サイレンススズカに憑依した話 (ネマ)
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【一発ネタ】サイレンススズカに憑依した話
……さぁ。いつの日だったか。
あの速さに憧れて。
誰も居ない何もないただ真っ直ぐな道を相棒と駆け抜けたあの日。
冷たさが、体に張り付き、体温を奪っていったあの寒さですら今はいとおしい。
仲間と腕を競い合い、時には一番の好敵手としたあの時。
走り終わった後の、あの心地が良いまでの黒い缶コーヒーの味も何もかも。
全部を置き去りにして、未来の恐怖すらも、今の絶望すらも越えて何処までも行けたあの時が。
……今はもうない。
あの時だけの、私だけの、キボウ。
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「姐さん、姐さん!!」
「………あ。買ってきてくれたの?」
「はい!私は姐さんの下僕ですから!」
「……………そう。」
黒に似た様な色の髪のある子から、頼んでいたブラックコーヒーを貰う。
眠気覚ましにも、考え事に無駄に回転する脳を一時的に止めることも出来る、万能の飲み物だ。
私のお金から、ついでに買ってきても良いといった手前、買ってきてくれた子は、紅茶を片手に休んでいる。
ギュクン…ゴクン
………この世界は、私が知る世界とは少し変わっていた。
"ウマ娘"。
前世の馬に変わって、生息しているのは、"ウマ娘"と言う馬の擬人化の様な存在だった。
それでもおかしな話、"ウマ娘"は女しか生まれないのだ。
ウマ娘には、生まれついて尻尾と馬耳のようなものが頭の上に生えている。
だけどその代わりに基礎身体能力が人間とは一線を画す程の能力を秘めている。
全力で走れば、おおよそ一般的な車と同等程度の速度を出せるだろうし、アルミサッシ程度なら軽く力を入れただけで簡単に愉快なアートに変えることが出来る。
それでも、ウマ娘は殆どが血で血を洗う闘いに不向きな気性で、そのすべての闘争心がレースで競い合う事に向けられる。
……実際、前世でよく聞いた"ダービー"だとか"ナントカ賞"だとかは、馬ではなくウマ娘が競い合う場へと変化していた。
小耳に挟む程度だが、ウマ娘には"ウマソウル"だとかいう――直訳すると、"馬の魂"になる――ものを秘めているらしい。
それが私たちの闘争心を煽り、勝ちたいと思わせている原因なのだと言う。
前世の記憶がある私としては、それは"名前に紐付けられた力"なのだろうと思う。
実際に、あの馬を見たこともある。
だからこういう馬の名前も、人並みには知っている。
そういった、前世で有名だった馬はこの世界のレースでも、確かに大成している。
……じゃあ私も大成するのだろうか?
ただ走ることしか考えない私に。
今では、忌むべき私の。
"サイレンススズカ"は。
確かに、声を上げているのだ。
熱を上げているのだ。
"勝て"と、"誰よりも速くあれ"と。
………そして。
"私の前を走ることを許すな"と。
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「ちょっと君たち。」
夜、未明。
明かりも外の街頭だけになって、この世ならざるものが蠢き始める
ヒトの歩みは殆ど無く、静寂だけが世界を支配する。
そんな闇の中。
少し、涼んで座っていたベンチに無作法の乱入者が現れたのだ。
(…姐さん。どうします。警察ですよ。)
前世も今も変わらず青い服を着た、典型的な警官が目の前に立っていた。
まあ確かに、今の時間と私たちの風貌を考えれば、どう勘違いしても、ウマ娘の不良としか思えない。
……涼んでいるこのベンチが、いかに大きな公園の中にあったとしても、外からは丸見えである。
………ここで休んだのは悪手だっただろうか。
それでも、警察は一人。
それにただの人間のようだ。
別に逃げられない訳でもない。
(一で逃亡。上手く誘うからいつもの場所で合流。)
(分かりました。姐さんだからヘマは踏まないと思いますが、御武運を。)
こう言う事もあろうかと、私達は黒いフードを被っている。
街頭は逆光になっているだろうし、特に顔がバレる心配はない。
(三………二…………一!!)
このウマ娘の身体になってから分かった話だが、人間は良くも悪くも、意識に波がある。
呼吸や、筋肉の微妙な動き。その他諸々を簡単に把握できるこの身体だからこそ可能な芸当。人間の意表を突いて動き出すことは、非常に簡単だった。
「……ぁ! 待ちなさーい!!」
使いをしてくれた娘には警官の視線に沿って全力疾走してもらい、私は挑発的に警官の真横を抜ける。
枯れた老人が使うようなつまらない遊具の上を跳躍して走り出し、三段ジャンプの要領でブランコの上の棒に掴まる。
そしてその慣性と身体の動きを出来る限り合わせ、自分が最も前に飛び出せる瞬間を狙い、身体を捻って少し前の茂みに飛び込む。
勿論、速度と落下の圧力が体に叩きつけられるが、柔道の受け身を使って衝撃を上手く逃がし、ウォーキング用のトラックを走る。
今回の警官は諦めが悪いのか、後ろから風を切る音が聞こえる。自転車だろうか?
少なくとも、十数メートル以上の差は有るが……。
今までは、上手く撒けば大抵途中で諦めるのだ。
……だと言うのに、今回の警官は未だに追跡をやめない。
…………けれど。そこまでするならば私も少しギアを上げよう。
自然と。私は笑みを浮かべていた。ああ、私は今、この
(ここは……ここは!)
誰も居ないこの一本道。
誰に邪魔されることもないこの道は、誰にも邪魔されないこの風圧は、確かに私だけのモノなのだ。
さぁ。ヒカリが見えた。
定めた道を雷鳴の如く疾走する。
そして速く。誰よりも速く。
この道を駆け抜けよう。
ヒカリとなって
その一瞬すらも私は置き去ろう。
此は誰も届かぬ、知らぬ至高の栄光。
我が渇望こそが原初の荘厳。
(ここは私だけのセカイだ……!!)
一瞬。この一瞬だけ。
音すらも聞こえない"無"の領域へと至る。
けれど、すぐに"お前にはまだ速い"と言わんばかりに、その領域は消えてしまう。
目の前に光が満ちて、その中の一つだけ、本当に一つだけのヒカリを掴むとそこには誰もいないのだ。
……この清々しい気分が私は誰よりも好きだった。
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「ようスズカ! 暇か? ラーメン奢ってやろう。」
昨日の夜が明けて昼。学校も行かずブラリブラリと歩いていたら、目の前からよく見知った顔のおっさんが現れた。
「……? あぁ。沖野さん。」
そのおっさんの名前は、沖野さんというのだ。
マダオみたいな風貌をしていながら、実際には、ウマ娘を導く
「ここで良いか?」
「……良し悪し分からないから任せる。」
じゃあここで良いかと暖簾をくぐっていく沖野さんに続いて私も中に入る。
こってりとした匂いがこびりついているのかと思いきや、意外と匂いが弱い店だった。
「ああ。ここは、ウマ娘でも来やすいように匂いには気をつけてるらしいからな。」
テーブル席に案内されて腰を下ろすと、沖野さんから説明が入る。
……成る程。確かに、私に付きまとうあのウマ娘達にも、少数ではあるが、ラーメンだとか餃子だとかのキツイ匂いが駄目って子が居た。
「……それで。トレセンに来る気は有るのか?」
店員がお冷やを持ってきてくれたと同時に沖野さんが醤油ラーメン一つと言ったので、私もそれに乗る形で、同じものを頼んだ時に話は始まった。
「……知ってるでしょう?私は…」
「ただ。前を走りたいだけ。その為には多少アウトローな事もするか。」
そう。私の根元はそこなのだ。
ただ。前を走りたい。
それ以外に興味はない。
ただあの焦がれるヒカリだけが今の私の生きる指針だ。
「……昨日ですか?」
「まあ。盛大に泣かされて帰って来てな。」
曰く、沖野さんら男性トレーナーの中で昨日飲み会があったらしく、その罰ゲームに"青い"服着たトレーナーが買い物に行ったらしいのだ。
その最中、時間に見合わない子が帰り道のベンチに
その後、そのウマ娘を自転車で追いかけるが追い付けず、見事な大逃げで逃げられたという笑い話だったのだ。
「だがな。そのウマ娘の髪の毛が栗色と聞いてな…。まあ……栗毛で。となるとな。」
随分と歯切れが悪いと思ったが、確かに私じゃなかったら少々恥をかくことになるだろう。
「……えぇ、私ですよ。まさか警官じゃないなんて……」
「ああ。だからか。」
成る程、成る程と首を振る沖野さんだが、すぐに目を細めて私にこう言った。
「話を戻すが。俺にスカウトされろ。サイレンススズカ。」
「………分からない話ですね。何故私に固執するんです?」
「お前の速さに魅了されたからだ。……お前のその速く在りたいという、その為には全て捨て去るようなその硬い意思も含めてだ。」
「………ふむ。」
よく考えれば。
こうやって熱心に私を口説くトレーナーも居なかったなと思う。
……確かに私は一番前でただひたすらに速く走ることが出来れば何でも良かった。
自分の好きなように街を駆けて、自分の思うがままに走り続けて。
いつの間にか、私の下に付くウマ娘も増えて。
次第に、さらなる高みを夢見るようになった。
………なあ。サイレンススズカ。
私が……いや。俺が、私たちの物語を始めていいだろうか?
