星井美希に転生したけど765プロがない件について (naonakki)
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第一話
俺……いや私は星井美希である。
星井美希。
人気アニメ、アイドルマスターの主要キャラの一人である。
そう、それはあくまでアニメのお話だったはずなのだ。
そんなアニメの世界に俺は転生してしまったらしい。それもとびっきりの美少女にだ。物心ついた頃にはなぜかそのことをはっきりと自覚していた。
転生前の俺は社会人(男)であり、アニメを見るのが割と好きだったのでアイドルマスターのことも知っていた。というか結構好きだった。
なぜこんなことになったのかは分からないし、分かるつもりもない。
星井美希に転生したということは、ここは当然アイドルマスターの世界だろう。
……なら満喫するしかないじゃないか。
好きなアニメの世界のキャラと触れ合えるなんて最高じゃないか。
しかしアイドルマスターのことは好きだったが、かなり昔に一度見たきりだったので記憶が曖昧な部分が多い。こんなことならせめてもう一周しておけば良かった。
星井美希は天才肌だったイメージがあるが、具体的にいつからアイドルになり、その真価を発揮したのかは忘れた。
そうであれば備えあれば憂いなし。いつでもアイドルになれるように努力をしておこう。
というわけで、私は三歳という年でアイドルについて勉強し始めた。
有名なアイドルがテレビに出ていれば、その所作や表情、動きを録画し、何度も見て分析し、観察した。当然、発声練習やダンスレッスンも行った。
前世はあまり努力が長続きした試しがなかった為、すぐに飽きが来ないか心配していたが杞憂に終わった。
というのも、この星井美希は天才と言わざるを得ないほどの学習能力を持っているのだ。一度見た動きはどんなに難しいものでも大体真似できるし、歌についても同様だ。
どんどんとスキルアップしていくことに楽しみを覚えた私は、寝る間も惜しみ、益々アイドルの深みにはまっていった。
月日は流れ、私は中学生になった。
髪を金色に染めたその容姿はかつてアニメで見た星井美希そのものであった。
小さな顔にクリッとした瞳、そして中学生とは思えないプロポーションを兼ね備えた私は、まさにアイドルになるために生まれてきたと言っても過言ではないだろう。
しかし何もかも順調とはいかない。
抜群の美少女に成長してしまったことで周りの男子が放っておかなかったのだ。下心剝き出しの目を向けられることになるが、正直これがかなりきつかった。というかキモイ。
星井美希として成長してきたこともあり、女性として生きることに抵抗はほとんど無いが、男を好きになることはなかったし、これからも好きになることはないだろう。というか普通に女の子が好きだ。そこだけは男としての前世の感覚を強く引き継いでいるようだ。
……と、話が逸れてしまった。
とにもかくにも、アイドルとして自分を磨き続けた結果、自分で言うのもなんだが、見た目のみならず、その実力もプロのアイドル顔負けというレベルに達している自信があった。
でもそれを知っているのは家族も含めて私だけだ。あくまで私がその実力を発揮するのは、アイドルマスターの主人公である天海春香を始めとした仲間たちと共にと決めていた。
そして私の記憶が正しければ中学生の時には、既にアイドル事務所である765プロに所属していたはずだ。
はずなのに……。
どうして何も起きないまま中学校を卒業しようとしてるの?
……完全におかしいなの。
どこで間違えた……?
アイドルの募集情報については常に目を光らせていた。765プロの存在があれば、すぐにでも応募するつもりだった。
しかしどんなに調べても765プロは見つからなかった。
代わりに世の中ではスクールアイドルなるものが流行り始めていることが分かった。どうも部活版のアイドル活動のようなものらしい。
私も一瞬興味を持ったけど、そのレベルの低さにすぐに興味が失せた。やはり私はプロの世界でこそ羽ばたく存在なのだろう。
しかし、その私の青春は飛び立つことなく終わろうとしていた。
……こんなのってないの。
当たり前だ。私はこのためにこの十年間あまりを独りで一流のアイドルになるべく費やしてきたのだ。
いや、もしかしたらどこかに765プロはあるけど私が探せてないだけかもしれない。だとしたら、こっちから存在をアピールするしかない。
ちょうど今の世の中では動画を通してアイドル活動を発信する動きが活発になってきている。
そこに私の動画を投稿すればいい。今の私ならすぐに有名になるだろう。
765プロに行く前に世間に私の実力を見せることになってしまうがやむを得ない。
せめて星井美希という名前が世間に公表されるのは765プロに入ってからだというところは譲りたくなかったので、黒髪のウィッグを被り変装はしておいた。
というわけで早速動画を投稿してみた。
曲は誰でも知っている有名曲にしてみた。そっちのほうが話題性があると踏んだからだ。そしてインパクトを与えるために素人目にも分かるほどの難しく、しかし可愛く人を惹きつける振り付けを考えた。自身の将来もかかっているのでかなり真剣に考えた。その甲斐あってかかなり自信ありだ。
そして765プロから声を掛けてもらえる可能性を少しでも高めるために動画の概要欄に「中学三年生ですが、プロを目指してます」とだけコメントしておいた。
動画は見事に世間の注目を集めることに成功した。
投稿した動画は、瞬く間にその再生回数を伸ばしていき、その数は千、万、十万……とうなぎ登りだった。
コメントの数も凄まじく、十個ほど読んだところで他を読むのは諦めた。
しかし、それらのコメントはどれも私への称賛に類するもので正直嬉しかった。
望んだ形ではなかったが、これまで努力した結果が報われたのだ。当然と言えば当然なのかもしれない。
これがアイドル。皆に楽しんでもらって、自分もそれを見て嬉しくなる。
改めてアイドルというのはみんなを幸せにする素晴らしいものだと実感した。
765プロに所属できなかったことでモチベーションが下がりつつあったが、これによって一気にモチベーションが回復させることができた。
そして動画を投稿した次の日には、とうとうランキングでも一位をとった。
二位と大差をつけた文句なしの一位だった。
ちなみに二位は、『A-RISE』というアイドルグループだった。どうも最近女子高生や女子中学生に人気のスクールアイドルのようだった。試しに一つだけ動画を見てみたが、元々動画のランキングで一位を取っていただけあって、他のスクールアイドルとは一線を画す実力だった。三人のグループだったが皆動きも歌も悪くない。全員の魅力を存分に伝えることができていた。特に真ん中のショートヘアの子からは絶え間ない努力が窺えた。
私はスクールアイドルでも実力がある人達もいるんだと認識を改めることにした。
……はぁ、早く765プロでアイドル活動したいの。
それからは、そんな淡い願いを胸の内に秘め、日々を過ごしていった。
しかし、念願の765プロから声がかかることはなかった。
代わりに他のアイドル事務所からスカウトはいくつもきたがすべて断った。
後はスクールアイドルの強豪校らしいUTX学園というところからも是非うちに来てほしいというコメントもあったが断った。そもそもプロを目指したいと言っているのに、なぜスクールアイドルにならなければならないのか。
それからも私は諦めずに定期的に動画を投稿し続けた。
……さて、今日も張り切って練習しましょうか。
見慣れたダンスレッスン室に踏み入れ、ストレッチを開始する。
まだ練習まで時間があり辺りはシンとしている。私はこの朝独特の清々しい雰囲気に包まれた静かな空間を密かに気に入っている。
ストレッチ後は、昨日練習して課題ありと判断したステップを復習していく。
その時だった。
ドタドタとこの学園には珍しく慌ただしい音を立てて近づいてくる音が聞こえてきた。
「ツバサ!! いる!?」
ドアを乱暴に開けて姿を現したのは同じグループのあんじゅだった。
はぁはぁと荒い息を吐くその様子は。普段の落ち着いた彼女の様子からはかけ離れていた。なぜかその手にはパソコンを持っている。よほどの緊急事態でもあったのだろうか。
「どうしたのあんじゅ? ドアを乱暴に開けたらだめじゃない。」
「あぁ、もう、その様子じゃやっぱり知らないみたいね。説明は後にするからとりあえずこれを見て!」
そうやって半ば無理やりパソコンを開いてこちらにその画面を見せてくる。
あんじゅの様子を訝しげに思いつつも、画面に視線を移す。そこには、一人の女の子が映っていた。
非常にスタイルがよく、彼女の純真無垢な笑顔は見ているだけで惹きつけられるようだった。
そんなことを思っていると曲が流れ始める。最近世間で流行った有名曲だ。
そして彼女は踊り始めた。
私はその姿に心を奪われてしまった。
画面の中の女性が、舞うたびに、歌声を聞くたびにどんどんと引き込まれていく。
見たことのない難解なステップを軽々こなし、完璧な音程で歌い、豊かな表情を浮かべるその姿はまさしくアイドルの中のアイドルだった。
気づけば動画は終わっていた。そのことに気付くのさえ数秒かかった。
それほど私の意識は深みへとはまっていた。
私の中には、同じアイドルとしてこの女の子に対するとめどない敬意とそれと同じくらいの畏怖を感じていた。
それはそうだ。見た感じ自分たちと同じくらいの年齢と思われるが、アイドルとしては既にプロの領域に達している。……いや、プロの中でも間違いなくトップレベルの実力を持っている。
私は幼少からトップアイドルを目指すべく努力をしてきた。
だが私とこの女の子の実力差は天と地だ。
だからこそ、この女の子が本当に凄いという事が分かってしまう。
「……この人は?」
ようやく私は声を出すことができた。しかしその声は震えていた。
「……誰かは知らないわ。完全に無名の子らしいわ。昨日、動画を投稿したみたいなんだけど、あまりにも完成されたダンスと歌声だったでしょう? すぐに話題になったってわけ。……しかもこの子はまだ中学三年生らしいわよ。信じられないけど本人がそう言っているわ。」
……は?
……中学生?
あり得ない。
それが最初に出た感想だった。
むしろ高校生だとしても信じられないくらいだ。
あれほどまでに完成された実力をまだ体が完全に出来上がっていない中学生が身に付けられるとも思えなかった。
……もし、本当に中学生だとしたら神が与えたとしか思えない天賦の才があるとしか考えられない。あるいはこの子自身が実はアイドルの神様ではないだろうか。そんなことを考えてしまう。
「まあ驚くわよね。私も昨日見たときは驚いたもの。……それでこの子についてだけどもう一つ情報があるのよ。」
「……何?」
「この子プロを目指すらしいわよ。昨日、動画を投稿したばかりだけど既にこの子の実力に目を付けたいくつかの事務所が早速スカウトのコメントを送ったらしいけど、全て断ったらしいわ。」
「……つまりスクールアイドルとしてラブライブで優勝を目指すということね。」
「……ええ、そういうことよ。」
今、アイドルのプロになる道は基本的に二つあると言われている。
一つ目は、アイドル事務所の育成学校に通い、そこで将来有望だと認められること。
二つ目は、アイドル事務所から直接スカウトされるパターンだ。
だが、来年以降からはもう一つの方法が生まれる。
まだ公式には発表されていないが、すでにその噂は広がりつつある。
その方法とは、スクールアイドルとして成果を残すこと。
ここでいう成果とは、来年から開催されるというラブライブの優勝を指す。
ラブライブとは、全国のスクールアイドル同士がぶつかり合い、その頂点を決める大会だ。
ラブライブで優勝出来ればそのスポンサーであるアイドル事務所に入りプロとして活動できる権利が与えられるのだ。
そして今、この方法でプロになるのが誰なのかと世間の注目を集めている。
この方法でプロになることが、名誉であり最も華があるとさえ言われているからだ。
その為、この謎の女の子がその道でプロのアイドルを目指すことは別に不思議でもなんでもない。むしろこれほどの実力の持ち主だ。その道を選ぶのが必然とさえ思える。
だがそれは来年に私たちの前に立ちはだかってくるということを意味している。
「……二人とも来ていたか。……その動画を見たか。」
そこに最後のメンバー、英玲奈が現れる。クールキャラが売りの彼女だがその表情には動揺と焦りが浮かんでいる。
だがそれはそうだ。私たちはラブライブの優勝の最有力候補だったのだ。
しかし、それは昨日までの話。このままでは私たちはこの謎の女の子に完膚なきまでに敗北するだろう。実際に動画のランキングでも私たちは二位に転落してしまっている。
彼女と私たちの実力差は明確。例えこれから努力してもその差を埋められるとは到底思えない。
……何を弱気になっているの?
私は困難な壁にぶつかるたびにそれを乗り越えてきた。
高校卒業後はプロになるつもりだった自分は、むしろこのそびえ立つ壁を乗り越えなければならないのではないだろうか。
それを成し遂げてこそ私は、胸を張ってプロのアイドルになれる。
先ほど私はこの女の子をアイドルの神様だと表現したが、これはまさしく神からの試練なのかもしれない。
無理だと思ったらそれまで。必ず彼女に勝ってみせる。
……それに案外、私以外にも彼女を超えようとする子も現れるかもしれないしね。私も負けてられないわ。
「確かにこの子は凄い……。でも関係ないわ。私たちはこれまで通りに私たちにできることをしていきましょう。……勿論、この子に負けるつもりなんて毛頭ないわ。」
そんな私の言葉に二人は驚いたような表情を浮かべる。しかしすぐに私と同様に挑戦的な笑顔を浮かべてきてくれる。
「……そうね。ツバサの言う通りね。」
「……ああ、必ず勝とう。」
それから私たちは、すぐに自主練を開始し、その内容にこれまで以上の熱を込めるのだった。
「亜里沙ー。夕食にするから用意を手伝って。」
作り終えたおかずをお皿に盛りつけながらそう声をかける。
……ふふ、今日の夕食は自信ありよ。美味しいって言ってくれると嬉しいわね。
地毛である輝くような金色の髪をポニーテールに纏めているそれが本人の意思を反映するかのようにぴょこぴょこと揺れる。
しかしいくら待っても亜里沙からの返事はない。いつもは「は~い」と可愛らしい返事をしてくれるのに。
……何かしてるのかしら。
仕方ないので直接呼びに行くことにする。
部屋の扉をノックをしても返事がないので、「入るわよ」と言い、部屋に入っていく。
私と同じく金色のふわりとした髪を持つ亜里沙は、イヤホンをしながら自分の机に向かい合うように座っており、パソコンの画面を注視していた。目をキラキラさせながら画面を見続けるその様子からよほど面白いものを見ているのだろう。
邪魔したくはない気持ちはあるものの、このままではせっかくの夕食が冷めてしまう。
「ほら亜里沙、夕食……よ……。」
しかし、亜里沙が見ているパソコンの画面をちらっと見て固まってしまう。
どうも亜里沙は女の子が躍っている動画を見ていたようだ。どこかの公園で、ホームビデオか何かで撮っているようなので、プロではないのだろう。
しかし、その踊りのあまりの完成度には目を見張るものがある。
自分も過去にバレエをやっており、踊りについては知識があるし、ある程度の自信がある。
最近スクールアイドルというものが流行っており、女子高生がアイドル活動をしているが全員素人にしか見えず、正直馬鹿にしていた。
しかし、この子は違う。年齢は恐らく自分と同じくらいだろう。もしかしたらスクールアイドルなのかもしれない。
だとしたらスクールアイドルに対する認識を改める必要がある。
……凄いわ、こんな子が日本にいるなんて。
気付けば私もその子が躍る姿に釘付けになっていた。
そしてあっという間に時間は過ぎていき、動画は終わった。
ここまで感動したのはいつぶりだろうか。今の私の心の中は彼女の踊りをもっと見てみたいという欲求でいっぱいだった。
「……ハラショー。かっこいい……ってお姉ちゃん!?」
うっとりした様子で画面を見つめていた亜里沙がようやく私の存在に気付いたのか、そのくりっとした可愛い目を大きく見開く。
「亜里沙、夕食の時間よ。準備を手伝ってちょうだい?」
「え、あ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって。」
「ふふ、いいのよ。それに私もちょっと見たけどこの子凄いわね。有名な子なのかしら?」
しゅんとする亜里沙の頭をよしよしと撫でながらそんなことを聞いてみる。後でさっきの子の動画を色々見てみようかななんて思っての質問だ。
「凄いよね!! 私感動しちゃった! ……でも誰かは分からない。無名の子だって。でも来年から高校生だからスクールアイドルになってプロになるってみんなが言ってるよ!」
「……え、今中学生っていうこと? ……信じられないわね。」
てっきり自分と同じ年齢位だと思っていただけにかなり驚いた。
というか中学生でこれだけの踊りを踊れるものなのかしら。
……スクールアイドル、ね。
そういえば私の学校にも昔はスクールアイドルをしていた子達がいたっけ。
もう少し早くこの子が出てきてくれてたら或いは私も……。
そんなことを思いながら、愛しの亜里沙と共に夕食の準備へと向かっていった。
初めて動画を投稿してからも定期的に動画を投稿したが、結局765プロの存在を確認できないまま無情にも時は流れていき、私は高校生になった。
ちなみに高校は家から一番近いという理由で普通の公立の高校に入学した。
ここはアイドルマスターの世界ではない。
そう結論付けるしかなかった。
動画を投稿し続けたことで私は有名になった。動画サイトのチャンネルの登録者数も百万人を超えたし、アイドル業界で私を知らない人はいないだろう。
それでもなお、765プロの存在が影も形も見えないというのは、ここがアイドルマスターの世界じゃないと判断せざるを得ない。
もしかしたらアイドルマスターの世界だけど、何かが狂って765プロの事務所が存在しない世界になってしまったのかもしれない。この場合、アイドルマスターに登場していたキャラ達はどこかにいるということになるが、これまで一度も会ってないし探しようもない。試しにネットで知っている限りのアイマスのキャラの名前で検索をかけたが、成果はなし。
まあ、どちらにしても765プロに入れないことに変わりはない。
そうなるとこれから私はどう生きていけばいいのかという疑問が残る。
765プロがないならばこのまま別の事務所に所属し、アイドルとして生きていくことが順当だろう。
これまでアイドルになるために人生を捧げてきたのだ。今更別の道に進むつもりはなかった。
しかし、妙なのが動画を投稿するたびに、スクールアイドルでのラブライブの活躍を楽しみにしてます。といったコメントがよく来るのだ。
なぜか世間では、私はラブライブとやらのスクールアイドルの全国大会で優勝し、プロのアイドルを目指すということになっているらしい。
そしてプロのアイドル事務所からもラブライブでの優勝を果たした後は、是非うちに来てくれというコメントが来る始末。
どうしてそうなったのか分からないが、プロのアイドル事務所も含めて皆がそう言うからには、私はスクールアイドルになろうと思う。
最終的にプロのアイドルになれるならば別にいいかと考えたし、ファンの要望に応えるのもアイドルとしての務めだろう。
でもそれならいつか推薦が来てたUTX学園とやらに行っておけば良かったと後悔している。スクールアイドルの強豪校ということは設備も整っているだろうし。しかし一度断ってしまった手前、そこには行きづらかった。
まあ、別にどこの学校でもやることは同じだろう。
スクールアイドルは、曲、衣装、ステージの全てを自分たちで用意しなくてはいけないらしいが、その問題は既に解決している。
というのも毎回、既存の曲や私服で動画を投稿していたら、是非この曲を使ってくださいと作曲してくれた視聴者がいたのだ。
それがなかなかにいい曲だったので喜んでその曲を使わせてもらったら、作曲をしてくる視聴者が続出したのだ。今では毎回視聴者の送ってくれた曲を選定し、使わせてもらっている。
衣装についても同様だ。是非この衣装を使ってくれと衣装の写真を送ってくれる視聴者が続出した。しかし衣装に関しては、実物を送ってもらうとなると住所ばれするし、何より顔も知らない人の手作りというのは抵抗があったので遠慮していた。
しかし、ある衣装がとても私の好みであり、どうしても着てみたくなったことがあった。
そこで、その人にだけ個別に連絡をとり、電話で会話してみた。
その人は女性であり、とても甘い声で聴いているだけで耳がとろけそうだったのを覚えている。ちなみにその人のアカウントの名前は、『ミナリンスキー』さんだった。
電話でしばらく会話して、信頼できる人と判断したので住所を教え、衣装を送ってもらった。それからも定期的に衣装を送ってくれるので大変助かっている。
毎回電話でお礼は言っているものの、いつかミナリンスキーさんには面と会ってお礼をしなくてはと心に誓い、毎回その衣装を着させてもらっている。
後はステージをどうするかだが、まあこれはどうとでもなるだろう。周りの男子に適当に「お願い♡」とでも言っておけば用意してくれるだろう。
本当、美少女って無敵だと思う。この体に転生してからつくづく世界は不公平だと痛感させられる。
そういうわけで、私は高校生の入学式の日、のんびり歩きつつ学校に向かっていた。
桜の並木道であり、舞い散る桜の中を歩くのはなんだか感慨深いものがあった。
しかしその道中、事件は起きた。
「わわわわわ!? 遅刻だ遅刻ー!!」
「だからあれほど目覚ましはかけたかと確認したではありませんか!」
「うぅぅ、目覚ましはかけたけど知らない間に止まってたんだもん……。」
「どうせ穂乃果が寝ぼけながら止めたのでしょう!」
「わーん、ことりちゃーん。海未ちゃんが虐めるよー。」
「……あはは。」
やけに響く声が聞こえてくると思ったら、前から三人の女の子が慌てたように走ってくる様子が見えた。あの制服は音の木坂学院のものだろう。
どうも遅刻になりかけで急いでいるらしい。ていうかもしかして私もヤバイ?
