転生したのでスパイになっただけなのだが、 (九条空)
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転生したのでスパイになっただけなのだが、なぜか科学をすることになって意味がわからない件

 アジア系のアメリカ人として生まれた私には、前世の記憶があった。

 

 その()()()()()()()記憶の中では、完璧でないまでも誠実に生きていたつもりだったのだが、ある日突然殺されてしまった。

 原因がなんだったのかは今から思い出してもよくわからないが、ざっくり分類すれば私怨の類になるのだろう。

 割に、私を殺したのはそれほど話したことのない相手だったように思うが——まあ、前世の私はもう死んでしまったのだから、取り返しのつかないことだ。

 

 取り返しがつくのはこれからの人生で、だから私は人を生かすために生きようと思った。

 殺された記憶があるからだ。死んだ時、死ぬほど怖かった。実際死んだ。

 

 誰もが殺されないように努力しよう。

 自分も殺されないように努力しよう。

 

 赤子の頃から勉強して、前より頭が良くなって、心理学で人の心さえ学んで。

 あらゆる本を読んで知識を得て、あらゆる人と話して経験則を聞き、学んで学んで学んで。

 

 そうしたら、いつのまにかスパイになっていた。

 

 そんなことある? と思うが、転生とかいう、スパイになるより『ありえない』を体現したようなことが私の身に起きているので何も言えない。

 

 それなりに楽しい職場です。

 上司も同僚も、いまいち誰なのかわからないのがとても問題かもしれません。

 

 そんなよくわからないまま、それなりに充実した生活を送っていた私だったが——たまたま任務で日本に来ていたところで、不思議な光線を浴びることになった。

 光の方向に向かい、伸ばした手の先から……石になっていく。

 

 な、なんじゃこりゃ。

 一瞬にしてすっかり固まり、指一本動かせなくなってしまう。

 動かせるのは脳みそだけというわけか。

 

 普通に現代に転生したと思っていたのだが、異能力バトルものだったのか。

 生まれつきに与えられた優秀な脳みそを、ちょっとばかし転生チート的にも捉えていたのだが、異能力バトルものだったなら……普通に異能力が欲しかったな……。

 

 とにかく暇だ。石になってしまっては何もできない。

 何も見えやしないので、できることといえば何かを考え続けることくらい。

 だがまあ、考え事は前世から得意とするところだった。

 

 それからどれほどたったのだろう。バキ、という音を聞く。

 体表が割れて、動けるようになった。

 動かせるようになった眼球で拾える視界情報の中に、生きた男がいた。問われる。

 

「君は誰だ」

 

 回答を誤ったら死ぬ。直感した。

 目の前の男は人を殺せる人間だ。多くの種類の人間を、スパイとして見て来た私にはわかる。

 ——そもそも、彼を知っている。霊長類最強の高校生、獅子王司。

 

「まずは、はじめまして」

 

 名前と職業を言った。

 もちろん嘘だ。日本で活動するにあたり、偽造した身分。

 

「はじめまして。そして、それは嘘だな。うん、その身分の割に、君が石になっていた『姿勢』は、戦い慣れた人間のものだったから」

 

 なるほど。動けず、私側から周囲を確認できない間、彼から観察されていたか。

 異変を感じ取ってすぐ、臨戦態勢をとったのがアダとなった。

 そのままの姿勢で固まってしまったものだから、失態を晒し続けることになってしまった。

 

 スパイとしては失格か。

 だが何も、そんなちょっとした失敗を永遠に切り取り続けなくとも……としょんぼりもする。

 

「君が名乗った情報と、()()が知っていた情報は一致する。だからこそおかしいんだ、君にそんな戦闘の技術があることが。うん、もう一度聞こう。君は誰だ」

 

 向こうには情報通の仲間もいるらしい。

 油断を誘うことはもう難しいし、戦闘力に関して、この男を上回ることは不可能だろう。

 であるならば、()()()はそこではない。

 

「実のところ嘘だ。どんな拷問をされても真実を吐かない自信はあるが——しかし、そうまでして秘密を守る理由は、もうなくなってしまっているのかもしれないな」

 

 ゆっくりと、辺りを見渡した。植物が鬱蒼と生い茂り、ジャングルじみている。

 意識を失った瞬間にいたはずの、都会の町並みとはかけ離れていた。

 私の服装はいつの間にやら、原始人のようなものになっている。

 着替えさせたのか。いや、わざわざ、私に服を着せてくれたのだろう。

 

「さっきまで、私は脳内で朗読をしていた。好きな本は全部暗記していてね。脳内貯蔵本36921冊——朗読をループした回数から概算して、私が石化してから3000年以上経っているはずだ。文明は滅びてしまったのかな」

「素晴らしい」

 

 単純な賛辞だった。そこにそれ以外の意図はなかった。

 お世辞だとか、私を褒めていい気にさせて、それから油断させようだとか、そんな幼稚なものではない。

 

「記憶力と継続力、そして状況判断力。全てに優れているね。そして戦闘力も」

 

 スパイとしての人生をかけてもいい。私にはわかった。

 素直な青年だ。だからこそ恐ろしくもある。

 彼は真実しか述べないだろう。

 そして、これから彼が述べる真実こそが、なんであるか恐ろしい——。

 

