幽霊にセクハラしても罪にはならないですよね? (ボトルキャプテン)
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プロローグ

突然舞い降りて来たのでオリジナル小説に挑戦してみようと思います。もし、ここで好評でしたら、他のサイトにも投稿しようかと思っています。


俺の名前は福島龍星、ごく普通の街に産まれ、ごく普通に育った20歳のフリーター。今日は高校生から長く付き合っている彼女の舞子とデートをする為に早起きしたんだ。約束の時間まであと30分、遅刻しない様に早めに出掛けよう!

 

「よしっ!今日はこの服で行くかっ!久しぶりの舞子とデートだし、気合い入れて行くぞっ!」

 

俺は顔をパンパンと叩いて気合いを入れて玄関に向かい、靴を履いて待ち合わせの場所に向かって行った。待ち合わせ場所は至って普通の駅。待ち合わせに向かうと、舞子が既に立って待っていた。俺は手を振って舞子に声を掛けた。

 

「舞子〜!」

 

舞子は俺の声に気付いた。だが、いつもと様子がおかしかった。だが、俺は気付くことなく、俺は息を切らせながら舞子に話しかける。

 

「はっ、はっ、ごめん!早く来たつもりだったんだけど、舞子の方が早かったんだね!」

「………うん」

「予定より早いけど、行こっか!」

 

俺は駅に向おうと歩き始めると……。

 

「待って龍星……」

「ん?どうしたの?」

呼び止められた俺は振り返ると、舞子はとても気まずそうにしており、何か言いたげそうな顔をしていた。

 

なんかいつもと違う……具合でも悪いのかな……?

 

「もしかして体調悪い?、だったら今日は辞めておこうか?」

「ううん、そうじゃないの……」

「んじゃ、どうしたの?すごい暗い顔をしてるよ?何かあった?」

 

俺は首を傾げなら舞子に尋ねると、舞子は重い口を開いた。

 

「私達……別れましょ……」

 

え?今……なんて?

 

突然の言葉に俺は言葉を失った。無意識に鼓動が高くなり、冷や汗を垂らし始めた俺は、舞子に尋ねた。

 

「あっあの……舞子?どうしたんだよ…なんで別れるなんて───」

「あのね、他に……好きな人が出来たの」

 

は?

 

「えっ、何それ……意味わかんないんだけど……好きな人が出来たってなんだよそれ、つーか誰だよそいつ!」

 

舞子の言葉により俺は怒りに震えた。思わずカッとしながら舞子を問いただすと、舞子は答えた。

 

「バイト先の先輩……もう、一緒に住むことにしたの」

「えっ……」

「それに……もう、私のお腹には……」

 

舞子はそう言いながらお腹をさすり始める。全てを悟った俺は目の光を失い、ただただ立ち尽くしていた。

 

「だからもう、私の事は忘れてね……さようなら」

 

そう言い残し、舞子は俺の前から去っていった。通勤ラッシュが始まっても俺は現実を受け入れられずにいた。

 

────────────────────────

 

俺が動き出したのは別れを告げられてから1時間後だった。俺は、行く宛てもなく歩き続けた。とぼとぼ歩き続け、気付けば夕方になっていた。

 

「忘れたい……なんもかも忘れたい……あいつも……あいつの顔も……」

 

ふと気付くと居酒屋の前に立っていた。どうやらいつの間にか俺は飲み屋街に来てしまっていたようだ。

 

飲んで忘れよう、あんな女!

 

俺は意を決してその居酒屋に入って行った。中はちらほら客が座っており、店員さんが慌ただしく店内を回っていた。店員は俺に気付いて声を掛けて来た。

 

「いらっしゃいませー!お一人ですか?」

「はい、1人です。ひとりぼっちですぅ!何か!?」

「あっはい……では、カウンター席にどうぞ……」

 

顔を引き攣らせた店員さんはカウンター席に俺を案内する。俺はメニュー表を眺め、料理や酒を注文した。

 

「焼き鳥と……この店で1番強い酒のロックで」

「は、はーい……」

 

焼き鳥と酒が運ばれて来ると、ムシャムシャガツガツグビクビとペース配分を考えずに俺は浴びるように酒を飲み続けた。

 

3時間後……

 

「ぢぐじょぉぉっ!ぢぐじょぉぉっ!世の中金と顔がよっ!」

「お客さん、飲みすぎですよ?」

「あ゛ぁ〜くそぉっ!」

 

居酒屋の大将の静止を振りきりながらも俺は酒を飲み続けると、遂にボトル1本を空けてしまった。

 

「お客さん、もうやめときなって!何があったか知らねぇが、そんなに悩む必要ねぇよ。なっ?明日もあるんだから今日はもう帰んな?」

「うぅ〜すいませんん!お会計お願いじまず」

 

フラフラになりながらも会計を済ませ、千鳥足になりながらも歩き始めた俺は酔いを覚ます為にビルの屋上まで行き夜風に当たり始めた。

 

「はぁ……風が気持ちいいなぁ……」

 

下を覗くと……高さは5階くらいあった。そして、ふと考えた。

 

「あーあ、アニメやラノベの主人公ならこんな捨てられ方なんてしねぇのになぁ……」

 

そんな事を呟いた俺は手摺りをよじ登って夜景を見渡し、ふと考えた。

 

「もう、生きる気失せたし……異世界にでも転生してもらってイケメンになって異世界に行ってハーレムでも築こうかな……」

 

そう呟いた俺は再び下を覗く、車や通行人はちらほらいるが、落下しても巻き込む恐れは無いくらいだった。

 

まだ酔ってるからか?全然恐怖を感じないな。飛び降りるなら酔ってるうちの方がいいな。

 

そんな事を考えた俺は両手を広げて大声で叫び出す。

 

「異世界に!行ってきまぁぁぁぁす!」

 

俺は……目をつぶってビルから飛び降りた。

 

────────────────────────

 

飛び降りた後、頭から血を流しながら倒れた俺は悲鳴や驚く声が飛び交い、数人の通行人に見つけられて救急車に運ばれた。意識がボーッとする中、俺は救急車の中に運ばれて行った。

 

これで異世界に行ける……転生特典は……イケメンがいいなぁ……。

 

意識が薄れて行き、俺はゆっくりと目を瞑った。

 

念願の異世界に……異世界に……俺は……!!

 

意識が戻った俺は真っ白な天井を見詰めると、隣には看護婦さんが何かを書いていた。看護婦さんは視線に気付き、声を掛けてきた。

 

「気が付きましたか?、どうですか?どこか痛む所はありますか?」

「あれ……ここは……」

「○○病院の病室です。福島さんは酔っ払ってビルから転落してしまったんですよ?奇跡的に脳震盪と頭に少し傷が出来ただけで問題はないそうです。あまり飲みすぎないようにして下さいね?」

 

看護婦はそう言い残し、病室から出て行った。俺は上半身を起こし、窓の方を向いて状況を悟った。

 

異世界に……行けませんでした。

 

それからというもの、生きる気力を失った俺は抜け殻の様に入院生活を送り、歩けるまで回復した。医者が言うには、明後日には退院出来るらしい。それを聞いた俺は息の詰まる病室を出て屋上で新鮮な空気を吸って気分転換をしていた。

 

「ふぅ〜ようやく退院か……また仕事探さなきゃなぁ〜」

 

手摺りに項垂れていると、俺は……視線に気付いた。視線の先に顔を向けると、長く黒い髪の白いワンピースを着た女性が立っていた。

 

ここの病院に入院してる人かな……?それにしても可愛いなぁ……。

 

俺は少しでも印象を良くする為に軽い会釈をした。だが、女性は無表情でこっちを見ているだけだった。

 

あれ?、キモかったかな……なんかあの人怖いからもう病室に戻ろっと。

 

そう思った俺はそそくさとその場を後にした……。だが、女性もいつの間にかその場から立ち去っていた。

 

────────────────────────

 

それから何事もなく退院した俺は、アパートに戻って来た夜、シャワーを浴び、髪を洗っているとある異変を感じ始めた。

 

「ん……?なんだろう……?なんか人の気配感じる……」

 

俺は一人暮らしだし、舞子ともあれから顔を合わせていない。なら、この気配はなんだろうか?

 

シャワーで泡を洗い流し、後ろを振り返るが誰も居なかった。

 

気のせいかな……?それともまだ頭が治ってねぇのかな?

 

そんな事を考えながらバスタオルで頭や体を拭きながら浴室から出てると、いつの間にかリビングが真っ暗になっていた。

 

「あれ?電気消したっけ?まぁいいや」

 

パチン……パチン

 

あれ?電気点かねぇ、停電かな?

 

電気のスイッチを何度もいじって見たが、一向に電気は点かなかった。

 

「ったく、めんどくせぇなぁ……ん?」

 

俺はベランダの方を向くと、人影が立っているのに気が付いた。それを見た瞬間、心臓がギュッと締め付けられた様にドクン音を立てた。

 

え?何あれ、え?舞子?、え?ドア鍵かけてたけど?どうやって入って来たの?何?ベランダ?ここ4階だよ?舞子って忍者だったの?

 

俺は人影の正体は舞子だと思い、人影に声を掛けた。

 

「舞子……舞子か?戻って来てくれ──」

 

近づいてテーブルに置いてあったスマホのライトで確認してみた所、相手は舞子ではなく……病院で見かけた女性だった。

 

え?なんで……?

 

俺は理解が追い付かず、思わずバスタオルを落としてしまい、生まれたままの姿になりつつ、しかもそのタイミングで部屋の電気が点き、互いの姿が丸見えになった。

 

「えっ…なんで!?あんた、屋上にいた人ですよね!?なんでここに居るんですか!?なんで俺の部屋知ってるんですか!?」

「…………」

 

怯えながらも俺は女性に声を掛けるが一向に返事が帰って来ない。ここでようやく、俺は理解した。

 

この人……絶対人間じゃない!!幽霊だっ!!

 

「おいっ!あんた!黙ってねぇでなんか言えよ!警察呼ぶぞっ!」

 

全裸のまま女性の幽霊に近付くと、女性は一歩下がった。俺はその瞬間を見逃さなかった。

 

今、絶対下がったよね?ん?しかも、顔……赤くね?

 

女性の幽霊をよく観察して見ると……顔を真っ赤にしており、しかも少しプルプル震えていた。女性の幽霊の視線は俺の下半身に釘付けだった。

 

これはもしかして……。

 

俺はふと考えて、ワザと手と足を広げて相撲取りが四股を踏むように動くと女性は途端に手で顔を隠し始めた。幽霊のリアクションを見極めた俺は強気になり、更に幽霊に詰め寄った。

 

「なんだよ、こっち見ろよ……こっ、こっち、こっちを見ろぉぉぉっ!」

「!?」

 

女性の幽霊は大声にビクッとして更に下がり始めた。女性の幽霊は明らかに怯えていた。勝機を見出した俺は勝負に出てワザとアレをブラブラさせながら近付くと……微かに声が聞こえて来た。

 

やだ……こっち来ないで……

 

「聞こえません、ハッキリ言ってください!何をどうやめて欲しいんですか!?ええっ!?」

 

そして、俺は……。

 

「幽霊ばっちこおおおい!!」

 

と大声で叫び出し、幽霊を捕まえようとした瞬間。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

幽霊は変質者を見た様な顔をしながら慌てて窓をすり抜けて姿を消して行った。

 

「ちっ、逃げられたか……」

 

その時俺はある事に気が付いた。

 

「幽霊にセクハラしても罪にはならないですよね?」




あくまでもフィクションなので良い子のみんなは真似しないで下さい。


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第1話 教えて!コックリさん!

なろう小説の中には、〇〇系主人公などがありますが、この小説の場合は【キモイ系主人公】をコンセプトにして頑張って行こうかと思います。簡単に言えば、「何こいつキモイwww草通り越して芝」的な笑いを狙って行こうと思います。


幽霊を見事撃退した俺は、その後、着替えてビールを飲みながら状況を整理した。

 

まず、今かつて幽霊を見たのは今回が初。なんで見える様になったのか……もしかして、この前の飛び降りて死にかけたのが原因だったのか?だとすると、これは異世界転生で言うところの【チート能力】的なものか?……それだわ、コレで幽霊にセクハラしてやんよ!!。相手は幽霊、いくらあんなことやこんなことをしても警察に駆け込む事も出来ない……勝ったわコレ。

 

「とは言っても……さっきの子……もう来ないよなぁ。なんせフルチ〇見せつけられたんだもん、普通ならもう絶対来ないよ」

 

そう言いながら俺はスマホを取り出してアプリゲームを起動させて遊び始めた。だが、先程の興奮が忘れられなくなった俺は、いても立っても居られなくなった。

 

「あー……ダメだ、気になってしゃーない。幽霊を呼び出す方法でも探すか……」

俺はスマホで【幽霊 呼び出す方法 検索】を打ち込み、検索を始めた。スクロールしていると、様々な呼び出す方法が書かれていた。そこに、見覚えのある方法が記されていた。

 

「【コックリさん】……コックリさんってあの、コックリさんだよな?」

 

コックリさんとは、机に乗せた人の手がひとりでに動く現象は心霊現象だと古くから信じられており、日本では通常、狐の霊を呼び出す【降霊術】と信じられていた。漢字で書くと【狐狗狸】という字が当てられることがある。やり方は、机の上に【はい、いいえ、鳥居、男、女、0〜9までの数字、五十音表】を記入した紙を置き、その紙の上に10円玉を置いて参加者全員の人差し指を添えていく。全員が力を抜いて『コックリさん、コックリさん、おいでください。』と呼びかけると硬貨が動くという。

 

ネットの情報を確認した俺は思い切ってコックリさんを呼ぶ事にした。机からルーズリーフを取り出して、財布から10円玉を取り、ネットの情報を少し”アレンジ”しようとを思い付いた。数字の他に、アルファベットや、顔文字などを適当に書き加え、コックリさんを呼び出す準備を終えた。

 

「よし……やるぞ……。コックリさん、コックリさん、おいでください」

 

しーん……。

返事がない……ただの独り言の様だ。

 

俺は首を傾げながらもう一度、コックリさんを呼んでみる事にした。

 

「コックリさん、コックリさん、おいでください」

 

しーん……。

 

「コックリさぁぁぁぁん!、コックリさぁぁん!、きてってばぁぁっ!!」

 

スッ!

 

動いた!!来た!

 

真夜中の俺の念が届いたのか、10円玉が勝手に動き出した。スッー、スッーと10円玉を動かし、コックリさんが最初に答えた言葉は……。

 

う る さ い (・_・)

 

「うるさい?えっちょ!コックリさん!あんたが直ぐに来ないからでしょ!?もうっ!。はじめまして、福島龍星って言います。今日はよろしくお願いいたします!」

 

俺は10円玉を抑えながらお辞儀をすると、コックリさんは10円玉を動かす。

 

な ん か よ う ? ( ˘•ω•˘ )

 

「あっはいはい。あのですね?俺、幽霊に会いたいんですけど、誰か居ませんか?出来れば、可愛くて愛嬌のある幽霊さんが良いです!」

 

俺はコックリさんにリクエストを伝えると、コックリさんは……

 

は ? な に い っ て ん の ? む り (´・ω・`)

 

「そこをお願いしますよ〜、お供え物出しますからぁ!!」

 

そ ん な の い な い ば か か ? (#^ω^)

 

「ばっばか!?、なにもそんな事言わなくたって……。んじゃ、質問変えます。綺麗な幽霊さんは居ますか?」

 

い る っ ち ゃ い る よ ?

 

「ホントっすか!?どんな幽霊さんですか!?名前は!?」

 

は っ し ゃ く

 

「はっしゃく?えーっとスマホスマホ」

 

俺は片手でスマホで【はっしゃく】というワードを検索した。検索してみると様々な情報が記載されていた。

 

「へぇ〜、なるほど。この八尺様はどこに居るんですか?」

 

〇 〇 け ん 〇 〇 し 〇 〇 ち ょ う

 

「ふむふむ……あっ、ナビで調べよっと」

 

スマホのナビを検索してみると、自宅から2〜3時間で行ける所だった。

 

会ってみてぇ、家からそんなに遠くないし、今度の休みに行ってみよう!!

 

予定を立てていると、コックリさんがまた動き出した。

 

ま だ な に か ?

 

「ありますよ!今度はコックリさんの事教えてくださいよ!」

 

な に ?

 

「えーっと、ちょっと待って下さいね?……はい!行きます!」

 

Q.コックリさんは女の子ですか?男の子ですか?

 

この質問に、コックリさんは答えてくれた。

 

A.お ん な

 

「なるほどなるほど……んじゃ、次はコレです」

 

Q.コックリさんは何歳ですか?

 

A. 18

 

嘘つけっ!

 

「嘘ですよね!?ホントの年齢教えてくださいよ!!誰にも言いませんから!」

 

ホ ン ト ( ๑º言º)

 

「わっ、分かりましたよ……コックリさんって若いんですね……」

 

で し ょ ? ( *¯ ꒳¯*)

 

この答えにより、俺は血肉が踊った様な気持ちになって来た。我慢出来なかった俺はコックリさんに思い切って聞いてみる事にした。

 

「コックリさん、スリーサイズ教えてくださいよ」

 

は ! ? ۳( ̥O▵O ̥)!!

 

「良いじゃないっすか!教えてくださいよ!コックリさんでしょ!?」

 

そう言い放つと、コックリさんは動かなくなってしまった。

 

やべっ、怒ったかな?

 

数分後、10円玉が再び動き始めた。

 

B 9 2 W 5 8 H 8 8

 

「めちゃくちゃナイスバディじゃないっすか!!耳と尻尾ついてるんすか?」

 

う ん

 

「マジかよ……ど〇ぎつねさんだよ……めちゃくちゃ美人確定だよ。出て来てくれませんか?何もしないんで」

 

興奮気味に聞いてみると、コックリさんは素早く動いた。

 

や だ む り ! !

 

「そんな事言わないで!お願いちょっとだけ、数秒、数秒だけだから!ほんのちょっとだけだから!ねっ!?」

 

ぜ っ た い な に か す る で し ょ

 

「お願いします!お願いします!」

 

や ー だ よ ー (゜ϖ ´)ベー

 

なんか腹立つ!!

 

カチンと来た俺は、コックリさんにこんな事を聞いてみた。

 

「コックリさん……今日のパンツ……何色っすか?」

 

は ! ? ((((;゚Д゚)))))))

 

なぜ俺がこんな変質者見たいな質問をするかと言うと、純粋にこのコックリさんはど〇ぎつねさんの様なイメージをしているからだ。聞いた理由はこうだ。

 

理由1:デザインを聞くと回答が長いから

 

理由2:デザインを聞いてもイメージできないから

 

理由3:色だと聞かれた相手が答えやすそうだから

 

理由4:色だと自分がイメージしやすいから

 

そう、コックリさんは何十年生きてるなんか分からないから純粋にこんな事を聞いてみたのだ、決して、けっっしてエロい目的はない。

 

すると……コックリさんは……

 

し ろ

 

「マジっすか、どんな感じの────」

 

だ が こ れ か ら き さ ま の ち で あ か く そ ま る。

 

なにそれ怖っ!!

 

背筋がゾクッとした俺はコックリさんに謝ろうとしたその時。

 

こ ん や は ね か せ な い か ら な ゴゴゴ( ^言^ )ゴゴゴ

 

こんにゃろ〜、殺る気か!?

 

「なんだ?やんのか?アンタに俺が殺れんのか!?ならかかって来いよ、パンツひん剥いて頭に被ってやるからなっ!!」

 

ひ っ ! ! き も い ! :( ; ´꒳` ;):ガタガタガタガタ

 

「そして真っ白なそのパンツ、ぜっっっってぇ返さねぇからな!額に入れて【激レア!コックリさんのパンツ】ってタイトル付けて玄関に飾ってやっからな!覚悟しとけっ!!」

 

ひ ぃ ぃ ぃ っ ! も う か え る ! !

 

そう記したコックリさんは勝手に鳥居のマークに移動して、10円玉を動かすのをやめてしまった。

 

「んっだよ!帰りやがった!けど、八尺様の住所を手に入れれたからな、収穫はあった。にひひひ、今度の休みが楽しみだぜ……」

ニヤニヤと笑いながら俺はコックリさんの紙を引き出しに片付けて寝室に向かって行った。




コックリさんはふざけてやると大変な事になるらしいので絶対に真似しないで下さい。


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第2話 八尺様のはーちゃん

序盤、女幽霊再登場。


コックリさんと会話した後、ベッドに入り寝息を立てながら眠っていると、突然寝苦しくなり、目を覚ました。

 

んん……今何時だ?

 

スマホの時計を確認すると、深夜2時15分だった。

 

「ったく……中途半端な時間に目ぇ覚めやがって……ねよねよ」

 

再び目を瞑って寝ようとした……その時。

 

キシ……キシ……

 

ん?何だこの音?

 

寝た状態で目を瞑りながら耳をすましていると、リビングの方からフローリングを歩いているような音が聞こえて来た。

 

「歩いているような音が聞こえる……この感じ……あの子かな?」

 

ってあれ?なんで今……”あの子”って特定出来たんだ?

 

そう考えていると、襖を引く音が聞こえて来た。どうやら寝室に入って来たようだった。どんどん音が近付いて来て、横顔を覗かれている気配をものすごく感じていた。

 

近っ!だが、ここでビビったらただのホラー映画だ、俺ならこうする。

 

俺は寝返りをしたと見せかけて、顔を正面に向けた瞬間カッと目を開いて言い放った。

 

「女子が寝てる男に夜這いをかけるなんてお前っ、ビッチだなっ!」

「!?」

幽霊は驚いたのか、慌てて俺から離れて、震える様な小さい声で幽霊は言い放った。

 

「なっなんで…?なんで【金縛り】にならないの!?普通なら口すら動かない筈なのに!!」

 

言われて見れば……怪談体験談などでは王道の金縛りって奴になるよな?けど、俺……めっちゃ動けんだけど?。まぁいい、とにかくこの子はフル〇ンを見たのにも関わらず、またやって来た……。という事は!!

 

俺は布団を捲って少しスペースを開け、ベッドをポンポンと叩いた。幽霊は何をしているのか理解出来ず、首を傾げたので、俺は丁寧に教えた。

 

「まぁ、こんな夜中に来るって事は俺に用があるんだろう?。立ち話もなんだし、ここに来て一緒に寝ようよ」

「えっ……えぇ!?」

 

幽霊は顔を真っ赤にさせて、オロオロと狼狽え始めた。

 

いやそんなラブコメ展開いいから、幽霊の癖に乙女になってんじゃねぇよ

 

モジモジしている幽霊に痺れを切らし、ベッドを更に強く叩いた。

 

「はようっ!!何もしないから!ねっ!?はようっ!!」

「ひいっ!!」

「「ひいっ!!」じゃねぇよ。驚かせる側がなんで驚いてんだよ!そんな焦れったいから早く!おいでっ!……ニチャア」

 

俺の顔が幽霊も余程怖かったのか、飢えた獣を目の当たりにした小動物の様にブルブルと震えながら胸元を手で多いながら後ずさりをし始めた。

 

「ごっごめんなさい……ごめんなさい……もう帰りますから……」

「こんな時間にどこ行くの!?夜道は危ないよ!?泊まってけよ!」

「いっいや、私……幽霊ですから……」

「何言ってんだ!女の子1人でこんな真夜中の夜道を歩けない程今の世の中は危ないんだぞ!?変態不審者が出て来たらどうするんだ!!」

「その変態不審者は今私の目の前にいるんですけど……」

「幽霊のクセに口答えすんじゃねぇっ!あーもー焦れったい!ベットに引きずり混んでやる!!」

 

俺はベッドからズルりと滑るように這い出て四つん這いになりながらゴキブリの様にシャカシャカ動き出し、幽霊の元に近付こうとした。

 

「一緒に寝ようよおぉぉぉ!!フハハハハハハハ!!」

「ひいぃぃっ!?……怖いよぉ!!助けてぇぇぇ!!」

 

幽霊は化け物を見たように慌てて襖と窓をすり抜けて再び逃げて行った。四つん這いの状態で窓まで行くと俺は舌打ちをしながら立ち上がって窓を開けて夜中なのにも関わらず、夜空に向かって叫んだ。

 

「今度はもっと可愛らしい服装して来いよぉぉっ!!」

 

そう叫んだ俺は、何事も無かったかのように窓を閉めて再び寝室に向かって眠りに付いた。

 

───────────────────────

 

数日後、バイトの休みを利用して予定通りにコックリさんに教えて貰った【八尺様】を探す為に車で2〜3時間かけてようやく〇〇県〇市に向かっていた。道中の高速のパーキングエリアに立ち寄った俺は、改めて八尺様の事を携帯で調べていた。

 

八尺様とは、いくつかのバリエーションが見られるが、主に白いワンピースと帽子を着用し、八尺(約240cm)に達するほど背が高いことなどを特徴としている。目撃者は数日のうちに殺されるとされている場合が多いという。

 

ふむふむ……改めて考えると八尺様と言うのは恐ろしい怨霊らしい。だが、それがどうした!ビビったら負けだ!

 

コーヒーを飲み終えた俺は空き缶をゴミ箱に捨てて車に乗りこみ、目的地に向かい、当日の昼前に到着する事が出来た。事前に予約しておいた民宿に到着した俺は、荷物を部屋に置き、縁側でお茶を飲みながら休んでいた。

 

「ふぅ……案外遠く感じたなぁ……ってか、八尺様ってホントにいるのかなぁ〜?」

 

そんな事を呟きながら、空を眺めていると民宿の生垣の上からニョキっと麦わら帽子が見えた。

 

あんな所に麦わら帽子が……どっかのお姉さんが風で飛ばされちゃったのかな?

 

首を傾げながらその麦わら帽子を眺めていると、麦わら帽子が横に滑るように動き出した。突然動き出した麦わら帽子を見て俺は、盛大にお茶を吹き出した。

 

「ぶふふぅーーーー!動いた!?えっなに!?嘘っ!?手品!?」

 

真実を確かめる為に俺は護身用の『塩水』が入った霧吹きを片手に、民宿の入口から出て見た場所に辿り着くと、先程の麦わら帽子は消えていた。

 

「あれっ!?おっかしいなぁ……さっきまであったのに……誰かのイタズラだったのかな?」

 

おぽぽぽぽ……

 

突然、「ぽ」が特徴的な笑い声?見たいな声が後ろから聞こえて来た瞬間、背筋がゾクッとした。

 

なんだこの感じは!?

 

恐る恐る振り返ると小さいお稲荷様の祠の隣に……めちゃくちゃ背の高い女性が立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ぽっぽっぽっ」

「もしかして……本物……?」

 

八尺様らしき女性は微笑みながら俺を見ていた。流石の俺も怖くなり、一目散に逃げ出した。

 

やばいやばいやばいやばい!アレはマジでやばい!

 

土地勘のない町を走り続けてしまった俺は、いつの間にかどこかの神社まで逃げて来ていた様だった。ゼーゼーと息を切らしながら狛犬の影に隠れた。

 

「はーっ、はっー、ここ……まで、来れば……」

 

息を整えながら俺は神社の入口を見てみると、八尺様らしき人は見えなかった。安心した俺は汗を拭って来た道を戻ろうとしたその時……。

 

ぽっぽっぽっ……

 

ぽっぽっぽっと声が辺りに響き渡り、俺はバッと横を向くと……

 

 

【挿絵表示】

 

 

オージーザス……いつの間にかフラグを立てて回収していたかっ!!

 

「うおっ!?いつの間に!?」

「ぽっぽっぽっ……」

 

俺は神社を背に腰を抜かしながら後ずさりをしていると、八尺様は近付いて来た。俺は護身用の塩水入りの霧吹きを向けた。

 

「とっとまれ!動くなっ!動くと霧吹きで反撃するぞ!良いのか!?」

 

俺は威嚇する為にシュッと1発霧吹きをするが、八尺様はニコニコしながら近付く。

 

「うぎゃぁぁぁぁああああ!!来るなぁぁ!!」

 

シュッシュッシュッシュッシュッシュッ!

 

俺に触れようと手を伸ばして来た八尺様に向かって俺は目を瞑りながら一心不乱に霧吹きを乱射した。

 

「きやぁっ!?」

 

突然、可愛らしい声の悲鳴が聞こえて来た。

 

ん?俺の悲鳴じゃない?えっ?誰?

 

恐る恐る目を開けて八尺様を見てみるとそこには、霧吹きの水分で青白いワンピースがピタピタになって透けていた。

 

「こっこれは……?」

「やっやめてください!」

 

おや!?八尺様のようすが……!!

 

八尺様は恥ずかしそうにモジモジしながら胸元や下半身を塩水で濡らさない様に隠していた。チャンスを感じ取った俺は怯んだ瞬間を見切り、反撃を開始した。

 

「こんにゃろー!くらえぇ!!」

 

シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!!

 

円を描くように俺は八尺様を軸にグルグルと周りながら霧吹きで攻撃すると、八尺様は顔を真っ赤にさせながらしゃがみ始めた。しゃがんだとしてもまだ背が高いので格好の的である。

 

「ひゃあっ!やっやめて下さい!冷たいです!やめて下さい!!」

「オラオラ!パンツ透けてきたんじゃないのかぁ!?あぁん!?脅かしやがって!!パンツ何色か拝んでやる!!」

 

「いやぁぁっ!やめてぇぇー!分かりました!何もしませんから!もうっ、やめて下さい!!」

「ホントに何もしないんだな!?約束だぞ!?」

 

───────────────────────

 

攻撃を一旦止めて距離を置いて座りながら話しを始めた。

 

「つーか、言葉話せるの?」

「はい……話せます」

「んじゃさ、その癖の強い「ぽっぽっぽっ」って言うの?ネットですんごい書かれてるよ?」

「ねっと?、ねっとってなんですか?」

 

なんだ、ネット知らないのか。

 

首を傾げる八尺様に俺はポケットからスマホを取り出し、八尺様本人に自身のネット情報を見せると、不思議な物を見るようにまじまじと見つめ始めた。

 

「そうなんですね……私、そんな事意識した事なくて……」

「無意識で出てたの!?」

「はい…おぽぽぽぽ!!」

 

八尺様は口元を片手で隠しながら気品を感じる笑い方をして笑い出した。

 

「ほらほら!出てるじゃん!」

「ああっ!すいません!すいません!」

「なんか……可愛い」

 

八尺様は頬を赤らめながら指をツンツンしながら照れ始めた。

 

「かっかわいいだなんて……そんな……私、背が高いので皆に怖がられてますし……」

「そんな事ないよ、もうちょいキモイ系をイメージしてたんだけどさ、めちゃくちゃ美人だし」

「はっはうぅ……」

 

八尺様は耳まで赤くさせながら両手で隠しながら照れ始めた。そこで、俺はある提案を出した。

 

「ねぇ、八尺様」

「なっなんですか?」

「俺と住まない?」

「えっ!?何言ってるんですか!?私、幽霊ですよ!?」

「うん、知ってるよ?話して見て八尺様……なんか長ぇな、『はーちゃん』は優しそうだし?俺一人暮らしで寂しいからさ?良かったらどーかなぁって思って」

 

そう言うと八尺様は照れ半分困り半分な複雑な顔をしながら考え始めた。

 

「まぁ、明日までに考えといて?俺はさっきの民宿に止まってるからさ」

「はっはい……」

「服……大丈夫?乾いた?」

「えっあっはい、もう乾いてます。幽霊ですから」

「そっか、んじゃ。また明日ね!はーちゃん!」

「はい、また明日……」

 

俺は八尺様に手を振って、民宿に戻って行った。

 




八尺様のデザイン、可愛くなくてすいません……女の子作るの難しいっすね。

この小説を読んでくれた方、幽霊などに困ってる方は「いいぞ、もっとやれ!」と心で叫んで下さい。


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第3話 はーちゃん外に出る

八尺様の事を研究して来ました。


八尺様こと、【はーちゃん】と別れた晩。俺は民宿の部屋で休んでいると、民宿の中が騒がしくなって来ていた。部屋を抜け出して声の方に進んで行くと、客間に数名の老人達が民宿の従業員達と話しをしていた。耳をすまして見ると何やら老人達が怯えていた。

 

「八尺様の『封印のお地蔵様』が壊されたのはホントか!?」

「まさか……八尺様がまた現れるなんて……」

「この町も終わりだ……八尺様が外に出てしまえば孫もいずれ狙われる!!」

 

なんだ?随分八尺様は嫌われているみたいだけど……。

 

俺は食い入るように聞いていると、ふとした瞬間……ガタッと音を立ててしまった。その瞬間、老人達がこぞって俺の顔を見た。その瞬間、民宿のおかみさんは慌てて俺に声をかけて来た。

 

「お客さん!すいませんねぇ、おじいちゃんおばあちゃんが騒いじゃって……!!なんでもないですからね!気にしないで下さい!」

「あーいや……実は、俺……八尺様と出くわしちゃったんですよ」

 

そう言った瞬間、老人達が顔色を変えて俺に言い放つ。

 

「あんちゃん!悪い事は言わねぇ!早くこの町から逃げろ!あんたは八尺様に魅入られちまったんだ!」

「そうだよお兄ちゃん!おばあちゃんも可哀想だけど、お兄ちゃんの為に言ってあげる!今からでも逃げなさい!」

なんだなんだ、こぞって逃げろ逃げろだなんて……。はーちゃんはそんなに悪い幽霊に見えなかったぞ?

 

逃げろと促された俺は老人達をなだめながら言い放った。

 

「まぁまぁ、おじいちゃんおばあちゃん落ち着いて。俺がもし、その八尺様を連れて行けば、この町は救われるんですか?」

 

そう言い放った瞬間、老人達は目を点にする。

 

「あんちゃん……あんた何言ってるか分かってんのか?」

「あんた正気かい!?八尺様を町の外に連れていくだなんて!?」

「いやぁ、俺もまだ分からないんですけど……どうやら俺は悪霊とか怨霊に強いらしいんですよ」

 

死にかけた時に手に入れた『霊感』的な能力を説明すると、老人達は希望が見えたかの様にザワザワし始めた。

 

「まっまぁ、そんな事が出来るなら……あんちゃんならやってくれるかも知れねぇな……」

「ええ、町に出た後にまたお地蔵様を直してしまえばこの町には帰って来られないですからねぇ」

「なにもお客さんが犠牲にならなくてもいいんですよ!?」

「大丈夫ですよ。もし死んでもおじいちゃんおばあちゃん達のせいになんかしませんから」

 

そう老人達に語りかけると、町長らしきおじいちゃんが覚悟を決めたのか、膝を叩きながら俺に言い放った。

 

「よしっ、ワシはこの若者に賭ける!もし、この若者が八尺様を連れて行って無事が確認出来ればワシの権力を使ってでも礼をさせて貰う!皆もそれで良いなっ!?」

「町長!?本気か!?見ず知らずの若者にこの町の運命を委ねるのか!?」

「そうだよぉ!長老さん!こんな若い人に任せるなんて!!」

 

他の老人達が町長に向かって言うと、町長は立ち上がって狼狽え始める老人達に言い放った。

 

「これはきっと仏様がワシらに与えてくださった最後の希望じゃ!ワシはこの若者ならやってくれると信じるぞ!お主らも腹を括らんか!!」

 

そう言い放った町長は、突然俺の前に座り込んで頭を下げ始める。

 

「見ず知らずの若者に頼むのも大変忍びないが……頼むっ!この町を救ってくだされ!!」

 

えぇ……いきなりシリアスな展開になって来たんですけど……もうちょい軽い感じで頼んでくれれば良いのに……こっちも連れて行く気マンマンだったから。

 

頭を下げる老人達に俺は駆け寄り、俺は慌てて町長に駆け寄った。

 

「やめて下さいっ!俺なら大丈夫ですから。明日の朝には連れて行くので……それで良いですね!?」

 

そう言うと老人達は仏様を拝む様に俺に手を合わせ始める。俺はあははと笑ってごまかした。

 

────────────────────────

 

翌朝、俺は帰り支度を整えて民宿の外に出ると、昨晩の老人達が見送りに来てくれていた。町長は杖をつきながら俺の肩を叩いて激励してくれた。

 

「もし、万が一失敗してもあんたを恨んだりせんからな!」

「元気でね!野菜とか送ってあげるからね!頑張るんだよ!」

「この道を真っ直ぐ行けば、神社があってね?そこを左に曲がっていくと、壊れたお地蔵様がある道に出るからね!そこから行けば大きな道路に出るからね!」

「あっはい……分かりました」

 

大袈裟じゃない!?戦争に行くような扱いなんだけど!?

 

「それじゃあ……壊れたお地蔵様の所から八尺様を連れて行くので」

「気を付けてね」

 

おじいちゃんおばあちゃんに見送られながら俺は車を発進させると、昨日はーちゃんと出会した神社に辿り着いた。車から降り、神社に向かって歩くと、狛犬に寄りかかっていた八尺様がいた。

 

「やっほー、はーちゃん」

「あっ……来てくれたんですね……えーっと……」

「そう言えば自己紹介まだだったね。俺は福島龍星ってんだ」

「あっはい!龍星さんですね!よろしくお願いします!」

 

八尺様はペコッと頭を下げ、俺に挨拶をしてくれた。そして、俺は八尺様に昨日の件を尋ねた。

 

「はーちゃん、昨日の件なんだけど?考えてくれた?」

「あっはい……その事なんですけど……お断りさせてください」

「えっなんで!?」

 

八尺様は悲しそうな顔をしながら俯き始めた。

 

「私……この町から出られないんです……。何十年も前から……”背が高過ぎる化け物”と恐れられて村人達にこの町に封じられて……色んな人に町を囲んでいるお地蔵様を壊して欲しくて近付いて来ましたが私……こんな姿ですから皆に怖がられちゃって……」

 

涙をポロポロと流す八尺様に俺は近付き、狛犬によじ登って八尺様の頭を撫で始めた。

 

「こんな時……なんて言ったらいいか分からないけど、お地蔵様1ヶ所壊れてるってよ?」

「うっうっ……こんな町……出て行きた……え?」

 

八尺様もバッと俺を見ながら俺に再度尋ねてくる。

 

「え?お地蔵……えっ、壊れた!?ほんとですか!?」

「うん、なんかーおじいちゃんおばあちゃん達も連れてってくれって」

「えぇ!?んじゃなんで封印したんですか!?意味分からないんですけど!?」

「なんで封印したんだろうねぇ、まぁいいや。この先のお地蔵様が壊れてるらしいからさ、俺と一緒に行こうよ!」

 

俺は狛犬から飛び降りて手を差し伸べた。八尺様は戸惑ったが、最後は嬉しそうに手を取って歩き始めた。八尺様は車をには乗れない為、車の屋根に乗せてお地蔵様の結界から出る事が出来た。八尺様は後ろを振り返ると、突然……。

 

「もうこんな町に戻って来るかバーーーーカ!私はもう自由だぁー!」

 

「八尺様!!何上で騒いでんだ!俺の他にも見える人いるからもしれないんだからなっ!?あんまり暴れんなよ!?」

「はーい☆空気が気持ちいいですねぇ!」

「良かったな!さっ!帰るぞ〜!」

「おっー!」

 

俺と八尺様は無事に、お地蔵様の結界から出て行き自分の街に戻って行った。高速道路に乗った時に、時々煽られたりするが、八尺様がものすごい怖い顔をして相手を睨みつけたりすると……相手も何かが見えたのか、ものすごい急ブレーキをかけて離れていった。

 

───────────────────────

 

夜になってようやくアパートに辿り着くと、八尺様は何かのアトラクションに乗っていたようなテンションで車の屋根から降りて来た。

 

「いやー車っていう乗り物は素晴らしいですねぇ!お馬さんより早いですし!」

「そんなに昔からいるんだね、はーちゃんって……さぁ、入って。ここが新しい八尺様のお家だよ?」

 

俺は玄関を開けると、八尺様は頭を下げながら部屋に入って行った。

 

「ちょ、ちょっと狭いですね」

「もうちょいしゃがんだ方が良いんじゃない?」

「こう、ですか?」

 

あっ……白

 

八尺様も視線を感じたのか、慌ててスカートを押さえ始めた。

 

「あっ!ちょっと龍星さん!?見ないで下さいよ!」

「そんな体勢で見せ付けられたらこちらも見なければ無作法と言うもの」

「なに訳の分からない事を言ってるんですか!?もうっ!」

 

ようやく部屋に入り、部屋で寛いでいると……突然スマホが鳴り出した。

 

ピロピロピロピロ

 

「龍星さん、その変な板が鳴いてますよ?」

「変な板って……コレはスマホって言って遠くの人と話せるの物なの」

「そうなんですねぇ……不思議な物が出来たんですねぇ」

 

って誰だよこんな時間に……明日のバイトの時間か?

 

俺はスマホを見てみると、『非通知』と記されていた。俺は首を傾げながら、電話に出た。

 

「はい、福島ですが?どちら様ですか?」

 

《もしもし……あたし、メリーさん》



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第4話 メリーさんからの電話

非通知で小さい女の子の様な声がスマホから聞こえて来た。俺はイタズラ電話と思い込み、話を続けた。

 

「メリーさん?はい?イタズラですか?」

 

《あたし、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの》

 

ゴミ捨て場?

 

俺は首を傾げながら窓を眺めると、ここから数100メートル先にあるゴミ捨て場が思い付いた。俺は相手にこんな事を聞いて見た。

 

「あっ、近くにタバコ屋ありますか?」

 

そう言うとメリーさんと名乗った人物は、少し無言になると。相手はこう答えた。

 

《えっ、えーっと……あるよ?》

 

「あっそうなんだ。んじゃ」

 

《あっ、ちょっ───》

 

俺は一方的に通話を切り、スマホをテーブルに置いた。すると、今のやり取りを見ていた八尺様は不思議な光景を見たように見つめていた。

 

「あの〜?今のは誰だったんですか?龍星さんのお友達ですか?」

「いや、知らない人だった。多分イタズラだと思う」

「イタズラ……ですか?」

「うん。けど……またかかってくると思うよ?本物の【メリーさん】だったらね」

「メリーさん?誰ですか?それは?」

 

八尺様は首を傾げると、俺はスマホを手に取ってネットでメリーさんを検索した。

 

メリーさんとは……ある少女が引越しの際、古くなった外国製の人形、「メリー」を捨てていく。その夜、少女に電話がかかってくる。「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの…」少女が恐ろしくなって電話を切ってもすぐまたかかってくる。「あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの…」そしてついに「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」という電話がある。怖くなった少女は思い切って玄関のドアを開けたが、誰もいない。やはり誰かのいたずらかとホッと胸を撫で下ろした直後、またもや電話が…「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」と言う怪談都市伝説がある。

 

八尺様は顔を青ざめながらガタガタ震えだした。

 

「うわぁ……怖いですねぇ」

「まぁ、ホントにあのメリーさんなのかは分からないけどね?」

「もし本人だったらどーするんですか!?龍星さん殺されちゃいますよ!?」

「大丈夫大丈夫。実ははーちゃんと出会う前に暇つぶしメリーさんの事は事前に考えて置いたんだ」

「そうなんですか?それで、どーするんですか?」

 

メリーさんは電話で脅かして、最後にここへやって来る。なら……『ここに来たくない』様にしてやればいい事だ。

 

「まぁ、見てれば分かるよ」

「はぁ……」

 

そう八尺様に言うと、早速また非通知で電話が掛かってきた。俺はコホンと咳払いをして、電話に出た。

 

「もしもーし」

 

《もしもし……あたし、メリーさん》

 

「あんた、ホントにメリーさんなのか?」

 

俺は疑り深くメリーさんと名乗った相手に尋ねると、相手は答えた。

 

《そっそうだけど……なんでそんな事を聞くの?》

 

「もし本人なら色々教えてくれよ。あんたの事は小さい頃から気になってる事があるんだよ」

 

《なっなに……?》

 

「メリーさんって何歳なの?」

 

《えっ……えーっと……わかんない……》

 

「わかんないじゃないでしょ?、こっちは真剣なんだよ!」

 

クワッと顔をしかめながら俺は強くメリーさんに言い放つと、メリーさんは困った様な感じで答えた。

 

《え……子供ではないかなぁ……?》

 

「ホントだな!?なら”大人の女性”として扱うからな?いいな!?」

 

《うっうん……》

 

「それで?今どこにいるんだよ?」

 

まだ俺の家までは離れてるし、ちょっとからかってやろう……。

 

《え?今、タバコ屋さんの角にいるけど……?》

 

「あーならさ、タバコ買ってきてくれる?マルボ○のメンソールな?」

 

俺がメリーさんにタバコのお使いを頼むと、メリーさんは上擦った声で言い返して来た。

 

《マル……なに?、えっ、あたしが買うの!?》

 

「近くにタバコ屋さんそこにしかないんだよ。出るのめんどーだからさ、ついでにここに来るなら買ってきてくれるかな?んじゃ、頼んだよ〜」

 

ポチ

 

俺はそう言い放ち、また電話を切った。

 

「さて、少しは時間は稼げるだろう。ねぇ?はーちゃんさ、もし、メリーさんがここに来たら俺を守ってくれる?メリーさんなんか強そうだし」

「わっ、私が戦うんですか!?」

「だって、はーちゃん強そうじゃん?。町の人達が恐れてたくらいだし」

八尺様にそう言うと、何故かやる気になって迎え撃つ体制を取り始めた。

 

「わかりました!もし万が一龍星さんは私が守ります!頑張りますよ!」

「よしっ!頼りにしてるぞ!はーちゃん!」

「はいっ!」

 

作戦を立てていると、またまた電話が掛かってきた。俺はだんだん楽しくなりだし、完全にふざける事にした。

 

《もしもし……あたし、メリーさ──》

 

「もっしぃーーーー!?」

 

《ひゃっ!?》

 

突然の大声でメリーさんはびっくりしたのか、電話の向こうで可愛らしい悲鳴が聞こえて来た。

 

「タバコ買ってくれた?」

 

《……あたし……お金、持ってないの……》

 

「はぁっ!?ならなんですぐ断らないの!?ねぇ謝って、謝ってよ!お金もってなくてごめんなさいって謝って!」

 

《えっ……あの……お金もってなくてごめんなさい……》

 

「いいよ」

 

ポチ

 

俺はまた一方的に通話を切った。何故か八尺様は残念な人を見るような目で俺を見つめていた。すると、今度は直ぐに電話が掛かってきた。

 

よし、次は家の前になってる筈……なら、そこからゴミ捨て場まで追い返してやろう。

 

そう企んだ俺は今度は息をハァハァさせながら通話ボタンを押した。

 

《もしもし……あたし、メリーさん》

 

「ハァハァ…もしもしぃ……」

 

《今……あなたの……家の前にいるの》

 

「ハァハァ……家前まで来ちゃったのぉ?ハァハァ……」

 

メリーさんも俺の異変に気付いたのか、俺に尋ねて来た。

 

《ねぇ……なんでハァハァしてるの?》

 

「なんでかって?ハァハァ……君を想像しているからだよぉ?」

 

《ひいっ……!?!?》

 

メリーさんも気持ち悪がったのか、電話の向こうでドン引くような悲鳴が聞こえて来た。そして、俺は畳み掛けるようにこう言い放った。

 

「ねぇ、メリーさん?パンツ何色なの?ハァハァ……」

 

《えっ……えぇ!?》

 

普通のイタズラ電話ならここで身の危険を感じで通報、そして事案発生。もし、本物のメリーさんだったら慌てて逃げても通報も出来ないし、交番に行ってもお巡りさんには見えない……勝ったな。

 

すると、メリーさんは予想を覆してこう答えて来た。

 

《……………黒》

 

答えちゃったよ、本物のメリーさん来ちゃったよ。

 

メリーさんが逃げて行くと踏んでいたが、予想を覆してきたので急遽作戦変更した。次はこの部屋に入って来てしまうので、奥の手の八尺様を出す事にした。俺は、八尺様に合図を送った。

 

「はーちゃん、外に居るか見てみて」

「あっはい!」

 

通話しながら八尺様に指示すると、八尺様は玄関のドアをすり抜けて覗いて見た。すると、電話からは八尺様の声ととてつもない声が聞こえて来た。

 

《こんばんは、あなたが、メリーさんですか?》

《ひやぁぁぁ!?おっ、お化けぇぇ!?》

《はい、お化けの八尺と申します。何か御用ですか?》

《あっあの……その………》

 

チャンス!!

 

「はーちゃん!捕まえて!!」

 

《あっはい、よっと》

《やっ、ちょっ……えっ!?なに、この人おっきい……!?》

《おぽぽぽ……小さくて可愛らしいですねぇ》

《離して!ちょっ……助けて……》

 

電話からは弱々しく今にも泣きそうな声で助けを求めて来た。勝利を確信した俺はメリーさんに警告を促す。

 

「離してやるから抵抗するなよ?いいか?こっちは八尺様がいるんだ、お前なんかひとひねりなんだからな!」

 

《わっわかりました……》

 

俺はそうメリーさんと約束して、電話を切ってドアを開けて見てみると……そこには、フランス人形の様な服装をしており、金髪のツインテールの女の子が立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まぁ、来ちゃったもんは仕方ない。入りなよ」

「うっうん……この人……誰?」

 

メリーさんは余程怖かったのか、八尺様を見上げながらプルプル震えていた。八尺様はしゃがんで改めて挨拶をした。

 

「初めまして、私は八尺と申します。故あってこの部屋に住むことになりました」

「あっ……はい……初めまして、メリーです」

 

メリーさんを中に招き入れた俺はとりあえず、八尺様とメリーさんの分のお茶を用意した。

 

「はい、どーぞ。紅茶じゃなくてごめんね」

「あっ……お構いなく……」

「いただきまーす!ようやく一息出来ますねぇ♪」

「それで?何しに来たの?俺ら初対面だよね?」

 

メリーさんにそう言うと、メリーさんは事情を説明してくれた。メリーさんは元々はただのフランス人形だったのだが、ある日の事、このアパートの部屋、元の部屋の持ち主の女の子が古くなったからと言って捨ててしまったのだと言う……。メリーさんは怨みを晴らす為に、怨念と化してこのアパートに戻って来たという。だが、元の部屋の住人は俺が住む数年前に引っ越しており、居たのは運悪く俺のような男だったという。

 

「まぁ、どんまいとしか言えないな……ズズ……」

「そうですねぇ……可哀想です……ズズ……」

「はい……ズズ……」

 

重苦しい雰囲気漂う中、俺はメリーさんに提案を切り出した。

 

「なぁ、メリーさん?良かったら俺らと住まない?」

「えぇ!?」

「わぁっ!良いですね!」

 

八尺様が手をパンと叩いて賛同してくれた。だが、メリーさんは困った様な顔をしていた。

 

「えぇ……けど、あたし……人形の幽霊だし」

「はーちゃんも幽霊だよ?ねぇ?」

「はいっ!」

「こんな元気ハツラツな幽霊見た事ないよ……」

「元の持ち主はもうここにいないんだし、行く宛てないだろ?」

 

俺はそう言うと、メリーさんは開き直ったのか、大きく頷いた。

 

「わかった……行く宛てないし……あたしもここに住む」

「いいよー、よろしく!俺は福島龍星ってんだ。よろしくな」

「八尺です!よろしくお願い致します!」

「あたしは……メリーさん。メリーって呼んでね」

 

俺とメリーさん、八尺様は3人で握手を交わした。新たな同居人、メリーさんがこのアパートの部屋に住むことになった。



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第5話 トイレの花子さん

コックリさん、再登場!


八尺様、メリーさんと住み始めてしばらく日にちが経った。その間に約束通りに八尺様のいた町に安否を知らせる為に泊まった民宿に連絡すると、「良かった!無事だったか!」と町長さんから安堵の声が漏れた。本格的に八尺様やメリーさんと暮らし始めて1ヶ月後……夏が近くなり毎日暑い中で俺がバイトから帰って来ると、八尺様とメリーさんが出迎えてくれた。

 

「ただいま〜」

「お帰りなさい、龍星さん!お仕事お疲れ様でした!」

「おかえり〜」

「疲れた〜今日は2人とも大人しくして───」

 

俺は茶の間に向かうと……。

 

「えっ……なにこの惨状」

 

俺が見たのは、ひっくり返ったテーブル、何故か壁に向いているテレビ、大事にしていたラノベ小説達は畳にぶちまけられていた。

 

なにがあったの!?

 

状況を把握出来ない俺は、八尺様とメリーさんに尋ねた。

 

「ねぇ?この部屋にだけ大地震でも起きたの?」

「あっいや、その……あのですね?」

「あたしは止めたんだよ?けど、八尺さんが「少しでもお役に立ちたいんです!」って言って聞かなかったの」

「はーちゃん?どういう事?」

 

俺は顔を引き攣らせながら八尺様に聞くと、八尺様はビクビクしながら俺に訳を話し始めた。

 

「じっ実は……少しでも龍星さんのお役に立ちたくて、お部屋のお掃除をしようかと……」

 

掃除?コレが?

 

俺は辺りを見渡し、八尺様に言い放つ。

 

「はーちゃん……これは掃除やない。【ポルターガイスト現象】や」

「ぽ、ぽるたーがいすとげんしょう?」

「よく分からないけど、あたし達みたいな幽霊と何か関係があるの?」

 

八尺様とメリーさんは首を傾げながら俺にポルターガイスト現象の事を聞いて来た。俺はため息を吐きながらスマホを取り出してネット検索をして八尺様とメリーさんに見せた。

 

ポルターガイスト現象……幽霊が引き起こすと言われる現象で、物体の移動としては、主として建物内部に設置された家具や、家具内に収納された日用雑貨などが挙げられる。発生する状況は一貫性が無く、住人が就寝中に移動し、起床後いつのまにか移動しているのを確認されるものもあれば、住民が起きている時に移動し、移動している状況を直接目撃されるものもある。動き方にも一貫性は無く、激しく飛ぶこともあれば、ゆっくりと移動することもある。だが、これはあくまでも一般的な幽霊が引き起こす事であり、怨霊の八尺様の場合はそれらの数倍と言えるだろう。

 

「ね?これはもう一般的なポルターガイスト現象じゃないの。怨霊が引き起こすスーパーポルターガイスト現象なの。掃除するなとは言わないけど、もう少し優しく掃除してくれ」

「はい、すいませんでした……」

 

俺は心を鬼して八尺様に注意を促すと、八尺様は怒られたのがショックだったのか、しゅんとした顔して反省をしており、メリーさんは八尺様を慰めるように肩や頭をポンポンとなぐさめられていた。

 

「さてと、明日は久しぶりの休みだなぁ」

「そうですねぇ、龍星さんどこか連れてって下さいよぉ〜」

「あたしも〜、毎日こんなひんやりした部屋にいると気が滅入っちゃう」

 

このアパートにはクーラーがないのに何故かこの部屋は肌寒いくらい空気が違う。怨霊が住み着いたのが主に原因なのだが電気代がかからないのが唯一の救いだった。

 

監禁してる訳じゃないけど、少しは気晴らしにどこか連れて行っても問題は無いだろう……ならどこに行こうか……

 

俺は八尺様とメリーさんにどこか行きたい場所が無いか聞いてみた。

 

「どこか行きたい所ある?」

「そうですねぇ、静かな所で薄暗い場所が良いですねぇ」

「出かけるなら夜がいい、外明るいもん」

 

流石怨霊、昼間でじゃなく夜に出掛けたいと言い出しやがった!

 

「真夜中の静かな所で暗い所ってもう、肝試ししかなくない!?」

「肝試しですか!良いですねぇ!おぽぽぽ〜♪」

「あたしも賛成!他の幽霊に会えるかなぁ!楽しみだなぁ!」

 

八尺様とメリーさんが賛成為、やる事は決まった。だが……肝心の行先は決まっていなかった。

 

肝試しをすると言っても場所によっては土地の所有者は存在している為【不法侵入】や【住居侵入罪】などで簡単に入れないのが現実。さて、どうしたもんか……。

 

俺は部屋を片付けながら考えていると、

 

「えぇ〜、肝試しって言っても、近くにあるかなぁ」

 

スマホを取り出して合法的に行ける心霊スポットを調べてみた。だが、殆どの建物は訪れる若者達により荒らされて所有者が完全に入り口を塞いだというのが多く記録されていた。

 

「はぁ……ネットで有名な場所はやっぱり無理かぁ」

「そうですか……諦めるしかないですかねぇ……」

「え〜つまんなーい」

 

落ち込む八尺様、不貞腐れるメリーさんの言葉を聞き流しながら倒れたタンスを起こすと、コックリさんの紙が落ちていた。コックリさんの紙を見た途端、俺は閃いた。

 

「コックリさんに聞いてみるか……」

「こっくりさん?どなたですか?それは?」

「あたしも聞いた事なーい、龍星ー、誰なのそれ〜?」

「スマホより物知りな人さ。ちなみにコックリさんのお陰ではーちゃんに会えたんだからね?」

「そうなんですか!?すごい人なんですねぇ!」

 

そう言って俺はひっくり返ったテーブルを起こしてコックリさんの紙を開き、コックリさんを呼び出した。

 

「コックリさん、コックリさん、おいでください」

 

返事がない……この前の事で怒っているのだろうか?

 

俺は首を傾げながらもう一度、コックリさんを呼んでみる事にした。

 

「コックリさん、コックリさん、おいでください」

 

しーん……。

 

「来ないですねぇ?」

「龍星がなんか失礼な事でもしたんじゃないの?」

「失礼なっ!パンツが何色かとか、スリーサイズとかしか聞いてないもん!」

「めちゃくちゃ失礼な事聞いてるじゃん」

「そうですねぇ……」

 

おや?幽霊のくせに人間をゴミを見るような顔をしてますね。

 

冷たい視線を浴びながら再びコックリさんを呼んでみた。

 

「コックリさーん、この前の事はあやまりますからぁ」

 

スッー!

 

俺の言葉が聞こえたのか、10円玉を動かしたコックリさんがやって来た。

 

なに?(´・Д・`)

 

「あのですね、今回は簡単な質問なんですけど〜。合法的に行ける心霊スポットとか教えてくれませんかね?」

 

俺がコックリさんに尋ねると、コックリさんは10円玉をすっすっと動かして答えてくれた。

 

○○県○○市立の旧○○小学校なら今なら入れるよ?( ¯•ω•¯ )

 

「マジっすか!?有難うございます!助かりました!」

 

んじゃ、用が済んだなら帰るね?*-ω-)ノ

 

10円玉をスーッと動かして鳥居の場所に移動して行き、10円玉は動かなくなった。俺はスマホで旧○○小学校を調べると、アパートから約1時間で到着する田舎の学校のようだ。この旧○○小学校は今は地元の自治体が管理しているらしい。俺は、記載されていた自治体の電話番号に電話をかけて『動画撮影の為、夜の2時間だけ撮影させて欲しい』と問い合わせみると、「物さえ壊さなければ問題ない」と言われて許可を得た。

 

「よし、許可も貰ったし、今から行くか!」

「やったー!」

「わーい!お出かけだー!」

 

────────────────────────

 

2時間後、俺はナビを頼りに旧○○小学校に辿り着いた。途中、自治体の管理者から合鍵を預かり、帰る時はポストに入れて置いてくれと言われた。俺や八尺様、メリーさんと学校を見上げた。学校のは昔ながらの木造作りで、3階建ての小学校だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うん、不気味だな」

「そうですね!けど、静かでとっても過ごしやすい所ですねぇ!」

「こんな近くに隠れた名所があったなんてね」

 

歩いていくと、俺はピリピリと重苦しい空気を感じ取った。俺は学校の窓を見て呟いた。

 

「すごい嫌な感じだなぁ、はーちゃんの時と少し似てるかも」

「えっ!?んじゃ、私たちと同じような幽霊が?」

「こんな所にどんな奴がいるっていうの?」

 

俺は立ち止まって目を瞑ってこの雰囲気の持ち主を探ってみると、女子トイレが少しだけ見えた。俺は目を開いて、呟いた。

 

「なるほど……”あの子”か」

「龍星さん?もしかして分かったんですか?」

「誰なの?どこにいるの?」

 

八尺様とメリーさんに言われた俺は、3階の窓に向かって指を指した。

 

「校舎の3階のトイレに潜む……【トイレの花子さん】だ」



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第6話 ロリババア

俺たちはそのまま昇降口の鍵を開けて中に入る。中は当時のままの状態の木製の下駄箱、キシキシと音を立てる廊下、不気味な雰囲気が漂う空間だった。俺は懐中電灯、塩水入りの霧吹きを持って辺りを探索を始めた。八尺様とメリーさんは珍しいのか、辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「これが学校なんですね、ちょっと低い気がしますけど」

「そうだねぇ、この不気味な雰囲気が良いね!」

「あんまり騒ぐなよ?あんたら怨霊が騒いだら花子さん逃げちゃうだろ」

 

俺は八尺様のスカートの中に隠れながら辺りを照らす。

 

「あの……どうして私のスカートの中にいるんですか?」

「え?なんでって、はーちゃんを守る為だよ?今日も白なんだね」

「こんな時にもセクハラするあんたの気が知れないんだけど」

 

ガタッ!

 

俺たちは物音に反応した。懐中電灯を照らすと図書室と記されていた。

 

誰かいるな、なんだ?幽霊……じゃなさそうだな。

 

「行ってみる?」

「そうですね、現地の方に挨拶をしたいですから」

「ネコとかタヌキじゃないの〜?」

 

バーン!

 

俺はホラー映画のように恐る恐ると引き戸を引かず、思い切り勢いよく開けた。八尺様とメリーさんは突然の音にビックリして思わずビクッと体を揺らした。

 

「ビックリした〜勢い良すぎでしょ」

「そうですね、古い引き戸ですからあまり乱暴にしないほうがいいですよ?」

「そっそうだね……反省」

 

そのまま中にはいると……。

 

「…………」

「ねぇ、どうしてここに石像があるの?」

「そうですね、これって外に置いておく物じゃないんですか?」

 

そう、俺たちの目の前には小学生の頃よく学校で見掛けた『二宮金次郎』の石像が何故か図書室に立っていた。

 

「勉強熱心だなぁ」

「そうですね、ここは本を読む場所の様ですから」

「邪魔しちゃ悪いね」

「他行こうか」

 

二宮金次郎が勉強中なので何も見なかったかのように、俺たちは図書室から出て先に進んだ。

 

その後ら図書室を過ぎて1階をじっくり探索を終え、2階に上がることにした。上がった途端……どこからともなくピアノの音が聞こえて来た。

 

ポロロン……

 

「今のは」

「空耳ではないですよね?」

「うん、ラ・ド・シ・レだったな」

「その顔で絶対音感持ってんの!?」

「その顔ってなんだよコラ」

 

カチンと来た俺はシュッシュッとメリーさんに向けて霧吹きを発射する。メリーさんは顔を手で防御しながら騒ぎ出した。

 

「や、ちょっと……やめ、やめて!しょっぱい!この水しょっぱい!」

「ケンカはダメですよ!とりあえず音が聞こえた場所に行きましょう?」

「そうだね、どーせ……幽霊が俺たちを脅かしに来たんじゃないか?」

 

ピアノの音が聞こえて来た音楽室に入ってみると、壁にはベートーベンやモーツァルトの絵が飾られており、窓際には年季が入ったグランドピアノが寂しく置かれていた。

 

「おー、ピアノだ」

「ぴあの?なんですかそれ?」

「ピアノだったらあたし知ってるよ、さっきの音もこれよ」

「いゃ〜懐かしいなぁ、小学生以来だよピアノなんて」

 

俺は懐かしい気持ちになりながら椅子に座りピアノを弾いてみた。

 

「ポロロン…ピアノ売って頂戴〜♪」

「それ曲じゃないでしょ、昨日テレビで流れてたヤツでしょそれ」

「あはは……ん?」

 

八尺様が辺りをキョロキョロ見渡すと、先程見たベートーベンやモーツァルトの顔が変化しており、露骨に嫌な顔になっていた。

 

「あの〜龍星さん。あの絵の方々が早く出てって欲しいと……」

「え?あー、そうだね。押し掛けたのは俺だし、行こっか」

「ちょっと、髪がガッピガピなんですけど?どうしてくれんの?」

 

音楽室から出て先に進むと、今度はドスドスと走ってくる音が聞こえて来た。俺は音の向こうに懐中電灯を向けると……。人体模型がこっちに向かって走って来ていた。ぶつかると悪いと思い、俺たちは道を開けると、人体模型も逃げると踏んでいたのか、俺を見つめながらそのまま暗闇に消えていった。

 

「あんなに走って内臓とかぶちまけないのかな?」

「さぁ……ちょっと生臭かったですね」

「あたしの気のせいかな?向こうも突然避けられてビックリしてたみたいだけど」

 

っていうか、なんで人体模型って走ってるんだろう?オリンピックでも目指してるのだろうか?

 

────────────────────────

 

そして、ようやく3階に上がった俺たちは目的地の女子トイレにたどり着いた。俺が女子トイレの引き戸に手をかけると、八尺様とメリーさんに止められた。

 

「何してんの?その手離せよ」

「あんたこそ何堂々と女子トイレに入ろうとしてんのよ」

「龍星さん、ここは女の子の厠ですよね?男子禁制ですよ?」

「いや、花子さんに会いに来たんだから入らなきゃ会えないでしょ」

「うわぁ……龍星気持ち悪い」

「幽霊に気持ち悪いって言われても何とも思わねぇよ。しかもここ廃校なんだから人間がいるわけないでしょ。ばーか」

 

引き戸を開けて女子トイレに入ると……中は真新しい設備になっていた。ボットン便所をイメージしていたのだが、普通に水洗便所にリフォームされたようだ。そして、花子さんがいるという3番目の個室トイレをノックして見た。

 

コンコンコッコン♪

 

「はーなこさん?」

 

しーん……。

 

ノックしても返事はなかった。気配は感じているのでいると確信した俺はしつこくトイレを叩いた。

 

ドンドンドンドン!

 

「花子さーん!!居るんでしょー!?居留守使ったって無駄だよ!」

「なんか昔見た事ある借金取りの人に見えますよ?」

「そんなやり方で出てくるわけないじゃん……」

 

うるさいのぉ!わしになんの用じゃ!

 

俺は4番目のトイレを見ると……白いワイシャツに赤い吊りスカート、おかっぱ頭女の子が現れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あっ、4番目だったんだ」

「場所間違えてるじゃないですか!」

「こんばんは〜」

 

俺たちはとりあえず花子さんに軽く会釈をした。花子さんはプンプン怒りながら腰に両手を添えながら訴え掛けてきた。

 

「近所めーわくじゃ、わしに用があるのか?」

「ええ、貴女に逢いに来たんですよ。花子さん……いや、花ちゃん!」

「初対面で馴れ馴れしい呼び方するんだね、気持ち悪い」

 

唐突に可愛らしい呼び方をされた花子さんは面をくらった様にタジタジになり始めた。

 

「なっなんじゃ、この人間は……”年上”に向かって」

 

ポロッと花子さんが言った言葉に俺は止まった。

 

「えっ?花ちゃんって小学生じゃないの?ロリじゃないの?」

「ろり?何を言っとるんじゃお主は……わしはとうに死んでるからな。数えると90過ぎておるぞ?」

 

うわぁ……ロリババアじゃん……。

 

「なんで龍星さんガッカリしてるんですか?」

「見た目によらず歳いってたからガッカリしてたんじゃない?」

「まぁ、久しぶりの客人だ。ゆっくりしていくが良い」

 

花子さんはフワフワと体を浮かばせながら俺に近付いて来た瞬間。俺は花子さんのスカートに手をかけた。

 

「なっ、何をする!?」

「90歳なんでしょ?本来の歳だったら即逮捕だけど花ちゃんは『合法ロリ』ってやつだよね?」

 

俺は両手でスカートを掴んで一気に捲りあげた。

 

「合法ロリは逮捕されなーーーーーい!!!」

 

スカートを捲りあげると、可愛らしいパンツが大っぴらに見えた。



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第7話 迷惑配信者

お盆なので更新します。


花子さんのスカートを思い切りめくると、花子さんは顔を真っ赤にして騒ぎ出した。

 

「きっきさま!?わしの下着を見たなっ!?」

「ええ、可愛らしい花柄の白パン───」

 

ズドンッ!

 

花子さんは浮きながら俺の顔にミドルキックを炸裂させた。鋭い蹴りを食らった俺はぐらっとよろめいた。

 

「おお……いてぇ……」

「龍星さん!大丈夫ですか!?」

「自業自得だよね?被害者面してるけど、明らかに龍星が悪いよね?」

「ふんっ!愚か者めっ!それより……」

 

花子さんは俺を蹴った足を見て首を傾げ、花子さんは俺に聞いて来た。

 

「しかし不思議じゃのぉ?何故人間の貴様に触れることが出来たのかのぉ?」

「あー、花子さん。こいつはちょっと変わってて、我々と見て話したり、触れれる事が出来るんです。それが関係してると思うの」

「ちょっとエッチなお方ですが、とっても優しい方ですよ?」

 

俺は褒められてるのだろうか……。

 

花子さんは身なりを整えて、改めて自己紹介を始めた。

 

「お初にお目にかかる。わしはトイレの花子、この廃校に住まう亡霊じゃ。以後宜しく頼む」

「これは失礼。俺は福島龍星、フリーター」

「私は八尺様と呼ばれた怨霊の八尺です!」

「あたしはメリー、人形の怨霊だよ。よろしくね?花子さん」

 

八尺様、メリーさんは花子さんに向かって深々とお辞儀をする。花子さんはつられて頭を下げた。

 

「して、お主はここになんの用じゃ?」

「いや、特に理由はないんだけど。コイツらがお出かけしたいって言い出してね?それでこの廃校にやって来たって訳よ」

 

花子さんは、腕を組みながらうんうんと頷き、話しを聞いていた。

 

「なるほどのぉ〜。では、ここのトイレに来る前に他の亡霊達と会ったりしたかの?」

「あー、走る人体模型とか、二宮金次郎とか?ピアノとか?」

「ふむ、会ったのだな。まぁここの」

 

ガタガタ!!

 

俺達と花子さんは物音を聞いた途端バッと音の方向に顔を向けた。俺は花子さんに尋ねた。

 

「なぁ、花ちゃん。花ちゃん以外にも亡霊がいるの?」

「いや、わしら以外には居らん筈じゃ、何者じゃ……」

「何でしょう?ちょっと見てきますね?」

「ああ、頼むはーちゃん」

 

八尺様はそう言うと、壁をすり抜けて辺りの様子を見に行った。すると、すぐに八尺様は戻って来た。何やら慌てた様子だった。

 

「たっ大変です!おかしな人が居ます!」

「おかしな人?」

「おかしな人ならここにもう既にいるじゃん」

「おい、金髪ツインテール。そうだとしたら物音関係ないじゃん」

「そこ否定しないんだ。それで?はーちゃん、どんな奴だったの?」

 

メリーさんが八尺様に尋ねると八尺様はモノマネしながら説明した。どうやら俺と同じ人間がここにやって来た様だ。

 

モノマネを見た様子だと……動画配信をしてる感じだな。ホラー系配信者が興味本位で来たのか?

 

「ちょっと、俺も見てくる。花ちゃん待っててね?」

「うっうむ……分かった」

「メリーさん、はーちゃん、行くよ?」

「はいっ!」

「しょーがないなぁ……」

 

俺は八尺様とメリーさんを連れて階段を降りていくと、煌々とライトを照らして、騒いでいる男がいた。俺達は身を潜めて様子を伺う事にした。すると、男は突然話し始めた。

 

「はいどーもー!○○チャンネルでーす!。今日はですね、〇県〇市〇〇町の〇〇旧小学校に来てまーす!」

 

やはり今流行りの動画配信者だったか。しかし、ここの許可は取ったのだろうか?今はもう深夜だぞ?

 

様子を伺っていると、配信者は辺りを荒らし始めた。備品などを投げたり、割ったりして、やりたい放題だった。

 

この様子だと、自治体に許可は貰ってないな。

 

「龍星さん……あのお方……」

「さいてー、めちゃくちゃにしてんじゃん」

「見つからない様に、花ちゃんの所に戻るぞ」

「はい、分かりました」

「あいつ、ムカつく……呪い殺したい」

「コラッ!そんなチンピラ見たいな事、言わないの!」

 

配信者を睨み付けるメリーさんをなだめながら、俺達は3階の花子さんの元に戻って行った。

 

────────────────────────

 

3階に戻って女子トイレに入ると、花子さんが耳を塞いで悶え苦しんでいた。それを目の当たりにした俺達はすぐに駆け寄った。

 

「花ちゃん!?どうしたの!?」

「花子さん!?大丈夫ですか!?」

「何があったの!?」

「あぐぐ……皆が、ここの皆が……」

 

皆……?

 

花子さんの背中を摩っていると、突然俺の頭の中に下の階の映像が流れて来た。その映像には、バラバラにされた人体模型、ハンマーで頭を砕かれた二宮金次郎、破壊されたピアノが映し出された。

 

アイツ……めちゃくちゃだな……。

 

映像を見た瞬間、俺は八尺様とメリーさんに声を掛けた。

 

「はーちゃん、メリー。アイツを追い出すぞ」

「はい、弱いものいじめする人は嫌いです」

「あたしも、龍星見たいな奴じゃなきゃ怖くないよ」

「よし、はっきり言うけど、人間の俺には何も出来ない。ここははーちゃんとメリーさんが頼りだ。思い切りビビらせてやれ!」

「はい!」

「すっごいかっこ悪いこと言ってるけど、まぁいいわ」

「お前たち……わしらの為に……」

 

八尺様とメリーさんはいつになく、禍々しいオーラを出しながら配信者のいる2階に向かって行った。

 

「さぁ、いよいよ、次は3階、トイレの花子さんがいるとされている場所を目指して行きたい────」

 

ぽっぽっぽっぽっ………

 

配信者は突然響き渡った声を聞いて立ち止まった。

 

「えっ……何?ぽっぽっぽっって八尺様だよな?なんでここに……?」

 

ジリリリリリ!

 

備え付けられた公衆電話が突然鳴り出した。配信者はビクリと驚き、恐る恐る受話器を取って耳に当てた。

 

「もっもしもし……」

 

《もしもし、あたしメリーさん……今、あなたの近くにいるの》

 

「えっ……うそっ本物っ!?」

 

メリーさんはセオリー通りに一方的に電話を切った。配信者はタダならぬ気配を感じたのか、ガタガタと震え出す。

 

ぽっぽっぽっ……

 

配信者は声が聞こえて来た後ろを振り返ると、身長が2メートルを優に超える長身の女が立っており、ゆっくりと配信者に近付いて行く。

 

「はっ、はっ、八尺様……なんで?なんでこの学校に!?」

 

ピロピロ……♪ピロピロ……♪

 

配信者のスマホが鳴り響く。配信者はスマホを見ると、非通知と表示されていた。配信者は助けを求める為に電話に出た。

 

「もしもしっ!もしもしっ!助けてくれっ!もしもしっ!」

 

《もしもし、あたしメリーさん。今……あなたの後ろにいるの……》

 

「そっそんな……」

 

配信者が八尺様が目の前にいるのにも関わらず、後ろを振り返ると……フランス人形が廊下に立っていた。配信者は腰を抜かしてしまい、ガチガチと歯を音を立てながら震え出し、這い蹲う様に階段を降り始めた。

 

「たったすけてくれ……誰か、たす、助けてくれっ……」

 

配信者は階段踏み外して転げ落ち、そのまま昇降口から慌てて逃げて行った。八尺様とメリーさんはケロッと落ち着きを取り戻し、禍々しいオーラを消し去った。俺は花子さんと共に、階段を降りて八尺様達と合流した。

 

「お疲れ様、どうだった?」

「はいっ!腰を抜かして慌てて逃げて行きましたよ?」

「アレだけめちゃくちゃにしておいて、本物を見た途端逃げるなんて、子供ねぇ……かっこわる」

「追い出す事が出来たんだね、さっきの配信者の件は俺が警察に電話しておくから」

 

荒らされた所を目の当たりにした花子さんは悲しそうに呟いた。

 

「ここにはもう、居れんの……」

 

花子さんの言葉を聞いた俺は軽い気持ちで言った。

 

「ならさ、俺んとこに来る?」



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第8話 幽霊の不可思議

俺の軽はずみの言葉に花子さんは目を点にしながら上ずった声を出した。

 

「は?お主、一体何を言っとるんじゃ!?」

「いや、だからね?俺ん家に住まない?。あの迷惑配信者はライブ中継してたみたいだし、ここの存在はもう全国に広がってしまったからね。居場所がないなら俺ん所に来れば解決するかなぁって」

「ちょっと!あたしの服に鼻くそ付けないでよ!ねぇ?付けた?本気で付けた!?ちょっと取りなさいよっ!」

 

俺は鼻をほじりながら花子さんに持ち掛けた。メリーさんは拭われた鼻くそを必死に取ろうと背中を見ようとぐるぐる周り出していた。

 

「うーん……そうじゃのう……しかしお主らに、迷惑じゃないのか?わしは怨霊じゃぞ?霊障とか半端じゃないのじゃぞ?」

「気にしない気にしない、この子らで慣れてるから」

「ちょっ、龍星さん!私にも付けないでくださいっ!あぁっ!届かないっ!届かないですっ!取って下さいよぉっ!」

 

俺は親指を立てながらさらに鼻くそをとって今度は八尺様の靴に付けた。八尺様はしゃがんで取ろうとするが、足が長すぎて手が届かない状態でもがいていた。花子さんは俺とメリーさんや八尺様のやり取りを見て安心したのか、口に親指を当てながらブツブツと呟き出した。

 

「ふむ……この2人を見る限り、この男に怨みつらみは感じん。取り憑いた訳じゃ無さそうじゃのぉ……よしっ、お主らに付いていこう!」

 

花子さんは手をぽんと叩いて1人で納得してくれた。

 

確かにこんな怨霊連れ回してるんだから不思議に思われても仕方ないか。

 

「んじゃ〜、話しは決まったし。片付けて帰ろっか」

「はいっ!楽しかったですね!」

「そうだね〜、たまにはこんなお出かけも悪くないね」

「やれやれ、賑やかになりそうじゃのぉ〜」

 

その後、俺たちは荒らされた所を片付けて、警察に連絡すると自治体のおじさんと警察がやって来た。俺はスマホを取り出し、動画サイトを検索すると、先程メリーさんと八尺様が脅かした配信者の映像が拡散されていた。俺はコイツがここを荒らしたと証言し、警官が無線で連絡を取り始める。その間、俺は自治体のおじさんに謝罪とお礼を言うと、気にする事はないと言われた。

 

────────────────────────

 

事情聴取が終わって帰ると、スマホの時計は深夜の1時を過ぎていた。小腹が空いた俺は食器棚にしまって置いたカップラーメンを片手にリビングに向かう。花子さんは時代の流れを感じたのか、部屋を隅々見渡し始める。

 

「なんじゃ!?今の時代は夜でもこんなに明るいのか!?」

「90年も経つからね、そりゃジェネレーションギャップも起こすか」

「あっ、龍星なに1人で食べようとしてんのよ、あたしらにもお供えしなさいよ」

「あっ、今夜はカレー味ってやつですね!私大好きです!」

「はいはい、後でね」

 

お供えしたって、食うの俺だしな。今度仏壇にお供えするやっすい落雁でも買ってくるか。

 

ケトルでお湯を沸かしていると、花子さんは物珍しいのか、グツグツと沸かしているケトルを目をキラキラ輝かせていた。

 

「グツグツしとる!水がグツグツしとるぞっ!おいっ!ちょ!これ!ボコボコって!ボコボコって!」

「これはケトル。電気でお湯を沸かす道具なんだよ?えーっと、そうだ、『やかん』だ!電気で沸かすやかんって思えばいいよ」

 

花子さんは理解したのか、90歳のばばぁとは思えないくらい子供のように目を輝かせる。

 

「ほぉーっ!やかんかっ!それなら分かるぞ!時代が移ろぎこうした物が出来たのだなぁ〜!」

「食べてみる?って、食べれないか。ちょっとお供えするから3人で食べて見なよ」

「いいのか!?この”かっぷらあめん”って言うのを!?じゅるり……」

 

花子さんはヨダレを垂らしながらお湯を注がれたカップラーメンを見つめる。

 

幽霊になっても、食欲はあるんだなぁ……。

 

3分後、出来上がったカップラーメンを開けて5等分に分ける事にした。器に分けると、わーっと言いながらカップラーメンに近付くと、見る見るうちに麺が固くなっていくのが分かった。俺は不思議な現象に首を傾げた。

 

いつ見ても不思議だな、なんで出来たてのカップラーメンが直ぐに固くなるんだろう……。

 

不思議に思い、口をモグモグしている八尺様に聞いてみる事にした。

 

「ねぇ、はーちゃん。なんでいつもお供えするカップ麺とか固くなるの?入れて数秒しか経ってないのに」

「はひ、わらひたひはお供えものの【生気】を食べてるんでひゅ」

「あっだからいつも器に食べ物あるのに口をモグモグしてたのか、何でか気になってさ」

 

リスのように口いっぱいにしている花子さんを尻目に俺はスープと少しの麺をすすっていると、メリーさんが応えた。

 

「簡単よ、カップラーメンの【生気】を食べたから固くなるの。龍星からしたらもったいないかもしれないけど、こればっかりは我慢してほしいわね」

「ふーん。なるほどねぇ……さて、食うもん食ったし風呂でも入るか!」

 

俺は立ち上がって着替えを用意していると、花子さんは何処へ行くのか気になったのか、ラーメンを食べ終えて俺の後ろをびったりとくっ付いて来た。俺は振り返り、花子さんに尋ねた。

 

「花ちゃん、なんで付いて来るの?」

「いや、お主がどこへ行くのか気になってな?」

「聞いてなかった!?風呂に行くんだよ!?風呂くらい知ってるよね!?」

「うむ。わしも生前母と入ってたからな。だが、わしの家は古臭くてな?五右衛門風呂じゃったわ。龍星の家は不思議な物ばかりじゃからな、風呂もどんなもんなのかこの目で確かめたい」

 

ほう、いい度胸じゃないか。

 

閃いた俺は服を脱ぎながら花子さんに聞いてみた。

 

「その心意気や良し!なら、花ちゃん。一緒に風呂に入ろうじゃあないか!肌の付き合いも俺は大事だと思うの」

 

花子さんは両手で目を隠しながら俺に言い放つ。

 

「なっ!?なんじゃと!?馬鹿も休み休み言え!!」

「何も馬鹿な事なんて言ってないさ!さぁ、花ちゃん」

 

俺は次々と脱ぎ始め、遂には一糸まとわぬ姿で花子さんに歩み寄った。



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第9話 お化けだってお洒落がしたい!

すいません、資料が届いたので更新します。


俺は花子さんに全裸でジリジリと歩み寄っていると、花子さんは顔を赤らめながら叫び出す。

 

「こっこら!こっちに来るな!変態っ!貴様、おなご相手に何をするんじゃ!」

「幽霊のクセに何を恥ずかしがっているんだい?俺は肌と肌のお付き合いをしたいだけだよ?」

「幽霊にだって羞恥心はあるわ!あっ、ちょ、来るなっ!」

「花ちゃーん!一緒にお風呂入ろーーーー!」

 

俺はシャカシャカと体を動かして急接近すると、突然部屋のドアがノックされた。

 

おっと、お客さんかな?

