ウマ娘 阿闍梨の鬼 (被る幸)
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阿闍梨の鬼

ハメ転生神(こっち)界隈でもウマ娘が流行ってるから、お前もウマ娘になるんだよ」

 

「OK、チートは?」

 

「下っ端転生神にはそこまでポイントないから、大雑把なものや他転生神も与えそうな有名所は無理。後、その世界のレベルを上回り過ぎるとデメリットあるよ」

 

「重ねてOK、じゃあこれは?」

 

「知名度高い、強すぎ」

 

「じゃあ、少し落としてこれなら?」

 

「ちょっと幼少期の行動に少し制限掛かるけど、大丈夫」

 

「なら、これで」

 

「良し、じゃあ日間ランキング入り(転生神査定アップ)のためにがんば。

それと転生明かしは駄目だから、そういう展開は嫌い。チートがあるのなら孤高は当然、弱さとかは飲み込め」

 

「横暴な」

 

「破ったらチートは剥奪だから気を付けて、では良き転生ライフを」

 

 

というやり取り経て、晴れてウマ娘にチートTS転生した訳です。

尼削ぎの青毛、年齢より上に見られやすく儚げな顔立ち、180㎝近い長身で起伏の乏しいスレンダーな体つきとモブに埋もれないだけの容姿にちょっと気分が良くなりました。

しかし、そんな喜びを打ち砕くかのように、私はあの転生神に騙されていることに気づいたのです。

いや、転生神には騙すつもりは一切なかったのでしょうが、私からすればそう思いたくなるようなものでした。

チートを望んだ代償なのでしょうが、転生神は幼少期の行動に少し制限が掛かるとは言っていましたがその内容というのが

 

『未舗装の山中を千日で四万キロ走る(トレセン学園入学の十三歳までに)』

 

というものなのです。ね、騙された気分になるでしょう?

しかも、これの達成度に応じてチートも段階的に解放されるため、やらないという選択肢は与えられていません。

この条件が提示されたのは三歳の誕生日を迎えた日だったので、後九年でこの目標を達成しなければならなかったのです。

幸い、自宅がすぐ近くに山のあるド田舎だったので修行の場には苦労しませんでしたが、これ下手に都会住みだったら詰んでました。

しかも、一日の最低進行ラインが定まっており、それを下回るとカウントされないという嬉しくない縛りまであって本気で呪詛を吐いたのは一度ではありません。

 

そんなこんなで、時間を見つけては山中を駆け回って、六年で何とか目標を達成し、豪雨にも負けず、台風にも負けず、大雪や極熱にも負けない金剛なる身体を持つことができました。

御蔭で友達のいない寂しい小学生時代を過ごしていますが、もともと限界集落で同世代のいない、全校生徒が両手で足りる分校だったので仕方ありません。

ウマ娘も私だけで、チートによって身体能力も高過ぎて一緒に遊んでも楽しくないとも言われましたし。

子供の純粋な素直さは、残酷なことも平気で言ってしまえるのです。

チート条件は達成しましたが、その後も追加達成度合いによって強化されるとのことだったので、結局幼少期は殆ど山を駆けて終えました。

そのせいで、母親には「私はウマ娘ではなく、もののけ姫を生んだのだ」と言われたこともありましたね。

 

しかし、前入り前日の本当にギリギリになりましたが、追加で四万キロを踏破できたのは大きいです。

胸の奥から凄まじい力が溢れ出してきて、肉体が内側から作り変えられ今でも漲っています。

最初四万キロを達成した時には、今まで感じたこともない言葉にできない不快感で数日寝込む羽目になりましたが、二度目となると慣れたもので少し調子を崩すくらいで済みました。

ウマ娘転生するので恐らく誰かネームドウマ娘と同世代になるのは確定でしょうが、追加成長したチートならばきちんとした戦績を残すことが出来るでしょう。

チートで蹂躙する系の転生ウマ娘もいるらしいですが、そんなことをすると色々イベントが多くなりそうで面倒くさいことを進んでするものだと感心します。

イベント管理は重要ですから、私は適量を守っていきましょう。

特にウマ娘は勝ち負けに物凄い執念を見せることが多いので、本当に細心の注意が必要です。

私も転生当初はそんなウマ娘の気質に引かれかけていましたが、山中行軍が一万キロを超えたあたりからそんなものに縛られている己を見つめなおすことができるようになり、四万キロを達成した時には悟りに一歩踏み入れかけており、心はとても凪いでいました。

明鏡止水の境地って、人間でも本当に到達できるのだと驚きました。

チートが違うので身体が金色に輝かなくて良かったです。そうなったら、トレセン学園に入る前に人生、いやウマ娘生が大きく変わっていたでしょう。

 

そんなこんなを考えていると入学式の生徒会長挨拶も終わっていました。

アニメやアプリ、漫画知識しかない私の記憶には存在しないテンポイントというウマ娘が生徒会長をしており、シンボリルドルフは副会長なのでそれ以前の時空なのでしょう。

ということは、スペシャルウィーク世代やトウカイテイオー世代といった中学生組と出会うことはなさそうですね。

下手をするとオグリキャップ世代より前なのかもしれません。

まあ、ウマ娘世界の活躍時代と年齢の乖離はよくあることであり、学年のわからないウマ娘も多いですし、二次創作界隈では作者都合で複数世代が一学年にまとめられることもあるので、実際どうなのかは出たとこ勝負な感じでしょう。

 

 

「はい、新入生の皆さんは私についてきてくださいね」

 

 

ウマ娘界隈における緑の悪魔とも揶揄されることもある駿川たづなに案内されながら、私達は教室ではなくロッカールームを目指します。

理事長は秋川やよいではなかったので、こんなに前からトレセン学園で働いているということはたづなさん=トキノミノル説は信憑性が増してきましたね。

何故、私達新入生がロッカールームに向かっているかというと、今から模擬レースをするからです。

私以外の新入ウマ娘達は、今すぐにでも走り出したいと言わんばかりに早足になっている子もいました。

何故入学式に模擬レースをするのかというと、トレーナー達の最初のスカウトタイミングを合わせるためとのことでした。

トレセン学園のトレーナー達は中央に在籍するだけあって得意不得意の違いはあれど、総じてウマ娘に対する観察・洞察力は高く、それ故に強いウマ娘や才能あるウマ娘に対する模擬レース前からの勧誘合戦が横行した時期があったそうです。

出会いも運命だと言いますが、入学式翌週に模擬レースを行っていた頃には出場ウマ娘の何割かはチームに所属済みということが多く、その為いち早く有力ウマ娘と接触を図ろうとして問題となり現在の形になったと入学式前のHRで担任から説明がありました。

チーム実績をつける為に強いウマ娘を確保したいという気持ちは仕方ないですが、これでは地方から来て環境変化についていけず調子を崩した子は不利でしょうね。

 

レース内容については芝・ダートのバ場選択はできますが、距離は一律1600mだそうです。

他距離の模擬レースに関しては、これ以降適宜開催されるので自身の脚質にあっていると思うものに自分で申請する必要があります。

このレースでトレーナーからのスカウトを受けるウマ娘も多く、早ければ早いほど有望視されている証ともいわれロッカールームはかなり殺気立っていました。

自分以外のウマ娘が全てライバルなので気持ちを抑えられないのは理解できますが、私としては穏やかにいきたいものですね。

勿論、入学前から親交があり和やかな雰囲気な場所もありますが、前者の方が圧倒的に多くて私の周りもそうでした。

バ体を観察している視線がむず痒いですが、諦めて着替えを始めます。

 

 

「えっ……」「何、あの体!?」「鬼だ、あの体には鬼が宿ってる」

 

 

常人以上の筋力を持ちながら一般的な女性らしい体付きをしているウマ娘の中に、板垣漫画のような筋肉を持つウマ娘がいたらそういう反応になりますよね。

念の為言っておきますが、私の身体はオリバみたいな筋骨隆々ではなく、体格は一般的なウマ娘と同じです。

ただ、山中八万キロ踏破で鍛え上げられ、首から下の筋肉の分かれ目が海溝のように深く刻まれているだけなので、ジャージとかで隠してしまえばわかりません。

制服のスカート丈も少しだけ伸ばして生身のトモが露出しないようにしていますので、ここまで気が付かれなかったのでしょう。

 

 

「おい」

 

 

着替え終わり大事な物をポケットに入れたと同時に背後から声を掛けられました。

私が脱いだ瞬間から背中に今にも食いつかんとする餓狼のような闘志をぶつけられていたので、相手の存在は感知していましたが、この感じ絶対にネームドウマ娘ですね。

 

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

振り向いた先にいたのは、シャドーロールの怪物でした。

ここにいるという事は彼女も新入生なのでしょうが、個人的には付き合いやすそうな姉世代の方が良かったなと思ってしまいます。

ナリタブライアンがいるということは、あのタイマン好きな女傑 ヒシアマゾンもいるのでしょう。

これ関わったら絶対に毎回勝負を仕掛けられて、生涯ずっと競い続けることになる未来しか見えませんね。声を掛けられた時点で手遅れな気もしますが。

 

 

「アンタ、名前は?」

 

「アーチャーリヤと申します。貴女は?」

 

 

前世知識で一方的に色々知っていますが、ここは古事記にも書かれているようにしっかりと挨拶をしておきます。

確かナリタブライアンは、自身の圧倒的な強さによって競い合える相手に恵まれず、自身の満たされない闘争心と闘志の灯を消してしまうことの板挟みで苦しんでいたはずです。

しかし、目の前にいる彼女は硬派な雰囲気を漂わせながらも、口元は隠しきれない笑みを浮かべていました。

もしかして、強者としてロックオンされましたかね?