そんなことを思いながらも、全員文句なしの美少女であった為、何となく目を奪われていると既視感があった。
……んん??
あの三人、どこかで見たような気が……。
何だったか……。
……あ。
「ちょっと待ってください、なの!!」
気づけば私は大声を出し、その三人の前に立っていた。
三人は突然現れた私に驚き、急ブレーキをかけてくる。
が、間に合わず。
「うわああああ!!」
私の前にいた淡い茶色に髪色を染めたサイドテールが特徴的な女の子がその顔を青くし叫びながら向かってきて、そのままゴチンと鈍い音が辺りに響いた。
……めっちゃ痛い、なの。
おでこに激痛が走る中涙目になりつつ、同じく目の前でおでこを押さえて「うぅぅぅ~」と悶える女の子をよく観察する。
……間違いない。
「……あの、突然ごめんなさいなの。でもあなたの名前を聞きたいの。」
「ふぇ? 名前? ……高坂穂乃果ですけど。」
おでこを押さえて戸惑いつつも、そう答えてくれる。
決まりだ。
ここはアイドルマスターの世界じゃない。
ここは『ラブライブ』の世界だ。
そしてこの高坂穂乃果こそ、ラブライブの主人公だ。
とういうか、視聴者からのコメントでラブライブ という単語が出た時点で気付くべきだった。
なるほど、そりゃ765プロがあるわけもないし、ほかのキャラに会えるわけもない。
生まれて十五年でようやく合点がいった私は目の前の三人の存在を忘れて一人思考に耽ってしまった。
だからこそ目の前で、一人の女の子に「この声もしかして……」と、呟かれたことに気付かなかった。
……なるほどなるほど、ここはラブライブの世界だったんだねー。
ここで私は膝をガクリと折り、その場に崩れてしまう。
心優しい三人はそんな私を心配そうに気遣ってくれる。
しかしそんな三人に気を回す余裕はない。
……だって。
俺、ラブライブ全然知らねえよ。
うん、知ってはいる。知ってはね。
でもアニメは見たことはないし、どんなストーリーかも分からない。
ただ有名な作品だったので全員の顔は何となくは覚えている。そして主人公である高坂穂乃果のみ名前も覚えていた。
しかしその程度。それ以外の情報は知らない。
まあ、ラブライブというタイトルがついているくらいなのだから、スクールアイドルとして切磋琢磨していくようなストーリーだとは想像できる。
でも本来この世界には異物でしかないはずの星井美希という存在はそんなスクールアイドルの世界に影響力を持ちすぎてしまっている。
このままではラブライブの本来のストーリーを滅茶苦茶にしてしまう恐れがある。……いや、アイドル業界でこれだけ有名になってしまったんだ。既に狂い始めている可能性の方が高いだろう。
……どうしよう?
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第二話
「……あの、大丈夫ですか? ……まさか今ので骨にひびが入っちゃったとか!?」
自分は何も悪くないというのに、顔を青ざめさせて慌てふためく穂乃果さんを見ているとなんだか可愛く見えてくる。まあ元から可愛いけど。
この様子を見るに、どうも穂乃果さんは、おっちょこちょいな性格なようだ。主人公はおっちょこちょいな性格というのがデフォなのだろうか?
「ううん! なんでもないの! 急に呼び止めてごめんなさい。」
いつまでも心配させておくのは悪いので急いで立ち上がり、こちらが動揺していることは一切顔に出さず代わりに満面の笑顔を浮かべて心配ないことを伝える。ウインクもおまけしておく。
そんな私を見た三人はポーッと心ここにあらずといった様子でこちらを見つめてくる。
しかし、そのうちの一人がハッと我に返ると「あ、あの……」と、小声で呟きながら、おずおずといった感じで私の前に進み出てくる。
丁寧に手入れされていることが分かる腰まで伸びた艶のあるグレーの髪色と、なんといっても頭の上にちょこんと乗ったとさかのような可愛いらしい髪型をした女の子だ。全体的におっとりとした雰囲気を持っており、思わず守ってあげたくなるような女の子の中の女の子といった感じだ。
……結構タイプなの。
今度は私が目の前の女の子に見惚れてしまう。自分には無い可愛さを持つこの女の子がとても魅力的に見えてしまう。
「……はっ!? 穂乃果にことり! 早くしないと本当に遅刻してしまいます!」
しかしここで、凛とした佇まいと敬語口調の大和撫子を彷彿させる女の子の一言で、私たちの意識が現実に引き戻される。
穂乃果さんは急いで携帯で時間を確認するとその顔色をどんどん悪くしていく。
「あぁっ! 海未ちゃんの言う通りだっ! このままじゃ二年生初日から遅刻だ!? ことりちゃん早く行こう!」
「え? あ、ちょ、ちょっと!」
そのまま穂乃果さんと海未さんは、私に軽く会釈だけするとそのままことりさんの手を引っ張って走って行ってしまう。
ことりさんは、後ろ髪を引かれるように私の方をちらっと振り返るが、やがて観念したのか、そのまま前を向き、他の二人と共に走っていく。
……みんな可愛かったなの。
穂乃果さんに、海未さん、ことりさん……か。
あっ、私も時間やばいなの!?
その後全力ダッシュで学校に向かう羽目になったが、幼少頃から体力を鍛えていたおかげで何とか遅刻せずに間に合った。
入学式を無事終え、群がってくる男子どもを適当にあしらっているとあっという間に放課後となった。
晴れて高校生になったわけだが、特に変ったことはなかった。
ただ、ちょっと気になったのは今年の入学生の数が多かったくらいだろうか。去年の倍近くの入学生がいたらしい。少子高齢化が進む中での異例の数だったらしく、特に女子の比率が多いそうだ。理由はよくわからないが女子が多いのは私としては嬉しい限りだ。
今日は午前までで終了なので昼食前の下校となる。
私はすぐには帰らず、教室の窓からぼんやりと空を眺めながらはぁと溜息をつく。
そんな私の姿を見て周りのクラスメイトから見惚れたような視線を感じ、何やらヒソヒソ話されているようだったが、どうでもよかった。
……これからどうしようかな。
本来なら今日、早速スクールアイドル部に入部申請するつもりだった。
しかし、この世界がラブライブの世界であることが分かり、その行動に待ったがかかる。
きっと彼女たちには本来、見ているこちらが熱くなるようなスクールアイドルとしての様々なストーリーが待っているのだろう。
それを私の行動で無茶苦茶にしてしまうのは気が引けた。
約束されていた輝かしい青春を迎えることができない辛さはこの身をもって経験しているからだ。
勿論、私と違って穂乃果さん達は自分たちが実はアニメ作品の中のキャラだと認識しているはずもないのでそんなことを思うはずもないが。
それにもう既に無茶苦茶になっている可能性もあるので今更かもしれないが……。
要は私の考え方次第なのだが、どうしても引っかかるのだから仕方がない。
こうなってくるとやっぱりプロの世界に行くべきか……。
そんな考えが頭をよぎる。
というかそもそもなぜスクールアイドルにならないといけないかよくわかっていない。周りがそれを望んでいただけなのでそれに合わせようと思っただけだ。
そんな投げやりな考えでいいのかと思うかも知れないが、別に構わないと思っている。というのも、本音を言うと765プロのみんなとアイドル活動ができないと分かった時点で私のモチベーションはかなり下がっているからだ。
後は、プロの世界でもライバルになるような人達がいなさそうなのもモチベーション低下の理由の一つだ。765プロのみんながいれば、そう思わずにはいられなかった。最近は、アイドル業界についてもほとんど調べてすらいない。たまに諦めきれず、765プロがないか確認する程度だ。
勿論、アイドル活動は楽しいと思うし、続けたいとも思ってはいる。しかし、かつてのやる気があるかと言われると答えはノーだ。
そういうわけで別に今すぐプロに行く必要はないと思っていたし、スクールアイドルも一応アイドルであることに変わりはないので、別にいいかと思っていた。
何ならしばらく何もかも忘れて遊んでもいいかなとさえ思っている。これまで一切遊ばずにアイドルに費やしてきたのだ。それくらいは許してくれるだろう。
しかし状況が変わった今はそうも言っていられない。まずは状況の整理だけでも早急に行う必要がある。
……まずは穂乃果さん達と接触していくことからかな。
そんなことを考えながらふと正門前に視線を移す。そして瞳に入り込んできた光景に思わず目を見開く。
急いで回れ右をして、早速仲良くなったクラスメイトの女の子たちに別れの言葉を述べ、急ぎ足で正門まで向かっていく。
正門まで近づいていくと、数人の男子が何かを取り囲むように群れをなしていた。そしてその中心にいるのはことりさんだった。
そう、なぜか朝に出会ったことりさんがこの高校の正門前で誰かを待っているのが教室から見えたのだ。その姿を見た瞬間、ことりさんが去り際こちらを振り返った姿が重なったのだ。
もしかしたら私に用かも。その可能性を考えると居ても立っても居られなかった。まあ、違ったら違ったで構わない。どのみち接触するつもりだったのだ。
そのことりさんは、どうもうちの学校の男子どもからナンパされているらしい。そしてどう見てもことりさんは困っている……いや、怯えているようだ。早く何とかしなくては。
……ここはベタだけど、この方法で。
「ごめ~ん! ことりさん! 待ったなの? みんなごめんね? 今からことりさんと美希の二人きりでデートなんだ~!」
そう言いながら、飛び込むように、ことりさんの腕に自らの腕を絡めて今からデートですよと周りにアピールする。先約があるからお前らは引っ込んでろという作戦だ。
腕を組みにいったのも仲良く見せるための作戦だ。決して他意はない。
ちなみにことりさんは凄く柔らかくてとても甘ったるいいい匂いがします。
ことりさんは突然の私の登場に「えっ、えっ!?」と顔を真っ赤にして何が起きているのか理解できていないようだ。可愛い。
周りの男子も私の登場に面食らったようだが、すぐに我に返ると何か言ってこようとするが、笑顔を向け男子達の動きを止める。
「じゃ、行こっか!」
「う、うん。」
そのまま戸惑うことりさんの手を引き、急ぎ足でその場を離れていった。
……そろそろ来る頃かしらね。
大好きなアイドルグッズに囲まれた学校の一室で私はそんなことを思いながら、パソコンをいじり、最新のスクールアイドルについての情報をチェックしながらその時を待つ。
鼻歌交じりにその小さな体を揺らすたびに、彼女のツインテールもゆらゆらと揺れる。
そしてその時はすぐにやってきた。
コンコンと扉のノック音が室内に響く。「どうぞ」と声をかけるとすぐにドアがガチャリと開く。
「こんにちは。また来たわよ、にこ!」
「やっほ~、にこっち。」
やって来たのは、音ノ木坂学院の現生徒会長と副会長改め絵里と希である。
絵里は満面の笑みを浮かべ、少々興奮気味である。絵里がここに来るときはいつもこの調子だ。ちょっと前までの頑固でクールな姿からは想像もできないほどの変わりようである。他の生徒が見たらどう思うのか……。
一方の希は、にこにこと笑顔を浮かべており、手をフリフリとこちらに振っている。こちらは以前からその態度に大きな変化はないが、最近は接触する機会が増えたからなのか冗談を交えた絡みが増えてきた気がする。
……相変わらず、この二人が並ぶと絵になるわね。
絵里はロシア人の血を引き、真っ白な肌にモデルのような体型であり、希もどことは言わないが高校生とは思えないほどの抜群のプロポーションを持っている。
まあ、可愛さなら私も負けないけどね。
「……また来たのねあんた達。」
「またまた~、うち達が来て嬉しいくせに~。」
そう言いながら、頬っぺたをツンツンしてくる希を引きはがしていると、絵里がこちらに迫ってくると私の真横に椅子をつけてくる。
「それでにこ! ミキミキちゃんについて何か新情報はないのかしら?」
そう聞いてくる絵里の表情は子供のようにキラキラと輝いている。
だが、これは絵里に限った話ではない。ミキミキのこととなると皆こうなっているだろう。私も例外ではない。
ミキミキとは動画サイトのアカウント名であり、少し前に彗星の如く現れたプロのアイドルを目指している無名の女の子である。
そのダンスと歌声は、既にプロの世界でもトップアイドル級であるとの声も上がるほどの完成されたものだった。
そして、数多のプロのアイドル事務所の勧誘を断った彼女はまずスクールアイドルになることが分かった。
全国的に本日が高校の入学式の為、スクールアイドルが好きな者ならば、ミキミキがどこの学校のスクールアイドルになるのかは気になるところだろう。私も今、そのことを調べていたが、めぼしい情報はなかった。
「残念ながらまだミキミキがどこの学校のスクールアイドルになったかは分からないわ。」
「……そう。」
あからさまにがっかりする絵里。まあ気持ちは分からなくはない。
そんな様子の絵里を見た希は、話を切り替えるように話題を振ってくる。
「確かこの辺に住んでいるんよね? そのミキミキちゃんは。」
「そうよ。」
ミキミキが投稿する動画はいつもどこかの公園や河原などで撮られている。その背景からおおよその住んでいる場所が特定されたのだが、それがなんとこの辺りだったのだ。
そしてそのことから彼女が進学する学校もある程度特定することができた。
実はこの辺りはスクールアイドルの強豪校が多くあることでも有名である。その筆頭は、現スクールアイドルの頂点に君臨しているA-RISEが所属するUTX学園である。
当初、ミキミキもこの強豪校のどこかに行くものだと誰もが予想していた。しかし、ミキミキはUTX学園のスカウトを断ったのだ。
世間は戸惑った。家も近いはずだし、スクールアイドルを目指す者にとって最高の環境が整っているUTX学園に行かない理由は何か。
現在、その解答の最有力候補としては、ミキミキは逆にスクールアイドルとして無名の高校に行き、そこで一気に頂点まで登ろうとしているのではないかということだ。
確かに有名校でトップを勝ち取るより、無名高でトップを勝ち取る方がドラマ性があり、話題性も格段に上がる。そしてミキミキならそれが可能だった。十分に考えられることだった。
では、無名高としての候補はどれくらいあるのかということだが、これが意外にも少なかった。
なんとそれは私たちの音ノ木坂学院を含めて僅か三校だった。
そしてここからが驚きだったのだが、そんな確証のない情報だけで、ミキミキと同じ高校に行きたいと、この三校への入学希望者が殺到したのだ。
本当にこの三校にミキミキが入学してくるか分からない。しかも仮にその三校のうちに入学したとしても三分の二ではずれを引くというのにだ。まあこれについては、最悪同じ学校でなくても、近くの学校にミキミキがいる可能性が高いならそれでもいいかという考えも持っているようだった。
それほど、ミキミキの影響力は絶大なのだ。ちなみに私も逆の立場だったらこの三校を目指しただろう。
願わくば、この音ノ木坂学院にミキミキが入学してくれないかと思ったが、先ほど一年生を見に行き、それらしい人がいないことは確認してしまった。まあミキミキは変装していると自分でも言っているので、見抜けなかっただけの可能性もあるが。
「でもすごかったな~。そのミキミキちゃんの影響であの入学生数なんやろ? まさか四クラスもおるとは思わんかったわ。」
「……それはそうよ。ミキミキちゃんはそれくらいの凄い子だもの。」
「でも純粋な疑問なんやけど、ミキミキちゃんにはプロからスカウトが来てるんやろ? なんでプロに行かへんの? 別にスクールアイドルにならんでもいいような気がするんやけど。」
希のそんな発言に私と絵里はガタリと無言で立ち上がり、希に詰め寄っていく。希はそんな私の様子に「え、え?」と珍しく戸惑っている。
「はぁー、いい希? ミキミキがプロの前にスクールアイドルになるのには、ちゃんと意味があるのよ。」
それから私はいい機会だったので希にスクールアイドルについても含めて、丁寧に一から説明してあげた。
ミキミキが現れるより少し前から発足したスクールアイドルはどんどん人気を集めていった。
その人気ぶりから、だんだんと各メディアにも取り上げられ、有名になっていった。
その人気を爆発的に押し上げたのがA-RISEの存在だった。彼女たちが高校二年生の時には、その実力は既にスクールアイドルのみならず、プロの業界でも通用するほどの実力を兼ね備えていた。
特にリーダーである綺羅ツバサのアイドル性は世の中の女子中学生、女子高生を夢中にさせた。勿論、優木あんじゅ、統堂英玲奈の二人も他のスクールアイドルと一線を画す実力を備えていることは明確だった。そんなA-RISEの認知度はプロにも引けを取らないものだった。
A-RISEの活躍に後押しされるように、スクールアイドルになる者は飛躍的に増え、元からスクールアイドルをやっていた者達も、これまで以上にその実力を磨いていき、よりスクールアイドル界は熱を帯びていくことになる。
そして、ついに今年、盛り上がるスクールアイドル界のNO1を決める大会『ラブライブ』が開催されることが決まった。
そして、ラブライブで優勝すればプロになることができるという情報も同時に広まっていく。
このことにより、スクールアイドル界はプロの業界をも巻き込むこととなり、前例のないほどの盛り上がりを見せることになる。
ここで優勝すれば間違いなくアイドル界の歴史に名を刻むことになり、アイドルとしての栄光を勝ち取ることができるのだ。
「なるほどなー。色々事情があるんやね。」
「そういうことよ。ラブライブで優勝するという事はアイドルにとってとても重要なことだし、今後のアイドル活動でも必ず財産になるわ。」
そして、元々盛り上がっていたスクールアイドル界はミキミキの登場により、最早誰にも止められないほどの勢いを得た。
この歴史的瞬間を私は絶対に見逃さないと誓っている。
「でも、そうなるとミキミキちゃんが優勝は間違いないんじゃないの?」
「……そうね、その見方が大多数よ。でもね、A-RISEもこのまま終わりというわけでもないと思うのよ。特に最近のA-RISEの伸びは以前と比較にならないわ。一部では、もしかしたら……なんて声も上がっているほどだしね。それにミキミキみたいにまた凄い人が現れる可能性だってあるかもだしね。」
希は「ふーん」と言った後、私にニマニマした顔を向けてきて
「……じゃあ、私たちがスクールアイドルになってその凄い人になってみる?」
そんなことを言ってくるのだった。
「……はぁ、馬鹿なことを言わないでよ。」
その言葉二年前に聞きたかったわ、とは心の中でとどめておいた。
希の言葉を受け、横で絵里が真剣な表情を浮かべ、何かを思案しているのには気付かなかった。
「あーあ、海未ちゃんはお家の習い事で、ことりちゃんも何かの用事で隣の高校まで行ってくるとか言ってたし……。」
制服から着替えもせずに自室の机に顔を突っ伏し、愚痴をこぼしながら足をバタバタさせる。
海未ちゃんは仕方がない。昔から家の事情で忙しいのは分かっている。
でもことりちゃんは違う。いつも私と一緒にいてくれたのに、最近あるアイドルに夢中になっているらしく、それのせいで私と遊ぶ時間が前より減ってしまった。
確かそのアイドルの名前はミキミキちゃんと言っていた気がする。
私はアイドルには全く興味がないのでよくわからないがそんなにもいいものなのだろうか?
……それにしても暇だなぁ。
何かわくわくするような事件でも起きてくれないかなぁ。
なんとなく。本当になんとなくだった。
自分の携帯でミキミキと検索をかけてみた。
するといくつかの動画が出てくるが、それを見て驚く。
……すごい。どの動画も再生回数が数百万回とかじゃん。
試しに適当に一つの動画を押してみる。
ページが開き動画が再生される。
そして……
学校の近くにあった小さな公園にやって来た私達は、追手が来ていないことを確認し、ことりさんの手を離す。
「ことりさん、無理やり連れてきちゃってごめんなの。誰かを待ってたんだよね?」
くるりとことりさんの方を振り返りながらそう謝罪を述べる。ことりさんはそんな私の方を見て慌てたように手をパタパタと振ってくる。
「う、ううん! むしろ助けてくれてありがとうございます! ……それに待ってたのはあなたなんです。今朝会った時にさっきの学校の生徒だって分かったから。」
……ん?
