浦原喜一の転生生活 (わさび醤油)
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第一話:女神なんていなかった

このお話は、僕が死ぬ場面から始まる。

 

 

死ぬ場面。あるいは、殺される場面とも言い換えられる。

冒頭一行で、翌日晴れて15歳になるはずだった僕はあっさり殺されてしまうのだ。……ああいや、だからって死にきれずにゾンビとして街を徘徊する話というわけではない。

そもそも僕の生まれ育った土地は、僕の殺された土地は、高層ビルどころかスーパーマーケットすらないドのつく田舎である。

だからつまるところ、殺された僕は転生したのだった。

 

転生。

生まれ変わることである。

僕が愛読していたライトノベルではしばしば、一度死に、ゲームのような魔法や勇者という概念のあるいわゆる異世界に産まれることを異世界転生と呼んだが、今回に限ってはそうではない。

言うなれば、普通世界転生だ。

え?

自演乙?

なにを失礼な。

僕は、転生と言えば人気が出るだろうと思って適当にでっちあげた作り話をしているんじゃない。現実に起きた話をしているんだ。

……まったく、仕方ない。

疑っている読者諸兄のために、長い前置きなんかせずとっとと本文に進んでみようではないか。

 

 

☆☆☆

 

僕は死んだ。

神ではなく。

……いや、神ではないかと聞かれれば、神ではないわけでもないと答えざるを得ないが、それは置いといて、だ。

とにかく、僕は死んだ。殺されたのだ。

 

誰に?

実の父親に。

家庭環境が悪いつもりはなかった。欲しいものは結構買い与えてくれたし、そのおかげで立派なオタクに育った。僕も親の言うことはちゃんと聞いていたはずなのだが。

しかし、考えても殺されたという事実は変わらないので、これも置いておこう。実のところ、どうして殺されたのかよくわからないのだ。

さて、意識が薄れてきて、「ああ、僕はこのまま二度と目が覚めなくなるんだなあ」といやに冷静に考えていたのだが。

僕は普通に目を覚ました。

しかし僕ではなく、別の人間として。

 

ぼんやりとした視界の中で揺れる男女は、僕のことを『キイチ』と呼んだのだ。15年弱呼ばれ続けたものとは違うその名で。

完全に僕を見ながら呼ぶものだから訂正してやろうと思っても、あーだのうーだのしか言えない。それに、伸ばした手がやたら短い。

目の前にいる男女は20代から30代のようだし、これはもしかしなくとも……。

 

「いやー、乳幼児って見たことなかったっスけど、こんなにちっちゃいもんなんスね……!」

「おお、儂も感動しとる……」

 

はい確定! 僕赤子決定!!

おいおい、転生しちゃったよ僕!

こういうのは知ってる漫画とかの世界に転生するのが定石だが、どれだろう。Fairy Headか? 泣虫ぺダルか? 大穴で桜蘭高校ソフト部?

って、周りを見回すとかなり和風っぽい家だからファンタジーと洋風の世界観の作品はないか。魔法とか使ってみたかったのに……。

 

しかし、まだ学園ものが残っている!

何を隠そう、僕は学校に行ったことがないのだ。一人で家に引きこもるばかりの生活を続けていると、自然と物語の中の楽しい学園生活に憧れも出てくるというもので。

生まれ変わったら学校に行って友達と放課後何か食べながら帰るのが夢なのだった。

フハハ、待っていろ学園生活! 新しい部活を立ち上げて5人くらい馬の合う友達を集めてワイワイ楽しく日々を過ごしてやるからな!

 

「お、笑ったぞ!」

「何か面白かったんスかねえ?」




ここまででお分かりの方もいらっしゃいましょうが、「浦原喜一の転生生活」は「神と呼ばれた少年は平穏な日常を夢見るか」のリメイクとなっております。
とはいえ、設定も性格も全くと言っていいほど違うため、こちらのみでも問題なくお読みいただけます。あっちを読まないでいたほうが面白いまである。設定違うとは言っても軽いネタバレにはなると思うのでね……。


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第二話:盲点にして最大の難関

転生したとわかったときから一週間。

 

「すみません夜一サン、きーちゃんのオムツ替えてもらえます!? こっち手が離せなくて」

「了解じゃ喜助! いっちゃんのオムツじゃな」

 

僕は早くも心が折れそうです。

身体は1歳にも満たないであろう赤ん坊だが、心は15歳。思春期というものは未だよくわからずとも羞恥心はある。しかも女の人って! いや男の人でもかなりのダメージだけど。

というかなんで二人とも僕を違う名前で呼ぶんだよ。

僕の名前、喜一だったよね!?

なんだよきーちゃんいっちゃんって。二人の名前を知ったときは『子供に自分たちの名前を一文字ずつ入れるなんて、なんてラブラブカップルなんだ』と呆れたものだが、頑なに自分の名前の方で呼んでくるって逆に仲が悪いのか?

前世の両親もよくわからない人たちだったし、親というものは総じて子供にはよくわからない存在なのかもしれない。

 

ちなみに、父親は喜助さん、母親は夜一さんというらしい。喜助さんは恵まれた体躯と色素の薄い金髪を持っていて、夜一さんはモデル体型で美人だ。平凡な黒髪の僕とは大違いである。

さらに謎のでかいお兄さん(テッサイと呼ばれていた)までいる。両親はどちらも和服のようなものを着ていて、前世では着物を常に着ていた僕が言うのもなんだが、その辺を歩くとかなり浮いて見える。

その辺っていうのがまた絵に描いたような都会で、ド田舎生まれド田舎育ちの僕は喜助さんに抱えられていなかったらひっくり返っていた。東京ってすごい。

 

「ほい、これで完璧じゃ。綺麗になって良かったのう」

 

腹のあたりをポンと叩かれ、きゃははと返事をする。僕はありがとうございますと言ったつもりだが、舌が全然言うことを聞かないのだ。まあここで赤子が急に『いつもありがとうございます、でもちょっと恥ずかしいのでお手柔らかにお願いします』とか流暢に喋り出したら怖いしな。

しばらくは、泣いて空腹や排泄を知らせるのは勘弁してもらおう。

 

「う、うう、うえええ」

「つ、次はなんじゃ!? 飯か?」

「う」

 

ごめんなさい、ご飯です……。

そうやってせめてもの意思表示として据わりきらない頭を動かすと、急に夜一さんが慌てはじめた。

 

「き、喜助! いっちゃん言葉がわかるようじゃぞ!?」

「なんだって!? そりゃすごい!」

「儂が飯かと聞いたら頷いたんじゃ……」

「なんと……!!」

 

しまった! 赤子は言葉を理解して頷かないんだった!

『あれ、俺また何かやっちゃいました?』は嫌いなはずなのに、これじゃ僕も同類じゃないか……!

 

「うわ〜〜〜ん!!」

「ああすまんすまん、今から準備するからの〜」

 

秘技・泣いて誤魔化す作戦、成功!

