IS~インフィニット・ストラトス~ Re:交わる物語 (ダメ野良犬だったもの)
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1話
今もハーメルンでIS二次創作を読んでいる方、5年以上前に一応の完結をして、それ以降不定期に新二次創作を書いて失踪しました。
(恐らく以前のアカウントは別名になっています)
どんな作品になるかは、また作者のやる気次第になります。
本編、どうぞ
砂塵舞う大地を、鋼鉄の巨人が地響きを鳴らして歩いていく。
巨人の足元を走る兵士達は、自分に敵からの攻撃が当たらないことを祈っている。
轟音、風を切る甲高い音と共に鋼鉄の巨人が一歩後ろへ下がった。兵士達は止まらずに前へと進んでしまい、それが彼らの生死を分ける選択となった。
着弾と同時に派手な爆発を起こすのは、ジオン公国のダブデ級陸戦艇の艦砲射撃。
最前線で観測を続ける兵士から伝えられた座標を元に、侵攻する連邦の戦力を足止めする。
爆発の黒煙が晴れると、地面に先ほどまで生きていた兵士だった肉片の一部が転がっていた。小銃を握り締めたままの腕、砂に縺れて軍靴の紐が解けた足、絶望と驚愕に染まって尚も生きようと足掻いて…光を失った男の頭部。
「―――――畜生ッ」
鋼鉄の巨人…
足元のペダルを強く踏み込んで、MSの背部のバーニア出力を全開にする。
艦砲射撃の直撃を避けるためにやむを得ない判断だったとはいえ、前進を止めて後ろへ半歩下がった分の遅れを取り戻さなければならない。
……足元で無惨に死んでいった仲間達の死を、無駄にしてはならないから。
地面を離れて空中20メートルの高さまで飛んだ男の駆る陸戦型ジム。
その頭部センサーは高濃度ミノフスキー粒子が充満している戦場の中でも、正確に前方で抵抗を続ける敵軍のトーチカやMSの位置を捉えていた。
「司令部へ送信!敵トーチカ、人型機動兵器多数確認。地点144-5!」
当然、空中高く飛翔した大物を見逃すほど敵も間抜けではない。
陸戦型ジムを撃ち落とそうと地上から対空射撃の雨が逆さまに降り注ぐ。
重力下にあって、背部バーニアを派手に使い切った後では碌な回避も出来ない。
敵の弾がコクピット付近と核融合炉に当たらないことを祈って、男は操縦桿を動かして陸戦型ジムの主武装である100㎜マシンガンの狙いを敵に定める。
「死なば諸共、テメエ等ジオンのクソ虫共も地球の土に埋まりやがれぇ!」
派手な音を打ち鳴らして100㎜マシンガンの弾がばら撒かれる。
大半が大地を抉るだけに終わったが、運良く敵に命中したものもあった。
橙色の爆炎が逃げ惑う兵士の悲鳴を掻き消していく。
未だ止まない対空射撃が、何時自分に命中するか恐怖で気が狂いそうになった男は、それでも奥歯を強く噛み締めて勇気を奮い立たせる。
「オオオォォォラァァァァッ!!」
100㎜マシンガンの弾が切れるか、銃身が焼き切れて使い物にならなくなるか。
どちらにせよ攻撃手段を失った瞬間が彼の人生の幕引きだろう。
脳裏に過ぎるのは戦争の被害を受けて貧しくなった故郷と、貧困に喘ぐ親兄妹。
家族を養う為、今となっては男にとって黒歴史に近い…青臭い正義感に因るものだが、鬼畜ジオンを
若い頃に褒められた運動神経の良さも、勉強で役に立った頭の回転の速さも、戦場というこの世の地獄においては糞の役にも立たなかった。
生き残るために仲間を利用して、上官から死地に追いやられないようにするために逆に利用されること、大人になって意地汚い処世術を嫌でも学んだ。
MSのパイロットに男が選ばれたのは、従軍してからの実戦経験の長さと、天性ともいえる操縦の才能があったからだ。しぶとく生き残ってきた仲間達からは宇宙移民者に噂される
青年が中年となり、一小隊を率いてオデッサ作戦に参加することになった。
地球連邦軍独立混成第44旅団第五小隊の小隊長、オオカミ・クロサキ少尉。
彼は操縦桿を握る手と額に汗を浮かべながら獣の如く叫ぶ。
「撃ってこい畜生共!!どうせ俺もお前らも、行き着く先は地獄だボケェ!!!」
―――――――――武器の弾切れを警告する電子音が鳴り響く。
――――――頭部センサーが機体を敵に捕捉されたことを伝える。
―――コクピットを覆い尽くす白い光と熱の奔流に目を見開いた。
宇宙世紀0079年11月9日オデッサ作戦は地球連邦軍が勝利する。
数倍の戦力を投じた地球連邦の奪還作戦は夥しい血と屍を築いて実りを結んだ。
しかしそれも、一年戦争と呼ばれる歴史の中で起きた出来事の一つに過ぎない。
一兵士の死など、彼を知る者の記憶にしか残らない事実であった。
*
時は西暦2079年、人類は一人の天才によって新しい文化を興していた。
宇宙空間での作業を目的として開発されたマルチフォームスーツ。
その名をインフィニット・ストラトス、直訳して無限の成層圏と呼ばれている。
人類が追い求める広大無辺な宇宙の開拓は永遠に続くものという願いを込めて。
しかし、その目的も数年後には建前となり、ISの現状は旧来の兵器にはない圧倒的な機動力と火力を生かした軍事転用化、それを民衆から隠匿する為のIS同士を戦わせる競技化が進んでいた。
神様の悪戯か、或いは開発者の意志か、ISは女にしか起動・運用することが出来ない。
これにより女尊男卑の風潮が広まって世間を騒がせることになった。
ISを動かす核となるISコアは完全なブラックボックスとなっており、開発者以外に製造・複製は不可能である。故にISコアの数は限りがあり、現在確認されているのは467個。
開発者である日本人女性は行方不明となり、ISの管理は保有する国に委ねられており、国際IS委員会がその動向を逐一監視している。
ISの生まれ故郷である日本には、世界中のIS操縦者として将来を有望視された少女達が専門的な知識や技術を身に付ける為の教育機関が存在している。
IS学園、日本の首都圏近海に浮かぶ人工島を丸ごと使って建てられた純白の学び舎。
IS文化が最盛期を迎えて10年が経った2089年の4月の上旬。
人工島にも桜が花開き、新入生達を潮風と共に迎え入れる。
一年一組の教室にて…一人の青年が15年の人生最大の危機を迎えていた。
(これは……気まずい、非常に、とてつもなく気まずい)
白を基調としたIS学園の制服上下に身を包んだ少年。
女性にしか使えないISの勉強をするために女子生徒しか入れないのが普通のIS学園で、男子が一人教室の中に混じっている。
それだけで好奇の視線を集めるのは仕方のないことだった。
少年の名前は織斑一夏。
ひょんなことから高校の入学試験を受けに行った先でISに触れてしまい、人類で初めてISを起動させた男子として強制的にIS学園の生徒にされてしまったのだ。
一番前の席に座っていたのは不幸中の幸いだと一夏は思った。
これが真ん中や後ろの席だと視線の向ける先によってはあらぬ誤解を受けてしまうからだ。
まだ姿を現さない担任教師に心の中で「早く来て下さいヘルプミー!」と叫んで、唯一の顔見知りである幼馴染の女子生徒に視線を向けようとするが――――
「……ッ(フイッ)」
(それが数年ぶりに再会した幼馴染に対する態度かあぁぁっ!?)