 

 

「ナリタブライアンだ」

 

「ナリタブライアンさんですね。同じ新入生同士、切磋琢磨し合いましょう」

 

 

握手を求めて手を差し出したのですが、ナリタブライアンはそれに応じてくれそうな気配はありません。

 

 

「切磋琢磨か……思ってもない事を無理に言う必要はない」

 

「おやおや、初対面で随分な言われようです」

 

「アンタは自分が負けるなんて一切思っていないし、私達を同じ土俵で見ていない。そうだろう?」

 

 

いやはや、流石はネームドウマ娘と言ったところでしょうね。

まさか、チート転生者特有の考えをこんな入学早々に見透かされるとは思っていませんでした。

折角、冷静沈着で穏やかなキャラクターを演じていこうと思っていたのですが、これではご破算でしょう。

ならば、そういう方向性で進めていくしかありません。

前世のウマ娘二次創作ではNL・GL系が多くて、敵対ライバルルートは少なかったように思えるのでこういったものもいいでしょう。

 

 

「バレていましたか。まあ、新入生で二番目の実力を持つ貴女なら仕方ありませんね」

 

「二番か……一番は自分だとでも?」

 

「はい。はっきり言わせてもらうなら、自分の御しきれず鍛錬も足りていない皆さんに負ける光景を思い描く方が難しいですね。

ナリタブライアンさん、貴女も素晴らしい才能をお持ちですが、それに胡坐をかいて鍛錬を疎かにしてはいつか脚を痛めますよ?ご自愛くださいね」

 

 

丁寧口調で挑発と怪我の心配をすると、ロッカールームの雰囲気が一気に重苦しさを増します。

普通のウマ娘なら吞まれてしまう重圧でしょうが、所詮は個人が出しているものです。全てを吹き飛ばすような台風の山中で味わった、チートもウマ娘の力も嘲笑うかのような畏怖すべき大自然の脅威に比べたら微風にしか思えません。

 

 

「いいだろう。アンタ、いやお前は私が倒す」

 

「できもしない事を言われても困りますね。

それと、あまり強い言葉を使わない方がいいですよ。弱く見えますから」

 

 

本当に堪忍袋の緒が切れる時って、実際に音が聞こえるものなのですね。初めて知りました。

これ以上何かを言うと憤死するウマ娘も出てきかねないので、他のウマ娘の間をすり抜けてロッカールームの出入り口まで移動します。

普通なら容易に通り抜けることのできない隙間でしたが、山の木々をくぐり抜けていくことの方が数段難易度が高いですから問題ありません。

 

 

「では、お先に失礼します」

 

 

ロッカールームを出た瞬間、大きな衝撃音がしたので誰かがロッカーを殴ったのでしょう。

ああ、こんなはずじゃなかったのに。世の中はそういったことが多すぎます。

 

 

 

 

ロッカールームで一幕を経て、ようやく私の出番が来たわけですが、案の定他のウマ娘からは目の敵にされています。

一六頭立てのレースで、私は八枠一六番の一番外側になりました。

ウォーミングアップの様子からしても負ける要素はないので、不利は一切ありません。

 

 

『さあ入学式レース芝も折り返しの第3レース開始の時間が近づいてきました。やはり初々しさを感じられるこのレースを迎えると、新年度が始まったのだなと思いますね』

 

『はい、新たなスターウマ娘誕生の瞬間を見ることができるかもしれないこのレースは、公式レースでなくても解説したいという人間は多いです』

 

『そうですね、私も毎年この実況席に座るのを楽しみにしています。しかし、前走のナリタブライアンはまさにスター誕生の瞬間でしたね』

 

『彼女の才能は本物です。まだまだ荒削りな部分もありますが、シンボリルドルフ以来の三冠ウマ娘となるのではと思わせる素晴らしい走りでした』

 

『ですが、トレセン学園から頂いた資料によると彼女は実技試験2位だそうですよ。1位のウマ娘はこの第3レースに出走するようです』

 

『あの走りで実技1位でないのなら、そのウマ娘には是非とも素晴らしい走りを期待させてもらいたいですね』

 

 

模擬レースだというのに本物のレースみたく実況と解説が付くのは、それほどこの世界ではウマ娘のレースが世間一般に浸透しているのでしょう。

前世感覚でいえば、プロ野球とJリーグの人気を両方合わせたくらいのレベルです。

実技試験以来のゲートの狭さに嫌気がさしそうになりながら、出走の瞬間を待ちます。

 

 

『8枠16番 入学試験実技第1位 アーチャーリヤ』

 

『体操服越しでも解らされる素晴らしいバ体ですね。これは益々期待が持てます』

 

『ゲートイン完了……今スタートされました!』

 

 

スタートは問題なくできたので、スピードを緩めながら最後方につけます。

 

 

『全員出遅れなくいいスタートが切れましたね』

 

『先頭は4番と11番が激しく争っています』

 

『お互い逃げのようですから端をきって自分のペースを作りたいところです』

 

 

新入生レースとしてはかなりのハイペースになっているので、これは終盤垂れてしまうでしょうね。

他のウマ娘の中にもそれを悟っている者もいるようで、躱しやすい位置取りへ移動しようとしている姿が見えます。

 

 

『最後方16番。先頭からかなり離されていますが、どうでしょうか?』

 

『顔色には余裕が浮かんでいます。足をためているようですから、最後の直線での追込が勝負でしょう』

 

『第3コーナーに入り、先頭は11番、そのすぐ後ろに4番、7番と続いています』

 

 

レースはまだ半分くらいですが、先頭争いによるハイペースによって既にペースを崩して苦しそうなウマ娘も見えます。

こんなちゃんとしたレースを経験するのは初めてのウマ娘が多いので、緊張による精神の乱れが走りに出ていました。

それでも負けたくないと必死に走っているのですが、その健気な心を私は今から砕かねばなりません。

最後方で走っていたおかげで、だいたいの力量はわかりました。

なので、そろそろ仕掛けさせてもらいます。

第四コーナーの終わり、ゴールまで600m地点を示すポールを過ぎた瞬間から一気に加速して大外から全員を抜き去ります。

踏み込み過ぎてコースの一部が爆撃を受けたように弾けましたが、態とではないので整備代を請求されることはないでしょう。

 

 

『な、何が起きたのか!爆発音と共にターフや土が舞い上がり、大外から16番が次々抜き去っていきます!』

 

『何という末脚でしょうか!こんなのはG1レースでも見たことはありません!』

 

 

それもそうでしょう。トップクラスのG1ウマ娘達でも最高速度は時速70キロくらいですが、私は時速100キロを超える速度で走れるのですから。

他ウマ娘の無理という言葉すらも置き去りにして、そのまま私はゴールしました。

 

 

『最後方から大外を通って16番が一着でゴール!!これが実技試験1位の実力です!』

 

『直線勝負のウマ娘とは思いましたが、まさかまさかの大外一気でしたね。瞬きしていたら見失っていたでしょう』

 

 

数バ身遅れで次々とゴールしてくる二着以降のウマ娘達は、思った通り絶望に染まっていました。

ナリタブライアンにバレなければもう少し手心を加えていたのですが、そうならなかったので仕方ありません。

観客席で驚愕しているウマ娘やトレーナー、関係者各位に深々と頭を下げてからコースを去ります。

 

 

『二着は9番、三着は7番となりました。そしてたった今、16番アーチャーリヤの上がり3Fのタイムが届きましたが……えっ、これ本当ですか?計測ミスとかじゃなくて?』

 

『どうしましたか?』

 

『本当なんですね……なんと、そのタイム20秒7!これまでの記録を10秒以上縮めた大記録です!』

 

『上がり3Fを20秒台!?長いこと解説をしていましたが、人生でこの瞬間を目撃できたことが1番記憶に残る出来事だったと生涯言い続けられるでしょう。

そして、これは断言してしまって問題ないでしょう。これからは彼女の時代が来ると』

 

『ナリタブライアンに続いて、このような逸材が突然現れる。このレースでしか味わえない醍醐味でした』

 

 

実況と解説が興奮冷めやらぬという感じで色々と語っていますが、やはり高く評価されるのは気持ちいいですね。

この全能感は抗いがたく、チート転生者達が次々とはまってしまう訳です。私も悟りに踏み込んでいなければ呑まれていたでしょう。

置いていたジャージを回収して上だけを羽織り移動します。

自分をアピールするはずだったのに、私に全部持っていかれてしまい悔しさ等から半泣きのウマ娘もいるのでそっとしておくのが情けでしょう。

汗もあまりかいていないので、そのまま観戦しようと観客席に向かうと待ち構えていたトレーナー達に囲まれました。

曰く、共に三冠ウマ娘を目指さないか、貴女の脚なら世界も獲れる、一流のチームにこそ君は相応しい等思い思いの誘い文句を口にしていますが心に響きません。

とりあえず、田舎から出てきて入学したてで色々とよくわからないので考えさせてほしいと伝え、全員の名刺だけを貰って解散してもらいました。

名刺を重ねただけで一センチを超えるなんて、ちょっとびっくりする光景ですね。

 