「文明は滅びた。だがこれは人類を浄化するチャンスでもある。純粋な若者だけを復活させて、このまま誰のものでもない自然と共に生きていく——俺が掲げているのはそういう思想だ」

「ふむ。まだ誰のものでもないから、君が……君たちが、武力で支配しようというのかな」

 

 後ろを振り返り、大量の石像たちを眺める。

 おそらくさっきまでの私と同じ状況だ。なるほど若者しか並べられていない。

 そうでないものは集めていないか、すでに砕かれているか、といったところか。

 私自身が『若者』に分類されるかは正直微妙なところだと思うのだが、まあいいだろう。

 

「悪くない考えだ。君にはカリスマ、求心力がある。首長としては遜色ない。新国家の大統領にはふさわしいだろう——アメリカの大統領から直に指令を受けたことのある私が、保証して差し上げる」

「——君は」

「私はアメリカ合衆国のスパイをやっていた。今アメリカが存在しないのであれば、もう無職で、守秘義務もないだろう」

 

 自分の体表から落ちた、石の破片を見る。

 皆、あの時に石になったのだろう。動けなくなったのだろう。

 

 あれは異能力者バトル、なんていう()()()()()()()ではなかったらしい。

 もっとSF的な、言ってしまえば宇宙からの侵略と言った方が近いものだった、はずだ。

 あの時石になったのは私だけでなく、全人類。それから3000年以上の時が経ち、地球から人間はいなくなった——全ては推測に過ぎないが。

 

 で、あるならば自然はそのまま脅威となる。

 誰もいない建造物はすぐに朽ち果て、誰も管理しない田畑はすぐに枯れたろう。

 もう元の地球ではないと考えた方がいい。

 

 どうやって私を元に戻したのか――青年の落ち着きようからいって、たまたま石から戻るところを発見したのではない。意図的なものだ。

 そして、私が現在立っている地面が所々濡れていることから、かければ石化を解ける液体があることが推測できる。

 

 彼自身はそれを偶然浴びたのか?

 それとも、それを発見、あるいは開発しただれかに掛けてもらったのか。

 それを知るにはどちらにせよ、彼と敵対するという選択肢はない。

 

「秩序がなければ人は争う。そこにいる人間がたった一人にでもならない限り、誰かがリーダーにならなければならない。君には素質があると、私は思う。君に従おう」

 

 言葉自体は本音だった。何人人類が石から蘇ったのか、私には未だ知り得ない。

 しかしその中でもトップクラスで、彼にリーダーの気質があるのは間違いない。

 石化から戻って、まだ生きた人間は彼一人しか確認していなくとも、おそらく彼以上の適任はいなかろうと確信できる。

 なにしろ、獅子王司は、まだ文明があった頃からそのカリスマを世間に轟かせていたのだから。

 

「さて、獅子王司。君は私に何を望む」

「まずは名を。うん、君の名前を教えてくれ」

「名前はない。故に、呼び名に困るのであれば、ノーネームと」

 

 彼らの現在拠点に行けば、なるほどそれなりの戦闘力が揃っている。

 いくら司が単独で強いとはいえ、一人しかいないのであれば、スパイでなくとも簡単に穴は見つけられるのだ。

 現状の人数ならば、国家として統べるのには問題なかろう。

 

 狩猟、採集、裁縫、様々な『生きるため』という単純な理由による労働をこなしつつ、時たま……いや時たまではないな、それより高い頻度で司から相談を受けていた。

 

「南が目星をつけた石像、その戦闘能力を推し量る程度のことであれば、司と氷月がいれば問題ないと思うのだがね」

「ノーネーム、君の視点も聞きたい。おそらくこの中で、もっとも人間を見てきているだろう。石像を見てわかることは、俺らには筋肉量くらいしかない。石化した瞬間の表情、姿勢、あるいは石化前に得た知識から、なんでも推測できることを教えてくれ」

「アイアイサー。リーダーの言うことに否やはない」

「あなたはちゃんとしていますね」

 

 氷月は開いているのかよくわからない目で私を見た。

 

「他の組織を見つけたら、スパイとしてもちゃんとしますか?」

「そう望まれるなら、否やはない」

「いいですね。返事にためらいがない」

「職業病だ」

 

 そういう訓練も積んでいる。優柔不断は死ぬ職だ。

 だが、スパイとしての真価を発揮する前に、私は彼らに別れを告げることになる。

 

 私は前後の脈略なく、その日の司に言った。

 

「司。君とはここでお別れだ。私は君の思想にはついていけないと思い直した。だが、君の理想とする国家の邪魔はしないし、君たちの敵とならないことは約束しよう。だから出て行く私を、どうか追わないでくれ」

「わかった。それで構わないよ。——うん、どうか元気で」

 

 その言葉に、微笑みの表情を浮かべる。

 察しのいい彼のことだ、大方事情はわかっているだろうに、それでそのセリフとは。

 彼らの行く末が見守れないのが残念だ。

 

 手を差し出した。司はためらいなく私の手を掴んで、握手してくれた。

 

 

 ---

 

 