恐らくは面倒事に巻き込まれたくない。或いは…一夏は知る由もないだろうが…数年ぶりに再会した男の幼馴染が女しかいない空間で鼻の下を伸ばしているように見えて、ちょっと嫉妬している等と感づかれたくなかったからだろう。
少女、篠ノ之箒は窓の外へと顔を背けた。
40人いる教室の生徒の内、38人の少女達の様々な思惑が入り交じった視線が、一夏という1人に集中する。
(誰か助けて……助けてくれ、
この後一夏は自己紹介で盛大にやらかし、担任教師から鉄拳を食らうことになる。
幼馴染とは微妙なすれ違いをしながら再会の挨拶を交わし、一夏がISに関して超がつくド素人であることをクラス全員に知られてしまうのだが、それはまた別の話。
*
「ヨーシ、全員揃ってるナ。朝のホームルーム始めるゾー」
場所は一組の教室から歩いて五分くらいの一年四組の教室に変わる。
独特な口調と赤い髪のツインテール、胸元を全開にしたワイシャツ一枚の眼帯付女教師が教壇の前に立って教室全体を見渡す。
教室の中は一組のように異様な雰囲気で静まり返っており、全員の視線が教室の最後方に座っている男子に向けられていた。
「…………スヤァ……」
浮世離れした白髪をオールバックにしたサングラス姿の少年。
…いや、身長2メートル近くあって筋骨隆々な彼はどちらかといえば青年……見方によっては中年に見えなくもないだろう。
椅子の背もたれに寄り掛かって、視線を気にすることなく微睡んでいる。
女教師はやれやれといった風に肩をすくめ、青年に声をかけた。
「オーイ、そこの不良少年。睡眠学習は後にして起きろヨ~」
「……ん……ふぁ、ぃ」
指でサングラスのフレームを摘まみ、クイと額の方へと持ち上げる青年。
隠れていた赤褐色の瞳が露わになり、初めて微睡む以外の反応をした青年に周りの女子生徒から更なるざわめきが巻き起こる。
女教師はパンパン!と手を叩いて注目を集め、簡単な自己紹介を始めた。
「時間が惜しいから手早く済ませるゾ。知ってる子も多いだろうけど念のために、ワタシの名前はアリーシャ・ジョセスターフ。今日から君達の担任教師を務めさせてもらう、よろしくナ?」
一部の生徒から驚きの声が漏れて、一部の生徒から黄色い声が上がる。
ISの操縦者である以上、アリーシャの名前を知らない者は殆どいない。
イタリアの国家代表IS操縦者にして第2回モンド・グロッソの優勝者。
モンド・グロッソはIS操縦者の実力を競う世界大会のことである。
そこに挑戦できるのは国家代表、大企業の代表操縦者だけ。
操縦者の卵である生徒達にとっては雲の上の存在ともいえる。
そんな人物が担任教師になるのだ、驚かずにはいられない。
少年は寝ぼけ眼を擦り、半開きの目でアリーシャをじっと見ている。
アリーシャも彼をじっと見て……意味ありげな笑みを浮かべた。
「さーて、さてさて、この後は順番通りにニッポンのあいうえお順に自己紹介をして貰おうかなと思ってたケド、みんなそこの不良少年に注目しっぱなしだし……サプライズイベントってことで、先に君から自己紹介をして貰おうかナ?」
「なんかさり気なくオレのせいにされてるけど、淑女の諸君らが期待してるようなキメッキメの自己紹介とか出来ないよオレ?―――ま、それでいいならチャチャッと……」
椅子から立ち上がって大きく背伸びをする青年。
体の各所からゴキッ、ボキッと音がして、一部の女子生徒が驚く。
サングラスを外して胸ポケットに畳んで入れる。
鼻で軽く息を吸って、僅かに目を瞑った青年は心で覚悟を決めて口を開いた。
「今日から此処で勉強させて貰う、オレの名前は黒崎 狼。苗字でも名前でも好きな方で呼んでくれて構わない。ISに関しては独学で少し齧った程度だから、授業で皆の足を引っ張らない程度に頑張るさ。もっと色々と聞きたいって娘は後で個人的に話しかけてくれ、いつでもウェルカムだ」
言い終えた狼が席に座ってもうひと眠りしようと考えた瞬間―――――
「「「キャアアアァァァッ!!」」」
「おわっ!?なんぞ!」
「男子!ニュースでやってた二人目の男子がウチのクラスよ!?」
「しかも超イケメン!一人目の子よりすっごくワイルドな感じ!」
「俺様系?今夜は…帰したくない…!とか言って後ろから抱きしめそうな!」
「背が高いのもポイントよね!お姫様抱っこ頼もうかしら!?」
「ちょっと抜け駆けは許さないわよ!アタシが先に頼むんだからね!」
「担任の先生がアリーシャ様で同じクラスに男子とかもう最高!」
「私、アメリカから帰ってきてよかったわ!」
「イタリア万歳!IS万歳!イケメン万々歳!」
突然の割れんばかりの歓声と喧しい声に驚いて引き気味の狼。
今時の若い娘ってのはこんなノリなのかと考えさせられる。
彼がヘルプを込めてアリーシャに視線を向けると、彼女はまたやれやれといった風に首を横に振っていた。…どうやらこのテンションは狼がいるからという理由だけではないらしい。
それからテンション高めのクラスメイト達は自主的に自己紹介を行っていった。
若干数名が勢い余って狼にアプローチを仕掛けて、他の女子生徒から関節技を決められていたのをアリーシャと狼だけが乾いた笑いを零して生温かい目で見守っていた。
*
(人生何が起こるか分からないと……今更になって気づくとはね……)
ホームルームが終わって休憩の時間、波のように押し寄せてきた女子生徒一人一人に丁寧な対応をしながら心の中で狼は一人溜息をついた。
俗に言う輪廻転生とは違う、前世の記憶を保有したままの生まれ変わり。
前世と同姓同名だが、家族構成や出身地が僅かに違っていた。
(何のために前世のことを覚えたまま生まれ変わり、オレは何をすればいいのやら……)
前世の自分であれば「女の園だヒャッホーイ!」と喜んでこの状況を楽しむべく行動を起こしていただろうが、戦場で地獄を見過ぎて乾ききった心の持ち主である今の狼にとっては穏やかに人と会話が出来る光景そのものが微笑ましいものに見えてしまう。
中身が三十後半のオッサンとまんま十代半ばの美少女では親と子くらいの差がある。
汚い話だが手を出そうにも罪悪感のようなものが付き纏ってしまうのだ。
「ねえねえ黒崎君って彼女いるの?」
「ん~?これがいないんだぁ、人生一度も女と付き合った事がない!」
「えーっ嘘だぁ!」
「ホントなんだなぁこれが。今はっつーか今もフリー&募集中だ」
「じゃあアタシが立候補しよっかなー!」
「ずるーい、アタシもー!」
「ハハッ…そりゃありがたい。期待してるよ」
(思えば女と話すのも前の時代じゃ補給部隊の美人な姉さん以来か……。あの人の名前は確か……マチルダ・アジャンとか言ったっけな、結婚してたみたいだから気さくに話しかけることも出来なかったけど……)
狼が女子生徒達と他愛もないお喋りに興じていると、隣に座っていた女子生徒がすくっと席から立ち上がった。視界の端で動くものに視線を釣られた狼は彼女の顔に目を向けた。
どうやら向こうも視線を狼に向けていたらしく、2人の視線が意図せず交差する。
透き通る水色の髪は氷のような冷たさ、儚さ、美しさを思わせる。
白い肌と華奢な体は少女を見るものに保護欲を掻き立たせる。
柘榴のように赤い瞳は眼鏡のレンズ越しに、少年を中心に捉えていた。
「ぁ………」
「……っと、何か用事があったんじゃないのか?引き止めて悪かったな」
少女に見惚れていた狼は我に返って廊下の方を指差して少女を促す。
少女は何か言いたそうに視線を泳がせていたが、やがてスッと頭を下げて小走りに教室から出て行った。狼の周りに集まっていた女子生徒達が意味深な笑みを浮かべて囃し立てる。
「あれ~?更識さん、なんか顔赤くなかった?」
「黒崎君もいまちょっとだけ見つめてたよね~」
「もしかして一目惚れとか~。キャッ、大胆♪」
「更識さん何処行くんだろ……この後移動教室とかじゃないよね?」