 

「隣、よろしいでしょうか」

 

「ああ」

 

 

トレーナー包囲網から解放された私は、ロッカールームの時よりも更に強い闘気を漂わせ周囲を寄せ付けないナリタブライアンの隣に敢えて座りました。

ここなら追加でやって来そうなトレーナーも追い払ってくれるでしょう。

隣に腰掛けるとナリタブライアンは、私にとても良い笑顔を浮かべていました。

良い笑顔といっても、楽しげで見ているこっちも暖かくなりそうなものではなく、肉食獣が牙をむくような攻撃的なものでしたが。

 

 

「さて、随分と楽しそうにされていますね?」

 

「楽しそう?……ああ、そうだな。追わなければならない背中が遠いのが、私は堪らなく嬉しいらしい」

 

「負けたことがなさそうなので、彼我の力量差を感じて折れてしまうかと思いましたが杞憂だったようですね」

 

 

嘘です。ナリタブライアンがこの程度の事で折れるはずがないというのは、アプリで育成してきたので分かっています。

 

 

「ああ、私の灯はあの程度では消えはしない。寧ろ熱く燃え盛っている」

 

「気持ちだけで埋まる程、私は弱くはありませんし、手加減もしませんよ」

 

「それでいい……そうでなければ、挑む甲斐がない!」

 

 

ナリタブライアンは拳を強く握りしめていて、血が出そうで心配になりますが私が言うと挑発にしか聞こえないでしょう。

近寄りがたい雰囲気を放っている私達のもとへ、一人のウマ娘が近づいてきました。

 

 

「ブライアン」

 

「……姉貴か」

 

 

ビワハヤヒデ、ナリタブライアンの姉でありこちらも驚異の連対率等で有名なウマ娘です。

頭の大きさを気にしている設定がありましたが、確かに髪の毛のボリューム感が凄くて相対的に大きく見えてしまいます。

あの中に手を入れたら、絡めとられてきっと二度と出てくることができなくなると確信させる凄みがありました。

 

 

「今、楽しいか?」

 

「ああ」

 

「そうか、なら良かった。だが、彼女ばかり追っていたら私が追い抜かしてしまうかもしれないぞ」

 

「それは……楽しみだな」

 

 

一度抜かれてしまった姉が奮起し再び妹を抜き返さんとし、妹もそんな姉の闘志の灯に触発されより獰猛な笑みを浮かべる。

いちゃいちゃするだけではない互いを認め合うが故の姉妹愛を感じますね。大好物です。

 

 

「おっと、自己紹介が遅れた。私はビワハヤヒデ、ブライアンの姉だ」

 

「アーチャーリヤと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

 

「ああ、こちらこそ宜しく頼む。早速だが、一つ質問を良いだろうか?」

 

 

そう言って、ビワハヤヒデはポケットからメモ帳を取り出してます。

妹の時とは違い、良い感じのファーストコンタクトをとることができました。

やっぱり、理性的な行動をしてくれる相手の方が付き合いやすいですね。

 

 

「構いません」

 

「ありがとう。では、あの規格外の末脚を発揮する脚力を作るためにどんなトレーニングをしてきたのか、参考までに教えて欲しい」

 

 

ビワハヤヒデの質問が口に出された瞬間、ナリタブライアンを含め周囲の人間、ウマ娘の意識が全てこちらに向いたのがわかりました。

トレセン学園職員達が頑張って私のあけた穴を塞ぎ終え、そろそろ第四レースが始まろうとしています。

なので、そちらに集中すべきではと思いますが、あの走りを見て興味を持つなというのが難しいでしょう。

隠す必要もありませんし、教えても短期間で結果を出せる方法でもないのでチート転生したと思う者はいないはずです。

 

 

「私は限界集落のド田舎生まれなんです。だから、都会(こっち)みたいにレース教室とかトレーニング施設もありませんでした」

 

「ほう」

 

「ウマ娘も私と母だけで、母は地方(ローカル)シリーズで数勝した位の戦績でレース知識も技術もありません。あったのは自然溢れる山々だけでした」

 

「では、どういうトレーニングを?」

 

 

強者特有の引き伸ばし説明もビワハヤヒデは素直に乗ってくれるのでやりやすいですね。

これがナリタブライアンだったら『さっさと答えろ』と空気を読むことなくぶった切っていたでしょう。

 

 

「3歳から昨日こっちに来るまで、未舗装の山道をほぼ毎日駆けていました。累計すると8万キロくらいでしょうね」

 

「8万キロ……だと……」

 

「はい。煉獄のような酷暑だろうが、骨まで凍える大雪だろうが、全てを吹き飛ばす台風だろうが、一寸先も見えぬ闇夜だろうが、時には七日七晩走ることもありました」

 

 

理論もへったくれもない根性論・精神論丸出しのトレーニング方法に周囲がドン引きしていますが、チートの解放条件だったので仕方ありません。

最新のウマ娘構造機能学に基づいたトレーニングでチートがもらえるなら、私だってそうしたかったです。

 

 

「私にはこれを為せたという自負があります。肉体の限界を超え、精神論も超越した鍛錬の末に辿り着いた境地。

こればかりは、足を踏み入れた者にしか解らないでしょう。ですが、それ故に私は負ける筈がないと胸を張って言えるのです」

 

「……ありがとう。理論だけでは数値化できない超越精神世界か、是非とも今後のトレーニングに活かさせてもらう」

 

「これは単に私が行った鍛錬を伝えただけですので、効果を保証するものではありません。試すにしても細心の注意を払って行ってください。

山を無礼(なめ)ると、あっさり亡くなってしまいますから」

 

「ああ、勿論鵜吞みにはせず私の現状に則したものに調整するつもりだ。心配してくれたことには感謝する」

 

 

胡散臭い通販番組みたいな言い回しになってしまいましたが、これは言っておかないと無茶をするウマ娘や無茶をさせるトレーナーが出てきかねません。

一応、担任や理事長に近しいであろうたづなさんにも伝えておきましょう。

 

 

「姉貴」

 

「どうした、ブライアン」

 

「そのトレーニング、私にも付き合わさせろ。こいつに勝つには、私もその超越世界とやらに足を踏み入れる必要がある」

 

「ああ……ああ!わかった!

これからすぐにトレーニングプランを立ててくる。明日には仮プランを完成させてこよう!」

 

 

アプリだと初期のこの姉妹関係はぎこちなさがあるものでしたが、私という要素が入ることでいい感じに変化したようです。

ナリタブライアンの言葉を聞いてから、ビワハヤヒデの尻尾は嬉しさを隠せずバッサバッサと激しく振られていました。

 

 

「頼んだ、私はそういったのは苦手だからな」

 

「お姉ちゃんに任せろ」

 

「良き哉、良き哉です」

 

 

仲良きことは美しき哉、ですが私の存在が忘れられているようで少し寂しいです。

かと言ってガツガツと関わろうと絡みに行くのも、ライバルルートを進む上ではよろしくありません。

私とナリタブライアンの距離関係は無言の鞘当てをしているくらいが丁度いいのでしょう。

 

 

「そうやって、油断しているといい。すぐにその油断が命取りだと解らせてやる」

 

「油断?何のことでしょう?これは余裕というものですよ」

 

「2人共やめないか。もうすぐレースが始まるぞ」

 

 

ナリタブライアンとの交流を深めているとビワハヤヒデに注意をされました。

これ以上は良くないと判断しレースの方へと視線を向けると、ヒシアマゾンがゲートに入ろうとしているのが見えます。

このレースは十中八九彼女が勝つでしょう。

レースに対する興味は一気になくなりましたが、それでも時々ブロックされて最下位近くになることもありますから一応見ておきます。

それでも手持ち無沙汰なのでポケットの中に手を入れて、常に持ち歩いている物を弄りながらスタートの瞬間を待ちます。

 

 

「おい、何を触っている」

 

「これですか?昔、山で拾った御守り代わりみたいなものです」

 

 

ナリタブライアンに目ざとく見つけられたので、私はポケットの中の物を出して見せました。

山で拾ったと言いましたが、実際は一回目の目標達成時にチートの解放を示す証として転生神より送られてきたものです。

転生について説明することは禁じられているので、そういう風に誤魔化しています。

トレセン学園に申請済なので変な使い方をしない限り没収されることもないでしょう。

 

 

「……鬼の顔が付いた何だこれは?」

 

「折り畳み式の角が音叉になっているんです。かなり古い物みたいですが、澄んだ綺麗な音がするので気に入ってます」

 

「そうか」

 

 

変身音叉 音角ですが、基本的にチートは身体能力のみなので、これは本当に綺麗な音を出す音叉です。

追加四万キロ達成による二段階解放で紅まで使えるようになったので、そちらを使えば少し変化はあるかもしれませんが、ギリギリだったのでまだ試していません。

本当は逢魔時の魔王が良かったのですが、許可されませんでした。

それでも仮面ライダーの身体能力を持っている時点で、この世界ではチート過ぎるでしょう。

 