 気球に乗り、上空から相良油田を探す——そんなミッションを千空、龍水、そして地上を行く別働隊のクロムと羽京と共に遂行していたコハクは、自分の視界に信じ難いものを発見し、指をさして確認した。

 

「おい千空……あれはなんだ?」

「あ? なんだって聞かれてもお前ほど目よくねえぞこっちは。……!」

 

 コハクほど目が良くない千空にも、見えたらしい。

 

「フゥン。ログハウスのように見えるな! 別荘としては悪くない、サイズは足りないが!」

 

 コハクの幻覚ではなかった。

 地上にいる2人からも、「人の足跡がある!」と通信が入る。

 山肌に、明らかに()()()()()であろうその建造物は、間違いなく存在していた。

 

「おーおー、昔ながらの丸太組み工法で作られてんな。生きたヤギが入れられてる家畜小屋まであるし、今まさに生きた人間が住んでんのは確実だろ」

「どういうことだ? 私たちと同じ、千空の何千年越しの子孫か!?」

「んなわけあるか」

 

 千空は一刀両断した。

 

「生き残りの子孫だとすりゃ()になってなきゃおかしいだろ、ありゃどう見たって龍水が言った通り()()の規模だぜ」

「……! つまり、相手は一人……!?」

「その一人に、僕は心当たりがある」

 

 地上探索チームの一人、羽京から通信が入る。

 

「ノーネーム?」

「うん。初期の頃、司帝国にいたメンバーでね。本当の名前は誰にも教えなかったから、そう呼ばれていたんだ。詳しい理由は知らないが司と離別して、どこかに去ったと聞いている。ここまでくらいなら、徒歩での移動も不可能ではないと思って」

「ま、俺と同じくたまったま運よく別の場所で復活した現代人って考えるよか、所在不明の復活者の一人だって考える方が合理的だな」

 

 コハクの目から見て、石神村に建てられていた家よりも、千空の言うログハウスは断然しっかりしているように思える。

 数千年前から、石神村よりもしっかりと、そういった建築技術を受け継いできた一族、その中の外れものがここにいた……そう考えるよりは、ほんの少し前に石から復活した現代人が一人、ここにいると考えた方が辻褄は合う。

 

「もともとアジア系らしいから顔つきは日本人なんだけど、国籍はアメリカ。そして就いていた職業は——スパイ」

「スパイだあ? ジェームズ・ボンドかよ」

「うんまあ、笑いたくなるのもわかるけど。()()の実力は本物だったよ」

「峰不二子の方じゃねえか」

「はっはー! つまり、美女か!」

 

 龍水が指を鳴らした。

 

「欲しい!!!」

「言うと思ったぞ、龍水」

「俺も同意見だぜ」

「千空!? でも彼女はかなり……危険だよ。戦闘能力も高いけど、それだけじゃない。ゲンと同じか、それ以上に厄介だと思った方がいい」

「な〜るほど。ゲンくれえ頭のキレる、コハクみてえな女ってことだな」

「厄介さが具体的に想像できて嫌だなそのたとえ……」

 

 通信の先で呟いたクロムはあとで殴る、とコハクは握りこぶしを作った。

 千空は「おありがてえじゃねえか!」と笑った。

 

「司も認めた有能なのを、復活液の消費なしに獲得できるチャンスだ。唆るぜ、これは」

 

 

 ---

 

 

「そこで止まれ」

 

 ロッキングチェアに座り、手元のナイフで木彫りをしながら私は言った。

 

「それ以上進むのであれば侵入者、話し合いができぬ敵対者とみなし攻撃を開始する」

 

 私の終の住処に、珍客だ。

 何しろ空から来たもので、笑ってしまう。

 現代から数千年後、文明が滅びたこの場所で、熱気球などというものを再び目にすることになろうとは。

 

 さて、彼らの用事はなんだろう。

 

「欲しい!!!!!!」

 

 気球から降りてすぐに口火を切ったその男を、私は以前から知っている。

 七海財閥の御曹司にして問題児、七海龍水。

 資本主義経済の全てを詰め込んだような男だ。

 司であれば絶対に、石のまま砕くか、すでに蘇っていても殺していただろう。

 

 はあ、とため息をつく。

 血なまぐさいのは狩りくらいで十分だ。吊るして干していた鹿の皮にちらりと目線を送る。

 

「たった一人でこの優雅なログハウスを作り上げ、素朴で豊かな生活環境を整えるスキルは優秀の一言だ! そして能力はそれだけではないようだな!」

「ああ、そうだな……木彫りもうまいようだ!!」

「そこ!?」

 

 ド天然を大声でかました青年は、司帝国にいた頃に、見たことがある。

 何度か、言葉も交わしたこともあったか。

 性根がまっすぐで、嘘のつけない好青年だった……名は大樹と言ったか。

 

 それから間髪を容れずにツッコミを入れた方の男も、当然覚えている。

 あさぎりゲン。自称メンタリストのマジシャン。

 かなりの食わせ者にして、私が司の元を離れても、私の代わりが彼になら務まるだろうとある種信頼した男だ。

 

「正直積載量超えのギリギリ飛行だったが、無理矢理来たぜ、4人でな」

 

 それを言ったのが、唯一、私の知らない人間だった。

 だが、思い当たる人物ならば存在する。

 