この凄く甘ったるく耳がとろけそうな声は……。
まさか……いや、間違いない。
「……もしかして、ミナリンスキーさん?」
それは私の衣装を作ってくれており、定期的に電話で会話を重ねたミナリンスキーさんの声そのものだった。
こんな可愛らしい声の持ち主が二人といるとは思えなかった。
すると、ことりさんは目をぱっちりと大きく見開き、どうして分かったのと言いたげな表情を浮かべてくる。
「わぁっ! やっぱりミナリンスキーさんなの! これって運命なの! ずっと会ってお礼を言いたかったの!」
「じゃ、じゃあ、やっぱりあなたがミキミキさんなんですね! 今朝会った時、声で分かっちゃいました。」
私は動画を投稿する際、星井美希だとばれないようにウィッグを被る以外にも、声色を若干変えるという対策をとっていた。そのおかげで一応これまで正体がばれることはなかった。
しかし、ミナリンスキーさん改めことりさんと電話で話す際は、素の声で話していたので、私だと分かったようだ。
「こほん、改めて自己紹介するの。私は星井美希です!美希って呼んで欲しいの!」
「うん、よろしくね美希ちゃん! 私は南ことりといいます。ことりって呼んでください。」
そういうわけで私たちは、公園から出て適当に歩きながら、思わぬ出会いに感謝しつつおしゃべりに夢中になった。
電話越しでもわかっていたが、ことりさんは凄く優しくて本当に裏表のない良い人なんだということがよく伝わってきた。これで可愛いとか反則だと思う。
ちなみにことりさんはスクールアイドルではないらしい。そもそもことりさんの通う音ノ木坂学院にはスクールアイドル自体がないそうだ。
それが私の影響によるものなのかどうかは分からない。もしかしたら今からスクールアイドルになる可能性だってある。
これはもう少し様子見をした方がいいのだろうか……。
しかし、私の衣装をつくってくれていたのが、ラブライブのメンバーの一人だとは思わなかった。
これはただの偶然なのか或いは……。
「美希ちゃん! 私、美希ちゃんがスクールアイドルで活動するのを応援してるからね! 衣装もどんどん任せてね!」
と、とても嬉しいことを言ってくれるのだが、私はそれにどう反応すればいいかと迷ってしまう。
そんな私を見てことりさんは不思議そうな表情を浮かべている。
ここで何やら周りが騒がしくなっていることに気付いた。
見渡すと、多くの女子中学生やら女子高生が目の前のビルの大きなモニター前に集まっているようだった。
ここは秋葉原だろうか? いつの間にかこんなところまで来ていたらしい。
「あ、そろそろ始まるわよ!」
「楽しみー!」
「最近のA-RISE凄い伸びてるもんね!」
「ミキミキちゃんも凄いけど、私はA-RISEを応援するって決めているからね。」
そんな声が聞こえてきて私も何が始まるのかと気になり、モニターに視線を移す。ことりさんも同様にモニターに目を向ける。
そこにかつて見たA-RISEのメンバーが現れた。
そしてテンポのいい音楽が流れ出し、彼女たちは躍り出す。
私は驚いた。かつて見たときよりも格段にその実力が上がっていたからだ。
前に見てからまだ半年と経っていない。
プロですらここまでの実力を持ったアイドルがどれほどいるだろうか?
気づくと私は、画面の中で輝く三人から目を離せないでいた。
そして音楽が止むと周りから「キャー」と黄色い声援が飛び交う。
ことりさんも「……すごい」と小声で呟いている。
すると、画面が切り替わり改めてA-RISEの三人が映りこむ。
自己紹介から始まり、そのまま学校紹介などが行われていく。
だが、あるタイミングで三人の空気がガラリと変わる。
その挑戦的な瞳にはメラメラと炎が宿り、カメラ越しに誰かを捉えているようだった。
そして、A-RISEのリーダーである綺羅ツバサはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「皆さんご存知の通り、今年はラブライブが開催されます。そして現在の優勝候補は、動画上で大人気を誇っているミキミキさんです。最初は私達ですらそのあまりの実力を前に心が折れかけました。ですが、私たちは諦めずより厳しい訓練を行ってきました。そして私たちは確実にレベルアップを果たして来ましたし、これからもより高みを目指していきます。……ミキミキさん、あなたがこれを見ているかは分かりません。ですが、私たちは必ずあなたに勝ってラブライブで優勝を果たします!」
その瞬間、周囲がワッと沸く。
気づかなかったがいつの間にか周りには埋め尽くさんばかりの人が集まっていた。
そのあまりの盛り上がりは、まるで世界そのものが揺れているようだった。
私は今まで動画上でしかアイドル活動をしていなかった為、このような歓声を生で聞くのは初めてだった。
……ドクン
私の中で何かが燃え上がった。
沢山の感想ありがとうございます。
誤字報告していただいた方ありがとうございます。
最後にすみません。
別の作品も書いてるので頻繁に更新できないと思います……。
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第三話
ドクン、ドクン……と鼓動が全身に響いていく。
全身が逆立つようなそんな感覚。
たくさんのファンの歓声を浴びているA-RISEはキラキラと宝石のように輝いているようだった。
私はそんなA-RISEに羨望の眼差しを向ける。
今、私ははっきりとスクールアイドルになりたいと感じていた。
そしてA-RISEと戦ってみたいと。
「美希も……美希もキラキラしたい……。」
気づけばそんなことを呟いていた。完全に無意識であった。
小さな呟きだったが隣にいたことりさんには聞こえたようだ。
ことりさんはゆっくりとこちらにその顔を向けてくると、優しい笑みを浮かべてきてくれる。
「うん。私も美希ちゃんのキラキラしているところ見たいな。」
ここでようやく私の心の声が漏れていたことを知る。
ことりさんがその言葉を心の底から言ってくれていることはその表情から窺えた。
それが素直に嬉しく後押しされるようにスクールアイドルになることを決意しかけるが、またもストップがかかる。
やはり心のどこかでスクールアイドルになることへの引っかかりがあるのだ。
……もうどうでもいいのではないか?
私がスクールアイドルになることは、ラブライブのメンバーであることりさんも望んでいる。ではそれでいいのではないか?
そんな逡巡している時だった。
「あっ、電話だ。誰だろう……穂乃果ちゃん? ごめんね美希ちゃん。電話が来たからちょっと離れるね。」
ことりさんはそう言うと人混みをかき分けていく。私はそのままA-RISEの姿を瞳に収めながら葛藤を続けた。
ようやく落ち着いた場所にたどり着き、私は電話に出る。
「もしもし。どうしたの穂乃果ちゃん?」
「ことりちゃん! 急にごめんね、今どこにいる?」
電話越しにやたらと大きな穂乃果ちゃんの声が聞こえてきて、反射的に耳から電話を離してしまう。
……どうしたんだろう穂乃果ちゃん?
親友のただならぬ様子に疑問を抱く。
「今は秋葉原のUTX学園前にいるよ。何か困ったことでもあったの?」
「……ゆーてぃいえっくすーがくえん? 分かった! とにかく秋葉原だね!
今からすぐにそっちに行くから待ってて! どうしても直接会って話したいことがあるんだ!」
「えっ!? 穂乃果ちゃん?」
こっちが呼び止める前に電話が切れてしまう。
……本当にどうしたんだろう?
待っててって言われたけど……、ちゃんと場所分かるのかなぁ。
一抹の不安を抱えながら、くるりと美希ちゃんの方を振り返る。
そこには未だ真剣な表情を浮かべてモニターを見つめる美希ちゃんがいた。
……本当に綺麗な人。
人込みの中にいるのに美希ちゃんの存在感は際立っており、遠目から見てもその美貌がよく伝わってくる。それこそ同性である私でも思わずドキドキしてしまうくらいには。
そんな美希ちゃんが颯爽と現れて私を助けてくれた時は心臓が飛び出てしまうのではないかと心配になってしまった。でもあんなにもくっつかれたら誰でもそうなると思う。
……まったくずるい。こっちの気も知らないで。
しかし、そんな格好良い美希ちゃんでも何かに悩んでいるようだ。
先ほどの美希ちゃんの様子を思い返す。
美希ちゃんはA-RISEの人達が映っているモニターを子供のような憧れを抱いた瞳で見つめていた。
美希ちゃんがスクールアイドルになりたいと思っているのだとすぐに分かったが、何か様子がおかしかった。どこか思いつめた表情を浮かべていたのだ。
まるでスクールアイドルになれない何か事情でもあるかのように。
力になってあげたいけど私なんかが美希ちゃんの力になれるだろうか?
美希ちゃんほどの人気を誇っているときっと何か色々な事情があるに違いない。そこへ事情を何も知らない私が土足で踏み込んでしまっても本当にいいのか?
そんなことを考え出すとなかなか前へ踏み出せない。こんなうじうじしてしまう自分に嫌気がさしてしまう。
こういう時、穂乃果ちゃんなら……。
親友の姿を思い浮かべる。
少しおっちょこちょいなところもあるけれど、私や海未ちゃんが前に踏み出せない局面でも私達を引っ張ってきてくれたあの頼もしい姿を。
穂乃果ちゃんならきっと……。
放課後となった教室内には未だ多くの生徒が残っており、賑やかな雰囲気を作り出していた。
晴れて今日から高校生となったのだ。浮足立つのも無理なかった。
……しかし、それにしても皆どこか落ち着かない様子でソワソワしているようだった。何やらスマホを片手に必死に何か情報を集めているようだった。それも一人や二人ではない。多くの人たちがそうしているのだ。
そしてそれは私の親友も例外ではない。
「ねえねえ、かよちん。さっきから何してるの?」
そう声を掛けた先には一生懸命スマホを操作している親友ことかよちんがいた。
普段のおっとりした表情とは一変、真剣な表情を浮かべ眼鏡越しにスマホの画面を見つめるその姿は普段とのギャップもあり大変可愛らしかった。しかし、ずっと相手にされないでいると、こちらも不満が溜まってくるというものだ。
今回も「ん、ちょっとだけ待っててね凛ちゃん。」と言われてしまった。
ちなみにこのセリフは三回目だ。
とはいえ、ここまで真面目なかよちんの邪魔をするのも気が引けてしまう。
そうなるとやることもないので、なんとなく他のクラスメイト達に目を向ける。
すると一人で席に着き、イヤホンを付けながらスマホをいじる女の子が目に入る。
肩下まで伸ばした目を見張るような真っ赤な髪が特徴的な女の子だ。同じ年とは思えないほど大人びた雰囲気を醸し出しておりスタイルもいいときている。
彼女は西木野真姫さん。クラス内でも非常に目立つ容姿であった為、名前も覚えていた。そんな西木野さんが放課後に一人クラスに残って何をしているのか興味が沸いた。
というわけで、こっそり後ろから近づいていくことに。
西木野さんはよほどスマホの画面に集中しているのかこちらの接近に気付くことはない。
そーっと西木野さんに気付かれないよう後ろからスマホの画面を覗き込んでみると、どうも動画を見ていたようで、可愛らしい衣装に身を包んだ女の子が躍っていた。
……へー、意外にゃ。西木野さんこういうの見るんだ。
多分だけどスクールアイドルとかだと思う。かよちんと違ってあまり詳しくはないので確証はないが。
しかし西木野さんがただ動画を見ていたわけでないことがすぐに分かる。彼女は五線譜が書かれた紙に真剣に考えながら音符を綴っていっているのだ。
「何してるの?」
「きゃあっ!」
イヤホンをしているからと、至近距離で大きめの声で質問したのがいけなかったらしい。西木野さんはビクンッと全身を反応させると大声を出してくる。
これにはクラスメイト達も何事かとこちらに視線を寄こしてくる。
「な、なにもないにゃ~あはは……」と皆にアピールしていると、すぐ横から強烈な視線を感じた。
そちらへ目を向けると西木野さんがジトッーと不満気にこちらを見つめていた。先ほど大声を出してしまったことが恥ずかしかったのか、その頬には僅かに朱が差している。
「……何か用?」
むすっとした様子でぶっきらぼうにそう聞いてくる西木野さん。「やっぱりすぐに音楽室に行けばよかったわ」なんて呟いているが、小声の為私の耳には届かない。
「あ、ごめんね。急に声かけちゃって。何しているのかなーって気になっちゃって。」
「……ただちょっと作曲をしているだけよ。」
「作曲? すっごいにゃあ! かっこいいにゃあ!」
「別に凄くないしかっこよくもないわよ。」
「あれ、でも作曲とその動画は関係あるの?」
「……星空さんだっけ? あなたには関係ないでしょう。」
「えー、教えてくれてもいいじゃん。」
「ちょ、ちょっとくっつかないでよ。あぁ、もう! この子に私の曲を使ってほしくて作曲していたのよ。」
西木野さんは、スマホの画面に映る女の子を指さしながらそう答えてくれた。
そう言われて改めて女の子を見て動画のアカウント名を確認する。そこにはミキミキという名前が記されていた。
……あっ、この名前知ってるにゃ。
かよちんが最近一番はまってるアイドルだ。私は見たことなかったけど熱く語るかよちんによれば、今最も注目を浴びている子だったはずだ。
「確かこの子凄い人気なんでしょ? その子の曲を西木野さんが作曲しているの?」
「……私の曲が採用されたのは一回だけよ。ライバルが沢山いるからね。中々選ばれないのよ。」
「でも一回だけでも西木野さんの曲を使ってくれたってことだよね! それって凄いことなんじゃないの?」
「……さあ、どうかしら。でも私の曲を使ってくれた時は凄く嬉しかったわ。だから私はそれからもアイドルの曲について勉強しているの。また私の曲を使ってくれるようにね。」
そう力強く語る西木野さんが少し格好良く見えた。
それに最初は失礼ながら不愛想な子なのかと思ったが、喋ってみると手を止めてしっかりと受け答えしてくれるし、いい子なんだと思う。
「ふーん、でもミキミキちゃんかー。かよちんも凄いって言ってたけどそんなに凄いの?」
「……星空さん。あなたミキミキを知らないの?」
「……え、うん。名前は知ってるくらい。後人気があるってことは知ってるよ。」
「……そう。こんなこと言うのは柄じゃないけれど、ミキミキを知らないのは損をしていると思うわよ? まあ私も少し前まではアイドルになんてまるで興味がなかったんだけどね。」
「え、そうなの? じゃあどうして興味を持ったの?」
「勉強の休憩をしている時にたまたまミキミキの動画を見たのがきっかけね。まあ百聞は一見に如かずよ。実際に見てみたらいいじゃない。どうせ見たことないんでしょう? 見れば分かるわよ。」
そう言われ、イヤホンごとスマホをこちらに貸してくれる西木野さん。ミキミキというアイドルのことになると途端に積極的になってきたので少々戸惑ってしまう。
正直アイドルにはあまり興味はなかったが、せっかく西木野さんが厚意で貸してくれたのだ。断るのも悪いので聞いてみることに。
……可愛いにゃ。
歌やダンスが抜群に上手なことは素人の私にも一目瞭然だった。
しかしそれ以上に、女の子らしい可愛い衣装を見事に着こなし、表情や動きでその可愛さを余すことなく存分に伝えてくるその姿に心を奪われた。
かよちんと西木野さんが好きになるのも納得だ。
このミキミキという子は人の心を動かす力を持っている。
「……このミキミキちゃんはスクールアイドルなの?」
気づけば私はそんなことを聞いていた。
「そうよ。まあ厳密にはこれからなるんだけどね。」
「……そうなんだ。」
……スクールアイドル。
凛もスクールアイドルになれば可愛い衣装が似合うようになれるのかな……。
「あ、凛ちゃんここにいたんだ。ごめんね待たせちゃって、中々情報が集まらなくて……ってええ!! も、もももしかしてミキミキちゃんの動画を見ていたの!? 凛ちゃんが!?」
用事が終わったのか気づけばかよちんがこちらに来ていたようだ。
そしてアイドルに興味がない凛がミキミキちゃんの動画を見ていたことに対し、かよちんは目をまん丸に見開き興奮気味の様子だ。かよちんはアイドルのことになると人が変わったようにこうなってしまう。勿論、そんなかよちんのことも大好きだ。
「うん。かよちんがミキミキちゃんにはまってる理由が分かったにゃ!」
「そうだよね、そうだよね! 凛ちゃんがミキミキちゃんの素晴らしさ知ってくれて私も嬉しい!」
凛の言葉に西木野さんが「でっしょー? だから言ったじゃない」と得意げな顔をしている横で、かよちんはスマホの画面の中で踊るミキミキちゃんの姿を憧れるように見つめる。
それこそ先ほどまで凛がミキミキちゃんを見つめていたように。
……ん? もしかしてかよちんもスクールアイドルになりたいとか?
ちなみにこの後、西木野さんがミキミキちゃんの歌を作曲したことがあるのを知ったかよちんが興奮のあまり気絶することになるが、それはまた別のお話。
……今日の夕食は何にしようかしら。
絵里と希と別れてからも、購買課で購入したパンを齧りながらしばらく学校に留まり、ミキミキの新情報がないか粘ったが成果は無し。
学校から家に帰る前にスーパーに向かいながら夕食の献立を考えるも中々まとまらない。
理由ははっきりしている。今日希に言われたことだ。
「私たちがスクールアイドルになって凄い人になってみる?」
この言葉が未だに私の中でやまびこのように何度も反響していた。
昔、私もスクールアイドルを結成したが一人で突き進んでしまい、他のメンバーと足並みをそろえることができず最後には独りになってしまった。
それで私のスクールアイドルとしての活動は終わったはずだった。
しかしそれでもどこかに諦めきれない気持ちが残っており、暇を見つけてはダンスレッスンやボイスレッスンを続けてきた。
だが二年生になり時間が経ってくると僅かに残ったスクールアイドルになって活動したいという情熱の炎は風前の灯となっていった。
自分自身がスクールアイドルになることは諦めて、他のスクールアイドルを追いかけるだけでいいじゃないか。そう思っていた時だった。
ミキミキが現れたのだ。
A-RISEをも上回る将来のスクールアイドルの登場に、燻りかけた心に再び炎が灯った。
それからも私はスクールアイドルになることを諦めず努力を続けた。その甲斐あってか、自分で言うのもなんだがかなりの実力を身に付けることができたと思う。
しかし、それでも結局スクールアイドルになることは叶わず、とうとう今日で三年生になってしまった。
流石に今からスクールアイドルになることは難しいことは自覚している。
だが後悔はしていない。やるだけのことはやったと自信を持って言える。こう思えるのもミキミキのおかげだ。
……そう割り切ったはずだったのに。
希があんなことを言ってくるものだからまた私の中に波紋が生じられてしまったのだ。
希が冗談で言っていることは分かっているのにこんなことを思ってしまうなんて。
そんなことを考えながらトボトボと歩みを進めている時だった。
前方に見慣れた後ろ姿が見える。
……絵里? あんな恰好で何しているのかしら?
動きやすそうなティーシャツにスパッツに身を包んでいる。なにか運動でもするのだろうか?
絵里はそのままこちらに気付くことなく神田明神に続く階段を上っていく。
なんとなく気になりこっそり後を付けてみることにした。
「……また来たんやね、えりち。」
見慣れた親友の姿に少々呆れの感情も混ぜながら出迎える。今日は神田明神のバイトがある為、うちはえりちの練習に付き合うことはできない。
「希、さっきぶりね。勿論じゃない。」
えりちはそう言うと、ストレッチをし始める。
ふとえりちの後方に視線を向けると、何やら人影が見える。その人影は急いで陰に隠れるがその姿には物凄く見覚えがあった。
今のにこっちやんな? なんでにこっちがここに?
