緑谷出夢の人間教室 (那由多 ユラ)
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一口目

000

 

 

 

 一人で二人、二人で一人。

 一人が二人、二人が一人。

 

 僕と私は同じ身体で時を過ごしている。

 

 私はジキルで、僕はハイドだ。

 

 肉体に架された名前は緑谷出久。

 精神に貸された、名前が二つ。

 

 人喰い(マンイーター)の出夢に、人喰い(カーニバル)の理澄。

 同じ身体に対極の精神。

 白と黒の、太極の精神。

 

 天衣無縫の名探偵の妹。

 悪逆無道の殺し屋の兄。

 

 私は調べる。

 僕は殺す。

 

 物事を裏の裏まで圧倒的に調査する。

 人間を裏の裏まで圧倒的に殺戮する。

 

 二重というにはあまりに重なっていない妹。

 二重というにはあまりに重なっていない兄。

 

 元・殺戮奇術の殺し屋兄弟。

 

 

 ここから始まるのは破茶滅茶な物語だ。

 話せば誰もが絶叫し、そもそも話せるような人間にはとても話せない、自虐他虐の物語だ。

 誰も彼もが高らかに救う、何をしても英断になる伝説神話の物語だ。

 一人だって他人の都合を考えない、考えた時点で世界の閉じる、自己満足の物語だ。

 

 真っ当な奴なんて、一人たりとも登場しない。

 全員総じて、個性的極まりない。

 全員総じて、英雄的極まりない。

 全員総じて、歪曲的極まりない。

 

 僕達私達だけじゃない。

 

 平和の頂点で生ける伝説。

 英雄の頂点で死んだ伝説。

 悪逆の頂点で寝込む最悪。

 悪意の頂点で手引く最悪。

 個性を打ち消す目の教師。

 ドライアイの合理主義者。

 人語を語り服を着た校長。

 種を追われ人に追われた窮鼠。

 

 

 この一度終わり切った物語に、だから序章はなく。

 それで良ければ、御賞味あれ。

 

 

 

001

 

 

 

 超能力や異能力、霊能力、念能力。なんでもいいが、観察は出来ても観測は出来ず、証言はあっても証拠はない謎現象に《個性》という名称、というか総称が付いてから、もうどれだけ経ったのだろう。

 

 それでも、僕は、私は、この個性溢れた世界においても、個性的な異能を持たされた人間だと思う。

 

 僕の、私の、個性的な個性――強弱乖離――無個性の人間だった、僕だか、私だかを、一人の人間から強い兄と弱い妹に分けた実験。

 実験なんて、かっこいいものだとは僕も私も思ってなんかいない。呪い、あるいは拷問と言ってもいい。

 

 人間どころか、モルモットどころか、プラナリア扱いじゃねぇか。

 

――人間はね、少年。本来、なりたいものに、なれるものなのだよ。

 

 とは、どこの学者の台詞だったか。

 

 確かに無個性だったからこそ、個性を持つことそのものにも、個性的な人間そのものにも、確かに憧れたけれど。――けれど、だからといって、こうなるとは思ってもいなかった。

 

 僕達私達の元同僚には、自分を複製し、どころか複製に複製を繰り返して自分を量産して、自分を見失って精神をおかしくしたアホみたいなアホがいるけれど、僕達私達と狂気具合を比べたら雲泥の差だろう。いや、どっちも雲や泥どころか血反吐みたいなもので、違いなんてそれこそ血液型程度の差なんだろうけど。でもどんぐりというほどに可愛らしい違いでもない。

 

 

 

002

 

 

 

 さて、一度は戸籍も失った僕達私達だけれども、今じゃ立派に一般人だけれども、現保護者の意向なんかもあり一般人ではいられないわけで。僕達私達は保護者の母校でもある雄英高校、ヒーロー科に入学した。

 

 事情が事情だけに、試験は受けるが入学は確約。戦闘能力は保護者が保証したから、筆記試験のみを理澄が受けた。

 

 まぁ、試験なんてつまらねぇことは過去へ日記へと置いておいて、今日が入学初日だ。

 