もう燻るのを終わりにして、私たちのサイレンススズカを見せつけよう。
その為の一歩だ。
「良いでしょう。沖野トレーナー。宜しくお願いします。」
「!!……そうか。じゃあ頼んだぞ。」
……こうして。私は中等部三年から編入を始め、沖野トレーナーに師事し、そしていずれ
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[沖野トレーナーside]
「……上手く行ったか。」
俺は、トレーナー寮の部屋で考え事をしていた。
考えていることはやはり、サイレンススズカ。
今日、初めて俺のトレセンへの勧誘を受け入れてくれた異彩を放つウマ娘だ。
俺とサイレンススズカの出会いは、少し前に遡る。
あの日。俺は運命に出会ったんだ。
冬のとある日の噺だった。
トレーナーだというのに、ウマ娘の事を正確に悟れなくなってきたようなそんなスランプのある日。
ふと公園のベンチで座っていた。
その時だった。
目の前にまさに不良と言わんばかりのウマ娘が集まっていたのだ。
…気性や、ウマ娘の競技での闘争心は高いが、荒事には基本向かない気質だから、珍しい物を見たと思っていた。
……この時までは。
その時、駆け抜けた一陣の風。
栗毛を靡かせ、走り去るそのウマ娘は確かに、俺の心に火を灯したのだ。
あまり良いことではないが、少し長居して話を聞いていると、彼女は"サイレンススズカ"というらしい。
実際には姐さんと呼ばれ、不良ウマ娘のトップに立っているウマ娘らしい。
大体、ウマ娘で不良といえど、その偉さは足の速さで決まる辺り、彼女の異様さが目立つ。
今から走るというのに、ただ踵で地面を軽く小突く程度で、後はただ何をするわけでもなく前を見ている。
…………パァッン!!
火薬入りの玩具の銃が火を吹いたその瞬間。
誰よりも速く、栗毛の少女が飛び出した。
……速い。その速度はトレセンのウマ娘を優に越えるだろう。
"賞持ち"のウマ娘を喰い殺せる速さを持つ彼女だが、そこにもさらなる異質さを感じ取れた。
(……地面に一切の凹みがない…まさか衝撃を逃がしている!?)
驚きだった。
本来、ウマ娘がこうやってウマ娘専用の道以外を走ることは出来ない。
正確には、出来るが力に押し負けて道路が陥没する。
実際に今走っているのを見ると、あの娘以外の走っているウマ娘の後には、少なからず跡が残っている。
それに対して、あの栗毛の子が走った後には、何も残っていないのだ。
"足跡"も、"陥没"も。
その時点でおかしな話だが、それをするということは、単純に速いだけではない。
最早テクニックとしては、絶技と化している。
その上速い。
つまりそれほどの技をやってのけながらも速いのだ。
………これは正しく天恵と言えよう。
……あのウマ娘を俺の手で、否。
俺の手でなくても、輝かせたい。
その一心で近付いて………
〔キャラ紹介〕
サイレンススズカ(憑依)
前世では"速さ"に関係する事をやっていたただの青年。
競輪でも、陸上でも、ツーリングでも自由に当てはめてください。
今世ではウマ娘"サイレンススズカ"に転生。
転生と言っても、精神は上手く噛み合っているため、混ざり有って原作"ウマ娘プリティーダービー"のサイレンススズカとはよく似ている。
ただし、速度に関しては、目を焼かれており兼ねてからの目標である"速く走る"に全てを駆けている状態。
それ以外に殆ど興味が薄く、食べることも、手っ取り早く栄養を取れるレーション(味最悪)だけだったりするタイプの狂人。
精神性が似ているウマ娘は"アグネスタキオン"に近い。
自分の足が、限界まで出せる速度に対し、脚の耐久が明らか釣り合っていない事を知っているためか、自分の脚にわざと負担を掛けて、限界の7割弱しか出せないようにセーブしている。
そしてさらには、脚の耐久を削らない為か、一歩づつ着地する度に前世学んだ技術を生かし、上手く脚に掛かる衝撃を軽減させている。
そう言うこともあってか、出せる限界は最終的に5割にも満たない。
それでも、賞持ちウマ娘で有っても逃げきれるだろうとは沖野トレーナーの談。
実際に、トレセン学園に編入するとその速さ以外興味なしの態度にお世話するウマ娘が出てくるだろう。
某でちゅねの悪魔とか、コーヒー好き繋がりで"マンハッタンカフェ"とも仲が良いかもしれない。
基本的に話さなくても居心地が良い"ミホノブルボン"とも仲がいいかも。
沖野トレーナーとは盟友で悪友。
ゲーム版で現そうとすると、原作とステータスはほぼ変わらないだろうが、固有スキルだけが異なる。
彼女の固有スキルは"私だけのセカイ"。
起動条件は、最後の直線に前にウマ娘が居なければ速度が上昇する。とかそんな感じ。
……きっと続かない。
でも魅惑のささやき(感想)くれたら続き書くかも?