……いや、これは好都合やね。
心の中で静かに笑みを浮かべ、絵里ちの方へ向き直る。
「なあ、えりち。うちらもう三年生になったんやし、そろそろにこっちにも打ち明けていいんやない? もう時間ないよ? うちも待ちくたびれたし。」
「……それは分かっているけど。」
えりちは苦い表情を浮かべ、そう言葉を濁すだけに留まる。
……はぁ、肝心なところで意気地なしなんやから。
「もう明日にでも言ったら?」
そう言ったところで一度区切り、遠くにも聞こえるように息を吸う。
「スクールアイドルを一緒にやろうって!」
にこっちが遠目でも分かりやすく動揺していることを確認し、えりちに視線を戻す。
しかし、えりちはそんな私の言葉を聞いてもまだ踏ん切りがつかないらしい。
「……でも、にこは隠してるけどずっと一人で努力し続けているのよ? そこに、にわかの私が一緒にスクールアイドルをしようなんて言って嫌われたらどうするの?」
「だからそうならないようにこの半年間努力してきたんやろ? えりちはちゃんと頑張ってるよ。頑張りすぎてるくらいやと思う。ていうか今どれくらいのペースで練習してるん? うちはバイトとか用事がある日は無理やから週に四日くらいしか練習に付き合ってないけどえりちは一人でも結構してるやろ?」
「……週に七日程度よ。生徒会の仕事もあるからたまに休憩日は入れてるけど。」
「いやほぼ毎日やん。……でも納得やね。どう見てもえりち上手くなってるもん。」
「……まあ、一応A-RISEに負けないくらいには仕上がっているとは思うわ。」
それが凄いことなのかどうかはよく分からないが冗談抜きで最近のえりちは凄いと思っている。
元々ロシアでバレエのプロを目指していたこともあり、踊りの技量は相当なものだった。しかしそれを加味しても最近のえりちのアイドルとしての技量は素人の私が見ても目を見張るものがある。本当に魅了されるのだ。
それほど、えりちを本気にさせ、アイドルの世界に誘ったミキミキという存在は大きいのだろう。
半年前、突然えりちから「スクールアイドルをしましょう」と言われた時は驚いた。最初は冗談かと思ったくらいだ。
しかし、頑固なえりちが自分の想いを打ち明け、さらにはそれを一緒にしようと誘ってくれたことは本当に嬉しかった。当然断る理由などなかった。
それから、かつてスクールアイドル活動を行っていたにこっちにも一緒にスクールアイドルをしようと誘おうとした。やる気になったのはいいものの私たちはあまりにスクールアイドルに無知であり、どうしても詳しい人間が必要だったのだ。
しかし、にこっちは当時でもスクールアイドル活動をすることを諦めきれず、孤独に努力し続けていることが分かった。
にこっちが一年生の時にスクールアイドルグループが解散してしまった原因は聞いている。にこっちのスクールアイドルに懸ける情熱があまりに強すぎたのだ。
そんなスクールアイドルに対し強い想いを持っているにこっちを当時の何の努力もしていない私たちが誘っても拒否されることは明白だった。
それ故に、こちらもそれ相応の覚悟を示す必要があった。
そして今に至るわけだが……。
「……それに、にこを誘えたとしても希を入れて三人しかいないじゃない。部として認められるには五人必要よ。」
「そんなの生徒会長権限でどうとでもできるやん。部活で五人いないところもいっぱいあるし。」
「そうだけど……。それに今日希がにこのことをそれとなく誘ってくれたけれど、にこは呆れていたように見えたし。」
「そりゃあ、うちが誘っても本気は伝わらへんよ。未だにスクールアイドルについてもあまり知らんくらいやし。やっぱりえりちの口から言わないと。というかあの流れでえりちがにこっちを誘ってくれることを期待してたんやけど……。」
「……うぅ、そう言われても。」
当のえりち本人はこの様である。
……まあそれほどにこっちがスクールアイドルに本気で向き合っていることが分かっているからこそ悩んでいるのだろうが。
しかしえりちがこのまま悩み続けてしまうと本当にスクールアイドルになれないまま高校生活が終わりかねない。
にこっちにもこの会話を聞かせることはできたけど、果たして上手くいくかどうか……。
こういうややこしいのを全部ぶった切って突き進めてくれるような人が周りにいたら一番良かったんやろうけど……。
そんなことを心の中で呟きながら、不安げな想いを抱えながら空を見上げた。
モニターからA-RISEの姿が消え、さっきまで周りにいた人たちが去った中でも私はそこに立ち尽くしていた。
未だに私の中では様々な感情がぐちゃぐちゃになっていた。
「……大丈夫、美希ちゃん?」
「ことりさん……。」
そんな私を心配そうに声をかけてくれることりさん。
いけない。いつまでもここにいたら要らぬ心配をかけてしまうことになる。
「う、ううん! ごめんなの! A-RISEの人たち凄いって感動してたんだ!」
「……そっか。……うん、確かに凄かったよね?」
しかし、こちらが無理していることが見抜かれているのかことりさんの表情は暗いまま。
その時だった。
「ことりちゃん!!」
穂乃果さんが息を切らしサイドテールをぶんぶん振り回しながらこちらに走ってくる姿が見えた。
よほどの重要なことでもあったのかその表情は鬼気迫るものがある。
そのまま穂乃果さんはことりさんの下まで走りよると、一度大きく深呼吸を行う。
そして見ているこちらが呆気にとられるほどのキラキラとした満面の笑顔をことりさんに向ける。
「ことりちゃん! 一緒にスクールアイドルをしよう!!」
……え、スクールアイドル?
これには私を含めてことりさんはポカンとしてしまう。
しかしそんな私達にお構いなく穂乃果さんは矢継ぎ早に言葉を繰り出してくる。まるでマシンガンのようだ。
「私ね、ことりちゃんが推しているミキミキちゃんの動画をさっき見たんだ! 私感動しちゃった! 私もあんな風になってみたいんだ! だからスクールアイドルになろう!」
「あ、あの、穂乃果ちゃん。ちょ、ちょっと落ち着いて。」
興奮気味に言い寄ってくる穂乃果さんにことりさんはどう対応したものかと困り果てている様子。
「……あの、ミキミキって動画をあげてる子だよね?」
気づけば横からそんなことを聞いていた。
すると穂乃果さんは初めてこちらの存在に気付いたのか、その満面の笑顔をこちらに向けてきて、ぐいっと寄ってくる。近いっ!?
「そうそうそう! そのミキミキちゃん! 知ってる? さっき動画を見たんだけど、あんなに格好良くて、可愛くて、歌も上手でダンスも上手で、本当になにもかもが全部キラキラしてたんだ!! それから、それからね……」
穂乃果さんの裏表のない私を褒めるストレートな言葉が全て私の心に突き刺さる。
これまで私の存在を世に隠していたこともあり、こうやって直接褒められることはなかったし慣れていなかった。加えて、穂乃果さんは興奮している為なのか、その可愛い顔をこれでもかというほど至近距離まで詰めて喋ってくるものだから、どんどん私の顔に熱が帯びていくのを感じる。絶対に顔が真っ赤な自信がある。
「で、でも穂乃果ちゃん。私達もう二年生だし、スクールアイドルになるのも色々大変だと思うよ?」
穂乃果さんによって私の心臓がバクバクにさせられたところでようやくことりさんからの助け舟が出た。ことりさんは私が困っていることを察してか、穂乃果さんの腕を掴み、やや強引に私から引きはがしてくれる。そのことりさんの表情はなぜか少し焦っているようにも見えた。
穂乃果さんは、ことりさんの言葉に一瞬ポカンとした表情を浮かべるもすぐに真剣な表情を浮かべる。
「そんなの関係ないよ! やりたいからやるんだよ! 今という時間は今しかないんだよ! まずは始めてみて大変なことがあれば一つずつ乗り越えていけばいいよ!」
そうまっすぐに答える穂乃果さんの言葉が私の心の中にストンと落ち込んでくる。さっきまで、私の中を渦巻いていた感情が一気に収束していくようだ。
「……穂乃果さん。実は私も今スクールアイドルになりたいって思ってるんだ。でも色々大変なことがあるかもってうじうじしちゃってて……。穂乃果さんはスクールアイドルっていう未知の世界が怖くないの?」
こんなこと聞くつもりはなかった。しかし、私の魂がどうしてもそれを聞けと強く訴えてきた。
穂乃果さんは、そんな私の言葉に嬉しそうな表情を向けてくる。
「そうだったんだ! じゃあ私と一緒だね! 今日から私達スクールアイドルになろうよ! 勿論、色々壁もあるだろうけどそんなものは、えーいっ!て乗り越えちゃえばいいんだよ! もし困ったときは助けになるよ! ……逆に困ったことがあれば助けてほしいな、なんて、あはは。」
「……そっか。」
穂乃果さんがどうしてこの世界で主人公を任せられたのか分かった気がする。
自分の大好きを全力で押し出し、周りの人たちも惹きつけることのできるカリスマ性が穂乃果さんにはある。
……そして私も。
「……あはっ! 穂乃果さんの言う通りなの! 困ったことがあれば乗り越えちゃえばいいんだよね! 決めたの、私今日からスクールアイドルになるの!」
この時の私の笑顔は作り物でなく心の底からの笑顔を浮かべていたと思う。
その日、ミキミキがSNSで急遽、今日の夜に動画上で重大発表があると告知があった。
それがスクールアイドルに関わることであることはファンの者であればすぐに予想できた。
そして、ミキミキのファンは勿論、全国のスクールアイドル達もその動画を見逃すまいと、その時を待ち続けようやく動画が投稿された。
「こんばんは! ミキミキです! 今日は皆さんに重大発表があります!」
「今日から私は、スクールアイドルになりました! 早速、二週間後に初ライブを行うつもりだから是非皆さんには観に来てほしいです! 詳細は後でSNSでお知らせします!」
「……そして、ここからが本題ですが、私はこれまでとある理由で変装してきましたが、もうその必要もなくなりました。」
そう言うと彼女は頭に被った黒髪のウィッグをゆっくりと外していく。
その下から流れるように現れたのは、艶のある輝くような金色の髪。そして彼女は満面の笑みを浮かべ、これまで変えていた声色と口調を素に戻し喋り出す。
「うんっ! やっぱりこっちのほうが落ち着くの! ということで改めて自己紹介します! 私は星井美希です! この名前は是非憶えてほしいな! ……だって。」
そう言って彼女はA-RISEの綺羅ツバサがそうしたように、挑戦的な目を向けてくる。
いずれアイドル界で頂点を勝ち取る名前だからなの!
前回に引き続き、沢山の感想ありがとうございます!
更新が遅いのは許してね笑
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第四話
A-RISEによるミキミキへの宣戦布告。
半年前とは比較にならないほどの圧倒的なパフォーマンスと共に行われたそれは瞬く間に話題になった。
ほとんどの者がミキミキのラブライブ優勝を信じて疑わなかった。しかし今回の宣戦布告により、その予想に待ったがかかる。
A-RISEならミキミキに勝てるかもしれない、と。
現段階ではまだまだミキミキの方が実力は上だ。
しかし、このままA-RISEが急成長を続けるとミキミキを射程圏内に捉えることは十分に可能だと見られるようになってきた。
こうなってくるとミキミキがどう反応してくるのかと注目が集まる。
特にミキミキは高校生になり、スクールアイドルとして始動するタイミングでもあった。全国的に高校の入学式のこの日、女子中学生や女子高生が、いち早く情報を掴もうとスマホと睨めっこする場面が全国各地で見られた。
そしてその夜、皆の期待に応えるようにミキミキは動いた。
正式にスクールアイドルになることを宣言した彼女は、とうとうその正体を明かした。
星井美希と名乗った少女は、心底楽しそうに小さい子供のような無邪気な笑顔を浮かべた後、A-RISEの宣戦布告にカウンターを叩き込んできた。
それもただのカウンターではない。
アイドル界で頂点を勝ち取る。
彼女はそう言った。
それはA-RISEどころかプロを含めた全アイドル達への宣戦布告ともとれた。
これにファン達は歓喜した。
とうとうこれまで多くの謎に包まれていた星井美希が表に出てきて本気を出す意思を示したのだ、当然だろう。
さらには未来のトップアイドル候補である二組のアイドルグループが互いにぶつかり合う構図には否が応でも盛り上がっていく。
このことはSNS上で瞬く間に拡散されていく。
過去にも類を見ないほどの爆発力で今回のことは広まっていき、僅か数時間でSNS上でもトレンド入りを果たした。
それは星井美希がとうとうアイドルのことをあまり知らない国民の目にもとまるほどの話題性を持ってきたということを意味していた。
まさに今、スクールアイドルの世界に全国民が注目し始めていた。
そんな中、星井美希の初ライブが二週間後に開催することが知らされた。
開催地は学校の敷地内を検討しているとのこと。
星井美希が入学した高校は予想されていた三校のうちのひとつであった。
UTX学園と音ノ木坂学院に挟まれる位置に佇むそこは男女の共学校であり、多種のスポーツで実績がある伝統ある学校だ。
星井美希はライブを開催するにあたり会場の設備等の準備の観点から、大体何人くらいが来るか知りたいからと、SNS上でアンケートをとった。
実を言うと、二週間というかなり急な日程での開催であったこと、さらに動画と違って直接会場に向かう手間がかかる為、星井美希自身、あまり数は集まらないと思っていた。動画でライブ配信も行うと言っていたし精々千人くらい集まればいいな~なんて思っていたほどだ。
しかし、その認識は世間と星井美希の間で天と地ほどの差があった。
A-RISEというライバルが頭角を現してきたとはいえ、星井美希が将来のトップアイドルの最有力候補であることに違いはないのだ。
そんなアイドルの初ライブ。それが伝説の幕開けになることは誰の目にも見えた。
二週間後の急な開催? 東京の学校で開催? 動画で配信される? 関係なかった。そんなものはライブに行かない理由にはなり得なかった。
ここで行かないと一生後悔する。誰もがそう思った。
何をおいても星井美希のライブに行くことを優先すると意気込んだ。
昼下がりのこの時間。窓から差し込む陽光が室内を優しく照らす中、ここ音ノ木坂学院の生徒会室は突然の来訪者に賑やな雰囲気に包まれていた。
「私達、スクールアイドルになりたいんです! だからスクールアイドル部の創設の申請に来ました!」
太陽を人にしたような元気いっぱいの明るい茶髪とサイドテールが特徴的な女の子。高坂穂乃果と名乗った彼女が唐突に乗り込んできたと思ったら、開口一番こんなことを言ってきたのだ。
後ろには一緒に付いて来た二人の女子生徒が控えている。一人は綺麗に手入れされた黒髪を腰まで伸ばしたまさに大和撫子という言葉が似合う。確か、園田海未さんだったかしら? その凛とした佇まいから女子生徒に人気があり、校内でも有名なので私も知っていた。その園田さんは、なぜか戸惑っているようだ。そしてもう一人は南ことりさん。理事長の実の娘であり、おっとりとした雰囲気と女の子らしい見た目だ。南さんは園田さんと違ってかなり乗り気な様子である。
この突然の事態に私も希もポカンとした表情を浮かべてしまう。
しかし威厳ある生徒会長、絢瀬絵里としていつまでもそうしているわけにはいかない。すぐに、ピシッと表情を締め、状況の把握にかかる。
「……スクールアイドルになりたい、ね。高坂さん、あなた達は二年生よね? 一年生でもないあなた達が急にまたどうして?」
三年生になってスクールアイドルになろうとしている自分のことはいったん棚に上げておく。それに私には星井美希ちゃんのようになりたいという立派な目標があるのだ。
「私、ミキミキちゃん……ううん、星井美希ちゃんのことを知ったんです! 私、すっごく感動しちゃって! 私もあんな風になりたいと思ったんです!」
……ふむ、目標については私と一緒というわけね。
「なるほど、理解できたわ。立派な目標ね、素晴らしいわ!」
「えっ? ……は、はぁ、どうも。」
おっと、いけないわね。つい食い気味に答えてしまったわ。高坂さんを驚かせてしまった。同志であることが分かり、ついテンションが上がってしまった。
一度深く呼吸をし、心を落ち着かせる。
高坂さんの後ろでは、園田さんが「え、今の穂乃果の説明でいいんですか?」となにやら驚いているようだ。どこに驚く要素があったのか。
しかし、目標が立派でもそれを本気で目指すだけの覚悟があるかどうかはまた別の話だ。それを確認する必要がある。
「……でもね、高坂さん。あなたが言った目標は果てしなく高い壁よ。あなたにそれを乗り越える覚悟はあるのかしら?」
真剣な眼差しで高坂さんを見据える。しかし高坂さんはそんな私の視線を真正面から受け止めると、その瞳に闘志の炎を燃やしこちらに乗り出してくる。
「はい! 勿論です! 私、本気ですっ!」
一切の躊躇なく、そう答えてきた。
自分の想いをここまで表に出せる高坂さんの姿が眩しく見えた。
高坂さんは本気なのだろう。
私もスクールアイドルになる為、本気でこの半年間過ごしてきた。その為なのか、彼女が本気なのだとなんとなく分かる。
出会って間もないが高坂さんの人となりはそれなりに理解できた。彼女はどこまでも純粋なのだ。そんな高坂さんには、どこか人を惹きつける魅力のようなものがある。
私は希とにこの三人でスクールアイドルになろうと思っていた。しかし、今、私は高坂さんとスクールアイドルをしたいと思っていた。本当、高坂さんのことを知ってほんの少しの時間しか経っていないのに不思議だ。
私がスクールアイドルになろうとしていたタイミングでのこの出会い。ある種の運命を感じている自分が確かにいた。
横に立って話を聞いていた希も同じように考えたらしい。
「ふふ、えりち。ここまで言われたら断る理由もないんとちゃう?」
「……そうね。」
私たちの言葉に高坂さんは目を輝かせる。
「じゃあ、認めてくれるんですね!」
「いいえ、まだよ。」
「え?」
「部活創設の申請には最低でも五人が必要なのよ。」
「……え、そ、そんな。」
顔を青ざめさせて知らなかったと言わんばかりに「ど、どどうしよう、海未ちゃん、ことりちゃん」と困り果てた様子を見せる。そんな高坂さんの様子に園田さんは、やれやれと言わんばかりに頭を抱えている。南さんもどうすればいいのか分からないようで、オロオロとしてしまっている。
「……そんな高坂さんにこの問題を解決する提案があるのだけれど。」
ここで私は先輩らしく余裕の笑みを浮かべ優しく切り出す。
「え、解決? それは、なんですか!」
「ふふ、それはね。私達も一緒にスクールアイド……」
バーンッ!
その時だった。生徒会長室の扉が勢いよく開かれた。全員が扉に視線を向ける。
「失礼しますっ! 一年生の星空凛といいます! ここにいる三人、スクールアイドルになりたくて部活創設の申請に来ました!」
本日、二度目の急な来訪者だった。
続いて「り、凛ちゃん。ノックもせずに失礼だよ。」「ちょっと! 私まだスクールアイドルになるなんて言ってないんだけど!」と、なんとも騒がしい登場である。
これには流石の私も再び思考がフリーズし、固まってしまう。
それは高坂さん達も同じだったようだけれど、いち早く我を取り戻した高坂さんが目を輝かせる。
「星空さん! あなたもスクールアイドルになりたいの?」
「そうにゃっ! 凛達、星井美希ちゃんみたいになりたいんだ! ……というかあなたも?」
「わぁっ! これはもう運命だね! うん、そうだよ! 私達も同じだよ!」
私をよそに盛り上がっていく高坂さんと星空さん。初対面のようだけどあっという間に仲良くなっている。
赤い髪の綺麗な子なんかは最初反対していたようだけど、高坂さんと星空さんに押されまくって、すぐにスクールアイドルになることを了承していた。他の子達もなんだかんだ高坂さんに引っ張られる形で気持ちが一つになっていく。
……この流れはまずいわね。
この後来る展開を考え、冷や汗が滴る。
「生徒会長! これで六人になりました! これで問題ないですよね!」
「……そうなっちゃうわね。」
「やったぁっ!」
一緒にスクールアイドルをしようと切り出すタイミングを失ったわ。
喜ぶ高坂さん達と対照的に追い込まれる私。
……いいえ、まだよ。まだいけるわ。
「確かに条件は満たしているかもしれないわ。でも、あなた達のなかにアイドルについて詳しい人はいるのかしら? あなた達の目標に向かうためには、例えばダンス経験が豊富な人が必要なのじゃないかしら?」
「あ、それなら大丈夫です! とっておきの先生がいますので!」
満面の笑みでそう返されてしまった。高坂さん、まさかわざとじゃないわよね?