よかった……。今度からはちゃんとよくわからないふりをしなければ。なんだか意味のない俺TUEEEEみたいな展開だが仕方ない。

赤ちゃんは何をやってもすごいと言われてしまうのだ。

しばらくはなんとか耐え切ってみせるしかなかろう。



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第三話:浦原喜助の独白

我輩の息子は吸血鬼である。名前は喜一。

……この出だしよりは、『アタシ元死神の喜助。こっちは吸血鬼で息子の喜一』のほうがよかったっスかね?

なんて、夜一さんにどうでもいいわと一蹴されそうだ。そもそも、喜一はボクと夜一サンの実の子ではない。拾い子である。

 

吸血鬼。

人の血を糧として生きる化け物。日光や流れる水に弱く、人ならざる力を持つ。また、魅了や変身能力を持つ個体もいるとされる。

ただの伝承、作り話だと多くの人々は考えているようだが、そうではないことをボクは知っている。

何百年も前に、他でもない死神が滅ぼしたのだから。

 

 

 

昔々あるところに、死神たちがおりました。いつものように現世に降りて虚を倒していたら、なにやら男が暴れているのを見つけます。

 

『何をしているんだ!』

『なぜ人の血を飲んでいるだけなのに捕らえられなければならないんだ』

『お前だって人だろう』

『何を言っている。俺は人じゃない』

 

男は自分をこう呼びました。

吸血鬼、と。

バランスを重んじる死神は、上司に相談しました。これでは世界は吸血鬼に滅ぼされてしまう、と。吸血鬼と名乗る男はあまりに強かったのです。

出された結論は、吸血鬼を殲滅するというものでした。こうして、各地に散らばっている吸血鬼を探し出し、殺し、数十年後には目標は達成されたのでした。

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

最近の子はほとんど知らないが、ボクたちの世代で聞いたことのない者はいないほど有名な実話だ。実際に、過去の資料を見ると『吸血鬼殲滅作戦』『死神40人が吸血鬼1人に挑み壊滅させられた』というような吸血鬼の存在を証明する記述がいくつもある。

ボクが死神になる前の話であるため吸血鬼という存在に遭ったことはないものの、入隊したての頃はまだ殲滅が完了したかわからないから万が一見つけたら戦わずすぐに報告しろと口酸っぱく言われたほどだ。

それが、目の前にいる。

吸血鬼とヒトを見分けるのは簡単である。目の色が血のように赤い、鋭い牙がある、日光に当たると燃える。

喜一もまた、真っ赤な目や未熟ながら鋭い牙を持っていた。吸血鬼としての能力が弱いのだろうか、日光に当たっても目に見えて燃えることはなかったようだが、明らかに人間が日焼けした程度の痛がり方ではなかった。極めつけに、鏡にぼやけて映るその姿。

吸血鬼とみて間違いないだろう。

 

ある日の夜明け前に赤子がゴミ箱から這い出たまま寝ていたのを見つけ、この家に連れ帰った。霊圧が強く独特だったためだ。さらには日の出とともにうっすら肌がチリチリ焼けているように見えたのだから保護するほかない。

育ててみたら育ててみたで、言葉も喋れない頃からこちらの言葉がわかるような素振りをしはじめた。身長などはむしろ低い方だが、同年代と比べて言語野や行動の発達が著しい。何か隠しているのか一人で考え込む様子も見受けられる。

以上のことを踏まえて夜一サンやテッサイと話し合った結果、あの子供は変身能力であの姿になったと仮定した。

乳児の姿になった理由は、恐らく油断させるため。

過去に死神が吸血鬼に苦戦したのは、言葉がわかるからだと教わった。人と吸血鬼は共存できると爽やかに言った吸血鬼が次の日周囲の人間を吸い尽くしていた事例は多数報告されている。

それ故に、吸血鬼の言うことやることはひとつも信じてはいけないというのが中堅〜ベテランの死神の常識だ。ボクたちもそれに則って動くほかないだろう。

 

喜一は騙せていると考えているのか、人間程度簡単に殺せるから慢心しているのか、吸血鬼であることを隠そうともしない。死神と人間の区別もつかないとなると吸血鬼の中でも弱い血統なのかもしれない。

一応ボクたちの名前を使って名付けたが、それで吸血鬼としての力を抑えられているかすらわからないのだ。相手のことなど何もわからない。ボクたちだけで今のうちに殺すことも考えたが対吸血鬼戦を経験していないためそれは得策ではないだろう。

今後しばらくは観察するにとどめよう。



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第四話:おさんぽ!(挿絵有)

大体こんな生活を送ってしばらく。

 

「お、今日は早いっスねきーちゃん」

「おはようじゃ、いっちゃん」

おあよう(おはよう)、おとうさん、おかあさん」

 

僕は立つことも喋ることも少しならできるようになった。

転生して半年のことである。

人間の成長って早いんだな……。いや、立ったり喋ったりという経験があるから早いだけなのか? 普通の人は三年かかることだったらどうしよう。

夜一さんも喜助さんも若干鋭い目で見ている気がするし、もっと子供っぽく振る舞わなければならないか。

 

「いつも言ってるけど、アタシのことはパパって呼んでくれていいんスよ?」

「うーん、それはちょっとやだ」

 

喜助さんがそうっスか……と肩を落とす。が、あんま知らん人をパパと呼ぶ勇気はない。元々父親のことはお父様と呼んでいたので、お父さんでも違和感バリバリなのだ。

喜助さんと対照的に、夜一さんはお母さん呼びでも名前呼びでもなんでもいいらしい。最初頑張って言葉を喋ろうとして『よぅいちぁん(夜一さん)』と言ったときも『おお、今の儂の名前か!? 喜助ー! 喜助ー! いっちゃんが喋ったぞ!』と喜ぶだけで、名前を呼ばれたことは気にしてなかったようだった。

 

そういえば、この半年で別の気づきもあった。

僕のは、転生前と転生後で見た目が変わらないタイプの転生だったらしい。黒髪なのはわかっていたが、鏡のぼんやりした像を見たら顔立ちも前世と同じようなものだった。つまらん、緑髪とかになってみたかったのに。

そして、特殊能力系の世界観ではないことも気づいたことの一つだ。

外出ても戦う描写はないし、喜助さんも夜一さんも胡散臭い格好ってだけで特に能力を使う感じではなかった。戦いが身近にある世界よりは青春満喫〜みたいなものに憧れがあるのでありがたい。……ありがたい?

