鋼鉄の棺を魔女に捧ぐ (立川ありす)
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序章

 鉛色の空から視線を落として少女は廃墟を見渡す。

 

 童顔の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。

 小柄な身体を覆うくたびれたコートが、埃っぽい風に吹かれてなびく。

 立てた襟からのぞく、小さなツインテールがゆれる。

 

 少女は眠たげなほど静かな瞳で、動くものなき廃ビルの群を見やっていた。

 小柄な身体とは裏腹な武骨な手が、アサルトライフル(ガリルARM)をそっとなでる。

 兵士にしては幼すぎ、子供にしては場慣れしすぎている。

 そんなちぐはぐな印象を見るものに与える少女だ。

 

 そんな彼女が腰かけているのは、そびえ立つ鉄色の小屋。

 

 否、小屋ではない。

 それは鉄と錆でできた巨人だった。

 あるいは廃車を無理やりに積み上げたように不恰好な人形であった。

 

 角張った鉄屑の巨人。

 胴を穿たれ、頭を砕かれ、廃屋に背を預けるようにうずくまっている。

 それはかつて、装脚艇(ランドポッド)と呼ばれていた人型兵器の残骸だ。

 

 少女は朽ちた巨人の肩に腰かけながら、口元に乾いた笑みを浮かべる。

 

「見張りは退屈だろう?」

 不意に下から声がかけられた。

 足元を見やる。

 

 そこには、ひとりの少年がいた。

 年の頃は少女より上。言うなれば中高生ほどか。

 だが廃墟の世界に学校などあるはずもない。

 薄汚れた迷彩服を身にまとった少年は、手にしたアサルトライフル(M4カービン)を手持無沙汰に弄びながら、朽ちた巨人の脚にもたれかかっている。

 

「トルソか。見張りってのは、そもそもヒマなもんだよ」

 少女は自分より少しばかり年長の少年に軽口を返す。

 そして色のない空に目を戻す。

 

 常闇の空の向こうには、雲と廃墟を貫くように暗い影がそびえ立つ。

 その塔には世界を死の色に染めた元凶が住むと言われている。

 

魔帝(マザー)……」

 少女は闇の塔を見つめながら、ひとりごちる。

 空を閉ざし世界を廃墟に変えた死の帝王。

 滅亡した世界の支配者。

 僅かに残された人々はそれを、魔帝(マザー)と呼ぶ。

 

「……っと、そろそろかな」

 少女はボソリとひとりごちる。

 

 同時に、鉛色の空に何本もの光が流れた。

 廃墟の一角に無数の紫電が降りそそぐ。

 遠くのビルが音もなく砕かれ、崩れ去った。

 

破壊の雨(ライトニング・ストーム)……」

 トルソは怯えるように目を見開く。だが、

 

「定刻通りだ。近くじゃなくてよかったよ」

 少女は口元に乾いた笑みを浮かべたまま、何食わぬ顔で時計を見やる。

 年齢不相応に落ち着いた少女の言葉に少年は「そうだな」と返す。

 

「なぁ……」

 トルソは言葉を続ける。

 退屈なのは彼のほうらしい。

 だが少女は無言で先をうながす。

 

「……20年前のこと、聞かせてくれないか」

 トルソはひとりごちるように乞う。

 少女は虚空から目をはがし、再びトルソを見下ろす。

 

 中高生ほどの彼に対し、少女の背格好は小学生ほどにしか見えない。

 いっそ幼いとすら表現できる小柄な少女が、20年前のことなど知るはずがない。

 そう考えるのが普通だ。

 

 だが、静かにトルソを見下ろす少女の口元には、年不相応な――いっそ戦に疲れた古強者のそれにすら見える乾いた笑みが浮かぶ。

 そんな少女を羨むように見上げながら、年上のはずの少年は言葉を続ける。

 

「聞かせてくれよ。空が青くて、破壊の雨(ライトニング・ストーム)なんか降らなくて、魔帝(マザー)装脚艇(ランドポッド)も戦争もない世界のこと。おまえがいたっていう、平和な時代のこと」

 切実な願いに、少女の口元に歪んだ笑みが少しだけ和らぐ。

 自身が過去の時代からやってきた来訪者であるかのような物言いを、否定しない。

 

 だからコートをひるがえし、音もなく鉄屑の骸から飛び下りる。

 猫のようにしなやかに、場数を踏んだ兵士のように油断なく。

 

「だれから又聞きしたんだ? いろいろ間違ってるぞ」

 童顔の口元を苦笑の形に歪める。

 そうしながら自分より頭ひとつ分ほど背の高いトルソの横にもたれかかる。

 

「――21年前だ。あたしがこの時代に来てから1年たってる」

 目前に広がる廃墟から目を背けるように視線を上げる。

 でも、そこにも鉛色の雲しかなかったから目を細め、ひとりごちるように語る。

 

「それに、あたしが見た最後の空は夕焼けの赤だ。装脚艇(ランドポッド)はなかったが戦いはあった」

 唇が、郷愁と後悔と諦観をないまぜにした笑みを形作る。

 時を超えたと語る少女の瞳は、いつしか眠たげに虚空を見つめていた。

 稲妻の雨に砕かれたビルを弔うかのように。

 

「それでもいいなら、聞かせてやるよ」

 口元の笑みが苦々しげに歪み、次の瞬間にはあいまいな笑みへと戻る。

 

「……つまらないミスのせいで全てを失った、馬鹿な子供の話をな」

 



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第1章 夢見る前のまどろみ、あるいは目覚めた後の夢の欠片
前夜


 空は青く、夕焼けは赤く、そして夜空を見上げれば星が瞬いていたあの頃。

 

 ある晩、雲ひとつない星空に2つの星が流れた。

 血のような真紅に輝く流星は、しばしの間、世間の話題を独占した。

 その鮮血のような紅色があまりに禍々しく、見る者すべてを不安にさせたからだ。

 

 だが時が経つにつれ、人々はその不吉な流れ星のことを忘れていった。

 そうやって退屈だが平和な日常がこれからも続いていくと、誰もが信じていた。

 そんなある日の午後、

 

「そーら、流れ星だ」

「ひゃんっ」

 夕闇に追い出されかけた太陽のあがきのような、けだるげな光に照らされた寝室を、甘いあえぎ声が満たす。

 

 チェック模様の椅子の背もたれには、シャツと下着が引っかかっている。

 栗鼠のキャラクターがプリントされた可愛らしい代物だ。

 

 真神園香はベッドの端に腰かけたまま、丸みを帯びた白い肩をふるわせる。

 ふんわりボブカットの髪がゆれる。

 普段はハーフアップにしている髪も、今はおろされている。

 やわらかなカーブを描く肩からのびる細い腕は恥ずかしげにすぼめられ、年齢不相応に大人びたふくよかな部分を覆い隠す。

 ボディーソープの匂いだろうか、園香からは甘いミルクの香りがした。

 

「もうっ、マイちゃんったら……」

 園香は細い声でささやき、うつむく。

 そこでは、もうひとりの少女が眠たげな瞳で見上げていた。

 

 カーテンのすき間から吹きこんだ夜風が、園香の足元にひざまずいた小柄な少女のツインテールをゆらす。

 少女が羽織ったピンク色のジャケットがゆれる。

 志門舞奈は園香の瞳を見上げたまま、自身の唇をペロリとなめて微笑む。

 

 園香の頬に赤みがさす。

 そして園香は、目じりの垂れた優しげな瞳を気遣わしげに細め、

 

「これから明日香ちゃんと会うんだよね? こんなことしてていいの?」

「平気さ。あいつとは、ただのバイト仲間なんだ」

 舞奈は童顔の口元に軽薄な笑みを浮かべたまま、答える。

 

「仕事前にナニしてたかなんて、とやかく言われる筋合いはないよ」

「ならいいんだけど……」

 安堵の笑みを浮かべる園香が、不意に「ひゃっ」とあえぐ。

 

「マイちゃんったらっ」

 おどろく園香に、再び顔を上げた舞奈が微笑みかける。

 頬を赤らめた園香はうるんだ瞳で、舞奈は眠たげなほど穏やかな瞳で見つめ合う。

 園香はそっと目を閉じる。その時、

 

「ワシの娘から離れろ!」

 ドアが乱暴に蹴り開けられ、恰幅の良い紳士が部屋に飛びこんできた。

 

「パパ!?」

 園香はあわててシーツをたぐりよせる。

 舞奈は「やっべ」とひとりごち、ベッドから飛びのく。

 何もしていませんとでも言いたげに両手を広げ、白々しく笑みを向ける。だが、

 

「この泥棒猫め! 今度という今度は、ただではおかんぞ!!」

 園香の父親は金属バットを振り上げて怒り狂う。

 相手は愛娘の寝室に夜な夜な忍びこんで不貞を働く曲者だ。

 しかも、あろうことか同年代の少女である。キレるのも無理はない。

 

 2人の間を裂くように振り下ろされた斬撃を、だが舞奈は床を蹴って華麗に避ける。

 狙いを外した父はたたらを踏む。

 対する舞奈の口元には余裕の笑みすら浮かぶ。

 父の渾身の一撃も、優れた感覚と反射神経を誇る舞奈にとってはスローなお遊びだ。

 

 だから舞奈はそのまま流れるような動作でサイドテーブルに手をのばし、子供っぽいデザインのスニーカーをつかむ。

 

「それじゃ行ってくるよ。あんまり待たせると怒るしな、あいつ」

 父親が再びバットを振り上げる隙に、素早くベッドの脇に跳びこむ。

 シーツを羽織った園香のデコに音をたててキスをする。

 

「きっ……さまぁぁぁ!!」

 父の怒髪が天をつく。

 もはや許さぬ、骨まで砕けよとばかりに振るわれる渾身の一撃。

 だがバットはヒラリと避けた舞奈のツインテールをかすめるのみ。

 

 舞奈は性懲りもなく投げキスなどしつつ、開け放たれた2階の窓から身を翻す。

 猫のようにしなやかに、その手の達人のように油断なく。

 

 羽織ったピンク色のジャケットがはためく。

 赤いキュロットからのびるしなやかな脚がアスファルトの路地を踏みしめる。

 その程度、舞奈にとっては造作ない。

 

「お騒がせ失礼」

 塀の上から見下ろす野良のシャム猫に余裕のウィンク。

 

 直後、脳天めがけて日曜大工のトンカチが飛来する。

 舞奈は小首をかしげてヒョイと避ける。まるで見えていたかのように。

 

「多趣味な親父さんでなによりだ」

 窓を見上げてニヤリと笑い、

 

「またな、愛しのお姫様!」

「2度と来るな!!」

 父親の怒声をジャケットの背中に浴びながら、夕闇に沈む街へと走り去った。

 




 予告

 愛しい彼女に別れを告げて、
 訪れたのは人間社会の裏側で人を害する怪異が蠢くゴーストタウン。
 立ち向かうは剣と異能で武装した少年少女。
 そして舞奈は相棒と共に数多の戦場を渡り歩いた最強無敵の仕事人(トラブルシューター)

 次回『廃墟』

 それは綻びかけた灰色の街の、変哲のないアルバイトから始まる御伽話。


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廃墟

 恋人とのスリリングな逢引から数刻後。

 舞奈は崩れたコンクリート壁の合間を歩いていた。

 

 まだ夕焼けが赤かったこの時代。

 それでも街の片隅には朽ちたビルの残骸が群れなす廃墟の一角があった。

 

「遅刻よ。すっごい遅刻。あいかわらず時間にルーズなんだから」

 聞きなれた鈴の音のような声に、舞奈は廃ビルの陰を見やる。

 

 姫カットの長い黒髪をなびかせた少女が、しかめっ面で出迎えた。

 青い下フレームの眼鏡がキラリと光る。

 

 身にまとっているワンピースは彼女のお気に入りのぐんじょう色。

 その上からカッチリした黒いケープをはおっている。

 襟の詰まったケープは彼女の商売道具を収める大事なものだが、ワンピースの胸元からのぞくはずの形のいい鎖骨を隠してしまうのが難点だ。

 

 安倍明日香。

 腐れ縁の友人で、バイト仲間でもある。

 

「それより靴履いていいか?」

 舞奈は笑う。

 生真面目な友人の非難などどこ吹く風だ。

 

「金欠だって聞いてたけど、とうとう下駄箱まで売り払ったの?」

「家の下駄箱ならまだあるよ。でも園香の親父さんがオニみたいな顔で追って来てな」

「また真神さんの家? 仕事前に何してるのよ、まったく」

 明日香はやれやれと肩をすくめる。

 骸骨の留め金つきのケープごしにすらわかる肩の細さに見ほれつつ、

 

「時間もなかったし、クン――」

「――だいたい、時間厳守って言ったでしょ? 今日は執行人(エージェント)と共同作戦なのよ」

 答えかける舞奈を無視して眼鏡は気にせず文句を続ける。

 返事を聞きたかったわけではないらしい。

 

 明日香の背は舞奈よりちょっと高いから、指ひとつ分ほど上から目線でぬめつける。

 そんな彼女の髪から香るシャンプーの芳香を楽しみつつ、舞奈は何食わぬ顔で、

 

「そういや、んなこと言ってたな。名前なんだっけ、クン――」

「『グ』ングニルだ!!」

 怒気をまじえた男の声に振り返り、背後に立っていた長躯を見上げる。

 

「そうそう、グンニグル」

「……まあ、いい。てめぇがもうひとりの仕事人(トラブルシューター)か」

 言葉を返したのは、ワイルド……というより粗野な雰囲気の青年だった。

 年頃は大学生ほどか。仕草と顔立ちが、野生の猿を連想させる。

 

 青年が手にしたタバコの煙を、舞奈は心底嫌そうに睨みつける。

 鼻のいい舞奈はヤニの臭いがすこぶる嫌いだ。

 

(よろしくな、脂虫ヤロウ)

 喉元まで出かけた一言を、明日香に睨まれて飲みこむ。

 

「よろしく、お嬢ちゃん」

「よろしく頼む」

 こちらもくわえタバコの2人、眼鏡の優男と、筋骨隆々とした大男が続く。

 

「どうも、はじめまして」

「よろしく、小さなお嬢ちゃんたち」

 華奢な少年が続き、ロン毛を鮮やかな紫色に染めた軟派男が続く。そして、

 

「あ、あの、はじめまして……」

 最後におどおどと声をかけたのは、高等部の制服を着こんだ少女だった。

 

 うつむき加減なのは気弱だからか。

 だが子供の舞奈から見上げると、真正面から見つめ合う体勢になる。

 不安げに下げられた目じりが保護欲をそそる、なんとも可愛らしい少女である。

 彼女のウェーブがかかった長い髪は、醒めるような金髪だ。

 さらにセーラー服の胸はダイナミックに膨らんでいる。

 

「ヒューッ!!」

「……また始まった」

 舞奈は思わず口笛を吹く。

 明日香は嘆息する。

 

 舞奈は女の子が大好きだ。

 それも美人やカワイ子ちゃんならなおのこと。なので、

 

「お姉さん、名前を教えてもらってもいいかい? あたしは舞奈だ。志門舞奈」

「あ、あの……、レインです」

 がつがつとせがむ。

 そんな舞奈に少し狼狽えながら彼女は答える。怯む姿も別嬪だ。

 

 続けて男たちも何やら名乗る。

 だがそっちは適当にあしらって、舞奈はレインと名乗った少女に笑みを向け、

 

「あんたにピッタリの可愛い名前だ。どこの国の人? あんたの国には、あんたみたいなカワイコちゃんが他所にあふれるほどいるのかい?」

「え……? あ、その……」

「……イタリアじゃないことだけは確かよ。彼女の国も、ここもね」

 明日香はやれやれと肩をすくめ、舞奈の襟首をつかんで後へ追いやる。

 

 レインは会うなり口説いてきた『女の子』を困惑顔で見やっている。

 

「やってくれるねぇ、お嬢ちゃん」

 ロン毛が囃したてる。

 他の男たちも一様に顔を見合わせる。

 

 野猿だけは不快げに舞奈を睨みつける。

 彼はパーティの紅一点が他人と仲良くするのが気にいらないらしい。

 だが舞奈はそんな視線もどこ吹く風で、

 

「敵の構成はどうよ?」

 仕事の話を始める。

 

「確認済みよ。泥人間が2ダース。向こうの広間にいるので全部よ」

「おっどれどれ」

 明日香の言葉を確かめるように、崩れたコンクリート壁に忍び寄る。

 ゴミを漁っていた野良猫を丁重に追い払いつつ、壁の端から様子をうかがい、

 

「うへっ、泥人間ってやつは、いつ見ても吐き気がするな」

 口元を歪める。

 

 公園跡とおぼしき廃墟の広間に、人型の何かが群をなしていた。

 それは腐った肉にただれた皮膚を張りつかせ、錆びた刀や鉄パイプを手にしていた。

 

 人でも、獣でもない武装した『何か』。

 だが舞奈も他の面々も、今さらそんな化物の存在に驚いたりはしない。

 

「やつらの異能力は……【火霊武器(ファイヤーサムライ)】【氷霊武器(アイスサムライ)】【雷霊武器(サンダーサムライ)】」

「それに【魔力破壊(マナイーター)】と【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】がいるわね」

「雑魚ばっかりだな」

「そりゃあ泥人間――最低ランクの怪異だもの」

 バケモノを見やりながら軽口を交わす。

 

 化物たちが手にした凶器のいくつかは炎を、紫電を、青白い冷気をまとっている。

 そんな様子を見やりながら、舞奈の口元に浮かぶのは不敵な笑み。

 

 霊や呪い、低俗なオカルトと一蹴される超常現象のうちいくばかかは、確たる現実として確かにこの世界に存在する。

 その存在を知り得た者たちは、それを異能力(あるいは異能)と呼ぶ。

 

 怪異とは、異能力を操る害獣を指す語だ。

 科学的な立証が困難ゆえに歴史の陰に、社会の裏側に埋もれた者たち。

 古来には荒らぶる神とも呼ばれていた超常的な存在。

 あまねく科学の光が闇を駆逐したはずの現代においても、奴らはコンクリートの影に潜み隠れ、人々を害し、喰らう。

 

 中でも醜悪な人間型の怪異『泥人間』は、数だけは多い低級な怪異である。

 

 醜い低級怪異どもは好んで人を襲うくせに人里を嫌う。

 だから街の片隅にある廃墟の一角は、奴らの絶好の繁殖場所だ。

 

「あと、異能力の特定ができないのが1匹」

「ちゃんと確かめたのか? 几帳面なおまえらしくもない」

 背後の明日香に、ひとりごちるように愚痴る。途端、

 

「なんだガキ。怖気づいたのか?」

 言って野猿はあざ笑う。

 どうやら舞奈を敵認定したらしく、一言一句にケチをつけてくる気のようだ。

 

「泥人間ごとき、何匹いようが何してこようが、俺様の敵じゃねぇんだよ!」

「……【火霊武器(ファイヤーサムライ)】か」

 吠えつつ手にした木刀ををかざす。

 不敵な笑みとともに、木刀が紅蓮の炎に包まれる。

 

「それに、そういった怪異たちを闇へと帰すのが、能力《ちから》を持った私たち執行人(エージェント)の務め」

 優男の言葉と共に、組み立て式の槍が霜の混ざった冷気をまとう。

 こちらは【氷霊武器(アイスサムライ)】だ。

 

 次いで少年が取り出したナイフは稲妻をまとう。

 彼は【雷霊武器(サンダーサムライ)】の短剣家らしい。

 

 緑色のプロテクターで身を固めた大男が、手にした電動ミキサーを回転させる。

 身に着けた防具を強化することによって動く砦と化す【装甲硬化(ナイトガード)】の証だ。

 

 ロン毛は背から光の翼を生やす。

 念動力の翼によって空中移動を実現せしめる【鷲翼気功(ビーストウィング)】であろう。

 

「へぇ、こいつは結構な異能力だ」

 舞奈は口元を笑みの形に歪める。

 

 人間でありながら怪異と同じ異能力を得た者たちがいる。

 彼らは異能力者と呼ばれる。

 異能力者になれるのは、その身に魔力を宿し、更にその魔力すら捻じ伏せる強烈な自我を持った若い男だけだ。基本的に女には使えない。

 

 彼らの多くは【機関】と呼ばれる組織に属する執行人(エージェント)となる。

 そして異能力によって怪異を駆り滅ぼすべく人知れず闇のと闘いに身を投じる。

 執行人(エージェント)とは、社会の裏側に潜む怪異を狩る者たちのうち、敵と同じ異能を操る異能力者によって構成された【機関】の正規部隊員だ。

 

 そして舞奈たち仕事人(トラブルシューター)は報奨金を目当てに異形を狩る、いわば傭兵だ。

 舞奈と明日香は学業の側、バイト代わりに裏の世界の賞金稼ぎに勤しんでいるのだ。

 

 今回の掃討任務は両者の共同作戦でもある。

 一方は仕事人(トラブルシューター)【掃除屋】。

 そして、もう一方は猿率いる執行人(エージェント)【グングニル】。

 そんな【グングニル】の紅一点がおずおずと取り出したのは小型拳銃(グロック26)だった。

 

「こいつは女だから、戦闘の役に立つ異能力を使えないんだ」

「そうなんです。あの、すいません……」

 レインはしょんぼりと肩を落す。

 

 男の身に宿る異能力に対して、少女には特殊な魔力の顕現である大能力が宿る。

 大異能力者は異能力者に比べて極端に少ない。

 加えて大能力は通例によって非戦闘用の異能力と見なされる。

 だから自衛の手段として銃器を支給される。

 そのため、一部の異能力者から弱者として蔑まれる。

 

 彼女の大能力が何なのかは不明。

 だが『戦闘に不向きな大能力』は彼女のコンプレックスなのだろう。だから、

 

「グロック26か。いい銃じゃないか」

 舞奈は猿を睨みつけてから、レインを見やって穏やかに微笑む。

 

「9パラじゃあ一撃必殺ってわけにはいかんだろうが、軽くて小さくて取りまわしやすい。カワイコちゃんにぴったりの得物だ」

 言いつつ右手をひと振りする。

 すると舞奈の手の中に精悍なフォルムの拳銃(ジェリコ941)があらわれる。

 

 ジャケットの内側から抜いただけだ。

 だが、その手練の鮮やかさにレインは驚く。

 

「ひょっとして、ジェリコ941ですか? えっと口径は……」

「45口径だ。まあ、こいつで飯食ってるからな」

 小柄な少女が撃つには強力すぎるとも思える大口径の宣言に、レインは驚く。

 舞奈は相好をくずしてだらしなく笑う。

 その目前に、

 

「異能力もない無異能力者が。銃の話題で盛り上がろうとしてんじゃねぇぞ!」

 猿が怒りもあらわに立ちふさがった。

 どうやら彼は自身の異能力以外のものがもてはやされるのも気にいらないらしい。

 挑発に答えるように、舞奈の瞳に剣呑な光が宿る。

 

「俺たちは、この剣に宿らせた異能力で怪異どもを焼き尽くす」

 野猿は吠える。

 舞奈は不敵な笑みで言で先をうながす。その鼻先に、

 

「それが【グングニル】のやりかただ!!」

 猿は炎の剣を突きつける。

 それでも舞奈は笑みを崩さない。その理由がない。

 目前の剣先より、剣を持つ手がプルプルしているのが危なっかしいとすら思える。

 

 何故なら舞奈には剣も拳も当たらない。

 舞奈は周囲の空気を通して相手の筋肉の動きすら把握する鋭敏な感覚を持ち、人外レベルの反射神経によって如何なる近接攻撃をも回避するからだ。

 

「テメェみたいな生意気なクソガキが、俺たちのやり方に口出しすんじゃねぇよ!」

「あ、あの、待って……」

「ちょっ……やめなよ!」

「落ち着け、相手は子供だ」

 レインは怯える。

 青年たちも猿を制する。

 だが舞奈は口元に笑みを浮かべたまま、

 

「どっちが速いか試してみるかい? 何なら、この体勢からで構わないよ」

「そ、そんな、舞奈さんまで……」

 うろたえるレインの言葉を、

 

 キイン――!

 

 夕闇を切り裂く澄んだ異音が遮った。

 見やると明日香がかざした掌の先に、霜をまとわりつかせた氷の柱が起立していた。

 

 明日香はさらに真言を唱え、魔術語(ガルドル)と呼ばれる魔術語の一句で締める。

 氷柱は溶け、掌の先に灼熱の炎が灯った。

 次なる呪文で炎は雷光となって、はじけて消える。

 

「な……!?」

「2つの……いや3つの異能力……!?」

「わたしたちは完全分業制なんです。彼女が物理的手段による直接戦闘を、わたしは異能力の分析と行使を担当しています」

 明日香は言ってニッコリ笑う。

 対して野猿も、優男も大男も、少年とロン毛も息を飲む。

 青年たちの異能力をひとまとめにしたかのような明日香の手品に驚いているのだ。

 

 ひとりの異能力者が持つ異能力は1種類だけ。

 そもそも直接攻撃に使える異能力は男にしか使えない。

 その例外中の例外に、執行人(エージェント)たちは戸惑う。

 

 当の明日香は満足げに微笑む。

 パートナーのフォローをしたつもりなのだろう。

 

「とりあえず、仕事を終わらせてしまう方向で構いませんか?」

 諍いを収めた明日香は満足げに微笑む。

 

「相手は泥人間ですが、数が多く、先日の戦闘で執行人(エージェント)の別チーム【ロンギヌス】を壊滅させています。くれぐれも気をつけてください」

「俺たちは、そんなヘマしねぇよ!」

「では、作戦は打ち合わせどおりに一斉攻撃ってことでいいですね?」

「……ああ、かまわねぇ」

 野猿は舌打ちを残し、廃ビルの陰へと消えた。

 他の面々も、各々の配置に着く。

 

 そして舞奈と明日香も、崩れかけたコンクリート塀に身を潜めた。

 




 予告

 平和な世界の裏側で、異能を操る怪異の群を狩り滅ぼすは舞奈と仲間たち。
 敵と同じ異能の力を宿した少年たちは、果敢に無謀に挑みかかる。
 舞奈は静かに45口径(ジェリコ941)を構えて戦いの行く末を見定める。

 次回『犠牲』

 過去も未来も、硝煙と血の匂いは変わらない。


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犠牲

 倒壊した廃屋の陰から敵の様子をうかがう。

 

 仕事人(トラブルシューター)執行人(エージェント)の合同部隊が泥人間の群れを殲滅するための作戦。

 それは2チーム合同戦力による強襲という単純なものだ。

 異能力を持つだけで強くも賢くもない最下層の怪異相手など、それで十分だからだ。

 

 実際のところ、泥人間は雑魚だ。

 本来なら野猿の言葉通り異能力の把握すら必要ない。

 だがあえてそれをしているのは別チームの件もあるが、明日香が几帳面だからだ。

 そして舞奈は、こと情報収集に関しては友人のやり方を信じることに決めている。

 そんな明日香は、

 

「……余計なトラブルをおこさないの。ああいった手合いは初めてじゃないでしょ?」

「まあな」

 側でささやく。

 舞奈は生返事を返す。

 

「けど、あいつが何をカリカリしてるのか、あたしにはさっぱりわからないんだ」

 言って口元に軽薄な笑みを浮かべつつ、近くに積みあがった瓦礫の山を見やる。

 

 瓦礫の陰にはレインがしゃがみこんでいた。

 両手で構えた小型拳銃(グロック26)をにぎりしめて攻撃の合図を待つ。

 そんな金髪の彼女の横顔に浮かぶのは、緊張、そして恐れ。

 

 不意にレインと目が合った。

 

 舞奈は45口径(ジェリコ941)を片手に余裕のウインクを返す。

 こわばった少女の表情が少しだけゆるむ。

 舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。

 

「それが原因よ」

 側の明日香が肩をすくめる。

 そんな彼女が妬いているように見えたので、

 

「あ、そうだ」

 舞奈はとコートの胸元からロケットを取り出す。

 

「園香にもらったんだ。おそろいだってさ。中にあいつの写真が入ってるんだぜ」

「あっそう。わたしにそれを見せる理由がわからないけど」

 明日香はぷいっとそっぽを向く。

 

「何だよ。……あ、まさか、おまえもあたしの写真欲しいのか?」

「いらないわよ、そんなもの」

 にべもなく言い放つ明日香に、だが舞奈は「だよな」と笑う。

 

「おまえとあたしの仲なんだ。顔が見たくなったら直接会えばいいもんな」

「好きにしなさいよ、もう。そろそろ作戦をはじめるわよ」

 呆れ声で宣言した明日香はクロークの内側から護身用の拳銃(モーゼルHSc)を取り出す。

 そして左手で印を組み、真言を唱える。

 掌がパチパチと音を立て放電し、周囲にオゾン臭がたちこめる。

 

 舞奈も明日香も、異能力なんて便利なものは使えない。

 大半の人間は異能力を使えない。

 それは怪異や、あるいはその身に魔力を宿した少年たちの特権だからだ。

 

 だが彼女と同じく異能力を持たなかった古代の賢人たちは、その知性と探求心によって異能力の源である魔力を生み出す術を編み出した。

 その技術を様々な宗教や神秘思想と結びつけて体系化した。

 

 その技術を、賢人たちは魔術や妖術と呼んだ。

 そして、その技術を受け継いだ技術者は魔術師(ウィザード)妖術師(ソーサラー)と呼ばれる。

 

 明日香は崩れかけた塀の陰から身を乗り出し、魔術語(ガルドル)の一語を唱える。

 魔術師(ウィザード)の掌から尾を引く稲妻が放たれ、泥人間の群を薙ぎ払う。

 轟音とともに夕闇を裂いたプラズマの砲弾が、飲みこんだ数匹を消し炭に変える。

 明日香が得意とする電撃の魔術【雷弾・弐式(ブリッツシュラーク・ツヴァイ)】。

 

 魔術の雷が怪異どもを打ち倒すのを見やり、舞奈も拳銃(ジェリコ941)を構える。

 

 数を1ダース半へと減じた泥人間は、襲撃に気づいて獣のような叫び声をあげる。

 そのまま燃える刀や凍てつく鉄棒を振りかざしながら攻撃者めがけて突撃する。

 

 泥人間の動きは遅い。

 成人男性と同等の身体能力こそ持つものの、全力疾走を嫌う怠惰な性質が彼らの動作を緩慢にしている。そんな怪異の群れに対抗して、

 

仕事人(トラブルシューター)ども! 俺たちの戦いを見て驚くなよ!!」

 ときの声をあげながら、ビルの陰から野猿が跳び出す。

 炎の剣を振りかざしながら怪異の群めがけて走る。

 

「さあ、参りますよ!」

「逝くぞ! オリャリャアアアァァァァァ!!」

 次いで凍てつく槍を構えた優男も跳びだす。

 プロテクターで身を固め電動ミキサーを構えた大男も続く。

 放電する短剣を携えた少年も後に続く。

 ロン毛はボウガンを構え、背から生やした光の翼で宙を舞う。

 

 一方、襲い来る怪異たちは、拳銃で狙うのに丁度いい間合いまで迫る。

 だが舞奈が先頭を走る怪異の眉間に拳銃(ジェリコ941)の狙いを定めた瞬間、

 

「……!?」

 目前に何かが跳びこんだ。

 舞奈の射線をふさいだ野猿が、背後を見やってニヤリと笑う。

 

「あの野郎! どっちがガキだよ」

 舞奈が口元を歪めて毒づく。

 

 異能力者が異能力を使用する際にはアドレナリンが過剰に分泌され、身体能力を高めると同時に恐怖心を拭い去る。

 だからこそ彼らは異能を操る怪物にすら勇敢に立ち向かえる。

 だが反面、慢心による愚かで無謀な選択をすることも多い。

 それによって仲間の足元をすくい、あるいは自滅することもある。

 だから次の瞬間、

 

「……!?」

 猿の胴が爆発した。

 

「手榴弾か?」

 舞奈は素早く周囲の気配を探る。

 

 視界の端で、かつて鼻持ちならない青年だった頭と両腕が宙を舞う。

 彼の得物だった木刀は火が消えたまま地を転がる。

 焦げた男の下半身が前のめりに倒れる。

 

「ひぃっ!」

 瓦礫の陰に隠れたままのレインが細い悲鳴をあげてへたりこむ。

 

 その視線の先で【氷霊武器(アイスサムライ)】の優男が爆ぜていた。

 次いで【装甲硬化(ナイトガード)】の大男が爆ぜる。

 警戒した飛来物は影すら見えない。

 

「【断罪発破(ボンバーマン)】……!?」

「糞ったれ! 残り1匹は、よりによってそれか!」

 明日香が訝しげに、それでも悔しげにひとりごちる。

 舞奈は叫ぶ。

 

 体内に蓄積したニコチンを媒体にして対象を内部から爆破する【断罪発破(ボンバーマン)】。

 それは回避も防御も不可能な致命的な異能力である。

 だが、ヤニを吸う習慣がなければ無害な為、見過ごされ無視される場合も多々ある。

 

「……【ロンギヌス】を全滅させたのは奴か?」

 舞奈も思わずひとりごちる。

 前任者が脂虫(界隈における喫煙者の別称)だったかどうかはわからない。

 だが全員がそうだったなら、【断罪発破(ボンバーマン)】1匹で全滅は十分に有り得る。

 それでも、思案と分析をすべきは今じゃない。

 

「一旦下がれ! 相手が多すぎる!」

 舞奈は叫ぶ。だが、

 

「うあぁぁぁ!」

「あっ!? 馬鹿野郎!」

 少年は雄叫びをあげながら、ナイフを構えて怪異の群へと突き進む。

 彼はタバコを吸っていないから爆発はしない。

 だが仲間を屠られたショックに呼応した異能力によるアドレナリンの過剰分泌。

 それにより感情の抑制が利かなくなっている。

 

 少年の前に3匹の怪異が立ちふさがる。

 得物はそれぞれ燃えさかる刀、冷気をまとった鉄パイプ。

 それは先ほど爆発した仲間と同じ【火霊武器(ファイヤーサムライ)】と【氷霊武器(アイスサムライ)】。

 

 残る1匹は異能力で強化されていないただの釘バット。

 

「ボクが倒すんだ! ボクにその能力(ちから)があるってこと、見せてやる!!」

 少年は雷の刃をふるう。

 手始めに異能力がこもっていない釘バットが砕けた。

 

 少年は笑う。

 得物を失った泥人間の脳天めがけ、放電するナイフを振り上げる。

 

 だが怪異の双眸が不吉な色に輝く。

 途端、少年の刃に宿る雷光が不意に消えた。

 

「……え?」

「気をつけて! 【魔力破壊(マナイーター)】よ!」

 明日香が叫んだのは、魔術や異能力を無に帰す異能力の名。

 少年は頼みの綱の【雷霊武器(サンダーサムライ)】を破られ、恐怖に目を見開く。

 異能力の副次効果による昂揚すら失い、怪異の群れの前に放り出されたからだ。

 

 力を失った少年は目前に迫った泥人間の殺意に満ちた双眸を、呆然と見やる。

 

 そして銃声。

 

 怪異の頭が吹き飛ぶ。

 有効射程すれすれから狙い撃たれた泥人間は、汚泥と化して溶け落ちる。

 目前の恐怖から解き放たれた少年の細面が弛緩して――

 

 ――振り下ろされた燃える刀が埋まりこむ。

 別の泥人間が迫っていたのだ。

 怪異はそのまま、少年の華奢な身体を地面に叩きつける。

 

 少し離れた場所に墜ちた【鷲翼気功(ビーストウィング)】の背を、別の怪異が鉄パイプでへし折る。

 ベキリと嫌な音がして、紫色のロン毛は動かなくなった。

 




 予告

 勇気と慢心を握りしめ、儚く散った少年たち。
 舞奈は遺された仲間の命運を背負って怪異の群れに立ち向かう。
 45口径(ジェリコ941)が閃く度、異能を操る異形が鋼鉄に穿たれて消える。

 次回『銃技』

 それすらも平和な時代の思い出の1ページ。


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銃技

 執行人(エージェント)【グングニル】と合同での泥人間殲滅任務。

 だが【グングニル】の【火霊武器(ファイヤーサムライ)】【氷霊武器(アイスサムライ)】【装甲硬化(ナイトガード)】は爆破された。

 続く【雷霊武器(サンダーサムライ)】【鷲翼気功(ビーストウィング)】も異能を消されて倒された。

 

「畜生! おったまげの強さだよ!」

 ヤケクソ気味に叫びつつ、舞奈は塀を跳び越えて走る。

 

 前衛となるはずだった5人はあっさり全滅した。

 残っているのは舞奈と明日香、【グングニル】のレインだけ。

 誰かが前にでなければ、群なす怪異が明日香とレインめがけて押し寄せる。

 

 舞奈は少年を屠った【火霊武器(ファイヤーサムライ)】と【氷霊武器(アイスサムライ)】に狙いをさだめる。

 拳銃(ジェリコ941)が火を吹く。

 2匹の怪異は脳天を貫かれて溶け落ちる。

 

 そのまま動かない少年に走り寄る。

 続けて襲い来る群めがけて拳銃(ジェリコ941)を乱射する。

 否、乱射にあらず。

 如何な妙技によるものか、6発の弾丸は泥人間の頭をあやまたず撃ち砕く。

 

 仰向けに倒れた少年を見やる。

 舌打ちする。

 顔面が焼きすぎたトーストみたいになってひしゃげた彼に息はない。

 

 そんな舞奈の背後に、空気からにじみ出るように2匹の泥人間が『出現』した。

 錆びたナイフを握りしめて犠牲者の背後に忍び寄る、姿なき暗殺者。だが、

 

「よっ、【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】」

 舞奈は振り向きざまに1匹を蹴り上げる。まるで見えていたかのように。

 みぞおちを蹴られてくの字になった泥人間の眉間に銃口を突きつける。

 撃つ。

 怪異の頭が吹き飛ぶ。

 

 その隙に、残る1匹が再び姿を消す。

 舞奈は瓦礫の上に転がる少年のナイフを蹴り上げ、左手でつかんで真横に投げる。

 もはや雷光をまとっていないナイフの先で、喉元を切り裂かれた怪異が溶ける。

 先ほど姿を消したばかりの【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】だ。

 如何に姿を隠そうとも気配や臭い、瓦礫を踏みしめる音を消し去ることはできない。

 

 舞奈は撃ち尽くした拳銃の弾倉(マガジン)を落とす。

 コートの内側からスペアを取り出し素早く装填しつつ、背後を見やる。

 

 明日香は周囲に放電するドーム状のバリアを張り巡らせ、3匹を足止めしていた。

 放電する刀や鉄パイプは、いずれも倒れた少年と同じ【雷霊武器(サンダーサムライ)】。

 

 加えて2匹の【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】が出現し、ナイフを振りかざして仲間に加勢する。

 

 その上、さらに別の泥人間が明日香に詰めより、その双眸が輝く。

 少年の異能力を消し去ったのと同じ【魔力破壊(マナイーター)】。

 魔法消去の異能力によって、黒髪の魔術師(ウィザード)を守る電磁バリアがゆらぐ。

 

「明日香!?」

 思わず叫ぶ。

 

 だが、それだけ。

 それどころか明日香の一喝によって、逆に怪異の身体が砕け散る。

 

 異能を消す異能力とは、要するに負の魔力を用いた羽交い絞めである。

 相手の魔力が強ければ振りほどかれ、巧みであれば避けられる。

 そして相手に容赦がなければ反撃によって引きちぎられる。

 

 容赦なき魔術師(ウィザード)は、さらに真言と魔術語(ガルドル)を唱える。

 突きつけた掌から放たれた稲妻は電磁バリアごしにに手近な1匹を穿ち、そこからさらに別の1匹めがけて突き進む。

 誘導し貫通する雷の鎖を生み出す【鎖雷(ケッテン・ブリッツ)】の魔術。

 雷の鎖は5匹の泥人間を貫き、焦げた汚泥へと変える。

 

 明日香は舞奈の視線に気づき、不敵に笑う。

 舞奈も笑みを返す。

 

 その時、絹を裂くような悲鳴が夜風を切り裂いた。

 

「レイン!?」

 驚き見やる。

 

 瓦礫の山の側で、2匹の泥人間が刀を振り上げていた。

 怪異どもが狙うは瓦礫の陰にへたりこんだレイン。

 

 少女は小型拳銃(グロック26)引鉄(トリガー)を引く。

 だが、ふるえる腕で放たれた3発の弾丸は虚空を射抜く。

 1発が泥人間の脇腹をかすめる。

 だが小口径弾(9ミリパラベラム)は泥の飛沫を飛ばすのみ。

 

 さらに引鉄(トリガー)を引く。

 カチ、と乾いた音がした。

 少女の双眸が恐怖に見開かれる。

 

 走りながら舞奈の拳銃(ジェリコ941)が火を吹く。

 明日香の掌から稲妻が放たれる。

 

 だが間に合わない。

 長く伸びる悲鳴に、肉が裂かれ骨が断たれる音が重なる。

 直後に銃弾と雷撃が2匹の怪異を貫いた。

 

「レイン! レイン! 糞ったれ!!」

 舞奈は叫びつつ走る。

 

 出会ったばかりの内気な少女めがけて、青ざめた顔で走る。

 舞奈は美少女に目がない。

 それと同じくらい、舞奈は目の前の少女を失うことを恐れる。

 

 だから瓦礫の陰で汚泥にまみれて倒れ伏す少女を見つけ、抱き起こす。

 

「しっかりしろ、すぐ医者を呼ぶ!」

「……その必要はないみたいよ」

 追いついた明日香の言葉に、舞奈はうなずく。

 呆然と目を見開いたまま。

 

 黒髪のパートナーの言葉に嘘はない。

 なぜなら、2匹の泥人間に斬り裂かれた少女の身体は――

 

「――こっ来ないで! 来ないで……っ!」

「どういうことだ?」

 傷ひとつなかった。

 

「それが彼女の大能力ってことかしら……?」

 明日香が首をかしげる。

 金髪の少女は恐怖に目を見開いたまま、カチ、カチと引鉄(トリガー)を引きつづけていた。

 

「安心しな。もう終わった」

 舞奈は少女の華奢な手を小型拳銃(グロック26)ごと握りしめ、耳元にささやく。

 

「み……、みんなは……? ど、泥人間は……?」

「残ってる人間は、あたしたちとあんただけだ。泥人間は殲滅させた。……いや1匹だけ残ってるか。でも、そいつは【断罪発破(ボンバーマン)】だ。ものの数じゃないよ」

 安心させるように笑う。

 

 3人の異能力者を爆殺した【断罪発破(ボンバーマン)】。

 そいつをまだ舞奈も明日香も倒していない。

 

 だが体内にニコチンが蓄積していない相手には無力だ。

 なので他の怪異の排除を優先したのだ。

 非喫煙者にとっては無異能力者に等しい怪異など、舞奈や明日香の敵ではない。

 

 ――だが不意に真言と魔術語(ガルドル)が響く。

 

「……?」

 ふり返った舞奈の鼻先。

 かざされた明日香の掌の先に大気中の水分が凝固して氷塊と化し、氷壁と化す。

 明日香が【氷壁・弐式(アイゼスマウアー・ツヴァイ)】と呼ぶ氷室の壁。

 だが何故そんなものを……?

 

 訝しんだ瞬間、魔術の氷壁が紅蓮の炎を受け止めた。

 炎は榴弾のように爆発し、氷壁の向こう側をまばゆく照らした。

 




 予告

 戦友の屍を乗り越えて怪異の群れを蹴散らした激戦の後。
 あらわれ出でるは炎の魔人。
 戦場を焼き尽くす怪異の炎が、迸る魔術師(ウィザード)の稲妻と激突する。

 次回『魔術』

 ひとりではかなわない敵にも2人でなら勝てる。
 その理は、平和と秩序の隙間から転がり落ちた子供たちの慰めだった。


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魔術

「気をつけて、妖術師(ソーサラー)がいるわ!」

 明日香が叫ぶ。

 舞奈は油断なく周囲を見渡し、襲撃者を探す。

 

「今回の仕事は泥人間退治じゃなかったのか?」

「ええ、そのはずね!」

「泥人間の妖術師(ソーサラー)だったりしてな」

「そんなわけ――」

 人間型をした怠惰な怪異が、魔術や妖術を会得することなど有りえない。だが、

 

「――あるみたいだぞ」

 けたたましい笑い声とともに、泥人間がものすごいスピードでつっこんできた。

 醜悪な怪異は燃えさかるマントをまとい、両手に炎を灯している。

 

 明日香はとっさに氷塊の陰に身を隠し、舞奈はレインをかかえて地面を転がる。

 2人が避けた隙間を、炎の魔人が駆け抜ける。

 足の先から炎を噴いて推力としているようだ。

 

 舞奈はすばやく立ち上がりつつ、通り過ぎた泥人間に銃口を向ける。

 怪異もぐりんと首を回して舞奈を見返す。

 ゾンビのように腐れ落ちた顔で泥人間の妖術師(ソーサラー)は笑う。

 そうしながら足から火を噴く高速で、瓦礫まみれの広間を大きく迂回する。

 

「ネズミ花火かよ!」

 愚痴りつつ、舞奈は泥人間の眉間に狙いを定める。

 

「レイン、隠れてろ!」

 言われた少女が瓦礫の陰にしゃがみこむ様子を視界の端で確認する。

 直後、再びつっこんできた泥人間に、ありったけの弾丸を見舞う。

 45口径を連射するなどという無謀を、舞奈は容易くやってのける。

 

 だが怪異を破片に変えるはずの大口径弾(45ACP)は、炎のマントに阻まれて溶けた。

 撃ち返された小さな火の玉が、避けた舞奈のツインテールを焦がす。

 

「うわっち! 野郎、防御魔法(アブジュレーション)で身を守ってやがる!」

「対魔法用の破魔弾(アンチマジックシェル)は!?」

「……ポケットの中に1発残ってたはずなんだけど、見つからないんだ」

 答えつつ、拳銃(ジェリコ941)に新たな弾倉(マガジン)をセットする。

 だがそれも通常弾だ。

 

弾倉(マガジン)で持ってなさいよ!」

「んなもん十発も買ったら、下駄箱どころか家財か全部なくなっちゃうよ!」

「前の仕事の報酬を、何に使ったのよ!」

 舌打ちしつつ、明日香はケープの内側に手を入れてベルトを引っぱり出す。

 ベルトには数十枚のドッグタグが吊り下げられていて、それぞれのタグにはルーン文字が刻まれている。

 

 明日香はベルトを放り上げ、真言を唱える。

 ドッグタグに刻まれたルーン文字が一斉に輝く。

 そして魔術語(ガルドル)の一句。

 

 それぞれのタグは輝きとともに紫電と化す。

 数多の紫電は尾を引きながら、飛来する泥人間めがけて一斉に放たれる。

 耳をつんざく爆音。

 閃光が廃墟を真昼のように照らす。

 明日香が【雷嵐(ブリッツ・シュトルム)】と呼ぶ必殺の魔術だ。

 

 弧を引く幾筋もの電光が雨のように降りそそいで地面を焼く。

 爆光が炎の衣を穿ち、瓦礫を砕き、土煙をまきあげる。

 

「やったか?」

 ほくそえんだ瞬間、土煙の中から飛来した火球が明日香を襲った。

 不意をつかれて避ける間もなく、黒髪の魔術師(ウィザード)は爆炎に飲みこまれる。

 炎が消えた後には、焦げ跡だけが残された。

 レインが驚愕に目を見開く。

 

「糞ったれ!」

 泥人間の眉間に1発、胴に2発、大口径弾(45ACP)を撃ちこむ。

 雷の雨で防御魔法(アブジュレーション)をはがされた泥人間に、銃弾を阻む力はない。

 だから最後の泥人間も、汚泥と化して崩れ落ちた。

 

「ったく、何しくじってるんだよ……」

 舞奈は口元をゆがめ、友人が消え去った後に遺された焦げ跡を見やる。

 

「――相手の防御魔法(アブジュレーション)が予想以上に強かったみたいね」

 声に振り返る。

 

 ビル壁の陰から明日香が姿をあらわした。

 クロークの内側から4枚の焼け焦げたドッグタグがこぼれ落ちる。

 

 被弾に反応して安全圏へ転移する【反応的移動(レアクティブ・ベヴェーグング)】の魔術だ。

 用意周到な魔術師(ウィザード)である明日香は、防御魔法(アブジュレーション)によって身の守りを固めている。

 だが舞奈は口元を歪め、

 

「おまえのそれ、嫌いなんだよ。いつ見ても心臓に悪い」

「3回までは大丈夫だって、何度も言ってるでしょ?」

「何度も聞いたよ。けど4回目はどうする? それに破魔弾(アンチマジックシェル)には効かないだろ?」

 言い募る舞奈から視線をそらし、明日香は笑う。

 

「そういうときは、あなたが守ってくれるわ」

「へっ、都合のいい時だけ買いかぶりやがって」

 舞奈の苦情を聞き流し、明日香は話は終わったとばかりに首をかしげる。

 

「でも泥人間がどうやって妖術を修め、これだけの魔力を集めたのか気になるわね」

「考えたって仕方がないさ。ここであったことを【機関】に洗いざらい話して、研究チームにでも任せればいいさ。それより……」

 言いよどんで見やる。

 

 瓦礫の中に倒れ伏したまま動かない少年たちを、金髪の少女が呆然と見つめていた。

 

 ただの異能力者である彼らは魔術師(ウィザード)のようなトリックなんて使えない。

 使えるのはただ武器に元素を宿し、身を守り、宙を舞うささやかな単体の異能力。

 それは使い手を無敵の英雄にしたりはしない。

 油断ひとつで、人の命など容易く失われる。

 

「ったく、女の子を泣かせやがって」

 口元を歪める。

 

 異能力者の異能力は、何かのきっかけで内なる魔力に覚醒することで得るらしい。

 そんな彼らを【機関】が見つけだしてスカウトすることにより彼らは執行人(エージェント)となる。

 

 修練によって得た力ではないので心構えなどない。

 加えて【機関】は新人の執行人(エージェント)をそれほどしっかり指導しない。

 だから彼らはゲームで遊ぶように怪異狩りを楽しみ、ゲームで負けるように死ぬ。

 そういった手合いに会うのは初めてではない。だから、

 

「前のとあわせて2部隊が壊滅か。これだから剣の名前なんか名乗ってる奴は」

「【ロンギヌス】も【グングニル】も、槍の名前よ」

「似たようなもんだろ」

 口元の笑みを軽薄に歪め、パートナーに軽口を返す。

 

 仲間を失うことには慣れていた。

 だから明日香は割り切る事で、失う痛みと折り合いをつけてきた。

 舞奈は軽薄に笑う事で、痛みを誤魔化し続けた。

 

 それでも誤魔化しきれなくなったから、年相応の少女のように、そっと明日香の手を握る。言葉とは裏腹な、もたれかかるようなそれを、明日香は無言で受け入れる。

 その時、ふと……

 

「……っと、なんだこりゃ?」

 舞奈は焦げ跡に光るものを見つけ、拾いあげた。

 

「ヒューッ!! インテリの怪異は、隠し持った宝物までゴージャスだ」

「宝石……?」

 明日香も手元を覗きこむ。

 

 それは2つの宝石だった。

 大きさはどちらも拳大。

 鮮血の色に輝くそれらは、涙に似た形をしていた。

 

 明日香が手を差し出したので、白魚のような掌に2つの石を並べる。

 それを明日香はまじまじと見やり、

 

「泥人間の妖術師(ソーサラー)が持ってた宝石、ね。面白そうじゃない。強い魔力を感じるわ。調査したら、泥人間が妖術を習得できた理由がわかるかもしれないわね」

「なら、ちょうど2つあるし、ひとつづつってことでどうだ? でもって、おまえは研究材料にして、あたしはそうだな……ペンダントにでもするよ」

 でもって、ロケットのお返しに園香にプレゼントしたら楽しいかもしれない。

 クラスメートの熟れた肢体に思いを馳せ、相好を崩す。

 そんな舞奈を見やって明日香は不機嫌そうに、

 

「……勝手にしなさい。で、どっちにするのよ?」

「どっちも同じだろ。じゃ、せっかくだからあたしはこっちの赤い石にするよ」

「両方とも赤いわよ」

 つまみあげた鮮血色の宝石を、コートのポケットにねじこむ。その時、

 

――我は力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)に力を与えるものなり

――汝は魔力王(マスター)か?

