食べ歩きがしたいだけ (二三一〇)
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屋台売りの洋梨のケーキ

 食べたいだけの人生でした。
 どこまで続くか分からないけど、初投稿です。


「ひもじい……」

 

 掠れる様な、声がした。自分の声色だと知った時には、軽く絶望した。もはや音にもなっていない。自らの呼吸音の方が大きいのだ。その呼吸も、浅く、早い。明らかに酸素が足りないけど、それを吸い込む力もない。

 

 死ぬのか。

 

 重すぎる瞼を堪えて開けてみれば、そこには自分の部屋の天井が見える。ただ、電灯は点いておらずに暗いまま。表が僅かに赤いところを見るに夕暮れか朝焼けか。いずれにしても、身体を動かすこともままならない身にはどうでもいい事だ。

 

 なんで、こんな状態になっているのか。薄ぼんやりとした意識の中で考えてはみるが、答えは見つからない。

 それどころか、眠くなってくる。

 

 こんな状態で寝る……死ぬのか?

 

 身体が動かず、声も出せず。考えることすら出来ないというのは死んでいるのと変わらないだろう。こうして意味もない事を考えることすら、もうやりたくない。

 

 おなか、へったなぁ……

 

 それが、おそらく今生における最後の言葉だった。聞く者は誰もいないので、それに意味は何もない。

 

 

 

『それは可哀想ね……』

 

 

 

 だから。

 ふと聞こえた女の声も、どうでもよかった。

 

 ただ、ただ。

 空腹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、ふん、ふーん♪」

 

 うまくもない鼻歌を披露しているのは、機嫌がいいからである。日課の魔術師の鍛錬も、剣の稽古もほっぽり出してする街の散策とは実に爽快だ。

 いやー、父ちゃんが留守の時はありがたいなぁっ!

 

 小さな路地を抜けて大通りへ。この辺はまだ公邸の近くなので食料品を扱う店は殆ど無い。ギルド関連や、神殿関係の建物とかばかりだ。なので、大通りを南へ進む。人の通りが多くなってくると、そろそろ商業地区。

 飯時を過ぎたというのに肉の焼ける匂いや果物の甘い匂いが鼻を刺激する。思わず駆け出したくなるけど、そこまで俺は節操なしじゃない。どんな時でも冷静に、落ち着いて。金はあるんだ、俺のじゃないけど。

 

「うはぁ〜♪」

 

 浮足立つのを必死に堪えて辿り着いたそこは、俺にとっての楽園であり、理想郷。ああ、“全て遠き理想郷”とはこんなに近くにあったのか……

 

「お? また来やがったな、小僧。今日は何にする? モモか? それともモツか?」

「おっと、おっちゃん。まだここで食うとは決めてないんでね」

「かー、いけ好かねえガキだな」

「へへっ じゃあねー♪」

 

 屋台の親父さんにそう答えるには若干の理由があった。今の俺は、そんなには食べられないのだ。肉の串なら一本、黒丸パンなら半分ほどでギブってしまう貧相な胃袋なのだ。昼飯を食わなければもうちょい食えると思うのだけど、せっかく用意された物を食わないなんて、俺にはできない。

 

 食事に貴賤は無いのだ。ただそこにあるものを食べる。それだけが真実であり、己の律する自由である。

 

 なんてくだらない事をつらつらと考えつつも、屋台をチェックする眼は片時も止まらない。とはいえ、出てる屋台は殆どいつもと変わらぬ面々である。新しい屋台が来る事もあるが……て、おお? 新しい屋台、あるやん! 俺は小走りでその屋台へと近付いた。

 

「おっちゃん、これなーに?」

「おう、これは王都で有名なクーヘンいうものだよ」

 

 屋台に置かれた見本は偽物じゃない。あと、ガラスなんかも高価なのでこういった屋台で使うのは稀だからそのまま。衛生的に問題だけどこの世界でそんなことを気にする奴はもっと稀である。

 

『ま、見本だしな。まさかこれをぽんと出すわけじゃないだろ』

 

 屋台の奥には棚があってそこから出してくるのだろう。この手の物を屋台なんかで焼けるわけないし、どこかで作っているんだろう。気を取り直して見本のケーキをしげしげと観察する。

 

 少し甘い匂いのするそれは、たぶんケーキの類だと思う。でも、父ちゃんが買ってきてくれたそれとは明らかに違うようだ。

 全体的に茶色っぽくて焼け焦げにムラがあり、いかにも固そうな見た目。贔屓目に見ても黒パンの出来損ないの様だ。

 屋台で売る物だし大した物ではないとは思いつつも、値段を見る。げっ、一切れ大銅貨1枚だと? それを見て店主がニヒヒ、と笑う。

 

「坊主の小遣いじゃあ買えねえだろ? 親御さん連れてきな(ニヤリ)」

 

 明らかにこちらを下に見た態度に少しイラッときた。高いが出せないわけじゃないんだからね? 俺は懐の革袋から大銅貨を出すとパチリと置いた。

 

「えっ……も、もしかしてどっかのお坊っちゃんかい?」

 

 明らかに狼狽した様子の店主。大銅貨一枚とは一般的な平民が一日過ごすのに必要な金額だ。少なくともこの街、サンクデクラウスでは俺が生まれた頃からあまり変わっていないらしい。

 

「金は出したろ。早く出してくれよぉ」

「は、はい。ただいま!」

 

 いきなり下手に出る店主に少し呆れるが、木のケースから出してきたそれは、見本とあまり変わらないモノだった。けど、きちんと収納していたおかげか乾燥してないので香りもちゃんと分かる。これは洋梨(ビルネ)だね? 木の皿に置かれたそれに手を伸ばすけど、その前に。

 

「【生活魔術 手の洗浄(ハンドウォッシュ)】」

 

 手を覆う水の塊がどこからともなく現れて、手の汚れを洗い流して消えていく。その様子を見ていた店主が納得するように頷く。

 

「坊主、生活魔術士(ソーサレス)か。それじゃ納得かな」

 

 生活魔術(ソーサリー)は生活にあると便利な技術として扱われている。洗浄はわりと上級な方で、初歩的なのには光とか加熱、冷却などがある。

 

 街にはこの生活魔術を仕事に使う人たちも多い。魔力の多い子供などは率先して覚えている。便利で小遣い稼ぎも出来るからだ。

 

 さてはともかく。

 今日のひとときを愉しもうか。

 俺は手づかみで梨のケーキを口に運ぶ。

 

 ……ほう。

 見た目は洗練されてないけど、味はなかなか、悪くない。洋梨自体の甘味が上手く出ている。洋梨はコンポートしたのじゃなくて生か乾燥させたのを戻した奴かな? 余計な甘さが無いからね。そもそも精製糖が高いから屋台売りのお菓子には多くは使えない。だから、これは正解。

 

 焼き加減もムラは若干あるものの全体の仕事としては丁寧だ。

 ダマになってると食感も悪いし、最悪お腹を壊す(経験談)いや、そんなわけ無いだろ? と思うだろ? 子供の腹ナメんなよ? まあ、衛生の概念の乏しい環境だから別要因だったかもしれないけどね。

 そんで生地だけど、驚くべき事に混ぜ物無しの小麦百パーセントだ。だいたいこっそり大麦やらライ麦やら混ぜるんだよ。こういう屋台売りだと。理由としては、まあやっぱり値段が上がるから。

 実際に大銅貨一枚というオヤツとしては有り得ない金額となっている。食べてみれば妥当な……というよりアシが出てる可能性もある。

 

「どうだい?」

「うん、美味しいよ。でもこれ、おっちゃんが焼いたんじゃないよね?」

 

 そう聞いてみると、悪びれずに頷く店主。聞けば、新しく街区に店を出したミハイル氏から卸してもらってるそうだ。

 

「ディクルト通りに出来た店だよ」

「あれ? あそこはイェルナーさんの店じゃなかった?」

「ミハイルは居抜きを買ったらしいからそこじゃないかな? オレもこの街出身じゃねえから、よくは知らないんだ」

 

 確かにイェルナー氏はそろそろ田舎に帰るとか言っていたけど。まあパン窯を備えた物件なんてそうそうは無いし、新しく作るのも大変だしね。

 

「でも、おっちゃん。売り上げちゃんと貰えてる?」

「はぁ? 変なとこ気にする坊主だなぁ。一日大銅貨ニ枚もらってるぜ? 食い詰めた冒険者の稼ぎにしちゃあ割がいいだろ?」

 

 屈託なく笑いながらそう言った店主は、なるほど冒険者崩れか。わりとガタイがいいのはそういう事ね。けど、聞かれて素直に答えるのは商売人には向かないかなぁ。人が良いのだろうけど、ね。

 

 総評として、味はいいけど値段がわりと高めなので売り上げ的にはキツイかもしれない。オレ個人だったら間違いなく買うけど、街の人には敷居が高いかなぁ。それに、どうせ買うならミハイル氏の店で買う方が良さそうだし。

 

「ごちそうさま。おっちゃん、美味しかったよ」

「おう、ありがとよ」

「でも、ここで売るのはちょっと値段が高いかなぁ? 冒険者街の方が売れると思うよ」

 

 この辺りは街の中でもごく一般的な階層、つまり平民たちが通う商業地区だ。現に肉串や野菜売りなどの提示する値段も懐に優しい価格だし、買いに来る人間も少しよれたりくたびれた平服の人が目立つ。

 このお菓子はその層には買えない。お腹すいたと駄々をこねる子供に買ってやれるほど安くはないのだ。結果としては興味はあるけど手は出せず。今日も今日とて閑古鳥と相成るわけである。

 

 子供や女性は甘いものには目がないのは洋の東西を問わず、時代を経ずに変わらない不変の法則である。こういう物はその方向に訴えるべきだ。個人的には女性冒険者などがいい。小腹が空いた時にちょっと入れるには丁度いい量だと思う。少なくとも一般の町人よりは財布の紐が緩い。彼らに貯蓄とかの概念はあまり浸透していないのだ。何せ次の日には死んでるかもしれない職業である。食べたいものを我慢したりはしない。

 冒険者街の端に店を出したらどうか。あの辺りなら気のいい店主も多い。客寄せ目的で軒先を貸してくれる人もいるだろう。そう言うと、店主は苦い笑みを浮かべた。

 

「いやあ、さすがに冒険者相手には商売したくない」

「え?」

「知り合いとかにあったら気まずいだろ?」

「ああ、なるほど」

 

 これは失念。冒険者崩れなら冒険者と知り合いでもおかしくはない。ましてやここはサンクデクラウス。(そば)迷宮(ダンジョン)を抱える街だ。あちこちから冒険者はやってくる。知り合いに会う確率は高いだろう。

 

「ときに、なんでやめたの?」

「それ聞いちゃうのかよ、坊主。イイ性格してるぜ」

 

 そらどうも。異世界に転生したとはいえ元はいい年していたんだ。この年齢の頃の純粋さはとっくに忘却の彼方である。ああ、でも。逆に考えたら子供らしい考えなしの発言とも受け取れるね。

 店主のおっちゃんは、脚をパンパンと叩いて示す。動きがぎこちないのは、それが紛い物だからだ。

 

「足首がっつり頂かれてよ。あの商売は出来なくなっちまったのさ」

 

 冒険者というのは過酷な仕事である。身体が資本な割に支援はほとんど得られない。冒険者ギルドが僅かな額面を支払うだけという細やかな互助制度しか無いのだ。それでも一般の平民から比べればマシなのだけど。

 

「それは……大変でしたね」

 

 平坦に言おうと思っていたんだけど、何だか気持ち沈んでしまった。店主が気にもしてない様子なのは幸いだった。

 

「実家帰るにも金はいる。もっとも、まだ生きてるか分からんし。厄介な奴が帰ってきたなんて言われかねんから二の足踏むよ」

 

 聞かれてもいない事を言い始める店主。実家に帰ると言うが、果たしてどこなのだろうか? 同じ領内ならまだしも、別の領地とかだとかなりの金額が必要だろう。

 

「ま、食うためにも働かなきゃならん。やったこと無い屋台売りでもやらなきゃいかん、てことさ」

「なんか……ごめんなさい。辛いこと聞いたみたいで」

「いいってことよ。お前さんは客だし、子供だ。知らないことは知ってきゃいいのさ」

 

 そう言った店主のおっちゃんの笑顔は明るかった。世の中を見限らず、恨んたりもしていない。生きる事を諦めない人の顔だった。

 

 かつての自分はそうであったか。

 それは分からない。何せ身動き出来なかったし。空腹で動けないとかあるんだな、とどこか他人事のように感じていた。

 

 そんな自分の嫌な記憶を思い出したので、俺は店主に別れを言って離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノ、また抜け出してきたの?」

 

 そう呆れ声で聞いてきたのは、冒険者ギルドの案内係のお姉さん、ユッテさんだ。年の頃はまだ二十歳前、そばかすが多いけど三編みのくすんだ金髪はなかなかに魅力的である。しかも胸は意外と大きいので狙っている奴も多いと思われる。

 初めてここに入り込んだ時に話しかけてきたのが彼女だ。近所の悪ガキがいたずらに入り込んだと思ったのだろう。失礼な話だ。

 

 それはさておき。今日は用があってきたのだ。もちろん、さっきの店主の話だ。聞いてみると彼女も沈痛な面持ちとなった。

 

「アルトガーさんよね、それ」

 

 ギルドの喫茶スペースにて話をする。ちなみに俺は子供用の台を置いて着席という晒し者扱いである。小さい身体が悪い。自分と彼女用に紅茶を頼むと革袋から小さな銅貨を三枚取り出し給仕の男性に渡す。

 

「悪いわね。お小遣い、少ないんでしょうに」

「女性に払わせるのは甲斐性がないと父に言われてますんでね」

「きみ、やっぱり年、誤魔化してない?」

「当年取って七歳です。今年の冬には洗礼式があるんですよ」

 

 数えで七歳となる一年の最後の日。街中の子供たちを集めて行われるのが洗礼式だ。それはともかく、甲斐性云々は父ちゃんが本当に言っていた事なのであしからず。目深に被った帽子を直しながら、彼女の話の続きを促す。

 

「右足の足首からすっぱり無くなっててね。治癒術師がいなかったら死んでたって話よ」

 

 今の時刻はだいたい夕の二。前の世界で言うと午後四時辺りだ。早めに仕事を収める人がちらほら出てくる時間であるが、まだ夕方ほどではない。ギルドの仕事はだいたい夕飯時がピークになるので今は休憩時間なのだ。

 

「神殿での再生は無理だったの?」

「それが出来るほどには稼いでなかったのよ」

 

 それなりに稼げる冒険者なら手足の欠損を治してもらう事は出来なくはない。ここの神殿は規模が大きく、使い手は聖女と呼ばれる程の大司教までいる。本当に蘇生まで出来るらしいのだから、伝説級だろう。なので、金さえ積めば何とかはできるのだ。世の中の不変の法則その2、地獄の沙汰も金次第と言うやつである。

 

「脚がやられちゃあ冒険者なんてやってられないし。どうしてるのかと思ったら、ちゃんとお仕事してたみたいで安心したわ」

 

 紅茶にシロップを垂らしてくるくると回すユッテ。ちなみにこのシロップはポーションだったりする。煮詰めた砂糖水に魔力を注ぎながらかき混ぜると出来る。元々砂糖なだけあって傷みにくいのでわりと広まっているのだ。主にこの辺りで。

 

「うん。そのアルトガーさんの売ってる洋梨のクーヘンがすごく美味しかったんだよ」

「へえー、そうなんだ。君がそう言うなら、試す価値はあるかな?」

「大銅貨一枚だから売上は芳しくなさそうでね」

「なるほどねー。まあ、廃業した人なら現役の人には会いたくないよね」

 

 分かるわー、と言いつつ紅茶を含むユッテ。所作が綺麗なのはこの子が貴族の家の子供だからである。とは言っても騎士階級、士爵の三女なんだけど。

 

「で、ユーノはそれの宣伝に来たと言うわけ」

「そうだよ。いつまでも雇って貰えるとは限らないし」

 

 ミハイル氏は店を出したばかりだと言っていた。つまり、アルトガーの屋台は宣伝のために出しているようなものだ。屋台が軌道に乗っても、本来の店の都合で首を切られる事も十分有り得る。

 

「うん、わかったわ。知り合いとかに声かけておくわね」

 

 二つ返事に胸を撫で下ろすと、紅茶に手を伸ばす。前世ではそこまで好きではなかったけど、ここでは珈琲は高級品だ。冒険者ギルドなんかでは出る訳はない。

 くぴり。

 

「……」

「あはは。やっぱり渋いよね〜」

 

 徐ろにシロップに手を伸ばす時に姿にユッテが笑った。子供舌なので、仕方ないのだ。第一、茶葉を淹れっぱなしの作り置きとか人様に出すものじゃないだろ、金返せ。心のなかでぶちぶちと文句を言いつつ、シロップの甘みで癒やされる。もう、これそのまま飲んでも良くね?

 

「今ここにいるってことは、お留守なのかな?」

「ん。明日には戻るって」

 

 くぴくぴ。

 ちょっとずつ飲んでいるとユッテがにっこり微笑んできた。

 

「うーん。やっぱりかわいいね〜♪」

「そういうのはやめてね。これ以上は出せないから」

 

 そう言って革袋からお金を出そうとすると、手でやんわりと止められた。年頃の女性が自ら触ってくるとか、(はした)ないですわよ!?

 

「そんな女じゃないわよ、わたしは」

「え、でも父さまは褒めてくる女性は金目的だって」

「……何教えてんですか、あのひと」

 

 ジト目とかいいですね、刺さりますよ俺の好みに(歪んだ性癖) その顔がいきなり綻び、余計にドキッとする。

 

「お迎えが来たみたいよ?」

「えっ」

 

 触られていた腕に力が入る。まるで逃さないように。彼女の視線が出入り口に向いていた。そしてそこには。

 

「……探しましたよ。ユーノさま」

 

 疲れた様子のその女性に、ユッテが答える。

 

「お疲れさま、フラン」

「助かりました、ユッテ。確保してくれて」

「今日は遅いから来ないかと思いましたよ?」

 

 訳知り顔で話す二人に、俺は項垂れた。今日のお出かけはこれで仕舞かぁ。

 むんずと掴まれて、抱え上げられる。いくら俺が幼児だとしても、力強すぎない? まだまだ余裕ありそうな彼女は、ユッテに頭を下げて礼を言う。

 

「またね、ユーノさま」

「ああ、またね。ユッテ」

 

 こうなる事も織り込み済みで来たのだから已む無し。俺を抱えた女がいい笑顔で言う。

 

「さ、ユーノさま。お帰りになりましょう」

「ああ、そうだね」

 

 そうして人攫いのように抱えられて、冒険者ギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 後日。アルトガーの屋台は次第に客が増えたらしい。ユッテの社交力、ヤベェと再確認。ミハイル氏の店にも行ってみたいのだけど、その機会が無いのでおあずけを食らっていたら、夕食のデザートにあのケーキが並んでいた。

 

「ユッテからのお届け物です」

「……いただきます」

 

 洋梨のクーヘンにフランの紅茶は良くあっていた。これくらいの甘さがいいんだよなぁ……

 

 

 



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すももは初夏の味

 しばらくはのんびりしたお話ばかりです。


 初夏。この世界には二十四節気なるものはない。ただ、似たようなものはある。夏の初めの区切りの日のことを『エウリペ』と呼ぶ……何だ、そりゃ?

