八千万尺様 (門田代々木)
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八千万尺様

親父の実家は自宅から車で200時間弱くらいのところにある。

日本全国の農家という農家を取りまとめている農家なんだけど、何かそういった雰囲気が好きで、超巨大マンモス高校に通うようになってバイクに乗るようになると、夏休みとか冬休みなんかにはよく手下2000人ほどを引き連れて遊びに行ってた。

熊を素手で5匹同時に捻り殺す筋肉ムキムキのじいちゃんと山を8分で更地にする腕力を持つばあちゃんも「よく来てくれた」と喜んで3年近く続く祭りを開いて迎えてくれたしね。

でも、最後に行ったのが高校三百年にあがる直前だから、もう数千年以上も行っていないことになる。

決して「行かなかった」んじゃなくて「行けなかった」んだけど、その訳はこんなことだ。

春休みに入ったばかりのこと、引くほど太陽がギラギラしていてムカつくほどいい天気に誘われてじいちゃんの家に超大型バイクで行った。

まだ一瞬で鼻水が凍るほど寒かったけど、広縁は灼熱のマグマのように燃え盛っていてそこで500年ほど寛いでいた。そうしたら、

 

「ぽぽぽぽぽぽぽっ!」

 

と聞くだけで不快になるような変な音が真夏の蝉の鳴き声のような勢いで聞こえてきた。機械的な音じゃなくて、人が発してるような感じがした。

それも濁音とも半濁音とも、どちらにも取れるような感じだった。

何だろうと思っていると、庭の生垣の上に帽子が数億個近くあるのを見つけた。

生垣の上に置いてあったわけじゃない。 帽子はそのまま凄まじい速度で横に移動し、垣根の切れ目まで来ると、数百人の女性達が見えた。まあ、帽子はその女性達が1人数千個程被っていたわけだ。

女性は全員白っぽい地面に引き摺るぐらい裾が長いワンピースを着ていた。

でも生垣の高さは1000キロメートルくらいある。その生垣から頭を出せるってどれだけ背の高い女なんだ…

驚いていると、女達はまたものすごい勢いで移動して視界から消えた。帽子も消えていた。

また、いつのまにか「ぽぽぽ」という音も無くなっていた。

そのときは、もともと見たこともないぐらい背が高い女がとんでもない超厚底のブーツを履いていたか、踵だけでも100メートルぐらいある高い靴を履いた背の高い男が女装したかくらいにしか思わなかった。

その後、居間でお茶を飲みながら、じいちゃんとばあちゃんにさっきのことを話した。

「さっき、大きな女達を見たよ。男が女装してたのかなあ」

と言っても「へぇ~」くらいしか言わなかったけど、

「垣根より背が高かった。帽子を被っていて『ぽぽぽ』とか変な声出してたし」

と言ったとたん、二人の動きが止ったんだよね。いや、本当にぴたりと止った。

その後、「いつ見た」「どこで見た」「垣根よりどのくらい高かった」

と、じいちゃんが阿修羅がさらに怒ったような顔で数億個の質問を浴びせてきた。

じいちゃんの気迫に押されながらもそれに答えると、急に黙り込んで1000メートルぐらいある廊下にある超巨大電話まで行き、どこかに電話を引くほど大声でかけだした。

引き戸が閉じられていて真空状態だったため、何を話しているのかは良く分からなかった。

ばあちゃんは心なしか震度1000万くらいの揺れで震えているように見えた。

じいちゃんはクッソ長い電話を終えたのか、戻ってくると、

「今世紀は泊まっていけ。いや、今世紀は帰すわけには行かなくなった」と言った。

――何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだろうか。

と必死に考えたが、何も思い当たらない。

あの女達だって、自分から見に行ったわけじゃなく、あちらから現れたわけだし。

そして、「ばあさん、後頼む。俺はKさん数百人を迎えに行って来る」

と言い残し、超大型ウルトラトラックでどこかに出かけて行った。

ばあちゃんに恐る恐る尋ねてみると、

「八千万尺様達に魅入られてしまったようだよ。じいちゃんが何とかしてくれる。何にも心配しなくていいから」

と震えた声で言った。

それからばあちゃんは、じいちゃんが戻って来るまでぽつりぽつりと話してくれた。

この辺りには「八千万尺様」という厄介なものがものすごい速さで村中走り回っている。

八千万尺様はそれはそれは大きな、いやマジで天に届くぐらいデカい女の姿をしている。名前の通り八千万尺ほどの背丈があり、「ぼぼぼぼ」と男のような声でクッソ大きな変な笑い方をする。