 

「じゃあ今日は久々に散歩に行くか!」

「うん!」

「ちゃんと帽子被るんスよ〜」

 

ご飯を食べ終わったまったり時間、夜一さんがすっくと立ち上がってそう言った。

散歩は好きだ。あのクソ田舎と違って、建物がたくさんあるこの街は目新しいの連続なのだ。

ドアを開けかけたとき、喜助さんに大きい麦わら帽子を渡された。危ない危ない。日差しは幼児の天敵とはよく言ったもので、なんの防具も身につけず散歩に行ったときえらい目に遭って以来ちゃんと帽子をすることを心に誓ったのだった。

 

「行ってらっしゃいませ」

「い、いってきます。てっさ……おにいちゃん?」

「テッサイでよろしいですぞ、喜一殿」

「……わかりました。いってきます、テッサイさん」

 

デカい上に属性盛りすぎのテッサイさんに少し苦手意識はあるが、唯一僕の今の名前をちゃんと呼んでくれる貴重な存在である。だからサービスだ! と思ってお兄ちゃんと呼んでみたが、表情は一ミリも変わらなかった。僕の心は折れた。

 

 

「いっちゃん、楽しいか〜?」

「うん! きょうはあっちいきたい」

 

夜一さんの腕の中で指差す方向はデパート。夜一さん曰くここいらではそんな大きくない部類らしいが、大きくて二階建ての建物しか見たことのない僕には地下があるだけでお城だ。

現在、昨日はコンビニ、一昨日は公園と、本で読んだことはあるが実物は知らない場所を毎日の散歩で聖地巡礼のごとく巡っている。既に、アイス売り場の近くは寒いとか、他の人のショッピングカートとすれ違うのは難しいとか、やはり本では補えない知識はたくさんあることを知った。

面白い、面白すぎるぞこの世界。

 

「うーん、疲れてきたのう。なんか食べて帰るか」

「かいぐい?」

「そうじゃ。買ってすぐ外で食べるアイスは格別じゃからの」

「……おとうさんにおこられない? おなかいっぱいになるなって」

「あー……。ま、まあ黙っとればバレんじゃろう」

 

夜一さんはこほんと一つ咳払いをして、結局棒アイスを2本買った。あーあ、また喜助さんに勝手におやつ与えないでくださいって怒られてしまう。

なんて、そんな考えもひんやり美味しいアイスの前では一瞬で崩れ去る。頭の中はもう美味しいしかない。この口の幸せ感で、暑い帰りの道のりも乗り越えられるというものだ。……帰りも夜一さんに抱えられることになるけど。

 

こうして、僕の日課である散歩は今日も無事に終わるのだった。

あー、早く学校始まらないかな!




お出かけのときの喜一はこーんな感じ
【挿絵表示】


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第五話:俺ら本屋さ行ぐだ

それからさらに2年後。実に、転生からほぼ3年の月日が流れていた。

 

「僕、一人で散歩したいんだ。そろそろいいでしょ?」

「そうじゃのう……。どう思う? 喜助」

「アタシはいいと思いますけどねェ。きーちゃんは同じくらいの歳の子の何倍も賢いですし」

 

ね、ね! と、前世では全く使わなかった『かわいくおねだり』をフル活用してまで一人で散歩に行きたい理由。

そろそろ、本が読みたいのだ。

前の世界にはなかった本があるはずだし、そもそも前世で僕は読みたい本を選ぶということがなかったのだ。知らない好みの本もたくさんあるに違いない。さらに、もしかしたら今まで読んでいた本の続刊が出ているかもしれないというのに、ここで足踏みしている場合ではないだろう。

本はお金がないと買えない、つまりお金を持っていない僕には本は買えないというのはわかっているが、本屋には立ち読みという素晴らしい概念がある。もし買えても持って帰ったらバレちゃうしね。

そこで、立ち読みでこっそりしこたま読んでやろうという魂胆なのだった。

 

「……ふん、まあよかろう。どこに行くか、いつ帰るかだけは報告しろよ」

「やった! ありがとうお母さん」

 

二人とも僕に甘くてよかったー!

よし、許可も取ったし早速本屋に行くしかあるまい。待ってろ本! 今行くからな!!

 

 

幸い正しい方向感覚を持って生まれたらしい。あれからすぐ家を出た僕は迷うことなく本屋に着いた。

道中で黒猫とも出会ったが、本屋に入る前にはどこかへと消えてしまったようだ。人懐っこくて僕の後を大人しくついてきてたのに……。

まあいい。目的地にはもう到着しているのだ。あとはこの建物に入り、本をひたすら漁るだけである。

 

「おじゃましまーす……」

「あれ? ぼく一人? お母さんとはぐれちゃったのかなー?」

「えっ」

「お名前は? アナウンスしてあげるね。寂しいけどもう少し頑張ろうね!」

「いや、僕は一人で来て」

「え、一人で!?」

 

どうしよう。よくわからないけどエプロンしてる人に声をかけられてしまった。何かまずいことでもしたのかな。

何から喋ればいいのかわからなくなり黙っていると、黒猫が颯爽と現れた。ここに来る途中で出会った猫だろう。

 

「ちょっと、猫は入店禁止だよ〜……」

「なぁん」

「待って待って、そっちには行かないで〜!」

 

エプロンの人は猫を追いかけてそのまま店の中に戻ってしまった。もしかしてあの猫は僕を助けてくれたのか? そうだとしたら、周りが猫に気を取られている間に僕はここを去るべきだろう。

あの人の言いようからすると、本屋というのは親と一緒に行かなければならないらしい。理由は多分、僕がまだ小さいから。ならばお母さんと一緒に行ってさりげなく表紙を見て帰るしかないということか。

 

……仕方ない。今回は本屋までたどり着けたことを収穫としてとっとと帰ってしまおう。

あーあ、本読みたかったな………。

 

「オマエ……」

 

今、誰か僕に話しかけたか? そう思って周りを見渡しても、それっぽい人は見つからない。しかし声は同じように『オマエ、オマ、オマエェ……』と幻聴ではないことを証明するかのように何度も僕を呼ぶ。

そういえば帽子で日除けになっているとはいえ周りが暗いな、と空を見上げた瞬間。

 

「ヤット見タナァ……?」

「え」

 

仮面をつけた黒い『もの』が、僕に向かってその手を振りかざした。

お腹が熱い。怪我もここまで来ると痛いとかそんな感覚がなくなるのか。知らなかった。……いや、完全に知らなかったわけじゃない。前世で僕は父親にこうして殺されているんだ。あのときはもっと酷くて訳がわからないまま意識を失ったから、よくは覚えてないけど。

ああ、まだ意識が残ってる。早く気を失いたいのに。

襲い来る衝撃に閉じていた目を開けると、視界はひっくり返っていた。

そして、目の前には人。

正確に言うと、下駄だ。よく見知ったそれは今世の父親、浦原喜助のもの。

喜助さんがどうしてここに?

