言う事ができなかった。

 

 その道中、小さな人影がレイの元にやって来た。

 先程の戦闘でレイが身を挺して守った少女であった。

 

「あ、あの……守ってくれてありがとうございました」

 

 ペコリと可愛らしいお辞儀をする少女。

 レイは少女の前にしゃがみ込んで、優しく頭を撫でた。

 

「怪我は無かったか?」

「うん。でもお兄ちゃんは……」

「こんくらい大丈夫。だって俺、ヒーローの息子だかんな」

 

 ニッと精一杯の笑顔を少女に向けるレイ。

 その心は少しばかり軽やかになっていた。



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Page12:信じる!

――誰かに蔑まれるのも、自分が傷つく事ももう慣れた。――

――誰にも信じて貰えなくても……ヒーローらしい事が出来るなら、それで満足だった。――

 

 街中で突然起きたボーツの大発生。セイラムの住民たちの間ではチーム:グローリーソードのリーダー、キース・ド・アナスンの活躍によってその事態は収束したと伝えられていた。

 だがこれは始まりに過ぎなかった。

 

 第六地区でのボーツ大発生から五日が経過した。

 あの日以来、セイラムシティでは連日同規模のボーツ発生が頻発。幸いにして何者かがボーツの発生予測を作ってくれているおかげで、今のところは対処しきれているが……発生した被害も小さいとは言い切れず、ギルド操獣者達の悩みの種と化していた。

 

 今宵も街中で湧き出たボーツに対処する為、操獣者達が四苦八苦しているなか、レイは一人セイラムの外れにある丘でジッと待ち続けていた。

 様々な印を書き込んだ地図を片手に、レイは周囲を見渡す。

 

「……来たか」

 

 手に持った地図を仕舞い、変身の構えを取るレイ。視線の先にはゴポゴポと音を立てて湧き出る鈍色のインクが見えていた。

 

「「「ボッツ、ボッツ!!!」」」

「デコイ・モーフィング!」

 

 偽魔装に身を包み、コンパスブラスター(剣撃形態)を握りしめてボーツ達に挑むレイ。

 数は4体、街から離れた位置ならそれ程強くはないはずだ。レイは恐れる事無くコンパスブラスターを振るう。

 しかし……

 

「どらァ!!!」

「ボッ♪」

 

 人気のない丘にガキンッ、と音が鳴り響く。レイが振り下ろしたコンパスブラスターを、ボーツはその腕で容易く受け止めていた。

 レイは慌ててそのボーツから距離を取る。

 

「な、効いてない!?」

 

 レイは目の前のボーツを注視する。斬りつけた筈の腕には傷一つ付いていなかった。

 腕を軽く振り、ボーツは余裕の笑みで攻撃を開始する。

 

「だったら!」

 

 レイはコンパスブラスターに栞を挿し込み、内部に閉じ込められたデコイインクを攻撃魔力に変換して刀身纏わせた。

 

「これでどうだァァァ!」

 

 魔力を多分に含んだ斬撃をボーツの腹部に叩きつける。

 高威力の一撃を受けたボーツは後方に吹き飛ばされ、腹部は皮一枚繋がった状態で二つに切り離された。

 

「この威力でやっとかよ」

 

 空になった栞を抜き捨ててぼやくレイ。今の一撃で栞を一本消費してしまった。

 必殺技相当の威力でようやく一体倒したのは良いが、まだボーツは3体残っている。

 

「(……こいつら、普通のボーツじゃない)」

 

 構えを維持しつつ、冷静にボーツを観察するレイ。

 よく見れば目の前のボーツ達は、これまでのボーツと異なり所々鎧の様な部位がある。だが全ての個体が同じ部位に鎧を持っている訳ではない。鎧化していない箇所は通常のボーツと何ら変わらぬように見えた。

 

「だったら柔らかい所を狙い撃つ!」

 

 レイはすぐさまコンパスブラスターを銃撃形態に変形させた。

 新たな栞を挿入して引き金を引く。放たれた魔弾は的確にボーツの鎧を避けて身体を貫いていくが、その悉くが急所には至らなかった。

 

 僅かに怯んだボーツ達だが、それも一瞬。

 傷を再生したボーツが苛立った声を上げて、レイに襲いかかった。

 

「ボーツ! ボォォォォォォォォォツ!」

「クソッ! 形態変化(モードチェンジ)、インクチャージ!!!」

 

 若干賭けではあったが、レイは剣撃形態にしたコンパスブラスターに栞を挿入し、瞬時に術式を構築した。

 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇……。

 

「銀……」

 

 最後の術式を組み込み、魔法名を宣言しようとするが、その名前が喉に引っかかって出ない。躊躇ってしまう。

 レイは歯を噛み締め、最後の工程を省いた形で術を放つ。

 

「偽典一閃!!!」

 

 巨大な魔刃がボーツ達の身体にめり込み、吹き飛ぶ。だが致命傷には至らない。

 それどころか、技の反動でレイの身体に激痛が走った。

 

「ッッッ!!!」

 

 崩れ落ちるレイ。先日の戦闘でのダメージがまだ完治していないのだ。

 

「こんなッ……時に……!」

 

 一方のボーツ達はすぐさま再生を終えて、再びレイに狙いを定める。

 

「ボ~ツ♪ボ~ツ♪」

 

 腕を鋭利な剣に変えたボーツは喜々としてレイに襲い掛かったその時だった。

 突如現れた鎖が、ボーツ達の身体を拘束した。

 

「グレイプニール! これで動けない、二人とも!」

「了解っス!」

「任せろォ!」

「……お前ら……なんで」

 

 レイが振り向くと、そこには変身したフレイア達がいた。

 ボーツを拘束した鎖はジャックの魔法だ。フレイアとライラはすぐさまボーツに攻撃を開始する。

 

「ブレイズ・ファング!!!」

「ボルト・パイル!」

 

 フレイアの籠手が牙を向き、大量の火炎と共にボーツの頭を噛み砕く。

 時同じくして、ライラは固有魔法で生成した雷をボーツの身体に勢いよく埋め込む。強力な雷撃を受けてボーツが海老反りになったと思った直後、内側から肥大化した雷によってボーツの身体は風船の様に弾け飛んだ。

 

「「ボッ!?」」

 

 短い断末魔を上げて絶命するボーツ二体。

 

「やっぱ出力高めで殴らないとダメか~」

「姉御ぉ~、こいつら固すぎるっスよ~!」

 

 通常よりも出力高めでようやく倒せた事を愚痴る二人。

 しかしその向こうで残った一体のボーツが、ジャックの鎖を引きちぎり攻撃を仕掛けて来た。

 

「ッ!? フレイア、ライラ!」

「ボォォォォォォォォォッツ!!!」

 

 拘束から逃れたボーツは、腕を槍状に変化させてフレイア達に向け、勢いよく伸ばす。

 急いで回避行動に移ろうとする二人だったが……それを実行するよりも早く、一本のナイフがボーツの腕に突き刺さった。

 

「エンチャント・ナイトメア【停滞】」

 

 ナイフが刺さったボーツの腕は、時が止まった様に動かなくなった。

 その場に居た者達は皆、ナイフが投げられた方向に視線を向ける。

 そこに居たのはミントグリーンの魔装に身を包んだ一人の操獣者。

 

「アリス!」

「サポート。動けない幻覚……植え付けた」

「サンキュー、アリス!」

 

 アリスの幻覚魔法によって動きを止められたボーツ。

 フレイアはアリスに礼を言うと籠手に炎を纏わせ、ボーツに向かって走って行った。

 

「ブレイズ・ファング!!!」

 

 高出力の炎の牙がボーツに向けて振り下ろされる。

 牙はボーツの身体を貫き、砕き、その高熱で内部を焼き尽くしていく。

 あまりにも勢いよく振り下ろしたものだから、ボーツの身体を粉々にすると同時に、勢い余ってフレイアの拳は地面に墜落。まだまだ籠手に残っていた破壊エネルギーが放出されて、地面に大きなクレーターを創り出してしまった。

 

「アイツはまた、バ火力を……」

 

 レイがそう零そうとした瞬間、レイの視線はフレイアが作り出したクレーターに釘付けとなった。フレイアが放った炎が周りに残っており、チロチロとクレーター内部を照らし出している。

 抉れた地面から見えたのはキラキラと光る植物の根の断面。そして、その断面から漏れ出ているどす黒い液体であった。

 

「(あれは……)」

「レイ、大丈夫か?」

 

 レイがクレーターを見据えて物思いに耽っていると、背後からジャックが声をかけて来た。

 

「ジャック……てかお前ら何でココが分かったんだよ」

 

 レイが疑問に思うのも無理はない。現在レイ達が居る場所はこんな夜中に人が立ち寄るような場所ではない。

 加えて、この場所はボーツの発生予報が出ていない地区でもある。誰かに居場所を告げずに来たレイの元に、フレイア達が来るのは不自然なのだ。

 

「あぁ……それなら」

「アリスがバラした。またレイが無茶してると思ったの」

「余計な事を……」

「ちなみに場所は事務所にあった地図で分かった。レイ机に置きっぱなしだった」

「……」

 

 失策だった。

 思わず頭を抱えてしまったレイにフレイアが近づく。

 

「まぁまぁいいじゃん。みんな無事で済んだんだからさ」

「良くない。ってか関わるなって言っただろ」

「言われたね~」

 

 「だったら加勢なんてするな」とレイがフレイアに言おうとするが……

――グゥゥゥゥゥ――

 静かな丘の上で、レイの腹の虫が大きく鳴り響いた。

 

「……怒るより先に、ご飯にしたら?」

 

 変身を解除してそう言うフレイア。他の者達も続いて変身を解除させていく。

 それを見てレイも、渋々と言った様子で変身を解いた。

 偽魔装が消え、赤く腫れあがったレイの顔が露出する。

 

「ちょっレイ君!? どうしたんスかそれ、未知の魔法攻撃!?」

「まさか、あの強化ボーツにやられたのか!?」

 

 レイの顔を見て心配の声をかけるライラとフレイア。レイは遠い目をしてこう答えた。

 

「覚えとけ。残像が出るスピードでビンタされたら……めっちゃ痛いんだぞ」

「……アリスちゃん?」

「懲りずに怪我するレイの自業自得」

 

 額に汗を浮かべてアリスを見るジャック。

 先日のボーツとの戦闘後、負傷したまま街を歩いていたレイはアリスに見つかり、お説教の後もの凄い勢いで往復ビンタを喰らったのだった。

 その時の腫れが未だに引いていないレイであった。

 

 

 

 

 

 

 

 丘から少し離れた場所で焚火を囲む面々。

 こういう事態を想定していたのか、アリスがバスケットにサンドイッチ(鰊サンド)を入れて持って来てくれたのだ。

 朝から何も食べていなかったレイは、遅めの夕食となった。

 

「……ありがと」

「ご飯はちゃんと食べてね…………フレイアも食べる?」

「え、良いの?」

 

 子供の様に目を輝かせて、涎を垂らすフレイア。完全に食欲の化身である。

 フレイアは喜々としてバスケットからサンドイッチを一つ掴み取る。

 

「ライラ達も、どう?」

「ぼ、僕は遠慮しとくよ」

「ここに来る前にご飯いっぱい食べて来たっス」

「あれ、食べないの?……まぁいいや、いただきまーす!」

 

 額に汗を浮かべて拒むジャックとライラに疑問を持ちつつも、サンドイッチを頬張るフレイア。

 パクリ。

 サンドイッチを食べた瞬間、フレイアの顔は急速に青ざめていった。

 

「……!? ……!!!???」

 

 フレイアの口の中で苦みと酸味と臭みが、ジャリジャリという不快な食感と共に舌に襲い掛かる。

 不味いのだ。だが決して呑み込めない程では無い……が、やはり不味いのだ。

 

「じゃっく……らいら……」

 

 涙目で助けを求めるフレイアに、ライラは静かに耳打ちする。

 

「ちゃんと責任持って完食するっスよ」

「ふぇ!?」

「アリスちゃん……何故かサンドイッチ作らせると、昔からこうなんだよね」

「うぅ~、出された物は完食……しかし、これは……」

 

 フレイアが四苦八苦しながらサンドイッチを食べている間、レイは無言無表情 (諦めの表情とも)でサンドイッチを完食していた。

 そんなレイの姿が、フレイア達の眼には慣れという哀しみを背負った戦士のように映った。

 

 

 それはともかく。

 

 食事を終えたレイに、フレイアから話を切り出した。

 

「レイ・()()()()()……アンタのお父さん、ヒーローだったんだな」

「正確には養父だけどな…………なんだ、ヒーローの息子って肩書にでも惚れ込んだか?」

「違う違う、アタシが惚れ込んでスカウトしてるのはヒーローじゃなくてレイ」

「どうだか」

 

 焚火に枝を焼べながらレイは吐き捨てる。

 

「最高の名声、至上の肩書……この街の住民にとってヒーローなんてそんなもんだ。当然ヒーローの息子って肩書はチームにとっても良い箔になる。今まで俺をスカウトしに来た奴らも、そんな有象無象ばかりだった」

 

 良くも悪くもレイの存在セイラムでは有名だ。当然その技術や肩書欲しさに、欲を出して近寄ろうとした者も少なくはない。

 まぁ大抵はトラッシュである事を知った瞬間に去って行くのだが。

 

 レイはフレイアの眼に視線をやって、話を続ける。

 

「お前はどうなんだ?肩書に目が眩んで、俺がトラッシュである事を忘れた馬鹿なのか?」

「馬鹿って言うな! それから、肩書だとかトラッシュだとかアタシにとっては心底どうでもいい!」

 

 どうでもいい。それを聞いたレイは呆気にとられてしまう。

 フレイアが発した答えが、レイにとって想定外が過ぎるものだったのだ。

 

「アタシが欲しいのは肩書だとか名声だとかそう言うのじゃ無い。ヒーローになるって夢を一緒に叶えてくれる仲間なの!」

 

 胸を張って答えるフレイアだが、レイの心にはいま一つ響いては来なかった。

 

「レイはヒーローになりたいって、思ったことはないの?」

「……あるさ、数え切れない程な……」

 

 ギリッと歯を食いしばり、眉間にしわを寄せるレイ。

 

「父さんは一番強かった、父さんは一番優しかった、世界の危機だって救った事のある父さんを一番尊敬しているって自負しているさ!」

「だったら……」

「俺はお前らと違ってスタートラインにも立てないんだよ!!!」

 

 レイは感情を爆発させ、肩を震わせる。

 

「夢が遠すぎるんだよ。召喚魔法が使えなきゃヒーローって夢の方が俺から離れちまうんだ…………だから、多少無茶をしてでも近づこうとするしか無いんだよ。スレイプニルに認められる為にも……」

 

 突然スレイプニルの名前が出て来た事に首をかしげるフレイアとライラだったが、ジャックは数秒考えた後にレイの言葉の真意に気が付いた。

 

「そうか、疑似魔核か」

「ぎじまかく?」

「なんスかそれ?」

「僕も昔本で読んだだけだからうろ覚えだけど……確か、王獣クラスの魔獣になると人間の霊体に新たな魔核を創り出す事ができるって」

「……てことはレイ君、戦騎王と契約するつもりなんすか!?」

「……それしか道が無いってだけだ。望みは限りなく薄い……だったらせめて、少しでも父さんの背中を追えるように動くしかないんだよ……」

 

 俯き気味に答えるレイ。

 ジャックの言う通り、スレイプニルに疑似魔核を移植して貰えばレイも操獣者としての契約を行う事ができる。だがその為には当のスレイプニルに認めて貰わねばならない。

――先代を超えるヒーローとは何か?――

 スレイプニルが条件としてレイに出した問い。レイの中で未だ答えが出ない問いかけだ。

 だからと言って夢に向かって停滞している事を良しとしなかったレイは、せめて自分に出来ることをしようと戦い続けているのだ。

 

「ふ~ん、じゃあ何時もボーツと戦っているのも夢に近づくため?」

 

 フレイアの言葉に、レイは俯いていた顔を上げる。

 

「レイってさ、何時もボーツが出てくる場所にいるよね。何で分かるの?」

「ただの予測だ……的中率そこそこのな」

「予測?」

「これのこと」

「!?」

 

 そう言うとアリスは一枚の地図を取り出した。アリスが広げた地図をフレイア達が後ろから覗き込む。

 

「これ……セイラムの地図?」

「と~、魔方陣っスね」

 

 地図の各所にはフレイア達に馴染み深い地名が書き込まれている。

 だが普通の地図と少し異なるのは、地図上には幾つもの赤い印や膨大な魔法文字が書き込まれており、その外周を大きな円で囲っている事である。

 

「あ、コラ! 返せアリス!」

 

 慌ててアリスから地図を引っ手繰るが、既にフレイア達に大凡の中身を見られた後だった。

 

「この印……全部ボーツが出た場所か?」

「うん。レイは全部地図に記録してる」

「マメだね~。案外ボーツの発生予報作ってんのレイ君だったりして」

「……そうだって言ったら?」

 

 レイの返答に、ジャックとライラは目を丸くする。

 

「……マジっスか」

「マジだよ。一応ギルド長からの依頼で作ってる」

 

 言葉の通り、レイはギルド長からの依頼でセイラムシティ内のボーツの発生予報を一人で作っているのだ。先日ギルド長に手渡したメモもその予報内容である。

 

「意外だね。レイにこんな生態調査みたいな事が出来るなんて」

「そんなスキルは元から持ってない…………ただ、法則性っぽいものが有っただけだ」

「それ見つけるだけでも十分スゴいと思うっス……」

 

 両手をパチパチと叩いてライラはレイを褒める。その一方で柄にもなく静かにしていたフレイアが、不意にレイに問うた。

 

「ねぇレイ。地図に描いていた魔方陣……あれって何?」

 

 フレイアの問いにレイの心臓が一瞬大きく跳ね上がる。

 

「ボーツの分布や生態を調べるだけだったら、あんな複雑な魔法陣書く必要ないよね?」

 

 何故バカとは不意に確信を突いてくるのだろうか、レイは心の中でそう愚痴るのだった。

 

「……何でもない。言ったところで誰も信じないからな」

 

 濁った眼と自嘲気味の声でレイは吐き捨てる。

 『信頼に値せず』それはセイラムで生きるトラッシュにとって常に付きまとう評価だ。たとえ正しい事を述べようとも、トラッシュの発言と言うだけで価値は無くなる。レイはその事実を嫌と言う程理解していた。

 だからこそレイは、地図に描いた魔方陣の説明を長々としたくなかったのだ。言ったところで聞き入れてくれる訳が無い、そう自分に刷り込んでいたのだ。

 

「信じるよ」

「…………」

「この間も言ったでしょ、アタシはレイが噓をつくような奴じゃないって思ってる。だから信じる」

 

 レイは何故か、その眼と言葉が光を持っているように錯覚した。

 一点の曇り無い眼。純粋な信頼を宿したフレイアの眼は、不思議と説得力を感じるものだった。

 

「教えて。今セイラムで何が起きてるの?」

 

 微かに心が揺れるのを感じる。だが鵜呑みにするのも危険だ。

 レイはほんの僅かに警戒を解いて、フレイアの疑問に答えた。

 

「…………相当に荒唐無稽な話だぞ」

 

 念のために予防線を張ってから、レイは語り始める。

 

「お前ら、今セイラムで異常発生しているボーツが全部人為的に発生させられたヤツだって言ったら……信じるか?」

 

 シンと静まり返る。

 当然だ。この世界においてボーツとは自然発生するものでありそれが常識。そもそもボーツの大元となる極小の胞子は地中深くを移動し続けているので、捕まえて栽培するというような事も出来ない。

 故に人為的にボーツを発生させるなど前例も無く、レイの発言はあまりにも突拍子の無い話にしか聞こえないのだ。

 

「人為的って……そんな事が出来るのか?」

「理論上は可能だ。魔法植物と言ってもボーツは最低ランクの魔獣に近しい霊体を持ち合わせている。とは言え厳密には魔獣じゃないから、正しい術式構築と養分となるデコイインクさえ何とかなれば誰でも召喚する事ができる」

「ふぇ~。流石レイ君詳しいっスね」

「そりゃそうだ。術式と理論を作ったの俺だからな」

 

 えっ、と声を漏らしてレイに注目するフレイア達。

 

「3~4年くらい前の事だ、セイラムシティの防衛システムにできないかと思って作ったんだんだよ」

 

 セイラムシティは如何なる国にも属さない完全独立都市なのだが、街の周りには城壁などは何もない。

 これは如何なる者も拒まず追わずという街の意志を示したものらしいが、いくら何でも守りが薄すぎないかと感じたレイが作り考案したのが、防衛用ボーツ召喚システムである。

 

「と言ってもまぁ、召喚したボーツの制御やら膨大なインク供給やら倫理面やらですぐにポシャったんだけどな」

「あー、そう言えば昔そんな話も出てたね。あれレイだったのか」

「えっとつまり……その召喚システムを悪用している奴がどこかに居るって事っスか?」

「…………多分な」

 

 ライラの疑問に対して、煮え切らない返事をするレイ。フレイアはそこを突いた。

 

「多分って?」

「確証が無いんだよ。本当に召喚術式を使っているのかどうか……」

「でも実際街中でボーツが出てるじゃないか」

「確かにそうかもしれない。不定期かつ疎らに出てくるのも中途半端な術式を起動させた時のバグだとも思ってる」

「なら――」

「肝心の魔方陣が見つからないんだよ」

 

 それを聞いたジャックの顔がハッとなる。レイが地図に描いていた魔方陣は、セイラムシティを覆い囲む形で描かれていた。しかし、それ程大規模な魔方陣を誰にも気づかれること無く描くなど、現実的に考えて不可能でしかない。

 

「それに、俺が作ったシステムの最大の欠点は、大規模すぎて魔方陣が破損しやすい事だった」

「これだけ連日ドンパチしていれば、壊れていてもおかしく無いって事か」

「あぁ。けど壊れる事無く順調にボーツを召喚し続けている」

「そうなんスよね~。ボーツの発生は止まらないし、なんか強いのも出てくるし」

「そう、それだよ! なんだよあのボーツ、初めて見たぞ!」

「あれ?レイ君にも分からないんスか?」

 

 口をあんぐり開けるライラ。どうやらレイなら正体を知っている踏んでいたのだろうが、当てが外れたようだ。

 実際問題、レイにもあの強化ボーツが何かは分かっていない。レイが作った術式はあくまでボーツを召喚するだけであり、あそこまで急激な強化は行えないのだ。

 

「となると……あれって自然発生っスか?」

「それは無い」

「じゃあやっぱり、人為的に起こされているって事か……」

「多分な……でも結局証拠は何もないんだよな~」

 

 分からない事が多すぎるので、レイ達は項垂れてしまう。結局の所彼らの中で謎が深まるばかりだった。

 その一方で、フレイアはレイに向けて何故か優しい笑みを浮かべていた。

 

「なんだかんだ言って、レイってセイラムが好きなんだね」

「……は?」

「アタシさ、レイはギルドを一番恨んでる奴だって聞いてたから、最初はどんな憎悪の化身なんだろうって思ってたの」

「姉御、憎悪って……」

「けど違った。アンタは心優しいし、自分から街を守ろうとしている……悔しいけど一番ヒーローらしい心を持ってると思うよ」

 

 フレイアの言葉を聞いて、レイの心がむず痒くなる。

 レイが街やギルドを恨んでいるという評価は決して間違ってはいない。ただ、ほんの僅かにヒーローという夢がレイの中で勝っていただけである。

 しかしそれでも、レイの中では誰かを信じるという事に強い抵抗感が残っている。それがレイの中で、フレイアの言葉に対する拒絶反応を示していた。

 

「でもねレイ。一人の力って意外と限界があるの……街一つ守るなんて、一人の力じゃどうにもならない。だから――」

 

 無能者へ送る否定の言葉か。そういう言葉には慣れたつもりのレイだが、心の中ではどす黒い物が滲む感覚に襲われていた。

 どうせこの後は「余計な手出しはするな」とでも言うのだろう。そう思い込んで構えたレイだが、フレイアが発した言葉はその予想を大きく外れてきた。

 

「一緒にやろう。守る力は一人より皆の方がいいでしょ」

 

 そう言って手を差し出すフレイアを、レイは呆然と見つめていた。

 フレイアはレイの言葉を信じた。それだけで無くレイに協力すると手を差し伸べて来たのだ。それは、トラッシュと蔑まれて来たレイにとって初めての感覚であった。

 

「アタシはレイの言葉、信じるよ!」

 

 ニッと笑顔を浮かべるフレイア。それを見たレイは、心が微かに綻んだように感じた。

 信じられるのか。

 レイは一瞬手を伸ばそうとするが、その脳裏を3年前の記憶が過っていく。

 

――本当に信じて良いのか?――

――信じたところで、またあの時の様に見捨て、裏切られるのが関の山ではないのか?――

 

 父親が死んだ日の記憶がこびり付いてくる。

 レイは何も言わず手を下げて、立ち上がった。

 

「……それは、裏切らない保証にはならないだろ」

「裏切るって、そんな……」

「そう言って仲間面した奴らが、3年前に父さんを見殺しにしたんだ」

 

 心の奥底に黒いものを感じながらレイは吐き捨てる。

 

「ボーツの出現予測ならギルド長にでも聞け、俺は一人でいい」

「レイ!」

 

 フレイアが呼び止めようとするが、レイは聞く耳持たず彼女達に背を向け立ち去っていく。

 

「俺に仲間は必要無い…………必要無いんだ……」

 

 誰にも聞こえない程小さな声で、レイは自分に言い聞かせる様にそう呟くのだった。



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Page13:護る価値

 レイが立ち去った後、フレイア達は焚火の始末をして帰路についていた(アリスはレイが心配だと言って先に帰った)。

 

 星空が広がる夜のセイラムに、フレイアのため息が響き渡る。

 

「はぁ〜〜〜」

「姉御ー、元気出すっス」

 

 ライラに背中を擦られて慰められるフレイア。連日のスカウトが失敗続きに加えて、先程レイに拒絶された事で流石に心にきたのか、フレイアは深く項垂れていた。

 

「流石のフレイアも、今回はお手上げかな?」

「だから言ったんスよ~。レイ君は難しいって」

 

 「想像していた通り」といった風な反応を見せるジャックとライラ。レイがこのように他者を拒絶する場面を二人は何度も見て来た。故に現在の状況に対して何ら疑問を抱くこと無く、ストンと腑に落ちていた。

 しかしフレイアの中では何か引っかかる物が多数発生しており、項垂れながらも頭の中では疑問が出てくるばかりであった。

 

「……なんか、分からない事だらけだな」

「ん。強化ボーツの事かい?」

「それもだけど、レイの事」

 

 姿勢を正して、フレイアは自身の中に生まれた疑問を述べていく。

 

「今日の話を聞いて、アイツは本当にスゴイ奴なんだって改めて思ったの。だからこそ……なんでレイをバカにする奴が多いのか、それが分かんない」

「それは……」

 

 フレイアの疑問に言葉を詰まらせるジャック。ライラも同じく、言葉が出せなかった。

 解っているのだ、レイに向けられている悪意《かんじょう》が何かを。だがそれを上手く言い表す術を二人は持ち合わせていなかった。

 

 気持ちの良くない静寂が僅かに流れる。だがその静寂は、突如響き渡った声によって破られた。

 

「それの正体は、お前達人間が『逃避』や『嫉妬』と呼ぶものだ」

 

 突然割り入って来た声に驚くフレイア達。反射的に周囲を見回すが、真夜中なので人影一つ見つからない。

 

「上だよ……フレイア嬢」

 

 声の主に従うままにフレイア達が上を向くと、そこには魔力で作り出した足場に乗り、こちらを見下ろすスレイプニルがいた。

 

「スレイプニル」

 

 フレイアが名を呼ぶと、スレイプニルは空中の足場から跳躍し、フレイア達の前に降り立った。

 平然としているフレイアとは裏腹に、ジャックとライラは目の前の出来事にただ呆然とするばかりだった。

 

「戦騎王……スレイプニル!?」

「な、何で王獣がいるんスか!?」

「大した理由では無い。レイにここまで粘り強く接触してきた者は初めてでな……柄でも無く興味が湧いたのだよ」

 

 すれ違った知り合いと世間話をする様に、あっさり答えるスレイプニル。その王獣らしからぬ言葉を聞いてジャックとライラは更に啞然とした。

 二人がスレイプニルを前に緊張している一方で、フレイアは臆することなくスレイプニルに語り掛けた。

 

「ねぇスレイプニル。逃避とか嫉妬って何?」

「言葉の通りだ。この街の民は己がレイという劣等種にも劣っているという事実を受け入れようとはしないのだよ」

「劣等種って……そんなこと無い、レイはスゴいよ! 優等生だよ!」

「……知っているさ」

「だったら――」

「誰もがその事実を知っている。だからこそセイラムの民達はその事実から逃げ、御門違いな妬みを孕むのだよ」

 

 スレイプニルの返答に言葉を失うフレイア。

 事実を認識した上で、レイを妬み悪意を向ける。フレイアにとって、その感覚は理解し難いものだったのだ。

 

「古来より人間とはそういうモノだ。己が下級と認めた存在に出し抜かれる事を良しとしない。たとえそれが、己が胡坐をかいた隙に出し抜かれたものだとしてもな……」

「……」

「己の非を認める勇気を持つ者は常に僅かだ。多くの有象無象は己が非を認めず、自分は卑劣な罠に掛ったのだと叫んで、その末に内に醜い妬みを孕み、悪意と成すのだ」

 

 スレイプニルは達観しきった様な眼を浮かべて、淡々と語っていく。

 フレイア達はただ黙って、それを聞くのだった。

 

「まして。この操獣者の街に於いて魔核を持たぬ小僧に何か一つでも劣るとあっては、歪んだ思想の持ち主は死の方がマシだと恥じる者も少なくないだろう。そのような悪意と狂気を持ち合わせた輩どもが、レイ・クロウリーの敵なのだ」

「優秀だから……嫌われる……」

「そうだ。この街の民が年月をかけて育てた闇だ。その闇を前に、変われる人間などおらんのだよ……」

 

 諦めを含んだ声で漏らすスレイプニル。長くセイラムを見守って来たからこそ、ヒーローの契約魔獣として様々な人間を見て来たからこそ、人の闇の根深さを思い知っているのだ。

 故に「変わらない」と断言する。「逃避」も「嫉妬」も変わらず人間の内に在り続ける。その感情が己に忘れえぬ黒星をつけた事実を、スレイプニルは酷く痛感していたのだ。

 

「……変われるよ」

「なに?」

「確かに心の弱い人間は多いと思う……けど、人も街も変われる。ただほんの少し勇気が足りないだけ」

 

 澄んだ瞳でスレイプニルを見据えて、フレイアは言葉を紡ぐ。

 フレイアが自分の言葉に、一切の迷いや曇りを含んでいない事を察したスレイプニルは、己の中で彼女に対する関心が微かに高まっていくのを感じた。

 

「人は弱い。その勇気はお前が想定している以上に困難な物だぞ」

「そうだね、人は強くない……けど、どれだけ闇が深くてもどこかで終わりが来る。夜の向こうには絶対に朝日があるんだよ」

「……ほう。つまりお前は大多数の人間は、自ら光に向かえる強さを持っていると言うのか?」

「アハハ、流石にそれは無理だよ」

 

 あっけらかんとして笑うフレイア。

 

「だけど……光を見失っているヤツがいたら、迷わずソイツに手を差し出す。それが出来るヤツを()()()()って言うんじゃないの?」

「……」

「少なくともレイは変わろうとしている。アンタに認められて、操獣者として親父さんの意志を継ごうと必死で足掻いてる」

「知っているさ……長く見守って来たからな」

 

 過去に思い馳せるように答えるスレイプニル。

 フレイアは自身が抱いていた大きな疑問の一つを、スレイプニルにぶつける事にした。

 

「ねぇ。なんでレイと契約しないの? 疑似魔核ってのを使えばできるんだよね?」

「そうだな」

「だったら――」

「彼は少し、眼が悪すぎるのだ」

 

 スレイプニルの言葉の意図を理解しかねたフレイアは、頭に疑問符を浮かべる。

 

「……メガネ必要なの?」

「絶対違うっス」

「もっと比喩的な話だと思うよ」

 

 恍けた回答をするフレイアに、二人は思わず突っ込んでしまう。

 三人のやり取りを見て、スレイプニルは小さく笑みを零す。

 

「レイは少し、我が強すぎるのだよ。結果的にそれが周囲の助けになっていたとしても、己の身が滅びていく事に気づいていないのだよ」

 

 スレイプニルの言葉を聞いて、これまでのレイの戦い方を思い出すフレイア達。確かにレイは自分の身を顧みない戦いをする男だ。そのスタンスを貫くのは、責められる事と言えるだろう。

 

「己が身を顧みず、父親を模倣し続けた結果が今のレイ・クロウリーだ」

「ヒーローの模倣?」

「あぁ。レイの父にして我が盟友、エドガー・クロウリーもそう言う男であった……フレイア嬢には以前話ただろう?」

 

 スレイプニルの言う通り、フレイアは以前初めて屋上で出会った時にレイの父親……エドガー・クロウリーの話を幾ばくか聞いている。

 フレイアの脳裏に、その時の記憶が鮮明に蘇って来た。

 

「『目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲』……ヒーローがよく言ってた言葉だって……」

「そうだ。エドガーとその息子であるレイも、強欲が過ぎるのだ。己が目に映る弱者を一切零さず救おうとする。その思想が民衆に妄信を抱かせ己の破滅に繋がると理解してなお、信念を崩そうとはしなかった」

 

 若干の怒気と自責を含んだ声でスレイプニルは語る。

 

「その結果があの様だ……エドガー・クロウリーの敗北など存在しないと過信した人間は、エドガーが放った救難信号弾を信じることは無かった」

 

 そこまで聞いたフレイアは、以前レイが言った言葉を思い出した。

 

「『妄信』、『見殺しにした』って……そういう事だったんだ」

「ふむ。既にレイから聞いていたか」

「うん……なんか色々と納得いった。レイが『この街で一番、ギルドを恨んでる奴』って呼ばれた理由とかね」

 

 フレイアの中でパズルのピースが繋がっていく。なるほど、父親を見殺しにされたのだ恨みの一つでも抱くのは自然な事だろう。

 だが同時に、フレイアは改めてレイという人間の優しさを再認識するのだった。

 

「それでもアイツはこの街を守ろうとしてる。恨みとか色々持ってるかもしれないけど……街と人を守って、夢に向かって足掻き続けるアイツの心はすごくヒーローらしいと思うよ」

「……そうだな、その通りだ……だが一手足りない」

「一手?」

「そうだ。その最後の一手を己の心に宿すのであれば、我はレイと契約するのも吝かではないのだよ……最も――」

 

 スレイプニルは見定めるように、ジッとフレイア達を見つめる。

 

「――意外と、その日は遠くないのかもしれんな」

 

 静かに、何かを確信したように呟くスレイプニル。

 次に会う時は、この若者達と共に剣を執っているかもしれない。そう考えるとスレイプニルは、少しばかり未来が楽しみに感じた。

 

 未来を想像して微笑むスレイプニルをよそに、フレイアは腕を大きく上げて質問を投げようとしていた。

 

「ねぇスレイプニル。ちょっと質問いいかな?」

「なんだ?」

「スレイプニルは、ずっとセイラムを見守って来たんだよね? だったら、街に出てる強化ボーツの事とか、ボーツを召喚してる犯人の事とか何か知らない?」

「ほう……そこまで辿り着いているのか」

 

 スレイプニルの返事を聞いて「レイは間違ってなかった」とフレイア達は確信を得た。

 

「…………期待している所悪いが、お前達に有益な情報は持ち合わせていない」

「ありゃ、ダメっスか」

「でも、人為的に召喚されている事は確かなんですよね?」

 

 ジャックの言葉に頷き、肯定するスレイプニル。

 それが分かっただけでも、彼らにとっては大きな進歩だった。

 

「という事は、犯人捜しの時間っスね!」

「その前に糸口を見つけなきゃ」

「そういう捜査はボクに任せるっス!」

 

 方針が定まったので今後の計画を考えるジャックとライラ。

 二人の会話に加わらず、フレイアはスレイプニルに語り掛けていた。

 

「ねぇ。スレイプニルは助けてくれないの?」

「……我がか?」

「うん。セイラムが狙われてるけど、ヒーローのパートナーは助けてくれないのかなって」

 

 一瞬の静けさが場を支配する。

 悪意はない、ただ純粋なフレイアの疑問だった。だがその言葉が、スレイプニルの心に小さな痛みを与えたのだ。

 

「……迷っているのだ」

「迷い?」

「この地は、本当に我が護るべきものなのか、な」

 

 空を仰ぎ、そう答えるスレイプニル。

 星々が瞬くセイラムの夜空が眼に映るが、心が晴れる訳ではない。

 

 視線を下ろし、スレイプニルは再びフレイアを見据える。

 

「フレイア嬢よ、一つ問いを出してもよいか?」

「ん? いいけど」

「ではフレイア嬢よ――」

 

 それは、何かを試すような問いかけであった。

 それは、何かを渇望するような問いかけであった。

 

「悪が無辜(むこ)を殺す様に、民が自ら祭り上げた英雄を殺すのであれば……お前たち人間に護る価値などあるのか?」

 

 ただの問いかけ。だが溢れんばかりの王の威が、周囲に重い空気を作り出す。

 ジャックとライラは、強い緊張に言葉を失った。これは人間を見定める為の問いだと、本能的に感じ取ったのだ。

 回答を間違えれば取り返しがつかなくなる。そう思った二人は、ただただ焦るばかりだった。

 

 だがフレイアは臆する事なく、堂々とスレイプニルの前に立つ。

 無限にも錯覚する沈黙が夜のセイラムを包み込む。

 

「どうだ、フレイア・ローリングよ」

 

 永い一瞬が終わる。

 フレイアは口を開き、スレイプニルの問いかけに答えた。

 

「わかんね」

 

 あっけらかんと回答するフレイア。

 あまりにもあんまりな回答を聞いて顔面蒼白になるジャックとライラ。

 そしてスレイプニルは予想外な答えに、少々面食らっていた。

 

「ちょ、フレイア!」

「姉御ォ! もうちょっと何か無かったんスかァァァ!」

「だって実際分かんないんだもん~」

 

 子供の様に唇を突き出して答えるフレイアに、ジャックとライラは酷く頭を抱えた。

 そんな二人を余所に、スレイプニルはフレイアに回答の真意を訪ねた。

 

「……分からないとは、どういう事だ?」

「言葉の通りだよ。護る価値がどうとか、そういう難しい事はアタシにはよく分かんない――」

 

 スレイプニルの眼を見つめ、「だけどさ」とフレイアは続ける。

 

「守れる命から目を背けたら後味が悪いでしょ。だからアタシには価値とかそう言うのは分からないし、多分これからも分かろうとしない」

 

 噓偽りの無い(まこと)の言葉。純粋に己の心に従った答えに、スレイプニルは心が満たされていくのを感じた。

 

「フフ……フハハハハハハハハハハ!」

 

 柄でも無く笑い声を上げるスレイプニル。

 だがそれは決して嘲笑の声では無く、満たされた者の笑い声だった。

 

「そうか……だから『分からない』か……良い、実に良い答えだ」

 

 スレイプニルはフレイア達を愛おしそうに見つめる。それはまるで、長年求めていた存在に出会えたかのような眼であった。

 

「お前の様な者がもう少し多ければ、過去も変わったのだろうな」

 

 どこか悔いの混じった言葉を零すと、スレイプニルはフレイア達に背を向けた。

 

「スレイプニル!」

「一つ忠告しておこう……よからぬモノが湧き出ようとしている。明日は特別気をつけるのだな」

 

 スレイプニルはそう言い残すと、空中に魔力の足場を連続形成してその場を去って行った。

 後に残された三人は呆然と、スレイプニルの背を見続けていた。

 

「行っちゃったっスね」

「なんか……嵐の様な時間だったね」

 

 王獣との邂逅という、希少すぎる経験が未だ現実だと実感できないジャックとライラ。

 一方のフレイアは、スレイプニルが最後に残した言葉が気になっていた。

 

「明日……よくないモノ……?」

 

 様々な思いが入り混じりながら、セイラムの夜は更けていくのだった。



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Page14:必要ナモノハ

 絶望とは実に容易く、それでいて突然に襲い掛かってくるものである。

 レイ・クロウリーという少年がそれを実感し知ったのは、今から三年前の事であった。

 

 その日、セイラムシティ全体でボーツが大量に発生するという前代未聞の事件が発生していた。

 幸いにしてボーツ一体一体は大した脅威では無かった為、ギルドの操獣者達が難無く撃退し、街への被害も最小限に抑え込むことができた。

 多少の怪我人は出たが微々たるものであり、街の住民達は皆胸をなでおろしていた。

 だがこの日、()()()()()()()犠牲者が出ていた事をセイラムの面々が知ったのは……全て取り返しがつかなくなった後の事だった。

 

 

 

 背後には炎の熱。鼻孔には森の木が焦げた嫌な臭い。そして背中には、生温かい血の感触と父親の重み。

 レイは息を切らしながら、父親を背負って独り助けを求めていた。

 

「(なんで……救難信号弾を撃ったのに、なんで誰も来ないんだ?)」

 

 目の前で凶刃に倒れ、今まさに身体から血液(生命)を流し出している自分の父親。助けを求める為の救難信号弾は、その父親が既に放った後だった。だが誰も助けに来ない。

 

 今までこんな事は無かった、異常だ。ギルドだけではない、セイラムシティ全体で何かがあったに違いない。

 レイは混乱する自分を抑え込んで、ただひたすらに中央区へと足を進めていた。

 中央区まで近づけば、救護術士の一人くらい居る筈だ。

 

 八区の獣道が終わる。ここから先には誰か人が居る筈だ。

 ボーツの大量発生で混乱中かもしれないが、今はこの先の光に頼るしかない。

 

 一人でいい、誰か居てくれ。

 藁にも縋る思いでレイは獣道を抜ける。

 そして――

 

「……え?」

 

 そこに人は居た。幾らでも居たのだ。

 だがそれはレイにとって、光からは程遠く……裏切りの体現の様に見えていた。

 

 ボーツの撃退は既に終わっていた。

 ギルドの操獣者達はいつも通りといった感じで、事後処理に勤しんでいた。

 まるで、誰かが助けを求める声など最初から聞こえていなかったと言わんばかりに……いつも通りだったのだ。

 

「……なんで……」

 

 それ以外に、レイは言葉を出せなかった。

 目の前の光景に、ただ茫然と立ち尽くしてしまう。

 

 救難信号弾が不発だったのか? 否、確かに上空に打ち上げられた瞬間をレイは視認していた。

 では他の地区まで信号弾の光が届かなかったのか? 否、放たれた信号弾は相当量の光を発していた。

 

 ならば目の前の彼らはなんだ?

 何故彼らは悠々と事後処理に勤しんでいるのだ?

 何故誰も信号弾の事を気にしていないのだ?

 

 レイには、理解できなかった。

 

「おぉレイ、無事だっ…………!?」

 

 茫然自失状況のレイに気づいた者が駆け寄ってくる。

 魔武具整備課のモーガンだ。モーガンはレイが背負っている友の姿を確認すると、信じられないといった表情を浮かべた。

 

「エドガー……おいッ! エドガー、しっかりしろ! エドガー!!!」

 

 レイの背中からエドガー・クロウリーを降ろし、安否を確認するモーガン。

 その叫び声を聞いた操獣者達が、続々と負傷したエドガー・クロウリーの姿を認識した。

 彼らは例外なく、ありえない物を見ている様な顔で茫然としていた。

 

「誰か、救護術士を呼んでくれ! 早くしろ!」

 

 モーガンの叫びを聞いて我に返る操獣者達。

 慌てて救護術士を探しに向かう彼らの背中が、レイの心に音を立てて傷を入れていった。

 

「……親方、父さんが撃った救難信号弾……見えてたか?」

 

 エドガーを止血するモーガンの腕が一瞬止まる。

 

「なぁ……誰か見て無かったのか?」

 

 力ない声で周囲の操獣者達にも問いかけるレイ。

 レイの問いを聞いた操獣者達は皆顔を背けた。それは最早、無言の答えだった。

 

「……親方?」

 

 縋るような眼でモーガンの方を見るレイ。

 だが返って来たのは……俯いて、ただ一言「すまない」と謝罪する、レイにとって余りにも残酷すぎる答えであった。

 

「なんでだよ……なんで誰も……」

 

 誰かが助けてくれると信じていた。ヒーローと讃えられた父の様に、誰かが父にも手を差し伸べてくれると信じていた。

 

 だが返って来たのは、あまりにも無情すぎる裏切りであった。

 

「助けに来てくれなかったんだよォォォ!!!」

 

 見知らぬ誰かの為に、父は手を差し伸ばし続けた。

 だがその誰かは、「仲間」だの「友情」だのを謳っておきながら、誰一人として手を差し伸べる事は無かった。

 

 そうしてレイの心には、只々失望が残るばかりなのであった……。

 

 

 

 

 

 目覚める。

 

「……なんか、嫌な夢見ちったな……」

 

 書類等が散乱したデスクから顔を上げて、レイは目を擦る。

 散乱した書類の上には一枚の地図が広げられており、その端にはペンが転がっていた。

 

 フレイア達と別れた後、レイは自宅兼事務所に戻りあの強化ボーツの正体について頭を悩ませていた。

 デスクに広げていたのは大量の術式で構成された魔方陣を描いた地図だ。

 

「結局、正体不明のままかぁ……」

 

 ボーツの召喚術式をベースに硬質化、自然治癒強化等々、思いつく限り様々な術式を組み合わせて考えてみたのだが……何れも今迄のボーツ発生の要件と一致せず、レイのデスク周りには破り丸められた地図の残骸がいくつも転がっていた。

 

「そもそもあの鎧みたいな部位が何なのかが分からないとな~」

 

 ボーツの強化部位を思い返すレイ。単純な硬質化や身体強化等をかけた場合、あのように形状変化が起こる事は決してない。良くて表皮の色が変わる程度である。

 つまりボーツにかけられた術式は、身体の変質化と強化を同時に行う術式であるという事。

 犯人は召喚術式とこの強化術式を共存させた魔方陣を使っているに違いない。

 

 レイは持てる知識を総動員して、この術式の正体を暴こうとしたが、今夜は分からずじまいであった。

 根を詰めすぎて頭の回転効率が落ちては意味がない。夜も遅いので、レイは大人しくベッドで眠る事にした。

 そうして席を立った時、ふとレイの頭の中に一つの術式が浮かびあがる。

 

「まさか……いや、それは無いだろ」

 

 それはありえない。レイは自分の中でそう結論付けて、その話を終わらせた。

 

 

 寝室の戸を開け、そのまま倒れ込むようにベッドに沈むレイ。

 召喚の術式だけを見る限り、明日はボーツが出そうにない。だが強化ボーツの事が心配なので、明日は街を散策していようとレイは思うのだった。

 眠気はまだ来ない。ここ最近色々な事が起きすぎて、レイの頭の中でそれらがグルグルと渦を巻いていた。

 

「できるのかな……俺一人で……」

 

 強化ボーツの強さを思い出し、少し弱気が生まれる。ただでさえ通常ボーツに数で攻められると辛い現状、あの強化ボーツを相手にどこまで戦えるのか不安が渦巻いていく。

 

「いっそ、誰かを頼ればいいのかな?」

 

 レイの中で、フレイアの言葉が反復される。

 

「仲間……か……」

 

 フレイアが本心から自分を信じている事を、レイは大凡理解していた。

 だがどうしても、三年前の出来事がレイの心にストップをかけてしまう。

 

 そう言った感情がレイに苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべさせていると、背後からか細い腕が回し込まれて、レイを優しく包み込んだ。

 アリスの腕だ。

 

「悩んでるの?」

「ん」

「フレイアの事」

「……解ってるさ、アイツが悪意なんて欠片も持っていないって事は。けどよ、それは裏切らない確証にはならないんだよ」

 

 父を手にかけた当人はともかく、父を見殺しにした者達に悪意は無かった。

 悪意を持つこと無く、レイ達の心を裏切ったのだ。それがレイの中で言い表しようの無いトラウマとして根付き続けていた。

 

「レイは、フレイアの事どう思う?」

「脳筋パワー馬鹿」

「それも正解。じゃあレイは、フレイアが誰かを裏切るような人だと思う?」

 

 否定の言葉は微塵も浮かんでこなかった。フレイアと関わり彼女の人柄を見てきた訳だが、仲間を思いやりこそすれ、裏切り傷つける様な真似をするとは到底思えなかった。

 

「大丈夫。フレイアはレイを傷つけない」

「……そうかもな。だけどそうなったら、今度はフレイアが傷つく番だ」

 

 どれだけ足掻こうとも、レイ自身がトラッシュであるという事実を変えられる訳ではない。たとえフレイアがレイを信じて受け入れたとしても、トラッシュを仲間にしたと嘲笑されチームの評価を大きく落とすことになるのは明白だ。

 

「嫌なんだよ。自分のせいで誰かが傷つくのとか……嫌なんだよ」

 

 首に回されている腕を握って、そう漏らすレイ。

 自分が嘲笑される事に関しては最早どうでもいいと思っているのだが、自分に関わった者がその巻き添えになる事がどうにも後味が悪く許せなかった。

 

「じゃあ、逃げる?」

「…………」

「レイが街から逃げても、私は責めないよ」

「……それも嫌なんだ」

 

 自身を嘲笑し、父親を見殺しにしたこの街に思う所が無い訳ではない。

 だがレイは、セイラムから逃げようとは思わなかった。

 偉大な父の背中が、ヒーローという夢が、レイをセイラムに縛り付けていた。

 

「少なくとも今は……目の前で起きてる事件をどうにかしたい」

「ちゃんと評価されなくても?」

「俺の評価はどうでもいい。目の前で手を伸ばせる範囲なのに、それを諦めたら後味の悪さが残る……それが嫌なだけなんだよ」

 

 レイがそう言うと、背後から優しく頭を撫でられた。

 小さな手の平が髪の上を這う感触が心地よい。一撫でされる度に、レイの心に安心感が芽生えてくる。

 

「なでなで」

「……なんだよ」

「レイは優しいんだね」

「……優しくなんてない。自分の都合だけで動いている利己主義者だよ」

「でも誰かを助ける為に、レイは動ける」

 

 評価され慣れていないレイは気恥ずかしさを感じる。

 

「フレイアの仲間にはならないの?」

「……ならねーよ。誰も得しない」

「……そう」

 

 レイの心を察したのか、無理強いの言葉は来ない。それだけでありがたかった。

 レイは何も言わず、心の中で感謝を述べる。

 

「でも、少しくらいなら……歩み寄っても、いいんじゃないかな?」

「…………」

「フレイアは小さい事は気にしない。きっとレイの良いお友達になってくれる」

「……友達……」

「うん。仲間じゃなくて友達」

 

 レイは自分の中で、心が揺れるのを感じた。

 思わず先程のフレイアとのやり取りで引き下げた手を見つめる。

 

「……伸ばしたら、届くかな?」

「レイが望めば、きっと届く」

 

 無限を疾駆(かけ)ることに恐怖は無かった。道の終わりを気にする余裕も無く、ただ夢に向かって進み続けた。

 だがそれが、正しい道だと信じて進んでも、眼の前に広がるのは果て無く続く夜の帳……。

 少し考えれば当然の事だった。道標が無いのだ。旅人を導いて来た、ヒーロー(父親)というお日様は沈んだ……故に夜が来た。

 ならばこれより先は闇と悪意の時間。身も心も斬りつけて行く修羅の道である。

 

 レイ・クロウリーという少年が進んできた道はこういう道だ。

 終わりのない闇に沈んだまま、孤独に光を探し続けるのだ。

 

「(あぁ……そうか)」

 

 ここ最近の出来事で、心が揺れる続けていたが……レイはようやくその正体に辿り着いた。

 嬉しかったのだ。自分の孤独が和らいだ事が、無意識的に嬉しく感じていたのだ。

 

「……話相手くらいは、してやってもいいかな」

「うん。それでいい……少しずつ、進めていこう」

 

 頭を撫でる手と、優しい声がレイの心に温もりを与える。

 

 だがここでレイは、先程から抱いていた一つの疑問を口にしたくなった。

 

「ところでさぁ……一つ聞いていいか?」

「なに?」

「アリス…………お前なんで俺のベッドに入ってるんだ?」

 

 念のために述べておくが、レイは一度たりともアリスを寝室に招き入れた覚えは無い。

 さらに付け加えれば、今日レイは彼女を自宅に招き入れた覚えも無かった。

 

「……お気になさらず」

「気にするわい!!!」

 

 流石に同じくらいの歳の少女と同衾するのは抵抗感があったレイ。目一杯アリスを引き離そうとするが、当のアリスはレイの身体にしがみついて離れない。

 

 結局アリスはそのまま就寝してしまい、起こすのも悪いと思ったレイは一晩中抱き枕と化すのであった。



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Page15:模倣ノチカラ

 翌日。レイがセイラムシティを歩いていると、背後から聞きなれてしまった声が呼びかけてきた。

 

「レーーーイーーー!」

「お前の知能は鶏並か」

「ガーン!? 会って早々いきなり!?」

 

 開幕早々辛辣な言葉を浴びせられたフレイアは分かりやすくショックを受ける。

 が、レイの呆れは収まらない。

 

「お前アホだろ。散々俺に関わるなって言った傍から声かけて来るとかアホの極みだろ」

「アホって言うなー!」

 

 可愛らしく頬を膨らませるフレイア。

 諦めの悪い人間だとは思っていたが、ここまで無鉄砲直球勝負な性質だとは流石のレイも予想外だった。

 

「俺トラッシュ。君未来あるルーキー。関わるメリット無い、分かる?」

「分かってる分かってる。だから自分の意志でレイに絡んでるの」

「なんだそりゃ……」

 

 あっけらかんと言ってのけるフレイアを前に、レイは「こいつに特別な思慮なんて無い。絶対理解してないだけだ」と思わずにはいられなかった。

 

「レイは今日も魔法陣散策?」

「ただの散歩だ。まぁ……それも出来たら御の字かな」

「なんだ、アタシと一緒じゃん」

「ジャックとライラが居ないって事は……分散して魔法陣探しか?」

「そんな所。それにスレイプニルの言葉も気になってね」

「スレイプニル?」

 

 フレイアの口から突然スレイプニルの名前が出て来た事を訝しく思うレイ。

 

「うん。昨日レイと別れた後に会ったんだ」

「街に下りて来たのか? 珍しいな」

「ライラ達もビックリしてた。それでね、別れ際にスレイプニルが言ったの『よくないモノが湧き出そうだから、今日あたり気を付けろ』って」

 

 反射的にフレイアが告げた、スレイプニルの言葉を考えるレイ。

 スレイプニル程の高ランク帯魔獣ともなれば、広域の魔力探知が出来てもおかしくはない。恐らくスレイプニルはそれでセイラムシティを流れる魔力を調べたのだろう。

 だがレイは違和感を感じた。現時点で考えられる術式とそのバグを考慮すると、今日はボーツの発生が起こるとは思えなかったのだ。

 

「……レイ?」

 

 顎に手を当てて考え込むレイにフレイアが声をかけてくる。

 

「…………まぁ、強化ボーツの事もあるし、警戒するに越したことは無いか」

「そういえばレイ。あの強化ボーツの事なにか分かった?」

「なんにもだ。今の所思いつく限りの術式を組み合わせて考えてみたけど、今までに発生したバグと全然一致しない」

「ありゃ、詰まってたか」

「残念ながらな……スレイプニルは他に何か言ってたか?」

 

 首を横に振るフレイア。相変わらず抽象表現ばかり使う王獣である。

 

「こりゃ本人に聞いた方が早そうだな」

 

 そう言うとレイはギルド本部がある方角へと足を動かし始めた。

 幸いそれ程離れた位置ではないので、馬車に乗る必要はなさそうだった。

 

「あぁ待ってレイ!」

 

 一人でギルド本部に向かおうとするレイを、フレイアは慌てて追いかけ始める。

 そんなフレイアを背中に感じつつ、レイの中で彼女を拒絶する気持ちが湧いてくる事は無かった。

 

 

 ギルド本部に近づくにつれて、街の活気と喧騒も賑やかになってくる。

 いつもと変わらぬセイラムシティの光景。だがレイとフレイアは、ある違和感を感じた。

 

「なんか……人の流れが妙だな」

「あ、レイもそう思う?」

 

 この辺りに来る人間は大抵ギルド所属の人間かギルドに依頼をしに来る者達なので、自然と人の流れはギルド本部に向かって行く筈である。

 しかし現在、周りの人間の流れを見てみると、大多数がギルド本部とは真逆の方向に進んでいる。それも早足でだ。

 

「(逃げてる……のか? でもなんで?)」

「ねぇねぇレイ! あれ見て、あれ!」

 

 レイが違和感の正体について考えていると、フレイアがレイの袖を引っ張って、近くにあった建物の屋根を指さした。

 

 フレイアに言われるがままに指さされた場所を見るレイ。

 視線の先には、建物の屋根を軽快に渡り駆ける一匹の猿が見えた。だがよく目を凝らすと、それが普通の猿ではない事はすぐに分かった。

 形こそ猿だが、その身体は無数の木の根が絡まり合って構成されていた。

 

「アタシあんな魔獣初めて見た」

「あぁ、ありゃドリアードだな。ランクこそ低いけど植物操作を得意としている、かなり希少な魔獣だよ」

「へぇ~レアモンなんだ。誰かの契約魔獣かな?」

「多分キース先生とこのだろ」

「キース先生って……あの問題児集団のリーダー?」

「あぁ。フレイアもこの間見ただろ、キース先生の植物操作魔法」

「あ~、あの木の根で串刺しにする魔法。あれがドリアードの能力なんだ」

 

 その通りだと、レイが肯定しようとすると、レイの耳に周囲の人間の声が聞こえてきた。

 

「早く行けー! 避難しなきゃ巻き込まれるぞー!」

 

「……これは、ただ事では無いみたいね」

「らしいな」

 

 屋根の上を移動するドリアードはまだ見えている。

 レイ達の身体は自然と、ドリアードを追っていた。

 

 避難行動に移っている人々の流れに逆らいながら、ドリアードを追う二人。

 ギルド本部近くの広場に入った所で、ドリアードは建物から飛び降りた。

 

「…………アレは」

 

 思わず建物の影に隠れてしまう二人。

 ドリアードが降り立った広場を覗き込むと、そこには杖を突いたキースと剣の金色刺繡を付けた集団が十数人程居た。

 

「あれって、グローリーソードだよね」

「だな……こんなとこで何やってんだ?」

 

 どうにも気になったレイは、見つからない様に聞き耳を立てる。

 

「隊長、招集をかけた者たちは全員集まりました」

「よし。皆の者聞いてくれ! 予報が正しければ、もうすぐここでボーツが大量発生する筈だ。街と、街の住民に被害が及ばないよう早急に事態を収束させる。皆変身の準備はいいか!」

「「「応ッッッ!!!」」」

 

 声を上げて気合を入れるグローリーソードの面々。

 どうやらボーツの発生予報を元に、先回りして対処しようとしているだけの様だ。

 

「なーんだ、先回りしてボーツを叩こうとしてるだけか。ちょっと拍子抜けかな」

「…………してない」

「ん?」

 

 拍子抜けと言わんばかりに、頭の後ろで両腕を組むフレイア。だが対照的にレイはグローリーソードの言葉を聞くなり、みるみる顔を青ざめさせていった。

 次の瞬間、レイが発した言葉はフレイアの肝を抜く事となった。

 

「俺……こんな場所に、予報出してない」

「え?」

 

 なんとも気まずい静寂が一瞬流れる。

 フレイアが「どういうこと」とレイに問おうとした次の瞬間、人ならざる者のけたたましい鳴き声が辺りに響き渡った。

 

「「「ボォォォォォォォォォォォォッツツツツツツツツ!!!」」」

 

 グローリーソードの面々が居た広場に、数十体は居ようかという強化ボーツの大群が姿を現していた。

 

「前衛部隊はボーツを一カ所に集中させろ。一体たりとも零すな! 銃撃手(ガンナー)は後方から援護しろ!」

 

 グローリーソードの操獣者達がキースの指示に従い、行動を開始する。

 大量の強化ボーツの事もあるが、キースの言葉の通りにボーツが発生した事にレイ達は驚きを隠せないでいた。

 

「ワーオ、本当にボーツが出たよ。しかも大量に」

 

 呑気な言葉を発するフレイアを余所に、レイはグローリーソードの戦いを注視し続ける。

 

 名のある大規模チームは伊達では無く、グローリーソードの操獣者達は早々に強化ボーツを数体倒していた。

 前衛の剣士が中心に追い込み、後衛の銃撃手がサポートをする。そして一カ所に集められたボーツは、キースの植物操作魔法によって次々と串刺しにされていく。

 まるで教科書のお手本の様な効率の良さだった。流れる様に無数のボーツが討伐されていく。

 

「第二波、来るぞ!」

 

 最初のボーツを倒し終えたと思った矢先に、再び地面から大量の強化ボーツが現れる。

 グローリーソードの面々は先程と同じようにボーツを倒していく。

 しかし――

 

「ねぇレイ……あれマズいんじゃない?」

「あぁ。前衛の奴ら初っ端から全力で行き過ぎだ、このままじゃ息切れするぞ」

 

 第二波を討伐し終える。しかし前衛で戦い続けた操獣者達は、既に息も絶え絶えといった様子であった。

 だがまだ終わらない。ほんの一瞬の間を置いて、再び強化ボーツが湧き出て来た。

 前衛の操獣者が「嘘だろ」と叫ぶ声が聞こえてくる。

 

 グローリーソードの面々は再び同じ作戦でボーツを討伐しようと試みるが、前衛の体力切れが祟ってしまった。

 

「しまった!」

 

 数匹のボーツがグローリーソードの猛攻を抜けきり、広場の外に向かって走り出した。

 

「フレイア!」

「言われなくても!」

 

 意識的なものは無かった。二人の身体は勝手に動き始めていた。

 グリモリーダーと栞を構えて、二人は逃げ出したボーツに向かって走り出す。

 

起動(ウェイクアップ):デコイインク!」

「Code:レッド、解放ォ!」

 

 走りながらグリモリーダーに栞を差し込み、二人は同時に変身の為の動作を行った。

 

「デコイ・モーフィング!」

「クロス・モーフィング!!!」

 

 変身を完了した二人は、そのまま逃げ出したボーツに向けて攻撃を開始した。

 

「燃えちゃえェェェェェェェェェェ!!!」

 

――業ッッッ!!!――

 フレイアは巨大な籠手の口を開き、内部に溜め込まれていた炎をボーツに向けて放つ。直撃を受けたボーツは致命傷こそ免れたものの、逃げるどころの騒ぎでは無くなったのでその場で悶え転がっていた。

 だがこの一撃で、逃げ出したボーツを全て止められた訳ではない。

 炎を逃れた二体のボーツが、一目散にその場を離れようとする。

 

「させるかよ!」

 

――弾ッ弾ッ!!!――

 銃撃形態のコンパスブラスターから、二発の魔力弾が撃ち出される。

 魔力弾はそれぞれ、鎧化していないボーツの脚部を貫き、その逃走を食い止めた。

 

「強化されてない箇所なら撃ち抜ける」

 

 レイ達の突然の登場に、グローリーソードの操獣者達は目を丸くしていた。

 

「あれは、チーム:レッドフレアの……」

「その隣はトラッシュか」

 

「取りこぼしたボーツはこっちに任せて!」

「アイツらの手助けとか滅茶苦茶腹立つんだけどな……」

「贅沢言わない、出来る事最優先!」

「分かってるよ!」

 

 フレイアとレイは、再生を終え始めたボーツに攻撃を再開する。

 何か文句でも言いたげな雰囲気を出していたが、グローリーソードの操獣者達も目の前のボーツの大群に集中する事にした。

 

「どりゃァ!!!」

「オラァ!」

 

 フレイアは炎を纏った籠手の一撃で、レイは剣撃形態にしたコンパスブラスターでボーツに止めを刺していく。

 だがそこは強化ボーツ。並大抵の一撃が効かない事は重々承知しているので、相当に出力を高めた攻撃を加えていく。

 

「ボッツ、ボッツ!」

「追加の取りこぼし、来たよ!」

「そもそも取りこぼすなって文句言わせろ!」

 

 最初のボーツ達を片付けた矢先に、次の取りこぼしボーツが二人の元に襲い掛かってくる。

 再び高出力の攻撃で対処していくも、負荷も消耗も大きく二人は若干息切れをし始めていた。

 

「あーもう! こいつら固すぎんのよ!」

 

 愚痴を零しながらボーツに炎を叩きこむフレイア。

 レイはコンパスブラスター(剣撃形態)で応戦しながら有る事を考えていた。

 

「(こいつらの鎧化部位、あの時は夜で見え辛かったけど……まさか)」

 

 戦いながら強化ボーツの身体を観察する。黒く変質したボーツの部位が、レイの中で一つの可能性に当たった。

 だがそれは、昨晩レイ自身が否定した事でもあった。

 

「(あり得るのか、そんな事が……けどアレはどう見ても……)」

 

 ソレを実行するか否か、一瞬の間にレイは決断する。

 

「試すだけ試してみるか……」

 

 そう言うとレイは、一度ボーツから距離を置いた。

 鈍色の栞を取り出しコンパスブラスターに挿入する。そして頭の中で必要な術式を構築し始めた。

 時間にして三秒程度、比較的長めの術式であった事と実戦での使用が初めての術式だったので構築に手間取ってしまった。

 完成した術式をインクと共にコンパスブラスターに流し込む。

 

「……来いッ!」

 

 コンパスブラスターに魔力の光が纏わり付く。

 レイの挑発に易々と乗って来たボーツが、レイに襲い掛かる。

 ボーツが斧化させた腕を大きく振り上げると同時に、レイはコンパスブラスターの一撃を鎧化しているボーツの腹部に叩きこんだ。

 

「ボッ!?」

 

 ボーツの短い悲鳴が耳に入ってくる。それと同時にボーツの上半身がズルリと音を立てて地面に落ちた。

 鎧化していた筈の腹部は、まるでバターを切るかの様に容易く切断されていた。

 

「やるじゃんレイ!」

 

 強化ボーツを一撃で葬った事を、フレイアは素直に賞賛する。だがレイの頭の中は混乱に満ち満ちていた。

 

「今の術式で、斬れた?…………じゃあ、このボーツは……」

 

 コンパスブラスターの刃を見る。刀身には未だ魔力の残りが付着していた。

 今使った術式は初めての実戦使用だった。だがそれは、本来使う場面が現れないとレイ自身が高を括っていた代物でもあった。

 

 ありえないと思い込んでいた。だがそれは今、レイの眼の前で現実として在った。

 

「レイ、どうしたの?」

「分かったんだ……強化ボーツの正体……」

 

 仮面越しに驚くフレイア。

 フレイアはレイにボーツの正体を聞こうとするが、眼の前で起きた異常にそれを妨げられてしまった。

 

「ボッ、ボォォォォォォ、ツ」

 

 フレイアの目の前に居たボーツが突然苦しみ始めたのだ。

 地を這うような呻き声を上げる毎に、ボーツの身体が鎧化した部分と同じ黒色に染まっていく。

 

「なにが起きてるの……」

 

 異常はフレイアの前に居る一体だけでは無かった。振り向けばグローリーソードと対面していたボーツ達も同じく、不気味な呻き声を上げていた。

 全身が黒く染まっていくボーツの大群。

 

 次の瞬間、ボーツの身体から鈍色のインクが溢れ出し、ボーツの全身を覆いつくした。

 

「「「ボォォォォォォォォォォォォッツ!!!」」」

 

 咆哮が鳴り響く。

 全身を覆っていたインクが晴れ、ボーツが再び姿を現した。

 そしてその姿を見た者達は、誰もが唖然とした。

 

 黒く染まりきった身体の上に灰色のローブ、ベルト、ブーツ等々。頭部には一本角が生えたフルフェイスメットが形成されていた。

 

 誰もがありえないと心の中で叫んだ。

 それはボーツが装着する様なものでは無いと誰もが知っていた。

 そして、この場に居る誰もがその姿に見覚えがあった。

 

 無意識に、皆の視線が()()に向く。

 その姿があまりにも酷似しすぎていたのだ。

 

「……レイ?」

 

 動揺からか、少し声を震わせてレイに呼びかけるフレイア。

 だがレイの耳には届かない。レイの意識は全て、眼の前のボーツ達に向いていたのだから。

 

 レイは絞り出すように、ただ一言こう呟いた。

 

「……デコイ……モーフィング、システム……」



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Page16:孤独ノカクゴ

「……デコイ……モーフィング、システム……」

 

 絞り出すように、眼の前でボーツを変身させた術式を答えるレイ。

 そう、今目の前でボーツ達が身に纏ったのはレイと同じ偽魔装だった。よく見ると若干歪な形状をしているが、基本的なシルエットも色も全てがレイのものと一致していた。

 

「「「ボォォォォォォォォォッツ!!!」」」

 

 ボーツ達の咆哮を聞いて我に返る面々。

 

「ハッ! レイ、ボーっとしてる場合じゃない! 来るよ!」

 

 フレイアに喝を入れられ、レイもハッとなる。

 そうだ、今はボーツの正体がどうこうよりも、こいつらを広場の外に出さずに倒す事が先決だ。

 レイは急いでコンパスブラスターを構え直す。

 

「ボォォォツッ!!!」

「クッ!!! 重いッ!」

 

 一体のボーツが、肥大化させた鉤爪でレイに襲い掛かる。

 何とかコンパスブラスターで防ぐが、偽魔装の恩恵で腕力が強化されている。弾き返すどころか、辛うじて横に流すのが精一杯だった。

 

「どりゃァァァァァァァァァ!!!」

「ボッツ♪」

「ッ!? 固い!」

 

 今まで以上に出力を上げた一撃を叩きこむフレイア。だがその一撃を持ってしても、偽魔装で強化されたボーツには大したダメージを負わせられなかった。

 

「インクチャージ!」

 

 鈍色の栞をコンパスブラスターに挿入する。フレイアが慌てている一方で、レイはある程度冷静さを取り戻していた。

 頭の中で術式を高速構築していく。先程と同じ術式だ。

 完成した術式をコンパスブラスターの刀身に纏わせる。だがそれだけでは終わらない。

 

「もう一本、インクチャージ!」

 

 レイは更に追加で栞を挿し込む。先程構築した魔法術式を維持したまま、並列思考でもう一つの魔法を造り上げていく。

 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇。

 完成した魔法がインクとなって刀身に纏わり付く。そして先程の術式と交わり一つの大きな魔力刃を形成した。

 

「フレイア、そのボーツをこっちに!」

 

 レイの呼びかけに小さく頷くフレイア。するとフレイアはすぐに、眼の前に居たボーツの背を殴りつけてレイの元まで吹っ飛ばした。

 一方レイ近くに居たボーツ達も、レイに襲い掛かろうと近づいてくる。

 レイは落ち着いて、接近しているボーツが全員射程圏内に入るのを計っていた。

 

 そして、タイミングは来た。

 

「特殊エンチャント…… 偽典一閃(ぎてんいっせん)!!!」

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 逆手持ちのコンパスブラスターから生成された巨大な魔力刃を、レイは大きく振るう。接近していたボーツ達は残す事無く、その身体を断ち切られてしまった。

 

「……一撃でやっちゃったよ」

「種さえ解かってりゃ対策は出来るって奴だ」

 

 一先ずこれでレイ達の周りに居たボーツは片付いた。残るはグローリーソードの面々が相手していたボーツのみだ。

 レイ達は間髪入れず、振り向いてグローリーソードの様子を確認する。

 

 ハッキリ言って地獄絵図に近かった。

 突如変身したボーツを前に隙が出来たのだろうか、地面には何人もの操獣者がのた打ち回っている。剣が落ちているあたり、倒れているのは前衛の者達だ。

 後ろに視線をやれば後衛部隊の者達が足を震わせながら応戦している。

 

「ニードル・フォレスト!」

 

 キースも植物操作で作り出した根の棘を一斉に生やして攻撃する。何体かのボーツは股から貫かれて絶命したが、まだまだ数は残っていた。

 更に付け加えると、元々強化されていた再生能力が更に増しているのか、手足等にダメージを負っていたボーツの傷は瞬く間も無く再生しきっていた。

 

「あっちゃ~、向こうさん酷い事になってるわね」

 

 呑気な感想を口にしながら、フレイアは剣を構える。

 

「ねぇレイ、さっきの技で残りのボーツ一掃できそう?」

「……そうしたいのは山々なんだけどなぁ~」

 

 フレイアの提案に乗りたい気持ちはあるレイなのだが……一つ問題があった。

 

「手持ちのデコイインクが残り少ない。さっきの方法を使ってもあの数のボーツを一掃できるかどうか……正直ギリギリだな」

 

 片手に鈍色の栞を数枚持ちだして説明するレイ。広場に残っているボーツは十数体。一度に二枚の栞を消耗する先程の技で一掃するには、栞の残り枚数があまりにも心もとないのだ。

 

「でも、不可能じゃないんでしょ?」

「…………」

「アタシがフォローするから、せめて数だけでも減らそう」

「……後で文句言うなよ」

 

 一か八かの懸けにはなるが、やらないよりはずっと良いだろう。そう考えたレイは栞とコンパスブラスターを構える。術式は既に頭の中で構築し始めていた。

 レイとフレイアの闘争心に勘付いたのか、ボーツ達が一斉に二人の方へと向いた。

 

「よーし、行くよ!」

 

 フレイアの声を合図にボーツの大群に向かおうとする二人。

 だが駆け出した瞬間、眼の前で群がっていたボーツ達が一斉に苦しみ始めた。

 

「ボッ……ボォォォ、ツ……」

 

 パチパチと偽魔装から魔力が弾ける音が聞こえる。

 明らかに様子がおかしい。二人はその場で足を止めて、警戒しながらボーツの様子を探る。

 攻撃に移る様子は見えない。だが弾ける魔力の音と、それに合わせて身体から漏れ出ているインクが、明らかに危険な雰囲気を醸し出していた。

 

「なんか……嫌な予感しかしない……」

 

 ボーツ達がしばしもがき苦しんだ次の瞬間。

 ボーツ達の身体から光と共にけたたましい破裂音が周囲に響き渡った。

 

「自爆!?」

 

 思わずフレイアがそう零す。

 ボーツ達は強い衝撃波と共に爆発し、跡形も無く消え去ってしまった。

 

 爆発の衝撃で軽く飛ばされてしまったレイ達。幸い広場に居た者たちは皆、魔装か偽魔装を着けていたので大事には至らなかった。

 レイ達はなんとか起き上がって周囲を確認するが、既にボーツは一体も残らず消え去っていた。

 

「まさか自爆するなんてね~」

 

 追撃のボーツが出てくる様子が無いか確認しながら、フレイアはそう零す。

 レイも周囲を確認する。

 ……新たにボーツが湧き出る気配も無かったので、レイとフレイアは変身を解除した。

 

「スレイプニルが言ってたのって、これだったんだね~」

「…………そうだろうな」

 

 戦闘終了したが、レイの顔は浮かないモノであった。

 そうこうしている内に、グローリーソードの面々も回復したのか続々と起き上がっていた。

 

「なんだよ、今のボーツ」

「あんなの自然発生な訳ない」

「それにあの魔装モドキ……トラッシュが使っていたのと同じ……」

 

 まだ若干混乱の様子が見え隠れしているが、流石に変身したボーツを見たとあっては、察しの悪い鈍感者でもアレが人為的なものだと理解出来ていた。

 そして同時に、彼らの視線は全てレイに注がれる。レイはすぐにソレに勘付いたが、特別動揺は無かった。

 むしろ、レイに懐疑の視線が投げかけられている事に動じたのはフレイアであった。

 

「ちょっと……なんで皆、そんな目で見てるの……?」

 

 フレイアは困惑の声を漏らす。彼らがレイに視線を向ける理由が解らなかったのだ。

 

「そう言えば、前にボーツを人為的に召喚する術を作った奴が奴がいたよね…………確か、そいつの名前って」

「俺は覚えてるぞ。レイ・クロウリー……あのトラッシュの名前だ」

「じゃあ今までの事件も全部あいつが!?」

 

 グローリーソードの間で様々な憶測が飛び交う。

 そのあまりの言い様に、フレイアの血は一気に頭の上にまで昇りつめた。

 

「ちょっとアンタ達、なに勝手に決めつけてんのさ! レイはそんなことする奴じゃ――」

「じゃあ他に誰が居るんだ! 犯行の動機も、召喚術式を組む技術力も、全て揃った人間が他に居るのか!」

 

 怒り任せに叫ぶフレイアに対して、一人の男が声を荒げて答える。

 

「動機? なにそれ?」

「薄汚い僻みがあるだろう。我々操獣者に対してのなぁッ!」

 

 理不尽極まりない、最早言いがかりと称しても違いない言い分。まともな人間なら相手する事も無いこの推測は、瞬く間にグローリーソードの操獣者達に()()()()()伝染していった。

 レイなら犯行ができる。レイなら実行してもおかしくはない。

 偏見に塗れた思想が、グローリーソードの面々に好き放題言わせる。

 

「なんでレイを犯人だって決めつけてんのさ……そんなの根拠も何も無い、アンタ達の勝手な想像でしょ!!!」

「根拠も証拠も後から探せばいい!」

「そもそもレッドフレアの。何故そんなトラッシュを庇う? お前が共犯者だとでも言うのか?」

 

 ギリッとフレイアが歯を噛み締める音が鳴る。

 フレイアは前を向いて、堂々とその言葉を叫んだ。

 

「友達信じて、何が悪い!」

 

 叫ぶようにフレイア言い放った後、一瞬の静寂が広場を包み込む。

 そして堤防が決壊したかのように、広場は数多の嘲笑の声が響き渡った。

 

「アハハハハハハ、トラッシュが友達だって?」

「世迷い言もここまでくれば立派ですわ」

「少し抜けた馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だったなんてなぁ!」

 

 フレイアを嘲笑う声は当然レイの耳にも入り込んでくる。一言一言が入り込む度に、レイの心臓と胃に言い知れぬ不快感が広がっていった。

 自分が嘲笑されるのは構わない。だが自分に関わった者が嘲笑される事をレイは心底嫌っていた。

 額に青筋を浮かべながら、腰に仕舞っていたコンパスブラスターに手をかけようとする。

 

 だがそれよりも早くキースが数歩前に出て、手を高く掲げて部下達を黙らせた。

 

「レイ君……」

「ねぇ、アンタがアイツらのリーダーなんでしょ。自分とこのメンバーが好き勝手言ってるのに、何にも思わないわけ?」

「…………状況証拠が揃い過ぎているんだ……」

 

 キースは無念そうに目を細め、顔を俯かせる。

 

「フレイア君……今このセイラムシティで、デコイモーフィングシステムの使用経験があり、その勝手が分かっている人間は何人居ると思う?」

「……まさか」

 

 フレイアの中で嫌な予感が芽生える。

 顔を青くさせて押し黙るフレイアを見かねたレイが、代わりに答えた。

 

「俺一人、だな」

 

 感情の籠っていない声で答えるレイ。それもそうだ、操獣者の街であるセイラムシティで態々デコイモーフィングまでして戦おうとする奇特な人間なぞレイ以外に存在しない。

 そもそも魔核を持たないトラッシュ自体が少数派なのだ。普通なら力がない事を認めて戦闘に参加しようなどと無茶な考えには至らない。

 

「……技術的な事はできるかもしれない。けど動機はどうなの? あんな言いがかりを真に受けるつもり!?」

「まさか、そんな訳ないさ」

 

 「だが……」とキースは続ける。

 

「レイ君のお父さんの件。それは動機考えるに足りるものだよ」

「……街がヒーローを見殺しにしたってやつ?」

「知っていたか、なら話が早い」

 

 そう言うとキースは杖を鳴らしながら、レイの元に近づいて来る。

 だがそれを遮るように、フレイアはレイの前に立って出た。

 

「レイに何する気?」

「任意で話を聞くだけさ。そこを退いてくれないかな?」

「嫌だね。アンタに引き渡したらお話だけじゃ済まない気がする」

 

 一種即発の雰囲気が流れる。

 

「オイ、変に首突っ込むな。後々面倒な事になるぞ」

「面倒上等。アイツらが気に入らないの」

「だから関わるなって言ってんだよ…………ッ!!!」

 

 フレイアを巻き込ませたくない一心で、この場から逃がそうと声をかけるレイ。

 だがその瞬間、レイの視界にある男が見えた。

 

 先程のボーツに手酷くやられたのか、その男は全身傷だらけで立っていた。

 変身したボーツに恐怖を覚えたのだろう、遠目に見ても青ざめて、手足が震えている。だが問題はそこでは無かった。男は両手で一丁の銃を構えていた。

 レイがそれに気づいた時には既に引き金に指をかける寸前であった。

 火事場の馬鹿力とでも呼ぶべきか、レイは今まで経験したこと無い速度で弾道を予測する。が、予測結果は最悪なものだった。

 あの位置、あの角度から撃ってもレイには当たらないだろう。狙いが大きくズレているのだ。

 

 問題は、そのズレた先には人が……フレイアが居たのだ。

 

「フレイア!!!」

 

 考えるより先にレイの身体が動いた。

――弾ッ!!!――

 銃声が鳴り響くと同時に、レイは一瞬をスローモーションの様に感じた。

 レイは左腕を思いっきり伸ばして、フレイアの身体を強く突き飛ばした。

 そして迫り来る魔力弾はフレイアに当たる事無く、レイの左腕に着弾した。

 

「ぐッ!!!」

 

 左腕の肉が抉られ、熱を伴った激痛がレイに襲い掛かる。

 

「馬鹿者! 誰が発砲した!」

 

 普段の紳士的な振舞からは想像もつかない怒号をキースは上げる。

 その声を聞いた男は、銃を持ったまま震える声で言い訳を述べた。

 

「だ、だって……あのトラッシュが居たら、またあの化物ボーツが出て…………だから、先に無力化しておけばって……」

 

 流石に無抵抗の人間を撃ったのは不味いと思ったのだろう。近くにいたグローリーソードの者達は、すぐさま男を鎮圧した。

 

 そして、突き飛ばされた衝撃で倒れていたフレイアは起き上がり、すぐに目の前で腕から血を流しているレイに気が付いた。

 

「レイ!」

 

 フレイアはレイを心配して、慌てて手を差し伸べようとする。

 だが――

 

――パァァァン!!!――

 

 乾いた破裂音が鳴り響く。フレイアが差し出した手を、レイは無傷の右手で大きく弾き返したのだ。

 

「俺の心配なんか……すんじゃねーよ」

「心配くらいするよ! だって――」

「友達なんかじゃねぇ。ましてや、仲間でもねー!!!」

 

 深い濁りを宿した眼で、レイはフレイアを睨みつける。

 

「損得勘定くらい上手くしろ。チームが大事なら、お前は自分の事だけ考えてろ!」

「けど……」

「それに言っただろ、俺は一人でいいって!」

 

 血の流れる左腕を押さえながら、レイはフレイア達に背を向け歩き出す。

 

「俺に仲間は必要ない」

「レイ!」

「レイ君!」

 

 心配そうに声を上げるフレイアは無視する。

 レイは呼び止める様に名を呼んだキースに向けて返答した。

 

「大丈夫ですよ。俺はセイラムから逃げる事は無いんで…………次に会う時は、証拠を揃えてから会いに来てください」

 

 そう言うとレイは、少し顔を俯かせながらその場を去った。

 その背中からは、強い拒絶の意志が滲み出ていた。

 

「レイ……」

 

 フレイアは強く拳を握りしめる。去り行くレイの背中をただ見ている事しかできない自分に、フレイアは心底苛立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分に仲間なんて必要なかった。

 

 誰かを守る為のヒーローに憧れているのに、自分のせいで誰かが傷つく事がどうしても許せなかった。

 父さんは、誰かに傷を押し付ける様な事はしなかった。その姿をカッコいいと思ったし、その魂に憧れた。

 

 『目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲』

 

 目の前で誰かが傷つき、苦しむなら、それらを全て背負う事が出来る人間になりたかった。

 だが現実はどうだ。今まさに自分のせいでフレイアが傷つこうとしたではないか。

 トラッシュという逃れられぬ肩書が周囲を傷つけるならば……自分に仲間は必要ない。近づく者は拒絶して守る。ヒーロー(父さん)の背中を追う為には必要な事なのだ。

 

 そうだ、ヒーローになる為に必要なもの。

 それは誰かを助けたと言う結果と実績。

 そしてそれは、全ての敵を倒し、全てを背負えるだけの力。

 そしてもう一つ必要なのは……

 

「必要なのは……孤独の覚悟だ……」

 

 眼に見える存在は傷つけさせない。他者に重荷は背負わせない。

 その為に必要なヒーローの数は、独りでいい。

 

 そう覚悟していた筈だった。だが、広場から去り行くレイの頬には涙が走っていた。



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Page17:彼らは何故『助けて』と言ったのか?①

 偽魔装に身を包んだ変身ボーツの出現から三日が経過した。

 結論から述べると、あの日変身ボーツと交戦したのはフレイア達だけでは無かった。同じ時間違う場所、それも複数の場所で変身ボーツによる襲撃報告がギルドに相次いでいた。

 

 今日もギルド本部には荒々しい足音が鳴り響く。同時発生こそ起きていないが、変身ボーツの出現は今も短いスパンで起き続けている。

 手の空いている操獣者達は、休む間もなく対処に駆り出されるのであった。

 

 想像以上の装甲と手強さを兼ね備えたボーツの大群を相手に、ギルドの操獣者は疲労が溜まり続けている。

 そして、増える傷と募る精神疲労が、操獣者達の間に不穏な空気を流し始めていた。

 今やギルド本部内ではあちこちから愚痴が飛び交い、変身ボーツの対策に関する意見交換が絶え間なく聞こえてくる状態だ。

 

 だが一部の者達には、問題はそれだけで終わらなかった。むしろもっと厄介な問題と言えるかもしれない。

 変身ボーツをセイラムシティに発生させた犯人は()()()()()()ギルド内でそう言う風潮が流れていたのだ。

 噂を流布しているのが操獣者至上主義の多いグローリーソードの者達だというのは割と早い段階で分かったのだが……問題はその噂を信じた者達が少なくなかった事である。

 

 

「あの三下どもめ、フザケやがって!!! 腑抜けたアホ面ハンマーで叩き直してやろうかってんだ!!!」

 

 魔武具(まぶんぐ)整備課の工房でモーガンが声を荒げて、壁を殴りつける。衝撃でクレーター状に砕けた壁を見て、整備課の者達は戦々恐々としていた。

 

「親方さん、荒れてるね」

「レイ君が犯人だって噂、お父さんさっき知ったらしいっス」

 

 怒り狂うモーガンと必死に抑え込もうとする整備士達を見ながら、ジャックとライラは呟く。

 いつもなら食堂で駄弁るのだが、今は変身ボーツの件でピリピリした空気が流れ続けている。それを嫌ったチーム:レッドフレアの面々は、ライラの誘いで魔武具整備課の一角を借りていた。

 

「まぁ、あんな噂聞いたら怒るのも無理はないね」

「そっスよ! 何なんスかアレ! じんどーに反するってやつっス!」

 

 悪意ある噂に怒りを露わにするジャックとライラ。一方でフレイアは非常に珍しく、整備課に来てから終止無言を貫いていた。

 

「姉御もなんか言ってやって欲しいっス!」

「……」

「珍しいね、フレイアがここまで大人しくするなんて」

「ん、あぁ……ちょっと考え事をね……って、親方めっちゃ荒れてんじゃん!?」

「気づいて無かったんスか!?」

 

 モーガンの怒声に気づかない程、物思いに集中していたフレイア。

 

「……もしかして、レイの事かい?」

「うん……レイってさ、なんで『ギルドを恨んでる』って言われてるのかな~て思って……」

「急にどしたんスか?」

 

 若干今更なフレイアの言葉に、ライラは疑問符を浮かべる。

 フレイアの脳裏には、三日前のグローリーソードの者達が発した言葉が引っかかっていた。

 

「皆、レイはギルドと街を恨んでるって言うけど……アタシにはそう思えなくって」

「それはヒーロー……レイのお父さんの事があったから」

「街が見殺しにしたってやつでしょ。そりゃレイも思う所はあるかもしれない……けどさ、本当に恨んでるなら街を守る為に戦うのかな?」

 

 しばし沈黙が流れる。

 確かにフレイアが言うように、本当にギルドを恨んでいるのであれば、これまでのレイの行動は矛盾そのものと言えるだろう。ジャックとライラも、その矛盾については分かっていた。だがその真理までは理解できない。故に上手く返答できなかった。

 

「僕も少し、気になっていた所ではあるね」

「ジャック……」

「父親を見殺しにされた件で、少なからずギルドに恨みがあるのは間違いないと思う。けどその先が解らないんだ。何故デコイモーフィングまで使って戦おうとするのか、何故あれだけ傷つきながらセイラムシティを守ろうとするのか……何故あそこまで操獣者になる事に拘るのか」

「レイ君、養成学校の頃はここまで無茶する人じゃ無かったんス……他人と距離を置く性格はあったっスけど、ここまで極端に拒絶する事はなかったっス」

「そうなの?」

「少なくとも、仲間は必要ないなんて頑なに言うような奴じゃなかった」

 

 ジャック達の言葉を聞いて、フレイアは内心「少し意外だな」と思った。

 だがそうなると次の疑問が湧いてくる。何がレイを変えてしまったのかについてだ。

 少なくともレイが父親を亡くした事件が関係あるのは間違いない。フレイアはセイラムシティで暮らす様になって一年と少々しか経過してないので、事件の詳細を何も知らなかった。

 そこからならレイの事情も何か見えるのではと思ったフレイアが、ジャック達に質問しようとしたその時だった。

 

「クソ、全然繋がらねェ! ライラァ、今日レイの奴見てねーか!?」

 

 握り潰さん勢いで、片手にグリモリーダーを持ったモーガンがやって来る。レイに何度も通信を試みて結局繋がらなかったのだろう、備え付けられた十字架にひびが入っていた。

 

「今日は見てないっス」

「フレイア達はどうなんだ?」

「僕は見てないですね」

「アタシも」

 

 それを聞いたモーガンは眉間に皺を寄せて、困り果てたように首の裏を掻きむしった。

 

「参ったな、レイ自身が無実だって言ってくれるのが一番なんだが……居場所が分からなきゃどうにもなんねーぞ」

 

 ブツブツ言いながら、モーガンは苛立ちを募らせる。

 

「アイツは街を泣かせるような奴じゃねーんだ……これ以上、レイを孤立させて堪るかッ」

「……親方は、レイを信じてくれるんだね」

「当たり前だ! 俺が信じてやらなかったら、アイツは本当に独りになっちまう!」

「……お父さん?」

 

 妙に焦りを含んだ声で叫ぶモーガンに、ライラ達は少し違和感を感じる。

 その時フレイアはふと、モーガンならレイの事情を詳しく知っているのではないかと考えた。

 ガチャガチャと音を立てて、グリモリーダーの十字架を操作し続けるモーガンにフレイアは問う。

 

「ねぇ親方、なんでレイって『仲間なんか必要ない』って頑固なの?」

 

 フレイアの言葉を聞いた瞬間、十字架を操作していたモーガンの手が止まった。 ほんの一瞬、振り返ったまま固まる身体。次の瞬間には眉をひそめ、モーガン顔を深く俯かせてしまった。

 その様子は、傍からみても分かる程に後悔の念溢れていた。

 

「仲間は必要ない、か……やっぱしそう簡単には変わらねぇか……」

 

 そう言うとモーガンは、近くにあった椅子にドカンと沈み込む様に座った。

 

「……レイがああなったのは、元はと言えば俺の……いや、俺も含めた三年前の事件に関わった奴全員責任だ」

「どういう事っスか?」

 

 掌で顔を覆い、モーガンは目を細める。普段からは想像もつかない様子にフレイア達は驚きを隠せなかった。

 なによりそれは、娘であるライラでさえ見た事の無いあまりにも弱々しい姿であった。

 

「ねぇ親方……三年前、レイに何があったの?」

 

 フレイアが問いかけると、モーガンは俯きながらポツリポツリと語り始めた。

 

「……三年前、セイラムシティのあちこちでボーツの大発生が有ったのは知ってるだろ」

「え、三年前にもボーツ騒動あったの!?」

「フレイアは越してきて一年程しか経ってないから、知らなくても無理ないね」

「三年前にも今みたいにセイラムがボーツまみれになる事件があったんス」

「被害は最小限に食い止めれた……とは言っても、見方次第では今より厄介なもんだったけどな……」

 

 そう言うとモーガンは、近くのテーブルに置いてあったワインボトルを勢いよく呷った。

 

「プハァ! 前兆なんて生易しいもんは無かった。ある日突然、文字通り()()()ボーツがセイラムの全地区に湧き出たんだ」

「同時!?」

 

 思わず驚きの声を上げるフレイア。だが同時発生という事で、三日前の変身ボーツの出現と似ているなと感じていた。

 

「僕もよく覚えてますよ。叫び声とか爆破音とか、離れの学生寮にまで聞こえてきましたから」

「最後の方は戦える学生まで駆り出されたっス。それだけ数と勢いがすごかったんスよ」

「幸いボーツ自体は大した強さじゃ無かったから、街が壊れた事と八区が火災で打撃を受けた事、後は何人か怪我人が出るだけで済んだ…………ボーツの発生が終わった直後、俺はそう思っていた……」

「……レイの親父さんが、犠牲になった」

 

 フレイアの言葉で場が静まり返る。

 整備課の外から漏れ聞こえる喧騒が皆の耳に、やけにハッキリ聞こえて来た。

 

「…………あの日。ボーツが大量発生した地区が多すぎたから、ギルドの操獣者は皆手分けしてボーツの討伐に向かったんだ。当然その中にはレイの父親……エドガーも居たさ。当時は街中が混乱してて誰がどの地区に向かったかなんて気にする奴は殆ど居なかった。皆眼の前で攻撃してくるボーツの大群を潰すのに手いっぱいだったからな」

 

 モーガンの脳裏に当時の光景が浮かび上がる。誰もが街を守る為に必死に戦った。だが湧き出るボーツの数が多く、徐々に操獣者達の身体に疲労の色が見え始めた。

 

「連戦続きで誰もが疲弊し始めた頃に、エドガーがある事に気づいたんだ」

「ある事?」

「八区の守りが薄くなってんじゃねーかって……」

 

 そう言うとモーガンは顔を上げて、フレイアに一つ問いかけをした。

 

「フレイア、八区ってどういう場所か分かるか?」

「ん? えと、森に囲まれていて……デコイインクがいっぱい採れる場所?」

「そうだな、最近の印象ならそれで間違いない……けどなフレイア、セイラムシティ第八居住区ってのはな他の国で言う所の()()()にあたる場所なんだ」

 

 今でこそ随分改善されたが、モーガンが言う通り八区は本来貧民区にあたる土地である。デコイインクの採掘場に隣接しているのは、本来労働奴隷を現場に縛り付ける為だったと言われている(現在は奴隷制度自体が廃止されているが)。

 数十年前に行われた改革で大きく改善されたとは言え、現ギルド長政権になるまでは巡回の操獣者が全く付かなかったり、八区内の孤児院は苦しい経済状況で運営をし、幼い子供たちが通う学校すら無い始末であった。

 

「(てか、あのギルド長ってそんなに有能だったんだ……)」

「ギルド長の活躍で改善されたとは言え、八区は当時の上層部から予算を回して貰えず、巡回の操獣者が中々来ない土地のままだったんだ」

「……ちょっと待って欲しいっス。八区ってデコイインクが山程有る土地っスよ……街中でボーツが発生するって事は……」

「間違いなく、一番被害が大きくなる土地だね」

「その通りだ。今でも随分残っているが、八区に対する偏見意識ってのは根強いんだよ…………無意識にそこを避けてしまう奴が多いくらいにはな」

 

 そこまで言われてフレイア達は悟った。操獣者達が()()()()に集中していたのだ。

 

「一応八区には避難用シェルターがあるんだが、それでも心配になったエドガーは自分が八区の様子を見て来るって一人で行っちまった。ほとんど負け知らずなアイツに『一人で行くな』なんて言える奴は当時誰一人として居なかった! セイラムの憧れの的だったアイツの足を引っ張りたくなかったからな……俺も例外じゃあなかった」

 

 顔をくしゃくしゃに歪めて、モーガンは再びワインボトルを(あお)る。

 その悲痛な様相から、それがモーガンが見たエドガー・クロウリーの最後の姿だったのだろうと、フレイア達は悟った。

 

「エドガーが八区に行ってしばらく経った後だ……八区方面の空に救難信号弾が撃たれたんだ。けど俺達は自分が行かなくても大丈夫だろうって思っちまったんだ! 八区にはエドガーが居るから俺達に出番なんざ無いって思いこんじまった! まさか救難信号弾を撃ったのが、そのエドガーだとは欠片も想像できなかった!」

 

 自責する様に、罰する様に、眼に涙を少し溜めながらモーガンは叫ぶ。

 

「全てが終わった頃には、全てが遅かった。ボーツの発生が収まって街の被害状況を確認するための事後処理をやってると、八区に続く道からレイが出て来たんだ…………血まみれのエドガーを背負ってな」

 

 モーガンの脳裏に当時の様子が鮮明に想起される。

 血と煤の臭いに包まれたレイと、動くことなく背負われているエドガーの姿。血を流し続ける親友を前に、モーガンは応急処置をしつつ大声で救護術士を呼び治療をさせた。

 そしてレイの言葉で、救難信号弾を撃ったのが他ならぬエドガーであった事を知ったのもこの時であった。

 

「その後の結果は知っての通り、エドガーが助かる事は無かった…………全部はエドガーの力を過信して『アイツなら絶対大丈夫だ』つって妄信した俺達の責任なんだ」

 

 悔しそうに歯ぎしりをするモーガン。友を死なせてしまった喪失感は、彼の心の奥底に深く根差しているのだ。

 

「……これが三年前の事件だよ」

「ちょうどその直後っスね、レイ君が何も言わずに学校を卒業していったの……」

「養成学校を卒業した直後は特に荒れてたさ。事務所に籠りっきりで、グリモリーダーの通信にも中々出なくなって、完全に他人を拒絶する様になっちまった……」

「まぁ、アーちゃんがレイ君にしつこく構って大分良くはなってたらしいっス」

「その通りだ。最近になってレイの奴も随分立ち直って来たなと思ったんだが…………その矢先に今回の件だ」

 

 やってられないと言わんばかりに頭を抱えるモーガン。ジャックとライラも、何も言わず悔しさを醸し出している。

 彼らの感情は、フレイアにも痛いほど伝わって来ていた。だがどうにもフレイアの中で何かが引っかかっていた。

 

 モーガン達の話は、先日スレイプニルから聞いた話と一致している。

 レイの父親が死ぬ事となった事件の概要も解った。だが何か違和感がある。

 

「親方、その事件でヒーロー……レイの親父さんが死んだんだよね?」

「あぁ……そうだ」

「ねぇ親方。レイの親父さんはアタシよりも強かった?」

「当然だ! 今も生きてたら、間違いなくセイラム最強の操獣者だったさ」

 

 モーガンの言葉で、フレイアの中に芽生えていた違和感が正体を現した。

 この事件には、まだ続きがある筈だとフレイアは確信した。

 

「親方……レイの親父さんの死因って、何だったの?」

「そ、それは……」

 

 一瞬、だが確実にモーガンの顔が強張ったのをフレイアは見逃さなかった。

 

「起きた事件はボーツの大量発生。そのまま考えたら大量のボーツに集中砲火されて死んだって考えるのが普通かもしれない…………けどさ、変身している状態ならアタシでも通常ボーツは十数体は倒せる。セイラム最強って言われた操獣者が、ボーツ相手に致命傷食らうなんて思えない」

「いやフレイア、それなら事故と考えるのが自然な流れ――」

「話を聞いてる限り当時レイの親父さんは変身状態だったと思うんだけど。八区にそんな、変身状態のヒーローが致命傷を負う様な事故が起きそうな場所……何処かにあった?」

 

 ジャックとライラは同時にハッとした表情になる。

 フレイアの言う通り、変身状態でかつセイラム最強の操獣者という前提条件を付けた場合、八区内で事故死する可能性がある場所は一ヶ所を除いて皆無である。

 

「百歩譲ってデコイインクの採掘場(大きな洞窟)で事故死したとしても、それだとレイがお父さんを背負って来たって説明に違和感がある……」

「て言うか、そんな事故起きてたら同じ八区に居た操獣者が気づかない筈無いっス!」

 

 ヒーローの死因は公表されていない。

 街の劇場や書籍などの結末は、大抵ヒーローが何処か遠い地に旅立つ所で終わっている。偶に死を描いている作品もあるが、専ら強敵との相打ちで幕を閉じる。

 それらをよく知るフレイアだからこそ、腹の中の疑念は留まる所を知らなかった。

 

 そして確信したのだ。今のレイを形作った原因にヒーローの死因が深く関わっていると。

 

「親方、なんだかんだ言ってレイは根っ子は優しい奴だってアタシは思ってる…………だからこそ、あそこまで他人拒絶するのは他にも何か理由があるんじゃない?」

 

 フレイアだけで無くジャックとライラの視線も、モーガンに集まる。

 少しばかり狼狽えた後、モーガンは観念したかの様に大きなため息をついた。

 そしてモーガンは整備課の扉に視線を向ける。

 

「扉は……閉まってるな。まぁこの時間に来るような奴はそう居ねーだろ」

 

 整備課にいる者以外、誰にも聞かれてない状況である事を確認したモーガンは真剣な眼差しでフレイアに顔を向ける。

 

「……今から言う事は、あまり大っぴらにすんじゃあねーぞ」

 

 フレイア達が静かに頷いた事を確認したモーガンは、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「…………エドガーはな、三年前の事件で……操獣者に殺された」



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Page18:彼らは何故『助けて』と言ったのか?②

「…………エドガーはな、三年前の事件で……操獣者に殺された」

 

 それを聞いた瞬間、フレイアは絶句する事しか出来なかった。すぐ近くで聞いていたジャックとライラも同じような状態だ。セイラムが誇るヒーローが殺されて死んだと言うのだ、無理もない反応だろう。

 フレイアは思わず整備課に居た他の整備士達に目をやる。モーガンの声が聞こえていたのだろう、彼らの殆どは手を止めて悲痛な表情を浮かべるばかりであった。そしてフレイアは悟った、彼らはこの事実を知っていたのだろうと。

 

「殺されたって……それ、本当なんですか?」

「あぁ、エドガーの身体には槍の様な何かで貫かれた跡があった」

「で、でもボーツの腕にやられたって可能性もあるッス」

「…………目撃者がいるんだよ」

 

 フレイア達の息が一瞬止まる。

 モーガンのその言葉は、真意を汲むに容易いものであった。

 

「……レイ?」

「その通りだ。アイツはエドガーが殺される瞬間を目の前で見ちまったんだよ」

 

 目の前で父親が殺され、助けを求めても誰かに応えられる事は無く……最早それだけで、レイが他者を拒絶する理由とするには十分な出来事だった。

 

「お父さん……それ、犯人はどうなったんスか?」

 

 若干震えた声で、至極尤もな疑問をぶつけるライラ。

 だが返って来た答えは、実に残酷なものであった。

 

「今も見つかってねー。顔もフードで隠していたらしい。当時の状況から考えて内部の犯行だとは思うんだけどな……」

「見つかってないって……何か痕跡とか無かったんですか!?」

「あったら今頃犯人をぶっ殺してるさ! エドガーが死んですぐに、俺やギルド長が現場を隈なく調べ上げた! だが凶器どころか足跡一つ碌に見つからなかった!」

 

 当時の感情が蘇ったのか、モーガンは怒りに任せてワインボトルを壁に叩きつけた。

 

「はぁはぁ……結局俺はエドガーに何もしてやれなかった。アイツの敵《かたき》を見つける事も、レイの心を救う事も、何一つ出来やしなかった……」

「親方……」

「…………半年間捜査を続けた。数えきれない程八区に足を運んだ。少しでも疑わしい奴は力尽くで問いただした! だが何も見つからなかった、証拠も何も……」

 

 何度も現場を調べ上げた。思いつく限りの方法で犯人に繋がる物は無いか探し続けた。だが何一つ見つかること無く、モーガンはギルド上層部からその宣告を受けた。

 

「事件から半年が経った時だった、ギルド長から捜査の打ち切りを告げられた。当然俺は怒り狂ったさ、なんで諦めなきゃなんねーのかってよ。だがギルド上層部はこれ以上の捜査は無駄だと判断したんだ…………捜査期間が延びる様にギルド長も随分無茶してくれたみてーだからな、苦渋の決断だったのはすぐに解ったさ……だけどな――」

 

 その時の事を思い出してしまったモーガンの顔が悲痛に歪む。

 捜査の打ち切りもそうだが、何より苦痛だったのは――。

 

「この事実で一番苦しんだのは、他ならないレイだ……」

 

 

 モーガンはその時の事を今でも鮮明に覚えている。

 捜査の打ち切りが決定した事を伝える為に、モーガンはギルド長と二人でレイの事務所を訪れた。最初はギルド長が「憎まれ役は一人でよい」と言っていたが、モーガンはギルド長一人にその役を押し付ける事を良しとしなかった(今になって思えば自身の罪悪感からの解放の気もあったかもしれない)。

 拳を握りしめ、肩を震わせながらギルド長はレイに捜査の打ち切りを伝えた。

 そしてギルド長はその無念さからか、地に額を擦りつけてレイに謝罪をしたのだ(これは極めて異例の事態である)。

 そして、レイは無言でその事実を聞き終えると、間髪入れずギルド長の胸倉を掴み取った。

 突然の事にモーガンは思わずレイを止めようとしたが、ギルド長に静止されてしまった。

『父さんがアンタ達に何かしたか!?』

『父さんはアンタ達の為にずっと戦い続けて来ただろ!』

 モーガンとギルド長は、レイの怒りの声をただ何も言わずに受け止める事しか出来なかった。

 そしてレイが発したその言葉は、モーガンとギルド長の心に今なお深く刺さり続ける事となった。

『だったら……だったら何で、()()()って言ったんだよ!!!』

 

 

「何で『助けて』って言ったのか……その通りだな。俺達はあまりにも虫が良すぎたんだ。エドガーをヒーローだと祭り上げて、自分だけ助けて貰った挙句、エドガーが助けを求めた時にそれを無視した……なら俺達は圧倒的な悪そのものだな」

 

 全てを話し終えたモーガンは、思わず自身を嘲笑う。

 

「これだけの目に会ってるのに、レイはセイラムを守ろうとしてるんだ……」

「そうだな。操獣者になれなくとも、せめて魂だけでも継ぎたいんだろうよ」

 

 父親を見殺しにされ、街の人間からはトラッシュと蔑まされ、それでもなおヒーローと呼ばれた父親の魂を受け継ごうとするレイの精神にフレイアは純然たる敬意を抱いた。

 だが一方で、レイに対してはなにかモヤモヤした気持ちが残っているフレイアでもあった。

 

「ん~……まぁいっか!」

 

 心に残った正体不明のモヤモヤは仕舞い込み、フレイアは席を立ちそのまま扉に向かって歩き出した。

 

「あ、姉御! どこに行くんスか!?」

「決まってんでしょ、レイの所」

「今行っても追い返されるのが落ちだと思うけどね」

「『自分の評価をもっと気にしろー!』とか言うでしょうね…………上等よ、スカウトのプロが相手してやるわ!」

 

 覚悟を決めた様子で熱く語るフレイアを見て、ジャックとライラは『ゴリ押しのプロの間違いでは』と心の中でぼやいた。

 そんなフレイアの様子を見て、モーガンは純粋に抱いた一つの疑問をぶつけた。

 

「なぁフレイア。俺が聞くのも変かもしんねーけどよ……なんでそこまでレイを気にしてやれるんだ?」

「ん~……レイってさ、なんか放っておけない弟って感じがするんだよね~」

 

 少し意外な理由を聞いてモーガンは少々呆気にとられるが、そんな事は露知らずフレイアは言葉を進める。

 

「それにさ……自分の評価気にするよりも、独りの人間に手を差し伸ばす方がアタシには大事な事だから」

「フレイア……」

 

 迷いの無い様子でそう言ってのけるフレイアに、モーガンはかつて(エドガー)の姿から見えた光の魂を感じ取った。

 

「ま、フレイアらしいと言えば、らしい答えだね」

「そっスね。それにそう言う風に言ってくれるからこそ、ボク達も姉御について来たんス」

 

 そう言ってジャックとライラもフレイアの後に続き始める。

 フレイアが彼らを仲間にするのも決して平坦な道のりではなかった。だがフレイアに賛同した者達は皆、彼女が見せた他者を光に導こうとするその心に魅かれて来たのだ。

 夢を託す。夢を共に叶える。そういう心で繋がった者達こそがチーム:レッドフレアなのだ。

 

 モーガンはフレイア達を見て、彼女達ならレイを変えてくれるかもしれないと心より希望を宿した。

 

「とりあえず、レイの事務所に行ってみるか!」

「そっスね、お菓子の一つでも持ってけばチョットは話を聞いてくれるかもっス」

「多分、引き篭もってる間はアリスちゃんのサンドイッチしか食べてないだろうね」

「差し入れ買いに行くぞ! 早急に!」

 

 さっきまでの明るい雰囲気から一転、フレイアは切羽詰まった声でレイに差し入れを買おうと提案した。以前食べたサンドイッチの味が舌の上に再現され、思わずフレイアは顔をしかめてしまう。

 そんな彼らの何気ないやり取りを見て、モーガンは少し心が軽くなるのを感じた。

 

 

 だが、そんな彼ら事など御構いなしに凶報は突然届いた。

 

 

 フレイア達が何を差し入れするか考えていると、モーガンのグリモリーダーから通信機能の着信音が鳴り響いた。

 もしかするとレイかもしれない。そう淡い希望を持ちながら、モーガンは十字架を操作して通信に出た。

 

「もしもーし、レイ…………ってアリスの方か。レイの奴はどうして…………ん?  どうした落ち着け、なんかあったのか?」

 

  少し距離が離れていたのでフレイア達にはアリスの声は聞こえなかったが、モーガンの様子から只事では無い事だけは理解できた。

 

「あぁ……それで? …………ッッッ!? おい、そりゃどう言う事だ!!! 特捜部が!? アリス、お前今どこに居んだ!?  ……分かった、すぐにそっちに向かう」

 

 そう言うとモーガンは、顔面蒼白になりながらグリモリーダーの通信を切った。

 

「クソッ! 特捜部の奴ら何考えてやがんだッ!!!」

「親方、何があったの?」

 

 焦りと震えを含みながら声を荒げるモーガンを見て、フレイアは何か良くない事が起きたと感じ取っていた。

 そしてフレイアの問いに、モーガンが答える。

 

 その答えはこの場に居る者達にとって、あまりにも無情なものであった。

 

「レイが……特捜部に捕まった」



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Page19:暗闇の中で

 最初の変身ボーツが発生して以来、レイは事務所に籠りっきりになっていた。

 事務所の扉には『CLOSE』の札を下げて、何も言わず黙々とデスクに向かい続けている。デスクに広げているのは当然、魔法陣を書き込んだセイラムシティの地図だ。

 ただひたすらに術式を考えては書き込んでいく。だがそれは事件を解決するためでは無く、他の事を考えない様にする為のものでもあった。

 自分は孤独であるべきだと再認識したは良いが、レイの心はキリキリと痛みが走り続ける。痛みで傷ついた痕には虚無感が生まれ、レイの気を深く落としこんでいた。

 

 とにかく何かに集中していたかった。とにかく痛みを忘れたかった。

 レイは逃げる様に、一心不乱に地図へ術式を書き込み続ける。

 

 ボーツの召喚術式とデコイモーフィングシステムの術式、この二つの術式を掛け合わせたものが今回街に張り巡らされた術式だ。

 最初は二つの術式を単純に重ねて発動したのかと考えたレイだが、それでは今までのエラーが説明できないので、二つの術式は完全に一つの術式として融合している事は解った。

 だが肝心の術式の展開方法が全く見当つかない状態である。

 ボーツの召喚術式は以前フレイア達に説明した通り非常に壊れやすい。更にそこへデコイモーフィングをボーツにかける様に術式を張るとなれば、壊れ易さ云々以前に大規模術式になりすぎて隠す事が困難になる。いや、最早不可能と言っても良いかもしれない。

 

 事務所の中にレイのため息が響き渡る。

 少なくともボーツが変身するなど自然ではあり得ないので、今回の事件は人為的なものだと言う事は確定だ。だが結局方法も犯人も分らず、行き詰ってしまうのであった。

 

「(犯人か…………)」

 

 不意にレイは三年前の事件を思い出す。

 目の前で父親は殺されたあの瞬間が浮かび上がる。周辺が火災によって明るくなってはいたが、当の犯人はフード付きのローブで顔と身を隠していたので、レイには正体が分からなかった。

 操獣者だという事だけは分かっていたので、必死に犯人を捜し続けたが…………結局帰って来たのは、無情な捜査打ち切りの知らせだけだった。

 

 三年前の事件でもこうしてボーツが大量発生していた。レイは心のどこかで、三年前の事件と今回の事件は同一人物による犯行だと考えていた。

 さらに付け加えれば、レイは三年前の事件の犯人に心当たりがあった。

 

「(結局推測だけで、何も証拠なんてないんだけどな……)」

 

 思う様に事は解決に至らない。ならばせめて自分に出来ることをしようと、レイは行動に移した。

 事務所の棚から鈍色の栞を二十枚程取り出す。

 変身ボーツの強さの要因自体は既に解りきっているのだ、ならば対策自体は容易にできる。

 具体的には最初の変身ボーツ出現の際に使った、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 デコイモーフィング自体レイ以外に使う者が居ないので、この術式も万が一の保険程度に用意しておいたものだが、今回はコレが無いと厳しい戦闘になるのが目に見えていた。

 

 黙々と栞に術式を仕込んでいくレイ。

 いつの間にか来ていたアリスが心配そうに声をかけて来たが、レイには届いていなかった。

 いや、本当は届いていたのだが今のレイには他者と関わる事に忌避感があったのだ。とにかく何者をも断ち切りたい。そして他者を傷つけぬように孤独を選ぶ。

 だがアリスがそんな言葉でどうにかできる様な女の子では無い事を、レイは嫌という程知っていた。

 

 だから何も言わずに作業を続ける。せめて戦う為の力だけでも用意しておこうと思った、その時だった。

 

 

 バンッと大きな音を立てて、事務所の扉が開けられる。

 開いた扉の先には数人の男たちが立っていた。中には剣の金色刺繍をあしらったマントを羽織っている者もいる。

 

「なんだ? 今日は所長権限で休業日なんだ。依頼なら日を改めてくれ」

 

 若干皮肉る様にレイは言う。先日のグローリーソードの者達の発言の事もあって、レイは機嫌が悪かったのだ。

 だが男達はそんなレイの発言を物ともする事無く、自分達の要件を冷淡に告げた。

 

「特捜部だ……レイ・クロウリー、セイラムシティでの人為的なボーツ召喚の容疑でお前を逮捕する」

 

 特捜部の身分証明となる紋章を差し出して、男達は名乗る。

 ギルド特捜部、セイラムシティに於ける警察組織のような物だ。その組織の者達が逮捕に来るとは、流石のレイも予想外だった。

 あまりの出来事に唖然となるレイ。一方で特捜部の者達は、レイが抵抗しないと見るやこれ幸いと拘束にかかった。

 

 腕尽くでレイを捕まえようとする特捜部をアリスは必死に止めようとしたが、その静止が聞き入れられる事は無かった。

 証拠も無く何故逮捕するのかとアリスは問い質したが、返ってきた答えはあまりにも惨たらしいものであった。

 

「トラッシュが犯人だと言う事は分かりきっているのだ。証拠なんぞは後から探せば良い」

 

 それを聞いた瞬間、レイの中から抵抗の意思は完全に消え去った。解りきっていたとは言え、いざ改めて言われると心が酷く痛む。

 トラッシュである事は、最早この街においては罪なのだろう。

 トラッシュである事自体が、彼らにとっては悪事の動機として十分に成り立つのだろう。

 

 怒りの感情はいくらでも湧いて出てきた。だがその矛先は全てレイ自身に向かってきた。

 絶望と無力感に支配されたレイは、最早何も感じていなかった。

 ただされるがままに拘束され、背後から聞こえるアリスの声も聞こえる事なく、レイは特捜部に連行されて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄ら寒い地下牢の中で、レイは身体を走る痛みを感じながら呆然としていた。

 口の中で不快な鉄の味が広がるが、レイは特にどうとも思わなかった。いや、思う気も起きなかったのだ。

 

 小さな明かりしか無いのだろうか、レイが微かな光に照らされた地面を眺めていると、ガチャガチャと牢に掛けられた錠を外す音が聞こえてきた。

 

 何事かと思ったレイが顔を上げると同時に牢の扉は開き、鍵を開けた人物が姿を現す。それは、顔に汗を浮かせたギルド長であった。

 

「ほほ。気分はどうじゃレイ?」

「……最悪だよ、アイツら加減しねぇから全身痛くてしょうがねー」

 

 レイがそう言うとギルド長は牢の中に入り、手に持ったランタンを近づけてレイの様子を確認する。ギルド長が言葉を失うまでにそれ程間は必要なかった。

 顔面には幾つもの赤黒い痣、口の端には雑に拭われた血の跡、着ている服はあちこち破けておりその隙間から血が滲みだしていた。

 これらの傷は全て、特捜部による取り調べとは名ばかりの暴行によってできたものだ。

 

「で、何しに来たんですか? 判決でも言い渡しに来たんですか?」

「……釈放じゃ」

 

 無実の罪である事は理解しきっているレイだったが、ギルド長の言葉は少し意外だなと思った(流れ的に判決とまでは行かなくても処分内容を告げるくらいはあると考えていた)。

 

「それは随分と唐突な判決ですね」

「完全なる誤認逮捕じゃ。特捜部の一部が暴走して先走り過ぎたのじゃ」

「だろうな。じゃなきゃここまで激しいストレス解消なんてしねーだろ」

 

 選民思想が多分に含まれてもいたが、レイは特捜部の者達の暴力はストレスによる所が大きいと考えていた。

 

「変身ボーツの対処……どこもかしこもダメージが溜まってきてるらしいですね」

「そうじゃな……じゃがそれは暴走をして良い理由にはならん」

 

 そう言うとギルド長は、レイの目の前に一つの布袋 (グリモリーダー等が入ってる)とコンパスブラスターを差し出した。どちらも特捜部に連行された際に押収されていた物である。

 

「必要な手続きは既に終えておる、お主はもう自由じゃ。傷の治療は救護部に連絡しておこう。なぁに心配するでない、治療費の請求書は後で特捜部に押しつけておくからのう――」

 

 ギルド長はグリモリーダーを手に取り、早速救護部に通信をしようとするが……牢の隅に座り込んだまま動こうとしないレイを見て、思わず手を止めてしまった。

 

「…………自由じゃぞ、もう誰もお主をここに縛り付けはせん」

 

 既に自由の身になっている事を改めてレイに告げるギルド長。だがレイは座り込んだまま動く気配を見せる事は無かった。

 ギルド長はコンパスブラスターと布袋を壁に置きかけ、レイの隣に座り込んだ。

 

「恨んでくれて構わん。ワシらはそれだけの事をした」

 

 その声色に三年前の無念が含まれている事に、レイはすぐに察しがついた。

 ヒーローと讃えられて一人で戦い続けたエドガーを気にかけていたのも、彼の死後に犯人捜査の期間を延長するよう必死に働きかけていたのもギルド長だった事をレイは知っていた。故にギルド長はレイが信頼する数少ない人間でもある。

 

「別に……今更恨んだりはしませんよ。ただ少し疲れただけです」

 

 心がずっしりと重く沈んでいた。

 トラッシュである事を罵られ喧嘩を吹っ掛けられるのは慣れ切っていたが、こう冤罪をかけられるのはレイにとっても初めてであった。

 散々な扱いには慣れていたレイも、今回ばかりは流石に精神的にキていたのだ。

 

「やっぱり間違ってたんですかね? トラッシュ如きが夢見て戦おうとするなんて、おこがましかったかなぁ…………」

 

 思わず弱音を吐露するレイ。

 自分が動かなければ余計なトラブルが発生しなかったのではないか。自分が意地張って夢に縋らなければ周りに迷惑かけなくて済んだのではないか。そう言ったネガティブな感情がレイのなかでぐるぐると渦巻いていた。

 

「間違ってなどおらん。その志に間違いなどある筈が無い」

「でも結果はこのザマですよ、俺は何も出来ちゃいない……三年前から何も変わらない。目に見える範囲に手を伸ばそうとしても悉く零し続けてる」

 

 ギリッと歯を噛み締める音が、ギルド長の耳に聞こえて来る。

 

「父さんの様になりたくて、ずっと走り続けてた……でも全然上手くいかないんですよ。守る為に創った術式は街を襲ってる。俺に手を伸ばした人たちは、俺がトラッシュだから傷つく。目に見える範囲だけでも救おうと頑張っても、手の届かない場所からまで悲鳴が見えちゃうんですよ」

 

 僅かに声を震わせてレイは己が心中を漏らす。

 

「自分のせいで誰かを傷つけたくない、自分が見える範囲で誰にも傷ついて欲しくない。父さんはそれを願って、守る為に戦い続けた! だから俺も背中を追いたかった。ギルド長……九十九を救うために一を犠牲にするなら、その一を自分自身にするのは悪なんですか?」

「……悪ではない。じゃが善とも言い切れぬ」

「…………」

「優しさ故に拒絶するのはよい。じゃが時には歩み寄る事を知るのも大切じゃ」

 

 ギルド長は諭す様な口調でレイに語りかける。

 

「前にも言うたじゃろう、お主の無茶で傷つくのはお主だけでは無い。お主の隣人も傷つくのじゃ」

「情が出来るから傷つくんだ、だから俺は関わって欲しくないんですよ。トラッシュなんか独りで十分だ」

「フレイア君達は、そこまで信用に値しない者に見えたかい?」

 

 突然フレイアの名前が出てきて内心驚くレイだったが、不思議と「信用できない」と返す気持ちは微塵も生まれなかった。

 

「親しくするだけが友ではない。痛みも喜びも共に分かち合い、支え合う者達こそが友なのじゃ」

「痛みも……」

「一度、信じてみてはどうじゃ? 彼女達はきっと、お主の良き友となり得るじゃろう」

 

 レイは、上手く返事をする事が出来なかった。心が解ける感覚はあるのだが、それの正体に確信を持てなかったのだ。

 

「ま、何にせよ最初の一歩を踏み出さねば道は進めぬ」

 

 そう言うとギルド長は立ち上がり、レイに手を差し伸べた。

 

「どれ、まずは此処から出るとするかの。こう薄ら暗くて陰気な場所だと気が滅入るわい」

 

 ギルド長は牢から出る様にレイを促すが、レイは首を横に振るだけだった。

 

「ダメですよギルド長。いきなり俺が出所したらギルド長への反発が強くなる。これからセイラム中のボーツ討伐の指揮を執らないといけないのに、態々その和を乱す要素を作る理由は無い」

「レイ……」

「ほとぼり冷めるまでは、(ここ)に居ますよ…………ここなら一人で、色々考えられる」

 

 先ほどよりも深く俯いてレイは言う。そんなレイの姿を見て、ギルド長の目には悲しみの相が浮かび上がっていた。

 自分にはこの若者の心を救う事は出来ない。その事実がギルド長の胸を痛みとして走り回っていた。

 

「なぁに、ほとぼり冷めたら勝手に出て行きますよ。それに街に仕掛けられた魔法陣の正体も考えたい。謎を謎のまま放置するのは目覚めが悪いんで…………安心して下さい、何か魔法陣に関して進展があったら伝えに行きますんで」

 

 自嘲する様に告げるレイ。その様子はまるで自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えている様にも見えた。

 実際レイは苛立っていた。街を守りたい一心で、自分が得意とする分野を最大限に生かして事件を解明しようとしたが、結局真相には辿り着けず終いだ。

 レイの自己嫌悪を、ギルド長はすぐに察した。だが彼にかける言葉をギルド長は思いつく事ができなかった。

 

「……分かった、身体を冷やさんようにするんじゃぞ。気晴らしをしたくなったら天井でも眺めると良い。繁殖力が妙に強くてなこんな所にまで生えとるんじゃよ」

 

 ギルド長はそう言い残し、牢の出口を抜けて行く。

 牢を完全に出きる直前、ギルド長は「お主は何も悪くはない」と小さく言い残してその場を後にした。

 

 ギルド長の姿が見えなくなった事を確認したレイは、壁に置きかけられていた布袋から一枚の地図を取り出した。魔法陣を書き込んだセイラムシティの地図である。

 

「デコイモーフィングの術式とボーツ召喚術式の融合……理論だけなら解るけど、結局魔法陣の展開方法が分らない事には色々確信が持てないんだよなぁ」

 

 大まかな理論は既に理解しているのだが、この融合術式は少々特殊な作りになっていた。具体的には魔法陣を制御する為の細々とした術式に候補があり過ぎて、どれが正解か解らない状態なのだ。

 魔法陣の展開方法と密接している可能性がある術式もあるが、それでも候補数が多すぎる。

 自分が術式を書き込んだ地図を改めて見るレイ。正直今は行き詰っている状態だ。ギルド長に見栄を切ったは良いが、魔法陣の正体を解き明かせる自信は大きく落ち込んでいた。

 なにより、レイの精神が疲れていた。

 

「気晴らしに天井ねぇ……」

 

 先程ギルド長に言われた言葉を思い出し、何気なく牢の天井を仰ぎ見るレイ。

 天井には小さな照明が一つと、淡い光を放つ永遠草が一輪咲いていた。

 なるほど、綺麗な花でも見て気を紛らわせろと言う意図なのだろう。だが悲しい事に、ここ最近のレイにとって永遠草は縁起の悪い植物にしか見えなかっ――――

 

「…………いや、ちょっと待て」

 

 天井に咲いていた永遠草をぼうっと眺めていたが、レイはすぐにその異常に気がついた。

 

「なんで地下牢に花が咲いてんだよ」

 

 確かに永遠草は栄養源であるデコイインクを補給できる限り枯れる事は無いが、それはあくまで他の花と同じように地上で咲くと言う前提がある。

 いくら永遠草と言えども、日光の当たらない場所で咲き続ける事は難しい。

 そもそも此処はギルド本部の地下牢だ、永遠草の苗を持ち込む事は出来ない上に、自生するには地下すぎる。

 

 レイは天井で淡く光続ける永遠草に、何か嫌な予感がした。

 そこから先の行動は突発的なものでもあった。レイは布袋から鈍色の栞を取り出し、銃撃形態(ガンモード)に変形させたコンパスブラスターに挿入する。

 

「(ボーツ……デコイインク……永遠草…………そして永遠草の名前の由来は……)」

 

 まさかと言う気持ちはあった。頭の中を過った可能性が、あまりにも荒唐無稽すぎたから。

 だが真実に近づくのであればと思い、レイは天井に咲いた永遠草の周辺に向けて、コンパスブラスターの引き金を引いた。

 

――弾ッ!弾ッ!弾ッ!――

 

 銃口から放たれた魔力弾が天井の壁を砕く。

 砕かれた天井の向こうから、永遠草の根がその姿を見せた。

 

「……ははッ、マジかよ……」

 

 暗い地下牢だが、永遠草の花弁の光が周りの根を照らし出してくれるおかげで、根の形を視認するのに苦労はなかった。

 そのおかげで、レイの中に芽生えていた()()()()が的中していた事を知るのに、一瞬も必要なかった。

 だがこれで、魔法陣の展開方法は解った。

 

「何処のどいつだ? こんな壮大な方法考えたアホは……」

 

 天井を見上げながらレイはぼやく。

 レイの視線の先には、()()()()()()()()()()永遠草の根が写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイが投獄されていた牢を後にしたギルド長は、無言で地上に戻っていた。

 複雑な表情を浮かべるギルド長に、秘書のヴィオラが声をかける。

 

「ギルド長、ミスタ・クロウリーは?」

「釈放は伝えたのじゃが、本人が出ようとせん」

「……無理にでも連れてこなくて、よろしかったのですか?」

「ワシが無理に牢から出しても、何も変わらんじゃろう…………それにのヴィオラ、ワシはあの少年が、エドガー・クロウリーの息子がここで終わるとは毛頭思っとらん」

 

 ギルド長のその声には確信と信頼の感情が備わっていた。

 

「ここで終わらない人間だと仰るのならば、何故彼は牢を出てこないのですか?」

「切っ掛けじゃよ。彼は既にヒーローとして必要なものを継承しとる。じゃがそれに気づく事無くレイ・クロウリーは暗闇の中を独りで走り続けているのじゃ」

 

 ギルド長とヴィオラの耳に、ドタドタと激しい足音が聞こえて来る。

 何事かと思ったヴィオラが足音の方を向いたのに対して、ギルド長はその足音が来るのを知っていたかの様に落ち着いていた。

 

「必要なのは導き手なのじゃよ。彼らの様な光に導く者達が差し伸べる手こそが、レイに必要な切っ掛けなのじゃ」

 

 ギルド長がそう言い終えると同時に、足音の正体達が姿を現した。

 アリスと、アリスから連絡を受けて駆け付けたモーガンとフレイア達であった。

 

「ハァ、ハァ、ギルド長!!! レイは……レイはどうなったんですか!?」

「落ち着けフレイア君、レイは大丈夫じゃ。全ては一部の特捜部による誤解と暴走じゃった。もう釈放の手続きは終えておる」

 

 ギルド長の言葉を聞いた面々は、レイの無事を知って一先ず安堵の息を漏らした。

 しかしアリスはキョロキョロと周りを見回して、レイが居ない事を確認する。

 

「ギルド長、レイは?」

「…………」

「な、なんかあったんスか?」

 

 アリスの問に思わず口を噤むギルド長。その様子にライラは不安の言葉を漏らしてしまう。

 

「釈放はしたのじゃが……レイ自身が地下牢から出ようとせんのじゃ。今回の件が相当ダメージだったのじゃろう、ほとぼりが冷めるまで一人でいると言っておる」

「一人でって……地下牢なんかで、一人で何をする気なんだ」

「恐らくセイラムに張られた魔法陣の解明作業じゃろうな。何か進展があったら報告はすると言っておった」

 

 ジャックの問いに答えるギルド長。

 その返答を聞いた瞬間、フレイアは心の中で何かモヤモヤしたものを感じた。

 

「ギルド長、レイが居る牢屋はどこ?」

「……八番の牢じゃ」

 

 とにかく今はレイと話さなければならない、その気持ちがフレイアの中で急激に膨らんでいく。

 そしてギルド長にレイが居る牢の番号を聞いたフレイアは、一目散に地下牢へと駆け出して行った。

 

「あぁ、フレイア!」

「姉御~待って欲しいっス!」

 

 突然走り始めたフレイアに慌てながら、ジャックとライラも後に続いて地下牢に進んで行った。

 

 そしてモーガンもフレイア達について行こうとしたが、ギルド長は静かにそれを制止した。

 

「ついさっき、レイと話をした……どうやらワシらでは力不足のようじゃ」

「けどよギルド長!」

「モーガン。適材適所と言うやつじゃ……この三年間で、最もレイの心に変化をもたらしたのは誰じゃ?」

 

 ギルド長の言葉にハッとなるモーガン。

 そうだ、ギルド長の言う通りレイの心に光を当てようとしたのは、あのフレイア達だ。自分たちが三年間に出来なかった事を彼女達は成し遂げてくれるかもしれない。モーガン自身も何処かでそれを期待して、レイを紹介したのだ。

 

「ワシらにはワシらが出来ることを成すのじゃ。レイの事はフレイア君達に託そうじゃないか」

「ギルド長……」

「あの若者達を信じよう。彼らならきっと、レイの暗闇に光を照らしてくれると」

 

 モーガンとギルド長は、地下牢向かうフレイア達の背中を見届ける。

 そして心の中で、彼らがレイ・クロウリーを救う(ヒーロー)になってくれると、切に願うのであった。



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Page20:助けさせろォォォ!!!

 種が解れば、後は構築していくだけだった。

 ギルド長が置いて行ったランタンの明かりを頼りに、地図を広げて術式を書き込んでいく。

 ボーツ召喚の術式とデコイモーフィングシステムの術式。二つの術式を融合させつつ、これまでに発生したバグ(セイラムシティでのボーツ発生)と先程天井から露出した魔法文字を考慮して組み上げる。

 一つ一つ丁寧に考えて地図に魔法文字を書き込んでいく。術式を書き進めるにつれて、地図上の魔法陣はその全容を明らかにしていくのだが……魔法陣が完成に近づく程にレイは焦りの感情を覚えていった。

 

「これは……」

 

 最悪だと予感しつつも、レイは魔法陣を完成させる。

 完成したそれを再確認し、レイは自身の悪い予感が的中した事を悟ってしまった。

 

 ならばと、レイの思考は次の段階へ移行する。

 正直これを完成させてギルド長に報告していたら色々間に合わない気がする。その上ギルド長が術式の事を信じてくれたとしても、それ以外のギルドの者達が信じてくれるとは毛頭思えない(あまりにも荒唐無稽すぎる)……が、何もやらない訳にはいかない。

 レイが次の段階に必要な事項を地図に書き入れていると、牢の外からけたたましい足音が響き渡ってきた。

 

「レイ!」

 

 牢の扉が勢い良く開けられるのと同時に、叫ぶようにレイの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 思わずレイが地図に落としていた視線を持ち上げると、そこにはフレイア達の姿があった。流石に地下牢まで来るとは予想してなかったレイは少々呆気にとられる。

 

「お前ら、なんで!?」

「なんでってそりゃ、心配だからに決まってるでしょ」

「てかレイ君その怪我どうしたんスか!?」

「別に……大したモンじゃない」

 

 身体に出来た怪我の数々を見て心配するライラ達。レイはその様子を見て思わず誤魔化してしまう。

 自身の怪我なぞどこ吹く風という様子で、レイは黙々と地図上にペンを走らせる。

 それを見かねたアリスはレイの元に駆け寄り、変身して治癒魔法をかけ始めた。

 

「その怪我、まさか特捜部にやられたのか?」

「…………カルシウム足りてなかったんだろうよ。どうって事は無い」

「どうって事ないって……」

 

 自身の事など気にも止めないレイにジャックは言葉を失ってしまう。

 レイが無心にペンを走らせる音が牢の中に響き渡る。

 

「抵抗しなかったのか?」

「して聞くような奴らじゃねーよ。それに今はそれどころじゃない……よし出来た」

 

 ペンを置き、レイは完成した地図を広げて見る。

 必要な事はこれで全て理解できた、ならば後は実行するだけだ。レイは地図を袋に仕舞い込んで、近くに置いてあったコンパスブラスターを手に取った。

 

「レイ君、今の地図って……」

「ん、セイラムに張られた魔法陣を書いたやつ。やっと正体がわかった」

「ッ!? 本当かレイ!?」

「あぁ。アホみたいに壮大な手口だったよ……ッつ!」

「治療中、動いちゃダメ」

 

 レイはコンパスブラスターを杖に立ち上がろうとするが、まだまだ身体にダメージが残っておりアリスに制止されてしまう。

 それはそれとして、魔法陣解明の報を聞いてジャックとライラは一先ず胸をなでおろした。だがその一方で、フレイアは浮かれるどころか僅かに険しい表情になっていた。

 

「アンタ、ずっと一人で背負ってたの?」

「ん?」

「魔法陣の解読も、トラッシュって馬鹿にする奴らの事も、親父さんの事も……全部一人で背負ってたの?」

「…………そうだな。一人で背負わないと色々と追いつけないからな」

「それでバカみたいに傷つき続けてんのに、なんで助けてって言わないの?」

 

 突然フレイアに辛辣な言葉を投げかけられて、少しムッとするレイ。

 だがフレイアが投げかけた問いは、レイにとって答えるに簡単すぎるものであった。

 

「簡単な事だ『助けて』って叫んだところで、誰かが手を伸ばしてくれる保証なんかない」

「親父さんが見殺しにされたから?」

「分かってるじゃねーか」

 

 再びコンパスブラスターを杖にして立ち上がるレイ。

 アリスの治癒魔法が効いたので、身体を走る痛みは完全に消えていた。

 

「誰にも頼らない、誰にも期待しない。目に見える範囲に手を伸ばせるように俺は足掻き続けるだけだ」

 

 呪詛を吐くように、自身に言い聞かせるようにレイはその言葉を漏らす。

 牢の出口に向かってレイは歩みを進めるが、途中でフレイアに肩を掴まれて制止されてしまった。

 

「一人で突っ走ってどこ行く気?」

「何処でもいいだろ、どうせこんな術式誰も信じない。だから離せ、あんまし時間が残ってないんだ」

 

 レイがフレイアに手を離す様に告げるが、フレイアは掌の力を緩める様子を見せない。それどころか苛立ちを覚えているかの様に掌に力が入っている。

 

「…………あぁ、やっと解った。なんでアタシこんなにモヤモヤしてたのか……アタシ、アンタが気に入らないんだ」

「ん? そうか、やっと俺を仲間にしても得が無いって理解したか」

 

 そう言ってレイはフレイアの手を払い退ける。

 フレイアの唐突な発言に若干心臓が締め付けられる感じがしたが、レイは「これでいい」とすぐに自分を納得させた。

 

 これでようやく一人静かになれるとレイが考えた次の瞬間、フレイアはレイの胸倉を勢い良く掴み取り――

 

「こんの、クソバカがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

――ゴンッッッ!!!――

 絶叫と共にフレイアの額がレイの頭部に叩きつけられる。

 突然やって来た衝撃にレイも一瞬困惑し、目の前で光がちかちかと点滅する。

 想定以上の痛みが頭部に響き渡り、レイは思わず地面を転げまわってしまった。

 

「レイ!?」

「フレイア、急に何を!?」

「~~~~~ッッッ!!!??? 何すんだッ!」

「ヒーロー志望が一人だけだと思うなッ!!!」

 

 思わず怒鳴ってしまったレイに対し、フレイアは再び胸倉を掴んで更に大きな声で怒鳴り返す。

 

「目に見える範囲が救える範囲だって? だったら言ってやるけど、今アタシの目の前でレイが傷ついてるでしょーが!」

「お前に憐み持たれるほど弱ってるつもりは無い!」

「あーそう、そこまで強がるんなら言ってあげる。アンタ……なんで何時も泣きそうな顔してんのさ」

 

 フレイアに指摘されて心臓が跳ね上がりそうになるレイ。

 図星であった。ずっとバレない様に、その感情が表に出ない様にしていたがフレイアには見抜かれていたようだ。

 

「別に、俺は……そんなつもりは……」

「まぁアンタがそう言うなら、そうなのかもしれない。そもそもアンタが何を思って何を考えてるかなんて全く分からないし」

 

 あっけらかんと言ってのけるフレイアに、「この女はフザケているのだろうか」とレイは内心思ってしまう。

 

「アタシ達は神様じゃ無いんだ。言葉にしなきゃ何も分からないし一人の目で見える範囲なんてたかが知れてる……ちっぽけな人間よ」

 

 諭すような口調でフレイアが紡ぐ言葉に、レイは頭に血が昇るのを感じた。

 弱いという事を認め、それに甘んじる。それだけはレイの心が受け入れることを拒否していたのだ。

 

「ちっぽけか……あぁそうだろうな! だから強くならなきゃなんねーんだろうが! 誰も取りこぼさないように、足掻かなきゃなんねーんだろうが!」

 

 強さがあれば夢に近づく。強さがあれば零さずに済んだ過去もある。

 父親の死と自身の夢が、レイに力への執着を与えていた。

 本当はその道が間違っている事に薄々勘付きながらも、目を逸らして縋り続けていた。…………それを否定する者が、誰一人現れなかったから。

 

「その為に弱さから抜け出したいの? 全部一人で背負い込む為に?」

「そうだ」

「違うよ、レイ…………人間はそこまで強くない」

 

 否定の言葉は突然に、碌な前振りも無く叩きつけられた。

 暗闇を走り続けていたレイの心が、一瞬止まってしまう。

 

「弱いのよ、人間一人助けるのにも苦労するくらい弱いの。でもね、弱いからアタシ達はチームを組んでんの。一人より二人、二人より三人の方が助けられる命も多いなんて簡単に分かるでしょ」

 

 フレイアの言葉を否定する術をレイは持ち合わせていなかった。

 解ってはいた事だ。それでも傷を押し付けることを良しと出来なかった。

 

「本当はレイも解ってたんじゃないの? 一人の限界」

「……解ってたさ。けどそれは――」

「裏切られるのが怖い」

「…………」

「自分以外を傷つけたくないって優しさもある。けどそれと同じだけ、また裏切られるのが怖くてしかたない」

 

 全部見抜かれていた。碌に隠し事も出来ない自分に嫌気が差し、レイは顔を掌で抱えてしまう。

 

「レイ、ほんの少しだけでいい。僕達を信じてくれないか」

「そっス。ボク達はレイ君を信じるっス」

「ジャック……ライラ」

 

 ジャックとライラはレイの元に歩み寄り、手を差し伸べる。

 だがその手を取る勇気は出てこない。

 

「レイ」

「フレイア……」

「三年前とは違う。今のレイにはアタシ達がついてる」

 

 それは堂々とした眼であった。

 レイを信じ、自分を信じる。光を宿した眼であった。

 フレイアはそっとレイに手を差し伸べる。

 

「力を貸して。セイラムを救うのにレイの力が必要なの」

「……俺は……」

 

 その手を取る事に未だ迷いが生じるレイ。

 自分の手を上手く動かせない。

 

「なに? アンタヒーローの息子なんでしょ。だったら目の前で困ってるアタシ達を助けてみせなさいよ」

 

 どこか挑発する様な口調で、しかし信念を含んだ声でフレイアは紡ぐ。

 

「そう、レイは目の前で困ってるアタシ達を助ける。だからアタシは目の前で傷ついてるアンタに何度でもこう言ってやる! ()()()()()ッてね!」

 

 なんとも傲慢な台詞。だが不思議とレイの中に嫌な気持ちは生まれなかった。

 フレイアの言葉に偽りはない。この言葉は信じられるのではないかと、レイは思わずにいられなかった。

 

「レイ」

「アリス……」

「きっと大丈夫。この人達はレイを裏切らない」

 

 背後から治癒魔法をかけていたアリスが語りかける。

 それが最後の一押しだったのかは定かではない。

 だが一瞬の思考の後、レイは自らの意志で手を伸ばし……フレイアの手を掴んだ。

 

「壮大で荒唐無稽、五人でも人数不足……それでもやるか?」

「上等。ヒーロー志願者舐めんな!」

 

 フレイアに手を引かれてながら立ち上がるレイ。

 レイは袋から地図を取り出し、明かりの近くで広げて見せた。

 

「これがセイラムを覆ってる魔法陣か?」

「うわぁ、なんスかコレ? 術式の魔法文字で殆ど地形が見えないっス」

「デコイモーフィングの術式組み込んでるからな、かなり複雑化してる」

 

 あまりの魔法文字の密度にライラが軽く引いてしまうが、元々複雑な術式を二つ合わせているのでそうなるのは必然と言えよう。

 

「ねぇレイ、この赤と黒のバツマークは何?」

「ウィークポイントってやつだ。赤いバツマークの箇所を破壊すれば少なくともボーツのデコイモーフィングは止められる。黒のマークは全部破壊すれば魔法陣そのものが機能停止する。簡単だろ?」

「簡単って……赤マークは十個ちょっとっスけど、黒マークこれ何十個あるんスか!?」

「なる程ね、これは五人じゃ骨が折れる……そう言えばレイ、どうやって魔法陣を破壊するんだ? そもそも魔法陣の展開方法をまだ聞いてない」

「いいタイミングだジャック。あれを見ろ」

 

 そう言うとレイは、ランタンを掲げて先程コンパスブラスターで破壊した天井を指示した。

 

「ん、永遠草がはえてるね……けど何で地下に永遠草が?」

「ど根性永遠草かな?」

「じ~~~……ってあぁぁぁ!!! ジャッ君、姉御! 花弁じゃなくて周りの根っ子を見るっス!」

 

 根っ子の異変にいち早く気づいたライラが、フレイア達に呼びかける。

 ライラに言われた通りに永遠草の根を見て、二人もその異常に気が付いた。

 

「あれって……魔法文字みたいに見える?」

「フレイア、みたいじゃなくてそのものだ! レイ、これは一体!?」

「見ての通りだ。そりゃあ地上を探しても見つからないはずだ、魔法陣は地下で描かれてたんだからな」

「えっと……つまりどゆこと?」

 

 フレイアが頭の上に疑問符を浮かべる。ジャックとライラも完全には理解できていない様子だった。

 無理もない。目の前の光景はあまりにも常識外れ過ぎるのだから。

 

「ジャック、永遠草の名前の由来って知ってるか?」

「あぁ。確か栄養補給が出来る限り無限に咲き続ける事と、無限に根を伸ばす性質……まさか!?」

「そのまさかだよ。無限に伸びる永遠草の根を使って何年も時間をかけながらセイラムシティを覆う巨大魔法陣を描いていたんだ。街中でのボーツ発生は中途半端に構築された術式が起こしたバグだろうよ」

「はは、そりゃ確かに荒唐無稽。並みの人間ならすぐには信じないだろうな」

 

 あまりの真実にジャックは乾いた笑い声を漏らしてしまう。

 

「でもでもレイ君! そんなにやたら滅多ら根っ子伸ばしたら、作物とかに影響が出てバレるんじゃないんスか?」

「確かに普通の植物ならそうだな、けど永遠草は例外だ。永遠草はデコイインク以外のものを栄養として吸収しないだ。だから畑に直接根っ子が被って作物の成長を阻害したりしない限り、栄養を横取りする事はないんだよ」

「言われてみれば、この魔法陣農耕地は避けて構築されてるね」

「そういう所も含めて狡猾な犯人だよ」

 

 音も立てずにじわりじわりとセイラムシティを蝕んで来た巨大魔法陣。

 レイは改めてこの犯人に対する怒りが沸々と湧き上がっていた。

 

「でもこんなに巨大魔法陣……組織的な犯行っスかね?」

「まぁ無難考えればそうなるね。となるとますます厄介な案件になってきたな」

「……一人だ」

「え?」

「証拠は無い。けど俺の予想が合っていれば、犯人は一人だ」

 

 何か確信を持っている様子でレイが呟く。

 それに気づいたフレイアがレイに問う。

 

「一人で出来そうな奴が居るの?」

「理論的には可能な奴がいる。けどこんな巨大魔法陣、普通の操獣者だったら維持する事も難しいだろうな」

「結局無理なんスか」

「普通なら、な」

 

 そう言うとレイは地図を一度仕舞い、牢の出口に向かった。

 

「ライラ、お前固有魔法二つ持ってよな?」

「ん? そっスよ【雷刃生成】と【鷹之超眼(たかのちょうがん)】っス」

「二つ目の魔法、少し借りたいんだ。ついて来てくれ」

 

 そう言うとレイはランタンを手に持ち、牢から出た。

 フレイア達も慌ててレイの後を追う。

 

 地下牢の中を歩くレイ。だがその足取りは地下牢の出口ではなく、地下牢の内部を辿っていた。

 外に出るより先に達成したい目的。レイはランタンで牢の番号を確認しながら移動をする。

 地下牢の囚人は犯した罪によって収監される牢の番号が決まる。

 レイが探しているのは二十番台の牢。収監対象は窃盗などの軽犯罪、そして()()()()の使用者である。

 

「いた、コイツだ!」

 

 お目当ての牢はすぐに見つかった。

 レイはランタンで牢の中を照らし出す。牢の中には老人の様な手足を持つ、若い男が一人居た。

 

「あれ、この人ってレイが捕まえた人だよね?」

「魔僕呪中毒の人。フレイアが初めて来た日にレイが持って帰って来た」

「商船の船乗りだってさ。セイラム所属の船に乗る奴は、制服に所属船の名前を入れるルールがある。ライラ、固有魔法でこいつの所属船を確認できねーか?」

「やってみるっス。Code:イエロー解放! クロス・モーフィング!」

 

 ライラはグリモリーダーを取り出して変身する。

 そして変身を終えるや否や、固有魔法を発動して男の着ている船乗りの制服を確認した。

 

「固有魔法【鷹之超眼】起動っス! ……え~っと何々、レゾリューション号っスね。オータシティ行きの定期商船っス」

「ライラよく知ってるわね~」

「忍者っスから。情報の記憶はお手の物っス」

 

 フレイアに感心され、鼻高々に胸を張るライラ。【鷹之超眼】は所謂千里眼のような魔法だ。

 そんな一方でジャックは少し不安げにレイの方を見ていた。

 

「レイ……」

「……サンキュライラ。これで知りたい事はおおよそ知れた」

「なぁレイ、もしかして犯人って――」

「ジャック!」

 

 何かを言おうとしたジャックの言葉をレイは遮る。

 彼が何にたどり着いたのか、何を言おうとしたのかレイにはすぐに理解できた。

 だが今はそれを話し込むには時間が無さ過ぎた。

 

「悪いけど犯人捜しは後にしよう。時間が無さすぎるんだ」

「ねぇレイ、さっきも時間が無いとか言ってたけど……どういう事?」

「あぁ、さっき言い忘れてたんだけど、この魔法陣時限式なんだ。術式が完成してから一定時間経つと強制的に起動するように仕込まれてる」

「…………はい?」

 

 レイの発言に目を点にしているフレイアをよそに、レイは袋から取り出した地図をフレイアに押し付ける。

 

「俺が組んだ術式が正しければ、今日の深夜0時には魔法陣が一斉起動する筈――」

「「「それを早く言えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」

 

 尤もな怒りである。反論の余地はない。

 

「ライラ、今何時くらい!?」

「た、多分夜の九時くらいっス」

「後三時間程度で赤マークだけでも破壊しなきゃならないのか。これはハードワークだね」

「赤いマークの箇所は深くても一メートルくらいの場所にある筈だ。フレイアのバ火力なら簡単に抉れるだろ」

「バ火力ってゆーな!」

 

 それはともかく。

 

「フレイア、その地図をギルド長と親方に見せてくれ。俺の言葉ではどうにもならないけど、あの二人と……フレイア達の言葉なら信じてくれる奴も多いはずだ。それが終わったらすぐに魔法陣の破壊作業に移って欲しい」

「……解った。レイはどうするの?」

「俺は八区に行く。あそこは避難経路が特殊だから勝手を知っている人間が誘導してやらないといけない」

「でも八区は――」

「分かってる。間違いなく変身ボーツが大量に出てくるだろうな…………八区の人達はまだ俺を信じてくれてる人が多い、ならせめて出来る事をやりたいんだ」

 

 フレイア達の心配げな視線がレイに突き刺さる。

 それに勘付いたレイはつい強がってしまった。

 

「なーに、戦う力なら持ってる。勝てはしなくても死ぬ事だけはしないさ……だから、信じてくれ」

「…………分かった。レイを信じる」

「じゃあ行動開始っスね!」

「まずはギルド長と親方さんを捕まえないとだね」

「アリスはフレイア達についてくれ。避難誘導だけなら俺一人で十分だ」

「……うん、りょーかい」

 

 各々の行動方針が決まる。

 動きは違えど目的は同じ。魔法陣の破壊とセイラムシティの守護。

 

 フレイアは首に巻いたスカーフを巻きなおして、自身に気合を入れる。

 

「みんな準備はいい? じゃあ、反撃開始だ!!!」

「「「応ッ!!!」」」

 

 フレイアの号令で皆一斉に動き出す。

 一先ず地下牢から出た面々、ここでレイはフレイア達と別れる事になる。

 

「まずは魔法陣を壊してセイラムを守る! 犯人はその後でぶっ飛ばす!」

 

 フレイアは叫びながらギルド本部の奥へを消えていく。ジャックとライラもその後に続いて行くが、アリスはすぐについて行かなかった。

 八区に向かおうとするレイの服の裾を掴んで、止めるアリス。

 

「アリス?」

「……教えて、なんでレイはこの街を守ろうとするの?」

 

 それは本当に唐突な質問であった。

 

「レイがこの街を救っても、きっと街の人は変わらない。レイとエドガーおじさんを裏切った事を気にする人なんて増えないかもしれない。レイが正当に評価されるかどうかも解らない。それでもレイはこの街を守るの?」

「えっと、それ今答えな――」

「答えて」

 

 力強く言い返されるレイ。アリスに凄まれると弱いのだ。

 

「……ここ、父さんが守った街だからさ」

「……」

「そりゃあ本音では逃げたいと何度も思ったさ。なんで俺がこんな扱いされなきゃなんねーんだって怒ったさ……けどな、そんな理由でこの街から逃げたら……俺はきっとヒーローって夢からも逃げ続ける事になっちまう。自分の魂から目を逸らしてしまう。そんな気がするんだ」

「それが、嫌なの?」

「男の子の意地って奴かな」

 

 少し強がりが入った笑みを浮かべて、レイは精神的な余裕をアピールする。

 それを見たアリスは、今のレイには何を言っても無駄だろうと確信してしまい、裾を掴んでいた手を離した。

 

「レイって頑固だよね、ここで私が行っちゃダメって言っても絶対に行くんだ」

 

 消え入りそうな声でそう零すアリス。

 ならばせめてと、アリスはレイの顔を見上げた。

 

「危なくなったら、絶対に叫んで」

「…………善処はする」

 

 アリスに釘を刺されたレイは、そのまま背を向け駆け出す。

 そして走りながら鈍色の栞とグリモリーダーを取り出した。

 

起動(ウェイクアップ):デコイインク! デコイ・モーフィング!」

 

 偽魔装に身を包んだレイ。

 ギルド本部から八区までは距離があるので、偽魔装の力で脚力を強化して急行するのであった。



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Page21:うるせェェェ!!!

 レイと別れたフレイア達がギルドの大食堂に来ると、そこでは多くの操獣者達が変身ボーツの対策について議論を交わしていた。

 フレイアはそれも気になったが、今は手に持った地図の件が先だ。

 先ずは此処から近い魔武具(まぶんぐ)整備課に居るであろうモーガンの元に行こうとするフレイア達。だがその手間はかける必要が無かったようだ。大食堂の人混みの中に見慣れた巨体とスキンヘッドを発見した。

 

「見つけた! 親方ァァァ!!!」

 

 自身を呼ぶ声に気づいたモーガンは、勢いよくフレイア達の元に駆け寄った。

 

「フレイア! レイはどうだった!?」

「大丈夫、もう地下牢から出た。それより親方これ見て」

 

 フレイアはレイから託された地図を押し付ける様にモーガンに渡す。

 突然渡された地図に若干困惑しつつも、モーガンは地図を広げて中身を確認する。

 

「…………これはセイラムの地図、と随分複雑な術式か」

「セイラムシティに展開されたボーツの変身と召喚を行う魔法陣ですよ、親方さん」

 

 ジャックの発言に目を見開くモーガン。

 それと同時に大食堂に居た操獣者達の視線が、一斉にフレイア達に集まった。

 操獣者達は「なんだなんだ?」と関心を向けながら近づいてくる。

 

「赤いマークの箇所を破壊すればボーツは変身できなくなって、黒いマークを破壊すれば魔法陣は完全に機能を停止するらしいっス」

 

 片耳はライラの声に傾けつつ、モーガンは地図に描かれた魔法陣の構築式を確認する。

 見た目こそ筋肉達磨の彼だが仮にも魔武具整備課の長、魔法術式の整合性を確認するなど朝飯前である。

 

「……なるほど、確かにこの術式なら今までのボーツ発生も説明がつく」

 

 魔武具整備課トップのお墨付きが聞こえて、大食堂の操獣者達は一気にどよめいた。

 操獣者達は我先とモーガンが手に持った地図を確認するが、急にかつ一斉に近づくので、鬱陶しがったモーガンによって払われてしまった。

 

「ったく。俺はもう覚えたから、順番に回し見しろ!」

 

 一先ず近くに居た操獣者に地図を渡して回覧させる。

 だがここでモーガンはある疑問を浮かべた。

 

「そう言やぁ、あんな複雑な魔法陣どうやって街に展開したんだ?」

「永遠草っス」

「はぁッ!? 永遠草って、そんなもんでどうやって――」

「永遠草の根っ子ですよ。何年もかけてセイラムシティの地中に根っ子で魔法陣を描いていたんです」

 

 モーガンだけではない、大食堂にいた者達は皆揃って口をあんぐりと開けた。

 それだけ突飛すぎる発言だったのだ。無理もない、植物の根で魔法陣を描くなど普通思いつく物ではない。

 操獣者達が中々呑み込めず困惑している中、モーガンだけは落ち着いてその言葉を受け入れていた。

 

「なるほど、土の中か……そりゃあ見つからねぇ筈だ」

 

 僅かに自嘲する様にモーガンが呟く。モーガンの脳裏には今回の事件だけではなく、三年前の事件もこの魔法陣だったのではないかと言う疑念が生じていた。

 だが今はそれどころでは無い。

 地図にある術式を読解した時点で、モーガンはこの魔法陣が時限式である事に気づいていたのだ。

 

「フレイア、魔法陣の破壊だけどよ――」

「時限式。それももうすぐ発動するから時間が無い、でしょ?」

「流石にもう説明済みか」

「まぁね。とにかくアタシ達だけじゃ手が足りない、だからギルドの皆に協力して欲しいの」

 

 実際問題、破壊すべきポイントは多すぎる。

 フレイアは自分達では制限時間内に破壊しきれない事を理解していた。それ故に操獣者達が集まる大食堂に近い、魔武具整備課を訪れようとしたのである。

 フレイアが協力を呼びかけると数名が賛同の声を上げた。だがまだまだ足りない。

 フレイア達が持ってきた魔法陣の内容に未だ半信半疑の者が多いのだ。

 

 それどころか、地図の中身を見ずして否定する者までいる始末。

 

「地中に魔法陣なんて、絵本の読み過ぎじゃないのか?」

「第一どうやって地中の根っ子を操作するのよ」

「街一つ覆う程の魔法陣を維持するなんて不可能だろ」

 

 好き勝手に否定の言葉を並べる者達。その殆どの者は服に剣の金色刺繍をあしらった、チーム:グローリーソードの者達であった。

 

「そもそも、一体誰がその地図を作ったんだ?」

 

 尤もな疑問である。

 しかしジャックとライラは少々困ってしまった。ここで正直にレイが作ったと答えても良いのだが、そうすれば操獣者至上主義である彼らはもう話を聞く事はないだろう。そもそもレイ自身も名前を出される事を嫌がる筈だ。

 どうしたものかとジャック達が悩んでいると、フレイアは一歩前に出て堂々と言い放った。

 

「レイだよ。その地図を作ったのはレイ・クロウリーだ」

 

 躊躇うことなくレイの名を告げるフレイア。

 こう言った場では意外な名前が出て来たので、一瞬だけ大食堂が静まり返る。

 だが静寂の終わりに聞こえて来たのは、不快極まる嘲笑の声だった。

 

「キャハハハハハハハハハ、こりゃ傑作だ!」

「トラッシュが作った術式を信用しようとするなんて、そんなの罠に決まってるじゃないか!」

「お前ら、少しは状況を考えたらどうなんだッ!!!」

 

 あまりにも嫌悪感を抱かざるを得ない嘲笑の嵐に、思わずジャックは怒りを爆発させてしまう。

 だが彼らの態度が変わる事は無い。

 

「そもそも、本当にその魔法陣が使われているとして、その地図に書かれた破壊ポイントは正しいのかい?」

「なに?」

「薄汚いトラッシュが作ったんだろう? 我々を嵌める罠と考える方が妥当じゃないか」

「時限式の魔法陣だとか言うけど、あのトラッシュは今回の事件の容疑者でしょ? 信じる方が馬鹿だと思うんだけど」

「つーか、俺過去の記録読んだけどよぉ。ボーツ召喚の術式ってあのトラッシュが開発した術じゃないか」

「そんなゴミ屑の案に協力するなんて、死んでも御免ね」

 

 好き放題にレイを批判する声が大食堂に響き渡る。

 ジャック、ライラ、モーガン……レイに近しい者達は皆、沸々と怒りを募らせていった。

 膨れ上がった怒りが爆発するのも秒読み段階。特にこれまでのレイをよく知るモーガンは一秒も持ちそうになかった。

 

 だが、最初に怒りを爆発させたのはモーガンではなかった。

 

「そもそも、あのトラッシュが余計な術式を作らなければ――」

 

「うるせェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

 絶叫。

 壁や空気をピリピリと揺らす程の叫び声が、大食堂に響き渡る。

 皆が声の発生源に目をやると、そこには怒りに燃え上がったフレイアの姿があった。

 

「アンタ達に何が分るの。自分の父親が殺されて、街の人達からはトラッシュだのなんだのって蔑まれて誰も信じれなくなったのに! それでも独りでセイラムを守ろうとしたレイの気持ちが、砂粒程度でもアンタ達に分かるの!?」

 

 誰も言葉を発する事が出来なかった。フレイアの全身から放たれる威圧感に圧倒されていたのだ。

 

「ト、トラッシュの事情なぞ、理解する必要は無い!」

 

 一人の命知らずが身体を震わせて反論するも、フレイアは冷たい態度で応える。

 

「必要ない? 理解する事が怖くて逃げているだけでしょ」

「怖いだと? トラッシュ風情に、何を怖がる必要がある」

「自分がレイ以下の存在だって自覚する事」

 

 淡々と言ってのけるフレイアに、グローリーソードの者達は怒りを覚える。

 

「わ、我々がトラッシュに劣るだとぉ!」

「事実でしょ。街で起きてる異変を解決する方法を考えずに、ただ否定する事しかできないバカ。実績はあるのにこれじゃあ意味無いでしょ」

「ハンッ、何とでも言え! 此処は結果が全ての街だ、我々グローリーソードこそヒーローに最も近い存在だという事を忘れるな!」

 

 大言壮語でフレイアに食って掛かるグローリーソードの操獣者。

 フレイアはそれに怒りを覚えるどころか、呆れの感情を抱いていた。

 

「……遠いでしょ、ヒーローから」

「なんだと!?」

「街が危ないってのに自分たちは碌に考えもせず、レイが考えた解決策は見る事なく却下して罵る。無意味に他人に縋って自分の手柄を作ろうとしてる。それじゃあヒーローどころかアンタ達が言ってるトラッシュ以下じゃない」

 

 図星を突かれたせいか、グローリーソードの者達から威勢が消失していく。

 

「アタシはね、この街で一番ヒーローらしい心を持っているのはレイだと思ってる。アイツは自分が傷つく事より他人が傷つく事を嫌がって、それを防ぐために一所懸命だった。たとえその相手が自分をトラッシュだって見下していたアンタ達であってもね!」

 

 これまでフレイア自身が見て来たレイの戦いを思い出し、改めて怒りを爆発させる。

 フレイアはグローリーソードの者達を強く睨みつけて、威圧感を出す。

 そのプレッシャーの強さに、グローリーソードの者達は黙って全身を震わせた。

 

「どれだけ傷ついても、親父さんの魂を継ごうと必死に足掻き続けてるアイツを笑う資格なんて、アンタ達には無いッ!」

 

 息を荒げて喝を飛ばすフレイア。グローリーソードの者達は完全に怯んでいた。

 上下に動くフレイアの肩に、モーガンがそっと手を乗せる。

 

「親方……」

「ありがとな、アイツの為に怒ってくれてよ」

 

 そう言うとモーガンは力強い視線で周囲を見渡す。

 次は自分の番だ、そう意気込んでモーガンは堂々と次の言葉を紡いだ。

 

「俺はレイを信じるぞ。アイツは街を泣かせる様な事をする奴じゃない……そうだろう、オメーら!!!」

「「「押忍、親方!!!」」」

 

 モーガンの呼びかけに威勢良く賛同する魔武具整備課の者達。彼らもまた、レイと言う人間を正しく見て来た者達だ。

 

「ちっ! 狂人共が……」

 

 目の前で賛同者が出た事に悪態をつくグローリーソードの者。

 だがこれ以上は増えないだろう。そう高を括っていた彼らの予想は、すぐに打ち砕かれる事となった。

 

「オレもレイの事なら信じられるぜ」

「私も。クロウリー君はこういう嘘絶対嫌がるもん」

「レー君良い人やで! 色んな爆破魔法教えてくれるもん!」

 

 一人、また一人と、レイを信じると賛同する者が声を上げていく。

 それは水面に広がる波紋の様に、大食堂全体に広がって行った。

 

「ようやくアイツに魔武具の恩を返す時が来たか!」

「あの子他人は助ける癖に自分は勘定に入れようとしないものね。このチャンス逃す手はなくてよ」

「グローリーソードの奴なんかに任せられるか! この間アイツらが巡回サボったせいでエライことになったんだからな!」

「来た来たー! レイの奴に俺達のありがたみを教えるチャンスだー! 俺は喜んで協力するぜ!」

 

「これは……」

「レイ君には悪いけど……マジっスか!?」

 

 倍に倍にの勢いで増える賛同者達。

 そのあまりの勢いにジャックとライラは呆気に取られていた。自分達以外にもレイを慕う者達は居ると思っていたが、流石にここまでとは思っていなかったのだ。

 だがフレイアは、この光景をどこか納得した様子で見届けていた。

 

「やっぱりね」

「姉御、やっぱりって?」

「ここ最近アタシはずっとレイの事見てた。確かにレイの事をトラッシュだって嫌う人もこの街には多い……けどさ、それと同じくらいレイの事が好きな人もセイラムには居るんだ」

 

 嘘でも偽りでもない。目の前に広がる光景こそが、その証明に他ならない。

 そしてフレイアは、以前スレイプニルが言っていた言葉を思い出した。

 

「目が悪い、か……確かにそうかも。こんなに慕ってくれる人が居るのに、それに気づけないんじゃあ目が悪すぎるかもね」

 

 そして遂に、大食堂に集まった操獣者の過半数……いや、それ以上の者達がレイの作り上げた地図を信じると表明した。

 そして面と向かってレイを批判していたグローリーソードの者達は、自分達以外がレイに賛同した事でバツが悪くなっていた。

 

 

「ふぉっふぉ、どうやら話は纏まったようじゃな」

 

 突如大食堂に聞こえてくる老人の声。

 その場にいる操獣者はすぐにその声の主が誰かを理解した。

 

「ギルド長!」

「中々凄みのある喝じゃったぞ、フレイア君」

 

 フレイアに一言かけた後、ギルド長は近くに居た地図を持っていた操獣者から地図をもらい受けた。

 

「ふむふむ……こりゃあまた、眠くなりそうな壮大さじゃわい」

 

 ギルド長は地図に書かれた術式とチェックポイントの意味を瞬時に把握する。

 そしておもむろに地図の裏側を確認した。

 

「……まったく、レイも素直じゃないのぉ」

「ギルド長、裏に何かあったんすか?」

「これじゃよモーガン。デコイモーフィングの破壊術式じゃ」

 

 そう言ってギルド長は地図の裏面をモーガンに見せる。

 急いで書かれた術式を確認したモーガンは、それが正しい事を理解した。

 

「あの変身ボーツを倒すのに最も有効な術式じゃ。時間無いから急いで書いて、フレイア君達に伝え損ねたのじゃろう」

「レイ……そこまで考えてたんだ」

 

 あの僅かな時間でここまで用意していたレイの用意周到さに、フレイアは只々関心するばかりであった。

 

「さぁ、時間も押しておる」

 

 そう言うとギルド長は、手に持ったグリモリーダーを操作し魔法を発動した。

 発動したのは浮遊魔法。ギルド長は大食堂に居る者たちが全て見渡せる位置まで飛び、そこで停止した。

 

「聞けェ、GODの操獣者諸君! 三年前の悲劇で我々は何を失い、何を学んだ? エドガー・クロウリーという英雄か? 他者を信じる心か? それともヒーローの魂か? 全てが正解じゃ……ならば、今我々がすべき事は何か! それは隣人を信じ、レイ・クロウリーという戦士を信じる事ではないのか!」

 

 ギルド長の声が大食堂全体に、そしてGODの操獣者達の心身に響き渡る。

 

「我々は一度道を誤った。じゃがそれが同じ悲劇を繰り返す理由になろう筈が無い! ……そうじゃろう? フレイア君」

「うん、アイツが叫んだらアタシ達が必ず助ける。一人の目じゃダメでも、みんなの目が揃えば何だって助けられる筈だ!」

 

 探し求めていた言葉を見つけた気がして、ギルド長は満足気に頷いた。

 ならば後はこの檄を飛ばすだけだ。

 

「勇気有る者よ魔本を執れ! 誰かにヒーローを押し付ける時代は終わった! 此より先は我々自身が、己が意志でヒーローとなる時代じゃ!!!」

 

 

――オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!――

 

「行けェ、GODの操獣者達よ! その力で我らの街を守るのじゃ!」

 

 ギルド長の号令で、操獣者達の士気がマグマの様に爆発する。

 セイラムシティを守る為、レイの言葉を信じた為、彼らは魔本(グリモリーダー)を手に立ち上がったのだ。

 モーガンは目の前に広がるその光景を前に、ただ圧巻されていた。

 

「奇跡だ……」

「奇跡なんかじゃないよ、親方」

「フレイア……」

「魔法術式だよ。レイが自分の力で組んだスッゴイ魔法」

「魔法かぁ……上手い事言うじゃねーか」

「へへーん! アイツにもちゃんと教えなきゃだね!」

 

 そうだ、魔法なのだ。

 レイ・クロウリーという少年が、ヒーローという夢に向かって走り続けたその道中で組み立てられた光の魔法なのだ。

 

「さぁて、あんまり時間も残ってないみたいだし」

「フレイア、僕達も急ごう」

「レイ君の努力、無駄にはできないっスよー!」

「そうだね、それじゃあ…………チーム:レッドフレア、出動だ!」

「「応ッ!」」

 

――つんつん――

 

「アリスも忘れないで」

「おっと、ゴメンゴメン」

 

 魔法陣の強制起動までに残された時間は僅か。

 フレイア達は獣魂栞(ソウルマーク)とグリモリーダーを手に取り、夜のセイラムシティへと急行した。

 

「「「クロス・モーフィング!!!」」」



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Page22:帳に潜む悪意

 フレイア達がギルドの面々を説得している頃、レイは第八居住区に戻っていた。

 第八居住区に到着するや否や、レイはすぐに住民に事情を説明し避難指示を出した。

 最初は半信半疑の住民も少なくなかったが、幸か不幸か最後のバグで発生したであろう変身ボーツが数体現れて、八区の住民は事態を信じざるを得なくなった。

 レイが変身ボーツと戦闘している間に、体力のある男性達の誘導で八区の住民達は避難用シェルターに逃げ込んで行った。

 

「こん、にゃろッ!」

 

――斬ッ!!!――

 剣撃形態(ソードモード)のコンパスブラスターで変身ボーツを切り捨てるレイ。デコイモーフィングの破壊術式を使っているおかげで、数体程度なら変身しなくても太刀打ちできるようになっていた。

 一先ず目の前に出現した変身ボーツを倒し切ったレイ。周囲を見渡して人が残っていない事を確認する。住民の避難は終わったようだ。

 

「……信用残ってて良かったってヤツだな」

 

 レイはその足で避難用シェルターがある場所まで走った。

 シェルターは八区内の小さな学校に備えられている。レイが学校に近づくと、校庭には八区の住民達が地下のシェルターにつながる階段を下りている様子が見えた。

 

「(シェルターには対魔付与が施されているし、幸いボーツの召喚先は地上だから被害は出ないはずだけど……やっぱ少し心配だな)」

 

 とは言え今はシェルターの性能を信じる他ない。

 八区の大人達によってスムーズに避難が進んでいる事を確認したレイは、すぐにその場を去った。

 

 

 

 住民達が避難した学校から、どんどん距離が離れていくレイ。

 ランタンを片手に持ちながら八区の中を突き抜けて、更に森の奥深くへと進んでいく。

 

「案の定、巡回の操獣者は居ないか……」

 

 元々八区には巡回の操獣者があまり来ないを分かり切っていたので、大して期待はしていなかったが……いざ緊急時に目の当たりにすると静かに苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 だが今はそれどころではない。

 確認しなければならない事がある。それも至急にだ。

 

 ランタンの明かりを頼りに夜の森を進み続けると、簡素だが整備された道に出た。真っ直ぐに続く道に従って、レイは駆け出す。

 住民の避難が済んだのだから、本当なら一緒にシェルターに入るか八区から脱出すれば良いのかも知れない。だがそのような逃げる行為をレイは良しとはしなかった。

 ならば魔法陣を破壊する為にセイラムシティを駆け巡るのか? それもそうだが、もっと優先すべき事がレイにはあった。

 

 その道中は不気味な程に静かだった。少なくとも変身ボーツが出る気配など微塵も感じない程に。

 そして道の先にレイの目的地が見えてくる。たどり着いた場所はデコイインクの採掘場だった。

 

 採掘場に着くと、レイはすぐにランタンの明かりで周囲を照らし出す。

 

「(できれば収穫無しであって欲しいんだけどな……)」

 

 八区の住民が点呼を取って全員いる事を、レイは避難所で確認している。

 すなわち、八区の範囲内であるこの場所にはもう誰も居ないはずなのだ。

 

 魔法陣の起動者である事件の犯人を除いてだが。

 

「(犯人捜ししてたとか、後でアリスにバレたら怒られるだろうな)」

 

 そんな下らない事を考えつつ、レイはランタンで人がいないかを確かめる。

 犯人の心当たりはあった、だが証拠は何も無い。その人物がよく知っている者だった事もあり、レイは予想が外れる事を僅かながらに願っていた。

 どうかこの場所に誰も居ませんように。

 だがその願いは儚くも砕け散った。

 

 採掘場のど真ん中。手持ちの小さなランタンの明かりだけで、デコイインクが豊富に見えるその場所に、一つの人影が在った。

 

 レイは一目で解ってしまった。その者が自身のよく知る人物である事を……。

 

「こんな場所でアンタに会いたくなかったよ……()()()()()

 

 明かりで照らし出された人物。

 それはレイの養成学校時代の教師でありチーム:グローリーソードのリーダー。そしてGODオータシティ支部局長、キース・ド・アナスンであった。

 

 突如明かりで照らされたキースは目に見えて動揺するも、平然を取り繕いながらレイに接する。

 

「や、やぁレイ君。こんな場所で奇遇だね……何か用事かい?」

「あぁ用事だよ、沢山あるんだ……変身ボーツの召喚魔法陣破壊しなきゃなんないし、余計な被害が出ない様これから出てくるボーツを仕留めなきゃなんないし」

「それはお互い大変だね。召喚魔法陣の詳細は分ったのかい?」

「えぇ分かりましたよ。地下牢で頭冷やしたらすぐに分かりました……先生の差し金じゃあないのか?」

 

 若干声を凄ませてレイはキースに問いただす。

 だがキースは涼し気な表情で、余裕持って否定した。

 

「まさか、私じゃないよ。あれは特捜部の暴走なのだろう?」

「……まぁ、今はそれはいいか」

「それでレイ君。君はこんな場所に何をしに来たんだい?」

「少なくとも俺はピクニックじゃ無いですね…………キース先生こそ、何しに来たんですか? デコイインクの採掘場なんか、天下のグローリーソードのリーダーが夜中に来るような場所じゃあ無い筈ですよ?」

「そ、それは……」

「そうだなぁ~、今キース先生が来るような用事と言えば……資料も何も持たずにやる間抜けな抜き打ち視察とか、殊勝にも一人で自主鍛錬か…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に来たかだな」

 

 鋭い目つきと責める様な口調で、レイはキースに問いただす。

 

「何を言っているんだ、私が事件の犯人だとでも言うのかい?」

「根拠があるんだよ」

「……聞かせて貰えるかな?」

「まず一つ目、犯人はボーツ召喚の術式とデコイモーフィングシステムの術式をよく知る者だ。世界中に公表済みのデコイモーフィングはともかく、特にボーツ召喚の術式は詳細が公表されなかったから、この時点で知る者は限られてくる」

「だけど君が作った召喚術式は、当時セイラムで術式構築について研究する者たちの間で広く知れ渡ったじゃないか。それじゃあ私以外にも容疑者が――」

「そこで二つ目。今回セイラムでに張られた術式は二つの術式を単純に重ねた物ではなく、完全に一体化した新しい術式だった。相当に複雑な術式を二つ融合させるなんて芸当、セイラムシティで出来る奴は俺含めても殆どいない」

「セイラムシティの者の犯行と言いたい様だけど、外部の可能性もあるんじゃないか?」

 

 自身に掛かっている容疑を晴らす為に、キースは外部の人間による犯行の可能性を突いてくる。確かに一見すると、ここまでの内容ではセイラムシティの者による犯行とは断言し難い。

 しかしレイには断言できる根拠があった。

 

「それは無いです。だって俺、計画がお蔵入りしてすぐにボーツの召喚術式破棄しましたもん。術式も当時書いた紙一枚しか存在しないし、それ以降一度も外部に漏らしてないのはギルド本部に問い合わせれば簡単に分かりますよ」

「では魔法陣の展開方法はどうなんだい? これ程大規模な魔法陣を気づかれずに描くなんて、私には――」

「キース先生ならできますよね? ドリアードの固有魔法【()()()()】で」

 

 レイに指摘され、キースの顔が若干険しくなる。

 キースの契約魔獣ドリアード。その固有魔法が植物を自在に操るモノである事をレイは知っていたのだ。

 

「確かに私達の固有魔法は植物を操る事が出来る。当然それを応用すれば小規模な魔法陣も描く事ができる……だが街一つを覆う程の魔法陣を描くには植物は短すぎる」

「普通ならそうですね。けど永遠草の根ならどうですか?」

「…………なる程、無限に根を伸ばせる植物か。けどレイ君、その推理にも穴があるよ。仮に永遠草の根を使って地下に魔法陣を描こうとしても、私はセイラムシティに戻って一週間程度しか経っていない。そんな短時間では街を覆う程まで根を伸ばす事なんて出来ないし、そもそも魔力が足りない」

 

 キースの言う通りだった。確かに普通の操獣者が植物操作魔法を使って、セイラムシティに魔法陣を描こうとすれば相当な時間がかかる上に、その魔法陣の形状を維持する為に個人のキャパシティを超えた魔力を使ってしまう。

 その事実を認識しても、レイの考えが揺らぐことは無かった、

 

「……一つずつ問題を解決しましょう。まず時間について、これはセイラムシティに居ない間に描けば問題ありません。しかもキース先生だから可能な方法があります」

「私だから?」

「そうです。()()()()()()()()()()の先生だからできる方法です」

 

 レイが思い浮かべた方法、それは言葉にすれば単純だが壮大な手法だった。

 

「セイラムシティで流通している永遠草は全て、元々はオータシティから種の状態で輸入された物です。ちょうど先生が支部局に異動した三年前からな」

「そうだね、それがなにか?」

「魔武具に仕込む術式と同じ原理だ。仕込めるだろ? ドリアードの魔力(インク)を使えば、植物の種に術式を仕込んで遠隔操作するなんざ朝飯前だろ?」

「可能、だね……けど魔法陣が永遠草で描かれている確証は――」

「地下牢で見たんですよ、根っ子が魔法文字の形した永遠草をな。しかもこれだけ複雑な術式、複数人で示し合わせて綺麗に描くなんざ不可能だ。となると先生の単独犯としか考えられない」

 

 キースの顔から僅かに余裕が崩れる。だが決して抵抗を諦めた訳では無かった。

 

「確かに今回の事件は、植物操作魔法を使った者による単独犯かもしれない。それは認めよう……だが魔力はどうなる? 街一つを覆う程の魔法陣だよ? そんな巨大な術式を維持するだけの膨大な魔力を、私個人が持っていると思うのかい?」

 

 来た。決定的な問いかけだ。

 個人が保有する魔力量、レイが待ち望んでいた指摘が来たのだ。

 

「無いですね。そもそも魔獣であっても個人であっても、そこまで多くの魔力を持つ奴はそうそう居ません。ましてやドリアードのランクはそこまで高くないから、必然的に魔力も多くない」

「なら私は犯人ではないね」

「いえ、先生の容疑はまだ晴れていません」

「どういう事だい?」

 

 長々と疑惑の目で見られ続けて、そろそろ不愉快になり始めたキースがレイを睨む。

 だがここまでレイの想定内。レイは腰にかけたコンパスブラスターを何時でも抜刀出来る様にしつつ、次の言葉を続けた。

 

「今から先生に、無実を証明して欲しいんですよ」

「証明?」

「えぇ、とっても簡単な動作をして欲しいんですよ。本当に、どうという事は無い、誰でもできる簡単な事です」

 

 そう言うとレイは右手の甲を左手の指でコンコンと軽く叩いた。

 

()()……外して下さい。今この場でね」

 

 手袋を外す様に指示するレイ。だがキースの手が動く様子は見えない。

 それどころかキースの顔には汗が滲み、見る見るうちに青ざめていった。

 

「どうしたんですか? 手袋を外すだけでいいんですよ。何か難しい事でも?」

「い、いやぁ……それは」

「それとも外せない事情でもあるんですか?」

 

 例えば…………。

 

魔僕呪(まぼくじゅ)の副作用で老化した手を見られるのはマズいですか?」

 

 キースの顔から完全に余裕が消え去った。

 全身を震わせて視線を地面に落としこんでいる。

 

「確かに普通の個人じゃあ魔力の量なんてたかが知れてる。けど強力な魔力活性剤でもある魔僕呪を使ったのなら話は別だ」

「何故……私が、魔僕呪を使ったと……」

「この前魔僕呪の中毒者(ジャンキー)を捕まえたんだ。オータシティ行きの定期商船に所属する船乗りだったよ。話が出来過ぎてると思いませんか?」

 

 そう、辻褄が合い過ぎたのだ。

 ボーツの発生自体は以前からあったが、あの船乗りの男を捕まえた直後から一気に自体は悪化した。

 

「あの男に会った時、男は()()()()()()()()ってぼやいていた。魔法で根を遠隔操作すると言っても細かい調節は難しい。さしずめ、魔僕呪を報酬にして商船の男に種をばら蒔かせていたんだろ?」

「…………」

「そして下準備が整ったから男との契約を切った。魔僕呪は特殊な闇ルートでしか入手できない。普通の船乗りでは一生辿り着かないような特殊なルートでしかな……」

 

 キースは俯いたまま、何も反論をしてこない。

 図星を突かれて放心状態なのだろうか。

 

「さ、手袋外して下さい。ボーツ召喚事件の犯人でなくても禁制薬物を使用してるなら、俺はアンタをとっ捕まえなくちゃならねー」

 

 気味の悪い静寂が、夜の採掘場を包み込む。

 レイの言葉に何も言い返そうとせず、キースはただ俯くばかり。

 いっそ無理矢理手袋を外して確認しようかとレイが考えた次の瞬間。

 

「フ、フフフフフフ」

 

 突如キースは不気味な笑い声を上げ始めた。

 

「ハーッハハハハハハハハハハハ!!! 手袋の下が見たいんだって? なら好きなだけ見せてあげるよ!」

 

 開き直りなど生易しく感じる程のキースの豹変。

 最早発狂していると捉えても齟齬はなさそうな笑い声を上げながら、キースは着けていた白い手袋を外して見せた。

 外した手袋の下から出て来たのは、異様なほどに皺くちゃになったキースの手であった。

 

「……老化現象、やっぱり服用してたのかッ!」

「最初は魔法陣を維持する為に仕方なくだったんだけど、これがまた癖になる薬でね……バカな若者に一口飲ませたら簡単に言う事聞くようになったよ」

「てめえ」

「彼は素晴らしい労働力だったよ。余った魔僕呪をエサにするだけでワンワン尻尾を振って来たんだからね。まぁ準備が終わったのと報酬の増加を要求したから捨てたんだけど」

 

 全く悪びれる事無く自身の犯行である事を認めるキースに、レイは強い怒りを覚えた。

 

「しっかし、やはりと言うか何と言うか……レイ君にはバレてたんだね。最初にボーツを変身させた時に君とフレイアさんが来たから、まさかとは思ったんだけど」

「なんでこんな事をしたッ!」

「簡単な事さ、実績を作る為だよ」

「……()()って、まさか」

「何者かがセイラムに仕掛けたテロをチーム:グローリーソードと、それを率いるこの私キース・ド・アナスンが見事に解決する……英雄譚に新しい一ページが刻まれるのだよ!」

 

 自画自賛と形容するに相応しい態度で、キースは己が思惑を語る。

 魔僕呪の服用とセイラムでの流通も、永遠草を使った街中でのボーツ召喚も全て彼の壮大な自作自演の為だったのだ。

 

「外道がッ! その下らない我欲でどれだけ街の人が傷ついたと思ってんだ!」

「被害が無ければ救いもできないだろう? 三年前は失敗したけど、今度は華々しく勝利を演出して魅せるさ」

 

 あまりにも身勝手な主張をするキース。だがレイの耳にはその一部だけが、強く引っかかっていた。

 

「三年前って……まさかあのボーツ大量発生事件も!?」

「あぁ私がやった事だね。流石はレイ君、お父さん譲りの勘の良さだ」

 

 忘れもしない、父親が目の前で殺される事となった事件。

 レイの脳裏に当時の様子が鮮明に浮かび上がる。

 今自分の目の前にいる男は、あの事件の元凶だと自白した。

 レイは無意識に血が滲むほど強く、拳を握り締めた。

 

「まさかあの事件も、演出の為に起こしたってんじゃねーよな?」

「そのつもりだったんだけどね、残念ながらエドガーにバレてしまったよ。いやぁ懐かしいな~、あの時も八区で問い詰められたんだっけ。本当に君たちは似た者親子だね」

「八区で? …………どういう事だ?」

「フードとマントをつけて隠してたと言うのに、エドガーは勘が良すぎるんだ…………本当に、何でもかんでも持ち合わせて……何時までたっても席を譲ってくれない、目障りな男だったよ」

 

 キースは顔を醜く歪めて、笑い声交じりに当時を思い出す。

 そしてレイも思い出す。父親が殺された瞬間と、殺した操獣者が()()()()()()()()()()()()()()()()事を……。

 レイの心が警報を鳴り響かせる。コイツを逃がすな、コイツは何かを知っていると本能に呼びかけてきた。

 

「お前、父さんに何をした?」

「ん、気づいてなかったのかい? なんだ、てっきり私はとうの昔に知っていると思っていたよ」

「答えろッ!!!」

 

 声を張り上げて問い詰めるレイ。

 するとキースは口の端を釣り上げて、心底嬉しそうな笑みと共にこう答えた。

 

「君のお父さんは私に素晴らしい事を教えてくれた。目の上のたん瘤を始末するのは、至上の快感を伴う近道だとね」

「……もういい」

「エドガー・クロウリーは平民の分際で出しゃばり過ぎたのだよ。だから私が直々に愚か者に裁きを――」

「もういいッ! ……もう喋るな、キース・ド・アナスン」

 

 確定した。犯人が直々に自白をしてくれた。

 レイはグリモリーダーと鈍色の栞を取り出し構える。

 

「ド・アナスン、確かどこぞの子爵家だったな。貴族様のお高いプライドってヤツか? そんな下らない理由でッ! お前は父さんを殺して、街を泣かせた!!!」

 

 最早目の前の男を許しておく理由など無かった。

 

起動(ウェイクアップ):デコイインク!!! デコイ・モーフィング!!!」

 

 激情に身をまかせて、レイは変身する。

 レイは腰からコンパスブラスターを抜刀し、その切っ先をキースに向けた。

 だが当のキースは臆する事なく、涼し気な様子でレイを挑発する。

 

「そんなトラッシュの玩具で、私に復讐するつもりかね?」

「うるせぇ! お前だけは絶対に許さねぇ!」

 

 頭に昇った血は止まる所を知らず、その熱量を上げ続けていた。

 そして叫び終えると、レイはコンパスブラスターを手にキースに突撃していった。

 

「キィィィィィィィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」



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Page23:闇夜の攻防

「キィィィィィィィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「Code:ウッドブラウン解放、クロス・モーフィング」

 

 猛獣の如き咆哮を上げながら、レイはコンパスブラスター(剣撃形態)をキースに振り下ろす。

 だがキースは一切臆することなく変身し、ウッドブラウンの魔装にその身を包む。そして…………。

 

――キィィン!!!――

 

「な!?」

「ボッツ♪ ボッツ♪」

 

 突如現れた変身ボーツによって、レイの攻撃は防がれてしまった。

 デコイモーフィングで強化されたボーツが腕を払う。レイはその勢いで一メートル程後ろへと吹き飛ばされてしまった。

 

「忘れてませんか? 此処はデコイインクの採掘場。ボーツを呼び出す為のリソースなら、いくらでもあるんですよ」

「チッ!」

 

 ボーツ召喚の為に放ったのだろう、キースの足元でインクが光っている。

 頭に血が昇って完全に失念していた。

 キースの言う通り此処にはデコイインクが山程あるので、ボーツの召喚も偽魔装を作り出す事も幾らだって出来るのだ。

 

「一体くらいならどうにでもなる!」

 

 レイはグリモリーダーから栞を取り出し、コンパスブラスターに挿入する。

 

「インクチャージ!」

 

 コンパスブラスターの刀身にデコイインクが流れ込む。

 付与する魔法術式は当然デコイモーフィングの破壊術式だ。

 

 変身ボーツは剣の如く鋭利な形状に変化した腕を構えて、レイに追撃をするべく突撃してくる。

 まだまだ頭に余計な血が残っているレイだが、目標を目の前のボーツに定めてコンパスブラスターを構える。

 

「どらァ!」

「ボッ!?」

 

――斬!――

 駆け出し、すれ違いざまに一閃。

 変身ボーツの身体は溶けかけたバターの様に、容易く両断されてしまった。

 デコイモーフィングで硬質化していたボーツの身体も専用の術式で破壊されてしまえば、その下は通常と変わらない脆いモノである。

 

「種が分かってりゃ、どうとでもなるんだよ!」

「フフ、ならこれはどうですか?」

 

 間髪入れずに新しい変身ボーツを一体召喚するキース。

 一体だけならさっきと変わらない。

 レイは迷わず変身ボーツに攻撃を仕掛ける……だが

 

「ボ~ツ♪」

「なっ!?」

 

 間一髪の所で攻撃を回避されてしまった。

 偶然だろうか? いや今は関係ない。レイは間を与える事無く攻撃を仕掛ける。

 しかしボーツは追加の攻撃さえも、悉くいなしてきた。

 

 本来ならありえない事だった。

 自我を持っていると言えどボーツの知能は高くない。少なくともこれだけの攻撃を上手く回避し続ける程の知能は持ち合わせていない筈だ。

 それどころか、目の前のボーツは的確に隙を突く攻撃を仕掛けてくる。

 

「クソッ!」

「見た目こそ人型ですがボーツも植物の一種です。私の契約魔獣ドリアードの固有魔法【植物操作】を使えば、短距離内なら自在に操れるのですよ」

 

 操作用の術を発動しているからか、キースの手はインク塗れになっていた。

 そしてキースが命じた次の瞬間、ボーツは再びレイに攻撃を仕掛けて来た。

 

「ボーツッ! ボーツ!」

 

 両腕を長剣の様な形に変化させて攻撃を仕掛けるボーツ。その太刀筋には従来までの知性の低さは微塵も垣間見えなかった。

 近接戦では分が悪い、ならばとレイはボーツから少し距離を取った。

 

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)!」

 

 コンパスブラスターを銃撃形態に変形させたレイは、偽魔装の破壊術式を刀身から弾倉に移動させる。

 その隙を逃さんと言わんばかりにボーツが襲い掛かってくるが、レイはコンパスブラスターの銃口をボーツの頭部に向けて引き金を引いた。

 

――弾ッ!!!――

 

 ボーツの短い悲鳴が聞こえて来る。

 破壊術式を含ませた魔力弾はボーツの頭部装甲を貫通し内部で炸裂、その頭部を破壊しつくした。

 

「どんだけ増えても一体ずつなら簡単に倒せんだよ!」

「……なる程。ではこういうのはどうかな?」

 

 そう言うとキースは手と足元のインクを更に増やした。

 ウッドブラウンのインクが光を放つと同時に、十数体の変身ボーツが一斉に召喚された。

 

「有効距離内なら何体でも操作できるのだよ。やれ!!!」

「「「ボォォォォツ!!!」」」

 

 キースによって統率された変身ボーツ達は一斉にレイに襲い掛かる。

 長剣、槍、斧、鎌……様々な形態に変化させた腕で攻撃を仕掛けてくる。

 近距離かつ多数相手なので、レイは急いでコンパスブラスターを剣撃形態にしようとするが……

 

「ボォォォツ!」

「ッッッ!!!」

 

 隙は与えんと言わんばかりに、ボーツの攻撃がレイの腹部に突き刺さる。

 熱をも感じる程の激痛が襲い掛かってくるが、レイは歯を食いしばってコンパスブラスターを変形させた。

 

「インクチャージ!!!」

 

 痛みに耐えつつ、頭の中で術式を高速構築する。

 完成した術式と偽魔装の破壊術式を同時にコンパスブラスターの刀身に流し込むと、コンパスブラスターから巨大な魔力の刃が現れた。

 

「偽典一閃!!!」

 

――斬ァァァァァン!!!――

 近接攻撃の為にレイに接近していたのが仇になった。

 変身ボーツ達はレイが振るった魔力刃によって偽魔装を破壊され、その下の身体を攻撃エネルギーによってズタズタにされた。

 

 物言わぬ塊と化したボーツの破片がボトボトと地面に落ちていく。

 レイは構わず仮面越しにキースを睨みつけるが、キースは一切余裕を崩していなかった。

 

「言ったはずですよ、リソースはいくらでもあると」

 

 キースのインクが再び光を放つと、更に十数体の変身ボーツが召喚された。

 

「既に魔方陣は完成しています。ボーツの十体や二十体簡単に召喚できるのですよ」

 

 そう言うとキースは手を大きく振り、変身ボーツ達に攻撃命令を下した。

 不味い、このままではキースに攻撃するどころかジリ貧になって倒されるのがオチだ。そう考えたレイは咄嗟に変身ボーツ達に背を向けて、森の中へと駆け出した。

 

「逃がす訳がないでしょう……追いなさい!」

 

 キースの命令でレイを追う変身ボーツ達。

 だがレイも考え無しに逃げた訳では無かった。

 

「(植物操作で操られたボーツは確かに恐ろしい。だけどあそこまで精密な動作を要求する魔法なら有効範囲は短い筈だ!)」

 

 足元の蔦や雑草を物ともせず、森の中を走りながら考えるレイ。

 そう、レイの狙いはキースの植物操作魔法の有効範囲外に移動する事だった。

 ボーツの知能は高くない。有効範囲外まで逃げてから銃撃形態にしたコンパスブラスターで狙い撃てば、少しはキースに接近する隙が出来る筈だ。

 そう考えたレイは森の中を複雑怪奇な道筋で走り続けた。

 

「ボーツ!!!」

「クソッ、もう追いついて来たのかよ!」

 

 変身ボーツの予想外の足の速さに悪態をつきながら、レイはコンパスブラスターを銃撃形態に変形させる。

 一度足を止めて振り向き、レイは襲い掛かる数体のボーツ全員に照準を定める。

 

「術式構築完了、全員吹っ飛べ!」

 

 引き金を引くと、コンパスブラスターの銃口から複数の魔力弾が変則的な軌道を描いて、変身ボーツ達の頭に直撃した。

 レイはこの数瞬の間に変化球の術式を魔力弾に込めておいたのだ。

 

 だがこれだけで自体は好転しない。

 更に後から十体程の変身ボーツがレイに向かって迫って来た。

 

「勘弁してくれよな、手持ちのインクも有限なんだよ!」

 

 今からこの数の狙いを定めるのは難しい。レイはコンパスブラスターを剣撃形態にして近接戦闘に入る事にした。

 栞を素早くコンパスブラスターに挿入すると、先陣を切った一体がレイに飛び掛かって来た。

 

「ボーツ!!!」

「どらァァァ!!!」

 

――斬ッッッ!!!――

 鎌状の腕を振るおうとしたボーツ。だがその鎌が到達するよりも早く、レイの一撃がボーツの身体を縦一閃に斬り裂いた。

 だが変身ボーツ達の追撃は止まる所を知らない。

 次々と放たれるボーツの攻撃。レイはそれらをいなしつつ反撃するが、多勢に無勢、やはり何発かは受けてしまう。

 

「クッソがァァァァァ!!! 偽典一閃!!!」

 

 本日二発目の必殺技で周囲の変身ボーツを一掃するレイ。

 ただでさえダメージを受けている身体が、技の反動で更に痛めつけられる。

 だがここで止まる訳にはいかない。

 

 レイは身体の痛みを堪えて変身ボーツを迎え撃つ。

 しかしどれだけ切り伏せても、ボーツは次から次へと湧いて出てくる。

 

「おいおい、キリが無いってレベルじゃねーぞ」

 

 ぼやきながらもレイは応戦し、そしてボーツ達を観察する。

 レイは、よくよく見ればボーツ達の動きが統制の無いものに変わっている事に気づいた。

 

「(先生の位置が離れたのか? ……それとも何かの作戦か)」

 

 何が起きるか分らない状況。レイは警戒することなくコンパスブラスターで戦い続ける。

 第一波、第二波、第三波……森の中を少しずつ移動しながらもレイは次々と現れる変身ボーツを切り伏せ、撃ち抜いていく。

 ボーツの数は確実に減っているが、レイ自身は襲い掛かるボーツの大群の流れに乗せられて徐々に場所を変えていってしまう。

 

 そうこうしている内にレイは森を抜けて開けた場所に出て来た。

 足元の障害物が無くなった事でそれに気づいたレイ。

 辺りを素早く確認して、レイは自分がキースに乗せられた事を悟ってしまった。

 

「不味い、ここ居住区じゃねーか!」

 

 仮面の下でレイの顔が蒼白に染まる。

 最初からこれが狙いだったのだろう。居住区内で戦闘を行えばレイの性格上周囲に被害がいかない様に振る舞って、ボーツに対する集中力が削がれる。

 恐らくキースはその隙を突いてレイを始末するつもりだったようだ。

 

「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」

 

 目算おおよそ二十体と少し。変身ボーツが群れを成して居住区に入り込んでくる。

 レイはすかさず辺りを見回し、人が居ない事を確認する。

 

「一日三発とか、どうなるか俺でも分かんねーけど」

 

 レイはコンパスブラスター(剣撃形態)に栞を挿入し、術式を構築していく。

 元々反動の大きい技だが、このダメージこの短時間で連発すればただで済まない事は重々理解していた。

 だがここで引くという考えは、レイの中で微塵も出ては来なかった。

 

 レイという目標を見つけて向かって来る変身ボーツ達。

 巨大な魔力刃を纏ったコンパスブラスターを構えて、レイもまた変身ボーツ達に向かって駆け出した。

 

「「「ボォォォォォォォォォォォォォツ!!!」」」

「偽典一閃!!!」

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 勢いよく振られた魔力刃が、変身ボーツ達の装甲を破り中の身体を破壊しつくす。

 技の衝撃で周辺の建物が音を立ててヒビを走らせたが、レイは「後で事情を話して謝ろう」とぼんやり考えていた。

 

 大量の変身ボーツは身体を破壊され、ボトボトと崩れ落ちていく。

 後から続くボーツの気配はない。これで一段落だろうか……レイは極限まで警戒しつつ周囲の気配を確かめる。

 

「っつ! ……反動は、ギリギリセーフかな?」

 

 身体が酷く痛むが、まだ辛うじて耐えられる。レイは日ごろ肉体を鍛えてきた自分自身に感謝するのだった。

 

「流石はレイ君。エドガーの息子なだけはあるよ」

 

 乾いた拍手の音と共に、森の中から人影が現れる。

 キースであった。悠々と歩みを進めてキースはレイに近づく。

 その周りに変身ボーツの気配はない。完全に一人だ。

 

「……ボーツを連れて来なくてよかったんですか?」

「必要ない。君は大事な教え子だからね、私自身の手で始末させてもらうよ」

 

 そう言うとキースの身体がインクの光に包まれ始める。

 彼がこの場所で戦闘を始める気だと察したレイは、内心非常に焦っていた。

 

「居住区のど真ん中で戦闘とか、冗談じゃねーぞ」

「構わないよ。どうせ最後には滅びる場所だ」

「どういう事だ」

「簡単な事さ、英雄を信仰しない民など必要ない」

 

 当然だといった態度で堂々と言ってのけるキースを前に、レイは血の気が引いた。

 確かに八区の住民はエドガー・クロウリーへの愛着が今でも強い者が多い。エドガーの死後に台頭した勢力を知っても思わず比較してしまう者が多いのも事実だ。

 特にグローリーソードに対しては(彼らの普段の行いもあるいが)良い印象を持ち合わせている者が少ない。

 

「それにねレイ君、この巨大魔方陣を維持するのも結構大変なんだよ。採掘場のデコイインクを循環させても細かい場所へは渡りにくいんだ……だから、代わりになるエネルギーが欲しいんだよ」

「…………まさか」

 

 レイはすぐに勘づいてしまった。デコイインクに代わるエネルギー、獣魂栞から生成されるソウルインクを除けば、この場所で獲得できるモノは一つしかない。

 

「流石優等生、もう答えに辿り着いたようですね。先生は嬉しいです」

「アンタ、八区の人達の()で補う気か!?」

「そのとーり! 汚らしい貧民の血を私の素晴らしい計画の為に役立てようと言うのです。これほど名誉な事が彼らにありますか?」

「ふざけんな! 人の命を何だと思ってやがる!」

「駒、ですね。私の為の」

 

 止める。この外道は今ここで止めなきゃ駄目だ。

 レイがそう考えてコンパスブラスターを強く握りしめると、背後の民家からゴトッと物音が聞こえた。

 

 レイは咄嗟に音の方に振り向く。

 そこには木製の人形を大事そうに抱えた、一人の幼い少年がいた。

 幼心ながらに目の前に広がる異様な雰囲気を察したのだろう、少年は今にも泣きそうな表情で震えていた。

 

「おいおい! 全員避難したんじゃなかったのかよ!」

「え、あの……忘れ物、取りに……」

 

 どうやら少年は忘れ物を取りにシェルターから出て来たようだ。

 レイは言葉に出さず悪態をついてしまう。

 一先ずこの子をどうにかして避難所まで逃がさなくては……レイがそう考えた次の瞬間、キースの魔力によって形成された木の杭が少年目掛けて射出された。

 

「不味い!!!」

 

 レイは本能的に魔力を足に流し込み脚力を強化する。

 強化したその脚力を用いて、レイは少年を抱きかかえる様に飛び込んだ。

 

――ヒュン! ガスッ!――

 

 風を切る音と、杭が民家の壁に突き刺さる音が近くから聞こえて来る。

 レイはすぐに少年の安否を確認した。幸い杭が着弾するより早く、レイが少年を庇えたおかげで両者とも大した怪我は無かった。

 急激に頭に血が昇ったレイは振り向き、キースを睨みつけて怒声を上げた。

 

「馬ッ鹿野郎ォ!!! 子供を狙うやつがあるか!!!」

「どうせ結果は同じです。少年、最初の生贄になれることを誇って良いですよ」

 

 再びキースの手に魔力が集まり始める。向けた掌の前に木の杭が生成され、レイ達目掛けて射出された。

 今から回避するには距離が短かすぎる。レイはコンパスブラスターを握ってタイミングを見計らい、迫り来る木の杭を切り払った。

 だが休まずキースの追撃が来る。

 

 このまま戦闘に入りたい気持ちはあるが、今優先すべきは後ろで震えている少年を逃がす事だ。

 

「おい、その玩具大事な物か?」

「う、うん」

「だったら落とさないように、しっかり持ってろよ!」

 

 そう言うとレイはコンパスブラスターから魔力刃を作り出し、キース目掛けて解き放った。キースは攻撃を中断し回避行動に移る、それが狙いだ。

 レイは少年を抱きかかえて、足早にその場を逃げ出した。

 

「逃がしませんよ!」

 

 背後からキースの攻撃が飛来してくる。

 レイは魔力で強化した脚力を活かし、それらを回避しつつ森の中へと逃げ込んだ。

 

「悪りぃ、ちょっと遠回りするぞ」

 

 本来なら居住区から避難所の学校までそれ程離れていないのですぐに着くのだが、今最短ルートで避難所に行けばキースは間違いなく避難した住民を巻き添えにする様な戦闘をする。

 それだけは何が何でも避けなくてはならなかったので、レイは森の中で一度キースを巻く事にしたのだ。

 

 足場の悪い森の中をクネクネと複雑な経路で走るレイ。

 背後から追ってくるキースの攻撃が近くの木に当たり、木片が当たるが気にしている場合ではない。

 

「(クッソ、足のダメージが響き始めた……)」

 

 僅かに速度が落ちそうになるが、火事場の力でレイは持ちこたえる。

 だがその状況に追い打ちをかける様に、眼の前から変身ボーツが襲い掛かってきた。

 

「邪魔だァァァァァ!!!」

 

 片手でコンパスブラスターを振るい、ボーツを両断するレイ。

 背後から木の杭は飛んでこなくなった。巻けたのだろうか、一瞬レイがそう考えた次の瞬間、近くに生えていた木が突然燃え上がったのだ。

 

「今度はなんだ!?」

 

 突然の事にレイは一度足を止めてしまう。その隙を突くように、レイ達に向かって大量の火の玉が飛来して来た。

 

「ウォォォ!?」

 

 咄嗟に火の玉から身をかわすレイ。だが地面に落ちた火の玉は周囲の枯葉や木に引火し、辺り一面を火の海に変えてしまった。

 

 燃え盛る炎の向こう側からキースが姿を現す。その手には一輪の白い花が握られていた。

 

「驚いたかね? これはゴジアオイという花でね、世にも珍しい自然発火する花なんだ……尤も、今攻撃に使ったのは私が魔法で発火の威力を増幅させた物だけどね」

「てめぇ……自分の欲の為にここまでやるのか!?」

「先程も言ったはずですよ、結果は変わらないと。違いがあるとすれば君たちの死が早いか遅いかだけです」

 

 完全に狂っている。この男は邪魔者を排除する為ならば人の命だろうが、街一つだろうが平気で殺すことが出来る邪悪を孕んでいる。

 

「さぁ、追いかけっこはここまでです。あの世でエドガーによろしくと伝えて下さい」

 

 キースの掌に魔力が集まり始める。

 火の海に囲まれたこの状況では逃げようにも逃げれない。いや、強引に炎の中を突き抜ける事で逃げれるだろうが、それでは今起きている火災をどうにかできない。

 この火災を放置すればどの道森と八区が火の海に包まれて詰みになってしまう。

 そもそもレイ自身は偽魔装を着ているので炎の中を突っ切れるが、腕の中で恐怖に震えているこの少年は生身だ。炎の中を通って無事では済まない。

 

「…………おい、俺が合図するまで息止められるか?」

 

 腕の中で震えていた少年は無言で頷く。

 ピンチになりすぎて逆に頭が冷えて来た。

 レイはコンパスブラスターを銃撃形態に変形させ、冷静に頭の中で必要な術式を組み立てていく。

 

「(かなり分の悪い賭けだけど、全部守るにはこれしか無い!)」

 

 レイが今持っている栞は残り十五枚。その内十枚を握りしめてレイは術式を流し込んだ。

 

 キースの掌の前に木の杭が生成され始める。

 今だ!