 石神千空。

 司が言っていた……「もし俺の思想を退けることができるとしたら、科学に生きる彼だけだ。彼をこの手にかけたのは俺だが、もし生きているとすれば……間違いなく、俺は千空と戦争をすることになる」と。

 

 石神千空は生きていた。そして行われたのだろう、石神千空と獅子王司との間で、戦争が。

 そして私の知らぬ間に戦争は終結し、石神千空が私の前に現れたのならば——負けたのだろう、司の方が。

 

 自作のテーブルに、たったさっきまで彫っていて、今ようやく完成した細工を置く。

 その形は、獅子王司。最後に会った、彼の木彫りのフィギュアだ。

 

「あっそうそ〜う! その今君がバイヤーなくらい再現度たか〜く作ってた獅子王ちゃんのことでお話があるんだけど〜」

 

 ふら〜と体幹をゆらゆらさせながら近寄ってきた男に、私は言葉を続ける。

 

「私は手先が器用で、根気強いのが生来の性質でね。だがそれだけだよ」

 

 持っていた小さなナイフを投擲する。

 見えにくいように隠して設置しておいたロープを切るために——それでトラップが作動する。

 

 タタタタタッ!

 

「うおおおお!?」

 

 数十本の自作の矢が彼ら目掛けて飛んでいく。

 ああよかった、当たらなかったようで。

 ひとまず威嚇用として作っておいたものなので、その動作で成功だ。

 

「手先が器用で、根気強い——それだけだ。でもここは私の()()()なのだから、私の要望を押し通すには、きっとそれだけで十分だろう」

「ありゃりゃ……警戒度MAXってワケね……バイヤーだわ〜」

 

 手元でナイフをくるりと回す。

 

「いつのまにナイフをもう1本……!?」

「ハッ、マジックまで出来んのかよ」

「もう一度言う。それ以上進むのであれば侵入者、話し合いができぬ敵対者とみなし攻撃を開始する。次は威嚇ですまないよ」

 

 私はゆっくり立ち上がった。

 

「スパイはね、なんでもできるものなんだ」

「手先が器用で根気強いだけじゃなかったんかよ。速攻で矛盾すんな」

「できた矛盾の帳尻を、合わせるのもスパイの仕事だよ。だがその仕事はもうやめたのでね、矛盾はそのままにしよう。改めて、なんの用事できたのかな。勧誘だったら、あらゆるものをお断りさせていただくよ」

 

 龍水が両手を大きく広げ、叫ぶ。

 

「全ての美女をこの手元に置いておきたい! そう思って何が悪い!!」

「急に最低なことでかい声で言いだした!」

「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 私は高笑いをしながら、私は彼らに背を向けた。

 

「失敬」

 

 単語だけを短く呟く。

 

「急に冷静……感情の落差すご……」

「いやまだ肩震えてるぞアイツ」

 

 確かに、未だ私の肩は震えていた。そのまま話す。

 

「君には同意だ、七海龍水。見目麗しいものは人の心を癒すからね」

「美女は否定しないんだ。いやうん、美女だと思うけどね俺も」

「おっ。なんだお前、いい男に興味があるのか? 目の前にいるぜジャンル違いのイケメンが。どれでも選べよ」

「千空ちゃんよく自分で言えんね!?」

「バカ、んなの方便に決まってんだろ」

「言った瞬間方便じゃなくなるからやめよ!?」

 

 ふっふ、と未だに荒い呼吸を整えて、背中を向けたまま会話を続けた。

 

「確かに君たちはいい男のようだ。だが私はレズビアンなので、連れてくるならいい女の方だったな」

「美女が好きか! 気が合いそうだ!!」

 

 パチンと指が鳴る音がする。

 なるほど、噂通り実に豪胆だ。何を言ってもひるまない。

 

「おーおー居住区の方にはいい女が山ほどいんぜ。勝手に見繕えばいいんじゃねえの」

「千空ちゃん雑すぎ! そういう交渉俺に任せてって言ってるでしょ!? なんのために積載量超えて俺連れて来たの!? もういっそ要らなかったんじゃない!?」

「いいやゲンは必要だぞ!!! この中で唯一女装が通用しそうだ!!!!」

「それ大声で言ったら意味ないやつだからね大樹ちゃん!! ハニートラップの相談仕掛けようとする本人の目の前でしないでよ! いやハニートラップもしないけど、モロバレだから! ……ねえ千空ちゃん、俺よかなんで大樹ちゃん連れて来たのかの方が不思議かもしれないな!?」

「なんか勘」

「千空ちゃんの合理主義どこ行ったの!?」

 

 記憶の中のあさぎりゲンはこんなに声を張る人間ではなかったが、別陣営についてから人格(キャラクタ)を見直したのだろうか。

 彼は必要に応じて、様々な顔を使い分けられる私のような人間のはずだから。

 

「俺が連れて来てくれと頼んだのだ! 彼女とは知り合いだ! 別れの言葉が言えなかったので、元気にしていたか聞きたくてな! ノーネームさん、お元気でしたか!!」

「うん、ありがとう。大変そうだね、ゲン。いっそ君と2人きりで話そうか?」

「お気遣いありがとうノーネーム……でもいいよこのままで……もう色々取り返しつかないしね……」

 