(更識……更識…か)
狼は全員の自己紹介を一応は聞いていたが、名前と顔を一致させるのに苦戦していた。
しかし一人の女子生徒が彼女の苗字を呼んだことで、そのフルネームを思い出す。
更識 簪、日本の代表候補生に選ばれたIS操縦者であり……博士曰く
警戒するに越したことはないが、今の狼にとっては注目すべき人間の一人である。
黙っていると妙な誤解を受けかねないと思い、狼はひらひらと手を振って誤魔化した。
「特に深い意味はないよ。あんま喋らない娘だったなーって思っただけだ」
「うーん……確か更識さんってお姉さんがいたんだよね」
「あ、知ってる知ってる!生徒会長さんでしょ?」
「入学式の挨拶でいたよね。似てる髪型だったもん」
「でもお姉さんと違って更識さんって……なんか、こう……控えめ?」
「対照的だよねー」
クラスメイト達の色々な会話を耳にしながら、狼は簪の去った後の廊下をじっと見つめていた。
一瞬だが狼の目に映った彼女の瞳の奥には……隠し切れない焦りがあった。
それは彼が兵士だった頃にずっと後悔することになった出来事の原因に似ている。
*
地球の何処か、世界の誰もが辿り着けない天才の研究室にて―――
「はぁ~やっと、始まったんだ~!」
「斯くして役者は揃った訳だ」
兎耳にエプロン姿の女性が笑みを浮かべてくるりと一回転。
白衣にガスマスク姿の男が一言口にして、天井をすっと見上げる。
片や天災、今の世界の中心を形作り、世界に祝福と試練を与える者。
片や人間、世界そのものを創り直し、世界そのものを回さんとする者。
「楽しみだねぇ!いっくんや箒ちゃんはどんな風に育ってくれるのかなぁ~」
「それも彼らの頑張り次第、或いは世界の回り方次第といったところだろう」
「あはははははは!!!結局はお前の頑張り次第じゃないか!この偽善者め!」
「そうとも言える。要は楽しければ何でもいいんだよ、実に
笑う、嗤う―――1匹と1人は愉しそうに
交わる筈のなかった物語は、こうして再び交わることを始めた。
何処から生まれて、何を為して、何故その結末を迎えるのか。
再び交わる物語、開演の時は今――――――
主人公は簡単に説明するならオデッサ戦争で死んだ連邦軍兵士です。
転生した以外は特にチート能力とか貰ってたりとかはありません。
リメイク前では原作主人公と同じクラスでしたが、今回は四組スタートになります。
書きながら、アーキタイプ・ブレイカー路線にしようか考え中です。
次回はクラス代表の話まで書こうと思います。
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第2話
以前の作品に比べて小難しい単語が怒涛のように並んでいるのは作者がそういった知識をドヤ顔で使いたいだけなので、深く考える必要はありません(半笑い)
あとはなんとなく原作を読み返して「こういうのってどうなんだろな?」とか折角のクロスオーバー作品なので宇宙世紀と比べて、連邦軍の一兵士だった彼から見てこの世界をどう思うのかなーって純粋に書きたくなったので書いてみました。
またリメイク前とは違うオリ展開に突入するにあたって、追加されたタグに意味を与える原作キャラクターが続々登場すると思います。
あまり長々と長文を書いても蛇足にしかならないかなと思いつつ、ここらへんで切り上げて……
本編をどうぞお楽しみください。
一年生達が初めて受けるIS学園の授業は滞りなく進んでいる。
普通科の公立高校や専門学校とは違う、国立のIS専門学校は言うなればエリート校。
通常の授業に加えてISの専門的な知識や操縦を一年生の一学期にはマスターして、二学期からは各々が得意とする分野に進まなければならない。
大雑把に分ければ実技かそうでないかの違いである。
実技を選んだ生徒の多くは校内で開催される行事等で目立った成績を挙げて、代表候補生や企業の代表として将来は操縦士としての道を進むことになる。
それ以外のIS学園卒業生の進路といえば、多くがISの新装備などを開発する企業などのメカニックやエンジニア、デザイナーといった仕事に就くことで、運悪くIS学園に身を置きながらISと関わる仕事に恵まれなかった生徒はそれぞれの国へと帰り、一般企業への就職活動か大学への進学を考えなければならない。
「――――――であるからして、アラスカ条約の改正がなされた訳だ」
チョークで板書する……等という前時代的な教育方法をIS学園の教員の殆どが採用していない。
教卓に立った教師が手にしたリモコンでボタンを押せば、スッと立体映像が現れて分かり易く多言語化された文章と学習内容に相応しい画像を自動で選択、生徒たちの机の前に展開してくれる。
今教員がやっているのは現代史に於けるISの地位向上とその後について。
ISが世に出回った頃、科学者や研究者の多くが未知の存在を鼻で笑った。
(まるでミノフスキー博士だな、あの人は……)
脳裏に過ぎるのは破天荒を絵に描いたようなウサ耳エプロンドレスの女の笑う顔。
いつの世も天才と呼ばれる科学者や発明家は最初の頃は世界に理解されず、やがて理解される頃には厄介な人物としてその身を世界中から狙われるようになってしまう。
宇宙世紀の頃は戦争の悪用を恐れて連邦側に亡命した結果が泥沼の一年戦争だったが、篠ノ之束は誰の力も借りることなく表舞台から隠れて世界の何処かに逃げ果せた。
そんな事を暢気に考えていた黒崎に対して教師が指名する。
「では黒崎君、アラスカ条約について25ページの項目を読んで頂戴」
「はい―――アラスカ条約は別名IS条約とも呼ばれ、日本を含む21の国が条約に署名した事で設立されました。これは日本国内でしか開示されていなかったISの情報を世界中に向けて共有する事を確約させた他、第一世代開発と同時に始まった軍事転用における特定通常兵器使用禁止制限条約の附属議定書の規制対象にISが追加された事を世界中の国・軍隊・企業に認知させる必要があったからとされています。またISが国連宇宙5条約に準ずるものという共通認識を持たせる狙いもありますが、此方はまだ正式な発表はされていないとの事です」
「そこまでで良いわよ黒崎君。それじゃあ皆、アラスカ条約の項目に関しては必ず一学期の中間試験に出る問題だから、必ず覚えておくように!分からない所は後で先生に聞きに来て頂戴」
「「「「「はい!」」」」」
六法全書並みに分厚い参考書を片手に黒崎は自分で読んだところを目で読み直す。
冷静に考えればアラスカ条約には穴がある。仮に21の国が条約を律儀に守ってISの研究と開発を進めていても、それ以外の国は裏で「そんな条約知ったことか」と平気で軍事転用と実戦投入を始めるだろう。現にこの世界の中東やアフリカの紛争地帯では勢力図が大きく書き換えられており、その中心には必ず条約違反とされる人狩りに特化したISの姿があるからだ。
宇宙世紀も大概、ニュータイプとか強化人間とかコロニー落としとか碌でもない歴史を歩んできたらしいが、この世界もぶっ飛んでるな…と黒崎は内心苦笑していた。
クラスの中で、それを理解している娘がどれだけ居るというのか……
理解したうえで、絶対に身を守れる術を持つ娘は一人もいないだろう。
*
(――――――さて……昼飯は何を食いますかねえ)
四限目の授業も終わって、一部の生徒達は足早に食堂へと駆けていく。
しかし黒崎はクラス内外問わず多くの女子生徒の好奇の視線に晒されており、下手に動けば食堂へ向かう生徒の邪魔になってしまうため、椅子に座ったままのんびりどうするかを考えていた。
「あれが噂の二番目の男子?」
「すっごい、ワイルドって感じよね!」
「ええ~アタシは断然一組のイケメン君がいいけどなぁ…」
「噂だと、一組の男子ってあの千冬様の弟らしいよ!」
「うっそぉ!!?そっち見にいこーよー!」
(おっ、入り口の群れが動いたか?)