 

「あっ、ごめんなさい!今裸なんでちょっと待って下さい!」

「急に素に戻りましたね」

「はたから見たら独り言で騒いでるヤバいやつだからね」

「ほっ……助かった……」

 

八尺様たちに引かれながらも、俺は慌ててズボンとシャツを着てドアに向かうと、下の階の住人が立っていた。しかも、かなり怒っている様だった。

 

「あの〜、どうかしましたか?」

「どうかしましたか?じゃねぇよ。今何時だと思ってんだよ馬鹿野郎!1人でギャーギャー騒いでんじゃねぇよ!管理会社に電話すんぞ!」

「すっすいません!すいません!それだけは勘弁して下さい!」

 

俺はペコペコ頭を下げて謝っていると、後ろからは「情けない」「かっこ悪い」「確かに夜中に1人で騒いでるのはヤバい」とヒソヒソと聞こえて来る。

 

「ったくよぉ、静かにしろよ!」

「はい、すいませんでした……」

 

激昂する下の階の住人が戻って行き、ドアを閉めると俺は汗を拭いながら3人の幽霊に目を向けると……。

 

「随分怒ってましたね、龍星さんが悪いですけど」

「確かにこんな夜中に1人で騒いでるアンタの気が知れないわ」

「自業自得じゃ!」

「ごっごめんなさい……」

 

よくよく冷静に考えて見れば、霊感のない人が見たら裸の男が1人で何をしているのだろうか。

 

そう考えた俺は冷静さを取り戻し、1人で風呂に入り朝を迎えた。

 

────────────────────────

 

翌日、バイトから帰って来ると幽霊達が勝手にテレビを付けてイマドキの女の子達が服を紹介している番組を見ていた。

 

「ただいまぁー」

 

「「「「…………」」」」

 

返事しろよ。

 

荷物を置いて着替え始めると、ようやく3人の怨霊どもは同時に振り返った。

 

「あっ、おかえりなさい」

「おかりー」

「勤めご苦労だったな!」

「何をそんな真剣に見てんの?」

 

着替えながら聞くと、八尺様達が言い始めた。

 

「このてれびに出てるお洋服が可愛らしくて……つい夢中になっちゃいました!」

「あたしも今の服は気に入ってるんだけど、他の服も良いかなぁって思ってね」

「この薄っぺらいものは凄いのぉっ!わしの時代は大きくて白黒の映像だけだったのだがな!?今の時代の”てれび”は凄いのぉっ!」

 

目をキラキラさせながら3人の怨霊どもは遂にはこんな事を言い出した。

 

「あのぉ〜、龍星さん。私達にお洋服買ってくれませんか?」

「は?」

「あたしも欲しい〜、あたしら怨霊だってお洒落したいわよぉ〜」

「へ?」

「わしもたまにはこの服とは別の衣が欲しいのぉ〜!」

「ぬ?」

 

何を言い出すのだこのお化けどもは……。

 

「いや、お前らお化けがお洒落したい気持ちは分かったけども、仮に、仮にな?俺があんたらにお洋服を買ってあげました、けど、けーどぉ!逆に聞きますけど買って来た服をどーやって着るんですか?食べ物同様生気を頂くんですか?」

 

俺はそう3人に言い放つと、3人は顔を見合わせ、こう答えた。

 

「まぁ、買ってくれたら教えますよ?」

「いや、今言えよ」

「今言ったらあんた絶対買わないもん」

「余計こえーよ」

「まぁ、そんなに難しい事じゃないから安心せい」

「安心出来ません。なので服は買いません」

 

頑なに拒んでいると、3人は力を合わせてポルターガイストを起こし始め、部屋全体を揺らし始めた。俺は地震の様に激しく揺れる棚を必死に抑える。

 

「分かった!分かったから!買ってやるからやめろ!片付け大変だから!」

 

タンスを押さえながら言い放つと、ピタッと揺れが収まった。これ以上面倒になる前に、俺はスマホを取り出しAm〇zon、〇天市場のアプリを開いて見た。すると、八尺様達はゾロゾロと集まり、画面を食い入る様に見始める。

 

ふむ、可愛らしい服が多いなぁ。

 

すると、突然。

 

「あっ!龍星さん!私、このお洋服がいいです!」

「わしはこれがいいのぉ」

「あたしはコレかな」

 

3人の服や、下着を合わせて3万6000円っておい。

 

「たっかぁ……なぁ?コレやっぱ止め」

 

めっちゃ怒ってるよ、3人ともマジの顔してるよ。

 

諦めた俺は明日料金をコンビニで済ませるように設定し、3人の注文を終えた。

 

「3万6000円……キツイなぁ……」

「ありがとうございます!嬉しいです!」

「ありがとうね」

「わしも礼を言うぞ!」

 

それから数日後、ようやく注文した服が届いた。ダンボールを部屋に運んで中を確認すると、宝箱を開けたようにお化けどもはキャーキャー喜んでいた。

 

「で?3人ともどうやって着るの?」

 

俺がそう尋ねると、八尺様が答えた。

 

「その……燃やして下さい」

「…………え?なんて?」

 

あまりにも衝撃的な答えだった為、俺は2度聞きすると、メリーさんと花子さんが答える。

 

「燃やすって言ったのよ」

「えっ待って、なんで燃やすの!?」

「まぁ、食べ物は生気をもらうが洋服などは燃やさぬと手に出来んのだ、だから数日前は言えなかったのじゃよ」

 

え?それってつまり?。

 

「申し訳ないですが、龍星さん。この買った服を燃やして下さい!」

「お願い!龍星、確かに勿体ないとは思うけど、無駄じゃないから!」

「火葬と思ってやってくれんか?」

 

俺は理解が追い付かない状態で近くの焼却炉を借りて服を燃やすことにした。焼却炉に下着と衣類をほおりこんで火をつけると、メラメラと燃え始めた。

燃え盛る新品の服を見た俺は……。

 

「3万6000円3万6000円3万6000円3万6000円3万6000円3万6000円3万6000円」

 

ブツブツそう呟いていると、八尺様達が。

 

「やっぱり落ち込みますよね……」

「新品の服を燃やしてる変な人としてしか見られないもんね」

「ここは龍星に耐えてもらうしかないのだが……」

「あっ!見てください!煙突から服が出て来ますよ?」

八尺様達の目には薄らと洋服の幽霊の様な物がフワフワと降りて来ていた。メリーさんと花子さんは自分の選んだ服を慌てて拾い集める。

 

「龍星さん!見てください!服を手に入れましたよ!」

「見ろ!龍星!龍星?」

「今は無理よ、あまりにも衝撃過ぎて目が死んでるわ」

 

その後、3人に連れられて帰り、部屋に戻って来てファッションショーを間近で見れることになった。満足した3人は脱ぐことなく、しばらく着て過ごしている時……。

 

「龍星さん!大変です!」

「ん?はーちゃんどうしたの?」

「あっあの、私の下着知りませんか?」

 

何を言い出すのだこのデカブツは。

 

「知るわけないでしょ、洗濯する訳でもないのに」

「あたしのも無いんだけど、あんたがパンツ被ったりしてたんじゃないの?」

「わしのもないのだが、龍星知らんか?」

 

どーして俺を疑う!?

 

「おい、いくら俺がお前らにセクハラをするとしても下着泥棒するほど落ちぶれていねぇからな?」

「んじゃどーしてないのでしょう?変ですねぇ?」

 

3人のお化けと俺は同時に首を傾げた。



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第10話 小さいおじさん

お化け三人衆に責め立てられた俺は、塩水霧吹きを片手に猛抗議を始める。

 

「冗談じゃないよ、俺は確かに女の子のパンティは大好きだが、幽霊のパンティを盗むほど落ちぶれちゃいないよ?甘く見ないで!」

「こいつ、ぶっちゃけたんだけど。本音だだ漏れなんだけど」

「龍星さん……」

「はーちゃんが引いとるではないか、お主はやはりケダモノじゃのう?」

 

ガタッ!

 

突然、押し入れの方から物音がした。

 

「え?何?」

「何でしょう?」

「ネズミでしょ?ここボロだし」

「ネズミかのぉ?妙に変な気配を感じるが……?」

 

俺達は声を出さずにしーんとしていると、微かに声が聞こえて来た。

 

「うひひひひ、女のパンティはいつ見てもええのぉ!」

 

なんだ?どこから聞こえるんだ?

 

4人で辺りを見渡すと、押し入れの隙間から聞こえて来た。花ちゃんはしーっと指を口に当てながら片方の手で隙間に指を指した。俺らはアイコンタクトをしながら左右の入口を固めた。俺は意を決して押し入れを開けた。

 

「おらぁっ!誰だコラァ!」

 

スパーンッ!と押し入れを開けると……。

 

「ムホホホホホホいい匂いムホホホホ」

 

なんかいた。

 

俺の目の前には、頭に農協の帽子を被り、ポロシャツにジャージ姿の中年男性がいた。ただ、おかしいのが……大体10cm位で体が小さい事だった。俺はパンティに夢中になっている【小さいおじさん】をつまんで引きずり出した。

 

「いでででで!何すんだ!あんちゃん!」

「何すんだじゃねぇよ!なんだ”チミ”は!」

 

俺はつまみながら怒鳴ると、小さいおじさんは……。

 

「なんだチミはって、そーです、わたすが小さいおじさんです!」

「あっ!あたしのパンツ!ちょっと返しなさいよ!」

 

メリーさんが小さいおじさんを睨み付ける。すると、小さいおじさんは。

 

「あいーやっ!嬢ちゃんのだったのかいっ!いや〜すまねぇな!」

 

メリーさんは小さいおじさんからパンツを奪い取った。

 

「龍星、どーするのじゃ?」

「どーしましょーか?」

「ちょっと!なんか湿っぽいんですけど!?アンタ何したのよ!」

 

さて、どーしようか。

 

俺はとりあえず捕獲用の入れる為の箱を探し始めた。

 

「なんかねぇかなぁ〜。あっちょっとはーちゃん、コイツ持ってて」

「あっはい」

「おっ、今度はでっけぇねーちゃんか!?どーせならそこの谷間に入れてくんねぇかな!?」

「えぇっ!?」

 

はーちゃんが小さいおじさんからセクハラを受けている間に俺は押し入れを漁り始めた。

 

「龍星〜?どーしたの?」

「何か捜し物か?」

「えーっと、確かこの辺に……おっ、あったあった!」

俺は押し入れの奥から、【ハムスターの檻】と、はーちゃんと花ちゃんのパンツを出した。

 

「あっ!私のパンツ!」

「ワシのも!!貴様だったのか!下着泥棒はっ!?」

「龍星?何それ?」

「これ?ハムスターって言う可愛いネズミを飼うための入れ物だよ。だいぶ前に死んじゃったんだけどね?」

「ふーん。それで?どーするの?」

「こーするのさ」

 

俺ははーちゃんから小さいおじさんを再び掴み取り、ハムスターの檻にぶち込んだ。

 

「あたぁっ!おいっ!出してくれ!」

「うっさいわボケ、勝手に住み着きやがって!今からオッサンの家はここだ!」

「勘弁してくれよっ!こんな牢屋見てぇなとこ御免だ!これじゃ留置所の犯罪者じゃねぇかよっ!」

「現在進行形で犯罪者だろうが、窃盗罪、住居侵入罪してんだろ」

「うっ……」

 

小さいおじさんはハムスターの餌箱に座り込んむ。俺はその間に小さいおじさんを携帯で調べ始めた。

 

【小さいおじさんは身長が8cm〜20cm程の怪人で人間と同じような生活をしていたり、遊んだりしている】

 

ふーん、なるほどね。

 

「ねぇ?それでコイツどーするの?飼い殺しにするの?」

「川に捨てるか?」

「猫ちゃんに食べさせますか?」

「言い方が怖ぇよ、このまま放っても小さいホームレスと変わらないからねぇ……落ち着くまでここで暮らしてもらうか」

 

捨てられると考えていたのか、小さいおじさんはぱあっと明るくなる。

 

「ホントかあんちゃん!ここに住んでいいのかっ!?」

「ああ、いいよ。このまま猫に食われても困るからな」

「へへっ、すまねぇ」

 

小さいおじさんは農協の帽子を脱いでハゲた頭を見せながらペコペコと頭を下げる。

 

「とりあえず今日はその檻に入ってる巣箱あるだろ?それ、ハムスターの寝床だった所だからそこで寝ててくれ」

「ほぅ、こりゃ暖かそうだな!ちょっと失礼して」

 

小さいおじさんはゴソゴソと巣箱の中に入り、巣箱穴から顔を出した。

 

「あったかい……」

「そっ、そうか」

「なぁ、あんちゃん。すまねぇが競馬の新聞とラジオを用意してくれねぇか?競馬で勝って稼ぐからよ!」

「すげぇアテにならない事言い出したなコイツ」

「ねぇ龍星、けいばって何?」

「私も気になりますね」

「ワシも気になるの、馬の何かか?」

 

お化け三人衆が俺に聞いて来た。

 

「まぁ、簡単に言えば賭博だな。馬同士が競って1番を予想してお金を稼ぐ賭博だよ」

 

そう答えると。

 

「クズね」

「クズじゃの」

「あはは……」

 

すごい言われよう。

 

「なんとでも言え!小娘共、俺は働きたくねぇんだ!」

「とんでもない事言い出したんだけどコイツ」

「働かないって宣言してる時点でもうクズじゃない」

「じゃの」

 

俺の家に新たな住人、小さいおじさんが住み始めた。



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第11話 フリーター家を失う

小さいおじさんが住み始めて1ヶ月が過ぎた。バイトから帰ると、小さいおじさんが運動する為にハムスターの回し車を使ってランニングをしていた。

 

「ほっほっほっ」

「おじさん、お腹ポヨンポヨンだね」

 

小さいおじさんがメリーさんにバカにされていた。

 

「うるせえっ!この歳になるとな、脂肪が落ちにくいんだよっ!」

「おじさん妖怪でしょ?歳なんて取らなくない?」

「それもそうですよね?私達も怨霊で年取りませんし」

「まっまぁ……そうじゃの……」

 

3対1で言いくるまれており、俺に助けを求めた。

 

「あんちゃん!コイツらなんとかしてくれよっ!毎日毎日小言が鬱陶しくてたまんねぇよ!家主ならビシッと言ってやれ!」

「やだよ、めんどくさい。うるさいからちょっと静かにして」

 

俺が軽くあしらうと小さいおじさんは……。

 

「なんだ!その態度はっ!おじさんだっていい加減怒るぞ!?」

「怒ってどーすんだよ、居候の分際で」

「ぐっ!?」

「ぐっ!?じゃないわよ、毎日毎日ラジオ付けて新聞見るだけじゃない!」

「なんだとっ!?お前らだって毎日毎日ゴロゴロしてるじゃねぇかっ!おじさんはな、この前のレースで3000円稼いだんだからなっ!金を稼げない小娘が生意気言うんじゃねぇっ!!」

 

小さいおじさんはゲージの檻をガシャガシャして騒ぎ立てる。対するメリーさんは目の前まで近付いて、ふーっと息を吹いて小さいおじさんを吹っ飛ばした。小さいおじさんは爪楊枝を片手に応戦し始めた。

 

なんだこの争いは。

 

「コノヤロウ!働かねぇ小娘がっ!だったら少しは稼いで来てみろ!」

「幽霊だもん、稼げるわけないでしょ!?」

「ほうら見ろ!稼げねぇなら黙って人形やってろ!!」

「なんですってぇっ!!」

 

メリーさんがキレた瞬間。強力なポルターガイスト現象を起こし、部屋をめちゃくちゃにし始めた。俺は慌ててメリーさんを止めた。

 

「何やってんだ馬鹿野郎!」

「離してよっ!って、あんたどこ触ってんのよっ!!」

「あの、龍星さん。止めるなら胸はちょっと……」

「どさくさに紛れてどこを触ってるおるのじゃお主は」

 

どこって……胸だが?

 

俺は無言でモミモミと揉みしだく。

 

「ちょっとあんた!離してよ!変態っ!」

「暴れんなってば!これ以上騒いだらアパート追い出されるぞ!!」

「やめてっ!早く手を離して!!」

 

俺を振り払おうと暴れ始め、バタバタドスドスと歩き回る。それを見たはーちゃんと花ちゃんも止めに加わった。

 

「メリーさん!暴れちゃダメですよ!」

「やめんかメリー!!暴れるでないっ!!」

 

ピンポーン。

 

突如、部屋の呼び鈴が鳴り響いた。その瞬間、俺達は同時にビタっと立ち止まる。

 

「大人しくしてろよ?」

 

俺の指示により、全員は自分で口を塞ぎ、大人しくし始めた。俺は呼吸を整えてドアを開けた。

 

「はーい……」

 

俺の目の前には、鬼の様な顔をした、大家さんが立っていた。

 

「大家さん、あの……何か?」

「福島さん、もう勘弁なりませんよ!他の部屋の方々から苦情が出てるんです。明日、この部屋を出てって下さい!!」

「えっ……」

 

部屋にいた怨霊達は目を点にする。

 

これはヤベぇっ!!

 

「待って下さいっ!いくらなんでも明日は勘弁して下さいっ!」

「いいえ、もうダメです。今まで福島さんの事を大目に見てきましたがこれ以上我慢出来ません!!明日、出てって下さい」

 

不味い、これは非常に不味い。

 

「これってあたし達が悪いの?」

「どうでしょうか……」

「お主らそんな前から騒いでおったのか!?」

「おじさんはあの檻は渡さねぇからなっ!!」

 

後ろからはヒソヒソと自分は関係ないと言わんばかりに主張し始める。俺はペコペコと大家さんに頭を下げる事しか出来なかった。

 

「すいません、明日ってのはホントに勘弁して下さい。せめて新しい家が見つかるまで待って貰えませんか?」

 

大家さんにそう交渉すると、大家さんは困った顔をしながら……。

 

「っはぁ……分かりました。1ヶ月待ちます。ですが、新居が決まり次第引っ越して貰いますからね?」

「ありがとうございます」「必ず1ヶ月後には出て行って貰いますよ!」

「はい、すいません……」

 

大家さんは俺を睨み付けながら部屋を後にした……。ドアを閉めた途端、俺は慌ててタンスから通帳を取り出し、残高を確認した。

 

「えーっと……アパートを出る時の『退去費用』は……確か6万ちょっと、貯金が……全財産100万そこそこか……」

 

俺は大きなため息を吐く。すると、怨霊共は近付いて来て声を掛けてくる。

 

「龍星さん。どうしたんですか?」

「出て行くんでしょ?貯金通帳なんか見てどうするの?」

「それと新しい新居を見つけなければなぁ……」

「はい、皆集合〜」

 

俺の掛け声により、ちゃぶ台を囲む様に集まり出した。

 

「聞いてた通り、この部屋を出て行かなければならなくなりました」

「そうだね、まぁこんだけ騒いでたらそうなるよね」

「それで、龍星さん。これからどーするんですか?」

「新しい家がすぐ見つかるといいのじゃが……」

 

確かにそうだ、残り少ない貯金で退去費用、敷金礼金、引っ越し費用を考えなければな……退去と引っ越しの費用は必ず払わなければならないし……せめて敷金礼金さえなんとかしなければ……。

 

頭を抱えて悩んでいると、メリーさんがポツリと言った。

 

「そう言えばさ、『幽霊が出る家』って安いんだよね?」

 

ん?

 

メリーさんの言葉を聞いて俺は顔を上げる。

 

「そうだ!その手があったか!!」

「なんですか?何かいい案が浮かんだんですか?」

 

俺はスマホを取り出して【敷金礼金なし、事故物件】と入力して検索を始めた。すると、何件も破格の値段で売りに出ていた。俺はニヤリと笑うと、花ちゃんは言い放つ。

 

「なっ、なんじゃその不気味な顔は……」

「ふっふっふっ……新しい家が決まったよ」

「随分早いね、もう見つかったの?」

「ああ、今度は誰にも迷惑かからない所にしような」

「おっ、兄ちゃん、なんかいい案があんのか?」

「まぁ、明日はバイトが休みだし、明日は新居を探しに行くってくる。デュフフフフフ……」

 

いやらしい顔をしながら俺は笑い始めた。



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第12話 ポツンと事故物件

今回は親戚の叔母が体験した話をモデルにしたいと思います。


翌日、俺は幽霊達を置いて、○〇県のとある不動産屋さんにやって来ており、担当の店員さんと話していた。

 

「敷金礼金なしの貸家は……ある事はあるんですが……」

「おばけが出る、そういう事ですね?」

「っ!?」

 

店員は「何故それを!?」と言わんばかりな顔をする。

 

不動産は【事故物件、ワケあり物件】などがある場合、伝える義務がある。俺はそこを狙ったワケで、

 

「こっちの出せる金額は20万前後です、どこかありませんか?」

「ちょ、ちょっとお待ちください。店長と相談して参ります」

 

そう言って店員は店の奥に引っ込み、店長らしき人物と話し始める。

 

めんどくさい客でごめんなさいねぇ……。けど、事故物件が売れるんだ、win-winだろう。

 

すると、店員は自信が無さそうな顔をして戻って来た。

 

「お待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした。店長は「売れるなら構わない」と言うので、一件ご紹介します」

 

店員がファイルを開き、一枚の紹介物件の資料を取り出した。

 

売買物件

物件種別 4SDK

床面積 227m²

建設年 1988

 

心理的瑕疵有り(しんりてきかしあり)】・私道負担:なし・セブ〇イレブン〇〇店まで徒歩約30分、〇〇駅まで徒歩約20分。古井戸あり。

 

資料を見てみると、周辺には民家はなく、森に囲まれポツンと記されていた。

 

「この様な貸家なら可能です。お家賃は」

「あの、その前に、【心理的瑕疵有り(しんりてきかしあり)】と言ってましたが、どの辺がなんですか?」

「ええ、それはこの古井戸に問題があるそうです。地主が何度も取り壊しを行おうとしたのですが、幾度も事故に遭われたそうで……」

 

ほう、なかなか強者がいるようじゃないか。

 

「なるほど、それで肝心のお家賃はおいくらですか?」

「ええ、税金関係も含めまして……月5万でどうでしょうか」

「高い」

「えっ!?一軒家ですよ!?」

 

店員は2度見をしながら俺に言ってくる。

 

だが高い、負けてたまるか。

 

「なら、これはどうでしょう。1ヶ月間無事に何事も無かったら、家賃半分にして下さい」

「えっ!?……それは……ちょっと……」

「半分にしてくれたら今日契約しますよ」

「まだ見ても居ませんよ!?良いんですか!?」

「契約してから見て帰りますから大丈夫です。どうします?」

 

俺はふんすっと鼻息を荒げ、譲らなかった。

 

すると、店員は。

 

「わかりました。地主さんに相談して見ますのでちょっとお待ちください」

 

そう言って店員は受話器をとってどこかに電話をかけ始めた。

 

「もしもし、私、〇〇不動産の者ですが、お世話になっております。あのですね、○○の物件にお客様がいらっしゃいまして……ええ、そうです。それでご提示されているお家賃を半分にして欲しいと……はい、はい。分かりました。ありがとうございます。失礼します」

 

ガチャッと受話器を置くと店員は。

 

「地主さんは借りてくれると言うのであれば任せると言うので、2万5000円でご契約という形でよろしいでしょうか?」

 

ほう、地主さんは余程手放したいらしいな。無茶な要求を呑んだよ。

 

「分かりました。契約しましょう」

「ありがとうございます!ではこちらに……」

 

───────────────────────

 

契約後、俺は店員さんの案内により、契約した事故物件を見に行く事にした。車から降りると店員さんは……。

 

「私はちょっとここまででご勘弁を」

「良いですよ。ここからは俺一人で行きますから」

「では、合鍵を渡しますので……」

 

俺は店員さんから合鍵を渡され、そのまま歩いて玄関に立つと……。

 

ガタガタ!!

 

「おん?」

 

家の裏から物音がした。俺はそのまま音の方へ向かって歩くと……。風呂場らしき場所の窓が見えた。

 

なんだろう、気配を感じる。女か?

 

風呂場の窓の磨りガラスを覗いてみると、人影が写った。

 

「おい、誰か居るのか?」

 

人影に声を掛けると。

 

「あっ、すいません!今お風呂に入ってますので!!」

「あっ!ごめんなさいっ!出直しますね!」

 

俺は振り返って玄関に戻ろうと。

 

「っておい!ここ俺ん家になったんだよ!てめぇ誰だっ!!」

 

バンッと窓を叩くと。

 

「えっ!?ちょっ、あの……ごめんなさいっ!」

 

ドタバタしながら窓の向こうにいた奴は気配を消した。

 

逃げられたか……。

 

俺は玄関に戻り、合鍵を使って中に入る。中は綺麗に掃除されており、古さを感じなかった。

 

「家には何も感じないな、さっきの気配も消えてる……。古井戸にいる奴がいたのか?」

 

しばらく家を探索すると、2階の窓から古井戸が見えた。

 

「アレか……さっきの風呂場に居たやつはあそこから来たっぽいな」

 

そのまま2階を降りて玄関を出て、古井戸に足を運んだ。その古井戸はしばらく使われていなかったのか、あちこち苔が生えており、蓋もボロボロに朽ちていた。

 

ふむ、なかなか雰囲気がある古井戸だな。サイキックな幽霊が出て来そうだ。

 

「さて、探索も済んだ事だし、帰るか」

 

後ろを振り返り、帰ろうとしたその時……。

 

ピタピタ……。

 

「ん?」

 

古井戸の方から何か這うような音が聞こえて来た。

 

「さっき風呂場にいた奴だな?出て来い」

 

俺が古井戸に向かって声を掛けると中から声が聞こえて来た。

 

「あっあの……、ちょっとさっきの方ですよね?」

「ああ、そうだよ。ここは今日から俺の家になった。争いは避けたい、出来れば出てってくれないか?」

 

声の主にそう言うと。

 

「あっ、あの、出るのでちょっと待ってくださいね!”お皿”持ってるのでちょっと……」

 

お皿?えっ、なんでそこで皿使ってんの?

 

しばらく待つと、白と黒の縞模様の薄い着物を来た幽霊が”9枚のお皿”を落としそうにしながら重ねて上がって来た。どうやって登って来たのか分からないが、余程慌てて来たのか、着物ははだけており、たわわな胸が見えそうになっていた。

 

「はっ、はじめまして……わたくし、【お菊】って言います」




風呂場でのやり取りは、叔母が体験した事をモデルにしています。

※お菊さんのデザインが上手く出来なかったので読者様のイメージに任せます。


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第13話 皿屋敷のお菊さん

10万文字を目標に書こうと思います。


【お菊】と名乗った幽霊は、慌てふためきながら頭を下げた。

 

「あっあの、はじめまして!あ、あの!この家の主様でございますか?」

「あっうん。そうだよ?とりあえずさ、その皿置いてちょっとこっち来なさい」

「はっはいぃっ!」

 

お菊は皿を割らないようにゆっくりと井戸から出て来て俺の前に近付いて来た。

 

「お菊っていってたけど、もしかして……あのお菊さん?」

「えっ?わたしの事をご存知なのですか?」

「まぁね、ほらコレ見てみ?」

「その硯をですか?」

 

お菊は皿を地面に置いて俺のスマホを不思議な物を見るようにまじまじと見つめ始めた。

 

するとお菊は……。

 

「あの、どう読めばよろしいのでしょうか?」

「えっ?どうって普通に?」

「普通に……時来ち檻出へか菊た」

「ごめん、縦じゃない。今の時代は左から右に読んでいくの」

「あっそうなんですね?えーっと……」

 

【皿屋敷】……時は江戸時代、とある大きな屋敷に、お菊という名の16歳の少女が奉公に来ていました。ある年の正月に、お菊は屋敷の家宝である10枚の皿のうち、1枚を割ってしまう。それを知った主人は激怒して、お菊を手酷く折檻し、縄で縛られて狭い部屋に閉じ込められたお菊は、夜に部屋から抜け出して、屋敷の裏にある古井戸へと身を投げてしまいます。お菊が古井戸へと身を投げてから、屋敷は怪異が起きるようになり、深夜になると井戸からお菊の亡霊が現れて「一枚…二枚…」と皿を数えるという。そしてお菊の亡霊は9枚目を数え終えると、「一枚足りない…」と泣き叫ぶのでした。

 

「合ってる?」

「あっはい!合ってます合ってます!」

「その皿が家宝と呼ばれた皿なの?」

「はい。ご主人様の大事なお皿なので」

 

そう言ってお菊は楽しそうに皿を拭き始める。俺はふと思った事をお菊に聞いた。

 

「ねぇねぇ、お菊さん。どうして皿を割っちゃったの?」

「そっそれは……」

 

お菊さんは指と指をつんつんとしながら話し始めた。話を聞くと、生前お菊さんが以前の主人から家宝の皿を片付けて欲しいと指示をされて10枚の皿を運ぼうとした時、『なにもない所』で足をつまずいて転んでしまい、1枚を割ってしまったという……。

 

え?それってまさか典型的な……。

 

「という訳です……」

「ふーん、それってつまり『ドジ』を踏んで割ったって事だよね?」

「はっはい……ごめんなさい!ごめんなさい!」

「俺に謝られても困るんだけどね?」

「そっ、そうですよね……あはは……」

 

俺はスマホをしまって腕組みをして考え始めた。

 

さて、どうしたもんか、このドジっ子。

 

「うーん、このまま居座られても困るし……お菊さん、得意な事は?」

「あっえっと、お掃除なら得意ですよ?お料理とかはちょっと……」

「それでよく奉公出来てたな要は掃除しか出来ないんだろ?」

「はっはい!」

「うーん。分かった」

 

あのバカ共が部屋を散らかすからからなぁ、掃除できる人がいれば大丈夫かも知れないな。

 

「よし、ならこうしよう」

「はい?何をすれば良いのですか?」

「とりあえず、おっぱい見せて下さい」

「えっ!?あっあの、何言ってるんですか!?いやあの、土下座しないで下さいっ!」

 

お菊さんにやめてと言われても俺は土下座をし続けた。

 

「お願いします!是非見せて欲しい。江戸時代の女の子の裸が見たいんです。どーせ前の主人には見せたんだろ!?いいからお願いします!」

 

そんなエロいカッコしてたら見たなるのが男ってもんだ。

 

すると、お菊さんは恥ずかしそうに。

 

「そっそんな事しませんよっ!ご主人様は怖かったんですけど、そんな助平な事はしてませんっ!」

「今の主人は俺だ」

「ううー……ご主人様の命令は絶対ですし……分かりました」

「デュフフフフフフ」

 

おっぱい!おっぱい!

 

お菊さんは観念したのか着物に手をかけ、脱ごうとしたその時。

 

福島さーん!福島さーん!どこですかー?もう帰りますよー!

 

ちっ、邪魔が入った。

 

俺は立ち上がってやり切れない顔をする。

 

「あーくそぉっ!店員さんの事忘れてた!!」

「あっあの……他にも人が?」

「うん。お菊さんに怖がって敷地の外で待ってたんだよ」

「そっそうなんですね……」

「まぁ、焦ることは無い。すぐにでもここに引越してくるから」

「あっはい、分かりました」

「それでなんだけど、家の中ちょっと掃除しててくれる?」

 

俺がそういうとお菊さんはぱあっと明るくなった。

 

「分かりました!お易い御用です!」

「んじゃ、頼んだよ?」

「はいっ!お任せ下さい!」

 

そこで俺はお菊さんと別れ、不動産屋さんと共に帰って行った。

 

───────────────────────

 

2日後、アパートを引き払った俺は幽霊達を引き連れて新たな新居にやって来た。八尺、メリー、花子、小さいおじさんは新居を口を開けて見上げていた。

 

「おっきいお家ですねぇ」

「これで家賃2万5000円?破格ねぇ」

「わぁー!でっかい屋敷じゃのぉう!!」

「おいっ兄ちゃん、早く家に入ろうぜ!」

「わーった、わーった。その前に皆に紹介したい人がいるんだ」

 

「「「「ん〜?」」」」

 

4人の幽霊達は同時に首を傾げ、俺が古井戸へと案内した。

 

「龍星さん、ここは?」

「ただの古井戸じゃない、こんなの見せてどうするの?」

「なんじゃ?この古井戸は?」

「なんだ?古井戸に隠し財産でもあったのか?」

「ちげーよ、新しい家族だ」

 

「「「「家族!?」」」」

 

「そうだよ。おーい、お菊さーん!掃除終わった〜?」

 

俺が声を掛けると……。

 

「あっはい!ちょっと待ってて下さいね!」

 

お菊さんが返事を返し、古井戸から出てきた。だが、不思議な事に皿が9枚から8枚に減っていた。

 

「お待たせしました、ご主人様!お掃除は済んでおります」

「ありがとう。ねぇお菊さん?皿減ってない?」

「じっ実は……お掃除中に割っちゃいました……」

 

なんでいつも皿を持ち歩くんだろうか……。

 

「また割っちゃったのー?」

「えっ!?また!?」

「器用に皿運ぶね」

「なんじゃ!?この破廉恥な奴は!?」

「色っペーねーちゃんだなぁ」

 

驚きを隠せない幽霊達はお菊さんを見つめ始めると……。

 

「しょうがねぇなぁ……罰として、おっぱい見せて下さい」

「はっはい……」

 

お菊さんがゆっくり着物を脱ごうとした瞬間。

 

「何やってるんですか!龍星さん!」

「最低なんだけど、このクズ」

「主という権力をいかがわしい使い方しよって!」

「なんだよもうちょいだったのに!」

 

俺は3人の幽霊に殴られ蹴られ、お菊さんから距離を置かれた。はーちゃんは慌ててお菊さんの着物を直した。




お菊さんのお皿は滋賀県彦根市後三条の長久寺に保管されているが、通常は非公開。予約をすれば拝観可出来ます。ちなみに作者の私は見たことがありません。


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第14話 呪いの日本人形

あけましておめでとうございます。新年1発目、さっそく行ってみよー!


お菊さんから距離を置かれた俺は気を取り直し、お菊さんの案内してもらいながら新居に入って行った。俺達はまじまじと家の中を見渡した。

 

流石はお菊さん、掃除は出来てるな。

 

ホコリ1つ落ちていない部屋に荷物を入れ始めると、俺はある気配を感じ取った。

 

「あれ?なんだろう、この感じ。誰かいるのかな?」

「え?……確かに、感じますね」

「ホントだ〜、なんだろう?なんかあたしと似てない?」

「言われて見れば、メリーと似た霊力を感じるのぅ?」

「はぁ?皆何言ってんだよ。おじさん何も感じないぞ?」

「お菊さん、他にも誰かいるの?」

 

俺がお菊さんに尋ねると、お菊さんが首を横に振った。

 

「いえ、居ないはずですよ?皆様だけですが……」

「なんだろう、幽霊じゃないのか……んじゃなんだ?こっちかな?」

 

俺は導かれるように家の奥に進むと、古めかしい押し入れに辿り着いた。ちなみに俺の目には、禍々しい黒いオーラの様な物が見えていた。

 

こりゃ明らかにやべぇ。

 

「龍星さん、これは……」

「明らかにヤバイやつよコレ」

「久しぶりに感じる霊力じゃのう」

「おじさん、怖いから茶の間で待ってるからな?」

「お菊さん、ここは掃除したの?」

「あっ、いえ……ここは後回しにしてたので……」

 

お菊さんすら気付かなかったのか、ならはーちゃん達に反応してるって事か……。

 

「よし、開けるぞ」

 

意を決して俺が押し入れの襖を思い切り開けると……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うわぁ……【日本人形】だ」

 

俺の前には赤い着物に身を包み、長い髪を綺麗に揃え、白い肌の人形が立っていた。俺は手に取って見ると……。

 

「うわっ!おもっ!」

「相当念が篭ってますね」

 

俺が重そうにしているのを見たはーちゃんがまじまじと見つめ、喋り出した。

 

確かに、よく言われるのは「呪いの日本人形」とかだな。おかっぱ頭の市松人形の髪の毛がニョキニョキっとロン毛になったり、顔が隠れて床に引きずるくらい長くなってしまったり、そんなイメージがある。噂では人間の髪を使ってるからとかどうとか……。

 

「んじゃ、放っておけば髪めっちゃ伸びんのかな?」

「伸びると思いますよ?」

「可愛いらしい人形じゃん、遊んであげると供養できるって言うわよ?」

「わしも似た様なの持っておったぞ?」

「お菊さんよく気づかなかったね」

「ご、ごめんなさい!夢中で掃除してたものですから」

 

ペコペコと謝るお菊さんを慰め、俺は床に日本人形を置いた。

 

ちょっと昔のホラー番組では表情も変える人形も居たような気がするな。

 

「うーん、遊んでやれって言ってもさ?女の子みたいな遊び知らないんだけど?」

「なんじゃ龍星、人形遊びを知らんのか?」

「いやこんな人形は持ってねぇよ。仮面ライダー的なのは持ってたけど」

「持ってたんじゃん。それと同じ様に遊べばいいのよ」

「龍星さん、頑張ってください!」

「ご主人様、ご武運を!」

 

遊びなのに激励してくるはーちゃんとお菊さん。俺はとりあえず思いついた事を試して見た。

 

「いらっしゃいませ〜何をお探しですか〜?(裏声)」

 

「「「ぶっ!!」」」

 

「笑っちゃダメですよ!龍星さん真面目にやってるんですから!」

「だってなにあの声、めっちゃ気持ち悪いんだけど!?」

「笑うなと言われると余計笑ってしまうわ」

 

なんかヒソヒソと後ろから聞こえて来た。

 

「笑うんじゃないよ!こっちは真剣なんだよ!」

 

よく見ると日本人形も必死に笑いを堪えてるように見えた。

 

「てめぇっ!遊んでもらってんのに笑ってんじゃねぇよ!」

 

そう言うと、人形の顔が余計ニヤニヤとして来た。

 

あったまきた!

 

俺は立ち上がって引越しのダンボールを開けて漁り始めた。

 

「龍星さん?どうしたんですか?」

「また何しようとしてんのよ」

「何を思いついたのかのぉ?」

「あの茶色箱はなんですか?」

 

お化け共が首を傾げてるのを他所に俺は水性ペンを取り出し、日本人形をガシッと掴んだ。

 

「この野郎、この家の主が誰か教えてやる!」

 

カキカキ

 

俺は日本人形の顔に落書きをし始めた。それを見たお化け共は。

 

「ちょっ!龍星さん!?」

「あんた何やってんのよ!?やめなさいよ!」

「物を大事にしろと親から言われておらんのか!?」

「あわわ!大変です!お人形さんの顔が……!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ちょっとなんて事すんのよ!?雑にも程があるでしょ!?」

「なんか余計人形っぽくなりましたね」

「昔学校で見た気がするのぉ」

「腹話術の人形じゃね?それをイメージしたんだけど?」

「それが逆に輪をかけて不快なのよ!」

「人を馬鹿にするからこうなるんだ、見ろ!嬉しそうにして……」

 

チラッと日本人形の顔を見てみると、「お前、マジで殺してやろうか」って言う様な形相をしていた。

 

ここまで表情が変わるとちょっと怖いな。

 

「悪かったよ、これ水で拭き取れるペンだから直ぐに落ちるから悪かったって」

 

そう言ってウェットティッシュで日本人形の顔を拭き取ると、綺麗に落書きは落ちた。日本人形も感じ取ったのか、表情も元に戻った。

 

さて、この喜怒哀楽が激しい人形どーしたもんかな。

 

始末に困った俺は腕組みをしながら考え込んだ。



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第15話 見えてますけど、何か?

日本人形の始末に悩まされた俺は、とりあえず荷物をまとめ始めた。その後、新たな住人の日本人形をどうするか考える事にした。

 

荷物出しっぱなしだしね。

 

ひと1人分の荷物や、ベッドなどを運び終えた俺は再び日本人形と対峙した。みんなでテーブルを囲んで引越し蕎麦を食べながら。

 

「この子どうする?」

「どうしましょう?捨てたら可哀想ですしぃ?」

「捨てたら絶対戻って来るわよ?」

「燃やしてもボロボロになって来そうじゃしの」

「こまったなぁ」

 

俺は膝の上に日本人形を座らせながら蕎麦を啜っていると、小さいおじさんが。

 

「そんなに困ってんなら玄関に飾ったらいいじゃねぇか

 

そんな事を言ってきた。

 

「魔除けかよ」

「けど、いいんじゃないですか?この子に役割を与えてあげればいいんじゃないですか?」

「例えば?」

 

俺が八尺様に聞くと、八尺様は箸を置いて頬に手を当てながら考え始めた。

 

「そうですねぇ、見張り番とかはどうですか?もし、泥棒が玄関から入ったら日本人形さんに追い払って貰うというのはどうでしょう?」

 

セ〇ムかよ。けど、玄関に飾ったら声もかけられるし、供養にもなるかな?

 

「んじゃ、はーちゃんの考えでやってみる?」

「そうね、もしダメだったら他考えればいいんだし」

「そうじゃの、泥棒が入ったとしてもわしらもいるしの」

「だろぅ?それはそうと、その人形に名前とかあんのか?」

 

小さいおじさんに言われた俺はハッした顔をする。

 

「それもそうだな、名前なんて呼んであげようか?」

「名前ですか、良いですね!」

「日本人形なんだから日本人っぽい名前でいいんじゃないの?」

「そうじゃのぉ〜。お菊さん、何かないかの?」

 

花子さんがお菊さんに振ると、お菊さんは。

 

「わたしですか?……そうですねぇ。わたしがいた頃にはこの人形は存在してましたからね」

「へぇ〜、そうなんだ」

「はい。江戸の頃は武家の子女が嫁ぐ際に、婚礼の家財道具としても扱われる習わしがあり、人形にその災厄を身代りさせるという大切な役割もあります。それぞれ身分や職業が分けられて作られてましたから。例を挙げれば、「舞妓」「藤娘」「町娘」「武家娘」「姫君」などがありますよ?」

 

ほう、そんなにバリエーションが豊富だったのか。

 

「んじゃ、お菊さんが江戸っ子ぽい名前にしてあげたら?」

「そうですね!お菊さんに決めてもらいましょう!」

「わ、わたしですか!?」

 

俺は日本人形をひょいっと持ち上げてお菊さんに渡した。お菊さんは赤ちゃんを抱くように受け取った。

 

「そうですねぇ、女の子ですし【おくま】はどうでしょう?」

「おくまか、名前の意味は?」

「江戸の頃は流行病が多かったので生まれて間もなく亡くなる事もありました。なので、その頃は『動物』など強い名前を付けてました。なので今回も災いを払う為に、熊の様に強くなって欲しいと意味を込めておくまと名付けました」

 

ちゃんとした理由を言われた俺は「へぇ〜」を連発した。そして、いつもの如く。

 

「ねぇねぇ、お菊さん」

「はい?なんですか?」

「〇〇〇〇って名前の人いた?」

 

「「「ぶっ!!」」」

 

八尺様、花子さん、メリーは同時に蕎麦を噴き出した。3人は同時に。

 

「なんてこと言うんですか!下品ですよ!」

「最っっ低なんだけど!!」

「お主はなんでそう息を吐くように卑猥の言葉を出すんじゃ!?」

「あはははは、ストレートだなぁ!おじさんは好きだぜ」

 

メリーさんにスリッパで頭をひっぱたかれた俺は頭を擦りながら。

 

「だって純粋に気になったんだもん、普通知りたくなるじゃん」

「さ、流石に居ませんでしたね。そのような名前は」

「え?そのような名前って?なんだっけ?」

「いや、ですからその……」

「ほら言って、お兄さん忘れっぽいからさ。ね?」

 

俺はお菊さんにグイグイと耳を傾けると。

 

「いや何してんのよ」

「クズ過ぎてホント呆れるわ」

 

メリーさんと花子さんに止められた。

 

「何すんだよ、メリーに花ちゃん!別に何もしてないでしょ!?」

「どの口が言ってんのよ、今まさにしてたじゃん」

「心を何処か患っているのか?医者に行った方がいいのでは無いか?」

「龍星さん……」

 

おっとぉ?ゴミを見る目をしてますね。

 

「まぁ、冗談はさて置き。この日本人形の名前は【おくま】でいいな?」

「はいっ!賛成です!」

「あたしも賛成」

「わしも賛成じゃ」

「おじさんは〇〇〇〇の方が」

「黙ってろおっさん、猫の餌にするわよ?」

 

メリーさんが小さいおじさんを威嚇すると、ようやく意見が纏まり、見張り番担当の【おくま】が決定した。おくまも嬉しかったのか、微笑むように表情を変えていた。

 

───────────────────────

 

その日の夜。荷物の片付けを完全に終わらせた俺は晩御飯のおかずを買いに行く為に、出かける支度をしていた。

 

「今日の晩御飯カレーでいいでしょ?」

「うん、あたしはカレーでいいよ?」

「私もかれいらいすでいいです!」

「ライスカレーか!辛くないやつにしておくれよ?」

「かれいらいす?なんですか?それ?」

 

お菊さんは江戸時代の人の為、カレーを知らなかった様だ。俺は説明する時間が無かった為。

 

「後で教えてあげるよ、街まで遠いから急ぐからさ」

 

俺は早々と玄関に行っておくまに挨拶をして車に乗り込み、街に向かった。駐車場に車を止めてスーパーで買い物を終わらせた。

 

「お菊さん見たらびっくりするだろうな。あっ!おくまになにかお供えする物買うの忘れてた!何が良いかなぁ〜?また戻るか?」

 

スーパーの辺りを見渡して見ると、交差点を挟んだ先におもちゃ屋さんを見付けた。

 

「あっ!なんか可愛い櫛でも買って行けば喜ぶかな?」

 

そう思った俺は買い物したマイカゴを車にしまい、人気のない交差点に走って行った。赤信号が点滅し、青信号に変わり横断歩道を歩き始めた。すると、目の前に黒いワイシャツにジーパンを着て黒いロングストレートヘアーの女性が立っていた。おかしい事に信号が青になっても渡ろうとしていなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

この感じ……明らかに人間じゃねぇな。

 

そう思いながらすれ違おうとしたその時。

 

「見えてるくせに……」

 

俺に向かって呟いて来た。それを聞いた俺は。

 

「見えてますけど、何か?」

 

俺はグリンッと首を素早く動かして幽霊に向いて言い放った。



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第16話 見えてるんでしょ!?

突如、交差点のど真ん中で俺は出会い、ぐりんと振り向き言い放った。俺はそのまま前に向き直し、何事も通り過ぎようとしたその時。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

「はい?なんですか?」

「びっくりするじゃん!ってか何そのまま行こうとしてんのよ!?」

 

コイツは何を言い出すんだ?

 

俺は点滅する信号を見て慌てて渡ると、幽霊は追いかけて来た。

 

「だから待ちなさいよっ!あたしの事見えてるんでしょ!?」

「だから見えてますって。んじゃ」

 

俺はあと10分で閉店してしまうおもちゃ屋に入ろうとすると、幽霊に腕を掴まれた。

 

「ちょっとあんた!どこ行くのよっ!?」

「何って、同居人のお土産を買いに……ってか話かけないで貰えます?他の人には見えてないですよ?俺が不審者扱いされたらどうするんですか?責任とれるんですか?」

「えっ……あっ、ごめん……」

 

幽霊は素に戻ったのか、力を緩めて腕をはなしてくれたが、

 

「待ってるから」

 

彼女か。

 

俺は他の人に見られていないか辺りを確認して中に入った。

 

────────────────────────

 

その後、俺はおくまへのお土産を買って店から出ると、

 

「遅いっ!何時まで待たせるのよっ!?」

 

なら帰ればいいのに。

 

俺は幽霊の言葉を無視して自販機でコーヒーを買うと、

 

「ねえ!無視しないで!ねぇっ!ねぇってば!」

 

しつこい……。

 

俺は相手にせずに、そのまま歩行者用押しボタンを押して信号を待った。その間ずっと。

 

「あたしね、ここで死んだの。でね?なんで死んだかって言うとね」

 

急に語り出したし。

 

早く赤信号にならないかと足をパタパタさせていると幽霊は未だに1人でペラペラと話している。

 

「ねぇちょっと聞いてる!?ねぇ!?聞いてた!?あたしの話し聞いてた!?」

 

聞いてねぇよ。

 

そして、ようやく赤信号になり横断歩道を歩き始める。その間、並走しながら俺に、

 

「でね?トラックに引かれてね?救急車を自分で呼ぼうとしたんだけど」

 

へー。

 

駐車場に辿り着いて車に乗り込んでエンジンをかける。だが、幽霊は窓をドンドンと叩く。

 

「開けなさいよっ!ちょっと、ねぇ!?あたしを放っておく気!?」

「えっ?何?バックするから退いて……って幽霊だからいいか」

「ちょっと、窓開けなさいよっ!聞こえてないの!?あちょ、バックしないで!!」

 

ブーン。

 

俺は何食わぬ顔で車を発進させた。

 

「あーウザかったー。ったく、世の中あんな幽霊もいるんだなぁ。珍しく絡みたくないタイプの幽霊だったわ」

 

そして、家まであと10分近くまで来た所で赤信号につかまった。車を一時停止させてふと、バックミラーを覗いてみると、

 

「なんで置いていくのよぉっ!!」

「うおっぉ!?」

 

プッ!

 

びっくりした拍子にクラクションを鳴らしちゃった。

 

ぶっ!

 

オナラも出ちゃった。

 

「くさっ!ちょっとあんたオナラした!?くさっ!」

「なんで乗ってんだよ!、ちょお前降りろ!」

「嫌よ!ほら、青になったから進みなさいよ!」

 

幽霊は後ろから運転席をバンバンと叩き、急かし始めた。俺は泣く泣く車を発進させ、家に向かう。

 

「で、さっきの続きなんだけど」

「まだ言うの!?別にいいよ、話さなくて」

「なんでよ!?聞きなさいよっ!見えてるんでしょ!?」

「だから見えてるからなんだって言うんだよ!!」

「見えてるからよ!だから話を聞いて!」

「何その理不尽、知らねぇよ!とっとと降りろ!そんでどっか行っちまえ!」

「幽霊をこんな暗い夜道に置き去りにする気!?」

「幽霊の癖になに何怖がってんだよバカ」

 

運転しながらバックミラーをチラチラと見た俺は幽霊に言い放つと、

 

「誘拐されたらどうすんのよ!!あんたこそバカじゃないの!?」

「どこの誰が幽霊を誘拐すんだよ、見た途端高確率で逃げるわ!」

「うるさいわよっ!いいから話聞きなさいよっ!」

「だから聞きたくねぇって言ってんだろ!?」

 

そう言うと。

 

「うわぁぁぁぁん!話し聞いてくれなぁぁい!」

 

幽霊は突然泣き始め、情に訴えて来た。

 

今度は泣き落としか。

 

運転しながら俺はふと閃き、ウィンカーを点けて車を止めた。

 

「わかった、話を聞けば降りてくれるんだな?」

 

半ば根負けした俺が幽霊にそう尋ねると、幽霊はパァッと明るくなる。

 

「ホント?ホントに聞いてくれる?」

「聞くけど、俺のお願いも聞いてくれる?」

「え?いいけど?」

 

おっ!?マジか!?

 

俺は精一杯イケメンの顔をして、

 

「パンツ、見せてくれないかな?」

 

それを聞いた幽霊は勿論。

 

「はぁ!?何言ってんの!?警察に通報するわよ!?」

「幽霊がどうやって通報するんだ?」

「そっ、それは……」

 

そう、例えコイツが警察に駆け込んでも見える人間はいない。だから罪にも問われない。

 

「どうする?でなきゃ話し聞かないからな」

「わ、分かったわよ……ここは嫌だからそこの林道に入って」

「そう来なくっちゃ!ぐふふふふ」

 

俺は家まで数百メートル手前の林道に入り、ライトを消してエンジンを止めた。月明かりに照らされた幽霊は少し色っぽく見えた。

 

「んじゃ、お願いします」

「す、少しだけだからね!?なんで見せなきゃないのよ……」

 

そうブツブツつぶやきながら幽霊がズボンを脱ごうとしたその時。

 

「テン……ソウ……メツ……」

 

微かな声が聞こえて来た。

 

「なんか言った?」

「え?あたし何も言ってないよ?」

 

幽霊がそう言うと、俺はおもむろにライトを点けて見た。

 

「なんだアレ……」

「えっ?」

 

幽霊も俺と同じ方向を向くと、道の先から明らかに人ではない得体の知れない物がピョンピョン跳ねながら近付いて来るのが見えた。それを見た途端、俺はゾッと青ざめる。

 

アレはダメだ。

 

頭の中でそう確信した。俺は直ぐに幽霊に言い放つ。

 

「逃げろ」

「え?なんで?アイツも幽霊か何かでしょ?」

「アイツはダメだ!かなりやべぇっ!!早く逃げろっ!取り込まれるぞ!?」

 

俺の必死な言葉にようやく事の重大さに気付いた幽霊は、

 

「だ、ダメ、体が動かないっ!!」

「何!?アイツがやったのか……」

 

意を決して俺は車から降りて得体の知れない奴に近付く。

 

多分殺されるだろうなぁ……。

 

死を覚悟したその瞬間、得体の知れない物はぐるっと振り返り、来た道を戻って行った。

 

あれ?戻っていく……まぁいいや、帰ろ。

 

俺が振り向いた瞬間、車の上に、はーちゃん、メリー、お菊、おくま、花ちゃんが鬼の様な顔をしながら立っていた。



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第17話 田園に潜むもの

妖怪ランキングとかやってましたね。花ちゃんがランクインしてたのと知らない情報があったのでラッキーでした。


鬼の形相になっている幽霊達を見た俺は声を掛けた。

 

「なにやってんの?こんな所で?」

 

俺がそう言うと、メリーがゴミを見る様な目をしながら。

 

「あんたがなかなか帰って来ないから探しに来たのよ。あんたの車が見えたから近付いたら【ヤマノケ】が近付いて来てたから追い払ったの」

 

ヤマノケ?

 

「さっきの変なのはヤマノケっていうの?」

 

俺が首を傾げながら話すと、はーちゃんがホッと胸をなで下ろした。

 

「危なかったですね。あそこまで姿を歪ませてる妖怪はもう人間の心はもうありません。何をされるか分かりませんよ?」

「まったく、気を付けるんじゃぞ?世の中わしらの様に話が通じる幽霊だけじゃないのだからな?」

 

なるほど、幽霊や妖怪にも良い奴と悪い奴がいるのか。気をつけなければ。

 

俺は車に近付いておくまの頭を撫でるとおくまは安心した様な顔をした。

 

そして……。

 

「で?誰、この幽霊?」

「そうですね。あの〜?どちら様でしょうか?」

「龍星が連れ去る度胸はないとも言いきれないがお主、何者じゃ?」

「ご主人様と似てる服装をしてますね」

 

はーちゃん達は俺の車を囲う様に付いてきた幽霊に窓越しから声を掛けた。幽霊ははーちゃん達が怖いのか、ガタガタと震えて怯えていた。

 

「こら!やめろ!弱いものいじめは良くないぞ!」

 

俺の言葉にカチンと来たのか、メリーが食ってかかる。

 

「いじめてないわよ。あんたは誰かと聞いたのよ?」

「そーですよ!私達は尋ねただけですよ?」

「龍星、この小娘どこから連れて来たのじゃ?しかもこんな林道に連れ込んで何をするつもりだったのじゃ?」

「ご主人様……まさか……また助平な事を……?」

 

おっと、これはマズイ。

 

「い、いや〜おくまのお土産を買った時からずっと付いてくるんだよ。降りろって言っても聞かなくて」

「なんで目を見て話さないのよ、明らかになんか隠してるでしょ?」

「龍星さん、どうしたんですか?」

「メリー、八尺。こやつに聞くのは止めておけ。この小娘に聞いた方が早そうじゃ」

 

花ちゃんはそう言って怯えている幽霊に声を掛けた。

 

「わしはトイレの花子というものじゃが、お主、龍星に何かされたか?」

「え、えっと……」

「安心せい。わしらは何もせん」

「はっはい。ならあたしも降りるので」

 

幽霊がそう言うと、スゥっと車から降りて来た。

 

「すいません、無理を言ってあたしがこの人に付いてきたんです」

「ほう、なるほどの。で?なんでこんな林道に?」

「そ、それが……」

 

幽霊が事情を話し始めた。

 

そして、

 

「大丈夫ですからね!私達が守ってあげますからね!」

「最低なんだけど、話を聞くってうまい事言っていやらしい事するなんてクズの中のクズなんだけど!!」

「しねぇっ!!しねぇっ!!」

 

幽霊が訳を話すと、事情を知ったはーちゃん、お菊、メリーはしくしく泣く幽霊を慰める。おくまは髪の毛を伸ばして俺を拘束し、花ちゃんは俺をトゥーキックで痛め付けた。

 

花ちゃんの足面積小さいからすんごく刺さった様に痛いっ!

 

「ま、待て!俺にだって言い分はあるんだからな!」

「何?この期に及んでまだ何か言うつもりか?」

「確かにパンツ見せろとは言ったけど、俺は無理やり見た訳でもないし、無理矢理脱がせようとした訳じゃないんだぞ!。俺は追い払いたくて”あえて”ちょっとセクハラ発言したの。で、ドン引きさせるって分かってたんだけどそいつが覚悟を決めた様な顔をして脱ごうとした時にヤマノケが現れたんだよ!!」

 

おくまに縛られながら俺は必死に訴えた。すると、幽霊達は「あっ」という感じに幽霊から離れた。

 

「確かに、幽霊なら鍵を閉めても無駄。なぜ逃げなかったのだ?」

「言われて見ればそうですよね?降りろって言われてるのに降りなかったのは何故ですか?」

「どんだけ話聞いて欲しかったのよ。パンツ見せてまで聞かせる価値あるの?それであんたに何のメリットがあるのよ」

「いえ、メリットは特にないです」

「ただの構ってちゃんじゃない!ほら、とっとと消えなさい!あたしが殺すわよっ!?」

「ひいいっ!!」

 

メリーは幽霊をしっしっと追い払い始めると、幽霊は慌てて逃げて行った。

 

「あーあ、逃げて行っちゃったじゃ〜ん」

「まったく、世の中変わった幽霊もいたもんじゃな」

「そうですね。龍星さんも気をつけて下さいね?」

「龍星〜、あたしお腹すいた〜。早く帰りましょ〜よ〜」

「そうですね、ご飯は炊いてあるので早く帰りましょう」

「そうだね。帰ろ帰ろ」

 

────────────────────────

 

家にたどり着いた俺達は、夕食の準備を始めた。

 

「ふぅ、まったくあんな幽霊に絡まれたから遅くなっちゃったよ」

「あっ、ご主人様。お野菜は私が切りますから」

「ありがとう。お菊さん」

 

カレーのルーを溶かしていると、棚の隙間から視線を感じた。

 

「ん?なんだ?」

「ご主人様?如何なされました?」

「いや、今そこの隙間から視線を感じたんだよね」

「え?そこの棚ですか?」

 

お菊さんは棚の隙間を覗いて見ると……。

 

「何も居ませんよ?」

「え?マジで?」

 

俺もお菊さんを退かして同じ様に隙間を覗いて見たが、ホコリだけしかなく、特に何もなかった。

 

「おっかしぃな〜」

「気の所為ではありませんか?幽霊でしたらわたしも感じますから」

「う〜ん」

 

腑に落ちなかったが俺はカレーを作りに戻ると、花ちゃんがやって来た。

 

「カレーライスは出来たのか?」

「もうちょいで出来るよ?」

「辛くしてないだろうな?」

「してないよ。ちゃんと甘口で作りましたよ」

 

カレーをかき混ぜながら話していると、

 

「そうか。龍星、今回のヤマノケの様な奴にあったら何もするなよ?」

「え?なんで?」

「当たり前じゃ。お主も感じたのだろう?ただならぬ気配を」

「まぁ、確かに感じたけど……」

「その感覚を忘れてはならぬぞ?いいな?」

 

いつになく花ちゃんは真剣な目付きで俺に言い放つ。

 

こんな真面目な花ちゃん初めてだな。

 

「分かったよ。さっ、食べよ?」

「出来たか!よし、皿を持って行こう!!」

 

────────────────────────

 

翌朝。新しい職を探す為に俺はハローワークに行く支度をしていた。服を着替えていると、メリーがやって来た。

 

「あれ?龍星、どこ行くの?」

「ハローワークだよ。そろそろ新しい仕事探さないとね」

「そっか、んじゃ留守番してるわね」

「うん。分かった」

 

支度を整えた俺は車に乗り込み、車を走らせると、突然田園が広がる農道で尿意をもようおした。

 

くそっ、こんな時に……!!

 

俺は車を止めて茂みで立ちションをすると、突然生暖かい風が吹いてきた。

 

「こんな朝早くから生暖かい風は勘弁してくれよ……。夏が近いからかな?」

 

俺はふと、田園の方を向いてみると……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

アレは……案山子か?



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第18話 くねくね

田園にポツンと変なクネクネと動く案山子の様なモノを見た俺は、じーっと見つめて。

 

「案山子かなぁ?にしては何か変な格好してるけど……」

 

俺は不思議に思ったが、チャックを戻して車に戻り、ハローワークに向かって行った。ハローワークに着いて受付を済ませ、就職先をパソコンで調べ始めた。

 

出来れば近くて定時で帰れる仕事がいいなぁ。

 

そう思いながら色々探していると、一つの仕事に目が行った。

 

ん?これは……。

 

職種 施設警備員 (○○県立○○病院)

雇用形態 パート労働者

賃金 日給 8000円

就業時間

変形労働時間制(1か月単位)

(1)8時30分~17時45分

(2)16時45分~8時45分

 

休憩 1時間15分 

 

仕事内容

○以下の業務に従事していただきます。

○警備業務

・院内外の巡回、人・車輌の出入管理

・施設開錠、鍵の管理

・災害及び緊急時の対応

○日当直業務(夜間、休日)

・患者の受付、案内、会計

・電話の取次

・文書、物品の収受

・その他日当直に必要な業務

 

※霊感のない人大歓迎※

 

「ほう、警備員か……いいな。○○病院は家からも近いしな。ってか霊感ない人大歓迎ってブラックの匂いしかしないのだが……?まぁいいや」

 

よし、ここにしよう。

 

俺はそのまま事務員さんに求人票を持って行き、手続きを始めた。

 

────────────────────────

 

2時間後、事務員の人と話した結果、「3日後に面接をしたい」と言う事になった。履歴書などを書かなければならない為、俺は履歴書や、今夜の晩御飯のオカズなどを買いながら俺は家に帰ろうとした。その道中、

 

「面接は3日後かぁ……よっぽど人手が欲しいんだろうなぁ」

 

ん?

 

ふと、朝方に通った田園に差し掛かると、また例の案山子の様なモノがクネクネしながら動いていた。

 

「気になるなぁ……なんなんだろう、あれ?。ちょっと調べてみるか」

 

俺は広い所に車を寄せて、スマホを取り出して検索して見た。そこには……。

 

「【くねくね】?」

 

【くねくね。2000年頃から、インターネット上で語られるようになった都市伝説。全国各地の田んぼにあらわれる怪物で、真っ白い体をくねくねとくねらせながら動くという。関節がありえない方向に曲がるなど、普通の人間には不可能な体を動かし方をする。遠くから見るだけなら問題ないが、間近で見たり、双眼鏡などで拡大して見たりしてくねくねの正体を知ってしまうと、”頭がおかしくなる”と言われている。また、魂を取られて心を壊される、気がおかしくなると言った説もある】

 

検索結果を見た結果。

 

「やべぇ奴じゃん」

 

花ちゃんやはーちゃんが言ってた話の通じない奴って事だよな?正体を知ってしまうと、頭がおかしくさせるってのが、まずチートじゃないか。

 

危険と分かったが、俺は心のどこかで気になっているという事を隠せなかった。

 

「でも気になるなぁ……正体を知ったらおかしくなるんだろ?って言うことは誰もくねくねの正体を知らないって事だろ?気になるわぁ……」

 

俺は車から降りて田園にいるくねくねを遠くから見つめてみた。

 

「うーん、こっからじゃ人?って感じにしか見えねぇな。手でも振ってみるか?」

 

俺は興味本位で手を振ってみると、クネクネと動いていたのをピタッと止めた。

 

あ、気付いた?

 

すると……くねくねは何を思ったのか、クネクネと動きながらゆっくり近付いて来てるように見えた。

 

「え、こっちに来てる?ウソ、マジ!?」

 

急に怖くなった俺は車に逃げ込んでエンジンをかけようとしたが、エンジンがかからなくなった。

 

「おいおいおい!こんな時にお約束はいらねぇんだよ!」

 

何度も何度もキーを回すがエンジンは掛からない。チラッと様子をみると、50メートル程まで近付いていた。

 

「カモンカモンカモン!やばい、ホラーっぽくなってる!さっさとかかれよボケェッ!!」

 

ブォン!ブォン!

 

ようやくエンジンがかかり、くねくねを見ないようにしながら俺は車を走らせた。そのまま家に辿り着いて、慌てて玄関に逃げ込んだ。すると、おくまが「どうしたの!?」と言わんばかりの顔をしていた。

 

「はーっ、はーっ!怖かった……」

 

物音に気付いた花子さんやメリー、お菊さんや八尺様が玄関に集まった。

 

「なんじゃ?どーしたんじゃ?」

「どうしたんですか?龍星さん」

「何をそんなに慌ててるの?トイレ?」

「ご主人様。とりあえずお水を飲んで下さい」

 

俺はお菊さんから渡された水を一気に飲み干し、話し始めた。

 

「田んぼに、変な奴がいて……怖くて逃げて来た」

 

ゼーハー言いながら説明すると、はーちゃんが、

 

「田んぼに変なやつ……もしかして”くねくねさん”を見たんですか!?」

 

はーちゃんが俺に深刻な顔をしながら言ってきた。花ちゃんも突然顔色を変えた。

 

「くねくね?なんじゃその変な名前は?妖怪か?」

「あー、あたしもちょっと聞いた事があるヤツね、今の時代ではトップに近いヤバい奴よ?」

「そんな方がどうして龍星さんに?」

「分からない、俺も興味本位でくねくねに手を振っただけなんだけど、こっちに気付いて近付いて来たんだよ。急に怖くなってさ、慌てて逃げて来た。こんなに恐怖を感じたのははーちゃん以来だよ」

 

俺がそう言うとメリーもただ事ではないと理解したのか、考え始めた。

 

「あんたの事怖いもの知らずと思ってたけど、余程のヤツね。まさかとは思うけど、付けられてないわよね?」

「わかんない……スピードは出してたから撒いたとは思うけど……」

 

ホラー映画だとフラグなんだよなぁ……。

 

「あ、やべぇ。買い物車の中だわ」

「取ってくれば良いでしょ?大丈夫よ」

「わたし達もいますし、きっと大丈夫ですよ」

 

そう?そうかなぁ?

 

「ちょっと覗いてみる」

 

俺は恐る恐る玄関の扉を開けて外を見てみると、何ら変わらない風景が広がっていた。俺は一旦扉を閉めて、後ろを振り返った。

 

「どう?なんかいた?」

「いや、居ないけど……メリー取ってきてよ。幽霊が見ても頭がおかしくなる事はないだろ?」

「バカ言わないでよ、あたしだって嫌よ!」

「ええ……幽霊もビビる奴って相当じゃん……。やだなぁ……」

 

俺は意を決して外に出てみた、辺りを見渡してみるが先程のくねくねはいなかった。

 

「大体この状況だと、大半車の下に居るんだよな。そこかっ!?」

 

車の下を見てみたが、何もいなかった。

 

ここじゃない、となると……。

 

「こっちか!?」

 

今度は車の中を覗いてみると、飲みかけのコーヒーとスマホしかなかった。

 

ここでもない……後ろか!?

 

俺はバッと後ろを振り返るが、何もいなかった。

 

「いないな。やっぱり撒いたのかな?あー、ビビった」

 

ようやく安心し切った俺は車のトランクを開けようとしたが、俺は手を止めた。

 

「いや、安心し切った所に来るってパターンもあるな」

 

そう考えた俺はトランクを思い切り開けて、そのまま隠れた。少しの間様子を伺うが、何も起こらなかった。

 

ホラー映画の見すぎか?ここにも居ねぇ……。

 

「大丈夫そうだな、さっさと取ろう」

 

俺は買い物袋を取ってトランクを閉め、玄関に戻ろうとしたその時。生暖かい風がフワッと吹いた。

 

この感じ……もしかして……。

 

そのまま後ろを振り返ると……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おぬぁぁぁっ!?」

 

なんかいる!!フラフープを持って白いレオタードを着たショートカットの女の子がいる!!……あっヤバ!!。

 

俺は咄嗟に目を手で覆いながら言い放った。

 

「お前、もしかして……くねくね?」

「…………」

 

声をかけたが応答がなかった。すると、俺の叫び声を聞きつけたお化け達が玄関をすり抜けて現れた。

 

「龍星さん、大丈───って誰ですか!?」

「な、なんじゃ!?こやつ!?」

「変な輪を持ってますね。しかし、破廉恥な格好をしておりますね」

「なんでフラフープ持ってるの?」

 

俺は目を覆いながらはーちゃん達に言い放つ。

 

「バカ、見るな!!そいつがくねくねだ!田んぼで見た奴だ!!」

 

そう言うと……。

 

「何も起こらないわよ?」

「そうですね、なんででしょうか?」

「変な格好をしてるが、可愛らしい子じゃの」

「あ、わたくしお着物探してきますね!」

 

あ、あれ?何ともないの?

 

ゆっくり手を離してくねくねを見るが、何とも起こらなかった。

 

「おおお……なんも起こらない。都市伝説も当てにならないもんだな」

「こやつは大丈夫そうじゃ。わしは中に入るぞ?」

「そうですね、お茶の準備しますのでメリーさんと龍星さんにここは任せますね」

 

はーちゃんと花ちゃんはそう言って家の中に入って行った。残された俺とメリーはくねくねを調べ始めた。くねくねも首を傾げたままこちらを見つめている。

 

「うーん、特に害はなさそうね」

「うん。確かに、言葉分かる?通じてる?」

 

くねくねに尋ねると、コクんと頷いた。

 

あっ、話は出来るっぽい。

 

「あんた、言葉は話せるの?」

 

メリーが聞くと、くねくねは首を横に振った。

 

言葉は理解出来るが、言葉は話せないらしい。クネクネと動いて見えていた原因はフラフープをしていた様だ。

 

いや、まずなんで田んぼでフラフープ?

 

フラフープはさて置き、くねくねの細かい所を知った俺はじーっとくねくねの体を舐めますように見た。

 

「しかし、レオタードってエッチだなぁ」

「あんた、全世界の新体操やってる人に土下座しなさいよ。よく初対面で言えるわね」

「──────っ!!」

 

くねくねも理解したのか、恥ずかしそうにモジモジし始めた。



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第19話 くねくねに言葉を!

モジモジと恥ずかしそうにしているくねくねを見た俺は、

 

「恥ずかしがってるって事は大体の事は理解してるって事だな」

「まぁ、そうなるわね」

 

メリーさんと一緒にくねくねを観察し始めた。外ではとにかく話が進まない為、くねくねを家に招き入れた。

 

「まぁ、ここまで来ちゃったもんはしょうがない。中に入りなよ」

「そうね。花子や八尺さんにも意見聞いてみたいしね」

 

そう言うと、くねくねは恐る恐る家の中に入って来た。おくまは「なんだコイツ!?」っていう顔をしながら首を動かしていた。中に入り、茶の間に案内すると、小さいおじさんが気付いた。

 

「お?お?なんだ?お?色っペぇねーちゃんがまた来たな!?」

「おじさん。大事な話するから静かにしててね?」

「分かった!。そこのねーちゃん、わりぃがぐるっと回ってくれねぇか?」

 

小さいおじさんに言われたくねくねは何が何だか分からず、言われた通りにぐるっと回った。それを見た途端、

 

「プリッとしていいケツしてんなぁ……」

「初対面で何してんのよクソオヤジ、猫のエサにするわよ?」

 

小さいおじさんを威嚇していると、騒ぎを聞きつけた花ちゃんとはーちゃん、お菊さんがやって来た。

 

「何を騒いでるんじゃ〜?」

「あら?お客さんですか?」

「あっ、お茶をお持ちしますね」

「お願いねお菊さん。くねくね、そこに座ってくれる?」

 

俺が促すと、くねくねはコクンと頷いてちょこんと座った。お茶をすずりながら俺はくねくねを見つめる。

 

さて、言葉をどうやって覚えさせるかだな……。

 

何か思いつかないかと頭を抱えていると、おくまが玄関から髪の毛を伸ばして絵本を寄越して来た。

 

「ん?なんだ?これを使えってか?」

「絵本を読んであげて言葉を覚えさせろって事ね?」

「流石はおくまじゃの。大したもんじゃ」

「おくまが選んだのはどんな書物なのですか?」

 

俺はひっくり返して本の題名を読み上げた。

 

「【カチカチ山】。よりにもよってこれかぁ」

「カチカチ山かぁ、初めての絵本がそれはちょっとキツいのぉ」

「あたしらの出番じゃなさそうだし、八尺向こうで雑誌でも読んでましょ?」

「そ、そうですね……」

 

カチカチ山というのは、おばあさんを残虐に殺したタヌキを、おじいさんに代わってウサギが成敗する日本の民話だ。俺と花ちゃんは内容を知ってる為、頭を悩ませた理由でもある。

 

「うーん、買った本人が言うのもアレなんだけど、もうちょい可愛げのある絵本買ってくれば良かったな」

「他に絵本は無いのか?」

「ないな。売れ残ってたのがこれしかなかったんだ」

「それなら仕方ないのぉ」

 

と言ってもいきなりこんなハードな内容話したらトラウマになるんじゃないだろうか……。

 

そう考えた俺は、

 

「よし、カチカチ山を改造しよう!」

「か、改造?」

 

花ちゃんは顔を引きつらせながら俺にいってくるが、俺は淡々と話し始めた。

 

「いやほら、ウサギの残虐ぶりはトラウマものでしょ?道徳的にどうかと思うんだよね」

「貴様が道徳を語るのか?」

「そこで即興になっちゃうんだけど、新しいカチカチ山を作ろうと思う」

「ほう?どんなのを考えたんじゃ?」

「題して」

 

俺はノートにデカデカと大きく書いて花ちゃんに見せた。

 

「【ビッチョビッチョ山】!!」

「タヌキどうなったんじゃそれ?」

「んじゃ〜、【どぴゅどぴゅ山】?」

「だからタヌキどうなってるんじゃ?状況が分からんぞ」

 

花ちゃんは終始真顔で俺にいってくる。

 

「やっぱり殺したり火あぶりとか教育上良くないじゃん?だからオブラートに包んだんだけど?」

「わしはどう考えても内容がおかしな事になっておると思うのだが?」

「んだよ、花ちゃん!文句ばっかりだな!」

「わしだって言いたくないわこんな事。もう少し優しい言葉を使えんのか?」

 

花ちゃんに言われた俺は更にノートに書いて、

 

「こう?【ぶびゅぶびゅ山】」

「お主、話を聞いとるか?」

「んじゃ〜。これでどうだ!?【ヌッポヌッポ山】!!」

「お主はタヌキに親でも殺されたのか?」

 

俺は勝手に興奮しながら話を進めて行く。

 

「そしてついにクライマックス!!タヌキは泥船に乗って溺れるんじゃなくて、快楽的に溺れる様に【しゅごいいいっ!しゅごいいいっ!山】と」

「死ねこのエロガキがっ!」

 

遂に耐え切れなくなった花ちゃんにトゥーキックをみぞおちにされ、俺は悶絶する。くねくねは「大丈夫?」という心配そうな顔をしながら俺を摩り始める。

 

「あーいってぇ……。くねくね、もし行く所がないならウチに住んだら良いよどうする?」

「───────!?」

 

そう言った途端、くねくねはぱあっと明るくなってうんうんと強く頷いた。

 

余程寂しかったのかな?

 

「んじゃ〜洋服とかはおいおい用意するとして今日はゆっくりしてて、俺はちょっと用事があるからさ」

 

そう言って俺はテーブルに履歴書を置いて3日後の面接の為に準備を始めた。

 

「あっ、ボールペンどこだったかなボールペンボールペン」

 

俺は引っ越す前から備え付けられていた古いタンスの引き出しをあけてボールペンを探し始めた。

 

「あれ?どこやったっけ」

 

タンスの引き出しを全てを調べたがボールペンが見当たらなかった。

 

「おっかしいなぁ?ん?」

 

ふと、タンスの隙間にボールペンが落ちているのに気が付いた。

 

「ったく、誰だこんな所に落としやがったのは!?」

 

ブツブツと文句をいいながらボールペンを拾おうとした瞬間。

 

ガシッ!

 

タンスの隙間から青白い手が飛び出して来た。

 



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第20話 隙間女

突然腕を掴まれた俺は思わず声を上げた。

 

「うおわっ!?誰っ!?」

 

俺は掴まれた腕を引き剥がそうとするが、頑なに離そうとしなかった。

 

誰だコイツは?メリーか?

 

「おいっ!メリー!!履歴書書こうとしてんだから邪魔すんじゃねぇ」

「あたしならここにいるけど?」

 

俺の言葉を聞いたメリーさんが後ろから声を掛けてきた。振り向いた俺は首を傾げる。

 

「あれ?メリーじゃないの?」

「はぁ?何言ってんの?なんでそんな所に手を突っ込んでんのよ」

「え?んじゃ……誰コレ?」

「なんの事よ?」

 

メリーさんが俺の背中越しにタンスの隙間を覗いて見ると、隙間から腕が出ていた。

 

「誰よコレ」

「はーちゃんや、花ちゃんじゃないよな?」

「そうね、八尺様も花子もそっちで雑誌読んでるわよ。くねくねちゃんもそこにいるし」

「そうだよね?おいっ!お前誰だ?最近隙間から視線を感じてたのはコイツが原因だな」

「……………」

 

返事がない、ただの腕の様だ。

 

「なんだコイツ変なヤツだな」

「ねぇ?このタンス退かせば良いんじゃない?」

「あっ、そっか!はーちゃん!はーちゃーん!」

 

俺が八尺様を大声で呼ぶと、八尺様が頭を覗かせて来た。

 

「はぁい?なんですか〜?」

「ちょっとこのタンス退かしてくれない?」

「タンスをですか?はい、分かりました」

 

八尺様がタンスを持ち上げようとした瞬間、俺の腕を掴んでいた手は亀の頭のように腕を引っ込めた。俺の腕にはくっきりと手形が残っていた。

 

「あ〜あ、跡が残っちゃった」

「龍星さん、大丈夫ですか〜?」

「アレ?さっきまでの腕は何処行ったのかしら?」

 

俺達は辺りを見回したが、先程の腕が見当たらなかった。

 

なんだったんだ?あの腕は?

 

不思議に思ったが、俺はボールペンを拾い上げた。

 

「逃げたのかな?まぁいいや。はーちゃん、タンス戻して」

「はい、何だったんでしょうね?」

「へんなヤツもいたものね」

 

八尺様がタンスを戻した途端、さっきの腕がまた伸びて俺を掴もうとした。

 

うわ、また出てきた!?

 

「あぶねっ!」

「亀みたいに伸ばしてきたわね。なんなのかしら?」

「分かんねぇ……」

 

隙間から伸びた腕を眺めていると、その腕は手を動かし始めた。何をするのかと思っていたら、拳を握り始めた。そして中指だけを立てた。俺達はなぜか隙間に潜むヤツに挑発された。

 

「おいおい、ファッキューして来たぞ」

「腹立つわね」

「そ、そうですね……どうしますか?」

「引き摺り出してやりましょうよ。どんな顔をしてるのか拝んでやりたいわ」

「それもそうだな、どうする?この性格の悪いヤツ」

 

俺が八尺様とメリーさんに尋ねると、

 

「コレこそあんたの出番じゃない?」

「そうですね、龍星さんの出番だと思いますよ?」

「俺?」

 

あっそっか。

 

俺はボールペンをテーブルに置いて再び隙間に向かい、先程と同じ様に手を伸ばした。すると、また俺の腕を掴んだ。

 

かかった!

 

「綺麗なおててしてるねぇ?」

「───────っ!?」

 

掴んで来た手を俺は掴み返し、俺は手に顔を近づけて。

 

「ベロベロベロベロ!!」

「〜〜〜っ!?」

 

高速に舌を動かし、掴んで来た手をベロベロと舐めまわした。それにより手はヨダレまみれになった。それを見ていたメリーさんと八尺様は顔を青ざめさせ、

 

「あんた、ホントに気持ち悪い……」

「まさかここまでするとは思いませんでした」

「やめろ、そんな目で見るな。これは正当防衛だ」

 

隙間から現れた手は余程気持ち悪かったのか、ブルブルと震えていた。

 

だが俺は可哀想とは思わない!!。

 

俺は畳み掛ける様にスボンをゴソゴソとズラし、アレを出してアレを掴ませた。手は何を掴んでるのか分からないのか、もそもそと動かす。

 

「お、おっふ……」

「龍星?どうしたの?」

「どうしたんですか〜?」

 

八尺様とメリーさんが俺の覗いた瞬間、

 

「あ、あんた!?なんでそんなもん出してんのよ!?」

「り、龍星さん!その、なんでおっきくさせてるんですか!?」

 

顔を真っ赤にさせて騒ぎだした。だが、俺は冷静に答える。

 

「何を騒いでるんだ?」

「騒ぎたくもなるでしょ!?なんで出してんのよ!しまいなさいよ!」

「くねくねさんは知らなくていいですからね!?」

「ん〜?」

 

くねくねはなんの事やらという顔をしながら首を傾げる。すると、メリーが動いた。

 

「龍星、早くしまいなさい。最後の警告よ?」

「そんな事言ったって、コイツが離さないんだよ」

「なんでそんな事したのよ、バカじゃないの!?」

「龍星さん……あの、離れてくれませんか?」

「いや、だから無理だって」

 

俺がそう言うと、八尺様とメリーさんが顔を見合わせ、頷いた。そして、メリーさんが俺の体に手を回し始めた。

 

ん?何のつもりだ?

 

そして、

 

「八尺様、いいわよ!引っ張って!」

「はいっ!よいしょー!」

「いだだだだだだだ!!」

 

俺のカブはなかなかな取れません。

 

俺の悲鳴が家中に響くと、騒ぎを聞きつけた花子さんとお菊さんがやって来た。

 

「うるさいのおっ!なんの騒ぎじゃ!!」

「どうなさったんですか!?」

「花子、お菊さんも手伝って!!」

「なんじゃ?八尺を引けばいいのか?」

「ならわたくしは花子さんを引けば良いんですね?」

「くねくねも手伝ってくれる?」

 

花子さんは八尺様の後ろについてお菊さんは花子さんの後ろについた。くねくねもお菊さんの後ろについた。そして、メリーさんの掛け声とともに、

 

「はいっ、せーのっ!」

 

「「「よいしょー!!」」」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!もげる!もげるぅぅう!!」

 

それでも俺のカブは抜けません!!

 

だが、俺を掴んで離さなかった腕が徐々に引っ張られ姿を表した。隙間から現れたのは、髪の長くスラリとした体格でくびれる所とふくらむ所がはっきりした体つきの女性だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「誰!?」

「初めてみるお方ですね?」

「お主、何者じゃ?」

「お客様ではなさそうですね?」

 

隙間から現れた女は口を開いた。

 

「私の名前は【隙間女】。ちょっとこの人を脅かそうとしただけよ」

 

すきま女?

 

俺は股間を抑えながらスマホを取り出し、隙間女を検索した。

 

【隙間女。部屋の中にある、ほんのわずかな隙間に潜むという女の都市伝説。目撃者によると、部屋にいるときに視線を感じたりしたという。部屋を見渡したが誰もいなく、ふとタンスの隙間と壁の間をみると、数センチの隙間から女がじっと見つめいるという】

 

スマホの情報を調べた俺は、

 

「狭くないの?」

 

そう尋ねると、隙間女が話し出した。

 

「狭くないよ。別に、隙間さえあれば私はどこにでも現れるもの」

「ふ〜ん、悪さとかはしないの?」

 

俺が聞くと、隙間女は首を横に振った。

 

「特になにもしないわよ、今さっき見たいに脅かすだけ。けど、あんた見たいにセクハラして来たのは初めて くさっ!あんた歯磨いてる!?」

「してるよ失敬な!悪さしないんだったらちょっと大人しくしてて、履歴書かくから。暇ならそこのくねくねとお茶でも飲んでて」

 

俺はボールペンを持って履歴書を書き始めた。



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第21話 フリーター、面接を受ける

それからというもの、俺は履歴書を書き終えた。面接用の写真を貼って面接の日がやってきた。俺は○○県立○○病院に向かい、50代くらいの中年おじさんの警備員に声をかける。

 

「すいません。今日面接する予定の福島龍星ですが?」

 

声をかけられた警備員は顔を上げると、何かに取り憑かれているのか骸骨の様にゲッソリとやつれた顔をしていた。

 

えっ、大丈夫かこの人?

 

「あっ、はいはい。面接の方ですね?今上司をお呼びします」

 

そう言って受話器をとって電話をかけ始めた。

 

「もしもし、佐藤ですが。今日面接する福島龍星さんがお見えになりました。はい、はい、そうです。分かりました」

 

上司と連絡がとれた佐藤さんは受話器を置いて俺に顔を向ける。

 

「上司が今来ると言うのでここでお待ちください」

「はい。分かりました」

 

数分待っていると、パタパタと駆け足で小太りの体格をした中年男性がやってきた。この中年男性もすこしやつれた顔をしていた。

 

この人もか、どうやらこの職場は何者かに悩まされているっぽいな。

 

「お待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした。この○○県立○○病院の警備長をさせて貰っています。田中です」

「あっ、はい。今日はよろしくお願いいたします!」

 

俺が一礼すると、

 

「では、さっそく面接を行いますのでこちらへどうぞ」

「はい!」

 

俺は待合室を眺めながら田中さんにこじんまりとした個室に案内された。その部屋には、小さいテーブルとパイプ椅子が2つあるだけの部屋だった。

 

「どうぞ、しょうもない部屋で申し訳ないけど座って下さい」

「はい。失礼します」

 

俺は田中さんの反対側に座って履歴書を封筒から取り出し、履歴書を手渡した。

 

「よろしくお願いいたします」

「はい。どれどれ?」

 

田中さんは履歴書をまじまじと読み始めた。すると、目をカッと見開いて俺に質問を投げつけて来た。

 

「福島さん。特技を読ませてもらったのだけど……『幽霊と会話が出来る』というのは本当かね!?」

「はい。話す事も出来ますけど、触れる事も出来ます」

「マジ!?凄いねキミ!?え?ウチの職場をどうやって知ったの?」

 

驚きを隠せない田中さんに対して俺はあっけらかんとした顔をしながら、

 

「インターネットで知りました。霊感のない人大歓迎って言う所が気になって応募しました」

「そうなんだ。っということは大体の事は予想出来てるって事だよね?」

「はい。恐らく人間じゃない何かに悩まされていますよね?」

「っ!?」

 

田中さんは図星だったのか、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をした。

 

「凄いね、その通りだよ。けど、本当に幽霊が見えるのかい?よくテレビでインチキ霊媒師とか出てるけど?僕もちょっと信じられなくてね」

「見えますよ?」

 

俺がそう答えると、田中さんは。

 

「んじゃ、ちょっとイジワルしちゃおうかな。この場に人の幽霊はいる?」

 

なんだそんな事か。人は居ないけど……。

 

「いえ、ここには居ませんね」

「あーそうなんだ。ちょっと残念だね」

「けど、さっき佐藤さんがいた待合室のソファーに3人の老人が座ってましたよ?田中さんが来た時、1人のおじいさんが田中さんに近付いて来てました」

「なんでそんな冷静に言えるの!?待合室行くの怖いんだけど!?」

「大丈夫でしたよ?すぐに消えましたから」

「そ、そう?なら良かった。話を戻すけど、日勤と夜勤があるけど福島くん大丈夫?基本夜勤は1人になるんだけどさ?」

「はい。大丈夫です、幽霊とか全然平気なんで」

 

俺が自信に満ちた顔をして答えると、田中さんはいぶかしげな顔をした。

 

「ホントに〜?そう言って辞めていった人達多いからさぁ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。大体1ヶ月くらいで辞めちゃうんだよねぇ」

 

ペース早いな。夜勤の時に皆辞めていった感じか?