 

 脳裏に響いた声に、思わず周囲を見渡す。

 

「……明日香。おまえ何か言ったか?」

「落すわよって言ったのよ。サイフとか持ってないの?」

「サイフ買うのに金使ったら、落すのと変わらないだろ?」

「まったく、これだから」

 舞奈の答えに、明日香は肩をすくめてみせる。

 その仕草が不意に可愛らしく思えた。

 慌てて目をそらし、何気に視線をさまよわせる。

 

 ふと、物言わぬ仲間にすがってすすり泣くレインに目をとめる。

 

「雷人君、翼君、みんな……。どうして……」

 美しい金髪の少女は答える事なき仲間に呼びかける。

 そんな彼女を、崩れた壁の上から痩せた野良猫がじっと見やる。

 怪異退治などというバイトを続ける中で、いつの間にか見慣れてしまった光景だ。

 

「……なあ、明日香」

 気弱げな少女の泣き顔から視線を引き剥がすように、再び友人の横顔を見つめる。

 廃墟に立ちこめる埃の臭いと、血の臭い、何かが焦げる臭いの中から、微かなシャンプーの芳香を嗅ぎ分けようと目を細める。

 

 仲間を失うことには慣れていた。そのはずだった。

 それでも人が目前で動かない何かに変わるのを見るのが平気になることはない。

 だから街の片隅にある廃墟に目をやり、ひとりごちるようにつぶやく。

 

「もしあたしがヘマしたら。おまえはああやって泣いてくれるか?」

「何言ってるのよ、バカ」

 それが黒髪の友人の答えだった。

 

 至極まっとうな答えだと思った。

 舞奈も目の前の友人がいなくなる日のことなど考えたことはない。

 考える必要があるとは思わなかった。

 だから、舞奈は口元に笑みを浮かべ、

 

「へいへい。じゃ、明日、学校でな」

 軽薄に笑って、明日香に背を向けた。

 




 予告

 平和と秩序の対価として支払われたささやかな犠牲。
 生き永らえた幸運な者たちは血に濡れた手に掴んだ勝利の美酒を分かち合う。
 勝ち取った束の間の平穏が少しでも長く続くようにと祈りながら。

 次回『転移』

 愛と感傷と一瞬の気の迷いが、少女を新たな戦いへと誘う。


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転移

「毎度ありがとうございますにょ」

 花屋のエプロンをつけた太った店員が営業スマイルを浮かべる。

 舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。

 手にしているのは百合やバラやカーネーションが艶やかに咲き乱れる花束だ。

 

「お嬢ちゃん、今日も彼女にプレゼントかい?」

 店員のおっさんは妙に馴れ馴れしい笑みを浮かべる。

 立っているだけでも大変なのかフウフウ言って汗を拭きながら。

 幾度か花を買ううちに、いつの間にか顔なじみになってしまったのだ。

 そんなおっさんの、

 

「菊1本おまけしておいたよ」

「……変なもん入れんでくれ」

「いやね、売り物の花束を作ってる時に余っちゃって」

「こいつだって売り物だろう、適当な仕事をせんでくれよ」

 余計なおまけに口元を歪める。

 だが問答するのも面倒なので大人しく勘定を済ませ、

 

「……ったく、仏花じゃないんだぞ」

 ぶつぶつ言いながら出口へ向かう。

 それなりに広い店舗の壁一面にはイミテーションの林檎の木が並んでいる。

 この店が入っている商店街が、りんご島商店街などと名乗っているせいだ。

 

「だいたい何で1本だけなんだよ。菊だけ浮いてるだろ」

 やれやれまったくと苦笑しつつ菊から目をそらす。

 そして天井からぶら下がったプラスチック製の林檎を見やる。

 

――あの林檎うまそうだな。食えないかな?

――なにバカなこと言ってるのよ

 

 以前、珍しく明日香と訪れた際に、馬鹿言って白い目で見られたことを思い出す。

 

 苦笑しつつ花束に目を落とす。

 やはり中途半端に1本だけ刺さった菊の花が、すっごく気になる。

 売り物の花束に余計なことをしやがった店員を横目で見やる。

 彼は暇そうに売り物のチューリップを眺めていた。

 

「……ったく、大人は平和そうで羨ましいよ」

 ぶつくさと再びひとりごちる。

 

 だが舞奈だって理解はしている。

 仕事人(トラブルシューター)などしていなければ平和な子供でいられたと。

 

 つい先ほど逝ったばかりの【グングニル】の青年たちも同じだ。

 彼らも執行人(エージェント)なんてしていなければ馬鹿な大学生や高校生でいられた。

 そのまま月日が経てば平和ボケした馬鹿な大人になれたはずだ。

 そんなことを考えたからという訳でもないのだが、

 

「……あのおっちゃん、30歳くらいか?」

 適当に口に出してみる。

 もうちょっと上かもしれないが、子供の舞奈に大人の年なんかわからない。

 それでも、その数字から自分の年齢を引き算した20年という数字が脳裏に浮かぶ。

 

 舞奈は口元に軽薄な笑みを浮かべる。

 自分が20年後にどうなっているかなんて、想像もできない。

 それが今まで生きてきた時間からは想像もつかないほど長い時間だからだろう。

 

 なら明日香は、園香は、どんな大人になっているだろうかと考える。

 園香は母親にでもなっているのだろうか?

 優しく、家庭的で、そして今の調子でいけば美しい、理想の母親になるだろう。

 

 明日香は……。やはり思いつかない。

 たぶんそれは、彼女と舞奈が仕事人(トラブルシューター)なんてしているからだ。

 

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 

 明確な敵がいて、そいつを排除するバイトが安全な訳がない。

 そんな生業を続ける限り、執行人(エージェント)たちに訪れた運命は決して他人事ではない。

 だから無意識に目を背けているのだ。

 未来という言葉から。

 

 それでも……否、だからこそ愛する少女に花を贈りたかった。

 自分がそこにいたことを、彼女がそこにいることを確かめるために。

 そこに絆があったことを確かめるために。

 

 そんなことを考える最中、甲高いクラクションの音が耳をつんざいた。

 

「……うるさいな、どこの馬鹿だよ」

 顔をしかめつつ、ショーウィンドーを兼ねた窓から店外を見やる。

 

 通りをタンクローリーが疾走していた。

 とんでもない音量のクラクションと共に、ブレーキ音をけたたましく鳴らしている。

 

 卓越した視力で運転席を見やる。

 タバコをくわえた中年男が驚愕の表情をうかべている。

 

 視線を追う。

 タンクローリーの進行方向に少女がいた。

 長髪の少女は異音と地響きをたてて迫る鋼鉄の怪物に驚き、身を強張らせる。

 

「女の子が!?」

 舞奈は花束を放り捨て、走り出す。

 

 今から、この距離から走っても間に合わない。

 修羅離れした舞奈にはわかる。

 ヘタを打てば舞奈自身も巻き添えを食う。

 

 だからといって、彼女を見捨てて逃げられる訳はない。

 何故なら舞奈は美少女に目がない。

 それと同じくらい、舞奈は目の前の少女を失うことを恐れる。

 

 自動ドアにぶつかりそうになりながら店を飛び出る。

 異形の怪異にすら対抗しうる身体能力をもって、トラックの鼻先で硬直する少女の身体をつきとばす。その途端、

 

「…………あ?」

 少女の長い髪が、ずれた。

 その下から、刈り上げた銀髪がのぞいた。

 よくよく見やると、顔つきも少年のそれだ。

 

(こいつ、高等部の後藤マサルか?)

 男子の、まして高等部の生徒など興味もない。

 だが珍しい銀髪の彼の名は嫌でも耳に入っていた。

 

(なんで女の子の格好なんか!?)

 コンマ数秒の動揺。

 ふと気づくと、真横にタンクローリーの鼻先があった。

 

――もしあたしがヘマしたら。おまえはああやって泣いてくれるか?

 

 不意に、先ほど20年後の自分を想像できなかった理由を理解した。

 自分にそんなものはないからだ。

 

――我は力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)を護るものなり

――汝は魔力王(マスター)か?

 

(好きにしろよ)

 運命を受け入れる準備は、たぶんずっと前からできていた。

 舞奈は仕事人(トラブルシューター)なんてしているから。

 

 だが明日香は、園香は、20年後にどんな大人になっているのだろう?

 それを見られないことが、心残りだった。

 

 最後に、笑おうとした。

 そして視界が鮮血の色に包まれ、意識が途切れて――

 

「――うやら、お目覚めのようだね」

 目覚めると、おぼろげな視界に2つのふくらみが飛びこんできた。

 舞奈は迷わず手をのばす。

 あたたかく、やわらかく、母親の抱擁のように懐かしいそれを、考えるより先に愛でるように貪るように揉みしだく。

 

「園香……? 明日香か……? それともレイン……ちゃん……?」

 細い指で手の甲を思い切りつねられる心地よい痛みと、だがやわらかなふくらみから引き剥がされる焦りで目をさます。

 気がつくと、寝そべった自分を白衣の女性が見下ろしていた。

 

「……誰だ? あんた」

 舞奈は問う。

 

 対してサングラスをかけた、やや年のいった金髪の美女は呆れた声色で、

 

「わたしはボーマン。レジスタンスのリーダーだ」

 答える。

 そしてつねり上げた舞奈の手を見やり、再び舞奈に向き直り、

 

「あんたの名前も聞いていいかい? 手癖の悪いおちびちゃん」

 問いかけた。

 




 予告

 舞奈が目覚めた新たな世界。
 そこは鋼鉄の巨人が踊るコンクリートの煉獄だった。
 降り注ぐ稲妻とグレネードが破壊のドラムを奏で、新たな戦いの幕が上がる。

 次回『戦場』

 見知らぬ廃墟。
 未知なる敵。
 新たな友。
 肌にヒリつく死の感触だけが変わらない。


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第2章 魔帝と仔猫と栗鼠と
戦場


「……てなわけで、あとはおまえが知ってる通りだ」

 朽ちた巨人の脚にもたれかかって、志門舞奈は側のトルソに乾いた笑みを向ける。

 

「気がついたのはレジスタンスのアジトだった。それからボーマンに話を聞いて、そこが、あたしのいた時代から20年後の世界だって知った」

 言って舞奈は廃墟を眺め、

 

「たまげたよ。ちょっと眠ってる間に街じゅうが廃墟になってて、魔帝(マザー)なんて奴が世界を牛耳って、装脚艇(ランドポッド)なんてバケモノを使って戦争やらかしてるんだからな」

 苦笑しながら語る。

 

 空を鉛色に塞がれた薄闇のはるか向こう。

 天地を繋ぐ巨大な塔のシルエットが、朽ち果てたビル群を見下ろすように起立する。

 魔帝(マザー)軍の本拠地『アヴァロン地点(ポイント)』の中心にそびえ立つ、最重要拠点『魔砦(タワー)』。

 

「それも、もうすぐ終わりさ」

「ボーマン博士の『計画』って奴か」

「ああ、ボーマンの計画が成就すれば、あたしたちは魔帝(マザー)の手から全てを取りもどすことができる。……だといいけどな」

「そうだな」

 少年はピンとこない様子で相槌を返し、

 

「なぁ、舞奈。もうひとつ教えてくれないか?」

「なんだよ?」

「話の初めでさ、おまえと、その、園香って子は何をしてたんだ……?」

「今の話を聞いて、いちばん気になるのはそこか?」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

 男子中学生かよと苦笑し、年齢だけならその通りなのだと思いなおす。

 

「そのうち聞かせてやるよ。未成年にゃまだ早い」

「おまえだって未成年だろうが! っていうか俺より年下だろ!?」

 全力でツッコミをいれるトルソを見やり、舞奈の口元に年齢相応な笑みが浮かぶ。

 だが不意に、

 

「伏せろ!!」

 叫びつつ、朽ちた装脚艇(ランドポッド)の陰へ跳びこむ。

 

 次の瞬間、閃光と爆音が世界にあふれた。

 電光が巨人の骸を揺らす。

 瓦礫まみれの地面に伏せた舞奈のコートに、ツインテールに、爆風で吹き上げられた瓦礫の破片が降りそそぐ。

 頬をオゾン臭いピリピリする熱風が撫でる。

 背後にドサリと何かが投げ出された。

 

「……破壊の雨(ライトニング・ストーム)だ! 畜生!! 魔帝(マザー)軍の次の目標は、このアジトか!」

 瓦礫に顔をうずめながら悪態をつく。

 

 上空から無数の光弾を降らせる破壊の雨(ライトニング・ストーム)で目標地点を蹂躙し、焼け跡に装脚艇(ランドポッド)を放って掃討する。それは魔帝(マザー)軍がレジスタンスを殲滅する際の常套戦術だ。

 廃墟と化した世界を支配する魔帝(マザー)は、魔法と機械を駆使して生存者を狩り続ける。

 1年前に突然放り出され、今ではすっかり慣れ親しんでしまった狂った世界に舌打ちし、舞奈は顔をあげる。

 視界の端に伏せたトルソの頭を捉え、安堵の笑みを洩らす。

 

「雨がやんだら入口まで走るぞ。……どうした?」

 背後に問うが、返事がない。

 饒舌だった少年の不自然な沈黙に、思わず背後をふり返り、

 

「糞ったれ!!」

 再び悪態。

 

 少年の腰から下はなかった。

 数分前まで他愛も無い会話を交わしていた少年は、瓦礫まみれの地面の上で胸像のように転がっている。直撃を受けて吹き飛ばされたのだろう。

 

「……未成年にゃ早いっつったろ」

 喪失感から目を引き剥がすように、乾いた笑みを浮かべる。

 今までだって、そうやって失う痛みを誤魔化してきたから。

 そしてすぐさま平常心を取りもどす。

 何かを失うのは慣れている。慣れてしまっている。

 

 舞奈は爆音に耳を済ませてタイミングを計る。

 雷撃が途絶えた隙に、死した巨人の陰から跳び出す。

 

 瓦礫を踏みしめて走る舞奈を砲声が追いかける。

 装脚艇(ランドポッド)による第2波攻撃か。

 轟音が廃墟を揺るがし、鉄の守護者を砕き、打ち倒す。

 廃墟に偽装されたアジトの出入口に転がりこめたのは、幸運の賜物でしかなかった。

 

「ボーマン! トルソがやられた!」

「舞奈!? 無事だったかい!」

 出入口から転がりこんできた舞奈を、やや年のいった女性が出迎えた。

 白衣を着こみ、サングラスをかけた彼女はボーマン博士。

 レジスタンスを束ねるリーダーだ。

 

 崩れかけた廃屋に機器を並べただけのアジトを、砲声と爆音が揺らす。

 浮き足立ったレジスタンスたちの怒号にボーマンの指示が混じる。

 部屋にいる誰にも、少年の死を悼む余裕はない。

 次がこの中の誰であっても、あるいは全員であってもおかしくないからだ。

 

「レーダーに装脚艇(ランドポッド)の反応はなかったのか!?」

 それでも舞奈は叫ぶ。

 

 破壊の雨(ライトニング・ストーム)が降った直後に砲撃が来た。

 事前に装脚艇(ランドポッド)が接近していたはずだ。

 その反応をレーダーが捉え、警報を発していれば、舞奈はトルソと共に避難できた。

 だがボーマンは唇を口惜しげに歪め、

 

「……今さっき至近距離に反応があった。数は8。たぶん全機が【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】だ」

「畜生!」

 苦々しいボーマンの言葉に舞奈は毒づく。

 

 装脚艇(ランドポッド)には異能力者と同様に異能力を行使する機能がある。

 多数の装脚艇(ランドポッド)を常備する魔帝(マザー)軍は多岐にわたる異能力を状況に合わせて投入できる。

 だから姿を隠しレーダーをも欺く【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】を揃え、完璧な奇襲を実現せしめた。

 

魔帝(マザー)の正規軍はレベルが違うよ! まったく!」

「ボーマン博士! カリバーン1号機、2号機、3号機の出撃準備が整いました!」

 オペレーターが、瓦礫の上に据え置かれた端末を見やりながら叫ぶ。

 

「すぐに出しな! あと見えない相手と戦うときの鉄則を忘れるなって伝えてくれ!」

「あたしも行くよ! 全員が【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】ってなら、あいつらだけじゃ厳しい」

 同志を守れなかったから、残された仲間を死なせたくない。だが、

 

「4号機はリンボ基地(ベース)で修理中だ。何で出る気だい!?」

「使い慣れたこいつがあるさ」

 舞奈はニヤリと笑い、グレネードランチャー(GL40)装着したアサルトライフル(ガリルARM)を小突く。

 

 愛銃(ジェリコ941)と同じ砂塵の国のライフルは、激戦に耐えうる堅牢さを誇る名銃である。

 だが21年前ですら旧式だった銃が、未だに使われている理由は他にもある。

 鋼鉄の巨人(ランドポッド)が闊歩する瓦礫と硝煙の世界では、人間が使う銃器は進化していない。

 まるで人という種が衰退し、巨人に取って代わられたとでもいうように。

 

「分かったよ。……あいつらを守ってやってくれ」

 ボーマンの返事を待つのももどかしく、舞奈は跳びこんできたのとは別の出入り口に向かって走り出す。鋼鉄の悪鬼と砲弾と死が飛び交う死の街を目ざして。

 

 そしてアジトの外。

 廃ビルと瓦礫、硝煙と埃の臭いに覆われた廃墟の一角。

 

 周囲に砲声が鳴り響く中、瓦礫と鉄片に覆われた地面が凹み、歪な窪みを残す。

 まるで見えない金槌に打ち据えられたように。

 

 さらに、その側にも新たな窪み。

 そうやって悪魔の足跡のように続く窪みの先に、空気からにじみ出るように暗緑色の巨人が出現した。

 

 それは2階建てのビルほど大きな重機に見えた。

 あるいは角張った戦車に鋼鉄の手足を取り付けた歪な人形にも。

 

 車輪の代りに瓦礫を踏みしめるのは、車体の下に生えた無骨な2本の脚。

 車体の上の砲塔に砲はない。その代わり、両サイドに2本の腕が付いている。

 砲塔のさらに上には、簡易レーダー付きの無表情なカメラ。

 

 そんな巨人の歩みは遅い。

 鉄の塊だからと言われてしまえばそれまでだが、全力疾走を嫌う怠惰な性質が機体のスペックを下げているような、まるで泥人間を思わせる緩慢な動きだ。

 

「ポイントD015。ソードマン1機を確認。やっぱり【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】だ」

 舞奈は廃ビルの陰に身を潜め、胸元の通信機に告げる。

 ソードマンとは魔帝(マザー)軍が多用する量産型の装脚艇(ランドポッド)の名だ。

 

 ソードマンが瓦礫を蹴散らし、鉄骨を踏み折りながら歩み寄った先。

 そこにも、もう1機のソードマン。

 鋼鉄の両腕で巨大な弓を引きしぼり、砲声の如く轟音とともに矢を放つ。

 火砲ではなく弓矢など用いているのは、武器を強化する異能力が砲弾には効果をもたないからだ。

 

「D005にもう1体。でっかいパチンコで撃ちまくってる。バーンたちはまだか?」

 舞奈は焦る。

 見やる鋼の巨人の胸部から声が漏れる。

 

『周辺の捜索は終了した。伏兵はいない』

『そうか、ならこのままゲリラどもをあぶり出し、殲滅する』

「拡声器でお話たぁ余裕だな」

 漏れ聞こえるソードマンの会話に舞奈は毒づく。

 

『レーダーに反応! ゲリラどものカリバーン! 3機だ!』

 砲声が途切れる。

 弓矢を構えた1機は周囲を見渡すように砲塔を揺らす。

 もう1機は砲塔に付いた腕を動かして、車体のサイドにマウントされた剣を取る。

 

『やぁぁぁ!!』

 拡声器から響く少年の声とともに、ソードマンたちの目前に1機の巨人が踊り出る。

 

 レジスタンスの装脚艇(ランドポッド)『カリバーン』。

 その外見はソードマンと大差ない。

 ただ灰色の都市迷彩を施され、魔帝(マザー)軍のそれと違って希少なためかカメラ周りに端材を張り合わせて人の頭部に似せてある。

 

 黄色い頭のカリバーンは足の無限軌道(キャタピラ)で疾走する。

 そうしながら鉄材を張り合わせた巨大な盾を投げ捨て、手にした剣を両手で構える。

 ソードマンより素早い。

 

 人間で言う丹田にあたる車体部分が輝くと、手にした剣に紫電が宿る。

 

「……【雷霊武器(サンダーサムライ)】。スプラの3号機か」

 ひとりごちる。

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 

 年若いスプラはトルソの親友だった。

 トルソは装脚艇(ランドポッド)を動かすための適正を持たなかった。

 だから弟分のスプラに希望を託し、励まし勇気づけていた。

 奇襲による混乱に流されるままに発進したスプラは兄貴分の末路を知らないはずだ。

 

 そんなスプラの3号機に対峙した、2機のソードマンが動いた。

 1機の剣が炎に包まれる。

 もう1機は弓矢を背部のラックにかけ、車体の横にマウントされた剣に手を伸ばす。

 だが次の瞬間、飛びかかった3号機の稲妻の剣に車体を貫かれた。

 

 渾身の突きを見舞った3号機は剣を引き抜きつつ無限軌道(キャタピラ)で後退する。

 同時に暗緑色の機体が幾筋もの光を放って爆発する。

 

 装脚艇(ランドポッド)の急所は、車体に組みこまれたPKドライブだ。

 人型の戦車を駆動させるための超エネルギー――魔力の源を破壊されることによって巨人は容易に自壊する。

 

『ゲリラ風情が!』

 もう1機のソードマンは炎の剣を振るう。

 カリバーンは稲妻の剣で受け止める。

 

『これ以上はやらせない! 止めるよ、カリバーンの運動性能でね!』

『甘ぇんだよ! ガキ!!』

 不意に、ソードマンの姿が溶けるように消えた。

 

 装脚艇(ランドポッド)が持つ異能力はひとつだけ。

 だが例外はある。

 操縦者が異能力者だった場合だ。

 機体とあわせて2つの異能力を併用することもできる。

 

『消えた!? ど、どこだ……?』

 拡声器から焦った声を漏らしながら、敵機を見失った3号機が砲塔を揺らす。

 異能力【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】は身体を透明化のフィールドで包む。

 なので視覚だけでなくレーダーをも欺く。

 

「スプラ! 後だ!」

「えっ?」

 舞奈は通信機に向かって叫ぶ。

 轟音とひしゃげる瓦礫で不可視の巨人の移動を見抜いたのだ。

 

 だが狼狽したスプラは反応が遅れる。

 その隙に3号機の背後に、空気から滲み出るようにソードマンが出現した。

 

『隙だらけだぜガキンチョ! コックピットを串刺しにしてやる!』

 叫びながら炎の剣を振り上げる。

 

 装脚艇(ランドポッド)のコックピットは、人間でいう胸部に当たる砲塔部分に収められている。

 コックピットハッチは背中側だ。

 

 ソードマンは炎の剣を振り下ろす。

 捉えるは無防備に晒されたカリバーンのもうひとつの急所。

 爆音が廃墟を揺るがす。

 

『ぐあぁ!!』

 だが拡声器から漏れた悲鳴はソードマンの男のそれだ。

 

 暗緑色の巨人は、動かなくなった3号機の脚部から炎剣を引きぬく。

 狙いはそれていた。

 何故なら角張ったソードマンの背には、まとわりつく爆炎の残滓。

 

『グレネード? ゲリラの斥候(ネズミ)か!!』

 砲塔を旋回させてふり返ると、ビル壁の合間にコートの少女が立っていた。

 

 舞奈である。

 2階建てのビルほど大きな悪鬼を見上げる少女の双眸に恐れはない。

 それどころか口元に不敵な笑みすら浮かべ、アサルトライフル(ガリルARM)を構える。

 

『けど残念だったな! 不意討ちに失敗したら、歩兵は装脚艇(ランドポッド)に勝てねぇんだよ!』

 叫びと同時に、ソードマンの姿が再びかき消える。

 だが重機が瓦礫を踏みしめる断続的な轟音は、壁を迂回するように動く。

 舞奈の背後へと回りこむ。

 

『ガキだからって容赦はしねぇ! 焼き潰してやる!』

 舞奈の背後に鋼鉄の巨人が姿をあらわした。

 微妙だにしない少女を屠ろうと、装脚艇(ランドポッド)すら貫く炎の剣を振り上げる。

 

 途端に少女は振り向き、グレネードランチャー(GL40)引鉄(トリガー)を引く。

 すぐさま横に跳ぶ。

 

 なびくコートの端を、灼熱する巨大なギロチンの如き炎剣が焦がす。

 舞奈は瓦礫まみれのビル壁の陰に頭から転がりこむ。

 

 次の瞬間、対装脚艇(ランドポッド)用の徹甲榴弾が巨人の下腹部を穿つ。

 ソードマンの砲塔と車体の間には駆動部を兼ねた非装甲部分がある。

 普通なら命がかかった戦闘中に狙って当てようなんて思わない細い細い隙間。

 だが人外の射撃技術を誇る舞奈にとっては致命的な隙。

 

 閃光。爆発。

 

 舞奈は瓦礫の中から一挙動で跳び起きる。

 

「……ちったあ忍ぶ努力をしろよ」

 ビル壁の隅から見やりながら、ひとりごちる。

 

 視線の先で、ソードマンが業火の如く爆炎に包まれていた。

 砲塔と車体の隙間に徹甲榴弾が突き刺さり、PKドライブを破壊したのだ。

 




 予告

 戦友が遺した新たな力。
 装脚艇(ランドポッド)
 銃の代わりに少女が握るは鋼鉄の巨兵の操縦桿。
 剣と異能が織り成す戦場を、砲声が疾風のように吹き抜ける。

 次回『巨兵』

 舞奈はただ敵を撃ち抜く。
 今までずっと、そうしてきた。
 これからも、たぶんずっと。


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巨兵

「……機体のほうが【火霊武器(ファイヤーサムライ)】だったか?」

 舞奈は派手に四散炎上するソードマンに背を向ける。

 そして3号機へと走り寄る。

 

「スプラ、無事か?」

 通信機に向かって叫ぶ。

 返事はない。

 3号機は仰向けに倒れたまま動かない。

 

 舞奈は3号機と瓦礫の隙間にもぐりこむ。

 肩口がビルに引っかかって斜めになっている。

 なので砲塔の背面に位置するコックピットハッチの下には隙間がある。

 幸いにもハッチは無傷だ。

 

 近くの瓦礫を足場にハッチの横のカバーに跳びつき強引にこじ開ける。

 中に収められていた人間サイズのレバーを引いて、強制的にハッチを開ける。

 

「おっと」

 真下に開いたハッチからスプラが降ってきた。

 避けた舞奈の横に転がり落ちる。

 

 年若い小柄な少年を一瞥する。

 オープンタイプのヘルメットに血がにじみ、やわらかな茶髪を濡らしている。

 息はあるが意識はない。

 舞奈はスプラの側にしゃがみこみ、頬を拳で5往復殴る。

 

「う……ここは……?」

 鍛え抜かれた舞奈はパンチの威力も相当だ。

 その甲斐あって少年は目覚める。だが、

 

「い、痛い、イタイ! 足が、ボクの足がぁぁぁ……!?」

 彼は見た目にはなんともない片足を押さえてうめく。

 強打された頬ではなく。

 

「フィードバックの副作用だ。安心しろ、頭以外は無事だ」

 舞奈は努めて冷静に諭す。

 

 装脚艇(ランドポッド)の動力であるPKドライブは、機体の動作をも司る。

 原理は不明だが、パイロットの意識と半ば同調して挙動の調整を行なうのだ。

 フィードバックと呼ばれるこの作用によって、パイロットは操縦桿を握って大まかな動作を意図するだけで装脚艇(ランドポッド)を操作できる。

 機体の破損に痛覚が反応する現象は、その副作用だ。

 

「それより動けるか? 後はあたしが何とかする」

「うぅ……。ま、舞奈? 装脚艇(ランドポッド)の操縦なんてできるの……?」

「1年間みっちり練習させられたからな。車庫入れくらいはできるさ」

「しゃこ……? そっか、なら頼む。恩に着るよ」

 提案に、少年は素直にうなずく。

 自身の身体も相当なダメージを受けているのはわかるのだろう。

 

 近くにあったマンホールの蓋を開け、よろめきながら降りる。

 下水道を伝ってアジトへ戻る算段だ。

 

 舞奈は入れ替わりにコックピットへ登る。

 横向きになったシートに無理やりに腰かける。

 レバーを操作して背後のハッチを閉める。

 

 装脚艇(ランドポッド)の数が不足しているために斥候に徹していた舞奈。

 だが、平時に練習がてら動かしたことがある。

 ボーマンの厳しい指導を思い出しつつ、視界いっぱいにひしめく計器やスイッチを操作して起動シーケンスを開始する。

 

――ハロー、マスター

 

 脳裏に声が響く。

 パイロットとPKドライブの同調――フィードバックの前兆だ。

 

 フィードバックによる同調の度合いには相性がある。

 装脚艇(ランドポッド)と最も深い絆を結べるのはボーマン曰く、機体に『似ている』少年たちだ。

 これこそが、元自衛隊員や民間軍事会社(PMC)の傭兵すら擁するレジスタンスの精鋭を差し置いて、年端もゆかぬ少年たちが主戦力(ランドポット)を駆る理由である。

 

 だが舞奈は3号機に『似ていない』。

 舞奈は女だし、異能力も持っていない。

 年不相応に生意気でひねくれ者な舞奈と、似た者なんて過去にも現在にもいない。

 だから機体の積極的な協力を得られぬまま四苦八苦しつつ、それでも起動シーケンスを終わらせる。

 

――僕は【雷霊武器(サンダーサムライ)

 

「――知ってるよ」

 舞奈はコンソールパネルの隅に刻まれた『RAITO』の文字を撫でる。

 口元に乾いた笑みを浮かべて操縦桿を握り、機体の体勢を立て直す。

 

 レーダーを見やる。

 装脚艇(ランドポッド)の反応は敵味方あわせて5。

 

 自機以外の味方は2機。

 出現した敵は8機。

 うち2機は撃破済みだから、敵か味方が3機撃破された?

 

 だが気配を感じ、舞奈は操縦桿をひねる。

 黄頭の巨人は瓦礫を蹴散らし横に跳ぶ。

 機体と一心同体とはいかなくとも、カリバーンの反応速度はソードマンより速い。

 ソードマンの緩慢なそれを泥人間に例えるならば、カリバーンの動きは人間の異能力者並みといったところか。

 

 そんなカリバーンの残像を斬り裂くようにソードマンが出現する。

 斬り損じた太刀を振り抜いたポーズのまま。

 

 側に、剣を構えたもう1機が姿をあらわす。

 レーダーにも反応が2つ追加される。

 敵機はすべて【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】だから、当然ながら新手もそうだ。

 

 慣れぬ機体の前に立ちふさがる2機のソードマン。

 だが、舞奈の口元には不敵な笑みが浮かぶ。

 

「来たのが5機じゃないってことは、バーンとピアースは上手くやってるってことか」

 舞奈はレバーを押しやる。

 鋼鉄の手が剣を投げ捨て、車体の横にマウントされた低反動砲をつかむ。

 戦車の砲塔についているような短砲身の滑腔砲も、装脚艇(ランドポッド)が持つと拳銃だ。

 

『この距離で砲撃だと? 素人が!!』

 叫んだソードマンが太刀を振り上げた瞬間、車体に風穴。

 

 教本では愚策とされる、だが舞奈が得意とする至近距離からの正確無比な早撃ち。

 それが巨人の急所を無慈悲に穿ったのだ。

 

 3号機は足元の無限軌道(キャタピラ)を唸らせ、素早く敵機に走り寄る。

 

「いらないなら、あたしが使ってやるよ」

 舞奈は拡声器ごしに言い放つ。

 空いた手で腰の拳銃(低反動砲)を奪う。

 直後、駆け抜けたカリバーンの背後でソードマンが爆発した。

 

 同時に残る1機が霜をふりまく剣を振り上げて突撃してくる。

 

 舞奈は敵機の中心に2つの照準をあわせる。

 カリバーンは振り向きながら両腕の拳銃(低反動砲)を構える。

 

 引鉄(トリガー)を引く。

 2丁の拳銃(低反動砲)が火を吹く。

 直撃を受けた【氷霊武器(アイスサムライ)】が倒れこみながら爆ぜた。

 

 異能の力を操り巨大な剣を振り回す鋼鉄の巨人。

 だがそれは、乗り手を無敵の英雄にしたりはしない。

 油断ひとつで、強固な鋼鉄の鎧は容易く鉄の棺桶へと変わる。

 敵も味方も、自分も。

 

 レーダーを見やる。

 反応は5。

 2機と1機が交戦中。残りの2機は動かない。

 

 スロットルを引きしぼり、カリバーンを交戦区画へと走らせる。

 

 21年前には数多の怪異たちが潜んでいた廃ビルの隙間。

 そこを地上の新たな主となった鋼鉄の巨人が駆ける。

 

 そして崩れ落ちた瓦礫を蹴散らし駆けつけた先。

 3号機を出迎えたのは、真新しい装脚艇(ランドポッド)の残骸だった。

 幸いにも暗緑色のソードマンだ。

 

 歪な鋼鉄の塊の側。

 不自然に隆起した氷塊の陰に、2機のカリバーンが身を隠していた。

 

「バーン! ピアース! 無事か!」

『乗っているのは舞奈か!?』

 舞奈の叫びに答えるように、通信モニターに眼鏡をかけた細面が映る。

 2号機パイロットのピアースだ。

 

『まあ、いい。1機は墜としたが、厄介な奴がいる』

 通信を遮るように、爆音が氷塊を揺るがす。

 

 青い頭のカリバーン2号機【氷霊武器(アイスサムライ)】が手にした剣は、周囲の水分を凝固させて氷塊と化すことができる。

 堅牢な氷の壁は、PKドライブの出力が許す限り無限に修復することができる。

 だから重い砲撃に震えながらも、その陰に隠れる2機のカリバーンを守り抜く。

 

 対するソードマンは、隠れる物もなく仁王立ちのまま、ライフルのように両手で構えた長砲身の低反動カノン砲を撃ちまくっている。

 

 舞奈は舌打ちする。

 敵は異能力で強化することのできない火砲を主武装にしている。

 つまり剣や弓矢を強化する以外の厄介な異能力を持っているということだ。

 

『ったく! 撃ち合いなんか俺のガラじゃねぇってのに!』

 モニターに、勝気そうなクセ毛の青年が映る。

 1号機パイロットのバーンだ。

 

 赤い頭の1号機は、砲声の合間を縫って氷の壁の端から拳銃(低反動砲)を撃つ。

 2発が側のビル壁を砕き、3発目がソードマンの車体をかすめる。

 そして4発目が車体に突き刺さる。

 だが装脚艇(ランドポッド)の装甲を易々と貫くはずの砲弾は、敵の装甲に弾かれて地に落ちる。

 傷すらつけることはなかった。

 

「……【装甲硬化(ナイトガード)】か」

 装甲を強化し、無限の強度を与える異能力の名をひとりごちる。

 

『スプラがいれば、あんなチキン野郎なんか屁でもねぇのによ!』

 モニターの中でバーンが歯がみする。

 

 負傷してアジトへ帰還したスプラは異能力者【魔力破壊(マナイーター)】だ。

 異能を消す異能があれば、堅牢な【装甲硬化(ナイトガード)】を貫くことなど容易いはずだった。

 

「なら、代わりにあたしがなんとかするよ」

 言うが速いか、舞奈は操縦桿をひねる。

 2丁の拳銃(低反動砲)を構えた3号機が廃ビルの陰から跳び出す。

 

 ソードマンは舞奈に向き直り、続けざまにアサルトライフル(低反動カノン砲)を撃つ。

 だが鉄杭の如く砲弾は3号機を捉えきれず、代りに廃ビルを粉砕する。

 

「さっすが長砲身、すごい威力だ」

 舞奈は口元に笑みを浮かべ、素早く照準を合わせて引鉄(トリガー)を引く。

 

 ソードマンが爆ぜる。

 砲塔と車体の合間を撃ち抜かれたのだ。

 装甲を強化する【装甲硬化(ナイトガード)】では装甲の合間を守ることはできない。

 故に舞奈に対しては無力。

 

『やるねぇ!』

 通信モニターのピアースに笑みを返し、舞奈はレーダーを見やる。

 

 反応は4。

 2機の味方機(カリバーン)と、動きのない2機の敵機。

 




 予告

 舞奈と仲間が対峙するは2匹の未知なる装脚艇(ランドポッド)
 魔術。
 妖術。
 鋼鉄と瓦礫と死にまみれた今を脅かすのは、失くしたはずの過去の残滓。

 次回『異形』

 Burnはオノマトペではなく燃焼の意。
 猛る刃が焼き貫くのは敵か? 味方か? それとも……?


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異形

『見ねぇ型だな? 新型か?』

 バーンのいぶかしげな声につられ、大通りの先にたたずむ2機を見やる。

 

 1機はソードマンの亜種に見える。

 漆塗りの角張った機体は金の縁取りやオカルトじみた数珠で飾りつけられている。

 だが最も特徴的なのは、砲塔から生えた6本の腕。

 何とも奇妙な外見だ。

 

「なんだありゃ? 神輿か?」

『おそらく全滅した第2次攻撃部隊が目撃した、釈尊って名前の機体だ。まずいな。奴の異能力について、物騒な噂がいくつもあるんだ……』

「物騒って、具体的にどんなよ?」

 沈着冷静なピアースにしては珍しく歯切れの悪い言葉に、舞奈は思わず聞き返す。

 だが、

 

『そんなもん、どうだっていいじゃねぇか!』

 通信モニターの中でバーンが笑う。

 相棒のフォローをしたつもりなのだろう。

 

 彼とピアースは、互いの背中を預け合うパートナーだ。

 かつてのスプラとトルソのように。

 ……あるいは舞奈と明日香の。

 

『敵がどんな異能力を持っていようが、俺たちにかかればイチコロよ!!』

「そうかい」

 大口に、舞奈はおざなりな返事を返す。

 その視線は、釈尊の側に立つもう1機に釘づけになっていた。

 

 その黄金色の装脚艇(ランドポッド)は、さらに異様な風体をしていた。

 

 横に並ぶ釈尊と比べてひと回り小柄な、砲塔と一体化した流線型の車体。

 車体から後にのびる、細い尻尾のような安定化装置(スタビライザー)

 しゃがみこむように折りたたまれた優美な脚に、無骨な無限軌道(キャタピラ)はついていない。

 小ぶりな腕。

 そして砲塔の上部に取り付けられた、急造ではない、ちゃんとした頭部。

 

 舞奈には、それは直立した巨大な猫に見えた。

 

『俺はその釈尊って奴ををヤる! ピアースは【猫】だ! 舞奈は援護に回れ!』

 1号機は無限軌道(キャタピラ)を唸らせて敵機めがけて突き進む。

 拳銃(低反動砲)を車体のラックに戻し、背部から剣を抜く。

 その刃が燃える。【火霊武器(ファイヤーサムライ)】だ。さらに、

 

『俺の中の狼の牙よ! カリバーンに宿れ!!』

 叫びとともに、機体そのものも燐光に包まれる。

 念動力を身体に作用させることにより俊敏にする【狼牙気功(ビーストブレード)】。

 搭乗者であるバーン自身の異能力である。

 

 2号機もそれにならい、冷気の剣を構えて突撃する。

 異能力者が異能力を使用する際にはアドレナリンが過剰に分泌され、身体能力を高めると同時に恐怖心を拭い去る。

 だからこそ彼らは異能を操る鋼の巨人にすら勇敢に立ち向かえる。

 だが、その反面、愚かで無謀な選択によって身を亡ぼすことも多い。

 

「気をつけろ! そいつら強いぞ!!」

 胸騒ぎをおぼえて舞奈は叫ぶ。

 

 装脚艇(ランドポッド)8機による奇襲をたった3機で押し返し、今や優劣は逆転し2対3となった。

 その昂揚に、異能力の副次効果が加わって彼らを突き動かしていた。

 

 2号機は剣を構えたまま【猫】に突撃する。

 無限軌道(キャタピラ)の速度に装脚艇(ランドポッド)の全重量を乗せた必殺の一撃が、異形の敵機に迫る。

 

 だが次の瞬間、【猫】の姿が蜃気楼のようにゆらぎ、4体の【猫】と化した。

 

 斬撃は4体になった【猫】のうちのひとつだけを貫く。

 否、必殺の一撃は、そこに何もなかったかのようにすりぬけた。

 貫かれた【猫】は幻のように溶けて消える。

 

 舞奈は舌打ちする。

 知る限り、こういう現象を引きおこす異能力はない。

 

(分身の魔術? 魔術師(ウィザード)か!?)

 幻を斬った勢いのまま大通りを走る2号機の背に向け、残る3体の【猫】が短い腕を差し向け、何かを放つ。金属片のようだ。

 狙いが逸れたか足元を穿ったそれを、2号機の無限軌道(キャタピラ)が踏み潰す。

 その途端、地面から氷の棘があらわれて2号機を縛める。

 

『何だと!?』

 モニターの中でピアースが驚く。

 いきなり訳のわからない手段で動きを止められたからだ。

 

 だが舞奈はその正体に見当がついた。

 おそらく拘束の魔術であろう。

 投げつけた何かを媒体に作りあげた氷の棘で縛るのだ。

 

 次いで【猫】は両腕を天にかざす。

 別の――おそらく必殺の魔術を放つつもりか。

 

「させるかよ!」

 舞奈は両手の引鉄(トリガー)を引く。

 2丁の拳銃(低反動砲)が火を吹き、2体の【猫】が消える。

 だが砲弾が残った1機を捉える寸前、【猫】の姿は上方へと消えた。

 

 見やる舞奈の目前で、【猫】は両脚の先から光の粉を振りまきながら上り続ける。

 そして1際高い廃ビルの頂上へと降り立った。

 

「猫のクセに空飛ぶのかよ!」

『――どうなってやがる!』

 驚く舞奈の視線を、通信機から漏れる悲鳴が地上へと引き戻した。

 バーンの声だ。

 

『動かねぇ! 機体が動かねぇ!!』

 見やると1号機も、剣を振り上げた姿勢で停止していた。

 こちらは全身に長方形の紙片が貼り付けられている。

 

『ひょ、ひょ、ひょ、ひょ、ひょ!』

 拡声器で増幅された狂った笑い声が響く。

 数珠と漆で装飾された6本腕の装脚艇(ランドポッド)からだ。

 どうやら釈尊とやらのパイロットは甲高い声の男のようだ。

 

『聖なる摩利支天(マリーチ)の神符で仏敵を縛る、これぞ【摩利支天鞭法(マリーチナ・バンダ)】っ!!』

「畜生! こっちは仏術使い……妖術師(ソーサラー)かよ」

 舞奈は2丁の砲門を釈尊へ向ける。

 

 釈尊は砲塔の横から生えた2本の腕を前へと突き出す。

 そして背部から生えた細い4本の腕で印を結ぶ。

 

 舞奈は引鉄(トリガー)を引く。

 だが釈尊が突き出した太い腕の先に業火が灯り、盾と化す。

 

 業火の盾が砲弾を受け止め溶かす様に顔をしかめつつ、さらに引鉄(トリガー)を引く。

 だが舞奈の焦りに答えたのは警告音。

 

「糞ったれ! 弾切れだ!」

 カリバーンの両腕が自動化された弾倉交換を開始する。要する時間は数十秒。

 だが舞奈は弾倉交換を無理やりに中断する。

 カリバーンは2丁の拳銃(低反動砲)を取り落とす。

 

 鳴り響く警告音に構わず、舞奈は3号機の脚部を操作する。

 カリバーンは先ほど撃破したソードマンが持っていた得物を蹴り上げる。

 アサルトライフル(低反動カノン砲)を腕部でつかむ。

 そのまま両腕で構える。

 自走砲に積まれているような長砲身・大口径砲の重量に機体が沈みこむ感触を感じつつ、舞奈は高層ビルの頂上に照準をあわせて引鉄(トリガー)を引く。

 

 衝撃が車体にまで伝わる。

 

 装脚艇(ランドポッド)が用いる銃砲は従来の無反動砲とは異なり、疑似的な慣性制御による革新的な反動軽減技術が用いられているため『低反動砲』などと呼ばれている。

 だが、その分だけ装薬の量も増えているので結果的に反動は変わらない。

 大口径砲ともなると、敵を壊したいのか自機を壊したいのか判別がつかないくらいの衝撃が襲いかかる。

 

 だが、その甲斐あってか2号機を縛めていた氷の棘が溶ける。

 ビルの頂上に逃げた【猫】が被弾し、氷の棘を維持できなくなったのだろう。

 たいていの魔術は維持するために集中が不可欠だ。

 それを21年前に魔術師(ウィザード)と組んで仕事人(トラブルシューター)をしていた舞奈は知っている。

 

「くっ……動ける!?」

「ピアース! 挟み撃ちだ!」

「ああ、了解した!」

 縛めを解かれた2号機は舞奈の言葉に急かされ走る。

 標的は1号機と対峙する6本腕の異形、釈尊。

 

 対する釈尊は背部の腕で印を結ぶ。

 巨大な炎矢を放ち、背後に迫る2号機を牽制する。

 

 同時に炎の盾が消える。

 舞奈はチャンスとばかりにアサルトライフル(低反動カノン砲)の狙いをさだめる。

 

 だが釈尊の腕には剣が握りしめられていた。

 

「クソっ! 動け! 動けってんだよ!!」

 1号機は身動きがとれない。

 釈尊は剣を構える。

 舞奈は迎撃しようとするが間に合わない。

 

「やめろぉぉぉぉ!」

『ゲリラめぇぇぇっ――!』

 ピアースと敵パイロットは同時に叫ぶ。

 次の瞬間、宝飾された鋭い剣が、1号機の砲塔を串刺しにした。

 通信機から漏れる悲鳴。

 

『――っさぁぁぁっつ!!』

「バーン!?」

『バァァァァァンッ!!』

 舞奈とピアースが同時に叫ぶ。

 

 爆音が轟き、通信機がコックピットに断末魔をぶちまける。

 釈尊の剣が爆炎に包まれ、1号機の砲塔を内部から吹き飛ばしたのだ。

 

『ひょ、ひょ、ひょ、ひょ、ひょ!』

 拡声器から耳障りな笑いを放ちつつ、釈尊は胸を焼き貫かれた1号機を蹴り倒す。

 そして地を転がる1号機の剣を踏み折った。

 鋼鉄がへし折れる痛ましげな音色が廃墟に響く。

 

 通信モニターの中でピアースが歯噛みする。

 バーンは彼の相棒だった。

 

『ひょ、ひょ! ゴミが燃えるイイ臭いがするねぇ!』

 不意にモニターに男が映る。

 黒い袈裟を着こみ、山羊の角が付いた異形の仮面を被った男。

 1号機を屠った敵機――釈尊からの通信だ。

 

『我は魔帝(マザー)が忠実なる僕、ゴォォォトマン! 貴様らゲリラをめっ、さぁぁぁつ! 滅殺するものなりぃ!!』

『滅殺するのは貴様だ! ゴートマンとやら! バーンの仇!!』

 哄笑を遮って、怒りに震えるピアースの叫び。

 だが無限軌道(キャタピラ)を唸らせて迫る2号機を、

 

『ひょっひょ!』

『ぐわぁ!!』

 釈尊は奇声あげつつ炎の剣で打ち据える。

 受け止めた2号機の剣が砕け、握っていた右腕ごと千切れ飛んだ。

 敵は妖術で機体のパワーを強化しているらしい。

 

「……ピアース、さがれ」

『くっ……。けど舞奈!?』

「今の見たろ? あんたがどうにかできる相手じゃない」

『じゃ、おまえならどうにか出来るのか!?』

 遺された仲間を制止しながら、3号機を走らせる。

 

 そうしながら【機関】の仕事人(トラブルシューター)だった21年前の記憶を呼びおこす。

 否、舞奈にとっては、ほんの1年前の。

 

「……出来るさ」

 ひとりごちる。

 

「あんなの目じゃないよ、あたしが知ってる魔法使いに比べたら雑魚だ」

『おのぉれぇ! 魔帝(マザー)に力を賜りしこの我を愚弄したなぁ!!』

 舞奈の言葉に山羊の角仮面は怒り狂う。

 

『釈尊! あの小娘を先に殺すぞぉ!! 子供がぁぁぁ! 女がぁぁぁ! 我を破れる道理なしぃぃぃ!!』

「ハハッ! できるといいな!」

 ゴーントマンの怒声を聞き流し、舞奈の口元に凄惨な笑みが浮かぶ。

 脳裏に黒髪の魔術師(ウィザード)の面影が浮かぶ。

 

――妖術師(ソーサラー)は己が身に蓄えた魔力によって妖術を使うの。強力だけど汎用性には劣るわ

――真言を使うタイプの妖術師(ソーサラー)は、さしずめナイフを持った武道家ってところね

――何か投げてくることはあるけど、避け方は銃弾と同じよ

 

「……分かってるよ、そんなこと」

 ひとりごちつつ、3号機は釈尊にアサルトライフル(低反動カノン砲)の一撃を見舞う。

 

 すぐさま廃ビルの陰に走りこむ。

 次の瞬間、ビル壁に無数の符がぶつかり、空振りした拘束の術が燃え散って消える。

 

『女のクセにぃ! 子供のクセにぃ! なぁぜぇ避けるぅぅっぅ!!』

 釈尊のコックピットでゴーントマンは地団太を踏んで悔しがる。

 

 一方、舞奈はそのまま廃ビルの合間を縫うように3号機を走らせる。

 敵は再び拘束の術を行使する。

 だが先ほどと同じように放たれた符の束を、舞奈も同じようにビル壁で防ぐ。

 こちらには対処できる。

 

 3号機を走らせながら、レーダーに映った敵機の位置を確認する。

 ちょうど廃ビルを挟んだの向こう側だ。

 

 コンクリートを撃ち抜く攻撃魔法(エヴォケーション)を使う隙など与えるつもりはない。

 残弾を確かめ、アサルトライフル(低反動カノン砲)の標準をあわせる。

 大口径・長砲身の威力にまかせて壁越しに釈尊を撃ち抜く算段だ。

 

 妖術師(ソーサラー)の乗機といえど悪霊の類ではない。

 所詮は高機能かつ多機能の装脚艇(ランドポッド)にすぎない。

 防御が間に合わない距離から車体か砲塔を撃ち抜けば撃破することは可能だ。だが、

 

『術者の死角を知ってるみたいね! けど、あんたの相手は2人いるのよ!!』

 声とともに、頭上から氷の刃が降りそそぐ。

 

 舞奈はスロットルを力の限りに引きしぼる。

 無限軌道(キャタピラ)を壊す勢いで加速した3号機の、背後が凍てつく氷原へと変わる。

 

『下がっていろ小娘ぇ! いぃぃぃやぁ、降りてくるなぁぁぁ!』

 ゴーントマンが叫ぶ。

 仲間割れか?

 

『至高たる偉大なる魔帝(マザー)から賜った復刻機(リバイバル)にこれ以上! 傷をつけるなぁぁぁ!!』

『あんたが不甲斐ないから手を貸してるだけよ!』

「小娘? ……女の子!?」

 幼い少女の声色に、背部モニターを見やる。

 

 その中で【猫】は3号機に向かって腕を突き出した。

 掌の肉球に似たハッチが開き、金属片が飛び出す。

 伸縮可能な爪を持った【猫】の手が金属片をつかむと、刻まれたルーン文字が輝く。

 

「やっぱり魔術師(ウィザード)か」

 文字が何を意味するかは知らない。

 21年前、それを見抜くのは黒髪の友人の役割だった。

 

――魔術師(ウィザード)は魔力を作り出すことで魔術を使うわ。手札の多さが特徴よ

――でも、切れる手札は持っているものだけ

――使える術の中からいちばん有効な術を使うの。銃や弾丸を使い分けるのと同じにね

 

『ちょこまか動き回るネズミには……(イサ)!!』

 叫びとともに金属片が放たれ、弾ける。

 

 3号機は横に跳ぶ。

 次の瞬間、先ほどまでカリバーンが立っていた地面に氷の棘が生える。

 棘は虚しく虚空をつかみ、氷の花と化す。

 予測どおり。

 

「ピアースを捕まえた術か」

 舞奈は口元に笑みを浮かべる。

 

「相手を拘束する術はそれだけか? あんたが本気であたしを捕まえる気なら、あたしが知らない術を使うべきだった。あたしの知ってる魔術師(ウィザード)だったらそうした」

 軽口を叩きつつ、空中で姿勢を制御して【猫】に向き直りながら着地する。

 3号機は無限軌道(キャタピラ)を唸らせながら、アサルトライフル(低反動カノン砲)を構えて突撃する。

 

――魔術師(ウィザード)の魔術は、妖術師(ソーサラー)の妖術より選択肢は多いけど、即応性には劣るわ

――急には使えないの。だから、しっかりフォローしなさいね

 

 彼女の術は、舞奈が知る黒髪の彼女が使っていた魔術と比べて発動の隙が少ない。

 真言を唱えている様子がないからだろうか?

