終末世界の英雄譚 (?がらくた)
しおりを挟む

第1話 諦念の英雄

男女バディもの

あらかじめ言っておきますが、恋愛描写や仲を深める描写が入ると思うので、それが苦手な人は注意してね。


約20年ほど前。

シュプリッター大陸の天空に、突如として黒の城が出現した。

民衆は神々の奇跡と、黒の城をあがめたが、そんな日々も長くは続かなかった。

空から魔物が飛来して、村々や国を襲い回るようになったからである。

国々の勇猛な戦士たちが必死に抵抗するも、魔物の前に、儚い命を散らしていく。

やがて人々は、天に浮かんだ城にひれ伏すようになり、恐怖に怯えながら生活を送るようになった。

それから、10数年。

阿鼻叫喚の地獄になりつつあった地上を救うべく、ルッツ、ブルンネ、クロードヴィッヒ、ジークリット、クヴァストの五人の英雄と女傑が飛行船に乗って、城へと旅立っていく。

―――3年前の話である。

 

 

 

シャーフ村の酒場“鍛冶と喧嘩”にて

 

 

 

メェーメェー、シャーシャー、ヌゥオーヌゥオー。

ひつじの村と称される、シャーフ村の至るところに建った畜舎の家畜たちが、大合唱でやかましく何者かの来訪を告げた。

 

(また誰かきたのか。どうだっていい。全部どうでもいい―――あいつらと会いたい、死に場所が欲しい)

 

そんな動物の鳴き声をよそに、銀髪金眼の青年クロードヴィッヒ・ハインツは酒場で飲んだくれつつ、物思いにふける。

白地の布に天から降り注ぐ雷が刺繡された、中華風の道着。

道着とは対照的な、浅黒い日焼け肌。

壁掛けのろうそくの光を反射して輝きを放つ、黒の指ぬき手袋。

何より特徴的なのは、右頬に刻まれた、とぐろを巻く蛇のような模様。

うずの中心にある蛇の目玉は、獲物を物色するかの如く、ぎょろぎょろと忙しなく動いた。

酒タルのように腹の膨らんだエプロン姿のおばちゃんは、だらしない彼に

 

「飲みすぎじゃないのかい」

 

口を尖らせて注意する。

 

「説教かよ。あんまりうるさいと、客が寄り付かなくなるぞ。酔いたい気分なんだよ。邪魔すんなよ」

 

彼の傍若無人な態度に溜め息をつくと、おばちゃんは呆れ気味に瓶を置く。

 

「明日、あんたに依頼があるんだってさ。だから、これくらいにしておきな」

「ちぇ、しけた店だな」

「なんだい、その言い草は! アンタって子は素直でなくて、口が悪いのは相変わらずだね」

「いててて! やめろよ、ババア」

 

耳を引っ張られ、抵抗するクロードがつい罵ると、彼の頭にげんこつが飛ぶ。

容赦のない頭頂部への一撃に、彼は年甲斐もなく頭をかかえて痛がった。

 

「くぅ〜〜〜っ。しっかりしないとダメだろ」

「口が悪いのは、アンタもだろ。おまけに、すぐ手が出る」

 

悪態をつくと同時に、酒場の扉が開いて鈴の音が鳴り響く。

彼の視線も、自然とそちらに向いた。

 

「ちょっと失礼。かの高名な英雄がこの店に出入りしていると、小耳に挟んだのですが」

「アイツの知り合いかい? 喧嘩ばっかして迷惑してんだ。誰でもいいから、引き取ってくれよ」

「その方はどこに?」

「ああ、いつもカウンターの椅子で飲んでるよ」

「情報提供、感謝します」

 

ごしごしと目をこすると、ぼやけた視界が幾分か鮮明になる。

腰のベルトに短剣を携えた、革鎧に紺色の長袖長ズボンの、色気のいの字もない外見。

外套の隙間から窺える、すらりとした細身の体型。

清廉(せいれん)な顔立ちの、猫を彷彿とさせる菫色のつり目が印象に残る美人。

彼女は酒場にやってくるや否や、聞き込みを始めた。

女性特有の物腰の柔らかさはあるものの、近寄りがたい雰囲気をまとう彼女を、クロードは凝視する。

毎日のように入り浸り、常連客の顔はしっかり記憶している。

装いを変えた程度では、彼の目をごまかせない。

見慣れない顔に、怪訝な表情で身構えると、女は彼の熱視線に気がついたのだろう。

慌てて視線を逸らすも、時すでに遅し。

彼女は、すぐに尋ね人が彼だと気がついた。

 

「頬の模様に、小麦色の肌。もしかしてあなた、英雄のクロードヴィッヒさん?」

「……チッ、うざってぇな。次から次へと……」

 

問いかけられ、途端に酔いが覚めてしまう。

混乱に包まれる世界に生きる人々が渇望しているのは、英雄の存在。

魔王をあと一歩の所まで追いつめた彼の元には、これ以前にも居場所を嗅ぎつけた冒険者が、幾度となくやってきた。

そして仲間に引き入れようとした彼らを、クロードはことごとく返り討ちにした。

寝ても覚めても頭に浮かぶのは、昔の仲間の思い出ばかり。

浴びるように酒を飲み、目覚めたら朝を迎える。

自堕落な生活だけが、心を覆う絶望を忘れさせてくれたのに。

不機嫌なクロードが黙り込むと、つられた女性も沈黙する。

 

(……なんだよ、鬱陶しいな。勧誘なら、とっとと出ていけよ)

 

「この人、毎日この調子なのよ。今まで訪れた人、全員追い返しちゃったの。美人さんも諦めたら?」

 

おばちゃんが制止するも、女は食い下がることなく、彼に話しかける。

 

「失礼しました、先に自己紹介を。私の名前はノーラ・ アウフレヒト。あなたを私の仲間に誘いにきました」

「悪いが下らない英雄ごっこは止めたんだ。他を当たんな。死にたがりの鉄砲玉なんか、どこにでもいるだろうが。そいつらにでも頼め」

「いいえ。あなたでなくては困るんです」

「……何故、俺なんだ」

 

理由も聞かずに追い返すのは気が引けて、クロードがノーラを一瞥すると、喋るよう促す。

 

「あなたはあの天界の城から戻った、唯一の生き残りだと聞き及んでいます。それに冒険者としての実力も申し分ない。ですから、ぜひ“小さな種火”にご協力を……」

「なんだよ、そんなどうでもいいことかよ。失せろ」

「えっ?」

 

途中まで言いかけた彼女に、クロードは突如、罵声を浴びせる。

面食らったノーラは目をしきりに見開くと、口をぽかんと開きっぱなしにする。

 

「……何度も聞き返すんじゃねぇよ。昔の話を蒸し返すな。酒がまずくなるんだ、俺の前から消えろ!!!」

 

デンメルンク王国の第三王子で、彼の親友ルッツ。

ルッツの恋人にして水の精の依り代だった、クロードの初恋相手ブルンネ。

彼がよくからかっていた、堅物の気高い女騎士ジークリット。

魔法雑貨屋の娘のリズベット。

皮肉屋だが、根っこの部分は熱かった傀儡士クヴァスト。

クロードにとってかけがえのない数多の仲間たちが、ノーラの放った唯一の生き残りの一言で、脳裏に蘇る。

この拳で守りたかったものは、ことごとく命を散らした。

生き残ったのは彼を除けば、途中で冒険を離脱したリズベットのみ。

打倒魔王の意思すら継げない自分に、名ばかりの英雄に、いったい何の価値があるというのか。

かつての仲間の中で、最も強かったルッツが敵わない魔王を、自分ごときが倒せるはずもない。

天空城での戦果の報告と、遺族への訪問。

神経をすり減らした彼に追い打ちをかけるかのように届いた、親代わりの師シュテルンの消息が途絶えたとの凶報。

ささくれだった心で、民衆が世界を救えと要求する他力本願な姿を眺めていると、彼を突き動かしていた何かが弾け飛んだ。

全てがどうでもよくなった。

この世界で守りたかったものは、とうにないのだ。

だから、この世界がどうなろうが構わない。

―――亡くなった彼らは、戻ってきやしないのだから。

だが世界を諦めた彼は、彼らに顔向けできない感情との板挟みに苦しむこととなる。

この世界を見捨てる。

それは即ち、彼らの守りたかったものを、彼らの愛したものを見殺しにするのに他ならない。

 

(みんな、ふがいない奴でごめんな……)

 

心の中で安らかに微笑むかつての仲間に詫びると、クロードの瞳に涙が伝う。

託された願い一つ叶えられない人間が生き残って、他の仲間が逝くとは、なんて不条理な世界なのか。

無力感に苛まれるクロードの握り拳は、燃えるような赤色に染まる。

 

「とっとと出ていけよ、テメェ!」

 

怒号を飛ばしたクロードがノーラの足元へ瓶を投げると、先ほどまで陽気だった酒場の空気が張りつめる。

鼻息交じりに踊っているのか、酔ってふらついているのか判別できない動きをしていた客たちは、背筋を伸ばしてその場に立ち尽くす。

 

「ちょっとあんた! 美人さんに八つ当たるんじゃないよ、みっともない!」

「俺とこいつの問題だ。部外者は黙ってろ。とっとと消えろ、迷惑なんだよ!」

 

彼の期待とは裏腹に。どんなに暴言を浴びせても、ノーラは怯むことなく、彼を見据えて睨む。

こうなったら冒険者というのは強情で、自分の意志を押し通すまで、てこでも動かない。

親友のルッツも一度言い出したら、周りの意見など聞かずに突っ走った。

口調こそ丁寧だが、鋭い瞳で無言の圧をかけてくるのは、ジークリットと酷似している。

だが一番似ているのは、物静かで自己主張はさほどしないものの、芯の強かったブルンネだろうか。

ノーラに仲間たちの面影を重ねた彼は大きく口を開く。

深呼吸を繰り返して呼吸を整えると、抜けていた力が全身にみなぎる。

言葉が通じないのならば、圧倒的な実力をもって、心をへし折るしか追い返す方法はない。

目の前に立つノーラを女ではなく、一人の戦士としてクロードが眺めると、渋々いう。

 

「わかった、わかったよ。お前の提案を飲んでやる」

「では、同行していただけるんですね」

 

結論を先走るノーラに、クロードは唇に人差し指を立てて、「ただし」と前置きする。

 

「相手はしてやるさ。もし勝ったら俺の命、お前にくれてやろう。お前が負けたら、二度と俺と関わるな。俺はこの村で、静かに暮らしてぇんだよ」

「ええ、わかりました」

「じょ、嬢ちゃん。やめておけ、ただじゃすまないぜ!」

 

ノーラが承諾すると血相を変えた男たちが、彼女に忠告する。

肩に手を置いて、彼女の肩を何度も揺らした。

 

「こいつにコテンパンにのされた奴ら、片手じゃ収まらないんだぞ?!」

「女子供でも加減しねぇって噂だぞ。悪いことは言わねぇ。やめときな」

「どうする。命だけは保証するが……五体満足で帰れると思うなよ」

 

脅しのつもりはなかった。

たいていの人間は、彼が少しばかり力の片鱗を見せただけで恐れおののき、志半ばで彼の元から去っていく。

今までの戦いは、本気を出すまでもなかった。

 

「戦うことでしか、あなたを納得させられないでしょう?」 

「それでこそ挑戦者。ここで退くような女なら、こっちから願い下げだしな」

 

自信に裏打ちされた実力があるのか、よほどの向こう見ずなのか。

張り切れそうなほどの興奮とは無縁だった、退屈に慣れ切った胸は、弾むように鼓動を刻んだ。

これまで戦ってきた人間とは、何かが違う。

心の昂ぶりが、彼にそう告げる。

 

「いいえ。覚悟の上でやってきてますから」

 

ノーラは進言した男の手首を掴むと、柔らかい微笑みを湛えて、ゆっくり手を引き剥がす。

とっくに覚悟が決まっているらしい。

彼女は女で、故郷で安穏と暮らす選択もあっただろう。

いったい何が、彼女を突き動かすのか。

クロードが目を細めて、ノーラを見据えるも、彼女は何も応えない。

 

「ここでは周囲に被害が及びます。広い場所まで案内していただけますか」

「領地の外の森までついてこい。お前の実力を見せてみろ」

 

静かに火花を散らしあう二人は、互いに相手を一人の戦士と認めると、戦地へと赴いていく……。




16タイプ診断というものがあるのですが



クロード   ESFP

ノーラ    ISTJ



です。

ESFPは典型的な主人公、ISTJは真面目な優等生ヒロインといった感じ。

ちなみにもう一人出す予定のヒロインはENFPで、天真爛漫で無邪気な、妄想癖のある女の子。

乞うご期待!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 尽きない闘志、絶対の意志

クロードがぺったん娘なノーラさんに

「抱かせろ」

って迫った後、なんやかんやあって野球部のNTR坊主頭と、自称サバサバの太った女の人の4Pに発展。
しょっぱいベーグルの間食を交えつつ、2時間の休憩後に2人と、NTR坊主頭と自サバの人が男女2人ずつになり

「ヴォンジュール」

と不敵な笑みで、別れの挨拶をして解散。
帰り道、彼女が闇堕ち米津にゴキブリ食べさせられそうになった所を、彼が

「米津さんザコですね!」

と罵って追い払い、2人の仲が深まる。
後日デートの待ち合わせをしている時、クロードが用を足しにいくと、アメ舐めてるメスガキとトイレの個室で鉢合わせて、偶然通りがかった竜人族の双子の奴隷に助け船を出してもらう。
助けてもらったお礼に、奴隷の持ち主の名無しの魔女を

「魔女様マジで強すぎですぅぅぅ!!!」

と褒めちぎると、魔女が一瞬で飛鳥姉さんに変化。
わけがわからず彼女から逃げ出すと、とげちー♠と元極道のコンビニ店員に取り押さえられる。
その場面で目を覚ましたクロードが、夢オチに胸をなでおろし勤務先にいくと、今まで登場したキャラ全員が、いい汗をかきながら足場を組んでいた。
まだ夢から醒めないのかと困惑した彼は、足元に落ちてた日本国民全員が死ぬボタン押して、HAPPY END。
そんな素敵な2次創作を、ハーメルンの方で、いつか書きたいと思ってます。

(全部不快なバナー広告で、リスペクトもできそうにないので絶対書かない)

ホムラ様の広告は、知名度がなさそうなので省きました。
風邪ひいてる時にこんな悪夢が見れたら、楽しそうですよね。
ちなみに怪文書の元ネタの漫画広告を全部知っている人は、知人114514人にこの文章を回さないと、メキシコマフィアに拷問されて殺されるらしいので、ご注意を。


「昔の森は緑だったんだよ」

 

どこかの誰かが、そういった。

だが彼は生まれてこの方、緑の森を見たことがなかった。

魔族が占拠した森は、血塗られたような朱色の粘液によって、森中が染まっているからである。

シャーフ村付近の森も例外ではなく、魔物が自らの力と縄張りを示すかの如く、真っ赤だった。

 

「万が一のためにも、立会人を呼びませんか?」

「怖気ついてるのか? 戦場に立ち会うのは死神だけだ」

 

目的地に辿り着いたノーラがそういうと、彼は持ってきたカバンからナイフを取り出し、後ろからついてきた彼女に見せつける。

すると襲われると勘違いしたのか、彼女は腰を低くして身構えた。

 

「安心しろ、武器としては使わねぇ。準備ができたら教えろ。これを木に刺した瞬間が戦いの合図だ」

「……了承しました」

 

彼女は持ち手の部分が見事に装飾されたナイフを握ると、荒々しい炎のようなオーラに包まれる。

 

「治療と失明を司る神よ。汝の魂、今我と同化せん。アニムス=フォルティス!」

「ほぅ、お手並み拝見といこうか」

 

詠唱すると彼女の体を、無数の緑色の球体の光が、螺旋状に旋回する。

彼女の足元には、黄金に光る魔法陣が点滅していた。

光は黄色、闇は紫といった具合に、使う魔法の属性に応じて、浮かぶ魔法陣の色は異なる。

 

(ありふれた身体強化の魔法……どんどん使ってこい)

 

クロードはノーラの魔術を、まじまじ観察する。

無論、彼も黙って指を加えて見ているわけではない。

ババ抜きで手札が少なくなるにつれ、相手の持つカードが判別できるように、手の内が割れれば有利に動ける。

 

「では、試合を始めましょう」

「ああ」

 

促され、彼は短刀を放り投げる。

 

「破壊と創造の神に御言葉を響かせり。炎よ、我が言葉に応じ放たれよ―――フランマ!」

 

それと同時に彼女が呪文を唱えると、短剣の切っ先から、人の頭ほどの大きさの炎が3つほど、彼に向かって飛ぶ。

杖を介して魔法を打つのが一般的だが、彼女は短剣を杖代わりにしている。

体術に自信があるならば、遠距離から魔法など使わず、最初から己の身一つで向かってきただろう。

 

(典型的な中距離の戦闘が得意な魔法使い。近接戦はかじった程度か)

 

クロードは経験則と、眼前のノーラの行動から、戦闘不能にするための最短ルートを導きだす。

 

(戦術はだいたい把握できた。戦いに勝つ方法は、相手の嫌がることの徹底―――近づかれたくないなら距離を詰めるまで)  

 

間合いを見定め、火球に臆せず一歩進むと

 

「瑞雨蒼雷流(ずいうそうらいりゅう)·脱の型、奔雷(ほんらい)」

 

糸で操られていない人形のように、手をだらんとさせる。

幾度となく繰り返した動作に一切の気負いはなく、脱力した体に力を込めた刹那に、彼は稲妻と化した。

瞬く間に距離を縮めた彼に、彼女は短剣を突きつける。

―――が、とっさに手首を掴んで、短剣を突き刺そうとする勢いを殺す。

 

「不用心じゃないか。流石にこうなったら、もう逃げられないぜ」

「え!?」

 

クロードが厭らしく微笑むと、頬の蛇の目玉が妖しく輝いた。

青白い雷がほとばしる拳を見せつけると、企みを察したのか、手を振りほどこうと必死にあがく。

拳を軽く押しつけると、彼女は声にならない悲鳴を上げる。

歯を食いしばって耐え忍ぶも、しばらくすると痙攣して、ぴくりとも動かなくなった。

 

「戦場では無防備な人間が立ち上がるのを、待ってくれない。それを今から、お前の体に叩きこんでやる」

「……」

 

空を切る一撃は雷鳴のような唸りをあげて、彼女のみぞおちに炸裂する。

ミシャッと骨が砕ける鈍い音と、硬いもの同士がぶつかりあう感触。

一瞬の出来事だが、どれほど戦いの経験を積んでも慣れなかった。

だがその不慣れさが、常人と狂人の境を行き来する彼を、人間のままでいさせた。

地面を転がって木に打ちつけられたノーラの口許からは、あふれた血が顔の形を沿って、顎の先から一滴ずつ垂れ落ちる。

まだ意識はあるのか。

クロードは魔法の練度に感心しつつ、問いかけた。

 

「無様だな。いいんだぜ、俺はいつ止めても。とっとと降参しな、その方が痛い目を見なくて済む。俺だって殺しはゴメンだ」

「……嫌……よ」

 

クロードの一言を耳にした彼女は、首を横に振って提案を拒む。

強情さに、彼は表情を強張らせた。

 

「いいから諦めろ。こんな風になりたいのか?」

 

背後に鉄拳を見舞うと、彼女が背をもたれる大木は、たちまちに焼け焦げる。

 

「……木が」

 

後ろを確認した彼女は小さく言い漏らすと、疲れた犬のように喘ぐ。

勇敢な冒険者といえども、死という根源的な恐怖から逃れるのは不可能。

じきに馬鹿げた考えを改めると、次の脅しの思案に暮れると

 

「戦いを……続けましょう……」

「はぁ?! このまま続けても、お前の傷が増えるだけだぞ」

 

彼女のまさかの発言に、彼は顔を歪めた。

誰が見るまでもなく、実力の差は歴然としている。

これ以上続けても、どちらが最後に立っているかは明白。

だが追い詰めたはずのクロードの頬から、冷や汗が垂れていた。

窮鼠(きゅうそ)猫を噛む。

油断して一つ選択を誤れば、足元を掬われる。

 

「なんで諦めない! 今のお前に俺を倒せるはずないだろ!」

「いなくなっ……兄さんが……守るって……だから……私は……私が……この……世界を……守……」

 

怯え混じりに声を震わせると、彼女の大言壮語に、彼は腹の底から憤激した。

この女は、体験していない。

能天気だった頃の自分を、八つ裂きにしたくなる最悪な気分を。

寝ても覚めても、悪夢から解放されない苦痛を。

幼児じみた全能感が根底から覆った、地獄の日を。

叶えられもしない夢に酔っている今はよくても、いずれ魔物や敵幹部の手によって仲間が死に、無力な自分を憎む日がくる。

絶望の現実を前にしても、同じ台詞を吐けるのだろうか。

苛立つクロードは

 

(弱い人間が理想を語るな。お前も俺も、平和を夢見るのさえ許されない人間なんだ)

 

心の中で呟くと、唇を噛む。

 

「一つ聞く。お前、世界を救うのに何が必要だと考えてる?」

「……意志……かしら」

 

息も絶え絶えにしながら彼女は返事すると、クロードは殺意のこもった瞳で彼女を睨む。

理想を現実にするための力がなければ、ルッツたちの二の舞になる。

 

「いいや、何者にも負けない力だ。俺より弱いお前に何が守れる。俺の仲間は弱いから死んだ。お前の、あの世の兄貴もだ。この世界にはな。弱い人間が生きる価値なんかないんだよ!」

 

クロードは、心にもない暴言を吐き捨てる。

そう自分に言い聞かせて、精神を保つのが、彼の唯一の生きる道だった。

気のいい仲間と死別した事実から、目を背けることでしか、彼は生きられなかった。

 

(本当に生きる価値がないのは、俺だ)

 

「だから……理想を……捨てた……くない……」

 

頑として考えを曲げない彼女に

 

「なんで馬鹿げた理想を掲げるんだよ。本当は無理だって、叶わない夢物語ってわかってんだろ。だったら最初からそんな未来、見ない方がいいだろ! その方が苦しまないで済むだろ!」

 

彼は思いの丈をぶちまけた。

 

「それでも……私は……私を諦めたく……ない……」

 

途切れ途切れに、力強くクロードの発言を否定するノーラの一言に、彼は唇をわなわなと震わせた。

実力では到底及ばない彼女が、かつての自分の志を抱いている。

罵詈雑言を浴びせられるよりも、勝手に期待されて、勝手に失望されるよりも、ノーラの鉄の意志が胸を締めつけた。

―――彼女のような強い心があれば、他の未来があったのだろうか。

 

(こんなこと無駄だって、いい加減理解しろよ!)