 取り返しがつかないのはなんだろう。

 シリアスな雰囲気だろうか。ああだがそれに関しては、私がいくらでも補充してやろう。

 コミカルさでもって、交渉を有利にされても困るのだ。

 

「我々は今、科学王国を築き平和に暮らしている! あなたにもぜひその一員になってほしい!!」

 

 大樹が言った。

 

「それに関しても、もう一度言わせてもらおう。勧誘だったら、あらゆるものをお断りさせていただく、と。私は人付き合いにはもう疲れてね。もともと争いは苦手なんだ。複数の人がいると争いは必ず発生する。で、あればずっと一人でいるのが最善策だ」

「そんなことはないぞ!!!!!!!」

 

 青空を流れて行く雲を見上げる。

 もう私が話しかけるのは、あの雲くらいしかいないと思っていた。

 

「たとえ争ったとしても! 人と人は和解できる!! 必ず!!! 俺たちは司たちと戦ったが、最後には皆で共同生活を送れている! 人は共存できる生き物だ!!」

「いいこだね、君は」

 

 本当にいいこだ。

 私がまだスパイをやっていた頃には、こういう純粋な子を守り、未来に繋げるためにと、頑張っていたのだったか。

 

「いいこなので殺したくない。そのまま家におかえり」

「俺たちを殺すのはお前か? それとも、お前がかかってる病か?」

 

 問いかけは、石神千空から。

 すう、と息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。冷静に、一定のペースで。

 心拍の乱れはコントロールできずとも、体の震えや発汗をごまかすのはまた別だ。

 

「司が最期に言ってたぜ。お前が離脱した時、お前からは嗅いだことのある臭いがしたと。アレはその臭いをこう喩えた——死臭ってな」

「!!! せ、千空、まさか、彼女は!!!!!!!」

 

 最期、という言葉に悲しくなる。

 そうか、やはり彼は逝ったか。私よりも早くに。私よりも若かったのに。

 彼も私が守るべき子どもだったのに。

 そんな子どもに、一度は国王という重責を負わせようとした私が何を思っても、偽善にすぎないのかもしれない。

 

「お前が後ろを向く直前、表情にゃ笑い以外の何にも浮かんじゃいなかったが、手足が一層白くなった。そして今……指先の色は紫になりつつあるな」

「皮膚が紫!? そんなことあるのか!?」

「チアノーゼ。血液中の酸素濃度が減って、皮膚が青紫色に見える現象。違うか?」

「素晴らしい」

 

 忌憚ない賞賛だった。

 スパイになってから、そんな心からの言葉を誰かに向けたことはなかった。

 見事に()()()()()彼らに敬意を示すために、私は振り返って彼らに向きなおる。

 

「血が……!」

 

 私の口元にはべっとりと血がついていた。もちろん私自身の血だ。

 拭えば血を吐いたことがバレてしまうと、そのままにするほかなかったので当然だ。

 それでもバレてしまったのは、なぜだろうか。答え合わせを、してくれるだろうか。

 

「喀血か。通常気道は空気しか通らない部分だが、その部分で出血すると気道が刺激されて激しく咳き込むことになる」

「!? だが、ノーネームは一度も咳など……!」

「ああ。()()()()()()()()()()()

「肩が震えていたのはそのためか!」

「気道が血でふさがって呼吸困難、酸素不足になっているのをかけらも悟らせねえ見事な動作だったが、さすがに皮膚の色まではごまかせなかったみてえだな」

 

 自分の指先に視線を落とす。

 言われた通り青紫になっている。なるほど盲点だった。

 こればかりは、そうそう()()でなんとかできるものではないだろう。

 手袋を縫っておかなかった私の負けか。

 

「それだけの出血、貧血でふらっふらになってても何にもおかしくねーぜ。どうなってやがる」

「ただの気合いだよ。君の好きな科学的に言えば、脳内でドーパミンが大量に出ているんだろうさ。私はもともとCOMT活性が高い性質でね」

「COMT活性! なるほどval/val homozygotes型のCOMT遺伝子を持ってりゃドーパミンの代謝によるエンドルフィンの放出によって感受性が下がって痛みに耐性が……」

「待って待って待って急に言ってることが難しいよ!」

「そうだね、青空科学相談室はここまでにして話を戻そうか。私もそうながくはない」

「……!」

 

 もう一度、ロッキングチェアに座る。

 血も体調不良も、バレてしまったのだからもう誤魔化す必要はない。

 

 指を組んで、静かに揺れる。

 理想の老後はこんな感じだったが、唯一足りないとすれば、本だろうか。

 頭の中にはあるのでいつでも読めるが、それでも私は紙の本が好きだった。

 

 この悲しさの正体は、この時代ではもう新しい物語を読むことができないという、物足りなさからくるのかもしれない。

 

「司は妹を見舞うために、なんども病棟に足を運んでた。だから嗅ぎ慣れてるんだろうさ、いろんな病気特有の臭いってやつを。おそらくそれをまとめて死臭と呼んでんだ」

 

 脳死状態の妹がいる。

 そして、その状態を保つために、彼は様々な場所で荒稼ぎしている。

 そのくらいのことは、スパイ時代から知っていた。

 人類の中でも戦闘能力がトップクラスの彼にとって、いざとなればそこが弱みになるからと。

 