ということで、戸籍名 響鬼(ひびき) 清音(きよね) ウマ娘名 アーチャーリヤ

これからウマ娘として、この世界で頑張っていきます。

色々不安なこともありますが、きっと大丈夫でしょう。だって、鍛えてますから。

 

 

 

 

 



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補習の鬼

はい、仮面ライダー響鬼の身体能力を持つ筋肉ウマ娘のアーチャーリヤです。

入学式と模擬レースから数日、私は順調に孤高(ぼっち)路線を邁進しています。

話しかけられても物腰柔らかに対応していたのですが、あの模擬レースとこの筋肉のせいで新入生ヒエラルキーの頂点を越したバグ枠に位置付けられたらしく、積極的に関わろうとするウマ娘はいません。

強いて言うならば、ナリタブライアンが挨拶と一言二言話すくらいとビワハヤヒデとトレーニングについて相談を受けるくらいですね。

普通のオリ主達であれば、寂しさから同じぼっちのウマ娘と関わるイベントが起こるところですが、転生前からのプロぼっちは慌てません。

他人に干渉されないなら我が道を進み続けて、好きなように生きるまでです。

 

それに私には、目下解決しなければならない大問題に直面しています。

ウマ娘世界なんて鍛え上げてレースに勝っていけばいい、チートと筋肉があるから問題ない。そう思っていた時期が私にもありました。

しかし、ウマ娘世界の勝者にはレースと切っても切り離せないものがあったのです。

そしてそれは、ただ鍛え上げた筋肉だけではどうしようもないものでした。

私の目の前に突如現れた難題、その名を『ウイニングライブ』と言います。

 

 

「アーチャーリヤさん!そんなに勢い良く突き出さない!

貴女の拳は空気砲なのかしら!」

 

 

態とやっている訳ではありません。教えられた動きを真似しているつもりなのですが、身体が発揮する出力が高過ぎるだけなのです。

拳を突き出した風圧だけで、振り付けが描かれた紙があれ程勢いよく吹き飛ぶとは思ってはいませんでした。信じてください、本当なんです。

 

チートがあるから大丈夫だろうと思っていましたが、考えてみれば仮面ライダーは悪と戦う事が本業。

戦いの最中に歌って踊るような事をするはずがありません。

響鬼の能力で太鼓とか楽器の演奏であればなかなかのものなのですが、踊りはさっぱりです。

ウマ娘二次創作界隈でも、レースでなくウイニングライブで躓くウマ娘は私くらいでしょうね。

 

 

「ターンはダブルラリアットになるし、貴女は力をセーブすることを覚えなさい!

レース成績が優秀でもウイニングライブを疎かにする子はデビューできませんよ!」

 

「はい」

 

 

何一つ外れていない指摘に、素直に肯定するしかありません。

ウイニングライブ疎かにしているつもりは一切ないのですが、踊れば呪いを振り撒いていると揶揄された前世のダンススキルは、ウマ娘補正を掛けても焼け石に水でした。

世界中のウマ娘と比較しても、私のダンス能力は最下層確定でしょう。

 

 

「……赤きサイクロン」

 

「違います」

 

 

私のこの引き締まった肉体のどこに、あの巨漢モヒカンプロレスラー要素があるというのでしょうか。極めて遺憾です。

 

 

「今日も補習しますから、ちゃんと来てくださいね。URAからも、早くダンスを改善させるようにって催促されているんですから」

 

「はい」

 

 

それはダンスが踊れるようになったら即デビューで、育成で偶にやる適正G1全参加や悪名高きハルウララ金策みたいな地獄のローテーションを組まれる未来が見える気がするのは、きっと気のせいでしょう。

山中八万キロに比べれば余裕もあり、現在の身体能力であれば不可能ではないとは思いますが、個人的な思いとしてはクラシック三冠はナリタブライアンに取ってもらいたいですね。

勿論、出走することになれば本気で負かすつもりですが、チートで正史を歪めてまで栄光を勝ち取りたい訳ではありません。

ウマ娘特有の勝利欲求も悟りに踏み入れているおかげで、全くないので自分以外の栄光も素直に祝福できます。

 

 

「はい、では次のグループの子は並んでください」

 

 

肉体的にも精神的にも疲れはありませんが、周囲からの視線が痛いです。

ただ単純にダンスがど下手だけなら親近感の湧く弱点で済むのですが、そこに仮面ライダーの身体能力が加わることで無差別に弾幕を張る機関砲扱いになるのです。

普通のウマ娘同士なら微笑ましいステップミスからの接触も、私の場合はキャプ○ン翼のDFのように撥ね飛ばしてしまうでしょう。

そんな相手と一緒に踊りの練習をしたいと思うウマ娘はいるのでしょうか。いや、いません。

ウマ娘は身体が資本なのですから、誰だってそうするでしょうし、私だってそうします。

とりあえず、定位置と化しつつあるナリタブライアンの隣に座ります。

 

 

「お前にも苦手なものがあるんだな」

 

「お恥ずかしながら、自分を鍛えることばかりに夢中で、ウイニングライブの事は授業になるまで忘れていました」

 

「そのまま苦手でいろ。私がデビューする前にURAの都合でデビューさせられては、戦う機会が減る」

 

 

できるなら、ナリタブライアンより早くデビューして、クラシックは争うことなく互いに三冠ウマ娘としてシニアで争いたいですね。

ですが史実通りの活躍時期に当てはめると、一年早くするとBNW世代、もう一年だとブルボンライス世代、更に一年だとテイオー世代とどの時代でも争いたくない相手ばかりです。

唯一誰もウマ娘化されていないのは1989年世代ですが、ウマ娘世界ではそれがいつなのかわかりません。

アニメ一期はスペシャルウィーク達1998年世代が主役でしたが、それ以前に活躍しているはずのトウカイテイオーやメジロマックイーンはデビューしていないのに、ナリタブライアンは三冠ウマ娘として登場していましたし。

ウマ娘のデビュー時期や年齢に関しては複雑怪奇で、本当に訳がわかりません。

 

 

「敗北の回数を減らしたくないのですか?」

 

「確かに敗北は苦く辛い。だが、勝負から逃げる方が私は許せない。

それに……常勝を確信しているお前のその傲慢を最初に打ち砕くのは私だ!」

 

「そうですか。こちら側に来ることができたら、また聞かせてください」

 

「ああ、そう長くは待たせるつもりはない」

 

 

このように私が煽って、ナリタブライアンが闘志の灯を盛らせる。私達の関係はこんなもので良いのです。

そこから会話はなくなりましたが、プロぼっちは無言空間に落とし込まれても自分の世界に入り我関せずとすることで居た堪れない気持ち等を抱くことはありません。

惚けていては講師から注意を受けて補習時間が長引きかねないので、真剣に他のウマ娘を観察しているふりをします。

ダンスの振り付け自体は、ウマ娘補正の御蔭なのかあっさり覚えられました。

私の問題点は、実際に踊る際の体の動きが脳で出力されたものと同じにならない事なのです。

例えばウマ娘の課題曲とも言われる『うまぴょい伝説』の最初、他のウマ娘と手をつないで駆け出す部分では階段を降りることなく一足飛びで停止地点を大幅オーバーしましたし。

拳を突き出せば空気砲、腕を交差させバツをつくれば稲妻十字空裂刃(サンダークロススプリットアタック)に、泣く仕種は逆水平チョップ、軽く跳んだつもりがレッスンルームの天井に衝突して大穴を開ける、軽く挙げただけでこれだけあります。

私にとっては無敗の三冠ウマ娘になるよりも、ウイニングライブを問題なく踊り切る事の方が難易度が高く感じます。

普段は穏やかな笑みを浮かべられているのに、ウイニングライブになった途端オリジナル笑顔に変貌するみたいで、余計に周囲から引かれています。

求む、仮面ライダーでもできるダンス術。スペック重視で響鬼にせず、ダンス要素もあった鎧武にしていれば少しは違ったのかもしれませんが、今更でしょう。

 

しかし、早くこの補習地獄から抜け出さなければ、身体が鈍ってしまいそうです。

仮面ライダーの身体能力を持つせいか、それともチートの為に日々山中を駆け抜けていたせいか、トレセン学園の授業程度では運動量が絶対的に足りません。

決して進んで苦行を続けたいと思うマゾヒストではないのですが、体力の消費が少ないと寝つきが悪くなるのです。

私は眠りを食と同様に万人に与えられた最高の快楽と思っているので、死活問題と言えるでしょう。

トレセン学園のウマ娘は高等部の一部を除いて全員が寮生であり、一般的な中高生に課せられる程度の門限が存在します。

その為、補習が終わって所属チームやトレーナーの決まっていないウマ娘達に解放されている共用グラウンドを走っても、すぐに帰らねばならなくなります。

アニメ2期でライスシャワーがしていたように、外泊届を出して数日山に籠ろうかと思いましたが、寮監のハイセイコーというウマ娘に却下されました。

どうやら、以前田舎から出てきたばかりのウマ娘が初めての都会で無知さに付け込まれトラブルになったことがあるため、地方から来たウマ娘は週末に行われる都会の歩き方講習を受ける必要があるそうなのです。