 

「大丈夫、これは夢なんスから。ほら早く帰るっスよ」

「ゅ、……」

 

夢? こんな状態で大丈夫ってそっちが大丈夫かよ。さっきのが襲うかもしれない、逃げた方が。

いろんなことを言ってやりたいが、口が上手く動かない。今になって瞼も重くなってきて、僕はやっと気を失えるらしい。

今度はさすがに、転生は難しいよね。あれはまぐれで奇跡で偶然だったんだから。

 

喜助さんの言う通り、夢だったら、いいん、だけど、な。もっと遊びたい、し、学校にも、行ってない、か、ら……。

 

 

「夜一サン、帰りますよ」

「……了解じゃ」




主人公が死んじゃった! このロクデナシ! 〜完〜
嘘です、まだ続きます。


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第六話:ハッ夢か!

「のう喜助。どうしてあのとき何もしなかったんじゃ?」

「あはは、竹を割ったようなあなたにしては漠然とした物言いっスね」

「はぐらかすな。どさくさに紛れてとどめを刺すこともできたじゃろうに、なぜしなかったと聞いとるんじゃ」

「殺すのだってリスクがありますしねえ。害のない化け物をつついて起こすような真似はしたくないんスよ」

 

虚にやられてくれたらラッキーだったんスけどね。

そう言って喜助は苦笑いをした。その表情はまるで『自分からは殺したくない』と言っているかのようで。

 

「まさか、情が湧いたのか?」

「……どうでしょうね、わかんないっス」

 

 

 

「ハッなんか今まっぷたつにならなかった!?」

「怖い夢でも見たんスかあ?」

「え!? どこからが夢? 本屋に行ったのは……!?」

「……よくわからんが、いっちゃんは本屋に行きたいのか?」

「そ、そこからか〜〜〜〜!!!」

 

喜一は頭を抱えてもう一度布団に潜りこむ。昨日起きたことを夢だと思えるなんて、そんなことあるのか?

 

昨日、たしかに浦原喜一は虚に腹から真っ二つにされた。普通の人間ならそのまま死ぬところだが、喜一は残された上半身から下半身を生やすことによって五体満足どころか傷一つすら残さずに綺麗に復活したのだ。そしてさっきまで丸一日ほど寝て、ついさっきようやく起きたという状況である。

ちなみに古い方の下半身はというと、別にそこから上半身が生えてくるというわけではないらしい。灰が吹き飛ぶようにあっさり消え去り、痕跡すらなかった。プラナリアのように切ったら切っただけ増えると言われても困るが……。

 

問題は、あのタイミングで追い討ちをかけていれば存在するだけでバランスを乱す吸血鬼を1匹葬れるはずだったのに、それを喜助が拒んだことだ。

奴の考えがどうかはわからないが、どうなろうと一応儂はそれに付き合うつもりである。奴がそうしたいのなら、喜助の茶番に付き合ってやるとするか。

……儂もこの子への情を捨てきれないのかもしれない。これでは喜助のことをとやかく言えないではないか。

それにしても、浦原喜一はどういうつもりなのだろう。読み書きにおいては成人もかくやというレベルだが、精神年齢はそれほどでもない。それでも肉体年齢に比べれば上なのだが。

 

「もしかしたらボクは、あの子がただの人間であるほんの一握りの可能性を信じたいのかもしれません」

「ま、それもついさっき絶たれたがな。真っ二つになった身体がなんの処置もなく元通りになる人間などおらん」

「あはは……それを言われると厳しいっスけどねぇ。でも見間違いだったとか、それこそ夢を見ていたのかも」

「まったく……」

 

話しながらふと喜一に目を向けると、ちょうどうごうごと尺取り虫のように身を捩っていた。何をしているんだ。

 

「あー謎に身体だるい、怖い夢見たからかな……新聞届かねー、あとちょっと……あ、届いた」

「今腕伸びなかったか?」

「……これも夢ですよきっと」

 

 

 

その後食事をとった我々は、各々好きなことをしていた。

とは言っても、儂と喜助は喜一の一挙手一投足に注意を向けながらではあるが、これはいつものことなのでわざわざ書くまでもないだろう。

そしてその喜一はというと、今までにないほどだらだらしていた。

 

「そろそろ好きなアニメがある時間じゃないっスか?」

「そうだった! みるー……」

「なんじゃ元気ないのう。大丈夫か?」

「うーん……。お腹すいたっていうか喉乾いたっていうかー。でも動くのはめんどくさいっていうかー……」

「こりゃ末期じゃの」

「はいはい優しいパパが取ってきてあげますよぉ〜」

「やったーぱぱだいすきー」

「棒読みじゃないっスか!」

 

喜一の視界から自身が消えたのを確認してから、喜助の耳に近寄りできるだけ声を潜めて話しかける。それは息子の怠惰さへの苦言ではなく、先の発言で気になるところの確認だ。

 

「おい喜助、さっき飯食ったよな」

「はい。ボクの記憶が正しければ」

「いっちゃんは食いしん坊将軍でも痴呆のじじいでもないよな」

「どちらかというとそれは夜一サンっスよね」

「は?」

「すみません」

「……それでも腹が減り喉が渇く。つまり、」

「そういうこと、でしょうね」

「どうするんじゃ。少なくとも儂らの前では人に襲いかかるような真似はしとらんが、これからもせんとは言えんじゃろう」

「それについてはいい考えがあります」

「いい考え、じゃと?」

 

深刻な表情から一転、喜助の目は爛々と輝き始めた。

 

「ハイ! 試しに義骸の血を与えてみようかと思ってるんスよ。それでバレなければボクたちで吸血鬼を飼えるし、バレてもあの知能レベルなら誤魔化すことは容易い」

「義骸の? そんなに簡単にいくもんかのう……」

「ま、ダメだったときに備えてニンニクと十字架、銀製品を用意しておけば大丈夫でしょ」

「一人での外出といい今の案といい、どうしてそう楽観的なんじゃ……。いつものお主ならもっと慎重に進めとったはずじゃろうに」

「さっきの夜一サンの問いかけで、ボク気づいたんです」

「喜助?」

 

いつになく真面目な顔。さっきまでの嬉しそうな姿が夢だったかのように落ち着いたトーンで語り出した。もしや本当に情が湧いて、喜一への警戒を解こうと……? とことんまで付き合うつもりではいたが、そんなことを言われたら正気に戻ってもらうためにも腹に数発決めなければならなくなる。

こちらも緊張の面持ちで続く言葉を待った。

 

「多分ボク、初めて直接見る種族のイキモノに興奮してるって」

「……は?」

「いやあ、吸血鬼っていうのは本当に日光に弱くて目が赤くて回復力が凄まじいんスね!? 昨日あの子が虚に真っ二つにされたのを見たときは震えが止まりませんでしたよ!」

「おい喜助」

「どこにその回復力の秘密があるのか。血か? 肉か? それともそういった物理的なものとはかけ離れた不思議な力? それに、いつも頭の方から戻るのか大きい方から戻るのかも気になります。義骸の血は成分的には人間の血と同じだが吸血鬼にとって同じなのかも知りたい、ああ知識欲が止まらない!」

「嘘じゃろ!? さっきまでの哀愁漂う場面はなんじゃったんじゃ!」

「そのときは気づかなかったんスよぉ!」

 