 

「とりあえず、試用期間は3ヶ月でそれから一通り仕事を覚えて貰うからね?」

「はい。分かりました」

「んじゃ、福島くん。最後に質問はあるかな?」

 

質問かぁ、さっきから気になる事でも聞いておくか。

 

「あの〜田中さん。最近猫車で轢いたりしませんでしたか?」

「なっ!?なんで分かったの!?」

 

田中さんは目をギョッとさせて俺から少し離れた。俺は田中さんの左足に指を指して。

 

「田中さんの左足に片目が潰れた赤毛の猫がしがみついてますよ?」

 

俺がそう言うと、

 

「嘘っ!?昨日確かに轢いちゃったんだよ!。ねぇ福島くん!お祓いとか出来る!?」

「あー、やった事ないですね。しかも相手は動物ですし」

「やって見て!怖いよ!お祓いして見てよ!」

 

田中さんは余程怖いのか、裾を捲りあげて俺にスネ毛ボーボーの汚い左足を見せ付けて来た。

 

「分かりました。ちょっとやって見ますよ」

 

俺は左足にしがみついてる赤毛の猫を見つめると、赤毛の猫は俺の目を見始めた。俺はゆっくりと手を伸ばして赤毛の猫の頭を撫でると、ゴロゴロと唸り出した。

 

「ここにいても何も出来ないよ?早く成仏しな?」

 

赤毛の猫にそう言うと俺の手が心地よかったのか、俺の手をぺろぺろと舐めてすうっと消えた。

 

「取れましたよ。足軽くなったんじゃないですか?」

「ホントだ!全然軽いよ!ありがとう!!」

「いえいえ、数少ない特技ですから」

「凄い特技だよ。今まで面接して来た中でピカイチの特技だよ!もう採用だね!是非ともウチで働いて欲しいっ!!」

 

ん?ということは。

 

「それってもう採用確定って事で良いんですよね?」

「勿論さ!これから色んな所に電話をかけなきゃいけないから後日福島くんに電話をするね!」

「あっ、はい。分かりました」

「んじゃ、一緒に頑張ろうね!」

 

俺は面接を終え、あっという間に採用が決まった。



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第22話 幽霊看護師

今回は地元の病院の体験談をモデルにして行きます。


新しい職に就いた俺は、面接を終わらせて明日からの準備をする為に家に帰った。玄関に入ると、おくまが「あっ、おかえり」っという感じの顔をしながら顔を向けた。

 

「ただいま、おくま。あー、疲れた」

 

スーツのネクタイを緩めながら俺は茶の間に入り、幽霊達に声をかけた。

 

「ただい────」

「いけっ!そこだ!いけぇっ!!」

「10番いけいけー!」

「5番負けるなぁー!」

「1番のお馬さん、負けてはいけませんっ!」

 

八尺様、小さいおじさん、花ちゃん、メリーがテレビの競馬の番組を見ていて、レースを応援していた。くねくねは絵本を黙々と読んでいた。

 

「おい、おい、おいおいおい!」

「ちょ、うっさい!今いい所なんだからっ!」

「帰ったのだろう!?さっさと飯の支度をせぬかっ!」

 

こいつらっ!!

 

「はいはい、今日は豚丼でいい〜?」

「賛成ー!」

「豚肉か、まぁいいだろう」

「あんちゃん!見てくれ!レースで1万円勝ったぜ!今日はビールつけてくれよ!!」

「えっ!?勝ったの!?勝ったんならいいけど。キリ〇ビールでいいだろ?」

「おうよ!」

 

俺はちゃちゃっと豚丼を作り、缶ビールを開けて玩具のグラスに注いで小さいおじさんと乾杯をした。テレビに夢中だった花ちゃん、メリー、はーちゃん、くねくねもお腹を鳴らしてやって来た。

 

「あー、騒いでたらお腹空いた〜!」

「競馬というのは奥が深いのぉ」

「そうですねぇ、これでおじさんは勝ってるのが凄いですね!」

 

皆が椅子に座り始めた。俺はタンスの隙間に目を向けると、『グゥ〜』っとお腹を鳴らす隙間女と目が合った。

 

めっちゃ、腹鳴らしてんじゃん。

 

見兼ねた俺は、隙間女に声をかける。

 

「そんな所にいないで、こっちに来ればいいじゃん」

 

俺がそう言うと、

 

「べっ、別にいらないもん!お腹減ってないも」

 

グゥ〜

 

「腹減ってんだろ?ほら、【すーちゃん】の分もあるから」

「気安く変なあだ名付けないでよ!」

 

すーちゃんと呼んだ途端、隙間女は隙間から飛び出して来た。俺は豚丼をかきこみながら、

 

「だって隙間女って呼びにくいじゃん?」

「ふざけんじゃないわよっ!んじゃ、んじゃさ!?この子はなんて呼んでんのよ!?」

「えっ?花子さんの花ちゃん」

「んじゃこの子は!?」

「メリーさんのメリー」

「んじゃこのデカい人は!?」

「八尺様のはーちゃん」

「んじゃ玄関いる不気味な人形は!?」

「おくまだけど?」

「んじゃさ、んじゃさ!?このくねくねしてる子は!?」

 

隙間女は最後にくねくねに指を指した。くねくねは口にご飯を頬張りながらこちらに気付いて、首を傾げる。

 

そういえば……、くねくねってなんか可愛げないなぁ。

 

「当ててあげる、くーちゃんね?」

「え、え〜っと、【くねちゃん】?」

「なんでそこはくーちゃんじゃないのよぉっ!?」

 

隙間女は俺に掴みかかり、タンスの隙間に引きずり込もうとする。

 

「おい、やめろ!豚丼がこぼれるだろうがっ!」

「さっきからあたしをバカにしてもう、許さないんだからっ!」

 

この野郎っ!許さんっ!

 

俺はアツアツの豚丼の豚肉をつまんで隙間女の腕にくっつけた。

 

ジュッ!

 

「あ゛っつ!」

「ったく、このツンデレ幽霊め!てめぇは飯抜きだっ!」

 

その後、隙間に閉じこもったすーちゃんは、俺に口を聞かなくなった。

 

────────────────────────

 

翌日の夜。俺は初出勤の準備をして、靴を履き始めた。

 

初出勤に夜勤にまわすなんて、余程厄介なヤツがいるんだろう。

 

「んじゃ、明日の朝に帰って来るからね?みんな留守番たのんだよ?」

「行ってらー」

「ちゃんと働いてくるんじゃぞ」

「お気を付けて、ご奉公して下さいね!」

「行ってらっしゃいませ」

 

俺はおくまの頭を撫で、みんなに見送られながら職場に向かった。片道数十分かかる道のりでシフトの時間に間に合う様に警備室に入った。俺が警備室に入ると、警備部長が今にも死にそうな顔をしていた。

 

「お疲れ様です。タイムカード押してきました」

「はいはい。ご苦労様、初出勤に夜勤にまわしてごめんねぇ」

「いえいえ、で、夜勤の勤務は何をすれば良いんですか?」

 

俺が部長に言うと、

 

「初日だからね、とりあえず監視カメラの監視と、病院の巡回、施錠をして貰えれば良いから。次回の夜勤の時から本格的な仕事をしてもらうよ」

「分かりました。夜間に患者さんが来る事は?」

「ここは田舎だからねぇ、滅多に来ないよ」

 

そんな適当で良いのか!?

 

部長はフラフラと立ち上がり、マニュアル本を棚から取り出して俺に渡す。

 

「とりあえず、この通りに動いてくれればいいから」

「分かりました」

「んじゃ、僕は帰るからねぇ〜」

 

部長はそう言い残し、帰って行った。俺は椅子に座り、マニュアル本を読みながら監視カメラを見始めた。

 

 

数時間後。

 

時刻は深夜2時を過ぎ、俺は巡回と施錠を終わらせて警備室に戻って来た。

 

「ふぅ〜。巡回と施錠でもこんなに時間がかかるのかぁ」

 

独り言を言いながら監視カメラを覗いて見ると、車椅子を押した看護師が目に入った。

 

あれ?さっき見た所には患者さんいないし、ナースステーションもないよな?なんであんな所に看護師さんがいるんだ?

 

「一応、もう一回見てくる─────」

 

プルルルルルル!

 

突然、警備室の電話が鳴り響いた。病院の電話は、向こうが何処からかけて来ているのか分かるシステムになっている。ちなみに、この電話の先は……霊安室と記されていた。

 

出たっ!お決まりの霊安室パターン!!

 

俺は恐る恐る受話器を取って対応した。

 

「はい、もしもし……警備室ですが?」

《………………………ごめんなさい……》

「はい?どうしました?もしもし?」

《ブチッ。ツーツーツー》

 

電話は一方的に切られてしまった。

 

「ごめんなさいってなんだよ……はぁ、そういう事か。部長さん達を困らせている原因はコレか」

 

原因を突き止めた俺は警備員の帽子をかぶって、俺は懐中電灯を片手に霊安室に向かった。霊安室は地下にある為、専用の階段を降りて行くと……生ぬるい空気が漂っていた。

 

これは厄介なヤツが居そうだなぁ。

 

俺は暗闇の廊下を懐中電灯1つで進んで行き、霊安室を探した。階段から少し進んだ突き当たりの所に、霊安室と書かれた部屋を見付けた。

 

「ここかぁ……」

 

霊安室からは禍々しいオーラの様な物が見えた俺は、ゴクリと唾を飲み込んで鍵を開け、扉を激しく開けた。

 

「コラァッ!何やってんだ!!」

 

怒鳴り散らしながら電気を付けるとそこには誰もいなかった。

 

逃げられたか……。

 

「ちっ、どこに行きやがった!?」

 

プルルルルルル!

 

待っていたかのように、霊安室に備えられていた内線電話が鳴り出した。俺は辺りを見渡しながら受話器を取った。

 

「はい……こちら霊安室」

《…………………………》

「貴様だな?警備員達を脅かしてるのは?こんな子供じみたイタズラしてねぇで出て来たらどうだ?」

 

俺が相手を煽ると、

 

《…………………うしろ》

 

俺が振り向いて見ると、

 

 

【挿絵表示】

 

 

俺の目の前には、病院の看護師の制服とは違う看護師が立っていた。



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第23話 ベージュのパンツ

俺の前には、はーちゃんやくねちゃんには及ばないものの、眼鏡をかけていて肉付きが良く、街を歩いていたら振り向いてしまうような体をしていた。ゆったりとした白衣に首には聴診器がぶら下がっていた。

 

こいつがおそらく警備部長達を悩ませている張本人の様だ。

 

俺は全身舐めまわしながら見つめていると、

 

「おい、私の顔に何か付いてるのか?それとも、怖くて声が出ないか?」

 

看護師の幽霊はクスクスと笑う。俺は両手をズボンで手汗を拭って、その看護師の幽霊の豊かな胸をわし掴んだ。そして、そのまま無言で揉みしだく。

 

「おっ、おい!?」

「……………」

 

俺はパニックを起こした看護師の幽霊と見つめ合った。このパフパフ出来そうな胸を揉み続けながら。と、突然俺の手が看護師の幽霊によって振り払われる。

 

「き、貴様!?な、何をする!?何をしているんだ!?」

 

パニックになりながら、看護師の幽霊は騒ぎ出した。俺は片手で口元に指を当てた。

 

「しーっ。今深夜だから静かにしてくれる?」

「深夜だからどうした!?、だからなんだ!?貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!?というか、何故私の胸を揉んだ!?」

「何故って?それはそこに胸があるからさ!おっぱいはみんな好きだろう?」

 

俺が勝ち誇った顔をして胸を揉みながら答えると、再び振り払われる。

 

「だから触るなと言っているだろ!?なんなんだ貴様は!?」

「新人の警備員です」

「それは見れば分かる!何故私に触れられるのかと聞いている!」

 

看護師の幽霊は顔を真っ赤にしながら胸を守ろうと必死に防御する。俺は一歩下がって45度に体を傾けて一礼し、自己紹介を始めた。

 

「俺の名前は福島龍星と申します。今日が初出勤です」

「そ、そうか。龍星と言うのだな」

「何故触れられるのか今から話そうか?」

「ふむ、興味があるな」

 

俺と看護師の幽霊は落ち着きを取り戻し、霊安室で話を始めた。彼女はこの病院が建設される前にあった病院に務めていたらしく、婦長に就任したが、勤務中に階段で足を滑らせてしまい、事故死してしまったそうだ。

 

「へぇ、だからちょっと古いデザインのナース服だったのか」

「そうだ。私は婦長、死んでしまったが病院が気になってしまってな、こうして夜な夜な徘徊して見回りをしていたのだ」

「仕事熱心なのは分かるけどさ?婦長、生きてる人間が怖がってるんだけど?あんたのせいで初出勤が夜勤になってるんですけど?」

「そ、それは済まなかった。だが、コレには訳があるんだ。患者の様子がおかしいのを教えたかったのだが、他の奴らは私が見えない様でな?あの手この手で知らせようとしたが、どいつもこいつも臆病者揃いでな」

 

なるほど、無言電話や監視カメラに写った理由はそれだったのか。なら害は無さそうだな。

 

「ここの看護師の方々は気付いてくれないのか?」

 

俺がそう尋ねると、婦長はため息を吐きながら言う。

 

「気付く者もいるが慣れたのか私を無視する様になってな?小娘共め、「また居るんだけど?」などと言って私を相手にしないのだ」

 

ここの看護師さん、根性あるな。

 

俺は腕時計で時間を確認すると、深夜3時になっていた。

 

「おっと、休憩の時間だ」

「もうそんな時間なのか?なら私も休憩に入ろう」

 

幽霊でも休憩すんのかよ。

 

休憩に入るために俺は婦長と別れて警備室に戻り、ドアに【休憩中】という札をぶら下げて仮眠室に入った。俺は休憩用のベットに横になり大きな口を開けてあくびをしながら天井を見上げると、

 

「おい」

「──────っ!?」

 

先程別れた筈の婦長が、腕を組んで仁王立ちをしながら俺の頭の上に立っていた。

 

「ここは私の休憩場所だ!今すぐ出ていけっ!」

「…………」

「今は貴様ら人間の仮眠室になっているが、ここは元々我々看護師の休憩室だ。どうしても出て行かないと言うなら、そこのソファーに寝るか、床に寝ろ」

「…………」

 

俺が黙って見上げていると、

 

「何を黙っている?今更驚いているのか?」

「婦長」

「なんだ?」

「ベージュなんですね。意外とババくさ」

 

ドンッ!

 

そう言った瞬間、婦長は俺の顔面を踏み付けた。俺は余りの激痛にゴロゴロ転がって悶絶していると、婦長にベットを奪われてしまった。

 

「ふんっ、変態め。さて、先に少し休ませて貰うよ」

 

コイツッ!

 

婦長が目を瞑って休んでいる途中、俺は声をかけた。

 

「婦長、婦長」

「なんだ?騒がしい」

「婦長って幽霊じゃないすか。なんで仮眠とる必要あるんですか?」

「幽霊になっても人間の心は忘れた訳じゃない。こうして少しでも生前だった人間らしい事をしたいだけだ」

「ふーん、そうなんすか」

 

そんな事を話していると、婦長は閉じていた瞼を片方だけ開き……。

 

「おい、貴様なんで隣に寝ている?」

 

あっ、怒ってる。

 

「いや、なんでって言われても、ここに居るのは俺だけですし?あっ、ベットが狭くても俺は気にせませんから」

「気にする!私がに気にする!、さっき言ったのを聞いてなかったのか?ここは私の休憩場所なんだ!だから貴様は他のところへ行けと言ったはずだぞ!?強制わいせつ罪で捕まりたいのか!?」

「幽霊がどうやって被害届出すんすか?バカなんすか?」

「なんだと貴様ぁっ!!」

 

婦長は起き上がって俺の首を絞め始める。だが俺は負けずに婦長の服を掴んで一気に引きちぎってボタンを弾け飛ばした。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

「こんな狭い空間で騒ぐんじゃりません。婦長、上もベージュなんですね。もうちょいセクシーな方が似合ってますよ」

「分かった!私が悪かった!私がソファーで休むから私に触れないでくれ!」

 

婦長は今にも泣きそうな声を出しながら身なりを整えながらソファーに向かって行った。



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第24話 カシマレイコ

昨日はキャラクターをデザインしてて更新出来ませんでした。


それからというもの、朝8時になり俺が夜勤の日誌を記入していると、警備部長が出勤して来た。

 

「おはよう〜。福島くん、大丈夫?」

「あっ、おはようございます部長」

 

警備部長がタイムカードを押しながら俺に昨晩の事を聞いてきた。

 

「初めての夜勤はどうだった?怖かったでしょ?」

 

警備部長は俺が怖がってるのを予想していたのか、ニヤニヤしながら俺に聞いて来た。だが、俺はケロッとした顔をして。

 

「いえ、特に異常はありませんでしたよ?」

「そうか、そうか、何事も無くて…………良くないよ!」

「えっ?なんでですか?」

 

俺が首を傾げると、警備部長は悔しそうに騒ぎ出す。

 

「なんで君が夜勤の日に限って何も起こらないの!?ここは普通ゲッソリしながら「怖かったですぅぅぅ」って言う所でしょ!?」

 

あっ、アッチ系の話しね。

 

「そっち系の話しでしたら看護師の幽霊を見ましたよ?」

「ねぇ?なんで面白いYouTub〇を見た軽い感じで言っちゃうの!?もうちょい怖がってよ!こっちの面目丸潰れだよ!」

 

そんなこと言ったって仕方ないじゃないか……。

 

荒ぶる警備部長をよそに、俺は昨晩あった出来事を警備部長に話し始める。

 

「あの幽霊婦長だったの!?」

「ええ、ベージュパンツでとてもババ臭かったですよ」

「いや、しれっと下ネタ挟まないでくれる!?福島くん怖いよ!幽霊の胸を揉んで、挙げ句にパンツまで見たんだよ!?幽霊より君の方がよっぽど怖いよ!」

「それでなんですけど、部長達を困らせてたのは婦長だったんですね。けど、婦長も話が分かる人だったんで悪い幽霊ではありませんでしたよ?」

 

俺が婦長の事を話すと、部長は何故か首を傾げた。

 

「それはおかしいな、他にもいなかったかい?」

「えっ?どういう事ですか?まだ他にもいるっていうんじゃ?」

「看護師の幽霊は確かに怖かったけど、他に見なかったの?」

 

えっ?どゆこと?

 

「待ってください、他にもいるんですか!?」

「いるはずだよ!エレベーターとか調べてくれた?」

「いえ、霊安室から電話がかかって来たのでそっちを調べてましたよ。そしたら霊安室に婦長がいたって話なんですが?」

「いるんだよ!エレベーターに乗ってどこからともなく!」

 

エレベーターか……。そういえば上に行ったり来たりしてたけど、メンテナンスで動いてるだけかと思ったな……。

 

俺が思い出していると、突然、警備室の電話が鳴り出した。部長はビクッとびっくりしながら受話器をとった。

 

「おはようございます。警備室の警備部長です………。あ、佐藤くんか、どうしたんだい?」

 

どうやら電話の相手は先輩の様だ。どうしたんだろうか?

 

警備部長の顔はみるみる険しくなり、遂には俺の顔をチラチラ見るようにしながら対応をしていた。

 

「…………うん、うん、それで?大丈夫なの?そっか、わかった」

 

ガチャっと受話器を置いた部長は、俺の顔を申し訳なさそうに見つめて口を開いた。

 

「福島くん、申し訳ないんだけど今日も夜勤お願い出来ないかな?」

 

何言ってんのこの人。

 

「えっ!?今日もですか!?」

「ごめんね〜、今日夜勤の佐藤くん体調崩しちゃった見たいでさ〜」

「えぇ〜…………今回だけですからね?次は勘弁して下さいよ?」

「うん。特別手当出すからさ、後はやっておくから」

「はーい。お疲れ様でした〜」

 

俺は仕方なく着替えなどをする為に、一度家に戻って行った。

 

────────────────────────

 

家に戻り、玄関に入るとパタパタと忙しそうにお菊が家の掃除をしていた。

 

「おはよう、そしてただいま。お菊さん」

「あっ、おかえりなさいませ!」

「メリー達は?まだ寝てるの?」

「ええ、ですがもうそろ───」

 

ドタドタドタ!

 

突然二階から激しい音を立てながら、はーちゃん、花ちゃん、メリー、くねくねが階段を降りて来た。

 

「おかえりなさい、龍星さん」

「お勤めご苦労だったな!」

「おかりー。龍星龍星、くねくねに声をかけてみて!」

 

降りてくるや否やメリーはくねくねを俺の前に連れて来た。くねくねは恥ずかしそうにして。

 

「お、おは、よう、う」

 

マジか!?

 

俺は嬉しくなって喋れたくねくねの頭を優しく撫で回した。くねくねは照れくさそうにして顔を下に向ける。

 

「すごくない?あたしが必死に教えたんだからね!」

「わしや八尺では厳しくてな?メリーが教えるようになった途端、ものすごい進歩じゃったぞ?」

 

メリーって面倒見がいいんだな。

 

「なによ、ちょっと喋れたくらいでワーキャー騒いじゃってさ!」

 

皆で喜んでる中、水を差して来た。俺はタンスの隙間に目をやると、隙間女が恨めしそうにこちらを見ていた。

 

「なんで、そんな事いうんだよ。隙間から出て来ねぇ引きこもりが」

「誰が引きこもりよっ!私は隙間女!!」

「ってケンカしてる場合じゃ無かった。早く風呂に入らなきゃ」

「話聞いてんの!?」

 

俺は慌ただしく着替えを持って風呂場に行くと、メリーが後ろから着いてきた。

 

「あんた何をそんなに慌ててんのよ。仕事終わったんだからのんびりすればいいでしょ?」

「いや〜実はそうも言ってられないんだよ。今日も夜勤になっちゃってさぁ」

 

シャツを脱ぎながらメリーに言うと、

 

「えっ?んじゃ夕方にはまた仕事に行くって事?」

「そうなんだよ。今日夜勤の人体調崩しちゃったみたいでね」

「なんなのその職場!?あたしらが乗り込んであげようか?」

 

メリーが顔を引き攣らせながら言うと、俺はパンツを脱ぎながら言った。

 

「まぁ下っ端だから仕方ないよ。だから今日の夜も仲良くしててよ?」

 

俺は腰を横にフリフリしながら言うと、メリーが顔を真っ赤にさせて。

 

「下丸見えなんだけど!?」

 

─────数時間後、俺は再び出勤した。

 

「お疲れ様でーす」

 

俺がタイムカードを押していると、警備部長がやって来た。

 

「連続で夜勤ごめんねぇ、本部に問い合わせしたら特別手当出してくれるってさ!」

「いや出してもらわないと困りますよ。労働基準法クソ喰らえじゃないすか」

「そうだよね。まぁ、もう1人の幽霊をなんとかすれば人も増えるだろうからさ、もう少し頑張ってくれ」

 

他人事見てぇにいいやがったな。

 

それから俺は引き継ぎを終わらせて、夜間の巡回を始めた。俺は今朝の話を思い出し、エレベーターに入って様子を伺った。

 

「特に変わった様子はないな、部長の幻覚だったんじゃねぇか?」

「そうでもないと思うよ?あっ、何階?」

「あっ、ごめんなさい。2階に…………えっ?」

 

誰も居ないはずの空間から女の子の声が聞こえて来た。俺が後ろを振り向くと、そこには。

 

 

【挿絵表示】

 

 

頭にドクロの飾りを付け、メリーのようにフランス人形のようなフリフリした服装をして、青紫色の髪の女が包丁を持って立っていた。

 

「なんだチミは!?」

「な、なんだチミって………私、【カシマレイコ】って言うの」



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第25話 脱ぎたての靴下

最近閲覧数がとんでもない状態になってます。本気でこの作品でデビューを狙ってるので嬉しい悲鳴なのですが、急に上がり始めたので怖いです!

おかげさまでランキングにも載りました。今後ともよろしくお願いします。


カシマレイコと名乗った女と出会した俺は、とりあえず頭から足まで舐めまわすように見回した。

 

ふむ、カシマレイコってどんな幽霊か知らないから調べる必要があるな。

 

そう考えていると、カシマレイコは俺に向かって。

 

「ちょ、ちょっと。何か言いなさいよ」

 

凝視されているのに気付いたカシマレイコは、エレベーターの角で俺を不審者を見るように警戒し始めた。カシマレイコは何も言わない俺に、

 

「何よっ!人に名前聞いといて何も言わないの!?」

「………………」

 

チーン!

 

エレベーターが止まり、扉が開いたので俺は何も話す事もなくエレベーターから降りた。カシマレイコは思わず、

 

「ちょっと!ちょっと!何で無視するの!?」

「すいません、今仕事中なので」

「はぁ!?声かけといてそれはない────」

 

カシマレイコは何かを言いかけていたが、エレベーターの扉が閉まって下の階に戻って行った。それから俺は何事も無かったかの様に、エレベーターには使わずに仕事を続けた。そして、休憩時間になり、休憩室に戻った。

 

「ふぅ、仕事中には携帯は使えないからな。これで奴を調べられる」

 

俺はロッカーから携帯を取り出し、カシマレイコについて調べ始めた。

 

カシマレイコとは、1980年代頃から噂されている正体不明の幽霊。地方によっては、『カシマさん』『カシマ様』と呼ばれる事もある。一説によると、片足や片腕、下半身を失った若い女性の霊であるらしい。深夜に足をかりとりにやってくると言われている。

 

弁当を食べながらスマホの画面を見ていると、隣から婦長が顔を覗かせて来た。

 

「なんだ、カシマレイコを見たのか?」

「あっ、婦長。お疲れ様っす」

「どうだった?カシマレイコに会った感想は?怖かったか?」

 

婦長は隣に座って足を組みながらクスクスと笑い始める。俺は、だし巻き玉子を口に入れながら、

 

「いや、怖くはなかったよ?「変な人だなぁ」って思ったけどね?」

「貴様、自分を正常な人間だと思ってるのか?そっくりそのまま返してやるぞそのセリフ」

「変じゃないでしょ、俺?」

「亡霊の乳を揉む男の何処が正常なんだ?え?言ってみろ」

 

婦長に軽蔑されながらインスタント味噌汁を啜り、俺は言い返した。

 

「確かに生きた人間にしたら犯罪者だけど、あんたら幽霊じゃん?何言われても全然悔しくないもん」

「だからさっきから私の足をチラチラ見ているんだな?貴様は生きた女の子の友達は居ないのか?」

「別に全然寂しくなんかないもん。だし巻き玉子食べる?」

 

俺がだし巻き玉子を箸でつまむと、婦長はじっと見つめて。

 

「これは……貴様が作ったのか?」

「そうだよ?」

「一つ頂こうか?」

 

婦長が食べたそうにしたので、俺は弁当箱の蓋にだし巻き玉子を置いた。すると、婦長は生気を吸ったのか、口をモグモグし始めた。

 

「ふむ……料理はなかなか上手いじゃないか」

「あざーす」

「これだけ出来るのになぜお前は結婚しないんだ…………」

 

婦長は項垂れる様に俺に言ってきた。

 

そんなこと言ったってねぇ?

 

そう思いながら俺は弁当を食べ終え、両手を合わせて片付け始めた。

 

「さてと、あっ飲み物ねぇや。婦長、買って来て。コーラね?」

「幽霊を使うな。って言うより幽霊がどうやって買えと?」

「ですよねぇー。仕方ない、行ってくるか。婦長も行く?」

「まぁ、私も欲しいからな。一緒に行こう」

 

重い腰を上げた俺は150円を持って休憩室から出た。真っ暗な廊下を我が物顔で歩いていると、自動販売機の明かりだけが目立っていた。自動販売機の横に老婆の幽霊が立っていたが、俺は見て見ぬふりをして戻ろうとしたその時。

 

チーン!

 

エレベーターの前を通った瞬間、エレベーターの扉が開いた。そこには、先程のカシマレイコが怒りに満ちた顔をして立っていた。

 

「見つけたぞコノヤロー!」

「今何時だと思ってんの?静かにしてくれる?」

「そうだな、患者さんが起きてしまうからな。静かにしなくてはな」

 

俺と婦長が人差し指を口に当てながら言うと、

 

「あっ、ごめん……。ってそんな事より、さっきは良くもやってくれたわね!」

「分かった分かった。とりあえず休憩室に行こうか?何もしないから」

「そのニヤけた顔をしていたら来るわけないだろ」

「ホントに何もしないわよね?」

「しないから、お茶飲むだけだから。その包丁を渡しなさい」

「お茶だけだからね?」

 

渋々頷いて包丁を渡したカシマレイコは俺と婦長に付いて来た。休憩室に戻った途端、カシマレイコが。

 

「ねぇ?今スカート捲ったよね?」

「してない」

「いや、しただろ?後ろからしっかり見ていだぞ?」

「失敬な事を言うな!誰がお前の白と黒の縞模様なんて見るか」

「見てんじゃん!さいってー!」

 

そう言われながらも、俺が休憩室の椅子に座り、カシマレイコと話し始めた。スマホで調べたネットの情報をカシマレイコに見せると、

 

「何これ!?バレリーナ!?女子高生!?全然違うんだけど!?」

 

これはあくまでも噂、デマ情報も混ざっているのか。

 

「けど、足を刈り取りるのはホントでしょ?」

「そ、それは……」

 

カシマレイコは座りながら目を逸らした。俺は、ため息を吐いて仕方なく靴を脱いで。

 

「足はあげれないけど、この脱ぎたて靴下を上げよう」

 

一日中歩き回った革靴を脱ぎ、黒の靴下を脱いて渡そうとすると、

 

「いやいらないから!そんなもん要らないから!」

「遠慮するなよカッシー」

「誰がカッシーよ!その汚い靴下履きなさいよっ!」

 

俺は鼻をつまみながらカシマレイコこと、カッシーに脱ぎたての靴下を持って迫った。



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第26話 私、綺麗?

俺は裸足でカシマレイコこと、カッシーに脱ぎたての靴下を両手に持って追い詰めると、

 

「やめないかバカもの」

 

婦長の靴で叩かれた。靴のカカトが頭にジャストミートした為、俺はその場で蹲った。

 

「おおお……?」

「大の男が女に靴下を押し付けるなんて何を考えているんだ?」

「だ、だって足刈り取られたくないもん!」

「もう刈り取らないからっ!臭いからその靴下履けっ!」

 

カッシーは涙目になりながら俺に懇願する。

 

刈り取らないのかぁ……。

 

俺は渋々靴下を履き始めた。婦長とカッシーは俺の顔を見て、

 

「何故残念そうな顔をしているんだ?」

「そんな残念に思われても困るんだけど?どんだけ靴下あげたいのよ」

「だって足刈り取られちゃう」

「だからやらないって言ってんじゃん!」

「そういいながらも人の足を見つめないでくださーい」

 

すね毛ボーボーの足を擦りながらカッシーに言うと、

 

「んな汚ったない足いらないわよ!」

「少しは手入れをしたらどうだ?」

 

2人の幽霊に言われた俺は顔をクワッとさせながら、

 

「バカヤロウッ!!すね毛は男のステータスなんだよ!男らしさが見られる所なんだぞ!バカヤロウッ!」

 

すね毛をむしって婦長とカッシーに投げ付けた。

 

「わ、悪かった。だからすね毛をむしって投げてくるな」

「ご、ごめん。そんなに怒らなくても……」

「バカヤロウッ!!」

「分かったわよ!悪かったってば!」

 

そして、朝が来た。何事も無かったかのように俺は定時を迎えると、部長が出勤して来た。

 

「おはよう、福島くん。夜勤ご苦労さま」

「おはようございます」

「どうだい?エレベーターの心霊現象は続いてる?」

「あー、アレはもう問題ありませんよ。ここの病院の幽霊達はこれから大人しくなると思います」

 

俺がそう言うと、部長がパァっと明るくなり、

 

「本当かいっ!?凄いねキミ」

「いえいえ、ちょっと話ただけですから」

「けど凄いよっ!よし、今日飲みに行こうっ!」

 

は?

 

俺は眠そうな顔をしながら応えた。

 

「いや、休ませてくださいよ。2連チャンの夜勤ですよ?」

「そうだけど!そうだけども!せめてお礼させてくれよっ!」

「今度にしませんか?」

「どんだけ行きたくないの!?なんなの!?近頃の若者は!?」

「部長、それパワプロっすよ?」

「パワハラだろ!?野球なんかしないよっ!中年のオッサンが仕事終わりに「福島くん。野球しよーぜ!」なんて言わないだろ!?」

 

言ったら言ったで気持ち悪いけどね?

 

あまりにも部長が言ってくるので俺は半ば折れた感じに。

 

「わかりました、わかりましたよ。今日の夕方ですよね?」

「うん!。んじゃ、駅前に集合で良いかな?」

「はーい。行けたら行きますね」

「行く気ないでしょ!?それ!?ねぇ?嫌い?部長の事嫌い!?」

「行きます行きます。けど、車どうしましょ?」

 

ようやく話がまとまり、帰りの事を部長に聞くと。

 

「明日の朝先輩家まで向かわせるから。それに乗って車を取りに行くといいよ」

「あー、わかりました。では夕方」

「うん。財布は持って来なくて良いからね!こっちが負担するから」

「はーい。お疲れ様でしたー」

「はーい。お疲れ様〜」

 

数時間後。

 

俺は約束通りに駅前で待っていると、部長がやって来た。

 

「遅れてごめんね!んじゃ、行こっか」

「はーい。今日はご馳走になりまーす」

 

俺と部長は夜の街に繰り出し、場末の居酒屋で歓迎会をしてくれた。部長は婦長とカッシーの悩みから解放されたのが嬉しかったのか、湯水のように酒をガンガン飲みまくっていた。あれよあれよと閉店時間になり、俺は酔い潰れてテーブルに突っ伏している部長を起こし始めた。

 

「部長、部長〜?そろそろ帰りますよ?」

「うほっ?うん、そりょそりょ帰る」

「代行来ましたよ。乗って下さい」

「はーい。のりまーしゅ」

 

俺は部長を代行タクシーに押し込み、部長を見送った。料金は前もって支払っている為、俺はそのまま駅に行ってタクシーで帰ろうと思い駅に向かって歩き出した。ほろ酔い気分で歩いていると、タクシー乗り場に背が高く、赤い服を身に付け、顔には今の日本には欠かせないマスクに覆われており、白く透き通るような肌をした若い女性が立っていた。

 

こんな時間に女1人か?マスクしててわかんねぇな。けど、マスクしてても分かるぞ?めっちゃ美人じゃない?

 

そう思いながら、マスクの女性の前を通り過ぎようとしたその時。

 

「ねぇ?そこのあなた?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

マスクの女性に呼び止められた。俺は店を出る前に着けたマスクをぐいっと直しながら振り返った。

 

「はい?俺になんの用ですか?」

 

ほろ酔い気分の俺はマスクの女性に答えると、マスクの女性はこう言って来た。

 

「私、綺麗?」

 

知らねぇよ。

 

初対面の人間に何を聞いて来るのかと思った俺は、

 

「いや〜、すいません。ちょっとわかんないっすね」

「あっ……えっ?わかんない?」

 

マスクの女性は予想してなかったのか、俺の答えに狼狽え始めた。だが、マスクの女性は気を取り直して、

 

「ねぇ?しっかりよく見て?私、綺麗?」

「え〜?どれどれ?」

 

俺はソーシャルディスタンスを守りながらマスクの女性に少し近付いて、

 

「あー、色白の美肌で綺麗だと思いますよ?」

 

俺はうんうんと頷きながら答えると、

 

「これでも綺麗?」

 

マスクの女性は……マスクを外して姿を見せて来た。

 



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第27話 口裂け女

マスクを取った女性は口紅を大きく塗っており、パッと見は口が裂けているようにも見えた。俺がそれを目の当たりしていると、

 

「どう?これでも綺麗?」

「………………あっ、タクシー!!」

 

俺は何も見なかった様にして、手を挙げてタクシーを呼び止めた。

 

「…………っえ?、ちょっと!?」

 

俺はタクシーに乗り込んでドアに鍵をかけて運転手に行き先を伝える。その間、女は窓をドンドン叩いて何かを叫んでいる。

 

「ちょっと!答えなさいよっ!どうなの!?ねぇっ!?開けなさいよっ!コラッ!!」

 

ブーン。

 

俺は何も聞こえない様に振る舞い、運転手と共にその場を後にした。家に辿り着いた俺は玄関前で立ち止まってさっきの女が付いてきてないか辺りを見渡した。

 

どうやら着いてきて無いようだな。

 

ホッと胸を撫で下ろした俺は玄関を開けて中に入った。

 

「ただいまぁ~」

 

家に入り、おくまの頭を撫でながら茶の間に行くと、はーちゃん、花ちゃん、メリー、お菊さん、くねちゃん、すーちゃん、小さいおじさんが談話をしていた。

 

「おかり~」

「おう、兄ちゃん!飲み会は楽しかったか!?」

「おかえりなさい、龍星さん!見てくださいっ!くねくねさんがまた言葉を覚えましたよっ!」

「えっ?マジで!?」

 

俺がくねちゃんの顔を見ると、くねちゃんは恥ずかしそうにして、

 

「お、お、お……」

 

分かった。お疲れ様だな?

 

俺がその言葉を今か今かと待ち構えていると、

 

「オマエノコドモハアズカッタ」

 

なんでそこなの!?

 

どんなリアクションをしたらいいか分からない俺は顔を引き攣らせてはーちゃんに言い放つ。

 

「はーちゃん、もうちょい別な言葉を教えてあげてよ。誘拐犯じゃん」

「す、すいませんっ!!」

「あっ、わたしはお茶を用意しますね?」

「ありがとう。ほら、おじさん、お土産」

 

俺は食べ残しのつまみや寿司を小さいおじさんに渡す。花ちゃんは不思議な物を見るようにして、

 

「おっ!ありがとよっ!」

「おい龍星?これはなんじゃ?」

「居酒屋で食べきれなかった寿司とかだよ?花ちゃんも食べる?」

 

そう言って寿司を一つ花ちゃんの前に置いた。花ちゃんは目をキラキラさせて、

 

「おぉー!美味そうじゃのぉっ!」

「昔の寿司とは違うでしょ?」

「うむっ!わしの生きてた頃は高価過ぎて食べれなかったからな!」

 

花ちゃんはニコニコしながら寿司の生気を吸い取り、口の中でもぐもぐし始める。余程美味かったのか、花ちゃんは幸せそうな顔をしていた。

 

「おいひいのぉ~ほっぺが落ちそうじゃ!」

「なら良かったよ」

 

俺はそのまま立ち上がって着替えを始める。着替えながら先程出くわした女の話を始めた。

 

「そう言えばさぁ、帰ってくる時駅で変な人に絡まれてさぁ」

「へぇ~。どんな人だったの?てかあんたより変な人っていんの?」

「どんなお方だったんですか?」

 

メリーとはーちゃんが答えると、俺は首を傾げながら続けた。

 

「なんつーか、マスクしててさ?赤い服着ててさ?」

 

そう言った途端、はーちゃんとメリーの顔が固まった。

 

「ちょっと!!それってまさか!?」

「あのお方でしょうか……?」

 

やっぱりかぁ……。

 

俺はスマホを取り出し、帰る途中に調べた事をメリーに見せた。お菊さんがまじまじと見詰めて、

 

「【口裂け女】さん……ですか?」

 

口裂け女。1978年~79年頃に噂され始め、雑誌やニュースにも目撃情報がのるなど全国的に広まった、1980年代を代表する都市伝説。目撃者によると、赤いコートを着ており、背が高くてその姿はとても美しいが、大きな白いマスクで顔を半分ほど隠している女だという。ルーツは1970年代に〇〇市で精神病女性が夜に外出し、精神に異常を来たしているために口紅を顔の下半分に塗りたくり、それを見た人が驚いたという話や、心霊スポットのトンネルで精神病の女性が徘徊して子供を脅かしていたという話が元になったという。

 

「やっぱりアイツ、口裂け女だったのかなぁ?」

 

俺が腑に落ちない様な顔をしていると、メリーが話し出す。

 

「もし本人だったら「私、綺麗?」って言ってたんじゃないの?」

「言ってた言ってた」

「本人じゃん!あーあ、龍星も口裂け女に目をつけられたわね」

 

メリーは頭を抱えながら俺に言ってくる。俺はゴクリと生唾を飲み込んでメリーに尋ねた。

 

「そんなにヤバい奴なの?」

「かなり厄介よ?あんた、口裂け女になんて言ったの?まさか、可愛くないとか、好みじゃないとか言ったんじゃないでしょうね?」

「あー、タクシー逃しちゃうって言って無視した」

「…………っえ?」

 

メリーの目が点になった。その話を聞いていたはーちゃんが、

 

「答えなかったんですね。これはまだ運が良かったんじゃないですか?」

「えっ?はーちゃん、そうなの?」

 

はーちゃんの方を向くと、はーちゃんは答え始めた。

 

「口裂け女さんに出くわしたら、まず言ってはいけないのが「綺麗じゃない」と否定的な答えをした時です」

「初対面で綺麗じゃないって言うほど俺は腐ってない!ってかもし、綺麗じゃないって言ってたらどうなるの?」

 

俺がはーちゃんに聞くと、はーちゃんは言いずらそうにして、

 

「え、えっとですね…………ハサミで殺されるか、食い殺されるかどちらかかと……」

 

やべぇ奴じゃん。

 

「えぇ……まぁ、俺も小学校の頃に聞いた事ある厄介だからなぁ……って事は、べっこうあめが好きなんだよな?」

「私もそう聞いた事がありますね。口裂け女さんはべっこうあめが大好きって聞いた事があります」

 

ふむふむ……べっこうあめか……。

 

俺は閃いて、物凄い勢いで台所に走った。そのまま戸棚をいじくり始めた。

 

「えーっと、砂糖砂糖」

 

砂糖を取り出し、大量の水を用意した。すーちゃんが何をするのか隙間から覗いて声を掛けて来た。

 

「何?何をするの?」

「何って、べっこうあめを作るんだよ」

「逃げて来たんでしょ?なら放っておいてもいいんじゃないの?」

「まぁまぁ、伝説の都市伝説と会えたんだ、逃げるだけじゃねぇ?」

 

俺はいやらしくニヤニヤしてべっこうあめを作り始めた。

 

一時間後。

 

完成したべっこうあめを片手に、俺ははーちゃん達の前に現れた。

 

「出来たぞっ!」

「あっ、もう出来たんで────」

 

はーちゃんが目にした瞬間、顔を真っ赤にさせて両目を手で隠した。

 

「な、なんてものを作っているんですか!?」

「サイテー」

「な、なんてものを作ったんじゃお前は…………」

「なに恥ずかしがってんだよ。これはべっこうあめなの!これで口裂け女をギャフンと言わしてやるぜっ!」

 

翌日。

 

────次の晩、俺は再び口裂け女に会う為に昨日の場所を訪れた。俺は昨日開発したべっこうあめを隠しながら口裂け女を探していると、

 

「ねぇ?私、綺麗?」

 

来たっ!!

 

俺はバッと振り向くと、そこには昨日出会した口裂け女が立っていた。口裂け女も俺の顔を見た途端、指を指した。

 

「あっ!あんたは昨日の!?」

「よぉ?口裂け女、会いたかったぜ」

 

そう言いながらポケットをゴソゴソと触っていると、

 

「あら?嬉しい事を言ってくれるわね。そう言うトレンディな男嫌いじゃないわ」

「そう言ってくれて嬉しいねぇ。あんたにべっこうあめを作って来たんだよ」

 

そう言った途端、口裂け女の目がキラキラと輝き出した。

 

「べっこうあめ!?あるの!?あるなら見逃してあげ───」

 

口裂け女がモノを見た瞬間はーちゃんと同様に顔を真っ赤にさせて、

 

「な!?、そ!?な、ん!?」

「何ってべっこうあめだよ?」

「私の知ってるべっこうあめの形してないんですけど!?」

「それはそうだよ。これは俺が開発した子宝飴バージョンだよ」

 

子宝飴とは、子授けや縁結び、現在ではエイズ除けの祭りとしても有名で外国人観光客も多数訪れていた。 祭りの参拝客に人気で飛ぶように売れるのが男根の形をした飴が「子宝飴」だ。その他には、「かなまら様」という"性と鍛冶屋の神"があり、祭りは江戸時代、飯盛女たちが性病除けや商売繁盛の願掛けを行ったことに由来する。 かなまら様は「性と鍛冶屋の神」。 商売繁盛・子孫繁栄(子授け)・安産・縁結び・夫婦和合のご利益があるとされ、近年では、エイズ除けの祭りとして国際的にも話題となっている。

 

「とってもご利益があるんだよ?さっ口紅を拭いてこれを咥えろ」

 

俺が子宝飴(べっこうあめver)を片手に近付くと、口裂け女は。

 

「そ、それは勘弁してくれる!?」

「好き嫌いしちゃいけません!!」

「そうだけど!そうだけどもね!?形よ形!!形の問題よっ!」

「お前その地の人たちを侮辱すんのか?」

「い、いや……そうじゃないけど…………」

「じゃあ黙って咥えろよ」

「その言い方やめなさいよっ!」

 

口裂け女は意を決して、子宝飴(べっこうあめver)を口に咥えようとした。



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第28話 時代に乗り遅れた女

その時、口裂け女は俺の後ろにいる巨大な女を見て慌てて大きく飛び退り、ポケットからハサミを取り出して構えだした。それを見た俺は首を傾げる。

 

「めっちゃ飛んだな。なんだよ急に?」

「あんたこそ何よそのデカい女!?」

 

デカい女?

 

俺は肩越しに振り返ると、

 

「あの〜?龍星さん、口裂け女さんに何をしているんですか?」

「はーちゃん!?」

 

そう、俺の後ろにははーちゃんが立っていたのだ。恐らく俺が心配だったのだろう。

 

「なんでここにいるんだよ!?」

「だって、龍星さんが心配になったので………つい」

「もう、他の人に見られたらどうすんの?大騒ぎになっちゃうじゃん」

 

俺とはーちゃんが話を盛り上げていると、蚊帳の外状態の口裂け女が騒ぎ出した。

 

「な、なによ!急に話し込んじゃったりして!そいつは私の獲物よ!横取りしないでくれる!?」

 

口裂け女がはーちゃんに向かって文句を言い出した。文句を言われたはーちゃんは困った顔をして、

 

「そ、そんな!?わたしは龍星さんを獲物だなんて思ってないです!」

「嘘よ嘘嘘!そんな事言っても私は騙されないんだから!なによ!長身美人だからってさ!」

「ちょ、長身美人!?」

 

そう言われたはーちゃんは突然頬を赤くした。はーちゃんも負けじと応戦し始める。

 

「く、口裂け女さんだって綺麗な瞳ですし、赤い服がとってもオシャレです!ぽっぽぽー!」

 

まずい、恥ずかしかったのか、はーちゃんの語尾がおかしくなってる!

 

はーちゃんに言い返された口裂け女ははーちゃん同様に頬を赤くして。

 

「な、なによこの子ったら………冗談はよしこちゃんよ!」

 

なんて?

 

口裂け女の最後の言葉が気になった俺は口裂け女に尋ねた。

 

「あの、今なんて言った?冗談はよしこちゃん?え?誰?」

 

困惑していると、口裂け女は何食わぬ顔で、

 

「え?何言ってんのよ。冗談はよしこちゃんよ!あなた知らないの?」

「し、知らない………はーちゃん分かる?」

「ええ、まぁ……ギリギリ分かります」

「何それ知らない…………」

 

知らないと答えた途端、口裂け女は勝ち誇って様に笑いだした。

 

「あはは!遅れてるわねぇ!アッと驚く為五郎〜!」

「また出て来た変な言葉!」

「龍星さんは令和の人間ですから、分からないと思いますよ…………」

「そいう言えばなんか母ちゃんが似たような事言ってた様な…………。なぁ、口裂け女。今何が流行してる?」

 

俺は口裂け女に一般常識的な事を聞いてみた。すると、口裂け女は何の迷いもなく言い放った。

 

「それはモチのロン。インベーダーゲームよ!」

「えっ!?」

 

インベーダーゲーム!?

 

口裂け女の流行が大体自分の母親と分かった俺は、口裂け女に言い放つ。

 

「あんた、時代に乗り遅れてるぞ?それもかなりの年数で」

「そ、そうですね。わたしも最近令和の時代が分かって来ましたから」

 

はーちゃんと俺が口裂け女に言うと、

 

「わ、私が時代に乗り遅れてる…………!?」

「うん。ほら、これなんだと思う?」

 

俺が自分のスマホを取り出して口裂け女に見せてみた。口裂け女はまじまじと見つめて。

 

「な、なによこれ?電卓?」

「ちっげーよ!電話だよ!電話!携帯電話!」

「携帯電話ですって!?バカおっしゃい!」

「嘘じゃないよ。電話かけてやるから携帯だせよ。あんたも令和を彷徨ってるんだから携帯一つくらい持ってるだろ?」

「バカにするんじゃないわよっ!私だってとびきりナウい携帯電話くらい持ってるわよ!」

 

口裂け女はハサミをしまってポケットを探り出した。そして、自信満々に取りだした物は。折り畳めないタイプの古い携帯電話だった。口裂け女はこれ見よがしに携帯を見せ付ける。

 

「どう?この携帯ナウいでしょ?このクルクルピッピってのが」

「クルクルピッピ!?何それ!?知らないんだけど!?」

「あんたこそなによその平べったい携帯!そんなの電話じゃないわ!」

「お前の方こそ化石みてぇな携帯使ってんじゃねぇよ!今の時代スマホかガラケーだぞ!?ガラケーでもねぇじゃんそれ!!」

「ガビーン…………」

 

口裂け女は余程ショックだったのか、その場にへたりこんだ。

 

「この私が時代に乗り遅れたなんて…………」

「ま、まぁ俺で良ければ色々教えるけど…………」

「ほ、ほんと!?」

 

嬉しかったのか、口裂け女はぱぁっと満面な笑みを浮かべる。

 

「けど、その代わりにこの辺の人達を脅かすのはやめろよ?警察やらYouTuberが動き出したら近隣住民に迷惑がかかるからな?」

「わ、分かったわ。時間がある時連絡してくれる?」

「お、おう。んじゃ口裂け女、携帯番号教えてくれ」

「ええ、いいわよ030-○○○-○○○よ!」

「ほーい」

 

俺はスマホを操作して口裂け女の携帯番号を登録した。念の為に番号に掛けてみた。

 

ピリリリッ!!

 

番号に掛けてみると、口裂け女の携帯が鳴り出した。

 

「来たわねっ!これでバッチグーよ!」

「そうだな。んじゃ、これから俺のことは龍星って呼んでくれよ」

「だいじょうV!けど、この飴はいらないから持って帰ってくれる?」

「なんでだよ!人がせっかく作ったのに!!」

 

再び子宝飴(べっこうあめver)を突き出すと、口裂け女は手を突っぱねて拒んだ。グリグリ突き出していたら、はーちゃんに止められた。

 

「龍星さん、このままじゃ口裂け女さんの大好きなべっこうあめが大嫌いなべっこうあめになっちゃいますよ!」

「っんだよノリ悪ぃな。んじゃ、俺達は帰るからな」

「口裂け女さん、夜分遅くまでありがとうございました」

「気にしないで、私も友達が出来てなんだか嬉しいわ。また会いましょ」

 

口裂け女はそう言い残し、暗闇の中に消えて行った。



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第29話 お化けだってキャンプしたい!

それから月日が流れて季節は夏になった。仕事場ではカッシーと婦長に付き纏い、仕事終わりに飲んだ帰りに酔い醒ましも兼ねて口裂け女と談話を楽しみ、家でははーちゃん、花ちゃん、メリー、くねちゃん、すーちゃん、お菊さん達に付き纏って日々暮らしていた。セミがミンミンと激しく鳴く休みの昼間に皆でテレビを見ていた。テレビのキャスターはキャンプ場でキャンプ特集の番組が放送されていた。

 

「私は今○○県の○○キャンプ場にやって来ました!見てくださいこの広大な森を!癒されますねぇ〜!!」

 

夏休みシーズンに突入した為か、キャンプ場は人でごった返していた。俺は麦茶を飲みながら眺めていた。

 

こんなクソ暑い外でキャンプをするキャンプってのがこれが楽しいんだよなぁ。

 

そうしみじみ思うと、テレビを食い入るように見ていた花ちゃんが。

 

「龍星!わしもきゃんぷがしたいっ!」

 

何を言い出すんだこのロリババアは。

 

「わたしも行きたいです!お盆間近ですし、たまにはお出かけしたいです!」

「八尺様と花子の言う通りよ。あたしもキャンプしたい」

「あたしも行きたい…………かなぁ」

「楽しそうですね。わたしも外の世界が見てみたいです」

 

花ちゃんにつられてはーちゃん達も騒ぎ出した。そして、くねちゃんも行きたいのかたどたどしい言葉で、

 

「わたし、も、行きたい」

「くねちゃんまで言うかぁ〜。う〜ん、どうしたもんかなぁ」

 

女性陣に言われて困っていると、唯一の男の仲間でもある小さいおじさんがランニングシャツにヨレヨレのガラパンの姿で俺に言ってきた。

 

「あんちゃん、なにもこんな暑い中出かけける事はねぇじゃねぇかよ。おじさんと一緒にビアガーデンにでもしゃれこもうぜ!?」

「いいねぇっ!おじさん、クソ暑い中行くより涼しい夜に行った方が」

 

チラッと女の子達を見た途端それはもう今すぐにでも殺してやろうかと言わんばかりに睨み付けて来る。お化け達は顔を見合わせた途端、力を合わせて強力なポルターガイストを起こし始める。飛び交う書物、倒れるタンス、小さいおじさんは巣穴に避難してる間俺は倒れてくるタンスを抑えるのに必死だった。

 

「分かった!分かったから!連れてく!連れてくからやめろ!」

 

そういった途端、お化け達はぱあっと明るくなりポルターガイストを起こすのを止めた。俺はスマホを取り出して山に囲まれたキャンプ場を探す事にした。

 

「えーっとなになに?○○キャンプ場?○○キャンプ場は、標高701メートルの○○山頂上付近に位置します。夏涼しく小鳥さえずる静かな展望台、ここからは広大な山々が一望できます…………。ここなら広いし、人混みから離れてキャンプすれば騒いでも大丈夫そうかな。みんなどう思う?」

 

どう思う?って言ってもソロキャンプにしかならないけどね。

 

俺はスマホをお化け達に見せると、ガタガタと場所を取り合いしながらスマホ見つめた。

 

「わぁ〜!素敵な所ですね!」

「イイじゃん!イイじゃん!龍星って結構センスいいよね!?」

「広くて気持ち良さそうじゃのうっ!」

「あたしもここが良いかなぁ…………なんて?」

「昔の風景見たいで良いですねぇ!江戸の頃にもこのような綺麗な山がありましたよ!」

 

お化け達はキャッキャウフフと子供の様にはしゃぎ始めた。仕方なく、ネットでキャンプ用品を注文し、次の休みにキャンプに行く事にした。

 

─────次の休みになった。カッシーと婦長にも声を掛けたが断られてしまった。理由は「何をするか分からないから」という。俺達は4人乗りの乗用車に乗り込んで○○県○○キャンプ場へ向かった。俺が運転、助手席には花ちゃん、後ろの席にはお菊さん、くねちゃん、メリーでトランクにはすーちゃん、車の屋根にははーちゃんが乗っていた。車で3時間程で○○キャンプ場に辿り着いた。昨日雨だったのか、キャンプ場の利用者は俺達だけだった。俺は管理所に向い、受付を行った。管理所には腹巻にステテコ、便所サンダルにハゲ頭に出っ歯というクセの強いおじさんがいた。俺は一瞬怯んだが、勇気を出して管理人のおじさんに声をかけた。

 

「あ、あの〜?」

「へえぃ、らっしゃい!お兄ちゃん、1人か?」

 

管理人のおじさんは酔っ払っているのか、キュウリを片手に俺の声に答えた。

 

「キャンプしたいんですけど、空いてますか?」

「へえぃ、空いてるよ。一人あたり1泊3000円だよ」

「あっ、んじゃ……」

 

って俺以外みんなお化けだわ、料金かかんないじゃん。

 

「クセの強いおじさんね」

「出っ歯がすごいのぉ」

「な、なんでキュウリかじってるんでしょうか?」

「未だにこんなおじさんがいるんですね………」

「へえぃが頭から離れないんだけど?」

 

後ろでヒソヒソと騒ぐお化け達を他所に、俺は何事も無かったような顔をして3000円支払った。管理人のおじさんはキュウリをボリボリかじりながら、

 

「へえぃ、毎度あり。テントとかバーベキューのレンタルもしてるけどどうする?借りるかい?」

「いえ、一通りの道具は持って来てるんで大丈夫です!」

「へえぃ、そうかい。んじゃ、ゆっくりしてってくだせぇ」

「はーい」

 

管理人のおじさんと別れた俺はお化け達を連れて場所を探した。車からキャンプ場道具を取り出して、テントを建て始めた。



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第30話 未知との遭遇

テントを建てた俺達は直ぐに夕飯の準備を始めた。はーちゃんと花ちゃんが火をおこし、メリーがごはん炊き、くねちゃんとお菊さんで野菜を切る。すーちゃんは俺と共にカレーのルーを作り始めた。騒ぐとあのクセの強い管理人のおじさんが来てしまう為、黙々と作業を行った。

 

1人で騒いでたら頭のおかしい人に思われて追い出されそうだしね。

 

「メリーさん、火がつきました」

「ありがとうはーちゃん」

「ってかなんであたしらヒソヒソ話さなきゃないの?」

「仕方なかろう?他にも人間がおるからな」

「あっ、龍星さん。野菜はこんな感じでいいですか?」

 

お化け達も気を使ってヒソヒソと声を掛け合い、仕事をこなしていった。1時間後、カレーがようやく完成した。

 

「よし、出来た!」

 

完成した頃にはもう辺りは暗くなり、いつの間にか管理人のおじさんも店を閉めて帰った様だった。お化け達はヒソヒソ話すのが嫌になったのか、周辺に他の客がいないか探し始めた。誰も居ないことを確認したお化け達はホッと胸を撫で下ろして、

 

「あー、やっとゆっくり出来る〜」

「管理人のおじさん、いつの間に帰ったんですかねぇ?」

「いくら客がいないからと言って帰るのはどうかも思うがの」

「あー気を遣い過ぎて肩こった。龍星、もう騒いでいいよね?」

「お茶いれますね」

「あたし、手伝う」

「ありがとうございます、くねくねさん」

「よし、このキャンプ場にいるのは俺達だけ見たいだな。カレー食う前に小さいおっさんいないけど、皆で乾杯するか!」

 

俺はお化け達の分の135mlの缶ビールを開け、カレーをよそって乾杯の準備を始める。

 

「んじゃ、俺の就職祝いと皆との交流を祝して・・・・・乾杯!」

 

「「「「カンパーイ!!」」」」

 

お化け達は余程腹が空いていたのか、ものすごいスピードでカレーの生気を吸い取り、口をハムスターのように口を膨らませながらもぐもぐと食べていた。花ちゃんはカレーが気に入ったのか、口にご飯粒をつけながら俺に、

 

「りゅうせい、おひゃわり!」

「はいはい、ちょっと待ってろ」

 

俺は花ちゃんのよそったカレーを食べて新しいカレーをよそい花ちゃんに渡した。それから宴会のようにバカ騒ぎをして2時間が経過した。皆で後片付けをして焚き火を囲い、小さい花火セットを出して花火を楽しみ、花ちゃんとくねちゃんは疲れたのかフワフワ浮かびながら宙に浮かびながら眠っていた。

 

「花ちゃんとくねちゃんは寝ちゃったのか?」

「これだけ騒いで疲れたんでしょうね。寝かせてあげましょう」

「火はあたし達が見ててあげるから、龍星もそろそろ休んだら?」

「あたしら眠くないからさ」

「お先にどうぞ?」

 

はーちゃん達は俺に早く寝る様に言い出す。俺も酒が入って眠くないと言ったら嘘になるが、

 

「えー、んじゃ〜先に寝るよ?熊が出たらお願いね?」

「はいっ、分かりました!」

「おやすみ〜」

「いい夢見なよ?」

 

俺はテントに入り寝袋に入ってはーちゃん達の笑い声を聞きながら目を閉じた。

 

────────────────────────

 

それから数時間後、ふと目が覚めた俺はテントから出て見るとはーちゃん達の姿が見えなかった。

 

あれ?どこいったんだろ?トイレか?・・・・・・・・・・幽霊トイレ行くかよ。

 

「はーちゃーん、お菊さーん、すーちゃーん?花ちゃ〜ん?」

 

オミャー・・・・・・・・・・オミャー・・・・・・・・・・。

 

懐中電灯を照らしながら辺りを探していると、暗闇の中から猫?のような赤ん坊の鳴き声にも似ている声が聞こえて来た。

 

「えっ、何この鳴き声。もしかして捨て猫?それとも捨て子?」

 

俺は鳴き声がした方向へ向かって歩き始めた。辺りは少しずつ濡れた犬の様な匂いがして来て獣臭が強くなって来た。

 

え?何この匂い・・・・・熊?

 

最初は熊の子供か何かと思ったが、生まれて今日まで鹿かウサギ位しか山の動物と遭遇したことなかった為何なのかまったくわからなかった。背中に汗を垂らしながらキャンプ場の一番奥で、俺はようやく匂いの元を見つけた。懐中電灯の光を当てると俺が買ったテントに茶色の体毛を生やした様な得体の知れない生き物がそこに居た。

 

・・・・・・・・・・なにこれ?動物じゃなくね?

 

俺は好奇心に駆られて拳程の石を投げてぶつけてみた。すると、向こうは俺に気付いたのか、ズルズルと音を立てながらこちらに振り返った。そこには、カタツムリやナメクジの様な三本の触覚を生やしてその先端には目玉が付いており、その中央には大きな穴が空いていた。俺は無意識に額から汗を流しながら幽霊を見た恐怖とは違う別の恐怖を感じ取った。

 

めっちゃやべぇ気がする。

 

「オミャーオミャー」

 

先程の鳴き声の持ち主の様だった。大きな穴からは触手の様な物がでており、ウネウネと暗闇にのばしていた。俺は触手の先を懐中電灯の光で辿って行くと・・・・・・・・・・。

 

「離してよっ!何なのこいつ!?」

「うぅ獣臭臭いですぅ・・・・・・・・・・」

「や、やめろ!生臭いものをわしに近付けるな!!」

「なんて格好させてんのよっ!離してよっ!」

「気持ち・・・・・・・・・・悪い」

 

触手の先端にはーちゃん達がみだらな格好しながら触手に締め付けられて捕まっていた。

 

「何やってんの!?」

「───────っ!?」

 

俺の声に気付いたメリーが俺に声を掛けて来た。

 

「ちょ、龍星!!助けて!!」

「え待って?なんで触手プレイしてんの?楽しい?」

「これが楽しそうに見える!?そう見えるなら眼科行きなさいよっ!」

「ふーん」

 

俺はポケットからスマホを取り出して、

 

カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!

 

メリーのみだらな格好をカメラで写真を連写で撮影した。

 

「なに写真撮ってんのよ!止めなさいよっ!?」

「ちょっと待ってろって。次は・・・・・・・・・・」

「えっ、ちょっと、龍星さん!?」

 

俺ははーちゃんの前に立って締め付けられている胸を。

 

カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!

 

「ナイスですねぇ」

「いやあの、意味が分からないんですけど!?」

「ちょっと待ってて、後で助けるから」

「えっ?」

 

今度はくねちゃんの前に立ち、触手の粘液でピタピタになって透けてる体に向かって、

 

カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!

 

「スケベスケベこのスケベ!」

「や、やめ・・・・・て!」

 

写真を撮って満足した俺とお菊の目と目が合った。お菊さんはこのキャンプ場に浴衣で来ており、触手に半分脱がされた状態になっていた。お菊さんは俺に気付いて声を掛けてくる。

 

「り、龍星さん!?お願いです!助けて下さいっ!」

「ナイスファイトでございます」

「何を言ってるんですか!?」

 

カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!

 

ヤバい、めっちゃ楽しい。

 

「あんた!いい加減にしなさいよっ!ぶっ殺すわよ!?」

 

お菊さんの近くにはすーちゃんが逆さまになって捕まっていた。俺はすーちゃんと目が合ったが・・・・・・・・・・。

 

スタスタ・・・・・・・・・・。

 

「なんであたしは撮らないのよぉっ!?」

 

元いた場所に戻り、俺は再び得体の知れない生き物に光を当てた。



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第31話 シシノケ

光を当てて口から変な触手を出している謎の生物をよく観察してみる事にした。

 

体毛が生えているという事は、ナメクジやカタツムリ系の妖怪じゃなさそうだ。

 

「オミャーオミャー」

 

じっくり観察していると、謎の生物は口からさらに触手を出して来た。触手は俺を触って確認するようにウネウネと手足を触ると、スっと触手を引っ込めた。

 

これは……もしかして。

 

俺は触手で縛られたお化け達を見て確信し、謎の生物に指をさした。

 

「お前、もしかしてオスなのか?」

 

そういった途端、お化け達が騒ぎ出した。

 

「えっ!?龍星さん、なんで分かるんですか?」

「いや、最初はコイツを人喰いの化け物かと思ったんだけど、全く食う気ないだろ?」

 

縛られたはーちゃんはそう言われると、謎の生物の方に顔を向けると。

 

「オミャ〜」

 

謎の生物ははーちゃんのスカートを捲ろうと触手を這わせる。はーちゃんは必死にスカートを押さえ始めた。

 

「ちょ、ちょっと!やめてくださいっ!!」

「なっ?コイツ女の子が好きなだけだよ。だからコイツはオスってわけ」

「な?じゃないわよ!早く助けなさいよっ!!」

 

その隣りにはすーちゃんが縛られながらもブランコのように揺れ始めた。すると、謎の生物もすーちゃんが気に入らなかったのか、触手を伸ばして。

 

ペチン!

 

すーちゃんの横っ面を引っぱたいた。

 

「いったぁっ!!」

「ギャーギャー騒ぐからだろ?」

「そんな事言ったって生臭いんだもの仕方ないじゃないったぁっ!」

 

喚く度に触手で引っぱたかれていた。

 

「隙間女。喚くと引っぱたかれるぞ、大人しくしておれ」

「いったぁい…………」

「参ったわねぇ…………女好きが2人もいるなんて」

「なぁ、龍星?そろそろ助けてはくれんか?」

 

花ちゃんが瞳をうるうるさせながら俺に懇願して来た。

 

確かに、触手プレイにもそろそろ飽きて来たところ。

 

俺はポケットからスマホを取り出して電波を探し始め、電話を掛け始めた。

 

プルルルルル、プルルルルル

 

《しもしもー?》

 

「あー、口裂け女?今大丈夫?」

 

俺は口裂け女電話を掛けた。他に強そうなお化けが口裂け女ぐらいしか考えつかなかったからだ。

 

《大丈夫だけど?どうしたの?》

 

「いや〜じつは今変な化け物に絡まれちゃってさ?○○県の○○キャンプ場にいるんだけど今すぐ来れないかな?」

 

俺がスマホ越しに言うと、

 

《○○キャンプ場!?え待って、今私駅にいるんだけど!?》

 

知ったことか。

 

「良いから来いよ、あんたら100メートル3秒で走れて60キロの速度の出てる車に追いつけるんだろ?あんたなら10分くらいで来れるって」

 

《行けると思うけど…………余程ヤバい奴がいるのね?》

 

「ああ、ヤバい奴がいるよ。助けてくれ」

 

俺が真剣な顔付きで言うと、

 

《分かったわ、直ぐ行くから待ってて》

 

「ありがとう。待ってるよ」

 

スマホの通話を終わらせると、

 

「待って!?あと10分も生臭いの我慢しなきゃないの!?」

「龍星さん、なんとかなりませんか!?」

「もう生臭いのはいやじゃーー!」

「止めて!もう打たないで!大人しくするからぁっ!!」

 

上がうるさいなぁ。少年漫画の主人公じゃないんだ、俺がバトルシーンなんかできる訳がないだろ。

 

俺はウネウネと蠢く触手を切り株に座りながら10分待つ事にした。

 

10分後…………。

 

「生臭いよぉ〜」

「頭に血が登りそうですぅ」

「うぷっ、気持ち悪くなって来た」

 

謎の生物の粘液まみれになったお化け達を眺めていると、突然突風が吹き始めた。俺は閉じた目を開けると、そこにはいつの間にか大きめの肩パッド付きスーツを着た女が立っていた。

 

やれやれ、ようやく来たか。

 

「遅かったじゃないか、口裂け女」

「ごめんなさいね?着替えるの時間かかっちゃって」

 

山にそのカッコはどうかと思うけどな?

 

そんな事を思っていると、口裂け女はショルダーバックから大きなハサミを取り出した。

 

「コイツは【シシノケ】っていう太古の妖怪みたいなものよ」

「シシノケ?ナメクジじゃないの?」

「さぁ?詳しい話は分からないわ。調べて見たら?」

 

俺はスマホを取り出してシシノケを検索して見た。

 

シシノケ、自然の多い県で目撃されるという謎の生物。目撃者の証言によると、筒状の胴体に黒い穴が空いただけの顔に触角が3本生えていて、その先に目のような物が生えているという。

 

俺はその情報と目の前の謎の生物を交互に見た。

 

「まんまだな。妖怪なのか新種の生物なのかは知らないけど」

「まずどうする?コイツを殺せばいいのかしら?」

 

口裂け女は大きなハサミをシャキンシャキンと動かしながら肩越しに俺に聞いてきた。俺は首を横に振った。

 

「いや、殺すのは流石に可哀想だよ。ちょっと懲らしめるだけでいいよ」

「分かったわ」

 

口裂け女がゆっくりシシノケに向かって歩き始めると、シシノケも口裂け女を捕まえようと触手を伸ばした。だが、口裂け女は一瞬で触手をかわして拘束されたはーちゃん達の触手をハサミで切った。

 

「オ゛ミ゛ャャャャ!!」

 

シシノケは切られて痛かったのか、断末魔をあげた。自由になったはーちゃん達はゆっくりと立ち上がった。

 

「生臭い…………」

「よくもやってくれたわね」

「覚悟はいいかのぉ?」

「100倍にして返してあげる」

「ゆ、ゆ、る、さ、ない」

 

お化け達の逆鱗に触れたのか、口裂け女と共に手をゴキゴキとならしながらシシノケに近付いて行った。

 

あ、コレはマズイ。

 

俺は慌ててお化け達の前に両手を広げて立ち塞がる。

 

「もういい、もういい!やめろ!殺す気か!?」

「退きなさい、龍星。コイツはあたしらを怒らせたのよ?」

「殺しはしませんよ。ちょっとお仕置きするだけです」

「八尺の言う通りじゃ、だから退いてろ」

「退きなさい、あんたも怪我するわよ?」

 

俺の静止を無視して5人は歩き始める。

 

婦長とカッシーまで居たら大変な事になるだろうな…………。

 

シシノケは身の危険を察知したのか、口から触手を再び伸ばし始めた。だが、はーちゃん、すーちゃん、くねちゃんが掴み、メリーと花ちゃんが同時にトゥーキックをする。

 

「さぁ、悪い子にはお仕置きしなきゃね?」

 

口裂け女がハサミをシャキンシャキンと鳴らす。シシノケは勝てないと分かったのか、体をくの字にペコペコと動かし始めた。

 

反省したのかな?

 

「もういいだろ?やめてやれよ」

「オミャー…………」

 

お化け達が怖くなったのか、シシノケは触手を使って俺を盾にした。

 

「ほら、怖がってるだろ?もういいじゃん」

「龍星を盾にした?。ったく、仕方ないわね…………」

「ほら、お前も離せよ。もう大丈夫だから」

 

シシノケに肩越しにそう言うと、シシノケはゆっくりと触手を離した。俺は振り返った。

 

「お前、オスなんだろ?数少ない男友達が欲しかったから今後は友達にならないか?」

 

俺が握手を求めると、シシノケは目をキョロキョロさせて一本の触手を俺の手に絡めて来た。

 

「今夜の事は内緒にしてあげるから今後キャンプ場のお客さんをイタズラするなよ?もし、ネットでお前の事が書かれていたら…………」

 

俺の後ろで口裂け女やはーちゃん達が手をゴキゴキと鳴らす。

 

「お仕置きだけじゃ済まなくなるからな?」

「オミャー」

「分かればよろしい。んじゃな?」

「オミャー」

 

シシノケはクイッと頭を下げる様にしてから、ゆっくりと山の奥へと向かって進んで行った。

 

「さて、俺達もテントに戻ろうか」

「そうね、口裂け女も来たことだし、飲み直しましょ」

「まず生臭いのをなんとかしないとな」

「温泉どこかにあるんじゃない?」

「いいわね!温泉、パーッとやろうじゃない!」

「お、風呂入りたい」

「はいはい、後で調べて置くよ」

 

粘液まみれになった俺達は、ベチャベチャとならしながらキャンプ場に戻って行った。



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第32話 新人研修

シシノケが現れたキャンプから数日後。お盆が過ぎた頃、俺は出勤して警備室で日報を書いていると警備部長がやって来た。警備部長はにこやかな顔しながら俺に声を掛けてきた。

 

「福島くん、お疲れ様。ちょっといいかい?」

「お疲れ様です。何か用ですか?」

 

俺はペンを置いて警備部長に顔を向けると、警備部長は俺に資料を手渡して来た。

 

「なんですかコレ?」

「これは新人研修のパンフレットだよ。福島くん、この仕事して3ヶ月になるでしょ?言わばコレは一人前になるための研修だよ」

 

研修かぁ、って事は勉強的な事もしなきゃいけないんだよな?

 

俺はパンフレットをベラベラ捲って行くと、どうやら研修は他県で行われるらしい。

 

「なるほど。パンフレットを見ると来週から見たいですけど、何か必要な物はあるんですか?俺研修とか初めてなんですけど…………」

「まぁ、着替えとか筆記用具とか制服かな?今着てる制服を着て研修を受けて貰わないといけないから」

「分かりました。ちなみに宿泊先はどこですか?ホテルですか?」

 

俺が首を傾げながら警備部長に聞くと、

 

「いや、ホテルじゃないんだ」

「えっ?んじゃ…………旅館か民宿ですか?」

「いや、旅館でも民宿でもないよ」

 

まさかこのオッサン、〇〇県まで通えと言うのか?

 

「まさか通えとか言いませんよね?」

 

俺が恐る恐る警備部長に聞くと、警備部長は得意げな顔をしながら答えた。

 

「まさかそんな訳ないじゃないか。ウチの警備会社は研修用の一軒家を所有してるんだよ」

「凄いですね。結構大きいんですか?」

「まぁ、大きい方じゃないかな?だから期待していいと思うよ」

 

ほほう、ウチの警備会社も捨てたもんじゃないな。

 

「ちょっと楽しみですね。他の支部からも人が来るんですよね?ルームシェアするようで楽しみですよ!」

 

俺が期待で胸を膨らませると、警備部長から笑顔が消えた。

 

「い、いや…………福島くん、実は悲しいお知らせがある」

「え?なんですか?まさか「男だらけなんだ」とか昔のギャグ漫画見たいな事言わないで下さいよ?大丈夫ですよ、男だらけでも楽しそうですから」

「1人なんだ」

 

オッサン、今なんて言った?

 

俺がコーヒーを啜ってもう一度警備部長に確認した。

 

「今、なんて言いました?」

「本当に申し訳ない。今回研修は福島くん、キミ1人なんだよ」

「な、なんでですか!?」

 

俺がガタッと椅子から立ち上がって警備部長のワイシャツに掴みかかりガクガクと揺らし始める。

 

「〇〇警備会社だって結構大きいじゃないですか!なのになんで新人が俺しかいないんですか!?」

「し、仕方ないんだ!新人達はみんな1ヶ月弱で辞めてしまって新人が福島くんしか残らなかったんだよ!」

「ふざけないで下さいよ!研修先で俺ひとりぼっちじゃないですか!年下の後輩。ツンデレの同い年。年上のお姉さん先輩見たいなハーレム展開を期待してたんです!返して下さいっ!俺の期待を返して下さいっ!」

「なんで女の子しか期待してないんだよ!こんなハードな職場に可愛い女の子が入って来るわけないだろ!」

 

警備部長は遂にキレて俺の手を振り払った。

 

「まったく、激しい子だねキミは!。とにかく、研修は明日からだから忘れ物をしないようにしてくれよ?」

「はーい。分かりましたぁ」

 

明日からからかぁ、カッシーと婦長に挨拶した方がいいな。

 

───────そして、業務を終えた俺は夕方、病院の屋上のドアの鍵を開けて外に出ると、婦長とカッシーが夕陽を浴びながら街を見渡していた。

 

「婦長、カッシー。ちょっといいかな?」

「なんだ、龍星じゃないか」

「どうしたの?まだ他に人もいるのに声をかけるなんて珍しいわね」

「ああ、実は話があって来たんだよ」

「話?くだらない話じゃないだろうな?」

 

婦長は普段の俺の行動に警戒しているのか、ジリジリと距離を取る。カッシーも婦長の行動を見て、同じように距離を取る。

 

「大丈夫だよ。何もしないから」

「そう言って貴様は何度も不埒な事をして来たじゃないか」

「ホント、どの口が言ってるのかしらね?」

「いやホントだって。今日はちょっと挨拶をしに来ただけだから」

 

俺がほんのり寂しい顔をすると、カッシーと婦長は俺の顔色を見た途端動揺した。

 

「挨拶?おい、まさか辞める気じゃないだろうな?」

「もう辞めちゃうの?なっさけなーい」

「ちげーよ!明日から3ヶ月間〇〇県に研修に行くんだよ。だから挨拶をしに来ただけ」

 

そう言うと、婦長は安心したかのように胸を撫で下ろした。

 

「なんだそう言う事か。なら3ヶ月間は平和が訪れるという事だな」

「そうだよ。辞めるのかと思って包丁用意してたのに残念ね」

「随分な塩対応じゃないか。照れなくてもいいんだよ?」

「照れてないわ!」

「その自信どこから湧くの?脳外科に診てもらった方が良くない?」

「カシマ、こいつはもうダメだ」

 

なんなの?いい加減泣いちゃうよ!?

 

2人に冷たい事を言われた俺は、

 

「あーそうかい!そういう事を言うんだな!?帰ってきたら覚えてろよ!?この世に彷徨ってる事を後悔させてやるからな!!バーカバーカ!ベージュパンツの癖に生意気だぞ!」

 

そう吐き捨てながら俺は屋上をバタン!と強く閉めて鍵をかけてバタバタと階段を降りて行った。残されたカッシーと婦長は再び夕陽を眺めながら呟いた。

 

「少し…………寂しくなるな」

「そうね、3ヶ月はちょっと長いからね」

 

2人は屋上から俺が帰って行くのを見守っていた。

 

────────────────────────

 

買い物を終えて家に帰った俺は、着いた途端にバタバタと部屋に入り、スーツケースを取り出して着替えや筆記用具、そして制服をキチンと畳んでいると、はーちゃん達が部屋のドアから覗いてきた。

 

「おかえりなさい、龍星さん。急に荷物をまとめてどうしたんですか?」

「ちょっと、ただいまくらい言いなよ」

「あらあら、そんなに急いでどうしたんですか?」

「何をそんなに慌ててるのじゃ?まさか警察に追われてるのか?」

「あんた外で何して来たのよ。一緒にごめんなさいしに行ってあげようか?」

「どう、した、の?」

 

全ての物を入れ終えた俺は、

 

「明日から3ヶ月間研修になったんだよ。だから3ヶ月間いないからね?」

「研修!?どこに!?」

 

メリーが目をまん丸くさせながら俺に聞いてきた。

 

「〇〇県だよ」

「〇〇県!?あんた一人で大丈夫なの!?」

「子供じゃないんだから大丈夫だよ」

「警備という仕事は忙しいんじゃのぉ、わしらの事は心配せずに頑張って来い」

 

花ちゃんは小さい胸をドンと叩いて鼻息を荒らげる。

 

「ありがとう花ちゃん。おじさんの餌…………ご飯とかよろしくね?」

「今サラッと餌って言ったわね」

 

すーちゃんにツッコミを入れられたが無視しながら荷物をまとめる。だが、何かが物足りない気がして落ち着かなかった。

 

「なんか物足りないなぁ、なんだろう?」

「必要なもの入れたんでしょ?大丈夫じゃない?」

「護身用の塩水霧吹きは入れたのか?」

「あっ、それかも」

 

花ちゃんに言われて気付いた俺が霧吹きを手にした時、お菊さんに声をかけられた。

 

「あっ、それでしたら天然塩を持って行くと良いですよ?我々怨霊は天然塩は苦手ですから」

「え?そうなの?」

 

お菊さんに顔を向けると、はーちゃんも混ざって来た。

 

「確かに、人工で作られたお塩より、天然塩の方がピリピリして痛いですからね。向こうで変な幽霊に絡まれないように持って行った方がいいですよ」

「はーちゃんもそういうなら向こうで用意するよ」

「なんならあたし付いて行こうか?幽霊だもの、宿泊代かからないでしょ?」

「え?んじゃ一緒にお風呂入って─────」

「やっぱりやめとくわ」

 

メリーは俺からススッと距離を取る。

 

「んだよ、可愛くねぇな!良いよ!向こうでお前らより可愛い幽霊捕まえて研修期間エンジョイしてやるよ!」

「そこは人間じゃないんじゃな」

「あんた、自分で言って悲しくないの?」

 

花ちゃんとメリーに言われた俺は、遂にキレた。

 

「あー!もう!ごちゃごちゃうるせぇっ!新しい洋服買ってやんねぇぞ!?。それにメリー!お前が頼んでたストッキング没収な!」

 

帰って来る途中にメリーに頼まれた新しい黒いストッキングをレジ袋取り出した。取り出した途端、メリーが泣き叫ぶ。

 

「やぁぁっ!ごめんなさい!悪かったから頂戴!!」

「るせぇっ!帰って来るまで返さねぇからな!」

 

そう言って俺はメリーを振り払いながらスーツケースをバタンと閉じた。

 

翌日。

 

朝早々と、俺はお化け達が眠っている間に支度を整えて靴を履いた。

 

「よしと、んじゃおくま。行ってきます」

 

おくまの頭を撫でると、「行ってらっしゃい」と言ってくれたかのようにニッコリと笑って俺を見送ってくれた。駅に着き、〇〇県行きの新幹線に乗って揺られて3時間後、ようやく研修先に辿り着いた。

 

「はぁ〜、ようやく着いた…………眠い…………」

 

大きなあくびをして辺りを見渡すと、背中に妙な視線を感じた。ばっ!っと振り向くとそこには…………。サラリとした真っ黒の髪を靡かせて真夏なのにも関わらず赤いマフラーをした女性が立っていた。

 

 

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第33話 赤いマフラーの女

赤いマフラーの女性は、俺の方を向いてニコリと笑っている。俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。

 

このクソ暑い中マフラーをしている時点でもうヤバい。幽霊にしろ、人間にしろ関わらない方がいいタイプだ。

 

嫌な予感がした俺はそのままタクシーに乗り込んでその場を去った。後部座席から確認すると、マフラーの女性はずっと俺の事を見つめていた。駅から約30分、見慣れない街並みを眺めながら警備会社が所有している家に辿り着いた。木造二階建ての瓦屋根で表札には○○警備会社 社宅と記されていた。俺はその家を見上げて、

 

「ここが3ヶ月世話になる社宅かぁ、まぁ幽霊はいなそうだし問題ないな」

 

そう呟きながらスーツケースを運んで鍵を開けた。中に入ると新しい畳の匂いがふわっと漂っていた。

 

研修は明日の8時から○○会場で始まる。今は昼の12時45分、せっかくだから観光を混じえながら街を散策しようかな。

 

そう思った俺は、スーツケースを茶の間に置いて財布とスマホを持って社宅を後にした。見慣れない住宅街を歩いていると、○○県でで一番安い商店街というキャッチコピーののぼり旗を見つけた。

 

「へぇ〜、一番安い商店街ねぇ。こういうの好きだなぁ!」

 

商店街の入口の周辺を見渡すと、大規模の商業施設は見当たらずこの商店街はこの街の住民を支えているようにも感じた。

 

丁度いいや、3ヶ月間の間の衣食住はここで買おう。

 

いざ、商店街に入ると様々な個人店がゾロゾロと立ち並んでいた。お昼時も関係しているのか、サラリーマンなどが飲食店に並んで人が多かった。

 

「腹減ったなぁ、何か食うか」

 

朝からなにも食べていなかった俺は、様々な飲食店を眺めていると。

 

「お兄さん、お兄さん!」

「はい?なんですか?」

「あんた、見ない顔だね?この街は始めてかい?」

「ええ、そうですね」

「そうかいそうかい!一人暮らしなら何かと入り用だろ?良かったら見てってくれよ!」

 

個人店の気のいいおばさんに声をかけられた。俺は足を止めて、店の看板を眺めると【調味料】と掲げられていた。

 

調味料か、醤油とか味噌も買わなきゃないよなぁ。

 

俺はおばさんの店に入ると、色んな味噌や塩、醤油が並んでいた。すると、おばさんは何を思ったのか拳程の大きさのある石の様な物を持って来た。

 

「お兄さん、これなんかどうだい?」

「なんですか?それ?」

「コレはね、岩塩だよ。ここ○○県の特産品なんだよ」

 

一人暮らしになんてもん売りつけようとしてんだよ、このババァ。

 

俺は顔を引き攣らせながら、

 

「い、いやあの、天然岩塩ですよね?高いんじゃないんですか?」

 

そういうとおばさんはがははと手を叩きながら笑った。

 

「あはは!外国の岩塩なら高いよ。けど、最近じゃ1000円位で買えるやつもあるんだよ。ウチも流行に乗って見ようと思って最近仕入れて見たんだ。どうだいお兄さん、普通の塩を買うより安いよ?」

 

確かに、一人暮らしで塩なんてそうそう使うもんじゃない。だから逆にかえって岩塩を買っておいて使いたい時削って使えば楽か。

 

「分かりました。それ一つ下さい」

「そう来なくっちゃ!毎度ありがとうね!」

 

おばさんに丁寧に梱包してもらい、天然岩塩を受け取って店を出た。

 

「よくYouTub○とかでも岩塩プレートとか動画にあるからな、俺もちょっとオシャレに料理でもしてみるか」

 

そのまま再び歩き始め、ラーメン屋に入った。中に入りもやしマシマシ味噌バターラーメンを注文し、たいらげた。パンパンに膨れ上がった腹を擦りながら店を出ると、駅で見かけたマフラーの女性が店の陰から俺を見つめていた。

 

またあの女だ……。この街の住人なのか?

