キャストリアちゃん、汎人類史にて過ごすの巻 (ぴんころ)
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第一話

二部六章後半を見てキャストリアに幸せになってほしいとか、トリスタンに幸せになってほしいとか、モルガンに幸せになってほしいとか、妖精滅ぶべしとか、いろんな気持ちがぐちゃぐちゃになったけど三人全員書くのは無理そうだねって思ったから……せめて、一人くらいは……


 ──自分に魔術師(ひとでなし)の才能があると知ったのは、幼い頃のことだった。

 

 黄金の嵐が、少年の自室を抉り抜こうと吹き荒れる。

 暴風に乗って部屋中を埋め尽くす勢いの黄金の粒子。それはあまりにも幻想的で、神秘的で、世界には未だ知らないことで満ち溢れているのだと、そう信じられる光景だった。

 偶然、誰もいない瞬間を狙ったかのように始まった創作の如き光景に、少年は高熱を出していることも忘れて目を奪われている。

 

 この光景は、まず間違いなく少年が原因であった。

 発生している神秘の台風の中心、その目は誰に聞いても口を揃えてこの幼い子供の眼前であると答える場所。

 だと言うのに、少年はその美しさに目を奪われるばかりで何が起きているのかまるで定かではない様子。

 よく見れば、どこか瞳も虚ろ。頬には朱が差していて、呼気も荒い。

 総じて、風邪と思しき症状を発症している少年は、元凶でありながらその光景を何一つとして理解している様子がなかった。

 

「うぁ……」

 

 彼の肉体から何かが急激に抜け落ちていく。その脱力感に思わずといった様子で声が漏れ、起き上がろうとしていた体がベッドの上に倒れ臥す。

 数え切れないほどの光の粒が一箇所に集中するに伴って発生する暴風。身体から絞り出されるように増えていくその神秘に比例して、風は強大に進化する。

 一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされてしまうようなその風を前に、少年は飛ばされないようにするのが精一杯。

 落ちそうになる瞼を必死に堪えて、ただその災害を見つめながら収束の時を待ち続ける。

 

 きっと、顔を伏せないのは心のどこかで理解していたからなのだろう。

 この光景は、今の機会を逃してしまえば、もう二度と彼が見ることを許されない光景だということを。

 

 天井を貫く勢いで立ち昇る光の柱。その出所は、黄金の粒子が集まった空間。

 全てを塗り潰す白の中には、一つの黒き影。それが人型を取っているというのは一目でわかった。

 

 そうして、光の中から現れるのは一人の少女。

 その姿を見て、ついに少年は全てを思い出した。

 

 けれど──

 

「こんにちは。立香。サーヴァント、キャスター。アルトリア。モルガンよりも先に来ちゃいました」

 

「ある、とりあ……?」

 

「はい、あなたと妖精國を一緒に旅した……たび、した……なんでこんなに小さいんですか!?」

 

 聖杯戦争。英霊召喚術式。

 頭の中にぼんやりと浮かぶ、一度も聞いたことのない見知った単語という不可解も、この瞬間だけは忘却の彼方へ。

 

 幼い少年と目線を合わせて語るのは、儚い幻想でありながらなお燦然と輝く星のような少女。

 驚いてはいるが、それすらも美しい少女に似合うのはきっと、月明かりを浴びて輝く舞台の上。

 けれど人工の光、闇を恐れ、星すらも塗り潰す人間の叡智の上にあってなお、その輝きは潰えることはない。

 これが最期の景色であったならば自分の人生にもきっと価値があったと、そんな戯言すら口にできてしまうだろう、と思ってしまうほどに。

 

 藤丸立香(主人公)になれない藤丸立香(贋作)にとって、生涯唯一の奇跡。

 

 俗な言葉を言うのであれば、きっと”運命”。

 途切れゆく意識の中で、目に焼き付けるように少年は心の一番大事な場所へとしまい込む。

 

 月のない夜、地上に咲いた星の花を、きっと自分は忘れることはないだろう、と。

 

 

 

 

 