信じられない、こいつにも我が子を思う気持ちのようなものが芽生えたのかと思っていたのに。それが知的好奇心って。情の方がまだマシだったかもしれない。

長年付き合ってきて大概のことはわかるつもりだったが、天才の思考回路までは理解できなかったようだ。

 

「ん? となると……まさかお主、できる限り殺したくないみたいな雰囲気出しとったのは」

「いやいや2割くらいはちゃんと監視目的でしたよ?」

「8割は知的好奇心じゃったんかい!」



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第七話:人工的な味の血 #とは

「今日寝言言ってたっスよ、よくわかんなかったけど」

 

身体が半分こされるというめちゃめちゃ怖い夢を見た日から数日。今日も今日とてほとんど昼みたいな時間に起きて部屋に行くと、喜助さんがそう言った。

うん、心当たりがなくもない。この世界に転生してから頻繁に見る()()()の夢を、昨夜もまた見ていたのだ。

 

「あー、父親に殺される夢見ちゃって」

「なんちゅー殺伐とした夢見てるんスか……。というか、アタシが?」

「ううん、違う人。夢では親は変な新興宗教の教祖みたいな人で、僕はその宗教の巫女さん的立ち位置」

 

 

 

神社の中で、父親が何かに怯えながら言う。

 

「君は本来、いてはいけない存在だったんだ。なのに僕は」

「あの、なんのお話でしょうかお父様。それに外がなんだか騒がしいようですが……」

「……気にしなくていい。せめて安らかに眠ってくれ」

 

穏やかに笑ったと思ったら、首あたりに激痛。外で何が起こっているのかわからないまま、父親の話が理解できないまま、それでも一つ、僕は実の父親に殺されたことだけを知った。

 

 

 

「壮絶な夢っスねえ……」

「うーん、よく見るから慣れちゃったや」

「あらら……。あ、じゃあそんなアナタにオススメなのはコチラ! これを飲めばお腹もいっぱい夢もいっぱい、今なら2本で1980円っスよ!」

 

喜助さんがどこからともなく箱を取り出し、流暢に語り始める。それはさながらジャ○ネットたかたのあの人のようで、しかしその何十倍も怪しかった。

いつの間にか隣にいた夜一さんも眉根を顰めて疑わしそうにそれを見ている。

 

「うさんくさっ! その格好でさらにうさんくさっ!」

「効果が具体的でないところがいかにもって感じじゃな」

「ささ、これを。ぐいっと行っちゃってください!」

 

差し出されたのは小さめサイズのコップに入った血、のようなもの。前世でも飲んではいたけど、普通の人は血なんか飲まないんじゃなかったっけ……?

 

「どうっスか?」

「うーん、美味しいけど……なんか人工的な味?」

「ほっほう、人工的……と。では、今まで人工的でない──つまり天然らしい味のそれを飲んだことがおありで?」

「えっと、」

 

前世では月一行事のように飲んで、って危ない! 誘導尋問よろしくスルッと前世について答えそうだった。

前世で血を飲んでたとかいう中学生も飛んで逃げ出す恥ずかし発言を親にするなんて、いつまでネタにされるかわからない。

発言は慎重に、これ生活の基本。

 

「夢で飲んだような……気がする?」

「夢でっスかあ。たまにありますもんねご飯とか食べる夢」

「それは起きたら腹一杯になってたりせんのか?」

 

見事にはぐらかし、全く違う話にシフトする。

これでこれから変な寝言を言っていても、「夢ならしょうがないな」となるはず。なんて完璧な作戦。

しかし、あの夢は心臓に悪いから早々になんとかしたい。怖い夢を見ない方法のようなものがないだろうか。当面の目標は本屋に行くことと悪夢を見ないことになりそうだ。



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第八話:びじんのおねーさん

喜一が夢を見たという。

(自分ではない別の父親が出てきた時点で、か細く残っていた『喜一は生まれてすぐ捨てられ、直後我々が拾った』という説はさっぱり忘れていいものになった。)

多分あの夢は幼少期の出来事そのままの夢ではないか。父親に首を落とされるも死にきれずに何百年と生き続けた、というように。

そう思い、喜一が不機嫌そうに起きたとき「怖い夢見ちゃいました?」と聞くようにした。少しでも情報を集めるために。吸血鬼を恐れるのはそれの生態がわからないから。確実な殺し方さえわかってしまえば恐れることはないのである。

喜一が語った夢たちの概要はこうだ。

 

①神社の生まれで、父親に殺される

②ゾンビで溢れる学校で逃げ切ろうとするも噛まれる

③強盗と格闘するが本気を出せず負けそうになる

④坂で走っていたら止まらなくなる

⑤階段が途中からなくなり、決死の覚悟で跳ぶ

 

「絶対ほとんどがただの夢じゃろうな」

「どれも妙に設定が凝っててそうとも言いづらいんスよね」

「最悪なのは全部ただの夢でしたオチじゃが……」

「それもあり得ますねえ……」

 

しかし、この少ない手がかりを逃す手もない。

一番まだそれらしい①を深掘りしていくことにした。何も情報がないが、本人にそれとなく聞いたり信仰宗教があったところを調べたりはできるだろう。

ねえ、アナタは何者なんですか。

口に出すわけにはいかない言葉を、今まで何度も問いかけようとした言葉を、心の中で呟いた。

 

 

 

さて、ときは変わっておよそ1週間後の深夜。浦原商店から大して離れていない木の生い茂る山で──ボクは、吸血鬼に遭遇した。

 

「どちら様でしょうか」

 

見た目は背の高い女性。長く美しい黒髪をもち、この現代日本には珍しく着物を見事に着こなしている。顔立ちは人形のように整っており、真っ暗闇のなかでただ一つ宝石のように輝く赤色の瞳からは何も読め取れない。

背筋が凍る霊圧を放つ一方で、発せられた声は心地よい低さだ。

 

殺気は感じない。思わぬところで出遭ったとはいえ、今は家で寝ているだろうあの子供について聞くいい機会じゃないか?

 

「いやぁ、怪しい者ではありません。アタシは画家でね、夜こそ素晴らしい絵が描けるんじゃなかろうかと被写体探しをしてたんスよ」

「そうでしたか。絵で生計を立てるのは大変だと聞きました」

「えぇえぇ! うちにも一人やんちゃ盛りの息子がおりまして、養うのでやっとっス」

 

自分のことではあるがよく舌が回るなと思いながら話していたら、子供の話題をした瞬間に目の前の女性が少し動揺した。

 

「……家族はすぐに離れ離れになってしまうものですから。どうか大切にしてあげてください」

 

そう話す彼女の伏せられた目には、涙が浮かんでいるように見えた。

吸血鬼はバランスを大きく変えてしまう危険な存在ではあるが、彼らにも人間と同じように家族がおり、人間の言葉を解し、生活している。

曲がりなりにもバランサーである死神として、吸血鬼が存在するだけで生まれる害に目を瞑ることはできない。それでも、もっと何か共存できる方法があったのではないか。

今更こんなことを考えたって、すでに吸血鬼はほとんど絶滅しているから仕方のないことではあるが。それに、自分が当時指揮を取る立場でも殲滅という方法を取っていただろう。滅却師が魂のサイクルを止めてしまう存在ならば、吸血鬼は魂のサイクルを非常に早めてしまう存在と言えるのだ。

……基本的にバランサーとしての立場を重んじているつもりだったが、いつの間にか情の存在が無視できなくなっている。情と論理が殴り合っているみたいだ。

最優先事項を思い出せ。

『吸血鬼の生態を隅々まで探る』……ヨシ!

