URAブラックリスト、幼女に手を出す (知らない後輩)
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Lesson1 突然のスカウト!

夏の暑さに逃れながら書きました。
流行に乗るのも悪くは無いね。




俺の人生が可笑しな挙動をし始めたのは多分この時からなのだろうと思う。

だけど、その時の俺は其れ処では無かったし、そもそも未来を予知出来なかったから対処も出来なかった。

話すのなら、あの一通の手紙が俺の捧げて来た青春を奪った所から行こうか。

 

 

 

『...これらの行為により、××××様(俺の名前)に以下の処罰を命じます。

 

レース場への立ち入り、ウイニングライブ等のイベントへの参加の禁止。

名簿に登録されている現役、育成中のウマ娘及びトレーナー、各URA関連の関係者などへの接触禁止。

 

以上の項目を基本的に今後十年間(場合により変動)厳守して下さい。』

 

これがさっき言ってたあの長ったらしくて小難しい書類の肝心な部分だ。

もっと分かりやすくいうと『10年間ウマ娘に関わるな』って事だ。

 

最初コイツがURAから届いた時は頭の中に?しか浮かばなかったが今だったら分かる。あの時俺がやっていたのは所謂、迷惑ファンの所業だった。

 

それについて言い訳を言わせて貰うと、俺は元々親の職業の影響で物心つく前からウマ娘について触れる事が多かった。

そしてそんな場所で育った俺は見事、熱狂的なウマ娘のファンになった。

それはよくある話だ。だがここからが肝心。

 

そんな同年代の同類にもドン引きされる程のウマ娘好きだった俺に与えられていた環境は、あり得ない程に恵まれていた。

何てったって俺の育った街は日本のスターウマ娘がわんさか居るあの『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』(故郷がモロバレしてるのは内緒)だったんだからな。

 

こうして俺はイカロスの翼の伝承の様に光り輝く太陽というタブーに近づき海に落ちて死ぬ(出禁になる)運命を受けた訳だ。

 

そんな自業自得の言葉が似合う男になったのが18歳の春。桜が俺を嘲ける様に咲いた高校三年生の時だ。

 

これを見た親の反応は怒ったり泣くとかというよくあるリアクションでは無く「やっぱりか」とか「それ見ろ」とでも言いそうな呆れた顔をしていた。つーかそう言われた

 

「お前...まさかとは思っていたが、やっぱり一線を踏み越えたか」

親父、オメー息子が犯罪者予備軍になり掛けたらそれを止めるのがアンタの仕事だろ。

 

 

 

URAのブラックリスト入りによって半ば強制的に現実に戻された俺は、それによるショックにより少しの間気力が抜けた生活を送っていた。

 

そんな最中の夏。俺の未来は親の家業を継ぐ事が確定しているらしいので、同級生の輩が頑張って職探しやら勉強やらに精を出しているのに関わらず俺は学生生活最後の夏としてウマ娘以外の思い出作りを一人で作ろうと思っていた。

 

去年までならトレセン学園が主催している夏合宿にこっそり尾行して彼女達のあられもないスク水姿を拝んでいたのだが、今年からはそれが出来ないので仕方なく市民プールに浸かりに行った。

くそう、同年代のそれも唯の人間の肌なんて見ても何も感じねぇよ。

 

一般市民のホモサピエンス共の汚い水着姿を見て何だかこれじゃない感が溢れて来たので早めに切り上げた。

てか、一人で思い出作るのはハードルが高過ぎるしなんか虚しいからやめよう。

 

そう心に誓って、俺は府中市のとある喫茶店へ向かう。

ちょっとくすんだ茶色の壁が昔ながらの雰囲気を醸し出している。

ドアを開けるとカランカランとベルの音が鳴る所もポイントだ。

 

「おっ、早い帰りじゃねぇの。まさかプールやってなかったのか?」

「いや、やってたけどやめた。やっぱり人間の水着姿は俺の目には合わなかったよ」

 

店内に入ると誰よりも早く俺を出迎えたのは額縁に飾ってある、時代を飾ったの名レースの記事、記事、記事。

それをいつもの様に眺めながら俺はバーカウンターの奥に座った中年の男にそう答える。

 

「おいおい、そんな事言ってたらいつになっても孫のツラが拝めねぇっての」

「うるせぇ、出来たとしてもアンタには見せるかっての」

 

そう冗談めいてバーテンダー、いや俺の親父に言ってやる。

何を隠そう俺はこの『ウマ娘喫茶良バ場』の跡取り息子なんだからな。

 

ウマ娘喫茶とは所謂ウマ娘ファンのウマ娘ファンによるウマ娘ファンの為の店だ。

此処では多くのウマ娘好きが昼間からウマ娘愛を語り合っているウマ娘ファンの楽園...だったのが先代のお祖父ちゃんが現役だった時代。

 

今では高齢化した常連の老ぼれ共がコーヒー一杯で朝から晩まで孤独を紛らわす老人会の会場みたいになっている。

そのせいで新しいお客さんは来ず、利益がいつもギリギリで黒字と赤字を交互に点滅させている状況。

本当に良い迷惑だよ。

 

「まぁいいや、いつものお願い」

「分かった。小遣いからの天引きでいいな?」

 

そう言って出されたのは鮮やかな濃いオレンジの液体。

これぞ、良バ場名物120%にんじんジュース。

これを一気にグイッと呷る。

 

「あ"ぁ〜、美味い!もう一杯」

「ほれほれ、どーせ飲む奴が居ねぇんだからじゃんじゃん飲め飲め」

子供の時からずっと好きなんだよなぁこのジュース。いつ飲んでも飽きない。

 

 

 

カランカラン、そんな事をやっているとドアが再び開く。

そこにいたのは常連客の中でも最年少のおじさん。確か名前は浜野さんだっけ?

 

「おっ、浜野さんいらっしゃい。今日はいつもより早いねぇ、盆休みかい?」

 

いつもの様に親父が浜野さんに声を掛けたが、今日の彼は違った。

浜野さんはそのまま親父がいる場所の正面に立ちそのまま勢いよくバーカウンターに平手を置いて頭を下げて言った。

 

「頼むマスター。僕の娘をレースに出してくれ!」

 

は?

 

話を要約するとこうだ。

浜野さんの娘さん(8歳)はウマ娘のレース中継を見て自分も走りたいと言ったそうな。

だが子供の気は変わりやすい事を浜野さんも子の父親だから知っていた。だからこう言った。

 

「次の算数のテストで100点を取ったらレースに出してあげよう」

 

そして数日後、娘さんは約束通り算数のテストで見事満点を取ってやってきた。

そして、浜野さんは大層驚いた。実は娘さんの一番苦手な教科は算数だったからだ。

 

そして、此処まで努力して苦手な事をやって見せた娘に感化されそれ相応の事をやってやろうと浜野さんも漢を見せようとした。

 

それで、やるからには娘のコーチを誰かに頼もうと思ったが、知り合いにはパッとしない奴らしか居なかった。だからこっちにお鉢が回って来たらしい。

 

こっちから見たらどうでもいい話だが、浜野さん側から見たら藁にも縋る程の最後の希望が俺の親父だそうだ。

だが、親父はレースを見るのは好きだ。だが実際にコーチをやろうとは思ってはいなかったので、

 

「おい、我が息子よ。お前昔ウマ娘のコーチを目指して無かったか?」

「い、イッタイナンノハナシヲシテイルノカナ?」

「社会勉強だと思ってやったら如何だ?」

「やだよ!昔は血迷ってそんな事言ってたがURAの連中の通達を見て正気に戻ったんだ。

もう俺はウマ娘なんかに関わりたく無い」

「五月蝿い!やれと言ったらつべこべ言わずにやるんだよ!漢を見せろこの野郎」

「ヤメロ、その手を離せ馬鹿!これはおふざけでは済まされない話なんだぞオイ!」

 

ぎゃーぎゃー。必死に俺に荷を乗せようとする親父とやりたく無い俺の擦り付け合い。

どっちも面倒ごとには巻き込まれたく無いから当然だね。

 

「マスター達もコーチ、やってくれないのか...」

「「え?ちょっと待って」」

 

浜野さんが二人の醜い争いを見て絶望、そのまま自殺しそうなテンションで店を出そうになったので全力で止める。

 

「わ、悪い浜野さん。これはギャグ、そうギャグなんだ。ダ○ョウ倶楽部みたいな、ね」

「そうそう、俺はむしろ大歓迎だ。俺の手に掛かればどんな落ちこぼれだってあの伝説のウマ娘を超える存在にチョチョイのチョイよ」

「そ、そんな...ありがとう××君!君に任せて良いんだね?!」

 

はぁ、これで浜野さんも魔女化せずに済むよ...