 

彼女への対抗心は、言葉を交わす度に膨らんだ。

どちらが間違っているなんて、とっくに分かっていた。

それでも彼女の理想論を、彼は到底受け入れられなかった。

 

「俺はお前に腹が立つ。弱い癖に口先だけの平和を望むお前が、憎くてたまらない」

「口先だけ……じゃ……絶対に……世界を……」

「だったら這いつくばってないで、証明してみせろよ。お前が無力でないことを。この戦いで、俺を超えてみせろ!」

「言われ……なくても……」

 

挑発されたノーラはふらつきながらも、彼へ向かって駆けた。

隙だらけではあるものの、右手には短剣が握られている。

それなりの魔法が扱える彼女が、短剣での斬撃に、こだわる意味がある。

先ほど接近した際に、彼女は斬りかかるのを優先してきた。

戦闘で得たわずかな情報を分析しつつ、クロードは次の手を模索する。

 

(毒が塗られていると考えれば、妥当な行動だ。近づくのが危険なら、遠くから攻めればいいだけ)

 

粗暴な口調と風体とは裏腹に、冷静に判断を下したクロードは、地面を握り拳でぶんなぐる。

すると彼女の周りから泥が円を描き、間欠泉の如く噴き出す。

 

「これは……」

「棺桶さ。お前専用のな」

 

同時に、たちまちに彼女を飲み込んだ。  

 

「きゃあああぁぁっ!?」

 

泥に飲まれたノーラは、またしても膝をつく。

全身土まみれで横たわる彼女は、嗚咽混じりに、指を突っ込んで口に入った泥を吐いた。

 

「ハァ……ハァ……兄さんに……逢いたいのに……」

「兄貴なんて見捨てて、故郷に戻って暮らせばいい。弱い人間らしくな」

 

苦しみ、のたうち、それでも紫の瞳に宿る静かな闘志は、燃え尽きていない。

 

「こんなものかよ。お前、やられっぱなしじゃないかよ! 守るんだろ、世界をよ?!」

「……ええ」

「ふざけんな! お前に、お前なんかに、誰も救えない! 俺やお前が命を懸けて亡くなっても、残された連中は感謝なんかしない。いつかそいつらの記憶からも、お前が誰かのために戦った事実さえ風化する。お前の頑張りなんか、何も報われやしないんだ!」

「うる……さい! 私は……私を……諦めない!」

 

互いが互いの考えを譲ることなく、罵り合いは白熱した。

言葉に力が宿った。

 

「最後通告だ。いい加減にしないと死ぬぞ、お前」

「仲間が全滅……して……だから……全部……諦めるの! この世界を……見捨てるの!」

「昔の話をするなと言っただろうが。お前なんかに、俺の何がわかる!」

「わからない……でも……私は……ゴホッ、ゴホ」

 

途中まで言うと、ノーラが咳き込む。

先ほどの泥が口腔内に残っていて、上手く話せないのだろうか。

 

「おい、大丈夫か?」

 

心配になって口をもごもごさせた彼女の元まで、彼は歩み寄る。

腰を屈めて顔を覗き込むと、その表情はピエロのペイントのように、不自然なほど唇の両端が上がっていた。

―――何かを企んでいる!

直感した彼の顔面めがけて、彼女は血の混じった唾を吐き捨てた。

思いもよらぬ反撃に、反射的に右目を閉じる。

こいつ、まだ諦めて?!

 

「もういい。引導を渡してやる!」

 

叫ぶと同時に拳を振るおうとしたその時―――彼女が体当たりを仕掛けると、生暖かい血が衣服に染み込む。

 

「油断……してたわね……あなたの良心につけこんだ……私の勝ち……」

「うっ……ぐぅ……」

 

刃が突き刺さると、切れかけの電球が絶えず明滅を繰り返すような、穏やかで強い光が森を照らす。

その光が、暗闇に飲まれかけた意識を呼び覚ます。

 

「何……しやがる!」

 

全身に脂汗が滲む体に無理を押して、彼は首元に手刀を叩きこむ。

 

「この女、せこい手ぇ使いやがって……」

「……治療と……失明……レフェク……」

 

ナイフで地面を突き刺して、彼女は最後の気力を振り絞る。

このままでは、文字通り死ぬまで続行しかねない。

 

「魔法なんか唱えるな。いい加減にしろ!」

「うぅ……あああああぁ……」

 

無茶をするノーラを咎めると、負けを認めたくないのか、年甲斐もなく泣きじゃくる。

正々堂々と勝負を挑んだ彼女が、悪人には思えない。

泥臭くても、卑怯な手段を使ってでも、自分を仲間に迎え入れて兄と世界を救いたかった。

そうまでしても、失いたくないものがあった。

―――ああ、そうだ。

誰かに八つ当たりしたかったわけじゃない。

誰かを殺したかったわけじゃない。

自分が授かった力は、守るためのものだった。

彼女の生き様を通して、かつての師や友の遺言に思いを馳せる。

彼は己の愚かしさを悔やむと、心を改めた。

 

「俺の負けだ、案内してくれ。小さな種火って組織に」

「……こんな勝ち方……私は……まだ……兄さんのように……強くは……」

 

理由がどうあれ平凡な少女が抱きそうな、ありふれた気持ちを糧に、格上に一矢報いた。

―――彼女なら新しい世界を、自分に見せてくれる。

 

「いいや、あんたは強いよ。俺がとうの昔に捨てたものを、あんたは持ってるじゃないか。その志を、ずっと大事にしてくれ」

 

健闘を称えると、彼女に簡単な処置を済ませて背中におぶる。

 

「何を……」

「教会に連れていくんだよ。仲間を助けんのは、冒険者として当たり前のことだろ?」

「……負け……たのに……勝て……なかった……のに」

「どうせ強情なあんただ。やられても勝つまで繰り返すだろ。根負けだ」

「あぁ……うぅ……」

「あんたは強いさ。まだまだ強くなれる。俺なんかよりずっと」

 

彼女が喋る度に、傷口から滝のように血が噴き出す。

時折声をかけてやると安堵したのか、すうすう寝息を立てて眠りにつく。

今は消えそうな命の種火でも、悪を断つ日が訪れるまで、その火が絶えることはないだろう。

青空を見上げると確信を胸に、クロードは新たな仲間と共に、ゆっくりと歩み出すのだった。

 




ノーラさんは数話後に登場させるヒロインと比べると、序盤はあんまり強くないです。
ノーラさんは、物語が進むにつれて指数関数的に戦闘力を上げていく、ラストリベリオン系女子ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 信じる力

「あ、あいつが帰ってきたぞぉーっ!」

 

帰ってきた彼を捉えた村の門番が叫ぶ。

 

「邪魔すんな……教会で治療を受けさせる……」

 

彼を無視して突っ切ると小さな子供が寄ってきて、その次は噂好きな老婦人と、人だかりが人だかりを呼んだ。

民衆は

 

「またあいつが、よそからきた冒険者さんを」

「やぁねぇ」

 

などと好き放題に陰口を叩いている。

 

「うるせぇ……見世物……じゃねぇぞ」

 

足に力を入れて踏ん張る度に、背負ったノーラの重みが骨に響く。

足を引きずりながら群がる人々を押しのけ、教会に運ぶと、修道女が讃美歌を歌っていた。

彼女の視線の先には、無数の骨で形作られた、2つの巨大な人骨があった。

直立する骸骨に、もう片方の骸骨が背後から抱きついているのが特徴的な、村で信仰される光神ルクスの偶像である。

何かを信じる力を今しがた知った彼は、不気味で物々しい偶像を、神々しいとさえ感じた。

荘厳な雰囲気に飲まれた彼は

 

「失礼……します」

 

と他人の家に上がるように、礼儀正しく敷居をまたぐ。

 

「治療の方ですか。それとも祈りを捧げにきた……だ、大丈夫ですか?」

 

ドクロのペンダントをぶらさげた金髪碧眼の修道女が振り返り、血塗れの2人を見るや否や駆け寄る。

彼女の名はマリアンネ。

敬虔なルクス教の信徒だ。

 

「クロードさん、ひどい怪我ですね。背中の女性は見慣れない方ですが」

「いろいろ……ありまして。とにかくノーラと……ついでに俺に……治癒の魔法を」

「かしこまりました。少々痛むかもしれません、私の手に意識を集中してください」

「はい」

「治療と失明を司る神よ、汝の力添えによって我に死と再生を、繁栄と衰退を、治癒と病を―――レフェクティオ」

 

促されるままに胸にかざした彼女の手と、神秘的なマナの輝きを見つめる。

最初こそズキズキしたが、徐々に痛みは引いていき、体が軽くなるのを実感した。

 

「マリアンネさんがいてくれて助かりました」

「次は時間がかかりそうな、この方を。レフェクティオ」

 

呪文を唱えると、みるみるうちに塞がっていく。

だが度重なる魔法の使用に疲弊したマリアンネは、長時間目を酷使した人間のように、しきりに瞬きする。

額には玉の汗が噴き出て、苦痛に顔を歪めるノーラだけでなく、彼女も辛そうだ。

しかし、自分にできることは限られている。

彼女たちの静かな戦いを、彼は固唾を飲んで見守る。

 

「う……私、まだ生きて……」

 

賢明な治療の甲斐あって、どうやら意識を取り戻したらしい。

あのまま永遠の別れになっていたら……。

 

「傷つけた俺が言う資格はないかもしれねぇけど大丈夫か? あんたがまた動けるようになるまで、責任とるからな」

 

安堵した彼がそういうと顔をノーラから修道女に向け、言葉を続けた。

 

「実はこの女の人の宿屋を知らなくて……」

「あら、そうなんですか。なら彼女は、寄宿舎の空き部屋で預からせてもらいますね」

「お願いします。あ、マリアンネさんには重いでしょうから、この子は俺が運びますよ」

 

深々と頭を下げ、巾着袋の金貨で二人分の治療費を支払って彼女を背負うと、マリアンネは

 

「クロードさんに光神のご加護を」

 

と十字を切って、彼の安全を祈った。

 

 

 

数日後

 

 

 

「こちらです、クロードさん」

「案内ありがとうございます、マリアンネさん」

 

案内されたのは歩く度に床の板が軋む、おんぼろの寄宿舎の一室。

寝台と横にサイドテーブルがあるだけの、殺風景な部屋。

療養の気休めになるようなものは何もない。

人と人が心を通わせて会話に花を咲かせるのが最高の娯楽と、暗に主張するようだった。

今日来たのは他でもない。

誠心誠意謝って、伝えたかった。

立ち直るきっかけをくれて、ありがとうと。

 

「換気しておきましょうか」

 

マリアンネが窓を開けると、冷たい風が肌を刺す。

 

「うぅ……兄さん。兄さん、置いてかないで!」

「大丈夫か、しっかりしろ」

 

うなされるノーラに何度も声をかけると、純白の寝間着を身に纏う彼女が飛び起きる。

目を覚ました彼女は、彼の存在に気がつくと、毛布にくるまって警戒する。

 

「あ〜、無理もないよな。完膚なきまでぶちのめしたんだから」

「……何をしにきたの?」

「それ、届けにさ」

 

ベッドの側のテーブルに置かれた、果物かごを指差すと、しばらく彼女は面食らったような表情を浮かべる。

ほどなくして彼が見舞いにきたことを察した彼女は、溜息をついて俯いた。

 

「……私の負けね。あなたにはまるで敵わなかった。負けた相手に介抱までされるなんて、みじめね」

 

そういうとノーラは下唇を噛み締めて、悔しさを滲ませる。

力で他者を屈服させるのなら、魔王や魔族と何ら変わらない。

 

「込み入った話のようなので、私はこれで……」

 

マリアンネが去ると、部屋はしんと静まりかえる。

何を話せばいいか困った彼は、思いつく限りの言葉を投げかけた。

 

「俺はノーラの意志の強さに屈したんだ。約束通り組織に入るよ。あ、名前で呼んでよかったか。さん付けした方がいい? 敬語で喋るべきか?」

「いいわよ、そこまでしなくても」

 

へりくだる彼を見て彼女が噴き出すと、肩から緊張が抜けていく。

果物に視線をやると

 

「皮剥くから、ナイフ貸してくれないか」

 

彼女に訊ねた。

 

「待って! 確かカバンに入ってたはず」

「それじゃダメなのか」

「あ、これは大事なものだから……」

 

枕元のナイフを指差すと、彼女は歯切れの悪い返事をした。

何の変哲もなさそうな短剣は、彼女が握る間だけ光を帯びる、特別な力を宿していた。

確かに大切な商売道具なら、他人に扱われたくないのは当たり前だろう。

詳しい話を聞くのは、親しくなってからでも遅くあるまい。

剥き終えたリンゴを一口大に綺麗に盛りつけて、テーブルに置くと、彼はそれ以上詮索するのをやめた。

 

「あ、美味しそう。いただきます」

「おう、遠慮せず食べてくれ」

「う、いっ……」

「染みるのか? 他の果物にしたらよかったかな」

「大丈夫……」

 

頬を抑えて痛がる素振りを見せるも食欲が勝ったのか、手を止めずに頬張る。

食べ終わった彼女にコップを手渡すと、彼女は餌を溜め込むリスの如く、ほっぺたを膨らませた。

  

「冒険に旅立った理由、よかったら詳しく教えてくれないか」

「……どうしても言わないとダメかしら? 話すと、嫌でも思い出しちゃうから。兄さんのこと」

 

口に含んだ水で咀嚼した林檎を飲み込むと、彼女は勿体ぶっていう。

クロードは無理強いをするつもりはなかった。

誰にでも触れられたくない過去があって、そこに無遠慮に踏み入らないのが優しさだから。

 

「個人的に知りたいだけさ。事情を知ってりゃ、冒険に張り合いもでてくるからな。誰も死なせるわけにゃいかねぇって」

 

彼女は考えこんだ後、言葉を紡ぐ。

 

「私の兄さんのドゥンケルハイト·アウフレヒトは私の住む都市では、ちょっとした有名人だったわ。英雄とも持て囃されてた。あなたみたいにね」

「……そうか」 

「そしてある日、突然失踪してしまったの。七帝を追うとだけ言い残して」

 

シュプリッター七帝。

地上を統治すべく派遣した七人の魔王直属の幹部とその配下の軍隊が、そう呼ばれていた。

かつての仲間と力を合わせて七帝は全員倒したが、3年の月日を経て再編成されたと、風の噂で耳にした。

 

“王者の懐刀”アインス

“断罪の処刑者”ツヴァイ

“絶対管理者”ドライ

“無知蒙昧なる愚者”フィア

“混沌もたらす曲者”フンフ

“大陸の破壊者”ゼクス

“若年の識者”ズィーベンと“識者の友”アインザムカイト

 

彼らによって飛空艇を作っていた大都市フェアンヴェーは徹底的に文明を破壊され、今では大陸有数の歓楽街として生まれ変わったという。

飛空艇の図形は手に入れ、黒の城に向かう船を職人に作ってもらう。

打倒魔王のために、まずは七帝に挑むのが、当面の目標だ。

 

「それから音沙汰がなくなって、小さな種火の仲間たちと捜索を続けてるけど、有力な手掛かりはないわ」

「……」

「いくら兄さんでも、七帝に喧嘩を売るなんて無茶だったのよ……」

 

先日の気丈な彼女と同じ人物とは思えぬほど、弱々しい台詞を吐露する。

あの時流した涙は、いっぱいいっぱいの感情が溢れてしまったのだろうか。

行方不明といえど遺体を確認していない以上、生存の可能性は捨てきれない。

眉を八の字にさせた彼は

 

「弱気になっちゃダメだろ。あんたまで諦めたら、誰がお兄さんの命を尊ぶんだ」

 

と、彼女を鼓舞する。

残酷で無責任な一言を、一度は飲み込もうとした。

それでも信じるのが彼女の努めで、義務から逃げ出せばきっと後悔する。

 

「そろそろ帰るわ。長居したら悪いし、旅の準備もやらなきゃいけねぇしな」

「今日はありがとう。ねぇ、クロード」

 

背中を向けた彼は呼び止められ、踵を返す。

 

「ん? どうした」

「あなたのお師匠さまも、きっと無事よ。お互い生きている間に、再開できるといいわね」

 

それだけ伝えると、彼女はぎこちない笑顔を向ける。

普段は誰かに笑いかけたりしない彼女の性格が容易に想像できる、控えめな笑みで。

 

(八つ当たりした相手を気遣うなんて、とんだお人好しだな)

 

つられて彼も、にんまりと口角を吊り上げる。

 

「ありがとよ、これからは仲間としてよろしくな。あんたの馬鹿げた理想の手助け、させてもらうぜ」

「そんな馬鹿げた理想を追うために、私はあなたを引き入れたのよ」

 

刺々しい口調から怒りを感じ取ると、彼は失言の言い訳をした。

 

「悪いように受け取るなって。あいつらとやった馬鹿を、もう一回あんたらと一緒にやるって意味さ」

「あなたとの旅は大変そうね、色々と」

「ケッ。そんだけ口が達者なら、わざわざ見舞いに来なくてもよかったな。看病してくれたマリアンネさんに、ちゃんと礼はいっとけよ。じゃあな」

 

軽口で互いに罵り合うと、少しだけ心の重荷が降りる。

この瞬間、俺たちは少しだけ分かり合えた。

そんな気がした。

 




アインス ENTJ
「魔王さまの支配が及ばぬのなら、儂が貴殿らを従わせるまでよ」

ツヴァイ ESFJ
「裏切り者は絶対に許さん。だが組織に従順に仕えるなら―――俺たちはいい仲間になれそうだな!」

ドライ ISTJ or ESTJ
「おはよう諸君―――唐突だが君は愚民か。もしそうなら、私による絶対の支配で君たちを管理してあげよう。光栄に思いたまえよ」

フィア INFP
「……」

フンフ ESTP
「アインスやドライによる地上の支配―――それを盤石にするためには民衆の混沌が、つまり俺が必要ということさ。俺からは以上だ」

ゼクス ENTP
「ねぇ、アンタ。もし命がいらないならさ。死んでアタシの役に立ってよ。ギャハハ!」

ズィーベン ISFP
「僕は誰も信じない。君もそうだろ、アイン」

とのことだ!
七帝様に逆らったら、命がいくつあっても足りねえぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 旅立ちの日

旅立ちの当日にて

 

 

 

ノーラに村の外で待機するように頼み、クロードはある場所に向かった。

彼にはただ一つ、シャーフ村でやり残したことがあった。

けじめをつけないと、前には進めない。

いつも何の気なしに開いていた木製の扉が、鉄で作られた扉のように重かった。

意を決して中に進むと、周囲の視線が、一斉に彼に向けられる。

鋭い瞳に見つめられ、背中に虫が這い回るような汗が伝う。

 

(ちくしょう、怖い、逃げ出したい……)

 

胸は謝罪を拒むかの如く、激しく鼓動を刻む。

より正確に言えば、彼らの反応を恐れていた。

 

(謝らなくたって、別に死にはしないってのに)

 

偽らざる彼の気持ちだった。

 

「俺、ノーラと旅にでます。そして世界を救います」

「……そうかよ」

 

素っ気ない反応に落胆しなかった。

こうなって当然だと、どこか冷めた気持ちがあった。

村を去ることに誰もが無関心な中、一人だけが彼に激励を送った。

 

「ただのワルガキのあんたには英雄なんて肩書、重すぎたのかもね。辛くなったら帰ってきなよ」

「頭ぶん殴る女将がいる酒場なんか、誰が好き好んで帰るかよ」

「私だって、あんたの世話なんてゴメンだよ」

 

おばちゃんの提案を突っぱねると、売り言葉に買い言葉が返ってきた。 

お互いに憎まれ口が本心ではないと分かっているからか、示し合わせたように笑い合う。

好意に甘えて、いつまでも留まるわけにはいかない。

しかし、他の冒険者たちとは和解できていない。

こんな最後でいいのかと、自身に問いかける。

既に答えは、彼の中にあった。

―――そして彼は、心のままに従った。

 

「なんだ、早くどこにでもいっちまえ」

「昔の仲間と死別した辛さを払拭できないまま、いつの間にか三年間の月日が流れてしまっていました。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

 

息を吸い込んで背筋を伸ばす。

貴族や王族と謁見したような丁寧な敬語で犯した過ちを謝罪すると、45度の角度でうやうやしく頭を下げた。

機会を逃せば、言えず終いになる。

冒険者は、いつ亡くなってもおかしくない職業。

日頃の傍若無人な行いを考えれば、酒をぶっかけられても、それで済めばいい方だろう。

覚悟していたものの、クロードの体は、強大な魔物と相対した時のように、どうしようもなく震えた。

酒場は水を打ったように、不気味なほど静かになった。

しばらくそのまま、頭を下げ続けていると

 

「いいから顔、上げろよ」

 

まさかの一言に、クロードは目を見開いた。

己の頬をつねると、かすかな痛みが現実であることを、彼に教えてくれる。

 

「えっ? 俺のこと、恨んでないのか?」

「お前がいてくれたお蔭で、魔物が寄りつかないとこもあったしな。感謝してんだぜ」

「そうそう、腐っても英雄だよ。あんたは」

「恨んでねぇって言ったら、嘘になるけどよ。そんな重い十字架を背負ってたって知ったら、お前のこと責められねぇよ」

「悪かったな。悩んでるなんてわからなかった。強いあんたに、いろいろ押しつけすぎてたのかもなぁ」

「まぁ、仲間が死んだ時の気持ちは、俺らが一番よくわかるからな」

 