 それでも反撃の魔術を使う暇を与えず、照準をあわせる。

 

 だが【猫】の頭の側面の目に似た球体が輝く。

 次の瞬間、2つの目から2条の光線が放たれカリバーンを襲う。

 

 舞奈はとっさに操縦桿をひねり、3号機は横に跳ぶ。

 それでも1条が車体を貫く。

 コックピットの中でひょいと傾けた頭の横を、モニターを貫通したビームが走る。

 

「……加粒子砲(グラム)ってやつか。こりゃひどい」

 風穴の空いたコックピットの中で、思わず目を剥く。

 今まで乗っていたのは飴細工の棺桶かと思えるほどの惨状だ。

 それでも装甲を貫通してビームが減衰していただけマシだ。

 でなければ近くにいただけで蒸発していた。

 

 次いで訪れた微かな痒みに、舞奈は眉をひそめる。

 

 フィードバックによる同調の度合いには相性がある。

 舞奈の同調率はどの機体とも最悪だ。

 おかげで副作用もほとんどなく痒い程度。

 

 代わりに挙動の微調整はほとんど手動だ。

 実は今まで、せわしなくレバーやボタンを動かしながら制御していたのだ。

 その手管はボーマンに教わった。

 装脚艇(ランドポッド)を開発した技術者だけが知っている、鋼鉄を技量でねじ伏せる術を、舞奈は銃技の極意を会得せしめたのと同じ卓越した戦闘センスによって習得した。

 

 そういえば足も痒い。

 思った瞬間、機体がガクリと傾いた。

 

「何……!?」

 鈍感な舞奈の代わりに、モニター表示が脚部の異常を告げる。

 舞奈が乗りこむ前の戦闘で片足を破損していたことを思い出した。

 先ほどの跳躍で完全にイカれたのだろう。

 

――ちょっとは人の話聞きなさいよ。そんな無茶ばっかりしてると、そのうち……

 

 足の止まったたカリバーンの両腕を、背後に忍び寄った釈尊がつかむ。

 

『つぅぅぅかまえたぞ! 小娘えぇぇぇ!』

「大声で叫ばなくてもわかるよ」

 舞奈の口元に皮肉な笑みが浮かぶ。

 今さらながら仕事人(トラブルシューター)時代の輝かしい戦歴は、生真面目な相棒と2人で築きあげてきたことを思い出した。舞奈1人の実力ではない。

 

――もしあたしがヘマしたら。おまえはああやって泣いてくれるか?

 

 1年前に見たレインの泣き顔が脳裏をよぎった。

 泣かせたはずのない明日香と、そして園香の。

 

 21年前に置き去りにしてきた彼女たちは今ごろどうしているのだろうかと思った。

 大人になった彼女たちに会いたかった。

 

 だが、そんなものは叶わぬ夢だと苦笑を浮かべる。

 舞奈はコックピットハッチに手をのばす。

 だが間近に迫った魔術師(ウィザード)と背後の妖術師(ソーサラー)は、パイロットの脱出を許さないだろう。

 

「……すまないピアース、アジトを頼む」

 通信機に向かって、ひとりごちるようにつぶやく。

 

 次の瞬間、耳をつんざく轟音とともに世界がゆれた。

 




 予告

 奪われた者の慰めは奪うことだとうそぶくように。
 舞奈の前にあらわれたのは玉座に刺さった伝説の刃。
 あるいは天上の技術で鋳抜かれた鋼鉄の獣。

 次回『スクワール』

 窮鼠は猫を噛むと言う。
 ならば栗鼠なら?


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スクワール

『舞奈、無事かい!?』

 通信機からボーマン博士の声があふれ返る。

 

『アジトを破棄して撤退する! リンボ基地(ベース)で落ち合うよ!』

『な、何だぁ!? 何がおこったぁぁぁ!?』

 釈尊からゴートマンの悲鳴。

 衝撃とともに、カリバーンを拘束していた腕がゆるむ。

 

「ボーマン! どんな魔法を使ったんだ?」

『こんなこともあろうかと、このあたりの廃ビルに爆薬を仕こんでおいたのさ』

「さっすがリーダー! 命拾いしたよ」

 言って笑う。

 

 だが脚部を破損した3号機で逃げ切ることは不可能だろう。

 機体を捨て、立ちこめる粉塵を利用して下水道に逃げ込むのが精一杯だ。

 舞奈はコンソールパネルを操作してPKドライブのリミッターを解除する。

 

――バイバイ、マスター

 

 パネルの隅に刻まれた『RAITO』の文字が悲しげに光る。

 

「……畜生、何してるのか気づいてるってのか」

 口元を歪める。

 それでもレバーを動かし、目盛りいっぱいまで出力を上昇させる。

 PKドライブは出力が200%を超えると自壊・爆発する。

 

 幸いにも【猫】も釈尊も舞奈に構う余裕はないらしい。

 何せ周囲一帯の廃ビルが崩れて瓦礫の雨を降らせているのだ。

 

 だから開けたハッチから身をひるがえし、粉塵が舞い散るアスファルトに着地する。

 瓦礫の雨から頭をかばいつつ、視界の隅に丸い蓋を見つけて駆け寄る。

 重い鉄の蓋をこじ開ける。

 襲いくる巨大なコンクリート片を避けるようにマンホールへ身をすべらせる。

 

 そして次の瞬間、舞奈が消えたマンホールの穴を閃光が白く塗りつぶした。

 PKドライブ自壊による大爆発だ。

 

 舞奈はふり返り、マンホールの入口から差しこむ放電混じりの閃光を見やる。

 

「……バーンと1号機によろしくな、RAITO君」

 ひとりごち、激戦の跡に背を向けて走りだす。

 

 廃水が流れる汚い地下道を走って、走って、走った後にリンボ基地(ベース)に辿り着く。

 先ほどまでいたアジトに近い、整備工場を兼ねたレジスタンスの拠点だ。

 

 そして廃屋を改装したアジトより多少は堅牢そうなコンクリート造りの広間で、

 

「無事かい、舞奈!?」

 白衣の女性が舞奈を出迎えた。

 ボーマン博士だ。

 非戦闘員のリンボ基地(ベース)への撤退はほぼ成功したらしい。

 

「おかげさまでな。……すまないボーマン。カリバーン2機と、バーンがやられた」

「相手が悪いよ。2号機に、仲間が3人帰ってきただけでも御の字さ」

「そっか。でも、この後はどうするんだ?」

 舞奈は状況を報告する

 声色に珍しく不安が滲む。

 傍若無人な舞奈の態度も、貫禄ある母のようなボーマンの前ではなりを潜める。

 本来なら舞奈は母親の胸で震えていてもおかしくない年齢だ。

 

「今までのゲリラ狩りとは規模が違う。ここが嗅ぎつけられるのも時間の問題だ」

 言い募る。

 

 特機を操る魔術師(ウィザード)妖術師(ソーサラー)を相手に、2号機と、この基地で修理中だという4号機だけではとうてい太刀打ちできない。

 さらに敵には増援が加わるであろう。

 機体の性能も物量も、何もかもが違いすぎる。

 

 1年前から、あるいは21年前から数多の戦場で生き抜いてきた舞奈だからわかる。

 この戦いには絶対に勝てない。だが……

 

「……驚きゃしないさ。そろそろだと思ってたんだ」

 舞奈以上に状況を理解しているはずのボーマンは、落ち着いた声色で答える。

 とりたて動じることもない。

 諦観している様子でもないのが不可解だと思った。

 そんな彼女は、

 

「来な。あんたに見せたいものがある」

 舞奈に背を向けて歩き出す。

 慌てて舞奈も後を追う。

 

 そして2人は、元は地下街だったらしいリンボ基地(ベース)の通路を並んで歩く。

 

「10年前、魔帝(マザー)を名乗る魔術師(ウィザード)が突如としてあらわれた」

 ボーマンはひとりごちるように語りかける。

 

魔帝(マザー)は恐るべき魔力で破壊の雨(ライトニング・ストーム)を降らせ、都市という都市を焼き払った」

「ああ」

「大地は斬り刻まれ、空は電磁波まじりの異常気象で荒れ狂い、従来兵器は動くことすらままならなくなった」

「……その話なら何度も聞いたよ」

 舞奈は口元を歪める。

 

 舞奈がいない20年の間に、魔帝(マザー)を名乗る何者かが世界を滅ぼし、支配していた。

 魔帝(マザー)は盟約によって他の魔術師(ウィザード)たちを放逐し、超巨大な結界で空を覆った。

 この国は政治や軍事の中枢を破壊され、他国からの支援すら断たれ事実上滅亡した。

 さらに魔帝(マザー)は、地球外の技術によって作られた装脚艇(ランドポッド)で生存者を狩り始めた。

 

 そして今、レジスタンスは装脚艇(ランドポッド)を駆り、魔帝(マザー)に抵抗を続けている。

 

魔帝(マザー)に力を与えたのは、宇宙からもたらされたモノリスだ。魔帝(マザー)はモノリスに記録されていたデータを解析して魔術を極めた」

 ボーマンは言葉を続ける。

 苦しげに。

 舞奈の知らぬ何かの罪を告白するかのように。

 

「同時に、宇宙戦争で使用された惑星降下用の機動兵器を再現した」

「そいつが装脚艇(ランドポッド)って訳か」

「そうさ。魔帝(マザー)が再現した装脚艇(ランドポッド)は2種類に分けられる」

「種類……だと?」

 続く話に首をかしげる。

 

 舞奈が知る鉄の巨人は、レジスタンスのカリバーンと魔帝(マザー)軍のソードマンだ。

 それ以外になかった。

 例外は先ほど相対したばかりの【猫】と釈尊だけだ。

 

 だから情報の続きを求めてボーマンを見上げる。

 

「ひとつはモノリスのデータをそのまま再現した復刻機(リバイバル)。あんたたちがさっき戦ったランドオッタ――【猫】のことだ」

「そうかい」

「もうひとつは量産機(デグレード)。宇宙のそれより遥かに劣る地球の技術力で量産するために、機体性能をぎりぎりまで下げた廉価品だ。カリバーンやソードマン、釈尊がそうだ」

「……そりゃどうも」

 口元を歪める。

 

 その粗悪な廉価品を力だと信じて散った仲間を、敵方の廉価品に屠られた仲間を何人も知っている。バーンもそのひとりだ。

 だがボーマンは舞奈の心情など素知らぬ様子で言葉を続ける。

 

魔帝(マザー)はアヴァロン地点(ポイント)に兵器工場と神社を兼ねた魔砦(タワー)を建造し、量産機(デグレード)ソードマンを量産、そいつを乗っ取ったこの国の組織に与えて魔帝(マザー)軍に仕立て上げた」

「なるほどな」

 ひとりごちるように答える。

 

 舞奈は、魔帝(マザー)軍の前身は【機関】なのだと思う。

 ほぼ全ての兵士が異能力を用い、実戦経験が足りていないからだ。

 

 ふと口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 魔帝(マザー)は【機関】が成しえなかった偉業を成し遂げたと気づいたからだ。

 この1年間、レジスタンスのメンバーとして渡り歩いた廃墟のどこにも怪異はいなかった。廃墟だらけの世界なんて、彼らにとっては絶好の繁殖場所なのに。

 おそらく魔帝(マザー)が消し去ったのだろう。人や街や、青い空といっしょに。

 

「わたしは魔帝(マザー)の元から失敬したモノリスのデータを元に、量産機(デグレード)カリバーンを開発した。そして魔帝(マザー)に対抗する組織を結成した」

「そいつがレジスタンスか」

「そういうことさ。レジスタンスは善戦し、魔帝(マザー)を討つべく第1次攻撃部隊を編成するに至った。だが、その結果は相手の力の強大さを見せつけられただけだった」

「……そういう話だな」

「そして1年前に結成された第2次攻撃部隊は魔帝(マザー)の防御を突破し、魔砦(タワー)への進入に成功した。だが攻撃部隊は全滅し、同行したわたしも命からがら逃げ延びた。いや……」

 ボーマンは言葉を切る。

 サングラスのせいで表情こそ見えないが、口元は悔しげに歪む。

 

「……仲間を盾にして、別の仲間に手を引かれて逃げ帰った」

「そういう言い方、やめてやれよ」

 舞奈も口元を歪める。

 

 ふと通路の片隅で寝転んでいた痩せた野良猫が、興味なさげにこちらを見やる。

 人が滅びかけた21年後の世界でも、猫は何食わぬ顔で生きている。

 猫は思い悩まない。

 戦争もしない。

 生まれて、食って、寝て、やがて仔を産んで死ぬ。

 そんな埃のような生き方が、舞奈はどこかうらやましいと思った。

 

「そいつらだって、女に泣き言を言わせるために命張ったわけじゃないだろ?」

 舞奈はボーマンを見上げる。

 目線の上でゆれる豊満な胸を見やり、舞奈は口元をゆるませる。

 子供の舞奈が大人のボーマンと目を合わせようとすると、自然にそうなる。

 

「あんたはレジスタンスにとって必要な存在だ。この1年で、あんた自身がそれを証明してきた。それに……」

 言いよどんだ先を、ボーマンが続ける。

 

「ああ、第2次攻撃部隊は魔砦(タワー)付近の廃墟で子供を保護した」

 言いつつ側の舞奈を見やり、少しだけ口元に笑みを浮かべる。

 

 それが、事故にあって20年後に跳ばされた舞奈だった。

 レジスタンスの一員となった舞奈は、すぐさま頭角をあらわした。

 仕事人(トラブルシューター)として異能力の使い手と戦い続けた舞奈の経験は、何度も仲間を救った。

 

「そして、あんたの持ってた『涙石』も、魔砦(タワー)攻略の切り札になった」

「あの石ころがか?」

 問い返しつつ、21年前の最後の仕事で泥人間が持っていた宝石のことを思い出す。

 

 ジャケットのポケットに入れっぱなしになっていた宝石は、当然ながら21年後の世界でもポケットに入っていた。だからボーマンに譲って調べてもらっていたのだ。

 涙石という呼称も彼女がつけたものだ。

 単に呼び名がないと不便だからという理由である。

 だが舞奈は彼女の名づけのセンスに少しばかりロマンチストみを感じていた。

 

「何の役にたったんだ? ネックレスにしたらあんたに似合いそうだと思うんだが」

 魔砦(タワー)攻略の目途が立ったのは朗報だ。

 だが、あんな石が何の役に立ったのかは見当もつかない。

 だから首を傾げつつも、大人の女性の顔から胸の谷間へ視線を移し、

 

「やっぱ、イヤリングのが良いかな」

 ひとりごちる。

 たぶん、ネックレスだと谷間に埋まって見えなくなる。

 

「人が真面目な話をしてる間じゅう、あんたはそれかい」

 そんな舞奈をボーマンは冷ややかに見下ろす。だが、

 

「見ればわかるさ」

 口元にニヤリと笑みを浮かべる。

 

 そして舞奈を連れてボーマンが向かった先。

 そこは地下街を流用したらしい急造のハンガーだった。

 

「お、我らレジスタンスの英雄(ジャンヌ・ダルク)がお出ましじゃ!!」

 ハンガーの入口で老人が出迎える。|

 六角レンチを手にし、油汚れにまみれた作業着を着こんだん口ひげの老人。

 装脚艇(ランドポッド)のメンテナンスを仕切るサコミズ主任だ。

 

「誰だそれ? 爺さん、呑みすぎで別の女と間違えたのか?」

「……まあ、いい。それよりあれを見とくれ」

 老人が指さした壁際には、見慣れた都市迷彩の装脚艇(ランドポッド)が並んでいた。

 

 1体は、砲塔から駆動部がはみ出したカリバーン2号機。

 右腕をもぎ取られた他にも、先ほどの戦闘で深刻なダメージを被っている。

 とても出撃できる状態ではない。

 

 2号機の隣には、おそらく修理が終わったのであろう4号機。

 緑色の頭のカリバーンは各部に追加の装甲が取り付けられた堅牢な機体だ。

 加えて低反動砲すら防ぐ【装甲硬化(ナイトガード)】の異能力を持つ。

 だが、それらはこの際、どうでもよかった。

 

 なぜなら2機の量産機(デグレード)の側に並んでいたのは……

 

「……!? なんでこいつが、こんなところにあるんだよ?」

 流石の舞奈も思わず目を剥く。

 視線の先には、鮮やかなワインレッドの機体。

 

 隣のカリバーンと比べてひと回り小さい、砲塔と一体化した流線型の車体。

 しゃがみこむように折りたたまれた華奢な脚に、小ぶりな腕。

 そして砲塔の上部には小動物じみた頭。

 

 それはまるで、先ほどの戦いで魔術師(ウィザード)が用いていた【猫】だった。

 異なるのはカラーリング。加えてかかとについた巨大な車輪と、げっ歯類を髣髴させる頭部、そして車体の後ろに生えた巨大な尻尾。

 舞奈には、それは巨大な栗鼠(リス)に見えた。

 

 先ほどのボーマンの説明を信じるならば、目前の機体は復刻機(リバイバル)

 量産機(デグレード)と違って宇宙戦争の技術を完全に再現した、唯一無二の特別な装脚艇(ランドポッド)

 そんな鋼鉄の栗鼠を舞奈と並んで見やりながらボーマンは、

 

「あんたが持ってた涙石は、どうやら魔力を蓄える性質があるらしい。そいつのおかげで試作型のヴリル・ドライブが完成したのさ」

 口元に不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「そしてワシらは、魔帝(マザー)に対抗すべく復刻機(リバイバル)の製造に着手した」

「それで出来上がったのがこいつって訳か」

「うむ、そうじゃ」

 サコミズもまた髭もじゃの口元に笑みを浮かべる。

 

「じゃあ魔砦(タワー)攻略の切り札ってのは……」

「こいつのことじゃよ」

「なにせ復刻機(リバイバル)のパワーもスピードも量産機(デグレード)とはケタが違う。まるで大人と子供さ」

「レジスタンスの精鋭がそいつを駆って、魔砦(タワー)に乗りこんで魔帝(マザー)を倒すんじゃよ」

 問いにサコミズとボーマンが交互に答える。

 

「そりゃすごい。で、そいつに乗りこむ英雄役は誰がやるんだ?」

 軽口に、ボーマンは不敵に笑って舞奈を見返す。

 サコミズも、何をあたりまえのことをとでも言いたげな表情で舞奈を見やる。

 

「いや、ちょっと待ってくれ」

「こいつに積まれとるヴリル・ドライブは、出力だけならPKドライブ遥かに凌駕する代りにフィードバックも異能力もないのさ」

「そんな暴れ牛みたいな代物を扱えるのは嬢ちゃんだけじゃ」

 思わず引いた舞奈だが、またしても2人がかりでやりこめられる。

 

「さらっと言うなよ、爺さん。そんなバケモノみたいな機体を、フィードバックなしでまともに動かせってのか? カリバーンをちょっと借りるのとは訳が違うだろ」

「やり方は、わたしがみっちり教えこんだろ?」

「そりゃあそうなんだがなあ……」

 とどめはボーマンの一言だった。

 

 舞奈はフィードバックによる機体との同調がほとんどできない。

 だから挙動を手動で微調整する術を学んだ。

 というか、叩きこまれた。

 彼女の酷いスパルタを乗り越え、フィードバックなしで装脚艇(ランドポッド)を乗りこなす秘術を修めたのは、カリバーンの開発に携わった技術者たちを除けば舞奈ただひとりだ。

 舞奈は最高の戦闘センスに最高の操縦技術を兼ね備えた、無二の存在になっていた。

 

「――それに、他に適任者なんていないよ。さっきだって、ソードマンを5機も墜としてたじゃないか。しかも1機は生身で」

 松葉杖をつきながら、やわらかな茶髪の少年が現れた。

 

「スプラ! 無事だったのか」

「おかげさまでね」

 少年はニッコリと笑う。

 その背後に、眼鏡をかけた細面が立つ。

 

「ピアース。その、バーンのこと、すまない……」

「おまえのせいじゃないだろ。僕だって力が及ばなかった」

 ピアースはぎこちなく笑う。

 

 1号機【火霊武器(ファイヤーサムライ)】を駆る熱血漢のバーンと、2号機【氷霊武器(アイスサムライ)】を駆る冷静沈着なピアースは、互いの背中を預け合うパートナーだった。

 スプラとトルソが、かつて舞奈と明日香がそうだったように。

 だがそれも、バーンが釈尊に焼かれるまでのことだ。

 

「……おまえにできなかったんなら、たぶん誰にもできなかったんだ」

 細面は自嘲げに笑う。

 憎悪と後悔と無力感がまぜこぜになった、どうしようもない笑み。

 彼は喪失を受け入れてなどいない。

 ただ、その事実を覆す方法がないことを理解しているだけだ。

 それでも眼鏡の青年は、こわばった空気をほぐすように笑う。

 

「ところで博士、新型の名前は決まったんですか?」

「エクスカリバーってのはどうかな? 僕らのカリバーンに合わせてさ」

「いや……」

 スプラの提案に、だが舞奈は眉を寄せる。

 21年前に儚く散った2つの部隊の名前が脳裏をよぎったからだ。

 ロンギヌス。グングニル。

 

「スマン、それも槍の名前だろ? あたし、そういう名前と相性悪くて……」

「……エクスカリバーは剣じゃよ」

 サコミズがぼそりとつっこんだ。

 途端、せっかくほぐれかけた空気がバカを囲む微妙な雰囲気へと変わる。

 

「……似たようなもんだろ」

 ふてくされた舞奈は口をとがらせる。

 

 ふと、これと同じような会話を21年前にもしたな、と思った。

 無意識に黒髪の少女の横顔を脳裏に思い描き、あわてて頭を振る。

 釈尊との戦闘で追いつめられて過去に思いを馳せた先ほどから、何かと昔を思い出している気がする。

 

 だが、そんな舞奈の様子を傷ついたと勘違いしてか、ボーマンは明るい声色で、

 

「それじゃあさ、スクワールってのはどうだい? モノリスに記述されてたこいつの機種名なんだ」

「……そいつはバットかトンカチの名前か?」

「栗鼠だよ。リス。ほら、木に登ってドングリを食べる、小さい動物のことさ」

「いや、リスが何なのかくらい知ってるよ」

 舞奈はむくれた表情を作ってみせる。

 

 そして、ふと最後に栗鼠を見たのはいつだったかと思いを巡らす。

 ボーマンの豊かな胸を見やり、21年前のあの日に園香の下着に描かれていたキャラクターが栗鼠だったことに思い当たる。

 

――園香って、そういうの好きなのか? リスとか、ネズミとか、ハムスターとか

――あのね、マイちゃん、こういうの笑うかもしれないけど

――ちっちゃい動物のシャツ着てたら、少しくらい小さくなるかなって思って……

――やっぱり変かな?

――変じゃないさ。けど勿体無いな。こんなに立派おっぱいなのに

――ひゃんっ。もうぅ、マイちゃんったら

 

 思わず口元に微笑が浮かぶ。

 1年の間、(自分以外の)女の下着ともご無沙汰だった。

 そういう名前の機体に乗るのも悪くない。

 

「……いいんじゃないか、それ。可愛くってさ」

 舞奈は笑う。

 

 仕事人(トラブルシューター)の志門舞奈は、過去を思って悩むような繊細な奴だったか?

 そうじゃない。

 能天気に女の尻を追いかける、傍若無人なバカだった。

 そんな無責任さを、明日香にいつも責められていた。

 

 なら今でもそれでいい。

 今は、それでいい。

 

「じゃ、決まりだね」

 ボーマンが言った。

 

 途端、爆音とともに天井がゆれた。

 一泊遅れて、緊急事態を伝えるサイレンが鳴りひびく。

 

破壊の雨(ライトニング・ストーム)か。魔帝(マザー)軍の奴ら、とうとうここを嗅ぎつけたみたいだな」

 舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。

 

「爺さん、出られるか?」

「いつでもOKじゃ。ワシらのスクワールの初陣、期待しとるぞ!」

「まかせときな! ……あ、そうそう。こいつは空を飛べるのか?」

「本格的な飛行にはトゥーレ基地(ベース)で組み立て中の大型ブースターが必要じゃが……」

 問いにサコミズは少し考えてから、

 

「そのままでも推進装置(スラスター)をふかせて高くジャンプするくらいなら可能じゃ」

「へへっ、そりゃありがたい!」

 答える。

 舞奈は口元に笑みを浮かべると、鋼鉄の栗鼠(リス)に向かって走り出す。

 

 先ほど戦った【猫】には少女が乗っていた。

 同じ高さまで飛ぶことができれば、何か楽しい状況に持ちこめるかもしれない。

 女の尻を追いかけるバカとしては、なんとも心躍るシチュエーションではないか!

 




 予告

 腐肉に群がるハイエナの如く群れ成し迫る異能の巨人。
 立ち向かうはレジスタンスの希望を背負った、たった1機の鉄騎兵。
 英雄の御旗を引っ提げて、今ここに反撃の狼煙が上がる。

 次回『初陣』

 奪われた怒り。
 失った痛み。
 戦場の熱気を軽薄な笑みに隠して栗鼠は1匹の猫と踊る。


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初陣

『こんなところに工場を作って篭っていたのね! 小ざかしい!!』

 高層ビルの頂上で、拡声器ごしに【猫】は叫ぶ。

 

 廃墟に偽装されたレジスタンスの基地を見下ろす。

 眼下の各所には新たに編成した殲滅部隊が配置済みだ。

 敵兵力をあぶり出すべく牽制しつつ、一斉攻撃の合図を待っている。

 

『攻撃部隊を全滅させ、ゴートマンの釈尊まで墜としたゲリラども! でも今度は、さっきみたいにはいかせない!! 全部隊、攻撃――』

 ――開始。

 と合図を出す直前、何かが光った。

 

『あれは! ……まさか!?』

 拡声器ごしに漏れる驚愕。

 殲滅部隊の真っ只中に、流星の如く輝く何かが流れ落ちた。

 

 鮮やかなワインレッドの流れ星――スクワールのコックピットで、

 

「やっこさんも、いよいよ本気みたいだな! あたり一面ソードマンだらけだ!」

 ひとりごちつつ舞奈はスロットルを引きしぼる。

 射出用カタパルトを使い、群成す敵軍の真っ只中に降り立ったスクワール。

 だが新品のシートに座る舞奈の口元には余裕の笑みすら浮かぶ。

 

『嬢ちゃん、調子はどうじゃ?』

 通信モニターにサコミズ爺が映しだされる。

 スクワールのコンソールパネルにはカリバーンに比べてはるかに多い計器やメーターが並んでいて、戦車というより航空機のそれに近い。

 

『さっきも言ったが、ヴリル・ドライブの出力はPKドライブとは桁違いのハイパワーじゃ。代わりに異能力は使えない』

「安心しな、そんなの使ったためしもないよ!」

 舞奈は不敵に笑い、引鉄(トリガー)を引く。

 

 鋼鉄の栗鼠が、小ぶりな両腕に握られた拳銃(低反動砲)を乱射する。

 否、乱射にあらず。

 如何な妙技によるものか、放たれた砲弾は襲いくるソードマンたちの車体をあやまたず撃ち抜く。

 

 ソードマンの挙動を泥人間に、カリバーンを異能力者に例えるならば、スクワールは純然たる鋼鉄だ。

 操縦桿を握る舞奈の手管を、意図を、誤魔化すことなく機体に伝える。

 それは、まるで異能力も魔術も使えない舞奈が熟達した拳銃(ジェリコ941)の如く。

 あるいはアサルトライフル(ガリルARM)の如く。

 

『武装は今撃ってる2門の低反動砲と、頭部カメラと連動した機銃。車体の後ろについとるのはウェポンベイじゃ。格納された武装の詳細はリストにして送った』

「頭は鉄砲で、尻尾は武器庫か? そいつは気前がいい!」

 モニターの中の老人に、ニヤリと笑みを返してみせる。

 

 そんな舞奈のスクワールに、突出したソードマン3機が肉薄する。

 機体を高速化する【狼牙気功(ビーストブレード)】。

 

 3機のソードマンは異能力で速度を増した無限軌道(キャタピラ)で爆走。

 そうしながら【火霊武器(ファイヤーサムライ)】によって灼熱する斬撃を続けざまに繰り出す。

 ……失われたかつての仲間のように。

 

 だが舞奈の口元には浮かぶのは悔恨ではなく笑み。

 ただし少しばかり剣呑な。

 操縦桿をひねり、ヒラリ、ヒラリと事もなげにかわしながら交差する。

 

「なんだそのヘッピリ腰は! 園香の親父さんの方がおっかなかったぞ!」

 軽口を叩きつつ後方を確認。

 視線の先で、ソードマンは再び突撃を見舞おうと高速でカーブを描く。

 対して舞奈もスロットルを引きしぼる。

 

 スクワールのかかとには巨大な車輪がついている。

 車輪には小型の推進装置(スラスター)がいくつもついている。

 その推進装置(スラスター)が一斉に光の粉を吹き、車輪をすさまじい勢いで回す。

 機動輪(パンジャンドラム)だ。

 その速度は異能力で強化された無限軌道(キャタピラ)すらも上回る。

 

 両足の機動輪(パンジャンドラム)を駆って猛スピードで急反転、疾走。

 そうしながら鋼鉄の栗鼠は前のめりに車体を傾ける。

 地を駆ける獣のような体勢のまま、手近な1機めがけて突き進む。

 

「そーら、流れ星だ!!」

 栗鼠の耳から放たれた2門の機銃が、無骨な装脚艇(ランドポッド)の股に無数の穴を穿つ。

 

 次いで鋼鉄の栗鼠は残った2機にも襲いかかる。

 3機のソードマンが爆発する。

 

「お次はグレネード、セット!」

 口元に軽薄な笑みを作りながらボタンを操作。

 

 スクワールの両腕が、自動化された動きで拳銃(低反動砲)を尻尾の横に揃える。

 尻尾のサイドが開いてアームを展開し、砲身の下にグレネード発射器をセットする。

 

 舞奈は群なすソードマンたちの中心に照準をあわせ、引鉄(トリガー)を引く。

 白煙を吹きながら2発のミサイルが放たれ、群のど真ん中に突き刺さる。

 廃墟に爆音が響き渡り、ソードマンたちは大爆発に飲まれて消える。

 

 要はアサルトライフル(ガリルARM)につけるグレネードランチャー(GL40)と同じオプションである。

 だが装脚艇(ランドポッド)のサイズとなると威力は桁違い。

 砲撃というより爆撃だ。

 

「イヤァァァァァッヘェイ!! こりゃすごい火の海だ!!」

『ちっとは加減しな! 基地まで壊す気かい!』

「ははっ! めんごめんご」

 ボーマンの怒声に軽薄な笑みを返す。

 そんな舞奈とスクワールの前に、

 

『そこまでよ! 新型!!』

 拡声器からあふれる叫びとともに、4体の【猫】が踊り出る。

 

「へへっ、愛しのお姫様のお出ましだ」

 舞奈は笑う。

 

 4体の【猫】は、両足の推進装置(スラスター)を地面に吹かして光の粉を散らし、地を滑るようにスクワールの周囲を旋回する。

 ホバークラフトのようなものであろう。

 そして4体のうち、本物の【猫】は1機のみ。

 

 4体の【猫】の、それぞれの双眸から2条の加粒子砲(グラム)が放たれる。

 スクワールは避ける。

 6条は虚空に消える。

 車体をかすめた1条が背後のビルを穿つ。

 もう1条は車体の中心を射抜く。だが表面を蒸発させるに留まる。

 

『怯むな嬢ちゃん! 対ビーム気化装甲の前に、そんなビームなぞ屁でもないわ!!』

「サンキュー爺さん! 最高だぜ!」

 笑いつつ引鉄(トリガー)を構え、最も近い【猫】に照準をあわせる。

 先ほど『本物の』ビームを撃った1体だ。

 

 栗鼠は拳銃(低反動砲)を構えて至近距離に踏みこむ。

 砲口が火を吹く。回避不能。

 だが確実に本体を狙ったはずの砲弾は、幻を射抜いて虚空へと消える。

 

「こいつじゃないのか?」

 訝しむ。

 

 再び放たれた6条のビームを、機動輪(パンジャンドラム)を駆使したターンによって尻尾で受ける。

 ふり向きざまに2発。

 こんどは確実に見抜いたはずの『本物』と、保険のために狙った別の1体が同時に幻となって消える。

 

「っていうか、どれ狙ってもニセモノに当たるんじゃないのか!?」

 キレて叫ぶ。

 

 それでも【猫】は分身を失って1体になった。

 だからか推進装置(スラスター)から大量の光を吹き散らしながら高層ビルを駆け上る。

 分身を失った後は機体性能を生かして高所をとるのが彼女の戦法か。

 だが今や、空へと登れるのは彼女だけではない。

 

「ヒュー! 可愛らしい良いケツだ!」

 軽口を叩きつつ舞奈はスロットルを引きしぼる。

 機動輪(パンジャンドラム)がコンクリートのビル壁を削る。

 尻尾に内蔵された姿勢制御用の推進装置(スラスター)を最大出力で吹かし、力まかせにビルを垂直に駆け上がって【猫】の尻尾を追いかける。

 

「待ってくれよ、お姫様! あたしはあんたにゾッコン惚れちゃったんだ、装脚艇(ランドポッド)の尻尾じゃなくて、あんたの尻の匂いを嗅ぎたいんだ!」

 舞奈は無理やりに通信回線を開く。

 美少女に目がないからだ。

 

 それに1年前、廃墟の世界に放り出されてから、舞奈はずっと魔法を探していた。

 

 20年の時を超える方法を、舞奈は知らない。

 もちろんボーマンも、サコミズも知らない。

 ならば、舞奈がこの時代に来た意味を知る者は誰か?

 科学技術の枠を超えた神秘の御業を操る魔法使い、その中でも知性によって魔術の秘密を解き明かした魔術師(ウィザード)以外に有り得ない。

 

 だから舞奈は探していた。

 魔術師(ウィザード)を。

 恋い焦がれるように。

 

「せめて名前だけでも教えてくれよ! あたしは舞奈だ。志門舞奈!」

『ちょっと舞奈、戦闘中までそれかい?』

 ため息混じりのボーマンの文句を聞き流し、

 

「ヒューッ!! こりゃ眼福だ!」

 舞奈は口元に笑みを浮かべる。

 モニターに【猫】のパイロットらしき少女が映ったからだ。

 

 舞奈より少し幼い顔立ちをした、可愛らしい少女だ。

 長いツインテールをなびかせ、黒地に金の刺繍が入ったカッチリしたデザインの制服を着こんでいる。少女らしい容姿と無骨な制服のアンバランスさもたまらない。

 くりくりとした大きなつり目は、勝気な性格をあらわすようにつり上がっている。

 だが目じりが優しげに垂れているので不思議と威圧感はない。

 

『志門舞奈! ……志門舞奈ですって!?』

 モニターに映った少女は叫ぶ。

 次いで【猫】はビルの頂上で停止する。

 

 スクワールは勢いあまってジャンプする。

 だが推進装置(スラスター)を吹かせて体勢を立て直して屋上に着地する。

 今にも崩れそうなビルの屋上は、遠目で見るよりいくらか広い。

 

 そんな廃ビルの真上を滑空しつつ、【猫】は光の粉を振りまきながらふり返る。

 

『なら教えてあげる! わたしは真神レナ、おまえを――!』

 モニターごしに叫びながら【猫】は両腕を振りかざす。

 両の掌から飛び出た金属板をつかむ。

 金属板に刻まれたルーン文字が輝く。

 それが何をあらわすのかは無学な舞奈にはわからない。

 

『おまえを殺すために、ここに来た! 野牛(ウルズ)!!』

 魔術語(ガルドル)の一語で、突き出した両掌の金属片が粒子ビームと化して襲い来る。

 両目から放たれるそれより、はるかに大きい。

 

 だが舞奈は口元に笑みを浮かべて操縦桿をひねる。

 スクワールは2本のビームをステップで回避しつつ、2丁の拳銃(低反動砲)で【猫】を撃つ。

 砲弾は避けた【猫】の脚部をかすめる。

 

『きゃあ!! こ、この! 駿馬(エフワズ)!!』

 続けざまに【猫】は新たな金属片をつかむ。

 途端、その姿がゆらぎ、4機にぶれた。

 だが対する舞奈の口元には笑み。

 

「さっき分身の魔術か? マスターキー、セットだ!」

 叫びつつボタンを操作。

 

 再び栗鼠の両腕が拳銃(低反動砲)を尻尾の横に揃える。

 展開したアームがグレネードを取り外し、替わりに散弾のオプションをセットする。

 

 舞奈は2つの照準を、4機の【猫】の中心に向ける。

 砲声。

 スクワールが放った散弾が幻影をかき消し、【猫】本体を吹き飛ばす。

 

「機体の性能が同じなら、あんたはあたしに勝てると思うかい?」

『負けるわけないでしょ! おまえなんかに!! (イサ)!! (ハガラズ)!!』

 叫びとともに、【猫】の全身から凍てつくオーラがあふれ出す。

 

「しまっ……!?」

 舞奈は口元を歪める。

 

 様子からして先ほどまでとは桁違いの大技のようだ。

 魔術師(ウィザード)がそういう手札を隠し持っていることを舞奈は知っている。

 だが常識を超えた強力な魔術を、ここまで素早く施術できるとは思わなかった。

 

 冷気は周囲の水分を凝固させ、氷の刃と化す。

 装脚艇(ランドポッド)を砕くか潰すか切断するかといったサイズの巨大な刃が空にひしめく。

 その数、無数。

 

 次の瞬間、それらすべてがスクワールめがけて一斉に襲いかかった。

 

 舞奈はスティックに手をかける。

 だが、ここは広いとはいえビルの屋上。

 逃げ場はない。

 

 そう理解して唇をかみしめた瞬間、血のように赤い光が視界を支配した。

 

――我は力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)を護るものなり

 

『な……!?』

 モニターから漏れる、驚くような少女の声。

 

 気がつくと目前に【猫】がいた。

 すばやくコンソールパネルに目をやる。

 スクワールに損傷はない。

 

 舞奈は首をかしげる。

 避け場のない屋上で、凍てつく刃の奔流をまともにくらったはずだ。

 現に周囲は氷原と化している。

 なのに奴が狙ったはずの、スクワールにだけは傷ひとつついていない。

 

 だが、予想外の状況なのは敵も同じらしい。

 通信モニターの中で、レナと名乗ったパイロットは驚愕に目を見開いていた。

 

『そうか、おまえが力の宝珠(メルカバー)を……』

 憎々しげにひとりごち、ギリリと音がするほど歯がみする。

 

『おのれ、撤退する!』

 そう叫び、推進装置(スラスター)から光の粉を吹いてビルを駆け下りる。

 

『聞こえるかい! 舞奈! ソードマンどもが撤退を始めたよ!!』

 通信機から、ボーマンの弾んだ声があふれ出す。

 レーダーを見やると、敵機を示す光点が散り散りになって基地から遠ざかっていた。

 

『嬢ちゃん! 指揮機をやったか!!』

 サコミズの歓声が通信機か聞こえる。

 だが舞奈は答えない。

 

「どういうことだ? あたしがあいつに憎まれるような何をした?」

 モニターを見やりながらひとりごちる。

 

「それに、なんだよ今の? なんだよ力の宝珠(メルカバー)って……?」

 答えのない問いを誰にともなく投げかけながら、ただ茫然と【猫】が去っていった虚空を見つめていた。

 

 そのようにして魔帝(マザー)軍が撤退した日の晩。

 

「やれやれ、今日は酷い目にあったぜ」

 横たわるソードマンの残骸に腰かけたまま、舞奈は廃墟から目をあげ、空を見やる。

 

 背後の基地では消耗した機体の修理と補充が急ピッチで進められている。

 そんな中で子供がうろうろしてても邪魔になるだけだ。

 なので舞奈は基地の外れでひとり、鉛色の空を眺めていた。

 

 天地を繋ぐ巨大な塔のシルエットが、朽ちたビルの群を見下ろすように起立する。

 魔砦(タワー)

 この戦争の元凶である魔帝(マザー)が座する最重要拠点だ。

 舞奈が、レジスタンスが倒すべき敵は、あの遠い塔の頂上にいる。

 

「まるでマーリンの塔だね」

「あんたの知り合いかい? カワイコちゃんなら、あたしにも紹介してくれよ」

 背後からかけられた声に、何食わぬ顔で答える。

 ボーマンは気を使ったのか足跡こそ忍ばせていたようだ。

 だが近づいてくれば舞奈は気づく。

 

「あんたの頭の中には、それしかないのかい」

 ボーマンは苦笑し、舞奈の隣に腰かける。

 

「残念ながら爺さんだよ。おとぎ話の魔法使いさ」

 ひとりごちるように話し始める。

 

「魔法使いマーリンは、魔法によって王の望みを叶え、王国に繁栄をもたらした。けど弟子にした女魔法使いにたぶらかされて禁断の魔法を教えちまったせいで、魔法の塔に閉じこめられて出られなくなったのさ」

「そりゃご愁傷様。で、その後、爺さんはどうなったんだ?」

「さあね、大昔の話なんだ。けど今でも塔の中にいるっていう奴もいる。楽園(アヴァロン)にある魔法の塔の中にね」

「そうかい」

 舞奈はひとりごちるような相槌を返し、再び空を見やる。

 

 天地を繋ぐ影の塔。

 魔砦(タワー)

 アヴァロン地点(ポイント)の中心にそびえ立つ、魔帝(マザー)の最重要拠点。

 

「なあ、ボーマン。魔帝(マザー)ってのは、どんな奴なんだ?」

 何食わぬ調子で問いかける。

 

 舞奈は魔帝(マザー)の顔を見たことがない。

 それどころか舞奈は魔帝(マザー)について何も知らない。

 1年の間、魔帝(マザー)の軍勢と戦い続けているのに。

 

「だいたい目的は何だよ? 圧倒的な魔力と戦力で世界を滅ぼして、征服して、その後の10年間はレジスタンスを狩ってただけじゃないか。訳がわからないよ」

 そう言って、側の女性を盗み見る。

 

 ボーマンなら魔帝(マザー)のことを知っているかもしれないと、ふと思った。

 魔帝(マザー)から宇宙の知識を盗み出したという彼女なら。

 

 だがボーマンは答えない。

 まあ当然だろう。

 魔帝(マザー)の行動は不可解すぎて、その目的を理解できる人間なんていないからだ。

 狂っているという風説がいちばんしっくりくるように思える。

 だが、そんな理由で所縁もない自分たちが払わされた代償を考えるとやりきれない。

 そう思って口元を歪ませる舞奈に、

 

「舞奈、あんたに望みってのはあるのかい?」

 ボーマンはひとりごちるように問いかけた。

 

 舞奈はボーマンを見やり、無言で先をうながす。

 妙齢の女博士は、暗い空の向うにうっすらと見える塔を眺めながら重ねて問う。

 

「あんたは、この戦いの果てに何があればいいと思う?」

「何だよ、やぶからぼうに」

 舞奈は誤魔化すようにそう言って、しばし虚空を見やる。

 

 自分が何を望んでいたのか。

 世界がどうあればいいと思っていたのか。

 舞奈はそれを、とうの昔に忘れていた。

 

 望みが叶った試しなんてない。

 だから手をのばしてつかめる範囲の外に想いを巡らせることを止めていた。

 

 平和で満ち足りた生活なんて知りようもない。

 だから愛銃(ジェリコ941)とともに銃弾と攻撃魔法(エヴォケーション)が交錯するスリルに身をまかせた。

 

 出会うすべての人々を守ることなんてできない。

 だから近しい人たちだけを守ることに喜びを見出した。

 

 母親の愛を得られないから無節操に少女を口説き、母性を感じさせてくれる彼女たちとのロマンスを愉しんだ。

 

 それだけあれば十分だった。

 それすらも、つまらないミスによって失われた。

 

 だから今は、レジスタンスの尖兵として装脚艇(ランドポッド)を駆り、魔帝(マザー)を討つ。

 やりたいことはそれだけだ。

 

 だから舞奈は普段と同じように、口元に乾いた笑みを浮かべる。

 そして夜闇に幻のように浮かぶ塔を見やりながら、

 

「……わかんないよ」

 ひとりごちるように、つぶやいた。

 




 予告

 ある者は過去を呪う。
 またある者は過去を悔やむ。
 振り上げた拳の行き場を見定めながら、少女は砲火と魔術の狭間で今に苛立つ。

 次回『平穏』

 心の渇きを癒せるものは血ではなく、肉でもなく。


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第3章 装脚艇輸送作戦
平穏


「ガキのクセに本なんか読みやがって!」

 野太い怒声とともに、ヤニ臭い男の手が幼いレナから古い書物を取り上げた。

 

 革表紙の分厚い本を、薄汚れたコンクリートの壁に投げつける。

 男の手は無骨で大きいが、たるんでいた。

 

 レナは男を見上げる。

 表情はない。

 男が荒れることに慣れているからだ。

 

「女のクセに! ガキのクセに反抗的な目ぇしやがって! なんだその目は!!」

 男は拳を振り上げる。

 だが振り下ろされた拳がレナを打ち据えることはなかった。

 

「ママ……!?」

 レナの顔に表情が浮かぶ。

 不安げに見やる先には、彼女の代りに拳を受け止めた母親の背中があった。

 

「あなたやめて、まだ子供なの……!!」

「女やガキに何がわかる!」

 たるんだ身体からすえたヤニの臭いを振りまきながら大男は吠える。

 

 自身の父親を名乗るケダモノの様な下男は、狭い部屋の中で荒れるばかりだ。

 家族を養っているのは、優しげで、そして疲れた目をした母親だった。

 

「とっととメシ作れ!」

 男は言い残し、別の部屋に引き上げていった。

 母親は娘の顔を心配そうに覗きこむ。 

 

「ごめんね、レナちゃん。だいじょうぶ?」

「……うん」

 母親が詫びる理由が分からなかった。

 だが心配させたくないから笑った。

 

 そして母親の胸元で光るロケットを見やる。

 アンティーク調の装飾が施されたロケットだ。

 

 レナに辛いことがあると、母親はいつもこの綺麗なロケットを見せてくれる。

 それを微笑む母親とともに見るのが、レナは好きだった。

 正確には母親の笑顔が好きだった。

 

 母親の手の中のロケットに触ると、不意に蓋が開いた。

 中には色あせた1枚の写真が収められていた。

 レナの知らない少女。

 年頃はレナよりいくらか上。

 童顔の口元に不敵な笑みを浮かべた、小さなツインテールの少女だ。

 

「この子はだれ?」

 レナは無邪気に尋ねる。

 対して母親は目を細める。

 

「ママのお友達よ。大事な、とても大事なお友達」

 答えた母は笑っていた。

 優しげに、そして少しだけ寂しげに。

 写真の中で不敵に笑う少女を、幼いレナはじっと見つめる。

 

(そんなにだいじな友だちなのに、なんでその人はママのことたすけてくれないの?)

 幼い少女は、写真の中の少女をじっと睨みつけた……

 

 そして時は巡る。

 あるいは、ひとりの少女が追憶の旅路から帰還する。

 

「ママ……」

 魔帝(マザー)軍の制服を着こんだレナは、胸元に下げたロケットを手に取り、見やる。

 

 ロケットの蓋を開ける。

 中には色あせた1枚の写真が収められている。

 映っているのは、レナと同じくらいの年頃の少女だ。

 童顔の口元に不敵な笑みを浮かべた、小さなツインテールの少女である。

 

「志門……舞奈……」

 ひとりごちる。

 

「おまえを……ゆるさない……絶対に!!」

 少女の薄紅色の唇が、憎々しげに歪んだ。

 

 同じ頃。

 廃墟の街の片隅に位置する別の施設の一角。

 

 崩れかけた窓の外は土砂降りの雨だった。

 薄闇に浮かぶ廃ビルのシルエットが、踊る舞奈を見つめている。

 

 ステージは、崩れかけたコンクリートの部屋。

 割り当てられた寝室だ。

 

 かつては店舗だったとおぼしき部屋は、それなりに広い。

 なのに調度品が古びた机とベッドぐらいしかないので殺風景この上ない。

 

 そんなうら寂しい部屋で、舞奈はひとり踊る。

 引き締まった肢体を飾るのは、真っ赤なキュロットに薄手のシャツ。

 そして両手の拳銃。

 

 銃を握った両腕を両翼の如く左右にピンと伸ばす。

 次の瞬間、両腕を交差させる。

 両手の銃を前に向けて構える。

 

 研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。

 ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。

 

 少女の肌には玉の汗が浮かんでいる。

 だが口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息の上がった様子はない。

 静寂の中に、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、少女がたまに発する「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。

 

 少しばかり物々しい体操ではあるが、舞奈は毎晩の健康体操を欠かしたことはない。

 21年前はずっとやっていたし、1年前からもずっとやっていた。

 毎日していた事をやめると落ち着かないからだ。

 

「すごい筋肉だね」

「……スプラか」

 見やりもせずに答える。

 開け放たれた業務用ドアの側に、華奢な少年がいた。

 

 男が女の寝室を訪れる時間ではない。

 だが、ここには間男にトンカチを投げる親はいない。

 

 だから舞奈は射抜くようなダンスを中断して拳銃をホルスターに収める。

 次いで流れるような挙動で片腕での腕立て伏せに移行する。

 視界の中で横向きになったスプラを、なんとなく眺める。

 

 小柄で肩幅も狭い舞奈の身体は、プロテイン中毒者のような華美さも豊満さもない。

 だが鍛錬によって鍛え抜かれた鋼の如き肉体は抜き身の銃の如く見る者を威圧する。

 最たるは自身の体重を片手で支える大きな手だ。

 なめした皮のように強固な掌。

 重機を思わせる太くて無骨な指先。

 すべてが45口径(ジェリコ941)に鍛えられた狩人の証だ。

 

 戦闘に必要な要素をすべて詰めこまれ、それ以外のものは何もない。

 まるで愛銃(ジェリコ941)と対にしつらえた究極の兵士の肉体である。だが、

 

「意味ないよ。いくら鍛えたって、こいつ(ジェリコ941)装脚艇(ランドポッド)を墜とせるわけじゃない」

 舞奈は皮肉げに笑う。

 

 現に魔帝(マザー)軍と戦うようになってからはアサルトライフル(ガリルARM)ばかり使っていた。

 そして、これからは装脚艇(ランドポッド)に乗るのだ。

 白兵戦の訓練などする必要はない。

 

 それでも今まで続けてきたからという理由で、今も続けている。

 単に止めたくないからだ。

 21年前を感じさせるものを、ひとつでも多く残しておきたい。

 舞奈の心を占めるのは守れなかった過去。

 そして、この習慣も過去の残滓のひとつだ。

 

「それでもすごいよ」

 言ってスプラはかぶりを振る。

 やわらかな茶髪がゆれる。

 そして緊張した面持のまま、

 

「ねえ、舞奈。話があるんだ」

「なんだよ?」

 少年はためらう。

 静寂を、少女の筋音だけが埋める。そして、

 

「舞奈。キミに、ボクのガールフレンドになって欲しいんだ」

「……ああ?」

「ボクがキミのボーイフレンドになるってことさ」

「いや、それはわかるよ」

 そっけない答えに、スプラの表情が安堵したようにゆるむ。

 だが舞奈は素知らぬ顔で、

 

「けどな、スプラ。おまえ、あたしが年下の子供だってこと、忘れてるだろ?」

 変わらぬペースで腕立て伏せを続けながら、

 

「あたしにはまだ早いよ。ガールフレンドとか、ボーイフレンドとか、そういう浮ついたの、まだピンと来ないんだ」

 穏やかに、柄にもなく諭すように答える。

 食い下がろうとする少年を、

 

「それに」

 鋭く制する。そして、

 

「女漁りしたい気持ちはあたしにだってわかるけどさ、そういうの、今は止めとけよ」

 静かに語る。

 

「お互い、明日の晩まで生きてるかどうかもわからないんだ。情がうつった奴がいなくなるって、けっこう堪えるぞ。自分でも、相手でもな」

 それで話は終わったとばかりに一挙動で立ち上がり、ダンスを再開する。

 ちなみに、ここまで舞奈はスプラの顔をまともに見ていない。

 

 舞奈はトルソの死を忘れていはない。

 だが彼の親友だったスプラは忘れたのだろうか?