あれこれ言われているというのに黒崎は我関せず、目を閉じて音で状況を把握する。
何故目線を向けないかというと、前の休み時間になんとなく視線を周りに向ける度に目が合う女子から黄色い悲鳴が上がったからである。
(おじさん、前の世界合わせて4●歳になるんだけどなぁ……なーんか雑誌のなよっとしたアイドルみたいな扱いっていうか、動物園のパンダだなこりゃ)
そんな事を考えていると、後ろからコツコツとヒールの踵を鳴らして足音が近づいてきた。
黒崎は自分の方に向かっているなと半分目を開けて、首は前を向いたままチラと目だけを向ける。
座ったままの彼の姿勢から見えるのは健康的な褐色肌のむちっとした脚とミニスカート。
(おぉ、眼福眼福……)
心は年老いても体は若者のそれだ、申し訳なさも感じるが性的興奮が無いと言えば嘘になる。
やがてその足の人物は黒崎の横でピタっと止まり、彼もそれに合わせて視線を上げた。
「――――――俺に何か用かい、ギャラクシーさん」
生徒個人で自由なカスタマイズが可能なIS学園の制服、その上着部分にベージュのクロークのようなものをつけているのが、彼女の特徴の一つといって良いだろう。
深緑色のショートボブで、前髪は七三分けして少し額が広めに見えている。
目はくりっと丸く、アメジストのような瞳は奥まで見透かしてきそうな雰囲気があった。
ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、タイのIS代表候補生であり四組の女子生徒の一人だ。
「黒崎君、貴方に一つ聞いておきたい事があるのだけど……いいかしら?」
「俺に答えられる事なら何でも」
普通に会話してるだけの2人に対して外野はきゃーきゃーと騒ぎ立てる。
黒崎は平然としているが、ヴィシュヌはそれを受けて嫌そうに眉を顰めた。
それを彼は見逃さず、廊下の方の人だかりが減っているのを確認して口を開く。
「―――此処じゃ目立つな、場所を変えるか?」
「そうね……屋上ならどうかしら」
「おーけい」
よっこらせと声を上げながら黒崎は席を立つ。
ヴィシュヌは彼を待たずに先に廊下へと向かって歩き出していた。
余程切羽詰まった質問か、或いは隣を歩いてまた女子に騒がしくされるのを避けたかったのか、何にせよ置いていかれた側としてはあまりいい気分はしないだろう。
彼はやれやれと肩を軽く竦めて彼女の後に続いた。
屋上にはちらほら人の姿はあるものの、2人が入ってきても注目されるような事はなかった。
空から降り注ぐ陽は温かいが、吹き抜ける春の風はまだ冬の寒さに近い。
ミニスカートを履いているヴィシュヌには少し慣れないものだったらしく、ぶるっと身を震わせて後ろから来た黒崎に風があまり来ないところへ行こうと目で促した。
「んで、聞きたい事って?」
「単刀直入に聞くわ。――――――貴方、
その質問はいつか来るだろうと黒崎が入学前から覚悟していたものだった。
ヴィシュヌの目は彼の瞳を捉えて離さず、表情からやや物々しい雰囲気が漂っている。
「何がしたい……と来たか。さて、答え方によってはギャラクシーさんの中で俺の印象が変わってくるだろうな、慎重に言葉を選んでいきたいところだが……」
「……ごめんなさい、質問した私が続けてこんな事を貴方に言うのは酷かもしれないけど、IS学園には私みたいに国の威信を背負って知識や技術を学びに来る子や、将来ISの仕事に就きたいって意志のある子が入学してくるのよ。合格率1.5%の壁を越えようとしてね……当然、落とされる子の方が多いわ。……貴方はそれを知っているかしら?」
「正直に答えるなら、知らなかった……君の口から聞くまでは」
「そう……。回りくどいのも嫌だから、ハッキリ言うわね……ただ男でISが動かせるからとか、貴重だからなんて曖昧な理由で、たとえ無理やりに連れてこられたのだとしても、中途半端にこの学園で三年間を過ごして欲しくないの」
彼女が言わんとしている事を黒崎もよく理解している。
理解しているからこそ、敢えて笑顔で彼はヴィシュヌに向かって聞き返した。
「逆にギャラクシーさんは、何をしにIS学園へ来たんだ?」
「私は代表候補生、それなら態々聞く必要もないと思うのだけれど。……まぁいいわ、私はこの学園で自分の操縦技術や他の国の機体の性能や操縦者の練度を確かめるつもり。いつか開かれるIS同士の戦いの祭典、モンド・グロッソに出場して優勝するためにね」
モンド・グロッソ……過去二回開かれたIS同士の性能を競い合う世界大会はオリンピックにも引けを取らない盛況ぶりだった。黒崎も幼い頃の記憶ながら、それはよく覚えている。
各部門で優勝した者にはヴァルキリーの称号が与えられ、最優秀選手には唯一無二の称号としてブリュンヒルデを名乗る栄誉が贈られるのだ。
この学園に、たった一人だけそのブリュンヒルデを名乗れる女性が教師として居るのだが、本人はその称号で呼ばれる事を嫌っているらしい。
「成程。確かに俺には崇高な目的も、そしてこの学園に入る過程の努力も、覚悟も何も無いわけだ。言葉にしたら陳腐な台詞だが、血の滲むような努力と揺るがない覚悟を持って、眩しいくらいの目標を持っているギャラクシーさんにとって……
「そこまで言うつもりはないわ。……けど……貴方の言ってる事も間違ってない。きっと心の何処かで私は貴方達が気に入らないと思ってるのかもね……気を悪くしたのなら謝るわ」
「いいや?ギャラクシーさんの言ってる事はほぼ間違いなく百パーセント正論だよ。もう一人が同じ事を言われてどう受け取るかは別として、陰口をヒソヒソ叩かれるよりは、こうやって面と向かって言って貰えた方が気が楽になる」
ヴィシュヌは驚いた表情でぽかんと口を開けて黒崎を見つめている。
最初の自己紹介の下りで彼女が見た限りの彼の印象はやや軽佻浮薄な青年といった感じだった。
女子との会話の最中に聞こえてくるものも、彼女個人としてはあまり好ましくない内容ばかり。
それが今、2人きりで話しているこの瞬間だけ、彼が年の離れた全くの別人のように思えた。
口元は笑みを浮かべているが、目だけは真剣みを帯びて彼女の顔をじっと見つめている。
やがて無言で見つめ合っているのも気恥ずかしくなって、ヴィシュヌは顔を背けて歩き出す。
「変わってるのね、黒崎君は……普通こんな風に言われたら誰でも怒る筈だけど……」
「怒るってのはエネルギーの消費が激しいだろ?慣れない環境で気ぃ張って疲れしてるところに自分で感情を制御出来ずに追い打ち掛けたら、いつか潰れちまう。だから大抵の事には感情を荒立てないよう、自分でトレーニングしてんのさ」
感情を抑えるようになれたのは本当だが、トレーニングをしたというのは嘘である。