酒場の男たちは固い笑顔で、ぶっきらぼうに呟く。

決して全てを忘れて、水に流したとは言い難い。

それでも許す気持ちと、憎い気持ちを天秤にかけて、温情をかけてくれた事実が、何より彼の心を揺さぶる。

もったいない暖かい台詞に、目頭に熱いものが込み上げる。

 

「あ、ありがとう……みんな……」

「こいつ、泣いてるぞ~」

「うるせぇ、泣いちゃ悪いのか!」

 

からかいの一言に、クロードは腕で涙を拭いつつ怒るが、その姿を酒場の冒険者たちは、温かい眼差しで見守る。

 

「……大事なこと、言い忘れてた!」

「なんだ、どうした」

「旅が終わったら、俺はここに戻ってくる! そんときはあんたらに酒でも、ご馳走させてくれ! 村の人間全員に、伝えといてくれよ。頼んだぜ」

 

溢れるものを拭い、クロードが酒場で叫ぶと、しばらくの間、彼の台詞が反響する。

 

「おう、楽しみに待ってるぜぇ~」

「達者でね!」

「べっぴんさんと一緒なんて羨ましいなぁ。元気でやれよ、クロード」

 

大勢に見送られて、クロードは村から旅立つ。

はちきれんばかりに手をぶんぶんと振る彼らに、後ろ髪を引かれつつも、彼は村の人々の顔を向けたまま、前へと歩み始めた。

門番にも別れを告げると、村の外で待っていたノーラが、穏やかに語りかける。

 

「愛されてるのね、あなた。あなたほどの実力があれば、王国や村々の組合から、引く手あまただったでしょう? ここに固執したのは、この村が大事だから?」

「……ルッツと初めて出逢った、あいつらとの冒険の始まりの場所だったんだ。だから、ここだけは失いたくなかった」

「そうなの。第二の故郷、みたいなものかしら。素敵ね」

「ああ、あったけぇ連中ばっかだよ。どいつもこいつも、口が悪いけどな」

「あなたに似たのよ。いや、あなたが村の人に似たのかも」

「うるせぇや」

 

謝罪しなければならない相手は、もう一人いる。

彼女の方に向き直り、息を吸い込んだ後、彼は喋り始めた。

 

「……ノーラ。思い出させてくれたこと、本当に感謝してる。ありがとう。今更だけど、全力でぶん殴ったことやお兄さんを侮辱したこと、謝るよ」

「大丈夫よ、大丈夫だから。平気、平気」

 

そういう彼女のこめかみには、ミミズのように太い青筋が浮かんでいる。

許していないなら許さないと、はっきり言えばいいのに。

、傷つけた負い目もあって言えなかった。

 

「いや、平気じゃないだろ。明らかに無理してるし……」

「大丈夫、ぜんぜん気にしてないわよ。兄さんが死んだと言われたのも、弱いお前には何も為せないって言われたのも、ぜーんぜん!」

「めちゃくちゃ気にしてんじゃないかよ、頼むから許してくれよぅ」

「どうしようかしらね〜」

 

と、言葉を続ける。

表面的な謝罪と、表面的な赦し。

求めるのは、本心からのもの。

言葉だけの謝罪が無駄と気がつくと、彼はノーラに要求するのをやめた。

 

「わかったよ。もう許してくれとは言わない。でも旅を続けていく内に、俺を認めさせてみせる」

「……期待してるわ。そう遠くない未来に、その日がきそうね」

 

汚い部分は、彼女に全て見られた。

これからは最悪な第一印象が、上がる一方だ。

置かれた状況を肯定的に捉えると、心がいくぶんか楽になる。

 

「ルッツさんたちと、あなたの冒険は最悪の形で終わってしまったけれど―――これから始めましょう、私たちの物語を」

 

よほど気恥ずかしいのか、苦々しい微笑みを浮かべつつ、彼女は呟いた。

彼女との冒険は、そう悪いものにならない。

悲観的だった未来の予測が、彼女と出会ってから、段々と明るいものに変化していく。

雨雲の切れ間から、日の光が差し込むように。

 

「ハハハ、ノーラは優しいな。ちょっとキザだけど。男だったら、めちゃくちゃモテそうだな」

「べ、別にそんなつもりじゃないって。いくわよ、もう」

「あ、おい! 俺なりに褒めたんだよ。待てってばーっ! 置いてくなよ~っ!」

 

走り去るノーラを、クロードは追いかける。

理想を叶えんとする心の強さを胸に秘めた、彼女の背中を。




次回、ライバル登場回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 死神の女

平坦な道が続く道すがらを、2人は北東に進んでいく。

一旦デンメルンク王国と中間地点にあるミーエ村で、小さな種火の仲間と合流。

それから王国にて、武器や道具の調達をするという。

ノーラに聞くと、大陸を支配する七帝に反逆する組織のため、名前や構成員を、おおっぴらにするのを避ける目的があるようだ。

朱に交われば赤くなる。

その言葉通り、目的を共にする組織の人間たちも、彼女と同じように熱い心を秘めているに違いない。

クロードはまだ見ぬ仲間と久々の王国に、胸を膨らませる。

 

「王国にいくのも久々だな。リズは元気にしてるかな。ゾフィーちゃん、大きくなったかな」

「ゾフィーさんって、あなたのお友達? 昔の仲間ではないわよね?」

 

聞き覚えのない人の名を耳にした彼女は、会話を遮る。

 

「ああ、言ってなかったな。四明星のグントラムのおっちゃんの孫娘なんだ。ありゃ、将来有望な冒険者だな」

「あなたが褒めちぎるくらいだし、優秀な子なのね」 

「へヘー、すごいだろ」

 

彼が得意げに腕を組むと

 

「あなたが威張ることじゃないでしょ」

 

と、突っ込みを入れる。

 

「あっちに着いたら、クラーケン焼き食べようぜ。これが旨いんだよ、デンメルンク名物なんだ」

「食事も旅の醍醐味よね。土地勘がないから、案内は頼んだわ」

「おう、任せとけ」

 

デンメルング王国は海に面した大国で、諸外国からの輸入品も数多く仕入れている。

それ故に冒険者が、装備や旅の支度をするにはもってこいだ。 

親友ルッツと仲間であったリズベットの故郷への訪問を、意識的に避けていた彼だが、2人を片時も忘れたことがなかった。

 

「そうそう、必殺技!」

「なによ、藪から棒に」

「師匠の教えをサボってて、アレの使い方を忘れたからな。今の内に必殺技の決め台詞を考えとくぜ」

「アレ? 決め台詞?」

「魔法使う時の口上、かっこいいじゃんか! 俺もあんな風に戦ってみたかったんだよな」

「あなたは詠唱がいらない体質なのよね、私からすれば、そっちの方が羨ましいけど……」

「お互いないものねだりだな、ハハハ」

 

クロードが一方的に喋り倒し、たまの質問に彼が受け答えする。

会話に花を咲かせていると、前方から人影が見えた。

目を凝らすと、黒い外套のフードを深々と被った人間が、穂先が槍状に尖った大鎌を持ち、こちらに向かってくる。

その姿はさながら死神のようで、彼は首を傾げた。

田舎村に同業者とは珍しい。

だが大鎌を持っている人間など、それこそ農家と冒険者くらいのもの。

 

「あんたも冒険者かい。この先にはシャーフには気のいい人以外は何もねぇぞ」

 

袖が触れ合う距離まで近づくと、彼はすれ違いざまに訊ねた。

おもむろに顔を上げた人間の顔を見た彼は、とっさに後ずさる。

 

「銀髪に右頬の蛇眼。貴様、クロードヴィッヒだな。苦労しただろう。私たちは呪われた星の元に生まれているのだ―――この眼のせいでな」

 

右目の目頭と目尻の湾曲した角のような痕―――その模様の下には、ヤギの眼があった。

彼女のヤギ眼は彼の蛇眼と同様、顔の周りを飛び交う羽虫でも追うみたいに、あちこち目移りする。

 

(こんな人間、俺以外にもいたのか?!)

 

作りものではない動物の眼球に、彼は唇を固く結ぶ。

不幸が不幸を呼ぶという迷信のように、眼を持つ者同士が惹かれ合い、引き寄せられたのか。

だが彼には、呪われた星の元に生まれたとの一言が気掛かりだった。

 

「確かに女で、顔に変な模様があるのは辛いかもな。俺たちはデンメルンク王国に向かってる最中なんだ。質問があんなら、できる範囲で答えるぜ」

 

右頬の眼が原因で煙たがられたことは、一度や二度ではないだろう。

彼女の半生を慮ると、慰めの言葉が自然と口をついてでる。

同じ眼を持つ者として、少しでも心の痛みに寄り添えたら。

順風満帆な人生ではないものの、喜怒哀楽の全てを、自分の糧にできれば。

たくさんの人々から貰った暖かい気持ちを、その一言に込めて。

 

「……するなよ」

「悪い、聞こえなかった。もう一回いいか?」

「……へらへらするなよ。私と同じ失敗作の分際で」

「は?」

 

怒り狂う獣のように歯を剥き出しにする女に、怨嗟を吐き捨てられたクロードは、眉尻を下げる。

唐突な彼女の罵倒にも、不思議と怒りは沸かなかった。

何が彼女をそうさせるのかという疑問の方が、はるかに大きかったのだ。

 

「どうしたんだよ。俺、怒らせるようなこと言ったか? それなら謝るよ」

「いきなりあなたを罵るなんて、ちょっと変じゃない。関わらない方がいいわよ」

 

聞こえると面倒になると考えてか、彼女の心情を配慮してか。

掌で口を隠したノーラは、彼を横目で見ると、ぼそりとささやいた。

 

「まぁ、そうだな」

「すいません、急いでいるので」

 

ノーラは耳打ちすると、適当な噓をついて、2人は彼女の横を通り過ぎようとした。

そんな彼らを死神の女は

 

「英雄よ。いいことを教えてやる」

 

といい、呼び止める。

含みを持たせた言い方に、関わってはいけないと心が警鐘を鳴らす。

だが英雄として、悪事を野放しにはできない。

正義感と好奇心の板挟みで手をこまねくと、横のノーラに先を越されてしまった。

 

「いいことですって?!」

「夜明けの王国(デンメルンク)に、大いなる災厄と絶対の破滅が訪れる。命が惜しくば引き返すことだな。世界を救うなどと世迷言を宣えるのは、“あの方”のような力のある者だけだ」

 

女は淡々と告げた。

ルッツとリズベットの故郷の崩壊を。

大陸の列強国の一つとして必ず名を挙げられるほど、デンメルンクは兵力が整った国家。

大陸最強の名を欲しいままにしていた元四明星の一人であるグントラムも、いざとなれば母国を守るために命を賭す。

彼らが簡単にやられてしまうとは、にわかには信じ難い。

しかし彼女の双眸は、それが真実であるのを物語るように、鈍い光を放っていた。

真一文字に閉じた唇は微動だにしておらず、笑い話にも、嘘をついているようにも見えない。

冗談にしては、ずいぶんとタチが悪い。

もし彼女の話が本当だったならば―――大惨事になる。

 

「まさかあんた、それに一枚噛んでやがるのか?」

 

クロードが問い質すと

 

「そうだ、と言ったら」

 

悪びれた様子もなく、死神の女が冷笑する。

間違いない。

この女、その計画に加担している。

友が守ろうとした国や、残された人々まで好き放題されたら、ルッツらの命が無駄になる。

デンメルンクに、指一本触れさせてなるものか。

興奮したクロードは問い詰めたいのをこらえて、二の句を継いだ。

 

「誰かに命令されてやってるのか? だったら、こんなこと……」

「全て私の意志だよ。あいつらへの復讐さえ成し遂げられるなら、赤の他人の命などいくらでも踏みにじってやる」

 

言葉を遮るヤギ目の女に、腸が煮えくりかえる。

 

「もういい。お前をブチのめして洗いざらい吐かせる」

「やれるものならやってみろ。お前には無理だろうが」

「無理かどうかも、諦めるかも、俺が決める。お前が指図してくんな!」

 

彼女に一撃を見舞うべく、クロードは体中に電撃をまとわせる。

体内の魔力と大気中のマナが反応して、彼の周囲に緑の光球が現れると―――突如として朱色に染まり、灼けるような熱を伴って爆発した。

 

(は!? どうなってやがんだ?!)

 

かつてない体験に、クロードの頭は疑問符に埋めつくされた。

吹き飛ばされた彼は、陸に打ち上げられた魚のように、びちびちとその場で跳ねる。

 

「……何を?!」

「敵に手の内を晒す馬鹿が、どこにいる。足りない脳味噌で考えろ」

 

大の字に寝そべった彼に、ヤギの眼の女は執拗に蹴りを入れる。

殺意こそないものの、体重をかけた一撃や踏みつけは骨に軋む。

 

「グッ、ゲホ、ゴホッゴホッ」

「痛いか、苦しいか、自分が惨めか。私が受けた傷に比べれば、こんな苦痛など屁でもない」

「クソ、調子に乗るんじゃ……」

 

足首を掴もうとすると、先ほどの現象がまた起きる。

立ち上がろうにも不可思議な攻撃に晒されて、状況は悪くなる一方だ。

 

「何者だ、お前は……」

「私はお前、お前は私。出来損ないの似た者同士。敢えて名乗るとするならば―――天に浮かぶ禍(まが)つ星。四凶星の死神クルトゥーラ」

「四凶星……だと」

 

明らかに四明星を意識した名前に、クロードは驚きを隠せない。

リンドムート、カウツ、ベルナ、ギズルフ。

彼ら四明星の一行が人類最後の希望だとすれば、四凶星と名乗る彼女らは―――人類の絶望とでもいうのだろうか。

 

「待ちなさい、そんなことはさせないわ!」

「歯向かう気か。やめておけ、手が震えているぞ。フフフ……」

「ふざけないで! 仲間を傷つけられて、黙ってられるはずがないでしょう」

 

妖しく微笑むクルトゥーラの忠告を無視して、ノーラは呪文の詠唱を始める。

案の定、魔法陣が足元に浮かぶより早く、彼女に紅の衝撃が襲った。

 

「だから言ったろう」

 

口許を歪ませて、ノーラの醜態を嘲笑う。

 

「肩書だけはご立派だな、クロードヴィッヒ。それに実が伴っていないが。そいつに付き従う、お前も同類だ」

「……ノーラ、やめろ。お前に敵う相手じゃない!」

 

武器である大鎌を抜かせない、完全なる敗北。

格の違いを身をもって知らされた彼が呼びかけるも、立ち上がる彼女は首を横に振った。

 

「私はもう、誰かが戦って傷つくのを眺めるだけの、傍観者ではいたくない!」

 

ノーラは叫ぶと、膝から崩れ落ちて倒れ込む。

 

「さて用件は伝えた。もうお前たちに用はない」

「四凶星、お前たちは……何がしたいんだ」

「お前たちと、たいして変わらないさ。破滅の前座で踊る、哀れな人形に過ぎんよ」

 

抽象的な発言に、脳がこんがらがる。

だが放っておけば、罪のない人々へ危害を加えるのは確実だった。

 

「待ちやがれ! デンメルンクに何かしたら、ただじゃおかねぇからな!」

「逆上するなよ。どの道この世界は天界の城による支配で滅びに向かうのだ。あの国の崩壊も滅ぶのが遅いか早いか、その違いしかない」

「黙れっ! 消えていい命なんか、この世に一つもねぇんだ。よく胸に刻んでおきやがれ!」

 

彼女の考えを、真っ向から否定した。

恐れがないといえば嘘だったが、弱くとも気高くあろうとする彼女の雄姿が、彼の背中を押した。 

 

「ならば私たち四凶星から大事な命とやらを守ってみせろ、愚かな英雄。さらばだ」

 

去り際、クルトゥーラはクロードを挑発する。

死神の後ろ姿を、捨て猫を思わせる瞳で見据えると、胸の中の決意を更に強くした。

 




次回は、敵幹部会議回。
一回やってみたかったので、本編そっちのけで書くことに決めました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 禍(まが)つ四つ星

「ただいま戻ったぞ」

 

コンクリート片が転がる、窓一つない古ぼけた遺跡で、死神の女が呟いた。

何度か声をかけるも返事はない。

だが、確実に何かがいる。

投げかけられた視線から、気配をめざとく嗅ぎ取って、カンテラで照らすと、大小3つの人影が映し出された。

一番大きな人影の側に寄ると、髪の毛と髭が獅子のたてがみのように逆立つ全身甲冑の大男が、彼女を出迎えた。

 

「無事で何よりだ、心配したんだぜ」

「お前は相変わらずだな、レグルス。返事くらいしろ」

「ガッハッハ、驚かせたかったんだよ。ちょっとした遊びさ。俺様の優しさに惚れてもいいんだぜぇ~」

 

彼女の嫌味を豪快に笑い飛ばして、彼は言った。

 

「たわけ、誰がお前になど惚れるか」

「えへへ~。クルトゥーラとレグルスは仲良し……だね」

 

横ではゴシック調の真紅の服を着た少女が、愛くるしい笑みを浮かべる。

彼女は真っ白なキャンバス。

周りの環境次第で、何色にも染まりかねない。

 

「ミセル、ませてるな。若い頃から年不相応な知識を得ると、すれた子供になるぞ」

 

囃し立てられたクルトゥーラは、ミセルを軽くあしらうと頭を小突いた。

ムスッとした彼女とは対称的に、満面の微笑を湛えている。

嬉しそうな姿に、意地を張るのも馬鹿らしくなり

 

「……ムキになってすまなかったな」

 

彼女は叩いた頭のてっぺんを、愛おしげに撫でてやる。

 

「クルトゥーラの掌、あったかい」

「おいおい、俺様もよしよししてくれよ~」

「たわけが。身長を半分にして出直してこい」

「私がしてあげる~」

 

ミセルは、つま先立ちしてう〜んと唸りながら、手を伸ばす。

いくら頑張っても、届きそうもないのが滑稽だ。

 

「よし、これでどうだ」

 

見かねたレグルスが腰を屈めると、少女は彼の髪を搔き乱す。

一行が仲睦まじく騒いでいると

 

「少し黙れ、お前ら。“あの方”のお出ましだ、ケケッ」

 

カラスのくちばしを模した防護マスクの怪物が、癇に障る寄声を上げて制止する。

その視線の先は完全な闇に包まれ、誰がいるのは視認できなかった。

だが鼓膜を刺激する絶え間ない雨音と、時折響く天を裂く轟音が、あの方と呼ばれる男の存在を物語る。

同じ空間にいるのを想像しただけで、肌がひりついた。

脂汗が滲んで、まともに声が出せなくなった。

心臓を鷲掴みにされたような嫌悪感が、全身に走った。 

今まで出逢った強者にはない、死が足音を立てて迫る恐怖。

それを彼女は、彼から感じ取った。

次元が違う。

力が法となる世界ならば、この男こそ―――真に世界を統べるに相応しい。

 

「久しぶりだな。皆の衆」

「いつ頃から、いらっしゃったのでしょう」

「数刻前だ。お前たちの忠誠心と目的意識が、どれほどか試していた」

 

冷淡に吐き捨て、男は続ける。

 

「お前たちは緊張感が欠けている。我らは夜に瞬く凶星、迂闊に動けば目立つ。慎重な行動を心掛けろ」

「ハッ!」

「黒の城への報復は、我々の悲願。我々の復讐は我々の手で遂行しなければならない―――理解しているな?」

「御意」

 

集った部下たちが一斉に返事すると、あの方は二の句を継いだ。

 

「レグルス。例の計画の進捗はどうだ?」

「夜明けの王国にて、微弱ですが蝗の皇の生体反応が確認された模様。復活は秒読みかと」

「素晴らしい結果を出してくれた。よくやった」

 

功績を讃えられた大男は、あの方と呼ばれる男に、忠誠を誓うかのように首を垂れる。

 

「ミセル、そちらの手筈は」

「こちらも抜かりないです。でも踊り子に封印された力を取り戻すための作業が、上手くいかなくて。なので協力を要請したいです」

「“蝗の皇”と“渦巻く神獣”の復活。どちらが欠けても、例の計画は成功しない。了解した。クルトゥーラをそちらに回す」

「やったぁ。クルトゥーラ、一緒の任務だね!」

 

ミセルが飛び跳ねてはしゃぐ。

 

「よろしくな、ミセル」

「うん!」

「どうだ、奴と邂逅した感想は」

 

男の一言が、夢見心地な彼女を現実に引き戻した。

安易な発言をすれば、彼の機嫌を損ねてしまう。

頭に浮かんだ一言一言を慎重に選びつつ、言葉を絞り出す。

 

「王国の破滅を告げて、あの男の感情を逆撫でした後、、適当に痛めつけておきました。あなた様が出るまでもないかと」

「……なるほど」

 

神妙な様子で、顎に手で触れて遠くを眺めた。

魔王軍と死闘を繰り広げて、生き残った悪運は折紙つき。

もしも……。

もしものことがある。

クルトゥーラはかねてよりの疑問を、あの方に問いただす。

 

「奴を殺さないのは何故ですか。我々の計画の邪魔になるのが目に見えています。障害になりそうな芽は、若い内に摘むべきかと」

 

周囲にいた誰もが口を慎むも、視線が彼女一点に集中する。

禁じられたわけでもない一言を、誰もが本人に聞くのを躊躇していた。

 

「あの男の性分なら、いずれ七帝と衝突する。敵同士で潰しあうなら、我々もやりやすい。利用価値があるから生かしておく。他意はないが」

「ガーハッハッハ、流石俺たちの見込んだお方。なかなかの合理主義だぁ!」

「はぁ……」

 

緊迫した雰囲気が流れるも、彼はあっけなく返答した。

クルトゥーラは、腑に落ちないといいたげに口を尖らせて、あの方を見つめる。

理由自体は、それなりに納得のいくものだった。

魔王といえども、自らを追い詰めた人間を野放しにしておきたくはない。

殺す機会さえあれば、すぐにでもトドメを刺したいはず。

だがそれは、クロードをデンメルンクに誘導する理由にはならない。

万が一の可能性を考慮するならば、教えるのは百害あって一利なし。

―――否、まるで彼に計画が阻止されるのを前提で動いているような、そんな違和感を彼女は覚えた。 

 

(といっても、この方は肝心なことを話したがらないからな)

 

考えごとをしていると

 

「随分と歯切れが悪いな、クルトゥーラ」

「いえ、滅相もない」

「まぁ、構わんさ」

 