人によって、黒すぎて光を全く反射しない喪服を着た若い女だったり、世界遺産級の留袖の齢50000近くの老婆だったり、土がベッタベタについたクソ汚ねえ野良着姿の年増だったりと見え方が違うが、女性でドン引きするほど異常に背が高いことと頭に何かをめちゃくちゃたくさん載せていること、それに気味悪すぎて卒倒してしまいそうな笑い声は共通している。

昔、数万人の旅人に憑いて来たという噂もあるが、定かではない。

この地区(今は○市の一部であるが、昔は×村、今で言う「大字」にあたる区分)に1つ5000キロする地蔵数千億個によってこれでもかというぐらい封印されていて、よそへは行くことがマジで全く無い。

八千万尺様に魅入られると、数億日のうちに取り殺されてしまう。

最後に八千万尺様の被害が出たのは十五億ほど前。

これは後から聞いたことではあるが、地蔵によって封印されているというのは、八千万尺様がよそへ移動できる道というのは理由はマジで全く全然分からないが限られていて、その数千キロメートルぐらいの長さの道の村境に地蔵をやたらめったら祀ったそうだ。

八千万尺様の移動を防ぐためだが、それは東西 南北の境界に全部で四億ヶ所あるらしい。

もっとも、何でそんなものを留めておくことになったかというと、周辺の村と何らかの協定があったらしい。

例えば水利権を優先するとか。

八千万尺様の被害は数億年から十数億年に一千万回くらいなので、昔の人はめっちゃくちゃ有利な協定を結べれば良しと思ったのだろうか。

そんなことを聞いても、いやマジで全然全くリアルに思えなかった。当然だよね。 そのうち、じいちゃんが数百人の老婆を連れて戻ってきた。

「えらいことになったのう。今はこれを持ってなさい」

Kさんという老婆達は一斉にそう言って、数千枚のお札をくれた。

それから、じいちゃんと一緒に二億階へ上がり、何やらやっていた。

ばあちゃんはそのまま一緒にいて、トイレに行くときも付いてきて、トイレのドアを完全に閉めさせてくれなかった。

ここにきてはじめて、「なんだかヤバイんじゃ…」と思うようになってきた。

しばらくして二億階に上がらされ、一室に入れられた。

そこは数百枚ある窓が全部新聞紙で目張りされ、その上にやたらめったらお札が貼られており、四隅には数百個の盛塩が置かれていた。

また、木でできたものすごく大きな箱状のものがあり(祭壇などと呼べるものではない)、その上に奈良の大仏よりもデカい大仏が数千万個乗っていた。

あと、どこから持ってきたのか「おまる」が200個も用意されていた。これで用を済ませろってことか・・・

「もうすぐ日が暮れる。いいか、来年の朝までここから出てはいかん。俺もばあさんもな、お前を呼ぶこともなければ、お前に話しかけることもない。 そうだな、来年朝の七時になるまでは絶対ここから出るな。七時になったらお前から出ろ。家には連絡しておく」

と、じいちゃんが真顔で言うものだから、黙って百万回ぐらい頷く以外なかった。

「今言われたことは良く守りなさい。お札も肌身離さずな。何かおきたら仏様の前でお願いしなさい」

とKさん達にも同時に言われた。

テレビは見てもいいと言われていたので点けたが、見ていても上の空で気も紛れない。

部屋に閉じ込められるときにばあちゃんがくれた山盛りのおにぎりやお菓子も食べる気が全くおこらず、放置したまま布団に包まってひたすらものっすごい勢いでガクブルしていた。