これで万策尽きてしまった。
助けを求めるべく希の方を見つめるが、ジト目で見られていたことに気付いただけだった。その表情から意気地なしと思われているのだと理解する。昨日の神田明神でのやり取りが思い出される。
……そんな顔で見ないで頂戴。……あぁ、もう分かったわよ。
私は覚悟を決め、深呼吸を行う。
「あの!」
椅子から勢いよく立ち上がり、そう大きな声をあげる。自分でもびっくりな大声だ。当然高坂さん達も驚き、先ほどまでの盛り上がりムードから一転、シンとした空気がこの室内を支配する。全員がキョトンとしたようにこちらを見つめる。
そんな中、私は「えと……その」と顔が熱くなるのを感じつつ、とうとう言った。
「……実は私もスクールアイドルになりたいなーって思ってたのよ。」
「……え?」
私の尻すぼみするような言葉に、この場にいる希を除く六人が実に不思議そうな表情を浮かべこちらを見つめてくる。
後に笑いながら語る皆によれば、この時の私の顔は熟したトマトのように真っ赤だったらしい。ちなみに希は私の横で終始ニヤニヤしていたらしい。
「……あふぅ。」
心地よい日差しが降り注ぐ中、私は時々あくびを挟みながらのんびり歩きつつ学校に向かっていた。
転生して15年、一度は夢を失った私だったが、ようやく別の叶えたい夢を持つことができた。そのことで昨日は舞い上がってしまい中々寝付けなかった。おかげで寝不足になってしまい、結局今日も遅刻にならないギリギリを攻めた時間での登校となってしまった。
だが、そんな状況とは裏腹に私の心は久しぶりにうきうきしていた。
うーん、二週間後のライブには何の曲を使おうかな~?
初めてのアイドルとしてのライブをどういう風にするか、昨日からそればかりを考えている。
そして始業まで5分といったところでようやく学校が見えてきた。
……ん? なんで正門前にあんなに人がいるの?
見ると、学校の正門前には何十人、下手すれば百人を超える人だかりができていた。私の学校の女子生徒が多いが、音ノ木坂学院など他の学校の女子生徒もちらほらと見受けられる。
何か行事でもあっただろうかなんて思っていると、そのうちの一人がこちらに気付いた。
「あーっ!! 美希ちゃんだ!」
それを皮切りに全員の顔がバッとこちらを振り向く。全員の目は獲物を見つけたようにぎらついていた。「ひっ!?」あまりに異様な光景であった為、思わず小さな悲鳴をあげ後ずさりしてしまう。
……朝から疲れたの。眠気は吹き飛んだけど。
あの後、あっという間に皆に囲まれた私は、「握手してください」「サインください」「写真撮ってもいいですか」「ライブ絶対に行きます!」などなど……。
正体を明かしたことである程度こういった事態も想定していたが、まさか遅刻覚悟で待ち受けされているとは思わなかった。……まあ女の子たちに囲まれるというシチュエーションは中々に悪くなかったが、朝一であれは流石に疲れる。なぜ、アイドルが普段変装をしているか痛感してしまった。
結局、異変に気付いた生徒指導の先生が助け出してくれて何とか事なきを得た。
だが遅刻扱いになってしまったことは腑に落ちない。絶対遅刻じゃなかったのに……。
まあ何はともあれ、授業中に教室内に入っていくことになってしまったのだが、またも問題が。凄い視線を感じるのだ。特に女子生徒だが、皆ソワソワした様子でこちらをチラチラこちらを見てくる。
……これ休憩時間になった瞬間囲まれるやつなの。
案の定であり、授業が終わると、まあ人が来る人が来る……。隣のクラスや中には上級生なんかも来る始末。最早、誰に何を言われているのかわかない状況だった。
そんなこんなで激動の一日が進んでいき、ようやく本日最後の授業が終わるといったタイミングでコンコンと扉をたたく音が教室内に響いた。どうやら来客のようだ。担当教師は誰が来たのかを確認するとすぐに廊下に出て、なにやら一言、二言話すとすぐに教室に戻って来た。
なんだと思っていると、教師はこちらに視線を向け、「星井、授業はいいから、すぐに校長室に行くように。」とのこと。
……校長室? なぜ?
訳が分からなかったが、問答無用で教室を締め出されてしまった。そして外にいたのは何と学年主任だった。「付いてくるように」とだけ言われ、学年主任はそのまま歩いていく。仕方ないので後に付いていく。授業中の校内は教室から漏れ出る教師の声が僅かに聞こえる程度で、実に静かなものだ。
まさか入学して二日目で校長室に行く羽目になるとは思わなかった。
しかし何かしただろうか? 思い当たる節がない。
もしかしたら今朝、門の前で騒ぎを起こしたことに目を付けられてしまったのかもしれない。
校長室に到着した私は、学年主任に続き室内に入っていく。
中は、高級そうな机や棚やらが並んでおり、壁には歴代の校長先生の写真が飾られている。
前世も含めて校長室になんて来たことがなかったので緊張してしまう。
すると、革製の椅子に腰を下ろしていた校長先生が立ち上がる。貫禄を感じさせる佇まいだ。しかし皺が刻まれたその表情はとても険しいものだった。ちなみに横には教頭も控えている。何事なんだ。
「君が星井美希さんか。」
「はい。」
「君はどうもスクールアイドルになろうとしているらしいね?」
「……そうですけど。」
なぜ校長先生がそれを知っているのか疑問に思うがこの場ではとりあえず話を聞くことに専念する。
「ふむ。それで昨日、動画上で二週間後にこの学校でライブをすると告知したらしいね?」
「……はい、そうです。」
まずい。学校の許可を取る前に勝手なことをしたから怒っているのだろうか。
……でもそうだとしても、いきなり校長先生が出てくるものなのだろうか?
「一応確認だが、それは学校側の許可は取ったのかね?」
「……いいえ、勝手に決めました。すみません。……あの、それでしたらライブは延期にさせて頂きます。」
正確には学校でライブすることを検討しているだけなのだが、なぜか校長が出てくるほどの事態になっているのだ。ここは慎重に事を運んだ方がいいだろう。
「待ちなさい!」
「え。」
突然大きな声を上げた校長に驚いてしまう。なんなのださっきから。泣いてしまうぞ。
「既に事は我が校だけの問題で済むレベルでは無くなっている。安易な決め事はよくない。」
……どういうこと? 我が校だけで済む話だと思うのだが。
ピンと来ていない私の様子を訝し気に思ったのか、教頭から横やりが入る。
「星井。お前は昨日SNSで何人くらいがライブに来るかアンケートをしていただろう? 今あれがどうなっているのか知らないわけではないだろう?」
あ、そう言えば、朝から他の生徒に絡まられまくりだったので確認していなかった。千人くらいは来ることになっているのだろうか。いや、この慌てようだ。もしかしたら三千人くらいは来ると回答が来ているのか? だとしたらこの慌てようも納得できる。
「え、ええと、朝からバタバタしていたので確認していません。」
「……なら、今確認しなさい。」
そう言われてしまったので、仕方なくスマホを取り出しSNSのアプリを開く。
何人くらい来ると答えているのだろうか? この人数イコール私の人気度でもあるのだ。多いに越したことはないが急な日程だし何よりアンケートを開始してからまだ一日も経っていない。そこまでの回答人数は来ていないだろう。五百人くらいの回答が来ていたら御の字だろう。
そう思いながらアンケートの回答ページにいく。
……ええと、ん?
……んん?
いち、じゅう、ひゃく、せん……いちまんにん……なの?
予想していた数値を遥かに上回る数値に思考が追い付かない。
スマホがバグを起こしているのではないかと思ってしまう。見ている今でさえ、数値はどんどんと加速的に増えていっている。
これが本当なら、確かに我が校だけの問題ではない。学校の男子達に色々と手伝わせればいいやと思っていた頃の浅はかな自分の頭を殴りつけてやりたい気分だ。
私の表情の変化から事態の深刻さが共有できたと判断したのだろう、校長が再び話しかけてくる。
「分かったね、事態の深刻さが。既に二週間後、周辺地域の宿泊施設は九割以上が予約で埋まり、長距離バスなどの予約も埋まりつつある。土曜日に開催するつもりだったらしいが、前日から順番待ちする為なのか、全国の学校で金曜日に休むと申請する生徒が続出しているとのことだ。さらには、この異常事態がネットニュースにも取り上げられ、ますます注目を浴びている。こうなってくると当日の交通網を麻痺させる可能性が出てくると警察も動き出した。……それに今年、入学生が激増したのも君の影響だったと聞く。星井さん、君はもう少し自分自身が世に与える影響度を自覚する必要があるね。はっきり言うが、君の発言一つで万単位、いや下手をすれば十万単位の人間が動くほどの影響力を持っているよ。」
校長の言う通りだ。
どうも私は、星井美希というアイドルの偉大さを見くびっていたらしい。
その後、校長も含めた緊急対策会議が行われた。
学年主任からライブを一旦中止にしてはどうかと提案があったが、却下となった。全国の万単位のファン達の暴動が起きることが予想されたからだ。そんなことないと信じたいが、否定できない自分が確かにいた。
しかしライブを行うには、しっかりとした段取りを行う必要があり、抽選制で対応したり、当日は近隣の交通網を整理する者がいるだの必要な対応や課題は山積みだった。
結論として、二週間という短い期間でトラブルなくライブを開催することはほぼ不可能と言う結論に至った。そもそも元々、スポーツに力を入れていただけの学校なのだ。このような対応ができるわけなかった。これがUTX学園などのスクールアイドルに力を入れていた学校ならまた違った結果になったのかもしれない。結局、延期と言う処置をとり、少しでも時間を稼ぐしか手は残されていなかった。
そうなればそのことをいち早く発信する必要がある。情報の発信が遅くなればなるほど、どんどん問題は大きくなっていくからだ。そしてこれは私の動画チャンネルにて謝罪というタイトルで発信した。その動画には校長と教頭にも入ってもらうという前代未聞の対応だった。
入学して二日目で学校にここまで迷惑をかけることになるとは。
本当、校長先生たちには頭が上がらなかった。どうかストレスで禿げないことを祈るばかりである。
だが私が与えた影響はなにも悪いことばかりではなかったらしい。最近は少子化で入学生の減少に悩んでいた背景もあり、私の影響で入学生が増えたことは大変喜ばしいことだったらしい。なぜ私の影響で入学生が増えたかは知らないが。正体を明かしたのは昨日なのに。
しかし、この謝罪動画がまたも星井美希の知名度アップに繋がることとなる。
急にライブを延期にするという校長たちを含めた謝罪動画だったが、人気がありすぎて対応ができなくなったという理由が面白いと話題になったのだ。
昨日に続き、このことは全国に瞬く間に広がっていく。
全国のファン達が落胆する中、事態は誰も予想していなかった方向に動くこととなる。
なんと大手のアイドル事務所が、星井美希のライブ開催の支援をするといくつも名乗りを上げてきたのだ。
それが星井美希というトップアイドル候補を将来に確保するためなのは目に見えた。しかし、この申し入れは学校側にとっても渡りに船であり、大歓迎した。
また、今回の件に巻き込まれた各旅行会社やホテル業界もいい機会だと話に乗っかってくるような事態にまで発展していく。
かくして何とか今回の件はそこまで炎上する事なく、それどころか星井美希はいくつものアイドル事務所や業界から支援を受け、一か月後に大規模なライブを開催することが正式に決定した。
ここまで話が大きくなってくると、どれだけ事情を知らない人たちでもなにやら面白そうなことが起きているのだと、スクールアイドルの世界に目を向けることになる。そこで彼ら、彼女らは星井美希の存在を知るのだ。そして瞬く間に彼女の虜になる。
星井美希がスクールアイドルになり、数週間たつ頃には、動画のチャンネル登録数やSNSのフォロワー人数でも国内トップランカーに肩を並べるほどとなる。
星井美希の初ライブが目前に控える頃。とある喫茶店にて。
「ねえねえ、とうとう美希ちゃんのライブが開催されるね!」
「あんたはいいわよねえ。チケット当選したんだから……。あぁ、私も行きたかった!」
「ま、普段の行いの差ってやつじゃないかしら?」
「……むー。」
「あはは、そうむくれないの。あっ、そうだ私昨日久しぶりに新しいアイドルでダイヤの原石がいないか探してたんだけどさー。」
「あんたねぇ、今は美希ちゃんとA-RISEに注目しときなさいよ。」
「うーん、それがもしかしたらそうじゃなくなるかもしれないんだよね。昨日凄いアイドルグループを見つけたんだー。特に一人凄い人がいてね。ネットでも話題になりつつあるみたいなんだけどね。」
そう言って友人は自身のスマホの画面ををこちらに向けてくる。
そこに映っていたのは、九人の女の子達だ。初めて見るアイドルグループだ。全員個性があり、とても可愛い。だが可愛いだけでのし上がれるほど今のスクールアイドル界は甘くない。それは目の前に座っている友人も分かっているはずだ。
そして曲が流れ始め皆が躍り、歌い始める。
……へー、確かにレベルは高いかも。それが正直な最初の感想だ。
うーん、でもどこか全体的に練習不足感があるかな。ちゃんと真面目に練習を続けてこなかったのかもしれない。でも皆本当に楽しそうだなぁ。
あっ、でもこの小さいツインテールの子は凄い上手い。これは間違いなく全国でもトップレベルの実力を持っている。凄い人とはこの子のことだろうか?
まあ凄いには凄い……け……ど。
ここで私はそれ以上、考えることができなくなった。
……いた。
凄い人が。
一人だけ明らかに段違いの実力を持ったアイドルがいた。
スラリとしたモデル体型の持ち主で、白い肌と蒼い瞳、そして輝く金色の髪をポニーテールでまとめたその姿から目を離せない。
彼女のステップの一つ一つを見ても、それが果てしない努力によって洗練されたものだと分かる。
美希ちゃんとA-RISEのライブは見ていて惹かれるという感覚がはっきり分かる。それと同じ現象がまさに今起きていた。
その実力はA-RISEにも匹敵……、いや、あのA-RISEの綺羅ツバサすら超えているような気がする。
これまでスクールアイドル界では、星井美希とA-RISEが他を寄せ付けない圧倒的実力を誇っていたのに……。
「……え、この人誰?」
「絢瀬絵里さんと言うらしいわよ。ね、本当、今年は凄いよね。これはダークホースの登場と思わない?」
「絢瀬絵里さん……。でも、小さいツインテールの子はともかく、それ以外の人はあまりだよね。どうせならこの二人だけでアイドルのユニットを組めばいいのに。ラブライブの開催も近いのにこの実力じゃあね。」
遠回しに他の七人は足手纏いだと言ったが、友人はそんな私の発言にニヤリと笑いかけてくる。なんなのだ、一体。
「私も最初はそう思ったよ。でもね、なんとこの七人は、まだスクールアイドルを始めて一カ月も経っていないんだって。勿論、アイドルとかダンス経験は一切なしだって。……あ、でも一人は半年くらい練習してたって言ってたかな。」
「……は?」
開いた口が塞がらなかった。
一カ月経っていない……?
それで既にこのクオリティ?
あり得ない。私が練習不足だと言ったのは、それはこの子たちが何年かスクールアイドルに費やしてきたと勝手に仮定して述べた感想に過ぎない。
もし本当に一カ月足らずでここまでの実力を得たのなら、それは全員が天才的な才能を持っているということになる。
一カ月でこれなら、もう一カ月経ったら? さらに一カ月経てば?
想像する事すらできなかった。
「……グループ名は?」
「ふふ、気になるでしょう?」
「このアイドルグループ名はね……『μ's』だよ。」
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第五話
星井美希による学校側を巻き込んだ謝罪動画が配信され、一カ月後に大規模なライブを開催することが決定した頃。
とある休日、太陽がまだ顔を出すよりも前のこの時間帯。
暗闇と静寂に包まれた室内で私はパチリと目を覚まし、いそいそと起き上がり、家族を起こさないように身支度を整えていく。
トレーニング用の動きやすい服装に着替えた後は、私が星井美希であることが分からないように、ミキミキの時に使っていた時とは別のウィッグをかぶる。
これは以前のように大勢の人に囲まれることへの対策用だ。
鏡を覗き込み、茶色がかったショートヘアの爽やかな雰囲気を纏った自分自身の姿を確認する。
……うん、やっぱり思った通り凄く似合ってる!
こういうのボーイッシュ系って言うのかな?
自分的にはやはり金色のロングヘアの髪型が気に入っているが、今の自分も思わず見惚れてしまうほど似合っている。
新たな自分自身の一面の発見に気分を高めさせるとそのままの勢いで家を飛び出していく。
そのまま私は、ランニングを長時間にわたって行っていく。
当然、ボイスレッスンやダンスレッスンも忘れない。
A-RISEの存在と、一カ月後に控えたライブのおかげで、今の私は765プロで活躍できる日を夢見ていた頃にも匹敵するほどのモチベーションがあった。
朝一から夜遅くまでひたすらアイドルとしての腕を磨く時間に費やした。
しかし、今日は特別な用事があった。
それは穂乃果さんからの直々のお願いの為だった。
お願いの内容は、穂乃果さん達のアイドルグループμ'sの指導をしてほしいというもの。
初めてのライブが控えたこの時期。
通常ならライブに向けてそれのみに専念したいところではあるが、私はこれを引き受けることにした。
理由は二つある。
一つは、私がスクールアイドルになることを後押ししてくれた穂乃果さんにいち早く恩返しをしたかったから。
そして二つ目。むしろ私的にはこの二つ目の方が重要だったりする。
それは穂乃果さん達九人が結成したμ'sというグループが、どれだけの潜在能力を秘めているのか、それを確かめたかったからだ。
『ラブライブ!』という作品は、前世の世界で大人気を誇った。その要因は、μ'sにそれだけ魅力があったことに他ならないはずなのだ。
それを知りたいと思った。
一応、穂乃果さんからは忙しいなら、ライブが終わってからでもいいからと連絡もきていたが、それでも私は行くことを決意した。
むしろ初めてのライブ前だからこそ、知っておきたいと思ったのだ。
そして今日。
μ'sとしての初めての練習日であり、穂乃果さんに来てほしいとお願いされている日が来た。
わくわくするなという方が無理な話だった。
……学校まで着いたら、練習場所まで案内するから連絡してね、とことりさんからは連絡をもらっているけど、ちょっとサプライズしちゃおうかな?