 雄英生が珍しいのか、双子の二人組が珍しいのか、道中散々に注目を集めながらに教室手前までやって来た僕達私達を待っていたのは、ドア越しに響く男子二人の言い争いだった。

 

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」 

「思わねーよ、てめー! どこ中だよ端役が!」

 

 と、何やら穏やかではない様子。

 僕が扉を開け、先に私が教室に入った。

 

「あたし、緑谷理澄だもん」

 

 ぺこりと頭を下げた後、私は黒板に書かれた席へと歩き出す。後を追うように僕も入り、私の跡を追う。

 

 不自然に一つだけ、横長になって椅子を二つ用意された席が、僕達私達のこの教室の居場所だった。

 

 席について、すぐに気が付く。さっきまで騒いでいた男子二人が静まっていた。機械的な同級生と、爆発的な同級生。

 その内、機械的な方の同級生が「おはよう! 俺は飯田天哉だ」と、僕達私達に名乗ってから自分の席についた。

 それからすぐに爆発的な同級生がこちらへ来た。

 

「……てめーら、何もんだよ」

 

 不機嫌を包み隠さず、何故かわざわざ聞いてくる不良モドキ。

 

「あたしはさっき名乗ったんだねっ!」

 

「僕は緑谷出夢だ」

 

 僕も名乗れば、その不機嫌そうな表情はより一層、不機嫌さを割り増しした。

 

「イズムだぁ? ……ちっ、緑谷出久じゃねぇのかよ」

 

 じゃねぇのだ。

 生涯聴くことはないと思っていた名前に、僕も私も面喰らったが、何か言う前にこの場は終わらされた。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 と、場を静まり返らせたのは、芋虫ような寝袋に入った浮浪者のような男――抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド。

 

「はい、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね。……担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

「よろしくっ!」

 

 と、皆々緊張している中一人だけ返事したのは、私だった。イレイザー・ヘッドは「ん」と、返し、話を進める。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

 どうやら、入学式は無いらしい。

 

 

 

003

 

 

 

――問題を、困難を楽しめずに何が人生なものか、そんなことでは生きていけない。

 

 とは、どこのシスコンの台詞だったか。少なくとも僕の台詞じゃないのは確かだ。

 

 確かだが、その通りだと僕は両手を上げて笑おう。「ギャハハ」ってな。

 

「面白そう、か。ヒーローになる三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

「出夢兄貴、言われてるみたいだねっ!」

 

 私は説教を聞いているのか無視したのか、笑っている僕に言ってみる。

 僕は私に言われ、笑いを幾らか自制しながらイレイザーを見れば、その目は何かを推し量るように鋭い。

 

 その目はすぐに逸れ、生徒達を見渡してから再度口を開く。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

 

「「「「はあああああ!!?」」」」 

 

 唐突な横暴に、言い出したイレイザーと僕に叫びが向けられる。

 

「生徒の如何は教師の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 髪を掻き上げ、ニヤリと笑いながらイレイザーは凄む。

 




 キャラ紹介
 緑谷出久

 原作の緑谷出久ではなく、今回紹介するのは今作の緑谷出久。

 幼稚園に通っている頃に拐われ、とある研究所の、マッドサイエンティストの実験体に。

 無個性で、精神を強弱で二つに分断し、別の女性の肉体二つに移された。肉体年齢は20歳だが、精神年齢は16歳。

 出夢と理澄に別れた段階でも個性は無いが、便宜上二人の個性は強弱乖離ということになっている。

 実験が成功した頃にオールフォーワンが研究所を襲撃、兄妹を保護した。
 二人で一人、一人で二人の殺し屋として育てられ、オールフォーワンに不都合だったヴィランを、依頼に従い殺していた。

 オールマイトと出会ったときは、妹がオールフォーワンの人質だったということになり、兄妹は養子として保護された。

 兄妹曰く、オールフォーワンは父親で、オールマイトは母親。

 兄妹のどちらもが兄妹の何方にもなる二重人格なため、ワンフォーオールは二人が分け合う形で受け継いでいる。

 オールマイトが二人を後継に選んだ理由は、またいつか機会がありましたら。


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