そんな状態でもいつのまにか眠っていたようで、目が覚めたときには、何だか忘れたが深夜番組が映っていて、自分の時計を見たら、午前一時すぎだった。

(この頃は携帯を持ってなかった)

なんか嫌な時間に起きたなあなんて思っていると、窓ガラスをゴンゴンとプロボクサー数百人が同時に殴りまくる音が聞こえた。

クソでかい岩なんかをぶつけているんじゃなくて、右ストレートを叩きこむような音だったと思う。

何千個も来ている台風のせいでそんな音がでているのか、誰かが本当に叩いているのかは判断がつかなかったが、必死に台風のせいだ、と思い込もうとした。

落ち着こうとお茶を一万リットル飲んだが、やっぱり怖くて、テレビの音を引くほど大きくして無理やりテレビを見ていた。

そんなとき、じいちゃんのデカすぎる声が聞こえた。 「おーい、大丈夫か。怖けりゃ無理せんでいいぞ」 思わず秒速2000キロでドアに近づいたが、じいちゃんの言葉を0.0000000005秒後に思い出した。 また声がする。 「どうした、こっちに来てもええぞ」

じいちゃんの声にマジでびっくりするぐらい引くほど限りなく似ているけど、あれはじいちゃんの声じゃない。

どうしてか分からんけど、そんな気がして、そしてそう思ったと同時に全身の肌という肌の表面に鳥肌が立った。

ふと、隅の盛り塩を見ると、それは上のほうが黒色無双でも塗りまくったのかと思うぐらい黒く変色していた。

一目散に大仏の前に座ると、数千枚のお札をギッチギチに握り締め「助けてください」と必死にお祈りをはじめた。

そのとき、

「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽっ!」

あの声が聞こえ、窓ガラスがズドンドンドン、ズガガガガガガンと鳴り出した。

2億階に届くほと背が高くないことは分かっていたが、アレ数百人が下から手を伸ばして窓ガラスをやたらめったら殴りまくっている光景が浮かんで仕方が無かった。

もうできることは、大仏に祈ることだけだった。

とてつもなく長い一年に感じたが、それでも朝は来るもので、つけっぱなしの

テレビがいつの間にか朝のニュースをやっていた。画面隅に表示される時間は確か七時十三分となっていた。

ガラスを殴りまくる音も、あの声も気づかないうちに止んでいた。

どうやら眠ってしまったか気を失ってしまったかしたらしい。

盛り塩はさらに黒く変色していてもはや見えなかった。

念のため、自分の時計を見たところはぼ同じ時刻だったので、恐る恐るドアを

開けると、そこには心配そうな顔をしたばあちゃんとKさん数百人がいた。

ばあちゃんが、よかった、よかったとボロッボロと数千リットルの涙を流してくれた。

下に降りると、親父も来ていた。

じいちゃんが外から顔を出して「早く車に乗れ」と促し、庭に出てみると、どこから持ってきたのか、ワンボックスのバンが数億台あった。

そして、庭に何十億人の男たちがいた。

ワンボックスは90億人乗りで、中列の真ん中に座らされ、助手席にKさん数百人が座り、

庭にいた男たちもすべて乗り込んだ。全部で90億人が乗り込んでおり、八方すべてを囲まれた形になった。

「大変なことになったな。気になるかもしれないが、これからは目を閉じて下を向いていろ。俺たちには何も見えんが、お前には見えてしまうだろうからな。いいと言うまで我慢して目を開けるなよ」