 

俺は何も見なかったかのように来た道を戻り、社宅へ戻って行った。だが、その道中にヒシヒシと視線を感じ、誰かに尾行されている気がした。不審に思った俺は歩くのを止めると、少し遅れて足音が止まる音が聞こえた。

 

え、何?俺について来てるのか?

 

そう思った俺は後ろを振り向くと、後ろには誰もいなかった。が、明らかに気配を感じた。

 

仕方ない……。

 

俺は道路のど真ん中でクラウチングスタートを繰り出し……。一気に駆け出した。すると、向こうも陸上選手の様に走ると思わなかったのか、戸惑いを隠しきれず慌てて走り出した。

 

やはり誰か来てる!!ここで勝負だっ!

 

俺は駆け出したと思わせといて突然ビタっと止まった。突然止まったのに驚き、後ろで転んだ音が聞こえて来た。その隙に振り向くと、先程のマフラーの女が寝転んでいた。社宅を知られては不味いと思い、俺はマフラーの女に声をかけた。

 

「い、い、い、いたい」

「おい、あんた。さっきからなんで俺について来るんだ?」

「─────っ!?」

 

マフラーの女はバッと頭を上げて俺を見つめて、

 

「や、や、やっぱり、わ、わ、私がみ、見えるん、だね?」

 

マフラーの女は滑舌が悪いのか、途切れ途切れに言葉を発した。

 

これはかなり不気味な女に絡まれてしまったな。

 

「こんなクソ暑い中でなんでそんなマフラーをしているんだ?冷え性レベル100なのか?」

「ひ、ひ、冷え性、じゃ、じゃない、よ」

「んじゃなんだ?」

 

俺がじっとマフラーの女を見つめると、マフラーの女は不気味に笑った。

 

「ひ、ひひひひひひ。し、知りたい、の?」

「あー是非とも聞きたいね。真夏にマフラーをする理由がな」

「ひ、ひひ。も、もう少し、と、歳をと、とったら、おし、えるよ」

「何年先まで焦らすんだよ。教えてくれないなら帰るよ?」

 

ぐるっと振り返り帰る素振りを見せると、

 

「え、え?か、帰る、の?」

「帰るよ、時間の無駄だしね。今から晩御飯の支度しなきゃいけないからさ」

 

マフラーの女に野菜の入ったレジ袋を見せるとマフラーの女は首に汗疹が出てるのか、ボリボリとかきむしりながら不気味に笑った。

 

「ひ、ひひひひひひひひ。じ、じ、自炊して、してるんだ」

「ほら、汗疹でて痒いんでしょ?無理にマフラーしなくていいじゃん」

「そ、そ、それ、は、わ、私のアイ、アイデンティ、ティだし」

 

頑なにマフラーをしている理由を話そうとしないマフラー女を見て俺はため息を吐いた。

 

埒が明かないな。幽霊なのは確定見たいだし、こんな道のど真ん中でいつまでも騒いでいられない。仕方ない、ここは連れて行くか……。

 

「分かった分かった。とりあえず家で汗疹手当してあげるよ」

 

そう言うとマフラーの女は狂ったように、

 

「ひ、ひひひひひひひひひ。い、家に、いっ、行っていいの?」

「うん。いいよ、こんな所で1人で騒ぎたくないしな」

 

俺はそのまま社宅に案内して中に招き入れてスーツケースから痒み止めの塗り薬を取りだし、マフラーの女を畳に座らせた。

 

「ほら、さっさとその暑苦しいマフラーとれ」

「で、で、でも」

「でもも、デーモンでもない。早く外せ!暑苦しいからっ!」

 

強く言うと、マフラーの女は根負けしたのかマフラーに手をかけた。

 

「こ、こ、これ、い、い以上、ひ、ひ、秘密に、で、出来ないね」

 

マフラーの女はそう言って赤いマフラーを外し始めた。すると、彼女の首がぼとりと落ち、畳に転がった。

 

「うおぉぉっ!?取れた!?」

 

驚いた俺は慌てながら這ってマフラーの女から離れた。彼女の首がこちらを見つめて、

 

「こ、こ、これが、わ、わた、私の、ひ、秘密だよ?」

 

喋った!?

 

どうやら首が取れても意識があるらしい。俺は彼女の首をゆっくりと持ち上げた。

 

「び、び、びっくり、し、した?こ、こ、怖いで、でしょ?ひ、ひひひひひひひひひ」

 

マフラーの女が不気味に笑う中、俺はじっと彼女の目を見つめた。だが、俺はそのまま目を瞑って鼻息を荒らげ、口を3の様な形にしながら突き出した。



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第34話 ちょっと酸っぱいマフラー

熱い接吻をかまそうとしたその時、

 

「や、やめ、やめろぉっ!!」

 

突然、マフラーの女の体が動きだして俺をドンと突き飛ばし、首を強奪して行った。突き飛ばれた俺は、尻もちをついた。

 

「あたた…………。待って待って!首取れてんのになんで動けんの!?」

 

首を取り返したマフラーの女は首を再び胴体にくっつけて再びマフラーを巻き始めた。

 

「わ、わ、わ、私はゆ、ゆ、幽霊だから」

「幽霊ってそんな事も出来んのかよっ!アレじゃん。ゲームとかに出てくるなんだっけ、えーっと…………そうそうデュラハンだ!自分の首を持って歩いてるモンスターのデュラハンだ!!」

「でゅ、でゅ、でゅらはん?」

 

マフラーの女が首を傾げると、

 

「デュラハン分かんないの!?ちょっと首貸してくれる?」

「え、え、ま、また、き、キス、す、す、す、するんじゃ?」

「しないしない、ちょっとマフラーを取ってと」

 

俺はマフラーの女を宥めながらマフラーをシュルシュルと外して行く。どういう仕組みになっているのか、マフラーを外すと首が取れるらしい。俺はマフラーの女の首を手に取って、

 

「んじゃ、こうボールを脇で持つ様にして  そうそう」

 

マフラーの女は自分の首をサッカーボールを脇に挟む様にすると、

 

「はいっ、デュラハンの完成」

「い、い、意味が分からない。ま、マフラー、かえ、して」

 

そう言いながら近付いて来たが、俺はスっと距離をとった。そのままマフラーの女のマフラーを鼻に近付けて、

 

「すぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「ま、ま、マフラーを、かか、か嗅がないで!!」

「これちゃんと洗ってる?ちょっと酸っぱいよ?」

「や、や、や、やめ、やめて!」

 

マフラーの女は必死にマフラーを取り返そうとするが、俺はひょいひょいとかわして、スーツケースからファ○リーズを取り出した。そのままマフラーにシュッシュッと吹き掛けた。

 

「スンスン…………これで大丈夫。  はいどーぞ」

 

吹き掛けたマフラーを返した。

 

汗臭いマフラーなんて可哀想だしね。

 

「え、あ、ありがとう」

 

マフラーの女はマフラーを返して貰い、再びマフラーを巻き直した。マフラーの女はマフラーの匂いを嗅ぐ。

 

「い、い、い、いい、匂い…………ひひひひひひひひひ」

「だろ?お気に入りなんだよね、この香り」

「あ、ありがとう。ひ、ひひひひひひひひひ」

 

マフラーの女も匂いが気に入ったのか、不気味に笑う。そんな中、俺はちゃぶ台を組み立てお茶の用意をした。

 

「まぁ、おふざけもここまでにしておこうか。座ってくれ」

「う、うん。お、お、おか、お構いなく」

 

お茶をズズっと啜った俺はこの街に警備員の研修に来た事を簡単に説明し、真剣な顔つきになってマフラー女に訪ねた。

 

「ってな訳だマフラーちゃん、単刀直入に聞こう。君の他にもこの街には幽霊や妖怪はいるのかな?」

「え、え?、い、いる事はい、いるけど、き、聞いてどうするの?」

 

マフラーの女は手で扇ぎながら首を傾げる。

 

「何故かって?トラブルに巻き込まれたくないから今のうちに聞いておいて近付かないようにする為さ。毎回出会してしまうからね」

「な、なる、なるほどねひ、ひひひひひひひひ」

 

どこに笑うツボがあったのか、不気味に微笑む。

 

笑うってことは、ヤバい奴が他にもいる様だ。

 

「い、い、いるっちゃいるけど……」

「何人くらいいるの?」

 

マフラーの女は両手の指を使ってどんどん数えて行く。

 

「そんなにいるの!?やだなぁ、怖いなぁ〜」

 

ズズっとお茶を啜ると、今度はマフラー女が不気味な笑みから深刻な顔付きになって口を開いた。

 

「お、女の、幽霊や妖怪より、お、男の幽霊の方があ、危ない」

「え?そうなの?女の幽霊の方が怖いイメージあるけど?」

「そ、そんなのへ、偏見だよひひひひひひひひ」

 

そう言えばシシノケもオスだったな。これはいい事を聞いた。

 

俺はメモを取り出し、今まで言われた妖怪や幽霊達の名前をメモをして行く。

 

「で?この街に潜んでるんでしょ?どこにいるの?」

「し、知らない。わ、私と、同じで、あちこち歩いてる、から」

「マジか…………参ったな」

 

はーちゃん達のように徘徊するタイプの妖怪ならどこにいるか分かんねぇな。

 

「ちなみになんだけど、マフラーちゃんは人間に悪さとかしてないんだよね?」

「し、しないよ!」

「ホントか〜?ネットで調べればわかる事なんだからな?」

 

俺はマフラーの女に啖呵を切りながらスマホを検索するが、赤いマフラーの女の情報が確認されなかった。

 

「なんだ、ホントに悪さしてないじゃないか」

「だ、だからいっ、言ったじゃ、じゃない!」

「悪さしてたらお仕置にパンツぶんどってやろうと思ったのに」

「き、君って、ひひひひ、き、気持ち悪い、ねひひひひひひひひ」

 

不気味に微笑む子に言われたくないな。

 

「幽霊や妖怪に気持ち悪いって言われても悔しくないもんねー!」

「き、君の方がこ、怖いね…………そろそろ、か、帰るね」

 

マフラーの女が冷めたお茶の生気を一気に飲み干して立ち上がった。

 

「なんだ、もう帰るの?」

「こ、これ以上、い、いたら、み、身の危険を、か、感じる」

「人聞きの悪い事を言うね、俺がマフラーちゃんを押し倒すとでも?」

「さ、さっき、キ、キキス、し、しようとしたじゃん」

 

マフラーちゃんは胸元を両手で覆いながら俺から距離をとった。だが、俺は何食わぬ顔でマフラーちゃんの湯呑みに目を向ける。マフラーちゃんはハッとした顔をして慌てて湯呑みに手を伸ばしたが、

 

「おーっと、そうはさせないよ」

「あっ!!」

 

俺は直ぐにマフラーちゃんの湯呑みに手を取った。生気を吸われたお茶を見つめて、

 

「んふぅ、どこに口つけたのぉ?ここぉ?ここかな?」

「ひっ!!や、やめて!」

 

マフラーちゃんが涙目になりながら俺を止めようとするが、俺は聞く耳を持たずに舌をレロレロと高速に動かしながら、

 

「舐めちゃおっかなぁ〜。はぁはぁ、レロレロレロレロ」

「き、気持ち、悪い……か、帰る!」

 

マフラーちゃんはそう言い放つと、マフラーちゃんは慌てて玄関から飛び出して行った。一人取り残された俺は、

 

「なにもそんな逃げなくたっていいのに…………レロレロレロレロ」

 

マフラーちゃんが使った湯呑みをベロベロと舐めまわした。



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第35話 足のない女子高生

マフラーの女ことマフラーちゃんと出会った翌日、研修が始まった。徒歩で研修会場に入った。警備の仕事に関わりのある法律や心構え、事故が発生したときの対処方法や護身用の道具の使い方、救命措置を習得する。新任研修は、はじめて警備の仕事に就く人に向けた基本的な内容のカリキュラムになっていて、18歳以上であれば、受講に必要な資格は特に無いらしい。基本教育はテキストやDVDを使っておこなう講義と実技で構成されており、礼式と呼ばれる実技では、敬礼や駆け足などの基本姿勢や大声を出す訓練なども含まれている。

 

研修とはいえ、たった1人。寂しいし、虚しい。休憩時間は自動販売機でコーヒーを飲んで黄昏れるだけだ。これが3ヶ月も続くとなるととてもじゃないが憂うつになる。

 

8時間後、ようやく研修初日を終えた俺はゲッソリとしながら夕陽を背にして歩いていると、踏切に差し掛かった。カンカンと警報が鳴り、遮断棒が降りて来た。

 

こんな時に電車かよ……運悪ぃなぁ。

 

勉強勉強でうんざりしている俺はイライラしながら電車が通るのを待っていると、

 

ペタ…………ペタ…………。

 

カンカンと鳴り響く中、何かが這う音が混じって聞こえて来た。

 

なんだ?この音?

 

俺は不思議に思い、辺りを見渡しているとワイシャツと赤いリボンを包みブレザーを着た女子高生が地面に横たわっているのが見えた。

 

だが、俺は異変に気付いた。

 

その異変というのは、その女子高生に下半身がなかった。

 

「えっ!?ちょ、君、大丈─────」

 

これって119番?110番!?どっち!?

 

スマホを片手に混乱しながら近付いた瞬間、女子高生は顔をバッと上げて、

 

「あたしが…………見えるんだね?」

 

あっ、よかった、酷い交通事故じゃなさそうだ。危うく通報する所だったわ。

 

一安心した俺はスマホをしまって下半身のない女子高生に近付いて尋ねた。

 

「あ、あの…………痛くないの?  肘とか手とか」

「なんで内蔵とか出てるのにそっちを心配するの!?」

「いや、最初は通報しようと思ったよ?見えるんだって言われれば幽霊って思うじゃん?」

「そうだけど、そうだけども!!」

「そりゃ生身の人間だったらめっちゃ心配するよ。けど、君幽霊でしょ?それなのに心配しないのかと言われたら不愉快ってもんですわ」

 

俺が言い負かすと、下半身のない女子高生はぐうの音も出ないのか黙り込んでしまった。

 

はい論破。

 

「んじゃ、痛くないなら俺はもう行くよ?見えてない人に見られたら頭のおかしな人と思われて通報されかねないからね」

 

そう吐き捨てて俺はその場を後にした。

 

「ったく、若い幽霊ってあんなに意味不明な事いうのか?近頃の若い幽霊は分かったもんじゃねぇな」

 

ブツブツと呟きながら歩いていると後ろから殺気というか、嫌な気配を感じ取った。

 

なんだ?

 

振り返って見ると、

 

「ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

先程の下半身のない女子高生が肘を使って物凄い勢いでこちらに向かって来ていた。

 

「えっ!?えっ!?なに!?どうやって進んでんのそれ!?」

「待てって言ってんだろぉぉっ!!」

 

女子高生はめちゃくちゃ怒っているようで今にも俺を殺そうとしているのが嫌でも理解出来た。たまらず俺は無我夢中に走った。

 

「うおおおお!元陸上部の補欠なめんなぁぁっ!!」

 

バトンを受け取った選手の様に走り出しだすが、相手は腐っても幽霊。人間が敵うはずもなく、あっという間に追い付かれてしまった。俺は足を掴まれて転ぶと、下半身のない女子高生がのしかかって胸ぐらを掴んで来た。

 

「さぁ、捕まえた」

「ま、まて!?落ち着け、話せば分かる!」

「幽霊と何を話そうっての?おじさん?」

 

お、おじさん!?

 

聞き捨てならない言葉を聞いた俺は開き直って、

 

「おじさんって言ったか!?このJK!よく聞けよ?俺はまだ20代だっつぅの!小便くせえ小娘が生意気に…………」

 

こ、これは…………!!

 

下半身の無い女子高生が動く度垣間見えるワイシャツの隙間。恐らく動いた反動でボタンが外れたのだろう。そう、ブラジャーがチラチラ見えている。

 

「おらぁぁぁっ!!どうやって殺してやろうか!?」

「…………」

 

怒り狂っている下半身の無い女子高生のブラチラを目に焼き付けようとしていると、目線に気になったのか声を掛けて来た。

 

「つーか、さっきから何見てんの!?」

「え?何って?」

「とぼけないでよ。あ、分かった。おじさん、あたしの胸見てたでしょ?」

 

胸じゃない、ブラジャーだ。

 

「まぁ、嘘言っても仕方ないから言うけど、言っていいの?」

「はぁ?何?嘘じゃないっての?」

「うん。チラチラ見えるブラジャーを見てたよ」

 

正直に言うと、下半身の無い女子高生は呆れた顔をして、

 

「はぁ〜?胸もブラも同じでしょ?つーか、見ないでくれる!?」

「はぁ〜?ボタン外れてたから見てただけなんですけど?」

「はぁ〜?マジでキモいんですけど?痴漢じゃん」

「はぁ〜?痴漢じゃないんですけどぉ〜?透けブラとかブラチラをたしなむ程度の男ですけどぉ〜?」

 

勝手にブラチラさせておいて痴漢呼ばわりするとはなんてやつだ。

 

「いいか?俺はな?確かにおっぱいが大好きだよ。けどな?透けブラやブラチラの方がグッとくるものがあるんだよ!」

「いや言ってる意味が分かんないんですけど」

「とりあえず、退いてくれるか?」

「退いても逃げないよね?」

「当たり前だ、痴漢じゃないんだからな。正々堂々と戦ってやるよ」

 

俺がそう言うと、下半身の無い女子高生は頷いた。

 

「分かった」

 

下半身の無い女子高生が力を緩めた途端、俺は彼女をドンと突き飛ばして思いっきり駆け出した。



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第36話 テケテケに下半身を!

 思い切っり駆け出して社宅まで数メートルまで差し掛かった時。

 

「待てぇぇぇっ!!」

 

しつこい奴だ、まだ追ってくる。

 

 社宅の玄関に手をかけ、慌てて閉める。すると、ガシャン!とぶつかる音が響き渡った。

 

「いったあ…………。ちょっと、開けなさいよ!ぶっ殺すぞ!!」

「嫌だよ。一体何をそんなに怒ってるんだい?」

 

 引き戸越しに女子高生に尋ねると、ガラスにバンと手を叩く。

 

「あんたが逃げたからでしょ!?ちょっ、鍵掛けたわね!?」

 

 その隙に俺は携帯を取り出して【足のない女子高生 妖怪】で検索を掛けてみた。

 

「『テケテケ』?」

「何?あたしの事調べたの?」

 

 テケテケというワードに反応し、ピタリと叩くのを止めた。どうやら彼女の名前らしい。

 

「君の名前、テケテケって言うの?」

「そ、そうだけど?」

「なんで足ないの?事故で無くしたの?」

「そうだよ。あの時はとても寒い冬の時期でさ、電車に轢かれたのよあたし。その時、死ぬのに時間かかってね その時に化け物になったの」

「そうだったのか」

 

 重い雰囲気が漂う中、俺は閃いた。

 

下半身がないなら、下半身あげればいいじゃない!!

 

「なぁ、テケテケ」

「な、なによ」

「1週間後、またここに来てくれないか?」

 

 俺がそうもちかけると、テケテケは引き戸をバンと叩いて威嚇して来る。

 

「またそう言ってあたしを騙すんでしょ?」

「今度こそ信じてくれ、今度はテケテケにもメリットがある事だから」

「メリット…………あんたの足くれるかな?」

「まぁ、そうとも言えるかな?」

 

 そう言うとテケテケは納得したのか、引き戸を叩くのを止めた。

 

「分かった、1週間後またここに来るから残りの人生楽しみなさいよ。もし、逃げたりしたら必ず殺すからね?」

「逃げたりしないさ」

「んじゃ」

 

 テケテケは捨て台詞を吐いてその場から姿を消して行った。俺はため息を吐いてAm○zonのアプリを開いた。

 

「えーっと  あったあった。購入っと」

 

 俺はある物を購入して、1週間後に備えた。

 

1週間後。

 

 研修の帰り、テケテケと出会った時間になった。俺は届いた荷物と共に玄関で待っているとテケテケがどこからともなく現れた。

 

「へぇ、逃げなかったんだ」

「言ったろ?逃げたりしないって。まぁ、玄関じゃアレだし中に入りなよ」

「何?今更命乞いでもするつもり?」

 

 テケテケはゆっくり這うように玄関から入ってくると、大きなダンボールに行く手を阻まれた。

 

「ちょ、なにこのダンボール?邪魔なんだけど?」

「おいおい、それは君にあげるモノだよ?」

「あたしに?」

 

 テケテケが首を傾げると、俺はダンボールを開けた。すると、ダンボールから右足が現れた。右足を目の当たりにしたテケテケは、

 

「あ、あんた!?まさか人を殺したの!?」

「違うよ。これはリアルドールさ」

「リ、リアルドール?何それ?」

「細かい事は気にしないでくれ。足触ってみな?本物のようだろ?」

 

 テケテケは恐る恐るリアルドールの足を触り始める。あまりのクオリティの高さに驚きを隠せなかった。

 

「すっごい!本物の人間の足みたい!」

「だろう?」

「けど、なんでこんなのあたしに?別にあたしは自分の足を探してる訳じゃないんだけど?」

 

 テケテケの言葉を聞いた俺はお茶を飲みながら口を開いた。

 

「実はな、テケテケが帰ってから色々考えたんだよ。セクハラもいいけど、どうにかしてあげれないかなと」

「どうにかってどういう事?あたしを退治するとか?」

「それも考えたんだけど、退治なんてしたら可哀想じゃん。お前ら幽霊は未練があるから彷徨ってるんだろ?」

 

 突然真剣な目指しで見つめられたテケテケは咄嗟に顔を逸らした。

 

「ま、まぁ…………あたしもそうなんだけど」

「そこで、俺考えちゃいました。成仏出来るように協力してあげようって」

「成仏!?別にあんたがやる事ないんじゃない?」

「関係ないけど、これも何かの縁だろ?その手始めにテケテケの成仏の手助けになると思ってこのへそから下の下半身リアルドールを買って見ました」

「頼んでないんだけど!?」

「お値段はなんと2万5000円」

「値段とかも聞いてないんだけど!?」

 

 テケテケの言葉も聞かずに俺はリアルドールのへそから下の下半身を引っ張り出して畳の上に置いた。

 

「いいからほら、くっ付けて!!」

「はぁ!?あんた何言ってんの!?くっ付く分けないでしょ!!」

 

 試してもいないのに拒むテケテケ。そんな中俺はリアルドールの太ももを擦りながらテケテケに言い返す。

 

「大丈夫!幽霊だってやれば出来る!スポーツ根性だ!」

「いや今スポーツ根性とか関係ないんだけど!? 擦りながらいうのやめてくれる!?気持ち悪い!!」

「ほら、ちゃんとスカートと靴下それに青と白のボーダーのパンティも付けてあげるから」

「なにその偏ったオプション!?」

 

 全く言う事を聞いてくれないテケテケに俺は遂に奥の手を出した。

 

「分かった!そこまで言うなら、賭けをしよう。もしこのリアルドールがくっつかなかったら俺を殺せばいい。だけど、仮にくっ付いたら…………ごにょごにょ」

「最後なんて言ったかわかんないんだけど!?まぁいいさ、のってやるよその賭け!」

「グッド」

 

 賭けにのったテケテケは仰向けに寝転んだ。俺はリアルドールをテケテケのちぎれた部分にくっ付けるようにしてみた。

 

「どう?くっ付いた?」

「そんな訳ないでしょ」

 

やっぱりダメかなぁ…………。

 

 俺は適当にお経をとなえながらリアルドールの上に手を置いてみた。すると、テケテケが顔を青ざめ始める。

 

「う、うそ…………かっ、感覚がある!?」

「えっまじ!?適当にお経唱えてみたんだけど?」

「ほ、ほんとにくっ付いてるのかな?」

 

 テケテケは恐る恐る足を動かしてみると、足がピクピクと動きだし、次第に関節まで動かせるようになり、遂には立ち上がって社宅の庭を歩き始めた。

 

「すごい…………あたし、また歩けてる!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「歩けてる…………ね」

 

 テケテケがはしゃいでる中、俺は自分の体に何が起こっているのか不思議でならなかった。

 

俺は幽霊に触れたり見えたりするだけじゃなく、失った所も治すことが出来るのかな?

 

 ブツブツ首を傾げながら考えていると、テケテケが声を掛けてきた。

 

「あーあ、賭けはあたしの負けかぁ。で?何して欲しいの?」

「え?あー、賭け?」

 

 真剣な顔をしながら、

 

「スカート捲ってくれ───────」

 

ズドン!

 

 有無を聞かずにテケテケは俺に前蹴りをした。



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第37話 そうだ!海に行こう!

 テケテケに足をあげてから1週間が経った。あれから帰り道に踏切に行くとテケテケが楽しそうに歩いているのを何度か目撃した。とても楽しそうだったのであえて声はかけなかったが、いい事をした気分だった。

 

そして、日曜日。

 

 まだまだ暑い中、俺はアイスコーヒーを飲みながら扇風機を全開にして官能小説を読んでいる。汗で小説がベタベタになった時、俺は暑さでおかしくなったのか、急に立ち上がって大声で叫んだ。

 

「そうだ!海に行こう!」

 

なにもこんな暑い中部屋に閉じこもってる必要はない。暑ければ海に行けばいいじゃないか。

 

 そう決めた俺は海パンを持たずに、浮き輪を持って電車に飛び乗り海を目指した。電車から降りて駅から歩くと○○海岸という看板が見えて来た。セミがミンミンと鳴り響く中歩き続け、○○海岸に辿り着いた。

 

「あれ?人居なくね?もう海開きしてるよね?」

 

 辺りを見渡すと、海岸には人気は無くあろうことか海の家すらない全くの無人の海岸だった。

 

「おっかしぃな〜。もしかして遊泳禁止だったかなぁ?」

 

 砂浜を歩いていると、コツンと何かが当たった。俺はそれを掘り起こして見ると、【遊泳禁止】と記された看板だった。

 

「やっぱりここ遊泳禁止だ!あっぶねぇ…………通報されちまう。早いとこ別の所に行こう」

 

 駅に戻ろうとしたその時。

 

きゃはははっ!

ちょっとやめてよ〜!

それそれー!

 

 どこからともなく聞こえる艶々と潤いのある声。俺は後ろを振り向くと、色とりどりの水着を身につけた女の子達が遊んでいた。

 

なにあれ、天使?  イカンイカン。ここは遊泳禁止だという事を知らせなきゃ!!。

 

 俺は不審者と思われないように堂々としながら女の子達に声をかけた。

 

「こんにちは〜!そこのお嬢さん達、ここは遊泳禁止ですよ〜?」

 

 

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 もちもちとハリのある肌に艶々な髪を靡かせる7人の女の子達は一斉に俺の方に振り向いた。

 

「お兄さん誰〜?」

「どこから来た人〜?」

「てか、何そのカッコウケる」

「暑そう」

「イケメンでもないし」

「お兄さんジュース買って来てくれる〜?」

「お腹すいた〜」

 

7人いっぺんに話されると何言ってるか分からないんですが。

 

「まってまって、1人ずつ話してくれますか!?」

 

 俺が女の子達に言うと、赤いビキニの女の子が手を挙げた。

 

「はいはーい!あたしが話すよ!」

「あっ、君ね?。あのね?ここは遊泳禁止みたいなんだよ、だからこの辺の人に通報される前に移動した方がいいよ?」

「えー、別に悪い事してないもん。いいじゃん」

 

 赤いビキニの女の子に言っているのに青い髪の女の子が話し出す。

 

何故君が喋る。

 

「そうなんだけど、遊泳禁止になったという事は理由があるんだし」

「なんでお兄さんに言われなきゃないわけ?」

 

 青い髪の子に言ったのに、スクール水着の子が言い返して来た。

 

だから何故君が喋る!。

 

「そうなんだけど、おまわりさん来たらめんどくさいでしょ?」

「そんなのいいからお兄さんも遊ぼうよ〜!」

 

 スクール水着の子に言い返ししてると、金髪の子が話し出す。

 

君に至っては話聞いてた!?。

 

 金髪の子が言い出した途端、他の6人も釣られるように。

 

「それもそうだね!お兄さんも遊ぼうよ!」

「そうだよそうだよ!海に入らなければ通報されないよ!」

「遊ぼうよ!」

「通報されてもお兄さんが助けてくれるでしょ?」

「ほらほらー変な浮き輪置いてさー!」

「盛り上がって来たねー!何して遊ぶ〜?」

「シーグラスでも探す?映えるんじゃなーい?」

 

 美女7人に囲まれてガヤガヤと言われながら腕やシャツを引っ張られ、思わず顔がにやける。

 

ハーレムだ、これは間違いなくハーレムだ!!

 

 そう確信した俺は、

 

「通報がなんぼのもんじゃい!さぁ、遊ぶぞぉー!」

 

 浮き輪を投げ捨て、女の子達と遊び始めた。

 

「そーれっ!」

「あははっ!そーれっ!」

 

 ビーチボールで8人仲良くして遊んでいるといつの間にか俺達は打ち解け始め、触れ合う仲になっていた。

 

「あーん、お兄さんつよーい」

「ほんとほんとー」

「ぎゅうってしちゃおうっと!」

 

 銀色の髪の女の子が密着する。すると、負けじとサングラスを掛けた女の子と赤い髪に褐色肌の女の子が割り込んで来た。

 

「ちょっと抜け駆けしないでよぉ!」

「あたしらも混ぜてよ〜!!」

「「あたし達もー!!」」

 

 ぎゅうぎゅう詰めの満員電車の様に女の子達に押さえ込まれる。その時俺はどさくさに紛れて女の子達のあんなとこやこんな所を触ってみた。

 

「ちょっと押さないでよ〜!!」

 

なんっだと!?

 

 俺があんなとこやこんな所を触っているのに気付いていないのか、まったく気付かなかった。生唾を飲む俺は覚悟を決め、更に触ってみる。

 

「ちょっと!」

 

しまった!バレた!!

 

 思わずビクッと動きを止めると、

 

「お尻触ってるの誰〜?」

「ごめん、あたし、あたし〜!」

 

なんっだと!?ほんとに気付いてないの?我慢してるんじゃないの?もう、捕まっていいや。

 

 変な気分になってきた俺は開き直って更にあんなとこやこんな所を触る。

 

「来た、俺のモテ期が来たぞぉぉぉっ!!」

 

 熱く、熱く叫んでいると、ある異変に気付いた。

 

「…………あれ?いつの間にか、海に入ってね?」



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第38話 7人ミサキ

 海に入っていることに気付いた俺は女の子達に声をかけた。

 

「ちょとまてちょとまてお姉ちゃん!!」

「えっ?なーに?どうかしたの?」

 

 赤いビキニの女の子が反応してくれた。

 

「海に入ってるんだけど?ダメだって、遊泳禁止なんだから」

「釣れないこと言わないでよ〜。大丈夫だって!」

「そー!そー!このまま進んじゃおう♪」

 

 青い髪の子とスクール水着が言い返してくる。その間どんどん海を進んで行き、足がつかない所まで来ていた。

 

あっ、コレはマズイ。

 

 妙な寒気を感じた俺は咄嗟に、

 

「ごめん、おしっこしたい」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 尿意を示した途端、女の子達はピタッと止まった。だが、俺の尿意は限界を超えそうになる。

 

「ご、ごめん、マジで出そう!離れて!マジで離れて!」

「嘘でしょ!?ヤダこっち来ないでよ!!」

「まだ出してないよね!?離れるからこっちに来ないでよ!?」

 

 女の子達は慌てて俺から離れ始める。

 

チャンス!

 

 俺は用を足すフリをして岸を目指した。

 

「ごめんねぇ、海で用を足す訳にはいかないからさ」

 

 そう言った瞬間女の子達の目つきが変わり、ヒソヒソと7人で話し始めた。

 

「バレたね」

「どうする?」

「バレたからには生かして返せないよ」

「そうだね、殺しちゃおう」

「どうやって殺す?」

「溺れさせれば誰も怪しまないよ」

「んじゃ、そうしよっか」

 

 女の子達は物凄い勢いで俺を追い掛けて来た。

 

「ヤバッ!こっちに来る!!」

 

 岸まであと10メートル近くになりギリギリ足が付く所まで泳いだ俺は、必死すぎてトランクスが脱げてるのに気付いていなかった。ようやく腰までの高さまで来た時に俺は女の子達に振り向いた。

 

「こっちに来るな!ここで出したって良いんだぞ!?」

 

 俺は女の子達に怒鳴り散らすと、女の子達は俺の下半身に目を向ける。

 

「出したって良いんだぞ!?って、もう出してるじゃん!」

「ちょっと見えてるって!見えてるって!」

「きゃぁぁぁっ!!」

「なんてもん出してんのよ!?」

 

 金髪、褐色肌、サングラス、白い髪の子が揃って俺に指を指す。残りの3人は両手で顔を隠していた。

 

なんてもん?何を言って…………。

 

 俺が自分の下半身を見てみると、トランクスがどこかに行っていた。

 

「あら!?パンツどっか行った!!やべっ!!」

 

 俺は慌てて着ていた白いTシャツで下半身を隠したが、

 

「透けてるんですけど!?」

「それで隠してるつもり!?」

「マジで気持ち悪いんだけど!?」

「キモイキモイ!!」

「もう、何もしないから早く下履いてよ!」

「乳首透けててちょっとキモイ!!」

「汚ぇもん見せてくんじゃねぇよ!」

 

 女の子達に浴びせられる罵声の中、俺は泣きそうになりながらハーフパンツを履いた。履いて砂を払っていると、既に女の子達に囲まれていた。

 

「ねぇ?着替え持って来てないの?」

「ない」

「んじゃなんで海に入ってんの?馬鹿なの?」

「それは君たちが入れたからです」

「はぁ?あたしらのせいにする気?」

「したくもなりますよ」

「つーか、あたしらの体触ったよね?」

「なんの事でしょうか?」

「とぼける気?みんな気付いてるからね?」

 

 女の子達に言われる事に俺はゾッと青ざめる。

 

あっ、コレはマズイ、通報されちゃう。

 

「いやぁ?俺が?君達の体を触る?んなまさか」

「少し前海に沈めたおじさんも最初そんな事言ってたし」

「そーそー」

 

海に沈めた!?

 

 俺はバッと顔を上げて女の子達に尋ねた。

 

「あの、色々気になる事があるんだけど、とりあえず君達の名前聞いても良いかな?」

 

 そう言うと7人の女の子達は同時に、

 

「「「「「「ミサキ」」」」」」

 

なんて?

 

「ごめん、なんて言ったの?君の名前は?」

「ミサキ」

「君の名前は?」

「ミサキ」

「んじゃ君は?」

「ミサキ」

 

 赤いビキニ、青い髪、金髪に名前を尋ねると【ミサキ】と名乗った。他の4人を見ると同じ名前だと言わんばかりに頷く。

 

「あっ、みんなミサキなんだ」

「うん、そう」

 

 俺はバッグからスマホを取り出して【7人ミサキ】と入れて検索して見た。7人ミサキとは、災害や事故、特に海で溺死した人間の死霊。その名の通り常に7人組で、主に海や川などの水辺に現れるとされる。7人ミサキに遭った人間は高熱に見舞われ、死んでしまう。1人を取り殺すと7人ミサキの内の霊の1人が成仏し、替わって取り殺された者が7人ミサキの内の1人となる。そのために七人ミサキの人数は常に7人組で、増減することはないという。

 

なにこれこわい。

 

「って、俺遭ったのに高熱出ないんだけど?なんで?」

「知らないよそんなの!人のケツ触っておいて生きて帰れると思ってんの?」

「だから触ってないって!証拠あんのか!?あぁん!?」

「だからあたしが見たって言ってんの!」

 

 幽霊と分かった俺は通報される事がないと判断し、一気に攻勢に出た。

 

「だから何だ!ごちゃごちゃうるせぇよ!なんだ7人ミサキっておそ○さん見てぇな事しやがって!お前らが幽霊ってんなら怖いこと何もねぇからな!!」

「なに開き直ってんの!?」

「やかましい!ミサキB!」

 

 俺はサングラスを掛けたミサキにミサキBと呼んだ。

 

正直みんなミサキだと分かりにくい。赤いビキニをミサキAとして、スクール水着のミサキをミサキGと呼ぼう。

 

「おい、ミサキC!」

「な、何よ!?」

「成仏してないのになんで俺を海に沈めようとした!?」

 

 ミサキCに尋ねると、ミサキCは困った顔をしながら答える。

 

「なんでって…………?えーっと…………」

「狂ってんのか!?理由も無しに人を襲うんじゃないよ!」

 

 俺がそう怒鳴ると褐色肌のミサキEがミサキCを庇うように、

 

「違うの!この前のおじさんはこの海を荒らしてたの!色々ゴミとか勝手に捨てたりしてたから!」

 

なるほど、不法投棄して海を荒らしてたのか…………。

 

 真実を知った俺は複雑な顔をしながら考えた。どうやら7人ミサキはこの海を守っているらしい。不法投棄などした奴を海に引きずり込んで退治をしているようだ。

 

「事情は分かった。ミサキシスターズの事は誰にも言わないよ。ただ、俺みたいに迷い込んだ人を襲ったりするなよ?」

「いや、しれっと善人ぶってるけど、あんたも沈める動機あるからね?」

「よーし、なら分かった。責任とる!」

 

 俺は再び全裸になり綺麗な砂浜に大の字になって、

 

「煮るなり焼くなり好きにしておくんねぇっ!!」

 

 潔くしていると、7人ミサキ達は。

 

「いやもういいから帰ってくんない!?マジで気持ち悪いから!」

「ほんとほんと、マジで気持ち悪い!!」

「キモイキモイ!!」

「砂かけよ」

「あっ、いーねそれ!早く帰れ!クズッ!」

「二度と来るな!!」

「気持ち悪い!!」

 

 7人ミサキは気味悪がって何もしてこなかった。むしろ、俺を置いて海に消えて行った。取り残された俺は上半身裸で近くのコインランドリーに向かって行った。



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第39話 水も滴る変なやつ

 7人ミサキ達と遭遇してから数日経ち順調に研修を続けていたが、俺はあれから海が大嫌いになった。今日も今日とて踏切で立ち止まっているとテケテケが近付いて来た。

 

「よっ、元気?」

「元気よ。もうすぐ2ヶ月だけど、研修は順調?」

「おん、順調順調」

 

 そう他愛のない話をしていると、突然テケテケは俺の顔を伺いし出す。

 

「あ、あのさ…………も、もしね?嫌な事があったら海にでも行って息抜きしない?あ、あたしも付き合うからさ」

 

 テケテケは頬を赤らめながら俺に言ってきた。

 

優しい…………けど。

 

「あーごめん。俺この前7人ミサキに絡んで嫌われたからさ海嫌いなんだよね」

「…………は?」

「いやね?俺も見抜けなかった悪いんだけど、あっち7人でさ〜あんな所やこんな所触れたから楽しかったんだけど───」

「もいいわ、聞いただけで寒気と吐き気がする。ってか誘った相手が悪かったわ」

「えっ、もしかして風邪?」

「ちっげぇし!!あーマジで気分悪い、帰るわ」

 

 テケテケは先程まで頬を赤らめいたのに今は打って変わって青筋を立てながら去って行った。

 

具合いが悪いのだろうか?夏風邪は大変なのに。

 

 そのまま踏切を渡り、社宅に戻った時俺は夕飯の買い物をするのを忘れてしまった。

 

「アイヤー!買い物すんの忘れてた!」

 

踏切をまた戻るのもめんどくさい、今日は隣町のスーパーに行って見るか。

 

 考えた俺は踏切とは逆方向の道を歩き始めた。土手の階段を登ると、大きな川になっており、よく早朝におじさんやスポーツマンがランニングをしている道を歩き始める。

 

「この街に来て2ヶ月経つけど、大体把握出来てきたなぁ」

 

 しみじみと呟きながらイオ○スーパー○○支店に入った。今日は火曜日で安売りセールをしてるからか、人が多かった。そんな中、冷やし中華の材料を買って帰ろうとすると、夕立ちが降って来た。

 

「うわぁ…………雨かぁ。仕方ない、ダイ○ーでビニール傘でも買うか」

 

 ダイ○ーでビニール傘を買い足し、来た道を帰ろうとすると土手に前髪が垂れ下がった全身ずぶ濡れの女子高生か女子大生くらいの女の子が土砂降りの中立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

傘を忘れて開き直ったのかな?

 

 不思議に思いながらその子を見つめると、その子は俺に対してニヤリと笑った。

 

あっ、やべ!傘取られる!?

 

 危機感を感じた俺は敵意が無いことを示す為にびしょ濡れの女の子に対して会釈をした。すると…………女の子は更に不気味にニヤリと笑った。怖くなった俺は、

 

「んっ!」

「…………?」

「んっ!!」

 

 俺は昔の男の子が恥ずかしくてムキになりながらも傘を貸してあげるという仕草をした。びしょ濡れの女の子は不意をつかれたのか、挙動不審な動きをする。びしょ濡れの女の子が傘を握った瞬間、俺は駆け出した。

 

どうだい?カッコイイだろ?

 

 自分に酔いしれながら俺は帰宅した。傘をバサバサとしながら水気を切り、玄関に入ろうとした瞬間、俺の視界に人影が映った。

 

「ん?」

 

 社宅の入り口からびしょ濡れの女の子が立っていた。しかも、貸した傘を刺さずに。

 

なんで刺さないんだろう?びしょびしょになったから諦めたのかな?

 

 このままでは可哀想だと思い、俺は手招きをした。

 

「おーい、傘返しに来てくれたの?そのままじゃ風邪引いちゃうよ?」

 

 そう伝えるが、びしょ濡れの女の子はニヤニヤしながらこちらを見つめるだけだった。

 

何が面白いのかな?ニヤニヤしちゃって。

 

「ほら、こっちおいで?衣類乾燥機とか貸してあげるから」

 

 すると、びしょ濡れの女の子はぴちゃぴちゃと音を立てながら俺に近付いて来た。そのまま玄関に入り、靴を脱ぐとびちゃびちゃの靴を脱いで茶の間に入って来た。

 

あーあ、廊下がびしょ濡れだよ。

 

 俺は風呂を沸かしている間に、俺のバスタオルとワイシャツを取り出してびしょ濡れの女の子に手渡した。

 

「はい。女の子物の着替えとか持ち合わせてないからこれで我慢してね?お風呂はいって体温めてきていいから」

「…………コクリ」

 

 びしょ濡れの女の子はそのまま脱衣所に行く。俺はその間に彼女が歩いた場所を雑巾で拭いた。衣類乾燥機の音がごうんごうんと聞こえて来たのでお風呂に入ったと俺は考えた。俺は別のバスタオルを使って自分の頭を拭き始める。

 

「いや〜久しぶりに濡れちゃったよ天気予報どうなってるかな?」

 

 テレビのリモコンを操作しようとしたその時。

 

ぴちゃ……ぴちゃ……。

 

「ん?なにか忘れ─────」

 

 後ろを振り返ると、ホカホカの湯上がった彼女が立っていた。だが、貸したばかりのワイシャツを濡らしながら。

 

「えっ、待って!?ちゃんと体拭いたの!?どんな状態なのそれ!?」

「………………ニヤリ」

「いやニヤニヤしてないで答えてくれる?  あ、ちょっとその状態で座らないで!畳濡れちゃ…………あーあ!濡れちゃった!!」

 

 ホカホカびしょ濡れの女の子は何食わぬ顔をしながら畳の上に体育座りをし始める。俺は慌ててバスタオルで彼女を拭き始める。

 

「もぉ〜!子供じゃないんだから!君お母さんに怒られない!?」

 

 ある程度拭き終えてドライヤーで髪を乾かして上げようとしたその時、ようやく異変に気付いた。

 

「おかしいな、全然乾かないんだけど?」

 

 彼女の髪や体を拭いても拭いても水気が取れる気配が全くなかった。



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第40話 濡れ女

 首を傾げながら俺はドライヤーで彼女を乾かそうとするが一向に乾く気配がなかった。俺は一旦ドライヤーを止めて彼女の髪を手ぐしにしながら触る。スっと櫛のように撫でると彼女の髪はしっとりしつつ、水が滴っていた。

 

「え、待って!?なんで乾かないの!?」

「ニヤリ」

「笑ってんじゃねぇよこの辺びちゃびちゃじゃねぇか」

 

 ニヤニヤ不気味に笑う彼女他所に俺は畳を雑巾で拭いてると、チラッと彼女の下半身に目がいった。今気付いたが、彼女の着ているワイシャツもしっとりと濡れていた。

 

こ、これは!?

 

 雑巾を掛けながら彼女の周りをグルグルと無駄に周り、じっくりと目に焼き付ける。

 

「おいおい…………ピンクか、いいセンスしてるじゃねぇか」

「…………?」

 

 彼女は視線には気付いているがなんの事か分かっていないのか、首を傾げてこちらを見ていた。俺が空のバケツを水いっぱいになるまで水気をとり拭き掃除を終えた。

 

「参ったな、家中のタオル使っても拭き取れねぇぞ」

「…………ニヤリ」

「笑ってんじゃねぇよ。この社宅になんかねぇかな」

 

 俺は社宅中の棚をガタガタと漁り始めて吸水性のある道具を探し始めた。風呂場近くの棚を漁っていると、吸水バスマットと吸水性の高いスポンジを見付けた。俺はそれらを持って彼女の前に立つ。

 

「ちょっと、これ敷いてくれる?そんでこれ持ってて」

「…………?」

 

 彼女は訳も分からず吸水バスマットを敷いて再び体育座りをして吸水性の高いスポンジをギュッと抱き抱える様にした。すると、どんどん水気が吸い取られて行き、スポンジがびちゃびちゃになって来た。

 

「もうびちゃびちゃになったのか?どれ貸してみ?」

 

 バケツにスポンジをしっかり絞って再び彼女に手渡した。

 

「ねぇ?もしかして君…………幽霊?」

「───────っ!?」

 

 彼女は何故分かったと言わんばかりに驚いた顔をしていた。確信を得えた俺はスマホを取り出して【濡れた女の子 幽霊】と入れて検索を掛けて見た。画面をスクロールして行くと…………。

 

「【濡れ女】…………?」

 

 濡れ女。顔全面に長い髪が垂れ下がった全身ずぶ濡れで雨の日に男に笑いかけ、笑い返した男に一生執念深く取り憑くという妖怪で、取り憑いた男の周囲を湿らせ、やがて健康を害して取り殺すという。

 

えっ?

 

 スマホの情報と交互に見合わせた俺は、大きくため息を吐いた。

 

「マジか…………あの時、傘を貸した時か」

「…………ニヤリ」

 

 濡れ女は俺の顔を見ながら不気味に笑う。口元しか見えない為、余計不気味に感じた。

 

「やれやれ、一生執念深く付き纏うって本当に?」

「…………コクリ」

「俺なんかに取り憑いて大丈夫?後悔しない?」

「…………ブンブン」

 

 濡れ女は頭をブンブンと横に振る。

 

その心意気やよし!!

 

 濡れ女の執念深さがどれくらいなものか、試してみようと俺は正座して濡れ女に頭を下げた。

 

「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします」

「──────っ!?」

「執念深く付き纏うんでしょ?それはもう彼女だよね?」

「───────っ!!!!」

「よろしくね?『ぬーちゃん』」

 

 俺は悪魔の様に満面な笑みを浮かべると、濡れ女は余程怖かったのか慌てて後ずさりをして壁に寄りかかった。千載一遇のチャンスを逃さんとして俺は濡れ女に壁ドンをする。

 

「なんだよぉ、逃げるなぁよぉぉ…………今まで黙ってたけど、君下着まで透けて丸見えだよぉ?」

 

 気を遣って囁くように濡れ女に言うと、濡れ女は歯をガチガチさせて震え始める。

 

「震えてるよ?寒い?また風呂に入る?ねぇ?入る?」

「…………ブンブン!!」

 

 濡れ女はブンブンと横に振る。どうやら寒くて震えている訳じゃ無さそうだ。

 

「けど逃がさないよぉ〜?執念深く付き纏うんなら愛してくれえよぉ」

「や、やだ…………こ、こわい…………やめて…………!!」

 

あっ、喋った。

 

 濡れ女は掠れて弱々しく声を捻り出した様に喋った。

 

「怖くなんかないよぉ?」

「───────っ!!」

 

 濡れ女は堪らず駆け出して外に出ようとした。だが、俺は反復横飛びの要領で滑るように先回りする。

 

「逃がさないよ、さぁ、一緒に暮らそう。毎日俺に味噌汁を作ってくれぇぇぇっ!!」

 

 すると、突然窓が開いて何者かが入って来て俺に向かって飛び蹴りを繰り出して来た。俺は吹っ飛ばされて台所まで転がった。

 

「いってぇ…………なんだ!?」

 

 体を起こして見るとそこには、テケテケがずぶ濡れの状態で茶の間に立っていた。

 

「あれ?テケテケ!?何やってんの!?」

「それはこっちの台詞!幽霊連れ込んで何やってんの!?」

 

 テケテケは濡れ女に顔を向けると、濡れ女は味方と判断してテケテケの足にしがみついた。

 

「ほら、見なさいよ!怖がってるじゃんか!あんたこそ何したの!?」

 

 テケテケは鬼の形相で俺を睨みつけるが、俺は何食わぬ顔をしながら答えた。

 

「付き纏って来たのはそっち!調べたら一生執念深く付き纏うって書いてから試してたんだよ!プロポーズして何が悪い!?」

「悪いに決まってるでしょ!?こんなに怯えさせて!!幽霊プロポーズとか頭おかしいんじゃないの!?」

「おかしくない、だって付き纏うなら付き合うと同じじゃないか」

「全然違うわっ!どんな発想してんの!?」

 

 濡れ女は落ち着いたのか、立ち上がってテケテケの後ろに隠れる。

 

「あっ、ちょっと歩かないでくれる?また畳が濡れるから」

「あたしらが出てってから拭けばいいでしょ?この子の服はどうしたの?どこやったの?」

「衣類乾燥機に入れてるけど?」

「濡れ女?取ってきな?あたしが見張ってるから」

 

 テケテケに促された濡れ女はそそくさと衣類乾燥機の方に向かって行き着替え始め、着替え終えると再びテケテケの傍に近寄った。

 

「いい濡れ女?この世の男には取り憑いて良い奴と悪い奴がいるの。勿論アイツはダメなやつだからね?気を付けなよ?」

 

 テケテケに忠告された濡れ女は縦にブンブンと頭を振ると、テケテケはそのまま玄関に向かった。

 

「いい?もうこの子に近付くんじゃないよ?分かった?」

「はいはい、分かったよ。もう何もしないよ」

「ほら、あんたもいつまでもスポンジ持ってないで帰るよ?」

「…………コクリ」

 

 頷いた濡れ女を連れてテケテケは雨の中出ていった。俺は部屋を濡らされた挙句、蹴りを入れられていい事は何一つ無かった。



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第41話 夏の終わり〜♪

 濡れ女と遭遇してしばらくして、暑い暑い夏が終わった。秋の風が吹き始めた頃、俺の研修も後数日のみとなった。俺は土曜日の昼間からゴロゴロしながらテレビを見ていた。テレビではアナウンサーが楽しそうに○○山で紅葉が始まったのを中継していた。

 

《みなさーん、私今、○○山に来ていまーす!紅葉は今がピークですよ〜皆さんもどうですかぁ〜?》

 

 紅葉シーズンが始まったのか、山々は赤、黄色、オレンジなど様々な模様を出していた。俺はあぐらをかきながら見ていた。

 

「紅葉かぁ〜。もうすぐ研修終わるし、ちょっと遠出してみるか」

 

 俺は立ち上がって着替えようとしたその時、ふと思った。

 

このままテレビの場所に行っても混んでるんじゃないか?

 

 そう考えた俺は久しぶりに”あの方”の力を借りようと思い、家から持って来たカバンから”あの紙”を取り出した。そのままテーブルに敷いて10円玉を設置した。コホンと咳払いをして、

 

「Heyコックリ」

 

しーん。

 

「あれ?来ないなぁ…………教えてコックリさん」

 

しーん。

 

「コックリ〜さぁーーーん?」

 

 まったく動かない10円玉を見つめて首を傾げていると、10円玉が動き始めた。

 

(_`Д´)_な ん だ よ ぉ !!

 

やれやれ、ようやく動いたか…………。

 

「久しぶり、コックリさん。元気にしてた?」

 

 久しぶりなので他愛の無い話から始めてみた。すると、10円玉は忙しそうにスっスと動く。

 

いまいそがしい!ヽ(`Д´#)ノ

 

 どうやらコックリさんも色々忙しいらしい。

 

正直何をしてるか気になるが、要件をさっさと伝えてしまおう。

 

「あー、んじゃ手短に聞きます。この近くで紅葉がめちゃくちゃ見れる場所ありませんか?それさえ聞ければいいんで」

 

 淡々と俺が説明するとコックリさんの逆鱗に触れたのか、ものすごい勢いで10円玉を動かした。

 

それくらいじぶんでしらべろ(#゚Д゚)<ボケェ!!

 

ヤバい、めちゃくちゃ怒ってる。

 

「そ、そこをなんとか  お願いします、これっきりにしますから!」

 

 俺が紙に向かってペコペコと頭を下げると、

 

○○峠、そこならいまいちばんいいところ。んじゃね(・ω・)ノシ

 

「○○峠!?え、ちょっと山じゃ───────」

 

 コックリさんは余程忙しかったのか、あっという間に鳥居のマークに戻って行ってしまった。

 

○○峠か…………。

 

 コックリさんの言う通りの○○峠をスマホで調べてみた。

 

○○峠は、心霊スポットとして有名で、○○峠は、○○県と○○県の境にあります。標高はおよそ640メートルで、○○峠とは江戸時代に江戸と○○県を結ぶ道のひとつとしても使われていた。心霊スポットとして有名な○○峠ですが、その豊かな自然が生かされた観光スポットもたくさんあります。紅葉を楽しみたいときや、ハイキングを楽しむこともできる。

 

「うーん。○○峠ならここから遠くないし、行ってみるか」

 

 俺はハイキングが出来るようにジャージ姿になり、リュックを背負って電車に飛び乗った。

 

───────────────────────

 

 電車に揺られて3時間後、ようやく○○峠に辿り着いた。駅の外には、お土産などを買える売店と喫茶店や、地元の食材を使った食堂などがあった。紅葉シーズンが来ているからか、かなりの観光客が見て取れた。

 

「紅葉シーズンはどこもいっぱいだな。さて、風景でも見て帰りますかぁ…………地図地図と」

 

 ○○峠の観光マップを眺めていると、

 

「あれ?奇遇じゃん、何やってんの?」

 

え?

 

 聞き覚えのある声を頼りに後ろを振り返って見ると…………。

 

「テケテケ!?それに、ぬーちゃん!?」

 

 俺の目の前には、リアルドールの足を付け、バケットハットを被り防寒着を着たテケテケと濡れ女がいた。雨も降っていないのに濡れ女はこんな時でも湿っていた。幸い周りに人がいなかったので、俺は2人に声を掛けた。

 

「こんな所でなにしてんの?」

「あれからあたしら意気投合しちゃってさ、紅葉でも見に行かない?ってあたしが濡れ女を誘ったの」

 

 テケテケの話によるとぬーちゃんを助けた後仲良くなり、時々出掛ける程の仲になった様だ。それでここ○○峠に来た所、俺に出会したという。

 

「へぇ〜。幽霊同士でも仲良くなる事もあるんだな」

「まぁね。ってかアレから濡れ女も男が怖いとか言ってあちこち彷徨ってて暇そうだったから声掛けたのよ ね?濡れ女?」

 

 テケテケが濡れ女に話しを振ると首をコクンと頷かせた。

 

「ぬ、ぬーちゃん?久しぶり…………」

 

 俺がぬーちゃんに挨拶をしようとすると、以前のトラウマがあるのかぬーちゃんは逃げるように俺から避ける。

 

「ごめんごめん、もう何もしないから仲良くしよ?」

 

 気まずそうに俺が言うが、ぬーちゃんはテケテケを盾にしながら俺から隠れる。

 

恥ずかしいのか?可愛いヤツめ。

 

「そんなに照れなくてもいいじゃないか」

「どこをどう見たら照れてると思うわけ!?」

「だって、隠れるから…………」

「あんたが怖くて隠れてんのよ!それ以上濡れ女に近付くな!!バカ!」

 

 テケテケが殺意を剥き出しにしながら俺に言い放つ。俺は渋々ぬーちゃんから距離を置いた。

 

「ほんとにごめん。お詫びの印に何か奢ってあげるからさ?」

「ったく………… 濡れ女、どうする?」

「…………ニヤリ」

 

 ぬーちゃんはやり返しのつもりなのか、ゲスな笑みを浮かべる。

 

「わかった。んじゃそこの喫茶店に入ろっか」

「りょーかーい。行くよ?濡れ女?」

「…………コクリ」

 

 俺はそのままテケテケ達を連れて○○峠の喫茶店に入って行った。



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第42話 首なしライダー

 喫茶店に入り、店員さんに変な目で見られながらも紅茶2つにオレンジジュースとフルーツパフェ1つを頼んだ。テケテケと濡れ女は紅茶の生気を啜りながら俺がオレンジジュースをがぶ飲みし、フルーツパフェをほうばってるのをただじっと見ていた。たまりかねて、テケテケが口を開いた。

 

「ねぇ?今から山登るのにそんなの飲んで食べて大丈夫なの?」

 

 そんな事を聞いてきた。この喫茶店には俺たち以外にもお客さんがいるので俺はスマホを使って筆談を始めた。

 

《大丈夫、平気》

「ほんとに〜?後で吐いたりしないでよ?ねぇ?濡れ女?」

「…………コクリ」

《大丈夫だってば、これ食べたら登るよ?お前らこそ大丈夫なのか?》

 

 ムキになりながらスマホを打ってテケテケに見せると、テケテケはため息を吐いて呆れていた。

 

「大丈夫に決まってるでしょ?幽霊なんだから」

「…………コクリ」

 

そりゃそうだ。

 

 その後フルーツパフェを食べ終え、生気を吸われて冷めた紅茶を飲み干して俺は会計を済ませた。そのまま俺達は人気のない山道を登り歩き始めた。

 

1時間後。

 

「うえぇぉっ!おえぇっ!」

「ほら言わんこっちゃない!バカじゃないの!?」

 

 テケテケに背中をさすられながら吐いていた。俺が苦しんでいるのがツボに入ったのか、濡れ女は転げながら爆笑している。

 

「あんたも爆笑してないで手伝いなさいよっ!」

「大丈夫……もう、大丈夫…………」

 

 俺は腰掛けになりそうな石に座りながらリュックを漁り始めた。

 

「飲み物あるんでしょ?ちょっと飲んで落ち着きな?」

「あ、ああ…………」

 

 リュックにしまって置いた保冷バッグからホー○ランバーチョコレート味を取り出して開けてぺろぺろと舐め始める。

 

1個10円の破格アイスだ。

 

「なんでアイス食ってんのよっ!飲み物を飲めって言ってるでしょ!?」

「食べたくなって…………飲みすぎて脇腹痛いし」

「食いしん坊かよっ!食うなっ!」

 

 テケテケに横っ面を引っぱたかれてホーム○ンバーを取り上げられてしまった。濡れ女に至ってはバカすぎる俺を見て地面をどんどん叩きながら爆笑している。テケテケは怒り狂いながら俺の胸ぐらを掴む。

 

「お前何しにここへ来たんだよっ!遠足か!?」

「だって、暑いから」

「飲み物飲めってば!なんなの?山舐めてんの!?」

「食べる?」

「要らねぇよっ!」

「てか…………ここどこ?」

「知らねぇよっ!」

 

 そんなやり取りをしていたら道に迷ってしまった。少し歩くと、昔まで使われていたとされる廃道路が見えた。

 

「迷ってんじゃん!どうすんのよ!熊でも出たらどうすんの!?」

「それはクマったな」

「シャレ言ってる場合か!」

「まぁまぁ、あそこ廃道見たいだけど下れば町にたどり着くっしょ?なんとかなるって!」

 

 石から腰を上げて錆びたガードレールを跨いで廃道を歩き始める。廃道から見下ろした紅葉風景はとても綺麗だった。

 

「ほら、見てみ?絶景じゃあないか!」

「いやまぁ、確かに綺麗だけどさ」

「アイス食べよーっと」

「お前どんだけアイス買ってんだよっ!レジャーシート広げるな!」

 

 俺は廃道のど真ん中にレジャーシートを広げて再びホー○ランバーチョコレート味を開けて食べようとしたその時。

 

ブオーーーン…………。

 

 どこからかバイクの排気音が聞こえて来た。テケテケと濡れ女にも聞こえたのか、辺りを見渡した。

 

「なに?この音…………バイク?」

「…………?」

「峠だもん、バイクだって通るだろ。いただきま─────」

 

ブォンブォンブォン!ブォーーーーン!キィーッ!!

 

 バイクは急ブレーキで止まり、俺達の目の前に黒いジャージ姿でフルフェイスを被った人物が現れた。驚いた拍子に俺はホー○ランバーを落としてしまった。

 

「ア゛イ゛ズゥゥゥゥゥッ!!」

「いや、アイスは諦めなさいよっ!なんなのコイツ!?」

 

 テケテケがそのライダーを睨みつけると、ライダーは何を思ったのかフルフェイスをカチャカチャといじり始めて外そうとしていた。フルフェイスを外すと…………ライダーの首がなかった。テケテケと濡れ女はゾッと顔を青ざめた。

 

「くっ、首がないっ!?」

「───────っ!?」

 

 濡れ女が慌てて俺の肩をバンバンと叩くが、

 

「俺のホームラ○バァァァァァァッ!!」

「濡れ女!そいつはもうダメだから放って置いて!それよりこいつよ!」

「…………っ!!」

「あんた、何者?あたしらが見えるん──────」

 

ブォンブォンブォンブォンブォン!!

 

「だからぁっ!あたしらが───────」

 

ブォンブォンブォンブォンブォンブォン!!

 

 テケテケが声を掛ける度に首のないライダーはバイクのエンジンを吹かす。イラッとしたのか、テケテケは一瞬で距離を詰めて首のないライダーの手を掴んだ。

 

「いい加減にしなさいよ…………体を真っ二つにされたいの?」

 

 濡れ女も道を塞いで首のないライダーの行く手を阻んだ。首のない為どんな顔色をしてるのか分からないが突然テケテケを蹴り飛ばしてバイクを前進させ始める。濡れ女は轢かれそうになったが、なんとかギリギリかわせた。

 

「あんのやろぉっ!龍星っ!いつまでいじけてんのよ!」

「うう…………ホーム○ンバー…………仇は取るからな!」

「10円のアイスにどんだけ愛着湧いてんのよ!ほら、首のないやつが逃げたよ!?」

 

首のないライダー?

 

「もしかして…………【首なしライダー】の事?」

「あんた、アイツの事知ってるの!?」

「知ってるもなにも、テケテケと同じくらい有名な幽霊じゃんか」

 

首なしライダーとは。何かの事故で首をはねられて亡くなった人が、首なしライダーとなって現れると言われている。道路側に折れて曲がった道路標識に突っ込んで首が切れた説や、トラックの荷台からはみ出た鉄板やパイプに頭が当たって首がはねられた説、あるいは、暴走族の騒音に我慢出来なくなった人やいたずら目的の人が、道路を横切るようにピアノ線を張り、気付かずに走って来たバイクが突っ込んで首を切り飛ばされたと言われている都市伝説妖怪だ。

 

 直ぐにスマホで調べた情報をテケテケと濡れ女に見せると驚いていた。

 

「へぇー、そんな事があったんだね」

「なんの理由があったか知らないが、ホーム○ンバーの報いを受けてもらおうか」

「そう言っても相手バイクよ?勝てる訳…………えっ?」

 

───────────────────────

 

 首なしライダーがのうのうとバイクを走らせていると、後ろから叫び声が聞こえて来た。首なしライダーが後ろを振り返るようにしていると、そこには…………。

 

「まぁぁぁてぇぇぇぇ!!」

 

 テケテケが俺をおぶりながら全力疾走していた。テケテケも口裂け女程のスピードを出せるらしく、相手がバイクに乗っていようが短距離なら勝てるそうだ。

 

「─────っ!?」

 

 首なしライダーは並走してくる人間を見て驚いてバランスを崩し、少しよろけた。その隙に俺は溶けたホー○ランバーをジャージに擦り付ける。

 

「どうだ!気持ち悪いだろ!早く洗濯しなきゃベトベトするぞ!」

「も、もうちょいマシな攻撃ないわけ!?」

「勿論ある。見てろよ…………」

 

 俺は背負っていたリュックから水の入ったペットボトルを取り出し、一気に水を口に含んで…………。

 

「ぶぅぅぅぅーーっ!!」

 

 一気に吹き出した。驚いた首なしライダーはバランスを崩して転倒した。バイクは紅葉の木にぶつかり、首なしライダーはゴロゴロと落ち葉の上を転がった。

 

「ようやく止まりやがったなこのDQNめ」

「ぜぇー、ぜぇー、はやく…………捕ま…………えて…………うぇ」

 

 テケテケは今にも死にそうな声をしながら倒れた。俺はそのまま首なしライダーに近づくと、

 

「ちょ、ちょ待て!今起きっから!ったくよぉ…………」

 

 首なしライダーが起き上がると、先程まで見えなかった首がうっすらと見え始めて来た。すると、ポニーテールにサングラスを掛けた素行の悪さが感じる女の子の顔が現れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ってぇなぁ…………んだよテメーら」

「なんだ、首あるじゃん」



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第43話 犯人はもう見つからない

 首なしライダーは頭をかきながら俺達を睨みつける。

 

「…………まさかあたしが見えるなんてねぇ」

「ねぇねぇ、首があるのになんでわざわざ隠してるの?」

 

 俺が不思議そうに尋ねると、首なしライダーは顔をずいっと近付けて来た。

 

「あ?んなのお前に関係ねぇだろ?あん?コラ」

「えぇ…………めっちゃ怒ったんだけど!?」

「随分ヤンチャな子ね、殺してやろうか?」

 

 息を整えたテケテケが手をゴキゴキと鳴らしながら首なしライダーに近付く。首なしライダーはテケテケに顔を向けて、

 

「てめぇは後でケリつけっから待ってろ  その前に」

「んぅぅぅぅぅー!」

 

 俺は隙をついて口を3の形にさせながら首なしライダーに熱いキッスをしようとした。

 

「てめぇっ!何してやがる!?」

「顔が近付いて来たからキッスが出来るんじゃないかと」

「どんな発想してんだよてめぇ!んなわけねぇだろ!!」

 

 首なしライダーは俺の顔を突っぱねて俺を離そうするが、負けじと近付こうとする。隣にはゴミを見るように見ているテケテケと濡れ女。

 

「初対面の妖怪によくそんな事出来るわね」

「…………コクリ」

「て、てめぇら!黙って見てねぇで何とかしろよ!コイツ力強っ」

「ほら、止めてあげなよ。この子ビビってるから」

 

 呆れたテケテケが俺を止めようと割って入ってくる。だが、俺はテケテケにも、

 

「んぅぅぅっ!」

「あたしにも来るの!?ちょ、やめっ!やめろぉっ!!」

「なんなんだよ、コイツ!気持ち悪ぃな!おい、お前飛んでみろよ」

 

今どきチンピラまがいの事をする奴がいるのか。

 

「小銭なんてないよ。紙ならあるけど」

「あん?札か?札の方がいいに決まってんだろ。ほら、出せよ」

 

 俺は言われた通りポケットから紙を取り出した。

 

「ティッシュじゃん!」

「札じゃねぇのかよっ!」

「いや、だって紙でもいいって言うから…………」

「誰が洗濯されたティッシュ欲しがるんだよっ!バカかてめぇ!?」

「いらないの?」

「いらねぇよ!!なんなんだよ、コイツ!?頭おかしいんじゃねぇか?」

 

 身の危険を感じた首なしライダーは背中に隠していた木刀を取り出して俺に向けて来る。ネットの情報によると、首なしライダーは日本刀を持って襲って来るという説もある。

 

「あつ?!武器出したぞコイツ!!」

「そりゃ護身のために出すでしょ、あんたが余計な事するから」

「てめぇっ!生きて帰れると思うなよ!?ぶっ殺してやる!!」

「そんなもん振り回したら危ないよ、ほら、こっちに渡して」

 

 俺が近付いた瞬間、

 

「来んなっ!」

 

 首なしライダーが木刀を一振りした瞬間、俺の近くにあったガードレール切り落とした。

 

えっ?ガードレールを切り倒した!?

 

 ガードレールがプラプラとしているのを目の当たりにした俺は冷や汗を垂らす。

 

「えっ、えぇ…………?やべぇ奴だよコレ」

「あんたが怒らせるからでしょ!?どーすんのよコレ!?」

「えっ?ガードレールは道路法で壊した人はガードレールを弁償することになるんだけど」

「ちげぇよバカ!首なしライダーの事を言ってんのよ!!」

 

あっ、そっち?とは言ってもあの木刀はかなり不味い。

 

 首なしライダーはゆらりと佇みながら不気味なオーラを纏わせる。

 

「あたしを怒らせてタダで済むと思うなよ人間!!」

「逃げて!あいつはマジで危ない奴よ!」

「…………コクリ」

「えっ?えっ?」

 

 庇うようにテケテケと濡れ女が俺の前に立ちはだかる。テケテケも濡れ女も今まで見た事ないくらい怖い顔をしていた。だが、激昂している首なしライダーはお構い無しに、

 

「邪魔すんなっ!どけゴラァッ!!」

 

 首なしライダーはテケテケに向かって木刀を振った。それにより、テケテケの体は上半身と下半身を2つに切り落とされた。

 

「テケテケ!!」

「───────っ!!」

 

 俺がテケテケに駆け付けようするが、濡れ女は行くなと止める。

 

「厄介そうな女は片付けた、次はてめぇだ!!」

 

 首なしライダーが木刀を俺の首に向けた瞬間、

 

「誰を片付けたって?」

「──────っ!?」

 

 首なしライダーの真後ろには下半身を切り落とされたテケテケが首なしライダーの肩にしがみついていた。首なしライダーは振り落とそうと暴れ始める。

 

「ちくしょう!てめぇ、なんで生きてんだ!?」

「あたしは元々下半身をなくしてる妖怪なの、斬られても死なないわ」

「あぁん!?」

「今よ!木刀を取り上げて!!」

 

 テケテケが千載一遇のチャンスを作ってくれた。そのチャンスを逃すまいと俺と濡れ女は首なしライダーを押さえ付け、木刀を取り上げた。

 

「くそっ!!あたしの木刀が!!」

「こんなもん振り回しやがって。テケテケは今のうち下半身くっつけておきな?濡れ女も手伝ってあげて」

「分かったわ、ちょっと待ってて」

「…………コクリ」

 

 濡れ女がテケテケと共に切り落とされた下半身の元へ向かった。その間、俺は首なしライダーに顔を向ける。

 

「良くも俺が買ってやったリアルドールを粗末にしてくれたなDQNめ」

「は?り、リアルドール?」

「テケテケの下半身だよ。あれは人形の下半身だからな」

「はぁっ!?」

「さぁ、お仕置の時間だ」

 

 俺はゆっくりと首なしライダーに近付いた。テケテケはその頃、濡れ女と一緒に下半身をくっ付けていた。

 

「あー、久しぶりに本気で動いたら疲れた」

「…………ニヤリ」

「あいつ、大丈夫かな?殺されたりしてない?」

「…………?」

 

 下半身をくっ付け終えると、再び俺の所へ戻って来て見たのは。

 

「きゃぁぁぁぁっ!!やめ、やめろおおおおっ!!」

「あ、あんた。何してんの?」

 

 テケテケと濡れ女が目にしたのは、首なしライダーを押し倒して盛りついた犬のようにカクカクと腰を振っていた。テケテケは慌てて俺を止める。

 

「あんた何やってんのよ!?やめ、やめなさいっ!!あんた犬か!?」

「なんだよ、邪魔すんじゃあないよ!別に本当にしてる訳じゃ」

「うるさいっ!カクカク腰を振ってんじゃないわよ!」

「うええええん!やめてぇぇ!!」

「ほら泣いてるじゃん!首なしライダー泣いちゃってるじゃん!」

「よく見ろ!本当にしてる訳じゃないだろ!ただ腰をぶつけてるだけであって」

「頭おかしいんじゃないの!?、いいから離れなさいっ!」

 

なぜ離す!?本当にしてる訳じゃないのに。

 

 テケテケと濡れ女に引き剥がされると、首なしライダーは余程怖かったのか、泣きながら立ち上がった。

 

「この辺で許してやるよ。で?なんで首があるのに首なしライダーなんて呼ばれるようになったの?噂通りバイクで事故った?」

「あ?てめぇに関係ねぇだろ!?」

 

冷たいなぁ。

 

「そんな事言わないでさ、教えてよぉ〜」

 

 俺が鬱陶しく首なしライダーにまとわりつくと、根負けしたのか首なしライダーは話し始めた。

 

「わーったよ。あたしはあたしの首を切った奴を探してんだよ」

「という事は、龍星の知ってる通りピアノ線が仕掛けられたの?」

「ああ、なんとか首を探して見つけたんだけどよ、ピアノ線仕掛けたやつが分かんねぇんだよ」

 

 どうやら首なしライダーが走り回る理由は自分を殺害した犯人を探してこの峠を彷徨っているらしい。その時、俺はふと気付いた。

 

「ねぇ、首なしちゃん」

「あ?なんだよ」

「犯人、見つからないんじゃない?」

 

 俺がそう言うと、首なしライダーは俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「はぁ!?なんでだよ!?」

「だって、この道路はもう使われてないよ?廃道になってるんだよもう」

「…………えっ?」

 

知らなかったのだろうか?

 

「だから、ここにもう人は来ることはないと思う」

 

 そう言った瞬間、首なしライダーは両手両膝をついて項垂れ始める。

 

「マジかよ…………通りで車が通らねぇと思ったら…………廃道になってんのかよ」

 

なんで気づかなかったのだろうか。

 

「まぁ、首は見つかったんだし。これからは誰にも迷惑かけることなく走り屋でも目指せばいいんじゃない?」

「そうよ、なんならあたしらと友達になる?あんたも1人で寂しいでしょ?」

「…………コクコク」

 

 テケテケと濡れ女に説得された首なしライダーは照れた様子で、

 

「し、仕方ねぇな…………ダチになってやるよ」

「よろしく!首なしちゃん!」

「てめぇは許さねぇからな!いつか必ず殺してやる!」

 

 テケテケと首なしライダーは連絡先を交換し、首なしライダーは再び峠を走り去って行った。



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第44話 ただいま!

 首なしライダーと出会して無事に紅葉を見終えた俺は無事に研修を終える事が出来た。

 

あの子達に挨拶しなきゃ…………けど、こういう時って涙を誘っちゃうから黙って行った方が良いかもな。

 

 そう考えた俺は出会ったお化け達に別れも告げずに社宅を掃除し、鍵を掛けて荷物を持って駅に向かった。新幹線に乗った。車窓から外を眺めていると、マフラーちゃんやテケテケ達がサーカス団の様に首なしライダーのバイクに乗って新幹線を追いかけて来ていた。

 

見送りに来てくれたのかな?可愛い子達だなぁ。

 

「───────!!───────!!」

 

 テケテケがバイクから何かを叫んでいた。だが、新幹線の窓は厚いうえに開けられないので彼女が何を言ってるか分からなかった。仕方なく、俺は小さく手を振った。

 

「挨拶くらいして行きなさいよぉっ!!何しれっと帰ってんのよ!」

「テケテケあぶねぇって!暴れんなよ!」

「…………ニヤニヤ」

「いひ、ひひひひひ、に、逃げるなんて卑怯だね」

「首なしもちゃんと運転してよ!ガタガタうるさいんだけど!?」

「砂利道なんだから仕方ねぇだろ!ってかあいつなに手振ってんだよ!」

 

 首なしライダーは器用に砂利道をガタガタと進んで行来る。

 

この先海なんだけど、大丈夫なのかな?

 

 それにも関わらず4人は追いかけて来る。俺も何故か気になったので駅弁を食べながらそれを眺め始めた。

 

「あいつ弁当食ってんだけど!?」

「はぁ!?こっちが必死に追いかけてんのにか!?」

「ひ、ひひひひ、さすが、あ、頭おかしい人」

「───────っ!!」

 

 濡れ女が首なしライダーの肩を叩いて首なしライダーに伝えた。首なしライダーが前を見るとそこには…………断崖絶壁の崖だった。新幹線は橋に差し掛かった為、道路はそこで終わっていた。

 

「ブレーキ!ブレーキぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「うおおおおっ、とまれぇぇっ!!」

「ひ、ひひひひひ、お、落ちたら、し、死ぬね」

「──────っ!!」

 

あっ、落ちた。

 

「ご馳走様でした」

 

 俺は駅弁の弁当を食べ終え、周りの人に迷惑をかけないなように静かに弁当を片付け始めた。

 

さようなら、○○県!

 

 3時間後、ようやく故郷の○○県に帰って来た。駅に辿り着くと既に夕方を迎えていた。俺はいつのもタクシー乗り場に行くと、口裂け女が暇そうにベンチに座っていた。周りに人が居ないことを確認した俺は、口裂け女に声を掛けた。

 

「口裂け女、久しぶりっ!」

「あら、久しぶりじゃない。チャオッ!」

「研修で○○県に行ってきたんだよ。元気だった?」

「ええ、元気満タンよ!」

「そっか!んじゃ、また今度寄るから。またね!」

「ええ、バイビー♪」

 

 口裂け女に挨拶をしてからタクシーを呼んで我が家に向かった。3ヶ月ぶりに帰って来た我が家がとても懐かしく感じた。俺は元気よく玄関の扉を開けて、

 

「ただいまー!」

 

 玄関を開けると、おくまがボーボーに髪を伸ばしてもはや顔が見えない状態になっており、部屋は荒れ放題散らかり放題だった。それを見た俺は唖然とする。

 

…………何これ?

 

「おくま?大丈夫?」

 

 伸びた髪を退かして顔を確認すると、おくまは疲れた顔をしていた。

 

一体何があったんだろうか?

 

「後で髪切ってあげるからな?」

 

 おくまを置いて家に入ると、悲鳴が聞こえて来た。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「あの悲鳴は…………はーちゃん?」

 

 悲鳴が聞こえた方に向かうとそこには、はーちゃんのスカートの中に顔を突っ込んでいる雑種犬が見えた。その近くには、疲れきった花ちゃん、すーちゃん、くねちゃん、お菊さん、メリーがへたりこんでいた。

 

「お前ら何やってんの?」

「…………龍星?龍星!?」

 

 疲れきっていたメリーが俺の顔を両手で掴みながら尋ねてきた。

 

「うん、ただいま。なんだあの犬は?何があったんだ?」

「龍星、あの犬捕まえて!あたしらじゃ捕まえられないのよ!」

「はぁ?たかが犬だろ?犬なんて小さいおじさんにだって」

 

 そう言いながら俺がゲージを覗いて見ると、小さいおじさんは一点をじっと見つめて体育座りをしながら何やらブツブツと呟いていた。

 

「おじさん?おじさんまでどうしたの!?」

「………ブツブツ…………おじさんは役立たず…………」

 

ダメだ、リストラされた中年サラリーマン見たいになってる。

 

 状況が飲み込めない状態だったが、俺ははーちゃんのスカートに顔を突っ込んでいる犬を掴んだ。はーちゃんは俺にようやく気付いた。

 

「龍星さん!?帰ってたんですか!?」

「はーちゃん!君にはそのプレーはまだ早いっ!」

「なんの話をしているんですか!?」

「おいバカ犬、そこは俺の特等席だ!どきやがれ!」

「いや龍星さんでもダメですからね!?」

 

 犬を引き摺り出すと、その犬は…………普通の雑種犬じゃなかった。尻尾から胴体までは雑種なのだが、顔は犬というより中年男性に近かった。驚いた俺は思わず吹っ飛ばした。

 

「うわっ!なんだコイツ!?」

「いててて…………なんだ、人間か」

 

喋った!?

 

「コイツ…………もしかして【人面犬】?」

「あん?俺を知ってんのか?」

 

 人面犬。1989年から1990年にかけて、主に小中学生の間で広まった。その目撃例は、大別して以下の2種類に分かれる。深夜の高速道路で、車に時速100キロメートルのスピードで追いすがり、追い抜かれた車は事故を起こす。繁華街でゴミ箱を漁っており、店員や通行人が声を掛けると、「うるせぇ!」と言い返して立ち去るという。別説も存在していて、犬にされた人説や、リストラされた中年男性の怨念が取り憑いたという説もあると言う。

 

 俺がスマホで人面犬を調べている間に、人面犬はまたはーちゃんのスカートに顔を突っ込んだ。

 

「きゃぁぁぁっ!龍星さぁぁん!!」

「あっコラ!ダメだって言ってんだろ!?」

「うるせぇっ!」

 

なんて口の悪い犬なんだ。どうやら家の中を荒らしたのはこの人面犬の様だ。

 

 俺はとりあえずビニール紐を押し入れから持って来て人面犬を押さえ込んだ。

 

「みんな手伝って!」

「確保ー!」

「良くもやりおったなバカ犬め!」

「囲め!囲め!龍星がいるなら怖いもの無しよ!」

 

 人面犬はようやく取り押さえられ、ビニール紐で拘束された。



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第45話 人面犬の遠吠え

 人面犬を取り押さえるとメリー達も立ち直り、拘束された人面犬を囲みながらメリーが事情を話し始めた。事の始まりは俺が研修1ヶ月程経ったある日、みんなでゴロゴロしている時に外から犬の鳴き声が聞こえて来たらしい。不思議に思ったはーちゃんが外の様子を伺おうとした瞬間人面犬が突然入って来たという。何度も追い出そうとしたが人面犬がすばしっこくて捕まえられず今日まで苦戦を強いられたという。

 

3ヶ月も追いかけていれば部屋もここまで荒れる訳か。

 

 俺はお菊さんのお茶を3ヶ月ぶりに啜りながら、

 

「まぁ事情は分かった。で?なんでおじさん落ち込んでたの?」

「マスコットポジションが危ういからだっ!」

「いや無理あるでしょ!?」

「おい、人間。飯をくれ」

 

 捕まってるクセに未だに反省の色を見せない人面犬。俺は近くにあった新聞紙をボールのように丸めて人面犬に投げた。すると人面犬は、

 

「うおっ!ボールだっ!ボール!!」

「この辺は犬っぽいよねぇ」

「うむ。顔さえ普通だったらなんともないのだがな」

「ハッハッハ!ボールボール!!」

「あー気持ち悪い!!龍星さっさと追い出してよ!」

 

 怒りをあらわにするすーちゃんをまぁまぁと宥める。俺は新聞紙に興奮している人面犬に声をかける。

 

「まず色々聞きたい事があるんだけど、1個だけ確認させてくれる? なんでそんな人間みたいな顔になってんの?」

「ボール!ボールだっ!ハッハッハ!!」

「ねぇ?聞いてる?」

「くぅーん!くぅーん!」

 

このはバター犬めっ!!