ってあれ、俺今かなりヤバい事言わなかった?

 

「そうコイツも言ってるので大丈夫ですよ浜野さん。俺もこんな自慢の息子を持って嬉しいです」

「そんじゃそゆ事何でヨロシク。頑張ってね⭐︎」

 

何が『頑張ってね⭐︎』だバカヤロー!

ふざけんじゃねぇよ!何でこんな事を俺がしなきゃいけねぇんだよぉ!

 




まぁ、まずは書き溜め分だけ投稿して、反響と私の気まぐれでやって行きます。余り期待すると損するかもです。


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Lesson2 解雇の危機⁉︎

書いてて思った。コイツ、チョロインじゃね?(メインヒロイン)
追記 サブタイトル変えました『解散』→『解雇』


あのクソやろ...親父のワガママとその場のノリで見事、常連の浜野さんの娘さんをコーチする羽目になった俺。

 

今日はあの話の続きをするってゆうか、今日から練習をするらしい。

ハッキリ言って早すぎると思うのは俺だけか?

 

まずは選手との顔合わせとか打ち合わせした後からやるのが普通だと思うのだが、アイツらは初日初対面で彼女の特性も何も分かって居ない状態の俺にぶっつけ本番のコーチングをしろというのだ。

 

もしかしたら一流の本物トレーナーだったらそれでもいけたかも知れない。

だが俺は唯の一般市民で元過激派ウマ娘ファン。

 

一応スター選手のトレーニングメニューは網羅し尽くしてはいるが、あのメニューはトレーナーが作った選手のスペックとこれまでのデータがソースのその選手専用のワンオフメニューな訳だ。

故に手元のコイツはアテにならない。

 

だがそれはこれからちょっと長い付き合い(?)になるであろう少女と二人三脚で作っていけば良い。

だから今回の練習はガッツリ行く訳ではなく、今から来るだろう小学二年生の特徴を測ってやらないといけないって事だ。

 

「まずはこの年齢での短距離、マイル、中距離、長距離を走って貰うか」

 

そう今回俺がやるべき事を声に出して転がしていると、俺が居る小学校のグラウンドに三人の人影が見えた。

 

二人は知っている。俺を面倒事に巻き込んだ悪魔共、もとい親父&浜野(父)のコンビだ。

そして、

 

「やった♪やった♪レースのれんしゅ」

呑気に鼻歌を歌っている年相応の栗毛の少女が一人。

 

「やぁ、おはよう。××君。今日から娘を宜しくお願いするよ」

「おお、逃げずに此処で待っているとは、覚悟を決めたな」

「爽やかに挨拶しても無駄だ。オメーらのやった事は一生忘れねぇからな...」

 

何が覚悟だ。今俺が背負っているのは憎悪と憤怒だっつーの。

まぁいい。この話は後でするとして、まずばあの少女からだ。

 

「こんにちは。今日から君の担当になったアマチュアトレーナーの××だ、宜しくね。そう言えばお嬢ちゃんのお名前聞いていなかったね。お兄さんに教えてもらってもいいかな」(イケメンスマイル)

「.....うぅ...」

 

あれ、おかしいな。人と接する時は笑顔で自己紹介じゃなかったっけ?それにさっきの笑顔は何処に行った?

兎に角、目の前の少女は緊張でもしているのか『うぅ』とか『あぅ』と、うめく事しか出来ていない。

 

「ほらまつり、あの"おじさん“に挨拶してあげて。これからまつりを見てくれトレーナーさんだからね」

あ“?誰がおじさんだって⁉︎もう一回言ってみろ、永遠に愛娘と会えなくしてやる。

そうこうしていると浜野の腐れ父親が助けて船を出してくれていた。

 

「えぇと...浜野祭理です...宜しくお願いします」

「よーしまつり、いい子だぞう。言ってないのに『宜しく』何て言えちゃうとは流石僕の娘だ!」

 

おい、待ってくれ。コイツ重度のバカ親だ!

娘が一般的な社交儀礼しただけで最大評価しちゃうとか結構ヒドイレベルの。

それに祭理って名前の子も照れてそのまま浜野(父)の後ろにまわっちゃうし。

 

「えっと、よし祭理ちゃん。俺は君のレースの大会を目指す事に協力したいんだ。だから、まず祭理ちゃんの強さを測りたい。協力してくれるかな?」

 

娘コンプレックス全開の親父の事にいちいち突っかかってたら日が暮れるので、大人の足越しにしゃがんで本題の彼女に問い掛ける。

 

人見知りの子供と面と向かって会話するのは逆効果だと思ったので、耳だけは此方に傾けてくれていると信じて会話を試みる。どうだ?

 

「...うん、やってみる」

父親の足から顔を覗かせた少女はコクっとうなづいた。

 

 

 

タッ、タッ、タッ、タッ、タッ。軽快な足音が俺に近づき遠ざかる。

音を出している正体は200mのグラウンドをぐるぐる周っている一人の少女。

 

「よし、あと二周、頑張って祭理ちゃん!」

「はっ、はい!」

 

いや、走ってる途中だから答えなくても良いんだけど...まぁ元気があるのはいい事だよな。

あと、受け答え出来るその体力を走りに使ってくれると俺は嬉しい。

 

あの後祭理ちゃんは俺の指示を素直に受けてくれて、さっきの緊張が無かったように張り切ってグラウンドを走ってくれた。

 

彼女が走ると当然ながら右往左往する尻尾、上下する体、そして真っ直ぐ前を見ている真剣な眼差しが見える。

それを見て俺は昔、高性能双眼鏡を使って眺めたトレセン学園のウマ娘に共通している事に気づいた。

 

ウマ娘というのはどんな個性、性格を持っていても、結局『走る』という動作に情熱を感じている生き物だと、そう実感する。

レースという晴れ舞台に立った彼女達全てに感じれたあの何とも言えないキラキラしたオーラは、目の前の少女にも例外なく纏われていた。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、××さんどうだった?わたしの走り、すごかったでしょ!」

ラスト二周を走り切り、此方に祭理ちゃんが駆け寄って来る。その顔はうっすらと汗が流れた良い笑顔だ。

 

これからどんなキツイ事があったとしても、彼女のこの笑顔は消える事が無いだろうか?

ふと、そんな事が頭に浮かぶ。

 

「うん、良い走りだったよ。この走りを伸ばせば、レースでも一着を取れるかも」

「え⁉︎一着が取れちゃうの!うれしー、やったー!」

 

さっきより彼女の笑顔が一層輝かしくなった。

こんな物を見せられたら、俺だって自然に何だか嬉しくなって来る。

 

「そうだぞ祭理ちゃん。これから俺ともっと練習してもっと強くなって、優勝を目指そうか。頑張るぞー、応!」

「うん、まつりがんばる!ってキャッ、」

 

感情の高まりが抑えきれなくなって思わず祭理ちゃんを持ち上げる。

思ったより、この歳の女の子って軽いんだなぁ...