それでは。
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サイレンススズカに憑依した話②
魅惑の囁きには勝てなかったよ…(アヘガオダブルピース)
ちなみに、今回少しばかりチーム[リギル]のトレーナー厳しめです。……言うてそこまでではないと思うけど。
何時ものごとく、キャラ崩壊その他諸々注意。
前回、訂正や推敲を行っていただいた『さそり座の男』さん、『猫またぎ』さん、『othuyeg』さん。有り難うございました。
それでは、どうぞ
『サイレンススズカが居なくなった』
俺が携帯を開いたときにその一文がメールとして送られてきていた。
俺がトレセン学園に誘った手前サイレンススズカのトレーナーになることにしていたし、本人であるスズカも俺以外のトレーナーを認めないと意固地になっていた節も有った。
……だが、それでも俺はサイレンススズカを見ることを叶わなかった。
原因は幾つか有るが、やはり俺の力不足と言う点が高い。
一年だけと言う契約でおハナさん所のチーム[リギル]に任せたが、肝心のスズカはまあ一年だけならと諦め混じりに頷いていた事は知っている。
……あいつはウマ娘でも規格外の精神を持っている。
自分の限界を知っている。
自分の可能性を知っている。
"自分で自分の速さを捨てている"
この事実だけがスズカのおかしさを物語る。
脚にわざと負担を掛けて遅くし、更には着地の衝撃を消すように動いている。
おハナさん経由から聞いた話だがあの感じなら、自分の全力の5割も出せていないらしい。
それでもあいつはのびのびと羽を伸ばすかのように、何ともない態度で居る。
……絶対なる皇帝であるシンボリルドルフであっても、あれは絶対に出来ないだろうと。
『ウマ娘にとって速度と言うのは誇りだ。もしその速度を、全力が出せないとなるとフラストレーションが溜まりに溜まってまともな思考が出来ないだろう』
シンボリルドルフですらそう言って忌避するその速さの潰し…"自己封印"と称しているが、それでもスズカのラップは日に日に伸びていっている。
何故だとおハナさんは首を捻っているが、ある日気がついたらしい。
鍵はサイレンススズカの図書館から借りた本と、ビデオの履歴に有るらしいのだ。
本からは、人間用の走り方。
ビデオからウマ娘のレースの記録。
それだけをひたすらに借りているのだ。
それも一度に大量に。
『……あー…そう言うことね。』
サイレンススズカにはとても悪いことしたわとおハナさんは悔いるように俺にこう言ってきたのだ。
『あの子に無理を強いてしまったのね。』
……あの子はただ一番前を駆け抜けたいだけなのにね。
とおハナさんは電話越しに謝った。
どういう事か荒らげた声でおハナさんに問うと……おハナさんは気まずそうに、謝るように言った。
『……サイレンススズカは才能に満ち溢れた子だとは知っているわ。その才は七冠の皇帝。いえ…それを上回る可能性が有るのよ。』
だから私は欲をかいた。
あの子に合わない走り方を教えたわ。
……それでもあの子は、一切拒否すること無く受け入れた。
………それはみるみる内に自分のものにして、さらに速くなった。
ただスズカの心を置き去りにして。
『あの子は、私たちが思っている以上に"人間"に近いわ。』
自分の心を圧し殺して、他者の…トレーナーの命令を忠実に守る。
本能を抑え理性だけで行動する。
そこに一切の義理が、脅迫が無い状態で理性一本で行動できるウマ娘が他に居るのか。
それはまるで理性の怪物。
強固なまでに出来上がっている理性の殻は彼女の速さを殺す前に、彼女が音を上げた。
『……きっと。私じゃ見れないわ。』
あの子は自由を気風とする貴方の元でこそ、輝く星になれるだろうと。
いずれ、その輝きはまた違うウマ娘が見る夢の星になる。
星を探すその姿が、他の者にとってはそれ自体が星なのだと。
『……押し付けることになるわね。沖野君………サイレンススズカを頼んだわよ。』
その一言と共に、電話は切れた。
……確かにそうだろう。
俺は一体何を勘違いしていたのだろうか。
あいつは、只のウマ娘だ。
少しだけ才能が有って、"速さ"の最果てに夢を見るウマ娘。
そこに代わりは無かったのだ。
貞淑に命令を聞くロボットでも、"天災"でも無いのだから。
「よぉ。サイレンススズカ。」
「………………?沖野さん。お久しぶりですね。」
何処か、道並みから外れた山道。
一度だけ、サイレンススズカが口に出した"自分が最も好きな景色"の所に居た。
そこは近くに滝が音を上げ、夏場でも暑さを感じない涼しさと自然に満ちた所だった。
そんな所にまで車が運べるわけでもなく途中から歩いてきたが、道はとてもじゃないけど歩けた物ではない。
……見つけたサイレンススズカは何処か虚ろで、何か抜け落ちてる気がした。
「………疲れました。」
サイレンススズカは独り言を呟くかのように、独白を始める。
「妬みも僻みも。……ただ。私は一番前を走っていたかっただけなのに。」
「…………何時も見るんです。」
「前に誰もいない所を駆け抜けると、無数の光が流れて…その中から一つだけの光を掴むと誰にも負けない……高揚感が溢れるんです。」
「……光を掴んでから、思うがままに走ると…音すら聞こえない何も分からないそんな宇宙の様な所を垣間見るんです。」
すぐに振り落とされますが。
……自分は相応しくないのか、それとも力不足なのか。
どちらか分かりませんけどね。
と。サイレンススズカは静かに自嘲するかの様に笑う。
………確かに、今の様なオカルト染みた事は信じられる話ではない。
だが、一部だけそのオカルト染みたそれを知る、出来るのがいるのだ。
"シンボリルドルフ"。
そして"マルゼンスキー"
どちらも"皇帝"や"怪物"と人からウマ娘から畏怖と敬意を持って接されるウマ娘だ。
この二人は、そう言ったオカルト方面での話も少なからず聞く。
シンボリルドルフなら、古城で雷を纏って後ろからあり得ない速度で疾走してきたや、マルゼンスキーならば赤いスーパーカーを纏ったかの様に見た等と言う体験談を聞いたことは有る。
サイレンススズカもそう言った所に片足を突っ込んでいると言うのか。
未だに、ウマ娘は謎に満ち溢れている。
そう言った物が有っても不思議では無いが、人間である以上分からない感触でも有る。
………何とかしてあげたいとは思う。
「………そうか。疲れたか。」
「えぇ。気がついたらここに。」
………おハナトレーナーには悪いことしました。
後で謝っておかないと。
と、耳を後ろに寝かせているサイレンススズカを見て、錯乱してここに来た訳では無いのだなと思う。
「お前は逃げ一択の筈だが……何故ここまでやったんだ?」
そうだ。
こいつが錯乱したかと思われる原因。
それはサイレンススズカに"逃げ"以外の方法で走り続ける事をしたのだ。
謂わばオールラウンダー。
自分の才能である"逃げ"に胡座を掻くのではなく、それ以外であり現状最も王道で覇道な"先行"を教えられる事だったのだ。
でもそれでも彼女は、ある一定以上の成績を維持し続けた。
その代償に、彼女の心を潰して。
それが今回の顛末だったのだ。
「…………だって。」
重たそうに、サイレンススズカは口を開いた。
その後の言葉はトレーナー全てを無下に返す様な、トレーナーと言う存在を誤解している一言だった。
「………上司の命令には従う物でしょう?」
「………………………は?」
俺はサイレンススズカが何を言っているのか理解出来なかった。
もっと、"期待されていた"からとかそう言う物では無く、考えていた理由の斜め下を突きつけられた気分だった。
「…………?ウマ娘は闘争心を満たす為に走り、その走りに合うレースをトレーナーは見つける」
そこに違いは有りますか?
純粋な瞳で俺を見つめるサイレンススズカに何も言えなくなってしまった。
"こいつは心の底からそう思っている"
と気付いてしまったから。
「………走る事ならウマ娘だけでどうとでもなります。それを面白可笑しく囃し立てるのがトレーナー達、人間の役割だと思うのですが……」
何か可笑しい事言ったかな?と言わんばかりに俺は分かってしまった。酷く最悪なサイレンススズカが出した結論が。
………こいつは、サイレンススズカは才能の塊だ。
それは間違いない。
狂気な迄に突き詰められた"速さへの渇望"はきっと誰よりも突出している。
それを裏付けると言わんばかりに彼女のレースの結果にも出ている。
"自分の全力の5割"でしかも、"自分が得意としない走り方"でレースに入着する。
……一体何の冗談だ?