 それとも割り切ったのだろうか?

 

 どちらにせよ、彼が少し羨ましかった。

 21年前でも今でも、舞奈の周りでは人が死んでばかりだ。

 なのに舞奈は、いなくなった仲間のことを忘れる方法が、まだよくわからない。

 舞奈がバカで不器用な子供だからだろう。

 

 だから舞奈の頭の片隅には、もう会えない人間が常にいる。

 彼らの記憶が、想い出が、重すぎるのに捨てられない。

 今さら誰かと新しい関係を築きたいとも思わない。

 スプラには気の毒だが、そんなことに気を使う余裕がないのだ。

 

 だから抜く手も見せずにホルスターから2丁の拳銃を抜く。

 軽く手首を回し、銃の握り心地を愉しむ。

 しなやかな脚で宙を裂き、天井から吊られた裸電球を射抜かんばかりに蹴り上げる。

 勢いのまま回転して逆の脚で蹴りを放つ。だが、

 

「ちゃんとボクを見てよ!」

 何かが目前に飛び出してきた。スプラだ。

 

「ちょ!?」

 あわてて蹴りの軌道をそらす。

 

 スプラの喉元をかすめたスニーカーのつま先が、テーブルの天板を蹴り上げる。

 古びた木製のテーブルは朽ちかけていたか、天井に激突して粉々に砕け散った。

 無残に砕けた破片の中に、机の上で転がっていたバランスボールがボトリと落た。

 そのまま音もなくコロコロと転がる。

 

 舞奈はギョッとした。

 とっさに脚をそらさなかったら代りに何が転がっていたかなんて、考えたくもない。

 

「いきなりなんだよ、危ないだろ。怪我はないか?」

 文句を言いつつ足首をひねっていないことを確認する。

 そうしながら少し離れた場所で尻餅をついたスプラを見下ろす。

 

「ボクが……」

「ああ?」

 華奢な少年の唇が、うわごとのように何かをつぶやく。

 そして感情を爆発させたように、

 

「ボ、ボクが、キミを守るよ! 死なせない! それでもダメなのかい!?」

「――どうやって?」

 舞奈はスプラを見下ろしながら、静かに問う。

 年若い少年の瞳を真正面から見つめる。

 少年は押し黙る。

 

「今、あたしを守るって言ったよな?」

 舞奈は問う。

 泣き出しそうな少年の視線と、疲れた兵士の視線がからみあう。

 

「教えてくれないか? おまえが、どうやって、あたしを守るつもりなのか、聞かせてくれよ? なあ、スプラ」

 静かに問う。

 

 守るという言葉の拠り所を知りたかった。

 舞奈は何もかもを守ろうとして、何も守れなかった。

 だから彼がどうやって自分を守る気でいるのか、知りたかった。

 

 だが舞奈は、この時、少々がつがつしすぎていた。

 人にものを尋ねる口調ではなかった。

 押さえた声色のせいで凄みも増していた。

 拳銃を握りしめていたし、彼を見下ろしながら無意識に力こぶを作っていた。

 

 窓の外で雷が鳴ったのも良くなかった。

 座りこんだスプラの上に、野獣のように無骨な影が長く延びた。だから、

 

「ご……ごめ、ごめんなさい!」

 スプラは這うように後ずさると、血の気の失せた顔で叫んだ。

 そして小動物のように跳ねあがり、

 

「ごめんなさい!!」

 怯えた様子で言い残し、走り去った。

 

「スプラ!?」

 舞奈は追おうとするが、思い直して少年の背中を見送った。

 足元が濡れていることに気づいたからだ。

 雨漏りしているのだろうか?

 

 口元が、乾いた笑みの形に歪む。

 

 別に天井に穴が開いていても問題はない。

 この場所もすぐに引き払うのだ。

 今の生活の中で、変わらないものなどない。

 

 胸元でロケットがゆれる。

 アンティーク調の装飾が施されたロケットだ。

 21年前――舞奈にとっては1年前に、友人からプレゼントされたものだ。

 

 舞奈は拳銃をホルスターに収め、ロケットを手に取って見やる。

 写真の中で、大人びたふんわりボブカットの少女が優しげに微笑んでいた。

 鋼鉄の巨人(ランドポット)を駆ろうとも、それが宇宙の知識を体現した復刻機(リバイバル)であろうとも、そして鋼鉄の如く身体を鍛えようとも、その手は置き去りにした過去に届かない。

 

「なんだよ、教えてくれたっていいじゃないか」

 ひとりごちる。

 

 バカで不器用な舞奈は、上手に想い出を捨て去ることができない。

 そのせいで子供のクセに昔のことを思い出して後悔ばかりしている。

 だからロケットの中の過去を懐かしむように、口元に寂しげな笑みを浮かべる。

 そして、ひとりごちた。

 

「……守り方、忘れそうなんだよ」

 ひとりごちる。

 だが、その言葉を聞く者はいない。

 




 予告

 打倒魔帝(マザー)を誓った勇者たちはドブネズミのように穴ぐらを進む。
 舞奈は天上を知る者と名乗る謎めいた意思と邂逅する。
 光も届かぬ地の底で、交錯するは悔恨と希望、そして秘密。

 次回『知の宝珠(トーラー)

 敵の敵は味方か?
 本当に?


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知の宝珠

「へえ。街の地下に、こんなでっかいトンネルがあったなんてな」

 開けっ放しのコックピットハッチから頭を出し、舞奈は左右の壁を見渡す。

 

 非戦闘時における移動中のスクワールは砲塔と一体化した車体を前に倒した状態だ。

 そして手足を4本の脚のように使って地下通路を進んでいる。

 尻尾状の武器ラックを持ち上げて歩く様は栗鼠に似ている。

 

 そんな状態だと、他の装脚艇(ランドポッド)と同じく背面に位置するハッチは上向きに開く。

 舞奈はそこから乗り出しながら、超巨大トンネルの見物と洒落こんでいた。

 

「下水道とかそういうレベルじゃないぞ」

 コンクリートで固められた高い天井を見やって目を丸くする。

 

 そんな舞奈のスクワールと歩を合わせ、レジスタンスたちは巨大な地下通路を進む。

 

 リンボ基地(ベース)を早々に破棄したレジスタンス。

 つまりスクワールの舞奈、カリバーンのスプラとピアース、それぞれバイクや車両に乗ったボーマンや他のレジスタンスの勇士たち。

 

 一行の次なる目的地はトゥーレ基地(ベース)

 魔帝(マザー)軍の本拠地であるアヴァロン地点(ポイント)に最も近いレジスタンスの拠点だ。

 以前から他の拠点との交流も多々あったらしい。

 そこで魔砦(タワー)攻略に備えた最終調整をするのだそうな。

 

 ちなみにサコミズ主任は一足先にトゥーレ基地(ベース)に向かったので、この場にはいない。

 

 そうこうするうちに、レジスタンスの一行は広間に差しかかる。

 

「こりゃすごい!」

 舞奈は驚愕のあまり叫ぶ。

 

 先ほどまでも広くて大きかった地下建造物。

 それが今度は信じられないくらいのスケールで視界一面に広がったのだ。

 高い高い天井から謎の照明が広間一帯を照らしている。

 なのに左右の壁がうっすらとしか見えない。

 

「こいつを造ったのも魔帝(マザー)だっけ。奴は装脚艇(ランドポッド)でバスケでもするつもりだったのか?」

魔帝(マザー)がバスケ好きかは知らないけど、確かにこの通路は装脚艇(ランドポッド)が使うためのものさ」

 側をバイクで並走するボーマンが答えた。

 さらにその隣の半装軌輸送車(SdKfz251)の荷台で、レジスタンスたちもうなずく。

 

 武装したレジスタンスたちは3台の輸送車で移動している。

 そのうち1台の荷台には機関砲(FLAK38)が鎮座している。

 21年前どころか前大戦中に使われていた代物だ。

 

 トゥーレ基地(ベース)の前身は民間軍事会社(PMC)の倉庫だったらしい。

 なのでビンテージの軍用品がたんまり納められていたのだそうな。

 

 ボーマンが乗っているサイドカーつきバイク(BMW R75)の出所もそこだ。

 前大戦からさほど変化のないバイクからは、機体を倒していても戦車ほど大きなスクワールのコックピットは見上げる位置になる。

 

「……落ちるよ」

 ボーマンは物珍しさにハッチから身を乗り出す舞奈に声をかけ、

 

「侵攻当初に、こういう通路を使って攻撃部隊を展開する計画を立ててたらしいんだ」

 苦笑しながら語る。

 

「でも地上の制圧はあっという間に終わっちまって、普通に兵站を維持できるようになったから使われなくなったんだよ」

「なんか、情けない話だな……」

『そうだな。あえて「どっちが」とは言わないが』

 前を歩くカリバーンから、ピアースが拡声器ごしにため息をもらす。

 2号機の破損した右腕には応急修理がを施されている。

 理知的な眼鏡の青年は、パートナーを失ったショックから立ち直りつつある。

 

『「どっちが」っていうか、「どっちも」だね』

 こちらは新たにスプラの乗機となった4号機【装甲硬化(ナイトガード)】だ。

 

 先頭を歩くカリバーンの肩や腕にも、あふれたレジスタンスが乗っている。

 輸送車の数には限りがあるからだ。

 

 だがスクワールの流線型のボディは激しくゆれる。

 そんなものにしがみついていられる剛の者はいない。

 なので鋼鉄の栗鼠に乗っているのはコックピットの舞奈だけだ。

 

魔帝(マザー)も、おまえにだけは言われたくないだろうな』

『ちょっ!? そりゃないよピアース!』

 スプラのうわずった声に、レジスタンスたちから笑いが漏れる。

 

 彼は年下の子供にプロポーズして泣きながら逃げ帰った

 そんな微笑ましい事件は、翌朝にはレジスタンスのメンバー全員に広まっていた。

 あまつさえ彼には『おもらし君』という素敵な2つ名がつけられていた。

 

「気にすることはないさ。4号機の……以前に4号機に乗ってた奴も、デカい図体して臆病でさ、初めて敵の面を拝んだときに、恐くて洩らしちまったのさ」

 ボーマンがフォローする。

 フォローかな……?

 

「それ以来、そいつは戦う前に雄叫びをあげるようになった。オリャリャーッてさ」

 そう言って、ボーマンは笑う。

 

 だが舞奈は、その口元が乾いた笑みの形に歪んでいるのに気づいた。

 スプラを慰めるつもりで自身の古傷に触れてしまったか。

 舞奈がこの時代に来た時には、4号機に専属のパイロットはいなかった。

 

「何やってるんだか」

 舞奈は肩をすくめ、何食わぬ顔で話題を戻す。

 

「けど、そんなところを大人数で進んだら、すぐに見つかっちゃうんじゃないのか?」

「安心しな、その可能性は限りなく低い」

 ボーマンが答える。

 楽観論を口にするにしては沈痛な口調だ。

 その違和感に首をかしげる舞奈を見やり、

 

「……10年前、魔帝(マザー)軍が侵攻を開始してから地上が制圧されるまでが、どれだけだったと思ってるんだい。本当にあっという間だったんだよ」

 ボーマンはとうとうと語る。

 

「この通路も完成前に不要になっちまって、工事が中断したまま忘れられてるのさ」

「な、なんかごめん……」

 割と笑えない魔帝(マザー)に対する人類の弱さを再確認し、舞奈は静かに目を逸らす。

 

「それに何かのはずみで戦闘になったとしても、地上よりはましさ。広いったって所詮は通路だ。物量で攻めるには無理がある。対して、こっちは復刻機(リバイバル)に、防御性能に優れる【装甲硬化(ナイトガード)】と【氷霊武器(アイスサムライ)】があるんだ。簡単にやられはしないさ」

「本当にそうならいいんだけどな」

 ボーマンの精いっぱいの楽観論に、生返事を返す。

 

 そしてハッチから頭を引っこめる。

 大広間を抜け、広いとはいえ通路に戻ったからだ。

 

 通路の天井も装脚艇(ランドポッド)が立って余裕で歩ける程度に高い。

 だが大広間ほど荘厳ではないから見ていても別に楽しくはない。

 標識代わりか数字や記号が描かれているが、読み方がわからない。

 

 なので舞奈は大人しくシートに座りこむ。

 コートのポケットからビスケットを取り出す。

 

 レジスタンスの食生活は、主要施設に備蓄されていた食料で賄われている。

 魔帝(マザー)が世界を滅ぼして、今でも人を狩り続けているから、生き残っている人間は備蓄で10年食いつなげるほど少ない。

 その中に、21年前からの知人はひとりもいなかった。

 

 賞味期限などとうに過ぎたビスケットを平らげる。

 そして胸元からロケットを取り出して、見やる。

 

 写真の中で、大人びたふんわりボブカットの少女が優しげに微笑んでいた。

 園香である。

 舞奈もつられて微笑む。

 

 だが明日香の写真は持っていない。

 レジスタンスとして1年過ごした今、彼女の顔もはっきりとは思い出せない。

 

 舞奈はふと、地下通路を作った魔帝(マザー)の意図を想う。

 圧倒的に優勢な状況で策を練るものの、苦もなく勝利し策は無駄になる。

 そんな生真面目さ、ある種の頭の悪い几帳面さ。

 そんな性向は姿を見ることすら叶わない黒髪の友人を思い出させる。

 

(……そうでもないか)

 思い直して笑う。

 

(あいつが魔帝(マザー)の立場だったら、作ったもの忘れて放っぽりだしたりしないもんな)

 口元を無理やりに笑みの形に歪め、気持ちに意思を強制しようとする。

 けど上手くいかなかった。

 

 明日香が恋しかった。

 もちろん園香も。

 仕事人(トラブルシューター)として最後の仕事で出会った金髪の少女も。

 それ以前に出会った少女たちも。

 

 彼女たちを抱きしめたかった。

 声を聞きたかった。

 

 だが舞奈が不在のまま21年が経った今となっては、叶わぬ夢だ。

 だから、もうすぐ魔帝(マザー)を倒し、この戦いを終わらせられるのだとしたら、その後に有り余るであろう時間を使って彼女らの行方を捜したい。

 そんなことを考えて口元に笑みを浮かべたその時、

 

『舞奈。聞こえてる……?』

 通信機から少年の声が漏れた。

 4号機からだ。

 彼の好意を受け入れる余裕などないが、さりとて嫌う理由もないので、

 

「スプラか。今度はクソでも洩らしたか?」

 フランクに笑みを返す。

 

『ボク、さ。その……キミのこと、諦めてないから』

「……ああ?」

『キミは今でも21年前の世界を見てるんじゃないのか? だからボクのこと……!!』

 おもらし君は唐突に語り始めた。

 

『でも、それじゃダメなんだ! 過去じゃなくて、未来を見なきゃダメなんだ! ボク待ってるから! キミがボクのことを男として見てくれるまで、ボク待ってるから!!』

「おう、好きにしろよ」

 叩きつけるように言った後、舞奈の返事も終わらぬうちに一方的に通信が切られた。

 

「ボーマンか爺さんが入れ知恵したな。ったく年配ぶって好き勝手言いやがって」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

 

「……分かってるよ、そんなこと」

 そのまま固いシートの背もたれに沈みこむ。

 

 どれだけ過去を想っても、時間が逆向きに流れる事などない。

 人は生きている限り、前を見据えて進むしかない。

 

 そんなことは、言われるまでもなく理解しているつもりだ。

 バカな舞奈は、その理を覆す方法を思いつかないからだ。

 だから、目を閉じて目先の問題に頭を切り替えようとする。

 

(そういや、あの娘も可愛かったな)

 まっ先に思い出すのは、猫を象った復刻機(リバイバル)のことだ。

 そして【猫】を操る少女のこと。

 長いツインテールと、幼い顔立ち。

 そして不思議と威圧感を感じさせないつり目を脳裏に描く。

 

 現金なもので、目前に(少女)を釣られた舞奈の口元に笑みが浮かぶ。

 もちろん彼女も抱きしめたい。

 彼女の「舞奈を殺す」と言った唇を無理やりにふさいでみたい。

 そうしたら彼女はどんな表情をするだろうか。

 そう思ったところで我に返り、

 

「……じゃなくて、あの金ピカの【猫】は何なんだろうな。スクワールと同じ復刻機(リバイバル)ってことは、ボーマンの言ってた……なんだっけ、宇宙戦争の機体なのか?」

『メモリーに記録された画像情報から地上用(ランド)オッタと推測されます。惑星同盟に属する諸惑星が汎用機甲艇(マニューバーポッド)オッタをベースに共同で開発した装脚艇(ランドポッド)です』

 声が響いた。

 出所はコックピットの何処か。

 だが通信機からではない。

 

『正確には、そのレプリカを魔術師(ウィザード)用にカスタマイズした特機であると推測されます』

「スプラ……じゃないな。誰だ?」

 動揺を声に出さないように問う。

 

 聞いたことのない声だ。

 レジスタンスの他のメンバーでもない。

 そもそも通信回線はオフになっているのだから、外部からの通信ではない。

 

知の宝珠(トーラー)とお呼びください。私は魔力王(マスター)が持つ力の宝珠(メルカバー)を通じて語りかけています』

「そうかい」

 声は答える。

 舞奈は生返事を返す。

 

 いちおう正体不明な相手からの通信(?)という異常事態ではある。

 だが、舞奈の身辺は1年前からずっと異常だ。

 そんな中で、今度の異常事態がとりたて危険なようにも思えない。

 特に興味もないがヒマなので、

 

「じゃ、こいつはどうなんだ?」

 そこら辺を雑に指差しながら尋ねてみる。

 

魔力王(マスター)が搭乗している機体は、星間連合のスクワールと推測されます』

「へぇ」

『ミルディン・インダストリアが開発し、惑星降下部隊の現用機を採用するためのトライアルに提出された装脚艇(ランドポッド)です』

「そりゃすごいな」

(さっぱりわからん)

 言葉の半分も理解できずに生返事を返す。

 

「なんだ、その、どっかで宇宙戦争でもやってて、それに使われてたってことか?」

『使われていません。連合軍は降下用の機体としてウォーダン・ワークスのラーテを正式採用しました。スクワールは大戦終結後に少数のみ製造されるに留まりました』

「へぇ、そうかい」

 ムスッと答え、それっきり黙りこむ。

 

 例によって言っている言葉の意味がちっとも理解できない。

 加えて機体にケチをつけられた気がしたからだ。

 そもそも、自分の知らない空の上で戦争しようが何しようが、知ったことではない。

 

(こういうの、明日香のやつが好きそうなのにな)

 生真面目な友人を思い出す。

 

 かつて共にいた黒髪の友人は、魔術師(ウィザード)の例に漏れず貪欲なまでに知識を求めていた。

 情報の取捨選択は彼女の役目だった。

 彼女なら宇宙の智慧を語る知の宝珠(トーラー)から喜々として情報を引き出したであろう。

 

「……あ、そうだ。宇宙にも女っているのか? 漫画に出てくるタコとかトカゲとかじゃなくってさ、おっぱいがボンってなったお姉ちゃんが」

 残念ながら、舞奈が思いつくのはこの程度の疑問だ。

 だが声は生真面目に、

 

『検索/照合の結果、該当する身体的特徴が最も顕著なのは――』

『――舞奈、止まってくれ!』

 聞きなれた地上の女の声が通信機から響いた。

 

 舞奈は知の宝珠(トーラー)を黙らせる。

 宇宙の巨乳より目前の巨乳だ。

 ボーマンの胸はとても大きくて母性を感じさせるが、バイクからの通信なので映像がないのが残念だ。

 

「なんだい? ボーマンもいっしょに乗るかい?」

『トラブルだ。どうやら先客がいたらしい。それより止まれ! ストップだ!!』

 ボーマンの声は切羽詰っていて、コンソールパネルにも警告が出ていた。

 なのでスイッチを押して自動航行モードを手動に戻し、スクワールの歩みを止める。

 

 自動航行はパターンを入力してモードを切り替えておけば自動で歩いてくれる便利な機能だが、急なアクシデントへの対処にひと手間かかるのが難点だ。

 外部カメラを見やる。

 間一髪で前足キックを免れた輸送車の荷台でレジスタンスたちが中指を立てていた。

 

 スクワールには本来なら人を踏みそうになると止まる安全装置が組みこまれている。

 だが戦闘に支障がでるので外したのだ。

 

「めんごめんご」

 舞奈は拡声器に向かって詫びる。

 反省の色など微塵もない。

 

「……それにしても、先客って、忘れられた通路じゃなかったのか?」

 首をかしげつつ、ハッチを開けて身を乗り出す。

 

 見やると、薄汚い格好の男たちが一行の行く手を阻むようにたむろっていた。

 レジスタンスの何人かが対話を試みているらしい。

 だが、うまくいっている様子ではない。

 




 予告

 レジスタンスを包囲する、滅びたはずの怪異の群。
 舞奈はひとり敵の巨兵に勝負を挑む。
 人と怪異。
 鋼鉄と鋼鉄。
 砲火と異能が飛び交う戦場で、少女の喉元に突きつけられるは過去という名の刃。

 次回『強襲』

 全てを貫く鋭き槍も、
 何者をも通さぬ堅牢な盾も、
 己が心を相手取るには役者不足。


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強襲

 コックピットハッチから顔を出し、側でバイク(BMW R75)を停めたボーマンを見やる。

 

「あいつらが突然わらわら出てきて通れないんだよ。難民じゃないかと思うんだけど」

「難民ね……」

 すえたような異臭に顔をしかめつつ、難民とやらをぬめつける。

 

 皆が一様に歪んだ不快な顔立ちをした中年男たち。

 奴ら全員が20年着続けた様な薄汚い背広や、さらに不恰好なボロをまとっている。

 よく見やると集団に子供はおらず、女もまばらだ。それにも増して、

 

「ったく、何の臭いだこりゃ」

 舞奈は舌打ちしてコックピットに戻る。

 

 とにかく臭いのだ。

 もちろんレジスタンス暮らしが清潔だとも衛生的だとも思わない。

 だが目の前の集団の臭さは別格だ。

 まるでドブか便所から這いだしてきたのかと思えるすさまじい悪臭を放っている。

 腐敗した戦死体のほうがいくらかましだ。

 

「……にしても、どっかで嗅いだことのある臭いだな」

 顔をしかめながらも引っかかる。

 

「何だっけ……?」

 しばしと首をかしげ、

 

「……ああそうだ」

 とコンソールパネルを見やる。

 先ほど物知りの知り合いが増えたばかりではないか。

 

「トーラーさんよ、あんたには、奴らが何者だかわかるのか?」

『構成する人員の全てが妖術の影響下にあります』

「妖術だと?」

『はい【降三世悪鬼掌握法(トライローキャヴィジャヤナ・ヴァシーカ)】と推測されます』

「ト……? エロ……? 何だそりゃ?」

『対象の体内に蓄積したニコチンを罪穢れと見なし、対象の自由意志を消去して操作する妖術です。現に対象人員すべての体内から高いニコチン反応が検出されています』

「へえ」

 内容の大半が意味不明ながらも、素早く返ってきた答えに相槌を返す。

 

「詳しいな。妖術ってのは宇宙にも広まってるのか?」

『本惑星で確認されている魔術、妖術は、太古に本惑星を訪れた他惑星の魔術師(ウィザード)から言語や他の初歩的な技術とともに伝授されたものと推測されます』

「魔法の本場も宇宙ってわけかい」

 ふうん、と何となく天井を見やり、

 

「……ま、ドブみたいな臭いの原因は分かったよ」

 説明からニコチンという単語だけを聞き取って腑に落ちる。

 教科書のように格式ばっているためか理解しずらい説明だが、そこだけはわかる。

 というか思い出した。

 すっかり忘れていたのは、このすえた異臭を嗅ぐのが1年ぶりだったからだ。

 

 レジスタンスにヤニを吸う人間はいない。

 魔帝(マザー)軍が【断罪発破(ボンバーマン)】による攻撃を多用したからだ。

 魔帝(マザー)軍の侵攻にあわせて、一部の執行人(エージェント)の間で脂虫と呼ばれる人型の害虫は、あらゆる場所で爆発し、地上から姿を消した。

 ある意味で魔帝(マザー)による2つ目の公益である。

 口元にクスリと笑みを浮かべる。だが、

 

「ちょっとまて! まさか!」

 ふと気づいて跳びあがり、拡声器に向き直り、

 

「離れろ! 奴らは人間じゃない、喫煙者だ!!」

 叫んだ瞬間、男たちのひとりが爆発した。

 同時に脂虫たちが一斉に押し寄せてきた。

 

「糞ったれ! 【断罪発破(ボンバーマン)】だ!!」

『【降三世悪鬼散華法(トライローキャヴィジャヤナ・マラナ)】の妖術です』

 叫ぶ舞奈に知の宝珠(トーラー)が割とどうでもいいツッコミを入れてくる。

 

 体内に蓄積したニコチンを罪穢れと見なして対象を爆破する異能……妖術。

 そいつらを操る妖術。

 その2つが揃えば、脂虫の群はすなわち大量の爆薬に等しい。

 奴らはレーダーには映らない。

 加えて通路の狭さをものともせずに物量作戦を仕掛けることができる。

 

 舞奈はモニターに目を凝らす。

 近くに【断罪発破(ボンバーマン)】――相当の妖術の使い手が潜んでいるはずだ。

 そして味方機以外に装脚艇(ランドポッド)の反応はない。

 だがすぐに害虫爆弾の群の中から発破屋を見つけだす試みを放棄する。

 

 舞奈はレジスタンスたちを援護すべく、スクワールを立ち上がらせる。

 4本足の復刻機(リバイバル)が半身を起こす。

 車体と一体化した砲塔内部でコックピットが駆動し、地面との平衡を保つ。

 前足は腕となり、腰にマウントされた拳銃(低反動砲)を手に取る。

 栗鼠の頭部を模したカメラが前方を向く。

 

 レジスタンスも素早く車両へと戻り、機関砲(FLAK38)を中核にして応戦する。

 彼らも魔帝(マザー)軍と戦い抜いてきた精鋭たちだ。

 

 ピアースのカリバーン2号機が剣を抜く。

 スプラの4号機も巨大なハンドミキサーを抜いて男たちの群へと斬りこむ。

 

 薄汚い男たちが機銃に砕かれる。

 巨大な剣に、ハンドミキサーに轢き潰される。

 ヤニ色に濁った飛沫が通路に舞う。

 だが脂虫の数は減らない。

 

「マスターキー、セット。バードショット」

 舞奈も加勢に加わろうと、武装交換のシーケンスを開始する。

 両腕が自動化された動きで拳銃(低反動砲)を尻尾の横に揃える。

 尻尾のサイドが開いてアームを展開する。

 砲身の下に対人用散弾のオプションをセットする。

 

 だが不意に、スクワールは車体の推進装置(スラスター)を急噴射して強引に振り返る。

 2丁の拳銃(低反動砲)を構え、セットした散弾ではない砲弾を撃つ。

 

 スクワールの頭部を2本のビームがかすめ、背後の脂虫を消し炭に変える。

 同時に、にじみ出るように機影があらわれた。

 黄金色の【猫】――知の宝珠(トーラー)とやらの言葉を借りるなら『ランドオッタ』。

 

『敵機を捕捉』

 知の宝珠(トーラー)がナビゲーター気取りで声をあげるが放っておく。それより、

 

『ルーン魔術【不可視(ウンズィヒトバーレ)】による光学迷彩環境下からの奇襲と推測されます』

「だろうな」

『気づいたの!?』

 通信機が、驚愕にかすれた少女の声を拾う。

 無理やりに開いた通信モニターに、長いツインテールの少女が映しだされる。

 

「あんたが来るのが分かったんだ。愛のパワーでな」

 少女の驚愕に笑みを浮かべて答える。

 

 気づいたのは音と気配でだ。

 それに舞奈が相対してきた敵の多くは、こういう状況で挟み討ちを仕掛けてきた。

 透明化できればしてきたし、それは魔術師(ウィザード)ならたいてい持っている手札だ。

 

「また会ったな。レナちゃんだっけ?」

『貴様の汚らわしい口で、その名を呼ぶな!』

 襲いくるランドオッタの双眸から粒子ビームが放たれる。

 避けたスクワールの背後のコンクリート壁に、焼け焦げた弾痕が刻まれる。

 

 舞奈は舌打ちする。

 ランドオッタが放つ粒子ビーム――加粒子砲(グラム)

 あるいはレナが用いる魔術の数々。

 どちらも、たった1発で生身のレジスタンスたちを殲滅できる。だから、

 

「つれないこと言うなよ。あたしはカワイコちゃんとは誰とでも仲良くしたいんだ」

 軽口を叩きつつも、舞奈はスロットルを引きしぼる。

 スクワールは拳銃(低反動砲)を収めて車体を前向きに倒す。

 そして4本脚の機動輪(パンジャンドラム)をフル回転させて通路を逆走する。

 レジスタンスから距離を取るためだ。

 

『だまれ! 貴様の、その軽薄さが!!』

 ランドオッタも追ってくる。

 やはりレナの目標はスクワール――というか舞奈らしい。

 

『待ちなさい! 松明(ケーナズ)!!』

 ランドオッタは短い腕を差し向ける。

 先を走るスクワールめがけて掌から金属板を放つ。

 疾走しながら跳んで避けた栗鼠の真横で、金属片が爆発する。

 

力の宝珠(メルカバー)をあてにしようなんて思わないことね! 志門舞奈! この前の防御で魔力を使い果たした力の宝珠(メルカバー)に、貴様を守る力なんかないんだから!!』

「だからその力の宝珠(メルカバー)って何だよ!」

 知りもしない事を前提に煽られても困る。

 だがキレ気味の問いに答えたのはレナではなく、

 

『私です』

「おまえだったのか!? だいたい、さっき知の宝珠(トーラー)って名乗ってなかったか?」

『正確には、私は我が半身である力の宝珠(メルカバー)を通じて語りかけています』

「じゃ、おまえじゃないじゃないか!! その力の宝珠(メルカバー)ってのが具体的に何なのか、小学生でもわかるように説明してくれないかね! 物知りさんよ!」

魔力王(マスター)を補佐する存在です。現在は本機体のエンジンブロックに収められています』

「あ? ……ひょっとして、涙石のことか?」

 舞奈はコンソールパネルを操作して蓋を開ける。

 ケース内にせり上がってきた涙石を見やる。

 

「そういうや、こいつのおかげでヴリル・ドライブが完成したって言ってたな」

 ひとりごちる。

 

 だが鮮血の色をしていたはずの涙形の石は、今や朽ちかけたように黒ずんでいた。

 舞奈はこういった存在について詳しくない。

 それでも何となく力がなくなってそうなのがわかる。

 

「……まさか、機体が今にも止まりそうだとか言わないよな?」

『その心配は不要です。現在、本機のヴリル・ドライブは単体で安定動作しています』

 ひとまずの回答に胸をなでおろす。

 

『ですが力の宝珠(メルカバー)の魔力が枯渇しかけているのは事実です。力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)を守護する能力を現状態では行使できません』

「そっちはいいよ。別にあてにしてないから」

 その何とか能力というのは、以前にレナと戦った際に氷の雨を凌いだアレだろうか?

 そんなことを話すうち、後部モニターの中のランドオッタが腕を突き出す。

 

 スクワールは車体を起こす。

 推進装置(スラスター)を吹かしつつ軽く跳躍して真後ろに向き直る。

 

 同時に鋼鉄の猫の掌から、金属片が続けざまに3発、放たれる。

 

 栗鼠は機動輪(パンジャンドラム)を逆回転させて後ろ向きに疾走。

 ランドオッタから距離を取りつつ、間近に迫った金属片を頭部の機銃で迎撃する。

 明後日の方向に飛んでいった2発は無視する。

 

 コックピットの中の外部モニター中でどアップになった金属片が砕かれた直後、壁と天井に当たった2発が大爆発する。

 

「あっぶないなー。力の宝珠(メルカバー)が壊れちゃったら、困るんじゃないのか?」

 苦笑しつつモニターを見やる。

 コンクリートの壁や床に描かれた標識代わりの数字や記号が、ジェットコースターの如く勢いで後ろ向きに流れていく。

 

 2機の装脚艇(ランドポッド)は広いとはいえ通路で猛スピードのデットヒートを繰り広げている。

 直撃こそしなくても、機体のバランスが崩れて壁と接触しただけでも大破は確実だ。

 そんな中で撃ちあいなど、正気の沙汰ではない。だが、

 

『貴様を八つ裂きにしてから、その機体から取り出せばいい!!』

 腕に余程の自信があるのか、それとも頭に血がのぼっているか、

 

松明(ケーナズ)!』

 レナは再び叫ぶ。

 今度は、ランドオッタの両腕から金属板が放たれる。

 

「なら同じ手札を続けて何度も使わないほうがいい。無駄だって、前にも言ったろ?」

 金属板を避けつつ機動輪(パンジャンドラム)をフル回転させる。

 スクワールは追ってきたランドオッタにぶつかる勢いで懐に跳びこむ。

 その背後で2つの爆発。

 

 決死のデッドヒートは継続中だ。

 そんな中、そんな無茶をするのは真正のバカか自殺志願者くらいのものだ。

 さすがのレナも怯んだか、ランドオッタの速度が落ちる。

 

「気に障ったんなら謝るよ」

 舞奈は通信モニターの中のレナに語りかける。

 

「けど、あたしがあんたに、そこまで憎まれるような何をしたのか教えてくれないか? だいたい、まだ3回しか会ってないはずだ」

 語る舞奈に答える代りに、ランドオッタは右手に金属板を握りしめ、

 

(イーサ)!!』

『【凍手(キュール・ベリューレン)】と推測。接触した機体は結露し、無力化されます』

 レナが叫ぶと金属片がはじけ、掌が冷気のオーラに覆われる。

 大気中の水分を霜へと変えながら、魔術と怨念のこもった氷の肉球が襲いかかる。

 

『貴様が謝罪する相手は、もうこの世にいない!!』

「なんだよそれ!」

 スクワールは再び跳躍してランドオッタに背を向ける。

 機動輪(パンジャンドラム)をフルスロットルで回して距離をとる。

 

 ランドオッタも車体を倒す。

 尻尾に似た安定化装置(スタビライザー)をピンと立ててスクワールを追う。

 

『志門舞奈! 志門舞奈!! おまえが忘れても、わたしは忘れない!!』

 コンクリートの床を疾走しつつ、スクワールは追いついてきたランドオッタと並ぶ。

 

駿馬(エフワズ)!!』

 車体を起こしたランドオッタの姿が4機にぶれる。

 スクワールは横に跳んで距離をとる。

 次の瞬間、4機の双眸から放たれた8条の光線がスクワールに迫る。

 

『空間湾曲による同位体の出現を確認。ルーン魔術【鏡像分身(シュピーゲル・ビルト)】と推測』

 知の宝珠(トーラー)の声。

 

 スクワールは機動輪(パンジャンドラム)をフル回転させて、跳ぶように避ける。

 加粒子砲(グラム)は栗鼠の残像を貫き、壁に2つの孔が穿つ。

 

『同位体は不安定であるものの、本体と量子論的に紐付けられています。そのため単体攻撃による有効ダメージは同位体に適応され、3度まで無条件に回避されます』

「……あんたの説明はさっぱりわからないけど、あれが何だかは知ってるよ」

 ひとりごちつつ舞奈は引鉄(トリガー)を構える。

 

 スクワールは車体を起こして拳銃(低反動砲)を抜き、セットされた散弾を放つ。

 散弾が装甲をノックする軽い音と共に、3機の幻影が溶けるように消える。

 対人用の散弾でも、攻撃は攻撃だ。

 数十発の攻撃によって幻をまとめて消したのだ。

 だがレナは怯まない。

 

『わたしの名を聞いて、まだそんなことを言っていられるのは、おまえがママを弄んでいたからだ!! おまえが、おまえなんかがいたせいで、ママは!!』

 モニターのこちら側に怒りを叩きつけるように叫ぶ。

 その言葉に、怒気に、舞奈は気づいた。

 

 舞奈にとって1年過ごしただけのこの世界。

 だが周囲の人間にとっては21年前から地続きに繋がっている。だから、

 

「レナ……。真神レナ……!? まさか、おまえ、園香の……真神園香の……!?」

 舞奈は目を見開いた。

 




 予告

 朽ちたキャンドルに満たされぬ想いと伝えられなかった言葉を灯し、
 怯える心で編み上げた虚勢と微笑のヴェールをまとい、
 子猫と栗鼠は合わせ鏡のように踊る。
 砲火と魔術が飛び交う暗闇は、傷ついた動物たちの社交場。

 次回『郷愁』

 もしも全てを、やりなおせるのだとしたら?


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郷愁

 舞奈が駆るスクワール。

 レナが操るランドオッタ。

 2体の装脚艇(ランドポッド)はコンクリート床の長い通路を並んで駆け抜けながら、

 

『捨てられてなお、ママは貴様を信じていた! 貴様の帰りを待っていた!!』

「聞いてくれ! 事故にあってたんだ!」

 モニターの中で怒り狂うレナに向かって舞奈は叫ぶ。

 

「轢かれそうになって、気がついたら20年後だった」

『そんな見えすいた嘘で!!』

 レナは取りつく島もなく叫ぶ。

 

 並走するランドオッタの肩と胸、腰のハッチが開いてスリットが露出する。

 6箇所のスリットと掌のハッチを合わせた8個所。

 そのすべてから、それぞれ金属片が撃ち放たれる。

 

『【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】と推定。大出力の荷電粒子ビームによる攻撃に備えてください』

 知の宝珠(トーラー)の警告。

 

 同時に金属片は光の砲弾と化し、スクワールめがけて飛来する。

 多方向から矢継ぎ早に襲いかかるビームを、推進装置(スラスター)を小刻みに吹かして避ける。

 スクワールが通り過ぎた床や壁がビームに抉られ、通路が揺れる。

 

「あんたを騙す気なら、もうちょっとましな話をでっちあげるよ!」

 叫びつつ、ふと舞奈は思う。

 ビームを放つ【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】という名の魔術。

 かつて黒髪の魔術師(ウィザード)が多用した【雷弾・弐式(ブリッツシュラーク・ツヴァイ)】と関係があるのだろうか?

 襲いくる光の群れが電撃ではなく、冷たい色のビームなのが癪に障った。

 

 途端、背後からの一撃が肩口をかすめ、焦がす。

 対ビーム気化装甲すら貫き、衝撃がコックピットにも伝わる。

 バカ強い威力だけが、舞奈が知る電撃の魔術と同じだった。

 

『小うるさいネズミみたいに、ちょこまかと!』

 拡声器の叫びとは裏腹に、ランドオッタのスピードが落ちる。

 

 不吉な気配を感じて背面モニターを見やる。

 その中で、ランドオッタは背にマウントされていた何かを手にとり、両腕で構える。

 復刻機(リバイバル)の両手の中で、それは広がり、展開する。

 

『対艦用の大型レーザー砲(レーヴァテイン)と推測されます。危険』

 知の宝珠(トーラー)の警告。

 砲口を覆う巨大な防盾と、砲身から等間隔で生える安定化装置(スタビライザー)が、鋼鉄の猫が腰だめに構えたそれを魚の骨のように見せる。

 

「あんなんで当たるのか?」

 魚の頭に似た防盾を見やり、肩をすくめる。

 だが別のモニターに映しだされた予測被害範囲を見てぎょっとする。

 ランドオッタが構えた大砲は通路すべてを隙間なく焼きつくすことができるらしい。

 

「おいおい、冗談キツイぜ!」

 舞奈は叫ぶ。

 

 魔術師(ウィザード)が火砲を操ることに対して違和感はない。

 彼女らは魔術を極めたが故にその弱点も熟知している。

 なので短所である詠唱の隙を補うために銃を隠し持つこともある。

 舞奈の知る黒髪の魔術師(ウィザード)も、クロークの内側に拳銃(モーゼルHSc)を隠し持っていた。

 

 だが己が魔術を差し置いて主力となり得るほどの重火器を携行することは稀だ。

 

 舞奈はスロットルを引きしぼる。

 スクワールの機動輪(パンジャンドラム)がフル回転して床を削る。

 

 通って来たときの記憶では、しばらく進んだ先で通路がカーブしていたはずだ。

 そこまでたどり着いてレーザーの射線から逃れれば、蒸発を免れることができる。

 

 猛スピードで進む通路の先に、記憶どおりの曲がり角。

 だが安堵する暇はない。

 背後が白い輝きに満たされ、コンクリート壁がひび割れ、はがれて蒸発する。

 あの光に飲まれたら、たぶん爆発とか消滅とかするのだろう。

 

『機体温度が限界域まで上昇。危険』

「んなこたぁ、わかってる!」

 噴き出した汗に構わず、舞奈はスロットルに渾身の力をこめる。

 

 前方に曲線を描いた壁が迫る。

 勢い余って激突しそうになって、跳躍して壁に跳びかかる。

 そのままの速度で壁面に機動輪(パンジャンドラム)を押しつけて疾走し、無理やりにカーブを曲がる。

 

 その背後で閃光が通路にあふれ、コンクリートの床や壁や天井を焼く。

 スクワールは間一髪で対艦砲から逃れられたようだ。

 

 それまでの通路よりさらに開けた大広間に出る。

 

「あの娘はどこだ?」

 背面モニターを見やった瞬間、

 

「――!?」

 視界が捻じ曲がった。

 

 世界が変容する。

 コンクリートの床が、天井が、壁という壁が、巨大なルーン文字が刻まれた鋼鉄の扉へと変わる。だが扉に鍵穴などない。

 

『ルーン魔術【戦場召喚(フォアーラードゥング・ラグナロク)】と推測。特定区域を――』

「――結界に閉じこめられたんだろ?」

 声を遮る。

 

 結界とは、範囲内の空間を周囲から『切り離す』ことによって隔離する技術だ。

 出入りするには魔術で穴を開けるか、破壊するか、あるいは術者を倒すしかない。

 確かに厄介な代物ではある。

 その利便性ゆえ仕事人(トラブルシューター)時代に多くの敵対者によって用いられた。

 だが、その度に難なく対処してきた。明日香と2人で。

 

『振り切れるとでも思ったの!? ……野牛(ウルズ)!!』

 背後から放たれたビームを横に跳んで避け、ふり返る。

 ランドオッタが両目の加粒子砲(グラム)を乱射しながら迫ってくる。

 舞奈は光線を見切って避けつつ、

 

「なあトーラーさんよ。仔猫ちゃんのエンジンってどこにあるんだ?」

『ランドオッタのヴリル・ドライブは構造上、現地製の装脚艇(ランドポッド)における動力源とほぼ同じ機体後方に位置しています』

 モニターに構造図が映しだされる。

 それによると、ランドオッタのエンジンは、砲塔と一体化した車体部分、つまりカリバーンやソードマンと同じ腰にある。

 

「じゃ、そいつをぶっ壊したらどうなる? PKドライブみたいに大爆発か?」

『魔力の供給が不可能となり、機体が停止します。ヴリル・ドライブは比較対象と異なり安定した魔力を生成するため、爆発はしません』

「そいつは結構!」

 舞奈は口元に笑みを浮かべ、

 

「インフィニット・マガジン、セット」

 武装交換のシーケンスを開始する。

 

 両腕が自動化された動きで拳銃(低反動砲)を尻尾の横に揃える。

 尻尾のサイドが開いてアームを展開する。

 銃から散弾を外し、替わりに長い弾倉(マガジン)を差しこむ。

 

 知の宝珠(トーラー)の言葉が確かなら、ヴリル・ドライブを破壊すればパイロットを生かしたままランドオッタを止めることができる。

 

『貴様に捨てられたせいで、貴様のせいで、ママはあんな男を選んだ!』

 武装交換の隙に、ランドオッタが金属片を放つ。

 

『言い寄られて、断れなくて、結ばれた!!』

「あんな男ったって、いちおうあんたの親父さんだろ?」

 魔術の媒体となる金属片を頭部の機銃で撃ち落す。

 そのまま本体を牽制する。

 

「そいつがいなかったら、あんただってこの世にいなかったはずだ!」

 敵機の下半身に照準をあわせ、引鉄(トリガー)を引く。

 両手の拳銃(低反動砲)から、機銃の如き勢いで砲弾が放たれる。

 

 だが同時に、ランドオッタは差し出した掌から金属片を放つ。

 

櫟の樹(エイワズ)

 叫びと共に、目前に氷の壁が創造される。

 

 無数の砲弾が氷塊の壁をえぐる。

 だがレナは新たな施術で氷の壁を補強する。

 

『あの男はママを傷つけた! 苦しめた!』

 レナの答えに、歯噛みする。

 

『あんなに優しいママを、あの男は愛してすらいなかった! あんなにやつれた、傷だらけのママを見ているくらいだったら、生まれてなんてこないほうが良かった!』

(……畜生! あたしがあいつの想いを裏切ったってのか!? そのせいであいつは傷つけられて、最後まで苦しみ続けたって、そういうことなのか!?)

 舞奈は引鉄(トリガー)をにぎりしめながら、氷の壁に激突して地に落ちる砲弾の雨を睨む。

 その時、

 

『敵機が大魔法(インヴォケーション)の準備を開始しました。【ミョルニルの魔鎚(フォアーラードゥング・グラビトンボンベ)】と推測』

 声の警告。

 

 見やると、霜をまとう半透明の氷壁の向こう側。

 両腕を振り上げた猫のシルエットの頭上に何かが形作られていく。

 それは棒状の柄の先に太く大きな筒が付いた何かだった。

 舞奈の目には、装脚艇(ランドポッド)の大きさにあわせた道具のように見える。

 

「こいつはわかるぞ。トンカチだろ?」

 軽薄に言いつつ、口元に浮かぶのは乾いた笑み。

 

 トンカチと聞いて思い出すのはトルソと、彼に話した園香の父親だ

 園香の部屋で楽しんでいたら、父親がトンカチを投げて追いかけてきた。

 ……と彼にした話は少しばかり吹かしすぎたと今でも思う。

 それでも女の家に忍びこんで、その娘の父親に追い立てられながら仕事に向かう楽しい毎日が本当にあって、ずっとそうしていられたら良かったのにと素直に思う。

 1発くらい避け損ねて、親父に溜飲を下させてやるのも悪くないと思う。

 その話を別の男にして小馬鹿にされるのも。

 彼ら、彼女らがいない世界よりずっと。だが、

 

『戦術級の空間振動弾(ミョルニル)です。疑似的な重力崩壊により空間内の物質を破砕します』

「そうかい」

 舞奈は声に生返事を返す。

 空間、という言葉から気化爆弾の凄い版だろうかと想像するが、実際のところ、とにかく凄い爆弾くらいにしか理解できない。

 

空間振動弾(ミョルニル)について、魔力王(マスター)の推察どおり、その外観から未開惑星の現地住民にハンマーと誤認された事例が確認されています』

「今度は土人呼ばわりかよ!」

 毒づく。

 

 途端、氷壁が消え去た。

 魔力の余波で輝く爆弾を掲げたランドオッタの姿があらわになる。

 猫は手にしたそれを、柄付手榴弾(ポテトマッシャー)のように投げつける。

 

『あの世でママに詫びなさい! 志門舞奈!!』

「待て! この距離でそんなことしたら、おまえだって!!」

『速やかな後退及び電磁シールド(エクスカリバー)による防御を進言します。最大出力での展開により、損害を約20パーセント軽減可能と推定されます』

 声が警告する。

 

 だが舞奈は機動輪(パンジャンドラム)をフル回転させ、ランドオッタめがけて突き進む。

 スクワールをレナの盾にするためだ。

 美少女に目がない舞奈は、目の前の少女が失われることに耐えられない。

 

 だから次の瞬間、視界が黒く染まって――

 

 ――気づくと舞奈は静かな場所にいた。

 可愛らしいチェック模様のテーブルクロスに、ぼんやりと頬杖をついていた。

 

 目前には園香。

 フライパン片手にオムレツを焼いている。

 大人びたハーフアップの髪と、薄手のワンピースに包まれた形の良い尻が、ふりふりと誘うように揺れる。

 

(これは夢なのか?)

 舞奈は訝しむ。

 

 脳があの幸福な日々を反芻しているのだろうか。

 置き去りにした過去を悔やむように。

 

 否、自分は大魔法(インヴォケーション)による爆発にまきこまれたはずだ。

 なるほど、これを天国だといわれたら納得もできる。

 

 見やるとダイニングとひとつながりになったキッチンには舞奈と園香しかいない。

 本来ならば舞奈も手伝うべき状況だ。

 だが園香はひとりで手際よくケチャップご飯を炒め、鼻歌交じりに卵を焼いている。

 そこに尻をさわるくらいしかできることがない舞奈が出しゃばっても、邪魔にしかならない。あの頃はいつもそうだった。

 

(それなら、これは贖罪なのか?)

 舞奈は真理へと近づいた。少なくとも、そうだと信じた。

 

 フライパンのジュウジュウという音。

 園香が口ずさむ鼻歌。

 

 夢にまで見た福音のメロディーを聞きながら、舞奈は思う。

 この部屋の外に世界なんてない。

 舞奈はただ園香と他愛もない会話をし、料理を食べて、どこかで傷つき苦しめられていた彼女を永遠に慰め続ける。そういうことなのだろうか?