 由来は過去の偉人、聖人の名前であり、季節の変わり目の辺りの日を印象付ける為に慣習として呼んでいるのである。まあ、ダリウスの日が春の初めで、カンパーネルラは冬の初め、なんて感じだ。

 

 初夏に当たるこの『エウリペ』の日。だいたいこの辺りから暑くなり始める。梅雨、というものは無いけど、日中と夜間の気温の落差から雨が降ることは多くなる。とは言っても、そんなに降るわけではないけどね。

 

「おう……いいツヤだね」

「お前、ガキなのに分かるのか」

「おう、分かってるさ。この実の張り具合……美味そうだ」

 

 俺の手の中にあるのはすももである。

 すももはこの時期に実をつける初夏が旬の果物だ。

 俺の知っている物よりは幾分大きくて形も丸い。桃と間違うこともあるのだけど、あちらはもう少し後の時期が最盛期になる。

 この世界でも果樹園というものは存在する。高位貴族の領地などではビニールハウスじみたものすら作って栽培するという。ウチの辺りではそんなものは無いのでもっぱら露地栽培である。

 

「これ、初物だよな?」

「ああ、そうだよ。今朝収穫したばかりだ」

 

 うむ。これは買いだな。一つと言わず持てるだけ買う。小遣いが無くなってしまうが構うものか。多く買っていけばメイド長のミューリが買い上げてくれる……はず。

 

 皿や串など返さなければならない物がある食べ物はその場で食べるのだけど、そうでないものの場合は毎回適当な場所を見つけて座って食べるのが俺の流儀だ。今日は川の見える高台へと上がってみた。

 

 この街には大きな川があるけど、実はもっと大きな河の支流だという話だ。そこから北に行けば別の貴族の治める領地になる。今日も川の上を行ったり来たりする船がいたりする。満載にした荷物はここから出荷するのか、それとも南の他の領地からのものなのかは分からない。

 御用商人なんかは貴族の旗を掲げていたりするけど、殆どはそうではないのだ。生活に関わる物はたいていギルドを経由した商会や個人の商船だったりする。

 

「あむ……ふぅむ。これは」

 

 まだ熟れてなさそうなすももに齧り付く。思ったとおりやや固く、甘みも少ない。その代わりに酸味は強い。暑くなってくるこの時期の身体には、とても良い刺激だ。

 

「【生活魔術 冷却(チルド)】」

 

 手に持ったすももを軽く冷やす。雪解けの水で冷やしたくらいが理想であり、このあたりの制御はお手の物だ。手に持った呪符の文字が消えて、代わりに魔法陣が小さく展開される。しばし待つと手に持った辺りが冷たくなってきたのが分かる。展開を止めて術式を終え、改めて噛み付いてみる。

 

「うん。やっぱ冷やした方が旨いっ!」

 

 この世界の便利なところは、魔法があることに尽きる。しかも便利な使い方まで考えられた生活魔術は、その最たる例だ。冷蔵庫に入れて数分も経たずに冷え冷えにする事は、現代でも出来はしない。

 

「うん、うん。ちょっと熟れたやつも食べてみよっか」

 

 別の呪符を取り出して右手に貼り付ける。これは『熟成』を封じた呪符だ。どういう原理か知らないけど、限定的な時間経過を進行させる。パンの発酵に使ったり、ワインの熟成に使ったりする場合もあるらしいけど、大きな工房等では割に合わないのでやらないらしい。魔力が足らなくなるらしいのだ。

 

 左手に置いたすももに右手を翳すとみるみる赤くなっていくのが分かる。動画の早回しのようで面白い。適当なところで止めると、右手の甲に貼った呪符がパラリと落ちる。使い終わった呪符は、再度使い回せるので回収を忘れずにね。

 

「あんむ……うん!」

 

 これは……甘いっ! うちの父ちゃんの惚気よりも甘いぞっ!(本気で甘いのである)酸味が変化するのか、程よい酸っぱさの中に芳醇な甘味がある。初物のわりにこれは良い出来だったらしい。

 

「……あむ。うん……んぅ?」

 

 何処かから視線を感じる。どうも高台の下から眺めている修道女見習いの子らしい。手を振ると、こちらに気付かれたと思ったのか離れていこうとする。

 

「こっちにおいでよ。一緒に食べよ?」

 

 そう言うと、少し迷ったようだけど高台まで上がってきてくれた。

 年の頃は俺より少し上。薄い緑のラインの入った僧衣を着ているので、キョウガイシの信者だと分かる。

 

「か、神への貢ぎ物ならば喜んで」

 

 綺麗な榛色の瞳がきつく睨みつけている。顔立ちもすごく可愛いのに険のある表情だなぁ。背中には買い出しの為の背負子がある。

 

「あ、いや。そういうつもりじゃなかったんだけど……」

 

 こっちを見てたということは、このすももを食べたかったのではないか。では一緒に如何かな? と、誘ってみたわけなんだけど……どうもそうは受け取ってくれなかったらしい。生真面目なタイプみたいだ。

 

「わたくし個人への施しはお断りしております」

「あ、そう……」

 

 それならばと、持っていた袋を担ぎ上げた。

 

「それじゃあ、寄付するよ」

「え?」

「その様子だと持てないよね。神殿まで一緒に行くから」

「え? あの、ちょっと……」

 

 背負子には野菜やら穀物の袋が見える。とてもでは無いけど、5キロ以上の果物を持たせるわけにはいかないだろう。困惑する修道女見習いより先を歩いて行くと、彼女が声をかけてきた。

 

「あ、憐れまれての施しなら必要ありません」

「そんなつもりは無いよ? ただのお裾分けさ」

「はあ……?」

 

 勝手知ったる道を歩いて、キョウガイシ神殿にたどり着く。

 なかなかに荘厳な造りのこの建物は、俺は密かに好きだった。けど、あんまり長居する訳にもいかない。一つだけ手に持って彼女の修道服のポケットに入れると、袋はそのまま渡す。

 

「大地と智の恵みを賜りたく存じます」

「え、と。キョウガイシの御名において汝に祝福があらん事を」

 

 寄進の言葉を言うと、ドギマギしながらも返しの祝詞をくれた。よしよし、ちゃんと憶えていたね。

 

 それじゃあ、と手を振ってから駆け出す。2個食べたし、神殿への寄進ならまあいいだろう。お小遣いは少なくなったけど、なんとかなるだろうし。

 

 いつものように、フランが怒って迎えてくれた。全く過保護だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おいしそうだな。

 

 高台に座ってすももに齧り付く少年を見て出た感想はそれだった。今年で九つの私には、色気よりもまず食い気。それが当たり前だ。

 

 修道女見習いになってからは、個人的なお金は持たせては貰えないので、甘いものとか果物とかはめったに食べられない。どこぞの商家の御曹司のような子供が呑気に果物を食べてる姿とか、腹が立つとしか言いようがなかった。

 しかしソイツはあろう事か、こう言ったのだ。

 

「こっちにおいでよ。一緒に食べよ?」

 

 そう言われて、自分が長いこと眺めていた事に初めて気が付いた。同時に気恥ずかしくもなったのだけど、無視をするのも良くはない。

 今の私はキョウガイシ様に仕える見習いだ。躾の悪い修道女見習いがいるなんて話が上がったら、経歴に傷が付きかねない。相手はお金を持っているお坊ちゃんなのだ。何が巡り巡ってくるかは分からない。

 

「か、神への貢ぎ物ならば喜んで」

 

 略式の礼をしてそう宣う。だが、彼は個人的にご馳走したかったらしい。敬虔な信者としては、町中で買い食いしている様を見られるなんて出来ない。

 

「わたくし個人への施しはお断りしております」

「それじゃあ、寄付するよ」

「え?」

 

 そう答えると、今度は寄進すると言い出した。両手で抱える程のすももである。いったい幾らなのか検討もつかないが、ニコニコと笑う様子は冷やかしのようには見えなかった。

 

「その様子だと持てないよね。神殿まで一緒に行くから」

「え? あの、ちょっと……」

 

 彼は私の横へ来てそう言った。

 は? なんで? 自分で寄進する物を運ぶとか何なの、この子。確かにその袋を持つ余裕は私には無いけど。

 

「あ、憐れまれての施しなら必要ありません」

「そんなつもりは無いよ? ただのお裾分けさ」

 

 あっけらかんと言う彼。

 水菓子という物は、本来は食べなくてもいい余計なモノである。つまりその分、値段も高い。それも今年の初物。おそらく銀貨三枚ほどはするはずだ。

 

 それをポンと寄進しようとしている。

 今更ながらに奇異に思えたので、彼を観察する様に眺めた。

 

 年は私より下のようだ(背が低いので)。目深に被った帽子からは深い花紺青(スマルト)の瞳は愉しげに輝いている。肌も抜けるように白く、僅かに見える髪は少し濃い目の茶色だ。線が細く中性的に見え、女の子と言っても通用する……端的に言えばとても可愛い顔立ちをしていた。それは体格も示している。明らかに腕は細く、小さい手。抱えんばかりのすももの入った袋を持つには余りにも非力に見えた。なのに、息一つ乱さずに平然と歩いている。何なのだ、コイツ。

 

 神殿に辿り着くと、彼は包みから小ぶりなすももを一つ取り出し、私の修道服のポケットに落とす。ぱちりとウインクする姿はなかなかに堂に入っていた。

 すると、袋を渡しながら徐ろに彼が言う。

 

「大地と智の恵みを賜りたく存じます」

 

 神殿の前で、正式に寄進をするらしい。ここにいる修道女や神官に私の成果を知らしめる。そのためにだと気が付き、慌てて憶えた祝詞を返す。

 

「キョウガイシの御名において汝に祝福があらん事を」

 

 正式な神聖魔術ではないけれど、この祝詞も契約としての効果はある。これでこのすももは正式に神殿へと寄進された物となるのだ。

 

「修道女見習いイリーナ。どうかなさいましたか?」

「ナターシアさま」

 

 走り去る少年に声をかけようと思ったらナターシア司祭に声をかけられてしまった。

 

「まあ、水菓子の寄進ですか」

「は、はい。羽振りのいい子供が」

「キョウガイシ様の思し召しですよ」

「は、そうですね。はい、そのとおりです」

 

 モノの経緯はどうであれ、神殿への寄進という形で手に入ったものは全て神の思し召しだ。出処については深く詮索しないのが流儀なのである。ここだけ聴くと、わりと黒い面も見えてしまうけどそれも仕方が無い。

 世の中は綺麗事では回らないのだ。

 

「あ、これも……」

 

 ポケットに入ったすももも取り出してナターシア様に渡す。けど、彼女はそれは受け取らなかった。

 

「寄進を記されていない物は神殿では受け取れませんよ」

「は……でも」

「それはあなた個人への贈り物(ギフト)でしょう。きちんと味わいなさいな」

 

 ニッコリ笑顔で拒否されては致し方ない。これは同僚のいない所でこっそり食べることにしようか。

 

 いつか会ったらお礼言わなきゃ、ね。

 

 



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魔術の工房とトキスグリのパイ

「あーついねぇ……」

「そうですね」

 

 街を歩く俺のすぐ後ろには普段着姿のフランがいる。夏ということもあり、若干薄手の素材ながらも長めのスカートに薄緑のブラウスといった装い……いや、涼しげではあるよ。いつものメイド服から比べたら爽やかさが段違いだ。

 

 でも、もう少し涼し気な恰好でもいいと思う。ミニとは言わない。出来れば膝上くらいのスカートで構わない。なんでゾロっとしたロングやねん。

 

「もっと短くした方が涼しいのに」

「わたくしは春を鬻ぐ娘ではありませんので」

 

 短いスカートを履けるのは成人前か、春を鬻ぐものだけという慣習があるのだ。なので、暑くても素足を見せる丈のスカートは履けないらしい。綺麗な時間なんてあっという間に過ぎていくというのに、それを隠すなんて意味が分からない。俺は時が来たらその功罪を切々と説こうと心に決めている。この世界は色々と間違っている。まあ、前世が正しかったかというと……もにょりますが。

 

「そんな事より、そろそろではないですか?」

「あ、そうだね」

 

 魔術師ギルドの周辺には、個人で店を出したり工房を構えたりする魔術師達が多く住んでいる。そのうちの一つ、『ウェイルン魔術工房』に入る。

 

「いらっしゃいませ〜……あら」

「ご無沙汰してます、ユーノです」

「……ユーノ君ね。お久しぶりというのは少し語弊があるかもだけど」

「ですよね」

 

 うちで三日前に会ったばかりだから、それは正しい。店内には他のお客さんもいるようだし、込み入った話はしない方がいいだろう。

 

「師匠は奥ですか?」

「ええ。お父様からの催促かしら」

 

 少し困ったような顔をする店員。その姿はローブ姿であり、ひと目に魔術を扱う魔術師だと分かる。ただし、ローブの裾は短くなっていて下に履いているスカートが覗いている。いわば夏仕様のローブと言おうか。お洒落な女魔術師はレースのローブとかも着るらしいけど、彼女はごく普通の無地の物を着ている。

 

「いえ。様子を見てこいと言われました」

 

 それだけ言うと彼女は納得してくれた。裏の意味はちゃんと理解してくれているようで助かる。

 

「頂き物のパイがあるの。後で持っていくわね」

「! ありがとうございますっ」

「くすくす♪ やっぱり子供にはお菓子かな」

 

 子供扱いされたくないとは言わないけれど、お菓子に釣られると思われるのは何となく釈然としない。まあ、それでもご厚意はきちんと受け取らないといけないよね。そういう意図でフランの方を見ると、仕方なさそうに溜息をつく。

 

「お夕食まで間があります。些少でしたら構わないかと」

「やった♪」

 

 フランが同行している時は伺いを立ててからなら外食しても良いと父ちゃんからは言われている。抜け出す時にはいないから出来ないけどね(クスッ)

 

 店内の奥の扉を開けると、そこからは魔術師の工房だ。何やら分からん薬品やら植物の干したものやらが部屋の中に散乱している。魔術師という人間達はとかく整理が下手な人が多いという。この有様を見れば、さもありなんと頷く以外には無い。

 そのガラクタで埋まった部屋の中に、大の字になって横たわる男がいた。タンクトップと短パン、そんな感じだろうか。前世で大学時代にこんな恰好で夏を過ごしたなぁという記憶を思い出す。

 

「ぐう……」

 

 昼日中というのに寝コケていた。この世界でも午睡という文化はあるが、あれは農業従事者だ。まあ、おそらくだけど魔力切れなのだろう。

 

 とてとてと歩いていこうとすると、フランが肩を押さえてきた。

 

「フラン。俺が来た理由は知ってるでしょ?」

「で、ですが……」

 

 フランはとても心配性である。はあ、とため息をつくと肩に置かれたその手を優しく外す。俺は彼の側に座り、その胸に手を置く。さて。

 

「お、おう?」

「気が付きましたか? 師匠」

「お、ああ。ユー……ノか」

 

 眠っていた男は、ホルストフ=ウェイルン。俺の魔術の師匠である。

 

 

 

 

「いやあ、スマンな。また魔力切れを起こしてたか」

 

 頭をかきながらそう言うと、傍らにおいてあったローブを纏う。ちなみに一般的な魔術師はちゃんと普段着や防具などを着てからローブを纏う。彼が特別なのだ。だからフランの蔑む瞳は当然なのだ。妙齢の女性に裸体を見せるな、恥ずかしい(笑)

 

「チコさんに分けてもらったらいいじゃないですか」

「いやあ、夜にはお世話になるのに今から貰うのはちょっと気が引けてなぁ」

「……」

 

 あっけらかんと言われるとこっちが恥ずかしくなるなぁ。こっちまだ洗礼前のガキだぞ? 大人な発言は大概にしろよな、フランからの圧が凄い高いんだから自重しろ、師匠。

 

「気分は? 平気か」

「全然平気ですよ。むしろ部屋の暑さの方が堪えますね」

 

 さっきやったのは魔力の譲渡である。

 俺は他の子よりも魔力が多いらしく、成人男性一人に渡しても気絶すらしない。蒸し暑い部屋の中ではそちらの方がキツく、頭がぼうっとしてきた。

 

「ああ、空調に回す分も使ってたからなぁ」

 

 そう言いつつ彼は杖を振る。すると、部屋の中を清涼な風が吹き始めた。

 

「無駄遣いしてるとまた倒れますよ?」

「魔道具作成中に窓とか開けられないからな」

 

 そう言うと床から起きてテーブルへと向かう。申し訳程度のスペースが作られたテーブルの側にはやはり物置と化した椅子がある。

 

「もう一つ無いですか?」

「あ……ねえなぁ」

 

 椅子は二つしかない。一つは家主の物として、ここはレディに座らせるべきだろう。

 

「では」

「わっ」

「……そうしてると、兄弟みたいだぜ?」

 

 椅子に座るフランの膝の上に乗せられてしまった……これはこれで役得ではあるけど、落ち着かなくない? 平気? あ、平気ですか。じゃ、あ、まぁ……。

 

 

 

「どうでもいいがモテそうだな、お前」

「社交辞令って分かりきってる言い方ですね」

 

 申し訳程度に冷えた麦茶で喉を潤しながらそう答える。室内なので帽子は外しているからそう言うのだろう。

 俺としては家の中でも外したくないくらいである。それに、そんな話を聞きに来た訳じゃない。さっさと要件に入ろうぜ。

 

「ほんじゃまあ、まずはコレから」

「ん」

 

 渡された物は少し小さめの石だ。磨かれているので宝石という方が正しいと思う。それを握りしめて、しばし待つ。手を開くとその石はほんのり光っていた。

 

「おう……あっさり注入したな」

「さっきの師匠よりは少ないと思うよ」

 

 これは魔晶石という物で、中に魔力を溜め込むことが出来る。魔物の核になっている魔石を特殊な手順で加工すると作れるのだけど、この小さな結晶で人一人と同じ魔力を溜め込むことが出来る。

 

「あ、あと幾ついけるかな?」

「ステータスが開示されてないから何とも分かりませんよ」

「だよなぁ……お前、洗礼前だもんなぁ」

 

 個人の能力を知るためのステータスだけど、誰でも持っている訳ではない。洗礼という儀式を経て、初めて開示されるのだ。それまでは一個の人間とは扱われていないように思えるけど、赤ん坊から幼児までの間に死ぬ子供なんていくらでもいるこの世界。ある意味合理的なんだろう。

 

 ともかく、自分の持つ魔力の量がいくつなのかは俺にすら分からない。普通の人間にとっては今の補充だけでも魔力切れを起こしかねないのだろうけど、今のところは特に何も感じない。

 

「魔力切れを起こしても、フランがいるから帰るのは問題ないよ」

「いや、気を失うのって意外とキツイぞ?」

 

 俺の言葉にフランも眉を顰めるし、師匠だって気にしている。でも、俺はその辺はあまり怖くは感じていない。むしろ感じてみたいまであったりする。

 

「さ、師匠。どんどん持ってきて下さい」

「あ、ああ」

 

 そうして、何個目かは分からないけど、俺は意識を失った。その感覚は死ぬ時に感じたものと違った。あの無力感というか喪失感というか……ともかく、それと違う事に胸をなで下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅむっ? これ、は」

「ミハイルさんの所の新作らしいわよ」

 

 目が覚めた後に、待っていたのはチコさんの用意してくれたお菓子だった。

 

 わふー、これは旨い。

 サクサクのパイ生地はあくまでふんわりさくさく。中のジャムは実を粗く潰したもので、すごく美味しい。ラズベリーとかに近い酸味と甘さだけど、色合いからするとカシスだろうか。

 聞いてみるとトキスグリという名前らしい。その名を聞いて今度は師匠が驚いた。

 

「トキスグリって、あの魔除けの材料か」

「そうですよ。中身だけ欲しいって言われてミハイルさんに融通したんです」

「いや、だって……あれ、苦いだろ?」

「何でも重曹と一緒に煮ると苦味が消えるらしいですよ」

「渋みと苦味で中和とかするものか?」

「彼の実家ではそうして食べていたそうですよ」

「へえー」

 

 師匠とお弟子さんの会話を横で聞きながら、あむあむと頬をふくらませる俺。料理の科学やら錬金術などはどうでもいい。今はこの美味だけが大事なのだよ。

 

「むふぅー♪」

「ゆっくりお食べ下さいまし」

 

 そう言って頬をハンカチで拭うフラン。ジャムが付いていたのか、少し薄黒い色が残っていた。

 

「ちなみにこれがトキスグリだが」

 

 そう言って師匠が出してきたのは、少しカサついた木の枝だった。その先には黒い果実が付いている。見た目で言えばレーズンのようだけど。

 

「食べられるんですか?」

「毒はない。中の実にも皮にもね。この皮の渋みが魔物除けによく効くんだ」

 

 魔物除けというのは俺も見たことがある。父ちゃんが持っていた薬のようなものだ。それを撒くと魔物が数日は寄ってこないらしく、旅をする者の必需品とまで言われている。

 

 こんな萎れた木の実がねぇ。

 えい、と摘んで口に放る。

 

「ぐえっ!?」

「ユーノさまっ?」

 

 美味しかったパイの味が、一撃で消し飛んだよ……仕方ないのでもう一個食べようとしたらフランに叱られた。後生だと頼んだら、一口だけくれた……フラン、天使♪

 

 




 トキスグリという名前は創作です。所謂ファンタジー世界の果物と思って下さい。


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紅茶にすもものクーヘン

 今回は修道女見習いのイリーナ視点となっております。


 今日はナターシア司祭に付き添いを命じられた。修道女見習いの中から選ばれたのは栄誉な事である。

 

「いいなぁ、イリーナ。男爵様のお屋敷に入れるなんて」

「羨ましい〜」

「お土産、期待してるわよ♪」

「そんなもの、出る訳ないでしょ」

 

 あったとしてもそれは神殿に対しての寄進であり、個人にくれる理由はない。面識もないし、貴族でもないのだ。

 

「イリーナ、準備は出来ていますか?」

 

 控えの間に司祭様が来ると、皆は一斉に黙る。沈黙の術をかけられるとこんな感じになるのだろうかと、妙な事を考えていると返事が遅れて叱られてしまった。

 

「暑さにやられましたか? 他の者に替えましょうかね?」

「いえっ! 大丈夫ですっ、イケます!」

 

 こんな機会は滅多にないのである。噂で聞くところの『迷宮街(サンクデクラウス)の妖精』に会えるのだ。這ってでも行かねばならぬ(メラメラ)

 

 

 

 

 

 

 