腹に一物かかえた物言いで、彼は睨む。

うつむく彼女は体を縮こまらせて、怒りが収まるのを待った。

荒れ狂う嵐が、何事もなく通り過ぎるのを、家で祈るように。

 

(私は、私の目的さえ果たせればそれでいい……)

 

「他に質問や意見はあるか? よい案なら取り入れよう」

「特にはありません」

「右に同じく」

「王国での“蝗の皇”復活の儀式と、内通者との情報交換。大事な役目を、お前たちのどちらかに任せたい」

 

レグルスとインサニアの顔を交互に見合わせて、あの方と呼ばれる男が訊ねた。

実力ならば、レグルスが格上。

この一件は、どちらでも問題なくこなせると判断してだろう。

 

「デンメルンクでの工作は僕に、俺に、私に、お任せください」

「うむ、レグルスはどうしたい?」

「そいつがやりたいみたいですし、任せますよ」

 

二つ返事で了承すると、あの方も間断なく喋る。

 

「インサニア、期待しているぞ」

「イヒヒ、仰せのままに。必ずやあなた様の望む成果をお持ちしましょう」

 

狂気的なまでの、あの方への崇拝。

血で手を汚してでも目的を遂行する、狂気の怪物。

外ではこれからの波乱を告げるかのように、雨音に混じって轟音が轟いた。

 

「では諸君の健闘を祈る―――全ては黒の城への報復のために」

「全ては黒の城への報復のために」




あの方 ENTJ
「我らが目的のため、戦友と共に覇道を往く」

レグルス ESFP
「ガーハッハッハ! どいつもこいつも、俺様の敵にならねぇ。もっと強いヤツと戦わせろぃ!」

クルトゥーラ ISTJ
「死神の役目―――それは死を目前にした命を刈ること。今こそ、生けとし生ける命を摘み取る時」

ミセル ISFJ
「えへへ~、皆がいれば敵なしだよね」

インサニア INTP
「この世界は、あの方が統べるに相応しい。全ての命は、あの方の元へ還るのだ。イヒヒッ!」

序列は

あの方>>>>>>>>>レグルス>>>クルトゥーラ>>>インサニア≧ミセル

です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 悪夢の叫び声

「……ノーラ、無事か」

「……ええ」

 

俵でも担ぐように彼女を持つクロードは、奥歯を食いしばって一歩一歩進んでいく。

視線の先には、木の柵に覆われた木造の家々が建ち並ぶ村が見えた。

 

「あと少しだぞ、頑張れよ……」

 

ノーラに、そして自分に言い聞かせるように語りかける。

門番に会釈して、村に入ると

 

「この女性、シャーフに向かった冒険者の方ですよね。英雄様も、怪我してるようですけど」

 

鼻のホクロが特徴的な、ボロの布服を着た青年が慌てふためいて、早口でまくしたててきた。

目立った外傷はないものの、様子から察してくれたのだろう。

大げさに騒がれると、組織に迷惑がかかる。

 

「たいした怪我じゃないさ。仲間だけ頼むつもりだ。ほら、ピンピンしてるだろ」

 

元気を見せつけようと、クロードは右肩をぐるぐる回すと

 

「……危ない……しょ……落ちたら……どうする……」

「……すいません、自重します」

 

と、ノーラから叱責される。

こんな時まで、彼女から説教されるとは情けない。

 

「悪い、ノーラを教会に運ばないといけねぇんだ。じゃあな」

 

教会に送り届けた後、外で青年が佇んでいた。

 

「あんたも、ここに何か用なのか。それとも俺たちに?」

「はい。襲われて災難でしたね。これ、よかったら持っていきます?」

 

青年は腕いっぱいに抱えた、色とりどりの薬草を見せつける。

その中でクロードの眼を惹いたのは、白のはなびらに筋の入った可憐な植物。

魔法によって、一時的に視力を失った際に効能がある閃光花。

夜間に発光する花で、煎じて飲むと仄かな甘みがして、飲み物としても美味しい。

他にも売れば、それなりの値段になる花々を持っていた。

この青年、植物の観察眼がなかなか優れているようだ。

 

「う~ん、どうしようか」

 

おせっかい焼きというのは、自らの好意を感謝されるまで、頑固で折れないものだ。

彼に構う暇は、あまりない。

ありがたく頂戴して、この場をやり過ごそう。

右手を伸ばすと、青年はほっと息をついた。

 

「くれるっていうなら貰おうか。助かったよ。それよりあんた、見ない顔だけど」

「半年ほど前に王国付近の海辺の街から、こちらに越してきたんです」 

「ああ、アンゲルンの港町かな。飯は旨いし、いい場所だよな」

「よくご存知で」

 

寄り道がてら何度か訪問した港町に、二人は花を咲かせる。

王国の近くにあるだけあって、アンゲルンの港町は、観光客で栄えていた。

水揚げされる魚介類や、魔物の郷土料理はどれも絶品。

屈強な冒険者の出身地としても名高く、仲間の一人、ブルンネが生まれ育った場所だった。

故郷の話をする青年の表情は柔らかく、子供のようなあどけなさに

長年住んだ故郷を捨てて、娯楽もない片田舎に引っ越してきたのか、気掛かりに思った。

都会と比べると、生きる上では相当不便だ。

気にはなったが仲間と合流する目的を思い出し、適当なところで会話を切り上げようと、彼に訊ねた。

 

「なぁ。最近、男女7人の団体客を知らないか」

「それなら宿屋に宿泊されているようですよ。ご案内しましょうか」

 

狭い田舎だ。

宿屋とだけ伝えてもらえれば、だいたいの居場所はわかる。

 

「いや、そこまでしてもらったら悪いよ。薬草ありがとな。次に会った時にでも礼させてくれ」

「ご大事に」 

 

老朽化した宿屋からは隙間風が吹いており、冬場に泊まるには毛布一枚では肌寒い。

地元住民の間では、体を温めるものを持参するのが、宿屋に泊まる際の暗黙のルールだった。

毛布をもう一枚要求すると、別途料金が発生するからである。

主人に訊ねると相好を緩ませて

 

「2階は全部、団体さんの客室だよ」

 

と、上機嫌で教えてくれた。

冒険者は樹液に群がる虫のように、上手い話のある都会に集まるもの。

田舎村の宿屋に宿泊する冒険者など、そういない。

数日間滞在している彼らは、ありがたい存在なのだろう。

 

「さて、どうすっかな」

 

宿賃を払って急な階段を登ると、横幅が路地裏のように狭い廊下を見渡した。

誰かが飛び出して、ぶつかったりしないか。

そんなことを想像してしまい、いつ訪れても、なんだか落ち着かない。

一度嫌なことを考えてしまうと、次々に不安が鎌首をもたげてくる。

悪感情に押し潰されそうな己の頬を叩いて、気合を入れた。

彼女の仲間も、帰りを心配していることだろう。

右開きの扉に当たらないよう、注意を払って、手前の扉をノックする。

 

「あんたらの仲間に諭されたクロードだ。これからは組織の一員として、よろしく頼む」

「あぁ?!」

「すぐ開けま〜す!」

 

二人の声がして、扉が開け放たれる。

クロードは飛びこんできた光景に、目を白黒させた。

右半分が笑って左半分が泣いている、左右非対称の不気味な仮面。

その仮面は額から鼻の部分まで亀裂が入り、いつ真っ二つになっても不思議ではなかった。 

部屋の片隅には、革の鞘入れに収められた大剣が壁に立てかけてある。

おそらく仮面の男の武器だろう。

 

「おっはよ~う。クロード兄」

「お、おはよう」

 

男の背後にいる、年端もいかない金髪碧眼の少年ははにかむと、馴れ馴れしく挨拶した。

半袖のシャツと膝までのズボン。

肩にケープを羽織った、機能性を重視した軽装。

彼らが、小さな種火の仲間なのか。

彼女が怪我をさせたことを切り出しにくく、言葉に詰まっていると

 

「おい、ノーラさんはどこだよ。一緒に来たんだろ?」

 

仮面の男が、彼女の居所を訊ねてくる。

一挙手一投足を舐めるように観察する視線に、嘘は通用しなさそうだ。

 

「ああ、それは……」

 

クロードは正直に、これまでに起こった経緯を伝えた。

誤魔化すと、シャーフでの滞在が長引いたかを説明できない。

 

「ケッ、帰りが遅いはずだぜ」

 

仮面の男は悪態をつくと、膝に蹴りをかます。

予想だにしない一撃に、クロードは咄嗟に後ろに飛ぶ。

 

「い、いきなり何しやがる」

「ノーラさんに怪我させやがって。男の風上にも置けねぇな。まぁ、いい。自己紹介だ」

 

アイクは間髪入れずに、言葉を続けた。

 

「俺はアイク·シュミット。火の魔法を究めんとする者。仲間内では“鉄火の剣士”と呼ばれている」

「テオ・クラインだよ。魔法の骨董品があったら、僕の所まで持ってきてね」

「俺はクロード……」

「お前の説明はいらねぇよ、有名人だし。仲間に引き入れようとした人たち、追い返してたんだろ? とんだクソ野郎だな」

「なぁ。残りの組織の人間は、どこかにいってるのか。姿が見えないけど」

「……」

 

事実を突かれ、その場から離れたい一心でクロードが聞くと、仮面の男は沈黙する。

 

「村の近くの魔物退治してくれてるんだよね。アイク兄」

「おい、バラすなよ」

 

無言を貫くアイクに向かって、テオが口を挟む。

首を突っ込まれたくない案件なのか。

 

「お前には関係ねぇよ」

「アイク兄、クロード兄はもう仲間なんだよ。ちゃんと教えてあげないと~」

「……ハァ。本当に元気だな、テオは」

 

薄笑いを浮かべる少年は、仮面の男を困らせるのが目的と、言外に匂わていた。

子供の無邪気さには敵わない。

アイクが吐いた溜め息からは、そんな言葉が漏れ聞こえてくるようだった。

 

「お前には関係ないだろ。テオ、ノーラさんの元に急ぐぞ」

 

それだけ言い残すと、二人は階段へと向かっていく。

彼の言う通り、無理に馴れ合う必要はないだろう。

それでも今は、小さな種火の一員なのだ。

邪険に扱われたことにムッとして

 

「待てって、俺もあいつの所にいくよ」

 

クロードが声を大にして追いかけようとした、その時

 

「ぐあああああぁ、おおおぉ!」

 

何者かの叫びが、村一帯に響いた。

魔物でも動物の鳴き声でもない―――明らかに人から発せられた絶叫が。

 

「な、何があったのかな……」

「わからない。だが嫌な予感しかしねぇ」

 

アイクにしがみつくテオが、恐る恐る彼に聞いた。

 

(街中で誰かが騒いでるだけならいいが、これは……)

 

おおよその見当があったクロードは、眉間に皺を寄せる。 

 

「……アイク。あれは子供に見せるものじゃねぇ。テオを部屋に戻すんだ」

「ああ!? いきなり何を……」

「僕だって、小さな種火の一員で……」

「いいから俺に従え!」

 

言葉を荒げると、二人から動揺の色が見えた。

負の感情というのは、すぐ周りに伝染していく。

 

(落ち着け、俺。年長の俺がしっかりしねぇと……)

 

鼻に意識を集中させて、ゆっくり深呼吸した。

師から教わった呼吸法で、精神を落ち着けると

 

「長い間冒険者を続けてりゃ、一度は嫌でも見ちまうもんだ。“魔物に魅入られる”瞬間を」

 

直接的な言い回しを避け、比喩を交えてアイクに伝えた。

目配せすると

 

「チッ、確かにテオの目に毒だな。癪に障るが、ここはお前に従ってやる」

 

納得したのか、聞こえるように舌打ちした。

 

「僕抜きで話を進めないでよ」

「テオ、頼むからいい子にしててくれ。子供が知らなくていいものから守るのは、年長者の責任ってもんなんだ」

 

仮面の男は静かに、少年の肩に手を置いて、部屋に入るよう促す。

有無を言わさぬ発言だが、言葉の端々から、大人としての矜持を感じさせた。

彼が見守っていれば、少年に危害は及ばないだろう。

 

「任せたぜ、アイク」

 

それだけ言い残すと、クロードは階段を足早に降りていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 電撃の抱擁

叫びを聞きつけて宿屋を飛び出すと、村の真ん中の井戸のあたりに、村人が群がっている。

 

「こうなったら、もうダメだろ。早く殺さねば、オイラたちが殺されるぞ」 

「だから言ったんだ。余所者は、災いを招くって」

 

物騒な発言に、クロードは眉をひそめて辺りの様子を伺う。

村人たちの手には棒切れを持っており、その先端にはで真っ赤な液体が滴っている。

近寄ると散歩で疲れた犬のような、激しい息遣いが聞こえた。

何が行われているのか、年端もいかない子供でも分かる。

知りたくない、見たくない。

心の中でそう思っていても、人というのは好奇心には勝てないらしい。

叫びが鼓膜を震わせる度に、嫌でも視線はそちらに向いてしまう。

 

「うがああああぁあ!!!」

 

耳をつんざく金切り声に、思わず掌を耳に押し当てて塞ぐ。

 

「あんたら、どうしたんだ」

 

意を決して話しかけると

 

「英雄様だ!」

「頼みます、こいつをさっさと始末してくだせぇ!」

 

と、方々から歓喜の声が上がる。

 

「とりあえず、どいてくれ」

 

クロードが言うと、何かを囲っていた村人は、蜘蛛の子を散らすように去っていく。 

目を凝らすと、そこには彼が脳に思い描いていた最悪の予想が、現実のものとなっていた。

爬虫類のうろこのような肌。

蛇のように、二つに裂けた舌。

額の皮を突き破る、ユニコーンに酷似した一本角。

匕首(あいくち)の刃みたいに、鋭く尖る爪。

背中から生える、コウモリを彷彿とさせる黒翼。

魔物変異症(メタモルフォーゼ)。

黒の城が天に現れたのと同時期に発生した、原因不明の病。

しかし、悲劇はそれだけに留まらなかった。

人というのは、彼らが人ならざるものになってしまった、もっともらしい理由を求めるもの。

税を収めるのが遅れていた、信心を忘れていたなどなど……。

後づけの理由をあれこれと並べ、魔物変異症の患者とその家族を、社会から排除する。

魔物変異恐怖症(メタモルフォビア)。

この村人らは、まさにその典型的な人間たちである。

 

(もっともらしい理屈で自分の暴力行為を正当化しやがって。全く、どっちが魔物だかわかりゃしねぇな。あんたらにだって脛に傷の一つや二つ、あるだろうが)

 

言葉にこそしなかったが、不快感が彼の顔に現れる。

魔物との間に産まれた不義の子。

頬の目玉が原因で、奇異の眼差しを向けられた半生を送ったクロードは、殺されかけている青年と自分を重ねた。

真意不明の風の噂だが、とある一族の娘が村の人々から暴漢に襲われて子を身籠り、後に投身自殺をしたという。

 

(それが本当なら醜いのは、自分自身を省みない、こいつら自身なんじゃないか)

 

近づいたクロードは魔物になりかけた男の顔を、まじまじ見る。

すると鼻の下に、ホクロがあることに気がついた。

村人の余所者の一言で、うすうす察しはついていたが、それを見た瞬間に疑念が確信に変わる。

間違いない、彼はあの……。

 

「……嘘だろ。なんで俺の関わった人たちに限って、不幸になるんだよ。ちくしょう……」

 

あの青年とは、ただ二言三言交わしただけの間柄。

彼の人となりも、どんな人生を歩んできたのかも、クロードはほとんど知らなかった。

だが私刑を加えられ、人々から疎まれながら、死を遂げねばならないほどの罪が、青年にあったというのか。

先ほど親切にしてくれた青年を哀れむクロードは、感極まって彼を抱きしめた。

 

「ググ……人間……喰ウ……ヒヒ……」

 

狼の牙の如く、肉を食いちぎるのに適した形の歯を剝きだして、嚙みつきにかかった。

口許からは、涎がだらだらと垂れている。

彼からすれば、カモがネギをしょってきたようなものなのだろう。

 

「こら、英雄様に何すんだ。こんの化け物!?」

 

身を案じた村人の一人が、手の棒を振り下ろす。

―――まずい、このままでは彼に当たる。

自然と体が動いて、とっさに木の棒を片手で受け止める。

掌がヒリヒリと痛んだが、何より人と人が争いあう世の中への遣る瀬なさに、彼は顔を歪めた。

 

「英雄様、だ、大丈夫ですかい?!」

「っ、手を出すのはやめてくれ!」

 

一喝すると村はしんと静まりかえって、村には獣のような唸り声だけが虚しく響いた。

冷たい村人の瞳からは

 

「何故、魔物の味方をするのか」

 

との、呪い節が聞こえてくるようだ。

 

「どういうおつもりで!?」

「この魔物の逆撫でしたら、あんたらが襲われるだろ。だからだよ」

 

即興にしてはそれらしい言い訳が思いつき、間髪入れずに返事する。

 

「英雄様、すいやせんでした。そこまで頭が回らず……」

 

得心した村人は、クロードに平身低頭して謝罪した。

我ながら、上手く口が回るものだ。

クロードは心の中で自画自賛すると、安堵の溜息を漏らす。

 

「……いえ、気になさらず。あとは俺に任せてください。皆さんは住民の避難を」

 

住民に勧告したものの、青年の生死が気になるのだろう。

その場から、全員が離れることはなかった。

 

「ゴ……ゴ……殺殺……ズ……オマエ……ラ……」

「ひ、ひぃっ! 頼みますよ、英雄様」

「はい、ですから早くここから……」

 

脅された村人らは、みるみるうちに顔面を蒼白させて遠ざかっていく。

住民が周囲にいなくなったクロードは、閑静な村の中心で、一人考えた。

どうしたらいいのか、頭では理解していた。

だが、踏ん切りがつかなかった。

どんなに善人を気取っても、自分は村人と同じ穴の狢。

魔物になりかけた青年に手を差し伸べても、彼を救えない事実が覆りはしない。

自分の慰めにしかならないのだ。

 

「なぁ、あんた。言い残すことはあるか」

「……いぎ……だ……」

 

もし叶えられる望みなら、叶えてやりたい。

安易な気持ちで放った一言に返ってきた言葉に、彼は込み上げる感情を飲み込む。

 

(ああ、そうだよな。誰だって生きたいよな。俺だって、あいつらに生きててほしかった)

 

生物として、当たり前の願いを叶えてやれない。

しかし魔物となったが最後。

魔物変異症が進行すれば、破壊欲に身を任せて、周囲一帯に被害を及ぼしてしまう。

誰かが、手を下さねばならない。

力なき人々を守る、英雄としての使命。

彼が殺戮を犯す前に、命を断つべきだという合理性。

それらが大挙して、彼を殺せと追い立てる。

きっと、これは正しい選択なのだろう。

ほとんどの人間は彼の命を奪っても、咎めることすらしないだろう。

仕方なかった。

あなたは、よくやった。

泣き言をこぼせば、そのような慰めの言葉が返ってくるのが、容易に想像がついた。

だがしかし、仮に正しければ、何をしても許されるのか。

―――それが人を死ぬまで痛めつけて、殺すことであっても。

答えのでない問いかけが、殺すべきと殺したくないの相反する感情で満たされた頭を、更にこんがらがせる。

やがて胸に秘めていた感情は、増水した川の水が溢れるように言葉となる。

 

「悪いな、それは無理なんだ。ごめんな、救えなくて……助けてもらったのに恩を仇で返す真似して」

「……ヴヴ……ギギギ……憎イ……人間……」

「―――瑞雨蒼雷流」

 

誰にも看取られない最後を迎えるよりはいい。

孤独な彼を抱きしめると、二人の体を青の雷が覆う。

 

「……不甲斐ない俺を憎んでくれ。憎むべきは俺だ。あの村の人たちを、恨まないでやってくれ」

「ぐおおおぉっ!!!」

 

叫びは徐々に小さくなっていき、魔物はほどなくして息を引き取った。

そっと地面に置くと、彼の亡骸は全てを呪うかのような、苦悶に満ちた表情を浮かべていた。

それを呆然と眺めていると、いつしか生暖かいものが頬を伝う。

 

「馬鹿野郎、何が英雄様だよ。クソッタレが……人一人の命だって救えないのに!」

 

目の前で逝った彼を見て、昂った感情の行き場をぶつけるように、地面を思い切りぶん殴る。

それが彼への罪悪感のせいなのか、自分可愛さなのか。

彼自身にもわからなかった。

 

(人殺しに泣く権利なんかあるのかよ……泣きてぇのは、あの男の人の方だろうが)

 

使命を背負った自分に、悲しみに暮れる暇はない。

腕で乱暴に涙を拭って青年の死を知らせると、村人たちは大はしゃぎでクロードの手を引き、酒場へと案内する。

楽しげな村人らの傍らで、能面のように冷めた面持ちをした彼がいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 罪と救済

RPG風能力値



クロード Lv10 



スキル 霹雷へきらいの英雄 1ターンに2回行動



HP 150

MP 90

攻撃 116

防御 75

魔法攻撃 100

魔法防御 75

敏捷 130

知力 80

魅力 100

運 120



装備



武器 指ぬきグローブ 攻撃+6

防具 雷の道着 防御+5、魔法防御+5



魔法·必殺技



瑞雨蒼雷流・奔雷ずいうそうらいりゅう・ほんらい MP30 2ターンの間、3回行動。







ノーラ Lv10



スキル 光神の理力 バトル終了後にMP10%回復



HP 80

MP 145

攻撃 85

防御 65

魔法攻撃 105

魔法防御 80

敏捷 60

知力 130

魅力 130

運 70



装備  



武器 火光かぎろいの短剣 攻撃+15、魔法攻撃+15、MP15

防具 革鎧 防御+5  



魔法·必殺技 



フランマ MP8 単体に火属性魔法。

レフェクティオ MP10 対象のHPを25%回復。   

アニムス=フォルティス MP25 味方全体の攻撃、防御、素早さを1.2倍上昇、光属性魔法の回復量1.5倍。







クロードは純粋な攻撃要員、道具係として扱いやすく、全体的に能力値が高水準。

ノーラさんはMP、魔法攻撃、知力、魅力が高めで他の能力は微妙な、器用貧乏な魔法戦士といった感じ。

やれること自体は多才なので、守ってあげられれば、PTに貢献できるのが救いですね。


青年との一件から数日後。

 