そんな事、きっと"皇帝"と"怪物"ですら行おうとしないだろう。
それはレースを無礼ている。
だがその彼女の速さの代わりに彼女はあまりにも、"欠落"している。
"人への興味"も"食に対する興味の無さ"も注視すれば分かる話だった。
サイレンススズカが唯一持つ"速さ"への渇望がここまでの才能を"天才"を作り上げた。
その裏付けに、深夜の走りだ。
彼女の積み重ねと言えるその走りが彼女の脚の使い方、呼吸の仕方等を磨いたのだ。
それがサイレンススズカと言うウマ娘なのだ。
「………成る程な。」
それは、普通のトレーナーならば耐えきれない事実だろう。
"ウマ娘を支える"為に居るトレーナーが、よりにもよってウマ娘に必要ないと断定されたのだから。
「………来るか?[スピカ]に。」
「良いんですか?……こんな私ですが。」
「ああ。殆ど自主任せだが。」
「…………それは良いですね。」
凪いだ目で空を見るサイレンススズカは、何を思っているのだろうか。
スカウトした俺が言うのもなんだが、こいつの事は殆ど何も知らない。
"家族"のことも、"友人"の事も。
サイレンススズカを家族だとは思っていないが、少なくとも近所のおじさん程度には思ってくれていると思いたい。
「………でも所属は高等部になってからでしょう?」
「ああ。それなら問題ない」
ピラッとA4紙をスズカに見せる。
"移籍証明書"と言うものだ。
これは何かトレーナーに有った際、違うトレーナーにウマ娘を引き継いでもらう証明書だ。
ウマ娘が、人間が勝手に出すのは不味いから必ず両方のトレーナーの名前・印とウマ娘の名前が必須になる。
もうすでにチーム[スピカ]・[リギル]両トレーナーの名前と印鑑は押されており、後はスズカの名前を書くだけだった。
「………?」
「ああ。実はな……」
今回のサイレンススズカ失踪事件を受けて理事長とトレーナーさらには会長までが出て来て急遽、会談と成ったのだ。
こんな才能溢れるウマ娘を引き入れたのは間違いなくトレーナーの采配であり、さらには脚質までキチンと書き込んでチーム[リギル]に引き継いでいた。
問題は、彼女の才能に目が眩んで彼女を暴走・錯乱させたのは間違いなく、彼女にオーバーワークさせたチーム[リギル]のアシスタントトレーナーである。
チーム[リギル]のトレーナーもそれを見逃した責任は有るが、今回"暴走"ではなく、"失踪"と言うあまり事を荒立てない行動をサイレンススズカは行ったため、チーム[リギル]のトレーナーは数ヵ月の減俸。
今回の"サイレンススズカ失踪事件"に於いての判決は。
チーム[リギル]のトレーナー
・3ヶ月の減俸
チーム[リギル]のアシスタントトレーナー
・4週間の謹慎
チーム[スピカ]のトレーナー
・サイレンススズカを迎えに行く
「……まあ。お前にオーバーワークさせたの最初に会ったトレーナーじゃないだろ?……走り方を決められたのはおハナさんとはいえ。」
「……そう言えば、何かと言ってくるのはあの人じゃ有りませんでした。」
……特に苦痛でも何でもなかったのでそのままやっていましたが。
そう軽く言うと、沖野さんに凄い顔された。
……しわしわ顔のピカチュウ?
みたいな。
「……まあ。俺は俺で、もしスズカが暴走していたら……まあ生け贄って奴だな。」
まあ暴走しているとは思っていないが。
そう笑いながら言う沖野さんに何処が可笑しいのかと含めて首を傾げた。
………ウマ娘が、本気になったら人間なんて簡単に柘榴になる。
それを知らない沖野トレーナーではない筈だ。
ここは少なくとも安泰の息をつくところだと思うのだが。
「………そう言えば、1ヶ月で済んでるんですね。」
「ああ。これは少し意味が違うな。」
お前が、あり得ない程の重鍛練させられていた事は他のウマ娘も見ているからな。
それが、自主的な物でなくアシスタントとは言えトレーナーがやらせていたのだから少なくとも、これからスカウトしにくくなる。
そう言う意味での1ヶ月だ。
「……成る程。確かに、トレーナーはウマ娘からの信頼が無くてはどうしようも無いですからね。」
「まあそういうことだ。」
「………俺もやらねばならんことが有る。」
そう言って、沖野トレーナーは私の前に立ち右手を差し出してきた。
「……お前をチーム[スピカ]にスカウトする。……俺の右手を取れ。必ず導いてみせる。」
ああ。そうか。
だからか。だから私は……
「……宜しくお願いします。沖野トレーナー。」
滝には虹が掛かっていた。
私の未来を祝福するかの様に。
ーーーキャラ説明
サイレンススズカ[憑依]
今回でスズカの狂人さが浮き彫りになった回。
あまりにも速さを渇望するあまり、致命的に壊れているウマ娘。
彼女のヤバいところは、天才と言う訳ではなく、その才能に胡座を欠いていた訳でなくただひたすらに走り続けたから。
その結果、自分で脚の使い方、呼吸の仕方(ゲーム版で言うところのスキル)を磨いたから。
ある意味トレーナー泣かせ。
今回、ウマ娘"サイレンススズカ"の側面が大きく出て、こんな失踪事件を起こした。
実はサイレンススズカからすると、嫌になったからと言うわけでもなく、ただ単純に"なんとなく"の行動に位置する。
"あ。京都行こう"みたいな…
ぶっちゃけガス抜き気分。
まあその結果、こういった話に繋がり、原作よりも少し早くチーム[スピカ]に移動になった。
沖野トレーナー(チーム[スピカ]のトレーナー)
サイレンススズカを中央トレセン学園に引き込んだ人。
ぶっちゃけ、スズカのおかしさには気がついていたけどその才能に惚れ込んで何度もスカウトした。
成功したけど、スズカは見れないわ暴走して失踪するわで、ある意味不憫なお方。
それでもスズカのことは近所のおじさん程度の感じで心配しており、ある側面一番スズカが信用している人。
おハナさん(チーム[リギル]のトレーナー)
チーム[リギル]のトレーナー。
大ベテランで、結構いろんな所に伝が有る偉い人。
言っている事は間違いではないが、今回のスズカの様なウマ娘とは会ったこと無かったから今回の事件が起きた。
ある意味被害者。
スズカ側からすれば、少なからず信用出来る人であり、そのストイックなまでのウマ娘の指導態度は好意としてみられている。
アシスタント
チーム[リギル]のアシスタントトレーナー。
まあ。言うなれば助手の様なもの。
チームのトレーナーはこのアシスタントを取ってもとらなくても自由。
今回はスズカの才能に目が眩み、オーバーワークを課してしまった人。
スズカからすれば、特にハードでも無かったし、特に突出した人間じゃなかったから記憶にも殆ど残っていない。不憫。
……とりあえずの二話。
次はウマ娘との絡みメインで書きたい。
魅惑の囁き(感想)お待ちしてます。
きっと感想がマエストロと末脚になって執筆が速くなる…………気がする。
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サイレンススズカに憑依した話③
皆様。大量の評価、感想有り難うございます。
ランキングに乗っていると教えてもらいランキングを見ると私のが有りまして、朝しばらく発狂してました。
それと誤字報告を行っていただいた
『nyurupon』さん、『佐藤東沙』さん、『きんかん22』さん、『ソフィア』さん、『幻燈河貴』さん、『othuyeg』さん、『ひね様』さん、『yelm01』さん、『ほす』さん、『AP』さん