 キョウガイシ神殿よりやや北に位置する公邸に隣り合った所に、高さ二メートル程の石壁で覆われた区画がある。このサンクデクラウスの領主である、アークラウス男爵のお屋敷だ。

 

「う……」

 

 暑いのに重装備の従士がたくさんいる。正門の警備なんだろうけど少し多くない? でも、ナターシアさまは気にもせずに近づいていく。

 

「どうしました?」

「あ、あの。いきなり斬られたりとか、しませんよね?」

 

 私の狼狽を見て、彼女はにこりと笑ってこう言った。

 

「しませんよ。ねえ」

「勿論ですとも」

 

 答えたのは門番の一人。兜の下で笑っているのだろうけど、せめて面頬は上げてくれませんか? 全く安心できません。

 

 私の危惧などなんの意味も無く、あっさりと通された。確かに司祭という立場なら無下にはされないだろうけど……そもそも今回のお目通りはなんだっけ? 理由を聞いてない気がする。

 

「少し待っていなさい」

「はい」

 

 玄関をくぐってから控えの間で、家令のおじい様が待っていた。ナターシア様に恭しく礼をしている所を見るに、とても信心深そう……。二、三、話しているとナターシアさまはそう言って家令の人と出ていってしまった。

 

 こまった。

 何をどうすればいいのか、分からない。借りてきた猫のようにジッとしていると、誰かが部屋に駆け込んできた。

 

「あっ、とと」

 

 慌てて帽子を被るその面影に、見覚えがあった。何日か前に会ったすももの少年だ。

 

「お客さま? ごゆっくりしててね〜♪」

 

 そう言って玄関に向かうので、つい腕を掴んでしまった。

 

「え?」

「あ、すもものお礼! まだ言えてなかったでしょ?」

「あ、あー……」

 

 何だか目が泳いでいるけど、ここで会ったが百年目。いや、そんなには待ってないけど。それはともかく、手を離して頭を下げる。

 

「とても美味しかったわ。ありがとう」

「……うん、それは良かった。一番熟れてるのを渡して正解だったよ」

 

 彼が忍ばせてくれたすももはとても甘くて美味しかった。久しぶりの甘味に他の修道女見習い達も喜んでいたし。

 

「わたし、イリーナ。あなたは?」

「俺はユーノ。あの、悪いんだけど……」

「でかしたわ、イリーナ」

「ユーノさまっ」

 

 そこへ、どやどやとメイドさんを引き連れた司祭さまがやってきた。「あー」とボヤいて頭を垂れる彼に、何かやってしまったのかと私は狼狽した。

 

 メイドさんに囲まれて、彼は奥へと連れられて行ってしまい。そこには入れ替わりに先ほどのおじい様がやって来る。

 

「やれやれ、困ったものだ」

「元気なのは良いですけど、少し困りものですね」

「あの……あの、ユーノ、君は」

 

 いつもはしないのだけど、あまりの困惑度合いについ話しかけてしまった。こちらを見て二人は頷きあい、おじい様が語りかけてきた。

 

「ユーノは私の遠縁の子でね。このお屋敷で学ばせているのだよ」

「ええ、ええ。ご当主様のご厚意でね」

「はあ……」

 

 貴族の事はあんまり知らないけど、子供を預かったり育てたりなんて事をする話は聞いたことがある。と言う事は、あの子もどこかの貴族の子供なんだろう。道理で身なりが良かったもの。

 

「このような場所で長話もありますまい。部屋を用意させましたのでこちらへ」

「はい。行きますよ、イリーナ」

「は、はい」

 

 

 

 

 通された部屋は高そうな調度品の置かれた応接間だった。涼しい風が入ってくるけど、何故か窓は閉まっているし。これが魔術というものか……なんて心地よい。

 メイドさんが淹れてくれた紅茶は飲んだことないような高級品だし、出されてきたのはミハイルさんところの焼き菓子だ。こんなの食べたことないよ……すごくおいしいと聞いている。ヤバい、わたしの語彙力がすごく悪くなっている気がする。

 

 そんなショックを受けている私の横では、ナターシアさまが普通にお茶とお菓子を召し上がっている。堂々とした様子は流石だと思った(小並感)

 

「私ですか? まあ、貴族の娘でしたからね」

 

 種明かしをされたら納得した。ナターシアさまはここから少し離れたルグランジェロ伯爵の血族なのだそうだ。

 

「意外と市井には貴族の子女というものはいるのです」

「はあ……」

 

 すごく身近にいたというのが驚きだ。

 そういえば姿勢も綺麗だ。こういうのは昔から染み付いたものなんだろう。

 

 と、部屋をノックする音がしたら急に扉が開いた。

 

「じゃーん♪ わたし、登場っ!」

「お嬢さまっ、お返事を待たずに開けてはいけません」

「えー、めんどーい」

 

 唐突に現れたのは小さな女の子とメイドさんだった。

 

「親しき仲にも礼儀ありと申しますよ、ユーニスさま」

「元気そうで嬉しいわ、ナターシア叔母様」

 

 こめかみの辺りをひくつかせて司祭様が言う言葉を、少女は聴き流すように前の椅子に座る。肩口まで伸びた髪がさらりと流れる。あ……この子、銀髪? 少し青みがかっていて不思議な色だ。

 

「あなたは元気過ぎるみたいね。もう少しお淑やかにならなければ」

「えーと、善処します♪」

 

 ニコッと笑顔で言う。あ、直す気ねえな、この子。見た目は凄く可愛いのにいい性格してる。

 

「そちらのお嬢さまはどちら様ですの?」

 

 くりっとした瞳は鮮烈な赤。身体の色素が薄い人特有のものと言われている。総じてそういう人は病弱らしいけど、この子はそんなふうには見えない。好奇心の強そうな視線がこちらを値踏みするようにちょこちょこ動いている。

 

「分かったっ! 叔母様の娘!」

「わたくしは独身です」

「う……」

 

 ぴしゃりと反論されて少し涙目になる。なにこの子、あざとい。

 

「じゃ、じゃあ、連れ子?」

「だから結婚してません」

「ないえんの妻!」

「どこで覚えて来るのですか、そんな言葉」

「あう……」

 

 このままだと話が進まない気がしてきた。なので、不躾ではあるけど自己紹介させて頂く。椅子から立ち上がり、両膝をついて頭を下げる。両手は胸に、交差させずに手の甲を見せて添える。貴族に対しての挨拶は、最初に覚える儀礼の一つだ。

 

「キョウガイシ様の御元で修行する修道女見習い、イリーナと申します」

 

 そうして挨拶すると、向こうはニコッと笑い返事をする。

 

「あら、ありがとうございます。わたくしは――」

「正式に名乗るものにその対応は如何かと」

「……ぁぃ」

 

 ナターシアさまの指摘に意気消沈しながらも、椅子から飛び降りる彼女。ふわりと舞うスカートからは細すぎるふとももまで見えてしまう。パンパンと服のシワを整え、右左を見てチェック。わざとらしそうな笑顔も、いっそ清々しい。猫の被り方が上手そうだ、この子。

 

「アークラウス家長女、ユーニスと申します。宜しくお願い致しますわ」

 

 スカートの裾をちょっとだけ持ち上げ、右足を一歩引き、心持ち頭を下げる。わあ……淑女の礼だ。感心している所に司祭さまの容赦ない指摘が入る。

 

「ユーニス。引き足は左よ。あと、頭はもう少し下げなさい」

「……あう」

「それと椅子から降りる時もスカートは乱さない。出来なければメイドを頼りなさい」

 

 必要な時に主人に手を貸すのはメイドのお仕事だ。しかし、部屋の隅に畏まるメイドは一礼してから発言を求める。

 

「僭越ながら。お嬢さまが言わない限り、手は出すなと旦那様に言われております」

「全くあの子は……ユーニスまで自分と同じ道を進ませるつもりですか」

 

 少し不満気なナターシアさま。メイドは基本、一家の当主に仕える。その命令に従うのは当たり前だ。門外漢は教育方針にも関われないと、嘆くナターシアさまに、彼女は傍に近寄る。

 

「もっといらして下さいませ、叔母様。父さまの至らぬ所を補って頂けたら、わたくしも嬉しく思います」

「ユーニス……」

 

 そういじらしい事を言うと、ナターシアさまに縋り付くユーニス。感動したのか膝を折って抱きしめるナターシアさま……え、なにこの茶番。ユーニスの方もこっち見てぺろっと舌出してるし。

 

「そうですね、これからはちょくちょく顔を出す事にしましょう。教育方針も含めて」

「父さまをあまりイジメないで下さいね」

「虐めてなどいませんよ。元々、あの子は貴族の子としては異端でしたから」

「それでも……わたくしのただ一人の親なのです」

 

 その言葉にナターシア様の瞳が潤む。

 勝負あったわね。

 

 親を気遣う健気な子を演じてはいる。私も先入観無しに見ていたら、信じていたかもしれない。だけど、この子は自分の躾の時間が増える事を危惧して、そうはさせないように仕向けたのだ。

 

「さて。それでは私はサイラス殿とお話しがあります。イリーナ、ユーニスさまのお相手をしておいて下さい」

「は?」

 

 思わず出た声は間抜けなものだった。それをユーニスがくすりと笑う。あの、意味が分からないのですが。

 そんな私を放っておいて、ナターシアさまはメイドを連れて退出していく。残るのは私とこのいい性格したお嬢さまのみ。そして彼女は微笑みながら言ってきた。

 

「下町のことを聞きたいのです。年の近い女の子と話がしたいと叔母様に無理を言いまして」

 

 ころころとスズの鳴るような声で話すユーニス。

 黙っている訳にもいかず、私は返事をする。それはお断りのニュアンスを含めた言葉だ。頭の回転の良い子なのだから、意味は分かるはず。

 

「わ、わたくしは平民出の娘です。面白い事はなにも……」

「だからですわ!」

 

 身を乗り出して顔を近づけるユーニス。うわ、ちょっと近いって。でも、よく見ると凄いかわいいな。何ていうか、将来絶対に美人になるのが分かる。

 

「男爵家なんて貴族と言っても名ばかり。市井に出る事も多いのは父さまを見ていれば分かります。そんな折に平民の方々の事が理解出来てないなんて、あり得ないではありませんか!」

「は、はあ。仰ることはごもっとも」

「なので。その辺りのご指導ご鞭撻をお願い致したいと存じますの」

「はあ……ええ?」

 

 そういう事はもっと大人の人に頼むことでしょう? 私だって子供だよ?

 

「わ、私も子供ですっ 知らない事の方が多いです」

「何も全部を教えて下さいとは申しません」

 

 へ? どういう意味だろうか。

 すると彼女は手をもじもじさせて語りだす。

 

「下町の子供の文化、と言うべきかしら。あいにくと父さまも叔母様も子供の頃は下町には行かなかったらしいので、そういう事には疎いのです」

「はあ……」

「それに。同年代の方、しかも可愛らしい女の子ですもの♪ お願い出来ませんか?」

 

 満面の笑みでそう言われては……断るのは難しかった。月に二度、日の日の午後にお邪魔して、折々の話しを聞かせるという事に決まってしまった。

 

 話が決まってから頂いたお茶とお菓子は、やはり美味しかった。中身がすもものクーヘンだったので思い出したので聞いてみる。

 

「あの。ユーノさま、にはお願い出来なかったのでしょうか?」

「ユーノ? ああ、あの子はダメ」

 

 笑いながら彼女は辛辣に否定した。

 

「街へはかなり出ている様子でした。彼なら私よりも精通しているかもしれません」

 

 同じ年頃の子供とはいえ、私は修道女見習いだ。その世界は下町の子供達とは微妙に異なる。そう伝えたのだけど、彼女は首を振るばかりだ。

 

「あの……もしかして、確執がお有りとか?」

「そんなことないよ? むしろ良好だと思う。でも、彼はダメなの」

 

 口元の食べ滓を舐めると、彼女は身を乗り出してきた。だから、近いって。

 

「殿方の世界と乙女の世界は違うでしょ? だから、アレにはそちらを学んでもらうの」

「は……?」

「あの子には男の子の世界を見聞して貰う。私は女の子。それを集めれば両方の知識を集められる。わたくしが望むのはそうした事なのです」

 

 先程までの茶化すような雰囲気を消し去り、真っ直ぐな視線でこちらを見る。

 よくは分からないけど、とても真剣だということは伝わった。それになんの意味があるのかは皆目分からないけど、貴族のご令嬢と懇意に出来ると云うのは良い機会だ。

 

「今日はもう会えないと思うけど、ユーノと会ったら邪険にしないであげてね? 意外と打たれ弱いから」

「え? べ、別に邪険になんて……」

「そう? なら良いけど」

 

 いつの間にか砕けた話し方になっている彼女(ユーニス)に、私の頬も緩むのだった。いま、確かに私の世界は、広がったのだから。

 




 新キャラ登場。キャラ増やすと管理難しくなるって知ってるでしょうに……(´・ω・`)


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初物の葡萄酒を出来たてで

 ワイナリーとか見学に行くと買い物ばかりしていて説明とかそっちのけでした(笑)


 夏も終わりに近づいてきた。昼日中は暑いけど日が落ちると途端に風は冷たく感じるようになり、日も短くなってきた気がする。

 そして、それよりも顕著に季節を感じるのは市場に並ぶ品々だ。夏野菜が姿を消すと秋の味覚が並び始める。もう少ししたら麦穂の香りも感じるようになる。

 そして、一番香りが強いのはこれだ。

 

「うわー、みどり色一色ー♪」

「あまり身を乗り出すと危険だぞ、ユーノ」

 

 前世知識で緑一色(リューイーソー)とは言わない。だけど、一面緑のぶどう畑はなかなかに鮮烈だった。思わず声も上ずってしまう。日頃仏頂面の父ちゃんも、少し機嫌がよく見える。

 

 ここはアークラウス家の所有するぶどう畑である。領主というのは領内の収穫にある程度の税を徴収する権利を有しているが、自分の裁量によってそれを増やしてはいけないという法は存在しない。実際、大貴族と呼ばれる侯爵や公爵等は自前の荘園を持っている。この荘園での収益は王国としては徴収する事が出来ない。大貴族が肥え太る要因の一つでもある。

 男爵家であるアークラウスのそれは荘園とは異なり、ただの事業だ。決められた分の税を支払うけど、その収益は領主の懐に直接入る。実際に働く事業主や農民等には給金を支払い、その整備や費用は男爵家が面倒を見る訳だ。

 

「まさかこうして遠出が出来るようになるとは……」

「いやいや、涙ぐまないで下さい。閣下」

 

 サイラスも一緒だけど、切り替えはしっかりしないといけない。表では父ちゃんの事は『閣下』ないし、『男爵さま』と呼ぶようにしている。少し嫌そうな顔をするけど、よく知る俺やサイラスくらいにしかそれは分からない。それくらい表情が乏しいのがアークラウス男爵エルザムなのである。

 

「日和もよく、今年は雨も適度でございました。実の出来は良いと報告は上がっております」

「そのようだな。獣害も少なかったようで、まずまずだ」

 

 報告書を流し見する男爵。ちなみにここは異世界なので獣や鳥以外にも害敵は存在する。魔物である。

 

「スライムの類が多かったようだな」

「ヒューマス、グリーンなど植生に影響のあるモノが確認されました。相当数討伐されたようですが、そのついでにゴブリンの小集団も幾つか討伐されております」

「冒険者ギルドへ回したか?」

「はい。そちらからも報告はありました。十匹前後の集団が三件ほど」

「少し多いな。北の領地からの流入か」

「左様でございますな」

 

 きな臭い話ではあるけど、領主という立場だと避けては通れないモノらしい。多く聞こえるけど、この領地は男爵領としては格段に広い。一説によると伯爵領と言っても差し支えない広さなんだとか。そりゃあ、父ちゃん休む暇無いよなぁ。

 

 そんな心配をしてはいるものの、疲れている様子はない。まあ、無表情だから分からないという話もあるけど。

 

「……どうした、ユーノ?」

「いえ、お疲れではないかと」

「子供の気にする事では無い」

 

 そういって頭を撫でる父ちゃん。剣の稽古の時は力強いのに、その手つきは優しかった。

 

 

 

 

「ようこそおいで下さいました、男爵閣下」

「うむ。よしなに」

 

 ぶどう畑を任されている少し小太りの男が揉み手で父ちゃんと話をしている。たぶんこの人が責任者なんだろうね。俺とサイラスはその後ろで行儀よく待ちの姿勢だ。ふと、彼がこちらを見た。

 

「おや、お子様はお嬢さまと伺っておりましたが……」

「遠縁の子を預かっている。ユーニスは家で留守番だよ。まだ身体が弱くてな」

「左様でございましたか。ゆくゆくは跡目を継ぐような事になりますのですか?」

「詮索好きは長生きできんぞ?」

「!……これは、失礼しました。平にご容赦を」

 

 慌てて頭を下げる工房の責任者を無表情で見下す父ちゃん。あ、意外と怒ってるな。ここは空気を読んでいこう。

 

「ユーノと申します。僕、楽しみだったんです。葡萄酒がどうやって作られているのか知りたかったので」

「それはそれは。探究心がお有りですな。では、ご案内致します」

 

 やれやれ。大人の操縦もラクじゃないね。

 彼に続いて大きな建物に入ると、中はむせ返るような果実の匂いが立ち込めている。収穫した葡萄が集められているからだ。

 

「こちらの葡萄は皮も厚く、良質な赤ワインとなります」

「実が小さくて、いっぱい付いてるんですね」

 

 見せてくれた葡萄はデラウェアに近い大きさの実を付けている。ただし、実の色はかなり濃い目。

 

「お一つ如何ですか?」

「はいっ、では」

 

 一粒むしって皮から実を押し出す。中の実は食用の物とあまり変わらなく見える。そのまま口へ入れると、なかなかの酸味と甘みがする。あれ、このまま食べても旨いな。

 

「食用の葡萄は皮が薄い品種でね」

「同じ葡萄なのに違うんですね」

 

 中世ファンタジーな世界なのに品種とか言われて驚いたけど、よくよく考えてみればそれくらい有るよね。より良い物を掛け合わせて、品種を改良していくと云うのは当たり前な話だ。

 

 次の部屋では何人もの人が葡萄の実を房から取って選り分けている。見た目おばさんとか女性が多いな。男の人はまとまった桶を台車で運んでいる。

 

「房から外した実は、傷んでいるものや虫のついたものをはじいていきます。使えるものは桶にまとめてから次の工程に移ります」

 

 さて、そろそろか。ワクワクしながら次の部屋に向かうと、そこには何やらファンタジーらしからぬ物があった。金属の板で作られた大きな筒が置いてある。洗浄された葡萄の実がその中に入れられ……暫くすると筒が振動を始めた。

 

「破砕して、身と皮を混合します」

「えええ?」

「あの魔道具は中に刃が入っておりまして。グルグルかき回すときれいに混ぜ合わされるのです」

 

 この、中世ファンタジー風な世界で……まさかの工業化である。思いがけずいいパンチを喰らったかのように膝から崩れ落ちる俺に、周りの大人が驚く。

 

「ど、どうかなさいましたか?」

「……サイラス」

「は、直ちに」

「わ、平気! 大丈夫ですよおっ?」

 

 家令のサイラスが俺を持ち上げようとするので慌てて元気アピールをする。暑さでやられたと思ったのだろう。

 膝の埃を叩きながら、ポツリと言葉が漏れてしまう。

 

「ああ……女の子が踏んで作っているモノだと思ってたのに」

 

 それを聴いて、経営者のおじさんがははぁ、と笑った。

 

「坊っちゃん、それは作り話ですよ?」

「え?」

「少なくとも今はそんな作り方はしていません。よほど田舎の、自家栽培ならあるかも知れませんが」

「そ、そうなんだ」

 

 昔のやり方……なるほど。そういうことか。今の時代には無い、というだけの事か。彼はさらに続けて話してくれる。

 

「若い娘が丹精込めて踏んだワイン……上手い売り口上ですよね。そう聞いたら誰でも気になりますもの」

 

 眦を下げて言う経営者のおじさん。俺の求める浪漫とは若干方向が違うかもしれない。俺は様式美というつもりだったんだけど。

 女の子がきゃいきゃい騒ぎつつ、スカートの裾を持ち上げて踏む姿は……うん、絵になるじゃない? しかし。

 

「昔の作り方でもやっていたのは野郎ばかりでしたよ。体重も体力もある方が効率いいでしょうからね」

 

 身も蓋もない言い方である。

 どこかの魔女さんもガッカリすること請け合いな真実。そこへ父ちゃんが追い討ちをかけた。

 

「そも。知らん男どもの足が踏み付けた物を飲みたいか?」

 

 ……どうやら、浪漫は浪漫として諦める方が正しいようであった。がっでむ。

 

 

 

 

 そこから後の工程の説明は、悪いけど聞き逃していた。それほどショックだったのだ。向こうもこちらも、世知辛い世の中やね……。

 

 所々に、やはり大型の魔道具と魔術師のローブを着た人が見かけられた。破砕や圧搾、加熱や洗浄などには魔術や生活魔術が必要となってくるそうだ。おかげで冒険者を辞めた者たちの就職口として広がっているとか。やるやん♪

 

「どうぞ。今年の初物です」

 

 透明なグラスに赤い液体が注がれている。ゆらゆらと陽射しを受けて透ける色は、赤紫色。二つ置いてあるので俺も飲んでいいのかなと手を伸ばしたら、すいっと取り上げられてしまった。

 

「子供が飲んではいかん。サイラス」

「宜しいのですか?」

 

 俺をチラリと見るサイラス。うう……確かにアルコールだから良くはない……はず。でも、飲みたいっ!