 なら、それも悪くない。

 

「……すまない、園香」

「え?」

 ボブカットを揺らして園香が振り返る。

 奥手な彼女にしては珍しい満面の笑みが浮かんでいる。

 料理が会心の出来なのだろう。

 

「いや、何でも」

 あいまいな笑みを返す。

 

 テーブルクロスの上に並べられたウサギ柄の皿に、ケチャップご飯とふわふわのオムレツが盛りつけられる。

 食欲をそそられる卵の甘い香りに舞奈は目を輝かせる。

 園香は仕上げとばかりに火から下ろした鍋とおたまを手に取る。

 そして湯気をあげるソースを、オムレツの上にたっぷりとかける。

 濃厚なデミグラスソースの香りが鼻孔いっぱいに広がる。

 

「こりゃ美味そうだ」

 満面の笑みを浮かべてみせる。

 

 園香はネコの柄のエプロンを外して向かいのイスに座る。

 2人でいただきますを言ってから、スプーンとフォークを手に取る。

 

 ソースに浸かったオムレツとご飯をすくって口に運ぶ。

 とろけるようにやわらかな卵の感触と優しいソースの風味が、口いっぱいに広がる。

 

 ふと見やると、園香も同じように自信作をほおばっていた。

 花弁のような唇の端にソースをつけて自分と同じものを咀嚼する少女の面持が、舞奈の目には艶めかしく映る。

 

「マイちゃん、ひょっとして口に合わなかった?」

「そんなことないよ。最高の出来だ」

 園香の不安げな問いに、呆けた顔で彼女に魅入っていたことに気づいた。

 あわてて返した舞奈の言葉に、園香は安堵の笑みを洩らし、

 

「マイちゃんは、今、幸せ?」

 優しげな瞳で舞奈を見つめる。

 

「ああ、幸せだよ」

 舞奈は園香の垂れぎみな目じりを見やり、口元に笑みを浮かべる。

 

「屋根のある家の、あったかい部屋に、美味い飯があって、おまえがいる。これ以上の幸せなんてないさ」

 口元に笑みを浮かべる。

 だが微笑む園香から目をそらし、

 

「……すまない、園香。この1年、おまえのこと忘れてた」

 小さく詫びる。

 

「こんな世界にだって何処か平和な場所があって、おまえだけはそこで夢見るように幸せな家庭を築いて暮らしてるって、勝手に思ってた。けど違ってた」

 謝罪と懺悔を吐き出す。

 だが園香は満面の笑顔を返す。記憶の中の彼女そのままに。

 そんな園香に笑みを返そうとして、失敗して、

 

「いつもそうだった。あたしはバカで生意気で不器用で、ひねくれ者で図々しくて鈍感で、だから何も守れない」

「マイちゃんはロマンチストなのよ」

 園香の笑みに救われる。

 あの頃と同じように。けれど、

 

「そして優しすぎるの。だからみんなの痛みや悲しみを全部背負いこんで、それでも自分の心と折り合いをつけて笑ってる」

「何かを諦めるのに慣れてるだけだよ」

 耐えきれずに自嘲する。

 

「守ろうとして、守れなくて、諦めて、それでもどうしようもなく寂しくなって、だから何人もの女の子の間を渡り歩いた。蝶々みたいにさ。いろんな花にとまって、いろんな蜜を吸った。どの花も綺麗だった」

 どうしようもない自分を語りながら、唇を笑みの形に歪めようとして、

 

「でも振り向いたら……全部なくなってた」

 それにすら失敗する。

 

「成長がないって、事あるごとに明日香に責められてた。いつもあいつが正しくて、あたしの選んだ答えは間違ってた。なあ園香……」

 ふと言い淀んで言葉を切る。

 

 気がつくと、部屋は寝室になっていた。

 ベッドの上ではシーツをまとった園香が優しく艶めかしく微笑む。

 

「……一緒に逃げないか? ずっと遠くに」

 思わず園香を抱きしめる。

 園香の身体からは甘いミルクの香りがした。

 何もかもに満ち足りていたあの頃と、同じように。

 

「どこか平和な場所を見つけて静かに暮らすのさ。もし、今いるここが夢なら、願ったことが何でも叶うんだったら、世界の片隅にお菓子の家を建てて、森の動物たちと歌いながら暮らすことだってできるはずだろ?」

 何かにすがるように、逃げるように言葉を紡ぐ。けれど、

 

「最初から……そう、最初から全部やり直すんだ。何もかも――」

「――そうできたらいいのにね」

 園香は舞奈の言葉をやんわりと遮り、百合の花のように艶やかに笑う。

 いつもそうだった。

 園香は舞奈の全てを受け入れ、許してくれた。

 

「でもマイちゃんが一番よく知ってるはずよ? そんな場所、ありっこないって」

 微笑みながら、園香は囁く。

 どこまでも優しく。

 包みこむように、慈しむように。

 舞奈は不意に、レナがどんな風に母親を好きになっていったか理解した。

 

 否、彼女を好きじゃない奴なんていなかった。

 彼女に出会った誰もが彼女を愛し、彼女もそのすべてに愛で答えた。

 

 でも、だれも彼女を幸せにはできなかった。

 舞奈もそんなクズどものひとりにすぎない。

 そんな舞奈に、それでも園香は微笑みかける。

 

「マイちゃん、ひとつだけお願い聞いてもらってもいい?」

「……ああ」

「レナちゃんをお願い。娘なの。あたしのいちばんの幸せで、わたしの宝物。とっても可愛くて、お母さん思いで、しっかりしてるの。マイちゃんにちょっと似てるかな」

「知ってるさ」

「よかった」

 舞奈の答えに、園香は花のように顔をほころばせる。

 

「それに凄く賢いの。明日香ちゃんに借りた占いの本が大好きで、いつも読んでた」

「そいつが占いの本だって、ちゃんと確かめたのか? 魔術書じゃなくて」

 軽口に、園香は笑みを返す。

 

「けどね、ひとつだけ失敗しちゃった。レナちゃん、とっても寂しがり屋なの。あんまり構ってあげられなかったからかな」

「これからは違うさ。知ってるだろ? あたしがカワイコちゃんに目がないって」

「よかった」

 舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべる。

 園香は満面の笑みを浮かべる。

 

 その背後に男性のシルエットが浮かびあがる。

 不埒な間者を追い払おうとあらわれた彼女の父親だろうか? それとも……。

 

 舞奈の逡巡を覆い隠すように、園香は熟れた肢体を広げて背後の影を隠す。

 それが彼女の意思だからと都合のいい理由をつけて、舞奈は園香の背後に迫る影から目をそらす。それでも園香は優しく微笑む。

 

「ねえ、マイちゃん」

「なんだい?」

「……愛してる。いつまでも」

「ああ。あたしもさ」

 そんなやり取りを最後に、再び舞奈の意識は途切れて――

 




 予告

 光も差さぬ地下通路。
 不倶戴天の子猫と栗鼠は銃火を交わす。
 弾丸(たま)が尽きたら罵声を交わし、言葉が尽きたら想いを交わす。
 全てが尽きた、その先は……?

 次回『和解』

 捨てられた者。
 大事な何かを失くした者。
 互いに銃口を突きつけながら、見据えるものは同じ。


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和解

 ――舞奈は鳴り響く警告音で目をさました。

 

 シートに腰かけたまま周囲を見渡す。

 目前に並ぶ、航空機顔負けなほど大量の計器やメーター。

 見慣れたスクワールのコックピットだ。

 

「夢……見てたのか……? 何て夢見てたんだ、あたしって奴は」

 口元を歪める。

 

 夢の中の園香の言葉は、舞奈が知る園香が言いそうな言葉だった。

 あの懐かしく寂しい夢は、レナとの対話が作り出した舞奈の妄想なのだろうか?

 

 舞奈は園香を忘れられなかった。

 そして許しを乞いたかったのだろう。

 妄想の中での許しが現実の世界で意味を持つのかはわからないが。

 

「あたしはどのくらい眠ってた?」

魔力王(マスター)は約60秒間、意識を喪失していました』

「そっか」

 ひとりごち、四肢が問題なく動くことを確認する。

 派手にぶつけまくったらしく身体のあちこちが痛むが、それだけだ。

 

「なんとか無事みたいだ」

 額をぬぐうと、手にべったりと血がついた。

 

「……頭以外は、な」

 口元に乾いた笑みを浮かべると、夢の残滓を振り払うようにモニターを見やる。

 

 周囲はコンクリートの大広間だ。

 レナの魔術が創りあげた結界は、先ほどの攻撃で消えてしまったらしい。

 

「仔猫ちゃんはどこに行った……?」

 舞奈は問いかけ、ふと思い出した。

 爆発の寸前、スクワールはランドオッタに覆いかぶさった。

 巻きこまれそうなレナを放っておけなかったから。だから次の瞬間、

 

「うわっ」

 衝撃にうめく。

 下敷きにしていたランドオッタに蹴り上げられたらしい。

 

『志門舞奈……どうして……?』

 モニターの中でレナは訝しみ、

 

『ああっ! わたしの防御魔法(アブジュレーション)を利用したのね! どこまで卑怯卑劣な!』

「なあ仔猫ちゃん。落ち着いて、訳がわかるように話してくれないか?」

『爆発の寸前、敵機の【斥力盾(ヴァイセン・シルト)】による斥力場バリア内部への侵入に成功しました。電磁シールド(エクスカリバー)との相乗効果により空間振動弾(ミョルニル)のダメージを99パーセント軽減』

「そうかい」

 尋ねた途端、横から返されたうんちくに雑な相槌を打つ。

 

 でもまあ、よく考えれば自分の爆弾で消し飛びたくなければ防御するのは当然だ。

 そこで舞奈はレナを守ろうと飛び出した。

 だからレナといっしょにレナの防御魔法(アブジュレーション)に守られる形になったのだ。

 

 口元に笑みを浮かべ、操縦桿を傾けてランドオッタから距離をとる。

 だが出力が上がらない。

 

「ダメージは99パーセント防いだんじゃなかったのか?」

電磁シールド(エクスカリバー)を最大出力で展開したため、現在、出力が大幅に低下しています』

 知の宝珠(トーラー)の答えに舌打ちする。

 

 モノリスによって宇宙からもたらされたヴリル・ドライブ。

 舞奈はそれを事実上の永久機関と聞いていた。

 だが大量のエネルギーを使用した直後には、流石に出力が低下するらしい。

 

「だいたい、エクスカリバーは剣の名前だって聞いてたんだがな」

『発生装置の形状から、未開惑星の現地住民に剣の鞘と誤認された事例が――』

「鞘って……もう勝手にしろよ」

 口をヘの字に曲げる。

 誰も彼もが舞奈の無知をあげつらった挙句に嘘を吹きこんでくるような気がした。

 しかも次の瞬間、

 

『敵機の攻撃を確認。危険』

 声は警告を発する。

 

 同時にランドオッタの双眸から加粒子砲(グラム)が放たれる。

 スクワールは苦もなく避ける。

 

「もう止めろよ。おまえの母ちゃん、こういう揉めごと嫌いだったろ?」

『知ったような口を!』

 レナは加粒子砲(グラム)を乱射する。

 金属片を使い切ったのか、あるいは術に必要な集中ができないか。

 だが狙いすら定まっていない射撃など避けるまでもない。

 

「そりゃ知ってるからな! ……あいつのこと」

 軽口を返す口元に笑みが浮かぶ。

 あの頃、舞奈は園香を愛していた。嘘偽りなく。

 その気持ちを思い出すことができたから。

 

 だが途端、広間が軋み始めた。

 

『付近の建築物の構造が不安定化しています。危険』

「すぐに崩れそうな場所は?」

 モニターに映しだされた地図を見やって舌打ちする。

 

 先ほどの大型レーザー砲(レーヴァテイン)の衝撃で、通ってきた通路が脆くなっているらしい。

 現に通路の天井からは瓦礫がパラパラと降りそそいでいる。

 危険な状態なのは瞭然だ。

 

 この通路が崩れると、レジスタンスたちと完全に分断されてしまう。

 

 スロットルを引きしぼる。

 出力の上がらない機動輪(パンジャンドラム)を無理やりに回して通路へ駆けこむ。

 

『あっ待ちなさい!』

「バカ野郎! 生き埋めになる気か!?」

 追ってきたレナに叫ぶ。

 

 だがランドオッタは止まらない。

 推進装置(スラスター)を吹かして地面を駆けつつ、双眸の加粒子砲(グラム)を放つ。

 

『わたしが泣くと、ママは抱きしめてくれた! すごく暖かかった! 優しかった!』

「知ってるよ! あたしだって抱いたし、抱かれたからな!」

 粒子ビームを苦も無く回避。

 お返しとばかりに頭部の機銃を見舞う。

 だが高速移動するランドオッタにはかすりもしない。

 

「あいつ、小学5年のころからブラジャーしてたんだ! 凄かったぞ! シャツに描いてあった可愛い栗鼠が、胸の谷間でへし折られてカートゥーンみたいになってた!」

 想い出に目を細める舞奈を、レナはにらみつける。

 

『栗鼠のシャツはわたしとおそろいよ! ネズミも、ウサギも、ハムスターも!』

「いや、それ、あいつがおっぱい大きいのを気にしてて、ネズミみたいに小さくなりたいって選んだ柄なんだ。……おまえには効果があってよかったな」

『うるさい!』

 いきなりトーンダウンした舞奈にレナは怒鳴る。

 

 2機が駆け抜ける通路は今にも崩れそうに軋む。

 崩れ始めたコンクリートの欠片が加粒子砲(グラム)と機銃を撃ちあう2機の間に降りそそぐ。

 

 だが2人は口論を止めない。

 互いに、口を閉じれば今まで繋ぎとめていた何かが消えてしまうとでもいうように。

 

『ママはあたしの誕生日にケーキを焼いてくれた! あの男に内緒で貯めたお金でね! 生クリームをたっぷり盛って、ロウソク立てて、いっしょに吹いてくれた!』

 猫の双眸が加粒子砲(グラム)を放つ。

 栗鼠は避ける。

 

「あたしの誕生日にもな! イチゴや果物が山ほど乗って、生クリームもとろけるくらい美味くて、スポンジもふわふわだった! あいつは料理の腕も大人顔負けだった!」

 舞奈は叫ぶ。

 

「オムライスだって食ったことあるぞ! ふわふわで、コトコト煮こんだ肉や野菜が口の中でとろける特製のスープがかかってた!」

 絶叫しつつ、舞奈の口元には穏やかな笑みが浮かぶ。

 地球の水準を遥かに超える宇宙の技術によって造られた復刻機(リバイバル)を操りながら。

 子供のように口論を続けながら。

 

 園香がいたやわらかな日々が、彼女の記憶が脳裏に蘇る。

 今はただ、園香を愛する友人と、園香のことを語り合いたかった。

 舞奈の知らない園香のことを知りたかった。

 

『オムライス! ママの得意料理だったわ!!』

 モニターの中でレナも叫ぶ。

 

『ママは言ってた! 大事な友達が好きだったからって、すごく嬉しそうに! それなのにおまえは……!!』

 ランドオッタは一直線につっこんでくる。

 両足の推進装置(スラスター)から光の粉が吹き散らされる。

 

『敵機、高速接近。攻撃手段ないし魔術の推測が不可能。速やかな回避を進言します』

 警告に、舞奈は口元に浮かべたあいまいな笑みで答える。

 操縦桿を握りしめる。

 

 スクワールは動かない。

 ランドオッタは頭からスクワールに激突する。

 アラームが鳴り響く。

 だが舞奈は笑みを崩さない。

 

 鋼鉄の猫の背を、栗鼠の小ぶりな両腕がつかむ。

 機動輪(パンジャンドラム)が床を削り、引き寄せるように後退する。

 

 そんな2機の残像を、巨大なコンクリート塊が押しつぶした。

 通路が連鎖的に倒壊を始めたのだ。

 

 鋼鉄の栗鼠は、猫を抱きかかえたまま機動輪(パンジャンドラム)を回して地を駆ける。

 状況に気づいたか、ランドオッタもスクワールを抱き返し、推進装置(スラスター)を吹かす。

 倒壊に巻きこまれそうになった2機が、寸前にスピードを上げる。

 

『舞奈のくせに! 志門舞奈のくせに……!!』

 通信機ごしに、レナはひとりごちるようにつぶやく。

 

「ああ、志門舞奈だからな」

 舞奈はひとりごちるように答える。

 

「あいつは真神園香で、おまえは真神レナだ。……可愛い名前だな」

『レナちゃんって、ママは呼んでくれた』

 そう言って彼女も微笑む。

 その笑みが、可愛らしいと素直に思った。だから、

 

『わたしの名前を呼ぶとき、ママはいつだって、すっごく綺麗な表情で笑ってくれた』

「……ああ、知ってるさ」

 舞奈も口元に笑みを浮かべる。

 

 そのまましばらく機体を走らせたところで、瓦礫が崩れる音が止んだ。

 倒壊はおさまったようだ。

 

 舞奈は機体を止めて立ち止まる。

 エンジンの負荷が限界に近かったのだ。

 先方も事情は同じらしい。

 2機の復刻機(リバイバル)はコンクリートの床に座りこむように着地した。

 

『あっ、そうだわ!』

「なんだよ?」

『パスタは食べたことないでしょ?』

「そういえばないな。御馳走になる時には手間がかかるものばっかり作ってくれたし」

 答えた途端、モニターの向こうでドヤ顔で笑うレナを見やり、

 

「いや、ないわけじゃないぞ」

 小さくつぶやく。

 

「簡単だってあんまり勧めるもんだから、安売りのを買って帰って自分で茹でててみたんだ。塩ふってさ。……けどあれは不味かった」

『それをママのせいにしないでよ! 謝りなさい、パスタにも!』

 叫ぶレナの表情に、やわらかな笑みが浮かぶ。

 

 園香を守れなかったから、代わりに彼女の娘を守りたい。

 もう園香を抱きしめる事はできないから、レナも甘い香りがするのか確かめたい。

 そんな最低の願いを心の内に覆い隠すように、舞奈も口元を笑みの形に歪める。

 その時、

 

『舞奈! 舞奈! 生きてる!?』

 通信機から悲鳴のような叫びがあふれた。

 

「スプラか? こっちは今、カタがついた――」

『ピアースがやられた! 釈尊が……ああぁ!!』

「スプラ!? 糞ったれ!」

 舞奈は操縦桿を握る。

 

『ゴートマンね。脂虫を使ってゲリラたちを足止めしている間に、わたしが力の宝珠(メルカバー)を奪う手筈だったの』

「すまないレナ、ちょっと行って来る」

『ゲリラと合流するの?』

「ああ、仲間だからな」

 事情を話すレナに、舞奈は何食わぬ表情で答える。

 

 スプラは仲間だ。

 たとえ彼が女の子じゃなくても、好意など持てなくても、おもらし君でも、仲間だ。

 今の舞奈と数刻前の舞奈を繋ぐ記憶という名の過去の一部だ。

 だから彼を見捨てて逃げることはできない。だから、

 

『ゴートマンは魔帝(マザー)が108の魔力を与えて生み出した人造仏陀なの。ああ見えて魔力だけは強力よ。気をつけて』

「サンキュ、あのヤギ野郎を追っ払って、すぐ戻ってくるよ。そしたら、あいつのパスタの話、もっと聞かせてくれよ」

 鋼の栗鼠は機動輪(パンジャンドラム)で床を蹴り、フルスロットルで駆け出した。

 

 しばし時を遡る。

 スクワールがランドオッタに追われて去った後の巨大地下通路。

 

「まったく! キリがないね!!」

 ボーマンは小型拳銃(グロック26)を構えたまま毒づく。

 次いで薄汚れた背広の胸と頭に2発、撃つ。

 

 レジスタンスたちは迫り来る脂虫たちに押されていた。

 

 もっとも火力で圧倒されている訳ではない。

 輸送車(SdKfz251)機関砲(FLAK38)を掃射する。

 超大口径ライフル弾(20×138ミリB弾)の洗礼を受けた脂虫どもは砕けて飛び散る。

 弾幕を抜けた敵はライフル(89式小銃)が蜂の巣にする。

 

 レジスタンスには自衛隊出身の猛者も多い。

 彼らの活躍の賜物で、最初の爆発に巻きこまれた以外に犠牲者はいない。

 敵の【断罪発破(ボンバーマン)】は一度に複数を爆破させることはできないらしい。

 近づかれすぎた脂虫が1匹ずつ爆発するだけなので、対処はしやすい。

 

 だが、敵は隙を見せれば爆発する。

 そんな奴らの集団への対処はレジスタンスたちの神経を急激にすり減らす。

 加えて脂虫たちの数に限りはない。さらに、

 

(【断罪発破(ボンバーマン)】だけじゃない。どこかに、こいつらを操ってる奴がいる)

 男たちは同朋の残骸を乗りこえ、ゾンビのように向かってくる。

 

(あの2人で、なんとかできれば良いんだけどね)

 見やった通路の先。

 そこでは2機のカリバーンが異臭を放つ群を蹴散らしている。

 

 4号機は【装甲硬化(ナイトガード)】の堅牢さによって爆発をものともせずに群の真っ只中で踊る。

 群がる亡者をハンドミキサーの回転する刃で斬り裂き、無限軌道(キャタピラ)で轢き潰している。

 

 その側で、2号機は両腕からフック付きのワイヤーを射出する。

 次いでワイヤーに【氷霊武器(アイスサムライ)】の冷気をまとわせる。

 2本のワイヤーの周囲にいた脂虫どもが氷づけになり、砕け散る。

 

 それでも敵の数は減らない。

 

『キリがないよ! スクワールは、舞奈はどこなの!?』

「背後から奇襲があった! 舞奈はそっちを相手してるよ」

 スプラの泣き言に、口元を悔しげに歪めて答える。

 

 復刻機(リバイバル)に対抗できるのは復刻機(リバイバル)だけだ。

 そして舞奈の凄まじい強さはボーマンも何度も目にしてきた。

 生身のメンバーへの被害を考慮すれば1対1の勝負に持ちこむのは最良の策だ。

 

 だが、彼女をひとりで行かせたことに若干の不安と、そして罪悪感を拭い去れない。

 ただ圧倒的に強いというだけの理由で自分たちが戦争の矢面に立たせているのは、年端もゆかぬ少女なのだ。

 

(無事でいてくれ、舞奈)

『く……何!?』

 重機が激突する轟音。

 ボーマンは通路の先に目を凝らす。

 

(……それより今は自分たちの心配をした方が良いみたいだね)

 ピアースの2号機が、6本腕の装脚艇(ランドポッド)に組み伏せられていた。

 




 予告

 掴み取った何かが指の隙間をすり抜ける。
 振り向けば誰もいない。
 ここは希望も光も届かぬ地の底。
 栗鼠と子猫が邂逅する間に、もう1匹の異形がレジスタンスを襲撃する。

 次回『決別』

 Pierceは貫通の意。
 Spla(sh)は飛沫の意。
 果たして命の輝きは、闇を貫き飛沫をあげる光明と成り得るか?


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決別

「ピアース!? なんてこったい!」

「博士、危険です!」

 歯噛みするボーマンをかばうように、ライフル(89式小銃)を構えたレジスタンス立ちふさがる。

 

 コンクリートの床一面にはヤニ色の血肉がぶちまけられている。

 だが脂虫どもの数が減ったようには見えない。

 それどころか包囲網は狭まり、挙句には弾薬が危うくなる始末だ。さらに、

 

『ひょ、ひょ、ひょ、ひょ、ひょっ! ゲリラ滅っ! さぁぁぁつ!』

 通路の先で、6本腕の装脚艇(ランドポッド)が、赤黒く染まった剣をかざす。

 釈尊である。

 

 剣先に串刺しにされた何かがゆれる。

 こぼれ落ちた眼鏡を、地に横たわる装脚艇(ランドポッド)の残骸が受け止める。

 

 大破したカリバーン2号機の頭に似せた青い飾りは無残にも砕かれていた。

 手足は斬り落されていた。

 コックピットを内包していた砲塔には、心臓を貫かれた巨人の如く赤黒い大穴。

 

『ピアース! ピアース……!! うわぁぁぁ!』

「スプラ! 待ちな!」

 4号機が無限軌道(キャタピラ)を唸らせて突撃する。

 目の前で仲間を屠られたスプラは正気を失っていた。

 

 釈尊は剣に炎を宿らせてピアースを焼き尽くし、そのまま突きを放つ。

 4号機はハンドミキサーで受け流そうとするも叶わない。

 逆に無防備になった砲塔部分に炎の剣が迫る。

 

 だが、それだけ。

 4号機【装甲硬化(ナイトガード)】の異能力によって強化された装甲が、コックピットに迫った狂剣を辛うじて押しとどめていた。

 

 だが、釈尊の肩が開き、無数の符を吐き出す。

 符が装甲に貼りついた途端、4号機は停止した。

 

『ひょっひょ! ナイトガァァドの弱点は、爆発した貴様の仲間が教えてくれた!』

 釈尊は、動かない4号機の装甲の隙間に剣先を滑りこませる。

 

 異能力【装甲硬化(ナイトガード)】の効果は装甲の強化だ。

 装甲の隙間を守ることはできない。

 

『ぐぁ! ぎゃぁぁぁ!』

 フィードバックによって、腹を貫かれる痛みにスプラが叫ぶ。

 釈尊は4号機をなぶるように何度も突き刺す。

 拡声器ごしの悲鳴が通路に響き渡る。

 

 そして釈尊は剣を振り上げ、

 

『そぉらぁぁぁ! とぉどぉめぇだぁぁぁ!!』

「スプラ!!」

 車体と砲塔の隙間めがけて振り下ろす。

 ボーマンは絶叫し――

 

 ――甲高い金属の音色。

 

 次の瞬間、巨大な刃が機体の真横に突き刺さる。

 釈尊の剣は根元からへし折られていた。

 

『来てたんなら挨拶くらいしろよ、ヤギ野郎』

 拡声器から響いた声に振り返る。

 そこには拳銃(低反動砲)を構えたスクワールが立っていた。

 

『小娘めぇ! 大きな口を叩いておいてぇ! 力の宝珠(メルカバー)の確保に失敗したかぁぁぁ!』

 釈尊が折れた剣の柄を投げ捨てる。

 4本の細い腕が不気味に蠢く。

 機体の各所を飾っていた数珠が不気味に輝く。

 

 スクワールは機銃を掃射する。

 だが放たれた無数の弾丸は空中で停止し、地に落ちる。

 不可視の壁が攻撃を阻んでいるらしい。

 

『敵装脚艇(ランドポッド)の周囲に重力場の形成を確認。【不動行者加護法(アチャラナーテナ・ラクシャ)】と推測されます』

 声が警告を発する。

 だが舞奈には不敵な笑み。

 

「バリアか。けど、ぶち抜く手段ならあるさ! ……ピアシングバレル・セット」

 武装交換シーケンスに従い、スクワールの両腕が拳銃(低反動砲)を尻尾の横に並べる。

 尻尾の両サイドが開いてアームを展開する。

 拳銃(低反動砲)の砲身に長砲身のバレルを刺しこむ。

 専用弾倉をセットしてアサルトライフル(低反動カノン砲)へと換装する。

 

 その隙に釈尊は術を完成させる。肩のハッチが開く。

 

『【摩利支天鞭法(マリーチナ・バンダ)】と推測。投射体に接触することにより――』

「――知ってる術だ!」

 叫びつつ操縦桿をひねる。

 飛来する無数の符を、スクワールは横に跳んで避ける。

 

 続けざまに、右腕に構えたアサルトライフル(低反動カノン砲)の照準を釈尊の胴にあわせる。

 引鉄(トリガー)を引く。

 鉄杭のように鋭く重い砲弾が釈尊めがけて放たれる。

 だが砲弾は、先ほどの機銃と同じように不可視の障壁に阻まれ、逸らされる。

 

 反動で機体が回転することで前に出た左腕のライフルで追撃。

 だが、こちらも障壁に阻まれる。

 

 さらに着地しながら地を踏みしめ、両腕をそろえて放たれた次弾も逸れる。

 だが同時に数珠が軋む。

 反動による後退を、脚を地面にめりこませて耐えつつ3発目。4発目。

 そうやって1ダースほど鉄杭をぶちこんだところで、

 

『ひょっひょぉぉぉ!? 我が障壁の礎となる守護念珠がぁぁぁ!!』

偏向装置(デフレクター)の破壊を確認。重力場、消滅します』

 釈尊が吠える。

 声が冷徹に事実を伝える。

 

 次の瞬間、乾いた音とともに数珠が砕け、障壁も消えた。

 

 いかなる種類の防御魔法(アブジュレーション)も完全なる不死への切符には成り得ない。

 異能力【装甲硬化(ナイトガード)】と同様だ。

 他の非魔法の防御手段と同じく、壊れるまで壊し続ければ壊れる。

 

 かつて黒髪の魔術師(ウィザード)は降りそそぐ無数の稲妻によって泥人間の炎の衣を消し去った。

 舞奈がしたのも同じことだ。

 

『貴様だけはぁ! 貴様だけは許せぬぅぅぅ!! 小娘ぇぇぇ!!』

「バカのひとつ覚えかよ!」

 4本腕を蠢かせる釈尊を見やり、再びアサルトライフル(低反動カノン砲)の照準を合わせる。だが、

 

『【不動火車の法(アチャラナーテナ・アグニチャクラ)】と推測。高熱源体の掃射に備えてください』

 声が警告を発する。

 

 背面から放射状に放たれた符のそれぞれが火矢と化す。

 そして釈尊の周囲に炎の輪を形作る。

 レナの警告どおり強大な魔力によって生み出された炎は、1発でもレジスタンスを壊滅させられるであろう。

 

 舞奈は舌打ちする。

 釈尊の狙いはスクワールではない。

 生身のレジスタンスだ。

 

「おまえたち! 逃げろ!」

 警告を発するも、今も脂虫どもと交戦中の彼らに後退する余裕はない。

 

『ひょぉぉぉ!! 燃え尽きろぉぉ! ゲリラどもぉぉぉ!!』

 釈尊は叫ぶ。

 側で立ちすくむ4号機【装甲硬化(ナイトガード)】は、符を貼られたまま動けない。

 

電磁シールド(エクスカリバー)は!?」

『現在の出力では使用不能』

「糞ったれ!」

 火弾の雨からレジスタンスたちを守るべく、スクワールは両腕を広げて踊り出る。

 

「うあっ!!」

 衝撃がコックピットまで伝わる。

 

『敵機が妖術の準備を開始しました。回避を進言します』

「……畜生、これ以上、仲間をやらせるかよ!」

 栗鼠の壁に守られ、レジスタンスは炎の雨をしのぐ。

 だが、次の瞬間、

 

「!?」

 パネルに灯っていた数多の光が狂ったように点滅する。

 モニターは支離滅裂なエラーを表示する。

 計器はどれも異常な数値を指し示す。

 

『外的要因により制御系に深刻な障害が発生。システム維持不能。緊急停止』

 声だけが淀みのない口調のまま無常に伝える。

 同時にいくつかのランプが消える。

 

『【摩利支天鞭法(マリーチナ・バンダ)】による魔術的なジャミングと推測されます。現在、本機は兵装の使用を含む一切の機動が不能。単体でのシステム復旧も不可能です』

「ああ! そうかい!」

 警告に逆らうように操縦桿をガチャガチャと動かす。

 だが、符を貼られた機体は異常な駆動音を立てるだけで動かない。

 

『こうなったらボクが、ボクが舞奈を守るんだ! ボクの異能力で!』

 幸か不幸か外部モニターだけはノイズまみれながらも映ってはいる。

 その中で、スクワール同様に動けない4号機の拡声器ごしにスプラが叫ぶ。

 彼もまた異能力者である。

 

 4号機が淡く輝く。

 正しくは、4号機を縛める符が燐光に包まれる。

 スプラ自身の異能力は【魔力破壊(マナイーター)】。異能を消し去る異能力だ。

 先ほどは機体の【装甲硬化(ナイトガード)】が消える恐怖から使いどころを逃したが、スクワールへと狙いがそれた今ならば安全に使用できると判断したのだろう。だが……

 

「……やめろスプラ! 相手が悪すぎる!!」

『うあぁぁぁ! ボクが守るんだ! ボクにその力があるってこと、見せてやる!!』

「そうじゃない! 妖術師(ソーサラー)相手におまえの異能力じゃ――」

『ゲリラの異能力者風情がぁ! 魔帝(マザー)に賜った我が力に触れるなど汚らわしいぃぃ!!』

 舞奈とゴートマンの叫びが重なる。

 

 次の瞬間、4号機の背面が爆ぜた。

 コックピットハッチを内側から吹き飛ばし、赤い飛沫と欠片がほとばしる。

 

 悲鳴はない。

 やわらかな頭髪をこびりつかせたオープンタイプのヘルメットが宙を舞う。

 パイロットを失った4号機の背後に不吉な色の何かがぶちまけられる。

 漏水などではないことは明らかだ。

 

「スプラ! 畜生!!」

 舞奈は叫ぶ。

 魔法消去の異能力【魔力破壊(マナイーター)】は諸刃の刃だ。

 消し去ろうとした術の使い手が強力であれば、逆に使い手が爆発させられる。

 かつて黒髪の魔術師(ウィザード)が、そうやって泥人間【魔力破壊(マナイーター)】を屠るところを何度も見た。

 

魔帝(マザー)よ! このわたしが敵の復刻機(リバイバル)を屠るのですぅ!』

 生き残っている外部モニターの中で、6本腕の装脚艇(ランドポッド)が2号機の剣を拾いあげる。

 

『ひょっひょ、ひょ、小娘ぇぇ! 機体ごと焼き尽くしてやろうかぁ!? それともコックピットを一突きにしてやろうかぁ!?』

「させないよ!」

 叫び声に見やると、倒れ伏したスクワールの目前をバイクが駆け抜ける。

 

「この子は、わたしたちの最後の希望なんだ!」

「やめろボーマン!! 何やってるんだ! やめてくれ!」

 叫ぶ舞奈が見やる前で、ボーマンはサイドカーに詰まれたアタッシュケースをかかえてバイクから飛び下り、床を転がる。

 釈尊の足元に激突したバイクが手榴弾のように爆発する。

 爆薬を仕掛けていたのだろう。

 だが装脚艇(ランドポッド)は傷ひとつつかない。

 

『無駄なあがきだぁ! 女ぁぁぁ!!』

「そう思うかい?」

 レジスタンスのリーダーは口元に不敵な笑みを浮かべる。

 サングラスに隠されて瞳の色は見えない。

 

「こいつは鹵獲したソードマンのPKドライブを改造した対装脚艇(ランドポッド)用特殊地雷さ。わたしがスイッチを押せば、あんたはその機体ごと木っ端微塵だ」

 ボーマンはアタッシュケースを掲げ、

 

「あんた、たしか前にもそうやって機体を壊したことがなかったかい?」

『なぁんだとぉぉぉ!?』

 ゴートマンの動揺にほくそ笑む。

 だがその頭上に釈尊の巨大な拳が迫る。

 

『ならその前に貴様おぉぉぉ! 女ぁぁぁ!!』

「逃げろ! ボーマン!!」

 間に合わないと理解しつつも、腰を浮かせる。

 

 直後、何かが引き潰れるグシャリという音が、やけに大きく聞こえた。

 

「ボーマン!! 何だよ……畜生! 畜生!!」

 舞奈はピクリと動かないコントロールパネルに拳を叩きつける。

 だが何も変わらない。

 

 いつだってそうだった。

 目に映るもの全てを守ろうとして、結局何も守れない。

 

 それでも舞奈はアサルトライフル(ガリルARM)を握り、背後のコックピットハッチに手をのばす。

 

 ボーマンの望みは魔帝(マザー)を倒すことだった。

 そうやって散った者の意志を継いで、軽薄な笑みを浮かべ、次に守りたいものを見つけて、舞奈は失った痛みを誤魔化してきた。

 今までずっと、21年前もずっと、そうしてきた。

 

『……現地住民が大能力と呼称する擬似魔法能力体系に属する、【戦士殺し(ワルキューレ)】であると推測されます』

「そうかい」

 響く知の宝珠(トーラー)の声を聞き流す。

 何気に振り返り、外部モニターを見やる。

 

「……どういうことだ?」

 そこに映し出された凄惨な状況を見やり、舞奈は目を見開く。

 

 釈尊の胴は半ばまで潰れ、2本の太い腕はひしゃげていた。

 まるで装脚艇(ランドポッド)をはるかに超える巨人の拳に打ち据えられたかのように。

 

『復唱します。大能力【戦士殺し(ワルキューレ)】であると推測』

 声が情報を繰り返す。

 

『因果律への介入により近接攻撃を無力化、それにより対象が被るはずの損害を攻撃者へと反転する大能力です』

「わたしのぉ! わたしの釈尊に何をしたぁぁぁ!!」

 残骸と化した砲塔の中から男が立ち上がった。

 黒い袈裟を着こみ、山羊の角が付いた呪術めいた仮面を被っている。

 釈尊のパイロット、ゴートマンだ。

 

「っひょ? っひょ? っひょ? っひょ? っひょ!?」

 袈裟に真紅の薔薇が咲く。

 軽めの銃声は小型拳銃(グロック26)

 ゴートマンは撃たれた腹から赤いものを垂らしつつ、足元を見やる。

 

「やっぱり9パラじゃ一撃必殺ってワケにはいかないね」

 女性は毒づき、撃ち尽くした弾倉(マガジン)を落す。

 白衣の裏からスペアを取り出し素早く交換する。

 

「ボーマン!」

「女ぁぁぁ! なぁぁぁぜ生きているぅぅぅ!」

 ゴートマンは剣を抜く。

 

 袈裟をひるがえして機体から飛び下り、恐るべき速度でボーマンに走り寄る。

 舞奈はハッチを蹴り開け、ボーマンめがけて転がり落ちるように走る。

 だが敵のほうが早い。間に合うはずもない。

 ゴートマンは剣を振り上げ、両腕で頭をかばうボーマンの真上から振り下ろす。

 

「ボーマン!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 舞奈の叫びを悲鳴がかき消す。

 

「う腕がぁ、腕が腕が腕がわたぁぁぁしの腕がぁぁぁ!!」

 ぼとりと地に落ちた自身の腕を見やって叫ぶ。

 

「きぃさまぁぁぁ! 魔帝(マザー)に聞いた事があるぅ近接攻撃を跳ね返す異能力者かぁ!?」

 叫びつつ、ゴートマンは信じられない跳躍力で釈尊のコックピット跡へ跳びあがる。

 

「ならばぁ!!」

 釈尊の4本の腕が蠢く。

 虚空に炎の矢が生み出される。

 

「ボーマン、スクワールの陰に! 弾除けくらいにはなる!」

 舞奈はボーマンの尻を押しやるように、自分の機体の陰へと急ぐ。

 その背後で、装脚艇(ランドポッド)すら焼きつくす灼熱の矢が膨れあがる。

 

「燃ぉぉぉえ尽きろぉぉぉ!!」

運命(ウィアド)!!』

 声とともに炎は消えた。

 

『気をつけなさいって言ったでしょ!!』

 光の粉を振りまきながら、スクワールをかばうように鋼鉄の猫が降り立つ。次いで、

 

『下がりなさい! こいつはわたしが片づける! (イサ)!!』

 ランドオッタは掌をかざして金属片を放つ。

 氷の棘が釈尊を縛める。

 

 舞奈のアサルトライフル(ガリルARM)がゴートマンを威嚇する。

 その隙にボーマンは装脚艇(ランドポッド)に背を向けて走り出す。

 脂虫が統制を失い手の空いたレジスタンスたちがボーマンの退路を確保する。

 

「何をするぅ! 小娘ぇぇぇ!」

 巨大な4本の腕が蠢き、氷の棘がゆらぐ。

 釈尊の魔力を使ってレナの魔術を消し去るつもりであろう。

 だが次の瞬間、釈尊の4本の腕は関節とは明らかに違う位置でへし折れる。

 

『まさか魔帝(マザー)に施しを受けただけのニセモノが、直々に教えを受けた魔術師(ウィザード)の魔術に干渉できるなんて思い上がってるんじゃないでしょうね!?』

「貴様あぁぁぁ! 魔帝(マザー)を裏切るというのかぁぁぁ!?」

『ママを裏切るよりましよ!! ヤ、ヤギ野郎!』

 ランドオッタは、掌から飛び出した新たな金属片を構える。

 

 その時、無限軌道(キャタピラ)が地を駆ける音が通路に響き渡った。

 そして通路の奥から3台の装脚艇(ランドポッド)が姿をあらわす。

 ソードマンだ。

 音からして、奥に十数機は控えているはずだ。

 

魔帝(マザー)がぁ! 魔帝(マザー)が援軍を遣わして下さったぁぁぁ!!」

 ゴートマンが叫ぶ。

 

 視界の端に、スクワールに貼られた符がひとりでに剥がれる様子が映る。

 術の効果が切れたのだ。

 

 舞奈はコックピットに駆け戻る。

 外部モニターの隅で、ボーマンが後方のレジスタンスと合流するのを確認する。

 新たな敵機との戦闘に備える。だが、

 

「待てぇ! 待てぇぇぇいぃ!! わたぁぁしは味方だぁぁぁ!!」

 3機のソードマンが両手に構えた重機関銃(キャリバー50)を向ける先。

 そこには半壊した装脚艇(ランドポッド)とゴートマンがいた。

 

『いや、敵であっとる! 撃て撃て! 撃ちまくれ!!』

 ソードマンの拡声器から聞きおぼえのある声が響く。

 同時に、自衛隊の基地から拝借したとおぼしき重機関銃(キャリバー50)が一斉に火を吹く。

 ゴートマンがあわてて張り巡らせた不可視の障壁を、50口径弾が雨のように叩く。

 

「その声、爺さんか!?」

 それはトゥーレ基地(ベース)に向かったサコミズ主任の声であった。

 よくよく見やると、ソードマンたちのカメラには頭部に見立てた鉄板が取り付けてある。どうやら鹵獲機のようだ。

 サコミズらは鹵獲機を駆り出し、舞奈たちのピンチに駆けつけてくれたのだ。

 

「おっ、おっ、おっ……おぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇ! ゲェリラどもぉぉぉぉぉ!!」

 妖術師(ソーサラー)は素早く印を組み、

 

「覚えているがいいぃぃぃ!!」

 釈尊を囲うように輝く曼荼羅が描かれ、半壊した機体ごとかき消えた。

 

『次は【猫】じゃ! 撃て撃て! 撃ちまくれ!!』

 鹵獲機の銃口がランドオッタに向けられる。

 銃弾が装脚艇(ランドポッド)の装甲を叩く。

 

『ちょ、ちょっと待ちなさい! わたしは……!!』

『あんたも敵じゃろう! 待てと言われて待つものか!!』

「いや爺さん、そいつは味方だ」

 通信モニターに映った口ひげのサコミズを見やる。

 背後に横たわる4号機の残骸を意識して、口元に乾いた笑みを浮かべる。

 

 ピアースの、スプラの意思を継いで。

 園香の想いを継いで。

 彼ら、彼女らが願った通り、未来を見据えて生きるために。

 舞奈は、そういう生き方しか知らないから。

 

「紹介するよ。ガールフレンドの真神レナと、ランドオッタだ」

『なんじゃと!?』

 重機関銃(キャリバー50)の掃射が止まる。

 通信モニターの中で口をあんぐり開いた爺さんに、

 

「優しくしてやってくれないかな? 彼女、寂しがり屋なんだ」

 舞奈は口元をゆがめて軽口を叩いた。

 

 そしてレジスタンスの奮戦により脂虫たちも全滅し、戦闘は終わった。

 ボーマンはちらりと戦場の片隅を見やる。

 

 倒れ伏す4号機と、転がるスプラのヘルメット。

 

 そして2号機の残骸。

 ここにピアースという少年がいたことを示すものは、何もない。

 

「結局、生き残らせることができたのは、あの子だけだったね……」

 口元に皮肉げな笑みを浮かべ、ひとりごちた。

 

「けど、わたしは、あの子をあの塔に送り届けなきゃいけないんだ」

 ボーマンはサングラスをはめたまま、通路の天井を見やる。

 

 ここからでは見えない地上のそのまた上には、鉛色に閉ざされた空がある。

 漆黒の雲に閉ざされた暗闇の中。

 疲れ果て擦りきれた幽鬼のように、魔帝(マザー)が住まう塔が浮かぶ。

 

「……それが、約束だからね」

 




 予告

 打倒魔帝(マザー)の足掛かりをつかんだレジスタンスは再戦に備えて奮起する。
 舞奈は失い続けた旅路の先で掴んだ絆を握りしめる。
 勝利を、愛を、もう二度と離さぬように。

 次回『追憶』

 変わらないものなどない。
 想いも。命も。
 それを彼女は知っている。


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第4章 あやまちと後悔を積み重ねた城で
追憶


「ヒューッ!! こりゃスゴイ」

「ゲリラどもが、こんな拠点を持っていたなんて……」

 案内されたレジスタンスの拠点を見やり、舞奈とレナは並んで目を丸くする。

 元は民間軍事会社(PMC)の倉庫だったというトゥーレ基地(ベース)のハンガーは、鹵獲機がダース単位で並んでなお余裕がある。

 

「けど、地上にこんなデッカイ工場があって、魔帝(マザー)軍に見つかったりしないのか?」

「そう思うのも無理はないじゃろうのぉ」

 首をかしげる舞奈に向かってサコミズはニヤリと笑う。

 

「じゃが、この基地には、鹵獲機を中心としたレジスタンスの戦力の6割が集中しておるんじゃよ。魔帝(マザー)軍の散発的な襲撃くらいなら返り討ちにできるんじゃ」

「そういえば明らかにゲリラの基地だってわかる場所なのに、攻撃の指示が出ないところとかあったわ。そういう理由だったのね」

「それにのぉ、この基地には秘密兵器があるんじゃ」

「へぇ……」

 得意満面なドヤ顔で笑うサコミズ。

 したり顔で納得するレナ。

 そんな2人の側で、舞奈はつまらなそうにハンガーの高い天井を見上げる。

 

 1年間戦い続けた舞奈の印象では、魔帝(マザー)軍の戦力はほぼ無尽蔵だ。

 なりふり構わず本気を出せば、基地のひとつくらい潰せないことはないだろう。

 レジスタンスの戦力をいくら集めたところで同じだ。

 

 にもかかわらず魔帝(マザー)はトゥーレ基地(ベース)を放置した。

 そこまでの危険を冒して攻略するほどの価値はないと判断したのか?

 あるいは――

 

「――そして、驚くのはこれからじゃ」

 満面の笑みを浮かべたサコミズが、ハンガーの片隅を指差す。

 そこに並んだものを見やり、

 

「ヒュー! こりゃまた豪勢に並べたな」

 舞奈も思わず思考を中断して歓声をあげる。

 

 そこには鹵獲機とは明らかに異なる3機の装脚艇(ランドポッド)がたたずんでいた。

 1機はスクワール。

 隣には先の戦闘でレジスタンスの側についたレナのランドオッタ

 そして、さらに隣には巨大な翼を持ったカリバーン。

 

「第2次攻撃部隊は魔砦(タワー)に地上から進入して各階層を攻略しようと試みた。じゃが計画は失敗。部隊は全滅した。奴ら、魔砦(タワー)内部に相当量の兵力を温存しておったんじゃ」

 サコミズは語る。

 

魔帝(マザー)を倒すには上層区画に空から侵入し、素早く中枢を占拠する以外に方法はない。じゃが知っての通り、破壊の雨(ライトニング・ストーム)のせいで空には磁気嵐が吹き荒れ、気流も乱れておるので既存の空輸手段は使い物にならん」

「そいつは、あんたとボーマンに何度も聞いたよ」

 舞奈とレナはうなずく。

 それが、この世界の常識だった。

 だがサコミズは不敵に笑う。

 

「そこで、わしらは魔帝(マザー)と同じ宇宙のテクノロジーを利用して、閉じられた空をねじ伏せて無理やりに飛ぶ手段を編み出したんじゃ」

「手段だと?」

「うむ。まずスクワールには超高出力の大型ヴリル・ブースターを取りつけた。こいつのバカみたいな出力があれば、魔砦(タワー)の上層部までカッ飛んで行くことが可能じゃ」

 得意げに言われて思わず見やる。

 

 栗鼠の車体から生えている尻尾が、以前よりひとまわり大きくなっている。

 先端に推進装置(スラスター)がずらりと並ぶ尻尾を一瞥しながら、

 

「そりゃ空も飛べそうだな」

 舞奈も笑う。

 

 だが栗鼠の尻尾には拳銃(低反動砲)のオプションが積まれていたことを思い出す。

 そんな舞奈に、

 

「安心せい。ウェポンベイは外したが、代りの武装を用意しといた」

 得意げに言いつつ、サコミズは栗鼠の脚部を指さす。

 

 スクワールの脚部には鋼鉄のベルトが巻かれている。

 そこに増設された武器ラックには、胡桃に似た球体がいくつもマウントされている。

 

「大きい胡桃は大型ヴリル・ブースターの余剰出力を使ったプラズマ砲(クラウ・ソラス)じゃ。そして小さい胡桃はグレネード、低反動砲を使って投擲しとくれ」

「そいつは重畳」

 見やって再び舞奈も笑う。

 

 そして隣に並んだ猫を見やる。

 鋼鉄の猫は、破損個所が修復されている以外に変わった場所はないように見える。

 

「レナ嬢ちゃんの復刻機(リバイバル)には、指定どおりの模様を彫っておいた。ルーンと言うんじゃったかの? 後で確認しておいてくれ」

「了解よ。あと今晩中に仕上げをしちゃうから、その間は作業とかしないでね」

 交わされる会話に納得する。

 レナは魔術師(ウィザード)らしく、魔法で飛んでいくつもりらしい。

 

 猫の脚と尻尾を見やると、くさび型の文字が彫りこまれていた。

 ランドオッタが魔術を使う時に使用していた金属片のそれに似ている気がする。

 

「そして、こいつがカリバーン5号機【鷲翼気功(ビーストウィング)】じゃ」

 隣に立っていたカリバーンは、背から航空機を思わせる鋼鉄の翼を生やしていた。

 

「飛行の異能力で空を飛び、4機の融合エンジンで進むんじゃ。こいつなら嬢ちゃんたちの復刻機(リバイバル)を守って魔砦(タワー)まで飛んでいける」

 本体と同じくらい巨大な機械の翼を見やり、サコミズは自慢げな笑みを浮かべる。

 舞奈はふと、側のボーマンを見やる。

 実は先ほどからいたのだが、彼女は無言で機体を見ていた。

 饒舌なサコミズとはまったく真逆に。

 

 サングラスの金髪美女の口元に浮かぶ笑みは、どこか乾いて寂しげなそれだった。

 その視線の先は、鉄板を張り合わせたものらしい紫色の頭部。

 舞奈の視線に気づいたボーマンは何食わぬ顔を取り繕い、

 

「機体の最終調整が終わり次第、この3機で魔砦(タワー)を攻略する。舞奈も、レナも、それまでゆっくり休んでおいておくれ」

 宣言する。

 そして舞奈たちは解散した。

 

 結局、舞奈は先の戦闘で語りかけてきた知の宝珠(トーラー)のことを誰にも話さなかった。

 

 そして施設の一角。

 棚に医薬品が並ぶ医務室で、

 

「なあレナ、3つほど聞いてもいいか?」

「別にいいけど、何よ?」

 丸イスに腰かけ、舞奈は目前に立つレナに問いかける。

 

 レナに包帯を巻いてもらっていたのだ。

 先の戦闘で頭をぶつけ、出血していたからだ。

 舞奈は「ひとりで巻けるよ」と断ったが「自分の頭にちゃんと包帯巻けるの?」と押し切られてしまった。

 

「リンボ基地(ベース)でおまえと戦ったときのこと、覚えてるだろ?」

「根に持ってるの? 意外に尻の穴の小さい女ね」

「じゃあ、おまえのはデカイのかよ」

 軽口にぶつくさ文句を言う。

 そうしながら、こちらに背を向けて包帯を棚に戻すレナの後姿を凝視する。

 

 制服のミニスカートに覆われたなだらかな丸みは小ぶりだがよく締まっている。

 彼女はそれなりに訓練されているらしい。

 

 舞奈はふりふりとゆれるスカートを見やりながら、口元に笑みを浮かべる。

 部屋の片隅に急造されたベッドのシーツは洗っていないせいかシミがついていて、痩せた野良猫が我が物顔で寝転んでいる。

 舞奈はレナの尻から視線をそらす。

 

「いいから聞けよ。最後におまえが氷の雨の魔術を撃った後、おまえから見てスクワールはどうなってた?」

「ああ、そういうことね」

 問いにレナは納得し、

 

「……消失していたわ。突然、見えなくなって、レーダーからも消えた」

「その間、消えてなくなってたってことか……」

「こっちからは、そう見えたわ」

 割と素直に答える。

 舞奈は「そっか」とひとりごちる。

 

「それじゃ、次だ。おまえらが探してた力の宝珠(メルカバー)ってのは何だ?」

「宇宙からもたらされた、強大な魔力を秘めた石だそうよ」

「らしいな」

魔帝(マザー)から聞いた話なんだけど、力の宝珠(メルカバー)と、魔帝(マザー)自身が持つ知の宝珠(トーラー)を揃えた者は、石の魔力王(マスター)となって、どんな願いも叶えられるんだって」

「なるほど、そりゃ分かりやすい世界征服の理由だ」

「で、最後の質問は?」

「あ、いや……」

 答えたついでのレナの問いに、舞奈はそっと目をそらす。

 レナは不審げに首をかしげる。

 だが「知の宝珠(トーラー)って奴に心当たりはあるか?」という質問の答えは既に聞いてしまった。だから舞奈はしばし目をさまよわせたあげく、

 

「おまえの今日の下着の中がどんな模様なのか、今晩、見せてくれないか?」

「えっ? い、いいけど……」

 問いにレナは困惑しつつ頬を赤らめながら、

 

「そんなの別に今でも……」

 首をかしげ、ふと質問の本当の意味に気づいたようだ。

 

 舞奈はレナの身体を舐めるように見やる。

 ひかえめな胸から細い腰へ視線をめぐらす。

 ミニスカートをじっと見やって舌なめずりする。

 

 舞奈は美少女に目がない。

 21年前もそうだったし、今でもそうだ。

 そんな図々しい舞奈の顔に、

 

「バカ! 何考えてるのよ!!」

 レナの鉄拳が叩きこまれた。

 そしてレナは大股に部屋を出て行った。

 電源が切れているせいで手動になった元自動ドアを乱暴にこじ開け、医務室から飛び出したレナは廊下を歩み去る。

 

 ベッドの上の野良猫が、舞奈を小馬鹿にするように見やっていた。

 