過去の経験上、口でネチネチ嫌味を言ってくる上官や肉体言語で上下関係を築こうとするような頭のネジが飛んだ連邦軍兵士時代の忍耐の日々があったから、女子供の小言程度は苛立つどころか逆に頭の良い喋り方をする者に限って感心する余裕があるくらいには精神が鍛えられているのだ。
「……貴方、武道か何か嗜んでるの?」
「近未来のCQCとサバイバル術なら少々」
「……何それ……」
本当の事を言っているのだが、当然ヴィシュヌには黒崎の質問の答えが理解出来ない。
若干声のトーンを高めに言っているから、冗談なのだろうと心内で結論づけた。
ふと2人は同じタイミングで手元の時計を確認する。
「もう食堂に行かなくちゃ……人も少なくなってるでしょうし」
「だな。……それじゃこれにて失礼、ギャラクシーさん」
「……ヴィシュヌ。……私の事は、名前で呼んでいいわ」
「了解。俺のことも苗字でも名前でも、好きに呼び捨てで構わないぜ」
そう言って2人は別々の道から食堂への道を目指して歩き出した。
この誰にも聞かれる事のなかった会話の間に、一人目の男子こと織斑一夏とその幼馴染がベタベタなラブコメをしていたのだが…それはまた別の話。
何処かのタイミングでキャラクター紹介とか設定紹介をしたいとは思っていますが、まだ完全には纏まっていないので、暫くお待ちください。
一つハッキリしている事は一部の例外を除いてアーキタイプ・ブレイカーに登場したヒロイン達の殆どがIS学園生徒として入学ないし在学しています。
前回の後書きでクラス代表まで書きますとか言っていながら、キャラ同士を絡ませたい欲求が勝ってしまったので、クラス代表云々は次になりました。
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第3話
動物園に来た珍しい動物と似たような気分を味わった昼食の時間。
一人で簡素に食事を済ませた黒崎は早々に教室へ戻り、授業開始の時を待っていた。
教室内にはまだ少数の生徒しか戻ってきておらず、彼女らは午前中で黒崎に対する興味が薄れたのか女子同士の会話に興じている。
黒崎はチャイムが鳴るまでの間、目を瞑って楽な姿勢で座りながら仮眠を取ろうか一瞬考えたが、周りから見て昼休みにそんな事をしている男子がどういう風に見られるのか察して、仕方なくほぼ暗記した貴方の町の電話帳並の分厚さがあるISの参考書をパラパラ捲って流し読みすることにした。
(こっちの方が知的に見えて好印象だろ。…結局、根暗なのは変わらねえけど)
*
「うーい、そんじゃ初日は午前授業だけで午後はホームルームで終わりにするからナ~。―――と言いたいケド、先に再来週行われるクラス対抗戦に出場する代表を決めておこうかぁ」
午後の授業が始まって早々に担任のアリーシャが教壇の前に立って話し始めた。
IS学園の行事等にあまり関心のなかった黒崎がさっと手を上げて質問する。
「アリーシャ先生。クラス対抗戦って何ですか~?」
「んぁ?そっか~黒崎はIS学園に来たばっかりで知らないよナ。クラス対抗戦ってのはクラスから1人の代表を決めて、学年毎に分かれてISで戦う行事だよ。昔の代表は実力やら専用機持ちやらで選ばれてたが、今は生徒達の自主性を重んじるっつーことで自薦他薦は構わず、こうして空いた時間に決め手おくんダナ」
「成程。ありがとう御座います」
「あぁ、因みに優勝したクラスにゃ学食のデザート無料クーポンが貰えるゾ」
アリーシャがそう告げた瞬間、大半の女子生徒の目が肉食獣のようにギラギラ光る。
周りの空気が変わったのを黒崎も肌で感じ、やや苦笑交じりに「…女の子は甘いものが好きな子が多いんだっけなぁ」と彼女達が闘志を燃やす様を見守っていた。
「そんじゃ改めて…誰か四組の代表やりたい奴いるかー?」
「はいっ」
早速手を挙げたのは窓際の前の方の席に座るヴィシュヌだった。
そんな彼女の方に「おぉ~」と感心するような女子たちの声が各所から上がる。
黒崎も昼休みの時に彼女と話していた感じから、恐らくヴィシュヌは自分から名乗りを上げるだろうとは予想していた。
「ン、ギャラクシーだな。…他には居ないか~?」
この時、ヴィシュヌはチラと肩越しに振り返って後ろの黒崎に視線を送った。
何を考えているか分からないが、恐らくは彼も自分から立候補するのか気になっているのだろう。
しかし彼女の視線に気づいた彼はチラと視線を返し、軽く首を横に振った。
(俺は此処じゃ新参者だ。悪目立ちするつもりはないし、譲るよ。―――まぁ)
「はいっ!黒崎君を推薦します!」
「私も彼女と同意見です!」
(
一人の女子が手を上げて黒崎の名前を挙げると、それに同調する声も上がった。
一気にクラス内が騒がしくなり、あっという間に派閥のようなものが出来上がる。
代表候補生であり専用機持ちとして十分な実力を持っているから確実に勝利を狙えるヴィシュヌ派と、世界に二人しかいないISを動かせる男子の片方というネームバリューを活かして各方面から注目を浴びようとする黒崎派。
アリーシャは関心したような声を上げて生徒の意識を再び集める。
「お~見事に半々くらいに分かれたナ。…さて、どうするか?常識的に考えて自ら名乗り出たヴィシュヌと本人の意思ではない第三者からの推薦の黒崎じゃ、圧倒的に前者が有利なんだケド…」
「…先生、分かり易い方法があると思います」
今まで騒がしくなった教室の中、静かに思考を巡らせていたヴィシュヌが声を上げる。
多くの視線が集まるなら、毅然とした態度で彼女は提案を口にした。
「クラス代表は対抗戦に勝てるだけの実力のある生徒が選ばれるべきと云う意見は尤もです。それなら私と彼で学園のISを使用して模擬戦を行い、その勝敗で決めるのが全員からも納得を得られるのではないでしょうか?」
彼女の提案にクラス中の誰もが驚きの声を上げた。
何故なら彼女は言葉の中で、
彼女が専用機に乗って、訓練機に乗った黒崎と戦えば経験に加えて機体の性能差で勝敗は明らか。
ならばいっそ経験を除いて性能差を同じレベルに落とせば納得がいくだろう。
ヴィシュヌの提案に対し、アリーシャは反対意見などが無いかを聞いた。
しかしクラス内の誰一人として、反対の声を上げるものはいない。
「ヨシ、模擬戦の日程と訓練機は私の方でなんとか調整してみせようじゃあないか。んで黒崎ヨ、お前は他からの推薦枠だから辞退してギャラクシーに代表を譲ることも出来るが…どうする?」
「ん~…正直勝ち目は薄いって誰でも分かる勝負に挑むのは馬鹿のやることですし、俺も悪目立ちしてクラスの皆に嫌われたくないから辞退を考えてたんですけどね…」
ぐぅっと背伸びをして首をゴキゴキ鳴らしながらリラックスした様子で黒崎は答える。
推薦した女子たちが辞退するんじゃないかと不安そうな顔をしたが、彼は続けて――――――