 熱い視線を送っていると、はぁ、とため息をついてから父ちゃんがグラスを渡してくる。

 

「一口だけだ」

「♪ 閣下、ありがとうございますっ!」

 

 受け取ったグラスを前にして、まず匂いを確かめる。初物ゆえか、アルコールはさほど強くなさそう……くるりと回して状態も確認。そして、くい、と傾ける。

 

「……おいしい♪」

 

 葡萄を絞った果汁を飲んだ事はあるけど、それよりも濃縮されている風味。それと熟成による芳醇な香りが口中から鼻に抜ける。何とも言えない、豊かな香りに喜びを感じてしまう。そして口の中に残る味は葡萄の皮と果実の織り成すハーモニー。

 

 ワインとはこんなものだったのか。向こうで暮らしていた時に飲んだ物には、ここまで鮮烈な印象は無かった。身体が子供だからなのか? そうしていると、父ちゃんが僅かに心配そうな表情(たぶん周りの人には分からない)で問いかけてくる。

 

「平気……か? 一杯飲んでしまって」

「あっ!」

 

 一口のつもりが、器は空になっていた。勢いよく飲んでしまった事に恥ずかしくなる。

 

「すみません。閣下のものを全て……」

「そんな事より、身体は平気か? 気分が悪くなったり、ふらふらしたりしないか?」

 

 まるでユーニスにするように気遣ってくる父ちゃんに、驚きを隠せない。

 

「あっ、はい。平気です」

「顔が赤いじゃないか。酔いが回っているのではないか」

 

 顔が赤いのは、あんたが外聞を気にしないで心配してるからだよ。恥ずかしいだけだ。

 

「ユーノ、こちらをお飲みなさい」

 

 横から水の革袋を差し出すサイラスの動じない所を見習え、父ちゃん。一口飲んでスッキリすると、ようやく杞憂だと分かったらしい。でも、帰りの馬車の中では爆睡してしまっていたのだから、やはり酔いはあったのかもしれない。

 

 

 

 顛末。

 

 ナターシア叔母さんにこの一件がバレてしまい、俺と父ちゃんは正座で一時間説教された。

 

 




 


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猪肉と鮎の塩焼きのコラボ

 食べ歩きと言いつつしてないので、今回はユーノの屋台巡りから始まります(笑)


 天高く馬肥ゆる秋。

 こちらでもやはり秋は収穫の秋、味覚の秋だ。夏の間に逞しく育った身体に脂肪を溜め込み、長い冬を越えるための身体に仕上げなければならない。どこでも変わらない自然の摂理であり、それは人間も変わらない。

 

 ジュ~……

 (*´﹃`*)タリー

 ジュ~ジュ~……

 (゚A゚;)ゴクリ

 

「うっとおしいなぁ、お前。食うなら食えよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 謝りつつも屋台の端から焼ける肉串を見つめる事は止めない。店主は買おうと思えば買える、ちゃんとした客だという事は分かっている。だから邪険に出来ないのだ。

 

「腹が小さいってのは難儀なモンだな」

「す、すいません……」

 

 俺だって焼肉串を食べたいのだ。今の時期の猪は脂がノッてくる。多少の臭みはつけダレとかで誤魔化せるし、何なら胡椒をオーダーしてもいい。屋台にも常備する店も多いのだ。

 

「しゃあないなぁ……ほら」

 

 そう言って彼は焼けているのを見繕ってトングで串から外していく。この焼串は長さ四十センチほどもあり、刺されている肉も相当な量だ。その三分の一くらいを皿において渡してきた。

 

「これくらいなら他にも食えるだろ?」

「……お気遣い、感謝します」

 

 一本分のお金を払うと三分の二を戻された。

 

「残りは俺のオヤツだ。てめえで食うなら誰も文句は言わねえからな」

 

 ちなみにこういう対応をしてくれる屋台というのはあんまりない。彼の人柄もあるけど、算術、というか算数と呼べる計算すら出来ない人の方が多いからだ。一本分の価格で売って、お釣りを渡す。そうした事しか出来ない人も多いのだ。だから、こういう店では売るのはだいたい一種類しかない。

 

「さっさと食ってけ。あっちじゃ魚も焼いてたしな」

「は、はいっ」

 

 はふはふ……うん、やはり旬のものは違うよねえ。噛みしめるとジュワッと脂が滲み出てくる。肉自体も豚や牛のように柔らかくなくしっかりとした質感で、若干獣臭い部分もある。それもタレの中の香草が上手く消してくれている。まさに野趣あふれる感覚だ。

 

「なんて言いましたっけ? この猪」

「斑灰色猪だよ。子持ちだから手こずったらしい」

「子供の方は?」

「高級料理店にいったそうだ」

 

 子供とはいえ逃してくれない。いや、世知辛いね。心のなかで合掌しつつも会話は続いている。

 

「はふ……んで、その子供はやっぱり美味しいんですか?」

「そらそうよ。柔らかくって臭みも少ない。その辺は牛や羊と変わんねーよ」

 

 はあ、確かに。この世界にも畜産という概念は存在するけど、規模はそんなに大きくはない。どちらかというとこうした狩猟肉(ジビエ)の方が一般的だ。理由としては、広く安全な土地を確保しづらいという側面がある。その大きな要因は、やはり魔物である。

 

「ゴブリンと遭遇したとかで、その猟師は怪我しちまったんだ」

「平気だったんですか?」

「近くに冒険者のグループがいたそうでな。ゴブリンも退治したし、ついでに傷も治してもらったらしい」

「おや、気前がいい冒険者ですね!」

「ウリ坊一匹持ってかれちまったって嘆いてたよ、ケッ」

 

 あらぁ。やっぱりタダでは治療なんてしないか。現物とお金とどっちがいいかは分からないけど、魔術師にしても神官にしても対価が無いと治療などはしない。善意で治しているときりがないからだ。

 

 人の持つ魔力は回復はするけど最大量はあまり増えない。魔物の持つ魔石が取引されるのも、それを補うためでもある。

 

「ごちそうさまでした」

「もうちっと肉食えるようになれよ」

「善処します♪」

 

 さてと。粋な店主の計らいでお腹の残量はまだ残っている。小ぶりの鮎なら食べられるだろう。小走りでもくもくと煙の上がる屋台へと向かう。

 

 

 

「……うーん。でりしゃす♪」

「は? 旨いって言ってるのか?」

「そうです、舶来の言葉ですよ?」

 

 適当にそう答えると塩焼きの店主は感心したようにこっちを見る。まあ、こんな子供が外国の言葉使うなんて思わないだろうからね。

 

 こちらの世界でも渓流では鮎が釣れる。川で取れる魚は泥臭い物が多いので、北の山辺りまで行かないと釣れないのが難点だったりする。ちなみにそのあたりにもゴブリンは出たらしい。

 

「大丈夫だったんですか?」

「漁師は怪我したらしい。自分で撃退したそうだけどな」

 

 こっちの人は自分で対処したらしい。逞しい漁師もいたものだ。もっとも、従軍経験のある人とか、冒険者崩れとかだと戦うこと自体は経験したことがあると思う。従士として働いてる者より農民とかの方が強いとかも普通にあるらしい。

 

 それはともかく、焼き立ての鮎が冷めてしまう。これは小ぶりなのを選んでもらった。これなら食べられる〜♪

 

「んむ……うん、うん♪」

 

 身はサクサクとしていながら風味もしっかり残っている。塩加減もいい。子供舌のせいかワタが気になるけど、ここにはワタ抜きしたのはない模様……まあ、食べられるから問題はない。

 

 しかし、あっちもこっちもゴブリンか。大変だなぁ。まあ、こっちは子供だし。街の中でしか行動出来ない身の上だ。まさか街の中にゴブリンは出ないだろう。

 

「お前か。羽振りのいいガキってのは」

 

 ……ゴブリンみたいな連中は居るみたいだ。訂正。ゴブリンくらい低い背丈の俺と同年代の子どもの集団だ。少し広まった空き地があったのでそこで鮎を食べていたのが仇になったのかもしれない。彼らのナワバリ……隠れ家的な場所なのかもしれない。

 

「もぐもぐ……」

「おいっ、聞いてんのかチビ!?」

 

 俺よりチビなガキが喚き散らす。その後ろのガキ大将めいた大柄な奴は腕組みしてるだけだ。面倒な口上は手下にやらせるとかなかなかの大物具合である。

 その他に取り巻きが三人の計五人。みんな擦り切れた服に継ぎを当ててある服を着ている。あんまり裕福そうではなさそう……こんな言い掛かりを付けてくる以上そういう立場の人間なのだろう。

 

「ええと、俺に何か用ですか?」

「誰に断ってここに居るんだよ? ここは俺らのシマだぞ?」

「はあ……」

 

 言ってる事が完全にその筋の人である。そういった親御さんなのかもしれないけど、それは真似すべき生き方じゃない。

 

「有り金全部置いてけよ。そしたら怪我一つせずに返してやるよ」

 

 うん。きちんとして欲しい事を言う姿勢は好感が持てる。曖昧に「分かるだろぉ?(ニチャア)」なんてやられる方が反発したくなるまである。

 

 とはいえ。

 言われた通りに金を出すのは良くない。痛いのはヤだけど、小遣いだって無限ではない。残りの半月どうやって過ごせばいいのか。

 

「それは出来ません」

「ああっ?」

 

 一気に緊張感が高まる。

 日々の生活で食事が足りないのは見れば分かる。体格のいい奴以外はみんなひょろひょろで、俺と大差ないくらいだ。俺からせしめた金で肉やら魚やら食べたいのだろうし、その気持ちも痛いほど分かる。

 

 すると、大柄な奴がズイッと前に出てきて拳を突き出して威圧してきた。

 

「痛い目にあいたいみたいだな」

「いやあ、それは早合点というものですよ?」

 

 言うが早いか奴は殴りかかってきた。意外にも早い身のこなしと打突に驚く。

 

「わっ」

「?」

 

 右のストレートを避けてからササッと距離を取る。こいつ……ただの半グレじゃないな?

 

「おいっ!」

「へ、へいっ! お前ら」

「おいよ」

 

 号令に取り巻きの連中が周りを囲む。よく訓練されてる……あんまり褒めたくないけど。

 

「素直に出してればよかったのになぁ」

 

 ニヤつく大柄。あー……こんな予定は無かったんだけどな。しかしここでユーニスの言葉が思い出される。

 

『男の子の世界を見聞してくるのはユーノの使命』

 

 やれやれ……こういう世界も確かにあるんだけど。俺、元の世界では荒事とかとは縁が無かったんだよねぇ。

 

 それでも、彼女には逆らえない。

 俺は覚悟を決めて相対する事にした。父ちゃんのやや子供にするには行き過ぎな稽古の成果を、見せてやるぜっ!

 

 



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ツュビオッカミルク(薄い紅茶風味)

 日常タグなのにバトル回。
 あんころ餅様、誤字報告毎度ありがとうございます。
 お手間取らせて、すいません(_ _)


「こ、こいつ……」

 

 大柄(面倒なのでこう略す事にする)が肩で息をし始めた。そろそろ厳しくなってきたらしい。

 左のジャブを避けようとして右の頬に当たる。やっぱりうまくはいかない。そもそも父ちゃんの稽古は剣を使った型を反復してるだけで、あとは基礎のトレーニングだ。ステゴロのやり方なんて教わってはいないのだ。

 

「このっ!」

 

 畳み掛ける大柄。右の重いのが腹に当たり、浮いた所に左のフックが顎を打ち、頭が揺さぶられた。堪らず倒れるが、追い打ちはしてこない。見れば、息が上がっている。

 

「て、てめえ……闘技法習ってるのか、ごほっ」

「……」

 

 問いかけに答えずに立ち上がる。殴られた所に痛みは無い。だけど、脚は少しフラついている。少し話して時間稼ぐか。

 

「闘技法はまだだよ」

「……護法か」

「当たり」

 

 チッと舌打ちする大柄。計算が狂ったらしい。

 

 この世界には魔法が存在する。

 魔法を扱うには体内の魔力を使って行うのだ。人間などのヒト族はたいてい魔力を溜め込む事が出来るし、扱う事も鍛錬をすれば可能となるのが普通だ。

 

 ごく簡単な生活魔術ならば子供でも扱う者も居る。これは貴族とか関係はなく、素養に依る。魔力の量や制御精度が高ければ生活魔術とは言わずに古代語魔術や神聖術だって使える。

 

 いきなり長々と講釈を垂れたのは、この魔力という存在が関係しているからだ。先程も言ったとおり、魔力は誰しも持っていて使える。そして、その利用方法は実は魔法に限らないのだ。あの大柄の言った『闘技法』がそれに当たる。

 

 剣とかの接近戦や弓などの射撃などにも魔力は利用出来るのだ。攻撃に魔力を乗せてダメージを増加させる。乗せた魔力は相手に直接ダメージを与える。物理的な力では無いので鎧などの防具では防ぐ事はできない。例えるなら浸透勁に近いかも。まあ、向こうで食らったこと無いから想像だけど。

 

 それで、だけど。

 どうも大柄はそれを使っていたらしい。子供のパンチにしては重いから何だろうと思っていた。

 

「闘技法は乱発しちゃダメだって聞いてたけど、大丈夫?」

「うるせぇっ、へ、平気だ」

 

 疲労困憊といった風情の大柄が見栄を張る。気骨があるねぇ。

 

 闘技法は乱発しちゃいけないというのは、その魔力を使い過ぎる点だ。攻撃に乗せた魔力は消費されてしまう。メリットはあるけどデメリットだってあるのだ。

 

「お、お前こそ、なんでへいき、なんだよ」

「俺はほら、魔力多いらしいから」

 

 先程言った『護法』とは闘技法の逆を行うものと思えばいい。魔力によって打撃のダメージを吸収するのだ。もちろん、受ける攻撃が増えれば使用する魔力も増えるし、ダメージを全部止める事ができない事もある。

 

「もうやめない?」

「一度も、殴ってこないやつに負けられるか」

 

 そう言うと、大柄が震える脚を殴って活を入れた。

 殴らなかったのは、ダメージか入るわけもないからだ。俺は闘技法は教わってない。非力かつ戦い方を知らない俺には、どうやっても正攻法では勝てないのだ。そんな俺に勝てる、というか負けない方法はこれしか無かった。

 

「だあっ!」

「わ、」

 

 大柄はタックルをしてきた。体重の軽い俺は簡単に押し倒される。まずいっ。寝技とかに護法は効果が薄いはず。何とか頸動脈を取られないように両手でガードするけど、奴はその上から殴り始めた。

 

「はじめから、こうすりゃ良かったんだ」

 

 ガン、ガンガン、ガン……

 闘技法はもう使えないようだけど、大地に押し付けられたままの姿勢での攻撃は威力が高い。護法での魔力消費が多くなってきた気がする。耐えきれなくなって腕も痛くなってきた。

 

「お、おい。ヤバくないか?」

「ハンセン、やり過ぎだよ……」

 

 取り巻き連中も引いてるな。止めてくんないかな? 無理か。暴走機関車みたいになってるし。

 

「とああーっ!」

「ぐへっ」

 

 唐突に、上に乗っていた大柄が居なくなった。あ、横に転がってる。

 

「弱い者イジメはやめなさいっ」

 

 誰かが助けてくれたらしい。

 取り巻き連中が逃げ出して、大柄の奴も後を追うように逃げていった。

 

「フンッ、だらしないわね!」

 

 そう言い切る姿は勇ましい。俺より背が高いけど、大柄よりは無いと思う。

 

「あ、ありがとうございます」

「大丈夫? けっこう派手に殴られてたみたいだけど」

 

 しゃがみこんでくれたおかげで、短めのスカートから中が見えてしまった。たぶん、白? いや、不可抗力だからね(眼福がんぷく……)

 

「あれ? この帽子……」

「ああ、すいません。俺のです」

「て、ユーノじゃん」

 

 助けてくれたのは、イリーナだった。

 修道女見習いのローブを着てないから気付かなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「あっつ」

「傷、染みた? ごめんごめん」

 

 下町の一角にあるイリーナの家にて、治療を受けている俺。とは言っても水で拭って薬草の刻んだ物を塗りこむ程度の事だ。

 

「スラムの連中でしょ? この辺りにも来るのね」

「よく知らないですけど」

「そういやアンタお坊ちゃんだっけ」

 

 手際の良い手当だ。修道女見習いだっけ。それなら納得だ。

 

 部屋の中はきちんと整頓されている。狭くても掃除を欠かさない、いい家だと思う。

 

「災難だったわね、お転婆な子だから」

「ちょっとお母さん。それじゃ私が怪我させたみたいじゃない」

「あら、違ったの?」

「違うわよっ」

 

 年若いお母さんが台所からお盆に何かを乗せてきた。……て、何だこれ。厚めの皿に白い液体が満たされ、中に黒いツヤツヤした物が見えている。何というか、カエルの卵のように見えてしまう。

 

「あら、ツュビオッカは食べたことない?」

「つゅびおっか……すみません、勉強不足でして」

「この辺りの子は食べた事なくても当たり前でしょ」

 

 イリーナが呆れたように言うと匙でぐるぐるとかき回す。黒い粒々が踊るように動く……あ、これ。見た事あるぞ。

 

「北の方で取れるヤム芋を粉にして固めたものなの」

 

 間違いない。タピオカだよ、これ。

 

「た、食べて宜しいんですか?」

「ええ、宜しいですよ」

 

 イリーナの母がにっこり返事をする。それならば遠慮はすまい。匙を受け取り、いざ。

 

 少し温めたミルクには甘みも入っている。たぶん紅茶なんだろうけどほんのりとしか風味がしない。こういう物だと思っておこう。

 そして、タピオカは……うん、もちもちした食感。現世で食べた事なかったから分からないけど、たぶん本物のタピオカだ(超テキトー)

 タピオカミルクティーとか流行っていたけど、おっさん通り越した人間には全く琴線には触れなかった事が悔やまれる。もっと流行り物も、食べておけばよかった。

 

「ちょ……アンタ」

「あらあら」

「……え?」

 

 気が付けば、俺は涙を流していたらしい。

 

「痛いなら痛いってはっきり言いなさいよね、どこよ」

「ああ、いえ。そうではなくて」

 

 ふとした瞬間に訪れた記憶に、感傷的になっただけだ。身体の痛みはほとんど無い。でも、涙はなぜか止まらなかった。

 

「……おっかしいな……」

「そういう時はね」

 

 ふわり。

 身体を包む、柔らかな感触。

 イリーナの母が、抱きしめていたのだ。

 

「う……ぅぅ……」

「はい、はい」

 

 あやすように背中をぽんぽんと叩かれると、溢れるように涙が溢れてきた。なんて事だ。こんな年若い人妻に泣かされるなんて……でも、今はいいか。

 

「ちぇ」

 

 少し不貞腐れているようなイリーナの声が横から聞こえた。悪いね、お母さん取っちゃってさ。

 

 

 

 

 それからはと言うと。

 イリーナが公邸まで知らせに行ってくれたおかげでお迎えが来てくれた。

 

「ここか、ユーノがいるのは」

「は、はいっ」

「無礼を承知で済まんが入るぞっ」

 

 バンッとガタのきている扉を力強く開けるのは父ちゃんだった。

 

「え、ええっ?」

 

 イリーナの母が驚きの声を上げる。

 まあ、そらそうだ。男爵閣下がやってくるなんて誰も思うまいよ。後ろではイリーナがはあはあ言いながら肩で息をしていた。

 

「軽率ですよ、閣下」

「子を迎えに来るのは、親の務めだろう」

 

 臆面もなく言うと、俺をひょいっと抱える父ちゃん。まあ、いっか。

 

「お邪魔しました」

「ユーノが世話になった」

 

 こちらがそう言うとイリーナ母子は困惑気味に答える。

 

「い、いいえぇ……」

「またね、ユーノ」

 

 帰り道で何があったか聞かれたけど、ガキ大将との乱闘は伏せておいた。子供の喧嘩に親が出るのは、間違ってるよね。

 

「ツュビオッカという物を食べました」

「ツュビオッカ……なんだ、それは?」

「ええとですね……」

 

 話して聞かせたら、翌々日には夕食のデザートに並んでいたのは魂消ました。

 行動力あるね、父ちゃん……。

 

 




 ヤム芋(キャッサバ)はこの辺りでは一般的では無いので、タピオカは広まってないのです。ちなみにこの辺は馬鈴薯の方が多く取れるらしい。


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甘藷入り蒸しパン

 さつま芋と書きたいけど薩摩地方はないんだよなぁ……別にそのままでもいいとは思うけど、いちおう甘藷という名前で書く事にします(面倒臭い言い訳)
今回はイリーナ視点となります。


 今日はナターシアさまがいらっしゃらないので一人での訪問である。正直言うと気が重い。

 

「おや、今日は一人なんだね」

「はい。司祭様は急患がいらしたので」

「それは仕方ないな。イリーナだっけ? 入っていいよ」

「ありがとうございます」

「ユーニス様が首を長くして待ってるからな」

 

 そう言うと、本邸の玄関へ顎をしゃくる門番さん。そこにはぴょんぴょん飛び跳ねるお嬢さまとメイドさんが待っている。貴族の方を待たせるとか畏れ多すぎる。

 

「待ちきれなくて、待ってましたのよ?」

「申し訳ありません」

「あー、かたくるしいーぃ。もっとくだけて話してって言ってるでしょ?」

「あはは……」

 

 他の人の目があるのに、貴族のご令嬢にタメ口とか出来ないよ。手を取り部屋へと招くユーニス様に引っ張られるわたし。ユーノと同じくらいの手なので力は大したことないけど、とってもパワフルな感じ。そんなに楽しみにしてたのかな?