講習は土曜日の午前中に行われるそうで、それ以降は外出が許可されるとのことですが、新入生の外泊は半年が過ぎないと許可されないとのことでした。

理由等については十分理解できるのですが、だからといって私の行動が制限されることに対して納得できるかと問われれば、それは別問題でしょう。

運動が足りていなければ走りたいと思ってしまうのは、未だにウマ娘の本能を制御しきれていない証拠ですね。

 

 

「ああ……山に行きたいですね……」

 

 

思わず声が漏れてしまう程に、私は体力を持て余しているようです。

自制ができていない証であり、今一度鍛錬で心を引き締めなおさねばいけません。

まあ、その鍛錬ができていないからこうなっているのであって、終わりのない無限ループに巻き込まれた気分です。

 

 

「……今週末、姉貴とトレーニングに使えそうな山の下見に行くんだが、来るか?」

 

 

私の弱音にライバル視しているナリタブライアンも哀れに思ったのか、お誘いが来ました。

この辺りの山事情には明るくないので、渡りに船の魅力的すぎる提案です。

しかし、折角の姉妹イベントに第三者がしゃしゃり出て雰囲気ぶち壊しでは、ウマ娘に蹴り殺されるでしょうから悩ましいですね。

 

 

「よろしいので?」

 

「ああ、姉貴はよく相談しているらしいが、実際にどういう風にしているか見た方が早い。それに……」

 

「それに?」

 

「弱った相手に勝利しても私が満たされない。お前に勝つ時は、全力を出し切らせて、その上で影すら踏ませずに勝利すると決めている」

 

 

何とも大胆不敵な宣戦布告ですが、それなら私も遠慮することはないでしょう。元々、メリットしかない提案でしたし。

紅の力も意識を集中させると身体から鬼火が出てきたため、本格的に試せていないのですが、ナリタブライアンと直接対決する時にはしっかりと使いこなして勝利しましょう。

そう考えると自然と笑みが零れます。いつも意識して浮かべている優しいものではなく、ウマ娘の闘争心が引き出す攻撃的なオリジナル笑顔の方が。

 

 

「そっちの方がいい。私の灯を滾らせてくれる」

 

「あまり煽らないでください。自分の中にある鬼を制しきれていない未熟者なのですから」

 

「まだ強くなるか。いいぞ、それでこそ私の獲物だ」

 

 

ウマ娘の本能とはいえ、流石に闘争本能が強すぎませんか。

競える相手がいなくて餓死しそうなほどに飢えていたので、溜まっていた全てが溢れ出しているのかもしれませんね。

ライバルルート予定ですが、強くなるための共闘路線は許されるでしょうから今回はありがたく参加させてもらいましょう。

鍛錬地については解決しそうなので、後は何とかしてダンス力を鍛えないといけません。

これも地道に頑張るしかないのですが、どこかに一瞬で能力が急上昇する魔法のような方法はないのでしょうか。

 

結論だけ記すなら、ありませんでした。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

今日のダンスレッスンも、ずっと注意を受け続けたのにモグラの地中進行速度しか成長していない気がします。

いつも以上に気合が入っていて、今からグラウンドに向かっていては夕食か入浴のどちらかを諦める必要があるでしょう。

折角美人なウマ娘に転生したのですから、身だしなみを疎かにすることできません。

食事抜きは山籠もりで慣れていますが、明日の授業中にお腹が鳴ってしまえば恥ずか死ぬ思いをすることになるでしょう。

となれば、運動を諦めなければなりません。

今夜も眠れない時間を過ごすことになりそうですが、瞑想して紅の力を制御できるようにしましょう。

 

確か響鬼系ライダーは、変身後も気力を維持しておかなければ服が修復されずに裸になってしまったはずです。

本気を出そうとして紅の力を使って勝利しても、その後の結末が素っ裸だと勝利は痴女に上書きされるでしょう。

例え偉業を成し遂げても『でも、痴女なんだよなぁ』や『最強だけど痴女なウマ娘』とチート転生ライフが地獄の辱めに真っ逆さまです。

水着衣装で冬のURAファイナルズを制覇するウマ娘もいるので、ワンチャン許されるかもしれませんが、そうならないように気をつけるに越したことはないでしょう。

それに水着と素っ裸は、たった一枚の布地分ではありますが似て非なるものですし。

 

そんな考え事をしていると、背後からゆっくりと気配を殺して接近してくる存在に気が付いたので、数m跳躍して距離をとり戦闘態勢を整えました。

ダンスでは全く役に立たない仮面ライダーの身体能力ですが、事戦闘に関しては正義の味方に恥じない素晴らしい能力を発揮してくれます。日常生活では全く役立ちませんが。

響鬼の戦闘スタイルもチートの範囲内なのか、無意識的に腰に手を回して音撃棒を取り出そうとしてしまいます。

元ネタでも自作していましたから、今度ホームセンターとかで材料を見繕って作ってみるのもいいかもしれません。

 

 

「背後からとは卑怯ですね。名乗る時間は差し上げます、不審者として処理されるのは不本意でしょう」

 

「ま、待て待て待て、後ろから近寄ったことは謝る!俺は不審者じゃない!

一応、このトレセン学園のトレーナーだ!!」

 

 

振り向いた先に居たのは、アニメでお馴染みの沖野Tでした。アニメより若く見えるのは、一期に入っていないからでしょうか。

ということは、先程の接近は彼の悪い癖であるウマ娘のトモ確認だったのでしょう。

アニメではスペシャルウィークやメジロマックイーンが餌食になっていましたが、成程この隠密性であれば普通のウマ娘では気が付けないはずです。

こちらは前世知識で一方的に知っていますが、初対面なので沖野Tは付けているトレーナーバッジを示しながら弁解していました。

 

 

「確かにトレーナーのようですが……それでも日が沈んだ暗闇の中、気配を殺して背後から忍び寄るのは結局不審者では?」

 

「い、言い返せねぇ」

 

 

ここで変に馴れ馴れしい態度をとっては不審に思われそうなので、常識的な対応をします。

 

 

「悪意や害意は感じられませんでしたので攻撃はしませんでしたが、ウマ娘の蹴りは人を殺め得るものですから気をつけてください」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。慣れてるから」

 

「常習犯ですね。通報します」

 

「待ってくれ!今の無し!」

 

 

ポケットからウマ娘用のスマートフォンを取り出すと沖野Tは慌てて取り繕いだしました。

しかし、前世でアニメを見ていた時にも思いましたが、やっぱりいい声していますね。

前世では格好いいイケボの声優さんとしか思わなかったのに、ウマ娘にTS転生して性別が変わったせいかそれが増幅された感じがします。

声優さんの演じるシチュエーション系ボイスドラマCDを買っていた女性オタク達は、こんな気分だったのでしょうか。

念の為否定しておきますが、好みだからといってうまぴょいしたくなるとかではなく、前世で最推しだった声優さんと同じ位置にランクアップしただけです。

 

 

「まあ、いいでしょう。用件を聞きましょう」

 

 

内容はわかっていますし、純粋にウマ娘の走る姿に惚れこんでの性欲と無関係な願いなのでトモを触らせるくらいは許します。

沖野Tであれば、三冠ウマ娘とか伝説越えとかの夢を押し付けてくることなく自主性に任せてくれそうなので、よく知らないトレーナー達より好感度は高いです。

 

 

「あ、ああ……そのだな……何と言っていいか、これはいやらしい意味で言っている訳じゃなくてだな……

もし良ければ……トモを触らせてくれないか?」

 

「いいですよ」

 

「そうだよな、駄目だよ……って、良いのかよ!もっと自分を大切にしろよ!」

 

 

見事なノリツッコミに見えますが、タマモクロスのような関西圏ウマ娘からすればまだまだと言われるかもしれません。

まさか普通にOKされるとは思っていなかったようで、私よりも沖野Tの方が動揺しています。

 

 

「劣情は感じられませんでしたし、鍛錬を重ねたこの身体に恥ずべき部分はありません」

 

 

この身体を恥じることは、元ネタとなった仮面ライダー響鬼を恥じることに繋がりますから。

それは制作に携わった人や視聴しその姿に憧れを抱いた人、それら全ての思いを恥じることになります。

チートとして貰っておいてそんな不義理な行動は、没収案件でしょう。

堂々とした宣言に戸惑っていた沖野Tでしたが、覚悟を決めたようにゆっくりと近づいてきました。

 

 

「お、おう。じゃあ、遠慮なく失礼させてもらうな」

 

「はい、どうぞ」

 

 

そうして、恐る恐るトモに手が触れられます。

自分とは違う手が肌に触れるのは、何とも言えない変な感覚ですね。とりあえず、内腿は性感帯では無いようなので変な声が出なくて良かったです。

 

 

「な、何なんだ、このトモは!ウマ娘であることを差し引いてもあり得ない筋密度としなやかさだ!

恐らく、骨格系も何倍もの強度がありそうだ……成程、これが上がり3F20秒台の鬼の末脚を発揮するトモか!!