 だがまさか、その点と点が線として繋がって、私の病がバレるとは。

 因果とは不思議なものだ。なるほど、病の臭い——病によって人の体臭が変わることはままある。

 例えば脂漏性皮膚炎にかかればあぶらっぽい臭いがするし、糖尿病になればアセトン臭がする。

 腎機能が低下していれば汗からはアンモニア臭がするし——よほど鼻がよければ、もっと細かくわかることもあるのだろう。

 

「喀血が伴う病気は山ほどある。多いのは肺結核や気管支拡張症、そのほかに肺がん、非定型抗酸菌症、肺炎、肺アスペルギルス症、肺梗塞」

「本当に山ほどあるね!?」

「聞かせてみろ、ノーネーム。お前の症状を」

 

 目を閉じて思い出す。

 自分の体調に違和感を覚えるようになったあの日から、今までのことを。

 ああただの風邪ではない、()()()()()()()()()()()と確信したあの日のことを。

 

「高熱、呼吸困難、全身倦怠感、胸の痛み」

「めっちゃ色々症状出てるー!!!」

「せ、千空! 彼女はもう助からないのか!?」

 

 わたわた慌てる彼らに申し訳なくなる。

 だから病のことは伏せたまま、追い返そうと思ったのに。

 

「そして、()()()()()()。それらから推測するに、私の病は肺炎球菌感染症——肺炎だ」

 

 珍しくはない病だ。

 しかし現代でも、高齢者の死亡原因としてかなり多い病気だった。

 よくかかり、よく死ぬ。かつ、今この時代であれば、なおさら。

 

「唾液などから飛沫感染する。この原始の時代では太刀打ちできない病だ。君たちを殺したくはない。だから私は一人で死ぬこととする」

「……!!!!」

「そうか。俺たちを近づけなかったのは、飛沫感染を防ぐため。わざわざ近くに鹿の皮を干しているのは、喀血の血の臭いをごまかすためか! 知恵が回る、ますます欲しい!」

 

 この期に及んでまだ言うとは。

 もはや死に至る病原菌の塊となっている私を、それでも欲しがる道楽息子に苦笑しか出ない。

 

「いいこだからそのまま家におかえり、と言ったのに。いいこの君たちは、今の話で心が苦しくなるだろう」

「……ああ!!! あなたのその人を思う心に、感動した……!!!」

 

 滂沱の涙を流す大樹の優しさに、微笑んだ。

 最期に会えてよかった。この思い出があれば、一人で死ぬことにも耐えられるだろう。

 

「じゃあ話は簡単だな。治してやるから仲間になれ」

「……は?」

 

 耳を疑った。今、彼はなんと言ったか。

 

「千空ちゃんさすがにドイヒー……向こうさん完全に死ぬ覚悟決めちゃってんだよ?」

「あ? 知るかよ、俺が死なせねえ」

「そう言うと思った。……やっぱ俺、必要なかったね〜。だって問題は、全部千空ちゃんがすでに、解決し終わってるあとなんだもん」

 

 耳をほじりながら言う千空と、くすくす笑うゲン。

 ゲンの方はともかく、千空の視線、胸の上下からわかる呼気、推測できる心拍……全てから計算しても、嘘は言っていない。

 

「抗生物質ならとうの昔に作ってやったわ、サルファ剤をな」

 

 嘘は、言っていない。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 先ほどのような、嘘の笑いではなかった。

 久々に、腹の底からわいてきた、本当の笑いだ。

 

「サルファ剤! ペニシリンですらなく、サルファ剤と来たか!」

 

 ハハハ! 止まらぬ笑いに身を任せていると、ついにドバッと口から血が出る。

 

「ちょ、ええー!? 死ぬ死ぬ!!」

「だから死なせねーつってんだろ」

「ガハッ、正確には抗生物質ですらないじゃないか! ハハハ!」

「そうなのか!? 千空、ルリを助けた時に作った薬はその抗生物質だと言っていなかったか!? その、サルファ剤というのは違うのか!?」

「抗生物質の定義は微生物が産生し、ほかの微生物の発育を阻害する物質のことだ。サルファ剤は生物由来じゃねーが、微生物が産生したものを化学修飾、あるいは人工的に合成された抗菌薬、腫瘍細胞みてーなほかの微生物以外の細胞の増殖や機能を阻害する物質を含めんなら広義にゃサルファ剤も抗生物質だろうがよ」

「言ってることの10割わからん!!」

「全部じゃん!!!!」

 

 手の甲で口元を拭い、そこについた自分の血を見つめる。

 

「俺が聞きたいのはただ一つ! 千空、ノーネームさんは助かるのか!!」

「ああ。全くもって問題なく、100億%助けてくれてやる」

 

 ——嘘は、言っていない。

 

 血は嫌いだ。不潔で人を病にするし、流れれば誰かが悲しむ。

 司は、人を石のまま砕くことで『無血』をしていた。だからまだ良いかと、思ったのだが。

 

「そうか。君はこのストーンワールドで、司のように人を殺めることなく、人の病の方を殺める方法を考えていたんだな」

「考えてただけじゃねえ。実行までしてるぜ。トライアンドエラーは科学の基本だ」

 