 

「失礼します」

「あわ」

 

 と、その結んだ手にメイドさんが手の洗浄(ハンドウォッシュ)をかける。修道女見習いとしては手の洗浄は常に心がけるべき立場だ。メイドさんにありがとうと礼を言うと、彼女は特に気にした様子もなくお辞儀をすると部屋を出ていった。

 

「フランはねー、父さまとおんなじで少し固いのよ」

「そうなのですか?」

「こ・と・ば・づ・か・い」

「そ、そうなの?」

「うん、そうなの!」

 

 通されたのは同じ応接間ではなく、おそらく私室だろう。わりと豪奢な屋敷にしては部屋の中は意外にも物が少ない。ベッドに、箪笥。勉強用の机と椅子。それに来客用のテーブルセット。どれも平民が使っていてもおかしくない質素なモノである。

 

「今日はこの間のユーノの話を聞きたいの」

「あ、はあ……あの件ね」

 

 たぶん、ユーノや男爵様から聞いたのだろう。まるで私が白馬の騎士みたいに羨望の眼差しで見ている。馬乗りになっていた子供に飛び蹴りかまして追い払っただけだ。相手もかなり疲労していたし、大したことはしていない。それでも聞かれれば答えねばなるまい。そういう約束だし。

 

「修道女見習いって格闘もやるの?」

「習いはしますけど、私は父から教わってるので」

「そうなんだー」

 

 私の父は元冒険者で、今は武器屋を営んでいる。昔取った杵柄なのか、接近戦や格闘なんかも強いのだ。そんな人に教わっている事もあり、子供としては強い方ではないかとの自負はある。

 

「じゃあ、闘技法とか護法とかも?」

「一通りは」

「いーなぁ〜、父さまわたくしには教えてくれないのよ? 身体が弱いからって」

 

 ぷんすか怒るユーニスさま。とは言っても、怖くなんてない。むしろ愛らしいまである。

 

「でも男爵さまの言うとおりだと思いますよ」

「そうなの?」

「戦うというのは体力が無いと保ちません」

 

 敵を殴るだけじゃない。攻撃を躱したり、防御もする。戦闘のある場所までの移動なども含めて、体力(スタミナ)はあればあるだけ良いのだ。

 

「ユーノは基礎の訓練ばかりと言ってませんか?」

「そうね。そうボヤいていたわ」

「最低限戦闘に耐えられる体力が無いと、技や闘技法も覚えても使えないですから」

 

 見た目細いユーノと同じような子供であるユーニスさまが、そんなのに耐えられるとは思えない。男爵さまの判断は正しい。

 

「ズルいわ、ユーノって男の子ってだけなのに」

「それは……そうですね」

 

 さっきも言ったけど、身体の細さで言うとユーノもユーニスもどっこいどっこい。ならば男の子が鍛えられるのはある意味スジが通っている。今は同じでも成長すれば、普通は男の方が戦闘には向いた体つきになるものだからだ。

 

「ところで。イリーナはもう洗礼受けた後でしょう?」

 

 いきなり話を変えてくるな。まあ、女の子なんてこんなものか。うちの同僚達もちょっと前の会話と真逆の事を話してたりするし。

 

「はい。そういえばユーニス様は今年でしたか」

「うん。みんなとは一緒に出来ないんだけどね」

 

 貴族(士爵も含む)の子女は、自宅に神官を招いたり、別室を使うなどして洗礼を行うそうだ。今年はユーニス様が洗礼を受けるので大司教がサンクデクラウスに来訪するとナターシアさまから聞いている。

 

「それでね。あなたのステータスを見せてほしいの」

「わたしの……ですか?」

「同世代の女の子ってどれくらいなのか、わたし知らないのよ。父さまも知らないし、フランとかメイドたちも教えてくれないし」

 

 ぷんすかと怒るユーニスさま。今日はよく怒るなぁ。その時扉がノックされた。「お茶とお茶菓子をお持ちしました」と先ほどの無愛想なメイドさんが皿とコップを置いていく。

 

「今日はねー、ミューリお手製の焼き菓子なの♪」

「ミューリ……さま?」

 

 新たな名前が出たので復唱すると無愛想なメイドが答えてくれた。

 

「私共の長でございます」

「前は伯爵様の所で働いてたんだけど、父さまが無理を言って来てもらったんだって」

 

 伯爵様、と言うとルグランジェロ伯爵の事か。たしか男爵さまのご実家という話だ。乳母とかだったりしたのかな? 何にしても平民なのに変わりはなさそうだ。出てきたお菓子を見れば分かる。

 

「食べてみて。ふんわりしてておいしいから」

「では、いただきます」

 

 庶民的なお菓子の代表、蒸しパンである。とは言っても、平民はいつもお菓子は食べない。週一か、二回ほどか。それにライ麦粉を混ぜたり重曹をケチったりしてるから、見るからに柔らかそうなこの蒸しパンとは比べようもない。

 口元に寄せると小麦の良い香りの中に、別の香りがした。甘藷(さつま芋)の香りだ。よく見れば小さい立方体状の芋が練り込まれている。

 

「あむ……」

 

 ふわふわした感触と芋の食感がマッチしている。なるほど、甘藷から甘みが出るから砂糖が少なくて済むのか。

 母の作ってくれる蒸しパンはだいたい何も入ってないし、使う甘味も水飴だ。食感もわりと違う。でも、とても美味しい。

 

「わたし、ちょっと前まであんまり食べられなくて。でもミューリの蒸しパンなら食べられるの」

 

 満面の笑みでぱくついているユーニスさま。言われてみれば、確かに子供に食べさせるには最適だ。甘さといい柔らかさといい、文句のつけようもない。ミューリお婆ちゃん、やるね。

 

「そうそう。ユーノが食べたツュビオッカってお菓子!」

 

 唐突にユーニス様が手を合わせて言い出す。あれ?……袖の辺りが少し赤い。虫さされかな?

 

「ウチでも昨日食べたんだけど、なんだか変なのよ。つぶつぶが固まっちゃってて」

「あ、ああ。戻す時によくかき混ぜておかないといけないんですよ」

「そうなの?」

 

 わりとやる失敗だったりするのだ。ウチでもお母さんがたまにやらかす。

 それより……肌が白いから余計気になる。

 

「あの、ユーニスさま。不躾ですが、お手を見せて頂いて宜しいですか?」

「ふぇ? いいけど?」

 

 驚いた様子だけど快諾はするユーニスさま。素直だなぁ。椅子から立ち上がって側に寄り、腕をとって袖を少しめくり上げる。

 私よりも明らかに細く、白い腕。その肌は滑らかだし、キメも細かい。触り心地がすごい良いし……あ、イカンイカン。危ない道へ行ってどうする。

 

「すっごい細いでしょ」

 

 少し恥ずかしそうに言う彼女。やはり劣等感は感じているのだろう。

 

「表にはあんまり出られないし。ユーノばっかりズルい」

「男の子と一緒というわけにはいかないでしょう」

 

 そう言いつつ、赤みの箇所を調べる。虫さされではない。しかし、打撲のように見えた。そこに僅かに薬草の香りも残っている。ポプリでも付けているのか、近付くまで気が付かなかった。

 

「ここは、何かぶつけられましたか?」

「えっ? うんと、机の角にぶつけちゃって」

 

 てへ、と笑うとそそくさと袖を戻すユーニスさま。まあ、治療をした跡みたいだし。赤みはその内消えるだろう。

 

「本当に修道女なんだね、お医者様みたい」

「見習いですよ。それに簡単な事しか出来ません」

 

 彼女の視線に少し畏敬の念が見て取れる。そんなに大した事でもないんだけど。

 

「それでも、人のためになる事ができるのは凄いことだわ。私なんて、何も出来ないもの」

 

 幼い子供なのだから出来ないのは当たり前だとは思う。それに、貴族の娘だ。私には分からない事も多い。

 

「なにか、得意な事はありませんか?」

 

 苦し紛れに聞いてみたら、彼女は手を叩いて答えた。

 

「魔力の注入が得意よ♪」

「魔力の……注入?」

 

 それは、魔道具とか魔法薬(ポーション)の作成で行うものだ。けど私の知る限り、子供の行うような作業では無かった気がする。

 

「初めは父さまが作っている魔法薬(ポーション)だったの。近くで見ていたら父さまが『やってみるかい?』と言ってね」

 

 家業の手伝い、と言うには専門的過ぎるけど。軽いお手伝い感覚だったのは間違いないのだろう。しかし、彼女はその方面に才能があったらしい。

 

「父さまが褒めてくれたの。嬉しかったわぁ」

「それはようございました」

「あ、ことばづかい戻ってる!」

「……それは良かったですね」

 

 しかし、洗礼前の子供というのはステータスが開示されていないはず。魔力の限界が分からずに注ぐのは少し危険なのでは無いか? そう思っていたら、男爵は二度と触らせてくれなくなったらしい。

 

「魔力切れは意識を失うから危ないって言うの。わたし、全然気持ち悪くなってなかったし。もっともっとイケたと思うの」

「男爵さまの危惧は正しいかと。私もそれは危ないと思います」

「ぶう〜」

 

 同意を得られなかった彼女が頬をふくらませる。かわいいなぁ。

 

 けど、魔力切れは本当に危ない。私はまだなったことは無いけど、魔力が戻るまでは目を覚まさないらしいのだ。その間は昏倒しているのと変わらないので、姿勢によっては息が出来なくなって死ぬこともある。だから、魔力切れまで魔力を使う事は滅多にないのだ。

 

「では、将来は薬師ですか?」

 

 私はなんてこと無いように聞いた。

 明日は晴れますかね、みたいに。

 でも、彼女は簡単には答えてこなかった。

 

「うーん……たぶん、そうはならない。かなぁ」

 

 困ったような笑顔に、問うべきではない質問だと今更ながらに気が付いた。わたしは、バカだ。彼女は貴族の娘である。その行く先は、ほぼ決まっている。

 

「その……失礼しました」

「気にしないで。まだ子供だし。わたしの未来は無限に広がってるかもしれないんだし!」

 

 にぱっ、と笑うその姿に少々見とれてしまった。食べかけの蒸しパンが倒れていて、紅茶もすっかり冷めてしまっていたけど。心は少し暖かかった。

 

 

 ちなみに。ステータスを見せて、という話はふたりともスッカリ忘れてしまっていた。

 




 ベーキングパウダーもあるらしいけど、庶民的には重曹の方が手軽です。蒸しパンならどっちでもふんわり出来ますよ♪


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焼きたてのパン(まだ食べてない)

 今回は食べていません(タイトル詐欺w)


「……どうしたの? おなか痛い?」

「いや……そうね。いたいかも。主に精神的に」

「ごめん。言い出したら聞かない人でね」

 

 俺の横で胃の辺りを押さえる仕草をしているのはイリーナだ。いつもの修道女姿ではなく、休日の装い。少し長めのスカートに白のブラウス、腰の辺りを締めるボディスだ。エプロンまで着ければディアンドルとなる。平民の娘の一般的な仕事着ではあるけど、今日は仕事じゃないのでエプロンは外している。

 

「いきなり来て同行しろとか言われても、びっくりするでしょ。ふつう……」

「いや、本当にごめん。一応こないだのお礼も含めてらしいんだ」

「お礼?」

「ほら、手当してもらったじゃない? 閣下はお金贈ろうとしたんだけど、それじゃ味気ないと思ってさ」

「普通に謝礼金でよかったわよ……」

 

 あらま。気晴らしにお出掛けを誘ったつもりなんだけど、やっぱり外したか。どうにも女ゴコロは読めないね。

 大きめの馬車は前後に個室があり、前には父ちゃん一人、後ろは俺とイリーナになっている。父ちゃんの悲しそうな表情が一瞬見えたけど、イリーナの胃痛のためだ。我慢してくれ(無慈悲)

 

「あのね。下町の民家に男爵さまが来るとか無いのよ、フツウは」

「ああ」

「周りの人たちから根掘り葉掘りされて、気が気じゃなかったの」

「ご近所様ってどうして聞いてくるんだろうね」

「ただの噂好きなら良いんだけど、やっかむ人もいるのよ。ただでさえ、ウチの母さん、美人なんだからっ!」

 

 なるほど。妻に先立たれた領主(男やもめ)が美人な女性のいる家に来る……勘繰っても仕方ないかな?

 

「そんなワケなので、閣下はイリーナのお宅に伺ってはいけませんよ」

 

 ワゴンの前側にいる閣下に窓から声をかける。すると面白くなさそうな声が返された。

 

「私はテレーゼひとすじだと言っておろうが」

「周りの人はそうは見ないのです。せめて後添えを得てからになさいませ」

「ふん」

 

 イリーナと顔を見合わせ苦笑する。周りの人とやらを皆殺しにしろと言わない分別はある人なので有り難いけど、独り身と云うのも貴族的には問題だ。

 まあ、今はどうでもいい話だ。窓を閉めてイリーナとの会話に戻ろう。

 

「小麦の脱穀は見たことある?」

「無いわ。生まれも育ちもこの街(サンクデクラウス)だもの」

 

 ちなみに街を出るのもあまり無いらしい。かく言う俺も父ちゃんに同行して出歩いてるのは今年に入ってから。それまでは、まあ家の中だったのだろう。

 

「ラゼラトだっけ? ラガスコとの間の村よね」

「そうだね」

 

 ぱらりと広げるこのあたりの地図。アークラウス男爵領には三つの町と六つの村、二つの開拓村がある。

 普通、男爵領では村が三つか町一つに村二つくらいと言われているので、確かにここは広すぎる。何でも父ちゃんが王家とコネがあるとかで任されたらしい。完全な癒着の構図で草である。

 まあ、中世の貴族社会なんてそんなものだと思うけど……他の貴族連中はどう思っているのか、気になる所だ。

 話は戻るけど、そのラゼラト村は小麦が一番取れる所らしい。今回、収穫の時期だということで見学をする事になった次第である。本来はユーニスが同行すべき案件ではあるけど、アレは箱入りなので表には出したくないと父ちゃんが駄々をこね……俺がまた出張る事になったのだ。

 

「それにしても……わ、私、居てもいいの?」

 

 イリーナが困ったように言う。平民なので居心地は悪いのだろうけど、それは俺も同類である。少なくとも内面は貴族とは言えないからね。

 

「君が来てくれて助かりました。やはり旅の同行者は可愛らしい女性の方が楽しいですからね」

「ブッ!? あ、アンタねぇ……」

「イリーナは可愛いですよ?」

 

 少なくとも同世代の中では群を抜いている。薄い栗色の髪に榛色の瞳は少しタレ目気味だけどとても綺麗だ。気が強い中身と違って見た目の印象は清楚系で、お母さんに似た美人になること間違いなしである。

 

「そういう事は、もっと男らしくなってから言いなさいよ」

「それはたぶん無理じゃないッスかね〜」

 

 どう間違っても父ちゃんのようにはなれない。それは決まっているのだ。なったらなったで、たぶん泣かれると思うし。彼女はあまり深入りしないように話題を変えてきた。

 

「小麦は粉でしか見たことないから、ちょっと楽しみ」

「大麦とかえん麦はお粥で見るけどね〜」

「そうね~、あんまりおいしくはないのよね」

 

 やはり俺の感覚は間違って無かった。イリーナだって美味いとは思ってないのだ。たぶん大人だって美味いとは思ってない。今度父ちゃんに聞いてみよう。

 

「焼きたてのパンも食べられるって」

「へえー、いいわね」

「オレも楽しみー♪」

「アンタならいつでも食べれるでしょ、小麦のパンなんて」

「とんでもないっ! 週に二度有ればいいよ?」

「ええっ? お貴族様なのに?」

 

 貴族だからと侮るなかれ。

 遅めの朝食はだいたいえん麦の粥(オートミール)だし、夜のパンはだいたい黒パン(ライ麦パン)だと食事事情をバラしていると窓が開いて父ちゃんが口を(さしは)んできた。

 

「白パンばかり食べる子供はだいたいブクブク太るのだ」

「えっ」

「えっ」

「決して貧乏だと言うことではない。イリーナ嬢もご理解頂きたい」

「は、はあ……」

 

 食べ物に含まれる栄養素の概念も、転生者とか転移者とかの恩恵である。それは分かるけど、子供の純粋な気持ちを踏み握るような知識は要らないと思う、マジで(まあ、中身大人ですけどね)

 

 キキィ。

 

 そんな話をしていたら、馬車がいきなり停まった。どうしたかと父ちゃんが誰何すると、どうやら傷付いた冒険者らしき一行が座っていたとのこと。当然のように色めき立った俺たちは窓からそちらを覗く。

 

「けっこう、やられてるわね」

「おお……」

 

 革鎧の戦士が頭から血を流していて、斥候役(スカウト)の腕も血が滲んでいる。ローブ姿の魔術師は特に怪我もしていないけど、心配そうに彼らを見ている。その彼に父ちゃんが近づいて話しかけた。

 

「どうかしたのかね?」

「は、えっ? 領主さま?」

「驚くのはいいから話したまえ」

 

 馬車からここの領主が出てくるとは思うまい。まあ、紋章があるから気付く人は気付くと思うけど。それはともかく、その人が言うにはゴブリンにやられたらしい。

 

「女性が攫われたのか」

「ウチの僧侶なんですが」

「数は?」

「たぶん……十匹前後です」

 

 この辺の会話でイリーナの顔が怒りに変わっている。

 ゴブリンは他のヒト属の雌を繁殖する為に拐かす。これは向こうの世界の創作にも書かれていた。イリーナが怒るのもムリはない。窓を開けてイリーナが父ちゃんに声をかける。

 

「発言お許しを」

「む? イリーナ嬢か」

「その方たちを癒やす術を私は持ちます。どうかその僧侶の方を」

 

 おう。イリーナはもう神聖術が使えるのか。その言葉に傷付いた彼らは首を振る。

 

「悪いが嬢ちゃん、俺ら金が無いんだよ」

「この仕事が初めてなんでね」

 

 先立つ物がなければ神官でも魔術師でも魔法を使うことは無い。それは大原則である。仲間(パーティー)として組んだ場合は持ちつ持たれつになるのだから細かい事は言わないのだけど、外部の人間に魔法を頼む場合は必ず対価を求められる。一般的にはお金だ。

 

「そ、それは」

 

 イリーナもそれは同じなのだ。無償の奉仕をしてしまえば、次もやらねばならなくなる。神は天上に居まして全てを見透すらしいので、ズルは出来ないのだ。

 

「閣下」

「なんだ、ユーノ」

 

 そんな訳でこちらが助け船を出そう。なに、方便というのはこういう時に使うものだ。

 

「俺が対価を支払うよ。それならいいでしょ?」

「……理由は?」

「女の人がヒドい目にあうのはイヤだよ」

 

 見ず知らずの冒険者に治癒をかける代償を払う理由にはちょっと、いやかなり弱いけど。でも、父ちゃんの心を動かすには十分だった。

 

「お前がそう言うならば叶えよう。しかしイリーナ嬢の手を煩わせる事は無い」

 

 そう言って彼は短く呪文を唱える。魔法陣が現れ、そこからガラスの瓶が二本落ちてきた。保管庫(アイテムボックス)の術である。それを戦士と斥候に渡して飲むように促す。

 

「ユーノの頼みだ。それを飲んで案内せよ」

「えっ?」

「ま、まさか男爵さま本人が?」

「早くせんかっ」

「「は、はいっ!」」

 

 下位回復薬でも彼らなら十分に効果はあるはず。みるみる間に傷が塞がっていくのが少し気持ち悪い。

 