坂路で鍛えたものよりも武骨だが、この力強さと頼もしさは説得力がある!!」

 

 

褒められるのは悪い気がしませんが、夜道の真ん中で真正面からウマ娘のトモを撫でながら解説する光景を誰かに見られたらまずいと思うのですが、もう手遅れでした。

怒りで顔を真っ赤にしながら近づいてくる人物を見て、この後の展開が想像できてしまいます。

 

 

「あまり大きな声を出さない方がいいかと……もう、遅いでしょうが」

 

「うん?何か言った……痛ッ、あいだだだだ!」

 

「こんな夜道のど真ん中で、いったい何をしているのかしら?」

 

 

私のトモに夢中になっていた沖野Tは、東条ハナトレーナーに耳を引っ張られ引き剝がされました。

漫画やアニメではよく見る光景ですが、実際に目にすると鼓膜が傷ついてしまわないか心配になりますね。

 

 

「お、おハナさん!?これはその、今回はちゃんと同意をとったって!!」

 

「同意をとったからって、許される事と許されない事があるでしょうが!このバカ!」

 

 

アニメではバーでウマ娘同士では出せない、大人の付き合いという雰囲気を出していた二人ですが、アニメより少し若いためか少し学生っぽさが感じられます。

平成初期くらいの欲求に正直な主人公とそれを咎める幼馴染の典型パターンっぽくて、なんだか微笑ましく思えますね。

トモの確認という沖野Tの用事は終わったようですし、もう帰ってもいいのでしょうか。

このまま巻き込まれ続けると、運動を諦めたのに夕食にも間に合わないなんてことになりかねません。

 

 

「もう、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、このバカは私がしっかりと言い聞かせておくわ。貴女も急がないと夕食に間に合わなくなるでしょう?」

 

「俺が悪かったから、もう放してくれって!」

 

 

ようやく解放された沖野Tは、引っ張られた耳を撫でながら『相変わらずおハナさんはきついぜ』と言って、東条トレーナーに睨まれました。

アニメでは定番ですが、どうしてこういう時に思ったことを素直に口にしてしまうのでしょうね。見ている方は楽しめますが。

このやり取りに慣れているような余裕を感じるので、きっとアニメ一期前から常習犯だったのでしょう。

アニメでは過去については断片的な回想しかなかったので、いつかはちゃんと聞いてみたいものです。

 

 

「では、失礼します」

 

「アーチャーリヤ」

 

「はい?」

 

 

夕食の為に少し急いで駆け出そうとしたら、沖野Tに呼び止められました。

これ以上、いったい何の用があるというのでしょうか。

 

 

「お前は何の為に走るんだ?」

 

「何の為にですか」

 

 

正直、考えたことがありませんでした。

ウマ娘に転生したからトレセン学園に入ろうと思いましたし、山中を駆ける苦行もチート開放のためで、悟りに足を踏み入れているのでナリタブライアンのように渇望がある訳でもありません。

よく考えると、私には明確な指標や目標はありませんね。

転生したからとは言えないので、適当に誤魔化しておきましょう。

 

 

「ああ、夢でもいい。走る理由となるものだよ」

 

「夢については、特にありません。理由は、強いて言えばウマ娘に生まれたからでしょうか」

 

「それだけなのか?」

 

「はい。それ以上の欲は不要ですし、理由はそんなものでいいのです」

 

 

私の答えに、沖野Tはまだ何か言いたそうにしていましたが、時間が差し迫っているので無視して走り去ります。

常人以上食べるウマ娘の食事にかかる時間は、一部の例外を除いてそれなりにかかります。

食事は急かされず余裕をもって臨みたいので、必要なことを答えたのでこれ以上の言葉は不要でしょう。

 

それに今日の夕食はニンジンたっぷりのカレーだったので、ウマ娘のおかわりも加速しているはずです。

到着した時には完売していて、カレーの匂いがする中で白飯を食べるのは泣く子が出てもおかしくない惨い仕打ちでしょう。

それだけは、絶対に避けなければなりません。

育ち盛りのこの身体には、カレーは必須栄養素の一つなのですから。

 

さあ、トレセン学園厨房。食材の貯蔵は十分ですか。

 

 

 

 

 



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山の鬼、皇帝と鬼

「素晴らしき哉、緑の香り」

 

 

山はいいですね。自然は心を潤してくれる、地球の生み出した最高の癒しです。

トレセン学園に入学するまでは、実家と山を行き来する生活をしていましたから、山は転生後の第二の故郷といえるでしょう。

響鬼の戦闘シーンも自然の中で戦うのが印象的ですし、私には最高の環境です。

もっと欲を言うのなら、遊歩道やハイキングコースが整備されていない鬱蒼としたくらいの自然なら尚良しでした。

しかし、そんな求道者御用達の苦行コースに初心者二人を放り込んだら、怪我からの予後不良間違いなしなので我慢します。

今回は姉妹のトレーニングに私がついてきただけなので、その辺りはしっかりと弁えます。

山の空気を満喫していると、登山靴に履き替え終えたビワハヤヒデが近づいてきました。

 

 

「トレセン学園にいる時よりも生き生きとしているな」

 

「田舎育ちなもので、街中よりこちらが過ごしやすく感じます」

 

「そうか。ところで、本当に靴は履き替えなくて大丈夫なのか?

私達のウマ娘の脚は、生み出される力に比べて強度が心許ない。一度の骨折が引退原因になることもある」

 

 

姉らしい心配性ですが、地元でも普通の運動靴で山道を駆けていたので、寧ろ慣れていない登山靴の方が危ないです。

 

 

「はい。慣れていますし、鍛えてますから」

 

「そうか。念の為に簡易治療キットは持ってきているから、必要な時には言ってくれ。

ブライアン、お前もだぞ」

 

「ああ」

 

 

ビワハヤヒデと色違いの登山靴の具合を確認しているナリタブライアンは、今にも駆け出しそうな雰囲気を出していました。

恐らく、強くなるためにという渇望が強いのでしょうが、山においてそれは命取りです。

人間よりもパワーがあるウマ娘とはいえ、所詮は生物。自然という人智を容易に超える存在を前にすれば、なんとちっぽけなことでしょう。

 

 

「とりあえず、二人共は未経験者なので私が先導させてもらいます。よろしいでしょうか?」

 

「ああ、宜しく頼む」

 

「構わない」

 

 

今回、誘いに乗って正解だったかもしれません。

この二人だけで山に入っていたら、ナリタブライアンが早々にハイキングコースを外れて、ビワハヤヒデが止めきれず後を追い怪我に繋がった可能性があります。

それだけ、ナリタブライアンからは山を無礼(なめ)た様子が伺えました。

 

 

「では、まず山に慣れるためハイキングコースを歩きましょう。いきなりコースを外れても百害あって一利なしですから」

 

「段階を踏む訳だな」

 

「はい。こちらで大丈夫と判断したら、少しコースを外れてみましょう。

しかし、山を無礼(なめ)るとデビュー前に命を失いますから、緊張感は持ってくださいね」

 

 

そう言いながらナリタブライアンに威圧感をぶつけると、一瞬驚いた表情をして直ぐに睨み返してきます。

レース中であれば素晴らしい反応速度と言えるでしょうが、未舗装の山道を歩こうとする者としては全く足りません。

折角ライバルルートに入ったのに、怪我をされて夢を託される継ぐ者ルートに路線変更になっては興醒めですから。

 

 

「反応が遅い。即座に反応できなかったのは覚悟が甘いからです。

自然はそこにあるだけのものですが、ウマ娘より確実に上位の存在ですよ。無礼(なめ)たその代償が命でもって贖うことになりますが、それは絶対にあってはならないと肝に銘じておいてくださいね」

 

 

日本では、年間約三百人前後が山で命を落としているのです。

少ないと思う人もいるかもしれませんが、油断すれば自身がその中の一になるでしょう。

 

 

「ああ、わかった」

 

「ビワハヤヒデさんも油断しないでくださいね」

 

「肝に銘じよう」

 

「では、行きましょう」

 

 

久しぶりの山なので、景色を楽しみながらゆっくり歩いても良いのですが、目的は鍛錬の先導なので競歩くらいのペースにしておきます。

誰も入らない山道ではなく、普通のハイキングコースなので一般人の姿もありますが、これくらいなら互いに余裕を持って避けることができるでしょう。

コースを爆走して人と接触して大怪我をさせ、警察沙汰なんて考えたくもありません。

後ろを振り返るとナリタブライアンは油断こそしていませんが、ゆっくりペースが嫌そうにしています。

果たして、今日の最後までそんな態度をとり続けられるでしょうか。

ビワハヤヒデの方は事前に調べていたのか、登山時の典型パターンな歩き方を実践してみようとしていました。

知識ばかりの頭でっかちで終わらなければいいですが、大丈夫でしょう。

 

 

「うん?今、誰か私の頭がでかいと言わなかったか?」

 

 

設定で気にしているというのは知っていましたが、心の声にまで反応するとはさとり妖怪の類に足を踏み入れているのでしょうか。

とりあえず、今後は気をつけましょう。

 

 

「姉貴。誰も言ってないから、安心しろ」

 

「そうですよ。自然の音と他ハイキング客の話し声だけです」

 

「いやだが、確かに言われた気がしたんだ!」

 

 

そこからビワハヤヒデが落ち着くまで少しかかりました。苦労人な姉に見えて、実際は似た者姉妹ですね。

掛かりを延長するようなスキルは取っていないと思うのですが、いつの間にか習得していたのでしょうか。

しかし、最初からこれでは今後が少々思いやられますね。

それで私が何か困ることになるのかといえば、特に困らないのですが。前世より他人の失敗とか間違い等を見てしまうと身体がゾワゾワとして落ち着かなくなるのです。

 