 

 俺の言葉に聞く耳を立てないのに腹が立った。俺は無言でハエたたきでスパンと頭を叩いた。それを見たメリー達が慌てて止める。

 

「ちょちょちょ!いくらなんでもやり過ぎだって!」

「り、龍星さん暴力はいけませんよ!」

「あんたが腹立ててどうすんのよ!」

「いいぞ!あんちゃん!やったれ!やったれ!」

「おじさま、龍星さんを焚き付けないで下さいっ!」

 

コイツは妖怪、可愛らしい動物じゃないからセーフ。

 

 俺ははーちゃんに抑えられると、人面犬は頭を擦りながら答えた。

 

「いってぇ…………俺か?俺は元々人間だったんだよ。リストラされちまうし、妻と子供にも逃げられるし、最後の最後には痴漢して捕まるし生きる気力を失っちまってそのまま電車に飛び込んだんだよ。けどやりたい事残してるし、近くに犬の死体があったからここでいいかなぁって………んで、このザマよ」

「いや、自業自得じゃんそれ」

 

 メリーは軽蔑する目で人面犬を見つめる。

 

なるほど、この世にその辺の幽霊と同じで未練があるのか。

 

「やり残した事ってちなみに何がしたいの?出来ることなら協力するけど?」

「若い女のスカート覗くこと」

 

 俺は再びハエたたきを手に取った。

 

「怒らないで!相手にする事ないわよこんなクズ!やり残した事がスカート覗くことってそりゃ奥さんも子供も逃げ出すわよ!」

「俺となんかキャラ被ってるしな?」

「あんたはどこに対抗意識燃やしてんのよ!相手人間じゃあるまいし!」

「それで、どうするんじゃ?龍星」

 

 花ちゃんに尋ねられた俺は腕組みをして考え込む。

 

そういえば、なんでここが分かったのだろうか?

 

「おい、人面犬」

「なんだよ?」

「なんでこの家が分かったの?」

 

 質問に答えさせる為に人面犬の紐を解くと、人面犬は大人しくお座りをして答えた。

 

「え?匂い、それと気配だな」

「え?そんな事出来んの?」

「おう、幽霊探し当てるなんて朝飯前よ。伊達に30年以上彷徨ってねぇからな!」

 

すげぇ、コイツ麻薬犬見たいに幽霊探せんのか。

 

「けど俺もなんとなく分かるし、別にいいかな?」

「えっ!?」

「そうですよね、龍星さんいれば大丈夫ですよね?」

「はぁ!?」

「立場ないじゃん」

 

 だが人面犬は負けずに更に話し出した。

 

「こっ、こう見えて生前競馬が得意だったんだ!ラジオかテレビ貸してくれたら生活費稼ぐ」

「それおじさんと被ってるから」

 

 メリーが小さいおじさんを指さすと、小さいおじさんは勝ち誇った顔をしながら人面犬を見下ろしていた。

 

「悪いな人面犬、その仕事はおじさんの仕事だ」

「くっ…………!!掃除なら」

「それはわたしの仕事ですから取らないで下さいまし!」

「ぐぅっ!!番犬!番犬なら」

「それはおくまがやってるから、で?他になんかあんの?」

 

 悩んだ人面犬は苦し紛れに、

 

「て、手品出来ます!」

「そんな状態で何ができると言うのだ?」

「鳩、鳩出せますっ!鳩っ!」

「鳩なんてどこに隠してるんじゃ?、だったら今すぐ出してみろ」

「……………………」

「が、ん、ば、れ」

 

 八方塞がりになって追い詰められ、遂にはくねくねに撫でられながら同情される始末。そして、人面犬はついに。

 

「お願いします!ここに住まわせて下さいっ!ペット枠を、ペット枠を俺に下さいっ!皆さんの心を癒させて下さいっ!!迷える子羊を飼う広い心を育んで下さいっ!」

「今度は万策尽きて情に訴えかけて来たんですけど!?」

「いつの間にか私たちの器が試されてるんですが…………」

「どうするの龍星?コイツ飼うの?」

「え?俺が決めるの?」

「ここの主はお主だからの、龍星が決めればいい」

 

確かにペットは欲しかったけど…………ただ。

 

「うーん、俺は飼っても良いけどさ?ほら、他の人に見えない訳でしょ?はい、飼いました。 散歩します。 けど、傍から見たら何もいないのに犬小屋立ててたり、リード引きずってたりしたら心を病んでる変な人よ?可哀想な目で見られちゃうじゃん」

「そ、そう言われれば…………そうですよね」

「だろ?って訳で多数決取りたいと思いまーす」

 

 そう言って俺は皆を見渡せる様に座り直し、皆に尋ねた。

 

「では聞きます。人面犬を飼ってもいいよってやつ」

 

 そう言った途端、誰も手を挙げなかった。

 

「反対」

 

 って言った瞬間皆ピーンと綺麗に手を高く伸ばしていた。おくまですら髪の毛を伸ばしてアピールをしている。

 

ということは…………。

 

「満場一致で反対とされました」

「異議なし」

「異議なーし」

「いぎ、なし」

「異議なしです」

「異議なしね」

「異議あり!!なんでだよ!俺だよ?人面犬なんだよ?ちょっと有名人な人面犬さんなんだよ!?俺を飼ったらアレだよ?あんたも有名人だよ?つーかあんた手を上げろよ!なんで挙げてねぇんだよ!!」

 

 性懲りも無く諦めない人面犬。

 

強かだなコイツ。

 

「けど、有名人ならここにいっぱいいるもん」

「ど、どうしてもダメか!?」

「多数決で決まったでしょ、いい加減諦めなさい」

 

 メリーが人面犬に言い放つと、人面犬は開き直ったのか突然騒ぎ出した。

 

「はぁーっ!?なんなんだ!?近頃の若い衆は!?どいつもこいつも冷たくしやがって、動物を大事しろって母ちゃんに言われなかったか!?んん!?」

「途端に口悪くなったわねコイツ」

「うるせぇ小娘ども!」

「なんですって!?」

「メリー、捕まえてボコボコにしてやりましょ!」

 

 すーちゃんとメリーが人面犬を捕まえようとすると、人面犬は窓へ飛び上がった。

 

「もうこんな所こねぇよ、死ねカス!覚えてろよお前ら!絶対借りを返しに来るからな!!」

 

 人面犬は負け犬の遠吠えの様に捨て台詞を吐きながら外に飛び出し、森の中へと消えて行った。



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第2章 大型商業施設編
第46話 警備員、商業施設に行く!


 人面犬が去った翌日。俺は3ヶ月ぶりに勤めている病院に出勤した。俺が顔を出した途端、警備部長が声を掛けてきた。俺は警備部長に頭を下げた。

 

「部長、おはようございます」

「やぁ、おはよう龍星くん。新人研修ご苦労さま!研修はどうだったかな?退屈だったでしょ?」

 

色んな幽霊連れ込んだって言ったらどうなるかなぁ。

 

 頭にそう過ぎったが、俺は何食わぬ顔で、

 

「ええ、1人だったのでテレビが恋人でしたよ」

「そうだったんだね。けどもうそんな寂しい思いはもうないから大丈夫!これからは1人前として扱うからバリバリ働いて貰うよ!」

「はーい、そこはかとなく頑張ります」

「頼りにしてるよ!」

 

 タイムカードにカードを挿して今日1日の作業が始まった。ふと監視カメラに目を向けると、カッシーことカシマレイコと婦長がチラッと映った。

 

あっ、2人に顔見せてなかった。勤務時間終わったら顔出すか。

 

 監視カメラから視線を外し、淡々と仕事を進めた。

 

8時間後。

 

 勤務時間が終わる直前、俺は施錠確認の巡回の合間にカッシーと婦長の元に向かった。誰もいない廊下の椅子に腰をかけていた2人に声をかける。

 

「こんばんは、2人とも久しぶり♪」

「なんだ、もう帰ってきた来たのか」

「向こうにもっといれば良かったのに」

 

 冷たく接するカッシーと婦長の間に座り、2人の腰に手を回す。

 

「つれない事言うなよぉ、本当は寂しかったんだろ?」

「寂しくなんかなかったわ!気安く腰を撫でるんじゃない!!」

「触らないでくれる?足を刈り取るわよ?」

 

 婦長は俺の左手、カッシーは包丁を片手に右手をつまみながら俺に言ってくる。

 

「嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ?」

「そんな訳ないだろ」

「100パーセント嫌に決まってるでしょ!?」

「んじゃ、足はやれないけど靴下欲しい?」

 

 ため息を吐きながら靴下を脱ごうとカッシーは慌てて俺を止める。

 

「いらないいらない!いらないから脱がない くっさ!」

「うぇ…………おぇ」

 

照れちゃって可愛いなぁ。

 

 カッシーと婦長は吐き気を催しながら俺から離れようとする。だが、俺は2人の手を掴んで離さなかった。2人は逃れようと必死に俺の手を必死に叩く。

 

「離してよっ!」

「は、離さないか貴様っ!」

「分かった分かった。止めるよ ごめんね」

「な、何よ…………急に大人しくなるなんて不気味ね」

「いや、久しぶりに顔を見ると嬉しくてねつい」

 

 俺はてへっとはにかむとカッシーと婦長は何故か頬を赤らめた。

 

「きっ、急にそんな事言っても信じないぞ」

「そっ、そうよ!また変なこと企んでるんでしょ!?」

「別に何も企んでないんだけどなぁ…………」

 

 俺はしゅんと落ち込みその場でしゃがみ込んだ。すると、反省したのかカッシーと婦長は俺に近付いて来る。

 

「別に本気で言ってる訳じゃないんだけど、そんなにショックだった?」

「何もそんなに落ち込む事ないじゃないか、その…………悪かった」

 

 婦長が近付いた瞬間、俺は素早く婦長のスカートを掴んで、

 

「よいしょぉぉっ!!」

 

 俺は婦長のスカートを一気に捲り上げた。

 

あっ、紫。

 

「な、な、な、なっ!?」

「ちょっとあんた、何やってんの!?」

「婦長ベージュパンツやめたの!?すんごいセク─────」

「貴様ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 激昂した婦長は俺の横っ面を張り手でフルスイングした。婦長は慌ててスカートを戻す。

 

「良い歳してスカートめくりをするんなんて、お前はガキか!?」

「おお…………?」

「自業自得ね、こんな奴ほっといて行きましょ」

 

 カッシーは婦長を連れて暗闇に消えて行った。その場に取り残された俺は頬を擦りながら警備室に戻った。

 

「さぁて、帰ろ帰ろ。今夜の晩御飯何にしようかなぁ」

「お疲れ様、明日もよろしく頼むよ」

 

 警備部長と別れようとしたその時、

 

プルルルルルル!

 

 突然、警備室の電話が鳴り響いた。警備部長はパタパタと走って受話器を取る。

 

「はい、〇〇病院警備室…………。お疲れ様です、はい…………え?」

 

 受話器を耳に当てている警備部長の顔が徐々に険しくなって行く。それを見た俺は足を止めていると、警備部長が帰るなと言わんばかりにジェスチャーをする。

 

何かトラブルだろうか?

 

「応援ですか?ええ、なら佐藤君を向かわせましょうか?」

 

応援?どこに?

 

「ちなみに現場は何処です?…………ええ、隣町の?〇〇支店ですか?佐藤君じゃダメ?何故です?…………ええっ!?」

 

 先輩ではダメと言う言葉を聞いた途端一気に嫌な予感がした。ただ事じゃないと悟った俺は荷物を置いて警備部長の電話をただ聞いていた。カッシーと婦長も気になったのか、ドアの隙間から覗いていた。

 

「福島くんを…………ですか?ええ、ですが彼はまだ研修から戻って来たばかりですよ?経験が少ないですよ…………分かりました」

 

 警備部長は諦めた様な顔をしながら受話器を置いて俺に顔を向けた。俺はフラグ回収をする為に声をかけた。

 

「〇〇支店って大型商業施設ですよね?そこに行けって事ですか?」

「ああ。どうやら向こうで人手が足りなくなった様だ…………何が原因かは分からないけどね。帰って来て早々申し訳ないね」

 

 本部からの話だと隣町の大型商業施設で警備員が次々と辞めてしまい人手が足りなくなったらしい。なのでこの病院から応援を1人だして欲しいとの事だったが、勉強を兼ねて俺を推薦して来たとの事だった。

 

「一生そこって訳じゃないですよね?」

「勿論さ、派遣会社などにも声を掛けて人員を補充するまでだってさ」

「まぁ、隣町ですから通えますしね  良いですよ?俺行きます」

 

 自ら志願すると、警備部長の顔はぱあっと明るくなった。

 

「本当かい!?流石は龍星くんだ、交通費奮発するように本部に頼んでみるよ」

「そうして貰えると助かります」

「明日から来て欲しいとの事だから頼んだよ」

 

 俺は研修明け早々大型商業施設に行く事になった。



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第47話 お化けだってハロウィンがしたい!

 隣町の〇〇支店に応援が決まったその日の夕方。俺はそのまま家に帰るとお化け達はテレビに夢中になっていた。テレビでは、ハロウィンの特集の番組を映している。テレビのアナウンサーも魔女のコスプレをしていた。

 

《みなさーん!私は今、〇〇のスクランブル交差点に来ています!見てください!可愛らしいお化けさんだらけですよー!》

 

ハロウィンか、もうそんな季節かぁ。

 

 俺が部屋で着替えて茶の間に戻ると、花ちゃんが子供の様に目をキラキラと輝かせながら俺に声をかける。

 

「龍星!龍星!わしもハロウィンがやりたいっ!」

 

年がら年中ハロウィンみたいな奴が何を言うか。

 

「えー、お菓子とか用意しなきゃないじゃん」

「頼む!こんなオシャレな格好した事ないから…………ダメか?」

 

 花ちゃんは目をウルウルさせながら俺に懇願してくる。

 

「うーん…………はーちゃん達もやりたいの?」

「ま、まぁあたしも興味はあるかな?」

「私も、少し気になりますね」

「わ、わたしも、気になる」

「べ、別に欲しくなんか…………ちらちら」

 

やれやれ、困ったものだな…………あっ!

 

 俺は隣町の応援に行く話を思い出した。

 

「そういえば、俺明日から隣町の〇〇支店に応援に行く事になったんだけど、ついでに衣装の材料とか買って来ようか?」

 

 俺がそう伝えると、メリーが顔を青ざめさせながら首を横に振る。

 

「はぁ?あんたに任せたらいやらしい服とか買うから嫌よ!」

「失敬なっ!ちょっとミニスカートを選ぶつもりだったが」

「ほらぁっ!」

「んじゃどうすんだよ、なんなら一緒に行くか?」

「あっ、それ賛成!」

 

 すーちゃんがビシッと手を挙げる。その他のお化け達も「その手があったか!」と言わんばかりの顔をする。

 

「けど、遊びに行くわけじゃないからな?職場で会話なんて出来ないよ?それでもいいの?」

「まぁ、わしは構わんぞ?」

「私もそれでいいですね!」

「それじゃ順番どうする?ジャンケンでもする?」

 

ジャンケンか、それじゃ味気ないな。

 

「んじゃ、こうしよう。くじ引きで順番を決めよう」

「くじ?いいね、やろう!」

「なんだ!?ギャンブルか!?おじさんも混ぜろ!」

 

 大盛り上がりで割り箸をくじにする。割り箸くじの下に1〜7の番号を書いて行き、書いた割り箸の端を俺が片手で隠した。お化け達は一斉に割り箸に手をつける。

 

「さぁ、怨みっこなしのくじ引きだ!引け引け!」

 

 お化け達が一斉に引いた順番は…………。1番は花ちゃん、2番ははーちゃん、3番はおじさん、4番はメリー、5番はすーちゃん、6番はくねちゃん、7番はおくまの順番となった。花ちゃんは1番が嬉しかったのか、1人でこっそり喜ぶ。

 

「順番決まったな?んじゃ明日も早いから寝るよ〜」

「はーい」

 

翌日。

 

 朝食を食べた俺と花ちゃんは隣町の〇〇支店に向かう為に電車に乗った。花ちゃんは電車が初めてだったらしく、子供のように足をばたつかせながら窓の外を見て1人で騒いでいた。

 

「ちょっ!龍星!早い早い!ほら、建物が!ちょ、龍星!」

 

隣がうるさい。

 

「龍星!龍星!あの建物はなんじゃ!?あの高い塔はなんじゃ!?おいっ!無視か!?」

 

 電車には他にも乗客がいる。なので俺は花ちゃんに注意することが出来ない。だから俺はイヤホンを付けて花ちゃんの声をシャットアウトした。

 

「時代が変わったのぉ〜…………おい、聞いてるのか?。なんだその耳に付けてるのは?」

 

 花ちゃんは俺のイヤホンが気になったのか、片方のイヤホンを外して見よう見まねで片耳に付けて見た。花ちゃんは音楽が聞こえたのにびっくりして、

 

「おぉ〜!音楽が聞こえる!ほほぉ〜!」

 

 音楽が気に入ったのか、急に大人しくなり音楽を聴き始めた。そして、降りる駅に着いた。俺は花ちゃんに目で合図をすると、花ちゃんはトテトテと付いてきた。商業施設に着くと店の中はハロウィンの飾りが飾られていた。花ちゃんは辺りを見渡しながら俺の袖を引っ張る。

 

「龍星!龍星!なんじゃアレは!?ちょ、かぼちゃがデカいぞ!?」

 

そろそろ黙れロリババア。

 

 そのまま警備室に向かい、この商業施設を管理している警備員達に挨拶をした。

 

「○○病院から応援に来ました、福島龍星です。新人ですがよろしくお願いします」

 

 俺が挨拶すると、白髪でオールバックの髪型をして口ひげがダンディなおじさんが立ち上がった。

 

「福島くんだね?私がここの警備部長の田中だ。少しの間よろしく頼むよ」

「はい。よろしくお願いします」

「んじゃ、早速仕事内容の説明するからロッカールームで着替えて来てくれ」

「はい。分かりました」

 

 警備部長に指示された場所に行き着替え始めた。花ちゃんは浮んで辺りを飛び回る。

 

「汗臭い場所じゃのぉ〜龍星はいつもこんな感じなのか」

 

 花ちゃんに嫌味を言われながら着替えを終える。そして、指で花ちゃんに合図をする。花ちゃんもそれに気付いて床に着地してトテトテと付いてきた。そして、俺と花ちゃんは警備部長の元へ戻る。

 

「お?似合ってるね。じゃ、ここの業務内容を説明する」

 

 警備部長の話はこうだ。施設内の「巡回」。特定の位置に立って周囲を警戒する「立哨」。施設を出入りする人の「受付」。施設内の「開錠・施錠」。防災センターでの「防犯カメラのモニター監視」と、病院の内容と似ている内容だった。

 

「分かりました。今日は何をすれば良いんですか?」

「そうだね、今日はここのエリアで立哨をして貰う。そこに警備員がいるからその人と交代してくれ」

 

 警備部長は地図に指を指しながら俺に指示を出した。

 

「はい、分かりました」

「おい、龍星!近くに服売場がある!ハロウィンの買い物には打って付けじゃ!」

 

2階の○○の近くだな。

 

 俺は場所を覚え、その場所に向かった。指定の場所につくと、その場には先輩らしき中年男性の警備員が立っていた。

 

「お疲れ様です。交代に来ました」

「お疲れ様です。あっ、新人の?」

「はい、そうです。福島っていいます」

「俺は渡辺。よろしく」

 

 渡辺さんから簡単に説明を受けた。

 

「基本的な役割は不審者の監視やトラブル発生時の対応だから、気を引き締めて見てね。いい?ボーッとしちゃ駄目だよ?」

「はい。分かりました」

「要は変な奴がいないか見張ればいいのじゃろ?簡単じゃなわしも手伝おう」

 

 立哨が始まった。俺は怪しい人物がいないか目で辺りを探ってみる。

 

「退屈じゃのぉ…………なぁ?龍星?」

 

 花ちゃんは退屈なのかしつこく俺に声を掛けてくる。返事をしたい所だが、人が多すぎる。

 

「なぁ、龍星!返事くらいしてくれてもいいだろう!このたわけ!」

「…………」

「あの吸血鬼の格好した娘、胸がデカイな」

 

チラッ

 

「おい、貴様。なぜあの吸血鬼の娘を見た?おい、コラ、わしには目も向けないのにものすごいスピードで見たな?なぁ、なんか言ってみろこの変態野郎」

 

 花ちゃんは一瞬で背後に回り俺の肩をミシミシと掴んで耳元で囁いた。

 

軽率な行動をとってしまった事につきまして、深く反省をしております。誠に申し訳ございませんでした。



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第48話 トンカラトン

 初日のシフトを終えて花ちゃんと買い物をする事にした。俺は様々なコスプレの服を眺めながら呟く。

 

「メルヘンウィッチで3,278円…………高っけぇ」

「ほほう、わしはこれでいいかの!」

 

 店内で会話をする訳もいかない。なので俺はスマホを取り出して通話しながら買い物をしてる男を装いながら花ちゃんに声を掛けた。

 

「もしもし?花ちゃん?」

「ん?なんじゃ?わしは隣に居るだろ?」

「今ハロウィングッズ売り場にいるんだけど?」

 

 俺は花ちゃんにスマホをつんつんと指をさして合図を送る。花ちゃんもそれに気付き、手をポンと手を叩く。

 

「メルヘンウィッチでいいの?」

「うむ、これでよい!大きさも丁度良さそうじゃ」

「りょーかい、んじゃこれ買うね」

 

 スマホをしまって商品をレジに持って行き会計を済ませた。そのまま商業施設を出て駅に向かう。花ちゃんは嬉しかったのか、終始機嫌が良かったのか、鼻歌を歌いながら浮かびながら付いてくる。

 

「早く着たいのぉ!楽しみじゃ!」

「はぁ…………これをあと6回しなきゃ行けないのか」

「そうじゃのぉ、まあおじさんが競馬で稼いだ金を使ったのだからいいだろ」

「まぁね、すっかり遅くなっちまった。早く帰らなきゃな」

「うむ」

 

 人気のない道をひたすら歩いていると、脇道から何かが聞こえて来た。

 

トン、トン、トンカラ、トン…………。

 

 歌なのか何なのか何かが聞こえた。俺と花ちゃんは顔を見合わせて、

 

「今の」

「空耳ではないの、そっちの方向から聞こえたが?」

 

なんだろう?まだ聞こえる。

 

「トン、トン、トンカラ、トン」

「トントントンヒノノニ、トン」

 

 俺がそう言い返すと、俺の声が聞こえたのか返して来た。

 

「ト、トントントンあじゃない、トンカラトン」

「間違えよった」

「まんまと釣られたね。人かな?」

「いや…………妖気を感じる。龍星、少し離れておれ」

 

 花ちゃんが俺の前に出て警戒すると、暗闇から補助輪を付けた自転車に乗っており、腕には包帯を巻いていた。白のニットにスカートを履いていてクールな顔立ちに平均の女の子より少し背が高く、灰色の髪色にポニーテールの美女が現れた。

 

歳は大体20歳そこそこだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「な、なんじゃコイツ!?」

「凄いクオリティ高いコスプレしてるね、俺達も見習なきゃ」

 

 包帯の美女は俺達に気付いて自転車から降りてきた。

 

「そこにいる一般人と幽霊、この私が見えるのか?」

 

あっ、人間じゃない。

 

 花ちゃんは咄嗟に臨戦態勢に入り、包帯の美女に声を掛けた。

 

「貴様、わしが見えるのだな?なら名乗るのが筋というものではないか?貴様、名を名乗れ!」

「おっとすまない…………確かに名乗らねばいかんな。聞くがよい…………聖なる我が真名を!」

 

これは…………もしかして?。

 

 包帯の美女は、突然変なポーズを取り始めて名乗り始めた。

 

「我が名は、疾風の如く現れる呪われし闇の剣士!シュナイダーゼロ!混沌としたこの国に君臨しており、秘密組織・漆黒竜に所属している」

「な、なんと?や、やみの剣士?…………え?」

 

 花ちゃんは何を言っているのか理解出来なかったのか、首を傾げながら俺を見つめる。たまらず俺は、

 

「誰かっ!この辺に厨二病の方はいらっしゃいませんか!?通訳をお願いします!誰か!!」

 

 思わず叫んでしまった。闇の剣士とか名乗った美女は突然叫び出した俺に驚いて、

 

「突然叫び出してどうした?  ははーん、さてはこの私に恐れをなして発狂したか?」

「いや、この人間はただ、貴様が何を言ってるか分からんだけだ」

 

 花ちゃんが俺に指をさしながら指摘すると、

 

「なんと!我が言葉を理解出来ないだと!?それはおかしい」

「いやおかしいのは貴様じゃ」

「そんな事はない、未だかつて我が姿を目にした者はいない!恐らくそこにいる人間は自分の潜在能力に気付いていないのだ!」

 

潜在能力ってこの見えたり触れたり出来る事かな?

 

 包帯の美女はさらに興奮し始め、俺に詰め寄る。

 

「そうだとも!こうして触れれるという事は!私と同じ前世を共にした盟友だ!輪廻転生をしてこの世界にやって来たのだろう!?」

「え?えぇ?な、何言ってるのこの子? 花ちゃん!助けて!」

 

 俺が助けを求めたのに対して花ちゃんが何故か驚く。

 

「あの龍星が助けを求めた!?コイツ、名のある妖怪なのか!?」

「そうだとも!さぁ、呪禁に縛られた我が名を呼ぶが良い!」

「な、名前!?えーっと、名前なんだっけ!?シュナイダーゼロ?」

 

 妙な恐怖に囚われた俺は思わず名前を言った。すると、包帯の美女は首を横に振った。

 

「違う!その名前ではないっ!さもなくばこの妖刀で斬る!」

 

 包帯の美女は腰に装備していた刀に手を掛け始める。花ちゃんは理不尽な行動に声を掛けた。

 

「いや、貴様さっきその名前を名乗ったではないか!」

「え?違うの?1から10まで言わなきゃダメなの!?」

「我が名を忘れたのか?そうなのか?」

 

 包帯の美女は突然目に涙を浮かべ始める。

 

「情緒不安定過ぎんか!?なぜ泣く!?」

「えーと、えーっと………… 疾風の如く現れる呪われし闇の剣士のシュナイダーゼロ?」

「ちーがーうっ!その名前ではないっ!」

「違うのか!?何が違うっていうのだ!?」

 

 どうしようも無いので、ポケットからスマホを取り出して【全身包帯 自転車 妖怪】と検索をかけた。

 

「えーっと…………なになに?【トンカラトン】?」

「そう言えばそんな言葉言っておったな」

 

 俺がスマホを見ながら呟くと、包帯の美女は泣き止んだ。

 

「ほえ…………な、なんだ!やっぱり知ってるじゃないか!」

「これが貴様の名前なのか!?」

「そう!私の本当の名はトンカラトンなのだっ!」

 

 トンカラトン。全身包帯をぐるぐるに巻いた人間の様な怪人の都市伝説。日本刀を腰にさして、「トン、トン、トンカラ、トン」と歌いながら、自転車に乗って現れる。誰かに出会うと「トンカラトン」と言えと命令してきて、その通りに従うと、満足して去っていくという。

 

「自己満足じゃないか、害はあるのか?」

「いや、まだ続きがあるんだよ」

 

 情報をさらに読むと、だが、何も答えなかったり、質問されるよりも前に「トンカラトン」と言ってしまうと、日本刀で切りつけられて体中に包帯を巻かれ、新たなトンカラトンにされてしまう。

 

「なにこの理不尽な妖怪」

「確かに、危険と言えば危険だな」

 

ふむ、だが妖怪と分かれば…………。

 

 俺はトンカラトンに近付くと、トンカラトンは首を傾げた。

 

「む?どうした?」

 

もにゅもにゅ。

 

 俺はニットに大きく2つの山の様に膨らむ胸を両手で鷲掴みにした。



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第49話 所持品検査

 トンカラトンの豊満な胸を鷲掴みにした途端、トンカラトンは悲鳴を上げた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

「貴様、何をしてる!?唐突に揉むな!」

 

 トンカラトンは胸を両手で防御する。花ちゃんは慌てて俺を止めてきた。

 

あんな服装であんな乳してたら…………ねぇ?

 

「なんなんだ君は!?突然私の胸なんて揉まないでくれ!」

「あ、はじめまして。警備員の福山龍星です。」

「トイレの花子じゃ」

 

 自己紹介をした花ちゃんと俺は45度の角度まで頭を下げる。トンカラトンは涙目になりながら刀に手をかける。

 

「私の胸を揉んで生きて帰れると思うなよ!?我が妖刀の錆になるがいいっ!!」

「うわっ、武器持ってんじゃん!」

「ちょっと待て」

 

 俺がトンカラトンにビビっていると、花ちゃんが俺の腕を掴む。すると、花ちゃんはトンカラトンの刀を指さす。

 

「妖刀と言ったな。抜いてみろ」

「なっ、なんだと!?怖くないのか!?」

「どうしたの?、本物だったらやばいじゃん!ヤダよ、俺も厨二病になっちょうよ!!花ちゃん、何とかしてよ!」

 

 怯えながら花ちゃんに懇願するが、花ちゃんは堂々たる態度でトンカラトンを挑発する。

 

「いいんだな!?よし、良いだろう!見せてやる!抜くぞ!」

 

 まんまと挑発に乗ったトンカラトンは腰にさしていた刀を抜いた。抜いた刀は街灯の明かりで刃がキラリと輝いていた。だが、花ちゃんは何を思ったのかズンズンとトンカラトンに近付いて刀をじっと見つめる。

 

「な、なんだ?私の刀が気になるのか?」

「龍星、龍星」

 

 花ちゃんは何故か俺を手招きして呼び寄せる。

 

どうしたんだろう。

 

 俺は首を傾げながらジリジリと近づくと、花ちゃんは刀に指をさした。

 

「ほれ、よく見てみろ。この刀…………偽物じゃ」

「え?…………あっ!」

 

これ、お土産屋さんによく売ってるやつだ!

 

 偽物と見抜かれたトンカラトンは恥ずかしくなって来たのか、突然喋り出した。

 

「ち、違う!これは本物妖刀だ!偽物の様に見える妖刀なんだ!」

「耳まで真っ赤になってるぞ?」

「うるさいっ!」

「偽物でも危ないからその刀…………お土産を渡しなさい」

「お土産って言うな!」

「これ以上揉めたくない。そのおもちゃを渡せ」

「おもちゃって言うな!」

 

 トンカラトンは涙目になりながら渋々刀を渡して来た。花ちゃんが受け取ると、俺は疑り深く尋ねる。

 

「他にもなんか隠し持ってるんじゃないの?」

「持ってない!」

「んじゃボディーチェックしていい?」

 

 俺が両手をワキワキさせると、トンカラトンは顔を青ざめる。

 

「い、嫌だ!その手の動きが気に入らない!」

「なんだよ、ただのボディーチェックだぞ?」

「いや、だからその手つきが問題だと言っているのだ」

 

 花ちゃんは鞘で俺の頭をコツンと叩く。頭を擦りながら俺はトンカラトンに顔を向ける。

 

「分かった、ちゃんとするからボディーチェックさせてくれ」

「わ、分かった。トイレの花子とやら、見張っててくれ」

「”花子さん”な?あまり生意気な口を聞くなよ小娘」

「す、すいません。花子…………さん」

 

 ギロリとトンカラトンを睨み付ける花ちゃんは腕組みをしながら俺を見張る。俺は生唾をゴクリと飲み込んでトンカラトンの肩から触れ始めた。ムチムチとする体を触り、武器が隠されてないか確認する。

 

肩には武器は無さそうだ。

 

 そのまま左腕、右腕をチェックする。

 

うん、ここにもない。

 

 そして、上半身を触り始める。ニットの上からでも分かるほどトンカラトンの体の柔らかさを感じる。

 

エッロ!!

 

 そして、スカートへと移った。スカートをポンポンと両手で挟みながら太ももを必要以上に触り始めた。ひんやりとする太ももを触っていると、段々興奮して来た俺は息を荒らげてしまった。

 

「はぁ、はぁ…………」

「えっちょっ!?コ、コイツ触り方がいやらしいっ!!」

「そう来ると思ってたわ!この変態がっ!」

 

 俺は花ちゃんにスパンと叩かれた。だが、歯止めが効かなくなった俺はトンカラトンのスカートを両手で掴む。

 

「真っ白な服装には真っ白なパンティがお似合いだよね…………」

「うわぁぁぁぁっ!!何をする気だ!?」

「パンツ見せてくれよぉぉぉっ!!」

 

 スカートを捲ろうとするが、トンカラトンはそれを防ごうとスカートを抑え付ける。

 

「止めろ!止めてくれぇぇっ!!」

「コラッ!何をしてるんじゃ!雄犬の様に発情しよって!離れろ!離せ  なんじゃ!?  こやつの力は!?」

 

 花ちゃんは刀を使って俺の首を締めながら引き剥がそうとするが、俺は岩のように重くなり悪霊の花ちゃんですら引き剥がす事は出来なかった。それを目の当たりにしたトンカラトンは羞恥心より恐怖心が強くなって来たのか、怖がり始めた。

 

「うわぁぁぁぁっ!!なんなんだコイツゥゥゥッ!?」

「龍星!頼む、離してやってくれ!泣いておるから!」

「も、もうダメだ…………ち、力が…………」

 

 トンカラトンは遂には泣き出してしまった。だが、俺は力が弱まったのを見計らって一気に捲りあげた。

 

おお…………レース入りか。

 

「純情ぽく見えてたけど、案外ビッチっぽいところが─────」

「いい加減にせんかぁっ!!」

 

 パンティに手をかけようとした瞬間、激昂した花ちゃんが俺の顔面を蹴った。

 

「ここはわしに任せてさっさと逃げろ!」

 

 花ちゃんに促せれて離れた瞬間、トンカラトンはスカートを直し刀を奪い返して刀を抜いてバシバシと刀で殴り始める。

 

「男はみんなクズッ!お前もクズだぁぁっ!女の敵め、しねぇぇっ!」

「痛いっ!お土産の刀と言っても鉄の塊だから痛いっ!」

「もういいだろ、止めてやれ。後はわしが叱っておくから」

「ぐずっ…………はい」

 

 トンカラトンは刀を鞘に収めて自転車に跨ろうとしたが、ピタリと止まり、乗る前にもう一度俺の腹を蹴った。

 

「お前は私が必ず殺す!覚えておけ!」

 

 そう言い放ち、トンカラトンは暗闇に消えていった。花ちゃんは俺を足でつつきながら、

 

「ほれ、晩飯が遅くなる。早く帰るぞ」

「…………はい」

 

 俺と花ちゃんは家に着くまで口を聞かずに帰った。

 



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第50話 警備員、取り憑かれる

 ───────そのから数日後、無事にハロウィンを終えた俺は平凡の日々を過ごしながら商業施設の仕事をこなしていた。そんなある日、仕事を終えてタイムカードを押そうとしたその時、警備部長の田中さんに声を掛けられた。

 

「お疲れ様、福島くん」

「あ、お疲れ様です!」

 

 俺がぺこっと頭を下げると、田中さんは壁に立てかけていたギターを手にする。

 

「福島くん、ギターに興味はあるかな?」

「ギターですか? ええまあ、一応弾けますけど?」

「なら良かった。実は息子が使ってたのだが、息子は自立してしまったのだがね?捨てるにはもったいなくて引き取り手を探していたんだよ。ネットで売ろうともしたんだけど、どうせなら信用出来る人に引き取ってくれる人がいいなと思ってね?福島くん、どうかな?」

 

 そう言いながら警備部長は俺にギターを見せてくる。

 

邪魔だから押し付けてるのでは?

 

 一瞬そう思ったが、警備部長の折角のご好意なので俺は遠慮なく受け取った。

 

「分かりました。俺が責任もって引き取りますよ」

「ありがとう。んじゃ、お疲れ」

「お疲れ様でした」

 

 ジャラ〜ン♪と弾きながらお辞儀をして施設を後にした。今日はギターを持ってる為、今日気分転換に帰り道を帰ることにした。その帰る途中、ギターストラップを掛けながら弾き語りをする歌手のように道路を歩きながらギターを見つめる。

 

「ギターなんて久しぶりだなぁ、ちょっと練習したいな」

 

 たまたま通りかかったお寺に目が行った。まだ夕方だったからか、鉄のゲートが開いていた。

 

ちょっと寄って行こうかな。

 

 そう考えた俺は、そのお寺の中に入って行った。

 

「この辺なら…………大丈夫かな?怒られないかな?お寺だからお坊さんが居るだろうし、怒られたくないからなぁ。この辺なら…………いや、やっぱりちょっと許可貰ってからの方がいいな」

 

 そう考えた俺は、そのお寺の中を歩来はじめる。お寺の名前は○○寺と書かれていた。すると、ほうきで掃除をしていたお坊さんがいた。俺はお坊さんに声を掛ける。

 

「すいません、ちょっとこの辺で少しだけギターの練習していいですか?」

「はいはい、ギターでしたら構いませんよ?」

「ありがとうございます。ほんの数十分ですから」

「はい、構いません」

 

よし、許可は貰った。

 

 お坊さんがお寺の中に戻って行く。そして、俺は1人でギターを弾き始めた。

 

「あめあめふれふれ、父さんが、知らない女と出ていった♪ピッチピッチチャップチャップらんらんらん♪」

 

 即興で歌い出した。すると、

 

「お前さん、随分面白い歌を歌うんだねぇ」

 

え?

 

 1人にだった筈なのに後ろから声を掛けられた。俺はゆっくり振り返ると、お菊さんの様な着物を着た女の人が立っていた。だが、その人は顔を半分髪で隠していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

この感じ、幽霊…………かな?

 

 俺はいつも出会す幽霊達とは違う感覚を感じた。だが、女の幽霊はお構い無しに近付いて来る。

 

「どうしたんだい?あたしが見えるんだろう?  もっと弾いておくれよ。ここに1人で退屈だったんだ」

 

 女の幽霊は俺が見えると分かった途端、俺の腰掛けていた椅子隣に座り出す。俺はいつもと違う感覚に違和感を感じた為、女の幽霊から距離を置く。

 

「そんな怖がらなくてもいいじゃないか。別に取って食ったりしないよ」

「あ、はい…………」

「ほら、もっと弾いておくれ」

「えーと、えーと…………どんなのがいいですか?」

「なんでもいいよ。さっきの続きがいいねぇ」

 

さっきの続き!?アレ替え歌なんだけど。

 

 俺は少し考えて、先程の【あめあめふれふれ】の替え歌を歌い出した。

 

「あめあめふれふれ、母さんは、帰らぬ父さん待っている♪ピッチピッチチャップチャップらんらんらん♪」

 

 女の幽霊は気に入ったのか、手を叩いて喜んでいた。

 

「いい歌だねぇ。気に入ったよ」

「あ、ありがとうございます」

「もっと弾いておくれよ」

 

欲しがりさんだなぁ。まぁ、供養と考えればいいか。

 

「あ、いや…………結構難しいんで、また今度で良いですか?色々練習して来ますから」

 

 俺が申し訳なさそうに言うと、女の幽霊は少し悲しそうな顔をする。

 

「そう…………なら、仕方ないね。あたしはここにいるからまた来ておくれよ」

「はい。必ず来ますよ!約束します」

「約束だよ?なら、指切りげんまんしよう」

 

 女の幽霊と指切りげんまんをして女の幽霊に見送られながら俺はお寺を後にした。妙に疲れを感じながら家に辿り着き、ギターを片手に玄関に入るとお菊さんが近付いて来た。

 

「ただいま〜」

「おかりなさいませ、随分遅いお帰りですね。お忙しいのですか?」

「いや、ちょっとギターの練習してたんだよ」

「ぎたー?その琵琶の様なものですか?」

「うん、ちょっと疲れたから休ませて…………」

 

 お菊さんにそう言って通り過ぎようとした瞬間、お菊さんに腕を掴まれた。お菊さんの顔を見ると、ただらなぬ剣幕をしていた。

 

「ちょっと、龍星さん?どなたかと御一緒でしたか?」

「え?なんで分かったの?」

「ちょっとこちらに来て下さい!花子さん!八尺さん!メリーさん!すきまさん!くねくねさん!早く来て下さい!大変ですよぉぉっ!!」

 

 お菊さんは俺の腕を引っ張りながら茶の間に連れて来る。騒ぎを聞き付けたお化け達が集まり出した。

 

「なんの騒ぎ〜?」

「どうしたんですか?」

「なになに?新商品の何か買ってきたの!?」

「なんじゃ?何事じゃ?」

「なんだ!?どうした!?」

 

 集まったのを確認したお菊さんは俺を座らせると、お菊さんは俺の隣に座った途端、

 

「龍星さんが、龍星さんが、取り憑かれております!」



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第51話 伝説の幽霊

 お菊さんの一言に、お化け達は呆れた様子で、

 

「何を今更?」

「ですよね?わたし達だって取り憑いてる様なもんですから」

「そうよ、そうよ、お菊さん。今に始まった事じゃないんじゃないの?」

「言えてる…………」

「皆の言う通りじゃ。お菊さん、何か問題があるのか?」

 

 お化け達が揃ってそういう中、お菊さんは騒ぎ出す。

 

「いえ、確かにそうなんですがこれは明らかに異常です!龍星さん、そのお方のお名前を聞いていらっしゃいませんか!?」

 

あ、そういえば名前聞いてなかったな。

 

「聞いてない。ただの浮遊霊か地縛霊だと思ってたから」

「そんな可愛らしいもんじゃないですよ!?もっと強力な怨念の持ち主です!このままじゃ龍星さん…………死にますよ!?」

 

 お菊さんがそう言った途端、お化け達の顔色が変わった。

 

「え…………?それって、どういう事ですか?」

「龍星だよ?あたしらに取り憑かれてても死なない龍星だよ?」

「これは只事ではなさそうじゃな」

「なんだって!?あんちゃんが死んだら誰が晩飯作ってくれんだ!?」

「うるさいおっさん!黙ってろ!」

「どうしよう…………りゅうせい、しんじゃう」

 

 慌てふためくお化け達。

 

一体何を騒いでるんだ?わけがわからない。

 

「俺が取り憑かれてる?なんの証拠があるんだよ?」

 

 俺が首を傾げると、メリーが俺の顔をグイッと近付けてまじまじと見詰める。すると、メリーも青ざめ始めた。

 

「ほんとだ、がっつり取り憑かれてる!!」

「なんだよ、メリーまで」

「あんた、自分の顔見てみなさいよっ!!」

 

 メリーは俺を鏡の前に立たせる。げっそりと、骸骨のようにやつれている俺の顔が映っていた。

 

何これ?これ俺?

 

 俺が鏡を見ていると、お菊さんがメリー達にヒソヒソと話しかける。

 

「龍星さんは今夜動き出すと思います。その時、わたしが後を付けて見ますね」

「取り憑いてる張本人を見つけるのね、分かったわ」

「大勢で行ったら龍星さんと取り憑いた方に気付かれますからね。私達は家で待機しています」

「幸い龍星は明日、明後日休みだからねチャンスよ」

 

 お化け達は頷く。お菊さんは俺の背中を擦りながら近付く。

 

「龍星さん、明日明後日はお休みなのですから今夜はゆっくり休んで下さい」

「え?大丈夫だって、顔はこんなんだけど体は何ともないよ?」

「疲れ過ぎてそう感じてるだけですらか!休んで下さい!」

「えぇ?うん、分かった…………」

 

 お菊さんに部屋へ押し込まれた俺はそのまま休む事にした。だが、その数時間後…………。俺は目を覚ました。時計を見ると時刻は深夜2時半だった。

 

「ふぅ…………なんだろう、無性にあの人に会いたい。あれ?なんで会いたいんだろう?  いやいや、お菊さんの言う通り取り憑かれちゃったのかな?いや、約束を早く済ませたいだけだし…………」

 

 突然その衝動に駆られた俺は、着替えてギターを片手に階段に向かう。途中花ちゃんやメリー達の部屋を覗いて見ると、お化け達もぐっすりと眠っていた。

 

今なら怪しまれないな。

 

 そのままゆっくりと階段を降りると、おくまと目が合った。俺は口元に人差し指を付けてしーっとした。靴を履いておくまの頭を撫でながら玄関を出て車を出した。その時、お化け達は同時に目を開けた。お菊さん達は茶の間に集まった。

 

「では、わたくしは龍星さんを追います」

「気を付けてね」

「何かあったら直ぐに逃げるんじゃぞ?」

「がんばって、おきくさん」

「つーか、おじさん起こさなくていいの?」

 

 隙間女が指す方向には、ゲージの中で爆睡している小さいおじさんがいた。

 

「いいんじゃないですか?」

「居ても邪魔になるだけだからな」

「それもそうね、放って置きましょ」

「ほれ、お菊さん。龍星を見失うぞ?」

「そ、そうですね!行ってきます!」

 

 お菊さんは玄関をすり抜けて宙を舞いながら俺の車を追い掛け始めた。猛スピードで追いかける中、俺は交差点の赤信号で止まっていた。追い付いたお菊さんは車にしがみついた。

 

その数十分後。

 

 俺は夕方に立ち寄った○○寺に着いた。夕方とは違ってゲートが閉まっていたが俺が近付いた途端、勝手にゲートが少し開いた。俺はその隙間から中へと入って行くと、あの女性の幽霊が腰掛けに座っていた。女性の幽霊は俺を見るなり満面な笑みで出迎えてくれた。

 

「もう来てくれたのかい?律儀な男だねぇ」

「いやぁ、なんか気になっちゃって…………その前に、あなたのお名前」

 

 そう言いかけた途端、女性の幽霊は俺の口を指で塞いだ。

 

「しーっ、名前なんてどうでもいいじゃないか」

 

なんて色気のある女性なんだ!!

 

「さあ、もっと聞かせておくれよ」

「あっはい、分かりました」

 

 俺は背負っていたギターを準備してコホンと咳払いをしてから演奏を始めた。

 

「あめあめふれふれ、父さんが、知らない女と出ていった♪ピッチピッチチャップチャップらんらんらん♪」

「あめあめふれふれ、母さんは、帰らぬ父さん待っている♪ピッチピッチチャップチャップらんらんらん♪」

「あめあめふれふれ、父さんは、知らぬ間に死んでいた♪ピッチピッチチャップチャップらんらんらん♪」

「あめあめふれふれ、母さんは、お酒をどんどん飲み干す♪ピッチピッチチャップチャップらんらんらん♪」

 

 ギターを演奏している時に、お菊さんが正体を突き止める為に○○寺に入って中の様子を伺い始めていた。

 

「龍星さんの傍にあのお方は…………まさかっ!?伝説の幽霊【お岩さん】!?」



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第52話 押しかけお岩さん

 お菊さんが正体を把握した時、お岩さんは俺に体を押し付ける様にグイグイと迫っていた。

 

「あんた、いい男だねぇ」

「お、恐れ入ります」

「あたいが昔恋焦がれていた男にそっくりだよ」

 

 それを聞いた俺は演奏の手を止めた。

 

「そうなんですか?なんて言う人なんですか?」

「民谷伊右衛門って言うんだ。いい名前だろう?」

 

民谷伊右衛門…………あれ、どっかで聞いた様な。

 

 俺は空を見上げると、空が少し明るくなっていた。

 

そろそろ帰らなきゃ…………。

 

 俺は立ち上がってギターを片付け始めると、お岩さんは寂しそうに顔を俯かせた。

 

「もう帰るのかい?寂しくなるねぇ」

「また今夜来ますよ」

「言ってくれるじゃないか、待ってるからね」

 

 お岩さんと別れて俺が寺を出ようとすると、お菊さんは慌ててその場を立ち去った。お菊さんは来た道を猛スピードで戻り、俺の帰りを待っていた。俺があくびをしながら玄関に入り自分の部屋に閉じこもった。それを確認したお化け達はゾロゾロと集まりだした。

 

「お菊さん、どうでした?」

 

 はーちゃんが俺の部屋の様子を伺いながらお菊さんに尋ねる。

 

「はい、取り憑いているのはお岩さんです!」

「えっ?あの、お岩さんですか!?」

 

 お岩さんと聞いた途端、お化け達は青い顔をしながらざわめき出す。その中で一番青ざめていた花ちゃんが重い口を開く。

 

「お岩さん、わしら怨霊の中では頂点に近い存在じゃな。わしも生前に聞いた事がある」

 

 お岩さん。お岩さんは元禄時代に起きたとされる事件を基に創作された四谷怪談という日本の怪談。お岩さんが夫の民谷伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たしたという日本で最も有名な怨霊とされている。お岩さんの半分の顔は伊右衛門が用意したトリカブトの毒で崩れたという説もあれば、天然痘で崩れたという説もある。

 

 それを聞いたメリーが頭を抱え込んだ。

 

「お岩さんかぁ…………あたしらでどうにか出来る相手じゃないわ」

「けどこのままじゃホントにアイツ殺されるわよ!?」

 

 すーちゃんが頭を抱え込んだメリーを頭ごなしに怒鳴り散らす。そんな中、お菊さんが口を開く。

 

「わたし達で、お岩さんを退くしかありません」

「わしらでか!?」

「これしかありません。戦っても勝ち目はありませんから龍星さんを諦めて貰うしか…………」

「そうは言っても  何か方法があるんですか?」

 

 はーちゃんがお菊さんに尋ねると、

 

「方法はあります」

 

 それから数時間後。夜になり俺は部屋から出ようとした瞬間、俺ははーちゃんとおくまに取り押さえられた。

 

「龍星さん!行っちゃ行けません!」

「なんだよ、はーちゃん!離してくれ!」

「メリーさん!花子さん!」

 

 はーちゃんが叫ぶと隠れていたメリーと花ちゃんが現れ、俺顔をガシッと掴みながら花ちゃんは叫ぶ。

 

「龍星、行くな!行ったら死ぬぞ!」

「お願い龍星、大人しくして!」

「このまま茶の間に連れていきましょう!!」

 

 おくまの髪の毛で拘束された俺は茶の間で正座させられた。俺はお化け達を見渡す。

 

「何のつもりだ?」

 

 俺がお化け達を睨み付けると、お菊さんが目の前に座る。

 

「龍星さん、貴方はお岩さんに取り憑かれています。あのお方はとてつもない怨霊です。龍星さんもご存知ですよね?」

「お岩さん…………あのお岩さん!?」

 

 俺は思い出したかの様にお菊さんの質問に答えた。お菊さんはゆっくりと頷く。

 

「はい、そのお岩さんです。これ以上関わると殺されます」

「なら、どうするの?お岩さんを倒すの?」

 

 俺が首を傾げながら尋ねると、

 

「いえ、あのお方を除霊出来る人間はまずこの世にはいないでしょう。なので龍星さんを諦めて貰うという策を考えました」

「具体的にどうするの?」

「服を脱いで下さい。今すぐ」

 

えっ?ここで?

 

 お菊さん言われた俺は、周りを見渡す。

 

「や、やだ…………恥ずかしい」

「普段下半身を露出してる奴が何を言っているのだ?」

「寝言は寝て言ってくれる?ほら、早く脱いで!」

「わ、分かったよ…………」

 

 俺はお化け達に見られながら服を脱ぎ始める。そして、勝負パンツと靴下のみになった瞬間、お化け達はクスクスと笑い始める。

 

何が面白いのだろうか?

 

「なんだよ、何が面白いんだ?」

「だ、だって…………白ブリーフなんだもん  フフフフフフ」

「わ、笑ってはいけないですよ!おぽぽぽぽ」

「あんた、普段トランクスでしょ?なんで白ブリーフなの?」

「なんでって、勝負パンツだからだよ!文句あんのか!?あぁん!?」

 

 俺がそう言った途端、すーちゃんが声を掛けてきた。

 

「え、待って?確かあんた、彼女居たわよね?」

「うん。居たよ?」

「もしかして、ここぞって言う時ブリーフ履いてたの?」

 

なんだそんな事か。

 

 俺は自信満々に答える。

 

「勿論、ここぞと言う時は履いてたぞ?当たり前じゃないか!」

 

 そう言った途端、メリーが顔を引き攣らせながら。

 

「あぁ…………あんた確かフラれたんだよね?」

「うん、そうだよ?なんでも他に好きな男が出来て妊娠したとか?」

 

 何かを悟ったメリーは俺の肩を優しく撫でる。

 

「あー…………うん、もういいよ。辛かったね」

「え?なにその目?」

「そ、そろそろ準備しましょうか」

「え、ちょっとみんな?なんで目を逸らすの?  ねぇ?」

 

 お菊さんは墨と筆を用意しており、俺の体にお経の様な文字を書き始める。

 

「これはわたしが生前に和尚様から教わったお経です。これを体に書くと幽霊は姿を見えなくなる様です」

「へぇ〜、そうなんだ」

「ですが、声を出すとお経の効果が消えてしまいますので何があっても決して声を出してはいけません」

「分かった」

 

 お菊さんがお経を書いている途中、花ちゃん達が顔を見合わせる。

 

「では、わしらもそろそろ行くか」

「そうね、やれるだけの事はやってみましょ」

「お菊さん、後はお願いします」

 

 お経を書き終えると、お菊さんも墨と筆を片付けて。

 

「わたしも玄関をおくまさんと守ります。何があってもここの部屋の扉は決して開けないで下さいまし」

 

 いつになく真剣なお菊さんの言葉に俺は黙って頷いた。お菊さんはゆっくりとドアを閉めて行った。

 

 

 ─────真夜中になり、外ではーちゃんと花ちゃんがお岩さんを待ち構えていた。秋の風がフワッと吹いた瞬間、暗闇から着物をはだけさせた女の幽霊が歩いて近付いて来た。花ちゃんはギロっと睨み付ける。

 

「あいつが、お岩さんか」

「そのようですね」

「押しかけ女房のつもりなのか?」

「さぁ…………?」

 

 花ちゃんとはーちゃんが身構えると、お岩さんが気付いた。

 

「おや?そこにいるのは誰だい?人間じゃなさそうだけど?」

「そうじゃ、わしらもお主と同じ怨霊じゃ」

「貴方は、お岩さん…………ですよね?」

 

 はーちゃんが尋ねた途端、お岩さんは突然取り乱し始め、頭を掻きむしりながら悲鳴を上げた。

 

「あたいの他にまた女作ったのかい!?あたいがいるのにぃぃぃ!!」

「な、なんじゃ!?」

「小娘っ!伊右衛門様はどこにいるんだぃ!?」

 

 髪の毛をムシャクシャに乱し、顔半分が焼かれた様にただれている顔を見せた途端、一瞬で花ちゃんの首を両手で締め上げていた。反応出来なかった花ちゃんとはーちゃんは驚いた。

 

「いつの間に!?」

「こ、こやつ…………なんという力…………」

「伊右衛門様ァァァァッ!!」

「花子さんを離して下さいっ!伊右衛門さんって誰ですか!?」

 

 はーちゃんは花ちゃんを助ける為にお岩さんに掴みかかった。



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第53話 お岩さんともっこりブリーフ

 はーちゃんがお岩さんを取り押さえようとした瞬間、お岩さんは片手ではーちゃんの手首を掴み、ギリギリと締め上げる。とてつもない力にはーちゃんは悲鳴を上げる。

 

「きゃぁぁっ!!」

「お前さん、随分大きいんだねぇ。天狗か何かかい?」

「うぅ…………」

 

 お岩さんは痛みに悶えるはーちゃんをグイッと引っ張り、おぞましい顔にギラギラと瞳孔が開いた目ではーちゃんを額がぶつかるスレスレまで近けて目を見つめる。はーちゃんはあまりの恐怖に腰を抜かしてしまった。戦意を失った事を悟ったお岩さんは花ちゃんとはーちゃんを離した。窒息寸前だった花ちゃんはゲホゲホと咽び泣く。

 

「は、花子さん!?花子さん大丈夫ですか!?」

「ゲホゲホッ、なんて力じゃ」

 

 花ちゃん達を退いたお岩さんはそのまま玄関を手を触れずに開けて中へと入って行く。お岩さんはそのまま下を向いて見ると、おくまが鬼の様な形相で立っていた。

 

「おや、可愛らしい人形だねぇ」

 

 お岩さんがおくまに手を伸ばそうとした瞬間。天井に這わせていた髪の毛がお岩さんの首に巻き付き、吊るし首をする様に引っ張り上げた。だが、お岩さんは首を締め上げられながらも涼しい顔をしながらおくまを見下ろす。

 

「お客に失礼じゃないか、作法を教えてやろうか?」

 

 そう言った瞬間、お岩さんは首に巻き付いたおくまの髪の毛をブチブチと音を立てながら引きちぎり、おくまの頭を掴み上げ、玄関の外へと投げ捨てた。お岩さんはそのまま玄関を上がり、茶の間をゆっくり歩く。

 

「伊右衛門さまぁ…………伊右衛門さまぁ?」

 

 家の中を見渡しながらお岩さんが探し回る。タンスの横を通り過ぎようとした瞬間、隙間から手が飛び出して来てお岩さんの腕を掴み、そのまま隙間に引き込もうとする。

 

「なんだい、この手は。どっから出てるんだよ」

「私は隙間女。これ以上行かせないからね。 メリー!今よ!」

 

 すーちゃんの合図と共にメリーがお岩さんの背後に回って首元に果物ナイフを突き付けた。

 

「あたし、メリー。今、あなたの後ろにいるの」

 

 メリーとすーちゃんが先手を取ったかのように見えたが、

 

「あんた、南蛮の娘じゃないか。やれやれ伊右衛門様は好き者だねぇ」

 

 聞き覚えない名前を聞いてメリーは首を傾げる。

 

「い、伊右衛門?誰それ?」

「もしかして龍星の事? だったら人違いよ。ここに伊右衛門なんていないわ。帰って!でなきゃ─────」

「でなきゃどうする?あたいを殺すかい?」

 

 お岩さんは果物ナイフの刃をぎゅっと握り締める。手から血が滴り落ちるとメリーとすーちゃんは怯んでしまった。それを見逃さなかったお岩さんは、

 

「ほら、どうしたんだい?この刃物であたいを殺すんだろ?やってご覧なさいな」

「あ……あ……」

「メリー!しっかりしてよ!こ、これ以上掴んでられない…………!」

「あんたも、そんな所に隠れてないで出てきたらどうだい?」

「いや、い、いたいっ!」

 

 一旦刃物を離し、血が滴る手ですーちゃんの腕を掴み、引っ張り上げてすーちゃんを引き摺り出した。お岩さんはすーちゃんの腕をギリギリと締め上げると、すーちゃんは悲鳴を上げる。

 

「いやぁぁぁっ!いたいっ!いたいっ!」

「こんなもんで根をあげるなんて情けないねぇ」

「や、やめて!」

 

 そこに、隠れていたくねくねが割って入り、お岩さんの腕にしがみついた。

 

「まだ隠れてたのかい?黙って隠れていれば、見逃してあげたのにねぇ」

 

 左手ですーちゃんの腕を掴み、右手でくねちゃんの髪の毛を鷲掴みにして持ち上げる。

 

「きゃぁぁぁっ!」

「退きな小娘!」

 

 くねちゃんを突き飛ばすと、騒ぎで目を覚ました小さいおじさんがゲージから顔を出した。

 

「うるせぇなぁ、こんな遅くに何騒いでんだぁ?」

「なんだい?この汚らしいネズミは?」

 

 お岩さんはゲージに顔を近付ける。おぞましい顔を目の当たりにしたおじさんは腰を抜かしてしまう。お岩さんはおじさんを睨み付けた。

 

「あんた、伊右衛門様はどこにいるんだい?」

「い、伊右衛門?だ、誰だそれ?」

 

 おじさんが首を傾げると、お岩さんはバンとゲージを叩いて威嚇する。

 

「嘘つくんじゃないよ!  どこに隠したんだい!?」

「な、なんなんだよ、もしかしてあんちゃんの事か?あんちゃんなら2階の奥の部屋だけど」

「ふんっ、最初からそう言えばいいんだよ」

 

 おじさんの指刺す方向を向いて階段をギシギシとゆっくり上がり始めた。階段を登り終えると、廊下にはお菊さんが正座をしながらお岩さんを見詰めていた。お岩さんは、お菊さんを睨み付ける。

 

「まだ居たのかい?」

「お岩様。この先には民谷伊右衛門様はいらっしゃいません。お引き取りくださいまし」

 

 お菊さんは正座の姿勢から、上体を前傾させて座礼をする。

 

「その作法…………あんた、どっかに奉公してたかい?」

「はい。生前は武家屋敷の侍女としてご奉公しておりました」

「へぇ、通りで。けど、その部屋には伊右衛門様がいるんだ、退いとくれよ。会いたいんだよ」

 

 お岩さんが目から血を流しながらお菊さんに言うと、お菊さんは両手を広げて行く手を阻む。

 

「なりません!この先に居るのは福島龍星様で御座います。民谷伊右衛門様ではありません!」

「御託並べてんじゃないよ!」

「ああっ!」

 

 お菊さんを張り倒し、お岩さんはドアの前に立つ。

 

「伊右衛門様…………いるんだろ?」

 

 俺は思わず口元に力を入れる。返事をしなかった途端、お岩さんは豹変してドンドンとドアを叩く。

 

「伊右衛門様ぁぁぁっ!伊右衛門様ぁぁぁっ!!ここを開けて下さい!伊右衛門様ぁぁぁっ!!」

「お岩様、お止め下さい!ここにはおりません!」

 

 張り倒されたお菊さんが再び立ち上がってお岩さんにしがみつく。だが、お岩さんはお菊さんを掴んで壁に叩き付ける。

 

「邪魔をするなって言っただろぉぉっ!!」

「がはっ…………」

 

 お菊さんは鼻血を流し、そのまま倒れ込む。痺れを切らしたお岩さんがドアを手を触れずにこじ開けた。ブリーフ一丁で正座していた俺はケツに力を入れる。

 

メリーや花ちゃん達が止められない幽霊、かなりヤバい。

 

 だが、お岩さんはお菊さんが書いてくれたお経のおかげで俺の姿が見えないのか、目の前にいるのに辺りを見渡していた。

 

「伊右衛門様ぁ?居るんだろう?隠れてないで出来ておくれ」

 

 少しずつ俺に近付いて来る。俺は幽霊に触れることが出来る為、ゆっくり場所を変えようと立ち上がろうした。

 

だが、その時。

 

 足に虫が這うようなビリビリ感が迸る。

 

そう、足が痺れちゃった。

 

 突き刺さる様な痺れに耐えながらゆっくり、ゆっくりと立ち上がってお岩さんから離れようとした。それと同時に、お岩さんがこちらに顔を向けて下半身を凝視していた。

 

ん?どこを見ているんだろうか?

 

 俺が下に目を向けて見ると、ブリーフにお経が書かれていないのに気付いた。そこにあるのはもっこりとしたブリーフ。



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第54話 食い込むブリーフ

 ブリーフにお経が書かれてないのに気付いた俺はもう頭がブリーフの様に真っ白になった。

 

お菊さんは働き者だけど、天然ボケだけはダメだ。

 

 痺れた足を奮い立たせながらゆっくりと動くと、お岩さんの視線も動く。そして、遂にお岩さんの口が開く。

 

「なんだい?この白いふんどしは?」

「──────っ!?」

 

 お岩さんは不思議そうに近付いて摘む様にブリーフを引っ張り始めた。俺は声が出そうなのを必死に堪える。伸び縮みするブリーフが珍しかったのか、お岩さんはびょんびょん伸ばす。

 

「なんだか面白いふんどしだねぇ、伊右衛門様に差し上げたいね」

 

な、なんだと!?

 

 本当に俺が見えてないのか不安になる様な事を口走ったお岩さんは、急にブリーフの両端を上に引っ張り始めた。それにより、ブリーフは股にくい込みハイグレの様な形になる。

 

いだだだだぁっ!!

 

「なんだい?取れないねぇもっと引っ張ればいいのかね?」

 

 更に力を加えられた。グイッと引っ張られて俺の2つの秘宝が両脇からはみ出て来てしまった。悲鳴を上げたいが、俺は下唇を噛み締めて堪える。

 

「取れないねぇ、まぁ。これは後にしようか」

 

 お岩さんは諦めたのか、ぱっと両端を離した。ゴムが伸びたヨレヨレのブリーフを抑えながら俺は痛みを我慢する。

 

「伊右衛門様〜?そろそろ出て来てくださいな」

 

この人、本当は見えてるんじゃないだろうか。

 

 俺は股を擦りながら座ると、お岩さんの口調が段々荒々しくなって来た。

 

「また裏切るのか、あんたはまたあたいを裏切るのかぁぁっ!あたいにトリカブトの毒を飲ませて殺し、他の女と夫婦になろうとした事は忘れたとは言わせないよぉっ!出て来い!この人でなしぃぃっ!!」

 

 耳を塞ぎたくなる様な甲高い声で叫び出す。そこへ更に、追い討ちをかけるように俺の体に異変が起きた。

 

屁が出そう。

 

 先程ブリーフが食い込んだ事で放屁感が高まったらしい。

 

だが、ここで音を出してしまったらお経の効果がなくなってしまう。けど放屁感も高まる。なら、どうする…………?

 

 頭をフル回転させて振り絞った結果。

 

すかしっぺにすればええんや!!

 

 俺は体を丸めて土下座の様に体勢を変えた。

 

よし、けど一気に出したら音が出てしまう。ゆっくり、少しずつだ。

 

「プスゥ〜」

 

 音を立てないように空気が漏れるような音を出して放屁する。順調に出ている事に俺は安堵した。

 

助かった、これでなんとかなる。

 

 と、その時。油断してケツの力を緩めてしまった。

 

「プスゥ〜…………ブッ、プ」

 

あっ!

 

 音を立てた瞬間、お岩さんは俺の方に顔を向けた。

 

「そこかい?そこにいるのかい?伊右衛門様ぁぁぁっ!」

 

 俺は慌てて離れようとした。それと同時に乳首に書かれていたお経が擦れてしまい、遂にお岩さんに見つかってしまった。

 

「へぇ〜、お経で姿を隠してたのですねぇ、伊右衛門様」

「はわわわっ!」

「逃がしませんよぉ〜。あたいの伊右衛門様ぁぁっ!!」

 

 お岩さんは俺の乳首をデコピンする。敏感な俺はデコピンに耐えながらビクッと体を震わせる。

 

はうっ!

 

「ここだねぇ?さぁ、あたいと一緒に来て貰いますよぉ」

 

 不気味に笑みを浮かべるお岩さんは何を思ったのか、とんでもない力で俺の乳首を引っ張り始めた。激痛で俺は断末魔を上げる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「あたいが受けた憎しみと悲しみ、地獄でたんと味わうがいいわ!」

「あぁぁぁっ!と、取れる!乳首とれるぅぅっ!!」

 

 俺の悲鳴を聞きつけたお化け達が雪崩込む様に駆け付ける。そして俺の惨状を目の当たりにしてメリーが、

 

「えっ?なに、どういうこと!?」

「速攻で殺されると思ったら、ち、乳首を責められてるの?」

「こ、これはどうすればいいんじゃ?」

「と、とにかく龍星を助けなきゃ  八尺さん?」

 

 メリーや花ちゃんが戸惑い、くねちゃんは手で顔を隠す中、すーちゃんがはーちゃんを見上げると、はーちゃんは何故か頬を赤らめてどこか興奮している様に見えた。

 

「え、ちょ!八尺さんがおかしくなってる!変な扉開けようとしてる!」

「興奮してる場合!?早く助けようよ!」

「らめぇぇぇっ!壊れちゃぅぅぅっ!」

「わしは行く。って言うより、不快だからな。夢に出て来そうじゃ」

 

 メリー達は再びお岩さんに立ち向かおうとしたその時、後ろから鼻血を止めたお菊さんも合流する。

 

「うぅ…………龍星さんは!?」

「今から助ける所よ!お菊さんも手伝って!」

「行くぞ!せーので行くぞ!」

「行くわよ〜。せーのっ!」

「やぁぁぁっ!」

 

 お化け達は総出でお岩さんを取り押さえる。はーちゃんが覆いかぶさり、すーちゃんとメリーが腕を抑え、くねちゃんは両足を抑えた。取り押さえられたお岩さんは騒ぎ出す。

 

「えぇい!なんだい!あんた達!退きな!」

「誰が離すもんですか!お菊さん!龍星を!」

「はいっ!龍星さん、大丈夫ですか!?」

 

 お菊さんが俺に手を差し伸べたが、俺は余りの激痛で、

 

「いやっ!来ないで!あっち行って!」

「いや、あんた女か!?しっかりしなさいよ!」

 

 メリーが俺に言い放つ。気を取り直したお菊さんは俺の手を取って安全を確保した。お菊さんに抱かれた俺は安心して泣き叫ぶ。

 

「うわぁぁぁん!お菊さぁぁぁん!痛かったよぉぉっ!」

「よしよし、もう大丈夫ですからね。怖かったでしょう」

 

 ようやくお岩さんを取り押さえ、落ち着いた俺はお岩さんを見下ろす。お岩さんは悔しいのか、恨めしそうに俺を睨み付ける。

 

「俺は伊右衛門とか訳分からんクズじゃない。俺は福島龍星だ」

「龍星?伊右衛門様じゃないのかい?」

「そんなに龍星似てるのかな?」

「どうじゃろうな」

 

 メリーと花ちゃんがヒソヒソ話していると、その話が聞こえたのかお岩さんは答えた。

 

「まぁ、似てるよ。雰囲気とか目元とかね」

「なのその微妙な言い方」

「似てるか分からんけど、人違いです。だから俺に取り憑くのはやめてくれないかな?」

 

 俺がそう言うと、お岩さんは悲しそうな顔をした。



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第55話 アラスタッタピィーヤ!

 悲しそうな顔をしたお岩さんを目の当たりにするお化け達はお岩さんが可哀想と思ったのか、力を緩めて解放した。

 

「お岩さん、もう止めましょう?」

「こやつはお岩さんの夫だった伊右衛門というものでは無いのじゃ」

「うっ、うぅぅ〜」

 

 お岩さんは崩れ落ちる様に倒れておいおいと泣き出す。居た堪れなくなったメリーが背中を擦りながら慰め始める。

 

「お岩さん、その伊右衛門とかはお岩さんを捨てた男なんでしょ?そんなやつ忘れて新しい男でも見つけたら良いじゃない!  ね?」

 

 メリーにそう言われた途端、お岩さんが豹変する。

 

「安い同情なんて要らないよっ!こんな顔で何が出来るってんだ!」

 

 赤く腫れている顔半面をメリーに見せ付ける。メリーは思わず目を逸らしてしまい、お岩さんはそれを見逃さなかった。

 

「ほら、同じ幽霊にもまともに見て貰えないなんて無様よね」

 

 お岩さんは人を寄せ付けないような寂しい表情をする。俺のそばにいた花ちゃんが耐えかねて肘で俺をつつく。

 

「ほれ、お主の出番ではないか?」

「え?俺?」

 

 それにつられてすーちゃんも便乗する。

 

「そーだよ、龍星。取り憑かれてたんだから責任取りなさいよ」

「そう言われてもなぁ…………」

 

 俺は腕組みをしながら考えた。

 

お岩さんの顔の腫れものはトリカブトの毒だったって聞いたことがある。

 

「あれ、確か昔トリカブト使った事件あったような…………」

「え?そんなのあった?」

 

 すーちゃんが俺の言葉に首を傾げる。

 

「メリー、昔あったよね?」

 

 俺がメリーに問いかけると、メリーは考え込む。

 

「えー?あったかなぁ。うーん…………あっ!【トリカブト保険金詐欺事件】だよ。確か、フグの毒とトリカブトの毒を複合させて毒をコントロールさせてたって事件!」

「トリカブトとフグ…………それだぁっ!」

 

 俺が突然大声を出した途端、お岩さんはビクッと驚く。

 

「な、なんだい急に!?」

「岩さん、明日またここに来てくれるかな?上手く行けば、その腫れ物を治せるかも知れない」

「えっ!?龍星さん、そんな事出来るんですか!?」

 

 お菊さんが驚く。肝心のお岩さんは俺の言葉を半信半疑で聞いていた。

 

「ま、まさかそんな事が…………いや、出来るわけがないよ!からかわないでおくれ!」

「まぁ、疑うのも無理はないよね。けど、ここは騙されたと思って来てくれよ」

「分かった。けど、もし逃げたり治らなかったら…………分かってるだろうね?」

 

 お岩さんは納得したのか、覚悟を決めながら俺を睨み付ける。

 

「煮るなり焼くなり好きにすればいいさ」

「いい覚悟じゃないか。んじゃ、明日の晩また来るわ」

 

 そう言ってお岩さんはすうっと壁をすり抜けて姿を消した。俺はヨレヨレのブリーフをグイッと上げながら立ち上がる。

 

「さて、こうしちゃ居られない。早速出かけなきゃ」

「ちょっと、何するつもりなの?」

「何か閃いたのだろう?何をするんじゃ?」

 

 メリーと花ちゃんに尋ねられた俺は、スボンを履いて支度をしながら答えた。

 

「魚釣りさ。夕方までには戻って来るから待ってて」

 

 俺はそう言って玄関を飛び出し、車に飛び乗り家を出た。

 

数時間後。

 

 夕方になり空が薄暗くなると、俺はクーラーボックスを両手で持ちながら帰って来た。

 

「ただいまぁ」

「おかりー。どこ行ってたの?ってか、何そのクーラーボックス?」

「これ?岩さんの腫れ物を治すモノさ」

 

 メリーに尋ねられた俺はクーラーボックスを開ける。お化け達は中を覗くと、

 

「えっ?これがですか?」

「こんなの一体どうするの?」

「あ、お魚!」

「龍星さん、このお魚…………」

「まぁ、何をするか知らんがもうすぐお岩さんが来るぞ」

「そうだな。準備しよう」

 

 俺は準備をしてお岩さんを待った。そして、約束の時間を迎えた。お岩さんは何食わぬ顔で玄関を開けてズカズカと茶の間までやって来た。お菊さんはすかさずお茶を差し出した。

 

「粗茶でございますが…………」

「ありがとう。気が利くじゃないか」

「恐れ入ります」

「で?あたいのこの顔、治せるのかい?」

 

 お岩さんはお茶を啜りながら俺を見つめる。俺はクーラーボックスをバンバンと叩きながら答える。

 

「うん、治せるよ」

「ほう、ならやって貰おうかね」

「分かった。んじゃ早速」

 

 俺はクーラーボックスを開けた。お岩さんはその中を恐る恐る覗いた。お岩さんは指をさしながら声を上げる。

 

「こ、これ、クサフグじゃないか!」

「うん、そうだよ?昨日海まで言って釣りしてるおじさん達に貰ったんだ」

「こんなもん、一体どうするつもりだい!?」

「食べろ」

「…………は?」

 

 バシャバシャと暴れ始めるクサフグ。俺の言葉を聞いて絶句するお化け達。

 

クサフグは肝臓・卵巣・腸は猛毒、皮膚は強毒で、筋肉・精巣は弱毒とされる。 毒の正体は、有名なテトロドトキシンで、青酸カリの850倍もの毒性を持っている。一応食べられるらしい。

 

 俺はトングでクサフグを捕まえ、お岩さんに押し付けた。

 

「ほら、食べろ」

「食べろって生きたままをかい!?」

「ゴポッ!ゴポッ!」

「龍星?あたしら幽霊よ?生きたままじゃ食べられないわ」

「せめて焼いてあげなよゴポゴポ言ってるし」

 

そういえばそうだった。お化け達は生気を吸うんだった。

 

 すーちゃんとメリーに言われた俺はクサフグを引っ込める。そのまま外に出て焚き火でクサフグを焼いた。黒焦げになったクサフグを再び岩さんに押し付ける。

 

「ほら、焼いたから食べろ岩さん」

「い、いや!焼き過ぎて真っ黒に焦げてるじゃないか!」

「みんな、押さえて」

 

 俺の指示によりお化け達は岩さんの体を押さえる。

 

「イヤァァァッ!!焦げ臭いっ!そんなもんの生気を吸っても無理よ!」

「やってみなきゃ分からないでしょ」

 

 岩さんは半強制的に生気を吸い始める。

 

「ゴホッ!ウゴッ!?ゴアッ!?オ゛ォェ!!」

 

 拳ほどの大きさの生気を一気に飲み込んだ岩さんは涙目になる。

 

「はーっ、はーっ、どう?治ってる?」

「どれどれ?」

 

 俺は岩さんの前髪を掻き分けてみると、以前と変わらない状態だった。

 

おかしい、トリカブトのアコニチンとフグのテトロドトキシンは拮抗作用があって、同時に飲むとお互いを押さえ込むはずなんだけどなぁ。テケテケの時みたいに、アレやって見るか。

 

 テケテケの時のように岩さんの腫れてる部分に手を当てながらボソボソと唱えた。手を離してみると、岩さんの腫れてた部分は綺麗に治っていた。それを見たお化け達も驚愕する。

 

「ほら、治ったよ」

「えっ!?嘘!?」

「嘘じゃないよ。くねちゃん、鏡出して」

 

 くねちゃんが岩さんに鏡を渡すと、岩さんは治った顔を見て涙する。

 

「嘘…………本当に治ってる!?」

 

 岩さんがはしゃいでる中、メリー達が首を傾げる。

 

「ねぇ、龍星。なんかボソボソ喋ってたよね?お経でも唱えてたの?」

「え?なんでもないよ、気にしないで」

「わしも気になる、何を唱えたのじゃ?」

「なんだよ花ちゃんまで、恥ずかしいから言いたくない」

「笑いませんよ、どんなお経なんですか?」

「どーせその辺のお坊さんの真似事でしょ?」

「わくわく!」

 

 はーちゃん、すーちゃん、くねちゃんまで興味を示して来た。仕方なく俺は、重い口を開いた。

 

「アラスタッタピィーヤ!」



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第56話 俺の能力

 そう唱えた途端、メリー達が騒ぎ出した。

 

「いやいや、なにその呪文!?大地の精霊でも呼ぶつもりなの!?」

「貴様、仏教や宗教をバカにしてるのか!?もう少しマシなのを考えられなかったのか!?」

「絶対世界中の宗教団体を敵に回したわよ」

「あの、龍星さん。他に思いつかなかったのですか?」

 

 と、騒ぎ立てるお化け達。俺は悪びれもなく反論した。

 

「そうは言ってもこれが思いついちゃったんだから仕方ないだろ?なんだよ皆して俺をバカにしやがる!!」

「バカにしてるのはあんたでしょ!?何よアラスタッタピィーヤって」

 

 メリーがそう叫びながら俺の頭を叩く。だがそんな中、すーちゃんが首を傾げながら口を開いた。

 

「確かに変な呪文なんだけど、実際にこうしてお岩さんの目を治したのは事実だよね。  ねぇ、龍星?私達に唱えたらどうなるの?」

 

言われてみれば…………。

 

 すーちゃんに言われた俺は考え込む。

 

「すーちゃんの言う通りだわ。『アラスタッタピィーヤ』を使ったのはテケテケの下半身を付けた時と今回のお岩さんの時だけ。どっちも治す目的に使っただけだからどうなるか俺も分かんない」

「テケテケ!?あんたテケテケに会ったの!?よく無事だったわね!?」

 

 テケテケと言った途端、メリーが目を見開きながら騒ぎ出す。だが、俺はあっけらかんと返す。

 

「まぁ、研修先で仲良くなったんだよ。その時下半身付けてあげたの」

「ふーん。面白そうだから花子達にさっきの唱えて見てよ」

 

 メリーが花ちゃん、くねちゃん、すーちゃん、はーちゃんの4人に指を差す。

 

「メリー!貴様、何を言ってるんじゃ!?」

「しれっと自分だけ逃れようとしてんじゃないわよ!?」

「万が一浄化されちゃったらどうするんですか!?」

「こ、こわい…………」

 

 怯える4人の前に俺は腕をぶんぶんと振り回して、

 

「俺も気になるからちょっとやって見る。お岩さんとお菊さんは離れててね?」

「わ、分かりました。お岩様、こちらに」

「お、おぉ…………」

 

 お岩さんとお菊さん、そしてどさくさに紛れてメリーも俺から離れる。離れたのを確認した俺は4人に向かって右手をかざした。

 

「アラスタッタピィーヤ!!」

 

 唱えると、4人の体は消滅してはいなかった。身構えていたメリー達が恐る恐る俺に尋ねる。

 

「な、なによ。何も起こらないじゃない」

「何だ、ただの虚仮威しじゃないのさ」

「み、みなさん?大丈夫ですか?」

 

 お菊さんが花ちゃん達に尋ねると、

 

「ゲホッゲホッ!  急に咳が止まらん!  ゲホッゲホッ!」

「ヘックシ!ズズッ!鼻水が止まりません!それに寒気が…………」

「な、なんか喉が痛くなって来た…………イガイガする」

「お腹痛い…………」

 

 4人ともバラバラに症状が現れた。

 

「風邪の症状じゃないのよ!どうせなら統一させなさいよ!」

「こ、これはこれで不快だね」

「そ、そうですね…………けど、成仏しなくて良かったですね!」

 

 お化け達の効果を見た俺は今までの事を思い出して整理し始めた。

 

どうやら俺の能力は【幽霊に触れたり、俺が身に付けている物をに触れたり、話せたり、身体を治したり、風邪に似た症状を与える】という事らしい。テレビや映画の様に悪霊を退治したりとかは全く出来ない様だ。

 

「黙って考えてないで早く元に戻してあげてよ!可哀想でしょ!?」

「わかったよ、アラスタッタピィーヤ!!」

 

 メリーに促されて再び唱えたが、4人の症状はさらに病状が悪化した。

 

「うぇぇおぇぇっ!!」

「頭が割れるぅぅぅっ!!」

「寒い寒い寒い!」

「お腹痛いよぉぉ…………」

「余計酷くなってるじゃない!」

「あ、あれ?おかしいな!?」

「もしかして、身体と言っても風邪の症状は治せないんじゃないのかい?」

「約立たずじゃないの!どうすんのよこの悲惨な状況!?」

「とにかく皆さんを運びますね!」

 

 お菊さんが慌ただしく4人を運び出して行く。それを見たお岩さんは呆れた様に溜息を吐きながら、

 

「なんか、殺る気を削がれてしまったな。今回は帰らせて貰うよ」

「今回はじゃなくてもう二度と来ないで貰えると助かるわね」

「伊右衛門様じゃないけど、龍星が気に入っちまんだんだ」

 

 不気味に笑を浮かべるお岩さん。それを見たメリーは、

 

「あっそ、なら好きにしたら?セクハラされても知らないからね?」

「ふん、望む所さ。んじゃ、あたいはそろそろ帰るよ。じゃあね、龍星」

「えっ?あ、うん。またね」

 

 お岩さんに軽く会釈をすると、お岩さんは壁をすり抜けてそのまま帰って行った。

 

「やれやれ、ようやく片付いたな。風呂でも入ろうっと」

 

 俺が着替えようとしたその時、棚からバタバタとDVDが落ちて来た。

 

「もー、あんた何やってんのよ」

「あちゃー。あっ…………」

「なに?どうかしたんですか?」

 

 お菊さんが俺を覗くと、俺はレシートを確認して延滞しているのに気付いて冷や汗をかいている所だった。

 

「返却すんの忘れてた…………」

「つーか、名前が全部卑猥なんだけど?夜な夜な1人でこんなの見てんの?」

「卑猥?何処が卑猥なのか言ってみなよ」

 

 俺はメリーに作品の名前を言わせようと試みる。

 

「えっ、ま、マジックミラー…………何言わせんのよ!」

「おい、わしらはどうなるんじゃ…………」

 

 その後、アラスタッタピィーヤを唱えられたお化け達は3日間効果が続いた。



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第57話 イケメン店員現る!

 お化け達がアラスタッタピィーヤを食らって寝込んだお化け達を看病していた俺は仕事帰りにTSU○AYA○○店にやって来ていた。その理由はお岩さんの騒動で借りていた大人のDVDを延滞してしまった為である。延滞料金と返却をしに店に入るとレジに女子高生が集まっていた。

 

レジにあんなに人だかりが出来ている。何かあったのか?

 

 レジに目を向けてみるとそこには、テレビに出てる俳優やタレントの様に整った顔立ちの男性店員が囲まれていた。

 

「お兄さーん、この後私とデートしよう?」

「すいません、また今度お願いします」

「お兄さん、彼女いたりする?」

「ご想像にお任せします」

「ねぇねぇ、お兄さん。LIN○教えてよ〜」

「すいません、仕事中ですから」

 

 イケメン店員は女子高生の猛烈アタックをのらりくらりと対応している。俺はとても見ていて不快だった。

 

けっ、リア充めが。悔しいから楽園コーナーにでも行こう。

 

 そう思った俺は堂々と18歳未満立ち入り禁止の楽園コーナーののれんをくぐって行った。入る瞬間を見られていたのか、レジの方からヒソヒソと声が聞こえて来た。

 

「うわ、あの中に人入って行ったんだけど?」

「え、マジ? どんだけ飢えてんだよ」

「どんなの借りんのかな? 痴漢モノとか?」

「それヤバイ!キモ〜イ!きゃははは!!」

 

 と、そんな声が聞こえて来た。

 

黙れ小娘!!