そんなことを考えながら、私は待ちきれない感情を隠し切れずトレーニングに益々熱を込めていった。
「……う~ん、やっとこの日が来たよ!」
ここ音ノ木坂学院の校舎の屋上。
雲一つない青空から太陽光が差し込む中、その太陽にも負けないほどの明るさを持った少女――穂乃果は気持ちを昂らせる。
「うんうん! 凛も今日を楽しみだったにゃ!」
「ええ! やるからには全力でやるわよ、あんた達!」
「勿論よ!」
凛、にこ、そして絵里が穂乃果に力強く応える。
他のメンバーもその表情を見れば、やる気に満ち溢れていることがヒシヒシと伝わって来た。
μ'sが結成されてから初めての練習。それぞれが内に秘めた想いが彼女たちに高いモチベーションを与えていた。
「でも、どうするのですか? 練習メニューについては任せてと、穂乃果は言いましたが、何か考えがあるのですか?」
海未がそう穂乃果に質問を投げかけると、穂乃果は待ってましたとばかりに満面の笑顔を浮かべ、皆を見渡す。それはこれから、とっておきの悪戯を仕掛ける子供のように無邪気なものだった。
穂乃果の隣に立つことりも、誰が来るか分かっている為、にこにことした表情を浮かべている。
「実は、とっておきの人を呼んでいるの! その人は誰よりもアイドルに詳しくて凄い人なんだ! 今日はその人に指導してもらおうと思うの!」
「そう言えば、部活申請に来た時もそんなことを言ってたよね? でも誰なん? プロの先生とか?」
そんな希の質問に対して、穂乃果は「ちっちっちっ、甘いですよ希さん」と、わざとらしく立てた人差し指を左右に振りながら、それを否定する。
「年齢で言えば、私よりも年下の女の子なんだけどね~、凄い実力を持った人な」
穂乃果が得意げにそう言葉を続けようとした時だった。
「「年下っ!?」」
絵里とにこが驚愕の表情を浮かべて、そう大声をあげる。
これには穂乃果も驚いてしまい、「――え、う、うん」とたじろいでしまう。
その答えを聞いたにこと絵里は、その顔に怒りの感情を浮かばせていく。
「ちょっと、あんたっ!? 年下ってどういうことよ! あんたより年下って高校一年生以下ってことじゃない!」
「そうよっ! 私たちはお遊びでスクールアイドルを始めるわけじゃないのよ! いずれ美希ちゃんみたいになるんでしょう? だったら、私たちは全力で必死に努力をする必要があるし、それに合わせた環境を用意する必要もあるわ! ……年下の指導者なんて、――――美希ちゃんに指導してもらえるとかでもない限りそんなの認められないわよ!」
穂乃果が依頼した指導役の人物が、自分達よりも年下であることを知り、激昂する絵里とにこ。これは二人が、メンバーの中でも特に強い想いをスクールアイドルに抱き、実際に努力をしてきたからこその反応だった。
絵里とにこにしてみれば、自分の二個以上も年下の人の指導など、まともな指導になると思えないと思うのは当然だった。
そして怒りこそしないものの、ことりを除くメンバーの表情にも疑念の念が浮かぶ。
「……いいわ。私が皆の練習メニューを考えて指導するわ。元からそのつもりだったし問題ないわ」
「そうね、それがいいわ。私も手伝うわよ、絵里」
絵里とにこがそんな風に話を進めているのを見て、穂乃果は慌てて間に入る。
「ちょ、ちょっとタイム! 二人の言いたいことも分かりますけど、今日来てくれるのは、さっき絵里さんも言ってた――」
穂乃果がそう言いかけたとき、屋上と校舎内を繋ぐドアが『バンッ』と力強く開かれる。
いきなりのことであり、皆が音のした方へ視線を向ける。
そこには、スポーツウェアに身を包み、短めに切り揃えた茶色がかった髪を靡かせる女性がいた。直前まで運動していたのか、その額には汗の粒が浮かんでいる。ボーイッシュな雰囲気を纏った彼女は、見ているこちらが引き込まれそうな笑顔を浮かべてこちらを見つめてくる。
「ごめんなさいなn……コホン、ごめんなさい、少し道に迷ってたら遅れちゃいました。今日、皆さんの指導役で呼ばれた者です!」
美希が正体がばれないようにそう声色を変え、低めの声でそう言ったことでμ'sのメンバー間に動揺が走る。
それは目の前にいる女性が、予想していた人物像とあまりにかけ離れていたからである。
年下の指導者と聞いて、どこか幼さを残す少女の姿を想像していたが、実際はその真逆であったからである。
モデルさえ逃げ出しそうな完璧なプロポーション、見るものを魅了するその容姿は、むしろ大人だと言われても納得してしまいそうであった。
美希は、皆が驚き固まっているにも構わず、穂乃果とことりの方に歩いてくる。
穂乃果とことりは、「……え、え?」と、美希が変装をして現れるという事態を把握しきれずに混乱してしまっている。
そんな穂乃果とことりの目の前まで歩いて来た美希は、自らの小さな顔を穂乃果とことりの顔に近づけていく。徐々に近づいてくる造形美のとれた凛々しいその表情を見て二人は思考が真っ白になり固まってしまう。その顔に熱が籠っていく。
「……穂乃果さん、ことりさん、変装してるけど美希だよ」と、周りには聞こえないように小声でそう呟いた。それが穂乃果とことりの耳をくすぐり、二人の顔が真っ赤になってしまう。
そんな穂乃果とことりの様子に気付くことなく、美希は軽やかに一歩引くと、他のメンバーを見つめる。
「皆さん! 本日はよろしくお願いいたします!」
そう元気よく声を発するも反応は無し。皆、等しくポカンとした表情を浮かべ、美希を見つめる。
驚きからいち早く回復したのは絵里だった。
「……あなたが例の指導者の方だったのね? 私は絢瀬絵里よ。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
どこか試すような絵里の言葉を受けて、美希は一瞬凛々しい表情を崩し、動揺してしまう。
「……え、自己紹介? ……えーと、私は菊地真といいます! 今は高校一年生です」
名乗るまで間があったことに違和感を覚えたものの、絵里は突如頭を下げると続ける。
「――そう、菊地さんね。高坂さんから話は聞いているわ。でも、申し訳ないのだけど、私たちは本気でスクールアイドルに打ち込もうとしているの。年下のあなたに指導を受けるわけにはいかないわ。予定を調整してもらった上に、事前に確認できていなかったこちらが悪いのだけど、今日はお引き取り願えないかしら?」
本気の自分達にお前は邪魔だ、暗にそう伝えた絵里の発言。
頭を下げているとはいえ、あまりに失礼な物言いだが、周りは絵里を止めることができない。絵里のその様子から、心の底からスクールアイドルに全てをつぎ込む覚悟と熱意が伝わってくるからである。それだけ本気であるからこその発言。
絵里の熱意と同等以上のものを持つ者でなければ、口を挟むことすら許されない。
「え、絵里さん! 違うのこれ」
「穂乃果さん、いいの」
その中でも穂乃果が絵里に説明しようとする。しかしそんな穂乃果を美希は遮る。
穂乃果はどうしてと慌てたような表情を浮かべる。
美希はそんな穂乃果に心配いらないとばかりにウインクをすると、そのまま絵里の目を真っすぐ受け止め、寧ろ嬉しそうな表情を浮かべる。
そして、さきほどまでの明るい雰囲気から一変、絵里にも匹敵――、いやそれ以上のビリビリと刺すような雰囲気を漂わせる。
突然の変わりように周りが息を吞む。
絵里も驚くものの、呑まれることなく美希の反応を待つ。
「私も穂乃果さんから聞いています。本気でスクールアイドルの高みを目指すんだって。……今の口ぶりだと、絢瀬さんならこのμ'sを導ける自信があると見ていいんですか?」
逆にお前なら大丈夫なのかと問う美希。
透明な、しかし棘を含んだ声は、シンとしたこの空間によく響いた。
そんな美希の問いに絵里は答えずに、じっと美希を見つめる。それをまた美希も見つめ返す。
空気が張り詰めていく。息を吸う事すら苦しいような極度の緊張感が漂う。
このやり取りだけで、絵里は菊地真と名乗った女性――いや、少女が只者でないことを悟る。
だが、認めたわけではない。
だからこそ絵里は提案する。
「……いいわ。ならこうしましょう。今から私はある曲を躍るわ。それを見たうえでもあなたが、指導できる自信があるならお願いする。それでどうかしら? μ'sの皆もしっかり見ていて頂戴。そしてこれからのμ'sの指導役として相応しいのが誰なのか見定めてくれるかしら」
その提案に異論を唱えるものはいなかった。
「……妙なことになったわね」
絵里が着々と準備を進めているのを腕を組みながら見つめるにこがそんなことを呟く。
ちなみに菊地と名乗った少女はμ'sのメンバーから少し離れた位置に立ち、同じく絵里を見つめている。その表情はこれから起こることを楽しみにしているようにも見えた。
穂乃果とことりは、こっそりと美希に接触し、何とか場を収められるように頑張ると伝えたが、断られていた。
美希曰く、「もう少し付き合ってほしいの」とのこと。
理由は不明だが、そう言われてしまった二人は、ハラハラしながら様子を見守っている。
「……あの、生徒会長――絵里さんは過去にスクールアイドルをしていたことがあるんですか? 凄く自信があるようでしたけど……」
おずおずといった感じでにこに問いかける花陽。
この質問は、一年生と二年生全員が知りたがっていることであり、自然とにこに視線が集まる。
「スクールアイドルだったことはないわ」
ここでにこは一旦言葉を止め、「……でもね」と続ける。
「絵里は天才よ。世間では美希ちゃんの次にはA-RISEが最も実力のあるアイドルとして認識しているわ。私もそう思っていた。でも、今は違うわ。絵里は間違いなく美希ちゃんの次に実力のあるアイドルよ。私だってそれなりにアイドルとしての実力はあると思っていたけど、絵里の足元にも及ばないわ」
「えぇっ!? さ、流石にそれは言い過ぎじゃあ……。A-RISEの実力は既にプロの領域なんですよ?」
「知ってるわよ。私がどれだけスクールアイドルを見てきたと思ってんのよ? それを踏まえたうえで言ってるのよ」
花陽はそう言うも、にこは訂正することはしない。そう力強く言い切られてしまうと花陽も黙るしか無い。
そんな花陽の肩に手を置き、「まあまあ、絵里ちの踊りを見よう?」と希がそう言葉を投げかける。その希の表情にも不安の色は無かった。
「さあ、準備はできたわ。それじゃあ、早速始めるわよ!」
絵里がそう力強く言い、曲が流れ始める。
それは、ミキミキが初めて世の中に動画を配信した際に躍った曲である。
絵里は敢えてこの曲を選定した。
自分がアイドルになろうと心から思うことへのきっかけとなったこの曲を。
軽やかな前奏が流れ出し、辺りに響いていく。
そして、絵里は踊り出した。
予想外の出来事に私は興奮していた。
μ'sにどんな人がいるのかと楽しみにしていたが、それはいきなり私の期待に応える形で叶った。
絢瀬絵里さん、穂乃果さんと同等以上のスクールアイドルに対する熱意を持っている人物。
さらにそれと同時に、その立ち振る舞いは自分自身の確かな実力に裏付けされているものだった。確かに絵里さんの体つきを見ると只者でないことが分かる。
そんな絵里さんの実力を確かめてみたいと思うのは自然なことだった。
……それにしても、凄く綺麗な人なの。
親が外国人なのかは分からないが、日本人離れしたその真っ白な肌に、蒼い瞳。それに加えて真っすぐ芯が通った、凛としたその態度は見ているこちらが見惚れてしまいそうだった。
その絵里さんは、私が初めて世に配信した踊りの曲を選定してきた。
これは偶然かあるいは――。
そして、絵里さんは踊り出した。
私は、目をまん丸に見開いて目の前の光景を見つめていた。
先日、成長して活躍するA-RISEを見て、私は心が躍った。
それは、彼女達なら近い未来、私の敵となって現れる可能性を示してくれたから。逆に言えば、現状はまだその段階では無いということでもある。
しかし、目の前で踊り、歌う絵里さんは、既に私の敵になり得るだけの実力を備えていた。まだ実力はこちらの方が上、しかし百回戦ってすべてに勝てるかと言われると確信はできない。
一朝一夕で身に着けられる実力では無い。幼少の頃から努力を重ねてきた者のものだ。
絵里さんから目が離せない。絵里さんの一挙一動を目に収めようと、瞬きすら勿体ないとすら思ってしまう。
感覚的に一瞬だった。いつの間にか曲は終わっていた。
そのことにすら私は気付いていなかった。
完全に絵里さんに引き込まれていた。
「……ふう、どうだったかしら? これが私の全力よ」
シンとした雰囲気の中、絵里の声が皆の耳に届いた瞬間、沈黙が一気に破られた。
「す、凄い! 凄い凄い!」
「せ、生徒会長さん……、一体何者?」
「私、アイドルというものをあまり知りませんが、これが凄いというのは分かりました……」
μ'sのメンバーが興奮し、盛り上がる中、私は俯いていた。
私は、昔からアイドルの事になると周りが見えなくなった。
凄い実力を備えたアイドルを見ると、それに夢中になった。
それが同世代の人ならなおさらだ。
そして、今まさに私は絵里さんに夢中になっていた。絵里さん以外のことが見えなくなっていた。
「どうだったかしら菊地さん? 納得してもらえたかしら?」
絵里さんの問いに応える代わりに私は勢いよく絵里さんに向かって駆け出した。絵里さんが何事と驚くよりも先に私は絵里さんに飛び込んだ。
絵里さんの両手を掴み、鼻と鼻が触れるほどまでに至近距離まで顔を近づける。
絵里は「ちょ、ちょっと!」と、逃れようとするが美希は逃がさない。流石の絵里も同性とは言え、顔の整った大人びた少女にここまで接近されると羞恥の感情が生まれ、その白い肌をほんのりと桜色に染めていく。
「凄いの! どうやってここまで実力を身に着けたの? 昔からアイドルを目指してたの? 詳しく聞きたいの!」
声色を変えることも忘れて、口癖の「なの」を連発し、そう矢継ぎ早に言葉を放つ美希。
突如聞き慣れた声色で話してきたことで絵里も「……え、え?」と戸惑う様子を見せる。
そして、美希のことをよく知る花陽やにこ、真姫が美希の方を驚いたように見つめる。
元々、早朝から運動をしており、ウィッグが緩んでいたことと、今勢いよく絵里に飛び込んだことで、ウィッグが完全にその支えを失った。
スルリとウィッグが下に落ちていき、代わりにその下から太陽光を反射させ、キラキラと輝かせる金色の髪が現れる。
見間違うはずもない。それは、今世間を賑わせている星井美希であった。
その美希のキラキラとした目には絵里だけが映っていた。
絵里は、キョトンとして目と鼻の先にある憧れである存在を見つめる。
そこには、先ほどまでの凛とした雰囲気はどこにも無かった。
「…………え?」
絵里の口から発せられた間抜けな声が虚しく音の木坂学院の屋上に鳴り響いた。
いや、本当滅茶苦茶久しぶりの投稿になってしまいました……。
早く更新できるよう頑張ります。
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第六話
シンとした沈黙が辺りを包む。
穂乃果とことりを除いたμ'sのメンバーは何が起きているか分からず、全員目をまん丸に見開いて一点を見つめる。
視線を一点に集めている当の本人である美希は、自身の正体がばれていることなどに全く気付いていない様子で、「ねえねえ!」と絵里に迫っている。
真っ先に反応したのは、花陽である。
「――――え、ええええっ!!?? み、みみみみ美希ちゃん!!??」
顔面蒼白であり、信じられないとばかりに普段の花陽からは想像できないほどの、大声をあげる。
それを皮切りに皆が我を取り戻して一気に騒がしくなっていく。
「ちょ、ちょっと、本当に美希ちゃんじゃない!? ど、どうしてここに!?」
「…………え、本物?」
そして絵里はというと。
オーバーフローした頭が徐々に目の前の現実を受け入れ始め、ワナワナと震えていく。
「……ほ、本物の美希ちゃん?」
恐る恐ると言った感じに尋ねる絵里。その姿に先ほどまでの覇気は感じられない。
「うん! 美希は美希だよ!」
美希は問われた質問に、何の疑問を感じることなく元気よくそう答えさらに絵里に顔を近づける。絵里と美希の距離はどちらかが少しでも動くと当たってしまうほど。
「ちょ、ちょっと! ち、近いわ……」
ようやく現実を理解してきた絵里は、急速に顔を真っ赤にしていきへなへなと崩れていき、ぺたんと女の子座りの体勢でその場に座り込んでしまう。
「……え、じゃ、じゃあ、私今まで美希ちゃんに、あ、あんな偉そうなことを?」
絵里は両手で頭を抱えて、ぶつぶつとそんなことを呟く。目尻にはじんわりと雫が浮かんでいる。
「え、どうしたの絵里さん?」
私は、なぜか突如崩れてしまい放心状態の絵里さんを前にキョトンとしてしまう。
それに今気付いたが、μ'sの人たちがなぜか驚きと歓喜を含めた表情で私を見つめている。
絵里さんのアイドルとしての実力を目の当たりにして、興奮状態だった私も流石に状況がおかしいことに気付き、一気に冷静になっていく。
「……あ、あの美希ちゃん。ウィッグ、取れちゃったよ?」
そして、ここでことりさんが私の下まで歩み寄り、そっと耳打ちしてくれる。
ことりさんの吐息がこそばゆく、一瞬体が強張るがことりさんの言葉を理解し、すぐに我に返り、ばっと視線を髪の毛に移す。
そこには、さらりとした金色に輝く見慣れた自身の髪の毛があった。
……いつの間に。
ふと見渡すとすぐ後ろに取れてしまったウィッグが虚しく地面に横たわっていた。ようやく状況を理解した私は、改めて周囲を見渡し、笑顔を浮かべる。
「……え~と、というわけで改めて自己紹介! 私は星井美希って言うの! 今日はμ'sの皆さんの指導に呼ばれて来ました!」
そんな私の堂々とした自己紹介にμ'sの人たちは再度、ポカンとした表情を一瞬浮かべたかと思うと。
「「えええっ!!??」」
μ'sの人たちのほぼ叫びにも近い驚きの声が、音の木坂の屋上に鳴り響いた。
「そう言えば、最初に名乗ってた菊池真というのは誰の事なんですか?」
「あ、あはは、変装している時の私、ボーイッシュだったでしょ? ボーイッシュと言えばその名前かなーって。特に深い意味はないの」
「はあ、そうなんですか……?」
しばらくしてようやく騒ぎが収まり、皆が冷静になったタイミングで、お互いの自己紹介も含めて、ちょうど海未さんとそんなことを喋っている時だった。
「小泉花陽といいます。何卒、サインをお願いしますぅ」
「矢澤にこです。私もお願いします、なんでもしますので」
花陽さんとにこさんが、どこから取り出したのかサイン色紙とペンを持って、頭を下げそんなお願いをしてきた。
一方の私はと言うと。
……サイン。
アイドルにとってサインを書くことは大切な活動の一つ。トップアイドルを目指す私がそれを疎かにするわけも無く、完璧にサインを書けるように練習していた。
だが、当然これまでサインを書く機会があるわけも無く、その練習の成果を発揮されることは無かった。
……まあ、何が言いたいのかと言うと。
初めてサインを書けることになった私はテンションが上がっていた。
「えへへ~、しょうがないなぁ」
口ではそんなことを言いつつ、口元がにやけるのを我慢できずにサラサラと書き慣れたサインを綴っていく。
それを花陽さんとにこさんに渡すと「い、一生の宝物ですぅ」、「あぁ、生きててよかったわ……」と感極まったようにサイン色紙を見つめている。
そこまで喜んでもらえるとこちらとしても嬉しい限りである。
そんなことを思っている時だった。
「――あ、あの!」
突如大声がして、びくっとしつつ音源に視線を向けると、そこには真っ赤なセミロングボブが似合うμ'sの中でも大人びた雰囲気を持つ少女、名前は確か――、真姫さんがいた。
真姫さんは、緊張でなのか頬を赤らめていた。その様子は、まるで憧れの存在を前にした小さな子供のようであった。
私が返事をしようとしたまさにその時だった。
「ちょっと、高坂さん! どうして今日来るのが美希ちゃんだって事前に教えてくれなかったのよ!」
「え、ええっ!? わ、私は言おうとしましたけど、絵里さんが遮ってきたから……」
見ると、絵里さんが穂乃果さんの両肩を掴み鬼の形相で詰めている光景が見えてきた。穂乃果さんは、絵里さんの勢いにたじたじしつつも心外だとばかりに絵里さんにそう言い返している。
そんな穂乃果さんの言葉に絵里さんは、「……う、た、確かに」と、言うとみるみる力を失っていき「もうお終いだわ……」と呟きそのままガクリと項垂れてしまった。
「あ、あの絵里さん。肩から手をどけてもらいたいんですが……」
穂乃果さんが迷惑そうにそう言うも絵里さんは聞く耳もたずの状況。
絵里さんは何を気にしているのだろうか? もしかして私にきつく当たったことを気にしているのだろうか?
「絵里さん?」
私は真姫さんに声を掛けられていることをすっかり忘れて絵里さんの下へと歩み寄っていく。
「……あ」と真姫さんの悲し気で小さな呟きは私の耳には入らなかった。
私に声を掛けられた絵里さんはビクリと反応すると、恐る恐るこちらを振り向いてくる。
今更だけど、会ったばかりの時と随分雰囲気が違う。こちらが絵里さんの素なのだろうか?
「あ、あの、失礼なことを沢山言ってしまってごめんなさい」
絵里さんは、ばっと大げさなほど頭を低く下げて謝ってきた。
「ううん! 全然気にしていないの! それより絵里さんにどうやってそこまでの実力を身に着けたのか色々聞きたいな!もっと仲良くしてくれると嬉しいの!」
冷静になったとはいえ、私は絵里さんに興味深々だった。これまで私と同世代で私と同等の実力を持つ人は一人もいなかった。
そんな存在が目の前にいるのだ、本音としては仲良くなり色々アイドルについて語り合いたい。
一方の絵里さんは、そんな私に「う、うぅ、美希ちゃん!」と、先ほどと逆で今度は絵里さんが私のもとに駆け寄って来て、私の両手を手に取ってくる。
「私の方こそ仲良くしてくれると嬉しいわ! 私、美希ちゃんの大ファンなの!」
「えっ! ええとその……」
急に来られたものでびっくりしてしまう。
……それにしても。
改めて見ると、絵里さんのその小さく、整った彫りの深い顔立ちはまるで有名な芸術家が創った作品のようだった。いい匂いもしてくるし、手はすべすべである。
途端に緊張してきて、顔に熱が籠っていくのを感じ、思わず目の前の絵里さんに見惚れてしまう。
傍から見ると、二人の美少女が逢引しているように映り、それを見た何人かが慌ててしまう。
「はいはい、とりあえずそこまでにせえへん? 今日の目的は練習やろ? 早く開始しないと日が暮れちゃうよ」
手でパンと叩きながら放った希さんの言葉で私は我を取り戻す。
「はっ! そうだよ! 今日は美希ちゃんに指導してもらいながら練習する予定だったんだよ!」
穂乃果さんも思い出したようにそう声を張り上げる。
「……れ、冷静に考えたら美希ちゃんに指導してもらえるなんて、贅沢すぎじゃない?」
「幸せ過ぎて罰が当たりそうです……」
「……美希ちゃんが凛達に指導」
にこさんや花陽さんが感激している一方で、短髪がよく似合う元気溌剌という言葉がよく似合う凛さんは二人以上に感激したようにこちらを見つめている。
おおむね皆から歓迎されているようで嬉しい限りである。
絵里さんとの出会いで忘れていたが、私も今日ここに来た一番の目的を思い出す。
絵里さんの実力はこの目で見たが、それ以外のメンバーについてはまだ未知数である。
私も意識を切り替えて集中していく。
「――じゃあ、早速始めていこうと思うの!」
それからμ'sの人たちの練習を見て、私は驚愕することになる。
相変わらず絵里さんだけが、ずば抜けた実力を持っている。練習中の一つの一つの動作を見てもそれが分かった。
絵里さん以外で言うと、次に実力があるのはにこさんだった。にこさんも相当アイドルとして努力を積み重ねてきたのだろうことが窺えた。
後は、希さんもある程度練習をしていたのか、その動きは素人のものではなかった。
それ以外のメンバーについては、最近始めたのであろうことが分かった。
しかし、それにしてはうますぎる。
一人の例外もなく全員がだ。
確か穂乃果さんの話では、アイドルの練習を始めてからまだ一週間も経っていなかったはずである。μ'sとしての全員揃っての練習は今日が初めてだとも言っていた。
しかも、私が教えたことはすぐにみんな吸収していく。
自分で言うのもなんだが、私自身もアイドルとしては天性の才を持っていると思う。
しかし目の前にいる全員が私と遜色ない才能を持っている、そう判断せざるを得ない。
これだけの才能があれば、僅かな時間でスクールアイドルとしてすぐにトップクラスのレベルにまで駆け上がることができるだろう。
そして何より絵里さんもいる。もしかしたらあのA-RISEすらも超えることができるかもしれない。
……でもそんなことがあり得る?