「もうひと押しだったんだけどなあ」

 レナの後姿を見やりながら、舞奈は肩をすくめる。

 電源の切れたドアの片隅にはICカードを読み取るスリットが開けられている。

 もはや使われることのないスリットを、舞奈はそっと指先でなぞる。そして、

 

「……魔帝(マザー)が持ってる知の宝珠(トーラー)が、何だって敵のあたしに手を貸した?」

 ぼそりとひとりごちた。

 

 そして、その晩。

 舞奈は昔の夢を見た――

 

 ――小奇麗に磨かれた窓の外は陰鬱な薄闇に包まれ、空は鉛色の雲に覆われていた。

 

 窓際に置かれた学校机に腰かけて、幼い舞奈はひとり、ホームルーム前の喧騒に満ちた教室を見やっていた。

 口元にはあいまいな笑みが浮かぶが、その瞳に世界は灰色に映る。

 舞奈は、それまで家族のように暮らした親代わりの少女を失ったばかりだった。

 

 クラスメートの何人かが、時おりちらりと舞奈を見やる。

 だが彼女らの視線も舞奈の心を動かすことはなかった。

 その頃の舞奈にとって、世界はどうでもいいものだった。

 

 やがて担任が教壇に立ち、生徒たちも各々の席について静かになる。

 

 舞奈の2つ斜め前の席には、ひとりの少女が座った。

 なぜか舞奈は興味を引かれ、その少女を見やった。

 すると視線に気づいたか、少女はこちらを振り向いた。

 

 繊細な顔立ちをした、綺麗に切りそろえられた長い黒髪の少女だった。

 彼女は蝋細工の人形のように表情のないまま黒板に名前を書き、挨拶し、一礼した。

 不意に彼女の視線が舞奈のそれと絡み合った。

 

 彼女は舞奈を睨んだ。

 その瞳の奥に、艶やかな髪より黒く暗く渦巻いている何かを見た。

 舞奈にとって、彼女は灰色に塗りつぶされた世界にあらわれた彩色だった。

 それは漆黒だった。

 

 舞奈は笑った。

 彼女の暗い瞳を見やりながら。

 彼女にとって世界は滅ぼすべき悪に映るのだろうと思いながら、それでも笑った――

 

 ――ひび割れた窓の外は陰鬱な薄闇に包まれ、空は鉛色の雲に覆われていた。

 

(あいつと初めて出合った日も、こんな空だったな)

 割り当てられた小さな部屋を、枕元のテーブルランプが薄暗く照らす。

 レジスタンスの拠点にも、女の子がプライベートを維持できる程度の部屋はある。

 

 埃っぽいベッドの上で半身を起こしたまま、拳銃(ジェリコ941)をなでる。

 視線はじっと拳銃(ジェリコ941)に向けられ、口元には寂しげな笑みが浮かぶ。

 舞奈の手は小柄な身体にそぐわず無骨だ。

 そんな舞奈の側から――

 

「――もうっ! 女の子がシャワー浴びてる間に何やってるのよ」

 怒鳴り声。

 舞奈は「スマン」と口元に笑みを浮かべ、枕元に拳銃(ジェリコ941)を置いて顔を上げる。

 

 そこにはレナが立っていた。

 華奢な身体をバスタオルで隠している。

 白く細い腕を腰に当てて、不機嫌そうに舞奈を睨む。

 だが目じりが優しげに垂れたつり目は、睨まれても不思議と威圧感がない。

 

 当然ながらツインテールはほどかれている。

 長い髪が、シャンプーの芳香をふりまきながら少女の背でゆれる。

 どこで調達したやら、今宵のレナから香るのは記憶の中の友人の匂いだった。

 

「ちょ、ちょっと、何泣いてるのよ!」

「いや、なんでもない」

 目元をぬぐい、狼狽するレナに微笑を返す。

 彼女の艶やかな長髪に、かつて側にいた黒髪の友人を思い出していたことを誤魔化すように。だが、

 

「……今、他の女のこと考えたでしょ?」

「スマン」

 あっさり見破られて苦笑する。

 レナも呆れたように苦笑を返し、

 

「けど、あたしも似たようなものね。ママのこと考えてたの。ママもあんたといっしょにいるとき、きっとこんな気持ちだったんだろうなって」

「おまえも母ちゃんに似てるぞ。目もとのあたりとかそっくりだ」

 舞奈の口元にやわらかで自然な笑みが浮かぶ。

 

「けど胸がな……」

「あんただって似たようなものでしょ!」

 叫びつつ、レナは舞奈の胸板を両手でぽかぽかと殴る。

 そして細い指を、鋳鉄のように引き締まった肩と二の腕に這わせる。

 

「まったく。どんな鍛え方したら、こんな鉄骨みたいな身体になるのよ」

 少女であることを忘れたような鋼鉄の肉体に呆れたように、ささやく。

 あるいは愛でるように。

 舞奈の口元に愉しげな笑みが浮かぶ。

 

「こっちも知りたいよ。どんな手入れをしたら、こんな絹みたいな肌になるんだ?」

「きゃっ。ちょ、ちょっと……!?」

 レナの華奢な背をつかみ、引き寄せながらベッドに倒れこむ。

 

 枕元に手をのばす。

 丸くなってこちらを見やっていた野良猫の顔を、栗鼠のキャラクターがプリントされたレナの下着で隠す。

 猫は下着をふりはらい、迷惑そうにひと鳴きして去っていった。

 

 そして舞奈はもう一度手をのばす。

 テーブルランプが消えて、世界は甘い闇につつまれた。

 

 同じ頃。

 人気の無いハンガーの隅で、

 

「とうとう、あんたが最後のひとりになっちまったね」

 迷彩塗装の装脚艇(ランドポッド)を見上げ、ボーマンはひとりごちる。

 

 照明が抑えられたハンガーの一角に、立ちすくむ巨人のシルエットが浮かびあがる。

 カリバーン5号機【鷲翼気功(ビーストウィング)】の背部には、4機の融合エンジンを内蔵した鋼鉄の翼がのびる。砲塔の上には、紫色の長髪に似るように鉄板を張り合わせたカメラ。

 

「やっぱり、武器の名前にしないほうがよかったかね」

 ハリボテの頭部を見やり、寂しげに笑う。

 

 開け放たれたコックピットの中。

 コンソールパネルの隅に刻まれた『TSUBASA』の文字が、照明に照らされて鈍く光った。

 




 予告

 地を埋め尽くす鋼鉄の巨人。
 天に満ちるは鉄鼠の群れ。
 対抗するは、急場しのぎの翼を背負った3機限りの鉄騎兵。
 数多の命と過去と祈りをチップに賭けて、人類の命運をかけたルーレットが回る。

 次回『攻勢』

 もう後には戻れない。


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攻勢

 ――鳴り響く警告音で目がさめた。

 舞奈は拳銃(ジェリコ941)を手にしながらベッドから飛び起きる。

 

「警報よ!」

 隣でスレンダーな胸元をシーツで隠したレナが叫ぶ。

 

「基地が襲撃を受けてる……きゃ!?」

 レナの背中を抱き寄せて床に転がる。

 次いで野良猫が悲鳴をあげて逃げ出した直後、枕元の壁が轟音と共に吹き飛んだ。

 開いた大穴から、暗い緑色をしたソードマンの上半身が姿をあらわす。

 

「女の子の、寝室の壁ぶちぬいて出歯亀か? いい趣味してるな!」

 すばやく拳銃(ジェリコ941)を構え、巨兵の上半身と下半身の隙間に狙いをさだめる。

 自身の女の子らしさとは程遠い引き締まった身体が丸見えではある。

 だが構っている場合ではない。

 

 拳銃(ジェリコ941)が火を吹く。

 大口径弾(45ACP)が装甲の隙間を穿ち、巨人の動きが鈍る。

 

「効くのかよ!?」

 大口径とはいえ、拳銃弾で装脚艇(ランドポッド)のエンジンが打撃を受けたことに驚く。

 宇宙の技術で魔力を生み出すPKドライブの耐久性は、舞奈が知るエンジンよりむしろ精密機械のそれだ。

 

 だが、それでも停止させるには至らなかったらしい。

 鋼鉄の悪鬼は2人の少女めがけてゆっくりと手をのばす。

 

「どいてなさい!」

 レナが巨人の前に立ちふさがり、舞奈に白絹のような背中をさらす。

 なだらかなカーブを描く肩からのびる細い腕で、鋼鉄の掌めがけて石を投げる。

 少女の無駄な抵抗をあざ笑うように、敵機の砲塔の上のカメラが光る。だが、

 

野牛(ウルズ)!」

 叫びとともに、石に彫られたルーンが輝く。

 石はそのまま輝く砲弾と化し、光の軌跡を描きながら巨人めがけて突き進む。

 粒子ビームは突き出された巨人の掌を砕き、勢いのまま胴を穿つ。

 スクワールとの戦闘で多用した【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】の魔術。

 彼女もプロの魔術師(ウィザード)だ。舞奈が気づかぬうちにルーン石を握りしめていたのだ。

 

「ヒューッ!! ハートをぶち抜きだ!」

「あんなの初歩の魔術よ。それより、はやく機体のところに行ったほうがいいわ!」

 腰を浮かせるレナに、

 

「ああ、服を着てからな」

 舞奈は口元に笑みを浮かべて言った。

 そして細く白い背中を見やりつつ、手を回してスリットをなぞった。

 

 そして数分後。

 

「ボーマン! 爺さん! 無事か!?」

 舞奈とレナはハンガーに転がりこんだ。

 レナは黒い制服を身にまとっている。

 頬に平手の跡を刻んだ舞奈もいつものコートを着こんでいる。

 

『おう! 嬢ちゃんたちも無事か! ……どうしたんじゃその顔は?』

『こっちは準備できてるよ! あんたたちも機体に早く!!』

 拡声器がサコミズとボーマンの声で叫ぶ。

 一足先に起動した味方機のカメラが2人を見やる。

 重機関銃(キャリバー50)を構えた3機の鹵獲機、そして鋼鉄の翼を背負ったカリバーン。

 

 遠くで戦闘を思わせる砲声と爆音が聞こえる。

 他の鹵獲機は既に交戦中なのだろう。

 

 舞奈ははすばやく乗降用のリフトに跳び乗る。

 リフトが上昇するのももどかしく、スクワールの背面に位置するコックピットハッチに転がりこむ。

 レナも負けじとランドオッタに乗りこみ、起動させる。

 

 そして4機と2機の目前で、巨大な倉庫の、航空機用と思しき巨大なハッチが開く。

 外には数機のソードマンが待ち受けていた。

 

 それをⅣ号戦車の車体に無理やり搭載した魚の骨(レーザー砲)が焼き払う。

 飛行の魔術で重いレーザー砲(レーヴァテイン)を背負って飛ぶことはできないので、レジスタンスの自走砲として活用することになったのだ。

 整備された基地内であれば戦車も活用できる。

 

『ここはワシらが引き受ける! 嬢ちゃんたちは行くんじゃ!!』

「了解よ! わたしは魔帝(マザー)を倒す。あなたたちの為じゃなくて、わたしの為にね!」

 宣言し、レナは「車輪(ライドー)」と唱える。

 ランドオッタの脚部と安定化装置(スタビライザー)に彫りこまれたルーン文字が輝く。

 飛行の魔術【浮遊(レヴィタツィオン)】で生成された斥力場が、猫型の復刻機(リバイバル)を空へと押し上げる。

 そして猫は脚部の推進装置(スラスター)を吹かして飛んだ。

 

 次いでカリバーン5号機の背に光の翼が生え、機体を宙に浮かばせる。

 こちらは異能力【鷲翼気功(ビーストウィング)】。

 それに加えて元からあった鋼鉄の翼に内蔵された4機の融合エンジンが火を吹き、4号機は復刻機(リバイバル)を追って空を駆ける。

 その直後、鹵獲機の1機が斬撃をくらって爆発した。

 

「野郎! 好き勝手しやがって!」

 剣を構え直す敵機を機銃で蜂の巣にしながら、スクワールは屋外に走り出す。

 コンソールパネルに増設された計器が、大型ヴリル・ブースターの出力が順調に上昇していく様を映し出す。

 スクワールが飛べるようになるまで、少しばかり時間がかかる。

 

 そうするうちにも鹵獲機が止めきれなかった敵機が殺到する。

 サコミズ機の重機関銃(キャリバー50)が応戦する。

 だが敵の数が多すぎる。

 

 思わず舌打ちする。

 今の舞奈に、この切迫した状況を打破して友軍を救うことはできない。

 

『――なあ、嬢ちゃん。ずっと昔にな、ワシにも思い人がおったのじゃよ』

「なんだよ爺さん、やぶからぼうに思い出話か?」

 モニターに不意に映ったサコミズに、焦りを押し殺していつもの軽口を返す。

 だが老人は寂しげな瞳で舞奈を見やり、

 

『その頃アルバイトをしていたワシの、雇い主の娘じゃった』

 懐かしむように言葉を続ける。

 

『可憐な花のように笑う、可愛らしい娘じゃった。彼女はワシの天使じゃった。身分も年齢も違うその娘に、ワシは想いを伝えなんだ。彼女を遠くから見守って、仕事のことで怒られて、そしてたまに笑ってくれたら、それで十分じゃった。じゃがな――』

 口ひげに隠された老人の口元が、苦痛に歪む。

 

『――あの時、ワシはあの子を救えなんだ』

 老人は押し黙る。

 

「後悔してるのか?」

 舞奈は問う。

 

『当然じゃ』

 老人は答える。

 

『今でも、あの子の笑顔を夢に見るよ。もしワシが21年前に戻れるなら、身を挺してでも彼女を助けたい。彼女に想いを伝えたい。身分や年齢なんて、関係なくな』

 老人の告白が終わると同時に、ブースターが使用可能になったと計器が告げる。

 スクワールは脚部の推進装置(スラスター)を吹かせて宙に浮く。

 モニターの中で、老人は寂しそうに笑う。

 

『嬢ちゃんは、後悔しない道を選ぶんじゃ』

「わかってるよ。ちゃっちゃと魔砦(タワー)をぶっ壊して、皆で戻って来る。そうしたら……そうだな、みんなで打ち上げでもしようか。パーッとさ」

 言いつつサコミズに不敵な笑みを返す。

 

 スロットルを引きしぼり、大型ヴリル・ブースターを最大出力で吹かす。

 栗鼠の車体からのびる巨大な尻尾が嵐の如く光を散らす。

 そして爆音とともに栗鼠は大空へ飛んだ。

 

 足元に残した基地のいたるところがまたたき、激戦の音色が響く。

 

「……後はまかせたぞ、嬢ちゃんたち」

 サコミズ機のカメラが暗い空を仰ぎ見る。

 老人はひとりごちながら、たった3機の攻撃部隊が豆粒のように小さくなって鉛色の空にまぎれていく様を見送る。

 

 そしてレーダーを見やる。

 

 これまでの散発的な攻撃とは明らかに違う、総攻撃だ。

 雲霞のような敵の反応に比べ、味方の数はわずか。

 それすら徐々に数を減らしている。

 

「そろそろ潮時のようじゃな」

 サコミズは夜闇に覆われた空の向うに舞奈たちが飛び去ったのを確認する。

 雑に増設されたコンソールパネルを操作する。

 モニターの中で殺到するソードマンの群を見やる。

 そして壮絶な笑みを浮かべ……

 

 ……同じ頃、鉛色の空の下。

 

 スクワールは尻尾のような大型ヴリル・ブースターから光の粉を吹いて飛んでいた。

 腰には2丁の拳銃(低反動砲)、脚の横には胡桃のような球体がマウントされている。

 

 側にはランドオッタ。

 脚と尻尾のルーン文字をまばゆく輝かせ、推進装置(スラスター)を吹かして飛ぶ。

 

 さらに隣にはカリバーン5号機。

 4機の融合エンジンと【鷲翼気功(ビーストウィング)】を併用して無理やりに空を飛んでいる。

 

 そんな3機の後方で、地上の一角がまばゆく光った。

 

『後方で高エネルギー反応!?』

「トゥーレ基地(ベース)の方向だ! 畜生!!」

『おそらく、PKプラント暴走させたんだろう』

 驚くレナと、察する舞奈。

 ボーマンだけは先ほどまで舞奈たちがいた基地で起きたことを正しく把握した。

 

 かつて釈尊とランドオッタに追い詰められた舞奈は、カリバーン3号機のPKドライブ暴走、爆発させて難を逃れた。

 おそらくサコミズは、それと同じことをしたのだ。

 トゥーレ基地(ベース)全体にエネルギーを供給していたPKプラント爆発すれば、基地に進行していた敵部隊は塵も残さず消滅する。

 そして応戦していた味方機も。

 

「ったく、秘密兵器ってのはそれかよ」

 だから彼は、出撃を控えた舞奈に柄にもない思い出話など聞かせたのだろう。

 

「――もし生まれ変わったら、その娘さんとやらとよろしくやれるように祈ってるよ」

 ひとりごちつつ、口元を歪める。

 動揺を覆い隠すように無理やりに軽薄な笑みの形に歪める。

 そして、何食わぬ表情でモニターにレナを呼びだす。

 

「なあ、レナ。聞いて良いか?」

『何よ?』

魔帝(マザー)って、どんな奴なんだ?」

『あきれた。そういうの、最初に聞くものじゃないの?』

「それどころじゃなかっただろ?」

 軽口にレナは肩をすくめる。

 それでも記憶の糸をたどるように語り始める。

 

『わたしが幼い頃にママが死んで、パパは最低の人間で、そんなときに魔帝(マザー)が迎えに来てくれたの。「一緒に世界を滅ぼさないか?」ってね。綺麗な女の人だったわよ』

「へえ、そりゃ会うのが楽しみだ」

 だらしなく舞奈は笑う。

 モニターに映ったボーマンが『やれやれ』と肩をすくめる。

 

『魔術書を読みかじっただけの子供だったわたしに、魔帝(マザー)は魔術の真髄を教えてくれたわ。それに戦闘訓練もね。親切だったし、話が理路整然としてて話しやすかったわ』

「……そんな恩人に手のひら返すようなまねして、本当に良かったのか?」

『あんたは、わたしにどうしろっていうのよ!』

 モニターにドアップになったレナは威圧感のないつり目で舞奈を睨みつける。

 だがすぐに物憂げな表情を浮かべて座りなおす。

 

『最近、魔帝(マザー)の姿を見てなかったのよ。通信で指示だけは来てたんだけど。何て言うか……魔帝(マザー)に従ってるっていうより、魔帝(マザー)に心酔してるゴーントマンとつるんでるだけみたいになっちゃって、どうも釈然としなかったの』

「あのヤギ野郎か、それは嫌だな……」

『だから魔帝(マザー)が本当はどうしてるのか知りたいの。成り行きってだけじゃなくてね』

「なるほどな」

 何食わぬ口調で相槌を打ちつつ舞奈はコンソールの片隅に設置された蓋を見やる。

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 

 話の間、魔帝(マザー)とともにあるはずの知の宝珠(トーラー)は何も言わなかった。

 舞奈もそれについて何も言わなかった。

 

 突然に舞奈と接触してきた知の宝珠(トーラー)は、舞奈に多くの情報をもたらした。

 知の宝珠(トーラー)からの情報によってピンチを切り抜けたことも何度かあった。

 だが知の宝珠(トーラー)が誠実であると保証するものは何もない。

 

 その時、

 

「畜生、破壊の雨(ライトニング・ストーム)だ!」

 舞奈は舌打ちした。

 モニターに映った空の片隅に、恐ろしい光が幾つも瞬いてたからだ。

 

 上空から無数の光弾を降らせる破壊の雨(ライトニング・ストーム)を前にして、できることは少ない。

 装脚艇(ランドポッド)など紙のように貫き、避けることなど不可能な範囲に降りそそぐ。

 だから強固な建造物の陰に隠れてやり過ごすか、それが不可能ならば灰も残さず焼かれるしかない。そして舞奈たちが飛ぶ空の上には建造物などない。だが、

 

『こっちは準備オーケーよ! 太陽(ソウイル)! 遺産(オシラ)!』

 レナの魔術語(ガルドル)に答えるように、世界が変容した。

 

 鉛色の雲に覆われていた空が、一瞬だけ曇りのないぐんじょう色に変わる。

 舞奈の口元が笑みの形に歪む。

 

 そして再び世界が元の灰色に戻ったとき、空に光は瞬いていなかった。

 代りに、眼下の廃墟が稲妻の雨に耕されて更地になっていた。

 レナの魔術によって結界を張り、破壊の雨(ライトニング・ストーム)を凌いだのだ。

 

「便利だな。どういう仕組みになってるんだ? それ」

 舞奈は思わず問いかける。

 

 結界とは範囲内の空間を周囲から『切り離す』ことによって隔離する技術だ。

 舞奈はそう聞いている。

 だがそれが具体的にどんな現象なのか、きちんと理解しているわけではない。

 

『流派によっても違うけど』

 レナはそう前置きし、

 

『わたしの【戦場召喚(フォアーラードゥング・ラグナロク)】の場合は周囲の空間を捻じ曲げて別の次元に変えるの。ええっと、別の世界を作って転移するみたいな?』

「だから結界に引きこもってる間に破壊の雨(ライトニング・ストーム)が通り過ぎていったってわけか」

『そういうこと』

「ならさ、捻じ曲げた空間とやらの中と外で時間の流れが違うことも有り得るのか?」

『うーん。魔術による時空の操作が可能な流派はケルト魔術だけのはずだけど……』

 レナは自信なさげに答える。

 

 それはつまり、時間の流れを変えることのできる魔術が存在するということだ。

 そして知の宝珠(トーラー)は数多くの魔術の知識を有している。

 力の宝珠(メルカバー)にはそれを実現させるだけの魔力がある(今は枯渇しているが)。

 

「前にも聞いたけど、おまえがスクワールに氷の雨の魔術を撃ったとき、涙石が機体を守っただろう? 今のは、あれと同じ現象ってことか?」

 そうだとしたら力の宝珠(メルカバー)も時間の流れを変えられるかもしれない。

 21年前にトラックに引かれそうになった舞奈が、この時代に移転した時のように。

 

「なあ、レナ。この石を使って――魔術を使って、時間を操れるのか?」

 モニターにのしかかるように問う。

 それが、きっと、ずっと探していた真実へ辿り着く手がかりだから。

 そんな舞奈の迫力に圧されつつ、レナは口を開きかける。その時、

 

魔力王(マスター)、緊急事態です!』

「何だよ!! 今いいところなのに!」

『前方から敵機の集団が接近中。小型機多数。超大型機1機』

「……糞ったれ。絶妙なタイミングであらわれやがって」

 声の警告と同時に、レーダーが無数の機影を映す。

 

 外部モニターに映し出されたのは見慣れぬ機体だ。

 角張った戦車そのもののような、鼠に似た機体。

 集団の奥には似たような姿形をした超巨大な何か――サイズ的には空中戦艦?

 

『手前のはドゥームラット。増設された2基のPKドライブで空を飛ぶ機甲艇(マニューバーポッド)だ』

『モノリスのデータで見たことがあるわ』

「エンジンを3基積んでるってことか。まさか異能力を4つ使うのか?」

『その心配は無用よ、増設された2基は純粋に推進用だから。でも単純なスピードとパワーは装脚艇(ランドポッド)の非じゃないわ。気をつけて!』

「りょーかい」

 ボーマンとレナの解説に口元を歪め、

 

『奥のデカブツはワイルドボアー。PKドライブをダースで積んだ機甲艦(マニューバーシップ)だ』

『こんなものまで実用化していたなんてね』

「あのハリネズミみたいな出っ張りは大砲か?」

『……ご名答。ぜんぶ加粒子砲(グラム)よ』

「そりゃ撃ちがいがありそうで結構だ」

 続く言葉にひとりごち、口元を笑みの形に歪める。

 ちょっとしたアクシデントだ。

 小うるさいネズミの群を片づけた後で、ゆっくりとレナの話を聞けばいい。

 

 モニターの中で、突出したドゥームラット数機が猛スピードで飛来する。

 異能力【狼牙気功(ビーストブレード)】の所有者であろう。

 

 舞奈は照準をあわせる。

 スクワールは両手の拳銃(低反動砲)を操って次々に敵機を撃ち抜く。

 スクワールの側で、ランドオッタが粒子ビームの魔術で2機を墜とす。だが、

 

「畜生、数が多すぎる! このままじゃ押し負けるぞ!」

 レーダーを見やり、思わず叫ぶ。

 

 振り切るには相手が多すぎる。

 それどころか、敵は数にまかせて3機を包囲しつつある。

 舞奈は活路を求めて周囲を見回す。その時、

 

『――あんたたち2人は先に行きな』

 ボーマンの5号機が、2機の復刻機(リバイバル)を守るように前に飛び出した。

 

「あんたひとりじゃ無理だ!」

『時間稼ぎくらいはできるさ』

 5号機の鋼鉄の翼には航空自衛隊の空対空ミサイル(サイドワインダー)がいくつも吊り下げられている。

 そのうちひとつが放たれ、襲い来るドゥームラットを爆散させる。

 別の1機を、同じく空自の装備を無理やり手持ちにしたガトリング砲(M61バルカン)が砕く。

 

『それに……』

 砲撃をかいくぐって肉薄した2機が【火霊武器(ファイヤーサムライ)】の燃える牙で襲いかかる。

 だが撃墜されたのはドゥームラットの側だった。

 パイロットであるボーマンの大能力、近接攻撃を反転させる【戦士殺し(ワルキューレ)】だ。

 

『【戦士殺し(ワルキューレ)】をいちばん有効に使えるのは、一対多数の闘いだ』

「けど、ボーマン……!!」

 言い募る。

 

 ボーマンの【戦士殺し(ワルキューレ)】は近接攻撃にしか通用しない。

 弓矢には有効と聞いたが、砲撃へ対処する手段はない。

 それ以前にPKドライブにこれだけの量を相手に戦い続けられるほどの持久力はないし、融合エンジンの燃料にも弾薬にも限りがある。

 何より奥に控えるワイルドボアーに単騎で対抗できるわけがない。だが、

 

『あんたには、やるべきことがあるだろ?』

 ボーマンは口元に笑みを浮かべ、サングラスをはずす。

 その下からあらわれたのは、意外にも目じりが気弱げに下がった少女の瞳だった。

 その瞳を見やり、舞奈は驚愕に目を見開く。

 

 21年前のあの日、仕事人(トラブルシューター)だった舞奈と共闘した執行人(エージェント)の少女。

 仲間を失った気弱げな少女を思い出す。

 思いおこせば彼女の髪も、ボーマンと同じ金髪だった。

 

『……あの時だってそうだった! 仲間がみんなやられて、わたしが物影で震えてる間に、あんたとあの子がすべてを終わらせた!』

 ボーマンは叫ぶ。

 堪えていた何かを吐き出すように。

 

『あれからずっと後悔してたのさ! あたしがもっとうまくやっていたら、もうちょっと別の結末になったんじゃないかってね!』

 叫びに答えるように、5号機の背から生えた翼が数倍に広がる。

 巨大な光の翼をはばたかせ、増大した異能力の余波なのか光の羽根をふりまきながら5号機は群なす敵めがけて突き進む。

 

『けどね、今度は違う。わたしは……わたしたちは、あんたを魔砦(タワー)まで送り届けるって約束したのさ! ちっぽけなあたしと翼だって、そのくらいはできるつもりだよ!』

 憤怒と激情の化身と化した5号機。

 巨大な翼を広げた量産機(デグレード)に、4機のドゥームラットが襲いかかる。

 だがガトリング砲(M61バルカン)と【戦士殺し(ワルキューレ)】、そして覚悟の前に、攻撃者たちは空に散る。

 

『行くんだよ舞奈! あの塔に! そこで望みを叶えるんだ!!』

 獅子奮迅の勢いで敵機を蹴散らす5号機に、さらに多数のドゥームラットが迫る。

 その背後には、無数の敵が控える。だが、

 

『【グングニル】を、なめるなぁぁぁ!!』

 もはやボーマンは止まらない。

 かつて気弱な少女だった、今やレジスタンスを引きいるリーダーとなった女性を、固い決意だけが突き動かしていた。

 

『博士!』

 思わず追おうと動き出すランドオッタの肩をスクワールがつかむ。

 

「来るんだレナ。ボーマンが敵を引きつけている間に、トップスピードで突っ切る」

『けど、仲間だった人でしょ!?』

「……だからだよ」

 舞奈は口元を乾いた笑みの形に歪める。

 

「ボーマンの願いは、爺さんの願いは、レジスタンスの願いだ。あたしたちは魔帝(マザー)の支配から世界を解放しなくちゃいけない」

 間近に迫ってなお天高くそびえる魔砦(タワー)を睨みつける。

 

 側にいる誰かを守りたくて、守れなかった。

 だから逝った仲間の意思を継ぐことで、失った痛みを誤魔化してきた。

 今までずっと、21年前からずっと、そうしてきた。だから、

 

『……わかったわ』

 通信モニターの中で、レナは小さくうなずいた。

 




 予告

 舞奈は遂に、天地を貫く魔砦(タワー)へと辿り着く。
 側には新たに絆を結んだパートナー。
 人類の未来を背負って進む先に、待ち構えるは失くしたはずの過去の残滓。

 次回『突入』

 全ては前へと進むために。


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突入

 2機の復刻機(リバイバル)が、金属の光沢を帯びた銅色の床に降り立つ。

 天井と壁には同じく銅色の大小さまざまなパイプが絡み合っている。

 さながら、ねじれた鋼鉄の樹の根に覆われた機械の森だ。

 

 多すぎる犠牲を払って、舞奈とレナは魔砦(タワー)の上層区画へと辿り着いた。

 

「ここが魔砦(タワー)の入口か。なんか人が住む場所って感じがしないな」

 外部モニターを見やりつつ舞奈はひとりごちる。

 視線の先には鋼鉄の獣道が続く。

 

『そりゃ人が住む場所じゃないもの。居住区画やハンガーは下層区画にあるわ。でなきゃどうやって出撃するのよ?』

「ま、そりゃそうか」

『でも何度か来たことはあるし、地図もあるから魔帝(マザー)のいる中枢まで案内できるわ』

「さんきゅ。そっちは頼むよ。けど、その前に――」

 通信モニターのレナに何食わぬ表情で答えつつ、舞奈は照準を引き寄せる。

 

 スクワールは脚の球体を手にとる。

 栗鼠の手の中で、鋼鉄の胡桃は展開し、伸張する。

 そして2本の砲身を持ったライフルへと変化する。

 大型ヴリル・ブースターの余剰出力を利用したプラズマ砲(クラウ・ソラス)だ。

 

 2本の砲身の隙間に紫電が宿り、プラズマ砲(クラウ・ソラス)が火を吹く。

 獣道の奥で装脚艇(ランドポッド)が爆ぜる。

 

 爆炎にまぎれて新たな機影があらわれる。

 避けたスクワールの頭部をビームがかすめる。

 

加粒子砲(グラム)? ソードマンじゃ出力不足で撃てないんじゃなかったっけ」

『新型のスピアマンだと思う。持ってるヤリにもPKドライブが内蔵されてて、遠距離ではビーム攻撃ができるの』

「へえ、そりゃ便利だ」

『……っ!! 気をつけて! 近くに――』

 間近に気配を感じて撃つと、車体に風穴を開けた敵機が出現する。

 

「【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】だろ?」

 舞奈は残骸を見やる。

 

 これがスピアマンという機体であろう。

 角張った容姿はソードマンに似ている。

 機体の色は通路と同じ銅色で、自身の背丈より長いライフルを手にしている。

 ヤリというより銃剣に近い代物なのだろう。

 

 爆発するスピアマンの背後から多数の機影が近づいてくる。

 舞奈は舌打ちする。

 

 スクワールはランドオッタの前に立ちふさがる。

 両手のプラズマ砲(クラウ・ソラス)で手近な2機を墜とす。

 

「レナ、頼む!」

『最初からそのつもりよ!』

 返事と同時に、殺到する集団のまん中に金属片が撃ちこまれる。

 レナが「松明(ケーナズ)」と叫ぶと、熱光が群がる敵機すべてを飲みこむ。

 

「イィィィィィヤァッヘィ!! こりゃすごいグレネードが撃ち放題か!」

 軽薄に叫ぶ。

 ボーマンがいた空を振り返らないように、レナが紡いだ爆炎を見やる。

 撃破をまぬがれた敵機を、スクワールのプラズマ砲(クラウ・ソラス)で片づける。

 

 瞬時に敵を屠って無人になった通路を、2機の装脚艇(ランドポッド)は悠々と進む。

 

『ねえ舞奈』

「……スマンはしゃぎすぎた」

 ぼそりとつぶやくマナに小さく詫びる。

 

『そうじゃなくて。あなた、魔術師(ウィザード)と組んで戦ってたことがあるでしょ?』

 続く問いに、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 

 舞奈の記憶の多くを占める、かつて背中を預けた黒髪の少女。

 彼女の話を、肌を重ねたばかりのレナにするのを少しばかり躊躇した。

 それに明日香のことを過去のこととして話すことで、ほんとうにそうなってしまうような気がして嫌だった。だから、

 

「どうしてそう思う?」

攻撃魔法(エヴォケーション)の長所と短所を理解してるから』

 問いに問いをかぶせて誤魔化す。

 だがレナは特に気にせず答える。

 

『魔法使いと戦い慣れてるだけだって思ってたけど、今の動きを見て違うと分かった。わたしの得意な位置の敵を残して、魔術が完成するまで盾になろうとしたでしょ?』

「それならおまえだって同じだ。さっきの一撃、いきなり集団の奥にぶちこんだ。反撃されたら守りにくい近くの敵を放っておいてな。そんな戦い方、誰に教わった?」

『さっきも言ったけど、わたしに戦い方を教えてくれたのは魔帝(マザー)よ。ゴートマンと連携するための戦術って聞いてたんだけど』

「ふうん。あいつと連携ね……」

 問答の中で逆にレナの技術の出所を探ろうとする。

 そんな舞奈に対し、

 

『白兵戦の訓練もしたのよ』

「それは見りゃわかる」

 レナが続けた言葉に思わず笑う。

 

 華奢な身体の要所にしっかりと筋肉がついていることは、先日ベッドで確認済みだ。

 レナのなだらかな肩は細いだけでなくしなやかで、小ぶりな尻も締まっていた。

 その感触を思い出して微笑む舞奈に、通信モニターの中の彼女は1丁の拳銃をかざしてみせる。華奢な手に似合わぬ大口径の拳銃(H&K MK23)を見て、

 

「撃てるのか?」

 舞奈はひとりごちる。

 

「できるわよ!」

 レナは目をつり上げて叫ぶ。

 

『このてっぽうだって、射撃の腕を見こまれて魔帝(マザー)から賜ったんだから!』

「て、てっぽう? ……そうか、そりゃすごいな」

 生返事を返しつつ、

 

魔帝(マザー)、か」

 ひとりごちる。

 

 レナの動きに、黒髪の友人の影を感じていた。

 魔術師(ウィザード)として他者との連携を考慮すると似たような動きになるのかもしれないが。

 そんなことを考えながら――

 

「――!」

 スクワールはランドオッタに体当たりし、共に地面を転がる。

 

『な、何よ!?』

 怒号に答えるように、2機の背後に、剣を振り下ろした装脚艇(ランドポッド)があらわれた。

 寸前までレナがいた場所だ。

 

『敵機を捕捉。【摩利支天法(マリーチナ・ラクシャ)】による魔術的なジャミングにより当機のレーダー及び外部モニターを欺瞞していたものと推測されます』

「不意打ちって普通に言えばいいだろ」

 声に答えつつ、機体の態勢を立て直して振り返る。

 その目前に、もはや馴染みになった6本腕の装脚艇(ランドポッド)がいた。

 

魔帝(マザー)に歯向かうゲリラの小娘ぇぇぇ!! 魔帝(マザー)を裏切った反逆者の小娘ぇぇぇ!!』

「来やがったな、ヤギ野郎」

魔帝(マザー)を害する不届き者はぁ、滅! 殺! 滅殺してくれるぅぅぅ!!』

 通信モニターの中でゴーントマンが狂ったように笑う。

 同時に釈尊の全身から護摩(スモーク)が噴き出す。

 

 次の瞬間、世界は変容した。

 空は紅蓮に燃え上がり、壁という壁は首のない108体の仏像を彫りこんだレリーフへと変わる。

 

『【地蔵結界法(クシティ・ガルヴィナ・ホーマ)】と推測。結界です』

「あんだけぶっ壊れたのに、もう元通りかよ。まったく魔帝(マザー)の科学力は最高だな!」

 知の宝珠(トーラー)の声を聞き流しながら軽薄に笑う。

 外部モニターに映しだされた機影を改めて見やる。

 ボーマンの【戦士殺し(ワルキューレ)】でお釈迦になったはずの異形は、以前と変わらぬ漆塗りの角張った砲塔から6本腕を生やし、金の縁取りやオカルトじみた数珠で飾られている。

 

『先手必勝よ! 太陽(ソウイル)! 知神(アンサズ)!』

 通信モニターの中でレナが叫ぶ。

 

『味方機が大魔法(インヴォケーション)の準備を開始しました。【グングニルの魔槍(フォアーラードゥング・ドローネ)】と推測』

『小娘ぇぇぇ!! 貴様のぉ! 貴様の手のうちなど知っておるわぁぁぁ!!』

 大魔法(インヴォケーション)を行使すべく動きの止まったランドオッタに、剣を構えた釈尊が迫る。

 

「逃げた女の尻追っかけてないで、あたしとも遊んでけよ! ヤギ公!」

 スクワールは2丁の拳銃(低反動砲)で威嚇する。

 

 やがてランドオッタの頭上がまばゆく輝く。

 光がおさまった後には、2体の異形が浮かんでいた。

 何枚もの歪な羽根を蠢かせた、ドゥームラットに似た小型機だ。

 

「……ったく、正解は剣でも槍でもなくて、ドローンなんじゃないか」

 レナが作り出したドローン(グングニル)を見やり、舞奈は口元を寂しげに歪める。

 

『交代よ!』

「おうよ! プラズマ砲(クラウ・ソラス)セット! スーパーチャージ開始だ!」

 スクワールはプラズマ砲(クラウ・ソラス)を腰だめに構える。

 2本の砲身の隙間にいくつもの紫電が走り、やが隙間を埋め尽くす雷光の嵐と化す。

 

『さぁぁぁせぇるかぁぁぁ!』

 チャージ中で動けないスクワールに狙いをさだめ、釈尊は4本の腕を蠢かせる。

 

『それはこっちの台詞よ! (イサ)!!』

 ランドオッタは金属片を放ち、氷の棘で釈尊を縛める。

 ドローン(グングニル)を創り終えたレナが、先ほどとは逆に舞奈のフォローに回ったのだ。

 

「チャージが終わった! 行くぞ!」

『オーケー!!』

 プラズマ砲(クラウ・ソラス)の2本の砲身の合間から放電する光の束が放たれる。

 続けて2機のドローン(グングニル)が全身のハッチを開いて加粒子砲(グラム)を斉射する。

 

『ひょっ! ひょっ! ひょっ!』

 2つの強大なプラズマの光。

 降り注ぐビームの雨。

 それでも釈尊はしばし不可視の障壁で持ちこたえる。

 だがドローンの猛攻と、挙句の自爆特攻には耐えられなかった。

 

『ひょっひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

『敵機の偏向装置(デフレクター)を破壊』

 通信モニターの中で、ゴーントマンが身に着けていた数珠が砕け飛ぶ。

 次の瞬間、通信が途絶する。

 

 同時に釈尊の砲塔がプラズマの濁流に飲まれて爆発する。

 

『おのぉれぇぇぇ! 小娘ぇぇぇぇぇ!!』

 世界は再び銅色の森へと変容する。

 術者が戦闘不能になると結界は消える。

 

『やったわ!』

 だが、光と爆炎が止んだ後、釈尊は立っていた。

 それでも機体は無残に焼けただれ、砲塔の上半分は消し飛んでいる。

 結印用の4本の腕は根元からねじ折ている。

 

 むき出しになったコックピットの中で、人影が立ちあがった。

 ゴートマンだ。

 

 妖術師(ソーサラー)の額を覆う山羊の角が付いた仮面が、割れる。

 

「おまえ!?」

 面の下からあらわれた銀髪を見やって驚愕する。

 舞奈は彼に見覚えがあった。

 

 21年前の情景が脳裏をよぎる。

 あの日、タンクローリーに惹かれそうになっていた少女を救おうと飛び出した。

 だがそれは少女ではなく、少年だった。

 

「後藤マサルか……」

 ひとりごちる。

 

 21年たった今、あの銀髪の少年は、やつれて狂った中年男になっていた。

 男の額には黒く小さな骸骨が埋めこまれている。

 

「何でおまえが?」

魔帝(マザー)はわたしに力を下さったのだぁ! わたしに生きる意味を下さったのだぁ! だからわたしは魔帝(マザー)にぃ! 魔帝(マザー)に忠誠を誓ったぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ゴーントマン――後藤マサルは叫ぶ。

 

 同時に釈尊が、辛うじて全壊をまぬがれた右腕を動かす。

 巨大な拳がスクワールに向けられる。

 

魔帝(マザー)に逆らうものに滅びあれぇぇぇ! 我が釈尊がただ修復されたと思うなぁ!!」

 手の甲が開き、無数の弾丸が放たれる。

 

「――なにっ!?」

『危ない!』

 次の瞬間、ランドオッタがスクワールに体当たりし、共に射線を逃れる。

 

『さっきの借りは返したわよ』

 通信モニターの中でレナはニヤリと笑う。

 

『……ゴートマンはもうひとつの斥力場で自分自身を守ってると思う』

「さっきの【不動行者加護法(アチャラナーテナ・ラクシャ)】って奴か。じゃ、対処法も同じだな」

『……ええ』

 モニター越しに、舞奈とレナは笑みを交わす。

 

 スクワールはプラズマ砲(クラウ・ソラス)を胡桃に戻し、代わりに2丁の拳銃(低反動砲)を構える。

 そして2機の復刻機(リバイバル)は、示し合わせたように掃射する。

 スクワールの拳銃(低反動砲)から砲弾が、ランドオッタの双眸の加粒子砲(グラム)が、ゴートマン本体を守る不可視の障壁を貫かんと放たれる。

 

「っひょ? っひょ? っひょ? っひょ? っひょ!?」

 銀髪のゴートマンが吠える。

 力場がビームを、砲弾を防ぐたびに、袈裟が内側から弾ける。

 中年男の身体に埋めこまれた黒い骸骨が、数珠と同じ役割を果たしているらしい。

 

「っひょ!? っひょ!? だが我が身体は108の髑髏本尊と共にあぁるぅ! 魔帝(マザー)から賜ったこの黒い宝石こそがぁ、我が力ぁ! 我が命ぃ! 我が誓いぃぃぃ!!」

 叫ぶ最中、骸骨のひとつが弾け、赤い飛沫を散らす。

 

「そうかい」

 舞奈は口元を歪めてボタンを押す。

 

 スクワールはプラズマ砲(クラウ・ソラス)とは別の胡桃を手に取り、拳銃(低反動砲)の砲口に取り付ける。

 ランドオッタは全身のハッチを開き、スリットから金属片を放出する。

 拳銃(低反動砲)から放たれたグレネードと、【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】による荒れ狂うビーム。

 巨人が放つ2つの暴力が、生身のゴートマンを打ち据える。

 

「ひょひょっ! びょぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 悲鳴とともに、不可視の障壁がはじけた。

 同時にガラスが割れるような乾いた音をたてて、ゴートマンの全身に埋めこまれた骸骨が一斉に破裂する。

 外部モニターの中で尻餅をついたゴートマンに、舞奈は照準を合わせる。

 

「バーンやピアース、スプラに会う準備はできたか?」

 スクワールはプラズマ砲(クラウ・ソラス)の砲口を、身を守る術を失ったゴートマンに向ける。

 

「待ってくれ……」

 銀髪の男は弱々しい瞳でスクワールを見やる。

 砕けた額の骸骨から赤い何かがしたたる。

 

「俺は魔帝(マザー)に操られていたんだ。そう……そうだ、すべて魔帝(マザー)の仕業だ」

「……なんだと?」

 舞奈はスクワールを寝かせ、コックピットハッチを開いて姿をさらす。

 手には使い慣れたアサルトライフル(ガリルARM)

 そんな舞奈の姿を見やってゴーントマン――後藤マサルは驚愕する。

 

「おまえ……まさか志門か? 志門舞奈なのか!?」

 絶叫する。

 

「なんで今ごろここに!? あの時のままここにいる!?」

 いっそ狂っていたゴーントマンとは真逆に、狂った世界に放り出されたばかりの市井の人のように混乱し、後藤マサルは怯えて叫ぶ。

 

「ま、待ってくれ、仕返しに俺を殺すのか? 同じ学校の! 先輩の!!」

 憑き物が落ちたかのように狼狽する。

 舞奈は冷ややかに見やる。

 

「……おまえ、今まで何人ゲリラを焼いたよ?」

「お、俺のせいじゃない! だいたいおまえだって殺しただろ! 安倍だって……安倍明日香だって!! そうだ、あいつは魔女なんだ! あの黒髪の魔女が俺を……!!」

 舞奈は無言のままアサルトライフル(ガリルARM)の銃口を向ける。ゴートマンに。いや――

 

「――後藤マサルさんよ」

 男の瞳を見やり、つぶやく。

 

「おまえは終わりだ。バババババン」

 そして、引鉄(トリガー)を引くことなくアサルトライフル(ガリルARM)の銃口を下げる。

 男の表情が安堵にゆるむ。

 

 だが次の瞬間、その双眸が見開かれた。

 男の身体が石のようにこわばり、無数の亀裂が入る。

 

「な……んで……?」

 問いかける最中にその身体は塵となり、崩れ去った。

 

「おまえ、魔法で身体を作り変えてただろ? さっき割れた骸骨を埋めこんでな。だから魔法が消えると、おまえの身体も消えちゃうんだ」

 ずっと昔に黒髪の魔術師(ウィザード)から聞いたうんちくをひとりごちる。

 そしてコックピットに戻り、口元に笑みを作って通信モニターを見やる。

 

「待たせたな、お姫様。あとは魔帝(マザー)との決戦だ。抜かるなよ」

『ええ……』

 レナは唇を笑みの形にゆがめ、小さく答える。

 

『……あんたは先に行ってて。その……ゴートマンの後始末をしてから追いかけるわ。中枢までの道順はデータにして送っておいたから、迷うこともないはずよ』

「そっか、いちおう仲間だったもんな」

 舞奈の言葉に、レナは弱々しい笑みで答える。

 

『……志門舞奈』

「なんだよ」

『ありがとう。……あんた、思ったより良い奴ね』

 レナは笑う。

 舞奈が「よせやい」と言うより早く、通信が切られた。

 

 舞奈は操縦桿を握る。

 スクワールはランドオッタに背を向け、通路の奥へ向かう。

 

 ふとレナの弱々しい笑みが脳裏をよぎる。

 胸騒ぎを覚え、背後を見やる。

 ランドオッタは車体を前に倒し、猫だるまのように座りこむ。

 

「レナ!」

 舞奈は強引に通信をつなぐ。

 

『……!?』

 通信モニターに、驚きに目を見開いたレナが映しだされて――

 

 ――口の端から赤いものが漏れた。

 




 予告

 全てを失くし、それでも掴んだ大事な何かを握り続けた。
 喪失の傷跡を時が癒し、こわばった拳をゆっくりと開いた。
 だが賽の河原で小石の塔が崩されるように、全てが再び指の隙間からこぼれ落ちる。

 次回『再会』

 それでも、その先にあるものを求めずにはいられない。


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再会

「何でもお見通しってわけね……」

 舞奈の腕の中で、レナは力なく微笑んだ。

 

「お見通しなら、こんなことになるかよ!!」

 舞奈は赤く染まったシートを見やる。

 

 半壊状態の釈尊が放った無数の弾丸。

 うちひとつがスクワールをかばったランドオッタのコックピットを貫いていたのだ。

 

 舞奈は悔やんだ。

 魔術師(ウィザード)であるレナの前で、ゴートマンは無力だとタカをくくっていた。

 その結果がこの様だ。

 修復された釈尊が非魔法の攻撃手段を得ていることなど予測できたはずなのに。

 

 舞奈の選んだ答えはいつも間違っていた。

 その代償に多くのものを失った。

 今度は、ようやく心を通わせることができた少女だった。

 

「あんたなんかかばうわけないでしょ……ママのためよ……」

 強気な、けれども優しげな瞳が舞奈を見やる。

 

「何……泣いてるのよ……」

 挑発するポーズを装いながら、上手くいかなくて、

 

「分かったわ……志門舞奈……そうやって……ママをたらしこんだのね……?」

「たらしこんでなんて……」

「手当たり次第のくせに……。そうやって本気で口説いて……本気で泣いて……。だから……気づくとあんたのこと……本気で好きになってた……」

 レナの口元に自然であたたかな笑みが浮かぶ。

 舞奈もぎこちなく笑う。

 

「やっと分かった……ママ……笑ってた……。最後に……あんたのこと……」

 レナは焦点のあわない瞳で舞奈を見やる。

 

「それに……あんたにもいるでしょ……? いちばん……好きな子が……」

「え……?」

「まさか、気づいてないと思ってたの……?  あんたは……わたしを本気で愛してくれた……でもわたしはあんたのいちばんじゃない……悔しいけどね……」

 口元が、乾いた笑みの形に歪む。

 そして舞奈も同じように。

 

 気づいていなかったわけじゃない。

 これまでずっと、たぶん、時を越えてこの時代にあらわれた1年前からずっと、舞奈はレナじゃない誰かの面影を探していた。

 目に映るもの全てに彼女の影を感じようとしていた。

 けど出会えるはずもない彼女を想い続けることが辛くて、彼女から目を背けた。

 それでも彼女を忘れられずに、彼女の面影を誰かに重ねようとしていた。だから、

 

「すまない……」

 ひとりごちるように、ささやく。

 彼女を死に追いやったのは自分の中途半端な執着だと、分かっているから。

 それでもレナは微笑む。

 

「ばか……あやまってないで……とっとと行きなさいよ……あんた……の…………わたしには……ママがいる……から……」

 舞奈はレナを見つめる。

 レナは手にした何かを舞奈の手に押しつける。舞奈はレナの華奢な手を握りしめる。

 

魔帝(マザー)に賜った……お守り……もうわたしには……必要……な……い……」

 レナは夢見るように笑う。

 

「ママに会うの……久ぶりなの……お話したいこと……いっぱい……。あんたのことも話してあげるわ……意外に良い奴だったって……。ねぇ……さいご……に…………」

 その言葉の最後は、かすれて聞きとれなかった。

 

 舞奈はレナの額にキスをする。

 21年前に、園香にそうしていたように。

 

「……りがとう……ママ…………」

 レナは夢見るように笑う。

 

 その身体から力が抜けた。

 

 舞奈はレナを見やる。

 感情が焼ききれたように穏やかな瞳で、じっと見やる。

 レナがいなくなった事実から目を背けるように、手渡されたお守りを見やる。

 

 それはケースに入れられた1発の弾丸だった。

 銀色の弾頭に刻印を施された弾丸は、45口径の破魔弾(アンチマジックシェル)

 世界を廃墟に変えた魔帝(マザー)に相応しい物騒なお守りに乾いた笑みを浮かべ、少女の身体をシートに横たえる。

 

 レナの胸でロケットがゆれた。

 おそらく母親の形見であろうそれには、1年前の舞奈の写真が収められていた。

 

 舞奈はコートを脱ぎ、眠るように横たわるレナにかける。

 中に着こんでいたジャケットの、その下にかけていたロケットを手に取る。

 そこでは園香が微笑んでいた。1年前の、あるいは21年前の。

 

 舞奈は首からロケットをはずすと、レナの白い掌に2つのロケットを握らせる。

 代わりに銀色の弾丸をジャケットのポケットにねじこむ。

 

「行ってくるよ。レナ、園香」

 そして立ち上がり、ランドオッタのコックピットから飛び下りる。

 ピンク色のジャケットがはためく。

 赤いキュロットからのびるしなやかな脚が床を踏みしめる。

 21年前、仕事人(トラブルシューター)だった頃にそうしていたように。

 

「あんまり待たせると怒るしな、あいつ」

 愛機へ向かって歩き出す。

 そして――

 