「おお、すげぇ!」

「ぽ、ポーションなんて初めて飲んだよっ」

「魔術師の君はここで待機しておけ。ハンス、護衛は任せた」

「お気をつけて、旦那さま」

「では、ささっと片付けてくる」

 

 御者の人が恭しく礼をして、二人の冒険者を連れて、父ちゃんが森の中に踏み入って行く。

 

 あれよあれよと言う間に話が進み、イリーナが茫然としていた。少し面白いので笑ったら肩を掴んで揺さぶられた。

 

「な、な? どういうことっ!」

「父ちゃん、元は冒険者だったらしいから。こういうの慣れてるそうなんだ」

「な、なんですってー!?」

 

 

 実は新興の貴族は冒険者上がりというのが多いそうだ。剣も魔術もそれなりに出来ると言っていたし。たぶん、俺やイリーナにいい所を見せたかったのだと思う。最後のセリフの時にちょっといい顔しようとしてたし。そういうトコ、割とセコい。

 

 この時は呑気にそんな事を考えていたのだった。

 

 




 前後編になります。


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焼きたてのパン(まだまだ食べてない)

 タグを増やすべき内容になりました。食べてないよう(内容)……くっそ寒いな(笑)


「オレはハンス、従士隊特別班の所属だ」

「イリーナです。何度かお会いしてますよね?」

「特別班は基本閣下の身辺警護が任務なのです」

 

 イリーナにそう説明する。ハンスは御者スキルが高いのでよく駆り出されるのだ。年の頃は二十歳ちょい過ぎ、彼女絶賛募集中を標榜しているナイスガイである。

 

「ハンスさん、イリーナには手を出さないでよ?」

「ちょっ?」

「ばーろー、子供じゃねえかよ。あと五年後くらいなら考えてもいいけど」

 

 釘を刺すとそんなふうに返された。まあ、ロリコンでないのは有り難い。

 

「ガキどもは心配すんな。あの閣下はそんじょそこらの奴にはやられたりしないよ。なんせ、俺がまだ一回も勝ててないからな」

 

 キラン、と歯を輝かせて言うことかな? 君の腕前を知らないと安心出来ないだろ? と思ったのは俺だけでは無かったようだ。イリーナがちょい訝しんでる。

 

「ちなみに俺のレベルは35だ」

「そうですか」

「ああそうなんだ」

「あれっ? なんか思ってたのと反応が違くない?」

 

 俺は父ちゃんのレベル(88)を知っているからだけど、35と云うのは年齢を鑑みると十分優秀だ。ちなみにレベル5以下が素人で15で一人前、30を超えるとベテラン扱いである。

 

「ウチのお父さん、レベル58なんで」

「うそん?」

「王立剣武奉納会の優勝者ですから」

 

 ほんの少しだけ胸をそらして答えるイリーナ。聞いたハンスと俺は顎を外さんばかりだ。彼が肘でこちらをついてきた。

 

「飛んだビックネーム出てきやがったなぁ……おい、ユーノ。お前知ってたか?」

「いえ、初耳です。お父様のお名前を伺っても?」

 

 この間家にお邪魔した時には会うことはなかった。聞いてみるとハンスが頷いていた。

 

黒鉄華(アイゼンブレーム)のイザークか。なるほど」

「今は本名のヤゼンを名乗ってます。冒険者はもう辞めてますので」

「ヤゼンってーと、あれか。武器屋の」

「ご存知でしたか?」

「個人的には知らねーけど、班長が言ってた。腕のいい職人だってな」

 

 ……ハンスとイリーナが世間話を始めてしまった。

 冒険者は別に本名で登録する必要はない。識別はちゃんと出来てるらしいので困ることは無いそうだ。くわしくは知らんけど。

 黒鉄華(アイゼンブレーム)と云うのは有名な冒険者パーティの名前であり、上級の魔族を討伐した事で国からも褒賞を受けた事があるそうだ。そのうちの戦士であるイザークが、イリーナの父だったとは。

 

「あの、あまり言いふらされると困るので」

 

 イリーナがハンスに口止めを頼んでいる。言いふらされたくなければ言わなきゃいいのに……とは思ったけど、つい口から出てしまったのだろう。自慢の父ちゃんを知らしめたい、でも迷惑はかけたくない。そのジレンマはなんとなく分かる。

 

「ハンスは口が固いから大丈夫……だよね」

「あたぼうよ。それとも誰かさんの秘密とか喋って欲しいわけ?」

「してる! ちょー信用してるよっ!?」

 

 ニヒヒ、と笑うハンス。まさかこっちに流れ弾とか、やめてクレヨン(死語)

 

「お……」

「え……?」

 

 すると、不意に視界がボヤケた。薄れる意識の中でハンスとイリーナがゆっくりと倒れるのが見えた。俺も力が抜けて倒れたようで、気が付くと地面に頬を付けた状態だった。

 

「なんだ、いったい……」

 

 意識はすぐに覚醒したので起き上がって周りを見る。ハンスはそのままの姿勢で高いびきだが、イリーナの姿が見えない。首を巡らすと来た道の方へ走り去ろうとする人影。ただ、肩に少女を抱えていてはあまり早く走れなさそうだ。

 

『どういうことだ?』

 

 状況を整理してみよう。イリーナが連れ去られたのは、たぶん俺のせいだ。男爵家の子供は女のユーニスであり、女の子に見えるのはイリーナだった。

 手段はまあ、『睡眠の霧(スリープミスト)』だな。手軽に使える上に人間には効果はある。俺がすぐに目を覚ますことが出来たのは師匠の護符のおかげだろう。状態異常を解除してくれるのだけど、解除に時間がかかるのが難点だ。

 なんで男爵家の子供を拐うのか。もちろん、それを目的にここで張っていたのだろう。だとすればあの冒険者達はグル? ゴブリンの討伐もデマカセかもしれない。父ちゃんの心配はしていない。今は意味が無いし、物理的に彼を殺せる腕前の人がいるとは思えない。

 目的は営利誘拐と考えた方が自然だ。ウチは男爵家だけど、それなりに儲かっているらしいから、ちょいと拐って身代金を、というところだろう。

 アイツ単独での誘拐とは考えづらい。

 離れた場所に馬車なり何らかの移動手段を隠しているか、別の人間がいるか。いずれにしても合流したら救出は不可能となる。

 

 ならば、やるしかあるまい。

 

 距離はおよそ百メートルほど。今から追ってもそのままでは追い付けない。こちとら七歳のガキだぞ? なので。

 

『身体強化』

 

 魔力を身体の能力強化に回す方法で、原理は闘技法などと同じだ。ただし、今回は緊急性が高い。持続時間の考慮はしないで一気に走り抜けるだけのスピードを出さないと。

 

『この……くらい?』

 

 目分量のような感覚で魔力を身体に巡らせる。いきなりのちからの強さに怖くなり、護法にも多めに魔力を……これ、すぐに気絶しないかな? まあ、イリーナ助ければ問題ないか。

 全身から漲る魔力のバリアは、何物をも寄せ付けぬ堅牢さを誇示するように吹き出す。服が内側から風で棚引くのはちょっと胸躍る感覚だ。これなら無理な加速でも身体を壊すことは無い……と思う。

 

「つっ!」

 

 迷う間もなく脚を踏み出す。

 自分の身体が速くなった感覚は無い。

 けど、距離はどんどん縮まっていくのが分かった。というか、なんだアイツ? 全然動いてない。これならすぐに辿り着ける……辿り着いてからはノープランだけど。

 

「あと、ちょい……なのに」

 

 ほんの数メートル届かずに、身体強化に注ぎ込んだ魔力が底をついた。身体から力が抜けるけどそのままの勢いで魔術師へと体当たりを敢行する。

 

「だああーっ!」

「うぎゃっ?」

 

 本当なら背中とか腰とかにぶつかるのがいいのだけど、俺の背は低いので太ももの辺りにぶつかった。

 

 ボキッボキッ

 

 ぶつかった肩口辺りから、聞きたくない音がする。鎖骨とか折るとツライんだよなぁ。子供の俺でも勢いがあったせいか、もんどり打って倒れる魔術師。イリーナはその時に放り出されているけど、大丈夫かな? 受け身とか取れる状態ならいいんだけど。てか、人の心配より自分の方だ。倒れた魔術師の反撃を警戒して起き上がる。

 

「う……うう……」

 

 あれ? おかしいな。

 奴は倒れたまま呻いている。まるで倒されたみたいに。子供の体当たりでヤラれるとか、魔術師ってホントに弱いんだな(←偏見)

 

「いっ、た……。え、ナニコレ?」

「イリーナ! よかった、無事?」

「え、ええ……え?」

 

 声をかけると、状況が飲み込めずに戸惑いながらも返事をするイリーナ。

 

「アンタ……髪……」

「あ」

 

 言われて気づいたけど、帽子がなくなっている。それはそうか。あんな勢いで走ったら帽子なんて落とす。問題は纏めていたものが解き放たれていたことだけど。

 

「なんで、そんな長いのよ」

「と、父ちゃんの趣味でして」

「ええ……」

 

 ごめん父ちゃん。変な属性勝手に付けて。でも本人もちょい長めの髪型だから信用できるだろう。

 

『それ、苦しくないかしら?』

『いや、まだいける』

『そう? くすくす♪』

 

 ココロの中での会話。なんかちょっと愉しそうなのはなんでだ、おい。

 

「ちょ……アンタ、服が」

「え?」

 

 イリーナに指摘されたので見てみると、上着が黒くなっている。いや、よく見ると全部か? まるで炭を被ったかのような状態。意味が分からずに見ていると、袖の辺りが崩れた。崩れる、というとこれは『炭化』なのか? 一度始まるとそれは一気に広がり、それは全身を覆い尽くした。首に掛けていた護符も砕けて塵となったあと……残ったのは俺の身体だけだった。

 

「はあああっ!?」

「おい、大声出すなよ。人が来たらどうする。おれ、真っ裸なんだぞ」

「それはゴメンッ でも驚くでしょ、こんなの」

 

 そうだよなぁ。身体強化して体当たりしたら服が燃えたとか意味が分からん。護法に魔力を相当突っ込んだから傷一つ付いてないけど、全身火傷とかになったら申し訳が立たんよ。

 

「俺も服が燃えるとか思わなかった」

「それもそうなんだけど……なんでユーニスなのよ」

 

 髪を留めていたピンも塵となったので、銀糸のような髪がはらりと風に靡く。

 

「……さすがに寒いなぁ」

 

 手で身体を覆うように擦ると、あいも変わらずな滑らかな肌触り。真っ白な肌は寒風にさらされて少し赤みを帯びている。

 

「そんな他人事みたいに言ってないで隠しなさいよ」

 

 とは言ってもなぁ。と、イリーナは倒れている魔術師の男に近づき無造作にローブを剥ぎ取った。苦痛に呻くが特になにかやってくる気配は無さそう。なんでかと言うと、両足の腿の辺りが折れ曲がってるから。うへえ、痛そうだな。俺がやったとはいえ不可抗力だし勘弁してくれ。

 

「ほら……もう。女の子ならそう言ってよ」

「ありがとう……いや、実は色々とあって説明が難しいんだ」

 

 奪ったローブで丁寧にくるんでくれるイリーナ。護符が壊れたので魔術での変装がすっかり取れてしまっている。傍から見れば、俺はどう見ても男爵家の一人娘、ユーニスそのもの。人がいないとはいえ街道なのだから誰か通るかもしれない。さすがに裸体を晒したままというのは問題だ。

 

『だから、最初に説明すればよかったのにぃ』

 

 頭の中の声が、不満たらたらと宣っている。それはそうなんだけどさ。タイミングってあるじゃん?

 

 



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焼きたてのパンは食べられなかった

 ユーニスとユーノがごちゃごちゃと代わります。フォント変えたほうがいいかな?


 結果を言えば、焼きたてのパンは食べられなかった。帰宅してしまったからだ。

 

 戻ってきた父ちゃんは冒険者達をふん縛ってから『強制昏倒(パワーワードスタン)』で自由を奪い、馬車の後部座席に放り込んだ。全員グルなのかと思ったら、まだ尋問は済んでないらしい。

 

「高ランクの自白剤を使うことにしよう」

「閣下。あたまクルクル、元にはモドリマセーンな薬はやめておきましょうね」

「………………仕方ないか」

 

 間が長いよ。貴族らしくないとは言っても人の命が軽い中世ファンタジーな世界の住人だからか。とりあえず愛娘の姿で嫌だと言えば、無碍な事をしないあたりは有り難い。

 

 後ろの座席は彼らでいっぱいなので、俺とイリーナは前の席に移っている。そんな訳で父ちゃんとも話してるのだけど……正直居心地が悪い。まあ、ローブの下はなんも着けてないのだから当たり前だけど、それよりも。

 

「男爵さま、出来るだけこちらは見ないで下さいませ」

「わ、私は(よこしま)な目で見てはおらんっ!」

「邪でなくても、肌を見られるのは辛いのですよ?」

「む、むう……」

 

 少女に正論で負けるの草。

 

「そもそも、なんでユーノなんて名前を使って男装なんてさせていたんですか」

 

 イリーナが少しキツい口調で詰問する。本来身分違いで罰せられるところなんだけど、父ちゃんはそういう気質は殆ど無い。

 なので口を尖らせて黙るしか出来なかったりする。存外、メンタル弱い人なのだ(笑)

 

「イリーナ。そこは俺から説明するよ」

「ユーニスさま……」

「ちなみにそこから間違っているよ。俺はユーノ。ユーニスは別にいるんだ」

 

 と言って、身体をユーニスに明け渡す。喋りたいとウズウズしてたので勢い込んで話し出す。

 

「はーい、どもども、ユーニスでーす♪ こんなカッコでごめんね、イリーナ」

「……え?」

 

 イリーナがすごく胡乱な目で見ているのが分かる。今の俺は中継を見ている視聴者のような立場だ。差し詰め、ユーニスは実況か。コメントが流れたら配信画面と云われても納得出来る。

 

「ユーノって偽っていたのは今回みたいな事が起こるかもしれないって思ってたからなの」

 

 え?

 なんかユーニスが変なこと言うてるぞ? 俺のこと、架空の人格扱いしてやがる。父ちゃんがうん、と頷いたところを見るにアイツ、イリーナに嘘を付くつもりか。

 

「……すごい演技力なのは分かったわ。容姿もそうだけど、人格も本当に別人みたいだったもの」

「ありがと♪」

 

 ……まあ。確かにそっちの方が理解しやすいか。

 もうひとり別の人格がいるなんて聞いても、正しく理解できるとは思えない。変人か狂人扱いされてもおかしくないかも。そういう意味では父ちゃんや屋敷の連中は変なのかも、しれない。

 

『ゴメンね。たぶんイリーナにうまく伝わらないと思ったから』

『別にいいよ。間違っているわけでもない』

 

 表面上ではユーニスがユーノを演じているという事実は変わらない。俺はあくまでオマケの存在なのだ。

 

『それはちがうよ』

 

 イリーナとの会話をいきなり止めるユーニス。

 

『オマケなんかじゃないよ。あなたは大切な人。わたしがわたしでいられたのはあなたがいたからだもの』

 

 いつになく、真剣な口調のユーニス。だけどイリーナとの会話に戻ってくれない? すっごいきょとんとして見てるんだけど。

 

『もう、分かったわよぅ(プンスコ)』

 

「父さまとお師匠様が作って下さった護符には私の髪と瞳の色を誤魔化す魔術がかけられてたの」

「そんな魔術もあるんだ」

 

 『偏光(ポラライズド)』の魔術は光の波長を変えて色を変えて見せる。幻術に属する『変装(ディスガイズ)』は姿形から変えることが可能だけど、魔術が使われている事がバレる可能性がある。(魔術感知という術もあるのだ)

 その点、この術は対象の色合いを変える特性から魔術として感知されづらい。魔術でなければ解除される事はないので不測の事態にも正体を晒すことにはならないだろう。

 

「と、思っていたんだが……まさか護符が壊されるとは思わなかった」

 

 父ちゃんが俺(ユーニス)の頭を撫でながらそう呟く。

 

「あいつらは苦しみぬいて死んでもらうか」

 

「「ブッ!」」

 

 イリーナとユーニスが驚くのも無理はない。ごく自然に言うのだ、この男。普段から表情が変わらないけど、坦々と言われると怖すぎるわ。

 

「父さまっ、いきなり殺すのはダメですよ?」

「ああ、尋問を済ませてからだよ」

 

 こちらを向いてわずかに微笑む父ちゃん。一児の父とは思えんほどに格好良いのだけど……

 

「テレーゼの忘れ形見にこんな仕打ちをした罪人には、考えられ得る全ての痛みを味わってもらわなければ」

 

 昏い瞳でクックック……と笑えば、イリーナだってドン引きよ。ユーニスがていっとチョップをかまして正気に戻している。

 

「父さま。護符が壊れたのはあの者たちの所業ではありませんわ」

「では、なぜそうなったのだい?」

「それは……」

 

『ユーノ、説明出来る?』

 

 おっと、ユーニスが振ってきやがった。まあ、身体強化とか護法とかってユーニスはまだやったこと無いしな。んじゃ、代わろう。

 

『さんきゅ♪』

 

 再び意識が浮かび上がり、身体の操作権が渡される。俺たちはこうして一つの体を共有しているのだ。

 

「あの魔術師を捕まえるために身体強化を出来得る最大まで魔力を突っ込みました。身体が壊れるかもしれないから護法にも同じ分注ぎ込んで。追いつく寸前で身体強化は切れたんですけど、そのまま体当たりして魔術師を転ばしました。んで、気が付いたら服とか全部、煤になって崩れてしまったんです」

 

 出来るだけ簡潔に伝える。イリーナがよく分からなそうな顔をしているのは当然だろうけど、父ちゃんも似た感じだ。彼は目を瞑って少し頭を振ると質問してきた。

 

「……その時。周りはゆっくりに視えなかったか?」

「? そう言えば、魔術師はなんでか止まってましたね。走りながら器用な事するなぁと思いましたが」

 

 ……ガタゴト。

 馬車が僅かに揺れる音がする。

 それくらいの静寂が訪れた。え? 俺なんか余計なこと、言った?

 何だか口を挟める雰囲気でないのは分かる。イリーナもこの緊迫した空気を感じ取ったか、黙ったままだ。

 

「……ぐうぅぅ……」

「ぷっ」

『ちょっぉ! 私の姿で下品な真似しないでよぉ』

 

 そんな静寂を切り裂いたのは、俺の腹の虫だった。イリーナは吹き出すし、ユーニスは何だかお冠である。しゃあないやん、魔力使いすぎたせいか、お腹空き過ぎなのである。

 

「……そう言えば、村でパンを食べる予定だったな」

 

 心做しか少し笑っているように見える父ちゃんが、アイテムボックスを開く。

 

「いちおう用意しておいて良かった」

 

 アイテムボックスから取り出したのはサンドイッチである。パンは灰色に近いので二割ほどライ麦の混じった物だが、間には新鮮な葉っぱや肉、チーズなんかも挟まっている。ミューリお手製のサンドイッチに違いない!