男女数名を引き連れた、刀を腰に掛けた男は戻ってくるや否や

 

 

 

「過去を引きずって歩みを止めた偽りの英雄など、組織(俺たち)に必要ない。消え失せろ」

 

 

 

失礼な物言いで、クロードを罵った。

 

 

 

(いきなりなんだ、この野郎……)

 

 

 

言い返せれば、どんなによかっただろう。

 

野良猫を彷彿とさせる、何人たりとも信じない鋭い目つきと、あふれでる闘気に気圧されて、彼は黙り込んでしまった。

 

この組織の男どもは、全員こんな攻撃的な連中ばかりなのか。

 

眉間に皺を寄せながらも、怒りを鎮めようと呼吸を整えていると、刀の男の背後から、巻き髪の女が顔を覗かせた。

 

袖がちぎれた修道服を着ていたものの、それについて周囲が言及する様子はない。

 

理由は不明だが、おそらく自分の手で破ったのだろう。

 

 

 

「まぁまぁ、バルドリックさん。つらい過去との向き合い方や立ち直るのに必要な時間は、人それぞれですから」

 

「えっと、あんたは?」

 

 

 

深紅の瞳に見つめられたクロードが問う。

 

 

 

「私はルイーザ・クラウゼ。彼はバルドリック・エアハルト。この人、素直でないだけなんです。私の顔に免じて許してあげてくれませんか?」

 

「ま、まぁ、俺もあんたらと仲良くしていきてぇしな。しょうがねぇなぁ、まったく」

 

 

 

彼女の柔和な笑みにすっかり毒気を抜かれて、クロードは鉾を収めた。

 

頭を搔きながら鼻の下を伸ばす彼を、小さな種火の面々は白い目で眺めていた。

 

 

 

「あらあら。想像していたより、ずっと素直で可愛らしい男の子じゃないですか。ねぇ、バルドリックさん?」 

 

 

 

ルイーザは首を傾げて、刀の男に訊ねる。

 

黒髪の毛先をいじりつつ微笑む姿は、男の精を喰らう魔物のように妖艶だった。

 

 

 

「……いくぞ、ルイーザ。アイク、この男が悪さをしでかさないか、同行して見張っておいてくれ」

 

「えーと、俺がですか?!」

 

「最後までこの男を仲間にすることに反対していたのは、俺とアイクだけだろう。頼めるのはお前しかいないんだ」

 

「そういうことなら……」

 

 

 

渋々了承した彼にクロードが

 

 

 

「よろしくな」

 

 

 

と伝えるも、返事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ノーラの怪我が完治した翌日

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたの?」

 

「騒がしいのが静かで、いいじゃないですか、ノーラさん」

 

「ん、ああ。なんでもないよ」

 

 

 

憎まれ口を叩く彼を無視して、曖昧な返事をする。

 

ノーラとアイク含めた三人で旅をしている最中も、クロードの頭の中は青年のことでいっぱいだった。

 

これからも救えずに亡くなる命と、向き合わねば。

 

 

 

(守るとか大言壮語を吐いても、人が死んじまったら何の意味もねぇな……)

 

 

 

まだ彼が亡くなって日が浅いせいか、悲観的な考えばかりが頭を過った。

 

後ろ向きでいると、早世した者たちに生きていてほしかった真摯な思いさえ、軽々しいものに感じてしまう。

 

彼が俯きがちに歩いていると

 

 

 

「あれが暁の要塞とも称される壁ね」

 

 

 

突然ノーラが歓喜の声を上げた。

 

顔を上げると、見慣れた城壁が視界に入る。

 

口数少ないクロードを心配してか、彼女は彼の方を向くと

 

 

 

「ほら、シャキッとしなさい。そろそろあなたの大好きな人たちと過ごした、思い出の場所に着くわよ」

 

 

 

肩を叩いて、クロードに早く歩くよう促した。

 

彼女がいなければ、いつまでも気に病んでいたのは、想像に難くない。

 

隣に仲間のいるありがたさを嚙みしめつつ、彼はノーラと軽口を叩きあう。

 

 

 

「はいはい、わかったよ。柄にもなく元気だねぇ」

 

「だって王国に行く機会なんて、数えるほどだもの。でもあなたみたいに、節度のない騒ぎ方はしないわよ」

 

「ホントか~。一人ではしゃいで、はぐれたりするんじゃねぇか」

 

「そ、そんなことしないわよ! あなたじゃあるまいし!」

 

 

 

頬を赤らめて走り去る彼女の背中を、男二人が追うと、王国の壁が眼前に現れる。

 

 

 

「うひょ~、やっぱ実物と絵で見るのは別物だな」

 

 

 

クロードが心に浮かんだ言葉を、そのまま声にすると

 

 

 

「……すげぇ」

 

 

 

後ろからついてきたアイクも、思わず感嘆の声を漏らす。

 

水害から守るため、防水性の高い水竜の鱗をふんだんに使った第一の壁は、太陽の光を反射してキラキラと輝きを放つ。

 

透き通る海の水面が、壁にでもなったかのような光景に、一同は息を呑む。

 

ネズミ一匹の侵入すら許さない砦は、暁の要塞の尊称に恥じない堅牢さを誇っていた。

 

手続きを終えて、アーチ状の門を三つ通り抜けて、王国内に入ると

 

 

 

「安いよ、安いよ~」

 

 

 

無数の客引きの声が、鼓膜を震わせた。

 

道の両端には、レンガ造りの建物が並んでいる。

 

活気ある街並みは、あの頃と何も変わりない。

 

潮風が運ぶ磯の匂いを嗅ぐと、クロードは王国に帰ってきた実感が沸いてきた。

 

 

 

「お腹がすいてきたわ、昼ご飯にしない?」

 

「そうですね」

 

「なら俺についてこい。とっておきの所に案内してやっからよ」

 

 

 

クロードに言われるがまま、大理石の道路を道なりに進むと、大通りにでた。

 

そしてそこには、大人が寝られそうなほどの大きさの白い物体が、鉄の板に乗っていた。

 

それが何なのか理解できずに、二人は顔をしかめている。

 

 

 

「ねぇ、クロード。あれは?」

 

「クラーケンの吸盤だよ。デケェだろ?」

 

「えっ!? まさか、あれを食べるの?」

 

「正解。焼く前に、面白いもんが見れるぞ」

 

 

 

彼の視線の先にいる黒衣の男は、わざとらしく口角を吊り上げていた。

 

 

 

「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。名物クラーケン焼きの前に、刃物より切れ味鋭い風の魔術をご賞味あれ。皆さま、私から離れてくださいませ」

 

 

 

黒衣の男に促され、鉄板を囲んでいた民衆が、蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 

男が呪文を唱えると、一陣の風が吹き荒れて、吸盤は見事に一口大になっていった。

 

切り方は乱雑なものの、それすらも仲間と一緒なら笑って楽しめる。

 

 

 

(これからは、ノーラたちとの思い出の味になるのかな……)

 

 

 

ルッツらとの過去を思い出したクロードは、感傷に浸っていた。

 

 

 

「こ、これがクラーケン焼き?! 想像してたより凄いわね。実物はどれくらいの大きさなんでしょう」

 

「味も想像以上だぜ。おっちゃん、クラーケン焼きを3人分」

 

「あいよー」

 

 

 

熱々の鉄板に乗った切り身かは、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。

 

待ちきれずに注文すると、アイクが食ってかかってきた。

 

 

 

「おい、人の分まで勝手に……」

 

「食い物は粗末にしねぇよ。お前がいらないっていうなら、俺が責任もって食うだけだし。文句あるかよ」

 

「誰もいらないとは言ってねーだろ!」

 

 

 

(ホント、捻くれてて可愛くないやつだな)

 

 

 

心の中で、彼への文句を呟いた。

 

アイクが仮面を取り外すと、包帯をぐるぐる巻いた顔が露わになる。

 

周囲に目を配ると、アイクを奇異の目で見る民衆は秘密を耳打ちするかのように、こそこそと何かを話していた。

 

 

 

(顔を隠してるの、触れないでおくか。秘密の一つや二つ、誰でも持ってるしな)

 

 

 

深く詮索することなく、クロードは久々の好物に舌鼓を打つ。

 

 

 

「ではノーラさん、ご感想をどうぞ」

 

 

 

クロードは耳を、彼女の口許に近づけて聞いた。

 

 

 

「素朴な味で、具材のよさが生きてるわね。調味料が控えめな所も、私は結構好みよ」

 

 

 

突然の質問にも、ノーラは無難に返答した。 

 

よくいえば常識と良識のある、彼女らしい発言だった。

 

 

 

「アイクはどうだ」

 

「……味は想像通りだな。まぁまぁ旨いんじゃね。いい店知ってんじゃねーか、お前にしては」

 

 

 

彼女に質問した時点で、自分にも聞かれることを覚悟していたのだろう。

 

淀みなく話すと余計な一言を付け加えて、彼は押し黙る。

 

だが素直でないなりの、最大級の賛辞なのかもしれない。

 

 

 

「まぁ、それなりに満足してくれたみたいでよかったぜ。旨い食い物はたくさんあるんだ。見て回ろうぜ」

 

「お腹は膨れたから、そろそろ武器や防具、調度品の調達をしたいんだけど。どこにあるか知ってる?」

 

「こいつの脳みそ、食い物のことしか頭になさそうだし、知らないんじゃないですか?」

 

 

 

無神経な言葉に、クロードの頭に血が昇る。

 

 

 

(人がせっかく親切にしてやってんのに……少しは感謝の言葉とか、あってもいいんじゃねーのか)

 

 

 

「ほぼ初対面の俺を蹴ろうとしたり、お前ホントに失礼すぎんだろ!? そういうお前は、人の悪口のことしか詰まってねーんじゃねーか! 陰湿クソ仮面!」

 

「なんだと、蛇目のチンピラが! 上等だ。どっちが上か、白黒はっきりつけようじゃねぇか!」

 

「あ、あなたたち、落ち着いて。公共の場での喧嘩は、ここで暮らしてる皆さんの迷惑よ」

 

 

 

ノーラはあわあわしている横で、二人は睨みあう。

 

そのまま言い合いをしていると、彼らの仲裁に入るかのように、琴の穏やかな旋律が風に乗って流れてきた。

 

クロードとアイクは音のした方を見遣ると、何やら人だかりができている。

 

 

 

「すいません、ちょっと通ります」

 

 

 

気になった三人が人々を搔き分けると、白の羽根飾りが特徴的な帽子を被る男が、弾き語りをしていた。

 

恍惚とした表情で音楽に聞き入る民衆とは対照的に、男の淀んだ瞳からは、まったく生気を感じられない。

 

王国を訪れてから愛想よく振る舞う人々を見ているせいか、男の弾き語り姿は、クロードにはいっそう不気味に映った。

 

 

 

「さぁさぁ、皆様のために最後に一曲。これは失われた歴史の禁忌に触れてしまい、ついには精神に異常をきたしてしまった、悲劇の男の物語―――蝗皇こうおう」

 

 

 

前口上で場を盛り上げると、観客たちの手から銀貨が投げられる。

 

男の足元には、金貨や銀貨がちらばって、足の踏み場もない。

 

だが慣れているのか、男は意に介した様子もなく演奏に集中していた。

 

見た目からは想像もつかない、透き通るような声で、男は歌い始める。

 

ほどなくして演奏を終えた男は

 

 

 

「今日は店仕舞いだ。次の開演場所は風に聞いてくれ」

 

 

 

落ちた硬貨を拾い始めた。

 

自分たちも、そろそろリズの元に向かおうか。

 

そう考えた矢先、吟遊詩人と目が合う。

 

 

 

「おい、そこのあんた、英雄のクロードだろ。いいねぇ、羨ましいねぇ。実は俺の祖先も英雄でな」

 

 

 

初対面とは思えない馴れ馴れしい態度で、話しかけてきた。

 

 

 

「おおっと、自己紹介が遅れたな。俺はマグフリート・リントヴルム」

 

「ああ、よろしくな」

 

「そんなことより聞いてくれ。俺には病気の妹がいるんだが、治療するための金がなくてな。少し恵んでくれねぇか」

 

「まぁ、いい歌を聞かせてもらったしな」

 

 

 

この金で、その妹が救えるなら安いものだ。

 

クロードは二枚の金貨を取り出して、彼に手渡す。

 

 

 

「へへ、言ってみるもんだな」

 

「おい、本当に金に困ってるんだろうな?」

 

 

 

彼が眉根を下げると

 

 

 

「今更になって、金返せって言うなよな。この金は俺のもんだ。見学料として考えれば破格だぜ」

 

 

 

吟遊詩人の男は開き直ってみせる。

 

 

 

(なんだ、このおっさんは……)

 

 

 

呆れて相手するのも馬鹿らしくなっている間に、男は金貨をせこせこ巾着袋に入れて、風のように去っていった。

 

 

 

「どんな教育を受けてきたら、顔色一つ変えずに人を騙せるようになるんだ」

 

「知らない人に物を貰ったり、あげたりしちゃダメよ」

 

「うるせぇな、子供扱いすんな! 母ちゃんか姉ちゃんのつもりかよ。正論おばけめ!」

 

「何よ、その言い草は。私はあなたの母親でもお姉さんでないわよ。そもそもねぇ。しっかりしてる人なら、わざわざ注意する必要がないんだけど。文句が嫌なら、もっと真面目に生きなさい!」

 

 

 

普段は仏頂面のノーラが、顔を膨らませて、怒りを露わにする。

 

言い返しにくい正論というのは反応に困るもので、クロードは反論もできず、彼女を見据える他なかった。

 

 

 

「あんまりノーラさん、困らせんなよ」

 

「……分かってるよ。悪かったな、ノーラ」

 

 

 

普段のクロードなら、お前もなと返していただろう。

 

だが青年の死や、吟遊詩人とのやりとりで、気力はとうに失せていた。

 

 

 

「ところでさ。あの男が歌ってた、曲題の蝗皇ってなんだ」

 

「空白の歴史との関与を囁かれている、災厄の象徴よ。冒険譚で読んだことがあるわ。冒険歴の長いあなたは、何か知らない?」

 

 

 

ノーラの言葉には、熱がこもっていた。

 

冒険者となる以前は、ごく普通の町人として平凡に暮らしていたようだ。

 

昔は読書で、知識欲を満たしていたのかもしれない。

 

しかし彼女の期待に添えられるような情報など、クロードは持っていなかった。

 

そもそも簡単に見つかるならば、空白の歴史などと呼ばれない。

 

現に蝗皇という名前自体、彼はまるで知らなかった有様だ。

 

 

 

「悪い。まともな教育受けてねぇから、何を言ってるのかわからねぇ。小難しいことは、育ちのいい他の仲間たちに任せてたんだ。博識なリズなら知ってるかもな」

 

「……そう、残念」

 

 

 

言葉を濁さずに伝えると、ノーラは肩を落とした。

 

 

 

「別にいいじゃないですか。ノーラさんとこいつほど知性に開きがあると、どっちみち話は合わなさそうですし」

 

 

 

普段であれば、嫌味の一言も聞き流せた。

 

しかし塵も積もれば山となるし、腹に溜まる鬱憤は溜まる一方だ。

 

暴言を吐いたら、彼と同じ土俵に上がってしまう。

 

なんとか平和的に解決できないものか。

 

そんな時に、頭にひらめきが降りてくる。

 

 

 

「おい、アイク」

 

「なっ、なんだよ、本当のことだろ」

 

 

 

クロードがにじり寄ると、アイクは虚勢を張る。

 

そんな怯えた様子の彼の姿が、他の犬によく吠える、生意気な小型犬と重なる。

 

やられっぱなしは、しょうにあ。

 

このまま衝動に身を任せてしまおう。

 

両手を一気に彼の髪に伸ばすと、わしわしと頭を搔き乱した。

 

 

 

「ちょ、おい、いきなり何すんだ。止めろってんだろーが!?」

 

「あなた、ついにおかしくなっちゃったの?!」

 

「……」

 

 

 

アイクやノーラが制するのも無視して、クロードはひたすらに撫でまわす。

 

あからさまに嫌がられても、その手は止まらない。

 

 

 

「ちょっ、おい。マジで何のつもりだよ」

 

「まいったか、ざまーみやがれ。お前が生意気なのが悪いんだぞ! ハハハ!」

 

 

 

高笑いすると、アイクは彼の肩を思い切りぶん殴った。

 

 

 

「仮面が取れたら、どうしてくれんだよ。壊れたら責任とれるのか。今度やったら、この程度じゃ済まさねぇからな」

 

 

 

そういうと彼は、ずんずんと風を切って歩いていく。

 

 

 

「なんで、あんなに刺々しいんだよ。アイツ。性格悪いな」

 

「今のは、あなたが悪いわよ」

 

「俺だって年上なのに、俺は呼び捨てで、ノーラにはさん付けすんだよな。なんでだよ」

 

「……あなたが尊敬できない人間だから、じゃないかしら。あなた以外の目上の人には、敬語で話す丁寧な子だし」

 

 

 

隠しごとを耳打ちするような声量で、彼女はささやく。

 

褒められた性格の人間でない自覚はあった。

 

結局は、彼女のような実直で真面目な好人物が周囲の信頼を勝ち取るものだ。

 

 

 

距離を置きたいなら、よそよそしくしていれば、誰も深く関わろうとはしないのに。

 

 

 

「尊敬できない大人とは、聞き捨てならねーな。俺ほど頼りがいあって、人の心に寄り添える漢の中の漢もそういないぜ」

 

 

 

両手の親指で自らを指差して、左目でウインクし、彼はおどけた。

 

少しは雰囲気も和らいだだろうか。

 

目を開けてみると、ノーラは梅干しでも食べたように口をすぼめていた。

 

馬鹿な発言をした彼への侮蔑の心。

 

苦言を呈したい気持ち。

 

様々な感情を押し殺した表情に、クロードは平謝りした。

 

 

 

「バカなこと言ってないで、さっさといくわよ。リズベットさんに用事があるんでしょ」

 

「じょ、冗談だって。本気にすんなよ。待てって、待ってください、ノーラさ~ん、ノーラ様ぁ~」

 

 

 

ノーラの堅苦しい表情には、決意が滲んでいる。

 

 

 

「余計な手間を取らせないで。兄さんの安否を確認するまで、無駄にできる時間は一秒たりともないの。あなただって、お師匠様のこと心配なんでしょ。だったら私の気持ち、理解できるはずよね?」

 

「それはわかってる。でも観光してる時くらい、楽しんでも罰は当たらないだろ。違うか?」

 

「……兄さんがいない世界で、私だけ楽しんだりできないわよ。脳天気に遊ぶ私を、未来の私が許さないわ」

 

 

 

励ましのつもりで言うと、彼女は黙り込む。

 

兄への罪悪感が、今の彼女を突き動かす原動力になっている。

 

だが、その罪の意識を、ずっと背負って生きる必要などない。

 

罪を犯した人間にも、救いはあっていいのだ。

 

 

 

“俺だって、あんたに救われたんだから”

 

 

 

クロードは胸の中に言葉を留めると、彼女と同じように、口を固く閉じて先に進むのだった。




クロードヴィッヒ・ハインツ 1stシングル 2114年 5月14日発売予定!