 

「オラッ!」

 

 レイは十枚の栞を勢いよく上空に投げ、それに向かってコンパスブラスターの銃口を向けた。

 

「目を閉じて息を止めろ!!!」

 

 声を張り上げてレイは少年に指示をする。

 少年が息を止めるのと同時にレイは上空に投げた栞に向かって、引き金を引いた。

 

――弾ッ!!!――

 

 魔力弾が1枚の栞に着弾すると、大きな音を立てて爆炎をまき散らし始めた。

 爆炎に巻き込まれた栞が更に次の爆炎を生み出す。連鎖現象によって生み出された巨大な炎は、上空から地上に向けて周囲をドーム状に包み込んだ。

 

「一体、なにを!?」

 

 突然の出来事に呆気にとられるキース。

 上空から降り注ぐ炎の一部がドーム内部に零れだし、キースに襲い掛かる。

 止む無くキースはその炎に対する防御態勢を取らざるをえなくなった。

 

 キースの周囲が炎で包まれ視界が遮られてしまう。

 動くに動けないキース。だが炎達は何の前触れもなく、突然その姿を消してしまった。

 

 視界を遮るものが無くなる。

 レイが放った炎が消えると、ゴジアオイの炎で燃やされた森は完全に鎮火されていた。

 

「……なるほど。操作できる魔法の炎でこの辺り一帯を包み込む事で、炎の中の酸素を消費し、森を鎮火したのですか。やれやれ、我が生徒ながら大胆な事を考える」

 

 周囲を見渡しながらキースは呟く。

 レイ達を探すものの、周りにあるのは焼け焦げた木と草の臭いだけ。人の影は一つも無かった。

 それを確認したキースは「ふぅ」とため息を一つついた。

 

「癪ですが……逃げられてしまいましたね」

 

 苛ついた声でキースはそう吐き捨てるのだった。



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Page24:叫びよ届け

 草葉を勢いよく踏み抜く音と、吐息の音が耳に入り込む。

 少年を抱えたまま、暗闇に包まれた森の中をレイは駆けていた。

 

「ハァ、ハァ……撒いたか?」

 

 一度足を止めて周囲を確認する。キースの気配もボーツの気配も無い。

 一先ず安心するレイの偽魔装には、本来ある筈の灰色のローブが着けられておらず、黒いアンダーウェアが剥き出しになっていた。

 偽魔装のアンダーウェアは所々黒焦げて、レイの身体に火傷の痛みを走らせている。

 

 栞に含まれたデコイインクに操作可能な火炎魔法を組み込んで鎮火と脱出を両立できたは良いが、あのまま炎の中を通り抜けたら少年が大火傷してしまう。

 そこでレイはキースの注意が逸れた隙に偽魔装の構成術式を改造し、本来一体化しているローブを強引に分離させて少年に被せたのだ。

 

「レイ兄ちゃん?」

「ここなら、もう大丈夫だろ」

 

 被せたローブを外して、少年を下ろす。

 模倣の物とは言えども、偽魔装のローブには高い耐熱や耐電の機能が備わっている。おかげで少年も無傷で済んだ。

 

「とは言っても……耐熱持ってんのはアッチも同じなんだけどな……」

 

 このままでは追いつかれるのも時間の問題。

 幸い此処は避難所の学校からはそれ程離れていない位置だ。少年一人でも道順は分る筈。

 

「(残り五枚……けど無防備に逃がすよりは……)」

 

 レイは手持ちの栞を三枚握りしめて、術式を構築していく。

 身体の痛みが気になって構築速度は少し遅めだが、とにかく早く組み立てていく。

 ふと目線を下げて見ると、少年が心配そうにこちらを見つめていた。

 

「心配すんな! こんくらい大丈夫!」

 

 精一杯強がってみる。兎に角目の前の少年から不安要素を取り除いてあげたかった。

 そうこうしている内に術式が完成したので、レイは手の中にある三枚の栞に術式を流し込む。

 すると、栞から鈍色のインクが溢れ出し円柱状に固まっていく。数秒ほどでレイの手の中には三本のチョークが出来上がっていた。

 

「ここから学校への行き方は分かるか?」

 

 出来上がったチョークを小さな手に握らせつつ、レイはしゃがみ込んで少年に問う。

 

「うん……これ何?」

「即席のチョークボム。いつ変身ボーツが出てくるか分らないからな、途中危なくなったらソレをボーツに投げつけろ。ボーツの偽魔装なんか木端微塵だ」

 

 念のため偽魔装の破壊術式も混ぜ込んであるので、当たり所が良ければ一撃でボーツを葬れるだろう。

 

「いつ見つかるか分からない、お前はそれ持って早く逃げろ」

「うん。でもレイ兄ちゃんは? 焦げてるよ」

「だから大丈夫だって。俺ヒーローの息子だぜ、こう見えて強いんだからな~」

 

 ワシワシと少し強めに少年の頭を撫でるレイ。

 

「心配すんな、悪い大人は俺が倒してやっから……お前は避難所で、友達と明日何するか考えてろ」

 

 そう言ってレイは少年の背中を軽く押す。

 押された背中が合図となり、少年は暗い森の中へと姿を消して行った。

 

「…………行ったな」

 

 どうか無事避難所に辿り着くよう祈るレイ。

 少年の姿が見えなくなったのでレイは外したローブを着けようとするが、身体と偽魔装に蓄積されたダメージが限界に達し、レイの変身が強制解除されてしまった。

 身体の痛みに負け、地面に膝をつくレイ。

 

「~~ッ! 強がっちまったけど、流石に今回はキツイかも」

 

 額に脂汗が滲む。ズボンが血で湿る不快感が足を触る。

 だがここで倒れる訳にはいかない。ここで倒れてしまっては、避難所の住民を狙うキースを止める事ができなくなってしまう。

 

「とりあえず、一旦隠れるか」

 

 少しでも回復させる為に、せめて身を隠そう。ここは子供たちがよく隠れんぼする場所だ、人間一人を隠すのに苦労する場所ではない。

 レイは身体を引きずりながら近くの茂みに身を隠す。

 

「さーて、どうするかねぇ」

 

 キースのあの様子なら今頃レイを殺す為に躍起になっているだろう。

 不幸中の幸い、今歯を食いしばって動けばキースの注意を引き付ける事は容易だろう。避難所のシェルターも変身ボーツから身を守るくらいの強度は十分にあるので心配はない。

 

「……残りの栞は二枚、ちと渡しすぎたかな?」

 

 だが今更事実を変える事はできない。今はこの二枚の栞に賭ける他ないのだ。

 手持ちの栞とグリモリーダー、そしてコンパスブラスターを駆使してキースに勝つ方法をレイは必死に考える。

 

「(キースはきっと俺を妨害する為なら変身ボーツを使うだろう。けどボーツの相手をしてたら栞なんか一瞬で尽きる)」

 

 かと言って変身ボーツを何とかクリアできても、次はキースの魔装を破る術だ。

 部分的な破壊なら何とかなるかも知れないが、行動不能まで追い込むとなれば話は別だ。

 結論を述べてしまえば、レイは手持ちの二枚の栞だけでボーツとキースを制圧する必要があるのだ。

 

「どの道変身で一枚消費するなら、実質残り一枚でなんとかする必要があるのか……無茶だなぁ」

 

 だが方法が無い訳ではない。

 相当分の悪い賭けになるが、レイの頭の中には一つの手段が浮かんでいた。

 

「(いっそ変身せずに、二枚の栞を無理矢理コンパスブラスターにチャージして、最大出力の偽典一閃を叩きこむか……)」

 

 二枚の栞を使って放つ必殺技。その威力をもってすれば相手が本物の魔装を使っていようが、容赦なく制圧できる筈だ。

 だが偽典一閃は元々発動者への反動が大きい技。しかも今日は既に三回も使用済みである。

 それをベテラン操獣者のキースに当てるとなると……。

 

「(良くて相打ち……悪ければ犬死にか……)」

 

 だが現状、それ以外に策は無い。

 レイは手に持ったコンパスブラスターを剣撃形態(ソードモード)にする為に、持ち手に手をかける。

 手が震える。コンパスブラスターを操作しようにも腕が言う事を聞かない。

 心も震える。怖いのだ。子供の前では強がったものの、分の悪い賭けしかない現状も自分が死ぬかもしれない未来も、怖くて仕方がないのだ。

 

「……自分で選んだとは言え、やっぱ独りで死ぬのは怖いな……」

 

 震える自分を押し殺し、レイはコンパスブラスターに一枚の栞を挿入する。

 だが恐怖はレイを飲み込もうと広がり続ける。

 そんな心を落ち着けたくて、レイはふと夜空を見上げた。

 

「今日は……星がよく見えるな」

 

 三年前もこんな夜空だったなと、レイは思い耽る。

 この星空に銃口を向けて助けを求めたが裏切られた。

 

「何も変わらない……街も、人も……」

 

 きっとこの空に助けを求めても何も起きない。

 そう思っていた筈なのに……レイの脳裏には何故か、先程のフレイア達の言葉が浮かんでいた。

 

『ヒーロー志望が一人だけだと思うなッ!!!』

『僕達を信じてくれないか』

『ボク達はレイ君を信じるっス』

 

『何度でもこう言ってやる! 助けさせろッてね!』

 

 そうだ、彼らは曇り無き眼でその本心をぶつけて来たのだ。

 トラッシュである自分の荒唐無稽な言葉を「信じる」といってくれたのだ。

 三年前にこの街に無かった光を彼らは持っていたのだ。

 

「……俺は……」

 

 偽典一閃を使うにはコンパスブラスターを剣撃形態にする必要がある。

 だがレイは銃撃形態(ガンモード)のまま、その銃口を上空に向けた。

 救難信号弾を撃つには栞を一枚消費する必要がある、そうすればもう最大出力の技は使えない。その上、上空に信号を撃てばキースに現在地を把握されてしまう。

 今までなら悪手の極みだと切り捨てたであろう案。

 だが…………。

 

「俺が……本当に求めたのは……」

 

 もし、フレイア達の言葉を信じて良いのなら。

 もし、この叫びが届くのなら。

 

 三年前に届かなかった声が、今なら届くと言うのならば。

 

「ッ!」

 

 無意識だった、頭の中術式を組んだのも。

 無意識だった、上空に向けたコンパスブラスターの引き金を引いたのも。

 

――弾ッ!!!――

 

 一発の銃声と共に、術式で赤く染められた救難信号弾が上空で爆散し、その光を大きくまき散らした。

 

「……あーあ、やっちまった」

 

 気の抜けた声で自嘲するレイ。だがその心は今まで経験した事が無いほどに清々しいものであった。

 後悔は無い。きっと間違いなんてないのだから。

 

「さぁて、あの馬鹿教師に吠え面かかせますか」

 

 レイがコンパスブラスターを杖に立ち上がった、その時だった。

 物体が風を切る音が耳元を掠め、近くの木に一本の鋭利な木の杭が突き刺さった。

 

「探しましたよ、レイ君」

「ケッ、お早いご登場で」

 

 レイを追って近くに来ていたのだろう。森の中からキースが姿を現した。

 向けられた掌には既に次の杭が生成され始めている。

 

「忙しないなぁ、もー!!!」

 

 攻撃の狙いが定まらない様にする為、レイは走り始める。

 目論見通りキースが放った攻撃はレイを外し、周囲の木にばかり着弾していく。

 

「ちょこまかと鼠の様に……捕らえなさい!!!」

 

 キースの号令に合わせて地中から三体の変身ボーツが召喚される。

 植物操作魔法で操られたボーツ達は、レイのみに狙いを定めて追跡し始める。

 風や木を切り裂く音と共に背後からボーツの攻撃が襲い掛かって来るが、レイは紙一重でこれを回避する。

 

「ちっ、一か八か!」

 

 草葉を踏みしめる音を立てながら、レイはコンパスブラスターを棒術形態(ロッドモード)に変形させる。

 レイが持ち手部分に最後の栞を挿入すると、コンパスブラスターの先端から細長い魔力の塊が伸び始めた。

 

「ボォォォツ!!!」

「クッ!」

 

 剣状に変化した変身ボーツの腕が襲い掛かる。レイはコンパスブラスターでそれを防ぎ、力いっぱい薙ぎ払った。

 防御するだけなら何とかなる。だが攻撃するだけの力は既に底をつき始めていた。

 

 森の中を駆け巡りつつ、ボーツの攻撃をいなし続ける。

 だが攻めには入れない、完全にジリ貧状態だ。

 

「ボーーッツ!」

「増えた!?」

 

 ただでさえ負担の大きいこの状況で、レイを襲撃するボーツが数を増やし始める。

 それも一体や二体ではない。気が付けばレイの周りには数十体はあろうかと言う変身ボーツが待ち構えていた。

 

 レイは確信した、既に魔法陣は強制起動していたのだと。

 

「……ヤッベ、どうしよう」

 

 客観的に見れば完全に詰みの状態。

 だがレイはどうにかこの状況を打破できないか考えていた。

 何かある筈だ、何か方法が見つかる筈だ。

 そう考えたのもつかの間、突如地中から生えた木の根がレイの両足を縛り上げた。

 

「バインド・ルート。ようやく捕まえましたよ、レイ君」

 

 キースの植物魔法で拘束された際に尻餅をついたレイは、見上げる様にキースを睨む。

 

「……この状況でも諦める気がないのですか? 何が君をそこまで奮い立たせるのですか?」

「砕きたくない夢、逃げたくない信念がある。知りたい事守りたい物がまだまだ山ほどあるんだ!」

「その為なら自身の傷も厭わないと? 無駄な事だと分かっていても泣けますねぇ」

 

 わざとらしく同情的な言葉を述べるキース。

 仮面で表情は見えないが、今その顔は酷く歪んだものであるとレイは容易に確信できた。

 

「君のようなトラッシュが何をしても無駄だ。誰も君を信じない、誰も君を評価しない。なら来世は人間になれるよう私が祈りを捧げてあげようじゃないか」

「そりゃ有り難いですね……じゃあ俺からも贈り物があります」

 

 そう言い終えるとレイは釣竿を持ち上げる様に、手に持ったコンパスブラスターを思いっきり引っ張った。

 するとコンパスブラスターの先端から伸び続けてた細く見にくい魔力の糸が淡く光って姿を現した。暗闇に隠れていた魔力の糸はレイが逃げ続けている途中、ずっと森の中を張り巡らせていたのだ。

 そして釣り糸を巻き取る様に、伸びていた魔力の糸が急速にコンパスブラスターに戻っていく。

 

「硬質化魔法をかけたマジックワイヤーの罠だ! 足一本貰うぞ!!!」

 

 真剣以上の硬さと鋭さを持った魔力の糸がキースの足を巻き込む。

 いくら魔装で強化していると言えど、細い足一本ならこれで十分だ。

 スパンと音を立てて、キースの右足はあっさりと切断されてしまった。

 

「へ、ざまぁみ――ッ!?」

 

 ざまぁ見ろと言い終えるよりも早く、レイの身体は巨大な腕に掴まれてしまった。

 巨大な腕は無数の木の根で構成されている。その元を辿ると、そこには無数の根を腕から生やしたキースが立っていた。

 

「はぁ、まったく……諦めの悪さも、その意地汚さも、余計な事ばかりお父さん譲りですね」

「てめぇ……なんで立ってられんだ!?」

 

 やれやれといった感じでキースは溜息をつくと、切断された右足を指さした。

 レイは断面を見せているキースの右足をよく見る。そしてすぐにその異常に気がついた。

 

「血が……出て無い?」

「魔僕呪の副作用が思った以上に厄介でしてね。特に足は歩き方で露見しかねないので……」

 

 そう言うとキースは残った右の太股を外して見せた。

 外された太股から魔装が消える。キースの手に残ったのは無数の木の根の集合体であった。

 

「義足!? ……アンタまさか自分の足を!?」

「便利な魔法ですよ植物操作と言うのは。足を失うのに躊躇いがなくなり、こうしてより強力な肉体を手にすることができますので……」

 

 レイを拘束している腕の力が強くなる。骨の軋む音が鳴り、レイの全身に息の詰まる様な激痛が走り抜ける。

 

「カッ、ハッ!」

「せめてもの情けです。苦しまぬよう、確実に致命傷を負わせてあげます」

 

 レイを掴んでいる腕から一本の木の根が触手の様に生えてくる。その根の先端は鋭利な槍の様な形状をしていた。

 槍は、完全に逃げ道を失ったレイの頭に狙いを定めている。

 

「今度こそ、本当にさようならです」

 

 キースが別れの言葉を投げかけ、レイの頭部を貫こうとする。

 レイは自身の死を確信し、無言で目を閉じた。

 

 

 

 結局、走り続けていたのは無限に続く闇夜の道だった。

 光は無い。何も見えない。

 お日様が沈んだから夜が来たのだ。帳の向こうは黒洞々(こくとうとう)たる闇が続くのみ。

 これまでも、そして今も……レイはそれが真実だと思い込んでいた。

 

 だが忘れていた。長い長い時間の中でレイはその真理を忘れていたのだ。

 

 夜の先に在るものは無限の(とき)ではない。

 闇の先には、夜明けがある事を…………。

 

 

「間に合えェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

――業ゥゥゥ!!!――

 切迫した叫び声と共に、上空から巨大な炎が射出された。

 

「何!?」

 

 キースはそれに気づき驚愕するも時すでに遅く、レイを掴んでいた巨大な腕は降り注いだ炎によって完全に断ち切られてしまった。

 キースから断たれた腕はただの木の根と化し、溶けて消滅する。そして拘束されていたレイも解放されて、地面に叩きつけられるように落下した。

 

「痛ってて……」

 

 何が起きたのか分らず混乱するレイ。

 目と鼻の先で何者かが着地する音が聞こえたので、レイはその正体を目で確認する。

 

「あっ…………」

 

 その姿は赤い炎の象徴だった。

 その姿は燃え盛る太陽を連想させるものだった。

 そしてその姿は、夜明けを告げるお日様のように錯覚できた。

 

 希望が見えた。目の前に居る赤い操獣者に、レイは三年前の願いを重ねた。

 操獣者はグリモリーダーから獣魂栞を抜き取り変身を解除する。

 そして彼女は、炎のような赤い髪を揺らしてレイの方へと振り向いた。

 

「へへーん、おっ待たせしましたー!」

「フレイア……」

 

 笑顔を浮かべるフレイアの姿を見て、レイは急激に脱力してしまう。

 もう張り詰める必要は無いのだ。

 この叫びは、確かに届いたのだから。



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Page25:夜明~白銀継承之刻~

 レイの叫びは、フレイアに届いた。

 目の前にいるフレイアこそが何よりの証拠だった。

 

「大丈夫? ……そうには見えないかな?」

「フレイア……なんで?」

「なんでって、そりゃあレイが『助けて』って叫んだのが見えたから。だから来た、簡単でしょ」

 

 堂々と言ってのけるフレイアに、微妙に呆れそうになってしまうレイ。

 もう少し疑いの心持つべきだと内心思ってしまうが、そこで疑わないのがフレイア・ローリングという少女なのだろうとすぐに理解できた。

 

「てかお前、この短時間でどうやって来たんだ!?」

「ん、聞きたい? それはね~」

 

 フレイアが理由を言おうとした瞬間、レイの後ろから土が抉れる爆発音とボーツの断末魔が響いてきた。

 振り向くと、ボトリボトリと砕けたボーツの身体が次々に地面へと落ちて行く。

 レイが呆然とその光景を見ていると、落ちて行くボーツの破片の向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「レイ!」

「アリス!? お前も来てたのか」

「うん、連れてきてもらったの」

 

 ミントグリーンの魔装に身を包んだアリスが、レイの元に駆け寄る。

 レイの傷に気が付いたアリスは、すぐにレイの治療を始めた。

 治癒魔法で傷を癒して貰っていると、森の奥から白銀の美しい毛に身を包んだ一体の魔獣が姿を現した。

 

「無事だったようだな」

「……スレイプニル」

 

 足元で再生を始めている変身ボーツを踏みつぶしながら、スレイプニルはレイの元に歩み寄る。

 意外な存在の登場に少々面食らったレイだが、すぐに大凡の状況は理解できた。

 

「お前ら……スレイプニルと来たのか?」

「うん」

「そゆこと。救難信号弾が見えてすぐに、スレイプニルがアタシ達を運んでくれたの」

 

 仮にも王獣が個人を助ける為にやって来るなど前代未聞、レイは開いた口が中々塞がらなかった。

 一先ずレイの無事を確認できた。レイがアリスとスレイプニルに守られている事を確認したフレイアは、眉間に皺を寄せながらキースの方を向く。

 

「さーて、随分ウチの整備士とじゃれ合ってくれたみたいだけど……アンタが事件の犯人で良いのかな?」

「感心しませんね。貴女の様な将来有望な若者が、トラッシュ風情を囲うとは」

「うるさい。教師らしからぬ発言してないで、質問の一つくらい答えたらどうなの?」

「……貴女の想像にお任せします」

 

 はっきりとした答えを出さないキースにフレイアが苛立ちを募らせていると、治療中のレイが声を上げた。

 

「犯人で正解だ! 三年前の事件も今回の事件も、全部コイツの自作自演だったんだ!」

「……なるほど、つまりコイツをブっ飛ばせば解決するって事ね」

「おや? トラッシュの戯言を信じるのですか?」

「信じるに決まってんでしょ。レイはアタシの仲間だ」

 

 それを聞いたキースは呆れかえった様に首を横に振る。

 切断された右足は既に再生を終えていた。

 

「残念です……貴女は良い戦力になりそうだから、先日の件を不問にして私のチームに迎え入れようと考えていたのですが……残念でなりません」

「先日?」

「せっかく巡回担当の部下を言い包めて、私の華々しい一ページを飾ろうとしたのに……よくもまぁ邪魔をしてくれたものです」

 

 フレイアだけではない、その場に居る全員がキースが言っている事を理解できた。

 第六地区のボーツ発生事件、その際に巡回の操獣者が来なかったのはキースが手を回したせいだったのだ。

 

「アンタ、それでどれだけ街に被害が出たか解ってんの!?」

「英雄譚を作る為に必要不可欠な犠牲だよ。結果的に私に助けて貰えるのだ、民衆は感謝して私を祭り上げる! ()()()()としてね!!!」

 

 たった一言。その一言が発せられた瞬間、フレイアの怒りは一気に頂点に達した。

 

「ヒーロー? アンタが?」

「そうさ! 最高の力、最高の人望! 最強の操獣者という証明と名誉! 貴族である私にこそ相応しい称号だ!」

「……ざけんな」

「その為なら手段は選ばん! かつての同胞だろうが民衆だろうが、幾らだって犠牲してみせる!」

「ふざけんなァァァ!!!」

 

 腹の底からフレイアが咆哮する。威嚇など無い、その声に含まれているのは純然たる怒りだけであった。

 

「自分の欲の為に人を傷つけて、街を泣かせて! 事もあろうにヒーローを名乗る? どこまで腐ってんのアンタは!」

「自分の評価の為に、他者を利用して何が悪い? 君だってそうだろう? レイ君の才能とヒーローの息子という肩書、それを欲して仲間に入れたのだろ?」

「違う!!! そんなのはどうでもいい。アタシはレイと、チームの仲間達と一緒にヒーロー目指したいだけだ!」

「ハハハハハ、トラッシュとヒーローを目指す? 笑えるロマンスだね。害悪しかまき散らさないドブネズミに高貴な称号は必要ない!」

 

 そう断言すると、キースが自身の周りに変身ボーツを集めた。

 

「どの道真実を知られたんだ、全員生かして帰すつもりはない」

「……あぁそう、アタシも口で喧嘩するより魔本(こっち)の方がいいわ」

 

 フレイアはグリモリーダーと赤い獣魂栞(ソウルマーク)を構える。

 

「一つ聞かせて、アンタは何を守りたくて戦ってるの?」

「ふむ、質問の意図を理解しかねるね」

 

 キースの返答を聞き、フレイアはどこか哀れみの感情を浮かべて言葉を続ける。

 

「アタシはね、自分が分かる範囲で誰にも傷ついて欲しくない。自分の近しい人達と一緒に未来を生きたい。そう言うバカみたいな我儘を貫きたくて戦ってんの」

「醜い強欲だね、切り捨てる勇気を持たなければ人の上には立てないんだよ」

「人の上に立ちたいなんて思わない。それに、誰も切り捨てなかったからヒーローって呼んで貰えるんじゃないの? 少なくともレイはその心を持ってた」

 

 そう言うとフレイアは、グリモリーダーに獣魂栞を挿入する。

 

「レイの夜がまだ続いてるってんなら、アタシがその夜を終わらせる! Code:レッド、解放ッ!!! クロス・モーフィング!!!」

 

 Codeを解放し、十字架を操作する。

 イフリートの魔力(インク)がフレイアの身体を強靭なものへと作り替えていく。

 そしてグリモリーダーから放たれた真っ赤なインクが、半袖のローブとベルト、ブーツ、ガントレットを形成していく。

 最後に放たれたインクが、イフリートを模したフルフェイスメットを形成してフレイアの頭部を覆いつくした。

 

「アリス、スレイプニル! レイの事をお願い!」

「わかった」

 

 変身を終えたフレイアはペンシルブレードを構えて、キースとその周りにいる変身ボーツに立ち向かっていく。

 

「無限に等しいボーツを相手にする気ですか? 愚かな……ならせいぜいボーツの津波に飲み込まれてしまいなさい!」

 

 キースの指示で変身ボーツが一斉にフレイアに襲い掛かる。

 だがフレイアはその圧倒的数を物ともせず、その圧倒的火力で次々に切り捨てていった。

 

「レイが攻略法を教えてくれたんだ。変身してようがもう怖くない!」

「だけどこの数相手にどこまで戦えますか?」

 

 フレイアが変身ボーツを一掃すると、キースが次の軍勢を召喚する。

 客観的に見れば絶望的な状況、だがフレイアは挫ける様子を見せず果敢に戦い続ける。

 

 

 レイはそんなフレイアの戦いを食い入る様に見続けていた。

 

「(あぁ……そうだ……ずっと忘れていた)」

 

 暗い夜の闇、その果てにある朝日の輝きを。

 そしてその光へと導く、輝く光の魂を持つ存在が何かを。

 レイはようやくそれを思い出したのだ。

 

「……辿り着いた様だな、レイ」

 

 スレイプニルはレイが何かに辿り着いた事を悟った。

 目の前の少年は、今なら真に答えを出せるだろう。そう確信を得たスレイプニルは旅人を試す様に、全身から王の威圧を放った。

 

「スレイプニル……」

「今なら答えられるか? 人の子よ」

 

 まだ少し身体は痛むが、立ち上がる力はある。

 アリスが心配そうな様子を見せるが、決してレイを止めようとはしなかった。

 レイは覚悟を決めた表情で、力強く立ち上がった。

 

「本当に必要な事は、全部分かった」

「そうか……ならば今再び問おう!!!」

 

 今こそ、問いに答える時だ。

 

「レイ・クロウリーよ、先代(エドガー・クロウリー)を超えるヒーローとは何か?」

 

 もう……迷いはない。

 

「ヒーローとは、魂の在り方、生き方そのもの」

 

 そうだ、長い時の中で忘れていたのだ。

 

「父さんを超えるという事は、一人の弱さを認める事。他者を……仲間を信じる心を持つ事」

 

 何故忘れていたのか、その魂の名前を。

 

「そして未来を……前を見据え続ける事!」

 

 何故見失っていたのか、この光を。

 そうだ……これこそが……

 

「この光り輝く魂の名前こそが、【ヒーロー】なんだ!!!」

 

 信じてくれた、導いて貰った。信じる事を思い出させてくれた。

 自身に疑いの心は無い。これこそが真の答えだとレイは確信できていた。

 

 しばし静寂が流れる。

 張り詰めた空気は、すぐ近くで行われているフレイア達の戦闘の音すら遮断していた。

 だがその静寂は、スレイプニルの小さな笑い声で砕かれた。

 

「フフ……正解だ」

「スレイプニル……」

 

 たった一言。だがその一言だけでレイの心は大きく救われた気持ちになった。

 スレイプニルはその雄々しき一角の先端に白銀の光を集め始めた。

 

「胸を出せ、レイ」

 

 そう言うとスレイプニルは、角の先端に集められた球体状の光をレイの心臓付近に挿し込んだ。

 強い衝撃がレイの胸に響き渡る。だが肉体には何の衝撃も無い、レイはすぐにこれは自身の霊体に干渉された衝撃だと理解した。

 角の先に集まっていた光が止み、ほんの数秒の儀式が終わりを告げる。

 

「お前の新しい魔核だ。契約も一緒に終えておいた」

 

 スレイプニルの言葉を聞いて、レイは思わず胸に手を当てる。

 自身の霊体に移植された疑似魔核。決して感じ取る事など出来ない筈なのに、何故かレイには自分の中の新しい存在を感じる事が出来た。

 温かい力を感じる。その温かさがスレイプニルに認められた事実をより確かなものへと変えていった。

 

「もう身体は動かせるか?」

「あぁ、アリスの治療が良く効いた」

「ならば……」

 

 スレイプニルの全身が眩い銀色の光に包まれる。

 巻き起こる光の竜巻が止むと、そこには銀色に輝く一枚の獣魂栞が浮かんでいた。

 

『己の手で、因果を断ち切ってみせよ! レイ・クロウリー!』

「あぁ!」

 

 レイは勢いよく目の前の獣魂栞を掴み取る。

 だが傷が完治していない事もあって、アリスが心配気に声をかけてくる。

 

「レイ……」

「……なんかさ、不思議な感じがするんだ」

「不思議?」

「今なら誰にも負ける気がしない。今なら最高にヒーローやれる気がするんだ」

 

 傷の痛みなど最早忘却の彼方。

 レイの心は今までにない程に清々しいものであった。

 

「でもさ、俺無茶しかやり方知らねーからさ……我儘だけど一緒に戦ってくれないか、アリス」

「……うん。心でも身体でも、レイの傷はアリスが全部治す」

「ありがとな」

 

 レイは驚愕した様子で立ち竦んでいるキースを見据える。

 今こそ終わらせるんだ三年前事件を。そして守るのだ、父が守ったセイラムシティを。

 

 

 レイはグリモリーダーと獣魂栞を構える。

 

 交差(クロス)させるのは、伝説の王の力。

 身に纏う(クロスする)のは、己の夢と意志。

 そして……

 

「受け継ぐのは白銀(しろがね)父さん(ヒーロー)の魂!」

 

 レイは父の声で何度も聞いて来た、その呪文を唱える。

 

「Code:シルバー、解放!」

 

 獣魂栞からスレイプニルの銀色の魔力(インク)が染み出す。

 レイは獣魂栞をグリモリーダーに挿入し、十字架(コントロールクロス)を操作する。

 今こそ、あの言葉を叫ぶ時だ。

 

「クロス・モーフィング!!!」

 

 魔装、変身。

 獣魂栞から流れ出た魔力がレイの全身に流れ込み、その身体を魔法の行使に最適化されたモノに作り替えていく。スレイプニルの力で細胞の一片も残さず強化される。

 そしてグリモリーダーから放たれた銀色の魔力はレイの全身に纏わりつき、ローブ、ベルト、ブーツ、グローブを形成していく。

 最後に放たれた魔力はレイの頭部を包み込み、スレイプニルの頭部を模した一本角が特徴的なフルフェイスメットへと姿を変えた。

 

「馬鹿な、ありえない!!!」

「レイ……それって!」

 

 キースは狼狽え、フレイアは歓喜する。

 彼らの視界に映るのは眩い銀色の魔装に身を包んだ一人の操獣者。

 王獣スレイプニルと契約を交わした、レイの姿があった。

 

「さぁ、行くぜ!!!」

 

 レイは地面に落ちていたコンパスブラスターを拾い上げて、キースとボーツの軍勢へと駆け出して行った。



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Page26:一人じゃない

是非ともお好みのOP曲を脳内再生してください。


「戦騎王が、あの様なトラッシュを選んだと言うのですか!?」

 

 スレイプニルがレイを認めた事実に動揺しながらも、キースは変身ボーツ達に指示を出す。

 

「ですが所詮は初陣、数の力の前には無力!」

 

 目算三十体以上の変身ボーツが一斉にレイに向かって駆け出してくる。

 鎌、剣、槍……その腕を様々な武装に変化させ、変身ボーツはその殺意をレイに向けて来た。

 

「アリス、一旦距離取ってくれ!」

「りょーかい」

 

 レイの指示でアリスが後方に下がる。

 レイは手に持ったコンパスブラスターを剣撃形態(ソードモード)にし、力一杯に薙ぎ払った。

 

「どらァァァァァ!!!」

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 たった一回の薙ぎ払い。その一回の衝撃は突風を巻き起こし、強力な斬撃と化して変身ボーツの身体を横一文字に引き裂いていった。

 断末魔を上げる間もなく砕け散るボーツ達。

 その光景にフレイアは驚きを隠せなかった。

 

「え……今の、インクチャージしてないよね?」

 

 間の抜けた声を出しつつも、フレイアは自身に襲い掛かる変身ボーツを切り捨てていく。

 だがフレイアが驚く一方で、キースは比較的落ち着いてその光景を見ていた。それはまるで、薄々こうなる事を知っていた様にも見えた。

 

『フフ、お前は我々の力の正体を既に理解しているであろう? キース・ド・アナスン』

「えぇ知ってますよ、エドガー愛用の忌々しい固有魔法…… 武闘王波(ぶとうおうは)

「固有魔法って……レイ起動宣言してたっけ!?」

「宣言なんか必要ない!!! オラッ!」

 

 追撃で召喚された変身ボーツを縦横十文字に切り裂きつつ、レイはフレイアの疑問に答える。

 固有魔法【武闘王波】。

 特別な属性魔法や技を与える事が多い固有魔法だが、スレイプニルの固有魔法はそう言った類を一切与えない稀有なものだ。

 武闘王波の恩恵はずばり身体能力、魔法出力、魔力総量といった所謂基礎ステータス呼ばれる物に絶大な強化を与えるのである。

 だが何より、この固有魔法の最大の特徴は……

 

「俺達の固有魔法は、()()()()()だ!!!」

 

 一体、また一体と変身ボーツが蹴散らされていく。

 そう、武闘王波の発動は()()()()()()()()()()()のだ。変身している間は常に強化が発動され続けているという、他に類を見ない特性を持っているのだ。

 これで強化された身体能力と偽魔装の破壊術式を持ってすれば、強力な変身ボーツは木偶人形も同然である。

 

「ボッツッ!」

「ボーーツゥーー?」

 

 ある個体はコンパスブラスターの一閃で、またある個体は斬撃の余波でその身体を破壊されていく。

 そして瞬く間にレイに襲い掛かって来た変身ボーツは一体残さず地に葬られる事となった。

 

「それで終わりだと思わない事ですね。召喚の為のリソースはいくらでもあるのですよ!」

 

 再びキースの足元でインクが光を放つ。

 キースの召喚によって、新たに六十体以上の変身ボーツが姿を現した。

 召喚された変身ボーツはすぐさまキースの支配下に置かれ、レイとフレイアを狙って攻撃を開始した。

 

「もー、さっき倒したばっかなのに!!!」

 

 次々に武装化された腕を振りかざして攻撃するボーツ体を、フレイアは斬り払っていく。だが一体ずつ蹴散らしてはキリが無い。

 フレイアは右手に装着した籠手の口を閉じ、大量の炎を溜め込み始める。

 

「ボォォツ!」

「どりァ!!!」

 

 接近してきたボーツを、炎を溜めている最中の右手で殴りつける。

 溜めている最中とはいえ、超高温とレイ直伝の破壊術式を纏った拳で殴られたボーツは一瞬にして火達磨から消し炭と化した。

 そうこうしている内にフレイアは籠手に炎を溜め終わる。

 

「全部まとめて焼き払う!」

 

 イフリートの頭部を模した巨大な籠手の口を開き、フレイアは溜め込んでいた大量の魔炎を変身ボーツ達に向けて解き放った。

 破壊術式を織り交ぜられた炎がボーツの偽魔装だけではなく、その本体をも焼き尽くしていく。フレイアの超高温の炎に包まれたボーツ達は声を上げる事無く黒焦げの残骸と化した。

 

「よっし、これでだいぶ減った!」

「ボォォォツ!!!」

「ゲッ、後ろぉ!?」

 

 体の半分が焼け溶けたボーツが、背後からフレイアに襲い掛かる。

 鎌状の腕をフレイアに振りかざそうとするが、その腕が届くよりも早く一発の銃声が鳴り響いた。

――弾ッ!!!――

 魔力弾で頭部を貫かれたボーツは「ボッ!?」と短い悲鳴を上げて絶命する。

 

「二回目だぜ、背後の敵にもご用心って」

「レイ、ナイスショット! ――ってレイ、後ろ後ろ!」

 

 フレイアの叫び声で後ろを振り向くレイ。そこには今まさに斧化した腕を振り下ろそうとしている一体の変身ボーツがいた。

 レイは咄嗟に身構えるが、そのボーツの腕もレイに到達する事はなかった。

 よくよく見れば、変身ボーツは腕を振り上げた体勢のまま完全に硬直しており、その背中には一本のナイフが突き刺さっていた。

 

「エンチャント・ナイトメア。レイも背中がお留守」

「サンキューアリス。ほれッ!」

 

 どうやら変身ボーツはアリスの幻覚魔法で身体の動きを停止させられていたらしい。レイはすかさずコンパスブラスターで首を刎ね、ボーツに止めを刺した。

 だがこれで終わった訳ではない。キースが召喚した変身ボーツはまだ三十体程残っている。

 

「うわぁ、まだ結構残ってるね」

「どうせこの後も追加が来るなら、最小労力で全滅させたいな」

「できるの?」

「まかせろ。フレイアとアリスは少し離れててくれ」

 

 二人が少し距離を取ると同時に、レイはコンパスブラスターを銃撃形態(ガンモード)に変形させる。

 構わず突撃してくるボーツ達。レイの視線ははその軍勢ではなく、上空を向いていた。

 

「武闘王波、跳躍力強化」

 

 固有魔法の効能を脚部に集中させる。そして強化された足のバネを使って、レイは戦場全体を見渡せる程の高さまで跳躍した。

 天高く跳んだレイを呆然と見つめるボーツ達。

 レイは上空に到達したと同時に、コンパスブラスターの銃口を地上に向けた。

 

「視力強化」

 

 脚部の強化を解除して、すぐさま視力を強化する。

 強化されたレイの眼は一秒もかからず、ボーツ達を余さずロックオンした。

 

 魔弾生成、拡散、偽魔装破壊、軌道変化、貫通力強化……。

 ボーツに狙いを定めた後の僅かな滞空時間の間に、レイの脳内では複数の術式が同時並行に組まれて、その全てがコンパスブラスターに弾丸として流し込まれた。

 

「全部まとめて狙い撃つ!!!」

 

 レイが引き金を引くと、コンパスブラスターの銃口から大量の魔力弾が雨あられと地上に向けて降り注いだ。

 放たれた魔力弾はそれぞれ独自の軌道を描き、地上の変身ボーツの頭部を的確に撃ち抜いていった。それも一発も外すこと無く、ボーツと同じ数だけ放たれた魔力弾は全て致命傷としてボーツに着弾したのだ。

 

「……マジ?」

 

 あまりにも常識外れな倒し方目の当たりにしたフレイアは、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

 

「よっと――って痛ったァァァ!?」

 

 ボーツを一掃し終えたレイが地上に着地するが、着地と同時に身体に酷い痛みが走り抜けた。アリスの治療を受けたとは言えまだ完治しておらず、傷口が開いたのだ。

 それに気づいたアリスがすぐさまレイに治癒魔法をかけ始める。

 

「レイ、無茶しすぎ」

「アハハ、悪ぃ悪ぃ」

 

 一先ずボーツを全滅させられた、と安心したのもつかの間。

 治癒魔法が終わる前に、新手の変身ボーツがレイ達に攻撃を仕掛けて来た。

 

「中々やるようですね。ですがこの数相手ではどうですか?」

 

 ボーツの攻撃を咄嗟に避けたは良いが、フレイアはレイとアリスから分断されてしまった。

 慌てて見渡せば、一目で先程よりも多いと分かる程の変身ボーツが召喚されていた。目算だけで八十体はいるだろう。

 

「フレイア、火力上げて良いからそっちは任せた!」

「OK、任された!!!」

 

 フレイアがその高い火力を駆使して変身ボーツを切り裂き焼き払う一方で、レイはコンパスブラスターを棒術形態(ロッドモード)に変形させた。

 

形態変化(モードチェンジ)棒術形態(ロッドモード)!」

 

 襲い掛かって来る大量のボーツ達。

 レイは強化された腕力をもって、向かって来るボーツを横薙ぎに斬り払っていった。

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 剣撃形態の時よりも広い射程範囲。巻き起こる斬撃と大きな音を伴う突風が、ボーツ達の身体を両断していく。

 だがそれでも、まだまだ数は減らない。未だ身体に残るダメージがレイの動きを僅かに鈍らせるが、背中に付くように戦っているアリスが要所要所で治癒魔法をかけてくれた。

 

「回復はアリスに任せて」

「ホント、最高のサポートだよ!」

 

 薙ぎ、斬り、吹き飛ばす。次々と襲い掛かるボーツを倒していくが、中々終わりが見えてこない。

 気づけばフレイアの方は既に粗方倒し終えていた。

 なんだか負けている様な気がして腹が立ったレイは、ある事を思いついた。

 

「アリス、幻覚魔法で何体か足止めしてくれ!」

「うん」

 

 レイに頼まれたアリスはナイフを取り出し、停滞の幻覚魔法を付与する。

 空気を切り裂く音と共に投擲されるナイフ達は、次々とボーツの身体に突き刺さりボーツの身体を硬直させていく。

 そしてレイはコンパスブラスターの先端からマジックワイヤーを伸ばしつつ、ボーツの身体を貫き続けていった。

 

「ボッ!?」

「ボツ!?」

 

 アリスの魔法で動きを止められた者だけでなく、レイに攻撃を仕掛けて来たボーツも貫いていく。だがその殆どは致命傷に至っておらず、ただ身体にマジックワイヤーが通されただけであった。

 ボーツが倒れていない事は承知の上でレイは彼方此方(あちこち)へと動き、ボーツの身体を貫き続ける。

 やがて通され続けたマジックワイヤーが複雑に絡まり始め、変身ボーツ達の身体を巨大な一塊へと縫い上げてしまった。

 

「縫い付け一丁上がり! そんでもって――」

 

 縫い上げられたボーツの塊とコンパスブラスターは強力なマジックワイヤーで繋がったままである。

 レイはコンパスブラスターを強く握り締めて、固有魔法を使った。

 

「腕力強化! 脚力強化!」

 

 強化された脚力を用いて地面に踏ん張る。そして強化された腕力を使って、レイは縫い上げられたボーツの塊を振り上げ始めた。

 鎖付きの鉄球を振り回す様に、レイは大きな風の音と共にボーツの塊を勢いよく振り回す。そして……

 

「フレイア、パース!」

「へ、パスって!?」

 

 レイはちょうど変身ボーツを倒し終えたフレイアに向けて、ボーツの塊を放り投げた。

 プツンと音を立てて切り離されるボーツの塊。

 突然放り投げられた異物に混乱しつつも、フレイアは急いで獣魂栞をペンシルブレードに挿し込んだ。

 

「どわぁぁぁぁぁぁ!?!?!? バ、バイオレント・プロミネンス!!!」

 

 火事場の何とか言うやつか、フレイアは今までにない速度で術式を組み立てる。

 そして持ち前のとんでも火力を存分に発揮した必殺技で、ボーツの塊を爆散させた。

 地面に響く程の爆発音が鳴り止むと、先程までボーツだった破片たちがボトボトと落ちていく。

 フレイア若干肩で息をしながら、声を張り上げてレイに文句を言った。

 

「ちょっと、何すんのさ!」

「悪ぃ、無茶振りだったか?」

「……まっさかー」

 

 その言葉は何時ぞやの意趣返しだと気づいたフレイアは少々面食らったが、ついつい強がってしまった。

 

 

 

「本当に……諦めの悪い屑共ですねぇ!!!」

 

 召喚したボーツを悉く倒された事で流石に頭にきたのか、キースが怒声を張り上げた。

 

「いいでしょう、もうチマチマ召喚するのは止めです。ボーツの操作なんて度外視、召喚するポイントも度外視しましょう。数千体単位でセイラムに召喚する!」

「な!?」

「もうどうなろうが構いません。私をコケにしたお前達も、私を認めないこの街もギルドも!!! 全て破壊しつくしてあげます!!!」

 

 自棄と狂気が入り乱れた叫びを上げるキース。

 数千体も召喚されては始末に負えない。まして街中に大量の変身ボーツが現れてはどれだけの死傷者がでるか分かったものでは無い。

 魔法陣を描いた地図をどれだけの人間が信じたか解らない。むしろ大して期待をしていなかった事もあって、レイは強い焦りを覚えていた。

 

「ふ~ん、やってみれば?」

 

 レイの焦り等どこ吹く風。

 フレイアのまさかの挑発行動にレイは開いた口が塞がらなかった。

 

「フレイア、お前何言って――」

「大丈夫」

「大丈夫ってお前」

「きっと大丈夫。だから信じて」

 

 確信した様子で言い切るフレイアに、レイは何も言い返せなかった。

 フレイアが何の根拠も無しにほらを吹く人間だと、レイは一切思っていなかった。

 

「そうですか……ならお望み通りにしてあげますよ!!!」

 

 キースの足元からインクの光が溢れ出す。ボーツ召喚の合図だ。

 レイとアリスは咄嗟に身構えるが、フレイアは微動だにしない。

 

 ウッドブラウンの光が強くなる……が、何時まで経ってもボーツが現れる事は無かった。

 

「……何故だ? 何故魔法陣が起動しない!?」

 

 切迫した様子で狼狽えるキース。何度も何度も召喚を試み、遂には両手を地面につけて魔法陣を起動させようとするが、ボーツが召喚される気配は微塵も無かった。

 

「ね、大丈夫だって言ったでしょ。時間的にそろそろかな~って思ってさ」

「……魔法陣が破壊された?」

「そのとーり!」

 

 実際ボーツが出てこないという事は魔法陣の破壊に成功したのだろう。

 だがレイは解せなかった。フレイア達に託したのは赤マークした箇所の破壊のみ。即ちデコイモーフィングシステムの破壊だ。

 仮にモーガン率いる魔武具整備課の面々が協力していたとしても、その破壊作業だけでそれなりに時間がかかる筈だ。

 まして魔法陣全体を破壊しようとすれば更に時間がかかる。少なくともこんな短時間では不可能だとレイは考えていた。

 

 ジャックとライラが何かしたのだろうか。

 レイがフレイアから聞き出そうとしたその瞬間、フレイアのグリモリーダーから着信音が鳴り響いた。

 フレイアは待ってましたと言わんばかりに、上機嫌で十字架を操作し通信に出た。

 

「もしもーし」

『姉御ー! そっちは大丈夫っスかー!?』

「大丈夫。レイも無事だし、犯人も追い詰めた! そっちは?」

『ミッションクリアってやつっス! 魔法陣は完全に破壊したっスよ!』

 

 グリモリーダーから聞こえて来るライラの声で、魔法陣が破壊された事が確定した。だがそれは、レイの中の疑問を深めるだけであった。

 

「完全破壊って……街中の破壊ポイント全部やったのか!? こんな短時間にどうやって!?」

『ふっふっふっ、それはっスね――ってちょッ!』

『レイ、無事か!』

「ジャック! 俺は無事だけど」

『ギルドの皆が協力してくれたんだ。レイが作った地図を信じて、街を守る為に皆が動いてくれたんだ!』

 

 ライラの通信に割り込んでジャックが状況を説明するが、レイは今一その事実を受け入れられていなかった。

 

「信じたって……そんな筈……」

『安心しろ、全部現実だ!』

「それは俺じゃなくて、フレイアやお前達の人望じゃ……」

『違う――って、親方さん、押さないで下さ』

『レイ!!! 大丈夫か!!!???』

「親方!? 俺は大丈夫」

 

 更に割り込む形でグリモリーダーからモーガンが心配する声が聞こえてくる。

 

『ギルドの奴らが動いたのはフレイア達の人望じゃねぇ! レイ、お前の人望だ!』

「……俺の?」

『そうだ。お前が無我夢中で走ってた最中に、お前に助けられてきた奴らが沢山居るんだ! 今回の話を聞いて、そいつらが自分から立ち上がってくれたんだ!』

「まさか、そんな筈」

『信じられねーってんなら自分で聞いてみろ!!! オメーらァァァ、レイに何か言ってやりてー事はあるかァァァ!?』

 

 そう言うとモーガンはグリモリーダーを高く上げたのだろう。遠くからの声なので少し聞こえにくいが、確かにレイに向けての言葉の数々が聞こえて来た。

 

『レイ! これで借りの一つは返したからなー!』

『こっちの事は俺達に任せろ!』

『どうだ、必殺の人海戦術! 少しは頼りになるだろ!』

『これで私達のありがたみを少しは思い知りましたか?』

『レー君、レー君! ウチめっちゃ魔法陣爆破したでー!』

 

 ギルドの操獣者達の声がレイの耳に入り込んでくる。

 それも聞き慣れた罵声ではない。

 レイを信じ、レイを慕うが故の言葉の数々が並べられていた。

 

「これって……」

 

 実際の声を聞いた事で、レイの中で一気に現実味が増してくる。

 

『レイ! 犯人そこに居るのか!?』

「え、あ、あぁ」

『絶対逃がすんじゃねーぞ……それから、お前は自分の心を信じて戦い抜け!』

『もォォォォ、お父さん!!! ボクのグリモリーダー返してっス!』

 

 ライラにグリモリーダーを取り返されたので、モーガン声はそこで途切れてしまった。

 

『レイ君! ボク達は皆、レイ君を信じてるっス! だからレイ君も、ボク達に背中まかせて欲しいっス』

「…………皆、信じてくれた?」

 

 呆然と気の抜けた声を漏らすレイ。

 するとアリスは、レイの手をそっと優しく掴んだ。

 

「レイ……一人じゃない、みんな一緒にいる」

「アリス……」

「そういう事!」

 

 グリモリーダーの通信を切ったフレイアが、レイの方を向き言葉を続けた。

 

「誰かが見てる、誰かが知ってくれてる。だからアンタは一人じゃない」

 

 そうだ、レイにとっては暗闇の荒野を走る道中で起きた些末な事。だがその道筋で確かにレイに救われた者達は居たのだ。

 どれだけレイに拒絶されても、それでもレイを慕おうとした者達が居たのだ。

 今まで見えていなかった人達の姿が、今まさにレイを信じ救おうとしている。

 その事実を受け入れた瞬間、レイの視界が僅かに鮮明になった気がした。

 

「……なんだよ」

 

 レイの仮面の下で、幾つもの水滴が頬を伝っていく。

 

「意地張っでだの、俺だげがよ……」

 

 無駄ではなかったのだ。

 我武者羅に走り続けた道は、決して無駄ではなかった。

 

「あれれ~、もしかして泣いてんの?」

「バッガ、泣いてねーし!!!」

 

 茶化すフレイアに強がってしまうレイ。

 だがその心は晴れ晴れとしたものであった。

 

 

「…………何故だ」

 

 一方のキースは地面に膝をついたまま、何が起こったか理解できず混乱していた。

 だがやがて、ギルドの操獣者達によって魔法陣が完全に破壊された現実を理解すると、発狂したかの様な咆哮を上げた。

 

「何故だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 長い時間をかけた計画は水泡に帰した。

 自身が踏み台にしようとした街に、自身が蔑んだトラッシュの少年に阻止されたのだ。

 

「何故このようなトラッシュ風情の言葉を! 何故信じられるのだ!?」

「分からない? そうでしょうね。自分の欲の為に街も人も、仲間も踏み躙れるようなアンタには、一生掛かっても分からないでしょうね!」

 

 取り乱すキースにフレイアは淡々と言葉を返していく。

 

「何度でも言ってやる、ヒーロー志望が一人だけだと思うな!」

「何なんだよ……お前ら一体何なんだァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 レイはコンパスブラスター(剣撃形態)を、フレイアはペンシルブレードの切っ先をキースに向ける。

 示し合わせた訳ではない、だが二人の心に浮かんだ言葉は全く同じものだった。

 

「「自称、ヒーローだ!!!」」

 

 キースは言葉として成立し得ない咆哮を上げる。

 魔法陣を維持する為に割いていたリソースを自身に戻し、瞬時に攻撃魔法を組み立てた。

 キースの腕から大量の木の根が伸びてくる。一本一本が鋭利な槍の形状をした根が津波の様にレイ達に襲い掛かる。

 だが所詮は暴走状態で放った攻撃、実力者の技と言えども防ぐのは容易かった。

 

「どりゃァァァ!!!」

 

――業ゥゥゥ!!!――

 フレイアの籠手から放たれた大量の炎。それがフレイア自身の魔力で巨大な炎の壁と化した。

 大量の魔力を含んでいるとは言え、所詮はランクの低い植物魔法。高ランクの魔獣であるイフリートの炎を持ってすれば、着弾する前に焼き尽くすのは簡単だった。

 

「ヌァァァァァァァァァァァァァァ、ならばこれでェェェェェェェェェ!!!」

 

 攻撃が通じなかった事で更に取り乱すキース。

 即座に次の攻撃に移ろうとした次の瞬間、炎の壁の向こう側から一本のナイフが飛来し、キースの肩に突き刺さった。

 

「ガッハ!? 何だこれは、動けん!?」

「エンチャント・ナイトメア、これで動けない」

 

 突き刺さったのはアリスの幻覚魔法が付与されたナイフだった。

 その力でキースの動きが止まるが、キース程の実力者となれば止められるのは二・三秒程度。

 だがそれだけの隙が作られれば十分だった。

 

「「レイ!」」

「言われなくても!」

 

 炎の壁を突き抜け、レイがキースに向かって駆け出す。

 レイはコンパスブラスターを逆手に持ち直し、グリモリーダーから取り出した獣魂栞を、コンパスブラスターに挿入した。

 

「インクチャージ!」

 

 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇。

 そして、固有魔法接続。

 レイは複数の魔法術式を瞬時に頭の中で構築し、その全てをコンパスブラスターに流し込んだ。

 

 するとコンパスブラスターの刀身が、白銀の魔力で形成された魔力刃に覆われた。

 

「……やめろ」

 

 魔力刃は巨大化することなく、コンパスブラスターの刀身周りでその破壊力を溜め込んでいく。

 コンパスブラスターから放たれる白銀の光を前にして、キースかつて己が殺めた同胞の姿を重ねてしまった。

 

「その技を……私に向けるなァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 絶叫が聞こえる。だが聞き入れる必要はない。

 

 偽典などではない、これこそ受け継いだ本物の必殺技だ。

 

銀牙一閃(ぎんがいっせん)!!!」

 

 キースに当たる直前、レイは刀身を反転させコンパスブラスターの峰をキースの身体に叩きこんだ。

 峰打ちと侮るなかれ。刀身に纏われていた魔力はキースの身体に入り込み、その内側で次々に爆裂していった。

 

「――――!!!???」

 

 身体の内側を攻撃されたキースは言葉ならない悲鳴を上げる。

 レイはコンパスブラスターの峰を押し付けたまま、こう告げた。

 

「殺さない。生きて……生きて償え」

 

 押し付けていたコンパスブラスターを離すと同時に、キースの変身が解除される。魔装の中でボロボロにされたキースは白目を向いたまま、仰向けに倒れ込むのであった。

 その隣にはキースの契約魔獣であるドリアードも気絶していた。

 キース達が戦闘不能になった事を確認したレイは、傍らに落ちていたグリモリーダーにコンパスブラスターの切っ先を叩きつけた。

――パキン!――

 上手く加減をして操作十字架だけを破壊したレイ。

 これで目を覚ましても変身はできなくなった。

 

「終わったね」

「あぁ。これで全部終わ…………」

 

 終わったと言い切る前に、レイの変身は強制解除されてしまい、レイはその場で崩れ落ちそうになった。

 

「レイ!」

「よっと、大丈夫!?」

 

 アリスが声を上げると同時に、近くにいたフレイアが倒れ込むレイの身体を受け止めた。

 フレイアの肩に手を回すような形で、レイは身体を支えられる。

 

「大丈夫、大丈夫……原因は分かってるから」

『我の固有魔法、武闘王波のせいだな。元々深く傷ついていた身体に強化を重ね掛けした為に治癒魔法で抑えられなくなり、レイの身体が限界を迎えたのだろう』

「ちょ、それ本当に大丈夫なの!?」

『大丈夫だ。安静に治療を受ければすぐに治る』

 

 スレイプニルの言う事だから大丈夫なのだろう。そう分かってはいても、フレイアは心配で仕方なかった。

 

「悪ぃ、フレイア……後始末、任せる……」

「レイ!?」

「大丈夫、気を失っただけみたい」

 

 目を閉じカクンと頭を落としたレイを見てアリスは悲鳴じみた声を上げるが、フレイアがすぐに気を失っただけだと確認してくれたおかげで、一先ずの安心は得られた。

 

 フレイアは真横で目を閉じ規則的な吐息を立てるレイの顔を覗き込むと、ふっと柔らかい笑顔を浮かべて、こう呟いた。

 

「お疲れ、ヒーロー」

 

 その言葉がレイに届いたかは分からないが、レイの顔はどこか満足気なものに見えた。



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Page27:光に進む者たちへ

 レイがギルドの医務室で目を覚ましたのは三日後の事であった。

 

「身体中痛ぇ……」

「当たり前、後遺症が無いのが奇跡」

 

 医務室のベッドに横たわるレイに、アリスが治癒魔法をかけ続ける。

 内蔵はあちこち傷つき、骨に入ったヒビは数知れず、出血量も多いとくる。

 アリスの言う通り無事に生きている事が奇跡の様な状態だ。

 

「……夢なんかじゃ、無いんだな」

「うん。全部本当にあった事」

 

 自身の胸に手を当てて目を閉じるレイ。疑似魔核を移植された時の衝撃が今でも鮮明に再生される。

 スレイプニルに認められた事、操獣者としてスタートラインに立てた事をレイは改めて噛み締めるのだった。

 

 

 魔法をかけ終えたアリスは変身を解除し、今度はレイの身体に巻かれた包帯を交換し始める。

 その最中に、レイはアリスから事件の顛末を聞く事となった。

 

 

 レイが気絶した後、応援に駆け付けたギルドの操獣者によってキースは逮捕された。

 服の裏に小瓶に入れた魔僕呪を隠し持っていたので、まずは現行犯逮捕。その後ギルド特捜部がキースの部屋を調べると、レイが地図に書いた魔法陣と同じ物が書かれた紙が発見された。

 オータシティ支部局の協力を仰いでセイラムに輸入された永遠草を調べた所、キースとその契約魔獣ドリアードのインクと同じものが検出された。

 結果、モーガンの問い詰めで容疑を認めた事もあって、今回と三年前のボーツ大量発生事件の真犯人としてキースは地下牢に幽閉される事となったそうだ。

 

「(やっと全部終わったんだな……)」

 

 犯人は捕まえた。一先ずの決着はついた。

 キースはこれからギルド法度に基づき裁判を受ける事になる。

 チームリーダーが捕まった事でグローリーソードの連中は肩身が狭くなっているそうだが、その殆どが自業自得な所があるのでレイは特別同情はしなかった。

 

「そういえばフレイア達は?」

「街の復興作業のお手伝い。あちこち壊れたから皆忙しくなってる」

 

 アリス曰く、レイがキースと交戦している頃には既にセイラム中に変身ボーツが大発生していたそうだ。

 だがフレイアとギルド長の声に駆られて動き出しだ操獣者達が、レイが用意した術式を駆使してセイラムを守る為に戦い始めたのだ。レイが救難信号弾を打ち上げたのは、その少し後の事らしい。

 グリモリーダーの通信機能を用いた連携や、協力してくれた広報部のラジオ放送を駆使した人海戦術によって、セイラムシティに展開されていた魔法陣は迅速に破壊された。

 

 とは言え街に出た被害がゼロという訳ではない。幸いにして死者は出なかったものの、何人かの怪我人は出たし、建物や道路等はあちこち破壊されてしまったそうだ(内何割かは地中の魔法陣破壊の為に壊れたものだが)。

 おかげで今ギルドの面々は大忙し。壊れた街を直す為に猫の手も借りたい状況になっているそうだ。

 フレイア達も今、それを手伝っているのだろう。

 

「それからこれ。フレイアから預かったの」

 

 そう言ってアリスが差し出したのは、炎の柄が特徴的な一枚の赤いスカーフだった。

 チーム:レッドフレアの証、それを差し出されたレイは思わず頬を掻いてしまった。

 

「フレイアも諦めが悪いな~、もし俺が断ったらどうすんだよ」

「今のレイなら断らない。きっとフレイアは分かってたんだと思う」

「あの野生女め、全部お見通しかよ」

 

 そう言いつつも、レイは目の前のスカーフに手を伸ばす。

 差し出されたスカーフを掴む事に躊躇いは無かった。

 レイは手にしたスカーフを少し感慨深く眺める。

 だが、ふとその時レイはアリス首に同じスカーフが巻かれている事に気が付いた。

 

「あの~、アリスさん? そのスカーフは……」

「これ? アリスも同じチームに入るって言ったらくれたの」

「な、何故!?」

「アリスが居なかったら誰が無茶したレイを治すの? アリスはレイの回復要員」

 

 少しどや顔気味で言い切るアリスに対して、レイはぐうの音も出なかった。

 これから先無茶せずアリスの治癒魔法の世話にならない未来をイメージ出来なかったのだ。

 

「(とほほ……お目付け役かよ~)」

 

 ただでさえ頭が上がらない存在だったのに、これで更にアリスに頭が上がらなくなってしまったレイであった。

 

「はい、包帯交換お終い」

「お、ありがとなアリス」

 

 試しに肩を動かしてみるレイ。まだ痛みは残っているが軽く動かす分には問題なさそうだ。

 

「……なぁアリス、もう歩いても大丈夫か?」

「あまりお勧めはしないけど、どこ行くの?」

「スレイプニルの所だよ」

 

 そう言ってベッドから立とうとするレイを見て、アリスは止めても聞かないだろうと諦めがついた。

 上着を羽織り、アリスから杖を借りたレイはそのまま救護室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 杖とアリスに支えられながら、レイは長い長い螺旋階段をゆっくり上る。

 そして階段が終わった先にある扉を開くと、すっかり肌に馴染んだ風と見慣れた屋上の風景が広がっていた。

 その先には見慣れた銀馬の魔獣……レイと契約を交わした獣、スレイプニルが鎮座していた。

 

「おーす、スレイプニル」

「レイ……もう動いて大丈夫なのか?」

「正直ちょっと無茶してる。スレイプニルと話したくてな、アリスに無理言ったんだ」

 

 杖をカツカツと鳴らしながら、レイはスレイプニルのそばに移動する。

 そしてゆっくりとスレイプニルの隣に座り込んだ。

 短い沈黙が流れるが、レイはおもむろに話題を切り出した。

 

「……お前、知ってただろ」

「何をだ?」

「キースが犯人だったって事」

「……そうだな」

 

 あっさりと肯定するスレイプニル。

 それは、少し冷静になって考えれば分かることだった。

 スレイプニル程の高ランク帯の王獣ともなれば、広い範囲で魔力を探知する事が出来る。少なくともセイラムシティ全域くらいなら朝飯前だ。

 以前フレイアに出した警告もその魔力探知で知った情報だろう。となればもう一つの真相を出すのも容易い。

 セイラムシティ全域に張り巡らされたデコイインクと魔法陣。スレイプニルがそれに気づかない訳が無いのだ。

 

「何で黙ってだんだよ」

「すまなかったな。理由は二つある」

 

 スレイプニルはレイの顔を覗き込み、一つ目の理由を告げた。

 

「一つ目はレイ、お前を試す為だ」

「俺を?」

「そうだ。お前が我の契約者として相応しいか否か、その信念と実力を見計らう為に敢えて奴を泳がせたのだ」

「そのせいで街に余計な被害が出た事についてはどう思ってるんだ?」

 

 珍しくスレイプニルを問い詰めるレイ。自分の為に起こした行動とはいえ、そのせいで街の被害が広がった事については許す事が出来なかった。

 

「それについてはもう一つの理由だ」

 

 スレイプニルは街に目を向けて言葉を続ける。

 

「見極めたかったのだ、この街の民は我が護るに値する者たちなのかを……」

 

 どこか悲哀を感じさせる声を漏らすスレイプニル。

 己の戦友を見殺しにした地に対して、スレイプニル自身も向き合い方が分からなくなっていたのだろう。それを察したレイは小さく「そっか」と返すのだった。

 

 スレイプニルはセイラムシティを見守る王。

 自身の領地内の民が、己の力で過ちから学習できるのかを試していたのだ。

 そして結果は知っての通り。セイラムの民達は互いに助け合い、この街を守ってみせた。

 見事、戦騎王の試練を乗り越えて見せたのだ。

 

 だがここでレイは一つ解せない事が出て来た。

 

「なぁスレイプニル。なんで最後に俺を助けに来たんだ?」

 

 スレイプニルの立場は良くも悪くも中立であったはずだ。自身が課した試練に挑む者に手を貸すような性格では無いと、レイはよく知っていた。

 

「……我も、フレイア嬢に毒されてしまったのかもしれんな」

 

 スレイプニルは何時かの問答を思い出す。

 王の威圧に臆する事なく、曇り無き信念と共に命に貴賤を付けないと答えた少女に、スレイプニルは未来の光を見出したのだ。

 

「太陽は好みで無かったか?」

「そのお日様、少し暑苦しいんだよ…………けど、悪くはないかな」

「そうか、ならば良かった」

 

 スレイプニルはジッと街の様子を眺め続ける。

 レイも持ってきた望遠鏡を取り出して街を見ようとするが、スレイプニルがそれを制止した。

 

「レイ、今回は自分の眼で見渡してみろ」

 

 意図はよく分からなかったが、スレイプニルに言われるがままにレイは肉眼で屋上からセイラムシティを見渡した。

 

「あっ……」

 

 見慣れて来た筈の風景。変わる事が無いと思っていた街の様子が、レイの眼に広く鮮明に映り込んでくる。

 空気に淀みは見えない。色彩は鮮やかになっている。

 暗い濁りが取れた眼は、今まで見落としてきた街の様子を克明に拾い上げていった。

 

「この街って……こんなに広かったんだな」

「そうだ。そして今は、お前が守った街でもある」

「俺だけじゃない。俺達みんなで守った街だ」

「……そうだな」

 

 レイの心の成長を感じ取れたからか、スレイプニルは満足気な声で返答した。

 

 そうしてしばし街を眺めていると、上空から巨大な鳥の影と少女の声が聞こえてきた。

 

「レェェェェェイィィィィィィィ!!!」

「ん、フレイアとライラか」

 

 空を旋回している鳥はライラの契約魔獣ガルーダ。

 その背中からレイを呼ぶのはフレイアであった。

 

 フレイアはレイの姿を確認すると、ガルーダの背中から勢いよく屋上に向かって飛び降りてきた。

 

「ひゃっほォォォォォォォォォ!!!」

「どわァァァァァ!?」

 

 いきなり上空から自分に向かって落ちて来たフレイアを見て、レイは咄嗟に身をかわしてしまった。

 

――サッ。ズドン!!!――

 

 哀れフレイア。受け止める者が何もなく、そのまま屋上の床にめり込んでしまった。

 

「ちょっとー! 何で避けるのさー!」

「怪我人に向かって飛び込むなアホ!」

 

 受け止めなかった事について抗議するフレイア。あの高さから落下したにも関わらず無傷な辺り、レイは本気で「この女は人間なのか?」と疑わざるを得なかった。

 

「姉御ー! 大丈夫っスかー!?」

 

 今度は上空のガルーダの背中からライラの声が聞こえて来る。

 ライラもガルーダの背中から飛び降りて来たが、こちらは慣れているのか綺麗に屋上に着地した。

 

「あ、レイ君も怪我は大丈夫っスか?」

「大丈夫、アリスがしっかり治療してくれた」

「流石アーちゃん、レッドフレアのお医者様!」

 

 褒められて嬉しいのか、アリスは少し頬を赤らめる。

 一方フレイアは服に付いた埃を払い、レイの元に駆け寄ってくる。

 

「ねぇねぇ、スカーフ受け取ってくれた!? ねぇねぇ!」

「はいはい受け取った受け取った、だから急に近づくな暑苦しい」

「やったーーー! 専属整備士キターーー!!!」

 

 両腕を高く上げて喜ぶフレイア。そんなフレイアをレイから引き離しつつ、ライラは「よかったっスね姉御」と共感するのであった。

 喜びが最高潮に達したせいか、フレイアはレイにどの様な剣を作って貰おうか妄想に耽るのであった。

 

「あ、居た居た……ってフレイア、今度はどうしたんだい?」

「ジャック! 聞いて聞いて、レイがスカーフ受け取ってくれた!」

「へー、良かったじゃないか」

 

 屋上に来たジャックはそのままレイの元に歩みを進める。

 

「改めてよろしくな、レイ」

「よろしく……ところで、フレイアが夢の世界から戻れてないみたいだけど」

 

 レイに言われて振り向くジャック。

 そこには妄想が行き過ぎて、ペンシルブレードを取り出し新技を考えるフレイアの姿があった。

 

「どんな剣になるのかな? なんか新必殺技とか使える様になったりして!」

「あ、姉御ー! 流石に剣を抜くのは危ないッスー!」

「フレイア、ちょっと落ち着いて!」

「そうだ、新しい仲間が出来たってマリーとオリーブにも教えてあげなくちゃ!」

 

 興奮しすぎて周りが見えなくなったフレイアを、ジャックとライラが必死に止めようとする。

 その様子を見て、レイは只々呆れかえるばかりだった。

 

「ったく、何やってんだか」

「……いい顔をする様になったな、レイ」

 

 スレイプニルの唐突な発言にレイは少々驚く。

 

「そうか?」

「そうだとも。自然な笑顔が出る様になったな」

 

 レイは指摘されて初めて気が付いた、自分が今笑っている事に。

 そうだ、眼の前に広がる光景こそがレイが心の底で欲していた仲間達なのだ。

 その感情を受け入れて、レイは自然と笑みを零していく。

 

「レイ、一つ聞いて良いか?」

「何だ?」

 

 スレイプニルの問いかけ。

 その問いは以前レイに出されたものと同じ問いであった。

 

「何が見える?」

 

 そう聞かれるとレイは、改めて目の前のフレイア達に視線を向ける。

 数秒見つめた後、レイはポケットに仕舞っておいた赤いスカーフを左腕に巻きつけた。

 

 

 今なら胸を張って答えられる。

 レイは曇り無き眼で仲間達を見やり、こう答えた。

 

「光に進む奴ら」

 

 

 一人ではできなくても、仲間と一緒ならこの道を駆け抜けられる。

 彼らと一緒なら、共に光を掴み取れる。

 

 ならば、此処から始めよう。

 

 二代目を名乗る為の物語を……。

 

 

 

 

 

 

【第二章に続く】




第一章はここまで。
お気に入りや評価ありがとうございます。とても励みになります(*゚▽゚*)


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第二章:彷徨う少女の歌声
Page28:あれからどうした?


第二章、はじまります。


 鳥のさえずりが心地よく響く早朝。

 人気の無い八区の森の中で、魔装に身を纏ったレイが静かに佇む。

 呼吸を安定させて精神を統一する。

 

「……いくぞ、スレイプニル」

『了解した』

 

 レイの体内で魔力(インク)が加速する。スレイプニルの魂とレイの疑似魔核が波紋を起こして重なり始める。

 陽の光に照らされながら、レイはグリモリーダーを操作した。

 

「融合召喚、スレイプニル!」

 

 スレイプニルの魔力とレイの肉体が急激に混ぜ合わさっていく。

 魔装の装着時に変質していたレイの肉体が、更に異質な魔獣のものへと変化し始める。

 レイの身体にスレイプニルが纏わっていたのではなく、レイの身体を通してスレイプニルが召喚されようとしている。

 身体の内側から巨大なエネルギーが実態を紡ぎ出そうとする……が

 

「~~ッ!?」

 

 膨大なエネルギーに耐え切れず、魂の波長が乱れる。

 身体の周りで魔力が破裂する音が鳴り響くと共に、レイの変身は強制解除されてしまった。

 

「痛ったぁ~」

 

 破裂した魔力の衝撃が全身に響き渡り、レイは耐え切れず大の字に倒れ込んでしまった。

 

『だから言ったのだ、お前にはまだ早いと』

「いやほら。せっかく操獣者になれたんだからさ~、やっぱ奥義試したいじゃん」

『簡単に出来ぬからこそ、奥義なのだよ』

 

 獣魂栞から聞こえるスレイプニルの声に返す言葉もないレイ。

 

 【融合召喚術】

 この魔法は操獣者が目指すべき奥義の一つとされている。

 自身が契約した魔獣と完全に一体化し超強化魔獣、通称【鎧装獣(がいそうじゅう)】へと変化する技だ。

 この融合召喚術を使える事が、操獣者にとって一つのステータスとなっているのだ。

 

「やっぱ、そう上手くはいかねーか」

 

 痛む身体を起こしてレイがぼやく。

 救護室から退院して二日目。操獣者となってまだ一週間も経過していないにも関わらず、レイは奥義を試そうとしていたのだ。

 

『多少の技を身に着けているとはいえ、お前は操獣者としては雛鳥も良いところだ』

「素直に精進あるべきってか?」

『そういう事だ』

 

 儘ならないものであると、レイは頭を掻きむしる。

 

「……なぁ、スレイプニル」

『なんだ』

「父さんはキースに殺された。それで合ってるんだよな?」

『そうだ。我自身とレイが目撃し、キース・ド・アナスン自身も認めた事実だ』

「そうなんだよなぁ……」

 

 キースとの戦いから時間が経過し頭が冷えたレイは、一つの疑問を抱いていた。

 いくら巨大魔法陣の維持の為にリソースを割いていたとはいえ、キースはそれなりに高い実力を兼ね備えた操獣者だ。

 フレイア達の協力もあってキースを撃破出来たのは良いのだが、本来全員キースに大きく格が劣る操獣者。特にレイはその日初めて変身に成功した新米である。

 そんな新人(ルーキー)達にやられてしまう程の者が、セイラム最強の操獣者と呼ばれた男を容易く殺せるとは思えなかった。

 いや、言い方を変えよう。ヒーローと呼ばれた程の実力者がキース程度の攻撃で致命傷を負うとは思えなくなったのだ。

 

「(父さんの実力は俺達三人を遥かに上回っていた……なのに、何故?)」

 

 キースはどうやって父親を殺したのか、その手口が分からなかった。

 少なくとも毒の類はありえない。もし使っていれば、並大抵の毒ならスレイプニルの免疫力で打ち消せる上に、それ以上の毒ならそれだけでスレイプニルごと殺害できる。

 となればやはり、レイ自身が目撃した植物魔法の槍の一撃が致命傷だったのだろう。だがそれでは……

 

「(それじゃあ父さんは、自分から死にに行った様なものじゃないか)」

 

 三年前の夜に何が起きたのか、その真相の半分は既に闇の中。

 なら残る半分から聞き出さねばなるまい。

 

「(一度、キースから色々聞く必要があるみたいだな)」

 

 なら一度ギルド長に掛け合ってみよう。そう考えながらレイは植物臭い地面から立ち上がった。

 

『今日はもういいのか?』

「あぁ、そろそろアリスが起きて事務所に来る頃だろうし、怪我して帰ったらまたアリスに叱られるからな」

 

 それだけは勘弁願いたい。

 レイはグリモリーダーをを腰のホルダーに仕舞い込み、事務所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

『キラキラ輝いて、目指せNo.1!!! 【ナディアの広報部ラジオ】今日も元気いっぱいに、はっじまるっよーー☆彡!!!』

『ピィーッ!ピィーッ!』

 

 グリモリーダーから可愛らしいセイラムシティのアイドルの声が染み渡ってくる。

 茶を飲みながら推しドルのラジオを聞く。そんな爽やかで素晴らしい朝をレイは堪能していた。

 

『いや~今週は本当に色々あったけど、何はともあれ事件が解決してめでたしめでたし。ねぇテルたん♪』

『ピィー♪』

「俺活躍したよ、褒めて褒めて」

 

 ラジオからは現在のセイラムシティの復興状況が流れてくる。

 怪我人は救護術士達の活躍でもう殆ど復帰したそうだが、破壊された建物はまだまだ修理しきれていない。

 魔法陣を破壊する際に抉られた地面と道路はすぐに修復できたのだが、建物の破損が多すぎるせいで材料が不足しているのだとか。

 セイラムシティにあったストックを使い切っても足りないので、遂にはゴーレム系の魔獣から必要な素材を分けて貰っているそうだ。

 

『と言うわけで、建物を直す材料はまだまだ不足してます! ゴーレム系と契約してる皆! ちょっとだけ素材分けてね、ナディアちゃんからのお・ね・が・い☆彡』

「イエス! キューティクル!」

 

 今だけはゴーレム系と契約していない事が惜しまれる。声には出さないが失礼な事を考えるレイであった。

 

『続きましてお便りのコーナーです♪』

「俺もいつか読まれたいなぁ」

「読まれると良いね。あ、アリスバター取って」

「はい」

「ありがと!」

 

 グリモリーダーからお便りを読み上げる声が耳に流れ込んでくる。

 ちなみにキースと戦った日の夜、広報部もラジオ放送を使って魔法陣の破壊に協力してくれていたそうだ。残りの破壊ポイントが何処かを広報部のアイドル、ナディアが読み上げていたらしい。

 事件後にその事実を知ったレイは、血の涙を流して崩れ落ちた。ナディアちゃんの放送は全て録音する派のドルオタなのだ。

 後にジャックが録音データを持っていると知ったレイは土下座してそのデータを譲ってもらった。ジャックの顔が引きつっていたのは気のせいだろう。

 

「レイ~、アタシにも紅茶頂戴」

「ほらよ。砂糖は自分で入れろよ」

「ほーい」

 

 フレイアが差し出したカップに紅茶を注いであげるレイ。

 こうして操獣者として街を守れたのも、彼女が手を差し伸べてくれたからであって――

 

「いやちょっと待て」

「あー紅茶美味しい……どしたのレイ?」

「なにかあった?」

「アリスはまだ分かるが……なんでフレイアが事務所(ウチ)に居るんだよ!」

 

 しれっと朝食まで食べているフレイアに突っ込むレイ。

 言っておくが今日ここまでにレイはフレイアを招き入れた覚えは無い(アリスを招き入れた覚えもないが、何時もの事なのでスルー)。

 

「ノックしたらアリスが開けてくれたから入った」

「扉を開けたら居たから入れた」

「テメーら家主の許可を取るという発想はないのか!?」

 

 隙の無い正論である。

 

 それはともかく。

 

「で、何の用だリーダーさんよ」

「モグモグ、ひやぁ剣の進捗ほうはのかなって」

「食い終わってから喋れよ」

 

 噛り付いていたパンを一先ず食べ終えたフレイアは改めて本題に入った。

 

「だから剣。専用器の一本目もう出来てる頃かなーって」

「あのなぁ、材料届くまで三週間待てって言っただろが」

「でももう三週間以上経ってるよ」

 

 フレイアに指摘されたレイはカレンダーを見て日付を確認する。

 確かにフレイアが言うように三週間以上が経過していた。

 

「ね、三週間経ってるでしょ」

「確かに……おかしいな、材料が届いたら連絡が来る筈なんだけどな」

 

 何かトラブルでもあったのだろうか、レイの脳裏に僅かな不安が過る。

 だがこういう時に役立つ物も熟知している、ラジオと新聞だ。

 仮にも世界一の操獣者ギルド、GODの城下町。集まる情報は国境など容易く超えて来る。

 

――ガッコン――

 鳥の鳴き声と共に、扉の向こうから紙の束が投げ入れられた音が聞こえて来る。

 

「今の何の音?」

「鳥系魔獣が新聞届けてくれた音だよ……てかお前新聞取ってねーのか?」

「いやぁ、挿絵の無い文章は苦手で……」

 

 アハハと苦笑いするフレイアにレイは呆れかえってしまう。

 操獣者の活動は世界規模で行われる事も珍しくない。故にギルドに所属する操獣者は情報収集に余念を欠かさないものだ。新聞だって読んで当然の代物である。

 

 ちょうどいい、新聞に何か情報が書かれているかもしれない。

 そう思ってレイが玄関に向かおうとすると、グリモリーダーから着信音が鳴り渡った。

 

「悪ぃアリス、新聞取っといてくれ」

「りょーかい」

 

 新聞を取りに玄関に向かうアリス。

 レイは「こんな朝から誰だ?」と不機嫌そうな顔を浮かべながら、グリモリーダーの十字架を操作した。

 

『おぉレイ! 今大丈夫か?』

「親方? こんな朝早くに何すか?」

『いやぁ、ちと頼みたい事があってよ。お前ん家の工房にオリハルコン余ってねーか?』

「オリハルコン? そんくらいなら有るけど」

『悪い、金は払うから整備課に少し分けてくれねーか? 在庫不足なんだ』

 

 レイは一瞬言葉を失った。

 魔法金属オリハルコン。魔武具を作る際に必要となる基本的な材料だ。

 仮にも世界一の操獣者ギルドは擁する魔武具整備課が、その基本的な材料を不足させたと言うのだ。

 レイはモーガンの言葉をすぐには信じられなかった。

 

「いやいやいやいや、整備課でオリハルコンが不足とか嘘だろ」

『嘘じゃねーよ、オリハルコン積んだ船が来ねーから在庫増やそうにも増やせれねーんだ』

「船が来ない?」

『あぁ、しかもオリハルコンだけじゃねー。布や香辛料、ヒヒイロカネを乗せた船も港に来ねーんだ』

 

 どうやら予想以上に大事が起きているらしい。

 レイはまた違う意味で言葉を失った。

 

「なんか凄いことになってる?」

「凄い事っつーか最高に不味い事。お前の剣の材料を乗せた船もセイラムに来てないらしい」

 

 レイの言葉に顎を大きく落としてショックを受けるフレイア。

 フレイア剣についてもだが、実際問題船が来ないのは非常に不味い。

 特にオリハルコン等の魔武具に必要な素材の殆どを輸入で賄っているセイラムにとって船が来ないという事は致命的だ。

 

「船、来ないの?」

「らしいな」

「……これ、関連記事?」

 

 玄関から戻って来たアリスはそう言うと、レイに新聞の一面を見せてくる。

 そこには大きな見出しでこう書かれていた。

 

「【動けぬ船達。幽霊船に怯える街】……なんだこれ?」

『新聞見たのか丁度いい、その記事に載ってる街バミューダシティで船が止まってるんだとよ』

「幽霊船ねぇ……」

 

 半信半疑故の訝しい声を漏らすレイ。幽霊の存在は信じない派なのだ。

 だがレイの後ろで幽霊船という言葉を聞いたフレイアは、目を輝かせながら興味を示していた。

 

「何々幽霊船? ワクワクワード?」

「ややこしくなるから大人しくしてろ」

『まぁそう言う訳だからオリハルコンを少しばかり……ってギルド長、どうしたんスか? え、レイに要件っすか……ど、どうぞ』

 

 どうやら整備課にギルド長が訪れたようだ。グリモリーダーの向こうでモーガンがギルド長にグリモリーダーを渡す音が聞こえる。

 

『ほほ、レイ怪我の方は大丈夫か?』

「えぇまぁ、おかげさまで」

『それは良かった。それでのうレイ今回の幽霊船事件じゃが、ひょっとするとお主にとって絶好のチャンスかもしれぬぞ』

 

 突然出て来た「チャンス」という言葉に、レイの後ろにいたフレイアは疑問符を浮かべる。

 だが当のレイはこの後の展開が読めたのか、少し顔の色を無くしていた。

 

「チャンスって事は……やっぱりですか?」

『その様子じゃと、どうやらこの先の展開は想定済みのようじゃな』

 

 すると先ほどまでの飄々とした様子から一転、ギルド長は厳かな声色で要件を伝えた。

 

『ギルド長命令じゃ。レイ・クロウリー、今日中にワシの執務室に来るように』

「……はーい」

 

 レイが了承の返事をすると、グリモリーダーの通信は切れてしまった。

 

 通信を終えたグリモリーダーを仕舞うと、レイは複雑で難しそうな顔をしながら椅子に座り込んだ。

 

「不味いな……」

「そうだよねー、剣の材料が来ないのは不味いよね」

「いやそれもなんだが、ギルド長の呼び出しは不味い」

「何で? キースを倒して街を守ったんだから、表彰とかそんなんじゃないの?」

「違う」

 

 ハッキリと断言するレイ。

 ギルド長の性格をよく知っているレイは、アレが人を褒める時の声ではない事がすぐに分かったのだ。

 

「褒められるどころか……お叱り案件だな」

「何で? なんかしたの?」

「心当たりが、二つ程あるんだ」

 

 キースに勝利してセイラムシティを守った。

 これでめでたしめでたしと終われば決まりが良かったのだが、どうやら現実はそう上手く行かないらしい。

 

「俺……大敗北だな、これ」

 

 若干生気の抜けた様子で、レイはそう零すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイ達が事務所でギルド長と話していたその頃。

 

 セイラムシティから北に離れた場所にある港町バミューダシティは船の出航を待つ人々でごった返していた。

 老若男女問わず船での移動を必要とする者たちが船着き場に集まり、船乗りたちに「何時船は出るのか」と問い合わせようと殺到していた。

 

 そんな人々の中に、二人の少女の姿があった。

 

「えぇぇぇ、船出ないんですか」

「すまないね嬢ちゃん達、俺達も命が惜しいんだ」

 

 栗色のショートボブをした小柄な少女が、船乗りに軽くあしらわれる。

 少女の隣には白いロングウェーブの髪をした、如何にも育ちの良さそうな長身の

少女が居た。

 見かねた長身の少女が船乗りの男に頼み込む。

 

「どうにかなりませんか? わたくし達急いでいるもので」

「う~ん、船を出してやりたいのは山々なんだが……幽霊船に喰われちまったら元も子も無いからな。悪い事は言わん、時間がかかるけど馬車で陸を移動しな」

 

 そう言うと船乗りの男はその場を後にしてしまった。

 

「あうぅぅ……マリーちゃん、どうしよう?」

 

 マリーと呼ばれた少女は腕を組んで頭を悩ます。

 

「困りましたわね、馬車で移動してはセイラムシティに着くまで何日もかかってしまいます。オリーブさんも早く帰りたいでしょう?」

「うん、弟達が心配。ちゃんとご飯食べてるのかな?」

 

 小柄な少女オリーブが兄弟を心配する様子を見て、少し微笑ましくなるマリー。

 だがそれはともかくとして……

 

「あの海の様子では、わたくしとローレライでも渡りきるのは難しいでしょうね」

「私とゴーちゃんは海は得意じゃないから、それ以前の問題かな~」

 

 仲良く肩を落とす二人。海を渡れないのであれば致し方ない。

 だがここで終わる程、二人は弱い心の持ち主でも無かった。

 

「幽霊船事件ですか……オリーブさん、ここは一つわたくし達で解決してしまうというのは如何でしょう?」

「そうだね。街の人みんな困ってるのを放っておけないもん」

「では決まりですわね」

「事件解決したら、フレイアちゃん達ビックリするかな?」

「そうですわね。一先ずはフレイアさんに一報入れておきましょう」

「心配してるかもだもんね~」

 

 そう言って船着き場を後にする二人。

 二人の腰にはホルダーに仕舞われたグリモリーダーが揺れており、二人の首には()()()()()()()()()が巻かれていた。



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Pege29:あ、無免許操獣者!

 ギルド長に呼び出されたレイはすぐにギルド本部へと足を運んだ。

 現在ギルド長の執務室に向かって廊下を歩いている最中。

 レイから少し離れた後ろではフレイアがグリモリーダーで誰かと通信を取っていた。

 

「え、足止め喰らって帰れない!? バミューダシティで? …………うん、分かった。また何かあったら連絡して」

 

 がっくり肩を落としながらグリモリーダーの通信を切るフレイア。

 

「何かあったのか?」

「幽霊船の影響が思いの他デカかった」

「さよですか……てか何でお前ら全員ついて来てんだよ」

 

 レイが後ろを振り向くと、そこにはフレイアだけでなくチーム:レッドフレアのメンバーが勢揃いしていた。

 

「アタシはレイが心配だから」

「僕はフレイアからレイが心配だから来てって言われて」

「ボクはお父さんに様子見てきてくれって言われたっス」

「アリスはレイのお目付け役」

「子供の授業参観じゃねーんだぞ!」

 

 過保護にも程がある。

 そうこうしている内に、レイ達の目の前に大きく威厳のある扉が現れた。

 扉には『ギルド長執務室』と書かれている。

 

「言っとくけど、あんまり気持ちの良いもんは見れないと思うぞ」

「大丈夫大丈夫、ただの様子見だから」

 

 ヘラヘラ軽く笑うフレイアに少し呆れを覚えつつ、レイは執務室をノックした。

 

「失礼します」

 

 扉を開けて執務室の中に入る。

 部屋の中は華美な装飾などは見受けられない。来客用の椅子とテーブル、資料を収めた本棚の数々と一番目に付く場所に設置されている重厚な机。シンプルな部屋だが不思議とギルドの頂点に君臨する者の威厳を兼ね備えていた。

 机の向こうには腰に優しそうな皮の椅子に座ったギルド長、そのそばには秘書のヴィオラの姿があった。

 

「おぉ来たかレイ……と、何故フレイア君達も?」

「俺が心配だって言って勝手について来たんですよ」

「えっとギルド長、もしかして僕達は席を外した方がいいですか?」

「いや構わんよ。どの道同じチームであるお主達の耳にも入る話じゃ」

 

 ギルド長の言葉に疑問符を浮かべるフレイア達。

 だがレイはこの後の展開が予測できたせいか、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 

「その様子じゃと、レイは大方予想がついとるようじゃな」

「えぇ、最高に胃が痛い話ですね」

「え、何々どんな話っスか?」

「長々前置きするより、単刀直入にいった方が分かりやすいじゃろう。ヴィオラ頼んだぞ」

「了解しました」

 

 状況を今一理解できていないフレイア達をよそに、ヴィオラはツカツカとヒールの音を鳴らしながらレイの前に出て来た。

 そして一枚の書類を手に取り、こう告げた。

 

「ギルド絶対法度第五条と第六条に基づき、ミスタ・クロウリーのグリモリーダーを没収処分とします」

 

 シンと静まり返る執務室。まるで時間が停止したかのような静寂が数秒続いた後、ヴィオラが告げた内容を理解したフレイア達の驚愕は一気に噴火した。

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」」」

「やっぱり」

 

 フレイア達とは打って変わって、レイはこの展開が予想通りだったのか納得した様子を見せていた(アリスは終止無言無表情)。 

 

「ではミスタ・クロウリー、グリモリーダーを提出して下さい」

「はいよ」

 

 淡々と事務的にレイのグリモリーダーを没収するヴィオラと、素直に渡すレイ。

 その様子を呆然と見ていたフレイアだったが、すぐに我に返って声を荒げた。

 

「ちょっとちょっと待って! 何でレイのグリモリーダーが没収されてんの!?」

「そっスよ! レイ君やっと操獣者になれたのに何でそんな事するんすか!」

「ギルド長! レイはキースを倒して街を守ったのよ! なのに何で!」

 

 今にも掴みかからん勢いでギルド長に詰め寄るフレイア。

 だがそれを制止したのは他ならないレイであった。

 

「フレイア、落ち着け」

「落ち着いてられないよ! 何でレイが処分されなきゃなんないのさ!」

 

 暴れ出すフレイアを羽織い締めにして抑えるレイ。ライラも若干噴火しそうになっていたがギリギリの所で堪えていた。

 その一方でジャックはブツブツと考え事をしていた。

 

「絶対法度の五条と六条って確か…………あっ!」

「ほほ、このままでは話が進まんのう。ヴィオラ処分の詳細な理由を説明を」

「了解しました」

 

 一先ずフレイアが落ち着きを取り戻したのを確認し、ヴィオラはレイの処分理由について説明し始めた。

 

「確かにミス・ローリングが仰る通り、ミスタ・クロウリーはセイラムシティを守り、ギルドに大きく貢献しました」

「だからさっきから言ってんじゃん、レイがキースを倒して――」

「そのキース・ド・アナスンとの戦闘が問題なのです」

 

 キースとの戦闘が問題とはどういう事か、フレイアとライラは理解しかねていた。だがレイとジャックは何が問題なのか分かってしまっていた。

 

「レイ、君は確か戦闘終了後にキース先生のグリモリーダーを……」

「そうだな、目ぇ覚まして再変身出来ない様にぶっ壊した」

 

 レイの言葉を聞いたジャックは酷く頭を抱えた。

 

「えっと、それ何か問題だったの?」

「大問題です。許可無きグリモリーダーの破壊行為はギルド絶対法度第五条に違反します」

「あ~、やっぱりマズかったか」

 

 自分の短絡的な行動に嫌気が差すレイ。

 

 【ギルド絶対法度】

 それはギルドGODに所属する者が必ず守らねばならない規則である。

 規則の内容は多種多様だが、これらを破った者はギルドから何かしらの罰則を受ける事となる(最悪の場合第一級討伐対象として全世界指名手配もある)。

 

 今回レイが破ったのは第五条『許可無く同胞の魔本を破壊する事を禁ず』というものだ。

 

「ミスタ・クロウリーの事情も重々承知します。ですが許可無きグリモリーダーの破壊を見過ごす訳にはいきません」

「でもグリモリーダーを壊さなかったらレイ君だけじゃなくて街も危なかったんスよ。情状酌量の余地はないんスか?」

「我々もそうしたいのは山々なのですが……ミスタ・クロウリーの違反行為がこれだけではないのです」

 

 眼鏡越しにレイをキッとにらみつけるヴィオラ。

 レイはもう一つの違反が何かをよく理解している故に、さっと目を逸らした。

 

「ミスタ・クロウリー、自覚はありますか?」

「……はい。絶対法度第六条『資格なき者が魔装を身に纏う事を禁ず』です」

 

 これこそレイが一番危惧していた違反行為だ。

 魔獣と契約する事が普通の世界とは言え、むやみやたらに変身する事まで許されている訳ではないのだ。

 

「資格なきって、どういう事?」

「何の資格っス?」

「認定免許の事だよ、ほら僕達も養成学校の卒業試験で受けたろ」

「あ~、やったやった。何かでっかい魔獣と戦ったよね」

 

 この世界で操獣者として変身し活動する事を許可する証明書、それが【認定免許】だ。

 認定免許は世界各地の操獣者ギルドで発行される物だが、発行して貰うには認定試験をクリアする必要がある。

 セイラムでは基本的に操獣者養成学校を三年在籍した後、卒業試験としてこの認定試験を受けるのが通例となっている。認定試験を合格すれば晴れて卒業、ギルドの操獣者の仲間入りだ。

 

「あれ? でもレイ君養成学校は飛び級卒業してるから、認定免許も持ってるんじゃないんスか?」

「認定試験と同じ課題は受けたけど、デコイモーフィングでやったから認定免許は貰えなかったんだよ」

「えっと、つまり今のレイって……」

「お察しの通り、無免許操獣者だ」

 

 再び広がる沈黙。完全に言い逃れが出来ない違反を犯したと、皆認めざるを得なくなった。

 

「処分の理由はご理解いただけましたか?」

「まぁ、言い訳のしようがないですね」

 

 平然とした様子で処分を受け入れるレイに、フレイアは強い不満を抱いた。

 

「本当にいいの? せっかく夢に近づけたのに」

「いや、良くはないんだけど……なーんか話に続きがありそうなんだよなぁ」

 

 レイは目を細めてギルド長を見る。

 長い交流関係から来る経験則とでも言うべきだろうか、レイは現在のギルド長から罪人を裁く者の気配を殆ど感じ取れなかったのだ。

 ギルド長は机に両肘を乗せて、両指を口の前で絡めて口元を隠しているつもりなのだろうが、微かに口元が笑っているのをレイは見逃さなかった。

 

「俺の処分はグリモリーダーの没収だけですか?」

「そうじゃのう、それだけじゃ」

 

 ギルド長の口から直接没収処分を認める言葉が出てきた事で、レイを除くレッドフレアの面々は大きく落胆した。

 

「何とかならないんですか? これじゃああまりにも――」

「なりません。この処分は決定事項ですので」

 

 何とか処分を撤回出来ないかと考えたジャックだが、取りつく島もなく決定事項だと告げられるばかりだった。

 

「で、今日の要件って俺の処分だけですか?」

「いや、実は要件はもう一つあるんじゃよ」

 

 もう一つの要件。ギルド長の口から出たその言葉を聞いて、フレイア達は顔を青ざめさせた。

 まさかまた何か悪い知らせが有るのではないかと、警戒せざるを得なかったのだ。

 

 一方当事者であるレイは、気を引き締めてギルド長の言葉に耳を傾ける。

 恐らくこちらの要件こそがギルド長の本命だろうと、レイは思わずにはいられなかった。

 

「レイ……」

 

 真剣な眼差しでギルド長は要件を切り出した。

 

「改めてになるのじゃが、認定試験を受けてみる気はないかのう?」

「「「…………へ?」」」

「あぁ……そう言う事か」

 

 ギルド長が発した突然の提案にフレイア達は気の抜けた声を漏らし、レイはその意図を理解したが故の面倒臭そうな顔を露わにしていた。

 

「えっと、認定試験ってあの認定試験っスか?」

「そうじゃ。お主達も養成学校を卒業する時に受けたじゃろう」

「まぁそうですけど……何で今ここで?」

「レイは免許を持ってない。だから試験を受けて免許を取れ……合ってる?」

「ほほ、正解じゃ」

 

 アリスがギルド長の意図を要約した事で、ジャックやライラも腑に落ち理解した。

 

「えっと……もしかして何とかなりそう?」

「なるかもしれないっス」

 

 真意を理解できなくとも、フレイアは状況が好転しそうな事だけは(野生の直感で)解った。

 

「キース逮捕の功績を考慮すれば受験資格は十分に有る。どうじゃレイ?」

「そういう事なら認定試験を受けます……と言いたい所なんですが、俺グリモリーダーを持ってないんですけど」

「むむ、それはいかんのう。ヴィオラ、レイにグリモリーダーを渡してやってくれ」

「了解しました」

 

 白々しいギルド長の指示を受けたヴィオラは、レイに一台のグリモリーダーを差し出す。それは先程レイから没収したグリモリーダーでもあった。

 レイは何とも複雑な心境を抱えながらグリモリーダーを受け取る。

 

「このやり取り、心臓に悪すぎる」

 

 だがこれでようやく、ギルド長が言っていた『チャンス』の意味が分かった。

 

「えっと、これは茶番劇ってやつっスか?」

「まぁ、そう見えなくもないね……」

「つーか結局返すんだったら何でわざわざ没収なんかしたのよ」

「本音と建前ってやつだ」

 

 何故このような寸劇が繰り広げられたのか理解できない面々に、レイが説明をする。

 どう言い訳しようともレイがギルドの法度を破った事は事実だ。となれば親交のある相手とは言え、ギルド長も立場上罰則を与えなくては他の者に示しがつかなくなってしまう。

 本来なら二つの法度を破った事で罰金刑、悪ければ禁錮刑を科されてもおかしくはない。ギルド長はまずそれに対して、レイのキース逮捕の功績を理由に処分内容をグリモリーダーの没収に抑え込んでくれたのだ。グリモリーダーの没収は操獣者にとって最も屈辱的な刑の一つとされているので、上層部もレイの処分内容に合意したのだろう。

 だがここで終わらせないのがギルド長の懐の深さだ。

 認定試験の実施は時期など特に決まっていないので、希望者が居れば何時でも実施できる。

 免許が無いなら取らせればいい。ギルド長の言っていた『チャンス』とこういう事だ。

 認定試験実施を理由にレイにグリモリーダーを渡す(返す)。そしてレイが無事試験を突破すれば晴れて免許持ち、レイは合法の操獣者となる。

 

 要するに法度違反の処分は既に終えており、その後に認定免許を取得したとなれば、誰もレイを咎める事は出来ない。そしてレイ自身も安心して操獣者活動が出来るようになるという寸法だ。

 ジャックとライラは諸々の思惑も理解できたので一先ず安堵の息をついた。

 

「えっとねー……いろいろあってなんとかなりそう、であってる?」

「はいはい、合ってる合ってる」

 

 フレイアは小難しい説明を理解しきれず頭から煙を出していた。

 

「で、試験内容は何ですか? 通例ならランクの低い依頼を一つ完遂すれば良い筈ですけど」

 

 認定試験の内容はギルド毎に異なるが、GODの通例では難易度の低い(難易度F~Eの低ランク帯)依頼を一つ完遂する事が試験合格の条件となっている。

 

「ふぉっふぉ安心せい、通例通りこちらが指摘した依頼を完遂すれば試験合格じゃ」

「こちらがミスタが受ける依頼となります」

 

 そう言ってヴィオラは一枚の紙をレイに手渡す。

 羊皮紙に書かれた依頼書だ。レイはその内容に目を通し、色々と腑に落ちていった。

 

「あぁ、だから『事件がチャンス』って言ってたのか」

 

 レイが手に持つ依頼書にはこう書かれている。

 『内容:幽霊船騒動の解決』『場所:バミューダシティ』

 

「色々と好都合な依頼じゃろう」

「そうですね。事件解決すれば免許も貰えて、剣の材料も手に入る」

 

 剣の材料の下りで、背後からフレイアが目を輝かせる。

 確かにギルド長が言うように、この依頼をこなせばレイにとって得しかないだろう。しかしレイは依頼書に書かれたある一節が気になっていた。

 

「ギルド長……この依頼、難易度D()とか書いてるんですけど」

「あぁそれはのう――」

「そのくらいの実力を示して頂かなければ、口煩い輩を黙らせる事が出来ないのですよ」

 

 ヴィオラに台詞を取られて落ち込むギルド長。

 なるほど、通例より高ランクの依頼なのもギルド長の思惑あっての事らしい。

 

「上等だ……受けてやるよ、この依頼」

 

 せっかく作ってもらったチャンスだ、無下にしたくは無い。

 

「ところでギルド長、この依頼至急って書いてるんですけど……船が使えない今、セイラムからバミューダまで移動するには馬車を乗り継いでも結構時間かかるんですが?」

「ふむ、そうじゃのう。早馬車を使って四日と言った所かのう」

「至急って言われてるのに四日はかかり過ぎですよね?」

 

 レイは何かを求める様に、ギルド長に手のひらを差し出す。

 

「許可証、出してくれるんですよね?」

「分かっとる分かっとる。ヴィオラ」

「どうぞ、大型魔獣による移動許可証です」

 

 レイはヴィオラから一枚の許可証を貰う。

 何処の地域でも、基本的に街中や街の上空での大型魔獣の召喚・搭乗には許可が必要となる。無闇な大型魔獣の召喚はトラブルの元になり易いのだ。

 こうして許可証が出た今、レイはバミューダシティまでスレイプニルに登場して移動する事が可能となったのだ。スレイプニルの足なら一晩もあれば目的地に着く。

 

「通常は一名から二名程で試験に臨んで頂くのですが、今回は通例より高ランクの依頼ですので操獣者三名までの同行を許可します」

 

 ヴィオラが試験内容の注釈を告げる。

 基本的に認定試験を受けるのは新米操獣者ばかりなので、既に認定免許を持っている操獣者の同行が許可される事が多いのだ。

 

「はいはいはーい! アタシ同行しまーす!」

「ダメじゃ」

「えッ、なんで!?」

 

 同行する気満々で手を挙げたのにギルド長に却下されて、フレイアは酷くがっかりする。

 

「認定試験に同行できるのはランクD以下の操獣者のみじゃ」

「あぁ、そう言えば僕達みんなランクCだったね」

「色々依頼こなしたから、ランクもどんどん上がっちゃったっス」

「ギルド長~、ランク下げて~」

「フレイア、お前なぁ……」

「ダメに決まっとろう」

 

 フレイアの無茶な要求に呆れるレイとギルド長。

 

「とりあえずアリスは同行する。レイ、どうせまた怪我する」

「同行してくれるのは嬉しいけど、なんか棘を感じるんだが」

「あれ、アリスは同行できるの?」

「アリスのランクはE。救護術士だからランクは上がり辛いの」

 

 基本的に救護術士は前線に出て戦う事が無いので、書類上のランクが上がりにくい職業なのだ。

 

「となると後二人まで連れてけるのか……アリス来てくれるならもういいかな」

「ダメ、後二人探して」

「いやでも、俺とスレイプニルと回復役のアリスが居れば」

「どうせ無茶するんだから、サポーターは最大人数必須」

 

 アリスの言葉にレイ以外の者たちは一様に「うんうん」と頷く。

 レイは思わず歯ぎしりしてしまうが、こういう場面での信用の無さに関しては自業自得である。

 

 後二人の同行者をどうやって探そうか悩むレイ。

 その近くでフレイアも何やら頭を捻らせて何かを考える。そして突然、フレイアは何かを閃いたように明るい表情を浮かべた。

 

「ねーねーギルド長、ランクDの操獣者ならレイを手伝ってもいいんだよね?」

「うむ、そうじゃな」

「それってさー、現地で見つけてもいいの?」

「まぁ、問題はないのう」

 

 現地で同行者を見つけても良しと聞いたフレイアは「よっしゃ」とガッツポーズをする。

 

「姉御ー、何かいい方法でも思いついたんスか?」

「ふっふっふー……あの娘達、今バミューダシティで足止め食らってるんだって」

「……あッそうか、あの二人は両方ランクDだ」

「そうと決まれば通信通信~♪」

 

 当事者であるレイの意見を聞き忘れながら、フレイアは上機嫌な様子で執務室から出て行った。

 

「あの二人? 誰だ?」

「レッドフレアのチームメイトっス。もう二人居るんスよ」

「あぁなる程、その二人に同行して貰うと」

 

 初対面の相手になるが、フレイアが認めた人物なら大丈夫だろう。

 レイは安心してその提案を受け入れる事にした。

 

「ちなみに二人の内一人は、レイもよく知っている人だよ」

 

 ジャックの言葉が気になり、レイが誰なのか聞こうとした瞬間、大きな音を立てて執務室の扉が開けられた。

 

「レイ! 二人とも同行OKだってさ!」

「そうか、それは良かった。だが事前に俺の意見を聞きやがれ」

「いいじゃん、そんな細かい事」

「気にしやがれ!」

 

 とりあえずフレイアの頬を抓って伸ばし、お仕置きするレイ。

 途中で後ろからギルド長の咳払いが聞こえたので、そこでお仕置きは終了となった。

 

「あ~ゴホン、話は纏まったかのう?」

「えぇ、纏まりました」

「色々と準備も必要じゃろう、明日の朝に出立すると良い」

 

 これにて要件は全て終わった。

 最後にレイはヴィオラから一枚の栞をグリモリーダーに挿して貰う。認定試験の受験表の様なものだと説明された。

 こうして諸々の用事を済ませたレイ達は執務室を後にした。

 

 

 

 

 翌朝、日が昇り始めた時間にレイとアリスはスレイプニルに乗ってセイラムシティを後にした。

 その時のギルド本部屋上は見送りに来たフレイア達によって賑やかなものだった。

 

 

 レイとアリスがセイラムを出発する様子を執務室の窓越しに見届けたギルド長。

 

「(エドガー、お前の息子は立派に前を進んでおるよ)」

 

 今は亡きヒーローに少し哀愁を帯びた気持ちを抱くギルド長。

 どうかあの若者達が進む道に幸有らん事を……ギルド長がそう願った矢先に、けたたましい足音と共に執務室の扉が開かれた。

 

「ギルド長、ミスタ・クロウリー達は!?」

 

 慌てて入って来たのは秘書のヴィオラだった。珍しく余裕の無い様子を晒している。

 

「レイ達なら今しがたセイラムを出たばかりじゃが」

「ギルド長、落ち着いて聞いて下さい……今さっき依頼書の査定変更が出たのです」

 

 そう言ってヴィオラはギルド長に一枚の依頼書を差し出す。

 その内容を確認したギルド長は顔面を蒼白に染め上げた。

 

「こ、これは……」

「ミスタ・クロウリーの認定試験に使った依頼です」

 

 震える手で依頼書を見つめるギルド長。

 訂正された依頼書には『難易度:D→A()』と書かれていた。

 ギルド長は慌ててグリモリーダーの通信機能を起動させる。

 

「す、すぐにレイ達に知らせねば!」

「ギルド長、認定試験の受験中はグリモリーダーの通信機能に制限が掛かっています。今のミスタ・クロウリーには連絡できません」

「そうじゃったァァァァァァァァァ!!!」

 

 昨日ヴィオラがレイのグリモリーダーに挿した一枚の栞。

 あれはグリモリーダーの通信機能を一時的に制限するものだ。

 認定試験中は通信機能を使って高ランク帯の操獣者から助言を得れない様にする為に、同行者以外との通信が出来ない様にする必要がある。今回は完全にその規則が裏目に出てしまったのだ。

 

「ヴィオラ、フレイア君達にレイの後を追わせるのじゃ!」

「よろしいのですか?」

「緊急事態じゃ、フレイア君達の同行をギルド長権限で許可する!」

 

 ギルド長の指示を貰い、ヴィオラは急いでフレイア達の元へと駆け出した。

 

 ヴィオラが執務室を出るのと入れ替わる形で、一人の男が慌てた様子で執務室に入って来た。

 

「た、大変ですギルド長!!!」

「今度はなんじゃ」

 

 短時間でトラブルが続けて来たからか、少し不機嫌なギルド長。

 しかし男のなりを見てギルド長は一気に気が引き締まった。

 何故なら男は地下牢の看守だったのだ。

 

「何かあったのか?」

 

 威厳に満ちた声色で看守に問いかけるギルド長。

 

 だが返って来た答えは、想像以上に悪い知らせであった。

 

「キース・ド・アナスンが……何者かに殺害されました」



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Pege30:悪魔、現る!

※今回のエピソードには残酷な描写があります。


 たった一人の邪魔者を排除すれば、望みは全て手中に収まる筈だった。

 

 

 キース・ド・アナスンは子爵家の四男として生まれた。

 貴族と言えば聞こえは良いが、キースの幼少期は決して明るいモノとは呼べなかった。

 

 十歳年上の優秀な長男が既に世継ぎと決まっており、その保険とも言える次男と三男も健康優良児。予備としての意味すら見出されなかったキースに、彼の両親は一切の関心を示す事は無かった。

 

 自然に向かない愛情は自分の手で勝ち取れば良い。

 幼くしてそう結論付けたキースは自分が兄達より優れている事を証明する為に、惜しみない努力をした。

 三男が芸術の腕を褒められたら、それを上回る様精進し学校で表彰された。

 次男が運動能力を称えらたのなら、己が肉体を鍛錬させてそれを超えた。

 そして長男が勉学の優秀な成績を修めたのなら、キースは眠る間も惜しんで勉強し、学校創立以来の神童と呼ばれる成績を修めた。

 特に魔法術式の構築理論に関しては大人顔負けの才能を開花させる事となった。

 

 何が何でも自身の価値を証明する為にその人生を捧げて来たキース。

 しかしそれでも、両親が彼と向かい合う事は無かった。

 

 時は流れ、キースは操獣者となる為にセイラムシティの養成学校に入学した。

 まだ自分には両親に褒められるだけの実績が無いのだ。ならば自身の身に宿った術式構築の才能を活かして、操獣者として世界に名を挙げるのだ。

 

 僅かな歪みを含んだ若々しい向上心。

 だがその曇り無き夢は一人の天才によって打ち砕かれる事となった。

 

 エドガー・クロウリー、後にヒーローと呼ばれる天才がキースの同級生だった。

 

 当初は友好的に接し続けていたキース。エドガーもそんな彼を気に入り、次第に彼らは友と呼ばれる間柄になっていた。

 互いに切磋琢磨し合う友人、当時の彼らを知る者達は誰もがそう答えるだろう。

 だがそれは、キースにとって表面的なものに過ぎなかった。

 

 努力を怠る事は無かった。

 座学も、体術も、剣術も何一つ他人に劣らせてたまるかと必死に頑張り続けた。

 しかしその全てにおいて、キースはエドガーに勝った事は一度もなかった。

 何故自分が学の無い平民の男に負けるのか、貴族主義の残滓が残っていたキースには理解できなかった。

 

 結論だけを先に言ってしまえば、キース・ド・アナスンは人並の秀才でしかなかった。

 平均的な成績優秀者であっても、彼は達人の域に達する器では無かったのだ。

 皮肉にもキースは、自身が無意識の内に見下していた平民の同級生によって、その事実を突きつけられる事となったのだ。

 

 積もり、積もっていく。

 自身の隣で気楽に笑う超えられない壁に闇が積もっていく。

 気が付けばキースは、成績優秀者として養成学校を飛び級卒業していた。

 ただしそれは、エドガー・クロウリーに次ぐ成績としてだったが。

 

 卒業しても壁は立ちはだかって来た。

 キースがどれだけ実績を上げようとも、エドガー・クロウリーがそれを軽く上回ってしまう。何度も何度も、変わらずそうなり続けた。

 次第に民衆の話題はエドガー・クロウリーの武勇伝で持ち切りになった。

 GODの英雄、世界のヒーロー。

 全ての関心はエドガーの元に集まり、キースはそれを黙って見ている他無かった。

 

 一滴一滴確実に溜まる。

 闇は音もなくキースの心の中に溜まり続ける。

 溜まった闇がキースの歪みを更に加速させていく。

 

 そして遂に、キースの中で狂気が弾けた。

 

 実績を作る。今度こそ自分に関心を向けさせる。

 その醜い我欲に囚われたキースは、セイラムシティに大量のボーツを召喚させた。

 邪魔な者は消す、自分の道を阻み続けた男を産み落とした貧民区には裁きを下す。

 キースはボーツの召喚だけでは飽き足らず、第八居住区に火を放った。

 どうせフードとマントで正体は隠してある。罪は後で死んだ貧民にでも被せればいい。自分はさっさと民衆の前で魔法陣を破壊し、今度こそ称えられる存在になるのだ。

 

 だが事態は思わぬ所で急転した。

 

 何故か八区に来ていたエドガーに見つかってしまったのだ。

 一瞬気が動転仕掛けたキースだが、エドガーが変身していない生身の身体だと知るや否や、キースは植物操作魔法で創り上げた槍でエドガーの身体を貫いた。

 

 これで邪魔者は消えた。ついに自分が焦がれ続けた栄光が始まるのだ。

 

 抵抗することなく、木の根で紡がれた槍をその身に受け入れるエドガー。

 彼は突如キースの腕を掴み、フードの下に隠れた顔を確認した。

 

「……本当に、てめぇだったのか、キース」

 

 街を襲った大事件の犯人が自分の友だったからだろうか、エドガーは静かに悲しみの表情を浮かべた。

 

「ようやく君に勝てる、君がいなくなれば私こそが頂点だ」

「そいつは無理だな」

「何?」

「お前は、勝てない」

 

 腕を握る力を強めて、エドガーはキースに語り掛ける。

 

「ここで俺を殺したところで、お前が望む栄光の勝利なんざやって来ねぇ。今のお前はただの邪悪でしかない。それをどう取り繕うがお前は光に、未来に、玉座から引きずり降ろされるぞ!」

「戯れないでください、君が居なくなれば私に敵う者などこの街には存在しません」

「なら……試してみるか?」

 

 妙な自身に満ちた様子で、エドガーが言葉を続ける。

 死にゆく者の戯言だろうと、キースは軽い気持ちでそれを聞いた。

 

「後三年も経てば、この街に俺より強ぇ奴らが現れる。少なくとも二人はとんでもねぇ力の持ち主だ……お前は、そいつらに絶対に勝てない」

「死に際で気が狂ったのですか? 随分と卑屈な妄想ですね」

「事実さ、お前は勝てない……可愛らしい神様からのお告げさ」

 

 エドガーの言葉を深く受けとめる事無く、キースは槍を勢いよく引き抜いた。

 その場で倒れ込むエドガーを見下ろしながら、キースは侮蔑の視線を投げかけた。

 

「最期くらい、もう少し建設的な話をしたかったのですが……残念です」

 

 もう話す必要もないだろう。

 微かに聞こえるエドガーの声と救難信号弾が放たれる音に耳を貸す事無く、キースは八区を後にした。

 

 そしてこれが、キースとエドガーの最後の会話となった。

 

 

 

 

 レイが認定試験を受ける事になった日の深夜三時。

 地下牢の最深部、重大犯罪を犯した者が収監される牢にキースは収監されていた。

 

「まったく……ギルド長達も疑り深いんですから」

 

 地下牢に備え付けられた簡素なベッドの上に座り、キースは己の現状に苛立ちを覚えていた。

 此処はセイラムシティの中でも特に警備が厳重な地下牢の最深部。ここに収監されて脱獄出来た者はギルド設立から現在までに一人として居ない。

 裁判の為に牢から出られたとしても、この最深部に収監されるのは極刑相当の罪人だけだ。良くて死刑、悪ければ死ぬまで地下牢で飼い殺しである。

 一ヶ月以内に裁判が行われると聞いているので、脱獄するならそれまでにしなくてはならない。だがそれを実行するのは、今のキースにはあまりにも困難であった。

 

 特捜部に逮捕された段階で逃げられない様に両足の義足は没収されており、変身する為のグリモリーダーはレイに破壊されてしまった。

 更にダメ押しと言わんばかりに、契約魔獣であるドリアードとも完全に引き離されており、八方塞がりと言う他ない状況なのだ。

 

「これは大分詰みに近いですね……」

 

 だが決して脱獄を諦めた訳ではない。

 それが今でなくとも、必ずチャンスは訪れる筈だ。なら今は静かに時を待とう。

 キースは頭の中で脱獄方法のシミュレーションを繰り返していた。

 

「しかし、エドガーの息子が王に選ばれるとは……彼はこの展開を予測していたのですかね?」

 

 三年前の言葉を思い出すが、今となっては真偽を確かめる術はない。

 キースは自分を現在の地下牢生活に追い込んだ少年と、その仲間達の顔を思い出し憎悪の感情を溜め込んでいく。

 地下牢から脱出したら、すぐにでも彼らを殺そう。

 頭の中でシミュレーションを続けながらそう考えていると、コツンコツンと足音が聞こえてきた。

 

 それは地下牢の廊下を歩く音にしては、似つかわしくない音であった。

 看守が履く魔武具を兼ねたブーツが出す重々しい音ではない。街の娘が好んで履くようなヒールの音の様に聞こえた。

 

 誰かが面会に来たのだろうか。

 いやありえない、地下牢の最深部は原則面会謝絶なのだ。

 ではこの足音の主は一体誰なのだ。

 

 微かだった足音が、徐々に大きく近づいてくる。

 その足音は、キースが居る牢の扉の前でピタリと止まった。

 

 心臓が大きく跳ね上がる。キースの中で期待と不安が酷く入り乱れる。

 視線は自然と扉の方に釘付けとなっていた。

 

 特殊な魔法術式を施されたこの扉は、専用の鍵を使わなければ開ける事も壊す事も出来ない。故に扉の向こうに誰が居ようとも、その姿がキースの眼の前に現れる事はない筈なのだ。

 

「ふーん、一番すごいセキュリティって聞いてたけど……こんなもんなんだ」

 

 トントンと扉を触る音と共に、扉の向こうから年端もいかぬ少女の声が聞こえてくる。

 そして次の瞬間、「ズブリッ……」と一本の腕が扉をすり抜けて来た。

 ズブズブと、雨のカーテンをくぐる様に一人の少女が扉をすり抜けて入ってくる。絶対的な防壁を誇っていた地下牢の扉は、ほんの一瞬で突破されてしまった。

 

「はい侵入成功~♪ 世界一の操獣者ギルドの癖にセキュリティにお金かけてないなんて、とんだドケチね」

 

 小生意気な表情を浮かべながら地下牢の扉を突破した感想を述べる少女。

 ピンク色のツインテールに、黒を基調としたゴシックロリータの服と日傘。お世辞にも地下牢の最深部に似つかわしいとは言えない格好をしていた。

 一見すると可愛らしい少女、だが今ここでは恐ろしく不気味な存在としか捉える事が出来なかった。

 

「それはそれとして……こんばんは、無様なおじ様♪」

「ゲ、ゲーティアの使いですか?」

 

 キースは少女の正体に心当たりがあった。

 『ゲーティア』の名を聞いた瞬間、少女は無邪気な笑みを浮かべてキースの言葉を肯定した。

 

「せいかーい♪ おじ様の素敵なスポンサー『ゲーティア』からパイモンちゃんがやってきました~!」

 

 パイモンと名乗った少女は「はい拍手~」と手を叩きながらお道化る。

 

「何か、御用ですか?」

「はい! 単刀直入に話をしてもいいんですけど~、折角だから私おじ様と少しお話がしたいな~なんて」

 

 ヒールの音を立てながら、パイモンは無邪気にキースの元へと近づく。

 

「聞きましたよー、セイラムシティを巨大魔法陣で覆いつくしてボーツまみれにしたんですよね~?」

「えぇまぁ……そうですね」

「しかもしかも、ボーツをパワーアップさせる術式も組み込んだとか! パイモンちゃんビックリだよー!」

「まぁ、そちらの才はありましたので……」

「ウチの陛下も……すっごく褒めてたよ」

 

 パイモンが口にした陛下と呼ばれる者。その者に評価されていると聞き、キースの目は一気に輝きを取り戻した。

 

「ほ、本当ですか?」

「ホントホント! すっごく優秀な人材だって滅茶苦茶褒めてたんだよー!」

 

 偉大な存在に評価された。その事実だけでキースの心は喜びに震え上がった。

 だが……

 

「ねぇおじ様、此処から出たい? 寂しい地下牢から出て自由になりたい?」

「で、出たいです! 助けてくれるんですか!?」

「もちろん! おじ様は優秀な人材ですもの…………でもおじ様さぁ、しくじっちゃったよね?」

 

 突然、パイモンの声のトーンが変化する。

 

「あれだけ大言壮語並べておきながら、肝心の魔法陣は一晩で壊されるし……おじ様に至っては目覚めて間もない赤ちゃん操獣者にタコ殴りにされてるし……本当に、無様としか言いようがないですよね♪」

 

 あからさまに嘲笑うパイモンだが、キースは怒りよりも不安を強く感じていた。

 パイモンは日傘を畳むと、一度キースから距離を取って本題に入った。

 

「さてさてそれでは、今日の本題に入りたいと思いまーす! 実は私、陛下からおじ様への素敵なメッセージを預かってるんですよ」

「メッセージ?」

「はい♪ なんだかすごーく長いお話だったので、勝手ながらパイモンちゃんが分かりやすく要約しておきました!」

 

 畳んだ日傘を乱雑に投げ捨て、パイモンはメッセージを伝えた。

 

「お前みたいなザコ、もう要らないってさ」

 

 それは、事実上の死刑宣告でもあった。

 だがキースはその事実を理解するまでに数瞬の時間を要してしまった。

 

「なにを……言ってるんだ」

「分からないかなぁ? もう私達は貴方の敵って事」

 

 そう言うとパイモンは、どこからか円柱状の黒い魔武具を取り出す。

 その魔武具が視界に入った瞬間、それの正体を知るキースは酷く震え上がってしまった。

 

「ダ、ダークドライバー……」

「物知りおじ様正解♪ 【焚書松明(ふんしょたいまつ)】ダークドライバー、私達ゲーティアだけが使う事を許された特別な魔武具……そして、貴方を処刑する為の道具」

 

 パイモンがダークドライバーを掲げると、牢の扉をすり抜けて一体の犬型魔獣が姿を現した。

 

「おいで、ティンダロス」

 

 パイモンの呼び声に応え、ティンダロスはその身体を光の粒子に包み込んでいく。肉体と霊体を膨大な魔力(インク)に変換したティンダロスは、パイモンのダークドライバーに取り込まれていった。

 ティンダロスの魔力が邪悪な黒炎と化して、ダークドライバーに点火される。

 

「トランス・モーフィング」

 

 パイモンが短い呪文を唱えると、ダークドライバーに灯されていた黒炎は意思を持つかの様にパイモンの全身を包み込んだ。

 邪悪な炎と魔力の下で、肉体を余さず作り変えられるパイモン。

 それはティンダロスの力を纏う等という次元の変身では無かった。パイモンの肉体はティンダロスを完全に取り込み変質し始めていた。

 

 やがて炎が消え、変身したパイモンがその姿を現した。

 それは、魔装を身に纏った操獣者からは大きくかけ離れた姿であった。

 それは、人とも魔獣とも呼べない異形の怪物であった。

 

 辛うじて手足と二足歩行と言う人間の特徴は残されていたが、その外見は人と歪んだ猟犬を無理矢理混ぜ込んだ、醜悪の極みと呼べる姿であった。

 

「お仕事面倒くさいけど……好きにして良いって言われたし、そうさせてもらおっと♪」

 

 じりじりと焦らす様にキースに歩み寄るパイモン。

 このままでは殺されてしまうと実感を得たキースは動揺し、ベッドの上から転げ落ちてしまった。

 

「ド、ドリアード! 何処にいる!? 今すぐ来なさい、ドリアード!!!」

 

 グリモリーダーが無いにも関わらず、必死に自身の契約魔獣の名を叫ぶキース。

 パイモンはその様子を見てクスクスと小さな笑い声を上げた。

 

「ドリアードって、もしかしてあのお猿さん? だったらごめんなさい……」

 

 パイモンが自身の腹部に腕を深々と突き刺し、弄ると……ズルズルと何かの残骸を取り出した。

 ボトボトと音を立てて落ちる残骸たち。キースはその残骸を見た瞬間、言葉を失ってしまった。

 

「キーキーうるさかったから、食べちゃった」

 

 落ちた残骸は全て、パイモンによって捕食されたドリアードの身体の破片であった。

 グリモリーダーも契約魔獣も失ったキースは、完全に退路を断たれてしまった。

 

「やめろ、やめてくれ」

「そう言われて止めちゃう悪魔なんて、いるわけ無いじゃないですか」

「私はまだ何も成し遂げていないんだ! 私はまだ何も認められてすらいないんだ!」

「あぁ~、確かお父様に認められたくて私達に接触したんですっけ? …………なら、もう何も心配しなくていいですよ」

 

 キースにはパイモンの言葉の意味が分からなかった。

 何故突然心配する必要は無いと言ったのか、検討もつかなかったのだ。

 

 だがその理由はすぐに判明した。

 パイモンが再び腹部に腕を入れて弄ると、何かを掴み取って引きずり出して見せた。

 

「最初に言った筈ですよ、私達の力を借りると言うのであれば相応の対価は払って貰いますって…………今回は後払い制、失敗したおじ様が払う代償はこちらになりまーす♪」

「あ……あぁ……」

 

 身体から引きずり出したソレをパイモンはキースに見せつける。

 パイモンの手に掴まれているのは老齢の男の生首。

 キースはそれが、自分の父親であることを瞬時に理解し、絶望した。

 

「私みたいな小っちゃな女の子相手に、最後の最期まで命乞いをし続けて……本当に無様で美味しかったですよ」

 

 更に追い打ちをかける様に、パイモンは腹部から次々に人間の頭部を出していく。床を転げる生首達は全て、キースの肉親であった。

 願いも退路も全て奪われ、最早キースの中には恐怖と絶望しか残されていなかった。

 

「フフ、お・じ・さ・ま♪ 今すっごく可愛い顔してますよ……私、そういう顔をする男の人大好きなの」

 

 そう言うとパイモンは親に甘える子供の様に「ぎゅ~」と言いながら、キースに抱き着いた。

 これから何が起こるか大凡検討はつくが、キースには抵抗する気力すら残されていなかった。

 

「それじゃあ……いただきまーす♪」

 

 ズブリ、ズブリ……沼の中に手を入れる様に、パイモンの腕がキースの体の中に入り込んでいく。

 内側から身体をかき回される恐怖にキースは悲鳴を上げようとしたが、それが叶う事は無かった。

 

「お食事中は静かにしなきゃ、マナー違反だぞ~」

 

 キースの声帯は既にパイモンに捕食された後であった。

 だが痛みなどは微塵も感じない。パイモンの粒子操作魔法によって、捕食と同時に傷口を塞がれてしまったのだ。

 

 ズブリ、ズブリとパイモンの腕が身体の内側を犯し続ける。

 大腸、睾丸、腎臓、膵臓……じわりじわりと時間をかけてパイモンは捕食し続ける。

 

 痛みもなく自分の身体が消失していく恐怖に、キースは何度も狂いそうになった。しかし既にパイモンによって脳を支配されており、ギリギリの所で強制的に正気を維持させられていた。

 

 助けを乞う為の声帯は既に無い。

 涙を流す為の眼球も捕食されてしまった。

 残すは心臓と脳のみ。

 

「右手ちゃんで~心臓パクパクして、左手ちゃんで~脳ミソ犯してあげる」

 

 消える、消える、消えてしまう。

 命の証である心臓が消える。

 自身が生きた記録である脳が消えていく。

 じわじわと闇に消されていく実感を植え付けられ続ける。

 

 次第にキースは己が何者なのか、自分が今何をされているのか、何一つ理解不能な段階まで堕ちて……その内キース・ド・アナスンと言う存在は闇の底へと消滅した。

 

 

 捕食を終えたパイモンは、キースを離して人間の少女の姿へと戻った。

 

「ご馳走様……空っぽの誰かさん」

 

 物言わぬ物体と化したキースに、パイモンは一言そう吐き捨てる。

 

「あーあ、これでお仕事終わりだったら良いのに。どこかの誰かさんとか堅物騎士様がサボってないか様子見に行かなきゃダメなのよね~。ホンっト悪魔使い荒いんだから」

 

 投げ捨てていた日傘を拾いながら、ぷんぷんと可愛らしい様子で愚痴を吐くパイモン。

 そしてフリルの付いたスカートから、パイモンは一冊の手帳を取り出して次の予定を確認した。

 

「次はバミューダシティかぁ……海があるならバカンス出来たら素敵だな♪」

 

 次の仕事先で何をするか考えながら、パイモンは機嫌よく鼻歌を奏で、ティンダロスと共に全身を粒子化させて地下牢を後にした。

 

 

 

 

 

 翌朝、異変に気が付いた看守がキースの牢を開けた時には全てが遅すぎた。

 

 キース・ド・アナスンは、内蔵という内蔵()()が消失した変死体となって発見された。



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Pege31:水の街

 風を切る音を背景に空を駆け抜ける。

 セイラムシティを発ったレイとアリス(と抱きかかえられているロキ)は、スレイプニルの背に乗ってバミューダシティへと向かっていた。

 

「ふーん、港町なだけあって人口はそれなりに多いんだな。市場も相当活気があると……」

 

 レイは目的地に着くまでの道中、スレイプニルの上でバミューダシティの旅行記を読んでいた。話には聞いていた街だが、レイも実際に行くのは初めてだった。

 ちなみに飛竜に匹敵する速度で上空を移動しているが、スレイプニルが魔力で風除けの壁を張ってくれているおかげでレイものんびりと本を読む事が出来るのだ。

 

「年に一度の水鱗祭(すいりんさい)は街の外からも見物客がくる……だって」

「キュー」

「……なぁアリス、この態勢すげぇ読みにくいんだが」

「お気になさらず」

「気にしやがれ」

 

 子供に絵本の読み聞かせをする時の様に、アリスはロキを抱いたままレイの両腕の間に収まる様に旅行記を読んでいた。

 綺麗に収まっているので、傍から見れば完全に兄妹である(アリスの方が一歳年上)。

 

「水鱗祭か……確かバミューダの地を治める王獣の二つ名が水鱗王だったな」

「ん、スレイプニル知ってんのか?」

「伊達に長くは生きていない。【水鱗王(すいりんおう)】バハムート、バミューダ近辺の海と地を治める王だ。温厚で慈悲深い性格で有名だが、一たび争いが起きればその獰猛さで海を己が牙に変えると言われている」

 

 レイが手に持った旅行記のページを幾らか進めると、確かに巨大な鯨《くじら》のような魔獣が描かれた挿絵と共に水鱗王の記述がある。内容はスレイプニルが話した通りその温厚さと戦闘時の獰猛さについて、そしてバミューダシティで代々崇められている存在であると書かれていた。

 

「つーかそんなにスゴイ王獣が居るなら、その水鱗王に頼んで幽霊船を沈めて貰った方が早いんじゃね?」

「それが出来ない何かがあるからこそ、我らが呼び寄せられたのではないか?」

「……確かに」

 

 旅行記の記述にも水鱗王はバミューダの守護者とする記述がある。

 これだけ高名な王獣が、自身が治める地で発生した異変を放置するとは考えにくい。

 最悪のパターンと言えるかもしれないが、水鱗王自身に何かが起きた可能性もレイは頭の片隅に留めておく事にした。

 

「レイ、この本ニシンの漁獲量について書いてる?」

「んなもん旅行記に書いてるわけねーだろ」

「じゃあグルメ情報のページ。ニシン料理の情報があるかもしれない」

「こらこら無理矢理ページを捲ろうとするな! ニシン中毒末期患者め!」

 

 レイとスレイプニルの話には興味が湧かないのか、ニシン中毒の少女(アリス)はグルメ情報のページを開こうとして、レイと小さな攻防を繰り広げていた。

 ページに手をかけようとするアリスと、旅行記を持ち上げて逃がし続けるレイ。

 その最中にパラパラと捲れたページの中から、レイは気になる一節を目にした。

 

「ん? 『幽霊船が出る海?』 ……なんだこれ」

 

 幽霊船という単語に意識を引っ張られて、レイはその章を読み進める。

 

 ある日、バミューダシティから少し離れた沖で一隻の奇妙な船が目撃された。

 その船の帆は最早襤褸切れと呼べる様な有様となっており、その船体は今にも沈みそうな程木材が腐食していたのだ。

 普通に考えれば海上に浮かぶことすら不可能の様に見える船を前に、目撃者である船乗り達は気味の悪さを覚えた。以前からバミューダシティでは人を食う幽霊船の存在がまことしやかに囁かれていると言う。その話が船乗り達の恐怖心を加速させてしまった。

 だがもしかすると、不幸な海難事故にあった船かもしれない。念の為船乗り達は、望遠鏡を使ってその不気味な船を覗き込んだ。

 人の影は一つとして無い。見えるのは船体に張り付いたフジツボや、甲板に転がる何かの骨ばかりであった。

 ボロボロの無人船を前に、船乗り達の恐怖が膨れ上がっていく。

 そして、それに追い打ちをかけるような出来事が起きた。

 なんと幽霊船は自我を持っているかの様に、こちらの船を追いかけて来たのだ。

 恐怖心が頂点に達した船乗り達は急いで船を動かし、バミューダシティの港に戻って行った。

 

 幽霊船の話は山火事の如く住民達の間に広がった。

 しかし不思議な事に、幽霊船の事を深く捕らえる者はそれほど居なかったのだ。

 むしろ、たまに起きる小さな災害のように「また幽霊船か」と言った具合に捉えられていた。

 不思議に思った筆者は住民の一人に尋ねてみた「幽霊船が出たと言うのに、何故驚かないのですか」と。

 すると住民はこう答えた「どうせ明日の夜には解決している」と。

 

 結果を言ってしまえば住民の言葉は正しかった。

 幽霊船が現れた翌日の夜、雨も風も無いのに海の様子が大きく荒れていたのだ。

 そして夜明けと同時に筆者が港の方へと足を運ぶと、そこには大量の木片に囲まれて一体の大きな海棲魔獣が目を回して浮かび上がっていたのだ。

 その異様な光景を難なく受け入れるバミューダシティの住民達。筆者はこれは何事かと聞かずにはいられなかった。

 その疑問に、港の船乗りが快く答えてくれた。

 どうやら目を回して浮かび上がっているのは件の幽霊船の正体だそうだ。

 海底に沈んでいた沈没船を背負って幽霊船を装い、人間を驚かす悪戯をしていたと言うのが真相らしい。

 だが間抜けな事に、幽霊船の悪戯はすぐに水鱗王の知る所となってしまった。

 昨夜海が荒れていたのは、この悪戯魔獣が水鱗王に懲らしめられていたからなのだ。

 

「こうして街を騒がせた幽霊船騒動は終わりを迎えたとさ……」

 

 章を読み終えたレイはページを一気に進めて、巻末に印刷された発行年月日を確認する。

 

「五年前か……少なくともそれより前から幽霊船騒動はあったんだな」

 

 補足された記述を読むと、どうやら海棲魔獣によるこう言う悪戯は過去に何度も起きていたらしい。故に住民もすっかり慣れてしまったのだとか。

 少なくとも従来なら操獣者ギルドに事件解決を依頼するような案件ではない。

 だが今回の幽霊船は少し様子が違うようだ。

 

「既に一ヶ月続く幽霊船騒動か……」

 

 依頼書の紙を見つめながら呟くレイ。

 今回の幽霊船騒動が起き始めて既に一ヶ月が経過、未だに解決の兆しを見せていない。

 恐らく今回ギルドに依頼が来たのはこれのせいだろう。

 

「悪戯者の海棲魔獣を懲らしめて終わり……なんて一筋縄ではいかなさそうだな」

 

 何にせよ、現場に到着しない事には話が始まらない。

 そうこうしている内に、レイ達の視界に大きな街が見えてきた(そして旅行記はアリスに取られた)。

 

「レイ、何処で降ろせばいい?」

「港で降ろしてくれ、そこで依頼人と会う予定なんだ」

「承知した」

 

 船が密集している場所を視認したスレイプニルは、すぐに港へと急行した。

 

 そして一分と経たずレイ達はバミューダシティの港へと到着した。

 レイはスレイプニルから飛び降り、バミューダの地に足を着ける。

 

「よっと、目的地到着」

「レイ、上を見て両腕を前に出す事を薦めるぞ」

「上?」

 

 上方から届くスレイプニルの言葉に疑問符を浮かべながら、レイが振り向き見上げると……銀色の髪を潮風と重力に靡かせながらアリスが落ちて来た。

 飛び降りているのではない。ロキを抱えながら受け身を取る様子もなく、背中から落ちていたのだ。

 

「どわぁぁぁ!?」

 

 慌ててレイは両腕を前に差し出し、アリスの落下予定地点に差し出した。

 すると一秒もかからず、レイの両腕には人間一人+小型魔獣一匹の重量が収まった。

 

「ナイスきゃっち」

「キュ!」

「もう少し考えて飛び降りろバカ!」

「レイが受け止めてくれたから、計算通り」

 

 確信犯かよ……とレイは心の中で呟く。

 

「俺がキャッチ失敗する可能性は考えなかったのかよ」

「大丈夫、レイなら絶対にアリスを掴まえてくれるって知ってるから」

 

 微かに笑みを浮かべて堂々と言い放つアリスに、レイは少し顔を赤らめた。

 だがここで反撃の意志を失わないのがレイ・クロウリーという少年である。

 

「ほう、じゃあ今この態勢になっているのも計算の内なのか?」

 

 レイの意図した所ではないとは言え、現在アリスはレイに()()()()()()()()()()()()()である。それも公衆の面前で。

 さあ羞恥しろそれ羞恥しろ。

 レイの心の中で悪魔が高笑いを上げるのだが……

 

「アリス的には問題無し」

「キュ~キュ~」

「お前やっぱり羞恥心を学んでこい」

 

 平然とサムズアップで応えるアリス。

 レイの反撃は一切届く事無く打ち砕かれた。

 

 アリスを抱えたままでは先に進めないので、一先ずレイはアリスを降ろした。

 不満げに頬を膨らませるアリスを無視して、レイは港を見渡す。

 

「すげぇ……船がギッチギチじゃねーか」

 

 港の船着き場には大小様々な船が隙間なく停まっていた。

 比喩でも何でもなく、本当にギリギリまで隙間を詰められているのだ。

 僅かに空いている隙間を覗くと、その向こうにも船が停まっている。恐らく船同士を梯子か何かで繋げて港に降りられるようにしているのだろう。

 

「船が集まり過ぎて、これでは新しい陸地だな」

 

 上空から港を見下ろしてそう零すスレイプニル。

 どうやら相当な数の船がここで足止めを喰らっているらしい。

 そのせいか、港は船乗りらしき人達でごった返していた。

 

 何にせよ、まずは依頼人から話を聞かなくてはならない。

 レイは港で会う予定の依頼人を捜し始める事にした。

 

「おっとその前に……スレイプニル、もう街の中だから獣魂栞(ソウルマーク)になってくれ!」

「了解した」

 

 光の竜巻を起こして、スレイプニルは自身の身体を獣魂栞に変化させる。

 基本的に何処の国や街でも、無許可で大型魔獣をそのまま連れ歩くのは禁じられている。

 王獣として知られているセイラムシティならいざ知らず、他の街で大型魔獣が闊歩する訳にはいかない。そんな事をすれば街の人々に余計な不安を与えるだけだ。

 レイは獣魂栞化したスレイプニルを胸ポケットに仕舞い、移動を開始した。

 

「にしても、すげぇ人の量」

「ここから捜し出すの?」

「そうなるな。まずは高そうな服着た人を捜そう」

「なんで?」

「依頼人はこの街の市長だってさ。市長なら船乗りよりは金持ってるだろ」

「じゃあ手分けして探す? 同行者ならグリモリーダーで通信できる」

「だな」

「キュキュ」

 

 方針が決定したので、レイとアリスは二手に分かれて依頼人を捜し始める事にした。

 

 人ごみの中から隙間を見つけつつ歩き進めるレイ。

 人や小型の魔獣こそ多いが活気ある港と言うには程遠く、長い間足止めを喰らっているせいで皆どこか殺気立っている様子だった。

 耳をすませば何処からか怒号の一つ二つも聞こえて来る。

 

「こりゃ至急って書かれるのも無理ないな」

 

 早く解決しなければ彼らの精神衛生上にもよろしくない。

 レイはすれ違う人の服を気にしつつ、周りの喧騒に耳を傾けて歩き続ける(何気ない会話から情報が拾えるかもしれないから)。

 だが聞こえてくるのは船乗りの愚痴と暇つぶしの博打の音ばかり。

 すれ違うのは筋肉隆々の海の男と魔獣ばかり。

 

 港を歩いていると、近くから突然老人の怒鳴り声が聞こえて来た。

 

「だーかーら、幽霊船は本当にあるって言っとるじゃろう!」

「はいはい分かったから、もうあっち行ってくれ」

「全然分かっとらんじゃろう! いいか小僧、あの幽霊船はなぁ船も人も見境なく喰らう化物じゃ! 儂があれだけ言ったにも関わらず五年も放置した結果がこのザマじゃないか!」

「しつこい爺さんだなぁ、とにかく船は出せない。この話はこれで終わりだ」

「待て、話はまだ終わっとらん!」

 

 船乗りに相手されず怒り狂う老人を見るレイ。

 その内心では老人が言い放ったある言葉が反芻していた。

 

「人も船も喰らうねぇ……物騒な話だ」

 

 とにかく今は依頼人を捜さなくてはならない。

 レイは港の中を捜し回る……が

 

「全然見つかんねぇ……」

 

 向こうも移動しているのか、まだ港に着いていないのか。

 恐らくアリスも見つけてないのだろう、腰に下げたグリモリーダーに通信が来る気配もない。

 

 こうなったら片っ端からすれ違った人に市長を見なかったか聞いた方が早いのかもしれない。

 近くの木箱に座ってレイがそんな事を考えていると、何処からか歌声が聞こえてきた。

 年若いを通り越して幼さすら感じる少女の歌声だ。むさ苦しい男の声ばかり聞いていた反動か、レイはその声が妙に気になった。

 レイは魅かれる様にその歌声の元へと足を運ぶ。

 

「さーかーえーよー♪ なーがーくによー♪」

 

 歌い手はすぐに見つかった。

 何処かの船乗りが連れて来た娘だろうか、三つ編みした金髪を潮風に揺らしながら一人の少女が歌を歌っていた。

 

「へぇ、上手いもんだな」

 

 見たところ10歳前後くらいの少女だが、その歌声は非常に美しいものであった。

 何かの儀礼で使う歌なのか歌詞こそ堅苦しいが、疲れた心に響き渡る無垢な歌声だ。その声には人を惹きつける力があるのか、気が付けばレイは少女の歌に聞き入っていた。

 一方でレイの胸ポケットに入っているスレイプニルは、少女が歌う歌詞にどこか聞き覚えを感じていた。

 

『(この歌……何処かで……)』

 

 レイが一人歌に聞き入っていると、背後からレイを呼ぶ男の声が聞こえて来た。

 

「あの失礼ですが、GODの操獣者の方ですか?」

「んあ、そうだけど……」

 

 レイは振り向いて自身に声をかけて来た男の姿を見る。

 それは高そうな背広を着た、小太り気味の中年男性であった。

 船乗りには似つかわしくなく、それなりに金持ちそうな眼の前の男を見て、レイは彼こそが依頼人なのではと考えた。

 

「申し遅れました。私このバミューダシティの市長でございます」

「という事は、依頼人さん?」

「左様です」

 

 確定だ。

 目の前の男性が依頼人と判明したので、レイは懐に仕舞ってあった依頼書を市長に見せた。こうする事で自身が依頼を引き受けた操獣者である事を証明するのだ。

 

「今回の依頼を引き受けたGOD所属操獣者レイ・クロウリーです。本当は同行者が一人居るんですけど――」

「同じくGOD所属操獣者で同行者のアリス・ラヴクラフトです」

「おわっ!? いつの間に」

「今来た」

「キュー」

 

 何時もと変わらないジト目でそう答えるアリス。

 少し変わった所があるとすれば、背中に大量のニシンが詰まった籠を背負っている事くらいだろう。

 

「アリス、背中のそれは……」

「このままだと腐っちゃうからって安く売ってくれたの」

「いやだからって」

「バケットも買った。これで何時でもニシンサンドを作れるから安心して」

 

 街の滞在中に作る気満々と言った様子で「フンスフンス」と鼻息を荒くするアリス。

 だが悲しい事に、レイにとってそれは遠回しな死刑宣告でしかなかった。

 

「あの、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫です話を続けて下さい」

「ですがお顔が真っ青に――」

「大丈夫です! 問題はありません!」

 

 過酷な運命は受け入れなければならない。それが人の背負いし業なのだ。

 

「では、本題に入らせて頂きます。ご覧になられた通り現在この街の港には多くの船が停まっています。動かして貰いたいところなのですが、船頭達は皆こぞって拒否するのです」

「幽霊船が出たから、ですか?」

「そうなのです」

「ここに来る途中、バミューダシティの旅行記を読みました。過去にも何度か幽霊船騒動があったそうですね」

「はい。近隣に住む海棲魔獣の悪戯でその様な騒ぎもありました……しかし今回は様子が違うのです」

 

 困り果てた表情を浮かべながら市長は話を続ける。

 

「一ヶ月も幽霊船の目撃情報が後を絶たない上に、ここ最近は街の中でも幽霊が出たと言う者達まで現れ始めたのです」

「街の中でも?」

「はい。夜になれば幽霊が街を徘徊して生者の魂を狩りに来ると噂されて、街の者達は皆陽が沈むと建物から出なくなってしまいました」

「悪戯にしては手が込み過ぎてる気がするな……」

「本当に幽霊?」

「まさか、そんな筈……と言いたい所なのですが、幽霊船が出始めてから街の中で厄介な異変が起きているのも事実なのです」

「厄介な異変?」

「そうなんです」

 

 市長は目に涙を浮かべて、藁にも縋る様子でレイ達に異変を話始めた。

 

「魔獣達が突然暴走し始めて、街で暴れる事件が後を絶たないんです。それも野生魔獣や契約魔獣など関係なく、前触れ無く暴走するのです」

「暴走した魔獣に何か共通点は?」

「今の所何も発見されていません、本当に無差別に暴走していくのです。街の者達の中には幽霊船から出て来た悪霊が取り憑いたのだと言い張る者もいます」

 

 街で起きた被害を思い出したのか、とうとう市長の涙腺は決壊してしまった。

 ここまでで被った損害は相当なものだったのだろう。

 

「幸い今は偶然この街に滞在されている操獣者の方々が善意で暴走魔獣を抑えてくれていますが……こう長く続かれては……ウゥゥ」

「ねぇレイ、善意の操獣者って……」

「あぁ、多分フレイアが言ってた奴らだと思う」

 

 これは意外と早く落ち合えそうだ。

 レイがそう考えた次の瞬間、街の方からけたたましい轟音が鳴り響いてきた。

 港に居た者達は一斉に音の鳴った方を見る。

 そこには街の中から立ち上る黒煙と、人々の悲鳴が聞こえてきた。

 

「あぁ、言っている傍からぁぁぁ」

 

 市長が顔を青ざめさせながらその場に崩れ落ちる。

 恐らく街中で魔獣が暴走したのだろうが、今はそんな些細な事はどうでもいい。

 

「市長さん、港の人が街中に入らないように見ておいて下さい!」

「は、はい」

「アリス!」

「言われなくても」

 

 市長はその場に置いて、レイとアリスは港の人ごみをかき分けながら走った。

 

「むぎゅ、ぶつかる」

「ギュ~」

「退いてください! 急いでるんだ! 退けェ!」

 

 若干力尽くで人ごみをかき分けて、何とか港を出る二人。

 人が少ない事と黒煙が上がっている方角を確認したレイとアリスは、腰に下げていたグリモリーダーを取り出した。

 

「行くよ、ロキ」

「キュッキュー!」

 

 アリスの声に合わせてロキは身体をミントグリーンの獣魂栞に変化させる。

 

「スレイプニル!」

『承知』

 

 レイは胸ポケットから銀色の獣魂栞を取り出して構える。

 アリスも同じく獣魂栞を手に取り、二人は同時にCode解放を宣言した。

 

「Code:ミント、解放」

「Code:シルバー、解放!」

 

 二人は魔力(インク)が滲み出た獣魂栞をグリモリーダーに挿入し、十字架を操作する。

 

「「クロス・モーフィング!」」

 

 魔装、同時変身。

 変身呪文を唱えた二人は、それぞれミントグリーンとシルバーの魔装に身を包んだ姿へと変貌した。

 

 操獣者へと変身すれば身体能力も強化される。

 二人は強化された肉体を使って、現場へと急行した。

 

「さぁて、暴れてる悪い()はどこのどいつかなー?」

 

 建物の屋根を飛び渡りつつ、二人は人々の悲鳴が最も大きい場所へと辿り着いた。

 

 一心不乱に逃げ惑う人々。

 その後ろには、暴走魔獣が引き起こした火災によって生まれた煙が充満していた。

 煙の向こうは見えないが、獣の咆哮は聞こえてくる。

 

「レイ、この先に居る」

「だな。しかもこっちに向かってきてる」

 

 武闘王波で強化された聴覚によって、レイは地面を這う巨大な何かの音を察知していた。

 暴走魔獣はもう目の前に来ている。

 

「さぁ、お顔拝見といこうか!」

 

 そして煙のカーテンを突き破って、暴走魔獣はその姿を現した。

 

「ジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 それは、巨大な蛇の胴体に竜の翼が生えた魔獣であった。

 10メートルは超えようかと言う巨体で、暴走魔獣はレイ達を睨みつける。

 

「ねぇレイ、あれって……」

「最悪だ……最悪の奴が暴走しやがった」

 

 レイは暴走魔獣の姿を見た瞬間に、仮面の下で口をあんぐりと開けていた。

 何故なら目の前に居る魔獣は、()()()()()メジャーな魔獣の一体だったのだ。

 

「よりによって……アンピプテラかよォォォォォォ!!!」



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Page32:参戦! 黒白のニューフェイス①

「よりによって……アンピプテラかよォォォォォォ!!!」

 

 アンピプテラ。

 魔獣としてのランクはCと比較的高めの方だがそれ程珍しい魔獣ではなく、契約している操獣者の数も多い。

 しかしこのアンピプテラは気性が荒く、ランクCに位置する魔獣の中で最も凶暴な存在として広く知れ渡っている。

 

「レイ、どうするの?」

「やるしかないだろ……ダメージは最小限にして殺さず捕獲だ」

 

 レイがコンパスブラスター(剣撃形態(ソードモード))を構えるや、すぐさまアンピプテラの巨大な口が地上目掛けて襲い掛かって来る。

 

「っ!」

「危ねッ」

 

 勢いよく地面に牙をめり込ませるアンピプテラ。

 二人は寸での所で回避に成功したが、アンピプテラを挟んでV字に分かれてしまった。

 

「気性荒いにも程があるだろ……」

 

 力任せに地面から牙を引き抜いたアンピプテラが目を光らせてレイとアリスに狙いを定める。

 

「ジャァァァァァァァァァ!!!」

「来る!」

 

 細長い巨体を曲げて、アンピプテラはその牙をレイに向けて振りかざした。

 

「チッ! 魔力刃!」

 

 キィィィンと音を立てて行く手を遮られる牙。

 コンパスブラスターの刀身から展開された、巨大な魔力刃 (非殺傷設定)がアンピプテラの攻撃を防いだのだ。

 

「グゥゥゥ、重んもぉぉぉ」

 

 想像以上の攻撃の重さがレイの身体に響き渡る。

 武闘王波で肉体が強化されているのでレイは何とか受け止められているが、並みの操獣者ではこう上手く防ぐ事はできないだろう。

 

「アリスー! 今の内にコイツにナイフ刺してくれ!」

「うん!」

 

 アンピプテラが魔力刃に噛み付いているその隙に、アリスは幻覚魔法を付与したナイフを投擲した。

 しかし……

 

――キン! キン!――

 

「げぇ!?」

「弾かれた」

 

 投擲されたナイフはアンピプテラの皮膚に刺さる事無く、小さな金属音を鳴らして弾かれてしまった。

 

「アリス! もう一回もう一回!」

 

 レイに言われるがまま、アリスは第二第三のナイフを投擲する。

 しかしその全てがアンピプテラの身体に刺さる事は無かった。

 

「ダメ、硬すぎる」

「ウッソだろおい!」

 

 すると突然、アンピプテラは魔力刃から口を離して、その狂気染みた視線をアリスに向ける。

 

「ジャァァァァ!」

「アリス!?」

 

 アンピプテラの牙がアリスに向かって突進し始めた事を本能的に理解した瞬間、レイの身体は自然と動いていた。

 武闘王波で脚力を強化し、アリスの身体を掴まえてアンピプテラの軌道上から脱出させる。

 ターゲットを失ったアンピプテラは、首の動きを止めるよりも早く、轟音を立てて地面に激突した。

 

「大丈夫か」

「うん……へーき」

 

 アンピプテラの尾に飛び乗ったレイは、アリスの無事を確認して一先ず胸をなでおろす。

 

「さーて、コイツどうするかだ」

 

 地面に突き刺さった牙を抜こうともがき続けるアンピプテラを見下ろしながら、レイはそう呟く。

 何とかして最小限の傷で抑え込んでやりたい所だが、こうも暴れられてはそれも難しくなってしまう。

 

「ナイフが刺さらないなら、プランBでいく」

「プランB? なにす――」

 

 何をするのかとアリスから聞き出すよりも早く、レイ達はアンピプテラの尾から振り下ろされてしまった。

 

「ジャァァァァ」

 

 牙を地面から抜き出したアンピプテラが咆哮を上げると、その巨大な翼を広げて再び街の中を移動し始めた。

 このままでは不味い。

 

「逃がすか!」

 

 レイとアリスはすぐにアンピプテラを追い始めた。

 魔装で強化された脚力を使って、建物の屋根に飛び移りアンピプテラを追跡する。

 

 翼を広げて飛翔するアンピプテラ。

 しかしその滞空時間は一秒程であり、すぐに地面に落ちてしまう。

 飛んでは落ち、飛んでは落ち、まるで海面を跳ねるイルカの様な奇妙な動きで移動している。

 

「(妙だな、翼を負傷している様には見えないのに……)」

 

 生まれたての飛翔系魔獣でもこんな動きはしない。

 レイは追跡をしながらも、アンピプテラの不格好な飛び方に疑問を抱いていた。

 

「レイ、マジックワイヤーでアンピプテラを抑え込んで」

「はいぃ!?」

「5秒だけ暴れなければいい。後はアリスが本気の幻覚を脳ミソに叩きこむ」

「おい、5秒暴れないように抑え込むって……あのデカブツの全身縛りつけろって事か!?」

「がんばれ男の子」

 

 気楽な声で「ふぁーいと」と煽ってくるアリスに、レイは少し血圧が高くなるのを感じた。

 だが事を穏便に済ませるには、アリスの案が最適解だともレイは理解していた。

 

「はいはい、分かりましたよド畜生!」

 

 レイは勢いよく建物の屋根から飛び降り、暴走するアンピプテラの頭部に乗り移った。

 

形態変化(モードチェンジ)棒術形態(ロッドモード)!」

 

 レイは棒術形態に変形したコンパスブラスターから、銀色のマジックワイヤーを高速で射出する。

 

「まずは口からァ!」

 

 勢いよく解き放たれたマジックワイヤーは、そのままアンピプテラの口にぐるりぐるりと巻き付く。

 アンピプテラが抵抗する間もなく、何重にも巻かれたマジックワイヤーによってその口は完全に封じられてしまった。

 

「念動操作術式入力! これで終わると思うな!」

 

 マジックワイヤーの先端を念動操作できるように術式を入力したレイ。

 アンピプテラの口に巻き付いたマジックワイヤーの先端は自我を持ったかのように、更に勢いよく伸び続ける。

 

「気分はドラゴンライダーってか?」

「ムグァァァァァァァァァ!!!」

 

 怒り狂ったアンピプテラは拘束されていない尾を使って、自身の頭部に乗ったレイを押しつぶそうとする。

 だがレイにとって、そんな反撃はすでに想定済みであった。

 

「とうッ!」

 

 尾が到達するよりも早く、強化された脚力を使ってレイは飛び上がる。

 勢い余った尾は、そのままアンピプテラの頭部に直撃した。

 

「こっからが本番だぜぇ!」

 

 レイが滞空中にコンパスブラスターを振るうと、マジックワイヤーの先端は地面の中に突き刺さった。

 そして地中を走り、再び地上に飛び出る。

 マジックワイヤーはそのままアンピプテラの身体に巻き付き、アンピプテラの一部を地面に縛り付けてしまった。

 

『レイ、魔法出力を上昇させるぞ』

「オーケィ!」

 

 再びアンピプテラの身体に着地したレイは、獣魂栞をコンパスブラスターに投げて挿した。

 

「インクチャージ!」

 

 スレイプニルの魔力(インク)を注入されたマジックワイヤーが眩い輝きを放ち始める。

 

『天地縫合!』

「バインド・パーティ!」

 

 レイとスレイプニルが魔法名を叫ぶと、マジックワイヤーの先端が四方八方に枝分かれし始める。

 無数に拡散したマジックワイヤーは地中深くを経由して、アンピプテラの身体と地面を強く縛り付けた。

 抵抗するアンピプテラの身体がマジックワイヤーに食い込み、ギチギチと音を立てている。

 

「しばらく地面とキスしてな!」

『アリス嬢、今だ!』

 

 スレイプニルの声に反応して、アリスが屋根から飛び降りてくる。

 その右手には大量のミントグリーンの魔力(インク)が光を放っていた。

 

「固有魔法…………起動」

 

 勢いよく落下しながらも、右手に集まる魔力は更に輝きを帯びていく。

 アリスは右手を手刀の型に変えて、アンピプテラの頭部にそれを振りかざした。

 

「ボーダーロスト・ナイトメア」

 

 手刀が頭部にぶつかると同時に、アリスは魔法名を宣言する。

 アリスの右手に纏わっていた高濃度の幻覚魔法は、アンピプテラの硬い皮膚を貫通してその脳内への侵入に成功した。

 

「ムグララララララララララァァァァァァァァァ!!!???」

 

 よほどショッキングな幻覚を叩きこまれたのか、アンピプテラはまるで断末魔のような咆哮を上げて、その場に倒れ込んだ。

 

 嵐の後の静寂が周囲を包み込む。

 

「スゲー叫び声。死んでないよな?」

「大丈夫。死ぬほど怖い幻覚は見せたけど」

「それ大丈夫なのか……」

 

 この後の事が少し不安になるが、一先ずこれで一件落着。

 だが二人がそう思った矢先に、気絶していた筈のアンピプテラが再び暴れ出した。

 

「ムグァァァァァァァァァ!」

「おいおいマジかよ!?」

「うそ……全ての異性に半永久的に虐げられる幻覚を植え付けたのに」

「鬼か!? なんつー幻覚脳に植え付けてんだ!」

「これで心が折れなかった魔獣ははじめて」

「むしろ折れたから暴れてる気もするんですけどー!?」

 

 レイはアンピプテラに少し同情するが、今は暴走再開を食い止める方が先決だ。

 

「仕方ないか……少し荒っぽいけど、許してくれよ」

 

 レイは目の前で暴れるアンピプテラに軽く頭を下げると、コンパスブラスターを剣撃形態に変形させた。

 

『どうする気だ?』

「最小出力で内側にダメージを入れる」

『なるほど、良策だ』

 

 レイはグリモリーダーから抜き取った獣魂栞をコンパスブラスターに挿入する。

 瞬時に術式を構築してそれを流し込むと、コンパスブラスターの刀身が銀色の魔力刃に覆われる。

 コンパスブラスターを逆手に持ち替えて、レイはアンピプテラに狙いを定める。

 

「出力最小のォォォ、銀牙一閃(ぎんがいっせん)!」

 

――ゴンッ!――

 限界まで威力を抑えながら、レイはコンパスブラスターの峰をアンピプテラの頭部に叩きつけた。

 魔力がアンピプテラの体内に侵入し小さな爆発を起こしていく。

 それは、巨大なアンピプテラを気絶させるのに十分な威力であった。

 

「ムグゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 絶叫を上げて再び地面に伏すアンピプテラ。

 もう起き上がる気配は感じられない。

 

「……殺したの?」

「まさか、銀牙一閃で脳震盪を起こさせただけだ」

「じゃあそのうち目が覚めるね」

 

 流石の大型魔獣も脳を揺らされてはどうしようもない。

 今度こそ一件落着だと確信し、レイはホっと胸をなでおろした。

 

「ん? なんか変な臭いしないか?」

「におい? 何も感じないけど」

 

 武闘王波で臭覚も強化されているせいか、アンピプテラの身体から抜け出る奇妙な臭いをレイは感じ取っていた。

 

「(この臭い……気化したデコイインクの臭いに近いな……)」

 

 だが何故アンピプテラからその様な臭いが出ているのか、レイには皆目見当もつかなった。

 

「レイ、これどうする?」

「ん~、とりあえず安全な場所まで街の人に運んでもらうか」

 

 そうとなれば市長に報告だ。レイ達が港に戻ろうとした次の瞬間、本日二度目の轟音が鳴り響いた。

 レイとアリスはすぐに建物の屋根に飛び乗り、轟音が鳴った方角を確認した。

 

「レイ……二体目だね」

「F●ck you! 連戦とかふざけんな!」

 

 だが騒いだところで状況が好転する訳ではない。ご丁寧に黒煙まで上がって危機を演出している。

 レイとアリスは一目散に現場へと急行した。



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Page33:参戦! 黒白のニューフェイス②

 黒煙が立ち上っていた場所に到着すると、そこには蛇のような巨体をもった大型魔獣が暴れていた。

 

「って、またアンピプテラかよォォォ!!!」

「文句は後、止めるのが先」

 

 現在進行形で暴走するアンピプテラから逃げ惑う人々がいる。

 彼らを守る事が最優先だ。

 だがレイは黒煙で見え辛くなっている視界から、ある一つの人影を見つけた。

 

「あいつ……」

 

 アンピプテラから逃げ惑う人々の中で、その小さな人影だけはじっと立ち止まっていた。

 

「おい、早く逃げろ!!!」

 

 レイが声を張り上げるも、その人影は微動だにしない。

 きっと恐怖のせいで動けなくなっているのだ。レイはそう考えて、今すぐその人物を助け出そうとする。

 

 だがその人影の口から紡がれた言葉を聞いて、レイの身体は動きを止めてしまった。

 

 

「Code:ブラック、解放! クロス・モーフィング!」

 

 

 それは何度も聞きなれた、操獣者が変身するための呪文であった。

 

「ジャァァァァァァァァァ!!!」

 

 猛スピードで迫り来るアンピプテラ。

 その身体が巻き起こした風によって、視界を邪魔していた黒煙は綺麗に払われてしまった。

 そして……黒煙の向こうから、黒い魔装に身を包んだ小さな操獣者の姿が現れた。

 

「あの()、操獣者」

「じゃあアイツがフレイアの言ってた……」

 

 半袖のローブに厚手のグローブを装備した小柄な操獣者だ。スカートタイプのアンダーを着けているので女性で間違いないだろう。

 

 黒い操獣者は迫り来るアンピプテラに怖気づく事無く、肩を回して気合いを入れている。

 

「よーし、行きますよー!」

 

 飛んで火にいる夏の虫と言わんばかりに、アンピプテラは黒い操獣者へと牙を下ろしていく……しかし。

 

「てりゃ!」

 

 可愛らしい掛け声と同時に、黒い操獣者は拳を振り上げる。

 そして、そのひ弱そうに見えるパンチがアンピプテラの顎に当たった瞬間……

 

――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

「グ、ジャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!???」

 

 凄まじい衝撃音と共にアンピプテラの身体が後方へと大きく吹き飛ばされた。

 あまりの光景にレイは言葉を失いながらも、黒い操獣者の方を見る。

 特別な武器などは持っていない。ただ厚手のグローブに包まれた拳を叩きいれただけだ。

 

「レイ……アリスあの娘の事知ってるかも」

「同じく。こんな怪力ちび俺は一人しか知らない」

 

 だが残念な事に無駄口を叩いている暇はないようだ。

 吹き飛ばされたアンピプテラが起き上がり、再び急襲をかけて来たのだ。

 

「あれ、止まってない!?」

 

「アリス、援護してくれ!」

「わかった」

 

 先程戦闘した個体以上の猛スピードで襲い掛かるアンピプテラ。

 このままではあの黒い操獣者の回避は間に合わない。そう察したレイとアリスは急いで屋根から飛び降りた。

 

「あらよっと!」

「きゃっ!?」

 

 着地と同時に黒い操獣者を抱きかかえて、レイは再び建物の屋根に飛び乗る。

 そしてアリスは……

 

「コンフュージョン・カーテン!」

 

 アリスの右手からミントグリーンの魔力(インク)が霧状になって放出される。

 幻覚効果を持つ霧がアンピプテラの頭部を包み込むと同時に、アリスは強力なバックステップでその場から退避した。

 

「ジャァァァ……」

 

 幻覚魔法の効果が聞いているのか、動きが穏やかになるアンピプテラ。

 だがこれもそう長くは持たないだろう。

 

「あの……助けてくれてありがとうございます」

「いいさ、お前が瞬発力ないのは知ってるから」

「え、その声……もしかして」

 

 黒い操獣者が言葉を続ける間もなく、身体を大きく振って霧を払ったアンピプテラが暴走を再開し始めた。

 

「ジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

「やっべ、また暴れ始めた」

「あのぉ……とりあえず降ろしてもらっていいですか? この態勢は少し恥ずかしいので……」

「ん? あぁ、悪い」

 

 不可抗力とは言え、いきなりお姫様抱っこの態勢は恥ずかしいに決まっている。

 腕の中から降ろしたが、黒い操獣者の頭からは微かに湯気が立ち上っている気がした。

 

「レイ」

「あぁアリス、来たのか」

「女の子をお姫様抱っこ出来て、役得だね」

「……なんだよ、棘あるなぁ」

「つーん」

 

 不機嫌そうに顔を逸らすアリス。

 だが今はそれどころでは無い。

 

「とにかくアイツの動きを止めなくちゃな」

『先程と同じやり方か?』

「あぁ、一度アイツを拘束して銀牙一閃を叩きこむ」

「……あの~」

「ん?」

「少し動きを止めるだけなら、何とかなりますよ」

 

 レイは黒い操獣者の意外な提案に少し驚いた。

 

「何か良い魔法でもあるのか?」

「い、いえ、私じゃなくてマリーちゃんの方なんです」

「マリー?」

「誰だ?」

 

 初めて聞く名前が飛んできたので、レイとアリスは頭上に疑問符を浮かべる。

 

「えっと、マリーちゃんは――」

「見つけましたわよ、オリーブさん!」

 

 黒い操獣者が言い終える前に、三人の元に一人の女性の声が響き渡った。

 レイが反射的に振り向くと、そこには美しい純白のドレスを想起させるような長袖のローブに身を包んだ、白い操獣者が居た。

 

「黒の次は白か……」

「あ、マリーちゃん!」

「もう、何をしていたんですか?」

「えへへ、ちょっとだけピンチだった」

「まぁ! 大丈夫なのですか?」

「大丈夫、クロウリー君が助けてくれたから」

「そちらの方達が?」

「どーも」

「ぶい」

 

 黒い操獣者の口から教えていない筈の名前を出されて、レイはとうとう確信に至った。

 

「やっぱり、お前オードリーだな」

「えへへ、お久しぶりですクロウリー君」

「アリスもお久~だよ」

「はい! アリスさんもお久しぶりです」

「もーー! わたくしを放置して話を進めないでください!」

「おっと悪ぃ悪ぃ」

 

 黒い操獣者改めオリーブと再会の挨拶を交わすが、白い操獣者ことマリーの一言で本題に引き戻された。

 

「さて、あのアンピプテラの動きを少しでいいから封じて欲しいんだが……」

「マリーちゃんなら出来るよね」

「もちろんですわ。大型魔獣相手なので少し時間がかかりましたが、既にトラップは設置済みです」

「トラップ?」

「マリーちゃんの魔法の罠。なんでも出来るんですよ」

 

 そう言うとオリーブはトテトテとマリーの元に駆け寄った。

 

「じゃあマリーちゃんはいつもみたいに向こうで待ってて、私もいつも通りにアンピプテラさんを()()()てするから!」

「了解ですわ。いつも通りに片付けてしまいましょう」

「ポイッって、ポイッって」

「クロウリー君とアリスさんは、マリーちゃんと一緒に行ってください」

「ポイッって……」

 

 マリーとオリーブは手際よく行動を開始し始める。

 そしてレイはアリスに引きずられながら、マリーの後を追う事になった。

 

 

 

 

 

 

 アンピプテラから数十メートル離れた先、アンピプテラの暴走で人気が無くなった大通り。マリーの目的地はそこであった。

 

「ワーオ、なんだこりゃ?」

 

 それは実に不思議な光景であった。

 大通りのいたる所に、何やら透明な球体が幾つも浮かび上がっていたのだ。

 

「あれ、水?」

「正解ですわ、えっと……」

「アリス。アリス・ラヴクラフト。あっちはレイ」

「レイ・クロウリーだ、レイでいい」

「ではアリスさん、レイさん」

 

 呼び方が決まったところで、マリーは浮かび上がる水の球体を指し説明を始めた。

 

「あれはわたくしとローレライの魔法で作り出した魔水球(スフィア)と言います」

「すふぃあ?」

「簡単に説明しますと、あの魔水球は衝撃が与えられた瞬間に内部に仕込まれた魔法術式を一斉解放するのです」

「なる程、それの内部に拘束用の術式を仕込んで、捕獲用の罠を仕掛けたって事か」

「大正解ですわ」

「でも随分分散させて設置してるみたいだけど……大丈夫なのか?」

「心配御無用、この距離からでしたら遠隔操作出来るように仕込み済みですわ」

 

 これが証拠だと言わんばかりに、マリーは近くにあった魔水球を一つ操作してみせた。

 いざアンピプテラが来れば罠の方からぶつかりに行くことも可能という訳だ。

 

「しっかし、こんな大量の設置魔法よく維持できるな」

「特技ですの、魔法の維持と銃の扱いは」

 

 そう言うとマリーは腰のホルダーに仕舞っていた二挺の銃を取り出す。

 赤と黒、どこかボールペンを想起させる形状をした銃型魔武具だ。

 

銃撃手(ガンナー)か、珍しいな」

「チームでは重宝されてるんですよ」

「へー」

 

 自信に満ちたマリーの言葉にレイが生返事をしていると

――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 十数メートル離れた場所、正確にはオリーブが居た場所からけたたましい衝撃音が鳴り響いてきた。

 

「なんか嫌な音がするんだけど!?」

「お二方、来ますわよ」

 

 大きく風を切る音がこちらに向かって来るのが分かる。

 そしてほんの数秒足らずで、大通りに巨大な影が入り込んだ。

 

「ジュアァァァァァァァァァァ!!!???」

 

「ギャァァァァァァァ!!!??? アイツ本当にポイッってしやがったァァァ!!!」

 

 突然の巨影に思わず叫んでしまうレイ。

 オリーブの怪力によって投げ飛ばされたアンピプテラは、仰向けの状態でレイ達が居る大通りに墜落してきた。

 

「魔水球、コントロール」

 

 冷静沈着。マリーが指を鳴らすと周囲に散っていた魔水球がアンピプテラの落下予測地点に集まり始める。

 

「ヴァッサー・ザイル…… 全弾炸裂(フルファイア)ですわ」

 

 アンピプテラの巨体ぶつかると同時に、集まった魔水球は一斉に弾けた。

 魔水球の中に仕込まれた拘束魔法の術式が水の縄と化し、アンピプテラの全身を空中に縛り上げる。

 

「ジャァァァ!?」

「ちょ!? この魔獣、力が強すぎませんこと!?」

 

 アンピプテラを拘束したまでは良かったが、全力で抵抗するアンピプテラのパワーを前に、水の縄は早くも千切れ初めていた。

 

「ダメッ、オリーブさんが来るまで耐えられない……このままでは逃げられて……」

「いや、後10秒も止めてくれれば十分だ」

 

 そうだ、ほんの少し隙を作ってくれればいい。

 レイはコンパスブラスターに獣魂栞を挿入して術式を流し込んだ。

 

「口だけ強めに縛ってくれ! 後は俺が何とかする!」

 

 コンパスブラスターの刀身に銀色の魔力刃が纏わり始める。

 そこに内包された魔力を察したのか、マリーはレイの言う通りにアンピプテラの口を何重にも縛り上げた。

 

「メイン武器(口と牙)を封じればコッチのもんだ!」

 

 一気に駆け出し、跳躍するレイ。

 そして一瞬の内に、空中に固定されたアンピプテラの頭部へとたどり着いた。

 

『二発目だ!』

「銀牙一閃!」

 

――ゴンッ!――

 最小出力かつ峰打ち。

 だが内部に侵入して炸裂する攻撃エネルギーは確実にアンピプテラの脳を揺らした。

 

「ムグルルルルル!?」

 

 縛られた口から叫び声が漏れ、アンピプテラが拘束されたまま意識を失った。

 

「よっと、着地成功」

「あの大型魔獣を一撃で……それも気絶で留めるなんて」

「レイ、細かい作業得意だから」

 

 見た目以上に繊細な作業でアンピプテラを鎮めたレイに、マリーが呆然としていた。

 

「なんでもいいけど、コイツ下ろしてやってくんね?」

「そ、そうですわね」

 

 ハッと我に返り、マリーはゆっくりと拘束を解除していく。

 マリーが気絶したアンピプテラを下ろす所を見届けながら、レイは他に暴走魔獣が出てこないか気配を探る。

 聴覚強化で周囲の音を確認するが、それらしい気配は感じられない。

 

「今度こそ一件落着だな」

「そうだね」

 

「マリーちゃぁぁぁん!!!」

 

 向こうの方からオリーブの声が聞こえてくる。

 投げ飛ばしたアンピプテラを止める為に走って来たようだが、既に事は済んだ後だ。

 

「あれ、アンピプテラさん気絶してる?」

「ごめんなさいオリーブさん、わたくしの魔法では抑えきれない力でして……」

「ヤバかったから俺が頭ぶっ叩いておいた」

「ほへ!? クロウリー君がですか?」

 

 変な声を上げて驚くオリーブ。

 だがレイはそれを気にする事は無く、気絶したアンピプテラから微かに漂う魔力(インク)の臭いが気になっていた。

 

「(また……インクの臭い)」

「レイ、市長さんに報告」

「ん、あぁそうだな」

 

 アリスに言われて我に返ったレイ。

 港などはまだまだ警戒態勢が続いている筈だ。

 一同は変身を解除して、市長に事の鎮静を報告しに行くのであった。



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Page34:はじめましてとお久しぶり

 暴走したアンピプテラを鎮静化させたレイ達は、港で待っていた市長に事の顛末を伝えると市長は涙を流して礼を述べた。そしてレイは少し引いた。

 捕縛したアンピプテラ達は街の住民や港の船乗り達の手によって、街から少し離れた場所に運ばれた。

 契約者も見つかり、今は彼らが見張りをしている。

 いつ再び暴走するか分からない状況だが、契約者曰く今の所は大人しくしているらしい。

 

 それはそれとして。

 

 涙声で聞き取りにくい市長の説明を受けた数十分後、レイ達は街の宿屋兼食堂に集まっていた。

 

「えーと、市長さんの説明がアレだったから情報共有とかしたいんだけど……」

「ドタバタしてて出来てない。ちゃんと自己紹介」

「あと飯」

「キュイ」

 

 ちょうど時間はお昼時。

 レイ達が囲むテーブルの上には各々が注文した料理が並んでいた。

 

 そしてテーブルを挟んだ向こうには、赤いスカーフを身に着けた二人の少女。

 先程までレイと共に戦った二人の操獣者の正体にして、レイにとっては新たな仲間が座っていた。

 

「まぁふぉのうふぃひとひはしっへふんだへどな(訳:まぁその内一人は知ってるんだけどな)」

「レイ、お行儀悪い」

「た、食べながらでも大丈夫ですよ~」

「ングッ……悪いなオードリー」

 

 可愛らしい苦笑いを浮かべている小柄な少女。

 栗色のショートボブとほんわかした垂れ目が特徴的だ。

 

「コホン。では改めましてチーム:レッドフレア所属、オリーブ・オードリーです。不束者ですがよろしくお願いしまひゅ! ……うぅ、噛んだ」

「養成学校の頃から変わんないなー、その噛み癖」

 

 黒い操獣者に変身していた少女、オリーブ・オードリー。

 彼女は養成学校時代のレイの同期だ。

 その小動物の様な外見と礼儀正しいほわほわした雰囲気で、主に学校の女子達からマスコット扱いされていた少女だ。

 しかしそんな見た目とは裏腹に、その戦闘スタイルは超がつくパワーファイター。単純な力だけで言えばGODでも上位に位置する怪力の持ち主である。

 

「あの、フレイアちゃんに聞いたんですけど。ウチの弟達は……」

「大丈夫だ。この前の事件で怪我したのは一部の大人と、犯人と、俺だけだからな!」

「いばるな」

 

 アリスからの痛烈な突っ込みにぐうの音も出ないレイ。

 オリーブは第八居住区に住んでいる五人兄弟の長女、一番上のお姉さんなのだ。

 下の兄弟達は皆八区の学校に通っているのでレイもよく知っている。ちなみにキースとの戦闘中に保護した少年は彼女の弟の一人だ。

 その関係でオリーブとも比較的交流のあったレイだが、父親の没後は殆ど接触が無かったのだ。

 

「まぁ少し危ない場面があったのは事実だけど、お前んとこの兄弟は無事だ」

「ちゃんとレイがシェルターまで送った」

「良かった~」

 

 家族の無事を知り、オリーブはほっと胸をなでおろす。

 

「で~、こちらは初対面だな(でっか……)」

「アリスも同じく(あの大きさは不平等……)」

 

 オリーブの隣に座る少女に目を向けるレイと目から光が消えたアリス。

 白いロングウェーブの髪に、白く綺麗なワンピース……と、その上からでもハッキリ形が分かる大きな胸。

 纏う雰囲気からは一目で育ちの良さが伝わってくる。そして大きい。

 彼女こそが白い操獣者に変身していた少女だ。ボインボイン。

 

「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。わたくしの名はマリー=アンジュ・ローサ・リマ・ド・サン=テグジュペリ、お二方の少し前に加入したばかりの新米ですわ」

「マリー・アン……え?」

「長いなぁ」

「そうですわね。なので呼ぶ時は愛称のマリーでよろしいですわ」

 

 口元に手を添えて上品に笑うマリー。

 それは普通に考えればギルドの操獣者に似つかわしくない気品さでもあった。

 レイはその理由に心当たりがあった。何故ならマリーのファミリーネームに聞き覚えがあったのだ。

 

「サン=テグジュペリって……たしか伯爵家の」

「はい、わたくしの実家でございます」

「じゃあマリーは、貴族?」

「マジか……」

 

 サン=テグジュペリ家はセイラムから遠く離れた国に領地を持つ伯爵家だ。

 爵位こそ伯爵だが、その歴史は百年を超える名門中の名門である。

 現に遠く離れたセイラムに住むレイの耳にだってその家名は届いている。

 だが少なくともこの家は、自分の娘を喜んで操獣者ギルドに送るようなお家ではない事は確かだ。

 

「名門貴族の御令嬢かよ」

「敬語の方がいい……ですか?」

「敬語などやめて下さい。操獣者の世界に貴族階級は存在しませんわ」

「しっかし、貴族から操獣者になるとは……よく実家が許したな」

「事後承諾でなんとかなりましたわ」

「は?」

「色々あってフレイアちゃんがマリーちゃんの実家に強襲をかけて連れ出したんです。それでメンバー入りしたんですよ」

「アイツ本当に何やらかしてんの!?」

 

 貴族の家に強襲を仕掛ける所業、普通に考えれば打ち首モノである。

 

「破天荒な奴だとは思っていたが、貴族の家襲撃するとか正気か?」

「指名手配とか大丈夫かな?」

「その点に関してはご心配なく。ちゃんと実家は説得済みですので」

「(フレイアがここまでしてスカウトした人材……きっとフレイアの琴線に触れる気高い魂の持ち主なんだろうな)」

「それに……鬱憤が溜まっていたのとフレイアさんに触発されたのもありまして、実家の三分の一が木端微塵と化したのもわたくしの攻撃によるものですので」

「前言撤回、バカゴリラ(フレイア)似の破天荒ガールってだけだ」

 

 フレイアも大概だが、実家を木端微塵にする貴族の娘も前代未聞だ。

 これは間違いなく類友だろうと、レイは思わずにいられなかった。

 もっとも、マリーは少々不服そうであったが。

 

「じゃあ次は俺達だな」

「改めてになるけど、アリスはアリス・ラヴクラフト。救護術士やってる」

「俺はレイ・クロウリー、チーム専属の魔武具整備士だ」

「あぁ、やっぱり専属整備士なんですね」

「この時点でフレイアさんがスカウトした理由が見えましたわ」

 

 苦笑するオリーブと額に手を当てるマリーを見て、二人がフレイアの剣が壊れる瞬間を見て来た事は、想像するに容易かった。

 

「(後でどんな風に壊れたのか聞いておこう……)それで本題に入りたいんだけど」

「情報共有、したい」

 

 一先ずお互いに現時点で判明している事をすり合わせる。

 基本的にはバミューダシティに着いてすぐにレイ達が市長から聞いた話と相違は無かった。

 

「幽霊船と魔獣の暴走。解決すべき事項に間違いは無いな」

「何か他の情報は?」

 

 アリスの言葉を切っ掛けに、皆記憶領域から何かを絞り出そうと頭を捻る。

 

「……とりあえず気になる箇所が二つほどある」

 

 一同の視線がレイに集まる。

 

「一つはさっきのアンピプテラについてだ。アイツら二体とも契約者がいる魔獣だったよな」

「そうですね。今は契約者さんが暴れない様に見張ってます」

「なんで契約者がいるのにあんな大暴れしたんだ?」

制御呪言(せいぎょじゅごん)のこと?」

 

 アリスの言葉に頷くレイ。

 この世界に存在する魔獣には、契約した人間による強制制御の呪文が存在している。

 それが【制御呪言】。

 魔獣にとって人間と契約を交わすという事は、自身の身体を支配する力を与えるに等しい。故に魔獣との契約は相応の信頼関係、もしくは波長の合った者同士でしか成り立たないのだ。

 

「契約者なら制御呪言使えばすぐに止められただろ」

「そうですわね。ですがそれは制御呪言が機能すればの話ですが」

「幽霊船の影響で暴走した魔獣は、みんな制御呪言が効かないんです」

「それ、厄介」

 

 アリスの言う通り契約者で止められないとなれば、こちらの選択肢は力づくでの鎮圧一択になってしまう。

 出来る限り穏便に済ませたいレイは内心歯がゆく感じていた。

 

 だが同時に、レイは先程の戦闘で感じた臭いを思い出していた。

 

「誰かが魔法薬の類を使ったか……」

「魔法薬ですか?」

「アンピプテラを気絶させた直後だ、微かにだけど気化した魔力《インク》のような臭いがしたんだ」

「そのような臭い、しましたか?」

「俺は固有魔法で嗅覚が強化されてたんだ。それで微かだったから普通の奴は多分感じる事もできない」

「えっと……すごい所強化されてるんですね」

「そう言う魔法なんでな」

 

 何にせよ調べてみる価値はあるとレイは考えた。

 魔法薬でなくとも、幽霊船の正体から出た()()が関係している可能性もある。

 

「レイ、もう一つ何が気になるの?」

「ほら、俺達が街に着いてすぐに港で市長さんを探しただろ」

「港の人から、何か聞けた?」

「そう言う事。とは言っても信憑性は保証しかねる感じだけど」

「それでも今は情報が欲しいところですわ」

 

 レイが思い返していたのは、港で船乗り達を怒鳴っていた老人の言葉であった。

 

「幽霊船は船も人も見境なく喰う化物。それが五年も放置されていたんだとよ」

「それ程前からですか……」

「幽霊船騒動自体は近隣の海棲魔獣が度々いたずらでやっていたんだと」

 

 そう言うとレイは、街に来る道中で読んでいた旅行記をオリーブとマリーに開いて渡す。

 幽霊船事件のページが開かれており、二人はすぐにその内容を読んだ。

 

「……こんなに前から幽霊船出てたんですね~」

「そうですわね。ですが今回の事件は……」

「あぁ、どう考えても規模も内容も異質すぎる。いたずらってレベルじゃねーぞ!」

「レイ、アンピプテラと戦う事になったの根に持ってる?」

「根に持ってない。ただ犯人を見つけ次第半殺しにしたいだけだ」

「十分根に持ってますわ……」

 

 なんだかんだ手間のかかる戦闘は嫌いなレイである。

 

「それでだ、結局今の幽霊船ってどんな状況なんだ?」

「そう言えばアリス達、まだ海の様子を見れてない」

 

 街に着いて早々にトラブルに見舞われたせいで、レイとアリスは肝心の海の様子を把握できていなかった。

 

「マリー、どんな感じか分かる?」

「なんでマリーに聞くんだ?」

「マリーは水の魔法を使ってた。だから魔獣も水系統、海の様子を見れるはず」

「ご名答ですわアリスさん。確かにわたくしの契約魔獣ローレライは本来海に住む獣です」

「じゃあ、もう海の様子は調べた後か」

「それが出来たら良かったのですが……」

 

 大きなため息をついて、マリーが項垂れる。

 

「定期船が出ないって聞いた時、私たちローレライさんに乗ってセイラムに帰ろうとしたんです」

「ですが、海の様子があまりにも異様な状態でして……渡る事はおろか、単独では海中を調べる事さえ難しそうなのです」

「海が、異様?」

「どんな感じなんだ?」

 

 レイの問いかけに対し、オリーブとマリーは首を傾けて言葉を詰まらせてしまう。

 

「あれは……」

「実際に見ていただいた方がよろしいですわね」

「となると、また港に行くのか」

「どの道外に出る必要もある。聞き込みとかしなきゃダメ」

「だな」

 

 一先ずは海の様子を調べる事が先決だ。

 幽霊船そのものを知れたら更に儲けもの。

 

『レイ、海の調査は我に行かせてくれないか』

「海の方なら実体化しても問題無いけど……急にどうしたんだ?」

『せっかく来たのだ、古い知り合いの顔を見たいのだよ。安心しろ、こう見えて短時間であれば海底も移動できる』

「……そうだな、お前なら多少危ない状況でも大丈夫だろうな」

「あのレイさん? 先程から聞こえる声は……」

「あぁ、俺の契約魔獣だ。後で港に着いたら紹介するよ」

 

 無意識に出てしまったレイの警戒心。

 契約魔獣がセイラムの守護者である戦騎王だと口頭で言っても、普通の人間は信じはしないだろう。

 フレイア達との出会いがあったとは言え、レイの人間不信はまだ完全に消えた訳ではないのだ。

 

「じゃ、じゃあ善は急げですね! さっそく港に行きましょー!」

 

 意気揚々と席から立ち、出発しようとするオリーブ。

 

「あ、待ってくれオードリー」

「ひゃい。なんですか?」

「……飯食ってからじゃ、ダメ?」

 

 腹が減っては何も出来ぬ。

 自分が行き急ぎ過ぎた事に気づいたオリーブは熟した林檎の様に顔を赤くして、そそくさと席に戻った。

 

「あうぅぅ」

「今日は珍しくせっかちですわね」

「うぅぅ、言わないで~」

 

 よしよしと頭を撫でてオリーブを慰めるマリー。

 耳まで赤くなった状態で俯いてしまうオリーブ。

 ふと、マリーは俯いたオリーブの視線がレイに向いている事に気が付いた。

 

「ングッ……どうしたオードリー」

「い、いえ! 何でもないでしゅ!」

 

 オリーブの心音が大きくなっていく。

 一番近くにいるマリーには、その音を捉える事ができた。

 

「(オリーブさん……貴女もしかして……)」

「…………クロウリー君」

 

 誰にも聞こえない程小さな声で呟くのは、誰にも言えない秘めた思いから。

 

 オリーブ・オードリー16歳。

 初恋、今なお継続中。



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Page35:調査開始

 腹ごしらえを終えたレイ達は再び港へと足を運んでいた。

 

「…………なんだコレ」

 

 船が密集しすぎて肝心の海が見えなかったので、レイ達は港の船乗り達に許可を貰って、ギュウギュウ詰めになった船の上を渡り歩いた。

 そして再端の船の甲板から海を覗き込むと、そこには青く美しい海の姿はなく、色とりどりの液体が汚い虹色とも形容できるほどに混在していた。

 

「なぁ、油絵の具を積んだ船でも沈没したのか?」

「それならどれ程良かったことか……」

 

 レイの問いかけに溜息交じりで答えるマリー。

 海を渡れないと言っていたのだ、少なくとも並大抵の異常ではないのだろう。

 

「マリーちゃーん! バケツ借りてきたよー!」

「バケツ?」

「この異常は、もっと間近で見ていただいた方が理解できますわ」

 

 縄の付いたバケツを持って来たオリーブは、勢いよくそれを海へと投げ込んだ。

 そしてバケツの中に汚染された海水が入り込むと、オリーブはバケツを引き上げた。

 

「はい、どーぞです」

 

 両手でバケツを持ったオリーブが、それをレイとアリスの前に差し出す。

 レイとアリスがバケツの中を覗き込むと、二人は瞬時にその中にある異常に気が付いた。

 

「これ、絵の具じゃない。もっとマズいやつ」

魔力(インク)だ、これ全部ソウルインクじゃねーか」

「そういう事ですわ。大量インクが海に充満している状態、これがどういう事かお分かりいただけますか?」

「……海中で臨戦態勢の魔獣がいる。それも小型魔獣一匹二匹どころじゃない、これだけのインク量なら最低でも中型、最悪大型魔獣が群れで殺気立ってる」

「これでは海に入るだけで危険ですわ」

「だな」

 

 恐らくこれも暴走した魔獣の仕業だろうと、レイは推測していた。

 だがそうなると尚の事厄介だと言わざるを得なかった。

 港のキャパシティを超えた船の集団、その再端に魔獣達のインクが到達してしまっている。これでは何時海中から暴走した魔獣が出てくるかわからない。

 

「レイ、どうするの?」

「一回戻って計画立て直しだ。迂闊に刺激して魔獣を暴れさせる訳にもいかない」

『いや、このまま我が調べに行こう』

「お前人の話聞いてたか?」

『聞いていたさ。それに大丈夫だ、今のところ海から殺気の類は感じられない。それに……』

「それに?」

『海に己がインクをばら撒くなど、この地の獣が自らやる事とは思えなくてな』

 

 獣魂栞(ソウルマーク)から思い耽るスレイプニルの声が聞こえてくる。

 スレイプニルなりにこの事件の異質さを感じ取っているのだろうと、レイは察した。

 

「そう言えば、クロウリー君の契約魔獣さんって喋れるんですね」

「ん。そうだけど珍しいか?」

「レイ、人語を話す魔獣は貴重」

「長寿であるか、それなりにランクの高い魔獣でないと人語を話す事はできませんわ」

『フフ、そうだな。我も人間と言葉を交わせるようになったのは齢百を超えた頃だったな』

「しかし大丈夫なのですか? 人語を話す程にはランクの高い魔獣と存じ上げますが、この状態の海を調査するのは……」

「そうだ、本当に大丈夫なのか?」

『心配無用だ。並の大型魔獣なら十や二十どうという事は無い』

 

 戦騎王の二つ名は伊達では無いと言わんばかりに余裕を見せるスレイプニル。

 実際、王獣クラスとなればただ大きいだけの魔獣など驚異の数に入らない。長い付き合いのあるレイも、それは重々承知していた。

 

『それに、そろそろ彼女達に姿を見せないと失礼というものだ』

 

 何としても自分が行く事を譲らないスレイプニル。

 加えて先程港に着いたら紹介すると言った手前、とりあえず実体化はさせなくてはならない。

 レイは少々渋い顔をしながら、スレイプニルの獣魂栞を掲げた。

 

「クロウリー君の契約魔獣さん、どんな(ひと)なんだろ~」

「インパクトが強い魔獣。多分しばらく忘れられない」

「どんな魔獣なのですか……」

 

 純粋な興味を漏らすオリーブと、アリスの抽象的すぎる表現に困惑するマリーの声が背景になる。

 レイが掲げた獣魂栞から銀色の魔力が竜巻となって放出されていく。

 光を帯びた魔力が像を紡ぎ出し、スレイプニルの身体を実体化させた。

 

「…………え?」

「わ~、大きくて綺麗ですね~」

 

 魔力で創り上げた足場に立ち、こちらを見下ろすスレイプニル。

 その姿を見たオリーブは目を輝かせ、正体に勘付いたマリーは言葉を失ってしまった。

 

「名乗りが遅れてしまったな。我が名はスレイプニル、レイの契約魔獣だ」

「はじめまして、オリーブ・オードリーです。よろしくお願いしまーす」

 

 深々とお辞儀をして返すオリーブ。

 その隣でマリーはプルプルと震え上がっていた。

 

「え、あああああ、あの、こ、こちらの(かた)はもしや【戦騎王】と呼ばれているのでわわわわ」

「正解だけどとりあえずバグるの辞めてくれないか。絵面が面白すぎる」

「あばばばばばばばばば」

「バグ加速。レイが優しくしないから」

「え、俺のせい?」

 

 アリスの言葉に不服の表情を浮かべるレイ。

 結局、オリーブに「怖くない、怖くない」と説得(?)されたマリーが元に戻るまで、数分を要する事となった。

 

 マリーが正気を取り戻したのを確認したスレイプニルは、数歩ほど前に出てきた。

 

「済まないな、怖がらせてしまった」

「い、いえ、そのような事は」

「オードリーの後ろに隠れたままだと言葉に重みが無いな」

「あはは……大丈夫だよマリーちゃん」

 

 高名な王獣を前にして、マリーはすっかり縮こまっていた。

 

「つーか王獣にビビるなよ、貴族なんだろ」

「貴族は王より下ですわ!」

「そーですかい。で、本当に一人で行くのか?」

「うむ、海中の様子を探るだけだ。戦闘をするつもりもない」

「これだけインクがばら撒かれてるんだ、ほとんど暴走状態の可能性もあるぞ」

「その時は撤退するさ。安心しろ、余計な刺激は与えぬよう細心の注意は払うさ」

 

 少々心配の気持ちは残るが、仮にもスレイプニルは戦いの王を冠する魔獣。

 引きどころは熟知している筈だと、レイは納得する事にした。

 

「分かった。危なかったらすぐに引いてくれよ」

「了解した……と、その前に渡す物がある」

 

 そう言うとスレイプニルは自身の一角の先に魔力を集中させていく。

 集まった魔力は実体を紡ぎ出し、一枚の獣魂栞と化した。

 作られた獣魂栞はゆっくりと浮遊しながら、レイの元へと降りてくる。

 

「我の魂の一部を分離させて獣魂栞にした。これを介せば我と連絡が取れる」

「時間かかりそうなのか」

「海も広いからな、我が離れている間は自由にしているといい。街の散策でもすれば何か拾いものもあるだろう」

 

 そう言い残すと、スレイプニルは海の中へと去って行った。

 

 そして残されたレイ達はしばし呆然とスレイプニルが居た場所を眺めていた。

 