 

 俺はやり場のない怒りを痴漢のDVDを握り締めながら耐えた。静かに深呼吸をして怒りを鎮めている中女子高生達は、

 

「んじゃ、また来るねえ!」

「またねお兄さん!」

「お兄さんはエッチなDVDなんか借りないでよ〜?きゃははは!!」

 

 そう言い残して店を後にした。俺はカゴに数本のDVDを入れていくと、足音が聞こえて来た。ふと目を向けると、イケメン店員が忙しそうにDVDやブルーレイディスクを並べていた。俺は視線を戻してオススメと記されているDVDのパッケージに目を向ける。

 

だがその時、視線を感じた。

 

 何となく目の前の棚の隙間を見てみると、イケメン店員がこちらをじっと見つめていた。俺は思わずビクッとリアクションを取ってしまった。イケメン店員は何故か1つのDVDを手に取って何かを呟いていた。俺はそれが無性に気になって耳をすませていると、

 

「はぁ、小便臭いJKが毎日のように拙者に気安く声を掛けてくるでござる。拙者が3次元の女子に興味無いのに困った限りでござる。やはり女の子と言えばこの美少女剣客のお鶴ちゃんが1番でござるな」

 

え?

 

 思わず顔を見上げてしまった。さっきとは打ってあんなに女子高生達にキャーキャー言われる程美男子が早口でオタクの様な喋り方をしていた。

 

「貴殿もそう思うでござろう?」

 

 イケメン店員はそのまま棚の隙間から俺の目をじっと見つめて言い放った。急に怖くなった俺は、視線を外した。

 

すると、

 

「何を臆するのです?」

「──────っ!?」

 

 いつの間にか俺の隣に立っていた。

 

「うわぁっ!!」

 

 突然現れたイケメン店員に耳のそばで大砲を打たれたように驚き、カゴの中をぶちまけてしまった。俺は慌ててDVDを拾い始める。

 

「驚かせて申し訳ございません」

「あ、いえ、大丈夫です」

「いつも御来店ありがとうございます。会員番号12545の福島龍星さん」

 

 そう言われた瞬間、心臓が止まった気がした。俺は財布から会員カードを取り出すと、会員番号が12545となっていたからだ。俺はゆっくりと振り返りながら、

 

「な、なんで俺の番号を?」

 

 俺の問にイケメン店員は首を傾げた。

 

「何故って言われましても、拙者ここの従業員ですからな」

「い、いや普通覚えないでしょ!?」

 

 俺が怯えながら返すと、

 

「ブフォ!何を言うか福島氏。貴殿はこのアダルトコーナーの常連ではござらんか。何を隠そう毎回福島氏が満足出来る作品をピックアップしてるのは拙者ですぞ?寧ろ感謝して貰いたいでござる」

 

 顔に似合わず不気味な笑い方をしながら答えた。

 

「マジかよ!?前からここの店のオススメ作品俺の琴線を刺激して来るなとは思ってたんだよ」

「頻繁にご利用されれば嫌でも覚えるでござるよ。申し遅れました。拙者アルバイトの【石川虎徹】と申す。以後お見知りおきを」

 

 石川虎徹と名乗ったイケメン店員は気品を感じる礼をして来た。俺は2歩下がって会釈をする。

 

「ど、どうも」

「早速だが福島氏、アニメの方にはご興味はござらんのか?」

「え?アニメ?」

「無論、この作品もアダルトアニメでござる。初心者にはまずこの『貧乳騎士メルメル』から慣らしていくと良いでござる。このアニメは作画、キャラクターのデザイン、ストーリーともに」

 

ピンポーン!

 

「あっ、お客さん」

「ちっ、いい所で…………はーい。いらっしゃいませ〜!」

 

 虎徹は舌打ちしながら接客する顔つきと言葉遣いを戻してレジに戻って行った。

 

忙しそうだな。延滞料金を払ってさっさと帰ろう。

 

 俺は勧められたアダルトアニメを棚に戻して数本のアダルトDVDをカゴに入れてレジに並んだ。数分後、ようやく俺の番になると虎徹は。

 

「ふ、福島氏!なんで貧乳騎士を借りないでござる!?」

「え?だってまだ新作じゃん。レンタル代たけーじゃん」

「そ、そうでござるが価値はあるでござるよ!  福島氏!延滞料金が発生してるでござる!7泊8日での1本につき延滞料金1日313円でござるそれらを延滞してるので合計1565円上乗せするでござる!」

「あっ、お客さん」

「いらっしゃいませ〜!」

 

 俺と喋ってるのにも関わらず、器用に顔と言葉遣いを使い分ける虎徹。お客さんが奥に行くのを確認すると小声で、

 

「延滞料金と今回のレンタル代を合わせて、1965円でござる」

「はいはい。2000円と65円ね」

 

 料金を支払い、レシートをしまう。虎徹はDVDを専用の袋に入れて俺に手渡す。

 

「くれぐれも延滞しないで欲しいでござる」

「分かった分かった。気を付けるよ」

 

 DVDを受け取った俺は店を出て帰ろうとしたその時、ふと空を見上げて見ると、建物に目がいった。

 

ん?

 

 目を凝らして見てみると、建物の屋根の上に…………誰かが立っているように見えた。



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第58話 アクロバティックな女

 建物の屋根の上に立っている人を見かけた俺は首を傾げた。

 

「あんな不安定な所に命綱なしで立ってる…………。今の時代の鳶職人さんは凄いなぁ」

 

 そう呟くと、職人さんは俺を見つめているようにも思えた。

 

あそこから俺が見えるの?視力凄くない?

 

 面白半分に俺はその人に手を振って見た。すると突然、その人はパルクールでもしてるのかと言わんばかりにアクロバティックな動きで屋根を降り始めた。

 

「早っ!パルクールって凄いな!まぁいいや。帰ろっと」

 

 俺は車に乗り込んで自宅に戻って行った…………。その数秒後、先程のパルクールの人が忍者のように現れ、俺の車をじっと見つめていた。

 

 

 それから数十分後、トコトコと車を走らせる中家にたどり着いた。借りて来たDVDを手に玄関を開ける。

 

「ただいま〜」

「あっ、龍星さん!おかえりなさい!」

 

 出迎えてくれたのははーちゃんだった。俺は靴を脱ぎながら先程の話を始めた。

 

「はーちゃん、実はね?さっきTSU〇AYAの帰りに凄い人見たんだよ」

「凄い人?どんな方だったんですか?」

 

 はーちゃんは靴を揃えながら俺に尋ねる。

 

「遠かったから分かんないんだけど、赤い服来た鳶職の人がアクロバティックに屋根を駆け下りたんだよ。凄いよねぇ」

 

 俺がそう言った瞬間、はーちゃんの動きが止まった。はーちゃんはガシッと俺の両肩を掴んで、

 

「どのくらい離れてたんですか!?」

 

 滅多に怒らないはーちゃんが俺を強く揺さぶると、はーちゃんの巨乳も揺れた。俺は揺れる巨乳を目の当たりにしながら答える。

 

「おお…………。1キロくらいかな?」

「目の前まで近付いて来ましたか!?」

「え?いや、車に乗って帰って来たけど?  どうしたの?」

 

 俺が鼻の下を伸ばしながら聞くと、はーちゃんは口を開く。

 

「いえ、知らない方が龍星さんの身の為です。あえて言いません」

「ということは、やべー奴なんだな?」

「はい。絶対関わらないって約束して下さい!」

 

 はーちゃんは俺を子供を高い高いする様に上下に持ち下げしながら言った。俺は天井ギリギリのところで言い返す。

 

「分かった分かった。そんなヤバそうな奴には近づかないから降ろしてくれ。天井スレスレで怖い」

「あっ!ごめんなさい!」

 

 ─────数日後。仕事終わりに借りたDVDを返却しにTS○TAYA店に立ち寄った。今日も今日とて虎徹の周りには女子高生が群がっていた。小鳥のさえずりどころか、カラスの鳴き声にも聞こえてくる。

 

「お兄さーん、今日こそデートしよーよー!」

「ずるーい。あたしもー!」

 

邪魔くせぇ。

 

 俺は返却ポストにDVDを入れて再び大人の楽園に向かおうとすると、女子高生達に見つかった。

 

「この前の人またエロいとこ行こうとしてるんですけど〜?」

「ヤバくない?どんだけ性欲溜まってんの?ウケる」

 

 そんな冷たい言葉が聞こえて来た。だが俺は無視して大人の楽園コーナーののれんを潜ると、虎徹の声が聞こえて来た。

 

「お客様、大変申し訳ありませんが他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにお願いします」

 

 と、虎徹が丁寧な対応をする。女子高生達は大人しくなり、

 

「はーい」

「そろそろ行こっか。またね、お兄さん!」

「またの御来店をお待ちしております」

 

 虎徹は女子高生達に丁寧にお辞儀をして見送る。女子高生達の姿が見えなくなった途端に、

 

「忌々しいブタ共め、拙者に話し掛けるなでござる!!拙者に話し掛けていいのは2次元の女の子達だけでござる!」

 

 ブツブツ早口に文句を言いながら大人の楽園コーナーに入って来る。

 

「そうは思わぬでござるか!福島氏!香水の匂いが取れないでござる!」

「ご褒美じゃん。ねぇねぇ、熟女ものどこ?」

「じゅ、福島氏!どうして3次元に入り浸るのでござるか!この貧乳騎士を借りないのでござる!メルメルたんの何処が気に入らないのでごさるか!?」

「あっ、お客」

「いらっしゃいませ〜!」

 

 虎徹は突然の来客にも器用に言葉を使い分ける。お客が本のコーナーに行くのを確認してヒソヒソと話し始める。

 

「福島氏!拙者で遊ぶのは止めて欲しいでござる!」

「遊んでないよ。旧作になるまで待つんだよ。グイグイ押し付けてくるな」

「そ、そうでござるか…………熟女系ならこの棚の反対側でござる」

「はいはい。ありがとう」

 

 俺は数枚DVDを選びレジに向かった。虎徹は手際良く会計した。

 

「今回は熟女系でござるか、福島氏も好き者でござるな。合計金額600円でござる」

「幅広く見てるだけだよ。はい1000円」

「400円のお返しでござる」

 

 お釣りを貰って店を後にする。そして、この前見かけた方向に視線を向けると、鳶職人はいなかった。安心した俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

と、その時。

 

 俺の目の前に突然、はーちゃんが着ているワンピースによく似た赤い服に長くサラサラの髪をした長身の女性がアクロバティックに現れた。女性の左腕には自傷痕のような切り傷があってその眼窩には…………眼球が無かった。身長はほぼはーちゃんと同じくらい大きい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

え?

 

「みぃつけぇた」

 

 その女性は俺を見た途端、にいっと笑った。俺は自分の事を言っているのか後ろを確認して、首を傾げながら答えた。

 

「こんにちは〜」

 

とにかく、挨拶は大事。

 

 ペコッと頭を下げてその場を後にしようとした。すると、もの凄いスピードで再び前に現れる。

 

「逃がさないよ?」

「………………」

 

 俺はまた頭を下げながら、スキを見て走り出した。不意をつかれた女性ははっとした表情で俺を追い掛け始める。



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第59話 アクロバティックサラサラ

 アクロバティックな女が障害物をアクロバットな動きでかわしながら俺を追いかけて来る。俺はスマホを取り出して電話をかけ始めた。

 

《プルルルル…………もしもし、あたし、メリー》

 

 電話の相手はメリーだった。俺は息を切らしながらメリーに言い放つ。

 

「はーちゃんに代われメリー!早く!」

 

《そんな言い方ないでしょ!?あたしのアイデンティティなのに!ちょっと待って、八尺さーん!八尺さーん!》

 

「早く!早く!追い付かれる!」

 

 電話をかけながら後ろを振り返ると、電話ボックスを軽々と飛び越えたアクロバティックな女。彼女は走りながらも不気味に笑っている。

 

このままじゃ、捕まっちまう。どこかに隠れないと!!

 

 辺りを見渡すと、ファミリー○ートが目に入った。俺は走りながら店内に入る。中は帰宅ラッシュで店内はかなり混んでいる。スマホの向こうからははーちゃんの声が聞こえて来た。

 

《ここに話せばいいんですね? もしもーし?どうしたんですか龍星さん?》

 

「はーちゃん、この前言ってた奴に追いかけられてる」

 

 小声ではーちゃんに言うと、

 

《えっ!?今どこに居るんですか!?》

 

「ファミリー○ート○○支店。車が使えれば良かったんだけど、家まで知られたら面倒だから走って逃げて来たんだ」

 

 俺は電話をしてるフリをしながら棚に隠れながら外の様子を伺う。外には大勢の行き交う人の中に、一際目立つ赤いワンピース。奴は左腕の自傷痕をチラつかせながら窓にベタベタと手をつけながら店内を探していた。俺は身をかがめると、はーちゃんが声をかける。

 

《分かりました。他の方に危害が及ばないように人気のない場所に向かって下さい。龍星さんの他にも見える方がいるかも知れませんので》

 

「分かった。○○公園に向かうから助けに来てくれ」

 

 スマホを切ってどうやって店を出るか考えた。棚にはバケットハット、隣りの棚には目玉グミがあった。

 

「一か八か…………」

 

 俺は目玉グミとバケットハットを手に取ってレジに並んだ。俺の番になり、アルバイトの女の子が声を掛けてきた。

 

「レジ袋は必要ですか?」

「あっ、このままでいいです」

「ポイントカードはお持ちでありませんか?」

「ないでーす」

「合計2153円になりまーす」

「はい、丁度」

「お預かりしまーす。ありがとうございました〜!」

 

 会計を済ませた途端俺はバケットハットのタグをちぎって被り、かぶった。アルバイトの女の子は少し驚いていたが、俺は構わず店を後にする。チラッと窓の方を見てみると、奴はまだ覗いている。

 

よし、チャンスだ!

 

 そのまま後ろを振り返らず早々とその場を後にした。

 

「なんだ、意外と大丈夫─────」

「見ぃつけた、逃がさないよぉ?」

 

 奴が不気味な笑みを浮かべながら並走していた。俺は驚いた拍子に目玉グミをギュッと握り、他の人の目も気にしないで走り出した。アクロバティックな女は車を華麗に躱しながら俺を追いかけて来る。

 

「あーも、帽子意味無い!」

 

 バケットハットを脱いで更に加速する。交差点を曲がるとはーちゃんに言われた○○公園の入り口に辿り着いた。この公園は夕方になると人気は全く無くなる。辺りを見渡し、隠れる場所を探した。

 

ホラー映画では鉄板の個室トイレに隠れよう。あの身長なら入って来れないかも知れない。

 

 そう考えた俺はそのまま公衆便所に向かう。だが、男子便所の方に行くと【故障中のため、多目的トイレをご利用ください】と張り紙されていた。

 

嘘だろ、こんな時に!

 

 悩んだ結果、俺は多目的トイレの扉をノックし中へと入り鍵をかけた。ただ身を隠すのも忍びないので、ズボンを下ろして便座に座る。息を潜めながら用を足していると、奴の声が聞こえて来た。

 

「どこに行ったのかなぁ〜?」

 

 アクロバティックな女は自分の身長をお構い無しに男子便所に入って行った様だ。個室トイレを調べているのか、小さくコンコンと聞こえて来る。その間、俺は大きい方を済ませようと踏ん張る。

 

あっ、もう少しで出そう。

 

 追い込みを掛けようと踏ん張ったその時。

 

ガタッ!ガタッ!

 

 多目的トイレのドアが開けられそうになった。鍵を掛けていた為、奴は中に入れない様子。扉越しから声を掛けられた。

 

「そこに居るんでしょぉ〜?出て来なさいよ」

 

 アクロバティックな女はガタガタと扉をこじ開けようとしている。その間、俺は踏ん張りながら【アクロバティック 妖怪】で検索する事にした。検索結果をまじまじと見つめた。

 

「【アクロバティックサラサラ】?」

 

 アクロバティックサラサラ。ホラー掲示板の書き込みが中心で噂が一気に広まった。この妖怪の特徴は八尺様と同じくらい大きく、赤い服と長くサラサラの髪をした長身の女性の姿をしており、左腕には自傷痕のような切り傷があり、その眼窩には眼球が無い。 屋根やビルの上と言った高い所での目撃例が多く、非常に活発な動きをするという事から「アクロバティック」と呼ばれる様になったという。

 

「アクロバティックサラサラか、どうせならパルクールサラサラでもいいと思うんだけどなぁ」

 

 アクロバティックサラサラを調べたと同時に大きいのが出た途端、多目的トイレの扉が遂にこじ開けられてしまった。アクロバティックサラサラは頭を屈ませながら中に入って来た。

 

「ようやく追い詰め──────」

 

 アクロバティックサラサラは俺が用を足している姿を目の当たりにして固まった。



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第60話 安心してください!

 固まったアクロバティックサラサラこと『サッちゃん』は俺に指を差して言い放つ。

 

「え、え?トイレ……え?今、出してるの?」

「いや?今出たところ」

「ん、んじゃほら、スボン上げなよ。待っててあげるから」

 

 サッちゃんは俺の方を向かずにそっぽを向いて言ってくる。俺は首を傾げた。

 

目玉ないのになんで分かるんだろう?

 

 俺は水を流して立ち上がりながらサッちゃんに尋ねた。

 

「ねぇねぇ、目ん玉ないのになんで見えるの?もしかして心の目で見てるの?」

「こ、こんな目をしてても見えてるのよ!早くズボン上げてよ!」

 

 サッちゃんは俺と一定の距離を保ちながら俺に言ってくる。だが俺はサッちゃんが怯んだ瞬間を見逃さなかった。YouTub○で軽快な音楽を流しながらサッちゃんに言い放つ。

 

「安心してください!  履いてませんよ!」

「安心できるわけねぇだろ!」

 

 サッちゃんは激昂しながら騒ぎ出した。仕方なく俺はズボンを上げる。

 

「ノリが悪いなぁ。ほら、今度は大丈夫だから」

「ほ、本当よね?そ、そっち向くわよ?」

 

 サッちゃんがゆっくり俺の方を向くと下半身に視線を向ける。チャックの間からは俺のカミツキガメがこんにちはしていた。

 

「出てる出てる!変なのが出てるから!」

「やらないか」

「うるせぇよ!何をだよ!何もやらねぇよ!」

「遠慮しないで」

 

 俺がチャック全開のまま近付くとサッちゃんは汚物を見るような目で、俺から離れるが、俺はサッちゃんをトイレ内でぐるぐると追い回す。

 

「いやいやいや、無理無理無理」

「そんな照れなくていいんだよ?」

「照れてねぇよ、気持ち悪いわねぇっ!」

「よしてくれ、そんなに褒めても何も出ないよ?」

「ねぇ?どこで褒めた?どこで褒めてた!?耳付いてるわよね?」

 

 余程不気味だったのか、サッちゃんは全力で威嚇して来た。トイレの臭いが気になる為俺は外に出ようとドアに手を掛けた。だが、心霊現象でよくあるパターンのドアが【開かない現象】が起こっていた。

 

嫌よ嫌よも好きのうちってか?

 

 俺は鼻息をふんふんと鳴らしながら振り返る。

 

「口では嫌って言っても、心は求めてるんじゃないのかい?」

「…………は?  いや、あんた何言って──────」

「なんだかんだ言ってもそうやってパンツ見せ付けてるじゃないか」

 

 サッちゃんは中腰になっているのが疲れて体育座りをしていたのだが、足を広げた状態だった。俺に指摘されたサッちゃんは咄嗟に足を閉じる。

 

「ち、違うわよっ!私はちょっと気が緩んでただけよ!」

「赤と白の縞模様」

「言わないでよ!  それより鼻息なんとかしてくれる!?」

 

 俺は鼻息を荒らげながら頭に指で角を作り牛の真似をしていた。牛の真似といってもイメージはスペインの猛牛をイメージしている。サッちゃんは今にも突進して来そうな俺を指差す。

 

「ちょっと、牛みたいになんで荒ぶってんの?こ、来ないで!」

「モオオオオオオオ!!」

 

 俺はサッちゃんの静止を聞かずに猛牛の様に突進していく。サッちゃんは悲鳴を上げながら慌てて避ける。

 

「やめてよこんな狭い所で!そ、それに!多目的トイレはこんな事に使っちゃ行けないのよ!?」

「モオオオオオオオ!!」

「話を聞けぇぇっ!」

 

 サッちゃんは躱す。俺は壁に激突して鼻血を出す。その隙にサッちゃんは逃げようとドアに手を掛けるが扉が開かなくなっていた。

 

「なんで開かないのよ!開けて!開けてぇぇっ!牛が、牛が襲ってくる!」

「モオオオオオオオ!!」

 

 余程怖いのか、サッちゃんはぐしゃぐしゃに泣き出す。だが、突然ドアが開かれた。サッちゃんは外へ逃げ出すと俺はそのまま突進する。

 

ぼふんっ!

 

「きゃぁぁぁぁっ!」

 

 俺は物凄い勢いで誰かとぶつかった。柔らかい物に挟まれた俺が顔を上げると押し倒されたはーちゃんがいた。

 

「はーちゃん!?すぅっ!」

「あいたた…………龍星さん、大丈夫ですか!?」

「お、おう。大丈夫大丈夫すぅっ!」

「あ、あの…………谷間で深呼吸しないで下さい、息が熱いです」

「お構いなく」

「あっちょっと龍星さん!?」

「あんたいい加減にしなさいよっ!変態っ!」

 

 俺はサッちゃんに頭を叩かれた。ようやく落ち着きを取り戻した俺とサッちゃんは助けに来てくれたはーちゃんと一緒に場所を変えた。俺はベンチに座りはーちゃんとサッちゃんは簡単に挨拶を済ませて地面に正座という形になった。俺は偉そうにコーヒーを飲んでサッちゃんの実態を聞き始めた。

 

「なるほど、んじゃサッちゃんも元は人間なんだな。男に騙されてそのショックで投身自殺をしたと?」

「ええそうよ。ってなんであんた偉そうにしてんの?」

 

 サッちゃんは供えられたコーヒーを飲みながら言う。だが俺は、あっけらかんとした態度で返す。

 

「男に騙されたくらいで死ぬなよ、人生これからだろ?」

 

 俺に言われたサッちゃんはギロッと俺を見る。

 

「あんたに何が分かるって言うの?あんたに私の気持ちが分かるっての?」

「まぁね、俺も振られた経験があるからね。多少は分かるさ」

 

 俺はYouT○beで音楽を再生させながらサッちゃんとはーちゃんに近付いた。

 

「昔の男に騙されたって?なら、サッちゃんに質問です!例えば、女の子だって、毎日同じ味のラーメンを食べる続けると思う?まぁ、中には居るだろう。けど、たまに……。別のラーメン、食べたくない?男はラーメンと同じ!醤油味の様な純情な男もいれば、味噌みたいに濃厚な愛情を注いでくれる男もいる。他にも味わった事がない未知な味がある。だって、日本に何店舗店があると思うんだい? 35億店舗」

「いや、そんなにないでしょ!?せいぜい1万〜2万くらいでしょ!?」

 

 サッちゃんに普通に返されてしまった。

 

「とにかく!他にも男はいるだろって事だよ!」

「余計なお世話よ!こんな醜くなった顔でどうしようって言うの?」

 

 サッちゃんは目玉がない状態で俺に顔を近付ける。俺はポケットから目玉グミを取り出した。

 

「目玉ないならコレ使って見る?」

「あっ、コレテレビで見ました!メリーさんが気になってましたよ?」

「え、何これ…………?」

 

 開封して目玉グミを2つサッちゃんの手の上に乗せた。サッちゃんは疑っているのか、警戒しながらグミを見つめる。

 

「アクサラさん、龍星さんを信じて見て下さい。大丈夫ですから」

「八尺さんが言うなら…………」

 

 サッちゃんは意を決して目玉グミを眼窩に押し付けた。

 

「アラスタッタピィーヤ!!」

 

 俺が呪文を唱えた瞬間、サッちゃんはびっくりしたが直ぐに異変が起きた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「嘘、グミが目玉になった!?」

「どうですか?違和感とかありますか?」

 

 はーちゃんが恐る恐る尋ねると、

 

「本物見たいね、動かせるわ」

「良かったですね!」

「まぁこれで少しは動きやすくなっただろ?また遊ぼうぜ!」

 

 俺は太陽の様にニカッと笑うとサッちゃんは頬を赤らめながらそっぽを向いた。

 

「べっ、べつに感謝なんかしないんだからね!あんたは私が殺してやるんだから!  首を洗って待ってなさい!」

 

 サッちゃんはそう言い残しながら暗闇に消えて行った。



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第61話 ひとりかくれんぼをみんなでやってみた!

 私はおくま、少し古くて髪が伸びる日本人形。この家に放置されてから1年弱が経って新たな住人がやって来た。名前は福島龍星、この男は不思議な力を使って怨念を溜め込んだ私を感じ取った。最初の頃は殺してやろうと何度も思ったが、今はそんな事は思ってない。今じゃこの家の留守番を任されているし、生活も悪くない。ただ、龍星が時々いやらしい本を持って帰ってくるわ、私の伸びた髪を使って遊ぶのがたまに傷だ。今日も今日とて私は玄関で帰りを待っている。別に待っている訳では無いが。

 

 そんな事を考えていると、龍星が帰って来た。

 

「ただいま、おくま」

 

おかえり、喋れる訳では無いがな。

 

 龍星がパタパタと茶の間に行き、テレビに電源を入れて何かを見始めた。それと同時に同居人達がこぞって現れる。すると、龍星がメリーに声をかけた。

 

「なぁ、メリー?この【ひとりかくれんぼ】ってほんとにやったら幽霊現れるのか?」

 

幽霊なら売るくらいそこに居るだろう。

 

「現れるんじゃない?こんな子供騙しみたいな幽霊出ないと思うけどね」

 

 メリーが映像に写っている幽霊を指差して笑っていた。それにつられて花子や隙間女も笑い始める。

 

お前も人形みたいなもんだろう。

 

 ひとりかくれんぼとは、「コックリさん」のような降霊術の一種で、現代に入ってできた都市伝説のひとつ。別の名を「ひとり鬼ごっこ」とも呼ばれており、自分自身を呪いにかけるような手法から、コックリさんよりも危険であるとも言われている。そんな下手をすれば命を落としかねないのに龍星が唐突に言い出した。

 

「ねぇねぇ、ひとりかくれんぼをみんなでやってみない?」

 

コイツは何を言っている?ひとりかくれんぼを皆でやったらそれはひとりかくれんぼじゃないだろう。いや、待てよ?龍星以外は皆幽霊、元々ひとりなのか?ん?

 

 そんな事を考えながら私が顔を引き攣らせていると、

 

「面白そうじゃな、龍星。やり方を知っているのか?」

「さんせ〜!やろうやろう!」

「かくれんぼなら私負けないんだけど?」

「か、かくれんぼ!かくれんぼする!」

「私は大きいのでどうしましょう?」

 

便乗するな、やるのを止めろ。

 

 すると、龍星が不気味な笑みを浮かべながら私を見つめる。

 

な、なんだ?

 

「おくま〜?ちょっと手伝ってくれる?」

 

は?

 

 ひとりかくれんぼを行う為には、手足があるぬいぐるみ、ぬいぐるみに詰められる程度の量の米、縫い針と赤い糸、包丁やカッターナイフなどの刃物、コップ一杯の塩水が必要だ。ひとりかくれんぼはぬいぐるみが必須。

 

だが私は日本人形、綿は入っていない。

 

「ぬいぐるみ無いからおくまでいいかな?」

 

コイツ正気か?

 

 龍星の言葉に気を取られている間に人の意見も聞かず、龍星は私の着物を脱がせ始めた。

 

お、お前何をしている!?や、やめろ!

 

 龍星が着物に手をかけた瞬間、花子と隙間女が止めてくれた。

 

「おい、龍星。おくまは市松人形なのじゃぞ?石膏で出来ているから中身は綿は入っておらんぞ」

「そうよ、おくまじゃ無理よ。リサイクルショップでやっすいぬいぐるみ買って来なよ」

「え?中身空っぽなの?そうなの?」

 

 龍星は私に問いかけて来た。

 

お前よく人形に話しかけられるな。まぁ、供養になるからこちらは助かるが。

 

 だが、龍星は無言のまま着物を脱がせる。そして何故か鼻息を荒らげている。

 

待て、お前人形にも発情するのか?

 

「おくまぁぁぁっ!」

「あんた何やってんの!?遂におくまにも手を出すようになったの!?」

 

 すんでのところでメリーに助けられた。

 

良かった、助かった。

 

「何も中身に入れなくたっていいじゃん。米をビニール袋に入れて赤い糸でぐるぐる巻きにすればいいんじゃないの?」

 

おい、雑にするな。

 

「それ良いね!サンタクロースにすればいいのか!」

「その手があったわね!」

「メリー、考えたな!」

 

私をサンタクロースにして幽霊が出てくる訳ないだろ!

 

 私の声が届かず、為す術なく私は米を担がされてしまった。

 

「んじゃ、夜中の3時前に降りてくるから待っててね?」

 

おい、このまま放置する気か!?

 

「ワクワクしますね!」

「あたしらいるのに幽霊なんて来るのかなぁ?」

 

 龍星達は私を残してそれぞれの部屋に戻って行った。

 

もう、殺して欲しい。

 

 ───────数時間後、龍星がバタバタと降りて来た。時計を見ると深夜3時15分だった。

 

せめて時間は守れ。

 

 龍星は慌てながら私を持ち上げて話し始めた。

 

「えーと、最初の鬼は龍星。最初の鬼は龍星。最初の鬼は龍星!」

 

おい、始める前になんで遅れたか説明しろ。

 

 私の声が届く訳もなく、そのまま風呂場へ向かい、私を水を張った風呂桶に入れた。

 

冷たっ!着物が濡れてしまったじゃないか!

 

 龍星は私を置いて明かりを消し始め、テレビをつけた。龍星はその場で目をつぶって数を数え始める。数え終わったと思えば、龍星はすぐに戻って来た。

 

「おくま、見つけた」

 

お前が勝手にどっか行って戻って来ただけだろう。

 

 じっと龍星を見つめると、龍星は米が入ったビニール袋にハサミを突き刺した。それにより米が一気にこぼれ始める。

 

日本中の米農家に土下座して詫びろ。

 

「次はおくまが鬼だから」

 

 龍星はそう言い残してどこかへ行ってしまった。

 

今度は私が探せばいいんだな?ハサミだけでは物足りない。確か下駄箱に金槌があったな。

 

 私はハサミを片手に玄関に向かった。下駄箱から金槌を拾ってその途中テレビの電源を消して辺りを見渡した。

 

よくも着物を濡らして辱めてくれたな。髪が伸びる日本人形代表として全員見付けてやる。

 

 私は激昂しながら金槌で壁をガンガン叩きつける。突然物音がして驚いたのかタンスから声が聞こえた。

 

隙間女、出て来い!

 

 私はタンスをガンガン叩くと隙間女が現れた。

 

「わ、分かった!私の負けでいいからそんなに怒らないで!」

 

黙れ、貴様はそこに座っていろ。

 

 隙間女は廊下に正座して反省を始めた。物音で起きたのか、小さいおじさんがゲージから騒ぎ始めた。

 

「なんだようるせぇなぁ。静かに───────」

 

黙れ穀潰し、貴様も叩き割ってやろうか!?

 

 私は髪の毛を伸ばして小さいおじさんを縛り付けた。小さいおじさんは何も言わずにその場で正座する。

 

八尺はどこだ、あのデカブツめ。

 

 ギロギロと辺りを睨み付けながらあるいていると、冷蔵庫の影から隠しきれていない奴がいた。

 

おい、八尺。

 

「わ、私はい、居ませんよぉ?」

 

やかましい。出て来い!

 

 ガンと金槌で床を叩くと八尺はびくっとした。観念した八尺は大人しく出て来た。

 

「ごめんなさい、隙間女さんの隣に座ってます」

 

そうしておけ。残りはメリー、花子、龍星だな。お菊さんとくねくねは恐らく起きれなかったんだろう。気配を感じない。

 

 私は2階に向かいメリーと花子の部屋に入った。私は髪の毛を伸ばして押し入れを開けると、上にメリー、下に花子が隠れていた。両手を上げながら2人は出て来た。

 

「流石はおくまじゃな。参った」

「悪ノリしたのは悪かったわ。ってか金槌をしまってくれる!?」

 

残りは龍星だな。覚悟しろ!

 

 メリーと花子を正座させて龍星の部屋に向かう。金槌をギュッと握り締めてドアノブを叩き折って中に入った。ベッドに視線を向けると、布団が膨れ上がっていた。

 

あんな所に隠れているのか?バカなのかアイツは。

 

 ゆっくりと近付いて布団を捲ってみると、塩水の入ったコップを零したまま爆睡している龍星がいた。私は何事も無かったかのように布団をかけ直して玄関に戻って行った。



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第62話 禁足地

 ひとりかくれんぼを堪能して淡々と日々の仕事をこなしていた。ある時、昼休み休憩をしていた時に警備部長の田中さんに声を掛けられた。

 

「福島くん、ちょっと良いかな?」

「はい?なんですか?」

「ここじゃなんだから、こっちに来てくれ」

 

 箸を止めて田中さんを見つめると、田中さんは深刻な顔をしながら俺を別室に来る様に言われた。俺は椅子に座って尋ねる。

 

「どうしたんですか?」

「うむ、実はな…………」

 

 田中さんの話はこうだった。田中さんには息子がいるのだが、その息子がドがつくほどの不良で手が付けられないそうだ。その息子が遂に田中さんの奥さんに暴力を振るったらしい。堪忍袋の緒が切れた田中は息子に『禁足地』で同じように暴れてみろと促したそうだ。息子は二つ返事で今夜行くと言ったらしい。田中さんは息子が死んでも構わないが、息子の友人達が心配だと言う。だから今晩その禁足地に行って様子を見て来て欲しいそうだ。

 

確かに、母親に手を挙げるのは良くないな。

 

 俺は田中さんに恩を返すつもりで快く引き受けた。

 

「分かりました。様子を見て来ればいいんですね?けど、禁足地って事は無闇に入ってはいけないんじゃ?」

「いや、途中までは大丈夫。あるひと区間だけ立ち入り禁止なんだ」

 

一体どんな所なんだ…………。

 

 了承したのを後悔し始めた俺は、田中さんに確認する。

 

「ちなみにここから遠いんですか?」

 

 俺がそう尋ねると、田中さんは地図を広げて俺に場所を教えてくれた。

 

「ここから10キロ程度の所にある○○山だ。ここは山自体一般人も入れるのだが、その禁足地だけは特別な人しか入れない。私もここに就職してから前警備部長からここだけは行くなと言われていたんだよ」

「一体その先に何があるって言うんですか?」

 

 俺が田中さんに尋ねると、田中さんは重い口を開いた。

 

「聞いた話だと2メートル程のフェンスには太い綱と有刺鉄線、柵全体には連なった白い紙垂、大小いろんな鈴が無数についてるらしい。それ以上いくと命の保証は無いと言われている」

「かなり厳重ですね…………。何か封印されているんですか?」

「私も詳しい事は分からない。頼む、ついカッとなってしまって喋ってしまった私に責任がある。だが、息子を許す訳にもいかない、だから福島くん、君が頼りなんだ」

 

 母親に暴力を振るった息子は確かに許す訳にいかないが、心の底では心配らしい。だから代わりに俺に行ってきて欲しいという。

 

何があるか分からない、他にも誰かついて来て貰おう。

 

 仕事が終わった帰り道に、俺は○○寺にやって来た。

 

「やっほー、お岩さん」

「なんだ、誰かと思えば龍星じゃないか。どうしたんだい?」

 

 そう、俺はお岩さんに声を掛けたのだ。メリー達をものともせずに家まで乗り込んで来たお岩さんなら安心だと思い、声を掛けに来た。お岩さんは煙管をすうっと吸いながら俺の話を聞いてくれた。

 

「なるほどねぇ、いつ時代にもそんな奴がいるもんなんだね」

「うん。めんどくさいとは思うけど、ついて来てくれる?」

「まぁ、龍星の頼みだからね行こうじゃないか」

 

 お岩さんは快く引き受けてくれた。それと同時に俺は携帯を取り出して電話を掛ける。

 

《プルルルルル…………しもしもー?》

 

「あっ、口裂け女?」

 

《お久〜♪どうかした?》

 

 電話の相手はシシノケをボコボコにした口裂け女だった。

 

「今暇?」

 

《まぁ、暇だけど?》

 

「今から○○寺に来てくれる?お岩さんがいる寺にいるんだけど?」

 

《お岩さん!?あんたお岩さんとも知り合いなの!?ぶっとびー!》

 

 口裂け女は電話越しでも分かるくらい上擦った声を上げる。

 

「今すぐ来てね、頼みたい事があるからさ」

 

《えっ!?今すぐ!?えっ、ちょっとまっ─────》

 

 俺が一方的に電話を切ると、3分程で口裂け女が現れた。余程急いで来たのか、口裂け女は肩で息をしていた。

 

「ぜーっ、ぜーっうぇ…………何よ用って!」

「ちょっとハイキングに洒落こもうぜ☆」

 

 ─────夜になり、目的地に到着した。山の入口には原付バイクが3台駐車されていた。

 

田中さんの息子はもう入った様だな。

 

 俺は車を降りると、お岩さんと口裂け女も降りて来た。口裂け女は辺りを見渡し、

 

「ヤンチャ坊主達はこんな山の中で何をしようっての?」

「なかなか雰囲気があるじゃないか、化け物でも出そうだねぇ」

「多分この先かな?」

 

 そのまま山道を進んで行くと、月の光がまったく入らなくなって来た。数分歩いているとほぼ同じタイミングで、何か音が遠くから聞こえ始めた。夜の静けさがやたらとその音を強調させる。最初に気付いたのはお岩さんだった。

 

「ねぇ、あたいの気の所為かね?何か聞こえないかい?」

「えっ?なにか聞こえる?」

「何かしら?」

 

 お岩さんの言葉で耳をすませてみると、確かに聞こえて来た。断末魔の様な叫び声が段々近付いて来ているようだった。俺が懐中電灯を照らして見ると、高校生くらいの青年2人が叫びながら走って来た。

 

「助けてくれぇっ!」

「ば、化け物だぁっ!」

 

 高校生達は俺に気付いてぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながらしがみついて来た。

 

「助けて!頼むから助けてくれぇっ!」

「フェンスの向こうに何かいるんだよ!」

 

 俺は高校生達を落ち着かせる為に肩を摩った。

 

「まぁ落ち着け、どっちが田中さんの息子だ?」

 

 俺が高校生に尋ねると、高校生達は首を横に振った。

 

「俺達じゃねぇ、田中ならフェンスの有刺鉄線に引っかかってんだよ!」

「助けようとしたけど変な化け物が近付いて来たから置いてきたんだ!」

「置いてきた!?俺は田中さんに頼まれて来たんだ。息子は奥だな?」

「ああ、そうだよ!」

「分かった。俺が助けに行くからお前達は携帯で親を呼べ、いいな?」

 

 高校生達はブンブンと首を縦に振ってそのまま山を降りていった。口裂け女とお岩さんは顔をしかめる。

 

「余程のヤツがいるのね」

「これはあたい達だけで大丈夫かねぇ?」

「どんな化け物がいるか分かんないけど、行くしかない」

 

 俺達は山の奥へと進んで行った。



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第63話 足の小指

 山の奥に進んで行くと田中さんが言っていた通り、2メートル程のフェンスにが現れた。太い綱と有刺鉄線、フェンス全体にはが連なった白い紙垂、大小いろんな鈴が無数についてる。俺が懐中電灯で照らしていると、

 

ガシャガシャ!!

 

 突然フェンスが動いた。お岩さんと口裂け女がビクッと体を震わせていると暗闇から声が聞こえて来た。

 

「おっおい!こっちだ、こっち!!」

「龍星、あそこ!」

 

あそこ?おいおい、いきなり下ネタか?

 

 俺がにやけながら口裂け女の下半身に目を向けるとお岩さんにぶたれた。

 

「どこ見てるんだいこの男は。そっちだよ!」

 

 首を傾げながらお岩さんが指差す方向に懐中電灯を照らすと、先程逃げていった高校生と同じ服装の青年が宙吊りでいた。

 

コイツが田中さんの息子だろうか?

 

 俺は懐中電灯をチカチカさせながら尋ねた。

 

「おーい、もしかして君、田中さんの息子?」

「えっ!?あっ、そうだけど!?フェンスが引っ掛かって取れねぇんだ!助けてくれ!」

「はいはい、暴れるなよ?」

 

 フェンスを登って有刺鉄線に引っ掛かっていたシャツを外すと、田中さんの息子は落下した。

 

「いてて…………」

「大丈夫か?」

 

 俺が手を差し伸べると、息子は手を取って立ち上がった。

 

「あんた、親父かおふくろの知り合いか?」

「お父さんの知り合いだよ。この先は禁足地なんだろ?」

「ああ、そうなんだけど。変な女がいたから逃げて来たんだ」

 

変な女?

 

 俺は首を傾げながら息子に言う。

 

「丑の刻参りでもしてたんじゃねぇの?」

「サラッと怖ぇこと言うなよ!よく分かんねぇけど、奥に行く前で引き返して来たから何も知らねぇんだ!」

「なるほどね、で?どっから入ったんだ?」

 

 懐中電灯をフェンスに沿って照らと、田中さんの息子は指を差す。

 

「あっちの方に扉がある。鍵壊してそこから入ったんだよ」

「なんつー罰当たりな、見てくるからお前は山を降りろよ?」

 

 そう言い聞かせて俺は扉を探し始めた。数分歩くと、鍵が壊されたフェンスの扉を見付けた。

 

「あった、これだな? あーあ。派手に壊して」

「ヤンチャ坊主ねぇ、どう?直りそう?」

「どうだろ?」

 

 扉を開けたり閉めたりしたその時。

 

ガシャーン!

 

 扉が突然勢い良く閉められた。驚いた俺はお岩さんと口裂け女に言い放つ。

 

「ちょっと!急に閉めないでよ!」

「え?」

「あたいら、何もしてないよ?あんたが勝手に閉めたんだろ?」

「閉めてないよ!開けてよ!」

 

 俺がフェンスの扉を押しても引いてもビクともしなかった。不思議に思った口裂け女とお岩さんも手伝おうとした瞬間。

 

「いたっ!」

「あっづ!」

 

 お化け達が突然手を引っ込めた。

 

「なに!?どうしたの!?」

「なんか、熱湯に手を入れた感じがしたのよ!」

「これは結界的なものが張られているんじゃないかね?」

 

 お化け達は手を擦りながらその場を少し離れる。ここで俺は閉じ込められた事に気付いた。

 

「えっ、どうしよ。開けてよ」

「そんな事言っても…………ねぇ?」

「触ったら痛いし…………ねぇ?」

 

 お岩さんと口裂け女は顔を合わせて首を傾げる。困った俺は…………。

 

閃いた!

 

「あっ、息子が見たっていう女の人に開けてもらえば良いんだ」

「大丈夫?人間だったら良いんだけど」

「丑の刻参りをやってるかもしれないんだろ?大丈夫かねぇ?」

 

 お化け達に見送られながら俺は女の人を探し始めた。懐中電灯を照らしながら、

 

「女女女女女女女女女女女女女女女女女女」

 

 と、呟きながら進んでいった。フェンスから20〜30分歩き、うっすらと反対側のフェンスが見え始めたところで、不思議なものを見つけた。特定の6本の木に注連縄が張られ、その6本の木を6本の縄で括り、六角形の空間がつくられていた。フェンスにかかってるのとは別の、正式な紙垂もかけられてた。そして、その中央に賽銭箱みたいなのがポツンと置いてあった。

 

何これ?ここ神社?

 

 俺は縄をくぐって六角形の中に入り、箱に近付いて行った。賽銭箱は野晒しで雨とかにやられたせいか、サビだらけだった。上部は蓋になっていて網目で中が見える。だが、蓋の下にまた板が敷かれていて結局見れない。さらに箱には家紋的な意味合いのものが幾つもバラバラに描かれていた。

 

でも、なんでこんな所に賽銭箱?

 

 俺は賽銭箱を調べてみた。どうやら地面に底を直接固定してあるが、雨風で固定されている部分は脆くなっている。中身をどうやって見るのかと隅々まで確認すると、後ろの面だけ外れるようになってるのに気付いた。

 

「お?ここだけ外れるな…………勝手に見ても大丈夫かな?でも、あの悪ガキ達が悪戯してないか確認してみるか。怒られたらごめんなさいって言えばいいし」

 

 賽銭箱の中には、四隅に神棚に置かれている徳利が置かれてて、その中には何か液体が入っていた。賽銭箱の中央に、先端が赤く塗られた5cmぐらいの楊枝みたいなのが、/\/\>の形で置かれてた。それを見た俺は直感で触れてはいけない気がした。

 

これ以上は…………なんかヤバいな。

 

 危険を感じた俺はゆっくり優しく外れた面を戻した。冷や汗を拭いながら立ち上がって、

 

「嫌な予感がするな、女の人は諦めてフェンスをよじ登ろう」

 

 そう決断したその時。

 

ガンッ!ガラガラ!

 

 右足の小指部分が賽銭箱に当たってしまった。オマケに脆くなっていた所が外れてしまって賽銭箱が3回転ほど転がってしまった。

 

あっ。

 

 その瞬間。

 

ジャリリリリリリリン!!

 

 俺が来た方とは反対、六角形地点のさらに奧にうっすらと見えているフェンスの方から、狂った勢いで鈴の音が鳴った。



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第64話 谷間

 激しい鈴の音を聞いた俺は懐中電灯で奥を照らした。

 

「だっ、だれでぃ!?」

 

びっくりして思いっきり噛んだ。

 

 立ち並ぶ木々の中の一本、その根元のあたりを照らしていた。その陰から、赤い髪の女の顔がこちらを覗いていた。ひょっこり顔半分だけ出して、眩しがる様子もなく俺をじっと見詰める。上下の歯をむき出しにするように、にい~っと口を開け、目は据わっていた。俺は思わず、

 

「こ、こんばんは………いい天気ですね!」

 

話し掛けてしまった。

 

 とてつもない怨念を感じ取った俺は、熊を見た様にゆっくりと視線を合わせたまま後退りをする。それと同時に、

 

ヂリリリリリリリン!!

 

 凄まじい大音量で鈴の音が鳴り響き、フェンスが揺れだした。十中八九彼女が鈴を鳴らしたり、フェンスを揺らしているんだろう。俺は対抗して懐中電灯をチカチカさせたり、防犯ブザーを鳴らしてみるがそれも効果は無く、彼女はにぃ〜っと笑っていた。

 

「ノーリアクションだな。こうなったら……仕方ない」

 

 俺は懐中電灯の明かりを消した。すると、赤い髪の女は見えなくなったのか辺りを見渡す。その間、俺はゴキブリの様にシャカシャカと地面を這って近付いた。

 

「んばぁっ!」

 

 奇声をあげながら懐中電灯を顎の下から照らした。赤い髪の女は死角から現れた俺を驚いたのか、見て据わっていた目を見開いた。

 

「ふぅーっ」

 

 俺は女目に向けて息を吹き掛けた。女は一瞬まぶたをピクッと動かしたが閉じなかった。近くで見ると、女の瞳は蛇やワニのようだった。息を吹き掛けられたのに腹が立ったのか、顔をムッとさせた。

 

「怒った顔も可愛いねぇ…………ニチャ」

 

 女のにぃ〜っとした笑顔を真似して歯茎剥き出しで笑い返す。女は不気味に思ったのか、木の根元から顔を上に上げて行く。俺も立ち上がって追いかけるが、やがて俺の頭を越えていた。いつの間にか俺は女の顔を見上げている。

 

背デカくね?

 

「君も背が高いタイプの幽霊?背が高い幽霊は─────」

 

 懐中電灯を体に照らして見ると…………。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 上半身はこぼれそうな位の巨乳の巫女さんのような姿で下半身は蛇のようだった。俺は唖然としながら上半身と下半身を交互に照らす。すると、女が4本の腕を使って俺を子供を高い高いするように捕まえて口を開いた。

 

「祠をひっくり返したのはお前だな?このまま四肢を引きちぎってやろうか?」

 

 女が話していると言うのに俺は宙に浮いた状態。それでもけしからん巨乳に釘付けだった。女は目を合わせない俺に腹を立てたのか声を上げる。

 

「おいっ!聞いてるのか!?人と話す時は目を見ろと親に教わらなかったのか!?えぇっ!?」

 

 ゆっさゆっさと揺らされるが俺は視線を外さなかった。不思議に思ったのか、女は首を傾げる。

 

「さっきから何を見つめてる?」

 

 女が視線を辿ると、着物がはだけて谷間が見えている状態だった。それに気付いた女は不敵に笑みを浮かべる。

 

「なんだ?私の胸が気になるのか?」

 

 女が悪戯っぽく谷間を近づけて来た。俺は生理現象が起きて体をくの字に曲げる。

 

「おい、なぜくの字になる?大人しくしろ」

 

 力強く俺を引き伸ばそうするが、俺はとれたての魚のようにグネグネと動く。

 

「こ、こら!暴れるな!大人しくしろ!」

「や、やめてくれ!ば、バレてしまう!あれがあーなってるのがバレてしまう!」

「あれがあー?  一体なんの事だ?」

 

 再びピーンと伸ばされると、女は下半身が膨らんでいるのに気付いた。

 

「なんだ、お前。こんな私に欲情するのか?変わった人間だな」

 

 汚物を見る様な目で見られた俺はくわっと顔をしかめて、

 

「俺は一向に構いません!!」

 

 真っ暗な森の中、俺は大声で叫んだ。そう言われた女は目をまん丸くさせる。興奮の冷めない俺は、

 

「君が蛇と一体化しているからと言えど差別なんかしない。それよりその暴れ回る巨乳から目を離せないんだ! 君は俺の直感で言う所Gカップはくだらない!そんな核兵器を見せつけられて発情するのかだって?馬鹿も休み休み言いなさい!発情するに決まってるだろ!?見たまえ、谷間に汗が溜まってるじゃないか!汗疹が出たら大変だ、今すぐ俺がその汗を啜ってやろうじゃないか!」

 

 早口で喋りまくった。余程気持ち悪かったのか、女は俺を優しく地面に降ろした。下ろされた俺は更に話し掛ける。

 

「待ってくれ!下ろさないでくれ!まだまだ語り尽くせない事が山ほどあるんだ!」

「い、いやもういい。分かった、分かったから静かにしてくれ」

「そんな巨乳を見せつけられて静かにできる訳ないだろう!」

「静かにしろ!なんなんだお前は!?」

 

 女ははだけた着物を直して近付かないように蛇の尻尾で俺を縛り上げてギリギリと締め付ける。

 

「これなら悪さも出来まい?さぁ、祠をひっくり返したのを死を持って償って貰おうか?」

「あぁっ!!締め付けがす、すっごい!」

「そこは苦しむ顔をするだろう!なぜ貴様はウットリしてるのだ!?このまま絞め殺してやる!」

 

 女は更に力を強める。だが、俺は………!!

 

「わ、分かった!殺してくれても構わない!その前に約束してくれ!」

「約束?なんの事だ?」

 

 女が首を傾げる中、俺は口を開いた。

 

「ここに3人忍び込んだろ?」

「ああ、あの童共か?私が少し脅かしただけで一目散逃げていったぞ?そいつらがどうしたと言うのだ?」

「見逃してやってくんねぇかな?」

 

 俺がそう言うと、女は力を緩めた。

 

「何?見逃せだと?」

「うん。見逃して欲しい。アイツらはちょっと世間を知らなかっただけなんだ。暫くは大人しくしてるだろう。その代わりに俺を殺しても構わない」

「ほう。大した度胸だな。まぁ、良いだろう、腰抜けには興味がないからな」

「それと、もう1ついい?」

「またか?今度はなんだ?」

「谷間の汗、飲ませてもらっても良いです───────」

 

 頼もうとした瞬間、俺は地面に叩き付けられた。



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第65話 姦姦蛇螺

 犬神家の様に逆さの上体で叩き落とされた俺は何事もなかったかのように立ち上がった。無傷の俺を見た女は怯えるように指を差す。

 

「き、貴様……なんともないのか!?殺す気でたたき落としたのに!?」

 

 土や落ち葉を払い落としながら俺は答える。

 

「地面が柔らかったからじゃない?なんともないよ?」

「なんだと!?化け物か貴様は!?」

「まぁ、谷間の汗を飲みたかっただけだから。とりあえず、話さない?」

 

 俺はひっくり返してしまった祠を元の場所に戻して、中の物を元通りに戻した。とぐろをまく様にしていた彼女の尻尾に腰を下ろしながら話し始めた。

 

「そういえば、お姉さんは名前なんて言うの?」

「私か?私は【姦姦蛇螺】。他にも【生離蛇螺】とも呼ばれている」

「かんかんだら、なりじゃら?」

「うむ。字はこう書くのだ」

 

 木の枝を使って漢字を書いて教えてくれた。俺はうんうんと頷きながら彼女に顔を向ける。

 

「ふーん、言葉も字も書けるって事は、”だーりん”は元々人間なの?」

「だ、だーりん?  まぁ、色々事情があってこのような姿をしてるが、元々は巫女をしていた」

「だから上半身が巫女のままなんだ。で?このデカい蛇はどうしたの?」

 

 俺は苔の匂いがする蛇の部分をペチペチと叩きながら尋ねた。すると、だーりんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「知りたいか?」

「うん、知りたい」

「分かった。なら少し頭を貸せ」

「え?こう?」

 

 だーりんに頭を向けると、だーりんは手を置いた。

 

「これからその時の事を頭に映す」

「そんな事も出来るの!?」

「人間の頃は霊媒師をしていたからな、これくらい朝飯前だ。さぁ、目を閉じろ」

 

 俺が目を閉じると、だーりんの手からポウっと光が出てきた。すると、俺の目の前がいつの間にか大昔にタイムスリップしたかのように、時代劇の様な風景が見えて来た。辺りを見渡していると、松明を持った農民らしき人達が大勢で走って来て一軒の家を取り囲んだ。

 

「巫女を探せ!」

「巫女様を差し出せば、村は助かるんじゃ!」

 

 農民の人達が激昂しながら家に入って行き、人間の頃のだーりんを引き摺り出した。

 

「何をする!?お主ら、一体何をするんだ!?」

「おめぇを生贄に捧げれば、村は助けてくれるって大蛇が言うんじゃ!」

「四肢を切り落としてしまえ!」

「や、やめろぉぉっ!!」

 

 農民達はそのままだーりんの手足を鉈や鎌で切り始めた。俺は慌てて農民達を止めようとしたが、体が動かなかった。やがて、四肢を切り落とされた瀕死の状態のままだーりんが祭壇に捧げられると、大きな蛇がだーりんを丸呑みにした。だーりんは断末魔を上げながら、

 

「おのれぇぇっ!貴様ら、貴様らは絶対に許さん!一族皆、祟ってやるぅぅっ!!」

 

 血の涙を流しながら、だーりんは大蛇の口の中に消えていった。目を開けて我に返り、全てを目の当たりにした俺はとてつもない怨念を感じて激しい嘔吐に見舞われた。

 

「う、おうえぇ…………」

「分かったろう、人間がこの世で一番恐ろしいという事が」

 

 だーりんに背中をさすられながら俺はうんうんと黙って頷く。過去を思い出してしまったのか、だーりんは顔を背けた。

 

「もうすぐ人間がお前を探しに来るだろう。だから、もう帰れ」

「…………分かった」

 

 だーりんに言われた俺はそのまま来た道を戻ると、フェンスの扉にはお岩さんと、口裂け女が今か今かと待っていた。扉を開けて出ると、2人は近付いて来た。

 

「遅かったじゃないか!」

「大丈夫?怪我とかしてない?」

「うん、大丈夫」

 

 俺は振り返り、暗闇を見つめた。来た道を戻って入り口が見えてくると、何やら人影も見えた。

 

「おい!出てきたぞ!」

「まさか……本当にあのフェンスの先に行ってたのか!?」

「おーい!急いで田中さんと奥さんに知らせろ!」

 

 集まっていた人達はざわざわとした様子で、俺に駆け寄ってきた。その近くには先程の高校生達が気まずそうに立っていて3人とも放心状態だった。俺は田中さんの車に乗せられ、既に夜中の3時をまわっていたにも関わらず、行事の時とかに使われる集会所に連れてかれた。中に入ると高校生の親達が来ていた。田中さんは俺に頭を下げる。

 

「福島君、君にも迷惑をかけてしまった。本当にすまない」

「いえ、俺は大丈夫ですから」

「ごめんなさい。今回の事はうちの主人、ひいては私の責任です。本当に申し訳ありませんでした!本当に!」

「そんな、奥さんまで!俺は何もしてないですから!頭を上げて下さい!」

 

 俺も思わず頭を下げてしまった。一段落して、俺は不貞腐れている高校生達に近付いた。

 

「おい、お前ら」

「な、なんだよ…………」

「ちょっといいか?」

 

 未だに反省を見せない奴らに腹を立てた俺は高校生達を外に連れ出して、

 

「俺は巻き込まれた側だし、他人の事情に首を突っ込みたくないけど。言わせて欲しい。母親を殴って悪ぶってんのか?」

「あ?てめぇに関係ねぇだろ!?ぶっ殺すぞ!」

 

やれやれ、これが若さか……。

 

 ため息を吐きながら、俺は呟いた。

 

「お岩さん、口裂け女」

 

 俺が呼んだ瞬間、俺の背後から2人は現れた。霊感のない奴らにも見える様に調整してくれたらしく、高校生達は腰を抜かしていた。

 

「女を殴る奴なんて外道だ。くだらない悪さばっかやってねぇで勉強しろクソガキ共が!!」

「はっはいいっ!!」

 

 高校生達は集会所に逃げて行き、今回は解散となった。そして、そのまま出勤した俺はタイムカードを押していると、田中さんが慌てて入って来た。

 

「福島くん!大変だ!」



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第66話 舞子再び

 俺は全力疾走して来たのか息をゼーゼーと切らした田中さんに顔を向けた。

 

「おおっ!? おはようございます。一体どうしたんですか、そんなに息を切らして?」

 

 肩で息をしながら田中さんは顔を上げた。

 

「はぁ、はぁ……すまない。今すぐ私と来てくれるか!?」

「えっ!?けど仕事が───────」

「そこはもう手配している!早く来てくれ!」

 

 説明もせずに田中は俺の腕を掴みながら俺を連れ出した。車に押し込まれた俺は田中さんに尋ねた。

 

「どうしたんですか!?」

「息子の様子がおかしいんだ」

 

様子がおかしい?

 

 俺は首を傾げる。

 

「様子がおかしいと言いますと?」

 

 田中さんは説明のしようがないのか、どう伝えればいいのか分からないのか説明を渋っていた。ようやく口を開いたと思えば、

 

「いや、実際に見た方が早い」

「えっ?」

 

 車で10分程度走らせると、田中さんの自宅に到着した。中に招かれると、どこからともなくわめき声が聞こえて来た。息子の部屋に案内されると、田中さんの息子がベットに寝そべり両手両足をピーンと伸ばした体勢で痛い痛いと喚いていた。

 

「いでぇ!いでぇよぉぉぉっ!」

「おい、どうしたんだ!?」

 

 俺が呼び掛けても、「いてぇよぉ」と叫ぶだけで目線すら合わせない。

 

どうなってんだ……!?

 

 俺は何が何だかさっぱりわからなかった。

 

コイツらはフェンスを乗り越えてだーりんを見ただけ。祠をひっくり返したりした訳じゃないのになんで?

 

 色々考えている時に田中さんの奥さんから静かな口調で聞かれた。

 

「福島さん。あそこで何をしたのか話して下さい。それで全部分かると思います。この子は昨夜あそこで何をしたんですか?」

「何をした……いえ、特にこの子らは何もしてないと思いますよ?フェンスの有刺鉄線に引っかかったてた所を助けただけですし、祠も無事でした」

「そんな……なら何故!?」

「自分にも分かりません。ちょっといいですか?」

 

 俺は未だに騒いでいる田中さんの息子の傍まで近付いて頭に右手を乗せてみた。頭に触れた途端、痺れるようにピリピリとした何かを感じた。俺は傍で心配そうに見つめる田中さん夫婦にも聞こえないくらいの声で、

 

「『アラスタッタピィーヤ』」

 

 そう唱えると、痛みが和らいだのか少し落ち着き始めた。

 

「先程よりは痛みを感じないかと思います」

「凄いな福島君。君の噂は色々聞いていたけど、本当だったんだね」

「気休め程度ですが」

 

 俺がそう言うと、田中さんの奥さんが棚の引き出しから何かの紙を取出し、それを見ながらどこかに電話をかけた。俺と田中さんは様子を見守るしかなかった。しばらくどこかと電話で話した後、戻ってきた奥さんは震える声で俺に言った。

 

「あちらに伺う形ならすぐにお会いしてくださるそうだから、福島さんも御一緒に付いてきて下さい。明日出発します」

 

伺う?どこに?

 

 ───────意味がまったく分からないまま俺は、田中さんと2人で場所へ向かった。息子さんは奥さん一足先に向かったらしく、新幹線で数時間かけて、さらに駅から車で数時間。絵に書いたような深い山奥の村まで連れてかれた。その村のまたさらに外れの方、ある屋敷に俺は案内された。時代劇の様な武家屋敷で、離れや蔵なんかもあるすごい立派な所だった。だが、もしもの為にお岩さんと口裂け女にも付いてきて貰った。辺りを見渡したお岩さんが口を開いた。

 

「随分大きいな屋敷だねぇ。侍でも住んでるのかねぇ?」

 

 呼び鈴を鳴らすと、イカついおっさんと女性が俺達を出迎えた。おっさんの方は、ヤクザの様な悪い感じでスーツ姿。女性の方は白装束に赤い袴だった。俺と女性はお互い顔を見た途端、

 

「舞子!?」

「龍星!?」

 

 そう、俺の目の前には他に男を作った上に妊娠したと言って俺を捨てた元カノの舞子が巫女さんの格好をしていた。指を震わせながら舞子に指を差す。

 

「お、お前……なんでここに!?」

「それはこっちの台詞だよ! あんたこそ、なんでここに!?」

 

 舞子も俺に指を差すと、田中さんとイカついおっさんが首を傾げた。

 

「福島くん、この【舞子官女】様とお知り合いなのか?」

「舞子、この男が話してた元彼か?」

「う、うん。そうそう!叔父さん、田中さん、数分だけ2人だけにしてくれませんか!?」

「少しだけやで?」

 

 イカついおっさんはどうやら舞子の叔父らしい。舞子に屋敷の外に連れ出された俺は尋ねた。

 

「妊娠してたんじゃなかったの?」

 

 そう言われた途端、舞子は頭をポリポリとかきながら答えた。

 

「あー、アレ?実はウソなんだよね……」

 

Pardon?

 

「えっ?何?んじゃ、想像妊娠だったって事?」

「ちっがうわよ!想像妊娠どころか妊娠すらしてないの!」

「ウソ? なんでウソなんて付いたの?」

「そ、それは…………」

 

 舞子は重い口を開いて事情を説明してくれた。舞子の血族は姦姦蛇螺ことだーりんを封印、管理をするのが昔から決まっているらしい。今まで先代がやっていたのだが、先代が亡くなってしまったので舞子が跡を継ぐ事になったという。だーりんはとても危険な妖怪の為、俺を守る為にウソをついてまで別れを切り出したと言う。うんうんと聞いていた俺は、

 

「まぁ、そう言う事なら別れたの方が良かったのかもね」

「え、怒ってないの?」

 

 舞子が恐る恐る俺に尋ねて来た。俺はあっけらかんとして、

 

「まぁ、確かに振られた時はショックだったけど、今は楽しい生活が出来てるからね」

 

 ニカッと笑いながら答える。すると、舞子はおもむろに俺の後ろに指を差す。

 

「楽しい生活……それってそこの人らも関係してるの?」

 

 俺の後ろには恨めしそうに見つめる口裂け女とお岩さんの姿があった。



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第67話 舞子の数珠

 鬼の形相したお岩さんと口裂け女を見た俺は、嫌な空気を感じ取り、舞子からそっと距離を置く。すると、舞子は俺を無視してお岩さんの元へと向かい声を掛けた。

 

「あんた、誰?」

 

 そう言った途端、お岩さんは今にも飛び掛りそうになる口裂け女に流し目をし、懐から煙管を取り出してふうっと煙を出しながら答えた。

 

「あんたこそ……誰だい?」

「あたしが先に聞いてるんだけど?」

 

 舞子がお岩さんに指を差しながら言うと、お岩さんは不気味な笑みを浮かべて答えた。

 

「あたいは、お岩。名乗ったんだからそっちも名乗るのが筋じゃないのかい?」

「あたしは、長谷部舞子。この格好見れば分かると思うけど、あたし霊媒師だからね?あんたなんか簡単に消せるんだけど?」

「面白い冗談じゃないか、やれるものならやってみ────」

 

ストーップ!!

 

 今にも殺し合いを始めようとした2人の間に俺はボクシングの審判のように割って入った。

 

「はーい、ストーップ!!今は喧嘩してる場合じゃないでしょ?」

「この小娘の肩を持つのかい龍星?」

「そーよ!あんた、コイツに裏切られてどうなったか忘れたの?」

 

 口裂け女の言葉を聞いた途端、舞子は首を傾げた。

 

「どうなったか……?どういう事?」

「それはもういいから、2人とも大人しくしててね?」

 

 舞子に答えを求められたが、俺は聞き流しながら屋敷の中に入って行った。中に入ると、先程のイカついおっさんと、田中さんの奥さんがソファーに腰掛けていた。俺も田中さんの奥さんの隣に座り、ものものしい雰囲気で話が始まった。

 

「全員揃った所で話しますが、息子さんは今安静にさせてますわ。この兄ちゃんが一緒にいた男ですか?」

「はい。この3人を探しにあの場所へ行って貰ったんです」

「そうですか。君、わしらに話してもらえるか?どこに行った、何をした、何を見た、出来るだけ詳しくな」

「あっ、はい。分かりました」

 

 俺はだーりんの事を詳しくその夜の出来事をおっさんと舞子に話した。

ところが、祠をひっくり返したくだりで「今、何つった!?」と、いきなりドスの効いた声で言われた。俺は何気なく答えた。

 

「ですから、足に引っかかって祠をひっくり返してしまったんです」

「マジか……あの兄ちゃん、助からんぞ」

「あっ、ひっくり返したのは俺です」

「……は?」

 

 おっさんと舞子が唖然とする。舞子が口を開いた。

 

「中身を見たんでしょ?中に爪楊枝見たいなもの入ってたでしょ?」

「うん、あったあった」

「それをひっくり返したのもあんたなんだろ?」

「はい。そうです。田中さんの息子さんは有刺鉄線に引っかかってただけですよ?」

「それなのに何でこの兄ちゃんピンピンしてんだよ!?」

「その爪楊枝を動かしたらかなり不味いの!何ともないの!?」

 

 おっさんと舞子は困惑しながら俺に尋ねる。俺は「いやぁ〜」としか言えなかった。

 

「奥さん、今後どうなるかわしらも分かりませんわ……」

「そんなっ!?」

 

 それ以上の言葉もあったんだろうが、田中さんの奥さんは言葉を飲み込んだような感じで、しばらく俯いていた。腑に落ちない俺も、考え込む。

 

なんで俺じゃなくて息子さんなんだ?他の仲間は何とも無さそうなのに何故アイツだけ……。これは本人に直接聞くしか無さそうだ。

 

 そう考えた俺は、重苦しい雰囲気の中口を開いた。

 

「直接本人に聞くってのはどうですか?もしかしたら助かるかも知れませんよ?」

 

 そう言った途端おっさんが、睨みつける。

 

「兄ちゃん、言っていい冗談と悪い冗談があるって知ってるよな?」

「冗談じゃありませんよ。このままじゃどうなるか分からないんでしょ?だったらだーりんに聞くしかないでしょ」

「待って龍星、だーりんって何?」

 

だーりんはだーりんだよ。

 

 居ても立ってもいられなくなった俺は立ち上がって、

 

「俺1人でもう一度あの山に行きます」

「龍星正気なの!?」

「福島さん、やめてください!あなたまで何かあったら!」

「大丈夫です。皆さんはここで待ってて下さい」

 

 そう言って俺は外に出るとお岩さん達がウロウロしていた。俺を見た途端口裂け女が駆け寄って来る。

 

「どう?なんとかなりそう?」

「いや、まだ分からない。今から俺またあの山に行ってくるから2人は舞子が付いてこない様に見張っててくれる?」

 

 それを聞いた口裂け女は目を見開き上ずった声を出す。

 

「また行くの!?もう放って起きなさいよあんな奴ら、龍星には関係ないじゃん!」

「乗り掛かった船だし、田中さんにはお世話になってるからね。ここで恩を返したい」

「龍星……」

 

 そのまま俺はお岩さん達を残して再びあの山に向かった。山に辿り着いた頃は既に深夜を回っており、この前と同じくらいの時間帯になってしまった。俺はフェンスを越えてだーりんを探し始めた。

 

「おーい、だーりーん!だーりーん!」

 

ジリリリリリリン!

 

 この前の様に突然鈴が鳴り響いた。鳴り止んだと思った途端、ズルズルと蛇の体を這わせながらだーりんがやって来た。俺を見た途端、だーりんは怒鳴り始める。

 

「ここへは来るなと言っただろ!何で来た!?」

 

 だーりんは怒り心頭の様に見えたが、どこか悲しそうな顔をしていた。俺は来た理由を説明した。

 

「理由があるんだ。だーりん今現在進行形で祟ってるだろ!?」

 

 尋ねると、だーりんは驚いた様に、

 

「い、いや……ちょっと懲らしめた程度に呪っただけだが?命までは取るつもりは無いぞ?」

 

え?

 

 思わぬ返答に俺は困惑しながら言った。

 

「え?だって、舞子が……いや、舞子官女が言ってたぞ?このままじゃ助かるかどうか分からないって?」

「大袈裟なんだよあの一族は。ここにもう来ないように脅かしただけさ、親の仇じゃあるまいし」

 

 だーりんの言葉を聞いた俺はホッと胸を撫で下ろした。

 

「なんだそうなんだ、びっくりしたぁ……」

「な、なんかすまんな」

 

 だーりんはペコっと頭を下げる。事情を聞いた俺は、くるっと方向を変えた。

 

「そういう事なら、もう帰るね?」

「そうか、達者でな」

 

 どこか寂しそうにだーりんは言った。それを見逃さなかった俺は何気なく声を掛けた。

 

「退屈なら、俺と一緒に来る?」

 

 俺がそう言うと、だーりんは目を点にした。

 

「な、何を言ってるんだ?ここから出られる訳がないだろ!?」

「まぁ、見てなよ」

 

 だーりんを説得しながら出口に向う。俺はフェンスに手を触れながら呪文を唱えた。すると、鈴が突然地面にポトポトと落ち始める。

 

「もう大丈夫じゃないかな?出てみな?」

「いや、その前にアラスタッタピィーヤとは何だ?」

「ほら有刺鉄線乗り越えて」

「話を聞けよ全く……」

 

 騙されたと思いながらだーりんがフェンスを乗り越えよう手をかけた。スルスルと乗り越えると、だーりんは余程驚いたのか開いた口が塞がらなかった。

 

「まさか、ほんとに越えられるなんて……」

「だから言ったでしょ?ほら、行くよ?」

「お、おう……」

 

 だーりんは俺の後を渋々付いて来た。

 

翌日。

 

 朝イチの新幹線に乗って再び舞子の屋敷にやって来た。早朝なのにも関わらず俺は玄関に備えられた鈴を神社の鈴の様にジャカジャカ鳴らした。余程うるさかったのか、外で寝ていたお岩さんと口裂け女は飛び起き、舞子はスウェットとキャミソールの格好でスッピンの状態で扉を開けた。

 

「うるさいんだけど!?」

「おはようございます!」

 

 激昂する舞子を他所に満面の笑みで挨拶すると、

 

「その様子だと、大丈夫だった見たいね。もう少ししたら叔父さんも起きるから付いてきて」

 

 舞子に案内されて昨日とは違う部屋に通された。そこは一般的なリビングで舞子達が使っている様だった。コーヒーを飲みながら時間を潰していると、田中さんの奥さんと舞子の叔父さんが身なりを整えてやって来た。

 

「おはようさん、無事だったようだな?」

「おはようございます福島さん、無事で良かった」

「息子さんの様子はどうですか?」

「ええ、だいぶ良くなってるの。もうすぐ帰れるって」

「そうですか、良かったですね!」

 

 田中さんの奥さんが泣いて喜ぶ中、舞子の叔父さんが声を掛けて来た。

 

「で?姦姦蛇螺はなんて言ってた?」

「はい。どうやらちょっと脅かしたかっただけらしいです。命までは取らないと言ってました」

「お遊びってことね……なら、安心した」

「俺はこのまま家に帰ります。その前に、舞子……ちょっといいか?」

 

 身なりを整えて官女になった舞子を外に連れ出した。

 

「あたし朝の修行とかあるんだけどなに?」

「舞子に会わせたい人がいるんだ」

「えっ?」

 

 舞子が首を傾げると、俺は壁に向かって声を上げた。

 

「だーりん?いる〜?」

「えっ」

 

 だーりんは申し訳無さそうに壁からこちらを覗き始めた。幽霊を見れる舞子は指を差しながら、

 

「連れて来たの!?あんたなにやってんの!?」

「大丈夫。俺が責任もって連れて帰るから」

「連れて帰るって、何処に!?」

「家に」

「バカなの!?強力な怨霊だって言ったでしょ!?死にたいの!?」

 

 パニックを起こした舞子は騒ぎ出す。俺は宥めながら答えた。

 

「現に生きてるから大丈夫だよ。だーりん連れて帰れば舞子も楽できるだろ?」

 

 俺がそう言うと、舞子は呆れた様にため息を吐く。

 

「まったく、そういう誰でも助けようっていう性格は変わらないんだね。けど、忠告しとく。あんた、死相が出てるから取り憑かれて殺されるかもしれないから気をつけるのよ?」

「忠告ありがとう、元気でね?」

「待って龍星!」

 

 だーりん、お岩さん、口裂け女を連れて帰ろうとしたその時、舞子に呼び止められた。舞子は腕に付けていた木で作られた数珠を外し、俺に渡して来た。

 

「お守り、気休め程度だけどあんたを守ってくれる」

「……ありがとう」

「昨日聞いたけど、別れた後何があったの?」

 

 舞子が気まずそうに尋ねると、俺は口を開いた。

 

「あの後、全てが嫌になって自殺しようとしたんだよ。けど、失敗してね。その代わりに幽霊が見たり触れたりする事が出来るようになったの」

 

 淡々と説明すると、お岩さん達が俺の傍までやって来て俺を守るようにした。それ見た舞子は顔を青くさせ、何も言わなくなった。俺は舞子に会釈をしてその場を後にした。

 

 



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第68話 お化けだってクリスマスがしたいっ!

 だーりんこと姦姦蛇螺を連れ帰った後、だーりんは家の裏にある林に住むことになった。家で他のお化け達と一緒に住もうと言ったのだが、だーりんは「お前は何をするか分からんから断る」と断固拒否された。その代わり、朝昼晩のご飯の時は顔を出すと言って林の中へと消えて行った。それから月日が経ち、冬がやって来てクリスマスシーズンを迎えた。俺が出勤しようと茶の間に行くと、お化け達がコタツを占領し、テレビに釘付けになっていた。

 

《みなさーん!私は今、○○店のクリスマスツリーの前に来てまーす!見てください、大きくて綺麗ですねぇ!》

 

クリスマスねぇ、商業施設も忙しくなりそうだ。

 

 すると、目をキラキラさせながらメリーと花ちゃんがテレビに指を差しながら俺に言い放つ。

 

「龍星!わしにもサンタは来るのか!?」

「来るよね!?あたしら良い子だもんね!?」

 

お化けが何を世迷言を言うか。

 

 呆れながら俺は制服に着替え始める。すると、どんぶくを着たくねちゃんも俺に擦り寄ってくる。

 

「りゅーせー、私にも、サンタさん来るかな?」

「なんだよくーちゃんまで、お化けにサンタさんが来る訳────」

 

 言いかけた途端、メリーと花ちゃんが物凄く睨んで来る。

 

どんだけプレゼント欲しいんだよ。

 

「分かった分かった、サンタさんに聞いてみるよ。それで文句ないだろ?」

「わーい!」

「良かったですね!花子さん、メリーさん!」

「あたしはクリスマスケーキだけで良いからねぇ」

「おーい、朝飯はまだか?  ん?何を騒いでる?」

 

 はーちゃん、すーちゃん、だーりんまでが会話に入って来た。ここで「サンタさんなんかいない」と言ったら家がポルターガイストで崩壊してしまうだろう。根負けした俺は、仕事帰りにプレゼントを買う事にした。

 

ただプレゼントを置いて終わりなんてさせないよ……ふふふ。

 

 あくどい顔をしながら店を転々として、ケーキと人数分のプレゼントを用意した。

 

クリスマス当日。

 

「おはようございまーす」

「おはようございまーす」

 

 現在、早朝4時35分。俺はおじさんと共に廊下にいる。これからプレゼントを兼ねて寝起きドッキリを仕掛けようとしていた。おじさんは小声で俺に尋ねる。

 

「で?誰から攻めるんだ?メリーか?花子か?」

「いや、ここははーちゃんとお菊さんだな」

「まぁ、初っ端から見つかっても怒らないかな。妥当か」

「だろ?んじゃ、行くぞ」

 

 さし足抜き足忍び足でお菊さんとはーちゃんの部屋のドアのをゆっくりと回し、中に入った。そこには、布団で寝ているお菊さんと、部屋の隅で壁に寄りかかりながら寝ていたはーちゃんがいた。俺の肩に乗っているおじさんさんがニヤニヤしながら布団の方に指を差す。

 

最初にお菊さんか。

 

 ゆっくり近付くと、突然おじさんが俺の耳を引っ張った。

 

なんだ?

 

「あそこ見てみろ、なんか畳んであるぞ」

「なんだあれ?洗濯物か?……洗濯物!?」

「言いたい事は分かるよな?」

「勿論さ、おじさん」

 

 ゆっくり畳んである服を退かしていく。すると、黒の下着と白の下着を発見した。

 

「にししししし」

「でっけぇブラとパンティだなぁ……これははーちゃんのかな?」

「こっちはお菊さんか?シンプルなやつだな」

 

 思わず声を殺しながら笑った。これらは以前インターネットで俺が買って上げたものばかりだった。

 

金を払ってるのは俺だ。これくらいしてもバチは当たらないだろう。

 

 下着を堪能した俺とおじさんは下着を元に戻してお菊さんの元へ近付くと、お菊さんは寝息を立てて眠っていた。上半身の方から布団を捲るとバレてしまう為、足元から捲る事にした。

 

「ゆっくりだぞゆっくり」

「分かってるよ」

 

 恐る恐るゆっくり捲ると、お菊さんの生足が現れた。

 

「色っペぇなおい」

「兄ちゃんもっと捲れよ」

 

 鼻息を荒らげるおじさんに促された俺は更に布団を捲る。すると、お菊さんは水色のネグリジェを着ていた。ちなみにこのネグリジェも○mazonで購入している。

 

「パンティ透けてるじゃねぇかおいっ!」

「たまんねぇ!!」

 

 俺は耐えきれず布団の中に顔を潜り込ませて大きく深く深呼吸をする。お菊さんの匂いでいっぱいだった。

 

「あー、スッキリした。次ははーちゃんだ」

「おじさんもういつ死んでもいいわ」

 

 布団を綺麗に戻してはーちゃんに近付く。はーちゃんは体が大きいので布団は使わないらしい。そのせいか、はーちゃんは足を広げて寝ていた。至近距離で見ていたおじさんは、

 

「絶景間違いない」

「はーちゃん美脚だなぁ。おっ、今日はピンクか」

 

 俺も負けじとほふく前進ではーちゃんを堪能する。だが、これ以上は危険の為、プレゼントを置いて部屋を後にした。

 

よし、次っ!

 

 隣の部屋には、すーちゃんとくねちゃんが寝ている。ゆっくり部屋に入ると、すーちゃんとくねちゃんは同じ布団で一緒に寝ていた。

 

これは好都合。

 

 ニヤニヤしながら近付くと、近くには先程と同じ様に服が綺麗に畳まれていた。俺達は迷いなく漁り始めた。

 

「おい、この黄色の紐パンは誰のだ?」

「これは……すーちゃんだな。高いんだよこれ」

「この子供っぽいのはくねちゃんだな。ふむふむ」

 

 元に戻して布団に近付く。2人一緒の為慎重に布団を捲ると、2人共ワンピース系のパジャマを着ていた。すーちゃんはくねちゃんに抱きつく様にしており、くねちゃんは寝相が悪いのか脚を開いている。

 

「ここも絶景スポットだなぁ」

「くねちゃんは水玉パンツが丸見え……ふぅーふぅー」

 

 段々俺も興奮して来た。これ以上見てみたら何かをしてしまいそうなので布団を元に戻し、プレゼントを置いて部屋を出た。

 

「兄ちゃん、なんでくの字になってんだ?」

「……察してくれよ」

「兄ちゃん、人間なのによく幽霊で興奮出来るな」

 

自分の部屋に戻ってスッキリしたい所だ。

 

 そして、ラストにメリーと花ちゃんの部屋を訪れた。

 

この2人は感が鋭い、更に注意しなければ……。

 

 ゆっくりドアを開けると、二段ベッドで寝ているメリーと花ちゃんが目に入った。

 

この2人は特に金がかかっている。二段ベッドや収納ケースやテーブル、様々な物を買わされている。復讐するには丁度いい機会だ。

 

「ここの部屋だけ随分人間くさいな、どんだけ金使ってんだよ」

「まったくだ、下着はこっちにあるよ」

「なんで分かんだ?」

「下着収納ケースも買わされているからな」

 

 俺達は下着収納ケースの所に行って泥棒の様に漁り始める。収納ケースにはそれぞれ名前が書かれていた。

 

メリーと花ちゃんは几帳面だな、ちゃんと分けられてる。

 

「黒、白、シルバー、レース。メリーのやつ、どんだけませてんだ?」

「花ちゃんは8割白ベースだな。純情派なのかな?」

「ったく、金も稼がねぇガキが生意気だな」

「そろそろ元に戻すよ?後ろを振り返ったら立ってたってオチは嫌だからね」

「そうだな、バレたら袋叩きだ」

 

 そう言いながら後ろを振り向く。だが、まだ2人は眠っていた。俺はホッと胸を撫で下ろす。そして、ベッドに近付いて下の段で寝ている花ちゃんの顔を覗くと、花ちゃんは姿勢正しく寝ていた。パジャマもセクシーではなく、子供っぽいピンクのパジャマを着ている。上の段にはいびきをかきながら布団をはだけて寝ているメリーを覗く。メリーはモコモコのルームウェアを着ていた。それを見たおじさんは舌打ちをする。

 

「っち、こいつらはパジャマか。どーする?」

「……悔しいからメリーのストッキング破ってズラかろう」

「お、おう……」

 

 プレゼントを置いてからメリーのストッキングに手を掛けようとした。

 

その時。

 

コンコン

 

 窓がノックされた。俺達が顔を向けるとそこには、だーりんが真顔でこちらを見つめていた。



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第69話 クリスマスプレゼント

 ───────その後。俺は顔をアザだらけにしながら出勤した。俺の顔を見た田中さんは思わず声を上げた。

 

「どうしたんだその顔!?」

「あー色々ありまして……」

「まさか、姦姦蛇螺が関係してるのか!?」

「いえ、階段から転んだだけです」

 

 田中さんは顔を曇らせながら俺を見つめる。

 

まさか寝起きドッキリをしかけてお化け達に袋叩きにされたと言っても信じて貰えないだろう。

 

 俺は田中さんに心配させないようにブサイクな顔でニコリと笑った。

 

「実は……エッチな本を読みながら階段を降りてたら足を滑らせただけです。あは、あはははは……」

 

 だが、田中さんは俺を悲しそうな目で見つめる。

 

そんな目で見ないでぇっ!