 

「……あれ」

 

ボクとしたことが、会話していたにもかかわらず黙って考え事をしてしまっていたらしい。周りも見えていなかったようで、例の女性は忽然と姿を消していた。

またとないチャンスだったのに勿体ないことをした。まあ、ここを根城にしているなら何度か通えばまたばったり遭遇することもあるはず。今日は吸血鬼の生き残りは他にもいたという情報が得られたのでよしとしよう。




「浦原さんとかの大人の視点と主人公の視点、どっちがおもろいとかあります?」みたいな投票式のアンケしたかったのにやり方わからんくて詰みました。わかったらやると思います。そのときはよろしくな!


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第九話:図書館という選択肢

それは、僕が朝食のホットケーキと牛乳で優勝していたときのことだった。

 

「いっちゃん、本を読むんじゃったら図書館に行った方がよくないか? アニメの本もあるじゃろうに」

 

浦原喜一に電撃が走る!

図書館。名前は知っているのだ。伊達に15+5年生きてない。……人より経験が少ないのは自覚しているが。

それなのになぜ図書館に行くという選択肢を思いつかなかったのかと言われると、単純に「図書館ってやたら難しい本しかないと思ってた」と言わざるを得ない。え、漫画とかあるの? 初耳なんだけど。

ちなみに夜一さんの言う「アニメの本」とは漫画のことだ。何度訂正しても直らないし本人も「年寄りじゃからしょうがないんじゃ」と言っていたから諦めた。

 

 

ということで場所は変わって図書館である。

予想より全然近かった。5歳児の足でも散歩レベルで着けるなんて、これはもう毎日来いと言われてるようなもんだろう。

そして中に入るとびっくりするくらい本ばっかり。僕二人分以上あるかもしれない本棚がそこらじゅうにそびえ立っている。そこには想像していたような辞書、図鑑、難しい学術書もあれば、かわいい女の子が表紙のライトノベル、果てには絵本まであった。

 

「お気に召したようじゃな」

「いや、いや、これ……すごくない? すごい……。めっちゃ本あるんだけど」

「普段5歳児とは思えない語彙力なのに急に言葉を忘れましたね」

 

夜一さんと喜助さんの二人は、僕に一人で行かせると何時に帰るかわからないとのことで着いてきた。過保護だと思ったが正直何時に帰るかわからないのは僕もだったので大人しく従うことにしている。

 

 

さて、それはもうたくさん本を読んだしなんなら一人で借りられるギリギリまで借りたのだが、図書館での10時間は本を読む以外していないので割愛である。

唯一特筆すべきところは、昔読んでいたラノベの大半が最終巻まで出ていたところだろうか。最終巻まで一気読みするの最高だった。それに好みの本もたくさんあり、人生がまた一つ豊かになってしまった。どうしようこれ、マジで毎日通うことになるぞ。

 

そして、三人で浦原商店への帰路に着いたのだが。

 

「カンナギ!」

御命(ミコト)様……?」

 

もう呼ばれなくなったはずの名前を呼ばれて振り返ると、もう会えなくなったはずのひとがいた。美しい黒髪に、目を引く鮮やかな赤い瞳。すっと伸びた背筋。会うときはいつも綺麗に着付けられていた着物は今は少しはだけているが、その気品と美貌は全く失われていない。

その姿はどこからどう見ても、前世僕たちが崇め奉ってきた『神様』だった。



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第十話:混乱

覚えているだろうか、僕が前世よくわからん宗教の神に仕える巫女的な存在だったことを。

そう。目の前の女性、御命(ミコト)様というのが正しく僕が仕えていた神なのだ。……と、そう言って村の人たちは熱心に信仰していたが、僕にとっては優しい家族の一員だ。もちろん家族だからって神と呼ばれ崇められているのは変わらないので言葉遣いには気をつけるし振る舞いもちゃんとしていたが。

 

「アナタはこの前の、」

「私の愛し子に近寄らないで!!」

「ぐ……っ! なんじゃこの霊圧、吸血鬼か!?」

「そ、うっスよ。はは、こりゃまずいな」

「へ、いやいやいや待って待って何これ!? なんで御命様がここに? レイアツ、吸血鬼? どういうこと!?」

「自分の正体にも気づいてなかったんスね……。どおりでホイホイ外に出たり他人に言われることされること全て信じたり、無頓着なわけだ」

「うるさい! その子を離しなさい!! その子は私の愛し子なの。カンナギは今の私の全て。ああ、やっと見つけた。人間に捕らえられていたなんて可哀想に」

「正体? 捕らえられたってなんの話!? なんかおかしいの僕!」

 

御命様も喜助さんも、全然話を聞いてくれない。状況把握もままならないまま話を進めていくのみだ。

なぜ前世での知り合いがこの世界にいるのかもわからないが、それよりも僕が気になるのは『正体』とか『吸血鬼』とかおよそ日常生活で使わない単語の方だった。

 

「いっちゃん、やめておいた方がよい。奴さんは話を聞く気なんてなさそうじゃし、儂らも話す余裕なんてない」

「ハア〜〜〜!? 多分話の主役は僕でしょこれ! なんで僕抜きで話してるの!?」

「夜一サンはきーちゃん持って逃げてください。今は落ち着いてもらうのが先っス」

「言われなくとも」

「逃げないよ!」

「逃しません!」

「だから逃げないって!! って、やっば、」

「いっちゃん!」

「カンナギ!?」

 

首根っこを掴まれて無理やり連れていかれようとしているのをなんとかしようと暴れていると、思わぬ方向に身体が放り出された。しかもそちらにはなにやら爪を構えた御命様が飛び込んでくるのが見えて。

 

「な、にこれ」

 

申し訳程度に顔の前にやった左腕があっけなく身体から離れていく。しかし、瞬きした次のときには離れたはずのそれが今までと同じように付いていた。

いくら常識に欠ける僕であれど、流石にこの現象がおかしいことはわかる。こんな大きな怪我が一瞬で治るわけがない。

 

今、僕の身体に何が起きているか、周りがどうなってるのか。理解できないことが多すぎて僕の脳は拒否反応を示し──

 

「きーちゃん!?」

「カンナギ!?」

 

僕は意識を失った。



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第十一話:思い込みってこわい

「ふわーよく寝た! なんか昨日は異能バトルの末僕の身体が人間のそれじゃない感じだったことに気づきそうになった気もするけど全部気のせいだよねー!」

「なわきゃなかろう」

「現実を見たほうがいいっスよ」

「気のせいではないわ」

「なんでみんな揃って僕を攻撃するの!?」

 

目の前にいる御命様を見ないふりしたらバチが当たった。ひどい。

しかし、みんな落ち着いてお茶を啜っているが……僕が寝ている間に仲良くなったのか?