 秩序がなければ人は争う。

 そこにいる人間がたった一人にでもならない限り、誰かがリーダーにならなければならない。

 その考え自体は変わらない。

 

 だが、ああ。だがしかし、リーダーが掲げる公約は、武力より科学——流血より無血の方が魅力的だ。

 

「実はアンタのことは司から聞いててな。『俺はなんともしてやれなかったが、うん、千空なら助けてやれるかもしれない――』つってたぜ」

「うーん、62点のモノマネ」

 

 そうか。人は必ず『和解できる』と言い切った大樹は、彼らは、あの司とすらも、最期には本当に和解してみせたのか。

 心は決めた。そも、私だって嫌だったのだ。たった一人で、死んでいくことは。

 

 ——だって寂しいじゃないか。

 

「では、石神千空。君は私に何を望む」

「獅子王司を蘇らせる! その手助けをしろ!」

 

 私は青空を見あげて「ハハハハ!!!」と叫んだ。

 そうか、そうか。

 そうして死んでしまった司すら、君ならまだ取り戻せると言うんだな。ならば彼をリーダーとすることに、当然――否やはない。

 

「承った。私も彼には恩がある。それに、これから君にも恩ができる。それを返すことにしよう」

 

 龍水が、面白そうに眉を上げた。

 

「スパイというのは存外、義理人情で動くのだな」

「動かないよ。だからこそ、この時代ではもうやめたんだ。しかしスキル自体は有効に使わせてもらおう。戦闘、交渉、潜入、頭脳労働、単純作業、多少複雑な精密作業でも、なんとかしてみせる。何をすればいい?」

 

 千空は、言い切った。

 

「——全部だ! 全部全部何もかも足りちゃいねえ!」

「アイアイサー。無茶にも応えよう。それが一番の得意分野だからね」

 

 もう一度、ロッキングチェアから立ち上がる。

 今度は喀血を誤魔化すためではなく、喀血から彼らに病がうつってしまうことを恐れることもなく、友好の証に握手を求めようとして——

 

「ぶっ倒れたーー!?!?!?!?」

 

 ぐるりと世界が反転して、いつのまにか地面とキスしていた。

 

「そりゃそうだろ。どんだけ血ィ吐いてっと思ってんだ、それで死にかけてなきゃ人間じゃねえぜ」

「そりゃそうだ人間で安心した……ってなるかーい!」

 

 まったくもって、立てる気がしない。

 

「ハハハ! 私が地面を舐めるなんて何年ぶりだろう!」

「笑ってるけど!? 死にかけで頭おかしくなってない!?」

「おかしいのは君たちだ。特にゲン、君は随分変わったね。ふふっ、ああそうだったな、何故最初から気づかなかったんだろう」

 

 私が最初に見たのは、気球だ。

 気球を作るまでには、何が必要だ?

 

 熱気球が空を飛ぶ原理は単純だ。

 球皮(エンベロープ)の中の空気を熱し、外気と比べて比重が軽くなることで生じる浮力による浮揚。

 材料としては大量の布、人が入るための籠、それからバーナー。

 布と籠くらいなら、私が最後に見た司帝国の技術でも、時間をかければなんとかなったろう。

 

 千空は『積載量超え』と言った。せいぜいが2人、3人乗りの気球。

 だが、そもそも人間を搭載して飛び立てるほどの火力がでるバーナー……そんなものは、よっぽど科学の力を借りなければ製作が難しい。

 

 そして風を読み、正確な操作を行う人間の技術は必須だ。

 気球は基本風まかせで飛ぶ。気象学をかなりの高水準で学び、実践していなければ狙い通りの場所に向かうなど不可能だ。

 一度気球を見かけてから再び私のところに来るまでのスパンの短さからいって、ここまでのかなり正確な上空地図まで製作しているとも考えられる、そのマッピング技術。

 

 全部が全部、失ったと思っていた科学、人類の知恵の結晶。

 ——まだ、失われてはいなかった。文明は、滅び切ってはいない。

 

「ああ、いい気分だ。君に惚れてしまいそう、千空」

「それはまじでやめろ。レズビアンじゃなかったんかよ」

「実のところ嘘だ」

「嘘かーーい!!」

「正確にはバイセクシャルだ」

「ン結局女の子もいけんのね!?」

 

 やはりゲンは変わった。主にツッコミの切れ味が上がっている。

 彼らと付き合う中で、よほどツッコミ役をやらされたに違いない。

 千空が言う。

 

「一人がいいって言ったくせに、男でも女でも構わねえくらいに人間が好きなんじゃねえかよ」

「そうだ。私は人が好きだよ。だから誰の血も見たくはない。そのために、大量の血が流れる戦争が、起こる前に止められるスパイという職に就いた。……もっとも、石化から戻ってからはその機会があったというのに、発揮できなかったようだけれど」

 

 司のところから離脱してしまったのを後悔するとすればそれだ。

 きっと彼らと司は戦争をして、彼らが勝ったからこうなっているのだろう。

 私なら、戦いが起こる前になんとかできたかも——それは思い上がりだろうか。

 