 そんな、夢の世界から浮上する。

 立香の中にはすでに夢の中の高熱は残っていない。すでに過去のものであった。

 当時彼が患った原因不明の高熱はただの風邪と判断されたもの。

 熱があるから連動して前世の記憶が蘇ったのか、それとも前世の知識を思い出す弊害として発熱したのか。その答えはわからないし、彼も別に知らなくていいと思っている。

 

 鮮烈に、心に焼き付いた光景。それを夢として見ることはよくあることだが、今日はいつもとは少し違うことに気がついたのはその直後のこと。

 

「痛ぇ……」

 

 どこが、と言われると体の節々だとしか答えようのないほどに散らばった痛み。

 その原因はなんだろうかと眠りから目覚めたばかりのおぼろげな思考で立香は考えるも、答えは考えるまでもないことだった。

 

 眠っていた場所は、リビング。椅子に座り、テーブルの上に頭を預けている状態。

 広げてある本を見るに、おそらくは読書中に眠ってしまった、というところだろう。

 けれど、その本を覗き込んでみれば、そこに記載されているのは普通の文章ではない。書いてあるのは生贄に適した動物、幾何学的な文様の数々。どちらかといえばオカルト専門の教科書とでも呼ぶべき代物。

 小難しい本を読んでいて、退屈になってそのまま眠り、変な体勢で眠ってしまったことで体の節々が凝っている状態に陥っていた。 

 

「アルトリアが帰ってくる前にもうちょっとくらい読み進めておかない、と……」

 

 そして、体を起こそうとしてようやく気がつく。

 彼の体には、毛布の代わりかマントがかけられている。

 そのマントの持ち主が誰なのか、言われるまでもなく彼は知っている。

 

「もう遅いですよ、立香」

 

 呆れたような、けれどどこか楽しそうな声が横合いからかけられる。

 振り向けば、そこには夢で見たのと同じ姿。空に輝く星を溶かしたような黄金の長い髪を二つに結った、素朴ながらもどこか舞台の中心に据えられるような村娘じみた少女。

 その姿は、初めて出会ってから十年。一度たりとも変化をしたことはない。

 

「アルトリア……」

 

「はい、あなたのサーヴァントのアルトリアです」

 

 サーヴァント。

 誰にでも伝わるように簡単にいうのであれば使い魔。

 けれど、かつて人類史に名を刻んだ英雄の残影を呼び出し使役する、という一点を鑑みれば幽霊という説明も間違いではない、そんな魔術世界における使役対象の最高峰。

 きっと、使い魔と聞いて蟲や動物をイメージする一般人の固定観念を吹き飛ばすほどの輝かしい笑みを浮かべたアルトリアは、その華やかさには似合わないものを持っていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「あ、うんおかえり」

 

「それで、どこまで読み進めたんですか?」

 

「えっと……」

 

 立香の目線が魔術書の上を泳ぐ。

 どこまで読んでいたのか、ということが記憶の中から取り出せない。

 ここは見た、ここは見てない、ここは見たような気がする。そんなぼんやりとした感覚で自分がギブアップした場所を探そうとする。

 

「もう、言い出したのは立香なのに」

 

「うぐっ……すみません」

 

 もう似たようなことがないように、魔術を教えて欲しい。

 

 そう言ったのは、アルトリアを召喚した二日後。当時、彼の体調は最悪と言っていいほどだった。

 一度も使ったことのない魔術回路を、いきなり英霊召喚という形で限界以上に駆動。

 消費された魔力を補填するために魔術回路が彼の生命力を魔力に変換するという事態に陥ったのだ。

 

 だからこそ、魔術回路の扱い方など、基本的なことは知っておかなければならないと思った彼の心中に、前世には存在しなかった魔術というものへの憧れがあったことは否定できないが。

 

 そういうわけで、今回に関しては彼が全面的に悪い。

 一切の口答えが許される立場ではない所業をしてしまったのだ。

 

「……ところでアルトリア」

 