 

「さて、きーちゃん……カンナギさん? が起きたところで話し合いしましょっか」

「……そうですね」

「ちょっっっと待って! 先に、本当はもっと多いけど……とりあえず一つ、質問していい?」

「よいぞ。そこの……御命といったか? 御命もよいじゃろう?」

「ええ」

「あの……なんで前世での知り合いというか家族というか、とにかく前世の人間がここにいるの? 神様だから……?」

「……はい?」

「うーんと、僕は一度死んで今世に浦原喜一として生まれ変わったわけじゃない? なのになんで御命様がここにいるのかがわかんなくて」

 

沈黙。恥を忍んで厨二全開にも聞こえる質問をしたっていうのに……。みんな『何言ってんだコイツ』みたいな顔でこちらを見てきて非常に気まずい。

これぞ本当の『あれ、俺何かやっちゃいました?』ってか! 言ってる場合か。

 

「今世……前世? 生まれ変わ……?」

「……何を言っとるんじゃお主は」

「え、え!? なんで? お母さんがわかってくれないのはわかるけど、なんで御命様にわかってもらえないんだ? 触れちゃいけないことだったの?」

「私にはわからないわ……。ごめんなさい」

「あ、謝らないでください! え、でも本当に一度死んで産まれ直したんだけどな……?」

「あー、なるほど! ハイハイようやく見えてきましたよ」

「なんじゃ喜助、急にデカい声出しおって」

「お父さん、わかってくれたの!?」

「ええ、九割ほど!」

 

喜助さんが扇子をバタンと音を立てて閉じる。それは大抵の場合、区切りをつけたいときだったり頭の整理がついたときだったりの合図だ。

ついに僕の言葉を理解してくれる人が現れた! 現れたっていっても目の前にずっといたわけだけど、心象的には知ってる人たちが急に外国人になったような感じだったから、救世主が今この瞬間現れたのとほとんど同じ気持ちである。

 

「では御命様サン、ご自分ときーちゃんの正体をズバッと言っちゃってください!」

「……私は純血の吸血鬼で、貴方はその末裔よ。正確には、人と鬼のあいの子だけれど」

「えっと……そう、なんだ」

「なーんかアッサリっスねえ」

「どういう反応していいかわかんないんだよ……」

 

僕が吸血鬼……いや、ヴァンパイアハーフってやつなんだっけ? だとすると、やはりこの世界はSF(少し不思議)世界だったということなのだろうか。生まれ変わり自体が存在する点でファンタジーな世界なんじゃないかとは思っていたけど、これで確定したらしい。

今思うとたしかに、昔から他の子供より日光が苦手だったし、傷が治りやすいほうだった……のかな? 自分以外の子供を知らないからピンとこないけど……。

……昔から?

 

「ん、んん? 結局なんで前世の知り合いがここにっていうのはまだ解決してない、よね? それは僕の血筋というか正体というか、その辺とは関係ないし」

「ハア、まーだきーちゃんは勘違いしたままなんスねぇ」

「え?」

「アナタのお父様はアナタをどうやって殺したんです?」

「こう……首を、刀でえいって」

「あのねえ。上半身と下半身が分断されたり腕が切り落とされたりしてもたちまち回復するアナタが、不死身と呼ばれる吸血鬼の末裔のアナタが、首チョンパされた程度で死ぬと思います?」

 

やれやれ、といった表情で洋画っぽく肩をすくめる喜助さんはめちゃくちゃムカつくけど、それを抑えて頭をフル回転させる。

あのときお父様にされたことは、人間であれば即死間違いなしの純粋な殺害だ。だけど僕は昔から──前世から日光が苦手で、僕の先祖にあたる御命様は吸血鬼。つまり、人間じゃない。

 

「……もしかして僕、死んでないの?」

「やーっと気づきましたか。いやぁ、みんなわかってたのに当事者だけわかんないんスもん。そりゃ前世とか言っても伝わりませんよォ。人生2回目なのに全然察しよくないっスねー」

「う、うるさいな。まだ15+5年しか生きてないんだからわかんないよ! って、そもそも人生2回目じゃなかったんじゃん!」

 

すぐ言ってくれれば……いや、どう言われてもわからなかったかもしれないな。

人と会話する機会が他の人と比べて極端に少ない自覚はある。本の中でしか知らないことのほうが体験したことよりもたくさんあって、歳だけとってもわからないことだらけなのだ。

20歳の普通の人の知識や経験と、幼少期を二回繰り返して20年生きただけの僕の知識や経験では質も種類も全然違うってことだろう。

 

「あれ? なんで僕、赤ちゃんの姿になってたんだ?」

「それは、力を失ってしまったからね。私たちの中には、大きな怪我を負うと現在の肉体を保てずに幼児のようになってしまうものもいるから」

「省エネモードってことなんでしょうね」

「そんな現代社会に即した感じの特性が……!?」



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第十二話:結局そのまま日常は続く

「む。そういえば、どうしていっちゃんは直接言われるまで気付けないくらい死んだと思い込んでたんじゃ? 人間というやつはそんなもんなのかのう」

 

衝撃の事実を知らされて数時間。御命様も交えておやつを食べて落ち着いたころに夜一さんが口を開いた。

 

「ああそれは……とその前に夜一サン。きーちゃんのよく読む本って読んだことあります?」

「え゛」

「ないのう」

「その実に7割が、俗に言う『転生モノ』なんです」

「てんせいもの……?」

「そんなに読んでない!! 5わ……6割くらいだよ!」

「大して変わっとらんぞ」

 

自分で言ってて思ったけど!