「―――まぁ、偶には馬鹿やってるくらいが男子は面白いって言いますし?ヴィシュヌも譲られて代表やるなんて事になったらモチベーションが下がるでしょう。…やりますよ、模擬戦」
黒崎の視線がヴィシュヌに向けられた途端、肌が粟立つ感覚に襲われて彼女は驚く。
さっきまでのんびりとした口調で喋っていた青年から途轍もない闘気が感じられた。
格闘技に心得のある彼女にとってそれは闘気であり、彼にとっては戦闘の意思。
こうして一年四組のクラス代表は二人の生徒が模擬戦の勝敗で勝ち取ることが噂になった。
少し離れた一組では織斑一夏とイギリスの代表候補生セシリア・オルコットが、互いのプライドを賭けた決闘という名の模擬戦を後日行う事になったらしいが…
黒崎達がそれを知るのは翌日のことだった。
*
クラス代表の一件から打って変わって、ホームルームは特に騒ぎなど起きずに進行した。
どうやら四組の生徒はあまり男だ女だという風潮を気にしていないらしく、本来なら「ISを動かせるだけの男の癖に、代表になるなんて生意気だ」くらいに陰口を叩かれてもおかしくないのだが…
(や~何事もなく一日平穏無事に終わりそうですなぁ)
遠くの空に沈み始めた日の光が差し込み、オレンジ色に染まる午後の教室にて。
ペンケースやら分厚い参考書やらを鞄に放り込んで黒崎は椅子から立ち上がり出ようとする。
不意に彼は足元に近付いて来る毛玉の存在にに気づいた。
「…猫?」
にゃぁ
青色の瞳に白い毛並みのヨーロピアン・ショートヘアがトテトテと歩いている。
黒崎の周りの女子もそれに気づいて苦手なものは目を真ん丸にしてそそくさと退避、猫が好きな女子たちは黄色い声を上げて猫を抱き上げようと手を伸ばした。
な~
どうやら許可を出していない状態で抱っこされるのは嫌らしい。
やや低めの声で鳴いた白猫は、黒崎の靴に前足を置いてん~と伸びをした。
「あーっ!黒崎君いいなぁ!」
「ね、その猫。黒崎君が飼ってるの?」
「や、俺も知らない猫だな…野良が紛れ込んだのか?」
しかし此処は海の上に浮かぶ人工島、野鳥は居ても野良猫などいる筈もない。
ふと彼は見下ろす猫の毛に埋もれて見えなかった首輪の存在に気づく。
そのタイミングで教室に入ってきたアリーシャが声を上げて白猫を抱き上げる。
「シャイニィ~また勝手に部屋を脱走したなこいつめ~」
なーっ
「あぁ、その猫…アリーシャ先生の飼い猫だったんですね」
「そうだよ。こっちで教師やる前のイタリアに居た頃から飼ってンだ。―――おぉ、そうだ黒崎。丁度いいところに居たな、お前に渡すもんがあって来たんだ。…ほいこれ」
シャイニィを抱っこする方とは反対の手で懐を漁ったアリーシャが黒崎にある物を渡す。
それは四桁の番号が掛かれた札付きの鍵だった。
「これは、鍵ですか。…ああ、学生寮の?」
IS学園は全寮制であり、校舎に併設される形で学生寮が設けられている。
二人一部屋の学生寮はそこそこ良いホテル並みの設備が揃っており生徒から好評だった。
黒崎はポケットの中に鍵をしまってお礼を言った。
「察しが良くて助かるヨ。んじゃ、私はシャイニィを部屋に戻してくるんでまた明日な~」
「お疲れさまでした、また明日」
にー
アリーシャに抱っこされた後に撫でまわされて満足気に鳴いているシャイニィ。
そんなシャイニィを撫でたい欲求に駆られた生徒達がアリーシャの後に続いた。
黒崎はぼけっと教室に突っ立っている訳にもいかず、一人寮へ続く廊下を歩いている。
一人きりになった時、そっとポケットの中から鍵を取り出して静かに呟く。
「…相方は男子であって欲しいけどなぁ…」
脳裏に過ぎるのは例の天災が推しに推しまくっている親友の弟と最愛の妹。
それがこうして偶然にも同じ学校に通えるようになったのだから、寮の部屋割りを細工して二人を相部屋にするくらいはあの天災ならやりかねない。
黒崎にとっての問題は、そうなった場合の自分のルームメイトへの悩みだった。
「こーんなむさ苦しいオジサンと相部屋なんて、思春期の娘にゃ地獄だろうな~」
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第4話
IS学園の学生寮に着いた黒崎は片手を制服のポケットに突っ込みながら、もう片方の手で渡された鍵の番号と扉に記載された番号が一致するか見比べながらゆったり歩いていた。
彼の姿を目にした女子生徒は「きゃっ!」と黄色い声を上げて部屋の中に引っ込むか、複数人で話をしていた生徒は遠巻きに彼を見て何やらヒソヒソ話し合っている。
「――――――おっと此処か」
[1035]と書かれた扉の前に立って鍵穴に鍵を差し込むが既に鍵は開いていた。
(と、いう事は…)
ドアノブに手を回さず、鍵穴から抜いた鍵を指で挟んで握り拳を作る。
コンコンコンコンッ!と4回ドアをノックしてから中にいる筈の同居人の反応を待つ。
IS学園の学生寮が二人一部屋だという事は事前に把握している。
最初はもう一人の
余談だがドアノックを3回ではなく4回にしたのは同居人がまだ見知らぬ相手である可能性を考慮してのビジネスマナーに則った判断であるという。
前世で連邦軍兵士だった時に、誤って上官の部屋のドアを3回ノックした結果「お前と親しくなった覚えはない!」と怒鳴られて只の報告ついでに小一時間ありがたいお説教を食らった苦い記憶があった。以来、彼はその辺りの礼儀作法にそこそこ気を遣っていた。
…普段の生活態度は酷いから相手にどう見られていたかは謎だが…
「はーい、どなたですか~?」
「すいません~この部屋を使わせて貰う予定の黒崎で~す」
「く、黒崎君!?ちょ、ちょっと待って――――――!」
(あらまぁ、同居人が彼女とはねぇ……)
部屋の中から帰ってきた声はクラスメイトのヴィシュヌのそれだった。
最初はのんびりのした口調で答えた彼女も、ルームメイトが黒崎になるとは聞かされていなかったのか焦った様子で部屋の中をドタドタは知っている。
(乙女のプライバシーに触れるべからず。注意一秒、怪我一生ってね)
2、3分が経過する間、黒崎は扉と反対側の窓際に歩いて足元へ荷物を下ろし、窓に軽く寄り掛かって腕を組みながらヴィシュヌから声が掛かるまで目を瞑って待っていた。
その間に物音を聞きつけて何事かと隣部屋の女子生徒達が扉を開けて顔を覗かせると、廊下に立っていた黒崎の姿を目にして驚きの声を上げながら彼と反対の位置にある部屋番号を見て騒ぎ出す。
「えっ!あ、あれって二人目の男の子!?」
「もしかして黒崎君、あの部屋なのかな!」
「確かあそこってさっきタイ代表候補生のギャラクシーさんが入っていったよね!?」
「いいなぁ~!」
(おいおい、乙女がそんな恰好で男の前に出るもんじゃないぞ…と?)