 

「こんな事で道草をくっていては、いつまで経っても先へ進めませんよ」

 

「姉貴、山に集中しろ。こいつにも、そう言われただろ」

 

「……ああ、すまない。少々取り乱した」

 

 

冷静になったことを確認し、私達は再び歩き出しました。

それからは二人共集中を乱すことなく歩けており、ようやく鍛錬が開始できました。

この山のハイキングコースは、現在でも疎らに人の姿がある場所なので整備がしっかりと行われています。

これでは私にとって平地を歩くのと変わらないレベルの鍛錬にしかなりませんが、後ろを歩く姉妹には丁度良いのかもしれません。

トレーニングで階段の昇り降りをするチームもありますが、一歩踏み外せば大怪我に繋がりますし、そんな前時代的なことをしなくもトレセン学園には最新のトレーニング機材が揃っています。

わざわざ、こんなトレーニング好んでさせるトレーナーはいないでしょう。

そんな理論のりの字もないこんな前時代の遺物的な事をした経験はないためか、ナリタブライアンは右股関節、ビワハヤヒデは左脚に負担が偏っています。

ペースを調整しなければ、早々に脚を痛めてしまうでしょうね。

かと言って、本人達すら把握していない不調の原因を指摘しても、ビワハヤヒデはともかくナリタブライアンは聞き入れないでしょう。

とりあえず、今日はこのまま山を歩いて最後に指摘しておくという形が最善かもしれません。

 

そんな考え事をしながら振り返ると、私と姉妹の距離が歩き始めよりも開いていました。

まだ歩き出して一㎞程度でしかないのですが、身体の出来上がっていない中学生ならば仕方ないのかもしれません。

置いていくという選択肢はありませんので、距離が詰まるまで待ちます。

 

 

「すみません、早すぎましたね。慣れていないことも考慮して、もう少しゆっくりにするべきでした」

 

「今のままでいい。直ぐに慣れてみせる」

 

「ああ、君の動きを観察して徐々に修正できている。今のペースで大丈夫だ」

 

 

今の言葉選びは不適切でした。

ただでさえ負けん気が強いウマ娘、その中でも特に勝負事に貪欲な方である姉妹に対して、こちらが早すぎたなんて言ったらこうなることは容易に想像できたはずです。

瞳に闘志を燃え上がらせている現状で、少しでも速度を緩めようものなら侮辱ととられ大変なことになるでしょう。

 

 

「わかりました。なら、ちゃんとついてきてくださいね」

 

「ああ」

 

「勿論だ」

 

 

仕方ありませんので、意識してどういった動きで進んでいるか見えやすいようにします。

私も八万㎞を歩いている中で身に着いた動きですが、二人なら見ただけで何かコツを掴むに違いありません。

再び歩き出すと姉妹が何やら話しているようなので、耳を気づかれないように傾けます。

 

 

「姉貴、私達とあいつの差は何だ?」

 

「恐らく、彼女は山道において最も進みやすい適切なラインを完璧に見極めている。ブライアンもレースでなら経験はあるだろう?」

 

「ああ」

 

「悩んでいる様子も見られないから、無意識的か、目に入ったら反射的に行われているかのどちらかだろう。

だいたいだが、歩き方や身体の使い方についてもわかってきた」

 

「流石だな、姉貴」

 

 

ほら、これだからネームドウマ娘は恐ろしいのです。

まだ本格的に山歩きを始めたわけではないのに、既にコツの一歩手前まできているのですから嫌になりますね。

私なんて山歩きのコツを掴むまで、ほぼ毎日山に入っていたのに一年以上はかかりました。

チートはありますが、この辺は前世での活躍や積み上げられたものの差なのでしょう。

 

 

「反射レベルの判断力、超越精神世界、鍛え上げられた身体能力。どれ一つとっても驚異となり得るな」

 

「それを作り上げたのが、山での鍛錬か」

 

「彼女にとってはこの程度はウォーミングアップに過ぎないのだろう。

気が付いているか?先程から少し歩き方が変わっている」

 

「ああ、ペースは変わっていないが、私達に示すかのように歩いている」

 

 

歩き方の変化は少しだけはずなのに、それすらもいとも簡単にに気が付くとはちょっとした恐怖ですね。

2~3年くらい山を駆けていれば、私と同じような存在になってしまうのではないかと思ってしまいます。

いくらウマ娘の身体能力が人間よりも高いとはいえ、ヒーローである仮面ライダーに追いつくほどになるとは考えにくいです。

しかし、私という存在が介入したクロスオーバー成分の入っている時空ですから、あり得ないと言えないでしょう。

そうなったら、この世界線はどうなっていくのでしょうか。

まあ、どうなったとしても私の責任が問われることはないでしょう。今は、このウマ娘として日々を生きていけばいいのです。

 

 

「絶対にその背中を追い抜かす」

 

「ああ、私達ならできるさ」

 

 

私とて仮面ライダーの身体能力を貰った身ですから、負けるつもりはありません。

挑むというのなら、苦い敗北を贈りましょう。

 

 

 

 

「皆さん、退いてください。ハローが通りますよ」

 

 

コース上で息も絶え絶えで、死屍累々となっているクラスメイトのウマ娘達に声をかけ、這いながらでも退いてもらいます。

私に負けたくない気持ちは分からなくもないですが、たかが授業の模擬レースでそんなに疲れ果てるほど全力を尽くしていると、いつか潰れてしまうのではないかと心配になりますね。

差し脚質な子も、少しでも距離を稼いでおこうと大逃げ気味に走っていましたし、そんな意図はないのに同級生潰しをしているみたいで嫌な感じです。

トレセン学園に入っている時点で、彼女達も全国から集められた選りすぐりのウマ娘です。ナリタブライアンに負けず劣らずに、勝ちに対しての意欲は強いのでしょう。

中央(トゥインクル)のウマ娘達をネームドではない、モブだからと甘く見過ぎていました。

今後は、彼女達が頑張り過ぎて気持ちに潰されてしまわないように気をつけていきましょう。

 

全員がコース上から撤退したことを確認し、走って荒れたダートを均すために砕土機(ハロー)を持ってコースを回ります。

響鬼の全力で踏み込むとコースにクレーターができてしまうので、力をセーブして走ると全員から怒られるし、全力で走っているとターフでは整備が追いつかないからとダートコース固定にされるし、全く疲れていないからハローがけも頼まれるし、理不尽なと嘆きたくなりますね。

自分で空けておいて何ですが、このクレーターの整備は面倒くさいことこの上ないです。

他の部分なら一度ハローがけすればよいのですが、40tのキック力を生み出す脚力で踏み込んだ穴は数度かけなければならず、その度に数tのハローを持ち上げて向きを変えたり、戻したりする必要があります。

前世では帰宅部でしたが、グラウンドでトンボがけをしていた野球部員達もこんな気分だったのでしょうか。

 

 

「よし」

 

 

コースがきちんと均せたことを指さし確認し、私は腰に差していた旗を振ってスターターを務めるウマ娘に合図を送りました。

向こうも合図を確認し旗を掲げたので、ハローを担いで素早く退散します。

 

 

「やあ、君がアーチャーリヤ君だね」

 

 

ハローを担いでコースを区切る柵を超えると、そこには次期生徒会長確定のシンボリルドルフ副会長がいました。

今は授業時間であり、生徒会役員だからと免除されるわけではないのですが、これはいったいどういう事でしょう。

とりあえず、担いだまま話すのは失礼なのでハローを足元に置いておきます。

田舎育ちで山ばかりを駆けていた私にエリートウマ娘である皇帝殿との接点はありませんし、入学して半月が経とうしていますが、その間にもイベントの起点となるようなことはありませんでした。

強いてあげるとするなら入学模擬レースを見られていたことくらいですが、それがトリガーとなるならもっと早く接触があってもいいはずです。

因みにこの副会長は去年無敗の三冠ウマ娘となり今年からシニア級で、まだ皇帝という呼び名は定着していません。

 

 

「はい。今は授業時間の筈ですが、副会長はどうしてここに?」

 

「ああ、取材帰りで午前の授業は免除されているんだ。君とは一度話をしてみたいと思っていたんだ」

 

 

クラシック三冠と有馬記念を制して、中央史上初の四冠ウマ娘で年度代表ウマ娘なわけですから、取材も殺到するのは当然でしょう。

アプリ等の知識がある私からすれば、最低でももう三冠程は獲得することを知っているので特段驚きはありません。

そんな殿上ウマ娘から、話してみたいと思われていることには少々驚きました。顔には出しませんが。

しかし、私が知っているシンボリルドルフとは雰囲気がかなり違いますね。

アプリやアニメでは沈着冷静で年長らしい導き手のような感じだったのですが、今目の前にいるシンボリルドルフはナリタブライアンに近しい闘争への渇望が見えます。

生徒会長の重圧もなく、競争ウマ娘として最盛期を迎えて、ウマ娘の本能が一番強い時期なのかもしれません。

どうやら、響鬼の末脚はナリタブライアンだけでなく他のネームドウマ娘達にも灯をつけてしまったみたいです。

 

 

「はあ、こんな田舎ウマ娘にですか?」

 