しかしなんでこの男は僕のよく読む本を知ってるんだ、図書館で読むだけだからそのときその場にいなければ家に帰ったらわからないはずなのに。

……まさかひっそり隠れて見ていたのだろうか。喜助さんならありえる。家でもよく『これきーちゃんの好きなアニメでしょ?』ってあの人の前で見たことないものを指して言われたことあるし。

 

「転生モノというのは、基本的に平凡な主人公が事故か何かで死んでしまい、気づくと異世界にいるというところから始まる作品の総称っス。生まれ変わった先の世界が知っているものか知らないものかなどは、作品によってまちまちですけどね」

「……なるほど、そういう作品をよく読んでいたから状況把握が早かったということか。それが正解かどうかは置いておいて」

「そーゆーコトっス! ね、きーちゃん」

「ぐぅ……なんだか自分の書いた黒歴史ノートを見られたような感覚」

「昔からそういう本好きだったわよね。変わってなくて嬉しいわ」

「やめて、やめて!! 特別好きなんじゃなくて供給が多かっただけなんだって!」

 

 

 

さて、またしばらくして。御命様と喜助さんがなにやら話をしているので、僕はテッサイさんとお茶を飲んでいた。

 

「テッサイさん」

「はい」

「お父さんとお母さんがお父さんとお母さんじゃなかったじゃん」

「はい」

「自分の子供でもなければ、そもそも2人は結婚してすらなかったじゃん」

「はい」

「だからそうやって呼ぶの、向こうは嫌なんじゃないかなあと思うんだけど」

「そうとは限りませんぞ」

「えー、嬉しかったりする?」

「そうとも限りません」

「どっちなんだよーう」

 

軽く手の甲でなんでやねんしても、テッサイさんの大きな身体はびくともしない。

鍛えたらこうなるのだろうか。家随一の常識人だし実は密かな憧れだけど、たまに真顔でボケるお茶目さんだからわかりづらいこともあるのが少し困る。

 

「どちらとも。直接聞いてみてはいかがですかな?」

「だよねー……」

「なんじゃ、そんなこと気にしとったのか」

「おわっ!? ……そっちが気にしなさすぎなんだよ。僕が初めて名前呼んだときも、下の名前呼ばれたのに『おーなんか喋った』って感じだったし」

「あったのうそんなことも。あのときは儂も一応驚いとったんじゃぞ、あの程度の子が喋るなんてありえんからの」

「えっそうなの!?」

「喜一殿は立ち上がるのも歩くのもかなり早かったですぞ」

「それで『こやつ普通の赤ん坊ではないな』と確信したくらいじゃ」

「そうだったのか……。恥を忍んで赤ちゃんのフリしてたのに」

「あれでか」

「あれでですか」

「2人とも酷いよ!!」

 

結局、2人とも気にしないだろうから好きに呼べという結論になった。解決してなくない?

うーん。じゃあ2人のことは名前で呼ぶことにするか。

てっきり転生してこの世界にはもう前のお父様とお母様はいないものだと思っていたけど、実際はまだあの村にいるのだ。

あの人たちこそ僕の両親。……なんて、別に他人を父や母と呼んだって本当の親の存在がなかったことになりはしないから、単なる僕の気持ちの問題である。

殺されかけはしたものの、お父様とお母様を嫌いになったわけじゃない。なんか謝ってたしきっと事情があったんだろうから。

 

 

 

 

「隠しごととは感心しませんねぇ」

「なんのこと?」

「まだ言ってないこと、いくつかあるんでしょう? 例えば()()()()()()()()()()()()()()()、とか」

「……頭がいいのね。でも、その言葉は自分にも返ってくるはずよ」

「なんのことっスかねえ」

「貴方がそれでいいならいいけれど。なんでもそうやって放っておくと、痛い目を見るわ」

 

──私のように。



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第十三話:複雑な家庭になってしまった

「あの、御命サン」

牡丹(ボタン)でいいわ」

「え?」

「私の真名よ。御命様というのは村人からの呼び方で、本名は別にあるの」

「御命様、教えちゃって大丈夫なんですか? 僕たち一族しか知ってはいけないって聞いたんですけど」

「信仰している神様が本当は普通の人間みたいな名前だって知ったら幻滅してしまうから教えなかっただけなの。聞かれなかったしね」

「そうだったんだ……」

「意外とドライっスね……」

 

初めて知る事実に、喜助さんだけでなく僕までうへえと顔を歪める。しかしたしかにキリスト教の教祖が山田太郎とかだったら人間らしすぎて嫌だし、実際有効な小技だったんだろうなあ……。

 

「では、牡丹サン」

「何かしら」

「なんで我が物顔でここに座ってお茶飲んでるんスか?」

「私はこの子の近くにいる権利があるもの」

「そうっ……スね」

「諦めるな喜助!」

「いやでも……冷静に考えると我々は他所様のお子さんを勝手に拾って育てていたわけで……」

「思い出せ、お主は昔から非常識なマッドサイエンティストだったじゃろが!!」

 

大人の話に口を挟むのもどうかと思って思考を別のところに飛ばしていたら、いつの間にかヒートアップしていた。

喜助さんは胸を押さえてダメージを受けているし、御命様はそっぽを向いてお茶を啜っている。夜一さんに至っては、鋭い爪と歯が見える気までしてくるほど必死の形相で喜助さんを揺さぶっている。

 

「これどういう状況?」

「一言で言うのならば……牡丹殿と浦原商店での喜一殿の親権バトル、でしょうか」

「テッサイさん、もしかして楽しんでる?」

「はい」

「そっかー……」

 

「大体お主、今までの住処はどうしたんじゃ。仲間とかおったじゃろうが」

「いないわよ。それに、そちらだって私がいないと困るんじゃないかしら」

「困る?」

「観察対象でしょう? 純血の吸血鬼は」

「……やっぱり、知ってたんスか」

 

観察対象……? ああ、マッドサイエンティストだからか。

おおよそ、血を飲ませたりなんだりも検査というか実験というかのためだったんだろう。ちょっと腕もぎっても生えてくる便利な身体、研究者としては気にならないわけがない。

と、思っていたところで僕に話題が降ってくる。

 

「ところで、きーちゃん……カンナギでしたっけ? 彼にも真名が?」

「カンナギは本名ではないけれど、真名はまだないわ」

「代々大人になったら、というかカンナギの後継者が見つかったら名前をもらえるんだよ。カンナギってのは神様に仕える人で、僕の前はお母様がやってたんだ」

「代々といっても、まだこの子で3代目だけれどね」

「ということは牡丹サンも最近の神様だったんスか。結構新しい宗教なんですねぇ」

「ううん。御命様はもう何百年も神様のままだよ?」

「……牡丹サン、何歳っスか?」

「女性に年齢を訊くのはタブーではないかしら。……そもそも、年齢なんて忘れてしまったけれど」

 

うーん、よく考えると何百年も生きている御命様の血族が人間なわけがないんじゃなかろうか。『かみさまだからあたりまえだよなー』とぼんやり思っていたが、なんで今まで気づかなかったんだろう。

吾輩はアホである、名前はまだないって感じだ。

しかし、いつまで話をする気なのだろうか。未だに3人はよくわからないパワーバランスでなにやら言い争っているが……。

 

「……そろそろ図書館行っていい?」

「行ってらっしゃい」

「一緒にはいかんのか」

「外に出たら燃えてしまうわ」

「えっそうなんスか!? 燃えカスいただいても?」

「あげないわよ気持ち悪い」

「癪じゃが同感じゃな。喜助は急に気持ち悪くなるときがある」

「これはまた嬉しくない意気投合っスね……」




登下校中に文章書いてるもんだから春休み入ると全然書かなくなっちゃいますね。


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