 

「あはははは、そーれっ」

「/////...」

彼女は一瞬驚いて固まったが満更でもない顔を見せてくれた。

 

あら可愛い。自分にも子供が出来たらこんな可愛さを持つのだろうか。

そう変な事を思った矢先、

 

「オイィィィィ!僕の娘に何やってんだオラァ!」

あ、やべ。父親がいる事を忘れてた。

 

親父と話し会っていた浜野(父)が凄い形相でこっちにやって来て俺の手から祭理ちゃんを引き離し、宝物に触れるように彼女の安否を確認すると

 

「大丈夫だったか!祭理。あぁ、僕の判断が悪かった。まさかトレーナーがあんなロリコン野郎だと気付けない何て俺は父親失格だよ。嫌な思いをしたよね。さぁ、帰ろうか」

そう言って、帰るように祭理ちゃんを促した後。

 

「この野郎!俺の大事な娘に手ェ出しやがって、ゆ“る“さ“ん“!やっぱりお前のURAのブラックリストの噂は本当だったんだな。てか、俺はあの店のマスターに用があったんだ。息子のお前には一つも頼もうとは思わなかったのに、なんでこんな事になったんだ。ふざけんな!」

 

手のひらくるりんぱで俺を罵倒し始めやがった。何かイラつく。

だけど、何で俺が此処で彼女にコーチをしなきゃいけないのかは俺も疑問だが、それ以外は俺の失態だ。

 

結局俺は昔と何も変わってはいなかったらしい。

手を出した子の年齢が下がっただけでやっていた事は過激で最低で品が無い。

 

ははっ、次はどんな罰を背負うんだろう。

罰金かな?それとも豚箱行きか?

まぁ、どっちでも良いよ。どっち道俺は女児にセクハラかました犯罪者のレッテルを一生背負うのは同じだしな。

 

そんな俺が全てを諦めかけていた時、誰もがあの子があんな事を言い出す何て思いもよらなかった。

 

「お父さん、私がだっこしてって言ったの」

「ああ分かった、祭理。祭理も辛かったよな。ってヘァ⁉︎」

「だからトレーナーさんはわるくないよ」

「祭理、何を言って...」

「トレーナーさんは悪く無いよ?」

「ヒェッ」

 

何か分からんが祭理ちゃんが俺を庇ってくれた。

何故だろう。俺は彼女を傷つけたんじゃ無かったのか?

 

「あと、お父さん。もうこれから練習には来ないで」

「な、何故だ祭理!アイツは君をたった今いやらしい手で触ったじゃあないか。もし、トレーニングを続けるなら僕は君の親としてあの汚い馬の骨を監視する必要が、」

「誰が汚い馬の骨なの?」

「誰がって、あの変態アマトレーナーのことぉ...」

「私は私のお父さんを悪く思いたく無いんだけどなぁ?」

 

この一言がトドメになったのか、これ以上あのヒステリック野郎は俺についての悪口を言わなくなった。

そして祭理ちゃんは何事も無かった様に俺に笑顔を向けてくれて、

 

「つぎの練習たのしみにしているからねトレーナーさん。また会おうね」

と一言言ってグラウンドを去って行った。

 

「女ってのはどんな歳してても怖いもんだな。実感したよ。呆けてないで俺たちもさっさと行くぞ」

「ッ、ああ分かったよ。俺達も帰ろうか」

 

彼女が何であの時こんな行動をしたのかは分からない。

多分彼女が俺に運命的なナニかを感じたとかの気まぐれなのだろう。

 

そして、この時の俺の行動が全ての始まりだとは今も思いたく無い。

 




この後、彼女の父親を見た者は居ないという...


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Lesson3 決意完了!

今日は短めですね。サクサクっと読めます


彼女、浜野祭理が俺をヒステリック娘コンプレックスバカ父親からトレーナー解除の危機から救ってくれた、一瞬ヒヤヒヤした最初の練習から数ヶ月。

 

トレーニングを重ねて行く内に彼女の特性、強みと課題点が段々掴めて来た。

特別に教えてあげよう。

 

まず彼女の得意距離、これはマイルと中距離。

前の話で彼女のタイムを複数回計測した結果、この距離のタイム変動が目立たず年齢平均も余裕で超えて来ていた。

 

このまま順調に育って行けば皐月賞や秋の天皇賞だって望めるかもかも知れない。

思考の飛躍が過ぎるかも知れないが、彼女の情熱が五年以上冷めなければ起きるかも知れない未来だ。無下に否定はできん。

 

そしてもう一つ。彼女には最初からレースの才能があったという事。

練習が始まる前の計測で平均を超える実力があった事、それはつまりスタートラインが多くのウマ娘より前に出ていたという意味だ。

 

という事は練習すればもっと速くなれるのは当然で、俺が必死こいて考えたお粗末な練習メニューでも随分彼女のタイムは縮まって行った。

 

そして、自身の努力が目に見えて分かるのは中々に嬉しいモノだろう。

祭理ちゃんがタイムを聞きに来た時、この事を話して褒めてやると素直に喜んでくれた。

 

だが、これ程良い事が多ければその分悪い部分も目立って見えてしまうのは事実で、彼女の欠点も見つかった。

 

と言ってもこれは走りの面では無く彼女の性格にあった。

彼女は異様に感情の浮き沈みが激しかったのだ。

 

世の女性の気は嵐の様に変わり易いと誰かが言っていたが、俺に言わせるとあんな物はただのそよ風程度だ。

 

何か良かった事があったらしい日は何度も好タイムを出してくれるが、気分が最悪な日は何をやってもダメになってしまうらしい。

 

前回の結果より今日のタイムが遅い事が続くと、イライラしてがむしゃらに走り出してしまい無駄に体力を消費して練習がお流れになった事も少なからずあったし、理不尽に些細なことで腹を立てていた時もあった。

 

だが、これは俺の感覚的に子供特有のワガママが酷くなっただけな気配を感じたので彼女の成長と共に消えて行って欲しいと願う。

それに、あの父親が不自由無く娘を甘やかした所為でこんな性格になったのだと思うと自然に納得が出来たからね。恐るべし、箱入り娘。

 

 

 

まぁ、そんな感じのワガママハイスペック箱入りウマ娘との練習も遂に年末近くまで来てしまった。

 

最初は子供の遊びを一緒にやる様な感覚だったのが、今では心の底でちょっと情熱と好奇心が燃え上がっている。

 

追っかけをして来た時に付けていた観察ノートはあの日から『祭理ちゃん研究ノート』に名前を変え、書く内容も名選手のプライベート関連から今後の課題や彼女の些細な変化、有効な練習メニューのレシピに備忘録...祭理ちゃんを勝たせる為の設計図にジョブチェンジした。

 

今日も今日とて研究ノートに必要事項を書き込んでいくと何やら周りが騒がしい。

良バ場のカウンター机から目線を外して覗くと、常連のジジイ共が何やら備え付けテレビを見てどよめいている。

 

俺もそれに倣ってテレビを見ると、画面越しに全力で走っている少女達の姿を見た。

あぁそっか、忘れてた。今日はG1レースのテレビ中継の日だ。

 

ディスプレイの奥の彼女達は自分とトレーナー、そして応援してくれたファンの為に走る。

そして局面は最後の直線。先頭の集団がデッドヒートを切り、緊張感がひしひしと伝わって来る。

 