その他皆様。
有り難うございました。
今回は他のウマ娘との絡みであり、アニメ時空に行くまでの繋ぎとして書き上げました。
キャラ崩壊、拙い文章はいつも以上。
嫌な方はバック推奨。
きっと、ウマ娘との絡みはあと1・2話続きます。
君の愛バがキャラ崩壊してる姿(ゴールドシップ、シンボリルドルフ、マルゼンスキー)を見たくなければマジで今のうちにバックしといてください。
それではどうぞ。
[黄金の不沈艦]
「……さぁようこそ。チーム[スピカ]へ。………と言っても今所属してるのは一人だけだがな。」
そう沖野トレーナーは笑って、チームの部屋に案内する。
……話は少し前に遡る。
沖野さんが私を探しに来て合流して、沖野さんの車でトレセン学園まで帰った。
別に一人でも走って帰れるが戻った矢先、色々と問題が起きるのは明らかな話だったからお言葉に甘えて車に乗って帰ったのだ。
もう既にトレセン学園には現状が伝えられており、"暴走の危険性は無し"・"錯乱もある程度は収まっている"
と言う報告を受けて"手錠やその他の鎮圧用武器の必要性は無く、また普通に会話で意志疎通を取れると言うことで、このまま5者面談(理事長・理事長補佐・[スピカ][リギル]両トレーナー・サイレンススズカ)となった。
本来なら、ここに生徒会長である"シンボリルドルフ"も入るのだが生憎と別件に掛かりっきりになっていたのだった。
学園に着くとまずは学園長室に連れられ、面談が始まった。
おハナさんは頭を下げスズカも同じように頭を下げて、一応は和解と言う形を取った。
原因はアシスタントトレーナーであるが、そもそもの監督者がおハナさんと言うこともあって先に頭を下げるのが筋だと言っておハナさんは聞かなかった。
アシスタントは既に謹慎に入っており頭を下げられないが、下手に会わせて錯乱されるとどうしようもないので面談からは除外されている。
チームのアシスタントも解約させられており(解約はアシスタントの方から申し出た)次会うときは、1人のトレーナーとしてだろうとも言われた。
おハナさんからしたら才能豊かなウマ娘を潰してしまう所だったし、アシスタントに上乗せして練習させられていたとかどう考えても"不祥事"。これがマスコミに知られたら、チームの存続に関わる話でもある。
スズカとしては、もう終わった事だから気にしても居ないし、そこまで事を荒立てる事案でも無いでしょうとお気楽態度。
被害者が穏便に~もういいですよ~と言って、加害者側がどうにかして賠償を…!謝らなくちゃ……!となっている所を見て、どう考えても逆だろうとは思う。
最終的にスズカは、おハナさんに"レースでのコツ"や"レースの芝やダートの調子"等を教えて貰うと言う所で手を打った。
……軽い方かと思うが、実際は中々おハナさんにとっても厳しい罰になっている。
おハナさんにとっては、これから違うチームで戦う。
もしかしたらライバルになるかもしれないウマ娘に、自分が集めて整理したノウハウを"無条件"で受け渡すと言うことなのだから。
スズカにしても相手の作戦を知っているだけでどのように来るかと作戦を立てやすいだろうし、そもそもでレースに興味がほぼほぼ無かったスズカだ。
レースの事なんて知らないだろうし、レースで起きるかもしれないアクシデントを前もって勉強できるのは有り難いと、軽く尻尾を揺らしていた。
おハナさんとしても、それぐらいならと嬉しそうに、スズカに教えていた。
そもそもこう言った作戦はトレーナーが立ててウマ娘が実行するだけだから少々齟齬が出てくる。
だが、その作戦の意味や意義を理解するウマ娘ならば齟齬は生まれにくい。
そう言ったテストプレイヤーとして、いずれ"ライバル"になるウマ娘に渡しても痛くは無いと笑っていた。
そう言うゴタゴタが終わった頃。
俺はチーム[スピカ]の部屋に案内している最中だった。
チームと言っても、何らかの原因で辞めていった(放任主義が原因だろうが)から今、チーム[スピカ]に所属しているのは"ゴールドシップ"のみとなっている。
このゴールドシップとサイレンススズカの仲がどうなるか分からないのが、胃に針が刺さっている様に痛い。
上手く行ってゴルシに染められるのか、それとも仲違いするのか、スズカが上手く対応するのかと考えているが、どう考えてもスズカが大人の対応をするに全チップ賭けられる。
というかそれ以外の絵面が思い付かん。
「おーい!ゴルシ!新しいメンバーだぞ~!」
「…………サイレンススズカと申し……ま………す……」
声が段々と小さくなっていくスズカを見て、部屋では一体何が起きているのか気になっているが、とても嫌な予感がする。
諦めてもう練習始めたいが、そうも言ってられない。
腹に力を込めて、部屋を全開する。
「………何やってんだ?」
「陶芸」
肝心のゴールドシップは電動のろくろを回しながら、粘土を上手く形作っている。
服装もトレセンの制服じゃなく、紺色の和服と、頭に捻ったタオルを付けて、まさしく"職人"の姿をして陶芸を行っていた。
しかもキチンと各種ヘラまで揃えてそこはまさに陶芸工房。
無造作に物が置かれていた部屋がこんな工房に変わっている事に驚けば良いのか、ゴルシに何作ってるのか聞けば良いのか、そもそも何でこんな事をやり始めたのか聞けば良いのか。
一周廻って、宇宙の真理を悟った沖野トレーナーはついに考えることを放棄して、ゴルシの紹介を始めた。
「……こいつは、ゴールドシップ。……まあ癖の強いやつだが…悪いやつじゃない。仲良くしてやってくれ」
「…………はっ…はい……中々……個性的……ですね。」
あははと、曖昧な微笑を浮かべるスズカを今まで見たことが無かった為、よほど困惑しているのだなと薄く考えた。
そう言う顔も出来るのだなと言うべきか、それともそう言う顔を浮かべさせたゴルシが凄いのか考えたが、まあ同じチームだし少なからず愛想良く対応はするかと思い直す。
その愛想笑いを困惑が入り交じった微笑に変えたゴルシは凄い。
そういうことにしておこう。
きっとそうだ。
とりあえずあの陶芸工房(仮)を片付けて、元の椅子やら机やらを並べておく、丁度お茶請けに最中が有ったからそれと一緒にスズカにパックだが緑茶を置いておいた。
こう言うウマ娘同士の顔合わせの時は、下手に介入するともらい事故を受けるかもしれないからよっぽどの事が無ければ、黙っておくのが吉だ。
「おう!さっきは悪かったな。知ってると思うがゴールドシップって言うもんだ。よろしくな。」
「……サイレンススズカと言います。よろしくお願いします。」
「……おう!じゃあスズカ。とりあえずこの埴輪やるよ。」
「……えーっと……これは…」
「?さっき作った奴だな。」
……それでも色々と突っ込みたい所が多すぎる。
ここにはボケと……ボケ以外居ない事に気がついていしまった。
スズカはどう考えてもツッコミ役にはなれないだろうし…
スズカは貰った埴輪を片手にこの埴輪をどうしようか目が右往左往しているし、当のゴルシは既に埴輪に興味は無く、お手玉とビー玉でジャグリングを始めている。
………訳が解らねぇよぉ!!と全力でツッコミをかましたい所だが、アイアムトレーナー。
常に優雅に。クールに。
「おーい!お二人さん。とりあえず外で計測やろか。ゴルシは手伝え。」
「ほーい。」
「はい。……あのこの埴輪……どうしたら……」
あ。そこら辺に置いといて良いんだよ。……あ。狛犬みたいに部屋の前に置いとくのも良いんじゃねえか?