 けれど同時に、それとは別の部分で決して見逃してはいけないことがあった。

 たとえ、美少女であるアルトリアの顔が間近にあろうとも、十年の付き合いがありながらも未だに慣れる気のしない美しさを前に胸が高鳴ることになっても。

 

「なんで、そんなに買ってんの?」

 

 彼女が持つレジ袋の中身を無視することだけは、決して出来なかった。

 

「えーっと、魔術に使いますからね?」

 

「うん、まあ食材用と魔術用で分けてるのは知ってるけど」

 

「今度はちゃんと腐るよりも早く使っちゃいますから」

 

「それはそれで毎回その勢いで色々と買われると家計が厳しくなるんだけど」

 

 視線を逸らすアルトリアに、今度は優勢に立った立香が詰問する。

 袋の中には、どうやらまだ生きていると思しき魚。魔術を用いて生存させていたらしい。

 儀式用の生き血を取り出す素材。食用とはまた別に、スーパーでそう言ったものを購入するのもアルトリアにはよくあることなのだが。

 

「言ったよね。魔術儀式用のあれこれを保管する用の冷蔵庫買ったからそれ届くまで待ってって」

 

「言われましたね」

 

「じゃあなんで」

 

「ほら、思いついたものはすぐに試したくなるじゃないですか」

 

 魔術師。

 根源と呼ばれる世界の外側にある全ての始まりへと届くことを目的として魔術を研究する人種。

 サーヴァントの枠組の一つ、キャスターというのは魔術で名を残した英雄が資格を与えられるクラスである。

 だからと言うべきか、アルトリアにも魔術の研究に対する情熱というべきものがあった。

 生き血を使う魔術のために新鮮な魚を買いすぎて、冷蔵庫に入りきらず、最終的には余分だったものがあわや腐ってしまうところだった、なんて事態も発生したのだ。

 

「それに、ちゃんと全部私が食べますからね」

 

「胃袋ブラックホールめ……」

 

 まあ、その事態は消費期限が迫る魚を健啖家であるアルトリアが食べつくすと言う方法でどうにかなったのだが。

 

「それで、この話は置いておくとして。どこまで読んだのかは思い出せましたか?」

 

「ああ、うん。ここまでは読んだ覚えがあるよ」

 

「どれどれ……ああ、ここですか」

 

 立香が指差したのは開いたページの終盤。

 アルトリア本人も、多分ここは詰まるだろうな、と思った部分。

 ああでもない、こうでもないと苦心している光景を想像して、小さく笑みをこぼす。

 そして、至近距離でそれを見た少年としては納得がいかない。

 

「……なんで笑ってんのさ」

 

 蘇ったのは前世の記憶ではなく知識。正確には記録とでも言うべきもの。

 だから立香は年不相応な精神があるわけでもなく、見た目同じ年齢くらいの少女に笑われる、と言う事実になんともいえない気分になる。

 

「いえ、やっぱりここで詰まるんだなって。私も同じところでどうするか悩みましたから」

 

「そうなんだ」

 

「それじゃあ、まずは実施ですね。体で覚えてしまいましょう!」

 

 にっこりと笑みを浮かべた少女が立ち上がり、背後に回ってそっと手を少年の背中に伸ばす。

 立香もそれを跳ね除けることなく、手が触れた背中から違和感が身体の内側へと迸る。

 今の魔術業界の専門用語で言うのならば、魔術回路の接続。

 干渉する側は、干渉された側に命を差し出しているような、そんな行為。

 けれど、マスターが要石となることで現世に留まっているサーヴァントからすれば、もとよりその命は主人と同一。

 故にこれも、二人の間では慣れ親しんだ行為だった。

 

「ごめんね、アルトリア」

 

「何がですか?」

 

 魔術回路への干渉。流動する魔力と、それに伴うイメージが暖かなものへと変化していく様が、外から二人を見たならばはっきりとわかっただろう。

 尋常ならざる魔力による干渉が、魔術回路から魔法陣への経路の整地を半ば強引に成し遂げ、整えられた道へと立香の魔力が流れ込んでいく。

 彼個人では行使できない、魔術師(キャスター)からすれば児戯程度の魔術が完成するまでの間、干渉によってわずかに深く繋がった意識から、夢現(ゆめうつつ)のような心地の声が漏れ出す。