昔はわざわざレース場に赴いて会場の熱狂を感じていたが、今になっては他人事に近い感覚だ。

輝かしい彼女達の姿は思わず応援したくなってしまう謎の欲を掻き立てているらしく客共が近所迷惑を考えず声を掛けている。

 

そんな姿にたった一年前だが、昔の自分を感じちまった俺に、声が掛けられた。

 

「お前も応援しなくて良いのか?」

「フッ、もう俺にゃそんな資格何て無いさ」

「そうか?お前はただ、URAの息がかかった場所に行けないだけで、テレビ中継位だったら応援したって誰も文句言わないだろ」

「もういいんだ、俺は。あの子達の晴れ姿見たってあの時の感情が蘇るだけだし」

「おい、それを本気で言ってるのか?」

「...いいや、ちょっとだけ違った。俺にはまだ祭理ちゃんの育成が待ってる。それに十年後にレースを久しぶりに観に行った方がなんか感動的だろ。だから、俺はちょっとだけウマ娘から卒業するよ」

「お前らしい答えだな、分かったよ。じゃあ十年後、またお前と好きなもので朝まで語り明かすのを楽しみに待ってやる」

「そいつはどうも」

 

如何やら、今回のレースを制した勝者が確定したらしく、店内には称賛と労いの会場に届かぬ拍手が響いた。

 

ありがとう親父。アンタがそう帰る場所を作ってくれるとちょっとは荷が降りた感じがする。

言葉にはせずに心の中でそう呟く。

 

 

 

カランカラン、突然良バ場のドアが開いて客の入店を教える。

「トレーナーさん、いまテレビ見てたら走りたくなっちゃったんだけど、今日練習しくてれる?」

 

なんか漂ってたしんみりした雰囲気を壊す様に祭理ちゃんがやって来た。

この子は時と場所も空気さえ選ばない。が、それが彼女の特徴の一つ。

 

「ああ分かった、祭理ちゃん。丁度してもらいたいトレーニングが有るんだが、やってくれるかい?」

「うん!」

 

いつもと変わらずのいい返事。さて、彼女の気が変わる前に行きましょうか。

 

「そんじゃ、親父。行ってくるわ」

「おう、夜になる前に帰ってこいよ〜」

 

「すぐにいかないと学校が閉まっちゃうよ!トレーナーさん早く早く!」

見送られて、いつものグラウンドに二人は歩む。

彼と彼女の行く先にあのるは栄光か挫折か。

それを知る者はこの場には居ない。




言っておりませんでしたが、大体二話で一年が過ぎます。
主人公がその年の個人的に印象深い出来事をピックアップして語っている感じです。


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Lesson4 ウマネーム!

URAのブラックリスト入りをした俺がひょんな事からJSウマ娘のトレーナーになっちまったのが去年の夏だったのが遠い昔の様に思えてしまう。そんな年明からちょっとした時期。

 

世間の奴らはそろそろ就職準備しなきゃとか、入試に受かれるかなぁとかと現実に向き合い子共を卒業する寂しい思いをしているらしいが、俺はそれよりも彼女のレースの事で頭が一杯で仕方が無かった。

 

八月から今まで俺と彼女は、様子見と言いながら大会に出る事に凄んでしまって居ていつ、何処の大会に出るかすら考えて居なかった。

が、そろそろ参加しなければ俺の存在意義と彼女の目的が本末転倒してしまうので遂に腹を括って大会に参加する事になった。

 

って事で俺たちが目指すのは秋の非公式アマチュアレース。その名も『府中アマチュアカップ〜秋の陣〜』。

 

トレセン学園がある府中市はその特徴を利用したウマ娘を用いた町おこしを図々しく画策しており、その中の一つにこのアマチュアレースが有る。

 

こんなネーミングセンス皆無のイベントを設立した理由としては、最初トレセン学園からちゃんとスター選手を借りたオールスター戦で行おうと思っていたが、ギャラが高かった(発生するとは市が思わなかった)為、市民の皆さんが市民の皆さんを楽しませるというセルフイベントに成り下がったと自治会の会議で決まったらしい。

 

こんな残念な真実があるアマチュアカップ。

だが、今回はコイツを利用させて貰って、祭理ちゃんを一躍街の有名人にしてあげよう。

 

なので、今日は良バ場に祭理ちゃんをお呼びしての作戦タイムをする事にした。

「という事で、祭理ちゃん秋に向けて本腰を入れて練習を始めるよ」

「うん...そろそろレースにでなきゃだよねトレーナーさん」

「アタ坊よ!」

 

 

 

「そんじゃ今回のレースの特徴を発表する」

「わーぱちぱちぱち」

「まず肝心の距離は『小学生低学年の部』に出場予定なので、マイル距離プロレースの半分である800mになります」

「おー」

「そして会場が府中市民陸場競技場(調べたらガチであった)の300mトラックなので、トラック二と三分のニ周分になります」

「何かちゅーとはんぱー」

「そして一番の問題部分は...」

「わー?」

「芝でもターフでも無い事だ!」

「ウマ娘のレースを何だと思っているんだー、この税金どろぼー」

 

最近の子というのは難しい辛辣な毒舌をズバズバ言うのがトレンドなのかな?めっちゃ相槌が野次めいているのだけど。

まぁ、それは置いておいて、一つこれから彼女がレースをする為に必要な事がある。

 

「ねぇ、祭理ちゃん」

「どうしたの、トレーナーさん?」

「そう言えば、ウマの名前決まった?」

「あ!決まってないよ、どうしよう」

 

やっぱり決まってないか...

 

君達に一応教えて置こう。この世界でレースに出るウマ娘は本名とは別に芸名やペンネーム感覚で自分の名前を偽ってレースに参加している。

まぁ、偽名とわかる様に全文字カタカナで名乗るという制約付きだがね。

 

だから、当時まだ居なかった某緑スーツの学園長秘書があんな人間味のある名前を名乗って居るのも納得できるだろう?

 

という訳で今からは祭理ちゃんの選手名を考えていきたいと思う。

さて、どうしようかな。

 

「祭理ちゃんはどんな感じのネームがいい?」

「んー、楽しそうな名前!...いやカッコいいの!、やっぱりかわいいのにしようかなぁ」

「OK、イメージ付かないと考えにくいからね、よーく想像してみて」

「うーん、むむむむむ...」

 

これからの祭理ちゃんの選手人生で永遠に付き纏う第二の名前。しっかり決めて貰おう。

 

「...ジオニックファクトリーとか?」

「驚異のメカニズム?」

「じゃあ、シノハラゼロシキ」

「暴走しそうな名前」

「ならミツビシタケミーでどう!」

「バリエーションが多そう」

「おもむきを変えてイナヅマガンダイバー」

???「行くわよ、お姉様!」「誰?!」

「セブンスライトエバー」

「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ...」

「フュージョニングマイソロジー」

「間違えても相手を光に帰すなよ?」

「エクスタシードッキング」

「一万二千年前に居そう」

「じゃあ逆に何にしたらいいの!」

「うーん、もっとオリジナル感があるものにしたいね」

 

何かどこかで聞いた事のある名前が乱立してた気がしたんだが、祭理ちゃんもそういった趣味を持っているのかな?余計な詮索はやめよう。

 

「そうだな、自分の本名に沿った感じでも身内以外には気付かれないんじゃない?」

「えー。じゃあ『ハマノパレード』とか?」

「!良いじゃないのそれ!絶妙にそれっぽい」

「えー!この名前すごいダサいよ?」

「いや、これぐらいが丁度いいんだって」

 