………とりあえず部屋に置いときますね。
………これゴルシがボケて、スズカがストッパーになるな。
そう沖野は2人の関係を黙って聞いていた。
そこ。巻き込まれたくないから。とかではない。
……無いったら無いのだ。
そうやって、チーム[スピカ]での生活が始まったのだった(byゴールドシップ)
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[絶対なる皇帝]
「……失礼します。」
この日。
サイレンススズカは、とある部屋の戸を叩いた。
部屋の名前は"生徒会室"。
絶対なる皇帝であり、七冠の皇帝である"シンボリルドルフ"が基本的に何時も居る場所として知られている。
皇帝の元に尋ねた理由として、沖野トレーナーの紹介が有った。
先日、聞いた光を見るを聞いてそれに似たような事例を起こせるウマ娘が居る。と。
そのウマ娘も似たような事が出来る子と話したいと強く言っていたからとりあえず話してこい。と。
それが今回シンボリルドルフ会長の元に訪ねる切っ掛けとなったのだった。
「ああ。どうぞ。」
中から優しげだが、それでも芯の通った力強い声が聞こえる。
「……サイレンススズカです。よろしくお願いします。」
「………そんな他人行儀でなくて大丈夫だ。知ってるとは思うが、"シンボリルドルフ"と言う。宜しくな。」
そう言ってスズカとルドルフは、握手をし席に座る。
「……紅茶でいいかな?」
「………はい。……私がやりましょうか?」
いや。この部屋に誘ったのは私だから良いさ。任せておけと言わんばかりに首を横にふって紅茶と洋菓子をスズカに出す。
ここで密かなお茶会が始まった。
「……早速だが、君は走っている最中に光を見るんだね?」
「はい。……信じてもらえるか分かりませんが……」
スズカは、正直に語った。
一番前。誰も居ないその道を走っていると光が溢れてくること。
その光の中の一つだけを掴むと、音も聞こえない何も分からないそんな宇宙の様な所を垣間見る事。
でも、すぐにそんな世界から落とされて、見えなくなってしまうこと。
「……ふーむ。それは確かに私と同じ物だろう。」
ルドルフさんは吟味するかの様に、ゆっくりと厳かに語り出す。
「………何故。その世界から落とされるのか。……何故。その世界に拒絶されるかは大体分かった。」
「…!本当ですか?」
「ああ。本当だとも。」
シンボリルドルフはここで一つの例えを用いた。
その光の何かを"世界"とし、その世界に入るための条件を"鍵"としよう。
鍵は自分一人一人で違うと。
シンボリルドルフだったら、後続から追い抜いた時に、鍵で世界を開けられると。
その様子を聞くとサイレンススズカは"誰も居ない一番前を走る"。
それが鍵なんだろうと。
「…じゃあ何故。鍵が有るのに世界に拒絶されるか。」
そう言う前例は無い。
そうルドルフ会長は断言した。
「……私の力であるこれも"三冠"をとった時にようやく感じ始め、使えるようになったのは5冠を取った頃だ。」
……私以外の奴だってそうだ。
"何かしらの明確な目標"が達成してからその力を扱える様になった。
「……サイレンススズカ。君は明確なレースでの目標があるかね?」
「…………………………」
そう聞かれて、何も言えなくなった。
そうなのだ。
私はレースに興味が無いし無かった。
ただ一番前を走り、あの光を追い求める事だけが私の生きる指標。
その道に終わりなんて無いのだと、ただぼんやりと知っているのだ。
「………そこだ。」
「え?」
「サイレンススズカ。君はまだ蕾だ。ただ他の蕾と違うのは咲き誇る華の姿を知っているかだけ。」
会長は、憐れむかの様に私に語りかける。
……酷く私の内側を覗かれている気がしてならなかった。
「まだ道半ばだ。仲間と共に精進したまえ。」
「………はい。有り難うございました。」
そう言って私は生徒会室から出る。
……時間の無駄だった。
私以外に"光"と同じ事例を起こせるウマ娘が居ることが分かったけどその力の使い方までは明確に教えてくれなかった。
元々、教えるつもりが無かったからか。
私の"何か"が気に障ったからかは分からない。
仲間なんて必要ない。
いつだって私についてこれたのは、私の中の"知識"だけ。
その知識のお陰でここまで走ってこれたのだ。
どうせみんな私に着いてこれないのだ。
………やめやめ。考えるだけ無駄。
私の中の知識がそう訴える。
私はそれに従い、今練習しているであろうトレーニング室に歩いていった。
………何故か、鏡の中の自分が私を嘲笑しているように見えた。
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[皇帝よ怪物よ]
「はぁい。お邪魔するわよ。」
「………なんだ。君か。」
ノックぐらいしてくれ。
そうシンボリルドルフは小さくため息を吐く。
入ってきたウマ娘の名前は"マルゼンスキー"。
唯一、"皇帝"を堕とす可能性が有ると言われるウマ娘である。
付けられた二つ名は"怪物"。
その走りは人々を恐怖させ、熱狂させた。
「それで?噂のあの子は?」
「ああ。既に帰ったさ。」
「………随分と酷く言ったんでしょ」
「おや。心外だ。」
そう言う風にシンボリルドルフは首を傾げる。
そう。この二人の今最もホットな話題は"サイレンススズカ"に有った。
事前情報として、"ただ速さを求めるウマ娘"としか情報に無かった。
編入試験も特に問題なくこなし、面接官からも特に悪い印象を受けていない。
……そんなウマ娘だ。
最初にチーム[スピカ]を希望していたが、色々と大人の事情が立て込んで結局はチーム[リギル]に所属したのは知っている。
学園生活も問題なくこなし、特にクラスで大きな問題も起こさず、また寮の門限もキチンと守る一般的な優等生だった。
だが数日前、突然サイレンススズカは"失踪"したのだ。
今までキチンと来ていた練習に来ず、呼び出しをしても来なかったため、急遽チーム[リギル]内で捜索活動となったがそれでも見つからず。
とあるウマ娘が、サイレンススズカが学園の壁近くに居たと言う目撃情報が見つかった。
それと同時期に町中を走っていたウマ娘から、スズカの様な栗毛の少女が走り去っていったと言う情報を聞き(トレセン学園の制服を着ていた事も有り)その時間に外に出ていた栗毛のウマ娘は居らず、サイレンススズカは失踪したと言う結論が出された。
チーム[リギル]内では失踪した原因を突き止めていく内に、アシスタントトレーナーによるスズカに対してのオーバーワークが確認。
すぐにアシスタントトレーナーは捕らえられ、話を聞くことになった。
その合間に、スズカをスカウトしたチーム[スピカ]のトレーナーがスズカの行きそうな場所を見てくると言う話になって終わっている。
結末としてスズカは見付かり、チーム[リギル]のトレーナーとスズカの間で和解がされ、今に至ると言うのだ。
「……それでどうかしら?あの子。」
「……ふむ。悩ましい所だが…」
そう。シンボリルドルフは考え込む。
最初スズカは期待に満ちた瞳をしていたが、途中から鏡のような無機質染みた瞳をし始めた。
『……サイレンススズカ。君は明確なレースでの目標があるかね?』
……これだ。
これを聞いた後、サイレンススズカは明確に変わった。
基本、ウマ娘は何処かレースに夢を託す。
私に懐くトウカイテイオーで有っても三冠を夢見ているし、みんな少なからずレースに勝ちたいと思っているのだ。
だが。
サイレンススズカは違う。
"レース"に勝ちたいと思っていないのだ。
あの瞳は見たことがある。
何かひとつに狂った瞳だ。
"速さ"に全てを奪われ、そして目を焼かれた。
そんな狂人の目だった。
「ふむ。ちぐはぐな子だったさ。でも間違いなく強くなる。」
その強くなるが、"完全に破綻して強くなる"なのか、"良い方向に強くなる"のかはわからないが。
サイレンススズカはチグハグだ。
そして全くの異端に有る。
私たちは、先に"鍵"を得てから"世界"を知った。
だが、サイレンススズカは先に"世界"を知ってから、"鍵"で開いた。
元は鍵なんて知らなかったのだろう。
ただ"一番前を走る"事。
それだけだったのがいつの間にか"世界"と言う極限を垣間見て、開くことを覚えた。
……こんな感じだろう。
そんな未完全な状態で"世界"は操りきれない。
…………まあ。きっと彼女は強くなる。
ここには、良いウマ娘が沢山居る。
きっと、君の好敵手になるウマ娘も出てくるだろう。
最も強くなってくれ。
サイレンススズカ。
君は確かにこの"皇帝"と"怪物"を殺す資格を持っている。
死力を尽くし。
知謀を尽くし。
蛮勇を尽くし。
我らの胸を貫く光輝の剣となって魅せよ。
「その時。君の全てを愛させて欲しい。」
そう"皇帝"は嗤った。嗤ったのだった。
ーーーーキャラ説明
サイレンススズカ[憑依]
今回はだいぶおとなしかった(当社比)スズカさん。
ゴルシに驚き、ルナちゃんに見透かされ、大分一杯一杯。
メンタル回復要員の登場が待たれる。
ぶっちゃけ、大分片割れである"記憶"の青年に依存している。
まあ自分に依存しているって変な話では有るが…
そりゃ自分を唯一分かってくれるのが自分の中に居るんだから依存もするさって。
まあでもそんな青年も求道者だったわけで相乗効果でスズカさんはぶっ壊れました。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
次は百合百合しい事にしてあげたい。
まあ無自覚"メンタルブレイク"させるんだろうけど(悪い顔)
とある燃えゲーに例えると、第三段階、下手混めば第四段階("皇帝"・"怪物"はここ)に至れる器では有るが、渇望が上手く形付いていないから第2段階のまま。
言うなれば超一流の聖遺物を宿していて、魂も第六天レベルなのに、渇望が弱い為(渇望が聖遺物ありきの物の為)その力を使いこなせないって状態。
ゴールドシップ
言わずと知れたハジケリスト。
こいつを上手く表現するためにゴルシの小説読み漁ったりアニメみたり育成したけど、いつの間にか思考がボーボボ時空になってきて断念。
ゴルシはきっとこれ以上弾けてるんだろうなと思いながら執筆。
文才の関係であまり…
今回、始めて会ったと言う事で抑えていたと思っていてくれ。
スズカからすれば、こいつヤバいけど同じチームやしどうにか愛想笑いで乗り切ろうと思ってる。
ゴルシはスズカの事を、三日ぐらい冷蔵庫に置いといた桃みてーだなだと思っている。
……何言ってるかわからんって?