「なんだか……嵐の様なひと時でしたわ」

「まぁスレイプニルなら多分大丈夫だろ」

 

 少なくとも死ぬ事はない。

 今はただスレイプニルの調査が吉となる事を祈るばかりであった。

 

 

 

 

 さて、スレイプニルが何時戻ってくるかは分からない。

 かと言って戻って来るまで船の甲板に居座る訳にも行かないので、一同は一先ず港へと戻っていた。

 

「とりあえず、恐ろしく暇になってしまった訳だが」

「どうするの、レイ」

「ボーっとしてるのも勿体ないし、スレイプニルが言ってたみたいに街の中を調べるのが無難じゃねーのか」

 

 結局現在に至るまで、レイとアリスはバミューダシティの中を碌に見る事が出来ていない。

 海はスレイプニルに任せてあるので、自分たちは陸地を調べるのが最適解だとレイは考えていた。

 

「街の散策をするのは賛成ですわ。わたくし達もまだまだ調査不足の面がありますので」

「昨日の今日であんまり街の中見れてないもんね~」

 

 どうやら二人も調査不足を補いたいようだ。

 

「なら決まりだな」

「みんなで街中散歩」

「アリス、調査だからな。あと二手に分かれてやるぞ」

「……え?」

「あら、何故ですの?」

「街も広いからな、固まって動くより分散した方が効率が良いだろ。それに俺とアリスはバミューダの地理を何も把握してないからな、少しでも知ってるマリーかオードリーと一緒に行動した方が得策だと思ってさ」

「そ、そうですか」

 

 レイの理屈は理解できたが、さらりとここからは別行動だと言われたアリスは、顔にこそ出さないが酷くショックを受けた様子でレイを見ていた。

 あと何故かマリーも微かに動揺していた。

 

「は、はい! じゃあ私がクロウリー君を案内します!」

 

 威勢よく手を上げて、オリーブがレイの案内役に立候補する。

 

「ん、じゃあオードリーに頼む」

「はひ! こちらこそお願いしましゅ!」

 

 焦ったせいで噛んでしまうオリーブ。

 特に断る理由も無かったので受け入れたが、レイは何故彼女が赤面しているのかは分からなかった。

 

「じゃあ班分けも終わったし、これで調査開始するか」

「あ、あの、レイ?」

「俺らは東の方を探るから、二人は西の方を探ってくれ」

「レイさん、他にも効率的な案はあるのではないかと」

「じゃあ善は急げですね! 早速行動開始しましょー!」

 

 動揺する二人を気にかける事なく、少し興奮気味のオリーブはレイの首根っこを掴んでズルズルと引っ張って行った。

 

「あ、あのオードリーさん? もう少し丁寧にお願いしたいんだけど」

「ひゃわ!? ごめんなさい!」

「痛だァ!?」

 

 慌てて掴んでいた首根っこを離すオリーブ。

 だがそのままレイの頭は地面に墜落した。

 

「ひゃぁ、ごめんなさい!」

「いいから、いいから……掴むならせめて手で頼む」

 

 特別な意識など微塵も持っていないが、レイはオリーブの手を握ってその場から立ち上がった。

 そして手を握られたオリーブの顔は真紅に染まり、頭からは湯気が立ち上っていた。

 

「~~~~!!!///」

「あ、ずるい」

「あ、羨ま――いえ何でもありませんわ」

 

 些細な出来事の筈なのに、各々の形で本音が漏れ出る乙女たち。

 

「じゃあ何かあったらグリモリーダーで連絡するから、二人も何かあったら連絡してくれ――ってオードリーどうしたんだ?」

「ふへッ!? なんでもないです!」

「あ、手ぇ繋ぎっぱなしだったな。悪いな気が利かなくて」

「いえ、このままで大丈夫です! むしろこのままが良いです!」

「そ、そうか……」

 

 オリーブが出す妙な迫力にたじたじになるレイ。

 押しの強い女性には勝てない、それが17歳思春期男子なのだ。

 

「じゃあマリーちゃんアリスさん、また後で」

 

 別行動となった二人に手を振って、港を後にするオリーブ。

 そしてレイは再びズルズルと引きずられていくのだった。

 

 

 

「「あぁ……行っちゃった……」」

 

 残されたアリスとマリーは名残惜しむ言葉を思わずハモらせてしまう。

 どうにもままならない思いを抱く少女たちなのであった。



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Page36:王様を助けて①

 港を後にしたレイはオリーブとバミューダシティの中を散策していた(流石に手繋ぎ状態は恥ずかしいので離して貰った)。

 

「あうぅぅ」

「あ~、別に怒ってないから、そう落ち込まなくても」

「いいんです、私なんてご迷惑ばかりかけてしまうダメ子です……」

 

 街道を歩きながらズーンと落ち込んでいるオリーブ。

 興奮して一人突っ走り、レイを強引に連れて来た事実を今になって恥じて来たのだ。当のレイは言葉の通り全く気にしてないのだが。

 

「迷惑なんかじゃないさ、むしろ迷惑かけてるのは俺の方だ」

「ふぇ」

「ちびっ子達の様子も気になるだろ、本当ならオードリーも陸路を使ってすぐにセイラムに帰りたい筈だ。なのに悪かったな、俺の試験に勝手に付き合わせちまって」

「い、いえそんな。弟たちだけでもある程度生活できるように教えてますから。私なんて本当に何の役にも立ちませんから」

 

 バタバタと両手を振って謙遜するオリーブ。

 元々あまり自分に自信を持てる正確ではないのだ。

 

「まっさかー、俺は案内役がお前で良かったと思ってるんだぜ」

「え?」

「正直初対面ヤツと一緒に行動するより、知ってるヤツと一緒の方が気が楽だからな。だからオードリーが案内役買って出てくれて結構安心したんだぞ」

「~~~~っっっ!!!///」

 

 何てことのない本心から出たレイの言葉。

 だがレイに必要とされていると理解した瞬間、オリーブの乙女心が身体の体温を急上昇させた。

 

「で、今から人の多そうな場所に行きたいんだけど……オードリー?」

「(ブツブツ)クロウリー君が……私と一緒で安心って……(ブツブツ)……い、今なら……」

「あの、オードリーさん?」

「ひゃい!? なんですか?」

「人の多そうな場所を教えて欲しかったんだけど……大丈夫か?」

「だ、だいひょうぶです! 問題なしです!」

 

 焦って呂律が上手く回っていないオリーブに、レイは「本当に大丈夫なのか」と内心不安を覚えるのだった。

 

「えっと、たしかこのまま道沿いに進むと市場があったはずです。そこなら人も多いかと」

「市場か、そりゃいいな。じゃあ案内頼む」

 

 必要なのは新たな情報。より多くの住民から話を聞くためにレイはオリーブの案内の元市場に向かうのであった。

 道中オリーブが何やら挙動不審だったが、その原因は本人にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 市場で聞き込みを開始したレイとオリーブ。

 しかし市場では有力な情報を得られなかったので、二人はそのまま更に移動。

 次の場所でも情報は得られなかったので再び移動。

 移動。移動。移動。

 

 街の散策を兼ねた聞き込み調査を始めて一時間と少々。

 レイとオリーブは……

 

「…………」

「えっと……その……」

 

――ザザーン、ザザーン――

 周りに広がるのはボロボロの樽や苔のついた岩が味付けする砂浜と青い海。

 目の前のさざ波を見つめながら、二人は砂浜に転がっていた流木に腰掛けていた。

 

「これといった新情報、無しかよ……」

 

 潮の香りを感じながら、気の抜けた声を漏らすレイ。

 結局、幽霊船に関する新たな情報を得る事は無かった。

 聞き込み調査の場所を変え続け、気が付けば二人は街の端にある浜辺にまで来てしまった。

 

「うぅ、役立たずでごめんなさい」

「そんな謝るなって、何も収穫が無かった訳じゃないんだからさ」

 

 新情報は得られなかったが、収穫があったのは事実だ。

 多くの住民の話を聞く事になったが、それらの内容を照らし合わせると依頼書の内容や市長の説明に良くも悪くも何ら間違いは無い事が解った。

 

「街の中で幽霊を見たって人もいたけど、あまりハッキリ覚えてない人ばっかだったからなぁ」

「でも、いかにもな幽霊像でしたね。夜の街をフワフワ飛んでくるなんて、絵本のお化けみたいです」

「本当に幽霊かは疑問しか残らないけどな」

「あれ、クロウリー君は幽霊信じないんですか?」

 

 幽霊に否定的なレイに首をかしげるオリーブ。

 その反応に対して、レイは思わず首からガクッと力が抜けてしまった。

 

「整備士だから幽霊信じる人だと思ってるだろ~。逆だよ逆、整備士だから幽霊信じないの」

 

 魔武具整備士となるには魔法及び魔法術式の知識が必要不可欠である。

 そして魔法術式を学ぶ過程で、整備士は人間の霊体に関する知識を学び、その後も研究を続ける者は少なくない。

 整備士は霊体を研究する=幽霊を信じるのだと連想する者は意外と多いのだ。

 

「確かに整備士は霊体に関する知識も多く持ってるけど、そもそも霊体と肉体は二つで一つの存在じゃないといけない。どちらか片方が欠けてもダメ、霊体が無くなったら肉体は死滅するし、肉体が無けりゃ霊体は存在できない。整備士は皆それを知ってるから幽霊を信じないんだ」

「そうなんですか」

「まぁ満場一致で幽霊と呼ばれるくらいだから、パっと見はそれらしく見える何かなんだろうけど……さてどんな種を仕込まれてるのか」

 

 幽霊を演出するだけなら幾つか方法は思い浮かぶが、何れも魔獣の暴走と繋がらない。

 制御呪言葉の効かない暴走魔獣、現場から漂った臭い。

 レイは頭の中でそれらの点が繋がる何かを探り続けていた。

 

 レイが顎に手を当てて考えていると、オリーブがその様子を見て小さく笑みを零した。

 

「クロウリー君、ちょっと変わりましたね」

「ん、そうか?」

「はい。前はもっと難しそうな顔が多かったのに、今のクロウリー君なんだかすごく楽しそうです」

「楽しそう、か……そうかもしれないな」

 

 オリーブに指摘されて、レイは自分自身を振り返ってみる。

 楽しいかどうかはイマイチよく分からなかったが、操獣者として活動している今この瞬間に充実を感じずにはいられなかった。

 

「やっとスタートラインに立てたからな、父さんの背中をやっと追えるようになったんだ。ならきっと、俺は変わったんだろうな」

「それはきっと良い変わり方です。心が温かくなるなら、それは必ず良いことですから」

「そうだな。その通りだよ」

 

 沢山の物を失い、失い、地の底に落ちた。

 けれど光を掴み取り、大切な物を手に入れた。

 夢と心、そして仲間を。

 

 本当に欲していた物を手にしたレイの心は、温かい光で満たされていた。

 

「つーか変わったって言うなら、オードリーもだろ」

「私もですか?」

「もう少し臆病な性格だと思ってた。それこそ操獣者には不向きなくらいのな」

「あぅぅ、これでも頑張って養成学校の頃から少しは克服したんですよ」

「だろうな、学校の演習じゃあ逃げ回ってばっかだったろ」

 

 レイは養成学校に通っていた頃のオリーブの姿を思い出す。

 超がつくパワーファイターであり、一撃必殺と言っても過言ではない怪力を持つオリーブだが、一つだけ致命的な欠点があった。

 それは臆病故に敵前逃亡してしまう事。

 実戦演習で大型魔獣を前にすれば、魔武具片手に逃げ惑うのが日常光景の一つであった(ちなみにオリーブがどさくさ紛れに放ったパンチ一発で相手は沈んでいた)。

 

「まさかああやって堂々と戦えるようになってるとはな」

「私も色々とあったんです」

「……フレイアが切っ掛けか?」

「はい。クロウリー君もですか?」

「あぁ、アイツには色々と世話になっちまった」

 

 脳裏に映るのはフレイアとの出会い。そして仲間達の手を取ったその瞬間。

 信じる心を取り戻させてくれた彼女達に、レイは深い感謝の念を抱いていた。

 

「フレイアちゃんってすごいですよね。いつも真っ直ぐでカッコよくて、キラキラしてます」

「ちとアホだけどな」

「でもすごく信頼できます」

 

 オリーブの言葉に無言で頷いて、レイは同意する。

 

「そ、そう言えばクロウリー君は――」

「レイ」

「ふぇ?」

「もう同じチームの仲間なんだから、レイでいい」

 

 元々ファミリーネームで呼ばれる事に少々抵抗感があるレイ。

 これ幸いとオリーブに名前で呼んで欲しいと告げると、オリーブの顔は見る見る赤く染まっていった。

 

「い、いいんですか?」

「あぁ。どうせこれからは(チームとして)一緒なんだし、距離感あるのも変だろ」

「な、名前で呼んでも、いいんでしゅか!?」

「お、おう……いいぞ」

 

 ググっと近づいて確認をとるオリーブに、思わずレイはたじろいてしまう。

 押しの強い女性は苦手なのだ。

 そしてグッと肘に力を入れて小さく歓喜するオリーブの真意に気づくこと無く、レイは珍妙な生物を見る様な目でオリーブを見ていた。

 

「えっと……レイ、君……」

「そうそう、それでいいさ」

 

 急激に縮まる距離を実感しながら、オリーブは聞き取れない程小さな声で何度もレイの名前を反芻した。

 

「で、何て言おうとしたんだ?」

「え、えーっと……やっぱり何でもないです。気にしないでください!」

「?」

 

 レイとの距離が縮まっただけで一杯一杯なオリーブ。

 まだまだ小心者な彼女に「アリスさんとはどのような関係なんですか」と質問する勇気は無かった。

 

 

――コロコロ――

 

「ん?」

 

 ふとレイの足元にスイカ大のボールが転がって来た。

 レイがそれを持ち上げると、持ち主らしき少年がボールを追ってやって来た。

 

「ほらよ」

「ありがとー!」

 

 レイがボールを投げて返すと、少年は元気に走り去って行く。

 少年が行く先に目をやると、何人もの幼い子供たちがボール一つを使って無邪気に遊んでいた。

 

「子供は元気だな~、大人達はみんなピリピリしてるってのに」

「……たぶん、遊んで気を紛らわせてる子の方が多いと思いますよ」

「あっ、そうか……あの子たちが」

 

 レイは住民への調査の中で聞いた、ある話を思い出していた。

 

「幽霊船の影響で帰ってこれない船は沢山あります」

「両親共船乗りの子供たちは、親と離れ離れのまま……」

 

 貿易が盛んな海の街なので、バミューダシティでは両親が船乗りの子供は珍しくない。

 街の中も何時魔獣が暴走するか分からないので、親が帰って来れない子供達は街の果てにある孤児院に疎開しているそうだ。

 

「今はああやって楽しくしてても、陽が落ちた後は……レイ君?」

「ん、あぁ、ちょっとな」

 

 砂浜の上で遊ぶ子供たちを漠然と見続けるレイ。

 元々10歳の時に養子として拾われた身の上なので実の両親を知らない事に加えて、養父だが父親との死別を経験しているレイは、家族と別れるという感情をそれなりに理解しているつもりだった。

 だが自分よりも圧倒的に幼い彼らにとって、それがどれ程のストレスになるのか。

 それはきっと自分の想像を超えているのだろうと、レイは考えていた。

 

「早く終わらせなきゃな。じゃないと後味が悪い」

「ふふ、そうですね」

 

 小さく可愛らしい笑い声を出して同意するオリーブ。

 子供たちが無邪気に遊ぶ光景を、レイは微笑ましく眺める……と言いたかったのだが。

 

「なぁ、冷静に考えたら今海辺で遊ぶのって危なくね? そもそも海で問題が起きてるんだから、暴走した海棲魔獣が出てくるんじゃないか?」

「言われてみれば確かにそうですね」

 

「大丈夫だよ。陸に近い場所には子どもの魔獣しかいないって、王さま言ってたもん」

 

 近くから少女の声が聞こえてくるが、それらしい姿は見えない。

 レイとオリーブが周辺をキョロキョロ見回すと、座っていた流木の近くで鎮座していた樽がゴトゴトと音を立て始めた。

 一番近くにいたレイは若干恐る恐るといった様子で樽の蓋を開けてみると、三つ編みにした金髪が特徴的な一人の少女が入っていた。

 

「こんにちは」

「(どこかで見たような……)かくれんぼ中なのかな? あっさり見つかってるけど」

「かくれんぼじゃないよ。悪い怪物や幽霊から隠れてるの」

 

 樽の中から無邪気に答える少女。

 怪物や幽霊の下りが気になったが、レイがそれを聞くよりも早くオリーブが少女に質問した。

 

「どうして子供の魔獣なら大丈夫なの?」

「王さまが言ってたの。子どもの魔獣はまだ弱いから幽霊は取り憑こうとしないんだって」

「確かに暴走した魔獣は成熟した個体ばかりだったな……けど、王様?」

「うん。大人の魔獣は暴れちゃうとたいへんだから、陸には近づいちゃダメって王さまが言いつけてるの」

 

 魔獣に言いつけを出来る時点で人間の王ではない。

 となれば少女が示す『王さま』とは……

 

「水鱗王、バハムートか」

 

 話に聞く心優しきバミューダの王、彼なら海の魔獣に先を見越した指示を出しても不思議ではないだろう。

 レイはそう感じると同時に一つの考えにも至っていた。

 

「(水鱗王は話ができそうなのか? けどそれじゃあ、何で海に魔力を撒くことを良しとしたんだ?)」

「レイ君」

「あぁ、もしかしたら今日一番の収穫かも」

 

 バミューダの海を最も熟知する水鱗王との対話は可能である。

 その事実を知れただけでも大きな進展であった。

 

「(後はスレイプニルがどれだけ情報を得られるか……)」

 

 今頃海の中を廻っているであろう相方の働きが報われるよう祈りつつ、レイは今一度自分たちが暇になった事を痛感させられた。

 

「東側は調べ尽くした後だし、これでアリス達の方が成果あったら少し凹むぞ」

「だ、大丈夫ですよ。レイ君もちゃんと働いてましたって私も言いますから」

「その優しさが今は辛い」

 

 今の自分の不甲斐なさに涙目で項垂れるレイ、と背中を「よしよし」と撫でながらそれを慰めるオリーブ。

 

「おねーさん達街の人じゃないよね、何しに来たの?」

「えっとね、お姉さん達はお仕事を――」

「デート?」

「ぴゃあ!?」

 

 悪意やからかおうという気持ちは無いのだろうが、オリーブを動揺させるには十分な破壊力を持った言葉だった。

 

「ででで、デートですか!!!???」

「あぁ~、ちびっ子にはそう見えるのか」

「ちがうの? この辺りってカップルの人よく見かけるから」

「カップル!?」

「違う違う、そういうのじゃなくて仕事仲間だ」

「仕事……仲間……」

 

 レイが手をヒラヒラと振って軽く否定している横で、オリーブの心には「仕事仲間」という言葉が深々と突き刺さっていた。

 異性として欠片も意識されていないという事実は、16歳思春期にとってあまりに鋭利なものであった。

 

「どうしたオリーブ、体調悪いのか?」

「……たぶんお兄さんが悪いと思うよ」

「なんでさ……」

 

 年幼くとも、女は恋心に敏感なものである。

 17歳の若造男子には、理解しがたいもであった。



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Page37:王様を助けて②

 レイがネガティブな世界に堕ちているオリーブを心配していると、先程とは少々様子が異なる子供たちの声が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

 レイが子供たちの方を見ると、何故か子供たちは皆海の方に視線を寄せていた。

 何があるのか気になったレイが子供たちが見つめている先に視線を向けると、そこには先程まで子供たち遊んでいたボールがプカプカと浮かんでいた。

 

「あーあー、やっちゃってやんの」

「勢い余って海に落としちゃったんですね」

「!……悪ぃ、ちょっと向こうの方行ってくる」

 

 ネガティブ状態から回復したオリーブをその場に残して、子供たちが集まっている所に足を運ぶレイ。

 ボールを取る為だろうか、数人の少年が服を脱ぎ始めていたのだ。

 いくら陸に近い場所の魔獣が暴走しないと聞いても、まだ確定している訳ではない。

 流石に幼い子供が今の海に入るのを、レイは黙って見過ごす事は出来なかった。

 

「おーい! ちびっ子だけじゃ危ねーぞ! 俺が代わりにとってやる」

 

 今にも海に入ろうとしていた少年達も含めて、子供たちの視線がレイに集中する。

 それで少し調子に乗ったのか、レイは「せっかくだから面白く取ってやろう」と考えた。

 

 ポケットから獣魂栞を、腰のホルダーからグリモリーダーをレイは取り出す。

 

「Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」

 

 魔装変身。

 呪文を唱えて十字架を操作すると、レイの身体は銀色の魔装に包み込まれた。

 変身が完了するや、レイは腰に掛けてあったコンパスブラスターを抜いて変形させる。

 

形態変化(モードチェンジ)! コンパスブラスター棒術形態(ロッドモード)

 

 2メートル程の長さを持つ細長い棍棒へと変形するコンパスブラスター。

 レイが栞を挿入すると、コンパスブラスターの先端から細長いマジックワイヤーが伸び出て来た。

 

「よっと!」

 

 念動操作の術式を組み込んだマジックワイヤーを、レイは海に向かって放つ。

 レイの念動操作で海面を素早く走るマジックワイヤー。

 その先端がボールに着いた瞬間、網目状に変化したマジックワイヤーがボールの全体を捕らえた。

 

「そーれ、一本釣り!」

 

 釣竿を持ち上げる様にコンパスブラスターとマジックワイヤーを回収するレイ。

 当然ボールも回収に成功している。

 マジックワイヤーを解除して、レイは子供たちにボールを投げて返す。

 

「ほらよ。次は落とさないように気をつけろよ」

「ありがと、おにいちゃん」

「すげー、魔法であっというまに取っちゃった」

「操獣者だー」

 

 まだまだ操獣者を珍しく感じる年頃だからか、興味津々といった様子でレイを取り囲む子供たち。

 今までチヤホヤされた経験の無かったレイは仮面の下でニヤけていた。

 

 ふと辺りを見回してみると、取り囲む子供たちから少し距離を置いて、退屈そうにしている子供が何人かいる事にレイは気が付いた。

 

「……ま、ボール1個じゃあこの人数は賄えないわな」

 

 こういう事に魔力(インク)を使うのなら、スレイプニルも小言は言わないだろう。

 せっかく小さな観客が沢山居るのだ、少し派手目のパフォーマンスでもしてやろうとレイは考えた。

 

「よーし、お兄さんが魔法で玩具作ってやる。けど危ないから少し離れてな」

 

 レイの指示で散り散りに離れる子供たち。

 それを確認すると、レイはオリーブに向かって声を張り上げた。

 

「オリーブ! 悪いけどその流木、こっちに投げてくれー!」

「危ないですよー! なにするんですかー!」

「玩具作りのパフォーマンス! 誰も怪我しないよーにするからさー!」

「……しょーがないですね~」

 

 渋々といった様子で、オリーブは座っていた流木をひょいと軽く持ち上げる。

 そしてそれをレイが居る場所に向かって弧を描くように放り投げた。

 

「お、来た来た」

 

 巨大な流木がレイの頭上に影を作り出す。

 それに怯むこと無く、レイは必要な工程を進めていた。

 

「視力強化、筋力強化。そしてインクチャージ……」

 

 コンパスブラスターに獣魂栞を挿入し、武闘王波の力で視力と筋力を強化するレイ。

 そのままジッと待ち構え、巨大な流木が射程圏内に入った瞬間、レイは勢いよくコンパスブラスターを振るった。

 

――斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッ!!!――

 

 銀色の魔力を帯びたコンパスブラスター(棒術形態)で、流木を素早く正確に切り刻むレイ。

 いくつかのブロックに切断された流木は、コンパスブラスターの突きによって再び上空へと打ち上げられた。

 

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)

 

 銃撃形態に変形させたコンパスブラスターの銃口を上空に向ける。

 そしてレイは頭の中で必要な術式を瞬時に構築し、コンパスブラスターの中に流し込んだ。

 

「(念動操作、速度強化……)シュート!」

 

――弾ッ!!!――

 猛スピードで放たれる一発の魔力弾。

 変幻自在な軌道で空中で描きつつ、魔力弾は流木のブロックに直撃する事なくその表面を削る様に掠り続ける。

 レイが念動操作をして器用に魔力弾を動かし続けると、落下中の流木達は徐々に玩具のパーツへと形成されていった。

 

「パーツ完成」

 

 魔力弾の操作を終えたレイが変身を解くと同時に、先程まで流木だった玩具のパーツがポトポトと砂浜に落ちて来た。

 レイはそれを拾い上げてパーツを組み上げていく。

 離れていた子供たちもその様子が気になり、自然とレイの周りに集まってきた。

 

「表面に術式を書き込んで……」

 

 組み上げが終わると、レイはポケットから一本の鉄筆を取り出して玩具の表面に魔法術式を書き込んでいく。

 ついでに模様も彫り込んで、最後に鈍色の栞を挿し込んで仕上げる。

 

「最後にデコイインクを挿し込めば……出来上がり!」

 

 出来上がったのは手のひらサイズの鳥の玩具。

 だがただの玩具と侮るなかれ。

 レイがもう一枚栞を取り出して、その中に術式を入れると、玩具の鳥は翼をはばたかせて空へと飛び始めたのだ。

 それを見た子供たちから歓声が沸き上がる。

 

「こうやって栞を振れば操作だって出来るぞ~」

 

 レイが鈍色の栞を軽く振ると、玩具の鳥はそれに反応するように軌道を変化させた。

 操作の手本を見せると、レイは近くにいた少年に栞を手渡した。そして先程までのレイの動きを真似て少年が栞を振ると、玩具はそれに合わせて動きを変えた。

 一気に色めき立った子供たちは、瞬く間に栞の取り合いを始めてしまった。

 

「こらこら、まだパーツはあるから仲良く順番に遊べよー」

 

 大きな流木だったので、レイは多めにパーツを作っておいた。

 子供たちに見守られながら次の玩具を組み立て始める。

 

 オリーブは離れた位置からその様子を静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 子供たちに玩具を配り終えたレイは、小走りでオリーブの元に戻って来た。

 

「悪いなオリーブ、椅子投げさせちまって」

「いいですよ。あの子達も喜んでましたし」

 

 ニコニコと笑顔で答えるオリーブ。

 何故彼女が笑っているのか、レイにはイマイチよく分からなかった。

 

「変わったところも沢山あるかもですけど、優しいところは何も変わってないですね」

「そうか?」

「そうですよ。なんだかんだ言ってレイ君昔から子供には優しいじゃないですか」

 

 気恥ずかしさで顔を赤く染めるレイ。

 まだまだ褒められるのに慣れていないのだ。

 

 とにかく話題を逸らして気を紛らわせたくなったレイは、未だ樽の中に入っている少女に話しかけた。

 

「一緒に遊ばなくていいのか? えーっと……」

「メアリー」

「ご丁寧にどうも。で、メアリーはあっち行かないのか?」

「一緒にしないで、これでも立派なレディよ」

「マセてるなぁ……」

 

 首の裏を掻きながら、レイはそう零す。

 子供扱いされるのが嫌なお年頃なのだろう。

 

「それに、日が落ちたら怖い幽霊や怪物が出てくるもの。隠れてないと襲われちゃう」

「街中に出てくるってやつか?」

「うん、幽霊船から漏れてきちゃうの。次に幽霊になる人を探して回ってるから、隠れていないと連れてかれちゃう」

「……ねぇメアリーちゃん、その幽霊っていつ頃から出てきたの?」

「いつからかは覚えてない。ずーっと前からいるの」

 

 オリーブの質問に答えるメアリーを見て、少なくともレイには嘘をついている様には見えなかった。

 やはり幽霊に相当する何かが街に出没しているのだろう。

 だがそれと同時に、レイはメアリーが発した「怪物」という言葉が気になっていた。

 

「怪物……ってどんなのなんだ?」

「ん〜〜〜、なんて言えばいいんだろう?」

 

 少々頭を抱えるメアリー。

 幼い表現力を駆使して何とか伝えようとしている事は、レイとオリーブに容易に伝わった。

 数瞬の時を待って、メアリーが口を開き始める。

 

「えっと……グチャグチャにした、ヘビと人間を、もっとグチャグチャに混ぜた、感じ? ……とにかくスゴく怖いの」

「えっと、イマイチ想像しにくいですね……レイ君?」

「……」

 

 口元に手を当てて「怪物」の事を考えるレイ。

 わざわざ人間と言われたくらいなのだから、少なくとも人間と呼べる特徴はあったのだろう。

 だがそうなると「グチャグチャ」が分らなくなる。

 仮に蛇系の魔獣と契約した操獣者だとしても、魔装を身に着けている限り外見はそれほど醜くなる筈は無い。

 かと言ってそれらしい姿を持つ魔獣をレイは知らなかった。

 

「レイ君」

「んあ、悪い考えこんでた……(夜の街も調べた方が良さそうだな)」

 

 一先ずその件は置いておいて。

 

「未来あるちびっ子が、箱入り娘ならぬ樽入り娘じゃあ格好もつかないだろ」

「それもそうですね……よいしょ」

「キャッ!」

 

 突然オリーブに持ち上げられて小さな悲鳴を上げるメアリー。

 そのままヒョイっと軽く、オリーブはメアリーを樽から出してしまった。

 

「はーなーしーてー!」

「だーめ。お顔が煤だらけになってるでしょ」

 

 長い事樽の中にいたせいか、メアリーは顔も服も汚れていた。

 それを見かねたオリーブはハンカチを取り出して、メアリーの顔を拭う。

 

「怖いのから隠れるのもいいけど、女の子なんだから、お顔は綺麗にしておかなくちゃメッだよ」

「むぎゅ~」

「(……なんだよ、変わってないのはオリーブもじゃん)」

 

 メアリーの顔を綺麗にしているオリーブを見て、レイは心の中でそう呟く。

 年下の兄弟達を世話している習慣からか、昔からオリーブは他人の世話を焼くのが好きな性格なのだ。

 それ故、養成学校時代の通称は『母性愛の化身』『理想の年下ママ』『バブみモンスター』等々(ちなみに本人は知らない)。

 

「……?」

 

 オリーブのなすがままになっているメアリー。

 ふと彼女はオリーブの腰に下げられているホルダーに視線を向けていた。

 

「はいお終い。綺麗になりましたよ」

「……おねーさん、それグリモリーダー?」

「そうですよ」

「じゃあおねーさんも操獣者?」

「はい。私も変身したら強いんですよー」

「(変身してなくても強いだろ)」

 

 メアリーはレイとオリーブのグリモリーダーを交互に見る。

 

「もしかして、お仕事って操獣者の?」

「そうだぞ~、操獣者のお仕事だぞ~」

「レイ君すごく嬉しそうですね……」

 

 鼻を天狗のように伸ばしながら「操獣者のお仕事」という箇所を強調するレイ。

 オリーブは若干引いていた。

 

「幽霊退治?」

「まぁ、幽霊船退治……って事になるのかな?」

「まだ色々分かってませんもんね~」

 

 レイ達の目的を知るや、メアリーは意を決したように一歩前へ出て来た。

 

「じゃあ、王さまを助けてくれますか!?」

「王様って水鱗王さん?」

 

 オリーブの言葉に、コクコクと頷いて肯定するメアリー。

 

「幽霊船、王さまが頑張って街に来ないようにしてるの……だけど王さま、いつも苦しそうな声ばかり出してて……」

「水鱗王が、幽霊船を抑え込んでる?」

 

 旅行記で読んだ内容と同じように、バハムートは今も幽霊船と戦い続けているのか。

 全てを鵜呑みにするのであれば、王獣すら手こずらせる脅威。

 背中に嫌な汗が流れるのを感じつつも、今のレイにはスレイプニルの調査結果に期待する他なかった。

 

「悪い幽霊が漏れちゃった時は、いつも王さまが教えてくれるんだけど……王さますごくつらそうで……」

 

 俯き、徐々に消え入るメアリーの声。

 それを見たレイの身体は、自然とメアリーの頭に手を添えていた。

 

「心配すんな。王様だろうが何だろうが、目に見える範囲だったら俺が助けてやる」

「ほんと?」

「おうよ。それに幽霊だろうが怪物だろうが、悪いのは全部ぶっ飛ばしてやる。だから安心しろ」

 

 レイはワシワシと少し乱暴にメアリーの頭を撫でる。

 そして先程流木から作った鳥の玩具を一つ、メアリーに手渡した。

 

「面倒事は自称ヒーローに任せといて、子供は元気に遊んどけ」

 

 ニッと笑みを浮かべて余裕風を吹かせるレイ。

 目途も根拠も何もないが、気休めでも今は目の前の少女の光になってやりたかったのだ。

 

 手にした鳥の玩具をジッと見つめるメアリー。

 

「びみょー」

「エ"ッ!?」

「あんまり可愛くない」

 

 子供とは残酷な本音を隠せないものである。

 メアリーの言う通り、術式を彫り込む関係上どうしても鳥の顔が不細工になってしまうのだ。

 

「だ、大丈夫ですよ、遠目に見れば可愛いですから」

「フフ、フフフフフフフフフ」

「レイ君が壊れた!?」

「いいぜぇ……そこまで言うなら俺も本気を出してやる……」

 

 そう言うとレイは剣撃形態(ソードモード)にしたコンパスブラスターをを引き抜いた。

 

「レ、レイ君……小さい子相手に、そこまでムキにならなくても」

「お客様にご満足頂ける作品を作るのが職人の使命です!!!」

 

 微妙と言われて職人魂に(大人げなく)火が付いたレイ。

 オリーブの制止も聞かず、そのまま近くに転がっていた大岩を削り始めてしまった。

 

「あうぅ、これはしばらく止まらないですね」

 

 苦笑しつつも、レイの背中を見守るオリーブ。

 何やら狂気じみた叫び声が聞こえるが、恋する乙女の耳には都合良く入ってこない。

 

「おねーさんって、くろー人?」

「えっと……多分、これからそうなるんだと思います」

 

 目の前の少年と所属チームのリーダーの姿を浮かべながら、オリーブは自分の未来を憂いていた。



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Page38:手を繋いで縮まる距離

 レイ達が砂浜で子供たちと戯れている頃、マリーとロキを抱き抱えたアリスは、バミューダシティの西側を歩いていた……のだが。

 

「……」

「キュー」

「……え、えっと」

 

 元々レイ以外にあまり心を開かない性格故か、アリスはこれと言って言葉を発する事なく、街の探索をしていた。

 そしてマリーはそんなアリスとの距離感に、微妙に気まずい空気を感じずにはいられなかった。

 

「(どうしましょう……何か話題を出した方がよろしいのでしょうか? それともわたくし、何かお気に障るような事でもしたのでしょうか?)」

 

 レイ達と別れてから終始無言状態のアリスに困惑するマリー。

 良くも悪くも温室育ちの彼女には、この状態からアリスとコミュニケーションを取る術が思い浮かばなかった。

 

「……ねぇ」

「はい!? なんでしょうか?」

「一緒にいるのがアリスで残念だった?」

 

 妙な含みを感じさせるアリスの発言に、心臓が大きく跳ね上がるマリー。

 

「いいいいえいえ、決してそのようなことは!」

「そう言う割に、すごく残念そうな顔してた」

 

 うぐぅと口籠ってしまうマリー。

 底の見えない雰囲気故に、眼前の少女には全て見透かされているのではないかという錯覚すら感じてしまう。

 だが決定打が無い以上、表面状は平然を貫くように努力するマリー。

 

「フフッ」

 

 真意は不明だが、どこか小悪魔チックな笑みを浮かべるアリス。

 マリーは少し動揺が顔に出てしまう。

 するとアリスはマリーに少し屈むよう手招きして、ゴニョゴニョと耳元で()()()を呟いた。

 

「ヒャイ! (バレてますーーーー!!!???)」

 

 マリーの全身から冷汗が出てくる。アリスに真実を突かれてしまったのだ。

 最早動揺を隠す余裕すらマリーの中から消え去っていた。

 

「安心して、アリスは()()()()()をどうこう言う趣味は無いから」

「あ、あの、アリスさん」

「大丈夫、誰にも言わない」

「それはそれで有難いのですが……何時お気づきになったのですか?」

「……直感」

 

 少しの間の後、あんまりな解答。

 どこかつかみどころの無さを感じつつ、マリーはアリスとの距離感を測りかねていた。

 

「そんなに距離とらなくて大丈夫、同じチームだからマリーは信用してる。それに……」

「それに、なんですの?」

「アリスと同い年の人、マリーしかいないから、少しくらい仲良くはしたい」

「……あの、わたくし18なのですが」

「アリスも18歳だよ」

 

 今度は別の意味で動揺するマリー。

 ずっとアリスの事をチーム最年少だと思っていたようだ。実際アリスの体格はチームで一番小柄である。

 

「あら? わたくしアリスさんに年齢のこと話しましたでしょうか?」

「……とっぷしーくれっと。気にしないで」

 

 人差し指を口元に当てて微笑するアリス。

 マリーは不思議と、それ以上追求する気が起きなかった。

 だがそうなると再び沈黙が生まれてしまう。

 マリーは何とか話の種を切らさないよう意識した。

 

「そういえば、アリスさんとレイさんはどの様な御関係なのでしょうか?」

 

 なんて事のない好奇心からの質問。

 それを聞いた瞬間、アリスはピタリと歩を止めてしまった。

 

「ア、アリスさん?」

「……レイとアリスは、幼馴染」

「そうなのですか」

「うん、住んでる家も目と鼻の先同士なの。レイは家事全然できないから、いつもアリスがしてる。どちらかと言えば、保護者と子供の関係?」

「(オリーブさん、コレは相当な強敵ですわ)」

 

 想像以上に進んでいた(?)二人の関係に、マリーは此処にはいない親友の恋路を一応案ずる。

 その様子を横目に見て察したアリスは、少し意地悪な心が芽生えた。

 

「オリーブがレイのこと好きなのは知ってる」

「そうなのですか!? ……それでしたら、アリスさんも心配しているのでは?」

「なにを?」

「その、レイさんとオリーブさんが急接近しないかどうか……」

「それなら心配してない」

 

 あっけらかんと言い放つオリーブに、マリーは少々面食らう。

 

「レイは女心に鈍いから、オリーブの好意にも気付いてない」

「それはそれで、辛辣な評価ですわね」

「……それに、最後にアリスの隣に居てくれるなら、他の娘のところに行っても我慢できるから」

「……」

 

 幼い見た目に反した物憂げな表情から発せられたアリスの言葉に、マリーは途方もない「重さ」を感じていた。

 

「だからオリーブには何もしない……まぁ、譲る気も無いけど」

「そ、そうですか……」

「ほら、早く行こう」

「キューイー」

「(オリーブさん、貴女の敵は手強過ぎます)」

 

 親友の恋路は修羅の道でした。

 

 

 

 

 

 

 街の中で住民に聞き込みをするアリスとマリー。

 だがレイ達の方と同じく、コレと言って新しい情報は得られずにいた。

 

「あまり収穫はありませんね」

 

 街の様子を観察しながら歩き続ける二人。

 街道には人が多いが、お世辞にも活気があるとは言い難かった。

 幽霊船の影響で街の経済にも大きな影が落ち、住民達から精気を奪っているのだ。

 

「街の人、元気ない」

「バミューダは外部からの輸入に対する依存が大きい街ですから、船が来ないのは死活問題なのでしょう」

 

 実際、すれ違う人達の顔は皆辛そうな表情が多かった。

 特に現状を深く理解している大人達は、ピリピリとした空気を出している事が肌で感じ取れてしまう程だ。

 

 しばらく歩いていると、二人は大きな広場に出てきた。

 人はそれなりに居るが和気藹々とした気配は無い。

 ……否、一角だけ精力的な声を上げている集団がいる。

 男達が木材や魔道具を運び込んでおり、何かの準備をしている様子だった。

 

「あれは何でしょうか?」

「……多分お祭りの準備。レイが読んでた本に書いてた」

 

 アリスは道中で読んだ本の内容を思い出す。

 丁度今頃が祭りの季節だと書かれていた。

 

 アリスとマリーがせっせと動いている男達を見ていると、二人の存在に気が付いた一人の男性が声を上げた。

 

「君達、もしかしてセイラムから来たっていう操獣者かい!」

「はい、そうですが」

 

 恐らく腰から下げたグリモリーダーに気が付いたのだろう。

 マリーが肯定の返事をすると、先程まで汗水流していた男達が一斉に手を止めてマリー達の方を見た。

 

「お、なんだなんだ」

「昼間に暴走した魔獣を止めてくれた操獣者だよ!」

「へぇ~、あの娘らがGODの操獣者か」

 

 興味本位からか、男達はゾロゾロと二人の周りに寄ってくる。

 

「昼間はありがとな! あんな大型の魔獣は俺らじゃどうにもならなくてよ」

「お役に立てたのでしたら何よりですわ……あの、皆さまは何を?」

「祭りの準備さ、バミューダ名物の水鱗祭! 最近暗いニュースばかりだからな、祭りくらいは派手にやらねーと気分が落ちたままになっちまう!」

 

 アリスが言った通り、男達がしていたのは祭りの準備だった。

 幽霊船騒動の影響で暗い空気が漂う街を少しでも明るくしようと張り切る男達に、マリーは素直に敬意を抱いた。

 

「なーにが派手にやるだよ! もうずっと歌い手も王様も不在だってのによ」

「いーんだよ儀礼なんざ! こういうのは見た目が肝心なんだ!」

 

 何やら言い争う一部の男達。

 その発言に耳を立てていたマリーはある言葉が気になった。

 

「(王が不在? 水鱗王の事でしょうか? これは詳しく聞きたいところ……と言いたいのですが……)」

 

 疑問を突きたいと思うマリーだが、その顔は少しずつ青くなっていく。

 元々箱入り娘だった所為もあるが、どうもこういう状況は苦手なのだ。

 

「……ごめんなさい、アリス達急いでる」

「あ、アリスさん」

 

 マリーが当惑している事に気づいたのだろうか。

 アリスは唐突にマリーの手を掴んで、引っ張る様にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 道順もよく把握せずに、ひたすら広場から離れるアリスとマリー。

 気が付けば見知らぬ街道にまでたどり着いていた。

 

 どこか気まずい沈黙が、再び二人の間に漂う。

 

「あの……アリスさん」

「苦手だったかな?」

「え?」

「ああいう男の人、苦手だったのかなって……アリスが勝手にそう思っただけだけど、迷惑だった?」

「あ……えと……」

「マリー、顔真っ青だった」

 

 胸元で手をぎゅっと握り締めるマリー。

 

「昔よりは改善されたのですが……やはりまだ、男の人は少し苦手で……」

「……そう」

 

 小さな返事を口にして、アリスはそのまま街道を歩き続ける。

 

「……ご迷惑をかけたのに、追及はしないのですね」

「マリーが嫌がりそうだから聞かない。それとも聞いて欲しかった?」

 

 少し意地悪そうに聞くアリスに、勢いよく首を横に振って拒否するマリー。

 

「それでいい。治したい時は自分のペースで治すのが大事」

「あの……助けて下さって、ありがとうございました」

 

 立ち止まって、マリーが深々と頭を下げる。

 振り返ってその様子を見たアリスは、小さく微笑んで言葉をかけた。

 

「患者の心もケアする、それが救護術士のお仕事。それに……」

「それに、なんですの?」

「レイもきっと、同じ事をしたと思うから」

 

 意外なタイミングでレイの名前が出て来たことに、少々驚くマリー。

 だが直ぐに、それはレイに対するアリスの信頼故の言葉なのだと理解した。

 ……そして改めて「重さ」を痛感した。

 

「どうしたの? 行くよ」

「は、はい!」

 

 再び街道を進み始めるアリス。

 言葉足らずな面があるが、少なくとも悪い人では無いのだろう。

 マリーは心の中で、アリスをそう評価付けるのであった。

 

 

 

 

 しばし歩きながら街の様子を観察する二人。

 やはり先程の男達が特別なケースだったようで、道行く人々は皆暗い空気を醸し出していた。

 

「やっぱりみんな、元気ない」

「これは早急に事態を解決した方が良さそうですわね。街の人達の精神衛生上のためにも」

 

 似たり寄ったりな雰囲気の人々を視界に収めつつ、歩き進める二人。

 すると、何やら人が集まっている建物を見つけた。

 

 アリスとマリーはその建物を見上げる。

 それは白く荘厳な雰囲気の教会であった。

 

「御祈りの時間、にしては遅めですわね」

「……」

 

 教会に向かう人々を無言で見つめるアリス。

 そのアリスの手を引きながら、マリーも教会へと向かい始めた。

 人の多い場所なら何か情報を得られるだろうと考えたのだ。

 

 だが教会のすぐ前まで行くと、アリスとマリーは少し異様なものを感じ取っていた。

 

「誰も教会に入ってませんわね」

「入り口前に集まってる」

 

 何があるのか気になったマリーは、人混みの中に入ってその正体を探る。

 ざわざわとした喧騒を抜けた先には、簡素な作りの屋台が一つあった。

 

「水鱗王がこの地を去って五年、王が見捨てたこの街は厄災に塗れております」

 

 屋台に立って何かを説いているのは、司祭の服を着た小太りの中年男性。

 そしてその横には彼の相棒らしき蛇型の魔獣が佇んでいる。

 

「しかし! 神は貴方がたを見捨てたりなどしません。貴方が真に信心深い者であれば、神は必ずや貴方がたを悪霊からお守りする事でしょう」

 

 清貧を美徳とする聖職者とは思えぬ見た目と、下卑た表情。

 それを目にした時点でマリーは心底呆れかえってしまった。

 

「信じる者は救われるのです。そして我々聖職者はそのお手伝いをするもの。この司祭ガミジン、本日は皆さまの信仰の助力になればと祈りを込めた物をご用意いたしました。ささっお並び下さい。ほんの1シルバのお布施で貴方がたに神の祝福を授けましょう」

 

 そう言うと司祭は十字架の刺繍が施された小さな巾着袋を屋台に並べ始めた。

 集まった人々は我先にと屋台に並び始めるが、マリーは「これ以上は見てられない」と内心吐き捨てながら人混みから抜け出した。

 

「どうだった?」

 

 人混みの外で待っていたアリスが、中の様子を聞いてくる。

 

「呆れて物も言えないとはこの事ですわ。長引く幽霊船騒動で心細くなる人達は解りますが、そこに漬け込んであの様な簡素な御守りを売りつけるだなんて。とんでもない生臭坊主ですわ」

「……そうだね」

 

 妙に空虚な声で返すアリスに、マリーは何か変なものを感じる。

 

「神様に縋りたい気持ちは分かるけど。肝心な時に何も出来ない神様なんか、信じても意味無いのにね」

「ア、アリスさん、流石にこの場でそれを言うのは……」

「別に聞こえてもいい、事実だもん」

 

 そう言うとアリスはさっさとその場を去り始めた。

 マリーは慌ててその後を追う。

 

「何が起きても、結局当事者が頑張らないと何にもならないのに……」

「どうしたのですかアリスさん」

「……嫌いなの」

 

 淡々と、それでいて重圧を感じるように言葉を繋げていくアリス。

 

「私、神様とか大っ嫌いなの」

 

 嘲笑。

 何かに対する失望すら感じさせる様子で、アリスはハッキリと言い放つ。

 

「まぁ、あまり気にはしないで。アリスの勝手な考えだから」

 

 追及は出来なかった。

 此処から先に踏み込むには生半可な気持ちでは駄目だと、マリーは直感したのだ。

 

 だが、目の前で内に何かを孕んでいる仲間を見過ごすなど、マリーには到底出来なかった。

 

「……マリー?」

 

 アリスの手を掴んだマリー。

 マリーが何故このような行動に出たのか理解できないアリスは、困惑気味に彼女の名を呼ぶ。

 

「あの、出会って間もない身の上でこう言うのは図々しい事かもしれませんが!」

 

 アリスの目を見て、マリーは一生懸命に訴えかける。

 

「叫びたくなった時、助けが必要になった時は、躊躇わずにわたくしの手を取ってくれて構いません。ですから……アリスさんが話したくなった時に、貴女の事を色々聞かせて頂いても良いですか?」

「……フレイアに影響された?」

「そうですわね、フレイアさんには色々と学ばせて頂いたので……誰かに手を差し出すという事も、誰かと絆を繋ぐという事も、全て」

「色々あったんだね」

「はい。アリスさんも何かあってチームに入ったのですか?」

「アリスじゃなくてレイが色々あった。アリスはレイの回復係の為に入っただけ」

「そうなのですか」

「そうだよ」

 

 するとマリーは「でしたら」と言って、アリスに手を差し出した。

 

「お友達になりませんか? せっかく同じチームになったのですし、同い年のよしみと言うことで」

「……その手を取ったらアリスに何かする?」

「しませんわ!」

「ならよし」

 

 アリスはそっとマリーの手を取る。

 

「マリーは、良い人なんだね」

 

 ふっと優しく笑みを浮かべるアリスに、マリーは不覚にもドキリとしてしまった。

 だがその余韻を壊すかのように、マリーのグリモリーダーから着信音が鳴り響いた。

 十字架を操作してマリーは通信に出る。

 

『マリーちゃーん! 聞こえるー?』

「オリーブさん、聞こえてますわよ」

『あのね、さっきスレイプニルさんから連絡があって、海の調査が終わったんだって』

「本当ですか!?」

『うん。それでね結果報告をしたいから、また港に集まって欲しいんだって』

「オリーブ、レイは?」

『え、えっと……レイ君は……』

『まだだァァァ! まだ胴体が破損しただけだ! お前は飛べるぞペガサス君!』

「何ですの、この絶叫は……」

「これはレイが物凄く頭悪くなっている時の声。多分下らない挑発未満に乗ったんだと思う」

『あはは……だいたい合ってます……』

『ペガサスくゥゥゥゥゥゥゥん!!! 死ぬなァァァァァァ!!!』

「オリーブ、殴っていいからレイを港まで引きずってきて。アリス達も港に向かう」

『了解です……』

「それではオリーブさん、港で落ち合いましょう」

『翼の折れたペガサスく――』

 

 何やら向こうでは愉快な光景が広がっているようだが、今は港に向かう事が先決なので、マリーはそっと通信を切った。

 

「それでは、行きましょうか」

「ねぇ、マリー」

「なんですか?」

「……マリーは……無茶しないでね。自分にできる範囲で、大切なのを守ってあげてね」

 

 アリスの言葉の真意をいま一つよく掴めなかったマリーは、きょとんと疑問符を浮かべる。

 

「今解らないなら、別にそれでも良いよ……ほら、早く行こう」

「キュイキュイ」

「えぇ、そうですわね」

 

 何か小さなモヤモヤが残った気がしたが、マリーは気にせずにアリスと共に港へ向かうのであった。



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Page39:王様の歌

 日は傾き始め、空に赤が浮かびつつある夕方。

 アリスとマリーは集合場所である港についていた。

 

「あのぉ……オリーブさん?」

「レイ、どうしたの?」

 

 二人の目の前には先に到着していたレイとオリーブの姿があるのだが、レイは涙目の状態で字面に座り込んでいた。

 ブツブツと何かをぼやいているレイ、そしてその背中をさすりながら「よしよし」声をかけているオリーブ。

 どう客観視しても情けない光景でしかなかった。

 

「えぇっと、色々あったんです」

「弔うんだ……ペガサス君を弔うんだ」

 

 両膝に顔を埋めながら落ち込むレイ。

 砂浜でメアリーに挑発された(とレイが勝手に思い込んでる)後、レイは岩を削り出して……それはそれは壮麗なペガサス型の玩具を造り上げた。

 玩具と呼ぶには些か大きすぎる代物だったが、流れる水のように繊細な造形でありながら、その造形の中に仕込まれたレイお手製の魔法術式のおかげで飛行まで可能にした至極の一品である。好事家に見せればきっと大層な値がついただろう。

 

 ただ一つ問題があるとすれば、造形が細か過ぎたせいで飛行開始()()()には大破した事だろう。

 

「なんで俺、あんなに造形細かくしたんだろう……」

 

 子供向け玩具に細か過ぎる造形は不要。全ての時代に通ずる合言葉だ。

 それを直感的に理解出来ていなかった辺り、レイの人生経験の浅さが垣間見えてしまう。

 とは言え、渾身の作品が目の前で大破した事実に、職人気質のレイは心を痛めずにはいられなかった。

 

「……何があったのだ?」

「レイの悪い病気」

「そうか」

 

 上方から帰還したスレイプニルの声が聞こえてくる。

 レイの様子を気にするスレイプニルだが、アリスの一言でおおよその事情は察したのか深く追及する事はなかった。

 付き合いの長さは伊達では無い。

 

「ほらレイ君、スレイプニルさんが来たから立って」

「ウィ~」

 

 オリーブに促されてようやく立ち上がるレイ。

 最早大きな弟を世話する小さなお姉ちゃんの図である。

 ちなみにオリーブのレイに対する呼称が変化していた事に気づいたアリスは、ピクリと小さく反応していた。

 

 それはそれとして、スレイプニルの結果報告を聞かない事には話が始まらない。

 レイがスレイプニルに手を向けると、スレイプニルは自身の身体を獣魂栞に変化させてレイの手の内に収まった。

 

「それで、海の方はどうだったんだ?」

『うむ……結論だけ言ってしまえば、尋常ならざる事態だった、だな』

 

 スレイプニルはら発せられた言葉に、一同の顔が強張ってしまう。

 

「……具体的には?」

『そうだな、幾つか報告すべき事項はあるが……まずは水鱗王の事について話そう』

「バハムートがどうかしたのか?」

『……居なかったのだ。これだけの騒動が起きているにも関わらず、水鱗王の姿がバミューダ近海の何処にも無かったのだ』

「いやいや、王が居ないってそんな筈――」

「王の不在でしたら、わたくし達も聞きましたわ」

「五年も不在だって、街の人が言ってた」

 

 マリーとアリスの肯定によって、スレイプニルの言葉に信憑性が増した気がしてしまう。

 レイは少々驚いていた。五年も王が不在だと言うなら、あのメアリーという少女の話と矛盾してしまう。

 だが彼女が嘘をついているようにも、レイには思えなかった。

 

「なぁオリーブ、お前はどう思う?」

「メアリーちゃんの事ですか? 私には悪い子には見えなかったです」

「だよなぁ」

「何の話ですの?」

「あぁ、後で話す。とりあえずスレイプニルは話を続けてくれ」

 

 答え合わせはそれからでも遅くはない。

 

『では、そうさせて貰おう。かつて我が出会った水鱗王は己が領地の危機に出奔するような性格では断じて無かった。仮に長期間不在になるのであれば、近海の魔獣に代役を任せる筈だ』

「と言うことは、その代役も居なかったのか」

『その通りだ。そしてコレはもう一つの異変なのだが、海棲魔獣達の様子が奇妙なものだった』

「まぁ代役たてなかったり、魔力(インク)撒き散らすくらいには奇行に走ってるんだろうけど」

『それも含めてだな。我が記憶している限りバミューダ近海の魔獣は、悪戯こそ好きだが本質は人獣問わず友好的な者たちばかりであった』

 

 「であった」という過去形に一同は少し嫌な物を感じてしまう。

 するとオリーブが、おずおずとスレイプニルに質問をした。

 

「もしかして、みんな暴走してたんですか?」

『否、その逆だな。異常なまでに静かだったのだよ。時折身体から魔力を吐き出す以外は、まるで虎が獲物を狙う時の様に岩陰で静かに海中の様子を窺っていたのだよ。それも一体の例外無くだ』

 

 頬を掻きながらレイは首を傾げてしまう。

 確かに奇妙としか言い様のない話だ。

 夜行性の魔獣だけならともかく、海棲魔獣が例外無く沈黙する状況など聞いた事が無い。

 

「それ……話聞けたのか?」

『近づいただけで逃げられてしまったな。まぁ逃げるだけの知性が残っているなら暴走の心配はないだろう』

「それはそれで、暴走以外の問題があると思われるですが……」

「スレイプニル。海に撒かれた魔力はどんな感じだったの?」

 

 困り顔を浮かべるマリーをよそに、アリスは海上に浮かんでいたインクについて質問した。

 

『調べてみたが、あの魔力(インク)自体には()()()()()()。特別な魔法術式も込められておらず、攻撃転用もできないただの魔力だよ。強いて言うなら少しでも長く海上に浮かぶように二三魔法文字が入っていたくらいだ』

「それ、何か魔法的な意味あんのか?」

『無いな』

「だろーな」

 

 さらりと断言するスレイプニルに、思わずレイは肩の力が抜けてしまう。

 

『魔力そのものには何も意味はない。だが……魔力を撒く事自体には、何らかの意図はある筈だ』

「と、言うと?」

『むしろコレが今回の本命かも知れんな……沖の方に巨大な力の残滓があった』

 

 その言葉を切っ掛けに、レイ達の間に緊張が走り抜けた。

 

「まさか、幽霊船ですか?」

『そうかもしれないし、そうでないかもしれない。あくまで残滓を感じ取っただけだ、今の我には断言できんよ』

「でもそこまで感じ取れたんなら、どういう魔獣の力かスレイプニルなら分かるんじゃないのか?」

『……分からなかった、と言えばどうする?』

 

 スレイプニルの発言に、レイは「は?」と小さく零してしまう。

 仮にもスレイプニルは数百年を生きた魔獣だ。その知恵と経験は並のものでは無い。

 そのスレイプニルが分からないと答えてしまう力が存在する事に、レイの頭は理解するのに時間がかかってしまった。

 

「え、分からない? スレイプニルでも?」

『そうだ。我も長く生きて来たが、あのような奇怪な魔力は初めて感じた。人とも魔獣とも呼べぬ何か……跡を追おうにも、件の残滓は水中から突然湧いて出たように漂っていたのでな、大して何も解明できんかったよ』

「本当に幽霊疑惑加速、ひじょーにマズい?」

「キュイ~」

「呑気に言わないでくれ……」

 

 ロキを抱きながら淡々と述べるアリスに、苦々しい視線を向けるレイ。

 だが彼女の言う事も最もだった。

 かの戦騎王でさえ未知と称する力、それが幽霊であろうが無かろうが、脅威である事に変わりは無いのだ。

 

「これ本当にランクDの依頼なのか?」

「依頼のランク云々を抜きにしても、ここまで手掛かりらしい手掛かりが無いのは、少々困りますわね」

『……一つだけ、得られたものはある』

「それは吉報だな。いやマジで吉報であって下さい」

『レイ、先のアンピプテラとの戦闘を覚えているか? あの時に我々は奇妙な臭いを感じただろう?』

「あぁ、覚えてるよ」

 

 アンピプテラとの戦闘終了後に強化嗅覚で感じ取った謎の臭い。

 微かながらも独特なその臭いが、レイの鼻孔と脳裏に再生される。

 

「あの~レイ君、臭いってなんですか?」

「アンピプテラを倒した後に変な臭いがしたんだよ。気化したデコイインクみたいな臭い」

「そんな臭いしましたでしょうか?」

「固有魔法で嗅覚が強化されてたんだよ」

「それで、臭いがどうかしたの?」

『件の力の残滓から、あの時の臭いと同じ臭いを感じ取った』

 

 小さいかもしれない。だがレイ達の中では確実に一歩前進できた確信を得られた。

 暴走魔獣と幽霊船、そしてそれらしき魔力の存在。

 不確定な繋がりであった事象が、強固に繋がった。

 

「という事はこれから海に出て、その力の残滓を調べればいいんですね」

「そうなるな。じゃあすぐに沖に出――」

『否、調査にでるのは明日にすべきだ』

 

 スレイプニルからの制止の声にレイは一瞬呆気にとられた顔を晒すが、すぐに反論に出た。

 

「なんでだよ、すぐにでも解決した方が良いだろ」

『敵の力が未知数すぎるのだ。まずは全員の手札を正確に把握し、その上で入念な下準備を整えてからでも遅くはない』

「けどよスレイプニル!」

『レイ、焦りは蛮勇を生み愚行を生み出す。無闇な行動で痛手を負ってからでは遅いのだ』

 

 戦いを熟知する者としての言を述べられて、レイは口をつぐんでしまう。

 

『一時でも早く民を救おうというお前の気概は評価しよう。だが己の力量を見誤ってはならん。我の契約者と言えど、お前はまだ未熟者だ。真に確実な勝利を得たいのであれば、計画的に行動を起こすべきだ』

 

 言い分自体は嫌という程理解できてしまった。

 歴戦の戦士として諭してくるスレイプニルに、レイは何も言い返せなかった。

 

「レイ、スレイプニルの言う通り、一旦戻って考えよ」

「そうですわね、わたくし達だけでどこまで戦えるのかまだよく分かっていません。一度宿に戻ってお互いの手札を把握した方がよろしいかと」

「……分かった、そうする」

 

 アリスに指摘されて頭が冷えたレイは、すぐにスレイプニルの考えを受け入れた。

 実際問題、スレイプニル程の存在が警戒をしているのだ。

 まだまだ半人前とも呼べない自分達が闇雲に行っていい場所でもないのだろう、レイは奥歯を噛み締めながら声を出さずに悔しがった。

 

 だが頭が冷えたおかげで、レイはある事を思い出した。

 

「なぁスレイプニル、海にあった力の残滓ってバハムートの物じゃなかったのか?」

『どうだろうか。少なくとも我には水鱗王のそれには思えなかったな』

「じゃあ質問変更。バハムートは遠距離に居る人間と意思疎通をする手段を持っているか?」

『妙な事を聞くものだな。何かあったか?』

 

 レイとオリーブは、街の調査中に出会ったメアリーという少女の事をスレイプニルに話した。

 バハムートと意思疎通をしている事、彼女がバハムートから聞いた事、怪物と幽霊の事などなど。

 そして彼女が、バハムートを助けて欲しいと願っていた事。

 幼い子供から聞いた突飛な要素の多い話だったせいか、マリー少し訝しげな様子を見せていた。

 

「そのお話……信じても大丈夫なのでしょうか?」

「うーん、私には嘘をつくような子には見えなかったな」

「それもあるし、最終判断の材料の為にスレイプニルに聞いてんだ」

 

 改めて手に持った獣魂栞に視線を向けるレイ。

 

『理論的な事だけで言えば()()()()だな。海棲魔獣の多くは特殊な音を使って海中での意思疎通を行うのだが……ここまで言えばマリー嬢なら分かるのではないか?』

「……はい、海の魔獣は人間には聞くことができない特殊な音を用いる種が多く存在します。ですがその魔獣と契約を交わした者、もしくは極稀に現れる適性を持った人間には聞き取ることが可能ですわ」

「あ、そっか! マリーちゃんってローレライさんとお話できるもんね」

『そのメアリーという娘が何方なのか、はたまたその何方でもないのかは分からぬが、水鱗王殿の所在について知っているなら話を聞いてみる価値はありそうだな』

 

 スレイプニルから肯定的な言葉を引き出せたので、レイは少し安心した。

 スローペースではあるが、確実に前に進めている実感が得られたのだ。

 

『一度宿に戻って話し合おう。そして夜更けに再び街を回ろう』

「そうだね、夜に出てくるって話もでてる」

 

 一先ずの方針が決まったので、一同は港を後にする事にした。

 

 

 

 

 

 

 宿に着いた一行は、少し早めの夕食を食べつつお互いの戦い方等について打ち明けあった。

 オリーブとマリーに関しては昼間に聞いたので、主にレイとアリスの手札を晒す場となった。ちなみに、スレイプニルの固有魔法【武闘王波】の説明を聞いたマリーは非常に愉快な顔を晒していた。

 

 互いの出来る事を把握したうえで、一同は計画を練る。

 海中海上での活動が主となるので、調査にはレイとマリーが行く事となった(オリーブとアリスは海中での活動に向いてない)。

 幸いにして、知識は膨大に持ち合わせているレイと自他共に認める戦騎王が居るので、マリーほっと胸をなでおろしていた。

 

 とは言え今日はもう遅い。

 夜行性の魔獣は特に気性が荒いのが相場だ、わざわざ海でそれを刺激するのも好ましくない。

 なので海に出るのは明け方にし、今日は各自宿の部屋で休息をとる事となった。

 

 

 

 外はとっぷりと暗い夜の空。

 女子三人が部屋に行ったのを確認したレイは、トイレに行くふりをして一人宿の外へと出ていた。

 

 不気味な程に音のしない街道を駆け抜けるレイ。

 その街の様子に複雑なものを感じながら、レイは人気のない砂浜にたどり着いた。

 

「だーれーも居ないな……よし」

 

 他に人が居ない事を確認したレイは、グリモリーダーと銀色の獣魂栞を取り出した。

 

「Code:シルバー解放、クロス・モーフィング」

 

 一応夜なので小声で呪文を唱える。

 十字架を操作して、レイは瞬時に変身を完了した。

 

『何をするのだ?』

「秘密の特訓ってやつだな」

 

 そう言うとレイはグリモリーダーの十字架を操作して、体内で魔力《インク》を加速させ始めた。

 

「融合召喚、スレイプニル!」

 

 スレイプニルとレイの肉体が急速に融合を始め、巨大な存在へと変化し始める。

 しかし全ての工程が終わるより早く、強烈な破裂音と共にレイの身体は強制的に変身を解除されてしまった。

 

「痛っつ~……なんの、もう一回」

 

 破裂した魔力の衝撃で吹き飛ばされたレイだが、すぐさま起き上がりもう一度変身する。

 そして、先程と同じ手順でグリモリーダーを操作し再び融合召喚術を試みた……が、またしても強烈な破裂音と共に失敗に終わった。

 

 その後も挫けること無く何度も挑戦するレイだが、結局一度も成功することは無かった。

 

「上手くいかないし、身体めっちゃ痛いし」

『鍛錬とは、そういうモノだ』

 

 夜の砂浜の上で大の字に倒れ込むレイ。

 見上げた空には綺麗な星々が散らばっていた。

 

『……何を焦っているのだ』

「なんの事かなー」

『惚けるでない、ここ数日のお前は少々生き急ぎ過ぎている。夢に近づき浮き足立つのは良いが、焦りはミスを呼び寄せる。もう少し落ち着いて見る目を養え』

「……早く追いつきたいんだよ」

『エドガーにか?』

「違う、チームの奴らにだ」

 

 そう言うとレイは勢いよく起き上がり、話を続けた。

 

「スレイプニルも気付いてるだろ。レッドフレアの奴らは全員相当な実力者だって」

『そうだな』

「多分だけど、融合召喚術も全員使える筈だ」

『そうだろうな。そう言われても納得がいく程には、皆手練れだ』

「足手まといにはなりたくないからな、少しでも早く距離を詰めたいんだよ」

 

 仲間からの信頼には応えたい。

 その純粋な思いからの行動だが、レイにはどうも加減が分からなかったようだ。

 

『なら一層焦る事はない。弱さを認め、その弱さを任せ合うのも友のあり方の一つだ』

「……そうだな」

 

 レイは弧を描くように立ち上がって、服についた砂を叩いて払う。

 

「じゃあ、アリスにバレる前に戻るとするか」

 

 バレれば何をされるか分かったものでは無い。

 レイが宿への帰路につこうとした瞬間、何処からか綺麗な歌声が聞こえてきた。

 

「さーかーえーよー♪ なーがーくによー♪」

 

 ハッキリと聞こえる歌声。おそらく歌い手は近くにいる。

 あれだけ周辺を確認したのに見落としていた事にレイとスレイプニルは驚いていたが、耳触りの良い歌声に流されて、そんな思いはすぐに何処かへ消えてしまった。

 

 耳をすます。

 それは昼間にも聞いた覚えがある歌だった。

 そしてその声はつい最近に聞いた気がする声でもあった。

 

 こんな夜更に響く幼い歌声が気になったレイは、ついついその主の元に歩みを進めてしまった。

 

「ひーろーがーれー♪ なーがーうみよー♪」

 

 砂浜を少し歩いた先には小さな人影が一つ。

 丁度良さげな岩の上に座って歌っているのは、三つ編みを潮風に煽らせている幼い少女。

 レイが昼間に出会ったメアリーという少女だった。

 

「(あぁどこかで見覚えある気がしてたけど、昼間に港で歌ってたのメアリーだったのか)」

『ほう、何処かで聞き覚えがあると思えば、水鱗歌(すいりんか)ではないか』

「水鱗歌?」

『水鱗王を讃える際に歌われる、バミューダに伝わる讃美歌だよ。随分昔に耳にしたのが最後でな、我もすぐには思い出せなかった』

「へー、由緒正しきってやつか」

 

 そんな事を考えながらレイがメアリーに近づくと、胸ポケットに収められていたスレイプニルが驚いた声を出した。

 

『む、この気配……水鱗王殿か』

「は? 何言ってんだスレイプニル」

 

 海に視線を向けてもそれらしき存在は見えない。

 バハムートはかなりの巨体の持ち主の筈だ。

 

『いや違う、これは……』

「だぁれ?」

 

 間近で喋っていたせいでレイ達の存在に気がついたメアリーは、歌うことを止めて振り向いた。

 

「あ、昼間のお兄さん」

「よっ! 数時間ぶり」

 

 軽く挨拶をして、レイはメアリーの隣に腰掛ける。

 

「こんな夜中にちびっ子一人、流石に危ねーと思うけど?」

「大丈夫、かけっこ得意だから幽霊がきても逃げれるもん」

「逃げた後もそう言えるのか? 家で親にお尻ペンペンされても知らねーぞ」

「おとーさんもおかーさんもまだ帰ってこないから大丈夫」

「……悪い」

 

 恐らくこの娘も親と離れ離れになった子供の一人なのだろう。

 余計な事を口にしてしまったと、レイは反省するのだった。

 

「やっぱり心細いよな」

「うん……でも王様がいるし、おとーさんもおかーさんもあんまり家には居ないから、思ってたよりは寂しくないよ」

「親は船乗りなのか?」

「うん。だから普段はおじーちゃんと一緒にくらしてるの。それにね……」

「ん?」

「おとーさんと約束したんだ、次の航海に連れてってくれるって。もうすぐいっぱい一緒にいられるから、わたしは全然さみしくない」

「ちっちゃいのに逞しいな」

「えへへ、それよく言われる」

 

 幼くして前向きに生きようとするメアリーの心構えに、レイは素直に敬服する。

 そして昼間に出会った子供達の様子を思い出した。

 子供というのは存外強いものなのかもしれない、レイはそう思わずにはいられなかった。

 

「おとーさん達が帰ってきたら聞いてもらうんだ、王さまから教えてもらった歌」

「もしかしてさっき歌ってた水鱗歌か?」

「そうだよ」

「ちびっ子にしちゃ歌上手いじゃん」

「ありがとう。メアリーは歌が上手だねって街の人もほめてくれるんだ~」

「だろうな。褒めないのは耳が聞こえない奴と最高に趣味が悪い奴だけだろ」

 

 実際素人の耳で聞いても、メアリーの歌声は幼子とは思えない程に美しいものであった。

 あと数年も経てば街の歌姫とでも呼んで貰えるだろう。ならば今の内にサイン貰ったら後々価値が出てふんぞり返れるかもしれない……と一瞬だけ邪な考えを抱いてしまうドルオタ(レイ)であった。

 

「今年はわたしが歌い手だし、いつも王さまに聞いてもらってるから、いっぱい上手になったんだ~」

「……バハムートにか?」

「うん。上手に歌うコツは『歌い終わった歌詞を頭の中に浮かべながら歌うこと』なんだって。かわってるよね」

「今日も聞いてもらったのか?」

「うん、そうだよ」

 

 無邪気に答えるメアリーを見て、その言葉に嘘を感じ取れなかったレイ。

 やはり彼女は適正を持つ者なのだろう。

 そして水鱗王は未だ何処かにいる。今回の事件を解く鍵は彼の王が持っているのだと、レイは直感していた。

 

「スレイプニル」

『うむ。お前が言っていた通りこの娘からは不実の気は感じられん。だがそうなれば、水鱗王殿は何処へ……』

「だれの声?」

 

 キョトンとした表情で声の主を探すメアリー。

 

「あぁ、俺の契約魔獣の声だ」

『スレイプニルだ』

「こんばんわー」

『突然の質問で申し開けないのだがメアリー嬢、我は水鱗王殿とは古い知り合いでな、彼の王の姿が見えないので些か心配しているのだ。もし居場所を知っているのであれば教えて貰えると助かる』

「うーん……わたし分かんない」

 

 メアリーの回答にレイは少々驚いた。

 

「バハムートと話をしたんじゃないのか?」

「王さまの声だけ聞こえるの。すっごくと遠いところから」

『……遠距離通話か』

「遠距離通話?」

『格の高い海棲魔獣が使う音は遥か遠距離にまで飛ばす事が出来ると聞いた事がある。声は聞こえども姿は見えない……であれば音を用いた遠距離通話でメアリー嬢と交流していると考えるのが無難だろう』

 

 間接的にバハムートの現在地が非常に遠い可能性を突きつけられて、レイはその場でガクリと項垂れた。

 明日から大変なことになる。それを考えて憂鬱な気分に浸っていると、メアリーがレイに質問をしてきた。

 

「お兄さんはここで何をしてたの? バーンバーンってすごい音がなってたけど」

「んあ、あぁそれな。融合召喚術の練習をしてたんだ」

「ゆーごー?」

「魔獣と一つになってパワーアップする操獣者の奥義さ。これが中々上手くいかなくてね」

「……波が合ってないからじゃないの?」

 

 さも当然の指摘だと言わんばかりに首をかしげるメアリー。

 初めて耳にする指摘にレイの好奇心はチクチクと刺激されていた。

 

「波って?」

「えっとねー、人も魔獣もみんな自分の音を持ってるの。そして音には波がある。街のなかで仲良しな人と魔獣を見るとね、みんなその波がピタっと合わさってるの」

 

 抽象的ながらも必死に説明するメアリーの言葉に、レイは集中して耳を傾ける。

 

「練習の音ずっと聞こえてたけど。お兄さんとスレイプニルさんって波の形は似てるけど、波がピッタリ合わさってないの。だから上手くいかないんじゃない?」

「波、か……」

 

 解るような解らないような。

 レイは何とか論理的に解釈を試みるが、中々上手く頭に浸透しない。

 だがきっと、メアリーの言葉は何か成功ヒントになる気がしたので、レイは必死に頭を唸らせた。

 

「ひーろーがーれー♪ なーがーうみよー♪」

 

 気づけば隣でメアリーが再び歌い始めていた。

 綺麗な音色はレイの耳に入ってくる。ほんの少しだけ気が楽になった気がした。

 レイは静かに彼女の歌に聞き入る。

 

「さーざーなーみ――ッ!?」

 

 だが突如として、メアリーは歌を中断させ、その顔色を青白く染め上げた。

 

「いっぱい漏れた……」

「どうした?」

「王さまが叫んだの、いっぱい漏れたって」

「漏れたって、何が?」

「幽霊」

 

 そう言うとメアリーは岩の上から飛び降りて、レイに向かってこう言った。

 

「お兄さんも早く逃げてね! お外にいたら幽霊に捕まっちゃうから!」

「おい、ちょっと待ってくれ!」

 

 言い終えると同時に何処かへと駆け出したメアリー。

 レイも岩から飛び降りてメアリーの後を追おうとした、その瞬間であった。

 

『っ!? レイ、そこを動くな!』

 

 反射的にスレイプニルの制止の声に従ったレイ。

 次の瞬間……

――ブォン――

 と、レイの目の前を見えない何かが通過して行った。

 

「今のは……」

『レイ、後ろだ! 右に回避しろ!』

 

 スレイプニルに言われるがまま、レイは右にステップを取る。

 すると先程までレイが居た場所を、またもや見えない何かが斬りつけていた。

 

『レイ、敵は見えているか』

「悪いけど全然だ! 周りに居るのだけは分かってるんだけどな!」

 

 確実に何かがいる。だが存在を感じられても、肉眼でその姿を捉える事ができないので、レイはこの上なく不気味に感じていた。

 

「そう言うスレイプニルは?」

『見えている。どうやら魔力越しでなら視認できるようだ』

「だったらやる事は一つだな」

 

 レイは腰のホルダーから取り出したグリモリーダーと銀色の獣魂栞を構える。

 

「Code:シルバー解放! クロス・モーフィング!」

 

 グリモリーダーに獣魂栞を挿し込んで、呪文を唱える。

 魔装変身。

 レイの身体は銀色の魔装に包まれ、その頭部はスレイプニルの魔力(インク)で形成されたフルフェイスマスクで覆いつくされた。

 

 変身したことで視界が魔力越しのものへと変化したレイ。

 すぐに敵の姿を視認する事ができた。

 いや、できてしまった。

 

「……おいおいマジかよ」

 

 周囲を取り囲むのはおとぎ話に聞くそれであった。

 大半が白骨化した身体にボロボロの布を纏い、大鎌を手にして浮遊する者ども。

 

「本当に……幽霊でちゃった」

 

 いかにもな幽霊に囲まれて流石にレイも少しビビる。

 一瞬海の方に目を向ければ、さらに多くの幽霊が街に向かってやってくる様子まで見えてしまった。

 

 そして変身した事によって耳も魔力で覆われたからか、幽霊達の声まで聞こえる様になってしまった。

 

「「探セ……ハグレヲ……探セェェェ」」

 

 幽霊達は皆同じ言葉を口にしながらバミューダシティの空を飛びまわる。

 街の中が心配になるレイだが、今は目の前の幽霊をどうにかしなくてはならない。

 

「チクショー、これ滅茶苦茶厄介な案件じゃねーか!」

 

 厄介な現状に愚痴を吐きつつも、レイはコンパスブラスターを構えるのであった。



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Page40:君は、幽霊を見たか!?①

「そーらよッ!」

 

 大鎌を携え浮遊している幽霊相手に、レイは剣撃形態(ソードモード)のコンパスブラスターを振るう。

 武闘王波で強化された一撃だ、まともに食らえばただでは済まない攻撃。

 だが振り描いた一閃は、幽霊の身体をすり抜けてしまった。

 

「なッ!?」

「「――――――!」」

 

 攻撃がすり抜けた事実に衝撃を隠せないレイ。

 幽霊達は何事も無かったと言った様子で、レイに向けて大鎌を勢いよく振り下ろした。

 

 レイはそれをギリギリで躱し、続けざまにコンパスブラスターの刃を幽霊達に叩きつける。

 横一文字、縦一文字。

 様々な挙動でレイは斬りつけるが、その悉くが幽霊達に通用しなかった。

 

「オイオイ、幽霊らしく物理攻撃は無効ですってか? 冗談じゃねーぞ!」

『無駄口を叩いている暇はないぞ』

「わーってるよッ!」

 

 レイを取り囲み攻撃の手を止めない幽霊達。

 物理攻撃が効かない以上、剣撃形態ではどうにもならない。

 ならば……

 

形態変化(モードチェンジ)、コンパスブラスター銃撃形態(ガンモード)!」

 

 銃撃形態に変形させたコンパスブラスターに魔力と術式を込める。

 同時に、武闘王波によって強化された感覚神経が背後から襲いかかる幽霊の挙動をレイに知らせる。

 瞬時に振り向き流れるような動作で、レイは幽霊に向けて引き金を引いた。

 

――弾ッッッ!――

 

「!?」

 

 幽霊の腹部に命中する魔力弾。

 着弾と同時に、幽霊が断末魔を上げる事もなく爆散し消滅した。

 

「なる程、魔力攻撃は有効なんだな」

『では話も早いな』

 

 レイはグリモリーダーから獣魂栞を抜き取ってコンパスブラスターに挿入する。

 魔法術式の構築を超高速で頭の中で済ませると同時に、コンパスブラスターの中で大量の魔力弾を形成していく。

 

「全部まとめて爆散しやがれ!」

 

 動体視力強化、反射神経強化。

 幽霊の大鎌が到達するより早く、レイは弾込めを終えたコンパスブラスターを構える。

 

――弾弾弾弾弾弾弾弾ッッッ!!!――

 

 身体を回し、円を描くように魔力弾を連射する。

 高速で放たれた魔力弾は、レイを取り囲んでいた幽霊達の身体へ次々に着弾していった。

 

 悲鳴を上げる間もなく爆発霧散していく幽霊達。

 だがその後ろから、難を逃れた幽霊が隙を作る事なく責めてくる。

 

「攻略法が分かれば!」

『どうという事はない』

 

 一体、また一体と銃撃していくレイ。

 攻略法が判明したおかげか、少し心と頭に余裕ができたレイは幽霊が爆散した箇所から漂ってくるその臭いに気がついた。

 

「(この臭い……もしかしなくても)スレイプニル、この臭いって!」

『うむ、昼間のアンピプテラから漂っていた臭いと同じものだ』

「やっぱりインクか。幽霊なんて言ってるけどコイツら身体が霧状のインクで出来てる何かじゃねーか」

『それも唯の魔力ではない。随分と混じり物の多い奇怪で不純なソウルインクだ』

「ソウルインクなのに純度低いとかそれだけで軽く矛盾してるだろ!」

『事実を述べたまでだ』

 

 スレイプニルと言葉を交わしながらも、レイは幽霊に魔力弾を撃ち続ける。

 撃ち抜かれて、霧散して消えていく幽霊達。

 その消えた跡から、何やら小さな光が空へと消えていく瞬間をスレイプニルは見逃さなかった。

 

『(あの光は……もしや)』

「クッソ、コイツら後何体いんだよ! ボーツ並のしつこさだぞ!」

 

 討っても撃っても出てくる幽霊に、レイは少し余裕をなくしていた。

 後から後からレイを狙ってくる幽霊達。

 最小の消耗で魔力弾を作り反撃をするレイ。

 スレイプニルの武闘王波で魔力総量も強化されているとは言え、このままでは状況が改善する見込みもない。

 

 するとその時、街中の方からカランカランと鐘の音が鳴り響いてきた。

 教会に備えられた巨大な鐘の音ではなく、人が手に持って鳴らすカウベルのような音だ。

 

「誰だよこんな状況で呑気に楽器鳴らしてんのは!」

『待てレイ、何か様子がおかしい』

 

 スレイプニルに指摘されて周りを見渡すレイ。

 鐘の音が聞こえたと同時に、幽霊達が攻撃の手を止めて街の方角を眺め始めていた。

 いや、それも奇怪だが自分以外に人間の気配を感じないこの状況で聞こえてくる鐘の音にも疑問が生まれる。

 

 カランカランともう一度鐘の音が鳴り響くと、幽霊達はそれに従うように街の中へと一斉に移動し始めた。

 

「マズい、アイツら街の中に入る気だ」

『追うぞレイ』

「言われなくても!」

 

 空を浮遊しながら、鐘の音が鳴った街中へと進む幽霊。

 レイは走りながらそれを追いかける。

 

「クッソ、幽霊のくせして足速えーんだよ!」

『レイ、幽霊に足は無いぞ』

「比喩表現だ比喩表現!」

 

 思いの他移動速度が速い幽霊に不満をぶちまけるレイと、淡々とそれに突っ込むスレイプニル。

 気が付けば街道を走り始めていたレイ。

 上を飛ぶ幽霊から目を離さないようにしていると、自然と空の様子が写り込んできた。

 

「なぁスレイプニル……なんか幽霊の数多くね?」

『我々が来た浜辺以外からも来ているようだな』

 

 追いかけている幽霊とは別に海のある方角からやって来て、バミューダの空を散り散りに飛ぶ幽霊達の姿。

 どうやらレイが応戦した場所以外からも出現して、街に侵入したようだ。

 

「知らなかったなぁ、幽霊って海に巣作りするんだ~」

『そんな訳なかろう。だが、それに類する何かは有るであろうな』

「どの道この量じゃあ俺一人で対処しきれねー!」

 

 街の中に進む程に粘り気すら感じる霧が出てくるが、今は気にせず走り抜ける。

 レイは幽霊を追う足を止めることなく、グリモリーダーの十字架を操作する。

 

「アリス! 聞こえるか!」

 

 宿にいるであろうアリス達に通信を繋げるレイ。

 返事は一秒も待たずにきた。静かながら若干の怒気を含んではいたが。

 

『レイ、今どこにいるの?』

「お説教は後にしてくれ、緊急事態だ!」

『緊急事態ならこちらもですわ!』

 

 グリモリーダーの向こう側からマリーの叫び声が聞こえる。

 

「何かあったのか?」

『鐘の音が聞こえたと思ったら、宿の人達がみんな急に倒れちゃったんです!』

『宿の中だけではありませんわ。外にも倒れている人が何人も見えます』

 

 慌て声で状況を伝えるオリーブ。

 そう言われてレイは改めて街道の中に目線を向けてみると、確かに何人かの人が不自然に行き倒れている。

 

「なぁスレイプニル、あれ全員生きてるよね?」

『生命の気配は感じる。大丈夫だ生きている』

 

 スレイプニルの言葉に一先ず胸をなでおろすレイ。

 だが安心してはいられない。

 

「けどこの様子じゃ、街中こんな感じなんじゃねーの?」

『多分正解。霧の中に幻覚魔法が混じってる』

「分かるのかアリス」

『一つは催眠、もう一つは微弱だけど記憶消去』

「記憶消去って……お前ら大丈夫なのか?」

『お恥ずかしながら、アリスさんに解除魔法をかけて頂かなければ、わたくし達も危なかったですわ』

『少しぐっすりしてました』

「それフツーにピンチじゃねーか」

 

 アリスはロキと契約していたおかげで無事だったのだろう。

 同じ系統の魔法を使うロキは幻覚等への耐性がある。それが契約者のアリスにも影響したのだろう。

 

『簡単な術式だったから解除も簡単。ついでに抗体もかけといた』

「そりゃナイスプレーだな」

『レイの方は?』

「さっきも言ったけど緊急事態。本当に幽霊出やがった!」

 

 グリモリーダーの向こうから驚き声が聞こえてくる。

 どうやら三人とも変身はしていないようだ(アリスは解除と抗体の魔法をかけた後に一旦解除したと思われる)。

 

『……本当にでたの?』

「変身して見ればお空が地獄絵図だよ!」

 

 上を見上げれば変わらず飛翔している幽霊の大群。

 そのまま視線を下に降ろしてみる。レイの視界に映ったのは異形の幽霊が街を徘徊する恐怖の図。

 空を飛ぶ幽霊とは別に地上をフワフワと移動する幽霊もいるようだ。

 

「悪い、地上も大概だった」

『幽霊だらけ?』

「その通り。しかも性格は攻撃的ときた」

『それは、友好的解決とはいかなさそうですわね』

 

 レイはコンパスブラスターの銃口を目の前の幽霊に構え、引き金を引く。

 着弾した幽霊は爆散したが、銃声に気が付いた幽霊がレイに狙いを定め始めた。

 

「とりあえず俺は宿の方に向かう。その間アリス達は倒れた人の介抱をしてくれ」

『りょーかい。マリー、オリーブ手伝って』

『はい!』

『わたくしに出来ることでしたら』

「頼む。俺もすぐにそっちに行く」

 

 アリス達が各々行動に出始めたのか、通信が切れた。

 だがこれで目の前の敵に集中できると、レイは冷静に魔力弾を生成していく。

 

――弾弾弾ッ!――

 

 走りながら、すれ違いざまに幽霊を銃撃していくレイ。

 次々に撃ち抜かれた幽霊が爆発霧散していくなか、レイはアリス達がいる宿屋に向かって進み続ける。

 

「どんだけいんだよ! 全員まとめて墓に帰れ!」

 

 思いの他数の多い地上の幽霊を撃破しながらか駆け抜ける。

 するとまた何処かからカランカランと鐘の音が街に鳴り響いた。

 

 先程と同じように鐘の音に合わせて動きを変化させる幽霊達。

 レイに攻撃を仕掛ける幽霊の数は減ったが、何体かの幽霊が逃げたとも言える。

 レイは一先ず目の前の幽霊を撃ち抜いて、更に街の奥へと駆け出す。

 

「またこの音か」

『敵が音に合わせて動きを変えている以上、何かしらの関係が有るのは間違いないな』

「じゃあ後でソレも見つけ出す!」

 

 街道を徘徊する幽霊に足止めを喰らいながらも、魔力弾で撃破していくレイ。

 すれ違っていくのは徘徊する幽霊と昏睡している人々と魔獣ばかり。

 どうやら幽霊以外は軒並み気絶させられているようだ。

 

 いや、例外もある。

 魔装を身に纏っているレイや抗体を得ているアリス達。

 そしてレイの視界に入ってくる千鳥足の老人だ。

 

「ウィ〜……ヒック……」

 

 ヨロヨロとおぼつかない足取りで歩いてくる老人。

 どう見ても幽霊が徘徊している現状を認知できているとは言い難い様子だ。

 

『生身の人間でも影響を受けない場合がある、か』

「そう言う話は後だ! おい爺さん、そこは危ねーぞ!」

 

 レイが老人に叫ぶのも無理は無かった。

 変身しているレイの視界には、今にも老人に狙いを定めようと近づく幽霊の姿がはっきりと映っていた。

 

「どいつもコイツも……ジジイの話と、聞き流しおって……」

「爺さんも俺の声を聞き流すなー! 左に避けろー!」

 

 既に老人の背後では、幽霊が大鎌を振り下ろす手前まで来ていた。

 

「あぁもう!」

 

――弾ッ!――

 

 瞬時に念動操作の術式を組み込んだ魔力弾を生成して、レイはコンパスブラスターからそれを放つ。

 レイのイメージによって操作された魔力弾は、曲線を描いて老人を回避し、背後の幽霊を貫いた。

 

 霧散する幽霊。

 レイの銃撃によって、何体かの幽霊は標的をレイに定めた。

 

「なんじゃ〜、敵艦からの砲撃かぁ〜?」

「味方からの援護射撃だクソ酔っ払い!」

 

 このままではラチが開かない。そう考えたレイは老人を引きずってでも避難させる為に近づこうとするが、幽霊が大鎌を振り回してその行手を阻む。

 

「邪魔なんだよ!」

 

 目の前の幽霊達の攻撃を回避しつつ、レイはコンパスブラスターで正確に銃撃していく。

 一体、二体、三体……次々に仕掛けてくる幽霊を撃破していくが、倒せば倒しただけ幽霊はレイの周りに集まってくる。

 

『レイ、後ろだ』

「どらぁッ!」

 

 スレイプニルのサポートによって自身は無傷だが、レイはその場から録に進むことが出来なくなっていた。

 酔っ払いの老人は幽霊が見えていないからか、レイの様子を不思議そうに見ている。

 

 その時であった。

 老人の背後で、一体の幽霊が大鎌を振り上げ始めていた。

 

「爺さん! 逃げろ!」

 

 必死に叫ぶレイ。

 だがその叫び虚しく、幽霊の大鎌は勢いよく振り下ろされて、老人の身体を斬り裂いた。

 

 一連の光景がスローモーションでレイの脳に入り込んでくる。

 一通りの理解が進んだ瞬間、レイは幽霊に向かって高出力の魔力弾を炸裂させて強引に突破口を開いた。周辺の道路が砕けるが気にしている余裕は無かった。

 

 石畳に倒れ込む老人にレイは駆け寄る。

 大鎌で斬られたように見えたが、奇妙なことに老人の身体からは血の一滴も垂れていなかった。

 

「おい爺さん、生きてるか!? おい!」

 

 レイが老人に声をかけるが、返事どころか呼吸も心音も聞こえてこない。

 

『ダメだレイ、この肉体は既に空だ。もう死んでいる』

「……」

 

 スレイプニルの断言によって、老人の死を理解してしまったレイ。

 老人の身体をそっと石畳の上に寝かせると、レイは無言で立ち上がって頭上を飛ぶ幽霊を睨みつけた。

 

 大鎌の先に青白い光球をくっ付けて、ケタケタと笑う幽霊。

 その小さな光球を見たスレイプニルはある一つの確信を得た。

 

『(やはりあの光は……間違いない)』

 

 スレイプニルがある種の焦りを覚えている一方で、レイの頭の中は驚くほどにスッキリとしていた。

 身体の中で血の流れが急加速するのを感じるが、レイは落ち着いて必要な術式を組み上げる。

 

 愉快そうに空中をくるくる回る幽霊に無言でコンパスブラスターの銃口を向け、そして……

 

――弾ッッッ!――

 

 放たれた魔力弾は空中で戯れる幽霊の腕を貫通し、引き裂いた。

 

「安心して成仏できると思うなよ」

 

 腕が消失した事で動揺したのか、幽霊は空中でグネグネともがき苦しむ。

 静謐に冷徹に、レイの頭に怒りが込みあがってくる。

 レイが追撃の引き金を引こうとした瞬間、スレイプニルがそれを静止した。

 

『待てレイ、威力を弱めろ』

「珍しいな、嬲り殺し肯定か?」

『違う。あの幽霊が持つ鎌の先を見ろ』

 

 言われてレイはもがく幽霊の鎌を注視する。

 

「なんか光ってるのついてるな」

『魂だ』

「はぁ!? 魂って霊体の一部だぞ、目視なんて――』

『恐らくはあの幽霊の影響だろうな。そもそも通常の肉眼で視認できなかった者達だ、霊体に干渉する何らかの術を持っていると見て正解であろう』

「マジかよ……」

『気をつけろレイ。もしもあの魂を傷つければ、取り返しがつかなくなるぞ』

 

 暗に死ぬぞと告げられて、レイは緊張で気が引き締まる。

 コンパスブラスターの銃口は幽霊に向けられたまま。今までに爆散した幽霊の状況と使用してきた魔力弾から、レイは適切な出力を瞬時に算出した。

 

「(出力調節……念動操作……軌道変化……)」

 

 必要な術式を組み込んで、細心の注意を払いながら魔力弾を生成する。

 一歩間違えれば後は無い。

 胃に重さを感じながらも、レイはコンパスブラスターの引き金を()()引いた。

 

――弾! 弾!――

 

 一発目の魔力弾が幽霊が手に持っていた大鎌の柄を粉砕する。

 魂が引っ付いた鎌部分が落下し始めた次の瞬間、二発目の魔力弾が幽霊の身体に着弾、爆発。

 小規模な魔力の爆破だったが、幽霊の身体に致命傷を与えるには十分な威力であった。

 もちろん、先の攻撃で逃がしてあった魂に影響は無い。

 

「よっしゃあ! っと、魂の方は?」

 

 落下しつつ消えゆく鎌から、青白く光る魂が解放されていく光景が見える。

 フワフワと波線の様な挙動を描きながら、魂はゆっくりと老人の身体に入り込んでいった。

 

 数秒の後、倒れている老人から呼吸と心音が聞こえてきた。

 

「もう、大丈夫だよな?」

『大丈夫だ。正しく生命の反応を感じる』

 

 とりあえずは一安心するレイ。

 だが一息つく余裕は与えられなかった。

 

 風を切り裂く音と共に襲い掛かる幽霊の大鎌。

 レイ達を狙う幽霊はまだ他にもいるのだ。

 

「あぁもう、少しくらい余韻に浸らせろよな」

 

 レイは足元で気絶している老人を左手で抱きかかえて、幽霊達から逃げ始める。

 幽霊が再びこの老人を狙う可能性は十分に考えられる。ならば一先ずは彼を安全な場所まで逃がさなくてはならない。

 レイは追ってくる幽霊をコンパスブラスターで撃ち落としながら街道を駆け抜けた。

 

『どうする気だ、レイ』

「とりあえずアリス達がいる宿屋まで行く。俺一人じゃ全部対処しきれねぇ!」

『賢明な判断だ』

「そりゃどーも」

 

 老人一人を抱えながらの状態では満足に戦闘は出来ない。

 幽霊に向かって魔力弾を撃つが、足止め以上の成果は上げられない。

 

 催眠魔法が含まれた霧も少し強くなってきた。

 後ろから追ってくる幽霊だけではなく、眼の前で道を塞ごうとする幽霊も撃ち抜いていくレイ。

 

 そんな中、レイはある事に気が付いた。

 空を徘徊していた何体かの幽霊が民家の窓に近づいて行くのだが、その悉くが寸でのところで踵を返していくのだ。

 

「(変だな、壁の一つくらいならすり抜け出来そうなのに) ――っと!」

 

 再び幽霊に囲まれたので魔力弾を連射して撃破するレイ。

 周囲を警戒しつつ、民家の様子に目を向けるレイ。

 やはり幽霊は例外なく、建物に近いた瞬間踵を返した。

 

 そしてレイは、先程聞いたメアリーの言葉を思い出した。

 

「お外にいたら捕まる……なる程な、詳しい条件は分からないけど屋内は安全っぽいな」

『その様だな』

「つまり宿屋に行く前にこの爺さんを適当な建物に放り込んでも良いわけだ」

『そうだな。ただしそれは、この幽霊軍団の隙を突くことができればの話だがな』

 

 周りを見渡せば、おびただしい数の幽霊がレイ達を取り囲んでいた。

 屋内が安全(?)とは言え、扉を開けて閉めるまでの間も安全とは限らない。

 老人を途中で逃がそうが逃がすまいが、どの道この幽霊軍団を突破しなくてはならなくなった。それも抱えている老人を守りながらだ。

 

「これは……ちょっとどころでなく、マズいかもな」

 

 それなりに無茶な事をしなくてはならないかもしれない。

 レイが覚悟を決めようとした次の瞬間――

 

――弾ッ! 弾ッ!――

 

 二発の銃声が街道に鳴り響くと同時に、近くにいた二体の幽霊が爆発霧散していった。

 

『この銃撃は……』

 

 レイは銃声が聞こえた方向に目を向ける。

 そこに居たのは赤と黒、二挺の銃型魔武具を構えた白髪の少女。

 そしてその横には二人の小柄な少女の姿があった。

 

「なかなか来て下さらないから、お迎えにあがりましたわ。レイさん」

「マリー!」

 

 両手に持った銃を優雅にホルダーへと仕舞うマリー。

 レイは彼女たちの突然の登場に驚くばかりであった。

 

「お前幽霊見えてんのか!?」

「残念ながらノーですわ。見えているのはわたくしではなくてローレライの方です」

 

 そう言ってマリーは一枚の白い獣魂栞を取り出す。

 どうやら獣魂栞越しに幽霊を視認したローレライに位置を教えてもらったようだ。

 

「レイ君が遅いから、また何処かで人助けをしてるのかと思ってたんですけど、やっぱりでしたね」

「良くも悪くもレイらしい」

「オリーブとアリスまで……宿の方はどうしたんだよ」

「大丈夫です。アリスさんが宿の人達全員に治療魔法をかけてきました」

「目を覚ますのも時間の問題。屋内は安全みたいだから、アリス達も外に出て来た」

「みんな……」

 

 アリスは安堵しているレイに近づいて、その腕にそっと手を添える。

 

「ここはアリス達に任せて、レイはそのお爺さんを宿に」

「フレイアちゃんと一緒に戦って色々ありました。今更幽霊くらい怖くありません!」

「少し不本意ですが、そういうことですわ」

「……わかった、俺もすぐに戻ってくる」

 

 レイはその場を三人に託して、一目散に宿屋へと向かって駆け出した。

 

 

「さて、じゃあアリス達は」

「幽霊退治ですね!」

「今は普通の夜道でも、変身すれば幽霊だらけになるんですね……そう考えると憂鬱ですわ」

「でも、倒さなきゃダメ」

「そう言うことです。それにマリーちゃん、私もついてるから大丈夫だよ!」

「……少し突破してかなりやる気が湧いてきましたわ」

 

 瞳に炎を宿して気を引き締めるマリー。

 フンスと鼻息を荒くしてやる気を漲らせるオリーブ。

 そして、変わらず眠そうなジト目をキープしているアリス。

 

 三人はそれぞれ、腰のホルダーからグリモリーダーを取り出し、もう片手に獣魂栞を握りしめた。

 

「アリスさんマリーちゃん、いきますよ!」

「はい!」

「りょーかい」

 

 オリーブの号令で、三人は一斉に獣魂栞に向けて呪文を唱える。

 

「Code:ブラック!」

「Code:ホワイト!」

「Code:ミント」

 

「「「解放!」」」

 

 黒、白、ミントグリーンの魔力(インク)が滲みだした獣魂栞を、三人はそれぞれ自分のグリモリーダーに挿入する。

 そして十字架を操作して、最後の呪文を叫んだ。

 

「「「クロス・モーフィング!」」」

 

 魔装変身。

 グリモリーダーから各自の契約魔獣が持つ色のインクが放たれる。

 インクは三人の身体を包み込み、黒、白、ミントグリーンの魔装へと姿を変えていった。

 

 変身を完了した三人は、魔力によって形成された仮面越しに夜の街道を目視する。

 

「わぁぁ、本当に幽霊さんだ~」

「これは少々、変身したのを後悔せざるを得ませんわ」

「……」

 

 変身時に発生する強力な魔力に反応したのか、幽霊達は一斉に三人に狙いを定める。

 アリス達は各々の獲物を手にして、すぐさま臨戦態勢へと入った。

 

「さぁ御二方、行きますわよ」

「がんばります!」

「お仕事、タイム」

 

 夜のバミューダシティで、三人の少女操獣者と幽霊軍団の戦闘が始まった。



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Page41:君は、幽霊を見たか!?②

「んしょ」

 

 迫りくる幽霊に臆せず、オリーブは持参してきた大槌型の魔武具(まぶんぐ)を構える。

 【重量自在魔槌】イレイザーパウンド。

 使用者が込めた魔力(インク)に応じて重さを変化させる、オリーブ愛用の魔武具だ。

 

「重さは、このくらいかな?」

 

 魔力を流し込むと、オリーブの両手にズシンと強い重みが生じる。当のオリーブにとっては軽いものではあるが。

 

「そぉーれ!」

 

 豪快に空気を引き裂きながら、イレイザーパウンドを幽霊に叩きつけるオリーブ。

 物理的な防御は殆ど意味を為さない超重量級の一撃だが、それが通用する事はなく、幽霊の身体をスカッと通過してしまった。

 

「あれ、当たらない? ……ってきゃぁぁ!?」

 

 自分の攻撃がすり抜けてしまったことに驚くオリーブ。

 その隙を逃すものかと、幽霊達が風の音を鳴らしながら大鎌を振り下ろして来たので、オリーブは悲鳴を上げながらそれを紙一重で回避する。

 

 その後も何度か攻撃を試みるも、その全てが幽霊の身体をすり抜けてしまった。

 

「あうぅぅ、やっぱり幽霊にハンマーは効かないですよぉ!」

 

 涙声で叫ぶオリーブ。

 少し気が抜けてしまった所為か、背後から迫ってくる幽霊の存在に気づけなかった。

 勘づいて振り向いた時には反撃する間もなく、襲い掛かる大鎌の切っ先はオリーブの眼前にまで近づいていた。

 

「背後からレディに襲い掛かるなんて、おイタが過ぎましてよ」

 

――弾ッ! 弾ッ!――

 

 幽霊の大鎌がオリーブにぶつかるよりも早く、銃声が二発鳴り響く。

 爆散する幽霊の向こう側には、二挺の銃型魔武具を構えたマリーが立っていた。

 

「マリーちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして。無礼な殿方にはお仕置きが必要ですから」

「幽霊さんって、男の人だけなのかな?」

 

 少し困惑気味の声を漏らすオリーブ。

 

「オリーブさんはわたくしの後ろに。可能な限りでの援護をお願いしますわ」

「う、うん」

 

 自分が仲間の足手まといになっていると感じたオリーブは、か細い声で返答する。

 

 だがそんな事は露知らず、幽霊達は容赦なくマリーとオリーブに狙いを定める。

 マリーは両手に持った銃型魔武具をクルクルと華麗に回した後、その照準を幽霊に合わせた。

 

「お引き取り願いますわ、無粋な幽霊さん(ミスターゴースト)

 

 速度を上げて襲い掛かる幽霊に、マリーは右手に持った黒い銃の引き金を引く。

 

「撃ち抜きなさい、クーゲル!」

 

――弾ッ!――

 

 放たれた魔力弾を喰らって、無残にも爆散する幽霊。

 だがこれで全てを倒せる訳ではない。

 追撃にくる幽霊に向かって、今度は左手に持った赤い銃の引き金をマリーは引いた。

 

「続いて、シュライバー!」

 

――弾ッ!――

 

 間髪入れず放たれた魔力弾が追撃する幽霊を撃ち落とす。

 その間にマリーは並列思考を行って、もう片方の銃に魔力弾を込める。

 

 どこかボールペンを想起させる造形を持つ二挺の銃。

 これがマリーのメイン武器、【黒銃】クーゲルと【赤銃】シュライバー。

 二つで一つの姉妹銃である。

 

 弾込めを終えた方で銃撃している間に、もう片方に弾込めを行う。

 こうして隙を作らないように、マリーは襲い掛かる幽霊を次々に撃ち落としていった。

 

「魔力弾は有効のようですわね……ですがこの数は」

「少しじゃなくて多すぎるよ~」

 

 軽く目算しても三十は超えている幽霊の大群。

 マリーの撃つ魔力弾だけでは到底対処しきれない。

 

「マナ、エンチャント」

 

 マリーが浮遊する幽霊を少しづつ撃ち落としていると、その横からミントグリーンの魔力を纏ったナイフが投擲だれてきた。

 

「アリスも、いる」

「アリスさん。恩に着りますわ」

 

 アリスが投擲したナイフは幽霊の頭部に突き刺さり、そのまま幽霊は霧散してしまった。

 マリーとオリーブに対して攻撃の手を緩めてはこない幽霊達。アリスはそれに向けて刃に魔力を被わせたナイフを投擲し続ける。

 

 マリーも負けじとクーゲルとシュライバーで応戦するが、如何せん数が多い。

 攻撃と回避を繰り返すうちに、気が付けばマリーから離れてしまったオリーブが完全に孤立してしまった。

 

「オリーブさん!」

 

 攻撃を続けながらも、オリーブから目を離さないようにしていたマリーが声を張り上げる。

 なんとか幽霊の猛攻を回避していたオリーブだが、その背後で既に大鎌を振り下ろし始めた幽霊の姿があった。

 

 オリーブの回避は間に合いそうにない。アリスの距離は離れている。

 マリーもつい今さっき二挺共魔力弾を撃ってしまったばかりだった。

 

 あまりの事に、マリーは幽霊の動きがスローモーションに見える。

 終わった……マリーとオリーブの脳裏にそんな言葉が浮かんだ次の瞬間。

 

――弾ッ!――

 

 一発の魔力弾がオリーブを襲う幽霊を撃ち抜いた。

 

「よし、間に合った」

「レイさん」

「レイ君!」

 

 二人の目の前には、コンパスブラスター(銃撃形態(ガンモード))を構えたレイの姿があった。

 

「あの爺さんは宿の中に放り捨てといた」

「放り捨てって……」

「雑ですわね」

「スピード重視した結果だ、不可抗力――ッと!」

 

 話終わる間もなく、追撃に来た幽霊を銃撃するレイ。

 少し学習したのか何体かで一斉に襲い掛かって来るが、大方はレイの銃撃で、残った少数はアリスが援護で投擲したナイフによって爆散していった。

 

「おかえり、レイ」

「はいただいま……でアリス、状況は?」

「見ての通り」

「変わらずか」

 

 トテトテと此方に来たアリスから状況を確認するも、これと言って変化は無い。

 幽霊も随分撃破したつもりだったが、レイ達には特に減っているようにも見えなかった。

 

「とにかく片っ端から片付けよう。じゃなきゃどうにもなんねー」

「そうですわね」

 

 見渡す限りには、レイ達の隙を突かんと臨戦態勢を崩さない幽霊の大群。

 特に、先程老人が魂を抜き取られた瞬間を目撃しているレイは表にこそ出さないが、少し焦りを覚えていた。

 

「あの鎌には気をつけろよ、アレに斬られたら魂持ってかれる」

「それはジョークにもなりませんわね」

 

 異質な存在を前にしているからか、マリーも仮面の下で少し顔を青くさせる。

 言葉を交わしながらも各々の魔武具に魔力弾を込めていたレイとマリー。

 魔力弾を込め終えるとほぼ同時に、周囲で構えていた幽霊達が攻撃を再開してきた。

 

「っ! 言ってる傍からかよ!」

 

 コンパスブラスターの銃口を幽霊に向けて、狙い撃っていくレイ。

 アリスとマリーは少し離れた位置で幽霊を討伐していた。

 

 次々現れる幽霊の攻撃を回避しながら反撃するレイ。

 ふと後ろを見ると、両手でイレイザーパウンドを持ちながら何もできずにいるオリーブの姿があった。

 

「オリーブ?」

「ひゃい!? あ、えと、その……」

 

 しどろもどろになるオリーブを見て、レイはおおよその事情を察した。

 

「もしかしなくても、物理攻撃全部無効化されて打つ手が無くなったんだろ?」

「あうッ! ……はい」

「やっぱりか……なぁオリーブ、一つ質問があるんだけど」

「ふぇ?」

「イレイザーパウンドを魔力(インク)塗れにできるか?」

「それくらいなら、できますけど」

「じゃあ問題無しだな――っと!」

 

 近づく幽霊をを銃撃しつつ、レイは言葉を続ける。

 

「あの幽霊に有効なのは魔力弾じゃなくて魔力そのものだ。だから物理攻撃であっても、魔力に塗れた状態なら」

「私でも、戦える……」

「そう言うこと。敵さん数が多いからな、背中任せるぞ」

「~~~~ッ!」

 

 レイに「任せる」と言われたせいか、仮面の下で茹で蛸のように赤面するオリーブ。というか頭頂部から湯気が出ている。

 歓喜で叫びたくなる気持ちを一所懸命に抑えながら、オリーブはイレイザーパウンドの槌頭を黒い魔力で被いつくした。

 

「休んでいた分はしっかり働きます!」

 

 オリーブは近くにいた幽霊に向かって、魔力塗れとなったイレイザーパウンドを強く叩きつけた。

 先程までは全てすり抜けていたが、今度の攻撃は幽霊の身体をすり抜けない。

 オリーブの魔力を帯びた攻撃をもろに受けた幽霊は無残にも霧散していった。

 

 ようやく自分の攻撃が通用したことで、オリーブは仮面の下でパァァっと晴れやかな表情を浮かべた。

 

「レイ君、いけました!」

「そうかそうか、じゃあそのまま、他の敵も頼む! 数多いんだよ!」

「はい!」

 

 攻撃を仕掛ける幽霊を魔力弾で撃ちながら、レイはオリーブの歓喜に答える。

 確かにレイが言う通り、まだ倒せた幽霊は一体のみ。

 そして当の幽霊はまだまだ大量にいる。

 

「いっぱいいるなら、まとめて倒します!」

 

 オリーブは槌頭を被う魔力の量を一気に増やす。

 そして空中に密集して浮かんでいる幽霊達に、その狙いを定めた。

 

「レイ君、頭下げてください!」

「あいよ」

 

 フレイアと出会った時の事が少しトラウマなのか、レイは素直にその場で姿勢を低くした。

 

「そーれ!」

 

――ブオオン!!!――

 

 凄まじい重量と風を抉る音がレイの頭上を猛スピードで通過していく。

 オリーブがイレイザーパウンドをブーメランの如く投げたのだ。

 円盤の様に見える残像を描きつつ、空中を駆けるイレイザーパウンド。

 U字の軌道を描きつつ、その軌道上にいた十数体の幽霊を次々に爆散させていった。

 

 そして勢いを弱めないイレイザーパウンドは、そのまま持ち主であるオリーブの手に綺麗に戻って来た。

 

「よいしょ! いっぱい倒せました!」

「オリーブ、そのハンマー今何十キロ?」

「三トンくらいです」

「ハハ……マジかよ」

 

 想像以上の超重量を投擲していた事に、レイは思わず苦笑いする。

 オリーブが怪力だという事は知っていたが、レイが知る時よりも明らかにパワーアップしていたのだ。

 

『レイ、よそ見をしている暇は無いぞ』

「おっと、そうだな」

 

 各々有効な戦闘手段を見つけたところで、再び幽霊との交戦を始める。

 変幻自在に軌道を変えて襲い掛かる幽霊達。だが感覚神経や反射神経が強化されている今のレイにとっては、実に遅いものであった。

 一体一体確実に魔力弾で撃破していくレイ。

 

 少し余裕ができると、レイは注意深く幽霊を観察する。

 

「(あの幽霊の身体は霧状の魔力(インク)が集まったもの。つまりは魔力の塊で出来た人形のようなものの筈だ。それにしては……)」

 

 何者かが魔力を編んで作った存在にしては動作が複雑するぎる。

 ボーツと異なり、この幽霊は完全に魔力だけで身体が構成されている。ならばその動きを操るのは幽霊自身ではなく、幽霊を作り出した者の筈だ。

 

「(しかもこの数、一体の魔獣や操獣者で操れる量じゃない……いや、それ以前にこの幽霊達の動き、ある程度の自我でも持ってるみたいだ)」

 

 法則性のある動きが基本のようだが、時折その法則を崩してくる幽霊。

 レイはその動きに妙な違和感を覚えていた。

 

「何か種はある筈なんだけ――どゥオ!?」

 

 顔の真横を通過してきた大鎌を間一髪で回避するレイ。

 幽霊の正体を推察する暇もなくなり、気が付けば自身の周囲には十数を超える幽霊が構えていた。

 

「一体ずつ撃ってちゃあ、終わらないか」

 

 頭の中で魔力弾の術式を瞬時に構築、コンパスブラスターに流し込む。

 今まで使っていた物とは異なる術式と大量の魔力を用いて魔力弾を作り出す。

 

 囲まれては逃げられまいとでも考えたのだろうか。幽霊は一斉にレイに襲い掛かった。

 

「まとめて一気にぶっ飛ばす!」

 

――弾弾弾弾弾弾弾弾ッッッ!!!――

 

 機関銃の如き魔力弾の連射。

 体をぐるりと回しながら放たれる魔力弾に、周囲の幽霊達は次々に撃ち抜かれていった。

 

 その光景を見たマリーは驚いた様子で、声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと何ですのその連射は!?」

「固有魔法で基礎魔力上げて、連射に適した術式を組んだんだ」

「わたくしは二挺使ってようやく疑似連射だと言うのに、ズルくありませんか!」

「へーんだ! 悔しかったら俺より早く超高速並列思考やってみろってんだ」

「むぅぅぅ」

『レイ、あまり調子に乗るな』

 

 スレイプニルに諫められて少し冷静になるレイ。

 銃撃手(ガンナー)としてのプライドに触れたのか、マリーはどうにかしてレイを驚かせたいと考えていた。

 

 そして街道を浮遊する無数の幽霊と、先程のオリーブのやり方を思い返して、ある事を閃いた。

 

「いい事思いつきましたわ」

 

 クーゲルとシュライバーの銃口を空中に向けるマリー。

 

「固有魔法【水球設置】、起動」

 

 マリーの契約魔獣ローレライの固有魔法が起動して、クーゲルとシュライバーにその力が装填されていく。

 

魔水球(スフィア)、シュート!」

 

 マリーがクーゲルとシュライバーの引き金を引くと、先程まで撃たれていた魔力弾ではなく、白い魔力に包まれた小さな球体が勢いよく射出された。

 弾道上の幽霊を二・三体巻き込みながら、球体は空中で魔水球となって静止した。

 一つだけでは終わらない、マリーは二挺の魔武具を駆使してあちらこちらに魔水球を設置していった。

 

 あからさまに怪しい魔水球を前に、流石の幽霊も近づこうとはしない。

 魔水球を避けながら、空中にいた幽霊はマリーに襲い掛かり始めた。

 だがそんな事はマリーにとって想定内。

 

「ごめんあそばせ、ミスター。既にわたくしの射程範囲ですわ」

 

 マリーがそう言うと、空中で静止していた魔水球が一斉に破裂し始めた。

 

「ヴァッサー・パイチェ、全方位射出ですわ」

 

 魔水球から高速で放たれたのは魔力で出来た水の鞭。

 蛇の如き変則的な軌道を描いて幽霊達の身体を切り裂いていく。

 

「まだまだ行きますわよ!」

 

 念動操作を組み込んであるので、マリーの思念に合わせて水の鞭は最寄りの幽霊へと狙いを変えて攻撃する。

 それも、幾つも設置された魔水球から放たれる鞭全てを駆使して幽霊を撃破していく。ローレライのサポートのおかげでマリーの限界を超えた数の魔水球を操作できているのだ。

 

 気づけば街道の上を飛んでいた幽霊の三分の一が、マリーの魔法によって撃破されてしまった。

 レイはその様子を呆然と見つめる。

 

「ふふ、いかがですか?」

「スゲぇ……」

 

 誇らしげな様子で問いかけてくるマリーに、レイはただ静かにそう答える他出来なかった。というか下手な事を言ってこじれさせたくなかった。

 

 だがそれでも、まだ幽霊が全て撃破出来た訳ではない。

 数は減ったがまだまだ攻撃の意志を向ける幽霊は多くいる。

 レイ達はそれを撃破していくが、一向に終わる気配が見えてこない。

 

「くっそ、こいつら何体いるんだよ!」

「これじゃあキリが無いですよ!」

 

 倒しても倒しても襲い掛かって来る幽霊。

 恐らく後から出て来た幽霊も多数いるのだろう。

 

 レイ達が幽霊の攻撃を回避しつつ反撃している隣で、アリスは悠々と魔力を帯びたナイフで幽霊を撃破していた。

 

「これ、何体くらいいるのかな?」

「さぁな……ところでアリス」

「なに?」

「なんかお前だけ幽霊に襲われてない気がするんだけど」

「……うん。幽霊の好みじゃないのかな?」

「好みで襲う対象選んでんのかよ、この幽霊どもは!」

 

 色欲の罪で地獄に堕ちてしまえとレイは内心悪態をつくが、口に出す余裕はない。

 レイは魔力弾の連射で、マリーは魔水球を駆使して、オリーブはイレイザーパウンドの投擲で少しでも多くの幽霊を撃破するように戦う。

 相変わらず幽霊の標的にならないアリスも、ナイフを駆使して幽霊を各個撃破していく。広範囲に影響する攻撃技を持っていないのだ。

 

「チクショー、ちょこまか動きやがって! もう少しじっとしやがれ!」

「じゃあ、止めてみるね」

「は?」

 

 そう言うとアリスは右手にミントグリーンの魔力を集め始めた。

 

「広域散布型、コンフュージョン・カーテン」

 

 アリスの右手に集まっていた魔力が霧状になって街道全体に散布される。

 停止の幻覚を含んだ霧を浴びた幽霊達は瞬く間にその動きを止めてしまった。

 

「止まったよ、レイ」

「ナイスだアリス!」

 

 空中で硬直している幽霊に向けて、レイは片っ端からコンパスブラスターで銃撃していく。

 マリーやオリーブもこのチャンスを逃がさんと、次々に攻撃を加えていくが、ふとマリーがある疑問を口にした。

 

「あの……アリスさんの魔法、わたくし達も浴びているのですが」

「大丈夫だ、どーせ俺達には影響が出ないように上手く術式を組んでる」

「うん。アリスそういうのは得意だから」

 

 なるほどとマリーは納得する。確かにこれだけ広範囲に散布された幻覚魔法だと言うのに、自分達だけはこれと言って影響が出ていない。

 攻撃の手は緩めず、幽霊の動きが止まったこの瞬間を使って、レイ達は少し呼吸を整えた。

 

「けど、アリスもよく思い付いたな」

「うん。魔力攻撃が効くなら、こういう幻覚魔法も効くかなって思って」

『なる程。魔力の集合体であるが故に、威力の弱い幻覚魔法でも尋常ならざる速さで身体に浸透していったという訳か』

「ふわぁ、そういう事なんですか」

 

 スレイプニルの解説で仕組みを理解したオリーブが感嘆の声を零す。

 身体の自由を奪われた幽霊を四人がかりで掃討したので、ものの数分で街道から幽霊の姿は消えて無くなった。

 

 だがその矢先、またもや街中を『カランカラン』と鐘の音が鳴り響く。

 

「鐘の音? でも何処から……」

「教会の鐘じゃないよね」

 

 奇妙な鐘の音にキョロキョロするオリーブとマリー。

 だが先程の幽霊の事もあって、嫌な予感がしたレイはすぐに視線を空に向けた。

 

「嘘だろ、オイ……」

 

 レイに釣られて空を見たオリーブ達も、その光景に唖然となる。

 バミューダシティの空が無数の幽霊で覆われていたのだ。

 

「スレイプニル……あれ全部海から来てるよな」

『恐らくな』

「待ってください、アレ全部倒さないといけないんですか!?」

「幽霊さん、街中に広がってるよね……」

「いくら何でもこの数を相手にするのは無理がありますわ!」

 

 膨大過ぎる幽霊の数を目の当たりにして、マリーとオリーブが悲鳴のような声を上げる。

 

「けど相手しないと不味いだろ」

「限度がありますわ! 魔水球の罠を設置し回っても、こんな数は捌ききれません」

「アリスの魔法も、さっきのが一番広範囲」

「四人で手分けしても難しそうですね」

 

 歯を食いしばって首の裏を掻くレイ。

 思考をフル稼働させて最適解を導こうとするが、中々上手くいかない。

 

「街中の幽霊をなんとかして、更に鐘の音の元を調べる……か」

「鐘の音ですか?」

「幽霊があの鐘の音に反応して動きを変えてたんだよ。何かしら関係がある筈だ」

『微弱だが音の中に魔力を感じる。何かしらの因果はあるだろうな』

 

 ともすれば事件の元凶の可能性すらあると言われて、一同の間で緊張が走る。

 両者共に優先して解決すべき事項であるとは皆分かりはしたのだが……

 

「でも、二つ同時は難しい。鐘の音を優先すれば幽霊が街中に行っちゃう」

「幽霊を優先すれば、今度は鐘の音を調べる余裕が無くなっちゃいます」

「仮に幽霊を素早く対処しようとしても、街中の幽霊を一気に止めようとするなら、それこそ街全体を攻撃する手段でも持っていない限り不可能ですわ」

 

 そう上手くはいかない、完全に取得選択を迫られてしまった。

 どちらを優先した行動をすべきか、レイは頭の中で必死に思案する。

 

「街の広さに対して、私達じゃ小さすぎますもんね」

「!!」

 

 それは、オリーブが発した何気ない一言であった。

 その一言を聞いた瞬間、レイの中で何かが閃きそうになった。

 

「オリーブ、今何て?」

「え? 街の広さに対して、私達は小さすぎ――」

「それだ!!!」

 

 思わず声を張り上げてしまったレイに、ビクッと驚くオリーブ。

 

「なぁアリス、コンフュージョン・カーテンはロキも使えるのか?」

「うん、使える……あ、そういう事」

『キュッキュイ!』

 

 レイの質問を聞いて、アリスはすぐにその意図に気が付いた。ロキも獣魂栞から字面だけは可愛い返答をする(声は低め渋め)。

 

「俺の記憶が合ってれば、ロキって飛べたよな?」

「うん、飛べる」

「もぉぉぉ! 御二人だけで話を進めないでくださいまし!」

「おっと、悪い悪い」

「レイ君、どうするんですか?」

 

 堪りかねたマリーのお怒りとオリーブの質問で、レイは自身が閃いた作戦を話し始めた。

 

「簡単な話だ。小さくてどうにもならないんだっら、()()()()()()()()

 

 随分と抽象的なレイの発言。だがマリーとオリーブに理解を促すには十分な情報量であった。

 

「なるほど、鎧装獣(がいそうじゅう)になるという事ですか」

「確かに鎧装獣で大きくなれば何とかなるかもしれませんね。でも誰がするんですか?」

「アリスとロキがやる。空から街へコンフュージョン・カーテンを散布すれば、街中の幽霊の動きを止められるはず」

「で、俺達はその間に鐘の音の発生源を調べるって訳だ」

 

 幸いアリスの幻覚魔法は、発動者であるアリス自身が解除しない限り数時間に渡って有効となる。

 仮に鐘の音から何も見つからなくても、すぐに街中の幽霊を撃破しに行けば数時間以内で済む。

 

 全員の間で作戦が共有されると、アリスはトコトコとオリーブの元に歩み寄ってきた。

 

「ねぇオリーブ」

「はい、なんですか?」

「アリスを空に投げて。ここで大きくなったら、街が壊れるから」

「そういう事でしたらお安い御用です!」

 

 オリーブの快諾を受けたアリスは、助走をつけるために少しばかり距離を取る。

 そしてオリーブは両手を前に出して打ち上げる為の構えを取った。

 

 さぁ、作戦開始だ。

 

「いくよ、オリーブ」

「はい、どんと来いです!」

 

 一気に駆け出したアリスはタイミングよく跳ねて、オリーブの両手の上に足を乗せた。

 

「そーれ!」

 

 自身の手とアリスの足裏が接触した瞬間、オリーブは両腕を勢いよく振り上げて、アリスを上空に打ち上げた。

 

 

 高さはおおよそ二十メートル。

 オリーブが上手く加減してくれたおかげで、アリスは高過ぎず低過ぎない丁度いい高度に到達していた。

 

「いくよ、ロキ」

『キュイキュイ!』

 

 落下時の風の音が耳に障る中で、アリスはグリモリーダーを取り出し十字架を操作した。

 

「融合召喚、カーバンクル!」

 

 グリモリーダーからインクが放たれて巨大な魔法陣を描き出す。

 それと同時に、ロキの魔力とアリスの肉体が急激に混ぜ合わさっていく。

 混ざれば混ざる程に、魔法陣から溢れ出たエネルギーが巨大なウサギのような像を紡ぎ始めた。

 

『キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、イィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

 

 魔法陣が消え、ミントグリーンのシルエットと化していた像から光が弾け飛ぶ。

 その下にはアリスの姿は無く、在ったのは()()()()()()()()()()()()()()ロキの姿であった。

 

「キュイッ! キュイッ!」

『久しぶりだけど、上手くいったね』

 

 これが操獣者と魔獣が融合した姿【鎧装獣】である。

 

 今までアリスに抱きかかえられていた小さな魔獣の面影は殆ど無くなっていた。

 残っているのはミントグリーンの体色とウサギの様なシルエットくらい。

 十数メートルはあろうかという巨体を、ロキは両の耳を翼代わりにして見事に飛ばして、レイ達の近くに戻ってきた。

 

「キューキュイ!」

「おー、デカくなったな」

『アリスとロキは幽霊を止めに行くね』

「おう、頼んだ」

 

 肉体の主導権がアリスからロキに変わっているので、巨大化したロキからアリスの声が聞こえるのが奇妙に感じるレイ。

 

 ロキは両耳を大きく広げながら再びバミューダの空に舞い上がる。

 

『超拡散型、コンフュージョン・カーテン』

「キュゥゥゥイ!」

 

 鎧装獣となったロキが咆哮を上げると、広げた両耳の裏側に眼の様な紋様が出現する。

 そしてそこを中心として、アリスとロキは幻覚魔法を含んだ魔力を集めていく。

 ある程度集まった後、ロキはバミューダの空を飛行しながら、両耳に集めた魔力を一気に霧状にして散布し始めた。

 

 

 レイ達はロキの姿が見えなくなるまで、その様子を地上から見届けた。

 カランカランと鐘の音は未だ鳴り続けている。当然幽霊もその音に合わせて動きを変え続ける。

 

「俺達も行こう」

「そうですわね」

「私達も頑張りましょう!」

 

 武闘王波で強化された聴力で、レイは鐘の音が聞こえて来る方角を探り出す。

 

「こっちか!」

 

 レイ達三人は道中で静止している幽霊を撃破しつつ、鐘の音が鳴る場所へと急行した。



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Page42:蛇が、誘い出す!

 レイ達が幽霊と戦っている頃、バミューダシティで動いている者は人獣問わずほとんど居なかった。

 特に人間は軒並み気を失っており、偶々外で動けた者は早々に幽霊の餌食となっていた。

 

 そんな中でカラン、カランと手に持った鐘を鳴らしながら歩く影が一つ。

 幽霊は()()にだけは大鎌を向ける事はなく、辛うじて意識を保っていた魔獣もソレに対しては恐れをなして近づこうともしない。

 

 カラン、カラン……ズル、ズル、ズル……。

 金と水晶で構成された鐘を、手首のスナップだけで上手く鳴らしてソレは歩く。

 いや、這い進むと言った方が正しいか。

 足の無い下半身を這わせながら、ソレは悠々と街道を進んでいた。

 

「……ハグレは見つからんか」

 

 鐘を鳴らしながら、何処か苛立った声でソレは吐き捨てる。

 手に持った鐘から幽霊の情報が伝わってくるが、ソレが探し求めるハグレなるものは見つからない。

 

「急がなければ、あの方にお見せする顔がない」

 

 僅かな焦りを含んだぼやきを吐きながら、今日も今日とて鐘を鳴らし続ける。

 

 カラン、カラン。

 ズルズルズル。

 下半身を這わせながら街中の幽霊を指揮していると、ソレは手に持った鐘から異変を感じ取った。

 

「む?」

 

 幽霊が消滅していっている。それも一体や二体ではなく、何体も連続して消え去っているのだ。

 首を傾げながら鐘を数回振ってみるが、やはり幽霊は消えていく。

 それどころか、ほとんどの幽霊が動かなくなっているではないか。

 

 ふと空を見上げれば、街道にはミントグリーンの霧が降り注いでいる。

 幻覚魔法を含んだ霧に気がついたソレは、ある事を思い出していた。

 

「あぁ、そういえば今日はGODの操獣者が来ているのだったな」

 

 この前から街に滞在している二人組と昼間に新しく来た二人。

 バミューダの住民の誰かが依頼をしたのだろう。さしずめ内容は幽霊船騒動を何とかしてくれと言ったところか。

 

「全く、私も忙しい身だというのに……どれ」

 

 やれやれと仕方なさそうな様子で、ソレは高く掲げた鐘を鳴らす。

 海の方から新たな幽霊を呼び寄せる為の音色だ。

 

「どうせ木端の操獣者には何もできん。だが私の使命を邪魔するのであれば、相応の対応をせざるを得んなぁ」

 

 消滅していく幽霊の情報から敵の居場所を察知する。

 鐘を鳴らして、敵対者を誘導するように、ソレは幽霊を配置した。

 

「ハグレも見つからんのだ……精々私の暇つぶしにはなっておくれよ?」

 

 最早敵を敵と認識すらしていない余裕を振りまく。

 こちらに向かって来る操獣者は三人。

 ソレにとっては、数にすら入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ミントグリーンの霧が降り注ぐ街道をレイ達は走り抜ける。

 

――カラン、カラン――

 

「ッ! こっちか」

 

 強化された聴力を活用して、レイは鐘の音の出処を割り出していく。

 その道中、アリスが散布した魔法の影響で静止している幽霊を撃ち落としていくが、やはり数が多い。

 

「これあと何体いるんですかー!?」

「オリーブさん、もう数は気にしない方がよろしいかと……わたくし達の精神衛生の為にも」

 

 アリスのおかげで攻撃してこないとはいえ、流石にこうも湧いて出て来ては堪ったものではない。

 オリーブも思わず泣き言を叫んでしまうが、レイはそれにどうこう言おうとは思わなかった。

 

 コンパスブラスターで幽霊を撃ち落としながらも、足を止めないレイ。

 攻撃を回避する必要が無い分余裕が出来たので、レイは少しばかり幽霊達を観察してみる。

 

「(ん? ……あの光って……)」

 

 霧散して消えていく幽霊の身体から天へと昇っていく、小さく淡い光の玉。

 それは先程、スレイプニルが教授で知った魂の光であった。

 幽霊なのだから、彷徨う死者の魂が中に入っていても不思議に思う者は少ないだろう。

 だがレイは、何か言い知れぬ違和感を覚えていた。

 

「(霊体……魂……肉体……何か引っかかる)」

『気をつけろレイ、音が近くなってきたぞ』

 

 スレイプニルの言う通り、既に鐘の音は大きく聞こえるようになっており、武闘王波による強化を使わなくても何か異質な力を感じ取れるまでになっていた。

 

「なんだか、少しピリピリした感じがします」

「これは、確実に何かありますわね」

『そうであろうな。我が海中で感じ取った力と同じものを感じる」

「てことは大当たり(ジャックポット)か。なら話は早い、速攻で犯人をぶっ飛ばす!」

『(だが、何だこの気配は……人間でも魔獣でも、操獣者でもない。もっと邪悪な何かが混ぜ合わさっているような……)』

 

 徐々に濃くなっていく奇妙な気配に、スレイプニルは強い警戒を抱く。

 それに伴うかのように、街道に溜まる幽霊の数も増えていた。

 それはまるで、その先にある何かに近づけないようにしているとも捉えられる光景だった。

 

「なんと言いますか、あからさまとでも言うべきなのでしょうか」

「誘導されてるみたいで少し腹が立つな」

 

 だが敵の方から案内してくれるのであれば、それに乗ってやるまでの事。

 レイ達は迷う事なく、街の中を突き進んだ。

 

 やがて、気がつけば一行は広場の入り口近くまで来ていた。

 見上げてみれば空に蓋をするように密集している幽霊の大群。

 近く大きく聞こえる鐘の音に、肌を冷たく撫でる魔力の気配。

 

「こりゃ犯人とご対面ってやつかな? あっさり過ぎて少し拍子抜けな気もするけど」

「でも、なんだか嫌な感じ……ゴーちゃんもすごく警戒してます」

「ローレライもですわ……」

「けど進まなきゃ話は始まらない、か」

『レイ、十分に警戒するのだぞ』

 

 了解と軽く返事をして、レイは広場に足を踏み入れる。

 広場はだだっ広く、人や獣の姿は見えない。

 後ろからついてきたオリーブとマリーも広場を見渡すが、あるのは中央に佇む噴水くらいだ。

 

 いや、噴水の向こう側、レイ達の死角から何かが聞こえてくる。

 ズルリズルリと何か大きなものが這い進んでいるような音だ。

 

 何かいる。

 レイ達が一斉に魔武具(まぶんぐ)を構えた次の瞬間。

 

『ッ! レイ、正面からくるぞ!』

 

 スレイプニルの叫びを聞いたレイは咄嗟にコンパスブラスターを剣撃形態《ソードモード》にして防御体制をとった。

 すると正面に有った噴水が轟音と共に突然砕け散り、その向こう側から巨大な魔力弾がレイ達に襲いかかってきた。

 

「マリー! オリーブ!」

「言われなくてもですわ!」

「ゴーちゃん、お願い!」

 

 レイが声をかけるよりも早く、マリーは水の防御壁を生成。

 オリーブは契約魔獣の力を使って魔装の強度を上げて、防御体制をとった。

 

 それから一秒もしないうちに、巨大な魔力弾はレイ達に着弾。

 けたたましい音を立てながら爆発し、レイ達がいた場所の地面を派手に砕いた。

 

 視界を遮る程の砂埃が辺り一面に舞い上がる。

 

「ゲホッゲホッ、二人とも無事か?」

「大丈夫ですけど、目が回ります〜」

「わたくしも問題ありません。見た目ほど貫通力は無かったようですわね」

『おそらく、わざと加減したのだろうな』

「手ぇ抜いてご挨拶ってか? 舐めた事してくれるじゃねーか」

 

 ゆったりとこちらに近づいてくる敵の音が更に腹立たしさを際立たせる。

 苛立ち任せに、レイはコンパスブラスターを大きく薙いで砂埃を吹き飛ばした。

 

 さぁ犯人の面を拝んでやろうか。

 そう思って顔を上げた瞬間、レイはソレの姿を見て身体の動きが止まってしまった。

 マリーとオリーブも同じだった。ソレの姿があまりにも常識から外れてきっていた故、すぐに理解できなかったのだ。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……三人? あぁ、もう一人は鎧装獣となって空に行ったか」

 

 ソレは淡々とレイ達の人数を数える。

 我に帰ったレイは、ふとメアリーが言っていた言葉を思い出していた。

 

―― ヘビと人間を、もっとグチャグチャに混ぜた、感じ?――

 

 今なら解る、メアリーの表現は何一つ間違っていなかったと。

 

 ソレの下半身は白く大きな蛇の身体であった。

 ソレの上半身は白い鱗が生え、ずんぐりとした人間の胴体に蛇の頭がくっついていた。

 ソレの外見は蛇と人間が完全に混ぜ合わさっている、おぞましい怪物であった。

 魔獣ではない、人でもない、ましてや操獣者でもない。ソレは異形としか形容できない存在だった。

 

 レイはコンパスブラスターを握る手に力を込める。

 コイツは不味い、コイツは危険過ぎる。

 目の前の異形に、レイの本能が危険信号鳴らしていたのだ。

 

「まぁ良い。小賢しい霧を撒いている者は後で片付けるとして、今は目の前の羽虫に集中しなくてはなぁ」

「テメェ……何者だ」

「ふむ、奇妙な事を聞くものだな。見ての通りだが」

「あーそうかい、グチャグチャモンスター。お前が幽霊ばら撒いた犯人でいいのか?」

「酷い言われようだな、若者ならもう少し綺麗な言葉を使ったら――」

 

――斬ァァァン!――

 

 異形が言葉を言い終えるより早く、レイはコンパスブラスターの斬撃を放った。

 高速で飛来していく斬撃。だがそれは異形の身体を斬りつけるより早く、異形の下半身……巨大な蛇の尾で弾き飛ばされてしまった。

 無言で睨み合うレイと異形。

 

「こっちの質問に答えろ」

「やれやれ、堪え性の無い(わっぱ)だ。この幽霊共を解き放った者を知りたいのだったな? それなら私だな」

 

 悪びれる様子など微塵もなく、異形はあっさりと自分が犯人だと認めてしまった。

 それならば話は早いと、レイ達は改めて各々の魔武具を構える。

 

「つまりお前が全ての元凶で、とっ捕まえるべき敵ってわけだな」

「そうだな……だがそれは私にとっても同じだ。私の崇高な使命の邪魔をしたお前達は、殺すべき私の敵という事だ!」

 

 瞬間、爆風の如く異形から溢れ出た殺気が辺りを被いつくす。

 凄まじい殺気に圧倒されそうになるが、レイ達は何とか正気を保っていた。

 

「ふん!」

 

 異形が腕を大きく振るうと、強烈な風が巻き起こった。

 その風は辺りの空気を巻き込み、アリスがばら撒いていた魔法を含んだ霧を瞬く間にかき消した。

 

「レイ君! マリーちゃん!」

「仕掛けてきますわ!」

「分かってるっての!」

 

 アリスの霧による拘束から抜け出した幽霊と、殺気を止めない異形がレイ達に狙いをを定める。

 異形が手に持った鐘をカランカランと鳴らすと、周囲の幽霊は一斉にレイ達に襲い掛かり始めた。

 

形態変化(モードチェンジ)、コンパスブラスター棒術形態(ロッドモード)!」

 

 レイは棒術形態にしたコンパスブラスターに魔力を纏わせて身構える。

 迫り来る幽霊をギリギリまで引き寄せ、そして……

 

「どらァァァァァァァァァ!」

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 武闘王波で強化された腕力を用いて、コンパスブラスターを豪快に薙ぎ払う。

 強力な攻撃用魔力を帯びた一閃を受けた幽霊達は、次々に爆発霧散していった。

 

 オリーブとマリーも負けじと、空中から襲い掛かる幽霊を撃破していく。

 空中を飛び交う幽霊と、それを討つ魔力弾とハンマー。

 それは少数対多数とは思えぬ荒々しい絵面であった。

 

「マリー、オリーブ! 幽霊の方は任せた!」

「え!? ま、任されました?」

 

 困惑するオリーブの声を背に、レイは敵の頭領である異形に向かって走り出す。

 だがそれを見た異形が鐘を数回鳴らすと、そう簡単には行かせまいと十数体の幽霊が行く手を阻んできた。

 

「くっそ、邪魔なんだよ!」

『だが正面に味方は居ない。レイ、マジックワイヤーを使え』

「じゃあスレイプニルも手伝え!」

 

 そう言うとレイは腰に下げていたグリモリーダーから銀色の獣魂栞を抜き取り、コンパスブラスターへと投げて挿入した。

 

「インクチャージ!」

 

 念動操作、出力強化……必要術式を瞬時に組み立てて、レイはコンパスブラスターに流し込む。

 

『今だ、レイ!』

「ワイヤー乱舞、喰らえ!」

 

 コンパスブラスターの先端から勢いよく飛び出た銀色のマジックワイヤー。

 それは生物の様に変幻自在に軌道を変えて、眼の前にいる幽霊達の身体を次々に貫いていった。

 

「爆ぜろ!」

 

 マジックワイヤーに内包された魔力を爆発させるレイ。

 身体の内側から爆破に巻き込まれた幽霊達は、連鎖するように消え去っていった。

 

「さぁて、次はお前だぜ蛇モドキ野郎」

「ほう、幽霊では足止めにもならんか。面白い」

 

 棒術形態のコンパスブラスターを槍の様に構えて、異形へと突進するレイ。

 だが異形は回避する素振りすら見せず、その場に立ったままであった。

 

「……だが、所詮は未熟な童よ」

「何ッ!?」

 

 驚愕の声を上げるレイ。

 その視線の先では、コンパスブラスターの切っ先を異形が素手で掴み取っていた。

 何とか振り払おうとするも、凄まじい握力で掴まれたコンパスブラスターはビクともしない。

 

「ほれ」

「!?」

 

 まるで幼子と戯れてやると言わんばかりに、異形は軽々とコンパスブラスターごとレイを持ち上げてしまった。

 このままではマズい、そう感じ取ったレイの行動は早かった。

 

 掴んでいたコンパスブラスターから、レイは手を離したのだ。

 レイの意外な行動に異形も少し呆気にとられる。

 だがその一瞬に隙ができた。

 

「武闘王波、脚力強化! そんでもって!」

 

 脚部に魔力を集中させると同時に術式を組み込む。

 

魔力爆破(インク・バースト)!」

 

 レイは強化された脚力を駆使した蹴りを、異形の頭部に叩きこんだ。

 そして足裏が異形の頭部に接触した瞬間に、脚部に集中させていた魔力を爆破させて更なる追撃を撃ち込んだのだ。

 

「ツッッッガァァァ!?」

 

 強烈な一撃に脳天を揺さぶられた異形は奇妙な悲鳴を上げてしまう。

 掴んでいたコンパスブラスターを手放し両手で頭を抱える。

 その隙にレイはコンパスブラスターを回収して、異形から少し距離を取った。

 

「痛ッてー、流石に爆破はやり過ぎたか」

『全く、無茶をする』

「悪い悪い。ところで敵さん、至近距離で脳天に爆撃食らったのに結構平気そうなんだけど」

『そうらしいな』

 

 激痛の走る頭を抱えながらも、異形は倒れ込む事なくレイを睨みつける。

 

「なッ、る、ほど……少しはやるみたいだな」

「悪いけどそれは過小評価だって教えてやる。お前の身体の方にな」

「ほざけ、ただの操獣者が私に敵うものか」

 

 そう言うと異形は懐から黒い円柱状の魔武具を取り出した。

 初めて見る魔武具にレイは少しばかり興味関心が向く。

 だがそれに反して、スレイプニルは信じられないといった様子で声を上げた。

 

『その魔武具はダークドライバー!? なるほど、その異形の出で立ち……貴様、ゲーティアの悪魔だな!』

「ゲーティア?」

『その目的、思想は不明だが、古き時代より暗躍する生命(いのち)を生命とも思わん外道の集団よ!』

「我々の事を知っているとは、中々に博識な獣だな」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、異形はダークドライバーの先端をレイに向ける。

 

「ならばこれは知恵者への褒美よ!」

『避けろ、レイ!』

「ッ!?」

 

 ダークドライバーの先端から、黒い炎が射出される。

 高速で接近する黒炎をレイは間一髪、横に跳んで回避した。

 

 標的を見失った黒炎はそのまま地面に着弾する。

 黒炎は爆風などを上げることもなく、ただ着弾した地面を大きく抉り抜いた。

 

「なんだアレ、衝撃一つ感じなかったのに……」

 

 出来上がったクレーターを見てレイは戦慄する。

 抉られたと言うよりも、溶かされたと言うよりも、無に帰されたとでも呼ぶべきものであった。

 万が一触れていればタダでは済まなかっただろう。

 

『焚書松明ダークドライバー。ゲーティアの悪魔が使う禁断の魔武具だ。気を付けろレイ、あの魔武具から放たれる炎は万物を喰らい尽くす』

「万物って、冗談じゃねーっての」

 

 だが脚色無い事実だというのは容易に理解できた。

 既に異形は次弾の発射準備に入っている。

 

「(回避するのは良いけど、オリーブ達に当たらない様にしなきゃな)」

 

 二人とも大量の幽霊に追われており、余裕があるとは言い難い。

 少しでも個々の負担を無くしつつ、迅速に敵を倒す必要があった。

 

 冷静に異形を観察。そしてレイはギリギリまでそれを引きつける。

 ダークドライバーの先端に集まった炎が肥大化しきる瞬間を見極めて――。

 

「(今だ!)」

「逃がすかァ!」

 

 発射直前にレイは広場を走り出す。

 照準が碌に定まっていない黒炎は、その悉くがあらぬ方向へと着弾していた。

 

「(とにかく二人に攻撃が行かないように、奴に背を向けさせる……そして)」

 

 黒炎を回避、走りながらレイはコンパスブラスターを変形させる。

 

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)!」

 

 迂闊に近づいて黒炎を喰らってはならない。

 ならばとレイは、距離取ってかく乱と攻撃が出来る銃撃形態を選択した。

 

「連続で狙い撃つ!」

 

――弾弾弾弾ッ!――

 

 高出力の魔力弾を飛来してくる黒炎にぶつける。

 黒炎と魔力弾は互いに食らい合い、その存在を相殺しあった。

 

「よっしゃ! 打消し成功!」

『だがこの高出力で辛うじてか、割に合うとは言い難いな』

「いいんだよ、被害を最小限に出来れば!」

 

 異形の注意を自身に向けつつ、レイはコンパスブラスターによる銃撃を続ける。

 相殺、相殺……そして隙が見えたら本体に狙い撃つ。

 だがレイが魔力弾を放つと、異形は鐘を鳴らして、その弾道上に幽霊を配置させた。

 貫通力があると言えど、魔力の塊である幽霊に接触した影響で威力が落ちていく魔力弾。異形の元に到達する頃には、異形の蛇の尻尾で容易く弾かれてしまう程にまで弱体化していた。

 

「くっそ、幽霊が邪魔で魔力弾が効かねー!」

 

 黒炎の相殺と邪魔をしてくる幽霊の撃墜を同時にこなしていくレイ。

 気づけば炸裂した魔力弾と、霧散した幽霊の残骸で視界が悪くなっていた。

 

『ッ!? レイ足元だ!』

「え? うわッ!?」

 

 完全に正面の脅威に気を取られすぎていたレイ。

 スレイプニルに言われて足元に意識を向けた時には既に遅く、レイの足は白い鱗で覆われた手で鷲掴みにされていた。

 

「ちょこまかと目障りな童め、これでもう逃げられまい」

「何だこれ、手!?」

 

 現在、異形からレイまでの距離は約六メートル。普通に考えれば手が届くような距離ではない。

 しかし、レイが自分の足を掴んでいる手を目線で辿ってみると、そこに有るのはどこまでも続く異形の腕。

 

「アイツ、自分の腕を伸ばせるのかよ!」

『レイ、早く振り解け!』

「振り解く? 馬鹿言うな、向こうから態々来てくれたんだ」

 

 レイは即座にコンパスブラスターを剣撃形態(ソードモード)に変形させる。

 

「このふざけた腕ぶった斬ってやる!」

 

 魔力刃を展開したコンパスブラスターを、レイは異形の腕に力いっぱい叩きつけた。

 だが……

 

――カキン!――

 

 異形の腕を被う鱗は、コンパスブラスターの刃を容易く弾き返してしまった。

 

『何だと!』

「ふん、その程度の攻撃で私を傷つけられると思うな」

「(か、固ぇ……何だよこの鱗、鉄か何かで出来てんのか?)」

 

 ならばより高い出力の魔力刃を展開してこの腕を切断するか。

 レイがそう考えたほんの一瞬の内に、異形はダークドライバーに黒炎を集め終えていた。

 

「しまった!」

『レイ、早く脱出しろ!』

 

 もう術式を組んでいる暇はない。

 レイは必死に足を掴む腕を振り払おうとするが、動かすことすらままならない程に強く握られていた。

 

「所詮は未熟な操獣者三人、暇つぶしにもならんか」

「こん、にゃろー!」

「まずは一人目、天国に行けるよう精々祈りを捧げるのだな」

『レイ!』

「レイ君!」

 

 スレイプニル、そして一連の流れを見ていたオリーブの叫びも虚しく、ダークドライバーから放たれた黒炎は真っ直ぐにレイへと迫って行った。

 

「(あ、終わった……)」

 

 相殺する為の魔力弾を装填する間はない、ましてやコンパスブラスターを変形させる間もない。

 高速で接近する黒炎がスローモーションで見える。最早回避する事は不可能だろう。

 だが最後まで諦めて堪るかと、レイはコンパスブラスターを握る手に力を入れた。

 

「(一か八か、今ある魔力刃で弾き返せれば)」

 

 コンパスブラスターの射程範囲に黒炎が到達するのを待つレイ。

 

 だが、黒炎がレイの元へと到達する事は無かった。

 

 キラリと一瞬、糸の様にか細い金色の針が黒炎に向かって飛来してきたのだ。

 プスと空中で金色の針が突き刺さった途端、黒炎はピタリと空中で動きを止めてしまった。

 

「何だ……何が起こった? 童、一体何をした!」

「いや、俺に聞かれても……」

 

 まるで時間を止められたかのように、依然として空中で停止している黒炎。

 何故止まってしまったのか、それはその場に居る全ての者が理解できていなかった。

 だがこれはチャンスだ、今の内に術式を組んで脱出をしよう。

 レイがそう考えた次の瞬間、よく聞き覚えのある声が広場に響き渡った。

 

 

「なんかよく分かんないけど、ラッキーってやつかな?」

 

 

 少女の声と共に強大な魔力の気配がレイ達に接近してくる。

 突然の事にレイと異形が振り向くと、そこには真っ赤に燃え盛る巨大な炎の刃が牙をむいていた。

 

「バイオレント・プロミネンス!!!」

 

――業ォォォォォォォォォゥ!!!――

 

 巨大な炎の刃はレイと異形の間に振り下ろされ、レイの足を掴んでいた異形の腕を一気に切断した。

 

「ぐォォォォォォォォォ!?」

「助か――ドワァ!?」

 

 異形の拘束から逃れられたと安堵するのもつかの間。

 突然伸びて来た()に身体を縛られて、レイは一気に何処かへと引っ張られてしまった。

 そしてレイが離れた直後、黒炎は再び動き出し近くの壁へと直撃した。

 

「よっと、結構ピンチだったね」

「お前は……」

 

 身体から鎖が解けていくのを実感しながら、レイが声の主を見上げると、そこには青い魔装に身を包んだ操獣者の姿があった。

 

「ジャック!? 何で此処にいんだよ!」

「僕だけじゃないさ、ほら」

 

 ジャックが指さす先にレイは視線を向ける。

 そこに立っていたのは、炎如く真っ赤な魔装に身を包んだ一人の操獣者。

 それはレイ自身も嫌という程よく知る、チームレッドフレアのリーダーを務める少女。

 

「フレイア!?」

「こんばんは~、色々あって助っ人のお届けに参りました~」

 

 レイに向かってお気楽に手を振る、フレイア・ローリングの姿がそこにはあった。



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Page43:消えた巨影と乱入者

 灼熱の魔力刃によって切断された右腕を押さえながら悶絶する異形を横目に、フレイアはレイの元に近づく。

 

「なんかスゴいことになってるね〜。やっと街に着いたと思ったら変な霧に包まれてるし、なんかロキが大きくなって空飛んでたし……あ、レイ達は大丈夫だった?」

「俺達は大丈夫だけど……あの、フレイア?」

「て言うかこの霧、なんか色々混ざってない? 変な匂いするんだけど」

「それはアリスの魔法とあのバケモンが撒いた霧が混ざってるから……いやそれよりフレイア」

「てかアレもしかして幽霊!? スゴい初めて見たー!」

「オラァ!」

 

 ドゴスッ!

 幽霊を見て目を幼児のようにはしゃごうとするフレイアに、レイは容赦のない手刀を後頭部に叩きこんだ。

 

「痛ったぁぁぁ、なにすんのよ!」

「人の話を聞きやがれ脳ミソゴリラ女! 何でお前らが此処に居んだよ!?」

「あぁ~……ちょっと色々あって急遽助太刀に来ることになった」

「助太刀って、俺一応試験中なんだけど」

「レイ、それなら安心していい。僕達を此処に寄越したのは他ならないギルド長だ」

「はぁ!? ギルド長が!?」

「そうそう、それで色々と事情説明が必要なんだけど――」

 

 フレイアが振り向き異形の方を見る。

 レイ達も釣られてそちらに目をやると、先程まで聞こえていた悶絶の声は無く、異形の腕は今まさに再生を終えようとしていた。

 

「説明してる余裕、ある?」

「砂粒程も無いな」

「て言うか、ついつい勢いで腕切り落としちゃったけど、アレって敵で合ってるよね?」

「正解。しかも幽霊を出してる張本人だ!」

「じゃあ燃やしてOKね!」

 

 気合を入れる様に、フレイアは右手の籠手を左掌に叩きつける。

 それとほぼ同時に、腕の再生を終えた異形はこちらを睨みつけてきた。

 

「クッ、また邪魔者が増えたか……」

「そりゃあ、どっからどう見ても悪者なんだもん。邪魔の一つくらいさせてもらうわ」

「口の減らぬ小娘だ……」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 フレイアの返しに腹を立てたのか、異形は八つ当たり気味にダークドライバーから黒炎を放ってきた。

 碌に照準も合わさずに放たれた攻撃をフレイア達は軽々回避する。

 黒炎が着弾した地面を見て、フレイアは少しばかり冷や汗をかいた。

 

「うわぁ~、これ絶対当たったらヤバいやつじゃん」

「スレイプニル曰く、当たったら何でもかんでも消し飛ばす黒炎だとよ」

「それを撃ってきたって事は、遠慮しなくていい敵ってことね!」

 

 そう言うとフレイアはペンシルブレードを構えて、一気に異形へと斬りかかって行った。

 

「あのバカ、黒炎に当たったらマズいんだから距離詰めるなよ」

「フレイアならそのくらい大丈夫さ。それよりレイ」

 

 一瞬気が付かなかった。

 だが声が脳に届いたと同時に、レイはジャックから静かに放たれているソレを確かに感じ取った。

 

「アイツ、生け捕りでも問題ないよね?」

「お、おう、無闇な殺生は避けた方がいいしな……」

「それだけ聞ければ十分」

 

 ジャックが静かに身体から漏らしていたのは殺気。

 普段の彼からは想像もつかない様子に、思わずレイは圧倒されてしまう。

 腰に携えていたペンシルブレードを抜き、ジャックは異形へと駆け出した。

 

「どうしたんだジャックの奴」

『随分と荒々しい殺気だったな。飲まれて冷静さを失わなければ良いのだが……』

 

 どこか危うさを感じたスレイプニルが苦言を口にするが、ジャックには届いていない。

 

 

「どりゃァァァァァァァ!!!」

 

 ペンシルブレードの刀身に超高温の炎を纏わせてフレイアは異形に斬りかかる。

 が、異形はその見てくれに反した俊敏な動きで、フレイアの剣撃を躱した。

 

「先程は不覚をとったが、直情的な攻撃と分かれば造作ないものよ」

 

 何度も異形に斬りかかるフレイア。

 だがその悉くを、異形はヒラリヒラリと避けてしまう。

 

「全く、あの御方の為に一刻も早くハグレを探さねばならぬと言うに……私には貴様のような小娘と戯れている暇などないのだ」

「(ハグレ? 探す?)」

 

 異形が口にしたハグレという言葉が気になったレイだが、それもつかの間。

 瞬く暇もなく、異形はダークドライバーの先端をフレイアに向けた。

 

 黒炎が形成されていくのに気が付いたフレイアは、咄嗟に剣を黒炎の弾道上に構えた。

 そして構えると同時に至近距離から放たれる黒炎。

 強力な魔力の炎を纏っている刀身は、ほんの一瞬だけ黒炎を受け止めた。

 

「どりゃ!!!」

 

 その一瞬があれば十分。

 フレイアは力任せに剣を振り上げ、黒煙の弾道を上空に逸らした。

 

 バックステップをし、一度異形から距離をとるフレイア。

 

「あッぶなー、また剣壊れるかと思った」

「軌道を逸らしたのは見事だ。だが二度同じことが出来るかな?」

「うーん、二回目はお断りしたいから……プランBで。ジャック!」

「縛り上げろ、グレイプニール!」

 

 フレイアがそう言うと、ダークドライバーを構えていた異形の腕を無数の鎖が縛り上げた。

 

「何!?」

「腕を縛られたらお得意の黒炎も打てないだろ?」

 

 異形の腕を囲むように複数展開されている青色の魔法陣と、そこから放たれている無数の鎖。

 ジャックが固有魔法で生成した鎖によって、異形の両腕はフレイアに向けられぬよう絡めとられていた。

 

「クッ、ならば!」

「させないよ」

 

 異形は下半身である蛇の尾を使ってダークドライバーを持ち換えようとする。

 だが尾が触れるよりも早く、ジャックの射出した一本の鎖によってダークドライバーは弾き飛ばされてしまった。

 

「ジャック、ナイス!」

「貴様ァ!」

「さぁ、色々と白状してもらおうか。お前()には聞きたい事が沢山あるんだ」

 

 有無を言わせぬとばかりに圧の強い声色で詰め寄るジャック。

 何時もとは違う様子に、フレイアも少し驚いてしまう。

 

「揃いも揃って生意気な餓鬼共がぁ!」

 

 異形は怒声を上げると、縛られていない手首の動きを使って、未だ手に持っていた鐘を鳴らした。

 鐘の音はオリーブとマリーが交戦していた幽霊達に届き、幽霊達の標的をフレイアとジャックに変更させる。

 

「魂を狩りとってくれるわ!」

 

 幽霊は大鎌を構え直して、一斉にフレイアとジャックに襲い掛かる。

 

「フレイア、ジャック、避けろ!」

 

 レイの叫びに反応して、フレイアとジャックは振り下ろされる大鎌を回避する。

 その直後に鳴り響く幾つかの銃声。

 レイがコンパスブラスターで幽霊を撃ち抜いた音だ。

 

「うわっ!? アイツ幽霊も操れんの!?」

「気を付けろ! あの大鎌にやられたら魂を抜き取られるぞ!」

「ちょっとそれ冗談にもならないんだけど!」

 

 魂を抜き取られると聞いて流石に震えたのか、フレイアは周辺を浮遊している幽霊を注意し始める。

 それはジャックも同じだった。

 だがジャックが幽霊に気を引かれた一瞬、両腕を縛っていた鎖が緩んでしっまった事を異形は逃さなかった。

 

「ふん!」

「しまった!」

 

 鎖を強引に引きちぎって脱出する異形。

 追撃を防ぐために再び鐘を鳴らして、幽霊に攻撃をさせる。

 

 大鎌を勢いよく振る幽霊達。

 フレイアとジャックは剣で応戦しようとするも、悉くすり抜けてしまう。

 

「ウソぉ!?」

「物理攻撃は効かないのか」

「ジャック、フレイア! 魔力(インク)を使え! 魔力攻撃なら通用する」

「つまり燃やせって事ね」

 

 レイの助言を受けたフレイアは右手の籠手に炎を溜め込む。

 何体かの幽霊を自身の近くに惹きつけたフレイアはイフリートの頭部を模した籠手の口を開き、超高温の火炎を幽霊相手に解き放った。

 

 魔力で作られた炎は魔力の塊である幽霊の身体に引火し、次々と幽霊を爆散させていく。

 だがそれだけでは幽霊の攻撃は終わらない。

 治まる爆炎の向こうから次の幽霊が大鎌を構えて攻撃を仕掛けてくる。

 

「もー、しつこいなー!」

「この前のボーツよりはマシだけど、こうも数が多いとね」

 

 幽霊を焼き払いながら愚痴を零すフレイア。

 ジャックも固有魔法で生成した鎖に魔力を纏わせて幽霊を貫いていくが、一向に数が減る気配がない。

 

「クッソ、次から次へと」

『恐らく我々を足止めするつもりなのだろうな』

 

 コンパスブラスターの引き金を引きながら、レイは歯ぎしりをする。

 一体一体は弱くとも、高密度で襲い掛かられてはまともに身動きが取れない。

 

「ふん、精々そこで戯れていろ」

 

 完全に幽霊に気を取られている三人を尻目に、異形は悠々と転げ落ちたダークドライバーを拾いにいく。

 地面に鎮座するダークドライバーに、異形の指が触れようとしたその瞬間――

 

――弾ッ!――

 

 一発の魔力弾が飛来し、ダークドライバーを弾き飛ばした。

 

「何!?」

「わざわざ幽霊を離してくださって、感謝いたしますわ」

「これでようやく動けます!」

 

 異形が睨みつける先、そこには大量の幽霊から解放されたマリーとオリーブの姿があった。

 

「ぐぬぬ」

 

 忌々しそうに歯軋りをしながら、異形は弾き飛ばされたダークドライバーの元へと駆け始める。

 

「させませんわ!」

 

 マリーは手に持ったクーゲルとシュライバーを使って何発もの魔力弾を放つ。

 だがその何れも異形には当たらない。

 

「ハハハ、何処を狙っている!」

「とりゃぁぁぁ!」

 

 マリーの魔力弾が外れた事を嘲笑する異形。

 だがその隙をつくように、オリーブは重量を上げたイレイザーパウンドを異形に振り下ろした。

 勢いよく異形に迫る大槌。

 だが異形は俊敏な動きをもって、その一撃を躱した。

 

「その程度の攻撃、避けられぬとでも思ったか!」

「……避けましたね?」

 

 仮面の下でオリーブは小さく微笑む。

 異形が回避したその先、そこにはマリーの固有魔法で生成された魔水球(スフィア)があった。

 

「失礼。そちらは既にわたくしの射程範囲ですわ」

「なんだとォ!?」

 

 気づいた時には時すでに遅く、異形はマリーによって設置されていた魔水球にその身体を接触させてしまった。

 

「噛み付きなさい、ヴァッサー・ファング!」

 

 触れられると同時に弾けた魔水球は、巨大なトラバサミの形へと変化し、異形の身体に深く噛み付いた。

 

「グヌぅぅぅ! これしきの事ォ!」

 

 体表の鱗が防いでいるとはいえ、水の牙は僅かに身体に刺さり込んでいる。

 その屈辱に異形は顔を赤くしながら、力任せに鐘を鳴らした。

 

 今までにない大きな音量。

 周囲の建物の影から、鐘の音に引き寄せられた幽霊が大量に広場に押し寄せてきた。

 

「えぇぇぇ!? まだいたんですかー!?」

「念を入れて半分を影に隠しておいて正解だったわ」

 

 異形が鳴らす鐘の音に従って、幽霊達はマリーとオリーブに襲い掛かる。

 

「もぉー、またですの!」

「ひゃわ!? これじゃあまたさっきと同じですよー!」

 

 再び襲い掛かる幽霊を迎え撃つことになったマリーとオリーブ。

 先程と同じく数が多く、幽霊の相手に掛かりっきりの状態に陥っている。

 

 広場にいた五人全員が幽霊の相手をする事になった隙をみて、異形は今度こそダークドライバーを拾い上げた。

 

「全く、手こずらせてくれる童共だ」

 

 異形はダークドライバーをを強く握り締めて、その先端に黒炎を集め始める。

 

「だがそれもここまで、じっくり一人ずつ引導を渡してくれる」

「へぇ、六人まとめて相手にできんの?」

 

 業火一閃。

 周囲に纏わっていた幽霊を炎で一掃したフレイアが異形に問いかける。

 

「六人? 此処に居るのは五人であろう」

「本当は七人なんだけど、ちょうど今一人来たみたい」

 

 視線を上に向けながら話すフレイアを訝しげに見る異形。

 だがその直後、月の光で照らされていた広場を大きな影が覆ってきた。

 

「あれって」

 

 思わず見上げたレイが影の主を視認する。

 月光を遮っていたのは巨大な金属の翼を広げた黄色の鳥型魔獣。

 全身が金属化しているため一瞬分からなかったが、魔獣から聞こえた声でその正体が分かった。

 

「クルララララララララララ!」

『レイ君ー! 姉御ー! 大丈夫っスかー!?』

「その声、ライラか!」

 

 巨大な鳥型魔獣から聞こえたのは甲高い鳴き声とライラの声。

 広場に影を落としているのは、ライラと融合して鎧装獣と化したガルーダであった。

 

「大丈夫……って言いたいところなんだけど、幽霊だらけでかなり面倒な状況」

『じゃあまとめて雷落とせばOKっスね!』

「え、雷って、ライラお前」

『大丈夫っス! 幽霊の対処法はアーちゃんから聞いたっス!』

「いやそうじゃなくて!」

 

 大きく広げられたガルーダの翼に魔力を内包した雷が集まっていく。

 

「はいじゃあみんな上手く避けてねー」

「おいバカやめろォォォ!!!」

『まとめて吹っ飛ぶっス! レイニー・サンダー!』

 

 軽い感じで無茶ぶりをするフレイアにレイは仮面の下で顔面蒼白となる。

 ライラが魔法名を宣言すると同時に、ガルーダの翼に集まっていた雷が無数の針となって広場に降り注いだ。

 雨あられと降り注ぎ、幽霊の身体を貫いていく雷。

 

「きゃぁぁぁぁ!?」

「ひゃわわわわわ!?」

「おおっと」

「よっと。これ案外良いトレーニングなのよね~」

「こんな狭い場所で雷なんか落としてんじゃねぇぇぇ! 馬鹿忍者ァァァァ!!!」

 

 取り囲んで攻撃を仕掛けていた幽霊に雷を落としたので、当の幽霊を撃破出来たは良いのだが……地上にいるレイ達も盛大に巻き込んでいた。

 マリーとオリーブは悲鳴を上げながら雷を避け、ジャックは冷静に回避する。

 喜々として雷避けを楽しむフレイアに、怒声を上げながら回避するレイ。

 実に混沌とした光景が広場に広がっていた。

 

「クッ、おのれ!」

 

 やむなく雷を回避する異形。

 その目の前で幽霊達は次々と雷に撃たれて消滅していった。

 

 一通りの雷が落ち終わった後、焦げ臭いにおいを出す地面に黄色の魔装に身を包んだ操獣者が降り立つ。

 ガルーダとの融合を解除したライラだ。

 

「ふぅ、大掃除完了っ――」

「オラァ!」

 

 ゴチンと大きな音を立てながら、レイはライラの後頭部を殴りつける。

 

「殺す気かお前!」

「いやぁ~ゴメンっス。上からの攻撃だとあれが一番手っ取り早いんス」

「限度があるわ限度が!」

 

 レイがライラの頭を両拳でグリグリしている中、スレイプニルが周囲の状況を確認する。

 

『敵の数は幽霊が五体と、あのゲーティアの者が一人か』

 

 改めて異形の方に目をやる一同。

 幽霊を一掃されたのが相当気に障ったのか、憎々し気にレイ達を睨みつけていた。

 

「童ァ、生きて帰れると思うなよ」

「悪いけど、こっちは形勢逆転したつもりだぜ」

「減らず口を!」

 

 レイの挑発にますます苛立つ異形。

 レイは獣魂栞を取り出し、コンパスブラスターに挿入した。

 

「インクチャージ!」

 

 コンパスブラスターの銃口を異形に向けるレイ。

 獣魂栞の力で大量の魔力が供給され、コンパスブラスターの中で強力な魔力弾が生成されていく。

 

「一気にケリつけてやる」

 

 致命傷は避けるように狙いを合わせて、レイはコンパスブラスターの引き金を引く。

 異形目掛けて猛スピードで駆け抜ける魔力弾。レイが若干加減をしているので致命傷にこそならないが、着弾すれば無事ではすまない威力だ。

 刻一刻と異形に迫る魔力弾。

 

 だがその魔力弾が、異形に到達する事はなかった。

 

「はい、邪魔~♪」

 

 突如レイと異形の間に割り込んできたのは、ゴシックロリータの衣服に身を包んだ一人の少女であった。

 自分に迫り来る魔力弾をチラリと見ると、少女は躊躇うことなく魔力弾の弾道上に右手を差し出した。すると――

 

――パァァン――

 

 乾いた音を立てて()()する魔力弾。

 素手で防いだなどの次元ではない。少女は触れた瞬間に魔力弾を消し飛ばしてしまったのだ。

 

 突然の出来事にレイだけではなくチームの面々唖然とする。

 

「こんばんは~、蛇のおじ様」

「パイモン、何をしに来た」

「んもぉ、せっかく助けてあげたのにそんなに睨むなんて~、パイモンちゃん悲しい」

「戯れるな性悪娘。私に何の用だ!」

「要件はいろいろ♪ だからパイモンちゃん、おじ様の家でゆっくりお話したいなーって」

 

 ピンクのツインテールを揺らしながら、あざとく振る舞うパイモン。

 見た目こそ普通の少女だが、その得体の知れない気配にレイは強い警戒を覚えていた。

 

「オイ」

「うにゅ? もしかしてパイモンちゃんにご用事?」

「何者だ、テメェ」

「うーん……通りすがりの若年労働者?」

「ふざけてんのか?」

「ふざけてませんー。だいたい真実ですー」

 

 不貞腐れたように頬を膨らませるパイモン。

 

「セイラムでゴミ処理の仕事を終えたと思ったら、休む間もなく蛇のおじ様を迎えに行かなきゃなんて……このままじゃパイモンちゃん、行き遅れのお局ウーマンになっちゃう~」

「ゴミ処理……?」

 

 自己陶酔するかのように茶化すように愚痴を吐くパイモン。

 だがレイはパイモンの口から出た「セイラム」と「ゴミ処理」のワードが妙に気になった。

 

「お前、セイラムで何したんだ」

「大したことはしてないよ~。ゴミ処理兼ディナーに行っただけ」

 

 そこまで言うとパイモンはハッと何かに気づいた様な顔でレイ達を見た。

 

「そう言えば、アイツを地下牢に落としたのって貴方達なんだっけ」

「地下牢に、落とす?」

「……ッ、まさか!」

 

 満面の笑みを浮かべるパイモンに疑問符を浮かべるレイ。

 だがパイモンの言葉の意味を理解してしまったフレイアは、急激に血の気が引いて行くのを感じていた。

 

「意外と美味しかったですよ。あのキースっておじ様♪」

「何を……言ってるんだ」

 

 パイモンの発した言葉が悪い方向に繋がっていく。

 だがそんな筈は無い。ギルドの地下牢、その最深部は世界有数の警備態勢だ。

 レイは必死に否定の言葉を浮かべながらも、心臓の音が大きくなっているのを感じていた。

 

「アンタ、何か知ってるの? 地下牢でキースが殺された事件のこと」

 

 悪い意味での肯定は、フレイアの口から発せられた。

 

「殺された……オイ、それどういう事だよ!?」

「今朝、キースの奴が地下牢で変死体で見つかったの。看守の誰にも気づかれず内臓を抜き取られてね!」

「嘘だろおい」

 

 色々な感情がグルグルとかき混ざって、一気にレイの中に押し寄せてくる。

 許容量は容易に超えてしまい、その意味を理解するのにレイは数瞬かかった。

 

「で、どうなのよ? まさかアンタが殺したとも思えないんだけど?」

「そのまさかなんだけどな~。パイモンちゃん流の超可愛いグルメレポートを交えて教えてあげたいんだけどぉ……残念ながら、お別れの時間でーす♪ ほらおじ様、行くよ」

「何を言っておるパイモン。奴らを始末する方が先決――」

 

 パイモンに腕を掴まれた異形が抗議をするが、それを全て言い終える事はなかった。

 

『ブゥルオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』

 

 荒々しい魔獣の咆哮がバミューダシティ全域に響き渡る。

 だがそれは奇妙な音であった。咆哮の振動は広場にいるレイ達にも伝わる程大きなものであったが、肝心の音は微かに耳に届いてくるだけなのだ。

 だが例外もいる。マリーとスレイプニルだ。

 

「これは……ローレライと同じ海棲魔獣の音?」

『そのようだな。音が割れ過ぎていて、言葉としての体を成してはいないが……』

 

 海棲魔獣の音を聞き取れるマリー達には、この魔獣の咆哮がハッキリと聞こえていた。

 

 突然響いてきた咆哮に、広場にいる全員が驚く。

 だがそれは咆哮に対してだけではなく、僅かに残っていた幽霊に起きた異変に倒してもだった。

 

 咆哮が広場に届いたと同時に、残っていた五体の幽霊は大鎌を落として苦しみ始めたのだ。

 

「ほらね、戻らなきゃでしょ♪」

 

 苦しむ幽霊を指さして、パイモンは異形に語りかける。

 幽霊に起きた異変の原因を重々理解している異形は、深いため息を一つついて鐘を軽く鳴らした。

 

 鐘の音が幽霊に届くと、幽霊の身体は一気に霧散する。

 その中から出て来た小さな光の玉が、吸い込まれるように異形の持つ鐘の中に入っていった。

 

「皆殺しにしてやりたい所だが、どうもそうはいかなくなった様だ」

「そゆこと」

「彼の王が凝りもせずに抵抗をし始めた。最早貴様ら童に構っている暇はない」

「なーのーでー♪ 残念ながら私達とはここでお別れでーす」

 

 そう言うとパイモンは、どこからか取り出したダークドライバーを手に握り、横薙ぎに振る。

 するとダークドライバーの先端から大量の煙幕が吐き出され、広場を被いつくした。

 

「ゲホゲホ、煙いっス」

「目に沁みます~」

「何ですのこの煙。魔装越しでも視界が遮られてますわ」

「ウゲー、鼻が潰れるー」

 

「バイバーイ♪」

 

 チームの面々が煙に視界を奪われている隙に、パイモンは異形を連れて意気揚々とその場を去って行った。

 

「逃がすかァ!」

 

 他の仲間が煙の影響でパイモン達を完全に見失っている中、レイは武闘王波で強化された聴覚を元に、パイモン達を追い始めた。

 

 

 

 

 

「ガルーダ、煙を吹き飛ばすっス!」

 

 レイがパイモン達を追って広場を去った直後。

 ライラは一度変身を解除して、ガルーダに広場を被う煙幕を払わせた。

 

「ア”ァ”、鼻がヒリヒリする」

「オリーブさんは大丈夫ですか?」

「まだ目が沁みる~」

 

 ガルーダが翼を羽ばたかせて煙幕を吹き飛ばしたまでは良いのだが、フレイア達は未だに全快できずにいた。

 一先ず動けるジャックとライラが周囲を見渡す。

 

 異形やパイモン、幽霊の姿は影も形もなくなっていた。

 だがそれに加えて、レイの姿が無い事にジャックは気が付いた。

 

「レイは何処に行ったんだ?」

「ズビビー。多分あのパイモンって奴らを追ってったと思う。足音が聞こえたし」

「ではわたくし達もレイさんの後を――」

「ちょ、ちょっと待つっス。アイツらが幽霊の親玉って事は、アイツらもしかしなくても海の方に逃げてないっスか?」

「まぁ、順当に考えればそうなるだろうね」

 

 ジャックに肯定された瞬間、ライラが急激に焦り始めた。

 

「マズいっス。レイ君一人で海の方はマズいっス!」

「えっと、何かあったんですか?」

 

 オリーブの問に、ライラは顔を若干青くさせながらこう答えた。

 

「ここに来る直前にガルーダの目を通して見ちゃったんス。海の方に、ボロボロなのに滅茶苦茶大きい船から幽霊が湧き出るところっス!」

 

 

 

 

 

 

 建物の屋根を飛び移りながら、レイはパイモンと異形を追いかける。

 広場以外に煙幕は張られていなかったので、広場を脱した後は容易に見つける事ができた。

 

「待ちやがれ!」

「しつこい童だ」

「おじ様はそのまま船に行ってて。あの男の子は私が構ってアゲルから」

 

 そう言うとパイモンはくるりと身体を反転させ、後ろ走りの状態になりながらダークドライバーを構える。

 ダークドライバーの先端に小さな黒炎を幾つも生成すると、パイモンはそれらを追いかけてくるレイに向けて解き放った。

 

「燃えちゃえバーン!」

 

 先程まで異形が撃っていた黒炎と比べると小さなものだが、何発も同時に放たれた事で逃げ道が少なくなっていた。

 

「(だけどあの小ささならッ!)」

 

 レイは足を止める事なく、コンパスブラスターに獣魂栞を挿入する。

 

「インクチャージ!」

 

 迫り来る黒炎。

 だがレイは落ち着いてコンパスブラスターを逆手に持ち換え、頭の中で術式を瞬時に構築した。

 

偽典一閃(ぎてんいっせん)!」

 

 巨大な魔力刃がコンパスブラスターから展開される。

 最後の術式を省いた不完全な必殺技。

 横に並んで飛んでくる黒炎を相殺する為に、レイはあえて射程距離の長い偽典一閃を選んだ。

 

 コンパスブラスターを横に薙ぐと、巨大な魔力刃が飛来する黒炎と衝突する。

 魔力刃に斬りつけられた黒炎は瞬く間に相殺されていった。

 

「あらら、打ち消されちゃった」

「次はお前らに叩きこむぞ!」

「もー、しつこい男の子ってパイモンちゃん嫌ーい。ストーカー予備軍って呼んじゃうぞ」

 

 「誰がストーカーだ」とレイが内心悪態をついていると、風を連れて、すぐ横に大きな魔獣の影が現れた。

 鎧装獣化したロキとアリスだ。

 

「キュッキュイー」

『レイ』

「アリスか、ちょうど良い。アイツら捕まえるの手伝ってく――」

「隙ありだゾ♪」

 

 一瞬出来た隙をついて、パイモンは先程よりも二回り大きな黒炎をレイに向けて撃った。

 流石にこの大きさを相殺する事はできない。

 レイは咄嗟に横へと避けたのだが――

 

「あッ」

 

 現在地は建物の屋根の上。

 真横に跳んだ先には地面は無く……。

 

「あぁぁぁぁぁ!?」

 

 レイはそのまま街道へと落下していった。

 

「今度こそバイバーイ」

『レイ!』

「キュー!」

 

 ロキは急速に滑空し、地面に叩きつけられる寸ででレイを掴まえた。

 レイの両足を掴まえたまま、ロキは再び空へと上る。

 

「あっぶね」

『レイ、大丈夫?』

「俺は大丈夫だけど、アイツらは?」

『残念だが、逃げられてしまったようだ。何処にも姿が見えん』

 

 レイも周辺を見渡すが、何処にもパイモン達の姿はない。

 先程の一瞬で完全に逃げ切られてしまったようだ。

 

「逃げ足早すぎだろ」

『逃げたと言うより、消えた?』

「どっちも同じだっつーの」

『……レイ、海を見ろ』

 

 仮面の下で顔をしかめながらも、レイはスレイプニルに言われたままに海に目をやる。

 ロキに掴まれたままなので上下は反転しているが、空を飛んでいるおかげで遮蔽物もなく海を見渡す事ができた。

 

 眼に入るのはミントグリーンの霧が薄く待っている街並みと、港に密集している船たち。

 そして――

 

「……なんだよ、アレ……」

 

 それは、港から随分離れた沖の方に佇んでいた。

 遠目からでも全身の形が捉えられる程の巨大な船。

 ガレオン船の様な形はしているが、その外見は非常に異質であった。

 船体に使われている木材はあちこち朽ちており、帆はその役目を果たせないと素人目で見ても理解できる程にボロボロ。

 とても航海に使えるような代物ではない。それどころか次の瞬間に沈没しても不思議に思うことはないだろう。

 

『レイ、あれってもしかして』

「いかにも……だよなぁ……」

 

 念のため視力強化をして巨大船を見るレイ。

 やはりどう見ても航海ができそうな代物ではない。それどころか、砕けた船体のすき間から先程まで戦っていた幽霊達が顔を覗かせていた。

 

『幽霊船だな』

「だな……ところでさスレイプニル。あの幽霊船の後ろ、なんか裂けてね?」

 

 本命の幽霊船を見つけたは良いのだが、そのあまりの姿にレイ達は唖然となる。

 さらによくよく見てみると、幽霊船の後ろの空間に大きな裂け目が出来ていた。

 縦一線に走る裂け目に、幽霊船はその巨体を滑り込ませていく。

 

「なぁ、空間ってあんな風に裂けるもんだっけ?」

『裂けてるんだから、裂けるんだと思う』

「キュキュウ」

 

 幽霊船はズルズルと吸い込まれるように裂け目の中に入って行き、やがて一分と経たずにその姿を海上から消してしまった。

 

 幽霊船が消えた夜の海をレイ達はただ眺めつづける。

 

『レイ、アレをどうにかしなくちゃいけないんだね』

「らしいな」

「ギュゥゥゥ」

「本当に誰だよ。これをランクDの依頼とか言った奴」

 

 力なくそう零すレイ。

 だが返ってくるのは、波と潮風の音ばかりであった。



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Page44:後味が悪い

 空間の裂け目に幽霊船が消えた後、ロキに足を掴まれたままレイは広場に戻って来た。

 全員変身を解除して街の様子を軽く見て回る。

 街の住民を昏睡させていた霧は完全に消え去っており、その為か眠っていた住民は次々と目を覚ましていた。

 

 一先ずの問題が収まった事を確認したレイ達は宿屋に戻り、フレイア・ジャック・ライラの三人から諸々の話を聞く事となったのだが……

 

「…………」

「あ、あの~、レイ君?」

 

 宿屋の食堂の一角を借りている一同。

 一通りの事情を聞いたレイは無言でどす黒いオーラを放っていた。

 オリーブも思わず心配げな声をかけてしまう。

 

「えーっと、話を纏めるぞ……俺が受けた依頼は実は難易度Dでは無かったと……」

「そっス」

「何処かのアホの手違いでそうなってたのであって、実は難易度Aだったと……」

「そうだね」

「で、それに気づいたギルド長が大慌てでフレイア達をこっちに寄越したと……」

「そういう事。頼もしい助っ人でしょー」

 

 改めて事情を確認し終えると、レイはプルプルと小刻みに震え始めた。

 

「えっと……レイさん、大丈夫ですか?」

「…………あ」

「あ?」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんのクソジジイィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!! なんつー依頼を寄越しやがんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「レイ、夜だから落ち着く」

「落ち着いてられっか!」

 

 怒りのあまり「ガルルル」と獣のような怒声を張り上げるレイ。

 あまりに近所迷惑なのでアリスはナイフを突きつけてレイを静まらせた。

 

「落ち着いた?」

「落ち着かざるをえなくなった」

 

 だがおかげである程度頭が冷えたレイ。

 テーブルに置いてあったジュースを一気に飲み干してから着席する。

 

「とりあえずお前らが来た事情は分かった」

「分かってくれたっスか」

「だけどジャック、お前はマジで何で来た?」

「え、僕!?」

 

 突然名指しされたジャックが困惑の表情を浮かべていると、レイは手に持ったグラスを勢いよくテーブルに叩きつけた。

 

「もう一回聞くぞ、何で来た?」

「えっと、一応理由はさっき言った通りなんだけど」

 

 先程とは毛色の異なる怒りの炎を燃やすレイを見て、マリーはひそひそとアリスに語りかける。

 

「アリスさん、レイさん随分とお怒りのようですが」

「そうだね」

「これはアレでしょうか? 男性が自分だけの所謂ハーレム状態を阻止されたからでしょうか?」

「違う。絶対もっと下らない理由」

「キュキュ~」

 

 ロキさえもが、やれやれと首を横に振る。

 

 気づけば再び怒りで身体を震わせ始めたレイ。

 

「お前が、お前が来たら……」

「レ、レイ君。そんなにジャック君を責めなくても――」

「お前が来たら、誰がラジオの録音をするんだよォォォォォォ!!!」

「ほへ? ラジオ?」

 

 レイを優しく嗜めようとしたオリーブだが、当のレイの口から発せられた意外な単語に少々面食らった。

 

「レイ……とりあえず落ち着いて欲しいんだけど」

「俺言ったよな? セイラムの外じゃ聞けないから、広報部のラジオ録音しといてくれってあれほど言ったよな!?」

「そ、そうだね。でも今回は緊急事態だったから」

「ハ! もしや誰かに代わりの録音を頼んだのか!? そうだよな、そうなんだよなジャック!?」

「…………ごめん」

「グッバイ今日のナディアちゃぁぁぁん!」

 

 未だかつてない悲しみの声を上げて号泣するレイ。

 広報部のラジオは全て必ずチェックしておきたいという、悲しきドルオタの咆哮である。

 キースとの戦いでもレイはこれほど泣く事はなかったので、フレイア達は普通に引いていた。

 

「え~っとアリス、話が進まないからレイを黙らせてもらっていい?」

「言われなくても」

「ギュ」

 

 流石のフレイアもうるさく感じたので、最もレイを熟知する者に鎮静を頼んでしまう。

 アリスはナイフの柄で思いっきりレイの頭を殴りつけた。

 ついでにロキもレイの指に噛み付いた。

 

 

「悪い、少し取り乱した」

「あれは少しの範疇なんスか?」

「レイ君……とりあえず頭と指の血、拭こう」

 

 何食わぬ顔で話を進めようとするレイだが、額から流れる血をオリーブに拭いてもらっている姿はあまりにも格好がついていない。

 

「で、ジジイはなんだって?」

「事が事だから、依頼を降りて良いって言ってたっス」

「その場合、代わりの試験用依頼を用意するとギルド長から伝言を預かってきてるよ。一応今受けている依頼をそのまま続けても構わないとも言っていたけど……」

「レイ、どうする?」

 

 レイに判断を仰ぐアリス。

 無難に考えるならば、ここは依頼を下りてセイラムに戻るべきなのだろう。

 契約魔獣の格が高いとはいえ、所詮はレイは駆け出し未満の操獣者。

 通常は大規模チームが協力して解決するようなランクAの依頼。操獣者となって日の浅いレイには荷が重すぎる事は明白であった。

 

「……アリス達は先にセイラムに戻っててくれ。俺はしばらく此処に残る」

「え、レイさん!?」

「みんなは俺が依頼を降りた事をギルド長に伝えてくれ。引継ぎのチームが来るまで、俺はバミューダに残って幽霊とかの相手をする」

「レイ君、まさか一人でやる気ですか!?」

「当然。元々これは俺が受けた認定試験だからな。オリーブやマリー達まで付き合わせる訳にはいかない」

「レイ、降りる気あるの?」

「……後釜が来たら降りるさ」

 

 アリスの懐疑の目線から全力で顔を逸らしつつレイは答える。

 

「つまりギリギリまでは降りる気はない、と。レイ解ってるとは思うけど――」

「ランクAをつけられている時点で一人で解決できる内容じゃあない。そんな事は重々承知さ」

「だったら大人しく身を引いた方が賢明だと、僕は思うけどね」

「……後味悪いじゃん」

 

 拗ねた子供の様に、目線を逸らして小さな声で呟くレイ。

 その脳裏には今日一日で出会った街の人々の姿が映し出されていた。

 幽霊騒動や暴走魔獣によって苦しむ人々。特に親元から離れて暮らす子ども達の姿は何度もレイの中で思い返されていた。

 

「一回首突っ込んで色々見ちまったのに、何もせずに帰ったら後味悪いだろ」

「レイ……」

 

 レイの意志を受け止め、それ以上否定的な言葉を出す事を辞めたジャック。

 一方フレイアはレイの本音を聞いた途端に、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

「なんだよフレイア、その顔は」

「ん? いやいや、レイならそう言うだろうな~って予想が当たっただけだから」

「お泊りセット持って来てて正解だったっスね」

 

 連れ戻すだけにしては、やたらと大きなカバンを持って来ていたフレイア達。

 その理由が解った瞬間、レイの顔は真っ赤に染まってしまった。

 

「て、ちょっと待て。お前らも此処に残るのかよ」

「うん残るよ」

「依頼の手助けに関しては、レイ君は心配ご無用っス。万が一依頼を続けるって言われた時は手助けして良いってギルド長が言ってたっス」

「勿論、レイが主体で動くことが条件だけどね」

 

 色々と見透かされていた事で、レイは恥ずかしさを感じながらも複雑な表情を浮かべる。

 

「ジジイにはお見通しかよ……」

「そういう事でしたら、わたくしも引き続きお手伝いいたしますわ」

「うん。それに私達も放っておけないです」

「まぁレイが残るならアリスも残るよ。どーせ無茶するんだし」

「お目付け役め……」

 

 だが良かったとレイは内心ホッとする。

 少なくとも一人ではない、それだけでもレイには心強く感じた。

 

「それでさレイ……これってどういう依頼?」

「……何も聞いてなかったのか」

「うん。幽霊船が出てるってくらいしか聞いてない」

 

 フレイアだけでなく、ジャックとライラも大筋しか聞かされていないようなので、レイは三人に依頼の詳細とここまでの調査内容を伝えた。

 

「――で、あの蛇野郎と戦っていたらお前らが乱入してきたわけだ」

「うんうんなるほど。だいたいは解った」

「ホントか~?」

「勿論。あの化物蛇をぶっ倒して幽霊船も倒せばいいんでしょ」

「極端に言えばな」

「なら大丈夫! 化物蛇はみんなで協力すれば勝てると思うし、デッカい幽霊船も何とかなるでしょ!」

 

 えらく自信満々に語るフレイアにレイは若干懐疑的な目を向ける。

 

「それにデカブツ相手だったら奥の手もあるし」

「姉御、ダメっスよ」

「え?」

「フレイア、僕も嫌だからね」

「いや、アタシまだ何も」

「フレイアさん? 二回目はお断りと言ったはずですが?」

「いやだから奥の手、奥の手ね」

 

 「奥の手」とやらを口にした瞬間、ライラ達に詰め寄られて断固拒否の集中砲火をあびるフレイア。流石に少々たじたじ気味になっている。

 だがフレイアがここまで自信満々に言う奥の手とは何なのか、レイは純粋に好奇心が湧いたが……

 

「オリーブ、大丈夫?」

「だだだ大丈夫です。ちょっとおまおまおまお股がささささささ割ける感覚を思いだだだだだだだだだだ出しただけでしゅ」

「どう見ても大丈夫じゃねーだろ」

 

 何かしらのトラウマを強く刺激されたオリーブが盛大にバグっているのを見て、レイは「絶対碌なもんじゃねーな」と、フレイア達から詳細を聞くのを止めた。

 流石に「お股から真っ二つ……」とうわ言のように呟くような手は御免被りたい。

 

「…………なぁ、少し聞いてもいいか?」

「なんだい?」

「キースの事だ」

 

 レイがキースの名を出した瞬間、場は一気に静まり返り、ジャック達は気まずそうに目を伏せた。

 

「本当に、殺されたのか?」

「うん。殺されたし遺体も見つかったよ」

「滅茶苦茶酷い仏さんだったらしいっスよ。内臓だけ綺麗サッパリ消されてたって聞いたっス。しかも回りには謎の生首がゴロゴロと。正直グロすぎてあんまり想像したくないっス」

「……そうか」

 

 それしか、答えることが出来なかった。

 空虚なものがレイの心に襲い掛かる。

 

「えっと、キースって、もしかしてキース先生の事ですか?」

「そっス。オリオリにはちょっとショッキングな内容かもしれないっスけど――」

 

 ライラがオリーブに先の事件について説明をしているが、レイの耳には大して入ってはこない。

 

「(結局、アイツが法で裁かれる事はなかったか……)」

 

 キースが死んだという事実が、少し遅れてレイの心に重く圧しかかってくる。

 これでキースを法で裁く事も、父親の死の真相を知る事もできなくなってしまったのだ。

 

「レイ、大丈夫?」

「キュー……」

「ん、あぁ……大丈夫」

 

 手の甲にヒンヤリと小さな手が置かれた感触で我に返るレイ。

 アリスやロキだけでなく、気づけばチームのメンバー全員がレイを心配そうに見ていた。

 仲間に余計な心配をかけた事に少々自省するレイ。

 過ぎた事を今ここで悔やんでも仕方がない。今は今、出来ることをするべきだと、レイは自信を鼓舞した。

 

「じゃあ改めて。フレイア、ジャック、ライラ、サポートを頼む」

「お安い御用さ」

「頼まれた!」

 

 えへんと子供のように胸を張るフレイア。

 その無邪気さを見て、レイは自身の心が少し軽くなるのを感じた。

 

「じゃあ早速、最重要事項を片付けるっス!」

「最重要事項? どれだ?」

「そりゃ勿論決まってるっス……」

 

 そう言うとライラはテーブルの上に大きな紙を一枚バンッと取り出した。

 もしや海図を元にした幽霊船の出没予想地点か何かだろうか。

 レイ達は緊張感に満たされた状態で紙を覗き込む。

 

 紙に書かれているのは大きな三つの四角形。

 

「ライラ……これは?」

「部屋割りっス」

「……は?」

「部屋割りっス!」

 

 気が抜けて、盛大にテーブルへと顔面を落とすレイ達。

 先程までの緊張感は何だったのだろうか。

 

「今空いてる部屋は三人部屋が三つだけらしいっスから、どういう部屋割りで寝るのか――」

「深刻そうな雰囲気で言い出すな! 部屋割り決めくらい普通に言え!」

「レイ君何言ってるんスか! お泊まりイベントにおいて部屋割り決めは最重要事項っスよ!」

「んなもん適当に決めればいいだろ!」

「チッチッチ、分かってないっスねレイ君は。お泊まりイベントにおける部屋割り。それは女子トークに花を咲かせる一晩のお相手を決めるって事っスよ。自分と相手双方の性格やメンタルの状況を読んだ上で、最高に女子力を高められる組み合わせを見つけ出す真剣勝負なんス!」

「お、おう……そうか」

「ボクはここで、神の一手を決めるっス!」

 

 ライラの凄まじい熱意にたじろぐレイ。

 どうも押しの強い女の子には弱いらしい。

 

「とりあえずレイとジャッ君は同じ部屋に押し込むっスね~」

「まぁそうなるね」

「そうしてくれると助かる(じゃないとまたアリスがベットに忍び込むかもしれん)」

 

 四角形の一つにレイとジャックの名前と『決定』のサインを書くライラ。

 

「で、次はメインの女子チームなんスけど――」

「はい、はい! わわわわたくしとオリーブさんは慣れ親しんだ同室コースでお願いいたしますわ!」

 

 妙に鼻息荒くオリーブとの同室を主張するマリー。

 それを見たレイは「……まさかな」と一瞬変な予想をしたが、すぐに胸の奥に仕舞い込んだ(というかそれ以上考えたくなかった)。

 

「ご安心ください。オリーブさんの夜の安全はわたくしが、わ た く し が! 責任を持って御守りしますので!」

「(何故だ、絶対にこいつに任せてはいけないと俺の本能が叫んでる)」

 

 レイの心が奇妙な警鐘をならしていると、アリスがマリーの腕にがっしりと抱き着いてきた。

 

「アリスさん!?」

「アリス、今日はマリーとお話がしたいな」

「そうだねー、アリスとマリーは今日会ったばっかりなんだし」

 

 もう片方の腕にフレイアが抱き着く。

 いや、見方を変えれば拘束されているようにも見える。

 

「フレイアさん!?」

「アタシもマリーとは色々話がしたいなーって。マリーも積もる話はあるでしょ?」

「そ、それはそうですけど……」

「じゃあ、決まりだね」

 

 そう言うと、アリスとフレイアは抱き着いた腕を放すこと無く、マリーを席から立たせた。

 

「それじゃあライラ、アタシ達先に部屋に行ってるから」

「後はよろしく」

 

 ズルズルとマリーを引きずりながら、二人はその場を去っていく。

 

「アリスさん!? フレイアさん!? ど、どうかお待ちに、お待ちになって! あぁ、オリーブさん~」

「ちょ、姉御!? アーちゃん!?」

 

 ライラの制止虚しく、三人は宿屋の階段の向こうへと姿を消してしまった。

 

 残されたのは男子二人と女子二人。

 

「……良かったな、部屋割り決まったみたいだぞ」

「え、えっと、よろしくねライラちゃん」

「ボクの……神采配イベント……」

 

 膝から崩れ落ちて項垂れるライラを、オリーブは優しく抱きしめて慰めるのであった。



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Page45:ママァァァ!!!