ハマノパレード、今までの案だったたらこれが一番しっくり来る。

苗字のハマノにパレードは祭(フェスティバル)の項目の一つから持って来たのか。

無骨ながら何か光るものがある。

 

「じゃあ、祭理ちゃん改めてハマノパレード。これからも頑張っていきましょうか」

「結局、これになっゃうの〜!...ま、いいかな。トレーナーさんが決定してくれた名前し、喜んで名乗らせても〜らおっと」

 

 

 

つー事で浜野祭理ちゃんにハマノパレードという新たなる名前を授けてあげたので、この後は祭理ちゃんの練習方向を決めていった。

 

いつもだったら俺が独断でメニューを調整していたが時間が迫った今は彼女の意見も尊重していきたいと思う。

俺はあくまで初心者のペーペーなので俺が感じ取れなかった感覚を彼女の体験で補い一つの完成形に落とし込む為だ。

 

そんな事をしていて、気付いたら結構時間が経ってしまった。

日はオレンジ色が弱まり、良バ場の疫病神達も帰宅を検討し始めている。

此方もトレーナーと担当ウマ娘の絆と閃きの必殺メニューが爆誕し、粗方今日やる事が終了。

さてと、今日は遅いし祭理ちゃんを送ってやれば今日の営業は終了かな。

 

「じゃあ、祭理ちゃん。今日は日が落ちて来たし俺が送ってあげよう」

そう言いながら振り向くと、その場にはさっき隣に座って居た彼女は居ない。

 

「あれ、祭理ちゃん?」

咄嗟に空気に話しかけていた俺の光景を見た人間が居ないか、恥ずかしさから探すが幸い居なかった。

安心して彼女を探し始めると、直ぐに見つかった。祭理ちゃんはちょっと離れた店の固定電話の前に突っ立っていたのだ。

 

心配される前に家族にでも連絡しているのかな?あの家には娘コンプレックス野郎が居るし、アイツにでも約束されてるのか。けど、それ抜きでも偉い子だよ祭理ちゃんは。

 

「なぁ、祭理ちゃんってしっかり者だよな。店に来た時はちゃんと帰宅の連絡してんだからさ」

「おん?何言ってんだお前さん。今日は此処にお泊まりのご予定なんだろ?

あと、前みたいに人前で分かりやすいオイタはやめろ。弁論が出来なくなる」

 

え?急に親父何言ってんの。

お泊まり?手を出す?全くもって意味不明だ。ボケたのか?

 

「待ってくれ、お泊まり会とかそんな話聞いて無いけど」

「あ、何言ってんだ本当に。俺が確認した時、別に良いとかどうとか許してたじゃねーか」

 

別に良い、あ!そういえばメニュー制作中に親父がなんか話しかけてた時があったような気がする。

まさか、その時に...

 

『なぁ、本当に祭理ちゃんを泊めてくのか?浜野さんに聞かれたら激怒しそうだが...』

『良いよ別に、問題は特に無いんなら。やれる事をやれば良いさ。...ット、アトヤラナキャコトハナカッタッケナ...』

『そうトレーナーさんも言ってますし今日は泊まっていくねおじさん』

『お、おう分かった。泊まるんならゆっくりして行っておくれよ』

『ありがとう!じゃあトレーナーさん、今日は丸一日お世話になります』

 

あああ!思い出しだぞって、もう手遅れじゃん!

どーすんのよこれ、接し方次第で俺児ポ法で捕まるよマジで。

 

ま、まずは一旦落ち着くんだ俺よ。

相手はまだ純粋な小三の少女だ、ああいう好奇心が強い子とはこっちが手を出さぬ限り、薄い本みたいな展開になる訳ないじゃ無いか。てか、させるかっつーの!

 

そうだ。それに、俺とあの子には十歳という長くて短い年月が大きい差としてあるんだし、もしかしたら彼女の中の俺は歳の離れた兄程度のポジションだと思っているかもしれない。

もしそうなら俺は彼女の(KENZENな)義理の兄でも何でも演じ切ってやるさ!どけ、俺が祭理のお兄さまだぞ!

 

 

 

カポーン

「いいお湯だね、トレーナーさん!」

「あ?あ、ああ。ふ、普段使ってる風呂場だからお、俺はあんまりだなぁ!」

 

アウトォォォ!俺、死刑!

 

何で何だろうね、俺が祭理ちゃんと風呂入ってんのかなぁ?俺も理由を聞きたいよ。

状況を説明すると俺は今、祭理ちゃんと風呂に入っているよ。やったね!(ヤケクソ)

 

どうしてこんな事になったかというと、数分前に突然タオル一枚の祭理ちゃんが現れた。

いや、そんなことある訳無いと思った諸君、俺も一瞬俺の正気を疑って確かめた。ほっぺつねったら痛かった。

そして今の事態が本当だと理解した俺は紳士的に祭理ちゃんが俺が入っている事を知らなかったのだろうとそう予測し、立ち去ろうとした。だが、祭理ちゃんが一言

 

『トレーナーさん二度手間になるのは色々勿体無いからいっしょに入ろ?』

 

何が勿体ないのかは知らんが、彼女が混浴を勧めて来た。

突然のハプニングまではブッダもキリストも許してくれただろうが、確信犯は違う。

どんな徳を積んだとしても、少女と裸の付き合い(意味浅)をしただけでジ・エンドさ。

 

俺はあの世でも歴史上のウマ娘の尾を追っかけたいので当然断ったが、彼女は何かに取り憑かれたように頑にそれを許さない。

 

そして挙げ句の果てに、

『お風呂から出たらこの事をお父さんに言うけど、良いのかな?こんな事でトレーナーさんとの絆を消したくないよ』

と、前に自身の父親にやったお願いという脅しをかけて来た。

 

流石の俺もこの言葉には抵抗が出来ず。あえなく、彼女と共に入浴をしてしまった。

一応言っておく、俺は悪く無い。

 

彼女の幼い女体を直視するのは日本男子の精神に反すると思い、苦し紛れに窓の奥を見遣る。

雲一つない夜空には強い街の光でも消えない一等星がポツポツ輝き、太陽にライトアップされた月が周りの闇を紫に変えた。

こんな日のナイターレースはさぞ走ると気持ちが良いだろうと自然に想像してしまう。

 

視線を彼女にチラッと移すと彼女は髪をこれでもかとゴシゴシ洗って居た。

さっき、背中を流したいと申し出ていたのを断った事を根に持っているのだろうか。

 

彼女はこれからどんな成長をするのだろうか、夢が広がる。

今日の様な夜の闇を割く、カッコいい娘になるのか。それとも多くのファンに愛されるスーパーアイドルになっているだろうか。

 

一寸先の未来の闇も見方を変えれば可能性の塊である。そう思えた俺の気持ちは湯気と共に黒色に溶けて消えて行った。

 

 




次回は遂に初レース!
祭理ちゃんもといハマノパレードの活躍をご期待下さい!


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Lesson5 レーススタート!