「――あれは2年生になった最初の登校日だったな」

 舞奈の脳裏を忘れ去ったはずの過去がよぎる。

 20年の時を超える前の、さらに以前。

 舞奈と彼女が仕事人(トラブルシューター)になるより少しばかり前の記憶。

 

 思いおこせば、あの時も今と同じ灰色の世界にいた気がする。

 愛するものすべてを失って、周りのもの全てが色のない夢の中のように見えていた。

 それまで家族のように暮らした少女を失って天涯孤独の身となった舞奈は、生きる意味も新たな絆も見出せないまま、彩色を失った世界でただ暮らしていた。

 

「鉛色の雲が一面に広がってさ、今にも泣き出したくて、でも涙も出ないような、そんな空だった。そいつは、あたしの2つ斜め前の席にいた」

 ひとりごちる。

 

 その頃の舞奈にとって、目に映るもの全てがどうでもいいものだった。

 だが、あの陰鬱な空の色だけははっきりと覚えている。

 

 そして彼女のことも。

 長い黒髪を綺麗に切りそろえた、線の細い華奢な少女だった。

 舞奈の視線に誘われるように、彼女も舞奈を見つめた。

 

「……ひと目見て、あたしはそいつのことが大嫌いになった」

 それは陰鬱な空よりなお暗い瞳だった。

 舞奈の灰色の世界に落ちたドス黒い異物だった。

 

 自分ではどうすることもできない何かへの怨恨、憎悪、人間が世界に向け得る後ろ暗い感情の全てがその瞳にこめられているような、そんな瞳だった。

 家族を失った舞奈が通り過ぎた居場所。

 捨て去ったはずのもの。

 それらを彼女はこれ見よがしに見せつけた。

 

「あたしには律儀に世界を憎悪するそいつが壁を殴り続けるバカみたいに思えた。けどそいつからは、あたしは世界に迎合した裏切りものに見えてたんだろうな」

 口元が乾いた笑みの形に歪む。

 

 舞奈と彼女は反目しあった。

 事あることに争い、いがみ合い、時には本気で殺しあったこともあった。

 そして、いつの間にか――

 

「――最高のパートナーになってた」

 言って懐かしむような微笑を浮かべる。

 

「生まれも育ちも考え方も正反対なのに、似たもの同士だって気づいちまった。2人ともな。だから2人して仕事人(トラブルシューター)なんて危険なバイトを始めて、気がつくと毎日をそれなりに面白おかしく暮らしてた」

 ひとりごちながら引鉄(トリガー)を引く。

 外部モニターの中で、車体を撃ち抜かれたスピアマンが爆ぜる。

 

「あたしは女の尻を追いかけるただのバカになってた。そしてそいつは――」

 興味もなさそうにモニターを見やる。

 

 ゆっくりと歩むスクワールの背後には、累々と連なる敵機の残骸。

 正確な撃破数はわからない。

 100を超えたあたりで面倒になって数えるのを止めた。

 とりあえず、通常モードなら半永久的に撃てるというプラズマ砲はすごいと思った。

 

「――いや、おまえは、生真面目なただの優等生になってた」

 敵拠点の中枢を守備する最新鋭機を手慰みに屠りながら、言葉を続ける。

 虚空に向けて3発、撃つ。

 目前に3機の【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】が出現し、爆ぜる。

 

 舞奈はレナが遺してくれた道順に従い、魔帝(マザー)が待つ中枢へ向かっていた。

 

「世界の全てを憎む悪魔の子供が、3年足らずで怪異からご近所を守る正義の魔法使いになっちまったんだ。21年かかってどう変わろうが、別に驚きゃしないさ」

 わき道からあらわれた5機を順番に墜とし、背後をとったつもりの1機を撃ち抜く。

 彼らの異能力はわからない。どうでもいい。

 

 天井と壁は、ねじれた鋼鉄の樹の根に覆われた機械の森のように、大小さまざまなパイプが絡み合っている。頭上には林檎を思わせる金属球が吊り下がっている。

 

 あの鈍く輝く球が割れて、中から失ったもの全てが出てくると良いのにな。

 そう願った。

 だがそれが無意味な夢物語であると理解していた。

 

 ずっと前にも、そんな妄想を語って友人に笑われたことがあることを思い出した。

 

 舞奈は黒髪の少女の顔を脳裏に描こうと試みる。

 だが彼女の顔をはっきりとは思い出せない。

 いつも側にいた彼女とは、顔を合わせるたびに軽口を叩き、ときには口論し、そして彼女が余所見をした途端、吸い寄せられるようにその横顔を盗み見た。

 だから舞奈の記憶を占める彼女の顔は、端正な横顔だった。

 きっちり切りそろえられた美しい黒髪だった。

 

 思えば、この時代に跳ばされてからずっと、舞奈は友人の影を探し求めていた。

 仕事人(トラブルシューター)の仕事を思い出す異能力に、魔術に、戦闘のスリルに、魔術師(ウィザード)に。

 なにより幾度も彼女との他愛ない口喧嘩の争点となった、女の子への態度に。

 過去を捨てきれない舞奈の中の、いちばん重たいものが彼女だった。

 

 この灰色の世界で、舞奈が見つけて守ろうとしたものは全部壊れて消えた。

 守りたかったものは、気づいた時にはなくなっていた。

 

 だが、舞奈は彼女と出会ってすらいない。

 ずっと彼女の面影を探しているのに、彼女を見つけてすらいない。否――

 

 門番代わりに配置された8機の【装甲硬化(ナイトガード)】を8発で墜とす。

 砲塔と車体の隙間を正確無比に穿ったのだ。

 その程度は舞奈にとって造作ない。

 

 守備部隊の沈黙を確認。

 最後のゲートをスーパーチャージでぶち破る。

 

 歩み入った先は、荘厳な銅色の大広間だった。

 装脚艇(ランドポッド)のダンスパーティーが開催できそうな大広間だ。

 目がくらむほど高い天井からは、林檎を思わせる金属球が無数に吊り下がっている。

 そして、部屋の中心には、ひとつの機影。

 

『ヘッジホッグと推測』

 耳に馴染んだ知の宝珠(トーラー)の声。

 

『ミルディン・インダストリアとウォーダン・ワークスが汎用次世代機として共同開発した機甲艇(マニューバーポッド)です。反重力発生デバイスを標準装備することにより、重力環境下における装備可能重量が大幅に上昇しています』

「そうかい」

 声にぞんざいな返事を返し、外部モニターを見やる。

 

 モニターの中で、これまで見たより更に異形の機体が浮かんでいた。

 装脚艇(ランドポッド)と同じサイズの、ぐんじょう色の球体だ。

 6本の腕を生やし、それぞれが車載用とおぼしき重火器を握りしめている。

 機関砲に、巨大な杖に、ミサイルランチャーと思しきコンテナ。

 そして球体そのものにも無数の銃座が起立し、まるで空飛ぶハリネズミだ。

 

『ヘッジホッグのヴリル・ドライブと反重力デバイスは本体下面に露出しています』

「あの出っ張ったナニがそうか。ずいぶん無防備だな」

『構造上の止むを得ない問題です』

「そうかい」

 声に釣られてモニター内の敵機を見やる。

 

 機外に派手にでっぱっている、機体の要であるはずの各種デバイス。

 いちおう装甲で守られてはいるものの、かなり広い隙間がある。

 舞奈なら射抜くことは容易い。

 

 だが相手は防御魔法(アブジュレーション)で身を固め、苛烈な攻撃魔法(エヴォケーション)をぶつけてくるはずだ。

 急所を狙う以前に近づくことすら叶わぬほどに。

 何故なら彼女は舞奈を知っているし、舞奈も彼女を知っている。誰よりも。

 

「パイロットの名前は言えるか?」

魔帝(マザー)です』

「……そうかい」

 コックピットに響く知の宝珠(トーラー)の答えに生返事を返す。

 外部モニターに映った鋼鉄のハリネズミを見やる。

 

「相変わらず好きだよな、おまえ。ぐんじょう色」

 口元を寂しげな、そして乾いた笑みの形に歪める。

 そして、ひとりごちる。

 

――ひさしぶりだな、明日香。

 




 予告

 天地を貫く巨悪の諸元。
 辿り着いた魔砦(タワー)最上階で舞奈を待ち受けていたのは最後に残された過去の残滓。
 獣と異形。
 銃技と魔術。
 遥かな過去に轡を並べた2人の猛者が激突する。

 次回『魔帝(マザー)

 過去と現在の全てをかけた決戦の火蓋が今、切られる。


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魔帝

――ひさしぶりだな、明日香。

 

 それが決戦の合図となった。

 

 ヘッジホッグは最下段の2本の腕が持っていた巨大なコンテナをこちらに向ける。

 コンテナが開き、みっしりと敷き詰められた球体があらわになる。

 その全てが一斉に発射される。

 白煙を並べ、折り重なる風切り音をたててスクワールめがけて襲いかかる。

 

『敵機が多連装ミサイル(ゲイ・ボルグ)を射出。危険』

「見えてる!」

 レーダーの画面がミサイルを示す無数の光点に覆い尽くされる。

 

 舞奈は操縦桿をひねり、スロットルを力まかせに引きしぼる。

 スクワールは脚部の推進装置(スラスター)を急噴射。

 加えて機動輪(パンジャンドラム)で疾走しながら頭部の機銃を掃射する。

 間近に迫ったミサイルが迎撃されて爆発する。

 避けたミサイルが床を、壁を穿つ。

 スクワールは勢いのままジグザグに地を駆け、ヘッジホッグめがけて突き進む。

 

「なあ、トーラーさんよ」

 風切り音が止み、ミサイルの反応がひとつ残らず消えたのを確認し、舞奈はスクワールを走らせたままコンソールパネルの隅に視線を巡らせる。

 

魔帝(マザー)の本名が安倍明日香だって、あたしに知られると不都合でもあったのか?」

『重要度の低い情報であるとの判断によるものです』

「……そうかい」

(知らされてなかった訳じゃないってことか)

 口元に皮肉な笑みを浮かべる。

 

 思えば舞奈は、最初から彼女の影を見つけていた。

 

 魔帝(マザー)はレナにルーン魔術を教え、ゴートマンに真言を操る魔力を与えた。

 明日香は真言と魔術語(ガルドル)を併用する独自の魔術を修めていた。

 

 魔帝(マザー)は侵攻に際して周到に準備した。

 その上で、策など無用なほど圧倒的な力で世界をねじ伏せた。

 それは舞奈の知る黒髪の少女と同じ種類の生真面目さだった。

 

 舞奈が手にした力の宝珠(メルカバー)こと涙石は、明日香と分け合った2つの石の片割れだ。

 

 なにより、自分の進む先に彼女がまったくの無関係だなんてことはありえない。

 舞奈がいて、園香の娘がいて、レインがいたこの世界に、明日香だけがいない理由なんて思いつかないし、考えたくもない。

 いつの間にか、明日香は自分にとっての半身になっていた。

 

 操縦桿を握りしめ、舞奈は笑う。

 

 この灰色の世界で、舞奈が見つけて守ろうとしたものは全部壊れて消えた。

 守りたかったものは、気づいた時にはなくなっていた。

 

 だが、この機甲艇(マニューバーポッド)の中には明日香がいる。

 この戦闘を終わらせて、コックピットハッチをこじ開けて黒髪の友人を抱きしめれば自分は全てを失ったわけじゃないと確かめることができる。

 それが、たぶん舞奈の望む未来だ。

 

 21年経った彼女がどんな女性になっているか、想像すらできなかった。

 だから口元を笑みの形に歪め、舞奈は拳銃(低反動砲)引鉄(トリガー)をたぐり寄せる。

 

 鋼鉄の栗鼠の腕がプラズマ砲(クラウ・ソラス)を脚のラックに戻し、腰の拳銃(低反動砲)を握る。

 両腕に拳銃(低反動砲)を構えたスクワールは、牽制代わりに頭部の機銃を乱射しながら近接距離まで接近する。

 

 ヘッジホッグは迎え撃つ。

 最上段の腕で構えた2丁のサブマシンガン(対地/対空機関砲)と、全身の機銃を掃射する。

 ばら撒かれる無数の砲弾を、スクワールは推進装置(スラスター)の急噴射で避ける。

 そのままジグザグに後退する。

 

 栗鼠が怯んだ隙を逃さず、ヘッジホッグは中段の腕で保持した巨大な杖を突き出す。

 杖の先に氷の塊が出現した。

 氷塊は周囲の水分を取りこんで膨らむ。

 そして見る間に部屋を分割して2機を隔てる巨大な氷の壁と化す。

 

『データベースに存在しない魔術です。【氷壁(アイゼス・マウアー)】の発展系と推測されます』

「……そう来ると思ってたよ」

 声を無視してひとりごちる。

 

 舞奈はその魔術の名を【氷壁・弐式(アイゼスマウアー・ツヴァイ)】と聞いている。

 明日香が多用した防御魔法(アブジュレーション)のひとつだ。

 元素の壁を創り出す魔術は、防御手段であると同時に行動を制限する手段でもある。

 

 所詮は高性能な装脚艇(ランドポッド)にすぎないスクワールと、魔術を操るヘッジホッグ。

 互いに射線を塞がれた状態で、有利なのがどちらかは明白だ。

 推進装置(スラスター)を吹かしてジャンプすれば跳び越せない高さではない。

 だが敵は無防備に跳んだスクワールに集中砲火を浴びせようと待ち構えている。

 

 だが舞奈の口元には不敵な笑みが浮かぶ。

 スクワールは拳銃(低反動砲)の砲口に鋼鉄の胡桃を取りつける。

 射角を手動で入力し、引鉄(トリガー)を引く。

 斜め上に構えた拳銃(低反動砲)から放たれたグレネードは、弧を描いて壁の向こう側に落ちる。

 

 ゴートマンの斥力場をも破壊したグレネードの爆音が響き渡り、氷の壁を揺らした。

 氷の壁が溶け、蒸発する。

 術者が魔術を維持できなくなれば、魔術の壁は消える。だが、

 

『後方に敵機の反応を確認。速やかな回避を――』

 ――進言します、との警告と同時に避けたスクワールの残像を無数の砲弾が穿つ。

 

 推進装置(スラスター)を吹かして振り返ったスクワールの前方。

 そこに、ぐんじょう色の装脚艇(ランドポッド)は浮かんでいた。

 4個所のスリットから焦げた金属片が吐き出される。

 機体に一切の損傷はない。

 

『交戦中の敵機との同一性を確認。近距離転移による回避と推測されます』

 響く知の宝珠(トーラー)の声に、だが舞奈は驚かない。

 

 被弾を3度まで無力化する【反応的移動(レアクティブ・ベヴェーグング)】。

 氷の壁と同様、明日香が得手とする防御魔法(アブジュレーション)だ。

 通常の手段でヘッジホッグを墜とすには、最低限あと3発の砲弾が必要になる。

 1回ごとに安全圏まで転移するので、散弾でまとめて潰すような裏技は通用しない。

 それはいい。

 

 そんなことより不可解なことがある。

 魔帝(マザー)が所有し、魔帝(マザー)に知識をもたらしていた知の宝珠(トーラー)が、その魔帝(マザー)が用いる魔術について何も知らないことだ。

 

 確かに明日香の魔術は前大戦中に軍が開発したものであると聞いている。

 宇宙から伝えられたものではないから知の宝珠(トーラー)が知らないのも無理はない。

 

 だが、それは魔帝(マザー)知の宝珠(トーラー)に手のうちを明かしていない理由にはならない。

 舞奈と同じように、魔帝(マザー)知の宝珠(トーラー)を信頼してはいなかったのだ。

 そしてもうひとつ――

 

『――警告。敵機が無人兵器を放出しました』

 声にせかされるように外部モニターを見やる。

 

「何だ? こいつらは」

『ウォーダン・ワークスのピジョンと推測されます。対人殲滅用のドローンです』

 モニターの中で、ヘッジホッグの背からドローンが次々に飛び立つ。

 

 鋼鉄の翼を広げた鳩を思わせる白い機体だ。

 レナが【グングニルの魔槍(フォアーラードゥング・ドローネ)】で召喚した代物よりひと回り小さい。

 そんな群れなす鋼鉄の鳩は、一斉にスクワールめがけて飛来する。

 

『軽微な被弾を確認。ピジョンからの銃撃からと推測されます』

「糞ったれ! こりゃ、とんだ平和の象徴だ」

 見やると、鳩は腹に抱えている機銃で撃ってきているらしい。

 

 しかし、と舞奈は考える。

 鳩が撃ってくるのはせいぜい大口径の機銃だ。

 非装甲の脂虫あたりをミンチにするにはうってつけだろう。

 だが装脚艇(ランドポッド)の、まして復刻機(リバイバル)の装甲が相手ではノック程度の効果しかない。

 

 だが、あの黒髪の魔術師(ウィザード)が、そんな無駄な行為をするとは思えない。

 そう思った瞬間、ヘッジホッグが突き出した杖の先から紫電が放たれた。

 紫電はスクワールに群がる鳩のうち手近な1機を穿ち、そこからさらに別の1機めがけて突き進む。稲妻の鎖はそうやって5機の鳩を貫き、四散させる。

 

「く……!! そういうことか!」

 口元を歪める。

 

 5機の鳩は破壊される。

 だが同時に、稲妻の鎖はその中心にいたスクワールを4回襲い、2回貫いた。

 無人機を目印代わりに使った全周囲からの攻撃である。

 周囲にまとわりつく無人機を対象にして放たれた稲妻の鎖は、スクワールを囲う雷の檻といったところか。

 

『データに無い魔術です。【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】の発展系と――』

「――【鎖雷(ケッテン・ブリッツ)】だ」

 苛立たしげに声を遮り、舞奈はスロットルを引きしぼる。

 

 スクワールは機動輪(パンジャンドラム)を回して鳩の群を振り切りつつ、ヘッジホッグに向き直る。

 そのまま突き進む。

 

 ヘッジホッグは杖の先から続けざまに稲妻を放つ。

 轟く紫電の鎖が、栗鼠の背後で激しい稲妻のアートを創りあげる。

 

「明日香ぁぁぁ!」

 舞奈は叫ぶ。

 飛行用に増設された大型ヴリルースターを吹かして半ば宙に浮きながら、目前のヘッジホッグめがけて激突も辞さない猛スピードで突き進む。

 

「何故この場所に魔砦(タワー)を建てた!?」

 ヘッジホッグに肉薄し、拳銃(低反動砲)を乱射しながら舞奈は叫ぶ。

 

「覚えてるか? 明日香!」

 叩きつけるように吠える。

 

「ここは21年前、りんごの島商店街があった場所だ! 商店街なんざ、お嬢ちゃんのおまえは滅多に寄りつきゃしなかった! 恨みも執着もないはずだろ!?」

 だがヘッジホッグは無言のまま、機銃の合間に増設された推進装置(スラスター)を吹かして回避しつつ、機銃とサブマシンガン(対地/対空機関砲)で応戦する。

 地に降りた栗鼠は推進装置(スラスター)機動輪(パンジャンドラム)を駆使して掃射を避ける、

 そのまま弾幕の薄い個所に喰らいつく。

 

「返事くらいしやがれってんだ! 畜生! 何が魔帝(マザー)だ! あたしがおまえに気づかないなんて、本気で思ってる訳じゃないんだろ!?」

 通信回線を無理やりに開こうとするが、繋がらない。

 だから聞いているのかも定かでない明日香に向かって舞奈は叫ぶ。だが、

 

魔帝(マザー)魔砦(タワー)の制御システムと同化しています。交渉は不可能と推測されます』

 操縦桿を固く握りしめた拳が、痙攣するようにびくりと震える。

 

「おめぇにゃ聞いてねぇ! 何でそんなことになってる!?」

魔帝(マザー)自身の判断によるものです』

 声と同時にサブマシンガン(対地/対空機関砲)の掃射がスクワールの頭部をかすめる。

 片側の機銃を削り取る。

 

 だが同時にスクワールの拳銃(低反動砲)がヘッジホッグを捉える。

 砲声。

 2回目の【反応的移動(レアクティブ・ベヴェーグング)】を消費。残りは1回。

 

 部屋の中央に出現したヘッジホッグが、動く。

 中段の、杖を握っていない側の腕が手にしていたコンテナを天にかざす。

 コンテナが開き、無数の金属片が宙に向かって放たれる。

 そして、頭上に散った金属片は一斉に雷光と化す。

 

『データに無い魔術です。【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】の発展系と推測されます。危険』

 モニターに映しだされた予測被害範囲は、部屋全体。

 次の瞬間、弧を引く幾筋もの電光が雨のように降りそそぐ。

 無数のプラズマの砲弾が、戦場を真昼の如く光の色に染めあげる。

 

 稲妻の雨を降らせる【雷嵐(ブリッツ・シュトルム)】。

 明日香がたびたび用いていた必殺の魔術であり、そして魔帝(マザー)侵攻の要でありレジスタンスに何度も致命的な打撃を与えた破壊の雨(ライトニング・ストーム)の正体でもある。

 

 紫電の雨は怪異の群を薙ぎ払い、荒野を一瞬で更地に変える。

 その凄まじい様を、舞奈は過去に何度も目にしていた。

 

「バリア展開だ!」

 音声によるコマンドに応じてスクワールの周囲を電磁シールド(エクスカリバー)が覆う。

 電磁シールド(エクスカリバー)の強度も、大型ヴリル・ブースターの余剰出力を利用することによって以前より上がっている。

 

 バリアに守られたスクワールは無数の雷に撃たれる。

 消しきれない衝撃と轟音がコックピットを揺らす。

 魔帝(マザー)最強の攻撃を何とか防いだ。そう思った瞬間、

 

『全ヴリル・ドライブの過負荷が限界に達しました。電磁シールド(エクスカリバー)、消滅します』

「ちょっと待て!」

 無常な声に思わず叫ぶ。

 稲妻の嵐はまだ止んでいない。

 

 慌てて車体を前に倒し、尻尾を傘にして機体を守る。

 栗鼠の尻尾が幾筋もの落雷に穿たれ、ついに根元を砕かれて吹き飛ぶ。

 そして稲妻が腕の1本をもぎ取ったところで、雨は止んだ。

 

 落雷が床をえぐって巻きあがる砂煙の中。

 スクワールは尻尾と片腕をもがれた満身創痍の体で立ちあがる。

 

 アラームとモニターの表示が耳障りな警告を発する。

 ヴリル・ドライブの出力が最低レベルまで低下しているらしい。

 今のスクワールでは回避行動すらままならない。

 

 舞奈はコンソールパネルを操作して蓋を開ける。

 ケース内にせり上がってきた力の宝珠(メルカバー)を見やる。

 涙の形をした黒ずんだ石は、まだ十分な魔力を蓄えていない。

 

『現在、力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)を守護する能力を行使できません』

「……ああ、最初っからあてになんかしてないよ」

 スロットルを引きしぼる。

 片耳の機銃と片腕の拳銃(低反動砲)を撃ちながらヘッジホッグめがけて突き進む。

 

 魔帝(マザー)からの応答はない。

 

 敵機を守る【反応的移動(レアクティブ・ベヴェーグング)】は残り1回。

 通常の手段で撃破するには最低2発の砲弾が必要だ。

 だから舞奈は――

 

 ――ヘッジホッグの目前に、立ちこめる砂煙を斬り裂いてスクワールがあらわれる。

 鋼鉄の栗鼠は片耳と片腕、尻尾を失い、全身に焼けた弾痕を刻まれ酷い有様だ。

 

 スクワールは、ヘッジホッグめがけて一直線に突き進む。

 

 ヘッジホッグはサブマシンガン(対地/対空機関砲)を敵機に向け、発砲する。

 スクワールは回避しない。

 無数の砲弾は拳銃(低反動砲)を構えた腕を、機銃を撃つ頭部を砕く。

 

 スクワールは止まらない。

 片足が砕かれ、コックピットを内蔵する車体も無数の弾丸に貫かれる。

 そしてコックピットハッチが千切れ飛んだ。

 スクワールは倒れ、そして次なる掃射によって爆発した。

 

 爆炎が鋼鉄の栗鼠を弔うがごとく立ち昇る。

 その様子を、ヘッジホッグのカメラは悼むように静かに見やり――

 

 ――銃声。

 

 伏兵の姿を求めてヘッジホッグのカメラが動く。

 だがその光が不意に消える。

 下面に露出したヴリル・ドライブから、白煙が立ちのぼっていた。

 

「――だから気をつけろって言ったろ?」

 光を失ったカメラのレンズに何かが映りこむ。

 

「おまえのそれ、破魔弾(アンチマジックシェル)には効かないってさ……」

 それは砂煙の中からゆっくりと歩み寄る少女の姿。

 

 少女は片手で拳銃(ジェリコ941)を構えていた。

 口元に乾いた笑みを浮かべてヘッジホッグを一瞥し、銃口の煙を吹き消す。

 

 志門舞奈である。

 

 決死の特攻の直前、舞奈は砂煙にまぎれてコックピットを抜け出していた。

 そしてスクワールを自動航行モードで突撃させ、撃破するヘッジホッグの隙をうかがっていたのだ。

 




 予告

 救国の英雄と称えられ、
 天上の王と祀られ、
 数多の友の屍を越えて辿り着いた先は全てが死に絶えた不毛の地。
 嘘と誤魔化しが骸の如く崩れ去り、今、全ての思惑と真実が暴かれる。

 次回『魔力王(マスター)

 そして舞奈は最後の決断を下す。


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魔力王

 ヘッジホッグは煙をふきながらゆっくりと地に降り、ななめに着地した。

 上面に設置されたコックピットハッチが開く。

 

 舞奈は機甲艇(マニューバーポッド)の球形のボディを危なげもなく駆け上がる。

 1人乗りにしてはずいぶん広いコックピットのシートの上に、明日香はいた。

 

 21年たっているにしては若かったので、すぐに明日香だと分かった。

 何らかの手段で老化を抑えていたのだろうか?

 青い下フレームの眼鏡がキラリと光る。

 切り揃えられた長い黒髪もそのまま、端正な顔立ちは記憶より少し大人びていた。

 

 舞奈はシートの横にしゃがみこみ、明日香の半身を抱き起こす。

 身体の細さは舞奈の知る21年前からそれほど変わらない。

 

 明日香は華奢ですらりとした腕をのばす。

 舞奈は明日香の手を握る。

 

「おまたせ、21年ぶりだな」

 舞奈は口元に笑みを浮かべる。

 

「あたしが時間にルーズだって知ってただろ? 世界征服以外の暇つぶしを考えたほうが良かったんじゃないのか?」

 軽口に、明日香もまた目を細めて笑みを返す。

 

「こうするしかなかったの……魔力が必要なの……帰るための……」

 ずっと望んでいた鈴の音のような声色に、思わず笑みを浮かべる。

 

「ああ。でも帰るって何処にだよ?」

「けど……わたしはダメみたい……。もう思い出せないの……あの日の気持ち……。舞奈……力の宝珠(メルカバー)を持ってる……?」

「ああ、持ってるとも」

 ジャケットのポケットから石を取り出し、明日香の前にかざす。

 脱出する前にケースから取り出していたのだ。

 

 明日香も胸元にさげたペンダントを手に取り、涙の形の石を取り外す。

 おそらくこれが知の宝珠(トーラー)の本体であろう。

 

「なんだ、結局、おまえもペンダントにしたんじゃないか」

 苦笑する。

 

 そして明日香は知の宝珠(トーラー)を、舞奈が持つ力の宝珠(メルカバー)に近づける。

 2つの石は繋がり、2人の手の中でハートの形をした石になった。

 

「よかった……」

 明日香が安堵の笑みを洩らす。

 つられて舞奈も笑う。

 だが次の瞬間、

 

「あとは……貴女が…………」

「え……?」

 黒髪の少女の身体に無数の亀裂が入る。

 

「明日香……?」

 そして塵と化し、風に吹かれて飛び去った。

 

 舞奈の双眸が見開かれる。

 明日香を抱きかかえていた腕は、今や虚しく宙をつかんでいた。

 

「……畜生! 畜生!! どうなってやがる!」

 叫ぶ。

 

 この灰色の世界で、舞奈が見つけて守ろうとしたものは全部壊れて消えた。

 守りたかったものは、気づいた時にはなくなっていた。

 それでも最後の闘いを終わらせて、コックピットハッチをこじ開けて、自分の半身と呼べる黒髪の友人を抱きしめれば、自分は全てを失ったわけじゃないと確かめることができる。そのはずだった。

 

 だが彼女も塵になって消えた。

 

魔帝(マザー)魔砦(タワー)の制御システムと同化していました。システムからの魔力の供給が断たれたことにより身体の維持が不可能になったと推測されます』

 声は、舞奈の手の中の石から聞こえた。

 黒ずんだハート型の石だ。

 舞奈は立ち上がり、石をにらみつける。

 

「……なんで、そんなことになった?」

魔帝(マザー)自身の判断によるものです』

 怒気をはらんだ舞奈の問いに、石は平然と答える。

 

『収穫した異能力者から魔力を抽出し蓄積するシステムの大幅な効率化が見こまれるとの理由により、魔術的な手段を用いて自身を魔砦(タワー)のシステムデバイスに転化しました』

「糞ったれ!! なんだよ……それ……」

 答えに舞奈は口元を歪める。

 

 魔帝(マザー)は――明日香は、より強大な魔力を求めて自身を魔法に変えた。

 そして滅びたということらしい。

 知の宝珠(トーラー)と名乗るこの石が語るには。

 

「……だいたい、おまえは何者なんだ?」

『私は知の宝珠(トーラー)魔力王(マスター)に知識を与え、教え導くものです』

「そいつは前に聞いたよ」

 押し殺した声で問う。

 石も普段と変わらぬ平坦な口調で答える。

 

『そして私の半身は力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)を守護し、力を与えるものです』

「あたしが知ってること言いやがって! なら目的は何だよ? おまえ、明日香を裏切ってあたしに討たせただろ? 気づかれてないと思ってるかもしれないけどな!」

『我々の目的は魔力王(マスター)に栄光をもたらすことです』

 爆発する舞奈の怒りをなだめるように、石は語る。

 あくまで平坦な声色のまま。

 

『我々がこの星を訪れたのは21年前。落下地点で遭遇した人型生物を、我々は最初の魔力王(マスター)に選びました。ですが怪異と呼ばれるその生物は知性に欠け、我らが力をもってしても妖術師(ソーサラー)の座に留まりました』

「……あの時の泥人間の妖術師(ソーサラー)か。あいつもおまえの仕業だったのか」

 舞奈は少しだけ冷静さを取り戻して、手の中の石を見やる。

 

 思いおこせば、あの炎を操る妖術師(ソーサラー)も妙だった。

 泥人間の水準を超える妖術を操り、明日香の必殺の魔術すら防ぎきった。

 奴に2つの石が力を貸していたというのなら納得できる。

 

『はい。だが彼の者は力及ばず討たれ、我ら知の宝珠(トーラー)力の宝珠(メルカバー)は別の人物の手に渡りました。我らはそれぞれ別の魔力王(マスター)を選びました』

「それが、あたしと明日香だったってわけか」

『はい。明確な知性を持たぬ力の宝珠(メルカバー)は残された魔力を用い彼の魔力王(マスター)を守りました』

「事故に遭ったあたしを転移させたのか。レナのときみたいに」

『はい。そして私、知の宝珠(トーラー)は、我が魔力王(マスター)すなわち魔帝(マザー)に知識を与えました』

「なるほどな」

 石の言葉に、舞奈はいちおうは納得してみせる。

 力の宝珠(メルカバー)は涙石だ。

 ならば知の宝珠(トーラー)はボーマンや魔帝(マザー)に宇宙の知識を与えたモノリスであろう。だが、

 

「あんたはあたしにも知識を与えてた気がしたがな」

『はい。魔術師(ウィザード)である魔帝(マザー)は知性にあふれ、我が知識を元にして効率的に魔力を収集するシステムを作りあげました』

 次なる問いにも、石は何食わぬ口調で答える。

 もはや疑念を隠そうともしない舞奈が見やる前で。

 

『この惑星には、現地住民が異能力と呼称する擬似魔法能力の使い手が存在しました。怪異や異能力者と呼ばれる者たちです。魔帝(マザー)は散在する怪異や異能力者を収穫し、その魔力を吸収して蓄積するシステムを完成させました』

「ほう」

『ですが魔帝(マザー)魔術師(ウィザード)であるが故に、蓄積した魔力の浪費に無頓着でした』

 石の言葉に、舞奈は射抜くような視線で答える。

 だが石は平然と言葉を続ける。

 

『故に、私は、魔帝(マザー)ではなく力の宝珠(メルカバー)が選んだ貴女こそが新たな魔力王(マスター)に相応しいと判断しました。ですが魔力王(マスター)力の宝珠(メルカバー)による回避先に20年後を指定し、時間軸から1時的に消失していました』

「指定だと?」

『現地製の機甲艇(マニューバーポッド)との衝突が予期されたため、力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)の思考から転移先の指定と推測され得る相対時間を検出し、転移しました』

 石の言葉に舞奈は気づいた。

 21年前の世界でタンクローリーに轢かれそうになった際、死を覚悟した舞奈は20年後の大人になった明日香や園香に思いを馳せた。

 

「……そんなしょうもない理由で、あたしは20年後に跳ばされたのか」

 舞奈は肩をすくめ、「だがそれより」と石を見やる。

 

「今の答えで確信が持てたよ。あんたは、あたしが意に沿わなかったら、別の誰かに狩らせるってわけだ。明日香にそうしたみたいにな」

魔力王(マスター)が我らの信頼を裏切ることはないと信じています』

「よく言うぜ」

 舞奈は口元を歪める。

 

「トーラーさんよ。かき集めた魔力を使って明日香は何をしようとしていた?」

魔力王(マスター)が知るべきではない事柄です』

「……だろうな」

 舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべる。

 

「あんたを作った何者かは、あんたが魔力王(マスター)に嘘をつくことを禁止した。けど紛らわしい言葉でごまかすことはできるし、都合のいい情報だけを提示して騙すことはできる。あんたは魔術や機体の知識を披露するかと思えば、肝心なことは何ひとつ話さない」

 意識して感情を押し殺した口調で語り、

 

魔帝(マザー)のことだってそうだ!!」

 再び爆発する。

 憤怒のあまり石を握りつぶさんとするほど強く握りしめる。

 

「聞かれてないからなんて寝言は言わせないぞ! あたしに頼りにされたかったからだろうが、聞いてもいない薀蓄をどれだけ言ったと思ってる!?」

『……』

「でもって都合の悪い質問にダンマリを決めこむこともできるのか。反吐が出るぜ」

 言い放つ舞奈の瞳には剣呑な光が宿る。

 

「おまえの目的は何だ?」

『我々の目的は、魔力王(マスター)に栄光をもたらすことです』

「そいつはさっきも聞いたよ! その魔力王(マスター)とやらの栄光のために、おまえは具体的に何をしようとしていた!?」

『……魔力王(マスター)の権威を確たるものにすべく、力の宝珠(メルカバー)に魔力を蓄積することです』

「ああ、そうかい!」

 石の言葉に、吐き捨てるように答える。

 

 だが舞奈は理解した。

 石の目的は魔力を集めることだった。

 だから石は明日香を魔帝(マザー)に仕立てあげた。

 魔力を収集するシステムとやらを作りあげるために。

 知識を欲する明日香に故意的な助言をすることにより意志を捻じ曲げて。

 

 だが、ひとつだけわからないことがある。

 明日香の目的だ。

 

 彼女は腕利きの魔術師(ウィザード)だ。

 魔力が欲しいなら生み出せばいい。魔術師(ウィザード)にはそれができるのだから。

 石から得た知識に今さら踊らされる理由なんてなかったはずだ。

 

 なら何が明日香の心を惑わし、魔帝(マザー)となって世界を牛耳る道を選ばせたのだろうか?

 そんな舞奈の心の内など気づかぬように、

 

魔力王(マスター)は我らがもたらす恩恵を知る必要があるようです。私がお教えしましょう』

 石は言った。

 舞奈は眉をひそめる。石をぬめつけながら、

 

「チチも尻もない石ころが、媚びを売ってるつもりか? あんたに何が出来る?」

『あらゆる流派の魔術を。魔力王(マスター)よ、共にあったルーン魔術師の姿をイメージし、我が半身に「真神レナをこの場所に転移せよ」と唱えてください』

 肩をすくめる。

 

 呪文の中身からすると瞬間移動の魔法のように思える。

 だが真神レナはもういない。

 静かに眠っている彼女を汚す気にもなれない。

 

(けど……)

 もし、その呪文によって生きている彼女を再び抱きしめることができるとしたら?

 同じ手段が明日香にも通用するとしたら?

 

 試すのはタダだ。

 そう思い、石を手にしたままヘッジホッグから飛び降りる。

 床の瓦礫を蹴りどかして平らな空間を確保する。

 レナの幼い顔立ちを、長いツインテールを、つり上がっているものの目じりの垂れた瞳を脳裏に描く。

 

「真神レナをこの場所に転移せよ」

 唱えた途端、目の前の空間が輝く。

 そして床の上に、横たわるレナがあらわれた。

 その白い顔を、閉じられたままの瞳を見やった舞奈の瞳が揺らぐ。

 

「……元通りに……することはできるのか?」

 思わず舞奈は問いかける。

 

『因果律をねじ曲げるほどの強力な魔術の行使には相応の魔力が必要となります。ですが力の宝珠(メルカバー)に蓄えられた魔力は枯渇しかけています』

 石は何食わぬ口調で答える。

 

魔帝(マザー)が蓄積した魔力を我が半身に移しかえる必要があります』

「そいつはどこにある?」

魔帝(マザー)が隠匿しました。ですが残された魔力により引き寄せが可能です。凝固された魔力をイメージし、我が半身に「魔力の源をこの場所に転移せよ」と唱えてください』

「見た目は分からなくていいのか?」

『イメージと結果の間に共通点があれば顕現は可能です。イメージに容姿が必要というのであれば、魔力の源は花束の形をしています』

「……けっこういい加減だな」

 舞奈は石に指示されるまま、花束を脳裏に描こうとする。

 だが花など久しく見ていない。

 最後に見た花を思い出そうと記憶をたどる。

 

(ああ、そういえば……)

 舞奈が最後に花を見たのは1年前だ。

 20年後の世界に跳ばされる直前に商店街の花屋で買った花束だ。

 舞奈は百合やバラやカーネーションが咲き乱れる花束を脳裏に描く。

 

「魔力の源をこの場所に転移せよ」

 だが、軋むような音とともに石がはね上がった。

 取り落としそうになって、あわててつかみなおす。

 

「あばれるなら最初に言ってくれ。落して割っても知らないぞ」

『我々が落下によって破損することはありません。魔力が完全に枯渇するか、対魔法攻撃を被らない限り。我々は永久に存在し、魔力王(マスター)を補佐します』

「そうかい」

『また、先ほどの衝撃は、魔帝(マザー)の魔術的トラップによるものと推察されます。転移に対して抵抗されました』

「……じゃ、どうするんだよ。その魔力の源とやらは」

 舞奈は石を睨みつける。

 

 だが舞奈の言葉に答えるように、頭上の金属球のうちひとつが天井を離れ、落ちた。

 球は1歩後退った舞奈の目前に落ちる。

 だが地面に激突する寸前に宙に浮いて止まる。

 舞奈は思わず手をのばす。

 

――この球が割れて、中から失ったもの全てが出てくると良いのにな

 

 指先が鈍く輝く球に触れると、球は2つに割れた。

 

 中に収められていた花束を、舞奈は手にとる。

 百合とバラとカーネーションと、そして菊が1本だけ鮮やかに咲き乱れた花束だ。

 

(まさか、こいつ、あの時あたしが買った花束か?)

 舞奈は、ふと思った。

 

 あの時、轢かれそうな少女を見つけた舞奈は、花束を放り投げて事故に遭った。

 その結果、この世界に跳ばされた。

 そんな花束を、後から来たであろう明日香が拾うことは在り得ない話しではない。

 

 花束を見やるうち、舞奈と明日香が仕事人(トラブルシューター)だった日々が脳裏を駆け巡る。

 この世界における21年前は、舞奈にとっては1年前だ。

 

『――我々を魔力の源に物理的に接触させてください』

「こうか?」

『はい。そして「魔力の源から魔力を奪取せよ」と唱えてください』

 石の言葉に従うと、黒ずんでいたハート型の石が鮮血色の輝きを取りもどす。

 その代償に花はしおれ、枯れた。

 百合もバラもカーネーションも、1本だけ刺さっていた菊も枯れた。

 

 舞奈は枯れた花束から目をそらし、そっと目を閉じる。

 ふと、明日香が21年前に何を想ったのかが理解できた。

 だから――

 

「――ぷ……くくく……っ」

 不意に笑いがこみ上げた。

 

 自分がここに来た意味。

 レナと出合った意味。

 ボーマンとレジスタンスと共に戦った意味。

 そして魔帝(マザー)が世界を滅ぼした理由。

 そんなことに想いを巡らせながら、舞奈は糸が切れたかのように笑った。

 

「あはは! くくっ……はは! あーっははははははっ!!」

 朽ちた花束を放り出し、瓦礫の上に仰向けに倒れる。

 そのまま天井を見やりながら腹を抱えて笑う。

 

 舞奈の逆の手の中で、ハート型の石は無言で輝く。

 少し離れた開けた場所で、レナは物言わぬまま横たわる。

 

――あの林檎うまそうだな。食えないかな?

――なにバカなこと言ってるのよ

 

(ああ、そりゃそうだ)

 舞奈は笑う。

 奇声をあげて、爆ぜるように笑う。

 

 すべてが可笑しかった。

 この茶番のすべてが、笑えるほど可笑しかった。

 

 よくよく見やれば、魔砦(タワー)の内部にひしめく銅色のパイプも、目の前に吊られた金属球も、作りものの林檎の木が並んだ花屋の内装にそっくりだ。

 そして黄金の果実の中からあらわれた、舞奈のよく知る花束。

 

 まるで舞奈があの日々を思い出すことを望んでいるかのように。

 魔砦(タワー)を建てた何者か――魔帝(マザー)――明日香が。

 

――もしあたしがヘマしたら。おまえはああやって泣いてくれるか?

 

 あの日、舞奈は彼女に問いかけた。

 今、目の前にあるすべてが、明日香の答えだ。

 帰ろうとしていたのだ。

 魔力を集め、舞奈が事故に遭う前の世界に。

 

「ったく、変わらないのはどっちだってんだ! 21年だぞ! その間、おまえは飽きもせずに、こんなことを続けてたのかよ!」

 笑い顔のまま虚空に叫ぶ。

 

 ひょっとしたら、明日香は全てを自分で終わらせるつもりだったのかもしれない。

 石に従い、魔力を集め、2つの石を合体させて、時間をまき戻す算段が彼女にはあったのだろう。だが、

 

――こうするしかなかったの……魔力が必要なの……帰るための

――思い出せないの……あの日のこと……あの日の気持ち

 

 明日香は長い年月の中で、過去へと戻る道標を見失ってしまった。

 だから、やり残した仕事を舞奈に丸投げした。

 20年の時を超えて、1年前にこの世界にあらわれて21年前からまるで成長していないバカで不器用でひねくれ者の舞奈に。

 

 そして彼女は、そうする準備すら抜かりなく済ませていた。

 あるいは、舞奈に後を託す展開も数あるプランのひとつに過ぎなかったのかもしれない。手ずから魔術を教え、破魔弾(アンチマジックシェル)を託したレナと同じように。

 なぜなら彼女は用意周到で、愚直なほどに生真面目だから。

 

 舞奈は息を切らせ、なおもクスクスと笑い続けた。

 

 すべてが可笑しかった。

 あらゆる苦悩も絶望も、すべてがたったひとりの魔術師(ウィザード)が仕組んだ茶番だったのだ。

 舞奈という失われた半身を20年後から取り戻すため。

 たったそれだけのために明日香は世界に牙を剥き、罠にかけた。

 

 そして、すべての苦悩と絶望をご破算にするスイッチは、最初から舞奈の手に収まるように仕組まれていたというのだ。

 考えうる限り最低の冗談だ。

 これが笑わずにいられようか?

 だから、

 

「なあ、トーラーさんよ」

 舞奈はゆっくりと立ちあがる。

 そして口元を半笑いの形に歪めたまま、問いかける。

 

「21年前まで時間をまき戻すには、どうすればいい?」

 




 予告

 人類の命運をかけた決戦の最後に待ち受けていた最悪の敵。
 導き手の皮を脱ぎ捨てた人外の悪意が、運命そのもののように舞奈を苛む。
 それでもなお、舞奈の口元には不敵な笑み。
 何故なら舞奈は相棒と共に数多の戦場を渡り歩いた最強無敵の仕事人(トラブルシューター)

 次回『帰還』

 そして円環のように運命は巡る。


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帰還

「なあ、トーラーさんよ」

 舞奈はゆっくり立ちあがる。

 

「21年前まで時間をまき戻すには、どうすればいい?」

 口元を半笑いの形に歪めたまま問いかける。

 

『……魔力王(マスター)が知るべきではない事柄です』

 舞奈の手の中で、石は平坦な口調で答える。

 だが声色に微かな焦りを感じられるのは気のせいだろうか?