私も知らん()
シンボリルドルフ
もう"しょんぼりルドルフ"だとか"ルナちゃん"だとか言わせない。
絶対なる皇帝であり、七冠の皇帝。
その走りはあらゆる者を魅了する。
性格はシンデレラグレイに似た感じ。
そこに"金色に輝く獣"や"絶対悪"の因子継承させたって…?
さあ。記憶にございません(すっとぼけ)
いや。本当はもうちょっと近所のお姉さんみたいな感じで書こうと思ったらこんな皇帝が出来上がってしまった。
反省はしてないけど後悔はしてる。
きっと一番最後にスズカの前に立ち塞がるだろうウマ娘。
その時、スズカに肩を並べる存在が居るのか居ないのかは分からない。
きっと今のまま行けば一人で皇帝に挑むことになるだろう。
その姿を勇敢だと思うか、哀れだと思うかは貴方次第だ。
マルゼンスキー
今回、一番影が薄かったお方。
影を薄くするつもりは無かったと供述。
水着姿は大変エチチでありました。
と。置いといてこのお方も"怪物"である。
怪物はいずれ勇者に倒される物だと信じている。
"皇帝"は怪物を倒さず首輪を繋いで牙を折ったが、今回こそ勇者足り得る存在があって欲しいと思ってる。
そいつ(スズカ[憑依])はただの求道者だよ!
勇者って器じゃないよ!!
……みたいなこんな感じ。
ぶっちゃけランキングにのってるのが嬉しすぎてすぐに書き上げてしまった物。
読みにくいなと思ったらごめん。
次回はもっと頑張るから!!
感想お待ちしてます。
マジでそれが有るだけで執筆速度が倍以上に上がるから……っ!
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サイレンススズカに憑依した話④
お知らせと謝罪
えー。4話まで消し、そして新しい4話を書いたことを不思議に思われるかもしれません。ですが作者自身。これここから面白いか…?私が書きたかったスズカはこんなんだったか…?というスランプに直面しまして一度はウマ娘から逃げて他の書き始めたり、色んな創作を読んだり、シングレ読んだり、お迎えしたキャラ育成してたりと、ようやく自分の書きたいスズカが書けそうになったので新規一転。0からではなく1からですがここからまた紡いでいけたらなと思っています。
それでも良い方は是非楽しんでいただけると幸いです。
「さあ。まずは計測からだな」
先程唯一のチームメンバー。ゴールドシップとの初会合を終わらせた直後、真新しい体操服を慣れなさそうにスズカはそれでもとグラウンドに出てきた。
きっと、見られて走ることは慣れているとは思うが他のチーム、ひいてはおハナさん以外のトレーナーに見られるのは今の時点ではマズイ。それぐらいの“ハンデ”はくれてやっても良いが、こういうのは……隠していた方が良いだろう。そっちの方が面白い。
「……あの……沖野さん……」
「ん?どうした?スズカ」
「半袖半ズボン……タイツ履いているとはいえ……」
流石に軽装過ぎませんか………??!
そういえば…と沖野は思い出す。普段、街中で会う走り屋スズカの服装は黒で統一された男モノの姿見しかしらない。その走る速さとウマミミが無ければ、男と間違われてもおかしくない。ともいえそうだった。
そう考えれば、今のスズカにとってトレセンの体操服はどちらかといえば“考えもしない服装”ともいえるのだろうと納得した。それはそれとてG1以外はこの体操服で出バする事になるから急いで慣れてもらわなくては困るが。
「これが普通だ諦めてくれ。スズカ」
「………………ウソでしょ……」
そういえば、と沖野はいつかスズカの服装の理由を聞いた覚えがあった。
黒色を着ているのは、夜の闇に紛れる為。補導されかねない時間に走る彼女たちにとって、見つかりにくい服装というのは基本中の基本であると教えられた。
男物の服を着る理由は“走るのに適している服”だからである。ウマ娘用のランニングウェアは少々値段が張るモノが多い。芝、ダート、コンクリ、果てには山道、獣道まで走るスズカにとって余計な邪魔になる切り傷や擦り傷など付けたく無い。
だからこそと辿り着いたのが男物の服だったと言う事だ。ちなみにスズカのその格好はよく似合っている。
「……まあだがスズカ。」
だけどこれはあくまでスズカの“フィールド”の話。
ここはトレセン学園のトラックだ。スズカが想定しているような凹凸や速度に比例するかのような鋭さの葉っぱは無い。整備されている…スズカ風に言うならば“お上品なステージ”だ。
「分かるだろう?」
「……まあ分かりますけど…」
分かると、納得するのは違う。と。
まあそりゃそうだと沖野も苦笑する。今までと全く違う仕様なのだ。慣れるまで十分に走らせる必要がある。
「………じゃまあ。ゲートに入ってみてくれ。」
ここは、本格的にレースに使われるようなターフ。
芝。1600m。右回りを意識して作られたここは基本的にウマ娘にとって一番馴染みが深いトラック。…そこをスズカは今回を走る。
「…………はい。」
瞬間。スズカの意識が切り替わる。
今までの羞恥やらの感情は全て“不要な”モノだと言わんばかりに削ぎ落とされ、凪ぐ様な雰囲気と共にスズカの内側から熱が。エンジンが掛かり始める。
(…………おいおい。)
沖野も多くは語らない。だが今のスズカの状態には見覚えがある。
“入り込んでいる状態”。一度そこに至ったのなら今のスズカには全ての動作がシャットアウトされている。全ては、ゲートが開くその時まで。
「………よーい。」
どん。その沖野の声と同時にゲートが開く。
その刹那にスズカは飛び出す。…今回は逃げの一人旅。それがどうスズカに影響するのか。沖野は静かにスズカの走法と、ラップを正確に刻む手と音だけが周囲に満ちる。
(……………………………)
時間は少し戻り、スズカがゲート入りした直後。
スズカは無心でその時を待つ。その心に魂に。無用な揺れは存在しない。
色即是空。それ即ち解脱の様に。今のスズカは“無色”そのもの。
死を一度は“識っている”スズカにとってこれは昔から出来る当たり前の様なモノだ。
息を吸う。走る。その全ての動作にスズカの“無色”は入っているのだから。
(……………二。………一………)
全ての揺らぎは消え、今のスズカにとっての最高潮に至る。
ぼんやりと眺めていたゲート先の景色が、スズカの動きを先に想像し半透明の自分が映し出される。全く問題なし。ただ前に進むだけ。
スズカの身体。二つの魂。二つの精神。二つの意思。その全てが一ミクロンのズレも無く重なり合った時─────スズカはゲートを飛び出していた。
(……………………ぁ……あぁぁ!!)