 

「おおっ、父さま愛してるー♪」

「不測の事態には備えるものだからね」

 

 ユーニスの姿の時は彼女の呼び方を踏襲している。いちおうこれが二人で決めたルールだ。手を洗浄された後に切り分けられたそれを口に含む段になってユーニスが不服を漏らした。

 

『変装解けてる間は私なんじゃないの?』

『一度渡したのに戻してきたのは君のほうだろ?』

『うーん、そうだけどぉー……』

 

 まあ、いいか。一口だけ味わってから、身体を彼女に明け渡す。ほら、俺コレでも年長者だからね。

 

『ありがと、ユーノ♡』

 

 正体晒してる時はユーニスに代わる決まりだし、まあ仕方ない。にしても、パンの質自体は現世(向こう)より良くないのに何故か旨いんだよなぁ。味覚も若返ってるからなのかもしれないけど。

 

「サクサクしてて美味しい!」

 

 ユーニスもご満悦なようだ。

 そもそも、この姿で表を出歩くのはたぶん初めてじゃないかな? 違う環境で食べる食事はまた一味違うものだ。いい経験で良かったとは思う……下が真っ裸なのは、まあ不可抗力だから目を瞑ろう。

 

「イリーナ君も食べたまえ」

「は、はいっ 頂きますっ!」

 

 敬礼でもしそうな勢いのイリーナ。勢いよく食べ始めているけど、少し噎せたようだ。父ちゃんがアイテムボックスから出した飲み物をイリーナに手渡してやっている。それを見たユーニスが色めき立った。

 

「ワインですの?」

「桃の果実水だ」

「ちぇー、頂きますわ」

 

 飲むなら文句言うなよ。父ちゃんはそんなこと一言も言わずに木のマグに注いで渡してやってる。この男、本当に子煩悩である。

 

「うぐうぐ……ぷはぁ」

「落ち着いて食べなさい」

「う……はい、父さま」

「……」

 

 さすがに地を出しすぎて窘められるユーニスに、イリーナもほっこりした様子。そこへ父ちゃんが話を切り出した。

 

「さて、イリーナ嬢。ユーニスとユーノの事を知っている人間は屋敷以外ではかなり少ない」

「……そうでしょう、ね」

「ナターシアに冒険者ギルドのユッテと、師匠であるウェイルン。他に何人かはいるがいずれも信頼の置ける者たちだ。君にも彼らと同じように信頼を寄せたいと思うが、どうだろうか?」

「むぐむぐ……」

 

 静かに語る父ちゃんに、イリーナも黙って聞いている。平常運転なのはユーニスだけだ。自重しろっ

 

「それは、配下になれとの仰せで御座いますか?」

 

 イリーナが決意を込めた視線で父ちゃんを見る。あ、これは断るような感じだな。一般的に封建社会であるこの世界で、領主の命令に背くのは命がけの行動だ。イリーナはなかなかに肝が座っている。

 そこに割り込む者がいた。

 

「わたくしの友だちに何を強要するおつもりですの?」

「ユーニス……」

()の言った言葉を思い出して下さいませ。わたくしに必要なものは何だと仰っていたか。忘れたとは言わせません」

 

 ……ユーニスがマジメだ。

 滅多に見られない光景に唖然としていた俺だが、父ちゃんはすぐに行動していた。イリーナに頭を下げて謝っていたのだ。

 

「すまない、イリーナ嬢。娘のことに我を忘れてしまった。側仕えを強要するつもりも無いし、断っても罪を問うつもりもない」

「お、畏れ多いです、男爵さまっ!」

 

 自分みたいな子供に頭を下げる貴族がいるなんて有り得ない事だろう。狼狽ぶりからすぐに分かる。イリーナがわたわたと頭を上げるように促す。

 

「私などで、宜しいのですか?」

「コレが気に入っている。理由としては十分だと思う」

 

 コレ呼ばわりされて、少しだけ頬をふくらませるユーニス。だけど、内心嬉しそうにも思える。

 

「……僭越ながら、友人を拝命致します」

「固いよ、イリーナ♪」

「そうだな。それでは友人とは呼べないか」

 

 親子で言われて、少し泣きそうな顔をするイリーナ。個人的にはイイね。覚悟を決めて砕けた言葉を口にする。

 

「友だちでいていい? ユーニス」

「もちろんだよっ イリーナ♪」

 

 

 

 ちなみに。

 今回の誘拐未遂事件は彼ら冒険者パーティの独断で行われたものと、後日判明した。他の街から来た彼らがどうやってうちらの内情を知り得たのかは分からなかったけど、バカなことをしたものだ。

 

 おかげで街をうろつく事も禁止されてしまった。

 ……これから、どうしよ?

 

 




 


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隙あれば自語りというやつ

 ひさびさの更新……


 表に食べに行けないとなればやる事がない。

 

 いや、本当はあるのだけど。気を紛らわすため、とも言い換えられるな。ともかく、俺がこうなってしまった経緯をここで説明しておきたいと思う。

 

 

 とはいえ、俺自身もよくは分かってない事が多くて当て推量ばかりだけど。とりあえず俺自身の記憶から判明しているのは、俺が他の世界で生きていた人間だったくらいだ。

 

 名前は湯ノ花(ゆのはな)由仁(よしひと)

 こういう物語だとトラックとかで美少女助けて死んだとかが一般的なんだろうが、あいにくとそうでは無いと分かってはいる。

 

 ともかく。

 異世界に転生したかと思ったら、色々と訳ありな物件であったことが分かった。

 

 まず、男じゃなくて女の子。

 所謂、TSというのだろう。

 勝ったな、ガハハ……とはいかなかったが、まあこの辺りはあとで。

 

 そんで、生まれ。貴族の娘である。

 でも、男爵家ってたぶん一番下だよね? 身分チートとは言えない部分があるけど、それでも傅く人がいる。やはり身分チートであるか(にっこり)

 

 その他にチートがあるかどうかはまだ分かってなかった。それを知るのは随分後になってからである。

 

 その頃の俺は、それどころではなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんで動けねーの?』

 

 意識を取り戻したのはたぶん生後すぐ。だけどそれを自覚するまではかなり時間を要したと思う。

 

 何故なら外的な刺激が殆ど無かったせいだ。朧気に見える何かとか、誰かとか。そうしたものが視えるだけなのだから。

 

 すると赤ん坊の鳴き声が聞こえていた。『コイツ、アタマに直接……?』みたいな感じで、である。

 朧気な視覚に赤ん坊の声、しかも身体は動かない。となると考えられるのは。

 

『俺……転生じゃなくて、憑依してない?』

 

 そうなのだ。

 ここは俺の身体ではなく、俺以外の魂も入った誰かの身体だ。

 そこにこっそり入り込んだだけの存在である俺は……人ではなかったのだ。

 

 それから暫くは、観察の日々だった。

 身体を動かす権利は無いが、同時に生理現象にも悩まされなかった。

 意識を閉じれば眠れるし、お腹も減らなければ飢えることもない。ときおり聴こえる赤ん坊の声も、聴かないように閉ざせば聴かなくても済んだ。さすがに四六時中聞かされるのはキツイものな。

 

 ボンヤリとした視覚も、ある程度になると視えてきた。お世話するメイドさんや若い綺麗な女性とか、長めの髪のイケメンとか。

 みんなコスプレしてるように見えたが、そうではなかった。ここはどうやら中世ヨーロッパのような時代のようなのだ。なるほど、タイムスリップかと思ったら宙にいきなり浮いた水の玉が出てきて、それで手を洗ったりしてる姿を見て改めた。

 

 ここは異世界だ。魔法とかが存在する世界に生まれ変わったのだと分かり、少しだけテンションが上がった。

 この状況をなんとか出来れば、自分で魔法とか使えるかもしれない。

 

『ぅあーぅ?』

 

 赤ん坊がこちらに気付いたのは、一年ほど経ってからだ。自分の内にいるもうひとりの存在である俺のことを、なんだか気になるように話しかけてくる。

 ちなみに外からこの光景を見ると、虚空に向かって語りかける赤ん坊の図になっている事だろう。メイドさん達が少し気味悪そうに見ていると申し訳なく思ってくるが、俺にはどうにも出来ない。

 出来る事と言えば、この会話も出来ない赤子とのコミュニケーションくらいしか無いのだ。

 

『おはよう』

『ぉ……ふぁ、よ……?』

 

 おお。挨拶できたぞ、こいつ。

 頭いいなぁ、はなまるあげよう。

 

『は、な、ま、る?』

 

 とは言っても、何もあげられないけどな。今の俺は何も手に掴めない。だからはなまるも書いてあげられないのだ。

 

『あーぅ……?』

『意味分からんよな』

 

 これが、俺の宿主。

 

 ユーニスとの初の邂逅だった。

 

 

 

 

 ユーニスには父と母がいる。

 

 母親は身体が弱そうな様子だった。母乳の出が悪いのか、乳母から乳を飲むユーニスを嬉しそうに眺めていて、終わったらユーニスを抱きかかえてあやしたりしていた。

 その様子があまりにも儚げで、俺は少しだけ心配だった。

 

 その危惧は現実となり。

 

 ユーニスの母親は二年目には殆ど姿を見せなくなった。それと共に父親の方も姿を見せなくなり……愛情を注ぐのはメイド達だけとなってしまった。

 

 俺的には目の保養にはなるが、ユーニスにとってはストレスとなっていたらしい。

 愚図つくことも多くなり、言葉にならない文句を俺に投げつけたりしていた。

 

 この頃のユーニスは、まるで霊感の強い人のように居もしない人間を相手に話す、かなりエキセントリックな子供となっていた。専ら、俺のせいである。

 

 メイド達も気味が悪かったのだろうか、年のいったミューリというメイド以外は近寄りもしなくなっていた。

 

「かあしゃま、どこ?」

「少し遠いところに居られますよ。奥様もお寂しいところを我慢なさっておいでです。ユーニスさまもお耐え下さいまし」

「……とうしゃまは?」

「旦那さまもお仕事でございます」

「うー……うーのぉ」

 

 ミューリさんと会話してる最中に呼ぶのはどうかと思うけど。

 

『なぁに? ゆーにす?』

『かあしゃまも、とうしゃまも、なんできてくえないの?』

『……きみを守るために頑張ってお仕事してるんだよ。君のためだ』

『わあし、そんなのしらない。あいたいよぉ、かあしゃま……とうしゃま……』

 

 泣き出すユーニスを困り果てたようにあやすミューリ。ここから居なくなれるのなら席を外す所だけど、あいにくとそれは出来ない。意識を閉ざして、眠りにつくしか方法はなかった。

 

 

 

 

 三年目に入ると、庭に出て遊ぶ事も出来るようになった。

 

 身体を動かすというのはストレスへの対処には最適だ。多少塞ぎがちなユーニスも、少しずつ良くなってきたと思う。

 

「うーの、これ、なあに?」

『お花だよ。細かい種類は分からないけど。本とか読めるようになったら教えてあげるよ』

「うん、おはな。おはな♪」

『あと、俺に話す時は声は出さないって約束、覚えてる?』

「あっ、うん。おぼえてるよ?」

 

 コテン。

 盛大に首を傾げてるけど、声に出てるよ。

 

『こ、こうだよ、ね?』

『そうそう』

 

 

 

 

 見守っているミューリは気にしないだろうけど、他のメイド達は明らかに気味悪がっていた。

 さすがに宿主を不思議系にはしたくないのでござる。

 

『うーの、このおはな、げんきないよ?』

 

 彼女が指差すのは枯れた花だった。

 理由は分からないけど、それは枯れたのだと教えた。

 

『……かれる? どういう、こと?』

『もう咲くことはできないんだ。このお花は死んじゃったんだよ』

『……しんじゃったの? なんで?』

『それは俺にも分からない。でも、そのお花は、もう元のようにはならないんだよ』

『ふぅーん』

 

 何にでも興味を持ち、あれこれと聞いてくるのはこのくらいの子供なら当たり前だ。それを聞くのが憑依している俺、というのが少し違うけど。

 

 まあ、俺も特にやることも無い身の上だ。彼女の話し相手くらいならいくらでもなってやろう。

 

 そう思うようになって、しばらくしたある日。

 

 事は起こった。

 

 

 

 

 

「しかし、奥様が亡くなってもう一年か」

「そうだね。屋敷の中もすっかり冷え切ってしまったものねぇ」

 

 建物の陰で休憩をしていた使用人の会話をユーニスが聞いてしまったのだ。

 

 内容は、なんてことの無い噂話である。他人にとってはどうということはない事でも、当人にとっては毒にしかならない。

 

『……いま、母さまのおはなし、してたよね?』

『……』

 

 声を殺して、俺に聞いてくるユーニスに……俺は黙って隠れていろとだけ答えた。三歳の子供に教えるには、俺の言葉は足りないと感じた。

 

 こんな小さな子供に一年近くも会いに来られないなんてありえない。

 

 母親は病気とかで隔離とかならまだ分かるが、父親の方は健在だと聞いている。なのに、ユーニスに会いに来ないのだ。

 

 尋常ではないと分かっていたのだ。

 

「旦那さまも、お嬢様に会われてないみたいだし」

「奥様を想い出すから会いたくないんだと」

「そりゃあ、あんまりだよねぇ」

 

 使用人たちの会話は続く。父親が顔を見せない理由らしい。

 

 理由としては分からなくはない。

 だからといって認められる訳もないが。

 

『……』

『おい、ユーニス?』

『…………』

『ひとまず、部屋に戻ろう』

 

 こくりと頷いてから、彼女は部屋へと戻った。その間、俺に話しかけてくる事は無く、俺としても息苦しい状況であった。

 部屋のベッドにうつ伏せになって、彼女はようやく俺に話しかけてきた。

 

『亡くなるって……死んじゃったって、ことだよね?』

『……ああ。そうだよ』

『……もう、会えないって、ことだよね』

『……そうだ』

 

 同じ身体でなければ、距離を取ってやり過ごせたかもしれない。でも、俺は彼女の中から出られない。彼女の問いかけを無視する事は出来たけど、その意味を理解してはいなかった。

 

『……もう、やだよぉ……』

『ユーニス?』

 

 その言葉のあと、彼女は黙り込んでしまった。それは、二日経っても、三日経っても治まらず。起きてはいるけど無反応、という心神耗弱状態に陥ってしまっていた。

 

 父親が面会に訪れても自失の状態は続き、高名な医師や聖職者なども呼ばれていた。

 

 だが、彼女の状況は全くよくはならなかった。

 

 

 同じ身体に居るとは言っても、ユーニスの考えなどが読めるわけではない。口頭で話しかけるようなコミュニケーションを以て成り立っていた関係なのだ。

 

 今の彼女は、俺が意識を閉ざして眠りについている状態に近いのだろう。

 

 そこで俺は、一つの可能性を見出した。

 

 この状態なら、身体、動かせるんじゃないかな?

 

 

「お、おお……うごく。うごくぞ?」

 

 ベッドから立ち上がり、そのまま少し跳びはねる。マットに沈む足の感覚、髪が頬を揺する感覚、手を振り上げて思うように身体が動く事に喜びを感じた。

 

「なまのからだのかんかくって、すげー」

 

 舌っ足らずな喋り方になってるのは仕方ない。たぶん本当に舌が小さいのだ。

 

「ユ、ユーニスさまっ?」

「あ、おはよー」

 

 隣室に控えていたメイド長のおばちゃんが、とても慌てふためいてこちらにやってきた。その顔はとても喜んでいて、涙でくしゃくしゃになっていた。

 

 でも、俺はユーニスじゃないんだよなぁ。

 なので、俺はメイド長へこう言った。

 

「ミューリ、だんしゃくさまにあいたい。あんないしてくれ」

「……は?」

 

 まあ、驚くのは想定内。繰り返し言って、ベッドから飛び降りると部屋の扉に向かって歩き始める。

 

「お、お嬢さま。せめて、お召し替えを。あと、靴もお履き下さいませ」

 

 ……あ、寝間着だっけ。

 

 ミューリに着替えさせてもらい(女の子の服なんて着たことない)、ようやく部屋を出る。この間、メイド長のミューリはずっと怪訝そうな顔をしていた。

 

「あの、お嬢さま。お体に障りますので床に戻っては頂けないでしょうか」

「しんぱいさせてすまない。だけど、まずはだんしゃくさまとはなさないとだめなんだ」

 

 見た目も声も三歳児のユーニスが、こんな言葉を使っている事が信じられないのだろう。だけど、俺が自由に行動出来るのはどれくらいなのかは分からない。

 

 

「旦那さま。ミューリでございます」

『……』

 

 扉をノックしてからそう告げるミューリだが、中からは返答はない。俺はずいっと前に出ると、扉に手を……手をかけようとしたけど、手が届かなかった。

 

「むう……」

 

 見上げるとメイド長は渋々といった様子でノブを回し、扉を開く。

 

「ありがと、ミューリ」

「! ……滅相もございません」

 

 部屋の中は照明もつけていないのか薄暗い。執務用の机に座ったまま途方に暮れた中年の姿が見えた。俺はつかつかと机の前まで歩み寄る。ようやくこちらに気付いた様子の男が、こちらを眺めるように見た。

 

「……ユーニス……?」

 

 窓から入る光のおかげで顔も見えた。手入れしていないのか無精髭を伸ばし、髪も纏めていないためざんばら。目は濁って、頬はこけて、印象としては病人のようにも見える。まあ、ある意味コイツも病人なのだろう。ココロの病のな。

 

「いいごみぶんだな」

「……は?」

 

 俺の言葉が聞こえたようだ。

 

「つまがしんでぼうぜんとするのはわかるが、ながすぎやしないか? そうしていてもいきかえりはしないのに」

「ユーニス? おまえ、なにを……」

「こどものこころがしにそうなのに、ほうっておいて、こんなところでくだをまいて。おまえはほんとうにちちおやなのか?」

 

 俺の挑発が効いたのか、奴は椅子から立ち上がりこちらへ歩いてきた。

 

「ユーニス……その喋り方はなんだ? まるで大人のような口をきくじゃないか」

 

 さて、どう答えたものか。

 今の俺は有り体に言えば、悪霊とかのたぐいとなるかもしれない。魔法のある世界だと、強制的に排除されかねないよな?

 

 そんな事を考えていたら、奴の手が伸びてきて首を掴んだ。お、おいっ、それはヤバいだろっ

 

「っ!」

「おまえが生まれなければ……お前を産まなければ、テレーゼは死ななかった」

「だ、旦那さま! いけません」

 

 メイド長が助けに入るけど、腕の一振りで吹き飛ばされた。

 

「おまえが……おまえが」

 

 涙をぼろぼろ流し、手を首にかけたまま、奴はそんなことを呟いていた。三歳の子供の首なんて本当に細いものだ。手に力を込めれば、あっという間に殺すことはできるはず。それなのに手はわなわなと震えていた。

 

「……それで、すくわれる、のか?」

 

 首を絞める腕に触りながら、そう答えた。

 

「……だまれ」

 

 腕にかかる力が、緩んだ。

 

「このこをころしても、つまはもどらない……とうぜん、しっている、よね?」

 

 首にかかる圧力が減ったので息はしやすくなった。だからといって、この身体では何もできない。本当にか弱いのだ。

 

「……だまれぇ」

 

 嗚咽を漏らす、父親。

 

「ゆーにすを、たのみます。そうはいわなかったか?」

 

 おそらく、今際の際に告げた遺言には残される娘のことがあった筈だ。

 

「……だ、ま、れぇ……」

 

 妻を失ったのは辛かろう。

 前世で自分も感じた喪失感は、あまりにも大きかった。それ故に身体を崩し、身動きできなくなる程に衰弱したというのは恥ずかしい話ではあったが。

 

「なにも、かも。なくしたわけじゃないよね? おれとちがって、こどもがいるんだから」

 

 頽れて、腕はとうに首から外れてだらしなく下げられている。その顔は見えないけど、おそらく自分と同じように世の中の全てに絶望しているのであろう。

 

 その顔を見ないように、頭に手を触れる。歳の割に銀色の髪は柔らかく、少しくすぐったく感じる。

 

「つまのかわりとかじゃなくて、いきたあかしとして、あつかってくれよ」

 

「……あ、ああ……」

 

 嗚咽が部屋にこだまする。

 おれは、その頭をポンポン、と叩いてやった。

 

 

 



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ジンジャーホットミルクは甘くておいしい

 それから一時間くらいしたあと。一頻り泣いてすっきりとはいかなくても憑物の落ちた父親は、ためらいがちに聞いてきた。

 

「詳しい話を、聞かせてくれ」

「いいよ。ちょっとのどかわいたけど」

「ああ、ミューリ。すまないが茶を用意して貰えるか」

 

 薄暗い部屋にずっと待っていた老齢のメイドが頭を下げて部屋から出ていった。彼は立ち上がると部屋の燭台に手を翳し、何かを呟く。

 すると、燭台に灯りがついた。

 正確には炎ではなく、電球のように光る玉が光っている。その土台の蝋燭も似せて作られた別物であり、普通の燭台とは思えないほど照らす範囲が広い。

 

「まほう……」

「光量を強くし過ぎず、部屋全部を照らせる『魔法の燭台(マジックキャンドル)』だ」

「へえ……すごい」

 

 こちらを見て、僅かに口角を上げる父親。前々から思っていたけど、表情が変わらな過ぎる、コイツ(笑)

 それでも、これは笑ったと思っていいのだろう。手でソファーに促されたので、とてとてと歩いていく。

 

 ……が。

 何ということが。

 

 背が足りなくて、ソファーに座れない。掴まってよじ登ろうとしてみるけど、何だかうまくいかない。見かねて父親が持ち上げて座らせてくれたのは、グッジョブとしか言いようがなかった。

 

「さんきゅー」

「……なんだって?」

「ありがとうって、言ったの」

 

 会話は通じるのだけど、一部の言葉は認識出来ないらしい。俺のせいか、彼のせいかはともかく、妙な言葉は使わない方が得策だろう。

 

 ソファーに座って対面すると、彼は言葉を切り出した。

 

「ユーニス……では、ないんだね」

 

 正確に言えばそうではないけど、今のところ彼女は眠ったままだ。頷いてから答える。

 

「そうだ。おれは、まあ、ゆうれいみたいなものだ」

 

 この言葉に、彼のまゆが少し潜まる。

 

「……見くびるな。腐っても幽霊(ゴースト)不死者(アンデッド)では無いことくらいは分かる」

「てーと、おれはあんでっどあつかいではないよーだな」

 

 ほっとひと息。

 流石にアンデッドではなかったらしい。気を取り直して俺は身の上を語った。

 

「おれは、ほかのせかいからてんせい? してきたんだ、たぶん」

「転生……死んだ人間なのか」

「……! しんじるのか?」

「古代の魔術には転生の技も存在している。成し得たものは少ないが」

 

 魔法のある世界だとそういう理解も出来るのか。俺のいた世界では頭イッテる人扱いだろう。或いは中二病か。

 

「しかし、異世界からの、転生とはな」

「なんか、もんだいでも?」

「我々とは異なる世界から来た者は、みな『勇者』と呼ばれる存在なのだ」

 

 勇者……勇者か。

 異世界転生ものの王道だけど、自分が巻き込まれるというと何だか困惑する。というか、この場合はどうなのだ?