※今回のエピソードで未成年のキャラクターが飲酒する描写がありますが、決して未成年飲酒を推奨するものではありません。
未成年の方は決して真似をしないでください。


 時は深夜。窓の外から人の声は消え、夜行性魔獣の鳴き声だけが響く時間だ。

 自分が泊まる部屋に荷物を置いて一息ついたレイは、ベットの上にカバンとグリモリーダーを広げていた。

 

 カバンから細長い専用工具を取り出して、グリモリーダーから十字架と留め具を外す。

 すると本来なら開く事のないグリモリーダーの表紙が開くようになり、レイはその中から頁を抜き取り、広げ始めた。

 

「さて、どうするかな」

 

 極薄の魔法金属(オリハルコン)によって出来た頁を広げながら物思いに耽るレイ。

 表向きは変身後の魔装を構成している術式のカスタマイズ。

 だが本心はどちらかと言うと……

 

「眠れないのか?」

「んあ? 悪い、起こしちまったか」

「いいさ、僕も今日は眠れなくてね」

 

 隣のベットで寝ていたジャックが、上体を起こして話しかけてくる。

 

「それで、レイは何を?」

「見りゃ分かるだろ。グリモリーダーの頁をカスタム中だ」

「それ相当な高等技術だったと思うんだけど」

「へーきへーき。術式構成は全部暗記してるから、バグなんて早々起きねぇよ」

「レイも大概常識から離れた人間だよね」

「ウチのリーダー程じゃねーよ」

 

 そんな事も無い。そう言いかけたジャックだが、寸ででそれを堪える。

 意外と短気な性格なのは養成学校時代に嫌という程思い知っているジャックっだった。

 

「やっぱり霊体への防御力を高めるべきだよなー」

 

 レイはカバンから白紙のオリハルコンを一枚取り出すと、専用の鉄筆を使って術式を書き始めた。

 周りから音が消えていると感じる程に集中して書くレイ。

 ジャックは少し微笑ましそうにそれを見ると、自身の荷物からある物を取り出していった。

 

「よし、出来た――びゃッ!?」

 

 突然頬に当てられた冷たい感触に、レイは思わず変な声を出してしまう。

 振り向くとそこには、ジャックが一本の酒瓶と二つのタンブラーを持っていた。

 

「お疲れ」

「なんだよいきなり。ワイン?」

「どうせお互い眠れないんだし、付き合ってよ」

 

 レイは仕方ないなと言った風に溜息を一つついてタンブラーを受け取る。

 少し前のだったらきっと拒否をした行為、だが今のレイには嫌な感情は微塵もなかった。

 ジャックがコルク栓を開けている内に、レイは分解してあったグリモリーダーを組み終える。

 

「よし空いた」

「あぁジャック、俺は――」

「ワインは水割り無しのストレート派、だろ?」

「よく覚えてるじゃねーか」

 

 手に持ったタンブラーにトクトクと注がれていく赤いワイン。

 お互いに注ぎ終えると、レイとジャックはコツンとタンブラーを軽くぶつけ合った。

 

「ん、結構キツいね」

「無理して俺に合わせなくていいんだぞ」

「アハハ、ちょっとした冒険心だよ」

 

 意を決してもう一口飲むも、やはりキツかったのか顔をしかめるジャック。

 結局、大人しく持ってきた水筒の水をタンブラーに入れ始めるのであった。

 

「なぁレイ、今どんな気持ちなんだ?」

「ん? どうしたんだ急に」

「気付いてないのか? 今のレイ、ピクニック前の子供みたいな顔してるぞ」

 

 ジャックに指摘されて初めて、レイは自身の頬が少し緩んでいたことに気づく。

 小っ恥ずかしさからつい顔を背けてしまうが、レイは決して否定の言葉を口にすることはなかった。

 

「そうかもな……うん、そうかもな」

「後悔はしてない?」

「後悔? なんで?」

「重荷になってないのかなって思ってさ。フレイアの過剰な期待とか、戦騎王の契約者になった事とかさ……」

「あぁそう言うことか」

 

 確かに客観的に見れば、レイが今現在置かれている状況はとてつもないプレッシャーの下敷きになっていそうなものだ。

 少し前までは『トラッシュ』と呼ばれた最底辺の存在が、今やギルド期待のルーキーチームに入り、伝説の戦騎王と契約まで交わしてしまった。重圧に潰されるなと言う方が無理な話である。

 

「別に後悔なんかしてねーよ、全部俺がやりたくてやった事だ。スカーフ(これ)も含めてな」

「そっか。なら良かった」

「それに、やっと始められるんだ。ヒーローになる為の研鑽ってやつをさ」

「じゃあ僕は、レイ達がヒーローになるのをサポートする役だね」

「サポート? そこは一緒にだろ。別にヒーローは一人だけなんて決まりは無いんだからさ」

「ヒーローって、僕が?」

「フレイア達と一緒に居るのもそう言う理由なんじゃないのか?」

 

 ヒーローに憧れる操獣者はごまんと居る。特にセイラムの操獣者なら尚更だ。

 だがジャックは神妙な面持ちでタンブラーの中を覗き込むばかりであった。

 

「ジャック?」

「正直、僕自身よく分かってないんだ」

 

 ポツリポツリとジャックが語り始める。

 

「僕が進もうとしている道は、間違いなくレイやフレイア達と同じ道なんだ。けど皆がヒーローという夢に行き着こうとしている横で、僕自身が行き着く先は何処なのか……よく分かってないんだ」

「……」

「多分僕は、そういうキラキラしたものには向いてない」

「……そうか」

 

 どこか弱々しい声で吐露するジャックに、レイはかつての自分の面影を見る。

 

「ジャックは何で操獣者になったんだ」

「……復讐のためって言ったらどうする?」

 

 どこか冷淡さを感じる表情でそう告げるジャックに、レイは一瞬言葉を失う。

 

「なんて、冗談だよ」

「そ、そうか。にしては迫真の演技だったけど」

「中々の演技力だろ?」

 

 空気中に漂っていた緊張が消えて、レイの肩から力が抜けていく。

 後はただただ二人で笑い合うだけ。

 

 ワインをの飲みながら、レイとジャックは学生時代を思い出しつつ語り合う。

 夜空も更に深く暗くなっていき、気づけばワインボトルの中も軽くなっていた。

 

「ねぇレイ、少し聞いてもいいかな?」

「ん、どうした?」

「あの蛇の悪魔……本当にゲーティアって名乗っていたんだよね?」

 

 淡々と、だが重みすら感じる声でジャックが問うてくる。

 レイは先程の戦闘での、普段とは異なる様子のジャックを思い出していた。

 その時の様子に、何か危ういものを感じながら。

 

「あぁ、そうだけど……悪魔?」

「あいつ等は自分達のことをそう呼ぶんだ」

「ジャック、何か知ってるのか?」

「ゲーティアについてならさっき下でレイ達から聞いた話以上の事は何も。それで……あの蛇の悪魔、()()()って男のことについて、何か言ってなかったか?」

 

 微かに漂って来たのは憎悪と殺気。

 蛇の異形との戦いでジャックが放っていたものと同質の殺気が、レイの肌をピリピリと刺激する。

 

「いや、何も言ってなかったな。ゲーティアって組織も今日スレイプニルから聞いて初めて知ったし」

「そっか……それなら、仕方ないか」

 

 表面上は取り繕うとしているが、ジャックは眼に見えて落胆していた。

 先程の「復讐」という言葉も相まって、レイは色々と気になってしまう。

 

「何かあったのか?」

「……まぁ昔、色々とね」

 

 チラリと視線を落として見るレイ。

 口では平然を装っているが、タンブラーを握るジャックの手には酷く力が入っていた。

 直接は見えないが、恐らく眼にはドス黒いものが溢れているだろう。

 

「少し飲み過ぎたみたいだ。トイレに行ってくるよ」

「……ジャック」

 

 扉に向かおうとするジャックを咄嗟に呼び止めてしまうレイ。

 振り向いてきたジャックは一見いつも通りそうだが、どこか空虚なものを抱えている様にも見えた。

 

「そのさ、俺がこういう事言えた立場じゃないのは解ってるんだけどよ……あんまり無茶はすんなよ」

 

 きっと事情を追求したところで、今のジャックは何も答えてはくれないだろう。

 だがかつて暗闇の底にまで落ちたレイだからこそ察したのだ、今のジャックが抱える危うさを。

 

「一人じゃない、仲間がいる。俺にそう言ったのはジャック達だろ」

 

 ならば今は、せめて出来る事をしておこう。

 レイの言葉を聞いたジャックは数瞬考えこむと、すぐに口元に笑みを浮かべた。

 

「そうだね。うん……善処はするよ」

 

 そう言うとジャックは扉の向こうに去って行った。

 

「本当に分かってるのかな?」

 

 本人の口から聞いた訳ではないので真偽は分からない。

 

「アリスもこんな気持ちだったのかな……」

 

 今なら何となく分かる気がする。

 心配して釘を刺しても、悉く無駄に終わりそうな不安感。

 もう少し怪我には気をつけようと、レイが心の中で軽く決意していると――

 

――コンコン――

 

 向こう側から小さく窓を叩く音が聞こえる。

 レイがそちらに目を向けると、窓の向こうには両耳を大きく広げて羽ばたかせているロキの姿があった。

 

「ロキ? こんな夜中に、てかなんで窓の外から?」

「キュイキュー」

 

 一先ず窓を開けてロキを中に入れる。

 よく見ると、ロキの口には一枚の紙が咥えられていた。

 

「キュイ」

「え、俺宛て?」

「キューキュ」

 

 口に咥えた紙をレイに押し付けるや否や、ロキはさっさと窓から出て行ってしまった。

 何だったのだろうか、疑問を抱きつつレイは紙を開いて中に書かれていたメッセージを読む。

 

『寝たふりしたまま待機してて』

 

 少し丸っこい字で書かれた手紙。恐らくアリスが書いたものだ。

 しかし奇妙なものだ。手紙の内容もさることながら、グリモリーダーの通信を使わずにわざわざ手紙という原始的な方法を選んできたことが、レイには引っかかった。

 

「(わざわざ手紙を寄越した。しかも寝たふり? ……まさか、宿の中に敵が!?)」

 

 緊急事態であるが故の方法。

 レイは自身の中でそう結論付けた瞬間、カツンカツンと微かな足音が聞こえて来た。

 ジャックが言った方向とは真逆から聞こえてくるその足音は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「……スレイプニル、何時でもいけるか?」

『杞憂だとは思うが、無論だ』

 

 窓を閉め、グリモリーダーとコンパスブラスターを隠し持った状態でベッドに入るレイ。

 耳に神経を集中させて、足音を捉え続ける。

 少しずづ、少しずつ、だが確実に近づいてきている。

 

 そしてレイが居る部屋の前に達した瞬間、足音はそこで止まった。

 

「(オイオイ、ターゲット俺かよ)」

 

 頼むからそのまま帰ってくれと、レイは心の中で懇願する。

 だが願い虚しく、足音の主はゆっくりと扉を開けて部屋の中に入ってきた。

 

「ふぅー、ふぅー……フヒヒ」

 

 荒い息遣いと共に入ってくる侵入者。

 これは荒事を避けられないだろうと判断したレイは、ベッドの中でコンパスブラスターの柄を握り締める。

 

「フヒ、フヒ、今日こそは……フヒヒ……ママぁ~」

「(なんか想像以上にヤベー奴来てないか!?)」

 

 侵入者が小声で吐いている不穏な言葉に悪寒を覚えつつも、レイは敵との間合いを測り続ける。

 そして、侵入者がレイが隠れているベッドに手をかけた次の瞬間――

 

「オラァ!」

「キャッ!?」

 

 跳び起きたレイは、コンパスブラスター(剣撃形態(ソードモード))の峰を侵入者に叩きつけた。

 倒れ込む侵入者にコンパスブラスターの切っ先を向けるレイ。

 

「どこのどいつか知らねーけど、夜中に忍び込むってことは多少手荒にしても文句ねーって事だよな?」

「え、ど、どうして!? オリーブさんは!? あれ!?」

「あれ……マリー?」

 

 薄暗くて一瞬分からなかったが、よくよく見れば倒れ込んでいる侵入者の正体はマリーであった。

 

「お前こんな深夜に何してんだ?」

「レイさんこそ、何故オリーブさんの部屋に?」

「いやそもそもここオリーブの部屋じゃ――」

「ハッ! まさかレイさん、既に美味しく頂いた後という訳ですか!」

「は?」

「久しぶりの再会、二人きりの部屋、純真無垢な美少女相手に思春期の殿方が何もしない筈がありませんわ!」

「風評被害も甚だしいわ!」

「ではそこにある空いた酒瓶はなんですの!? お酒に酔っているのを良いことに、オリーブさんに【///自主規制///】なことや【///自主規制///】なプレイを強要したのではないのですか!?」

「よし一回黙って人の話を聞けや、色ボケお嬢」

 

 レイがコンパスブラスターを振り上げて凄むと、流石に命の危険を感じたのかマリーも大人しくなった。

 

「そもそもお前何しにこの部屋に来たんだ」

「え”ッ……えーと、母性の海を求めて?」

「わけわからん」

「そう言うレイさんこそ、何故オリーブさんのお部屋に?」

「いやだからここオリーブの部屋じゃないって」

「……え?」

 

 二人の間に変な空気が漂う。

 数秒の後、マリーはようやく状況を飲み込んだ。

 

「そ、そういう事ですの」

「そういう事だな」

「では、わたくしは今度こそオリーブさんのお部屋へ……」

 

 持参していた大きな風呂敷を手に取り、マリーは部屋を出ようとする。

 が、レイは無言でコンパスブラスターの刃をマリーの首元に向けて、それを阻止した。

 

「ヒィ!?」

「いや、今の流れで行かせるわけねーだろ」

「何故ですの!?」

「鼻息荒く侵入してくるような情緒不安定者を野放しにしてたまるか」

「失礼な、わたくしは至って正常ですわ!」

「本当か? じゃあオリーブの部屋に入ってなにしようとしてたか言ってみ?」

「そ……それは乙女の秘密というものですわ」

「じゃあその風呂敷の中身は? 酒瓶とは思えないんだが」

 

 レイが風呂敷に手を伸ばすと、すかさずサッとマリーは隠す。

 

「……何故隠す」

「中身を見られるのはちょっと……」

「変なモノ持ってないか確認するだけだ」

「ちょ、ちょっとやめて下さいまし!」

 

 手を伸ばすレイと隠し続けるマリー。

 その激しい攻防が繰り返されていく内に、風呂敷が少し緩んで中身が一つ落ちてしまった。

 

――ゴトン――

 

「あ”ッ」

「ん? なんだこ……」

 

 風呂敷から落ちたソレを拾い上げたレイは思わず絶句してしまう。

 木で出来たそれは、どこからどう見ても男性の()()を模した物にしか見えなかった。しかもデコイインクを挿入すれば振動するタイプの。

 

「マリー……お前、これ持ってオリーブの所へ?」

「まじまじ見ないでください!」

「お前本当に何目的で行くつもりだったんだ」

「……ナニ目的?」

形態変化(モードチェンジ)棒術形態(ロッドモード)

 

 こいつは絶対にオリーブの元に行かせてはならない。

 そう確信したレイは即座にコンパスブラスターからマジックワイヤーを出して、マリーを縛り上げた。

 

「きゃ! ちょっとレイさん、何するんですの!?」

「どう考えてもいかがわしい事しに行きそうだからなぁ」

「失礼なこと言わないでください! わたくしはただ、オリーブさんに愛を求めに行くだけですわ!」

「大人の玩具持参で夜這いを仕掛ける愛なんて糞くらえだぞ」

 

 だが今の発言で、レイは薄々感じていた疑惑が確信に変わるのを感じた。

 

「というかマリーってもしかして、オリーブの事……」

「~~~っっっ///」

「(あぁ……これは色々と、難儀なやつか……)」

 

 顔を真っ赤にして俯くマリー。だが決して否定の言葉は発さない。

 レイ自身は同性を好きになる人に対してどうこう言う趣味は持ち合わせていないが、貴族階級の者達はそうではないだろう。

 保守的な考えが強い貴族階級の中では相当に肩身の狭い思いをしたはずだ。

 

「好意を向けるのはいいけど、もう少しスマートにいこうぜ」

「うぅ、愛が、愛が溢れ出てしまうのです。緩んだ尿道のように」

「やっぱお前少し黙ってろ」

 

 一応念のため、変な物が入って無いか風呂敷の中身を調べるレイ。

 

「えーっと……男のナニを模した玩具が二本目と、ロープに、モコモコの手枷?」

「普通の手枷では手首に痕が残ってしまいますので」

「気遣いあるのか無いのかどっちかにしろ」

 

 さらに風呂敷の中身を調べる。

 出て来たものはエプロン、ミトン、よだれ掛け、ラトル、布オムツが数枚……

 

「って、どういう性癖だよ!!!」

 

 想像を絶するものが出て来たので、レイは思わずそれらを床に叩きつける。

 

「お前オリーブに対して何求めてたんだよ!?」

「で、ですから母性ですわ」

「母性?」

「はい。とてもささやかな願望なのですが、オリーブさんにはわたくしのママになって欲しくて」

「???」

「と、当然わたくしは(ハァハァ)オリーブママの娘に、いえ(ハァハァ)むしろ赤ちゃんになる訳ですから(ハァハァ)ちょ、ちょっとオリーブママの未発達おっぱいを吸ったり(ハァハァ)お漏らしを見守られてから、おおおオシメの交換をしてもらったりするだけです。とってもささやかで純真な願いですわ。バブゥ」

「誰だァァァ!!! この変態をスカウトしたアホは一体誰だァァァ!!!」

 

 分かりきってる、フレイアだ。

 

「やっぱお前は今日一晩拘束する」

「そんな!? それではわたくしとオリーブさんの愛と母性に溢れためくるめく蜜月は?」

「そんな幻想捨てちまえ」

 

 一先ず逃げられないようにするため、レイはマジックワイヤーで更にマリーを縛る。

 

「やー! やーですの! オリーブママにあやしてもらいますの!」

「そんな乳のデカい赤ん坊がいるか!」

「ママァァァ!!!」

 

 駄々っ子になり下がったマリーを何とか鎮めようと、レイが四苦八苦していると。

 

――ヒュン! プス!――

 

「あ”う”ッ」

 

 突如飛来した針が首の後ろに刺さり、マリーは気絶してしまった。

 

「回収に来た」

「キューキュイ」

「アリス……なんで少し濡れてんだ?」

「マリーの水魔法で縛られてた」

 

 ほんのり濡れた状態のアリスが気絶したマリーを運ぼうとする。

 先程の針は幻覚魔法を付与したものだろう。

 

「なぁアリス、もしかして知ってたのか?」

「なにを?」

「マリーの事だよ。知ってたならもっと早く教えてくれよ」

「レイ、女の子の恋路に首を突っ込んだら、馬に蹴られる」

「なんだそれ」

「女の子への詮索は、よく考えてから」

 

 そう言うとアリスはマリーを引きずりながら部屋を去ろうとする。

 

「ちょっと待てアリス。なんでマリーがオリーブじゃなくて俺達の部屋に来るって知ってたんだ?」

「……」

「まさかとは思うが、お前……」

「……幻覚魔法って便利だよね」

「アーリースー」

 

 どうやらマリーは幻覚魔法で部屋の場所を間違えさせられたらしい。

 オリーブを守ろうとしたのは分かるが、自分に被害が来たことに関しては文句たらたらのレイであった。

 

「レイ、とりあえず運ぶの手伝って」

「なんで俺の周りには変な奴しかいねぇんだよぉ~」

 

「えっと……これはどういう状況?」

 

 部屋に戻れば両手足を持って運ばれているマリーと、何故か濡れているアリス、そして疲れ切った顔のレイ。

 あまりにも混沌とした状況にジャックもすぐには理解できなかった。

 

「(俺、本当にこいつらとやっていけるのかな?)」

 

 レイは若干自身を無くしかけていた。



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Page46:悪魔が集う①

「……結局ほとんど眠れなかった」

 

 日の光が差し込む窓を眺めながらレイはそう呟く。

 結局あの後マリーを部屋まで運んだ後、自分の今後に対する色々(主に不安)が気になって殆ど睡眠を取れなかったのだ。

 ちなみにジャックは慣れているのか早々に眠りについた。

 

 今はまだ早朝。

 二度寝しても良いのだが、どうにもそういう気分になれなかったレイは散歩でもする事にした。

 

「あ、レイ君おはようございます」

 

 部屋を出ると早々に、オリーブと鉢合う。

 何故か目の下には少し隈が出来ているが。

 

「オリーブ……安眠は出来たのか?」

「えへへ、なんだかドキドキして眠れなくて」

「いやそうじゃなくて、こう、不審者とか」

「?」

 

 可愛らしく首を傾げて疑問符を浮かべるオリーブ。

 少なくとも昨晩は無事だったらしい。

 

 オリーブも目が覚めていたようなので、二人で一緒に一階の食堂に降りていく。

 ふとレイが出入り口付近に目をやると、そこには昨夜レイが助けた老人がいた。

 

「おー爺さん! 身体の方は大丈夫か?」

 

 レイが声をかけると、老人はレイ達を一瞥しただけですぐに宿屋を出て行ってしまった。

 

「なんだよ、無愛想な爺さんだな」

『まぁあの様子であれば、身体の方は大丈夫であろうな』

「あはは……そうかも知れませんね」

 

 それにしても愛想のない老人である。

 レイが内心不満を漏らしていると、後ろから宿の女将がやってきた。

 

「あらまあ、ルドルフさんったらまた無愛想しちゃって。ごめんなさいね、あれでも可哀想なお爺さんなのよ」

 

 女将曰く、五年前に海難事故で息子家族を亡くした天涯孤独の老人なのだとか。

 五年前と言う言葉で、レイはあの老人が昨日港で騒いでいた老人だと気がついた。

 人も船も喰らう幽霊船とは老人の言……さしずめ海難事故もそれに関連したものだと想像するのは容易い。

 

 普通ならただ哀れな老人という感想しか出てこないだろう。

 だがレイは老人の名前が妙に脳裏で引っかかっていた。

 

「(ルドルフ……どこかで聞いたことあるような……)」

 

 古い文献だっただろうか、どこか覚えはあるのだが上手く思い出せない。

 

 レイが頭を捻っている間に、オリーブが女将と他愛ない話をする。

 案の定とでも言うべきか、昨夜の幽霊騒動については何も覚えていないらしい。

 アリスが言っていた通り、記憶を消去されたのだろう。

 

 

 外に出る。

 まだ早朝という事もあって、街道の人気は少ない。

 とはいえ流石は海に面した街とでも言うべきか、日が昇って間もないにも関わらず早速仕事の準備を始めている者や、家の前を掃除する婦人がちらほらといる。

 

「普通ですね」

「そうだな」

 

 まるで何事もなかったかのように進んでいる日常のワンシーン。

 気になったオリーブがすれ違った人たちに話を聞いてみたが、案の定彼らには昨夜の記憶は無かった。

 

「本当に誰も覚えてませんでしたね」

「まぁそもそも魔力越しじゃないと視認できないからなぁ。俺達みたいに変身していた人間か、魔獣じゃないと騒動に気づけないだろ」

 

 だがそれにしても異様である事には変わりなかった。

 あれだけの戦闘があったにも関わらず、それを記憶している者は誰も居ない。

 戦闘の舞台となった広場に足を運んでみるも、抉れた地面を前に少し頭を掻いている職人が数人いる程度。

 魔獣や操獣者の戦闘が珍しくない今の世の中、この程度の破損は特別な物と認識されなかったのだ。

 

「結局、あれって何だったんでしょう?」

「幽霊か? それとも蛇のバケモンか?」

「両方ですね」

 

 建物の壁にもたれかかりながら、二人は昨夜の事を思い出す。

 

「幽霊については昨日話した通り、霧状の魔力《インク》の塊ってこと以外分からねぇ。あの蛇野郎の事だったら、スレイプニルが一番知ってるんじゃないのか?」

「えっと、ゲーティアっていう悪い集団の人でしたっけ?」

「人かどうかかなり怪しいと思うけどな。それよりも――」

 

 そう言うとレイは指先で胸ポケットを軽く叩いた。

 

「なぁスレイプニル、アイツらが使ってた魔武具、あれ何なんだ?」

「そう言えば聞いてませんでしたね」

『ふむ、そうだな……』

 

 少し間を置いて、スレイプニルは語り始める。

 

『焚書松明ダークドライバー、ゲーティアの悪魔達が使う禁断の魔武具だ』

「禁断?」

『基本的な使い道はグリモリーダーと同じく人間の変身だ。だがグリモリーダーとは違い、ダークドライバーは使用者を大きく限定する』

「どういうことだ」

『ダークドライバーの力はお前達もよく理解できているだろう。だが強い力には代償が伴うもの……ダークドライバーはその強大な力と引き換えに、使用者に強力な毒を流し込む』

「強大力と引き換えに毒、か……」

 

 まるで魔僕呪のようだと、レイは頭の中で考える。

 

『並大抵の者であれば数回使用すれば死に至る猛毒。だがごく稀に、その毒を克服し力に魅入られる者が現れる。その成れの果てが昨晩の異形、悪魔だ』

「という事は、あの蛇の怪物も元々は人間なんですね」

『そして元は魔獣。毒は肉体だけではなく霊体そして精神を汚染していく。力に溺れ虐殺の限りを繰り返す、人にも魔獣にも非ざる者……』

 

 故に悪魔。

 レイとオリーブはスレイプニルの話を聞いて、内心微かに震える。

 

『いずれにせよ我々の敵である事は確かだ。今まで闇の世界で動いていると思っていたが、まさかここまで表にでてきているとはな』

「まぁあんな悪趣味な幽霊ばら蒔いている時点で、良い奴ではなさそうだな」

「ゲーティアって、何が目的なんでしょう?」

『分からぬ。ただ一つ言えるとすれば、あの外道共を放置しても碌なことにならんという事だ』

「外道ねぇ……」

 

 ゲーティアという存在を知って間もないレイには今一つ実感を持てない話。

 だが少なくとも、あの蛇の悪魔を放置しても碌な結果にならない事だけは理解していた。

 

 まずは目の前の幽霊船を解決するのが先決だ。

 とはいえ昨晩の様子を振り返る限り、あの蛇の悪魔とは事件解決の過程で戦う事になるだろうと、レイは考えていた。

 

 蛇の悪魔への対策と幽霊について。

 レイは同時並行に思考を加速させていく。

 

「(しっかし、霧状のインクと幽霊……どこかの論文で聞いたことある気がするんだよなぁ……)」

 

 

 レイがブツブツ呟きながら考え込んでいると、二人の前に一人の男が現れた。

 

 

「失礼、道を尋ねたいのだが」

 

 それは、黒い剣を携えて、紋入りのマントを羽織った威風に溢れた男であった。

 ぱっと見の年齢は40代くらいだろうか。

 黒く長い髪を後ろで束ねているが決して清潔感を損なっているようには感じない。

 ガタイの良さからは鍛え抜かれた強さを、一つ一つの所作からは気品のある性格が見えてくる。

 

「この街の教会はどちらかな」

「え、あ、教会?」

「ごめんなさい。私たちこの街に来て日が浅いんです」

「ふむ、それは申し訳ない事をしてしまった」

 

 そう言うと男はレイ達に一礼して、その場を去って行った。

 

 その後ろ姿を、レイは吸い寄せられるように注視していた。

 

「なんだか強そうな人でしたね」

「あぁ……それもそうなんだけどさ」

 

 レイの視線は去り行く男と、男が携えている剣に向いている。

 

「スゴイなあの剣、アレ相当な業物だぞ」

『それだけではない。あの剣についていた無数の傷、あれは相当に使いこんだ証だ』

「だよなー……」

「そんなにスゴかったんですか?」

「整備士として言わせてもらうなら、あんな芸術品とさえ呼べる領域に達した剣、中の術式ならともかく外側に関しちゃセイラムでも作れる奴はいないな」

 

 レイが腕の立つ整備士である事をよく知るオリーブは、その言葉に開いた口が塞がらなくなる。

 思わずレイと同じく、男が去っていった方角に目をやる。

 既に男の姿は小さくなっており、その向こう側からは幾つかの悲鳴が――

 

「ん? 悲鳴?」

 

 耳を澄ましてみると、聞こえてくるのは人の悲鳴と何かが地面を走る音。

 それもこちらに近づいて来ている。

 

「レイ君!」

「あぁ、十中八九暴走魔獣だろうな!」

 

 レイとオリーブは駆け出して行く。

 街道には逃げた人々が投げ捨てた物が散乱しており、些か走りにくい。

 

 走った距離はほんの数十メートル。

 だが地面を走る轟音は急激にこちらに近づいて来た。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 影が一気に接近してくる。

 それは理性を失って暴走している、大きな猪型の魔獣であった。

 

 レイ達はグリモリーダーを取り出して、迎撃しようとするが……

 

「レ、レイ君! あれ!」

 

 オリーブが指さす先、そこには先程の男がいた。

 男は目の前の暴走魔獣など気にしてないかのように、街道の真ん中を堂々と歩いている。

 

「おいアンタ! 危ないぞ!」

 

 レイの呼びかけに応じたのか、はたまた目の前まで来た暴走魔獣魔獣にやっと気が付いたのか。

 男はやれやれといった様子で、ほんの一瞬肩で息をすると、近くに落ちていた一本の箒を持ち上げて。

 

――ゴゥン!!!――

 

 正面から眉間を一突き。

 大きな打撃音が一つなると同時に、暴走魔獣の絶叫が辺りに響き渡る。

 

「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 ひとしきりの叫びが終わった直後、暴走していた魔獣はその場に倒れ込んでしまった。

 

「まったく……通行の邪魔だ」

 

「スッゲー……」

「あんな大型の魔獣を、一瞬で鎮圧しちゃいました」

 

 レイ達が呆然と見ていると、男は手に持っていた箒を投げ捨てて、その場を去り始める。

 

「あ、オイ待ってくれよ!」

 

 魔獣の後ろに消える男を追いかけるレイ。

 だがレイが曲がった先には、男の姿は無かった。

 

『見失ってしまったか』

「なんだよ、お礼くらい言わせてくれてもいーじゃんか」

「レイくーん! 縛るの手伝ってくださーい!」

 

 気が付けば街道にちらほらと人が戻ってきている。

 見失った男の事は一先ず置いておいて、レイは倒れ込んでいる魔獣をマジックワイヤーで縛り上げた。

 後でフレイア達を呼んで運ぶのを手伝ってもらおう。レイがそんなことを考えていると、一人の子供が物珍しそうに倒れた魔獣に近づいて来た。

 

「うわー、おっきー!」

「おーい、あまり近づくんじゃ――」

 

 レイが一言注意しようとすると、先程まで大人しかった魔獣が突然咆哮を上げ始めた。

 

「ブモォォォォォォォォォォ!!!」

 

 体を震わせて吼える魔獣に、思わず観衆は身構えてしまう。

 だがマジックワイヤーで縛り上げているので、派手に暴れる事はできない。

 

「コラッ、危ないから戻ってきなさい!」

 

 魔獣の前で棒立ちになっていた子供は、母親に呼ばれてその元に去って行く。

 

「ブモォォォ……」

「ん?」

 

 縛り上げられた魔獣の視線はその親子に向いている。

 気のせいだろうか、レイにはその魔獣が親子に何かを訴えているようにも見えた。

 

「なぁスレイプニル、あの魔獣が何言ってるか分かるか?」

『いや、言葉らしいものを一切形成していない。あれは唯の咆哮だ』

「そっか……」

 

 その割にはどこか悲しそうな咆哮に聞こえたレイ。

 

 ふと、レイは足に何かがぶつかった事に気が付く。

 それは先程、男が暴走魔獣を止める為に使った箒だった。

 レイは興味本位でその箒を拾い上げる。

 

「……これ、ただの箒だな」

「そうですね、どこにでもある箒です」

『微かに魔力で強化したような痕跡はあるが、それだけだな』

 

 木と藁で出来たごくごく普通の箒。

 微かな強化を施したとはいえ、普通なら魔獣との戦闘に耐えられるようなものでは無い。幼児でもこれを使おうとは思わないだろう。

 

「あんな一瞬だけの強化で、箒を壊さずに……どうやって倒したんだよ」

『恐らく脳を揺らしたのだろう。大抵の生物は脳を揺らされると無力になる。あの男は箒を拾い上げてからの一瞬の間に、暴走魔獣の急所を見抜いたのだろう』

「そんで必要最低限の力で一撃……」

 

 言うだけなら簡単。だが実行しようとすればまず不可能。

 そんな破天荒な技を、あの男は自分達の目の前でやってみせたのだという事を、レイは理解するのに数秒要した。

 

『しかし、強化に使った魔力を残滓一つ残さずに去って行くとは……実に見事な強者だ』

「何者だよ、アイツ……」

 

 謎多き強者を前にして、レイはそう口にするのが精一杯だった。



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Page47:悪魔が集う②

 バミューダシティの教会。

 朝の礼拝もまだ先のこの時間帯に、教会を訪れる者はまずいない。

 そんな人気のない教会に、紋入りのマントを羽織った男が一人来ていた。

 

「此処か」

 

 男は教会の扉を乱暴に開けるや、ズカズカと床を踏み躙りながら入っていく。

 その顔は表情こそ変化していないが、微かな苛立ちを感じさせるものであった。

 

「ガミジン、何処にいる」

 

 男は教会の中を見回しながら、ここに居る筈の司祭の名を呼ぶ。

 だが返事は来ない。

 男は早く出てこいと言わんばかりにガミジン司祭の名を呼び続けた。

 

 ズルリ……背後から何かの気配を感じると同時に、迫り来る殺気。

 普通の人間なら気づく事も無いような微かなソレを察知した男は、勢いよく振り向き、自らに振り下ろされて来た日傘を手で受け止めた。

 

「パイモンか……」

「キャハッ♪ もうフルカスちゃんったら~、女の子が再会の挨拶してきたんだから、受け止めてくれてもいーじゃない」

「ほざけ狂人。そしてちゃんを付けるな」

「狂人ってそれ小粋なジョークのつもり? ブーメランになってるよ」

 

 「フン」と乱雑に掴んだ日傘を離す男、フルカス。

 目の前で苛立ちを漏らすフルカスなどどこ吹く風と言わん様子で、パイモンはピンク色のツインテール揺らして踊る。

 

「それで、何故貴様が此処にいる」

「え~フルカスちゃんがそれ聞いちゃうの~? パイモンちゃんはココの司祭様とか、今目の前でイライラしている騎士様がちゃーんと仕事してるか確認しに来ただけですよー。パイモンちゃんまだまだ乙女なのに、同僚が問題児ばかりでお肌荒れちゃう~」

 

 ケラケラと笑いながら嫌味を言ってくるパイモンを、フルカスは静かに睨みつける。

 

「礼節を知らぬ悪食娘が、減らず口を」

「フルカスちゃんが堅物すぎるだけだと思うにゃ~♪ それにパイモンちゃんは自由主義なのー」

「自由、か」

「あーもちろん、陛下から貰ったお仕事はちゃーんとこなすよ。どこかの騎士様と違ってね」

「俺が陛下から賜った使命を怠っていると……?」

 

 殺気を放ちながら、腰の剣に手をかけるフルカス。

 

「あれあれ~、怒っちゃった?」

「そう言う貴様はどうなのだ。相も変わらず悪趣味な殺しを楽しんでいるだけなのではないか?」

「悪趣味だなんてひっどーい!」

 

 頬を膨らませて子供のような怒りを表すパイモン。

 だが決して本気では無かった。ふざけた態度の中には、冷徹さも潜んでいた。

 

「それに〜、どうせ最後はみんな死んじゃうんだから、早いか遅いかの違いしかないじゃない。それなら折角だしぃ、パイモンちゃんのグルメ探求に付き合って貰った方が有意義ってものじゃない」

「それが悪趣味だと言うのだ」

「わからずやめ〜……で、フルカスちゃんは何しに来たの?」

「俺は変わらず自分の使命に従っているだけだ。ただ今回は陛下から言伝を頼まれてな……」

 

 そう言うとフルカスは剣を抜き、身体を勢いよく後ろに捻った。

 

――ガキン!――

 

 黒く美しい刀身に一匹の蛇型魔獣が噛み付いている。

 フルカスが剣を強く振るうと、蛇は地面に叩き付けられた。

 

「これこれ、神聖な教会で争いをするもんでない」

 

 奥から現れたのは膨よかな体型をした司祭。

 剣を抜いているフルカスを見ても顔色一つ変えていない。あくまで平時だと言わんばかりの様相だ。

 

「ガミジン……先に仕掛けておいて」

「私は何も命じてはおらんよ。全てはアナンタが私を思っての行動」

 

 ガミジンと呼ばれた司祭が一瞥すると、蛇の魔獣アナンタは噛み付いた剣から口を離し、ズルズルとガミジンの元へと這い寄って行った。

 

「それで、騎士殿はこのような辺境の地に何の要件で? まさか観光ではあるまい」

「陛下からの使いだ。俺はお前が使命を果たしているのか見に来ただけだ」

 

 身体に巻き付いてくるアナンタの頭を撫でながら、ガミジンは近くの椅子に座り込む。

 

「そんなものは()を見てくれればよいだけ」

「お前の口から仔細を聞きたいのだ」

 

 強情な騎士様だと、ガミジンは溜息を一つつく。

 

「船の造りは上々、今頃であれば残すは燃料となる魂の確保のみ……と言いたかったのだがね」

「問題でも起きたか?」

「王様が滅茶苦茶抵抗するんだってー! 意地汚いよね~」

「件の王は既に死んでいると聞いていたが」

 

 ゲラゲラと笑い転げるパイモンを意に介すこと無く、フルカスはガミジンを追及する。

 

「執念とでも呼ぶべきだろうか。件の王は諦めを知らぬ厄介者だ、既に肉体の自由は無いと言うに、五年も抵抗を続けておる」

「原因に心当たりは?」

「魂……でしょうな。王の魂が折れておらぬ」

「五年も現世に定着し続ける魂か……王の気高さの象徴とでも言うべきか、俺個人としては尊敬したいものだな」

「私としては迷惑以外の何物でもありゃせんがね」

「司祭様だけじゃなくて、陛下にとってもでしょ」

 

 一瞬、音が消える錯覚に陥る。

 『陛下』、パイモンがその言葉を放つと同時に、三人の間に緊迫した空気が張り詰めた。

 

「しかし五年か、ただの執念ではそこまで現世には留まれまい。何か裏があるのではないか?」

「……ハグレた魂がおる」

 

 僅かに歯軋りをしながら、ガミジンが渋々と語り出す。

 

「彼の王を仕留めた折、いくつかの魂を王が逃したのだ。そのハグレに何かしらの介入をさせておるんだろうと私は睨んでいる」

「ふむ、最初の犠牲者の中に契約者が居たか……確かに契約者の制御呪言(せいぎょじゅごん)を使えば魂の定着や抵抗も不可能ではないだろう」

「で、司祭様? そのハグレちゃんは見つかってるの~?」

「うぐっ……」

 

 意地の悪い顔で挑発するパイモンに苛立ちを隠せないガミジン。

 だが実際問題、原因となる魂を五年も取り逃がしている身を自覚していたので、何も反論できなかった。

 

「ではガミジン、そのハグレた魂を捕らえればあの船……【義体】は完成すると」

「えぇまぁ、そうさな。あの(わっぱ)共の邪魔さえ入らなければな」

「童?」

「GODが派遣してきた赤ちゃん操獣者。そこそこ数の居るちょーっと厄介なお邪魔蟲」

「全くだ、奇妙な魔法を使う者もおる」

 

 爪の手入れをしながら呑気に答えるパイモンに対し、昨夜の戦闘を思い出したガミジンは微かに眉を吊り上げる。

 

「奇妙な魔法?」

「ダークドライバーの黒炎を停止させられたのだ。躱すでも防ぐでもなく、まるで時を止められた様に空中で停止した」

「……それは、金色の魔力(インク)によるものか?」

 

 凄みすら感じる口調で聞くフルカス。

 

「早すぎる、色など視認できんわ……だが、騎士殿がここに居るという事は、あれが話に聞く【黄金の少女】とやらの仕業かもしれぬな」

「あ~、あの無差別襲撃女! パイモンちゃんアイツ嫌ーい! パイモンちゃんが作ってた義体、ぜ~んぶあの女に壊されたんだもん!」

「神出鬼没、素性も目的も不明の小娘。何故陛下もそのような女に執着するのか、私には分かりかねる」

「陛下の偉大な考えの元の事だ、口を慎めガミジン」

 

 怒気を強めてガミジンを諫めるフルカス。

 ガミジンはその忠臣ぶりには関心するが、行き過ぎて狂信者に近いとも感じていた。

 

「黄金の少女は俺の管轄だ。それに操獣者などどうでも良い、我々は一日でも早く義体が完成すればそれで良いのだ」

「あ、ちゃんと仕事してたんだ。パイモンちゃんもこれで一安心」

 

 「口の減らぬ小娘が」そう言うとフルカスは、小さな樽を取り出しガミジンに投げてよこした。

 怪訝な顔をするガミジンにフルカスはこう告げる。

 

「陛下からの賜りものだ。セイラムの捨て駒に作らせたボーツの種子を混ぜた魔僕呪だ」

「ほう、それはそれは」

「あのおじ様、最低限の仕事はしてくれたからね~♪」

 

 ガミジンが小樽の蓋を開けると、中には粘度の高い魔僕呪と、微かに聞こえるボーツの鳴き声が詰まっていた。

 並の人間なら恐怖するであろう異質な代物だが、ガミジンは顔色一つ変えずその中身を観察していた。

 

「どうせ魂の確保にも苦労してるのだろう? それで一気に決着をつけよとの事だ」

「……それは、陛下の御言葉か?」

「そうだ」

 

 溜息一つ。

 フルカスの言葉を聞いたガミジンは額に手を当て、眉間に皺を寄せる。

 要するにこの小樽の中身を使ってバミューダの民を殺戮せよという指令。

 だがその指令が持つもう一つの意味を理解して、ガミジンは酷く頭を痛ませた。

 

「……状況は芳しくないと言うことか、陛下の焦りを感じる」

「今のところ他の義体に関しては全滅だからね~……()()()()()、だけど」

「パイモンや騎士殿がこんな辺境の地まで来たのだ。私の作る船が最後と言うことなのではないか?」

「そうだな、お前の船が最後だ」

「つ・ま・り~♪ もしも司祭様が失敗しちゃったら~、次は表舞台で作らなきゃいけないの~♪」

 

 恍惚の表情で身体をくねらせるパイモン。

 それはまるで、主人からの褒美を期待する飼い犬の様であった。

 

「でもパイモンちゃん的にはそっちの方がいいかも~。もしそうなったら…………本当に()()の始まりなんだもん」

 

 花畑で踊る少女の様にクルクルと回りながら口走るパイモン。

 楽しくて楽しくて仕方がない様子を隠しもせず、無邪気に振り撒く。

 

「やめろパイモン。我らゲーティアは決して争いを目的とした集団では無い」

「ぶー、分かってますよー! フルカスちゃんはお堅いな~」

「黄金の少女が介入しようとも、GODの操獣者が邪魔をしようとも、俺達の目的は変わらぬ」

 

 全ては、世界を一つにする為に。

 全ては、偽りの共存を破壊する為に。

 全ては、醜き者達への復讐の為に。

 

 そして…………

 

「「「全ては、我らが故国の為に」」」

 

 彼らはゲーティア。

 世界に仇成す悪魔達。



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Page48:外道学問

 数時間後、レイとマリー、そしてライラは周辺の海を探索していた。

 

「ライラー、そっちはどうだー?」

魔力(インク)が邪魔で海中もよく見えないっスー! レイ君の方はー?」

「同じくだよ」

 

 レイはスレイプニルに、ライラはガルーダに乗って空から海を調べていた。

 しかし視界に映るのは変わらず魔力に汚れた海ばかり。

 ごちゃ混ぜの魔力は魔法による視認も阻害しているらしく、ライラの【鷹之超眼(たかのちょうがん)】でも上手く中を見れずにいた。

 見えるのはせいぜい海中に隠れている魔獣の影くらい。

 

「……あの辺だったよな、幽霊船が消えたの」

「そうだな」

 

 レイとスレイプニルは何も無い海上の空間をただ見つめる。

 そこは昨夜、幽霊船が消えていった裂け目が現れた場所だった。

 

「何か匂いとかそういうの感じないのか?」

「微かに魔力の残滓は感じるが、それ以上のものは何もない」

「やっぱりか……ライラとガルーダは?」

「ボクには何も。ガルーダの目にも特に何か見えたりはしてないらしいっス」

 

 ただただ空から空間と海を眺めるばかり。

 敵の策が上手過ぎるのか、これといった進展が無いことに、レイは頭を痛ませていた。

 整備士として、魔法術式のプロとして様々な術式理論は読んできたレイだが、空間に裂け目を作る魔法など聞いた事が無かった。ましてや船のような大きな物を隠す、収納するとなれば、それは最早御伽話の世界。

 幻覚などで隠しているのであれば今頃ガルーダかスレイプニルに見つかっている。

 レイが頭を絞って過去に読んだ論文を思い返していると、下からレイを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「レイさーん!」

 

 白く大きな鯱の魔獣に乗って呼びかけてくるマリー。下にいるのは彼女の契約魔獣であるローレライだ。

 海中での調査から戻ってきた彼女なら何か得られた物があるかもしれないと、レイは淡い期待を持って返事をする。

 

「マリー! そっちは何かあったかー?」

「駄目ですわー、海棲魔獣の方々が警戒して出てきてくれませんのー!」

「スレイプニルの時と変わらずか……」

 

 何かを話すでもなく、魔獣達はただ黙ってこちらを見つめてくるだけ。たとえその相手が王獣であろうと、同類のローレライであろうと関係は無いようだ。

 

「レイさんとライラさんは?」

「全然ダメっス。魔力で海はよく見えないし、空間の裂け目も碌に手がかり無しっス」

 

 ダランとガルーダの背に腹からもたれかかるライラ。

 既に近辺の海を何周もして、皆気疲れしていた。

 

「一度陸地に戻ろう。このまま周っても何も得られまい」

「……そうだな」

 

 何も得られない事は歯痒いが、尤もだ。

 スレイプニルの提案で一同は陸地に戻る事にした。

 

 

 

 

「で、再び街の中を調べる事になった訳だが」

「レイさん、わたくしは――」

「グループ分けは俺、アリス、マリーの班とその他の班な」

「あの、ちょっと」

「オリーブはフレイア達に街を案内してやって欲しい。俺とアリスはマリーを監視する」

「監視って何ですの!? わたくし何か致しました!?」

「しただろ昨日」

「あぁ、やっぱり」

 

 珍しく呆れ顔でマリーを見るフレイア。レイの発言でおおよその事は察したらしい。

 

「レイ、僕は単独行動でも良いかな? 個人的に調べてみたい事もあるんだ」

「ん? あぁいいぞ」

 

 昨夜の様子が少し気になるところではあったが、特に止める理由もない。

 申し訳なさそうに手を前に出すジャックは、先に街の中へと姿を消していった。

 

「じゃあアリス達も行こう」

「そうだな」

「あ、あのお二人とも、そこまで急がなくても〜〜〜」

「レイ、マリーの事は頼んだ」

「頼んだっス!」

 

 キリッとした顔をしているが、手間が減ったという本音が微かに滲み出ている。

 マリーの両腕をしっかりホールドして、レイとアリスは街中へと入って行った。

 

「それじゃあオリーブ、街を案内して欲しいんだけど……オリーブ?」

「はぁ……」

「オリオリ?」

「へ、あっ!? どうしたんですか!?」

「いや、街を案内して欲しいんだけど」

「あ、はい。任せてください!」

「……ほほーう」

 

 取り繕うように胸を張るオリーブ。

 フレイアは少しボーッとしてただけかと気に留めなかったが、ライラは先程の様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「ん? どうしたのライラ?」

「なんでも無いっスー」

 

 恋愛に興味心身の忍者は身近な恋に目ざといのだ。オリーブの秘めたる想いを察するなど朝飯前。

 これは今夜の女子トークが盛り上がる事間違い無しだろうと、ライラは期待に胸を膨らませていく。

 もし一つ悲しい事があるとすれば、隣に居る赤髪の少女が恋を全く理解していない事だろう。

 

 

 

 

 街を探索しつつ、すれ違う人々から昨晩の話を聞くレイ達。

 だが今朝と同じように、幽霊騒動について覚えている者は誰も居なかった。

 さらに奥へと進み街を探索。途中で魔僕呪の中毒者をちらほら見かけた以外は何の変哲もない普通の港町。

 情報求めて次の場所へ移動。

 移動。移動。移動。

 

 そして小一時間後……

 

「…………」

「あの、レイさん?」

 

――ザザーン、ザザーン――

 

「二回目だよ、この展開……」

 

 聞こえるのはさざ波の音、香るのは虚しき潮の匂い。

 気が付けば昨日と同じく、街の端にある浜辺にまで来てしまっていた。

 

「気絶してた事も含めて、マジで誰も覚えてねぇ」

「敵も随分用心深いようですね」

「…………」

「レイ、どうしたの?」

「あぁ、ちょっとな」

 

 レイは口元に手を当てて考え込む。

 わざわざ幻覚魔法を用いてまで住民から記憶を奪ったのは、幽霊に魂を狩らせているのを露呈させたくない。それは容易に想像がつく。

 だがそうなると根本的な所に疑問が生じる。何故あの異形(ゲーティアの悪魔)は魂を狩りとって何をしようと言うのか。

 霊体や魂を研究する学者はいるが、何かに転用できるような発見はあまりない。

 まして何か実用性のあるものとなれば皆無だ。

 

「(そもそも霊体研究の論文が少ないんだよな~。専門家にでも話を聞ければ違うんだろうけど)」

 

 ぼうっと海を眺めながら心の中でぼやく。

 海の向こうでは小さな魔獣の子供が顔を出し、ピーピーと金切り声を上げている。

 えらく騒がしい鳴き声に、レイの視線は自然と海へと移る。

 

「なんか騒がしいな」

「あの鳴き声、威嚇してますわね」

「そりゃ穏やかじゃねーな」

 

 よく見れば海面には魔力が滲み出ている。魔獣の子供達が撒いたのだろう。

 だが何の為にだろうか。そう思ってレイが魔獣達が威嚇している先を見ると、オンボロな小舟に乗った老人が一人で海に出ようとしていた。

 住処、もしくは遊び場を荒らされたくないのだろうか、魔獣達の鳴き声は更に大きくなる。あれでは攻撃されかねない。

 

「おーい爺さん! 危ねーぞ!」

 

 レイは声を張り上げて呼びかけるが、老人は意に返す事なく小舟を出す。

 それが魔獣達の怒りを買ったのかは定かではないが、魔獣は寄って集って頭突きをし、容易く小舟を転覆させてしまった。

 

「あーもー言わんこっちゃない。アリス、変身して待機しててくれ」

「りょーかい」

 

 そう言うとレイはコンパスブラスターを棒術形態(ロッドモード)に変形させ、海の中へと飛び込んだ。

 少し泳いで溺れている老人に近づく。

 

「それっ」

 

 レイはコンパスブラスターの先端からマジックワイヤーを射出し、老人の身体に巻き付けた。

 

「ジジイの一本釣りってか……って、この爺さん今朝の爺さんじゃん」

 

 ワイヤーを縮めて老人をこちらに寄せる。

 どう見ても航海には耐えられそうにない小舟が沈む様を見て、この老人は手の込んだ自殺志願者かと錯覚してしまう。

 舟が転覆した時に頭を打ったのか、老人に意識はなかった。

 

「こりゃあアリス案件だな」

 

 老人を陸に引き上げたレイはすぐにアリスに診せた。

 幸い軽い脳震盪だったようで、命に別状はないとの事。

 治癒魔法が良く効いたのか、ものの数十分で老人は目を覚ました。

 

「おー爺さん、目ェ覚ましたか?」

 

 老人は数秒ぼうっと中空を眺めると、今の状態に気が付いたのか無理矢理身体を起こしはじめた。

 

「おいおい爺さん、治りたてなのに無茶すんな」

「レイが言っても説得力皆無」

 

 鋭い言葉が心に突き刺さり、思わずレイは「ウッ」となる。

 

「ええい触るな、儂ぁやらなきゃならん事があるんじゃ!」

「あんな襤褸切れみたいな小舟で何するつもりなんだよ。沈んであの世に行くのがオチだぞ」

「あの世か、それならそれも良いじゃろうな。死んで幽霊にでもなれば船も見つかる」

「船……幽霊船の事でしょうか?」

「あぁそうじゃ、笑え笑え。狂った老いぼれの戯言だと笑えばいい」

 

 嫌気が差し切ったようにがなる老人を見て、レイは昨日の事を思い出す。

 

「信じるよ爺さん」

「なんじゃと?」

「爺さん昨日港で『幽霊船は本当にある』って船乗りに怒鳴ってたろ」

「そうじゃ! 幽霊船は確かにあるんじゃ! 五年前からこの街に――」

「分かってる分かってる。俺ら全員幽霊も幽霊船もちゃんと見たから」

「なに?」

 

 怒りに任せて振り上げていた拳を、老人はゆっくりと下ろす。

 

「ボロボロのガレオン船みたいなやつだろ」

「……本当に見たのか」

 

 具体的な外見を述べたレイに驚きの表情を浮かべる老人。

 マリーとアリスも肯定するように頷く。

 

「お前達、何者じゃ」

「わたくし達はギルドで依頼を受けた操獣者ですわ」

「所属はGOD。依頼内容は幽霊船退治」

 

 アリス達の説明を聞いて腑に落ちたのか、納得の表情を浮かべる。

 しかし次の瞬間、老人はキッとレイ達を睨みつけた。

 

「あれには手を出すな。あれは儂の獲物じゃ」

 

 そう言って立ち上がろうとするも、すぐにふらついて倒れそうになる老人。

 

「無理に動いちゃダメ。老体だから回復に時間がかかってる」

「そうだぞー、救護術士の言うことはちゃんと聞くもんだぞー」

「だからレイが言えた事じゃない」

 

 アリスのお小言をハイハイと聞き流しつつ、レイは老人の腕を掴んで支えあげる。

 

「ほら爺さん、家まで送ってやるから案内してくれ」

「余計なお世話じゃ! 儂ぁ――」

「見捨てて死なれたら後味悪いんだよ。荒事があるんだったら操獣者(俺ら)に任せろ」

 

 どうせこのままでは駄々をこねられてお終いだと感じたレイは、少し無理矢理気味に老人を移動させ始めた。

 マリーがもう片方の腕を担いで支える。流石に両腕を抑えられ観念したのか、老人は多少大人しくなった。

 

「赤髪の小僧に助けられるとは……儂も焼きが回ったもんじゃのう」

 

 確かに赤髪は珍しいが、そこまで厄い言い伝えはあっただろうか。

 そう思ったが口には出さず、レイは堪えた。

 

 老人の家は浜辺から比較的近い場所にあった。

 周りに他の家屋は見えないが、ごくごく一般的な作りの一軒家。

 扉を開けて中に入ると、真っ先に目に入るのは床に散乱した大量の紙たちだった。

 

「えっと……御一人暮らしなのでしょうか?」

「うひゃあ、俺んちよりヒデーぞ」

「それ片付けてるのアリスだけどね」

 

 アリスの刺すような冷たい目線から必死に逃れつつ、何とか紙を踏まないように入り込むレイ。

 大きな安楽椅子に老人を座らせて、辺りを見回す。

 悪い意味で男の一人暮らしと言ったところか、あちこち埃塗れで掃除は行き届いていない。物も散らかり放題だ。唯一綺麗な物があるとすれば、壁に架けられた絵画くらいだ。

 

「(家族絵か……なんか見覚えのある子が描かれてるな)」

 

 最近出会った少女にどこか似ている娘が描かれているが、特に気には留めない。

 ふと、レイは何の気無しに床に落ちていた紙を一枚拾い上げて読んでみた。

 

『霧状魔力を用いた疑似死者蘇生術について ―ルドルフ・ライス―』

 

 もう一枚拾い上げてみると。

 

『霊体内の魂観測術 ―ルドルフ・ライス―』

 

 全て霊体に関する研究論文であった。

 それら全ての論文に書かれていた研究者の名前に、レイは見覚えがあった。

 宿の女将はこの老人をルドルフと呼んでいた筈……

 

「なぁ爺さん、ルドルフ・ライスってこれアンタの名前か?」

「ん。そうじゃが」

「あら、お知り合いですか?」

「ルドルフ・ライス教授。以前父さんに読ませてもらった学会資料で見た事ある名前だ……霊体研究の第一人者」

 

 霊体研究の権威と聞いて、マリーは思わず口をあんぐりとさせてしまう。

 

「ほう、儂の事を知っておるとは、最近の若者にしては学が深いな」

「こう見えて魔武具整備士なんで」

「なるほどな、知識の虫だったか。なら儂がどういった人間なのかも知っとるじゃろう?」

「……霊体研究を進め過ぎて、学会を永久追放された」

「え? どうして研究を進めただけで永久追放に?」

「マリー、霊体に関する文献は大昔からあるのに、何故新しい発見に関する話が何十年間も一切出てこないと思う?」

 

 考え込むも答えがわからないマリーに対し、アリスは心当たりがあったのかすぐに答えた。

 

「教会の、圧力」

「正解だ」

「何故、教会がそのような事を?」

「霊体ってのは全てのソウルインク源だ。ソウルインクを神聖視している教会の奴らからしたら、神様から貰った霊体を解き明かそうとするのは蛮族のする事……だろ、ルドルフ教授?」

「そうじゃ。教義に反するとか何とか言いおって、教会の奴らはあの手この手で研究の邪魔ばかりしてきおった」

()()()()、教会の人間が霊体研究を言う時の言葉だ。酷いもんだろ」

 

 論文をページ順に探し、拾い上げながらレイが告げる。

 予想外に闇の深い内容に、マリーは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 別にこういった事は世界的に珍しいわけでもない。教会の影響をほぼ受けていないセイラムが特殊なだけだ。

 だからこそ、研究熱心な者はセイラムに集まりやすいという実情もある。

 当然だがセイラムシティと教会は仲が悪い。

 

「なぁルドルフ教授」

「もう教授では無いわい」

「じゃあ爺さん、恩返しを要求するわけではないんだけどさ、ここにある論文読んでも良いか?」

「物好きじゃのう。勝手にせえ」

「じゃあ遠慮なく。アリスとマリーもページ順に集めるの手伝ってくれ」

「敵は幽霊。なら霊体研究も手がかりになる」

「そうですわね。わたくしも銃撃手《ガンナー》の端くれ、解読のお手伝いいたしますわ」

 

 銃撃手は複雑な術式構築を求められるので、知識人が多いのだ。

 床に散乱した原稿用紙を拾い集めて、論文ごと頁ごとにまとめ上げていく。

 特にレイは喜々としたもので、職業的な好奇心が抑えられない様子であった。

 

 見事まとまった論文をレイが読み始めて十数分後、家の扉をノックする音が響いて来た。

 客人だろうか。ルドルフがふらつく足取りで玄関に向かおうとするので、慌ててマリーがそのサポートをする。

 ルドルフが心底面倒くさそうに玄関を開けると、そこにいたのはふくよかな体型の聖職者。

 教会のガミジン司祭だ。

 

「こんにちはルドルフさん。御加減の方はいかがでしょうか」

「誰かと思えば、教会の生臭司祭か」

「生臭とはご挨拶ですな。私はただ民を思って、神の導きを民に与える為にこうして手を差し伸べ回っているのですよ」

 

 昨日の教会前で目にした光景を忘れていなかったマリーは、その白々しい言葉に嫌悪を隠せなかった。

 

「ルドルフさんも外道学問などに傾倒せず、たまには教会にお祈りにでも来てくださいな。現世に生きるものの迷いは、死者を縛り付けるだけですぞ」

「その死者と和解する為の研究が儂の仕事じゃガミジン。貴様こそどうなんじゃ? 五年前の事故で生き残ったと思えば急に聖職者なぞ志しおって」

「己の過ちに気が付いただけですよ。今の私は神に仕え償う者……」

 

 そう言うとガミジンは、懐から小さな巾着袋を取り出してルドルフに手渡した。

 押し売って金でも集るつもりだろうかと、マリーは身構える。

 

「そんなに身構えないでくださいな、別にお金を取ろうと言うわけではありません。これはほんの善意ですよ」

 

 ルドルフの手を優しく握るガミジン。

 

「心が辛くなった時は、このお守りを握りしめて癒されてください」

 

 優し気な作り笑いを浮かべて、ガミジンは静かに去って行った。

 行動は善意の様に見えても、腹の底に何を抱えてるか見えたものでは無い。マリーはやはり嫌悪感を拭う事は出来なかった。

 そしてそれは奥で論文を読んでいたレイも同様。

 耳で聞いていただけだが、ガミジンの底の見えなさに何か得体の知れない物を感じていた。

 

 

 ルドルフ爺さんの家を後にしたガミジン。

 周りに人が居ない事を良いことに、下卑た笑みを浮かべて小さく呟いた。

 

「これでまた一つ……供給先ができた」



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Page49:なくしたもの/なくせないもの

 月の明かりが街道を照らし出している。

 今は日が落ちてからほんの数十分後の時間。

 就寝するには早すぎる時間だが、夜道に人と獣の声は聞こえない。

 時が止まったように静かな夜の街だが、一カ所だけ例外的な者達がいた。

 

「今日こそブっ飛ばす!」

「ええい、しつこい(わっぱ)どもが!」

 

 開けた場所で戦闘するレイと蛇の異形。

 そして周囲では異形が召喚した幽霊と応戦しているフレイアとマリー。

 

 レイ達は夜になれば再びあの異形と幽霊が現れると予測して、屋内で待ち伏せていた。

 結果としては予想通り。

 街の人々が気絶すると同時に、幽霊と異形は姿を現した。

 事前にアリスに幻覚魔法への予防を打ってもらったおかげで、レイ達は気絶することはない。レイ、フレイア、マリーは異形の相手。残りの四人は屋外に取り残された人の救出担当。

 事自体はスムーズに入れた……が。

 

「どらァァァァァァ!!!」

 

 剣撃形態(ソードモード)にしたコンパスブラスターで異形に斬りかかるレイ。

 前回の教訓からダークドライバーを使わせないように、隙が生じぬよう連撃を繰り出していく。

 

「くゥッ! 小癪なぁ!」

 

 両腕の鱗で斬撃を受け止め続ける異形。

 いい加減我慢の限界に達したのか、巨大な尾を振り回して、レイとの距離を作り上げた。

 

「私に貴様らの相手をしている暇などないのだ!」

 

 そう言うと異形はダークドライバーを手に取り、先端から大量の煙幕を噴出させた。

 煙の直撃を受けて、数秒視界を奪われるレイ。

 だが武闘王波で強化された聴覚を頼りに、異形の気配を掴み取る。

 

「逃すかァ!」

「ボォォォォォォツ!」

「な!?」

 

 レイが異形を追おうとした次の瞬間、嫌と言うほど聞き慣れてしまった鳴き声が襲いかかってきた。

 

「なんでこんな所にボーツがいんだよ!」

「貴様らはそれと遊んでいろ」

 

 異形はそう言い残し、その場を去っていった。

 後を追いたいところではあるが、食獣植物であるボーツを放置する方が街の住民の危機となってしまう。

 やむなくボーツと応戦する事を選んだレイは、銀色の獣魂栞(ソウルマーク)をコンパスブラスターに挿し込んだ。

 

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)! インクチャージ!」

 

 術式構築。並行して、武闘王波で強化した聴覚と触覚で、襲いかかってくるボーツの位置を正確に把握する。

 ものの一秒足らずでターゲットロックは完了。

 後は引き金を引くのみ。

 

流星銀弾(りゅうせいぎんだん)!!!」

 

――弾弾弾弾弾ッッッ!!!――

 

 撃ち出されたのは無数の魔力弾。

 縦横無尽にその軌道を変えて、ボーツの急所を的確に撃ち抜いていく。

 

「ボッ!」「ボツッ!?」

 

 短い断末魔を挙げて絶命していくボーツ達。

 全てのボーツを倒した頃には、レイの視界も元に戻っていた。

 

「目ェ痛ったー……逃げられたか」

 

 まだ微かに痛む目で周囲を見渡すが、蛇の異形の姿はどこにも無かった。

 時同じくして、フレイアとマリーも幽霊退治を終えたようだった。

 

「レイ、大丈夫?」

「少し目が痛いけど大丈夫。そっちは?」

「問題はありませんわ。犯人の蛇さんに逃げられた以外は」

 

 耳も痛くなった。

 変身を解除したレイが首の裏を掻いていると、グリモリーダーに通信が入ってきた。

 

『あ、レイ君聞こえるっスかー?』

「ライラか、そっちはどうだ」

『ダメっス。幽霊はアーちゃんとロキが止めてくれたけど、幽霊船の方は逃げられたっス』

「そうか……こっちも蛇野郎には逃げられた」

『逃げ足早い敵っスね〜』

 

 目標に逃げられてはどうしようもない。

 レイ達は一度集まり、気絶していた住民の様子を見回りに行った。

 だが案の定、気絶していたという記憶は皆無くしていたが。

 

 街を回る中、レイは先程戦闘したボーツの事を考えていた。

 何故デコイインクの産地でもないバミューダの地でボーツが発生したのか。

 あの異形はキースのようにボーツを召喚する手段を持っているのだろうか。

 モヤモヤしたものを残して、夜は更けていった。

 

 

 

 

 翌日。

 街の端のある浜辺で、レイは拾った枝を片手に砂を弄っていた。

 枝の先を動かして砂浜に図を描いていく。

 頭の中では昨日得た情報を反芻し整理していた。

 

「(一つ、幽霊の原理や理論はおおよそ検討がついた)」

 

 昨日ルドルフ爺さんの家で読んだ論文に、今回の幽霊と近しいものを作る研究があった。

 霧状に散布させた魔力(インク)を擬似的な肉体と定義して魂を定着させる、擬似死者蘇生法。魂を動力として定義するならば、肉体代わりとなる魔力の生成は容易だ。

 そして他者の魔力によって肉体を構築されているのであれば、術者の意思によって操られてもおかしくはない。

 

「だけど問題は二点……」

 

 レイは砂浜に「魂の入手」と「魔力の供給方法」と描き走る。

 まず「魂の入手」について。

 幽霊を使って街の住民から狩りとっているのは確かだが、問題はその狩りを行っている幽霊の魂だ。

 ゲーティアの悪魔との戦闘で、膨大な数の幽霊を相手にしてきた。もしもその幽霊全てに元となった人間の魂が宿っているのだとすれば……

 

「あの蛇野郎、どんだけ人間を殺してきたんだ」

 

 正直考えたくもない。

 更に間が悪い事にライラが持ってきた情報によると、ここ数年間でバミューダシティの住民の死者数が少しずつ上昇しているらしい。

 普通なら対して気に留めない事だが……一連の幽霊騒動、もしもその死者の魂があの幽霊に転用されているのだとすれば……。

 想像するだけで吐き気を覚える。

 スレイプニルの言う通り、敵は生命を生命とも思わない外道なのだろう。

 敵の最終目的は分からないが、最早関係ない。あの悪魔は見つけ次第すぐに討たなくてはならないと、レイは心に誓っていた。

 

「そうなると新しい問題は、蛇野郎の居場所なんだけど……」

「レイ、大丈夫?」

 

 ブツブツと呟きながら砂弄りをしていると、フレイアが心配そうに覗き込んできた。

 

「大丈夫、とは言い難いな。前進はしてるけどゴールが遠い」

「目撃証言も碌に無いんじゃ、そもなるよね」

「結局自分達の足で進むしかないな。しかも敵は相当な外道ときた」

「人を殺して魂を狩ってるんですよね……」

 

 オリーブが苦い表所を浮かべる。

 昨晩の戦闘である程度の確信を得たレイは、チームのメンバーに自分の推測を離した。事が事なだけにフレイアは怒り、オリーブやマリーは顔を青ざめさせていた。

 

「でもまぁ分からない事が多くても、目的ははっきりしたよね」

「そうだな、一秒でも早く……」

「「蛇野郎を見つけてぶっ潰す!」」

「なにを潰すの?」

 

 レイとフレイアがハモった直後に、聞き覚えのある幼い声が呼びかける。

 振り向くと金髪の三つ編みを揺らしている少女、メアリーがいた。

 

「こんにちはー!」

「あ、メアリーちゃん。こんにちは」

「よっ、この前ぶり。ここに居るって事はあの後ちゃんと逃げられたんだな」

「ん? 知り合い?」

 

 フレイアは初対面だった事を失念していたので、レイが軽く紹介をする。

 

「今日は樽に隠れなくてもいいのか?」

「だいじょーぶ。今日は王さまなにも言ってないから」

 

 曰く、危ない時は王様が教えてくれるのだとか。

 

「あ、でも……夜は隠れた方がいいかも。緑色の霧がかかったら身体が動かなくなっちゃう」

「(それアリスの幻覚魔法だな。アイツ珍しく加減間違えやがったな)」

 

 後で小言を言ってやろうと心に決めるレイ。

 

「メアリーちゃんは遊びにきたの?」

「んーん、歌の練習にきたの。もうすぐお祭りも近いから」

「どうせなら聞いてってやりな。この娘の歌めっちゃ上手いぞ」

「ドルオタ公認なら期待できそう」

「ドルオタって言うな」

 

 ジト目で睨むレイに反し、キラキラと目を輝かせてフレイアを見るメアリー。

 

「おねーさん達、わたしの歌聞いてくれるの?」

「うーん、どうしよう……」

「聞いてってやれよ。どうせ進むべき道が見えてないんだ、寄り道しても変わらねーよ」

「じゃあ遠慮なく」

「やったー!」

 

 オリーブとフレイアの了承を得て、メアリーは嬉しそうに飛び跳ねる。

 

「ね、ね! はやくはやく!」

「ちょ、ひっぱらないで」

「じゃあレイ君、ちょっと行ってきます」

「おう、あんまり遠くにはいくなよー。今グリモリーダー俺が持ってるんだからな」

「分かってる分かってる」

 

 メアリーに引っ張られて、駆けていくフレイアとオリーブ。

 その背中を見届けながら、レイは二人から預かっていたグリモリーダーを取り出した。

 

「進む道が見えなくても、対策くらいはできるもんね~」

 

 専用工具を使って、二人のグリモリーダーを分解するレイ。

 幽霊との戦闘を見越して、内部の頁をチューニングしているのだ。

 他のメンバーは昨晩の内に終えたのだが、フレイアとオリーブは内部の術式が少々複雑だったので今の今まで持ち越してしまった。

 極薄のオリハルコンに必要な術式を書き込んで、新しい頁を作り出す。

 

「ひーろーがーれー♪ なーがーうみよー♪」

 

 メアリーの歌が耳に入り込んでくる。

 相変わらず綺麗な歌だなとレイは感心していた。

 

「さーざーなーみー♪ なーをーいわいー♪」

 

 美しい歌声い耳を傾けながら、並行してグリモリーダーのチューニングを行う。

 そしてもう一つの考え事。幽霊の魔力供給方法だ。

 あれだけ大量の魔力を維持するのは並大抵の事では無い。

 どれだけ事前に丁寧な魔法術式を構築していようとも、一人の人間(今回の場合は異形か?)が持てる魔力には限界がある。

 だから何かしらの途中補給手段がある筈なのだが、それが見当もつかない。

 

「(ここはデコイインクの産地じゃないから、キースのような方法は取れないからな……)」

 

 仮に魔僕呪を使っていたとしても、あんな粘液をどうやって霧状魔力の塊である幽霊に供給するのか。そもそも街一つを覆う程広域に、どうやって補給させるのか。

 

「根っ子を断たないと、どうしようもないんだよな~」

 

 ぼやきながらも、グリモリーダーを綺麗に組み立てあげるレイ。

 チューニングを終えた頃にはメアリーは歌い終わり、フレイア達と浜辺で遊んでいた。子供の様にはしゃぐフレイアと、それを見守るオリーブを見ながら「何やってるんだか」とためを息一つつく。

 海を見渡す。

 眼に入るのは水平線から顔を覗かせる魔獣の子供。浜辺で遊ぶフレイア達。

 そして反対方向には座り込む老人……見覚えのある人物のようだが。

 

「ん、ルドルフ爺さんじゃん」

 

 そこにいたのは、昨日論文を見せて貰ったルドルフ爺さんだった。

 幽霊に関しては世話になった事だし、改めて御礼でも言おうかと、レイが近づいた時だった。

 ルドルフは小さな巾着袋から、一本の小瓶を取り出していた。

 小瓶の中にはどす黒い粘液。

 間違える筈もない、つい最近まで振り回されていた悪魔の薬物がそこには詰まっていた。

 ルドルフが悲壮な顔で蓋を開けようとすると同時に、レイはコンパスブラスターを抜き取り、小瓶だけを銃撃した。

 

 突然爆散した小瓶に混乱するルドルフ。そこにレイは静かな怒りを込めて歩みよって行く。

 

「アンタ程の人間が、それが何か知らない筈ないよな?」

「赤髪の小僧……余計な事を」

「禁制薬物使うのを防いだんだ、感謝して欲しいくらいだよ」

 

 というか何故赤髪を気にするのだろうか。

 少しばかり気にはなったが、今はそれどころではない。

 

「爺さんみたいな老いぼれが魔僕呪なんか使ったら命の保証なんかねーんだぞ。俺みたいな若いのに言われるのは癪かもしんないけど、もっと命は大事にしろよ」

「……貴様に何がわかる」

「あ?」

「貴様に、家族を殺された人間の何がわかる!」

 

 突然の怒号と迫力に少し怯んでしまう。

 

「たった一瞬で、何の脈絡もなく、息子家族を皆殺しにだれたんじゃ! その敵を取る為に手段なんぞ選んでられるか!」

「……家族を殺される気持ちなら、嫌って程知ってるよ」

 

 脳裏に蘇るのは父親が殺された瞬間。

 復讐の気持ちを否定するつもりは無い。だが一つだけ、ここで否定しないといけない事があった。

 

「自分が傷つかなくても、自分の隣人が傷つく。いない人間の事言ってもしょうがないかもしれないけど、アンタはまだ生きてるんだから、自分の家族が悲しむような真似は避けてやって欲しい」

「……」

「さしずめ魔僕呪の魔力活性を使って、幽霊船に突撃でもかまそうとしてたんだろ? でもその程度であのデカブツが沈むなんて無理。それは爺さんもよく解ってんじゃねーのか」

「……わかっとるわい。アレのおぞましさなら、眼の前で見た」

 

 弱々しい声で、ルドルフはポツリポツリと語り始める。

 

 曰く五年前の出来事。

 ルドルフの息子夫婦は商船の船乗りだったそうだ。

 その夫婦と孫がバミューダ発の船に乗って出た直後、商船は幽霊船に襲われ沈没。近くにいた水鱗王《すいりんおう》が迎え撃ったものの、返り討ちにあい、船と共に海の底に沈んでいった。その日、趣味の船釣りに出ていたルドルフは偶然にもそれを目撃したのだそうだ。

 すぐに街の人々の手を狩りて救助に出向いたが、既に手遅れだった。

 水鱗王は完全に姿を消し、乗組員は一人を除いて全員無残な姿で発見された。

 

「その一人ってのは」

「教会のガミジン司祭じゃ。学会に向かう最中だったらしい。あの頃はアイツも儂と同じ研究職の男じゃった……」

「(マリーが悪態ついてた、あの生臭司祭か)」

「ガミジンは事故のショックで記憶喪失。儂は幽霊船の事を話続けたが誰も信じやせんかった。当然じゃそうな、街の象徴たる水鱗王が死んだなぞ信じたくもないじゃろうな……」

 

 色々と合点がいった。

 あれだけの存在感を放つ幽霊船の事を誰も知らない理由も、幽霊船を信じる者が殆どいない理由も。

 

「だから儂はッ、どんな手を使ってでもあの船を――」

「そういう時の俺達だ」

 

 ルドルフの言葉を遮って前に出る。

 

「誰も死なせない、傷つかせない、ダメージは全部肩代わりする。その為に俺達が来たんだ」

「……お前さん、何者じゃ」

「自称ヒーローだ。安心しな爺さん、俺一人じゃない仲間も一緒に来てる。力を合わせればこんな薬物使わなくたって……」

 

 幽霊船なんか倒せる。そう言おうとして、砂浜に落ちていた巾着袋の破片を拾い上げたレイ。

 その異質さにはすぐに気が付いた。巾着袋の内側にびっしりと書き込まれた魔法文字。

 そして砂浜の上でズプズプと気泡を弾けさせる虹彩色交じりの魔僕呪。

 明らかに今までのものと違う。

 

「……なぁスレイプニル、これ魔僕呪だよな」

『そうだな。だが異質すぎる』

「……臭いは?」

『お前の予想通りだろうな。あの幽霊共と同じ臭いがする』

 

 よく見れば少しずつ揮発している魔僕呪。

 レイはルドルフの方を向いて、出所を問い詰めた。

 

「おい爺さん、これ何処で手に入れた」

「……生臭坊主が配ってきた御守りじゃ。中にソレが入っとった」

 

 バラバラだったピースが、レイの中で急速に繋がっていく。

 

「あの生臭司祭……何かあるな」

 

 次にやるべき事が見えてきた。



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Page50:カチコミ騒乱

 バミューダシティの教会に人は少ない。

 基本的に業務のほぼ全てをガミジン司祭がやっているが、不思議とそれを疑問に思う者はいなかった。

 当然だろう。ガミジンが仕込んだ幻覚魔法で、皆認識をかき乱されているのだ。

 御守りの頒布を終え、今日もガミジンは人気のない教会の中へと帰っていく。

 

「ガミジンおじ様も阿漕だよね〜。あんな御守りで大儲けしちゃうんだから」

「人は嘘をついても金は嘘をつかんからな。それよりパイモン、お前はまだ居たのか」

「そろそろ帰るもーん。でもその前におじ様とお話ししようかと思って」

 

 教会の椅子に座って足をブラつかせるパイモン。

 気まぐれな子猫のようにガミジンに問いかけた。

 

「おじ様ってさぁ、ゲーティア(ウチ)に入って何したいの?」

「質問の意図が読めないな」

「言葉通りだよ。おじ様は何を欲してるのかなーって」

「……大したものではない、自分の幸せのためだ」

 

 ガミジンは狂喜に顔を歪ませて語り始める。

 

「美味い飯、良い身体の女、使いきれん程の金と権力。陛下についていけば、その全てが手に入る。その為なら私は悪魔になる事も躊躇わんかったよ」

 

 夢の光景を想像し興奮したのか、微かに前屈みになるガミジン。

 普通の若い女なら嫌悪の表情を一つでもするだろうが、パイモンはニコニコと変わらない笑みを浮かべていた。

 

「流石は司祭様、欲深くってステキですね〜」

 

 「で、も」と言ってパイモンは立ち上がり、ガミジンを見上げる。

 

「私これでも色んな人を食べて来たからわかるんですけど〜、おじ様みたいなタイプの人って最後の最後でポカやらかしちゃうんですよ」

「……私がヘマをするとでも?」

「警告ですよ〜け・い・こ・く。変なところでしくじる前に、さっさと船を完成させちゃった方がいいよ〜って言う、パイモンちゃんの優しさ」

 

 ケラケラ笑いながら言い放つパイモンに、不快感を隠せないガミジン。

 自分を侮られた事が癪に障りすぎたのだ。

 

「で、おじ様は一人でやれそう?」

「侮るなパイモン。私とてゲーティアの悪魔、任務は完遂して陛下の元に戻って見せるわ」

「それは良いお返事。じゃあパイモンちゃんは()に戻るね〜」

 

 そう言うとパイモンはダークドライバーを一振りし、空間に裂け目を作り上げた。ヒラヒラと手を振りながら「お仕事サボらないでね〜」と言って、彼女は裂け目の中へと姿を消していった。

 残されたガミジンは、ただただ忌々しげに虚空を睨みつける。

 

「小娘が私を侮りおって……見ていろ、この御守りと牢獄を使えば義体なんぞ……」

 

「その御守りについて色々聞きたいんだけど良いよな? 生臭坊主」

 

 乱暴に扉を開ける音と突然の声に、慌てて振り返るガミジン。

 教会の入り口に立っていたのは赤髪の少年とその一行。チーム:レッドフレアの面々だった。

 特に中央で仁王立ちするレイは、怒りに満ちた様子でガミジンを睨みつけている。

 

「な、何の御用でしょうか?」

「しらばっくれるな。アンタが街の人達に売りつけてた御守りについてだ」

「教会の御守りを売る事がいつから違法になったのかな……」

「別に、合法だぞ……中身のブツに目をつぶればの話だけどな」

 

 中身の話をされた瞬間、ガミジンの顔から余裕が消し飛んだ。

 だが構うこと無く追及は続く。

 レイは先程ルドルフから回収した巾着袋の破片と、中に入っていた小瓶の破片を突きつけた。

 

「なるほどな、考えたもんだ。気化しやすいように細工した魔僕呪を隠す為に、巾着袋の内側に臭いを消す術式を仕込んでおいたとはな」

「そして司祭という立場を利用すれば、御守りの中に入れた魔僕呪をばら蒔く事も容易……本当に、とんでもない聖職者ですわ」

「マリー、アレはもう聖職者とは呼べない」

「ではただの卑劣勘ですわね」

 

 アリスの一言で容赦ない毒を吐くマリー。

 だが誰も咎めるつもりは無い。

 

「わ、私がそれを――」

「言っとくけど、無関係だなんて言い訳が通じると思うなよ。昨日ルドルフ爺さんにコレ渡してるところを直接見てた奴もいるんだからな」

「更に付け加えると、たとえ知らなかったとしても魔僕呪の頒布はれっきとした違法行為。どの道僕たちはあなたを捕まえて憲兵に引き渡す必要がある」

「ま、そういう事だ……」

 

 レイは腰に携えていたコンパスブラスターを引き抜き、切っ先を向ける。

 

「幽霊船と関係があろうが無かろうが、今からアンタを捕まえる。できれば大人しくしてて欲しいんだけど、どうする?」

 

 レイの問いかけに、ガミジンはただ下を向いてブツブツと呟き続ける。

 気味の悪い光景であった。抵抗される前にさっさと捕まえようと、レイが近づいたその時だった。

 

「シャァァァァ!!!」

「っ!?」

 

 何かが大口を開けて飛んできたので、レイは咄嗟にコンパスブラスターで受け止めた。

 ガキンと金属と牙がぶつかる音が教会に鳴り響く。

 

「レイ君!」

「危っねー、危うく噛まれるかと思った」

「どいつも……こいつも……」

 

 レイがコンパスブラスターを振ると、噛みついて来た蛇型魔獣、アナンタはスルスルとガミジンに近寄っていった。

 

「おい、それアンタの契約魔獣かよ!」

「あの、抵抗はやめて貰えると嬉しいんですけ――」

「どいつもこいつも、私を侮りおってぇぇぇぇぇ!!!」

 

 破裂したように怒声を上げるガミジンに、一同は身構える。

 

「もうよい、どの道中身を知られたのだ。貴様ら全員生きては帰さん!」

 

 そう叫ぶとガミジンは、懐から一本の黒い円柱状の魔武具を取り出した。

 

「なッ、それダークドライバー」

「えっ、てことは……あの司祭が蛇悪魔の正体っスか!?」

『どうやらそうらしいな』

 

「来い、アナンタ!」

 

 ガミジンがダークドライバーを掲げて叫ぶと、アナンタの身体は光の粒子へと変化した。肉体と霊体を膨大な魔力(インク)へと変換させて、ダークドライバーに取り込ませる。

 

「トランス・モーフィング!」

 

 ダークドライバーから黒炎が放たれる。

 邪悪な炎に包まれたガミジンは、その身体を瞬時に異形のものへと変質させていった。

 炎が消え、中から悪魔が姿を見せる。

 それはレイ達がよく知る異形。バミューダに幽霊を徘徊させた蛇の悪魔であった。

 

「うわぁ、マジっスか……」

「何が聖職者だよ、ただのバケモンじゃねーか」

「よくも私の使命を邪魔しおってぇぇぇ! 許さん、皆殺しにしてくれる!」

「なんて言ってるけど、どうするリーダー?」

 

 放たれる殺気に怯むことなく、ジャックがフレイアに聞く。

 だが全員、出てくる答えなど分かりきっていた。

 

「決まってるでしょ。あの坊主が蛇野郎の正体、で蛇野郎は幽霊船事件の犯人。だったら――」

「全力でアイツをぶっ飛ばす。だろ?」

「ちょッ、レイ! アタシの台詞取らないで」

「ヌォォォォォォォォォ!!!」

 

 咆哮を上げて、黒炎を撃ち込んでくるガミジン。

 レイ達は咄嗟に横に逸れて、それを回避する。

 

「まぁなんだ。諸々の話はアイツぶっ飛ばしてからにしようぜ」

「それもそうね……それじゃあ皆、いくよ!」

「「「応ッッッ!!!」」」

 

「Code:レッド!」「ブルー!」「イエロー!」「ブラック!」「ホワイト!」「シルバー!」「ミント」

「「「一斉解放!!!」」」

 

 Code解放を宣言して、一斉に獣魂栞を魔本に挿入する。

 

「「「クロス・モーフィング!!!」」」

 

 魔装、一斉変身。

 七色の魔力が解き放たれ、次々にレイ達の魔装へと形作られていく。

 

「どりゃァァァァァァァァァ!!!」

 

 右手の籠手に火炎を溜めて、正面から殴り掛かるフレイア。

 だが飛んで火にいる夏の虫と言わんばかりに、ガミジンはダークドライバーの先端を向ける……しかし。

 

――弾ッッッ!――

 

 黒炎を放つ直前、フレイアの背後から変則的な軌道を描いて複数の魔力弾が飛来。

 ダークドライバーを握ったガミジンの手を何度も攻撃した。

 

「ヌゥゥゥ!」

 

 止む終えず後退してフレイアの攻撃を躱すガミジン。

 見渡してみれば、魔武具の銃口を向けたレイとマリーが立っていた。

 

「バーカ、これで三回目だぜ。いい加減対策も練れてるっての」

「その黒炎は厄介極まりないですからね。使わせるわけにはいきませんわ」

「小癪なぁ……」

「勿論だけど」

「それだけで終わりじゃないっス!」

 

 上からの声に驚いたガミジンが顔を上げると、魔法発動の準備を終えたジャックとライラが構えていた。

 

「グレイプニール!」

「雷手裏剣!」

 

 ジャックが放つのは無数の鉄鎖。それの隙間を埋めるように、ライラが雷の手裏剣を投擲する。

 猛スピードで地上へと降り注ぐ攻撃。だがガミジンは臆する事なく、自身の巨大な尾を振るって攻撃を弾き返した。それでもついた傷は鱗に少しのみ。

 僅かにでも傷をつけられた事がプライドに障ったのか、ガミジンは強くこちらを睨みつける。

 

「よくも私の身体に傷をォ!」

「気になるか? じゃあ気にならなくなるくらいズタズタにしてやる」

 

 そう言うとレイはコンパスブラスターを変形させた。

 

形態変化(モードチェンジ)剣撃形態(ソードモード)!」

 

 武闘王波で強化された身体を使って、ガミジンに斬りかかる。

 ガミジンはダークドライバーから黒炎を放って抵抗しようとするも、マリーの銃撃、ジャックの鎖、ライラの雷に妨害されてしまう。

 その間隙を突くようにフレイアの炎拳、レイの斬撃が繰り出される。

 

「ヌゥゥ! これしきの事ォォォ!」

 

 尻尾を大きく薙ぎ払ってレイ達から距離を取るガミジン。

 だがそれだけ大きな隙ができれば、後ろに控えていた彼女も派手に動けるというもの。

 

「そーれっ!」

 

 オリーブの振り下ろした大槌を受け止めたガミジン。

 しかし瞬間、ドゴォォンという轟音と共に足元が十数センチ陥没してしまった。

 

「グゥッ、なんだこの重さは」

 

 現在十トン近くにまで重さを変えているイレイザーパウンドの一撃。

 流石のガミジンも少し怯んだ。が、腕を大きく振るい何とかオリーブを跳ね返す。

 その時気が付いた。レイ達の姿が見えなくなっている事に。

 辺りを見回して混乱するガミジン。

 

「どこだ、童共はどこにいる!?」

「「正面だよ!」」

 

 瞬間、レイとフレイアは同時にガミジンに斬りかかった。

 防御態勢をとれずモロに受けてしまうガミジン。

 

「グゥァァ!? 何故だ、何故気づけなかった!?」

「目には目をってやつよ」

「幻覚使うバケモンには、幻覚魔法のプロだ。なーアリス」

「コンフュージョン・カーテン。教会全体に幻覚魔法の霧を撒いた」

 

 よく見れば教会内部に薄っすらとミントグリーンの霧が舞っている。

 戦闘開始と同時にアリスが撒いておいたのだ。これの効能によって認識が阻害されていたと気が付いたガミジンは、ますます怒りを増大させていった。

 

「ならば……これでどうだァァァァ!!!」

 

 どこからかカンテラを取り出し、絶叫を上げながらダークドライバーから大量の黒煙を吐き出させるガミジン。

 瞬く間に教会内部は煙に包まれ、日光さえ入らない暗闇と化してしまった。

 

「何だこれ、前が見えねぇ」

『日光の遮断。即ち疑似的な夜を作り出したのだろう』

「疑似的な夜って、嫌な予感……」

 

 心の発する警告に従って、レイは周囲の気配を探る。

 武闘王波で強化された感覚神経が、迫り来る四つの気配を感知した。

 

「そこ!」

 

 魔力刃を展開させたコンパスブラスターで振り払う。

 四つ分、何かを切り裂いた感覚はつかめた。

 レイは武闘王波で視力を強化し、可能な限り黒煙の中を視認する。

 見えて来たのは大量の幽霊と応戦する仲間達。

 

「幽霊出す為に夜を作るなんてそんなのアリ!?」

 

 文句を叫びつつ剣を振るフレイア。

 だがその背後に大鎌を構えた幽霊が近づいてくる。

 

「まずは貴様だ赤いの!」

「うわぁぁぁ……って思うじゃん」

 

 ガミジンの命令で大鎌を振り下ろす幽霊。

 このまま魂を狩りとってしまおうとする……が。

 ガキンッという衝突音を鳴らして、フレイアの魔装は大鎌を防いでしまった。

 

「何だと!?」

「残念だけど、レイにグリモリーダーをチューニングして貰ったのよ!」

 

 籠手から火炎放射し、襲い掛かる幽霊を焼き払うフレイア。

 昨晩の戦闘で幽霊の原理を理解したレイは、全員のグリモリーダーをチューニングし、魔装に霊体攻撃への耐性を持たせたのだ(代わりに物理防御は少し落ちたが)。

 雷鳴が響き、水の牙が飛ぶ。鉄鎖と大槌が幽霊の身体を食い破り、幻覚の霧がその動きを止める。

 他のメンバーも攻撃を悉く防ぎつつ、次々に幽霊を撃破していった。

 

 撃破された端から補給する様に、ガミジンは手にしたカンテラから幽霊を召喚する。

 だがその表情に余裕はない。幽霊の大鎌による攻撃を防がれてしまっては、負けはしなくとも勝つ事もできない。かと言ってこのまま体力勝負に持ち込むのはプライドが許さなかった。

 ガミジンは懐から一つの小樽を取り出す。

 陛下からの賜り物という触れ込みでフルカスから渡された樽だ。

 霊体攻撃が効かないなら物理攻撃で追い込むしかない。しかしこれを有効活用するにはガミジン自身も相応のリソースを割く必要がある。

 自身のプライドとぶつかり合い、ギリギリまで葛藤する。

 

「已むを得ぬかッ……」

 

 苦々しい表所を浮かべ、ガミジンは黒煙の噴出を途切れさせる。

 そして間髪入れずに小樽の蓋を空け、その中身を床に落とした。

 床に落ちた粘液は鈍色に染まり、コポコポと音を立て形を形成していく。

 

「「ボッツ、ボッツ、ボッツ」」

 

「ちょ、なんでボーツがいるんスか!?」

「俺に聞くな!」

 

 突然召喚された灰色の人型、ボーツの大群に驚くレイ達。

 だが事態はそれで終わらなかった。

 

 黒煙が消え、日光が教会に入り、消えかかっていた幽霊達。

 ガミジンの号令で、幽霊達は召喚されたボーツに次々と憑依していった。

 

「やれ!」

 

 ガミジンの命令を受けて、ボーツの大群は一斉にレイ達に襲いかかる。

 鎌や槍の形状をとった腕が容赦なく振り下ろされていく。

 

「きゃっ!」

「マリーちゃん、大丈夫!?」

「気をつけろよ、霊体攻撃に強くなった代わりに物理防御は落ちてるんだからな」

 

 攻撃をコンパスブラスターで受け流しつつ、レイは全員に忠告する。

 煙が晴れたお陰で視界も元に戻った。レイは応戦をしながら、ボーツとガミジンを観察していた。

 

「(成る程な。普通は完全操作できないボーツでも、操作可能な幽霊を取り憑かせたら支配できるって寸法か)」

 

 敵ながらその発想力には素直に関心するレイ。だが今はそれどころでは無い。

 息の合った連携で攻撃を繰り出してくるボーツ達。何時ぞやの強化ボーツに勝るとも劣らない厄介さだ。

 

「これは中々ッ、面倒だねッ!」

「ねーレイ! もう面倒くさいからまとめて一掃しちゃダメー!?」

「……いいかもな」

 

 まさかの無茶振りへの了承に驚くジャックとフレイア。

 だが実際問題、チマチマと倒していては切りがない状態でもあった。

 

「街への被害は最小限にしたかったけど、流石にこの状況じゃあ無理だな」

 

 レイはコンパスブラスターに獣魂栞を挿入する。

 

「多少教会ぶっ壊してでも、ボーツを一掃する!」

「じゃあレイが言い出しっぺって事で、マリー!」

「レイさんが責任を負ってくれるのでしたら、遠慮なくいかせて頂きますわ」

 

 少し早まった事を言ったかもしれないと、レイは仮面も下で汗を流す。

 そうとは知らずにフレイアとマリーは手持ちの魔武具に獣魂栞を挿入した。

 

「「「インクチャージ!」」」

 

 魔力が魔武具に充填され、各々の攻撃エネルギーへと変換されていく。

 三人は問答無用で襲いかかろうとするボーツをギリギリまで引きつける。

 他のメンバーはボーツが三人の射程圏内に入るように、サポート攻撃を繰り出していく。

 心静かに、待って、待って……今だ。

 

偽典一閃(ぎてんいっせん)!」

「バイオレント・プロミネンス!」

「シュトゥルーム・ゲヴリュール!」

 

 巨大魔力刃、爆炎の刃、そして螺旋水流の超砲撃。

 三人の必殺技が容赦なくボーツ達に襲いかかる。

 射程圏内にいたボーツは「ボッ」と短い断末魔を上げて絶命。その向こうにいたガミジンは咄嗟に防御態勢をとった。

 そして戦場と化している教会は三人の必殺技の余波で壁という壁にヒビが入り、硝子は砕け散り、天井は完全に吹き飛んでしまった。

 

 砂煙が視界を悪くする。

 ボーツの気配は完全になく、先程までガミジンがいた場所には瓦礫の山ができていた。

 

「やったんでしょうか?」

 

 オリーブが心配そうな声を出す。

 あれだけの攻撃を撃ち込んだのだから、決着もついていて欲しい所ではあるが。

 

 砂煙が薄まるのと同時に、外から人の声が聞こえてくる。

 先の爆音で集まって来た野次馬達だ。

 どうやらアリスが事前に仕込んでおいた人払いの魔法まで吹き飛ばしてしまったらしい。

 

「不味いね、結構集まって来てるよ」

「まだまだ危ないんだけどな。ジャック、アリスと一緒に人払いしてきてくれ」

 

 レイの指示で二人は野次馬の方へと向かう。

 集まった野次馬をよく見れば、見覚えのある小さなシルエットも居た。

 金髪の三つ編み、メアリーだ。

 危ない所には行くなと後で小言を言ってやろうと、レイが心の中で決めたその時だった。

 ガラガラと瓦礫の山が崩れ、中からガミジンが飛び出て来た。

 

「終わらせんぞ、こんな場面で終わらせんぞ!」

 

 突然姿を現した蛇の異形に、野次馬達は悲鳴を上げて逃げ始める。

 それと同時に、再び地面からボーツの大群が召喚され始めた。

 

「ジャック、マリー、アリスは民間人を避難させて! 残りはアタシと一緒にボーツを倒す!」

「「「了解!」」」

 

 フレイアの指示で動き始める面々。

 見境なく攻撃を始めるボーツが届かないように、レイ達は魔武具を構えて立ち向かう。

 案の定ボーツは先程と同じ幽霊憑依型。連携の取れた攻撃に苦戦、防戦一方になってしまう。

 大規模出力の技は余波で民間人まで巻き込みかねないので使えない。やむ無くレイ達は出力を抑えた技で戦闘を行った。

 

「ブレイズ・ファング!」

流星銀弾(りゅうせいぎんだん)!」

 

 フレイアの炎の牙が、レイの魔力弾がボーツの身体を貫く。

 だがまだボーツの数は多い。

 

「ふん、貴様らはソレと戯れていろ」

 

 レイ達がボーツの相手をしている隙に、ガミジンはその場を後にしようとする。

 

「また逃げられるっス」

「そう何度も逃がすか!」

「っ!? レイ君後ろ!」

 

 オリーブの叫びで振り向いてみると、一体のボーツがレイの頭に向けて大鎌の手を振り下ろそうとしていた。

 この距離と速度では回避が間に合わない。

 レイが覚悟をした次の瞬間。

 

「やめてっ!」

 

 ピタリとボーツの腕が止まった。

 眼前で停止している大鎌の先に冷や汗を流しつつ、レイは声の主の方へと視線を寄越す。怯えた表情でこちらを見るメアリーの姿があった。

 驚きつつも、眼の前のボーツを斬り伏せて撃破するレイ。

 その一方で、ガミジンは数秒呆然となった後、みるみるその顔に狂喜を浮かべていった。

 

「そうか……あの小娘が……」

 

 宝物を見つけた子供の様に歓喜を隠せないガミジン。

 だが今は間が悪い。

 ガミジンはダークドライバーを一振りし、空間に裂け目を作った。

 

「覚えておれ、次は必ず殺してやる」

「待ちやがれ!」

 

 空間の裂け目に姿を消すガミジン。

 だがレイが追いつくよりも早く、裂け目は閉じてしまった。

 

「クソっ、逃げられたか」

 

 全員静止状態だったので、ボーツの残党もすぐに壊滅。

 民間人の負傷者は出なかったが、真犯人には逃げられてしまった。



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Page51:件の幽霊だーれだ①

 生まれてから今まで、両親は家を留守にしがちだった。

 メアリーという少女が生まれた環境はそういう所である。

 両親は商船の船乗りで、幼いメアリーはバミューダシティで祖父と一緒に暮らしている。

 港町なだけあって、両親が留守にしがちなのは他の家も一緒だった。

 だからそれが普通の環境だとも思いこんでいた。

 とは言え誕生日のプレゼントが配達で届き、お祭りの歌を聞いて貰えないのは幼いながらに少々堪えてはいた。

 

 その日が来たのは、10歳の誕生日を終えてから数週間経ってからだ。

 珍しく帰ってきていた両親から一緒に船に乗らないかと誘いが来たのだ。

 そろそろ手のかからない歳になってきたので、両親も一緒に過ごしたいと考えていた。当然メアリーは了承。

 お祭り前にはまたバミューダシティに戻ってくると言うことで、すぐに次の航海へ同行する事となった。

 

 初めて乗る船にメアリーは随分と興奮した。

 そして出航。船はバミューダシティを去った。

 だがすぐに船酔いをしたメアリーを、一体の大型魔獣が心配げに見守る。

 船と同じくらいの巨大な身体を持つ魔鯨、【水鱗王】バハムートである。

 メアリーは気晴らしも兼ねて、バハムートに歌を聞いて貰った。

 美しい歌声にバハムートも心地の良さそうな声を上げる。

 

 両親と共に船に乗り、大好きな王様に歌を聞いて貰う。

 そんな幸せな時間が過ぎて行き……そこでメアリーの記憶は途絶えた。

 

 目を覚ますと狭く暗い樽の中。

 蓋をこじ開けて外に出ると、そこはバミューダの端にある浜辺だった。

 

「……夢?」

 

 両親と船に乗るのが楽しみでそんな夢を見てしまったのだろうか。

 空はとっぷり暗闇空。こんな時間まで遊んでいたら祖父に怒られてしまう。

 もう少し樽の中に隠れていよう。

 

 そして朝が来る。

 メアリーは何の疑問も持たない。何の違和感も持てない。

 同じ夢を見て、同じ朝を迎える。

 昼は歌の練習をして、夜は怖い幽霊から逃げて。

 そして()を繰り返す。

 

 もっと怖い何かから逃げるように、何かから逃がされるように。

 彼女はただ、繰り返し続ける。

 

 

 

 

 ガミジンに逃げられた後、レイ達はボロボロになった教会の中を調べていた。

 仮にも主犯が根城にしていた場所だ。何かしらの物はあるだろう。

 そう思って教会内をひっくり返し始めたのは良いのだが、そもそもガミジン一人で運営していた教会。驚くほどに何も無い。

 今のところ出てきたのはお守りに使う巾着袋の在庫のみ。

 

「そーらよっと!」

 

 調べに調べて最後の部屋。

 厳重に鍵がかかっていたが、そんなものは知らないと言わんばかりにレイはコンパスブラスターで扉を破壊する。

 無理に扉を破壊したのもあるが、部屋は随分と埃っぽい。清貧な教会の中とは思えない汚さだ。

 

「これじゃあ教会って言うより学者の部屋だな」

 

 レイ、オリーブ、マリー、アリスが部屋に入る。

 床には物が散乱し、天井には蜘蛛の巣が張っており、改めて汚いとレイは顔を歪ませる。

 一先ず手分けして中を調べる事にした一同。部屋は大量の本と紙、そしてペンがあるのみ。レイは本棚から適当に一冊を取り出す。

 

「(霊体研究の学術書……こっちは攻撃魔法の研究論文……どんな組み合わせだよ)」

 

 いまいちチグハグとした本のジャンルに首を傾げるレイ。

 他の本も目を通してみるが、何れも似たような書籍ばかり。

 ルドルフがかつてガミジンは研究職だと言っていた事を思い出す。だがそれにしてもジャンルがすり合わない。

 一通り本棚から本を取り出すレイ。

 

「ん、なんだこれ?」

 

 全ての本を出し終えると、本棚の奥から小さな引き出しが出て来た。

 引っ張り出して中身を確認する。

 

「……? 論文と、設計図?」

 

 出て来たのは数十枚の紙束。

 一枚は船らしき図に大量の魔方陣が描かれた物。残りは長々とした論文らしき物だった。

 レイはその論文を読み始める。

 

「レイ君、何を読んでるんですか?」

「あの、レイさん?」

「呼んでも無駄。こうなったら人の声聞こえてない」

 

 オリーブ達の声は聞こえず、レイは凄まじい集中力で論文を読み進める。

 一枚、また一枚とページをめくる毎にレイはどんどん顔を険しくしていった。

 その異様な様子に、心配そうな表情を浮かべるオリーブ。

 そして数十分後、論文を読み終えたレイは溜息を一つついた。

 

「もしも外道の学問があるとすれば、こういうのを言うんだろうな」

「あの、何が書かれていたのでしょうか?」

「……知らない方がいい。碌でもない研究だったよ」

「レイ」

 

 咎める様なアリスの視線が刺さる。

 気遣いで伏せようとしたのだが、それを許さないと言われた気がして、レイは少し首の裏を掻いた。

 

「魂から得られるエネルギーの武器転用と、魔獣の死体を使った兵器の開発……その研究だとよ」

 

 レイの言葉に言葉を失う一同。

 

「狩り取った人間の魂を動力源にして巨大な魔導兵器を動かしたり、魔獣の死体を活用した兵器の構想……そういう研究内容だった」

「人間の魂って……」

「それではあの巨大な幽霊船は」

「十中八九魔導兵器だろうな。それも大量の魂を積み込んだ悪趣味なやつ」

 

 オリーブとマリーは何故レイが詳細を伏せようとしたのか理解した。

 どれだけの人命を失わせたのか。まさに外道、悪魔の所業と呼んで差し支えない内容だった。

 

「じゃあすぐに犯人を倒さないと!」

「オリーブさん、その犯人が逃げてしまっているのですが」

「そうだった。じゃあ探さないと」

「空間超えて何処かに行ったのにか?」

 

 口を噤むオリーブ。

 

「諦めて、もう来ないで欲しい」

「それは無いだろ。この手の奴は執念深いって相場は決まってる。少なくともこれだけの資料を用意して研究するような奴だ、折角の兵器をみすみす棄てるような真似はしないだろうよ」

「じゃあどうする?」

 

 アリスの質問に少し考え込むレイ。

 少なくとも逃亡先は分からない。幽霊船に執心しているだろうが、その幽霊船が隠されてしまっている。現在見つかっている資料からは次の行動は予測できない。

 となると……

 

「待ち伏せるしかないなぁ。少なくとも動きが出るのは夜になってからだろう」

 

 結局、受け身にならざるを得ない状況。

 レイは他の部屋を探っていたフレイア達に連絡をして話し合い、夜まで各自自由行動とする事になった。

 

 

 

 

 街の中を一人で歩くレイ。

 散歩がてら、街の住民から少しでも話を聞こうと考えていた。

 

 大きな広場に出てくる。

 他の場所は活気が少ない中、此処だけは精力的な声が聞こえて来た。

 何だろうかと、レイはその集団に目をやる。

 集団が組み立てているのは何かの舞台だろうか。周辺でも屈強な男達が屋台を組み立て、大きな魔道具を運び込んでいる。

 

「あぁ、お祭りの準備か」

 

 バミューダに来る直前に読んでいた旅行記の内容を思い出す。

 そう言えばあの本にも、水鱗祭は今くらいの時期だと書かれていた。

 働く男達をぼうっと見ていると、向こうもこちらに気がついて来た。

 

「おう兄ちゃん! アンタGODから派遣された操獣者だろ」

「え、まぁ、そうですけど」

 

 一瞬なんで分かったんだと思ったが、すぐに腰にぶら下げてあるグリモリーダーを見たのだろうと理解した。

 

「聞いたぜ、さっき教会の方で派手に戦ってたって」

「あの司祭が化物になったんだってな」

「あぁ、はい、とは言っても逃げられてしまいましたけど……」

 

 自分の不甲斐なさにレイは唇を噛む。

 

「そう謙遜すんなって、俺らじゃ追っ払う事もできねーんだからよ!」

「そうだそうだ。前向きに考えようぜ兄ちゃん」

 

 背中をバンバンと叩いてくる男達。

 えらく前向きなものだと、レイは少し溜息をつく。

 だがおかげで、なんだか心が少しだけ軽くなった気もした。

 

「事件が終わったら、兄ちゃんも仲間連れてお祭りに来てくれよ!」

「そうだぜ、水鱗祭はこの街の名物! これを見ずしてバミューダは語れねぇぜ」

「まぁ今年も王様と歌い手が居ないから、本調子って訳じゃあないけどな」

「え、歌い手?」

 

 引っかかった。

 レイの記憶が正しければ、確か今年の歌い手は……

 

「王が居なくちゃ次の歌い手も決められないからな」

「歌い手も水鱗王も五年前から居なくなっちまった」

「あの、歌い手って何か聞いても……」

「ん、あぁ。水鱗祭の恒例行事さ。毎年水鱗王によって決められた一人が、この舞台で賛美歌を歌うんだよ」

 

 そう言って広場中央で建設されている舞台を指さす男。

 水鱗王に送る賛美歌……その言葉にレイは聞き覚えがあった。

 

「水鱗歌」

「おう兄ちゃん、よく知ってるな」

「ちょっと待ってくれ、じゃあ今年の歌い手ってメアリーって娘じゃないのか?」

「メアリー? なんか聞いたことがある名前だな」

「ほらアレだよ、五年前に商船と一緒に消えた女の子」

「っ!? 消え、た?」

 

 レイは慌てて男達から聞き出す。

 曰く、五年前に起きた商船の海難事故で水鱗王と共に、その年の歌い手として選ばれた女の子も行方不明になってしまったのだとか。

 現在でも見つかっておらず、ほぼ死亡が確定したと見ていいらしい。

 

「……スレイプニル」

『妙だな』

「メアリーは嘘をついていたか?」

『いや、それは無い』

 

 スレイプニルの断言で、メアリーが嘘をついた可能性は消えた。

 王獣クラスの魔獣に子供の嘘は通用しない。

 では同姓同名の別人か。それにしては話が出来過ぎている。

 

「(なんだ、この胸騒ぎは)」

 

 レイは走ってその場を後にし、メアリーと最初に出会った浜辺へと向かった。

 焦る様に浜辺を探すレイ。だがそこにメアリーの姿は無く、あるのは近くの孤児院で暮らしている子供たちが遊んでいるだけであった。

 

「なぁ、ちょっといいかな?」

 

 レイが近づくと、また玩具を作ってくれるのかと目を輝かせて、子供たちは寄って来た。

 だが今は別件が重要。

 

「なぁ、メアリーって子について聞きたい事があるんだけど」

「……メアリーって誰?」

「そんな子いないよ」

 

 背筋が凍りついた。

 子供たちの言葉を理解するのに数秒を要してしまった。

 スレイプニルからの指摘は無い、という事は彼らは嘘をついていない。

 

「(どういう事だ……)」

 

 念のため子供たち全員に聞いてみたが、誰一人としてメアリーを知る者は居なかった。

 

 レイは呼吸を整えて、落ち着いて今までの情報を整理する。

 

「思い出せ……これまでの情報を……」

 

 『メアリーは歌い手ではない』『だがメアリーは今年の歌い手だと真実を言った』『幽霊船事件』『ゲーティアの悪魔』『ルドルフ教授の話』『五年前の海難事故』『ルドルフ爺さんの息子家族』『水鱗王の失踪』『霊体研究の論文』

 

「(なんだ……?)」

 

 『魂を狩る幽霊』『幽霊の作り方』『彼の王が抵抗』『王さまの声を聞いたメアリー』『アリスの魔法失敗』『ガミジンの兵器研究』『ルドルフ爺さんの家の絵画』『水鱗歌』『制御呪言』『ハグレを探せ』

 

「(この嫌な感じは)」

 

『上手に歌うコツはね――』

 

 バラバラだったピースが一気に繋がっていく。

 レイはその塊を言葉で表すよりも早く、足を動かしていた。

 行き先はルドルフの家。

 確認しなければならない事がある。

 

「爺さん、おい! いるか!?」

「なんじゃ騒々しい」

「爺さん! ちょっと確認したい事があるんだけどいいか!?」

 

 レイの気迫に圧倒されて、ルドルフは思わず頷いてしまう。

 

「爺さんの家に飾ってあった絵画。あの絵に描かれていた三つ編みの女の子の名前って」

「あぁ、ありゃ儂の孫娘じゃよ。名前は――」

 

 ルドルフが孫娘の名前を告げた瞬間、レイの中で一つの疑念が確信に変わった。

 

「……じゃあ隣に描かれているのは」

「死んだ息子夫婦じゃよ」

 

 確定した。

 だが聞かねばならない事はもう一つある。

 

「なぁルドルフ教授、霊体研究の権威としてアンタに聞きたい事がある」

 

 レイは教会で読んだガミジンの研究内容を包み隠さず告げた。

 あまりの内容に流石のルドルフも初めは言葉を失ったが、次第にレイの話に聞き入ってくれた。

 

「あの男は……なんという事をッ!」

 

 怒りに震えるルドルフ。

 それを宥めて、レイはある質問をする。

 

「爺さん、今の内容を踏まえて少し聞きたい事があるんだ」

 

 レイはこれまでの話からたどり着いた、ある()()をルドルフに告げた。

 外れて欲しい。できることなら、否定して欲しい。

 だがレイの願いはあっけなく砕かれた。

 

「理論上だけで言えば、恐らく可能じゃろうな」

「……」

「しかしよくこんな発想に辿り着いたのう……いや、辿り着かせたガミジンの奴が悪いか」

「……スレイプニル」

『なんだ』

「最後に一つ聞いても良いか」

 

 レイは震える声でスレイプニルに問う。

 

「水鱗王、バハムートは……人間と同じくらい複雑な術式を組むことができるか?」

『……雑作ないだろうな』

 

 レイの中で、全てのピースが揃った。

 それと同時に、最悪のシナリオがレイの脳裏に映し出された。

 

「クソッ! 最悪だ!」

 

 レイは大急ぎでルドルフの家を後にした。

 そしてグリモリーダーを操作し、チームの全員に通信を繋げた。

 

「みんな、聞こえるか!」

『レイ君、どうしたんですか?』

「オリーブ! ちょうどいい、皆と協力してメアリーを探してくれ!」

『メアリーちゃんがどうかしたんですか?』

「ガミジンの次の狙いが分かったんだ! アイツの狙いはメアリーだ!」

 

 グリモリーダーの向こうからオリーブの驚愕の声が漏れ聞こえる。

 

『なんでメアリーちゃんが!?』

「あの子がハグレだったんだ! 幽霊が一番探し回っていた魂なんだ!」

『ハグレ?』

「いいかオリーブ、落ち着いて聞いてくれ」

 

 そしてレイはオリーブに,辿り着いた真実を告げた。

 

「あの子は……メアリーはもう、()()()()()!」



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Page52:件の幽霊だーれだ②

「アリスは最初から失敗なんてしていなかったんだ」

 

 冷静に、落ち着いて考えれば、ヒントは確かにあった。

 魔力越しでなければ視認できない幽霊を、メアリーは生身で認識していた事。

 一瞬とはいえ、スレイプニルが水鱗王と気配を間違えた事。

 細かい対象設定をしていたアリスの魔法に巻き込まれていた事。

 

「(そして水鱗王の知性の高さっ……考えられる可能性は一つ!)」

 

 メアリーはバハムートが作り出した幽霊。

 そう考えれば他の事にも説明がつく。

 

 何故、メアリーだけが水鱗王の声を聞けたのか。

 

「(おそらくメアリーは水鱗王の契約者)」

 

 何故、メアリーの声でボーツが動きを止めたのか。

 

「(幽霊の製造元は水鱗王バハムート。その魔力《インク》で身体が構成されていた幽霊は、契約者であるメアリーの命令を聞く特性を持っていた)」

 

 それだけではない。

 状況から考えるに、十中八九バハムートは敵の手に堕ちている。

 いや、それどころか既に最悪のパターンである可能性も……

 

「(だけど何より、ガミジンに気づかれている可能性が高い!)」

 

 逃げる直前に浮かべていた、ガミジンの喜々とした表情が脳裏に浮かぶ。

 おそらく気づかれている。そして狙ってくる。

 それもその筈。教会で見つけた論文と同じ事をガミジンが実行に移しているのだとすれば、バハムートの支配を妨害しているのは他ならないメアリーだ。

 

「上手に歌うコツは『歌い終えた歌詞を頭の中に浮かべる』か。歴代の歌い手さんはよく考えたもんだよ!」

 

 通常思考と遅延思考による、魔法術式の並列処理。

 銃を扱う操獣者にとっては基本的なスキルの一つだ。

 魔力弾の外装を通常思考で作り上げ、中に含める細かな術式を遅延思考で混ぜ込む。

 メアリーがやっていたのはこれの応用技だ。

 

 栄よ、汝が国よ。

 広がれ、汝が海よ。

 さざ波、汝を祝い。

 臣らが、仕えるは。

 優しき、水鱗王。

 

「(水鱗歌の歌詞を、同じ発音をする魔法文字に置き換える……)」

 

 そうすれば全く違う文章……いや、一つの術式が浮かび上がってくる。

 

「(拘束と隷属、それに鎮静の術式……間違いない、水鱗歌はバハムートの制御呪言《せいぎょじゅごん》も兼ねているんだ)」

 

 つまりバハムートはメアリーの歌を聞いてあげてたのではない。

 メアリーに歌って貰うことで、自分自身が幽霊を作り出すのを防いでもらっていたのだ。そうであれば先日の「漏れちゃった」の一件も理解できる。

 

 そんな邪魔者以外の何物でもないメアリーを、あのガミジンが放っておくとは到底考えられなかった。

 レイは必死に街中を駆けまわる。

 一秒でも早く、そしてガミジンよりも先に彼女を見つけ出さねばならない。

 空には巨鳥の影。

 オリーブとライラに頼み込んで、二人には空から探してもらっている。

 だがグリモリーダーにはまだ通信が来ていない。向こうもまだ見つけていないのだろう。そしてそれは他のメンバーとレイ自身も同じであった。

 

「クソっ、全然見つからねー!」

 

 街道を駆けて、広場を抜けて、市場を慌しく見回る。

 だがメアリーの姿はみつからない。

 ならば発想を変えるまで。

 

「目で駄目なら耳で探してやる! Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」

 

 グリモリーダーに獣魂栞を挿入し、変身する。

 武闘王波は常在発動型の強化魔法。

 レイは全ての力を聴覚強化に振り切った。

 

 人の声、獣の足音、風の音……それら音の輪郭がハッキリとしていく。

 鮮明化した音達の中から、レイは目当ての音を探し出す。

 

「(どこだ……どこで歌っている……)」

 

 記憶に新しいあの歌声を手探る。

 音は点のイメージとなって奇跡を描いて行く。

 アレではない、これでもない、探し探して……そして。

 

――さーかーえーよー、なーがーうみよー♪――

 

「見つけた!」

『西側三十六度、港の方だ』

「サポートサンキュ」

 

 聞こえた歌声を辿るように、レイは強化された脚力で街を駆け抜ける。

 屋根を伝い、跳ぶように港へと向かった。

 そしてものの数分で港に着いたレイは、すぐに港の中を探し始めた。

 変身した状態で人混みをかき分けるので好奇の視線が突き刺さるが、今は構っていられる時ではない。

 耳に集中力を割いてメアリーを探す。

 

『いたぞ』

「!?」

 

 スレイプニルに促されるように視線を移動させる。

 そこには金髪と三つ編みが特徴的な少女が歌を歌っていた。

 

「見つけた、メアリー!」

 

 変身した状態で近づいたせいか一瞬警戒されたが、メアリーはすぐにレイだと察した。

 

「あ、お兄さん。なんで変身してるの?」

「メアリー……色々と話さないといけない事が――ッ!?」

 

 純粋な目で見てくる少女に酷な事を伝えないといけない。レイがそんな感傷に浸ったのもつかの間。メアリーの背後の空間が裂けて、そこから白く長い異形の腕が伸びて来た。

 

「危ない!」

 

 レイは咄嗟にメアリーの身を引き寄せ、コンパスブラスター(剣撃形態《ソードモード》)で伸びて来た腕を斬りつけた。

 一瞬の怯みが出る腕。裂け目は一気に巨大化し、向こう側から蛇の悪魔ガミジンが姿を現した。

 

「ふむ、一瞬遅れてしまったか」

「え、なに? 怪物?」

「メアリー、下がってろ……」

 

 メアリーを自分の背に隠す。その後ろからは、突如現れた異形を見てパニックに陥った人々の悲鳴が聞こえて来る。

 だがそんな物は気にも留めないといった様子で、ガミジンはニヤニヤとこちらを見つめて来た。

 

「おやおや。わざわざその娘を私から隠すとは、何かにたどり着きでもしたか?」

「だったらどうする。お前の研究室は全部見せてもらった。ゲーティアは外道の集団ってのは間違いじゃないらしいな。あんな胸糞悪いもん作りやがって……」

「小僧……貴様我らを愚弄する気か」

「外道に外道と言っただけだ」

 

 その言葉で激昂したのか、顔を赤く染め上げるガミジン。

 力任せに腕を伸ばしレイに襲いかかるが、安直な軌道だったので、メアリーを抱えた状態で簡単に避けられてしまう。

 

「説法の価値もない餓鬼が!」

「テメーには言われたくねーよ、生臭クソ坊主」

 

 ガミジンの攻撃してを回避、後退しながら軽口を叩く。

 ある程度の距離を取ると、レイはメアリーを下ろしてこう言った。

 

「そこでジッとしてろよ」

 

 無言で頷くメアリーを見て「よし」と呟く。

 レイはコンパスブラスターを棒術形態《ロッドモード》にして、ガミジンの前へと立ちはだかった。

 弧を描き襲い掛かってくる腕を、次々と薙ぎ落としていく。

 魔力を帯びた棒身がぶつかる度に、ガミジンの腕に小さなダメージが蓄積していく。

 

「グゥゥ! ならばこれで!」

 

 唸り声を上げたガミジンは、その巨大な尻尾を振るい、レイに叩きつけてきた。

 

「ッ!?」

 

 瞬時にコンパスブラスターを地面に突き刺して防御するレイ。ガミジンの尻尾はコンパスブラスターで受け止められたが、勢いを殺しきれず地面に数十㎝の爪痕を作ってしまった。両腕にも衝撃のダメージが伝わってくる。

 隙が出来てしまった。

 それを見逃すこと無く、ガミジンはがら空きになったレイの身体を強打した。

 

 近くの建物まで、レイは大きく吹き飛ばされる。

 これ幸いとガミジンはメアリーに近づこうとするが、吹き飛ばされてなお、レイの眼はガミジンを捉えていた。

 

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)!」

 

 瓦礫の下から飛び出し、メアリーに近づくガミジンを銃撃する。

 

「諦めの悪い……」

「諦めたら終わるからな」

 

 咄嗟に組んだ魔力弾だったので威力は高くない。ガミジンの身体に碌な傷を負わせてもいない。だがそれでも、注意を引ければ十分だ。

 レイは再びコンパスブラスターを剣撃形態にして、ガミジンに駆け寄る。

 

 最大出力での銀牙一閃《ぎんがいっせん》を使えばガミジンは倒せるかもしれない。

 しかしそれをすれば余波で周囲に大きな被害をもたらしてしまう。

 特にバハムートは精巧に作り上げた魔力の身体を持つメアリーは間違いなく崩壊してしまう。それだけは避けたい。

 

「どらァァァァ!」

「ええい、しつこい!」

「蛇野郎にゃ言われたくねーよ!」

 

 強化した腕力を添えて斬りつけるが、ガミジンの鉄のような皮膚は中々突破できない。

 自分一人では恐らく倒せない。だがこれだけ派手に暴れているのであれば間違いなくライラ達も気づいている筈。

 少し耐えれば仲間がくる。その少しの時間を稼ぐためにも、今は剣を振るい続ける他ない。

 周りに被害が出ないように気を付けながら、レイは戦い続ける。

 

「全く、奇特な童だ。あの部屋の論文を読んだのなら理解できるだろう。最早貴様らに出来る事などありはしない!」

「んなもん、やってみなきゃ分かんねーだろ!」

「自分の命から目を背けるか。あの小娘一人差し出せば寿命も延びるというもの」

「嫌だね、そっちの方が後味悪いっ」

「やはり説法の価値もない阿呆かァァァ!」

 

 固い皮膚とコンパスブラスターの刃がぶつかる音が鳴り続ける。

 あと少し、あと少し時間を稼げれば……そう思った矢先の事であった。

 

「ジャァァァァァァァァァ!!!」

 

 ガミジンが大口を開けて首を勢いよく伸ばして来たのだ。

 そして……

 

――ガブリ――

 

「――!? カっはッ――」

 

 蛇の牙が、レイの脇腹に深々と突き刺さった。

 一瞬の衝撃の後、凄まじい悪寒と痺れが全身を駆け巡る。

 

「(これ……毒!?)」

 

 グチャグチャとかき混ぜられるような感覚に襲われる頭。

 そんな中で辛うじてレイは武闘王波の強化を免疫力に割り振ったが、既に全身に回った毒が身体の制御を奪い取っていた。

 

『レイ!』

「お兄さん!?」

 

 膝から地面に倒れ込むレイ。

 毒のダメージが大きかったせいで、変身も強制解除されてしまった。

 免疫強化はまだ残っていたが、全身が痺れて身動きが取れない。

 

「そこで永遠に寝ていろ」

 

 ズルズルと眼の前を張って進むガミジン。

 その足は、怯えて身動きがとれないでいるメアリーに向かっていた。

 「止めろ」「逃げろ」と声をかけようにも、喉と口が痺れて動かない。

 ガミジンは腕をスルスルと伸ばして、メアリーの身体に巻き付けた。

 

「はーなーしーてー!」

「駄目だ。お前には色々と用があるのでな」

 

 巻きつけた腕ごとメアリーの身体を持ち上げるガミジン。

 そのまま場を去ろうとするが、何かがガミジンの尻尾を掴んできた。

 

「は……な……せ……」

 

 レイの腕だった。

 毒の痺れを無理矢理抑え込んで、腕を動かしてきたのだ。

 

「しつこいぞ、童」

 

 だが所詮は弱々しい握り。

 ガミジンが軽く尻尾を振ると、容易くレイの身体は地面を転げてしまった。

 

「お兄――!?」

「大人しくしていろ」

 

 悲鳴を上げそうになったメアリーの口に尻尾が巻き付いて塞ぐ。

 そしてガミジンがダークドライバーを一振りすると、空間に大きな裂け目が現れた。

 

「残り少ない生、せいぜい楽しむのだな」

 

 そう吐き捨てると、ガミジンはメアリーを連れて裂け目の中へと姿を消した。

 

「(ド……畜生……)」

 

 何もできなかった。時間稼ぎすらままならなかった。

 自分の無力さに苛立ちを覚えながら、レイは意識を手放した。



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Page53:ハンティング・スタート

 生ぬるい空気と淡い蝋燭の明かり。

 そして磯の香りと腐敗した木材の異臭。

 ここは幽霊船の一室。メアリーはボロボロの椅子に縛り付けられた状態で目を覚ました。

 

「あれ、わたし……」

 

 辺りを見回すも、眼に入るのは不気味な船室のみ。

 いや、どこか見覚えがあるような気もするが、今のメアリーはそれどころでは無かった。

 

「んしょ、んしょ」

 

 自分を縛り付けている縄から逃れようと、懸命に身体をもがかせる。

 が、所詮は幼子。きつく縛られた荒縄はビクともしない。

 それでも諦めずに脱出を試みていると、扉が開き、その向こうから

蛇の怪物がやってきた。

 

「気分はどうかな? お嬢さん」

「これほどいて!」

「それはできん。君には色々と話はあるからな」

 

 怪物、ガミジンはズルズルと蛇の身体を這わせて近寄ってくる。

 

「さて、君はどこまで知っているのかな?」

「……なにを?」

「水鱗王の事やこの船の事……いや、五年前の事故の方が先か」

 

 そう言うとガミジンはグッと顔を近づけて、メアリーをジロジロと見始めた。

 

「ふむ、ふむ……なるほど、やはり見間違いではなかったか」

 

 一人で納得し、満足気な笑みを浮かべるガミジンに怯えるメアリー。

 

「君のご両親は船乗りだったな。そうだろう?」

「うん……」

「そして君はご両親と共に船に乗る事になった」

「うん、なんで知ってるの?」

「私が同じ船に乗っていたからだ、メアリー・ライス。そして君とはその船で出会った」

「知らない……わたし、あなたなんか知らない」

「ふむ、記憶は不完全か。なら思い出させるまでよ」

 

 するとガミジンは変身を解き、ふくよかな司祭の姿に戻った。

 

「船では君のご両親と色々話をさせてもらったよ。君のお爺さんとは古い知り合いだったのでな。もっとも、君は来たる水鱗祭に備えて歌の練習にご執心だったが」

「……」

「しかし私にとっては天使の歌声だったよ。何せ君が歌ってくれたおかげで計画を早く実行する事ができたのだからね」

「なに言ってるの?」

「君は既に船に乗っていた。そして君が歌った事でバハムートは船に寄って来た」

 

 その言葉を聞いてメアリーは周りを見渡す。

 ボロボロに朽ちている船室。だが見覚えがある。

 メアリーの中で沸々と記憶が洪水の様に蘇ってきた。

 

「そうだ……わたし、お父さん達と船に乗って……」

「思い出したかね? そして君はバハムートと戯れていた」

「王さま、王さまが途中までついて来てくれたから、歌を聞いてもらった……」

「そうだ……その後は?」

 

 下卑た笑みを浮かべて、ガミジンは追及する。

 メアリーは自身の記憶を確かめるように思い返す。しかし歌った後の事を思い出そうとすると、鼓動が早くなってしまう。

 何故だろう、思い出してはいけない気がする。とても怖い事があった気がする。

 想起する事を拒絶しようとするメアリー。しかしガミジンはそれを許さなかった。

 

「歌った後……君のご両親はどうなったのかなぁ?」

「お父さんと、お母さん……」

 

 そして、思い出してしまった。

 

 歌い終わると同時に船が大きく揺れた事。

 船が大きな何かに襲われた事。

 大人たちがパニックに陥って逃げ惑っていた事。

 襲ってきた何かに大人達が殺された事。

 そして自分が、両親の血を浴びた事。

 

「あ……あぁぁ」

 

 思い出す。

 王さまが戦ってくれたけど、負けてしまった事。

 自分の身体に、大きな何かが突き刺さった感触を。

 メアリーは思い出してしまった。

 

「わ、わたし……もう……」

「そうだ、君はもう死んでいる。だが嘆く事はない。君が歌ってくれたおかげで、私の計画は良い方向に向かっているのだからな」

「え?」

「君が歌ってくれたおかげで()()が早く手に入った。外骨格に船を襲わせて燃料となる魂も手に入った。これを感謝せずしてどうする」

「なに……言ってるの?」

「分からないかね? 私は君のおかげで、君達を殺せたと言いたいのだよ」

 

 頭を打たれたような衝撃がメアリーを襲う。

 そして身体から抵抗の力と気力が止めどなく抜け落ちていった。

 自分が両親達を死なせる原因となっていた事実に、メアリーは耐えられず涙を流した。

 

「な……んで」

「重いかね、自分の罪が……だが心配する事はない。私がその罪から解放してあげよう」

 

 ガミジンはダークドライバーを掲げて再び悪魔へと姿を変える。

 そしてその鋭い蛇の牙で、メアリーの身体を貫いた。

 

 痛みは感じなかった。

 ただ噛まれた場所からボロボロと、メアリーの身体は崩れて散って……。

 最後には、小さな魂の光だけがふよふよとその場に浮いて残っていた。

 

 ガミジンはカンテラを取り出して、その蓋を開ける。

 このカンテラの名は『魂の牢獄』。肉体を失った魂を閉じ込める為に造られた、ゲーティアの魔道具。

 浮かんでいる光に牢獄を近づけると、メアリーの魂をは吸い込まれるように、牢獄の中へと閉じ込められた。

 

「ふふふ……フゥゥハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 狂ったように喜びの声を上げるガミジン。

 その顔は達成感に満ち溢れていた。

 

「これで最後の障害は無くなった! 後は船を起動させて魂を狩り取るのみ!」

 

 ガミジンは子供の様にはしゃぎながら、舵輪のある甲板へと向かう。

 

「もう幻覚で誤魔化す必要はない! バミューダの人間を皆殺しにして、私はこの義体を完成させるのだ! そうすれば陛下の覚えも良くなるというものォ!」

 

 力一杯に舵輪を回すと、幽霊船は意志を持った生物の様に動き始めた。

 

「さぁ行け幽霊(どれい)共! 私の出世の為に働くがいいわ!」

 

 

 

 

 レイが目を覚ますと、空はどこかの天井になっていた。

 

「よかった、気が付いたんですね」

「オリーブ? ……そうだ、ガミジンのやつ!」

「まだ起きちゃダメ。毒が抜けてない」

 

 変身しているアリスに促されて初めて、レイは自分が宿屋のベッドに寝ていると気づいた。周りにはチームの仲間達が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 

「何があったの」

 

 フレイアに問われたレイは、先ほどまでの事を語り始めた。

 メアリーがガミジンの探していたハグレであった事。

 ガミジンの研究室にあった魔導兵器の論文の事。

 ガミジンと戦闘した事。

 そしてガミジンにメアリーが攫われた事を……。

 

「俺の判断ミスだ。もっと早く皆を呼ぶべきだった」

「終わった事を言っても仕方ありませんわ」

「そうそう。とりあえず今はあのガミジンって奴をどうにかしなきゃっス」

「でも本当にメアリーちゃんが鍵だったら……」

「幽霊船、完成してるかも」

 

 アリスの一言で場の空気が一気に重くなる。

 

「……でも、物は考えようじゃないかな?」

「ジャック」

「レイ達が見つけた論文の通りなら、幽霊船を完成させる為に膨大な魂を狩り取る必要があるんだろ。ならここはあえて、向こうから動いてくるのを待つってのも手じゃないかな?」

「……確かにそうだな」

「あの空間の裂け目に逃げられてはどうしようもありませんが、向こうから出向いてくださるのなら」

「アタシ達にも勝機はあるってね!」

 

 少し希望が見えた気がした。レイは肩から重しが外れる様な感覚を味わう。

 気づけば治療も終わり、アリスは変身を解除していた。

 

「はい終わり。でも無茶はダメ」

「サンキュ、アリス」

『レイ、これからどうする』

「そうだね、今回はレイが主体で動く事になっているし」

「……ジャックが言ってたように、向こうが動き出すのを待つ。どの道空間の裂け目にはどうもできないからな。あとは……」

「あとは?」

「いや、なんでもない」

 

 疑問符を浮かべるフレイアから目を背けて、レイは少し俯く。

 実は内心少し悩んでいたのだ。

 幽霊船を破壊して、ガミジンを倒せば狩られた魂も解放される。

 だがそれで完全に元に戻るのは肉体が現存している魂だけ。

 メアリーの様に年単位で彷徨っていた魂は、間違いなく肉体が残っていない。

 そんな人たちも含めて救うにはどうすれな良いのか、レイは少し頭を抱えていた。

 

「そういえば、今何時だ?」

「えっと、夜の20時っスね」

 

 レイは驚いて窓の外を見る。外は黒々とした夜が広がっていた。

 嫌な予感がする。

 レイがベッドから飛び降りようとした次の瞬間、窓の外から多数の悲鳴が聞こえて来た。

 

「ッ!? フレイア!」

「言われなくても! 行くよみんな!」

 

 チームの面々は大急ぎで宿の外に出る。

 するとそこには街を包む霧と、空を覆い隠す程大量の幽霊。

 悲鳴を上げた人々は突然現れた幽霊に恐れを抱き、逃げ惑っていた。

 

「ちょっ、変身してないのに幽霊見えるんスけど!?」

「それに街の人も気絶していません」

「いよいよ本格的に仮を始めたって事か。もう隠す必要も無いんだろうよ」

 

 レイはグリモリーダーと銀色の獣魂栞を構える。

 

「今は口でどうこう言ってても仕方ない。みんな、いくぞ!」

「「「応ッ! クロス・モーフィング!」」」

 

 一斉に変身して魔装を身に纏うレイ達。

 

――弾弾弾ッ!!!――

 

 ここまでの連戦で幽霊への対処方法は分かりきっている。

 レイはコンパスブラスターを銃撃形態《ガンモード》にして、他のメンバーも各々魔力に特化した攻撃で幽霊を討ち取っていく。

 

「うわぁぁぁぁ!」

「どらぁ!」

 

 男性に大鎌を向けて来た幽霊を撃ち落とすレイ。

 

「屋内に逃げろ!」

「は、はい」

 

 レイの指示通りに近くの建物に逃げ込む男性。

 どうやら屋内に入れないのは変わらないらしい。

 

「コンフュージョン・カーテン」

「雷手裏剣!」

 

 アリスの魔法で幽霊の動きを止めて、ライラの魔法で一掃していく。

 だがそれでも幽霊の数は減る気配を見せない。

 

「これじゃあキリが無いわね!」

「溜め込んでた幽霊全部吐いてるだろうよ!」

 

 終わりの見えない幽霊に愚痴を零すフレイアとレイ。

 だが実際問題、このままではジリ貧になりそうだった。

 

「やっぱり、元を断たないと駄目だね」

「ですがこの幽霊を放置しては街の方々が」

「いや、ジャックの言う通りだ。確かに幽霊を放置したら街の人達の魂が狩られる。でも幽霊船を壊して、ガミジンを倒せば捕まった魂も元の肉体に戻るはず」

「つまり幽霊船を攻めた方が良い結果になる」

「アリス正解」

 

 そうと決まれば幽霊船に乗り込むまで。

 だがレイ達が行動に移そうとした瞬間……

 

「もうヤダなー。そこまでバレて行かせるわけないじゃーん☆」

 

 声のした方に振り向くと、そこにはピンク髪の少女。

 忘れる筈も無い、ガミジンの協力者パイモンだ。

 

「てめぇ、また邪魔しに来たのか」

「仕方ないじゃーん、それが私のお仕事なんだもーん」

 

 プンスカプンとパイモンは可愛らしく頬を膨らませるが、レイは仮面越しに容赦なく睨みつける。

 

「キースおじ様の時は散々な目にあったけどぉ~、今回はそういかないよーだ」

 

 そう言うとパイモンは一つの小樽を取り出し、その蓋を開けた。

 

「お前、それは!?」

「ガミジンおじ様も使ってたから知ってるでしょ♪」

 

 樽を逆さにし、中身を地面にぶちまけるパイモン。

 撒かれたデコイインクはゴポゴポと音を立てて、大量のボーツを生み出した。

 

「はーい! それじゃあ足止めよろぴく~♪」

 

 パイモンの号令に合わせるかのように、ボーツの大群は一斉に襲い掛かって来た。

 レイも咄嗟にコンパスブラスターを剣撃形態《ソードモード》にして応戦する。

 

「ボォォォォォォツ!」

「ぐッ!」

 

 ボーツの硬質化した腕を受け流すレイ。

 一瞬の隙を突いて、胴体から両断する。

 他のメンバーも同じくボーツの攻撃をいなし、迎撃し、討ち取っていく。

 だがその間隙を突くように、幽霊が襲い掛かってくる。

 

「クッソ、邪魔ァ!」

 

 コンパスブラスターの刃に魔力を纏わせて、レイは両方と戦う。

 しかしそれでも数が多すぎる。

 レイがどうしたものかと考えていると……

 

「レイ、先に行って!」

「フレイア。でも――」

「ここは僕達に任せて、レイは先に船へ行ってくれ」

「レイ君の道はボク達が作るっス」

 

 迷ってしまう。この数の敵を任せて大丈夫なのかと。

 

『レイ、彼らを信じよう』

「スレイプニル……分かった。オリーブ、マリー! 一緒に来てくれ!」

「はい!」

「分かりましたわ」

「アリスは勝手について行く」

 

 レイの後ろをトコトコとついて来るアリス。

 正直こうなる事は予測済みで名前を呼ばなかった節もある。

 

「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」

「邪魔はさせない!」

 

 道を阻むボーツや幽霊。フレイアは籠手から放った炎で、それらを焼き払う。

 そして残りはレイ達は自分の力で迎撃していく。

 

「行かせると思ってるのかにゃ~☆ トランス――」

 

 パイモンがダークドライバーを掲げて変身しようとした瞬間、その腕を幾本もの鎖が縛り上げた。

 

「グレイプニール。悪いけど、君の相手は僕だよ」

「……ランボーな男ってサイテー」

 

 苛立った表情でジャックを睨みつけるパイモン。

 だがその一瞬の隙が、前へ進むチャンスとなった。

 パイモンを横切ってその場を後にするレイ達。後を追おうとするパイモンだが、ダークドライバーを弾き飛ばされて変身もできず、ジャックの鎖につながれるばかりであった。

 

 街道を走り抜けるレイ達。

 やはり道中もボーツや幽霊が襲い掛かってくるが、最小限の攻撃で突き進んでいく。

 

「やっぱコイツら邪魔!」

「じゃあ追ってこれない速度で行こう」

 

 そう言うとアリスは、グリモリーダーの十字架を操作した。

 

「融合召喚、カーバンクル!」

 

 グリモリーダーからインクが放たれて巨大な魔法陣を描き出す。

 それと同時に、ロキの魔力とアリスの肉体が急激に混ぜ合わさっていく。

 

『キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、イィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

 

 魔方陣が消え、巨大な鎧装獣(がいそうじゅう)と化したロキが街道に現れた。

 

『みんな背中に乗って。空から行く』

「キューイキューイ!」

「さっすが俺の幼馴染。話が早くて助かる」

 

 レイ達が背中に乗った事を確認すると、ロキは身の丈程もある大きな耳を羽ばたかせ始める。

 襲い掛かるボーツや幽霊も、その風圧で軽く吹き飛んでしまった。

 

「キュゥゥゥゥゥゥイィィィィィィィ!」

 

 大きな鳴き声を上げて、ロキは大空に飛び立つ。

 そしてレイは強化した視力で、空から海を見つめた。

 見えたのは海に佇む不気味なガレオン船の姿。

 間違いない、幽霊船だ。

 

「アリス! 幽霊船まで全速前進で頼む!」

『りょーかい』

「これは、お腹を括らないといけないですね」

「大丈夫ですわオリーブさん。もう敵の種はおおよそ見えています」

「よし……突入だ」

 

 ロキは巨大な耳を羽ばたかせ、猛スピードで前進していった。



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Page54:Alive or Dead

 バミューダ近海に浮かぶ不気味かつ巨大なガレオン船こと、幽霊船。

 無数の幽霊を街に解き放っているこの船の船尾から、現在煙が噴き出ていた

 

「きゅう~」

「確かに、突入とは言いましたけど……」

「アリス、突撃しろとは一言も言ってないぞ」

『でも中に入れたから結果オーライ』

 

 海に出た直後、幽霊船からの迎撃を浴びそうになったロキ(アリス)は、急加速して船体に体当たりを仕掛けたのだ。

 結果、幽霊船にめり込むような形で突入に成功したレイ達。

 少々荒っぽいやり方に小言を言いながら、レイは(目を回したオリーブを背負って)ロキから下りる。

 全員が下りた事を確認すると、ロキの身体が輝き出し魔装を身に纏ったアリスの姿へと戻った。

 

「しっかし派手に穴開けちまったな~。こりゃガミジンの奴に見つかるぞ」

「レイ、どの道見つける予定」

「そりゃあそうだけどよ」

「あら、アリスさん身体に血が」

 

 マリーの指摘で自分の身体を確認するアリス。

 肩や腹部に幾らかの血が付着していた。

 

「もしかして、さっきの突撃で怪我しちゃいました?」

「違う。これ、アリスの血じゃない」

 

 身体についた血をアリスは面倒くさそうに拭い取る。

 他の三人もこれと言って出血などはしていないので、オリーブは一先ず安心した。

 ではこの血は何処から来たのだろうか。

 レイが周辺を見回すと、先程ロキが突撃して壊れた船体の断面が目に入った。

 

「……」

 

 一見すると何の変哲もない朽ちて壊れた船体の断面。

 だがよくよく注視すると、その断面から赤黒い血が滲みだしていた。

 

「なんだか気味が悪いですわね」

「……そうだな」

 

 レイは無言でその断面を見続ける。

 血の持ち主に心当たりはあった。だがそれを口に出すのがどこか怖かった。

 言ってしまえば本当の事になりそうだったから。

 

「レイ君?」

「なんでもない、先を急ごう」

 

 そうだ、今はガミジンを探し出す方が先決だ。

 レイ達は幽霊船の中を歩み始めた。

 

 船の中はあちこちボロボロで腐っており、ぱっと見はただの廃船。

 だが部屋の中等を確認してみれば、腐って溶けた食料や航海日誌が転がっており。かつてこの船に人が居たであろう痕跡が生々しく残されていた。

 腐敗した木材の嫌な臭いと潮の香りが混ざった空気。

 床はギチギチと不安感を煽る音を立ててくる。

 

「今更ですけど、この船よく沈みませんわね」

「多分ガレオン船はガワだ。全体を浮かべてるのはメインとなる魔導兵器、もしくは……」

「もしくは?」

「キャァァァァァァァ!?」

 

 突如鳴り響くオリーブの悲鳴。

 レイが何事かと振り返ると、そこには僅かに腐肉が付着した人骨が転がっていた。

 

「レレレレレレレ、レイ君! 人、人が!?」

「落ち着け。こんな悪趣味な船の中だ、想定内想定内」

「想定内なんですか!?」

 

 動揺しているオリーブを横切り、レイは白骨化死体に近づく。

 服は着た状態。大きな襟付きの水兵服、恐らく元々この船に乗っていた船乗りの遺体だろう。

 レイが服の中を探ってみると、一つのタグが出て来た。

 所属する船を示したタグだ。軍の紋が入ってないという事は商船だろう。海賊ならそもそもタグをつけない。

 

「(多分この船が、ルドルフ爺さんの言っていた商船。五年前に海難事故で沈んだっていう……)」

 

 ならばこの白骨死体はその商船の乗組員。そしてガミジンの被害者。

 

「本当に、悪趣味な奴だ」

 

 胸糞悪さを覚えながら、レイはそう吐き捨てる。

 

 遺体に一礼してから、更に先へと進む一行。

 他の部屋も調べてみるが、どこも似たり寄ったり。

 たまに新しい白骨死体を見つけるくらいだ。

 そして、幽霊船の中を進むと言う事は案の定……

 

「まぁ、出てくるよな」

「流石にもう動揺しませんわ」

「幽霊慣れ」

「あわわわわ」

 

 壁の向こうからうじゃうじゃと湧いて出てくる幽霊達。

 魂が欲しいのか両手を伸ばして、こちらに襲い掛かってくる。

 レイ達は各々武器を構えて、幽霊に立ち向かった。

 

「コンフュージョン・カーテン」

「そーらよ!」

「クーゲル、シュライバー! シュート!」

 

 アリスが幽霊の動きを止めて、レイとマリーが魔力弾で撃ち落とす。

 攻略法は分かっているので、三人は冷静に対処できた……が。

 

「ひゃぁ!?」

 

 オリーブは至近距離から襲ってくる幽霊が怖いのか、小さな悲鳴を上げながら大槌(イレイザーパウンド)を振り回している。

 魔力(インク)でコーティングしているので幽霊は倒せているが、平常心を保てているとは言い難い。

 だがレイには、今この場所だから使える秘策があった。

 

「オリーブ、固有魔法使え!」

「ひゃい!?」

「出力は全開でだ! 思いっきりぶちかましてやれ!」

「わ、分かりました」

 

 軽く呼吸を整えた後、オリーブは固有魔法の起動を宣言した。

 

「固有魔法【剛力硬化】起動!」

 

 瞬間、オリーブの身体から高濃度の魔力波が放出された。

 オリーブと、その契約魔獣『ゴーレム』の固有魔法【剛力硬化】。

 大量の魔力消費と引き換えに、一時的に肉体を極限にまで強化する魔法。

 その瞬間最大火力は王獣であるスレイプニルをもしのぐ程である。

 だが強化するのはあくまで肉体のみで、幽霊退治には直結しない。

 が、レイの目的は固有魔法の発動そのものにあった。

 

「精密すぎる術式で作られた身体に、高濃度の魔力波。まともに喰らって崩れない筈がない」

 

 結果はレイの予測通りであった。

 オリーブの身体から放たれた魔力を浴びた幽霊はその身体が崩壊、霧散していく。

 そして一瞬の内に、幽霊の大群は姿を消してしまった。

 

「やりましたわね、オリーブさん」

「うん――って、キャァァァァァ!?」

 

 喜ぶのもつかの間。

 オリーブの魔力で幽霊を撃退したは良いが、その余波でレイ達がいる場所の床まで崩壊してしまった。

 勢いよく下に落ちる四人。

 そして着地失敗するレイ、の顔の上に落下したオリーブ。

 ちなみにマリーとアリスは着地に成功した。

 

「オリーブ、絵面がヤバいから早く退いてくれ」

「ぴゃあ!? ごめんなさい!」

 

 仮面の下で顔を真っ赤に染めて、オリーブは勢いよく退ける。

 

「レイ? まさかこうなるのも想定内?」

「いや、完全に足場の脆さを失念していた……というかアリス、圧がすごいんだが」

 

 仮面越しでも伝わる冷たさと疑いを混ぜた視線が、肌にピリピリと突き刺さる。

 幽霊に魂を持っていかれる前に、この冷たい視線で昇天しそうだった。

 

「あれ、レイ君起きないんですか?」

 

 仰向けになったまま起き上がらないレイに心配の声をかけるオリーブ。

 するとレイは何も言わず、自分たちが落ちて来た上を指さした。

 そこは先程まで幽霊の大群が居た場所。

 だが今は無数の光の玉が浮かんでは消えゆくばかりであった。

 

「あれってたしか……」

「魂の、光」

「全部、元は生きた人間だったんだろうな」

 

 ガミジンの姦計にかかり、命を落とした無辜の民達。

 魂の光がゆっくりと消えているのは、天に召されたからだと信じたい。

 レイやオリーブはそう思わずにはいられなかった。

 それと同時にレイは、ある事を考えていた。

 

「……なぁアリス。一つ思った事があるんだ」

「なに?」

「バミューダで暴走していた魔獣だけどさ、あれって全部幽霊が取り憑いてた訳じゃんか。多分だけどさ、その幽霊の元ってバミューダに住んでた人なんじゃないかな」

「どうしてそう思うの?」

「少なくとも単純な呪いの類や、ガミジンの作戦とは思えない。だってアレだけ魂の回収と何も関係なかったからな。それに最初に出会ったアンピプテラ、暴走しているとは言え飛び方を知らないような動きだった。それも元々が人間である幽霊に身体を支配されていたと考えれば納得がいく」

「つまり、幽霊にも自我があった?」

「全部ではないと思うけどな。メアリーみたいなハグレが他にもいたってのはあり得ると思う」

「じゃあなんで街で暴れてたんでしょう?」

「これは、ただの推測なんだけどさ……気づいて欲しかったんじゃないかな」

 

 レイは何かを訴えるような咆哮を上げていた暴走魔獣を思い出す。

 

「自分はここだ、自分達はここに居るって、気づいて欲しかったんじゃないか」

 

 飛び起きる。だが仮面の下の表情は暗い。

 もっと早く本質に気づいていれば、他になにか方法があったのではないか。

 昼間だったのでよく見えなかったが、魔獣に取り憑いていた魂を消してしまったのではないか。

 レイは言い知れぬ罪悪感に押しつぶされていた。

 

「(幽霊の魂を解放する。でも解放された魂はどうなるんだ。帰るべき肉体が無ければ魂は……)」

「あれ、そういえばマリーちゃんは?」

「さっきから妙に静……」

「どうしてアリス?」

 

 急に静かになったアリスに釣られて、レイは後ろを向く。

 そこには静かに棒立ちしているマリーと……それ以上に存在感を放っている巨大な心臓が居座っていた。

 

「なんだ……これ」

「えっと、な、内蔵ですか?」

「形的に多分心臓」

「救護術士、解説サンキュ」

 

 レイは恐る恐る巨大な心臓に近づいてみる。

 ドクンドクンと鼓動を立てているが、心臓から繋がっている筈の血管は無く、代わりに無数のチューブが繋がっている。

 生きていると言うよりも、無理矢理生かされているという印象。

 更に近づいてみると、レイの鼻腔を魔力《インク》の臭いがくすぐる。

 間違いない、幽霊と同じ臭いだ。だが何処か覚えのある臭いも混じっている気がする。レイはその臭いに覚えがない。となればスレイプニルの記憶だろうか。

 

『まさかとは思っていたが、実際に目にしてなお受け入れがたいな』

「スレイプニル?」

『だが眼前にあるその姿こそが真実なのであろう……水鱗王、バハムートよ』

 

 スレイプニルの言葉に驚愕するマリーとオリーブ。

 眼の前にある心臓はバハムートの物だとは思いもしなかった。

 だが一方で、レイはどこか納得もしていた。

 

「可能性としては、考えていたけどな……実際目にすると」

 

 どう言い表していいのか言葉に詰まる。

 

「あの、レイさん……可能性ってどんな可能性を?」

「バハムートが肉体だけ死んでるって可能性だ」

「肉体だけ?」

「なぁスレイプニル、バハムートが音を出すのって頭で合ってたよな? ちょっと頭まで移動するから、声かけて――」

『その必要はない、人の子よ』

 

 突如、レイ達の頭の中に何者かの声が聞こえて来た。

 耳に入るといった感じではない、頭の中に音を入れられた感じだった。

 

『久しいな、戦騎王よ。お前にこのような無様を晒してしまうのが口惜しくてならん』

『やはり貴殿であったか、水鱗王よ』

「え、これどうやって話してんだ?」

『驚かせてすまんな。そなた達の頭に直接音を届けさせてもらっている』

「本当に水鱗王なのですか? わたくしには、とても生きているとは思えない心臓しか見えないのですが」

『それは間違いでもあり、正解でもある。小生の肉体は今、知的生命体としては死んでいるも同然の状態だ』

『水鱗王よ、何があった』

 

 スレイプニルの質問を受けて、バハムートはポツリポツリと語り始めた。

 五年前バミューダを発った商船と共に、ガミジンの魔導兵器から襲撃を受けた事。

 その兵器との戦いに敗れて、一度は命を落とした事。

 

『死した小生の肉体は彼奴の兵器の一部となった。より多くの人間を殺す為のな……』

「ある程度は想定してたけど……やっぱりそうだったか」

 

 ガミジンの研究室で見つけた魔獣の死体の兵器転用に関する論文と設計図。

 ここに来る途中、アリスの身体や壊れた船体についていた血はバハムートのもの。

 状況から幽霊船の材料にバハムートが使われている可能性は考えていたレイだが、いざ眼の前に現実を突き付けられると言い表し難い気持ちに支配されていた。 

 

「肉体が無ければ魂は定着できない。もしかしてガミジンは、水鱗王の一部を無理矢理生かして、強引に魂を定着させてるんじゃないのか」

『その通りだ人の子よ。今や小生の肉体は兵器の身体に、小生の魂は兵器の動力として利用されているにすぎん。現に今もこの心臓の中にはガミジンに殺された無辜の民達の魂が閉じ込められている』

 

 バハムートの言葉を聞いて、レイは耳を澄ませてみる。

 すると巨大な心音の中に、微かに人のうめき声が混じっているのが確認できた。

 

「ひでぇな」

『この牢獄はガミジンによって支配されている。我が魔力を利用して幽霊を創り出し、バミューダの民を殺めている。小生の力で、民をッ!』

 

 自分自身への憎悪や悔しさを滲ませた声で、バハムートが叫ぶ。

 心優しき水鱗王と歌われるだけあって、その博愛は本物なのだろう。

 

『死した小生に出来る事は殆ど無かった。だが小生は最後の力を振り絞って一つの懸けに出た。それが――』

「メアリー、アンタの契約者を逃がす事」

『そうだ。我が契約者メアリー・ライスの魂を逃がし、小生の魔力を持って義体を与えた。ガミジンの所業のおかげでこの策が思いついた事は皮肉としか言いようがないがな』

『だがそのおかげで、一時的とはいえ貴殿はガミジンの支配から逃れられた』

『だが小生の力が民を傷つけた。小生にはそれが耐えられん』

 

 悲しみと涙。それが声だけでも伝わってくる。

 

「けどメアリーは今……」

『承知している。ガミジンの手に堕ちたのだな。この牢獄からも今までにない量の幽霊が解き放たれた。きっと今頃バミューダの地を蹂躙しているのであろう』

「すいません……俺がもっと強ければ」

『気に病むな人の子よ。彼奴の力は強大、一人では到底太刀打ちできん』

 

 慰めの言葉をかけられるが、レイの心は自責の念に押しつぶされそうになる。

 

『戦騎王の契約者よ、頼みがある』

「……」

『小生を破壊してくれ』

「ッ!? 何言って――」

『小生が滅びれば魔力も力を失う。魔力が朽ちれば幽霊も民を襲いはせん』

「けど壊せばアンタが死ぬぞ!」

『とうに肉体は朽ちている。このまま彼奴に弄ばれるくらいなら……』

 

 死を選んだ方が良い。

 だがレイにはその考えが受け入れ難かった。

 

『何を迷っている』

「まだ魂はそこに在るんだ。何とか死なせずに救う方法を考えて――」

『レイ、生かす事だけが救う事ではないのだぞ』

「……」

『たとえ生かしたとして、その先にある物が光とは限らんのだよ。特に心優しき知恵者である程にな』

「じゃあどうすれば」

『肉体を救う事ばかり見てはならない。魂を救う事を考えろ』

「魂を……」

 

 救う事とはいったい何か、改めて考えるレイ。

 今まではすっと、誰かの命を助ける事を重視していた。

 だがいま直面している事柄は、それでは解決できそうにない。

 このまま生き延びても、きっと水鱗王は自責の念に押しつぶされて苦しむ。

 民が赦しても、水鱗王自身が赦さないだろう。

 

『殺める事に抵抗があるのか』

「……あぁ」

『堪えろ。そして乗り越えろ。それがエドガーの背を追う者が背負うべき責任だ』

 

 レイが仮面の下で唇を噛んでいると、窓の外から魔獣の鳴き声が聞こえて来た。

 アリスとオリーブが丸窓を開けて、外を確認する。

 

「キュー」

「キュキュー」

 

 そこには何匹かの海棲魔獣が切なそうな声を上げて、幽霊船を見ていた。

 その周りには魔獣達がばら蒔いたであろう魔力が浮かんでいる。

 

『あの者達にも、苦労をかけてしまった……』

「苦労、ですか?」

『この船がいる今の海は、人間には危険過ぎる。あの者達は人間が海に近づかないように警告を発してくれていたのだよ』

「警告って……あの魔力のことか」

『人間という生き物は異常というものを極端に恐れる。何の害が無くとも、ああやって魔力をやたら滅多らにばら撒けば、海に近づこうとはせん。そうすれば小生が海上の人間を襲う事もなくなる』

「そうだったのですか」

 

 マリーが感嘆の声を上げる一方で、レイは丸窓の方へと歩み寄った。

 窓の向こうを覗く。

 不安そうな声を上げるだけの海棲魔獣もいれば、幽霊船に体当たりを仕掛ける海棲魔獣もいる。まるで水鱗王の身を案じているかの様に。

 

「そういう事だったんだな」

「あの子達、最初から誰かに迷惑をかけようとしてたんじゃなくて、守ろうとしてたんですね」

「あぁ、街と王を守ろうとしてたんだ」

 

 魔獣達の意図をようやく理解できた一同。

 レイは目の前で懸命に抵抗の意志を示す彼らに敬意を抱いた。

 恐らく彼らはバハムートが何をしようとしているか理解している。

 その上で、王の魂を汲み取ろうとしているのだ。

 ならば……

 

「バハムート! ……本当に良いんだな」

『あぁ、構わぬ』

 

 罪と悲しみは、自分が肩代わりする。

 それが、レイ・クロウリーという少年が進もうとする道にあった答えだった。

 

「スレイプニル、ちょっと付き合ってくれよ」

『無論だ』

 

 レイはコンパスブラスターを逆手に持ち、構える。

 獣魂栞(ソウルマーク)を挿入し、せめて一撃で葬ろうとする……しかし。

 

――ボッ!――

 

 短い衝撃と共に、足元の床が小さく抉り取られていた。

 この現象は見覚えがある。

 レイ達はソレが飛んできた方へと振り向く。

 そこに居たのはダークドライバーを手に持った歪な蛇の悪魔の姿があった。

 

「やはり此処に居たか、(わっぱ)共」

「……ガミジン」



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Page55:幽霊船で大アバレ

「……ガミジン」

 

 蛇の頭がニタニタとこちらを見つめてくる。

 

「大人しく街で狩られていればよかったものを……余程無駄死にしたいらしいな。だが安心しなさい。お前達の死体と魂は私が有意義に活用してやる」

「何が有意義ですか。命を命とも思っていない外道の所業をしておいて」

 

 下卑た笑みで品定めをする様に見てくるガミジンに、怒り心頭するマリー。

 そしてレイ達は各々武器を構えて、臨戦態勢へと入った。

 

「……おいガミジン、一つ聞いてもいいか」

「なんだ小僧?」

「何でこんなもん造ったんだ。これだけの技術力があれば、表立って認められるような発明だってできただろ」

「知れた事。所詮私は外道学問の探究者」

「教会が認めないからこんな事したってのか?」

「それは違うな」

 

 意外な返答が飛んできて、レイは思わず口を半開きにする。

 

「教会なぞどうでも良い。目の前に可能性があったから試したまでの事。研究職の者なら誰にだって理解出来る筈だ」

「……解らねぇし、解りたくもねーよ。その探究心のせいでどれだけの人間が死んだと思ってるんだ!」

「必要な犠牲だ。全ては大義を成す為の栄誉の贄……むしろ光栄に思って貰いたいものだがね」

「ひどい……命をなんだと思ってるんですか!」

「踏み台だ。どうせ何時かは我々が殲滅する命。ただ死ぬのが早いか遅いかの違いに過ぎん!」

「下種ヤロウ」

 

 ガミジンのあまりの醜悪さに悪態を吐くアリス。

 この悪魔には殺人に対する忌避感がまるで存在しない。

 そしてその嫌悪感はレイ達も同じ様に抱いていた。

 

「で、ここまで大層なもんを造って、何処の国に売りつけるつもりなんだ?」

「売る? そんな野蛮な事はせんよ。この義体は我々の故国に捧げるのみ。そして私は至上の褒美を貰う」

「褒美?」

「そうだ。誰もが羨む美味い飯、艶美な身体の女、莫大な金と権力! この船を完成させた暁には、その全てが私の手中に入る! その為に私は五年も努力してきたのだ」

 

 宝物探しの夢を語る子供のように、嬉々爛々と語り出すガミジン。

 その様を前にして、マリー達はいよいよ嫌悪感を隠せなくなった。

 この悪魔は邪悪すぎる。目の前の蛇は底なしの強欲を孕んでいる。

 

「……一瞬でもお前の中の人間に期待したのが馬鹿だったよ」

 

 この悪魔は、此処で討たねばならない。

 レイはコンパスブラスターの柄を握り締めて、その切っ先をガミジンに向けた。

 

「技術は、知恵は誰かを守る為の力だ!」

「ほざけ! 知識は願いを叶える為の力だ!」

「テメェは此処でぶっ潰す!」

「そんなに死にたいか小僧! ならば早急に楽にしてやる!」

 

 そう叫ぶとガミジンは、一本の注射器を取り出した。

 中に入っているのは黒く禍々しい粘液、魔僕呪。

 ガミジンは注射器を握り締めると、自身の腕に勢いよく針を突き刺した。

 

「ヌゥゥゥゥゥゥゥオオォォォォォォォォォ!!!」

 

 魔僕呪の効能で魔力が活性化したせいか、ガミジンの肉体は見る見る巨大化していく。

 あまりの光景に呆気にとられるレイ達。

 そしてものの数秒で、ガミジンの身体は二メートル超はあろうかという巨体へと変貌してしまった。

 

「海の上に逃げ道など存在せん! ここで貴様ら全員殺してくれる!」

「レイ」

「あぁ、敵さん今回はマジらしいな」

「ですが逃げ道が無いのは向こうも同じ」

「それにここは街中じゃありません!」

 

 そう、ここは幽霊船の内部。

 壊して困る様なものは存在しない。

 

「つまりこっちも思いっきり本気を出せるって訳だ!」

 

 レイ達の身体の中で魔力が加速する。

 久々の本気という事で、気が一瞬にして引き締まった。

 

「フンヌゥゥゥゥゥゥ!!!」

「させません!」

 

 肥大化したガミジンの巨椀が、レイ達に襲い掛かる。

 が、それをオリーブは片手で受け止めてしまう。

 固有魔法で強化されたオリーブにとって、この程度の物理攻撃は大した威力にはならない。

 受け止めた際の衝撃で床材が砕けるが、瞬時に跳んで、オリーブは落下を回避する。

 

「今度はこっちからいきますよー!」

 

 オリーブはグリモリーダーから獣魂栞(ソウルマーク)を取り出し、大槌(イレイザーパウンド)に挿入する。

 

「インクチャージ!」

 

 漆黒の魔力が大槌の頭部に集中する。

 

「タイタン・スマッシャー!」

 

 魔法名を宣言して、オリーブは大きく振りかぶる。

 強化された肉体が放つ高速の一振り。

 ガミジンは避ける間もなく、それを頭部で受け止めてしまった。

 

――ドゴォォォォォォォォォォン!!!――

 

 けたたましい轟音を響かせて、ガミジンは竜骨付近まで落とされてしまう。

 普通なら巨岩を砂に変える程の威力なのだが、魔僕呪で強化されたガミジンには耐えられてしまった。

 両腕を伸ばして、這いあがってくるガミジン。

 

「これしきのォ、これしきの事ォォォ!」

 

 ガミジンは再び心臓部へと顔を出すが……

 

「チャージの時間は十分にありましてよ。ミスター・スネーク」

 

 インクチャージを終えたマリーが、大穴に向けて双銃の銃口を向けていた。

 

「シュトゥルーム・ゲヴリュール!」

 

 クーゲルとシュライバー、二挺の魔銃から放たれる強烈な螺旋水流。

 鉄をも貫く水圧を兼ね備えたそれが、ガミジンの身体に襲い掛かる。

 

「グヌァァァァァ!?」

 

 咄嗟に右腕で防御をとる。

 だが先程のオリーブの技で受けたダメージも相まって、ガミジンは右腕の肉を大きく抉り取られた。

 

「――ッッッ!!! ならばコイツらの手を借りるまでよ!」

 

 ガミジンが腰に下げていた小樽を握り潰すと、中から大量の魔僕呪が床に落ちる。

 そしてゴポゴポと音を立てて、何体ものボーツが召喚された。

 すぐさま幽霊を呼び出し、ガミジンはボーツに憑依させる。

 

「やれェ! 殺せェ!」

 

 強靭な脚力を持ってして上がってくるボーツ達。

 憑依した幽霊を介してガミジンに自由自在に操られている。

 

「「「ボォォォォォォォォォツ!」」」

 

 腕を構や槍の形状に変化させて、ボーツは一斉に襲い掛かる。

 

「みんなはボーツを頼む。俺はあの蛇野郎を叩く!」

 

 道を塞ぐボーツを斬り落とし、レイは大穴の中へと飛び込む。

 

「どらぁぁぁぁぁ!!!」

「フンッ!」

 

 落下の勢いを乗せて斬りかかるレイの一撃を、ガミジンは左腕で受け止める。

 だが案の定、通常の剣撃では碌なダメージを与えられない。

 

「小僧、まずは貴様から殺してくれる!」

「そうなる前にお前を倒す」

 

 レイの挑発に憤ったのか、ガミジンは大口を開けて、その巨大な蛇の牙で攻撃を仕掛ける。

 変幻自在な軌道を描き伸びてくる首。

 だがそれに直面しても、レイの脳内は冷静であった。

 

「(脚力強化……動体視力強化)」

 

 武闘王波で必要なものを強化する。

 強化された視力でガミジンの動きを読み、脚力を以って回避し続ける。

 中々当たらない攻撃にムキになるガミジン。徐々にその動きも乱雑化してきた。

 その隙にレイはコンパスブラスターに獣魂栞を挿入する。

 

「(魔力刃生成、破壊力強化、出力強制上昇……)」

 

 頭の中で複数の術式を同時並行で組み立てる。

 ここなら余波で被害が出ても問題無い。

 惹きつけて、惹きつけて……今だ。

 

偽典一閃(ぎてんいっせん)!」

 

――斬ァァァァァァァァァン!!!――

 

 最大出力。最高威力。

 敵は咄嗟にガードを試みたがもう遅い。

 今まで発動した事は殆どない、本気の一撃をレイは躊躇うこと無くガミジンに叩きこんだ。

 

「――ッッッ!?!?!?」

 

 声にならない悲鳴を上げるガミジン。

 咄嗟のガードで致命傷は避けられたものの、左腕を切断される羽目となった。

 それだけではない。

 偽典一閃の余波で船内が大きく揺れる。

 床はひび割れ、壁は大きな音を鳴らして剥がれる。

 そして剥がれた内壁の向こうから、無機質な鉄の骨が露出した。

 

「あれが兵器の本体か」

 

 バハムートの遺体を取り込み、人々の魂を動力に変えている魔導兵器。

 レイはコンパスブラスターを逆手に持ち換えて、破壊しようとするが……

 

「させぬわァァァ!」

 

 突如飛来してきた黒炎を間一髪で回避するレイ。

 よく見れば、右腕を再生したガミジンが、ダークドライバーを構えていた。

 

「させん、させんぞ。貴様のような童に私の五年間を破壊させてなるものか!」

「知るかバーカ」

 

 レイを兵器の骨格から遠さげる為に黒炎を乱射するガミジン。

 まだ動体視力と脚力の強化が残っていたレイはそれをひらりひらりと躱していく。

 だが回避のみで攻撃には至れない。

 

「(さぁて、どうするかな)」

 

 やるべきことは三つ。

 ガミジンの撃破、魔導兵器(幽霊船)の破壊、バハムートの心臓の破壊。

 できる事なら兵器と心臓の破壊を優先したいところだが、この状況では敵がそれを許してくれそうにない。

 かと言って先にガミジンを撃破しようにも、あの黒炎が邪魔をする。

 

「(ん、待てよ……黒炎?)」

 

 ふとレイの脳裏にスレイプニルの言葉が思い出される。

 ダークドライバーが放つ黒炎の特徴は……

 

「(そうだ、いいことを思いついた!)」

 

 一つの策を閃いたレイは、回避の仕方を少し変えた。

 ただ避けるのではなく、ガミジンを誘導する様に動きまわる。

 

「よっと!」

 

 そして強化した脚力を使って、レイは再びバハムートの心臓がある部屋へと上っていった。

 

「レイ」

「レイ君!」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。それよりみんな全力で回避行動に移ってくれ」

 

 既にボーツを倒し終えた上階の部屋で、アリス達が心配の声をかけるが、レイは間髪入れずに指示を出す。

 するとそれに合わせたかの様に、下階からガミジンが這い上がって来た。

 

「逃がさんぞォ! 小僧ォ!」

「そーら、おいでなすった!」

 

 上階に辿り着いくや否や、ガミジンはダークドライバーから黒炎を乱射する。

 

「全員逃げろ! アリス、サポート頼む!」

「りょーかい」

 

 指示通りに黒炎から逃げる一同。

 その一方でレイはガミジンを挑発し始めた。

 

「オラどうした野郎! 俺はここだぞ!」

「そんなに死にたいなら最初に殺してくれる!」

 

 レイに照準を合わせて攻撃を続けるガミジン。

 だがレイはそれに反撃する事はなく、ひたすら逃げ回るのみ。

 

「フハハハ! 最早逃げる事しかできんかァ!」

「それはどうかな」

「何?」

「撃てよ。俺を殺したきゃ撃ち続けろよ」

 

 そう言うとレイは、突然逃げる事を止めてその場に棒立ちになった。

 

「とうとう諦めたらしいな。これで終わらせてくれる」

 

 ガミジンはレイに向けて、今までにない程大きな黒炎を解き放った。

 

「レイさん!」

「避けて!」

 

 マリーとオリーブの叫びが聞こえるが、レイは微動だにしない。

 ギリギリまで待って、待って、そして紙一重で横に避けた。

 

「本当に、俺以外見えてなかったな」

「何を言っ……しまった!?」

 

 ガミジンがレイの思惑に気が付いた時には、既に遅かった。

 黒炎はスピードを緩める事なく、レイの後ろに到達する。

 

 レイの後ろにあったもの、バハムートの心臓に向かって。

 

「万物を喰らう炎だって? ならこれも破壊できるだろ」

「待て、止まれェェェ!!!」

 

 ガミジンが悲痛な叫びを上げるが、黒炎は止まらない。

 そして万物を喰らう炎は、バハムートの心臓へと着弾した。

 

 ボウッと短い音を立てて抉られる心臓。

 その傷口から大量の魔力が零れ出すと同時に、数十個の程の光の玉が外界へと解き放たれた。

 

「流石に全部は無理か」

『だが今ので目算四十三の魂が解放された』

「よく数えれたな」

『伊達に歳は取っていない。それよりも……』

「あぁ、話はそう上手くいかないみたいだな」

 

 レイ達の視線の先には抉れたバハムートの心臓。

 ただし傷口は塞がり、その抉れは徐々に再生しつつあった。

 

「丈夫過ぎる心臓ってのも考え物だな」

『これは再生を上回るスピードで破壊しなくてはならんな』

「だな……でもその前に」

 

 振り返る。

 そこにはワナワナと身体を震わせているガミジンの姿があった。

 

「よくも……よくも……」

「あの蛇野郎を倒さなきゃな。流石に二回も同じ手は通じないだろうし――」

「よくも私にィ! 神聖な陛下の義体を傷つけさせてくれたなァァァ!!!」

 

 激昂。ガミジンの咆哮が船内に響き渡る。

 

「許さん! 貴様だけは、断じて許さん!」

「そりゃあこっちの台詞だ。テメェみたいな外道の存在、許してたまるか」

「ヌアァァァァァァァァァァ!!!」

 

 狂乱したガミジンが巨大な腕を叩きつけてくるが、単純な軌道だったのでレイは容易く回避する。

 

「これならばどうだァァァ!」

「おっと」

 

 再びダークドライバーから黒炎を連射するガミジン。

 だがこれもレイは回避する。

 

「当たらない当たらない。それともう一つ、今の俺は一人じゃないって事忘れてないか?」

「何? ――はっ!?」

 

 突然の気配を察知し、慌てて振り向くガミジン。

 そこには大槌を構え、今まさに振りかぶろうとしているオリーブの姿があった。

 

「エンチャント・メガパウンド!」

 

 魔法名を宣言してガミジンの右腕に叩きつける。

 だが大ダメージには至っていない。

 

「フン、この程度の攻撃――何だと!?」

 

 弱々しい一撃だと嘲笑しようとしたガミジン。

 だがその感情は一瞬にして消え去った。

 右腕が動かない。まるで石にでもされたかのように微動だにしないのだ。

 

「どういう事だ、腕が動かんッ」

「アリスの幻覚魔法をエンチャントした」

「合体必殺技です!」

 

 だがそれでは終わらない。

 

――弾ッ!――

 

 一発の銃声が鳴ると同時に、ガミジンの右手からダークドライバーが弾き飛ばされた。

 

「その魔武具(まぶんぐ)は邪魔ですわね。ミスタ?」

「おのれェェェ!」

 

 怒りと憎悪が混じった声色でガミジンが絶叫する。

 しかしその一瞬の隙があれば十分だ。

 

『レイ!』

「応よ! インクチャージ!」

 

 獣魂栞を挿入したコンパスブラスターを逆手に持ち、必要な術式を組み込む。

 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇、固有魔法接続。

 コンパスブラスターの刀身が白銀の光を帯びていく。

 

「後ろの心臓ごとぶち抜いてやる!」

 

 今までの峰打ちとは違う。

 これが本当の、本気の必殺技。

 

銀牙一閃(ぎんがいっせん)!」

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 膨大な破壊エネルギーを帯びた刀身が、ガミジンの胴体とその背後に位置していたバハムートの心臓を貫く。

 

「――――!?!?!?」

 

 斬りつけられたエネルギーはガミジンの全身に回り、その身体を内側から破壊していった。

 そしてそれは、背後にあったバハムートの心臓も例外ではない。

 銀牙一閃の攻撃を受けた心臓は、凄まじい勢いで表面を破裂させていく。

 破裂が次の破裂を呼び、心臓の破壊を連鎖させる。

 そして無数に出来た傷口からは、無数の光の玉が外界へと解き放たれていった。

 

「中に閉じ込められていた魂も大分解放できたみたいだな」

『あぁ。だが全てではない』

「だよなー。結構本気でやったのに、まだ心臓残ってるし」

『バハムートの心臓は幾つもの層になっている。そう簡単には破壊できぬさ』

「やっぱり丈夫過ぎるのも考え物だな」

 

 津波のような勢いで解放されていく魂達を見つめる。

 これだけの魂を失えば、もう兵器として運用する事は出来ないだろう。

 

「終わったんですね」

「あぁ、一先ずはな」

「レイさん、バハムートの心臓が再生を始めています」

「分かってる。さっさと全部壊しちまおう」

 

 レイは再びコンパスブラスターに獣魂栞を挿入する。

 そして心臓に向けて構えをとった次の瞬間――

 

「させぬわァァァ!」

「ッ!?」

 

 突如伸びて来た蛇の頭を寸で回避する。

 全身の肉が弾け飛んだ筈のガミジンだったが、ある程度再生をしたのか両腕で這って迫ってきた。

 

「よくも、私の五年間の努力を……」

「こんな努力なら糞くらえですわ」

「こんな童如きにィィィィィィィ!!!」

 

 ガミジン伸ばした首を荒ぶらせて、レイ達に襲い掛かる。

 だが所詮は無茶な行動の産物。簡単に避けれてしまう。

 しかしその回避行動のせいで、レイ達は心臓から距離を置かれてしまった。

 

「殺してやる……皆殺しにしてやる……」

 

 うわ言のように呟きながら、ガミジンはバハムートの心臓に縋りつく。

 

「おい、何する気だ!」

「貴様らも、街の人間も全員! 私の手で殺してやるゥゥゥ!!!」

 

 そう叫ぶとガミジンは、いつの間にか拾い上げていたダークドライバーを、バハムートの心臓に突き刺した。

 すると、バハムートの心臓に繋がっていたチューブが次々にガミジンの身体へと刺さっていった。

 ズプズプと再生途中の心臓に取り込まれていくガミジンの肉体。

 

「たとえ溜め込んだ魂が無くなろうと、貴様らを殺すだけの蓄えは手元にある!」

 

 そう言ってガミジンは一つのカンテラを手に掲げた。

 見覚えがある。見間違える筈もない。

 教会でガミジンが幽霊を出したカンテラだ。

 

『お兄さん……』

「ッ! 今の声」

 

 カンテラから聞き覚えのある声がする。

 この幼い声は間違いない、メアリーのものだ。

 

「って事はあの中に――オイ! それをこっちに」

「レイ、足元」

 

 アリスの言葉で慌てて足元を確認する。

 レイの立っていた床は大きくひび割れて今にも崩落しそうになっていた。

 それどころか幽霊船自体も、気を緩めたら立っていられないような揺れを始めている。

 

『不味いぞ、この揺れではすぐに崩落する』

「レイさん、一度脱出しましょう」

「けどアイツの手には――」

『レイ、ここは一度引くべきだ』

 

 既にオリーブが船の壁を破壊して脱出口を作っている。

 その向こうには鎧装獣化したロキの姿。

 まだバハムートとメアリーを解放させられていないレイは、渋々ながら脱出を決意した。

 

 

 

 

 ロキの背中に乗って、一度幽霊船を脱出したレイ達。

 上空から、幽霊船が崩落していく様子を見つめる。

 

「……? あれは何でしょうか」

 

 マリーに指摘されて、レイは幽霊船を凝視する。

 ボロボロと崩れていく幽霊船。

 だがその内側から、蜘蛛のような手足を生やした何かが出てきた。

 

「アレが……幽霊船の、兵器としての姿か」

 

 最早そこに、ガレオン船としての面影は無かった。

 巨大な鯨、バハムートの腐敗した肉体を中心に生えている八本の鉄の足。

 胴体から剣山のごとく伸びている大砲やバリスタ。

 船とも魔獣とも形容し難い異形。

 教会の設計図に描かれていた、最悪の魔導兵器の姿がそこにはあった。

 

「許サンゾ……全テ、私ノ手デ殺シテクレルゥゥゥ!」



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Page56:その魂だけでも①

「ブゥルオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 異形の兵器と化した幽霊船。

 その船頭からバハムートの咆哮が鳴り響く。

 ボロボロの状態で露出していた外骨格、そしてバハムートの遺体。それらは瞬く間に再生し、失った部位を補っていった。

 

「なんですの、あの再生スピードは」

「多分ガミジンの契約魔獣の能力だ」

『アナンタだな。アナンタは再生の魔法を使うとされている』

「その効能がバハムートの遺体にも及んでるって事だな」

 

 再生を終えた幽霊船の頭部から一つの人型が生えてくる。

 全身の筋肉がむき出しでグロテスクな見た目をしているが、その特徴的な蛇の頭で何者かすぐに理解できた。

 

「殺ス……童ドモ、殺シテクレル!」

 

 バハムートの頭部から生えた異形の上半身、ガミジンがこちらを睨みつける。

 すると幽霊船から生えていた大砲やバリスタの矛先が、上空のロキに向けられた。

 

『これ、不味いかも』

 

 アリスがそう零すや否や、幽霊船から雨あられの様に砲撃が始まった。

 ロキとその背中に乗るレイ達を逃がさないように、的確に弾幕を張ってくる幽霊船。

 

『みんな、掴まってて』

 

 迫り来る砲弾と極太の矢を、ロキはギリギリで回避し続ける。

 レイ達は超変則的な軌道に振り落とされそうになるが、しっかりと掴まり続けた。

 だが幽霊船は絶やすこと無く、極めて理性的に攻撃を続ける。

 

『王の肉体を取り込んだ割に、随分と理性的なものだな』

「感心してる場合か! まぁでも、それに関しちゃ同意するけどな』

 

 遺体とはいえ、強大な力を持つ王獣の身体を強引に取り込んだのだ。

 普通なら無事では済まないし、仮に生き延びても魔力の拒絶反応で理性を失うのは目に見えている。

 にも関わらず、ガミジンは言葉を話し、的確にこちらを狙ってきている。

 

「死ネ、死ネ、死ネェェェェェェェェェェェェェ!!!」

「キューイー!」

 

 回避、回避。

 迫りくるバリスタの矢を紙一重で躱し、大砲の弾は巨大な耳で弾き返す。

 中々当たらない攻撃に、ガミジンも苛立ちの絶叫を上げ始める。

 

『不味いぞ、あれは完全に制御に成功している。一体どんな種を仕込んだのか……』

「メアリーだ」

『何?』

「アイツが自分を心臓に取り込ませた時に、メアリーの魂も巻き込んでいた」

『なる程、水鱗王の契約者も取り込む事で制御をより確実なものにしたという訳か』

「じゃあメアリーちゃんの魂を取り出せば!」

「少なくともアイツは制御できなくなるだろうな。けど問題はこの状態からどうっやって心臓部に戻るか」

「それなら、敵の注意を逸らせば良いのですわ!」

 

 そう言うとマリーは突然、ロキの背中から飛び降りた。

 二挺の銃から魔水球(スフィア)を発射し、降り注ぐ弾幕が当たらないように軌道を逸らす。

 

「大きな敵には大きな姿ですわ! 融合召喚、ローレライ!」

 

 マリーがグリモリーダーの十字架を操作すると、空中に巨大な魔法陣が現れた。

 その魔法陣にマリーが入り込むと、マリーとローレライの肉体が急速に混ぜ合わさっていく。

 そして魔法陣の中から膨大な魔力が溢れ、巨大な鯱の像を紡ぎ始めた。

 

『ピィィィィィィィィ、ピャァァァァァァァァァ!!!」

 

 全身が機械の如く金属化した純白の魔獣が姿を見せる。

 背中には巨大な砲を備え、身体に当たった攻撃は次々に弾き返している。

 マリーは鎧装獣(がいそうじゅう)ローレライへと姿を変えたのだ。

 

『その攻撃、お返ししますわ!』

 

 海へと落下しながらも、ローレライはその巨大な尾を振るい、襲い掛かる砲弾を跳ね返した。

 

「グヌゥゥゥ!」

 

 返された砲弾は幽霊船へと着弾。轟音と共に爆破。

 幽霊船と一体化しているガミジンへも少なからずダメージを与えた。

 そして着水。

 ローレライはすかさず背中の砲で攻撃を始めた。

 

『これだけ的が大きければ、当てるのは楽勝ですわ!』

 

 凄まじい砲撃音が辺りに響き渡る。

 通常のガレオン船の何倍もの大きさを誇る幽霊船。

 その巨体は銃撃手でなくとも格好の的であった。

 着弾した攻撃魔力が轟音を鳴らす。

 

「小癪ナァァァ! 喰イ殺シテクレルゥ!」

 

 ガミジンの絶叫と共に、バハムートの大口をあける幽霊船。

 巨大な鯨の口の中には凶暴な牙が無数に生え揃っていた。

――ガキンッ!!!――

 ローレライの身体に噛み付くと同時に金属音が鳴る。

 全身が金属化した鎧装獣の身体は、そう一撃では壊せない。

 

『っ! レディの身体に対して少々乱暴ではありませんこと!?』

 

 マリーがそう言うと、ローレライは背中の砲を回転させて、幽霊船の中にその砲口を向けた。

 

「ピャア!!!」

 

――弾ッ弾ッ弾ッ!――

 三発の攻撃魔砲が幽霊船の内部を襲う。

 その激痛にガミジンは無意識に大口を離してしまった。

 一瞬の隙を突いて、ローレライは脱出する。

 

「よし、今だアリス!」

 

 ローレライの攻撃で怯んだのか、幽霊船の攻撃が止んだ。

 その隙を逃すまいと、ロキは幽霊船に急接近する。

 しかし……

 

「馬鹿メ、私ガ不器用者トデモ思ッタカ!」

 

 幽霊船のバリスタや大砲がぐるりと回転し、こちらに照準を合わせてくる。

 そして間髪入れず、攻撃を開始した。

 

「どわぁぁぁ!?」

「きゃぁぁぁ!」

 

 再び超変則軌道を描いて回避に徹するロキ。

 レイとオリーブはその背中でまた振り回されていた。

 

『アリスさん! 上手く回避し続けてください!』

 

 注意を逸らすように、再び幽霊船への砲撃を始めるローレライ。

 だが今度はロキを攻撃しつつ、大口を開けてローレライを襲ってきた。

 

『きゃっ』

 

 砲撃を中断してローレライは回避する。

 しかもガミジンはその間隙を突くように、大砲やバリスタの一部をローレライに向けて来た。

 

「マリーちゃん!」

「不味いぞ、アイツ思った以上に攻撃範囲が広い」

 

 このままでは撃墜されてしまうのも時間の問題だ。

 レイは必死に打開策を考えるが、相手が強大すぎて妙手が浮かばない。

 そうこう考えている内に、最悪の事態が訪れた。

 

 幽霊船の放った砲弾が、ロキの耳に着弾したのだ。

 

『――っ!!!』

「ギューーー!!!」

 

 片耳を負傷したロキはそのまま海へと真っ逆さまに落ちていく。

 

「マズハ三匹……残ルハ一匹」

『みなさん!?』

 

 猛スピードで海面が迫ってくる。

 海は敵のテリトリー、このまま落ちればただでは済まない。

 レイはオリーブを抱き寄せて衝撃に備えて目を瞑る。

 

 しかし何時までたっても、海面に叩きつけられる衝撃は来なかった。

 それどころか、ボヨヨーンと何かに優しく跳ね返される衝撃だけが伝わってきた。

 

「えっ……これって」

 

 海面に落ちたオリーブが困惑の声を漏らす。

 全員身体は沈むこと無く海面に浮いている。

 よくみれば、海面には魔獣達がばら撒いた魔力(インク)が膜の様に張り巡らされていた。

 膜はゴムの様にしなやかで、鎧装獣化しているロキが乗っても破れない程に頑丈な足場となっていた。

 

「どういうことだ」

『水鱗王殿を救いたいのは民も同じ、だという事だ』

 

 レイが辺りを見回すと、幾つもの海棲魔獣が海面から顔を覗かせていた。

 どうやら彼らがこの足場を作ってくれたらしい。

 

「キューキュー」

「キュー」

 

『共に戦ってくれるようだな』

「みたいだな」

 

 オリーブは足元の膜を数回踏んで、その強度を確認する。

 

「これだったら……私とゴーちゃんも海で戦えます!」

 

 オリーブはレイ達から少し離れて、グリモリーダーの十字架を操作した。

 

「いきますよ! 融合召喚、ゴーレム!」

 

 巨大な魔法陣が展開し、オリーブの身体を包み込む。

 オリーブと、その契約魔獣ゴーレムの身体が急激に混ざり合わさっていく。

 そして魔法陣から、巨大な人型の像が紡ぎ出されていった。

 

『ンゴォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 魔法陣が消え、漆黒の身体を持った巨大な人型が姿を現す。

 いかにも力強そうな四肢が特徴的な金属の塊。

 鎧装獣ゴーレムの登場である。

 

『マリーちゃん、私も一緒に戦う!』

 

 海面の膜をトランポリンの様に使い、ゴーレムは飛び跳ねながら幽霊船に近づく。

 

『そーれ!』

「ンゴォ!」

 

 ゴーレムの巨椀から放たれる一撃が、幽霊船の頭を襲う。

 だがそれすらも、ガミジンは耐え抜いてしまった。

 

「ヌゥゥゥ、コレシキノ事ォォォ!」

 

 幽霊船の頭部を大きく振るい、ゴーレムを突き飛ばす。

 

『無駄口を叩くのはナンセンスですわ』

 

 海中に隠れていたローレライがその背中の砲だけを海上に露出させる。

――弾ッ!――

 一瞬だけ開いた幽霊船の大口に向けて、ローレライは魔力弾を叩きこんだ。

 

「オノレェェェ!」

 

 激昂して、注意が完全に二人に向くガミジン。

 チャンスが来た。

 レイはコンパスブラスターを構えて、アリスに語り掛ける。

 

「アリス、俺がバハムートの心臓部に行く! サポートは任せた」

『一人で行く気?』

「人間サイズの方が的も小さくて当たりにくい。アリスとロキはアイツの攻撃を弾いてくれ」

『……わかった』

 

 レイは柄を握り締めて、一気に駆け出した。

 

「小僧、今度コソ殺シテヤル!」

 

 存在に気づいたガミジンが、砲門をレイに向ける。

 

「喰ラエ!」

 

 一斉掃射。

 無数の砲弾と矢がレイに襲い掛かろうとする。

 

「キューイー!」

『させない』

 

 ロキは間に割り込むと、両耳裏側の紋様を砲弾の雨へと向けた。

 眼のような紋様が輝きを放つと、砲弾や矢はピタリと動きを止めてしまった。

 無機物への幻覚の植え付け、それがロキの魔法の真骨頂でもある。

 

「サンキューな!」

 

 停滞した砲弾の雨を潜り抜ける。

 そしてレイは武闘王波で強化した脚力と、海面の魔力膜の弾力を使って、一気に幽霊船への距離を詰めた。

 

「サセルカァァァ!」

 

 レイの意図に気づいたガミジンは幽霊船から生えている鉄の足を振り回し、レイに攻撃を仕掛ける。

 しかし破壊力はあれど、自身の身に当たらぬよう配慮した攻撃は動きが単調。

 レイは容易くその攻撃回避。

 そして鉄の足が海面に刺さると同時に、その足に飛び乗った。

 

「武闘王波、魔装強化!」

 

 鉄の足を駆け上りながら、レイは魔装の強度を上げる。

 

「ヌゥ! ナラバ足ノ一本クライ、クレテヤルワ!」

 

 ガミジンは幽霊船の砲門を足を上っているレイに向けた。

 そして発射。逃げ道の少ない場所なら確実に仕留められると考えたのだろう。

 

『想定通りの動きだな』

「あぁ。このくらいの攻撃なら」

 

 レイは迫り来る砲弾と矢に臆することなく、コンパスブラスターを振った。

――斬ッ! 斬ッ! 斬ッ!――

 レイは冷静に砲や矢を斬り払う。強化された動体視力には殆ど止まって見えた。

 背後から砲弾が爆破する音と爆風が襲ってくるが、強化された魔装の前には気にもならない。

 

「(構造を思い出せ……心臓部があった場所は……)」

 

 レイは幽霊船の上に辿りつく。

 内部の構造を思い出して、バハムートの心臓がある場所を特定……そして。

 

「インクチャージ!」

 

 コンパスブラスターに獣魂栞(ソウルマーク)を挿入し、逆手持ちにする。

 破壊すべき部位は見つけた。

 

銀牙一閃(ぎんがいっせん)!」

 

 幽霊船の背中、甲板が有った場所を斬りつける。

 レイは銀牙一閃の術式に少しアレンジを加え、破壊エネルギーが一点集中するようにした。

 大きな爆音と共に幽霊船の背部が砕け散る。

 そこに出来た大穴に、レイは迷わず飛び込んだ。

 

「うげぇ、悪趣味」

 

 兵器として覚醒した幽霊船の内部は、無数のチューブとバハムートの腐肉で構成されていた。

 あまりにグロテスクな光景に、レイも思わず愚痴が漏れてしまう。

 

『愚痴を零してる暇はないぞ』

「分かってるって」

 

 心臓のある場所へと急行するレイ。

 だがやはりそこは幽霊船の内部。

 侵入者を排除するための罠はしっかりと仕掛けられていた。

 無数のチューブが意志を持った触手の如くレイに襲い掛かる。

 

「よっ、ほっ、でりゃあ!」

 

 コンパスブラスターですぐにそれらを斬り落とす。

 地面に落ちてもなおウネウネと動くチューブを見て、「罠まで悪趣味だ」とレイは思わずにはいられなかった。

 

 その後も同様の罠が襲い掛かってきたが、レイはそれを難なく突破。

 そして遂にバハムートの心臓がある、あの部屋へと辿り着いた。

 

 ドクンドクンと眼の前で鼓動を鳴らしている巨大な心臓。

 その一部にはガミジンの肉体が取り込まれた形跡が見える。

 

『レイ、どうする気だ』

「心臓を斬って、ガミジンが持っていたカンテラを取り出す」

 

 メアリーの声が聞こえたカンテラの事を思い出す。

 あれを抜き取ればガミジンもバハムートを制御できなくなる。

 レイはコンパスブラスターを構えて、勢いよく心臓を斬りつけた。

 

「あれだ」

 

 斬り裂いた心臓の中からカンテラが姿を現す。

 心臓の肉に埋もれて取り出すのには苦労しそうだった。

 

 レイはカンテラを取り出す為に、それに手を触れた。

 すると……

 

「――ッッッ!?」

『どうした、レイ!』

 

 触れた手を伝うように、大量の人間の悲鳴がレイの頭の中に入り込んできた。

 それは悲しみ、怒り、憎悪、苦痛……様々な表情の叫びだった。

 

「―――!!!」

 

 どう考えても普通の人間には耐えられない量の情報が鉄砲水の如く入り込んでくる。

 レイは声にならない叫びを上げて……意識を手放してしまった。



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Page57:その魂だけでも②

 ゆらりゆらりと、意識の夜を微睡み泳ぐ。

 此処は何処だろうか。

 指は動く。首も回る。

 触感の存在が怪しく感じられるが、指が動くなら瞼も開くだろう。

 レイは静かに目を開けた。

 

「暗い」

 

 最初に眼にした光景は闇。

 首を左右に動かし確認しても、目に映るのはどこまでも深い闇、闇、闇。

 少々驚いたが、レイは極めて冷静に直前の状況を思い出した。

 

「そうだ、俺はバハムートの心臓に意識を持っていかれて……」

 

 意識どころか魂を持っていかれたのだろうか。

 だとすれば此処はバハムートの心臓、狩られた魂を溜め込んでいる牢獄の中だろうか。

 もしもそうであれば、まだ都合は良いかもしれない。

 

「(メアリーの魂もこの中に)」

 

 身体を確認すると変身は解けている。

 スレイプニルに声をかけるが返事はない。

 

「飲み込まれたのは俺だけか」

 

 とにかく動いてみなければ始まらない。

 レイはバタ足の要領で闇の中を進んだ。

 だが進めど進めど、闇以外のものは見えてこない。

 

「実は黄泉の国ですとかやめてくれよ」

 

 少し不安になるレイ。

 ここまで何も見えないと自信もなくなる。

 だがそれでも進むしかない。

 

 すると、肌を何か生ぬるい風が撫でている事に気が付いた。

 気になってレイは風の来る方向へと進む。

 

「――ッ!?」

 

 突然の事であった。

 ゆっくりと吹いていた風が、肌を切り裂かんばかりに強い突風へと変わったのだ。

 咄嗟に身構えるが、風は容赦なくレイに襲い掛かり、その身体に侵入してくる。

 

 それは叫び声であった。

 それは感情であった。

 自分ではない何者かの声が、レイの全身に入り込んでくる。

 

「なんだ、これ」

 

 助けて、苦しい、家に帰りたい……多種多様な言葉が風に乗ってくる。

 悲しみ、怒り、憎悪、苦痛、破滅、悪意、絶望。

 強い負の感情の集合体。それが暴風と化して、この闇の世界を満たしている。

 恐らくはこの牢獄に閉じ込められた死者の魂。

 その魂の怨念なのだろう。

 

「クソッ……ここに飲み込まれた時と同じか」

 

 短時間で凄まじい量の感情を脳に直接叩きつけられる。

 必死に抵抗するが、レイは意識を保つ事さえ難しくなってきた。

 

 ここまでか。

 言葉にならない怨嗟の咆哮に飲み込まれそうになる。

 

 

≪しかたないなぁ。ちょっとだけ助けてあげる≫

 

 

 頭の中に女性の言葉が浮かんだ。

 文字列だけなのに、何故女性だと分かったのかは不明だ。

 だが次の瞬間、背後から闇の世界に黄金の光が灯された。

 

「あっ……」

 

 光が闇を祓うように、黄金の光に照らされた暴風は忽ちに消滅する。

 間一髪で助かった。

 レイは背後を振り向いて、光を灯した者を見やった。

 

≪こうして会うのは……一応はじめましてになるのかな≫

 

 そこに居たのは、年端もいかなそうな少女であった。

 美しい金色の髪をなびかせているが、顔は仮面に隠れていてよく見えない。

 服は何処かの国の民族衣装だろうか。神聖雰囲気を感じられて、まるで巫女服のように見える。

 だが最も特筆すべき異質さは、その全身を優しく包んでいる黄金の光だった。

 

「えっと、ありがとう」

≪どういたしまして。でも一人でこんな怨念の海に入るのは、ちょっと無謀だと思うな≫

 

 痛いところを突かれて、レイは少し下唇を噛んだ。

 だが今はその話は置いておきたい」

 

「あの、君は――」

≪あ、ごめん。そのまま動かないでね≫

「へ?」

 

 突然の制止命令を下すと、少女は手元に一つの魔武具を顕現させた。

 

≪【古代銃剣】プロトラクター、顕現≫

 

 それは、レイも見た事が無い魔武具であった。

 分度器の意匠がある銃剣一体型の魔武具。

 それを銃の様に構えると、少女は躊躇いなく発砲した。

 

「ッ!?」

 

 放たれた黄金の弾丸はレイに当たる事無く、カーブを描いて、背後から襲い掛かろうとしていた幽霊に着弾。

 まばゆい光と共に、その幽霊の動きを完全に停止させてしまった。

 

≪ここに閉じ込められているのは良い魂ばかりじゃない。ああいう悪い魂もいるの≫

「ありがとう。三回も助けられちまったな」

≪?≫

「一回目は俺がガミジンと戦ってた時だ。あの黄金の魔力に、敵を制止させる力。ガミジンの黒炎から俺を守ってくれたのは君だろ?」

≪せーかい。レイは察しがいいね≫

「助けてくれたのは嬉しいけど、君は何者だ? なんで俺の名前を知ってる」

≪……今はまだ何も言えないかな。でも安心して、()()はレイの敵じゃない≫

「本当か?」

≪本当。それと私達の呼び方だけど……特にない。けどゲーティアの悪魔達は『黄金の少女』って呼んでくるから、呼びたかったらそれでお願い≫

 

 奇妙な呼び名を要求されて、レイは思わず苦笑してしまう。

 

「おっと、今はそれどころじゃあ無かったな」

≪メアリーちゃんの魂を探すんでしょ≫

「なんでもお見通しかよ」

≪大体の事を知ってるだけ。でも今のレイの探し方じゃ一生見つからない≫

 

 黄金の少女が急に顔を近づけてくる。

 

≪いい? 闇の中を無計画に進んでも何にも辿り着けない。何かを見つけるにはそれに適した力を行使しなければならないの≫

「適した力?」

≪今のレイに必要なのは『魂を繋げる力』。それがあれば、メアリーちゃんを見つけられる≫

「俺そんな力持ってねーぞ」

≪大丈夫≫

 

 そう言うと黄金の少女は、レイの左胸に手を当てた。

 

()()()()()は、その力を受け継いでいる。貴方の魂には、その力が確かにある≫

「……」

≪すぐには信じられないかもしれない。でもレイ自身がその力を自覚しないと、先へは進めない。だから信じて≫

 

 不思議な感じだった。

 初対面の少女なのに、言っている事は荒唐無稽で滅茶苦茶な事なのに、レイは不思議と黄金の少女を疑う気になれなかった。

 それどころか、昔からよく知る者と話しているような、そんな感覚さえあった。

 

「信じるよ。どーせ進む先も当てずっぽうの予定だったし」

≪……ありがとう。それじゃあここから先は、私達がナビゲートしてあげる≫

 

 無邪気に、軽やかに闇の中を飛んで、少女はレイの目の前で停止する。

 

≪左胸。心臓の所に手を当てて≫

「こうか?」

≪そう。そしたら自分の魂に意識を集中して≫

 

 レイは目を閉じて、左胸の心臓に意識を集中させる。

 魂、霊体へ意識を向けろという事だろうか。

 スレイプニルに疑似魔核を移植された時の感覚を思い出しつつ、意識を一点に集める。

 

「?」

≪感じ取ってきたんじゃない? 自分の魂を≫

 

 黄金の少女の言う通りだった。

 意識を集中させればさせる程に、レイの頭の中で魂の形が明確に浮かび上がってくる。

 淡く光る光の玉である魂。それに隣接するように在るのは銀色の光、疑似魔核だ。

 だが感じ取れるのはそれだけではない。

 

「……なんだこれ?」

 

 レイ自身の魂に食い込むように存在する純白の輪っか。

 大きさや見た目的には指輪のような形であった。

 

≪指輪の存在を感じ取れた? その指輪がレイと他の魂を繋げてくれる≫

「これが?」

≪イメージして。その指輪から波紋が広がるイメージを≫

 

 黄金の少女の指示に従って、レイはイメージする。

 魂に食い込んでいる指輪から大きな波紋が広がるイメージ。

 するとレイが魂の震えを感じると同時に、指輪から光の波紋が体外に広がり始めた。

 光の波紋が闇の世界に隠された魂にぶつかる。

 一つぶつかる度に、その魂の正体がレイ頭の中に情報として入り込んでくる。

 

「オイオイなんだよこれ!?」

≪最初はちょっと気味悪いかもしれないけど、我慢して。すぐにな慣れるから≫

 

 「本当か?」と思いつつ、レイは再び波紋を広げるイメージを浮かべる。

 光の波紋が何度も広がる。一つ広がる度に、牢獄に囚われている魂の在処が分かってくる。

 これが「魂を繋げる力」。レイは直感的に理解できた。

 今自分がやっている事は、この力の予備動作に過ぎない。

 この力の真骨頂はもっと別にある筈だ。

 レイは好奇心が疼いたが、今はメアリーを探すのが先だ。

 

「(違う……違う……この魂でもない)」

 

 頭の中に入ってくる情報を頼りにメアリーの魂を探し出す。

 波紋の角度もその都度変えてみる。

 そしてレイは、一際大きな輝きを放つ魂を見つけた。

 一つは水鱗王バハムート。そしてもう一つは……

 

「見つけた!」

 

 後は身体が勝手に動いた。

 レイは迷うことなく、メアリーの魂に手を伸ばして、掴み取った。

 瞬間、魂が像を紡ぎ出す。

 レイが掴んでいた箇所は小さな手となり、魂は瞬く間にメアリーの姿へと変化した。

 

「え、お兄さん……」

「よっ。湿気た面してるな」

 

 突然現れたレイに、メアリーは困惑の表情を浮かべる。

 

「なんでここにいるの?」

「ん~、幽霊船に潜り込んで、バハムートの心臓に触ったら飲み込まれた」

「……ごめんなさい、わたしのせいで」

「別にお前が悪いわけじゃねーんだから、謝る必要なんてねーよ」

「んーん、全部わたしのせいだったの。お父さんもお母さんも、王さまも……みんなわたしのせいで死んじゃったの!」

 

 嗚咽を上げながら、メアリーは語り始めた。

 自分が両親と共に商船に乗った事。自分がそこで歌を歌った事。バハムートに聞いて貰った事。

 そして、商船に近づいたバハムートを狙ってガミジンが虐殺に動いた事。

 その虐殺でバハムートと商船の乗員が皆殺しになった事。

 

「わたしが歌ったからみんな死んじゃった……全部わたしが悪いんだ」

「違うッ! 悪いのはメアリーやバハムート達を殺したガミジンだ!」

「でもわたしが歌わなかったらなにもおきなかったんだよ! お父さんもお母さんも、みんな殺されなかったんだよ! お兄さんも、こんなところに来なくてよかったのに……」

 

 泣きじゃくり始めるメアリー。レイはその姿を見て、少し前の自分の姿を重ねた。

 

「俺一応、君を助けに来たつもりなんだけど……」

「ダメだよ、わたしなんか……」

 

 俯き加減にそう零すメアリー。

 どうやら完全に自分が全ての元凶と思い込んでいるようだ。

 心も罪悪感で押しつぶされそうになっているだろう。

 

「(さて、どうするか)」

 

 このままでは外に連れ出させてくれないだろう。

 何とかして説得しなければならないのだが、上手い文句が浮かばない。

 だが、自分以外ならば。

 

「待てよ……オイ、黄金の!」

≪なに?≫

「指輪の力は、魂を繋げる力なんだよな!?」

≪そうだよ……何か思いついた?≫

「一か八かの策がな」

 

 レイは掴んでいたメアリーの手を、自分の左胸に強引に押し付けた。

 

「メアリー、もし自分が恨まれていると思うんなら、本人たちに聞いてからにしろ!」

 

 レイはそのまま魂に意識を集中させて、再び光の波紋を広げ始めた。

 先程メアリーの魂を探す過程で見つけた数多くの魂。その中にあった三つの魂を再び探し出す。

 

「(……なんだ、ずっとそばに居たんじゃないか)」

 

 メアリーのすぐそばに在った魂に波紋を当てる。

 そして、それらの魂とメアリーを紐で繋げるイメージを浮かべる。

 すると、メアリーの後ろで三つの像が紡がれ始めた。

 

「あっ……」

 

 メアリーは小さな声を漏らす。

 その視線の先には二人の男女と、巨大な鯨の魔獣。

 魔獣の名前はバハムート。そして男女は……

 

「お父さん……お母さん……」

 

 メアリーは勢いよくレイから離れて両親の元に駆け寄る。

 

≪この使い方、よく気づいたね≫

「なんとなくだけど、出来る気がしたんだ」

≪ホント、レイは適応力高いね≫

 

 視線をメアリーに移す。

 メアリーは父親の胸の中で泣きじゃくっていた。

 

「ごめんなさい、お父さん……わたし……」

「いいんだよ、メアリーは何も悪くない。悪いのはあのガミジンという男だ」

「でも……でも……」

「メアリー、貴女が歌を歌ったせいで誰かが苦しんだ事なんてない。むしろ貴女の歌のおかげで私達は救われていたの」

「……どういうこと?」

「水鱗歌の本当の意味さ」

 

 レイが説明のバトンを受け取る。

 

「メアリーが歌っていた水鱗歌はバハムートの制御呪言でもあったんだ」

「?」

「つまりなメアリー。バハムートは最初から、街の人達を守る為にお前を逃がしていたんだ。メアリーに歌ってもらう事で、自分が暴走しない為に」

「その者の言う通りだ、メアリー」

「王さま」

「メアリーよ、お前が我々を傷つけたのではない。悪逆を働いたのはお前の歌を利用したガミジンだ」

 

 「でも」と言おうとするメアリーを、メアリーの父親が制止する。

 

「メアリー、君が歌わなけれなもっと多くの人が死んでいた。君が歌ってくれたから、私達は苦しみから逃れられた。恨むことなんて何もない」

「お父さん……」

「そーいうこった。お前が歌う事で皆が救われていた。バハムートもガミジンと戦う事ができたんだ。メアリー、お前は本当に立派だと俺は思うぞ」

 

 再び声を上げて泣き始めたメアリーを、母親が優しく抱きしめる。

 メアリーは泣いているが、両親やバハムートの真意を知れた為か、どこか肩の荷が下りたような表情も浮かべていた。

 

「メアリーは本当によくやったよ。だから後の事は俺達に任せろ」

「お兄さん……なにもの?」

「自称ヒーローだ」

 

 ニッと笑うレイに、メアリーはやっと小さな笑顔を浮かべた。

 そして数分の後、母親はメアリーをレイに引き渡して来た。

 