スッ目を開けて黒崎はほぼ下着の女子達の姿を見て心の中で「眼福、眼福」と呟きながら表情にはそれらしい下心を出さず、ひっそりと心の清涼剤代わりにしていた。
やがて正面の扉がスッと開いてヴィシュヌが顔だけ覗かせて口を開く。
「……いいわよ、入って」
「ん、ありがとさん」
黒崎は荷物を手にヴィシュヌが扉の前から数歩下がってから中に入る。
廊下より少し明るさは落ちるが落ち着いた雰囲気のする室内で荷物を持ったままの黒崎と困惑と焦りが入り混じった表情のヴィシュヌは向かいあった。
「…どういう、事なのかしら…貴方が同居人って」
「俺もさっきアリーシャ先生に鍵を渡されただけで何も知らなくてな。同居人はてっきりもう一人の野郎と一緒だろうって思ってたんだけどな…まさかヴィシュヌと一緒とは思わなかったよ」
「普通あり得ないでしょ…!赤の他人の男女が同じ部屋で生活するって!?」
「そりゃ御尤もだ。今から寮長にでも直談判しにいくか?」
黒崎の言葉にピシッとヴィシュヌの動きが止まった。
二人とも知っているのだ、この学生寮の寮長が誰なのかを…
織斑千冬、一年一組の担任教師であり世界最強のIS操縦者、彼女は寮長も兼任しているのだ。
恐らく今頃はもう一人の男子も同室の女子と何故どうしての騒ぎを起こしているだろう。
しかし学園側から何も告知がない以上、既に決まっていた事だと考えるのが自然。
そんな学園の決定に一個人が部屋割り如きで異議を唱えるのは如何なものか?
「……いいえ、それは止めておくべきね……」
「ん、懸命な判断だな」
風の噂で織斑千冬が厳格な女性であると知っている二人の脳裏に過ぎったのは怒りの雷。
それが鉄拳制裁という名目で自分達の頭上に落とされると分かっているなら回避するだろう。
諦めた表情で肩を落としながら、ヴィシュヌは再び黒崎と向き合った。
「夕食まで時間もないし、今の内に同じ部屋を使う者同士で線引きをしましょう?」
「あぁ、賛成だ。荷物はどっちに?」
「私は手前のベッドを使うつもりだから、貴方は窓際でいいかしら?」
「オッケー。…んでこれを、こうすれば、とりあえずよし…と」
そう言いながら窓際のベッドに荷物を置いた黒崎はベッドの間にある仕切りを展開する。
女子同士でも他人に着替えを見られたくないという子の為に配慮して設置された仕切りでお互いの私的空間を確保出来たことでヴィシュヌがホッと息をつく。
ふと黒崎はヴィシュヌの髪が濡れているのに気づいて申し訳なさそうに言った。
「…こういう事は聞かないのが吉ってものかもしれんけど敢えて聞いておくよ…ヴィシュヌ、お前さん…ひょっとしてシャワー浴びてる最中だったか?」
「………ッ!!」
心臓がドキリと高鳴って、直後ヴィシュヌは真っ赤な顔で黒崎を睨みつけた。
慌てて彼も苦笑いを浮かべながら両手を上げて降参のポーズを取る。
「あぁ悪かった、それを聞いて邪な考えを巡らせるつもりはないんだ。ただ、もしそうだったとしたら既に俺は君の
彼女はジャージ上下で身体を隠しているが、髪から水滴が僅かに滴っていた。
更に出口の脇にあるシャワールームから点きっぱなしの灯りを彼の目が捉えている。
状況証拠から推測で何となく口にしたのだが、乙女のプライバシーを侵害したらしい。
一発叩かれても仕方ないと彼は静かに目を瞑るが…
「…別に…気にしてないから。一々そんな事を聞かないで頂戴」
ほのかに朱色が差したままの顔でそっぽを向きながらヴィシュヌはそう答えた。
彼女が横を向いて僅かに髪の内側がうなじに張り付いているのが見える。
そっちにばかり気を取られてはいけないと思いつつも見てしまうのが悲しい男の性。
黒崎はやや声のトーンを落としてヴィシュヌに向かって頭を下げる。
「そうだな…いや、俺が悪かった。デリカシーのない質問だったよ、次から注意する」
「…分かってるなら、いい」
それから二人は少しギクシャクしながらも、生活のルール等を決めることになった。
シャワーはヴィシュヌ優先、トイレ使用は緊急時以外黒崎は極力使わない。
下着の着替えなどは黒崎が必要に応じて別室(男子用トイレ、更衣室など)で行うこと。
殆ど黒崎が蔑ろにされているような取り決めだが、提案したのは当の本人である。
当初はヴィシュヌも「流石にそこまで気を遣わなくてもいいのに…」と言ったが、彼が「男ってのは何かの拍子にとんでもないラッキースケベに出くわしちまう星の下に生まれてきたのさ。だから事前に距離を置かないと何かあってからじゃ遅いんだ」という訳の分からない持論に押し切られてやや不満はあるものの、それ以上の妥協案も浮かばず一先ず決定となった。
そんなこんなで陽もすっかり落ちて夕食の時間になった。
「それじゃ飯だから、俺は先に―――」
*
ヴィシュヌの入浴の続きを邪魔したら悪いだろうと黒崎は足早に制服姿のまま部屋を出る。
一人残されたヴィシュヌは暫く男子と同じ部屋になった事実に項垂れて本国を通じて事前に連絡しなかったことへの文句の一つでも言ってやろうかと考えていたが、些細なことで国際問題になりかねないと即座にその考えを捨てた。
彼の足音が遠ざかったのを確かめ、ヴィシュヌはシャワールームへ戻りジャージを脱ぐ。
ジャージの下はスポーツブラとパンツだけしか身に着けてなかった為、会話の最中は黒崎の視線が時折自分の体に向けられていないか気が気じゃなかった。
しかし彼はあのデリカシーのない発言を除いて終始、紳士的な対応を崩さなかった。
(…まさか、同居人が彼だなんて…)
下着を脱いでジャージ上下と共に洗濯籠の中に放り込んでヴィシュヌはシャワーを浴びる。
周りの女子生徒に比べ、彼女の体つきは十代半ばにしては少々立派過ぎるものを持っていた。
更に彼女が趣味で幼い頃から始めたヨガのお陰か、太腿周りが引き締まって美しいのだ。
故郷では時折、そんな彼女の体つきを下心丸出しの目で見て来る男もいたわけで…
(…何もなければいいのよ…何も…)
いざとなったら彼には申し訳ないが蹴りの一発を食らわせることになるだろう。
そうならないように彼女は今後の生活態度をより一層引き締めて正そうと決意する。
鏡に映る彼女の頬がまだほんのり赤いのは…きっとシャワーが熱いからだと願いたい。
ナニとは言いませんが現時点でのキャラの比較(適当)
箒≧山田先生>ヴィシュヌ、束、のほほんさん>千冬≧セシリア、更識(姉)>>>シャルロット>>>(越えられない壁)>>>黒崎>>鈴、ラウラ>>>一夏
アーキタイプキャラが出る度にこの中に組み込まれていくという下二人女子にとっての地獄絵図
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第5話
早朝のIS学園、黒崎は携帯で設定したアラームが鳴る五分前に目を覚ます。
同室のヴィシュヌがまだ眠っている事に気づいて、そっとアラーム設定を切る。
それからあまり音を立てて彼女が目を覚ましてしまわないよう、敵地への潜入任務を遂行する某段ボール蛇の如く、静かに素早く着替えを済ませて部屋の外に出た。
(精神的におじさんでも、肉体は成長期真っ只中の男子高校生だ。今から身体を仕上げておかねえと、いざって時に立てねえ動けねえ戦えねえじゃ話になんねえからな…)
学生寮から校舎まではかなり距離がある。
運動靴の紐を結び直し、いざ走り込みと彼が一歩を踏み出そうとした時―――
「ほう…朝から自主的に走り込みか…その心掛けは感心するが、もう少し自分が置かれている立場というものを考えておくべきじゃないか?二人目の操縦者、黒崎狼」