 

「『勇者』は『魔王』が生まれる時に神たちによって召喚される」

「へえ……そのまおうとやらをたおすために、ってこと? ゆうしゃでないとたおせないのかな?」

「実際には魔王を斃すことは勇者でなくても可能だ」

 

 やけに自信満々に答えるな。

 

「前回の魔王は私が斃したのだから」

「さようでございましたか……」

 

 思わず敬語になってしまう事実。優男と思いきやガチガチの戦闘系民族でしたか。

 

「けど、おれはちがうだろうな」

「うむ……勇者は異世界にいた人物がそのまま呼ばれる。先代の勇者もそうだったし、歴史の記述にもそうあった」

「うまれてくることはなかったんだ」

「そういった事は、無かったと思う。詳しくは調べてみないと分からんが」

 

 彼は嘘は言っていないと思う。表情が変わらな過ぎて分からないけど、そういう奴ではないと思う。

 

「ちなみに転生術(リーインカーネイション)では術者の自我の発露により元の自我は塗り潰される」

「ゆーにすはそんざいしてるから、それはない……かな?」

 

 目を閉じてココロの奥を覗けば、ユーニスの息遣いのようなモノを感じる。彼女はたしかに存在していた。

 

「その……ユーニスは」

「だいじょうぶ、あんしんして。ちゃんといるよ。いまはねむってるだけ」

「そうか……」

 

 僅かに和らぐ感じに安堵した様子が見える。さっきの凶行が信じられないほどだが、いちおう娘のことは大事だと思っているのだろう。

 

「かわいいむすめにいそうろうをしていることになるけど、おれとしてもいかんともしがたい。ゆるしてはくれないだろうか?」

 

 ぺこりと頭を下げる。納得するとは思えないけど、意外と話せば分かってくれる人間のように感じた。

 

「致し方あるまい。魂の分離などした事はない……いや」

 

 少し考える父親。一児の親とは思えないほど若く見えるし、恐ろしくイケメンだったりする。長めの銀の髪と、暗くても光を放つような紅い瞳に、目を奪われた。

 

「……手が無い訳ではないが、時間がかかるな」

「……ほう、えっ?」

 

 暫し茫然としていたようだ。

 

「な、なんとかできるのか?」

「確実では無いし、ユーニスにその素養があるかも分からない。少なくとも七歳の洗礼式迄は無理だな」

「せんれいしき?」

 

 今は三歳のだから、あと四年か。それまで待てと言われれば待てるけど。

 

 聞くと、洗礼式を受ける前の子供は正式には領地の子供では無いとか。そして、ようやく自身の力を確認出来るようになるのだという。

 彼が目の前で指を合わせて開く動作をすると、その空中に光る文字盤が現れる。

 

「わっ」

「これがステータスだ」

 

 向こうのフルダイブ型VRゲームを扱うアニメがあったのだけど、そんな感じの光るコンソールが浮かんでいる。……ひょっとしてゲームの世界なのか? と、思ったけど俺はその方面にそんなに強い人間では無かった。この世界がゲーム世界だとしても対処の仕様は無いし、気にしない事にする。

 

「この魔力という数値がある程度無いと使えない術式がある。それを用いれば或いは」

「あんた……いや、あなたにはできないのか?」

「これは龍脈にアクセスして見るものだが、その龍脈に登録すらしていないと見れないのだ」

「つまり、いまのゆーにすのすてーたすはかくにんできない……?」

「そういう事だ」

 

 抜け穴みたいなものは無いのかと尋ねると、七歳以下の子供には登録すら出来ないらしい。何とも融通の効かないシステムだ。

 

「具体的な目標値は測れないが、魔力を高める方法はある」

 

 闇雲に魔力を上げるということか?

 

「それは、おれにもできるのか?」

「説明を理解出来るかが問題なのだが、お前は元は大人なのだろう?」

「いや、まあそうだけど……」

「なら、問題はない」

 

 すると、彼は両手でボールを掴むような形にした。すると、右手から左手に向けて青い光を帯びた何かが流れ始める。

 

「お、おお?」

「これが魔力だ。同じようにやってみろ」

 

 ほお……これが魔力か。試しに同じような形に両手を構える。ところが、何も出ては来ない。

 

「なんも、でねえ」

「お腹の、臍の辺りか。その辺りから右手に動かすように想像してみろ」

 

 想像? イメージか。イメトレ、苦手なんだけどなぁ……

 

 お腹の辺りから右手へ……お、なんか動く感じがあるな。それを左手に向かって……

 

「お……しょぼ……」

「初めてにしては上出来だ」

 

 右手から出たのは小さな青白い光の粒が一つだけ。それが左手に吸い込まれて消えた。普通は、二、三ヶ月は練習しないと出来ないのだとか。そう考えるとこれはチートなのかもしれない。

 

「お茶の準備が整いました」

「頼む」

 

 メイドが戻ってきたらしく、俺は鍛錬を中断した。彼女はワゴンを押していて、その上にはお茶のための道具が置かれている。俺の前には温めたミルクの入った木のマグだ。ほわほわと綿アメののような湯気が、美味そうな香気を立てている。

 

「……しょうが?」

「ジンジャーホットミルクです」

 

 老メイドがそう言いながら、何度もスプーンでかき混ぜている。熱いから冷ましているのだろう。幼児ゆえの心遣いか。それが終わるとティーポットから紅茶を注ぎ、それを父親の前に置いた。

 

「……ごくり」

「? ああ、飲むといい」

 

 俺が待っているのに気付くと彼はそう言ってティーカップに口をつける。目上の人間の前でがっつくような真似はしないつもりだったけど、本当に久しぶりの感覚に俺は抗い難かったのだ。

 

 カップをつかみ、近づける。ほわっと舞い上がる湯気が頬をくすぐり、その香りにますます期待が膨らんだ。唇を寄せ、カップをおそるおそる傾ける。熱さとかにもしばらくは触れていないのだ。期待と不安の中で、俺はそれを口中へと注ぐ。

 

「……ん」

 

 乾いた口の中を、柔らかい温かさが埋め尽くす。わずかな辛味がするけど、ほぼ感じられない。それは、たっぷりと入った蜂蜜に覆い隠されていたからだ。

 

「……んー……」

 

 甘みが身体に染み渡り、得も言われぬ幸福感に包まれる。ああ、これが生きる感覚か。久しぶりに、本当に久しぶりの感覚に身体が打ち震える。

 

 これが、生きてるってコトなんだなー……

 

「……旨そうに飲むのだな」

「はっ」

 

 こちらをじっと見ていたであろう父親が、そう言った。……な、なんだか気恥ずかしいぞ。だが、そこはグッと抑えて、平静を保つ。コトリとカップを置いて、何食わぬ顔で彼と向き合う。

 

「……ごちそうさまでした。おいしかったです」

「君の名を聞いていなかった。何というのだ?」

 

 父親は、相変わらず変わらない表情で聞いてくる。

 

「ゆのはらよしひと」

「ユーノア……なんだって?」

 

 あ、やっぱり欧米人っぽい人には日本語難しいかな?

 

「ユーノ、でいいよ」

 

 数少ない人たちに呼ばれていた愛称。それがユーノだった。そう呼ばれるのは別に困らない。

 

「そうか。ユーノ。君も、今から私の子供だな」

 

 担々と紡がれる彼の言葉。

 だけど、その表情は……ちょっとだけ和んだようにも見えたのだった。

 

 




 回想はこの回までです。


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グラノーラの発祥になるかは不明

 年末は忙しい。はっきり分かんだね。ゴメンナサイ、時間が取れないです(笑)


「今日はユーノの番だよね」

『いつも済まないね』

「それはいいっこなしよ、おとっつぁん♪」

 

 朝のベッドの中での会話。睦言と言うには色気が無いし、第一、話してるのはユーニスだけだ。俺との会話はなるべく心の中だけと言ってあるのに……まあ、今の時間だとメイドたちは下がっているので問題はないのだけど。

 

「それじゃ、代わるよ」

 

 と言って、ユーニスが身体を受け渡す。彼女がその意思を以て譲り渡す事で、俺との入れ替わりは容易になった。尤も、これはまだ一年も経っていない。

 身体の支配を渡すという概念を教えて、理解をするまで、俺は彼女が眠りにつくまで出てくる事はなかったのだ。

 

 子供の睡眠時間というのは大人と比べるとかなり多い。おかげで魔力の鍛錬もかなり捗ったのだけど、そのせいでユーニスが体調を崩しては何にもならない。夜の僅かな時間を、魔力の鍛錬と、彼の父親との対話に使うことになっていた。

 

「そういや、父ちゃんからなにか聞いた?」

『ん? あの後のこと?』

「そうそう」

『なんにも?』

 

 公式の場での父親の呼称は閣下か、男爵さま。いちおう、ユーノという別の子供がいるという(てい)を繕うため、そうしていた。

 ところが、いつもそう呼ばれると肩が凝ると彼が言い出した。父ちゃんという呼称はそうして出来たのだ。

 

「おはようございます」

 

 ノックの音がした後、メイドが三人ほどぞろぞろと入ってくる。寝間着から普段着への着替えだ。いつものようにユーニスに代わる、と。

 

『あれ? ユーニス?』

『今日は代わりませーん♪』

 

 おう……なんと、拒否された。

 

『おい、ふざけるのはやめろ』

『ユーノは慣れておいたほうがいいと思うの』

『いや、俺は男だって言ってるだろ?』

『この間みたいな事が無いとは言い切れないよ? 女のコのカラダには慣れておくべきよ』

 

 くふふ、と笑うのはこちらの小悪魔です。こんちくしょー。

 ここでむりやり代わろうとすると、ユーニスの身体は意識を失いいきなり倒れるという阿鼻叫喚の事態になる。さすがにメイドさんに申し訳ないので、我慢することにする。

 

『うーん、それにしてもやっぱり、わたしカワイイ♪』

『……さいで』

 

 束ねていた髪を解き、メイドが丁寧に櫛る。姿見はこの世界でもわりと高い硝子製の鏡だ。そこに映るのは、たしかに絶世と言っても過言ではない美少女である。

 肌は白く、髪はときおり蒼くきらめく銀糸のようで、瞳は揺らめくような真紅。愛嬌のある顔立ちではあるが、将来はとてつもない美人になることは間違いないと感じさせる。

 

『ユーノはもう少し喜ぶといいと思うの。こんな綺麗な女の子、滅多にいないと思うのよ』

『男として抱くなら、大喜びなんだけどな』

『やーん♪ 抱くだなんて、おっとなー♪』

 

 なんか勘違いしてるが、子供としてだからな。俺の知識が漏れているのか、彼女が早熟なのかは知らないけど、やたらとこう言うことを言うから困りものなのだ。

 

 いちおう、俺はノーマルなんで。

 

『わたしだって、そのうちおっきくなるもん。そしたら、ユーノもイチコロだよ?』

『いや、どっちにしろムリだろ。一心同体なんだし』

『そうなんだよねー……どうにかしてくれるのかな、父さま』

『あんまり期待できないと、思うけどなぁ』

 

 俺を分離する方法を模索する。

 父親であるエルザムはそう言っていた。

 

 どういった手段なのかは見当もつかないが、魔術なのは間違いないだろう。話によれば、彼は魔王と呼ばれる存在も倒してしまうほどの魔術師だとか。それはつまり、この世界でのほぼ最高峰の存在という事だ。

 

 その彼をして疑問符だらけの返答だったのだ。楽観視は出来ない。とはいえ、このままというのも困るのも事実である。

 

 今の段階では子供なので、あまり問題はない。だが、いずれは二次性徴を始めるだろう。同じ身体に同居しているので妙なことは出来ないし、やるつもりもないけど……気不味いのに変わりはない。

 

 それに今は兄妹のように接してくれているので問題は無いけど、いずれ何らかの問題は出てくる。多感な少女はプライバシーを気にするだろうし、見て見ぬふりもなかなかに難しくなる。なるべく早く、解決してほしいものだ。

 

 そんなことを考えながらも、メイドさん達はテキパキと作業を進めていく。長めの髪は三編みにされてくるくるとお団子に纏められた。僅かに頭が重く感じるけど、後ろ髪がそのままよりかは随分と楽になる。

 その次は着替えなんだけど、これがどうにも慣れない。自分で着替えるのが当たり前な人間からしたら、脱がされて着せられるというのはどうにもこそばゆい。それでも幼児の頃は仕方ないと諦めていたけど、もうボタンだって留められるし、着方だって覚えた。そう文句を言ったら。

 

「もうしばらく、お世話をして下さいませ」

 

 と、涙を流さんばかりに言われた。老齢のメイド長のミューリはあと数年で暇になるため、その間はやらせて欲しいと言われては断りづらい。

 

「しょうがないなぁ」

「ユーノ様はお優しいですね」

 

 祖母というものを知らなかった自分には、このくらいの女性はそう思えてしまう。そうした人物のお願いならば、自分の小さな自尊心などどこかに置いておけばいい。それに、ユーニスの事を考えれば悪いことではない。

 

 肌着を替える間は目を閉じる。

 小さいとはいえ女に変わりはないし、好奇心からジロジロ見るのも躊躇われる。これは入浴のときも同様だ。

 

『イリーナが言ってたけど、下町では子供は裸で水浴びとか普通にするそうよ。男の子も女の子もごちゃまぜなんだって』

『そりゃあ、そうだろうけど』

 

 俺の生まれた世界の日本だって、一昔前はそんな状況の時もあったらしいけど。あいにくと俺の頃には着替えとかも男女で分けるのが当たり前な時代だった。それに死んだときの年齢から言えば孫と言ってもおかしくない年齢だ。躊躇するなという方が難しい。そういったものがいたら免疫があったかもしれないけど。

 

『それだけユーノが意識してくれてるってコトだよね?(るん♪)』

『あーカワイイ、カワイイ』

『ぶー、てきとー』

 

 ふてくされたように言うユーニス。あの頃から比べたら信じられないくらい明るく、元気になった。父親やミューリたちの献身的な介助によってここまで回復出来たのだ。無論、俺だって支えていたつもりではあるけど、所詮は身体もない幽霊みたいな存在だ。

 

『……はあ』

『ん? どした? ユーニス』

『なんでもなーい』

 

「準備できましたよ、ユーノさま」

「ありがとう、ミューリさん」

 

 ぱっと見では平民とあまり変わらない少しボロい服装だけど、これはトレーニング用だからだ。俺の当番の日の鍛錬のためである。 

 

 

 

 

「ふひぃ……ちかれた」

「ふむ。汗を流してから朝食だ。それと、床に寝そべるな。みっともない」

「野郎ならこうしてても問題ないだろ?」

「ユーニスが真似をする」

「うぐ……わーったよ」

 

『父さまに先回りされたー♪』

 

 ひんやりとする修練場の床から起きた時にユーニスが煽るように言ってきた。見てない所で色々とやんちゃしてるんだぞ、このお嬢さま。知らないだろうし、言わないけど。共生関係を円滑に行うためには多少の譲歩も必要なのだ。

 

『でも、相変わらず厳しいね。私のときとは大違い』

『そりゃあ、男と女じゃ違うだろ?』

 

 身体は同じでも内面は天と地ほども違う。未だ洗礼も受けてない幼児と、片やいい年したおっさん。同じ鍛錬に対してもモチベーションが違うので俺のときの方が吸収も早く、能率も良い。鍛錬の方向性も変えるのは当たり前の判断だと思う。

 

『わたしも剣を振りたいなー』

『まず、剣を振れるようにならなきゃな』

『おんなじ体なのになんで体力に差があるのよー、ぶー』

 

 そうは言うけど実のところ体力にそんなに差はなかったりする。ユーニスはまだ“身体強化”の術を教わっていないからだ。たぶん父親のエルザムがわざと教えていないのだろうけど、正しいとは思う。

 

 剣を持って、ないし素手で戦うというのは格闘戦の範囲に入るということだ。大事な娘に傷を負わせたくないという気持ちから言えば、納得は出来る。俺も同じ身体にいるから矛盾しているようにも見えるけど、いずれ分離できるのなら話は変わってくる。

 

『魔術を習っている君のほうが俺は羨ましいけどね』

『それは、そうかもね。水の玉とか綺麗なのよ♪』

 

 ユーニスの教わっているのは純粋な魔術だ。無論、初歩も初歩らしいけど既に魔法らしきモノは発動させている。父親曰く、天賦の才能だとか。そのため、彼女にはそちらの方から教えるという方針にしたらしい。彼女の創り出した浮かび上がった水の玉は、確かにキラキラと輝いてキレイだった。

 

 

 

 

「では、お湯をかけますね」

「お願いします」

 

 目を瞑っている所に頭からお湯がかけられる。丁寧に洗われてた髪についた泡が流されていく。

 風呂があって毎朝湯浴みが出来るのも、ここが貴族のお家だからである。普通の平民はだいたい行水で、お湯を使うのは冬場だけらしい。それだけでもここに転生してきて良かったと思うのが日本人なのだなぁ……

 

「ふひぃ……」

 

 湯船に浸かると思わず蕩けるような声が出てしまう。メイドさんのくす、という笑い声も気にならない。初めは女性に洗われるのはどうかと思っていたのだけど、この身体はユーニスの物であり、即ち女の子だ。俺が勝手に洗うよりはなんぼかマシだろうと諦めた。

 

『別に気にしないけどな。おしっことかしてるし』

『それは生理現象だから仕方ないの』

 

 実際、いちいち代わるのはリスクがあるのだ。何回か代わると夜寝るまでは代わらなくなるという事態が発生したので、その辺りは許容する事にしたのだ。

 

「ユーノさま、そろそろ」

「うん、あがるよ」

 

 メイドさんが声をかけてくるので朝の湯浴みはここまで。脱衣場に行くと大量のタオルでもふもふと拭われ、普段着へと着替え、ようやく朝食だ。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 食卓には深めの皿に入った穀物を潰したフレークのようなモノが入っている。言わずと知れたオートミールというやつだ。

 

『うえー、オートミール。私の番じゃなくてよかった』

 

 いかにも嫌そうに呟くユーニス。最初食べた時は俺もそう思ったけど、意外と慣れてくると食えるようになった。しかし、子供にはたぶん辛いだろうな、とは思う。クセもあるし、食感も単調で絵面も地味だからな。

 

「父ちゃん。ちょっと手を加えていいかな?」

「ん? かまわんが?」

 

 主の許可も出たので、俺は『アイテムボックス』を開く。俺が教わった生活魔術の中でもおそらく一番便利な魔法だ。

 その中から革袋を一つ取り出し、その中身をオートミールへカサカサと入れる。

 

「ふむ。ドライフルーツか」

 

 表で買い食いをする時に買っておいたもので、具材は苺らしきものとブルーベリーらしきものだ。乾燥させるだけで保存出来る上に栄養価も上がる、生活の知恵である。子供にはつまらないオートミールもこれで多少はマシになるだろう。

 

「これならユーニスも喜んで食べてくれるだろうな」

「子供は甘いものが大好きですからね」

 

 オートミールと一緒にドライフルーツを口に含む。カリカリとした食感の中に干したブルーベリーの感触。噛むとじんわりと甘みと酸味がにじみ出る。こちらはいちごかな? 酸味が柔らかくなっていちごの隠れていた甘みがほんのりと香る。向こうの世界ではブルーベリーはともかくいちごのドライフルーツはあまりお目にかかれなかったが、意外とイケるんじゃないかな?

 

「私もいただこうか」

「あ、はい」

 

 立ち上がって私に行こうとすると横合いから手が出て肩を押さえた。上を向くと、メイドさんの冷たい視線が……

 

「食事中に立ち上がるのはマナーがよくありません」

「アッ、ハイ……」

 

 目つきの怖いメイドさんが、手を出してくるのでそこにドライフルーツの袋を差し出す。彼女はしずしずと歩いて父ちゃんのところに行くと、それを手渡した。……なるほど、手間がかかるな。

 

「……うむ。これはいいな。幾らだった?」

「この量で150ダインでした」

 

 ダインは通貨の単位。1ダインは銅貨一枚、10ダインは大銅貨一枚となる。つまりこれを買った時は大銅貨一枚と銅貨五枚を支払っていた。実は銅貨三枚ほどまけて貰っているのだけど、まあそれはおいておく。

 

『わたしは、ドライフルーツだけでいいわ』

 

 強い意志を持って宣言するユーニスの呟きを軽く無視して、食事を続ける俺。

 

 今日はどんな一日になるのかね?

 

 




 たぶんミュースリの方に近いと思いますけど、大して変わんないし知名度から言うとグラノーラでいいんじゃないかな? と思いました。


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