どうも、先日指導していたアマチュアウマ娘に薄い本に発展する寸前まで追い詰められた変態(変態じゃない)トレーナーもどきで御座います。

 

そんな、お縄が迫ってこないかドキドキしている俺だが、今日は遂に祭理ちゃんもといハマノパレードの初レースがやって来てしまった。

市が企画しているちっぽけなイベントだが、気を抜いてはいけない。

 

入場ゲートをくぐり今日の会場である300mトラックがある場所に歩むと多数の話し声がガヤガヤ言っている。

チラッと見ると選手家族、その手のファン、市の役員共でごった返しになり混沌を極めいた事に驚いた。

 

「へぇー、非公式の見栄え無さそうなイベントでも来る奴は来るんだな」

生憎俺はファン休止前はアマチュアのレースにはそこまで縁が無く、行くとしてもゲストにスター選手がやって来る時ぐらいだったので特に思い入れも無かった。

 

さて、そんな運動場の隅にもたれかけて携帯をポチポチしていると今日の主役が手を振ってこっちに来た。

「あ、トレーナーさんだ!おーい」

駆け寄って来た栗毛がチャームポイントの少女は俺の隣に寄って、いつもみたいに元気いっぱいの顔を覗かせた。

 

「ねぇトレーナーさん。遂にレースだね、レース!」

「ああ、そうだな。今日も元気全開で一位取って皆んなの度肝を抜いていこうか」

「うん!ドギモでもシリコダマでも取ってっちゃうぞー、おー!」

 

彼女のモチベーションをちょっとでも上げて、レースの結果を少しでも良くしようと考えたが上手くいった。

モチベは結構必要だぞ、某有名プロボクサーだって減量中に好物のアイスが食べれなくて大切な試合に負けちまったという噂がある程には。

 

っと、そうそう忘れてた。コレを祭理ちゃんに渡して置かないと。

俺は腕に下げた大きな紙袋を彼女に差し出す。

「祭理ちゃんこれ、プレゼント」

「え?何、すっごい気になる!開けてもいい?」

「勿論、今回のレースの為に仕立てて置いたのさ」

 

祭理ちゃんが凄い食い付きを見せる。さぁ早く開けてもっと喜んじゃって下さいな。

「これって、まさか...」

「そう、勝負服。この年齢というかレースに場違いかもだけど、受け取って貰えるかな?」

 

普通こんな物を貰って嬉しくないウマ娘などいるのだろうか?

それに勝負服はスターの証の様な物。テレビで見る彼女達と同じ服を着れるなんて歳の若い子にとって光栄な筈だ。

 

「本当にこれ、わたしがもらっていいの?」

「ああ、これは祭理ちゃん専用に特別に作った奴だ。企画、考案、デザイン、制作全て俺。この服で勝利の女神を呼んであげて」

「わぁぁぁ...」

 

こんな高度な技術一体何処でと思った諸君、ブラックリストを舐めてはいけない。

学校の長期休暇中に有名な勝負服の仕立て屋に弟子入りしていた俺にとってこんなのは朝飯前だ。

多方向に迷惑かけた分、俺のスキルは一級品だっての。

 

「おっとそろそろ準備の時間だ。祭理ちゃんの良い走りを楽しみにしてるよ。頑張ってね」

「はーい、まつりがんばりまーす!」

こんな事をしてたらレースの時間が迫るアナウンスが響く。

急いで祭理ちゃんを準備室に送ってやり、俺は観客席に着く。

 

もう俺のやれる事は一つもない。後はトラックを走る彼女を見守るのみ。

俺に見せてくれよ祭理ちゃん、君の全てを始めるレースを。俺との絆という道のスタートダッシュを。

 

 

 

遂にレースが開幕した。

どっかから録音したのか分からん、ノイズ音が混じった粗悪なファンファーレがスピーカーから会場に広がる。

 

それと共に出てきた少女達は当然だが、小ちゃい。だって小学生低学年だからね。

今日走ってくれる子供達は全部で六人。

分けられたレーンギリギリに並ぶ中に一人すっごい目立った娘が居た。

 

赤を基調とし、所々にあしらわれた金の帯はイギリスの近衛兵を彷彿とさせるその姿。

それは俺が祭理ちゃんに渡した勝負服そのものであって、当然衣装を纏っている少女は一人。ハマノパレード。

 

「え、何あの子?勝負服着てるんだけど、もしかしてプロだったりして?」

「何かヤベェ子居るけど、アレ何なん?」

「親の気合い入り過ぎじゃない?究極の応援じゃん」

これを見た観客の感想は千差万別。だが、言いたい事は一つ。

『あの娘は誰だ?』

一瞬で多くの観客が自身の娘の応援を忘れ、彼女の事を話題にし始める。

 

これが会場を釘付けするという事なのだろうか。

彼女の行方を誰もが無意識に見守った。

そして、トラック傍の係員がスターターピストルを点に掲げ、会場に緊張が走る。

 

パンッ!

 

軽い破裂音めいたスタートの合図が選手の耳に入った途端、一つの赤い線が留まった空気を切る。

その線を生むのはこれまた先程の少女。

一気に何バ身も離された他選手は追いつこうと必死だが、その差が埋もれる事は無かった。

そして、どんどん離していく人影を後ろに見て彼女は勝利を確実にする為にもっと加速をかける。

 

五人がカーブに差し掛かる時彼女は直線半分に、五人が直線半分に到達すると彼女は反対側の直線半分に、五人が反対側の直線半分に着くと彼女五人の一番後ろにいる子の後ろに張り付く。

 

単なる思い出作りで来た少女を、軽い夢を持って出場した少女を、自分の強さを見せる為に来た少女を一人の少女の努力と絆が壊して、砕く。

 

大人げない?悪いが、彼女は子供だ。

彼女は知らぬうちに他人の純子な心を歪め、嘲笑った。

相手を周回遅れにして圧倒的な力を見せつけたその姿はまさに韋駄天。

そして、300mのトラックニと三分の二周分の独壇場は彼女の大勝で幕を閉じた。

 

勝者の名はハマノパレード。

俺の愛バの初戦初勝利だ。

 

 

 

出番終わりの会場。まだレースは次の年代の部が走っている為、観客はまだ席に付いている。

俺はもう用が済んだので会場外で着替え終わった祭理ちゃんと帰宅準備を始めていた。

 

「うふふ。一位、一位♪まつりが勝った」

「おうおう、よかったね祭理ちゃん。こんなレース俺も初めてだよ」

「そうだね、わたしも夢中で走ってたら後ろの子に追いついちゃってびっくりしたもん」

 

俺も正直、ここまでのワンサイドゲームは初めて見た。

まるでレベルが違がった。赤子の手を捻るという言葉が似合わない位簡単に祭理ちゃんが勝利を飾った。

同年代で祭理ちゃんを止められる奴は果たして居るのだろうか。

 

この子なら、このまま成長していけばプロの世界に行けるかもしれない。

軽い冗談で言っていた言葉が正夢になる可能性が高まってきた。

 

なら、俺はその夢をもっと現実に寄せていくだけだ。

彼女の思いはまだゴールテープを切る気はない様だしな。

この際、二人三脚でもハリボテ四脚でも構わなねぇ。行けるところまで行ってやるよ。

 

「よぉし!祭理ちゃんこんな大賞を初レースで決めていくなんて俺も嬉しいよ。なので...祝勝のご褒美をあげちゃいます!」

「え⁉︎ご褒美?やったぁ!トレーナーさん、何をしてくれるの?」

「うーむ、そうだな。祭理ちゃんの好きな物でいいよー」

「ヴェ!な、何でもいいの⁈」

「まぁ、常識の範囲内でお願いします」

「んー、そうだなぁ...楽しいのにしたいなぁ」

 

今回は太っ腹過ぎたかな?

まぁ、いいや彼女のモチベーションはいつでも大切!良いに越したことは無い。

 

今日、スタートのマーチが響いた。その福音は何処までも伝い響き、それと共に深紅と漆黒の二人が駆け出した。

 

 



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Lesson6 海!

二人の水着姿は想像力で補って貰うと嬉しいなぁ〜
別に書き忘れた訳では無いですからね、イイデスネ?