 

『時間遡行は大量の魔力を消費します。魔力王(マスター)が指定する期間の遡行によって、我が半身に蓄えられた魔力は枯渇するでしょう』

(ビンゴだ)

 舞奈は理解した。

 

 やはり明日香は蓄積した魔力を使って時間をまき戻そうとしていた。

 舞奈が明日香の側にいたあの時代まで。

 だが知の宝珠(トーラー)はそれを魔力の浪費と見なした。

 だから明日香を魔力王(マスター)の座から引きずり下ろした。

 

 それでも舞奈は笑う。

 あの頃からずっと、情報の取捨選択は明日香の役目だった。

 そして明日香の無茶な計画を無理やりにでも完遂させるのが舞奈の役目だった。

 

 今回もまた明日香が計画し、そして一命を賭して舞奈に託した。

 舞奈はそれに全力で答えるだけだ。だから、

 

「そっか。じゃ、別の質問だ」

 口元に楽しげな笑みが浮かぶ。

 

破魔弾(アンチマジックシェル)って知ってるか?」

『はい。対魔法用の特殊弾です。防御魔法(アブジュレーション)回復魔法(ネクロロジー)を阻害する効果を持ちます』

 唐突に毛色が変わった舞奈の問いに、石は答える。

 

破魔弾(アンチマジックシェル)に対する魔術、妖術による防御は至難。召喚魔法(コンジュアレーション)による被召喚物は一撃で破壊され、術による回復も弾頭が摘出されない限り不可能。魔力王(マスター)が先ほどの戦闘で敵機に致命打を与えた銃弾が、それに相当します』

「正解だ。手に入れるのに結構な金がかかるってのが抜けてる以外はな」

 舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。

 

 石を手にしたまましゃがみこむ。

 足元で眠るレナを左腕でそっと抱き上げ、抱きしめる。

 子供が母親に勇気を借りるように。

 

「実はな、そいつが1発残ってるんだ。失くしたと思ってたけど、コートじゃなくてジャケットのポケットの奥から出てきたんだよ」

 言い放つ。

 

 舞奈は鮮血色の石を天高く放り投げる。

 

 ジャケットの裏からすばやく拳銃(ジェリコ941)を抜く。

 ピタリと狙いを定めた先は、宙を舞うハート形の石。

 

魔力王(マスター)よ! それは愚かな行為です!』

「冴えてるナァそいつも正解だ!! あたしはバカで不器用で、ひねくれ者で図々しくて鈍感で、21年前からこれっぽっちも成長しちゃいない!」

 吠える舞奈の口元には凄惨な笑み。

 双眸にはギラつく光。

 

 だから明日香が意図した通り、あの優しい日々をありありと思い出すことができる。

 背後を守る生真面目な相棒がいれば、舞奈にできないことなんてない。

 舞奈と明日香は、幾多の怪異を狩り出し、蹴散らしてきた無敵の仕事人(トラブルシューター)だから。

 

 舞奈は狂気と紙一重な満面の笑みを浮かべながら、

 

「……最後の質問だ。時間をまき戻すには、どうすればいい?」

 引鉄(トリガー)を引く。

 

 銃声。

 手に慣れた反動。

 

 石は怯えるように輝く。

 

 先ほど奴自身が語った情報は真実だ。

 対魔法用の破魔弾(アンチマジックシェル)は、魔力をため込んだ魔法の石を一撃で破壊する。

 

 そして知の宝珠(トーラー)は自身で術を使うことはできない。

 木端微塵になりたくなければ舞奈をなだめすかして術を使わせるしかない。

 だが防御魔法(アブジュレーション)は術者を中心に発動する。

 便宜上の術者である舞奈の手を離れた石を守ることはない。

 だから奴が知るはずのどんな魔法も、この状況で奴自身を救うことはできない。

 

 ……拳銃(ジェリコ941)引鉄(トリガー)が引かれる前まで時間をまき戻す以外では。

 

 極度の集中によってスローモーションのように流れる視界の中。

 舞奈は石を見つめたまま、21年前に何を思ったかに想いをめぐらせる。

 

 花を贈りたかった。

 あの懐かしい日々が永遠に続く訳などないと理解していた。

 だから去る者と残される者の間に絆を残すことができるのだと信じたかった。

 愛する少女に花を贈りたかった。

 

『現在の興奮状態を維持したまま、力の宝珠(メルカバー)に「2100秒前まで時間をまき戻せ」と唱えてください!』

 根負けした知の宝珠(トーラー)が叫ぶ。

 いっそ拍子抜けするくらい捻りのない、ありきたりな呪文。

 

 否。言葉が重要なのではない。

 魔術の引き金となるのは言葉に引きずられた心の形、イメージだ。

 舞奈は石の言葉によって、それを確認することができた。

 

 答えを得た舞奈の笑みは、鮫のように凄惨に歪む。

 そして――

 

「――21年前まで時間をまき戻せ」

 生真面目な黒髪の彼女が当然のように隣にいた、あの時代に戻りたい。

 それが舞奈の答えであり、望みだ。

 

 だから銀色の弾丸が鮮血色の石を砕く寸前、世界が凍りついた。

 

 何かに引き寄せられるような感触に、ふり返る。

 そこにはもうひとりの舞奈がいた。

 懐かしい花屋のショーウィンドーの向こうで、買ったばかりの花束をかかえて微笑む21年前の自分。

 

 舞奈は銃を捨て、過去の自分に手をのばす。

 もうひとりの舞奈も気づき、花束を抱えたまま手をのばす。

 

 2人の舞奈の意識が混ざりあう。

 否、混ざり合うまでもなく2つは同じものだった。

 

 そして世界が、過去に引きずられるようにゆらぎ始め――

 

 ――気づくと舞奈は宙に浮かびながら、ゆらぐ景色を眺めていた。

 よくよく見やると、それは過去へと向かう時間の断片のようだった。

 

 舞奈が見やる前でスクワールはヘッジホッグと死闘を繰り広げ、レナが眠りにつき、ボーマンが駆る5号機が群なす敵へと飛びこんでいく。

 

 サコミズの鹵獲機が敵の侵攻を食い止める。

 

 スプラが爆ぜ、ピアースが釈尊の剣に刺し貫かれる。

 

 舞奈はレナと出会い、スクワールに乗りこみ、バーンと1号機が爆発する。

 

 トルソが吹っ飛び、目覚めた舞奈がボーマンの胸を揉んだ。

 

「時間がまき戻ってるってことか……?」

『はい。力の宝珠(メルカバー)の魔力を消費し、魔力王(マスター)が指定した時間遡行が行なわれています』

 見やると、側に鮮血色の石が浮かんでいた。

 舞奈は石を睨みつける。

 

 石は舞奈を引っかけようとしたのだ。

 石が指定した2100秒前は、およそ魔帝(マザー)との戦闘中だ。

 舞奈が提示された呪文を一言一句違わずに唱えて指定通りに時間をまき戻そうとすると、時間はヘッジホッグと戦闘中までまき戻る。

 そこで知の宝珠(トーラー)魔帝(マザー)に与する。

 そうすれば機体を抜け出した舞奈をヘッジホッグの火力で始末できるという算段だ。

 

 つまり危惧した通り知の宝珠(トーラー)は舞奈を裏切ろうとしたのだ。

 

 だが魔帝(マザー)がほうが石より一枚上手だった。

 彼女が遺した仕掛けによって、舞奈の心はあの時の穏やかな気持ちに満たされた。

 そして21年前に戻る正しい呪文を思いつくことができた。

 

 何食わぬ顔で目前にたゆたうハート型の石を見やり、(面の皮の分厚い奴だな)という言葉を飲みこむ。代りに、

 

「2100秒前ってのは、何年くらい前なんだ?」

『35分前に相当します』

「そうかい」

『そして、私は魔力王(マスター)に時間遡行の注意点を伝達せねばなりません』

「……面の皮の分厚い奴だな」

『遡行により、世界の全てに対する指定期間中の変化がリセットされ、指定期間直前の状態に戻ります。ですが遡行を実行する我らの魔力と、遡行を命じた魔力王(マスター)の記憶だけは例外として現状のまま変化しません』

「そうかい」

『また力の宝珠(メルカバー)の魔力はほぼ枯渇します。これ以上の消費は推奨されません』

「魔力が完全になくなると、どうなるんだっけ?」

魔力王(マスター)は、世界を改変するほどの力を永久に喪失することになります』

「……そうかい」

 舞奈は生返事を返し、再び景色を眺め始める。

 もう興味も失せた石の戯言なんかより、こちらのほうが目を引くからだ。

 

 資料が連なる研究室とおぼしき部屋で、美しい金髪の女性が髪にハサミを入れる。

 サングラスを取り出し、身につける。

 レジスタンスのリーダー、ボーマン博士の誕生である。

 

 そしてボーマンは部屋を後にする。

 残された部屋の片隅には、額縁に入ったセピア色の写真が立てかけられていた。

 写真に写っているのは6人の男女。

 粗野な雰囲気の野猿じみた青年、優男、筋骨隆々とした大男に、華奢な少年。

 そして長髪を染めた軟派な青年と、内気そうな金髪の少女。

 

 別の断片を見やる。

 

 床には曼荼羅が描かれ、壁にはルーン文字が散りばめられた大広間。

 その中央で、魔帝(マザー)は真言を唱え、魔術語(ガルドル)の一語で締める。

 モニターを兼ねた壁一面に、雨の如く無数に降りそそぐ稲妻が映しだされる。

 魔帝(マザー)による破壊の雨(ライトニング・ストーム)の行使である。

 

 モニターは稲妻の雨が地表をえぐり痛めつける様を映し出す。

 ビルは紫電の槍に射抜かれて崩れる。

 光の鍬で耕された地面は瓦礫とアスファルトが積もった荒野と化す。

 副次効果によって上空は磁気嵐に覆われ、既存の航空機は飛べなくなった。

 地面は稲妻に蹂躙されて穴だらけになり、装脚艇(ランドポッド)ほど大きな瓦礫が次々に転がった。

 稲妻は車両そのものへも容赦なく襲いかかった。

 バイクを消滅させ、乗用車を真っ2つにへし折り、トラックを八つ裂きにした。

 

 モニターの片隅で、稲妻がタンクローリーを蜂の巣にして爆散させる。

 それは21年前の世界から舞奈を奪ったのと同じ種類の車両だった。

 

 その様を見やり、魔帝(マザー)は愉快げな笑みを浮かべた。

 魔帝(マザー)の胸元で、鮮血色の石が輝いた。

 

 そして、また別の断片。

 

 先ほどと同じ研究室らしき部屋で、金髪の少女は端末に向かって調査をしていた。

 その側には同様に机に向かう黒髪の少女。

 

 明日香とレインは共同でモノリスの解析をしていた。

 共に何かを失った者として。

 

 液体に満たされた5つのケースには生体部品と思しき薄桃色の何かが浮かんでいる。

 各々のケースには名が記されていた。

 

『TSUBASA』

『RAITO』

 

 それは舞奈や明日香、レインと共に闘い、そして散った【グングニル】の異能力者たちの名でもあった。

 机上に置かれた鮮血色の石が、何かを急かすように輝いた。

 

 さらに別の断片。

 

 やつれて、それでも美しい母となった園香が、微笑みながら眠りにつく。

 幼いレナは母親にすがって泣きじゃくる。

 

 その時、玄関のドアが軋む音が、男の帰りを告げた。

 タバコとギャンブルに人生を費やす害虫のような男は、ギャンブルに負けた腹いせに横たわる園香とすがりつくレナに向かって怒鳴る。

 

 幼いレナはゆっくりと立ちあがる。

 うつむいた彼女の表情をうかがい知ることはできない。

 

 男はヤニで濁った目で幼いレナを睨み、握りつぶされたビールの空缶を投げつける。

 空缶がレナの頬をかすめ、尖った個所が当たったか赤い糸を引く。

 

 レナは手にしていた木片を握りしめる。

 指先で頬の血をぬぐい、木片に刻まれた文様になすりつける。

 顔を上げたレナの双眸は、舞奈が最初に見た彼女のそれと同じ光を宿していた。

 光の名は憎悪。目前にいる誰かを許さないと決意する固い意志。

 男を見やるレナの唇が魔術語(ガルドル)を形作る。

 

 野牛(ウルズ)、と。

 

 そんな家族の末路を、ひっそりと魔帝(マザー)が見ていた……

 

「……!?」

 不意に抱いていたレナの姿がゆらぎ、溶けるように消えた。

 舞奈の腕が、虚しく自身を抱きしめる。

 

 舞奈は気づいてしまった。

 時間をまき戻した先で、園香を傷つける男の存在を舞奈が許すわけがない。

 だが、それはレナが生まれてこないことを意味する。

 

 舞奈は慟哭した。

 

 舞奈が知るレナと、21年前の園香が姉妹のように笑いあう。

 舞奈は無意識に、そんな都合のいい情景を脳裏に思い浮かべていた。

 

 だが、そんなことが起こりえるはずなどないことは理解できる。

 否、もっと早く理解しなければいけなかった。

 

 舞奈の選んだ答えはいつも間違っていた。

 今度もまた、正しい答えをつかみ損なった。

 その結果、守りたかったものを失った。

 

「すまない……レナ……」

 妄想の中で、レナと園香が姉妹のように並んで歩く。

 分別のない願いを脳裏から消し去ろうとして、失敗して、舞奈は無理やりに視線を上げて景色を睨みつける。

 

 美しい女性となっていた園香が、男の誘いを受け入れる。

 相手はヤニで歪んだ醜い顔をして、薄汚れた背広を着こんだ、人間のクズとしか表現しようのない男であった。

 だが園香は舞奈という心の拠りどころをなくしていた。

 だから行き場を失った母性と保護欲の矛先を、無様な男に向けるしかなかった。

 

 一方、明日香は人気のない校舎裏を訪れていた。

 華奢な少女の手には紙片。

 後藤マサルに呼び出されたのだ。

 

 少女の前には後藤マサル。

 その側には高等部の制服を着崩した大柄な少年が2人。

 さらに校舎の影からもくわえタバコの少年たちが姿をあらわし、明日香を取り囲む。

 少年たちは下卑た笑みを浮かべ、ヤニ色に濁った双眸で少女をぬめつける。

 

 後藤マサルは舞奈に救われた場面を明日香に目撃され、女装癖を知られたと思った。

 だから彼女を高等部の校舎裏に呼び出し、悪友たちと結託して口封じを試みた。

 

 助けは来ない。

 学校という閉鎖空間では、閉じられた世界における権力者の利害にさえ反しなければ非道も凶行も容認され、隠蔽される。

 

 少年のひとりが、手にしたナイフを見せつける。

 別の少年は卑猥な笑みを浮かべながら、明日香にビデオカメラを向ける。

 カメラのレンズが、多数の少年に囲まれた明日香の華奢な身体を捉え――

 

 ――ひび割れた。

 驚きあわてる少年たちの胸に、腹に、ヤニ色に濁った薔薇が咲く。

 逃げ出す背中に榴弾が直撃し、ヤニ色の欠片に変える。

 少年たちは、ぶちまけられたニコチン色の絨毯の上に散らばり、あるいは倒れ伏す。

 

 明日香は木陰に目をやる。

 それぞれ小型拳銃(ベクター CP1)軍用拳銃(FN ハイパワー)を構えた2人の警備員が手を振った。

 側にはグレネードランチャー(エクスカリバーMk2)まで据え置かれている。

 

 明日香はカメラを持ってへたりこんでいた少年の側にしゃがみこむ。

 頭部に怪我がないことを確認して安堵の笑みを浮かべる。

 少年も釣られて笑う。

 

 その目が不意に見開かれた。

 

 明日香は硝煙を立ちのぼらせる45口径(H&K MK23)を手にして立ちあがる。

 手つきがややおぼつかないので、小口径(モーゼルHSc)から替えたばかりだと思われる。

 重い反動に慣れようとするように、銃口を足元に向けて2発、撃つ。

 それを何かの許可と受け取ったか、警備員の肩書きを持ち、警備員の制服を着た外国人の傭兵たちは、生き残った少年たちを標的代わりに試射会を楽しむ。

 

 助けは来ない。

 学校という閉鎖空間では、閉じられた世界における権力者の利害にさえ反しなければ非道も凶行も容認される。

 明日香は学校の警備を引き受ける警備会社の社長令嬢だった。

 

 やがて傭兵は、腰の抜けた後藤マサルの両腕をつかんで持ち上げる。

 哀れで愚かな不良少年は、かつて悪友だった破片にまみれて許しを請い、泣き叫ぶ。

 

 明日香は拳大の黒い骸骨を取り出す。

 手にしたそれを、後藤マサルの額に埋める。

 明日香の胸に輝く鮮血色のペンダントが、歓喜するように輝く。

 

 傭兵たちが手を離す。

 後藤マサルは口の端からよだれをたらし、明日香にひざまずいた。

 

 おそらくこれが、ゴートマン誕生の瞬間であろう。

 そして魔帝(マザー)の。

 

 教室の窓際の席には、花束が供えられていた。

 舞奈はタンクローリーの爆発に巻きこまれて消えた。

 結果、元の時間では故人として扱われていた。

 

 学校机の上に佇む仏花を、大人びたボブカットの少女が悲しげに見つめていた。

 

 そんな様子を、ぐんじょう色のワンピースをまとった黒髪の少女が一瞥する。

 その胸元で、鮮血色の石が不気味に輝く。

 明日香の瞳には、舞奈と初めて会った頃と同じ、暗い光が宿っていた。

 

(あいつらの人生を狂わせたのは、あたしだったってのか?)

 舞奈は思う。

 レインの、園香の、明日香の、少女たちの人生の歯車を最初に狂わせたのは、舞奈の不在だった。

 

(ならせめて、あたしは自分の過ちを取り消したい。あの時、あの場所に戻って)

 舞奈は願う。

 後ろ向きに流れる時間が加速し、そして視界が赤い光に染められて――

 

――愛する少女に、花を贈りたい

 

 舞奈はふと我に返った。

 

 耳に飛びこんでくる喧噪。

 廃墟の街では絶対に聞けない類の。

 

 周囲を見渡す。

 壁一面にイミテーションの林檎の木が並んだ店内は、見知った花屋の内装だ。

 

 舞奈は戻ることができたのだ。21年前に。

 その事実が脳に染み渡るにつれ、舞奈の口元に笑みが広がる。

 

 その時、甲高い音が耳をつんざいた。

 見やると、通りを走るタンクローリーがブレーキ音をけたたましく鳴らしていた。

 

 トラックの進行方向に少女がいる。

 長髪の少女が、地響きをたてて迫り来る鋼の怪物に驚き、身を強張らせる。

 

(あれは女の子じゃない。後藤マサルだ)

 そんなことはわかっている。

 

 だが長い髪を見やるうち、舞奈は走り出していた。

 少女の長い髪は、黒髪の友人を思いおこさせるから。

 

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 舞奈の選んだ答えはいつも間違っていた。今までも。今だって。

 

 そして、あの時と同じように全身を衝撃が襲う。

 

(けど、あいつだけは、今度はあいつ自身を傷つけない答えを出してくれればいいな)

 自分でも苦笑するような身勝手な願いを脳裏に描いて――

 

 ――衝撃。意識が途切れた。

 



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終章
終章


 目覚めると、おぼろげな視界にやわらかなふくらみが飛びこんできた。

 

 舞奈は迷わず手をのばす。

 あたたかく、少々たるんでいる点も含めて母親の抱擁のように懐かしいそれを、愛でるように貪るように揉みしだく。

 

「園香……? 明日香……? レナ……? ボーマン……はかせ……?」

 またしても死神は舞奈を見逃したらしい。

 今度は何年後に飛ばされたのやら。

 意識の片隅で自嘲するうちに、視界がクリアになる。そして、

 

「う、うわぁ!! な、なんだあんた!?」

 柄にもなく狼狽して、うわずった声をあげる。

 そんな舞奈を、花屋のエプロンをつけたおっさんが覗きこんでいた。

 

「ああ……。止めてしまわれるんですか」

 どうやら舞奈は、でっぷり太ったおっさんの太鼓腹を撫でまわしていたらしい。

 自身の手を見やって顔をしかめる。

 腹を揉んでいた掌がなんか湿っぽいし、ほんのりスイカの匂いがする。

 対しておっさんはまんざらでもなさそうな表情なのが癪に障る。

 

「ちなみに、私の名前は迫水ですよ」

「いや、あんたの名前なんかどうでもいいよ……」

 言いつつ口元を歪める。

 

 まだ意識がはっきりしていないせいか彼の名乗りを正確に聞きとれた自信がない。

 エプロンに付いている名札の『迫水』という字は学校で習っていないので読めない。

 だいたいサコミズなんて珍しい苗字ではない。

 

「それよりここはどこだ? 今は何年何月だ?」

 舞奈は問う。

 おっさんはフウフウ言って汗を拭きながら答える。

 その日付は、馴染み深い21年前のそれだった。

 つまり舞奈が【グングニル】と共闘して泥人間を殲滅し、花束を買ったあの日だ。

 

 だが、舞奈は先ほど、あの時と同様に事故にあったはずでは……?

 首をかしげつつ外を見やる舞奈に、おっさんは言葉を続ける。

 

「覚えてるかい? お嬢ちゃんは急いで外に飛び出そうとして、そこの自動ドアに激突したんだ。店の中で走ると危ないよ」

「いくらなんでも、開いてるドアにはぶつからないよ」

「いや、自動で開いたり閉まったりしてたんだよ。……お嬢ちゃんがぶるかるまでは」

 言われて入り口を見やる。

 景気よく全開になったドアの片隅に『故障中』と張り紙がしてあった。

 

「そ、そっか。……ごめんなさい」

 素直に詫びつつ、まじまじと張り紙を見やる。

 

 張り紙の隅には、可愛らしい動物のキャラクターが描かれている。

 ピンク色の栗鼠に黄色い仔猫、そして青いハリネズミ(目つきの悪いゲームのキャラクターではなく、タワシに目鼻がついたみたいなデザインの代物)。

 紙に描かれた森の動物たちの能天気な笑顔を見やり、舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。

 

「いやいや、気にしないでいいよ」

 言いつつおっさんも店の外に目をやりながら、

 

「実はね、お嬢ちゃんがドアを壊したすぐ後に、表通りで爆発事故があったんだ。燃料を積んだタンクローリーが横転したって言ってたかな。景気よく爆発して破片とかけっこう飛んでたから、ドア開かなくてかえって良かったかもしれないよ」

「そっか」

 そんな洒落にならない話を笑顔でしてくれた。

 舞奈はショーウィンドー越しに店の外を見やる。

 

 店外の他の建物は破損こそないものの、爆発のススのせいで真っ黒だ。

 透明なガラス1枚を隔てた先で、慌ただしく警官たちが走り回っている。

 事故が起こると警官が走る。久しく忘れていた法治国家の情景だ。

 かく言うこの店の窓ガラスもススで汚れ、手榴弾に似た破片が幾つも刺さっている。

 自動ドアが開いていたら、店の中も割と悲惨な状況になっていたのは明白だ。

 

 透明なガラス1枚を隔てた先で、あの時と同じように、同じ事故がおこっていた。

 舞奈自身も、その中に自ら飛びこもうとしていた。

 

 だが、その愚かな選択を無に帰し、世界を巻きこんだ悲劇に繋がるのを防いだのは変哲のない花屋の自動ドアだった。

 

 なるほど舞奈は1年間、廃墟の世界で過ごしていた。

 その結果、透明なガラス扉が開いたり閉まったりする設備の存在を失念していた。

 それがバカで不器用な舞奈が21年後の世界で得たいちばんの収穫だ。

 

(ま。世の中なんて、そんなもんさ)

 そう思って肩をすくめる。それより、

 

(死んだり酷い怪我をした奴が、ひとりでも少ないと良いな)

 素直にそう思う。

 

 舞奈が知る21年後では、たくさんのレジスタンスが死んだ。

 そもそも数刻前にも【グングニル】の少年たちが全滅したばかりのはずだ。

 これ以上、舞奈の前で人が死ななくても別に問題はないだろう?

 そんなことを考えた、その時、

 

「舞奈!!」

 開きっぱなしのドアから誰かが跳びこんできた。

 ワンピースに長い黒髪の少女。

 明日香だ。

 

 珍しく息を切らせ、額に玉の汗を浮かべている。

 その繊細な顔を何故かまっすぐ見ることができずに目をそらす。

 代わりに切りそろえられた黒髪をじっと見やる。

 

「どうしたよ? あたしに会うのが、明日まで待ちきれなかったか?」

「女の子が、轢かれたって、聞いたから……」

「そりゃ、あてがはずれて残念だったな」

 内心を覆い隠すように軽口を叩いた途端、明日香の顔が激情に歪む。

 

「何よ! 人の気も知らないで!」

 しまった、と思った途端に平手が飛んだ。

 舞奈はまた、間違った選択をした。

 

 だが明日香の細い手首をつかみ、口元に笑みを浮かべる。

 今度のミスは、埋め合わせることができる。

 舞奈と明日香は同じ時間を生きているから。

 

「……知ってるさ」

 ひとりごちるように、ささやく。

 

 舞奈がいない世界で、彼女がどうなっていったか。

 時間をまき戻して消し去ったはずの、その寂しい結末を舞奈は知っている。

 

 だから明日香の華奢な首筋に腕をまわして、わざと体重をかけて立ちあがる。

 自分の重さを伝えるように。

 彼女のぬくもりを貪るように。

 

 無意識に側のアサルトライフル(ガリルARM)を取ろうと手をのばす。

 だが、ここにそんなものあるわけないので、舞奈の手は花束をつかむ。

 

 そして舞奈は自分の願いを思い出した。

 愛する少女に花を贈りたい。

 

「ほら、徒競走の景品だ」

 舞奈は明日香に花束を差し出す。

 花束は百合やバラやカーネーションが艶やかに咲き乱れ……おっさんの余計なひと手間で菊が1本だけ入っている。まあそれでもいいやと思った。

 

「なんでわたしが、あなたに花をもらわなきゃいけないのよ?」

 明日香は勘ぐるような視線をこちらに向ける。

 おまえに花を贈るときは理由が必要なのか、という憎まれ口を飲みこみ、

 

「あたしとおまえが初めて会った記念日だ。忘れたか? あの時もこんな天気だった」

「……はぁ? 何言ってるのよ。今日なんか全然関係ない4月の頭よ。それに曇ってたし、記念するような出会い方なんてしてなかったでしょ?」

「そうだっけ?」

 ぶつぶつと文句を言う明日香に生返事を返し、

 

(なんだよ、しっかり覚えてるんじゃないか)

 口元に笑みを浮かべる。

 そんな舞奈を気にも止めず、明日香は花束を見やる。

 

「……だいたい、なんで菊が1本だけ入ってるのよ?」

「あたしじゃなくて、ここの店員に言ってくれよ」

 軽口を叩き合いながら、舞奈は明日香の横顔を見つめる。

 気のせいか、その口元が宝物を愛でるが如く微笑んでいるように見えた。

 いつか時間が経って、あの時のように花がすべて枯れてしまっても、それは彼女の記憶の中では宝物だろうか。そうであってくれたらいいな……と少し思う。

 

 不意に明日香が振り返る。

 目が合いそうになって、あわてて視線をそらす。

 しばし視線をさまよわせ、ショーウィンドーを兼ねた窓から店外を見やる。

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 

「それに、おまえが仕入れた情報だって間違ってるぞ」

「何が違ってたって言うのよ?」

 答える代りに、開きっぱなしの自動ドアに向かって歩き出す。

 

「バイトくーん、手伝ってー」

「取りこみ中でーす」

(いや、油売ってたろ)

 店の奥から聞こえる幼女とおっさんの声を聞き流す。

 ツッコみたい気持ちを抑えながら店を出る。

 

 後に続いた明日香を促す様に、ショーウィンドーを一瞥する。

 内側に並べられた季節の花を守るように、鋭い破片が刺さった広いガラス窓。

 その下に何かが転がっていた。

 

 それは人の頭部だった。

 どんな轢かれ方をしたのか、千切れ飛んだ頭が転がっていた。

 長髪のヅラ(ウィッグ)がずれて、刈りあげた銀髪が覗いている。

 

 事故の犠牲になるはずだった舞奈は自動ドアに激突して難を逃れた。

 その身代わりになったのが、舞奈が救うはずだった後藤マサルということらしい。

 

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 バカで生意気で不器用で、ひねくれ者で図々しくて鈍感な舞奈には、出会うすべての人々を守ることなんてできやしない。

 だから、明日香の手の中の花束から菊を抜き取って、

 

「……轢かれたのは女の子じゃない、男の娘だ」

 犠牲者の側に放り落とした。

 

 ……そんなこんなの後に数日が経った、ある晴れた日曜の朝。

 

 舞奈と明日香は、真新しい墓石に向かって手を合わせた。

 

 舞奈に救われることのなかった後藤マサルは、明日香の口を封じようと試みることもなく、ゴートマンに仕立て上げられることもなければ、魔帝(マザー)軍の尖兵としてレジスタンスを虐殺することもなかった。

 

 罪を犯すことも罰を受けることもなくただ逝った後藤マサルの墓前。

 そこに舞奈は明日香を連れ、ただ同じ学校の生徒として訪れていた。

 

 そんな2人を、墓石の上に寝転んだ野良猫が興味なさげに見やっている。

 

「そういえば舞奈。この間の泥人間が持ってた石、今、持ってる?」

「涙石か? ああ、たしかポケットに……」

「涙石……? 何ロマンチックな名前つけてるのよ。本気でリボン結んで誰かさんにプレゼントするつもりだったのね」

「そんなんじゃないよ。だいたい、人の墓前で仕事の話か?」

 ジャケットのポケットを探りながら文句を言う。

 

 魔帝(マザー)がいないこの世界の裏側には、未だ多くの怪異が潜み住む。

 なのに【機関】の執行人(エージェント)たちは頼りなく、舞奈たち【掃除屋】は21年後のレジスタンスたちと変わらぬペースでバイトに勤しんでいた。

 つい先日も数日がかりの大きな仕事を片づけてきたばかりだ。

 なので、今まですっかり力の宝珠(メルカバー)の存在を失念していた。

 

 涙の形の手触りを探し出して引っ張り出す。だが……

 

「……なんだこりゃ? 石が腐ってるぞ」

 指先でつまみ出した小汚い塊を見やり、嫌そうに顔をしかめる。

 不吉な鮮血の色をしていたはずの石は、今や薄汚い石炭と化していた。

 以前(というか21年後)にも何度か黒ずんだことはあった。

 だが、ここまで完全にカスカスの消し炭になった様を見るのは初めてだ。

 

「やっぱり、そっちもなのね」

 明日香の細い指が、その隣にもうひとつの消し炭を並べる。

 

「帰ったらそうなってたのよ。魔力も無いただの石よ。どういうことかしら……?」

「おまえにわからない魔法のことが、あたしにわかるわけないだろ」

 首をかしげる明日香に軽口をたたき、2つの黒ずんだ塊を見やる。

 明日香が持っていた知の宝珠(トーラー)もまた、カスカスの炭になっていた。

 

(どういうことだ? ……ああ、そうだ)

 明日香の石と自分の石をくっつけてハートの形を作ってみる。

 

 ハート型の石はかすかな赤い光を放つ。

 そして崩れて塵と化し、風に吹かれて消えた。

 

「あーあ、飛んでったじゃないの」

 明日香は塵が飛び去った方向を見やって口をとがらせる。

 だが、それほど気にはしていないようだ。

 魔力を失った石炭から何かを得られるとは思っていなかったのだろう。

 

「風が吹いたのは、あたしのせいじゃないだろ」

 舞奈も笑みを浮かべて軽口を叩く。

 

 だが、その瞳が、ふと不安げに揺らぐ。

 21年後の世界でも同じように石を繋げた。

 その際に塵となって消えたのは、魔帝(マザー)と化した彼女だった。

 

 だから不安になって、彼女の横顔をじっと見つめる。

 幸いにも端正な顔立ちの友人は消えたりせず、冷たい視線を向けてくるのみ。

 

 だから舞奈は視線をそらし、仏花を見やる。

 2人が供えたばかりの仏花には、地味な色合いながらも種々様々な花が咲く。

 件の花屋で買ったものだ。

 もちろん幾重もの黄色い菊も咲く。今度は本物の仏花なのだから当然だ。

 

 舞奈は仏花をじっと見やる。

 そのまま明日香と普段のように軽口を交わして――

 

「――いや菊とヒマワリの区別はつくつもりだがなあ。……ん?」

 肩ごしに見覚えのある人影を見つけた。

 

「あ、ちょっと」

 明日香を尻目に走り出す。

 そして別の墓に花を供える少女に走り寄る。

 

 鮮やかな金髪と気弱げな瞳が印象的な高等部の少女。

 先日の作戦で知り合った執行人(エージェント)だ。

 そして21年後の世界でレジスタンスを率いていた女性でもある。

 

「あ、先日の仕事人(トラブルシューター)の……。あの、そのせつはどうも」

 少女は2人に気づいて会釈する。

 

「あなたは確か、チーム【グングニル】の……」

 追いついてきた明日香が礼儀正しく会釈を返す。

 

「ボーマン博士じゃないか! 元気だったか?」

 舞奈も元気に挨拶する。

 

 その呼びかけに、明日香は「博士?」と首をかしげる。

 舞奈はしまったと思った。

 今の彼女はモノリスの研究などしていない。

 博士でも何でもないただの美少女だ。

 だが当の少女は驚愕に目を見開き、

 

「ど、どうして……!?」

 後退った。

 

「……え?」

 舞奈も困惑する。

 

 尋常ではない狼狽っぷりだった。

 まさか彼女は、まき戻ったはずの21年後の記憶を保持しているとでも言うのだろうか? だが、

 

「そ、そんな、バイト関係の人には苗字のこと言ってないのに!?」

「苗字……?」

「どうしよう、あ、あの、他の人に言ってないですよね? その、フルネームで呼ばないでくださいやっぱり変ですよね! 変ですよね……!?」

 パニック状態に陥った少女を見やって何事かと首をかしげ、やがて腑に落ちた。

 

 姓はボーマン、名はレイン。

 横文字だからフルネームは姓名が逆になる。

 

 舞奈の口元に笑みが浮かぶ。

 魔帝(マザー)軍もレジスタンスもPKドライブもない本来の世界では、彼女の最大の悩みは自分の名前のことらしい。

 

「いい名前じゃないか。愛の戦士だなんて」

 舞奈は穏やかに笑いかける。

 

 そして、ふと、今の彼女は5人の仲間を失ったばかりだということを思い出した。

 舞奈より年上とはいえ華奢な少女の腕に、5束の仏花は重すぎる気がする。

 そして今の舞奈なら、そのうちいくらかを肩代わりすることができる。だから、

 

「そうだ。もしこれからヒマだったら、あんたの部屋におじゃましていいかな? そこで愛について語り合うのさ。こう見えて、あたしはそういうの詳しいんだ。もし違ったらあんたが教えてくれればいい。な、名案だろ?」

 口説つつ、レインのふくよかな胸に手をのばす。だが、

 

「お? おう……?」

 舞奈は情けない表情を浮かべて硬直する。

 

 両手は見えない何かに押し止められて宙をつかんでいた。

 さらに自身の身体を走る奇妙な感覚。

 なんというか、屈強な手で胸を揉みしだかれ指先で突起をはさまれるような感触だ。

 背すじがぞわぞわした。

 

「【戦士殺し(ワルキューレ)】よ」

 背後の明日香がぼそりと言った。

 

「近接攻撃を無力化して、それによって被るはずの損害を攻撃者に反転する大能力。それを使って、彼女は先日の戦闘で泥人間の攻撃を防いだ……いえ跳ね返したの」

「……その大能力のことなら知ってるよ」

 舞奈はむくれた声で言い返す。

 

 魔術や妖術と異なり、異能力や大能力が年月を経て進化することはない。

 レインの大能力は、21年後の世界で装脚艇(ランドポッド)の攻撃を反射して半壊させた大能力と同じものだ。

 それを痴漢に対して使うと、痴漢を反射してこのようなことになるらしい。

 

 なんかまだ胸の先がムズムズしていて変な感じがする。

 知っていたなら事前に教えてくれればよかったのに。

 恨みがましく明日香を見やる。

 明日香はジト目で睨み返してくる。

 ちぇっ!

 

 仕方なく目をそらした視界の端に、再び見つけた見知った顔。

 舞奈は再び走り出す。

 

「……元気で何よりだわ」

「あはは」

 苦笑する明日香とレインを背にし、寺の階段を3段飛ばしで駆け下りる。

 

「おーい! 園香じゃないか! こんなところで奇遇だな!」

「あら、マイちゃんおはよう」

 ハーフアップにしたボブカットの髪をゆらし、大人びた少女がふり返る。

 優しげに垂れた園香の瞳を見やり、舞奈は口元に笑みを浮かべ、

 

「そうだ。なあ園香、今度、うどんかパスタ食わせてくれないか?」

 ふと思いついたまま口走る。

 この時代には生まれてすらいないはずの――そして生まれるはずもない――真神レナが、食べたと言っていた料理を食べたくなったのだ。

 

「いいけど、来てくれるんならもっと手のこんだものを作るよ?」

「おまえが作ったのが食べたいんだ」

 訝しむ園香に笑みを向けて感傷を誤魔化し、

 

「それに、すぐにできるってなら、その分、部屋でゆっくりすればいい」

「そういうことなら……」

 続く言葉に園香は頬を赤らめ、両手でスカートを押さえる。

 その様を見て舌なめずりする舞奈に、

 

「女の子、お好きなんですね」

「はずかしい友人ですいません。……ちょっと舞奈、いいかげんにしないさいよ」

 明日香とレインが追いついてくる。

 そして、さらに、

 

「舞奈ですって!?」

 園香の背後から小柄な少女が跳び出した。

 隠れていたらしい。

 

「ああ、志門舞奈だ……って、えっ?」

 舞奈は笑顔で答え、だがあらわれた少女を見やって驚愕に目を見開く。

 長いツインテールをなびかせた、幼い顔立ちの、可愛らしい少女。

 

「まさか、レナ……なのか……?」

「うん、幼馴染のレナちゃん。パパのお得意様の娘さんなの。外国の子なんだよ」

「志門舞奈!? 志門舞奈ですって!?」

 驚く舞奈。

 変わらぬ笑顔で紹介する園香。

 そしてレナと呼ばれた少女のほうも、舞奈に劣らず驚いた様子だ。

 

 やがて、そのくりくりとした大きな目がつり上がる。

 だが目じりが優しげに垂れているので威圧感はない。

 ……舞奈の記憶の中のレナと同じに。

 

「そうよ! わたしはレナ・ウォーダン・スカイフォール! おまえみたいな不埒者をコテンパンにやっつけて園ちゃんを守るために、ここに来たのよ!」

 叫ぶが早いかレナは舞奈の襟首を絞めあげ、かっくんかっくん前後にゆらす。

 

 園香とレインがビックリする。

 明日香は友達がいもなく指を差して笑う。なんて奴だ!

 だが舞奈はそれどころじゃない。

 

「そんな……なんで……?」

「何でですって? 園パパから聞いたわよ! あんたが! いっつもいっつも園ちゃんのお部屋に忍びこんで変なことしてるって!」

「レ、レナちゃんやめて! マイちゃんごめんね、痛かったよね? レナちゃん、今、わたしの家に泊まりこみで遊びに来てるんだけど……」

 園香に羽交い絞めにされて引き剥がされたレナの胸元で、ロケットがゆれる。

 舞奈は思わず見やる。

 

 園香の腕の中で、園香のロケットを手にしたレナが笑う。

 その様子があまりにもまぶしくて、でも目を閉じてしまうと消えてしまいそうで、だから目を細めた。

 だが園香はそんな舞奈の視線を別の意味に解釈したらしく、

 

「ごめんね、マイちゃん。マイちゃんとお揃いにしようって思って買ったんだけど、とられちゃって……」

「あんたなんかに園ちゃんの写真が入ったロケットを渡すわけないでしょ!」

「いいさ。欲しいならやるよ」

 叫ぶレナを見やり、舞奈はニヤリと笑いかける。

 

「夜中に園香が見たくなったら、代りに本物を見に行けばいいんだから」

「んなこと、させるもんですか!!」

 絶叫しながら蹴り上げてきた。

 頬を赤らめた園香が慌てて押さえこむ。

 

 その姿が親子のように、姉妹のようにほのぼのとして見えた。

 だから舞奈の口元にも穏やかな笑みが浮かぶ。

 仲睦まじい2人の姿は、まき戻る時間の中で自身が見た妄想にだぶる。

 

 あるいは目前の少女は、まき戻る前の世界から普通にいたのかもしれない。

 21年後の世界で、園香は単に友人の名を娘につけただけなのかもしれない。

 だが、それは2度と会えないと思っていた彼女と瓜二つの少女と、再会できた喜びを差し引く理由にはならない。だから……

 

「……なあ、明日香」

 何食わぬ表情のまま背後を見やる。

 

 黒髪の友人はこっそり舞奈を指さし、頭の横でくるくる指を回していた。

 レインがそれを見て「あはは」と笑っていた。

 そんなことは百も承知だ。

 だが、ちょっとムカついたので「見えてるぞ」と文句を言う。

 

「何よ?」

「例の石、あいつは完全にぶっ壊れて元には戻らないんだよな?」

「さっきの見てなかったの? 魔力も完全になくなって、灰になって風に吹かれて飛んでったじゃない。素直に諦めて、プレゼントには別のものを探したら?」

「そっか」

 その言葉で舞奈は理解した。

 

 時間遡行の魔法が進行する最中、舞奈の願いにも似た妄想は新たな魔法となった。

 だから、あの時見た夢のまま、園香とレナは仲良く笑っている。

 そして力の宝珠(メルカバー)の魔力は完全に枯渇し、知の宝珠(トーラー)ともども塵と化した。

 

 なるほど知の宝珠(トーラー)が言い遺した通りだ。

 たったひとりの少女と引き替えに、舞奈は世界を統べるほどの強大な魔力を失った。

 湧き起こる激情を秘めておけず、舞奈はレナに走り寄る。

 そして、額に音をたててキスをした。

 

――ここにいてくれて、ありがとう

 

 心の底からそう思った。

 目の前に、失われたはずの、2度と会えないはずの少女がいる。

 それは宇宙の技術と魔術と世界をも手にした魔帝(マザー)ですら叶えられなかった願いだ。

 

 その願いを叶える手段に、舞奈が自分で思い至ることはなかった。

 ただ舞奈がちょっとだけ幸運で、気の毒な鮮血色の石が不運だっただけだ。

 

 だから園香の腕を振りほどいて殴りかかろうとするレナを軽くいなし、ねだるように頬を染め腰を屈める園香の額にも優しくキスをする。

 

――今度こそ、おまえを不幸になんてしない。絶対に

 

 いつか園香とレナが眠る寝室に忍びこむのも悪くないと思う。

 そして夕飯を御馳走になるのだ。

 時間と因果律を超えた親子丼なんて、考えるだけでよだれが出そうだ。

 

 そしてバッタみたいに跳び退って、後にいたレインにもキスをする。

 うつむきがちな少女は目を白黒させる。

 今度は【戦士殺し(ワルキューレ)】による防御が間に合わなかったらしい。

 あるいは愛に満ちあふれた行為は攻撃とは見なされないのか。

 

――あんたを苛むものはここには何もない。だから、あんたは笑っていいんだ

 

 そして最後に明日香を見やる。

 明日香も舞奈に視線を返す。

 

 舞奈の軽薄な生き方は、そう簡単には変わったりしないだろう。

 明日香と過ごした2年間は、舞奈にとってそれほど大きかったから。

 

 だから、どれほど多くの少女を知ろうとも、どんなに遠くに行こうとも、最後に戻ってくる場所は彼女がいる場所だ。そう思うと自然と笑みがこぼれた。

 

「……何よ?」

 舞奈がガンをつけた体で睨んでくるパートナーから目を逸らす。

 突然キスされて怒ったり困ったり喜んだりしている少女らを見やり、舞奈はまぶしげに目を細める。

 

「誤解だよ、って言いたかったのさ」

 軽薄に笑う。

 

 バカで不器用な舞奈は、たくさんの人々を救えずに見殺しにした。

 チーム【グングニル】はレインを除いて全滅した。

 21年後の世界でレジスタンスの装脚艇(ランドポッド)乗りたちも非業の最期を遂げた。

 そして先日は後藤マサルを看取ったばかりだ。

 

 それでも幸運と偶然の賜物で、彼女たちは揃って舞奈の目の前にいる。

 いてくれる。

 

 だから、満面の笑みを浮かべる。

 今、ここにいてくれる彼女たちに、パートナーに、心からの感謝をこめて。

 

「あたしは園香とヘンなことなんてしちゃいない。いいことをしてるのさ」

 言って満面の笑みを浮かべる。

 

 直後、園香の手を振り払ったレナに顔面を思いっきりぶん殴られた。

 



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兵器解説

 以下に本作に登場した装脚艇(ランドポッド)機甲艇(マニューバーポッド)を紹介する。

 本作での用法、記述を中心に紹介するため、必ずしもSF的に正確な解説ではない。

 

スクワール

 レジスタンスの拠点のひとつリンボ基地(ベース)で秘密裏に製造された復刻機(リバイバル)

 

 外見は巨大な栗鼠(リス)

 砲塔と一体化した流線型の車体。

 装甲全体にワインレッドの対ビーム気化装甲が塗布されている。

 しゃがみこむように折りたたまれた華奢な脚に、小ぶりな腕。

 車体の後ろに生えた尻尾はウェポンベイ。姿勢制御用の推進装置(スラスター)も内蔵。

 砲塔の上部には、げっ歯類を髣髴させる頭部。

 両耳は頭部カメラと連動した機銃。

 機体には電磁シールド(エクスカリバー)を内臓。防御用の障壁を展開可能。

 

 主武装は両手にそれぞれ保持した専用の低反動砲2門。

 疑似的な慣性制御による革新的な反動軽減技術が用いられている。

 だが、その分だけ装薬の量も増えているので結果的に反動は変わらない。

 スクワールの低反動砲は状況に応じて各種オプション武装をセット可能。

 オプションは尻尾のウェポンベイに格納されている。

 本編に登場したオプションは以下の通り。

  ・グレネード発射器

  ・散弾/マスターキー

  ・対人用散弾/バードショット

  ・サブマシンガンに相当する無限弾倉/インフィニット・マガジン

  ・貫通力に優れたアサルトライフル/ピアシングバレル

 

 スクワールのかかとには推進装置(スラスター)と共に巨大な車輪がついている。

 車輪には小型の推進装置(スラスター)がいくつもついている。

 機動輪(パンジャンドラム)というこの装置によって、他の装脚艇(ランドポッド)を凌駕する高速走行が可能。

 腕にも小型の機動輪(パンジャンドラム)がついている。

 前のめりに車体を傾け、地を駆ける獣のような体勢で更なる高速走行も可能。

 推進装置(スラスター)を併用して高層ビルを垂直に駆け上がることもできる。

 

 第4章で魔砦(タワー)攻略に際し、尻尾を超高出力の大型ヴリル・ブースターへと換装。

 引き換えに撤去されたウェポンベイの代わりに、脚部ラックに以下の武装を搭載。

  ・ヴリル・ブースターの余剰出力を使ったプラズマ砲(クラウ・ソラス)

  ・低反動砲を使って投擲するグレネード。

 

 装脚艇(ランドポッド)の操作は基本的に作成済みのモーションパターンを組み合わせて行う。

 歩行や走行、攻撃といった基本の動作はOSが勝手にやってくれる。

 操縦者に必要なのは移動先の選択、射撃の照準等の判断や微調整が必要な行動のみ。

 だが的確な移動には操縦桿やレバーを用いた速度や機体の体勢の決定が不可欠。

 もちろんOSが自動で対処できない問題には手動での操作が必要。

 戦況や周囲の状況を判断するには無数の計器やレーダーを見る必要がある。

 動かすだけなら比較的に容易だが、使いこなすのは至難の業。

 下記PKドライブには簡略化の手段があるが、スクワールにはない。

 

 そんなスクワールのパイロットは志門舞奈。

 卓越した射撃技術と戦闘センスを誇る舞奈の手で、本機は数々の強敵に勝利する。

 だが魔帝(マザー)との決戦の際に大破。

 

 装脚艇(ランドポッド)は宇宙からもたらされたモノリスに記録されていたデータにより再現された。

 量産機(デグレード)は地球の技術力で量産するために機体性能を引き下げた廉価品。

 復刻機(リバイバル)はモノリスのデータをそのまま再現した機体。

 スクワールは舞奈の協力で開発に成功したヴリル・ドライブを用いて製造された。

 

 宇宙での本来のスクワールは、連合軍と惑星同盟との宇宙大戦に用いられた試作機。

 連合軍に属するミルディン・インダストリアが開発。

 惑星降下部隊の現用機を採用するためのトライアルに提出された。

 だが連合軍は降下用の機体として機甲艇(マニューバーポッド)スーリーを改修したラーテを正式採用。

 スクワールは大戦終結後に少数のみ製造されるに留まった。

 正確には装脚艇(ランドポッド)というカテゴリそのものが消失。

 本機も大型ヴリル・ブースターを標準装備した機甲艇(マニューバーポッド)スクワールⅡとしてフリーランス等の一部好事家に用いられ、最高速度と整備難易度の高さで名を馳せている。

 

ランドオッタ

 魔帝(マザー)軍の特機にして復刻機(リバイバル)

 

 外見は直立した巨大な黄金色の猫。

 砲塔と一体化した流線型の車体。

 車体から後にのびる、細い尻尾のような安定化装置(スタビライザー)

 しゃがみこむように折りたたまれた優美な脚

 小ぶりな腕。

 砲塔の上部に取り付けられた、猫を象った頭部。

 頭の側面の目に似た球体からは計2条の加粒子砲(グラム)を発射可能。

 

 両足の推進装置(スラスター)を使用して地を滑るように移動可能。要はホバークラフト。

 

 掌のハッチを開くとスリットが露出し、魔術の発動に必要な金属片を発射可能。

 飛び出た金属板をつかむこともできる。

 両肩と胸、腰の6箇所のハッチからも金属片を放出可能。

 

 専用の手持ち武装は特にないが、本編では対艦用の大型レーザー砲(レーヴァテイン)を使用。

 砲口を覆う防盾と、砲身から等間隔で生える安定化装置(スタビライザー)が特徴。

 一見すると巨大な猫が構えた魚の骨のように見える。

 だが地下通路をまるごと焼き尽くす超火力で舞奈を危機に陥れた。

 

 パイロットはルーン魔術師の真神レナ。

 魔帝(マザー)軍の先兵として幾度となく舞奈とスクワールと戦闘。

 その後に和解して共闘する。

 だが釈尊との戦闘で不意打ちによりパイロットが被弾。

 機体もその場に残される。

 

 宇宙での本来のランドオッタも、連合軍と惑星同盟との宇宙大戦に用いられた。

 惑星同盟に属する諸惑星が機甲艇(マニューバーポッド)オッタをベースに共同で開発。

 大戦終結後には装脚艇(ランドポッド)というカテゴリそのもの消失に伴い本機も生産終了。

 ベースであるオッタは地球のトラックやバギーに似た汎用機として各惑星で活躍。

 治安維持、医療等の各業務に最適化された無数のバリエーションが存在する。

 

ヘッジホッグ

 魔帝(マザー)自らが操る復刻機(リバイバル)

 装脚艇(ランドポッド)の礎となった機甲艇(マニューバーポッド)というカテゴリに属する。

 

 外見は空飛ぶハリネズミ。

 本体は装脚艇(ランドポッド)と同じサイズの、ぐんじょう色の球体。

 6本の腕を生やし、それぞれが重火器を握りしめている。

 内訳は以下の通り。

  ・サブマシンガン(対地/対空機関砲)2丁

  ・巨大なミサイルコンテナ/多連装ミサイル(ゲイ・ボルグ)

  ・魔術を行使するための杖

  ・魔術を発動するための無数の金属片を発射可能なコンテナ

 

 球体そのものにも無数の機銃、推進装置(スラスター)が増設されている。

 背からもドローンを発射できる。

 加えて4個所のスリットから魔術で使用した金属片を排出できる。

 

 反重力発生デバイスを標準装備。

 それにより重力環境下における重武装が可能。

 ただしヴリル・ドライブと反重力デバイスが本体下面に露出している。

 構造上の止むを得ない問題ではある。

 簡易装甲で守られてはいるが、完全な防護は不可能。

 

 パイロットは魔帝(マザー)こと安倍明日香。

 魔砦(タワー)最上階での激戦の末にスクワールを撃破。

 だが脱出していた舞奈に撃墜される。

 

 宇宙での本来のヘッジホッグも、連合軍と惑星同盟との宇宙大戦に用いられた。

 ミルディン・インダストリアとウォーダン・ワークスが共同開発。

 上記武装がオミットされた、球形のボディに2本の腕という状態が本来の姿。

 当初は汎用次世代機という触れこみだったが、機動性の悪さから主力には成り得ず。

 大戦終結後にはクレーン車的な作業用機体として各惑星で普及。

 マイナーチェンジを繰り返しながらも基本設計は変わらず多数製造。

 フリーランスから業者まで、人のいるところではたいてい見かける名機となる。

 

カリバーン

 レジスタンスが独自に開発した量産機(デグレード)

 

 外見は下記ソードマンと大差ない。

 だたし塗装は灰色の都市迷彩。

 希少なためカメラ周りに端材を張り合わせて人の頭部に似せてある。

 

 ソードマン同様にPKドライブによって異能力を使用可能。

 だがPKドライブそのものが弱点という点も同じ。

 破損の他、リミッターを解除して出力が200%を超えても自壊・爆発する。

 

 代わりにパイロットとPKドライブが同調することにより、操作を大幅に簡略可能。

 フィードバックによる同調の度合いには相性がある。

 同調率が高ければパイロットと機体は一心同体、そうでなければ手動で操作。

 

 希少な各機の異能力と外見特徴は以下の通り。

  ・1号機【火霊武器(ファイヤーサムライ)】 赤い頭

  ・2号機【氷霊武器(アイスサムライ)】 青い頭

  ・3号機【雷霊武器(サンダーサムライ)】 黄色い頭

  ・4号機【装甲硬化(ナイトガード)】 緑色の頭と追加装甲

  ・5号機【鷲翼気功(ビーストウィング)】 紫色の長髪に似た頭と融合エンジン4機付きの翼

 

 いずれも武装は剣と、サイドアームとして車体のラックに設置された拳銃(低反動砲)

 両腕からはフック付きワイヤーを射出可能。

 

 上記に加え、3号機は鉄材を張り合わせた巨大な盾。

 4号機は巨大なハンドミキサー。

 5号機は空自のガトリング砲(M61バルカン)空対空ミサイル(サイドワインダー)

 

 パイロットはレジスタンスの異能力者たちと、リーダーのボーマン博士。

 舞奈も(手動操作で)3号機に乗ったことがある。

 だが魔帝(マザー)軍との戦闘により全機が撃破。

 

釈尊

 魔帝(マザー)軍の特機。ただし、あくまで量産機(デグレード)

 

 下記ソードマンがベースになっているため、外見もほぼ同じ。

 ただし角張った機体は漆塗り。

 金の縁取りやオカルトじみた数珠で飾りつけられている。

 だが最も特徴的なのは、砲塔から生えた6本の腕。

 砲塔横には左右2本の通常の腕、背後に施術用の4本の腕がある。

 

 武装は通常の腕で保持した剣のみ。

 ただし両肩、車体背面が開いて施術用の符を放出可能。

 

 パイロットは仏術士のゴートマン。

 魔帝(マザー)軍の先兵としてカリバーン1号機~2号機、4号機を撃破。

 トラップにより、敵の異能力により破壊されるも、その度ごとに修復。

 最後は通常の腕の手の甲に増設された機銃でランドオッタを事実上撃破。

 だが本機も完膚なきまでに破壊され、パイロットであるゴートマンも消滅。

 

ソードマン

 魔帝(マザー)軍が多用する量産型の装脚艇(ランドポッド)、つまり量産機(デグレード)

 

 外見は2階建てのビルほど大きな重機。

 あるいは角張った戦車に鋼鉄の手足を取り付けた暗緑色の巨人。

 車輪の代りに車体の下に生えているのは無骨な2本の脚。

 足元に設置された無限軌道(キャタピラ)で高速移動が可能。

 車体の上の砲塔には、砲の代わりに両サイドの2本の腕。

 背中側にはコックピットハッチ。

 砲塔のさらに上には、簡易レーダー付きの無表情なカメラ。

 

 人間の丹田にあたる車体部分に組みこまれたPKドライブにより異能力を使用可能。

 パイロットも異能力を使えれば、合わせて2つの異能力を併用可能。

 だがPKドライブは量産機(デグレード)に共通する弱点でもあり、破壊されると自壊・爆発する。

 PKドライブの耐久性は精密機械と同程度。装甲の隙間から拳銃弾で攻撃可能。

 

 武装は機体により様々。

 本編中で使用されたのは以下の武装。

  ・剣

  ・弓矢

  ・アサルトライフル(低反動カノン砲)

  ・サイドアームの拳銃(低反動砲)

 

 魔帝(マザー)軍の先兵として多数の戦場に投入、数を頼りにレジスタンスたちを苦しめた。

 また少数がレジスタンスにより鹵獲。

 鉄板で頭部を飾り、重機関銃(キャリバー50)を装備して魔帝(マザー)軍に立ち向かった。

 

スピアマン

 魔帝(マザー)軍の新型量産機(デグレード)魔砦(タワー)内部に配備されている。

 

 上記ソードマンの発展型。

 外見も同様だが、機体色は銅色。

 

 武装は機体の全長より長い銃剣つき加粒子砲(グラム)

 本来ならばソードマン系は出力不足でビーム兵器は使えない。

 だが本機のヤリにはPKドライブが内蔵されており、単体で射撃が可能。

 

 魔砦(タワー)上層区画に侵入した舞奈たちと交戦。全機が撃破。

 

ドゥームラット

 魔帝(マザー)軍の量産機(デグレード)

 増設された2基のPKドライブで空を飛ぶ機甲艇(マニューバーポッド)

 

 外見は角張った戦車そのものに、あるいは鼠に似ている。

 ソードマン同様に異能力ひとつを使用できる。

 攻撃手段は接近戦用クロー(本編中では未使用)。

 

 魔砦(タワー)へと向かう舞奈たちと上空で交戦。

 雲霞の如く数の暴力で舞奈たちを苦戦させた。

 

 設計上のベースは宇宙大戦で用いられた機甲艇(マニューバーポッド)スーリー。

 こちらは大戦終結後に地球のセダン的に普及。

 移動手段やツールとして、騎士団からチンピラまで幅広い層に親しまれている。

 

ワイルドボアー

 魔帝(マザー)軍の空中戦艦。

 PKドライブをダース単位で搭載した機甲艦(マニューバーシップ)

 

 超巨大な船体全体に、無数の加粒子砲(グラム)が設置されている。

 

 魔砦(タワー)へと向かう舞奈たちと上空で交戦。

 舞奈たちはボーマン博士を犠牲にした強行突破を強いられた。

 

 設計上のベースは宇宙大戦で用いられた機甲艦(マニューバーシップ)

 ヴァッサーシュバイン級駆逐艦、ないしシュバイン級巡洋艦。

 大戦終結後に前者はフリーランス等の簡易母艦として活躍。

 後者は惑星間や大陸間の定期連絡便等に用いられている。

 



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