風を身に受ける。荒れ狂う暴風を身に受ける。
何時かのヘルメット越しの冷風も、山のあの澄んだ空気を掻き分けて進む風も、海沿いの塩混じりの風も、夜の霧雨を裂いて走るあの水気抜群の風も。
このターフを掛けた時に走る暴風ほど私を“サイレンススズカ”を刺激するモノは、ない。
やはり私はどれほど取り繕うても“獣”だ。速度に狂い、速さに狂い。自分の命でさえ簡単に天秤に掛けられる獣。それでも良いじゃないか。……私が私である限りこれは私の“光”なのだから。
(こーなー…………)
実はスズカはそこまでコーナーが得意なわけじゃない。
峠を攻めたり、タイムアタックのためにコーナーギリギリを攻める事はあるが。あくまで“ギリギリ”だ。記憶の中にある自分はもっと、もっと迫っていた。もっと“美しかった”。
(……………見える)
コマ写りのように“今の”スズカの出来るコーナー運びが脳裏に映し出される。
そしてそれをスズカは逆らわない。何故ならそれが一番速いことをスズカ自身が知っているからこそ。
スズカのコーナーリンクは実は沖野は見たことない。今までに見てきたモノは、ウマ娘としての身体能力を活かしたターンやハイジャンプ……スズカが言うには見よう見まねの無様なパルクールと言っていたが注目すべきはその脚のバネ。そしてけして速度に振り回されない重心。その全てが生かされるのなら。
「……………おいおいおいおい…っっ!!」
確かにスズカの今の速さなら十分G1は取れる。その速さだ。
だけど正直スズカはそこまで行くだろうとは思っていた。目測でさえ、速いのだからそこの通過点は超えていくだろうと。後はコーナーだとかレースの運び方。それらを入れ込んでし合えば後はスズカの思う“一番気持ちが良いレース”が出来るだろうと思っていた。……今この瞬間までは。
「ヤベェな。あれ。」
「ああ。ヤベェってレベルじゃねぇ。」
沖野とゴルシの脳内に浮かぶ単語は一つ“無茶”だ。
確かに理論上。“最もコーナーに近い所で曲がれば”一番早くコーナーを越えられる。
だけどそれはあまりにリスキー。少しでも理性があるならばわかるはずだ。
何十km/hで走る生身がヨレる危険性を。一歩間違えれば首だ。それぐらいスズカも分かっていない訳がない。筈である。
「…………どうすっかなぁ……」
確かに、アレは整ったターフでないと出来ない。流石にスズカも自重するだろう。
ほぼほぼ死にに行っている様なモノだ。自殺行為と何ら違いはない。
だと言うのに、それでもアレを行ったスズカは────
(分ってたけどよぉ……とんだ癖ウマだぜ)
認めたくないが、断じて認めたくないが“最も”速くコーナーを抜ける方法を挙げるならアレだ。そしてそれを行う技能も、度胸も、イカれ具合もスズカは揃っている。
確かにあの走りに惚れたのは沖野自身の何者でもないが、こればっかりは初耳だ。
まあそれもまた一興だ。ここからどうするかそれを考えるだけで顔がにやける。
ゴルシも実は無茶振りが出来そうな仲間ができてにやける。…君一体何処からいたの?
「さあ。まずは〜からだぜ?」
……………………さもありなん。
そしてスズカは想定よりも速く、1600mを駆け抜けたのだった。
皇帝はかく語りき
「ふむ。……やはり末恐ろしいな。」
皇帝シンボリルドルフは一人、生徒会室の会長席でとても荒い動画を真剣に眺めていた。片手に紅茶を嗜みながら。……ちなみにこうやってとても威厳のある格好で紅茶を嗜むと良いと雨の中の放浪者と、激マブに唆された。
それはそれとして、ルドルフが滅多にしない様な鋭い眼差しで何度も何度も再生するは…とある一つの動画。“あまり人には言えないツテ”を使って入手した“サイレンススズカの計測”記録。
「速さはすでにG1並みか」
末恐ろしいなと思う反面。まだまだだなとルドルフの中の獣が失望のため息をこぼす。正直なところを話すのならば、“もう少し出来るだろう”、とも。
これは間違いなき事実だ。なんせあのシービーが雨天だったとは言え、スズカに先を行かれてしまった。まあその時はまだ冠も今ほど被っていなかったとは言うが、それも些細な問題だ……だからこそスズカには期待している。悪いが誰よりも。
「…………………………」
ちょうど良いぬるさになった紅茶を口に含みながら、ルドルフは考える。
明らかにスズカは“領域”を開ける。“世界”はまだだろうけど、そこが見えているのなら領域は開ける筈。だと言うのに今回領域を使った試しさえ無かった。
それはどう言うことか。…手加減?……違う。ああいう輩がそう器用な事など出来ようとするはずが無い。
「………条件…か?」
“領域”というモノは、ウマ娘の誰もが持ちうるウマソウルに刻まれた“渇望”の具現。
というのが今の定説だ。事実、それは間違ってはいないとルドルフは断言する。
基本的に、G1まで勝ち上がってくるウマ娘はこの“領域”と言うものを必ず一種類は持っていると言われている。……事実、G1のその上では常に領域のぶつかり合いだ。一度レースを走れば超常現象が普通に発生する。急募:常識とはよく言ったものだ。
勿論その領域には常識はずれの効果を齎すと同時に、領域を使うまでの条件がある物が多い。……これは一般論だが、基本的に条件が緩いモノは領域の効果はそこそこになるし、逆に条件が厳しい物だとそのレースの勝敗を大きく分けるモノだって存在する。
勿論、領域の中ではレースでしか使えない領域だって多数存在する。というよりそっちが大多数だ。領域の大原則故に、そうなのだろうか。
……いや。断じて違うとルドルフの経験則と勘が訴える。
“世界”まで見えているはずのウマ娘がそんな大多数の原理に縛られると言うのか?
「まて……服、か?」
G1。その特徴の一つとしてウマ娘の憧れ。“勝負服”の着用が義務付けられている。
勝負服が領域を開くのを手伝っているとは考えにくいが、領域を開く要として勝負服を拠り所にしているウマ娘も多い。
そう考えれば、合致する様な気もしなくはない。
シービーが言うにはスズカの姿はいつも黒ずくめの服装。そして慣れていなさそうな体操服の着心地。そう考えれば分かる様なモノだ。
「………ああ。惜しい。本当に惜しい。」
そしてそれ以上によくもやってくれたなと憤る。
もし、スズカを最初からある程度察するトレーナーが居たのならもっと早くに体操服に慣れ、速さのさらに最果てを見せてくれただろうに。
「先輩として……くっ!!」
ルドルフの脳内では今頃、ルドルフ・マルゼンスキー・シービーのジェットストリームアタックでサイレンススズカを育てていた筈なのに。
勿論そんなことが起きれば、ルドルフの脳内で描いている様なキャッキャウフフではない。…普通に“ガチ”レースになっていた事は想像に難しくない。
とんだドリームマッチだ。普通に考えれば、真っ青になりながら首を全力で横に振るが、残念ながらここのスズカは少々、頭のネジが飛んでいる。……実は意外とキャッキャウフフになる、かも、しれない?まあ側から見ればとんだ地獄の形相だが。そんな事には気がつかない。だってルナちゃんだもん。
「…………まあそれはそれとして」
私たちがラスボスとして張るのも良いかもしれないことに気が付いた。
スズカが同じ領域に立って、“世界”も完全に開ける様になった時。きっとそれはそれは心が躍り、一生…いや来世さえも忘れられない様な決戦になるだろう。
思うがままにぶつかり合い、思うがままに競い合う。
………ああ。なんて素晴らしい未来だろうか。微睡みに入ろうとしていた私の“獣”が途端に疼き出したじゃないか。
「少々……走るか。」
この疼きを放置するのはウマ娘としてあり得ないだろう。
例え一人のルーティンの確認だとしても、そこにスズカを映し出せば多少は慰めにもなる。
今は例え蕾のままだとしてもこのままレース経験を積み、多くの技能を身につけそして冠を抱くウマ娘として相応しい様になったのなら……きっと私たちに手が届く。私たちを超えるかもしれない。
「ルドルフは期待しときたい……なんてな?」
今めっちゃ良いギャグができた気がする……!
これは真っ先にエアグルーヴに聞いてほしい。
エや下
エや下
前回のゴルシの続き。計測編。そしてその次はトレーナー達の会話でしょうかね。
そしてルドルフ…と更新しなかった間のシービー実装で急遽入れ込み。
雨の中の散歩だったりとここのスズカさんとはマブタチやってそうってことで(憑依)スズシビ……キテる……?!(尚、スペちゃんの脳破壊度)
ちなみにルドルフの描いてた師弟ルートだとスズカさんがヤベー事になる。
ルドルフと全力全開の競い合いデートをして、マルゼンと車デートしたり、シービーと雨の中デートしたりする。
まあ全部夢物語なんですけどね。
感想お待ちしています。
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