背後から聞こえてくる凛とした声に、黒崎は足を止めて振り返る。
白を基調としたジャージ姿。黒い髪を後ろで一纏めにして腕を組み、鋭い目つきは相対したものを震え上がらせる戦国武将を彷彿とさせる威圧感を放っていた。
「むっ…このクール&ビューティーかつボーイッシュな低温ボイスは聞き覚えがありますねえ。ISを主題にしたテレビ番組で貴女の名前を度々耳にしていましたよ。世界最強のIS操縦者に贈られる唯一無二の称号ブリュンヒルデを名乗れる
織斑千冬、その名前をIS界隈で知らない者はいない。
IS操縦者の強さを決める世界大会モンドグロッソ初代優勝者。
現役を引退しIS学園で教鞭を取っている事は黒崎も知っていた。
「初対面の相手に随分とふざけた返しをするものだな。…その通り、私が織斑千冬だ。一組の担任だがお前の事は知っている。学生寮の寮長もやっているのでな。…あとブリュンヒルデと呼ぶのは止めろ、私はもう現役を引退して久しい」
「はい、仰せのままに。…それで、俺の立場ってのはこの学園という名の外界から遮断された檻の中に閉じ込められた哀れな
「どちらに取るのもお前の自由だが、私はそんなつもりで言ったんじゃない。ただ教師として生徒の安全を保障しなくては責任問題になるのでな、面倒を起こされる前に釘を刺しておいただけだ」
「成程ですねえ。いやはやどんな時代も管理職ってのは大変だ…」
「知った風な事を言うなよ未成年。そういうのは社会出て働いてから言うものだ」
「…ですかねえ。(もう働いてんだけどなぁ…軍人として一生分…)」
話している間に彼女は内心、黒崎という青年に純粋な興味を抱く。
弟や弟の友人達とも違う、まったく新しい年下の雰囲気になんとなく惹かれていた。
一方で黒崎は何を考えていたのかというと――――――
(…正面から見ても分かるくらいデケェなこの人…ジャージ脱いだらさぞ…)
そんな下世話なことを考えていたが、これ以上先を考えると青少年特有の朝の生理現象が強制的に起こってしまい、それを目にした彼女がどんな行動を取るのか想像に難くない。
股がヒュンとなる感覚を覚え、早々に考えを切り替えた。
「――――――それじゃ生徒の安全を守る為に、今から走り込みとかどうですか先生?生徒と一緒に青春の汗を流して、気持ちのいい一日の朝を迎えるっていうのは…」
「フム…そうきたか。…いいだろう、お前のペースに合わせてやる」
「そりゃどうもご親切に」
千冬はこの後、余裕綽々だった自分の発言を撤回する事になる。
海鳥が鳴き、波が防波堤へと打ち付ける音に混じり、二人分と走る足音と息遣いだけが互いの世界を満たしていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……おい、いつまで……走るつもりだ!」
「フッ、フッ、フッ……ん~もうちょいですかねえ」
「ハァハァ…お前への認識を…改める…必要がっ…あるなぁ…!」
走り込み開始から三十分が経過していた。
既に千冬は汗だくになってジャージの上着を芝生の上に投げて捨てている。
走るペースは一定を保っているものの、両足と肺が悲鳴を上げていた。
対する黒崎は汗をかいているものの、涼しい表情でペースを保っていた。
「それじゃラストスパートは、全力疾走でッ!!」
「なっ!?く、このぉ……ッ!!」
地面を強く蹴って加速した黒崎が千冬より数歩前へと出た。
驚き目を見開いた彼女も歯を食いしばり己の体に鞭打って加速する。
織斑千冬が世界最強の人間であると信じて疑わない妄信的なファン達が見れば発狂するだろう。世界最強の操縦者といえども、全盛期から衰えつつある二十代半ばの女性が、成長期で常にトップギアを出せる十代の青年に勝てる道理はなかったのだ。
…無論、彼はただの青年と呼べるような存在ではないのだが…
「ほいゴール…って、うおっ!?先生大丈夫ですか」
「ハァハァ…心配など……不要だ。ハァ…」
黒崎と千冬の差は足の爪先の差で数センチ、前のめりの状態で胸だけなら彼に並んでいる。
だが全力疾走で完全に体力を使い果たした彼女に対し、彼はまだ余裕がありそうだった。
「いやいや普通に心配しますって、そんな真っ赤な顔して…」
「はぁはぁ…っ…ふぅ…たわけ。日頃の運動不足が祟っただけだ」
「そーですか。…いやぁそれにしてもいい汗かいたぁ…お付き合い頂き、ありがとう御座いました織斑先生。俺は着替える前にシャワー浴びに部屋に戻りますんで…」
「……あぁ、朝食は七時半までだ。遅れるなよ」
「了解であります。それでは――――――」
一礼して寮の中へと戻っていく黒崎を見送って、千冬はベンチに腰を下ろす。
息を整える間に、吹き抜ける春の海風が熱の籠った体を冷やしてくれる。
彼女は暫く信じられないものを見るように空を仰ぎ見ていたが―――
「……ふっ、はは…っ!ははははっ!」
久しぶりに全力というものを出し、なおかつ負けてしまった揺るぎない事実。
それが悔しいというよりも
世界最強等と煽てられていようと自分は只の女。
「黒崎…狼か……」
最初はただ何となく親友の仕組んだ面倒事の種だと思っていた。
だから何か裏があるんじゃないかと思う反面、アレに振り回されてるだけの只の可哀想な奴だったら、傲慢かもしれないが少しくらいは助けてやろうとも思った。
それがまさか、失いつつあった競争力に火をつけるとは…
「覚えておこう。お前の事を……」
千冬にとって面倒事ばかりの教師生活が、少しだけ新鮮な色を取り戻したように思えた。
*
「……あーヤバかった……マジでヤバかった」
自室に戻り、速攻で制服と着替えを手にシャワールームへと籠った黒崎。
同居人のヴィシュヌに配慮する為にドアの前にはノートの切れ端で「入浴中の為、要注意!」と書いて貼っておいたから問題はないだろう。
頭からぬるま湯のシャワーを浴びながら、彼は千冬の姿を思い出していた。
この学園に来てからというもの、歳の差が離れすぎた少女ばかりで性欲が反応するかもしれないが反応したら負けな気がするという事でずっと我慢していた。
担任のアリーシャは…まぁ美人かもしれないが、彼の好みのタイプではない。
陽気で独特な口調で喋る彼女に、兵士としての彼の第六感がなんとなく
千冬をテレビで見た時は「へー美人だな」程度にしか思わなかった。
それが本物と出会い、隣で走る姿を見た時に意識してしまったのだ。
「エロ過ぎだろ……」
汗を浮かべた艶やかな肌と彼女の黒髪が朝焼けの空に映える。ジャージを脱ぎ捨てたことでより露わになったボディラインは成熟した女性のそれであった。
幾ら前世の年齢を加算しても四十代のオッサンなら千冬は十分範囲内な訳で…
「静まれー…静まり給え俺のビーム・サーベルよー…冷却装置を絶やすなー」
黒崎が掲げる夏までの目標として「肉体の強化」に「性欲処理」が加わったのはここだけの話。
ヴィシュヌが目を覚ますまでに、彼は何度か冷水で身体の熱を冷ました。
文字通り世界最強の魔改造メスゴリラに勝つ強くてニューゲームのオスゴリラ…
メインヒロインではないけど今のところ(五話)一番ヒロインしてるかも。
余談ですが山田先生の場合は黒崎の脳内が「おっぱい」だけに染まります。見た目がちょっと幼いですが十分範囲内なのは言うまでもなく…(相性は別として)
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