「娘をお願いします」

「お願いしますって、アンタ達も一緒に――」

「幾つもの魂を抱えては枷になるであろう。小生たちはそれを望まん」

「けど」

≪レイ、バハムートの言う通り。ここから魂を持ちだすのは一つが限界。もし無理に複数の魂を持ち出そうとしたら身動きが取れなくなっちゃう≫

「安心せよ戦騎王の契約者よ。小生たちは必ずやお主が此処から解放してくれると信じているぞ」

「……分かった。必ず助ける、だから待っててくれ」

≪じゃあ、帰り道もナビゲートしてあげるね≫

 

 そう言うと黄金の少女は手をかざし、闇の中に光のゲートと展開した。

 

≪はい、帰り道≫

「すげぇ」

 

 レイはメアリーの腕を掴み、今一度バハムート達を見る。

 皆覚悟を決めた表情でこちらを見つめている。

 そうだ、たとえこの牢獄から解放したとしても彼らは……。

 レイは下唇を強く噛み締めて、ゲートへと急行した。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 目の前に広がっているのは闇ではなく、悪趣味な筋肉繊維ばかり。

 

『レイ! 意識が戻ったか』

「スレイプニル……俺は」

『急に意識を失ったのだ』

 

 自身の身体を確認する。銀色の魔装を身に纏ったままだ。

 辺りを見回すが黄金の少女の姿もない。

 一瞬、先程までの事は夢だったのではないだろうかとレイは疑った。

 だが握り締めていた右掌を開くと、それが現実のものであったと証明された。

 

「スレイプニル、俺ちゃんとメアリーを助けられたよ」

 

 開いた掌の上に浮かぶ小さな光の玉。

 メアリーの魂だ。

 

『それは確かに、メアリー嬢の魂だ……中で一体何があったのだ?』

「えーっとな、なんか闇の中に放り出されたと思ったら、急に黄金の少女とか言うのが出て来て……」

『黄金の少女……だと』

「知ってるのか?」

『……いや、今は話すべき時ではない』

「まぁ、それもそうだな。今はこの悪趣味船の中から脱出しないとな」

 

 レイはバハムートの心臓を一瞬見つめる。

 先程の波紋で感じ取った魂たちに思いを馳せながら。

 

「(絶対に助ける……絶対にッ!)」

 

 そしてレイは立ち上がり、侵入経路を逆走する形で船から脱出を始める。

 まだ牢獄に囚われている魂を必ず解放すると決心して。



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Page58:波を合わせて

「おらァ!」

 

 レイは侵入時に破壊した箇所と同じポイントに向けて魔力弾を撃った。

 再生を終えていた幽霊船の天井が、轟音と共に爆散する。

 風穴の空いた天井から闇夜が見えてきた。レイはコンパスブラスターを棒術形態《ロッドモード》に変えてマジックワイヤーを射出、巻き戻し、一気に幽霊船の外へと脱出した。

 

「よっと」

 

 強い潮風が魔装にぶつかる。

 辺りを軽く見渡せば、鎧装獣化したゴーレムとローレライが幽霊船と戦闘をしている真っ最中だ。その衝撃で足元が大きく揺れる。

 だが揺れは戦闘によるものだけではない。

 

「ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 幽霊船の頭部からガミジンの叫び声が聞こえる。

 だがそれは今までのものとは異なり、苦痛に満ち溢れたものであった。

 恐らく、バハムートが抵抗してくれているのであろう。

 

『レイ!』

 

 ふと、下からアリスの声が聞こえてくる。

 レイが下を覗き込むと、巨大な耳を羽ばたかせたロキが待機していた。

 

『乗って』

「サンキュー、アリス!」

 

 幽霊船から離れる手段がなかったレイは、これ幸いとロキに飛び乗った。

 レイが背中に乗った事を確認したロキは、すぐさま幽霊船から距離を取った。

 

 距離を取った事で、全体像が見えてくる。

 幽霊船対ゴーレム(オリーブ)ローレライ(マリー)

 兵器としての破壊力が強いせいか、バハムートが抵抗してなお苦戦しているのはマリー達だ。

 すぐにでも応援に行きたい、しかし鎧装獣になれない自分では碌な戦力になれない。その事実がレイの心に重く圧し掛かる。

 

『レイ、メアリーの魂は?』

「あぁ、それならちゃんと回収できたぜ」

『じゃああの幽霊船、制御を失ってアレなんだ。厄介』

「そう……だな……」

『どうしたの?』

 

 ロキの背中で蹲るレイに、アリスが心配の声をかける。

 

「大丈夫……大丈夫なはずだ」

 

 レイは左胸を強く握る。

 幽霊船で出会った黄金の少女。彼女から教えられた【指輪】なる力。

 その力でメアリーを救出できたは良いが、魂の牢獄を抜けてからずっと、レイの魂は疼きを上げっぱなしであった。

 未だ得体の知れない力の濁流に、レイは若干の恐怖を覚える。

 だが今はそれを抑えねばならない。

 必要な事はメアリーの魂を再び奪われないようにする事。そして幽霊船を撃破する事だ。

 

「……待てよ」

 

 魂の疼きを抑え込もうとした矢先、レイの中にある一つの閃きがあった。

 脳裏に浮かぶのは何時かメアリーに言われた「波が合っていない」という言葉。

 そもそも何故自分とスレイプニルは「波が合っていない」と言われたのか。

 何故波が合わなかったのか。

 この極限の状態で妙に頭が冴えていたレイは、一つの答えが浮かび上がっていた。

 

「アリス、メアリーの魂を預かっててくれ」

『いいけど、何かするの?』

「あの蛇野郎をブッ飛ばす」

 

 そう言うとレイは手に持っていたメアリーの魂を、ロキの口に放り込んだ。

 

「スレイプニル」

『なんだ』

「俺、目に見える範囲は全部救いたいんだ。父さんがやってたように、誰も悲しませない為に」

『だが全てがお前の考えているようにいく訳ではないぞ。あの牢獄に囚われている者達の魂には帰るべき肉体がない』

「わかってる。大事な事はさっきスレイプニルに教えてもらった」

『……』

「命を救う事が重要なんじゃない。本当に必要なのは魂を……心を救う事だって」

『……そうだ』

「スレイプニル、俺はバハムートを、牢獄の中にいる人達の魂だけでも救いたい。だから……半分力貸してくれ」

『我に合わせられるか?』

「合わせにいく。だからスレイプニルも俺に合わせてくれ。お互い目的は一緒だろ」

『そうだな』

 

 レイはグリモリーダーを手に取る。

 

「(指輪の力が、魂を繋げる力だってんなら……俺とスレイプニルの魂も繋げてくれよ)」

 

 左胸に意識を集中させる。

 すると牢獄内部の時と同じように、波紋が広がるのをレイは実感した。

 波紋は急速に体内に広がり反響する。

 レイは自分の魂とスレイプニルの魂が繋がる瞬間を感じ取った。

 

『レイ、この力は……』

「黄金の曰く、魂を繋ぐ力だってさ。俺達の波を合わせる補助には丁度良いだろ」

 

 波紋の反響が繰り返される。

 次第にレイの呼吸とスレイプニルの呼吸が合わさっていく。

 

 目的は同じ、その為に成功させたい事も同じ。 

 お互いの魂を、お互いの心を一つにする。

 波紋の反響は徐々に激しさを増し、それに比例するようにレイはスレイプニルと波が合わさっていくのを感じた。

 ならば後は、行動に移すのみ。

 

 レイはロキの背中から勢いよく飛び降りた。

 潮風を切る音が騒がしい中、レイはグリモリーダーの十字架を操作した。

 

「融合召喚! スレイプニル!」

 

 グリモリーダーから白銀の魔力《インク》が放たれ、巨大な魔法陣を描き出す。

 体内で魔力が急激に加速し、レイとスレイプニルの肉体急激に混ぜ合わさっていく。

 混ざれば混ざる程に、魔法陣から巨大な銀馬の像が紡ぎ出され、レイの肉体が金属化した魔獣のものへと変化し始めた。

 

『「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』」

 

 魔法陣が消え、白銀の光が辺りに弾け飛ぶ。

 

 そこには、二振りの大槍を携えた獣がいた。

 そこには、勇ましきスラスターを備えた戦騎がいた。

 そこには、雄々しき一本角を輝かせる鎧装獣がいた。

 

 ゴーレムやローレライの視線は一瞬にしてその存在に集まる。

 それは闇夜の中で光り輝く勇姿、鎧装獣スレイプニル降臨の瞬間であった。

 

『これ……できたのか?』

「あぁ。我々は確かに融合を果たし、鎧装獣へと進化出来たようだ」

 

 融合している状態というのは、実に不思議な感覚であった。

 身体は浮遊感に包まれており、四肢の感覚もあやふや。

 視界はスレイプニルの見た物を頭に伝達されるような形で入ってくる。

 だが不思議と不快感はない。むしろ暖かくて心地よいものを感じていた。

 

「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 余韻に浸る余裕など与えない。

 そう言わんばかりに、幽霊船頭部のガミジンは咆哮を上げる。

 

「さぁ……くるぞ!」

 

 スレイプニルがそう言った矢先、幽霊船は砲門とバリスタの照準をこちらに合わせて、一斉掃射してきた。

――弾弾弾弾弾ッ!!!――

 凄まじい音と共に大量の砲弾と矢が飛来してくる。

 だがスレイプニルは一向に避けるそぶりを見せない。

 

『おいスレイプニル! 弾! 弾来てる!』

「この程度の攻撃に回避の必要はない」

 

 空中に鎮座したまま、スレイプニルは全ての攻撃をその身に受け止めた。

 着弾した砲弾が轟音と共に爆破を連鎖させていく。

 姿が見えなくなるほどの煙に、マリーとオリーブは一瞬の絶望を覚える。

 

 しかしそれは杞憂だった。

 立ちこめる煙の向こうから一振りの風が巻き起こる。

 

『レイ君!』『レイさん!』

 

 払われた煙の奥からは、金属化した身体にかすり傷一つついていないスレイプニルの姿が現れた。

 

「鎧装獣と化した今の我に、この程度の攻撃で傷を負わせようなど笑止千万」

『それ先に言ってくれ……俺の心臓に悪い』

「今度は此方から仕掛けるぞ」

 

 スレイプニルは後ろ半身に備わったスラスターを起動させる。

 スラスターの推進力に後押しされて、スレイプニルは一気に幽霊船との距離を縮めた。

 

「グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 飛んで火にいる夏の虫とでも思ったのか、ガミジンは咆哮を上げてスレイプニルをを砲撃する。

 しかし鎧装獣化した装甲の前には無力。スレイプニルは構わず距離を縮める。

 

「まずはその五月蠅い武装から狩らせてもらおうか」

 

 至近距離まで近づいたスレイプニルは、その雄々しき一本角に魔力を集める。

 構築術式は魔力刃生成と、念動操作。

 

「スラッシュ・ホーン!」

 

 スレイプニルが頭を大きく振るうと、角から白銀に輝く魔力刃が放たれた。

 魔力刃は止まる事も勢いを弱める事もなく、次々に大砲やバリスタを破壊していく。

 ものの数秒で、幽霊船はその身体に備えていた武装の大半を失ってしまった。

 

「オ、オノレェェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

 ガミジンが怒号を上げると、幽霊船の胴体から巨大な肉の塊が生えて来た。

 ソレは細長く伸びると同時に瞬時に形を成していく。

 

『あれ、蛇の頭……アナンタか!?』

「恐らくは、水鱗王殿の肉を使って錬成したのだろう。不敬な」

 

 肉の塊は巨大なアナンタの頭部を形成するや、すぐさま大口を開けてスレイプニルに襲い掛かってきた。

 流石にこれは不味いと、スレイプニルは回避しようとする。

 だが……

 

『障壁展開!』

 

 スレイプニルの意思に反して、その身体から大規模な魔力障壁が展開された。

 アナンタの牙は目標に届く事無く、魔力障壁に突き刺さる。

 

『俺も一緒なの忘れるなよ』

「フッ、恩に着る」

 

 アナンタが魔力障壁に四苦八苦している隙に、スレイプニルは前半身に備えられた二振りの大槍『ショルダーグングニル』に魔力を溜め込む。

 そして魔力障壁を解除。

 アナンタの牙が再びスレイプニルに襲い掛かろうとする。

 

「ハァァァ!」

 

 スラスターの推進力を使って、アナンタに突撃するスレイプニル。

 そしてすれ違いざまに、その喉をショルダーグングニルで穿った。

 

「――――ジャアッッ!?」

 

 喉を半円形に抉られて悲鳴を上げるアナンタ。

 だがそれだけでは済ませない。

 

「一撃で終わると思うな!」

 

 スレイプニルは空中を縦横無尽に駆け巡りながら、すれ違う度にアナンタの身体を穿ち続けた。

 喉だけでなく顔さえも抉られて、アナンタの身体は一瞬にしてズタボロにされる。

 幽霊船との繋がりを根元から断たれて、アナンタの頭部は海に落ちてしまった。

 

『これが彼の戦騎王の力ですか』

『すごい……』

 

 その凄まじい戦闘力に、マリーとオリーブは思わず息を漏らす。

 強く、気高く、美しく、白銀の王はこの戦場に君臨していた。

 

「戦騎王、コノ程度デ、アナンタガ滅ビルト思ウナァァ!」

 

 再び幽霊船から肉の塊の蛇が生え始める。

 どうやらアナンタの本体はガミジンと融合済みらしい。

 ガミジンがいる限り何度でもアナンタはその再生能力を行使できるようだ。

 しかも今度は三体のアナンタが生え始めていた。

 

『おいおい、三体もかよ』

「狼狽えるな。冷静に対処すれば勝機はある」

 

 三体のアナンタは一斉に襲い掛かってくる。

 レイは急いで魔力障壁の展開をするが、正面への展開で精一杯であった。

 残り二体のアナンタが左右から噛みつこうとする。

 

『させませんわ!』

 

――弾ッッッ!!!――

 右のアナンタの頭部が魔力弾で吹き飛ばされた。

 ローレライの砲撃が直撃したのだ。

 

『パワーなら負けません!』

 

 左のアナンタは、その首をゴーレムの巨椀に掴まれていた。

 ゴーレムの凄まじい腕力を前に身動きが取れなくなっている。

 

『サンキュー、二人とも! スレイプニル』

「あぁ、承知しているさ」

 

 魔力障壁を解除。

 襲い掛かるアナンタをショルダーグングニルで貫き、葬る。

 そして続けざまに、左右にいたアナンタの首も切断した。

 

「ソノ程度デ止メラレルモノカァァァ!」

 

 更にアナンタの頭部を生やして追撃をしてくるガミジン。

 穿っても穿っても生えてくる頭部に、レイはキリの無さを覚えてしまう。

 

『クソッ、これじゃあキリが無い』

「どうやら本体を叩かねばどこまでも生えてくるらしいな」

『けどこの猛攻じゃあ、その本体に近づけないぞ!』

 

 無数に生えてくるアナンタの頭部を相手にして、マリーとオリーブも余裕がない。

 だが何かガミジンの隙を作る策を考えねば。

 

――さーかーえーよー♪ なーがーくによー♪――

 

 美しい歌声が海域に広がり始めた。

 

――ひーろーがーれー♪ なーがーうみよー♪――

 

 心が落ち着くような透明感のある歌声。

 レイはこの歌声に聞き覚えがあった。

 

「ナンダ、コノ歌ハ!? 身体ガ動カン!?」

 

 歌が聞こえ始めると同時に、幽霊船から生えていたアナンタはその動きを停止。

 船頭にいたガミジンも突然の事に混乱する。

 

――さーざーなーみー♪ なーをーいわいー♪――

 

 レイとスレイプニルはまさかと思い、後方で待機していたロキの方へと負向く。

 そこには口を開けたロキと、そこから聞こえるメアリーの歌声の姿があった。

 

「どういう事だ、何故ロキ殿からメアリー嬢の歌声が」

『そう言えばさっき、メアリーの魂をロキの口に入れたんだった。多分、ロキとアリスの身体を借りて歌っているんだと思う』

 

 レイはふとした思いつきで、魂から波紋を外に広げる。

 メアリーの魂に繋げるのは容易であった。

 そして反響し、戻って来た波紋にはメアリーの心の声が乗せられていた。

 

『わたしも……王さまや、みんなのために出来ることをしたい』

 

『できる事を、か……』

「メアリー嬢の言葉か?」

『あぁ、一緒に戦ってくれるってさ』

「メアリー・ライス、勇気のある少女だな」

『そうだな……だから』

「うむ、一気に終わらせるぞ!」

 

 メアリーの手はなるべくかけさせたくない。

 レイとスレイプニルの心がさらに重なり合う。

 救うべきは囚われた魂たち。

 討つべきはゲーティアの悪魔ガミジン。

 

 スレイプニルは幽霊船に向けて再び駆け出した。

 

「レイ、補助は任せる」

『言われなくても!』

 

 レイはスレイプニルの中で魔法術式を構築し、ショルダーグングニルに付与する。

 白銀の魔力を帯びた大槍が、次々と幽霊船の身体を斬り裂いていく。

 だがガミジンは抵抗の素振りを見せない、否、抵抗が出来ないのだ。

 メアリーがバハムートの制御呪言である歌を歌っていることで、バハムートと同化しているガミジンの身体も拘束されているのだ。

 

『オリーブ、マリー! 幽霊船の足を破壊してくれ!』

『はい!』

『了解ですわ!』

 

 レイの指示に従って、ゴーレムとローレライは幽霊船から生えている八本の鉄の足を攻撃し始める。

 

『インクドライブ! いっけぇぇぇ!』

『インクドライブ! 狙い撃ちますわ!』

 

 体内で魔力を急加速させた二人は、必殺の攻撃を幽霊船に浴びせる。

 ゴーレムは大量の魔力を帯びた拳を。

 ローレライは凄まじい威力の魔力砲撃を鉄の足に叩きつけた。

 

「グォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 脚部を破壊されたガミジンが悲鳴を上げる。

 だが同情の気持ちは微塵も湧かない。

 それだけの事を、この男はしてきたのだ。

 

『まだまだァァァ!!!』

 

 駆け出すスレイプニル。

 拘束されてなおぐつぐつと生えようとしている肉の塊を、大槍で切り裂く。

 それも一つでは無い、全身で蠢いていた肉の塊を縦横無尽に駆け、切除した。

 

「ウォォォ!!!」

 

 そしてスレイプニルはショルダーグングニルを幽霊船に突き刺し、力任せにはるか上空へと打ち上げた。

 巨大な幽霊船が塩水の雨を降らせながら雲の上を突き抜ける。

 

「レイ、インクドライブのやり方は分かるか?」

『体内の魔力を加速させるイメージ、だろ?』

「その通りだ、任せるぞ」

『任された!』

 

 スレイプニルは上空に打ち上げられた幽霊船に向かって駆けあがる。

 そしてレイは身体中の魔力の流れを急加速させるイメージを浮かべた。

 鎧装獣の状態では獣魂栞を抜き差しする事が出来ない。

 故に、大技を発動する際はこのインクドライブが必要なのだ。

 

『「はぁぁぁぁぁぁ!」』

 

 スレイプニルの体内で膨大な魔力がその攻撃性を高めていく。

 レイは完成した攻撃エネルギーを全て、ショルダーグングニルへと付与させた。

 

 雲を突き抜ける。

 そこには上空で落下を始めている幽霊船の姿があった。

 そして……こちらの準備も万全となっっていた。

 

「ガミジン! この一撃は、貴様に凌辱された水鱗王殿の!」

『そして、テメェに殺された人たちの!』

「『怒りの声だと思えェェェ!!!』」

 

 二人の魂の震えが、スレイプニルの魔力を極限にまで高めた。

 

『インクドライブ!』

 

 ショルダーグングニルに纏われていた魔力が巨大な螺旋を描いていく。

 そしてそのまま、落下してくる幽霊船へと突撃した。

 

「『螺旋槍撃! グングニル・ブレイク!』」

 

 強大な螺旋魔力が幽霊船の身体を抉る。

 その傷口から白銀の魔力が侵入し、幽霊船の、ガミジンの身体を内側から破壊していった。

 

「ヌォォォ! 私ガ、私ガコノヨウナ所デェェェ、滅ビテナルモノカァァァ!!!」

 

 必死に抵抗するガミジン。

 だがもう無意味だ。

 

『ぶち抜けェェェェェェェェェェェェェ!!!』

 

 最大出力のスラスターの推進力。

 そして最大出力の魔力による攻撃。

 本気を出した王獣の一撃を、幽霊船如きが受け止める事は不可能であった。

 

「ヌゥゥゥゥゥゥゥオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 ガミジンの悲鳴が耳をつんざくが、構わず駆け抜ける。

 螺旋魔力によって破壊された船体は、あっけなく貫かれてしまった。

 幽霊船は大穴を開けられ、火花を散らす。

 

「さらばだ水鱗王よ。そして永遠《とわ》に眠れ」

 

 レイが構築した破壊術式が、一瞬の間をおいて炸裂する。

 破壊エネルギーが内側から爆発。

 爆発が爆発の連鎖を呼び、スレイプニルの背後で幽霊船は轟音を立てて爆散していった。

 

 粉々になった破片が海に落下する音が聞こえる。

 レイとスレイプニルは降下し、ガミジンが復活しないか様子を見る。

 

『……倒したのか?』

「だろうな。あれだけの攻撃を受けたのだ、ゲーティアの悪魔と言えどただでは済むまい」

 

 それならば良いのだが、レイは心配で思わず海を眺めてしまう。

 すると、海の底からポツリポツリと光の玉が浮かび上がってきた。

 

『これって……』

『魂の光、ですわね』

 

 オリーブとマリーにもその光は見えていた。

 幽霊船の中で見たあの美しくも儚い光の玉。

 それらが海面を超えて天へと昇っていく様子であった。

 

『すごいな……』

 

 思わず感嘆の声を漏らすレイ。

 暗い夜の海を照らし出す程大量の魂が、次々に昇っていく。

 それは、今まで見た中でも最大の規模であった。

 

『レイ』

『アリス……』

『きっとこれで終わり。だから心配しないで』

『……だな。これだけの魂が解放されてんだ。ちゃんと終わらせられたよな』

 

 スレイプニルの言葉に、肩の荷が下りるのを感じ取ったレイ。

 

 一同はしばし、天に昇って行く魂達を眺めるのであった。



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Page59:悪意黎明

 天に向かって昇る魂の光と、それを見届ける四体の鎧装獣。

 ()()は、彼らから幾らか離れた海上に居た。

 黒い鎧に身を包んだソレは、海の上に仁王立ちして、スレイプニル達を見つめている。

 

「まさかガミジンがやられるとはな……」

『あいつを見届けるだけで終わらせるつもりだったけど、これは思わぬ収穫ができそうだね。フルカス』

「そうだな」

 

 黒い鎧の騎士こと、フルカスは自身の契約魔獣に短く返す。

 すると腰に携えていた一振りの黒剣を素早く引き抜いた。

 

「まさかこのような辺境の地で【王の指輪】が見つかるとはな」

 

 フルカスの視線はスレイプニル、そしてその中に融合しているレイに定まる。

 

『フルカス、早くやろうよ。僕もうウズウズして仕方ないんだ』

「そう急くな。太刀筋がブレる」

 

 定規を彷彿とさせるデザインの剣にガンメタリックの魔力を流し込む。

 一撃で沈められるとは到底思っていない。

 だが最初の一撃が大打撃になるよう、フルカスは静かに集中して狙いを定める。

 

「恨むなら恨め。だが王の指輪の回収は、俺の使命の一つだ」

 

 術式を構築して装填。

 あとは振り下ろすのみ。

 

「王邪――ッ!?」

 

 フルカスが剣を振り下ろした次の瞬間であった。

――ガキンッ!――

 突如目の前に現れた黄金の刃に、その太刀筋を妨害されてしまった。

 

 フルカスは鎧の下から、その刃の主を睨みつける。

 

「俺の邪魔をするのか、黄金の少女よ」

≪フルカス……あの人達には手出しさせない≫

 

 プレッシャーに負けることなく、黄金の少女も仮面の下から睨みつける。

 

『彼らに味方するなんて意外だね、君は僕達よりの存在だと思ってたのに』

≪ふざけないで。私達はゲーティアとは違う≫

「その割には、世界の敵とも呼ばれているようだが?」

 

 黄金の少女は無言で、小さく唇を噛む。

 だが手にした銃剣 (プロトラクター)を握る力は弱めない。

 

≪私達のやる事はずっと変わらない。私達はあの人を守る。それを邪魔するなら、私達はここで貴方を滅ぼす≫

 

 そう言うと、黄金の少女の身体から膨大な魔力が解き放たれ始めた。

 人の数人程度なら一秒とかからず飲み込んでしまえそうな黄金の魔力。

 流石にこれを直に喰らうのは不味いと感じ取ったのか、フルカスはバックステップで距離を取った。

 

「本気で死合うか、小娘……」

 

 フルカスも対抗するように全身から魔力を解放しようとする。

 だがそれを、彼の契約魔獣は許さなかった。

 

「……何をしている、グラニ」

『それはこっちの台詞だよ。相手を選びなよフルカス』

「俺が小娘如きに遅れを取るとでも?」

『普通のならね。でも相手をよく見なよ。あの時渡《ときわたり》の怪物、黄金の少女だよ。本気でやり合うなら一個大隊の犠牲じゃ効かない』

「……」

『それに、変に手を出さないなら、向こうも見逃してくれるみたいだよ』

 

 フルカスは強者故に理解できた。

 今の黄金の少女が、攻めではなく守りの体勢に終始している事を。

 

 しばし睨み合う二人。

 だが流石に分が悪いと感じ取ったのか、フルカスは静かに剣を納めた。

 

「戻るぞ、グラニ」

『まぁ、流石に分が悪いよね』

 

 少しばかり笑い声を出すグラニに、睨みを効かせるフルカス。

 フルカスはダークドライバーを取り出すと、後ろの空間に向けて一振りした。

 空間に裂け目が出来て、こちらの世界と向こうの世界が繋がる。

 

「覚えておけ、黄金の少女よ。我らに敵対するのならば、先に身を滅ぼすのはそちらだぞ」

≪なら私達は、それより先にゲーティアを滅ぼす≫

 

 黄金の少女を一瞥すると、フルカスは空間の裂け目に姿を消してしまった。

 

≪……≫

 

 空間の裂け目が消えたのを確認した黄金の少女は、スレイプニル達の方へと目線を配らせる。

 四体の鎧装獣は此方の異変に気付く事無く、未だ魂の光を見届けている。

 黄金の少女がかけた認識阻害の魔法が効いたようだ。

 

≪レイ……また遠くないうちに、ね≫

 

 黄金の少女がそう呟くと同時に、潮風が一つ吹きすさぶ。

 風にかき消されたかのように、海上から少女の姿は消えてなくなっていた。

 

 

 

 

 暗く、重く、光では無く闇が支配する空間。

 人の気配はそこに無く、獣の鳴き声も聞こえてはこない。

 ここは本来、人も獣も入り得ぬ世界。

 闇に魅入られた者だけが足を踏み入れる、()()()()()

 

 その裏世界に絶対的な存在感を放つ、巨大な宮殿があった。

 【反転宮殿レメゲドン】この裏世界におけるゲーティアの本拠地である。

 

 表の世界から帰還したフルカスは、鎧の軋む音を出しながら宮殿内を歩いていた。

 宮殿と言っても表世界のような雅さは欠片も感じられない。

 薄暗く、湿度も高く、壁は何か生物のように蠢いている。

 普通の人間ならその狂気に犯されそうな空間を、フルカスは無言で歩き続ける。

 すると突然、近くの壁が轟音と共に貫き破られた。

 

 破られた壁の向こうから、異形の影が現れる。

 

「ウゥ……だれか、そこにいる? 壊していいやつ?」

「相変わらずの乱暴者だな、ナベリウス」

 

 煙が晴れて影の正体が見えてくる。

 二メートル半を軽く超える巨体に、凶暴な猟犬の顔。

 更に両肩にも猟犬の顔がついている、異形の悪魔がそこに居た。

 ゲーティアの悪魔ナベリウスである。

 

「クンクン、このにおい……なんだフルカスか。おかえり。何年ぶりだ?」

『やぁ、ただいまナベリウス。元気してたかい? 僕達が帰ってくるのは五年振りくらいかな』

「グラニもおかえり。ナベリウス元気いっぱい。でもパイモンがいないから、ナベリウス少し寂しい」

「パイモンならじきに帰ってくるだろう。何故なら――」

「何故ならガミジンが討たれたから……ですね、フルカス」

「……そうだ」

 

 フルカスの言葉を甲高い少年の声が遮ってくる。

 宮殿の奥から現れた声の主は、その声の通りに幼い少年であった。

 金髪翠眼の少年は、その見た目に反比例するような大人びた喋りをする。

 

「そして貴方はそれを見届けてきた、と言ったところでしょうか」

「正解だ、ザガン」

「え、ガミジンやられちゃったの?」

 

 口元に手を当ててオロオロするナベリウス。

 それを気にする事もなく、フルカスは静かに変身を解除した。

 

「ガミジンの残骸はどうなりましたか」

「パイモンが回収に向かった。あの再生能力だ、死にはしていないだろう」

「そうでしょうね……っと噂をすれば」

 

 金髪の少年、ザガンが後方を指さす。

 そこには大きな空間の裂け目が出来ていた。

 裂け目の向こうからピンク髪のゴスロリ少女が姿を見せる。

 

「あっ、パイモン! おかえり!」

「んもー! 最悪ッ! 蛇のおっさん回収するのに海の中に入るとか聞いてないんですけどー!」

 

 自慢の服が海水塗れになってしまったパイモンは、八つ当たり気味にソレを投げ捨てる。

 四肢を失い、ボロ雑巾のようになったガミジンだ。

 

「うぅ……あぁ……」

「あのガミジンをここまで傷つけるとは、大した操獣者ですね」

「戦騎王とその契約者だった」

「ほう……それは厄介な相手ですね」

 

 ザガンとフルカスが話し込む横で、ナベリウスは大慌てで服を掴んできた。

 

「パイモン、かえの服もってきた」

「ありがとうナベリウス。よしよししてあげる」

 

 跪いたナベリウスの頭を、パイモンは微笑みながら撫でる。

 握り締められた服が皺だらけになっているが、パイモンはあえて指摘しなかった。

 

「まったく、あの人たちは子供なんですから」

「それよりザガン。陛下の様子は?」

「変わらず、ですね。やはり義体の完成が急務になるかと」

「その状況下でガミジンの失態を伝えるのは、些か心苦しいな」

 

 しかし伝えねばならない。

 フルカスはガミジンの身体を掴み取ると、宮殿の最深部へ足を運んだ。

 

 レメゲドン最深部にして玉座の間。

 そこはゲーティアにとって最も神聖な場所でもあった。

 だが玉座に座るのは人の形をした者では無い。

 玉座の上に在るのは巨大な繭であった。

 邪気を放つ肉が幾層にも重なり合って構成されている、肉の繭であった。

 繭の中からは微かな呼吸が聞こえてくるので、生きているという事がわかる。

 

 フルカスは肉の繭の前にガミジンを投げ捨てると、恭《うやうや》しく跪いた。

 

「陛下、真《まこと》悪い知らせがございます」

 

 フルカスの言葉に反応するかのように、肉の繭は瞳を開けて一瞥してきた。

 

『言葉にしなくても良い、フルカスよ。そのガミジンの姿で大凡の察しはついた』

 

 肉の繭は触手を一本伸ばすと、床の上でもぞもぞと動くガミジンの頭にそれを押し当てた。

 触手を通じてガミジンの頭の中を見る。

 全ての顛末を知った肉の繭は、大きなため息を一つついた。

 

『そうか……最後の義体は破壊されたか』

「も、申し訳ありません陛下! 何卒、何卒お許しを!」

『ガミジン、我が友よ。何故余の為に働き傷ついた臣下を罰する必要がある』

「陛下……ありがたき御言葉」

「本当によろしいのですか」

『よい。悲劇は有れど、友を失う事に比べれば些末な事だ』

 

 しかし、と肉の繭は続ける。

 

『これでとうとう、最後の義体候補が失われてしまったか……できる事なら、争い無くして計画を遂行したかったのだがな』

「しかし陛下。ここまでの計画が潰えた以上、最早秘密裏に動く事は儘なりません」

『口惜しいな……』

「陛下、ご決断を」

 

 瞼を閉じて沈黙する肉の繭。

 しばし考え込んだ後、一つの溜息と共に結論を出した。

 

『最早避けらぬか……レメゲドンに居る我が同胞よ、余の前に集え!』

 

 肉の繭が発した声は反転宮殿全体へと響き渡る。

 そしてものの数分もしないうちに、玉座の間に悪魔は集った。

 

「錬金術師ザガン。ここに」

 

 金髪翠眼の少年の姿をした悪魔。

 ゲーティアの天才錬金術師、ザガン。

 

「闘士ナベリウス。ここにいるよ~!」

 

 三つの顔を持つ凶暴な闘士。

 ゲーティア一の荒くれ者、ナベリウス。

 

「密偵パイモンちゃん。お着換え終了してここにいまーす☆」

 

 ピンク髪と特徴的なゴスロリ服。

 ゲーティアの密偵にして人食いの怪物、パイモン。

 

「あ、ガミジンおじ様ならそこでボロ雑巾になってますよ~」

 

 パイモンは嘲笑いながら、転がっているガミジンを指さし笑う。

 そして……

 

「騎士フルカス。この身この刃、常に陛下の為に」

 

 跪いてなお威風堂々としたなりの男。

 ゲーティアの騎士、フルカス。

 

 玉座の前に集った悪魔達は、肉の繭を前にして一様に頭を垂れた。

 

『よく来てくれた我が友達よ。そして聞くのだ。余は今しがた重大な決断を下した』

 

 玉座の間に重い緊張感が走る。

 だがそれと同時に、悪魔達の間に一種の歓喜の気持ちが走った。

 

「陛下、遂に時が来たのですか」

『そうだザガン。我らが影に潜む時は終わった』

 

 肉の繭は意を決して、声を張り上げる。

 

『雌伏の時は終わった。今こそ我々が表舞台に出る時が来たのだ!』

「キャハッ♪ 陛下~もしかしてぇ、もしかするんですかぁ~?」

「パイモン、静かに聞きなさい」

 

 期待感が漏れ出るパイモンに、ザガンが注意をする。

 だがその程度で抑えられる程、パイモンの喜びは小さくなかった。

 

『全てのゲーティアに通達せよ! 戦いの時来たれり! 我らは全ての人獣に対して、宣戦布告をする!』

 

 その瞬間、パイモンとナベリウスは歓喜の声を張り上げ、ザガンは小さく笑みを浮かべた。

 

『フフ、フフフフフ』

「グラニ、陛下の御前だ。下品な声を出すな」

『だってフルカス。いよいよ始まるんだよ』

「そうだな、戦争が始まるな」

『それだけじゃない。人や獣を戦うって事は、僕もアイツと戦えるかもって事だ』

「戦騎王か、そんなに戦うのが楽しみなのか?」

『勿論さ。その為に僕は君達についているんだからね。フルカスだって楽しみでしょ、あの指輪持ちの操獣者達と戦うの』

「ふん、歯ごたえがあれば良いのだがな」

 

 玉座の間は歓喜と狂気に満ち満ちている。

 グラニは戦騎王との戦いを夢想し、胸を膨らませる。

 フルカスも、まだ見ぬ強者との戦いに幾ばくかの期待を寄せていた。

 

『あぁ、早く戦いたいよ。スレイプニル……いや、()()()

 

 この世ならぬ世界で悪魔達は笑う。

 それは殺戮の悦びであったり、復讐の炎であったり、純粋な好奇心であったり。

 黒い炎に包まれて、彼らは牙を研ぎ澄ませる。

 

 破滅の足音は、着実に世界へと近づいていた。



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Page60:それからどうなった?

第二章エピローグ


 天に昇る魂を見届けた後、レイ達はバミューダの街へと戻った。

 その頃には幽霊もボーツの姿もなく、既に事後処理が始まっていた。

 後でフレイア達に聞いたところ、レイ達が幽霊船を撃破した直後に、街を彷徨っていた幽霊は全て姿を消してしまったらしい。

 ただしボーツは街に残っていたのだが、フレイア達が猛スピードで街中を駆け巡り一体残らず撃破。レイ達が戻って来た頃にはきれいさっぱりと言うわけだ。

 

 幽霊船を撃破した事で、幽霊に魂を狩られた人達も無事に生き返った。

 しかし戻ったのはあくまで帰るべき肉体が残っていた人々だけ。

 数年単位で行われていたガミジンの狩りで、戻ってこれなかった犠牲者の方が圧倒的に多かった。

 それでも街の人々は、幽霊船を撃退してくれたという事で、レイ達に感謝の言葉を述べていた。

 

 そして翌朝。

 バミューダの海に魔力(インク)は浮かんでいなかった。

 幽霊船が消えた以上、近隣の魔獣達が人間に警告をする必要はのうない。

 海があるべき姿を取り戻した事で、港に停泊していた船達は一斉に目的地へと舵を切って行った。

 

 これで全てが解決したと、バミューダの市長からは号泣しながら感謝されたレイ達。

 これにて一件落着。

 あとはセイラムに戻るだけ……なのだが、レイは市長に頼み込んで()()()を貰った後、街の端にある浜辺へと足を運んだ。

 目的地は今回の事件で出会った老人、ルドルフの家である。

 

 浜辺から比較的近しい場所に建っている家。

 レイとアリスは軽く扉をノックした。

 

――ガチャリ――

 

「なんじゃ、お前さんらか」

「こんにちは」

「よっ爺さん。昨日は大丈夫だったか」

「あぁ、ずっと家に籠っておったからな。それより聞いたぞ。あの幽霊船を倒したらしいな」

「……あぁ。でも俺達だけじゃ絶対に倒せなかった。爺さんの研究があったから戦えたんだ」

「あんなものでも、役に立つ事があるもんなんじゃな」

「あんなもの、なんかじゃないですよ」

 

 レイははっきりとした口調で返す。

 

「爺さんの研究があったから、水鱗王は街を守れた。爺さんが霊体研究をしていなかったら、俺達はきっと間に合わなかった。ルドルフ教授、貴方の研究は間違いなく偉大な研究ですよ」

「誰かの命を救えた。だったらそれは外道の学問なんかじゃない」

「……そうか」

 

 ルドルフは小さく、そして優しく微笑んだ。

 長らく背負っていた肩の荷が下りたのだろう。

 その目からは一筋の涙が走っていた。

 

「なぁ、一つ聞いても良いかのう?」

「なんだ」

「お前さんはこの前、儂の息子家族について聞いてきおったな」

「……あぁ」

「教えてくれ。息子家族の魂は、ちゃんと解放されたのか」

 

 沈痛な面持ちで問いかけてくるルドルフ。

 だがそれに反してレイは、待ってましたと言わんばかりに口端を釣り上げた。

 

「そう言うと思ってたぜ。はい爺さん」

「ん……なんじゃこれは」

 

 レイがルドルフに手渡した物。

 それは銀色の魔力が薄く塗られた一枚のガラス板であった。

 更にレイはルドルフの両耳にも魔力を塗り込む。

 

「息子家族がどうなったかって? じゃあそれ、お孫さんから直接教えてもらいな」

「……まさか」

「ロキ、口を開けて」

 

 アリスに抱きかかえられていたロキは、口を大きく開く。

 するとそこから、小さな光の玉がふよふよと飛んできた。

 

「幽霊船を倒した後に、その子からお願いされたの」

「おじいちゃんに会いたいってさ」

「おぉ、おぉぉ……」

 

 ルドルフの視線の先。

 そこには金色の髪を三つ編みにした幼い少女。

 見間違える筈がない。五年前に亡くした孫娘、メアリーの姿がそこにはあった。

 

「メアリー、メアリーなのか……おぉ、すまない。儂は、なにもできんかった……」

 

 浮かぶ魂の前で懺悔をするルドルフ。

 レイとアリスは何も言わず、玄関扉の向こうへと下がった。

 僅かしかない二人の時間を、極力邪魔したくなかったのだ。

 

「そうか……そうか……父さん母さんは先に逝ったか……ありがとうな、メアリー。最期にお爺ちゃんに会いに来てくれて」

 

 メアリーの声はレイ達には聞こえていない。

 詳細な会話を盗み聞くような事をしたくないと言うレイの思いからであった。

 

 十数分が経った頃だろうか。

 家の中からルドルフの声が聞こえなくなった。

 二人が恐る恐る中を覗くと、そこには膝をついて泣くルドルフの姿があった。

 そしてレイとアリスは察した。メアリーが成仏した事を。

 

 レイは静かにルドルフの元へと歩み寄る。

 

「すいません。俺達に出来る事は、これが精一杯でした」

「何故謝る」

「……」

「人は神様ではない。死者を生き返らせる事など出来んのじゃよ。じゃが、死者を蘇らせたいという若い気持ちは痛いほど知っておる。儂もそうじゃった……」

「爺さんは、霊体研究で誰かに会いたかったのか?」

「あぁ……死んだ妻にな。皮肉なもんじゃの、妻の魂を現世に縛り付ける研究が、息子家族の魂を成仏させる事になってしまうとは」

 

 どこか自嘲気味に喋るルドルフに、レイは胸が締め付けられるのを感じる。

 

「お前さんが傷つく必要はない。むしろ胸をはってくれ」

「誇っていいのか、俺には分かりかねます」

「誇れる事じゃ。死者の魂を救うなんぞ、御伽噺の英雄《ヒーロー》じゃないか」

「ヒーロー、か……」

 

 数瞬考え込んだ後、レイはルドルフに問いかけた。

 

「爺さん……爺さんは、これで良かったと思うか?」

「あぁ、そうじゃな。家族が苦しまんで済むなら、それに越したことはない。それにな……」

「それに?」

「これで儂も、やっと胸を張って、家族の墓参りができる」

 

 安心し、顔を緩ませるルドルフ。

 それを見たレイも、どこか心が軽くなるのを感じた。

 

「なぁ、セイラムの操獣者よ……名前を教えてくれんかの」

 

 顔を上げて聞いてくるルドルフに、レイは一瞬答え方を考える。

 そして……

 

「レイ・クロウリー。ただの魔武具整備士さ」

 

 レイのファミリーネームを聞いた瞬間、何かを察したルドルフは「そうか、そうか」と何度も頷いた。

 

「そうか、そういう事じゃったか。ありがとうな、二代目の少年」

「……まだ、程遠いですよ」

 

 だがそれでも、父親の背中に一歩前進できた実感を得られたレイ。

 むず痒くも、少し笑みが零れていた。

 

 

 

 

 その後すぐにセイラムに戻ったチーム:レッドフレアの面々。

 帰りの道中に、レイは今回の事件の顛末を紙にまとめ上げ、帰ってくるや否やすぐにギルド長に提出した。

 

 ギルド長の執務室。

 そこで報告書を読み上げるギルド長を、レイは緊張した面持ちで待っていた。

 

「ふむ……ふむ……なるほどのう」

 

 ペラペラと紙を捲る音が終わる。

 ギルド長は机に置いてあったキセルと一服すると、ため息交じりに煙を吐いた。

 

「これは中々、シビアな試験になったもんじゃのう」

「ミスタ・クロウリーの意地っ張りも、ここまでくれば尊敬に値します」

「全くじゃのう」

 

 ギルド長はレイの報告書とは別の紙を一枚取り上げる。

 依頼人であるバミューダシティの市長が書いた、依頼完了の証明書だ。

 

「難易度Aの依頼をよく完遂したものじゃ。これは文句なしに試験合格じゃな」

「その他必要な手続きは追って連絡します。それまではゆっくり休んでいてください」

「よっしゃ、合格!」

 

 レイは喜びのあまり大きくガッツポーズをする。

 これで正式にギルド所属の操獣者となったわけだ。

 

「しかし……ゲーティアか」

「ギルド長、何か知ってるんですか」

「噂程度にはな。各地の災禍に裏で関わっていると囁かれている闇の集団。それ以上の事は儂も知らん」

「しかしギルド長。ここまで表に出て来たのは始めての例では?」

「そうじゃな……ヴィオラ、上層部の者達に連絡じゃ。情報を集めて対策会議を開く」

「かしこまりました」

 

 ギルド長の命令を受けると、ヴィオラはすぐにグリモリーダーを操作して上層部に連絡を取り始めた。

 想像以上の大事になって、レイは少々腹を冷やす。

 

「それとなレイ。この魂を繋ぐ指輪というのなんじゃが」

「ギルド長は何か知りませんか?」

「うーむ、儂も長い事生きておるが……聞き覚えのあるような、ないような」

 

 「あてにならねーなこのジジイ」と、レイは心の中で悪態をつく。

 だがギルド長でもすぐに答えられないとなると、更に謎が深まってしまう。

 

「報告書に書かれた情報以外にはなにかないのかのう?」

「うーん、大体の事は報告書に書いた通りなんですけど……あっ、そういえば指輪に意識を向けると『鎧装獣』と『合体』って言葉がずっと頭に浮かんでくるんですよ。意味がわかりませんよね」

 

 あまりにも意味不明で報告書には書かなかった一節なのだが、『合体』の言葉を聞いた途端、ギルド長は顎鬚に手を当てて考え込んだ。

 

「合体……そうか、そういえば」

「あの、ギルド長?」

「レイ、その指輪の話を後でフレイア君にしてみるといい」

「フレイアにですか?」

「そうじゃ。きっと彼女が一番答えに近い筈じゃ」

 

 あのフレイアが一番近い、そう言わてもレイは訝し気な表情を浮かべるしか出来なかった。

 だが手掛かりが無い以上、とりあえず後で聞いてはみようと思う。

 

「まぁ何はともあれ、これで認定試験は終わりじゃ。レイも疲れただろう。家に戻ってゆっくり休むと良い」

「そうですね、そうさせて貰います……でもその前に!」

 

 威圧感を増し増しにしながら、レイは一枚の紙をギルド長の眼前につきつけた。

 まじまじと見るギルド長。それは今回の事件の依頼書であった。

 

「ギルド長? 依頼書の難易度ってミスが出ないように複数回チェックする筈ですよね?」

「そ、そうじゃな」

「そしてもしミスがあった場合、その責任は最後にチェックした人に行くんでしたよね?」

「そうじゃな。まったく、こんな凡ミスをしおって、けしからん奴じゃ」

 

 顔をしかめて怒るギルド長。

 だがギルド長のその様子を見る程に、レイの額には青筋が浮かび上がっていた。

 

「ギ・ル・ド・長? 最後にチェックした人のサイン見て下さい」

「おうおう、一体誰じゃ、こんな凡ミス……を、した……」

「どうしたんですか、俺が代わりに読み上げましょうか?」

 

 レイは依頼書をギルド長から引き離して、そのサインの主を読み上げる。

 

「最終チェック、()()()()()()()()()()()()()

 

 自身の名前が読み上げられて、ギルド長は一気に顔を青ざめさせる。

 汗も滝の様に流れ出始めた。

 

「いや、あの、これは、その……」

「ヴィオラさーん! このチェックの日付の日、ジジイは何してましたー!?」

「あぁ待て、レイ!」

 

 上層部への連絡を終えていたヴィオラは淡々と手帳を開き始めた。

 

「えぇと、その日のギルド長は……珍しく仕事を早く終えて、食堂の女子にちょっかいを出しに行ってますね」

「つまり……女の子にセクハラしたいが為に、適当な仕事をしたと?」

 

 レイの背中から凄まじい怒気が解放される。

 そのあまりのプレッシャーに、ギルド長もたじたじとなっていた。

 

「いや、あの、レイ。ワシの何時もの仕事っぷりは知っておるじゃろ? たまたまじゃ。その時たまたま」

「だがアンタのミスには変わりねぇよなァ、オイ!」

「ヒィ!?」

 

 凄まじい形相で睨みつけるレイ。

 ギルド長も思わず悲鳴が出てしまう。

 

「頼む、許して! 許して! なんでもするから!」

「あん? なんでも?」

「するする、なんでもするから!」

 

 それを聞いたレイは即座に、心底悪い笑みを浮かべた。

 

「じゃあギルド長。ここは大人らしく誠意を見せてもらいましょうか?」

「せ、誠意?」

「そうです!」

 

 そう言うとレイはポケットから一枚の紙を取り出して、ギルド長の顔にねじ込んだ。

 

「な、なんじゃこれ?」

「バミューダシティの市長さんから貰ってきた素敵なプレゼントです」

 

 顔についた皺だらけの紙を剥がして、内容を読むギルド長。

 

「えーっと、何々……教会の修繕費!?」

「今回の事件で俺らが壊しちゃった教会のやつです」

「ゼロが一、二、三、四……たくさん!?」

「ギルド長。謝罪代わりの支払い、お願いしまーす」

「いや待てレイ! これは流石に――」

「誠意見せるんじゃねーのか、オイ?」

「いやしかし……ヴィオラ!」

 

 涙目で秘書のヴィオラに助けを求めるギルド長。

 しかし現実は残酷なものである。

 

「まぁ、今回はギルド長が全面的に悪いですね」

「と言うわけでヴィオラさん。この支払い、全額ジジイにつけて構いませんよね?」

「……ま、ギルド長には丁度良いお灸でしょう」

 

 眼鏡の位置を直しながら、ヴィオラはやれやれとため息をつく。

 

「グ、グヌヌ……」

「言っておきますが、ギルドの予算から支払おうなんて思わないでくださいね。私が許可しませんので」

「ギクッ」

「更に付け加えれば私が監視していますので、支払いから逃げられるとは思わないでください」

「しょ、しょんなぁ」

「それじゃあ俺はこれで。ギルド長、耳揃えてちゃーんと払ってくださいね」

 

 ニヤニヤしながら、レイは軽く手を振って執務室を後にした。

 その直後、背後からはギルド長の悲痛な叫びが聞こえて来た。

 

「な、なんでこうなるんじゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」

 

「天罰だ、クソジジイ」

 

 その後しばらくの間、修繕費を自腹で払う為に、ヴィオラに監視されながら馬車馬の如く働くギルド長の姿が目撃されたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第三章に続く】




第二章はここまで。
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幕間の物語Ⅰ
PageEX01:フレイアの〇〇


章と章の間の物語。
そして所謂日常回、はじまります。


 夢を見る。

 フレイア・ローリングという少女にとって、一番古い記憶の夢だ。

 

「(また……この夢か……)」

 

 詳細は分らないが、舞台は広々とした宮殿だったと思われる場所。

 そう、「だった」場所だ。

 壁も柱も崩落し、辺りは一面火の海に沈んでいる。

 鼻孔を刺激するのは酷い煙たさと、身を焼く熱量。そして生き物が焦げる臭い。

 外からは怒声が聞こえてくるが、此処には人の影が一つのみ。

 赤い髪の小さな女の子、幼い時のフレイアだ。

 フレイアは炎の中でなにもできず、ただ泣き叫ぶばかり。

 

 何故こんな場所に居るのか、それはフレイア自身にも分からなかった。

 この時のショックのせいだろうか、フレイアはこれより以前の記憶を持っていないのだ。

 

「(アタシ、誰かを探していたのはわかる……でも誰だろう?)」

 

 涙で顔を濡らしながらも、崩落した瓦礫を避けて、炎の中を歩んでいく。

 誰かの名前を叫ぶ。けれども誰を呼んでいるのかは分からないし、思い出せない。

 父か母か、それ以外か。幼いフレイアは必死に声を張り上げる。

 だが誰も返事をしてはくれない。

 

「(誰か……誰か返事をして!)」

 

 怖かった。

 燃え盛る炎の中で独りぼっちなのが、堪らなく怖かった。

 その恐怖を払拭しようと、フレイアは更に声を上げる。

 だが聞こえてくるのは壁や柱が崩れ落ちる音ばかり。

 

 瓦礫は容赦なく、行く道を阻んだ。

 後戻りしようにも、今度は炎がそれを許さない。

 完全に逃げ道を失ったフレイアの恐怖は頂点に達した。

 助けを呼んでも誰も返事はしない。建物の崩落は進み、幼い少女にはその場で立つのも困難な程の揺れが起きる。

 倒れて膝をついたフレイアの頭上から、不穏な崩壊音が鳴り響く。

 咄嗟に見上げたフレイアは次の瞬間、己の行動を後悔した。

 

 崩落した天井が、容赦なくフレイアを押し潰そうとしていた。

 最早悲鳴を上げる余裕すらもない。

 フレイアはその場で硬直し、ただただ己の死を待つばかりとなった。

 巨大な瓦礫が眼前に迫る、そして……

 

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 此処は女子寮の自室。

 フレイアはベッドの上で息を荒立てながら目覚めた。

 

「夢、か……」

 

 嫌な所で途切れたものだと、フレイアは内心不満を抱く。

 昔の夢を見るのは今に始まった事では無いし、結論としてはフレイアは瓦礫に押し潰される事はなかった。

 あの直後、フレイアの眼前を銀色の魔力《インク》が噴流となって通り抜け、襲いかかる瓦礫を跡形もなく消し飛ばしてしまったのだ。

 自身が助かった安心感で気を失ったフレイアが次に目覚めたのは、地方の小さな病院。そこで治療を受けた後、身寄りのないフレイアは孤児院へと引き取られた。

 自分を助けてくれたのがセイラムでヒーローと呼ばれている男だと知ったのは、それから随分経ってからの事だった。

 

「うわ、寝汗すごっ」

 

 汗で湿った服を脱ぎ捨てるフレイア。

 孤児院での生活は、苦しくはなかったが楽とも言い難い。

 何せ田舎の孤児院だ、お金がない。フレイア含む子供たちはいつも腹を空かせていた。だがフレイアはそんな生活にあまり辛さは感じなかった。

 なぜなら孤児院の生活に孤独は無い。

 初めの頃は孤児院大人達も、両親を亡くしたフレイアに気を使っていた。しかし、事故のショック(?)で両親の記憶すら失っていたフレイアにはどこかそれが他人事のように思えて仕方なかった。

 結果として、同じ孤児院の仲間達と作り上げた絆がフレイアの心の支えとなった。

 

「よし、と」

 

 寝汗を手拭でふき取り、着換えを終えたフレイア。

 孤児院から遠く離れたセイラムの地のおいて、今はこの女子寮が彼女の帰る家なのだ。

 

 部屋を後にして一階の食堂へと降りる。

 朝と言うには遅い時間なせいか人気はほぼ無い。

 

「あ、クロさん。おはよー」

「あらフレイアちゃん。今朝はお寝坊さんなのね〜」

「いやぁ〜、バミューダから帰ったばっかだから眠くて眠くて」

「お仕事大変だったのね〜」

 

 どこか間延びした口調でコロコロと笑う妙齢の女性。

 ギルド女子寮の寮母、クロケルさんだ。

 見た目はのほほんとしていてどこか抜けていそうだが、一人でギルド女子寮を切り盛りする肝っ玉さんである。

 

「お腹空いてるでしょ。今朝ご飯用意するわね」

「やーりぃ! やっぱり朝はクロさんのパン食べないとね〜。バミューダじゃ食べれなくて元気半減だったから」

「あらあら、嬉しい事言ってくれるわね」

 

 ニコニコとしながら厨房に姿を消すクロケル。

 フレイアは何気なく食堂を見回した。

 やはり人の姿は自分達以外ない。いつもは遅く起きても誰かしらいるのに、今日は珍しく皆出払っているのだろうか。

 少し胃と心臓が締め付けられるフレイア。

 いや、よく見れば食堂の隅に見知った顔が一人居た。朝から優雅に紅茶を嗜んでいる。

 

「マリー、おはよー」

「あらフレイアさん、おはよう御座います。今日はわたくし達だけのようですね」

「みたいだね〜」

「なんでも皆様、港の方のお手伝いに向かっているそうですわ」

「港?」

「先日のバミューダでの一件が終わって、詰まっていた商船が一気にセイラムの港に来たそうなのです。それで大規模な市が開かれたという事で、急遽ギルドの操獣者が手伝いに駆り出されているというわけです」

「え、それアタシ達も行かなきゃいけないんじゃ」

「それなら大丈夫よ〜。フレイアちゃん達は事件解決の立役者ですもの。今日はゆっくり休んでってギルド長から直接通信が来たわ〜。何故か死にそうな声をしてたけど」

 

 トレイいっぱいのパンを積み上げて、クロケルが厨房から戻ってきた。

 だがセイラムに戻った後、レイから執務室での顛末を聞いていたフレイア達は何も答えられなかった。

 あれは仕方ない、自業自得である。

 

「スープ今温めてるから、もう少し待っててね」

「はーい! クロさんのパンはそのまんまでも美味しいんだよね〜、モグモグ」

「そうですわね。これほど美味しいパンは実家でも中々お目にかかれませんでしたわ」

「モグモグ、前職パン屋さんだったりひて、モグモグ」

 

 貴族の娘であるマリーをも唸らせるクロケルのパン。

 当然のように、この女子寮の名物である。

 フレイアも一口食べて惚れ込んで、今では完全にこのパンの大ファンだ。

 

「もー、フレイアちゃん。女の子がそんなにがっついちゃメッですよ」

「いいじゃん。美味しいんだもん」

「わたくしはクロさんに同意いたしますわ。フレイアさんはもう少しお淑やかさが必要かと」

「(マリーにだけは言われたくないかなー)」

 

 本性を知っているだけに尚のこと。

 だが口にパンを詰め込んで、必死に言葉にしないようにするのがフレイアという女である。

 目の前に差し出されたスープを飲む。当然のようにパンとの相性は最高だ。

 

「そういえばチームのみんなはどうしてるんだろ」

「ライラさんは魔武具整備課のお手伝いだそうですよ。オリーブさんは実家で下の兄弟をお世話。ジャックさんは……わかりませんわ」

「ジャックは休日滅多に連絡つかないからね〜。アリスは多分レイのところで、レイはアタシの剣を作ってる最中っと」

 

 ちなみにフレイアは自分の剣なのだから何か手伝うと申し出たは良いものの……「お前のようなどう考えても不器用モンスターな奴にできる仕事はない」と言われて断られてしまった。

 

「てことは今日はアタシとマリーだけなんだ」

「そうですわね」

「ねぇマリー、ちょっと模擬戦場に付き合ってよ」

「予備の剣をもう壊すおつもりですか? せめてレイさんの作る剣が完成してからにしませんと」

「でも暇なんだもーん」

「それに付け加えれば、ギルドの模擬戦場の開放はあと一週間は先ですよ」

「……あっ」

 

 ギルドの模擬戦場。

 広い面積に強固な壁で囲われており、フレイアレベルの操獣者の攻撃を受けても簡単には壊れない強固さを誇る場所だ。

 GOD所属の操獣者は大抵ここで鍛錬を重ねるのだが、今は少々事情が違う。

 先のキースが起こした事件で、この模擬戦場も甚大なダメージを受けた。

 その上幽霊船騒動で修繕の材料が届かず、今やっと修理が始まったところなのである。

 

「うぐぐ……」

「荒事は一区切りついたのですから、フレイアさんも、たまにはのんびりしてはいかがですか?」

「のんびりか~……ちなみにマリーは今日どうするの?」

「今日は遠征中に書いたわたくしとオリーブさんの愛の記録を整理する予定ですわ。あ、よければフレイアさんもご一緒に――」

「今アタシの中で今日の予定が一人で外をぶらつくに決まったわ」

 

 これでマリーに付き合おうものなら、自分史上最も不毛な休日になるのは目に見えている。

 ちなみにマリーは愛の記録と言っているが、どうせ中身はただの観察日記だ。

 

「そうですか、それは残念です」

 

 シュンと項垂れるマリーを見て少々罪悪感が芽生えるが、ここは心を鬼にしなければいけない。

 フレイアはパンを齧りながら、休日の潰し方を考えていた。

 

 

 

 

 一時間後、フレイアはセイラムシティの中をぶらぶらと歩いていた。

 結局のところ有意義な休日を過ごす妙案が浮かぶことはなく、今はこうして当ての無い散歩をするばかり。

 

『グオォォォ』

「暇だね、イフリート」

 

 ポケットに入っている赤い獣魂栞に、フレイアは気の抜けた返事をする。

 少し前からは想像もつかない程、今のセイラムは平和だ。

 石畳の道を馬車が走り、周辺からは貴婦人の談笑と露店の客寄せの声が鳴り響いている。

 天を仰ぎ見れば、青空を背景に飛竜や魔鳥が飛び交う。

 ここ最近荒事続きだったフレイアにとっては、久しぶりに何もない平穏であった。

 

「平和なのは良いことなんだけど……やっぱり暇〜」

 

 元々行動力が具現化したような人間であるフレイアにとって、こうも暇な時間は耐えられなかった。

 かといって誰かに構ってもらおうにも、チームの皆は本日入用である。

 フレイアは普段こういう休日は模擬戦場での鍛錬に費やすのだが、現在閉鎖中。

 何か趣味でも始めようかと思ってはみたものの、座学の成績は下から数えた方が早いくらいに本は苦手。レイに言われたように、細かい作業は苦手な不器用モンスターなので裁縫や料理もできない。

 

「うーん……詰んでるね、これ」

 

 フレイアは街中で大きなため息を一つついた。

 自分の発想力のなさに少し嫌気がさす。

 だが街を歩いていれば、何かいい暇潰しの一つでも見つかるだろう。お金もいくらか持っている。

 フレイアはそう考えて、散歩を続けた。

 

 変わらぬ街の空気。

 レイ達と一緒に守った街の風景。

 それを眺めながら、意味もなく歩みを進める。

 少し小腹が減ったので、露店で食べ物を買う。

 串に刺して焼いた肉と、デザートに東国の伝統的なお菓子だ(イモヨウカンと言うらしい)。

 美味しい。腹は満たされたが、どうにも心が空腹のままだ。

 

「なんか……やだなぁ」

 

 孤独感が心に噛みついて来る。

 孤児院育ちだからか、それともあの夢のせいか。

 フレイアはどうにも孤独というものが苦手で仕方なかった。

 仲間を集めてチーズで活動しているのも、自身の孤独感を埋めるためだと言われたら、完全には否定できない。

 

「一人……かぁ……」

 

 とにかく一人になるのが怖かった。

 最近は仲間達とずっと一緒で気にならなかったが、やはり一人は嫌だ。

 

『グオグオン!』

「アハハ、そうだね。今はイフリートがいたね」

 

 契約魔獣であるイフリートが励ましてくれる。

 昔とは違う。特にあの夢の時とは違うのだ。

 フレイアには共に戦い、歩んでくれる仲間がいる。

 だからこの孤独感とも戦えるのだ。

 

 フレイアは手に持った串をゴミ箱に捨てて、気分転換に身体を伸ばす。

 さて、次はどこに行こうか。

 

「あれ、フレイアじゃん」

「ん、レイ……って、どうしたのその荷物」

 

 声をかけられて振り向くと、そこには荷車に大量の荷物を積み込んだレイがいた。

 心なしか顔がゲッソリしている。

 

「どうしたもこうしたもねーよ。船が港に着いたからお前の剣の材料を貰いに行ったんだ」

「え、まさかそれ全部!?」

「んなわけねーだろ。港に着いたら早々、商船の人が幽霊船事件の解決ありがとうございます~つって、おまけという名の大荷物寄越しやがったんだ。これ全部魔法金属だぜ、重いったらありゃしねぇ」

 

 これはもしかすると……

 

「なぁフレイア、都合よく今暇だったりしねーか?」

 

 有意義な休日の過ごし方が決まったかもしれない。

 

「うん! ひまひま、チョーひま!」

「お、おう、そうか」

 

 キラキラと目を輝かせて答えるフレイアに、レイは思わずたじろいでしまう。

 

「じゃあ荷物運ぶの手伝ってくんね? 事務所で紅茶くらいなら出すからさ」

「うんうん、お任せあれー!」

 

 フレイアの中で、先程まであった孤独感は綺麗に消え去っていた。

 だが悪夢を恐れる心は未だ根底にある。

 でもいずれそれも乗り越えられるだろう。

 フレイア・ローリングという少女は、もう孤独ではないのだから。



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PageEX02:いつか未来は……

 炎の熱量と、金属がぶつかる音が空間を支配している。

 此処はレイの事務所、その横に併設されている魔武具工房。

 レイとアリスはそこで、巨大な金属を叩いていた。

 

 レイが小槌を叩きこむと、それに合わせてアリスが大槌を叩きこむ。

 大量の炎に包まれながら叩かれる金属は、徐々にその形を変化させ、不純物を吐き出していく。

 魔法で作られた炎は、軽く三千度を超えている。

 生身では危険な温度なのでアリスは魔装に、レイは久々の偽魔装に変身して作業を行う。

 

 何度も何度も叩き伸ばしていく内に、金属は炎の中で鮮やかな紅色に輝いてきた。

 

「よし。アリス、もういいぞ」

 

 アリスが大槌を振るうのを止めると、レイは金属を覆っていた炎を止めて、その上からバケツに入った水を被せた。

 けたたましい蒸発音が鳴り響くと同時に、金属は急激に冷やされる。

 だがその金属は、冷却されてなお美しい紅の色をしていた。

 

「ふぃ~。色々出来るのは良いんだけど、加工に時間がかかるのがヒヒイロカネ(コイツ)の欠点なんだよな~」

 

 冷めた金属を軽く手で叩きながらそう漏らすレイ。

 

 【無限金属】ヒヒイロカネ。

 数ある魔法金属の中でも特に特殊な存在であり、その二つ名の通り加工方法を少し変えるだけで180度違った性質を見せてくる金属だ。

 その姿に限りは無い、故に無限金属。

 レイはこのヒヒイロカネを使って、フレイアの剣を作ろうとしていた。

 耐熱とか増熱とかを超越した、最早炎と金属の一体化とも呼べる性質に加工したのだ。

 しかしその分、ヒヒイロカネ自体の加工に手間暇がかかってしまい、加工開始から今日で三日目となっていた。

 

「アリスも悪いな、手伝ってもらっちゃって」

「別にいいよ。鉄打ちなら手伝えるから」

 

 変身を解除しながら、お礼を言うレイ。

 世話焼きでしょっちゅう事務所に通っているアリスだが、たまにこうしてレイの仕事を手伝っていたりするのだ。

 

「にしても相変わらず叩くの上手だよな~。殆ど本職と変わんねーぞ」

「……学習の成果、かな」

「あぁ、昔から後ろで見てたもんな」

 

 レイと知り合って間もない頃から、アリスは彼の作業の様子を見守っていた。

 それで見て学習したと言いたいらしいが、それにしても良く出来過ぎた助手である。レイ個人としては嬉しい限りなので、深くは追求しないが。

 

「うわ、もうこんな時間か……」

 

 窓の外を見れば真っ暗闇。

 どうやら一日中ヒヒイロカネと格闘していたようだ。

 

「汗かいただろ。後片付けは俺がやっておくから、シャワー浴びてこいよ」

「うん。そうする」

 

 そう言うとアリスは変身を解除して、近くでうずくまっているロキを抱きかかえた。

 部屋の熱量にやられたらしく、ロキはすっかりバテている。

 

「キュ~……」

「ロキも身体を冷やしにいこうね……それとレイ」

「なんだ?」

「ちゃんと片付けしてね」

「信用ないなぁ」

「日頃の行いが悪い」

 

 不満顔を晒すレイを背に、アリスは工房を後にした。

 

 

 

 

 工房からシャワールームへ続く道を歩くアリス。

 その道中事務所の中を突き抜ける必要があるのだが……

 

「……レイ、だから信用がないの」

 

 そう呟くアリスの眼前には、無残な事になった事務所の姿。

 机や椅子には設計図やメモ書きが散乱し、飲みかけた紅茶のカップは出したまま放置。

 床には脱ぎ捨てられた服や下着があちこちに点在していた。

 

「はぁ……ロキ、シャワーは少し待っててね」

「キューイ」

 

 ロキを部屋の隅に置き、アリスは部屋の片付けを始めた。

 冷めた紅茶が入ったティーカップは台所に戻し、散乱したメモや設計図は何個かの束にして纏め上げる。

 普通ならここで文句の一つでも出るのだろうが、不思議とアリスにはそう言った気持ちが出てこなかった。

 むしろ、レイという幼馴染の世話を焼いてやっている事に、一抹の幸せさえ感じていた。

 

「キュ~」

「ロキ、何か言いたいの?」

「キュッ!? キュキュ!」

()()()()()()()。今はどうせ二人きり」

 

 アリスにそう言われると、ロキは観念したかのように「キュー」と一声漏らす。

 そして……

 

「いやはや、マスターアリスも中々に健気だなと思ったまでです」

「そうかな?」

「そうですとも。少なくとも私にはマスターのような真似は出来ません」

「大切な人が喜んでくれるから、アリスは別に苦じゃないよ」

「そこが健気だと言うのです」

 

 そう言いながら、ロキはアリスの前に回ってくる。

 

「私はしがない獣です。群れや子孫の為に戦う事はあれど、契約もしていない一匹の雄の為に身を粉にする事はありません」

「アリスは変に見えるかな?」

「不思議ではありますね。少なくとも我々カーバンクル族には無い考えを持っています。だからこそ私は貴女に付き、貴女と契約した」

「うん、本当にありがとうね。アリスのパートナーになってくれて」

 

 アリスはロキの頭を優しく撫でるが、ロキは静かに頭を横に振る。

 

「いえいえ。私はまだまだマスターの助けに等なれていません」

「そんな事ないよ」

「事実を述べたまでです。私は貴女の願いを叶える為に役立てておりません」

 

 自虐的に語るロキに、アリスも少し眉間に皺が寄る。

 

「マスターアリス。ミス・フレイアが彼の少年に授けた言葉を覚えていますか?」

「……」

「一人の力には限界があります。彼らにだけでも、真実を話すべきでは?」

「……少なくとも今はダメ」

「マスターアリス」

「ロキの言いたい事は分かってる。でも今はまだ、その時じゃない」

 

 まるでロキの言葉から逃げるように、アリスは片付けの手を早める。

 

「いつかは……いつかはちゃんとするから」

「その何時かが、早く来る事を私は願いますよ」

 

 気がつけば事務所の客間まで綺麗に片付けていたアリス。

 始めてから随分と時間も経ってしまった。

 アリスはロキを抱えて、今度こそシャワールームへと足を運んだ。

 

 

 

 

 事務所の一画に備えられたシャワールーム。

 アリスはT字の鉄パイプに穴が開けられただけの簡素な作りのシャワーに、鈍色の栞を挿し込む。

 すると鉄パイプの穴から、程良い温度の湯が噴き出てきた。

 

「ふぅ……」

 

 一日中熱気のある部屋に居たので、身体中が汗まみれ。

 だがシャワーから出るお湯が、その汗と共に今日の疲れを流し落としてくれる。

 

「はい、ロキも身体洗おうね」

「キュ〜」

 

 ロキの身体を石鹸で優しく洗うアリス。

 石鹸の泡に塗れながら、ロキは気持ちの良さそうな声を漏らしていた。

 

 ロキの身体についた泡を洗い流すと、今度はアリスが身体を洗う番。

 全体的に凹凸は少ないが、白く美しい肌に石鹸の泡を滑らせる。

 

「……」

 

 アリスは自分の身体を洗いながら、少々物思いに耽っていた。

 

 ここ数週間に起きた出来事は、激動と言う他にない。

 レイの精神的な成長に、スレイプニルとの契約。

 そしてチーム:レッドフレアへの加入等々、変化したものが多かった。

 

 一番大きいのは、やはりキースとの戦いだろう。

 キースとの戦いに於いて、セイラムシティを守る一員となったアリス。

 だが正直に言ってしまえば、アリス自身はセイラムの住民に対してあまり良い感情は持ってはいなかった。

 要因はレイを迫害し続けたという事が一番大きいが、操獣者至上主義故の選民思想を持つ者達に辟易しているのもある。

 無論、この街にも信頼できる人が居る事をアリス自身理解はしている。

 モーガン親方を筆頭とした魔武具整備課の人達に、ギルド長、そしてチーム:レッドフレアの面々。いずれもレイを迫害せず、親しく接してくれた人たちだ。

 

「(あの人たちはレイに変な事をしないから、安心して任せられる)」

 

 レイを任せられる者が増えた事に、アリスは素直に安心感を覚える。

 これは特にフレイア・ローリングという少女の存在が大きい。

 

 チーム:レッドフレアのリーダーにして、レイを闇から引きずり出した少女。

 そしてレイと同じく、ヒーローなる事を夢見る者。

 ヒーローを夢見る者自体はこの街では珍しくないし、レッドフレアの面々は殆どが同じ目標を持っているだろう。

 これに関しても正直に言ってしまえば、アリス自身は「ヒーロー」の称号に関しては何ら興味がない。

 元々操獣者になったのも、怪我をしがちなレイを治したいと言うのが一番の理由だ。後は救護術士という職業は食いっぱぐれがないのもある。

 もっと言ってしまえば、声に出さないだけでアリスはチームの面々に対する執着さえ薄い。

 アリスにとって優先すべきはレイであり、それ以外に関する関心があまり無いのだ。

 

「(まぁ、必要な時に必要な事はちゃんとするけどね)」

 

 目の前で死なれても目覚めが悪い。

 ある程度は距離が縮まっているから尚更だ。

 それに死なれるとレイが悲しむ。

 アリスにとって、それは何より避けねばならない事だった。

 

「(アリスが願う事、欲しいもの……そんなに難しい事じゃないはずなんだけどな)」

 

 アリスという少女が欲するのは純粋な願いだけだった。

 レイという幼馴染と共に平穏を生きる。ただそれだけのささやか願い。

 

 しかし世界というものは残酷に出来ている。

 こちらに降りかかってくる火の粉が多すぎるのだ。

 まして、操獣者という荒事専門の仕事をしていれば尚更の事。

 

「(贅沢言ったつもりは無いのに、目標が遠いなぁ)」

 

 思いの他、自分より遠くに位置する願いに、アリス大きなため息をつく。

 

「未来……か……」

 

 シャワーの湯にぶつかりながら、ふと思い立ったアリス。

 眼を閉じて、自身の願いが叶った未来を夢想した。

 

 それは、何てことの無い日常。

 綺麗な服を着て街を散歩したり、少しおしゃれなカフェでお茶をしたり。

 家に帰ると、大切な人が「おかえり」と言ってくれる。

 そんな日常の光景。

 だがアリスにとって大事な事は、そこにレイがいる事だ。

 

 レイに傍に居て欲しい。手を触れて欲しい。抱きしめて欲しい。

 キスして欲しい。押し倒して欲しい。家族になって欲しい。

 数々の光景を妄想していく内に、アリスの口元は大きくにやけていた。

 

「(あぁ……やっぱり、好きだなぁ)」

 

 いつか訪れて欲しい未来を夢想しながら、アリスは改めて自身の気持ちを自覚する。

 そして無意識に、アリスは自分が恋する幼馴染の名を呟き、左胸に手を添えた。

 

「……馬鹿だなぁ」

 

 だがそれは、アリスの意識を一気に現実へと引き戻してしまった。

 アリスは自身の左胸を注視し、自嘲の笑みを浮かべる。

 

「こんな身体じゃ、だれも愛してくれるはずないのに」

 

 視線の先、アリスの左胸には生々しくも大きな傷跡があった。

 普通の女性なら心にも大きな傷を与える様な、残酷な傷跡。

 それがアリスの妄想を打ち消してしまった。

 

 気分が乗らなくなったので、アリスはシャワーを止めて身体にタオルを巻いた。

 

「はい、ロキも身体拭こうね」

「キュ~イ」

 

 持参したもう一枚のタオルで、アリスがロキの身体を拭いていると――

 

――ガララ――

 

「あ」

「へ?」

「キュイ」

 

 流石にもう出た後だろうと思い込んでいた、レイがシャワールームの扉を開けてしまった。

 

「な、な……」

「悪ぃアリス! まだ入ってるとは思わなかった!」

「なんで明かり点いてるのにノックしないの!?」

「マジですまん!」

 

 顔を赤く染めて叫ぶアリスに、レイは咄嗟に背を向ける。

 突然の事に、アリスもつい()が出てしまう。

 

「レイはもうちょっと女の子と暮らすって事を考えるべきだと思う!」

「いや、別に俺ら一緒に暮らしてないよな」

「似たようなものだからいーの!」

 

 家事等々で散々世話になっているのに加えて、偶に事務所に泊まる事もある。

 確かにアリスが言うように実質一緒に暮らしているようなものかもしれないが、それにしても一方的なものだ。

 

「……なんか、初めて見たな」

「なにが?」

「アリスがそうやって焦る顔見せるの」

 

 ゴトッ……

 

「違う違う、変な意味はない! だからナイフを手に取るな!」

「じゃあどういう意味?」

「いやその……普段クールな所しか見てないからさ。さっきみたいに急に焦った顔を見せられると……こう、ギャップがあって可愛いなって思いまして……」

「~~ッ!?」

 

 急に「可愛い」と言われたアリスは、瞬く間に全身が赤く染まってしまった。

 

「レイ、しばらくこっち見ないで」

「見れねぇよ。今は」

 

 赤くなった顔を俯かせながら、アリスは早々と服を着替える。

 

「ねぇ……レイ」

「おう、なんだ?」

 

 着替え終えたアリスは、静かに問いかけた。

 

「胸……見た?」

「え、大きくなったのか?」

 

 ガシッ! ゴスンッッッ!

 

「ゴハッ!?」

 

 哀れレイ少年。

 アリスが振り下ろした無情なるナイフの柄が後頭部に直撃した。

 大きな瘤を作りながら、レイはその場で倒れ込んでしまう。

 

「レイに聞いたアリスが馬鹿だった……行こう、ロキ」

 

 床に突っ伏すレイを尻目に、アリスはさっさとその場を去ってしまった。

 

「(やれやれ、人間とは難儀な生き物ですな)」

 

 頬を膨らませながら歩くアリスを見て、ロキは心の中でそう呟く。

 そして、いつか来るであろう未来でさえも、案外この光景は変わらないのだろうなと思わずにはいられなかった。




Q:ファンタジー世界にシャワーってどうなのよ?
A:本作は18世紀頃の文明がベースとなっています。
  そしてシャワーは18世紀の発明なのでセーフ!セーフです!(言い訳)
  ちなみに石鹸の普及が始まったのも18世紀ごろなんですよ。(だからセーフ!)


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第三章:巨人と騎士と宣戦布告
Page61:邪悪の足音


第三章、はじまります。


 ゲーティアの本拠地、反転宮殿レメゲドン。

 相も変わらず暗黒が支配する、この不気味な宮殿の一角から、この世のものとは思えない悲鳴が響き渡っていた。

 

「ぎゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 蠢き脈打つ壁に囲まれた部屋。

 その中央に設置された台の上で叫んでいたのはガミジンだ。

 

「一々叫ばないでください。集中できません」

「そ、そうは言っ――ぎゃァァァァァァァァァ!!!」

 

 四肢を失い、芋虫の様に身体を仰け反らせるガミジン。

 その横には巨大な翼と、鷲の頭を持った悪魔が一人。

 ゲーティアの錬金術師、ザガンだ。

 

 ザガンは手に持った魔僕呪を傷口にかけつつ、自身の魔法でガミジンの手足を作り直していた。

 しかし、魔僕呪の効能で強制的に活性化されていく再生能力に、ガミジン自身は途方もない苦痛を味わう羽目になっている。

 それを気にも留めず、ザガンは淡々と作業を続けていた。

 じわりじわりと、手足が再生されていくガミジン。

 それを表情一つ変えずに眺めていると、後ろから足音が近づいてきた。

 

「ガミジンの修復は順調か?」

「フルカスですか。ガミジンなら見ての通りですよ」

「そうか」

「それで。そちらは何の用ですか?」

「陛下からの命令でな。しばらくはザガンと行動を共にしろとの事だ」

「そうですか……まぁ有難くはありますね。丁度人手が欲しかったところです」

 

 ガミジンの手足を再生し終えると、ザガンは変身を解除して元の少年の姿に戻った。

 

「陛下が宣戦布告を決定したのは良いのですが、色々と手間と懸念事項があるのですよ」

「懸念だと……表の世界にか」

「はい。無策に戦いを挑んでは此方もただでは済まないでしょう。貴方も分かっているのではないですか? 王の指輪を探す使命を帯びた貴方なら」

「あぁ、そうだな。先のバミューダの戦いでも指輪持ちを一人見つけたばかりだ。策も無くあの戦騎王と戦えば、無事では済むまい」

「その戦騎王の契約者に味方する厄介な存在もいますしね」

「黄金の少女か……一番懸念すべき存在だな」

「彼女には我々も散々苦汁を飲まされてきましたからね」

 

 これまで世界各地でゲーティアが作り上げていた『義体』の数々。

 現地の操獣者によって破壊された物もあれば、自然に壊れた物もある。

 しかし、それら義体の半数近くはなんと、黄金の少女ただ一人によって破壊されてきたのだ。

 自分達にとっての悲願の悉くを水泡に帰されてきた事で、ゲーティアにとって黄金の少女とは最も忌々しい敵であった。

 

「はぁ、はぁ……」

「ふむ、ガミジンの再生も終わったようですね」

「あぁお陰様でな」

 

 ガミジンは脂汗を大量に流し、息を切らせながらザガンを睨みつける。

 四肢が完全に戻ったとは言え、先程までの余計な苦痛は根に持っているようだ。

 

「ところでザガンよ、今更ながら一つ質問しても良いか?」

「なんですか」

「王の指輪とは、一体何なのだ」

「おや、ガミジンは知らなかったのですか」

 

 やれやれと首を横に振り、小馬鹿にするザガン。

 ガミジンは彼のこういう所が好きになれなかった。

 

「王の指輪とは、魂を繋げる力を持った魔道具ですよ」

「魂を繋げるだと?」

「はい。複数の魂を繋げてより強大な力を生み出す事ができる指輪です」

「強大な力とは、随分と曖昧な表現だな」

「ボクも王の指輪の全容を知っている訳ではないので。ただ実際に指輪の力を使えば、魂どころか鎧装獣の肉体も融合させる事ができるようですが」

「ほう……それはそれは、大層な」

 

 王の指輪が持つ強大な力を想像し、欲が膨らむガミジン。

 同時に、先のバミューダの戦いでレイが魂の海に入り込んだ力の正体に見当がついた。

 

「そうか……あの戦騎王の契約者が使ったのは、その指輪の力だったか」

「元々を言えば王の指輪は全て、八百年前に陛下が作り出された力だ。全て陛下の元に戻るのが道理というもの」

「その指輪を回収するのが、騎士殿の使命であったな」

「そうだ。この前は黄金の少女に邪魔をされたが、次こそは必ず回収してみせる」

 

 黄金の少女に邪魔をされた事を思い出したのか、フルカスの拳に強い力が入る。

 

「そういえばフルカス。戦騎王の契約者とは別に、もう一つ王の指輪の所有者が分かりましたよ」

「何、本当か」

「はい。ほんの三カ月ほど前に判明した事ですけどね」

 

 そう言うとザガンは、棚から一つの水晶を取り出し、掲げる。

 すると眩い光と共に、水晶から映像が映し出された。

 その映像を見てガミジンは腰を抜かし、フルカスは大きく目を見開いた。

 

「ひぃ、な、なんだこの化物は!」

「これは……まさかっ」

「はい。鎧巨人(ティターン)です」

 

 部屋の中に映し出された映像。

 そこには炎に包まれる街の様子と、その中央に君臨する雄々しき金属巨人の姿。

 巨人はゴーレムの様に強靭な足を持ち、ガルーダの様に気高き翼を持ち、ローレライの銃撃とフェンリルの鎖を両腕で使いこなしている。

 そしてそれらの力を中央で束ねているのは、勇猛な角が特徴的なイフリートだ。

 

「これは三カ月前、バロウズ王国という場所で発見された王の指輪を回収しようとした時の映像です。先に結果を言ってしまえば、映像を見ての通り失敗に終わっていますが」

「回収するどころか、逆に奪われてしまったか」

「はい。我々が手を伸ばすよりも早く、飲み込まれてしまいました。街ごと殺して回収しようと試みたのですが……適合率が良かったのでしょうね、その場で鎧巨人になられて返り討ちにあってしまいました」

 

 フルカスは無言で映像を見続ける。

 確かにザガンの言う通り、鎧巨人は巨大な怪物と戦い勝利を収めていた。

 

「……ザガン。王の指輪を手にした操獣者の名前は?」

「フレイア・ローリング。ギルドGODの操獣者ですよ」

「そうか……」

「フルカス、分かっているとは思いますが――」

「分かっている。今は宣戦布告の準備が最優先なのだろう。だが俺の使命の都合上、その操獣者の名前は知っておかねばならないのでな」

 

 映像が終わってなお、フルカスは記憶の隅に焼き付けるように、その空間を睨み続ける。

 いずれ戦うであろう敵の姿に、フルカスは魂の震えを感じざるを得なかった。

 

「それでザガンよ、俺達は何をすればいい」

「必要なのは魔僕呪(まぼくじゅ)です。これから戦争を始めるのですから、備蓄はあるに越したことはありません」

「また魔僕呪を作るのか?」

「いいえ。それでは時間がかかってしまうので、今回は既にある物を回収に行ってもらいます」

 

 そう言うとザガンは、ガミジンの方に軽く手を置いた。

 

「ガミジン、貴方はフルカスと一緒に魔僕呪の回収に行ってください」

「な、何故私が貴様の命令なんぞを!」

「ガミジン、貴方まさか……先日の失態が許されたと本気で思っているのですか?」

「うぐっ」

「ゲーティアはそこまで甘くはありませんよ。それにボクは貴方に汚名を返上するチャンスを与えようと言ってるのです」

「チャ、チャンス?」

「はい。口先ではなく行動でゲーティアに忠誠心を見せなくては……次は本当に、命がないと思ったほうがいいですよ」

 

 淡々とした口調で告げられる事実に、ガミジンはただ顔面を蒼白に染める。

 そして小さく頷き、ザガンの指示に従う事を了承した。

 

「ではフルカス。貴方もガミジンと共に魔僕呪の回収に行ってください」

「御守も兼ねてか、いいだろう。それで行き先は?」

 

 ザガンは再び水晶を掲げて、映像を映し出す。

 映し出されたのは人気が少なく、荒廃しかかった小さな国の様子であった。

 

「ガミジン、貴方はよく知っている国の筈ですよ」

「ん? あぁ、ここか。確かに私が滅ぼした国だな」

「この国の人間に魔僕呪を流通させて、観察をしていたのですが……流石にもう取れそうなデータもありません。魔僕呪の回収ついでに、人間への見せしめとして始末してきてください」

 

 虐殺。

 それが良いストレスの発散になると思ったのか、ガミジンは途端に下卑た笑みを浮かべる。

 一方のフルカスは、変わらぬ冷静な表情でザガンに問うた。

 

「ザガン、この国の名は?」

「ブライトン公国。愚者公に支配された、哀れな国ですよ」

 

 ザガンとフルカス、表情を変えぬ二人から読み取れる感情は少ない。

 だが少なくとも、ザガンに命を尊重する感情は無かった。

 フルカスには、盲目的なゲーティアへの忠誠心しかなかった。



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Page62:フレイアの剣

 午前八時。

 朝日も昇って幾ばくか過ぎた頃に、フレイアは目を覚ました。

 

「ん、ん~~~」

 

 身体を伸ばして、眼を擦る事でようやく意識がはっきりしてくる。

 まだ少し呆けている頭も、女子寮共有の洗面所で顔を洗えば一瞬にして冴えきってきた。

 

「ん~……お腹空いた」

 

 腹の虫が空腹を知らせてくる。

 「少し起きるのが遅かったけど、何か食べる物残ってるかな」等と考えながら、フレイアは下の階にある食堂へと足を運んだ。

 

「あらフレイアちゃん、おはよう、今日はお寝坊さんなのね~」

「おはよう、クロさん」

 

 間延びした口調で、優しく挨拶をしてくれるのは寮母のクロケルさん。

 フレイアにとってはいつも通りの朝のワンシーン。

 

「朝ご飯用意するから、少し待っててね」

「はーい!」

 

 大好きなクロさんの朝ご飯が来るとなれば、普段落ち着きが無いフレイアも大人しくなる。

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、フレイアがテーブルで待っていると。

 

「おはようございます。フレイアさん」

「あ、マリーおはよー。マリーも寝坊?」

「違います。ただのフレイアさん待ちですわ」

「あれ? 今日何か予定あったっけ?」

「要件があるのはわたくしではなく、彼方ですわ」

 

 フレイアがマリーが指さす方を振り向くと、そこには飢えた獣の様な勢いでパンとスープを貪るレイがいた。

 

「美味ぇ、美味ぇ! 身体に栄養が染み渡る!」

 

 しかも半泣きである。

 

「え~っと……アレは、大丈夫なの?」

「ここ最近忙しくて、食べた物は干し肉とアリスさんのサンドイッチだけだったそうですわ」

「レイもアリスにはガツンとキツく言っていいと思う……ていうか、なんでレイが女子寮にいるの!?」

 

 至極真っ当な質問を投げかけられて、レイもようやくフレイアの存在に気付く。

 

「ゴクンッ……何でってそりゃあ、お前の剣を届けに来たんだよ。そしたらクロさんに朝飯貰った」

「も~、ご飯はちゃんと食べなきゃ駄目よ~。フラフラだったじゃない」

「面目ないです」

 

 頬にパンくずを付けながら頭を下げるレイを見て、フレイアは彼の仕事熱心さに関心を覚えた。

 

「へ~……え!? 剣できたの!?」

「あぁ、今日はそれを届けに――」

「どこどこ! どこにあるの!?」

「落ち着け、子供かお前は」

 

 プレゼントを前にした幼子のようなテンションで周囲を探し始めるフレイア。

 流石にレイも食堂に魔武具を持ちこむような、無粋な真似はしない。

 

「寮の玄関に置いてあるから、後で渡すよ」

「えー」

「えー、じゃない。お前まだ飯も食ってねぇだろ」

「そうよフレイアちゃん。朝ご飯は一日の元気の源なんだから。はい」

「……はーい」

 

 差し出されたパンとスープを前にして、子犬のようにに大人しくなるフレイア。

 それを見たレイの頭の中には「母は強し」という言葉が反芻し続けていた。

 

「(クロさんも仲間になってくれねーかな……なんてな)」

 

 それはそれとして、後でフレイアを大人しくさせる秘訣だけでも聞いておこう。

 レイは心の中でそう決意するのだった。

 

 

 

 

 朝食を食べ終えたレイ達は、新しい剣を持って外へと繰り出した。

 目的地は最近修復が済んだギルドの模擬戦場。

 途中で会ったライラとジャックも拾って、一同は模擬戦場へと足を踏み入れた。

 

 広々とした空間に、整地されたグランド。

 此処は大昔の闘技場を元にして作られた場所なので、その名残なのか周りは観客席で囲まれている。

 

 今回の目的は、フレイアの剣の試運転を兼ねた模擬戦。

 対戦するのはフレイアとライラだ。

 レイ達は観客席に座って、二人が出てくるのを待つ。

 

「それで。レイは今回どんな剣を作ったんだい?」

「それは見てのお楽しみ」

「あ、フレイアさん達が来ましたわよ」

 

 両端のゲートからフレイアとライラが模擬戦場に入ってくる。

 すると、それまでまばらに模擬戦を行っていた操獣者達が、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。

 その様子を見て、レイとマリーはジャックに無言の視線を送る。

 

「ノーコメントで……」

 

 返って来た力ない声で、レイ達はこれまでの経緯を何となく悟ってしまった。

 

 

「姉御ー! あんまり派手に暴れないで暴れちゃダメっスよー!」

「何言ってんの。試運転なんだから派手にやらなきゃ!」

「また模擬戦場壊して怒られても知らないっスよー!」

 

 ライラの忠告などどこ吹く風。

 フレイアは剣を包んでいた布を勢いよく引き剝がした。

 

 出て来たは、これまでフレイアが使っていた剣と同じくペンをモチーフした魔武具。

 しかし以前のG型とは僅かに刀身の形が違う。

 スクールペンを彷彿とさせる、緋色の刃であった。

 

「フレイアー! 持ち心地はどうだー?」

 

 レイに言われて、軽く剣を振るフレイア。

 その顔はすぐに満足気なものへと変化した。

 

「うん。重さはいい感じ」

「よし。じゃあ次は変身して使ってみろ!」

「オーケー!」

 

 フレイアは剣を一度地面に刺して、ライラと向き合う。

 

「ルールはいつも通り、寸止めで止めを刺した方が勝ちね」

「姉御ー! ちゃんと『寸』で止めるっスよー!」

「分かってるって」

 

 必死に訴えるライラに対して、軽やかに笑うフレイア。

 それを見たレイは思わず「これ絶対前に一度はやらかしてるだろ」とぼやかざるを得なかった。

 

「ライラー。今回は剣のテストも兼ねてるから、フレイアにはインクチャージして貰うぞー」

「ヴェ!?」

「まぁなんだ……頑張って回避してくれ」

「レイ君のオニー!」

 

 そうこう言っている内に、フレイアは準備万端となっていた。

 

「ほらライラ、早く始めるよ!」

「うぅ……頑張って生き残るっス」

 

 二人はそれぞれ獣魂栞(ソウルマーク)を取り出して呪文を唱えた。

 

「Code:レッド、解放ォ!」

「Code:イエロー、解放っス!」

 

「「クロス・モーフィング!!!」」

 

 魔装・変身。

 フレイアは赤の魔装、ライラは黄色の魔装を身に纏う。

 

「さぁ、派手に行くよ!」

「お手柔らかにっス~!」

 

 フレイアが駆け出したのを合図に、二人の模擬戦が始まった。

 剣を構えて迫り来るフレイアを、ライラは固有魔法で生成した雷のクナイで迎え撃つ。

 バチンッ!

 剣とクナイがぶつかり、破裂音が周囲に鳴り響く。

 数回破裂音を鳴らした後、二人は弾き飛ばされて距離を取った。

 

「っ! まだまだァ!」

「遅いっスよ、姉御!」

 

 ライラは瞬時に生成した雷のクナイを、フレイアに投擲した。

 クナイが猛スピードでフレイアに迫る。

 

「どらァァァ!」

 

――斬斬斬ッ!!!――

 

 剣を振り、全てのクナイを斬り払う。

 目視さえも難しいスピードで迫るクナイを、フレイアはその野性的勘で全て察知したのだ。

 

「ホントなんでこれを斬り払えるんスか!?」

「勘ッ!」

 

「本当にアイツは忍者キラーだな」

「ライラさん、仮面の下で泣いてなければ良いのですが……」

 

 よくよく観察してみれば、相当悔しいのかライラは肩をプルプルと震わせている。

 後で慰めてやろうと、レイは心の中で思うのであった。

 

「それじゃあレイ、解説役よろしくね」

「解説?」

「フレイアさんの剣についてですわ」

「あぁそれね。それならまぁ、必要な時に必要なだけ」

 

 レイはフレイアと、その手にある剣の様子を注視する。

 今のところ問題はなさそうだ。

 フレイアも喜々として剣を振っている。

 

「うんうん、良い感じィ!」

 

――斬!――

 

 ライラとのつばぜり合いが再開する。

 だが、フレイアの猛攻にライラは防戦一方となっていた。

 

「だったらコレっス!」

 

 ライラは腰に掛けてあるグリモリーダーの十字架を操作する。

 

「インクチャージ!」

 

 黄色の魔力(インク)は雷となって、ライラの右手に収束していく。

 膨大な電気エネルギーが十字の刃を形成し、その姿を現していった。

 渦巻く雷が、グランドから砂鉄を巻き上げる。

 これがライラの持つ最大手。

 

「轟雷大手裏剣《ごうらいだいしゅりけん》!」

 

 巨大な雷の手裏剣を、ライラは力任せにフレイアに投げた。

 大地を切り裂きながら、迫る手裏剣。

 だがフレイアはそれを避けようとはしなかった。

 

「いいね、丁度いい!」

 

 腰のグリモリーダーから獣魂栞を取り出し、剣に挿入するフレイア。

 

「固有魔法【暴獣魔炎(ぼうじゅうまえん)】起動!」

 

 フレイアが素早く固有魔法の発動を宣言すると、剣の刀身に膨大な炎が纏わり付いた。

 炎が周囲の空気を乾燥させ、模擬戦場を熱気に包み込む。

 

「どりゃァァァァァァァァァ!!!」 

 

 そして目前に迫った雷の手裏剣を、フレイアは力任せに斬り払う。

 斜め上に打ち上げられた手裏剣は、そのまま観客席へと着弾した。

 凄まじい音と共に、観客席で爆発が起きる。

 

「反対側に座ってて本当に、本当に、良かったですわ」

「こらー、フレイアー! 観客席に攻撃をぶち込むなー!」

 

「アハハ、ごめんごめん」

 

 謝りながら頭の後ろを掻くフレイア。

 だがそれはそれとして、フレイアは自分が手にした剣の様子が気になった。

 今まで使ってきた件なら、今のような戦闘でヒビの一つでも入ったものなのだが……

 

「すごい……無傷だ」

 

 レイが作った剣には、僅かな傷さえついていなかった。

 その事実にフレイアは、ただただ言葉を失う。

 

「すごいね。あのフレイアの固有魔法を受けても無傷とは……それでレイ、今回はどんな仕事をしたんだい?」

「やった事自体は単純な発想なんだ。そもそもフレイアが剣を壊してきた原因ってアイツのとんでも魔力量が原因だろ? だからまずは剣そのものの強度を、これでもかってくらい上げたんだ」

「ですがそれだけではあの頑丈さは説明しきれませんわ」

「勿論やったのはそれだけじゃない。ただ頑丈にするんじゃなくて、フレイアとイフリートの炎に適応できるようにヒヒイロカネを加工したんだ」

「ヒ、ヒヒイロカネですか!?」

「レイ、ヒヒイロカネってかなり高額な素材だったよね……」

「まぁぶっちゃけた話、今回作った剣を市場で売るとすればこれくらいの値段になるな」

 

 持っていた算盤でレイが値段を表示する。

 ゼロがたくさん。

 それを見たマリーとジャックは、一瞬にして表情が消え去った。

 

「レ、レイさん……このお値段は、流石のフレイアさんでも……」

「あぁ安心しろ。アイツには色々恩があるからな、お安くしてこれくらいの請求額にするよ」

「よ、よかった……これなら現実的に払える金額だ」

 

 身内の借金地獄が回避されたという事実に、安堵の息をつくジャックとマリー。

 【無限金属】ヒヒイロカネ。

 非常に万能な性質を持つ金属だが、そのお値段は天井知らずである。

 

「さて、解説に戻るぞ。今回俺がヒヒイロカネにやったのは、耐熱や増熱といった要素をふんだんに盛り込んだ『超火炎加工』だ。早い話、今フレイアが持っている剣の刀身は炎そのものと同じ性質を持っているといっても過言ではない」

「炎そのものですか!?」

「あぁ。更に内部に閉じ込めた魔法術式も、炎への適正を高めつつ、使い手の魔力が内部で暴発しないように特別なのを組んだ」

「流石は専用器、至れり尽くせりだね。それでレイ、あの剣の名前はなんて言うんだい?」

 

 ジャックの質問に、レイは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

「ペンシルブレード・S型だ。といってもアレはまだ試作機第一号だけどな」

「あら、そうなのですか?」

「専用器の完成ってのはトライ&エラーの繰り返しが必要不可欠だ。課題ってのはこっちが潰しても向こうから勝手に湧いて出てくるもんなんだよ」

 

 そう言うと過去の仕事を思い出したのか、レイはブツブツと愚痴を零し始める。

 専用器の完成はまだ遠いという事を二人は理解しつつも、苦笑をするしかなかった。

 三人がフレイアの剣について話している内に、模擬戦場の二人の戦いは大詰めを迎えていた。

 

 激しい攻防の末、お互いにある程度消耗をしていた。

 次の一手で勝負が決まる、そんな状況。

 

「ハァハァ。ライラー! 次で決めるよ!」

「も、もうどうにでもして下さいっス~!」

 

 心身ともに疲れたライラの悲痛な叫び聞こえてくる。

 フレイアはグリモリーダーから獣魂栞を抜き取ると、ペンシルブレードに挿入した。

 

「インクチャージ!!!」

 

 フレイアが宣言をすると、ペンシルブレードから彼女の身の丈以上はあろうかと言う巨大な炎の刃が作られ始めた。

 周囲が凄まじい熱気に包まれ、空気が焼けていく。

 フレイアの身体から膨大な魔力が放出され、レイ達の肌をビリビリと伝わっていく。

 しかしそこに、以前の様なキャパシティオーバーは感じられない。

 剣の中に仕込んだ術式が正常に稼働している証拠だ。

 レイは観客席で小さくガッツポーズをする。

 

「必殺、バイオレント・プロミネンス!!!」

 

 眼前の空間を焼き払いつつ、フレイアはペンシルブレードを薙ぎ払った。

――業ォォォォォォォォゥ!!!!――

 地獄の熱気が迫り来る。

 だがライラもただで負けるつもりは無い。

 

「一か八か、コイル・ウォール!」

 

 ライラは周辺の地面に雷の魔力を流し込むと、それを一気に上へ巻き上げた。

 螺旋を描いて巻き上がる雷に、大量の砂鉄ま巻き込まれていく。

 砂鉄と雷は防壁となって、ライラの周りを包み込んだ。

 秘中の秘、とっておきの防御魔法である。

 

 しかし……

 

――パリーン!――

 

「うっそぉぉぉ!?」

 

 悲しい事に、ライラのとっておきは容易く炎に焼き切られてしまった。

 迫り来る火炎の刃に身構えるライラ。

 が、それが魔装を破く事はなかった。

 

「はい寸止め。アタシの勝ちー!」

「は、はへぇ……」

 

 フレイアが魔力刃を解除すると、ライラはへなへなとその場に力なく座り込んでしまった。

 

 模擬戦で勝利を収めたフレイアは、変身を解除して観客席のレイに振り向く。

 

「レイー! 見てたー!?」

「あぁ、見てたよ。剣の使い心地はどうだったー?」

「もう最高! 完璧にアタシの身体に馴染んでる!」

「そうか、それは良かった」

「あと模擬戦場壊したの一緒に怒られて~!」

「それは断る」

 

 唇を突き出して文句を叫ぶフレイアを、華麗にスルーするレイ。

 これで一先ずの区切りはついた。

 後はギルドに来た依頼をこなすついでに、剣の様子を見て行けば良い。

 

「(となれば、何か依頼を受けたいところなんだけど……)」

 

 どんな依頼を受ければいいだろうか。

 レイがそんな事を考えていると、ふと一つの案が浮かび上がった。

 

「そうだ」

「ん、どうしたんだレイ?」

「なぁジャック。父さんがヒーローと呼ばれた所以、その一端に触れてみようとは思わないか?」

「なんだいそれ?」

「ヒーロー!? 今ヒーローの話した!?」

 

 いつの間にか観客席に上って来たフレイアが、食い入るようにレイの話に興味を示した。

 

「お前はとりあえず落ち着け」

「落ち着いてられないよ! だってヒーローと呼ばれるようになった理由なんでしょ?」

 

 ググっと顔を近づけてくるフレイアに、レイは少々たじろぎながら話を始めた。

 

「わかったちゃんと説明するから。ただ最初に言っておくけど、これは一切金儲けのできない話だからな」

「あら、そうなのですか?」

「それどころか、厄介な荒事に巻き込まれる可能性だって高い。それでもやるか?」

「レイ、いったい何をする気なんだ?」

「やるやる! ヒーロー目指して頑張るよ!」

 

 能天気にはしゃぐフレイアに対して、不穏な気配を感じとったジャックが顔を青くさせる。

 ひとまず話さなくては先に進めない。

 レイはゆっくりと話を始めた。

 

「なぁ皆……裏クエスト、受けて見る気ないか?」



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Page63:裏クエスト

 レイは『裏クエスト』についてしつこく問い質されたが、すぐには答えようとしなかった。

 一先ずギルドの大食堂に足を運んで、アリスとオリーブを呼びつける。

 いち早く聞きたがっていたフレイアに関しては、昼飯を奢る事で黙らせた。

 レイのその様子を見て、ジャック達は「全員集まらないと話せない内容」なのだと理解し、それ以上急く事はしなかった。

 

 フレイアが四回目のお替りを食べ終えたあたりで、アリスとオリーブが合流。

 これで役者は揃った。

 

「よし、じゃあ全員揃ったところで『裏クエスト』について説明するぞ」

「待ってましたー!」

 

 スプーン片手に目を輝かせるフレイアを軽くスルーして、レイは説明を始める。

 

「と、その前に前提条件の確認だ。フレイア、俺達ギルドの操獣者が依頼を受ける時、どんな手順を踏む?」

「ん、そりゃあいつも通りでしょ。この大食堂の掲示板に張り出された依頼用紙を受付に持って行って、依頼を受ける」

「そんで依頼をこなして報奨金を受け取る。それが誰もが知る基本の流れだな」

「依頼の難易度によって報奨金も変わりますわね」

 

 ギルド所属の操獣者にとっては基本中の基本。

 何故それをわざわざ再確認するのか、フレイア達には意図が読めなかった。

 ただ一人アリスを除くが。

 

「じゃあ今度はオリーブ。ギルドに来る依頼の報奨金、これは誰が出す物だ?」

「えっと、基本的には依頼主の人ですよね?」

「正解だ。ここまでが俺達がよく知る『表のクエスト』だ」

 

 さぁ、此処からが本題である。

 

「依頼を出すには金が必要、どれだけ事情があろうが難易度に応じた額を提示しなければいけない。それが依頼側の基本ルールだ…………だけどさ皆、この世界に住む人って全員金持ちだったっけ?」

 

 レイの問いかけに対して、一様に首を横に振る面々。

 当然だ、世の中はそこまで平等ではない。

 富める者がいれば、貧困者もいる。

 

「では問題です。金を持ってない人々はどうやってギルドに助けを求めればいいのでしょうか?」

「それは……」

 

 オリーブをはじめとして、一同口を噤んでしまう。

 良くも悪くも、この世界において金は正義だ。

 どれだけ危機的状況であっても、これが無ければ依頼など出せない。

 それを理解したからこそ、フレイア達の顔に影が落ちた。

 

「とまぁ、ここまで暗い話をしたけど、それをひっくり返してやろうじゃないか」

「ひっくり返す? 何するんスか?」

「あ、裏クエスト! ここで出てくるんだ!」

「フレイア正解」

「やったー!」

 

 両手を上げて子供のようにはしゃぐフレイアをスルーして、レイは説明を続ける。

 

「金が無いと依頼が出せないと思われがちなんだけど、実はギルドへ依頼を出すだけならタダで良いんだ。とは言っても、難易度に対して報奨の割が会わなかったり、下手をすれば報奨金自体がない依頼に関しては、基本的に表の掲示板に張り出されないんだけどな。普通誰も受けないし」

「レイ、もしかして裏クエストって」

「察しが良いなジャック。そうだ、そういう表に張り出されない緊急の依頼達。それが裏クエストだ」

 

 レイが言っていた「ヒーローがヒーローと呼ばれた所以」というのも、ここに繋がってくる。

 ただ強いだけの操獣者なら、先代ヒーロー(レイの父親)以外にいくらでも居た。

 しかしそんな強者たちを押しのけて彼が『ヒーロー』と呼ばれた理由。

 それに関しては数あるが、その一つがこの裏クエストの受注である。

 

「裏クエストを通した、利益完全度外視の活動の数々。それが父さんがヒーローと呼ばれるようになった理由の一つなんだ」

「なるほど、そういう事か」

 

 身分や種族を問わず、手を差し伸べて、戦ってきた戦士。

 故に『ヒーロー』。

 ジャックは改めて、レイの父親の偉大さを理解していた。

 

「じゃあさじゃあさ、その裏クエストを受けまくればヒーローに近づけるって事だよね! よっしゃあ! そうと決まれば――」

「待てフレイア、俺の話ちゃんと聞いてたのか?」

「困ってる人がいるから助けにいくんでしょ?」

「そう簡単に言うな。裏クエストがどういうクエストかもう一度言うぞ」

 

 席を立とうとしていたフレイアを座らせ、レイは改めて裏クエストについて話す。

 

「報奨金がない。仮にあったとしても危険度に対して割に合わないモノしか出ない。そして何より……一度受注したら途中リタイアが難しいんだ」

「うん、だから困ってる人を助けに行くんでしょ」

「だからなぁ――」

「何も間違ってないでしょ」

 

 キョトンとした表情で返すフレイア。

 

「困ってる人が見えた、だから助ける。いつもアタシ達がやってる事と何も変わらないじゃん」

 

 さも当然のことだとばかりに言ってのけるフレイア。

 そんな彼女を見て、レイは「そうだ、こいつはそういう人間だった」と改めて思い知った。

 そしてそれは、他のチームメンバーも例外ではない。

 

「ま、姉御らしい答えではあるっスよね~」

「フレイアのそういう所に魅かれて、僕らもチームに入った訳だし」

「はい」

「そうですわね」

「と言うわけで。やろうよ、裏クエスト!」

 

 チームリーダーであるフレイアの発言に、一切の異論は出てこない。

 皆危険は承知の上でやる気があるようだ。

 

「レイ、みんなやる気ある」

「みたいだな……よし、やるか裏クエスト」

 

 満場一致で決まる、裏クエストの受注。

 裏クエストの危険度はピンからキリまであるので、万が一拒否されても受け入れる心づもりだったレイにとって、この結果は幸運な事この上なかった。

 

「それでレイ、裏クエストはどうやって受注するんだい? 表の掲示板には出て無いんだろ」

「あぁ、それについては今から説明する……フレイア」

「なに?」

「食堂の掲示板から適当な依頼を持って来てくれ。できれば簡単な荷物運びあたりが良い」

 

 レイにそう言われるや否や、フレイアは猛スピードで掲示板へと走って行った。

 そして数分もしない内に戻って来た。

 

「はいレイ。これでいい?」

「魔法金属の輸送、難易度はF(最低)。上出来だ」

「それで、どうするんスか?」

「まぁ見てな」

 

 そう言うとレイはまず、依頼書の受注者欄に『チーム:レッドフレア』の名前を通常通りに書く。

 そして依頼書をひっくり返し、白紙の裏面に『受注、チームレッドフレア』と一文書き込んだ。

 

「これを受付じゃなくて、ミス・ヴィオラのところへ持っていく」

「ミス・ヴィオラって、ギルド長の秘書だっけ?」

 

 フレイアは微かな記憶を頼りに、その姿を思い出そうとしている。

 が、あまり接点の無い彼女には、いつもギルド長を追いかけている人以外の情報が出てこなかった。

 

「そうだ。裏クエストは全部ギルド長とその秘書、ミス・ヴィオラが管理しているんだ。だからこの依頼書を持っていって、表のクエストと一緒に受注するんだよ」

「はいレイ君! なんで表の依頼も一緒に受注するんスか?」

「簡単に言えば、暗黙の了解や大人の事情ってやつだな」

 

 あまり安易に裏クエストだけを受注しつづけては、ギルド全体が安く見られてしまう。

 それを防ぐためにも「表の依頼を受けるついでに受注をする」という建前が欲しいのだ。

 そしてなによりの理由は……

 

「一口に裏クエストっていっても、その範囲は広すぎるんだ。だからこうして表の依頼を一緒に受ける事で、その周辺地域から裏クエストを探してもらうんだよ」

 

 ちなみにこのルールは先代ヒーローであるエドガーを自制させる為に設けられたルールらしい。

 こうでもしなければ、彼はあらゆる裏クエストを片っ端から受注しただろうとは、ギルド長の言葉だ。

 

 それはともかく。

 レイ達は依頼書を片手に、ギルド長の執務室を訪れた。

 軽くノックをして、扉を開ける。

 中にはギルド長の姿はなく、来客用テーブルの前で秘書のミス・ヴィオラが頭を抱えていた。

 

「あのジジイ、また逃げたんだな……」

 

 レイがそうぼやく事でようやく、ヴィオラはレイ達に気が付いた。

 ヴィオラは慌てて、眼鏡の位置を直す。

 

「ミスタ・クロウリーですか。申し訳ありません、ギルド長は現在不在で」

「あぁ大丈夫です。今日はヴィオラさんに用事があるから」

「私にですか?」

 

 珍しいものだと、少し訝しげにレイ達をみやるヴィオラ。

 だがフレイアが差し出した依頼書を見て、彼らの要件を即座に理解した。

 

「裏クエストの受注、ですか」

「そういう事です。該当地域周辺で何かありませんか?」

「……少々お待ちください」

 

 そう言うとヴィオラは、執務室の奥から一つの箱を取り出して来た。

 中には表には出ていない依頼書が山のように入っている。

 

「すごっ」

「これ全部裏クエストですの?」

「はい、その通りです」

 

 予想外の量に思わず驚いてしまうフレイアとマリー。

 ヴィオラは軽く肯定そしながらも、手早く該当地域周辺の依頼書を探していた。

 凄まじい勢いで書類が捌かれていく様子に、思わず釘付けになってしまう一同。

 これが噂の、秘書ヴィオラの超高速事務処理なのだ。

 

「ふむ……その地区ですと、今ある依頼は一件だけですね」

「じゃあそれ受けまーす!」

「フレイア、せめて依頼内容くらい読んで決めろよ」

「大丈夫だって」

 

 ニコニコしながら依頼書を受け取るフレイア。

 だがその笑みも、依頼書に目を通していくにつれて、困惑のものへと変化した。

 

「…………なにこれ?」

 

 気になったレイは、フレイアから依頼書を取って自分も目を通す。

 

 ・目的地:ブライトン公国

 ・依頼主:匿名希望

 ・依頼内容:要人の護衛。詳細はサセックスの村にて話す。

 

「え、これだけ?」

 

 それは、なんとも奇妙な依頼書だった。

 雑といえば早いが、あまりにも情報が少なすぎる。

 

「フレイア、言いだしっぺの俺が言うのもアレだけど――」

「依頼受けます!」

「人の話を聞け! いくら何でも怪しすぎるわ!」

「でも詳しい事は会って話してくれるんでしょ。変な依頼だった時は、その時よ」

 

 レイの忠告をまるっと無視したフレイアは、さっさと依頼受注の手続きを始めてしまった。

 

「悪い皆、予想以上に面倒な事になったかもしれない」

「大丈夫ッス、ボクらはこういうの慣れてるから」

 

 生気の無い目で応えるライラに、レイは心の中で同情するのだった。



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Page64:公国の入り口

 表の依頼は魔法金属10トンをセイラムシティから運搬すること。

 幸いにしてこちらには力自慢のオリーブと、その契約魔獣であるゴーレムがいたので、半日もかからずに終えることが出来た。

 

 依頼人と会う予定のサセックスの村へは、ここから半日以上。

 レイ達は道中でキャンプを張り、夜を過ごす事にした。

 火を焚いて、オリーブが作ったシチューを夕飯に食べる。

 料理上手なオリーブの一品に舌鼓を打ちながら、レイはフレイアにある疑問を投げかけた。

 

「そういえばフレイア」

「ん?」

「魂を繋ぐ指輪ってのに、聞き覚えはないか?」

 

 バミューダでの依頼を終えた後、ギルド長に言われた言葉を思い出す。

 フレイアに聞くと良いとの事なので聞いてみたが……何故か「指輪」という単語を聞いた瞬間、ライラ、ジャック、マリーは露骨に嫌な顔をし始めた。

 オリーブに至ってはプルプル震える始末だ。

 

「魂を繋ぐ指輪? …………あぁ、王の指輪のこと?」

「王の指輪?」

「うん。前にあった依頼先で見つけたんだ。魂を繋げるっていうか、魔獣を合体させる力だったけど」

「は? 合体?」

「うん。合体」

 

 合体、それはレイの中にある指輪が伝えて来た言葉の中にもあったものだ。

 フレイアの話をよく聞くと、以前依頼でバロウズ王国という場所に行ったときに手にしたらしい。

 現地の王族がこの指輪を巡って血みどろの争いをしていた所、フレイアが激怒。

 ついついその場の勢いで指輪を飲み込んだら、フレイアの身体に完全に定着してしまったらしい。

 あんまりにもあんまりな話に、レイは完全に呆れかえっていた。

 

「で、バロウズ王国に暴走した巨大魔獣が出て来たから、アタシ達は戦った訳なんだけど。これがまた強くってさ~、鎧装獣《がいそうじゅう》でも中々ダメージ与えられないの」

「イフリートクラスの鎧装獣でもか……どうやって倒したんだ?」

「合体したの」

「……は?」

「王の指輪の力を使ってね、鎧装獣を合体させたの。めちゃくちゃ強くてカッコイイんだよ!」

 

 あまりに荒唐無稽な発言は、レイの理解力を遥かに超えていた。

 鎧装獣を合体させるなど聞いたことがない。

 レイがあからさまに怪訝な顔をしていると、後ろからジャック達が声をかけてきた。

 

「レイ、信じられないかもしれないけどフレイアの話は本当だ」

「マジか」

「大マジっスよ。実際ボクらは姉御の言う合体に巻き込まれたんスから」

「ですが強大な力であったのは間違いありませんわ……わたくしは二度と御免被りたいですけど」

 

 三人のげんなりした表情の中に「真実なんだ仕方ないだろ」と言った心の声が滲み出てくる。

 強大な力だったというのも間違いないのだろう。

 そしてこの「合体」とい力が、以前バミューダでフレイアが語っていた奥の手と思われる。

 

「おおおお股、お股がががががががががががががががが」

 

 そしてオリーブはバグっていた。

 余程トラウマなのだろう。

 

「(しかし、合体ねぇ……)」

 

 いまだ半信半疑のレイは、未知の力に対する空想に耽っていた。

 

 

 

 

 翌朝。

 日の出と共に一同は出立する。

 最寄りまでは各自契約魔獣の背にのって素早く移動した。

 そして太陽が真上に達した頃、レイ達は目的地であるサセックスの村に到着した。

 

「これは……想像以上に酷いな」

 

 レイが思わずそう零してしまうのも無理はない。

 目の前に広がるのは浮浪者や難民が火を焚き暖を取る姿。

 目に映るのは今にも倒壊しそうな建物の数々。

 活気と言う言葉とは対極的な村が、そこには広がっていた。

 

「治安の方は……よろしくはなさそうですわね」

「国の入り口からこうとなると、奥の方もあまり期待できなさそうだね」

 

 マリーとジャックが口々に率直な感想を述べていく。

 しかしそう思うのも無理はない。

 実際目の前に広がる風景は、スラムと言っても過言では無かった。

 

「まぁ敗戦国の末路なんて、こんなもんだろうよ」

「敗戦国、ですか?」

「あぁ。ブライトン公国は去年まで大規模な戦争をしてたんだよ。最初の方は優勢だったらしいけど、どこからか逆転されて、最後は悲惨な負け方をしたらしい」

 

 それは昨年セイラムシティでも話題になった事だった。

 それほど大きくもない公国が、大国相手に優勢で戦っていたと。

 しかしある時を境に兵士達が弱体化し、公国は戦争に大敗することとなった。

 その戦争は、あまりの物珍しさに新聞の一面を飾っていたので、レイの記憶にもしっかり刻まれていた。

 

「みんな、あまり気ィ抜くなよ」

「分かってる。抜いたらやられそうだもん」

 

 フレイアはさりげなく指示して、皆が離れないようにする。

 村の人々はギラギラとした目つきでこちらを見ている。

 極上の獲物か何かに無得ているのだろう。

 刃物の気配すら感じるが、その程度でどうにか出来る程レイ達は弱くはない。

 

 さて、ここで一つ問題が出て来た。

 依頼主がいる村には来たのだが、何処にいるか探さなくてはならない。

 かといってこの状況で手分けして探すのは危険だ。

 

「(さてどうしたものか……ッ!?)」

 

 その気配は上方、建物の上から感じ取れた。

 魔武具が軋み、魔装が衣擦れる音。

 

『レイ』

「分かってる。フレイア」

「大丈夫、ちゃんと気付いてるから。みんな、三つ数えたら戦闘態勢ね」

 

 フレイアの意図が伝わり、皆静かに頷く。

 そして……

 

「1……2の、3!」

 

 一斉に分散する。

 次の瞬間、レイ達が居た地点に大きな人影が落下してきた。

 

「オイオイ、マジで俺ら狙いかよ」

 

 舞い上がった砂埃が晴れて、人影が姿を見せる。

 それは、レイが予測した通り操獣者だった。

 短剣を手にし、パルマカラーの魔装を身に纏っている。

 

「オイ、俺らら金目のもんなんて持ってねーぞ!」

「……必要ない」

 

 そう小さく紡ぐと、パルマの操獣者は此方に駆け出してきた。

 

『レイ!』

「話して何とかなる相手じゃないか。Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」

 

 瞬時に変身するレイ。

 コンパスブラスターを構えて、襲い掛かる短剣を受け止める。

 

「お前たち、GODの操獣者か?」

「そうだって言ったら?」

「それだけ聞ければ十分だ」

 

 パルマの操獣者は短剣を押し出すと、その勢いで後方へと距離を取った。

 

「グレイプニール!」

 

 変身したジャックが固有魔法を発動させる。

 召喚された無数の鉄鎖が、次々にパルマの操獣者へと襲い掛かった。

 しかし、パルマの操獣者はその鎖達をヒラリヒラリと軽く躱してしまう。

 

「クッ、早い!」

「だったらボクに任せるっス!」

 

 早さなら誰にも負けないライラが一気に距離を詰めて、後ろを取る。

 

「ビリットするっスよー!」

 

 固有魔法発現。

 ライラの手に魔力で生成された雷が溜まっていく。

 それをライラは一気に解放した。

 至近距離の雷攻撃。魔装を身に纏っているとはいえ、普通ならしばらく動けなくなる筈である。

 しかし、ライラの雷がパルマの操獣者に当たる事は無かった。

 

「えっ!?」

 

 至近距離からの放電、外す事などありえない筈なのに。

 解き放たれた雷は、まるで反発した磁石のようにパルマの操獣者の身体を避けて行った。

 

「フン!」

「きゃっ!」

 

 驚いて気が抜けたライラに、強烈な回し蹴りが叩きこまれる。

 まともに防御態勢が取れなかったライラは、近くの建物の壁に叩きつけられてしまった。

 

「ライラ! なんでアイツ電撃が効いてないの!?」

「多分アイツの固有魔法だ。恐らくアイツは魔力(インク)の軌道をずらすことができるんだ」

「って事は魔力攻撃はほぼ効かないって事!? そんなのアリ!?」

 

 予想外の強敵に文句を垂れるフレイア。

 恐らく先程、ジャックの鎖を躱したのもこの魔法の力によるものだろう。

 一見すると攻撃が通用しない反則的な相手。

 だがレイには一つの攻略法が浮かんでいた。

 

「魔力攻撃()効かないか……だったら何とかなりそうだな」

「いいアイデアあるの?」

「あぁ、逆に考えるんだ。魔力を使わずに攻撃すればいいんだって」

「……あっ、そうか」

 

 ポンと手を叩き、レイの思惑を理解したフレイア。

 そうだ、魔力が効かないなら原始的な方法で倒せば良いだけなのだ。

 フレイアは早速ペンシルブレードを構えて、パルマの操獣者へと向かって行った。

 

「アイツは気が早すぎるんだよ……アリス」

「なに?」

「ちょっとサポート頼む」

 

 ミントグリーンの魔装に身を包んだアリスに、軽く耳打ちをする。

 作戦を伝え終えたレイは、すぐさまフレイアの後を追いかけた。

 

「どりゃぁぁぁぁ!!!」

「くっ!」

 

 フレイアのペンシルブレードと、パルマの操獣者の短剣がぶつかり火花を散らす。

 向こうも自身の弱点が露呈した事に気が付いたようだった。

 しかしフレイアの猛攻が態勢を立て直す事を許さない。

 激しい鍔迫り合いの音が、街路に響き渡る。

 

「ふんッ!」

 

 パルマの操獣者は流れるような動きで、強烈な蹴りを叩きこんでくる。

 

「っ! 体術(アーツ)も使えるの!?」

「刃は一つだけではない」

「あっそ。でもそれはこっちもだよ!」

 

 フレイアがそう言った直後、パルマの操獣者の背後から、レイが斬りかかってきた。

 気配を察知した操獣者が振り返り、短剣でコンパスブラスターの一撃を防ぐ。

 

「ぐっ!」

「悪いな、敵に回したのは一人だけじゃねーんだよ!」

 

 レイが剣撃を繰り出し、その隙を埋めるようにフレイアが追撃していく。

 前後左右、逃げ道を作らせない猛攻が、パルマの操獣者を襲う。

 操獣者は体術と剣技を駆使して応戦するが、二体一では分が悪い。

 次第に体力が削られてきた、その時だった。

 

――ヒュンッ!――

 

 突如飛来してきた一本のナイフが、パルマの操獣者の肩に突き刺さった。

 操獣者は慌てて傷ついた肩を押さえようとするが、身体が思うように動かなかった。

 

「エンチャント・ナイトメア。これで動けない」

 

 アリスの幻覚魔法が付与されたナイフによって、一瞬の隙が作られる。

 そして、その一瞬の隙が彼にとっての命取りとなった。

 

「……」

「これで」

「チェックメイト、ってやつだな」

 

 レイとフレイアは、操獣者の首筋ギリギリに剣をあてがう。

 操獣者はこれで、完全に詰みに持っていかれてしまった。

 

「何故殺さない」

「何、殺して欲しかったの? じゃあ他を当たって」

「俺達は無意味な殺生はしない主義なんだ」

 

 静かに歩み寄ってきたアリスがナイフを抜き取り、操獣者に掛かった魔法を解除する。

 身体の拘束が解除された操獣者は、膝から崩れ落ちてしまった。

 アリスは念のため、そばに落ちていた短剣を蹴り飛ばす。

 

「で、お前は何者だ?」

 

 既に戦闘の意思は無くなっていた操獣者に、レイは問い質す。

 操獣者は観念したかのように、グリモリーダーから獣魂栞(ソウルマーク)を抜き取り、変身を解除した。

 

 姿を現したのは、金髪で端麗な顔立ちの男性だった。

 服は随分と高そうな物を着ており、いくつかの勲章が付けられている。

 そしてパルマカラーの獣魂栞は光を放ち、一匹の猫型魔獣(ケットシー)に姿を変えた。

 

「急に荒々しい事をしてすまない。だけどこうして実力を確かめねばならない事情があったんだ」

「事情だぁ? いくら何でも荒すぎるだろ」

 

 文句を垂れつつ、レイは変身を解除する。

 戦闘態勢に入る必要がなくなったので、他の面々も変身を解除した。

 

「反論の言葉はないよ。だがこれから一緒に戦う事になるのだから、少しは仲良くして貰いたいかな」

「は?」

「僕の依頼を受けてくれたのだろう? GODの操獣者諸君」

「てことは……アンタがこれの依頼主?」

 

 そう言ってレイは裏クエストの依頼書を出す。

 男はその依頼書を見ると小さく頷き、肯定の意を示した。

 

「遅くなったが自己紹介をさせて貰いたい。僕はブライトン公国皇太子、ジョージ・ド・ブライトン。そしてこの子は契約魔獣のケットシーだ」

 

 しばしの沈黙。

 レイ達は彼が発した言葉を理解するのに数秒要してしまった。

 

 そして理解した瞬間、一気に爆発した

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」」」



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Page65:皇太子の依頼

 襲撃者の正体であり今回の依頼人は、まさかの皇太子であった。

 あまりの出来事に空いた口が中々塞がらないレイ達。

 その皇太子であるジョージから謝罪の言葉を受けた一同は、彼の隠れ家へと案内された。

 

 それは村の最果てにある、小さな小屋だった。

 中は掃除が行き届いているとはいえ、ぱっと見はとても王族が使うような場所には見えない。

 ジョージは小屋の中に入ると、ケットシーに餌の干し魚を与えてから本題に入った。

 

「改めて名乗らせて貰おう。ブライトン公国皇太子、ジョージ・ド・ブライトンだ。今回は僕の依頼を受けてくれて本当に感謝している」

 

 小屋の隅でロキとケットシーがじゃれ合う音が、やたら目立つ。

 爽やかな顔をして頭を下げてくるジョージに、レイは更に訳がわからなくなってくる。

 それはフレイアも同じだったのか、彼女は率直に質問をぶつけてみた。

 

「あの……なんで皇太子様が裏クエストを? こう言っちゃあなんだけど、王族なら表の依頼を出せるだけのお金持ってるよね?」

「フレイア、それも含めての訳あり依頼って事だろ」

「あ、そっか」

 

 フレイアの質問に、ジョージは思わず苦笑いをしてしまう。

 

「はは、確かに彼女の言う通りだ。本来なら正当な報酬を合わせて依頼を出すべきだっただろう。だけど今回は赤髪の彼が言うように色々訳ありなんだ」

「先の戦争の事はここに居る全員存じておりますわ。いくら王族といえども今は敗戦国。多額の賠償金も重なって、自由に動かせるお金が無い……そうですわね?」

 

 マリーの言葉に「正解だよ」とジョージは返す。

 金銭面に関してはそうなのだろうが、どうにもレイにはそれだけが理由とは思えなかった。

 

「で、皇太子様はどうして俺達を襲撃したんだ? それも依頼と関係あるんだろ?」

「あぁ、勿論だ」

「強い人、必要だった?」

「結論を言ってしまえばそうなる。どうしても実力のある操獣者に来て欲しかったんだ」

 

 己の非力を呪うかのように、ジョージは拳を強く握り締める。

 

「それで皇太子様。俺達は要人の護衛としか聞かされてないんだけど、具体的には何をすればいい?」

 

 チーム全員の視線がジョージに集まる。

 依頼書には『要人の護衛』としか書かれていなかった。

 具体的に誰をどこまで護衛すればいいのか、それが分からなければ何も出来ない。

 ジョージはレイの質問に、重々しく口を開いた。

 

「護衛して欲しい要人は僕自身だ。行き先は宮殿内の謁見の間。そこまで僕を連れて行って欲しい」

 

 真剣な眼差しと、ある種の覚悟が籠った声で告げられた依頼内容。

 だがそれは非常に奇妙なものだった。

 眼前に居るのは仮にも一国の皇太子。それが王宮までではなく、宮殿()まで護衛が欲しいと言っているのだ。

 

「えっと、宮殿って皇太子様のお家ですよね? それって私達が守らなくても入れるんじゃないですか?」

「いや待てオリーブ。わざわざ俺達に連れて行って欲しいって依頼してきたんだ、迂闊に中に入れない何か理由があるって事だろ。そうですよね、皇太子様?」

 

 ジョージは小さく頷いた。

 

「話してくれますか、皇太子様の事情を。俺達はこっから命張るんだ、せめて事情くらいは教えて貰わないと割に合わない」

「……わかった、話そう」

 

 先の襲撃を根に持っていたレイは少しトゲトゲしく問う。

 ジョージは苦々し気な表情を浮かべつつ、語り始めた。

 

「僕はこの国を腐敗から救いたい。この国を治める者として、民を苦しめる原因を取り除きたいんだ……だから僕はッ――」

 

 それは、強い覚悟と決意を秘めた発言のように聞こえた。

 

「僕は現ブライトン公国元首であり、我が父ウィリアム公を討ちたい。その為にも、君達に力を貸して欲しいんだ」

「…………みんな、帰るよ」

「だな」

「スね」

 

 ジョージの言葉を聞いたフレイア達は、白けた表情で小屋を後にしようとする。

 

「ま、待ってくれ。どうか話を最後まで聞いてくれ」

「あのね、アタシ達は殺し屋じゃないの。どんな理由があろうと、親殺しに手を貸すわけないじゃん」

「それだけじゃない。仮にも現国家元首を討つ? 思いっきり身内の謀叛じゃねーか。んなもん関わりたくもねーよ」

「仮に関わっても、トカゲの尻尾切りで罪を背負わされたら、堪ったもんじゃないっス」

 

 ジョージは必死に皆を引き留めようとするが、レイ達は聞く耳を持とうとはしない。

 裏クエストには色々と黒い依頼もあるとは聞いていたが、流石にこれはレイも予想外だった。

 いくら何でも皇太子の謀叛に手を貸す道理はない。

 レイが小屋の戸に手をかけようとした瞬間、小さな手がそれを防いできた。

 

「なんだよアリス」

「話だけでも聞いてあげたら?」

「いや流石にこれは……」

「向こうも訳あり。とりあえず聞いてからでも遅くはない」

 

 アリスの言葉に、少し考え直す。

 確かに、話を最後まで聞いてから判断を下すのも悪い選択肢ではない。

 レイはフレイア達に軽く目配せをする、

 

「フレイア、どうする?」

「うーん……」

「判断、時期尚早。話だけでも聞いてあげたら?」

「アリスがそこまで言うなら……」

 

 渋々といった様子で、フレイアは再びジョージに向き合う。

 チームリーダーがそう判断したので、他のメンバーも話だけは聞こうと決めた。

 

「ありがとう」

「いいけど、依頼を受けるかどうかは話の内容次第だからね」

「重々承知しているさ」

 

 まだまだジョージを信用できないフレイアは、訝しく思う様子を隠そうともしない。

 だがそれは、ジョージの方も分かっていたようだ。

 なんとかフレイア達から理解を得るためにも、彼は落ち着いて状況を話し始める。

 

「現在、我がブライトン公国はある組織に乗っとられてるんだ」

「ある組織。どこの組織っスか?」

「彼らは自分達を、ゲーティアと名乗っていた」

 

 ゲーティア。

 その言葉が出た瞬間、レイ達の間に言い知れぬ緊張感が走った。

 特にレイは先の認定試験でガミジンと戦ったばかり。その時の様子が脳裏にフラッシュバックしていた。

 そしてジャックも無言で顔をこわばらせる。

 

「その様子、ゲーティアを知っているのかい?」

「あぁ、知ってるよ。厄介この上ない奴らだった。でもなんで国がゲーティアに乗っ取られたんですか?」

「……先の戦争が開戦してすぐだった。宮殿にゲーティアの使者がやって来た」

 

 ジョージの話を纏めるとこうだ。

 戦争が始まってすぐの頃、宮殿の謁見の間にゲーティアの使者を名乗る少年がやって来た。

 その少年は「どんな敵にも勝てる、至上の力は要りませんか?」と言い、一つの薬を差し出してきた。

 

「オイ待て、まさかそれって」

「あぁ……魔僕呪(まぼくじゅ)。それも原液だった」

「原液!? どういうことだよ」

「言葉の通りさ。ゲーティアの使者が持ってきたのは300倍に希釈する必要が有る魔僕呪の原液。それを大樽で一つ用意してきた」

 

 ジョージは話を続ける。

 ゲーティアの使者は魔僕呪の効能を魅力的に説明した上で、その原液を無償で提供してきた。

 ウィリアム公は試しに、死にかけの兵士に魔僕呪を服用させた。

 すると兵士は瞬く間に屈強な戦士へと復活を遂げ、もう一度魔僕呪を服用すると、何物にも負けない強者へと変貌した。

 

「父は一瞬にして魔僕呪の虜になった。渡された魔僕呪を使い、国中の兵士にばら撒いたのだ」

「な……なんてことを……」

 

 マリーは思わず絶句してしまう。

 そんな事をすればどうなるかは目に見えていたからだ。

 

 そしてジョージの話の続きは、案の定と言うべき内容だった。

 本格的にゲーティアをスポンサーにつけたウィリアム公。

 魔僕呪の力で強化した兵士は、瞬く間に敵軍を蹂躙していった。

 戦争は誰の目から見てもブライトン公国の優勢、そう語られていた筈だった。

 ある時期を境に、兵士達が急激に弱体化していったのだ。

 何故だ、誰にも原因が分からなかった。否、誰もが原因から目を逸らしていた。

 魔僕呪の副作用だ。

 兵士達は手足が老化し、魔僕呪の毒素に全身を侵される事となった。

 

 そして、戦争は終わった。

 ブライトン公国の大敗という結果で。

 

「僕は何度も父に言った、魔僕呪は危険だと。だが父は何かに取り憑かれたかのように、魔僕呪の使用を止めなかった……兵士だけではなく、父自身も」

「ウィリアム公も、魔僕呪を服用されたのですか?」

「恥ずかしながらね」

「まぁ、事情は分かったけど。やっぱり父親殺しを手伝うのはね~」

「その事なんだが、一つ補足させてくれないか」

 

 ジョージは何やら困ったような表情でそれを告げる。

 

「こんな事を言っては、気が狂っていると思われるかもしれないが……父は、ウィリアム公はもう、人としては死んでいるも同然なんだ」

「どういうことだ?」

「魔僕呪の副作用さ。父は魔僕呪を乱用して、その身体を完全に侵されきっているんだ。もう自力で動く事もできなければ、意思疎通を図る事もできない」

 

 沈痛な面持ちで告げられる事実に、レイ達は返す言葉が出てこない。

 しかしここでふと、マリーはある疑問が出て来た。

 

「あら? でしたら、終戦後に表舞台へ出て来たウィリアム公はどなたでしょうか?」

「……本人だよ。ただし、ゲーティアに心身を操られた傀儡だけどね」

「なる程、乗っ取られたってどういう事か……」

 

 レイの中で色々と腑に落ちる。

 先程ジョージが言っていた国の腐敗というのも、ここに繋がってくるのだろう。

 

「あの、皇太子様はどうして、お父さんを討とうとするんですか? 救護術士の人に跳んで治療して貰えないんですか?」

「それは……」

 

 オリーブがおずおずとジョージに質問する。

 だがその内容にジョージはおろか、レイも目を逸らさざるを得なかった。

 

「オリーブ、それなんだけどな――」

「魔僕呪の中毒者を完全に治す治療法は、未だに見つかってない」

「えっ」

 

 レイとジョージが言いにくそうにしているのを察したのか、アリスがオリーブに説明する。

 そう、魔僕呪中毒の完全な治療法は未だ見つかっていないのだ。

 初期段階ならある程度治す事が出来るものの、後遺症からは逃れられない。

 まして、ウィリアム公のような明らかな末期患者となれば、最早悪戯な延命以外に道が残されていないのだ。

 

 ショックな話だったのか、オリーブは俯いてしまう。

 暗い空気が漂って静寂が出始めたので、レイが話を進めた。

 

「えっとつまりだ、皇太子様はウィリアム公を討つ……と言うより解放してやりたいって事ですか?」

「その通りだ。僕は父に、これ以上あのような醜態を晒して欲しくない。あの人の息子として僕自らの手で、父を呪縛から解放したいんだ!」

 

 決死の叫びとでも形容すべきか。

 ジョージは心の底から、己の覚悟を口にした。

 

 そしてその決意は、少なくともレイには届いた。

 

「……だってさフレイア」

「うん」

「どうする? 様子からして、間違いなくゲーティアの奴らとの戦闘は避けられない。かなり危険度はたかそうだけど……受けるか?」

「そんなの、聞くまでもないでしょ」

 

 そう言うとフレイアは、ジョージの元へと近づき……

 

「皇太子さん、王宮でゲーティアの奴らと鉢会う可能性は分かってるよね?」

「無論だ」

「一応聞いとくけど、死にに行くつもり?」

「そんな事はない! 父を討った後も、僕には国の為に成すべき事が山のようにあるんだ! ゲーティアからこの国を取り返し、再興するという夢があるんだ!」

「……わかった。皇太子さん、アンタの依頼受けるよ」

「っ! ほ、本当か!?」

「本当本当。ね、みんな」

 

 フレイアは振り向いて、チームメンバーを見渡す。

 皆、既に覚悟は決めた様子であった。

 

「まぁ、フレイアがそう言うなら」

「姉御が決めたのなら、異論はないっスよ」

「が、頑張りましゅ! あうぅ、噛んだ」

「ゲーティアとは前回戦いました。今回も華麗に勝利を収めてみせますわ」

「俺はもう受けるつもりだぜ」

「レイに同じく」

 

 チーム全員が乗り気になった事に、ジョージは微かに感涙した。

 

「皆……本当にありがとう」

「いいってことよ。これもヒーローの務めだからね~」

「それでも国を取り戻すなんて、中々デカイ仕事だけどな」

「きっと大丈夫。チーム全員いるんだから、なんとかなるでしょ。あと皇太子さん。一人で突っ走るのはやめてね」

「勿論さ」

「皇太子様、ゲーティアの方は俺達に任せてくれ。漏れなく全員ぶっ飛ばしてやる」

 

 掌に拳を叩きつけて、気合いを入れるレイ。

 前回の戦いでゲーティアを倒した事で、少し自信がついていた。

 

『レイ、あまり天狗になるなよ』

「大丈夫だって。俺達ならやれる」

『(……心配だな)』

 

 スレイプニルが心配しているとは露知らず、レイ達はこれから戦う相手への闘志を燃やしていた。

 次に目指すはブライトン公国首都。

 宮殿の座する場所である。



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Page66:汚染された首都

 翌朝。レイ達はジョージ皇太子の案内で、ブライトン公国の首都へと向かっていた。

 その道中、レイはジョージに幾つかの疑問を投げかけていた。

 

「国公認で魔僕呪(まぼくじゅ)の流通か……皇太子様以外に止める人はいなかったんですか?」

「残念ながらね。ほとんどの大臣達は父と同じく魔僕呪の魅力に取り憑かれてしまった。一部の良識ある大臣や僕の兄弟達は反対意見を持っていたものの、魔僕呪に侵された父達を見て恐れおののいてしまったよ」

「……失礼ですけど、その大臣や御兄弟達は?」

「恥ずかしながら、終戦と同時に他国へ亡命したよ。でも僕は、決して彼らの選択が間違っているとは思わない。命あっての物種だからね……」

 

 そう言って微かに顔を伏せるジョージ。

 その様子を見たレイは、首都で起きている惨状をぼんやりと察する事しか出来なかった。

 命あっての物種。そんな言葉が飛んでくる程だ、相当酷い状況なのだろう。

 

 だが現実は、レイ達の想像をはるかに超える悲惨さだった。

 

 太陽が真上に昇るかどうかという時間帯。

 レイ達は首都の門をくぐった。

 だがその先に、一国の首都と呼べる豊かさは広がっていない。

 目に入るのは、下手なスラム街よりも酷い敗戦国の末路だった。

 

「……皇太子様、これは本当に首都なんですか?」

「あぁ、そうだよ」

「酷い……」

 

 レイは我が目を疑い、オリーブは絶句する。

 他のチームメンバー達も似たり寄ったりなリアクションだった。

 

 視界に入ってくるのは、豊かさとは真逆な街の人々。

 生気の無い目に、襤褸切れの様な服。

 街の建物は崩れていない壁を見つける方が難しく、風の吹く中で人々は藁をかき集めて暖を取っていた。

 

「敗戦国は賠償金のせいで貧しくなるってのはアタシでも知ってるけど、ここまで酷いもんなの?」

「いいえフレイアさん、普通はここまで酷くはなりません。一体何が……」

 

 あまりにも悲惨な状況にマリーが困惑の声を漏らす。

 それを背に、首都の中を歩くレイ。

 ひとまず目的地である王宮は、一番目立っているので大丈夫だ。

 だが首都の様子があまりにも異様なので、注意深く周りを観察する。

 するとレイは、ある事に気が付いた。

 

「……なぁ皆、この街、営業してる店が全然見当たらないんだけど」

「言われてみれば、そっスね」

 

 レイの言葉に反応して周囲を見回すチームの面々。

 店の看板を掲げている建物はあるが、何処も営業している雰囲気はない。

 

「貧しすぎて誰もお金払えないとか?」

「いや、それでもおかしいだろ」

 

 フレイアの疑問を否定するレイ。

 いくら貧しいとはいえ、ここまでで営業している店がゼロなのはおかしい。

 最低でも食料品店くらいはありそうなものなのだが、それすら無い。

 輸入等ができなくても、自国で生産したものくらいは流通させている筈だ。

 この街の人々は何をしているのか。

 レイ達はすれ違う人々に目を向ける。

 

「……え?」

 

 誰が発したかは分からない。あるいは全員が発したのかもしれない。

 レイ達は、各々が目にした首都の住民に釘付けとなっていた。

 ガリガリに痩せた身体に、生気を感じない目。

 だがそれ以上にレイ達を驚かせたのは彼らの手足だ。

 ボロボロの服から伸びているのは、顔の若さに不釣り合いな()()()()()()

 

「まさか!?」

 

 レイは慌てて他の住民達に視線を向ける。

 外を歩いている人間だけではない、建物の壁に倒れ込んでいる人々も手足が老化していた。

 典型的な魔僕呪の副作用。

 それが視界に入る人々全員が発症していたのだ。

 

「嘘だろ……」

「まさか住民の大半が魔僕呪の服用者とはね……」

 

 あまりの出来事にレイとジャックは面を食らう。

 他の面々は言葉すら出す事ができなかった。

 

「皇太子様……まさかとは思うんですけど。この街は店をやっていないんじゃなくて――」

「やれる人間が、誰もいないんだ」

 

 拳を握りしめ、苦々し気にジョージは答える。

 要するに首都の住民達は、魔僕呪の副作用によって皆弱っているのだ。

 商いをする事はおろか、何かを買いに行く元気すら無いのだろう。

 そんな彼らを見て、フレイアはある疑問を抱いた。

 

「ねぇ皇太子さん。魔僕呪を配ったのは兵士だけじゃなかったの?」

「……終戦間際の事だ。一部の兵士と魔僕呪に好意的だった大臣達が、希釈した魔僕呪を裏で横流ししたんだ」

「なにそれ……自分の国の人達でしょ!?」

「彼らにとっては割の良い小遣い稼ぎだったんだろう。僕が気づいた時には……既に手遅れだった」

 

 後悔と自責の念、言葉にせずともそれがひしひしと伝わる。

 だがそれを慰められる程、現実は甘くはなかった。

 王宮に向かって進むレイ達。

 すれ違う人々は変わらず、老化した手足を晒している。

 そしてその中には、レイが一番見たくなかったものもあった。

 

「……薄々、そういうのも有るんじゃないかとは思ってたけどさ」

 

 思わず立ち止まって見てしまう。

 そこにあるのは、力無く壁にもたれかかる小さな人影。

 意識は無い、昏睡している。

 そして、服の外には老化した手足を晒しているが、その顔は二桁も行かぬ幼子だった。

 

「子供にまで飲ませたのか、この国の奴らは!」

 

 感情的に怒声をあげるレイ。

 それを聞いたジョージは、悔しそうに目を伏せるだけだった。

 

「……皇太子さん、あんまりこういう事は言うべきじゃないんだろうけど……アタシ、この国のお偉いさんは好きになれそうに無い」

 

 普通なら不敬も良い所なフレイアの発言。

 だが目の前にいる子供を見ては、誰もそれを咎める気にはなれなかった。

 

「そうだな、君の言う通りだ……こういう事は本来、国を治める者が未然に防ぐべきなんだ」

「皇太子様。後悔するのはいいけど、程々にしておいて下さいね。後悔するだけじゃあ誰も前に進めないですから」

「……あぁ、そうだな。その通りだ」

「この子や、この国の人々を想うなら、今は未来を見据えて下さい。じゃないと平民は安心できないんですよ」

 

 レイが咎めるように言うと、ジョージは自分の両頬を叩いた。

 自らに気合いを入れ直したのか、ジョージの顔は先程よりも威厳を感じるものになっていた。

 

「そうだな、後悔は後からいくらでも出来る。今はこの国を正す事が先決だ」

「でもその前に、この国を乗っ取ってるゲーティアを追い出さないとね」

 

 フレイアの言う通りだった。

 何をするにも、まずはこの国をゲーティアから取り戻さないといけない。

 その為に自分達は来たのだ。

 チーム一同、気が引き締まる。

 

「安心してください皇太子様。正直俺、今はらわたが煮え繰り返ってるんですよ。ゲーティアの奴らは見つけ次第ぶっ飛ばす!」

 

 手のひらに拳を叩きつけて、義憤を燃やすレイ。

 その感情は、他のチームメンバーも同じだった。

 

「じゃあ、早いとこ王宮に行きましょ」

 

 フレイアの声に導かれるように、皆王宮への足取りを進めた。

 

 

 

 

 首都の入り口を発ってから、幾らか進んだ頃だった。

 宮殿までの道のりも後半分という所。

 相変わらず街の様子は良くない。

 彼方此方に魔僕呪の副作用に苦しむ人々が居る。

 

「なぁアリス」

「なに?」

「あの人達、どうにか治してやれないかな〜って思ってさ」

「昨日も言ったけど、魔僕呪の中毒は完治できない。手足の老化も、一回なったらもう治らない」

「だよなぁ……」

 

 視界に入る人々を気にしながら、レイは首の裏を掻く。

 ゲーティアを追い出して、ジョージがウィリアム公を討っても、その先に問題がある。

 魔僕呪中毒者である彼らのケアだ。

 一人二人なら何処の街でもどうにかなる。

 しかし首都が機能不全になる人数だ、そう簡単にはいかない。

 まして敗戦国で金も無い。その金を稼ぐ人手もこの有様だ。

 レイの脳裏に最悪の結末が浮かぶ。

 

「(いや、今考えるのはやめよう)」

 

 レイは脳裏から最悪の結末をかき消した。

 それが、あまりにも後味が悪過ぎたから。

 

 王宮への足取りを進める。

 やはりすれ違う人々は、枯れた棒の様な手足だ。

 言葉らしい言葉も聞こえてこない。

 聞こえるのは精々、うめき声と寝息。

 そして「ボッツ、ボッツ」という鳴き声。

 

「……え?」

 

 嫌な意味で聞きなれた声が耳に入った瞬間、レイの意識は一気に目覚めた。

 レイは慌ててグリモリーダーと獣魂栞《ソウルマーク》を構える。

 

「フレイア、聞こえたか?」

「聞こえた。かなり近い」

 

 レイとフレイアは周辺の気配を探り、他の面々はジョージを守る様に陣取る。

 意識を耳に集中させて、あの鳴き声を探る。

 聞こえた。正面、斜め右の向き。

 レイとフレイアは大急ぎで走り、曲がり角を右に曲がる。

 そこには昏睡して倒れ込んだ住民と、それを捕食しようと近づく灰色の人型の姿。

 

「ボーツ! なんでこんな所に!?」

「考えるのは後! 今はあの人達助けるよ!」

 

 そう叫ぶとフレイアは、グリモリーダーと赤色の獣魂栞を構えた。

 

「Code:レッド、解放ォ! クロス・モーフィング!」

 

 赤い魔装に身を包んだフレイアが駆け出す。

 ボーツは手を鎌の形に変化させて、今にも住民を斬りつけようとしていた。

 フレイアはすかさず、ペンシルブレードを引き抜く。

 

「どぉぉぉりゃぁぁぁ!」

「ボッッッ!?」

 

――斬ッ!!!――

 間一髪。

 フレイアの放った一太刀は、ボーツの腕を斬り落とした。

 片腕を失ったボーツは狂乱気味に、フレイアに襲い掛かろうとする。

 

「遅い!」

「ボッツ!?」

 

 横薙ぎに一閃。

 ボーツが攻撃するよりも早く、フレイアの放った一撃が胴体を上下に分断した。

 断面の焼け焦げた死体が、力なく崩れ落ちる。

 

「大丈夫……って言っても、聞こえてないか」

 

 助けた住民の身体を軽く揺らしながら、そう零すフレイア。

 ひとまずこの昏睡した住民達をどうするか考えるも、自体はそう簡単に収まらなかった。

 

「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」

 

 今の戦闘に気づいたのか、街道の向こうから更に十数体のボーツがこちらにやって来た。

 身動きの取れない住民達を、一人でこの数から守るのは難しい。

 

「これは不味いな……フレイア、二人協力して倒すぞ」

「街の人に近づくより先にぶっ倒すって事ね。上等!」

 

 レイは改めて、グリモリーダーと銀色の獣魂栞を構える。

 

「Code:シルバー解放! クロス・モーフィング!」

 

 魔装、変身。

 銀色の魔装に身を包んだレイは、コンパスブラスターを手にしてボーツへと立ち向かった。

 

「ボォォォォォォォォォツ!」

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)!」

 

――弾ッ弾ッ!!!――

 コンパスブラスターから放たれた魔力弾が、ボーツの身体を的確に貫いていく。

 

「援護射撃は任せろ! お前は派手に焼き斬れ!」

「オーケー!」

 

 レイの銃撃で怯んだボーツ達を、フレイアがペンシルブレードで斬り裂いていく。

 一体、また一体と倒されていくボーツ。

 動けない住民に襲い掛かるよりも早く、レイとフレイアの仕留めにくる。

 何が何でも守るという意志の元、二人はボーツに対して攻撃の手を緩めなかった。

 

 そして、ものの数分で十数体いたボーツは全て物言わぬ死体と化してしまった。

 レイは固有魔法で強化された感覚を研ぎ澄まして、周囲を警戒する。

 少なくとも今は、近くにボーツの気配は感じなかった。

 二人は変身を解除して、仲間達の元に戻る。

 

「もー、皇太子さんったら。ボーツが出るなら早く言ってよ」

「いや……僕もボーツは初めて見た。何故こんな場所に?」

 

 困惑した表情を浮かべるジョージ。

 それもその筈、ブライトン公国はデコイインクが採掘されるような土地ではない。

 本来ならばボーツが発生する事などありえない筈なのだ。

 何故首都にボーツが出たのか見当もつかないジョージとは裏腹に、レイは一つの可能性に辿り着いていた。

 

「多分、ゲーティアの仕業ですね」

「ゲーティア!? 奴らはボーツを呼び出す技術を持っているのか!?」

「はい。以前バミューダシティでゲーティアと交戦した時に、あいつらはボーツを召喚する小樽を持っていました。バミューダもブライトン公国と同じくボーツが発生しにくい土地。この辺りにボーツをばら蒔いていても、おかしくはない」

 

 ジョージは顔を青ざめさせる。

 ゲーティアは魔僕呪のみならず、ボーツをも使ってこの国を苦しめようとしているのだ。

 その所業にジョージは吐き気を覚える。

 

「しっかし、ボーツが出て来た方角……思いっきり宮殿の方からだよな」

「じゃあボクがガルーダと一緒に偵察してくるっス。空からなら攻撃の心配はないし、ボク達には固有魔法もあるっスから」

 

 異論は出なかった。

 このまま不用意に宮殿へ突入するよりも、最善の策だと誰もが思ったから。

 

「Code:イエロー解放! クロス・モーフィング!」

 

 黄色の魔装に身を包んだライラは、更にグリモリーダーの十字架を操作する。

 

「融合召喚! ガルーダ!」

 

 上方に巨大な魔方陣が出現し、ライラはジャンプしてそれを潜り抜ける。

 

「クルララララララララララ!!!」

『じゃあ行ってくるっス!』

 

 ライラと融合し、鎧装獣と化したガルーダ。

 金属化した翼を羽ばたかせ、宮殿に向かって飛んで行った。

 空に消えゆく姿を、ジョージは静かに見守る。

 

「ニャ~」

「ケットシー……僕は、臆病者だな」

 

 足元にいたケットシーを抱きかかえて、ジョージは小さく呟いた。



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Page67:宮殿にて悪意は蠢く

 ブライトン公国宮殿。

 そこは弱小国とは言えど、優美さと高貴さを兼ね備えた内装をしていた。

 だがそれも、今となっては過去の話。

 王宮内を彩っていた調度品は無残に崩れ落ち、彫刻を施されていた壁や柱は見る影も無くなっている。

 中を蔓延るのは灰色の人型、ボーツ達だ。

 

 そんな血と破壊の匂いが漂う中に、フルカスとガミジンは居た。

 

「全く、最初から素直に差し出せば良いものを……」

 

 蛇の悪魔に変身しているガミジン。

 その手にはダークドライバーが握られており、足元には絶命した人間が何人も転がっていた。

 豪華な服に身を包んだ死体達。

 それはかつて、ブライトン公国の大臣達だったものである。

 

「最期まで魔僕呪(まぼくじゅ)に縋りついていたな……愚かな。貰い物の力で、神にでもなったつもりだったのか?」

 

 ギシギシと鎧を鳴らしながら、フルカスは圧倒的脚力をもって、死体を踏みつぶす。

 その様子に感情は何も含まれていない。邪魔な雑草を踏みつぶすように、淡々としたものだった。

 

 ここは宮殿内にある隠し倉庫。

 大臣達が魔僕呪の原液を保管していた場所である。

 実際二人の目の前には、魔僕呪の原液が積められた瓶や大樽がいくつも在った。

 

「これがザガンの言っていた魔僕呪だな」

 

 ガミジンはそう言うと、近くにあった瓶の蓋を開けて中身を確認する。

 中には、禍々しい何かを放つどす黒い粘液が詰まっていた。

 間違いない、魔僕呪の原液だ。

 ガミジンは持参してきた麻袋に、瓶詰の魔僕呪を入れていく。

 

「ザガンの奴め、私を使いっ走りにしおって!」

 

 文句を言いながらも、魔僕呪の回収を続けるガミジン。

 誰かの使い走りにされるのはこの上なく癪だが、ここで何か変な気を起こしても自分が処分されるのが落ちだ。監視のフルカスも居る。

 逃げられない状況に怒りを溜めながらも、ガミジンは自らの仕事をこなしていた。

 

「この鬱憤必ずッ、必ず晴らしてやるぞ!」

 

 手を動かしながらも、この先の事を考えて下卑た笑みを浮かべるガミジン。

 ザガンと陛下からお墨付きを貰った虐殺。

 ガミジンはそれを早く実行に移したくてうずうずしていた。

 

「……俗物が」

 

 そんなガミジンの様子を見て、フルカスは小さく呟く。

 ゲーティアの悪魔に、特別仲間意識などは無い。

 あるのは陛下への忠誠心。もしくは底なしの欲望である。

 フルカスは前者であり、後者の類を心底嫌っていた。

 

 作業を続けるガミジンを見張りながら、フルカスは周囲の気配を探る。

 その範囲は広く、宮殿の外にまで伸びていた。

 フルカスの探知に入るのは、自分達が解き放ったボーツの大群。

 そしてボーツに捕食されている宮殿の人間たち。

 外の気配は……

 

「これは……」

 

 宮殿の外から、何やら大きな魔力の気配を感じ取ったフルカス。

 一度隠し倉庫から離れて、最寄りの大窓から外を見た。

 視界に映ったのは、巨大な鳥型の鎧装獣。

 

「ふむ、斥候か」

 

 こちらを注視する鎧装獣を見てそう判断するフルカス。

 だがこちらの姿が確認される心配は無い。

 何故ならあらかじめ宮殿内に撒いておいた魔僕呪原液が、魔法による探査を妨害してくれているからだ。

 だがそれだけでは、宮殿内に問題が発生している事がバレるのも時間の問題だろう。

 

『ハハッ。いいねぇ、いい気配だよ』

「グラニ、何か探り当てたのか」

『王の気配がする。僕の血を分けた兄弟の気配が!』

「戦騎王か……面白い」

 

 鎧の中でニヤリと笑みを浮かべるフルカス。

 まだ見ぬ強者に好奇心が抑えられないのだ。

 しかし、それはそれとして。

 

「戦騎王の契約者が来ているという事は、その仲間も一緒だろうな……ふむ」

 

 ここは一つ、譲ってみるか。

 そう考えたフルカスは、再び隠し倉庫へと足を運んだ。

 

 隠し倉庫の中では、作業が大詰めに入っていた。

 ガミジンが空間を斬り裂いて、大樽を裏世界に運び終えようとしていた。

 

「あぁ、騎士殿。何か問題でもあったか?」

「操獣者の群れが、こちらを探っていた。恐らくバミューダで交戦した者達だろう」

「なんだとッ!?」

 

 勢いよく振り向いたガミジン。

 その瞳には憎悪が浮かんでいた。

 

「あの忌々しい(わっぱ)共が来たのか……それは行幸よ。バミューダでの借り、耳を揃えて返してもらおうかッ!」 

 

 バミューダシティでの戦いを思い出したのか、ガミジンは憎しみの炎を燃やしながらも、喜々としていた。

 そんな彼の様子を見てフルカスは「単純な男だ」と少々呆れる。

 

「ガミジン。あの操獣者共と交戦するか?」

「当然だ。奴らは私の手で殺さねば気がすまん!」

「ならば……これを渡しておこう」

 

 そう言うとフルカスは、小さな樽を一つ投げて寄越した。

 上手くキャッチしたガミジン。だが手にした瞬間、それが何なのかを察知して顔を青く染め上げた。

 

「こ、これは……」

 

 魔僕呪の原液。

 恐らくザガンがフルカスに託した物だろう。

 だが問題はそこではない。

 これを渡されたという事、それは一種の最後通告でもあった。

 

「解っているなガミジン。ソレを使ってでも奴らを仕留めろ」

「し、しかし、これは――」

「ゲーティアと陛下に忠義を見せぬつもりか?」

 

 鎧越しにどす黒い殺気を放つフルカス。

 ゲーティアに逆らう者は許さない。それが彼の騎士としての信念であった。

 フルカスの殺気をまともに浴びたガミジンは、思わずひるんでしまう。

 

「どうなのだ、ガミジン?」

「わ、わかっている。私は陛下に忠義を尽くすつもりだッ」

「なら良い。直に奴らはこの宮殿にくるだろう。その時確実に仕留めろ」

 

 念入りに釘を刺すフルカス。

 ようやく収まった殺気に、ガミジンは安堵の息を漏らした。

 だがもう後は無い。

 ガミジンは手にした魔僕呪に視線を落とす。

 

「(あの童共を殺すか、はたまた私が死ぬか。道は二つに一つッ!)」

 

 ガミジンは己の死を認めない。

 そして己の失墜も認めない。

 ならば選ぶべき道は唯一つ。

 

「見ていろ童共……最後に笑うのは、この私だッ!」

 

 復讐に燃えるガミジン。

 フルカスは足元に転がる死体を踏みつけながら、それを傍観していた。

 

「(底なしの欲望で、己の器量さえ見誤る……所詮奴もこの死体共と同類か)」

 

 目先の力に惑わされ、その欲望を無限に膨らませた為政者達。

 その死体をガミジンを重ね合わせて、フルカスは静かに嘲笑していた。



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Page68:怖さと後悔

 空を斬り裂く音と共に、鎧装獣ガルーダは帰還した。

 まばゆい光を放ち、ガルーダとライラは分離する。

 

「よっと!」

 

 レイ達の前に上手く着地すると、ライラは変身を解除した。

 その顔はあまり芳しくない。

 レイはライラに偵察の結果を聞いた。

 

「どうだった?」

「控えめに言って地獄絵図っス。宮殿の周りに何かウジャウジャいると思ったら、全部ボーツ! 何時ぞやの大量発生事件を見てる気分だったっス」

「数の方はどんな感じだった?」

「多すぎて目算無理っス」

 

 ライラの回答に「そうか……」と小さく返すレイ。

 目算が難しい程にボーツが湧いているとなると、危険度はそれなりに高い。

 とは言っても、それはジョージ皇太子にとってはの話だ。

 通常のボーツの群れ相手なら、レイ達は十分に対処できる。

 

「しかも悪い知らせが二つ。一つはボーツが何体か首都に下りて行ってたっス」

「なんだって!?」

 

 驚愕の声を漏らすジョージ。

 だがボーツが下りて来ている事自体は、レイにとっては想定の範囲内であった。

 焦るジョージをひとまず置いておいて、レイは話の続きを聞こうとする。

 

「それでライラ、もう一つは?」

「ボク達の固有魔法で宮殿の中を調べようとしたんスよ。でも何かよく分からない力に妨害されたっス」

「……ゲーティアか」

 

 宮殿内でゲーティアと遭遇する可能性がぐんと上がった。

 固有魔法の妨害など只事では無い。

 宮殿内への突入の危険度がさらに高まる。

 

「フレイア、どうする?」

「ゲーティアの奴を速攻でぶっ飛ばす……なんて訳にはいかなだそうね」

「そうだな。ゲーティアの方に注力していたら宮殿外のボーツが何体下りてくるか分らない」

「でも首都の人達を見殺しにするのは後味が悪い」

 

 フレイアの言葉に、チーム全員が頷く。

 メインの依頼は皇太子を宮殿内まで連れて行く事だが、それで余計な犠牲者が出ては目覚めが悪い。

 だが今回の決定権はレイ達には無い。

 レイはジョージの前に歩み寄ると、指を二本立てて選択を迫った。

 

「皇太子様、話は聞いてましたよね?」

「あぁ……聞いてたさ」

「選んで欲しいんです。俺達がどう動くべきか」

「……」

「一つ。俺達全員で皇太子様を護衛して、安全に宮殿内に入る。ただしその場合、俺達は首都に下りてくるボーツに対応する事はできません」

 

 自国の民が食い殺される場面を想像したのか、ジョージの顔が微かに険しくなる。

 

「二つ目。俺達が二つのチームに分かれます。皇太子様を護衛するチームと、首都を守るチームです。この場合、皇太子様の守りが薄くなりますから――」

「僕の危険度が上がる。そういう事だね」

「……はい」

「一つ聞かせて貰えないかな。どうして僕に選択肢を用意してくれたんだい? 二手に分かれれば、君達の身も危険に晒されるはずなのに」

 

 もっともな疑問だった。

 普通に考えれば、態々選択肢を用意するメリットなどレイ達には存在しない。

 だが彼らにとって、メリットデメリットは問題では無かった。

 

「簡単な話だよ、皇太子さん。アタシ達は後味悪いのが嫌いなだけ」

「そういう事です。ちょっと我儘なんですよ、俺達」

「それで皇太子さん? どっちを選ぶの?」

 

 フレイアに問われて、考え込むジョージ。

 ものの数十秒で、その答えは出た。

 

「後者を……僕の身は多少危険に晒されてもいい。だから、国民を守って欲しい」

「りょーかいです」

 

 ジョージの選択に、了承の意を伝えるフレイア。

 さて、そうなると問題はチーム分けだ。

 チーム内でしばし話し合った結果、このような組分けとなった。

 

 チーム宮殿組

 ・レイ

 ・フレイア

 ・ジャック

 ・オリーブ

 

 チーム首都組

 ・アリス

 ・ライラ

 ・マリー

 

 鎧装獣化した際に空を飛べるライラとアリス。

 ライラは固有魔法で広範囲を目視でき、アリスは怪我人の治療ができる。

 そして広範囲に魔水球を展開してボーツを殲滅できるマリー。

 この三人で首都を守る事となった。

 残りの四人は宮殿に突入である。

 

「レイ、何かあったら連絡してね」

「わかってる。アリス達も気を付けろよ」

 

 アリスに若干の釘を刺されるレイ。

 だがこれで進むべき道は決まった。

 

「よーし、それじゃあみんな。いくよ!!!」

「「「応ッ!!!」」」

 

「Code:レッド!」「ブルー!」「イエロー!」「ブラック!」「ホワイト!」「シルバー!」「ミント」

「「「解放!!!」」」

 

 レイ達はCode解放を宣言して、一斉に獣魂栞(ソウルマーク)魔本(グリモリーダー)に挿入する。

 

「「「クロス・モーフィング!!!」」」

 

 魔装、一斉変身。

 グリモリーダーから放出された魔力(インク)が、レイ達の身体に纏わりつき、魔装を形成してく。

 瞬く間に変身完了したレイは、ジョージの方へと振り向いた。

 

「皇太子様も変身しておいて下さい。こっから先は命の危険がつきまとうんで」

「あ、あぁ。そうだな」

 

 ジョージがグリモリーダーを取り出すと、腕に抱えられていたケットシーが一枚の獣魂栞へと姿を変えた。

 

「Code:パルマ、解放。クロス・モーフィング」

 

 パルマ色の魔力が放出され、ジョージの全身に魔装として纏わりつく。

 ジョージは昨日と同じ、パルマの操獣者へと変身した。

 

「おっし、行くかッ!」

 

 手の平に拳を叩きこんで気合を入れるフレイア。

 一同はそれぞれの道へと進み始めた。

 

 

 

 

 ブライトン公国宮殿、その上空。

 鎧装獣と化したガルーダ、そしてロキが旋回している。

 宮殿の敷地から出ようとするボーツを見つけてはガルーダの雷が堕ち、首都に下りたボーツがいればロキの背に乗ったマリーが魔力弾を撃っていた。

 

 そうして三人が首都を守っている頃、肝心の宮殿の方はと言うと……

 

「どぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

――業ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!――

 フレイアの火炎が、何体ものボーツを焼き払う。

 此処は宮殿の門前だった場所。既に門は破られており、内部から大量のボーツが溢れ出していた。

 

「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」

 

 倒しても倒しても、湧き出るボーツ達。

 フレイア達は中々宮殿へと入れずにいた。

 

「どらぁ! 流石に多いわね」

「フレイア、全部倒そうと思うな! 俺達の目的は皇太子様を中に連れて行くことだ!」

「じゃあ道を作ればいいんだね!」

「そういう事だ」

 

 レイに言われて簡単な策を考えたフレイア。

 右手の籠手から大量の炎を放出し、目の前のボーツだけを次々に焼き払っていった。

 それに続くように、レイとジャックがボーツを斬り伏せる。

 オリーブはジョージの護衛だ。

 

「グレイプニール!」

流星銀弾(りゅうせいぎんだん)!」

 

 無数の鎖と、銀色の魔力弾がボーツ達を貫いていく。

 すると徐々に、ボーツの群れの中から道が見え始めてきた。

 

「今だッ、突っ切るぞ!」

 

 レイの声に反応して、フレイア達は走り出す。

 それを阻止せんとボーツ達が襲い掛かってくるが、悉くを回避して宮殿内部へと侵入した。

 

 宮殿内部は案の定、ボーツの大群が跋扈していた。

 レイ達は出会ったボーツを倒しつつ、ジョージに道案内をしてもらう。

 

「どらぁ!」

 

――斬ァァァン!――

 襲い掛かって来たボーツを切り捨てるレイ。

 気がつけば、宮殿内の大広間に辿り着いていた。

 

「……一段落は、したのかな?」

 

 レイ達は辺りを見回す。

 先程まで次々に襲撃をかけてきたボーツは何処へやら。

 随分と静かな場所が出来上がっていた。

 否、静かなのは音だけだ。視界に映る光景は荒れ果てたものである。

 

 落ち着いて周りを見るレイ。

 宮殿の内部はあちこち崩れ去り、優雅さや気品は微塵も感じられない惨状だった。

 だが注目すべきはそこだけではない。

 斬り落とされたボーツの死骸とは別に、大広間のあちらこちらに転がる死体達。

 ある者は重厚な鎧を貫かれており、またある者は優美な服と身体をズタズタにされている。

 

「……これは、酷いな」

 

 レイは思わずそう零してしまう。

 恐らく死体達は、この宮殿にいた兵士や大臣達だろう。

 今となっては見るも無残なタンパク質の塊に成り下がっているが。

 

 フレイアとジャックは仮面の下で嫌悪感を露わにし、オリーブはそのショッキングな光景から一瞬目を逸らしてしまった。

 

 レイは死体に近づいて、その様子を目に映す。

 

「ボーツにやられた……だけじゃなさそうだな」

 

 腹部を何者かに食い破られたような死体もあれば、頭部の半分を何かに消し飛ばされたような死体もある。

 よく見れば、床も所々抉り取られている。

 恐らくゲーティアの黒炎にやられたのだろう。

 

「怖い奴らだな、ゲーティアって」

『そうだな』

「国一つを簡単に滅ぼしやがる」

『だからこそ、奴らは外道なのだよ』

 

 レイがスレイプニルと軽く会話をしていると、背後から誰かが倒れる音がした。

 振り返るとそこには、変身を解除して四つん這いになっているジョージが居た。

 ゲーゲーと、口から吐しゃ物をまき散らしている。

 オリーブは、そんなジョージの背中を優しく擦っていた。

 

「大丈夫ですか?」

「ゲホッ、ゲホッ……すまない、動揺してしまった」

 

 嘔吐するジョージを、ケットシーが心配そうに見つめる。

 死体の中に知り合いでもいたのだろう。

 袖で口を拭うジョージ。だがその顔はすっかり青ざめていた。

 

「あの、皇太子様……失礼ですけど、皇太子様って、本当は戦い慣れしてないんじゃないですか?」

 

 突然オリーブから浴びせられた指摘に、顔を強張らせるジョージ。

 だがすぐに観念したかのように、目を閉じてしまった。

 

「何故、そう思うんだい?」

「私、ここに来る途中ずっと皇太子様を守って、見てました。だから気づいちゃったんです。皇太子様、ずっと震えていました……」

 

 ジョージは目を開けて、レイ達を見る。

 三人とも驚く事は無く、淡々とジョージを見ていた。

 

「全部お見通しか……そうだよ、僕はこの公国で一番の臆病者さ」

「臆病者、ですか?」

「ゲーティアに国を乗っ取られてから、僕はこの国が恐ろしくなった。人を人とも思わず、命を命とも思わない。そんな父や大臣達が恐ろしくて仕方がなかった! だから僕は逃げたんだ。この国の為政者という立場から逃げたんだ!」

 

 ポロポロと、ジョージの目から涙がこぼれ落ちる。

 

「このままではいけないと、頭の中では理解していたさ。だけど僕には、奴らに立ち向かう力も、勇気も無かった! 誰かが助けに来てくれるのを、息を潜めて必死に待ち続けていた! その結果がこれだ!」

 

 力なく立ち上がったジョージは、ふらつきながら一つの死体に近づく。

 

「この兵士は、子供が生まれてすぐだった。嬉しそうに僕に話してくれたよ」

 

 視線をずらし、今度は別の死体見やる。

 

「彼は僕の教育係だった。厳しくも立派な教育者だったよ。僕は彼に為政者の心構えを学んだんだ」

 

 涙を零しながら、ジョージは拳を握り締める。

 

「父が傀儡と化し、兄妹が逃げた今……戦うべきは僕だったんだ。彼らを守るべき者は、僕だったんだッ!」

 

 深い深い後悔が、ジョージに襲い掛かる。

 眼前の死体達に、ジョージは涙ながらに謝罪の言葉を述べていた。

 

 そんな彼の元に、静かに歩み寄る影が一つ。

 フレイアだ。

 しゃがみ込んで、ジョージに目線を合わせる。

 

「皇太子さん、さっきレイも言ってたでしょ。後悔は後からいくらでも出来るって」

「……」

「死んだ人たちに償いたいんだったら、これ以上この人達みたいな被害者を出さないようにするのが一番なんじゃないかな?」

「それは……そうだな」

「それにね皇太子さん。戦おうって意志を持てたんだったら、皇太子さんには十分に勇気があると思うよ」

「僕が……?」

 

 困惑するジョージに、レイが語りかける。

 

「そうですよ。だって大公さんや大臣は屈して、御兄弟は逃げたんでしょ? 戦おうと思ったのは皇太子様だけなんだから。勇気があると自負しても良いと思いますよ」

「だけど僕は……彼らを救えなかった」

「目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲。俺達は神様じゃない。終わった事を悔やむのは後からいくらでも出来る。だったら今皇太子様がするべき事は、前を向いて、国の生命を未来に繋げる事じゃないんですか?」

「……僕に出来るだろうか」

「やらないと前に進めないんですよ」

 

 そう言われたジョージは、袖で涙を拭って立ち上がる。

 まだ迷いのある表情だが、前を向こうとする意志は感じられた。

 

「君たちは、強いね」

「俺達一人一人は未熟者ですよ。ただ――」

「アタシ達には仲間がいる! それだけの話」

「フレイア……俺の台詞取るなよ」

 

 やいのやいのと言い合うレイとフレイア。

 こんな状況でも前を向いていられる彼らに、ジョージは人の光を見た。

 

「一つ、聞いてもいいかい? こんな事は僕が聞くべきでは無いのかもしれないけど……君達は、怖くは無いのかい?」

「怖い、ですか?」

「そうだ。これから戦うかもしれないのは、あの恐ろしいゲーティアの悪魔だ。命を命とも思わない外道達だ。君達は一度ゲーティアと交戦しているらしいじゃないか。ならその恐ろしさもよく解っている筈……もう一度聞くよ、怖くはないのかい?」

 

 数秒の沈黙。

 それを破ったのは、レイだった。

 

「怖いですよ。アイツら容赦なく殺しにかかってくるんだから、怖くない筈が無い」

「だったら何故、前を向いていられるんだ?」

「ゲーティアよりも怖い事があるからですよ」

「ゲーティアよりも……怖い事?」

「アイツらが誰かを傷つけるって分かっているのに、怯えて目を逸らして、そんで本当に目の前で最悪の光景が広がってしまう。そうなる方が後味悪いし、怖い事ですよ」

 

 さもあたり前のように答えるレイ。

 ジョージはその答えに、素直に驚いていた。

 自分にはない、魂の輝きがそこには在ったのだ。

 

「アタシもレイと同じ。後味悪いのが嫌だから、足掻き続けてるだけ」

「他の者達も、そうなのか?」

 

 ジャックとオリーブに視線を向けるジョージ。

 二人は静かに頷いて、肯定の意を示した。

 

「と言っても、僕はただフレイアについているだけですけどね」

「私は、誰かの役に立てればそれで良いかなって思って……」

 

 二人も同じだった。

 セイラムから来た操獣者達は皆、気高き魂を持ち合わせていた。

 もしかすると彼らなら、救ってくれるかもしれない。

 ジョージはそう思わずにはいられなかった。

 

「安心してください皇太子様。道は俺達が作ります。だから――」

「やることやって、ゲーティア倒して。ちゃっちゃとこの国救っちゃおー!」

「だからフレイア、俺の台詞取るな!」

 

 再び言い合うレイとフレイア。

 だがそんな彼らの様子を見て、ジョージの心は少し軽やかになっていた。

 

「ほらほら二人とも。早く謁見の間に行くんだろ」

 

 ジャックに諭されて我に返る二人。

 そうだ、今優先すべきはジョージを謁見の間に連れて行く事だった。

 

 そして、レイが謁見の間への道を聞こうとした……その時だった。

 

 ズルリ、ズルリと何かが這い寄る音が近づいて来た。

 強い殺気を感じたレイ達は、すぐに戦闘態勢に入る。

 ズルリ、ズルリ、近づいてくる。

 

 そしてソレは、姿を見せた。

 

「見つけたぞ、(わっぱ)共……」

「ッ!? お前は――」

 

 レイはその姿を見て驚愕した。

 禍々しい、白い蛇の身体を持つ悪魔。

 レイがバミューダで戦った、初めてのゲーティアがそこに居た。

 

「ガミジンッ!」



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Page69:逆襲のガミジン

 忘れる筈もない強敵。

 白蛇の悪魔が、目の前に現れていた。

 

「お前は、ガミジンッ!」

「やはり貴様らだったか。これは僥倖僥倖」

 

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるガミジン。

 だが今はそんな事を気にする場面ではない。

 

「テメェ、生きてやがったのか!」

「このガミジン、仮にもゲーティアの悪魔を名乗る者。そう簡単には死なんよ」

 

 見せつけるように、わざとらしく、腕や首を回して見せるガミジン。

 それを見て、レイは内心焦っていた。

 あのバミューダでの戦いで、確かにスレイプニルの必殺技を叩き込んだ筈なのに……。

 

「ねぇ……アイツって確か、レイ達が倒したんじゃ」

『あぁ、その筈だったのだがな……』

 

 フレイアの疑問にスレイプニルが答える。

 声には反映させていないが、スレイプニルも目の前の光景には驚いていた。

 

「無論、私もただでは済まなかったがな。貴様らに誤算があったとすれば、ゲーティアの持つ魔法を侮っていた事だ」

「あそこから復活するとか、どうなってんだよ」

 

 率直な感想を吐き捨てて、歯を噛み締めるレイ。

 それを愉悦するかの様に、ガミジンは笑みを絶やさなかった。

 

「悔しいか? なら存分に悔しがると良い。それが貴様等が抱く最後の感情になるのだからな」

 

 そう言うとガミジンは、右手に握ったダークドライバーを掲げて、その先端に黒炎を灯した。

 

「このガミジンに傷を負わせ、愚弄した罪。貴様の命で償うがいいッ!」

 

 灯された黒炎から、漆黒の魔力(インク)が放出される。

 魔力は空中で拡散し、軌跡を描きながら、周囲の死体達に入り込んだ。

 一瞬の間が経つ。

 その間に魔力は死体の全身に侵食。

 冷たくなった皮膚を突き破り、死体の手から黒い鉤爪を生やし始めた。

 

「みんな気をつけて! 仕掛けてくる!」

 

 フレイアがチームメンバーの3人に声をかける。

 その間に死体達はゆるりと立ち上がり、レイ達の方へと振り向いてきた。

 

「魂と死体の支配。それが私とアナンタの魔法だ!」

「チッ。悪趣味野郎が」

 

 レイが悪態を吐くも、ガミジンはどこ吹く風。

 指揮棒のようにダークドライバーを振り、支配下に置いた死体達に指示を出した。

 

「やれッ、死体兵士供! 童共を血祭りに上げろ!」

 

 ガミジンの魔力で作られた鉤爪を構えて、死体兵士は一斉に襲いかかってくる。

 

「オリーブは皇太子さんを守って! レイとジャックはアタシと一緒に戦うよ!」

「「「了解!」」」

 

 フレイアの指示に従って、行動を開始する面々。

 何にしても、ジョージ皇太子を守るのが最優先だ。

 オリーブはジョージを自分の背に移動させ、大鎚を構える。

 そして二人の元に攻撃が行かないように、レイ達は死体兵士へと立ち向かった。

 

 漆黒の鉤爪を容赦なく振り下ろしてくる死体兵士。

 レイはそれをギリギリで躱し、すれ違いざまに斬撃を食らわせる。

 

――斬ッ!!!――

 

 コンパスブラスターの刃が食い込んだ瞬間、レイは心の中で死体に謝罪する。

 死体兵士は胴体から真っ二つに切断され、崩れ落ちた。

 しかし既に絶命している為か、死体兵士にダメージは無い。床に落ちた上半身だけで、再び攻撃を仕掛けてきた。

 

「ッ! 死んでるからダメージなしかよ!」

 

 足目掛けて振り下ろされた鉤爪を、咄嗟に回避するレイ。

 ただ斬るだけではどうにもならない敵。

 レイは思考回路を高速で動かし、策を考えた。

 

「そうだ! 攻撃手段が一つだけなら!」

 

 執拗にレイを狙ってくる死体兵士の上半身。

 レイはコンパスブラスター(剣撃形態(ソードモード))を構え、横薙ぎに振るった。

 

――斬ァァァン!――

 

 斬撃が起こした風と共に、吹き飛ばされる死体兵士の両腕。

 

「鉤爪以外の攻撃ができないなら、その厄介な腕を斬っちまえば良いんだ」

 

 自身の腕が消えた事に気づいていない死体兵士。

 微かな呻き声を上げながら、バンバンと残った肘を叩きつけるばかりだった。

 

 レイが死体兵士と戦っている時と同じくして、ジャックも死体兵士を攻略しようとしていた。

 

「固有魔法【鉄鎖顕現(てっさけんげん)】起動!」

 

 ジャックの周りに幾つかの魔方陣が浮かび上がる。

 だが死体兵士はそれを気にする事なく、攻撃を仕掛けてきた。

 

「グレイプニールの応用技」

 

 魔方陣に溜め込んだ魔法の鎖。

 ジャックはそれを一気に解き放った。

 

「グレイプニール、ファランクスシフト!」

 

 死体兵士に向かって、一斉射出される大量の鎖。

 本来の用途である捕縛をする事なく、鎖はその凄まじい勢いを利用して、次々に死体兵士を貫いていった。

 雨あられと、隙なく射出される鎖。

 鎖の先端は、そのまま床に突き刺さり、死体兵士を磔た。

 それでもなお、死体兵士は強引に前へ突き進んでくる。

 

「悪いけど、そいうのは想定内だ」

 

 ジャックは小さく呟くと、新たな魔方陣を一つ出現させた。

 

「僕達の鎖にはね、こういう使い方もあるんだ」

 

 魔方陣の中で、一本の鎖が青色の魔力に被われていく。

 ジャックはその鎖を、勢いよく解き放った。

 

「グレイプニール、バーサークシフト!」

 

 青色に染まり上がった鎖は、縦横無尽に軌道を描く。

 破壊と斬撃の術式が込められた鎖は、次々に死体兵士の身体を切断する。

 それも、たった一回の切断では許さない。

 1秒も経たない内に鎖はUターンして、死体兵士の身体を粉々にしていった。

 

「死者への弔いは大事だけど、今は身を守る方が優先なんだ」

 

 粉々の肉片と化した死体に、ジャックは申し訳なさそうに、そう告げた。

 

 

「どりゃァァァァァァァ!!!」

 

――斬斬斬斬ッッッ!!!――

 

 一方のフレイアは、これといった策を練る事なく、剣を振り続けている。

 凄まじいスピードと、ペンシルブレードに纏われた炎が、死体兵士を次々に焼き斬っていた。

 

「そういえば、東の国には火葬って文化があるんだっけ?」

 

 中々終わらない死体兵士達の攻撃。

 フレイアは以前ライラから聞いた話を思い出し、ペンシルブレードに纏わせる炎の威力を上げた。

 

「焼き尽くして骨だけにすれば!」

 

 一斉に襲いかかってくる死体兵士。

 フレイアは躊躇することなく、それ等を焼き斬った。

 

――斬ァァァァァァァン!!!――

 

 斬撃で生じた風圧と、爆炎に飲み込まれてしまう死体兵士達。

 その悉くが身体を両断され、床に落ちる。

 だが先程までとは違い、再び攻撃を仕掛けてはこない。

 攻撃手段である鉤爪、そしてそれが生えている両腕。それ等はフレイアが剣に纏わせていた、超高温の炎によって、完全に溶かされていた。

 床を這おうとしながら、炎によって全身の肉を焼き払われていく死体兵士達。

 フレイアはそれを、弔うように見届けた。

 

「さて、後はあの蛇野郎だけね――ッ!?」

 

 それは、フレイアがガミジンに目標を定めようとした瞬間だった。

 

「ボォォォツ!!!」

「どわぁ!?」

 

 突如出現したボーツが、鎌のような腕を振り下ろしてきた。

 フレイアは咄嗟にペンシルブレードを前に出して防御する。

 

「死体では時間稼ぎにもならんか」

 

 小樽を片手にぼやくガミジン。

 呼び出したボーツは次々に倒されていくが、その隙を埋めるように、ガミジンは小樽の中身をぶちまけた。

 床に落ちたどす黒い粘液の中から、数十体のボーツが召喚される。

 

「不味いな、数が多すぎるぞ」

「オリーブ、皇太子さんを安全な所まで逃がして!」

「は、はい!」

 

 フレイアの指示を受けて、ジョージを連れて後退するオリーブ。

 謁見の間からは離れてしまうが、今目の前で起きている戦闘に巻き込む方が危険だ。

 オリーブとジョージが脱出した事を横目で確認したフレイアは、ペンシルブレードの柄を握り締めた。

 

「二人とも、ボーツが後ろに行かないようにするよ!」

「わかってるっての!」

「ボーツは僕とレイで対処する。その間にフレイアはゲーティアを!」

 

 方針が決まると同時に、三人全員が動き出す。

 

形態変化(モードチェンジ)棒術形態(ロッドモード)!」

 

 レイはコンパスブラスターを棒術形態にし、攻撃範囲を広げる事にした。

 

「ジャック、俺達でフレイアの道を作るぞ!」

「言われるまでも無いよ」

 

 レイ達に狙いを定めて攻撃を仕掛けてくるボーツの軍勢。

 一体たりとも、後ろに行かせる訳にはいかない。

 

「グレイプニール、ファランクスシフト!」

「どらァァァァァァ!!!」

 

――斬ァァァァァァァァン!!!――

 

 あるボーツは、横薙ぎされたコンパスブラスターに胴体を両断。

 あるボーツは、飛来してきた鎖に頭部を貫かれる。

 数の暴力で襲い掛かってくるボーツを、レイ達はそれ以上のスピードで撃破していった。

 

 何体もまとめて倒していく内に、道筋が見え始める。

 

「フレイア、今だ!」

 

 レイの叫びに合わせて、フレイアは駆け出す。

 道を阻もうとするボーツはレイとジャックが討ち取っていく。

 後は距離を詰めるのみ。

 

「どりゃァァァ!!!」

「フンッ!」

 

 全力で斬りかかるフレイア。

 その一撃を、ガミジンは左腕で受け止める。

 鋼の如き強度を持つ、己の鱗を信じたが故の行動だった。

 しかし。

 

「なに!?」

 

 ピシリと音を立てて、鱗にひびが走った。

 ガミジンは慌ててフレイアとの距離を取る。

 

 傷が出来ていた。

 鱗にはひびと、炎による火傷が生々しく出来上がっていた。

 予想外の展開に、ガミジンの中で焦りと怒りが沸き上がってくる。

 

「き、貴様ァ……よくも私の身体に傷を!!!」

「ヘーンだ! そんな傷気にならないくらい、焼き斬ってやるんだから!」

 

 ペンシルブレードの切っ先を向けて挑発するフレイア。

 その挑発が、ガミジンから冷静な思考を奪い取った。

 

「小娘如きがァ、図に乗るなァァァァァァァァ!!!」

 

 絶叫。それと同時に、ダークドライバーから黒炎を乱射し始めた。

 だが所詮は怒りに任せた攻撃。

 フレイアは冷静に黒炎の軌道を見極めて、軽々と回避していった。

 そして距離を詰める。

 

「どりゃ!」

 

 斬撃一閃。

 フレイアの一撃が、ガミジンの腹部に傷をつける。

 

「――ッッッ!?!?!?」

 

 言葉にならない悲鳴が上がる。

 ここに来てガミジンは、僅かに冷静さを取り戻していた。

 以前だったら大したダメージにもならなかった筈の攻撃。

 それが何故、今こうして痛手と化しているのか。

 

「ザ、ザガンの奴め……きちんと再生をしなかったなァ!」

 

 原因をザガンの不手際と確信したガミジンは、新たな怒りを燃やす。

 だがその怒りが隙となり、致命傷となった。

 

「捕縛しろ、グレイプニール!」

 

 無数の鎖が飛来し、ガミジンの身体を拘束する。

 驚いたガミジンは、慌てて周囲を見回す。

 数十体以上召喚していた筈のボーツは、既に一体も残っていなかった。

 

「馬鹿な。あれ程の数を、こんな短時間でだと!?」

「種明かししてやるよ。必殺の攻撃はもうちょっと狙いを定めて撃つんだな」

 

 コンパスブラスターの切っ先を向けて、レイはそう言う。

 先程ガミジンが怒りに任せて乱射した黒炎。

 レイとジャックは、目の前に来ていたボーツを盾にして防いでいたのだ。

 

「お前が数を減らしてくれたから、僕達は素早くボーツを全滅させられたって訳だ」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 歯を食いしばり、身体をもがかせるガミジン。

 だが強力に縛られた鎖から逃れる事はできない。

 

 レイとフレイアは魔武具(まぶんぐ)獣魂栞(ソウルマーク)を挿入しようとするが、ジャックはそれを制止した。

 拘束されているガミジンに数歩近づき、ジャックは問う。

 

「一つ聞かせろ。ベリトは何処にいる」

「ベリトだと? あの下種の行方なんぞ、知りたくもないわ」

「そうか……知らないなら、もうお前に用は無い」

 

 そう冷たく言い放つと、ジャックは数歩後退して「もういいぞ」とレイ達に告げた。

 レイはそんなジャックの様子に、どこか危うさを感じたが、今優先すべきは目の前で縛られている悪魔を討つ事だ。

 

「ぐぅぅぅッ! おのれェ、おのれェェェ!!!」

「ガミジン、今度こそ終わらせてやる」

 

 レイとフレイアは、手にした魔武具に獣魂栞を挿入した。

 

「「インクチャージ!」

 

 魔武具の中に、必殺の術式と魔力が流れ込んでいく。

 ガミジンは必死に拘束から逃れようとしているが、その姿に同情する気は毛頭なかった。

 

 コンパスブラスターには白銀の魔力。

 ペンシルブレードには真っ赤な炎が纏わりつく。

 

銀牙一閃(ぎんがいっせん)!」

「バイオレント・プロミネンス!」

 

 鎖による拘束が解かれたと同時に、二人の必殺技がガミジンに襲い掛かった。

 地獄の業火と形容できる一撃が、体表を焼き払い。

 白銀の魔力がガミジンの体内で爆裂し続ける。

 

 耳をつんざく轟音と共に、ガミジンは壁を破って、宮殿の外へと投げ出されてしまった。

 言葉にならない悲鳴が徐々にフェードアウトしていく。

 そして最後には、凄まじい爆発音が鳴り響いた。

 

「……やったのか?」

 

 轟音が鳴りやむと同時に、レイがそう零す。

 レイ達はガミジンが死んだかどうかを確認する為、宮殿から飛び降りた。

 

 宮殿の外。

 積み重なった瓦礫からは、炎と煙が立っている。

 パチパチと炎が弾ける音を聞きながら、レイ達はガミジンが落下したであろう場所を探していた。

 

「流石にあれだけの技を叩きこんだんだ。死んでるだろ」

「そうだと良いんだけどな」

 

 ジャックとレイがそう言った次の瞬間だった。

 ガラガラと音を立てて、瓦礫の山からガミジンが姿を現した。

 

「おのれェ……よくも、よくも私を愚弄してくれたなァ!」

 

 強烈な怨嗟をレイ達に向けるガミジン。

 その姿は悲惨と言う他なく。白い鱗は剝がれ落ちて、筋肉はむき出しになり、所々骨まで露出しているありさまだ。

 

「嘘でしょ、まだ生きてんの!?」

「許さん……このままただで死ぬ等、私は決して、許さんぞォォォォォォ!!!」

 

 そう叫ぶとガミジンは、小さな樽を一つ取り出す。

 フルカスから渡された、魔僕呪の原液だ。

 

「この命を削ってでも、貴様ら全員、殺してくれるゥゥゥ!」

 

 ガミジンは小樽の栓を抜き、その中身を一気に(あお)った。



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Page70:凶獣強襲!

 最初は、ガミジンが何を呷っているのかわからなかった。

 だが小樽から漏れ出る禍々しい気配によって、スレイプニルはそれが魔僕呪《まぼくじゅ》の類であると察知した。

 

『あの樽の中身、魔僕呪か』

「馬鹿か、自爆する気か!」

 

 叫ぶレイ。普通に考えれば、あんなボロボロの身体で魔僕呪を服用するなど自殺行為に等しい。

 だが、ガミジンに躊躇いはなかった。

 中身を飲み干した小樽を力任せに投げ捨てる。

 

「冥土の土産に見せてやろう……魔僕呪原液、その真の力を!」

 

 憎悪交じりの叫びを上げるガミジン。

 その身体は急速に再生していき、気がつけば一片の筋肉も露出していなかった。

 

「魔僕呪の原液って、たしか……」

「あぁ、通常の三百倍の濃度ってやつだ」

 

 仮面の下で血の気が引くフレイアとレイ。

 ジョージ皇太子が言っていた、魔僕呪の原液。

 通常の魔僕呪でも厄介な事件を引き起こせるのだ、三百倍の原液を服用すれば何が起きるか予想もつかない。

 

「二人とも、十分に警戒して!」

「言われなくてもそうするよ」

「俺もだ!」

 

 魔武具を構えて警戒態勢をとる三人。

 いつ強力な攻撃が飛んでくるかわからない状況、三人がガミジンの出方を注視する。

 だがガミジンは、蹲ってうめき声を上げるばかりだった。

 やはり無理心中だったのか。レイ達が僅かに警戒を解いた次の瞬間――

 

「ヌォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 けたたましい叫び声と共に、ガミジンの身体に異変が起き始めた。

 背中の肉が風船の如く膨張していく。

 それの後を追うように、尻尾と腕も膨張を始める。

 

「な、何が起きてるんだ」

 

 混乱するレイ。

 それに答えることなく、目の前のガミジンは増々身体を肥大化させていった。

 皮膚と鱗を突き破って膨らむ身体。破れた箇所は猛スピードで再生していく。

 気がつけばその身体は、目算三十メートルはあろうかという大きさになっていた。

 

「己が命を削るから使いたくはなかったが、貴様らを殺すのであれば安い出費よ!」

 

 肉体の破壊と再生を繰り返したガミジン。

 遂にその全容が露わになった。

 

「これが我らゲーティアの悪魔にのみ許された秘技。凶獣化よ!」

 

 三十メートル程の巨体に、所々鋼鉄化した皮膚。

 先程までのダメージなど既に忘却の彼方と言わんばかりに、ガミジンは笑みを浮かべていた。

 

「きょ……巨大化しやがった……」

 

 あまりの出来事に啞然となるレイ。

 それはジャックとフレイアも同じだった。

 

「これが、魔僕呪の真の力」

 

 ジャックは目の前で巨大化したガミジンを見て、その強大な力を思い知る。

 

 【魔僕呪原液】

 ゲーティアの悪魔が服用すれば、強化、巨大化した姿『凶獣体』へと変化させる特性を持つ。

 しかし、その代償に服用者の命を削る為、これは彼らにとって最後の手段でもあるのだ。

 

「どれ、一つ準備運動でもしてみるか」

 

 そう言うとガミジンは口を開けて、大量の魔力を溜め始めた。

 だがその目線は、足元のレイ達には向いていない。

 もっと遠くを見据えているように見える。

 そのことに気が付いたレイは、咄嗟に叫びを上げた。

 

「やめろォォォ!!!」

 

 嫌な予感がした。

 そしてそれは現実となった。

 

 ガミジンは目に喜々とした様子を浮かべながら、口にためた魔力を一気に放出した。

 強力な破壊光線となった魔力は、はるか向こう側へと飛んでいく。

 そして強烈な爆発音が鳴り響く。その音が、攻撃は首都のどこかに着弾した事をレイ達に告げた。

 

「アイツ、なんてことを……」

 

 フレイアが怒りに震える。

 先程の攻撃で、間違いなく何人かの人間は死んだだろう。

 その事実が、更に三人の怒りを燃やした。

 あの悪魔は、今すぐ討たねばならない。

 

「二人とも、鎧装獣(がいそうじゅう)でいくよ!」

「「応ッ!」」

 

 ガミジンの口に、次の魔力が溜まり始めている。

 三人はすぐにグリモリーダーを操作して、呪文を唱えた。

 

「融合召喚! イフリート!」「フェンリル!」「スレイプニル!」

 

 各々のグリモリーダーから魔力が解き放たれ、周囲に巨大な魔方陣を描き出す。

 体内で魔力が加速し、レイ達の肉体は契約魔獣と急速に混ざりあっていった。

 

『グオォォォォォォォォォォォォォォォン!」

『ワオォォォォォォォォォォォォォォォン!」

『はァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

 魔方陣が消え、光が弾け飛ぶ。

 そこに三人の操獣者の姿はなく、ガミジンの前には三体の鎧装獣が君臨していた。

 真っ赤な装甲と巨大な腕が特徴の、鎧装獣イフリート。

 青色の装甲と蛇腹剣のような形状をした尻尾が特徴の、鎧装獣フェンリル。

 そして鎧装獣スレイプニルだ。

 

『撃たせるもんか! フェンリル!』

「ワオォォォン!」

 

 フェンリルは口から鎖を発射させて、ガミジンの口に巻き付けた。

 溜め込んだ魔力の逃げ道がなくなり、微かに焦るガミジン。

 だがその焦りは一瞬だった。

 

 ガミジンはフェンリルの鎖を掴むと、力任せに放り投げた。

 

『うわぁぁ!』

 

 鎖が解け、宮殿の一部に叩きつけられるフェンリル。

 ガミジンは口内に溜まった魔力を、フェンリルに向けて解き放とうとした。

 

『させるかァァァ!』

「グオォォォン!!!」

 

 ガミジンに向かって突進するイフリート。

 口内の魔力が解き放たれるよりも一瞬早く、イフリートはガミジンの顎をアッパーした。

 

「ぐおッ!?」

 

 渾身の一撃を受けたガミジンの口は真上を向いてしまう、

 そしてそのまま、魔力弾を上空に向けて解き放ってしまった。

 攻撃の衝撃で、数歩後退りしてしまうガミジン。

 数秒の後、上空で大きな爆発音が鳴り響いた。

 

『レイ、スレイプニル!』

「承知している!」

 

 怯んだ隙は逃さない。

 スレイプニルは前半身と一体化している大槍二本を構えて、ガミジンへと突撃した。

 

――ガキンッ!――

 

「なに!?」

「馬鹿め! その程度の攻撃で、私に傷をつけられると思ったのか!」

 

 嘲笑。そしてガミジンは巨大な尻尾を振るい、スレイプニルの身体に叩きつけた。

 

『ぐぅッ!』

 

 吹き飛ばされるスレイプニル。

 だが魔力で空中に足場を作る事で、何とか踏ん張った。

 

『くっそ。ただでさえ厄介だった鱗が、更に面倒くさくなってる』

「だが、このままにしておく訳にもいかん」

『アイツを倒すのも重要だけど、街に被害が行かないようにしなくちゃな』

 

 レイが思考を巡らせ始めたその時だった。

 風を切る音と共に、一体の鳥型鎧装獣がやって来た。

 

「レイさん、大丈夫ですか」 

『てかなんスかあのでっかい蛇!?』

『マリー、ライラ。ちょうどいい』

 

 幸運だった。

 強力な助っ人が二人もやって来た。

 

「ガミジンが魔僕呪の原液を飲んだのだ。我々だけでは手に負えん」

『つーことだから、アイツ倒すの手伝ってくれ!』

『そういう事ならお任せッス』

「わたくしも協力しますわ!」

 

 そう言うとマリーはガルーダの背中から飛び降りて、グリモリーダーを操作した。

 

「融合召喚、ローレライ!」

 

 白い魔方陣が出現し、マリーとローレライの身体を融合させていく。

 

『ピィィィィィィィィ、ピャァァァァァァァァァ!!!」

 

 魔方陣が弾けて消えると同時に、鎧装獣ローレライが姿を現した。

 しかし鯱型魔獣であるローレライは陸地で動きにくい。

 それを察したレイはスレイプニルと協力して、ローレライが落下している軌道上に魔力の足場を形成した。

 

『マリーとローレライは上から砲撃してくれ』

『サポート感謝いたしますわ』

「ピィィィ!」

 

 ローレライ背中に備えた大砲を、ガミジンに向けて発射する。

 

――弾ッ! 弾ッ!――

 

 強力な砲撃がガミジンに襲い掛かる。

 凄まじい爆音を鳴らすが、ガミジンにダメージらしいものは与えられない。

 

「無駄だァ!」

 

 ローレライの存在に気が付いたガミジンは、その手に黒炎を灯し、投擲した。

 

『マリー、避けろ!』

 

 黒炎がダークドライバーから放たれるものと同じだと感じたレイは、回避する様に叫ぶ。

 ローレライは身体を跳ねさせて、足場から落下するように回避した。

 すかさずスレイプニルは、ローレライの下に足場を作り出す。

 

「足場は我に任せろ」

『ありがとうございます』

「ピャァァァ!」

 

 バッタのように跳ねながら、ガミジンに砲撃を続けるローレライ。

 レイとスレイプニルは、ローレライの動きを予測して足場を作り続ける。

 

『ボク達もいるっスよー!』

「クルララララララララララ!!!」

 

 ローレライの砲撃をいなし続けるガミジン。

 その背後に、翼に雷を溜め込んだガルーダが現れた。

 

『電撃食らうッス!』

 

 翼を動かし、溜め込んだ雷を一気に放出する。

 並の生物なら消し炭になるような電撃が、ガミジンの身体を包み込む。

 目視が難しい光が生まれ、消える。

 だがそれでも、ガミジンに大きなダメージは与えられなかった。

 

「無駄だと言っているだろォォォ!」

 

 ガミジンは腕を猛スピードで伸ばし、空中を飛ぶガルーダの首を掴んだ。

 

「落ちろォ!」

 

 そのまま強化された筋力を使って、地面に叩きつけた。

 

「クルァッ!」

『きゃっ』

 

 建物の一部を破壊しながら、ガルーダは墜落する。

 その様子を見て、レイは焦りを覚えていた。

 

『なんだよアイツ、頑丈すぎるだろ』

 

 鎧装獣の攻撃ですらほとんど効いていない。

 いや、更なるパワーを以ってすれば可能性はあるかもしれない。

 レイがそう考えた次の瞬間だった。

 

「ンゴォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 黒い巨体をもつ鎧装獣が、ガミジンに殴り掛かった。

 ガミジンは慌てて、その拳を受け止める。

 しかしパワーが大きすぎたせいか、その巨体ごと地面が陥没してしまった。

 

「ンゴー!」

『みなさん、大丈夫ですか?』

 

 オリーブとその契約魔獣ゴーレムだ。

 

『オリーブ。見ての通り、かなり不味い状態だ……って、皇太子様は!?』

『皇太子様はアリスちゃんが守ってます。私はみんなが心配で来ちゃいました』

 

 レイは色々言いたい事があったが、今はこの状況を喜ぼうとした。

 

『まぁ諸々の話は後だ。オリーブ、その蛇野郎倒すの手伝ってくれ!』

『はい!』

「ンゴンゴ」

 

 ガミジンは強化された筋力を駆使して、ゴーレムの拳を押し返す。

 

「数が増えた程度で、どうにかなると思うなァ!」

 

 そのまま口内に魔力を溜め始めるガミジン。

 ゴーレムの拳を掴んだまま、至近距離で魔力を解き放った。

 

「ンゴォォォ!?」

『きゃぁぁぁ!』

 

 鎧装獣の中でも重量級の身体を持つゴーレムが、容易く吹き飛ばされてしまった。

 後方数十メートルで倒れ込むゴーレム。

 

『うぅぅ……負けません』

「ンゴ!」

 

 立ち上がり、ガミジンに向かって突撃するゴーレム。

 勢いよく拳を振りかざし、ガミジンと壮絶な殴り合いが始まる。

 

「ンゴンゴンゴ!」

「無駄無駄無駄!」

 

 ゴーレムの強固な装甲のおかげで、ガミジンの攻撃はほぼ効いていない。

 しかし、ガミジンの身体も頑丈すぎてゴーレムの攻撃も、あまり効いていない。

 だがオリーブは、ガミジンが見せた一瞬の隙を逃さなかった。

 

『インクドライブ!』

 

 ゴーレムの体内で魔力が加速する。

 黒色の魔力を拳に纏い、ガミジンの懐目掛けて叩きこんだ。

 

――ドゴォォォォォォォ!!!――

 

 強烈な衝撃音が鳴り響く。

 流石にこれだけの一撃を受ければ、ガミジンもダメージを負うだろう。

 誰もがそう思った。ただ一人、ガミジンを除いては。

 

『う……うそ』

 

 オリーブは言葉を失う。

 必殺技は確かに届いた。

 しかしそれは、ガミジンの鱗を僅かに破壊したにすぎなかった。

 

「言った筈だ、無駄だと」

 

 余裕風を吹かせて嘲笑うガミジン。

 腹部で拳を受け止めたまま、お返しと言わんばかりに、今度は自分の拳をゴーレムに叩きこんだ。

 

――ドゴォォォォォォォ!!!――

 

 今までにない威力の一撃を受けて、ゴーレムは上空に吹き飛ばされる。

 

『オリーブさん!』

「我らに任せろ!」

 

 吹き飛ばされ、落ちていくゴーレムの下に、スレイプニルは魔力で足場を作り出す。

 間一髪、首都に落ちることなくゴーレムを受け止める事ができた。

 

『あうぅぅ。レイ君、ありがとうございます』

『いいって事さ。しっかしゴーレムを吹き飛ばすとか、マジかよ……』

 

 未知数の強さを持つ敵を前にして、レイは頭を悩ませる。

 何か策を講じようにも、あれ程強力な身体を持つ相手をどうすればいいか、見当もつかない。

 まずはガミジンの弱点を探るべきか。

 レイが思考回路を高速回転させていると……

 

『どりゃぁぁぁ!!!』

「グォォォォン!!!」

 

 イフリートが執拗にガミジンに殴り掛かる。

 見てわかる。策も何もない。

 とにかくパワーでゴリ押そうとしている。

 

『【暴獣魔炎(ぼうじゅうまえん)】起動! 燃やせぇ!』

 

――業ゥゥゥ!!!――

 

 イフリートの口から業火が放たれる。

 だがガミジンの身体に大きなダメージは与えられない。

 

『うーん、やっぱり効かないか』

「だからそう言っているだろう小娘!」

 

 ガミジンの苛ついた声が辺りに響く。

 レイは少し焦りながら策を考えていたが、それを知ってか知らずか、イフリート(フレイア)は面倒くさそうに後頭部を掻いていた。

 

『これは……仕方ないよね。うん、仕方ない』

「なにを言っている」

『皇太子さんも心配だし、圧倒的なパワーがあればどうにかなりそうだし……うん。これは仕方ないよね』

 

 ブツブツとしたフレイアの声が聞こえる。

 レイは彼女の意図が理解できなかった……が、レイ以外のチームメンバーにはその意図が伝わったようだ。

 

『あ、あの。フレイアさん?』

『姉御……まさかッスよね』

『やっぱり、それしか手段はないか』

『ひぃぃぃぃ』

 

 マリーとライラは声を震わせて、ジャックは諦めさえ感じる声色になる。

 そしてオリーブとゴーレムは恐怖に震えていた。

 

『みんな……こんだけ強い敵なんだ。久々に()()やるよ!』

『……まさか』

 

 ここまで来て、レイはようやくフレイアの意図を理解した。

 

 フレイアが言っていた「奥の手」。

 王の指輪を使った、荒唐無稽な技。

 

『みんな……()()するよ!!!』

『『『絶対に嫌だァァァァァァァァ!!!』』』



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Page71:でたァァァ! でっかいキマイラ!