作詞作曲 ?がらくた

歌手    クロードヴィッヒ・ハインツ



「ちょっとさみしい世界」



澄み渡るような 明るい空と 

雨雲うかんだ 淀んだ空の

どっちが好きかと 聞かれたら

俺は両方って 答えるかな



飛び跳ねるような 嬉しさも

塞ぎこむような  悲しさも

経験した 俺だから

どっちが好きかと 聞かれたら

両方って 答えたいよ



消えないでと 願ったけれど

その思いは 届かなくて

一緒に 笑い合った日々も

共に苦しんだ日々さえも

その日 すべて色褪せた



だけどさ 進んでいくよ

ぬかるんだ道を

その先に待つのが 破滅でも

仲間がいるから どんな道だって

強く強く 踏みしめていける



(……進んでいくよ……進んでいくよ……)



進んでいくよ 涙 拭って

みんなが旅立った 世界を

立ち止まって 振り向き想うよ

ちょっとさみしい 世界を







根が明るいクロードですが、曲は湿っぽく重い歌詞のイメージです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 涙の再会

キャラ紹介文

クロードヴィッヒ・ハインツ 

22歳 175cm 68㎏ MBTI ESFP

右の頬にとぐろを巻く蛇の模様と、蛇の眼を持つ、褐色の銀髪黄眼の美青年。
暗い過去を感じさせない、明るい性格のお調子者。
だが、たまに物腰の核心を突いた発言をして周囲を驚かせる。
今までの旅で、数多くの異性を魅了してきたが、本人に自覚はない模様。
小さな種火に入る前は、ルッツ、ブルンネ、ジークリット、クヴァストの死を受け入れられずに三年間、退廃的な生活を送っていた。
そんな状況から変わる切っ掛けをくれたノーラには、とても感謝している(恥ずかしいので、あまり言葉にしないが)。
雷属性を利用した体術、瑞雨蒼雷流の使い手。
雷の魔術が最も得意だが、土と水の魔法もそれなりに扱える。
好きな物は、仲間と一緒に食べるクラーケン焼き。
“常闇の街”出身。



ノーラ・アウフレヒト 

24歳 170cm 63㎏ MBTI ISTJ

不可思議な力を秘めた武器“火光(かぎろい)の短剣”を使う、茶髪に紫色のつり目が特徴的な長身美人。
冒険者となる前は、一般庶民として暮らしていた。
失踪した兄のドゥンケルハイトを探すため、黒の城と七帝に反旗を翻す組織、“小さな種火”に所属している。
自他を厳しく律する性格だが、善良な人物で、仲間からの信頼は篤い。
特に仲が良いのはルイーザで、互いに悩みを打ち明けあう間柄。
読書が好きで、趣味の合うテオとは年の離れた姉弟のよう。
一見クールだが胸に秘めた闘志は本物で、人生に絶望していたクロードを瞬く間に立ち直させるほど。
火、光属性の魔法に適正あり。


デンメルンク王国の大通りを外れた路地に佇む、石が積まれた壁の店“魔女館”。

二階建ての魔法雑貨屋は、辺鄙な立地にも関わらず、意外なほど繁盛していた。

リズ目当ての常連と、純粋に魔法雑貨を購入しにきた一般庶民。

観光客は街中にぽつんと建つ道具屋の妖しげな雰囲気と、常連の長蛇の列に誘われて、一人また一人と入っていく。

店前にはリズの母親が趣味で置いた手の平サイズの木製人形、ブープくんが野ざらしだ。

着ているサスペンダーは定期的に洗っており綺麗だが、虚ろな瞳は恨めしげに客を見上げるかのようで、薄気味が悪い。

霊的な物への感受性が高いのか、ブープくんを見て泣き出す子供は多く、夜中に喋るなどの風評に近い噂まで流れる始末だ。

 

「……陰気くさい店だ。よく見ると窓がねぇが……」

「直射日光でダメになる、取り扱いが難しい薬品を仕入れてるからな。窓が少ないのは、そのせいだ」

「なるほど。品揃えはいいみたいだし、面白いものも見れそうね。今から楽しみだわ」

 

列に並んで小話をしつつ、待つこと数十分。

木製の扉が目と鼻の先に近づくと

 

「いらっしゃいませぇ」

 

中からは快活な声が聞こえてくる。

声の主は金色のツーサイドアップに、赤のエプロンドレス姿が特徴的な少女。

リズベット·アンドロシュ。

クロードと旅をしていた彼女は、街の男たちの間では、店の看板娘として親しまれていた。

告白された経験は数知れず。

誘いを断るのも面倒らしく、旅をしていた間は、クロードが度々恋人の代わりを務めた。

今は魔法の勉強や、仕事や楽しい時期なのか。

心に誓った相手がいるのか。

年頃の娘だというのに、男の影は微塵も感じられない。

 

(引く手あまただろうに、どうして……)

 

クロードとしては、適当な男とくっついてほしいのが本音だった。

身を固めて身籠れば、生まれてくる子供のためにも、戦おうとは考えなくなるだろう。

もう二度と、目の前で悲劇が起こってほしくない。

痛切な願いを込めて、クロードは彼女に視線を送る。

 

(リズ、すごい頑張ってるな。それに比べて俺は……)

 

懸命に働くリズの姿を眺めていると、彼の心の中に仄暗い感情が湧き上がる。

数多の血が流れる暗黒の時代で、身近な誰かを失っても、人々は懸命に生きている。

魔王との戦いに敗北した挙句、自分との戦いにも負けた。

最低最悪な男に、彼女と会う資格があるのか。

冒険者でなくとも、自分の道を突き進んで輝いている彼女に会うのを躊躇うあまり、クロードは扉の前で歩みを止めた。

 

「……」

「クロード、あの子が例の?」

「そうだよ、あの子がリズだ」

「さ、中に入りましょ」

「ああ。ブープくん、お邪魔するよ」

 

扉を開けて鈴がからからと鳴ると、客の視線が一斉に彼の方を向いた。

男たちは殺気立った様子で、クロードを睨みつけると

 

「ケッ、英雄様のご来店だぜ」

「あいつがリズちゃんの……」

「女連れとは、いいご身分だな」

 

口々に吐き捨てるように言った。

 

(なんだよ、こいつら。全員リズ目当てなのか?)

 

彼らに何をした訳でもないのに、罵倒されるのはいい気分はしない。

居心地の悪さを感じたクロードは、苦虫を嚙み潰したような面持ちで、リズの腰掛けるカウンターまで近づいていく。

 

「久しぶりだな、リズ。見た感じ、元気にやってるみたいでよかったよ」

「ク、クロ? どうしたの、急にここに来るなんて……横の人たちは?」

「また魔王を倒すことに決めたんだ。二人は協力してくれる仲間たち」

 

彼が発すると、信じられないとでもいった風に、リズベットは目をぱちくりさせた。

突然やってきたら無理もない。

落ち着きを取り戻すまで、彼女の返事をじっと待っていると

 

「パパ、ママ! クロが!」

 

脇目も振らずに、リズは両親を呼びに階段を駆け上る。

客は呆気に取られて、彼女を目で追っていた。

そそっかしいのも相変わらずのようだ。

不注意な彼女を見ていると、クロードの張り詰めていた気持ちが緩む。

 

「……なんだよ、いきなり騒がしいな。まさか昔馴染みのあの女を、組織に誘うなんて言わないよな」

「俺をバカにすんのは勝手だけどよ。俺の仲間にまでケチつけるなよ」

「あまり人を悪く言わないの、アイクくん。周りから敬遠されるわよ」

「……確かにそうですね。善処します」

 

ノーラに諭されてしおらしくなったアイクを見て、クロードはニヤニヤと口元を歪める。

 

「そうそう。霹雷(へきらい)の英雄と謡われたクロード様を、少しは敬ってもいいんだぞぅ」

「そういうのがうぜぇから、尊敬できねぇんだっつうの」

「ほら、喧嘩しないの。あなたも人をからかわない」

「へぇへぇ、わかったよ」

 

彼女が戻ってくる間、談笑していると

 

「リズったら。クロードくんが来て、はしゃいじゃって」

「積もる話もあるだろう。ここは私たちに任せて、外で話してきたらどうだい」

「パパ、ママ、そうするね」

 

リズと仲睦まじい夫婦の会話が耳に届くと、次の瞬間、とんがり帽子にローブ姿の全身黒ずくめなリズが現れた。

 

「ね、遊びにいこ!」

「ここじゃ落ち着かないし、そうすっか」

 

彼女の両親の好意に、素直に甘えさせてもらおう。

一行が店の外に出ると、クロードは再び冒険するに至った経緯を、簡潔にリズに説明した。

 

「この三年間、短かったような長かったような……でも本当によかった」

 

話し終えると、彼女が涙ながらに訴える。

彼女は時折クロードを案じて、シャーフ村を訪問していた。

自暴自棄で投げやりな態度を取って、知らず知らずのうちに傷つけていた。

彼女に話していれば、早くに解決していただろうか。

人生の選択を誤ったような気がして、クロードを後悔の念が襲う。

 

(……本当にいっぱいの人を、傷つけちまった。最悪な男だな)

 

「泣かせるつもりなんてなかった。迷惑かけて、泣くほど苦しませてごめんな」

「立ち直ってくれて嬉しくて、つい。立ち直ってくれたなら、それでいいの」

「それじゃ俺の気が済まないんだ。なんでもいいからさ、罪滅ぼしさせてくれよ」

 

もう彼女から逃げたりしない。

クロードが視線を外さずに告げると

 

「じゃ、じゃあ、毎年誕生日を祝って、大好きって言ってほしい」

 

俯きがちにリズが伝えた。

 

「そんなことでいいのか、お安いご用だ。これで涙、拭いてくれ」

「えへ、約束だからね」

 

ハンカチを手渡すと、顔をくしゃくしゃにして、彼女ははにかむ。

リズの笑顔に胸を刺すような痛みが、ほんの少しだけ薄らぐ。

元気なところを見せてあげるのが、彼女への最大の恩返しだ。

唇の両端を無理矢理つりあげて微笑むと、彼女もつられて笑いかけた。

 

「ノーラさん。本当にありがとうございます。私じゃ無理だったのに、クロを正してくれて。ほら、頭下げて感謝しないと!」

「おう。リズの言う通り、ノーラがいなかったら俺は腐ったままだったよ」

 

頭に手を乗せるリズベットに促されて、彼は頭を下げる。

改めて彼女に謝罪するのは気恥ずかしく、思わず声がうわずる。

 

「よっぽど彼のことが気掛かりだったみたいね。可愛らしい子じゃない。大切にしてあげないと神様に叱られるわよ」

 

ノーラは微笑みを満面に湛えると、仲の良さをからかう。

 

「ノ、ノーラさん。からかわないでくださいよ!」

「?」

 

頬を赤らめるリズを眺める彼女は、さらに相好を緩ませた。

朴念仁の彼は会話の意味が理解できず、首を傾げて彼女たちの話を聞いていた。

 

「おいおい、俺に分からない話すんなよ。ま、仲が良さそうで何よりだけどな」

「……あなた、鈍感って言われない?」

「別に言われないけど?」

 

クロードは疑問符を浮かべつつ返答すると、ノーラは頭を抱えて大きく溜め息をつく。

 

「人前で内緒話はやめてくれよ。魚の小骨が喉につかえた気分だぜ」

「なんでもないわ。あなたとリズベットさんの問題だもの。私が間に入っても、関係が悪化するだけだろうし」

「急にどうしたんだ、ノーラ。俺とリズの間に問題なんかないし、わけわからんぞ」

 

助け舟を求めるように、クロードはアイクを見遣る。

 

「じろじろ見てくんなよ。女心ってのは、俺にも理解できねーって」

「お前は女心以前に、人の心を学べよ。陰湿ヤロー」

「なんだと、はったおすぞ! 俺にだって好きな女の一人くらい……!」

 

言いかけた彼は途中まで言うと、いつもの調子に戻った。

 

「思わず変なこと、口走りそうになっちまった。こんな蛇目バカの相手、真面目にしてらんねーよ」

「マジでムカつくな、お前」

 

苛立つクロードが憎々しげにアイクを睨むも、リズは元気いっぱいに二人の喧嘩を遮った。

 

「ここに来たってことは、私も冒険に連れていくってことだよね。後方支援は任せてね!」

「危ないよ。リズには素敵な親御さんがいるんだ。それに人並みの幸せを送ってほしいんだよ」

「昔と比べたら、私もいろいろ成長したんだ。足手まといにはならないよ。それに私だって、ルッツさんたちの仇を討ちたいの。ダメかな?」

 

握り拳を振り上げて、リズは返事する。

それを聞いたクロードは彼女が昔、また共に冒険をしたいと、常々口にしていたことを想起した。

過去を払拭できるまでは呪いのように感じた一言が、今は頼もしく響いた。

これからの自分は一人ではないと、心の底からそう思えた。

この3年間、彼女も並々ならぬ思いを抱えていただろう。

中途半端に止めても、黙ってついてくるに違いない。

 

「そこまで言われたら、断れねぇな。また仲間として旅できて嬉しいよ」

「……俺はアイクだ」

「リズベットさん、これからよろしくね。気軽にノーラとでも呼んで」

 

ノーラが言うと、目を頻りに瞬く。

 

「さん呼びだなんて。呼び捨てで構いませんよ!」

「でもいきなり呼び捨ては、なんだか気が引けるのよ。間を取って、リズちゃんって呼ぼうかしら」

「はい、ノーラさん!」

 

人懐っこい笑顔で、リズは愛嬌を振りまいた。

 

「可愛い子ね。一緒にいたら冒険も華やぐわ」

「ノーラさんみたいな、長身のかっこいい女性って憧れちゃいます」

「まぁ、お世辞が上手いわね。どこかの誰かさんたちとは大違い」

 

軽蔑を込めた瞳で、クロードとアイクを一瞥して言い放つ。

 

「うう、返す言葉もないです」

「クソ真面目でつまんねぇから、ノーラは見習うなよな」

「失礼ね。あなたたちの分まで気が抜けないのよ」

「お~っ、こわっ」

 

ふざけつつ横目でリズを見ると、彼女は居心地悪そうに身じろぎする。

 

「どうした?」

「安心して。私は絶対に死なないし、仲間も守り抜いてみせるから」

「……」

「今までつらそうなクロを見てきたから、私がついていれば結果も変わったのかなって。そう考えちゃって」

 

どんな生き方をしても、あの時ああしていればと後悔はついて回ってくる。

大なり小なり重荷を背負って、人は生きていかねばならない。

 

「気に病むなよ。リズまで失ったら、俺は立ち直れなかったよ。だから、元気だしてくれよ」

「ほんとに?! ありがと、私もクロと同じ気持ち! クロだけでも無事で本当によかった!」

 

無邪気に飛び跳ねると、ダボダボの服の上からでもわかるほど、柔らかい乳房が揺れた。

彼女のよく通る声質も災いし、周囲の視線が彼女に注がれる。

 

(……大きくなったなぁ。どことはいわないけど)

 

失言しそうになるのを理性で押し殺して、クロードは彼女に顔が近づける。

髪が触れ合う距離まで寄ると、蔵書のような甘い匂いが鼻をくすぐった。

 

「リズ、あんまり跳ねるのはやめておけ。俺も周りの人も、目のやり場に困るから」

「ごめんね、私ったらはしたない」

「俺みたいな男とベタベタしてるの見られたら、未来の旦那さんに幻滅されちゃうぜ」

「旦那さんなら大丈夫。私ね、心に誓った人がいるんだ。パパもママも、その男の人のことが大好きなの」

 

何かを訴えかけるかのように、リズはクロードに頻りに瞬きしてくる。

そのアピールに何の意味があるのかわからず

 

「そんな素敵な人がいるなんて初耳だよ。甲斐性なしのダメ男に、リズは渡せねぇけどな!」

 

と、彼は素直に祝福した。

 

「好きな人と上手くいくといいな。殺伐とした時代でも、旦那さんや子供と幸せになっていいはずだからな」

「そうだよね! 好きな人と添い遂げられたら幸せだよね。ぐへ、ぐひひ……」

「気持ち悪い笑い方しやがる女だな。こいつの元仲間だから、それなりに強いんだろうが、仲間にして大丈夫なのか?」

「……あはは。リズちゃんには悪いけど、それについてはアイクくんに同意するわ」

「仲間が増えれば百人力じゃねぇか。俺たちが、何のために王国にやってきたと……」

 

注意した際、クロードはふと思い出す。

彼女に会いにきたのは謝罪のためだけではなく、王国の崩壊についての情報収集も兼ねていたことを。

現地の人間ならば、異変の察知には敏感だろう。

あの女の発言が事実無根なら、それは喜ばしいことだ。

 

「リズに例の件、聞いてみようぜ。けど、あいつと話したことは内密にな」

「確かに大事になると、面倒だものね」

 

二人は死神の女との一件で、リズベットに訊ねることにした。

いたずらに民衆の不安を煽れば、正常な判断が下せなくなりかねない。

それだけは避けたいクロードの意図を汲み取ったノーラは、静かに相槌を打つ。

 

「最近、王国で気になることはないかしら。どんな些細なことでもいいの」

「う~ん、心当たりがないですね。そういうことは冒険者の人が耳聡いけど、私は実際の現場を目にしてないので……」

「実際の現場って、誰かが事件の被害にあったの?」

「ええ、ゾフィーさんが憤っていたんです。迷宮に人攫いがいるって。彼女の知人も、何人か失踪してるみたいで」

 

迷宮では、戦闘時の混乱に乗じた人攫いは珍しくない。

それが死神の女の言っていた、デンメルングの崩壊と結びついているのか。

唸りながら考えるも、納得のいく答えは思い浮かばない。

 

「あー、信じてないって表情」

「リズは嘘つかないって知ってるよ。ただ、ちょっとな」

「それが冒険者のみを狙った犯行らしいから、ちょっと気になってるの。手練れの冒険者が何人も失踪してるみたいだから、組合も対処が難しいらしいんだ」

「えっ、冒険者だけを?」

 

冒険者のみに絞った人攫いというのは、クロードは初耳だった。

ただの人攫いならば、返り討ちにあう可能性が高い冒険者を狙う意味は、限りなく薄い。

となればリスクを負ってまで、冒険者たちに固執する理由があるのだろう。

間違いない。

これが死神の女の言った、王国崩壊に繋がっている。

クロードとノーラが顔を見合わせると、二人同時に頷いた。

 

「確かに妙だな。迷宮を調べる前にゾフィーちゃんに話を伺おうか。あの子なら異変について詳しいはずだし、グントラムのおっちゃんも協力してくれるかもしれない」

「うん、そうしよっ。ねぇ、手つないでもいい?」

「子供っぽいな、リズは。一緒だと退屈しないけどさ」

 

口では呆れつつも大仏のように口を綻ばせて、クロードはリズが差し出した手を握り返す。

彼女目当てに来店する、大勢の人々のため。

故郷で帰りを待つ両親のため。

彼女が末永く生きることを願った、かつての仲間のため。

彼女の命は、絶対に守り抜かねば。

心に誓うと、リズを掴む手の力は自然と強くなった。




RPG風能力値その2


アイク Lv10

スキル 鉄火の剣士 1ターンに1度、味方一人の通常攻撃に属性を付与する(4ターン継続)。
スキル 仮面の誓い 瀕死状態の時、青の炎が炎剣に宿る……(クリティカル率60%、ダメージ10%軽減、1度だけ戦闘不能時にHPが1残る)

HP 140
MP 60
攻撃 180
防御 125
魔法攻撃 80
魔法防御 90
敏捷 40
知力 80
魅力 50
運 60

装備  

武器 炎剣クヴァンデル 攻撃力+30、火属性の通常攻撃と魔法威力1.1倍。
防具 業火の鎧 防御+15、火属性耐性+25%

魔法·必殺技 

フランマ MP8 単体に火属性魔法。
炎剣との呼応 MP20 自身に火属性が付与されている場合、3ターンの間クリティカル率20%up(クリティカル発生時ダメージ2倍、敵ステータス上昇無視)。



リズベット Lv10

スキル 魔法学校の優等生 自身が使用する魔法威力1.2倍。
スキル 雑貨屋娘の道具捌き 消費アイテム使用時、効果量up。

HP 60
MP 120
攻撃 30
防御 50
魔法攻撃 195
魔法防御 160
敏捷 80
知力 140
魅力 110
運 90

装備  

武器 鷹の杖 魔法攻撃+35、盲目無効(盲目状態時、確率で攻撃がMISSする)
防具 魔法のローブ 魔法防御+10

魔法·必殺技 

ルーペース MP8 単体に土属性魔法。
スティーリア MP8 単体に水属性魔法。
ウンブラ MP15 単体に闇属性魔法。



典型的な戦士タイプと、魔法使いタイプの二人。
無駄がない配分のステータスが、スキルと噛み合ってます。
2回行動のクロードと違い、アイクはワンパンに全てを賭ける戦いが得意。
リズちゃんは尖ったステータスの魔法使いなので、相手を選びそうですが、能力値でゴリ押しできます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 人攫いとゾフィーの決意

キャラ紹介文その2

アイク・シュミット

19歳 163cm 56㎏ MBTI ISTP

クロードに攻撃的な態度を取る、仮面姿の青年剣士。
だがノーラやバルドリック、ルイーザなどの年上には礼儀正しい。
火の魔法を究めることを目指しており、炎を戦闘に生かした戦いぶりから、仲間からは鉄火の剣士と呼ばれている。
仮面の下には包帯を巻いていて、素顔を見られるのを嫌っている。
また炎剣クヴァンデルには特別な思い入れがあるようで、丁寧に扱わないと、二度と触らせてもらえない。
気性の激しい性格のせいか、小さな種火の仲間たちとは馴染めておらず、同性の年下テオやヴィントとも、どこか距離がある。
異性に対しては一定の距離を置く、年相応に可愛らしい面も。



リズベット・アンドロシュ

20歳 158cm 50kg MBTI ENFJ

デンメルンク王国の大通りの外れにある魔法雑貨屋、魔女館の看板娘。
クロードとは過去に冒険を共にしていたが、とある理由で離脱した。
その後しばらくは王国民として生活を営んでいたが、ルッツたちの無念を晴らすべく、再会したクロードとの冒険を決意。
クロードを異性として意識しているものの、アプローチはほとんど空回りして、失敗に終わっている。
恋愛方面では夢見がちな面があるものの、根は真面目な努力家で、他人を思いやれる心優しい少女。
魔法学校では成績優秀で親しみやすい、美少女生徒として名が知られていた。
ある教師からもらった、鷹の杖が愛用武器。


王国の広場からさほど離れていない、煉瓦の家が建ち並ぶ住宅地に、グントラムの暮らす住居がある。

一見しただけでは似たり寄ったりで、どれが誰の家なのかわかりづらい。

ただグントラムの家と周囲の民家は、簡単に見分けられる。

彼の住む家にある郵便受けの下には、夫婦のカラスの置物があるのだ。

冒険者は半分引退しているというのに、未だに彼の家のポストには、依頼の手紙がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

その手紙は王国の英雄にして四明星の彼が長年人々との間に築いた、信頼の証そのものだった。

 

「この時間帯には、いないかも」

「扉はクロードが叩いて。知り合いのあなたが説明してくれた方が、余計な手間もはぶけるし」

「わかったよ。ごめんください」

 

ノーラの指示に従って扉を数回ノックすると、慌ただしい足音が扉越しから聞こえてきた。

 

「クロードさん、リズちゃん、お久しぶりです。後ろの方々は?」

 

短く切り揃えた黒髪の少女ゾフィーは、そういって一行を出迎えた。

持ち前の勘の良さで、何故ここに来たのか察しているのだろう。

黒目を左右に動かして、周囲一帯を警戒していた。

最近は外出も控えているのか、血色も優れず、彼女の肌は雪のように白かった。

服の上から毛皮の鎧を着込み、背中には大きな弓を背負っている。

すぐにでも冒険に出掛けられそうな出で立ちだ。

 

「初めまして、ゾフィーさん。私は彼の仲間の、ノーラというものです」

「……俺はアイク。おい、ある件について話を聞きにきたって訊ねろよ」

「うるせぇ、わかってるっつうの。ゾフィーちゃんに用があってきたんだ。家に上がらせてもらっていいかな?」

「もしかして例の件についてですか。たいしたおもてなしはできませんが、くつろいでください」

 

ゾフィーが笑顔を作るも、普段は屈託のない朗らかな表情が、クロードにはどこか堅苦しく見えた。

友達が急に失踪すれば、元気がないのも無理はない。

 

「話が早くて助かるよ。友達がいなくなったみたいで大変だね。俺たちでよければ協力するから」

「助かります。私の手に負えない問題なので、人の力が借りたかったんです」

「ずいぶんしっかりしたお嬢さんだこと」

「本当にグントラムのおっちゃんと、血ぃ繋がってんのが信じられねぇよ。あのおっさん、めっちゃ適当だし」

「そうですね~。おじいちゃんは適当なので」

「身内からも適当って言われるなんて、グントラム様はどんな人なのかしら」

 