 

「ほら、サーヴァントが人間に呼ばれるのって、聖杯に願いを叶えてもらうためなんでしょ」

 

「一般的にはそうらしいですね」

 

「なのにほら、俺の召喚では別に聖杯がどこそこにあるとかわからないわけだし」

 

 十年。

 

 立香がアルトリアと出会ってからそれだけの時間が経ったが、聖杯戦争と思しき事件は一つもなかった。

 本来、聖杯にて願いを叶える権利を条件に召喚に応じるサーヴァントに対してあまりにも不誠実な状況。

 

「なんだ、そのことですか」

 

 だというのに、少女はなんだそんなことかと口にする。

 背後にいるアルトリアの顔は立香からは見えない。

 だから、彼女が今何を思っているのか、声から判断するしかない。

 彼にわかるのは優しい声音だということだけ。

 きっと、どう言えば相手を納得させられるのか悩んでいるような顔をしているのだろう、なんて程度のことがわかるだけだった。

 

「大丈夫ですよ」

 

 作ったような優しい声。

 わずかに微睡みへと誘う色の乗った音に、意識がぼんやりと沈み始める。

 一番似ている感覚は、暗示をかけられた時のもの。

 

「それはもちろん、願いがなんでも叶うというのなら身長がもう少し欲しいところですけれど」

 

 意識を誘導されるような違和感を眠気が押し流し、少女の声が脳へと直接浸透する。

 まるで心の奥深くに刻み込まれるような感覚に、少年の意識は散らばっていく。

 

「まあ、ないならないでしょうがないものです。そもそも、願いがなんでも叶うなんて眉唾ですしね」

 

「そうなのかぁ……」

 

「ええ、そうです。だから立香もそんなに気に病む必要はありませんよ」

 

「うん……わかった……」

 

「はい、それではこれで終わりです。今から魔術の実験ですよー」

 

「え……? 痛たたたっ!」

 

 落ちかけていた意識を強引に戻す痛み。

 魔術回路への干渉により魔力の流れが加速し、強引に全身に走る魔力(いぶつ)に意識が強制的に覚醒させられた。

 軽く飛び跳ねるような激痛に、背後でにっこりと笑っているアルトリアへと立香は恨みがましい視線を向ける。

 

「いきなり何するのさ……」

 

「ちゃんと前置きはしましたよ?」

 

「前置きから覚悟までの時間が全く足りてない」

 

「魔術師には一分一秒が惜しいのです」

 

「俺は魔術を使ってるだけだから……魔術師じゃないから……」

 

「私は魔術師なので」

 

「それはそうだけどさぁ……」

 

 真下から自分を見上げる立香の肩に手を置いて、アルトリアは年頃の少女らしい笑みを絶やさない。

 その笑顔に、美人はずるいなぁという感想を立香が抱いていることなど知らないアルトリアは、ぺらぺらと魔術書のページを捲り始める。

 

「ここと、ここと、このページですね。さっきの魔術はこの辺りの基礎をいくつか混ぜたものなので……って、ちゃんと聞いてますか立香?」

 

「聞いてる聞いてる」

 

「ならいいですけど……ちゃんとあとで実践してもらいますからね」

 

「はーい」

 

 動き出したのはどちらからともなく。

 この十年である程度の考えはわかるようになっている。

 一度、休憩を入れてしまおうという思考で動き出した二人は、その考えが功を奏したことをその直後に知ることになった。

 

 ぴんぽーん。

 

 玄関の方から客の襲来を示す音が鳴る。

 

「アルトリア」

 

「わかってますよ」

 

 魔術書をさらりと隠し、そのままサーヴァントという魔力で肉体を編まれた存在が持つ特徴の一つ、霊体化をアルトリアは行使した。

 姿が薄れゆく様を見届けるまでもなく、立香はインターホンをとって、そこにいる人物が誰なのかを確認する。

 

『やっほー、立香。お姉ちゃんが遊びに来たよー』

 

 そこにいたのは赤茶色の髪をシュシュで結んだ人物。

 

 今年、人類が滅ぶので強制的に人類最後のマスターとなり、再来年に人類が復活するので強制的に『人類最後の』という形容は一時的に消えてなくなる予定の、立香の姉。

 

 藤丸立花がそこにはいた。



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第二話

感想とか高評価は作者が喜ぶのでじゃんじゃんいれてくれていいですよ?