 

 すると、田中さんは鞄から封筒を取り出して俺に手渡した。

 

「まぁ、過ぎたことは忘れよう。これは私からのクリスマスプレゼントだ」

「え?プレゼント?開けても良いですか?」

「勿論さ」

 

 封筒の中身を開けて見ると、どこかのホテルの宿泊券が入っていた。俺は慌てて突き返す。

 

「めちゃくちゃ高そうなホテルじゃないですか!貰えませんよ!」

「いや、いいんだ。息子も世話になったからな、これくらいしか出来ないが受け取ってくれ」

「そういえば、息子さんはあれからどうですか?」

「息子なら戻って来て今は元気にしてるよ。君が余程怖かったのか、あれから真面目に学校へも行くようになったよ」

「そうなんですか、良かったですね!」

「だから安心してこの宿泊券を受け取って欲しい」

 

 田中さんはそう言って俺に再び渡して来た。根負けした俺は、宿泊券を受け取った。

 

「ありがとうございます。ちなみにここ何処のホテルですか?」

 

 俺は再び高価な宿泊券を取り出し、田中さんに尋ねた。

 

「そこかい?アメリカの、○○州の幽霊ホテルで有名な○○ホテルさ。一部のマニアには大人気らしいよ?」

「え?アメ、アメリカ!?」

 

 思わず宿泊券を二度見する。

 

「え、でもめちゃくちゃ遠いですよ!?一日二日じゃ帰って来れませんって!仕事だってあるのに」

 

 俺が現実的な事を田中さんに言うと、田中さんは鼻息を荒らげながら言った。

 

「なぁに、福島くんにはここの商業施設の応援やら息子のことで世話になったんだ。福島くんのシフトは私がなんとかするよ」

 

なんとかしてくれるなら、行ってもいいかなぁ?

 

「分かりました。行ってきます!」

「所で、福島くん英語は堪能なのかい? 通訳さんも雇おうか?」

 

 と、田中さんが首を傾げながら尋ねて来た。だが、俺は首を横に振った。

 

「あっ、大丈夫ですよ。俺、英検1級持ってるんで」

「1級!?最高難易度じゃないか!!凄いね君!?」

「えへへ、んじゃ来週の金曜日に出発でもいいですかね?」

「ああ、構わないよ。シフトを調整しておくから」

「分かりました!」

 

 ───────勤務後、俺はルンルン気分で自宅に帰り、キャリーケースに必要な物を詰め込んでいた。上機嫌な俺にはーちゃんがドアの隙間から声を掛けて来た。

 

「龍星さん、上機嫌でどうしたんですか?」

「お、はーちゃん。実は来週アメリカに行く事になったんだよね」

「あ、アメリカ……米国ですよね?」

「うん、そうそう。そういえばメリーと花ちゃんは?まだ今朝のこと怒ってる?」

 

 俺が振り返ってはーちゃんに尋ねると、

 

「あ、あの……「顔も見たくない」「しばらく口も聞かん」と言って部屋に閉じこもってます」

「そっかぁ。他は?」

「隙間女さんは「別にパンツ見られたくらいだし?」と言って普通に茶の間に居ますよ?お菊さんとくねくねさんも一緒です」

「だーりんは?」

「姦姦蛇螺さんはまだ裏の林にいるんじゃないですかね?「ほらな?奴はこういう奴なんだ」とは言ってましたけど」

 

お化けにも色んな考えを持つ奴がいるんだな。100パーセント俺が悪いんだけども。後で声を掛けて見るか。

 

 そして俺ははーちゃんの目を見つめた。

 

「で?はーちゃんはいつまでそこにいるの?入って来たら?」

「いやぁ……それはちょっと……」

 

 はーちゃんはドアをゆっくり閉め始める。だが俺はドアに手をかけて閉めるのを止めた。

 

「悪かったって、そんなに避けないでよ」

「い、いえ、ちょっと今はそっとしといて下さい……」

 

あの誰よりも優しいはーちゃんまで拒否するの!?

 

 俺とはーちゃんでドアの引っ張り合う。

 

「分かった、お詫びになんか高級なやつお供えするから!」

「物なんかで釣らないで下さいっ!私はそんな安い女じゃありません!」

 

 力負けしてドアをバンと閉められてしまった。直ぐにドアを開けるとはーちゃんは姿を消していた。

 

逃げられたか……。

 

 仕方ないのでその足でメリーと花ちゃんの部屋を訪れた。俺は恐る恐るドアをノックする。

 

「メリー?花ちゃーん?」

 

返事がない、ただの独り言の様だ。

 

 仕方ないので自分の部屋に戻ろうとした。

 

その時。

 

 ドアの隙間からメモが現れた。メモを拾ってみると、「何しに来た?」と記されていた。

 

「何しに来たって、謝りに来たんだけど?」

 

 そう言うとまたメモが出て来た。メモには「謝って済むなら霊媒師はいらん」と書かれていた。

 

余程ご立腹のご様子で……。

 

 俺は深く溜息を吐きながら、

 

「悪かった。ごめんね、ちょっとやり過ぎたよ。俺来週アメリカに行く事になったんだけど、一緒に行く?幽霊ホテルらしいんだけど?」

 

 申し訳なさそうに言うと、またメモが出て来た。3枚目のメモには「アンタなんかと誰が行くの?バカなの?行くなら勝手に行け! 向こうで呪われてくたばれ!」と記されていた。

 

この2人は飛びつくと思ってたのだが、1人で行くしかないか……。

 

 俺は再び戻って荷物をまとめ始めた。



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第70話 五つ星幽霊ホテル

 ───────1週間後。アメリカに飛び立つ日を迎えた。結局お化け達全員に断られた俺は1人で行く事になった。今日から5日間の旅行だ。1日目に出発し、2日目、3日目を宿泊して4日目に現地の空港を出発して5日目に日本に帰ってくるという日程になる。田中さんには行き帰りの飛行機代とメインとなる2日目と3日目の宿泊券を用意して貰ったのだ。俺個人で出す費用は滞在費とお土産代のみだ。

 

田中さんには本当に感謝しかない。

 

 俺は乗る飛行機を待つ間、泊まるホテルの事をスマホで調べる事にした。調べてみると、○○ホテルは1900年代初頭に、結婚式当日に婚約者に捨てられ、失意に打ちのめされた女性が自ら命を絶ったそうだ。その悲劇の日以来、彼女はホテルをあてもなくさまよい歩き、ゲストや従業員を呼び止めて花婿を探していると尋ねて今も探し続けているという。最近では、高校生が【ブラッディ・メアリー】という都市伝説を試して心霊体験をしているという。

 

アメリカの都市伝説と花嫁の幽霊か……。

 

 幽霊の情報を読んでいると、アナウンスが流れた。

 

《○○航空より、アメリカ・○○へご出発のお客様にご案内いたします。○○航空120便、アメリカ・○○行きの機内へのご案内時刻につきましては10時。午前10時頃を予定しております。先ずはじめに、小さなお子様連れのお客さま、お手伝いが必要なお客様、ファーストクラス、ビジネスクラスをご利用のお客さまからご案内いたします。当便ご利用のお客様は今しばらく50番搭乗口付近にてお待ちください》

 

そろそろ行くか。

 

 俺はキャリーケースを手に搭乗口に向かった。色々な手続きを済ませて保安検査場のセキュリティチェックと審査を終わらせた。そして飛行機の中に進んで自分の席を探して席に座った。

 

30分後……。

 

《皆さま、今日も○○航空120便、アメリカ・○○行をご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長は佐々木 康次郎、私は客室を担当いたします高橋美々子でございます。まもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。○○空港までの飛行時間は12時間20分を予定しております。ご利用の際は、お気軽に乗務員に声をおかけください。それでは、ごゆっくりおくつろぎください》

 

 徐々に飛行機が動き始め、遂には空港が小さくなって行った。これから10時間以上飛行機で過ごす事なる。明るいうちはモニターで映画を見て時間を潰す事にした。

 

数時間後。

 

飽きた、流石に飽きた……。4作品ぶっ通しは飽きるな。

 

 そこで退屈しのぎに飲み物を頼むためにキャビンアテンダントを呼んだ。

 

「お客様、どうかなさいましたか?」

 

 キャビンアテンダントは丁寧な日本語で俺に声を掛けてきた。だが俺は無駄に格好を付けて、

 

「すいません、飲み物を頂けますか?」

「───────っ!?」

 

 流暢な英語で返した。キャビンアテンダントは少し驚いたのか僅かに苦笑いをした。だが、キャビンアテンダントも機転を利かせて来る。

 

「かしこまりました。何をお飲みになりますか?」

 

 向こうも英語で返して来た。

 

流石プロ。発音も素晴らしい。

 

 それを数回繰り返して時間を潰して無事にアメリカに辿り着いた。入国審査をクリアしてタクシーに乗り、目的のホテルに向かった。車で2時間街を走りようやく○○ホテルに到着した。ホテルの見た目は映画にで出てきそうなクラシカルで内装は歴史を感じるアンティーク。俺はキャリーケースを引いて胸を踊らせながらホテルマンに声を掛けた。

 

「すいません。予約したリュウセイ・フクシマですけど、この宿泊券で合ってますか?」

「いらっしゃいませ。では拝見します」

 

 ホテルマンはメガネを掛けて宿泊券に目を通す。チラッと俺を見つめて、

 

「お待ちしておりました。ミスターリュウセイ。お部屋へご案内します」

「よろしくお願いします」

 

 スタッフと共にエレベーターに乗った。3階で降り、廊下を進み○○○号室に辿り着いた。荷物と鍵を受け取り、チップを払って部屋の中に入った。部屋の中は映画のセットの様な高級なテーブルやソファー。寝室には王様が寝るような大きなベッドがある。とりあえず俺は部屋を歩き回り、ベッドに飛び込んで呟いた。

 

「これが勝ち組って奴か……へへっへへへ」

 

 優越感に浸ってしまった。調子に乗ってシャワーを浴び、バスローブを着てルームサービスを頼み、安いシャンパンを注文してセレブを気取り始めた。

 

「いやぁ、アメリカのホテルは凄いなぁ。こんなにいいホテルなのに幽霊なんてホントに出るのかなぁ〜?」

 

 そう独り言を言った時、空港で調べた事を思い出した。

 

アメリカの都市伝説、ブラッディ・メアリー。

 

 俺は洗面所の方を向いた。

 

「ブラッディ・メアリーか。どんな子なんだろう……。白人なのか、黒人なのか……はたまたラテン系なのかな?気になるなぁ」

 

 シャンパンで酔ったせいもあるだろうが、俺は居ても立っても居られなった俺は立ち上がった。

 

「ブラッディ・メアリーを呼んでみよう!!」

 



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第71話 ブラッディ・メアリー

 滞在初日の真夜中。俺はホテルの無料WiFiを使ってネットで検索した。【ブラッディ・メアリー】の呼び出す方法は、真夜中に一人で鏡の前に立ち3回名前を呼ぶというものが基本だとか。彼女を呼び出した場合、顔を引っかかれて気絶する程度で済む場合から、発狂、死亡してしまうという。俺はバスローブの姿のまま洗面所の鏡の前に立った。

 

シャワーも浴びた。歯も磨いた。これで大丈夫だろう。

 

 意を決して、洗面所の明かりを消して俺は彼女の名前を呼んだ。

 

「ブラッディ・メアリー。ブラッディ・メアリー。ブラッディ・メアリー」

 

 ネットの情報通り、名前を3回呼んだ。だが、鏡の前にいるのは俺だけだった。不思議に思った俺は首を傾げた。

 

おかしい。姿を表さない……。やはりホテルの口コミは嘘だったか?

 

 シラケてしまった俺は明かりを付けようとスイッチを押した……。だが、明かりは点かなかった。

 

おっ!?このパターンは!?

 

 俺は心霊現象に胸を躍らせて辺りをキョロキョロと見渡し、声を掛けた。

 

「いるんだろ?出て来いよ」

 

 響き渡る俺の声。すると、暗闇の浴室からシャワーの音が聞こえて来た。俺は思わず鏡から目を離してしまう。

 

「なんだ。シャワーを浴びてるのかい?俺もいいかな?ここの部屋の料金払ってるの俺だから良いよね?良いよね!?暗いままでいいから   一緒にどうかな!?」

 

 勢いよく浴室のドアを開けると……シャワーは止まった。俺は舌打ちをしながらドアを閉める。

 

「恥ずかしがり屋さんだなぁ。一緒に入ってもバチは当たらな───」

 

 そうブツブツと言いながら再び鏡を見るとそこには……。返り血の付いた白いワンピースに光を束にした様な金髪、スラリとした美脚、雪の様に白い肌をした女の子が俺の隣に立っていた。

 

「えっ!?」

 

 俺は隣を見るが、俺の隣には誰も居なかった。だけど鏡を見ると女の子は写っている。そこで俺は鏡を通して彼女に声を掛けてみた。

 

「君が、ブラッディ・メアリー?」

「ええ……」

 

※彼らは英語を話しています※

 

 彼女はか細い声で答えた。俺は鏡を使って『メアリー』に触れようと手を伸ばすと、肩に触れる事が出来た。メアリーの体は死体と同じで氷の様に冷たかった。メアリーは驚いている俺を見てクスクスと笑って、

 

「どう?冷たいでしょ?私、死んでるのよ?」

「…………」

「ふふふ、怖い? さぁ、引っかいてやろうかしら?それとも、目玉をほじくり出してあげる?それとも」

 

 メアリーが話している途中なのにも関わらず、俺は触れた手を体の方に伸ばし続けた。不審に思ったメアリーは先程とは打って変わって声を出し始めた。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「しーっ」

「いや、しーじゃなくて!  ヤメロォォッ!!」

 

 胸をまさぐった手を払われてしまった。だが俺は、重大なことに気付いた。

 

この感触は……まさかっ!?

 

「な、なによそのいやらしい手つき?」

「え?いや、触った感触だとパット入りブラジャーの感じがするな」

「パッ、パットですって!?」

 

 メアリーは慌てながら胸元をおさえる。俺はビシッとメアリーの胸元に指を差す。

 

「君、貧乳だね?  Aカップかな?」

「─────っ!?」

「あっそうそう!ちょっと待って!」

 

 俺はバタバタと洗面所の備えられていたナプキンを手に取り、鏡に見せた。

 

「はいこれ」

「え? なになに怖いんだけど!?」

 

 メアリーは俺から少し離れた。だが、俺は離れた分だけ距離を詰める。

 

「そんなに血まみれになってるって事は……アレがあーなんでしょ?」

「アレがあー……?  違うわよっ!なんてこと言うの!?ってか、アンタどこの国の人!?」

「どこだと思う?」

「今そんなダル絡みいらねぇよっ!どこだって言ってんだよ!」

 

※彼らは英語を話しています※

 

 激昂したメアリーが遂に姿を現し、俺の首を絞めて来た。

 

流石は本場のヤンキー。英語で凄む所は迫力満点だ。

 

 俺はギリギリと首を絞められながらも俺は、メアリーの胸を触る。触った途端、俺は残念な顔をした。

 

「…………日本だよ」

「てめぇ今なんで残念な顔したな!? どうして日本人はこんなことすんの!?」

「その、男に興味無いんだよ。俺……」

「女だっつうの! こんな格好した男がいるか!?」

「ニューハーフ」

「一緒にすんじゃねぇよ! こっちは本物の女だっつうの!」

 

 メアリーは首を絞めるのを止め、頭を掻きむしりながらリビングに歩いて行った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ったくよぉ……で? あたしになんか用?」

「いや、特に何も用は無いよ?」

「あー、アンタもアレか。興味本位であたしの名前を3回呼んだ口か?」

「うん!」

 

 俺は満面な笑みを浮かべながら親指を立てた。それを見たメアリーは、再び激昂する。

 

「いちいち呼ぶんじゃねぇよっ!なんだ? 今の時代の人間は暇なの?他にやることは無いの!?」

「あるよ!」

「へぇ〜。ぜひ聞かせて欲しいもんねぇ」

「ちゃんと仕事してるもん。遊んだりしてるもん!」

「具体的に言えよ! あーもうめんどくせぇ!帰る!」

 

※しつこい様ですが、彼らは英語を話しています※

 

 メアリーは洗面所に向かう事なく、リビングにあった鏡に向かって行った。

 

どうやらメアリーは洗面所の鏡から出入りしてるという幽霊ではないらしい。

 

 俺は鏡に戻ろうとしているメアリーに声を掛けた。

 

「あっ、メアリー」

「何よ。まだ何かあんの?」

「明日また来てくれる?いいもの用意しとくからさっ!」

「何? 何かくれるの?」

「スポーツブラ」

 

 そう言った瞬間。メアリーは俺の事を殴り、去り際に悶絶してる俺に向かって唾を吐き捨てながら鏡の中へと消えて行った。



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第72話 俺の御札

 滞在2日目、俺は昼間に観光を楽しんだ。夕方になり、ホテルに戻って来た俺は部屋に入ろうとした時、ふと奥に続く廊下を見つめた。

 

なんだろう、この気配……。

 

 妙な気配を感じると、薄汚れた黒いウェディングドレスを身にまとった花嫁がバージンロードを歩く様にゆっくりと歩いて居た。タダならぬオーラを感じ取った俺は鍵を開けて直ぐに部屋の中に入った。

 

「なんだよアイツ……」

 

 もう一度ドアを開けて廊下を確認すると、花嫁の姿はもうなかった。俺は胸を撫で下ろし、ドアを閉めた。

 

アレは間違いなくヤバい。襲撃されない様に対策しないと。

 

 そう考えた俺は電気を付けて備えられた紙と万年筆を手に取り書き始めた。

 

「これで良し。効果はどうかな……メアリーで試して見るか」

 

 俺はおもむろに洗面所の鏡に向かった。

 

「ブラッディ・メアリー、ブラッディ・メアリー、ブラッディ・メアリー」

 

 メアリーの名前を呼ぶが、彼女は現れなかった。

 

流石にあれだけの事をしたんだ、来るわけ無いか……。

 

 俯いて鏡から視線を外したその時。

 

「何よ!」

「───────っ!?」

 

 俺は驚きながら鏡に目を向けるとそこにはメアリーの姿が写っていた。

 

「何?なんか用?」

「いやぁ、まさかまた来てくれるとは思ってなかったから」

「あたしだって来たくないわよっ!呼ばれたら必ず来なきゃないの!」

 

そうか、日本で言う花ちゃんの「花〜子さん、遊びましょ?」的な感じだから必ず現れなきゃないのか。

 

「幽霊も大変なんだなぁ」

「ほっといて。で?なんなの?」

 

 メアリーがギロリと俺を睨む。だが、俺はケロッとした表情で答えた。

 

「呼んだのは他でもない、ちょっと聞きたい事があってね?」

「聞きたい事?何? スケベなことだったら承知しないわよ?」

「ノーブラでもバレない事くらい知ってるさ」

「───────っ!!」

 

 メアリーは突然耳まで真っ赤にしながら俺に掴みかかって来た。

 

「じょ、冗談だよ。花嫁の事を聞きたいんだ」

「花嫁?誰よそれ?」

「なんだ、知らないのか?ここのホテルに彷徨ってる花嫁の幽霊だよ」

 

 俺が答えると、メアリーはぱっと手を離した。

 

「どうやら今回は本当の様ね。うーん、花嫁……花嫁……」

 

 メアリーは俺から離れ、腕組みをしながら考え始めた。

 

「まさか、アイツかな……?」

「アイツ?」

 

 俺が首を傾げると、メアリーは。

 

「いや、まさかね。アイツはメキシコに居るはずだから……なんでもないわ。忘れて」

「え?メキシコ? んじゃあの子は?」

「その辺の浮遊霊よ。心配する事はないわ」

「そうかなぁ……念の為に御札を用意したんだけど」

「おふだ? アジア人が魔除に使うっていう紙の事?」

「そうそう。こっちでは十字架だろうけど、生憎俺十字架持ってないんだよ。だから護身用に書いてみたんだけど、見てくれる?」

「いや、あたしに見てくれって言われてもお門違いじゃない!?」

「そこをね、何とか頼むよ」

 

 メアリーに頼むと根負けしたのか、メアリーは呆れた様子でリビングに向かった。メアリーがテーブルに目を向けると、

 

 

【挿絵表示】

 

 

「え?、何これ?……え?」

「一生懸命書いたんだけど、どうかな?」

 

 メアリーは俺の御札と俺の顔を交互に指を差す。

 

「こ、これがおふだなの?なんって言うか、その、怖い」

「えっ?なにが怖いの?」

「怖いでしょ!何これ!?あたしはおふだってよく分からないけど、聖書みたいな字を書くんじゃないの?」

「えっ?そうなの?」

「いや知らないけど! 多分、多分よ?あんた間違ってると思う」

「そうかなぁ?効果あるかな?」

 

 俺は御札を手に取ってメアリーに近付けて見る。

 

「止めて、なんかその目が頭に残るから……いや、ホント止めて」

「効果はあるようだね」

「効果ってか、どんな幽霊でもそれを見せられたらビビるわよ。「えっ、何この絵、怖いんだけど」って言うわよ」

「そんなに!?やったね!」

「褒めてないから。なんなら1回セラピーとか専門医に行った方がいいと思うほどよ」

 

 何故かメアリーは俺を可哀想な人の様な目で見つめて来た。

 

なんだかんだでこの御札は嫌がらせ程度の効果はあるらしい。

 

「他に何かある?ないならもう帰るわよ?」

「あっ、待って!」

 

 俺はメアリーを引き止めた。

 

「何?まだなんかあんの?」

「昼間、ちょっと観光に行ってきたついでに買って来たんだ。良ければ受け取って欲しい」

「えっ?」

 

 俺は紙袋をガサガサと漁り、取り出した。

 

「はい。キャミソールとスポーツブラ」

「あんたソレどうやって買ってきたの!?」

 

 メアリーはゾッと青ざめて後退りする。だが、俺はその分近付いた。

 

「いやぁ〜女の店員さんにも変な目で見られたから大変だったよ」

「でしょうね。男がそんなのレジに並んで買ったんだもの」

「受け取ってくれ」

「いやいや要らないから、それにそのままの状態だと持って帰れないし」

「だったら今そこの暖炉で燃やすよ!」

「あんた正気かよ! いいよそこまでしなくても!」

 

 メアリーは暖炉に投げ入れようとする俺を引き止める。

 

「き、気持ちだけ受け取るから、な?それでいいだろ?」

「な、なんだと!?これを買うのにどれだけの屈辱を味わったと思うんだ!高校生くらいの女の子にも「え、なにこのアジア人?キモッ」ってボソボソ言われながらも買ってきたんだぞ!」

「うんうん。さぞ辛かったでしょうね。けど、頼んでないから。お菓子とかだった生気吸えるから良かったけど、下着とか想像の斜め上行くとは誰も思わないでしょ?」

 

 メアリーは頑なに受け取らないが俺も退かなかった。

 

「今回だけ、今回だけ受け取ってくれ、国際交流と思ってさ?これ持ってても仕方ないからさ」

 

 そして遂に、メアリーが根負けした。

 

「あーもー、分かった。分かったから。早く燃やしてくれる?」

「了解!ちょっと待っててね」

 

 俺は意気揚々とキャミソールとスポーツブラを暖炉の火に入れた。あっという間に燃え尽きたキャミソールとスポーツブラは灰になった。メアリーはその灰からキャミソールとスポーツブラを取り出した。

 

「これで文句ないでしょ?」

「似合うといいんだがね?」

「ま、まぁ後で着てみるよ。んじゃね?」

 

 メアリーはそそくさと鏡の中へと入って行った。



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第73話 泣く女 ラ・ヨローナ

 メアリーと別れて数時間後、眠っていた俺はふと目が覚めた。時計を見てみると、時間は深夜1時30分だった。俺はベットから降りて冷蔵庫に向かい備えられたミネラルウォーターを取って乾いた喉を潤した。

 

「ぷはっ……さて、もう一眠り……ん?」

 

 ベッドに戻ろうとしたが、妙に部屋の入り口が気になった。俺は何を思ったのかドアを開けて廊下に出て見てみると、奥の方は電気が消えていた。どこからか啜り泣く声も聞こえて来た。俺は声のする方の暗闇をじっと見つめていると、この前の黒いドレスを着た花嫁が現れた。

 

またあいつだ!

 

 俺は以前書いておいた御札をドアに貼ろうとした瞬間。俺の御札が突然燃えだし灰になった。

 

「あ゛ぁぁっ!?俺の御札が!!」

 

 俺が声上げた瞬間、花嫁が物凄い勢いで走って来た。それを見た俺は慌ててドアを閉めて鍵をかけると、

 

ドーン!

 

 花嫁がドアに激突した。それと同時に激しくドアを叩く音が響き渡った。

 

ドンドンドンドンドン!

 

「ヴァァァッ!!ヴァァァッ!」

 

 ドアの向こうからは悲鳴なのか鳴き声なのか分からない断末魔が聞こえて来た。俺はテーブルに身を隠しながら恐る恐る声をかけた。

 

「へ、部屋を間違えてるんじゃないですか?」

 

 テーブルの陰から言うと、

 

「ヴァァァッ!!ヴァァァァァ!」

 

はい?

 

 ドアの向こうで泣いてばかりいるので思わず首を傾げてしまった。もう一度花嫁に尋ねた。

 

「すいません。なんて言ったんですか?よく聞き取れませんでした」

 

 そう言った瞬間。

 

「ウヴァァァァァァァァッ!!」

「なんだよ。なんで泣いてるんだよ!」

 

 花嫁は泣き叫びながらドアノブをガチャガチャと回し、ドアに体当たりでもしてるのかというくらいドンドンと音を立てる。

 

どうする?逃げるか?いや、ここは3階だし逃げられない。

 

 考えた結果。俺は慌てながら洗面所に向かい鏡を見つめて叫んだ。

 

「ブラッディ・メアリー、ブラッディ・メアリー、ブラッディ・メアリー!!早く!出て来てほら、ヤバいんだって!」

 

 俺は鏡をバンバン叩きメアリーを呼ぼうとした。余程うるさかったのか、鏡から水面のように波紋が浮かび上がりメアリーが顔を出して来た。

 

「ちょ、うるさいんだけど!?なに!?出て来る間の2〜3分くらい待てないのか?あたしのアイデンティティを雑にしないでくれる!?ほら、アメリカのメジャーな幽霊の立場とかなくなるからさ!もう少し気を遣う事くらい出来ないかな!?」

「そんな事後から聞くよ!ちょっとドアの所まで来てくれる!?」

「なによっ!」

 

 メアリーの手を引いてドアの前に行った。ドンドンガチャガチャと鳴り響いているのを目の当たりにしたメアリーは、俺の顔を見た。

 

「え、なに?酔っ払いかジャンキーでも来てんの?」

「違う。この前言ってた花嫁」

 

 俺が事情を説明すると、メアリーは途端に顔を青ざめた。

 

「えっ!?花嫁が!?」

「うん。壁すり抜けて見て来てくれる?」

「嘘でしょ!?」

 

 メアリーは壁をすり抜けて外の様子を伺うと、直ぐに顔を引っ込めて俺を見る。そして俺は首を傾げながらメアリーに尋ねた。

 

「どう?ただの浮遊霊かな?」

「浮遊霊なんてとんでもないわ。あいつ、【ラ・ヨローナ】じゃない!」

 

ラ・ヨローナ?初めて聞く名前だな。

 

 そう思った俺はスマホを取り出して【幽霊 ラ・ヨローナ】と検索をかけてみた。

 

ラ・ヨローナとは、別名【嘆き悲しむ女の幽霊】。その昔、子供を亡くしてしまい、川で泣きながら自分の子供を探していて、近くを通った人やラ・ヨローナの嘆き悲しむ声を聴いてしまった人は不幸が訪れるという呪いがある。メキシコの貧しい村に家族と一緒に住む、ラ・ヨローナという名の美しい女性がいた。ある日、大金持ちの貴族の御曹司が貧しい村を通りかかった時に、御曹司がラ・ヨローナに一目惚れをして一瞬で恋に落ちてしまった。この御曹司だけではなくラ・ヨローナも次第に彼に魅かれていき喜んで御曹司のことを受け入れた。それから数年の時が立ち、ラ・ヨローナが二人の子供を連れて川の側を歩いていると見覚えのある馬車を見かける。その馬車の中には夫と見知らぬ若い女性二人で乗っているのを見かけた。それを見たラ・ヨローナは限界の怒りを感じ、愛しているはずの子供を川に投げ捨て溺れさせてしまった。しかし、人の怒りは長くは続かず溺れていた子供が浮かんできた時に、自分がした事の重大さに気づいた。そして、耐えられなくなった彼女は川に身を投げ自殺を図ったという。数百年経った今でも彼女の魂は死ぬことを許されずに、彷徨っている。

 

あれ?花婿に捨てられてこのホテルに彷徨っているんじゃなかったのか?あくまでもネット情報、根も葉もない噂が混ざりあって段々大きくなっていったという事か。

 

「ってかまず、子供なんかいないんだけど?どうしよう?」

「そんな事あたしに聞かないでよ。それよりどーすんのよコレ」

「どーするって言ったって……彼女英語話せるの?」

「大昔のメキシコ人よ?難しいんじゃない?スペイン語話せるの?」

「無理だよ。英語は出来るけどスペイン語は出来ないよ?」

 

 俺はドンドンと鳴り響く音と鳴き声に挟まれながらも頭をフル回転させて閃いた。

 

「あっ、なるほど。分かった!」

「何?何か思いついたの?」

 

 メアリーが言ってくると俺は得意げな顔をしながら、

 

「向こうが泣いてるなら、笑わせてやればいいんじゃん!」

「…………」

 

 メアリーの目から光が消えた。



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第74話 TバックBEAT

 そう決めた俺はドアに向かう。ラ・ヨローナは今だにドンドンとドアを叩いていた。ドアに近付き、ゆっくりと鍵を開けてドアノブを回し、開けると……隙間から細い手が入って来た。

 

「入って来るわよ!?どうするつもり!?」

 

 メアリーが後ろで慌てふためくが、俺はニヤリと笑う。ラ・ヨローナがドアを開けようとするが、ドアは開かれなかった。不思議に思ったメアリーが俺に再び声をかけた。

 

「入って来ないわね……一体どうしたのかしら?」

 

 メアリーが様子を伺うと……。ラ・ヨローナの手がプルプルと震えていた。

 

「え?なんで震えて……っておい。お前、なんでドア抑えてんだよ」

 

 メアリーの目には、ドアを開けようとするラ・ヨローナとそれ以上開けない様につっかえ棒の様に両手で抑えている俺だった。

 

「えっ?」

「いや、えっ?じゃないよ。ヨローナを笑わせるんでしょ?なんで入れないの?」

「いや、面白いかなって」

「イカれてんのかよ。どこが面白いんだよ!」

 

 ドアの向こうからは、啜り泣きしながら僅かに声が聞こえた。

 

「ア、アレ?……アカナイ」

「ふっ、ふふふふ……」

「何プルプル震えながら笑ってんだよ」

「だって、今カタコトで「アカナイ」って言った……ふふふふっ」

「面白いか!?なぁ、面白いか?今現在楽しそうにしてんのお前だけだよ。どんな心境でドア抑えてんの?」

「いやぁ、泣いてるから和むかなって」

「余計泣くわ。火に油を注いでどうすんの?」

 

 メアリーに文句を言われた俺は突然パッと手を離した。ドアは勢いよく開かれた為ヨローナはヘッドスライディングする様に部屋に転がり込んで来た。

 

「急に離すなよっ!転んじゃったじゃん!」

「だってメアリーが離せって言うから」

「離すタイミングってもんがあるっしょ」

 

注文が多いなぁ……ん?

 

 メアリーに説教されているが、俺はヨローナに視線を釘付けになっていた。不審に思ったのかメアリーが俺の視線を辿ると、転んだ拍子でヨローナのドレスのスカートが捲れ上がっていた。

 

「ほぉ、Tバックですか。それにプリっとしたケツが」

「何見てんだよ変態っ!」

 

 遂にメアリーに頭を叩かれた。

 

「いたっ!俺別に何もしてないでしょ!?」

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ!パンツ見てんじゃん!」

「見せてる奴が悪いんですぅ」

 

 俺は小馬鹿にする様に言い返す。メアリーは半ば呆れながら、

 

「あーもーめんどくさい。さっさと起こして上げなって」

「分かったよ」

 

 メアリーに促された俺はえぐえぐと泣き続けるヨローナを起こそうとしたが、どうしてもTバックに目がいってしまう。

 

ダメ、我慢出来ないっ!

 

 耐えきれなかった俺は。

 

「ペチペチペチッ!ペペペッペッペッペチ!」

「───────っ!?」

 

 ヨローナの桃尻を楽器を奏でる様なリズムで叩いた。メアリーも思わず口を開いたまま驚愕していた。

 

「Heyペチ!Heyペチ!Heyペチ!」

「お、お前、何やってんだよ!や、やめろ!」

 

 メアリーは慌てて俺を止めた。羽交い締めにされた俺は振り返える。

 

「止めないでくれ!俺のTバックBEATに火が着いたんだ!」

「マジでお前頭のネジ何処で落として来たんだよ!相手幽霊といえ女だぞ!?ちょっとアンタ大丈夫?」

 

 俺とメアリーが目を向けると、

 

「ヤ、ヤメテ……ハ、ハズカシイ……」

 

プルプル震えながら笑いを堪えた。

 

「笑ってる?ちょっと笑ってない?」

「いやどう見ても引き笑いだろ!?これで楽しまれたらメキシコの都市伝説の恐怖感ゼロになるぞ!?」

「ぷぷぷっく……ふふふふ」

「てめぇ何笑ってんだよ!」

 

 メアリーもヨローナのケツを一発叩いた。ようやく落ち着いたのか、ヨローナは立ち上がってこっちに振り向いた。ヨローナは褐色肌に幽霊特有の悪魔のごとき美しさを持ち合わせていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ゴメンナサイ、オチツイタ」

「何よ、英語喋れるんじゃない」

「どうだろ?ヨローナ、英語話せるの?」

 

 俺がジェスチャーを混ぜながら尋ねた。

 

「スコシ、スコシハナセル」

 

 ヨローナもジェスチャーをしながら答えた。

 

凄いな。ちゃんと聞き取れるくらい上手い。メキシコに近いからか?

 

「分かった。俺はリュウセイ。こっちはメアリー」

「よろしく。あたしも幽霊だから」

「ホント? ナラ、リュウセイモ?」

「あっ、俺は人間だからね? 俺はスーパーヒーローっぽく言うと幽霊と話せたり触れたりする事が出来るんだよね」

「¡Maravilloso…………」

 

なんて?

 

「え、ちょ……今なんて言ったの?」

「ア、ゴメンナサイ。スバラシイッテイイマシタ」

「そうなんだ。あのさヨローナ、なんでアメリカにいるの?」

「あたしも気になる。良ければ教えてくれる?」

「ワカリマシタ」

 

 ヨローナはなぜアメリカにまで来たのか説明してくれた。簡単に言えばヨローナを裏切った花婿の子孫を呪う為にあちこち彷徨い続けた所に俺が現れたという。遠くからだったから花婿かどうか分からなかったからドアを叩いて今に至るという。

 

「なるほどね、そういう事だったのか」

「ハイ。オドロカセテゴメンナサイ」

「ううん、気にしなくていいよ。けどさヨローナ? 花婿なんか忘れちゃえば?確かにヨローナのした事は良くないけど、それじゃ子供達が浮かばれないんじゃないかな? これからはヨローナの様な人を出さない為にクズ野郎を見張る幽霊になればいいんじゃないかな?」

 

 俺はヨローナの手を取り、ヨローナの目を見つめながら言った。ヨローナは気持ちが晴れたのか、目からはまた涙がこぼれ始める。

 

「リュウセイ……グスッ」

「本当に泣く女ね。あーあ湿っぽい」

 

確かに湿っぽい。ここは話題を変えるか。

 

「それにしても、ヨローナって胸デカイね」

「……は?」

「……エ?」

「メアリーを見てみなよ。なんもないんだよ!?」

 

 ヨローナはメアリーの胸を見つめて自分の胸をもにゅっと触ると、

 

「フッ」

 

勝ち誇りながら鼻で笑った。

 

「てめぇ何勝ち誇ってんだよコラァッ!!なんだ、舐めてんのか!?」

「ナメテナイヨ〜」

「舐めてんだろ!ちょ、殴らせろ!」

「落ち着けよメアリー」

「ソウヨ、オチツイテヨ……フッ」

「ほらほらほら、また笑った!この野郎ぶっ殺してやる!」

 

 メアリーがヨローナに襲いかかろうとしたその時。

 

ドンドン!

 

 突然ドアがノックされた。



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第75話 心霊研究家

 ドアが突然ノックされた音に俺達はビクッと体を震わせ顔を見合わせる。その中で最初に口を開いたのはメアリーだった。

 

「えっ、誰よこんな真夜中に。アンタ、余計な幽霊まで連れて来たの?」

「エ?、ワタシシラナイヨ?」

 

 ヨローナはメアリーの問に首を横に振る。

 

メアリーでもヨローナでもないとすると……ルームサービス?

 

 意を決して俺はパタパタとドアに近付き、ドアスコープに目を当てる。スコープの先には、気品を感じさせる白人女性とスーツに身を包んだ白人男性が立っていた。

 

え?誰?

 

 俺は思わずメアリーとヨローナに振り返った。

 

「全く知らない夫婦が立ってるんですが?」

「いやあたしらに言われても困るんだけど?」

「ヘヤマチガエテルンジャナイノ?」

 

 ヨローナに促された俺はゆっくりドアを開けた。

 

「はい?何か御用ですか?」

 

 俺が尋ねると、白人男性が答えた。

 

「夜遅くなのに驚かせて申し訳ない。僕は【エドガー・ウォーリー】、こっちは妻の【ローラ・ウォーリー】。僕らは【心霊研究家】なんだが、少しいいいかな?」

「えっ? まぁ、はい。どうぞ」

 

 心霊研究家と名乗ったウォーリー夫婦は俺が泊まっている部屋の中へと入って来た。メアリーとヨローナは唖然としながら夫婦を見つめている。すると、エドガーさんの後ろを歩いていたローラさんが、辺りを見渡し、メアリー達に目を向けた。俺はその時確信した。

 

この人、”見えてる”んだ。

 

 確信した俺はローラさんに声をかけた。

 

「貴女も、見えるんですか?」

 

 ローラさんは面食らった様に、目を大きくさせる。見えるというワードに部屋中の写真を撮っていたエドガーさんも反応した。

 

「まさか、君も見えるのか?」

「ええ、まぁ……」

「冗談だろ!?ローラと同じ力を持ってるのか!?」

 

 エドガーさんが俺に近付いて来ると、ローラさんが止めに入った。

 

「エドガー、彼は私以上の力を持ってるわ……」

「なんだって!?」

「ええ……。長年研究して来たけど、こんなの初めてだわ。2人に挨拶しても良いかしら?」

 

 ローラさんは俺に優しく微笑んで来た。俺はメアリーとヨローナの様子を伺いながら、

 

「まぁ、大丈夫だと思いますけど」

「ありがとう」

「おい、ローラ」

「大丈夫よ。彼女達からは殺気を感じないから」

 

 そう言いながらローラさんはメアリーとヨローナの前に立った。

 

「はじめまして、私はローラ。大丈夫、危害は加えないわ」

「はぁ?そんなんで信じられると思ってんの?」

「Hijo de puta!!」

「ヨローナ。コイツアメリカ人だから」

「ア、ソーダッタ。ナメテンノカテメー」

 

 今にも捻り殺しそうな2人を俺は慌てて宥めた。

 

「やめろやめろ!2人共落ち着けって!」

「何よコイツ、いきなりズカズカ入って来て」

「モクテキハナンナノヨ。リュウセイ、ドサクサニマギレテ厶ネモマナイデ、ヒトマエヨ!」

「おっと、失礼!」

「イチャついてんじゃねぇよ!」

「良くこの2人を宥められるわね……。確かに、突然押し入ってしまったのは謝ります」

「心霊研究と何か関係するんですか?」

「そうだな。まずはそこから説明しよう」

 

 俺はコーヒーを用意し、椅子に座りながら事情を聞くとエドガーさんとローラさんはホテルのオーナーからホテルの幽霊の特徴を調べて欲しいという依頼を受けたそうだ。ウォーリー夫妻はそれに承諾しホテルにしばらく宿泊しながら調査をしていたという。

 

「そうだったんですか。それでどうでした?このホテルにはメアリー達の他にも幽霊はいるんですか?」

「ええ、浮遊霊だけど何人かは居たわ」

 

ヨローナ以外にも幽霊いたんだ……。

 

 俺はうんうんと頷いていると、ローラさんは俺をじっと見つめていた。俺は首を傾げた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「あっ、ごめんなさい。貴方がどうして幽霊が見える様になったのか気になったから『透視』をしたの」

「そんな事も出来るんですか!?」

「ええ。辛い事があったのね……お気の毒に……」

 

 俺の過去を透視したのか、ローラさんは顔を歪ませる。

 

「あの、透視ってどうやるんですか?」

「そうね……見たい人の目をじっと見つめるのよ。そうすると次第に夢を見ている時の様に相手の記憶が少しずつ見えてくるわ」

 

なるほど、ちょっと試して見るか。

 

 試しに俺はメアリーの目を見つめて見た。

 

「えっ、あたし!?まぁ、どうせ出来るわけないんだから好きなだけ見てれば良いわ」

 

 メアリーはツンとした態度を取りながら俺の目を見つめる。

 

その時だった。

 

 突然、俺の視界の風景が変わった。誰もいないホテルの一室に俺は立っていた。辺りを見渡していると、目の前にはメアリーが白レースのパンツ一丁で俺が買ってあげたスポーツブラを試着している所だった。メアリーは鏡の前で何かを呟いていた。聞く耳を立てて見ると、

 

「うーん……もうちょい大きく見えねぇかなぁ……」

 

そんな事言っていた。

 

 ハッと意識を戻すと元の風景に戻っていた。息切れをしている俺を見たローラさんは何かを感じ取ってうんうんと頷く。

 

「そうそう。その感覚を忘れないで」

「分かりました……あー、びっくりした」

「ローラ、そろそろ……」

 

 息を整えていると、エドガーさんが腕時計をローラさんに見せ付けた。

 

「ごめんなさい。そろそろ休ませて貰うわね。私達は明日オーナーに調査報告しなければならないの」

「あっ、そうなんですか。なんだかすいません」

「いいのよ。押し掛けたのは私達なんですもの。お詫びに明日私達の家にいらっしゃいな。『興味深い』ものが見れるわよ?」

 

 ローラさんはそう言って住所の書いたメモ用紙をテーブルに置いて部屋を後にした。ウォーリー夫妻を見送ると、メアリーが俺に声をかける。

 

「さっき透視出来たんでしょ?何を見たの?」

「ワタシモキニナルヨ。オシエテヨ」

 

 2人が首を傾げる。俺はあっけらかんとしながら、

 

「あー。今日の下着……もしかして白レース?」

「─────ッ!?」

 

 俺がそう言った瞬間。メアリーの顔は青ざめていた。

 

「え、マジでお前透視出来たの?」

「エ?ンジャ……アタッタノ?」

「1回も見せてないのに……他には?」

「えっ?言っていいの?」

「どうせ偶然よ。ほら、何を見たっての?」

 

 メアリーに促された俺は、

 

「うーん、もうちょい大きく見えねぇかなぁ……」

 

 声を裏っかえしながら、真似をした。メアリーは俺に指を差す。

 

「はぁ!?マジでお前見えてんじゃん!!」

「スゴイネリュウセイ」

「ふざけんじゃねぇよ!プライバシーの侵害だっ!!」

「でも白レースのパンティは良いと思うよ!」

「うわぁぁぁっ!」

 

 俺は親指を立ててグッとポーズをしていると、耳まで真っ赤にしながらメアリーが俺の顔面に拳をねじ込んで来た。



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第76話 ピノッキオ

 それから数時間後、朝を迎えた俺は身支度を整えて観光最終日をウォーリー夫妻の家に向かう事にした。メアリーは寝てる間に帰ったのか姿は無く、退屈そうに椅子に座っていたヨローナは羨ましそうに俺に声を掛けてきた。

 

「リュウセイ?イマカライクトコワタシモツレテッテヨ」

「え?別に良いけど大丈夫なの?」

「ナニカモンダイ?」

「いや、ウォーリーさん達はこっちでは有名な霊媒師見たいだし、もしかすると家に入れないかも知れないよ?」

「ソウカモシレナイケド、ヒマダカラツイテクヨ」

 

十字架みたいなので浄化されなきゃいいんだが……。

 

「分かった。朝飯は向こうでホットドッグ屋さんでも見つけて食べよう」

「ブエノ!リュウセイダイスキ!」

 

 ヨローナは俺の腕に抱きつきながら胸を押し付けて来る。

 

メキシコの女は積極的なんだなぁ。

 

「それじゃ行こうか。外に出たら離れてね?見えない人には1人で腕組んでる変な奴にしか見えないから」

「ワタシハキニシナイ!」

「いや俺も気にしないけど、周りが気にするからね?」

「ワカッタ。キヲツケル」

「それじゃ、行こっか。あっ、その前に……」

「ドウシタノ?」

 

 俺はキャリーケースから舞子から貰った数珠を腕に付けると、ヨローナが顔を歪める。

 

「リュウセイ、ソレ……トテモ、イヤナカンジ」

「ごめんね、コレも十字架みたいなもんだから我慢してくれ」

「ウーン……ガマンスル」

 

 渋々合意したヨローナを連れてタクシーに乗ってメモの住所の場所を目指した。街から離れ、黒人男性の運転手の陽気な話を聞きながら1時間後、ようやく目的地に到着した。

 

「チップは取っておいて下さい」

「チップどころかピッタリよこしてるじゃねぇか!」

「ナニ?モンクアルノ?ノロッテヤロウカ?」

「まぁまぁ、これでコーヒーでも飲んで下さいな」

「おいおい、なんか悪かったな。またのご乗車お待ちしておりますよ!」

 

 運転手は颯爽と飛ばして行った。俺とヨローナはタクシーを見送りウォーリー夫妻の自宅を見上げた。ウォーリー夫妻の自宅は一般的に日本の家と比べてサイズは大きく、天井は高め、窓は多めの家だった。

 

「リッパナオウチダネ」

「映画やドラマにで出来そうな家だなぁ」

「ホットドッグドコニウッテルノカナ?」

「無いねー、後で探そう」

「ソウダネ」

 

 俺とヨローナは玄関のドアに立ちトントンとノックをした。すると、ドアが開かれるとエドガーさんが出迎えてくれた。

 

「やぁ、いらっしゃい。良く来てくれたね」

 

 欧米風の挨拶を交わすと、エドガーさんは辺りを見渡す。

 

「1人で来たのかい?」

「いえ、ヨローナが一緒に行きたいと言ったので隣に立ってます」

「そうか。ヨローナもいらっしゃい」

 

 エドガーさんは俺の指した方向に顔を向けて挨拶をすると、ヨローナも軽く会釈を返した。

 

「ドーモ、オジャシマス」

 

 中に案内されると、リビングの奥からローラさんがやって来た。俺は軽く会釈する。

 

「リュウセイ、来てくれたのね!」

「どうも……早々押し掛けてすいません。明日には飛行機に乗らなければならないので」

「そうだったの。じゃあ、とっておきの思い出作らないとね。付いていらっしゃい」

 

 ローラさんとエドガーさんは俺らを連れてある部屋に案内した。その場所は何重にも鍵をかけており、【KEEP OUT】【DANGER】と記されていた。エドガーさんとローラさんは鍵を開けて行き、分厚い扉を開けて中に入って行った。俺達も入ろうとしたその時、

 

「ワッ!」

 

 ヨローナが突然大声を出した。その声で俺もビクッと反応する。

 

「びっくりしたぁ、なんだよ!」

「リュウセイ、ワタシココニハイレナイ」

「えっ?なんで?」

 

 俺は首を傾げると、ヨローナが扉の真上に指を差した。俺も目を向けて見ると、十字架が貼り付けられていた。

 

あっ、なるほどね。

 

「ならヨローナはここで待ってて」

「ウン、ワカッタ」

 

 ヨローナを置いて中に進むとそこには、古びたピアノ、オルゴール、西洋の鎧、天井に貼り付けられた椅子やウェディングドレスなど様々な物が保管されていた。

 

「ここは……一体……?」

「ここは僕とローラが今まで依頼された人達を苦しめた物達だよ。幽霊は人間だけじゃなく物にも憑依するんだ」

「物に憑依……それがこんなにも!?」

「どう?日本にはあまりない物ばかりでしょう? あまり触れないようにね?」

 

 ローラさんに忠告を受けながら辺りを見渡していると、どこからか視線を感じた。その視線を探していると、一際禍々しい雰囲気を醸し出すガラスケースに保管されていたピノキオのぬいぐるみがあった。そのピノキオのぬいぐるみを見た瞬間、冷や汗が止まらなかった。

 

なんだ……あれは……。

 

 まるでここの保管されている物達の親玉の様な存在感を出すピノキオから目を離す事が出来なかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 俺の本能がこいつに関わるなと警告している。こいつに関わったら絶対ヤバいことになると肌で感じた。

 

「やはり【ピノッキオ】に気付いたのね」

「なんですかあれは!?なんで除霊しないんですか!?」

 

 俺がローラさんに言うと、

 

「邪悪なものが強過ぎて除霊出来ないのよ……。彼は幽霊を呼び寄せたりしてとても危険なの。だから週に一度神父を呼んで清めてもらい、このケースに封印してるのよ」

「リュウセイも感じるのか?あのピノッキオから」

「感じるなんてとんでもない。腹を空かせたライオンが目の前に居る様な気分ですよ」

「君が言うのだから事実なんだろう。僕らもこの家に連れてくるまで色々あったからね」

「あの、これ以上いたら不味いです」

「そうね……戻ってお茶でも飲みましょう」

「はい……」

 

 ローラさん達とリビングに戻って行くと、ピノッキオは俺を追うように首を動かしていた。



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第77話 招かれざる客

 保管室から出た俺は家の中を探索していたヨローナに声を掛ける。

 

「ヨローナ」

「ナカハドウダッタノ?」

「ヨローナと同レベルの物が沢山あった」

「ヘェー、スゴイネ」

「さっ、リュウセイ、ヨローナ。お茶にしましょ」

「はい」

「ハイハーイ」

 

 ローラさんは俺達をテーブルに招き、ティーカップに紅茶を入れてくれた。ローラさんとエドガーさんはその時にこれまで除霊してきた幽霊の話をしてくれた。中でも印象的だったのは、やはり先程のピノッキオの話だった。ピノッキオがこの家にやって来た理由は前の持ち主の男の子が不慮の事故により亡くなってしまい、その時からピノッキオに憑依しているらしい。

 

海外版おくまみたいだな……。いや、それ以上か。

 

「あのケースに入ってる時は大丈夫なんですか?」

「ええ、直接触れなければ大丈夫よ?」

「保管室に何か異常は現れたりとかは?」

「ラップ音なんて年がら年中よ?」

 

慣れって怖い。

 

 ふと、窓の外を眺めると雪が降り始めていた。それに釣られてローラさんも見る。

 

「これから雪かきが大変になるわねぇ」

「この辺はどの位積もるんですか?」

「それはもう除雪機が壊れるくらいよ!」

「流石アメリカ、なんでもダイナミック」

「ヨローナのメキシコでは雪は降るの?」

 

 俺が驚いている間にローラさんはヨローナに聞く。ヨローナは少し考えて答えた。

 

「ウン。メキシコシティハタカイトコロダカラフルコトモアルヨ?」

「そうなのねぇ」

 

 そんな他愛のない話をしていると、裏庭から鶏の鳴き声が聞こえて来た。それにエドガーさんとローラさんが反応する。

 

「何かしら?」

「コヨーテでも忍び込んだのかも知れない。見てこよう」

「あっ、俺が見て来ます!せめてものお礼をさせて下さい!」

「そう?、ならお願いね」

「裏庭にはそこのドアから行くといい」

「ここですね?それじゃ行ってきます」

 

 俺はそのまま裏庭に出て鶏小屋に向かった。数メートル先でも鶏がギャーギャーと鳴いている。周りにコヨーテがいない事を確認した俺は小屋の扉をゆっくり開けると……。部屋の奥にピノッキオが壁に寄りかかりながら座っていた。

 

「えっ……?」

 

 思わず声が漏れた。

 

え、嘘、なんで?

 

 頭を真っ白にさせながら後退りする。鶏小屋から離れようとしたその時、足元にメモ用紙が落ちていた。拾って確認すると『Let me introduce my friends(僕の友達を紹介するよ)』と記されていた。

 

「と、友達って……」

 

パキパキ

 

 後ろの方から枯れ枝が折れる音がした。振り返ってはいけないと頭を働かせても反射的に振り返ってしまった。雑木林が広がるその先には細身で異常に背が高く黒い背広を着ている。背中からは黒い触手の様な物が出ており、顔のパーツが全て無く日本で言う所のっぺらぼうの様な得体の知れないヤツが立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 俺はローラさん達を呼ぼうと家の方に走ろうとしたが、触手が俺の両腕と首を締め付け、呪文も唱える事も封じられた。

 

「かっは……」

 

ヨローナ!ヨローナ、助けてくれ!!

 

 家にいるヨローナに助けを求めたが、ドラマのように念を送れる事は出来なかった。得体の知れないヤツは自分の元へと近付ける。すると、顔から白い霧が俺の口の中へと入る。

 

やばい!これはやばい!意識が…………。

 

 意識が無くなると同時に、身に付けていた数珠がブチッと音を立てて地面に散らばった。目を覚ました”私は”直ぐに起き上がり体を見渡す。

 

ふむ、この体は丈夫そうですね。これで暫くは過ごすとしましょうか。

 

 あまり遅くなっては怪しまれると思った私は出て来た家に向かう。そこには白人夫婦ととてつもない霊力を持った怨霊が紅茶を嗜んでいた。私に気付いた白人の女が私を見つめていた。

 

「遅かったわね。どうかしたの?」

「いえ、何もありませんでしたよ?」

「そ、そう?なら良かったけど」

 

 私と白人の女の会話を見ていた怨霊が首を傾げながら見つめてくる。

 

まさか私がこの人間に【憑依】しているのに気付いているのでしょうか?ここは慎重にして悟られない様にこの人間を演じなければいけませんね。

 

「どうかしました?お嬢さん」

「オ、オジョーサン!?」

「お嬢さんでしょう?私にも紅茶を頂けませんか?」

 

「「「──────っ!?」」」

 

 その場にいた3人が同時に驚きながら私を見つめる。

 

何か間違えましたかね?

 

「一体どうしたんだ?なんか紳士の様な言葉遣いになってるが?」

「そんな事ありませんよ。至って健康ですよ?」

 

 白人男性に答えると、

 

「なら1つ聞いてもいい?裏庭に出る前になんの話ししたか覚えてる?」

 

はて?なんの事ですかね?ここは真面目な話題にして誤魔化しますか。

 

 私は両手を前に組んで神妙な顔付きをしながら白人女性に答えた。

 

「原油価格の高騰と人種差別の話しでしたよね?実は私も人種差別には反対なのですがね?」

「一言もそんな話ししてないんだけど?」

「えっ?」

 

間違えてしまいましたかね?

 

 私が首を傾げていると、白人夫婦が顔を見合わせて何かヒソヒソと話しをしている。

 

お客人を前にヒソヒソ話しとはいけませんね。

 

 すると、白人男性が席を立って玄関の方に向かって行くとドアに鍵を掛け始めている。隣に座っていた怨霊も今にも私を殺しそうな殺気を出しながら睨み付けて来ていた。白人女性がテーブルに置いてあったティーカップなどを片付けて再び席に座った。

 

「貴方は何者?体の持ち主は無事なんでしょうね?」

「な、なんの事ですかな?」

「トボケンジャネェーヨ、ダレダテメェ」

「家中の鍵は掛けた。もう逃げられない」

 

おかしいですね。なぜバレたのでしょうか。

 

 白人男性が忌々しい聖書と十字架を持って戻って来た。待ってましたと言わんばかりに白人女性が声を掛けて来た。

 

「もう逃げられないわよ。大人しく彼から離れなさい」

「リュウセイ、キコエル?イマタスケテアゲルカラネ!」

 

あっ、この人間の名前はリュウセイと言うのですね。

 

 私が1人で納得していると、白人の男が突然十字架を私に突き付けてた。



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第78話 脅迫

 十字架を突き付けられた私は突然電気が走った様な感覚に見舞われた。体が痺れていると、白人の男が必死な形相で叫び出す。

 

「父と子と聖霊の御名において邪悪な者よ、この者から去れ!」

 

 そう叫んだ途端白人の男は私に液体をかけた。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!?」

 

 液体がかかった所が熱湯の様に熱くなっていった。

 

これは……聖水!?

 

「キリストと聖人天使の御名において 命令する!正体を現せ!」

 

 呪文を唱え続ける白人の男の足元で悶え苦しむ私を見た怨霊は、突然部屋を見渡して鏡を見つけた途端鏡の前に立って、

 

「メアリー!メアリーキコエル!?リュウセイガタイヘンナノ!チカラヲカシテ!」

 

 怨霊が鏡に向かって何かを訴えていた。すると、鏡が水面の波紋の様に動き出すと、鏡の中から金髪の怨霊が現れた。

 

「呼び方雑にすんなよ!なんだってのよ!?」

「タイヘンナノ!リュウセイガヒョウイサレチャッタノ!」

「何ですって!?」

 

ここに来てもう1人増えるのか!?

 

 もう1人の怨霊が驚くと、白人の女が金髪の怨霊に言い放つ。

 

「ホテルにいた子ね!?緊急事態だから手を貸して!このままだと体を乗っ取られてしまうわ!」

「よく分からないけど、コイツはあたしの獲物。横取りなんてさせないわ!」

 

 2人の怨霊が私を取り抑えようとするが、私は抵抗する為に思いっきり暴れ回った。ソファーや本棚をなぎ倒し、怨霊から距離をとる。

 

「はぁっ、はぁっ……お嬢さん達、暴力はいけませんね」

「暴れてるアンタに言われたくねぇわ!」

「ベンショウシロ、コノヤロウ」

「それは出来ない相談ですね。私も幽霊ですし、弁償するならこの体の持ち主でしょう」

 

 私がニヤリと笑うと、白人の女が言い放つ。

 

「リュウセイ、負けちゃダメ!戦うのよ!」

「そんなヤツに負けんな!」

「リュウセイ、タタカッテ!」

 

 お嬢さん達が体の持ち主に話し掛けている隙に、白人の男が倒れた本棚を起こして本を漁り始めた。そして1冊の本を手に取りベラベラと捲った。

 

「どこだ、どこだ……ヤツは……!!」

「そこの紳士は一体何をしてるか分かりませんが邪魔をされては困りますね」

 

 私は割れたガラスを手で握り白人の男に近付こうとしたその時。椅子が突然飛んで来て行く手を阻まれた。飛んで来た先に目を向けると、お嬢さん達が物凄い形相で私を見つめる。

 

「何か私に御用でもありますか?」

「それはこっちのセリフよ。そのガラスで何しようっての?」

No se deje llevar de distancia(調子に乗るな)

「おやおや、お2人でどうするおつもりですかな?」

「アンタを止める!行くよヨローナ!」

「ウン!メアリー!」

 

大した自信ですねぇ。

 

 2人が私に襲いかかろうと近付く。だが、私はガラスを首に突き付けた。

 

「お嬢さん達。おてんばもそこまでですよ?この体の持ち主が死んでしまいますがどうしますか?」

「てめぇ……」

「ヒキョウスギル」

「なんとでも言いなさいな。私は痛くも痒くもありませんしね」

 

 私はガラスの破片を首に刺すと血が垂れ始める。

 

そろそろ茶番も飽きましたね。魂を頂いて退散しますか。

 

 そう考えた私はガラスの破片を首に刺しながら白人夫婦に言い放つ。

 

「では、私はそろそろ退散させて頂きます。ちなみにこの人間の魂は頂戴しますのであしからず」

「お願い止めて!彼は関係ないわ!」

「では、失礼します」

 

 私はガラスの破片に力を込めて一気に首を裂こうとしたその時。掴んでいた右手が動かなくなった。

 

「ん……?おかしいですね。手が動きません……」

「えっ?」

「どうしたの?アイツ……?」

「モシカシテ、リュウセイガナカデタタカッテルンジャ?」

 

まさか、まだ抵抗するのかこの人間は!?

 

「この……人間の分際で……!こっこら!やめろ!」

 

 身体が勝手にガラスの破片を首から離し、投げ捨ててしまった。それと同時に身体がブリキのおもちゃの様に動かし始める。それを見ていた怨霊が首を傾げる。

 

「アレってもしかしてロボットダンス?」

「ナニソレ?」

「ダンスよダンス、あーいうダンスが今時あんのよ。それにしても上手いんだけどリュウセイがやってんの?」

「貴女達彼と仲良しなんでしょ?なんでもいいから声を掛けて!」

「ワカッタ。オーイ、リュウセ〜イ?リュウセイナラ、オモシロイコトヤッテ」

 

なんですか面白い事って。

 

 声に反応するように身体が勝手に動き出し、壁に立てかけてあったギターに手をかけた。

 

「な、なんです?私はギターなんて弾けませんよ?」

「あんたわね。けど、リュウセイならどうかしら?」

「アッ、リュウセイ。ヒクナラ『べサメ・ムーチョ』ガイイ」

「ちょっとヨローナ。リュウセイは日本人よ?弾けるわけ」

 

〜〜♪

 

「マジ!?リュウセイ弾けんの!?」

「メキシコトイエバ、コレヨ!」

 

なんて器用な人間なんですか!?

 

 それらを目の当たりにしていた白人の女は声を荒らげる。

 

「その調子よ!さぁ、お前の名前を言いなさい!」

「誰が言うものですか。私が名前を言ってしまうと服従してしまいますからね。口が裂けても言いませんよ。いい加減ギターを止めて貰えませんかね?」

 

 私はギターを弾きながら手を止めようとするが言う事を聞かなかった。チャンスと睨んだのか、怨霊達が悪ノリをしだす。

 

「へぇ、名前を言うと服従するんだ。へぇ〜」

「ナントナクダケド、カテルキガスル」

 

 怨霊達が不気味な笑みを浮かべ、

 

「名前言えば倒せるっぽいよリュウセイ」

「ナマエイイタクナルホドオイコンジャエ!」

 

 怨霊がそう言った瞬間、ギターを弾いていた手をピタッと止めた。それと同時に異変が起き始めた。

 

「な、なんですか!?こ、声が……」

「え?声?」

「ワタシタチニハキコエナイヨ?」

「聞こえないのですか!?こんなに大きな声で言ってるのに!?」

「ちなみになんて言ってんの?」

「え、えーっと……「せっかくの旅行を台無しにしやがって。許さねぇ、お前のガールフレンドを、俺はどんどん、追い込むぞ」と叫んでます」

「やり方がえげつないんですけど。え、何?ギャングなの?」

「ネーネードーヤッテオイコムノ?」

「知りませんよ「お前に近い者から順番に奪ってやる。待ってろ…待ってろコイツの女友達……へへへへへ」おい、止めて下さい!私の友人に手を出さないで下さいっ!」

「想像しただけで恐怖なんですけど……」

 

 更に口が勝手に動き出す。

 

「「パンツを奪うぞぉ。ほら選べよ。名前を言うか、それとも妹や姉、奥さん、はたまた女友達のパンツを寄越すか」なんなんですかこの人間は!?」

「いやお前が追い込んだんだからね?どーなっても知らないわよ」

「ザマァミロ」

「「どーもガールフレンドさん、初めまして。リュウセイフクシマと申します。おい、パンツを寄越せ」気持ち悪いお方ですね!」

「ねぇ、もしかしてリュウセイ怒ってる?」

「クビササレテオコッテルノカモ?」

 

 私は口を塞ごうと両手を使うが身体が言う事を効かなかった。

 

「くっ、なんて力なんですか……「妹さんもお姉さんもおいでぇ、黙ってパンツを寄越しなさい。嫌かい?俺はもっと嫌がらせされてるんだよぉ?いいから寄越せよぉ」だ、誰かこの変態を止めてくださいっ!」

「だったら早く名前を言うのね、そうすれば楽になるわ」

「ホラホラ、イッチャエヨ」

 

 私が悪魔達の囁きに心が折れかけた所に更に追い討ちが来る。

 

「ぐっ、ここで名前を言ったら……「それを見兼ねたお前の奥さんが泣きながら私のを差し上げます!って言うんだよ。さっさと寄越すんだよ」止めて下さいっ!私の家族に手を出さないで下さいっ!分かりました!言います!言いますから!」

 

 私は、変態の人間に屈してしまった。



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第79話 帰国

 私は泣きながら叫んだ。

 

「私の名前は【スレンダーマン】です!お願いします!家族には手を出さないでくださいっ!」

「スレンダーマン?初めて聞くわね?」

「アメリカノモンスターナノカナ?」

 

 怨霊達が顔を見合わせながら首を傾げる。そこへ、黒い本をベラベラ捲っていた白人の男が声を上げた。

 

「スレンダーマン、そうだコイツはスレンダーマンだ!細身で異常に背が高く、黒い背広を着た怪人。誰かをストーカーとして追ったり、拉致したり、トラウマを与えたりするらしい。悪魔の使いという説もある!」

「つーか、トラウマを与えられた側じゃん。だっさ」

「ケンカウルアイテマチガエタネ」

 

 すると、白人の男が十字架を突き出し声を荒らげる。

 

「スレンダーマン!神の力によりてお前を地獄に戻す!!」

「ぐぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺の体からスレンダーマンが離れ、黒い渦に飲み込まれていった。メアリーは俺の顔をペシペシと叩く。

 

「リュウセイ?」

「おい、パンツ寄越せ」

 

 目をクワッと開いて言うと、メアリーに無言でビンタされた。我に返った俺は辺りを見渡す。

 

「うわぁ……派手にやったなぁ」

「やったのはスレンダーマンよ。貴方のせいじゃないわ」

「タイヘンダッタンダカラネ?」

「何故スレンダーマンに襲われたか心当たりは?」

「ピノッキオが、ピノッキオが鶏小屋にいたんです!エドガーさん達を呼ぼうとした時、スレンダーマンに襲われたんです」

「そんな馬鹿なっ!」

 

 エドガーさんは慌てて保管室に向かってピノッキオを確認すると、ピノッキオはガラスケースにちゃんと保管されていた。

 

「ちゃんとケースに入っていた」

「そんな!?俺は確かにこの目で見ましたっ!」

「信じるわ。ピノッキオはちょっとからかっただけかも知れないわね」

「ヤツにもう近付かない方がいい。テーブルを運ぶから手伝ってくれるか?」

「あっ、はい」

 

 エドガーさんとテーブルを運ぼうとした時、右手首に舞子から貰った数珠が無いのに気付いた。

 

「あれ?数珠がない……」

「腕に着けてたやつ?どっかに落としたの?」

 

 俺はスレンダーマンに捕まった時の事を思い出す。

 

「あっ、あの時……!!」

 

 片付けを一旦中断し、裏庭に向かった。地面を探って見ると数珠がバラバラになって散らばっていた。俺が全て拾い上げると、

 

「掃除してる間に私が直してあげるわよ?」

「いいんですか?」

「勿論よ」

 

 散らばった数珠をローラさんに渡し、再び掃除を始めた。全てが片付け終わる頃には夕方になっていた。

 

「これで終わり?」

「ツカレタ〜」

「メアリーもヨローナもご苦労さま。リュウセイ、これでどうかしら?」

 

 ローラさんの手には、小さい十字架が付け加えられた数珠が手にされていた。

 

「ローラさん、この十字架は?」

「私とエドガーのお古よ。これで貴方を災いから守ってくれるわ」

「ありがとうございます」

「君は明日帰国だろう?ホテルまで送ろう」

 

翌日。

 

 日本に帰国する朝。ホテルの部屋で荷造りをしていると、ヨローナに声を掛けられた。

 

「モウジャパン二カエルノ?」

「うん。仕事が待ってるからね」

「サミシクナルナァ」

 

 ヨローナの言葉に手を止めて、口を開いた。

 

「ヨローナもメアリーも、俺と日本に行く?」

 

 俺の言葉にヨローナとメアリーは、

 

「イキタイケド、ワタシハココニノコルヨ」

「同感。アタシもアメリカに残るわ」

「なんで?家に面白い奴らいっぱいいるんだよ?」

 

 俺がどんなに説得しても、メアリーとヨローナは首を縦に振らなかった。

 

「タノシソウダケド、スミナレタバショノホウガオチツクカラネ」

「言えてる。こっちはこっちでやるから気にしなくていいわよ」

「そっか。そこまで言うなら……ならせめて空港まで見送ってくれよ」

「しょうがないわねぇ……」

 

 荷造りを終えてチェックアウトをしてホテルから出ると、ウォーカー夫妻が車の前で待っていた。

 

「どうしたんですか!?」

「友人を見送りに来たんだよ。昨日の件もあるからね」

「ほらほら、荷物を積んで!」

 

 ローラさんとエドガーさんに促されたながら俺達は空港に向かった。人気の多い所を避けて車を停めて荷物を取った俺はウォーカー夫妻に頭を下げた。

 

「短い間でしたけど、楽しかったです」

「僕らも楽しかったよ。元気でな」

「彼女達は私が様子を見に行くから安心して」

「ジャパンで死なないように気をつける事ね」

「オナカコワサナイデネ。ナニカアッタラカケツケルヨ」

「ヨローナもメアリーもありがとう。んじゃ、行きます」

 

 俺は空港の中へと入って行き、飛行機に乗って日本へ向かった。日本に帰って来た俺は真っ暗な玄関を開けて声を上げた。

 

「ただいヴぉー!!」

 

 玄関の明かりをつけて元気よく言うと、花ちゃんとメリーがドタドタと走って来る。

 

「おう、龍星。帰ってきたか」

「何よ、生きてるじゃない。ってかヴぉーって何?」

「ただいま花ちゃん、メリー。他の子達は?」

 

 暗い茶の前に目を向けると、

 

「今夜中じゃぞ。わしらは待っていたからいいものの」

「何?あたしらじゃ不満だって事?」

 

 俺は2人の言葉に首を傾げる。

 

もう怒ってないのだろうか?

 

 念には念を入れて聞いてみる事にした。

 

「あの、許してくれるの?」

 

 恐る恐る尋ねてみると、

 

「もう怒っておらんよ。で、土産はどこじゃ?」

「そうそう。お土産くれるなら許してあげるわよ。どこ?」

 

コイツら……。

 

「お土産ならここにあるよ」

 

 俺が紙袋を幾つか出した瞬間、ワクワクしている花ちゃんに紙袋を奪われた。

 

「さっさと寄越さぬ……ん?」

「どうしたの花子?」

 

 紙袋を開けた花ちゃんが手を止めて、

 

「龍星、お主アメリカに行ったのじゃな?」

「うん、そうだよ?」

「何言ってんの?花子?」

 

 メリーに尋ねられた花ちゃんは、首を傾げながら振り返った。

 

「なら何故日本のきりたんぽが入ってるのだ?」

「えっ!?あっ、こっちには生キャラメル入ってるんだけど?」

「いや、ここは正直に言うけど向こうでスレンダーマンってヤツに襲われてホットドッグは食いそこれるし、そのせいで時間も無くなってお土産買おうと思ったんだけど良いのが無くてさ?だから断腸の思いで買ってきたの」

 

 俺がそう言うと、花ちゃんが腕を捲って。

 

「ほうほう。メリー、聞いておけ。龍星が大勝負に出たぞ」

「ふーん。怒らないから正直に言って御覧なさいな」

 

 俺は直ぐに土下座をして頭を床に擦り付けた。

 

「すいません、正直に言うと忘れてました」

 

 正直に言うと、メリーと花ちゃんは微笑みながらお土産を全て持ち去って行った。

 



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最終章 悪徳霊媒師編
第80話 お化けだって初詣に行きたい!


 アメリカから帰国して数日後、世間は大晦日を迎えていた。商業施設も初売りまで休みという事で俺は○○病院に一旦戻る事になった。俺が出勤の仕度をしていると、お化け達がコタツを囲みながらテレビに釘付けになっていた。

 

《みなさーん!私は今、○○神宮に来ています!見てください、神々しい本殿ですねぇ!!》

 

 アナウンサーが人混みの中リポートしていた。すると、いつもの如く花ちゃんが目をキラキラさせながら振り向いた。

 

「龍星!わしも着物を着て初詣に行きたい!」

 

このパターンもいい加減慣れて来たな。

 

 俺はネクタイを締めながら、

 

「はいはい。連れて行けばいいんでしょ?」

「あれ?嫌がると思ったんだけど?」

 

 思わぬ返答が来てメリーが目をまん丸にしながら驚いていた。

 

「だってここで拒否したらまた皆で暴れるでしょ?」

「分かってるじゃん」

「だから素直に連れて行くって言ったの。けどさ、着物は高いから正直勘弁して欲しいんだけど?」

「そうですよねぇ、令和になっても着物はお高いですからねぇ」

 

 お菊さんが頬に手をあてながら俺の意見に賛成してくれた。お菊さんの言葉にすーちゃんも便乗する。

 

「あたしもお菊さんの意見に賛成。着替えるのめんどくさいしね?」

「それもそうねぇ、なら普通の服でいいわ」

「わしも初詣行けるならどっちでもいいぞ?」

「皆さんでお出かけですか!いいですねぇ!」

 

 はーちゃんも久しぶりのお出かけが嬉しいのか、手をパンと叩いて喜んでいた。

 

「おーい、朝飯はまだか? ん?なんの騒ぎだ?」

 

 だーりんが朝飯を食べに窓を開けて顔を出して来た。

 

「だーりんおはよう。だーりんも初詣行く?」

「初詣?」

 

 出勤時間になり、俺は○○病院に行くと警備部長がえびす顔で出迎えてくれた。

 

「福島くぅん!久しぶりだねぇ!元気だった?」

「…………あっ、部長ご無沙汰してます」

「ねぇ、忘れてたよね!?今一瞬僕の事忘れてたよね!?」

「そんな事ありませんよ。忘れてなんか居ませんよ吉岡さん」

「名前間違えてるじゃん!忘れてるじゃん!一文字も合ってないよ!」

「あっ、日報書かなきゃ」

「無視しないで!僕の事無視しないで!ねぇ、嫌い?僕の事嫌い!?」

「そんな事ありませんよ」

 

ぶっちゃけ、部長の名前が分からないなんて口が裂けても言えない。

 

 日報を書き終えて院内を見回りしていると、婦長が人気の無い待合室で座っていた。婦長は俺を見た途端ツンとした態度をとる。

 

「なんだ、もう戻って来たのか?」

「久しぶり婦長。元気にしてた?」

「見ての通りだ、ピンピンしてる」

「あれ?カッシーは?一緒じゃないの?」

「私がどうかした?」

 

 いつの間にかカッシーが俺の真後ろに立っていた。俺は慌てて靴下を脱いで差し出した。

 

「止めて下さいっ!足を刈り取らないで下さいっ!」

「あんたこそ止めてくれる?靴下いらないから。つーかあんたのせいで病室の患者達が靴下をベッドに置くようになったんですけど?」

「ご褒美じゃん」

「どこがご褒美なのよ!年寄りの靴下なんていらないわよっ!」

「んじゃ婦長のストッキング頂戴?」

「なぜ貴様に渡さねばならんのだ!?理不尽過ぎるだろ!」

 

 俺は土下座の更に上の五体投地を繰り出しながら婦長に懇願する。

 

「お願いします!ストッキングを下さいっ!お願いしますっ!」

「お、お前……。幽霊相手に何をやっているんだ?」

「五体投地ですっ!」

 

 五体投地をしながら俺は答えた。カッシーと婦長はゴキブリを見る様な目で見つめてくる。

 

「あんた、恥ずかしくないの?」

「お前をそこまで駆り立てるものは一体何なんだ……」

「そこにストッキングがあるから」

「登山家みたいに言わないでくれる!?」

「俺はストッキングアルピニスト」

「ストッキングアルピニストってなによ。ストッキングの評論家か何か!?」

「婦長もうコイツに関わるの止めない?マジで病気よコイツ」

「そ、そうだな……五体投地とかいう事をしながらスカートの中覗こうとしてるしな」

 

 そう言って婦長とカッシーは薄暗い廊下へと消えて行った。取り残された俺は、何事も無かったかのように立ち上がって業務に戻った。

 

数時間後。

 

 定時を迎えた俺はタイムカードを押して家に帰ると、お化け達がめかしこんでいた。

 

「あっ、おかりー。あたしら準備出来てるからね?」

「龍星も早く仕度しろ」

 

 俺は着替えながら部屋の中を見渡す。

 

「あれ?だーりんは?」

「姦姦蛇螺さん?多分もう少ししたら来るんじゃない?」

 

 メリーがくねちゃんの髪を櫛でとかしながら答える。

 

「それで龍星、どこの神社に行くの?」

 

 すーちゃんもはーちゃんに櫛で髪をとかして貰いながら聞いて来た。

 

「うーん。○○神社かなぁ?近いし、人もそんなにいなそうだからね」

「あー、あそこなら人も少ないかもねぇ」

「すーちゃん久しぶりにお出掛けだからパンツ新調したの?」

「えっ……?」

 

 俺が透視をした瞬間、すーちゃんはゾッと青ざめる。

 

「えっ、なんで知ってんの?」

「あっ、言ってなかったっけ?俺アメリカで透視教わって来たんだよ。相手の過去くらい朝飯前さ 」

「え、不気味過ぎるんだけど……」

「おーい。皆の者、準備は整っているか?」

 

 すーちゃんとやり取りしてる間にだーりんが窓を開けて声をかけて来た。

 

全員揃ったな。

 

「よし、行くか初詣!」

 

「「「「おー!」」」」

 

 俺はおじさんとおくまに留守を任せ、残りのお化け達を引き連れながら俺は近くの神社にやって来た。俺の予想通り、あまり人は多くなくお化け達を連れて行っても問題ないくらいだった。あまりにも人がいない為くねちゃんとすーちゃんがはしゃぎ始める。くねちゃんは積もった雪に倒れ込んで手をばたつかせる。

 

「すーちゃん見て見て、天使!」

「クオリティ高いわね、あたしもやるわ!」

「はしゃぎ過ぎじゃぞ、2人共」

 

 俺達は会釈をしてから鳥居をくぐり、参道を進む。そして御神前の前に立った。お化け達はお賽銭を投げられないので全員分のお賽銭を出した。全員で二拝二拍手一拝の作法で拝礼し、会釈をして来た道を戻った。その帰り道、はーちゃんが俺に声を掛ける。

 

「龍星さんはどんなお願いをしたんですか?」

「俺?俺は……みんなが成仏出来るようにかな?」

 

 それを聞いていた花ちゃんが、

 

「ほう、わしらが成仏出来る様に頼んでくれたのか?」

「変かな?」

「変ではないが、なんというか……複雑な気持ちでな」

「複雑?なんで?成仏したいんじゃないの?」

 

 俺が首を傾げると、メリーが口を開く。

 

「鈍いわねぇ。あたしらが居なくなったらあんたまたひとりぼっちになっちゃうんだよ?良いの?って言いたいのよ花子は」

 

 その言葉を聞いた俺は足を止めて……。

 

「お賽銭の1万円取り返して来る」

「はぁ!?あんた何言ってんの!?やめ、やめなさいっ!」

「今更遅いですよ!諦めて下さいっ!」

 

 御神前に戻ろうとした瞬間、はーちゃんとメリーに止められた。

 

「止めないでくれ!もうひとりぼっちになりたくないっ!」

「幽霊に同情されて悲しくないのか貴様は!?良いから帰るぞ!」

 

 だーりんに取り押さえられた俺は無理矢理家に連れ戻されて行った。



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第81話 捜索番組

 新年が明けて商業施設の応援が終わる日が近付いて来た。俺は新年の初出勤を商業施設の初売りを迎えていた。職場に到着した頃には初売りを求めるお客さんの行列が出来ていた。

 

「おはようございまーす。凄い行列ですねぇ」

「おはよう、福島くん。残り少ないのに申し訳ないね」

「いえいえ、そんな事ないですよ」

「この商業施設の最大イベントでもある。トラブルの無いように気を付けよう!」

 

 俺達は開店と共に配置に就いた。お客さん達は我先にとお目当ての店の福袋に駆けて行く。1時間経っても、2時間経ってもお客さんが途絶える事は無かった。ある時は迷子、またある時は落し物、またまたある時はお客さん同士のトラブルが起きる始末だった。そしてようやく、渡辺さんと昼休憩の交代が来た。

 

「福島くん、休憩だ」

「お疲れ様です。ようやくですね」

「1時間だけだけど、ゆっくり休んでくれ」

「分かりました。行ってきます」

 

1時間後。

 

 休憩はあっという間に終わり、俺は持ち場に戻って業務を再開した。午後からも荒れ狂う人混みに揉まれながら業務をこなし、商業施設の新年初売りを終えた。日報を書き終え、タイムカードを押して帰宅するとお化け達がなにやら神妙な顔つきでテレビに釘付けになっていた。

 

「ただいま……って、新年早々何見てんだ?」

「うるさいっ!ちょっと静かにしててっ!」

 

 メリーがこっちに振り向かず言い放つ。

 

やけに真剣だな、何を見てるんだ?

 

 おくまの頭を撫で廻して服を着替えながらテレビを眺めて見ると、一昔前によく放送されていた行方不明者を捜索する番組だった。MCが行方不明者のパネルの隣に立ちながら情報を求めていた。

 

《○○さん、男性、年齢は30歳。タバコを買いに行くと言ったきり行方が分かってません。どんな些細な情報でも結構です!○○さんの顔を見た事がある方はご覧の番号にお電話下さいっ!》

 

 MCの隣には奥さんなのか涙ぐみながら視聴者に訴えた。

 

《お願いします……私の夫を探して下さい……お願いします!》

 

 奥さんの言葉を聞いたお化け達が、

 

「こんな可愛らしい奥さんを放って一体何をしとるんじゃ!?」

「下郎めっ!四肢を引きちぎってやろうか!?」

「ゆ、ゆるせないっ!」

「可哀想ですね、何処へ行ってしまったのでしょうか?」

「どーせ借金とかなんかでケツまくって逃げたんじゃねぇのか?」

「おじさんみたいにクズじゃないから」

「なんだとこの小娘っ!」

「お?やんのかこのハゲェッ!!」

 

 メリーがおじさんのゲージを掴んでガシャガシャと揺らし始める。そこにジャージに着替えた俺が介入した。

 

「うるさいんだけど、何?何騒いでんの?」

「聞いてよ龍星!このハゲがっ!」

「ハゲって言うな!」

「そこじゃないでしょ。何?新年早々シビアな番組見てるけど?」

 

 俺の声がようやく耳に届いたのか、だーりんが振り返った。

 

「なんだ、帰っていたのか?貴様、透視が出来るんだよな?もしかしてこの人間を探せたり出来るんじゃないのか?」

「えぇ〜?まさか、無理に決まってんじゃん」

 

ほう、面白いじゃないか。

 

 メリーの挑発に乗った俺は、行方不明者のパネルをじっーっと見つめて集中した……。透視をして見ると、行方不明者はどこかの寂れたスナックでホステスを必死に口説いている風景が見えた。スナックでも捜索番組を放送していた。

 

《あら?あの番組に出てるのお客さんじゃないの?》

 

 スナックのホステスに指を差された当の本人は、

 

《あー?あのバカ女、あんな番組なんかに出やがって……。消してくれ!俺はもう帰らねぇって決めたんだ!》

《えー?でも可哀想じゃない?》

《良いんだよ、金せびっても出しやしねぇしな。俺は○○ちゃんが居てくれれば良いんだよ!》

 

 行方不明者はリモコンでチャンネルを変えてしまい、グラスに酒をついでガバガバと飲み始めた。近くにはスナックのライターが置いてあった。ライターの住所を確認すると、○○県○○○市3丁目13−52と記されていた。

 

「うわっ!」

「びっくりしたぁー!見つけたの!?」

 

 すーちゃんが上擦った声を出しながら俺に振り向く。我に返った俺はスマホを取り出して捜索番組の電話番号を押した。

 

「もしもし、あのテレビを見て似てる人を見かけたんですけど……。はい、場所は○○県○○○市3丁目13−52のスナックです。はい、はい。匿名でお願いします。はい。失礼します」

 

 スマホを切ると、番組で進展があった。

 

《えっ!?匿名で○○県○○○市3丁目13−52のスナックに居るという情報があったようです!奥さん、どうしますか?》

 

 MCが奥さんに尋ねると、奥さんは肩を震わせながら……。

 

《あのクズ野郎、人が心配してんのに酒飲んでやがんのかぁ!?》

 

奥さんがキレた。しかも、ガチギレだ。

 

《おい、CM入れろ!ヤバいぞ!カメラ止めろ!》

《奥さん落ち着いて!》

《あの野郎、ピーしてやる!》

 

 奥さんはMCを突き飛ばしながらカメラから姿を消した。すると、生放送にも関わらず『しばらくお待ちください』というテロップが流れ始めた。それらを目の当たりにしたお化け達は……。

 

「盛り上がって来ましたよ!」

「ほら見ろ男ってのはこんなもんなんだよ」

「激昂という言葉が似合いそうな顔つきだったな」

「これ、私達が悪いのかな?」

「どーかのぉ。探して欲しいって言うから探してやったのに結末はただの家出じゃないか」

 

 良かれと思ってやったのに生放送事故が起こってしまった。

 



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第82話 噂の電話ボックス

 ───────それから数日後、商業施設の応援期間が終了した。最終日の夜、俺は田中さん達と共に仕事終わりに新年会を兼ねてお別れ会を開いて貰った。行きつけの居酒屋の座敷に座り、ビールを片手に田中さんの金言に耳を傾けていた。

 

「えー、みなさん。今日で福島龍星君の応援期間が終了しました。慣れない環境で大変な中来てくれてどうもありがとう。個人的にも色々助けて貰った。今後、龍星君に何かあったら我々は全力で助けよう! 福島くん、お疲れ様でした!乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 俺達はジョッキで乾杯をし、ジョッキを軽く合わせる。ぐびっとビールを飲んだ後、俺は拍手を送られた。

 

「ありがとうございます。俺も楽しかったです」

「さぁさぁ、今日は私の奢りだ!どんどん食べて飲んでくれ!」

 

 田中さんの粋な計らいで俺は楽しい一時を味わうことが出来た。俺がメニューに目を通していると、田中さんに声をかけられた。

 

「福島くん、飲んでるかい?」

「はい、頂いてます!」

「そうかそうか。そういえば、福島くんは帰り道怖くないのかい?」

 

帰り道?