世間話をしている傍で、アイクは相も変わらず毒を吐く。

 

「お前も、この子を見習った方がいいんじゃねーのか。少しはバカと粗暴さが治るだろ」

「んだと、いちいち癇に障るヤツだな!」

「あなたたち、人の家の前で喧嘩しないの!」

「ねぇっ。アイクはなんでクロに突っかかるの!? いい加減にして!」

 

思わぬ反撃だったのか、仮面でくぐもった彼の声は、いつもより小さく聞こえた。

 

「……別に俺が誰を嫌いだろうが、勝手じゃねぇか。女って面倒くせぇな」

「それはそうだけど、思った通りに言葉を口にしたら傷つく人がいるって、少しは考えないの?!」

「ま、まぁ、落ち着けって。俺もこいつのこと、おちょくったりしてるからさ」

「あまり責めないであげて。度が過ぎていたら、私からもキツく注意するから」

「お二人がそこまでおっしゃるなら……」

 

二人の仲裁が入ると、その場は何とか丸く収まる。

 

「ちぇ、めんどくせぇな……」

「クロ、悪口なんて気にしたらダメだよ」

「ごめんなさい、ご迷惑おかけして。年長者として彼らの分まで謝罪します」

「いえいえ。クロードさんに喧嘩する元気があるみたいでよかったです。おじいちゃん、クロードさんとお連れの人たちが来たよ」

 

ゾフィーは階段に向かって、かつて四明星の一角として名を馳せた伝説的な男の名を叫んだ。

 

「なんだよ、騒々しいな……」

 

白髪交じりの黒髪が特徴の中肉中背の初老の男は、寝間着姿で降りてくるや否や、やる気のない返事をした。

喋る最中にあくびをしており、とても眠たそうだ。

昼行灯な男は一見、数多の伝説を残したようには見えない。

だが仰々しい肩書があっても家庭に収まれば、市井の人々と何ら変わりなかった。

 

「なんか用事でもあんのか。言っておくが、ゾフィーはやらんぞ」

「いやいや。この子とはそういう関係じゃないし、そもそも結婚なんてまだ考えてねーから」

「すいません。うちのおじいちゃん、耄碌(もうろく)してて」

 

グントラムの代わりにゾフィーが頭を下げる素振りは様になっていて、相当慣れているようだった。

自由人の彼に、だいぶ苦労させられているらしい。

 

「俺の孫娘に手ぇ出したくなるような魅力がないとでも言いたいのか。見る目のない奴め、恥を知れ!」

「さっきと言ってることが違うぞ?! めんどくせぇおっさんだな! 将来を共にする気もない子に、軽々しく手ぇ出せるか!」

 

自分の孫娘を、何だと思っているのか。

たまらずクロードは、グントラムに感情の赴くまま怒鳴り散らす。

 

「あなたって意外と一途なのね」

「ただ女慣れしてないだけですよ、たぶん」

「貞操観念がしっかりしてて素敵。やっぱりクロは白馬の王子様だね。ふひ、ふひひ……」

「クロードさん、案外ウブですねぇ」

 

先ほどまで暗かったゾフィーが、けらけら笑っている。

もっと彼女を明るい気持ちにしたいと考え、クロードは適当に思いついたことを口走る。

 

「ちなみにゾフィーちゃんから見て、俺ってどう?」

「ええっと、クロードさんは頼りになる先輩ですね。まぁ、嫌いではない……ですよ」

「にょほぉおおおおおおっ、ゾフィーさん、ダメだよ!」

 

ゾフィーが頬を紅く染めて答えると、リズは半狂乱になりながら叫びだす。

 

「ぎゃっ! なんですか、リズちゃん?」

「クロは絶対ダメ! ゾフィーさんなら、他に素敵な人が見つかるから! だから、クロとは付き合わないでぇっ!」

「わ、わかりましたから。クロードさんは、リズちゃんのですから」

 

(俺は女の子と付き合う資格すらないっての?)

 

二人の一連のやりとりを眺めたクロードは、意気消沈してしまう。

 

「……俺ってリズに嫌われてんのかな」

「どうして、そうなるのよ。なんで話がややこしくこじれていくのかしらね……」

「鈍感難聴チンピラバカヘビ」

「私がクロのこと、嫌いになる訳ないのに……」

「リズちゃんの魅力、クロ―ドさんはよく知ってるから大丈夫だよ」

 

浮ついた気分の一行を、グントラムが一喝した。

 

「とにかくゾフィーと仲良くするな。粗暴な男に大事な孫娘はやれん。お前みたいなバカヘビといたら、不幸になるからな」

「失礼でしょ、おじいちゃん!」

「俺が粗暴だって!? 違うよなぁ、ノーラ、リズ!」

 

クロードは顔を向けて二人に訊ねると、忖度してほしいと懇願するように、しつこく瞬きした。

 

「エエ、粗暴ジャナイト思ウワヨ」

「クロはすっごく優しくて、とってもかっこいい理想の男性です」

「グントラムさんの言う通りだろ、難聴クソヘビ」

 

まるで心のこもっていない片言のノーラの空返事とは対照的に、リズは満面の笑みで告げる。

辛辣なアイクの発言に、心の中でお前には言われたくないと返すと、クロードは会話を続けた。

 

「俺の味方してくれんのは、リズしかいないっ! リズは俺の女神さまだ~っ!」

「私の瞳にもクロしか映ってないよ」

「ダメよ、リズちゃん。その男は甘やかすとつけあがるから」

「……そいつは止めたほうがいいと思うがな。将来苦労しそうだ」

 

二人が問いかけるも、リズからの返事はない。

二人きりの世界に入った彼女にとって、周囲の声など雑音に過ぎないのだろう。

 

「……聞こえてなさそう。リズちゃんは彼のことになると、冷静でいられなくなるのが玉に瑕ね」

「まぁ、いろんな意味でお似合いじゃないですか。好きにさせておきましょう」

「余計な邪魔が入らない内に、彼女に質問しましょうか。失踪の件について、知っている情報を聞かせてくださいませんか」

 

ゾフィーの方に向き直ると、ノーラは彼女に問いかける。

 

「事件についてですか。私は現場にいなかったので人伝(ひとづて)の話になりますが、それでよければ……」

「どんな情報でも構いません、事件の解決に繋がるなら」 

「わかりました。少しの間、時間を下さい」

 

そういうと、彼女は席を立つ。

しばらくして戻ってきたゾフィーの右手には、小さな日記があった。

 

「行方不明の冒険者について、記録していたんです。私の友達も消息が途絶えたので、誰かの手掛かりになればと。よければ見てくれませんか」

「ありがとうございます、どれどれ……」

「それ、俺にも見せて。ルッツとリズの故郷で、好き放題されてたまるかってんだよ」

 

パラパラとぺージをめくっていくノーラの肩口から、クロードは日記を眺める。

彼女は時折鬱陶しそうに振り返るも、彼は気にせず読み進めていく。

 

 

 

〇月3日

 

私の知る限り、最初の失踪事件と思しき事件がこれだ。

冒険者は常に死と隣り合わせ故か話題にはならず、彼自身が迷宮に入れるようになったばかりの新米で知名度がないのもあってか、騒がれなかった。

この時に真摯に対処していれば、ここまで被害は広がらなかっただろうに。

冒険者組合の怠慢と、冒険者らの勘の鈍さが招いた悲劇だ。

仲間の傷の治療に献身的な男性だったらしく、最近k級に昇格したらしい。

 

 

 

〇月16日

 

昨晩、友人のウルゼルが失踪した。

ウルゼルの所属する夜明けの冒険隊の方々と、失踪現場をくまなく調べたが、遺品はおろか魔法を使用した痕跡すら残っていなかった。

持ち物すら見つからず、自発的な失踪として捜査は打ち切られた。

その後も彼女の友達と知人で探索したが、進展はなし。

魔物にやられるなら、彼女の死も納得できる。

でも、こんな別れはあんまりだ。

友達がいなくなっても、何もできない無力な自分が歯痒い。

……ダメだ。

よく知ってる子がいなくなると、思考がまとまらないや。

彼女について書くのは、ここまでにしておこう。

 

 

 

 

〇月25日

 

迷宮内を探索していると、一枚の名刺入れが落ちていた。

辺りに冒険者の亡骸はなく、人攫いに抵抗した被害者の所有物と考えるのが妥当だろう。

持ち主は、王国直属の冒険者集団、“暁の海”に所属するアスプリアン氏。

迷宮の竜狩りに参戦した、王国でも指折りの実力者と知られている。

そして暁の海の団長、ディートマール・ギュンター氏の右腕だ。

家族や友人との仲も良好らしく、失踪するような理由も特になさそうに思える。

彼を攫うなんて、犯人は相当な手練れだろう。

私ごときに、その犯人に勝てるのだろうか……。

だが、やらねば。

卑劣な蛮行に屈して逃げるなど、英雄グントラムの―――ミュル家の名がすたる。

 

 

 

被害者数 計62名 

 

S級 1人(アスプリアン氏)

A級 11人

B級 18人(ウルゼルと他17名)

E級 27人

k級 5人(最初に攫われた男性と他4人)

W級 0人

 

 

 

その後は似たような被害の報告と現場の状況、彼女の無念が余すことなく記録されていた。

日記にあらかた目を通したクロード一行は感謝を述べ、日記を持ち主に返すと、思い思いに感想を告げた。

 

「これだけの被害がでてたのか。俺たちが想像する以上に、大きな陰謀が絡んでいそうだね」

「過不足がなく平易な文章で、俺たちとしては助かるがな。等級の高い人物が狙われてるようだが」

「失踪された方々の共通点や特徴って、あるかしら。そこから推理をしていけば、犠牲者を減らせるかも」

「気が利かず、すいません。被害者の内訳と簡潔な説明を書けば、もっと皆さんに有益な情報になりますしね」

 

ノーラに促されると、クララは日記の空白の部分に必要な情報を書き加えて、再び三人に手帳を渡す。

 

「皆さん、見て下さい」

「魔法使いと魔法戦士の被害者が突出してるな。迷宮の中での被害者を見てみると、ずいぶん偏りがあるのがわかるよ」

「それと気になった点が一つ。ウルゼルとアスプリアンさんがいなくなったのは、複数人で迷宮を訪れた時らしいんです」

 

目撃証拠すらない犯行と聞いて驚愕したクロードは、ぽかんと口を開いた。

狐につままれたような気持ちとは、まさにこのことだ。

 

「大人数での冒険中にも関わらず、周囲に気づかれない大胆さ。迷宮内の構造を熟知してるか、土地勘のある人間がやったとみて間違いなさそうだな」

「疑いたくはないですが、王国内の冒険者が関与している可能性はありますね。クロードさん、ずいぶん鋭い観察眼をお持ちなんですね。冒険者として見習わないと」

 

ゾフィーに褒められ、クロードは口角を吊り上げて微笑む。

 

「ゾフィーちゃん、本当に優しい子だよな~」

「女の子がちょっと親身にしてくれただけで、鼻の下を伸ばしちゃって。あなたって、ああいう子が好きなの?」

「なんだよ、ノーラ。褒めてくれたり、優しい子を好きにならない男なんていないだろ~」

「……単純ねぇ。だって、リズちゃん」

「クロって面白いのに、こういう時は冷静でかっこいいよね。だいだいだーいすきっ!」

 

華麗なパスを受け取ったリズが、ここぞとばかりに彼に称賛を浴びせた途端、家の中が静まりかえる。

 

「リズ、急にどうした? 真面目な話の最中だから、ちょっと静かにな」

「ご、ごめんね。クロ」

「リズちゃん、ごめんなさい。深刻な状況でないなら、彼も素直に喜んでくれると思うわ」

 

クロードが戒めると、注意されたリズはがっくりとうなだれる。

彼女なりに、場を和ませようとした結果なのかもしれない。

 

「褒めてくれてありがとな。リズみたいな良い子から言われると、すげぇ嬉しいよ」

 

謝罪の意味を込めてはにかむと

 

「く、くりょ、しょのえはおは、はんそくにゃの……しゅき……らいしゅき」

 

彼女の鼻から、鮮血が蛇口をひねったように流れ落ちる。

体調でも悪いのかと背中をさすると、血は更に勢いよく溢れ出した。

 

「具合でも悪いのか? 何を言ってるんだか全然わからないぞ。リズはたまに変な反応するよな」

「ある意味、すごいわかりやすいわよ? リズちゃん」

「……ですよね」

「俺のが付き合い長いんだぞ。どうしてお前らに、リズのことがわかるんだ?」

「ここまで鈍いと、ある意味才能ね。あなたってすごいわ」

「すごいですよね、鈍さだけは」

「バカにしやがって、こいつら。 いつか実力で黙らせてやっからな」

 

ギリギリと嚙み合わせ、クロードは二人をねめつけた。

 

「魔力、魔法使い、魔法戦士……」

 

真っ赤に染まったハンカチ片手に、リズはぶつぶつと何かを呟いている。

彼女には物事を熟考するのに、そうなる癖があった。

思考の邪魔にならぬよう、鼻血が収めるのと沈黙するタイミングを、クロードは見計らう。

 

「気がついたことでもあるのか。俺なんかより数十倍賢いし、学もあるんだ。遠慮せず意見はどしどし言っていいんだぜ」

「もしかしたら魔力が関係してるんじゃないかもって思って」

「魔力? 魔法を使う際に必要な?」

「うん」

 

リズの発言に、一同は首を傾げる。

魔力は術者本人や魔法道具に込められており、それらと大気中やありとあらゆる命に満ちるエネルギーのマナを用いて、魔法を行使する。

魔力を効率よく伝導する杖などの武器なども、実戦ではかかせない。

マナ、魔力、そして自分に合った武器。

これら三つの要素で、魔法は成り立っている。

 

「どういうことだ? 長くなってもいいから、俺にもわかるよう順を追って説明してくれ」

「冒険者になるような人だと、体内の魔力の総量が庶民の方々と比較して多いの。魔力が強ければ強いほど、冒険者として大成できるから。それが失踪に関係してるのかもって」

「失踪した62人の内、魔法使いの男女が18人。魔法戦士の男女が12人。約6割だな。確かに魔法の扱いに長けた人間が攫われてるとも考えられるな」

「偶然には思えないわね。他の被害は本当の目的を隠すため?」

「過去にも魔力に関わる犯罪の事例はあったよな。首刎ねドラウプニールが有名か」

 

性別、人種、国籍。

どれもバラバラだが、唯一冒険者という点は、被害者に共通している。

それ以上の共通点がない以上、彼女の突飛な発言が、全くの無関係だとは思えない。

魔力の高い人間を集めていると考えれば、話に筋は通っている。

何故、魔力の高い人間を集めているのか。

仮に彼女の話が正しければ、新しい疑問が生まれてしまうが、今それを考えてもしょうがないだろう。

 

「魔法の使える人間目当てってんなら、魔法学校に襲撃でも仕掛けた方が効率的だけど、なんでそうしないんだ」

「大事になるのを怖れる理由があるのかも。それにアルムガルト師匠が、いざとなれば生徒を守ってくれるもん」

「お手柄だよ、リズ。何の手掛かりもないより、やるべきことがハッキリしてきた」

「なんとなく事件の概要はわかったわね。あとは足で調べましょう。現場に赴いてこそ、見えてくるものがあるはずよ」

 

ノーラの鶴の一声で、その場にいた全員が表情を引き締めた。

 

「俺たちは探偵じゃなくて冒険者なんだ。力で解決できるなら、そっちのが性にあってるしな」

「相変わらず野蛮な人。ま、有事なら頼もしいけど」

「でもクロの力に助けられた人たちは、たくさんいますよ。頼りにしてるね」

「おう、任せとけ。すぐ平和を取り戻してみせらぁ」

 

クロードが力こぶを作り、筋骨隆々な二の腕をさすると

 

「あの、クロードさん。一つ頼みがあるんですけど……」

 

瞳を潤ませて、ゾフィーが問う。

何も言わずとも、彼女の悲痛な思いと決意が伝わってきて、つられて涙を流しそうになる。

 

「クロードさん、お願いします。友達の敵討ちをするのに、協力していただけないでしょうか」

「ダメって言っても、ついてくるよね。君くらいの実力があれば大丈夫だとは思うけど、相手が相手だ。細心の注意を払ってほしい」

「ありがとうございます。おじいちゃん。私、あの子たちの敵を討つね」

 

グントラムに止められるのを気にしてか、ゾフィーの言葉は心なしか震えているように聞こえた。

彼はそんな孫娘の胸中を慮(おもんばか)ってか、彼女にゆっくりと歩み寄ると

 

「ゾフィーは自由を尊ぶ冒険者なんだ。人の道に反さない限り、誰からも指図される筋合いはないぞ。たとえそれが血の繋がったおじいちゃんから、でもな」

 

と、彼女の進む道を後押しした。

突き放すようでいて、誰よりも彼女の選んだ生き方を尊重している。

子供を見守るとは、こういうことなのかもしれない。

クロードは長年の冒険で培った彼の哲学から、過保護にも放任にも偏らない親心を感じた。

 

「ただ一言だけ伝えとく。おじいちゃんは、ゾフィーをどんな時でも応援してるって」

「……うん、ありがとう」

「素敵なおじいさまね、ゾフィーちゃん」

「はい。だらしないけど、世界で一番のおじいちゃんです」

 

会話を終えると、、グントラムはにんまりと微笑む。

だが彼の視線は孫娘ではなく、ノーラの方を向いている。

何事だろうかと

 

「あの、どうしたんですか」

 

彼女が訊ねると

 

「すまないな、ノーラちゃん。俺には愛する妻がいる。いくら素敵と褒められても、君の気持ちに応えることはできない。せめて俺が30歳若ければ、な」

 

グントラムは自分の額に手を当てて、キザったらしくポーズを決める。

ノーラは青筋を浮かべて、込み上げる苛立ちを堪えていた。

 

「……告白してもいないのに振られたんだけど。屈辱的」

「ノーラ、あんまり気にすんなよ。いつもこんな感じの軽薄なおっさんだから。真面目に相手するだけ損だぜ」

「若くて綺麗なお姉さんに色目使って。おばあちゃんに言いつけるよ」

「シュヴァルツェは怒るとおっかねぇんだ。勘弁してくれ、ゾフィー!」

 

グントラムは、頭を抱えて泣き喚いた。

緊張感がまるでないが、彼の発言のお陰で、いい具合に体の力が抜けていく。

 

「もうおじいちゃんたら。いつもとぼけてるんだから」

 

その様子を見て、ゾフィーが吹き出す。

 

「ま、おっちゃんの底なしに明るいところは美点だな。ゾフィーちゃんには、やっぱり笑顔が一番よく似合うよ」

「お前みたいな小僧にも グントラム様の魅力がわかってきたか。ま、お前は一生俺の足元に届かないだろうがな」

「ヘッ、大して大きい背中じゃねぇよ」

「言うじゃねぇか、小童が」

「……似た者同士」

「似てないっ!!!」

「似てねーっ!」

 

二人はほぼ同時に、ノーラの一言を否定した。

そりが合わないとはいえ、彼の実力は超がつくほどの一流だ。

 

「おっちゃん。失踪者と犯人確保、協力してくれないかな。下手したら迷宮が封鎖されて、冒険者のみんなが路頭に迷うぜ」

「嫌だよ、めんどくせぇもん。俺はもう冒険者じゃねぇし、あとは若い連中に任せるわ~。後進の育成ってやつだな」

「後進の育成って、ただ怠けてるだけじゃねぇか! やっぱダメ親父だわ。いこうぜ、ゾフィーちゃん」

「ゾフィーとならいいが、俺もお前と一緒に冒険したくないしな」

 

嫌味を言われた彼が扉を勢いよく閉めると、扉越しからグントラムの声が響いた。

 

「達者でな、ゾフィー。身近な蛇に襲われないよう気をつけろよ」

「やらねーよ、そんなこと! 他人事だと思って呑気なもんだ」

「気を引き締めていきましょう、皆さん」

 

これから命懸けの冒険が始まる。

ゾフィーの言葉に一行が頷くと、石畳を勇ましく歩むのだった。




キャラ紹介その3


グントラム・ミュル

55歳 163cm 56㎏ MBTI ENFP

様々な種族で結成された四明星と呼ばれる、凄腕の冒険者集団の元一人。
数多くの伝説や逸話を残しており、まだまだ元気だが、今は冒険者稼業を半分引退中。
だが人の生死に関わるものに関しては、身を粉にして解決に尽力する模様。
貴金属や光るものには目がなく、ゴミを拾ってきてはゾフィーや妻シュヴァルツェを困らせている。その悪癖は昔から変わらず、冒険者として名を馳せる前は、ゴミ漁りのグントラムと周囲からバカにされていた。
おちゃらけているが一途な愛妻家で、夫婦仲は良好。
長年冒険者としても苦楽を共にしてきた妻の誕生日には、毎年旅行に出掛けている模様。



ゾフィー・S・ミュル

17歳 161cm 53㎏ MBTI ESFJ

英雄グントラムの孫娘。
黒髪に黒の瞳孔が特徴的。
四明星の女傑ベルナに師事している弓使いで、冒険者としての素養はクロード含め様々な人物が認めるほど。
礼節正しく愛嬌のある賢い女の子で、英雄グントラムとの血の繋がりを疑う人物が後を絶たない。
口癖は

「おじいちゃんみたいになりたくない」

口ではグントラムの文句を言うものの、本心から嫌っているわけではない。
Sは父方の祖母、シュヴァルツェ(schwarze)から貰ったミドルネーム。
冒険者ではない両親の代わりに、祖父母からは猫かわいがりされている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 奇怪な声

悪夢を見ちゃったノーラさん



クロード 「王国に色んな場所があるんだぜ。お前らをとっておきの場所に案内してやるぜ」
ノーラ  「へぇ、どんなところ?」
リズ   「クロードと一緒なら、どこでも楽しいって」
クロード 「リズは優しいなぁ。ほら、こっちの路地裏だ」