 危機的状況である事など、忘却の彼方。

 ジャック達四人は、必死にフレイアの説得を試みた。

 

『フレイア、早まるな! 他にも方法がある筈だ!』

『そうッス! きっと灯台下暗しってやつッス!』

『それだけは本当に、本当に最終手段でお願いしますわ!』

 

 最早悲痛と形容しても過言ではない叫び声の数々。

 だがフレイアの意思は変わらなかった。

 

『その最終手段を使う場目が、今目の前にあるの。だからワガママ言わない!』

『フレイアちゃん、本当にするの? 本当に!?』

 

 オリーブに至っては既に涙声である。

 よく見ればゴーレムも微かに震えている。

 

『もー! やるったらやる! 異論は認めない!』

 

 フレイアがそう叫ぶと、イフリートの身体が虹彩色の光に包まれはじめた。

 同時に、レイの中で王の指輪が反応して、震える。

 レイと融合しているスレイプニルも、その震えを感じ取った。

 

「これは……指輪の力か」

『フレイアに反応している』

 

 震えと共に、指輪がレイの脳裏に浮かべるのは「鎧装獣」と「合体」という言葉。

 そしてフレイアの発した「最終手段」という言葉。

 

『やるのか、合体ってやつを』

 

 イフリートを包む光は徐々に強くなっている。

 そしてレイの中の指輪は、他の鎧装獣達の魂を捉えた。

 ただの青白い光だった魂が、美しい虹彩色に変化していく。

 それはまるで、イフリートと共鳴しているようにも見えた。

 

「始まるぞ」

 

『いくよ、みんな!』

 

 そして、合体が始まった。

 

『ソウルコネクト!』

 

 イフリートの身体から、虹彩色の光の帯が四本解き放たれた。

 

『ガルーダ! フェンリル! ゴーレム! ローレライ!』

 

 放たれた光の帯が、鎧装獣の魂に接続される。

 レイは王の指輪から伝わる情報で、フレイア達が合体の準備に入った事を知った。

 

 なお、当事者たちの反応は散々なものだが。

 

『ぎゃァァァ!? なんか入ってきたッスゥゥゥ!?』

『ぬるっと、ぬるっときましたわ!』

『痛みも何もないのが、逆に気持ち悪い』

『ぴゃぁぁぁぁぁ……』

 

 嫌悪感を隠そうともしないライラ達。

 オリーブに至ってはもう泣いている。

 だがこれは準備段階、本番はここからだ。

 

 光に包まれていたイフリートの身体に変化が起き始めた。

 下半身は変形して背中へと移動。

 両腕は胴体の一部ごと変形して下半身の一部を形成。

 そして胸部の装甲はフロントスカートに。

 イフリートの身体は一瞬にして、巨人の胴体のような物に変形してしまった。

 

『まずは、ガルーダ!』

 

 光の帯で繋がっていたガルーダを、強引に引き寄せる。

 

『姉御待って心の準備――ギャン!』

「クラ!?」

 

 釣り糸を巻き取る様に、イフリートの元に寄せられるガルーダ。

 変形したイフリートに衝突するかと思われた瞬間、ガルーダの身体は四つに分割された。

 

『ギャァァァ! 腕、腕がもげたッス! 首も折れたァァァ!?』

「クルラァ……」

 

 分離した両翼はイフリートの背中に合体。

 首は折り曲げられた後、胴体に合体。胸部装甲と化す。

 

『お次は、フェンリル! ローレライ!』

 

 ガルーダの時と同じように、二体に繋がっていた帯が巻き取られる。

 

『うわっ!』

「キャイン!?」

『フ、フレイアさん。どうかお手柔らかにィ!?』

「ピャン!?」

 

 フェンリルの足は全て内側に収納。

 ローレライのヒレも、上側に折り曲げられる。

 そして両獣共、尻尾が分離される、ローレライは背中の砲も分離。

 

『おしり、おしりが外れまし――ゲブゥ!』

『マリー、大丈夫――ゲホッ!』

 

 ローレライとフェンリルの身体が、L字に折れ曲がる。

 そしてフェンリルは右腕に、ローレライは左腕に合体した。

 同時に、二体の身体から巨人の拳が出現する。

 

『の、こ、す、はぁぁぁ?』

『ひぃ!?』

 

 イフリート(フレイア)の視線がゴーレム(オリーブ)に移る。

 オリーブが完全に涙声で、産まれたての小鹿のようにプルプルしていた。

 

『フレイアちゃん、お願い、やめて!』

『問答無用!』

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 ゴーレムに繋がっていた光の帯を巻き取る。

 思わずオリーブは悲鳴を上げてしまった。

 

 そしてゴーレムの変形が始まる。

 それは……

 

『いやぁぁぁぁぁ! お股、お股裂けちゃうぅぅぅぅぅぅ! 裂けたぁぁぁぁぁぁぁあ!?』

 

 股から縦に、二分割。

 そして変形。

 瞬く間にゴーレムの身体は、巨人の両足を形成していった。

 

 変形したゴーレムがイフリートに合体すると、頭部が出現し、イフリートの頭部が胸部に合体する。

 一気に巨人としての姿が見えてきた。

 

『うぉぉぉぉ! 魔獣合体!』

 

 ガルーダの下半身とフェンリルの尻尾が合体して、剣となる。

 ローレライの砲は尻尾と合体して、巨大な銃となる。

 

 完成した武器を握り締めると、巨人の頭部に、雄々しき二本角が生えたヘッドギアが装着された。

 そして、巨人を覆っていた虹彩色の光が弾け飛んだ。

 

 それは、ゴーレムのように強靭な足を持つ巨人であった。

 それは、フェンリルとローレライの腕を持つ巨人であった。

 それは、ガルーダのように巨大な翼を羽ばたかせる巨人であった。

 そしてそれは、絶大な雄々しさを感じる鉄の巨人であった。

 

 その巨人――鎧巨人(ティターン)の名は……

 

『完成! (ブイ)キマイラ!』

 

 フレイアが高々と名乗り声を上げる。

 レイとスレイプニルは上空で唖然としていた。

 今まで見た事の無い巨人の姿に好奇心が刺激されていた。

 だがそれ以上に心配なのは……

 

『おいフレイア! 他の奴ら大丈夫なのか!? 特にオリーブ!』

 

 冷静さを取り戻したレイが叫ぶ。

 他の面々も心配だが、身体が縦に真っ二つになったオリーブが一番心配だった。

 普通に考えれば、あれは死ぬ。

 

『だいじょーぶ。みんなちゃんと生きてるから。ねーみんな』

『レイ君……ボク達全員、生きてるッス』

『痛みもなにも無いから、すごく気持ち悪いけどね』

『オリーブさんも大丈夫ですわ……』

『お股、裂けた……お嫁にいけない……』

 

 心の傷が深そうだが、とりあえず全員大丈夫そうだ。

 レイはスレイプニルの中で胸を撫でおろす。

 

 一方のガミジンは、合体したVキマイラを前にして動揺していた。

 

「こ、これがバロウズ王国で暴れたという鎧巨人かッ」

『そういう事。このVキマイラで、アンタをぶっ倒す!』

 

 右手に握ったテイルソードの切っ先を向けて、フレイアは啖呵を切る。

 その声からは「絶対に勝てる」という自信が滲み出ていた。

 

『レイ! 鎧装獣化を解いて、皇太子さんのところに行って。流石にアリス一人じゃ心配だから』

『おいおい。俺達も一緒に戦うぞ』

『大丈夫。今のアタシ達なら絶対に負けない! だから信じて。レイは皇太子さんを守って!』

 

 レイは迷った。

 フレイアを信じたいのは山々だが、あのガミジンの強さは並ではない。

 無理を通してでも加勢したほうが良いのではないか。レイがそう考えた時だった。

 

「レイ、フレイア嬢の言葉を信じよう」

『スレイプニル!?』

「見たところフレイア嬢の言葉も嘘ではないらしい。あの巨人、王獣をも超えた力を感じる」

『王獣をも超える……?』

「ここは彼女達に任せよう。我々はアリス嬢の加勢を」

『……分かった』

 

 スレイプニルは宮殿の元に降下し、レイとの融合を解除した。

 

「フレイア、ここは任せた!」

『任された!』

 

 Vキマイラを見上げながら叫ぶレイ。

 レイはすぐに宮殿内のジョージ皇太子の元へ急行した。

 

 

 

 

 宮殿内では十数体のボーツが、アリスとジョージに襲い掛かっていた。

 

「「「ボォォォォォォォォォツ!!!」」」

「コンフュージョン・カーテン」

 

 アリスは幻覚魔法を込めた霧を散布して、ボーツの注意を逸らす。

 その隙に、ジョージを連れて逃げていた。

 しかしゲーティアが解き放ったボーツの数は並ではない。

 次々とアリス達の目の前に現れては、その腕を使って攻撃を仕掛けてきた。

 

「なんて数のボーツだ」

「キリが無い」

 

 元々戦闘力はそれほど高くない二人。

 今はなんとか幻覚魔法でボーツを躱し続けているが、それもいつまで持つか分からない。

 魔力も有限、なにか策を考えねばならない。

 アリスがそう考えた次の瞬間だった。

 

「どらァァァ!!!」

 

――斬ァァァァァァァァン!!!――

 

 突如、目の前にいたボーツ達が斬り捨てられていった。

 

「アリス、皇太子様、無事か?」

「レイ」

 

 それは宮殿内に戻って来たレイであった。

 アリスとジョージはレイ元に歩み寄る。

 

「よかった。一時はどうなる事かと……」

「守りを手薄にして申し訳ありません」

「ねぇレイ、フレイア達は?」

「あぁ、それなら――」

 

 突如、宮殿の外から凄まじい轟音が鳴り響いてくる。

 何事かと思ったアリスとジョージは、宮殿の外を覗き込んだ。

 そこには巨大化したガミジンと戦う一体の巨人、Vキマイラがいた。

 

「な、なんだあの巨人は!?」

「信じられないかもしれませんが、あれフレイア達です」

「もしかして、フレイアの言ってた奥の手?」

「そういう事だ」

 

 想像の遥か上をいく展開に、口をあんぐりさせるジョージ。

 対してアリスは冷静なものだった。

 

「まぁとにかくだ。ガミジンの奴はフレイア達に任せて、俺達は謁見の間に行こう」

「うん。わかった」

「大丈夫なのかい?」

「大丈夫ですよ。少なくとも俺は、アイツらを信じている」

 

 そう言いながら、レイは手に持ったコンパスブラスターを棒術形態(ロッドモード)にする。

 

「さ、行きましょう。さっさと終わらせて、この国を良くするんでしょう?」

「……あぁ、その通りだ」

 

 道を阻むボーツは、レイとアリスの連携で次々に斬り伏せられていく。

 そしてジョージの案内の元、三人は謁見の間へと急いだ。



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Page72:あれるぜ! Vキマイラ!

 宮殿の外で対峙するガミジンとVキマイラ。

 数秒の沈黙が、両者の間に走る。

 

「クッ、なにが鎧巨人(ティターン)だ! ただ合体しただけの化物ではないか!」

『アンタにだけは化物なんて言われたくないんだけど。まぁ、本当に合体しただけなのかどうかは……戦って試してみれば?』

 

 フレイアの言葉が放たれると同時に、Vキマイラが臨戦態勢に入る。

 無意識に右手の剣を構えるあたり、主な操作はフレイアが行っているのが分かる。

 だがガミジンにしてみれば、そんな事はどうでもいい事だ。

 フレイアの挑発を受けて、顔を赤く染め上げるガミジン。

 

「ほざけ! いくら鎧巨人といえど、この黒炎の前には無力よ!」

 

 両手の平に黒炎を灯すガミジン。

 荒々しく、感情にまかせて、Vキマイラ目掛けて投擲した。

 だがVキマイラは避ける気配を見せない。中にいるフレイア達は黒炎の危険性を認知している筈だ。

 立ったまま、テイルソードを地面に突き刺す。

 そして静かに手を前に出し……。

 

『魔力障壁、展開!』

 

 手の平から巨大な魔力障壁が展開される。

 だがそれは、スレイプニルが展開していたような物とは比にならない。

 分厚く五重に展開された障壁が、黒炎を受け止める。

 

「馬鹿め! そんな障壁、黒炎で喰らい尽くしてくれるわ!」

 

 余裕と見下しが入った笑い声。

 それは、ゲーティアの技術で作られた黒炎の威力を信頼しているが故のものであった。

 だが、そんなガミジンの余裕は一瞬にして崩れ去る事となった。

 

『舐、め、る、なぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 Vキマイラが展開していた障壁が、強い光を放つ。

 既に三枚の障壁が破られていたが、四枚目を突破する直前に、黒炎は消滅してしまった。

 

『どうだ、見たか!』

「ば、馬鹿な!?」

 

 万物を喰らい尽くす黒炎。未だかつて、それが破られたことは無かった。

 ガミジンは目の前の光景を上手く信じられなかった。

 必殺の攻撃が、いとも容易く防がれてしまった事に理解が追いつかなかったのだ。

 

『さーて、今度はアタシ達の番だね』

 

 地面に突き刺していたテイルソードを、勢いよく引き抜く。

 そのままVキマイラは、猛スピードでガミジンに突っ込んだ。

 

「ぐぬぅ!」

 

 咄嗟に両腕を前に出して、防御態勢をとるガミジン。

 だがVキマイラはそれを気にする素振りを見せることなく、剣を振り下ろした。

 

 ただの剣だ。己の鱗を使えば容易に防ぐ事ができる。

 それは、ごくごく自然な動作。口を開ければ呼吸ができるくらい、当たり前の事。

 故にガミジンは、無意識にその動作をした。

 

――斬ッッッ!!!――

 

 ガミジンの両腕は、何ら抵抗なく切断された。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 想定外のダメージに動揺し、ガミジンは悲鳴を上げる。

 

『どーだ! 合体したアタシ達なら、なんでも斬れる!』

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 怒号を上げながら、すぐに腕を再生するガミジン。

 相手の力量を測る事無く首を伸ばして、Vキマイラに噛み付こうとした。

 

『ライラ!』

『了解ッス』

 

 合体した事で容易に意思疎通が可能になっている面々。

 ライラはフレイアの意図をくみ取り、すぐにVキマイラの翼を羽ばたかせた。

 ガミジンの牙が到達する寸前に、天空へと飛び立つVキマイラ。

 

『蛇は空飛べないでしょ』

 

 フレイアの挑発に、ガミジンは地上で歯軋りをする。

 だがそんな事はどうでもいい。

 厄介な攻撃が届かない場所から、確実こちらの攻撃を当てる。

 

『マリー、射撃任せた!』

『かしこまりましたわ。テイルブラスター!』

 

 Vキマイラは左手に持った、銃を構える。

 ガミジンとの距離は離れているが、問題はない。

 ガルーダの固有魔法【鷹之超眼(たかのちょうがん)】は、Vキマイラの目にも適用されている。千里眼が如き視力を持ってして、マリーは容易に銃の照準をガミジンに当てた。

 

『シュートですわ!』

 

――弾ッ! 弾ッ! 弾ッ!――

 

 上空から放たれた三発の魔力弾。

 先程と同じように防御しても無駄だと感じたガミジンは、咄嗟にそれを回避しようとする。

 

『回避行動くらい、予測済みですわ!』

 

 急激に軌道を変える魔力弾。

 銃撃手であるマリーの構築した術式によって、魔力弾はガミジンを追尾していった。

 そして着弾。強烈な爆発音と共に、ガミジンの皮膚はズタズタに弾き飛ばされた。

 

 言葉にならない悲鳴を上げるガミジン。

 だがフレイア達は、決して同情はしない。

 この悪魔がバミューダでした所業。そしてゲーティアがブライトン公国でした所業を考えれば、決して許そうとは思わなかった。

 

「不味い、この化物だけは危険だッ」

 

 鱗が剥がれ、ボロボロになった皮膚を再生しながら、ガミジンは逃げようと試みる。

 

『フレイアちゃん!』

『逃がすかッ』

 

 背を向けたガミジンを逃すつもりはない。

 オリーブにせっつかれて、Vキマイラは急降下する。

 

『インクドライブ! いつでもいけます!』

『どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 Vキマイラの右足に、黒色の魔力が纏わりつく。

 絶大な破壊力を含んだ蹴撃(しゅうげき)。降下時の勢いを利用して強化し、逃げるガミジンの背に叩き込んだ。

 

「がっ……はっ」

 

 轟音と共に、ガミジンの身体が地面にめり込む。

 骨がへし折れたガミジンの口から、呻き声が漏れ出た。

 

「お、おのれぇぇぇ」

 

 逃げられない。この鎧巨人からは逃げる術がない。

 それを悟ったガミジンは、がむしゃらに攻撃を仕掛けた。

 

 左腕を伸ばして、Vキマイラの左足に巻きつかせる。

 

「ハハハハ、流石にこの距離では障壁を展開できまい!」

 

 至近距離。左手に黒炎を灯すガミジン。

 これならいける、必ずいける。

 そう確信したガミジンは高笑いを上げた。

 しかし……

 

『だったら、こうするまでよ!』

 

 それはフレイアの咄嗟の判断だった。

 自由に動かせる右足で、ガミジンの身体に踏み込む。

 

『【剛力硬化(ごうりきこうか)】いけます!』

『どりゃぁぁぁ!』

 

 ゴーレムの固有魔法【剛力硬化】で両足を強化する。

 そして強化された脚力を使って、Vキマイラは力任せに左足を上げた。

 

――ブチィィィ!――

 

 凄まじい力とスピードで上げられた左足。

 それは黒炎が放たれるよりも早く、ガミジンの左腕を引きちぎった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 肩から腕がちぎれたガミジンが悶絶する。

 

「何故だ、何故貴様らは我々に歯向かう!?」

『別にアンタ達に歯向かったつもりはないよ。アタシ達はただ、この国の人達を守るために戦っているだけだ』

「ぬァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 咆哮が鳴り響く。

 それと同時に、ガミジンの身体からどす黒い魔力が溢れ始めた。

 Vキマイラは咄嗟にガミジンから距離を取る。

 

 のそりと立ち上がり、ガミジンはVキマイラを睨みつけた。

 

「ちっぽけな……ちっぽけな虫けらがァァァァァ! 我々の前で、調子に乗るなァァァァァ!!!」

 

 狂気的な叫び。

 邪悪な魔力を解き放ちながら、ガミジンが突進してくる。

 もはや正常な思考はできていない。動きも直情的だ。

 

『僕に任せて』

 

 ジャックがそう言うと、Vキマイラは右肩のフェンリルの口を、迫り来るガミジンに向けた。

 

『【鉄鎖顕現(てっさけんげん)】起動。グレイプニール!』

 

 フェンリルの口から解き放たれる無数の鎖。

 意思を持った蛇のように、鎖はガミジンの身体を縛り上げた。

 

「これしきの鎖ィィィィィ!!!」

 

 身体を捻り、鎖を引きちぎろうと試みるガミジン。

 しかし鎖は、ひびすら入る様子を見せない。

 それは明らかに、合体前とは強度が違った。

 

「な、なんだこの鎖!?」

 

 ミシミシと強く縛りつけてくる鎖に困惑するガミジン。

 

 魔獣合体によるメリットは、全員の固有魔法を使える事だけではない。

 魔力と出力の強化。それも単純な足し算による強化ではない。

 合体による強化は掛け算。文字通り、全てのステータスが桁違いに伸びているのだ。

 

 そんな事になっているとはつゆ知らず。

 ガミジンは想像以上にパワーアップしているVキマイラに、困惑するばかりだった。

 

『さーて、そろそろトドメを――』

『待てフレイア。敵は魔僕呪原液で強化された悪魔だ。普通に倒したら何が起きるかわからない』

『それもそっか』

 

 ジャックの進言で、フレイアは策を考える。

 地上で倒して、余計な被害が出るのは避けたい。

 ならば答えは簡単だ。

 

 Vキマイラは鎖を引っ張り、ガミジンを無理矢理引き寄せる。

 そのまま、もがき続けているガミジンを力強くホールドした。

 

『地上がダメなら、空だ!』

 

 ガミジンを抱きしめたまま、Vキマイラは上空へと飛翔する。

 ぐんぐん高度が上がっていく。数秒もしないうちに、宮殿が豆粒ほどの大きさになってしまった。

 そして二体は雲を突き抜け、晴天の空へと出てきた。

 

 ここなら安全だ。

 そう判断したフレイアは、ガミジンを縛り上げていた鎖を解除した。

 そしてVキマイラは、解放されたガミジンをさらに上へと蹴り上げた。

 

「き、貴様らァァァァァ!」

 

 怒り狂ったガミジン。

 その全身から黒炎を点火する。

 何がなんでも、目の前にいる鎧巨人を消し去るつもりだ。

 

「ティタァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!」

『ガミジン、今度こそ終わらせてやる!』

 

 フレイア、そしてオリーブとマリー。三人の脳裏にはバミューダでの事件が想起される。

 今度こそ、この悪魔を討つのだ。

 

『テイルソード、テイルブラスター!』

 

 Vキマイラがテイルブラスターを投げると、空中でバラバラになる。

 

『合体!』

 

 バラバラになったテイルブラスターは、テイルソードと合体。

 一つの巨大な剣へと変化した。

 

『完成! テイルパニッシャー!』

 

 テイルパニッシャーを構えて、Vキマイラは落下してくるガミジンを迎える。

 

『いくよみんな! 息を合わせて』

『『『応ッ!』』』

 

 Vキマイラの中で五色の魔力が混ざり合い、加速する。

 合成された魔力は、テイルパニッシャーの刀身へと装填されていった。

 

『『『インクドライブ! 必殺!』』』

 

 テイルパニッシャーの刀身から、数十メートルはあろうかという、巨大な魔力刃が展開された。

 絶大な破壊力を内包した魔力刃が、ガミジンに狙いを定める。

 

「私は、私は決して滅びんぞォォォ!!!」

『うぉぉぉぉぉ!!!』

 

 落下してくるガミジンに、突進するVキマイラ。

 五色の魔力が混ざり合った必殺技を、躊躇う事なく解き放った。

 

勇輝聖刃(ゆうきせいじん)! ブレイブパニッシャー!』

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 横薙ぎに一閃。

 強力な魔力を含んだ刃が、ガミジンの身体を両断した。

 

「滅……びん……私は……決して……」

 

 斬り裂かれた断面から、更に魔力が爆裂する。

 本来なら再生できたであろうダメージも、魔僕呪原液の効能も相まって、急速に広がっていった。

 

「私は……滅びんぞォォォォォォォ!!!」

 

 それが、ガミジンの発した最期の言葉であった。

 耳をつんざく轟音が、雲の上で鳴り響く。

 凄まじい爆発と共に、ガミジンの身体は跡形もなく消滅してしまった。

 

 爆風で穴の開いた雲を見下ろすVキマイラ。

 

『今度こそ、倒せたのでしょうか?』

『流石にまた復活は御免被るッスよ』

『アタシ達みんなで力を合わせたんだ。きっと大丈夫でしょ』

 

 フレイアはそう呟きながら、Vキマイラを地上に降下させ始めた。

 

『皇太子さんやレイ達が心配だ。すぐに宮殿に戻ろう』

 

 Vキマイラは地上に降り立つとすぐに合体を解除した。

 そして全員融合を解除して、すぐさま宮殿の中へと戻るのであった。

 

 

 

 

 宮殿のすぐそば。

 人もボーツもいない場所に、その影はあった。

 

 黒い鎧をガチャガチャと鳴らしながら、地上に下りてくるVキマイラを見つめる、悪魔が一人。

 フルカスだ。

 

『あーあ。あれはガミジン死んじゃったね』

「そうだな」

 

 同胞が死んだ事など対して気にはしないグラニ。

 一方のフルカスは、黒い鎧の下で微かに笑みを浮かべていた。

 

『笑っているのかい、フルカス』

「フフ、そうだな」

『そんなに指輪を見つけられたのが嬉しいのかい?』

「それもある。だがそれ以上に、少しは楽しめそうな相手に興奮しているのだよ」

 

 姿を消すVキマイラを見届けながら、フルカスは静かに期待感を膨らませていく。

 

「久しく、骨のある相手と戦えそうだ」

『……そうだね。特に今回は僕も楽しみにしているんだ』

 

 これから始まる戦いに期待を寄せつつ、フルカスは宮殿を後にした。



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Page73:為政者の役目

「ボッツ、ボッツ」

「どらぁぁぁ!」

 

 行く道を妨害してくるボーツの大群。それをレイとアリスが連携して倒していく。

 何体も斬り伏せていく内に、レイは数を数えていくのも億劫になっていた。

 ジョージ皇太子を守りながら進む二人。

 気がつけばボーツの数は徐々に減っていき、遂には0体になってしまった。

 

「……この扉の向こうが、謁見の間だ」

 

 辿り着いたのは、巨大な扉の前。

 ジョージ曰く目的の場所。レイは息を一つ飲んで、その扉を開けた。

 

 ギギギと軋む音を伴いながら、ゆっくりと扉は開く。

 もしかすると、この中にボーツが待ち伏せているかもしれない。

 レイとアリスは最大限に警戒をした。

 しかし、足を踏み入れた謁見の間には、ボーツどころか何かが動く気配すら存在しなかった。

 

「なんか、不気味なくらい静かだな」

「レイ、あれ」

 

 そう言うとアリスは、謁見の間の最奥を指さす。

 そこに鎮座するのは荘厳なる玉座。

 そして玉座に座る人影が一つ。

 

「ウィリアム公か」

「父上……」

 

 ブライトン公国元首、ウィリアム・ドブライトン。

 魔僕呪(まぼくじゅ)によって、ゲーティアに心身を操られた傀儡と化した大公。

 そして、ジョージの父親だ。

 レイは静かに、ジョージへと視線を向ける。

 

「ここまで来てなんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ……僕は成すべき事を成す」

 

 パルマの魔装からは表情がうかがえない。

 だがその声色から、相当に強張っている事は伝わってきた。

 

 一歩、また一歩と玉座に進むジョージ。

 レイとアリスは静かに、その後を追った。

 

 静かな道のりだった。

 侵入者を咎めるような声は聞こえない。道の先にいるウィリアム公の声も聞こえない。

 聞こえてくるのは、自分達の足音ばかり。

 そんな道のりの中で、レイは一つの考え事をしていた。

 

「(皇太子様は、今から自分の父親を殺す。だけどそれで良いのか? これから国を立て直さなくちゃいけないのに、この人の手を汚して良いのか?)」

 

 いざとなれば、自分が代わりに剣を抜くか。

 何が正しいか分からない。だができる事なら、目の前にいる皇太子様の手を汚したくはない。

 レイは少しばかり悩んでいた。

 

 だが、玉座に近づくにつれて、その悩みは霧散してしまった。

 変身によって強化された嗅覚が、異様な臭いを嗅ぎ取る。

 腐臭だ。全身に嫌悪感が走る臭いが、徐々に近づいてくる。

 脳が警告を発してくる。コレに近づくのは良くないと。

 

「なんか、嫌な臭い」

 

 アリスも感じ取ったようだ。

 前をあるくジョージも同様だろう。

 だがジョージは臆することなく、前進を止めなかった。

 

 そして一同は、玉座の前に到達した。

 同時に、腐臭の正体も理解してしまった。

 

「……これは」

「ひどい、ね」

 

 レイとアリスは言葉を失う。

 玉座には一人の人間が座っていた。しかし性別や年齢などは分からない。

 ましてや、この人間がウィリアム公かどうかも、レイには判断がつかなかった。

 腐っていたのだ。

 皮膚は緑色に変色し、指は数本朽ち落ちている。

 腐敗した皮膚を食い破ったウジ虫は、辺りに何匹も落ちていた。

 髪もない。

 

「流石にこれは……生きてはいないでしょね」

「いや、生きてるんだよ」

 

 ジョージの発言に、レイは驚く。

 普通の感性なら、この腐乱死体が生きているとは到底思えない。

 だがジョージはこれを生きていると言うのだ。

 ジョージはゆっくりと、その腐乱死体に近づいた。

 

「父上。僕が誰だか、わかりますか?」

「……ジョ……ジ……」

 

 返ってくるなんてありえない。

 そんなレイの予想はあっさりと破壊されてしまった。

 玉座に座ったウィリアム公は、今にも事切れそうな声で、ジョージの名を呼ぶ。

 

「本当に生きてるのかよ……この状態で」

「生きてるんだよ。魔僕呪の効能……いや、呪いでね」

 

 ジョージ曰く、高濃度の魔僕呪には過剰な回復効果があるらしい。

 生体活動を維持したまま、肉体は朽ちていく。

 結果として、目の前にいるウィリアム公のような生きた屍が完成するそうだ。

 

「最初こそ、父は永遠の命だと歓喜していた……そんなもの、ある筈がないのにな」

 

 もはや自分の意志で身体を動かすことも儘ならないウィリアム公に、ジョージはそう零す。

 

「永遠の命をもって、永遠に民に尽くそう……父はそう言っていたが、結果はこれだ。こんな生きた屍では、民に何もしてやれない」

 

 ジョージは短剣を握り締める。

 それは自身への怒りであり、これからする事への覚悟の現れでもあった。

 

「父も、僕も、皆間違っていた。力に溺れ、力を恐れて、民を苦しめただけだった!」

「皇太子様……」

 

 どんな言葉を投げかければ良いのか、レイには分からなかった。

 仮面の下で歯軋りをする。

 

「間違ってない」

「アリス?」

 

 ジョージに声をかけたのは、意外にもアリスだった。

 

「大公様も、皇太子様も、この国の人を守ろうとしていた。その思いはきっと、間違ってない」

 

 短剣を握っていたジョージの手が、微かに緩む。

 アリスの言葉を噛み締めているのだろうか、棒立ちになる。

 

「思いは、間違っていないか……それなら、良いのだがな」

「明日どう評価されるかは、今日何をしたかで決まる。思いを証明するのも、きっと同じ」

 

 その言葉が、最後の一押しになったのかは定かではない。

 だがジョージは、緩んでいた手を強く握り、アリスの方へ振り向いた。

 

「ありがとう、小さな操獣者さん。僕もやっと覚悟が決まったよ」

 

 ウィリアム公へと向き直るジョージ。

 終わらせるのだ、この国に起きた悲劇を。

 ジョージが短剣を振り下ろそうとした、次の瞬間。

 

『ッ!? レイ!』

「皇太子様ッ!」

 

 強力な魔力の気配が、ウィリアム公の背後に現れた。

 それを察知したレイは、咄嗟にジョージの手を引っ張った。

 

 それと同時に、ウィリアム公の胸を、一本の腕が貫いた。

 

「父上ッ!」

 

 ジョージの叫びが、謁見の間に反響する。

 ウィリアム公を貫いた腕、その先にはどす黒い粘液の塊が握られていた。

 

「やれやれ、ガミジンめ。こちらも回収するように言っておいた筈なのですが……その前に死ぬとは、情けない」

 

 貫いていた腕が勢いよく引き抜かれる。

 前のめりに倒れ込むウィリアム公。

 そして玉座の後ろからは、金髪の少年が姿を現した。

 

「テメェ、何者だ」

 

 コンパスブラスターの切っ先を向けるレイ。

 だが金髪の少年は臆することなく、いたって冷静にレイ達の方へと向いた。

 

「あぁ、誰かと思えば。戦騎王の契約者に、臆病者の皇太子ですか」

「それよりコッチの質問に答えろ」

 

 見た目はただの子供。

 だがその身体から放たれているプレッシャーは、普通の人間が持つソレとは大きく異なっていた。

 レイは強い警戒心を抱いて、少年と対峙する。

 

「僕の名はザガン。ゲーティアの錬金術師です。自己紹介はこれで満足ですか?」

「ゲーティア!? こんな子供が!?」

「ザガン、ザガンだと! 父上に魔僕呪を売りつけた、あのザガンかッ!」

 

 ザガンの姿だけではない、ジョージの発言にもレイは驚いた。

 目の前にいる子供が魔僕呪を売り、このブライトン公国を堕としたと言うのだ。

 

「つー事はだ皇太子様。アイツが今回の元凶って事でいいんだなッ!」

 

 コンパスブラスターを握る手に、力を籠めるレイ。

 だがそれを見てもザガンは、戦闘への準備をしようとはしなかった。

 ザガンは静かに、ジョージを見下ろす。

 

「我々や魔僕呪を恐れて、国から逃げた皇太子が、今更何をしに来たのですか?」

「……この国を、正しに来た!」

 

 力強く答えるジョージ。だがザガンは、それを鼻で笑った。

 

「馬鹿馬鹿しい。既に滅んだも同然の国を正す? 何を言っているのか、僕にはさっぱり分かりません」

「……まだ――」

「まだ滅んでいないとでも? 貴方の目は節穴ですか。見て来たはずです、魔僕呪の魅力に取り憑かれて、自ら滅びを選んだ民の数々を」

「それは……」

「今更貴方達にできる事は何もありません。せいぜいこの国と共に死に絶えてください」

 

 ジョージは仮面の下で唇を噛み締める。

 言い返す言葉が見つからなかった。それが悔しくて堪らなかった。

 ザガンの言う通り、この国はもう滅んだも同然かもしれない。

 だがそれを認めたくなかったのだ。

 

 その思いは、レイも同じだった。

 

「滅んでねぇよ」

「なんですって?」

「この国はまだ、滅んでねけって言ったんだよ!」

 

 仮面越しにザガンを睨みつけて、レイは叫ぶ。

 

「生きている民がいる。皇太子様もいる。だったらまだ、この国は足掻いてられるんだよ! テメェの勝手な都合で滅ぼしてんじゃねー!」

「足掻く? ちっぽけな人間に何ができるのですか」

「人間を舐めるな。民がいれば、為政者の役目は生まれる。必死に探せば、出来る事は見つかるはずだ!」

 

 それにな……と、レイは続ける。

 

「皇太子様は、お前が思っている程弱くはない」

「なに?」

「生きようとする覚悟、未来を変えようとする意志。それがあるから、皇太子様は帰って来たんだ! そうだろ?」

「……あぁ、その通りだ」

 

 ジョージは俯かせていた顔を上げる。

 

「滅びる為じゃない、僕は生きる為にこの国に帰ってきたんだ! そしてゲーティア、お前達から国を取り戻す。必ずだ!」

「くだらない。未来を決めるのは我々ゲーティアです。お前達人間ではない」

「勝手に人の未来決めようとしてんじゃねーよ、金髪ドチビ」

「……やれやれ。口煩い子供には、少しお灸が必要らしいですね」

 

 そう言うとザガンは、ダークドライバーを手にした。

 懐から取り出した獣魂栞をダークドライバーに挿入する。

 

「トランス――」

 

 変身し、悪魔の姿になる。

 レイ達は身構えて、何時でも反撃に出られるようにした。

 しかし……

 

「……やっぱり止めましょう。こんな所で無駄な労力を使うのは、僕の主義に反します。それに――」

 

 ザガンはレイ達を一瞥する。

 

「どうせ最後に絶望するのは、貴方達なんですから」

 

 ザガンはダークドライバーから獣魂栞を引き抜くと、すぐ横の空間を切り裂いた。

 ダークドライバーで切り裂かれた空間が、裏世界へと繋がる。

 

「では僕はこれで失礼します。まだまだやるべき仕事があるので」

「テメェ、逃がすかよ!」

 

 空間の裂け目に消えようとするザガンに向かって駆け出す。

 そしてレイはコンパスブラスターを勢いよく振り下ろした。

 

――ガキンッッッ!!!――

 

「なッ!?」

 

 特別なモーションは無かった。

 術式を組んでいる様子も無かった。

 レイの振り下ろした一撃は、分厚い魔力障壁に阻まれてしまった。

 

「無駄ですよ。貴方程度の操獣者では、僕に傷をつける事はできない」

 

 ザガンが手を軽く上げると、魔力障壁が爆散。

 レイは謁見の間の入り口まで、吹き飛ばされてしまった。

 

「では今度こそさようならです。もう貴方達と会うことはないでしょう」

 

 そう言い残して、ザガンは空間の裂け目に姿を消した。

 

 

 

 

 十数分後。

 道中遭遇したボーツを全て倒して、フレイア達は謁見の間へと到着した。

 

「レイ、アリス大丈夫!?」

 

 フレイアの声が謁見の間に反響する。

 レイ達は謁見の間の中央に座り込んでいた。

 急いで駆け寄るフレイア達。

 

「な、何があったんスか?」

 

 変身を解除して、床に座り込むレイとアリス。

 そして塵とも灰ともわからぬ塊の前で項垂れるジョージの姿があった。

 

 周辺にボーツや敵の気配が無い事を確認して、フレイア達も変身を解除する。

 

「レイ、何があったの?」

 

 フレイアに問われ、レイはここまでの出来事を語った。

 謁見の間でウィリアム公を見つけた事。

 そのウィリアム公の身体が腐敗していた事。

 ザガンが現れて、逃げられた事。

 そして

 

「そこにある、灰みたいな何かが……ウィリアム公だ」

 

 レイがそう告げると、フレイア達は驚嘆の表情を浮かべた。

 

「多分魔僕呪の副作用か何かだろうな……ザガンが消えてすぐに、ウィリアム公の遺体がこうなった」

「そう……なの」

 

 フレイアはそれ以上、何も聞けなかった。

 なにより、目の前で悲しみに暮れるジョージに水を差したくなかった。

 

 数分の沈黙が、場を支配する。

 その沈黙を破ったのは、ジョージだった。

 

「父を……僕自身が手にかけずに済んだのは、不幸中の幸いだったかもしれない。もし本当に手にかけていたら、今僕はもっと無様な姿を晒していたかもしれない」

 

 ジョージはウィリアム公だった灰を一掴み、握り締める。

 

「民からすれば、国を滅ぼした悪魔かもしれない……だが、父なんだ」

 

 握り締めた拳に、涙が零れ落ちる。

 

「こんな愚者公でも……僕の父だったんだ」

 

 静かな嗚咽が、謁見の間に広がる。

 皇太子が追った背中は、儚く無残に散った。

 いずれこの現実を受け入れると分かっていても、今はただ悲しみに飲まれるばかり。

 

 この場にいる者、誰もがその悲しみを咎めようとは思わなかった。



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Page74:未来を夢見て

 ブライトン公国からゲーティアは去った。

 失った者、傷ついた物は決して少なくはない。

 だが、宮殿の中にも、首都の中にも彼らの姿は無かった。

 

 それでもレイ達は念を入れて、宮殿内や首都の中を隈なく調べ上げた。

 ゲーティアの悪魔は姿を消し、あれだけ居たボーツも綺麗さっぱり姿を消していた。

 ゲーティアの誰かが回収でもしたのだろうか。

 ライラとガルーダの魔法も使って、首都全体を調べる。

 やはりもう、敵の姿は見えない。

 これはもう完全に去ったのだろうと確信したフレイア達は、一先ず胸を撫でおろすのだった。

 

 一方、レイとジャックは些か引っかかりを感じていた。

 

「……ジャック」

「うん」

「本当にアイツら、逃げたと思うか?」

「どうだろう。少なくとも僕は、そう簡単に逃げるような連中じゃないと思うな」

「だよなぁ……」

 

 調査の帰り道に、レイとジャックが交わす言葉。

 一国を乗っ取るという、壮大な計画を実行に移すような者達が、こうもあっさり獲物を捨てるのは不自然に思えた。

 もっと何か反撃が来てもおかしくはないのに、今は異様に静かだ。

 そしてレイには、もう一つ気になっている事もあった。

 

「(あのザガンって奴が言ってた言葉……)」

 

 最後に絶望するのは貴方達。

 ただの負け惜しみか、それとも何かの罠か。

 レイはその言葉の真意を理解しかねていた。

 

「二人とも、なーに難しい顔してんの!」

 

 一仕事終えた明るさで、フレイアが絡んでくる。

 

「いや、色々と気になる事が――」

「レイは難しく考えすぎ」

「そうッスよ。これだけ探しても居ないんだったら、きっともう逃げてるッス」

「……そうだと良いんだけどな」

 

 確かにライラの言う通りでもあった。

 彼女は固有魔法で首都と宮殿を隅の隅まで調べ尽くしている。

 どこかに隠れていれば既に見つかっている筈だ。

 

「(とは言っても、あの空間の裂け目に逃げられた場合はどうなるか、まったく分からないんだけど)」

 

 レイが一番懸念している事だった。

 現状、あの空間の裂け目は完全に正体不明。

 対策も何も思いつかない状態だ。

 

「(まぁ今は……二度と出てこない事を祈るか)」

 

 少なくとも今は、奴らが去った事を祝おう。

 そう前向きに考えながら、レイは宮殿へと戻っていった。

 

 

 

 

 宮殿に戻ると、広間には大勢の人が集められていた。

 魔僕呪中毒になった首都の住民達である。

 ジョージ皇太子、そしてオリーブとマリーが集めてきたのだ。

 集められた住民には、アリスが治療魔法をかけている。

 

 広間の人々を見て、フレイアは思わず息を漏らす。

 

「ふぁぁ~、凄い数の人ね」

「だけど言い換えれば、この広間に収まる程度の人しかいないって事だ」

 

 レイに指摘されると、フレイアの中で見方が変わる。

 広間の人の数では、せいぜい少し大きな村程度しかない。

 ここに集まれなかった人は既に事切れていたか、ボーツに喰われたかだろう。

 

「これしか、生き残ってなかったんスね」

 

 ライラが切なげな声を漏らす。

 その感情はレイ達も同じだった。

 

「違うよ。こんなにも生き残ってくれたんだ」

 

 奥で昏睡した住民を看ていたジョージがこちらに来る。

 

「確かに死んでしまった民は多い。だが決して根絶やしにされた訳ではない」

「皇太子様」

「民が一人でも生きているなら、為政者である僕に役目はある。そうだろう、レイ・クロウリー君」

「……そうですね」

 

 ジョージは広場に横たわっている住民達を見渡す。

 

「まだ滅んでないさ。彼らが生きている限り、まだこの国は死んではいない」

 

 その声色には、決意が込められていた。

 その瞳には、未来への生が燃え滾っていた。

 

「長い、長い道のりになるとは思う。だけど僕は必ず、彼らを治療して、この国を未来に繋げるよ」

 

 国の再興を誓うジョージ。

 そんな彼の背中を見て、レイは少し安心感を覚えた。

 

「レッドフレアの皆、本当にありがとう。僕だけだったら、きっとここまでは来れなかった」

「良いって事ですよ、皇太子さん。困っている人を助けるのが、ヒーローの仕事なんだから」

「……俺は、礼を言われるような事はできなかった」

 

 俯き気味に、レイは言葉を紡ぐ。

 

「結局ザガンの奴には逃げられた。元凶を倒せた訳でもない。殆どなにもできなかったですよ」

「だけど君達がいなければ、今頃この国は本当に滅んでいた。十分胸を張って良いと思うよ。それにもう、ゲーティアの悪魔達の姿は無いのだろう? きっと大丈夫さ」

「……だと良いんですけどね」

 

 活躍は認められたものの、レイの中ではモヤモヤしたものが残ってしまう。

 理想が高過ぎると言えばそこまでだが、目指す背中はまだまだ遠いのだ。

 急いてしまう自分に、レイは少し嫌悪感を抱いてしまう。

 

「大丈夫だ、ここから先は僕達自身の手で国を守っていくよ。たとえ最後に滅びが待っていようとも、その瞬間が来るまで足掻き続けてやるさ」

「でも、またゲーティアが襲ってきたら……」

 

 オリーブが不安げな声を出すと、ジョージは少し笑いながらこう言った。

 

「そうだな。その時はまた、君達に助けて貰おうかな」

「言われなくても! 叫んでさえくれれば、アタシ達は何時でも助けにくるよ!」

「本当に、頼もしい操獣者達だ」

 

 それから数時間後。

 アリスが住民達の治療を終えた後、レイ達は宮殿を後にする事にした。

 今ここに残っていても、できる事は何も無い。

 一先ずの平穏が訪れたので、大人しく帰る事にしたのだ。

 

 

 

 

 誰も居なくなった首都の道。

 空には無数の星が輝いていた。

 

「もうこんな時間か。今から魔獣に乗って帰るのも辛いな」

「じゃあ何処かで野宿でもしてから帰る?」

 

 フレイアが気軽に野宿を提案してくるが、レイは苦い顔しかできなかった。

 もしそうなれば、晩飯がアリス担当になりそうだからだ。

 特にサンドイッチだけは避けたい。そして想像もしたくない。

 舌の上に味が再現され始めたレイは、すぐにでも話題を変えたくなった。

 

「そういえばフレイア、少し気になったんだけどさ」

「なに?」

「あの合体魔獣、(ブイ)キマイラの合成獣(キマイラ)は分かるんだけどさ。Vってどういう意味なんだ?」

 

 本当に素朴な疑問だった。

 

「五体合体、だからV! カッコイイでしょ!」

「想像以上にしょうもない理由だったな」

「せめて勝利(ビクトリー)のVと言ってくださいまし」

 

 マリーが呆れながら、額を抑える。

 どうやら命名者はフレイアらしい。

 

 そんな他愛のない話をしていると、レイの心も少し軽くなった感じがした。

 ずっと悲観していたのだ。この国の事を。

 ジョージ皇太子は前向きに進もうとしていたが、おそらくこの国の未来は……。

 

「レイ、あんまり背負い過ぎないでね」

「アリス……」

「アリス達にできる事から始めよう」

「……そうだな」

 

 アリスに諭されて、少し落ち着きを取り戻したレイ。

 そうだ、まだできる事はある。

 とりあえずは、ギルドに戻ったら今回の事を報告しよう。

 きっとギルド長が問題にして、何か動いてくれる筈だ。

 その為にも、早くセイラムシティに戻ろう、

 レイがフレイア達に、それを提案しようとした……その時だった。

 

「ん?」

 

 夜更けの道。もうレイ達意外に誰も居ない筈の首都。

 そこに現れたのは、一つの人影。

 レイ達の前に忽然と現れたその影は、身長二メートルくらいの、大柄なシルエット。腰には剣らしき何かを携えている。

 

「旅人……それとも、生き残りか?」

 

 もしも生き残りだったら奇跡だ。

 レイ達の中に微かな希望が生まれる。

 

「おーい、アンター!」

 

 フレイアは希望を持って、その人影に声をかける。

 人影は静かに、こちらに近づいて来た。

 月の光に照らし出されて、人影はその全容が明らかになってくる。

 

「……あの男の人って」

 

 オリーブ、そしてレイは、その男に見覚えがあった。

 黒い剣を携えて、紋入りのマントを羽織った、四十代くらいの男。

 最初は気のせいかと思ったが、近づくにつれて確信を得た、

 間違いない、バミューダシティで出会ったあの男だ。

 

「あれ? レイとオリーブの知り合い?」

「いや、知り合いっていうか……何というか?」

 

 バミューダですれ違った程度の相手なので上手く表現しにくい。

 レイが口をもごもごさせていると、男は急に立ち止まった。

 

 男は静かに、レイ達を見つめる。

 

「ふむ、これは僥倖だな。目当ての者にまとめて会えるとは」

 

 顎鬚を弄りながら、男が呟く。

 男はこの国の者なのだろうか。

 それにしては雰囲気が異様な気もする。

 

『レイ、気をつけろ。嫌な予感がする』

「どうしたんだ、スレイプニル」

『あの男、何か異質だ』

 

 スレイプニルが警鐘を鳴らすので、レイは少し身構えた。

 あの王獣が警戒する程の相手、尋常ではない。

 

「ほう、既に警戒を促すか……流石は戦騎王といったところだな」

 

 男は口の端を吊り上げ、笑う。

 その直後だった。

 

――ゾワリ!――

 

 辺り一帯を、冷たさと鋭さを伴った気が支配する。

 殺気だった。

 強烈な殺気を当てられたレイ達は、咄嗟にグリモリーダーと獣魂栞を構える。

 

「アンタ、何者?」

 

 フレイアは男を睨みつけて問う。

 

「俺の名はフルカス。ゲーティアに仕える騎士だ」

 

 ゲーティア。その言葉を聞いた瞬間、全員目の前にいる男を敵と判断した。

 

「みんな!」

「言われなくてもッス!」

 

 一斉にCode解放を宣言し、獣魂栞をグリモリーダーに挿入する。

 

「「「クロス・モーフィング!!!」」」

 

 魔装、一斉変身。

 魔装に身を包んだ七人は、武器を構えてフルカスと対峙した。

 それを見たフルカスは、更に喜々とした様子を晒す。

 

「そうだ、そうこなくてはな」

 

 フルカスは懐からダークドライバーを取り出し、黒炎を点火する。

 

「トランス・モーフィングッ!」

 

 呪文を唱えると同時に、黒炎がフルカスの全身を包み込んだ。

 邪悪な炎の中で、身体が余さず作り変えられる。

 そしてその上に、漆黒の鎧が形成されていく。

 

「ハァッッッ!!!」

 

 腕を振り、炎をはらう。

 

 それは、闇を彷彿とさせる鎧だった。

 その姿は、歴戦の勇士のようにも見えた。

 そしてその姿は、邪悪に魂を売った悪魔でもあった。

 

 邪悪な騎士が、夜の首都に姿を現した。

 

 変身したフルカスは、指を動かしてレイ達を挑発する。

 

「さて、どれだけ俺を楽しませてくれる?」



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Page75:黒騎士フルカス①

 ペンシルブレードを構えて、フレイアはフルカスを睨みつける。

 

「ゲーティアって事は、アンタもこの国に何かするつもりって認識でいいのかな?」

「答える義理は無い。俺はただ、自分の使命を全うするだけだ」

 

 素っ気無く返すフルカスに、フレイアは苛立ちを覚える。

 しかし相手は、あのガミジンと同じゲーティア。

 ここで放っておけば何をするか分からない。

 フレイア達が戦闘に突入するタイミングを見計らっている中、スレイプニルは小さな動揺を覚えていた。

 

『(なんだ……あれは……)』

 

 滲み出る邪悪さと、強者の威厳。

 戦騎王と呼ばれた獣だからこそ分かる、敵の厄介さ。

 だが一番の動揺はそこではない。

 

 漆黒の鎧に身を包んだ悪魔の姿。

 鎧から出ている、紫色のマントが邪悪さを際立たせているようにも見える。

 だが一番の特徴はなんと言っても、頭部から生えている一本角だろう。

 

 スレイプニルは、その鎧に既視感があった。

 

『(あの鎧、あの角……まさか、そんな筈はッ!?)』

 

 スレイプニルの中で疑惑が膨れ上がり、動揺を膨らませていく。

 その心の揺れは、変身しているレイにも伝わってきた。

 あのスレイプニルが動揺しているという事実に、レイも混乱するばかりだった。

 

 そんな中フルカスは、淡々とこちらを見定めてくる。

 

「一番強い者からこい。俺を楽しませてみろ」

「アンタの楽しみなんかどうでもいい。この国の人達に何かしようってんなら、倒すだけよ」

「ほう、威勢の良い娘だな。ならばお前からかかってこい」

 

 漆黒の鎧から、フルカスの殺気が溢れ出す。

 

「最初から本気でこい。指輪持ちの操獣者よ」

「後悔させてやるッ!」

 

 フルカスの殺気に()てられたフレイアは、ペンシルブレードに獣魂栞(ソウルマーク)を挿入した。

 

「インクチャージ!!!」

 

 ペンシルブレードに炎が纏わりつき、巨大な刃を形成していく。

 余波で、周囲が凄まじい熱気に包まれる。

 レイが新しく作った剣のおかげで、刀身が悲鳴を上げる事もなかった。

 

 一撃で終わらせる。

 フレイアはペンシルブレードを構えて、フルカスへと駆け出した。

 

 フルカスは棒立ちのまま。これは勝負あったか。

 誰もがそう考えていた。

 ただ一人、制止の声を上げた者を除いて……

 

『駄目だフレイア嬢ッ! その男に近づくなァァァ!』

 

 銀色の獣魂栞から声を張り上げるスレイプニル。

 突然の事に驚くレイ達であったが、時既に遅かった。

 必殺技の発動に入ったフレイアは止まらない。

 

「必殺! バイオレント・プロミネンス!!!」

 

 強力な炎の刃が振り下ろされる。

 今までこの技を防いだ者はいなかった。

 炎が迫ってきても避けるそぶりを見せないフルカス。

 ならば今までと同様、この一撃で倒せるだろう。

 

 フレイアはそう考えていた。

 だが直後、それは幻想であったと思い知らされる事となった。

 

――ガキンッ!――

 

「なっ!?」

 

 フルカスの行動は、誰しもの相続を軽く超えていた。

 フレイアの必殺技、無敵の炎の刃を、フルカスは片手で掴み取っていたのだ。

 あまりの出来事にチームの面々は言葉を失う。

 

「……なんだ、これは?」

 

 フレイアはペンシルブレードを抜こうとするが、フルカスの握力が強すぎて抜けない。

 そんなフレイアを、フルカスは静かに見下ろす。

 そしてその声色には、失望の感情が多分に含まれていた。

 

「俺は本気でこいと言ったのだぞ? なのに、なんだこれは?」

 

 失望は徐々に怒りへと変化する。

 ペンシルブレードを掴んでいる手にも、力が入っていく。

 

「断じてッ! このような稚技を見せろと言ったのではない!」

 

 フルカスは手に思いっきり力を込める。

 

――パリーン!――

 

「えっ?」

 

 無情な音と共に、フレイアのペンシルブレードは、粉々に砕け散ってしまった。

 必殺技を片手で受け止めてられて、剣を砕かれたフレイアは一瞬放心する。

 その一瞬が命取りであった。

 

『逃げろッ! フレイア嬢!』

 

 スレイプニルが叫ぶ。しかしフレイアの耳に届くのが少し遅かった。

 拳を握りしめたフルカスが、フレイアに狙いを定める。

 

「散れ」

 

 そう短く呟くと、フルカスは目にも止まらぬ速さで拳を叩き込んだ。

 凄まじい衝撃波を伴ってフレイアに打ち込まれた拳。

 回避する間もなかったフレイアは、そのまま近くの民家を次々に破りながら、吹き飛ばされてしまった。

 

「フレイアァァァ!」

 

 レイの叫びが夜の首都に響く。

 だが遠くに吹き飛ばされたフレイアから、返事は返ってこない。

 

「ガミジンを討ったというから期待していたのだが……拍子抜けだな」

 

 鎧越しに、フルカスはレイ達を見据える。

 

「次はお前達だ。本気でこい」

 

 再び放たれる殺気。

 その殺気に中てられて動いたのは、ジャックだった。

 

「このッ!」

「待てジャック! 迂闊に動くな!」

 

 レイの制止を聞き入れず、ジャックはフルカスへの攻撃を始めてしまう。

 

「捕縛しろ! グレイプニール!」

 

 固有魔法で生成された無数の鎖が、フルカス目掛けて放たれる。

 だがやはり、フルカスは避ける気配を見せない。

 されるがまま、鎖に縛られるフルカス。

 

「そのまま顔を穿ってやる!」

 

 固有魔法で一本の巨大な鎖を生成するジャック。

 躊躇う事なくそれを、フルカス目掛けて射出した。

 だが、猛スピードで迫り来る鎖を前に、フルカスは静かなものだった。

 

「脆い」

 

 小さな一言が聞こえてくる。

 次の瞬間、フルカスは自身を縛っていた鎖を易々と引きちぎった。力を込めた様子もない、ボロ布を破く様に容易そうに引きちぎった。

 想定外の展開にジャックは驚愕する。

 

「破ァ!」

 

 蹴撃一閃。

 眼前に迫ってきていた鎖を、フルカスはたった一発の蹴りで砕いてしまった。

 渾身の一撃を易々と無効化されて、呆然となるジャック。

 その隙をフルカスは逃さなかった。

 

「弱い」

 

 まるで最初から距離など無かったかのように、フルカスはジャックの眼前に迫っていた。

 そのまま容赦なく拳を振り下ろすフルカス。

 フレイアの時と同様、凄まじい衝撃波を伴って、ジャックは地面に叩きつけられてしまった。

 

「ジャック!」

 

 小さなクレーターが出来上がった地面。

 凄まじいダメージを受けたジャックは、変身が解除され、完全に気を失っていた。

 

「こんのーッ!」

 

 仲間を倒され、激情したライラがフルカスに攻撃を仕掛ける。

 固有魔法で生成した雷のクナイを、フルカスに向けようとするが……

 

「遅いな」

 

 超スピードで振り下ろしたクナイは空中を突き刺す。

 フルカスの姿が突然消えた。

 どこに消えたのか。ライラがそう考えるよりも早く、答えは現れた。

 

 背後に現れた殺気。

 咄嗟にライラは振り向くが、既に遅かった。

 

「破ァ!」

 

 フルカスの一撃が、無情にもライラに叩きつけられる。

 絶大な破壊力を伴った拳によって、ライラは地面に叩きつけられてしまった。

 声を出す間もなく、変身解除に追い込まれたライラ。

 クレーター状に砕けた地面の上で、気を失っていた。

 

「弱い、弱いぞ」

 

 苛立ちを隠そうともしないフルカス。

 次の獲物は誰だと振り向いたが、マリーの姿が見えなかった。

 直後、フルカスは背後に魔力の気配を感じ取った。

 

「後ろか!」

「正解ですわ!」

 

 クーゲルとシュライバーに魔力を込めて、必殺技の発動準備に入っているマリー。

 そしてフルカスの正面には、イレイザーパウンドを構えたオリーブがいた。

 

「インクチャージ! マリーちゃん!」

「二人同時の必殺技なら」

 

 イレイザーパウンドに黒い獣魂栞を挿入するオリーブ。

 二人は同時に必殺技を放ち、フルカスを倒そうとしていた。

 

「シュトゥルーム・ゲブリュール!」

「タイタン・スマッシャー!」

 

 魔力で出来た螺旋水流の砲撃。

 そして圧倒的な破壊力を込めた大槌による一撃。

 二人はフルカスを挟み込むように、それらを放った。

 だがフルカスに動揺はない。回避する素振りも見せない。

 

「少しは考えたようだが……無駄だ」

 

 フルカスは左手で障壁を展開し、マリーの攻撃を受け止める。そして右手で、イレイザーパウンドごとオリーブの攻撃を受け止めた。

 

「う、うそ!?」

 

 固有魔法で強化した一撃でさえ、容易く受け止められた事に、オリーブは驚く。

 だがそんな彼女の事などお構い無しに、フルカスは力任せにオリーブをマリーへと投げつけた。

 

「きゃぁぁぁ!」

「オリーブさん――きゃっ!」

 

 一瞬の隙ができてしまう二人。

 フルカスは容赦なく、二人の元へと接近した。

 

「まとめて散るがいい!」

 

 一撃を叩き込むフルカス。

 たった一発の拳で、オリーブとマリーは近くの民家を突き破りながら、吹き飛ばされてしまった。

 

「オリーブ……マリー」

 

 レイは目の前の光景が信じられなかった。

 あれだけの実力を持った仲間達が、こうも容易く撃破されていく事が中々理解できなかった。

 

「残るは……貴様達だけか」

 

 呆然とするレイに、フルカスはゆっくりと歩みを進める。

 レイは思考が停止していた。

 動かなくてはならないと理解していても、身体が言うことを聞いてくれなかった。

 

「レイ、逃げて」

「……ダメだ。アイツを放っておけない」

 

 戦わなくては。この悪魔を止めなくては。

 意思はある。だが身体が動かない。

 フルカスの持つ圧倒的な力を前に、レイは無意識的に怯んでいたのだ。

 そんなレイを逃そうと、アリスは魔法を発動する。

 

「コンフュージョン・カーテン! レイ今の内に――」

「この程度の幻覚で、俺が止められると思ったのか」

 

 アリスの幻覚魔法が込められた霧。

 それをものともせず、フルカスは迫ってきた。

 

 そこから先の出来事は、レイにはスローモーションに見えた。

 拳を握りしめたフルカスが、その拳をアリスに叩き込んだ。

 声を上げることもなく、近くの壁に叩きつけらるアリス。

 眩いミントグリーンの光が一瞬輝いて、アリスは強制的に変身を解除させられた。

 そのままアリスとロキは、ぐったりと地面に倒れ込んでしまう。

 

「アリス!」

 

 名前を叫ぶ、しかし返事はない。

 アリス達は完全に気を失っていた。

 

「あ……ぁ……」

 

 それは、ほんの数分にも満たない間での出来事だった。

 若き操獣者達の渾身の技は一切通用せず、傷一つ与えることができなかった。

 あまりにも実力差がありすぎた。

 目の前の悪魔は、想像を絶する強さを持っていた。

 

「全、滅……した」

 

 レイはその事実を理解した瞬間、恐怖を覚えた。

 目の前の敵に勝つ自分が、完全に見えなくなっていた。

 

「弱い……弱すぎるぞ」

『これは流石に期待外れだったね、フルカス』

「そうだな。剣を抜くまでもなかった」

『でも指輪を回収するなら、このくらい楽な方がいいんじゃないかい?』

 

 フルカスの中から、ケラケラと笑う声が聞こえる。

 彼の契約魔獣だろうか。

 だがその声を聞いた瞬間、スレイプニルの様子は大きく変わった。

 

『その声と気配。そしてその鎧……まさかとは思ったが、やはり貴様だったのか!』

『アハハ。やっと僕に気がついたんだね』

『戯れるな! これはどういう事か説明しろ!』

 

 スレイプニルの怒号が辺りに響き渡る。

 それは、レイが今まで見たことの無かった、スレイプニルの怒りだった。

 

『そこに居るのだろう! 答えろ! グラニ!!!』

 

 スレイプニルがその名前を叫んだ瞬間。

 目には見えなくとも、レイはフルカスの中で何かが笑ったように感じた。



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Page76:黒騎士フルカス②

 グラニ。

 スレイプニルがその名を叫んだ途端、フルカスの背中から魔力が溢れ出てきた。

 魔力がグネグネと動いた後、一つの像を作り出す。

 浮かび上がってきたのは、青鹿毛をした魔獣の姿であった。

 圧倒的な存在感を放っている魔獣。見ただけでその強さを感じ取れるような錯覚さえ覚えてしまう。

 だがレイが気になったのは、そんな点ではなかった。

 

 馬型の魔獣。そして雄々しき一本角が特徴的な頭部。

 

 それは、あまりにも酷似していた。

 レイの契約魔獣、戦騎王スレイプニルと瓜二つだった。

 

『グラニ……やはり、貴様だったのか』

『久しぶりだね兄さん。こうして会うのは百五十年振りくらいかな?』

「……兄さん? どういうことだスレイプニル」

『アレレ~? 兄さん、もしかして僕のこと言ってなかったのかい? それは酷いな~、傷ついちゃうな~』

 

 スレイプニルは忌々し気な声で、レイに説明した。

 

『奴の名はグラニ。我の血を分けた弟だッ!』

「弟だって!?」

 

 それは、レイ自身初めて聞く事でもあった。

 長い付き合いだが、スレイプニル自身はおろか、父親からもグラニの存在を教えられてこなかったのだ。

 

『昔から力に貪欲な愚か者だと思ってはいたが……外道にまで堕ちたかァ!!!』

『外道だなんて酷いなぁ。僕はただ兄さんと違って、日和る事を知らない強者であり続けただけだよ』

 

 ケタケタと笑い声混じりに語るグラニ。

 レイは信じられなかった。目の前にいる魔獣がスレイプニルの弟である事も、その弟がゲーティアに手を貸している事も……上手く飲み込めずにいた。

 

『それにね、兄さん……これはお別れの挨拶でもあるんだよ』

『なに?』

『僕と兄さん、どちらが王に相応しいのか、ハッキリさせようじゃないか』

『……あの時も言った筈だ。貴様に王を名乗る資格は無い』

『力こそが自然の中における正義だ。なら力を示した獣が王を名乗るのは、何もおかしくはないだろう?』

『その結果がゲーティアへの加担なのか、グラニ』

『さぁ……どうだろうね? 少なくとも僕は、自らの意思でフルカスと契約しているよ』

 

 それを言い終えると、フルカスの背に浮かんでいた像は徐々の解けていった。

 

『話はここまでだ。後は互いの契約者にやらせようじゃないか。任せたよ、フルカス』

「ふん。あの程度の小僧では、気休めにもなりそうにないがな」

 

 像が完全に消え去り、フルカスはレイに目線を向ける。

 凄まじい殺気と威圧感が、レイに襲いかかる。

 再び怯みそうになったレイだが、すかさずスレイプニルが喝を入れた。

 

『狼狽えるな。隙を見せた瞬間が死ぬ時だと思え』

「わかってるさ。けどアイツ……」

『うむ。今の我々では到底辿り着けない極地に至った猛者だ。だがレイ、奴を止めねばどれだけの被害が出るか想像もできんぞ』

「……そうだな」

 

 レイはコンパスブラスターを握る手に力を込める。

 実力差はありすぎる。だが戦わなければ、もっと悲惨な事になる。それだけは何としても回避したかった。

 腹に力を込める。絶対に勝つ。

 

 永遠にも錯覚する一瞬が、両者の間の流れる。

 

『来るぞ!』

 

 スレイプニルが短く叫ぶ。

 最初に動き出したのは、フルカスだった。

 拳を握りしめ、瞬間移動の如きスピードで、レイの眼前に迫ってくる。

 

「破ァ!」

「ッ!? 武闘王波!」

 

 拳による強烈な一撃が、レイの腹部に叩き込まれる。

 その直前、レイは咄嗟に武闘王波で魔装の耐久性と脚力を、極限まで高めていた。

 十数メートル後方へ押し出されるレイ。

 強化した魔装のおかげで致命傷は避けられた。だが身体に響くダメージは小さくない。

 

「痛っ、てぇ」

「ほう、あの一撃を耐え抜いたか。流石は戦騎王の契約者。少しは骨がありそうだな」

「少しじゃないってとこ、見せてやる」

 

 レイはコンパスブラスターを銃撃形態に変形させ、銀色の獣魂栞を挿入した。

 

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)! そんでもってインクチャージ!」

 

 超高速で術式を構築し、コンパスブラスターに流し込む。

 距離さえ取れば、殴りにはこれない。

 レイは引き金を引き、最大出力の魔力弾を撃った。

 

「流星銀弾!」

 

――弾ッッッ!!!――

 

 銀色に輝く魔力弾が、目にも止まらぬ速さで突き進んでいく。

 流石にこのスピードなら避けれはしないだろう。

 実際、フルカスは棒立ちのまま魔力弾を受け入れようとしていた。

 しかし、直後の展開はレイの予想を大きく裏切ってきた。

 

「……無駄だ」

 

 最大出力。最高の破壊力を誇る魔力弾。

 それはフルカスの鎧に衝突すると共に、呆気なく霧散してしまった。

 

「なッ……!?」

「この程度の攻撃では、俺の鎧を破ることはできん」

「だったら、壊れるまで撃つまでだ!」

 

――弾ッ弾ッ弾ッ!!!――

 

 連続して高出力の魔力弾を撃ち込むレイ。

 だがその悉くが、フルカスの鎧に弾かれていった。

 

「なんだよあの鎧、硬すぎるだろ」

『グラニの固有魔法で作られた鎧だ。並大抵の攻撃では傷一つ付けられん』

「そういうことは最初に言え!」

 

 だが悪態をついても何かが変わる訳ではない。

 魔力弾による攻撃が効かないなら、もっと純粋な破壊力を持った攻撃を使う他ない。

 

「形態変化、剣撃形態(ソードモード)!」

 

 レイはコンパスブラスターを変形させて、フルカス目掛けて駆け出した。

 率直に言えば、近接戦は相当に分が悪い。

 しかし現在レイが持ち得ている最大火力は、この剣撃形態による攻撃だった。

 

「どらァァァァァ!!!」

 

 レイは勢いよくコンパスブラスターで斬りかかる。

 だがそれすらも、フルカスには届かなかった。

 

 迫りくる刃、フルカスは魔力を纏わせた指先で軽々といなしていく。

 諦めずに斬りかかるレイ。しかしどれだけ攻撃を仕掛けても、結果は変わらなかった。

 

「甘いな。この程度の太刀筋では、俺を斬ることなぞできん」

「ふざけんな! テメェも少しは本気できたらどうなんだ!」

「ふむ?」

「腰の剣は飾りなのかって言ってんだよ!」

 

 レイがそう言うと、フルカスは小さなため息を一つついた。

 

「貴様程度の相手、剣を抜くまでもない」

「この野郎!」

 

 どこまでも手加減をしてくるフルカス。

 レイは頭に血が上るのを感じた。

 だがそんなレイの心情を察したスレイプニルは、すぐに諌めようとする。

 

『レイ、挑発に乗るな。冷静に戦え』

「わかってるっつーの!」

 

 全く届かない攻撃に、レイの中で苛立ちが積もる。

 その苛立ちが、レイの警戒を微かに緩めてしまった。

 

「隙!」

 

 漆黒の魔力帯びたフルカスの拳。

 それがレイの顔面に強く叩き込まれた。

 

 防御が間に合わず、レイはそのまま後方の民家まで吹き飛ばされてしまった。

 壁が崩れる轟音と共に、砂煙が立ち上る。

 

「……この程度か。つまらん」

『本当だよ。拍子抜けってやつだね』

「指輪を回収して、終わらせるか」

 

 フルカスは淡々と、レイが吹き飛ばされた場所まで歩みを進める。

 あのガミジンを倒したというだけあって、それなりの期待は持っていた。

 しかし、今のフルカスには虚しい失望しか残っていなかった。

 

 晴れ始めた砂煙の中を進むフルカス。

 早く王の指輪を回収しようとした、その時だった。

 フルカスの眼前に、強大な魔力の気配が現れた。

 

「なにッ!?」

「どらァァァ!!!」

 

――斬ァァァン!!!――

 

 それは、銀色の魔力に覆われたコンパスブラスターの刀身であった。

 レイが放ったその一撃は、フルカスを驚かせるには十分なものであり。

 フルカスが、無意識に抜刀するに事足りるものでもあった。

 

 鍔迫り合いが始まる。

 フルカスの黒剣と、レイのコンパスブラスターがぶつかり、音が鳴り響く。

 一部が砕け、顔の一部が見えているフルフェイスメット。その向こう側から、レイがフルカスを睨みつける。

 

「ほう……」

「やっと剣を抜きやがったな」

「俺にコイツを抜かせるとは、思った以上面白い小僧だ」

 

 フルカスは黒剣を大きく振るい、レイを弾き飛ばす。

 その心に、先程までの失望はない。

 今のフルカスは、喜びに支配されていた。

 

「小僧、名は何という」

「……レイ・クロウリー」

「レイ・クロウリーか覚えたぞ。そして誇りに思え。この【冥剣】エクセルーラーの錆になれる事をな」

 

 それは、定規のような意匠を持つ、黒い剣であった。

 ただの魔武具と呼ぶには些か禍々しい雰囲気を持ち合わせている。

 しかし、以前バミューダシティですれ違った時のように、レイはその黒剣がとてつもない業物だと理解していた。

 強力な魔武具に、それを使う強大な敵。

 油断すれば、一撃で殺される。

 ならば出すべき結論はただ一つだ。

 

「やられる前にやってやる……」

 

 レイはコンパスブラスターに銀色の獣魂栞を挿入し、逆手持ちに変える。

 構築するのは、受け継いだ最強の必殺技。

 

「なるほど。ならば一瞬で終わらせてやろう」

 

 レイの意図を理解したのか、フルカスは静かにエクセルーラーを構える。

 

 必ず、一撃で終わらせる。

 構築が完了すると同時に、レイは駆け出した。

 コンパスブラスターの刀身が白銀の魔力刃で覆われる。

 

銀牙一閃(ぎんがいっせん)!!!」

 

 全力全開の一撃。

 レイは躊躇う事なく、フルカスに叩きこもうとした。

 これならいけるだろう。これなら通用するだろう……そう、思いこんでいた。

 

――ガキンッ!!!――

 

「……えっ」

 

 それは、最強の技だった。

 それは、父親(ヒーロー)から受け継いだ奥義だった。

 それは、何物をも討ち破る一撃だった。

 

 しかし、今目の前で広がっている光景はなんだ。

 白銀の魔力に覆われたコンパスブラスターは、いとも容易くフルカスの黒剣に防がれていた。

 レイはその光景を理解するのに、数秒を要した。

 

「中々の技だ、褒めてやろう……だが、俺を討つにはまだ遠い」

 

 力任せにエクセルーラーを振るうフルカス。

 微かに力が抜けていたせいで、レイはコンパスブラスターを弾き飛ばされてしまった。

 

「しまっ――」

「終わりだ、レイ・クロウリー」

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 黒い、一太刀だった。

 レイの身体を、斜め一線に黒い刃が走っていった。

 邪悪な魔力がレイの身体を破壊し、魔装を破壊していく。

 

『レイ!!!』

 

 ダメージに耐え切れず、レイの変身は強制解除に追い込まれた。

 

「ガッ……ハァッ」

 

 そのままレイは血を吐き、前のめりに崩れ落ちる。

 スレイプニルは必死に名前を呼ぶが、レイの返事はなく、無情にも血が流れ出るのみだった。

 

「……流石は戦騎王の力が宿った魔装。エクセルーラーの一撃を受けても即死はしなかったか」

『むしろ残酷な気もするけどね~』

「せめてもの礼儀だ。俺を楽しませた礼も込めて、エクセルーラーで斬り捨ててやろう」

 

 フルカスは何も言わずエクセルーラーを構える。

 スレイプニルは何度もレイの名を呼ぶが、やはり反応はない。

 

『呆気ない最期だったね……残念だよ、兄さん』

 

 早々に終わらせてやろう。

 それこそがレイ・クロウリーという戦士に捧げる情けだ。

 フルカスは容赦なくエクセルーラーを振り下ろした。

 

――ガキンッ!――

 

 だが、その刃がレイに到達する事はなかった。

 

 レイとフルカスの間に割って入る、小さな人影。

 仮面で顔を隠し、巫女装束を着た少女。

 黄金の少女だ。

 

 フルカスは後ろに跳ね、一度距離をとる。

 

「……邪魔をするのか、黄金の少女」

≪言った筈。レイには手出しさせない≫

 

 フルカスの頭の中に、黄金の少女の言葉が文章として入り込んでくる。

 黄金の少女はプロトラクターで、フルカスのエクセルーラーを受け止めていた。

 

「戦士との真剣勝負に水を差すのは許せん!」

≪レイを傷つけるなら、私達は戦う≫

 

 鎧越しに怒りを露わにするフルカス。

 それに対して黄金の少女は、怯むことなく対峙する。

 犯されるべきでない領分がある。守るべき人がいる。

 譲れないものの為に、両者は剣を向け合う。

 

『やるのかい、フルカス。相手が悪くない?』

「あの女は許されざる事をした。剣を交えねば気が済まん」

 

 グラニの制止は一切聞かず、フルカスは黄金の少女へと斬りかかろうとした。

 しかし……

 

「はい、ストーップ♪」

 

 突如現れたゴスロリ服の少女、パイモンによって黒剣を掴まれてしまった。

 

「パイモン……貴様も邪魔をするのか!」

「もーフルカスちゃんったら〜、そんなに怒っちゃダーメ♪ 胃痛の元になっちゃうぞ〜」

「戯れるな小娘。何の用でここに来た」

 

 フルカスがそう言うと、パイモンは黒剣を掴んでいた指を離し、要件を伝えた。

 

「ザガンから伝言でーす。陛下が呼んでるから戻ってこーいだってさー」

「指輪の回収が優先だ」

「そんなの後でいいじゃーん。どうせ持ってるのは雑魚操獣者なんでしょ。それともフルカスちゃん、苦戦でもしちゃったの?」

 

 ニヤニヤしてフルカスを揶揄《からか》うパイモン。

 

「ふざけるな。俺があの程度の操獣者に遅れを取るとでも思うのか」

「いんや、ぜーんぜん。だから後回しにしてもいいじゃん。どーせいつでも殺せるんだから」

「……帰投は、陛下の意思なのか?」

「とーぜん。もちろんフルカスちゃんは、拒否したりしないよね~?」

 

 しばしの沈黙が、場を支配する。

 少し思考を巡らした後、フルカスはエクセルーラーを鞘に収めた。

 そして踵を返す。

 

「命拾いしたな、戦騎王。そしてレイ・クロウリー」

『次はもう少し強くなってね、兄さん』

『待て、グラニ!』

 

 スレイプニルは己が弟を呼び止める。

 しかしその声が届く事はない。

 フルカスはダークドライバーを取り出し、空間に裂け目を作り出した。

 

「黄金の少女よ、いずれ貴様も始末する」

「おぼえとけー!」

 

 わざとらしい声をあげたパイモンと共に、フルカスは空間の裂け目に姿を消していった。

 

 悪魔の消えた街道に、黄金の少女とレイが残される。

 黄金の少女はレイに近づくと手をかざし、魔法で出血を止めた。

 

《レイ……》

 

 仮面に隠れて表情は読めない。

 しかしその声色は悲しみに溢れていた。

 

《残酷な事になるけど、許してね》

 

 そう呟くと黄金の少女は、レイの身体にピタリと手を触れる。

 

転送(ジャンプ)、セイラムシティ》

 

 呪文を唱えると、レイと黄金の少女は忽然と姿を消してしまった。



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Page77:人獣同和シン国ゲーティア

 レイ達が姿を消して、一時間程が経過した首都。

 そこに再び、空間の裂け目が現れた。

 

 裂け目を潜って、姿を見せたのは漆黒の鎧に身を包んだ悪魔、フルカスだ。

 フルカスは鎧の下で笑みを浮かべながら、ブライトン公国の夜空を見上げる。

 

『嬉しそうだね、フルカス』

「そうだな。久しぶりに、剣を抜ける相手に出会えた」

『でもまだまだ弱かったよ』

「俺の見立てでは、アレはそう簡単に折れる類ではない。次に会う時は、多少ましにはなっているさ」

『その前に、他の奴らにやられてなきゃ良いんだけどね』

 

 静かな夜の下で、他愛ない会話を続けるグラニとフルカス。

 先程の戦闘でレイを気に入ってのか、フルカスの心は久方ぶりの喜びに満ちていた。

 だが今はそれを少し抑えよう。成すべき使命がある。

 

 フルカスは夜空に浮かぶ月の位置を注視する。

 指定されたタイミングが来るのを、じっと待ち……そして来た。

 

 フルカスはダークドライバーを掲げ、上空に向けて黒炎を放った。

 空に到達した黒炎は魔力へと分解され、一つの巨大なヴィジョンを作り出す。

 天空に映し出されたヴィジョンは、ブライトン公国にいる者全てが目視できる程、鮮明なものだった。

 

 

 同刻。

 ヴィジョンが出現したのは、ブライトン公国だけではなかった。

 世界中に散らばっていたゲーティアの悪魔が、一斉にそのヴィジョンを空に作り上げていた。

 無論、セイラムシティもその例外ではない。

 

 突如現れたヴィジョンに、世界中の人間が混乱する。

 だがその混乱は、ヴィジョンにソレが映し出された瞬間、一気に加速した。

 

 画面いっぱいに映し出されたのは、巨大な肉の繭。

 全ての世界にヴィジョンが映し出された事を確認した瞬間、肉の繭は言葉を紡ぎ始めた。

 

『全世界の人獣よ、ごきげんよう。余の名はソロモン。ゲーティアを統治する者である』

 

 肉の繭改め、ソロモン。

 ゲーティアを統治する者と告げられると同時に、ゲーティアを知る者達の間に緊張が走った。

 

『お前達、人と獣が共存を謳い始めてから、永い永い年月が経った。だがその崇高な理念の元に作られた今の世界はどうだ? 人は獣を利用し、争いは絶えず、大地は醜き俗物共が支配している。これを共存と呼べるのか?』

 

 悲しみと憂いを込めた様子で、ソロモンは語り続ける。

 

『八百年前、余は原初の操獣者の前に敗れた。その結果今の様な姿となったが……余は素晴らしき友の目を借りて、お前達を見続けていた』

 

 ソロモンの声に、段々と怒気が込められていく。

 

『結論を述べよう。お前達人獣は八百年前から何も変わってはいない! 我欲に塗れた、卑しく醜い畜生ではないか! この世界を汚す、病原菌ではないか! 余はお前達を赦す事は決してできん!』

 

 肉の繭の鼓動は、段々と激しくなる。

 

『だから余は友を募り、ゲーティアを作った。この世界を創り直す為にだ……我が友達《ともたち》は健気に動いてくれた。余を復活させる為に、様々な暗躍をしてくれた……しかし、その悉くが操獣者の手によって打ち砕かれていった』

 

 そう言えば、とソロモンは続ける。

 

『お前達人獣は、我らゲーティアを「組織」や「外道に堕ちた者の総称」だと認識しているそうだが、それは心外だ。我らは組織ではなく「新たな国」なのだよ……』

 

 少し溜めた後、ソロモンは声を張り上げた。

 

『今ここに、改めて名乗らせてもらおう。我らはゲーティア。【人獣同和(じんじゅうどうわ)シン(こく)】ゲーティアなり!』

 

 組織ではなく国。

 人獣同和シン国、遂に告げられたその名に、世界中の操獣者は戦々恐々していた。

 

『覚えておくがよい、これがいずれお前達を統治する国の名だ。無論、そう簡単にお前達が下るとも考えてはいない……故にこれは、ほんのささやかなデモンストレーションだ』

 

 ソロモンはそう言うと、短く念話を送った。そしてヴィジョンはソロモンから、ブライトン公国のフルカスへと移り変わった。

 ソロモンからの命を受けたフルカスは「陛下の御心のままに」と言い、ダークドライバーを掲げる。

 

「……融合召喚、グラニ」

 

 巨大な魔法陣が、フルカスを包み込む。

 魔法陣の中から、巨大な魔獣の像が紡がれていく。

 フルカスとグラニは更に混ざり合い、一体の巨大な鎧装獣へと変化していった。

 

「『ハァァァァァァァァァ!!!」』

 

 魔法陣が弾け、鎧装獣が姿を現す。

 全身が金属と化し、二振りの巨大な槍を携えた、漆黒の鎧装獣。

 

「フフ、こっちの姿になるのは久しぶりだね」

『グラニ、陛下の命だ。早急に終わらせるぞ』

「わかってるって」

 

 鎧装獣化したグラニは、ケタケタと笑い声を上げる。

 フルカスはそれを諫めた後、呪文を唱え始めた。

 

『王の指輪よ、我らに力を貸したまえ。魔獣変形!』

 

 フルカスが呪文を唱えると、グラニの身体はバラバラに分解され、一つの人型に再構成され始めた。

 両肩には巨大な槍がつき、顔には特徴的な一本角がある。

 

 それは、漆黒の鎧巨人(ティターン)だった。

 それは、黒き騎士の姿であった。

 そしてそれは、邪悪の化身であった。

 

『完成、フリートカイザー!』

 

 巨大な剣を右手に持ち、漆黒のマントをなびかせる鎧巨人。

 ブライトン公国の首都に、フリートカイザーが降臨した。

 

 意識ある首都の住民は、王宮からその鎧巨人の姿を見る。

 そしてそれは、ジョージ皇太子も同じだった。

 

『全ては、陛下の御心のままに……』

 

 フルカスがそう呟くと、巨大な剣の刀身に漆黒の魔力が纏わり始めた。

 

 ヴィジョン越しにその瞬間を目撃した者の何名かは「やめろ!」と叫んだ。

 しかし、その叫びが届く事はなく……

 

『破ァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

 無情にも、虐殺は始まった。

 

 フリートカイザーが放つ漆黒の斬撃が、ブライトン公国を破壊していく。

 幾つもの爆炎が上がり、首都は瞬く間に火の海と化した。

 何人たりとも逃がさないと、フリートカイザーは魔力攻撃を繰り返す。

 悲鳴は、幾つか聞こえてきた。

 戦火が首都から離れ始めた途端、その悲鳴は多くなった。

 そしてそれら全てが、ヴィジョンを通して全世界に中継されていた。

 

 ある者は怒り狂った。ある者は涙した。ある者は嘔吐した。

 そしてある者は、恐怖に震えた。

 

 ブライトン公国の虐殺を見せつけられ、世界中の人間が混乱の渦に巻き込まれた。

 

 いったいどれだけ続いただろうか。

 ほんの一時間と少しで、ブライトン公国の虐殺は終わりを告げた。

 聞こえてくるのは、悲鳴ではなく、炎が燃え盛る音ばかり。

 炎の中に立つのは、漆黒の鎧巨人のみ。

 そこに救いは、なかった。

 

 そして再び、ヴィジョンはソロモンの方へと移る。

 

『これはほんの予告に過ぎない。これがお前達の未来の姿になるか否かは、お前達の行動次第だ』

 

 その瞬間、世界が恐怖に包み込まれた。

 一瞬、世界から音が消えたような錯覚さえ覚えた。

 その瞬間を、ソロモンは逃さなかった。

 

『今ここに宣言する。我々ゲーティアは、全ての人獣に対して宣戦布告をする!』

 

 それが、世界に向けた開戦の合図だという事は、誰もが容易に理解できた。

 戦争が始まる。

 誰もがその事実に、恐怖を抱いた。

 

 空に浮かんだヴィジョンが消える。

 しかし、世界中の人間に広がった動揺が消える事はなかった。



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Page78:完全なる敗北

 目覚める。

 レイが目を開けた先に広がっていたのは、見知った天井だった。

 

「……あれ、俺……」

 

 頭がぼうっとして、中々状況を把握できない。

 頭のもやが数秒滞在した後、レイはようやく頭がハッキリしてきた。

 辺りを見回す。やはり知っている場所だ。

 

「ここって、ギルドの医務室か?」

 

 ベッドシーツにギルドの紋章が刺繍されている。

 間違いない、セイラムシティのギルド本部医務室だ。

 しかし何故だろうか。

 そもそもブライトン公国からセイラムに戻った記憶はない。付け加えれば、ブライトン公国からセイラムシティはそれなりに距離があった筈だ。

 なのに何故、今自分は医務室のベッドの上なのだろうか。レイには理解できなかった。

 

「ハッ! そうだ、ゲーティアのやつがッ!」

 

 ここに来てようやく、レイはブライトン公国で戦ったゲーティアの存在を思い出した。

 そしてもう一つ、自分がゲーティアに敗北した事も……。

 

 レイは急いでベッドから飛び降りようとするが、全身に激痛が走り、うまく動けない。

 だがここで立ち止まっている訳にはいかない。

 レイが痛む身体を抑え込んで、起きあがろうとしたその時だった。医務室のカーテンが開き、大きな人影がレイの元にやって来た。

 

「おぉレイ! 目ぇ覚ましたか!」

「親方? じゃあやっぱり、ここはギルドの医務室」

「調子の方はどうだ?」

「いやまぁ、身体中痛いけど……って親方、俺何でギルドの医務室にいるんだ!? 他のみんなは!?」

「……何も覚えてないのか?」

 

 一先ず話を進めるために、モーガンはレイをベッドから出ないよう諭した。

 

「お前達がセイラムシティに戻ってきて、今日で四日が経った」

「四日!? て言うか戻ってきたって、俺達はセイラムに戻ってきた記憶なんてないぞ!」

「まぁ、それもそうだろうな……なんせ四日前、お前達は全員、急に空から降ってきたんだからな」

「……どういうことだよ親方」

 

 レイがそう言うと、モーガンはポツリポツリと語り始めた。

 

 四日前。レイ達がフルカスと交戦したあの日の夜。

 変身が強制解除され、気絶したレイ達は、突然ギルド本部前に落ちてきたのだ。

 大怪我を負った若者が七人、いきなり現れた事でギルド本部前は軽いパニックになった。その騒ぎを聞きつけたモーガンとギルド長が、大急ぎでレイ達を医務室に運んだそうだ。

 そしてその時だった、モーガンやギルド長を含む本部前に居た者達全員が、空に浮かぶ黄金の少女を目撃したのは。

 

「黄金の少女……」

「あぁ、多分レイが以前言ってたやつだと俺は思ってる」

『それは間違いなく黄金の少女だろうな』

「スレイプニル」

『レイ。我々はあの時、黄金の少女に命を助けられたのだ。セイラムシティへも、黄金の少女が魔法で運んでくれたのだよ』

 

 そしてスレイプニルは語り出す。

 レイがフルカスに敗北した事。間一髪のところで黄金の少女が助けに入った事。フルカス達が去り、黄金の少女がセイラムまで魔法で転送してくれた事。

 レイはそれらを聞いて、改めて自分が敗北した事を実感した。

 

「……親方、他のみんなは?」

「他の奴らも医務室だ。全員酷い怪我をしているが、命に別状はない」

「そっか……ならよかった」

 

 一先ず安心できたレイは、胸を撫で下ろす。

 他の皆もきっと。黄金の少女が助けてくれたのだろう。

 しかしそうなると新たな疑問が出てくる。レイがモーガンに質問しようとした、その時だった。モーガンの後ろから、新たな来客が姿を現した。

 

「ほっほ。一番重症じゃったのに、一番最初に目を覚ますとはのう。これも日頃怪我慣れしとった賜物かのう」

「ギルド長」

「調子はどうじゃ、レイ?」

「全身痛いです」

「なら大丈夫そうじゃな。良かった良かった」

 

 顎鬚を弄りながら、ギルド長は軽く笑い声を上げる。

 

「というか、なんでギルド長がここに居るんですか? またサボりか?」

「違うわい、ちゃんとした仕事じゃ……レイ、戦騎王から聞いた。ゲーティアの悪魔と戦ったそうじゃな」

 

 いつになく真剣な眼差しで聞いてくるギルド長に、レイは静かに頷いた。

 

「その時の事を、詳しく話してはくれんかのう」

 

 そう言うとギルド長は、近くにいたモーガンに書記用の紙とペンを押し付けた。

 重々しい雰囲気の中、レイはブライトン公国での出来事を話し始めた。

 裏クエストの依頼主がブライトン公国の皇太子、ジョージであった事。

 皇太子の依頼が、ウィリアム公の暗殺の幇助だった事。

 依頼の背景に、ゲーティアによるブライトン公国の乗っ取りがあった事。

 国を取り戻す為に、ジョージと共に宮殿へ乗り込んだ事。

 そしてそこで、ゲーティアと戦った事。

 思い出せる限り、全ての出来事をレイは話した。

 

「その日の夜、俺達はセイラムに戻ろうとして……フルカスと戦った」

 

 フルカスとの戦いの記憶は、レイの中に痛々しく突き刺さる。

 それでもレイは、フルカスとの交戦結果、そしてグラニの存在をギルド長に伝えた。

 

「……戦騎王の弟、じゃと」

『うむ。あれは間違いなく我が弟、グラニであった』

 

 銀色の獣魂栞越しに、スレイプニルが語り出す。

 グラニの強さと、その性質。そして戦騎王の目線から見た、フルカスという悪魔の強さを。

 その話を聞くにつれて、ギルド長の顔は徐々に強張っていった。

 

 全ての話を聞き終えたギルド長は、しばし沈黙をした。

 

「なるほどのう……ゲーティア、我々の想像以上に恐ろしい敵らしい」

「そうですね……って、そうじゃない! ギルド長、ブライトン公国に操獣者を派遣できませんか!?」

「ブライトン公国にか?」

「あそこにはまだゲーティアがいるんですよ! 皇太子様はそんなに強くないし、魔僕呪の副作用で動けない住民が沢山いるんです!」

 

 レイがそこまで言うと、ギルド長とモーガンは口をつぐんでしまった。

 何か嫌な感じがする。レイは恐る恐る二人に声をかけた。

 

「親方……ギルド長?」

「レイ、そのな……」

「モーガン。儂が説明する」

 

 意を決したように、ギルド長はレイに一部の新聞を手渡した。

 レイは恐る恐るその新聞の一面記事を読む。

 書いてあった内容は、ゲーティアが全世界に宣戦布告をしたこと。

 そして……ブライトン公国で虐殺が起きた事であった。

 

「……なんだよ、これ」

 

 日付は三日目の朝刊。

 レイ達がセイラムシティに戻って来た翌朝の記事だ。

 心が震える。受け入れがたい内容に、脳が拒絶反応を起こす。

 

「お主達がセイラムシティに降ってきた直後じゃった。上空に謎のヴィジョンが浮かんできてのう。ソロモンとかいう奴が宣戦布告を――」

「そうじゃねぇ! 虐殺ってどういう事だよ!」

「……記事に書いてある通りじゃ」

「書いてある通りって……あの国にどれだけ人が――」

「もう既に調査の者を出しておる。残念じゃが今のところ、生存者は一人も見つかっておらん」

 

 それから先の言葉は、レイには遠い何処かの声に聞こえた。

 呆然となる。無力感が全身を支配する。

 

 それはレイにとって、始めての敗北だった。

 それは、初めて救えなかった者達でもあった。

 そしてその事実は、レイにとってあまりにも重く圧し掛かってきた。

 

「助け……られなかった……」

 

 ブライトン公国で出会った人間の顔が脳裏に浮かんでくる。

 敗戦国と言えど、彼らは懸命に生きようとしていた。

 ジョージ皇太子は、絶望的な状況でも国を再興しようとしていた。

 未来に繋がったであろう、子供たちもいた。

 

 それら全ての命が、既に喪われてしまったというのだ。

 

 悔いと絶望が、レイの中で広がっていく。

 気がつけばその瞳からは、大粒の水滴が落ちていた。

 

 何か行動が違えば、変えられたのではないか。

 自分がもっと強ければ、変えられたのではないか。

 測りきれない罪悪感が、レイの心を飲み込んでいく。

 

「レイ……」

 

 レイに何か声をかけようとするモーガン。

 しかしギルド長がそれを制止してしまった。

 

「モーガン。今はそっとしておいてやろう」

「……わかりました」

 

 ギルド長とモーガンは、静かに医務室を後にする。

 

 医務室には、声を押し殺した嗚咽が虚しく響くばかりだった。



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Page79:足音の進む先は

第三章、エピローグ。


 身体を走る痛みを気にする程、心に余裕はなかった。

 衝動的に医務室を抜け出したレイは、屋上へ続く螺旋階段を登っていた。

 急に動いたせいで、身体に巻かれた包帯がほどけかかるが、気にはならない。

 屋上に続く扉を乱雑に開けると、冷たい風が身体を撫でていく。

 だがそれすら気に留めず、レイは屋上で銀色の獣魂栞を掲げた。

 

 獣魂栞が輝きを放ち、一つの像を形成していく。

 瞬く間に光は収まり、レイの目の前にはスレイプニルが実体化していた。

 

「レイ……」

「スレイプニル、俺をブライトン公国まで連れてってくれ!」

「やめておけ。彼の地には最早救いはない」

「まだ生き残っている人がいるかもしれないだろ!」

「あの悪魔共が生き残りを許すと思うのか? それにレイ。今のお前の身体では、万が一ゲーティアと交戦した場合、命の保証はできんぞ」

 

 諭すように告げるスレイプニル。しかしレイの心はぶれなかった。

 確かにギルド長から聞いた話に加えて、新聞による情報もある。生存者よりも死者の方が圧倒的に多いだろう。

 だがそれでもレイは足掻きたかった。自分が目で見た範囲での取りこぼしを、少しでも減らしたかったのだ。

 今ならまだ間に合う。今ならまだ生きている人もいる。

 そう自分に言い聞かせながら、レイは叫ぶように、何度もスレイプニルに頼み込んだ。

 

 しかしスレイプニルは首を縦には振らない。

 歴戦の猛者であるが故に、彼は今ブライトン公国がどのようになっているのか粗方検討がついていた。

 だからこそ止める。もう手遅れなのだと。

 それを告げてもなお、レイは諦めなかった。

 

「頼むスレイプニル! 俺は――」

≪そんなに行きたいなら、連れて行ってあげようか?≫

 

 後方から突如声が聞こえてくる。

 いや、声というよりは脳内に直接文書が入ってくるような感じであった。

 この感覚を与える者を、レイとスレイプニルは一人しかしらない。

 振り返る。そこには巫女服と仮面に身を包んだ、黄金の少女がいた。

 

「黄金の……なんでここに」

≪どうせスレイプニルは連れてってくれないんでしょ? それに今のレイの身体じゃあ、長旅は無茶だよ。だから私達が連れてってあげる≫

「レイ、やめておけ。もう手遅れだ」

「そんなの行ってみなきゃ――」

≪スレイプニルの言う通りだよ≫

 

 レイの言葉を遮って、黄金の少女は淡々と続ける。

 

≪連れてってあげるけど、今のブライトン公国には絶望しか広がってない。生き残りもいない。完全に滅んだ状態。きっとそれを見たら、レイは深く傷つく……正直私達はそれを望んではいない。だけど、それでも良いって言うのなら、私達がレイをブライトン公国まで連れてってあげる≫

 

 どうする、と黄金の少女は首を傾けて聞いてくる。

 スレイプニルは無言だが、難色を示していた。

 しかし、レイの意思は変わっていなかった。

 

「頼む。俺を連れてってくれ」

「ならば我も同行しよう。万が一敵が現れてはいかんからな」

 

 そう言うとスレイプニルは、再び銀色の獣魂栞へと姿を変えた。

 一連の返答を見届けた黄金の少女は、どこか諦めのような様子を出しながら、言葉を続けた。

 

≪……後悔はしないでね≫

 

 獣魂栞を手に持ったレイに、黄金の少女は手を添える。

 すると彼女の身体から、黄金色の魔力が湧き出てきた。

 

転送(ジャンプ)、ブライトン公国≫

 

 短く唱えられた呪文。

 次の瞬間、レイと黄金の少女の姿は、屋上から完全に消え去っていた。

 

 

 

 

 瞬きをする間もなく、目の前の景色が変わる。

 辿り着いた場所は、ブライトン公国首都。

 かつてはそう呼ばれていた土地である。

 

「……なんだよこれ」

 

 突然ブライトン公国まで飛ばされた事もだが、それ以上にレイは、眼前に広がる景色が信じられなかった。

 建物という建物は崩れ去り、原形を留めていない。

 瓦礫の中からは、未だ炎が噴き出している。

 首都の象徴とも言えた宮殿は、もはや見る影もない。

 だがそれ以上にレイの心をざらつかせたのは、人の声が全く聞こえなかった事だ。

 

 否定したかった。その事実を受け入れたくなかった。

 レイは無我夢中で瓦礫の山へと駆けだした。

 何度かこけるが、傷の痛みなど認識できない。ただ必死に、生存者を探すだけだ。

 

「誰か……誰か生きてないのか!」

 

 叫ぶ。しかし返事は聞こえない。

 それでもレイは諦めず、瓦礫の山を進む。

 すると、何か弾力のあるものを踏んでしまった。

 レイは恐る恐る、踏んだソレを見る。

 

 それは、長さ二十センチもない、真っ白な子供の腕だった。

 腕から先は無い。爆風か何かでもげたのであろう腕が、瓦礫の山に転がっていた。

 

 レイの心に氷水のような何かが流れていく。

 いざこうして目にする事で、レイはようやく自身が救えなかった存在を、認めざるを得なくなったのだ。

 無力感と絶望が、レイを覆い隠そうとする。

 

「まだだ、まだ誰か……」

『……レイ』

 

 まだ心は折れていない。

 レイは諦めず、瓦礫の山を進んでいく。

 

 気がつけばその足取りは、宮殿の跡地にまできていた。

 その道中で見つけた生存者は存在せず、目にしたのはバラバラになった遺体ばかりだった。

 

 宮殿の跡地で声を張り上げるレイ。だが返事はこない。

 風の音ばかりが、虚しく耳に入ってくる。

 本当に生存者はいないのだろうか。レイの心が折れかける。

 その時だった、瓦礫のすき間から、見覚えのある金色の髪が見えた。

 微かに見える服にも見覚えがある。間違いない、ジョージ皇太子だ。

 

「皇太子様ッ!」

 

 レイは大急ぎで瓦礫を除け始めた。

 怪我をした身体が悲鳴を上げるが、そんな事は気にならない。

 とにかく今は、目の前の人を救助する事が先だ。四苦八苦しながらも、レイは瓦礫を除け終える。うつ伏せになったジョージ皇太子の上半身が見えてきた。

 

「皇太子様、大丈夫ですか!? 今出しますからね!」

『レイ……やめろ』

 

 返事はない。気絶しているのだろうか。

 スレイプニルが何か言ってきたが、聞こえてこない。

 レイはジョージの両腕を掴んで、力いっぱいに引っ張った。

 

――ズルリ――

 

「……え?」

『……だから、やめろと言ったのだ』

 

 無かったのだ。瓦礫の下から出てくると思われていた下半身が、無かったのだ。

 引きずり出されたのは、真っ白な肌と、冷たくなった上半身のみ。

 流れ出る内臓と腐臭が、レイに現実を叩きつける。

 

「あ……ぁ……」

 

 ジョージの腕を掴んでいた手から、力が抜ける。

 レイは瓦礫の山の上で、膝から崩れ落ちた。

 

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 絶叫。あるいは咆哮。

 大粒の涙と共に、レイの叫びが瓦礫の山に響き渡る。

 

『レイ……』

「何が……何が操獣者だよ。何がヒーローだよ!』

 

 拳を握りしめ、レイは瓦礫に叩きつける。

 

「口先ばかりで、何も守れてないじゃないか!」

 

 完全なる敗北、そして自身の弱さ。それらが洪水と化して、レイに襲い掛かる。

 自分はただ、父親を模倣しようとしていたに過ぎなかった。背中を追う事すら出来ていなかったのだ。

 それを認識した途端、悲しみと怒りが込み上げて、レイ自身に矛先を向けてくる。

 

「目に見えるものすら、救えやしない……」

 

 声は徐々にか細くなる。

 

 レイが打ちひしがれていると、背後から黄金の少女が現れた。

 

≪だから言ったでしょ。絶望しかないって≫

 

 そう言うと黄金の少女は、レイの身体に手を添えた。

 

≪転送、セイラムシティ≫

 

 

 

 

 ギルド本部の屋上へと戻って来たレイ。

 だがその心は絶望が支配していた。

 項垂れるレイの頭を、黄金の少女は優しく撫でる。

 

≪レイ……無理して戦わなくていいんだよ≫

「……え」

≪戦い続けても、その先には絶望しかない。それにね、レイが無理して戦わなくちゃいけないなんて決まりは無いんだよ≫

 

 戦いから降りるように諭す黄金の少女。

 その言葉にレイの心が微かに揺れる。

 

≪レイが戦わなくても、他の誰かが戦ってくれる。ゲーティアから逃げても、誰も責めないよ≫

「俺は……」

≪怖いなら、逃げちゃえばいいんだよ≫

 

 黄金の少女はレイのポケットから銀色の獣魂栞を取り出し、レイに握らせる。

 

≪契約を破棄すれば、レイは操獣者じゃなくなる。もう戦わなくていいんだよ≫

 

 レイは何も言わず、手に持った獣魂栞を見つめる。

 黄金の少女が言うように、契約を破棄すれば操獣者としての力は失う。

 ゲーティアと前線で戦う必要はなくなるのだ。

 

 戦わなければ、絶望はしない。

 自身の無力さに、思い悩む必要もなくなる。

 

 レイの心が揺れる。ここで逃げてしまった方が楽なのではないのかと。

 だがそれで良いのだろうか。

 心の奥底に眠る何かが、レイを引き留めようとする。

 

「俺が……戦おうとした理由は……」

 

 レイの脳裏に、これまでの戦いが想起される。

 フレイアとの出会い、キースとの戦い。バミューダでの戦い、ゲーティアとの戦い。ブライトン公国での戦い。

 そしてそれらの中で出会った人々の表情。

 

「(あぁ……そうだ。俺が戦おうとしたのは)」

 

 ヒーローと呼ばれた父親に憧れた。

 仲間と共に夢を掴みたかった。

 そして何より、目に見える範囲で誰かが傷つくのが嫌で仕方なかった。

 思い出すのは、誰かを救った時に見る表情。そして「ありがとう」の言葉。

 

「(俺が、進みたかった道は……)」

 

 レイは獣魂栞をぎゅっと握り締める。

 その目にはもう、絶望は灯っていなかった。

 

「俺は……戦う」

≪……どうして? どうやったって、この先には絶望しかないのに≫

「もしかしたら、そうかもしれない」

 

 だけどさ、とレイは続ける。

 

「戦わないという事は、誰かに戦いを押しつけるという事だ。そんな事をしたら……俺は、俺自身を許せなくなっちまう」

 

 立ち上がり、レイは黄金の少女へと向き合う。

 

「絶望も何も、全部背負ってやる。そんで過去に顔向けできるように、未来へ進んでやる」

 

 覚悟は決まった。

 レイは目尻についた涙を拭い、宣言する。

 

「ゲーティアと戦う。こんな悲劇、もう繰り返させたくない!」

≪それが……レイの答えなの?≫

「あぁ」

≪どうしてそこまでして、戦おうとするの?≫

「自称、ヒーローだからな……それに、ここで逃げたらフレイアの奴に笑われちまう」

 

 それが嫌なんだよ、とレイは笑う。

 すると黄金の少女は、どこか寂しげな様子で、言葉を紡いだ。

 

≪やっぱり、レイはそう答えるんだね≫

 

 踵を返し、立ち去ろうとする黄金の少女。

 レイはそれを呼び止めた。

 

「待ってくれ、黄金の! お前は何者なんだ?」

 

 ずっと気になっていた事を質問する。

 黄金の少女は数秒立ち止まった後、振り返ってこう答えた。

 

≪……私達は神様モドキで……レイの味方だよ≫

「神様モドキ? それって――」

 

 それってどういう事だ。

 そう聞くよりも早く、黄金の少女は屋上から姿を消してしまった。

 

「行っちまったか」

『そうだな』

 

 黄金の少女。

 謎は多いが、少なくとも敵ではないのだろうと、レイは結論付けた。

 

「なぁ、スレイプニル」

『何だ?』

「強くなりたい。もう、誰も取りこぼさない為に……」

『それは……お前の心持ち次第さ』

 

 冷たい風が身体を撫でるが、その心は屈しない。

 前を向こう。前に進もう。

 喪った魂に向き合えるように、戦い続けよう。

 

 もう絶望には屈しない。

 思い描いた未来へと進む為に、この足音を進めよう。

 

 レイはそう決心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第四章に続く】




第三章はここまで。
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幕間の物語Ⅱ
PageEX03:だからアタシは前を向く


章と賞の間の物語、その2。
はじまります。


 手も足も出なかった。何一つ、奴には通じなかった。

 

 ギルド本部の医務室。

 フレイアがベッドの上で目覚めたのは、ゲーティアによる宣戦布告から一週間が過ぎた頃だった。

 目覚めた当初、フレイアは混乱していた。無理もない、フルカスの一撃を喰らってすぐに気を失っていたのだから。

 目を開けるとブライトン公国の夜空は無かった。あるのは医務室の天井のみ。

 フレイアは自分が敗北した事すら、認識できていなかった。

 

 事の顛末は、医務室を訪れたギルド長が教えてくれた。

 自分達が敗北した事、ゲーティアが宣戦布告をした事。

 そして……ブライトン公国が滅んだ事も。

 それらの話を新聞記事と共に伝えられたフレイアは、現実を受け入れざるを得なかった。

 もう一つ、フルカスとの戦いで大破したペンシルブレードが、現実を物語っていた。

 

 フレイアにとって、それは初めて経験した大敗であった。

 向き合い方が分からず、フレイアはベッドの上で呆然と時間を過ごしていた。

 

 転機が訪れたのは、翌日の昼下がりの事だった。

 朝食をとる気力も湧かず、フレイアはただ漠然と窓の外を眺めていた。

 窓の向こうは庭であると同時に、魔獣専用の治療スペースでもある。フレイアの視線の先には、救護術師によって治療を受けているイフリートの姿があった。

 身体のあちこちに傷が見える。治療の甲斐があったのか、今のイフリートは落ち着いた寝息を立てていた。

 そんな契約魔獣の姿を眺めていると、ベッドを仕切るカーテンの向こうから、フレイアがよく知る声が聞こえてきた。

 

「フレイアちゃーん。入るわよ〜」

 

 カーテンを開けて入ってくるのは、ウェーブがかかった栗色の髪が特徴の女性。

 寮母のクロケルだ。

 

「あ、クロさん」

「怪我は大丈夫?」

「うん。アタシのほうは大丈夫……ただ、イフリートが」

 

 そう言うとフレイアは再び、窓の外にいるイフリートに目を移す。

 

「イフリートちゃん、怪我が酷いの?」

「うん。攻撃を受けた時にアタシを庇ったらしくて……命に別状はないけど、しばらくは鎧装獣化はできないって」

 

 今までになく元気の無い声で話すフレイア。

 そんなフレイアを、クロケルは心配していた。

 

「そういえばフレイアちゃん。朝ご飯はちゃんと食べた?」

 

 フレイアは無言で首を横に振った。

 

「そうなの〜、じゃあ丁度良かったわ。パン焼いてきたから、一緒に食べましょう」

「あ、その……ゴメン、クロさん……今はちょっと」

 

 空虚な声で、食欲が無い事を伝えたフレイア。

 いつもの彼女からは考えられない返事に、クロケルはますます心配になってきた。

 だが同時に、フレイアに何があったのかも、クロケルは知っていた。

 

「……ギルド長さんから聞いたわ。ブライトン公国で何があったのか」

「ッ!」

 

 瞬間、フレイアの顔が強張った。

 想起してしまったのだ、ブライトン公国で出会った人々の事を。ゲーティアの虐殺によって失われた生命の事を。

 自分が救えなかった存在を強く再認識してしまい、フレイアの心臓は荒々しく音を立て始めた。

 

「ア、アタシは……」

 

 重過ぎる自責が、フレイアにのしかかる。

 

「アタシは、何もできなかった」

 

 ベッドの横に立てかけられいた、ペンシルブレードの柄を見つつ、そう呟く。

 

「ヒーローになりたいとか何とか言ってた癖に、手も足も出なくて……気がついたら全部手遅れになってた」

 

 ベッドシーツを握る拳に、力が入る。

 後悔に呑まれていた。フルカスに何も出来なかった自分への後悔、ブライトン公国の人々を救えなかった後悔。

 ヒーローという夢に背反する無情な現実が、フレイアの心を蝕む。

 

「アタシ、チームのリーダーなのに……仲間を守る事すらできなかった」

 

 チームメンバー全員が入院した事はギルド長から知らされていた。

 その事実が、フレイアに更なる追い討ちをかけていたのだ。

 

「守りたかったもの、何も守れなかった……アタシ、ヒーロー失格だ」

「フレイアちゃん……」

 

 ベッドシーツに顔を埋めて、落ち込むフレイア。

 そんな彼女の姿を見て、クロケルは一瞬言葉を失ってしまった。

 

 言い表わし難い傷が、フレイアの心を痛めつける。

 これは彼女にとって、初めての挫折でもあった。

 向き合い方も分からず、フレイアはただ目を瞑るばかり。

 

 深い深い闇が、フレイアを包み込む。

 だがそんな彼女を照らし出すように、優しい腕が包み込んできた。

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

 クロケルの腕だった。

 フレイアはベッドの上で、クロケルに抱きしめられていた。

 

「フレイアちゃんは何も悪くない」

「けど……アタシは……」

「あの国の人達に酷いことをしたのは、貴女じゃないわ。それにね……たとえ守ったとしても、きっといつかはこうなっていたわよ」

「それでも……守りたかった」

「相手が悪すぎたのよ。ゲーティアは強すぎる。そう簡単には勝てないわ」

 

 優しく、自分の弱さを再認識させられる。

 仕方ない事だったんだ。相手が悪かったんだ。

 そんな思いが、フレイアの中に灯り始める。

 

「終わった過去は誰にも変えられないの。ならせめて、生きている私達は前を向いていきましょ」

「前を……向いて」

「そうよ」

「……向けるのかな、今の世界で」

 

 新聞を読んで、世界の情勢は把握していた。

 ゲーティアの宣戦布告によって、各地で混乱や争いが起きている。

 誰もが辛い思いをしている世界で、フレイアは自分だけが前を向いていられる自信がなかった。

 

「でも、ゲーティアを倒さなきゃ――」

「あんなに強かったのに?」

「……」

「手も足も出なかった相手にまた挑む。そんな事したら、今度こそ死んじゃうかもしれないのよ」

「それは……」

「フレイアちゃんは、死ぬのが怖くないの?」

 

 クロケルの言葉に、フレイアはうまく返す事ができなかった。

 死ぬのは怖い。口ではどうこう言っても、あのフルカスに勝つ方法は思いつかない。ゲーティアを倒すイメージも上手く浮かばない。

 勝ちを想像できなかった。

 その時フレイアは初めて気がついた。自分がゲーティアに恐れ抱いている事に。

 

「アタシ……怖いんだ」

 

 無意識に出たのは、その言葉だけだった。

 目に光が灯っていないフレイアの頭を、クロケルが優しく撫でる。

 

「無理しなくていいの。フレイアちゃんが戦わなくちゃいけないなんて、誰も決めてないの」

「……」

「怖かったら逃げちゃっても良いの。他の人が責めても、私はフレイアちゃんの意思尊重するわ」

 

 優しく示されたのは、逃げという選択肢。

 そうだ、必ずしも自分が戦う必要はないのだ。

 逃げて平穏に暮らす事もできるのだ。

 その選択を責める権利など、誰にもない。

 

「(アタシは……)」

 

 心が揺らぐフレイア。

 ふとその時、彼女の視界に破損したペンシルブレードの柄が入り込んできた。

 レイが作ったフレイアの専用器。

 フレイアの脳裏に、レイと出会ってからの出来事が浮かび上がる。

 ヒーローを父親に持ち、誰よりもヒーローに憧れた少年。

 そして、フレイア自身が招き入れた整備士。

 

「(レイならこんな時、なんて言うのかな?)」

 

 一瞬の考え。

 だがその一瞬が、フレイアの心に火をつけた。

 どれだけ世界が残酷でも、どれだけ目標が無謀でも。彼は恐れる事なく挑み続けたではないか。

 何よりレイは、誰かの涙を許せる人間ではない。それはフレイアも同じであった。

 自分が戦わない事が、どのような答えを産むのか。それに気がついたからこそ、フレイアは決心をした。

 

「クロさん……」

 

 フレイアはそっとクロケルから離れる。

 

「やっぱりアタシ、ゲーティアと戦う」

「……どうして」

「クロさんの言う通り、逃げた方が楽かもしれない。そっちの方が長生きもできるかもしれない。でも、アタシが逃げたら他の誰かが代わりに戦う事になる。アタシはそれが嫌だ」

「怖くないの?」

「怖いよ……でも、この怖さを乗り越えなきゃ、ヒーローに近づけない気がするんだ」

 

 それにね、とフレイアは続ける。

 

「ここで逃げたら、レイに笑われる気がするんだ。アタシにとってはそっちの方が嫌だ」

 

 そう語るフレイアの目に、もはや闇は無かった。

 恐怖を乗り越えようとする意思。戦おうとする決意が、瞳に宿っていた。

 そんなフレイアの姿を、クロケルはどこか寂しそうな目で見る。だがそれも一瞬。クロケルは再び、いつもの笑顔を浮かべて、パンの入ったバスケットを差し出した。

 

「じゃあ早く怪我を治さなきゃね。その為にもまずは栄養補給」

「うん、朝から何も食べてないからお腹空いちゃった」

 

 そう言うとフレイアは、バスケットから丸いパンを手に取り、勢いよくかじりついた。

 

「もきゅもきゅ……う〜ん、美味しい」

「うふふ、よかった。いつものフレイアちゃんに戻ったわね」

 

 復活したフレイアがパンに舌鼓を打っていると、カーテンの向こうから新たな来客が現れた。

 

「よう。復活したみたいだな」

「レイ!」

 

 杖をつきながら現れたのは、包帯だらけのレイだった。

 

「実はさっきから居たんだけどな……雰囲気的に入り辛くてよ」

「アハハ、別に入ってきても良かったのに」

「そうよ〜。あ、レイ君もお一つどうぞ」

「あ、どうも」

 

 クロケルから丸いパンを一つ渡されるレイ。

 だがすぐには食べない。

 レイの視線はフレイアに集中していた。

 

「フレイア、戦えるか?」

「……うん」

「アイツらは今までの敵とは違うぞ」

「わかってる。それでも譲れないものがあるの。レイもそうでしょ?」

「あぁ……そうだ」

 

 抱いた意思は同じ。

 それを確認した二人は小さく頷く。

 

「フレイア、勝つぞ」

「うん。絶対にゲーティアを倒す。もう二度と、あんな事させたくない」

「その為にもまずは……新しい剣だな」

 

 そう言うとレイは、フレイアのベッドの上に大きな紙を広げ始めた。

 紙には複雑な術式とメモ、そして見たこともない剣の設計図が描かれていた。

 

「これって……」

「お前の新しい専用器の構想メモだ」

「剣、だよね? なんか見たことない形してるけど」

「王の指輪ってやつを見て思いついた魔武具《まぶんぐ》だ。ハッキリ言って前代未聞の全く新しい魔武具。上手く出来るかは俺にもわからない」

「でも、作るんだよね」

「当然。その為にもフレイア、早く治して作るの手伝えよ」

「りょーかい!」

 

 笑顔を浮かべて、元気よく答えるフレイア。

 それを見たレイとクロケルは、もう心配はないと確信した。

 

「(絶対に勝つんだ……だからもう、後ろは向かない!)」

 

 新たな決意を胸に、フレイアは再びパンにかじりつくのであった。



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PageEX04:ちょっとだけ甘えん坊

 カツカツと杖を鳴らしながら、レイは仕切りのカーテンを開く。

 

「ジャック、生きてるか〜?」

「あぁレイ。見ての通りだよ」

「そうか、身体は大丈夫そうだな」

 

 カーテンの向こうには、ベッドから起き上がっているジャックの姿があった。

 身体が包帯だらけだが、命に別状は無さそうだ。

 

「まぁ僕は大丈夫なんだけどね……問題はフェンリルの方だよ」

「ダメージがデカいのか?」

「うん、あのゲーティアの一撃を受けた時にね。幸い命は助かったけど、しばらくは獣魂栞にもなれそうにないって」

 

 レイは窓の外を見る。

 傷ついた魔獣が治療を受けている中に、青白い体毛の狼、フェンリルの姿があった。

 ぐったりと倒れ込み、体毛には血がこびりついている。

 

「あれは酷いな」

「オリーブのゴーレムとマリーのローレライも、怪我が酷いらしいよ。スレイプニルの方はどうだい?」

「流石は王獣ってところかな。軽傷な上に、もう回復済みだよ」

「本当に流石だね」

 

 一番大きなダメージを受けていたにも関わらず、スレイプニルは既に回復したと聞いて、ジャックは小さく笑いをこぼす。

 一方、スレイプニルの回復が早い事について、レイは特別驚いてはいなかった。

 スレイプニルは固有魔法【武闘王波】の力で、自然治癒能力も向上している。多少のダメージなら一晩を待たずに回復できる事を、レイは知っていたのだ。

 

「それで、レイの方はどうなんだい?」

「見ての通りだ。滅茶苦茶痛い」

「まぁ、そうだろうね」

 

 傷の具合を聞かれたレイは、堂々と答える。

 スレイプニルが守ってくれたおかげで致命傷は避けられたが、それでも痛々しい傷が身体に刻まれていた。

 武闘王波の治癒能力向上は、あくまでスレイプニルに最適化されたもの。人間の身で魔法を借り受けているレイには、あまり恩恵がないのだ。

 

「……強かったね」

「そうだな」

「正直、少し自信がなくなりそうだよ」

「なんだ? 心折れたのか?」

「まさか。僕はここで折れてなんかいられないんだ」

「なら安心だな」

 

 ジャックの心が折れてないのは良いのだが、しばし沈黙が広がる。

 言いたいこと、話したいことはあるのだが、いずれもネガティブなものだ。

 

「ゲーティアの奴ら、宣戦布告したんだってね」

「そうだな。あちこちで混乱も起きてる。あいつらの虐殺が始まるのも、時間の問題だろ」

「……フレイアはどうするって?」

「戦うってよ。俺も戦うつもりだ」

「まぁ、そうなるだろうね」

 

 想定通りの展開に、ジャックは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「それで、ジャックはどうするつもりなんだ?」

「僕かい?」

「別に無理強いするつもりはないさ。ただ、このままでいいのかなって……」

 

 これが精一杯。

 ゲーティアの恐ろしさは、身をもって体験してしまった。

 それ故にレイは、あまり強く協力を申し出る事はできなかった。

 ジャックは顔を俯かせて、無言になる。

 

「ジャック……」

「レイ、僕ならもう答えは出てるよ」

 

 そう告げられると、レイは一気に覚悟を決めた。

 何を告げられても、それを受け入れよう。

 

「僕は……ゲーティアと戦うよ。戦わなきゃいけない理由もあるんだ」

「……そうか。ありがとうな」

「そんな事言うなよ。僕たちは同じチームの仲間だろう」

「……そうだよな。うん、その通りだな」

 

 ジャックが参戦の意思を示してくれた事に、レイは強い安心感を覚える。

 彼が言う「戦う理由」について少し気にはなったが、何故だかレイはそれを聞こうとする気が起きなかった。

 不思議と、今迂闊に聞いてもダメな気がしたのだ。

 

「ただ問題は、他の子達だね」

「……」

「僕達は大丈夫でも、他の皆まで大丈夫かはわからない」

「一応、後で他の奴らの様子も見てくるよ」

「うん、頼むよレイ」

 

 あれだけの攻撃を受けたのだ。他のメンバーの精神状態については、レイも気になっていた。

 できる事なら、大きな傷になっていない事を願うばかりだ。

 

「そうだジャック、見舞いの品も持ってきたんだ」

 

 そう言うとレイは服の下から一本の酒瓶を取り出した。

 

「ワインかい?」

「落ち込んでばかりなのもあれだろ? 酒飲んで、少しでも流そうぜ」

「ハハハ、気持ちは嬉しいけど……それどこから持ってきたんだい?」

「昨日の夜抜け出して買ってきた」

「昨日医務室が騒がしかったのはそれのせいか……」

 

 当然の事ながら、脱走がバレたレイは昨晩しこたま怒られている。

 その騒ぎで目覚めてしまった事を、ジャックはあえて口にはしなかった。

 

「でもレイ、医務室で飲んだら不味いでしょ」

「わかってるわかってる。だからジャック、俺の分も隠しといて」

「そっちが本命なんだね……」

 

 もう一本のワインを取り出したレイに、ジャックはただ呆れるばかりだった。

 

 

 

 

 抜け出して買ってきたワインをジャックに押し付けたレイは、別のベッドへと向かった。

 目的地のカーテンを開けて、目を覚ましていたベッドの主に声をかける。

 

「よーアリス、具合はどうだ?」

「うん。まぁまぁ」

「フキュー……フキュー……」

 

 相変わらずの無表情のアリスだが、頭に巻かれた包帯が痛々しい。

 ベッドの上ではロキが可愛らしい寝息を立てている。

 

「ロキの方は流石だな。傷一つ見えねぇ」

「うん。固有魔法のおかげですぐに治っちゃうから」

「アリスの傷も随分良くなってるんじゃないのか?」

「うん。ロキが手伝ってくれた」

 

 ロキの背中を撫でながら、微笑むアリス。

 しかし完全に傷が癒えていないあたり、レイは先の戦闘でのダメージの大きさを再認識する事となった。

 

「完治してないなら、大人しく寝とけよ」

「レイにだけは言われたくない」

「こういう時くらい言わせろ」

「どう見てもアリスより重症なのに?」

「それでもだ」

 

 レイはベッド横にあった椅子に座る。

 アリスを心配するのは良いのだが、やはり身体のあちこちが痛むのだ。

 

「レイ、身体痛くないの?」

「めちゃくちゃ痛い」

 

 レイがそう言うと、アリスは近くに置いてあったグリモリーダーに手をつけようとした。

 慌ててその手を、レイは掴み取る。

 

「無茶すんなって」

「でも、レイが怪我してる」

「お互い様だろ。気持ちは嬉しいけど、今は自分の事を優先してくれ」

 

 渋々といった様子で、アリスは伸ばした手を収める。

 献身は素直に嬉しいのだが、流石に今くらいは自分を心配して欲しいレイだった。

 

「まぁその……あれだ。いつも世話になってるし、たまには甘える側になってくれてもいいんだぞ」

「……甘えていいの?」

「あぁ。遠慮するな」

 

 欲しいものが有れば、医務室を抜け出そう。

 できる事ならなんでもやろう。

 ただし服を脱がす類の行為だけは拒否する。

 

 アリスはしばし沈黙すると、おもむろに両腕を広げてきた。

 レイはその意図をすぐには理解できなかった。

 

「抱っこ」

「……は?」

「抱っこして」

 

 抱っことは、あの抱っこだろうか。

 アリスの要求はレイの想像を遥か斜め上に飛んでいったものであった。

 

「いやいやいや。子どもじゃないんだからさ」

「甘えさせて」

「甘々過ぎないか?」

「レイに甘えたい」

 

 手を伸ばして抱っこをせがむアリス。

 自分から言い出した以上、レイは強く拒絶は出来なかった。

 周囲をキョロキョロと見回してから、レイはカーテンを閉める。

 

「後で恥ずかしいとか言うなよ」

 

 両腕を広げたアリスの脇下に、レイは腕を通す。

 些か抵抗感はあったが、それを押し殺して、レイはそっとアリスの身体を抱きしめた。

 

「ぎゅぅ」

 

 アリスの腕がレイの首にまわされる。

 その時フワっと漂う女の子の香りが、レイの鼻腔をくすぐった。

 アリスの体温と香りが、広い面積で伝わってくる。

 レイはもはや言葉を発する余裕もなくなって、心音も大きくなり始めていた。

 

「……すりすり」

 

 レイが抵抗しないのをいい事に、アリスはレイの顔に頬擦りを始めた。

 摩擦熱も相まって、レイの顔が熱くなる。

 側から見れば兄妹のような体格差だが、実際は一歳違いの幼馴染だ。こういう事をされると、ついつい男女というものを意識してしまう。

 アリスの頬の柔らかさに負けないように、レイは必死に平常心を取り戻そうとしていた。

 

「……ねぇレイ」

「ななな、なんだ?」

「レイは戦うの?」

 

 突如ぶつけられた真剣な質問。

 レイの頭も一気に冷静になってきた。

 

「……あぁ、戦う」

「相手、強すぎるよ」

「それでもだ。繰り返して欲しくない悲劇がある」

「……死ぬかもしれないよ」

「譲れない意地があるんだよ。無茶だとしても、折りたくないもんがあるんだ」

「頑固者」

「返す言葉もないな」

 

 アリスの抱きつく力が強くなる。

 

「死んじゃダメだよ。アリスはね、傷は治せても、死んだ人はどうにもできないから」

「アリス……」

「レイが戦うなら、アリスも一緒にいく。レイの傷はアリスが治すから」

「……ありがとうな」

 

 感謝の念からかどうかはわからない。

 レイは無意識に、アリスを抱き寄せる力を強めていた。

 

「ところでさ、アリス」

「なに?」

「俺はいつまで抱っこしてればいいんだ?」

「……アリスが飽きるまで」

「えぇ……」

 

 何がなんでも離れないと言わんばかりに抱きつくアリス。

 レイは拒否する事もできず、受け入れる他できなかった。

 

 結局、レイがアリスから解放されたのは小一時間経った後の事であった。



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PageEX05:折れかかっている心

「アリスめ~、甘えすぎだろ」

 

 ようやくアリスから解放されたレイは、次なる仲間の元へ向かおうとしていた。

 杖をつきながら歩くと、正面からもう一つの足音が近づいてくる。

 

「ん、フレイア。動いて大丈夫なのか?」

「それレイには言われたくないんだけど。まぁあれね、チームリーダーとして他のみんなの様子を見に行こうと思って」

「なんだ、俺と同じか」

 

 ひとまずレイは、先程様子を見てきたジャックとアリスについて、フレイアに伝えた。

 

「とりあえずジャックとアリスは折れてない。一緒に戦ってくれるってさ」

「そっか……よかった」

「ただ問題は、他のみんなだ」

「うん……ねぇレイ、ライラにはもう会った?」

「いや、まだだけど」

「ライラはアタシに任せて。レイはオリーブとマリーの所に行ってくれないかな?」

 

 妙に押してくるフレイアに少したじろぎながらも、レイは提案を了承した。

 

「じゃあ俺はオリーブ達のところに行ってくる」

「うん、お願い」

 

 レイと別れたフレイアは、少々神妙な面持ちになってライラの元へと向かった。

 

 

 仕切りのカーテンを開く。

 フレイアが入ると、既にライラは目覚めていた。

 

「お、よかった。起きてたんだ」

「あ、姉御。ボクは昨日起きたばっかっス」

 

 少しぎこちない笑みを浮かべて、フレイアを迎え入れるライラ。

 その頭には痛々しく包帯が巻かれていた。

 

「身体の方は大丈夫なの?」

「命に別条はないけど……まだあちこち痛いっス」

「でも無事なら安心した」

「……ガルーダが守ってくれたんス」

 

 顔を俯かせて、ライラは重々しく語り出す。

 

「あのフルカスって奴にやられた時、ガルーダが咄嗟にダメージを肩代わりしてくれたっス」

「……ガルーダは?」

「昨日救護術士の人に聞いたっス。重症だって」

 

 フレイアは無意識に医務室の外へと視線をむけようとする。

 外で治療を受けている魔獣達の中に、ガルーダも居るのだろう。

 

「ガルーダの怪我、酷いの?」

「酷いっス。しばらくは変身もできないって」

「それは、重症ね」

 

 気まずい沈黙が、二人の間に流れる。

 ライラは顔を俯かせたままだ。

 

「ボクのせいっス……ボクが無茶したせいで、ガルーダに怪我させちゃった……」

「ライラは悪くない。悪いのはあのゲーティアなんだから」

「でも、もう少し冷静に行動するべきだったっス。姉御がやられて頭に血が昇っちゃったっス」

 

 ライラの目尻に涙が浮かぶ。

 

「忍者のスキルも、使う前にやられちゃった……これじゃあ何の意味もないっス」

「ライラ……」

「お母さんならきっと、もっと上手く立ち回れたんだろうなぁ……」

 

 無念そうにそう零すライラ。

 フレイアはライラが何故ここまで忍者としての自分に拘るかを知っていた。

 

 ライラの母親は、東国の上級忍者をやっている。

 しかし大量の任務で多忙な故、ライラが幼い頃に東国へ渡ってから一度も帰って来たことはない。

 ライラにとって忍者としての自分は、遠く離れた母親と繋がる唯一の絆とも言えるのだ。

 

 忍者としてのスキルも使えずに敗北する。

 彼女にとって、これほど屈辱的な敗北は存在しない。

 

「新聞、読んだっス……みんな、死んじゃったって」

「……うん」

「ボク達、なにもできなかった」

「……そうだね」

 

 フレイアも拳を握り締める。

 助けられなかったという事実を再認識して、心が酷く痛む。

 だがこのまま、立ち止まっていてはいけない。

 フレイアは意を決して、話を切り出した。

 

「ねぇライラ……まだ、戦えそう?」

「……」

「アタシはね、このままじゃ終われない。アイツらの好き勝手にさせて、世界が滅茶苦茶にされるのなんて我慢できない。大切なものが傷つくのを黙って見てられない。だから……アタシはゲーティアと戦う」

「ボクは……」

「勿論、無理にとは言わない。けどねライラ、もしも……もしも戦う意志が残っているなら、アタシ達と一緒に戦って欲しい」

 

 フレイアの誘い。かつてチームにスカウトされた瞬間を思い出すライラ。

 あの時は喜んで掴めた手も、今は思うように掴み取れなかった。

 

「ごめんなさいっス。少し、考えさせて欲しいっス」

「……うん。アタシはライラの意思を尊重するから」

 

 そう言うとフレイアは、ライラのベッドから立ち去ろうとする。

 

「姉御!」

「なに?」

「その。姉御は、怖くないんスか?」

 

 フレイアが振り返ると、そこには微かに怯えた表情を浮かべたライラがいた。

 

「あんなに強い敵と戦わなきゃいけないのに、怖くないんスか?」

「……怖いよ。でもあんな奴らに負けたままの方が、もっと怖い」

 

 その返事を聞いて、ライラはそれ以上何も言えなかった。

 

「また様子見に来るから。みんなで早く怪我治そうね」

 

 それだけ言い残して、フレイアは今度こそライラの元を後にした。

 

 

 

 

 外の空気でも吸おうと、医務室の外に出るフレイア。

 すると、見慣れたスキンヘッドの大男が現れた。

 

「おぉ、フレイア! もう動いて大丈夫なのか?」

「親方……」

 

 魔武具整備課の長でライラの父親、モーガンだ。

 十中八九ライラの見舞いに来たのだろう。

 

「……ライラならもう起きてるよ。命に別条はないってさ」

「本当か!? なら良かったぜ」

 

 安心したのか、父親らしい優し気な表情を浮かべるモーガン。

 フレイアはしばしモーガンを引き留めて、ライラとガルーダの様子を伝えた。

 

「そうか、ガルーダの奴が」

「しばらくは変身もできないって」

「なぁフレイア、ライラの奴は――」

「落ち込んでる。忍者としてのスキルが何一つ活かせなかったのが相当キたみたい」

「そうか。わかった」

「……ねぇ、親方」

 

 立ち去ろうとしたモーガンを、フレイアは再び呼び止める。

 

「いつか……いつになるかは分からないけど、いつか。アタシ達が東国に行くことがあったら、何が何でもライラを連れて行くね」

「そ、それは……」

「辛いことがあるとしても、いつかは向き合わなきゃいけない時がくる。それはきっと、ライラも例外じゃない」

 

 モーガンは苦々しい顔で押し黙ってしまう。

 

「親方。今のままじゃ、きっとあの子は止まったままだよ」

「……そうだな」

 

 数秒顔を伏せた後、モーガンはフレイアの方へと振り返る。

 

「もしもその時が来たら……ライラの事を頼む」

「うん、任せて。だから今は、親方があの子の心を癒してあげて」

「あぁ、任せろ」

 

 二人は静かに拳を突き合わせ、その場を別れた。

 

「後は……オリーブとマリーか」

 

 レイに託した二人の仲間を想いながら、フレイア呆然と空を眺めるのであった。



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PageEX06:無理しなくていいんだ

 フレイアと別れたレイは、オリーブのベッドへと足を運んでいた。

 

「おーいオリーブ、大丈夫か?」

 

 仕切りのカーテンを開けて、中にいる筈のオリーブに声をかける。

 しかし、ベッドの上に患者の姿はなかった。

 居るのは四人の子供たち。オリーブの姉弟達だ。

 

「なんだよ、ちびっ子どもしか居ねーのか?」

「あ、レイ兄ちゃんだ」

「よぉコウル。元気してるか?」

 

 一番最初にレイの存在に気がついたのはコウル。

 以前レイが助けた子供にして、オリーブの弟だ。

 

「あー! レイ兄ちゃんまた怪我してるー!」

「してるー!」

「アリス姉ちゃんに怒られてそー!」

「そー!」

「やめろやめろ。今回は俺もダメージがデカいんだ」

 

 無邪気にレイを弄るのは、小さな双子の姉弟。

 ライムとオレンジ。オリーブも手を焼いている悪戯好きの二人だ。

 手に持った棒でレイの身体を突いて遊んでくる。

 

「ギャス!? お前ら、怪我人には優しくしろ」

「レイ兄ちゃんはいつも怪我人じゃーん」

「じゃーん」

「畜生、なにも言い返せねぇ」

「こらー! ライム、オレンジ。レイお兄ちゃんが困ってるでしょ!」

 

 幼い叱責の声と共に。双子の頭に拳骨が落ちてくる。

 

「いたーい」

「たーい」

「もー。レイお兄ちゃん、大丈夫?」

「いてて、ありがとなチェリー」

 

 双子の首根っこを捕まえながら、レイを心配する少女。

 オードリー家の次女、チェリーである。

 オリーブが不在の時は、下の姉弟の面倒を見ているしっかり者である。

 

「なぁチェリー。オリーブは何処にいるんだ?」

「オリーブお姉ちゃんなら、広場に行ったよ。ゴーちゃんの様子を見に行くって」

「……そっか。ありがとな」

 

 ジャックの言葉を思い出す。

 フルカスの攻撃によるダメージが酷いのだろう。

 レイは微かに痛む身体を押して、広場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 医務室の外にある広場。

 ここでは怪我をした魔獣が、救護術士の治療を受けている。

 何体かの魔獣の前を横切ると、見覚えのある黒い巨体の魔獣が現れた。

 オリーブの契約魔獣であるゴーレムだ。

 魔法鉱石でできた身体にはあちこちひびが入り、欠けている箇所もある。

 

「こりゃ酷いな……」

 

 身体の頑丈さで言えば、魔獣の中でも上位に食い込むゴーレム種。

 それがこうも大怪我を負っているという事実に、レイは異質なものを感じていた。

 魔獣がいるなら、契約者も近くにいる筈。レイが辺りを軽く見回せば、お目当ての人物はすぐに見つかった。

 

「そこに居たのか、オリーブ……と、マリーも一緒か」

「……あ、レイ君」

「レイさん。怪我の方は大丈夫なのですか?」

「それはこっちのセリフだよ。二人はどうなんだ?」

 

 オリーブ、マリー共に、頭や手首に包帯が巻かれている。

 救護術士の治癒魔法が効いているとはいえ、まだまだ傷は癒えきっていない。

 痛々しい傷跡が見えたようで、レイは少し目を逸らしたくなった。

 

「私達は大丈夫なんです……だけどゴーちゃん達が」

「ゴーレムの傷、そんなに酷いのか?」

「命に別状はないんです。だけどしばらくは鎧装獣化しちゃダメだって」

「そうか……」

「それよりも、マリーちゃんの方が……」

 

 オリーブは静かに目線をマリーに移す。

 マリーは何も言わず、顔を俯かせるばかりだった。

 何があったのだろうか。もしやと思い、レイがゴーレムの後ろを見てみる。

 するとそこにはマリーの契約魔獣ローレライの姿があった。

 複数の救護術士から治癒魔法をかけられているローレライ。その身体はあちこちに傷ができており、周辺は血で汚れていた。

 その壮絶な光景に、レイは一瞬言葉を失ってしまう。

 

「おい、マリー……あれ大丈夫なのか?」

「……命だけは辛うじて助かりました。今は回復待ちです」

「命は、か」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情になるレイ。

 素人目で見ても、今のローレライに戦う力は残っていないだろう。

 鎧装獣化はおろか獣魂栞(ソウルマーク)になる事も困難な筈だ。

 契約者であるマリーの心情は計り知れない。

 

「あのゲーティアの攻撃を受けた時に、ローレライが守ってくださったのです」

「それであのダメージを」

「わたくしが、もっとしっかりしていれば……」

 

 自分を責めるマリー。

 契約魔獣を傷つけるとは、操獣者にとって最も恥ずべき事の一つ。

 まして、ここまでの重症を負わせてしまったとなれば、マリーの自責も人一倍だろう。

 

 影が落ちる。

 マリーだけではない。オリーブの心にも深い影が落ちている。

 それを薄っすらと感じ取ったレイは、何と言葉をかけるべきか迷っていた。

 

「私達って、無力ですよね」

「オリーブ、それは……」

「新聞、見ました。みんな死んじゃったって」

 

 歯を噛み締める力が強まるレイ。

 脳裏に浮かぶのは、壊滅したブライトン公国の光景。そして、皇太子の遺体。

 救えなかったという事実が重く圧し掛かっているのは、オリーブやマリーも同じだった。

 

「レイ君。私達が出会った人たちは、生きてましたよね?」

「……あぁ」

「みんな生きてたのに、もういないんですよね」

「そうだな」

「嫌だなぁ……色々、やだなぁ」

 

 オリーブはその場に体育座りし、両膝に顔を埋める。

 嫌な気持ちは、レイも同じだった。

 負ける事も、仲間が傷つく事も、誰かが死ぬ事も……受け入れられるものは何も無い。

 それでも自分たちは、この感情を乗り越えねばならないという事を、レイは重々理解していた。

 とはいえ、いきなりそれを押し付けるのはあまりにも酷だ。

 レイはしゃがみ込み、オリーブに向き合う。

 

「俺がこう言うのもなんだけどさ……オリーブがそんなに気負う事はない。悪いのは全部ゲーティアの奴らなんだ」

「わかってます……わかってるんですけど……」

 

 自分の中で折り合いがつかないオリーブ。

 強い罪悪感と自責に飲み込まれかけている。

 

 そんなオリーブの頭を、レイは静かに撫でた。

 

「まぁ、いきなり折り合いはつかないよな」

「……レイさんは、これからどうするおつもりですか?」

「戦争、はじまるんですよね」

 

 弱々しく聞いてくる二人に、レイは自分とフレイア達は戦うつもりだと告げた。

 数秒の沈黙が広がる。

 

「なんと言いますか、フレイアさんらしい答えではありますね」

「あの、レイ君は……怖くないんですか?」

「……怖いさ。でもアイツらを放っておく方が、もっと怖い」

「レイ君は、強いですね」

「強くなんてないさ。何も守れなかったんだからな」

 

 再び沈黙。そして傷が痛む。

 痛みは心身に及び、フルカスとの戦いがフラッシュバックする。

 オリーブとマリーは微かに身体を震わせた。

 それが恐怖心からのものだという事を、レイは容易に察知できた。

 

「わたくしは……皆様と同じように戦えるか、わかりません」

「マリー……」

「ごめんなさい。私も、まだわからないです」

 

 戦意は無い。

 マリーに至っては震える腕を抑え込んでいる。

 心の傷はレイの想像以上に深いらしい。

 

「その、なんだ。無理に一緒に戦おうなんて言わない。今は全員傷を癒す事が最優先だからな」

 

 返事はない。

 あるのは無言の戸惑いと、震え。

 

「無理しなくていんだ。俺はただ、自分ができる事をしたいだけだからな」

 

 立ち上がる。

 ひとまず二人の無事を確認できて安心したレイは、その場を後にしようとする。

 

「二人はこれからどうしたいんだ?」

「私は、少し時間が欲しいです」

 

 小さく呟くオリーブ。一方のマリーは無言のままであった。

 答えが無くても、それを咎めるつもりは無い。

 これから先どのような答えが出ても、レイはそれを尊重するつもりだ。

 今はただ、時間が必要なだけ。

 

「オリーブも早く戻ってやれよ。ちびっ子たちが待ってるからな」

「……はい」

 

 か細く、力の無い返事。

 ひびだらけの心は、そう簡単には戻らない。

 

 二人の様子が心配だが、今はこれ以上踏み込むのも憚られる。

 どこか不安なものを抱きながら、レイは広場を後にした。

 

 

 

 

 医務室に戻ったレイは、同じく戻って来たフレイアと鉢会った。

 お互いに浮かない表情をしている。

 

「フレイア、ライラの方はどうだった?」

「レイの方は?」

 

 フレイアはライラの様子を、レイはオリーブとマリーの様子を伝えた。

 三人共、心身に大きなダメージを負っており、戦線復帰は難しそうだという事が共有された。

 医務室の真ん中で、レイとフレイアは難しい顔をする。

 

「どうする、フレイア」

「……とにかく今は、みんなが治るのを待とう」

「フレイア、もしもの時は――」

「わかってる。もしもの時は、戦える奴だけで戦おう」

 

 言葉面は強がっているフレイアだが、その声には些か力がこもっていなかった。

 二人揃って、ついつい最悪を想像してしまう。

 

「……なぁフレイア、戦えるか?」

「何度でも言ってやる。戦う」

「その心、折らないでくれよ」

 

 不安が混じるが、今はそう言うしかない。

 諸々の感情から逃れる為にも、今はできる事をしよう。

 レイは頭の中でフレイアの新しい剣の事を考え出すのだった。



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PageEX07:トライ&エラー

 作業台の上に、数十個になる魔武具のパーツが並べられている。

 マリーの愛用銃、クーゲルとシュライバーだ。

 レイは分解したパーツを一つ一つ掃除しながら、メンテナンスする。

 

「マリーの奴め~、魔武具(まぶんぐ)のメンテナンスサボってたなー」

 

 固まってパーツに付着した魔力(インク)カスを拭い取りながら、レイはブツブツと文句を零した。

 

「最近忙しかったから。しかたない?」

「限度があるっての」

 

 魔力カスを拭い取ったパーツを、隣に座っているアリスに手渡す。

 渡されたパーツを、アリスは布で綺麗に磨いていった。

 

 二人の身体には未だ痛々しく包帯が巻かれている。

 フレイアの剣を作る為に、レイは無理を言って退院してきたのだ。

 おおよそ回復していたアリスも、それに便乗して退院した。

 とは言え、肝心のフレイアがまだ退院していない。

 なのでレイは、退院の際に預かってきた仲間達の魔武具をメンテナンスしているのだ。

 

「うわぁ……なんだこれ、ライフリング殆どないじゃないか」

 

 クーゲルの砲身パーツを覗き込みながら、レイは呆れた声を漏らす。

 本来砲身内にある筈の溝や術式の刻印が、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。

 

「とりあえず砲身は交換。他にも十点くらいパーツ交換が必要だな」

 

 銃型魔武具のパーツを詰め込んだ箱を漁り、必要なパーツを探し出す。

 次に会った時には「もっとマメにメンテナンスをしろ」と叱ろうと、レイは心に決めた。

 

「しっかし流石は貴族の娘が持つ魔武具。パーツ数が多いんだよ」

「がんばれ専属整備士」

「面倒くさくて頭にきてるけどな」

 

 気の抜けた声でエールを送るアリスに、レイは軽く歯軋りをする。

 文句を言いつつも必要なパーツを探し出し、レイはその場で加工を始めた。

 ライフリングのある新品の砲身パーツに、鉤爪のような形状をした細長い工具で、内側に術式を彫り込んでいく。

 

「じゃあ他のパーツ、探しとくね」

「あぁ、頼んだ」

 

 アリスは箱を漁り、パーツを探し始める。

 何年もレイの手伝いをしてきたお陰か、アリスは魔武具のパーツに関する知識を豊富に持っていた。

 そんな優秀な助手の存在に感謝しつつ、レイは精密な動きで術式を彫り込む。

 

 ほんの十数分で術式を掘り終えたレイは、アリスが持ってきた他のパーツを合わせて組み立て始める。

 

「うし、組み立て完了」

 

 バラバラだったクーゲルとシュライバーは、整備士の慣れた手つきであっという間に元の姿へと戻った。

 レイは完成したクーゲルとシュライバーを天井に向けて、引き金を数かい引く。

 カチリ、カチリ。

 整備開始前は重く感じた引き金は、パーツの掃除と交換でスムーズに動くようになっていた。

 

「パーツ稼働よし。後で試し撃ちしておこう」

 

 一通りのメンテナンスを終えた二挺の銃を、作業台に置く。

 次はオリーブのイレイザーパウンドのメンテナンスだ。

 レイが壁に立てかけてあった大槌に、手を出そうとしたその時だった。

 

「なーんだ、工房の方に居たんだ」

 

 工房の扉から、聞きなれた声が響いてくる、

 開いた扉から登場したのは、巻いた包帯が所々見えているフレイアだった。

 

「退院、できたんだ」

「見ての通り、無事退院できたよ!」

「どーせ無茶してるんじゃねーのか?」

「それレイに言われたくないな」

 

 少し足を引きずるように、フレイアは工房の中に入ってくる。

 

「新しい剣作るんでしょ。なら呑気に入院なんてしてられないじゃない」

「それは分かるけどよ。傷の方は大丈夫なのか? 普通にボロボロっぽいけど」

「大丈夫。普通に痛いだけだから」

「なら大丈夫だな」

 

 頭の悪い会話を聞いて、救護術士であるアリスはジトッとした目で二人を見つめる。

 傷の痛みを堪えて、無理に退院してきたのはレイもフレイアも同じだった。

 目的は唯一つ。ゲーティアと戦う為の新たな戦力の開発だ。

 

「それってマリーの銃?」

「そうだ。安心しろ、お前の剣の実験器はもう作ってある」

 

 そう言うとレイは、工房の奥から数本の剣を持ってきた。

 いずれもフレイアが使っていたペンシルブレードと同系統の剣である。

 

「そんなに作ったの!?」

「これはあくまで実験器だ。ジャンク品の剣を使った簡易魔武具だよ」

「へぇ~」

 

 実験器の剣を一つ手に取るフレイア。

 基本的には普通のペンシルブレードと何ら変わらない。

 一つ大きく違う点は、獣魂栞《ソウルマーク》の挿入口が二つになっている事だ。

 

「……なんで二つ?」

「この前も言っただろ、王の指輪から着想を得たって」

「言ってたけど、何するの?」

「簡単な話だ。ソウルインクを混ぜて使う」

 

 レイの発言にフレイアは思わず目を丸くする。

 それ程までに、その発想は突拍子もないことでもあった。

 獣魂栞から生まれるソウルインクは、デコイインクよりも強力である。しかし代わりに、持ち主である魔獣か契約をした人間にしか使えないのが常識なのだ。

 ましてや、ソウルインクを混ぜて使うなど前代未聞である。

 

「そんな事できるの!?」

「普通なら無理だな。だけど指輪の力を使うのなら可能かもしれない」

 

 レイはブライトン公国での一幕を思い出す。

 フレイアが中心となった魔獣の合体。あれは必然的に各魔獣の力が混ざっていた。

 指輪の力が魂を繋ぐ力ならば、魂から生まれるソウルインクを繋げる事だってできる筈だと、レイは考えていたのだ。

 

「魂を繋げる力と、魂から生まれるインク。繋げられない理由はないと思うんだ」

「なるほど」

 

 手を叩き納得するフレイア。

 

「とはいえ、そもそも魔力を混ぜられるのかが問題なんだ。バミューダで読んだ霊体研究の論文内容を元に、術式は何パターンか組んだ。今回作った実験器はそういう物だ」

「つまり剣を握って魔力を混ぜればいいのね!」

「そういうこと」

 

 趣旨を理解したフレイアは、早速赤色の獣魂栞を取り出し、剣に挿入した。

 

「あっ、もう一つの魔力どうしよう?」

「アリスー、ロキの力借りれねーか?」

「ロキ、お願いできる?」

「キュイキュイ!」

 

 元気にアリスの周りを跳ねていたロキは、自身の身体を光に包み込んで、ミントグリーンの獣魂栞へと姿を変えた。

 

「協力、してくれるって」

「ありがとう、ロキ」

 

 一言感謝を述べて、フレイアは空中に浮かぶミントグリーンの獣魂栞を手に取る。

 そして、剣に備わっている二つ目の挿入口に挿し込んだ。

 フレイアは剣を握る力を強める。

 

 しばし沈黙。

 

「……ねぇレイ」

「なんだ?」

「どうやって混ぜればいいんだろう?」

 

 レイは盛大にズッコケた。

 

「あのなぁ……」

「いやぁ、だって初めてだし」

「イメージだよ。剣の中を通っているソウルインクを指輪で繋げるイメージ!」

「イメージかぁ……」

 

 再び剣を握りなおして、意識を集中するフレイア。

 イフリートの赤い魔力と、ロキのミントグリーンの魔力が、刀身に掘られた溝を通っていく。

 魔力は光り輝き、その力を高めていく。

 そして溝は交差し、二つの魔力が混ざり始めた。

 

「これは……」

 

 混ざり合った魔力は新たな色を生み出し、更なる輝きを生み出していく。

 二つの魔力は確かに混ざり合った。王の指輪の力で、繋がらなかった存在が繋がったのだ。

 その神々しさすら感じる光景に、レイは無意識に釘付けになっていた。

 

 だが異変は、その直後に起きた。

 魔力の光に包まれていた刀身が、徐々に異臭を放ち始めたのだ。

 

「あれ、なんか臭う?」

「あぁこれはオリハルコンが溶けてる臭い……って溶けてる!?」

「熱っゥゥゥ!?」

 

 大慌てで剣を床に捨てるフレイア。

 剣の刀身は眩い光と共に、ドロドロに溶けてしまっていた。

 

「大丈夫かフレイア」

「うん、大丈夫。イフリートは?」

『グォォン』

「ロキも大丈夫?」

『キューイキューイ』

 

 剣に挿入されていた二体も無事だったので、一同はとりあえず胸をなでおろす。

 

「これは失敗だな」

「でも魔力は混ぜられたよ」

「あぁ、そこは大成功だ……けど魔武具自身を耐えられるようにしないとな」

 

 そう言ってレイは次のペンシルブレードを取り出した。

 

「こうなる事を想定して、何パターンかの術式を組んだんだ。次はこれな」

「これ……思ったより大変な作業になりそう」

「専用器の基本はトライ&エラーだ。大人しく付き合え」

「はーい」

 

 次のペンシルブレードを受け取るフレイア。

 先程と同じく、赤とミントグリーンの獣魂栞を挿入し、意識を集中させる。

 すると再び刀身が光輝き始めた。

 

「これなら、いけるかも!」

 

 フレイアは混ざり合った魔力を維持するように、力を籠める。

 刀身は高熱を帯びてこない。異臭を放つ様子もない。

 今度こそ成功か、フレイアがそう考えた次の瞬間。

 

「フレイア! 剣を捨てろォ!」

「へ!?」

 

 レイの叫びを聞いて、フレイアは咄嗟に剣を投げ捨てた。

 そして、刀身が床に接すると同時に、ペンシルブレードは凄まじい光を放って爆発した。

 

 爆風をもろに浴びて、工房の中がぐちゃぐちゃになる。

 フレイア達の髪も乱れていた。

 

「レイ、アリス! 大丈夫!?」

「アリスは大丈夫」

「俺も大丈夫だ」

「良かった……でもなんで爆発したの?」

「魔力の出力が剣のキャパシティをオーバーしたんだ。刀身が耐えられなくて、破裂したんだよ」

 

 今フレイアに渡した剣は、混ぜた魔力の出力を抑え込む調整をしていた代物だ。

 しかし結果としては、混ぜられた魔力の量がレイの相続を大幅に上回ったいた。

 

「刀身の素材に、諸々の術式制作……これは大変だな」

「次の剣も実験するの?」

「もちろん」

 

 当然とばかりに、次のペンシルブレードをフレイアに渡す。

 フレイアは再び、二つのソウルインクを混ぜ始めるのであった。

 

 

 そして数時間後。

 工房の中は荒れに荒れて、床には砕けたり溶けたりした剣の残骸が転がっていた。

 

「ねぇレイ、エラー&エラーだったね」

「まさかここまで上手くいかないとはなぁ……」

 

 試したた実験器は合計二十本。悲しい事に、その全てが無残に散っていった。

 

「二十一本目。これで上手くいけばいいんだけどな……」

「上手くいく。絶対に上手くやる!」

 

 眼に闘志を燃やし、フレイアは気合をいれる。

 「そう簡単に成功するものではないのだが」内心そう考えながら、レイは二十一本目のペンシルブレードを手渡した。

 

 剣を握りしめて、フレイアは意識を集中させる。

 今度こそ成功させるんだ。その思いを込めて、二つのソウルインクを混ぜ合わせる。

 刀身が光り輝き始める。ここまではいい。

 問題はこの後だ。混ざり合った魔力に剣が耐えられるかどうか。

 十秒、二十秒と時間が経過していく。

 一分、二分、刀身が崩れる様子はない。

 

「……フレイア、振ってみろ」

「う、うん」

 

 レイに言われて我を取り戻したフレイア。

 軽く剣を振ってみる。

 それでも刀身は崩れる様子を見せない。

 フレイアは恐る恐る、レイに問うた。

 

「ねぇレイ……これって」

「あぁ……成功だ」

「いぃぃぃやったぁぁぁ!!!」

 

 両手を上げて喜ぶフレイア。

 冷静に振る舞ってはいるが、レイも内心大歓喜していた。

 

 フレイアは剣から獣魂栞を抜き取り、アリスに返す。

 そして赤色の獣魂栞を抜き取った瞬間、輝いていた刀身は光を失い、淀んだ黒色へと変色してしまった。

 

「あれ? なんか色変わっちゃった」

「出力に耐えられなくて、オリハルコンが変質したんだ。これは素材の耐久性に課題ありだな」

「えっと、もしかして失敗?」

「まさか。中の術式は大成功だ」

「よかったぁぁぁ」

 

 へなへなと崩れ落ちるフレイア。

 慣れない作業を続けて、疲労が溜まっていたのだ。

 

「これで新しい剣が作れるんだよね?」

「あぁ。素材の方に関しては考えがあるから大丈夫だ」

「じゃあアタシはしばらくお役御免ね」

「なに言ってんだ?」

「へ?」

「まだ実験器は残ってるんだぞ」

 

 レイはそう言って、十数本の剣を作業台に並べ始めた。

 

「いやいや。ちょっと待って! さっきの実験器で中の術式は決まったんだよね!?」

「そうだな。でもデータは多いに越したことはないからな」

「それって……つまり」

「残り十七本か。まぁ頑張ってくれよ、リーダーさん」

 

 レイの非情な宣告に、フレイアは乾いた笑いを漏らしてしまう。

 

「せ、せめて休ませてぇぇぇ!!!」

 

「二人とも、がんばれー」

「キューイキューイ」

 

 悲痛な叫びを上げるフレイアの後ろで、アリスの気の抜けたエールが工房に響くのであった。



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PageEX08:ギルド特捜部独立隊

 気がつけば、空に星が輝く時間帯。

 レイとフレイアは工房の中でへたり込んでいた。

 

「これで実験器は全部だな」

「つ、疲れたぁ〜」

 

 あれから数時間。フレイアは十七本の実験器を使い、十本を爆破させ、五本を溶かし、一本を凍結させた。

 諸々とトラブルと引き換えにデータは得られたが、代償として二人の体力がごっそり持っていかれる羽目になったのだ。

 疲労が溜まったフレイアは工房の床で大の字になって倒れ込む。

 

「こらフレイア。床で寝るな。汚いぞ」

「ぶー、だって疲れたんだもーん」

「まぁ。あれだけインクチャージすりゃあ、そうなるか」

「ロキもお疲れ様」

「キュウ〜」

 

 アリスの腕の中で、ロキもぐったりとしている。

 魔武具へのインクチャージは、人獣共にそれなりに体力を持っていかれるのだ。

 フレイアの手に握られている赤い獣魂栞《ソウルマーク》からも、イフリートの弱々しい声が聞こえてくる。

 

『グォ〜ン』

「イフリートもお疲れ様」

「まぁ必要なもんは手に入った。あとは今日のデータを元に新型魔武具を作るだけだ」

 

 レイの頭の中で構想が纏る。

 今日はもう夜も遅い。続きの作業は明日以降だ。

 

「アリスー、フレイアをシャワー室に案内してやってくれ」

「りょーかい」

「え、この家シャワーあるの!?」

「あるぞ。しかも俺のお手製だ」

 

 フレイアは気の抜けた声で「すっげー」と漏らす。

 シャワーと言えば基本的に貴族階級しか持たないような高級品というのが常識だ。

 一応ギルドの女子寮や模擬戦場にもあるが、個人の家にシャワーがあるというのは非常に珍しい。

 ちなみに女子寮や模擬戦場にあるシャワーもレイのお手製だ。

 

「汗かいただろ。遠慮なく使え」

「じゃあ遠慮なく使わせてもらおうかな」

 

「おっ、自宅のシャワー室に女の子を連れ込むたぁ。良いねぇ、スケベの香りがプンプンするねぇ」

 

 突然工房内に響いてきた声に、レイは振り向く。

 そこには、黒い前髪が片目を隠している三十代くらいの男がいた。

 

「よっレイ、久しぶり」

「なんだ、アランの兄貴か」

「なに。レイの知り合い?」

「俺のっつーか、父さんの知り合い」

 

 先代ヒーローの知り合いと聞いて、フレイアは微かに目を輝かせる。

 それを見逃さなかったアランは、無精髭の生えた顎に手を当てて、少し格好をつけ始めた。

 

「いかにも。こう見えて自称エドガーさんの弟子だった男、アラン・クリスティとは俺の事よ」

「ヒーローの弟子!?」

「フレイア気付け、こいつ自分で自称とか言ってるぞ」

 

 レイの言葉など耳に入らず、フレイアは無邪気に目を輝かせている。「もう少し言葉の細部を拾え」と、レイは心の中で突っ込むのだった。

 

「ねぇねぇ、ヒーローの弟子ってホント!? 色々聞かせてよ!」

「あぁ勿論だとも可愛子ちゃん。あちらのシャワー室でゆっくりと話を――」

「ドラァ!」

 

 ゴンッッッ!!!

 レイの投げた鉄屑が、容赦なくアランの頭にぶち当たった。

 

「ッッッ痛ゥゥゥ!?!?」

「ウチの中でセクハラしてんじゃねーぞ」

「レイ。か、可愛子ちゃんに手を出さないのは、この世で最も無礼な事だと――」

「そんな矜持、肥溜めにでも捨てちまえ」

「え? な、何が起きたの?」

 

 工房の一角で頭を押さえるアランと、汚物を見るような目でそれを見下ろすレイ。

 突然目の前に広がった光景に、フレイアはただ混乱していた。

 

「気をつけろよフレイア。アランの兄貴は腕は立つけど、中身はギルド長に次ぐスケベだからな」

「エロはこの世の真理だ」

「うるせぇ」

「あー……なるほど、理解したわ」

 

 苦々しい表情を浮かべて、アランを見てしまうフレイア。

 何故この街の強者はエロに惹かれてしまうのだろうか。レイとフレイアは不思議で仕方なかった。

 

「それで兄貴。今日はこんな時間に何の用事で?」

「あぁ一応特捜部の仕事だ」

「ゲッ……特捜部」

 

 特捜部という単語を聞いた瞬間、フレイアは露骨に嫌な顔を晒した。

 レイも誤認逮捕の一件を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「あぁそっか、そういえばウチの馬鹿共がやらかしたんだったか。悪いな、嫌な事思い出させちまって」

「いや、兄貴が悪いわけじゃないから」

「あの事件の時にセイラムにいなかった俺が言うのもなんだが、あの馬鹿共なら特捜部の中で始末したから、安心してくれ」

「始末って……何したんだよ」

「おっ。聞くか?」

「やめとく。どうせ碌な話じゃないだろ」

「ご明察だレイ。聞かない方がいい事もある」

 

 ケタケタと笑いながら語るアランに、レイとフレイアは些か邪悪な闇を感じた。

 

「あれ? アランさんは特捜部なのに、セイラムから離れてたの?」

「あぁ、兄貴は特捜部の中でも少し特殊なところにいるんだ」

「その通り。俺の所属はギルド特捜部独立隊だ」

「どくりつたい?」

 

 フレイアは頭の上に疑問符を浮かべる。

 だがそれも無理はない。基本的にギルド特捜部はセイラムシティ内における警察組織のようなものだ。

 原則的にセイラムシティに常駐して、街の治安を維持するのが仕事である。

 だが世の中には何事も、例外というものが存在する。

 特捜部独立隊もその一つだ。

 

「独立隊ってのは、簡単に言えばセイラムに縛られず、世界各地で操獣者の起こした揉め事解決をする特殊部隊みたいなもんだ」

「ほえー、なんかすっごい」

「で。その独立隊が今日はなんのご用事で?」

「あぁそれなんだけどな……ゲーティアの話を聞きにきた」

 

 瞬間、工房の中の空気が張り詰めた。

 レイ達の脳裏に浮かぶのは、ついこの前の苦々しい記憶。

 そして、これから戦わなければならない敵の再認識。

 

「まぁ、動いてるのは特捜部だけじゃないよな」

「そうだ。例のゲーティアによる宣戦布告で、今世界中が混乱している。ギルドとしても、総力を持って対応したいのさ」

「で、そのゲーティアと戦った俺たちの体験談を聞いて、対策を練りたいと」

「そういう事だ」

 

 そう言うとアランはポケットから煙管を取り出して、刻み煙草を詰め始めた。

 

「あ、今更だけどここ禁煙?」

「タバコくらい好きに吸ってくれ」

「そりゃどーも。朝から忙しくて吸う暇も無かったんだ」

 

 煙管に火をつけて一服するアラン。

 

「レイ。ゲーティアってのはどんな奴らだった?」

 

 本題に入る。

 レイとフレイア、そしてアリスはこれまで戦ってきたゲーティアの話をした。

 

 バミューダシティでの幽霊船事件。

 ブライトン公国での巨大化現象。

 そして、フルカスという強敵に敗れた事。

 

 一通りの話を聞き終えたアランは、口から煙を吐き出し、くしゃくしゃと頭をかいた。

 

「んあぁぁ、だいたいギルド長から聞いた話と同じだな」

「そりゃあまぁ、俺もギルド長には全部話したからな」

「しっかし、改めてゲーティアって奴は厄介この上ないな」

 

 煙管の中身を捨てて、力任せに踏み潰すアラン。

 

「普段は人の姿で、必要な時には悪魔に変わる。これじゃあどこにでも潜めるじゃないか」

「そうね。実際バミューダで戦ったガミジンって奴も司祭になって潜り込んでいたし」

「それに加えて凶獣化だって? 鎧装獣の攻撃も碌に効かないって、それもう反則だろ」

「スレイプニルの攻撃もほとんど効いてなかった。あれは強すぎる」

「王獣クラスでもそれって、なんだよ……」

 

 敵の想像を上回る強さに、アランは頭を抱えてしまう。

 特に王獣であるスレイプニルの攻撃が効かなかったという事実は、彼に大きな衝撃をもたらしていた。

 

「けどよ、そのガミジンって蛇野郎は倒したんだよな?」

「あぁ。俺じゃなくてフレイア達がだけどな」

「アタシ達のVキマイラで大勝利!」

「Vキマイラに鎧巨人(ティターン)……そして王の指輪か」

 

 無精髭を触り、しばし考え込む様子を見せるアラン。

 

「その王の指輪ってヤツが、今のところ数少ない対抗札って訳か」

「俺とフレイアも指輪の力に関してはよく分かってないんだけどな」

「だが現状、その力に頼る他ないな。少し安心したよ、お前達がゲーティアと戦う意思を持ってくれて」

 

 レイとフレイアは何とも言えない顔になる。

 自分達が勝手に持った意思とはいえ、こうやって面と向かって言われるのは少し照れ臭かった。

 だがその一方で、アランは難しい表情を浮かべる。

 

「レイ、フレイア、アリス。お前達には少し嫌な事を聞いてしまうかもしれないが、どうか答えて欲しい」

 

 真剣な眼差しと表情だった。

 レイ達は無意識に固唾を飲んでしまう。

 

「セイラムシティの中で、ゲーティアらしき人間を見た事はないか?」

「おい兄貴……それどういう事だ」

「質問の仕方を変えようか? 今セイラムシティに、ゲーティアが紛れ込んでいる可能性が極めて高いんだ」

「うそ……セイラムに」

 

 考えてもみなかった可能性。

 レイは唖然とし、フレイアは言葉を失った。

 

「お前達は医務室で寝ていたから知らないかもしれないが。あの宣戦布告の日、上空に浮かんだビジョンは世界各地、地上から放たれていた。その内の一つが、セイラムシティの中から放たれていたのが目撃されているんだよ」

「セイラムに潜んだ、ゲーティア?」

「でもでも、そいつがずっとセイラムにいたとは限らないんじゃない? たまたまその日に来ていたとか」

「それなら良いんだけどな……残念ながらセイラムは世界一の操獣者ギルドの城下町だ。世界に喧嘩を売るような奴らが無視するとは到底思えない」

 

 ここまで来て、レイはアランの本当の仕事を察した。

 一種の暗部。特捜部の汚れ仕事。

 

「兄貴……もしかして、ネズミ探しをしてるのか?」

「悲しい事に、イエスだ」

「ネズミ? どゆこと?」

「要するに裏切り者探しだ」

 

 レイに説明されてようやく理解したフレイアは、再び露骨に嫌な顔をする。

 同じ街に住む者を裏切り者と仮定して探る、そういう行為に忌避感があったのだ。

 

「まぁ、こういう汚れ仕事をするのが独立隊なんだけどな。今回は本当に手掛かりがなくてよ。ゲーティアを知るお前に意見を聞きたかったんだ」

「意見って言っても、俺はそんな怪しい奴知らねーぞ」

「アタシも」

「同じく」

 

 三人全員に「心当たり無し」と告げられたが、アランは想定内といった様子だった。

 

「そう簡単にはいかないか。キースの奴なら何か知ってたかもしれないけど、もうお陀仏だからなぁ」

「兄貴はこれからどうするんだ? ゲーティアの事とか色々と」

「俺か? 俺はとりあえずネズミ探しの仕事をするさ。もしもゲーティアと交戦しそうになったら、その時は戦うさ」

 

 腰に携えたグリモリーダーに手を添えて、アランはそう答える。

 戦う者は確実にいる。目の前の事実だけで、レイは少し安心感を覚えていた。

 

「なぁお前達、もしもセイラムでゲーティアを見つけたら、俺に教えてくれないか?」

「それって……アタシ達にネズミ探しを手伝えってこと?」

「まぁ、そうなるな」

 

 不服そうな様子を隠さないフレイア。

 頭では理解していても、心の中では仲間を売るようで嫌だ、という感情が渦巻いていた。

 

「兄貴、正直俺はネズミ探しなんて積極的にやりたいとは思わない。多分それはフレイアとアリスも同じだと思う」

「レイ……」

「だから、決定的な証拠を偶然見つけた時。その時以外、俺達が兄貴に連絡する事は無い」

「……それで十分だ。こんな汚れ仕事、本当は独立隊《俺達》だけで完結するのが一番なんだ」

 

 そう言うとアランは、工房の出入り口へと足を運び始めた。

 

「今日は邪魔したなレイ。また何かあったら連絡するよ」

 

 出入り口の向こうには、美しい緑の羽根を持った巨大な鳥型魔獣が待っていた。

 アランの契約魔獣、シャンタクだ。

 

「そうだレイ」

「なんだよ」

「お前は、仲間を信じろよ。心の底から信じ切るんだぞ」

「……言われなくてもそうするさ」

「そうか、ならいい」

 

 そう言い残すとアランはシャンタクの背に飛び乗り、セイラムシティの夜空へと姿を消していった。

 

「なんか、嵐みたいな人だった」

「そうだね〜……ってあぁぁぁ!? アタシ、ヒーローの話全然聞けてない!」

「いや、それ重要か?」

 

 追ってでもアランからヒーローの話を聞こうとするフレイアを、レイは必死に止める。

 そんな二人を、アリスはどこか微笑ましく見守っていた。

 

「ねぇレイ、フレイア、一つ質問してもいい?」

「ふぇ?」

「どしたアリス」

「もしも、もしもね。セイラムに潜んでいたゲーティアが、一番身近な人だったら、二人はその人と戦える?」

 

 唐突な質問。

 だがアリスが言いたい事は、二人とも何となく理解はできた。

 

「戦わなくちゃいけないだろ……相手が誰であっても。なぁフレイア」

「……」

「フレイア?」

「え、あぁうん。そうだね。相手が誰であっても戦わなくちゃね」

「そっか……うん、きっと今はそれでいいんだと、アリスも思うよ」

 

 二人の答えを聞き届けたアリスは、表情は変えずにそう返す。

 だがレイには、そんなアリスがどこか悲しげな様子を出しているようにも見えた。




毎日投稿はここまで。
次回より不定期更新になります。

そして、お気に入り登録と評価ありがとうございます。
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第四章:実家と盗賊王と眩き巨人
Page80:帰っちゃう!?


第四章、プロローグ。


 世界は、確実に悪い方へと進んでいた。

 

 ゲーティアによる宣戦布告から一ヶ月。世界は恐怖と混乱に陥っていた。

 日に日に苛烈になっていくゲーティアの攻撃に、全世界の操獣者が立ち向かっていったが、話はそう上手くはいかない。

 ゲーティアの悪魔が持つ強大な力の前に、数多くの操獣者がその命を散らしていった。

 無論、それはGODの操獣者も例外ではない。

 ギルドの大食堂を覗けば、見えてくるのは怒りに恐怖、怨嗟と義憤、様々な感情だ。

 

 そんな暗い混沌を、更に如実化させてくるのが新聞とラジオである。

 ひとたび新聞を開けば、目に入ってくるのは戦火の様子。

 ラジオをつければ、聞こえてくるのは世界各地の被害状況ばかりだ。

 

『続きまして、昨日ゲーティアの襲撃を受けた地域ですが――』

 

「酷い、ね」

「あぁ。かなり深刻だな」

 

 変わる事のない暗いニュースを聴きながら、レイとアリスがそう零す。

 二人は現在、ギルド本部の魔武具(まぶんぐ)整備課に居た。

 フレイアの剣を仕上げる為に、設備を使わせてもらっているのだ。

 そんな二人の元に、モーガンがやって来る。

 

「そうだな。今やギルドだけじゃなくて、世界中がゲーティアの話一色だ……まぁ、反応に関しては随分と分かれちまったがな」

「戦う奴らと、恐怖で逃げた奴らか……」

「今は戦うって決めた奴らがこぞって新しい魔武具を欲しがってやがる。忙しいったらありゃしねーぜ」

「悪ぃな親方。そんな忙しい時に来て」

「良いってことさ、他ならぬレイの頼みだから。それに、ゲーティアと戦う為の切り札を作るんだろ?」

「……切り札になってくれれば良いんだけどな」

 

 そう呟いて、レイは目の前で動いている大型設備を見つめる。

 魔武具の中に術式を転写する装置だ。

 今はフレイアの新しい剣に組み込む術式を、書き込んでいる最中なのだ。

 

「しっかしお前は相変わらず突飛な発想をするなぁ。今回は複数のソウルインクを混ぜるんだって?」

「実験自体はもう済ませてあるんだ。後はフレイアがコイツをどう扱うかにかかってる」

「そうか……なぁレイ、ちょっと聞いてもいいか?」

「なんだ、親方?」

「そのよ、ゲーティアって奴らは、どんくらい強かったんだ?」

「……」

「いや、無理して答えなくていいんだ。ただ少し気に――」

「強かったよ。特にフルカスって奴には、全員手も足も出なかった」

「……そうか。あんがとな、話してくれて」

 

 目の前でゆっくりと術式が書き込まれていく剣。

 レイはそれを見つめながら、ブライトン公国での出来事を思い出していた。

 

 ゲーティアの黒騎士、フルカス。

 そしてその契約魔獣、グラニ。

 

 この二つの存在は、レイの脳裏に圧倒的な強さで焼き付いていた。

 まずはグラニ。あのスレイプニルの弟。

 実際に戦ったレイは一つの理解を得ていた。あの魔獣は、スレイプニルに匹敵する強さを持っている。

 その王獣クラスの魔獣がゲーティアについているという事実は、あまりに恐ろしい。

 そしてグラニは、スレイプニルに執着を持っていた。

 

「(もしかしなくても……向こうからこっちを狙ってくるだろうな)」

 

 いずれ戦わざるを得ないという事実が、レイの胃を締め付ける。

 そして、その事実を後押ししてくる存在がフルカスだ。

 圧倒的強者。その言葉が相応しい強さを持っていた。

 事実、レッドフレアの面々は全員、彼の前では手も足も出なかった。

 だが何より、レイにとっては「父親から受け継いだ技が通用しなかった」という事実が、動揺と化して心の中に残っていた。

 

「(完璧に防がれた。アイツに傷一つ付けることができなかった)」

 

 だが、いつか必ず再戦しなくてはならない。

 それを頭では理解するのだが、レイの心は不安で満ちていた。

 

「(勝てるのか? いや、勝たなきゃいけないんだ)」

 

 残っていた理性で不安を払拭する。

 勝利のビジョンは全く見えない。だが今は、自分に出来ることを成し遂げよう。

 まずは目の前の剣だ。

 

「そういえば親方さん。ライラはどうなの?」

「あぁ、ライラの奴か……」

 

 アリスに聞かれた途端、モーガンは難しい表情を浮かべる。

 

「傷は治っているんだ。ただこの前の戦闘が随分ショックだったみたいでよ……まだ部屋に籠ったまんまだ」

「そう……」

「他の奴らはどうなんだ?」

「マリーとオリーブがメンタル面で不安。他は大丈夫」

「救護術士が頑張ってくれたおかげで、身体の傷は治ったんだけど……問題は心だな」

 

 魔法も万能ではない。身体の傷は容易く治せても、心の傷までは治せない。

 彼女達の傷が癒えるか否かは、彼女達自身にかかっているのだ。

 とにかく今は時間が必要となる。

 答えを出すのは、その後だ。

 

「そういえば、オメーらを助けたっていうあの……なんだっけ?」

「黄金の、少女?」

「そうそれ。その黄金の少女ってのは結局何者なんだ?」

「そんなん俺らが知りたいくらいだよ。一応本人は神様モドキとかよくわからない事言ってたけど、少なくとも敵ではないらしい」

「神様モドキねぇ……なんか胡散臭ぇな」

 

 声には出さないが、レイも内心同意してしまう。

 とはいえ、黄金の少女に助けられてきたのも事実だ。

 彼女が何故助けてくれたのか、何故レイの名前を知っていたのか。

 知りたい事は色々あるが、残念な事に能動的に彼女に会う手段がない。

 

「王の指輪のこともあるし、もう一度あの子には会いたいんだけどな……」

「またピンチになったら来てくれる……かも?」

「それはそれで俺の心臓に悪い」

「そういえば、この新しい魔武具も、その王の指輪ってのを使うんだっけか? 大丈夫なのか?」

「まぁ大丈夫だとは思いたい。それに今は緊急事態だからな。使える力は何でも使わないと」

「それにアランさんも言ってた。王の指輪が切り札になるかもって」

 

 王の指輪。

 ゲーティアも狙っていた謎の力。

 魂を繋ぎ、鎧装獣を合体させる能力を秘めているが、まだまだ謎が多い。

 

「なぁレイ、こんな情けねぇこと言うのもなんだが……今はオメーらに頑張ってもらう他ないのかもしれねーな」

「親方……」

「オメーらは数少ない、ゲーティアに勝った事がある操獣者だ。それによ、巨大化した敵と戦えるのは、オメーらの合体だけだろ」

「Vキマイラ……すごかったね」

「そうだな……ただ今は、ライラ達が……」

「レイもその指輪ってのを持ってるんだろ? ならレイが中心になって合体はできねーのか?」

「俺が? やった事ないからわかんねーな」

 

 自分が合体の中心になる。レイは考えた事もなかった。

 だが王の指輪を持っている以上、理論的にはできる筈だ。

 

「一度練習してみたらどうだ。新しい戦い方が見つかるかもしんねーぞ。それにほら、丁度相性の良さそうなパートナーもいるじゃねーか」

「アリスと合体ねぇ」

「レイと、合体?」

「……まぁ、また今度やってみるかな」

 

 巨大化する都合上、練習には色々準備が必要だ。

 それに今は目の前の剣が先決。

 後ろでアリスが「レイと合体……レイと合体」とブツブツ言っている気がするが、気のせいだろう。

 

 そうこうしていると、術式の書き込みを終えた装置が蓋を開けた。

 

「やっと終わったか」

 

 台の上に置かれているのは、いくつかのパーツに分かれた魔武具。

 レイは手持ちの工具を使って、それらを組み立て始めた。

 

 そして、ものの数分で組み立てを終えて、新しい魔武具がその姿を現した。

 

「おぉ。なかなかイカした魔武具じゃねーか」

「だろ」

「なんか、鳥みたい」

 

 完成した魔武具を手に持ち、モーガンとアリスに見せるレイ。

 基本はペンシルブレードのような長剣だ。だがその刀身は真紅色で、鍔には鳥の翼を彷彿とさせる装置が取り付けられていた。

 

「ほう、なるほどな……この翼みたいなパーツに獣魂栞(ソウルマーク)を入れるわけか」

「柄に一カ所、翼に二カ所ある」

「そうだ。合計三枚まで同時にチャージできる。将来的にはもっと増やしたいんだけどな」

「こりゃスゲーな。そんでレイ、この魔武具の名前は決まってんのか?」

 

 よくぞ聞いてくれました。そう言わんばかりに、レイは口角を上げる。

 

「ファルコンセイバー。それがコイツの銘だ」

「へぇ、良い名前じゃねーか」

「フレイアも喜ぶと思う。前の剣が折れたの、気にしてたから」

 

 アリスの言う通りだった。仲間意識の強いフレイアは、前の剣を壊してしまった事を結構気にしていたのだ。

 そもそも専用器は何度も壊れるものだと、レイも言ったのだが、イマイチ伝わっていなさそうである。

 

「そうだな。早いとここれ持ってってやるか」

「レイ。その前に片付け」

「分かってるっつーの。お前はかーちゃんか」

 

 アリスに監視されながら、工具などを片付け始めるレイ。

 するとけたたましい足音と共に、整備課の扉が勢いよく開かれた。

 

「レイ! ここにいるの!?」

 

 大声でレイを探しに来たのは、フレイアだった。

 

「おぉフレイアじゃん。丁度良い、今お前の新しい――」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! レイぃぃぃ、どうじよぉぉぉぉぉ!!!」

「いやどうしたんだフレイア。とりあえず鼻水拭け、汚い」

 

 号泣しながらレイの元に駆け寄ってくるフレイア。

 整備課にいた整備士達も、何だ何だとこちらを見てくる。

 

「フレイア、なにかあったの?」

「アリスぅ、レイぃ、大変なことになっだのぉぉぉ」

「とりあえず深呼吸しろ。それから何があった?」

 

 ヒッヒッフー。

 奇妙な深呼吸をして、フレイアはひとまず落ち着く。

 だが目元は真っ赤になったままだ。

 

「マリーが……マリーがぁぁぁ」

「マリーがどうかしたのか?」

 

 正直レイは、今のこの状況を軽く考えていた。

 だが次にフレイアが発した言葉で、その意識を改める事となってしまった。

 

「マリーが……実家に帰らせていただきますっでぇぇぇ!」

「……」

「……」

「びえぇぇぇ!」

 

 しばし沈黙。

 そして言葉の意味を理解した瞬間、レイの感情は爆発した。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「……いちだいじ?」

「キュー」




余談:ファルコンセイバーの元になった文房具は、ファルコンペンです。あの手塚治虫も愛用したというペン先だったりします。


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Page81:ついて行く!!!