「で、今日はなんでわざわざここまで来たのさ、姉さん」

 

「んー? そりゃかわいい弟の顔を見ようと思ってね。十年前にも一回風邪こじらせて死にかけてるわけだから、ちゃんと様子を見にくるのは当然のことでしょ」

 

「別にそれ以降は死にかけたりしてないんだから、そこまで気にしなくてもいいのに」

 

「なーに言ってんの。一人暮らしじゃ『お姉ちゃん助けてー』って言ってもすぐには来れないんだから」

 

 藤丸立花がどういう人物なのかと問われると、昔からの知り合いは口を揃えてブラコンという。

 それこそ、2015年4月。高校進学と同時に一人暮らしを始めたただ一人の弟の様子を七月までに片手で数えられる回数を超える程度の頻度で見に行くことも重なり、その評価は高校の同級生にも浸透している。

 立香の母譲りの黒髪とは違う、父譲りの赤銅色の髪を飾り付けるシュシュを弄びながら、立花はお茶を一口含む。

 

「まさかとは思うけど、こんな早くに自分の面倒見てくれそうな恋人ができたわけではないんでしょ?」

 

「まあそれはね。俺は姉さんと違ってそこまでコミュ力はないから」

 

「えー、そんなにコミュニケーション能力高いかなぁ」

 

 姉の言葉に頷くのとはまた別に、キャスターも肯定を返しているのが契約の経路を通して立香に伝わる。

 嘘を見分け、本質を見抜く妖精眼を持つアルトリアがそう言っているのだから、本人が気づいていなくともまず間違いなくそうなのだ。

 そうでなければ、きっと彼女は人類史を救うことなんてできなかっただろう。まだ救うどころか滅んですらいないが。

 

「まあ、褒められて悪い気はしないね!」

 

「そうかそうか。じゃあいい気分のままお帰りいただこう」

 

「姉への敬意が足りない」

 

「いやいや、足りてるって。十分あるから」

 

「そりゃあ、いつお姉ちゃんがきてもいいようにあんなに大量の食材を買い込んでるから多少は敬意があるんだろうけどさぁ……もうちょっと──」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……」

 

「……あれ、もしかして一人で食べる用? そんなに大食漢だったっけ?」

 

「も、黙秘権を行使します」

 

「んー、別にそれくらいはいいけどさあ」

 

 目線を泳がせながら震える声を出す弟に対する立花の視線には、立香にだってわかるほどにはっきりと呆れが滲んでいる。

 それ以上のことは所詮は双子でしかない立香にはわからないだろうが、アルトリアにはわかってしまう。

 けれど立香はそれを知ってなお聞くことはなく、アルトリアも特に喋ることはなく、少しだけ気まずい時間が立香と立花の間に流れ始めるのだが、それも五秒と続かなかった。

 

「熱を出した時に見舞いに来てくれる恋人はいないみたいだけど、ご飯を作りに来てくれる恋人はいるみたいだし、そろそろ私もお役御免かぁ」

 

「は? 彼女とかいないんだが?」

 

「いやいや、さすがに自炊ってレベルの食材じゃないでしょこれ。ごまかしても無駄だって」

 

「ははーん。さては楽しんでるなおめー」

 

「もちろん。女っ気のなかった弟にようやくできた女の子の影だもの。当然からかいますよ」

 

 あっ、とアルトリアが思わず呟いた。

 もちろん、霊体化しているのだから声が聞こえるはずもないのだけれど、ついつい声を出してしまった理由は、うりうりー、と姉の肘で腹を小突かれている様子の己のマスター。

 魔術回路のスイッチが入り、その肉体に流れる魔力はどう見ても身体能力を強化するもの。つまり──

 