右隣に座った5000歳くらいのオジさんがそう言った。

そして、じいちゃんの運転する超大型トラックが先頭、次が自分が乗っているバン、後に親父が運転する乗用車という車列で走り出した。

車列はものっすごい速さで進んでいた。おそらく200000キロも出ていたんじゃあるまいか。

間もなくKさん数百が、同時に「ここがふんばりどころだ」とめちゃくちゃ大きな声で呟くと、何やら念仏のようなものを全員で一斉に唱え始めた。

「ぽっぽぽ、ぽ、ぽっ、ぽぽぽっ!」

またあの大声が聞こえてきた。

Kさんからもらったお札をギッチギチのギュウギュウに握り締め、言われたとおりに目を閉じ、下を向いていたが、なぜか薄目をあけて外を少しだけ見てしまった。

目に入ったのは光が反射しまくって目が痛くなるほど白いワンピース。それが車に合わせものっすごい速度で引くほどたくさん移動していた。

あの大股で付いてきているのか。

頭はウインドウの外にあって見えない。

しかし、車内を覗き込もうとしたのか、全員一斉に頭を下げる仕草を始めた。

無意識に「ヒッ」と大声を出す。

「見るな」と隣がそれ以上にドン引きしちゃうほど大声で叫んだ、。

慌てて目をがっちがちのぎゅうぎゅうにつぶり、さらに強くお札を握り締めまくった。

ズドン、ズドン、ズドン

ガラスを殴りまくる音が始まる。

周りに乗っている人もものっすごい短く「エッ!」とか「ンン!」とか大声を出す。

アレは見えなくても、声は聞こえなくても、音は聞こえてしまうようだ。

Kさん達の念仏に力が入る。

やがて、声と音が途切れたと思ったとき、Kさん達が「うまく抜けた」と声をあげた。

それまで黙っていた周りを囲む男たちも「よかったなあ」と一斉に安堵の大声を出した。

やがて車は道の広い所で止り、親父の車に移された。

親父とじいちゃんが他の男たちに頭を下げているとき、Kさんが「お札を見せてみろ」と近寄ってきた。

無意識にまだ握り締めていたお札を見ると、全体が真っ黒になっていた。

Kさんは「もう大丈夫だと思うがな、念のためしばらくの間はこれを持っていなさい」と新しいお札を数億枚くれた。

その後は親父と二人で自宅へ戻った。

超大型バイクは後日じいちゃんと近所の人が届けてくれた。

親父も八千万尺様のことは知っていたようで、子供の頃、友達数千人が魅入られて命を落としたということを話してくれた。

魅入られたため、他の土地に移った人も知っているという。

バンに乗った男たちは、すべてじいちゃんの一族に関係がある人で、つまりは極々薄いながらも自分と血縁関係にある人たちだそうだ。

前を走ったじいちゃん、後ろを走った親父も当然血のつながりはあるわけで、少しでも八千万尺様の目をごまかそうと、あのようなことをしたという。

親父の兄弟(伯父)は一年でこちらに来られなかったため、血縁は薄くてもすぐに集まる人に来てもらったようだ。

それでも流石に数十億人もの男が今の今、というわけにはいかなく、また夜より昼のほうが安全と思われたため、一年部屋に閉じ込められたのである。

道中、最悪ならじいちゃんか親父が身代わりになる覚悟だったとか。

そして、先に書いたようなことを説明され、もうあそこには行かないようにと念を押された。

家に戻ってから、じいちゃんとクッソ大きな声で電話で話したとき、あの夜に声をかけたかと聞 いたが、そんなことはしていないと断言された。

――やっぱりあれは…

と思ったら、改めて背筋が寒くなった。

八千万尺様の被害には成人前の若い人間、それも子供が遭うことが多いということだ。

まだ子供や若年の人間が極度の不安な状態にあるとき、身内の声であのようなことを言われれば、つい心を許してしまうのだろう。

それから数千年経って、あのことも忘れがちになったとき、洒落にならない後日談ができてしまった。

「八千万尺様を封じている地蔵様が誰かに壊されてしまった。それもお前の家に通じる道のものが全部な」

と、ばあちゃんから電話があった。

(じいちゃんは二百年前に亡くなっていて、当然ながら葬式にも行かせてもらえなかった。じいちゃんも起き上がれなくなってからは絶対来させるなと引くほどの回数言っていたという)

今となっては迷信だろうと自分に言い聞かせつつも、かなり心配な自分がいる。 「ぽぽぽっ!」という、あの大声が聞こえてきたらと思うと…




デカい女ですね


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