たまたま集まった九人の少女が全員トップアイドルになるだけの素質を備えている、そんなことが。
……いや、そうだ。ここは現実であって現実ではない。
ここは、「ラブライブ!」という作品の世界なのだ。一見、あり得ないような奇跡があり得る世界なのだ。
恐らくだが、本来の話の流れとしては、急成長したμ'sとA-RISEが競い合う、そんな物語ではないだろうか?
無論それが正しいかどうかなんて確かめようはない。
個人レベルで言えば、アイドルとして私の方が実力は上。
私は幼少の頃から果てしない努力を積み重ねてきたのだ。これからもその力関係を覆させるつもりは無かった。
しかし、絵里さんを始め、これだけの才能を持った少女が九人も集まっているのだ。全員が実力を身に着け、力を合わせたとき、果たして私は私一人の力のみでμ'sに打ち勝つことができるだろうか?
……っ!
私は自身の体が震えていることに気付く。その震えの原因が何かは考えるまでもなかった。
見てみたい!
戦ってみたい!
成長したμ'sと!
……やっぱり、今日ここに来てよかったの!
私は決める。
μ'sが成長できるように、できる限り力を貸していこうと。
そして想像する。
そう遠くない未来、A-RISEとμ'sと競い合う自身の姿を。
それはきっと全身が湧きたつような、スリルがあり、楽しいに違いない。
これからも定期的に指導しにくると伝えると、皆は快く了承してくれた。というかむしろお願いしますと頭を下げられた。
その日の夜。
私は動画の生放送で、今度行われるライブについて、宣伝も含めて詳細の説明を行っていた。
視聴者も10万近い人が見てくれている。
最も、既にチケットは完売している為、宣伝する意味があるかはよく分からないが。
「というわけで皆、ライブは絶対盛り上げるから楽しみにしていてね!」
私のその言葉に、目で追い付けないほどのコメントが打たれていくのを見ながら、パソコンの画面を消し、一息つく。
……今日は色々なことがあったな。
μ'sの存在。それが私にとって大きな存在になることが分かって本当に良かったと思う。
そして何より絵里さんとの出会いが大きかった。
今でも絵里さんの姿を思い浮かべると心臓の鼓動が高まっていくのが分かる。
「……綺麗だったな」
無論、絵里さんの事である。
私は、もうほとんど前世の時に持っていた感情は無くなり、完全な星井美希になっていた。
しかし、ただ一つだけどうしても消えない感情があった。
それは、女の子が好きという事。
普通、私くらいの女の子になるとイケメンな同世代の男子生徒や年上の男性に恋心を持つのだろう。しかし私は違った。
とはいえ、これまでの私はトップアイドルになることにしか目が無く、恋とは無縁の生活を送っていた。
しかし、この年頃だからだろうか、恋をしてみたいと思っている自分がいるのがはっきりと分かった。
無論、トップアイドルになる為に恋をしている暇は無い。
「そもそも、私が女の子のことが好きだなんて皆にばれたら大変なことになるよね……」
だが妄想することくらいは許されるのではないだろうか。
もし私が付き合うとしたらどんな女性がいいだろうか?
絵里さんみたいに大人な綺麗なタイプ?
ことりさんみたいに優しいタイプ?
穂乃果さんみたいに明るいタイプ?
凛さんみたいにさばさばしたタイプ?
あるいは……?
でもどうしてもゆずれない点が一つある。
「やっぱり付き合うとしたら、同じアイドルで私以上にアイドルに一生懸命な人かな……」
自分の大好きなことを共有できる人がいい、それが私の望みだった。
今それに一番近い人は絵里さんだろう。
……って、私は独り言を呟いてまで何言ってるんだろ。
恐らくだけど、今日μ'sという超絶美少女に囲まれたせいで、恋煩いを発症させたのだろう。
……大丈夫、明日からは切り替えてアイドル活動に集中する。
そう心に誓った時だった。
私のスマホが鳴り響いた。
夜遅くに誰だろうと思い着信元を見てみるとことりさんからだった。
どうしたんだろう、そう思いながら電話にでる。
「美希ちゃん! ライブ配信まだ切れてないよ!」
電話に出るや否や、焦ったようなことりさんの声が聞こえてきた。
…………え?
前回感想頂いた方ありがとうございます!
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第七話
ことりさんの言葉が私の中で反響していく。
ライブ配信が……切れていない?
数秒かけてその意味を理解してばっとパソコンの画面を付ける。そしてことりさんの言った通り、ライブ配信が切れていないことを確認してしまう。
全身に冷たい何かが走ったような感覚に襲われ、頭が真っ白になってしまう。
私は先ほど、女の子が好きだと言う発言をしてしまっている。
聞かれてしまった? ……いや、もしかしたら聞かれてないかも。
絶対に聞かれていると確信しつつも僅かな可能性にかけ、画面を見る。視聴者数が見たことの無い数値になっており、今もどんどんとその数値が増えている。その数は既に二十万を超えている。
明らかに異常だ。
コメントの数も凄まじい速度で流れていき、肉眼で追うことが困難なほどだ。嫌な予感をヒシヒシと感じつつ、意を決して、コメントのいくつかを確認する。
『あ、やっと配信の切り忘れに気付いた』
『まさか美希ちゃんが百合だったとは(歓喜)』
『キターーーーーー』
『これはガチのやつ』
『記念日ですね』
『配信切れ忘れからのとんでもないカミングアウト……流石美希ちゃん。一生ついていきます』
『間違いなく伝説になる』
『この前の謝罪動画といい、一体いくつの伝説を作るのか』
『俺と美希ちゃんが結ばれる未来が崩れ去ってしまった……』
『……え、じゃあ私がミキミキちゃんと結ばれる可能性もあるということ?』
『美希ちゃん以上にアイドルに一生懸命な人なんているの?』
一部のコメントを確認した私は机にがんと音を立てて突っ伏してしまう。
結論、完全にばれている。
「……終わった、なの」
まだライブ配信が続いていることも忘れて無意識の内にそんな言葉が漏らしてしまう。
『むしろ始まったと思う』
『やっぱりA-RISEの綺羅ツバサさんが恋人の筆頭候補かな?』
『間違いない』
『というか携帯電話持っているけど誰から電話かかって来てるんだろう? その人が教えてあげたんだよね? ……もしかしてその人が?』
『……これ、ラブライブで美希ちゃんに打ち勝った人が美希ちゃんの相手にふさわしいってならない? そんなことが可能かは知らないけど』
『なるほど。死ぬ気でラブライブ頑張ります』
そんなコメントが流れるが私は気付かない。
頭の中では様々な思考がぐるぐると渦巻く。
全世界に私が百合であることが発信されてしまった。
そのことを改めて実感した私は感じたことのないほどの羞恥に襲われる。高熱でも出ているのかと思うほど顔は熱くなる。
発散しようのない羞恥の感情に頭を抱えて「あうううー」と声を上げてその場で悶えてしまう。その様子もライブ配信を通して発信され、さらに視聴者を盛り上げることになるのだが、やはりそれにも気付かない。
……どうすればいいんだろう?
最早、思考することを諦め、ぼうっと未だに増えていく視聴者とコメントの数々を視界に収めながら他人事のようにそんなことを思う。
私は携帯電話を耳にあてたままであり、ようやく電話の向こうでことりさんが必死に声をかけてきていることに気付いた。
「美希ちゃん! 色々大変だと思うけどとりあえずライブ配信を切って!」
その言葉で我に返った私は、急いでライブ配信を切った。
今度こそしっかりとライブ配信が切れたことを確認する私だったが、取り返しのつかないことをしてしまったことから、現実味が無くどこか夢の中にいるような感覚に襲われる。
シンとした静けさが室内を襲う中、電話越しにことりさんの声が聞こえる。
「あ、あの、美希ちゃん」
「……あ、ことりさん。ライブ配信切り忘れてるの教えてくれてありがとう。それであの……」
ことりさんからしたら、私が百合であったなんて衝撃以外の何でもないだろう。思い返せば、私とことりさんと初めて会った時は、男子に絡まれていることりさんを救うために腕を絡めたりしている。そんな行動の一つ一つが私が百合であることが分かった今、ただの下心に満ちた行動であったという風に映るだろう(実際下心もあったわけだし)。軽蔑されてもおかしくないだろう。
そんな私ができることは唯一つ。謝る事だろう。
「……ごめんなさい。私が女の子が好きだってこと隠していて」
ことりさんからの返答は無い。電話越しにことりさんは息を吞み何か考えているようだ。
何を言われても私はそれを受け入れて向き合う必要がある。
ことりさんからの返答を待つまでの時間が永遠にも感じるほど長く感じる。
「……あ、あの! 私は全然いいと思うよ! む、むしろ嬉しいというか、その……」
しかし、ことりさんからの言葉は私の予想していたものとは違った。上ずった声で緊張と羞恥が混じったような感じ。そこに軽蔑や侮蔑の感情は一切感じられなかった。
「……嬉しい? どうして?」
「え、あ、あの、その、な、なんというか……と、とにかく私は良いと思うから! だから気にしないで! そ、それじゃあ!」
ことりさんは、もう限界だと言わんばかりにこちらの反応を待たずして通話が切れてしまった。ツーツーという電子音を聞きながら私はまたも思考が停止してしまう。
…………え、どういうことなの?
ことりさんの言動が全く理解できない。その後もしばらく考えたが納得のいく答えを見つけることはできなかった。
幸いなことは、ことりさんが私に対してそこまで不快感を抱いていなかったようであること。もし、ここでことりさんから「もう二度と関わらないでね」なんてことを言われたら立ち直れなかっただろう。ことりさんは百合に対してある程度理解を持ってくれているようだ。
しかし、世間は私のことをどう思うだろうか?
スマホを取り出し、SNSでの反応を確認するべくアプリのアイコンをタップしようとして動きが止まる。
怖かった。
指が震えていることに気付く。ようやく私はアイドルとして活動していくことに本気になれた。念願だった初ライブも控えている。この一連のことですべてが台無しになったとしたら。拭いようのない不安と恐怖に襲われる。
……でも、こんなことで終わらせたくないの。
アイドルとして活動することは今の私の全てである。どんな困難が待っていたとしても絶対乗り越えてみせる。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
そして私は意を決して、アプリのアイコンをタップした。
突如としてライブ配信が終了してしまい、シンとした静寂が辺りを包む。
あまりの衝撃に誰も口を開かない。その中でいち早く口を開いたのは優木あんじゅだった。
「……まさか、美希ちゃんが女の子が好きだったとはね」
「……ああ、驚きだな」
そこに反応したのは、統堂英玲奈である。普段、感情を表に出さない英玲奈だったが、今はその表情は驚きに包まれている。
A-RISEの三人は、以前星井美希から宣戦布告返しをされ、アイドル結成から最も熱量を持って活動を実施していた。今日も朝早くから練習を行っていた。
そしてライバルの星井美希が夜にライブ配信することが分かり、ツバサの提案で敵情視察も兼ねて練習終わりに三人で一緒に見ることにしたのだ。
あんじゅも英玲奈もツバサがただ星井美希の配信をライブで見たいだけであるということは理解していたものの、敢えてそこは指摘せずに提案に乗ることにした。ツバサが星井美希を最大のライバルであると同時に大がつくほどのファンであるということは理解していたからだ。
本人がそう言っているわけではないが、「聞いて、美希ちゃんがね……」、「ちょっとこの美希ちゃん可愛くない!」なんてことをうんざりするほど聞かされている二人にとってはツバサが星井美希の大ファンであることは火を見るよりも明らかだった。
というわけで部室でパソコン越しに三人でライブ配信を見ていたのだが、そこで星井美希がライブ配信を切り忘れるというミスを犯してしまう。何事もなければ良かったのだが、そこで星井美希が女の子が好きであると言うことが発覚してしまう。そして今に至るわけだ。
あんじゅも英玲奈も気まずそうにツバサの方を見つめる。
ツバサは、感情が抜け落ちたようなぽかんとした表情を浮かべたままパソコンの画面を見つめているだけであり、何を考えているのか分からなかった。
この様子にあんじゅと英玲奈はどうしたものかと困り顔を浮かべお互い顔を見合わせる。
百合営業という言葉があることからもアイドルファンにとって百合というのはある程度理解もあり需要もある。しかし、あくまで友達以上恋人未満のプラトニックな関係が丁度よいと言われている中、星井美希の言葉のトーンからして恐らく本気の百合であることが分かる。
これに対してファンがどう受け止めるかは未知数である。
沈黙に耐えかねたあんじゅは、星井美希に対してSNS上でどのような反応なのか確認することにする。
「……うわ、凄いわね。まだライブ配信終了から少ししか経っていないのに、すごいコメントの数よ」
そのコメントの数は既に四桁に到達しており、今も毎秒コメントが更新されているような状況だ。あんじゅはそのコメントを流しで確認していく。
するとファン達はほとんどが星井美希に対して好意的な印象をもっているようだった。
……いや、好意的なんてレベルじゃないわね、これは。
ファン達の多く、男性も女性も関係なく歓喜しているコメントで溢れているのだ。まさにお祭り騒ぎである。中には「どうせやらせだろう」などの批判的なコメントも無いことは無いが、ほんの一握りである。それを圧倒的に上回る好意的な見方をされているようだ。
そしてあるコメントが多くの支持を受けピックアップされている。
『女の子が好き、美希ちゃん以上にアイドルに一生懸命な人。つまり、ラブライブで優勝すれば美希ちゃん以上にアイドルに一生懸命と言う証明になる。つまり付き合えるということだよね?』
そんな内容だった。
そして、そのつぶやきに対するコメントはこんな内容だったりする。
『ということは最有力候補はA-RISEの綺羅ツバサだったりする?』
『SNSや美希ちゃんに対するコメントを聞く限りツバサちゃんも美希ちゃんの熱狂的ファンであることは間違いないしね』
『美希ちゃんとツバサちゃんがイチャイチャ……有だ』
『尊すぎる……』
『他のスクールアイドル達もやる気を出しているご様子』
『でもそんな下心剥き出しだと美希ちゃんに勝つことは不可能。つまり元からアイドルに対して真摯で実力あるツバサちゃんしか可能性は無いという事。宣戦布告したくらいだし』
まさか同じグループのリーダーが星井美希の相手の第一候補に任命されているとは思わなかった。これを本人に伝えていいのかと思案するあんじゅだったが、どうせばれるだろうし、早い方がいいだろうと結論付ける。
「あ、あはは~、ツバサ。あなた、美希ちゃんとお似合いだってSNSで話題になってるわよ? ラブライブで優勝すれば美希ちゃんと付き合えるみたいな流れになってるみたいね。完全にフルハウスね」
努めて明るく冗談ぽくそんな風に声をかける。英玲奈はハラハラした様子でツバサを見つめる。
当のツバサはそのあんじゅの言葉に反応し、ギギギと壊れたロボットのようにその顔をあんじゅに向ける。
その異様な光景に軽く恐怖心に襲われるあんじゅだったが笑顔は崩さない。アイドルとして笑顔の練習をしていて良かったと心底思うあんじゅだった。ちなみにどう見てもあんじゅの笑顔は引きつっていたが、英玲奈は突っ込めなかった。
「……ラブライブで優勝すれば、美希ちゃんとイチャイチャできるということ?」
「「…………え?」」
ツバサが放った言葉の意味が一瞬理解できずにあんじゅと英玲奈の口から同時に間抜けな声が漏れる。
……もしかしてツバサ、まんざらでもない?
そんな予想が二人の頭に浮かんだ次の瞬間、極めて真剣な表情にシフトチェンジさせたツバサが一気にあんじゅに詰め寄る。あんじゅはツバサの予測不能な行動に「ひっ!?」と恐怖の声を漏らすが、構わずツバサはあんじゅの両肩を掴み、その顔を近づける。
「……さっき言っていた言葉は本当?」
「……え、ええ。……ほら」
鬼気迫るように謎の圧力を感じさせるツバサの言葉にあんじゅはそう答え、スマホの画面を見せつける。
画面を確認したツバサはゆっくりとした動作であんじゅの肩から手を放し、一歩下がり俯いた。
その様子を訝し気に見つめるあんじゅと英玲奈。
やがてツバサが顔をあげ二人を見つめる。その表情は覚悟を決めた女の顔であった。
「実は二人にも言っていなかったけど、美希ちゃんは強力なライバルであると同時に大ファンなのよ。……いや、もう大好きと言っても過言ではないわ」
知っている。とは突っ込めないほど重い雰囲気を醸し出している為、二人は黙って続きの言葉を待つ。
「私はアイドルが大好き。誰にも負けたくはない。誰よりも努力をしてきた自信はあるしこれからも努力を続けるわ。でも同じくらい美希ちゃんも大好きよ。美希ちゃんを誰にも渡したくない。だから改めて誓うわ。私は美希ちゃんにラブライブで絶対に勝つ。そして、私こそが誰よりもアイドルに一生懸命で、美希ちゃんの相手にふさわしいという事を証明して見せるわ!」
そう宣言するツバサはこれまで見たどのツバサよりも確固たる意志を持ち、底知れぬ力強さを感じさせた。そのツバサの目はここではない、どこかを見つめていた。
あんじゅと英玲奈は互いに軽く顔を見合わせ、頷き合った。
「ええ、私も応援するわ! 頑張りましょう!」
「……そうだな、元よりラブライブで優勝することを目標にしていたんだ。頑張ろう」
二人は考えることをやめた。
ツバサが今以上にやる気を出したのならそれでいいじゃないか。そんな結論に至ったのだ。
二人はツバサについていくとツバサがリーダーになった時から決めている。だからこそツバサがセンターに立つことに不満はないし、二人もツバサを支えたいと考えている。ツバサこそが一番のアイドルであるというとこは二人も心の底から信じて疑っていない。二人は隠れたツバサの熱狂的なファンでもあるのだ。
なんとかまとまり穏やかな雰囲気が流れる中、スマホで星井美希の反響ぶりを見たあんじゅが英玲奈の方を見つめる。
「……ねえ、英玲奈。私達、百合営業してみる?」
「……なん、だと?」
ちなみにこの直後、興奮したツバサがSNS上で、『絶対にラブライブで優勝します』とのコメントを投稿したせいで、SNS上でさらにお祭り騒ぎが加速したのはまた別のお話。
しかし、これは何も綺羅ツバサだけに限った話では無かった。
星井美希にラブライブで勝つと言うあまりにも高すぎるハードルが要求されているにも関わらず、熱狂的ファンかつスクールアイドルに所属する全国の女子生徒は自分こそが星井美希にふさわしいとやる気に満ち溢れていくことになる。
それほど星井美希は人々の心を掴んでおり、大きな存在になっていたのだ。
そしてそれは、μ'sのメンバーも例外では無かった。
美希ちゃんのライブ配信を終えた後、私は高鳴る鼓動を感じていた。
今の私の心の支えであり、全てである美希ちゃん。
ファンの一人として支えていこうと決めていたが、美希ちゃんが女の子が好きだと言うことが分かった。
そして私は、先日よりμ'sというスクールアイドルに所属することになった。しかも指導役として美希ちゃんとの関りもある。
トクン……と一際大きく心臓が跳ねた。
これは運命に違いない。
必ず……。
……どうなってるの?