「はーい、弟をからかうしか能のない姉は帰しちゃいましょうねー」

 

「あ、ちょっと……って、すごっ! 女の子が羽毛のように軽いからって、いつの間にこんな簡単に担げるようになったの!?」

 

 実力行使である。

 ひょいと姉を俵を抱くように持ち上げて、玄関の扉からぽいと放り出す。

 姉が尻餅をついている間に扉を閉めて一言。

 

「悪は去った」

 

「お姉さん、多分悪じゃなくて中立・善じゃないかなぁ」

 

 霊体化を解いたアルトリアも、つい思わず苦笑いしてしまうような強引な技だった。

 

 

 

 

 

 たとえ姉が去ろうと、二人が陥っている袋小路は変わらない。

 具体的にはアルトリアが購入して来たどうあがいても冷蔵庫には入りきらない食材の処理。

 生贄、あるいは生き血を用いての魔法陣の描画、魔術の道に足を踏み入れているのであれば、使い道自体は多種多様にあるのだが、かといって一回で使える量というのは大体決まっている。

 冷蔵庫に入らない分を二人で全力で魔術の材料として処理しようと思っても、腐る前に全て使い切るというのは無謀なことであった。

 

「だったら、こう、全部まとめて料理にしちゃえばいいんじゃないかな」

 

「やめなさい。前にそれでとんでも物質ができたの忘れてないからな」

 

「えー。あれはあれでなかなか面白いものになったと思うんだけどなぁ」

 

「使い魔としてはすごかったけど、料理としては落第以下だった。まず食べる工程にたどり着けないのに料理と呼んでいいのか」

 

 濁った目の魚を素体に、背びれに突き刺さった鶏肉を翼代わりとして飛び、豚肉でできた鞭を振り回す危険生物。

 アルトリアが前回料理と呼ぶことすら烏滸がましい工程の果てに生み出した謎生物の恐怖は立香の心に今も深く刻まれている。

 自らのサーヴァントを厨房に立たせてはならない。そのことをよく知った立香は、ぼんやりとアルトリアが買って来たものを仕分けする。

 

「うーん、やっぱ魚ばっかり買って来たんだな。あとチョコ」

 

「チョコは美味しいですからね! ……やっぱり、まずかったですか?」

 

「どうだろ……魚は冷蔵庫に入れて、チョコはひとまとめにしてアルトリアの魔術で温度を調節しておけば大丈夫、だと思う」

 

「任せてください! えーっと、温度の調節温度の調節。これだっけ? 温度の調節なんて普段使わないからなぁ……あ、これを使えばアイスクリームがどこでも冷たいまま食べられるかも」

 

「それはめちゃくちゃ便利。最近は暑いし、外でアイス買ってそのまま溶ける心配もなく食べられるのはいい」

 

「うんうん。後で試してみましょう」

 

「これの収納終わったらねー」

 

「はーい。魔術の訓練も忘れちゃダメですからね」

 

(アルトリア……聞こえていますか……今、あなたの頭の中に直接話しかけています)

 

「え、いや何でわざわざ念話?」

 

「アルトリアのマーリン魔術ってこういうのでは……?」

 

「ちーがーいーまーすー! 確かに習い方はそうだったけど、目の前にいるんだから普通に教えられます。マスターの魔術、私がどうやって教えたと思ってるんですか」

 

 会話の片手間にぽいぽいと冷蔵庫の中に収納する立香の手際は非常に良い。

 アルトリアに十年魔術を習っていて、彼女の弟子だった立香は魔術の後片付けだったりを手伝うことも数え切れないほどに経験済み。

 もちろん、下手なものを置いておくわけにもいかないアルトリアもある程度は片付けができるのだが、そのあたりは立香の方が手際が良かった。

 

「お、アルトリア。アイス、二つ残ってるけど一個食べる?」

 

「食べます!」

 