俺と祭理ちゃんによる手加減無しの絆パワーで地元のアマレースをぶっちぎりの一位で走り切ってから、だいぶ時間が経った最近。

あの日から祭理ちゃんは自分の力を知り、自信を持ったのか

『もっと違う所で知らない皆んなと走ってみたいな〜』

と言う程にレースへの情熱を加速させていた。

 

そんでもって都内や近郊の県、果てには遠方まで遠征してレースに出場していった。

このお陰で俺は自動車免許やら予算確保の為に良バ場のカウンターの裏でより一層働く羽目になったのだが、これは余談だ。

 

それでも祭理ちゃんに敵った娘は少なく、彼女が四年生になって高学年の部に出れる様になっても勝率は高いまま。

 

やっぱり、スターウマ娘の卵はこういう表だった事を幼少期にしているのは少ないのだろうか。

彼女達の経緯を調べていくとトレセン学園へ入学後に名前がメディアに取り上げられて居る子が多い傾向にある。

 

てかアマチュアレース自体にマスコミが来る事こそ少ないし、例え幼い時からその類のレースに出ていても本人の友人や家族といった少数しかその存在を知られていないか。

まぁそのお陰で俺の存在が知られずに済んでいる訳だが。

よく考えたら俺、URAブラックリスト入りして居るのにこんな事していてよくバレずに生きているな。

 

 

 

まぁ、そんな事はどうでも良くて。

今回話していきたい事は、今俺の目の前に見えている景色っつーか場所についてだ。

 

んー、突然だがそのまま言うのも何だしクイズでも出そう。

あ、決して文字稼ぎとかの類いでは無いからな!勘違いすんなよ。

よし、じゃあヒント1『夏』

夏に関している物を思い出してみてくれ。

え?プール、花火大会?違うねアレは年中出来る。

 

偏見たっぷりのヒント2『パリピが行きそうな場所』

詳しく言うとパリピというかリア充の野郎どもが群がりそうな場所だな。

そこの夏コミケとか答えた奴、残念だったな。あんな場所にあの子を連れて行けるかっての。

 

おっと、今ヒントが漏れたと思うが気にしない気にしない。

ヒント3は『走りづらい』

そうそう、言って無かったが今日此処にきた理由に祭理ちゃんのレース練習が入っているんだ。

此処は確かに練習に効果的な所だ。地面が不安定な分、体力が削られてタフな体を作るには実際丁度良い。

 

この三つのヒントで大半の皆んなは分かったと思うんで、そろそろ此処で答え合わせといこう。

 

今俺の前に広がったいるのはそう、海だ。

雲一つない晴天に白い砂浜、そして水平線ギリギリまで真っ青な海水。

今日はそんな今の季節にぴったりな場所に祭理ちゃんと来ている。

 

何でかって?そりゃあ去年、もとい前回の話のご褒美って事で彼女がねだって来たからな。

生憎去年は話を出した時期がもう秋だったので行けなかったんで、今年にずらして持ち越したのさ。

 

後、あわよくば祭理ちゃんのトレーニングも兼ねたかったのだが、そこそこの観光客で見える為断念。

こういう時にトレセン学園夏合宿のビーチを使ってみたい物だ。

 

そうこう思いを侍らせてイスに座っていると、急に視界が真っ暗になった。

いや、違う。隙間から光が見えている点からして目を手で覆われたのか。

 

「だ〜れかな?」

いつもの聴き慣れた声が背後から聞こえた。

そして、このやんちゃで愛嬌のある声は...

「祭理ちゃんかな?」

「正解、流石トレーナー」

 

こんな同行人が俺しか居ないんだから考え無くても分かるのだが...

って、俺何で二人で海来てんだろ。考えればあの娘コンの野郎が黙って居なさそうだし親父だってお目付役で来たって良いんじゃないか?

まさか、歳の離れた兄妹設定とかで通ると思ってんのか?十歳分の差の兄妹とか無理だろ。

 

 

 

「ねぇ、トレーナーさん。折角海に来たんなら遊ぼうよー」

「祭理ちゃん流石に俺と君が一緒に遊ぶのはハードルが高過ぎるよ」

 

彼女の言っている事は道理に合っているのだが、やっぱり状況が不味い。

二十歳と十歳、合わせて二分の三成人式分の年齢を持っている男女。何度も言わせて貰う、ぜってぇ危ない。

特に俺の身が。

 

俺も半裸でのままマッポにお縄を掛けられたく無いのし、この事がばれてURAに強めの監視体制を引かれたくないのでここは引き下がれ無い。

 

「まぁそんな事言わないで海に入ろうよ〜、絶対気持ち良いよ!」

「ああ、海の気持ちよさは俺だって知っているさ」

「じゃあ何で、」

「今回はリクエストした祭理ちゃんが主役だ。今日は子供らしく一人でお魚さんとダンスでも何でも踊ると良い。さぁ、脇役の俺に何か構わず水平線に向かってGO!」

「いけずー。ぶーぶー」

 

「気を付けてねー、何かあったら呼ぶんだぞー」

「はあーい」

段々、彼女の姿が小さくなって行く。ふぅ、不服そうだが何とか一人で遊ばせる事に成功したぞ。

グフフ、後で何とでも言うと良い。俺は祭理ちゃん第一だが、自分だって大切だ。

結局、彼女を生かすも殺すも私の手腕加減だしなガッハッハ。

 

「キャータスケテートレーナーサーン」(棒読み)

「⁉︎祭理ちゃん、今そっちへ行く!」

 

これで俺も法に反する事は無くなった。そうほっとした束の間、祭理ちゃんの悲鳴が耳をつんざいた。

おいおい勘弁してくれ、早速危機かよ!ヤベェぞこれは。

何だ、サメか?波か?誘拐犯か?

嗚呼もう、この際何でも良い、全員纏めてかかって来やがれ!

 

「うをぉぉぉぉ!待ってろよ、祭理ちゃん」

「キャートレーナーサンカッコイイー!」(棒読み)

 

祭理ちゃんのいる場所は海、それもちょっと奥の方。

まだ助かりそうな位置だ。

このままスタッフを呼ぶ時間が勿体無い、今手が届くのなら俺はその手を掴んでみせる!

 

「さぁ、祭理、手を此方に!」

「っ、!うん‼︎」

 

多分足をつったのだろう、必死にバタついている(様に見えた)彼女に近付いて手を伸ばす。

彼女はしっかり俺の手を掴み、俺は全力で手繰り寄せ抱き締める。

「言ったそばから、なんつー事しやがる。クソ危ないっての」

祭理ちゃんの顔を覗くと、彼女は疲れたのか意識が無かった。

 

 

 

「ハァハァ、大丈夫?生きてるよね」

祭理ちゃんを陸に揚げ、一応安否を確かめる。

「きゅ〜///」

...気を失ってんだよな、コレは。

 

「大丈夫ですか!?女の子の状態は?」

奥からライフセーバーが駆けつけて来た。

周りを見ると近くに人だかりが俺を囲ってる。多分誰か通報したな、有難い。

 

「はい、海の中で足をつって溺れしまったらしくて」

「...大丈夫です!生きています」

ライフセーバーが生死の確認をして、生きているな事を告げてくれた。

不安要素は一つでも無い方が嬉しい。

 

「それで、保護者の方は?」

「あ、私です」

「え、君?」

「そうですけど、何か?」

ライフセーバーが目をまん丸にして、俺を見た。何か可笑しい事でも...あ

俺の唯一懸念点が大衆の前でバレちった。

俺死んだんじゃね?社会的に

 

 

 

この後、何とか保護者の証明が出来たし、運良く警察も呼ばれなかったので祭理ちゃんを連れてそそくさ帰った。

後、この事が浜野(父)にバレなかったのはマジで俺も不思議だ。

 

こうして、俺の人生最悪の海は幕を閉じていったのさ。チャンチャン

 

 




これでストック分が終了しました。
これからはゆる〜くやっていくつもりなのでご了承下さい


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Lesson7 ダンスダンス!