「仙才鬼才、君の脚は既に中央(トゥインクル)のシニア級でも通用するレベルにある。君は既にスターの卵なんだ、謙遜しなくてもいい」

 

 

まあ、身体能力だけなら仮面ライダーですからね。

逆に通用しなかったら、幼き頃のヒーロー像が粉々に砕かれることになるので精神に多大なダメージを与えられるでしょう。

 

 

「私には荷が重いですね」

 

「なに、経験を積めば直ぐになれるさ。ところで……」

 

 

何かを言いかけながら副会長は、私の頭からつま先までをゆっくりと観察していきます。

いったい何事なのか理解が追い付きませんが、不快ではないので何も言わないでおきましょう。

バグ枠の私と当代最強ウマ娘が会話しているので、クラスメイト達も野次馬ならぬ野次ウマ娘となり、少し離れた位置からほぼ全員が聞き耳を立てていました。

 

 

「やはりか……アーチャーリヤ君、君は既に領域(ゾーン)へ足を踏み入れているんだな」

 

「何を……!?」

 

 

言葉の意味が解らずに聞き返そうした瞬間、視界に雷光が迸ります。

これは固有スキル『汝、皇帝の神威を見よ』で発生するアレでしょう。

アプリで発動した時には頼もしいスキルで、ナイスネイチャの育成時にはよくお世話になっていましたが、実際に目の当たりにすると並の精神力では呑まれますね。

プレイしていた時はあまり気にしていませんでしたが、これは所謂固有結界みたいな心象風景の具現化であり、時間等からも切り離された空間みたいです。

そして、これを感じ取れるのは同じく固有スキルを持ち領域(ゾーン)に入った者だけなのでしょう。

ならば、私も遠慮なく響鬼を解放させてもらいます。使えと言わんばかりに、いつの間にか音角が手の中に納まっていますし。

 

 

「さあ、君の領域(ゾーン)を見せてくれ」

 

 

言葉で返すのは無粋なので、私は音角を展開し指を叩いて鳴らして額の前に掲げました。

本物の響鬼が変身する時には紫の炎が全身を包むのですが、私は普段が響鬼のようなものなのでいきなり紅になります。

足元から蒸気が立ち上がり、それが鮮やかな朱色の炎となり全身を包み込みました。

音撃棒がないので両腕を胸の前で交差させ、気合の一声と共に薙ぎ払うと変身完了です。

 

首から下は完全に響鬼紅となり、頭部は紅い隈取のような部分が顔付き、耳の前から銀色の角が生えるだけと変化が少ないようです。

ウマ娘は顔がいいので、それを隠すなんてとんでもないという事なのでしょう。

 

 

「響鬼 紅」

 

 

とりあえず、変身したのならこの台詞は言っておかなければならない気がします。

そして、初めて紅を使って何となく理解しました。

これは現実世界で本当に変身している訳ではなく、固有スキル発動時の領域のみで変わるもののようです。

以前発動させようとして漏れていた炎も、アニメでライスシャワー等一部のウマ娘が出していたオーラと同じものだったのでしょう。

 

 

「素晴らしい……鬼気森然、やはりあの時感じたものは本物だった」

 

「いきなりは、やめて欲しいですね」

 

「すまない、こちら側に辿り着けるウマ娘は僅かでね。つい、嬉しくなってしまったんだ」

 

 

領域(ゾーン)が解除されると変身も解除されましたが、朱色の炎は未だ燃え盛っていました。

身体能力も紅のままのようで、身体にいつも以上の力が漲っています。

 

 

「これって、いつ消えます?」

 

 

熱を発していないので不快感はありませんが、いつまでも視界に映っているのは鬱陶しですね。

 

 

「恐らく、本気で走れば消えると思うが……炎が消()()とは、けしからんな!ふふっ」

 

 

アプリでシンボリルドルフが駄洒落言っているのは何度もみましたが、こんな何とも言えない気持ちになるなんて知りませんでした。

エアグルーヴの調子も落ちるはずです。

逆にこれで大笑いできるナイスネイチャの感性が心配になってきました。

 

 

「ははは」

 

 

とりあえず、愛想笑いをしておきましょう。

ここで面白くないとストレートにぶつけられる程常識知らずではありませんし、気安い仲でもないですから。

 

 

「そうか、笑ってくれるのか!実は、三冠ウマ娘になった辺りから周囲と壁ができたように感じてね。

そこで小粋なジョークを挟めば良いのではないかと結論付けたのだが、やはり間違っていなかったようだ。

ありがとう、アーチャーリヤ君。これで私も確信が得られた!」

 

「そ、それは、良かったです」

 

 

どうしましょうか、私が何も考えず愛想笑いしてしまったせいで、副会長の方向性がより悪化しかねない事になっています。

これは何とか修正しなければ、現在や未来の生徒会メンバーが大変なことに……なっても、私には何ら害はありませんね。

現生徒会メンバーはアプリ等に出てこなかったので全く分かりませんし、未来で生徒会入りするのは私ではなくナリタブライアンですし。

よし、気がつかなかった事にしましょう。

 

 

「アーチャーリヤさん。レースが終わったみたいだから、ハロー持ってくね」

 

 

今回の件を知られたら一部のウマ娘から恨まれるであろう責任を放り投げる決意を決めていると、クラスメイトがハローを取りに来ました。

副会長と話している間にレースが終わっていたようです。

 

 

「すみません、リボンヴィルレーさん。力があり余っているので私がやっておきますよ」

 

「いいよ、いいよ。シンボリルドルフ副会長とお話し中みたいだし、私だってパワーはそこそこあるんだよ」

 

 

新入ウマ娘の中では鍛えられている方ではありますが、私ほどではありません。

それに身体を動かしてこの炎を消費しておかないと、面倒くさいことになる予感がひしひしとするのです。

実際、校舎の方から様々なプレッシャーを感じます。

きっと、領域に入っているウマ娘は離れていても領域を感じ取れるのでしょう。

まるで、スタンド使いは惹かれ合うみたいですが、私にとっては目をつけられ過ぎるのは好ましいとは言えません。

 

 

「すまない、授業中なのに話し込んでしまった。

円満具足。アーチャーリヤ君、次はレースで相まみえよう」

 

「……私が勝ちますよ」

 

「アーチャーリヤさん!?」

 

 

皇帝への突然の宣戦布告に、近くにいたリボンヴィルレーを含めたクラスメイトが騒然とします。

穏やかに流しておけば、何事もなく接触イベントとして終わるのでしょうが、ライバルルートを進んでいる者として正しくありません。

チート転生者にとって、役割演技(ロールプレイ)は重要であると私は考えています。

自由気ままに二次創作世界を過ごしたいならチートを望まなければ良く、チートを思うが儘に振り回して承認欲求を満たすのは自己満足過ぎて楽しみがありません。

チートを持つなら世界に望まれる役割を果たし、彩る花となるべきというのが持論なのです。

勿論、この持論と違うから悪いと言っているのではなく、ただ私はそういう方向性が大好きというだけであって不毛な論戦は望みません。

人の趣味趣向は千差万別であり否定してはいけません。そこを否定してしまえば、後はもう生命のやり取りしか残らないでしょう。

この問題は人類史が続く限りは、絶対に解決しない問題の一つでしょうね。

 

そんな持論を展開する私だからこそ、一度与えられたライバルルートの役割にそぐわぬ行動をとることは魂が許しません。

 

 

「そうか、ならば昇ってくると良い。その時には、私の全てを持って応えよう」

 

「この感覚は掴みましたから、私は更に速くなれるでしょう。そう簡単に抜かれないでくださいね」

 

「気炎万丈、紅の鬼退治を見事果たしてみせよう」

 

「楽しみです」

 

 

これ以上の言葉は不要と私はハローを持ってコースへ、副会長は校舎の方へと振り返ることなく進みます。

皇帝挑戦ルートにも入ってしまったようですが、こればかりは仕方ありません。世界が私にそう望むのですから。

恐らく、ナリタブライアンのライバルルートに入った時から、この流れは必然だったのです。

この分だと直にエアグルーヴとの対決しなければならない運命になりそうですが、何とかなるでしょう。

どんなネームドウマ娘が相手でも仮面ライダーは負けません。それをこの世界で証明するためにも

 

 

「副会長に挑むなら、もっとウイニングライブの練習を頑張らないとね」

 

「……折角のいい感じの雰囲気だったのに、それを言ってしまったらお終いですよ」

 

 

やめてください、リボンヴィルレー。その言葉は私に弱点特攻の効果は抜群です。

特に純粋無垢そうな顔で放たれるとウォーズマン理論で威力は1200万パワーを優に超えるでしょう。

いっそマスコミを焚きつけて、ウイニングライブ不要論を吹聴させた方が早い気がしてきました。

一曲すらまともに踊り切れない私に、G1レースごとに違うダンスを覚えきれる訳がありません。

でも、役割演技(ロールプレイ)はそれを私に求める。難儀な生き方かもしれませんが、頑張るしかないのです。

 

週末の山へ行くことだけを考えて、何とかこの難題を乗り切っていきましょう。

 

 

 

 

 

 




メイショウドトウを課金の末、天井しました。
それまでに赤テイオー、スズカ、黒マック、スペ、タイシンが来てくれましたが、ピックアップとは何なのでしょう。


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