 

 俺は田中さんの言葉に首を傾げる。

 

「帰り道……?○○寺の事ですか?」

「いや、そこも有名だけど……君は知ってるかい?○○トンネルの先にある電話ボックスの幽霊」

 

 田中が電話ボックスの幽霊と言った瞬間、渡辺さんが会話に混じって来た。

 

「○○トンネルの電話ボックスなら俺も学生時代に聞いた事あるよ。部長、まさか信じてるんですか?」

「いや、私も信じていないんだが渡辺君も福島くんの特殊な力を知ってるだろう?」

 

 田中さんが渡辺さんにそう言い放つと、渡辺さんは顔を引き攣らせる。

 

「そりゃまぁ……監視カメラを見てる時、誰もいない所に指差して「あっ、幽霊います」とか言い出しますからね」

 

すいません、どぉーしても気になっちゃって。

 

 俺は田中さんに電話ボックスの話を尋ねて見た。

 

「その電話ボックスの話、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

「ああ、いいよ」

 

 田中さんの話によると、駅から徒歩で数分で行ける○○道路改良バイパス道路上にある○○トンネル出口の電話ボックスだと言う。その噂の電話ボックスはこの街の心霊スポットとしても有名で、Go○gle検索してみると○○トンネルに付近にある電話ボックスには女性の霊が出ると噂が絶えないらしい。

 

「なるほど、まぁどこにでもある噂話ですね」

 

 俺が素っ気ない様子で言うと渡辺さんが、

 

「福島くんが食い付いて来ないって事はやっぱりデタラメなんじゃないですか?」

「今Goo○leで調べて見ましたけど、この心霊写真からも何も感じませんしね。作り物ですよ」

 

 俺は渡辺さんにスマホで写っていた心霊写真を見せる。

 

本当は本物なんだけどね。

 

「これがニセモノ!?よく出来てるなぁ……」

「今の時代ならこれくらい出来るんじゃないですか?」

「確かにそうかも知れないね。心霊番組も胡散臭い映像ばかりだしな」

 

これは本物ですけどね?

 

「はいっ!季節外れの心霊トークは止めて飲み直しまょ!」

「そうだな!飲も飲も!」

 

 俺はスマホの画面を消してメニューを見直した。

 

2時間後。

 

 飲み会も終わりを告げて俺達は解散する事にした。俺は駅に帰る途中鼻歌を歌いながら暗い夜道を歩いていると、

 

「トン、トン、トンカラトン」

「ふんふーん♪」

「トン、トン、トンカラ……うわっ!」

「ふんふーん……。ん?」

 

 交差点でトンカラトンとバッタリと出会した。トンカラトンは自転車に急ブレーキをかけて止まった。

 

「貴様は福島龍星!?フフフ、フハハハハハ!此処で会ったが百年目!今日こそ貴様の首を貰うぞ!」

「デュフフ……久しぶりだね【トンちゃん】会いたかったよ」

 

 トンちゃんは目をギラつかせながら偽物の刀を俺に突き付けるが、俺はいやらしい手つきをしながらジリジリと近付く。

 

「ま、まて!今のは冗談だ!もうボディチェックはやめてくれ!」

 

 俺が近付く分刀で牽制しながらトンちゃんは距離を取る。埒が明かない為、俺は立ち止まった。

 

「っち、ノリが悪ぃな」

「きょっ、今日は随分口が悪いんだな。酔っているのか?」

「まぁね。あっ、そうそう!トンちゃん今暇?」

「暇なわけがないだろ?私は剣士、ここら辺をパトロールしなければならいのでこれにて失礼する! では、さらばっ!」

 

 トンちゃんが自転車に跨った瞬間、俺は自転車のハンドルに手をかけた。

 

「硬いこと言うなよトンちゃん」

「さっ、さっきからトンちゃんトンちゃんと気安く呼ぶなっ!私には誇り高き真名がある!さぁ、貴様も呼ぶが─────」

「トンカラトン」

「……あっはい」

「はい。パトロールは終了!実はさ、この先にある○○トンネルの電話ボックスに行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」

 

 俺が○○トンネルの電話ボックスと言うと、トンちゃんは納刀しながら答えた。

 

「○○トンネルの電話ボックス?ああ、あそこか。あそこに確か、名無しの地縛霊が居たはずだ」

「へー、その子に名前ついて無いの?」

 

 俺がそう尋ねると、トンちゃんは顔を濁らせる。

 

「まぁ、私の様に都市伝説になればおのずと付くのだが、まだその域まで達して無いのだろう」

「なるほど……トンちゃんその域まで来てるの?」

「当然だっ!だからトンカラトンと呼ばれているのだっ!」

「そーか、だから白のレースのパンティを履いてるのか納得!」

 

 俺が1人で納得していると、顔を真っ赤にさせながら殴って来た。



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第83話 密室の恐怖

 殴られて頬を擦りながら俺は再び尋ねた。

 

「いてて……で?どうする?行く?」

「まぁ、この後予定もないからな。よし、私も同行しよう。その地縛霊も暗黒世界の住人かも知れないしな」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「うるさいっ!急に冷たくなるな!ほら、さっさと行くぞ!」

 

 俺とトンちゃんは○○トンネルの電話ボックスに向かう事にした。歩いてトンネルを通り、10分足らずで噂の電話ボックスを見付けた。見た目は不気味さを感じない平凡な電話ボックスがポツンと設置されていた。まだ深夜にもならないのに人気や車通りは全くなかった。俺は電話ボックスに指を差す。

 

「ここが○○トンネルの電話ボックス?」

「うむ。噂が広まって人間の気配は全くないな。それなのにここへ来るのは余程の愚か者か、暗黒邪神ハデスと契約したいのだろうな」

「ねぇねぇ、そんな喋り方して恥ずかしくないの?ねぇ?恥ずかしくないの?」

「うるさいっ!良いから行くぞ!」

 

 電話ボックスに近付き、電話ボックスの周りを調べて見たが特に変わった様子は無かった。

 

やっぱり噂だけだったのかな?

 

「いないな、どうやら噂だけが独り歩きしていただけの様だな」

「そうみたいだねぇ」

「で?どうするんだ?帰るのか?」

「いや、実はやって見たかった事があるんだ」

「やって見たい事……?」

「ちょっと2人で入って見ない?」

「何を言ってるんだ貴様は!?」

「ね!?ちょっとだけ!」

「い、嫌だ!絶対何かする気なんだろ!?私は騙されないぞっ!」

 

 俺はギリギリとトンちゃんの腕を引っ張って中に引き込もうとするが、トンちゃんは頑なに拒み続ける。

 

「3分、いや……1分でいいから!ね!?」

「うー……1分ならいいけど……本当に何もしないんだな?」

「そう来なくっちゃ!ささっ、入って入って」

「ねぇ、なんで何もしないって言ってくれないの!?」

 

 トンちゃんの言葉を無視しながら2人で電話ボックスの中に入る。子供の大きさだったら狭くはないが、大人2人となるとそれなりに狭さを感じた。トンちゃんとの距離もとてつもなく近くなる。

 

「狭いね」

「そりゃまぁ……ってか、近くないか?」

 

 トンちゃんは俺から距離を取ろうとするが、壁で離れる事が出来ない。そんな中俺は、

 

「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー」

「なんで深呼吸してるんだ?」

「だって今この密室空間の匂いがトンちゃんの匂いでいっぱいなんだもん」

「──────っ!?」

 

 俺がニヤリと笑いながら言うと、トンちゃんは顔を青ざめる。

 

「貴様は本当に気持ち悪いな」

「よせやい照れるじゃないか」

「褒めてないからな!?勘違いも大概にしろっ!」

 

 トンちゃんが暴れる中、俺は柑橘系の果物を思い起こさせる香りを嗅ぎとった。

 

「ん?トンちゃん香水付けてる?」

「あ、当たり前だ!身だしなみはキッチリしたいからな」

「トンちゃんが汗臭くても俺は大歓迎だけどね!」

「急に怖い事いうなよっ!この変態っ!」

「この距離なら出られないね。ドアは俺で塞がってるからねぇ」

 

 俺が出入口を塞いでいると、トンちゃんは無理矢理押しのけようとする。

 

「暴れるとおっぱいがブルンブルン揺れちゃうよ」

「どこ見てるんだ!もういいっ!1分以上居たから私は出るぞ!」

「待って待って!もう1つやりたい事があるの!」

「なんだよやりたい事って」

 

 トンちゃんが激昂する中、俺は小銭を取り出し電話をかけた。

 

プルルルル……。

 

 暫くすると、ようやく繋がった先は……。

 

《もしもし、私、メリーさん》

 

 そう、俺はわざわざ電話ボックスからメリーに電話をかけたのだ。公衆電話からだったからか、メリーもいつものように名セリフを言い出した。すかさず俺は、

 

「はぁ、はぁ、もしもしぃ?」

 

 声を変えながら興奮している変態を演じ始めた。

 

《も、もしもし?あなたは誰?》

 

 受話器の向こうから未だに俺と気付かないのか、メリーは戸惑い始める。

 

「はぁはぁ、メリーさんってどんな見た目してるの?」

 

《え?、何言ってるの?マジで誰?》

 

 警戒し始めたメリーの声はどんどんトーンが低くなる。

 

「大丈夫だよ。僕はどんな見た目でもメリーさんの事好きだからね」

 

《いや意味わかんないんだけど、マジで何?なんで私の番号知ってんの?》

 

 若干気味悪そうにメリーが俺に言う。そこで、俺はヒントを出した。

 

「デュフフ、メリーさんに会いたいんだけどな。どこに住んでるのかな?デュフフ」

 

《…………もしかして龍星?》

 

ここでようやく気付いたメリーさん。

 

「デュフフ、あたりだよ。ご褒美にパンツ見せてくれよ」

 

《いや見せねぇよ。あんた何やってんの?わざわざ公衆電話なんか使って?っていうか早く─────》

 

ブチッ、ツーツーツー。

 

 10円玉が切れてしまった。俺は再び10円を入れて電話をかけた。公衆電話は10円で約15秒程しか話せない。

 

プルルルル……プルルルル。

 

「もしも───────」

 

《いや10円切れてるから!訳分かんないことしてんの!?》

 

 出たと思えば第一声がそれだった。メリーの声の後ろからは「またアイツは一体何をしようとしとるんじゃ?」と花ちゃんの声が聞こえて来る。

 

「ごめんごめん。ちょっとイタズラしたかっただけ」

「イタズラ電話する為に私は閉じ込められてるのか!?  花子さん!助けて下さいっ!変態に閉じ込められてるんです!」

 

 隣でトンちゃんが電話越しに助けを求める。

 

《で?どこで道草食ってんの?》

 

「えーっと、○○トンネルの電話ボックス」

 

《○○トンネルの電話ボックス?なんでそんな─────》

 

ブチッ、ツーツーツー。

 

 15秒経ってしまった。俺はポケットの小銭を確認すると、10円玉がもう無くなってしまった。

 

「ありゃ、10円玉切らしちゃった」

「100円玉を使えばいいじゃないか」

「え、イタズラ電話するのに勿体ないじゃん」

「出し惜しみするなっ!なんでそこでケチくさく……」

 

 トンちゃんがふと外に視線を送ると、外から物凄い形相でこちらを睨んでいる女性が立っていた。



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第84話 メンヘラさん

 トンちゃんが唖然としながら俺の肩を叩く。

 

「ちょ、ちょっと!」

「ん?何?」

「外を見てみろ、外!」

 

外?

 

 俺もトンちゃんの指差す方向を見ると、カエルの様に張り付いていて、トンちゃんの様に手や腕に包帯を巻いた女の幽霊が居た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うおっ、出たっ!」

「包帯だと!?私とキャラが被るじゃないか!今すぐそれを外せ!さもなくば我が妖刀【暗黒魔刃暗夜丸】の錆にしてやろうか!?」

 

あんこくまじんあんやまる?真っ暗だな。

 

 トンちゃんを宥めて恐る恐る尋ねると突然、公衆電話が鳴り響いた。驚いた俺とトンちゃんは顔を見合わせる。俺はゆっくり受話器を取ると、ハスキーな声が聞こえて来た。

 

《貴方達、私の縄張りで何してんのよぉ……》

 

「縄張りって、この電話ボックス?」

 

《そうよぉ。早く出て行きなさいよぉ》

 

「おい、奴は何と言っているんだ?」

 

 隣にいるトンちゃんに俺は顔を向けて、

 

「出てけってさ。つーか、こんなに近くにいるんだから直接言えば良くない?」

「そ、それは……幽霊ならではって事で……その……うん。そうだな」

 

 トンちゃんもそう思ってたらしい。トンちゃんの一言が聞こえたのか、外にいる幽霊の顔が真っ赤になる。

 

「あっ、触れちゃいけなかった?」

 

 俺がそう言った途端、女は髪の毛をボリボリと掻きむしりながらガラスを思い切り叩いた。それと同時に受話器から怒鳴り声が聞こえて来る。

 

《うるさいわよぉっ!あんたに関係ないでしょぉ!?》

 

「お、おい。なんかめちゃくちゃ暴れ始めたぞ!?」

「メンヘラっぽいのかなぁ。これは手厳しいな……」

 

《早く出なさいよぉっ!》

 

 俺はドンドンと鳴り響く轟音と受話器から聞こえる怒鳴り声に挟まれながら考え込む。トンちゃんは耳を塞ぎながら悶え始めた。

 

「耳が!私の耳がおかしくなる!早くここから出してくれ!」

「分かったよ。トンちゃんはもう出ていいよ」

 

 受話器を置いて一旦電話ボックスから出てトンちゃんを出してあげた。だが俺は再び電話ボックスの中に入る。

 

「これでよしと」

「おい、なんでお前まで入るんだ!?外で話せばいいだろ!」

 

 トンちゃんがそんな事を言い出した。

 

「だって俺まで出たら立てこまれたらそれで終わりじゃん?」

「そ、それはそうだが……」

「トンちゃん近くにいるんだから連れて来てよ」

「わ、私がか!?バカかお前は!?自分でその公衆電話を使って言えばいいだろ!?」

 

 2人で言い争いをしながら受話器を手に取る。

 

「もす!」

 

《も、もす?あなた、なんで出ていかないのよぉ》

 

「え?だって、君ともっと話したいから」

 

 俺があっけらかんと言うと、女は頬を赤くしながら照れ始めた。

 

《な、なによぉ、急に優しくならないでよぉ〜。照れちゃうじゃない》

 

「そんな事ないさ、さぁっ。こっちに来なよ」

 

《わ、分かったわよ。そっちに行くから》

 

 俺が受話器を戻すと女はゆっくりと動き、不気味な笑を浮かべながらガラスを人差し指でつーっとなぞり、電話ボックスに入って来た。

 

「お待たせ」

「焦らすねぇ。そういうのがお好みなの?」

「さぁ?どうかしらねぇ?」

「おい。私は放置なのか!?こんな寒空の中私は放置なのか!?」

 

 トンちゃんが暗黒なんとかっていう妖刀を抜いて俺達を威嚇してくる。すると、女が俺の腰に手を回しながら耳元で囁いた。

 

「ねぇ〜、あの子妬いてる見たいよ?」

「そうみたいだね、もっと見せつけてやろうよ」

 

 俺はそう言いながら女の尻を撫で回す。女はびっくりしたのかビクッと体を動かした。

 

「ひゃっ!びっくりしたぁ……え?」

 

 女がゆっくりと俺の顔を見ると、俺は下卑た笑みを浮かべていた。それを見た途端、女は顔を青ざめる。

 

「え?何、何その笑い方……怖いわよぉ」

「柔らかいお尻してるねぇ……デュフフ」

 

 いやらしい手つきで女の弾力のある尻を撫で回す。女は怖くなったのか、抵抗を始める。

 

「い、いや……やめて、触らないで」

「なんだいなんだい?君から誘って来たんだろ?ならいいじゃないの」

「ち、違……私はただ───────」

「メンヘラなんだろぉ?ならいいじゃないぉ」

「違う!私はそんなんじゃないから!」

 

 女は半ばパニックになりながら電話ボックスから逃げ出そうとするが、俺は出口を押さえて行く手を阻む。

 

「だ、出して!ここから出して!」

「逃げる事ないだろぉ?もっと楽しもぉよぉ」

「助けて、ここから助けて!」

 

 トンちゃんに助けを求めるが、トンちゃんはどうしようもなく困り果てていた。

 

「いや、助けてって言われても……ってか、自分から入って行って助けを求めるってどういう事なんだ!?」

「だってだって!あんな優しい言葉かけられたら嬉しくなっちゃうじゃない!?私だって幸せになりたいのにぃぃぃっ!」

 

 女は頭をわしゃわしゃと掻きむしりながら言い放つ。だが、突然ピタッと止まり、鼻をヒクヒクさせ始める。

 

「く、くさっ!くっさ!」

「え!?何、どうしたの!?」

 

 トンちゃんが女に尋ねると、

 

「この人、オナラした!臭い臭いぃぃっ!出して!  うぉえっ!」

「そんな密室空間で放屁したのか!? 今助けてやる……。ってか、お前後ろで何を笑ってる!?」

 

 トンちゃんが下卑た笑みを浮かべながら女の後ろに立つ俺を見て驚く。

 

出ちゃったもんは仕方ない。

 

 俺は悪びれもなく答えた。

 

「いやぁ、つい……。でもなんか、何かを支配した気分でとても興奮する」

「密室空間で放屁して興奮するとか、お前は新手の変態か!?」

「トンちゃんも嗅ぐ?」

「誰が嗅ぐかそんなもん!」

「うぉえっ!おえぇっ……」

「今にも吐きそうじゃないか、可哀想だから出してやってくれ!」

「邪魔しないでくれ、今濡れ場なんだ」

「どこがだよ。濡れ場って言葉使い方間違えてるだろ!」

「しょうがないなぁ……はいはい、出ればいいんでしょ?」

 

 俺は女を電話ボックスから解放すると、女は四つん這いになりながらゆっくり深呼吸を始めた。トンちゃんは女の背中を摩る。

 

「ゆっくりでいい、私が守ってあげるから深呼吸するんだ」

「はい……。すぅー……はぁ……」

「自分でやっておきながら臭かったねぇ。興奮したよ」

「お前は一度精神科か脳外科に見てもらったほうがいいと思うぞ?このままだとドがつく程の異状性癖者になるぞ」

 

数分後。

 

 ようやく落ち着いた女は座り込んだ。俺は近くの自販機でコーヒーを3つ買って女を俺とトンちゃんで挟む様に座り込んだ。

 

「まぁ色々あったけど、自己紹介がまだだったね。俺は福島龍星。そっちはトンカラトンのトンちゃん」

「色々で片付けていいのか? さっきは済まなかったな」

「え、ええ……私こそごめんなさい……」

「ええっと、なんて呼べばいいかな?君は地縛霊なんだよね?トンちゃん見たいに二つ名とか個人名とかあるの?」

「いや、もう生前の名前とか忘れちゃった」

 

 共感出来るのか、トンちゃんはうんうんと頷く。

 

「それは辛いな……気の毒に」

「ってかなんで電話ボックスに彷徨ってるの?ここで死んだとか?」

 

 俺が女に尋ねると、女は生前交際していた彼氏と破局し、気分転換で真夜中ドライブに行った帰りに単身の交通事故に遭い助けを求める為にこの電話ボックスに行こうとしたが、電話ボックスの中で力尽きてしまった様だ。それから全国各地で電話ボックスの幽霊という都市伝説が生まれたらしい。

 

「なるほどね、だから電話ボックスの幽霊なのか」

「縄張りって言ってたのは面白半分に来た輩を脅かす為って訳か」

「そういう事よ」

「名前忘れたならトンちゃん見たいに名前つければいいんじゃない?」

 

 俺がそう言うと、女はパァっと明るくなる。

 

「ほ、ほんと?」

「確かにな、電話ボックスの幽霊といってもありきたりだからな」

「んじゃ……ボックス!」

「どこ略してるんだ。センス無さすぎるだろ」

「んじゃトンちゃん考えてよ」

「そうだなぁ……我が同胞として【暗黒女戦士アマゾリア】というのはどうだろうか?」

 

暗って漢字そんな使う?

 

 俺が顔を引き攣らせると、女が口を開く。

 

「どうせならもうちょい簡単で覚えやすく怖そうな名前がいいんだけど……」

「そうだなぁ……」

 

 俺は彼女の特徴と第一印象をメインして考えることにした。

 

「そうだ!【メンヘラさん】ってのはどう?」

「め、メンヘラさん?」

「ふむ。確かにそのような印象があるな。彼氏に振られたのもそれが原因だろ?」

 

 トンちゃんも悪くない感じだった。トンちゃんの問に心当たりがあるのか彼女も納得する。

 

「確かに気が動転しちゃうと、そう見えるって言ってたかも……メンヘラさんか、不気味だし、覚えやすいかも」

「んじゃ決まり!今日から君はメンヘラさんだ!」

「ありがとう。今日はまぁ……貴方達会えて良かったわ。色々腑に落ちない所はあるけど」

「それは許してやってくれ、コイツは特別ヤバい奴なんだ」

「んじゃ、俺は終電も逃したしタクシー拾って帰るね」

「ありがとう、龍星さん」

「また電話ボックスプレイしに来るよ」

「出来れば二度と来ないで欲しい……」

「冗談だよ、また話しをしに来るよ。またねトンちゃん、メンヘラちゃん」

「ああ、またな」

「おやすみなさい」

 

 その後、俺は駅に戻りタクシーで家に帰った。



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第85話 俺だって新しい彼女がほすぃ!!

 それから数日後。毎日仕事に明け暮れて日々を過ごしていたある日、俺は日報を書きながらふと思った。

 

「あー、彼女ほすぃ」

「えっ、なに急に!?」

 

 同じく日報を書いていた佐藤さんに突っ込まれた。それに関わらず俺は更に大きな声で叫んだ。

 

「新しい彼女がほすぃよぉっ!」

「いや仕事中に出す音量じゃないからね!?」

「毎晩毎晩心細いよぉっ!!うわぁぁぁん!」

「もしもし部長っ!福島くんがまた発作起こしましたぁっ!」

 

 俺が丁寧に日報を書きながら錯乱していると、佐藤は電話で警備部長に応援要請した。数分後、息を切らしながら入って来た警備部長がロッカーからスルメを取り出し、俺の口に差し込む。

 

「まむまむ……ちゅぱちゅぱ」

「ふぅ、これで良し」

 

 俺が落ち着きを取り戻し、赤ちゃんの様にスルメをしゃぶり始める。警備部長はふうっと汗をぬぐいながら椅子に腰掛け、佐藤さんが声を掛けた。

 

「部長、毎日こんな調子じゃ不味いですって。なんですか赤ちゃん見たいにちゅぱちゅぱスルメしゃぶってるの見るに堪えないっすよ」

「商業施設からずっと働き詰めだったからねぇ……精神が限界なんだろう」

「ママ〜ちゅぱちゅぱ」

「こんなイケメンなのにヤバいですって!!なんすかママって」

「福島くん。もうすぐ帰れるからね?だからもう少し頑張ってくれ」

 

 警備部長が子供を宥めるように促す中俺は、

 

「マ゛ッ!!アッ!!」

 

威嚇した。

 

「なんて言ったの今!?」

「そうだね。寂しいのは分かるけど、今は頑張ろう?」

「今の言葉分かったんですか!?」

「勿論さ。さぁ、福島くん、あと30分だ、頑張ってくれ」

 

 警備部長に背中を優しく摩って貰うと、俺はようやく正気を取り戻した。

 

「…………っは! すいません!また出ちゃいました!?」

「ようやく正気を取り戻したね。もうすぐ交代だから頑張ってくれ」

「すいません。頑張ります」

 

しばらくして。

 

 ようやく交代の時間になり帰宅する事になった。俺は帰り道にTSU○AYA○○店に足を運び、寂しさを紛らわせる為にDVDを借りる事にした。店に入るや否や、

 

「いらっしゃいませ福島氏。今日こそエロアニメの素晴らしさを刮目するでござる!」

 

 自動ドアを通った瞬間、どこからともなく背後から現れたイケメンオタク。俺は辺りにお客さんが居ないこと確認した俺は振り返る。

 

「いや今日はいいや。えーと石川さん、恋愛映画でお勧めの奴とかある?ちょっと寂しくてさぁ……」

 

 そう言った瞬間。石川虎徹は冷めた目をしながら、

 

「けっ、福島氏も忌々しいリア充の仲間入りでござるか?そんな奴は拙者の同士ではござらんよ。リア充はその辺のG級映画でも借りてさっさと出てけでござる  ぺっ!」

 

もの凄い悪態をつけて来た。

 

「そんな事言わないでよ。お詫びにえーっとなんだっけ?豊満熟女のイケナイスポーツだっけか?」

「一文字も合ってないでござる!正しくは【ツンデレで何がいけないの!?貧乳騎士メルメル】でござる!まずはこれで慣らして行くといいと以前言ったではござらん─────」

「あっ、お客さん」

「いらっしゃいませー!」

 

 器用に言葉遣いを変える石川虎徹。他のお客さんが奥に行ったのを確認して、

 

「福島氏、拙者で遊ぶのは止めて頂きたい!」

「だってお客さんじゃん。あんた接客が命だろ?」

「そ、そうでござるが……と、兎に角!これを借りるでござる!」

「分かった分かった。んじゃその代わりに恋愛系のやつ教えてよ」

「ったく、仕方ないでござるな……」

 

 石川虎徹はレジのパソコンを操作し、何かを調べ始めた。日頃から扱ってるせいか、もの凄いスピードのタイピングで文字を入力して行く。

 

「……ふむ、どうやら【チョコレートLove】っていう恋愛ドラマが良くレンタルされておるようでござる」

「へぇ、そうなんだ。んじゃそれ借りるわ」

「運が良いでござるな福島氏。1本だけ在庫があるでござる。奥行って左側の3番目の棚にあるでござる」

「はーい」

 

 俺は指示された場所へ向かってお目当てのDVDを見付けた。

 

「あっ、コレだコレだ」

 

 手を伸ばしたその時。横から見知らぬ手が伸びて来た。俺が隣を見ると、そこには黒のボブカットの女性が立っていた。

 

「「あっ」」

 

 恋愛ドラマのよくあるシチュエーションの様な状況になってしまった。俺は思わず手を引っ込ませて彼女に譲った。

 

「あっ、良ければどーぞ」

「えっ?良いんですか?」

「いやいや、ここはレディファーストって事で」

 

 女性は俺に会釈しながらDVDを手に取り去り際に香る香水はとてもいい匂いがした。それと同時に俺の胸がときめいてるのに気付いた。

 

コレはまさか、恋っ!?

 

 俺は貧乳なんとかというDVDを借りずに渋そうな映画を適当に手に取ってレジに向かうと、先程の女性が石川虎徹の接客を受けていた。

 

「ありがとうごいましたー!」

「あっ、先程はどうも……」

「いえいえこちらこそ」

 

 お互いに頭を下げると、女性は自動ドアを通って外へ出て行った。俺は彼女をずっと見つめながらレジに立つ。

 

「福島氏、先程の女性に先を越されたでござるか?ブフォ!!いい気味でござる」

「うん」

「福島氏!なんですかこのラインナップは!?【ツンデレで何がいけないの!?貧乳騎士メルメル】はどうしたでござる!?」

「うん」

「有り得ぬ!分からぬでござる!」

「うん。早くして」

「ぬぅぅっ、心ここに在らずですな……」

 

 石川虎徹は渋々会計を始めた。

 

「合計で400円でござる」

「釣り要らない」

「ま、毎度ありがとうございます……」

 

 俺は早々と外に出ると、辺りを見回すが彼女の姿は既になかった。

 

もういないか……。

 

 諦めかけたその時。

 

「あのっ!」

 

 さっきの女性の声が聞こえた。俺は慌てて後ろを振り返ると、さっきの女性が立っていた。



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第86話 ガールフレンド

「あっ、さっきはすいませんでした」

「いえいえ、私こそ横取りしてしまってすいません」

 

 互いに何度も頭を下げる。すると、女性が口を開いた。

 

「あの、もしよろしければお茶でもどうですか?さっきのお礼もしたいので……」

「……えっ?」

 

 女性の言葉に俺は言葉を失ってしまった。女性は恥ずかしそうに頬を赤くしている。

 

「ダメですか?」

「い、いえまさか。誘ってもらうなんて久しぶりなもので戸惑ってしまいました。俺で良ければお供します」

「良かった。すぐそこのスタ○があるのでそこに行きますか?」

「はいっ!」

 

 俺と女性はSTA○BUCKS○○店に向かいコーヒーを注文し、他愛のない話しを始めた。彼女の名前は【山口恵美】という。恵美さんも彼氏と最近別れて寂しさを紛らわせる為にTS○TAYAでDVDを借りに来たと言う。

 

「ほんとに借りられて良かったです。龍星さん、改めてありがとうございます」

「いえいえ」

 

 緊張を解す為にアイスコーヒーをがぶがぶ飲む俺。すると、恵美さんが俺の目を見つめて、

 

「あの、龍星さん」

「は、はい?」

「あの……良かったら、LI○E交換しませんか?」

「ンゲッホゲッホゴホゴホッ!!」

 

なんっだと!?

 

 恵美さんの言葉に俺は盛大に噎せてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「ゲッホゴホゴホ!大丈夫、大丈夫です」

 

 落ち着きを取り戻すと、恵美さんがスマホを取り出してLI○EQRコードを見せて来た。

 

「読み込んで下さい」

「あっ、はい。ではお言葉に甘えて失礼します」

 

 俺はQRコードを読み取り、恵美さんのLI○Eをゲットすることに成功した。

 

「夜に送りますね」

「は、はい!」

「それじゃ、先に失礼します」

「はい、お疲れ様でした!」

 

 恵美さんと別れて俺は上の空状態で家に帰った。おくまに挨拶もせずにスタスタ茶の間に行くと、お化け達が団欒を楽しんでいた。

 

「あ、おかりー。随分遅かったじゃん」

「うん」

「おい龍星、わしは腹が減った。早く何か作ってくれ」

「うん」

「おかえり、りゅーせー」

「うん」

「うんうんじゃなくて、何か言いなさいよ」

「うん」

「清々しい程の上の空だな。何かあったんじゃないか?」

「龍星さん、どうかしたんですか?」

「お身体でも壊してしまいましたか?」

 

 お化け達に色々言われても俺は上の空だった。すると、ピロンとLI○Eの通知音が鳴り響いた。俺は取り憑かれたかの様にスマホを操作する。

 

「あたしらを無視してスマホいじるなんて何に夢中になってんの?」

 

 メリーが俺のスマホの画面を覗くと……。

 

「うわぁぁぁっ!!龍星が女とやり取りしてる!」

「な、なんじゃと!?」

「龍星さんにガールフレンドが!?」

「わー!龍星モテモテ」

「今日はお赤飯にしましょーね!」

「なんかの間違いなんじゃないか?こんな変態に女だと?」

 

 だーりんが俺のスマホの画面を覗こうとしたその時。

 

「マ゛ッ!!アッ!!」

 

 思いっきり威嚇した。思わずだーりんはビクッと怯む。

 

「な、なにもそんなに怒る事ないだろ」

「マジで龍星にガールフレンド出来たの?信じられないんだけど?」

「そういえば、私を封印していた一族の巫女が龍星の彼女だったらしいな。巫女に専念する為にコイツを捨てたと言うが」

「あー、そうだった。んじゃ嘘じゃなさそうだね」

 

 メリーとだーりんが話していると、LI○Eの通知音が鳴る。俺は画面を確認すると、

 

「おぬあっ!?」

「こ、今度はなんですか!?」

「恵美さんが俺とデートしてくれるって!!」

 

 俺の言葉にお化け達は驚愕する。

 

「えっ、いくらなんでも展開早くない!?」

「た、確かに。お主、何かに騙されてるんじゃないのか?」

「そうだよ!後から大男が出てくるパターンよコレ!」

 

 メリーや花ちゃん、すーちゃんが色々言ってきた。俺は指を止めて振り返る。

 

「なんでそんな事言うの!?お前ら恵美さんの事何も知らない癖に!」

 

 怒りに満ちた表情でお化け達を睨む。

 

「そ、そうだけどあたしらはあんたが悪い女に騙されてるんじゃないかって心配してるのよ!デートってそんなすぐに出来るわけないじゃん!」

「メリーの言う通りじゃ、もう少し様子を見てからでも遅くないんじゃないか?」

「うるさいうるさーい!恋のデッドレースはもう始まってんだよ!いいか?これはもう競走なんだよ!モタモタしてたら競走に負けちまうだろうが!!」

 

 熱く語っていると、呆れてるのかお化け達の目から光が消えた。だが俺はそんなのお構い無しに立ち上がる。

 

「こうしちゃ居られねぇ!明日の為に服を選ばなければ!!」

 

 俺はドタバタと階段を駆け上がって部屋に閉じこもった。お化け達は集まる。

 

「ねぇ、龍星はあー言ってるけど、みんなどう思う?」

「うーん。そうじゃなぁ……確かに怪しい部分はある」

「あの変態にガールフレンドができる訳がないんだ。私は信じないぞ」

「だーりんさん、いくらなんでもそれは言い過ぎですよ!」

「確かに助平ではありますが、人間相手の時は至って普通ですよ?」

「あれだけ言っても私たちの言葉聞かないんだからほおっておいていいんじゃないの?」

 

 お化け達が話し合っている中、ゲージの中からおじさんが声を掛ける。

 

「まったくうるせぇなぁ。そんなにあんちゃんの事が気になるんだったら明日お前ら全員で尾行でもすりゃいいだろ?」

 

 お化け達は「その発想はなかったわ」と言わんばかりの顔をする。そして、顔を見合わせたお化け達は不気味な笑を浮かべた。



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第87話 壺を売る女

 翌日。龍星は清潔感のあるベージュのロングコート、ケーブル編みニット、イージースラックスを身に纏ってあたし達に見送られながら玄関の引き戸に手を掛けた。

 

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃーい」

「楽しんで来るといい」

「頑張って下さいね!」

 

 ピシャッと引き戸を閉めた瞬間。あたし達は一斉に動き出した。

 

「行ったよ!」

「よし、皆の者集まれ」

 

 姦姦蛇螺を中心に他のお化け達が円を描くように街の地図を囲んだ。姦姦蛇螺は戦国武将の様に指揮を執った。

 

「龍星は本気で恵美という名の女子を口説き落とすつもりだ。だから我々は龍星を騙す様な悪女でないか見定めねばならない」

 

 姦姦蛇螺の言葉にあたし達は頷く中、あたしは手を挙げた。

 

「龍星は霊感が化け物級だから皆で尾行するのは危ないと思う」

 

 あたしの言葉に花子が腕組みをしながら唸る。

 

「うーむ。確かに、八尺や姦姦蛇螺が尾行したらかえって目立ってしまうな。ここは少数精鋭で行くのが妥当か」

「では、私と姦姦蛇螺さんは留守番って事で良いですね?」

 

 八尺さんが手を挙げ、それを聞いた姦姦蛇螺もウンウンと頷く。

 

「うむ。私や八尺は大きいからな……分かった」

「なら、わたしも残ります。転んで見つかったりしたら不味いですし」

 

 申し訳なさそうにお菊さんも手を挙げる。すると、絵本を読んでいたくねくねも手を挙げる。

 

「なら、わたしものこる。りゅーせーしんじる」

「くねくねも?それじゃ残るは……」

 

 あたしの目の前には花子、隙間女が写っていた。

 

「あたしを含めて花子と隙間女だけかしら?」

「うむ、わしらだけの様じゃな」

「あたし達だけなら見つからないんじゃない?」

「話は決まったな。ではメリー、花子、隙間。頼んだぞ」

 

 だーりんに託されたあたし達は後を追った。

 

数十分後。

 

 街に入ると、龍星が車から降りて駅の入口が待ち合わせなのか立ち止まった。あたし達は壁やベンチに身を隠しながら様子を伺う。龍星は待ち遠しいのか、何度も辺りを見回していた。

 

時折見せるにやけ面がムカつく。

 

 しびれを切らしたのか、花子と隙間女が口を開いた。

 

「なかなか現れんのぉ。マナーがなってない女じゃな」

「ドタキャンでもしてるんじゃない?ざまぁないわね」

 

ガールフレンドの存在を知ってからこの2人、機嫌悪いわね。

 

 あたしは呆れながら龍星を見つめていると入口から1人の女が現れ、龍星の元へ駆けて行き合流した。

 

「花子、隙間女。来たわよ!」

「なんじゃと!?」

「ようやく現れたわね!」

 

 あたし達は恵美と呼ばれていた女を念入りにチェックする。女のあたしから見ても恵美という女は顔、髪、体型はまるで雑誌モデルの様だった。花子は容姿では勝てないと踏んだのか、崩れ落ちる。

 

なんで花子が落ち込むのかしら。

 

「ま、まぁまぁね。テレビに出てるタレントみたいに可愛いけど……くそっ」

 

なんで隙間女まで悔しがってるのよ。

 

 その間に龍星達は移動を始めていた。あたしは慌てて2人に声を掛ける。

 

「ちょっと2人共、龍星が動いたわよ!」

 

 慌てて後を追うと、ブランド品が多く展示されている店に入って行った。店の中では龍星が幸せそうに恵美とバックなどを眺めていた。あたしは何故か悔しくなり、壁をガリガリと引っかく。

 

「アレは名ブランドの○○じゃないのよ!ふざけやがって!」

「メリー、バック如きで何を熱くなっておるんじゃ?」

「たかがバックじゃん」

 

あのバックだから悔しいのよっ!

 

 あたしが悔しがっていると、龍星達が買い物袋を持ちながら店から出て来た。

 

「龍星達が出て来たな。ほれメリーベンチが傷だらけではないか」

「分かってるわよっ!」

「あんた、なんか機嫌悪いわね」

 

 建物をすり抜けながら身を隠して尾行を続ける。すると、龍星達はオシャレなカフェに入って行った。あたし達は会話を盗み聞きする為にギリギリまで近付く事にした。だが、店内には隠れる事が出来なかった。

 

「どうする?隠れられないわ」

「困ったのぉ……近付き過ぎると見つかるしのぉ」

「うーん……あっ!そうだっ!」

 

 隙間女が辺りを見渡しながら何かを閃いた。

 

「隙間、どうかした?」

「何か名案でも浮かんだのか?」

「見て、龍星達の後ろの席!」

 

 隙間が指差す方向には、男の人間が3人座って居た。

 

「人間がどうかしたの?」

「あたし達幽霊よ?人間に憑依すればいいんじゃない」

 

とんでもない事言うわね。

 

 隙間女の言葉に花子はポンと手を叩く。

 

「そうか、その手があったのぉ。短時間なら人間にも害はないじゃろ」

「でしょでしょ?ならすぐに行くわよ」

 

 あたし達は龍星に見付からないように後ろのテーブル席に向かい、それぞれ人間に憑依した。人間は同時に首をカクンッと落としたが、すぐに顔を上げる。

 

「あー、久しぶりの感覚」

「そうじゃのぉ……何年ぶりじゃ」

「何年ぶりかな?覚えてないわぁ」

 

 背伸びをしながらそんな事を話していると、龍星達の会話が聞こえて来た。

 

「龍星さんったら本当に面白い人だね!」

「いやいや、そんな事ないっすよ」

「バックも本当にありがとう!大事にするね!」

 

 そんな和気あいあいな会話が聞こえて来た。花子と隙間は何が悔しいのか水の入ったコップを強く握りしめながらヒビを入れた。あたしは小声で2人に声を掛ける。

 

「ちょっと、あんた達落ち着きなさいよ」

「し、しかし……なんじゃこの煮え滾る気持ちは……」

「あんな女に貢ぐんならあたしらにお供えしろっての!」

 

今男の人間に憑依してるの忘れてない?

 

 2人を宥めていると、遂に龍星が勝負に出たのか恵美に声を掛けた。

 

「あ、あの!恵美さん!」

「はっ、はいっ!」

「あのあ、あの……あのあのあのあの」

 

落ち着け。

 

「お、俺と……俺と、つつつつつ付き合ってくだたいっ!」

 

 龍星が告白した瞬間、あたしを含め花子と隙間が同時に噴き出す。

 

「か、噛んだ」

「かっこ悪いのぉ」

「雰囲気台無しじゃない……ふふふふ」

 

 肩を震わせながら笑いを堪えていると、恵美が口を開いた。

 

「ありがとう……凄く嬉しいよ?」

「そ、それじゃあ……」

「けど、今私……両親が残した借金があってそんな暇がないの……」

「借金?そんなにあるの?」

「うん……」

 

 恵美は顔を曇らせながら頷く。龍星は何を思ったのか、

 

「俺になにか出来ることない?少しくらいなら借金に協力出来るよ?」

「そ、そんな!ダメだよ!」

 

 恵美が声を荒らげるが、龍星は優しい顔をしながら恵美の手を取る。

 

「大丈夫。恵美さんの力になれるならなんでもするよ」

「龍星さん……」

 

 いい雰囲気を感じ取ったあたし達は、顔を見合わせた。

 

「あたし達……何やってんだろ……」

「龍星にこんな真面目な所もあったのだな」

「なんか……来なきゃ良かった……」

 

 あたし達が尾行したのを後悔し始めている中、龍星が口を開く。

 

「遠慮なく言って。何をすればいいの?」

「そ、それじゃあ……」

 

 恵美はカバンから小さい花瓶ほどの大きさの壺を取り出してテーブルに置いた。

 

「恵美さん、この壺は?」

「霊能者だった父が作っていたご利益のある壺なの。これを持っていたら龍星さんも私も悪霊から守ってくれるの。だけど、父がこれを作ったのがきっかけで借金が出来てしまったから私はこれを売らないと借金が返せないの」

 

なんですって!?

 

 あたし達は思わず顔を上げた。

 

「こ、これって……」

「間違いないな。これは……【霊感商法】じゃな」

「未だにこんな商法やってるヤツいるの!?いくら龍星でも騙されたりしない────」

 

 あたし達が警戒していると、

 

「分かった。コレで借金が少しでも減るなら買うよ」

 

信じちゃった。

 

 龍星の言葉にあたし達は頭を抱えた。

 

「あちゃー」

「信じてしまっているな。これは不味い」

「骨の髄まで搾り取られるわよ!?どうすんのよ!?」

 

 あたし達がどうしようか考えていると恵美が淡々と話し始める。

 

「龍星さん、ありがとう!これで借金も減るよ!」

「いいよいいよ!10万なんて安いもんさ!」

「ごめんなさい。このお金を今から銀行に入金しなきゃいけないからそろそろ行くね?」

「そ、そうなんだ……忙しいんだね」

「少しの間だけだけど楽しかった。また連絡するね?」

 

 恵美は早々と現金をしまって急いで喫茶店を後にした。取り残さた龍星は壺を眺めていた。

 

「はぁ……こうなるんじゃないかって思ってた」

「そうじゃな」

「ならあたし達も行く?」

 

 あたし達は人間から離れ、恵美を追いかける事にした。恵美を追うと、銀行には行かずに細い路地に入り現金を数えていた。

 

「1、2……ふふっ、あんな商法に引っかかるなんてバカな奴ね」

 

 それを目の当たりにしたあたし達は頭からプツンと何かが切れる音がした。恵美の上には今にも落ちそうなエアコンの室外機が目に入った。

 

「あれ落としちゃう?」

「それが一番じゃな。不慮の事故で片付くだろう」

「メリー。やっちゃえ!」

 

 あたしは室外機に手を向けてグッと力を込めた。すると、室外機のネジがバキンと音を立てて恵美に向かって落ちた。現金に夢中になっていた恵美は気付かずに室外機が頭に当たり倒れ、地面には血が流れ始める。

 

「聞こえてるかわかんないけど、龍星にこれ以上近付いたら殺すわよ?」

「聞こえておらんよ」

「あたしが隙間に引き摺り混んで殺しても良かったんだけどね?」

「もういいわよ。龍星が帰る前に帰りましょ」

 

 あたし達は恵美を放置してその場を去った。



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第88話 沖縄へ

 恵美さんと別れた後俺はすぐにLI○Eを送った。だが、夜なっても既読にならなかった。俺はスマホとにらめっこをしていると、メリー達が声を掛けた。

 

「あんた、朝から晩までずーっとスマホとにらめっこして楽しい?」

「龍星、そいつはもう諦めた方がいい。あれから連絡がないんじゃろ?」

「そーよそーよ。どんな女か知らないけど、恋愛対象にはならなかったって事なんじゃないの?」

 

 その言葉を聞いて後ろを振り返る。

 

「んじゃ……フラれたのかなぁ?」

 

 俺がそう言うと、メリー達は何故か目を逸らし始める。メリー達の反応を見て俺は項垂れる。

 

「やっぱりフラれたのかぁ」

「ま、まだこれからチャンスがあるって。落ち込む事ないわよ」

「そ、そうじゃよ。女は星の数いるんじゃしな?」

 

と、その時。

 

ピロン♪

 

 LIN○の通知音が鳴り響いた。俺は直ぐに確認すると、相手は恵美さんだった。

 

「恵美さんからLI○Eが来たっ!」

「えっ!?嘘っ!?マジで!?」

 

 何故かメリーは信じられない様子で俺に聞いて来た。すると、花ちゃんとすーちゃんがメリーに近付きヒソヒソと声を掛けた。

 

「ちょっと!あんた、本気で殺ったんでしょうね!?」

「当たり前でしょ!殺す気でやったわよ!」

「じゃがあの時のメリーは殺意に満ちていた。間違いない」

「だったらアレはなんなのよ!生きてるじゃん!LI○E来てるじゃん!」

 

 すーちゃんが俺のスマホを指差すと、メリーが考え込む。

 

「余程の頑丈なやつ?漫画じゃないんだからそんな訳ないわよね……っとなると、LI○E相手は恵美の偽物なんじゃない?」

 

 メリーの言葉に花ちゃんが首を傾げる。

 

「偽物……何者かが恵美になりすましているというのか?」

「まぁ、メリーの言う通りかも」

「でしょ?だから龍星にそいつは恵美の偽物って言えば──────」

「恵美さん、ちょっと体調崩しててLI○E出来なかったんだって!この前はごめんなさいだって!」

 

 俺の言葉を聞いたメリー達は同時に頭を抱え込んでしまった。だが俺はLI○Eの文章を読み続ける。

 

「また会いたいって送ったんだけど、恵美さん今沖縄県にいるんだって」

 

 俺は目をキラキラさせながらメリー達に言い放つ。すると、お化け達が油の切らした機械のようにギギギと首を動かす。

 

「ま、まさか龍星さん。まさか琉球の島に行こうとしてるのですか?」

「落ち着かんか龍星。ここは恵美がこっちに帰って来るまで様子を伺った方がいいのではないか?」

「龍星さん、落ち着いて下さいまし!」

「ほんっとに、そんなに行く気なのですか?もうちょい冷静に考えて下さい。仕事も大事だし、慎重に決めたほうが…………。もし、本気で行くなら計画を立ててから行ったほうがいいと思いますよ?」

 

 はーちゃん、花ちゃん、お菊さんが必死に止めようとして来るが、俺はスマホを操作して警備部長へ電話した。

 

「もしもし警備部長、お疲れ様です。あのですね、3日程休ませて欲しいんですけど良いですか?え?理由?  恋人を追いかける為ですよ!」

「頼むわよ警備部長さん、ダメって言って!お願い!」

「そんなくだらない理由で休める程世間は甘くないだろ!」

 

 お化け達は懇願するが……。

 

「本当ですか!?ありがとうございます!それじゃ明日から3日間休ませて貰います!」

「え、ぶちょーさん、やさしーね。だいじょうぶ?なやんでるの?ことわれないりゆうがあるのかな?」

 

 俺はウキウキしながら自分の部屋に行ってキャリーケースの中に着替えや水着を詰め込みながら荷造りをしていると、メリーが慌てて入って来た。

 

「龍星、待ちなさいよっ!あんた怪しいと思わないの!?」

 

 メリーの言葉に俺はピタッと手を止める。

 

「本当に恵美さんが悪い人だったらLI○E寄越さないんじゃないかな?」

「そ、それは……」

「だからはっきりさせる為に俺は沖縄に行ってくるよ」

「分かった……ちょっと待ってなさい!」

 

 メリーが自室に戻って何かを取りに行ってドタドタと戻って来た。メリーの手にはブランドのカバンがあった。すると、メリーは口を開く。

 

「あたしも沖縄に行くっ!」

「えっ?メリーも?海にでも入りたいの?そんな貧相な体で?」

 

 俺が首を傾げると、

 

「ぶっ殺されたいの!?違うわよ。あんただけじゃ正確な判断が出来ないでしょ?」

「え?出来るけど?」

「いやいや、出来てないでしょ!?また変なお土産買ってこられても困るしね」

「そりゃまぁ……そうだけど」

「あたしは幽霊だもの、旅費の事は気にしなくていいのよ?」

「…………あっそっか!」

「話は決まったわね。行くわよ、沖縄へ」



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第89話 人魚伝説

 ──────翌日。俺とメリーは○○空港から飛行機に乗り、透き通る海と白い砂浜が広がる沖縄県にやって来た。空港から出てみると、沖縄県の冬の平均気温は18℃前後と本土の春ほどの値だが、体感温度は低く感じられる。メリーは背伸びをしながら辺りを見渡した。

 

「やっと着いたわねぇ。3時間くらいかしら?」

「まぁ、そんなもんだな。他にも人がいるから会話出来ないぞ?」

「それは仕方ないわよ。あたしも気を付けるから安心しなさい」

 

 メリーが鼻息を荒らげる中、俺は恵美さんからのLI○Eの返信を確認していた。朝に送ってから2時間経つが、既読は付いていなかった。

 

「恵美さん、まだ寝てるのかなぁ?」

「まさか、あんたが本気で沖縄に来ると思って無かったからビビってるのよ。そのうち誤魔化しの返信が来るわよ」

 

 メリーにあしらわれながら腕時計を確認してみると、まだ9時過ぎだった。

 

「どーする?時間つぶしながらどっか観光でもして見る?」

「えっ!?マジで!?なら国際通りに行きましょうよ!色んなお店あるんでしょ!?昨日花子達と観光雑誌見て勉強したの!」

「え、それは後でで良くない?」

「見るのはタダじゃん!いーじゃん!行こうよ!」

 

 メリーが俺の腕をグイグイ引っ張って行こうとするが、俺は踏ん張りながら言い放つ。

 

「それは後でいいじゃん。俺だって行きたい所あるんだから!」

「どこよそれ?ひめゆ○の塔とか?」

「いやそこも行きたいけど、こっちに行きたいんだよ」

 

 俺はスマホの画面をメリーに見せた。メリーはまじまじとスマホの画面を見つめる。

 

「なになに?○○島の人魚伝説?いや○○島って沖縄より下じゃん。飛行機乗らないと行けないじゃん」

「ところがどっこい予約済みです」

「なんでそういう時に限って仕事が早いのよ!ってか空港から出る事無かったじゃん!」

 

 メリーは俺の肩をぐわんぐわん揺らす。揺すられながら俺は答える。

 

「まぁまぁ、メリーだって新しい水着で海泳ぎたいでしょ?」

「え?いやまぁ……そうだけど……」

「俺だってメリーが水着を着替える所見たいし?」

「着替えるとこってなんだよ。普通水着姿でしょ!?着替えるとこ見たいって堂々と覗いてるだけじゃねぇかよ!」

 

 胸元を隠しながらメリーは言う。俺は腕時計を確認しながら、

 

「おっと、○○島に行く便がもうすぐ出ちゃうよ」

「だったらもっと早くしなさいよっ!無駄な時間じゃない!」

 

 メリーにぶつくさ文句を言われながら○○島へ行く飛行機に乗った。○○島は約1時間弱で行く事が出来る。

 

到着後。

 

 俺とメリーは○○島空港に降り立ち、仕切り直した。

 

「やっとゆっくり出来るのねぇ、あんまり人いなかったわね」

「まぁな、時間帯が混まなかっただけじゃないか?」

「で?どこから見る?○○島鍾乳洞?天文台?」

 

 メリーは家で燃やしておいた観光スポット雑誌をベラベラと捲りながら俺に言ってくる。

 

「いや、○○公園に行こう」

「○○公園?なんで?」

 

 メリーが首を傾げると、俺はスマホ画面を見せた。

 

「人魚伝説?」

「そう、○○島と言ったら人魚伝説だろ!」

「あははっ!まさか、龍星は人魚が本当にいると思ってんの?」

 

 メリーはゲラゲラ笑いながら言い放つ。

 

「笑いたきゃ笑え。お前がなんと言おうと俺は行くよ」

「分かった分かった。行くわよ。ここから車で30分程度よね?」

「うん。レンタカー借りて行くぞ」

 

 行き先を決めた俺達は近くのレンタカーの店に足を運んで車を借りて○○公園に向かった。景色を眺めながら30分後、ようやく○○公園に辿り着いた。雑誌の情報によると海中にはカラフルなサンゴや熱帯魚が生息し、海面の色は七色に変化すると言われており、時間帯によっては川平湾が異なる表情を見せてくれるという。浜辺に行くとメリーは靴を脱いでバシャバシャとはしゃぎ始めた。

 

「きゃー!コレよコレ!こういうのがやりたかったのよ!」

 

 他にも観光客がいた為俺は黙って頷く。それなのにお構い無しにメリーは俺に声を掛けてくる。

 

「龍星気持ちいいよ!きゃははっ!」

 

 はしゃいでいるメリーは幽霊とは思えない程美しい笑顔だった。俺は思わず見とれてしまったが、はっと我に返る。すると、メリーは我慢出来なくなったのか、興奮しながら言い放つ。

 

「龍星龍星!我慢出来ない!泳ぎたいっ!ここじゃアレだから人が居ない所に行って泳ぎたいっ!」

 

そんなに泳ぎたいのか……。

 

 俺は雑誌を捲ってメリーに指を指す。

 

「え?なになに?潮の流れが速いことと、観光用のグラスボートが数多く行き来している関係で、海に入ると事故を招いてしまいかねず、海水浴を行えなくなっている……マジ?」

 

 メリーが俺に聞いてくると俺は黙って頷く。

 

「いや人間はダメかも知れないけど、あたしは幽霊だしね?溺れたりぶつかったりしないしね?」

 

あっ、そっか!

 

 俺は手をポンと叩いて納得した。

 

「でしょ?ほらっ、あっちの方なら人も居ない見たいだし」

 

 メリーはそう言いながら差した場所に向かい出す。俺はメリーを追いかける様に歩き出す。少し離れてみると人はおらず浜辺が途切れて岩場が目立ち始めた。メリーは辺りに人が居ないのを確認して声を掛ける。

 

「人間はあんただけ見たいね、話しても大丈夫よ?」

「おう。泳ぐなら今だぞ?」

「うん!着替えてくる」

 

 メリーが岩場の影に行こうと歩き出すが俺も同時に同じ場所に向かう。メリーは勘づいたのか、俺を睨み付ける。

 

「何してんのよあんた」

「いや、ハブが居たら大変だ。見張ってやるよ」

「だからあたし幽霊だっての!噛まれる訳ないでしょ!?」

「お化けハブが居るかも知れないだろ!」

「お化けハブって何よ!聞いた事無いわよ!そこで待ってなさいよ!」

 

 俺を行かせないと俺の顔を押し戻そうとする。だが、俺は負けじと押し戻そうとする。

 

「こっのっ……なんなのよこの力!?」

「早く着替えろよ!パンツとブラジャー見せろよ!」

「もう本音がめっちゃ出てるじゃん。裸見ようとしてるじゃん!」

「その水着だっていくらすると思ってんだ!金が払えねぇなら体で払いやがれこの悪霊めっ!」

「うるさいわよっ!分かったわよっ!見せればいいんでしょ!?好きなだけ見ればいいじゃない!」

 

 半ば開き直ったメリーは岩場には行かずにその場でドレスのボタンとリボンを外し始めた。メリーは頬を赤らめながら正座している俺を見る。

 

「そ、そんな改まって見ないでよ……恥ずかしいじゃない」

「お構い無く」

「まったく、幽霊相手によく出来るわね……」

 

 スルスルとドレスを脱いで行こうとしたその時。岩場の方から激しい水しぶきの音が聞こえて来た。メリーと俺は音の方向に顔を向ける。

 

「えっ、何!?人間!?」

 

 メリーは脱ぎかけたドレスを抑えながら俺に言う。

 

「なんだろう?くそっ、いい所だったのに……」

 

けど、人が溺れているのかも知れない。

 

 俺とメリーはゆっくりと岩場の方に行って見ると、

 

「うわー!うわぁー!た、たすけ……ゴボゴボ……ぶはっ!」

 

 透き通った翡翠色の髪と瞳、抜群のプロポーションと人間離れした美貌の女の子が鼻水を垂らしながら溺れていた。

 

「大変っ!ちょっと龍星助けてあげて!」

「こりゃ大変だ!大丈夫ですかー!」

 

 俺は靴と靴下を脱いでバシャバシャと近付いて引き上げてみると女の子の下半身が魚のヒレの様になっていた。

 

 

【挿絵表示】

 



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第90話 カナヅチ人魚のザン

 引き上げられた人魚は鼻水を垂らして噎せながら岩に腰掛けた。

 

「ゲホッゲホウェ……た、助けてくれてありがと」

「ね、ねぇ龍星……この人ってまさか人魚!?」

「そりゃ、見ての通り人魚だな。絵本の通りじゃん」

「そ、そうなんだけど……酷い顔ね……」

 

 メリーは複雑な顔をしながら人魚を見つめる。俺はポケットティッシュを取り出して人魚に差し出した。

 

「とりあえず鼻水拭きな?何もしないから」

「あ、うん……」

 

 人魚はティッシュを手に取り鼻水を拭き取る。綺麗な海に捨てる訳にいかないので俺が受け取って。

 

「ぱくっ」

 

食べた。

 

「えっちょっ、食べた!?」

「おおおおいっ!何やってんのあんた!?吐きなさいっ!ばっちい!」

「くっちゃくっちゃくっちゃ」

 

 俺は何食わぬ顔で使用済みティッシュを噛み続ける。

 

「なに「なんか悪い事した?」みたいな顔してんのよ!やめなさいよ!気持ち悪い!!」

「や、やめて!やめてよ!ティッシュを食べないで!」

「吐き出せ!やめろ!やめ、やめろって言ってるでしょ!!」

 

 人魚とメリーに口を思い切り抑えられたが俺は止めなかった。

 

「こんな変態放っといていいわ。あたしはメリー。メリーさんからの電話の怪異の幽霊よ」

 

 メリーはくっちゃくっちゃとティッシュを食べてる俺を放置して人魚に自己紹介を始めた。

 

「わ、私は人魚の【ザン】。ここ○○島に伝わる人魚伝説の人魚」

「ザンね。よろしくね?あっ、このティッシュ食ってるバカは福島龍星。人間なんだけどあたし達幽霊と触れたり話せたり出来る化け物」

「ば、化け物……」

 

 ザンが俺を見つめると、俺は微笑み返した。だが、ザンは化け物を見たかのように顔を青ざめる。

 

「所で、なんか溺れてたよね?ヒレでもつった?」

「足つった見たいに言わないでよ。人魚よ?溺れる訳────」

「……溺れてたわよ」

 

え?

 

 メリーと俺は顔を見合わせて、同じ質問をした。

 

「ごめん、聞き間違いかな?」

「溺れたって聞こえたんだけど?」

「溺れたのよ!私は泳げないのっ!」

 

 ザンの言葉にメリーは絶句した。

 

「あ、え?泳げない人魚っているの?」

「そうよ!なによ!悪い!?泳げない人魚がいたっていいじゃない!謝って!「泳げない人魚がいるって知らなかった。ザンさんごめんなさい」って謝って!」

 

 半ば逆ギレ状態でメリーに突っかかるカナヅチ人魚。それにカチンと来たのかメリーは応戦し始める。

 

「はぁ?なんであたしがあんたに謝らなきゃいけないのよ。人魚のクセに泳げないあんたに問題があるんでしょ?」

「問題ありますぅ〜。世の中広いんですぅ。泳げない特殊個体の人魚だっているんですぅ」

「おいおい、やめろよ。こんな所で喧嘩するなよ」

 

 ザンとメリーは水面をバシャバシャと水しぶきを上げながら威嚇し合う中、俺は2人を宥めようとした。だが、海水がメリーの顔にかかった瞬間。メリーがザンの髪を掴んで海水に押し付けた。

 

「がぼぼぼぼぼっ!?」

「ごちゃごちゃうるさい人魚ねぇ」

「やーめーろっ!死んじゃうだろ!」

「人魚なんだから死ぬ訳ないでしょ」

 

確かに、ファンタジーなマーメイドも溺死するってのはなかったな。海外の人魚とは違うのだろうか?

 

 そんな事を考えながらザンを引き上げると、

 

「ぐふっ……、うっ、うええええええええっ……、ふぐうっ……!」

 

 両鼻から鼻水を垂らし、ダラダラとヨダレを零していた。とても美少女とは思えないほど醜い泣き顔だった。

 

この子は本当に人魚なのだろうか?

 

「ふんっ、調子に乗るからよ」

「やりすぎだっての!お前の仲間みたいなもんだろ!」

「ふざけんじゃないわよ。こんなやつ仲間じゃないわ」

 

 メリーがツンとした態度をとりながらザンを睨み付ける。俺はタオルを取り出してザンに差し渡す。

 

「ううっ……ぐずっ……あ、ありがど……、あ、ありがどうねえ…ズズ」

 

 タオルで顔を拭ったザンは落ち着きを取り戻した。乗り掛かった船の為俺はどうしたもんかと考える。そして、打開策として1つの案を提案した。

 

「んじゃ……泳げる様に特訓しようか?」

「ほんとぉ……?教えてくれるの?」

「ちょっと龍星、本気で言ってんの!?」

「だって泳げない人魚だなんて可哀想だろ?泳げるようになれば俺らの知ってる人魚になれるじゃん?」

 

 俺の言葉を聞いたザンはパァッと明るくなった。

 

「そうよ!誰かに教われば良かったのよ!こんな所でひっそりと特訓してるからいつまで経っても上達しないのよ!そうに違いないわ!」

 

あっ、一応特訓してたんだ。

 

「ふざけないでよ!そんな余裕ないでしょ!?これからアチコチ観て回るんだから!こんな人魚ほっときなさいよ!」

 

 余程納得がいかないのか、メリーは俺を止めようとする。

 

「そんなガッツリ教える訳じゃないよ。少しコツを教えるだけだから」

「そ、それなら問題ないけど」

「その前に、ザンちゃんの事色々教えてくれるかな?」

「え、ええ。分かったわ」

 

 俺達は岩に腰掛けてザンから色々話を聞いた。ザンによると、その昔、○○島の東海岸に漁村があってその時にザンが泳ぎの特訓をしている時不運にも漁師の網にかかってしまい、ザンは「私泳げないのになんで捕まえるの!?逃がしてよ!そうだ!逃がしてくれたら、大切な秘密を教えるから助けて!」と伝えると、哀れに思った漁師はザンを逃がすが、その際にザンは「あーえーっと……もしかしたら津波が来るかも!」といういい加減な予言を告げたという。だが、その後本当に津波が起こり、ザンの言葉を信じた人々は避難して助かり、信じなかった人々は津波で命を落としたと言う。

 

「いや、そんな事ある?」

「ちゃんと予言してるじゃん。人魚の力って凄いねぇ」

「いや逃げたいから苦し紛れに言ったでまかせが偶然当たっただけじゃん」

 

 メリーがザンをあざわらうような冷ややかな表情をして言う。

 

「ちょっとあんた!人魚の私に向かってなんて事言うの!?失礼にも程があるでしょ!?」

 

 ザンがメリーの言葉が気に入らなかったのか、チンピラの様に食ってかかった。

 

「はぁ?何?また沈められたいの?」

「今度は負けないんだから!見てなさいっ!日本の人魚代表としてあんたを成敗してあげるわ!」

「おっ、おい!よせっ!」

 

 制止も聞かずにザンはメリーに距離を詰め、殴りかかった。だが、メリーは真顔でその拳を片手で受け止めた。

 

そして、

 

「ごっごぼぼぼぼぼっ!」

「いい加減にしろって聞こえなかったの?このポンコツ人魚」

「やーめーろっ!いじめるなっ!」

 

 俺は腕をビクンビクンと震えさせているザンを引き上げた。



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第91話 泳ごう!

 落ち着きを取り戻したザンは俺の顔を見る。

 

「お願い、これも何かの縁よ。私に泳ぎ方を教えてくれる?」

「その前になんでそんな上から目線なの?」

「ひいっ!」

 

 余程怖かったのか、メリーが威嚇をするとザンはバタバタと陸に上げられた魚のように逃げ惑う。

 

「とりあえず、基本的なバタ足から始めようか」

「任せて!バタ足なら自信があるわ!」

「ヒレじゃないの?ねぇ?ヒレじゃないの?」

 

 ザンは岩に掴まりながらバタ足ならぬバタヒレを始めた。その勢いはまるでイルカショーの様だった。だが、ものの数秒で異変が起きた。

 

「ぶはぁっ!」

「びっくりしたぁ。どうしたの?」

「息が続かない!」

 

 ゼーゼーと息切れを起こしているザンを見たメリーはゲラゲラと笑い転げる。

 

「あはははっ!息継ぎも出来ないの!?あはははっ!」

「おいおい、メリー。笑ったら可哀想だろ?」

「そうよ!笑わないでよ!どうやって息継ぎするか分からないのよ!」

 

 顔を拭いながらザンが激昂する。俺は笑わずに優しく丁寧に教えた。

 

「息継ぎが分からないか。んじゃ、バタ足をしながら「パッ」「ハー」「ウン」を意識してやって見て」

「パッハーウン?」

「息を吐く「パッ」に続いて「ハー」で息を吸い込む。顔を水につける前に「ウン」で息を止めるんだよ」

 

 俺の説明が理解出来たのかザンは何度も頷いた。

 

「ハイハイ!分かったわ!見てて!」

「───────ぷおっ───────ぷおっ」

 

鯉が餌を求めてる様に見える。

 

「龍星!餌を求めてる鯉がいるわ!餌あげていい!?」

「鯉じゃないザンだよ。けど、さっきよりは上手いだろ?」

「まぁ、さっきよりはマシね」

 

 俺とメリーの言葉が聞こえたのか、ザンは顔を上げる。

 

「ぶはっ。ちょっと!誰が鯉ですって!?」

「だって、息継ぎする時似てたんだもん」

 

 メリーがクスクスと笑いながら言うと、

 

「なんですって!?だったらあんたやって見なさいよっ!人形のクセに出来るわけ!?」

「出来るわよ。フランス人形舐めるんじゃないわよ?ちょっと着替えるから待ってなさい」

 

 そう言い残してメリーはバックを持って岩陰に隠れた。

 

「この辺ゴツゴツしててメリーが心配だからちょっと練習してて」

「え、ええ。分かったわ」

 

 俺はザンに練習を指示してメリーの着替えている場所にこっそりと近付いた。頭をひょっこり出して覗くと、メリーが着替え始めていた。メリーが身をかがめた瞬間、

 

「そう来ると思ってたわよっ!」

 

俺の顔面にウニを投げ付けて来た。

 

 顔面に直撃した俺は悶え苦しむと、黒いビキニの水着に着替え終えたメリーが仁王立ちしていた。

 

「そう易々とあたしの裸見れると思わないでよね」

「す、すいません」

 

 2人でザンの元へ戻るとザンは唖然としていた。

 

「え?なんで顔にウニ刺がさってるの?」

「し、自然と戯れたくてさ」

「着替える所覗こうとしてたからウニ投げ付けてやったのよ」

 

2人共ゴミを見るような目ですね。

 

 そんな事を気にしない俺はウニを取って気を取り直した。

 

「さっ、次はステップアップして今の要領で泳いで見ようか」

「この調子で頑張るわ!」

「あたしも協力してあげるからさっさと覚えなさいよ?」

 

 黒いビキニ姿のメリーが言うと、

 

「人魚が人形に教わるなんてとんだ笑いものよ!あっちで巻き貝でも拾って海の音でも聞いてなさい」

 

 ザンがしっしっと追い払おうとした瞬間。

 

「がぼぼぼぼぼっ!」

「どう?海の音が聞こえるかしら?」

 

メリーがまたザンを沈めた。

 

 再び溺れかけたザンを引き上げる。

 

「ゲホッゲホ!ウエッホッホ!」

「メリー!いじめちゃダメだって言ってるだろ!」

「はーっ、はーっ……。さっきから思ってたんだけど、どさくさに紛れて胸触ってるよね?」

 

 顔を拭いながらザンは俺を見つめる。

 

「俺が?まさか、命最優先に決まってるでしょ?」

 

 俺はキリッと真剣な顔をする。

 

「本当は?」

 

 メリーがジト目で俺の耳元で言うと、

 

「へへっ、人魚っていい乳してんなぁ」

 

 条件反射でさっきとは打って変わって下品な顔をしてしまった。

 

「え、待って……私に泳ぎ教える気あんの?」

「おいおい、カナヅチを直したいんだろう?」

「そ、そうだけど……どさくさに胸触る奴が目の前にいるから教わる気にならないんだけど?」

「そりゃそうよね?胸触るコーチなんて居ないわよね」

 

 メリーがウンウンと頷く。

 

「けど、それでも私は泳ぎを上手くなりたいの!あんたのセクハラなんかへのカッパよ!」

「あれだけやられてまだ教わるの!?あんた強いわね!?」

 

その心意気やよし!!

 

「んじゃ、みっちり鍛えるから覚悟してくれ!」

「覚悟なんてとっくに出来てるわ!」

「あんたがそこまで言うなら意地悪なしであたしも協力するわ」

 

 ザンの真剣な気持ちに心をうたれたメリーも加わり、ザンはそれから時間の許す限り【クロール】【バタフライ】【ドルフィンキック】【潜水】【平泳ぎ】などを叩き込んだ。メリーも熱心に指導をした甲斐があったのか、それとも元々素質はあったのか、2~3時間でザンは映画に出てくる人魚の様に華麗に泳げる様になった。

 

「すごい!見て!私、泳げてる!泳げてるわ!?」

「なによ、コツを掴んだらちゃんと泳げるじゃない」

「これくらい泳げれば大丈夫でしょ」

 

 イルカショーの様に高くジャンプしながらザンは喜ぶ。俺達が着替えて待っていると、ザンが岩場に近付いて来た。

 

「数百年泳げなかったのにあなた達のおかげでようやく泳げる様になったわ。ありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして」

「もし沖縄にいる間に困った事があったら力になるわ!」

 

 ザンがそう言うと、

 

「あんた海にいるんでしょ?どうやって駆け付ける気なの?」

 

 メリーが不審の眉を寄せる。だが、ザンはちっちと言いながら人差し指を動かした。

 

「大丈夫。海に向かって指笛を吹けば私はどんなに離れてても音を聞き取れるの」

「へぇ〜。便利ね」

「んじゃ、そろそろ俺達は帰るね」

「ええ。沖縄はとってもいい所だから龍星とメリーさんも旅行楽しんで行ってね!それじゃ、また会いましょ!」

 

 ザンはそう言って大海原へと消えていった。見送ったメリーが背伸びをしながら歩き出す。

 

「あー疲れた。髪の毛がザラザラになっちゃった。シャワー浴びたい」

「そうだな。2人で浴びて観光を楽しみますか」

「いや1人で浴びるから」

 

 メリーに砂をかけられながら俺達はその場を離れた。



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第92話 鎮魂

 ザンと別れ、○○島から出て沖縄に戻り観光を楽しんだ俺とメリーはサトウキビ畑と夕陽を眺めていた。

 

「すごい綺麗ねぇ」

「そうだなぁ。こんな夕陽は初めてかも」

「そろそろホテルに行こうか」

「そうね、そうしましょ」

 

 ホテルに戻る為に来た道を戻ろうとしたその時、別の畑に行く道に大勢の人が列を生して歩いていた。それを見たメリーが耳元で囁く。

 

「あの行列何かしら?」

「なんだろう?祭りでもあるのかな?」

 

 気になった俺は歩いているおばあさんに声を掛けた。

 

「こんばんは。あの、これから何か祭りでもあるんですか?」

 

 おばあさんは俺達に顔を向けた。

 

「あんたら、本土の人かい?」

「はい。そうです。観光に来ててそろそろ街に戻ろうと思ってたらおばあさん達を見かけたので何かあるのかなと思って声をかけたんですが?」

 

 俺の質問に、おばあさんは気さくに答えてくれた。

 

「これから戦争で戦ってくれた兵隊さんを供養しに行くんだよ」

 

 おばあさんの言葉に俺は思わず口を塞いでしまった。メリーも思い出したかの様に手をポンと叩く。

 

「そういえば沖縄は激しい戦地だったわね」

 

そう、沖縄は戦争で多くの兵隊さん達が亡くなった所でもある。

 

 これも何かの縁と思った俺は、

 

「あの、俺も一緒について行って良いですか?」

「ああいいよ。本土の人も拝んで行ったらいいさ」

「えっ!?行くの!?」

 

 おばあさんと俺の会話を聞いたメリーは思わず二度見する。だが、メリーと話す訳にも行かないのでメリーの意見も聞かずに俺はおばあさんと共にその場所へと向かった。供養する場所は野球が出来るくらい開けた場所で身長を遥かに超える草木が生えている場所だった。あちこちに地元の住民やお坊さんが儀式の準備をしていた。

 

「本格的なんだね」

「そりゃ日本を守ってくれた兵隊さんを供養する儀式だからね。しっかりやらないと英霊達に失礼だよ」

「……そうね。あたしは邪魔になりそうだから離れてるわね」

 

 メリーも英霊達に気を遣って俺から離れて行った。俺も懐からローラさんに直してもらった十字架が付いた数珠を取り出し、準備をしていた中年のお坊さんに声をかけた。

 

「すいません。俺も儀式に参加したいんですけど良いですか?」

 

 お坊さんはゆっくりと振り返って、

 

「はい、それは構いませんが……法衣はありますか?」

 

法衣……お坊さんが着てる服か。

 

「いえ、法衣は持ってないです。法衣がないとダメですか?」

「そんな事ありませんよ。では、私の作務衣をお貸ししましょうか?」

「良いんですか!?」

 

 俺は申し訳なさそうに言う。お坊さんは両手を合わせながら、

 

「これも何かの縁ですし、何より参加する事に意味があるのです」

「ありがとうございます」

「では、こちらへ」

 

 お坊さんは偉い人なのか役員らしき人に説明して休憩室として使うテントの中に特別入れて貰った。中には着替えているお坊さんが何人もいた。俺もお坊さんから作務衣の着替えを手伝ってもらった。

 

「これで良いでしょう。では、皆さん時間ですので参りましょう」

「はいっ!」

 

 俺達は設置された祭壇に向かった。儀式の場所は草木に覆われた場所で拓けた場所に観客席が並んでおり、観客席の前には祭壇と俺達が座る畳が用意されていた。作務衣を貸しくれた偉いお坊さんを中心に横一列に座ってその時を待った。そして、太鼓をドンドンと鳴らした。

 

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 

これって、確か【十念】ってやつか?

 

十念とは。【南無阿弥陀仏】を10回称える作法のことを言う。

 

 俺も一語一句間違えないように他のお坊さん達と合わせた。唱え終えると、【般若心経】を唱えると言う。般若心経は、お経の中でも最も知名度が高いものであり、さまざまな場面で読み上げられるもので、般若心経は本当の名を「般若波羅蜜多心経」と言い、「自分の知恵を使って彼岸へ至るまでの教え」といった意味合いを持っている。

 

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経〜」

 

 俺に作務衣を貸してくれたお坊さんが最初に唱えると、続いて他のお坊さんが唱え始めた。それに合わせて俺も唱える。

 

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経〜」

 

 俺達が唱えていると、会場の人達全員が手を合わせて拝んでいた。すると、そよ風が吹き始めると俺は会場の異変に気付き、目を開けた。

 

なんだ、この雰囲気は?

 

 お経を唱えてる途中に見渡す訳にもいかないので目だけを動かして草木を見つめてみると……草木の間から男性と思われる顔がこちらを覗いていた。俺は思わず目を逸らしてしまう。だが、儀式はまだ続いてる為その場を離れる訳にはいかなかった。もう一度同じ場所を見てみると……今度は息を殺して儀式を見つめる4人の兵隊さんがはっきりと見えた。

 

怖がったら失礼だよな……。

 

 そう思った俺はお経に心を込めて唱え続けると、1人の兵隊さんが俺にゆっくりと近付いて来た。歳は俺より若そうで、キリッとした顔立ちだった。俺はその兵隊を見つめていると、兵隊さんは俺に声を掛けてきた。

 

「貴方は……私達が見えてますね?」

 

 そう言われた。俺はゆっくりと頷くと、

 

「そうですか……今の大日本帝国は平和ですか?」

 

 兵隊さんは不安そうな顔をしながら俺に尋ねて来た。俺はゆっくりと首を縦に振ると……。

 

「そうですか……。我々の死は無駄では無かったのですね」

 

 その言葉を聞いた途端、俺の目からは何故か涙が零れていた。

 

ご苦労様でした……。

 

 俺はゆっくり頭を下げた。それしか考えられなかった。すると、他の兵隊さん達も近付いて来ると、草木の奥からは米兵らしき兵隊さんも現れた。その数は参列した人より多かった。俺の返事を悟った兵隊さんは微笑みながら、

 

「そうですか、これからの日本を頼みます……」

 

 そう言い残し、他の兵隊さん達と共に霧のように消えていった。

 

2時間後。

 

 儀式が終了し着替え終えると、作務衣を貸してくれたお坊さんが俺に声を掛けて来た。

 

「ご苦労さまでした、いかがでしたか?」

 

 俺は涙を拭いながら、

 

「とてもいい経験になりました。ありがとうございました」

 

 俺がそう言うと、お坊さんはうんうんと頷く。

 

「それは良かったです。どうやら貴方は特別な力がある様ですね」

 

 お坊さんの言葉に俺は驚いた。

 

「分かるんですか!?」

「ええ、我々は長い修行をして培われるのですが貴方は格が違う様ですね。その力を正しくお使い下さい」

 

 お坊さんはそう言い残し、他のお坊さん達と共に帰って行った。すると、終わったの見計らっていたメリーがスッキリした様な顔をしながら俺に近付いて来た。

 

「いやぁ、お経でなんかリラックス出来た。肩のコリが解れたわ」

「浄化されたんじゃないかって心配してたよ!」

 

 俺がそう言うと、メリーは笑いながら。

 

「まさか、除霊じゃないんだからあたしが消される訳ないでしょ。兵隊達はあんたの言葉を聞いてスッキリして成仏した見たいだけどね?」

「やっぱり成仏したのかな?」

「うん、あたしも見てたからね。ほら、そろそろ帰りましょ」

 

 メリーに促された俺は歩き始めた。



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第93話 〇〇公園

 鎮魂の儀式を終えた後、沖縄に戻った俺達はホテルにチェックインしてホテルの窓から月の光が照らされている大海原を眺めていた。メリーは自前のパジャマ姿、俺は備えられていたバスローブに身を包みながら優雅に満喫していた。

 

「絶景絶景」

「綺麗ねぇ……心が癒されるわぁ……」

 

 夜風が吹く中俺はふとメリーの方を向くと、金髪の髪を靡かせながら黄昏ているメリーが海で遊んでいた時の様にまた見とれてしまっていた。視線に気付いたメリーと目が合ってしまった。

 

「な、なによ?」

 

 ジト目で俺に言う。咄嗟に俺は、

 

「いや、こうしてまじまじと見るとメリーって綺麗なんだなって」

 

 と嘘偽りなく言うと、メリーが顔を赤くさせた。

 

「ちょ、そ、そんな事急に言わないでよ!調子狂うんですけど!?」

「え、んじゃ今のナシ」

 

 今度は真顔で今の言葉を撤回する。だが今度は泣きそうになり、

 

「確かに言うなって言ったけどさ、今すぐ急に冷たくならないでよっ!なんなの!?」

「言うなって言うから……」

「少しは乙女心を勉強しろよ!」

 

情緒不安定な奴だ。

 

 メリーに掴まれ揺すられて居ると、俺のお腹の虫がグゥ〜っと鳴き始めた。

 

「そろそろ晩飯でも食べるか」

「そ、そうね。けど、どうするの?外にでも食べに行く気?」

「いやルームサービスでいいかなぁって思ってたけど?」

 

 俺の言葉にメリーは首を傾げる。

 

「めっずらしぃ〜。あんたの事なら「外で食べて心霊スポットでも聞き込みしよう!」とか言い出すかと思ったんだけど?」

 

 メリーが嫌味っぽく言うと俺はちっちと指を振る。

 

「ノンノン。足で稼がなくても聞き込みは出来るさ」

「え?それってどういう事?」

「まぁ見てなって」

 

 不思議がるメリーを他所に俺は電話でルームサービスを頼んだ。数十分後、若い男性スタッフと共に料理が部屋の中に運ばれて来た。

 

「お料理は以上でお間違いありませんか?」

「はいっ、大丈夫です。ありがとうございました」

「では、失礼します」

 

 若い男性スタッフが部屋から出ようとしたその時、俺は声をかけた。

 

「あっ、ちょっと良いですか?」

「はい?何でしょうか?」

「この辺に有名な心霊スポットとかありませんか?ちょっと肝試しに行きたいんですけど?」

 

 俺の言葉にメリーはようやく理解した。

 

「あっ、なるほどね。ルームサービスに来たスタッフが教えてくれるって訳ね」

 

 メリーが頷くと、若い男性スタッフが少し考えた後に口を開いた。

 

「そうですねぇ……〇〇公園がここから10分程度で行ける場所がありますよ?」

「〇〇公園?それはどんな所なんですか?」

 

 若い男性スタッフが言うには、昼間でも暗い雰囲気に包まれている公園で、霊感がある人にはとても危険な場所とも言われているらしい。公園の内部には洞窟があり「ここから先は、霊域により命の保証は出来ません」などの表記がされているとの噂もあると言う。

 

「そんなに有名なんですね!」

「はい。私が学生の頃から有名な所でしたから。なんでも【ユタ】の修行場所に使われているとも言われてます」

 

ユタ?

 

 聞いた事のない単語に俺とメリーは首を傾げる。

 

「何かしら?ユタって?」

「すいません。ユタってなんですか?」

「本土の人の言葉で言うと霊能者の事ですね。それと、〇〇公園は殺人事件の現場でもあるらしいです」

「殺人事件?」

「はい。私も先輩から聞いた話なんですが……」

 

 若い男性スタッフの情報では、森川公園にある日カップルが訪れた際に、トイレに行ったきり戻らない男性を不信に思い様子を見に行ったという。トイレに近づいた女性は、首が切られ変わ果てた姿の男性を発見したというのだが、〇〇公園で起きた殺人事件では所説があり、男がカマを片手に彼女の頭を持っていた。女が右手に彼氏の頭を持っていた。など似たような話しであるらしい。

 

「へぇ〜。沖縄にも面白そうな奴がいるじゃない」

 

 話を聞いたメリーが興味が湧いたのか滅多に見せない妖艶な顔を見せていた。

 

「情報ありがとうございました」

 

 情報を聞き終えると、若い男性スタッフは顔を曇らせる。

 

「あ、あの……スタッフの私が言った後に言うのも大変申し訳ないのですが……行くのは止めて置いた方が良いと思います。私のヤンチャな先輩達が肝試しに行った後には必ず「あそこには絶対行くな!!」と言うくらいなのでお勧めは出来ませんよ?」

 

 と若い男性スタッフに忠告されてしまった。

 

そんなにヤバい所なのだろうか……。

 

 忠告した若い男性スタッフはそそくさと部屋を後にする。俺とメリーは豪華な料理を堪能していると、南国のフルーツの生気を吸って口いっぱいしながらメリーが言い放つ。

 

「ねぇねぇ。さっきの〇〇公園にめっちゃ行きたいんだけど」

「珍しいな。お前がそんなに興味を示すなんて」

「だって、口裂け女さんやお岩さんレベルにヤバい奴なんて久しぶりじゃない?会ってみたいって思うが普通じゃない?」

 

確かにここに来てからは英霊やザンにしか会っていないな。

 

 沖縄名物のソーキそばをすすりながら俺は、

 

「うーん、確かにここらでセクハラ出来る幽霊に会いたいね」

「なんでセクハラする前提で言うかな?」

「だって幽霊にセクハラしても罪にはならないっしょ?」

「いや、まぁ……そうだけどさぁ……なんかさぁ……」

 

 満面な笑みで答える俺を見たメリーは、何かを後悔するように頭を抱え込んでしまった。



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