 ギルド女子寮の自室で、マリーは荷造りをしていた。

 大きなカバン一つに収まる程の荷物量。

 実家を飛び出した時、ほとんど着の身着のままで来たせいでもある。

 

 数着の衣類と、日記帳。そしてスケベグッズとグリモリーダーに、その他諸々。

 

「ふぅ。思った以上に少ない荷物ですわね」

 

 自分の荷物量の少なさに、少しだけありがたい気持ちが湧いてくるマリー。

 これなら長旅も幾ばくか楽になるだろう。

 

「あとは……」

 

 マリーは首に巻いていたスカーフに手をかける。

 だが上手く指先が動かない。

 スカーフに手をかけたまま固まっていると、テーブルの上に置いてあった白い獣魂栞から声が聞こえてきた。

 

『ピィィ』

「心配無用ですわローレライ。わたくしは……大丈夫です」

 

 ローレライがマリーを心配するが、彼女は空元気を振りまくばかり。

 少し眼を閉じてから、マリーは首に巻かれていたスカーフを外した。

 

 外したスカーフをカバンに仕舞うと、扉を叩く音がする。

 やって来たのは寮母のクロケルだ。

 

「マリーちゃーん。下にフレイアちゃん達が来てるわよ~」

「フレイアさん達がですか?」

 

 おそらく自分を心配して来たのだろう。

 どの道もうすぐ出立の時間だ。挨拶はしなければ。

 マリーは部屋を軽く見渡してから獣魂栞をポケットに仕舞い、自室を後にしようとする。

 

「クロケルさん……その」

「マリーちゃん」

 

 何かを察したのか、クロケルはマリーを優しく抱きしめた。

 

「大丈夫? 無理してない?」

「あの、無理なんて……」

「貴女もまだ子供なんだから。甘えたくなったら甘えていいのよ」

「……」

「部屋、綺麗にしておくわね。ここは貴女の家でもあるんだから」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 上手い回答ができなかった事に、マリーは僅かな自己嫌悪を覚える。

 クロケルの優しさが、痛みにすらなっていた。

 

 

 

 

 女子寮を出ると、入口前にはフレイアとレイ、そしてアリスがいた。

 相当泣いたのか、フレイアの顔は赤く腫れあがっている。

 

「よぉマリー。実家に帰るんだって?」

「レイさん……はい」

「そうか」

 

 意志を尊重するとは言ったものの、いざ仲間がいなくなると思うと、レイは強い喪失感を覚えていた。

 そして隣でフレイアが号泣していた。

 

「びゃぁぁぁ!」

「泣くなフレイア。あと汚い。マリーの意思を尊重するんじゃなかったのか?」

「そうだげどぉぉぉ、そうだけど、仲間がチームからいなくなるのは辛いぃぃ」

 

 鼻水垂らしながら本音を漏らすフレイア。

 そんな彼女を見て、マリーは首を傾げる。

 

「あの、フレイアさん? なにか勘違いしてらっしゃいませんか?」

「ずびびびびび……へ?」

「わたくしは別に、チームから抜けるつもりはありませんわ」

「そうなの!?」

 

 予想外の返事に驚くフレイア。

 だがそうなると新たな疑問点が出てくる。

 

「マリーはなんで実家に戻るの?」

「それなのですが……」

 

 アリスに問われたマリーは、一通の手紙を取り出す。

 手紙には大きく、どこかの家紋が刻印されている。

 フレイアはその家紋に見覚えがあった。

 

「あれ、その家紋って確か」

「はい。わたくしの実家からですわ」

「マリーの実家っていうと、サン=テグジュペリ伯爵家か」

 

 手紙を渡されたレイが、その中身を読む。

 長々と書かれているが、要約すれば「実家に帰ってこい」というものだった。

 

「ゲーティアの宣戦布告による混乱で、家族が心配しているようなのです」

「なるほどな。そりゃ納得だ」

「世界中、荒れてる。心配するのもとーぜん」

「はい。ですので、顔だけでも見せに行こうかと思いまして」

「それで実家に帰る発言か」

 

 レイとアリスはすぐに事の顛末を理解した。

 一方のフレイアは、涙を拭ってからマリーに確認をとる。

 

「マリー、チーム抜けないの?」

「最初から抜けるつもりなどありませんわ」

「でも実家に帰るって」

「ですから、顔を見せに行くだけですわ」

 

 やっと話を理解したフレイアは、そのばにへなへなと座り込んでしまった。

 

「よ……よがっだぁぁぁ」

「お前は早とちりしすぎだ」

「だってー、ショックだったんだもーん」

 

 唇を3の字につき出して抗議するフレイア。

 レイは無言でそのこめかみをグリグリした。

 そんな二人を横目に、アリスはマリーに話しかける。

 

「でもマリー、大丈夫なの?」

「なにがですか?」

「帰り道。今は色々と不安定」

 

 アリスの言う通りだった。

 ゲーティアの宣戦布告による影響で、今はどの交通機関も不安定な状態が続いている。

 加えて、混乱に乗じた盗賊があちこちで発生。お世辞にも、今は安全な道があるとは言い難かった。

 

「言われてみればそうだな。マリーの実家ってセイラムから遠いだろ」

「そうですわね。飛竜便と馬車で一日半といったところでしょうか」

「遠いな。ただでさえ治安悪くなってるんだ、危なくないか」

「それに、マリーは今変身できない」

「……そうですわね」

 

 マリーの契約魔獣ローレライ。

 フルカスからの攻撃で重傷を負っていたが、幸いにして命は助かった。

 しかし、いまだその傷は癒えておらず、マリーを変身させるだけの力は取り戻していないのだ。

 

「ローレライの傷が癒えてないなら、なおさら危ないだろ」

「無理な変身も、救護術士としてはオススメできない」

「わかっていますわ……わかって、いますわ」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔になるマリー。

 現在の自分の無力さを理解してしまったのだ。

 

 だが、ここまでくれば話は簡単だ。

 レイは地面にへたり込んでいるフレイアを立たせる。

 

「フレイア、話は聞いてたよな?」

「もちろん」

「じゃあ、俺が言いたい事は分かるな?」

「とーぜん! マリーの帰省について行くんでしょ」

「正解」

 

 二人の突然の提案に、マリーは目を丸くする。

 

「どうせ危ない旅路なんだろ。だったら護衛、必要なんじゃないか?」

「今ならアタシ達が護衛になるよ!」

「それに、丁度サン=テグジュペリ領で買い物したかったところだしな」

「レイが行くなら、アリスもついて行く」

 

 三人がマリーの帰省に同行する意思を示したところで、レイはある事を思い出した。

 

「あれ、でもフレイアは大丈夫なのか?」

「なにが?」

「前にマリーの実家で大暴れしたんだろ?」

「あぁそれなら大丈夫大丈夫。マリーがフォローしてくれたらしいから」

「……本当に大丈夫なのか?」

 

 訝しげにフレイアを見るレイ。

 本当にフレイアを連れていって大丈夫なのか、甚だ疑問だった。

 

「皆様……よろしいのですか」

「良いってことさ。仲間だろ」

「ちゃんと守るから。安心、して」

「そゆこと。マリーだけに危険なことさせれないしね」

 

 満面の笑みで応えるフレイア。

 マリーはその笑顔に。肩の荷が降りるような感じがした。

 

「ありがとうございます」

「それじゃあ他のみんなにも声かけよっか。ライラは……ちょっと無理そうだから、ジャックとオリーブに」

「ジャックはしばらく修行に専念するって言ってたぞ」

「じゃあオリーブに連絡する!」

 

 グリモリーダーの十字架を操作して、オリーブに通信を繋げるフレイア。

 そんなフレイアの様子を、マリーはどこか悲しげな様子で見ていた。

 

「……」

「(マリー?)」

 

 いつもならオリーブの名が出た時点で奇行に走りそうなものなのに、今日はやけにおとなしい。

 そんな違和感を抱くも、レイはそれを口には出せなかった。

 

「オリーブも一緒に行くって!」

「そ、そうなのですか……ありがとうございます」

 

 そしてレイはふと気がついた。

 マリーの首に、スカーフが巻かれていなかったことに。

 

「(まさか……な)」

 

 どこか不穏なものを感じつつも、レイは長い旅路のための準備をしに走るのだった。

 

 次なる行き先はサン=テグジュペリ領。

 マリーの実家にして、鉄工業の街。



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Page82:盗賊王ウァレフォル

 それは。レイ達が旅の準備をする数日前。

 世界の裏側にあるゲーティアの本拠地。反転宮殿レメゲドンでは、悪魔達が狂喜の声を上げていた。

 

 そんな同胞たちの喜びを気に留める事も無く、金髪の少年ザガン。

 彼は手に持った水晶から映し出される光景を目にして、ため息を一つついた。

 

「まったく。いくら陛下の御意向とはいえ、自分たちの使命を忘れてるんじゃないでしょうね」

「ザガン、呼んだか?」

 

 額に手を当てて呆れかえっているザガン。

 その背後から漆黒の鎧に身を包んだ騎士、フルカスが姿を現す。

 

「この映像は……」

「ボクらの同胞が各地で行った戦闘。その記録ですよ」

「そうか」

「酷いものですね。己の欲に取り憑かれて好き勝手に暴れています」

「同感だな。奴らからはゲーティアとしての使命を欠片も感じ取れん」

「でもまぁ、陛下の御意向に沿って暴れているだけ、彼らはまだマシですよ」

 

 そう言うとザガンは水晶の映像を切り、フルカスに向き合う。

 

「これでまだマシだと?」

「本当に厄介なのは陛下の話を聞きもせずに好き勝手やっている悪魔です。彼らは義体造りにさえ非協力的ですから」

「それは、恥知らずと言う他ないな」

 

 ソロモンの顔に泥を塗る行為。

 その一端を垣間見ただけでも、フルカスの怒りは上りつめていた。

 それすらも気にせず、ザガンは本題を切り出した。

 

「それでフルカス。今からボクはその恥知らずに話を付けに行くんですよ」

「同行しろという事か」

「よろしいですか?」

 

 しばし考えるフルカス。

仮にもザガンがゲーティアの悪魔だ。一枚岩でいく相手ではない。

そんな相手の頼みを軽々しく聞いて良いものか。フルカスは微かに迷った。

だが答えはすぐに出た。

 

「いいだろう。俺は何をすれば良い」

「感謝します。貴方はただ、取り巻きのハエを払ってくれれば良いだけですよ」

 

 そう言うとザガンはダークドライバーを取り出し、空間に裂け目を作り出した。

 

「面倒な仕事なんです。さっさと済ませましょう」

 

 淡々と空間の裂け目に入り込んムザガン。

 フルカスも無言でその後に続いて行った。

 

 

 

 

 裏側の世界から、表の世界に裂け目が繋がる。

 ザガンとフルカスが出てきたのは、どこかの洞窟。その入口から少し離れた場所。

 件の洞窟の入口には見張りの人間が立っている。

 

「ザガン。なんだ此処は」

「俗にいう、盗賊団のアジトだそうですよ」

 

 簡潔に質問に答えると、ザガンはスタスタと洞窟の入口に向かって行く。

 見た目はただの少年であるザガン。見張りの人間も当然見逃すわけはない。

 

「どうした小僧? ここはお前みたいなガキが来る所じゃねーぞ」

「金目のもん持ってるなら置いてきな。もっとも、無くてもお前なら奴隷として売れそうだけどなぁ!」

 

 ギャハハハと下品な笑い声を上げる見張り二人。

 ザガンは内心「馬鹿馬鹿しい」とぼやきながら、額に手をつけた。

 

「申し訳ないですが、素直に通してもらえませんか? 無駄な時間を食うのは嫌なんですよ」

「なんだとこのガキィ!」

 

 見張りの二人が激昂し、腰につけていた魔武具に手をかけた瞬間、ザガンは右手をかるく上げた。

 

「フルカス。仕事です」

 

 雑用係を押し付けられたようで、フルカスは内心不服であった。

 だが一度引き受けた仕事だ、全うはしよう。

 

 見張りの二人はフルカスの姿を見た瞬間、その殺気に中てられてひるんでしまった。

 

「な、なんなんだお前!」

「悪い事は言わん。大人しく俺達を通せ」

「そ、そんなことしたら、俺らがお頭に殺されるだろ!」

 

 殺気と恐怖に支配されて、正常な判断が出来なくなっている見張りの二人。

 魔武具である剣を引き抜いて、そのままフルカスに斬りかかった。

 

「愚かな」

 

 そう小さく呟くと、フルカスは目にも止まらぬ速さで、二人に拳を叩きこんだ。

 コヒュっと小さな音が漏れると同時に、二人の男はフルカスの圧倒的な力によって壁に叩き付けられてしまった。

 パァンと無残な音が周囲に鳴り響く。だがフルカスもザガンも気に留めない。

 

「終わったぞ」

「そうですね。では先を急ぎましょう」

 

 粉々の肉片と化した男達を見る事も無く、ザガン達は洞窟の中へと足を踏み入れた。

 

 

 洞窟の中はやはり盗賊団のアジト。

 荒くれ者達が異物であるザガンとフルカスを威嚇する。

 

「テメーら、どこから入ってきやがった」

「ここがどういう場所か知ってて来たんだろうなぁ!?」

 

 ガタイの良い男達に囲まれても二人は動揺しない。

 むしろ、面倒事が増えたとため息が出る始末だ。

 

「フルカス」

「分かっている」

 

 それは最早、一方的な蹂躙であった。

 フルカスとザガンに攻撃を仕掛ける盗賊達は、次々に無残な死体へと変わっていく。

 その騒ぎを聞きつけた盗賊が、更に奥から湧いて出てくる。

 ザガンやフルカスの言葉を聞こうともせず、盗賊達は無謀にも二人に攻撃を仕掛けてしまった。

 

「無駄だ」

 

 文字通り、ハエを潰すように淡々と盗賊を消すフルカス。

 手も足も出ないフルカスの強さに、盗賊達の間では徐々に恐怖が広がっていった。

 

「な、なんだよアイツ、強すぎるだろ」

「ビ、ビビんな! 俺達にはお頭から貰ったあれがある!」

 

 すると盗賊達は、懐から一本の小瓶を取り出した。

 小瓶の中にはどす黒い粘液が入っている。

 それを見たフルカスは、小さく鼻で笑った。

 

「人間用に希釈した玩具か。無駄な事を」

「うるせぇ! これさえあれば俺達は無敵だぁ!」

 

 瓶の蓋を開け、盗賊達が中身を飲もうとした、その時だった。

 

「やめとけお前ら。こんな所で無駄死にする必要はねーよ」

 

 洞窟の最奥から、大きな人影が姿を現す。

 盗賊達はその声と姿を確認した瞬間、一斉に道を譲り始めた。

 

「お、お頭。けどコイツらは――」

「そいつ等は俺様の客人だ。奥に通せ」

「へ、へい!」

 

 明かりに照らされて、盗賊達に「お頭」と呼ばれた男の姿がよく見えてくる。

 二メートルはあろうかという慎重に、傷だらけで筋肉隆々の巨体。

 そしてボサボサの白い髪に、生々しい傷跡が多々ある凶悪な面構えをしていた。

 

「お久しぶりですね、ウァレフォル」

「そうだなザガン。最後に会ったのは何年前だ? 十年前か?」

「二十年以上は経っていますね」

「あぁそうだったか。悪いなぁ。この身体になってから時間ってのにルーズになっちまってよ」

 

 ゲラゲラと笑い声を上げるウァレフォル。

 だがザガンもフルカスも淡々としたものだった。

 

「立ち話もなんだ。奥に来い。椅子ぐらいは用意してやる」

 

 ザガンとフルカスは、誘われるがままに洞窟の奥へと進んでいった。

 

 洞窟の最奥。アジトの本拠地には、広々とした空間があった。

 その中央には一つの玉座が鎮座している。無論、ウァレフォルの席だ。

 玉座の横には蝙蝠の翼とサソリの尾を持つ獅子、マンティコアが居た。

 ウァレフォルは部下を顎で使い、ザガンとフルカスの席を用意させる。

 

「まぁ座れ。俺様に用があるんだろ?」

「はい、そうです」

 

 椅子に座るや、ザガンはすぐに本題へと入った。

 

「単刀直入に言います。ウァレフォル、貴方もそろそろ使命を全うしてください」

「使命ぃ?」

「陛下の義体造りと、人獣への攻撃だ」

「あぁその事ねぇ」

 

 いかにも興味なさげといった態度で、ウァレフォルはマンティコアの毛を撫でる。

 

「結論から先に言ってやろう……ノーだ」

「なんだと」

「悪いが俺は義体造りだとか虐殺だとかにゃ微塵も興味がないんだ。面白くもなさそうだしな」

「ウァレフォル。貴様、己がゲーティアである事を忘れたのかッ」

「忘れちゃいないさ。ソロモン陛下にも感謝している」

 

 だけどよ……とウァレフォルは続ける。

 

「俺様はこの力で、もっと面白い事がしてーのさ」

「面白い事ですか?」

「略奪だよ略奪。力で全てを手に入れる快楽! これ以上のもんはこの世にない!」

「だが貴様には使命を果たす義務がある」

「義体造りに虐殺? 悪いが俺様抜きでやってくれ。ソロモン陛下が大変なのはわかるけどよ、俺様はやりたいようにやらせてもらう。その為なら恩人がどうなろうが――」

 

 知ったことではない。そう言いかけた瞬間、フルカスの剣がウァレフォルの喉元に突きつけられていた。

 

「貴様……言うに事を欠いて陛下を愚弄するかッ!」

「ヒュー。血気盛んな騎士様だねぇ」

 

 切っ先を向けられてなお飄々としているウァレフォル。

 隣でマンティコアがフルカスに攻撃を仕掛けようとするが、ウァレフォルはそれを制止した。

 

「ウァレフォル。ボクもそんなに気の長い方ではないのです」

 

 翠の目を妖しく輝かせながら、ザガンはダークドライバーを構える。

 

「二対一で死合いますか?」

「……やめておこう。俺様も命が惜しい」

 

 両手をひらひらさせて、降参の意思を示すウァレフォル。

 フルカスはザガンに促されて、剣を鞘に収めた。

 

「アンタらがここまでやるって事は……今回の戦争、ソロモン陛下は本気なんだな?」

「そうです。なので貴方も働いてください。無論、ゲーティアは裏切りを許しませんが」

「分かってる分かってる。それに裏切りの重さは、俺様の盗賊団も承知しているからな」

「なら良いのですが」

 

 ザガンもダークドライバーを仕舞う。

 

「一つだけ頼みがある。ゲーティアの使命ってやつを果たす前に、盗賊として一仕事させてくれや」

「まだ話を理解していなかったか」

「だぁーッ、そうカッカすんな。剣をしまえ。仮にも俺様はこの盗賊団の頭だ。部下達に最後の一仕事を見せてやりてーのさ」

「盗賊の矜持とでも言いたいのか」

「そんなところだ。俺様は盗賊王ウァレフォルだからな」

 

 ニヤリと口角を上げて、胸を張るウァレフォル。

 フルカスはザガンの方を向き、指示を仰いだ。

 

「……はぁ。まぁいいでしょう」

「恩に着るぜ」

「ただし分かっていますね? その仕事を終えた後は――」

「当然だ。仕事が終わったら、使命を果たそう。ついでと言っちゃあなんだが、次の仕事先で殺しもやっておくからよ」

「分かりました。では我々はこれで」

 

 ザガンはダークドライバーを取り出し、空間に裂け目を作ると、フルカスと共にその中に足を踏み入れる。

 

「あぁそうそう。魔僕呪はあまり無駄遣いしないでくださいね」

「まぁ、善処はするさ」

 

 それだけ言い残し、ザガンとフルカスは空間の裂け目へと姿を消していった。

 

 そんな彼らのやり取りを見ていた盗賊達は、軽く混乱していた。

 

「お、お頭。さっきの奴らはいったい……」

「お頭と同じ魔武具を持ってたみたいっスけど」

「そうだなぁ、簡単に言やぁ俺様と同じ力を持った奴らだ」

 

 ウァレフォルと同じ力。その言葉を聞いた瞬間、盗賊達は震え上がった。

 そんな彼らを他所に、ウァレフォルは部下に指示を出した。

 

「おめーら!!! 次は一つデカい仕事をするぞぉ!」

 

 アジトの中で歓声が上がる。

 皆が皆、次の略奪への期待に胸を膨らませていた。

 

「次はそうだな……鉄でも狙ってみるか」

 

 ウァレフォルは部下に指示して、床に地図を広げさせる。

 

「そういえば、例の女から貰った話もあったなぁ……」

 

 どうせ最後の大仕事だ。誰かの話に乗るのも一興だろう。

 そう考えたウァレフォルは、目的地にナイフを突き刺した。

 

「次の仕事の舞台は……サン=テグジュペリだ」



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Page83:空の襲撃者①

 空港の町、ラピュータシティ。

 セイラムシティから山一つを越えた先にあるその街に、レイ達は足を踏み入れていた。

 

「ん~、ひっさびさに来たね~。前に来たのはマリーを連れてきた時だったかな?」

「そうですね~。でもフレイアちゃん大丈夫なんですか? マリーちゃんの実家に行って捕まりませんか?」

「大丈夫大丈夫。マリーが手を回してくれたって言うし。ね、マリー」

「はい。あの件に関してはきちんと話をつけておいたので」

 

 活気ある街の喧騒を背景に、和気藹々とする女子三人。

 その先頭をレイとアリスが歩いていた。

 

「おい三人とも。早くしねーと置いてくぞ」

「あっ、待ってよレイ~」

 

 先々進むレイを小走りで追うフレイア達。

 その行き先には、数百メートルはある巨大な木が君臨していた。

 

「しっかしあれだな。数年振りに空路を使うけど、本当にデカイ木だよなぁ」

「そうだね」

「そういえばアリスは空路初めてだっけ?」

「……うん。一応ね」

「そうか、じゃあ先に言っておく。リフトで酔わないように気を付けろよ」

 

 リフト。その単語が出て来た瞬間、後方のフレイア達が露骨に嫌な顔を晒した。

 そうこうしている内に、巨木の根本に到着する一行。

 周辺には大荷物を抱えた人々が所狭しといる。

 この巨木こそが空港。飛竜便の乗り口なのだ。

 根本から上に上がる為には階段もあるが、流石にそれは疲れてしまう。

 レイ達は根本にある巨大な魔道具、リフトに乗り込んで上に行く事にした。

 

 ギュウギュウ詰めの人の熱気と、激しい揺れに襲われること数分。

 ようやくレイ達は巨木の上部までやって来た。

 

「うっぷ……なんでリフトってこう揺れるのかな?」

「何度も乗ってきましたが、やっぱり慣れませんわ」

「うぇぇ……気持ち悪いよぉ」

 

 旅立ち前にも関わらず、フレイア達三人は完全にダウンしていた。

 

「くっそー、依頼があったら今すぐにでも俺が整備してやるのに」

「レイさん、リフトの整備ができるのですか?」

「一回乗れば原理なんてすぐ分かるし、俺ならもっと揺れないリフトを作れる」

「レイ君が言うと、本当にやりそうです……」

「みんな。はやく飛竜便に乗ろ」

 

 表情一つ変わっていないアリスに急かされて、フレイア達は頑張って立ち上がる。

 巨木の上部には大きな穴が開いており、飛竜便の乗降口になっているのだ。

 少し歩けば、多数の飛竜が姿を見せる。

 今回乗るのは大型の飛竜便だ。巨大な船を四体の大型飛竜が運搬してくれる。

 

「おぉ~。でっかいね。豪華客船?」

「なんだか高そう……私お金そんなに持ってないけど、大丈夫なのかな?」

「まぁ本来なら豪華客船って呼ばれる類なんだろうな。だけど今は事情が違う……ほら」

 

 レイが指差した先を見るフレイア達。

 その先には大荷物を抱えた女性や子供が、次々に船に乗り込んでいる姿があった。

 

「あれは……もしかして疎開でしょうか」

「そうだ。ゲーティアの宣戦布告があってから、ああやって田舎に疎開する人たちが後を絶たないんだってさ」

「レイ君……安全な場所って、あるのかな?」

 

 小さな声で問うてくるオリーブ。

 レイはその問いに「さぁな」としか答えられなかった。

 

「でも都市部よりは安全だと思う。ね、ロキ」

「キュイ!」

「……だと良いんだけどな」

 

 ゲーティアの悪魔は空間の裂け目を利用して出現する。

 あの裂け目の正体が分からない以上、何処に逃げれば安全なのか、レイには見当もつかなかった。

 だが今は、一人でも多くの人獣の安全を願うばかり。

 そんな無力な自分に、レイは微かな苛立ちを覚えていた。

 

「レーイ、そんなに難しく考えなくて大丈夫でしょ」

「フレイア」

「目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲。少なくともアタシ達が見える範囲内では、アタシ達が救えば良い。それだけでしょ」

「そうだな。その通りだ」

 

 フレイアの言う通りだった。

 尊敬する父親もそうやって人獣を救ってきたのだ。

 ならば、二代目を目指す自分達がまずするべきは、その後追い。

 目に見える範囲だけでも、ゲーティアから人獣を守ろう。

 レイは改めて心の中でそれを誓うのだった。

 

「みんな、はやく乗らないと出ちゃうよ」

 

 アリスに言われて我に返るレイ達。

 もうすぐ出立の時間だ。

 五人は慌てて船に乗り込むのだった。

 

 

 雲を突き抜けて大空へ。

 飛竜の鳴き声と、翼を翻す音を耳にしながら、空の旅が始まる。

 船の甲板は多くの人で賑わっている。いや、その半数以上はこれからに対する不安の声だ。

 レイ達はこれから、一日かけてサン=テグジュペリ領の最寄り空港まで行く。

 長い旅路が始まる前に、レイは忘れずある物を取り出した。

 

「マリー、お前の銃だ。ちゃんと整備しておいたぞ」

「レイさん……ありがとうございます」

「いいさ、これが仕事だからな。ただそれより、お前はもう少し出力抑えて銃を使え! ライフリングほとんど消えてたぞ!」

「そ、それは……最近荒事が多かったもので」

 

 レイに叱られて、思わずマリーは目を逸らしてしまう。

 荒っぽく使っていた自覚自体はあるらしい。

 

「そんで次はオリーブ。イレイザーパウンドも整備済みだ」

「わぁ、レイ君ありがとうございます」

「オリーブは魔武具(まぶんぐ)を丁寧に扱ってるから、整備が楽で良かったよ。花丸だ」

「え、えへへ」

 

 無意識にオリーブの頭を撫でるレイ。そして赤面するオリーブ。

 毎回彼女くらい丁寧に魔武具を扱う操獣者ばかりなら仕事も楽なのに。レイは心の中でそうぼやいていた。

 

「そんでもってフレイア、ほれ」

「ん? これって……」

「お前の新しい剣だ。忘れないうちに渡しておこうと思ってな」

 

 布に包まれた魔武具を手渡すレイ。

 フレイアはすぐに布を解いて、その中身を露わにした。

 

「これが……新しい剣」

「見た事のない形状をしていますわね」

獣魂栞(ソウルマーク)を入れる穴が三つもある」

「アリスも一緒に作ったよ」

 

 フレイアは新しい剣を手に持ち、軽く腕を上下させる。

 肌に合う事はすぐに伝わった。

 ニッと笑みを浮かべたフレイアは、レイの方へと振り向く。

 

「ねぇレイ」

「なんだ」

「この剣の名前、なんていうの?」

「……ファルコンセイバーだ」

「ファルコンセイバー……」

 

 フレイアは手にした真紅の剣をまじまじと見つめる。

 

「うん、良い剣だね。すっごい気に入った!」

「まだまだ気が早いっての。コイツの真価は見た目のかっこよさだけじゃねーんだぞ」

「そうなの?」

「お前は今まで何の話を聞いてたんだ」

 

 額に手を当てて呆れかえるレイ。

 そこまで来てようやくフレイアも、ファルコンセイバーの本題を思い出した。

 

「あっ、そういえば本命の能力があったね」

「本命を忘れるなバカ」

 

 アハハと笑って誤魔化そうとするフレイア。

 レイはため息を一つついて、とりあえず流した。

 

「じゃあ説明するぞ。基本的な使い方は前にやった実験器と同じだけど――」

 

 レイはフレイアに懇切丁寧に使い方を説明し、アリスが偶に補足する。

 そんな三人を見守るマリーとオリーブ。

 だが数分経った頃だろうか、周りの喧騒の質が変化していた。

 よく見ると、乗客たちは皆同じ方向を見ている。

 

「なんだろう?」

 

 オリーブは気になって、乗客達と同じ方向を見る。

 そこには、数体の飛竜の姿があった。

 だが何かおかしい。船を持ち上げている飛竜達とは質感が違う。

 鱗ではなく、全身が鋼鉄に覆われているようであった。

 

「あれは…… 鎧装獣(がいそうじゅう)でしょうか? ですが何故このような場所に」

 

 レイも説明を中断して、件の方を見る。

 確かにマリーが言うように、数体の鎧装獣がこちらに向かって飛んでいた。

 

『レイ、嫌な予感がする』

「スレイプニル、俺もだよ」

 

 一瞬、どこかの国軍が軍事演習でもしているのかと思ったレイだが、それはないとすぐに切り替える。

 仮に軍事演習なら、民間の航路にぶつかりにいく筈がない。

 さらに言えば、鎧装獣は戦闘用の姿だ。ただの移動の為に使うようなものではない。

 レイは飛んでくる鎧装獣達をじっと見つめる。

 

 すると鎧装獣達の口に、魔力(インク)の光が集まる瞬間が見えてしまった。

 

「不味いッ! スレイプニル!」

『心得た!』

 

 レイのポケットに入っていたスレイプニルは、すぐさま獣魂栞から魔銃の姿へと戻った。

 そして船と鎧装獣の間に割り込む。

 

 次の瞬間、鎧装獣達は口に溜めていた魔力を一斉に解き放ってきた。

 

「魔力障壁展開!」

 

 すぐさま船と飛竜を守るだけの障壁を展開するスレイプニル。

 一瞬遅れて障壁に着弾する攻撃。

 凄まじい音と共に爆発した攻撃は、乗客達にパニックを与えた。

 

「え、何々!? 攻撃された!?」

「不味いですわフレイアさん。あれは空賊ですわ」

「それだけじゃない。鎧装獣で来てるってことは、アイツらハグレ操獣者だ!」

「ハグレ操獣者……ってなに?」

 

 レイはずっこけた。

 

「あのなフレイア。ハグレ操獣者ってのは――」

「どこのギルドにも所属せず、好き勝手している無法者」

「アリス、俺の台詞とるなよ」

 

 アリスに抗議するレイ。

 だがフレイアには説明が伝わったようだ。

 

「ふーん。つまりアイツら操獣者なのに空賊やってんだ」

「そういう事だ」

「……ふざけてるわね」

 

 フレイアが怒りを燃やしているのを知らずか、鎧装獣が更なる攻撃を加えてくる。

 幸いスレイプニルが全て魔力障壁で防いているので、船への被害は出ていない。

 だが乗客達のパニックは止まらなかった。

 

「相手は空か……よし。マリーとオリーブは乗客の人達に被害がいかないように守って。レイとアリスはアタシと一緒に鎧装獣を叩くよ!」

「オーケーだリーダー」

「りゅーかい」

「はいです!」

「わたくしは……できる限りのことをしますわ」

 

 すぐさま指示を出したフレイアと、各々の役割を理解した面々。

 レイ、アリス、フレイアはすぐさまグリモリーダーを取り出した。

 

「いくよみんな! Code:レッド、解放ォ!」

「いくよロキ。Code:ミント、解放」

「変身するぞ、スレイプニル!」

「了解した」

 

 障壁を維持したまま、スレイプニルは銀色の獣魂栞へと姿を変える。

 

「Code:シルバー、解放!」

 

 三人はグリモリーダーに獣魂栞を挿入し、十字架を操作した。

 

「「「クロス・モーフィング!」」」



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Page84:空の襲撃者②

 魔装、変身。

 グリモリーダーから魔力が解き放たれ、各々の魔装に身を包むレイ達。

 

「レイ、アリス! 空中はお願い!」

「了解。いくぞアリス」

「うん」

 

 レイとアリスはグリモリーダーの十字架を操作する。

 

「融合召喚! スレイプニル!」

「融合召喚、カーバンクル」

 

 空中に巨大な魔法陣が展開されたので、レイとアリスはその中に身を投げる。

 同時に、二人の身体は契約魔獣と同化し、巨大な像を紡ぎ始めた。

 

『ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

『キュウゥゥゥゥゥゥゥゥイィィィィィィィィィィ!!!」

 

 光が弾け、鎧装獣と化したスレイプニルとロキが姿を現した。

 ロキは巨大な耳を羽ばたかせて、スレイプニルは魔力で足場を生成して滞空する。

 

『フレイア、乗れ!』

「言われなくても」

 

 フレイアは船から飛び降り、スレイプニルの背中に飛び乗った。

 船から突然鎧装獣が現れた事で、空賊達の間に動揺が走る。

 だがそれも一瞬。飛竜達は口に魔力を溜めて、船に向けて放ってきた。

 

『させるかよ!』

「魔力障壁!」

 

 スレイプニルは先程と同じように障壁を展開して、攻撃から船を守る。

 

『障壁の展開は俺に任せて、スレイプニルとフレイアは攻撃に入ってくれ』

「了解した」

「オーケー。いくよ!」

 

 飛竜の群れに向かって、空中を駆けだしていくスレイプニル。

 鎧装獣が来たという事で、飛竜達の攻撃はスレイプニルに集中しはじめた。

 

『無駄だァ!』

 

 スレイプニルの中で、レイは術式を高速構築する。

 飛竜達が放った攻撃の軌道に合わせて、レイは複数の魔力障壁を展開した。

 障壁に打ち消されていく攻撃の数々。

 その隙にレイは、空賊達の説得を試みた。

 

『おいお前ら、攻撃をやめろ! あの船には大勢の人が乗ってるんだぞ!』

「そんなこと知るか!」

「俺達ぁ、自分の仕事をするだけさぁ!」

 

 飛竜の背に乗っているハグレ操獣者達が叫ぶ。

 予想通りとはいえ、そう簡単に説得には応じてくれない連中だ。

 

『仕方ないか……死なない程度に撃墜させる!』

「攻撃は我とフレイア嬢に任せろ。レイは障壁で船を守れ」

『こぼれた敵はアリス達に任せて』

「キューイ!」

 

 飛竜達の群れへと突っ込んでいく、ロキとスレイプニル。

 飛竜達と、背中に乗っているハグレ操獣者達は、一斉に攻撃を開始した。

 上空で飛び交う無数の魔力弾。

 だがレイが瞬時に障壁を展開していくので、そのことごとくが打ち消されていく。

 そしてスレイプニルは、一体の飛竜へと接近した。

 

『は、早い!?』

「まずは貴様だ。スラッシュ・ホーン!」

 

 飛竜の中から、融合しているハグレ操獣者の驚愕が伝わってくる。

 だが情は与えない。

 スレイプニルは己が角に魔力を込めて、薙ぎ払った。

 

――斬ッッッ!――

 

 至近距離で放たれた白銀の魔力刃。

 鎧装獣の装甲をもってしても、飛竜には耐えきれなかった。

 装甲が砕け散った飛竜が、短い鳴き声を残して墜落していく。

 それを目撃した空賊達は、レイ達への怒りを一気に燃やした。

 

「テメェ、よくも俺達の仲間を!」

 

 飛竜の背に乗るハグレ操獣者は、銃型魔武具を乱射してくる。

 だが障壁に阻まれて、何人も傷つけられない。

 

『クッソ。必要な障壁が多すぎる』

「じゃあ背中の操獣者はアタシが倒す!」

 

 そう言うとフレイアはスレイプニルの背から跳躍し、一番近くを飛んでいた飛竜に飛び乗った。

 

「な、なんだテメェ!?」

「自称ヒーローよ」

「ふざけんじゃねー!」

 

 銃型魔武具の銃口をフレイアに向けるハグレ操獣者。

 だが引き金を引くよりも早く、フレイアの蹴りで魔武具を弾き落されてしまった。

 

「加減失敗したらごめんね」

「ひぃッ!?」

「ボルケーノ・ファング!」

 

 右手の籠手に炎を溜め込んで、フレイアはハグレ操獣者を殴りつけた。

 ぎゃあと情けない悲鳴を上げて空から落ちていくハグレ操獣者。

 魔装を身に纏っているので、墜落しても死ぬことだけは無いだろう。

 それを理解しているからこそ、フレイアは躊躇なく敵を攻撃できた。

 

『クソがぁ! テメェも落ちやがれ!』

「おおっと。悪いけど、それはできない相談」

 

 飛竜は大暴れして、背中のフレイアを落とそうとするが、彼女は背中の装甲にしがみついていた。

 落ちないように踏ん張りつつ、獣魂栞を取り出すフレイア。

 そして腰からは、ファルコンセイバーを引き抜いた。

 

「レイ。早速使わせてもらうよ」

 

 ファルコンセイバーの柄に、赤色の獣魂栞を挿入するフレイア。

 

「インクチャージ!」

 

 ファルコンセイバーの真紅の刀身に、巨大な炎の刃が纏わっていく。

 フレイア十八番の必殺技だ。

 

「バイオレント・プロミネンス!!!」

 

――業ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!――

 

 業火一閃。

 強大な炎の刃を背中に食らった飛竜。フレイアの必殺技は鎧装獣の装甲さえも焼き斬ってしまった。

 滞空が安定しなくなる飛竜。フレイアはその背中から跳躍し、スレイプニルの背に戻った。

 

『まだだ……まだこんな所で』

「残念だが、これで終わりだ。スラッシュ・ホーン!」

 

 スレイプニルが放った白銀の魔力刃。それが追撃であり止めと化した。

 胴体からまともに喰らった飛竜は、そのままクルクルと地上へ落ちていった。

 短時間で操獣者二人、鎧装獣二体を失った空賊の間に動揺が広がる。

 

『おいおい、あんな強い操獣者が乗ってるなんて聞いてねーぞ!』

「クソッ! サン=テグジュペリの娘を攫うだけの簡単な仕事じゃなかったのかよ!」

 

『(なんだって?)』

 

 空賊達が発した言葉は、強化されていたレイの耳にしっかり伝わっていた。

 サン=テグジュペリの娘を攫う。つまり彼らの目的は……

 

「レイ。まさかアイツらの狙いって」

『あぁ。俺達の聞き間違いじゃなけりゃ、多分マリーだ」

「これは……色々と話を聞かなきゃなんないね」

 

 ならばするべき事は一つだ。

 最低でも一人、空賊を捕まえる。

 レイはすぐにアリスの協力を仰いだ。

 

『アリス! 幻覚魔法を使って、アイツらの動きを止めてくれ!』

『りょーかい』

「キュッキュイ!」

 

 狼狽えている空賊達に、ロキは自身の耳の内側を向ける。

 耳の内側には巨大な眼のような紋様が刻まれている。

 一体化しているアリスとロキが術式を構築すると、紋様が展開し妖しい光が輝き始めた。

 

『リライティングアイ、解放』

「ギューイ!」

『ぜんぶとまっちゃえ。バインド・ナイトメア』

 

 眼の紋様から発せられた光が、飛竜達を飲み込む。

 強力な停滞の幻覚を浴びた空賊達は滞空しながらも、瞬く間に動きを止めてしまった。

 

『さてとフレイア。ちょっとお話してきてくれ』

「わかった」

 

 スレイプニルは適当に選んだ飛竜の横に留まる。

 フレイアはすぐに飛び移り、飛竜の背に乗っていたハグレ操獣者に問うた。

 

「ねぇアンタ。サン=テグジュペリの娘が目的ってどういうこと?」

「誰がお前なんかに。それより俺達を解放しろ!」

「アンタが事情を話したらね。それとも、今すぎに空から落ちたいの?」

 

 フレイアはファルコンセイバーの切っ先を突きつける。

 ハグレ操獣者は分が悪いと判断したのか、目的を話し始めた。

 

「俺達はただ、お頭に命令されただけだ。この船に乗ってるサン=テグジュペリの娘を攫ってこいって」

「アンタ、なんでこの船にマリーが乗ってるって知ってるの?」

「そんな事、俺達は知らねぇ! 俺達は本当に命令さらた通りに動いただけなんだ!」

『おい、そこのハグレ野郎。テメーらのお頭ってのは誰だ?』

 

 レイが質問をした瞬間、ハグレ操獣者はゲタゲタと笑い声を上げ始めた。

 

「聞いてビビるんじゃねーぞ。俺達のお頭はなぁ、世界に名を轟かせる盗賊王。偉大なるウァレフォル様だぁ!」

『なんだって!?』

 

 スレイプニルの中で、レイは驚愕し、冷や汗をかいた。

 ハグレ操獣者の口からでた名前が、あまりにも予想外だったからだ。

 

「盗賊王……ウァレフォル?」

『なんだってそんな奴がマリーを狙ってるんだ』

「そんなの俺達の知ったことじゃねー。テメーらはもう終わりだ。ウァレフォルの一味に手を出して、生きて帰った奴はこの世にいねー!」

『そうか、じゃあ俺達は初めての生き残りだな』

「……それはどうかな?」

 

 妙に余裕を吹かせるハグレ操獣者に、レイは怪しげなものを感じる。

 その直後だった。遥か上空から強力な魔力の気配が姿を見せた。

 

「レイ、上だ!」

 

 スレイプニルと同時にレイは上を見る。

 そこには、今までの比にならない程巨大な魔力弾を口に溜め込んだ、飛竜の姿があった。

 

「これを喰らえばテメーらもお終いだァァァ!」

『一体上空に逃げてたのか!』

「レイ、障壁だ!」

『駄目だ。軽減しかできない!』

 

 完全に防御できる程の障壁を作るにはもう遅い。

 だが今できる事をしなければ、こちらが撃墜される。

 レイはフレイアに戻る様に指示しながら、障壁を作り始めた。

 だが術式が完成するよりも早く、飛竜の口から魔力弾は放たれた。

 

『レイ!』

「キューイー!」

 

 瞬間、巨大な魔力弾とスレイプニル達の間に、ロキが割り込んできた。

 障壁展開しながら来たとはいえ、魔力弾を防ぐには薄すぎる障壁。

 すさまじい爆発音と共に、ロキは魔力弾をまともに喰らってしまった。

 

「キュゥゥゥゥゥ!!!」

「ロキ殿!」

『アリス!」

 

 大ダメージを受けて、落ちていくロキ。

 レイはスレイプニルの中で、無意識に手を伸ばした。

 すると……レイの手から、虹彩色の光の帯がロキへと伸びていった。

 

『これって……』

 

 驚く間もなく、レイから伸びた光の帯はロキに繋がる。

 そしてレイは躊躇うことなく、光の帯を引いた。

 するとロキは縛られた綱を引かれたように、スレイプニルの元へと引き上げられていった。

 

「ギュゥゥゥ……」

『アリス、大丈夫か!?』

『うん……障壁張ってたから、アリスもロキも大丈夫』

『そうか……良かった』

 

 だが喜ぶのもつかの間。

 ロキがダメージを受けたせいで、空賊達を捕らえていた幻覚魔法も解けてしまった。

 自由になった空賊達は、復讐と言わんばかりに攻撃を再開する。

 

「ヒャハハハ! さっきのお返しだァァァ!」

 

 苛烈な魔力弾の雨が、船とスレイプニル達を襲う。

 レイはすかさず魔力障壁を展開したが、数が多すぎた。

 防御で手一杯になってしまう。

 

『今アリス達にもう一回魔法を使わせる訳にはいかねぇ』

「レイはそのまま防御に専念して。アタシとスレイプニルで残りを落とす!」

「協力するぞ、フレイア嬢」

 

 フレイアに言われた通り、防御に専念し始めるレイ。

 スレイプニルが飛竜の集団に突っ込むと、フレイアは近くにいた飛竜に飛び乗った。

 

「どりゃぁぁぁ!」

 

――斬ッッッ!――

 

 ファルコンセイバーから放たれる一太刀が、ハグレ操獣者を空に落とす。

 それを確認するや、フレイアは次の飛竜へと飛び乗った。

 

「スレイプニル、鎧装獣の方はお願い!」

「任された」

 

 背中に誰も居なくなった飛竜を、スレイプニルは魔力刃やショルダーグングニルで撃墜していく。

 それと並行して、フレイアはハグレ操獣者を次々に落としていった。

 凄まじいスピードとコンビネーションによって散らされていく空賊達。

 ものの数分で、残り一人と一体になった。

 

「残りはアンタ一人だけど、どうする?」

 

 スレイプニルの背に乗って、フレイアはそう問いかける。

 勝ち目がないと理解したからか、はたまた別の理由か、ハグレ操獣者と飛竜はガタガタと震えていた。

 

「ふ、ふざけんな。ここで引き返したら俺達がお頭に殺されちまう!」

『なにがなんでも仕事は成し遂げる! それが俺達だァ!』

 

「あっそ。じゃあアタシ達も全力で仲間を守らせてもらうわ」

『以下同文だな』

 

 最早遠慮する理由もない。

 スレイプニルは一気に飛竜の元へと駆け出した。

 

「『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」

 

 自棄になった叫びを上げながら、攻撃を乱射してくる空賊。

 だが冷静さを失った攻撃を防ぐ事は、レイにとって容易かった。

 障壁が攻撃を防いでいる間に、スレイプニルはショルダーグングニルに魔力を溜める。そしてフレイアはファルコンセイバーに赤色の獣魂栞を挿入した。

 

「インクチャージ」

 

 フレイアはハグレ操獣者に、スレイプニルは飛竜に狙いを定める。

 そして――

 

「バイオレント・プロミネンス!」

「グングニル・ブレイク!」

 

 両者の必殺技が、空賊達に叩きこまれた。

 加減はしてあるので、変身解除にまでは追い込まれていない。

 だが大ダメージを受けたハグレ操獣者と飛竜は、そのまま何も言わず空の下へと落ちていった。

 

「ん~。これで全部ね。一件落着ぅ」

『だな……けど、新しい問題も出て来たな』

 

 マリーを狙う盗賊の一味。これで諦めるという事はないだろう。

 目的の真意こそ不明だが、少なくとも今回の帰省は静かに終われないらしい。

 レイはこの先の旅路に、強い緊張を覚えるばかりだった。



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Page85:獅子の悪魔

 サン=テグジュペリ領から少し離れた山奥にて、ウァレフォルの一味は即興の隠れ家を作っていた。

 隠れ家と言っても、魔法で作った横穴に簡易的な処置を施したものだ。

 だがそれだけあれば、彼らにとっては十分。

 奪った獲物を安全に置いておくスペースであれば、何でもいいのだ。

 

 隠れ家の中では、盗賊達が狂喜の声を上げている。

 ある者は踊り、ある者は酒を呷り、またある者は魔僕呪を口にしていた。

 薄暗い隠れ家の中に存在するのは盗賊達だけではない。

 アジトからここに来るまでの道中で略奪した財宝や食料。そして鎖に繋がれた女と子供だ。

 

 酒が回ってきたのか、盗賊の一人が輪から離れて女達に近づく。

 下卑た顔を晒しながら近づく盗賊に、女と子供は恐怖を感じていた。

 誰かが悲鳴を上げる。だが助けが来るわけではない。

 盗賊はどの女にしようか、舐め回すように物色していた。

 すると背後から、聞きなれたお頭の声が響いてきた。

 

「おい……何してやがる」

「ひぃっ。お頭」

「まさかオメェ、その女どもに手出すつもりじゃねーだろうな?」

「い、いやぁその。売る前に少し、具合でも見ておこうかと」

「具合だと?」

 

 ウァレフォルはキッと盗賊を睨みつける。

 彼の恐ろしさをよく知る盗賊は、その一瞬で酔いが醒めてしまった。

 盗賊を睨んだ後、女と子供達を見渡すウァレフォル。

 

「なるほどな……お前が言うことも一理あるなぁ」

「え、それじゃあ」

「だが分かってるだろうな? 処女には手を付けるなよ。奴隷ってのは処女の方が高く売れるからな」

 

 お頭の許しが出た。

 その言葉は隠れ家に居る全ての盗賊達に伝わった。

 歓喜の声が湧き出る。その反面、女と子供は絶望の底に叩き落されていた。

 盗賊達は我先にと女と子供に向かって駆け出す。

 後はただ、屈辱と蹂躙の時間が始まるだけだ。

 

 そんな部下達の行動を横目に、ウァレフォルは隠れ家の奥へと戻っていった。

 部下に用意させた椅子に座り込むウァレフォル。

 彼は隣に座っているマンティコアの毛を撫でながら、葡萄酒を飲んでいた。

 肴は勿論、女と子供の悲鳴である。

 

「やっぱり俺様には、この瞬間が一番落ち着く。そうだろうマンティコア」

「グルルルル」

 

 略奪と蹂躙の証。それを耳にしながら飲む酒。

 それこそがウァレフォルにとっての至福の一つであった。

 ウァレフォルの一味は積極的に女と子供を攫うようにしている。

 それは頭領であるウァレフォルの機嫌を取る為でもあり、同時に奴隷として売り捌けるからだ。

 

 とは言え、労働奴隷はとうの昔に廃れており、表向きはどの国も奴隷という存在を認めていない。

 では誰に売るのか。答えは簡単だ、好き者の貴族に性奴隷として売るのだ。

 普通の人間なら反吐が出る所業。

 だがウァレフォルにとってはどうでもいい事だ。

 略奪という快楽のおまけに金が入ってくる。ただそれだけの事。

 

 ウァレフォルが再び葡萄酒に口をつけようとした、その時だった。

 女と子供の悲鳴とは違う騒がしさが、自分の元にやって来た。

 

「なんだ、人が気持ちよく飲んでいる時に」

「お、お頭ぁ……」

 

 ウァレフォルの元にやって来たのは三人の盗賊。

 いずれも、マリーを攫うように指示されていたハグレ操獣者だった。

 レイ達と戦って上空から落とされた彼らは、大怪我を負いながらもこの隠れ家に戻って来たのだ。

 

「なんだお前らか。どうしたんだその怪我は?」

「す、すまねぇお頭。邪魔が入っちまった」

 

 喋れる余裕のある一人が、事の顛末を話し始めた。

 上空でマリーの乗った飛竜便を見つけた事。

 攻撃を開始したら、とんでもなく強い魔銃に防がれてしまった事。

 そして赤色の操獣者と、二体の鎧装獣に撃墜されてしまった事。

 全ての話を聞き終えたウァレフォルは、ため息を一つついた。

 

「そうか……失敗したのか」

「すまねぇお頭。次は必ずアイツらを仕留める」

「気にするな、もう過ぎたことだ」

 

 それはそうと。ウァレフォルは続ける。

 

「その鎧装獣ってのは強かったのか?」

「へ、へい。強かったです」

「操獣者もか?」

「へい……」

「そうか……まぁ、仕方ないよなぁ」

 

 葡萄酒を一口呷るウァレフォル。

 彼から罰を言い渡されない事を、ハグレ操獣者三人は不思議に思っていた。

 

「ところでよぉ……一つ質問していいか? さっきから気になってたんだ」

「へ、へい。なんでしょう?」

「テメェら誰だ?」

 

 突然の発言に困惑するハグレ操獣者達。

 だがそんな事を気にもせず、ウァレフォルは睨みつけてくる。

 

「な、何言ってるんですか、お頭ぁ」

「俺達、ずっと一緒にやってたじゃないですか」

「ほーん。そうなのか……なぁオメーら。誰かこいつ等の事知ってるか?」

 

 隠れ家全体に響く大声でウァレフォルが問う。

 すると盗賊達はニヤニヤとしながら、ハグレ操獣者の周りに集まってきた。

 

「いんや、知りませんねぇ」

「お頭ぁ。誰ですかこいつ等?」

「ボロボロになってかわいそうでちゅね~」

 

「な……なんで」

 

 味方は一人も居ない。

 囲まれたハグレ操獣者達は、徐々に涙目になっていった。

 そんな彼らの前に、ウァレフォルが歩いてくる。

 

「いいか。何処の馬の骨とも知らねーような奴らに負ける雑魚はなぁ……このウァレフォルの一味には居ないんだよ」

「あ……あぁ」

「つまりオメーらは、この俺様の顔に泥を塗りにきた侵入者ってわけだ」

「そんな、お頭ぁ! 許してくれ!」

「懺悔は地獄でやってろ」

 

 そう言うとウァレフォルは、黒い円柱状の魔武具、ダークドライバーを取り出した。

 それを視認したマンティコアが咆哮を一つあげる。

 

「こい、マンティコア」

 

 瞬間。マンティコアの身体は光の粒子となり、ダークドライバーに吸い込まれていく。

 マンティコアの魔力が邪悪な黒炎と化して、ダークドライバーに点火された。

 

「トランス・モーフィング」

 

 呪文の後、黒炎がウァレフォルの全身を包み込む。

 盗賊やハグレ操獣者達の前で、余さず変化していく身体。

 数秒でそれが終わり、ウァレフォルは身体についた黒炎を払って、その姿を露わにした。

 

 人間と同じ特徴は二足歩行という点のみ。

 獅子の頭に蝙蝠の羽、蠍の尻尾が生えた異形の悪魔がそこにはあった。

 

「汚点は、拭わなきゃいけねーよなぁ?」

「お頭、許してくれ!」

「さっきも言った筈だぜ。懺悔は地獄でやってろってな」

 

 もはや聞く耳など持ち合わせていない。

 それを察したハグレ操獣者の一人が、グリモリーダーに手をかけようとする。

 しかしそれよりも早く、ウァレフォルの尻尾が三人の身体を突き刺した。

 

「グァッ!?」

「お、お頭ぁ……」

「せいぜい綺麗な悲鳴を上げるんだな」

 

 蠍の毒が一瞬で全身に回り、三人は動けなくなる。

 後はただ蹂躙されるのを待つばかり。

 ウァレフォルは大きな口を開き、目の前に居たハグレ操獣者の頭を喰らった。

 

 毒で動けない者はただそれを見る事しかできない。

 最早自分に与えられる物は残酷な死のみ。それを理解した瞬間、ハグレ操獣者の顔は絶望に染まった。

 

 バリバリ。ブチリブチリ。

 みるみる喰らい尽くされるハグレ操獣者。

 あとは同じことを二回繰り返すだけだ。

 ウァレフォルは面倒くさそうに、残る二人の頭を喰いちぎった。

 

 ほんの数分で終わった出来事。

 血溜まりこそ出来たが、肉片は落ちていない。

 ウァレフォルは腕で口元を拭うと、変身を解除した。

 

「おい。誰かこれ掃除しとけ」

 

 部下の盗賊に血溜まりの掃除を命令してから、ウァレフォルは再び椅子に座る。

 先程までとは打って変わって、その機嫌は非常に悪かった。

 

「サン=テグジュペリの娘に操獣者のお守だと? あの(アマ)ァ、そういう大事なことはちゃんと言えってんだ」

 

 だが、その操獣者の正体にウァレフォルは見当がついていた。

 サン=テグジュペリの娘が所属していると聞く操獣者チーム。

 

「レッドフレアか……誰を敵に回したのか、死で分からせてやる」

 

 自分の仕事に泥を塗った者は何人であろうと許さない。

 ウァレフォルはレッドフレアへの怒りを、ふつふつと燃え上がらせていくのだった。



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Page86:サン=テグジュペリ領へ

 飛竜便が最寄りの空港に到着した時には、既に夜も更けていた。

 わざわざ危険な夜道を移動する理由も無いので、レイ達は近くの宿屋で一泊。明朝から移動する事にした。

 

 そして現在。

 レイ達は馬車に揺られて、サン=テグジュペリ領へと向かっていた。

 

「……」

「レイ君、どうしたんですか?」

「あぁ、ちょっと考え事をな」

 

 顎に手を当てて、思考するレイ。

 頭に浮かべているのは、上空でマリーを狙った空賊達の事だ。

 

「(貴族の娘を身代金目的で……なんて無難に答えるのは簡単だ)」

 

 敵の目的自体はいくらでも想像がつく。

 しかし解せないのは、何故彼らはマリーが飛竜便に乗っている事を知っていたのかだ。

 今回の帰省を知っているのはチームメンバーと、一部の人間だけ。空賊がその情報を知るような場面は無かった筈だ。

 

「(セイラムには隙が無かった筈だけど……マリーの実家周辺はどうなんだ?)」

 

 サン=テグジュペリ領に潜んでいる誰かが、マリーの帰省をリークしたのか。その可能性が浮かんでしまう。

 貴族階級の派閥争いの一種と言えば、一応の辻褄は合いそうだ。

 しかし結局は推測でしかない。

 

 それと平行して、レイはもう一つのパターンを想像する。

 しかしそれは、あまりにも後味の悪いものだった。

 

「(セイラムにいる誰かが、賊と繋がっていたとしたら……)」

 

 できるならば外れて欲しい推測。だが可能性はゼロではない。

 それを理解してなお、レイにとっては苦々しい可能性には変わらなかった。

 すぐに想像をやめてしまう。

 そんな筈はない、と自分に何度も言い聞かせた。

 

 レイは視線を上げて、マリーを見る。

 空賊に狙われたショックか、はたまた自分で火の粉を振り払えなかった負い目か、彼女はどこか落ち込んだ様子であった。

 

「申し訳ありません。わたくしのせいで、皆さんを巻き込んでしまって」

「気にすんなよ。元々お前を護衛するために着いて来たんだ」

「勝手にだけどね」

「そうだよマリーちゃん。困った時はお互いさまだよ」

「そういう事!」

 

 馬車に乗ってからずっと静かだったが、ここでようやくフレイアは口を開いた。

 

「アタシ達はチームなんだ。仲間がピンチならいつでも助ける。そういうもんでしょ」

「皆さん……ありがとう、ございます」

 

 マリーは感謝の意を伝えるが、そう簡単には割り切れない様子。

 それを察したのか、レイ達はそれから何も突っ込む事は無かった。

 

 ガタガタと、馬車が揺れる音が響く。

 早朝から乗り続けて数時間。

 太陽の位置も真上を通り過ぎた頃、今回の目的地が見えてきた。

 

「皆さん、見えてきましたわ。あの門の向こうがサン=テグジュペリ領です」

 

 巨大な城壁と門が視界を占拠していく。

 門も壁も無いセイラムが特殊なので、これが世界の標準的な入り口だ。

 門を守っている衛兵に身分証の提示を要求されたので、各自見せる。

 

「お待たせしましたわ。どうぞ」

「こ、これは! マリーお嬢様、お帰りなさいませ!」

「はい。ただいまですわ」

 

 いきなり領主の娘が登場したせいか、衛兵達は大袈裟な程に萎縮する。

 そんな様子にも慣れっこなのか、マリーの対応は手慣れたものだった。

 

 少しのハプニングはあったが、レイ達は問題なく中に入れた。

 入ってから少し進んだところに馬車の停留所がある。

 レイ達はそこで馬車を降りて、マリーの実家までは徒歩で行く事になった。

 本当は馬車に乗ったままでもよかったのだが――

 

「せっかくですから、わたくしが皆さんを案内いたしますわ」

 

 ――とマリーが言うので、それに甘える事にしたのだ。

 

 のんびり街を歩きながら、マリーの実家を目指す一行。

 街は人が多く、活気もある良い雰囲気の場所だった。

 彼方此方の建物には大きな煙突がついており、休みなく煙を吐き出している。

 サン=テグジュペリ領は製鉄産業が盛んなのだ。

 煙を吐き出している建物は、ほとんどが製鉄所だろう。

 そして鉄が盛んという事は、魔武具(まぶんぐ)も盛んに作られているという事である。

 

「うひょー! これは整備士の血が騒ぐぜ」

 

 希少な魔武具やその部品を見ては、子供のようにはしゃぐレイ。

 魔武具関係の店舗街に着いた途端これである。

 

「おっスゲー。最新式の術式転写機じゃんか。初めて実物見た」

「レイ、みんなついて行けてない」

 

 アリスに突っ込まれて、ようやく我に返ったレイ。

 オリーブとマリーは苦笑いを浮かべ、フレイアに至っては立ったまま眠っていた。

 

「いやぁ、その。男の子の血が騒ぎましたと言うか何というか……」

「限度がある」

「面目ない」

 

 反省するレイの頬を、アリスがペチペチと叩く。

 するとマリーは何かを思いついたように、手を叩いた。

 

「そうですわ。わたくしレイさんがとても気に入りそうな場所を知ってますわ」

「俺が気に入りそう?」

「はい! ですがその前に、フレイアさん起きてくださーい!」

「むにゃむ――ハッ!?」

 

 フレイアは鼻提灯を破裂させていた。

 

 

 

 半信半疑のままレイはマリーについていく。

 十数分程歩いた先は人気のない細い道。

 だがその先には、一軒の工房らしき建物があった。

 

「さぁレイさん。着きましたわ」

「ここは、工房か?」

「はい。わたくしがお世話になった魔武具工房です」

 

 煙突はあるが、特に看板などは出ていない。

 本当に営業しているのだろうか。

 マリーが先々進むので、レイ達は慌ててその後を追った。

 

「こんにちはアナさん。シドさんはいらっしゃいますか?」

「あら、マリーお嬢様じゃないですか。おじいちゃんなら工房で魔武具組んでますよ」

 

 アナと呼ばれた、黒髪で二十代くらいの女性がマリーを奥に案内しようとする。

 そこでようやく、彼女はレイ達の存在に気がついた。

 

「こちらはお嬢様のお友達ですか?」

「はい。チームを組ませていただいている操獣者の方達ですわ」

「わぁ、今日は珍しくお客さんがいっぱいだぁ。おじいちゃん喜びますよ」

 

 アナの顔に笑顔が咲く。普段はあまり客が来ないのだろう。

 レイ達はアナに案内され、工房中へと入っていった。

 

 工房の中は薄暗く、金槌で金属を叩く音が鳴り響いている。

 

「おじいちゃーん! お客さんだよー!」

「シドさーん! お久しぶりでーす! マリーでーす!」

「今忙しいがら後にしろッ!」

 

 巨大な魔武具らしき物の下から、ゴーグルをつけた老人がひょっこりと顔を出し、すぐに消えた。

 きっと彼がシドさんなのだろう。

 

「また絵に描いたような職人爺さんだな」

「もーっ、おじいちゃんったら。ごめんなさいねマリーお嬢様」

「いえいえ。お気になさらないでください。シドさんが元気な様子で、わたくしも一安心しましたわ」

「本当にごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが、お茶とお菓子でも食べていってくださいな」

「お菓子!」

 

 お菓子と聞いて子供のように目を輝かせるフレイア。

 お目当ての人物があれなので、女性陣はしばらくお茶して待つ事にした。

 

「あれ? レイ君は来ないんですか?」

「あぁ、俺は後でいく」

「整備士の血が騒ぐってやつですか?」

「それと男の子の血な」

「じゃあ仕方ないですね。私達先にいってますね」

 

 小さく手を振って、工房を後にするオリーブ。

 残されたレイは、目に焼き付けるように工房の中を見学していた。

 

「……すげぇな」

 

 最初は、堅物の老いぼれが作った古い魔武具ばかりかと思っていた。

 だがよく見れば違う。

 術式転写機は最新の大型機。壁に掛けられている物は複雑な製作工程が必要な銃型魔武具。床に落ちていた紙に目を落とせば、複雑かつユニークな術式が記されていた。

 間違いない。このシドという整備士、相当な腕前だ。

 

「ん? おーいアナー! 五番の鉄筆とってくれー!」

 

 巨大な魔武具の下から、シドが叫び声を上げる。

 だがここには孫娘は居ない。居るのはレイだけだ。

 同じ整備士という事で、レイはテーブルに置かれていた鉄筆入れから指定された一本を取り出した。

 

「ほらよ爺さん」

「おうサンキューな!」

 

 魔武具整備に相当集中しているのか、鉄筆を渡した人物が自分の孫娘でないことに気付いていない。

 

「このッ。射程調節の式が上手く書き込めねぇ」

「射程調節なんてただでさえ細かい術式なんだぞ。五番じゃなくて三番使えよ。ほら」

「んあ、そうか」

 

 シドは新しい鉄筆を渡されると、黙々と術式を書き込み始めた。

 それを確認してから、レイは改めて目の前にある巨大魔武具に目をやる。

 それは万年筆を想起させる形状をした、巨大な大砲であった。

 

「すげぇな。大きさからいってどっかの城壁に設置する魔武具か?」

「おぉ分かるか……って、オメーさん誰だ?」

「今頃気づいたのかよ」

 

 レイはアナに案内されて来た事や、マリーが来ていた事をシドに話した。

 

「そうかそうか。マリー嬢ちゃんが来てるのか」

「今頃女子だけでお茶でも飲んでるだろーよ」

「オメーさんは行かなくていいのか?」

「俺はいい。目の前にある芸術的魔武具が気になってな」

「ほう。オメーさん中々分かる口だな。名前は?」

「レイ・クロウリー。魔武具整備士だ」

 

 レイの名前を聞いた瞬間、シドはゴーグルを外し驚愕の表情を浮かべた。

 

「するとオメーさんが、セイラムの天才整備士か!?」

「まぁ、腕の方はあるつもりだぞ」

「ガハハ! 長生きはするもんだな。大した有名人が来たもんだ」

 

 自分外ではそこまで有名人だと思っていないレイ。

 目の前で喜々とするシドに、少々困惑していた。

 

「どうだ、見てくれコイツを。ロマンと実用性を兼ねた傑作魔武具」

「高出力の魔力砲撃をしつつ、必要部品を減らして整備難易度を大幅に下げている。そしてそれらを両立させているのは、爺さんの組んだ術式……ってところか?」

「満点の回答だ、小僧」

「高出力と実用性の両立。ピーキーなチューニングは男のロマンだからな」

「ガハハハハハハ!!! 最高だ小僧。気に入ったぞ!」

 

 大声で笑いながら、シドは魔武具の下から出てくる。

 

「休憩だ。小僧! 整備士同士、語り合おうや!」

「望むところだ」

 

 近くにあった椅子に座り、魔武具談義を始める二人。

 女性陣を待たせている事など、二人はすっかり忘れていた。



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Page87:マリーという少女について

お久しぶりの更新です。
色々忙しいよぉ(涙)


「で、お嬢様のこと忘れて二人で語り合っていたと」

「面目ねぇ」

 

 薄暗い工房の中で腕を組み仁王立ちするアナとアリス、の前で正座しているシドとレイ。

 全然来ない職人二人の様子を見に来たアナとアリスなのだが、レイとシドはそれにすら中々気付かなかった。

 二人は女性陣の事などすっかり忘れて、魔武具(まぶんぐ)談義で盛り上がっていたのだ。

 そして現在。職人二人はしっかりと怒られていた。

 

「前から言ってるけど、相手はウチのお嬢様なんだよ。もっと丁寧に対応しなきゃ」

「わーってるわい! 細かいこと気にすんな」

「レイも同罪。反省して」

「はい……あの、アリスさん?」

「なに?」

「なんか俺だけ顔がボコボコな気がするんですが」

「自業自得」

 

 バッサリと切り捨てられたレイ。

 その顔はアリスの往復ビンタによって、真っ赤に腫れ上がってがいた。

 

「それにおじいちゃん、朝からずっと作業してるでしょ」

「ん、そうか? もうそんなに経つか」

「適度な休憩は大事。救護術士からの助言」

「というわけで、休憩しよ」

「だな。休憩は大事だぞ爺さん」

「レイにそれを言う資格はない」

 

 バツの悪い顔になるレイ。心当たりが多過ぎるのだ。

 そして流石に救護術士にまで言われてしまっては、反論もできないシド。

 彼は渋々といった様子で、立ち上がった。

 

「ほら、レイもいこ。みんな待ってる」

「へいへーい」

 

 レイもアリスに手を引かれて、工房を後にした。

 

 

 

 

 そして家の中に案内される。

 テーブルの周りには、既にフレイア達が座って紅茶お菓子を楽しんでいた。

 

「クッキーおいひ……あっ、レイ遅かったね」

「やっと連れてきた」

「連れてこられた」

「レイ君の扱い方が……」

「完全に小さな子供ですわね……」

 

 呑気にクッキーを食べるフレイア。そして呆れ顔のオリーブとマリー。

 小さな子供扱いに、レイは露骨に不服の表情を浮かべた。

 

「ごめんなさいね、お嬢様。おじいちゃんが中々気づいてくれなくて」

「いえいえ。シドさんの性格はよく分かってますから」

「だろ。マリー嬢ちゃんならそう言ってくれるって信じてたぜ」

「調子に乗らない」

 

 孫娘から拳骨を食うシド。それに文句を言いつつ、頭を抱えながら彼は椅子に座った。

 

「それにしても、少し安心しましたわ」

「安心だぁ?」

「はい。これだけ遅かったということは、レイさんとシドさんで盛り上がったということですわね」

「おうよ! マリー嬢ちゃんの連れてきた小僧、中々の逸材だったぜ!」

「俺も久しぶりに盛り上がったぜ」

「でもレイ。アリス達のこと忘れてた」

「申し訳ありませんアリス様だからビンタの構えをしないでください」

「ガハハハ! 小僧も女にゃ弱いか!」

 

 アリスとのやり取りを笑われて、なんとも気恥ずかしさを感じるレイ。

 その一方で、オリーブは羨ましそうにその様子を見ていた。

 思わず「いいなぁ」と聞こえない程度の声で呟くオリーブ。

 マリーはそれを聞き逃さず、なんとも複雑な気持ちになっていた。

 

「しっかしマリー嬢ちゃんが帰ってくるたーな。思ったより早かったな!」

「実家から一度帰ってくるように言われたので。少し顔を見せにきただけですわ」

「……やっぱり、アレが原因か」

 

 シドの言葉に、空気が重くなる。

 ゲーティアの宣戦布告。最早世界で知らぬ者は存在しない大事件。

 そして、レイ達にとっては直近の苦い経験でもある。

 

「まぁ、あんな事になったら誰だって娘を家に帰したがるわな」

「そう……ですわね」

「今やあちこちの魔武具整備士が引っ張りだこだ。あんなバケモンみたいな戦力見せつけられて、何も対策せずにはいられないからな」

「て事は、爺さんが作ってた大型魔武具も」

「あぁ。サン=テグジュペリ家からの依頼だ。せめて領地だけでもと言ってな。今はどこもそんな感じだ」

 

 魔武具整備士の需要が上がる。だけど今は嬉しい事とは言い難い。

 レイは苦々しいものを感じる。今この状況が、まるで世界中で戦争を始める準備のように思えたから。

 いや、実際戦争なのだろう。

 この嫌な空気を感じ取っているのはレイ以外も同じだった。

 

「マリー嬢ちゃんらはどうなんだ? GODの操獣者なんだろ。やっぱり戦いに行くのか?」

「とりあえずアタシとレイはね。あとのみんなは……」

「アリスはレイについていく」

 

 レイはふと視線をオリーブとマリーに向ける。

 二人は何も答えられずにいた。

 それをシドも察したのか「そうか」とだけ呟いて、それ以上追求はしなかった。

 

「まぁなんだ。魔武具関係で何かあったら、力は貸してやる。遠慮せずに言え」

「シドさん、ありがとうございます」

「いいって事さ。マリー嬢ちゃんは小さい頃から見てるからな」

「マリー、そんな前から魔武具工房に通ってたのか?」

 

 仮にもマリーは貴族のお嬢様。

 魔武具工房とはあまり縁の無さそうな娘なのだが。

 レイがそう振ると、マリーは恥ずかしそうに口元を隠して、誤魔化そうとした。

 

「マリー嬢ちゃんはな、小さい頃から何度も屋敷を抜け出して来たんだよ」

「へぇ〜、意外でもなんでもないな」

「ちょっとレイさん! どういう意味ですの!」

「お前自分の過去の行動振り返ってみ」

 

 少なくとも実家で大暴れして屋敷を半壊させるような娘を、お淑やかとは思わないレイ。

 マリーはそれが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしていた。

 

「ねぇねぇ。屋敷を抜け出したマリーなんでココに来たの?」

「あぁそれはな、マリー嬢ちゃんが操獣者(そうじゅうしゃ)に憧れてたからだよ」

「へぇ〜、マリーちゃん小さい頃から操獣者になりたかったんだぁ」

「え、えぇ。まぁ、そうですわね」

 

 オリーブに笑顔を向けられたせいか、強く出れなくなったマリー。

 しかしそれはそれとして、レイとフレイアは少し意外だなと感じていた。

 

「意外だと思うか?」

「まぁな。貴族の娘が荒事の多い操獣者に憧れるなんて珍しいとは思うよ」

「だろ。ワシも最初は驚いたさ。領主の娘っ子が急に来たもんだからな」

「それで? 小さいマリーは何しに来たんだ?」

 

 マリーが更に顔を赤くするが、全員気付かぬふりをする。

 

「工房で休憩してたワシの前に来てな『操獣者教えてください』って言ったんだよ」

 

 幼いマリーの行動力に感嘆するレイ達。

 そしてマリーは「あぁぁぁ」と言いながら顔を覆い隠していた。

 

「でも、なんでギルドじゃなくて魔武具工房に来たんだ?」

「あぁ、それはな」

「実はおじいちゃん、昔はAランクの操獣者だったんです」

「えっ! それってスゴい強いじゃん!」

「昔の話だ。事故で契約魔獣が死んじまってな。今はもう隠居の身だよ」

「そうだったのか……」

 

 ちなみに、契約魔獣が死亡した操獣者は原則として、二度と変身できなくなってしまう。

 契約魔獣の召喚は基本的には一生に一回なのだ。

 

「ということは、マリーはお爺さんがスゴい操獣者って知ってて来たの?」

「どうやらそうだったらしい」

「はい、そうですわ」

 

 消え入りそうな声で肯定するマリー。

 

「最初はワシもギルドに行けって追い払ったんだけどな」

「マリーお嬢様って凄かったんですよ〜。お屋敷を抜け出すたびにウチに来て、おじいちゃんに頼み込んでたんですから」

「アナさん、恥ずかしいので、どうかご容赦を」

「つまりオチはこうか。マリーに根負けした爺さんが色々ノウハウを教えたと」

「正解だ、小僧」

 

 シドも少し気恥ずかしそうに頬をかく。

 

「最初は追い返すつもりで魔法術式の問題解かせていったんだけどよ。マリー嬢ちゃんは全部解いてきやがったんだ」

「難易度はどのくらいだったんだ?」

「GOD運営の操獣者養成学校の飛び級試験問題」

「それ……何歳の時なんだ?」

「確か、九歳くらいだったな」

 

 レイはそれを聞いて顎を落とした。

 少なくともその問題は九歳やそこらで解くような代物ではない。

 ここでレイは再認識した。マリーも十分に天才と呼べる分類だと。

 

「で、そこから面白くなってきてよ。色んな魔法術式に触れさせたんだ」

「で、銃撃手(ガンナー)の才能が開花したと」

「そういう事だ」

「えっ? なんで魔法術式で銃撃手の才能?」

 

 頭に疑問符を浮かべるフレイア。

 仕方がないので、レイが簡単に説明をする。

 

「フレイア。銃型魔武具で弾を撃つのは、どうやってやる?」

「えっと、専用の魔法術式を組んで、インクに混ぜてから、弾込めするんだよね」

「そうだ。だけど銃撃手は状況に応じて術式を使い分ける必要がある」

「あっ! だから沢山の魔法術式を知っている必要があるんだ!」

「そういう事だ」

 

 更に補足をすると、銃撃手は頭の回転速度も重要視される。

 素早い思考ができなければ、次弾の装填に時間がかかるからだ。

 なおマリーは二挺の銃で擬似的に連射を行っているのに対して、レイは化け物じみた高速思考で連射を行っている。

 

「それでな。マリー嬢ちゃんが銃撃手の才能を目覚めさせた祝いに、魔武具を作ってやったんじゃよ」

「それってもしかして、マリーちゃんがいつも使ってる」

「はい。クーゲルとシュライバーですわ」

「あっ、やっぱりアレ爺さんが作ったんだな」

「中々良い出来だろ」

「パーツ数多くて整備が大変だけどな」

「ガハハハ! それは愛嬌だ!」

 

 大笑いするシドに、レイは「もう少し整備士思いな魔武具にしてくれ」と心の中で呟く。

 

「しっかしアレだな。マリーもよく実家にバレずに魔武具貰えたな」

「いんや。案外そうでもなかったぞ」

 

 シドの言葉に「どういう事だ」とレイが聞こうとした瞬間、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「アナぁ! 代わりに出てくれ」

「はいはい」

 

 呆れた様子でアナが玄関に向かう。

 それを確認した後、シドはレイの目をジッと見てきた。

 

「小僧、マリー嬢ちゃんの事はどれくらい知ってる?」

「どれくらいって言われても」

「多分この後、サン=テグジュペリの屋敷に行くんだろう。アソコは色々と一筋縄ではいかないとこだ。それだけは覚えておけ」

 

 それを聞いたレイはマリーの方を見る。

 マリーは少し俯いていた。きっとそれが答えなのだろう。

 レイはこの後の展開に不安覚えつつも、腹を括る覚悟を決めた。

 その直後だった。玄関の方から、ドタドタと駆け足の音が近づいてくる。

 

「マリーお嬢様!」

「アナさん。どうされたのですか?」

「そ、それが……お迎えが来ました」

「ほう。話をしてたら来よったか」

 

 マリーの顔が一瞬強張る。それと同時にレイは、誰がお迎えに来たのか検討がついた。

 レイが何か声をかけようとしたが、オリーブの方が早かった。

 微かに震えるマリーの手を握るオリーブ。

 

「オリーブさん」

「大丈夫だよマリーちゃん。私たちも一緒だから」

「そうそう。アタシもいるし、レイとアリスもいる。だから大丈夫でしょ!」

「フレイアさん」

「……レイ、良いとこ持ってかれちゃったね」

「だな」

 

 マリーは椅子から立ち、シドに礼をする。

 シドは「またいつでも来い」とだけ言って、紅茶を飲んだ。

 レイ達もシドに礼をして、玄関に向かう。

 

 開いた扉の向こうには、いかにも貴族が乗ってそうな豪華な馬車が待っていた。

 そして馬車の前には一人の男性。

 短く白い髪をした、眼鏡が特徴的な男性。

 服装から、一目で貴族と分かる。

 レイは彼から、どこかマリーに似た雰囲気を感じ取った。

 

「やっぱりここに来ていたんだね、マリー」

「はい。お世話になっていますから」

「でも今回は真っ先に、屋敷に帰ってきて欲しかったかな」

「申し訳ありません……ルーカスお兄様」

「(あっ、やっぱり)」

 

 マリーを迎えに来た男は、レイの予想通りマリーの兄であった。




活動報告やあらすじ部分にも書いてありますが、書籍化が決まりました。
オーバーラップ文庫からです。
また色々時期が来たら続報をTwitter等に載せますね。


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Page88:マリーの家族

 馬車に軽く揺られながらサン=テグジュペリ領を移動するレイ達。

 揺れの少ない馬車を体験して、レイは無意識に「流石は貴族だな」と考えていた。

 それはともかくとして。

 レイは目の前に座るマリーの兄に目をやった。

 

「スカーフを着けているということは、君もマリーの仲間なんだね」

「えぇ、まぁ」

「ハハハ、そう警戒しなくてもいいよ。取って食うなんてことはしないから。フレイアさんも、そんなに警戒しなくていいよ」

「アハハ。ついつい」

 

 過去の事件が関係しているのか、フレイアは珍しく警戒心が剥き出しになっている。

 そんなフレイアを見てレイは「お前の場合は自業自得だろ」と呟くのだった。

 

「マリー。新しい仲間を紹介してはくれないか?」

「はい、お兄様」

 

 兄の隣に座るマリーが、落ち着いた雰囲気で新しい仲間を紹介する。

 

「こちらの殿方がレイさん。チームの専属整備士ですわ」

「レイ・クロウリーです」

「クロウリー? いや、偶然か?」

「あぁ……その想像で合ってますよ。エドガー・クロウリーの息子です」

「なんと。あのヒーローのご子息とは」

「養子ですけどね」

 

 驚かれるのには慣れているが、どうにもむず痒いレイ。

 

「そしてこちらはアリスさん。チームの救護術士ですわ」

「アリス・ラヴクラフト……です」

「よろしく。救護術士もいると色々安心できる」

 

 新人二人の紹介終わる。

 フレイア達の事は既に知っているようなので、割愛。

 

「そういえばコチラの自己紹介がまだだったね。僕はルーカス。マリーの二番目の兄だ」

「二番目? もう一人いるんですか?」

「あぁ。クラウスっていう堅物の長男がね」

 

 苦笑い気味のルーカスを見て、レイは少し面倒な家庭事情を勝手に察した。

 屋敷までもう少しかかる。

 ルーカスはその間、マリーがどのような操獣者生活を送っていたのかを聞いてきた。

 レイ達は答えられる範囲でそれに答えていく。

 

 マリーがセイラムに移り住んだ後。

 彼女にうっかりミスでオリーブと共に長期のクエストに出た事。

 そのクエストの帰りに、バミューダシティで足止めを食らった事と、バミューダでの一件。

 セイラムでの日常。

 

 色々語ったが、ブライトン公国の事に関しては、誰も口にできなかった。

 まだ、全員が完全に受け入れられた訳ではないのだ。

 

「そうか……マリーは色々経験してきたんだね」

「はい」

 

 一通りの話を聞いたルーカスはそう口にし、マリーは小さく恥ずかしげに答えた。

 

「ここに来る道中はどうだったかな? 空路の様子知りたい」

「疎開目的の人でごった返してましたよ。どこが安全かなんて、全然分からないけど」

「そうだね……アレは、どこにでも現れている」

 

 ゲーティアの脅威に国境は関係ない。

 奴らは何処にでも出現し、惨劇を繰り返す。

 だからこそ、マリーの親も彼女に連絡を寄越したのだろう。

 

「あー、でも空で厄介なのは出たよね。ハグレ操獣者(そうじゅうしゃ)って奴」

「なに? 空賊が出たのか?」

「まぁアタシ達がやっつけたけどね〜。なんだっけ? ウァレフォルの一味とか言ってたっけ?」

 

 ウァレフォル。フレイアからその名前出た瞬間、ルーカスの顔が強張った。

 レイもそれに気づく。

 

「ウァレフォルの一味。ここにも現れるようになったか」

「厄介なのはそれだけじゃないですよルーカスさん。空で襲撃してきた奴ら、マリーを狙ってました」

「なんだって!?」

「アレがそう簡単に諦めるような奴らとは思えない。しばらくはマリーの周辺に気をつけた方が良いと思います」

 

 口元に手を当てて考え込むルーカス。

 無理もない。妹が無法者に狙われているのだ。

 その一方で、フレイアはレイに話かける。

 

「ねぇレイ。そのウァレフォルって奴、そんなに有名なの?」

「あぁ。悪い意味でな」

 

 レイは簡単に解説する。

 

「盗賊王ウァレフォル。世界各地で活動している盗賊団の首領。その残虐さと手段の選ばなさから、ウチのギルドでも第一級討伐対象に指定されてる悪党さ」

「第一級……生死は問わないかぁ、相当な奴ね」

「あぁ。そいつが今マリーを狙ってるんだ」

「怖いですねぇ」

 

 話を聞いていたオリーブはつい恐怖を漏らしてしまう。

 オリーブは無意識に、隣に座っていたマリーの手を握った。

 マリーは素敵な笑顔を浮かべていた。

 

「厄介な奴らに目をつけられたな……これは父上にも相談しないと」

「大丈夫大丈夫! いざとなったらアタシ達がマリーを守るから!」

「それに関してはフレイアに同意だ。俺も仲間が狙われるのを見過ごす事はできない」

「アリスも」

「わ、私もマリーちゃんを守りましゅ! うぅ、噛んだ」

 

 マリーのために戦う意志を示すレイ達。

 彼らを見たルーカスは素直に「心強いな」と感じた。

 だが一方で、マリーはやや暗い表情を浮かべている。

 隣に座っていたオリーブは、その事にいち早く気がついた。

 

「マリーちゃん?」

「……大丈夫ですわオリーブさん。わたくしは、大丈夫です」

 

 そうこしている内に、馬車は大きな門をくぐった。

 目的地に到着したのだ。

 御者が馬車の扉を開き、レイ達が降りる。

 

「流石は伯爵家。でっけぇ屋敷」

 

 レイは眼前の屋敷を見上げながら、そう呟く。

 いかにも金持ち貴族が住んでいそうな豪華な屋敷。

 しかし一点だけ不自然な箇所も。

 

「ねぇレイ。あれって」

「アリス。なにも言ってやるな」

 

 アリスは屋敷の右側を指差す。

 そこは貴族屋敷とは思えない程、ボロボロに崩れていた。

 いや、正確には修繕途中といった所か。

 レイは容疑者であるマリーの方に視線を向ける。

 マリー露骨に目を逸らした。

 

「お帰りなさませルーカス様。マリー=アンジュ様」

「グスタフ、ただいまですわ。お変わりなようで何よりです」

「ただいまグスタフ。今日はマリーの友人も来ている。丁重にもてなしてやってくれ」

「畏まりました」

 

 屋敷の扉の前に立っていた初老の執事が、マリー達を出迎える。

 その様子を見て、レイは改めてマリーが貴族なのだと認識した。

 それはそれとして。

 

「おいフレイア。露骨に震えすぎだ」

「ア、アハハ。やっぱりちょっと怖くて」

「ご安心くださいませ。フレイア様やそのお仲間には一切の無礼を許さないと、奥様から厳命されております」

「ふぅ、良かった」

「これを機に少し自重覚えるんだな」

 

 冷や汗を流しながら安心するフレイアに、レイが軽口を叩く。

 だがレイは見逃さなかった。目の前にいるグスタフという執事の目が一瞬妖しく光った事を。

 間違いない、許しがあれば容赦なくフレイアを攻撃していた目だ。

 レイの腹に力が入る。

 

「(あまり気は抜かない方が良さそうだな)」

 

 執事グスタフが扉を開き、レイ達は屋敷の中へ足を踏み入れる。

 屋敷の中は想像通りとでも表現すべきか。

 豪華な絨毯にシャンデリア。調度品や絵画の数々飾られている。

 ただし破損している物が多い。

 

「……マリーさん?」

「なにも、言わないでくださいな」

 

 家出の際、彼女ストレスは相当なものだったらしい。

 

「ルーカス、帰ってきたか」

「っ!」

 

 声が聞こえた瞬間、マリーの身体に緊張が走った。

 階段降りて現れたのは、白い長髪の男性。

 ルーカスとよく似た顔つきだが、雰囲気は随分と違う。

 男性は鋭い目つきでマリーを見る。

 

「ようやく帰ってきたか、マリー」

「お久しぶりです。クラウスお兄様」

「寄り道が過ぎるな。お前は変わらずサン=テグジュペリ家としての自覚が足りない」

「まぁまぁクラウス兄さん。せっかく妹が帰ってきたんだ。暖かく出迎えてやろうじゃないか」

「ルーカス、お前は甘過ぎる」

 

 クラウスとルーカスが口論始める。

 レイ達はそれをポカンと見ていた。

 

「なぁマリー。もしかしてお前のお兄さんって」

「いつもではありませんわ。時々こうなるのです」

「お前も大変だな」

 

 マリーに耳打ちするレイ。

 彼女なりに貴族の苦労があったのだろう。

 さて、そうなると問題は目の前のお兄様達だ。

 口論を続ける彼らをどうしたものか、レイがそんな事を考えていると……

 

「やめないか、客人の前で」

 

 階段の向こうから、壮年の男性が現れて兄弟喧嘩を止める。

 威風堂々とした佇まいで、男性はマリーを見る。

 

「帰ってきたか、マリー」

「はい。ただいま戻りました、お父様」

 

 男性はマリーの父親、サン=テグジュペリ伯爵であった。

 伯爵は続けてレイ達に視線を向ける。

 一瞬だけ厳しい目を浮かべたが、すぐにマリーの方へと視線を戻した。

 

「身を固める決心はついたか?」

「そ、それは……」

「手紙でも伝えたが、お前もそろそろ歳なのだ。貴族としての自覚を持って行動してもらいたいものだな」

「わたくしは……操獣者です」

「その夢を捨てろと言っている」

 

 一方的な言い分の伯爵に、フレイアが食ってかかろうとする。

 が、それをマリーが静止した。

 

「言ったはずですお父様。わたくしの道は、わたくしが決めますと」

「その道で死ぬ必要があるのか」

「それは……」

「夢から覚めろマリー。その道は、お前が進む道ではない」

 

 そう言うと伯爵は執事に「客人を案内しろ」と言い残して、その場を去った。

 

「僕も父上に賛成だな」

「兄さん!」

 

 ルーカスの叱責も聞き入れず、クラウスも去る。

 残された者達は、なんとも言い難い苦味を感じていた。

 

「あんの分からず屋めー! まーだマリーが操獣者するの反対してるの!?」

「マリー、大丈夫?」

 

 俯くマリーに、アリスが心配の声をかける。

 

「わたくしは……それでも……」

「マリーちゃん」

 

 マリーの手を握るオリーブ。

 だがマリーが俯いたままだ。

 

「ルーカスさん、もしかしなくてもマリーって」

「あぁ、家を出る時に色々とね。父上と兄さんは今でもマリーが操獣者をする事に反対しているんだよ」

「貴族的な考えってやつですかね」

「悔しいけど、そうだね」

 

 静かに拳を握りしめるルーカス。

 レイは一筋縄ではいかないマリーの家庭事情を察して、なんとも言えない気持ちになっていた。



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Page89:母登場

 執事のグスタフに案内されて、客室に通されたレイ。

 屋敷にいる間は、ここで一人だ。

 

「流石は貴族の屋敷ってところか。金かけてるねぇ」

 

 レイは適当に荷物を下ろすや、客室の中を眺めていた。

 いかにも高そうな家具に、上質なベッド。

 そして僅かにひびが見える壁……。

 

「……犯人についてはノーコメントだな」

 

 相当暴れてから家出したらしい。

 それはともかく。

 レイはふかふかのベッドに倒れこみ、ひとまずの休息をとるのだった。

 

「あぁ~良いねぇ。肌ざわり最高だわ」

 

 上質なベッドシーツの感触に満足感が走り抜ける。

 少し顔を緩めながらも、レイは先ほどの事を考えていた。

 

「マリーの親父さんと上のお兄さん。ありゃ分かりやすい堅物ってところか」

 

 だが冷静に考えれば、何もおかしな事ではない。

 そもそも貴族の娘が操獣者(そうじゅうしゃ)になることですら珍しさの極みなのだ。

 仕事は荒っぽい現場が九割とも言われている操獣者。

 そんな職業に、嫁入り前の貴族娘を送り出す者はそう存在しない。

 だからこそレイも、マリーと初めて出会った時に驚いたのだ。

 

「まぁある意味では想定通りのリアクションではあるよな」

 

 だがそれはそれとして。

 マリー自身の事は少々心配になるレイ。

 あの父親と長兄、間違いなく確執はあるだろう。

 いや、確執が無かったら屋敷半壊事件なんて起こさない。

 

「……これ、マリーはセイラムに帰れるのかな?」

 

 嫌な疑問がレイの脳内に浮かび上がる。

 そもそも的な事も言ってしまえば、この前の件もある。

 マリーのメンタルはかなり弱っている筈だ。

 

「出発の時はあぁ言ってたけど……大丈夫なんだろうな?」

 

 それが心配になるレイ。

 もしも嫌な予感が当たってしまえば、フレイアのメンタルも崩れそうだ。

 フレイアも早とちりで号泣した事を思い出す。

 あの様子では、マリーがチーム脱退などになった日には……想像もしたくない。

 

「幸いアリスも来てるし、メンタルケアはあいつに任せてみるか……もしくは、女子三人にやってもらうか」

 

 どちらにせよ、男では役者にもならないだろう。

 レイは少し諦め気味に、枕に顔を埋めた。

 

「あらあら~、顔の良い殿方じゃないの~」

 

 コロコロとした笑い声に、レイは顔を起こす。

 いつの間に入って来たやら、ベッドの横には綺麗な衣服を纏った女性が居た。

 女性はしゃがみ込んで、レイの顔を覗き込んでいる。

 

「ど、どちらさま?」

 

 衣服からしてマリーの家族だとは思うが、レイは反射的に聞いてしまった。

 

「うふふ。自己紹介がまだでしたわね。わたくしはマリーの母、ユリアーナと申します」

「あっ、マリーのお母さんでしたか」

 

 つまりは伯爵夫人。偉い人だ。

 どこかのほほんとした雰囲気はあるが。

 

「はい。お母さんですよ~。マリーが若い男の子を連れてきたと聞いたので、気になって来ちゃいました」

「そ、そうですか」

 

 随分と娘のアレコレが気になる母親のようだ。

 まぁ母親なら当然か。

 

「貴方、お名前は?」

「レイ・クロウリーです」

「クロウリー? もしかして、あのクロウリーなの!?」

「えぇまぁ。多分ご想像の通りだと思います」

「まぁまぁまぁ! すごいわ。御伽噺に出てくる英雄のご家族なのね」

 

 テンション高くなるユリアーナに、少したじろぐレイ。

 だがこの反応は初めてでもない。

 エドガー・クロウリーの名が轟いたこの世界において、クロウリーという姓を名乗るという事は、そういう事なのだ。

 

「一応息子……まぁ養子ですけど」

「それでもすごいわ。長生きはしてみるものね」

 

 子供のようにテンションを上げるユリアーナ。

 父親が尊敬されているようで、レイも悪い気はしなかった。

 

「ねぇレイさん。何か外のお話を聞かせてはくれないかしら?」

「外の話、ですか?」

「えぇ。わたくしこう見えて、ほとんど屋敷の外に出たことがないのよ」

「……病気か何かですか?」

「生まれつきの体質よ。嫌になっちゃうわ」

 

 曰く、生まれつき身体が弱く、病気になりやすい体質らしい。

 それでも三人の子を産めたのは、救護術士による魔法の補助があったからだとか。

 レイはその話を聞いて、なんとも言い難いものを感じた。

 

「で、外の世界に興味津々と」

「そうよ~。なんでもいいから聞かせてちょうだいな」

 

 いかにもワクワクとした表情で聞きたがってくるユリアーナ。

 さすがに断る理由もないので、レイはセイラムシティの話をした。

 

「じゃあ、セイラムシティとギルドの話でも」

「わくわく」

 

 セイラムシティの様子やギルドに来る人々の話。

 そこから派生してギルド長や、広報部ラジオの話。

 そして、語るべきか迷ったが、セイラムシティで起きた事件の話。

 

「で、医務室で目を覚ました俺は、フレイアのチームに入ったんです」

「まぁまぁ。すごい人生を歩んでいるのね~」

「自分で言うのもアレですけど、確かにすごい人生歩んでますね」

 

 そしてバミューダシティでの話をする。

 ここから登場するのは、当然マリーだ。

 ユリアーナはマリーの話が始まった途端、目をキラキラ輝かせ始めた。

 

「で、俺たちとマリーは無事に幽霊船を撃破しました」

「すごいわマリー。流石はわたくしの娘ね」

「(性癖はアレだけどな)」

 

 流石にマリーの性癖に関しては言っていない。

 むしろユリアーナの身を案じて言えない。

 

「ねぇ、それからの貴方達はどうなったの?」

「それからは……」

 

 レイの脳裏に浮かぶのは仲間たちとの日常。

 そして……苦い記憶。

 特にあの件は今のマリーが弱った原因でもある。

 それを伝えるべきか否か、レイは悩んでいた。

 

「辛かったら、無理に語らなくてもいいのよ」

「い、いや、辛いとかそんなんじゃ」

「そうかしら。顔がすごく悲しそうだったわよ」

 

 見抜かれていた。レイは少し赤面する。

 

「でも安心したわ。マリーにも素敵なお友達ができたのね」

 

 優しい表情で、ユリアーナは口にする。

 

「家を出た時はどうなるのかしらと、気が気じゃなかったけれど……レイさんのお話を聞けば、それが杞憂だったことが分かったわ」

「まぁ、マリーの奴なら逞しく生きてますよ(色んな意味で)」

「本当に良かったわ。あの子は何か無茶をして、大怪我でも負いそうだったから」

 

 レイの心に針が刺さる。

 大怪我自体はしたからだ。

 

「でもあの子、今何か迷ってるみたいだわ」

「……」

「わたくしもマリーとお話をしてみますけど……もしわたくしではダメでしたら、その時はお友達の皆様にお任せしてもよろしいかしら?」

「夫人、それは俺より女子に言ってください」

「あら? わたくしは貴方の方が適任だと思ったのだけれど」

「初対面で買い被りすぎでは?」

「だってマリーの恋人候補ですもの。色々してもらわなきゃ」

「違います! 俺はただのチームメイト!」

「冗談よ」

 

 コロコロと笑うユリアーナ。

 レイは「本当に冗談だったのか?」と内心疑問に思っていた。

 

「そういえば、夫人はマリーが操獣者をするの反対じゃないんですね」

「うーん、わたくしも全面的に賛成しているというわけではありませんわ」

 

 ただ……とユリアーナは続ける。

 

「マリーには、あの子自身にしか進めない道を進んで欲しい。ただそれだけの思いですわ」

「……親心ってやつですね」

「改めてそう言われると、少し照れくさくなってしまいますわね」

「ただまぁ、こんな事を言うのはアレかもしれないですけど」

「夫とクラウスの事ですね」

 

 レイは無言で頷く。

 

「レイさん、どうか二人を悪くは思わないでください。夫もクラウスも、彼らなりにマリーを愛した結果の言動なのです」

「それは……そうだと思いますけど」

「伝わらなければ意味がない。それは承知していますわ。ですからわたくしは、可能であればこの帰省中にマリーと対話をしてもらいたいのです」

「……まぁ、それが一番ですよね」

「ただ夫は、ここ最近トラブルで苛立っております。話ができるかどうか」

「トラブル? 何かあったんですか?」

 

 空での襲撃の件といい、どうにもトラブルがある領地らしい。

 

「わたくしも詳しくは教えてもらえてないのですが、どうも領地の外れにある山に盗賊団が野営をしているそうですの」

「盗賊団? なんか嫌な予感がする」

「その盗賊団が陸便を襲うので、鉄の流通に影響が出ているのです。それの対処に夫は苛立っていますの」

「……ちなみにその盗賊団の名前って」

「たしか……ウァレフォルの一味という名前でしたわ」

 

 予感的中。

 レイの顔が一気に強張った。

 

「ウァレフォルの一味、やっぱりマリーを狙ってるのか」

「えっ!? マリーが狙われているのですか!?」

 

 レイは「失言した」と思ったが、もう後には戻れない。

 やむなくレイは、道中での出来事を話した。

 

「マリーが、そんな凶悪な盗賊団に」

「大丈夫ですよ。いざとなったら俺らが守りますから!」

「本当に、お任せしても大丈夫ですか?」

「問題なしです。だって自称ヒーローですから」

 

 ニカッと笑うレイ。

 それを見て少し安心したのか、ユリアーナは「良かった」と小さく呟いた。

 

「となると、後でフレイア達に連絡して……調査メンバーはどうするかな」

「レイさん」

「はい?」

「これは子どもを持つ母親としての言葉です。どうか死に急がないでください。危険な時は迷わず逃げてください。最後に命がなければ、何の意味もありません」

「……善処はしてます。幼馴染にも似たような釘刺されてるんで」

 

 どうしてもこの手の話をされると、アリスが脳裏に浮かぶレイ。

 死ぬつもりは無いが、多少の無茶には目を瞑ってほしいとも考えていた。

 

「ところでレイさん。マリーは夢を叶えられそうですか?」

「マリーの夢? なんですかそれ」

「あら、聞いてないのですか? あの子の夢は」

 

 ユリアーナが何かを語ろうとした次の瞬間、客室の外からメイドの声が響いてきた。

 

「奥様ー! どこにおられるのですかー!」

 

「あら、部屋を抜け出たのがバレちゃったわ」

「抜け出たらマズいんですか?」

「今日も救護術士に安静にしなさいって言いつけられてるのよ」

「えぇ……」

 

 そう言い残すとユリアーナは客室の窓を開けて、指笛を吹いた。

 その音に反応して大型の鳥型魔獣がやってくる。恐らくユリアーナの契約魔獣なのだろう。

 

「じゃあ、適当に胡麻化しておいて」

「え?」

「またお話を聞かせてね~」

 

 ユリアーナは窓から飛び降り、鳥型魔獣の背に乗って脱出した。

 レイはその様子を、ただ呆然と見ることしかできなかった。

 

「マリーって……間違いなく母親似だな」

 

 そんなどうでもいいことを思いつつ、レイは今後の事を考えていた。

 

「盗賊団の事は気になるな。後でフレイア達に相談するとして」

『マリー嬢のことが気になるのか?』

「あぁ。やっぱりマリーのメンタルが気になる」

『部屋に行くのか?』

「普通に行っても男の俺は通してもらえないだろ」

 

 ではどうするか。

 簡単な話だ。

 

『忍び込みでもするのか?』

「正解。夜に実行するぞ」

 

 レイは夜の経路を考えると同時に、盗賊団の事も考えていた。



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Page90:月夜でお話しましょう①

 月の明かりが窓から差し込む夜。

 マリーは屋敷の自室で、手にした白い獣魂栞(ソウルマーク)を眺めていた。

 

『ピィ……』

「わたくしは大丈夫ですわ、ローレライ」

 

 獣魂栞からローレライの悲しげな声が聞こえる。

 マリーの事を心配しているのだ。

 しかし当のマリーは空元気で答える。

 ブライトン公国での戦い。そして敗北と負傷。

 それらが強烈な心の傷として刻み込まれているのだ。

 

「わたくしは、とても弱いです」

『ピィ、ピィ』

「何も守れなかったどころか……ローレライ、貴女にも怪我を負わせてしまいました」

 

 自己嫌悪。その感情がマリーの心を蝕む。

 ブライトン公国で人々を守れなかった件もだが、それ以上にパートナーであるローレライを負傷させた事実が、マリーに影を落としている。

 そんなマリーをローレライは必死に慰めようとするが、上手くいかない。

 

 マリーは窓の外を見る。

 今日は綺麗な満月が浮かんでいた。

 

「……あの日の夜も、こんな満月でしたわね」

 

 マリーは月を見ながら、ここまでの道のりを思い返していた。

 

 マリー=アンジュ・ローサ・リマ・ド・サン=テグジュペリ。

 名門伯爵家の第三子にして長女として生まれた彼女は、これといった不自由なく生活していた。

 何か困りごとがあるとすれば、病弱な母の事くらい。しかしその母親も優しく、マリーにとっては尊敬すべき相手であった。

 

 彼女にとって最初の転機が訪れたのは十歳の時だ。

 サン=テグジュペリ領に暴走魔獣が現れた。

 当時付き人と共に街に出ていたマリーは当然のように退避したのだが、その間際に彼女は目にしたのだ。

 逃げ惑う人々とは明らかに違う存在、暴走魔獣に臆することなく駆け出した戦士の存在を。

 

「クロス・モーフィング!」

 

 その呪文と共に変身した操獣者(そうじゅうしゃ)の存在を、マリーは決して忘れることは無かった。

 

 その一件からマリーは、貴族として民を守る存在とは何かを考えるようになる。

 為政者として知恵をつけるべきか。しかしそれは二人の兄が全て父から継ぐだろう。

 自分の価値となれば、家と家をつなぐ政治道具として嫁に行くのが関の山だろう。

 では自分はどうすれば民を守れるのか。

 

 マリーの頭の中には、あの日見た操獣者の姿が離れなかった。

 その残影は、いつしかマリーの中で憧れとなり、夢へと昇華した。

 あとは実行するのみ。

 マリーは意を決して家族に、操獣者という夢を語った。

 

 だが現実は非常であった。

 父と長兄は明確に反対し、次兄も口にはしなかったが良い顔はしなかった。

 当然だ。貴族の娘を、わざわざ戦場に送る者はいない。

 操獣者は戦闘要員。その仕事場は荒事が九割だ。

 マリーの夢は容赦なく全否定され、彼女は涙を流しながら自室に籠ってしまった。

 

 誰かを守る存在になりたかった。父が愛する領民を、自分を愛してくれる母を、守れる存在になりたかった。

 だがその夢は否定された。

 結局自分は、貴族の娘という籠の中で生きるしかないのか。

 マリーがそう悲観した頃、一人だけ彼女に理解を示す者がいた。

 

 マリーの母、ユリアーナだ。

 ユリアーナはマリーの夢を肯定し、その夢を応援してくれた。

 まずは契約魔獣が必要だ。

 ユリアーナは教会へ連れていき、マリーに召喚魔法を使わせた。

 ローレライとの出会いである。

 

 次は魔武具が必要だ。

 ユリアーナは風の噂で聞いた、腕の立つ整備士の居場所をマリーに教えた。

 整備士、シドの工房である。

 マリーは迷うことなくシドに会いに行き、魔武具の制作を依頼した。

 だがシドもすぐに了承したわけではない。

 当然だ。年端もいかぬ貴族の娘に武器を与えるような整備士は存在しない。

 追い返したシド。しかしマリーは諦めなかった。

 何度も工房を訪れるマリー。そのたびに彼女はこう言った。

 

「操獣者を教えてください!」

 

 シドが高ランク元操獣者であることはユリアーナから聞いていた。

 何度も諦めずに工房へ通うマリー。

 次第にシドも、彼女に根負けしていった。

 

 それからマリーはシドの下で魔法術式を学び、魔武具の使い方を学んだ。

 徐々に腕を上げていき、こっそりと操獣者として活動を始めたマリー。

 しかし、秘密はいつかバレてしまうもの。

 

 十七歳の終わり頃、マリーは父に操獣者として密かに活動していることが露呈してしまった。

 その時の伯爵は怒りに怒った。マリーを部屋に監禁してしまったのだ。

 自室で絶望するマリー。

 結局何も理解は得られなかった。

 

 ならばこのまま貴族の娘として一生を終えるか。

 不本意な未来を受け入れるか。

 深い深い暗闇の中に落ちようとしたマリー。

 

 だが、その暗闇から彼女を引き上げるように、その少女は現れた。

 

「ねぇ、アタシの仲間になってよ!」

 

 フレイア・ローリング。

 彼女の登場によって、マリーは自分の道を歩むチャンスを得た。

 

 派手に暴れてから、家を出たマリー。

 彼女はセイラムシティに辿り着き、操獣者としての夢を叶える道を歩み始めた。

 

 しかし、ブライトン公国での事件が起きた。

 

「わたくしは……何も守れません」

 

 完全なる敗北と、パートナーの負傷。

 それはマリーの夢にひびを入れるのに十分な威力を持っていた。

 

「ローレライ、わたくしは……」

 

 言葉を紡ごうとして、飲み込んでしまう。

 それを口にしたら、全て終わってしまう気がしたから。

 諦めたくない心と、諦めたい心がせめぎ合う。

 いっそ全てを放り出して逃げてしまえば楽になるのだろうか。

 

 何かにすがるように、マリーは窓の外に浮かぶ月を見る。

 だが次の瞬間、大きな影が月を隠してしまった。

 

「おっ、いたいた」

「レイさん!?」

 

 窓の外に現れたのは、浮遊するスレイプニルの背に乗ったレイであった。

 

「どうしてこちらに?」

「マリーが随分弱ってそうだったからな。様子見に来ただけだよ」

 

 レイが「とりあえず窓開けてもらっていい?」と言うので、マリーは慌てて開けた。

 

 空いた窓に飛び込んでくるレイ。

 何故だかマリーは、その様子にいつかのフレイアの姿を重ねていた。



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Page91:月夜でお話しましょう②

 窓から入ったレイは、マリーの部屋を軽く見渡す。

 それは貴族の娘の部屋と言われても、多くの者がすぐには信じないような様子であった。

 一言で表すならば「質素」。

 ステレオスタイルな貴族の部屋にありそうな、豪華な家具や調度品は特にない。

 そして壁にはひびが見える。

 

「……あんまり物は無いんだな」

「以前は父が用意した物がありましたが、今はもう処分いたしましたわ」

「決別の意思ってやつかな?」

「そんなところですわ」

 

 小さく笑うマリー。

 だがその様子は、レイにはどこか無理をしているように見えた。

 ひとまずスレイプニルには、獣魂栞(ソウルマーク)になってもらう。

 

「ですがレイさん。何故窓から登場を?」

「廊下からだと警備の人が居て面倒くさそうだったからな」

『わざわざ我に頼み込んで、魔力探知をさせて来たのだ』

「そうなのですか」

 

 真夜中に貴族の娘の部屋に正面から入ろうとしても、流石に止められる。

 なのでレイはスレイプニルに認識阻害の魔法を使ってもらい、窓から入る事にしたのだ。

 

 レイはその辺にあった椅子に腰かける。

 

「……壁のひびがスゴいな。修理跡もある。お前かなり派手に暴れただろ?」

「はい。この部屋では、特に」

 

 マリーは含みを持たせるように、部屋を見渡す。

 

「貴族の生活ってのは、そんなに嫌気が差すもんだったのか?」

「良いことも、悪いことも」

「もっと悪いこともあった?」

「……はい」

 

 ベッドに腰かけながら、小さく答えるマリー。

 

「この部屋は、とても良い部屋でしたわ。きっと誰もが憧れる、華やかな部屋」

「でもそれを自分で壊したと」

「……この部屋は、わたくしにとって、鳥籠そのものでしたわ」

 

 マリーはポツリポツリと語りだした。

 貴族として生まれた自分に、自由なんてものは無かった事。

 父親の期待はあくまで、家と家を繋げるための道具としての期待だった事。

 家は長兄と次兄が継ぐ。ならば女であるマリーは政治の道具にしかなれなかった事。

 この部屋は、そんなマリーを「貴族の娘」という型にはめ込むための鳥籠だったと。

 

「だからこそ、わたくしは今のこの部屋が心地よいのですわ」

「貴族の娘という枷を感じなくて済むから」

「その通りです」

「なるほどなぁ……かみ合ってないんだなぁ」

 

 マリーの気持ちは理解できる。

 だが同時に、レイにはサン=テグジュペリ伯爵の気持ちも、ある程度理解できた。

 むしろ普通に考えるなら、伯爵の方が正しいだろう。

 運が悪いとすれば、マリーの意思とかみ合わなさ過ぎた事だ。

 

「でもまぁ、家族には随分愛されてるんだな」

「それは……理解はできているのですが」

「心が追い付いてないか」

 

 小さく頷くマリーを見て、レイはもう一度「かみ合わないなぁ」と考えていた。

 

「お父様と、クラウスお兄様が見ているのは、わたくしではありません」

「と言うと?」

「お二人が愛しているのは理想なのです。貴族の娘という理想を叶えたわたくし。今のわたくしではありません」

 

 悲しそうに吐き出すマリーを見て、レイは言葉に詰まった。

 彼女の道もまた、茨の道だったのだ。

 だが、希望はきっとある。それが切り口だ。

 

「お母さんと下のお兄さんは理解あるみたいだけどな」

「はい。お母様とルーカスお兄様は、わたくしの夢を肯定してくださいました」

「とりあえずはそれで良いんじゃねーの。急ぎすぎて手から零したら元も子もない」

「わかってはいます。ですが……」

「家族全員に認めてもらいたい、か」

 

 頷くマリーを見て、レイは「難儀だな」とつぶやく。

 マリーの気持ちは理解できる。

 だが今回の場合、異端なのはマリーの方だ。

 その異端な考えを名門貴族に認めさせるのは簡単な事ではない。

 

 レイは改めてマリーの方を見る。

 自信のなさげな表情を浮かべているマリー。

 初めて会った時からは考えられない状態だ。

 

「マリー。お母さんは結構理解あるらしいな」

「はい……レイさん、お母様にお会いしたのですか?」

「あぁ。急に部屋に来たからびっくりした」

「申し訳ありません。お母様は外の世界をあまり知らないもので」

「らしいな」

 

 そこでレイは、ふとユリアーナから聞いた話を思い出した。

 

「そういえば、お母さんがマリーには夢があるとか言ってたけど」

「まぁ! お母様った勝手に」

「どんな夢なんだ? 操獣者(そうじゅうしゃ)にはもうなってるし、やっぱりヒーローとか?」

「……あまり口外はしないでくださいね」

 

 顔を真っ赤に染めたマリーは、静かに語りだした。

 

「わたくしは、民を守る存在になりたかったのです」

「へぇ」

「貴族というものは、口では色々言っていますが……政治なんて、暴力の前には無力なものです」

「まぁ、言いたいことはわかるよ」

「ですからわたくしは、操獣者としての強さを得て、民を守る貴族になりたかったのです」

 

 なりたかった。

 過去形で語るマリーに、レイは何とも言い難いものを感じる。

 

「貴族としての自分を、領民の安寧のために。わたくしはそういう象徴になりたかったのですわ」

「……今はどうなんだ」

 

 レイの質問に、マリーは口を閉じる。

 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはレイであった。

 

「お母さんが言ってた。今のマリーには迷いがあるって」

「そう、ですか」

「まぁ、何となくはわかるよ。フルカスの事、それから……」

 

 レイはマリーの手に視線を落とす。

 そこには、握りしめられているローレライの獣魂栞があった。

 

「ローレライの事、だろ」

「はい」

「心、折れたか?」

「……まだ、わかりません」

 

 「ただ」とマリーは続ける。

 

「大切なパートナーを傷つけてしまったのは、わたくしの責任ですわ」

『ピィ……』

「それで自己嫌悪してる、ってとこか」

「そう……ですわね」

 

 俯くマリー。

 慈愛の心が強いからこそ、己を許せないのだろう。

 

「夢に向かって、正しい道を走っていると勘違いしておりました。わたくしは、まだまだ未熟で……何も守れない、小さな存在でしたわ」

「悪いのはゲーティアだろ」

「頭では理解しています。ですが、心が追い付かないのです」

 

 やや悲痛に答えるマリーに、レイは一瞬言葉を失った。

 

「いったい何が正しい道だったのか……わたくしには、わからないのですわ」

『正しい道とは、意識して進めるものではない』

「スレイプニル」

『どれだけ有能な力を持っていようと、常に正しい道を歩める者など存在しないのだよ』

「ではスレイプニルさん。わたくしはどうすれば良かったのですか?」

『何かを間違えた時に、そこで立ち止まる者に未来はない』

 

 目尻に涙を浮かべて、マリーは顔を上げる。

 

『マリー嬢よ。明日を迎える者は、己の過ちを受け入れた者だ。過去を受け入れ、未来に活かす。それがマリー嬢の言う、正しい道ではないのか』

「過去を、受け入れる」

『人の夢は遠い。長い旅路には、休憩も必要だ』

「なんか良いとこ全部持ってかれたな」

 

 だがスレイプニルの言う通りだと、レイも感じていた。

 

「マリー。前にも言ったけど、俺たちは無理に戦えなんて言わない。マリーは自分のペースを守ればいいんだ」

「ですが……」

「心苦しいなんて考えてるなら、まずは回復優先だ。せっかく実家にいるんだし、ちょっとした休日を楽しんでもバチは当たらないだろ」

 

 いまいち納得しかねる表情のマリー。

 だがレイは意見を曲げるつもりはない。

 

「きっとアリスも同じことを言う。心と身体を治すのが最優先。道を決めるのは、その後でも遅くないだろ」

「そう……ですわね」

 

 下唇を噛みしめるマリー。

 自分の不甲斐なさを嘆いているのだろう。

 だけどこれでいい。今のマリーに必要なのは、考える時間なのだ。

 

「大丈夫。俺達はいつまでも待ってるから。マリーはゆっくり考えればいい」

「……はい」

「俺が言えたことじゃないけど、何かあったら仲間に頼ればいいさ」

 

 レイは椅子から降り、窓に向かって歩き始める。

 

「大丈夫。マリーの夢は、逃げるような夢じゃない筈だ」

 

 そう言い残すと、レイは銀色の獣魂栞を窓の外に投げた。

 窓の外でスレイプニルが魔獣としての姿に戻る。

 

「じゃ、俺は部屋に戻るわ」

「はい……おやすみなさい」

 

 力ない声で挨拶するマリーを前に、レイも静かに「おやすみ」と返してしまった。

 

 レイがいなくなったマリーの部屋。

 月の明かりと窓から入り込む風の音がうるさく感じてしまう。

 

「わたくしは……どうすれば良いのでしょう」

『ピィィ……』

 

 残されたマリーは、静かにそう零すのだった。



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Page92:出かけに行ったり、喧嘩をしたり

 窓から朝日が差し込んでくる。

 客室のベッドで目覚めたレイは、早速グリモリーダーを操作して、フレイアに通信した。

 内容は主に昨日の事。そして、ウァレフォルの一味の事だ。

 

「つーわけでだ。細かい話を聞いてから探しに行こうと思うんだけど……大丈夫か?」

『ふわぁぁぁ……だいじょうぶ、だいじょうぶ。わるいのシバくんだよね』

「……とりあえず顔洗ってこい。その後もう一回話そう」

『ふわぁい』

『じゃあアリスが連れてくね』

『おねが~い』

 

 寝ぼけているフレイアは、グリモリーダーの向こうでアリスに連れていかれた。

 とりあえず数分後には目も覚めてるだろう。

 それはともかく。

 どのくらいの話を聞けるだろうか、レイは少し考え込んでいた。

 すると、客室の扉をノックする音が聞こえてきた。

 レイが扉を開けると、そこには初老の執事が立っていた。

 

「おはようございます、レイ様」

「あっ、執事の……グスタフさんだっけ?」

「はい、グスタフでございます。朝食をお持ちしました」

 

 よく見るとグスタフの手には朝食を乗せたトレーがあった。

 レイは結構早起きしたというのに、仕事の早い執事だ。

 

「マリーお嬢様から、レイ様は早起きだと伺っておりましたので」

「あっ、心読まれた?」

「年の功でございます」

 

 貰えるものはありがたく貰っておこう。

 レイはトレーを受け取って、朝食のサンドイッチに口をつける。

 

「奥様からお話を聞きました。マリーお嬢様はそちらで大層頑張っておられるようで」

「そうですね~。マリー自身夢があるらしいですし」

「存じ上げております。ですがその夢は」

「貴族らしからない夢。ですよね?」

「……はい」

 

 物悲しそうな表情で答えるグスタフ。

 きっと彼個人としては、マリーを応援したいのだろう。

 

「旦那様の気持ちも、痛いほど理解はできるのです。しかし道は二つに一つ。何かを犠牲にせねばならないのです」

「ま、それが普通ですよね。特に今のご時世じゃ」

「はい。加えて奥様曰く、マリーお嬢様も将来を悩まれているそうで」

「……そうですね。この前の戦いの件もあるし、ウァレフォルの一味の件もあるし」

「おや。レイ様は既に一味の話をご存じでしたか」

「伯爵夫人から聞きましたよ。最近近くで野営をしてるって。それで伯爵が苛立ってるんですよね?」

「左様でございます。厄介極まりない賊に目をつけられてしまいました」

「しかもマリーが狙われてるときたもんだ」

「なんと!? それは(まこと)ですか!?」

 

 レイはサン=テグジュペリ領に来る道中の事を話した。

 初耳だったのだろう。グスタフは見る見る顔を青ざめさせていく。

 

「なんという事だ。旦那様に知らせねば」

「あっ、それならついでに伯爵と話がしたいんですけど」

「旦那様と、ですか?」

「悪い話じゃないですよ」

 

 ニッと笑うレイ。

 ひとまずフレイア達が客室から出てくるのを待ってから、伯爵の元へ向かった。

 

 

 

 

 マリーが起きたのは、いつもより遅い時間であった。

 セイラムでの寮生活に慣れてしまったせいか、女中が洗面器を持ってきた時には驚いてしまう一面も。

 まだ少しぼうっとした頭で、マリーは自分が実家に帰って来た事を再認識した。

 女中に着替えを手伝ってもらうのも久々だ。

 今日は貴族らしい高級な布で出来た服。マリーはどうにも不服に感じた。

 

 とりあえず朝食をとろう。

 マリーが食卓に行くと、彼女の家族が揃っていた。

 

「おはよう、マリー。今日はお寝坊なのね」

「おはようございます。お母様」

「旅の疲れは取れたかい?」

「はい。ルーカスお兄様」

 

 マリーはふと、周りを見回す。

 フレイア達の姿はない。彼らは客室で朝食なのだろうか。

 そう思った矢先、マリーに声をかけてくる者が一人。

 

「あっ、マリーちゃん。おはよう」

「オ、オリーブさん! おはようございます!」

「わぁ、マリーちゃん綺麗な服だ~」

「え、えぇ。そうですわね」

 

 実家で、家族の前で、オリーブと会話する。

 マリーにとってはこの上ない天国シチュエーションだ。

 だがそれはそれとして、気になることが一つ。

 

「オリーブさん。他の皆様はどちらに?」

「えっと……それなんだけど」

「お前の友人たちは、朝から賊の調査に出向いて行ったぞ」

 

 伯爵の言葉を聞いて、驚くマリー。

 サン=テグジュペリ領の近くに、ウァレフォルの一味がいるという事は昨日従者たちから聞いていた。

 しかし、相手が厄介すぎる。その上狙われていると思われるのはマリー自身だ。

 

「……オリーブさん、わたくし達も行きますわよ」

「あっ、待ってマリーちゃん」

「マリー。お前が行く必要はない」

「ですがお父様! 賊の狙いはわたくしなのですよ!」

「だとしてもだ。お前がわざわざ行く必要はない」

「そうはいきません。皆様はわたくしの大切な仲間ですわ!」

 

 仲間だからこそ、自分だけ安全な場所に甘んじる事が許せない。

 マリーのその気持ちはルーカスとユリアーナには伝わった。

 しかし、彼らが伯爵を説得する事はない。

 伯爵は手に持っていた水の入ったグラスを置くと、言葉を続けた。

 

「今朝、フレイア殿達が私の元に来た。自分達が賊を無力化してくるとな」

「でしたらわたくしも!」

「もう一つある。マリー、お前が変身しないように見張ってほしいとのことだ」

「ッ!?」

 

 完全に予想外。

 マリーは想像の向こう側からきた攻撃を受けて、ひどく動揺してしまう。

 

「ど、どうして」

「アリス殿から聞いた。今のお前は、そしてローレライは変身に耐えられないとな」

「そ、それは……」

「先の戦闘で酷い怪我を負ったらしいじゃないか。まったく、貴族の娘として自覚が足りない」

「クラウスお兄様、それは!」

「クラウスの言う通りだ。お前には自覚が足りない」

 

 マリーの心に、形容しがたい刃物が突き刺さっていく。

 

「やはりお前は操獣者(そうじゅうしゃ)になど、なるべきではなかった」

「これは、わたくしの選択です」

「その選択が誤りだと言っている。お前のエゴが友の足を引っ張っているのではないか?」

 

 マリーの中にどす黒いものが流れ込む。

 だが言い返せなかった。自分の不甲斐なさを、マリーは自覚してしまっていたから。

 マリーの中で、夢が離れていく錯覚が浮かぶ。

 

「お父様! それは言い過ぎです!」

「黙っていろルーカス」

「クラウス兄さん!」

 

 ルーカスは伯爵を止めようとするが、クラウスに制止される。

 

「マリー、やはりお前の道は私が決める」

「……わたくしは」

「目を覚ませ。荒事など、誰かに任せればよいのだ」

「わたくしはッ! 自分の道は自分で決めますわッ!」

「そのような道は最初から存在しないと、何故わからん!」

「お父様こそ、何を恐れていらっしゃるのですか!? わたくし個人ではなく、サン=テグジュペリ家の娘しか見えてないのですか!?」

「ならばどうした。それが家長の責任だ」

 

 マリーの中で、どす黒いものが砕けて散った。

 一抹の希望はあった。だが結局、伯爵が見ていたものは……マリーではなかったのだ。

 

「見張りは既に用意してある。屋敷を脱出しようなどとは思わない事だな」

「いい機会だ。見合い相手のリストにでも目を通したらどうだ?」

「どうして……」

 

 俯くマリーを、ユリアーナは心配そうに見つめる。

 

「マリー」

「どうしてッ! 誰もわたくしを見てくださらないのですかッ!」

 

 目から涙を零しつつ、マリーはその場を足早に去っていった。

 

「マリーちゃん!」

 

 その後を追うのはただ一人、オリーブ。

 伯爵とクラウスは呆れたように溜息をつき、ルーカスは静かに拳を握りしめるのだった。



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Page93:盗賊を退治しよう

 サン=テグジュペリ領の上空。

 レイ、アリス、フレイアはスレイプニルの背中に乗って移動していた。

 目的は勿論ウァレフォルの一味を探し出す事。

 そんな中、レイは少し心配事があった。

 

「レイ、なにか難しいこと考えてる?」

 

 レイの背中からアリスが声をかける。

 

「ん、あぁ。マリーのことをちょっとな」

「置いてきたの、心配?」

「まぁな。家族と喧嘩してなきゃいいんだけど」

「いやぁ、マリーは絶対喧嘩してると思うな〜」

 

 フレイアの無情な宣告に、レイは溜息をつく。

 だが納得もできてしまった。

 マリーの性格的に、間違いなく伯爵と一悶着している。

 加えて伯爵はマリーにお見合いをして欲しいらしい。

 考えれば考える程、マリーが喧嘩をしない理由が思いつかなかった。

 

「これ、マリー置いてきて大丈夫だったかなぁ?」

「大丈夫でしょ。だってオリーブもいるし」

「それは別の方向性で心配なんだけどな」

 

 主にオリーブの貞操が心配だ。

 それはともかく。

 万が一の際には、マリーの事はオリーブに任せる手筈だ。

 今はマリーもオリーブも無茶ができない。

 少なくともオリーブは冷静だ。もしもの時はストッパーになってくれるだろう。

 

「さて。ここからどうやって探すの?」

「目視は、高すぎて無理」

「ところがどっこい。今回は目視で探す予定だ」

 

 現在スレイプニルは雲に近い高さを走っている。

 ここからどうやって目視で探すのか。女子二人はすぐには分からなかった。

 

「こうするんだよ」

 

 そう言うとレイは銀色の獣魂栞(ソウルマーク)を取り出した。

 バミューダシティでスレイプニルから貰った、もう一枚の獣魂栞である。

 出力は落ちるが、変身して固有魔法を使うだけなら十分な代物だ。

 

「Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」

 

 魔装、変身。

 レイはグリモリーダーに獣魂栞を挿入して、変身した。

 すぐさまレイは固有魔法を使用する。

 

「固有魔法【武闘王波(ぶとうおうは)】、視力強化!」

 

 全ての力を視力強化に割り振るレイ。

 これだけあれば、上空からでも探し物ができる。

 

「あ〜なるほど。スレイプニルの魔法って便利だよね」

「使い手次第とも言えるがな」

 

 感嘆するフレイアに、スレイプニルが答える。

 遠回しに「まだまだ修行不足だ」と言われた気がして、レイは少しムッとなった。

 

「なにか見つかりそう?」

「まだ始めたばっかだ」

 

 アリスには軽く返事をしつつ、上空からサン=テグジュペリの地を探す。

 そんな中、レイはある事を考えていた。

 

「(こんな時、ライラがいればなぁ)」

 

 ライラとガルーダの固有魔法ならば、もっと容易く見つけられるだろう。

 しかし今はここにいない。

 無いものをねだっても無駄だ。レイは雑念を払って、捜索を続ける。

 

「ん? あれは」

 

 十数分経った頃だろうか。

 レイの視界に、いかにもな荒くれ集団が入ってきた。

 

「スレイプニル、少し止まってくれ」

「了解した」

 

 スレイプニルは魔力で足場を作り、その場に滞空する。

 その間にレイは、件の場所をよく観察した。

 

 いかにも荒くれ者いった風貌の集団が野営している。

 近くには洞窟。その前に見張り番のような操獣者の姿。

 その洞窟に連れられて行くのは、手を縛られた女と子供の姿だ。

 

「これはビンゴかな」

「見つけたの!?」

「少なくとも誘拐の罪で摘発できそうな集団だ」

「じゃあ、退治する?」

「「勿論!」」

 

 一度変身を解除したレイと、フレイアが声をハモらせた。

 それを聞くや、スレイプニルも魔力探知を発動する。

 数秒の探知を終えると、スレイプニルは目を細めた。

 

「レイ。洞窟内部から妙な魔力を感じる」

「何かいそうか?」

「これは……かなり強力な魔力だ」

「親玉ってやつかな。上等だ、まとめて倒してやる」

「それじゃあスレイプニル。カッコよく下に降りちゃって!」

「フレイア! 俺の台詞取るな!」

 

 レイとフレイアの口論に呆れつつ、スレイプニルは地上に降りた。

 着地地点は荒くれ集団のど真ん中。

 小細工はしない。真正面からのカチコミである。

 

「な、なんだこの魔獣は!?」

「またお頭の客かぁ?」

 

 腰にから剣を抜きつつも、困惑する荒くれ者達。

 だが彼らの予想はハズレだ。

 

「悪いな。客じゃなくて、カチコミだ」

「アリス達は操獣者(そうじゅうしゃ)

「マリーの仲間って言ったら、アンタ達には分かるんじゃないの?」

 

 フレイアからマリーの名前が出た瞬間、荒くれ者達から敵意が剥き出しになった。

 おそらく親玉から話は聞いているのだろう。

 

「テメェらが空で俺らの顔に泥塗った奴らか!」

「生きて帰すわけにはいかねぇな!」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ!」

「フレイア、さっさと片付けようぜ」

「アリスも同意」

 

 レイとアリスはグリモリーダーを構える。

 

「それもそうね。じゃあ二人とも、変身するよ!」

「りょーかい」

「スレイプニル、いくぞ!」

 

 レイの指示を受けて、スレイプニルが獣魂栞に姿を変える。

 同時にフレイアもグリモリーダーを取り出す。

 

「Code:レッド!」「Code:シルバー!」「Code:ミント」

「「「解放!」」」

 

 三人は同時に獣魂栞を挿入し、十字架を操作した。

 

「「「クロス・モーフィング!」」」

 

 魔装、変身。

 赤、銀、ミントグリーンの魔力が放たれる。

 魔力は三人の身体に被さり、それぞれの魔装へと変わっていった。

 

「さぁ、いくよ!」

 

 荒くれ者改め、盗賊は六人。

 いずれも変身はしていない。

 生身の身体に、普通の武器だ。

 

「フレイア! 間違っても殺すなよ」

「分かってる」

「そ、操獣者がなんぼのもんだー!」

 

 一人の盗賊がフレイアに襲いかかる。

 だが所詮は生身の人間。変身した操獣者の敵では無い。

 

「普通のパンチ!」

「グエッ!?」

 

 籠手のついた右手で、フレイアは盗賊の腹を殴る。

 短い声を残して、盗賊は数メートル先の木に叩きつけられてしまった。

 

「なぁ、アレ死んでないよな?」

「手加減したから大丈夫!」

 

 操獣者の身体能力は生身の人間とは比較にならない程高い。

 故に普通のパンチ一発でも、当たりどころが悪ければ生身の人間が死ぬ事もあるのだ。

 幸い殴られた盗賊からは呼吸が聞こえる。死んではいないらしい。

 

「テメェ、よくも仲間を!」

「絶対に許さねぇ!」

 

 残りの盗賊も剣を構えて襲いかかる。

 だが変身した今、三人には脅威でもなんでもない。

 

「うぉぉぉ!」

「はい峰打ち」

「ゴフッ!?」

 

 コンパスブラスター(剣撃形態)で峰打ちをすると、盗賊はまた一人気絶した。

 続けてきた盗賊も、レイは峰打ちで沈める。

 

「ならこっちのちっこいのを!」

「仕留めてやるぜぇ!」

「小さくない。コンフュージョン・カーテン」

「ぎゃぁぁぁ!? や、やめろぉぉぉ! 俺はノンケだぁぁぁ!」

「ひぃぃぃ!? お頭ぁ、許してくれぇ!」

 

 哀れアリスに襲いかかった二人の盗賊。

 幻覚魔法をもろに受けて、形容し難い悪夢を見せられていた。

 これで残る盗賊は一人。

 

「さーて、残るはアンタ一人ね」

「ひ、ひぃぃぃ」

「どうする? 痛い目見るか、大人しく捕まるか」

「ちなみに逃げても追いかけるからな」

「に、逃げるもんか! 逃げたらお頭に殺さちまう!」

 

 どうやら盗賊の親玉に相当な恐怖を抱いているらしい。

 盗賊は涙を流しながら、剣を構えていた。

 

「死んでたまるか……死んでたまるかぁぁぁ!」

 

 剣を突き刺すように、盗賊はフレイアに突進する。

 しかしフレイアはひらりと容易く、それを回避した。

 そして……

 

「普通のパンチ、パート2」

「グフッ!?」

 

 無慈悲なパンチが、盗賊を吹き飛ばした。

 木に叩きつけられ気絶する盗賊。

 それを確認したレイは、マジックワイヤーを使って盗賊達を拘束した。

 後で然るべき場所に突き出すためだ。

 

「それにしても、結構あっさり退治できそうね」

「だと良いんだけどな」

 

 相手は悪名高いウァレフォルの一味。

 レイは一筋縄でいくとは到底思えなかった。

 

『レイ、気づいているか』

「あぁ。洞窟方面から足音だろ」

『恐らく今の騒ぎに気づいたのだろう。操獣者の気配もある』

「ハグレ操獣者か。厄介だな」

『遅れは取りそうか?』

「冗談か? 三人がかりならやれるさ」

 

 スレイプニルの言葉はフレイアとアリスにも聞こえていた。

 二人は武器に手をかける。

 

「フレイア。気ぃ引き締めろよ」

「レイこそ。手加減しすぎたとかしないでね」

「アリスはいつも通りサポートする」

 

 向かってくる足音。

 レイ達はそれを迎え撃つように、駆け出した。



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Page94:ハグレ操獣者

 森の奥から飛び出てくるのは、狼、熊、飛竜といった魔獣の数々。

 それを従えているのは、当然盗賊たちだ。

 

「テメェら、よくも仲間を!」

「ただで済むと思うなよ!」

「わーお。典型的な小悪党のセリフだな」

 

 レイが僅かばかり関心していると、盗賊たちはボロボロのグリモリーダーを取り出した。

 

「「「クロス・モーフィング!」」」

 

 盗賊たちは見た目地味な魔装に身を包む。

 操獣者(そうじゅうしゃ)へと変身したわけだが、あまり強そうには見えなかった。

 

「なんか、見た目シンプルすぎない?」

 

 フレイアも思わず疑問を口にしてしまう。

 だがレイにはおおよその見当はついていた。

 

「多分どっかで奪ってきたグリモリーダーをそのまま流用してるんだろ。基本的にグリモリーダーは所有者の専用器になるよう設定されているからな」

「あっそっか。本来の所有者じゃないから、基本装備しか出ないんだ」

「そうだ。だから地味なんだよアイツら」

 

 何度も地味と言われて黙っている盗賊ではない。

 盗賊たちは各々の魔武具(まぶんぐ)を取り出し、レイ達に襲い掛かった。

 

「舐めてんじゃねーぞ! ガキがぁぁぁ!」

「遅い」

 

 剣型魔武具を振り下ろしてくる盗賊。

 だが今のレイからすれば、脅威ではない。

 軽々と剣を躱し、レイはコンパスブラスター(剣撃形態(ソードモード))の峰を叩き込んだ。

 

「グフッ。て、てめぇ」

「変身するなら魔本の整備くらいちゃんとしとけ。もう魔装が破けてるじゃねーか」

「うるせぇぇぇ!」

「インクチャージ」

 

 激高する盗賊を無視して、レイはコンパスブラスターのグリップに獣魂栞(ソウルマーク)を挿入する。

 そのまま逆手持ちに変え、コンパスブラスターの峰を叩き込んだ。

 

銀牙一閃(ぎんがいっせん)

 

 やる気のない声で、最小威力の必殺技。

 しかしその性質故、盗賊の体内には破壊エネルギーが侵入。

 次々に内側で炸裂していった。

 喰らった盗賊は、短い声をあげて、その場に倒れこんだ。

 当然変身も強制解除である。

 

「な、なんだコイツら」

「変身してるのに、一瞬で!?」

 

 仲間が一瞬で倒された異に驚いたのか、盗賊たちの間に動揺が走る。

 できればこのまま自首して欲しいと思うレイだったが、そう上手くもいかない。

 

「お、おめぇら! 数で押し切れ!」

 

 やはり先ほどの盗賊たち同様、退くという選択肢は捨てているようであった。

 残っている盗賊は約十人。いずれもハグレ操獣者である。

 盗賊たちはいっせいに襲い掛かってきた。

 

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

「数が多いわね。アリス」

「うん。まかされた」

 

 フレイアに言われて、一番前に出るアリス。

 その右手には、ミントグリーンの魔力が溜まっていた。

 

「まずはそのチビから相手かァ!?」

「コンフュージョン・カーテン」

 

 舐めてかかる盗賊たちに、アリスは淡々と右手に溜めた魔力を散布する。

 強力な幻覚魔法が込められた霧。それをまともに受けた盗賊たちは身動きが取れなくなった。

 

「な、なんだこれ!?」

「身体が、動かねえ」

 

 混乱する盗賊たちを放置して、アリスはフレイアに話しかける。

 

「じゃあフレイア。後はおねがい」

「オッケー! ブレイズ・ファング!」

 

 フレイアは右手の籠手に炎を溜めて、盗賊たちを次々に殴り飛ばしていった。

 当然身動きが取れない盗賊たち。

 回避する事もできず、全員大きな的となって吹き飛ばされていった。

 変身が強制解除され、気絶する盗賊たち。

 レイは逃げられないように、全員をマジックワイヤーで縛っておいた。

 

「さて、洞窟方面に行くか」

「そうね」

「うん」

 

 レイ達は盗賊たちが来た方向。洞窟方面へと駆け出した。

 当然その道中にもハグレ操獣者たちが襲い掛かってくる。

 

「銀牙一閃!」

「エンチャントナイトメア」

「ブレイズ・ファング!」

 

 ハグレ操獣者を軽々と倒していくレイ達。

 そうこうしている内に森を抜け、洞窟の入り口前まで到達した。

 

「ここが賊のアジトってやつか?」

 

 軽く見渡しただけでもよろしくない物が見える。

 どこからか略奪したであろう宝石や金に鉄。

 そして縄で縛られ身動きが取れない女と子供。

 

「うわぁ。今時人攫いとか趣味悪~」

「同意だな。悪趣味すぎる」

 

 フレイアとレイが仮面の下で顔をしかめていると、門番をしていた盗賊がこちらに気が付いた。

 

「ちっ、ここまで来やがったか!」

「馬鹿にしやがって」

「悪いけど、アンタたちも戦闘不能になってもらうから」

 

 ファルコンセイバーを構えながら、フレイアが言う。

 だが門番の盗賊は落ち着いたものだ。

 

「馬鹿言え! やられるのはそっちだ!」

「俺たちはお頭から褒美を貰っている」

 

 そう言うと門番の盗賊二人は、一つの小瓶を取り出した。

 小瓶の中にはどす黒い粘液が見える。

 

「アイツら、まさか!?」

 

 レイが驚愕する。

 だが門番の盗賊たちは止まらない。

 小瓶の蓋を開けて、その中身を飲んだ。

 見る見る二人の盗賊は目つきが変わってくる。

 

「レイ、あれって」

「間違いなく魔僕呪だ。最悪、敵味方関係なく攻撃してくるぞ」

「それは最悪ね。アリス! 捕まってる人たちを守って!」

「りょーかい」

「レイはアタシと一緒に、あのバカ二人を倒すよ!」

「了解だ、リーダー!」

 

 レイも腹に気合を入れる。

 門番の盗賊二人はグリモリーダーを取り出し、変身した。

 

「「クロス・モーフィング!」」

 

 二体の蛇型魔獣の力で変身した盗賊たち。

 先ほどまでのハグレ操獣者とは明らかに違う。

 魔装がきちんとしたものだ。

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 興奮した様相で、二人のハグレ操獣者が攻撃を仕掛けてきた。

 一人は腕から生やした刃でレイに襲い掛かってくる。

 レイはそれを寸前で躱しながら、コンパスブラスターを操作した。

 

形態変化(モードチェンジ)銃撃形態(ガンモード)!」

 

 銃撃形態にしたコンパスブラスターに、レイは魔力を込める。

 

――弾ッ弾ッ弾ッ!――

 

 三発の魔力弾がハグレ操獣者の身体に命中する。

 しかし魔装に少し傷をつけた程度で、大打撃には至っていない。

 

「無駄ァ!」

「危ねっ!?」

 

 ハグレ操獣者の腕から生えた刃。そこから紫色の液体が飛び散った。

 地面に落ちた液体が、煙を上げて土を溶かす。

 強酸性の毒だ。

 

『レイ、敵の攻撃に当たるなよ』

「言われなくてもそうする!」

 

 ではどうするべきか。

 近接戦では毒刃の餌食だ。

 中距離でも、毒液を飛ばされてしまう。

 迂闊に距離を取りすぎて、捕まって人たちを狙われるわけにもいかない。

 

「(だったら、こうだ!)」

 

 レイは銃撃形態のコンパスブラスターでハグレ操獣者の足元を狙撃した。

 何度も何度も撃ち続ける。

 そうすれば砂埃が舞い散って、ハグレ操獣者の視界を一時的に奪うことに成功した。

 

「野郎ッ! 逃げる気か!?」

 

 砂埃がが消える。ハグレ操獣者の眼前にレイの姿はない。

 逃げたのか。だが無駄な事だ。

 ハグレ操獣者は蛇型魔獣特有の熱探知で居場所を探した。

 

「ん? 上?」

 

 ハグレ操獣者が真上を向く。

 そこには、脚力強化で高く跳躍しているレイの姿があった。

 コンパスブラスターには、獣魂栞を挿入済みだ。

 

「出力上昇、流星銀弾(りゅうせいぎんだん)!」

 

 狙いを瞬時に定めて、高出力の魔力弾を撃つ。

 ハグレ操獣者は咄嗟に防御態勢を取ろうとしたが、無駄であった。

 体の前に出した両腕の刃に魔力弾は着弾。大爆発を起こして、刃を粉々に砕いた。

 その衝撃で尻から落ちるハグレ操獣者。

 同時に着地したレイは、コンパスブラスターを剣撃形態にする。

 そのまま駆け寄り、怯んでいるハグレ操獣者のグリモリーダーを破壊した。

 

「あ、あぁ……」

 

 変身を強制解除され、おびえる盗賊。

 レイはコンパスブラスターの切っ先を突きつけ「まだやるか?」と聞く。

 すると盗賊は強い恐怖を感じたのか、その場で失禁し気を失ってしまった。

 

「そんなに怖がるなよ。まぁ縛るの楽だからいいけど」

 

 レイはマジックワイヤーで盗賊を手早く縛り上げる。

 さて、フレイアの方はというと。

 

「ブレイズ・ファング!」

「グアぁぁぁぁぁぁ!」

 

 右手の籠手に大量の炎を溜めて、ハグレ操獣者を殴り飛ばしていた。

 そのハグレ操獣者の腕にはやはり毒刃が見える。が、すでに壊れた後だ。

 おそらくフレイアが力任せに壊したのだろう。

 

「フレイア、大丈夫か?」

「ん? 楽勝だったけど」

「そうじゃなくて毒とかだよ」

「えっ、アイツ毒持ってたの!?」

 

 どうやら気づいてすらいなかったらしい。

 これなら大丈夫だろうと、レイは安堵した。

 

 さて、これで入口前は静かになった。

 レイとフレイアは捕らえられていた人々の元に行く。

 

「アリス。捕まってた人たちは?」

「大丈夫。レイは?」

「俺は大丈夫だし、フレイアもだ」

 

 アリスがナイフで女性や子供を縛っていた縄を切る。

 これで全員解放された。

 

「あの、ありがとうございます」

「いいのいいの。放っておけなかっただけだから」

「現在地はわかりますか?」

 

 レイの問いに首を横に振る女性と子供たち。

 恐らく遠い地から連れ去られたのだろう。

 

「ここに放置するのも危険だな。アリス、この人たちをサン=テグジュペリの街に連れて行ってくれないか」

「うん。レイとフレイアはどうするの?」

「アタシたちは当然」

「洞窟の中へカチコミだ」

「わかった。危なかったら逃げてね」

 

 アリスはその場で融合召喚術を発動。

 鎧装獣カーバンクルとなって、捕らわれていた人たちを背に乗せ、街へと連れて行った。

 それを見送るレイとフレイア。

 戦力は減ったが、まだ洞窟の中にも捕らわれた人たちが居るかもしれない。

 

「さて、アタシたちも行こっか」

「そうだな」

 

 レイとフレイアは魔武具を握る力を強め、洞窟の中へと入っていった。



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Page95:獅子と対峙する

 洞窟の中へと入ったレイとフレイア。

 壁に掛けられた松明が道を照らしてくれている。

 だが一方で、中は異様なほどに静かであった。

 

「なんか静かだね」

「奥の方に誰かいるんだろ」

 

 奥に進む。

 徐々に乱雑に置かれた木箱が目に入るようになった。

 木箱から見えるものは様々だ。

 金に鉄、食料、魔道具、上等な魔武具(まぶんぐ)もある。

 

「奥に行くの正解だったみたいね」

「だな」

 

 レイは何気なく木箱を一つ覗き込んでみる。

 食料が雑に詰め込まれている。

 他の木箱はどうだろうか。

 レイがそう思って未開封の木箱を一つこじ開けてみると……

 

「……オイオイ、マジかよ」

「これって、魔僕呪だよね?」

 

 木箱いっぱいに詰め込まれた小瓶。

 先ほど門番の盗賊が使っていたものと同じものだ。

 

「ウァレフォルの一味、世界一の盗賊団の名は伊達じゃないかぁ」

「これもどっかから奪ってきたのかな?」

「ブライトン公国の件もあるからな。どっかの国を襲って奪ってきた可能性はある」

 

 それにしても量が多い。レイは木箱をひっくり返して小瓶をばら撒くと、その全てをコンパスブラスターえ撃った。

 パリンパリンと音を立てて壊れる魔僕呪の小瓶。

 

「気づかれない?」

「元から気づかれる予定だ」

「それもそうね」

 

 とにかく魔僕呪は放置できないので処分する。

 再び奥へと足を進める二人。

 木箱も色々置かれているが、見えている中身が少し様変わりし始めた。

 

「なんだこれ?」

「何か魔導具じゃないの?」

「俺こんな魔導具見たことないぞ」

 

 用途不明の魔導具がチラチラと見える。

 レイは技術者として気にはなったが、今はそれどころではない。

 歩みを進めると、徐々に人の声が聞こえてきた。

 レイとフレイアは気配を消すように移動する。

 

「オラァ! さっさと運びこむぞ!」

 

 野太い男の声が聞こえる。

 レイとフレイアは積み上がってがいた木箱に身を隠しつつ、様子を伺った。

 目に入ったのは、十数人の盗賊が木箱を運んでいる様子。

 だが驚くべきはそこではない。

 

「オイオイオイ。マジかよ」

 

 レイが思わず小声で言ってしまう。

 それもその筈。盗賊達が木箱を運び込んでいたのは、空間にできた裂け目だった。

 

「ねぇレイ。アレってもしかして」

「あぁ。ゲーティアの奴が使ってた裂け目だ」

 

 見間違える筈がなかった。

 盗賊とゲーティアに繋がりがある事が確定したので、レイはコンパスブラスターを握る手を強める。

 これは荒っぽい戦闘になりそうだ。

 レイがそう思った矢先であった。

 

「見つけたぞ!」

「こんな奥にまで来やがったか!」

 

 後方からハグレ操獣者に変身した盗賊が現れた。

 その叫び声を聞いて、木箱を運んでいた盗賊もレイ達に気がついた。

 

「気づかれちゃったね」

「元からそうなる予定だって言ってるだろ」

 

 冷静かつ余裕を持って、軽口を叩く二人。

 その様子が、盗賊達の怒りを買った。

 

「コイツら、舐めやがって!」

「この数相手にして、生きて帰れると思うんじゃねーぞ!」

「お頭への生贄してやる」

「わーお物騒。どうするフレイア?」

「当然。全員ぶっ飛ばす!」

 

 好き勝手殺気を飛ばしてくる盗賊達に、レイとフレイアもやる気が出てきた。

 どうせ気絶させる予定の相手だ。穏便に済むとは毛頭思っていない。

 

「死ねやぁぁぁぁぁぁ!」

「遅いって」

 

 先陣を切って来たハグレ操獣者。

 レイはその剣を軽々と躱し、すれ違いざまにコンパスブラスターの峰を叩き込んだ。

 

「ぐえッ!?」

「本気でやり合うなら、もう少しまともな魔装でこい」

 

 レイはフレイアの方を見る。どうやら彼女も同じような事をしていたらしい。

 腹を焦がしながら、一人のハグレ操獣者が壁に叩きつけられ、変身解除に追い込まれている。

 残りの盗賊達はわずかに動揺した。

 レイとフレイアが、彼らの想像以上に強かったのだ。

 

「さて、どうする? 続けるか?」

 

 レイが軽く挑発してみる。

 できれば穏便に済ませたい気持ちはあるのだが、盗賊達がここで退くような性質(たち)ではない事理解していた。

 意を決したように、一人の盗賊が叫びを上げる。

 

「オメーら! 魔僕呪キメろォォォ!」

 

 盗賊達は一斉に小瓶を取り出し、その蓋を開けた。

 まだ変身していない者はそのまま、変身していた者は頭部だけ変身解除して、魔僕呪を飲み干す。

 レイとフレイアは驚いたが、止める暇さえ無かった。

 

「ウォォォォォォ!」

「アァァァァァァ!」

 

 魔僕呪の効能で魔力が活性化し、強化される盗賊達。

 魔装も変質し、より凶悪なフォルムへと変化している。

 

「オラァァァァァァァ!」

「チッ!」

 

 一人ハグレ操獣者が、大鎚振り下ろしてくる。

 レイは間一髪で回避したが、その凄まじい威力で地面にクレーターができていた。

 

「ヒャハハハハハハ!」

「早ッ! 危なッ!?」

 

 フレイアの方には、大鎌を持ったハグレ操獣者襲いかかってきた。

 フレイアもなんとか回避するが、魔僕呪で強化されたハグレ操獣者は、動きが早かった。

 

「よそ見してんじゃねーぞ!」

「クソッ。だったら形態変化(モードチェンジ)棒術形態(ロッドモード)!」

 

 レイはコンパスブラスターを棒術形態に変形させる。

 長いリーチ活かして、攻撃をいなす考えだ。

 

「どらァァァ!」

 

 金属がぶつかる音が響く、

 長剣、短剣、斧など、様々な近接魔武具で攻撃仕掛けるハグレ操獣者達。

 だがレイはコンパスブラスターを駆使して、それらをうまくいなしていった。

 

「そらッ!」

 

 フレイアもファルコンセイバーを使って、ハグレ操獣者達の魔武具を弾き返していた。

 いくつもの魔武具がハグレ操獣者の手から吹き飛んでいく。

 しかし魔僕呪を服用した人間はこの程度では倒れない。

 次に飛んできたのは、炎の魔法であった。

 

「ヒャハハハ! 丸焼きになれー!」

「フレイア!」

「任せて」

 

 ハグレ操獣者が放った魔法の炎。

 フレイアは籠手の口を開いて、その炎を正面から食らった。

 

「なんだって!?」

「残念だけど、炎はアタシ達の大好物なの」

 

 籠手の口を使って、フレイアは炎を食べ尽くす。

 あまりの光景にハグレ操獣者も呆然となっていた。

 

「だったらコレはどうだァ!」

 

 次に飛んできたのは、水の魔法。

 高圧のかかった水の槍である。

 

「串刺しにしてやらァ!」

「レイ」

「任された」

 

 レイは固有魔法を使って、魔法出力上昇させる。

 

「魔力障壁、展開!」

 

 レイフレイアを守るように出現した巨大なバリア。

 魔力障壁は水の槍を容易く防ぎ切ってしまい、レイ達に傷一つつける事が出来なかった。

 

「チクショウ、なんだよコイツら」

「こっちは魔僕呪まで使ってんだぞ!」

 

 まるで歯が立たない相手を前に、盗賊達が恐れを抱き始める。

 だが一方で、レイも少々困っていた。

 このまま盗賊達殺すのは簡単であるが、それでは意味がない。

 殺さずに痛めつけて、生かして捕まえる。それが理想だ。

 

「……スレイプニル」

『なんだ』

「魔力探知で、盗賊以外の人間がいないか確認してくれないか」

『やってみよう』

 

 スレイプニルの探知が終わるまでに数秒かかる。

 レイは盗賊達の攻撃を防ぎながら、その数秒を稼いだ。

 

『探知完了だ。盗賊以外に、この洞窟には人間と獣はいない』

「サンキュ、スレイプニル!」

 

 それさえ分かれば、あとは簡単である。

 

「フレイア! この洞窟、盗賊以外に誰もいないってさ」

「そうなの?」

「あぁ。だから死なない程度に派手にやっても問題無し!」

「それめっちゃ楽ね」

 

 フレイアに意図は伝わった。後は実行するのみである。

 レイはコンパスブラスターを銃撃形態(ガンモード)に変形させ、フレイアは籠手の中に炎溜め始めた。

 それと並行して、格闘技駆使してハグレ操獣者を一箇所に集める。

 準備は整った。

 

「レイ、いくよ!」

「分かってる! インクチャージ!」

 

 コンパスブラスターに銀色の獣魂栞(ソウルマーク)を挿入するレイ。

 フレイアも籠手の口から炎が漏れ始めていた。

 

「インフェルノ・ブレス!」

流星銀弾(りゅうせいぎんだん)!」

 

 洞窟という密閉空間に、炎の濁流が放たれる。

 ハグレ操獣者達は逃げ道もなく、炎に飲み込まれた。

 さらに追い討ちと言わんばかりに、銀色の魔力弾が襲いかかる。

 悲鳴を上げる余裕すらなく、次々に変身解除に追い込まれていく。

 レイとフレイアの攻撃が終わった頃には、ボロボロで気を失った盗賊と魔獣が山になっていた。

 スレイプニルに探知をさせて、死んでいない事も確認しておく。

 

「さて、これで大部分を捕まえたと思いたいんだけど」

 

 そう言いながら、レイは盗賊と魔獣をマジックワイヤーで縛っていく。

 その直後であった。

 洞窟の奥から、一際異様な殺気と圧を放つ、何かが近づいてきた。

 

「やれやれ。俺様の部下を随分可愛がってくれたじゃないか」

 

 咄嗟に振り向くレイとフレイア。

 そこには身長二メートルあろうかいう、筋肉隆々、白髪の男が立っていた。

 隣には魔獣、マンティコアがいる。

 

「せっかく最後にデカい仕事を見せてやろうってのに。ダラシねぇ奴らだぜ」

 

 気絶して縛られている部下を見ながら、男はそう吐き捨てる。

 レイは本能的に感じ取っていた。

 この男、普通じゃない。

 

「おい、そこのガキンチョども。お前ら何者だ?」

「……見ての通り、操獣者だ」

「あとマリーの仲間」

 

 レイとフレイアの返事を聞いて、男は「なるほどなァ」と首の裏を掻く。

 レイは異様に感じていた。目の前の男は倒された盗賊達を見ても、動揺一つ見せていない。

 それどころか、面倒くさそうにさえ見える。

 

「お前ら、あの貴族娘の仲間だったのか」

「そういうアンタは、盗賊の仲間?」

「違うな。俺は王だ」

 

 男の目が妖しく光る。

 

「俺はウァレフォル。盗賊王だ」

「なっ!? お前が……ウァレフォル」

 

 レイは驚いた。目の前にいる男こそが、悪名高い盗賊王である事に。

 そしてフレイアは確信した。目の前の男が、マリーを狙っている犯人であると。

 

「そうアンタが盗賊のリーダーってわけ」

「あぁそうさ」

「なんでマリーを狙うの?」

「あの貴族娘の事か? そんなもん簡単さ。娘を攫えばサン=テグジュペリは言う事を聞かざるを得ない」

 

 それにな、とウァレフォルは続ける。

 

「女ってのはなァ、奴隷として高く売れるんだよ」

「……レイ。コイツぶっ飛ばすけどいいよね」

「あぁ。こういう下種は死なない程度にシバくのが一番だ」

 

 静かに怒りを燃やすレイとフレイア。

 だが二人の様子を見たウァレフォルは、大きな笑い声を上げた。

 

「ハハハハハハ! 間違いがあるぞガキンチョども」

「なにがさ」

「……死ぬのは俺様じゃなくて、お前らだ」

 

 冷たいトーンでそう言い放ったウァレフォル。

 その右手には、黒い円柱形の魔武具が握られていた。

 

「なっ!? それは」

『ダークドライバー! そういう事か。この男がゲーティアの悪魔だったのか!』

 

 レイとフレイアの間に、強い緊張感が走る。

 

「こい、マンティコア!」

「ガオォォォ!」

 

 マンティコアは咆哮を一つ上げると、ダークドライバーに吸い込まれていった。

 マンティコアの魔力が邪悪な炎と化して、ダークドライバーに点火される。

 

『来るぞ、気をつけろ!』

「トランス・モーフィング」

 

 呪文を唱えると、ウァレフォルの全身が黒い炎に包まれた。

 黒炎の中で、ウァレフォルの身体が余さず作り替えられていく。

 数秒の後、黒炎を払って、悪魔と化したウァレフォルがその姿を見せた。

 

 人間らしい特徴は二足歩行という点のみ。

 獅子の頭に、蝙蝠の羽根。

 蠍の尻尾が生えた異形が、そこには在った。

 

「さぁ。俺を満たしてくれるのは、どいつだ?」



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Page96:ウァレフォルの脅威

 獅子の頭が歪に笑うと同時に、圧が放たれる。

 レイとフレイアは、魔武具を握る手に力を込めた。

 

「部下共をこれだけ可愛がられたんだ。塗られた泥の礼は、しっかり返さなきゃなぁ」

「ケッ、盗賊の首領(ドン)が何言ってんだか」

「そもそもゲーティアの悪魔なら、問答無用でいいでしょ!」

「それもそうだ、なッ!」

 

 レイはコンパスブラスターを剣撃形態(ソードモード)に変形させ、ウァレフォルに駆け寄る。

 だがウァレフォルは動じない。

 まるで小動物がじゃれてきたかのように、落ち着いたものであった。

 

「遅ぇなぁ」

 

 ガキン!

 大きな音を立てて、レイの振り下ろしたコンパスブラスターは、蠍の尻尾に防がれてしまった。

 やはり固い。レイがそう感じたのも束の間。

 ウァレフォルは左手を大きく振りかざそうとしていた。

 

『レイ!』

「ッ!」

 

 スレイプニルの一声と同時に、レイは大きくバックステップをする。

 振り下ろされた獅子のかぎ爪は一種の斬撃と化し、レイが立っていた地面を大きく抉った。

 

「レイ、大丈夫!?」

「あぁ、なんとかな」

「ほう。躱したのか。少しは楽しめそうだな」

 

 獅子の頭部がにやつく。ウァレフォルは楽し気だ。

 

「獅子のかぎ爪に、蠍の尻尾か。マンティコアってのは面倒な特性持ってんな」

『二人とも、特に尻尾に気を付けろ。あれは強力な毒を持っているぞ』

「うげぇ、また毒持ちの敵なの~」

 

 フレイアが思わず愚痴をこぼす。

 しかし、それで事態が好転するわけではない。

 

「さぁ、次はどっちが遊んでくれるんだ?」

「フレイア。接近戦は厳しそうだけど、いけるか?」

「いく!」

「じゃあ俺はサポートだな」

 

 戦い方は構築できた。

 レイはコンパスブラスターを銃撃形態(ガンモード)に変形させる。

 

「なんだ? 二人同時か?」

「「正解だァ!」」

 

 フレイアはファルコンセイバーを構えて、ウァレフォルに駆け寄る。

 

「生半の攻撃じゃ俺様は傷つかねェよ」

「だったらパワーで押し切る!」

 

 フレイアがウァレフォルの身体に向けて剣を振り下ろそうとする。

 当たり前のようにウァレフォルは、蠍の尻尾を前に出して防御しようとするが……

――弾ッ!――

 銀色の魔力弾が一発。

 蠍の尻尾は大きく弾き返されてしまった。

 

「なにッ!?」

「後方支援忘れんな」

 

 数秒にも満たない攻防。

 ウァレフォルに再度防御態勢をとる時間はない。

 

「どりゃぁぁぁ!」

 

――斬ァァァァァァン!!!――

 

 炎を帯びたファルコンセイバーによる一撃。

 ウァレフォルは胴体を肩から斜めに斬り裂かれてしまった。

 

「ぐッ! テメェ!」

「どーだ! アタシ達のコンビネーション!」

「やっぱりアレでも致命傷には至らないか」

 

 フレイアのコンビ発言をスルーしつつ、レイは冷静にウァレフォルの頑丈さを分析する。

 

「(やっぱりゲーティアの悪魔を倒すには、アレを使うのが良いのか。でも今は……)」

 

 ファルコンセイバーの本領を発揮させるには、今はリスクが高すぎる。

 ならばギリギリまで出し惜しんだ方がいいだろう。

 レイはそう判断しながら、ウァレフォルに銃口を向け続けた。

 

「そうかァ、そうか。思った以上にやる奴ららしいなァ」

 

 胴体の傷をさすりながら、ウァレフォルは呟く。

 その傷は既に再生が始まっていた。

 

「テメェらが部下になってくれるなら、俺様はもっと名を上げられるんだろうなァ」

「なにそれ、勧誘?」

「そうだ。どうだ? 俺様の下に就かねぇか?」

「フレイア。答えは分かってるよな?」

「とーぜん」

 

 レイとフレイアはグリモリーダーから獣魂栞(ソウルマーク)を取り出し、叫んだ。

 

「「寝言にもなってねーよ!」」

「そうか。そりゃあ残念だな」

 

 心底残念そうな態度をわざとらしくとるウァレフォル。

 その様子がレイとフレイアの怒りにふれた。

 

「「インクチャージ!」」

 

 フレイアはファルコンセイバーに、レイはコンパスブラスターに獣魂栞を挿入する。

 ファルコンセイバーは巨大な炎の刃に覆われ、コンパスブラスターには白銀の魔力が溜まっていく。

 

「レイ!」

「任せろ!」

 

 レイは頭の中で術式を高速構築していく。

 同時並行して、もう一つの魔法も構築していった。

 そのままフレイアと共に、ウァレフォルの懐に突っ込む。

 

「まとめて引き裂かれたいらしいなァ!」

 

 ウァレフォルは両手の獅子のかぎ爪に魔力を溜める。

 その攻撃をもって、二人を戦闘不能にするつもりだ。

 しかしウァレフォルの構えを見ても、レイとフレイアは止まらない。

 

「その顔面剥いでやる!」

「魔力障壁展開!」

 

 ウァレフォルが両手を振り下ろすと同時に、レイは正面に魔力障壁を展開した。

 獅子のかぎ爪が障壁に突き刺さる。

 当然障壁は引き裂かれていくが、一瞬の隙を作ることができれば十分だ。

 障壁のおかげで僅かにレイ達に届かなかったかぎ爪。

 そのままかぎ爪が勢いよく下にいく。

 ここがチャンスだ。

 

流星銀弾(りゅうせいぎんだん)!」

 

 レイは即座に、コンパスブラスターの銃口をウァレフォルの腹部に当てる。

 そのまま引き金を引いた。

 

――弾ッ弾ッ弾ッ!!!――

 

 強力な魔力弾がウァレフォルの腹部を貫く。

 そのままウァレフォルの身体は後方に吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられた。

 

「フレイア!」

「わかってる!」

 

 頭を上げたウァレフォルの眼前には、巨大な炎の刃を構えたフレイアの姿があった。

 

「バイオレント・プロミネンス!」

 

――業ォォォォォウ!!!――

 

 炎の刃がウァレフォルの身体を焼き斬る。

 しかしそれでも致命傷には至っていなかった。

 

「ぐゥ、流石にこれは、効いたぜェ」

「ん~、一撃必殺は難しいか~」

「オイオイ、頑丈すぎだろ」

 

 とはいえ確実にダメージは与えられている。

 高出力の技を連打すれば突破口は見えるかもしれない。

 レイがそう考えた矢先であった。

 ウァレフォルが妙な笑い声を上げ始めたのだ。

 

「ハハハ……ハハハハハハハハハハハ! そうか。これがお前らの実力なんだな」

「うっさい。隠し玉だってある」

「フレイア。そういう事は言うな」

 

 ウァレフォルの傷は既に再生が始まっている。

 このままでは全回復されてしまう。レイは追撃を加えようとするが、それより早く黒炎が放たれた。

 

「うわっ、危なッ」

 

 紙一重で回避するレイ。

 ウァレフォルの手には、ダークドライバーが握られていた。

 

「だいたい理解できた。これならなんとかなるな」

 

 そう言うとウァレフォルは全身に力を入れる。

 すると傷は瞬く間に治り、元の状態へと戻ってしまった。

 

「ここで殺してもいいが、どうせなら絶望を与えてからの方が面白い」

「何を言ってんだ?」

「盗賊王である俺様が奪ってやるって言ってんだ。テメェらから大切なものをな。殺すのはそれからでもいい」

 

 獅子の頭が下卑た笑みを浮かべる。

 明らかに嫌な予感しかしない。レイとフレイアは警戒心を強めた。

 

「そうと決まれば話は早いな。運びをやっていた奴らも裏に行ってる」

 

 そう言うとウァレフォルは、どこからか一つの魔武具(まぶんぐ)を取り出した。

 先ほどレイ達は見かけた、用途不明の魔武具と同じだ。

 筒の中にチョークのような物が見える。

 

「アレって、さっき木箱に入ってた魔武具」

「……」

 

 レイは魔武具を凄まじい集中力で観察する。

 特に気になったのは、中に入っているチョークのようなものだ。

 

「(チョーク? まさか)」

 

 ウァレフォルは、魔武具をお手玉のように投げながら語る。

 

「ザガンの土産を使うのは癪に障るが。せっかく頂いたんだ、有効活用してやらなきゃなァ」

 

 ウァレフォルは魔武具のスイッチを押し、適当に投げた。

 レイ達の足元に転がってくる魔武具。

 その異質さに気づいたのは、スレイプニルであった。

 

『ッ!? レイ、気をつけろ! 内部で高濃度の魔力を感じる!』

「魔力!? まさか!」

「えっなに? 爆弾かなにか!?」

 

 フレイアがそう言った次の瞬間、魔武具が眩い光を放ち始めた。

 これは不味い。レイは咄嗟に魔力障壁を発動した。

 

「形状変形、魔力障壁!」

 

 ドーム状に変形させた魔力障壁で魔武具を覆う。

 瞬間、凄まじい轟音と共に、魔武具が大爆発した。

 

「ッ!」

「うわッ!?」

 

 魔力障壁が破壊され、溢れ出た爆風でレイとフレイアは吹き飛ばされてしまう。

 それを見届けたウァレフォルは、満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「ほう。ザガンにしては中々の玩具じゃないか。気に入った」

 

 ウァレフォルは近くにあった木箱から爆弾魔武具を取り出す。

 

「どうせ見つかったんだ。ここにはもう居られないなァ」

「おいテメェ! 逃げる気か!」

「次の仕事場に行くだけだ。サン=テグジュペリで派手に略奪をしてやる」

「悪いけど、マリーの故郷で勝手な事はさせないから」

「止めたいなら好きにしろ。生きて此処を出られたらの話だけどな」

 

 木箱を蹴り飛ばし、爆弾魔武具をばら撒くウァレフォル。

 

「ちょっ!? まさか全部爆発させる気!?」

「じゃあな、GODの操縦者。お前らの仲間にゃ良い食い物になってもらうよ」

 

 そう言い残し、ウァレフォルは爆弾魔武具のスイッチを一つ入れた。

 そしてダークドライバーで空間に裂け目を作り、裏の世界に去っていった。

 

「逃がすか!」

「待てフレイア! 向こうの空間が安全かわからない」

「だけど!」

「それより今この状況がマズい!」

 

 爆弾魔武具の解除方法はわからない。

 そもそもこんな狭い空間で一つが爆破すれば、他の魔武具も連鎖して大爆発するに決まっている。

 悩んでいる暇はない。

 

『レイ!』

「わかってる! フレイア!」

 

 グリモリーダーを構えて、仮面越しにアイコンタクト。

 フレイアに意図は伝わったのか、同じくグリモリーダーを構えてくれた。

 

 その数秒後、爆弾魔武具は爆発。

 連鎖して周囲の魔武具が爆発し、洞窟は火と爆風の海に飲み込まれた。

 轟音を立てて崩壊する洞窟。

 小規模ながら土砂崩れも発生した。

 

 爆発が収まり、崩壊した洞窟からも音が消える。

 

 数十分後。

 崩壊した洞窟の跡から、何かが掘り進める音が聞こえてきた。

 

「もう一発だ。スラッシュホーン!」

 

 洞窟の入り口があった場所。

 その奥から崩れた岩山を突き破って、鎧装獣スレイプニルが姿を現した。

 

『ふぅ、やっと外に出られた』

「グォォォォォォ」

『おつかれイフリート。傷は大丈夫?』

 

 スレイプニルの後ろからは、鎧装獣イフリートの姿があった。

 先程の爆発の直前、レイとフレイアは身を守るために、防御力が必然的に高くなる鎧装獣となったのだ。

 

『スレイプニルは大丈夫か?』

「問題ない。あの程度の爆発、鎧装獣となればかすり傷にもならん」

 

 ひとまず鎧装獣化を解除する二人。

 周囲には崩れた岩と、盗賊の亡骸。

 

「……あのウァレフォルとかいう奴。自分の仲間を巻き込んだんだ」

「だな」

「なんで自分の仲間を殺せるんだろう」

「さぁな。悪魔だからじゃねーの」

 

 結局推測の域は出ない。

 だが一つ分かることがある。それはウァレフォルとは分かり合えないという事だ。

 

 レイとフレイアは盗賊の亡骸に、簡単な祈りを捧げる。

 

「フレイア、わかってるな」

「うん。アイツの次の狙いは」

「マリーと、サン=テグジュペリだ」

 

 仲間と、その故郷を守る。

 レイとフレイアはサン=テグジュペリの街へと急行した。



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Page97:邪悪に歓喜する者ども

 悪魔達の棲む裏側の世界。

 反転宮殿レメゲドンの中で、金髪の少年ことザガンは、魔僕呪を回収していた。

 

「はい、たしかに。ではこちらをどうぞ」

「ケヘヘ、ありがとうよ」

 

 ウァレフォルの作った裂け目を通じて、裏側に来た盗賊達。

 彼らは組織が所持していた魔僕呪の原液を対価に、ザガンから金を受け取っていた。

 革袋いっぱいに詰まった金を前に、歓喜する盗賊達。

 傍から見ればザガンの気前が良いようにも見える。

 だが実際はザガンにとって、金というものに価値は無かった。

 

「(欲深く、愚かですね)」

 

 口には出さないが、ザガンは目の前の盗賊達を冷めた目で見る。

 だが兵隊は多いに越したことはない。

 せいぜい盗賊達には踊ってもらおうと、ザガンは考えていた。

 

 そんな中、ザガンの近くに空間の裂け目が現れた。

 裂け目の向こうから、白髪の大男が姿を現す。

 ウァレフォルだ。

 

「よいせっと。テメェら! ちゃんと仕事はしただろうなァ?」

「お頭! 当然ですぜ!」

「見てくれよお頭! この金全部オレらのですぜ!」

「そうかそうか。高く買い取ってもらえたか」

 

 盗賊達が見せてきた金の詰まった袋の数々。

 ウァレフォルはそれを見て満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ウァレフォル。何かトラブルでもあったのですか?」

「あん? なんでそう思う」

「腕に傷が増えています。虫にでも噛まれましたか?」

「そうだなぁ。ちと面倒な虫が湧いてたな」

 

 過去形。そして余裕風を吹かせるウァレフォル。

 ザガンはその様子を確認して、それ以上追及することはしなかった。

 

「そう言えばよォ。お前から貰った爆弾、あれは中々良い玩具だったぜ」

「はぁ……貴方でしたか、勝手に持ち出したのは」

「固ぇこと言うなって。同じ悪魔のよしみだろ」

「アレはまだ試作段階なのですが……せめてデータは欲しいところですね」

「俺様が楽しめる威力だった。データなんざこれで十分だろ」

 

 ガハハと笑い声を上げるウァレフォル。

 ザガンは額に手を当てて、呆れるばかりであった。

 

「まったく、貴方という人は」

「そうだなァ。詫びと言っちゃあなんだが、新しいデータを取ってくるってのはどうだ?」

 

 ウァレフォルの提案を聞いて、ザガンの目つきが変わる。

 

「あの爆弾魔武具、まだ数はあるだろ?」

「えぇ、まだありますよ。どこで使う気ですか?」

「そりゃあ当然、サン=テグジュペリよ」

 

 嬉々として語るウァレフォル。

 サン=テグジュペリを爆撃し、略奪と虐殺を楽しむという算段だ。

 ザガンは少し考え込む。

 提案としては魅力的。データも取れる。使命も全うできる。

 ただ一つ懸念事項があるとすれば、サン=テグジュペリという名前。

 

「ウァレフォル。一つ聞いてもいいですか」

「なんだ?」

「貴方が始末した虫。どのような操縦者でしたか?」

「あぁその事か。赤いのと銀色のと、どっちも今頃洞窟の下敷きだろうよ」

 

 赤色と銀色の操縦者。

 それを聞いたザガンは、眉をひそめた。

 懸念事項も当たっていそうだ。

 

「やはり、あの操縦者達のようですね」

「なんだザガン。知り合いだったか?」

「少し面倒な相手ですよウァレフォル。特に銀色の操縦者は、死んでいないと考えた方が良いでしょう」

 

 何せあの戦騎王と契約をしている操縦者だ。

 ザガンは忠告をするが、ウァレフォルは不機嫌になるばかりであった。

 

「ザガン、テメェ俺様が下手な仕事するとでも言いたいのか?」

「ちょっとした忠告ですよ。王獣と契約した操獣者がいます。油断はしないでください」

「王獣ねェ。ガキじゃあ力の持ち腐れで終わるだろうよ」

「その油断が命取りにならない事を祈りますよ」

「舐めるな。俺様は盗賊王ウァレフォルだぞ。奪えねぇもんは無い」

「では、その実力を陛下に捧げていただきましょうか」

 

 そう言うとザガンは指をパチンと鳴らした。

 その音に反応して、宮殿の奥から一頭のグリフォンが姿を見せる。

 ザガンの契約魔獣だ。

 グリフォンは大量の魔武具を入れた荷台を引っ張って来る。

 

「お望みの爆弾です。使い方はご存じですよね」

「あぁ。ありがたく使わせてもらうぜ」

 

 爆弾魔武具を一つ手に取り、笑みを浮かべるウァレフォル。

 彼はそのまま盗賊達の方へと振り向き、声を上げた。

 

「野郎どもォ! 呑気してる貴族様に一泡吹かせたくねェか!?」

「「「ウォォォォォォォォォォォォ!!!」」」

「金も女も土地もォ! 全部奪いたいと思わねェか!?」

「欲しい!」

「俺もだお頭!」

「女、女をくれェ!」

 

 興奮が最高潮に達する盗賊達。

 ならばとウァレフォルは、最後の一押しをする。

 

「欲しけりゃ奪う。それが俺達のルールだ! 野郎どもォ! サン=テグジュペリで、派手にやろうじゃないかァ!」

「「「ウォォォォォォォォォォォォ!!!」」」

 

 略奪に夢を見て、盗賊達は興奮の雄叫びを上げる。

 ウァレフォルはそれを満足そうに見届けて、空間に裂け目を作った。

 興奮冷めぬまま、裂け目の中に飛び込む盗賊達。

 ザガンはそんな彼らを冷めた目で見届けていた。

 

「まったく。俗物は理解しかねますが、使いやすいという点では便利ですね」

 

 小さな呟きは誰にも聞こえない。

 惨劇の足音は、確実にサン=テグジュペリに近づいていた。



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Page98:手放したくない事

 レイ達が盗賊退治に赴いている頃。

 家族と喧嘩をしたマリーは、自室に閉じこもっていた。

 父と長兄の理解を得られない事が、マリーの心に深い影を落とす。

 

「わたくしは……夢を掴みたくて……」

 

 操獣者(そうじゅうしゃ)という夢を掴みたい気持ち。

 だが同時にマリーの心に芽生えているのは、戦いの中で知ってしまった恐怖。

 二つの感情が激しく衝突し合う。

 

『ピィ……』

「ローレライ……わたくしは、どうすれば良いのでしょうか」

 

 白い獣魂栞(ソウルマーク)からローレライが心配そうに声を上げる。

 しかし答えが出る訳ではない。

 マリーは目尻に浮かんだ涙を拭い、ただ己の無力さを痛感するばかりであった。

 その時であった。マリーの部屋の扉を叩く音が聞こえる。

 父か長兄だろうか。マリーはすぐに扉を開ける気にはならなかった。

 

「マリーちゃん。私だけど」

「今開けますわオリーブさん!」

 

 来訪者がオリーブと分かった瞬間、マリーは瞬時に自室の扉を開けた。

 恋心は何よりも優先される感情なのである。

 あわよくばママに癒してもらいたい。

 

「お、おじゃましまーす」

「そんなに畏まらなくてもよろしいですわ」

「そ、そうかな?」

 

 女友達の部屋に入る経験があまり無かったオリーブは、少し緊張していた。

 オリーブは何気なく部屋を見回す。

 

「以前来た時より、随分とさっぱりした部屋でしょう」

「えっ、あ……うん」

「諸々処分してしまったのです。決別の思いで」

 

 遠い目で語るマリー。それを見てオリーブは、どこか寂しさのようなものを感じた。

 

「決別……マリーちゃんは、家族が嫌いなの?」

「……どうなのでしょう。自分でもよく分かりませんわ」

 

 ベッドに腰掛けて、マリーは呟く。

 実際マリー自身、自分の気持ちを理解しかねる部分があった。

 それは家族との向き合い方が分からないとも言う。

 

「お母様とルーカスお兄様はわたくしを見てくれています……ですがお父様とクラウスお兄様は……」

 

 オリーブの前で言葉にするのは、些か躊躇いがあった。

 マリーは少し口篭ってしまう。

 

「以前から何も変わってませんわ。お父様もクラウスお兄様も、わたくしではなくサン=テグジュペリの娘を愛したいだけなのです」

「マリーちゃん……」

「わたくしは、わたくし個人をちゃんと見て欲しかっただけなのです。貴族の娘だけでなく、マリーという個人を」

「マリーちゃん個人って、操獣者になること?」

「はい。わたくしの夢ですわ」

 

 俯きながら語るマリー。そんな彼女の隣に、オリーブが腰掛ける。

 

「ねぇマリーちゃん。今でも夢は変わってないの?」

「……少し、分かりませんわ」

 

 マリーの脳裏に浮かぶのは、ブライトン公国での敗北。

 生まれて初めて体感した、死の恐怖。

 

「操獣者という夢を手放したくない気持ちは確かにあります……ですが」

「怖い気持ちもある」

「……はい」

「マリーちゃん、私と同じだ」

 

 空元気な笑みを浮かべるオリーブ。

 

「私もね、今すごく怖いの。戦争も始まっちゃったし、ゲーティアって敵もすごく強いし」

「オリーブさん」

「私が死んじゃったら、妹達が困っちゃうし。お父さんやお母さんも悲しんじゃうだろうし」

 

 それにね、とオリーブが続ける。

 

「やっぱり、死ぬのが怖いなぁ」

「……はい。怖いですわね」

「きっと、今操獣者をやめるって言っても、フレイアちゃん達は私達をとめないと思うんだ」

「そうですわね。フレイアさんやレイさんは、わたくし達を尊重するでしょう」

「うん。だけどねマリーちゃん……操獣者、本当にやめたい?」

 

 真剣な眼差しで、オリーブはマリーの顔を見つめる。

 マリーはすぐに言葉が出てこなかった。

 

「私はね、やめたくないんだ」

「どうしてですか? あれだけ怖い思いをしたのに」

「怖いよ。死んじゃうかもしれないから、すごく怖い……だけど、逃げたくないの」

「逃げたくない、ですか?」

「みんなを守れる操獣者になる。それが私の夢だから。逃げたくない。レイ君みたいに夢を掴みたい」

「……オリーブさんは、本当にレイさんに憧れているのですね」

 

 いざ改めて言われると、オリーブは赤面してしまう。

 マリーは複雑な気持ちになった。

 

「私ね、レイ君みたいに強い人になりたいんだ。大切な人たちを守れる、強い人に」

「オリーブさん。どうしてそこまでレイさんに憧れているのですか?」

 

 素朴な疑問。

 マリーが聞いた限りでは、レイは人との交流をほとんど絶っていた筈だ。

 何故オリーブはレイに憧れを抱いているのだろうか。

 

「……昔ね、私と妹が八区の採掘場に閉じ込められたことがあるんだ」

「えっ!?」

「喧嘩して家出しちゃった妹を探しに行ったんだけど、その時に採掘場で落盤事故が起きちゃったの」

「それ、大丈夫だったのですか?」

「うん。最初は頑張って助けを呼んだりしたんだけど、段々暗くて寒くて、怖くなっちゃって……妹の前だから泣かないように頑張ってたんだけど、涙が出てきちゃって」

 

 オリーブは当時の事を鮮明に思い返す。

 妹を抱きしめながら、声を押し殺して泣いていたその時であった。

 

「崩落した採掘場の入り口をね、壊して私達を見つけてくれた人がいるんだ」

「それが、レイさんですか?」

 

 小さく頷くオリーブ。

 当時レイは調整不足であったデコイ・モーフィングシステムを使い、誰よりも早くオリーブ達を見つけたのだった。

 コンパスブラスターを使い、崩落した採掘場の入り口を破壊し、脱出口を作る。

 そしてオリーブ達に近づいて、こう言ったのだ。

『一緒に叱られてやるから、帰るぞオリーブ』

 それが、オリーブという少女がレイに恋する最初の切っ掛けでもあった。

 

「私ね、レイ君みたいに強い人になりたいなって思って……操獣者になって、みんなを守りたいって夢を持つようになったんだ」

「それが、オリーブさんの思いですか」

「うん。子供っぽいかな?」

「まさか。とても気高いと思いますわ」

 

 少し自嘲気味に答えるマリー。

 オリーブが眩しくて仕方なかったのだ。

 そして、羨ましくて仕方なかった。理解ある家族も、勇気もある。そんなオリーブが羨ましくて仕方なかった。

 

「オリーブさんは、操獣者を続けますか?」

「うん。怖いけど、ここで夢を手放したくないから」

「……オリーブさんは、強いですわね」

「そんなことないよ。みんながいるから、私は立っていられるだけだから」

 

 オリーブはマリーの手を握る。

 

「もちろん、マリーちゃんもいるからだよ」

「オリーブさん」

「みんながいるから、怖いことも乗り越えられる気がする。だから私は、戦える」

「わたくしは……まだ答えが出ません」

「マリーちゃんのペースでいいよ。レイ君ならきっとそう言うから」

「ふふっ。本当にレイさんのことが好きなのですね」

「はえ!? もうマリーちゃん!」

 

 顔を真っ赤に染めて、オリーブは可愛らしく抗議する。

 それを微笑ましくマリーは受け止めていた。

 そんなマリーの心は、少しばかり軽くなっていた。

 

「ねぇマリーちゃん。もう一回、お父さん達とお話ししてみたらどうかな?」

「お父様とですか?」

「うん。マリーちゃんの夢をちゃんと伝えるの」

「ですが……」

「一人で不安だったら、私も一緒にいるから。だからお話し、しよ」

 

 しばし迷うマリー。

 父親と話をするのはいいが、そもそも話を聞いてもらえるのか。

 そしてマリー自身が操獣者を続けられるか、まだ迷いがあった。

 マリーは不安気にオリーブの手を握り返す。

 オリーブは優しい笑みを浮かべてそれを受け入れるが、マリーには若干の下心があった。

 

「マリーちゃん、やっぱり怖い?」

「……そうかしれませんわ。ですが……」

 

 マリーは決心したように、顔を上げる。

 

「ここで恐れていては、きっと前に進めないのでしょうね」

「うん。じゃあ一緒に行こっか」

「はい! 是非、手を繋ぎながら!」

「うゆ? いいけど。マリーちゃん甘えん坊さんだね」

 

 前に進むためにも、今はマリーの父親と話をしよう。

 二人がそう考えて、ベッドから立ち上がった瞬間であった。

 

――轟ォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

 凄まじい爆発音が、屋敷にまで響いてきた。

 

「えっ!? なんの音!?」

「街の方からですわ!」

 

 マリーは慌てて部屋の窓を開ける。

 街の方からは、いくつもの爆煙が立ち上っていた。

 

「マリーお嬢様、ご無事ですか!?」

「グスタフ。何があったのですか」

「それが、ウァレフォルの一味が街に攻撃を仕掛けてきたそうです」

「なんですって!?」

 

 空で自分を襲ってきた盗賊の一味。

 それが街を爆撃し始めたと聞いて、マリーは胸が締め付けられた。

 

「ひとまずお嬢様方は安全な場所へ避難を」

 

 執事のグスタフが避難誘導しようとするが、オリーブは開いた窓に足をかけ始めた。

 

「オリーブさん!」

「マリーちゃんは逃げてて! 私は悪い人達を倒してくるから!」

「ですがオリーブさんも変身は」

「無茶しなければ大丈夫だよ。マリーちゃんの故郷、絶対守るから!」

 

 オリーブは服のポケットから黒い獣魂栞を取り出す。

 

「ゴーちゃん、いけそう?」

『ンゴォォォォォォ!』

「うん、ありがとうゴーちゃん。Code:ブラック解放!」

 

 Code解放をした獣魂栞を、オリーブはグリモリーダーに挿し込む。

 そして十字架を操作。

 

「クロス・モーフィング!」

 

 魔装、変身。

 オリーブは黒い魔装に身を包み、窓から飛び降りた。

 

「……わたくしは……」

『ピィ……』

 

 爆煙立ち昇る街に向かって駆け出すオリーブ。

 変身したくても、今はできない無力さ。

 マリーはその背中を見つめながら、拳を握りしめる事しかできなかった。



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Page99:爆撃開始!

 サン=テグジュペリの街はパニックに陥っていた。

 山から下りてきたウァレフォルの一味による爆弾攻撃。

 強い破壊力を持つ爆撃によって、街は既に酷い被害を受けていた。

 

「ヒャーハハハ! 派手に爆ぜろォ!」

「鉄でも金でも、なんでも奪えー!」

「女だァ! 女を捕まえろォ!」

 

 ハグレ操獣者(そうじゅうしゃ)の集団が略奪をしていく。

 警邏の操獣者が交戦するが、魔僕呪によって強化されているハグレ操獣者の前には歯が立たない。

 次々と倒され、変身を強制解除に追い込まれてしまう。

 魔僕呪(まぼくじゅ)の効能でハイになっているハグレ操獣者達。彼らは目についたものは何でも奪っていく。

 それは物でも人でも関係ない。ハグレ操獣者達は嬉々として略奪を楽しんでいた。

 街の人々は絶望に包まれる。

 抵抗すらできない屈辱。奪われる無力感。

 生活を蹂躙されていく様を、ただみている事しかできなかった。

 

 しかし、希望はまだ潰えていない。

 騒ぎに気がついたオリーブが、街に現れたのだ。

 

「ひどい……」

 

 街の惨状を目にして、オリーブは魔装の下で歯を食いしばる。

 そんな中、ハグレ操獣者達がオリーブに気がついた。

 

「あぁ、なんだ? 新手の操獣者かァ?」

「随分ちっせぇ奴だな。ガキは大人しく俺らの金になればいいんだよ!」

「なんで……なんでこんな酷いことをするんですか!」

 

 思わずオリーブは声を荒らげてしまう。

 だがハグレ操獣者達はゲラゲラと笑い飛ばすばかりであった。

 

「なんでかって? そりゃ決まってんだろ」

「盗賊稼業が楽で楽しいからさ」

「盗賊はいいぞォ! 何でも手に入るからなァ!」

 

 街を蹂躙する事に対する罪悪感など欠片も存在しない。

 ハグレ操獣者達はただ己の快楽を満たすためだけに、略奪をするのだ。

 決して分かり合えない相手。

 それを理解させられてしまった瞬間、オリーブの中で何かが弾けた。

 

「私……あなた達のこと、許せないです」

 

 親友の故郷が酷い事になった。

 その実行犯に反省は皆無だった。

 戦う理由は、それで十分。

 

「テメーの許しなんかいらねェんだよ!」

「俺らに勝てると思うなよ!」

 

 ハグレ操獣者達はことごとく、オリーブを舐める。

 目の前にいる小さな操獣者に、魔僕呪を服用した自分達が負けるとは毛頭思っていないのだ。

 一人のハグレ操獣者が、剣型魔武具(まぶんぐ)を手にして攻撃を仕掛ける。

 

「お前も俺らの養分になれやァァァ!」

 

 雄叫びを上げながら襲いかかるハグレ操獣者。

 オリーブの頭の中は冷静であった。

 ハグレ操獣者が接近するのを待ち、冷静に右の拳を叩き込んだ。

 

「ていっ」

 

――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

 もはや悲鳴一つ聞くことは無い。

 オリーブに殴られたハグレ操獣者は、凄まじい勢いで空高く打ち上げられてしまった。

 そのまま後方の民家の屋根に墜落するハグレ操獣者。

 残された仲間達は、その光景を呆然と見つめる事しかできなかった。

 

「私、今すごく怒ってます」

 

 オリーブは仮面の下で、ハグレ操獣者達を睨む。

 

「手加減はあまりできそうにないんで、先に謝っておきますね」

 

 ようやく我に返ったハグレ操獣者達。

 仲間が倒された事で、彼らの間に怒りが湧き出てきた。

 

「このガキがァァァ!」

「よくも俺らの仲間をォォォ!」

「てーいっ!」

 

――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォォォン――

 

 怒り狂ったハグレ操獣者達を、オリーブは次々殴り飛ばしていく。

 魔僕呪の影響で正常な判断ができないハグレ操獣者。

 闇雲に攻撃を仕掛けては、オリーブの拳の餌食となっていった。

 

「ヤロウ! ブッ殺してやる!」

 

 背後からハグレ操獣者がオリーブに大鎚型魔武具を振り下ろす。

 しかしその気配は、オリーブの契約魔獣であるゴーレムに気づかれてしまった。

 

『ンゴォォォ!』

 

 ガキン!

 大きな音を立てて、無力化される大鎚。

 オリーブの魔装には、傷一つついていない。

 

「な、なんだと!?」

「固有魔法【剛力硬化(ごうりきこうか)】。私達にそんな攻撃は通用しません!」

 

 動揺して判断が遅れたハグレ操獣者。

 振り返ったオリーブの攻撃を避ける事を忘れてしまった。

 

「てーい!」

 

――怒轟ォォォォォォォォォン!――

 

 腹部に拳を一発。

 ハグレ操獣者は大鎚型魔武具を落として、遥か彼方に吹っ飛ばされてしまった。

 周辺のハグレ操獣者を撃退したオリーブは、地面に落ちた大鎚型魔武具を拾い上げる。

 

「あっ、これイレイザーパウンドですね」

『ンゴンゴ』

「私のはお屋敷に置いて来ちゃったから、ちょうど良かったです」

 

 これだけ派手に暴れて、他の盗賊達が気づかない訳がない。

 街の奥からは、数十人のハグレ操獣者が駆けつけてきた。

 いずれも怒り狂っている。

 

「テメェか! 俺らに刃向かったのは!」

「俺らの仲間潰して生きて帰れると思うなよ!」

 

 ハグレ操獣者の集団。全員魔武具で武装している。

 オリーブも大鎚(イレイザーパウンド)を装備できているが、流石に相手が多すぎる。

 

「……ちょっと、ピンチかも」

 

 ゴーレムの負傷は全快していない。故にオリーブは現在本調子とは言い難いのだ。

 不安がオリーブの中に芽生える。

 しかし逃げる事はできない。

 ここで逃げれば想像を絶する被害が街を襲う。それだけは絶対に回避しなければならない。

 どうするべきか……オリーブがそう考えた次の瞬間。

 

「キュイィィィ!」

 

 街の空から巨大な影が落ちる。同時に、ミントグリーンの霧が街に振り撒かれた。

 

『オリーブ、大丈夫?』

「アリスさん!」

 

 空を飛んでいるのは鎧装獣(がいそうじゅう)となったロキ。

 散布されているのは、敵の動きを止める幻覚魔法だ。

 

「な!? どうなってやがる!」

「身体が動かねぇ!」

 

 突然身体が動かなくなり、ハグレ操獣者達は動揺する。

 その隙にロキは鎧装獣化を解除し、魔装に身を包んだアリスが、オリーブの前に飛び降りた。

 

「街、大変なことになってる」

「はい。アリスさん、レイ君達は?」

「多分まだ山。アリスは捕まえた盗賊を運ぶのに戻ってきただけ」

「そうだったんですか。でも今は心強いです」

 

 最高のサポーターが来てくれた。それだけでオリーブの中に勇気が芽生えた。

 オリーブとアリスは、目の前で硬直しているハグレ操獣者に目をやる。

 

「アレ、早く片付けよう」

「はい! サポートお願いします!」

 

 二人が武器を構えると同時に、ハグレ操獣者達にかかっていた魔法が切れる。

 ハグレ操獣者は次々にオリーブ達へと襲いかかってきた。

 

「この糞アマがァ!」

「とりゃー!」

 

 重量を上げたイレイザーパウンドで、襲いかかるハグレ操獣者を次々に吹き飛ばしていくオリーブ。

 その凄まじいパワーを前に、ハグレ操獣者はなす術もなく餌食になっていった。

 

「だったら先にこっちのチビから!」

「甘い」

 

 アリスに狙いを定めるハグレ操獣者。

 しかし動きは単調。アリスは冷静に幻覚魔法を付与したナイフで切りつけた。

 

「エンチャント・ナイトメア」

 

 強力な幻覚を植え付けられたハグレ操獣者は、その場で気絶してしまう。

 アリスとオリーブ、二人の想像以上の強さに残ったハグレ操獣者達は恐れを抱き始めた。

 

「な、なんだよコイツら!」

「強すぎるだろ!」

 

 魔僕呪を服用した自分達が手も足も出ない。

 ハグレ操獣者達には、その現実が恐ろしかった。

 無敵を超える強者。現実がそれを認めさせてくるのだ。

 

「て、テメェら! 何者なんだ!?」

 

 一人のハグレ操獣者が声を上げる。

 オリーブは大鎚を前に突き出して、こう言った。

 

「自称、ヒーローです!」

「オリーブ、それレイとフレイアの真似?」

「えへへ、一回言ってみたかったんです」

 

 ハグレ操獣者の間に恐れが伝染する。

 目の前の強敵が恐ろしい事もあるが、ここで倒されればウァレフォルに始末されてしまう。

 ならいっその事、相打ち覚悟で攻撃を仕掛けた方がいいのではないか。

 半ば自暴自棄な考えをハグレ操獣者達の中によぎった瞬間、彼らにとって救世主となる声が響いてきた。

 

「なんだお前ら、随分苦戦してるみてェじゃねーか」

 

 ハグレ操獣者達をかき分けながら歩いて来たのは、白髪の大男。

 ウァレフォルである。

 その後ろにはマンティコアもいる。

 

「お頭!」

「お前らは下がってろ。アイツらは俺様が遊んでやる」

「へ、へい!」

 

 ウァレフォルの一言によって、ハグレ操獣者達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 アリスとオリーブは、ウァレフォル対峙する。

 

「……あなたが、盗賊のボスですか?」

「あぁそうだ。俺様が盗賊王、ウァレフォル様だ」

「あなたのせいで、街が大変なことに」

「そうだな。たまたま俺様の目についたのが運の尽き。まぁ犬に噛まれたとでも思ってくれや」

「ふざけないでください!」

「ふざけたのはテメーらだろ? 俺様の部下を可愛がって、俺様の顔に泥を塗ったんだ」

 

 そう言いながらウァレフォルは一本の黒い筒状の魔武具を取り出す。

 オリーブとアリスは、それを見た瞬間仮面の下で驚愕した。

 

「それって!?」

「ダークドライバー」

「なんだ知ってんのか。じゃあこの後どうなるかも分かるよなァ!?」

 

 ウァレフォルがダークドライバーを掲げると、マンティコアが吸い込まれる。

 そして邪悪な炎が点火された。

 

「トランス・モーフィング!」

 

 呪文を唱えると、ウァレフォルの全身が黒い炎に包まれた。

 数秒の後、黒炎を払って、獅子の悪魔と化したウァレフォルがその姿を見せた。

 

「その姿、あなたゲーティアの悪魔だったんですね」

「あぁそうだ。テメーらはこの姿で遊んでやる」

「オリーブ、気をつけて」

「はい」

 

 大鎚を握る力が強まるオリーブ。

 勇気を振り絞ってはいるが、まだゲーティアに対する恐怖が完全に消えた訳ではないのだ。

 そんな事は露知らず、ウァレフォルは下卑た笑みを浮かべる。

 

「さぁてと。まずはどう遊んでやるかな」

 

 品定めするようにオリーブとアリスを見るウァレフォル。

 そして遊び方を決めた。

 

「決めた。まずはこの爪で引き裂いてやる!」

 

 ウァレフォルは跳躍し、獅子の爪を二人に向けてくる。

 オリーブとアリスは咄嗟に回避。

 獅子の爪は地面を大きく引き裂いた。

 

「ほう。反射神経はあるみたいだな。そうでなきゃ遊びごたえがない」

「オリーブ、大丈夫?」

「はい……なんとか」

 

 オリーブは引き裂かれた地面を見てしまう。

 あと一瞬遅れていたらどうなっていたか、オリーブの中で恐怖が小さく生まれた。

 

「そうだなァ、じゃあ次はこれなんてどうだ!」

 

 獅子の爪に魔力が纏わりつく。

 ウァレフォルは爪を大きく振り、魔力の斬撃を繰り出した。

 アリスは咄嗟の回避に成功。しかしオリーブが一瞬遅れてしまった。

 

「オリーブ!」

「っ!」

 

 オリーブは無意識に大鎚を前に出して防御する。

 頑丈な大鎚とオリーブのパワーを持ってして、斬撃の軌道を変える事には成功した。

 逸れた斬撃と、外れた斬撃が近くの建築物に激突する。

 大きな激突音と建築物の崩落音が響いてきた。

 

「うぅ……」

 

 なんとか防御に成功したオリーブ。

 しかし大鎚は完全に破壊されてしまった。

 減らしきれなかった衝撃がオリーブの身体に走る。

 オリーブはその場にへたり込んでしまった。

 当然、ウァレフォルはその隙を見逃さない。

 

「まずは一匹。狩らせてもらうぜェ!」

 

 ウァレフォルの獅子の爪が妖しく光る。

 オリーブは腰が抜けて、すぐに動くことができなかった。

 

「あ……あぁ」

「オリーブ!」

 

 アリスが声を上げる。

 この位置からではオリーブを助ける事はできない。

 絶対絶命。それでもとアリスが駆け出そうとした次の瞬間であった。

 

「終わりだァ!」

「【武闘王涙】脚力強化!」

 

――斬ァァァァァァン!――

 

 獅子の爪が斬り裂く。

 しかしその対象は地面と空気。

 オリーブは引き裂けていなかった。

 

「大丈夫か、オリーブ」

 

 もうダメだと思っていたオリーブは、恐る恐る仮面の下で目を開ける。

 誰かに抱きかかえられている。

 オリーブの目の前には、銀色の魔装に身を包んだ操獣者がいた。

 

「レイ君!」

「間に合ってよかった」

 

 いつかの時のように、レイが助けに来てくれた。

 オリーブは胸が高鳴るのを感じていた。

 

「レイー! そっちは大丈夫!?」

「俺もオリーブも無事だ」

「よかったー」

「フレイアちゃん!」

 

 続けて現れたのは赤い魔装に身を包んだフレイア。

 オリーブはその姿を見て、強い安心感を覚えた。

 レイはひとまずオリーブをおろす。

 

「テメーら、爆発で死んだんじゃなかったのか」

 

 殺したと思った相手が生きていた。ウァレフォルは苛ついた声で問いただしてくる。

 

「ベーっだ! あんなんで死ぬわけないでしょ!」

「まぁ結構ギリギリだったけどな。鎧装獣化して爆破から生き残ったんだよ」

「レイもフレイアも、危なかったの?」

「「めっちゃ危なかった」」

 

 レイフレイアは声をハモらせる。

 だが生き残ったので結果オーライだ。

 四人の操獣者を前にして、ウァレフォルは不適な笑みを浮かべていく。

 

「ククク……そうかァ、テメーら生き残ってたのかァ」

「当たり前だろ。テメーを倒さずに死ねるかってんだ」

「おもしれー、おもしれーゾ!」

 

 歓喜の声を上げるウァレフォル。

 

「玩具は頑丈であれば良い。テメーらは最高の玩具だ!」

「うるさい! 人を玩具にしないでよ!」

「そういうところが悪魔って呼ばれる原因だぞ」

「悪魔、そうだな悪魔だな」

 

 ウァレフォルの目が妖しく光り輝く。

 明らかに強い殺意が宿っていた。

 レイとフレイアは反射的に魔武具を構える。

 

「テメーらは絶対に、俺様が殺す! これは決定事項だァ!」

「じゃあ全力で抵抗させてもらおうか、ライオン野郎!」

 

 レイはコンパスブラスターの切先を向けて、そう叫んだ。



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Page100:誰のための夢か

 サン=テグジュペリの屋敷では、伯爵が騒動の指揮に追われていた。

 

「変身できる者を早急に集めよ。女子供は領地の外へ避難させるのだ」

 

 伯爵の指示に従って動く従者達。

 長男のクラウスと次男のルーカスもその手伝いをしている。

 マリーはその光景を静かに見つめていた。

 

「マリー、ここに居たのね」

「お母様」

「グスタフが馬車を用意してくれたわ。先に逃げましょう」

 

 逃げる。母ユリアーナの言葉が、マリーの心臓に鋭く突き刺さる。

 本当にここで逃げて良いのか。

 きっと普通に考えれば、ここで逃げる事が正しい選択なのだろう。

 だがマリーの脳裏には、どうしても離れないものがある。

 先程戦いに赴いたオリーブ。そして盗賊を退治しに行ったフレイア達だ。

 

「マリー、どうかしたの?」

 

 心配そうに見つめてくるユリアーナ。

 マリーは母と共に逃げるという選択肢を躊躇っていた。

 仲間が戦っている。

 大切な友が領民を守ろうとしている。

 それなのに自分はどうなのだ。

 マリーは自問自答する。

 

「お母様……わたくしは」

 

 ゲーティアに対する恐怖。無力感。死への恐れ。

 様々なマイナス感情がマリー襲う。

 だがそれでも、マリーの中には折れたくないという意志が芽生えていた。

 何かないのか。何か抵抗の策はないのか。

 マリーは思考を巡らせ続ける。

 ユリアーナは、そんなマリーの気持ちを察したようであった。

 

「マリー」

 

 ユリアーナはマリーの手を握る。

 

「貴女の夢は、今もそこにあるの?」

「わたくしの、夢……」

 

 マリーの夢。

 民を守る存在になる事。強い操獣者になる事。

 今もその気持ちに偽りはない。

 しかし、動く事に躊躇いがある。

 恐怖がある、ローレライのダメージもある。

 今自分が戦いに赴いても、仲間の足を引っ張るだけなのではないか。マリーの中に、そういった感情が湧き出てくる。

 

「わたくしの夢は、今もこの胸にあります……ですがわたくしは」

「怖い事からは逃げても良いわ。だけど自分の夢に背を向けてしまうくらいなら、思い切って戦ってみても良いのではないかしら?」

「お母様……」

「わたくしはマリーの意思を尊重するわ。そして、マリーの夢を信じる。だってお母さんですもの」

 

 母の言葉が、マリーの心に優しく染み渡る。

 恐怖が和らいでいくのを、マリーは感じ取った。

 仲間が戦っている。彼らの元に行きたい。

 自分の夢に、背を向けたくない。

 マリーの中で、強固な意思が構築されていった。

 

『ピィー!』

「ローレライ。一緒に戦ってくれるのですか?」

『ピィピィ!』

「ですが貴女の傷はまだ」

『ピィー! ピィー!』

 

 白い獣魂栞から、ローレライが声を上げる。

 その気持ちは、契約をしていないユリアーナにも伝わったようだ。

 

「ウフフ。ローレライもマリーのために頑張りたいのね」

『ピィ!』

「ローレライ……本当によろしいのですか?」

 

 マリーの問いかけに「任せて」と言うように、返事をするローレライ。

 ならば後は、パートナーを信じるのみ。

 マリーの目には、強い決意が灯っていた。

 

「マリー、ユリアーナ。早く馬車に乗って逃げろ」

「領地の事は僕とルーカス、それに父上に任せてくれ」

 

 マリーとユリアーナの背を押すように言う、伯爵とクラウス。

 しかし、マリーは動かない。

 

「何をしているマリー。ここは危険だ。お前も早く馬車に」

「お父様、わたくしは逃げません」

「何を言っているマリー!」

 

 声を荒らげる伯爵。しかしマリーは動じない。

 

「お母様は先に逃げてください。わたくしは、仲間と共に戦います」

「何を馬鹿な事を言い出すんだマリー! お前にもしもの事があれば」

「クラウスお兄様。わたくしも一人の貴族です。だからこそ、今戦わなければならないのです」

 

 強い意志を瞳に宿し、マリーは言い返す。

 今までにないマリーの強固な様子に、クラウスは心底驚いていた。

 

「マリー、お前は貴族の娘なのだ。ならばその役目は」

「嫁に行って、(まつりごと)の道具になるだけが、わたくしの役目ではありませんわ。お父様」

「では他に何があると言うのだ!」

 

 強い口調で問いただす伯爵。

 マリーは静かに、腰に下げていたグリモリーダーを手に取った。

 

「領民を守ること。そのために戦うこと。それは他の誰かに押し付けるものではなく、わたくし達貴族がするべきことですわ!」

 

 マリーの決意、そして勇気を目の当たりにして、ルーカスは彼女の成長を感じ取った。

 しかし伯爵は折れない。

 

「貴族の娘が戦いに赴く必要などない! お前は大人しく避難すれば良いのだ!」

「お父様。わたくしには戦う力があります。そして今、このサン=テグジュペリ領でわたくしの仲間が戦っているのです!」

「荒事は私やその仲間に任せれば良いのだ!」

「できません。ここで逃げることは、わたくしの貴族としてのプライド、そしてマリー=アンジュという個人の夢に反する行為です!」

 

 大切な夢、大切な仲間、大切な民。

 全てを守るという意思が、マリーの心を強くする。

 

「お父様、クラウスお兄様……わたくしは操獣者です」

「違う! お前は貴族の娘だ!」

「そうだマリー。まずはお前自身の安全を」

「貴族である前に戦士です! わたくしは、チーム:レッドフレアの操獣者。マリー=アンジュですわ!」

 

 声を張り上げて、自分の意志を示すマリー。

 その様子に、伯爵とクラウスは彼女の強い決心を感じ取った。

 

「わたくしの目に見える範囲は、誰であろうと守ってみせます。それが、わたくしの夢ですから!」

 

 もう迷いはない。

 マリーの心には、一切の曇りがなかった。

 

「民のため、わたくし自身のため……この夢と信念、折ることなどできませんわ!」

「マリー、何故お前は……」

 

 何故分かってくれないのか、伯爵は頭を抱える。

 それはクラウスも同じであった。

 しかし、二人に追撃するように、ユリアーナがマリーを援護する。

 

「あなた、クラウス。マリーを信じてみては良いのではないですか?」

「母上、何を言っているのですか!?」

「クラウス。マリーももう立派に成長したのです。自分の道は自分で決める。そういう年頃になったのですよ」

「しかしユリアーナ。マリーは」

「貴族の娘である前に、わたくし達の家族です。無事を祈り、その道と夢を応援するのも家族の役割ではないのですか?」

 

 有無を言わさぬ笑顔で、ユリアーナは語る。

 伯爵とクラウスは、上手く言い返せない状態になっていた。

 ユリアーナはマリーに向き合う。

 

「マリー」

「お母様……」

「必ず生きて帰ってくるのよ。それだけは約束して」

「はい、必ず生きて、勝利してきますわ」

 

 母と約束を交わし、小さな笑みを浮かべるマリー。

 その直後だった。執事のグスタフが、ホルダーに入った二挺の銃型魔武具と、一本の大鎚を持ってきたのだ。

 

「マリーお嬢様、こちらを」

「クーゲルとシュライバー。それにオリーブさんの魔武具」

「お部屋から持ってまいりました。オリーブ様がお忘れになった物もございます」

 

 グスタフから魔武具を受け取るマリー。

 それを見た伯爵は大層驚いた。

 

「グスタフ、何をしているのだ!」

「父上、僕が持ってくるように命じたんだ」

「ルーカス。何故だっ!?」

「僕はマリーの夢を尊重する。大切な妹の意思を、踏み躙りたくないからね」

 

 ルーカスはマリーの前に歩み寄ると、彼女の頭を軽く撫でた。

 

「大きくなったね、マリー」

「ルーカスお兄様」

「必ず無事に戻ってくるんだよ」

「はい。約束しますわ」

 

 そしてルーカスは伯爵とクラウスの方へ振り返る。

 

「父上、クラウス兄さん。もしまだマリーの道を邪魔するというのならば、僕が二人の相手をするよ」

「ルーカス!」

「クラウス兄さん、いい加減認めたらどうなんだ。もうマリーは、あの頃の小さな存在じゃないんだよ」

「しかしだなルーカス!」

「やめろクラウス」

「父上!?」

 

 伯爵はクラウスを制止し、マリーの元へと歩み寄る。

 

「マリー、一つ聞かせてくれ。お前のその夢は、誰のための夢なのだ?」

「守るべき民のため。そして、わたくし自身の誇りのためですわ」

 

 数秒の沈黙が場を支配する。

 その後、伯爵は小さく「そうか」と呟いた。

 

「必ず生きて帰れるのか?」

「ご安心ください。わたくしには頼もしい仲間がいますわ」

「信頼できるのか?」

「絶対的に、ですわ」

 

 仲間を信頼しているからこそ、マリーは堂々と伯爵に対して答えた。

 

「マリー、忘れるな。お前は貴族の娘である言葉を」

 

 そして……と伯爵は続ける。

 

「お前は私の、大切な娘なのだ」

「お父様」

「生きろ。これは家長としての命令だ」

「はい。その命令、確かに受け取りましたわ」

 

 意思は通じた。もうマリーを縛るものは何もない。

 マリーは二挺の銃が入ったホルダーを装備して、動きにくいドレスのスカートを破った。

 

「それでは……行ってまいります」

 

 屋敷の扉が開く。

 マリーは家族に見送られながら、仲間の元へと駆け出した。



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Page101:勇気! 黒白のコンビネーション

 サン=テグジュペリの街。

 爆煙が立ち込めるなか、レイ達はウァレフォルと激しい戦闘をしていた。

 

「次はコレだァ!」

 

 魔力を帯びた獅子の爪がアリスに向けられる。

 

「アリス!」

 

 近くにいたレイは咄嗟に魔力障壁を展開。

 ウァレフォルの爪をなんとか防いでみせた。

 

「大丈夫か、アリス?」

「うん。問題なし」

 

 アリスは無事だが、魔力障壁はそうともいかない。

 固有魔法で強化されている筈の魔力障壁だが、ウァレフォルのパワーの前には完全に機能していなかった。

 瞬く間にひびが入り、砕けてしまう魔力障壁。

 それでも回避する隙くらいはできたので、レイとアリスは攻撃を避けた。

 

「ハハハ! こんな壁じゃあ時間稼ぎくらいしかできねェぜ!」

「じゃあ今度はこっちから攻めてやる!」

 

 そう言うとレイはコンパスブラスターのグリップを操作した。

 

形態変化(モードチェンジ)棒術形態(ロッドモード)!」

 

 ウァレフォルの身体は硬く、再生能力が高い。加えて攻撃力もある。

 なのでレイは、ある程度の距離を保って戦える棒術形態を選んだ。

 

「どらァァァァァァ!」

 

 コンパスブラスターを振るって、ウァレフォルに攻撃を仕掛けるレイ。

 しかしウァレフォルもそう簡単にはダメージを受けない。

 襲いかかるコンパスブラスターを、ウァレフォルは獅子の爪で次々にいなしていった。

 

「ハハハ、遅ェ遅ェ! そんなんじゃアクビが出るぞ!」

「どらァ! そうかい。じゃあ目ェ覚まさせてやるよ!」

 

 レイは仮面の下で不敵に笑う。

 戦う相手はレイ一人ではない。ウァレフォルがそれに気づいた時には、一瞬遅かった。

 

「後ろかッ!」

「ブレイズ・ファング!」

 

 炎の牙を生やしたフレイアの籠手。

 その一撃が、ウァレフォルの背中を襲った。

 業火の牙が背中を抉る。

 凄まじい激痛に、ウァレフォルも苦悶の声を漏らしてしまった。

 

「グゥッ! テメー!」

「アンタの相手はアタシ達全員よ!」

「そういう事だ。油断は禁物だぜ」

「そうか。いいだろう……俺様も本気でテメーらと遊んでやる」

 

 ウァレフォルは蠍の尻尾を激しく振るう。

 尾の先には毒がある。フレイアは咄嗟に距離を取った。

 

「一人づつなんてケチな事は言わねェ。まとめて全員ぶっ殺してやる!」

 

 そう言うとウァレフォルは蝙蝠の羽を羽ばたかせて、空へと飛んだ。

 

「アイツ、上から攻撃する気か!」

「その通りだァ!」

 

 レイ達から距離を取り、獅子の爪に魔力を溜めていくウァレフォル。

 そして数秒の後、ウァレフォルは地上に向けて斬撃を放ってきた。

 

「うわッ!?」

「キャッ!」

 

 レイとオリーブが、斬撃を間一髪で回避する。

 それはフレイアとアリスも同じ。

 しかし空中という攻撃の届かない位置から繰り出される、ウァレフォルの斬撃は止まらなかった。

 

「まだまだいくぞォ!」

 

――斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!!!――

 

 雨霰のように連続で繰り出される斬撃。

 レイは魔力障壁を展開し、アリスと共に防御。

 オリーブは固有魔法使って防御力を強化。

 そしてフレイアは刹那の見切りで回避していった。

 

「クッソ。障壁が持たねーぞ」

「あの距離じゃ、アリスの魔法も届かない」

 

 体力のあるフレイアはともかく、オリーブの固有魔法はそう長くは保たない。

 仮にコンパスブラスターを銃撃形態(ガンモード)にして反撃を試みても、ウァレフォルに大ダメージを与えられる可能性は低い。

 このままではジリ貧。いや、致命傷を負わされるのも時間の問題である。

 何か策はないか。レイは思考を高速で巡らせていた。

 

「ハハハ! 怯えろ怯えろ! そして死ねェ!」

 

 ウァレフォルの攻撃が激しくなってくる。

 全力を出して展開しているレイの魔力障壁も限界が近い。

 オリーブの魔法もそろそろ時間切れだ。

 

「クソッ! どうすれば」

 

 レイが強い焦りを覚えた次の瞬間。

 

――弾ッ! 弾ッ! 弾ッ!――

 

 三発の魔力弾が、ウァレフォルの身体に当たった。

 

「あーん? 誰だ?」

 

 一旦攻撃を中断して、魔力弾の出先に目をやるウァレフォル。

 レイ達も防御体制解いて、ウァレフォル同じ方向を見た。

 そこに居たのは二挺の銃型魔武具(まぶんぐ)を手にした、白髪の少女。

 

「マリーちゃん!」

「オリーブさん、みなさん。お待たせしましたわ」

 

 ウァレフォル攻撃したのはマリーであった。

 レイは思わず呆気に取られてしまう。

 

「マリー、お前まだ戦えないだろ!」

「戦えるかどうか。自分の道は自分で決めますわ」

「いや、ローレライのダメージが」

「ローレライも協力してくださってます」

『ピィピィ!』

 

 白い獣魂栞(ソウルマーク)からローレライの気合いが入った声が聞こえる。

 どうやら本当に戦うつもりらしい。

 マリーは真っ直ぐとウァレフォルに視線を刺す。

 

「貴方がウァレフォルですね?」

「そういう嬢ちゃんはサン=テグジュペリの娘か。まさか獲物から来てくれるとはなァ」

「貴方のような下品者の獲物になど、なるつもりはありませんわ」

「ほう? じゃあ何故ここに来た」

「わたくしの故郷を、領民を……そして何より、わたくしの仲間を傷つけられました! 貴方を討つ理由は、それで十分です!」

「ハハハ、面白れェ! 新しい玩具になってくれるって訳か」

 

 空中で嘲笑を上げるウァレフォル。

 マリーは静かに、自分の中で怒りを燃やした。

 

「オリーブさん! 受け取ってください!」

 

 マリーは持ってきたイレイザーパウンドを、オリーブに投げる。

 

「よっと。これ、私のイレイザーパウンド」

「屋敷から持ってまいりましたわ」

 

 オリーブの元に歩み寄りながら、マリーが簡単に説明する。

 

「オリーブさん。あの賊を討つために、力を貸していただけませんか?」

「もちろん! マリーちゃんの故郷に酷いことしたもん!」

「ありがとうございます。オリーブさん」

「オイオイ、俺達を忘れるなよ」

「レイに同じく」

「アタシもアイツを倒すつもりだからね!」

 

 レイ、アリス、フレイアもマリーに協力の意志を示す。

 それを聞いたマリーは優しく微笑み「ありがとうございます」と言った。

 そして再び、マリーは空中のウァレフォルを見る。

 

「サン=テグジュペリでの蛮行の数々、償う覚悟はよろしくて?」

「俺様の罪は誰にも裁けねェよ。俺様は盗賊王だ!」

「貴方のような王など、貴族として認める訳にはまいりませんわ! 行きますわよ、ローレライ!」

『ピィ!』

 

 マリーはグリモリーダーと白い獣魂栞を取り出す。

 

「Code:ホワイト、解放!」

 

 呪文を唱え、獣魂栞をグリモリーダーに挿入する。

 そしてマリーは十字架を操作した。

 

「クロス・モーフィング!」

 

 魔装、変身。

 マリーの全身に白色の魔力が纏わられ、アンダースーツとローブを形成していく。

 そして最後にフルフェイスメットを形成して、変身完了だ。

 

「ウァレフォル、貴方をここで討ちます」

「ほざけ。ゲーティアの悪魔に勝てると思うな」

「では試してみますか、ミスター?」

 

 マリーは二挺の銃型魔武具、クーゲルシュライバーを取り出す。

 そして固有魔法の発動を宣言し、ウァレフォルに向かって連射し始めた。

 

――弾ッ! 弾ッ! 弾ッ! 弾ッ!――

 

「ハハハ! 当たらねェ、当たらねェ!」

 

 次々に撃たれる魔力弾。

 ウァレフォルはそのことごとく容易に回避していく。

 

「クソッ! アイツの機動力は高すぎる!」

「心配無用ですわレイさん」

「そう言うならもうちょっと狙って撃てよ!」

「ですから、心配無用です。全て狙い通りですわ」

 

 マリーの撃った魔力弾。

 それらはウァレフォルに当たらず、空中で魔水球(スフィア)と化して滞空していた。

 それに気づかず、ウァレフォルは嘲笑しながら回避し続ける。

 気づけば空中には、無数の魔水球が設置されいた。

 

「オイオイオイ、射撃は上手じゃないのかァ?」

「そんな事はありませんはミスター。もう貴方は、わたくしの射程圏内です」

「なに?」

 

 訝しげな顔をするウァレフォル。

 それを気にせずマリーは、オリーブにアイコンタクトをした。

 

「そーれ!」

 

 マリーの思惑を感じ取ったオリーブ。

 彼女はイレイザーパウンドの重量を上げて、空中のウァレフォル目掛けて思いっきり投擲した。

 

「当たるわけねェだろ!」

 

 当然ウァレフォルは回避する。

 しかしその回避先には、魔水球が設置されていた。

 

「言った筈です。既にわたくしの射程圏内だと」

 

 魔水球に触れたウァレフォル。

 次の瞬間、魔水球が破裂し、巨大な牙となってウァレフォルを襲った。

 

「な、なんだァ!?」

「固有魔法【水球設置(すきゅうせっち)】。罠を張るのは、わたくし達の得意技なのですわ」

 

 水の牙に蝙蝠の羽を貫かれるウァレフォル。

 急いで攻撃から逃れるも、空中にはまだ無数の魔水球がある。

 

「落としなさい! ヴァッサー・パイチェ!」

 

 魔水球から放たれる無数の水の鞭。

 それらはウァレフォルの動きを拘束した上で、苛烈な攻撃を加えていった。

 

「ぬォォォォォォォォォォォォ!」

 

 苦悶の声を上げて、地面に叩き落とされるウァレフォル。

 自分が舐めていた貴族の娘に落とされた。その事実が、ウァレフォルのプライドを酷く傷つけた。

 

「テ、テメー……楽に死ねると思うなよ」

 

 起き上がって殺意を放つウァレフォル。

 全身から魔力を放出し、何がなんでもマリーを殺すという意志を示していた。

 

「引き裂いて、頭から喰らってやる!」

 

 駆け出すウァレフォル。

 しかしマリーは冷静に動かなかった。

 この後の展開予測できていたからだ。

 

「マリーちゃん!」

 

 オリーブが二人の間に割って入る。

 それがウァレフォルの怒りに、更なる火をつけた。

 

「邪魔だァァァ!」

「邪魔なのはあなたです!」

 

 オリーブは拳に力を込める。

 接近同時に、オリーブはウァレフォルの腹部に渾身のパンチを叩き込んだ。

 短い声を漏らし、動きを止めるウァレフォル。

 だが直後に、その顔は不敵に歪んだ。

 

「邪魔だって言っただろ」

 

 ウァレフォルの蠍の尻尾。

 それがオリーブに向かって刺された。

 猛毒の尻尾で殺す。ウァレフォルはそれが成功したと思った。

 しかし、尻尾の針はオリーブの肉体に届かなかった。

 

――パキン!――

 

 短い音を立てて、針が折れてしまったのだ。

 

「なんだと!?」

「固有魔法【剛力硬化(ごうりきこうか)】。こんな攻撃なら全然効きません!」

 

 一瞬の動揺が隙になった。

 オリーブはウァレフォルの尻尾を握って、力任せに振り回した。

 

「飛んでけー!」

 

 ブチリッ!