 わーいチョコアイスだー、などと言いながらもぐもぐ食べるアルトリアを横目に冷蔵庫に限界ギリギリまで詰め終えた後、もう片方のアイスの封を切って立香も食べ始める。

 ひんやりとした口当たりにわずかな頭痛を覚えながらぺろりと平らげてアルトリアを正面に見据えれば、それでようやくいつも通り。

 

「それじゃあ魔術の修行頑張りましょうね」

 

「目指せ、夏場の体育館での校長の長い話からの脱走」

 

「逃げちゃダメなやつなのでは……?」

 

「俺の命の方が大事だから……夏場、冷房もない体育館で校長の特にありがたくもない長い話を聞き続けるとか、いつ誰が熱中症で倒れてもおかしくないから……」

 

「幻術のお勉強は今日はお休みです」

 

「えー」

 

「温度調節ができるんだから問題ないはずですけど」

 

「それをすると汗をかかないで済んじゃうから。そうなると流石に他の人に疑われてもおかしくないし」

 

「しょうがないなぁ……後でちょっと周囲からの見え方を誤魔化す礼装を作ってあげるから、ちゃんと話は聞こう? そこで重要な話が出ても困るから、ね?」

 

「んー、アルトリアがそこまで言うなら。それで、今日は何をするんだ?」

 

「降霊と召喚あたりかなぁ。さっき、お姉さんが来る前に読んでたんだからそれにしましょう。令呪はできる限り取っておきたいから、何かあった時に私が到着できるだけの時間を稼げる何かを持っておくのはいいことだよ」

 

「はーい」

 

 起動する魔術回路。いつものように魔術の訓練が始まり、アルトリアの助手として彼女の魔術の補助をして、そんなことを繰り返すこと十年。

 才能という意味合いでは姉とどっこいどっこい、多少は立香の方が優れているかもしれないがそれでもどんぐりの背比べほどの違いしかないため、訓練自体は遅々として進まなかった。

 カルデアの礼装も存在しない中、補助してくれる何某かもないままに基礎を学んで、ようやく終わりが見えてきた、そんな時期。

 立香が最後に着手するのが、アルトリアの召喚にも通じる降霊、召喚の魔術だった。

 

「とりあえず、使い魔を一つ持っておくといいと思います。縁と霊基グラフがあるからって、魔法陣もないのに私を召喚して維持できてるのは多分そっち方面に適性があるからでしょうし。……変なもの、呼ばないでくださいね?」

 

「フラグぅ」

 

 間違っても英霊召喚の陣なんて書かないように。そう簡単に書けるようなものではないんだが。

 そんな会話をしながらも消去の陣を描くことはなく、もしもやばいものが出た場合に退去させるための陣、召喚それ自体を行うための陣を描いて魔法陣の完成。

 一体何が現れるのか。少なくとも英霊召喚の陣ではないから英霊が召喚されるはずはないが。

 

(ここで召喚しちゃってもおかしくないからなぁ……私のマスター。ああ、嫌だなぁ……ちゃんとしたの出てきてほしいけど……)

 

 魔術回路から魔力を流し、陣を起動させる立香を見ながらアルトリアは選定の杖を力強く握る。

 出てきたものが悪霊の場合、洗礼詠唱などは使えないがお祓い(物理)程度であれば魔術が扱えるから不可能ではない。

 戦闘用の魔術すらも基礎の基礎しか扱えない立香を守れるのは彼女だけなので、そういう意味でもアルトリアは己のマスターの魔術行使に常に最大限の緊張を浮かべている。

 アルトリアの召喚に比べれば小規模な光の柱に対して注意を払い、立香への攻撃が行われようとどうとでもなる位置を維持し、その中から出てくる何者かを消し去る準備すら構えて。

 

「わ……」

 

 光の柱の中から、人間のものと思しき手が出てきた。

 立香で使役までできるか、とちょっとだけアルトリアが不安になったところで。

 

「我が……おっ」

 

「陛下はおかえりください!」

 

 出てくるものを察して、ばちーん、と選定の杖で魔法陣を消去、強制帰還させるのだった。




ごめんな……陛下……君が主役のも多分書くから……


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