私は、スマホに映る画面を凝視していた。完全に混乱していた。
『ラブライブの優勝者は星井美希の恋人に! 最有力候補は綺羅ツバサか!? 綺羅ツバサもやる気に満ち溢れている様子! 他のスクールアイドルの実力者達も燃えている様子!』
そんな記事が画面に映っていた。
このコメントに対し、膨大な返信コメントが返されていたが、確かなのは、ラブライブでの優勝者は私と恋人関係になることが確定事項になっているということである。凄い盛り上がりようで私のフォロワー数もどんどんと増えていっている。メッセージも多く来ていたが、どれも私を支援するようなコメントばかり。批判的なコメントがあまり無かったことは良かったと胸を撫でおろしたが、事態は予想していなかった方向に動き出していることは明白だった。
……もう寝るの。
色々なことが起こりすぎて疲れ切った私は、現実逃避するようにベッドに横たわり目を閉じた。疲れ切った私はすぐに眠りに落ちた。
この日以降、私の生活が激変することになることはこの時の私は理解していなかった。
久しぶりです。すみません、相変わらず投稿が遅く。。
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第八話
……あー、学校行きたくねえなの。
今は早朝のトレーニングから帰ってシャワーを浴びている。湯気でうっすらと曇った鏡に映る自身の顔は見たことがないほどげんなりとしている。登校時間が近づいてくるにつれて胃も痛くなってきた。
今は誰とも関わりたくなかった。
昨日の配信切り忘れ事件からまだ一日も経っていないが遠い過去のように感じる。朝起きたら全部夢になってないかなーなんて淡い希望は音も無く崩れ去った。
とはいえ、配信切り忘れをやらかした直後に比べれば幾分かは気持ちは落ち着いてきている。SNS上での私の評価は間違いなく爆上がりしていたからだ。今日の朝もう一度調べたから間違いない。
だが、昨日の夜に見た、ラブライブで優勝した子は私の恋人になるという記事。改めてぶっ飛んだ内容だと思うが、もう確定事項であるらしい。
なぜ私のことなのに、私の知らないところで色々決まっているのか納得いくまで教えてほしいものだ。
まあ、元はと言えば配信切り忘れを起こした自分のせいであるのだが。
それにしても優勝者が私の恋人……。
SNS上でも言っているように可能性がある一人は、A-RISEの綺羅ツバサさんだろう。本人は私の恋人になることを望んでいるようなことをSNS上にコメントしていたが、本心は分からない。ファンの人たちに話題を提供したというだけの可能性も十分に考えられる。
そして……、μ's。
世間にはまだその存在は知られていないが、話題になるのは時間の問題だろう。
私には無い不思議と惹かれるようなカリスマ性を持つ穂乃果さん。私に近い実力を持つ絵里さん。私のファンの人達にも絶賛されている衣装作りの才能を持つことりさん。他の人たちはあまり関わっていないが、全員が底知れぬ才能を持っているのは間違いない。
本来のこの世界の主役であり、神のいたずらとしか思えない奇跡のようなアイドルグループ。私がまだ知らないだけで実は凄いメンバーが隠れている可能性すらある。
ラブライブの優勝の可能性を担うもう一つの存在。
ではファンの人達が盛り上がる中、なぜ私がこんなにも気持ちが落ち込んでいるかというと、μ'sやA-RISEの人たちが私のカミングアウトのせいで、ラブライブの優勝を目指す気持ちに横やりを入れてしまわないかと懸念しているためだ。
ファンの人達はいいとしても、ただ純粋に優勝を目指す者にしてみれば、今回私が起こしてしまったことは無粋なことこの上ない。そんな想いを持つ人たちは私を非難するだろう。
私のせいで最高に盛り上がるはずだったラブライブが台無しになる……。そんな未来を想像してしまうのだ。折角穂乃果さんやことりさん、絵里さん、A-RISEの人たちとの出会いで前を向くことができたのに。
そして何より一番許せないのは、今のこの現状……。
確実に悦んでいる私がいるということ。
私がラブライブで優勝することは当然嬉しいことだ。
そして仮に私が負けることになれば、それは私にとっての生涯のライバルが誕生したことを意味する。その敗北がもたらす悔しさが私をさらなる高みへと導いてくれるだろう。それだけでも飛んで喜ぶほどの事だ。
しかも優勝した子と私は、ファンの人達に祝福されながら合法的に付き合えると来た。
……私しか勝たん。
え、だって、ラブライブで優勝するような子だ。間違いなくアイドルとして、そして女の子としてパーフェクトに間違い無いだろう。
一歩下がって、一糸まとわぬ水を滴らせる自分自身の姿を鏡越しに見つめる。そこには相変わらず、小さく整った顔、完璧なプロポーションを誇っている自身の姿がある。そして過去からの果てしない努力の結果、アイドルとしても誰にも引けを取らない実力を持っていると自信を持って言える。
そんな私を打ち負かすような子が、私の恋人……。
そんなのテンション上げるなと言われる方が無理な話なの!
ハニー!なんて言いながら思い切り抱き着きたい!
思い切り甘えたい!
堂々とイチャイチャしたい!
その子の為に尽くしたい!
わっほい!
……と、こんな風に考えてしまっている最低な自分がいるのだ。
分かっている。そんな気持ちを抱いてはいけないのは。真剣な気持ちを持ってラブライブに挑む人たちにとって失礼だ。こんな邪な考えを持ってしまう自分の意志の弱さに嫌気がさしてしまう。
……あり得ないけど。
他の皆が私を恋人にしたいと思い、今以上のモチベーションを持ってくれたら……なんて展開になれば、どれだけ素晴らしいだろうか。勿論、そんな都合のいいラブコメみたいな展開が起きるわけもない。
いっそのこと動画を通してラブライブの優勝者と付き合うなんてことしませんと宣言するかだ。
……いや、恐らくだけど、ここまで盛り上がっている状況で、そんなことしたら今度こそ暴動が起きる気がする。校長も言っていたではないか、私の発言一つで十万人単位の人間が動く可能性があるのだ。
最悪死人が出るかもしれない。いや、流石にないか……ないよね?
とにかく変に動くべきではないだろう。
……はぁ、もうなんか全部嫌になってきたの。
その後、起きてきたお姉ちゃんに、いつまで入っているんだ代われと怒鳴られるまで私は呆然とシャワーを浴び続けた。
朝陽が顔を覗かせて間もない頃。
真新しい制服に身を包んだ私は、朝の冷えた空気を感じつつ学校に向かっていた。イヤホンから聞こえてくるのは、美希ちゃんの歌だ。何十回……いや何百回と聞いたそれは、私の全身に心地よく響いていく。普段大人しいと自覚している私だが、そんな私にしては珍しく鼻歌交じりに歩いていく。
美希ちゃんは私の全てだ。
パパが医者の為、自然と私も医者になることを夢見た。夢を叶えるべく、勉強漬けの毎日を送っていた私は、ある時期挫折しかけていた。いくら勉強しても成果が伴わなかったのだ。大好きだったピアノから距離をおいても結果は同じだった。むしろ余計に成績は下がってしまった。
その頃の私は親からも心配されるほど追い詰められていた。
そんな時、美希ちゃんを知ったのだ。
ほんの気まぐれだった。勉強が嫌になった私は気分転換に、とある動画サイトを開いた。そして人気急上昇の欄のトップに美希ちゃんの動画があった。特になにかを考えるでもなく私はその動画を再生した。
そして私――西木野真姫の見る世界が変わった。
灰色だった景色が一気に色を持ったような感覚だった。美希ちゃんの歌声が、踊りが、笑顔が、私に纏わりついていた負の感情を全て消し去ってしまった。
それから私の生活は劇的に変わった。
驚くほど勉強に集中することができた。落ちた成績をあっという間に取り戻し、それどころか成績は今まで以上に伸びていった。
すべては、美希ちゃんの為に時間を確保するため。その為なら私は何でもできた。
そしてさらに転機は続く。
いつものように美希ちゃんの動画を見ている時だった。その動画で美希ちゃんは、ある視聴者が作曲した曲を歌っていたのだ。曲を作ってくれてありがとうと語る美希ちゃんは本当に嬉しそうであった。
その時、踊り、歌った姿は美希ちゃんの気持ちを投影したように素晴らしいものであった。
曲なら私も作れると思った。私も美希ちゃんの為にできることがあると歓喜した。これまで他人に無関心だった為、こんな気持ちになるとは思わなかった。
しかし、私と同じ考えを持った人たちは多かった。多くの人たちが美希ちゃんに我こそはと曲を作っては送りだしたのだ。
当然、美希ちゃんは、そのすべてを歌う事なんて不可能。美希ちゃんが気に入り、選ばれたものだけが陽の光を浴びることができた。そして美希ちゃんが選ぶものはやはりどれも完成度の高い素晴らしい曲ばかりであった。噂によれば、有名な音楽家やプロも美希ちゃんの為に曲を作っているとかなんとか。
美希ちゃんに選んでもらう為には、妥協を一切許さない最高の曲を作る必要があった。
無論、それは並大抵のことではなかった。強力なライバルに勝つ為には、それ相応の実力、知識、経験が必要だった。ピアノの知識や技術に自信はあったものの、アイドルの曲となると知らないことが多すぎた。いくら時間があっても足りなかった。しかし、医者になる為の勉強を疎かにするわけにもいかなかった。
はっきり言ってどうしようもない状況だった。確かに以前よりずっと勉強に集中できるようになり、成績も上がっていた。それでもとてもじゃないが、アイドルの曲について勉強する余裕までは作れなかった。
それでも……。
美希ちゃんの為に力になりたい。
美希ちゃんを喜ばせたい。
美希ちゃんに私と言う存在を認識してほしかった。
他の誰でもない私を見てほしかった。
そんな私の美希ちゃんを思う気持ちが私を動かした。私は両親にお願いがあると話をすることにした。これまで私が親に反抗したことも我儘を言ったことも無かった為、ひどく驚かれた。
そして私は言った。しばらく自分のやりたいことだけに集中させてほしいと。必ずこの先、遅れを取り戻して医者になってみせると。私にはその自信があった。美希ちゃんの為なら私にできないことは無いと心の底から言う事ができた。
両親は、あっさりと了承してくれた。もっと反対されるかと思ったのに拍子抜けだった。心なしか、パパもママも嬉しそうな表情を浮かべていた。
それから私は、アイドルの曲について勉強した。早朝から夜遅くまで私はピアノ室に閉じこもった。
美希ちゃんは勿論、色々なアイドルの曲を聞いて美希ちゃんの曲を作るには何が必要なのかを分析した。生活のほとんどをその勉強にあてたが、全く苦ではなかった。むしろこれまでの人生の中で最もやりがいを持っていたとさえ言える。
それから私は試行錯誤を繰り返し、数カ月の時間をかけて一つの曲を完成させた。自信作だった。まさに美希ちゃんの為に存在する、そんな曲だと胸を張って言い張ることができた。
早速それを美希ちゃんに送った。しばらくは私は寝ることもできないほど緊張する毎日を送ることになった。
そして私の曲は美希ちゃんに選ばれた。
私の作った曲が美希ちゃんによって歌い、踊られる。私が想像していた通り……いや、想像を遥かに上回る美希ちゃんのパフォーマンスと曲が共鳴し合い、その曲は初めて完成した。
美希ちゃんと私で一つの曲を完成させることができたのだ。その事実を前に私は自然と涙を零していた。嬉しさ、幸せ、そんな感情が混じった涙だった。
その曲は莫大な反響を呼び、美希ちゃんが投稿した動画の中でも過去一の再生回数を達成することになった。私は一躍有名になり、私がまた作曲することを望む声が多く出るほどだった。
さらに、直接お礼が言いたいと美希ちゃんと通話で話すことができた。こちらが恥ずかしくなるほどの多くの感謝の言葉を告げられた。そしてこう言ってくれた。また是非、曲を作ってほしいと。
まさに夢心地だった。
美希ちゃんが私のことを必要としてくれている。
その事実が私に幸せを感じさせた。
もっと美希ちゃんの力になりたい。
そう思った私はさらに美希ちゃんに没頭することになる。
この頃には、私はアイドルのことについてかなり詳しくなっていた。詳しくなったといっても、どのようなアイドルが輝くことができるのか、それについてだ。
曲は? 歌は? 踊りは? 表情は? 衣装は?
一見、曲作りと関係なさそうな点も含まれているが、それらを全て理解しなければ、最高の曲を作ることができない。つまり美希ちゃんに相応しい曲を作ることができないのだ。半年前はアイドルのアの字も知らなかった私が今やこうである。人間やろうと思えば大抵のことはできるのかもしれない。
そして、アイドルについて詳しくなったせいかもしれないが、妙なことを考えるようになってきた。
アイドルになってみたいと。
美希ちゃんがどんな世界を見ているのか知りたくなったのだ。
アイドルをしている時の美希ちゃんは間違いなくこの世で一番楽しんでいる。それほどの楽しさが何なのか。
それを知った時、私はさらに美希ちゃんを知ることができる。
とはいえ、不愛想な私がアイドルになれるはずもない。見た目については自信があったが(当然、美希ちゃんの足元にも及ばないが)それだけでアイドルができるほど甘い世界ではない。私なんかがアイドルになれるわけが無い。
そう考えた私はそんな欲求をかき消すように曲作りに励んだ。
しかしそんな私の迷いのせいなのか、中途半端な曲しか作れず、私の曲が美希ちゃんに選ばれることは無かった。
さらにある人物の存在が私に焦りを与えていた。
それはミナリンスキーという謎の人物。
美希ちゃんの為に毎回衣装を作っている人物である。美希ちゃん曰く女性のようだが、動画でも美希ちゃんがうれしそうに衣装について語る時がある。
私以上に美希ちゃんを支える存在。
そんな存在に私は嫉妬していたのだ。
しかし一度あることは二度あるという風に、またも私に転機が訪れた。
高校一年生になり、新しく通うことになった音ノ木坂学院。
そこで出会った星空凛という元気すぎる子にスクールアイドルになろうと誘われたのだ。美希ちゃんの動画を見せてから一気にはまってしまったらしい。
曲を作る使命がある私は当然、星空さんの誘いを断ったが、星空さんは強引だった。そのまま私は、半ば無理やりに生徒会室に連行された。
そこでさらにやかましい人、高坂穂乃果さんに出会った。
一つ上の先輩であり、友達の南ことりさんと園田海未さんの三人でスクールアイドルになるべく生徒会室に来ていたと言うではないか。
そして高坂さんは私にスクールアイドルになろうと迫って来た。
高坂さんは今まで出会ったことの無い変わった人だった。高坂さんと話していると、なぜか惹きつけられるようなそんな不思議な感覚に包まれるのだ。
美希ちゃんが持つ魅力にも近い何かを高坂さんは持っていた。
まるで高坂さんがこの世界の特別な存在であるかのように。
そこに星空さんの勧誘も加わり、私はあっさりとスクールアイドルになることを了承していた。元々アイドルになりたいと思っていたこともあったが、高坂さんについていけば何かいいことがある。そんな気がしたのだ。根拠も何も無かった。今考えてもあの時の私はどうかしていたと思う。
しかし、その時の私の予感は正しかった。
初めての部活動としての練習の日。
私を変えてくれた本人、美希ちゃんと直接出会うことができたのだ。
どうも高坂さんと南さんが美希ちゃんと面識があったようで、アイドルの指導役に呼んだらしい。美希ちゃんを指導役に呼ぶなんて贅沢過ぎて罰があたるというものだが、その時の私は美希ちゃんに会えた嬉しさのあまり、緊張してしまい、あまり関わることができなかった。
しかし、その後も指導役として来てくれることを知り歓喜した。
次会った時に何を話そうか? そんなことを考えながら美希ちゃんの配信を見て、私は人生最大の驚愕を経験することになる。
美希ちゃんは女の子が好き。
その事実は私から思考を奪った。
この時私は何を感じ、何を思っていたのだろうか?
今となっては分からないが、『ラブライブで優勝すれば美希ちゃんの恋人になれる』ということを知った時、私は私の想いを理解した。
…………誰にも美希ちゃんを渡さない。
そんな感じたことのない、ドロドロとした感情が私を支配した。
なぜかその時、ミナリンスキーという見たことの無い人物が美希ちゃんの横にいることを想像してしまった。その想像に全身が拒絶反応を起こすように寒気が走った。
とはいえ、美希ちゃんが他の誰かに負けることなどあり得ないと思った。
しかし、ここでふと思った。
もしμ'sが優勝し、私が恋人に選ばれたらと。
私には誰にも負けない作曲力と、それに関わる過程で得たアイドルについての知識がある。それでも美希ちゃんに勝てるとは思えないが、可能性はゼロではないだろう。
その証拠にμ'sには逸材が多い。この半年間磨き上げた観察眼を持った私が言うのだから間違いない。
不思議なカリスマ性を持つ高坂さん。絢瀬さんは美希ちゃんに次ぐ実力がある。そして美希ちゃんの曲を作った私がいる。ついでに小さいツインテールの人もそれなりにアイドルとしての力はあった。他の子達も、アイドルとしての経験はほとんどないようだが、凄まじいポテンシャルを持っていることは分かった。まさに奇跡のようなグループである。正直私自身も驚いているほどだ。
個人の力では敵わなくても、力を合わせれば……。
後は、μ'sの中で私が選ばれるように努力をするだけ。
そうすれば、私は美希ちゃんにとっての唯一無二の存在となる。
そして美希ちゃんと……。
そこまで考えたところで私は決意した。
必ず優勝してみせると。
その為に私はアイドルとして一日でも早く上達する必要があった。
そういったわけで私は今日、朝練をするべく学校に向かっているのだ。
校門が見えてくると、向こうからも制服を来た人が学校に向かっている姿が見えた。不思議に思った。今はまだ六時台。登校するにはあまりに早すぎる。
近づくにつれ、それが誰か分かる。
……南さん!?
そこには、同じμ'sのグループである南ことりさんの姿があった。特徴的な可愛らしいとさかのような髪にほんわかとした女の子らしい雰囲気を漂わせる南さんが。向こうも驚いた様子でこちらを見つめている。
……どうして南さんが。
……まさか。
……やっちまったの。
結局、私は気持ちを切り替えることができなかった。
とはいっても家にいるわけにもいかないので制服に着替えて外に出てきたわけだ。私は学校とは別方向の秋葉原の方へ向かっていた。別に目的があってここに来たわけではないが、学校と違うところに向かっていたら、いつの間にかこっちの方に来ていた。
ちなみにマスクと例の茶髪ショートのウィッグを着用している為、私の正体は周りにばれていない。
……後、十分くらいで学校が始まっちゃう。
スマホで時間を確認しつつ、呆然とそんなことを考える。
その時、今から通ろうとしていた目の前の歩道が人でごった返していることに気付く。それを見た私は、げんなりする。
……というか人と関りたくないのに、なんでこんな人が多い所に来ちゃったんだろう。
そんなことに今更気付きながら、どこか迂回路が無いか見渡すとすぐ横に路地裏に繋がる道があることに気付く。細い道の向こうは隣の大通りに繋がっているようだ。
私は迷わずその路地裏に足を向ける。そして間もなく大通りに出るといったところで事件は起きた。
突如、曲がり角から人影が猛烈なスピードで現れたのだ。向こうはマスクをしており、顔をしっかり見ることはできなかったが女の子だ。UTX学園の制服を着ている。
驚いたものの、人一倍の身体能力を持つ私はそれを華麗に避ける……なんてことはできずに思い切りぶつかってしまった。向こうもまさかこの路地裏に人がいるとは思わなかったのか、驚いた様子を見せる。
そのまま私達は、おでことおでこを思い切りぶつけ合ってしまう。
ゴチン、と鈍い音が路地裏に響き渡る。
……デ、デジャヴ。
おでこに耐えがたい苦痛が走る中、しゃがみ込んで悶える。いつか穂乃果さんとぶつかった時を思い出す。あの時は完全に私の過失だったが。
痛みに耐えつつ、ぶつかった相手を見ると向こうも相当痛かったらしく、目をぎゅっと閉じ、おでこを両手で押さえながら「い、痛い……」と透き通るような声で呟いている。
よほどの衝撃だったのか、向こうは付けていたマスクがはず……れ……て……!?
目の前にいる女の子の正体に気付き私は驚愕する。
そこにいたのは、A-RISEのリーダー。
綺羅ツバサだった。
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