 蠍の尻尾が千切れる共に、ウァレフォルは後方の壁に強く叩きつけられた。

 強いダメージを受けて、ウァレフォルは上手く動けないでいる。

 

「マリーちゃん!」

「分かってますわ。一緒に行きますわよ!」

 

 マリーはクーゲルに、オリーブはイレイザーパウンドに獣魂栞を挿し込んだ。

 

「「インクチャージ!」」

 

 マリーのクーゲルシュライバーに大量の水属性魔力が集まっていく。

 そしてオリーブのイレイザーパウンドにも、黒色の魔力が集まっていった。

 

「こんの、クソ(アマ)ァ……!」

「ッ! 今だ、いけ二人とも!」

 

 レイの叫びに合わせて、オリーブはウァレフォルに向けて駆け出す。

 そしてマリーはクーゲルとシュライバーの引き金を引いた。

 

「シュトゥルーム・ゲヴリュール!」

「タイタン・スマッシャー!」

 

 凄まじい螺旋水流の超砲撃。

 そして強力無慈悲な力の一撃。

 その両方を、ウァレフォルは真正面から食らってしまった。

 

「グォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 凄まじい攻撃の二重奏。

 それらがもたらす破壊力は伊達ではない。

 遠距離射撃のマリーは問題無しであったが、近距離技のオリーブは、反動で吹き飛ばされしまった。

 

「キャッ」

「オリーブさん、大丈夫ですか!?」

「うん。へいき」

 

 慌ててオリーブの元に駆け寄るマリー。

 レイ達も後に続いた。

 

「二人ともスッゴい攻撃だったね〜」

「俺らの活躍持ってかれちまったな」

「ふふ、ごめんあそばせ」

「えへへ、頑張った」

 

 マリーもオリーブも、自然に明るく振る舞う。

 そこに嘘も偽りも無い。

 レイは二人が恐怖を乗り越えた事を強く実感した。

 

「オリーブ。傷を治すからじっとしてて」

「ありがとうございます」

 

 特にダメージを受けているオリーブに、アリスが治癒魔法をかける。

 これでひと段落ついたか。

 レイ達がそう思った直後、瓦礫の中から獅子の腕が伸びてきた。

 

「舐め、るなよ……これしきの……これしきのことでよォ」

 

 聞こえてきたのはウァレフォルの声。

 まだ生きていたのだ。

 レイ達は急いで戦闘体制に入る。

 

「オイオイ。ゲーティアの悪魔は頑丈過ぎだろ」

「なんで一発でやられてくれないの!?」

 

 ガミジンの時もそうであった。

 レイとフレイアは思わず文句を言ってしまう。

 

「この俺様を……盗賊王を、舐めるなァァァ!」

 

 ボロボロの身体を再生させて、ウァレフォルは瓦礫の中から復活をしてきた。



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Page102:トリニティ・プロミネンス

 ボロボロの身体を急速に再生するウァレフォル。

 ひとまず戦えるレベルまで回復させたというところか。

 その表情はお世辞にも余裕とは言い難かった。

 

「これしきのォ……ダメージで、倒せると、思うなよ」

「チッ、回復力だけは王様並みってか? 冗談じゃねーぞ」

 

 レイが悪態をついた直後、マリーが突然膝から崩れ落ちた。

 

「うぅ……」

「マリーちゃん!」

 

 オリーブが心配して駆け寄る。

 マリーの変身は強制解除されてしまった。

 元々ダメージの残っているローレライが無理をして変身していたせいだ。ここで限界が来たらしい。

 

「ハハハ。戦力が一人減ったらしいなァ?」

 

 これ幸いと笑い声を上げるウァレフォル。

 実際問題ピンチではあった。

 マリーは変身不能。オリーブもあまり無茶はできない。アリスは攻撃力に欠ける。

 となれば、残るはレイとフレイア。二人で討つ他ないのだ。

 

「ちょっと、不味いかもね」

「でも、戦わなきゃ……レイ?」

 

 仮面の下で冷や汗を流すフレイアとアリス。

 だが一方でレイは冷静であった。

 静かに策を練る。決め手に関しては既に考えがあった。

 あとは確実に決めるまでの手順のみ。

 

「……アリス、マリーとオリーブを回復してやってくれ」

「レイはどうするの?」

「考えがある。フレイア!」

「なに? 勝てる作戦?」

「その通りだ。これしかない」

「じゃあ乗るわ。どうすればいいの?」

 

 フレイアはファルコンセイバーを構えて、警戒を解かない。

 それはレイも同様であった。コンパスブラスターを棒術形態(ロッドモード)に変形させながら、フレイアに策を伝える。

 

「俺が時間を稼ぐ。その間に、ロキとゴーレムの獣魂栞(ソウルマーク)をファルコンセイバーに挿れろ」

「王の指輪を使った同時チャージ? でもあれは」

「ぶっつけ本番。無理か?」

「冗談? やってやるわよ」

「よし。じゃあ作戦開始だ」

 

 レイはコンパスブラスターを構えて、ウァレフォルに立ち向かっていく。

 最初の獲物が来たと言わんばかりに、ウァレフォルも獅子の爪を振るってくる。

 

「まずは、テメーかァァァ!」

「甘く見るなよ!」

 

 ウァレフォルと絶妙に距離を取り、レイは棒術形態のコンパスブラスターで翻弄していく。

 その間にフレイアはアリスとオリーブから獣魂栞を借り受けた。

 

「オリーブ、アリス! 獣魂栞を貸して!」

「はい! ゴーちゃん、お願いね」

『ンゴォォォ!』

「うん。ロキ、頑張って」

『キュイー!』

 

 手にした二枚の獣魂栞を、フレイアはファルコンセイバーのスロットに挿し込む。

 

「ブラックインク!」

 

 黒色の獣魂栞。ゴーレムの力がファルコンセイバーに充填される。

 

「ミントインク!」

 

 ミントグリーンの獣魂栞。ロキの力がファルコンセイバーに充填される。

 そして最後に……

 

「レッドインク!」

 

 中央スロットに、フレイアは赤色の獣魂栞を挿し込んだ。

 イフリートの炎の力がファルコンセイバーに充填される。

 フレイアは赤色の獣魂栞を回し、最後の行程を実行した。

 

「トリオ! インクチャージ!」

 

 フレイアの中にある王の指輪が呼応する。

 魂を繋げる力で、三色のソウルインクが混ざり合わさっていく。

 黒色、ミントグリーン、赤色。

 三つの色の魔力が炎の刃と化して、ファルコンセイバーの刀身を覆い尽くしていった。

 

「ぐっ……!」

 

 凄まじい力が、フレイアの中に逆流しそうになる。

 しかしフレイアは耐える。

 この必殺技の絶大な力を感じ取ったからだ。

 この必殺技なら、必ずウァレフォルを倒せる。

 

「レイー! ソイツを縛って!」

「了解だァ!」

 

 時間稼ぎをしていたレイは、フレイアの指示を聞き入れて、コンパスブラスターからマジックワイヤーを伸ばした。

 そして銀色の獣魂栞をコンパスブラスターに挿入する。

 

「インクチャージ! いくぞスレイプニル!」

『了解した!』

 

 魔力が充填され、マジックワイヤーが強化される。

 あとは縛りつけるのみ。

 

「天地縫合バインドパーティー!」

 

 複雑な軌道を描き、マジックワイヤーがウァレフォルの身体を強固に縛り付ける。

 ウァレフォルは抵抗するが、落ちたパワーでは拘束から逃れる事はできなかった。

 

「クッ! このッ! 鬱陶しいッ!」

 

 必死に身体を捻るが、ウァレフォルは解放されない。

 そしてこれだけの隙ができれば、もはや巨大な的同然でもあった。

 

「フレイア、今だ!」

「言われなくてもォ!」

 

 フレイアは三色の炎を纏ったファルコンセイバーを構え、一気に駆け出す。

 足し算ではなく乗算。

 曇りなき魂の怒り。

 ある種の神聖さすら感じる業火の刃が、ウァレフォルに襲いかかった。

 

「必殺! トリニティ・プロミネンス!」

 

――業斬ァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 圧倒的なパワー。全てを焼却する炎の一閃。

 三色の魔力を使った必殺技は、ウァレフォル身体を斬り裂いた。

 

「グ……ア……」

 

 ウァレフォルの中で大量の魔力が暴走していく。

 それを察して、レイとフレイアは瞬時に距離を取った。

 

 瞬間、凄まじい轟音立ててウァレフォルの身体は爆発した。

 爆風が街に広がる。

 しかしそれも数秒。爆風が止む同時に、レイ達の中には喜びの感情が芽生えた。

 

「終わったんだよな?」

「うん、終わった筈……というかレイ! 今の必殺技スゴくなかった!?」

「はいはいスゴかったから。近づくな熱苦しい」

 

 自分の新必殺技が想像以上の凄まじさだったフレイア。

 思わずレイに絡んでしまう。

 そんな二人のやりとりを、マリーは優しく見守っていた。

 

「終わったのですね」

「うん。やっぱりフレイアちゃん達はすごいなぁ」

「でも今日はマリーとオリーブも大活躍」

「ふふ。そう言って頂けるのでしたら幸いですわ」

 

 笑みをこぼすマリー。

 オリーブも釣られて仮面下で笑顔になった。

 これで終わったのだ。後は盗賊の残党を捕まえれば事件解決の筈だ。

 だが……レイスレイプニルは、警戒を解く事ができなかった。

 レイの脳裏に浮かぶのは、ブライトン公国で戦ったガミジンの姿。

 あの悪魔が最後にした事といえば……

 

「グ……うぅ……」

 

 ガサガサ音を立てて、何かが立ち上がる。

 レイ達は慌ててその方向に向いた。

 そこにいたのは……完全に虫の息になりつつも、執念で立ち上がっているウァレフォルの姿であった。

 

「ちょっと、まだ立てるの!?」

「でも、もうボロボロ。戦えるとは思えない」

 

 驚くフレイアに対して冷静なアリス。

 それもその筈。今のウァレフォルは翼も尻尾も無くなり、全身から骨が飛び出ている有様だ。

 とても戦える状態とは言い難い。

 しかしウァレフォルには、戦闘継続する意志があった。

 

「大した……ガキどもだ……俺様をここまで追い詰めたのは、テメーらが、初めてだ……尊敬してやる」

 

 ボロボロになりながら、ウァレフォルは何処からか一個の小樽を取り出した。

 小樽からはどす黒い禍々しさが漏れ出ている。

 

「まさか……俺様が、これを使うなんてなァ」

 

 レイはその小樽を見た瞬間、戦慄した。

 忘れる筈もない。あれは恐らくブライトン公国でガミジンが使ったものと同じ。

 

「まさか、魔僕呪の原液か!?」

「そうだ……命を削っちまうが、テメーらを殺せるなら構わねェ」

 

 ウァレフォルは小樽の線を抜き、その中身を呷った。

 瞬間、ウァレフォルの身体が見る見る肥大化していく。

 皮膚を突き破り新たな肉と骨が形成される。

 破壊と再生が凄まじいスピードで繰り返されていき、ウァレフォルの身体を巨大な凶獣へと変質させていった。

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 魔僕呪原液。

 ゲーティアの悪魔が服用すれば、巨大な凶獣体へと変化できる。

 だがそれは自らの命をも縮める、まさに最後の手段でもあるのだ。

 数秒もかからず、ウァレフォルの傷完全に治り、巨大な凶獣体へと変化してしまった。

 

「テメーらも、この街も! まとめて全部喰らってやる!」



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Page103:極付眩キ合体

 サン=テグジュペリの空に、巨大な凶獣体となったウァレフォルが現れた。

 街の住民達がパニックに陥る。

 そしてレイ達は少し焦っていた。

 

「不味いな、またデカくなりやがった」

「どうしよう。ライラとジャックが居ないから、Vキマイラになれない」

「そもそもマリーとオリーブが鎧装獣(がいそうじゅう)になれないだろ」

 

 そもそも的な問題がある。

 だが現状を見過ごす訳にはいかない。

 ウァレフォルを止める事もそうだが、まだ街には盗賊達がいるのだ。

 

「フレイア、オリーブ! 二人は街の盗賊を退治してくれ。マリーは安全な場所へ!」

「レイはどうするの!?」

「俺とアリスは鎧装獣になれるからな。あのライオン野郎をぶっ飛ばしてくる!」

「……分かった。アイツは二人に任せる」

 

 レイを信じて、フレイアはウァレフォルを二人に任せた。

 それはマリーも同じ。

 

「レイさん、アリスさん。お願いします」

「うん。まかせて」

 

 方向性は決まった。

 フレイアとオリーブは街の中を駆け出す。

 マリーは避難。

 そしてレイとアリスは。

 

「行くぞアリス!」

「うん」

 

 二人はグリモリーダーの十字架を操作した。

 

「融合召喚! スレイプニル!」

「融合召喚、カーバンクル」

 

 二人の頭上に巨大な魔法陣が展開される。

 その魔法陣に飛び込むと、二人の身体は契約魔獣と一体化していった。

 

『キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥイィィィィィィィィィ!!!」

『はァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 魔法陣が弾け飛び、二体の鎧装獣が降臨する。

 全身が金属と化した、スレイプニルとロキだ。

 

「行くぞ、レイ」

『あぁ! アリスはサポート頼む!』

『りょーかい』

「キューイー!」

 

 蝙蝠の羽を羽ばたかせて、空を制するウァレフォル。

 スレイプニルとロキも飛行して、立ちはだかった。

 

「ほう? 王獣かァ、相手に不足はねェなァ」

「では早々終わらせてやろう」

 

 スレイプニルは前半身に装備された大槍、ショルダーグングニルをウァレフォルに向ける。

 

「レイ、頼むぞ!」

『分かった。インクドライブ!』

 

 スレイプニルの中で魔力が加速する。

 加速した魔力はショルダーグングニルに行き渡り、破壊エネルギーを纏わせた。

 後半身に装備されたスラスターの推進力を使って、スレイプニルはウァレフォルに突撃する。

 

「『螺旋槍撃グングニルブレイク!』」

 

 凄まじい勢いで突撃するスレイプニル。

 幽霊船をも破壊した必殺技だ。

 しかし……

 

「無駄だァ!」

 

 ガキン!

 スレイプニルのショルダーグングニルは、ウァレフォルの手によって掴まれてしまった。

 

「なに!?」

 

 いとも簡単に必殺技を防がれてしまい、スレイプニルは驚愕する。

 何より、受け止めたウァレフォルの手がほとんど無傷なのが恐ろしかった。

 

「そーらよッ!」

「ヌゥ!」

 

 ウァレフォルはそのままスレイプニルを投げ飛ばす。

 スレイプニルはなんとか空中に魔力の足場を作り出して踏ん張ったが、その凄まじいパワーに戦慄していた。

 

「なんというパワーだ」

『凶獣体になったせいで、更に強くなってやがる』

 

 レイもスレイプニルの中で戦慄していた。

 頼みの綱であるVキマイラは出てこれない。

 今はスレイプニルとロキの力で対抗するしかないのだ。

 何か策はないか、レイは必死に思考を巡らせる。

 だがどうしてもパワー不足が決定打を消してしまう。

 そんなレイとスレイプニルの事など関係なく、ウァレフォルは次にロキに狙いを定めた。

 

「次はテメーだ。ウサギちゃんよォ」

「キュイキュイ!」

『ロキ、気をつけて』

 

 ウァレフォルは空中で蠍の尻尾振るい、ロキを攻撃する。

 ロキはそれらを縦横無尽な起動で、回避していく。

 だがロキには攻撃力が足りない。

 決定打にはならないのだ。

 

『リライティングアイ!』

 

 ロキの耳の裏に描かれた紋様が光を放つ。

 強力な幻覚魔法がウァレフォルを襲う。

 これで動きは止まる、そう思われた次の瞬間であった。

 

「効かねェェェ!」

「キュ!?」

 

 幻覚魔法を無力感したウァレフォルは自由に動けていた。

 その姿を見てスレイプニルも驚愕する。

 

「なんという事だ。強力な精神感応耐性を持っているのか」

『厄介なんてレベルじゃねーぞ!』

 

 これではロキの魔法で動きを止める作戦が使えない。

 レイは焦った。攻略法が見えてこない。

 だが今は攻撃しなければ何も始まらない。

 

『スレイプニル!』

「うむ!」

 

 スレイプニルは空中を駆け出し、ウァレフォルへと接近した。

 

「スラッシュホーン!」

 

 白銀に輝く一本角で、ウァレフォルに斬りかかるスレイプニル。

 だがそれも、大したダメージにはならなかった。

 

「だからよォ、無駄無駄無駄ァ!」

「くっ。これでもダメか」

「キューイー!」

 

 スレイプニルが苦戦している様子見て、ロキが声を上げる。

 再び幻覚魔法をウァレフォルに放つが、やはり無効化されてしまった。

 

「鬱陶しいなァ。まずはそこのウサギからやってやる」

 

 ウァレフォルは獅子の爪を振りかざし、ロキに襲いかっった。

 鎧装獣化しているとはいえ、ロキの防御力はそこまで高くはない。

 このまま攻撃を受けてしまっては、融合しているアリスも無事では済まない。

 

 動きがスローモーションに見えた。

 そこから先は、レイの無意識が動かした。

 スレイプニルの中で、レイの手から虹彩色の光の帯が伸びたのだ。

 

『(これは……あの時同じ)』

 

 そうだあの時同じように。

 レイは光の帯をロキに繋げると同時に、思いっきり引いた。

 

「キュ!?」

「あん?」

 

 ウァレフォルの攻撃は不発に終わる。

 光の帯によって、ロキはスレイプニル方へと強引に引き寄せられていた。

 

「大丈夫か、ロキ殿」

「キュ〜」

『アリスは!?』

『うん、大丈夫……レイ、これって』

 

 光の帯は、まだロキの中に繋がっている。

 それはロキと融合しているアリスにも感じ取れたようだ。

 光の帯が消える。

 だがレイの中では、一つ策が浮かんでいた。

 

『そうか……俺にも指輪の力はあるんだった』

『レイ?』

 

 フレイアもぶっつけ本番の必殺技成功させたのだ。

 自分もやってやると、レイは決心した。

 

『スレイプニル、ちょっと派手にやるぞ』

「なにか策はあるのか?」

『ある。とっておきが一つな!』

 

 レイは必死にブライトン公国でのフレイアを思い出す。

 真似をすればいける筈だ。

 

『アリス! 力を貸してくれ!』

『うん。でも何するの?』

「キュイ」

『決まってるだろ……俺達で合体するんだよ!』

 

 レイの衝撃的な発言に、スレイプニルとロキが驚愕の様子を見せた。

 

「合体だと。フレイア嬢と同じ事する気か」

『あぁ。俺も指輪は持ってるんだ。できない筈はないだろ!』

「……勝算はあるのか」

『ブライトン公国でVキマイラを見ただろ。凶獣体に対抗するには、合体するしかない』

「そうか……ならば我も挑戦してみよう」

『アリスも頑張る』

「キュイキュイ!」

 

 全員了承は得られた。スレイプニルとロキは、ウァレフォルに向き合う。

 

「ハハハ。何をしても、今の俺様には勝てねーよ」

「そうかもしれんな。だが、まだ可能性を試していない」

「可能性だァ?」

「貴様には分からんだろうな。未来を奪う事しかできない貴様などには」

 

 スレイプニルの挑発に些か苛立ちを覚えるウァレフォル。

 だがそれでも余裕を持っていた。

 

「レイ、頼んだぞ」

『あぁ……行くぞみんな!』

 

 レイは自分の中にある王の指輪に念を入れる。

 指輪から虹彩色の光の帯が見えた。

 レイはそれを勢いよく、外に出す。

 

『ソウルコネクト! カーバンクル!』

 

 光の帯がロキの中に入っていった。

 それは融合しているアリスも感じ取る。

 

『これ……温かい』

 

 スレイプニルとロキ、二体の鎧装獣魂が繋がる。

 これで準備は完了した。

 

『行くぞ! 魔獣合体!』

 

 レイが合体を宣言した瞬間、ロキスレイプニルに変化が始まった。

 ロキは両手足が収納され、頭部が背中に移動する。

 反転し、巨大な胴体と化した。

 そしてスレイプニルは……

 

「むむ!?」

『うわッ!? 首が取れた! 頭も!』

 

 首が取れ、頭部も分離する。

 更に胴体からショルダーグングニルとスラスターが分離。

 

『あっ、胴体割れた』

「レイ、実況しないでくれ」

 

 前半身と後半身が分離、更に前半身が二分割。

 ここまでバラバラになったスレイプニルの身体は、次々に胴体となったロキに合体し始めた。

 スレイプニル後半身は変形して、巨人下半身になる。

 前半身も変形し、ショルダーグングニルが肩に合体、スラスターが拳となり合体。

 そして前半身は両腕となってロキと合体。

 スレイプニルの頭部は左腕に武装。

 首は大剣となった、腰にマウントされた。

 

「『うォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』」

 

 胸部アーマーが展開。

 騎士を彷彿とさせるデザインの頭部が出現して、合体は完了した。

 

 それは、気高き魂の具現化であった。

 それは、戦いを司る王の体現であった。

 そしてそれは、美しき白銀の鎧巨人(ティターン)であった。

 名前はまだ無い。ならば今つけるまで。

 

『名前は今考えた!』

「ほう、では盛大に名乗ってみよ」

 

 白銀の鎧巨人は大剣の切先をウァレフォルに向ける。

 そしてレイは、この鎧巨人の名を名乗った。

 

『完成! ロードオーディン!』

 

 白銀の鎧巨人――ロードオーディン誕生瞬間であった。



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Page104:出陣! ロードオーディン

 白銀の鎧巨人(ティターン)、ロードオーディンが、サン=テグジュペリの空に君臨する。

 その中でレイは、生まれて初めての不思議な感覚を得ていた。

 

『なんか、言葉で表現しにくい感覚だな。身体バラバラになったのに、痛みもなんにも無い』

『アリスも。首取れたのに、痛くなかった』

「確かに奇妙な感覚だな。だが同時に、絶大な力も感じる」

『あぁ、今の俺達なら負ける気がしない』

 

 レイはロードオーディンの中から、ウァレフォルを見据える。

 対峙するウァレフォルは、愉快そうに笑い声を上げた。

 

「ハハハ! なんだなんだ、その姿は! 鎧装獣(がいそうじゅう)が合体だと? 面白ェじゃねーか!」

『勝手に笑ってろ。今からこのロードオーディンで、テメェを倒すからな』

「ザガンの奴が言ってた鎧巨人ってやつかァ? 遊び相手にゃ最高じゃねーか」

 

 ウァレフォル獅子の爪に魔力が溜まり始める。

 まずはその爪で引き裂く気だ。

 レイは強い警戒抱こうとしたが、ロードオーディンとして一体化しているスレイプニルが、それを静止する。

 

「レイ、過度に警戒する必要はない」

『……信じろってか?』

「その通りだ」

 

 ならばスレイプニルの言葉を信じよう。

 レイは警戒を解き、ウァレフォルの動きを注視する。

 

「身体が鉄になってようが、俺様の爪で引き裂けねェもんはねェェェ!」

 

 咆哮を上げながら、ウァレフォルが迫り来る。

 しかしロードオーディンは特別動きを見せない。

 ただ待っていた。ウァレフォルが接近するのを、待つだけであった。

 

「障壁展開」

 

 スレイプニルが小さく呟く。

 するとロードオーディンの前に、二層の巨大な魔力障壁が展開された。

 その内包魔力は合体前とは比にならない。

 凄まじく強固な魔力障壁を使って、ウァレフォルの爪を容易く受け止めてしまった。

 

「何ッ!?」

 

 ガキンッ、と音を立てて阻まれる獅子の爪。

 障壁に傷一つ入れられなかった事に、ウァレフォルは驚愕の声を上げた。

 だが驚いたのは、レイも同じ。

 

『すげェ……こんな強力な魔力障壁見たことねーぞ』

『これがアリス達が、合体した力?』

「ふむ、中々の性能だな。ではこれはどうだ」

 

 ロードオーディンが右手を前に突き出すと、魔力障壁が爆散。

 その衝撃波で、ウァレフォルを後方に吹き飛ばした。

 

「グッ! やるじゃねェか」

「敵の耐久も高い。色々試すには良さそうだな」

 

 レイもスレイプニルの意見に同意であった。

 この鎧巨人の力を試してみたい。レイの中で好奇心が溢れかえってきた。

 

『じゃあ次は攻撃だな。剣の扱いなら任せろ』

「うむ。任せるとしよう」

 

 レイが主導権を握る。

 そしてロードオーディンは、巨大な大剣を構えた。

 

『キンググラム! この剣の性能試してやる!』

 

 背中の翼を羽ばたかせ、ロードオーディンがウァレフォルに接近する。

 その推進力は凄まじく、一瞬にしてウァレフォルの眼前に迫った。

 

「なッ! 早い!」

『ぶった斬る!』

 

 ウァレフォルは咄嗟に両手で防御を試みる。

 だが無駄だ。

 ロードオーディンが振り下ろしたキンググラム。

 その一閃は容易く、獅子の腕を切断した。

 

「グォォォ!?」

『へぇ、結構良い剣じゃねーか』

「オ、俺様の腕がァァァ!」

『どうせすぐ再生するんだろ? 再生しきる前に微塵切りにしてやる』

 

 再びロードオーディンが剣を振るう。

 しかし寸前のところで、ウァレフォルは蝙蝠の羽を羽ばたかせ、逃れてしまった。

 

『レイ、逃しちゃダメ』

『わかってるっつーの!』

 

 ロードオーディンも翼を広げて、ウァレフォルを追う。

 ウァレフォルの企みを予想するのは容易だ。

 逃げ回って時間を稼ぎ、切断された腕を再生する気だ。

 レイ達は当然それを許す気はない。

 

『逃げるなッ! この野郎!』

「指図を聞き入れると思うのかァ!?」

『思ってねーよ!』

 

 サン=テグジュペリの空を派手に飛び回る二体。

 雲を突き抜け、太陽の下でもチェイスを続ける。

 しかしウァレフォルのスピードは並ではない。

 ロードオーディンの間合いに入らず、レイは少し焦る。

 

『クソッ! 早過ぎる』

『剣の間合いに入らない、ね』

『コンパスブラスターみたいに射撃形態にできればな』

「できるぞ。キンググラムは変形できるそうだ」

『それ先に言えよ!』

「キュ〜」

 

 思わずスレイプニルに突っ込むレイ。

 だがこれで打開策は見えた。

 空を跋扈するウァレフォルを追いながら、ロードオーディンはキンググラムを変形させる。

 

形態変化(モードチェンジ)! キンググラム、アーチェリーモード!』

 

 キンググラムが中央から展開する。

 瞬く間にキンググラムは巨大な弓へと変形した。

 レイが主導権を握り、巨大な弓を操る。

 矢は魔力で整形した強力なものだ。

 

『アリス、出力操作は任せる!』

『うん』

 

 レイが術式を構築。アリスが出力調節。

 そしてスレイプニルとロキが全体の微調整だ。

 空を飛び回るウァレフォルに狙いを定めて、ロードオーディンは矢を引く。

 あとはタイミングを見計らって……

 

『レイ!』

『今だ!』

 

 時が来る同時に、ロードオーディンは魔力矢を射った。

 雷の如き速度で空を走る矢。

 その一撃は見事に、ウァレフォルの蝙蝠の羽を貫いた。

 

「グァ!? テメェ、俺様の羽を!」

「これでは上手く飛べないだろう」

「舐めんなァ! 走れなくても空には立てるんだよ!」

 

 叫びの通り、羽を貫かれてなおウァレフォルは滞空していた。

 だがもう高速で逃げる事はできまい。

 レイはキンググラムを再び大剣形態にした。

 今度は確実に間合いに入れられる。

 

『さぁて、今度こそぶった斬ってやる』

「……それは、どうだァ?」

 

 切断された腕を再生させながら、ウァレフォルは不敵に笑みを浮かべる。

 瞬間、ウァレフォルは一気にロードオーディンへと近づいてきた。

 

「むっ!?」

「どんだけ頑丈な装甲だろうとなァ! 俺様の毒の前じゃあ溶けちまうんだよォォォ!」

 

 ウァレフォルは蠍の尻尾に毒を溜め、勢いよくロードオーディンに刺してきた。

 今までこの攻撃で死ななかった相手はいない。

 ウァレフォルにとってこの毒針攻撃は絶対の自信であった。

 だが……その自信は無に帰した。

 

「なッ!?」

 

 ガキン! 音を立てて、弾かれる蠍の尻尾。

 ロードオーディンの装甲を前にしては、その針は傷一つつけられなかった。

 

「バカな!? 毒で溶けすらしねーのか!?」

「今の我々に、その程度の攻撃は無力だ」

『さっきのテメェの言葉、そっくりそのまま返してやる!』

『効かねー』

『あっ! おいアリス! それ俺のセリフだぞ!』

 

 ロードオーディンの中で、アリスに抗議するレイ。

 だがその一瞬が、ウァレフォルにとっては好機であった。

 切断された両腕の再生が終わる。

 ここまで回復できればまだ勝機はあると、ウァレフォルは考えていた。

 

「やっぱりテメェらはガキだ。時間さえあれば、こんな傷すぐに再生できるんだよォ!」

 

 再生しきった獅子の爪に、ウァレフォルは全身全霊の魔力を込める。

 今まで出した事のない本気の一撃。ウァレフォルはその一撃でロードオーディンを葬ろうと考えたのだ。

 

「胸張りやがれェ! この俺様の本気で、テメェらを引き裂いてやる!」

 

 ウァレフォルの爪に禍々しくも凄まじい魔力が集まる。

 レイとスレイプニルは瞬時に、あの攻撃を受けては不味いと判断した。

 

「レイ!」

『わかってる! 魔力障壁――』

 

 レイが全力の魔力障壁を展開しようとする。

 正直防ぎきれるか分からない。だが無防備よりは良い。

 ロードオーディンが右手を前に出して、障壁展開しようとしたその時であった。

 

――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 

 凄まじい轟音と共に、ウァレフォルに一発の砲撃が飛んできたのだ。

 ウァレフォルは気が散り、砲撃が飛んできた方向を見る。

 そこには巨大な魔武具(まぶんぐ)を操作している一人の老人姿があった。

 

「ガハハハ! どうだワシの傑作の威力は!」

 

『あれ、シド爺さんか』

 

 ロードオーディンの中から、レイもその姿を視認する。

 間違いない、マリーに操獣者を教えた老人、シドだ。

 ウァレフォルを攻撃したのは、レイが工房で見た巨大魔武具だ。

 

「舐めんなよ盗賊野郎! ワシもまだまだ腐ってはおらんわ!」

「死に損ないのジジイがァ……まずはテメェから殺してやろうか!」

 

 ウァレフォルは地上にいるシドに狙いを定める。

 だがその一瞬が、絶好の隙でもあった。

 

『レイ、アリスに変わって!』

『お、おう』

 

 アリスが主導権を握る。

 するとロードオーディンは右手の平を前に突き出し、ウァレフォルに向けた。

 

『いくよロキ』

「キュイ!」

『リライティングアイ、展開!』

 

 ロードオーディンの手の平から、ロキの耳にあるものと同じ紋様が展開される。

 強力な幻覚魔法を発動する紋様。

 先程はウァレフォルに通用しなかったが、今は違う。

 スレイプニルと合体した事により、ロキの幻覚魔法は【武闘王波】の恩恵を受けているのだ。

 その能力で強化された幻覚魔法。悪魔の力をも凌ぐ幻覚魔法は、ウァレフォルの動きを停止させた。

 

「な、なんだこりゃァ!? 動けねェ!」

 

 身体が言うことを聞かず、一切動けない事にウァレフォルが動揺する。

 必死に身体を捻ろうとするも動かない。

 幻覚魔法が強力に効いているのだ。

 

『これで動けない』

『サンキュー、アリス! あとシド爺さん』

 

 動けない敵は、ただの巨大な的だ。

 

「レイ。無策に凶獣化した悪魔を討っては、何が起きるか分からない」

『それもそうだな……それじゃあ!』

 

 レイがロードオーディンの主導権を握る。

 そのままロードオーディンはウァレフォルの身体を掴み、上空へと飛び立った。

 

『被害が出ないくらい上で倒せばいい!』

「大雑把だが、最善だろうな」

 

 身動きが取れないウァレフォルを掴んだまま、ロードオーディンは雲の上へと突き抜ける。

 空の青と太陽の光、そして雲の絨毯。

 ここが凶獣を倒すのに最適な場所だ。

 

『そーらよっと!』

 

 ロードオーディンは掴んでいたウァレフォルを投げる。

 身動きが取れないとはいえ、まだウァレフォルには滞空能力は残っていた。

 上空に立ちすくむウァレフォルは、怒りに顔を歪める。

 

「テメェ! 俺様の拘束をさっさと解きやがれ!」

『その指図、俺らが聞き入れると思うのか?』

「……思わねェな」

 

 どこか落ち着いた様子で、ウァレフォルが答える。

 

「オイ、一つ聞かせろ……テメェらは何者だ?」

『自称、ヒーローだ』

「そうか……じゃあ勝てねーな」

 

 諦めたように落ち着くウァレフォル。

 だがこの悪魔に容赦をする必要はない。

 ロードオーディンはキンググラムを構えた。

 

「行くぞ、レイ!」

『あぁ! キンググラム形態変化(モードチェンジ)!』

 

 キンググラムの刀身が大きく展開する。

 展開した刀身からはロードオーディンの身の丈はあろうかという、巨大な魔力刃が出現した。

 これがキンググラムの必殺形態……

 

『パニッシャーモード!』

 

 絶大な魔力を内包した魔力刃を前に、ウァレフォルが笑みを浮かべる。

 それは何処か、満足気な笑みでもあった。

 

『アリス、みんな! トドメ行くぞ!』

『うん』

「キューイー!」

「うむ!」

 

 ロードオーディンの中で、膨大な魔力が加速していく。

 

「『『インクドライブ! 必殺!』』」

 

 二色の魔力が混ざり合い、キンググラムに絶大な破壊エネルギーを与える。

 術式も構築し、レイが既に流し込んだ。

 あとは解き放つのみ。

 ロードオーディンは翼を羽ばたかせ、ウァレフォルに突進を仕掛けた。

 

「ハハハ……こい!」

『うォォォォォォォォォォォォ!』

 

 レイが咆哮する。

 仲間の故郷を、そして数えきれない命を蹂躙した悪魔を討つために。

 ロードオーディンはその眩き魔力刃を、躊躇いなく解き放った。

 

「『『戦輝剛断(せんきごうだん)! ラスターパニッシャー!』』」

 

――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 

 一刀両断。

 ロードオーディンの必殺技は、ウァレフォルの身体を真っ二つに斬り裂いた。

 

「……ハハハ……悪くねェ……楽しかったぜェ」

 

 両断された身体が崩れ落ちながらも、ウァレフォルが呟く。

 その次の瞬間、凄まじい轟音と共にウァレフォルの身体は大爆発を起こした。

 爆風が雲を打ち消し、サン=テグジュペリの街照らし出す。

 空に佇むのはロードオーディン一体のみ。

 地上の者達は、誰が勝者なのか瞬時に理解した。

 

『これで、勝ったんだよな』

「そうだな。もはやあの悪魔の気配は現世に存在しない」

『うん、アリス達の勝ち。でもまだ仕事がある』

 

 アリス言う通りであった。

 親玉であるウァレフォルは倒したが、まだ街には盗賊達が残っている。

 それを全員捕まえなくてはならない。

 

『そうだな……さっさと降りて、後片付けするか』

『うん。それが良いと思う』

「キューイ!」

 

 事件の後始末するために、ロードオーディンは地上の街へと降りていくのであった。

 

『ところでレイ。合体ってどうやって解くの?』

『あっ……考えてなかった』

 

 街に降りる同時に大慌てするレイ。

 結局その後、合体解除するまでに一時間程かかってしまったのであった。



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Page105:影に潜む者たち

 ウァレフォルを討ち、サン=テグジュペリの街に降り立ったロードオーディン。

 人気の無い場所からそれを見届ける者達がいた。

 

「ふむ……ウァレフォルが討たれましたか。これは少し意外な展開ですね」

 

 サン=テグジュペリから少し離れた山。そこから眺めるのは金髪の少年、ザガンである。

 

「でもまぁ、最低限の仕事はしてくれたので良いでしょう。サンプルも回収できた事ですし……」

 

 そう言いながらザガンは小さな肉片が入った小瓶を取り出す。

 ウァレフォルの死そのものに興味は示さない。

 あくまで重要なのは自身の使命。

 ザガンは淡々と現状を見定めていた。

 

魔僕呪(まぼくじゅ)も十分に回収できました。あとは追加で製造するだけ」

 

 ならば後は裏側に戻って、作業をこなすだけ。

 そう思ってザガンが振り返ると、彼にとっては意外な存在が立っていた。

 

「オヤオヤ。貴女もここに来ていたのですか……黄金の少女」

 

 ザガンの前に立つのは美しい金髪の少女。

 神出鬼没の存在、黄金の少女である。

 

《私達は、見守りに来ただけ》

「見守る。あの鎧巨人(ティターン)をですか?」

《そう……そして》

「ボクを牽制するため、ですか?」

 

 ザガンの頭の中に、直接文字列が入ってくる。

 その様子から、黄金の少女がザガンに敵意を持っている事は明白であった。

 だが同時に、今は戦う意志が薄い事も伝わる。

 

「不思議ですね。貴女のような存在が、あの程度の操獣者(そうじゅうしゃ)達に執着する事が」

《貴方には関係ない。私達はただ、大切な人を守りたいだけ》

「エゴイズムですね。神に近い存在の発言とは思えません」

《私達は、神様であって神様じゃない》

「でしょうね。神と呼ぶには不完全すぎる」

 

 淡々と言葉を返していくザガンだが、警戒は解いていない。

 その手には常に、ダークドライバーが握られている。

 黄金の少女はそれを認識しても、一切動揺はしない。

 今この瞬間、黄金の少女は脅威を感じていないのだ。

 

「貴方の目的は何なのですか? 何故ボク達の邪魔をするのですか?」

《私達の目的のために、貴方達ゲーティアはいちゃダメだから。ただそれだけ》

「酷い事を言う」

《貴方達に言う資格はない》

 

 無言で対峙するザガンと黄金の少女。

 お互い隙を見せないようにようにする。

 だが数秒の後、ザガンはため息を一つついた。

 

「やめておきましょう。ここで貴女と戦っても、メリットが無い」

《私達はいつでも戦う意志がある》

「その割には殺意が足りていないのではないですか?」

 

 黄金の少女は返事をしない。

 それは無言の肯定でもあった。

 

「ボクの仕事は終わりました。あとは裏に戻るだけ」

《私達が逃すと思うの?》

「逃しますよ。思惑は分かりませんが、貴女はそういう存在です。今までがそうでした」

 

 ザガンはこれまでの黄金の少女の行動を、ある程度把握している。

 故に法則のようなものも把握しているのだ。

 そこから来る確信。ザガンは今黄金の少女が攻撃してこないと確信しているのだ。

 相手は時渡りの怪物。ここで無駄に消耗する意味はない。

 ザガンはダークドライバーを振るい、空間に裂け目を作り出した。

 

「あぁ、そうそう。一つ貴女に聞きたい事があるのでした」

 

 裂け目に入る直前、ザガンは足を止めて質問を投げかけた。

 

「貴女の中から気配を感じるんですよ。それも四つの気配」

《……》

「一つは貴女自身。二つ目は神の気配。三つ目は王の気配。ここまでは分かるのですが……もう一つの気配は何ですか?」

 

 純粋な疑問。しかし黄金の少女は答えない。

 

「この気配は、人間のそれ……魔核の気配。でもこれは間違いなく貴女のものではない。いったい誰の気配なのですか?」

《貴方に答える理由はない》

「……まさかとは思いますが、誰かから魔核を奪ったのですか?」

《ザガン!》

「おっと、やめておきましょう。貴女を刺激しすぎても得はありません」

 

 だが何か答えには近づけた。

 ザガンはそれだけで満足をし、空間の裂け目に足を踏み入れた。

 

「ではボクは失礼します。次に会うと時は……お互い良い出会いをしたいものですね」

《私達はゲーティアの敵。それは変わらない》

「残念ですね」

 

 そう言い残し、ザガンは空間の裂け目に消えていった。

 黄金の少女はそれを静かに見届ける。

 裂け目が消え、元に戻る空間。

 黄金の少女は、サン=テグジュペリの街を見下ろす。

 

《私達……前に、進んでるんだよ、ね?》

 

 街の中で四苦八苦しているロードオーディンを見つめながら、黄金のはそう呟いた。



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Page106:帰ろう

 サン=テグジュペリを襲った盗賊騒動は終息を迎えた。

 首領であるウァレフォルが討たれた事により、盗賊達の士気が低下。

 その隙を突いて、レイ達中心とした操獣者は盗賊を一網打尽にした。

 盗賊王ウァレフォルは死亡。一味は皆捕まり、事件は幕を閉じた。

 

 それから数日。

 現在は破壊された街を、人々が復興し始めている。

 サン=テグジュペリ伯爵もその指揮に追われている状態だ。

 そんな中、屋敷の中ではマリーが荷造りをしている。

 

「これでよし、ですわ」

『ピィ〜』

 

 大きな鞄に荷物を詰め終えるマリー。

 その目にはもう迷いは無い。

 進むべき道も己で決めた。

 

「ローレライは大丈夫ですか?」

『ピィピィ!』

「そうですか。ですが無理はいけませんよ」

 

 先の戦いで無茶をしたローレライだが、アリスとロキの魔法で随分回復していた。

 あとは時間が何とかしてくれるだろう。

 マリーは鞄を手に持ち、自分の部屋を軽く見回す。

 質素な部屋だ。貴族らしからない。

 だが、以前よりは心地良い部屋だ。

 マリーが感慨に耽っていると、扉をノックする音がした。

 

「失礼致します。マリーお嬢様、皆様がお待ちです」

「ありがとうグスタフ」

 

 優しい笑みを浮かべるマリー。

 もう心残りはない。

 マリーは鞄を持って、自室を後にした。

 

 屋敷の廊下を静かに歩く。マリーはどこか噛み締めるように、ゆっくりと歩いていった。

 だがいつかは終わりがくる。

 気づけばマリーは、広間に辿り着く。

 マリーが顔を見上げると、広間には家族が揃っていた。

 

「行くんだね、マリー」

「はい。ルーカスお兄様」

「本当に、大きくなったな」

 

 次兄のルーカスに頭を撫でられて、マリーは少し恥ずかしさを感じた。

 

「クラウス兄さんも、素直に見送ったらどうなんだ?」

「……そこまで器用な事はできん」

「不器用だなぁ」

 

 長兄のクラウスは、眼鏡の位置を正して目線を逸らす。

 だが彼なりにマリーを見送る意思がある事は、その場にいる全員が理解していた。

 マリーは静かにクラウスに一礼する。

 それを見たクラウスは「無理はするな」とだけ呟くのであった。

 

「マリー」

「お母様」

「なんだか、すごく綺麗な目になったわね」

「……はい。目指すべき道が見えました」

「ウフフ。我が娘はカッコいいわ」

「ありがとうございます、お母様」

 

 母であるユリアーナに、マリーは手を握られる。

 

「辛くなったら、いつでも帰ってくるのよ。ここは貴女の家なのだから」

「……はい。必ず」

「頑張るのよ。貴女の夢に光が満ちる事を祈っているわ」

 

 母からの優しい激励。それを受けたマリーは思わず母に抱きついた。

 ユリアーナも優しく抱き返す。

 そんな時間も僅かに、屋敷の広間に伯爵が姿を現した。

 

「マリー、もう出立するのか」

「お父様……はい」

「お前の夢は、その身を削る価値があるのか?」

「無論ですわ。それに、わたくしは一人ではありません」

「友、か」

「はい。大切な仲間がいます。彼らと共であれば恐れるものはありません」

「……そうか」

 

 伯爵は静かにマリーの頭に手を乗せる。

 その表情は慈愛に満ちた、父の顔であった。

 

「ルーカスの言う通りだな。大きくなったな」

「お父様」

「マリー、忘れるな。ここがお前の家で、私達が家族だ」

「はい」

「いつでも帰ってくるのだぞ」

「……はい!」

 

 使用人達が屋敷の扉を開ける。

 旅立ちの時が来たのだ。

 

「それでは皆様。マリー=アンジュ、夢に向かって行ってきますわ!」

 

 満面の笑みを浮かべて、家族に挨拶を済ませるマリー。

 開いた扉の向こうには、フレイア達仲間が待っていた。

 

「皆様、お待たせしましたわ」

「もー、待ちくたびれたよー!」

「フレイアはせっかち過ぎだ。家族への挨拶は時間かけるもんだよ」

「そうだけどさ〜」

「ふふ。フレイアさんは変わりませんわね」

 

 心地よい空気が、マリーの心癒していく。

 そうだ、此処にこそマリーが望んだものがあるのだ。

 

「マリーちゃん。もう大丈夫なの?」

「オリーブさん……はい、もう傷は全て癒えましたわ」

「そっか。よかったね、マリーちゃん」

 

 元気を取り戻したマリーを見て、オリーブは思わず笑顔を浮かべる。

 だがそれは、マリーには強烈なダメージと化した。

 

「マ、マリーちゃん!?」

「だいじょうぶですわ。すこし鼻血が出ただけです」

「アリスさーん! マリーちゃんを治療してあげて!」

「オリーブ。それ、アリスでも完治させれないと思う」

「えぇ!?」

 

 流石のアリスでも恋の病は専門外だ。

 マリーは持っていたハンカチで鼻血を止めようと頑張る。

 その様子をレイとフレイアは呆れたように見ていた。

 

「ったく、何やってんだか」

「でもマリーも本調子に戻ったみたいね」

「だな……あとはライラか」

「うん……戻ったら、色々話そうと思ってるの」

「そうだな。いざとなったら俺も行く」

 

 ジャックは恐らく大丈夫だと思っているレイ。

 なので優先すべきはライラだ。

 彼女のメンタルをどう回復させるか、レイとフレイアが頭を悩ませる。

 

「マリーちゃん、本当に大丈夫?」

「えぇ。もう大丈夫ですわ。ご心配をおかけしました」

「よかった〜」

 

 そうこうしている間に、マリーの鼻血も止まったようだ。

 これで準備万全。

 マリーはレイとフレイアの前に歩み出る。

 

「レイさん、フレイアさん。改めまして、よろしくお願いしますわ」

「そりゃこっちの台詞だっての」

「そうそう。アタシ達の方こそよろしくね〜!」

「はい!」

 

 もう何も恐れない。

 マリーという少女の周りには仲間がいる。

 絆の力を再認識したマリーは、胸を張って炎柄のスカーフを締め直すのであった。

 

「しっかしアレだな。なんか騒がしい帰省になったな」

「そうですわね。ですが、色々と得られるものはありましたわ」

「そっか……なぁマリー、悔いはないか?」

「ウフフ、愚問ですわ。今のわたくし、とても晴れ晴れとしていますのよ」

 

 爽やかな笑顔でそう返すマリー。

 だが鼻血の跡があるせいで、どこか締まっていない。

 それでもレイは一つの安心を覚えた。

 ならば後は家に帰るだけ。

 

「それじゃあ……帰ろうか、俺達の街に」

「はい、帰りましょう。わたくし達のセイラムシティに」

 

 まだ見ぬ明日に希望を抱いて、新たな旅に出る。

 もう一つの家に帰るために、マリーは自分の故郷を去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第五章に続く】



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第五章:東国の戦士と絵本の罠
Page107:その悪魔は絵本を持つ


 月が照らす夜の街。

 だがその街は、不気味なほどに静かであった。

 人の息が聞こえない。魔獣の足音一つ聞こえない。

 建物からは灯りがまばらに見える。料理の匂いも香る。

 だが人と魔獣の気配は皆無だ。

 まるで住民が全て、突然消失したような街。

 そんな街の中央広場で、一人の操獣者(そうじゅうしゃ)と一人の少女が対峙していた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 魔装に身を包んだ操獣者は、仮面の下で息を荒くしている。

 それに対峙している少女は不思議な雰囲気を纏っていた。

 白い髪、上等な白いドレスに、胴体くらいの大きさがある絵本を抱えている。

 目の前に変身した操獣者が居るというのに、顔は楽しそうな笑みを浮かべるのみ。

 そんな二人の前には、数枚のトランプが並べられていた。

 よく見れば、二人の手元にもトランプがある。枚数は少女の方が僅かに多いか。

 神経衰弱だ。

 二人はこの異質化した街の中で神経衰弱をしているのだ。

 

「さぁ、お兄様の番よ。はやくめくって欲しいわ」

「わ、わかってる……必ず、必ず当てるんだ……」

 

 まるで生死の境でも彷徨っているかのような声で返事をする操獣者。

 彼は激しく音を鳴らす心臓をやかましく思いながら、一枚目のトランプをめくった。

 

「ハートのAね。さぁ、当ててみせて」

「当ててやる……当てて、やるんだ」

 

 絶対に外すな。自分にそう言い聞かせるように操獣者は呟く。

 神に祈るようにトランプを見つめながら、操獣者は震える手で、一枚のトランプをめくった。

 

「まぁ!」

 

 少女の驚く声が聞こえる。

 仮面の下で目を瞑っていた操獣者は、恐る恐る目を開けて、めくったトランプを確認した。

 そして……深く後悔し、絶望した。

 

「スペードの5……!?」

「お兄様ハズレ。次は私の番だわ」

「ま、待ってくれ! もう一回やらせてくれ!」

「ダメよ。やり直しはルール違反だわ」

 

 可愛らしくそう言いながら、少女はトランプをめくる。

 めくったカードはスペードのA。すでに相方が見えているカードだ。

 当然次にめくるのはハートのA。

 二枚のカードが少女の元にいき、続けてめくる権利が巡ってくる。

 

「あら、もう二枚しか残っていないわ」

「あ……あぁ……」

 

 少女はややもったいぶるようにトランプをめくる。

 スペードの5、そしてクローバーの5だ。

 最後のカードが少女の手元にいく。

 トランプが無くなったので、ゲーム終了だ。

 

「お兄様が二十二枚。私が三十枚、このゲームは私の勝ちね」

 

 ゲームに勝ち、少女は無邪気に喜ぶ。

 だが反面、操獣者は恐怖に怯え上がっていた。

 

「じゃあお兄様。罰ゲームよ」

「嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 操獣者は一目散に、その場から逃げ出す。

 だが少女はそれを許さない。

 

「あらあら。大声を上げてレディから逃げるなんて、失礼なお兄様だわ」

 

 少女は抱き抱えていた大きな絵本を開いた。

 

「つかまえて、ブギーマン!」

 

 瞬間、絵本のページから黒いスライムが急速に伸び出てきた。

 目にも止まらぬスピードで伸びてくるスライム。

 それは変身した操獣者でさえも逃げきれないスピードであった。

 

「ギャア!」

 

 黒いスライム、ブギーマンが操獣者にくっつく。

 すると操獣者の全身から力という力が、急速に抜け出ていった。

 見る見る身体が無力化され、変身も解除されてしまう操獣者。

 抵抗力が無くなった。その瞬間、ブギーマンは操獣者を掴んだまま絵本の中に引きずり込んだ。

 

「や、やめ、ろ」

「ダーメよ。お兄様も可愛いキャラクターになってもらうわ」

 

 ブギーマンの触手が絵本の中に戻る同時に、操獣者の身体も絵本の中に吸い込まれる。

 操獣者の全身が絵本に吸い込まれると、白紙であった絵本のページに絵が現れた。

 クレヨンで描いたような絵。だがその絵は何処か吸い込んだ操獣者を彷彿とさせるものであった。

 新たな絵が現れた事を確認した少女は、嬉しそうに絵本を閉じる。

 これで街には少女以外の全ての生命が居なくなった。

 

「ウフフ。また素敵な絵本ができたわ。陛下にも喜んでもらえるかしら?」

「うんうん。きっと喜んでもらえるよー⭐︎」

 

 少女の背後から、肯定の声が聞こえる。

 振り向くとそこには、ピンクの髪したゴスロリの少女。パイモンがいた。

 

「あら、パイモンお姉様。お久しぶりね」

「シャックスちゃん久しぶり〜。元気してた〜?」

「えぇとっても。パイモンお姉様はどうしてこの街に?」

「シャックスちゃんに会いにきたの〜。殿下とザガンから伝言」

 

 少女改めてシャックスは、目を輝かせてパイモンに近寄る。

 九歳程度の外見をしたシャックスを、パイモンも笑顔で迎え入れた。

 

「まず陛下から、シャックスちゃんがいっぱい頑張ってるから、ご褒美に新しい絵本をプレゼントでーす!」

「まぁ! それはとても嬉しいわ!」

 

 シャックスが持っているものと同じ絵本を取り出すパイモン。

 その絵本をシャックスに渡すと、交換するようにパイモンは前の絵本を回収した。

 回収した絵本のページを適当にめくるパイモン。

 

「おぉ〜、流石シャックスちゃん。ページいっぱい埋めたんだ〜!」

「えぇ、陛下のために私頑張ったわ」

「シャックスちゃんが良い子で、パイモンちゃん感激ー⭐︎」

 

 パイモンに褒められ顔を赤らめるシャックス。

 誤魔化すようにシャックスは新しい絵本のページを開く。

 その絵本は全てのページが白紙であった。

 

「ウフフ。また素敵な絵本を作らなきゃ」

「シャックスちゃんったら頑張り屋〜。パイモンちゃんもっと感激ー⭐︎」

「ねぇパイモンお姉様。この絵本は何処で描けば良いかしら?」

「あっ、そうそう。それでね、ザガンから新しい遊び場のご紹介でーす!」

「まぁ。それは素敵だわ!」

 

 静寂と化した街の中央で、二人の悪魔は無邪気な喜びを上げる。

 

「次の遊び場はセイラムシティでーす! 操獣者の街で、絵本を完成させてくださーい⭐︎」

「操獣者の街……それは素敵な絵本が作れそうだわ」

「何処かの悪魔が出典で、ザガンから聞いた情報なんだけど〜、もうすぐセイラムに東国ヒノワから操獣者が来るんだって。色んな強い操獣者をまとめて絵本にするチャンスだから頑張れーって言ってたよ」

「まぁまぁまぁ! それはとっても心がトキめくのだわ!」

 

 新しい玩具に歓喜する子供のように、シャックスはその場でピョンピョンと飛び跳ねる。

 パイモンはそれを微笑ましそうに見ていた。

 

「とりあえずこの絵本はザガンに渡しとくね」

「お願いするわパイモンお姉様」

「シャックスちゃんも、次のお遊戯頑張ってね〜⭐︎」

「えぇ、もちろん」

 

 パイモンはダークドライバーを取り出して振るう。

 空間の裂け目現れ、パイモンは回収した絵本と共にその中へ姿を消した。

 

「次はどんな絵本になるのかしら。楽しみね、ブギーマン」

 

 白紙のページを広げながら、無邪気な笑顔浮かべるシャックス。

 その影からは黒いスライム、ブギーマンが踊り出ていた。



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Page108:合同演習?

オーバーラップ文庫大賞、銀賞でした。
書籍版は年明け1月25日発売予定です。


 今日も今日とて、喧騒に包まれているギルドGODの大食堂。

 ゲーティアの宣戦布告からというもの、操獣者(そうじゅうしゃ)達は彼方こちらに引っ張りだことなっている。

 依頼の張り紙も壁を埋め尽くしているが、まだ貼り足りない。

 そんな食堂の中で、レイは一人新聞を広げていた。

 

「一夜にして街の住民が消失……まーたゲーティアの奴らだろうな」

 

 今日の一面記事はとある街で起きた住民消失事件。

 ある日突然、住民が一人残らず姿を消した街を商人が発見したらしい。

 レイは口にフォークを咥えながら、怪事件の裏にゲーティアが居るだろうと考えていた。

 

「マリーの件が終わって、ウァレフォルを倒しても、全然前に進んだ感じがしないなぁ」

 

 ひとまずマリーの実家の件には決着がついた。

 残る目先の問題はライラとジャックだ。

 ライラはまだ落ち込んでいるかもしれない。ジャックに至っては武者修行と言ってどこかに行ったきりだ。

 レイは咥えていたフォークを指先で弄りながら、二人の事を考えていた。

 どうしたものか。レイが内心ぼやいていると、聞き慣れた声が。

 

「あっ、レイも来てたんだ」

「フレイアか。模擬戦場帰りか?」

「うん。ライラ一緒に」

「ふーん……ん?」

 

 予想外な名前が出てきて、口が開いてしまうレイ。フォークも落ちた。

 よく見ればフレイア後ろには黒髪褐色肌少女。ライラの姿があった。

 ライラはどこか申し訳なさそうな感じで、フレイアの後ろから出てくる。

 

「え、えっと……お久しぶりっス」

「ライラ。もう大丈夫なのか?」

「大丈夫っス。休んでいた分も前線で頑張っていくっスよー!」

 

 元気いっぱいに復帰宣言するライラ。

 だがレイには、どこか無理をしているようにも見えた。

 

「それでレイ君。ちょ〜っとお願いがあるんスけど」

「ライラが頼み事って珍しいな。なんだ?」

 

 ライラは鞄から一振りの魔武具(まぶんぐ)を取り出して、レイの前に差し出した。

 それは三角定規を彷彿とさせるデザインの短剣。

 だがセイラムでは滅多に見ないデザインの短剣だ。

 

「珍しい魔武具だな。東国のやつか?」

「スクエアクナイ。東国ヒノワで作られた魔武具っス」

「ヒノワっつーと、確か」

「うん。ボクのお母さんが生まれた国っス」

 

 ライラが東国ヒノワの血を引いている事は知っていたレイ。

 だが東国の魔武具まで所持しているのは、少し予想外であった。

 珍しい魔武具を前に、レイは整備士としての好奇心が疼いていく。

 

「クナイ。確かヒノワのニンジャが使うっていう武器か」

「これはその魔武具版っス。お願いってのは、レイ君にこれの整備をして欲しいんス」

「整備依頼か……」

 

 レイは少し迷う。

 魔武具整備自体は苦でも何でもないのだが、目の前にある魔武具は完全に未知の代物だ。

 上手く整備できるか、些かレイ中で自信が出てこない。

 

「短剣系の魔武具ならいくらでも整備してきたけど……クナイは初めてだな」

「これ、お母さんから貰った魔武具なんス。長いこと使ってなかったから、整備した方がよさそうで」

「なおさら責任重大なってきたな」

「中の術式を、今のボクに合ったものして欲しいんス。レイ君ならできるかなーって思って」

 

 いつもの元気は感じられず。ライラは恐る恐るレイに聞く。

 一通り話を聞いたレイはため息一つついてから、首の裏をかいた。

 

「俺も初めてだからな。壊れても文句言うなよ」

「お願いするっス! レイ君ならできるって信じてるっス!」

「その信頼が重いんだよ」

「あー! レイ君、女の子に重いはNGワードっスよ!」

「事実を言ったまでだ」

 

 頬を膨らませて抗議するライラを、レイは軽くあしらう。

 だがレイの中で、なにか引っ掛かる事もあった。

 

「(そういえば、前に親方がライラの母親の事を何か言っていたような……)」

 

 だが随分前のことなので、上手く思い出せない。

 あまり良い話では無かったことだけは覚えている。

 確証は持てない。故にレイは、それを口にすることは出来なかった。

 

「そういえばレイ。ジャックはどうなの?」

「あれ、ジャッ君どうかしたっスか?」

「あぁ。ジャックならまだ武者修行だよ」

 

 レイとフレイアは諸々事情をライラに話す。

 ジャックの武者修行の件、マリーの実家の件等々。

 一通りの話を聞いて、ライラも事情を理解できた。

 

「やっぱりジャッ君も色々思うとこあったんスね」

「だろうな。にしてもアイツ今どこに行ってんだ?」

 

 実はジャックの行き先に関しては誰も知らない。

 いっその事グリモリーダーの通信で居場所を聞き出そうか。

 レイがそう考えた矢先だ。食堂の中に見慣れた金髪の少年の姿が見えた。

 

「あれ……ジャックか?」

「えっ! ジャック帰ってきてるの? どこどこ!?」

 

 フレイアが騒ぎながら探し始めるので、向こうもすぐに気がついた。

 

「レイ、フレイア、ライラ。久しぶりだね」

「ジャッ君おかえりっス」

「おう久しぶりだな。武者修行はもういいのか?」

「うん。自分を見つめ直す良い機会だったよ。そっちはどうだい?」

「色々あったよー! マリーの実家に行ったり、レイとアリスが合体したり」

「最後にすごい事起きてないかな?」

 

 流石にジャックもレイとアリスの合体は予想外だったらしい。

 ちなみにレイが合体時の様子を語ると、ジャックは筆舌に尽くし難い表情になった。フレイアは爆笑した。

 

「とりあえずこれで全員回復だな」

「そうね〜。ローレライの傷も治ったし、これで元通り!」

「じゃあまた何処か依頼でも受けにいくか? 今のギルドは世界中からの依頼で溢れ返ってる」

「良いね。困ってる人も多いだろうし、色々依頼こなそー!」

 

 フレイアが気合を入れて腕を突き上げる。

 次の方向性リーダーが決めた瞬間……と、思いきや。

 

「あっそれなんだけどフレイア」

「んにゅ?」

「親方さんから伝言があるんだ」

「お父さんから伝言?」

 

 ライラも聞いていないらしく、頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「ここ最近ゲーティアの攻撃酷くなってるだろ。だから色んな操獣者ギルドが手を組んで、合同演習しようって話になってるらしいんだ」

「合同演習? なんだそりゃ」

 

 レイも思わず疑問符。

 

「要するに他のギルドの操獣者と模擬戦をするって事だね。お互い技術を高めてゲーティアに立ち向かおうってわけさ」

「えっとつまり……色んなギルドの強いやつが集まるの?」

「今はそういう認識で良いと思うよ」

 

 未知なる強者との研鑽。それを想像したフレイアは目を輝かせ始めた。

 

「やろう! 合同演習!」

「待て待てフレイア。俺らが参加できるか分からねーだろ」

「いや、そうでもないよ。合体ができる僕達レッドフレアは強制参加だってさ」

「あんのクソジジイ、そういう事はもっと早く言えよ」

 

 恐らく発案者であるギルド長に、思わずレイは悪態をつく。

 だが他のギルドとの演習は悪い話ではない……こともないのだ。

 

「なぁジャック。俺らは誰の相手すれば良いんだ? その辺のギルドじゃ、俺らについてこれないぞ」

 

 レイの発言も無理はない。

 GODは世界最大にして、世界最強の操獣者ギルド。

 最弱であった契約前のレイでさえ、他国の操獣者からすれば化物に近い強さなのだ。

 そんな実力者揃いギルド所属しているレイ達。

 演習相手によっては、こちらがレベル落とす必要もあるのだ。

 

「その点は大丈夫だよ。ちゃんと僕達の演習相手も聞いてきた」

「へぇ……どこのどいつだ?」

「ギルド【神牙(シンガ)】。東国ヒノワの操獣者ギルドだよ」

 

 ヒノワの操獣者ギルド。

 その名前が出た瞬間、レイ達は三者三様の反応を見せた。

 

「わー! ヒノワの操獣者と戦えるんだ! サムライ! ニンジャ!」

「やるなギルド長。シンガって言ったら、東の最強ギルドじゃねーか」

「神牙……ヒノワの……」

 

 純粋に期待感を高めるフレイアに、少し驚くレイ。

 だが一方で、ライラはどこか暗い表情を浮かべていた。

 

「ん、どうしたライラ?」

「あっ、なんでもないっス……なんでも、ないっス」

 

 明らかに様子がおかしいライラを心配するレイ。

 フレイアはそんなライラ黙って見守るだけであった。

 

「詳しい話は、またギルド長からするってさ」

「なるほどな。じゃあ次の行き先はヒノワか」

「いや。向こうからセイラムに来るらしいよ」

「なんだよ。ヒノワ観光楽しんでやろうと思ったのに」

 

 出鼻を挫かれて、思わずレイは文句を垂れてしまう。

 

「それで。アタシ達はいつギルド長のとこに行けばいいの?」

「だよな。シンガの奴らがいつ来るか聞きたいし」

「シンガの人達が来るのは明日だって。ギルド長のとこには今から」

「やっぱりあのジジイ一発殴るか」

 

 色々急過ぎる。レイはギルド長の顔を殴る決意した。

 フレイアとジャックも止める気はない。

 一方でライラは、未だ暗い表情を浮かべていた。

 

 東の島国ヒノワ。

 それはライラのもう一つの故郷であり、彼女の最も深い心の傷でもある国。



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Page109:少し心配なこと

 一時間後。ギルド長は執務室にて、大きな瘤を頭に作っていた。

 急な演習の話に怒ったレイが制裁したのだ。ちなみに止める者は誰もいなかった。

 それはともかく。

 チーム:レッドフレアはギルド神牙(シンガ)との演習を了承。

 明日の朝から港で出迎える事となった。

 

 今日はこれで解散。フレイア達は各々帰路につくのであった。

 

「ただいまー!」

「あらフレイアさん。お帰りなさいませ」

「おかえりフレイアちゃん」

 

 夕方。

 ギルドの女子寮に帰って来たフレイアを、マリーとクロケルが出迎える。

 家に帰ってきて「おかえり」と言ってもらう。それはフレイアにとって、たまらなく嬉しい事でもあった。

 思わず顔が綻んでしまう。

 

「えへへ。ただいま二人とも」

「フレイアさんは帰宅すると、いつも笑顔ですわね」

「私もお出迎えしがいがあるわ~」

 

 微笑ましい日常の一ページ。

 こういうものを守りたい事も、フレイアが戦い続ける理由の一つだ。

 ふと、フレイアの腹の虫が「ぐぅ」と鳴る。

 それを聞いたクロケルは小さく笑った。

 

「ふふ。模擬戦で疲れてお腹空いたでしょ。ご飯できてるから、着替えてらっしゃい」

「はーい!」

「クロさん。お皿を並べるの手伝いますわ」

 

 フレイアは自室へ着替えに、マリーはクロケルの手伝いをしに動く。

 数分後、着替えたフレイアが食堂に入るとスープのいい香りが漂ってきた。

 腹の虫も声を荒らげる。

 

「おなかすたー! ごはんー!」

「はいはい。もうできてますよ」

 

 素早く席に座るフレイア。

 いただきますと言うや否や、すぐに皿の上のパンに齧りつき始めた。

 

「もうフレイアさん。落ち着いて食べないと、また喉を詰まらせますわよ」

「むぐ、もが。それもそっか。ゆっくりたべよう」

「食べる速度が落ちてないのですが……」

 

 隣の席に座るマリーは、フレイアの早食いに思わず呆れてしまう。

 だがこれもいつもの事だ。

 いかにも美味しそうに食べるフレイアを、クロケルは微笑ましく見守る。

 その目はまるで、本当の母親のようでもあった。

 

「もぐもぐ」

 

 パンを齧り、スープを飲み、サラダと肉を食べる。

 そんな中フレイアは少し考え事をしていた。

 

「あっ、そうだマリー」

「はい、なんでしょう?」

「明日ヒノワのギルドと合同演習する事になったから。準備しといてね」

 

 マリーはスープを吹き出しそうになった。

 

「いったいどういう事ですの!?」

「今日ギルド長がいきなり言ってきた。面白そうだから受けた。ギルド長はレイがお仕置きした」

「悔しい事に、だいたい理解できてしまいましたわ」

 

 一応詳しく説明するフレイア。

 既に決定した事柄であるのに加えて、純粋に訓練として良さそうなので、マリーはそれ以上追及しなかった。

 

「しかし、ヒノワのギルドですか……ヒノワといえば、ライラさんのもう一つの故郷でもありますわね」

「……うん、そうだね」

「東国の島国ヒノワ。特殊な文化が根付いていると同時に、高い実力の操獣者(そうじゅうしゃ)、サムライとニンジャがいると聞きますわ」

「ライラはね……お母さんがニンジャなんだ」

「それは何となく想像通りですわ。ライラさんニンジャのスキルと使うこともありますし」

「うん、そうだね」

 

 妙に歯切れが悪く、スープをスプーンでつつくフレイア。

 そこでマリーはある事を思った。

 

「そういえば、わたくし出会う前のライラさんの事はあまり知りませんわね」

「まぁ……そうでしょうね」

「ライラさん明るい方ですけど、あまり自分の事は離さない気がしますし……フレイアさんは何かご存じなのですか?」

 

 フレイアの手に持つスプーンが動きを止める。

 少しの間が二人の間を支配する……が、フレイアは溜息を一つついてから口を開いた。

 

「アタシもね、全部知ってるわけじゃないんだけどさ」

「……」

「マリー、不思議に思ったこと無い? ライラのお母さんをセイラムで一度も見たことありませんないの」

「……そういえば、見たことありませんわね」

「これ、話したことライラには内緒にしててね」

 

 珍しくシリアスな雰囲気のフレイアに、マリーは固唾を飲む。

 

「ライラのお母さんはね、ライラが小さい頃にヒノワへ行ったっきり、一度も戻ってきてないんだってさ」

「えっ。ですがグリモリーダーをお持ちでしたら通信機能が」

「通信も無し。こっちから連絡取ろうにも受信拒否されてるんだってさ」

「そうなのですか……ですが、どうして」

「どうして出て行ったのかライラは知らないし、親方は何も言わない。ただライラが言うには、何かとんでもない事に巻き込まれてるんじゃないって」

「とんでもない事ですか」

「うん。ライラのお母さんはヒノワのニンジャ。それも名門の家の人なんだってさ」

 

 ヒノワの名門ニンジャ家。

 それを聞いたマリーは素直に口をあんぐりさせた。

 

「ライラ、お母さんの顔あんまり覚えてないんだって」

「それほどまでに幼い頃に、出ていかれたのですか」

「うん。だからライラにとってニンジャとしての戦いは、お母さんとの繋がりを維持するための戦いでもあるの」

 

 そこまで聞いてマリーはハッとなった。

 先のブライトン公国での戦い。そこでライラはフルカスに一方的に倒されてしまった。

 ニンジャとしてのスキルを発揮する間など一秒たりとも存在しない。

 その敗北が、ライラの心に大きな傷を負わせたことを想像するのは、マリーにも簡単であった。

 

「ライラさん、大丈夫なのでしょうか?」

「本人は大丈夫って言ってるけど、正直アタシにもわかんない」

 

 ただ……と、フレイアは続ける。

 

「ライラが前みたいになったら、かなり面倒だなって思う」

「前、ですか?」

「うん。ライラをチームに入れる前」

「なにかあったのでしょうか?」

「うーん、なんて言えばいいのかな? 死にたがり、みちな?」

 

 マリーは心底驚いた。

 ざっくりした表現ではあるが、あの元気の塊のようなライラが「死にたがり」と形容されるような状態だったとは。

 必死に想像力を働かせたが、マリーは上手く想像できなかった。

 

「初めて会った時のレイほど酷くはないけど、ライラも結構執念みたいなのに縛られてた」

「そうなのですか……」

「ニンジャへの執念と、お母さんへの思い。これがライラが背負ってるもの」

「家族への思いは、難しい問題ですわね」

「うん。アタシは親が居ないから色々わからないこと多くてね。一回アリスに相談してみようかな」

「そうですわね。アリスさんなら何か答えを出してくれるかもしれませんわ」

 

 二人の中でアリスへの信頼がどんどん上がっていく。

 それはそれとして。

 

「やっぱりライラが心配かなぁ。なんか今のままだと無茶しそうだし」

「フレイアさんが言っても、無茶に関しては説得力が薄いかと思いますわ」

「ぶー! じゃあアリスかオリーブに話をさせる」

「わたくしは!?」

「マリーも結構無茶するでしょ」

「それは……そうかもしれませんが」

 

 自分も無茶組に入れられた事に、マリーは思わず抗議してしまう。

 フレイアはそれを華麗にスルーしながら、肉とサラダを食べるのだった。

 

「そういえばフレイアちゃん。ライラちゃんのお母さんって、どんな名前なのかしら?」

 

 話を聞いていたクロケルが、フレイアに質問する。

 

「えっと確か……家名はイハラだった気がする」

「まぁ! イハラ家の人なの」

「クロさん、ご存じなのですか?」

「私も詳しいわけじゃないけど、イハラ家と言えばヒノワでも有数の名門ニンジャ一族よ。そこのくノ一なんてすごいわねぇ」

「へ~、そんなにスゴいんだ」

「ライラちゃん、きっとヒノワならお嬢様ね」

「クロさん、それ本人は言わないであげてね。多分へこむから」

「あらあら、それは気をつけなくちゃ」

 

 コロコロと笑うクロケル。

 

「それにしても、ヒノワの家を知っているなんて。クロさんは物知りですわね」

「こうみえて昔は色々してたのよ~」

「へ~、教えて教えて!」

「ナ・イ・ショ・よ。女の子はね、秘密を食べて美しくなるのよ」

「なにそれ?」

「フレイアちゃんにはまだ早かったかしら」

 

 クロケルの過去を聞き出そうとするフレイアと、華麗に躱していくクロケル。

 そんな二人のやり取りを見ながら、マリーは食事を進める。

 

 今日もまた、夜は更けていった。



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Page110:来航! ヒノワの戦士

 戦乱の時代とはいえ、貿易が盛んな街。人々の活気は決して止まっていない。

 そんなセイラムシティの港で、レイ達チーム:レッドフレアは待ちぼうけていた。

 

「で、いつ頃来るんだって?」

「お昼頃。船で来るから、正確な時間は分からない」

「だよなー」

 

 頭の後ろで手を組みながら、レイはアリスの言葉を聞く。

 かれこれ待ち続けて一時間。暇を持て余しているのだ。

 レイは心の中で「こんな事なら新聞でも持ってくれば良かった」とぼやいた。

 

「フレイアー、なんか暇つぶし持ってないか?」

「むしろそれレイに聞きたいんだけどー」

「持ってたらこんな質問するわけないだろ」

「じゃあアタシおやつ買ってきていい?」

「ダメだ。リーダーなんだから残れ」

「ちぇー」

 

 唇を突き出して、足元の小石を蹴るフレイア。

 暇なのだ。

 

「そういえばジャック。修行はどんな事したんだ?」

 

 ふと閃いたように、レイはジャックから修行の話を聞く。

 

「あぁそれなら」

 

 ジャックも気前良く語ってくれた。

 これで良い暇つぶしになる。フレイアも参加してきた。

 三人が筋肉談義をしている間、他の四名も暇つぶしに話する。

 

「そういえばマリ姉の実家大丈夫だったんスか?」

「はい。皆様が活躍してくれたおかげでなんとか」

「前は姉御が派手に暴れたっスからね〜。なんか言われたりしなかったんスか?」

「それも大丈夫ですわ。黙らせましたから」

「マリ姉、笑顔が怖いっス」

 

 とりあえずライラはサン=テグジュペリ領で起きた事件について聞いた。

 その話がゲーティアの悪魔、ウァレフォルの事になった時、流石にライラは顔を強張らせた。

 やはりゲーティア悪魔は凶悪である。その事をライラは再認識したのだ。

 重苦しい空気が嫌だったのか、それ察したオリーブが急いで話題を切り替えた。

 

「そ、そういえばライラちゃん! ライラちゃんってヒノワの事に詳しいんだよね? これから来る人たちってどんな人なのかな〜?」

「そうですわね。わたくしもヒノワの方にお会いするのは初めてですわ」

「アリスも」

 

 ヒノワの人はどんな人なのか。

 それを聞かれたライラは、うーんと首を傾げた。

 

「ヒノワの人……色々いるっスけど、今聞きたいのは神牙(シンガ)操獣者(そうじゅうしゃ)っスよね?」

「うんうん」

「そうですわね」

「うーん。悪い人はいない筈っスけど……あそこは色々と、GODとは違うとこがあるっス」

「と、言いますと?」

「完全実力主義のウチと違って、神牙は家柄や血統も重んじるっス」

 

 それは大きな文化の違い。

 ライラ曰く、ヒノワでは出身の家や血統による強さを重要視する文化があり。

 家柄も血統も無い者が這い上がってくる事は極めて稀だそうだ。

 そういう文化故に、ヒノワの操獣者は家や血を重んじる。

 むしろ重んじるが故に、変に驕り高ぶる者もいたりするらしい。

 もちろん根は良い人が多いのだが……

 

「一番心配なのは……姉御とレイ君っス」

「あぁ……あのお二方は」

「レイ、喧嘩しそう」

「フレイアちゃんも危ないよね」

「だからいざという時は、みんなで止めるっス」

 

 四人の女子は静かに頷いた。

 あの二人だけは気をつけよう。何がなんでも暴走は止めよう。

 四人の心は一つになっていた。

 

 そんな感じで暇つぶししていると、気づけばレイ達の周りには何人もの操獣者が集まっていた。

 

「おっ、集まってきたな」

「あれみんな模擬演習の参加者?」

「多分な。セイラムに来る操獣者も一組じゃないらしいし」

「色々来るんだね〜。で、アタシ達の相手は誰なの?」

 

 フレイアが疑問を零す。

 それに対して、一枚の紙を取り出したジャックが答える。

 

「えーっと、チーム名は『化組(バケグミ)』。メンバーはアクタガワって名前の三人兄妹みたいだね」

「その三人ってサムライ? それともニンジャ?」

「フレイア、お前どんだけ会いたいんだよ」

「まぁヒノワ特有の戦士だからね。僕も会ってみたいよ。ちなみに『化組』は全員ニンジャなんだって」

「ニンジャー!? やったー!」

 

 子供のように飛び跳ねてはしゃぐフレイア。

 それをレイとジャックはぼんやり眺めていた。

 相当ニンジャに会いたかったらしい。

 

 その時であった。

 港に集まった誰かが「おーい、来たぞー!」と叫んだ。

 レイ達も海の方に視線を向ける。

 

「おっ、あの船だな」

「わかりやすい」

 

 レイが指差した船を見て、アリスが端的に感想を述べる。

 実際わかりやすかった。

 セイラムに普段寄港する船とは、明らかにデザインが異なる船が一隻。

 帆にはヒノワのギルド『神牙』の紋章が描かれていた。

 歓声や拍手が湧き上がる中、神牙の船が寄港する。

 橋がかけられて、中から東国の操縦者達がセイラムの地に降りてきた。

 

「おー、噂には聞いてたけど。本当にみんな同じ肌の色なんだな」

「まぁセイラムシティが多人種混合すぎるとも言えるけどね」

「確かヒノワって昔は鎖国してたんだっけ?」

「そうだね。長いこと外国との交流を絶っていたらしいよ」

「なんか色々変わった国だなぁ」

 

 降りてくる操獣者達を見ながら、レイとジャックが他愛無い会話をする。

 ちなみにフレイアは聞いていなかった。

 

「で、そのニンジャ三人組はどいつなんだ?」

 

 レイがキョロキョロと首を回していると……

 

「ポンポコー!」

「どわぁ!?」

 

 突然、レイの顔面にピンク色のタヌキが飛びかかってきた。

 レイは驚きの声を上げながら、尻餅をつく。

 

「痛ったー、なんだコイツ?」

「レイ、だいじょうぶ?」

「大丈夫だアリス。とりあえずこの謎魔獣を剥がしてくれ」

 

 アリスに手伝ってもらい、レイは顔面にくっついていたタヌキ型魔獣を剥がした。

 よく見ればモフモフで可愛らしい顔している。

 

「わぁ〜、可愛いですね! そうですよね、マリーちゃん!」

「そうですわね。ですが見たことのない魔獣ですわ」

 

 謎のタヌキ魔獣の可愛さにメロメロのオリーブ。

 その姿をこっそり欲望の目で見ているのは、マリーだ。

 一方ライラは、そのタヌキ魔獣に覚えがあるようで。

 

「あれ? この魔獣ってヒノワの」

「カイリィィィ! どこに行ったんですかぁぁぁ!?」

 

 どこからか女の子の声が聞こえてくる。

 ライラはタヌキ型魔獣をアリスから引き取って、その声の主に近づいた。

 

「はいはーい! 探してるのはこの子っスか?」

「あぁぁぁ! カイリだぁぁぁ!」

 

 涙を流しながら、女の子はピンクのタヌキを抱きしめる。

 どうやらこの女の子の契約魔獣だったようだ。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「いいんスよ。その子から来ただけっスから」

「カイリー、勝手にいなくなっちゃダメだよー」

「やっぱりその子怪狸(カイリ)なんスね」

「はい! 私のパートナーです」

 

 ヒノワに生息する魔獣に関する知識があるライラは、カイリの事も知っていた。

 それがきっかけで、少し談笑する二人。

 それを追うように、レイ達が後ろからやってきた。

 

「おーいライラ。パートナー見つかったか?」

「あっレイ君。見つかったっスよ」

「なら良かったな。とりあえず俺達は客人を迎える準備に戻るぞ」

 

 レイが踵を返す。その時、レイが左腕に巻いたスカーフを、女の子は目撃した。

 

「あっ、あの!」

「ん?」

「もしかして」

 

 チーム:レッドフレア人ですか。女の子がそう言おうとした瞬間、別の声に遮られてしまった。

 

「貴方達がチーム:レッドフレアの操獣者ですか?」

 

 女の子の背後から、二人の男女が現れる。

 一人は背の高い黒髪男。年齢はレイ達より少し上っぽい。

 もう一人は長い黒髪の少女。こちらはレイ達と同じくらいの年齢だ。

 

「急に飛び出していったと思えば。無礼は働いていないだろうな、サクラ」

「はい、兄者」

「えーっと、どちら様で?」

 

 レイは着物姿の三人に問う。

 

「失礼、名乗りが遅れた。俺の名はラショウ・アクタガワ。神牙の操獣者だ」

「という事は、アンタ達が『化組』ってチームの」

「いかにも。俺達がレッドフレアの相手だ」

 

 レイは異国の戦士を前に、不思議な感情抱いていた。

 だがそれ以上に、後ろでフレイアのテンションが壊れていた。

 

「ニンジャだ! ニンジャが来たよ! ねぇねぇニンジャー!」

「フレイア、うるさい」

 

 フレイアはアリスに黙らされていた。

 とりあえずフレイアを落ち着かせて、リーダー同士の挨拶をさせる。

 

「アタシはフレイア! チームレッドフレアのリーダーだよ」

「フレイアさんか。名前は書類で伺っている。滞在中はよろしく頼むよ」

 

 握手を交わす二人。

 それを見てレイは「思ったより友好的な人だな」と考えていた。

 

「そういえば三兄妹なんだっけ?」

「はい。モモ、サクラ! 挨拶しろ」

 

 長い黒髪の少女と、カイリを抱きしめている黒髪ショートボブの少女が前に出てくる。

 

「初めまして。長女のモモ・アクタガワよ。契約魔獣はフリカムイ」

「ふりかむい? なにそれ」

「ヒノワの鳥型魔獣っス。ランクも高いっスよ」

「へぇ〜、すごいんだ。で、そっちが」

「は、はい! 末のサクラ・アクタガワです! この子は契約魔獣のカイリです!」

「ポンポコー!」

「よろしく〜」

 

 フレイアは手をひらひらさせながら、三人を歓迎した。

 

「俺達にあてがわれたって事は……強いって思っていいんだよな?」

「それは俺達の台詞でもあるな。君達は強いのだろう?」

 

 レイとラショウの間に火花が散る。

 それをライラとアリスは慌てて引き離した。

 

「ちょっとレイ君!」

「いきなり喧嘩、ダメ」

「いや、別にそんなつもりは」

 

 ちなみにラショウもモモに怒られていた。

 

「兄様。好戦趣味もほどほどにしてください」

「う、うむ……すまない」

 

 そんなお互い様子見て、モモとアリスは何か無言友情感じていた。

 とりあえずレイとフレイアは、戦意を完全に捨てて、三兄妹の前に出た。

 

「まぁとにかくだな」

「そうだね。ようこそ、セイラムシティへ!」

 

 レッドフレアの面々は、改めてヒノワ操獣者達を歓迎するのだった。



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Page111:レイとラショウ

 ヒノワのギルド【神牙(シンガ)】から来た操獣者(そうじゅうしゃ)三人を出迎えたレイ達。

 ひとまず港を後にして、レイ達はセイラムシティを軽く案内しながら、三人の操獣者とギルド本部に向かっていた。

 ヒノワとは街に作りが違うからか、三兄弟は物珍しそうに風景を見ている。

 

「ヒノワとはそんなに違うのか?」

「あぁ、ヒノワでは見ない建物ばかりだ。異国に来たという実感を得ているよ」

 

 レイの質問に、ラショウが答える。

 きっと自分達がヒノワに行っても同じ反応をしたのだろうと、レイは内心感じていた。

 

「あそこがギルドの女子寮。男子寮はもう少し離れたところにある」

「ふむ。滞在中我々が世話になる場所か」

「宿屋が埋まったからだっけ? でもラッキーだぞ。寮の飯は宿屋の飯より美味いらしいからな」

「それは良いことを聞いた。食事の美味さは、活力に関わるからな」

 

 街を見物しながら歩き続けるレイ達。

 そんな中、ラショウはある疑問口にした。

 

「この街は、まだ襲われていないのだな」

「建物が壊れてないからか?」

「そうだ。あのゲーティアの悪魔に襲撃されてはただでは済まない。この美しい街並みを見る限り、ここはまだゲーティアの襲撃を受けていないと見た」

「そうだな。大規模な襲撃は受けてない……だけど、侵入は許してしまった」

「侵入とは?」

「少し前の事だ。ゲーティアから魔僕呪を受け取っていた奴が暗殺された。いくつもの防護魔法をかけた地下牢に、痕跡一つ残さず侵入してな」

「セイラムほどの街が用意した魔法をすり抜けたのか……ゲーティア、やはり侮れんな」

 

 難しい顔を浮かべるレイとラショウ。

 その後ろでは女子組が楽しく談笑している。

 レイは密かに「お前らはもう少し緊張感を持ってくれ」とぼやいた。

 

「しかし、何処もやられる事は同じというわけか」

「てことは、ヒノワもか?」

「うむ。こちらも国の重鎮に化けたゲーティアが暗躍していた。狡猾な奴だったよ」

「その話が出るって事は、アンタ達兄妹は」

「あぁ。ゲーティアの悪魔と直接戦った。アレは厄介な敵だったよ」

 

 ラショウは静かにその時の事を語った。

 ヒノワの重鎮に化けた悪魔、名前はレラジェというらしい。

 その悪魔はヒノワとギルド【神牙】を内側から腐敗させて、戦力を削ごうと暗躍していたそうだ。

 しかし結果として、その企みはラショウ達兄妹の調査によって発覚してしまう。

 悪魔としての本性を表したレラジェは豹変。無差別破壊を始めた。

 ラショウ達兄妹を中心に手を取り合ったヒノワの操獣者達。

 彼らの活躍によって、悪魔レラジェは討たれたという。

 

「奴は全てを腐敗させる矢を使う悪魔だった。今でもヒノワには爪痕が残っているよ」

「腐敗の矢か……それは面倒な相手だな」

「そういう君達はどうなんだい? 我々の相手に選ばれたという事は」

「お察しの通り、俺達もゲーティアの悪魔と戦ったよ。んで二体倒した」

「ほう……数ではそちらが上か」

「出会った数も含めればもっと上かもな」

 

 レイはラショウにこれまでの戦いを語った。

 バミューダシティで戦った悪魔、ガミジン。

 サン=テグジュペリで戦った悪魔、ウァレフォル。

 キースを殺した悪魔、パイモン。

 ブライトン公国で出会った悪魔、ザガン。

 そして……あまりにも強力な悪魔、フルカス。

 今までの記憶をできる限りラショウに話したレイ。

 ラショウは静かに、だが確実に厳しい表情を浮かべていた。

 

「そうか……君達は、あの現場に居たのだな」

「手も足も出なかったよ。特にフルカスって奴は強すぎる」

「だがいずれ倒さねばならぬ相手か」

 

 レイは小さく頷く。

 その脳裏には、スレイプニルの弟であるグラニの姿も浮かんでいた。

 

「薄々感じてはいたが、やはり敵は我々想像を超えた先に存在するらしい」

「だけど倒さなきゃ、世界が危ない」

「そうだな。ようやく我々が出会った意味もわかってきた。我々は互いに強さの果てを見つけるために、今日出会ったのかもしれん」

「そうかもな。そうであって欲しい」

「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったな」

 

 ふと、ラショウに言われて気づくレイ。

 そういえばそうだと、レイは自己紹介をした。

 

「レイ・クロウリーだ。呼ぶ時はレイでいい」

「クロウリー? もしや君は、あのエドガー・クロウリーの」

「養子だよ。でも魂は受け継いだつもりだ」

「そうか……レイはかの高名な戦士の子息だったか」

「父さんの名前、ヒノワでも伝わってたんだな」

「当然だ。エドガー・クロウリーはヒノワでも危機的状況を解決してくれた御仁だからな。操獣者の間で知らぬ者はそうおらんよ」

 

 自分の知らない父の武勇伝を知って、レイは少しだけ誇らしい気持ちになる。

 実際の所、エドガー・クロウリーの活躍は多岐に渡り、レイ自身全て把握しているわけではないのだ。

 今となっては話す事もできない父の活躍。レイはそれを少しでも知っておきたいと感じていた。

 

「後でその話聞かせてくれよ……えっと」

「ラショウでかまわん。年も近いはずだ」

「じゃあラショウって呼ぶよ。ところでさラショウ、結構変わった魔武具(まぶんぐ)持ってるな」

 

 レイはラショウの腰に下がっている魔武具を指差して言う。

 

「うむ? 雲丸のことか?」

「剣型魔武具の一種だと思うけど……剣にしては細いし、曲線がある……セイラムでは見たことないタイプだな」

「これはヒノワ伝統のカタナ型魔武具だ」

「カタナ!? あのサムライやニンジャが使うっていう武器か」

「そうだ。見てみるか?」

 

 そう言うとラショウは鞘からカタナ型魔武具、雲丸を抜いてレイに渡した。

 レイはそれをまじまじと見る。

 

「これは……スゴいな。製造工程が複雑なのもあるけど、この刀身、ほとんどヒヒイロカネで出来ている」

「最高純度のヒヒイロカネを使った業物だ。並大抵の防御は意味を成さないよ」

「それを使いこなすのは、ラショウのニンジャとしての技術ってところか?」

「いかにも。レイは理解が早いな」

「魔武具整備士なんでね」

 

 整備士としての好奇心が止まらないが、一先ずレイは雲丸をラショウに返す。

 東の島国ヒノワ。そこには独自の進化を遂げた魔武具があった。

 

「そういうレイも変わった魔武具を持っているじゃないか」

「あぁこれか。見てみるか?」

 

 今度はレイがラショウにコンパスブラスターを手渡す。

 ラショウは興味深そうに、コンパスブラスターを観察した。

 

「複数のオリハルコンにヒヒイロカネ。この分割線は……まさか変形でもするのか?」

「世にも珍しい三段変形魔武具だ。勿論実戦で使える」

「驚いたな。変形する魔武具の話は聞いたことがあるが、大抵実戦には耐えられない代物ばかりだ。その壁を超えて、三段変形まで可能にするとは」

「俺の自信作だ」

「見事だ。流石はかの御仁の子息なだけはある」

 

 そうこうしている内に、レイ達はギルド本部のすぐ近くに到着していた。

 レイはラショウに話かける。

 

「すぐそこにあるデカい建物がウチにギルド本部。で、その奥にあるのが模擬戦場だ」

「なるほど。流石は世界最大の操獣者ギルド。並の設備ではないな」

「どうする? 船旅で疲れてるだろ。先に食堂で一休みしていくか?」

「ふっ、レイ冗談過ぎるぞ」

 

 ラショウはグリモリーダーを手に取り、レイに向ける。

 

「神牙の操獣者は、船旅程度では疲れん。早速一回目の模擬戦と行こうじゃないか」

「わーお。やる気満々だな」

「それは君達のリーダーもだろ?」

 

 そう言われてレイはフレイアの方を見る。

 フレイアは目を輝かせながら、今か今かと闘志を燃やしていた。

 

「バトルジャンキーめ。まぁ良いけどさ」

「では決まりだな。モモ、サクラ! 早速模擬戦を始めるが、良いな?」

「はい兄様がそう仰るなら」

「が、頑張ります!」

 

 モモとサクラも了承する。

 若干サクラが疲れている気もするが、レイは気のせいだと思った。

 

「う〜、ワクワクしてきたー! ニンジャだよニンジャ!」

「アクタガワ家の力、見せてあげるわ」

 

 モモがそう言うと、フレイアはさらにワクワクを加速させていった。

 どうやら本場のニンジャが気になるらしい。

 

「じゃあ行き先は本部じゃなくて、模擬戦場だな」

 

 レイはラショウ達を模擬戦場へと案内し始めた。



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Page112:ニンジャの実力①

 模擬戦場に入って、まず最初にレイ達が耳にしたのは……悲鳴であった。

 

「逃げろぉぉぉ! レッドフレアが来たぞー!」

「いかん! 化組(ばけぐみ)のラショウだ! 巻き込まれるぞ!」

「命だけは助けてくれぇぇぇ!」

 

 蜘蛛の子散らすように、逃げ出す操獣者(そうじゅうしゃ)達。

 GODの操獣者もいれば、神牙(シンガ)の操獣者もいる。

 いや、いたが正しいか。

 綺麗にもぬけの殻と化した模擬戦場に佇むレイ達。

 レイは無言でフレイアを、モモはラショウをジト目で見た。

 

「フレイア、あれほど模擬戦場では自重しろとだな」

「あ、アハハ……ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

「あの反応をちょっとと形容するのは無理があるわい!」

 

 レイに叱られて、少しテンションを落とすフレイア。

 一方ラショウはというと……

 

「兄様? ヒノワで何をしたんですか?」

「うむ。最近軟弱な操獣者が多くてな。勝手ながら皆に稽古をつけてやったんだ」

「はぁ〜……兄様の稽古は素人が耐えられる代物ではないと、何度言わせるのですか」

「そうです兄者! 私でも辛うじてなんですよ!」

「う、うむ……少しやり過ぎてしまったか」

「「少しではありません!」」

 

 モモとサクラ。二人の妹に叱責されて、ラショウは目に見えて落ち込んでいた。

 そんな様子を互いに目撃したレイとモモ。

 二人は特別言葉を交わさなかったが「お互い苦労してるな」と意思疎通はできた。

 

「そうだな、では今日は少しだけ加減をした模擬戦を」

「兄様。加減ではなく普通の模擬戦をしてください」

 

 モモの叱責が続く。

 その後ろでレイはある事を思い出して、手に持っていた皮袋を開けた。

 

「そうだライラ。アレの整備できたぞ」

「えっ、もうっスか!?」

 

 レイが皮袋から取り出したのは、ライラから預かっていたスクエアクナイだ。

 三角定規を模した魔武具(まぶんぐ)をレイはライラに手渡す。

 

「一応中身の術式を弄ったけど、専用器レベルにするにはトライ&エラーが大事だ」

「わかってるっス。この模擬戦も使って、調整をしろって事っスよね?」

「その通りだ。しっかりデータ取るぞ」

 

 魔武具整備士の娘だけあって、話が早い。

 ライラはスクエアクナイの持ち手を握り、気合い入れる。

 レイは内心「フレイアもこのくらい理解力があればな」とぼやいていた。

 それはそれとして、レイは整備中に気づいた「ある事」をライラに告げようとする。

 だがそのタイミングで、モモのラショウへの叱責が終わったようだ。

 

「いやぁすまない。お叱りは終わったよ」

「見苦しいところを見せてしまったわね」

「いいさ。ウチのリーダーも暴走しやすいんだ」

「力こそパワー!」

 

 アホな事を言うフレイアの足に、レイは無言で蹴りを入れた。

 それはともかく。ようやく本題に入れる。

 

「じゃあ模擬戦を始めるわけなんだけど……どういう形式にするんだ?」

「わかりやすさ重視で行こう。先に全員戦闘不能にした側が勝利だ」

「良いねぇ。そういうわかりやすいルールは大好きだ。フレイアもそれで良いか?」

「なんでも来い! 負ける気ないもんねー!」

「だってよラショウ」

「ではこの形式で行こうか」

 

 レイは一応他のメンバーにも確認したが、全員フレイアの決定に異議はなかった。

 それはアクタガワ兄妹側も同じ。

 

「じゃあ最初は誰と誰がやる? 言っとくけどフレイアとラショウをぶつけるのは最後な」

「同意ね。兄様はきっとやり過ぎてしまうわ」

 

 レイとモモやり取りに、フレイアは無言の抗議を送る。

 だがラショウは何やら不敵な表情を浮かべていた。

 

「それならば……最初から最後にしてしまえば良い」

「んあ?」

「こちらは三人。そちらも三人ずつかかって来てくれ」

「なるほど。最初からチーム戦でやろうってわけか」

 

 ラショウの意図を理解したレイも、少し笑みを浮かべる。

 フレイアも理解したらしく、テンションが上がり始めていた。

 

「でも良いのか? こっちの方が人数は多いぞ」

「ハハハ。数に負けるほど、我々は弱くない」

「その言葉覚えとけよ」

 

 話はついた。ならば次は誰が出るかを決めなければならない。

 レイ達は輪を作って話し合う。

 

「で、誰から出る?」

「はいはーい! アタシが最初に出る!」

「知ってた。じゃあ一人目はフレイアな」

 

 まず一人目が半強制的に決定する。

 誰も反対しないのは、諦めとも言えた。

 

「あと二人か……さっさと出たい奴いるか?」

「アリスは最後がいい。気絶したら治療ができない」

「僕も後がいいかな。まずはじっくりとニンジャ戦い方観察したいし」

「わたくしもジャックさんと同じですわ」

「わ、私はどこでも……」

 

 各自自分の希望を述べていく中、レイはライラの方を見る。

 

「ライラはどうする?」

「ボクは……最初に出たいっス」

「じゃあ二人目はライラな」

 

 あっさり決まる二人目。

 だがライラの表情は、少し強張っているようにも見えた。

 

「となると、俺が余るわけか。じゃあ俺も最初でいいか? せっかく本場のニンジャと戦えるんだ。全力のやつと戦いたい」

 

 反対意見は出ない。

 これで三人目も決まった。

 後の順番は残った面々に任せて、レイ達は三兄妹の前に出る。

 

「最初の三人が決まったぞ」

「ふむ……最初から全力を出す、と見て良いのか?」

「とーぜん! アタシ達はいつだって全力全開!」

「それは私達変わらないわよ。ヒノワの操獣者を甘く見ないことね」

 

 パチパチと火花を散らす者達。

 そんな中、ライラとサクラは静かに戦いへの覚悟を決めていた。

 

「ニンジャ……絶対に、勝つっス」

「ががが、頑張らなきゃ。兄者達の足を引っ張らないようにしなきゃ」

 

 完璧に覚悟決まり切っていないのか、サクラは少し震えていた。

 三人と三人は模擬戦場の中央に移動する。

 少し距離を置いて対峙。互いに見据え合っていた。

 

「では、始めようか」

「いつでも良いぜ」

 

 ラショウとレイがグリモリーダーと獣魂栞(ソウルマーク)を取り出す。

 それに続いて、フレイア達もグリモリーダーと獣魂栞を手にした。

 余談であるが、ラショウ達のグリモリーダーは、ヒノワの国独特のデザインとなっている。

 

「フレイア。リーダーらしく火蓋切ってくれ」

「言われなくても。二人とも、いくよ!!!」

「「応ッ!」」

 

「モモ、サクラ! 我々も変身するぞ!」

「「はい!」」

 

 六人の戦士が、同時にCodeを解放する。

 

「Code:レッド!」

「Code:イエロー!」

「Code:シルバー!」

「「「解放!」」」

 

 赤、黄、銀の魔力が、獣魂栞に滲み出す。

 

「Code:鉛白(ホワイトレド)

「Code:(アイビス)

「Code:(ブロッサム)

「「「解放!」」」

 

 ラショウ、モモ、サクラも同じくCodeを解放する。

 そして六人は同時に、獣魂栞をグリモリーダーに挿入した。

 

「「「クロス・モーフィング!!!」」」

 

 魔装、一斉変身。

 フレイア、ライラ、レイはいつもの魔装形態になる。

 その眼前で、変身するアクタガワ兄妹。

 ラショウは狐の意匠がある仮面をつけた鉛白色の魔装。

 モモは鳥の意匠がある鴇色の魔装。

 そしてサクラは、狸を彷彿とさせる桜色の魔装へと身を包んだ。

 三兄妹の魔装には、袖無しで如何にも動きやすそうな外観という共通点もある。

 その魔装は、どこかライラの魔装にも似ている雰囲気であった。

 

「影に隠れて敵を断つ……いかにもニンジャって感じの魔装だな」

「褒め言葉として受け取っておこう。だがレイよ、我々は甘くないぞ」

「だってさフレイア」

「ニンジャァァァァァ!!! ニンジャとバトルだぁぁぁ!!!」

 

 仮面の中で目を輝かせているフレイア。

 レイはそんな彼女に「お前は子供か!」とツッコむのだった。

 だが憧れのニンジャを前にしたフレイアはこの程度では止まらない。

 

「二人とも、早く始めるっスよ」

「おっと、そうだな。俺らも結構強いってところ見せてやらなきゃな!」

「アタシは今日、ニンジャを超える!」

「お前はいい加減ニンジャから離れろ」

 

 ツッコミ入れつつも、レイはコンパスブラスターを手にする。

 それに続いて、フレイアはファルコンセイバーを、ライラはスクエアクナイを構えた。

 

「では……始めようか!」

 

 ラショウの言葉で、模擬戦が始まった。

 



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Page113:ニンジャの実力②

 戦闘開始と同時に、ラショウは掌から大量の炎を出す。

 炎は意思を持つかのように動き、三兄妹の姿を隠してしまった。

 

「おっと、いきなり距離を取るのか」

 

 炎が消えると、三兄妹の姿も消えた。

 一見するといきなり逃げられたように捉えられるが、レイは油断しない。

 ヒノワの戦士ニンジャ。

 その最大の特徴は驚異的なスピード。そして気配の消去である。

 

「レイ君、ニンジャは」

「死角からの奇襲を得意とする、だろ?」

 

 頷くライラ。レイのニンジャに関する知識は彼女から得たものが殆どだ。

 きっと普通の操獣者なら困惑するか、油断をするかの二択だろう。

 だが相手の傾向が分かっているなら話は別だ。

 

武闘王波(ぶとうおうは)、聴覚強化」

 

 レイは剣撃形態のコンパスブラスターを構えながら、固有魔法で聴覚を強化する。

 強化された聴覚がレイの脳に細かな音を伝える。

 模擬戦場の砂が動く音、空気が揺れる音、魔装の衣擦れが起きた音。

 僅かな音を捉えて、レイは相手の出方を伺う。

 

「……そこだ!」

 

 そして振り返り、背後に向かってコンパスブラスターの刃を振るった。

 火花と共に、金属のぶつかる音が模擬戦場に響く。

 ラショウの振り下ろした刀型魔武具、雲丸と衝突した音だ。

 

「むッ!?」

 

 後方に飛び、レイから距離を取るラショウ。

 その表情は鉛白色の仮面に隠れて見えないが、レイには僅かに驚いているように感じた。

 

「今の一太刀を防ぐか」

「本人の気配が消えても、砂や空気の音までは消せないだろ?」

「なるほど……どうやら俺は無意識に甘く見ていたようだ」

 

 そう言うとラショウは、雲丸を構え直す。

 

「今己の中にある評価を訂正した。お前達は正真正銘の強者であると」

「ラショウだって、十分過ぎる強者だ」

「俺だけではない。俺達兄妹がだ」

 

 ラショウがそう言った瞬間、レイは周辺の空気に異変を感じ取った。

 僅かな風の音がする。それも模擬戦場の中で幾つもだ。

 レイは集中力を極限まで高めて警戒する。

 

『レイ。装甲の強化だ』

「ッ! 武闘王波!」

 

 スレイプニルの助言に従い、レイは即座に魔装を強化する。

 次の瞬間、目には見えない無数の刃がレイに襲いかかった。

 

「うおッ!?」

 

 声が漏れるレイ。

 凄まじい勢いで飛んでくる透明な刃。それは強化されたレイの魔装を僅かだが削っていた。

 

「あら、今の攻撃を耐えるの。流石といったところね」

「固有魔法で強化した魔装だぞ。削られるだけでも恐ろしいっての」

 

 背後から聞こえるのは長女モモの声。

 鴇色の魔装に身を包んだ彼女は、気配を消しながら固有魔法を発動してきたのだ。

 

『ほう、真空の刃か……我らの魔装に傷を負わせるとは、見事だな』

「お褒めの言葉ありがとう。だけど手は抜かないわ」

「二対一かよ……各個撃破の作戦か?」

 

 ラショウとモモに挟まれたレイが悪態をつく。

 

「事前情報を得ていてな。当然レイの契約している王獣の事もな」

「将を射んと欲すればまず馬を射よ。厄介な相手から撃破するのは戦いの基本よ」

「反論のできない正論だな。だけど二人とも何か忘れてないか?」

 

 レイは仮面の下で不敵な笑みを浮かべる。

 

「これ、チーム戦なんだぜ」

 

 次の瞬間、モモに一つの気配が接近する。

 それは雷の如き速さで、モモは反応が遅れてしまった。

 

「きゃッ!」

 

 雷を帯びた刃で素早く攻撃されるモモ。

 少し吹き飛ばされ、彼女は攻撃してきた者を確認する。

 

「速さなら、ボクの方が上みたいっスね」

「ライラ……キャロル!」

「ニンジャの総本山から来た操獣者が相手でも、ボクの方が速くて強いっス!」

 

 スクエアクナイを構えながら、ライラはモモと対峙する。

 

「悪いけど、セイラムのニンジャに劣るつもりは無いわ」

 

 そう言うとモモは再び固有魔法を起動。

 目には見えない真空の刃を幾つも生成した。

 しかしライラは落ち着いている。

 

「……鷹之超眼(たかのちょうがん)、起動」

 

 短く固有魔法の宣言をすると、ライラの眼には空気の歪みが見えた。

 種が分かったトリックの攻略など容易い。

 そして真空の刃が一斉に襲いかかってきた。

 

雷刃生成(らいじんせいせい)……遅いっス」

 

 目に見えない筈の刃をことごとく回避していくライラ。

 途中数回、何かを投げるような動きも織り交ぜている。

 その姿には流石のモモも驚愕した。

 

「そんな、まさか!?」

 

 今まで全てを回避された事のない自慢の技。

 それを回避されてしまった事実をモモはすぐに受け入れられなかった。

 気づけばスクエアクナイを構えたライラは眼前に迫っている。

 

「くっ!」

 

 モモは咄嗟にクナイ型魔武具を取り出して、ライラの攻撃を受け止めた。

 雷と金属がぶつかる音が響く。

 

「速さはあっても、攻撃の重さは足りないみたいね」

「本当にそう思うっスか?」

 

 いつもからは想像できない程に淡々とした口調で、ライラはスクエアクナイを押す力を強める。

 このまま押し切られるつもりは毛頭ないモモ。

 腕に力を込めて、ライラ諸共自分を弾き飛ばす。

 一瞬距離を取って、間髪入れずに追撃を加えよう。

 モモはそう考えていたが……それはライラの想定内であった。

 

「……外れた攻撃が、どこに飛んだか見てなかったんスね」

「!?」

 

 モモが飛んだ後方。それは先程ライラがわざと外して飛ばした、雷が残っていた。

 

「雷にはこういう使い方もあるっス!」

 

 電気は磁力となって地面に潜む砂鉄を集める。

 その砂鉄はライラによって操られ、一つの大きな刃と化していた。

 砂鉄の刃とモモの距離は近過ぎる。

 

「(回避、できない!?)」

 

 ライラは遠慮なく砂鉄の刃を引き寄せ、モモの魔装を背中から攻撃した。

 

「ぐぅぅぅ!?」

 

 魔装によって身を守られたとはいえ、モモは背中に大きなダメージを負った。

 

「ボクは人のこと言えないっスけど。ニンジャの魔装は素早さに特化している分、装甲が薄くなってるっス。だったら確実に一撃を叩き込んでいけば、その内絶対に勝てる」

「くっ! 負けてたまるものですか!」

 

 一触即発状態のライラとモモ。

 そんな二人を少し視界に映してから、レイとラショウも向かい合う。

 

「レッドフレアのニンジャも大した腕前だな」

「そっちの妹さんこそ、厄介な技使うじゃないか」

「死角から襲いかかるのは、モモだけではないぞ」

 

 そのラショウの言葉にレイはハッとなる。

 よく考えてみれば先程から妙だ。

 あれ程ニンジャと戦う事を楽しみにしていたフレイアが、不気味なくらい静かなのだ。

 

「おいフレイア! ちゃんとやってるんだろうな!」

「あたり前でしょ! でも倒しても倒しても復活するの!」

「はぁ!?」

 

 意味が分からず、レイは思わずフレイアの方を向いてしまう。

 そこでは右手の籠手から炎を撃ちまくるフレイアの姿があった。

 

「なん、で! 何回燃やしても復活するの!?」

「ひゃぁぁぁ!」

 

 フレイアが炎を撃つ先、そこには桜色の魔装に身を包んだサクラがいた。

 情けない悲鳴をあげながら燃やされている。

 しかし何かおかしい。

 サクラは炎の中で霧のように消え、炎が収まると再び無傷で姿を現している。

 

「余所見をしていて良いのか?」

「ッ!」

 

 攻撃がくる。

 レイはラショウの一太刀を、コンパスブラスターで受け止めた。

 

「これで、一対一ずつってわけか!」

「そうなるな」

 

 握った雲丸に力を込めるラショウ。

 その重さに、レイは僅かに押されてしまう。

 

「(重い攻撃……だけど対処できなくはない!)」

 

 コンパスブラスターに力を込めて、レイはラショウの攻撃を押し返す。

 そして間を置かず、攻勢に出た。

 

「どらァ!」

 

 レイの一太刀がラショウに襲いかかる。

 しかしラショウも簡単に通すつもりはない。

 

「ふん!」

 

 雲丸で攻撃を受け止め、弾き返す。

 そしてレイとラショウの魔武具は、火花を散らしながら激しいぶつかり合いを繰り返した。

 速く、重く、強き一撃がぶつかり合う。

 並大抵の者では、そこに立ち入る事すらできない攻防。

 それが今、レイとラショウの間で繰り広げられていた。

 

「こんのッ!」

「ふふ、単純な攻撃では互角といったところか」

 

 ラショウの言葉に少しムッと来るレイ。

 確かに模擬戦レベルならそうなるが、どうにもレイは負けず嫌いの根性が出そうになっていた。

 その時であった。

 

「サクラ!」

 

 ラショウがサクラの名を大声で呼ぶ。

 するとサクラは「はい!」と返事を響かせた。

 

「固有魔法【桜花乱舞(おうからんぶ)】起動!」

 

 サクラが魔法を起動させる。

 何か来ると感じたレイは一度ラショウから距離を取った。

 

「距離を取ってよかったのか?」

「どういう事だ?」

 

 余裕を見せるラショウが気になるレイ。

 気づけば周辺に桜色の花弁が数枚落ちてきた。

 何故模擬戦場に花弁が……レイが疑問を抱く間もなく、ラショウの攻撃が再開した。

 

「はァ!」

 

 雲丸の刃が来る。レイは先程ど同じように防ぎ、弾き返す。

 しかし今度は違った。

 突然背後から気配が近づく。

 

「後ろ!?」

 

 振り返り、攻撃を防ぐレイ。

 そして攻撃をしてきた者を見て、レイは驚いた。

 雲丸を手にしたラショウだったのだ。

 今さっき弾いて距離を取った、ラショウが背後にいたのだ。

 

「ラショウ!? なんで」

 

 とにかく一度コンパスブラスターを振るって、弾き飛ばす。

 距離ができた瞬間、レイはコンパスブラスターを操作した。

 

銃撃形態(ガンモード)!」

 

 間髪入れず、ラショウに魔力弾を撃つレイ。

 しかしラショウはそれを避ける事なく、身体で食らった。

 またも驚くレイ。だが異変はそれで終わらない。

 魔力弾を受けたラショウは、霞のように消えてしまったのだ。

 

「偽物!?」

 

 そして迫る気配。

 再びレイは応戦する。

 

「くっ!」

 

 当然攻撃してきたのはラショウ。

 しかし今度は目の前で二人に分かれていた。

 

「……なるほどな。あの末っ子の魔法、分身とか幻覚を作る類って事か」

 

 だとすれば厄介だ。

 レイは武闘王波で聴力などを強化して本物を見破ろうとしたが、分身は実体を持っているらしい。

 全てに実体があるのでは、本物を見抜くのも難しい。

 魔力探知でも使えば見抜けるのだろうが、そうすれば大きな隙に繋がる。

 

「……ラショウがこうって事は」

 

 レイは一瞬だけライラの方を見る。

 案の定モモも分身しており、ライラを翻弄していた。

 

「さっきフレイアが苦戦してたのは、こういう事だったんだな」

 

 レイは考える。

 恐らくこのまま正面から戦っても勝ち目はない。

 ではどうするのか。先程モモが言っていた言葉を思い出す。

 将を射んと欲すればまず馬を射よ。

 今一番面倒な相手から倒す。まずはそこからだ。

 

「となれば……こうだ!」

 

 レイは銃撃形態のコンパスブラスターを手に、ラショウから逃げ始めた。

 

「逃がさん!」

 

 当然ラショウと分身は追ってくるが、全てレイの想定内。

 とにかく逃げて、逃げて……フレイアに近づく。

 

「フレイア、交代だ!」

「えっ?」

 

 レイは困惑するフレイアの背を押し、ラショウの前に差し出した。

 

「ほう。リーダー同士の戦いに切り替えるのか」

「なんか釈然としないけど、強い奴と戦えるならよし!」

 

 ファルコンセイバーを手に、嬉々としてラショウと戦い始めるフレイア。

 レイはそんな二人を見て「バトルジャンキーにはバトルジャンキーだな」と考えていた。

 

「さて、こっからが問題だ」

 

 現在フレイアはラショウと、ライラはモモと戦っている。

 となれば残るレイはサクラと戦う事になるのだが。

 

「……三人も分身がいるな」

「うぅ……か、かかってこーい」

 

 へっぴり腰のサクラは情けない声を出している。

 見たところ武器らしいものは持っていない。

 身体能力だけで戦うタイプなのだろうか。

 

「まぁ……なんでもいいか」

 

 レイは躊躇う事なく、コンパスブラスターで三人のサクラを撃った。

 

「ぎゃあ!」

「ぴゃあ!」

「ひぃん!」

 

 三人揃って呆気なく霧散する。

 

「全部偽物か」

 

 そして再び出現するサクラ。

 今度は五人だ。

 

「あのな……偽物って分かってたら簡単なんだよ!」

 

 再びコンパスブラスターの引き金を引くレイ。

 新たな分身も呆気なく消え去った。

 攻撃に転じてこない辺り、どうやらサクラはサポート専門の操獣者らしい。

 

「(攻撃は専門外で補助専門のタイプか。ある意味一番厄介なタイプだな)」

 

 この手の操獣者は強力な補助魔法を使うと同時に、身を守る手段に長けているのがセオリー。

 恐らくサクラ本体は何処かに潜んでいるに違いない。

 

「どうせ攻撃に来ないなら」

 

 レイは分身サクラを完全に無視して、本体を探す事にした。

 とはいえ簡単に見つかるとは思っていない。

 

「(この模擬戦場には身を隠すような障害物はない。そして偽物を作る魔法。恐らく何らかの幻覚を使っていると考えるのが正解)」

 

 であれば目で探すのは下策。

 再び聴覚を強化して呼吸音で探し出す。

 

「武闘王波、聴覚……」

 

 サクラを見つけ出すために固有魔法で聴覚を強化しようとするレイ。

 しかしその宣言は全て口にされなかった。

 

「……」

 

 レイの視界に入ってきたのは、一メートル程の石像。

 セイラムでは見た事のないデザインをしているが、恐らく狸の石像だ。

 瓢箪のような物を持っているデザインをしている。

 

「……」

 

 レイは無言でその不審物を見つめる。

 気のせいか、狸の石像は汗をかいてるように思えた。

 

「……バン」

 

 コンパスブラスターの引き金を引いて、魔力弾を狸の石像に撃ち込むレイ。

 その心はどこか虚無に満ちていた。

 

「きゃん!」

 

 狸の石像から女の子の声がする。

 そして石像はボンッと煙を立てて、桜色の操獣者に変わった。

 

「あうぅ……なんでバレたの〜」

「アホか。どう見ても不自然だろ」

「そんな! ヒノワだったら滅多にバレないのに!」

「ここセイラムだぞ」

 

 レイにそう言われたサクラは「ガーン」と口に出していた。

 なんだか気が抜けたレイだが、やるべき事はやる。

 

「形態変化、棒術形態(ロッドモード)

 

 コンパスブラスターをロッドモードにするや、レイはサクラをマジックワイヤーで縛りあげた。

 

「やー! 離してください!」

「ダメだ」

「緊縛プレイなんてこの人変態ですー!」

「変態って言うな!」

 

 頑張って抵抗しようとするサクラだが、既に拘束されているので無駄に終わる。

 レイはさっさとサクラに近づいて、グリモリーダーを取り上げた。

 

「あー!」

「はい、おしまい」

 

 取り上げたグリモリーダーから獣魂栞(ソウルマーク)を抜き取るレイ。

 するとサクラの変身は強制解除されてしまった。

 同時に、ラショウとモモの分身も姿を消す。

 

「これで一人戦闘不能。あとは上二人だ!」

 

 サクラは拘束したまま、レイはフレイアとライラに加勢しに行った。

 

 マジックワイヤーで拘束されているサクラ。

 彼女は戦闘を続ける兄と姉を見つめ、暗い表情になる。

 

「兄者、姉者……やっぱり私は、弱いです」

 

 自身の無力さを再認識したのか、模擬戦場の隅でサクラは落ち込むのであった。



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Page114:女子寮で異国の食事を

 サクラを戦闘不能にすれば、あとは真正面から攻略するのみ。

 レイとフレイアはラショウを。

 ライラはモモと対決。

 最終的に双方大きなダメージを負い、ギリギリでレッドフレアの三人が勝利した。

 

「ハァ……ハァ……流石は東国最強のギルド。負けるかと思ったぞ」

 

 肩で息をしながら変身を解除するレイ。

 模擬戦とは思えない激しさで戦ったせいか、全身に痛みが走っていた。

 なんなら骨にヒビが入っていた。

 レイの負傷に気付いたアリスが変身して駆けつけ、治療を始める。

 当然、ヒノワの三人もだ。

 

「模擬戦とはいえ、まさか敗北するとはな……俺もまだまだ未熟だったか」

 

 模擬戦場で大の字になり寝転がるラショウ。彼の変身は既に解除されている。

 そんなラショウの発言に、思わずレイが突っ込んだ。

 

「オイオイ。こっちは二人がかりでようやくアンタを倒したんだぞ。なんなら次も勝てるかなんて分からない」

「だが負けは負けだ。今日の戦いは己の心に刻み込むよ」

「それは俺もだ。まだまだ修行しなきゃな」

 

 戦いの中で何か友情のようなものを感じ合ったレイとラショウ。

 どちらもゲーティアの悪魔と戦ったが故の自信のようなものがあったのだ。

 それが今ヒビ割れ、己を見つめ直す機会となった。

 

「はい。レイの治療はおしまい」

「サンキュ、アリス」

「両手足の骨にヒビがあった。模擬戦でこんな怪我しないで」

「アハハ……つい熱くなって」

 

 怪我が治ったレイは苦笑いするが、アリスは仮面の下からジト目で睨む。

 それに気づいたのか、レイはその場でアリスに頭を下げた。

 

「つぎ。ヒノワの人」

「ありがたい。我が兄妹は治癒魔法を使える者がいなくてな」

 

 上着を脱ぎ、鍛え上げられた筋肉を晒すラショウ。

 生傷や古傷が大量にある彼の身体を、アリスは魔法で治す。

 同時にアリスはラショウの身体を見て、どこかレイに似ているようにも感じた。

 

「……外も中も傷だらけ。ヒノワで無茶してきたでしょ」

「ハハハ! ここ最近は激しい戦いが多かったからな」

「……妹さん。コメントどうぞ」

 

 ラショウの発言を踏まえて、アリスは静かにサクラの方を向く。

 

「兄者が怪我をするのは今に始まった話じゃないです。心配する私達の事も考えて欲しいです」

「うむ……妹が手厳しいな」

 

 サクラに暴露されてしまったラショウは、何とも複雑な表情を浮かべる。

 そんなラショウに対してレイは「やーい自業自得ー」とやじを飛ばした。

 次の瞬間、アリスの拳がレイの頭上に飛んできたのは言うまでもない。

 

「はい治療終了」

「ほう。レッドフレアの救護術士は良い腕をしているな」

 

 アリスの回復を受けたラショウはその技量に関心する。

 曰く、ヒノワにはこれ程の治癒魔法を使える者は少ないらしい。

 

「次はライラ達」

「お願い、するっス……」

 

 モモと激戦を繰り広げたライラだが、今は二人揃って模擬戦場の地面に倒れていた。

 ほぼ相打ちになったのでる。

 なお決まり手はライラの自爆特攻に近い一撃であった。

 

「ライラは今日無茶しすぎ。レイじゃないんだから」

「うぅ……ごめんなさいっス」

 

 痣だらけになって横たわるライラを治療するアリス。

 お叱りを受けたライラは、素直に反省していた。

 なお引き合いに出されたレイは不服そうな顔をしていた。

 

「ウサギの子、悪いけど……そいつが終わったらこっちもお願い」

「りょーかい」

 

 ライラの近くには、同じく痣だらけになっているモモが倒れていた。

 所々電撃による火傷もある。

 アリスはライラの治療を終えると、すぐにモモの治療を始めた。

 

「……」

 

 そんな光景を模擬戦場の隅で遠目に眺めるのは、三兄妹の末であるサクラ。

 彼女は今回の模擬戦で一番最初に脱落した事を気にしていた。

 

「はぁ……」

 

 自然と出てしまう溜息。

 落ち込むサクラの足元には契約魔獣のカイリがいる。

 相棒たるピンクの狸(カイリ)はサクラを励まそうと、頬を擦り付ける。

 

「情けなくてごめんね、カイリ」

「ポンポコ……」

 

 暗い表情のサクラに、カイリは悲しげな鳴き声を上げた。

 

 そうしている間に、怪我人の治療が終わる。

 ラショウとフレイアは続けて模擬戦をしようと言い出したが、先程の戦闘で模擬戦がダメージを受けている。

 そもそも模擬戦が激しすぎて、レイやモモが消耗している。

 流石に今日はここまでで止めるべきだろう。

 そう判断したレイとモモは、自チームのリーダーを捕まえて、模擬戦場を出るのであった。

 

 

 

 

 模擬戦場を後にしたレイ達は、この後の事について考える。

 流石に体力を消耗し過ぎているので、派手な移動等は避けたい。

 日没には少し早いが、休憩も兼ねて各々寮に行く事にした。

 当然男女別である。

 レイとジャックはラショウを連れて男子寮へ。

 それ以外の者達は、モモとサクラを女子寮へと案内した。

 道中少しだけセイラムシティの案内もする。

 

「あら〜、貴女達がヒノワの子ね。ようこそセイラムシティへ〜」

 

 女子寮に到着するや、寮母のクロケルが笑顔で出迎えてくれた。

 

「初めまして。神牙(シンガ)の操獣者、モモ・アクタガワです。こちらは妹のサクラ」

「はじめまして。サクラ・アクタガワです! しばらくの間ご厄介になります」

 

 落ち着いたモモとは対照的に、サクラは分かりやすく緊張しながら挨拶をする。

 そんな二人の異国人を、クロケルは快く受け入れるのであった。

 

「じゃあ今日は二人の歓迎会ね〜。お料理頑張っちゃうわ〜」

「いいんですか?」

「いいのよ。寮にいる間はみんな家族みたいなものなんだから。モモちゃんもサクラちゃんも遠慮せずにくつろいでね〜」

 

 温かい歓迎に少し驚くサクラ。

 だがクロケルは優しく受け入れ、寮のキッチンへと行くのであった。

 

「……良い寮母さんなのね」

「でしょー。クロさんは良い人だよ!」

 

 モモの言葉に、何故かフレイアが胸を張って答える。

 ひとまずの挨拶を終えたので、フレイア達はモモとサクラを女子寮の部屋に案内した。

 

「ここが二人の暮らす部屋だって!」

「あら。思った以上にいい部屋じゃない」

「わぁ〜。姉者、ふかふかのお布団ですよ!」

 

 モモとサクラが案内されたのは、セイラムではごく普通の部屋。

 ベッドが二つに、化粧台が一つ、収納用の木箱が二つ。

 あとは特に何もない、シンプルな部屋だ。

 しかしヒノワから来た二人には、中々上等な部屋に見えたらしい。

 

「じゃあ夕飯ができるまで時間あるし、アタシ達もなんか買ってこよー!」

 

 せっかくヒノワから人が来たのだ。フレイアは歓迎したくて仕方なかったらしい。

 だがその気持ちは他の面々も同じ。

 誰もフレイアに反対意見など出さなかった。

 

「やっぱりお酒かな。お菓子も欲しいよね!」

「姉御ー、買い出しならボクも一緒に行くっス!」

「あら、お酒を選ぶのでしたらわたくしも行きますわ」

 

 ライラとマリーはフレイアに同行して、買い出しに行く。

 ちなみにマリーはライラから「選ぶのは良いっスけど、度数強いのは勘弁して欲しいっス!」と釘を刺されていた。

 そして残るオリーブとアリスはというと。

 

「私は残るね。モモちゃんとサクラちゃんにベッドメイキングのやり方教えないと」

「あぁ……ヒノワにはベッドが無いっスからねー」

「えっ? アレはお布団じゃないんですか?」

 

 困惑の表情を浮かべるサクラ。

 オリーブは余計に教えねばならないという使命感を覚えていた。

 

「じゃあアリスも買い出し。色々材料を買う」

「……アーちゃん? 何の材料を買うつもりっスか?」

「サンドイッチだけど」

「「「絶対にダメ!」」」

 

 フレイア、ライラ、マリーによって強制的に女子寮待機組となったアリス。

 ニシンサンドを作るつもりだったので、心底不服そうな様子であった。

 そしてオリーブは苦笑いしていた。

 

 

 

 

 夕暮れになる頃に、フレイア達は女子寮に帰還。

 少し酒を試飲してきたのか、フレイアとマリーの顔は赤かった。

 

「ライラ、止めなかっの?」

「アーちゃん……テンション上がりまくったこの二人を、ボク一人で止められると思うっスか?」

「無理」

「そういうことっス」

 

 何はともあれ必要な物は揃った。

 オリーブも諸々をモモとサクラに教え終えている。

 食堂にはクロケルが作った歓迎料理が出来上がっていた。

 

「それじゃあモモとサクラの歓迎会も兼ねて! カンパーイ!」

 

 フレイアが音頭を取って、歓迎会が始まった。

 ちなみに今日は女子寮組以外も参加している。

 そしてモモとサクラは、初めて見る異国の料理に興味津々であった。

 

「書物で絵は見た事があったけど……実物を目の前にしたら、想像以上に良い匂いね」

「クロさんの料理は美味しいよ!」

 

 山盛りのパスタを頬張りながら、フレイアはモモにフォークの使い方を教える。

 不慣れな手つきでフォークを回し、モモは初めてのパスタを口にした。

 

「っ! 美味しいわね」

「でしょー」

「これはパスタっていうの? ヒノワでは見た事がない麺だわ」

「ヒノワにも麺料理ってあるの?」

 

 異国の食文化の話に、フレイアは興味を示す。

 

「えぇ。饂飩とか蕎麦あるわ」

「あっ、ソバは知ってる。たまにセイラムでも屋台が出るんだ」

「あら。ここにも蕎麦文化があるのね」

「美味しいよね、ソバ」

 

 フレイアとモモが蕎麦談義で盛り上がっている中、サクラも異国の食文化を堪能していた。

 

「んむ!? これすっごく伸びます! お餅ですか?」

 

 パンの上に乗せられた焼きチーズ。

 サクラはそれをビヨーンと伸ばして驚いていた。

 

「サクラちゃん、チーズ初めてなのかな?」

「チーズっていうんですか。美味しいですね」

 

 オリーブに名前を教わったので、頑張って記憶に刻むサクラ。

 どうやらチーズを大層気に入ったらしい。

 

「このパンっていうのも柔らかくて美味しいです」

「あら? ヒノワにはパンは無いのですか?」

「はい。無いです」

 

 セイラムでは主食の一つでもあるパン。

 それが無いというのは、マリーにとって大きなカルチャーショックであった。

 

「ヒノワでは主にお米を食べるんです」

「おこめ、ですか?」

「セイラムだとライスって言うらしいですね」

「ライス。あれですか」

「マリーちゃん知ってるの?」

「はい。わたくしも書物で絵を見た程度ですが、ごく一部の地方で育成されているという穀物ですわ。ヒノワですと主食になる程育てられているのですね」

「お米も美味しいですよ」

 

 チーズとパンを頬張りながら、サクラが答える。

 異国文化の面白さを感じる面々であった。

 

「カイリも果物美味しい?」

「ポンポコ!」

 

 サクラの足元では、カイリが皿に盛られたリンゴを食べていた。

 ちなみに隣ではロキがニンジンを食べている。

 

「本当に、セイラムの食事って美味しいですね〜」

「ねぇサクラちゃん。ヒノワではどんなご飯を食べてたの?」

 

 オリーブに聞かれたサクラは、口に入れていたお肉を飲み込んでから答える。

 

「そうですね……神牙の操獣者は食事時間を減らしてでも鍛錬に勤しむ人が多いんです。だから食事も手軽に用意できる物を食べることが多いですね」

「そうなんだ」

「一番よく食べるのはオニギリ。お米に具入れて握っただけのお手軽ご飯です」

「そ、それって料理なの?」

 

 オリーブの脳内には、形容し難い物質が描かれていた。

 

「美味しいんですよ。私は昆布を具にしたのが好きです」

「えっ!? 昆布って、あの海の中に生えてる?」

「はい。美味しいですよね」

 

 曇りなき眼で言い放つサクラに、オリーブはどう反応すれば良いのか分からなかった。

 それに気づいたライラが助け舟を出す。

 

「あー、サクラちゃん。残念なことにヒノワ以外で昆布を食べる国はほとんど無いっス」

「えっ!? 昆布食べないんですか!?」

 

 衝撃の事実を知り、サクラは口を大きく開けて驚く。

 

「あの……じゃあ、梅干しは」

「あぁ……ヒノワ限定な上に、多分他の国の人が食べたらびっくりするっス」

「そ、そんな」

 

 分かりやすく何かが崩れるサクラ。

 そんな彼女の背中をライラは優しく摩るのであった。

 

「ライラちゃん。ウメボシって?」

「簡単に言うと、滅茶苦茶すっぱい果物の塩漬けっス。ボク昔食べた事あるっスけど、アレは好き嫌いが激しく別れるっス」

「そんなにすっぱいの?」

 

 オリーブの問いに、ライラは無言で頷いた。

 ちなみにセイラムに梅は流通していない。

 

「あれ? そういえば姉御とモモちゃんは?」

「二人ならあっち」

 

 アリスが無表情で指差した先。

 そこには山盛りのパスタを貪るフレイアとモモの姿があった。

 よく見れば二人の前には、空いた大皿が数枚積み上がっている。

 

「ついついパクパクしちゃうわね。パスタって」

「お腹空いてたからいっぱい食べれるね」

 

 二人のドカ食いを見て、ライラは軽く引いていた。

 

「なんスかあれ」

「姉者……また食べ過ぎてる。体重増えて泣くこと多いのに」

 

 モモの食べ過ぎを見たサクラは、静かに呆れるのであった。

 そして夕食時が過ぎる。

 フレイアは満足気に腹をさすり、モモは自分の食事量を振り返って頭を抱えるのであった。



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Page115:ライラとサクラ

 食堂で夕食を食べ終えたフレイア、ライラ、マリーは、モモとサクラの部屋に集まっていた。

 ちなみにオリーブは下の兄妹が心配なので帰った。

 そしてアリスはレイを回収する為に男子寮に行った。

 

「それじゃー、歓迎会の二回戦をはじめよー!」

 

 ウキウキで音頭をとるフレイア。

 部屋にはお菓子とナッツ、そして酒が並んでいる。

 

「フレイア……貴女よく食べられるわね」

「お菓子は別腹だもん」

 

 クッキーを頬張るフレイアに、モモはどこか格の違いを感じてしまう。

 ちなみに先程パスタを暴食したモモは酒だけを飲んでいた。

 

「これは、果実酒かしら? 初めての味わいね」

「ワインだよー。こっちでは定番のお酒ー」

「度数は高めなのね……フレイアが顔を赤くして帰ってきた理由が分かるわ」

 

 フレイアは「えへへー」と笑みを浮かべる。なおその手にはワイングラスが持たれていた。

 当然顔も赤くなっている。

 そんな彼女を横目に、モモは器に盛られたナッツをつまんでいた。

 

「つまみの木の実はヒノワと変わらないのね。胡桃の味に安心感を覚えるわ」

 

 胡桃を食べて、ワインを少し飲む。

 どこか大人びた雰囲気のモモに対して、サクラはお菓子ばかり食べていた。

 

「サクサクふわふわ〜お菓子美味しいです」

「マカロンはお気に召したようですね」

「ヒノワには無い味で面白いです!」

 

 マリーに勧められたマカロンを心底気に入ったサクラ。

 幸せの絶頂に達したのか、蕩けた表情になっていた。

 

「サクラ。そにだらしない顔をやめなさい」

「だって姉者、美味しいんですよ〜」

「まったく……だから貴女は未熟なのよ」

 

 痛いところを突かれたサクラは、急激に表情を曇らせる。

 そして喉を詰まらせかけたので、慌てて近くにあったシードルを飲んだ。

 

「ふはっ! お酒も甘い。天国ですか?」

「ヒノワには甘いお酒は少ないのですか?」

「はい。辛口のものが多いです。私は甘いのが好きなのでヒノワのお酒はちょっと苦手です」

 

 そう言うサクラの顔は、早速赤くなり始めていた。

 そもそも酒には弱いらしい。

 

 夜も更けて、楽しい歓迎会が進んでいく。

 ふと、モモはある疑問を口にした。

 

「そういえば、ライラだったかしら?」

「んゆ。ボクがどうしたっスか?」

「いえ、少し気になった事があるだけ。今日の模擬戦で貴女と戦ったわけだけど……貴女の身のこなし方、そして魔法を駆使した武具の生成。ヒノワの忍者でも中々見ない領域の腕だったわ」

 

 モモの言葉受けて、ライラは「いやぁ〜」と照れた表情をする。

 

「でもね、だからこそ気になる。貴女に忍者の戦い方を教えたのが誰なのか」

 

 瞬間、ライラの表情が凍りついた。

 事情を知るフレイアも、少し酔いが醒める。

 

「あれだけの技量を伝授したという事は、貴女の師はとてつもない忍者のはず。だけど、それだけの忍者が国外に出たなんて話はほとんど聞いた事がない」

 

 そこまで聞いて、サクラも疑問を抱く。

 

「たしかにそうですね。ヒノワで有名な忍者の一族は、他国に技術を伝えたりする事なんて、普通に考えたら無いはずです」

「サクラの言う通りなのよ。ライラの動きは我流混じりだけど、間違いなくヒノワの忍者の動きだった。教えられるのはヒノワ人間でなければありえない。いったい誰が貴女に教えたの?」

 

 しばし沈黙が部屋に流れる。

 フレイアは話題を逸らそうかと考えたが、ライラが悩んでいるように見えたので見守る事にした。

 そして、ライラがゆっくりと語り始める。

 

「ボクは……混血なんス。お父さんがセイラムの人で、お母さんがヒノワの人」

「そうだったの。じゃあ貴女は母親から忍者の技を?」

 

 頷くライラ。

 それを見たサクラはなるほどと納得したが、モモには新たな疑問が生まれる。

 

「もしかして、ライラの母親はヒノワで忍者の一族だったのかしら? そうでないと色々腑に落ちないわ」

 

 モモの疑問の根底には、ヒノワ独自の文化があった。

 ヒノワには忍者を輩出する一族がいくつかある。

 しかしいずれも、その技術の流出には細心の注意を払っている。

 特に名門と呼ばれるような一族ともなれば、技術は一子相伝となっている事も珍しくない。

 最低でも一族のみで秘匿する場合が圧倒的に多いのだ。

 それらを踏まえて、モモは何故ライラが忍者としての技術を持っているのかが気になった。

 

「ねぇライラ、教えてくれるかしら? 貴女の母親の家名」

 

 母の家名を聞かれたライラは、再び固まる。

 しかし少し間を置いて、意を決したように口を開いた。

 

「カズハ・イハラ……それがお母さんの名前っス」

 

 その名を聞いた瞬間、モモとサクラは口を大きく開けて驚いた。

 

「イハラ、イハラですって!? 貴女はイハラ家の血筋だったの!?」

「と言っても、混血のボクはそれを名乗って良いのか微妙っスけど」

「でもそれが本当なら、ライラの技量の高さも納得できるわ。イハラ家の技術を伝承しているなんて……」

 

 驚きつつも納得をするモモ。

 一方サクラ完全には言葉を失っていた。

 

「あの、サクラさん……大丈夫ですか」

「は、はい。ちょっとビックリし過ぎました」

「確かイハラ家は、ヒノワでは名門の家だそうですね」

 

 サクラの背をさすりながら、そう言うマリー。

 そこにサクラが補足説明をする。

 

「ただの名門じゃないですよ……忍者の一族において、イハラ家に勝る家はありません!」

「それほどなのですか?」

「はい。私達アクタガワ家も一応名門と呼ばれていますが……イハラ家と比べれば月とスッポンです! 比べものになりません」

 

 サクラの説明に、モモは肯定の頷きをする。

 

「イハラ家は代々、ヒノワで(みかど)の守護を任されてきた一族。分かりやすく表現すれば……最強の忍者一族よ」

 

 最強。その言葉を聞いた瞬間、マリーはようやくライラの凄さを理解した。

 

「本当にすごいのですね。ライラさんのお母様は」

「イハラ家の者が国外に技術を伝えたのは意外だけど……ようやく腑に落ちたわ」

 

 色々納得して、再び酒を嗜み始めるモモ。

 しかし一方でライラは複雑な表情を浮かべていた。

 

「……ボクからも質問良いっスか?」

「なにかしら?」

「ボクのお母さんはずっとヒノワにいるっス……ヒノワでカズハ・イハラって人の話は聞いた事ないっスか?」

 

 ライラの質問に、モモは難しい表情を浮かべる。

 

「ごめんなさい。イハラ家の詳細を知る者はヒノワでも少数なの。強さ活躍の話は聞いても、具体的に誰が何をしたのかは……とても私達には伝わってこないわ」

「そう……っスか」

 

 落ち込むライラ。

 母親の近況を知れると思ったが、そう都合よくは行かなかった。

 気分を変えるために、ライラは手に持ったタンブラーに入っている酒を勢いよく飲んだ。

 

 そして再び、空気は楽しい歓迎会に戻る。

 

「そういえばサクラさんの魔法。独特でしたわね」

「はい。カイリと私の固有魔法【桜花乱舞(おうからんぶ)】です! 任意の分身を作ったり、私自身を隠したりできるんですよ」

「サクラさんは補助専門の操獣者なのですね」

「はい! 兄者や姉者を助けます!」

 

 胸を張って語るサクラ。

 しかしモモに突っ込まれる。

 

「今日の模擬戦で最初に倒されたのは誰かしら?」

「うぐっ!」

「補助をしてくれるのはありがたいけど、貴女はもう少し自分自身を鍛えなさい」

「うぅぅ」

「そんなのだからサクラはまだ未熟なのよ。貴女も今年で十四なのだから、自分がアクタガワ家の一員である自覚を持ちなさい」

「……はい、姉者」

 

 落ち込むサクラ。ライラはそんな彼女を見て、どこか親近感のようなものを感じていた。

 

「モモ〜、ちょっと厳しくない?」

「良いのよフレイア。あの子は甘えすぎなの」

「そういうものなのかな〜?」

 

 グラスに入ったワインをぐびぐびと飲みながら、フレイアは頭上に疑問符を浮かべる。

 だがアルコールが回ってきたせいで、一秒もかからず疑問は消えた。

 

「……私、ちょっと(かわや)にいってきます」

 

 早足で部屋を出るサクラを、フレイアは「いてら〜」とゆるく見送った。

 

「……あれ? かわやって何?」

「姉御、ヒノワの言葉でお手洗いの事っス」

「へぇ〜。べんきょうになった〜」

 

 ワインを飲み過ぎたフレイア。もうベロンベロンである。

 一方で何かが引っ掛かるライラ。

 酔っ払っているフレイアをマリーに押し付ける。

 

「ちょっとボクもお手洗いに行くっス」

 

 そう言ってライラも、部屋を出るのであった。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 女子寮の玄関前。夜空の下、サクラはそこに座り込んでいた。

 

「私って、本当にダメな子だなぁ」

「ポンポコ!」

 

 落ち込むサクラを慰めるためか、着物の内側で獣魂栞(ソウルマーク)になっていたカイリが実体化して出てくる。

 そしてカイリはサクラの足に頬を擦り付けた。

 

「慰めてくれるの?」

「ポン!」

「ありがとうカイリ……でもね、悪いのは私だから」

 

 自責するサクラ。

 ヒノワでは名門と呼ばれるアクタガワ家に生まれた彼女。

 周りからの期待に応えようと努力を続けてきたが、彼女自身には致命的に戦闘能力が欠けていた。

 どうにも不器用なのである。

 手裏剣を投げれば的に当たらず。クナイを使えば指を切って泣く。

 爆薬の調合で誤爆した事数知れず。

 サクラは一部の者からは、一族の面汚しとさえ呼ばれていたのだ。

 

「もっと強くなりたいなぁ……兄者や姉者みたいに」

「ポンポコォ……」

「うん。やっぱりもっと修行するべきだよね。もっと、頑張らなきゃ……」

 

 サクラが僅かに狂気染みた決意をしようとすると、女子寮の玄関が開いて誰かが出てきた。

 慌てて振り返るサクラ。

 

「……ライラさん」

「やっぱりここにいたっス」

 

 扉を閉めたライラは、サクラの隣に座る。

 

「なんで私がここいるって」

「勘っス。少なくともお手洗いに行く雰囲気じゃなかったっスから」

「あうぅ……もっと嘘が上手にならないと」

 

 忍者は敵を騙して輝く戦士。

 サクラは些細な嘘でも見抜かれた自分を責めた。

 しかしライラは優しく彼女に話しかける。

 

「別にそこまで難しく考えなくても良いっスよ。騙し方なんて時間をかけて覚えれば良いだけ」

「……でも私には、それしかないから」

「だからさっき、修行しなきゃって言ってたんスか?」

 

 驚くサクラ。どうやらライラには聞こえていたようだ。

 そしてライラは真剣な表情で話始める。

 

「サクラちゃん。無茶は修行じゃないっスよ」

「えっ?」

「修行ってのは自分の長所を伸ばすためにするもの。欠けている要素を埋めるためにする修行は、無茶と変わらないっス」

 

 それはサクラにとって、初めて触れる考え方であった。

 食い入るようにライラの話に耳を傾ける。

 

「今日の模擬戦やモモちゃんの話聞いて理解したっス。サクラちゃんは直接的な戦闘には向いてないっスね」

「……はい」

「だけど補助はできる。だったらサクラちゃんはそれを伸ばせば良いっスよ」

「だけど補助だけじゃ、兄者や姉者足を引っ張るから……」

「……ヒノワの考え方は、お母さんから聞いたことがあるっス。色々複雑で厳しいって」

 

 ライラの言葉に、サクラは小さく頷く。

 そしてサクラは自身を取り巻く環境について話した。

 アクタガワ家の者として背負った責任。一族からの視線。自身の忍者としての適性低さ。

 それらの話をライラは黙って聞いた。

 

「私は、もっと頑張らないといけないんです……アクタガワ家の者として、忍者として、立派にならないといけないんです」

「……サクラちゃん。ある男の子の話を聞いてもらっても良いっスか?」

「男の子、ですか?」

 

 訝しげな様子で、サクラはライラの話を聞く。

 

「その男の子のお父さんは、最強の名を欲しいがままにした操獣者っス。当然男の子は操獣者に憧れたっスけど……男の子には生まれつき魔核がなかったんス」

「えっ……魔核が」

「多分ヒノワでも聞いたことな無い思うっス。だけど本当の話。その男の子は魔核が無くて操獣者にはなれない身体だった……だけど男の子は諦められなかった」

 

 ライラの話に聞き入ってしまうサクラ。

 足元のカイリも静かになっていた。

 

「ソウルインクを使えないならデコイインクを使えばいい。魔装が使えないなら、魔核が無い人専用の装備を作ればいい」

「す、すごい人ですね」

「そして戦うための力は、鍛え続ければ良い……そう考えて、男の子は自分を鍛えて、本当に戦い始めたんス」

「その人……それだけ頑張ったんだから、さぞ活躍したんでしょうね」

 

 ライラは無言で首を横に振った。

 

「いくら装備が整っても、本物の操獣者とは能力差がありすぎるっス。そんな状態でボーツと戦い続けたら……どうなると思うっスか?」

「えっ……ボーツって、あの食獣魔法植物ですよね? 相当鍛えた操獣者じゃないと一体倒すのも苦労しますよ!」

「そう。その男の子は街に出たボーツと戦い続けたんス……魔装を使わずに」

 

 サクラは絶句した。そんな事をすれば普通なら死んでもおかしくはない。

 

「幸いその男の子はボーツを倒せた。だけど大怪我を負ったっス」

「大怪我で済んだなら奇跡ですよ」

「……話、これで終わらないっスよ」

「えっ!?」

「その男の子は。治療された後も戦い続けたんス。戦って、怪我をして。戦って、怪我をして。それの繰り返し」

 

 ライラは改めてサクラの顔を見る。

 

「分かるっスか? 欠けた要素を無理矢理埋めようとしたらどうなるのか。その男の子は装備とかを作る才能はあったっス。だからサクラちゃんも無茶をせずに、自分の長所を伸ばして欲しいっス」

 

 そしてライラは「もちろん、何か奇跡が起きたら話は変わるっスけど」と付け加えた。

 サクラは少し考え込む。

 自分の長所は理解している。しかしそれは一族の者として胸を張れるものかは疑問である。

 あくまで自分はアクタガワ家の人間。

 忍者として大成すべきだという意識が、サクラの中にはあった。

 だが同時に、ライラの伝えたい事も理解していた。

 

「私は……変わった方がいいのかな」

「それはサクラちゃんが決めることっス」

「ライラさんはどうなんですか? お母さんがイハラ家の人って事は」

 

 サクラの問いかけに、ライラは少し困った顔をする。

 

「イハラ家に関しては、ボクはよく分からないっス。本家に行ったことも無いっスから」

 

 だけど……とライラは続ける。

 

「お母さんに近づきたい。お母さんの顔に泥を塗りたくない。お母さんとの縁を切りたくない……だからボクはニンジャしてるっス」

「そうなんですか」

「だけどボクはヒノワに行ったことが無い。本当にお母さんに胸を張れるニンジャなのか分からない。だから……今進んでる道が本当に正解なのか、分からないんス」

 

 少し俯くライラ。

 目標はある。母のように強く立派なニンジャになる事。

 しかしライラの母はセイラムにいない。

 ヒノワにいると聞いているが、連絡もできない。

 故にライラは前の見えない暗闇をひたすら進んでいるだけなのだ。

 

「私も……道が正解なのかわからないです」

 

 サクラは足元のカイリを撫でる。

 

「私は魔法なら得意です。だけど忍者には向いてません……アクタガワ家の娘としては最低なのかもしれないけど、本当に私が進むべき道はこれで良いのか分からないんです」

 

 ライラ同じような悩みを打ち明けるサクラ。

 するとライラは一瞬笑い声を出した。

 

「なんだかボク達、似た者同士っスね」

「そうですね」

 

 ライラとサクラ間に通ずるものが見える。

 ヒノワとセイラムの忍者娘。二人の間には友情のようなものが芽生えていた。

 

「じゃあみんなが心配する前に、部屋に戻るっス」

「はい。カイリも戻ろうね」

「ポンポコー!」

 

 桜色の獣魂栞になるカイリ。

 サクラはそれを着物内側にしまうと、ライラと一緒に部屋に戻った。

 

 その時のサクラの表情は、どこか軽やかにも見えた。



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Page116:小さな侵略者

 翌朝。

 今日も模擬戦を行うために、レッドフレアと化組の面々が集まっていた。

 ただし頭痛に悩まされている者もいるが。

 

「うげぇ〜、アタマ痛い〜」

 

 昨夜ワインを飲みすぎたフレイア。

 しっかり二日酔いになったいた。

 

「姉御、飲み過ぎっス」

「お水……お水飲んだのに」

「限度があるっス」

 

 唸るフレイアにライラは容赦ない突っ込みを入れる。

 ちなみに顔を青くしたフレイアは、オリーブに背中を摩られていた。

 そして男達はというと。

 

「レイ……やっぱり飲ませ過ぎたんじゃない?」

「言うな。俺もちょっと二日酔い気味なんだ」

「うーむ……これが二日酔いか。あまり気分の良いものではないな」

 

 昨晩、男子寮で歓迎の宴会をした男達。

 レイとラショウは派手に酒盛りしていたのだが、徐々に酒飲み対決へと移行。

 度数の強い酒の瓶を開けて飲みまくった結果、ラショウが先に潰れた。

 その直後にレイが潰れ、タイミング良くアリスによって回収されたのであった。

 ちなみにジャックは酒に弱いので、飲んでいない。

 

「なぁラショウ……模擬戦前に散歩しないか?」

「名案だな。俺も少し休みたい」

「アタシも……ちょっと休ませて〜」

 

 二日酔いのリーダー二人にオマケ一人。

 そんな彼らを見て、他の面々は少し呆れていた。

 

「姉者……お酒って怖いですね」

「サクラは間違ってもあんな飲み方をしてはダメよ」

 

 モモの言葉に、サクラは大きく頷くのだった。

 兎にも角にも、このザマでは模擬戦にならない。

 仕方がないので、酔い覚ましも兼ねてセイラムシティを巡る事にした。

 ヒノワから来た兄妹の観光も兼ねている。

 

「じゃあ何処から行く? セイラムは見所多いと思うけど」

「あー、ジャック……まずは近場で頼む」

「すまない。レイに同じくだ」

 

 酔いに悩まされているレイとラショウ。

 そんな二人に苦笑いしつつ、ジャック達は近場から案内する事にした。

 

 

 

 

 レイ達がセイラムシティを移動し始めた頃。

 街はいつものように賑わっていた。

 特に今はヒノワから来た操獣者も多いため、商人達が忙しそうにしている。

 当然ながら、観光をしているヒノワ人も少なくはない。

 元々貿易が盛んな場所でもある。入り乱れる人種も多種多様だ。

 故に……幼い子供が一人増えたところで、誰も気にしない。

 

「〜♪ 〜♪」

 

 白い髪に、白いドレス。

 そして大きな絵本を抱えた少女が、鼻歌を奏でながらセイラムシティを歩いている。

 

「はじめて来たけれど、とっても大きな街ね」

 

 街並みと人の多さを味わいながら、少女ことシャックスは気分を高揚させる。

 道行く人々は誰も彼女の事を気にしない。

 見慣れない顔が歩く事など珍しくもないのだ。

 

「さぁブギーマン。最初はどんな遊びをしましょうか?」

 

 絵本に話しかけるシャックス。

 正確には絵本の中に入っている魔獣、ブギーマンにだが。

 黒いスライムであるブギーマンは、絵本の中から小さな鳴き声を上げる。

 

「そうね。いきなり街を丸ごと食べちゃうなんて、とってもはしたないわ。せっかく素敵な街にきたのだから、お行儀良く丁寧に遊びましょう」

 

 シャックスの意見に賛同したのか、ブギーマンは僅かに絵本の隙間から顔を見せていた。

 

「じゃあ最初は誰にしましょうか」

 

 遊び相手を探すシャックス。

 ふと、細い路地裏が目に入った。

 

「……あらあら」

 

 いくらセイラムシティと言えども、治安の悪い場所はある。

 路地裏のような場所は、よからぬ輩の溜まり場だ。

 シャックスの目には、路地裏でタバコを蒸す人相の悪い男が一人映る。

 普通の少女なら涙目で逃げそうな状況だが、シャックスは笑顔で路地裏に入って行った。

 

「おはようございます。お兄様」

「あぁ? なんだこの餓鬼」

 

 いきなり近づいてきた少女を、男は不審に思う。

 そもそもこんな路地裏に九歳程度の子供が入って来ること自体が異常なのだが、男にはそこまで考えつく知性が無かった。

 

「よければ私と遊んでくださらない?」

「はぁ? 餓鬼が何言ってんだ?」

「まぁ遊んでくれるの! とっても嬉しいわ」

 

 無理矢理にでも遊びに誘おうとするシャックス。

 我儘を通そうとする彼女に、男は苛立ちを覚え始めた。

 

「おいテメェ。痛い目見たくなかったら今すぐ失せろ」

「ダメよ。お兄様は私と遊ばなければいけないんだから」

「ふざけんな! なんでオレが餓鬼と遊ばなきゃいけないんだ!」

「そう怒らないでほしいわ。とっても簡単な遊びを用意したのだから」

 

 そう言うとシャックスは、何処からかサイコロを一つ取り出した。

 

「ルールは簡単。このサイコロを振って、より大きな目を出した方が勝ち。ただしサイコロを人にぶつけてはダメよ。そして負けたら……罰ゲーム」

 

 罰ゲームという言葉が出た瞬間、男は空気が凍るような錯覚をする。

 目の前の子供からは何か妙な感じがする。

 しかし男の苛立ちが、その感覚をかき消してしまった。

 

「先攻はお兄様にあげるわ。どうぞ」

 

 サイコロを手渡される男。

 突然子供に遊ぼうと言われた事を、舐められたと捉えた男は、その怒りが沸騰しそうになっていた。

 

「そうか……そんなに言うなら遊んでやる」

 

 サイコロを手に握る男。

 そして……

 

「大人のやり方でなぁ!」

 

 男はサイコロを力一杯に、シャックスの顔目掛けて投げつけた。

 サイコロはシャックスの額を直撃。

 彼女の額からは血が滲み出てきた。

 

「ざまぁみろ餓鬼が!」

 

 血を出すシャックスを見てニヤつく男。

 しかし何かがおかしい。

 シャックスは泣き声一つ上げず、ただただ無表情のまま。

 子供らしからぬ落ち着きで、額の血をハンカチで拭き取る。

 

「……ルール違反よ、お兄様」

「はぁ?」

「ルール違反は敗北ということ……罰ゲームよ」

 

 妖しい光を宿すシャックスの眼。

 ようやく男も彼女の異質さに気づいたが、もう遅い。

 男の足元に広がっていた影。その影の中かた黒いスライムが触手のごとく伸びてくる。

 

「な、なんだこれ!?」

「ブギーマン。しっかり捕まえてね」

 

 必死に抵抗しようとする男だが、ブギーマンの拘束からは逃れられない。

 もがけばもがく程に、ブギーマンの拘束はキツくなる。

 そして男の身体をしっかり捕らえたのを確認すると、シャックスは持っていた大きな絵本を開いた。

 

「おめでとうお兄様。最初のページはアナタで決まりよ」

「な、何する気だ! やめろー!」

「さようなら」

 

 シャックスの冷たい別れの言葉。

 それが引き金となり、ブギーマンは男の身体を持ち上げる。

 そして勢いよく絵本に戻ると同時に、ブギーマンは男の身体を絵本の中に引きずり込んだ。

 

「やめろ……やめろぉぉぉぉぉ!」

 

 悲鳴を上げる男。しかし全て無駄に終わる。

 男はブギーマンの力によって、絵本のページとなってしまった。

 

「まずは一ページ」

 

 シャックスは満足気に絵本を閉じる。

 額の傷はいつの間にか消えて無くなっていた。

 

「うーん、こういう暗い場所だと時間がかかり過ぎてしまうわ……やっぱり広い場所で遊ぶべきね」

 

 そういう独り言を口にするや、シャックスは路地裏を後にした。

 

 

 

 

 化組の三人を連れてセイラムシティを巡るレイ達。

 随分歩いたおかげで、二日酔い組の酔いも治っていた。

 

「セイラムシティ……改めてヒノワとは違う趣き感じるな」

 

 街の造形を見ながら、ラショウはそう呟く。

 セイラムの街並みに文化の違いを感じているのは、モモとサクラも同じだ。

 ヒノワの建築物とは違った美しさを堪能している。

 

「おっ、次は噴水広場だな」

 

 レイは少し遠くにある噴水を見てそう言う。

 気づけば第六地区まで来ていた一行。

 そして所々修繕した跡がある噴水広場を見て、レイは感慨深いものを感じた。

 

「あれから時間も経ったんだなぁ」

「レイはここで何かあったのか?」

 

 ラショウの問いかけに、何故かフレイアが答える。

 

「前にボーツが大発生してね。レイがメチャクチャ頑張ったの」

「腕抉られたのは痛かったな」

 

 笑いながら語るレイに、ラショウは「それは軽く言える怪我ではない」と至極真っ当なことを言った。

 ちなみにサクラは後ろで顔を青くさせていた。

 痛い話は苦手らしい。

 

「しかし……美しい噴水だな。ヒノワにはこういうものは無い」

「ヒノワだと憩いの場ってどんなのがあるんだ?」

 

 レイの質問に、ラショウが答える。

 

「庭園というものがある。詳しく説明すると長くなるが、この噴水と違って落ち着きを表したようなものだ」

「へぇ〜、異国文化って面白いな」

 

 噴水広場に集まっている人々を眺めながら、レイはそう呟く。

 ラショウ達兄妹は、噴水の美しさを眺めていた。

 

「そういえば、ここは男女の二人組が多いのね」

 

 ふと、モモが広場を訪れる人を見てそう口にする。

 

「あっ、ココって所謂恋人達に大人気の場所っス」

「なるほどね」

「こ、恋人!」

 

 ライラの答えを聞いて納得するモモ。

 なおその隣でサクラは顔を真っ赤に染め上げていた。

 それを見て、ライラの中にある悪戯心に火がつく。

 

「サクラちゃんも彼氏連れて来るっスか〜?」

「かかか彼氏なんて! 私にはまだ早いですよー!」

「気になる人とかヒノワにいないんスか?」

「いーまーせーんー! 私はまだ修行中の身です!」

 

 顔を赤くして否定するサクラを、ライラは可愛く思う。

 ちなみにその近くでラショウは「男などまだ早い……まだ早いのだ!」と小さく言っていた。

 

「そういうライラさんはどうなんですか!」

「ふふーん、ボクはこう見えてデキる女っスから。恋のエリートっス」

 

 ドヤ顔でそう言うライラ。

 流石に見かねたレイが突っ込みを入れる。

 

「嘘つけ。年齢と彼氏いない歴が一緒だろ」

「んなー! レイ君それ言っちゃダメっス!」

「それに恋のエリートって言うけど。ライラの場合は恋愛小説を好んで読んでるだけだろ。思いっきり素人じゃねーか」

「失礼なこと言うなっスー! 姉御よりは素人じゃないっスー!」

「お前比較対象がフレイアで本当に良いのか?」

 

 若い女性に人気の恋愛小説を理解できず。

 異性という概念があるか些か怪しい女、フレイア・ローリング。

 そんな彼女を比較対象に出す時点で、ライラの素人っぷりが見えたレイであった。

 

「あー、サクラ。ライラの言うことは真に受けるなよ」

「ちょっとレイ君!」

「あとウチのチームに恋愛相談するのはやめとけ。まともな答えを出せる人間はゼロだ」

 

 レイの主観だとこうなる。

 恋愛幼稚園児のフレイアを始めとして。

 素人のライラ。バブみモンスターのオリーブ。ヤベェ奴のマリー。

 そしてチームメンバー以外の異性との付き合いを避けがちなジャック。

 いずれも恋愛相談をする相手としては不適格だ。

 

「ちなみにアリスは特にやめとけ。あいつが普通の恋愛をする姿なんて想像できないからな」

 

 ハハハと笑うレイ。

 それに反してライラとサクラは顔を青くさせていた。

 

「あのー……レイ君」

「う、うしろ」

 

 レイは何か冷たい空気感じて、後ろを向く。

 案の定、ナイフを手にしたアリスが立っていた。

 

「レイ? アリスには何ができないって?」

「……あのなアリス。普通の女はナイフを出さないんだぞ」

「恋愛が……何って?」

「だからナイフをチクチクする奴が普通の恋愛とか痛ァァァ!?」

 

 ちょっと刺されたレイが悲鳴上げる。

 なおこのナイフ攻撃に関してはアリス曰く「後で治せるから問題なし」だそうだ。

 レイは背中を摩りながら、アリスに土下座をする。

 

「大変申し訳ありませんでした。もう言わないのでナイフだけは勘弁してください」

 

 無表情でレイに圧をかけるアリス。

 今回はちょっと頭に来たらしい。

 しばし謝罪をして、ようやくレイは解放される。

 

「んじゃあ、そろそろ次に行くか」

 

 レイはラショウ達を連れて次の場所に移動しようと考えたその時であった。

 胸ポケットに入れてあった獣魂栞(ソウルマーク)からスレイプニルの声が響いた。

 

『まてレイ! 何か妙だ』

「どうした?」

『これは……この広場に魔力が広がっている。結界の類か』

 

 スレイプニルの言葉を聞いた瞬間、全員に緊張が走る。

 このような広場で魔力を広げるなど、悪意ある何かでしかない。

 レイ達はグリモリーダーが入ったホルダーに手をかける。

 ラショウ達ヒノワの者も、自身のグリモリーダーを出せるように構えた。

 

「ラショウ。何か変な奴はいるか?」

「見ただけでは、普通の人間と魔獣ばかりだな」

 

 レイとラショウは広場をじっくり観察する。

 それは他の者同様であった。

 しかし今広場にいるのは、ごく普通の人々と魔獣。

 では誰が広場に結界を張ったのか。

 

「……兄者、姉者」

「気を抜くなサクラ。どこかに敵がいる」

「いつでも変身できるようにしていなさい」

 

 不安そうな声を出すサクラに、ラショウとモモが尻を叩く。

 すると噴水広場に、白い髪の少女が入ってきた。

 

「……スレイプニル、あの子」

『うむ。結界で閉ざされたこの広場に、難なく入ってきたな』

 

 白いドレスと抱えた大きな絵本が特徴的な少女。

 彼女は無邪気な顔をしながら、広場にいる人々を見ていた。

 

「ふふ。お兄様もお姉様も、とってもたくさんいるわ」

 

 まるで遊び相手を見つけた子供のように、わかりやすく喜んでいる少女。

 だが何かおかしい。

 レイは少女に形容し難い不安を覚えていた。

 

「そうね〜せっかくヒノワから来た方もいるのだから……これで遊びましょう!」

 

 すると少女は一生懸命に大きな声を出し始めた。

 

「今から広場にいる人みんなで、だるまさんがころんだをするわー! 鬼に捕まったら罰ゲームよー!」

 

 セイラムシティ人間には聞きなれない遊びを提案する少女。

 急な少女の提案に関心を向ける者は少なかった。

 関心を向けた者も意味を理解していない。

 だがその一方で、レイ達は何か恐ろしい予感を抱いていた。

 

「それじゃあ……ゲームをはじめるわね」

 

 ゲーム開始を一方的に宣言する少女。

 彼女は後ろを向いて自身の目を隠した。

 

「だーるーまーさーんーがー……こーろーんーだ!」

 

 短い文章を読み上げると、少女は改めて広場の方へと振り返る。

 レッドフレアの面々と化組の三人は、警戒心を強めていたので一切動いていなかった。

 しかし、それ以外の人々は少女を気にすることなく動いてしまっていた。

 

「……動いたわね。じゃあ罰ゲームよ」

 

 そう言うと少女は、持っていた大きな絵本を開く。

 そして絵本の中から黒いスライム、ブギーマンの触手が無数に飛び出てきた。

 

「な、なんだ!?」

「きゃぁぁぁ!」

 

 逃げ惑う人々を次々に捕らえていくブギーマンの触手。

 捕まった人々は凄まじい勢いで、絵本中へと引きずり込まれてしまった。

 当然それをレイやフレイアが黙って見ている訳がない。

 

「レイ!」

「あぁ! Code:シル」

「ダメだ! 全員動くな!」

 

 変身しようとしたレイに、ラショウが待ったをかける。

 同じく変身しようとしていたライラ達も、モモとサクラが止めた。

 

「なんでだよラショウ!」

「動いてはならん! これはそういう決まりの遊びだ」

「はぁ?」

 

 罰ゲームの対象になった人々が全員、絵本に取り込まれる。

 広場に残った者はレイ達だけになってしまった。

 無事に残った者を確認して、少女は笑みを浮かべる。

 

「あらあら。このゲームを知っているお兄様いるのね。お友達を止めたのは、とっても賢いのだわ」

「……テメェ、何者だ」

 

 動かずに、少女を睨んで問い詰めるレイ。

 すると少女は可愛らしく頬を膨らませた。

 

「もう、レディを睨むだなんて失礼しちゃうわ」

「答えろ!」

「せっかちなお兄様ね。でもいいわ、名乗ってあげる」

 

 少女は自身の影から伸びてきた触手に、大きな絵本を預ける。

 そしてスカートの端を摘んで、礼儀正しく挨拶をした。

 

「はじめましてお兄様お姉様。私の名前シャックス、絵本を作るのが大好きな……ゲーティアの悪魔よ」

 

 シャックスの名乗り聞いた瞬間、レイ達顔が強張った。

 特にラショウは彼女の容姿に衝撃を受けたらしい。

 

「ゲーティア、だと!? こんな幼子が!?」

「ラショウ……これは俺達も初めてのパターンだ」

 

 レイも内心困惑する。まさか子供の姿をした悪魔がいるとは思わなかったのだ。

 だが今はそれを気にしている場合ではない。

 ゲーティアの悪魔がセイラムシティに侵入してきた。

 そして人間に害を成した。それだけで戦う理由には十分だ。

 

「うふふ。さぁゲームを続けましょう……たくさん私と遊んでね」

 

 戦慄を走らせるレイ達に反して、シャックスは無邪気に笑っていた。



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Page117:恐ろしきゲーム

 第六地区の噴水広場から人が減った。

 正確にはゲーティアの悪魔、シャックスによって絵本の中に取り込まれてしまった。

 現在この場に残っているのはレッドフレアの七人と化組の三人のみ。

 

「お前、広場にいた人達をどうしたんだ」

 

 ひとまずラショウに言われた通りに動かず、レイはシャックスに質問する。

 

「罰ゲームを受けてもらっただけよ。あの人たちは素敵な絵本の一ページになっただけだわ」

 

 終始無邪気なシャックスに、レイは恐ろしさ感じる。

 絵本の中に人を取り込む魔法など聞いた事がない。

 本当に取り込まれた人間や魔獣は無事なのか、レイはそれだけが気になった。

 

「……スレイプニル。あの絵本からは」

『うむ、僅かだが生命の気配を複数感じる。殺してはいないようだ』

 

 スレイプニルの言葉に安心するレイ。

 しかしそれを聞いたフレイアは早とちりしてしまった。

 

「つまりあの絵本を奪えば良いのね! それなら簡単!」

 

 フレイアはグリモリーダーと獣魂栞(ソウルマーク)を構える。

 

「Code:レッド解放!」

「ダメだ、動いてはならん!」

 

 変身しようとするフレイアに、ラショウが叫び声を上げる。

 しかし時既に遅かった。

 

「残念だけど、手遅れなのだわ」

 

 シャックスが絵本を開いてフレイアに向ける。

 その中から黒いスライムであるブギーマンが飛び出てきた。

 

「赤いお姉様は、罰ゲームよ」

「えっ!?」

 

 一瞬にしてフレイアに全身は黒いスライムによって拘束されてしまう。

 そのまま勢いよく引っ張られて、フレイアは絵本の中に取り込まれてしまった。

 白紙のページだった箇所に、フレイアらしき少女の絵が浮かび上がっている。

 

「姉御!?」

「やはりそうか。決まりに反した者を絵本に取り込む魔法だな!」

「どういうことだラショウ!?」

 

 レイは焦りをみせつつ、ラショウに質問する。

 

「奴が仕掛けた遊びは『だるまさんがころんだ』という遊びだ」

「だるまさん? なんだそれ」

 

 ピンと来ないレイ。

 それはジャック、オリーブ、マリーも同様である。

 しかしライラはそうでもなかった。

 

「だるまさんがころんだ……確かヒノワでは有名な遊びっス」

「はい。鬼役が目を隠して『だるまさんがころんだ』と言い切る前に、鬼の身体に触れば終わりになります」

 

 ライラの言葉に、サクラが詳細を補足する。

 だがサクラは続けてこう説明した。

 

「ただし、文を読み終えた鬼がこちらを見ている間は決して動いてはいけません」

「まさかとは思うけど、動いたらゲームオーバーか?」

 

 恐る恐る聞くレイに、サクラは「はい」と肯定の言葉を口にした。

 だがコレでタネは明かされた。

 先程シャックスによって絵本に取り込まれた人々や魔獣は、例外なく動いていた。

 そしてラショウ達に言われて動かなかったレイ達は無事で済んだ。

 

「つまりフレイアは今、動いたから取り込まれたって事か」

「大正解。負けたら絵本になってもらうわ」

「ふざけやがって」

 

 レイは非常に焦っていた。

 このままでは変身すらままならない。

 しかし今はとにかく、シャックスの持つ絵本を奪う事が最優先だ。

 とにかく動かないように心がけるレイ達。

 そんな彼らをシャックスは笑顔で見ていた。

 

「じゃあゲームを再開しましょう」

 

 そう言って目を隠し、後ろを向くシャックス。

 

「だーるーまーさーんーがー」

 

 今がチャンスだ。

 レイは全員に声をかける。

 

「みんな! 今のうちに変身だ!」

 

 仮にも相手はゲーティアの悪魔。

 まずは変身しなければ身が危険である。

 残った全員はグリモリーダーと獣魂栞を取り出して、Codeを解放する。

 

「Code:シルバー!」

「ミント」

「ブルー!」

「ブラック!」

「ホワイト!」

鉛白(ホワイトレド)

(アイビス)

(ブロッサム)

 

「「「一斉解――」」」

 

「ころんだ!」

 

 解放直前に、シャックスが文を読み終えた。

 振り返るシャックスに対して、全員中途半端な変身ポーズで固まってしまう。

 

「い、いきなり早口になるのは酷いっス」

「ライラさん、これそういう遊びなんです」

 

 突然のシャックスの早口に文句を言うライラ。

 しかしサクラはルールを知る故に、理不尽を受け入れていた。

 

「……ウフフ。そう簡単には動いてくれないのね。とっても楽しいわ!」

 

 そしてシャックスは再び、目を隠して後ろを向く。

 

「だーるーまーさーんー」

 

 文を読み始めた。今度こそ変身である。

 

「「「一斉解放!」」」

 

 誰かが音頭を取らずとも、今度はちゃんと全員Codeを解放した。

 そして素早くグリモリーダーに獣魂栞を挿し込む。

 

「がーこーろー」

 

 とにかく素早さ命で行こう。

 レイ達は全員無言で通じ合っていた。

 グリモリーダーの十字架も、いつもの倍の速さで操作する。

 

「「「クロス・モー」」」

 

「んだ!」

 

 またも変身中止。

 全員再び中途半端なポーズで停止させられてしまった。

 

「なんだよコレ……滅茶苦茶テンポが崩れる」

 

 思わず文句を口にしてしまうレイ。

 その一方で、オリーブは中途半端なポーズでの停止に耐えられなくなっていた。

 

「あぅぅぅ」

 

 少しプルプルしているオリーブ。

 そして遂に、上げていた手が僅かに動いてしまった。

 当然それをシャックスは見逃さない。

 

「黒い操獣者のお姉様。動いたからゲームオーバーよ」

 

 絵本を開いてオリーブに向けるシャックス。

 すかさずブギーマンが飛び出して、オリーブを捕まえた。

 

「きゃあ!」

「オリーブさん! あっ!?」

 

 捕えられたオリーブを目撃して、マリーが声を上げる。

 しかしその際に、マリーは思わず動いてしまったのだ。

 

「白い操獣者のお姉様も、ゲームオーバーよ」

 

 オリーブから黒いスライムが更に伸びる。

 ブギーマンは一瞬にしてマリーの身体も拘束してしまった。

 

「な、なんですのこれ!? 力が強すぎますわ!」

「お姉様二人、絵本の世界にご招待するわ」

 

 シャックスがそう言うと、ブギーマンは勢いよく絵本の中に戻っていく。

 そしてそのまま、オリーブとマリーを絵本の中に閉じ込めてしまった。

 絵本のページに、二人の新しい絵が浮かび上がる。

 

「クソッ! アイツめ」

 

 レイは歯軋りしながら、シャックスを睨みつける。

 早々に仲間が三人も捕まってしまった悔しさ。

 しかし無闇に動いては、今度は自分が絵本の中に閉じ込められてしまう。

 それを理解しているが故に、レイはじっとしていた。

 

「ウフフ、とっても素敵な絵本になりそうだわ。きっと陛下も喜んでくれるはず」

 

 絵本を見ながら、シャックスがそう呟く。

 そして一度絵本を閉じて、再び後ろを向いた。

 

「だーるーまーさーんーがー」

 

 もう誰一人欠けさせない。

 強い意思と共に、残されたレイ達は最後の呪文を唱えた。

 

「「「クロス・モーフィング!」」」

 

 魔装、変身。

 レイ、アリス、ジャック、ライラ。

 そしてラショウ、モモ、サクラ。

 七人の操獣者は一斉に変身を完了した。

 

「変身してしまえば僕達の領域だ!」

 

 ジャックは固有魔法を発動して、鎖と共にシャックスへと駆け出す。

 しかしシャックスはそれに気づいた上で、ゲームを続行していた。

 

「こーろー」

「鎖で拘束して。それから身体に触れる! 行けグレイプニール!」

 

 ジャックが魔法で作り出した鉄の鎖。

 それらがシャックス目掛けて射出される。

 このまま彼女を拘束できれば、こちらのものだ。

 誰もがそう思った。しかし鎖はシャックスに触れる事さえできなかった。

 

「なにっ!?」

 

 シャックスの影から、黒いスライムが触手を伸ばしている。

 その触手が鎖からシャックスを守ったのだ。

 

「んだ!」

 

 そして振り返るシャックス。

 しかし変身しているのであれば、抵抗は容易い。

 そう考えたジャックは一度鎖を消して、正面からシャックスの絵本を奪おうとした。

 

「……バカねお兄様。変身くらいでどうにかなると思ったのかしら?」

 

 絵本を開いてジャックに向けるシャックス。

 そこからブギーマンが飛び出して、魔装ごとジャックを拘束する。

 

「このくらいの拘束なら……なっ!?」

「ウフフ。とても力強いでしょう?」

「何故!? スライム種がこんなに力強いはずは」

 

 本来スライム系の魔獣はそこまで力強くない。

 しかしブギーマンの拘束は違った。

 どれだけ抵抗しても、変身した操獣者にさえ振り解けないのである。

 

「あたりまえよ。だってお兄様はもう私と契約を交わしているもの」

「契約……まさか!?」

 

 ジャックは仮面の下で顔を青くする。

 そしてシャックスは笑った。

 

「結界の中にいる人や魔獣に、魔法契約を交わさせたのよ。ゲームに敗北したら必ず絵本の中に取り込めるように」

「魔法契約の強制……!?」

 

 ジャックが驚きの声を上げる。

 だが驚いたのはレイ達も同様であった。

 魔法契約は非常に拘束力の強い契約である。一度交わせば簡単には逆らえない。

 しかしそれは本来、両者の合意があって初めて成立する契約。

 それをシャックスは広場にいた者全てに対して強制的に交わさせたのだ。

 

「さぁ、絵本のページになるのだわ!」

「くっ!」

 

 ブギーマンはジャックの身体を絵本に引きずり込む。

 そして絵本には青色の操獣者の絵が浮かび上がった。

 レイ達はその場で動きを止める。

 

「まさか魔法契約を強制してきたとはな」

 

 ラショウは動きを止めつつ、シャックスのやり方に驚愕する。

 魔法契約を使われては抵抗などできない。

 変身と同時に絵本を奪うだけで済むと考えていたラショウやレイであったが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。

 

「さぁ、ゲームを再開しましょう……でもその前に」

 

 シャックスは絵本を閉じて左の脇に挟むと、どこからか黒い円柱状の魔武具(まぶんぐ)を取り出した。

 ゲーティアが持つ禁断の力、ダークドライバーである。

 

「そっちだけが変身するのは不公平なのだわ。だから私もするわね」

 

 シャックスがそう言うと、彼女の影から黒い獣魂栞が飛び出した。

 ダークドライバーに獣魂栞が挿入され、黒い炎が点火される。

 

「ウフフ。トランス・モーフィング!」

 

 呪文と唱えると、シャックスの全身を黒い炎が包み込んだ。

 炎の中でシャックスとブギーマンの身体が溶け合っていく。

 凄まじい速度で異形の怪物へと作り変えられた後、シャックスは黒い炎を振り払った。

 

「ヒィ!?」

「アレが……本当の姿なの?」

 

 サクラは小さな悲鳴を上げ、モモは気味の悪さを感じる。

 シャックスは先程までの少女の姿とは程遠い外見をしている。

 どろどろのコールタールのような黒い肌に、大きな青い一つ目。

 また全身からは多種多様な魔獣の一部が見えている。

 身長も二メートル近くなっていた。

 

「さぁ、これで公平になったわ……ゲームを再開しましょう」

 

 おぞましい姿に反して、声は少女のそれ。

 大きな一つ目を閉じて、シャックスは後ろを向いた。

 

「だーるーまーさーんーがー」

 

 文を読み始めるシャックス。

 動けるようになったが、問題はどうやって絵本を奪うかだ。

 レイは思考を加速させて、策を考える。

 

「(ジャックが捕まったから、鎖で絵本を奪う事はできない。マリーもいないから射撃で絵本を弾く事もできない。俺の魔力弾じゃあ絵本が無事で済むかわからない。となれば今一番最適なのは……)」

 

 レイはライラの方を見る。

 

「ライラ! スピードでなんとかできるか?」

「やってみるっス!」

「なら私も協力するわ!」

 

 ライラとモモ。どちらも速さに自信があるニンジャである。

 レイの指示を受けた直後、ライラとモモは凄まじいスピードで駆け出した。

 

「この程度の距離なら!」

「無いも同然っス!」

 

 文を読み上げるシャックスまで二メートル程。

 一秒もかからず絵本を奪い、シャックスの身体に触れるだろう。

 しかし次の瞬間、シャックスの身体から黒い触手が伸びてきた。

 

「うわっ!」

 

 ライラは驚いて軌道を逸らす。

 そしてモモは手にしたクナイで、黒い触手を受け止めた。

 

「くっ! コイツ、後ろが見えているの?」

 

 触手を弾いても次の触手が反撃を仕掛ける。

 恐らくこれはシャックスの中にいるブギーマンがしている事だろう。

 

「だったら俺とアリスでサポートする!」

「幻覚。やってみる」

 

 レイはコンパスブラスターを銃撃形態(ガンモード)にする。

 そしてアリスは右手にミントグリーンの魔力(インク)を溜め込んだ。

 

「触手だけなら撃っても問題なし!」

「コンフュージョンカーテン」

 

 モモを攻撃する触手を狙い撃つレイ。

 触手にダメージは与えられたが、大きな痛手にはなっていないようだ。

 同時にアリスが幻覚魔法を散布する。

 幻覚で触手の動きを逸らす事には成功。その隙にモモは距離をとった。

 

「これじゃあ触れないじゃない」

「絵本も奪えないっス」

 

 シャックスから少し離れて、モモとライラは苦虫を噛み潰したような感覚を抱く。

 そして文が読み終えられた。

 

「こーろーんーだ!」

 

 シャックスが振り返ったので、全員動きを止める。

 そしてシャックスは静かに誰がどの位置にいるかを見回した。

 

「ふーん、すごく近づいてきたのね。このままじゃ負けてしまいそうだわ」

 

 白々しくそう言うシャックスに、ライラは仮面の下から睨みつける。

 

「……絵本を、渡すっス」

「ダメよ。私はこの絵本を完成させて陛下に差し上げないといけないのよ」

「人や魔獣を閉じ込めて、どうするつもりっスか!」

「別に大したことじゃないわ。魔僕呪(まぼくじゅ)の材料にするだけですもの」

 

 唐突にシャックスから出てきた言葉に、レイやライラは唖然とする。

 特にレイは一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 

「魔僕呪の……材料だと?」

「あら、知らないのかしら? お兄様達あれだけゲーティアと戦ってきたのに」

「材料ってどういうことだ!」

 

 レイが怒声を上げるが、シャックスは特に気にも留めていない。

 しかしレイ達が真実を知らなかった言葉に関しては、シャックスにとって意外な事だったようだ。

 

「どういうことも、そのままの意味よ。魔僕呪は生きた人間や魔獣を溶かして作るのよ。孤児院を経営して材料を育てる悪魔もいるそうだけど、私はやっぱり絵本を作りながら材料を集めるのが好きだわ」

 

 レイ達は言葉を失った。

 今まではただの禁制薬物だと思っていた魔僕呪。

 その材料が生きた人間や魔獣だと知って、衝撃を受けた。

 それだけではない。シャックスの言う通りであれば、孤児院の子供さえ材料として殺されてきた事になる。

 

「外道だ外道だ聞いてきたけど……想像以上のド腐れだなッ!」

「褒め言葉ありがとうお兄様」

 

 レイの怒りを浴びても、シャックスは嬉々とした様子であった。

 だが怒りを覚えていたのはレイだけでは無い。

 広場にある大きな影の上で、モモも怒りに震えていた。

 

「悪魔とはよく表現したものね……少女の姿をしていたとはいえ、容赦する気が失せたわ」

「あらニンジャのお姉様。そんなに怒ってはダメよ」

「早く後ろを向きなさい! 次がアナタの最期よ!」

 

 確実に次で討つ。モモの全身からその意思が溢れ出る。

 しかしシャックスはおかしそうに笑うばかりだ。

 

「何がおかしいの!」

「おかしいわ。だってお姉様が勘違いをしているんだもの」

「勘違い?」

「……悪魔が最後までルールを守ると思う?」

 

 シャックスが冷たい声でそう言った瞬間、モモが立っていた場所から黒いスライムの触手が伸び出てきた。

 

「気づかなかったのかしら? 影はブギーマンの射程範囲よ」

 

 シャックスがそう言うと、黒い触手は力強くモモの背中を押した。

 なんとか踏ん張ろうとしたモモだが、半歩前に動いてしまった。

 

「しまった!」

「さぁ動いたわね。罰ゲームよ」

 

 シャックスは黒い異形の手で絵本を開く。

 白紙のページをモモに向けると、ブギーマンが勢いよく飛び出てきた。

 

「きゃッ!?」

 

 一瞬にて拘束されてしまうモモ。

 そのまま絵本の中に引きずり込まれ、ページの絵にされてしまった。

 

「モモ!」

「姉者ー!」

 

 ラショウとサクラが悲痛な叫びを上げる。

 それを嘲笑うかのように、シャックスはその場で飛び跳ねていた。

 

「やったのだわ、やったのだわ! ヒノワのニンジャが絵本になったのだわ!」

 

 もはや邪悪との境目が無い無邪気さ。

 そんなシャックスの姿を目にして、ラショウは怒りに燃えていた。

 

「シャックス……貴様だけは許さん!」



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Page118:ゲームオーバー

「さぁ、ゲームを続けましょう。絵本の完成にはまだほど遠いんだから」

 

 怒りに震えるラショウを気にも留めず、シャックスは後ろを向く。

 そんな中、レイは強い焦りを覚えていた。

 

「(スピードだけじゃ解決できない。絵本を奪うどころか身体に触れない。影の大きな場所に立つとさっきみたいに無理矢理動かされる可能性もある)」

 

 今残っているのはレイ、アリス、ライラ、ラショウ、サクラ。

 それぞれが出来る事を思い返しながら、レイは対策を考える。

 アリスの幻覚魔法はブギーマンの触手には有効であった。

 しかしシャックス本体に錯覚をさせるには問題がある。

 強力な幻覚魔法を撃ち込むには、アリス自身が射程範囲まで近づく必要があるのだ。

 現在の状況でアリスがシャックスに近づけば、良くてブギーマンの妨害、悪ければ動きを見られて絵本の餌食だ。

 

「(ライラのスピードに頼ろうにも、ブギーマンが妨害する。恐らくラショウがやっても同様だ)」

 

 残る戦力はサクラ。

 任意の分身を作る魔法を使う操獣者だ。

 単純にシャックスを惑わすならばサクラの協力を仰げば良いだろう。

 しかしこれも問題がある。

 

「(シャックスの奴が強制的にかけてきた魔法契約。分身で表面だけを騙しても、本物が動いたらゲームオーバーになる可能性が高い)」

 

 となれば残るはレイ自身だ。

 レイは自分が出来る事について考える。

 

「(コンパスブラスターを棒術形態(ロッドモード)にして、マジックワイヤーを飛ばす。念動操作をすればブギーマンの反撃もある程度は回避できる……問題は、絵本を壊さずに奪えるかだ)」

 

 基本的にマジックワイヤーは攻撃用の魔法である。

 多少術式を変えたところで、鋭さは存在する。

 鋭さを消した拘束用のマジックワイヤーでは、今度はブギーマンの反撃に対応できない。

 

「(となれば必要なのは協力か)」

 

 絵本をシャックスの手から弾く事はできるレイ。

 ならば弾いた絵本を他の誰かがキャッチすれば良いのだ。

 

「だーるーまーさーんーがー」

 

 シャックスが文を読み上げ始める。

 今の内にレイはコンパスブラスターを棒術形態に変形させる。

 その時であった。

 ラショウが一気にシャックスの元へと駆け出したのだ。

 

「兄者!」

「サクラは補助をしろ!」

 

 サクラに指示を出しながら、ラショウは刀型魔武具(まぶんぐ)である雲丸を抜く。

 ラショウはそのままシャックスに突撃した。

 

「邪魔だ!」

 

 シャックス影からブギーマンの触手が伸び出て、ラショウを攻撃する。

 しかしラショウはそれらを容易く雲丸で斬り捨てた。

 

「斬られぬなど、思い上がるな!」

 

 ブギーマンの反撃を退けて、ラショウはシャックスの真後ろに近づいた。

 思わずレイは「やった!」と声を漏らした。

 だが刹那、ラショウの身体を黒いスライムの棘が貫いた。

 

「ラショウ!」

 

 思わず声を上げてしまうレイ。

 しかし貫かれた筈のラショウは、煙のように消えてしまった。

 どうやらサクラが作った偽物だったようだ。

 では本物はどこにいるのだろうか。

 ブギーマンの触手も混乱している。

 

「こーろーんー」

 

 シャックスが文を読み終える、その直前であった。

 先程まで感じ取れなかった気配が、突然シャックスの近くに現れる。

 

「……」

 

 本物のラショウだ。

 ニンジャ特有の気配遮断を用いて、機を伺っていたのだ。

 居合の構えで、ラショウはシャックスに狙いを定めている。

 

「だっ!」

 

 読み終え、振り返るシャックス。

 同時にラショウが駆け出し、雲丸を抜刀した。

 

「ハァ!」

 

――斬ッ!――

 

 肉眼で捉える事すら難しい速度で、ラショウはシャックスの右腕を斬り落とした。

 絵本を持っていた右腕が上に飛ぶ。

 ラショウはその場で飛び上がり、右腕ごと絵本をサクラの方へと蹴り飛ばした。

 

「サクラ!」

 

 ラショウの声に応じて、サクラは絵本を拾い上げる。

 これで絵本はこちらのものだ。

 

「よしっ! 絵本を奪えばどうにでもなる」

 

 そう言ってレイも安心する。

 しかし絵本を奪われた筈のシャックスは慌てる様子すら見せなかった。

 

「はぁ……酷いお兄様だわ。レディの腕を斬り落とすだなんて」

「ほざけ。血の一滴も垂れてないではないか」

「ごめんなさいね。そんな汚いもの、私の身体には流れてないの」

「だがこれで絵本はこちらの手に渡った。大人しく討たれるんだな」

 

 ラショウは雲丸を構えてそう言うが、シャックスは落ち着いたものであった。

 その落ち着きが、レイに強い不安を抱かせる。

 

「(なんでだ……閉じ込めるための絵本は奪ったのに、この落ち着き……)」

 

 レイの心が何か引っかかりを感じる。

 何か見落としているのではないか。

 まだ何かがあるのではないか。

 レイは視線だけをサクラに向ける。

 現在サクラが手に持っている大きな絵本。そのページの隙間から黒いスライムが見え隠れしていた。

 

「ッ!? サクラ、絵本から離れろ!」

 

 レイが叫び声を上げるも、サクラはその意味がすぐに理解できなかった。

 

「私を斬ってしまう悪いお兄様には……特別な罰ゲームよ」

 

 絵本が強制的に開く。

 その中からブギーマンが飛び出て、サクラに狙いを定めた。

 

「不味い!」

 

 レイはルール違反を承知で動こうとする。

 しかしそれよりも早く、ラショウが動いた。

 

「サクラァ!」

 

 凄まじいスピードで駆け寄り、ラショウはサクラから絵本を奪った。

 同時にサクラを蹴り、ラショウは自分達から離す。

 絵本から飛び出ていたブギーマンは、ラショウの身体を飲み込み始めた。

 

「ぐっ! このっ!」

「兄者……兄者ぁぁぁ!」

 

 ブギーマンの拘束から逃れようとするが、どう足掻いてもラショウは逃れられない。

 魔法契約のせいで上手く力が出ないのだ。

 

「あらあら、お兄様ったら……そんなに絵本になりたかったのね」

「兄者! 兄者!」

「無駄よ。アナタのお兄様はゲームに負けた。魔法契約の元、素敵な絵本になってもらうわ」

 

 必死に踏ん張るラショウ。

 しかし徐々に絵本へと取り込まれていく。

 

「サクラ……逃げ」

 

 手を伸ばして、妹に逃げるように言うラショウ。

 しかしその言葉は全て口にされなかった。

 

「兄者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 先程蹴られた衝撃で、地面にへたり込んでいるサクラ。

 悲痛な叫びを上げるが、それを嘲笑うかのようにブギーマンはラショウを絵本に取り込んだ。

 開いたまま地面に落ちる絵本。

 白紙だったページには、ラショウらしき絵が浮かび上がった。

 

「あ……あぁ……」

 

 サクラはただただ絶望に打ちひしがれていた。

 尊敬する兄も姉も目の前で絵本にされた。

 悪魔と戦った経験があるとはいえ、サクラの心折るには十分な惨劇であった。

 

「ふぅ……少し驚いたけれど、ページが増えたからいいのだわ」

 

 歩み寄ってきたシャックスが、左手で絵本を拾い上げる。

 そして切断された右腕の断面から、黒いスライムの触手が伸び出る。

 触手は落ちていた右腕と接着すると、シャックスの身体に戻した。

 

「うん、ちゃんと元に戻ったのだわ」

 

 接着した右腕を軽く動かして、シャックスは満足気な声を出す。

 そして大きな一つ目で、サクラを見つめる。

 

「絵本を奪えば、絵本の人達を助けられると思ったのかしら?」

「……えっ?」

 

 呆然とするサクラに、シャックスは嬉々として伝える。

 

「残念だけど、アナタ達にはどうすることもできないわ。だって……私がブギーマンに命じない限り、絵本の中身は出せないんだもの」

「そんな……」

 

 全て無駄であった。その事実を突きつけられて、サクラの頭は真っ白になる。

 そこにシャックスは追い討ちをかけた。

 

「それと……アナタもさっき動いたわね」

「え……あ……」

「お兄様に蹴られたからとはいえ、罰ゲームよ」

 

 シャックスは絵本を開いてサクラに向ける。

 サクラはその場で恐怖のあまり固まっていた。

 レイ達は今すぐ助けに行こうとするが、今迂闊に動けば本当に全滅するかもしれない。

 

「サクラちゃん! 逃げるっス!」

 

 ライラは必死に声を張り上げるが、サクラは動けない。

 完全に折れていた。

 何も抵抗できないサクラは、ただ絵本のページから出ようとするブギーマンを見つめてしまう。

 

「……あら?」

 

 その時であった。

 シャックスはふと、どこからか懐中時計を取り出した。

 時間を確認するや、シャックスは絵本を閉じてしまった。

 

「いけないわ。もうお茶の時間じゃない」

 

 そう言うとシャックス踵を返し、変身を解除した。

 元の少女の姿になるシャックス。

 彼女は絵本を抱えながら、広場を去ろうとする。

 

「あらそうだわ」

 

 だがすぐにレイ達の方へと振り返った。

 

「今日の遊びはここまでよ。遊んでくれてありがとう、お兄様達」

 

 心からの笑顔を浮かべて、シャックスは感謝の言葉を告げる。

 しかしレイには底なしの嫌味にしか聞こえなかった。

 

「逃すと思うかよ!」

「もう、遊びはここまでって言ったでしょう」

 

 仕方ないといった様子で、シャックスはダークドライバーを取り出す。

 そして小さな黒炎を連射して、広場の地面で爆発させた。

 

「うわッ!?」

 

 一瞬隙ができれば十分。

 シャックスは空間に裂け目を作って、その中に入った。

 

「それじゃあお兄様達、ごきげんよう。また遊びましょうね」

 

 そしてシャックスの姿は噴水広場から消えた。

 残されたのはレイ、アリス、ライラ、サクラ。

 他の仲間達は全員、絵本に囚われる事になってしまった。

 気づけば結界も消えている。外から人がちらほらとやって来た。

 

「……クソっ!」

 

 レイは強い苛立ちに頭を痛めながら、変身を解除する。

 アリスとライラも変身を解除した。

 そしてライラはサクラの元へと駆け寄る。

 

「サクラちゃん、大丈夫っスか!」

 

 ひとまずサクラのグリモリーダーから獣魂栞を抜き取るライラ。

 変身解除されたサクラは、無表情であった。

 だがライラの姿を確認した瞬間、感情が決壊した。

 

「兄者……姉者……」

 

 ライラの胸に顔を埋めて泣き始めるサクラ。

 そんな彼女を抱きしめて、ライラは優しく背中をさすった。

 サクラの契約魔獣であるカイリも、隣で悲しげな鳴き声を上げている。

 

「レイ、どうする?」

「わかんね……だけどどうにかしなきゃいけない」

 

 サクラの泣き声を耳にしながら、レイは眉間に皺を寄せる。

 何としてでも仲間達を取り戻さなければいけない。

 そのためにも、今は体制を立て直そう。

 サクラが落ち着くのを待って、レイ達は広場を去るのであった。



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