八月ももう終わりですね〜。
新学期を迎える学生さんもそうじゃ無い読者さんも私の事を忘れて居ると思いましたのでちょっと蔵出しします。


 

夏らしくトレーナーと担当ウマ娘で水いらずで海に行って、結局海で溺れて帰ってからそう時間が経っていない時である。

 

今は台風シーズンが終盤に差し掛かり、強力なな雨がひっきりなしに降り注ぐ毎日だ。

お陰で客はより一層来ねぇし、プチ老人会もここ最近開かれ無くなった。

 

その為、俺も強制的に祭理ちゃんとのトレーニングが出来なくなっている...と言いたい所だが、実際良バ場に毎日彼女は入り浸っている。

 

台風による休校があった日、どんな強風が吹いたとしても、鋭い雨が降ったとしても彼女はこの店に来てくれた。

いや、生徒の命を考えて学校は休みにしているんだがなぁ。教育委員会は泣いても良いと思う。

 

そんなこんなで前、俺は不思議に思ってそんなに家にいる事が嫌いなのかと聞くと、本人は体を動かしたくなるなどと供述して来た。恐るべし、ウマ娘。

 

そんな、良バ場に帰省本能でも備わってしまったらしい彼女は今日もその例に倣って店に来てしまったのだ。

 

「なぁ、祭理ちゃん」

「なぁに、トレーナーさん?」

「毎日トレーニングに来てくれるのは嬉しいんだけど、流石に台風の日は危なく無いか?」

「えー。だって毎日家に居るなんてつまらないしー、それにウマ娘の体は頑丈何だからどうにかなるよ」

「いや、そういう事じゃないんだよなぁ」

 

子供は風の子と聞くが強風に飛ばされるし、風邪にだってかかる。

伝承や童話にはそう書かれているが実際はそうじゃ無い。

だから多少人間より強いウマ娘でも生き物のカテゴリにいる限り天災には負けてしまう。

もしも、ハリケーンやタイフーンに勝ちたいならイェー○ーにでも乗らないと無理だ。

 

それに、贔屓にしてる客の健康を思うのは人間として、物売りとしての信条だ。

今回の件はトレーナーとしても見て見ぬフリ出来ない事だし後で言い聞かせるとしよう。

分かってくれれば良いのだが。

 

 

 

「ねぇ、トレーナーさん。ウイニングライブの練習って出来ない?」

唐突に、祭理ちゃんがこんな事を言い出した。

 

ウイニングライブ。プロレースに参加したウマ娘がレース後に歌って踊るヤツだ。

特に、重賞上位や偉業を達成したウマ娘は中央で踊る事ができ、プロを目指す子は誰もが一位が立てるセンターを夢見ている。

 

「ウイニングライブねぇ...」

アマチュアレースにおいて、ウイニングライブというものを行うレースは数少ない。

アマチュア業界で見かけるのは優勝トロフィーの授与を模したメダル授与くらいなものだ。

その為、アマチュアカップにはウイニングライブとの縁が薄いと言っても過言では無い。

 

「それって、今で無くても良いんじゃ無いかな?」

「だけど、走る以外でウマ娘に必要なのってライブ練習くらいしか無いよ?」

「まぁ、そうなんだけどアマチュアレースにはウイニングライブは無いし、する必要も無いよ」

「むー。やろうよー練習、祭理も踊ってかがやきた〜い」

 

そこまで言うのだったらやっても良いかな。

特に強制すること無いし、外出れないし。

「へいへい、分かったよ。やろうかライブ練習」

「やったぁ!」

「やるからには、この『全国うまぴょい選手権』チャンピオンの俺がビシバシ鍛えてあげよう」

「おぉー」

 

その昔、一般ファン達でウイニングライブのダンスの上手さを競うという公式ダンス大会で上位プロダンサー集団を退け『キング・オブ・うまぴょい』の称号を手に入れた力、此処で魅せてあげよう。

 

「で、選曲は?」

「『Special Record!』やりたい!」

 

『Special Record!』確かジャパンCや大阪杯とかのレースに出ると歌える曲だったよな。

あの曲はセンターが四人とかって言う変則的な曲だし、基本的な振り付けを教えよう。

「よし、始めようか」

「うん!」

 

 

 

『ここで今輝きたい』

「じゃあ、まずは片足に重心を置くように立って」

「手の甲が自分にに見える様に腕をクロス。その時肘は空を向く」

「そしたら、ゆっくり大きな円を作りながらゆっくり腕を下ろす」

 

『叶えたい未来へ走り出そう 夢は続いてく』

「片腕を小指だけ立てた状態で腕を軽く曲げて前に出し、その後にもう片方の腕も同じ状態で出す」

「両小指同士をくっ付けたら一気に両手を親指以外をくっ付けた手にし両腕を前に突き出す」

「そして、両手を包む様に合わせたら、片手を胸にもう一方は人を指す形にして、斜め上の空を指す」

「空を指している腕の肘を半時計回り回転させてもう一度空を指して、段々ともっと上空を指す」

 

間奏

「肘を曲げた両腕を前に出し、肘を外に向ける様に90°回転させ、それと同時に右脚を曲げる」

「足を曲げ終わったら足を戻して小ジャンプ。そのまま小さく体を大の字にして、左腕を上半身を回転させた反動で前に出す」

「体を戻しながら小ジャンプ。着地と同時に両手をグーの形にして腰に当てる」

「そしたら中心に向かって四人で駆け出して、順番にポーズ」

「終わったら両腕をTの字にしてまた、グーの手を腰に当てる」

「その後、ステップを踏みながら四人で半時計回りに回る」

「回り終わったら、自分のポジションに戻って左脚を軸に一回転。また小さく大の字」

 

『ライバルがいるほど頑張れるよ』

「上半身を隣のダンサーに向け、うなづく様に体を深く沈める」

「戻したら両腕で大きな丸を作る」

「作ったら、前かがみ気味に肘を曲げた両腕を出し、体制を戻して隣のダンサーへ片手で指を指す」

「そしたら、グーの手を腰に当てる」

 

「...どうだった?」

結局一つ一つの動作を確認しながらのダンスレッスンをしてしまった。二人で実際にやりながら基本動作を教えたので結構疲れた。

 

「はぁ...はぁ...振り付けムズいし、結構疲れるね。ダンスって」

そうだろう、ダンスという物は全身を使ってキビキビと決まった動きを再現する事。一瞬で全てを出し切る陸上競技とはまるで違う。

 

「ねぇ、こんな事を毎回プロの人はやってるの?」

「まぁ、そうだね。あの子達が人間とは違う事を改めて実感したよ」

毎回、何キロも軽々と走った後に結構ハードなダンスを歌いながら踊り切るって常人は出来ないんだよなぁ、プロってすげぇや。

 

「みんなすごいなぁ、ならわたしももっと練習しなくちゃ!」

「ああ、俺も祭理ちゃんのライブ姿楽しみにしてるよ。頑張って」

再び満身創痍の彼女に火がつく。表情はなんとも楽しそうだ。

 

「よーし、トレーナーさん!もう一回、いやもっともっと踊ろう!」

「え?俺は振り付けを教えるだけであって、通して踊るのはちょっと...」

「そんなすごまないで、ほら行くよ!次は歌いながら」

「いや本当に待ってって、聞いてる?祭理ちゃん!」

『「ここで今輝きたい〜♪」』

 

嵐に呑まれた街に少女の歌声が響いた。

その声は残念なことに風切りや雨音で掻き消されてしまったが、確かに俺の心にはちゃんそのトキメキが届いていた。

 



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