そういって連れられた路地裏には、たくさんの猫がたむろしていた。

ノーラ  「かわいい野良猫ねぇ。たくさん集まって、会議でもしてるのかしら」
リズ   「でも怪我で弱った子もいますね。かわいそう……」
クロード 「野良猫ってかわいいか? いつも険しい顔してるじゃねぇか。フンもそこらじゅうにするし、俺はあんま好きじゃねぇな」
ノーラ  「まぁ、あなたの言い分も理解できるし、後始末は誰かがやらないとね。でも見てると和むわ」
アイク  「お前のかける迷惑と比べたら、かわいいもんだろ。猫のやることなんざ」
クロード 「あれぇ、猫ちゃんが好きなんだぁ。意外だねぇ、アイクくん」
アイク  「……うぜぇ。だったら悪いのかよ」
クロード 「うわっ、図体のでかい猫だなぁ。もしかしたら、ここで一番偉い猫なのかもな。仏頂面だし、野良猫ならぬノーラ猫だな」 
リズ   「そんなこと言って。ノーラさんにまた怒られるよ」
アイク  「お前、ノーラさんになんてこと……」
ノーラ  「の、ノーラネコ! ノラネコとノーラをかけて、ふふふふ、あははははっ……」
クロード 「どうだ、俺様謹製の冗談は。抱腹絶倒もんだろ。マジで人笑わせるの上手だわぁ」
アイク  「笑わせるじゃなくて笑われるの間違いだろ。ノーラさん、こいつと冒険してる間に、頭がどうにかなっちゃったんですか?」
ノーラ  「え……」

アイクに馬鹿にされた瞬間、ノーラの意識が覚醒した。

ノーラ  「ハッ、夢か。夢とはいえ、あの人のつまらない冗談で笑うなんて。私も堕ちたものね」
クロード 「おはよーさん。なんかうなされてたぞ。悪夢でも見てたのか」
ノーラ  「あ、窓の外からノーラネコが見えるわよ。ほら、あそこ」
クロード 「ハハハ、あんたが冗談いうなんて珍しいな。おー、確かに日向ぼっこしてる。ノーラネコ可愛いな」
ノーラ  「……よかったわ。私はあなたみたいに低俗な冗談で笑う人間じゃないって、確認できて」 
クロード 「いきなりなんだ。喧嘩売ってんのか、おい!」 






王国の中心には周りの煉瓦の家々から浮いた、コンクリート製の建物が目に映る。

建物の名は冒険者組合。

冒険者らが簡単な薬草などの採集や、魔物討伐の依頼を請け負う場所だ。

迷宮のある王都デンメルンク、港町アンゲルン、欲望の街フェアンヴェーでは、収集物が生活の基盤となっていた。

とはいえ大量に行方不明者が出ており、いつ迷宮が利用禁止になってもおかしくない。

失踪した冒険者らの探索に、時間はかけられないだろう。

一行は中に入ると手続きを済ませ、奥に進んだ。

迷宮鏡のある部屋へと繋がる扉の前には厳つい顔立ちの兵士が立っていて、悪ふざけができる雰囲気ではなかった。

クロードは姿勢を正して気合を入れると、彼らの元へと近づいていく。

 

「お勤めご苦労様です。S級の冒険者、クロードヴィッヒ。暁の迷宮に入らせてもらいたいのですが」

 

兵士は目の前に現れたクロードが本物か信じられず、目をぱちくりさせた。

周囲の冒険者たちからは

 

「本当にあのクロード様?! 失踪事件を聞きつけて、やってきてくれたのかしら」

「おお、彼ならこの難事件を解決してくれるかもしれん」

 

と、称賛の声が上がった。

魔法雑貨の件のように理不尽な怒りをぶつけられることもあれば、今日のように賛美の言葉を浴びせられることもある。

奇妙奇天烈な蛇の瞳も、そう悪いものではない。

Sの文字を模したヘビが特徴的な名刺をクロードが差し出すと、横にいるノーラはあんぐりと口を開く。

冒険者として最高評価の等級はSで、次点でA、B、E、k、Wと続く。

どれも蛇(Schlange)、ワシ(Adler)、クマ(Baer)、フクロウ(Eule)、カラス(Kreih)、オオカミ(Wolf)の頭文字から取られたものだ。

W級は一般人と大差ない、k級で駆け出し卒業。

E級でようやく一人前。

B級で冒険者として名が売れていき、A級にもなれば大半の依頼は受注可能に。

S級ならば大陸屈指の実力者と認められ、英雄と称賛されるようになる。

 

「等級Sの冒険者。あなたもバルドリックさん、ルイーザさんと並ぶ実力ってことね」

「あの二人もS級なのか。穏やかそうな女の人は、あまり強そうにみえねぇが」

「私からすればあなた含め、三人は天の上の存在よ」

 

リズはワシが木の棒を鷲掴みにするA級の証を、ゾフィーはクマが弓をつがえたB級の証を、それぞれ取り出す。

 

「リズちゃんも優秀な冒険者なのね」

「そういわれても、あんま実感わかねぇな。リズとジーク以外は全員S級だったし、同じS級でもルッツ、クヴァスト、ブルンネの三人が俺より数倍強かったしな」

「上澄み中の上澄みですよ、お二方は。ノーラさんはE級ですか」

「ええ。兄さんに少しずつ近づけてるかな」

「お、俺より若い子までB級かよ。大して年が変わらないのに、全員俺より格上なんて。頑張らねぇと差が開く一方だぜ」

 

他の仲間の名刺を見て、アイクはk級の名刺を肩身が狭そうに提示する。

 

「あっれ~、アイクくん。威勢のいい言葉ばかり吐くわりにk級なんだねぇ。S級の俺が戦い方を指南してあげようか?」

「……うぜぇ。背中に気をつけとけよ。迷宮は危険でいっぱいだからよ」

「俺のことより自分の心配しろよ。お前、俺より弱いし」

「ケッ、好き放題ほざいてろ。俺だって、いつまでもk級に甘んじるつもりはねぇ」

 

クロードの煽りにも、彼は普段の態度を崩さない。

人攫いの話で、少しは緊張しているかと思っていたが、どうやら心配なさそうだ。

命の危機にも変わらない彼の強気なところは、冒険者としては頼もしい。 

 

(こんな異変にもビビらないなんて、冒険者向きの性格ってこったな)

 

「ハァ、すぐいがみ合うんだから」

「二人が会話する度に喧嘩しないか、ヒヤヒヤするわ」

 

口争いをしていると、職員がアイクをまじまじ見つめていることに気がつく。

 

「そこの仮面の男に何か用が?」

 

クロードが訊ねると、職員は言いにくそうに話を切り出した。

 

「申し訳ございませんが、k級の方は……」

「冒険者として登録されてから三か月以上の経過と、小型の魔物の討伐を、アイクくんは両方こなしています。彼にも迷宮にいく資格はあるはずです」 

「あなたたちも人攫いの噂は耳にしているでしょう。それが原因で、k級以下の冒険者は迷宮の利用ができなくなったのです」

 

迷宮内に入るための条件は各国ごとに厳格なルールが定められ、ある程度の実績がなければ許されない。

ゾフィーの日記によれば、被害者の半数はE級以上の冒険者だ。

あれだけの被害があれば、等級の低い冒険者の迷宮鏡の利用制限は当然の処置だろう。

経済的な問題は出てくるものの、人命には代えられない。

だが、彼だけ置き去りにするのは忍びない。

 

「あなたたちのせいにはしない。だから通してくれませんか」

「ちょっと、クロード。無茶を言わないの! 規則ならしょうがないじゃない。アイクくんには悪いけど、組織の仲間を探してもらいましょ」

「アイク、お前もそれでいいか? 冒険者なら覚悟は決まってるだろ。腹括れよ」

 

顔を向けて問うと、彼は悩む素振りもなく

 

「命懸けの冒険なんて今までと一緒だ。こんな大きなヤマを逃したら、俺は一生英雄になんてなれねぇ。無理は承知でお願いします」

 

そう答え、頭を下げる。

二人の熱意に根負けしたのか

 

「英雄クロード様と御一行。地下へどうぞ。暗いので、足元にご注意ください」

 

職務に忠実な二人の門番の男は淡々と返事をすると、立っていた扉から横にどける。

クロードが扉を開けて、地下へと続く階段を覗き込むと、仄暗い闇の底から―――老人の呻くような声が鼓膜を震わせた。

 

「……ケ……イケ……ハヤク……」

 

奈落の底からの声に、クロードは生唾を飲む。

魑魅魍魎が蠢く迷宮から、何者かが囁いているとでもいうのか。

 

「……おい、何か聞こえなかったか?」

「急にどうしたのよ? どんな声がしたの?」

「老人のしわがれ声だ。ここには老人なんていないよな?」

 

周囲にいた全員が、不思議そうに顔を見合わせる。

その時、クロードは悟った。

自分にしか聞こえない不気味な声など、誰も信じないと。

 

「からかってる……ってわけじゃなさそうね。念のため、呪いの治療をしてもらう? 心身に問題があるなら休まないと」

「急に変な声が聞こえるなんて怖いね。おばけが出たら私、全力で追い払うよ」

「これから冒険にいくのに、士気が下げるようなセリフ吐いてるんじゃねぇよ。蛇目のバカが。まさか怖気づいたんじゃねぇだろうな」

「クロードさん、体調が優れないのでは。どうしますか。冒険はやめておきますか?」

 

ゾフィーは顔を覗き込み、そう言う。

このまま帰れば心優しいこの子に、辛い思いをさせてしまう。

 

(ゾフィーちゃんのためにも、こんな所で止まる訳にはいかねぇんだ)

 

「いや、大丈夫だって。少し疲れてるだけだ……たぶん、ね」

 

クロードはそう言い聞かせると、この場から逃げるように、コンクリート製の階段を降りていく。

魔力で駆動する電灯は、最近は魔力の供給が途絶えたのか、今にも切れてしまいそうに橙色の明かりが明滅していた。

壁を伝うと、コンクリートは死人の体温のように冷たく、刻一刻と死と隣合わせの世界に近づくのを感じた。

耳に入るのは鎧の金属音と靴の音だけの空間に閉じ込められ、どれほどの時間が経ったのか。

ふと振り返って地上を見上げると、世界は暗闇に塗り替えられていた。

地上の光が完全に届かなくなると同行していた仲間たちも不安に駆られたのか、誰からともなく閉ざしていた口を開き始める。

 

「思ったより、すんなり通してもらえたわね」

「俺はルッツ繋がりで、王族ともコネがあるからな。一目で俺だって覚えてもらえるし、顔の模様も少しは役に立つだろ?」

「頬の眼と野蛮な性格で、まっとうな人間には見えねぇし、関わりたくなんざねぇよ」

「人の性格にケチつけられるほど、お前も人間できてねぇだろ。それにほっぺたの目は、生まれつきあるんだよ。お前の仮面と違ってな」

「アイクくん、外見で人をバカにするのは失礼よ。あなただって仮面を理由にバカにされたら、嫌でしょう?」

 

ノーラが苦言を呈すると、アイクも反省する。

こんなやりとりをするのも、何度目か。

 

「……すいません。悪かったな、頬の蛇目、バカにして」

「やーい、怒られてやんの。ざまぁみやがれぇ、バカアイク」

 

クロードが言い返すと、ノーラは頬を膨らませた。

 

「あなたが無神経に人を小馬鹿にするから、無用な争いが起きるんでしょ。素直なアイクくんと違って、あなたには反省の色が見られないわね」

「なんで俺まで怒られる?! 俺は悪くないよな、リズ?」

「はーい、先に喧嘩を売られたクロは悪くないと思いまーす」

「ほ~ら、リズだってこう言ってる。文句があんなら、そいつに言えよな~」

「……リズちゃん。もっとちゃんとした子かと思ってたんだけど」

 

厄介ごとが増えたと言いたげに、ノーラは頭を抱える。

彼女の怒りの矛先は、喧嘩の当事者のクロードに向いた。

 

「クロード。アイクくんに非がないとは言わないし、あなたの気持ちもわかるわ。でも少しはやり返したこと、反省したら?」

「反省なんてしませ~ん、むりやり反省させられる以上の苦痛なんてありませ~ん。絡んできた馬鹿を、馬鹿にしただけで~す」

「……聞く耳を持たない耳には、制裁が必要そうね」

 

そういうとノーラはクロードの顔に手を伸ばし、そして―――思い切り耳たぶを引っ張った!

 

「いっててて! いきなり耳たぶ、掴んでくるな! 暴力に頼るなんて、人としてサイテーだぞ!」

「力で解決するのが好きなんでしょ。あなたが言ってたことよね。アイクくんに、ごめんなさいは?」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 今、反省しましたーっ!」

「なら、いいの。余計な手間をかけさせないで」

 

ノーラは嫌味っぽく吐き捨て つまんでいた指を離す。

不意打ちとはいえ、実力の劣る彼女から攻撃を食らうとは情けない。

 

(次は避けて、あいつに反撃してやる!)

 

歯をギリギリ嚙み合わせて、胸に誓うクロードなのだった。

 

「……仲がいいんだか悪いんだか。まぁ、湿っぽいより騒がしい方が、今の私にはありがたいですけど」

「お友達が失踪したのに、あなたが落ち着いてるわね」

「いいんですよ。むしろ、もっとはしゃいでじゃってください!」

「今日、クラーケン焼き食ってきたんだ。ゾフィーちゃんも元気ない時は好きなモン飲み食いして、しっかり寝て、英気を養ってくれよな」

「いいですねぇ、今が旬ですし。結構弾力があるけど、おじいちゃんとおばあちゃん、食べられるかな」

「おっちゃんなら大丈夫じゃないかな。年の割に、無駄に元気だしね」

「はは、そうですねぇ」

 

会話をしていると、先ほどまで感じた薄気味悪さは、どこかに吹き飛んでいた。

そのまま暗闇を歩き続けると、部屋の隅にテーブルや、年代物の骨董品らしきものが雑然と置かれた空間に辿り着く。

迷宮鏡が安置されている部屋だ。

いつもなら誰かしら部屋にいるはずなのだが、人の気配はなかった。

数日から数週間交代で、常に数人が駐在しており、誰もいないことは稀なのだが。

 

(まさか職員の身に、何かあったのか?)

 

訝しげに部屋を見渡していると、どこからともなく寝息が聞こえた。

音の方に進むと、付近の海底遺跡から産出した一対の大蛇の彫刻品が、一行を睨みつけた。

そして彫刻の後ろを確かめてみると、何故かクリーム色の金髪男が熟睡していた。

 

(なんでこんなところで? たぶん職員の人だよな。無視して迷宮、入っていいのかなぁ)

 

職務の最中に寝ている彼にも、幾ばくかの責任はある。

だが勝手に迷宮に入るのは規則に反するし、何だか気が引けて、彼を起こしてから迷宮に入ることにした。

 

「お〜い、しっかりしてくれ。あんたの許可がないとダメなんだからさ」

 

返事はない。

こうなったら奥の手だ。

 

「あーっ、地震だ。早くしないと、貴重な品々が壊れちゃうぞ!」

「そ、それは大変だ! 急いで保護しないと……あ、クロードさん。どうしてここに?」

 

クロードが叫ぶと、青年は慌てて飛び起きた。

 

「やっとお目覚めかい。安心してくれ。地震はあんたを起こすための嘘だから。それより、どうしてこんな所で寝てたんだ。他の職員はいないのか?」

「すいません。最近は暇なので、つい眠ってしまいました。フランクさんと一緒に見張ってたのですが、用を足しにいったきり帰ってきませんね」

「お気になさらず。いつ誰が来るかわからないですから、しょうがないですよ。ここでの生活だと時間の感覚もなくなるでしょうし」

「そうなのか。心配だな」

 

地面にくっつきそうな丈の長いローブを着た細身な青年は、職務を全うすべく慌てて、鏡の前へと向かう。

三面鏡の縁には、蛇が大口を開けた装飾が施され、物々しい雰囲気を放っていた。

まるで迷宮にいった者の命と魂を喰らうかのように。

 

「どうも。僕は迷宮鏡の管理をしている、ヤックです。皆さんの目の前にある大きな三面鏡が、暁の迷宮と繋がっております」

「初めまして。“魔窟の迷宮鏡”でしたか。実物は初めて見ましたが、綺麗ですね」

「麗しいお嬢さんにも、これの価値がわかりますか! 空白の歴史の直後に発見された三面鏡は……で……異世界に繋がっていて……」

「はい。空白の歴史を知れば知るほど、関連性が指摘される鏡にも、好奇心が刺激されますよね」

「話が合いますね。退屈で、話し相手がほしかったんですよ」

 

青年は、目の前にある鏡について熱弁している。

横にいたノーラは彼の話に興味津々だったが、長話に付き合う暇はない。

 

「すみませんが急いでいるので。講釈の途中で悪いですが、通らせてもらいます。ノーラ、そういうのは冒険から帰ってからやってくれ」

「……あ。ごめんなさい」

「気をつけてください、命あっての物種ですから。S級冒険者のアスプリアンさんすら人攫いにやられたので、僕としては送り出す皆さんが無事に帰還できるか心配で」

 

これほどの事件だ。

職員としては気が気でないのだろう。

 

「ええ、勿論です。俺としても、もう仲間を失うのは御免ですから」

「ルッツ王子の件は本当に残念でした。あれ以来、クロードさんは心ない非難の言葉を浴びたようですが……ですが……」

 

青年はそこまで言うと、言葉に詰まった。

引き止めてまで、何か伝えたいことでもあるのだろうか。

クロードが黙って待っていると、青年は安堵した様子で言葉を捻りだす。

 

「惰眠を貪って、平和を待っていただけの私たちにあなたを責める権利はありません。王国民を代表して偉大な英雄、クロードヴィッヒ殿に謝罪をさせていただきます」

 

頭を下げた彼を見て、クロードの胸いっぱいに熱いものが込み上げる。

三年間、罪の意識に苛まれていたのは、自分やリズだけではなかったのだと。

思い悩んできたであろう月日が、彼の謝罪に溢れていて、とても責める気にはなれなかった。

 

(三年前にその言葉を貰ってたら、俺は……)

 

クロードは無粋に思えて、考えを言葉にするのを控える。

嘆いても過去は変えられない。

だが人々が人攫いに怯える現在を、よりよい未来に変えられるかもしれない。

 

(俺に、俺たちにできるのは、使命を全うして精一杯生きる。それだけだ)

 

「ねぇ、本当に迷宮に繋がってるの? 噂には聞いていたけど、半信半疑なのよね」

「それにお前の言ってることだしな。いまいち信用ならねぇんだよ」

 

後ろの二人はクロードを疑っているのか、怪訝な表情を浮かべていた。

経験がないならば無理もないし、初めてやることには誰でも抵抗がある。

かつての彼自身がそうで、彼らの心情はある程度理解できた。

 

「クロは嘘なんて……」

「ま、使えばわかるさ。どうせ説明しても納得しないだろ。俺やリズが先に迷宮に入る。だから準備が整い次第、後から来いよ」

 

無理強いしても無駄だと考えたクロードと、リズの言葉を遮って二人に告げた。

 

「初めて迷宮に潜る人は、だいたいそうなりますからね。私たちだけでも、先に向かいましょうか」

「クロードさん、お気をつけて」

「心配ありがとな。あんま思い詰めるなよ。辛いことを糧にできる日が来るまで、耐え忍んで生きる。人に与えられた使命ってのは、本来それだけなんだからよ」

 

ふっと微笑むと、固く結ばれたヤックの表情が少し和らいでいった。

 

「皆さんのご武運をお祈りしています」

「おう、いってくる。あんたのおかげで、ちょっと気持ちが楽になった。あいつらが夭逝したのは気にすんな。人が死ぬのは当たり前のことだ。責任があるとすれば、あいつらと一緒にいた俺だけさ」

 

クロードは別れを告げると、彼の方に振り返ることなく手を振り、そう言った。

ヤックは何も言葉を返すことはなかった。

否、返事をされるよりも早く、鏡の中へと入っていったのだ。

 

(人が死ぬ度に落ち込んでたら、冒険者や組合の職員なんて務まらないだろ。俺もあんたも。でも、そんなあんたに変わってほしくねぇんだよな……)

 

心の中に同じ苦痛を抱えた彼への思いやりと、わずかばかりの虚しさを秘めながら―――彼は死出の旅へと向かっていく。




おじいちゃんとおばあちゃんの旅行土産



ゾフィー 「おじいちゃん、おばあちゃん、おかえりなさい。予定より滞在が長引いたんだね。誕生日旅行、楽しかった?」
シュヴァルツェ 「お陰様でね。ゾフィーちゃん、家のことやってくれてありがとうね」
グントラム 「いい子のゾフィーのために、お土産たくさん買ってきたぞ~」
ゾフィー 「わぁ、ありがとう」
グントラム 「はい、金属製アミュレット。ゾフィーの好きなクマさん型のお守りもあるぞ!」
ゾフィー 「お、おじいちゃん。?がらくたばっかり買ってきたの? 他には何かない?」
グントラム 「これで全部だよ。結構高かったんだぞ」
ゾフィー 「おじいちゃんの趣味で、私のお土産買わないでよ。もっと無難なものでよかったのに」
グントラム 「え~、仕方ないなぁ。じゃあ、おじいちゃんのお土産あげようか?」
ゾフィ― 「絶対にろくでもないものだよ……」
グントラム 「これ、枝をくわえた銀のカラスの置物。な・な・なんと! 俺の名前、掘ってもらっちゃった☆ おじいちゃんだと思って大事に……」
ゾフィー 「いや、いらない。おばあちゃんは、何を買ってきたの?」
シュヴァルツェ 「純金でできた夫婦のカラスねぇ。いつまでも仲良し夫婦な私たちには、劣化しにくい金がピッタリだと思って」
ゾフィー 「似たもの夫婦! でも純金製ってすごいね?! 値が張るんじゃ……」

ゾフィーが質問すると、二人は暫しの沈黙の後、口を開いた。

グントラム 「実はお金が足りなくなったから、現地で稼いできたんだ。いやぁ、首なし騎士は強敵だったなぁ。死ぬかと思ったぜ」       
シュヴァルツェ 「竜なんて久々に相手にしましたよ。老体には堪えますねぇ、あなた」
ゾフィー 「そんな血生臭い誕生日旅行してるの、二人だけだよ! でもすごい気になるから、話聞かせて!」

こうしてゾフィーは夜通し、凄腕冒険者の二人の土産話を聞きましたとさ。





目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。