 だがあのままあそこにいれば、いつ誰に肺炎をうつしてしまうかもわからなかった。

 居続けるわけにいかなかった。だからできるかもしれなかったことを、やる機会を逃した。

 もうそんな後悔は、しなくて済むのか。

 

「これからは、千空。君のものがたりを見届けよう」

「見届けんな。お前も一緒に作るんだよ」

「ハハハ! 最高の口説き文句に、天にも昇る気持ちだね」

 

 そのあと「本当に昇りそうだが!?」と突っ込んだのは誰の声だったか。

 




フォロワーからもらったのでDr.STONE読みました。
すげえ好みのエッチなお姉さんが出てきたと思ったらエッチなお兄さんだったことが判明し、あまりにも悔しかったので、好みのエッチなお姉さんを主人公にして書きました。


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科学王国にて療養す

短編として一話完結のつもりですが、気まぐれに小話を書いたので掲載しときます


「な〜んで大樹ちゃん連れてきたのかなって思ってたけど、いや結果的には大樹ちゃんの説得がノーネームちゃんの心に響いたのかもしんないけど? でも千空ちゃんの合理主義からいうと、理由絶対これだよね」

「なんのことだ〜?」

 

 そっぽを向いて口笛を吹く露骨な千空を、私は横目でちらりと確認した。

 

「ああ、任せてくれ! 俺の取り柄は体力だけだ!」

 

 今現在、私は大樹に抱えられていた。

 気球はすでに積載量を超えており、私も共に乗って科学王国に向かう、というわけにはいかない。

 

 だから陸路を行く。

 方角さえ教えてもらえれば辿り着けるだろうと、私は歩く気でいたのだが——いつの間にやら、大樹にいわゆるお姫様抱っこという形で抱えられていたのである。

 しかも背中にはアンテナの刺さった箱を背負い、かつ「勝手に家から持ってきてしまってすまない! とりあえず持てそうな分だけ持ったぞ!」と私の家の中にあった幾らかの荷物も提げていた。

 ……なんだか単純計算でも1tは超えていそうな重量を持っている気がするのだが。

 

「本当に大丈夫か、大樹。別段大切な荷物はないので、全て置いて行ってもらって構わないのだが」

「任せてくれ! あとでノーネームさんが飼っていたヤギも往復して連れてこよう!」

「……本気で言っているんだな? 彼は?」

「うん」「だろうな」「たりめーだろ」

 

 完全に一致した返事を得てしまった。

 

「大樹、ヤギを飼うには見ての通りかなり高い柵が必要でね。跳躍力があるので低いと逃げ出してしまうんだ。飼える場所を整えるには手間と材料と土地がいるし、その柵を用意している間にこちらのヤギが飢えてしまうかもしれない。だから、今この場で逃がしてやってほしい」

「そうか! 手間と材料は俺がなんとかするし土地は余っている! ヤギの柵は俺が建てよう! 明日までには作ってヤギをみんな移せるだろう!」

「本気……」

「うん」「だろうな」「たりめーだろ」

 

 完全に一致した返事を食い気味で得てしまった。

 

「はっ! 明日でもヤギは飢えてしまうだろうか!? ならもっと早く頑張るぞ!」

「親切にしてくれてありがとう。1日や2日程度、放っておいてもヤギは問題ないよ。ヤギたちのことは家族のように思っていたから、できると言うのならば甘えさせていただくこととする」

 

 そして大樹は全部本当にやってのけた。

 というか、あの背中に背負っていたアンテナが刺さったものが、まさかと思いつつ通信機器だったことに一番驚いたかもしれない。電波まですでにあるのか、ここ……。

 で、あるならば、私の主戦場はそこそこ多いのかもしれない。

 

「日本には才能を持った子がたくさんいるね。ちょっと怖くなるくらいだった」

「あはは、大樹くんはその辺すごいですもんね……」

 

 司帝国にいた頃、大樹とよく一緒にいた少女。

 名を杠といい、裁縫を担当していたということは把握していた。

 それから気球を作るのに、十分な量の布の生産体制が整っていることも推測できていたので、私は彼女に頼みたいことがあってやってきたのだ。

 

「はい、できましたよ。色違いとデザイン違いと予備で30枚!」

「期待以上の働きをありがとう、杠殿」

 

 彼女も()()()()()()()()()()()の才能を持った子だ。

 手芸にとびきり長けている。きっとあの気球の球皮部分も彼女が作ったのだろう。

 まさかこれほど一瞬で作り上げてしまうとは。

 

「これで感染リスクが、ほんの少しくらいは抑えられるだろう」

「そういうことじゃないんだよね、そういうことじゃ」

 

 私が杠に頼んだのは、布マスクの制作だ。

 病は治ると確約してもらったが、治りきる前に誰かにうつすのは困る。

 

「やはり肺炎とわかっている新参がその辺をうろうろするのは体裁が悪いか? ならば暗躍することとするが」

「うん、だからそういうことじゃないんだよね、そういうことじゃ」

 

 重ねてゲンから否定されてしまった。

 

「来て早々働きすぎじゃない!?」

「そうか? 起きた直後のフランソワも、そんな感じだったろう」

 

 共に作業をしていた龍水が口を出してくる。

 フランソワならば、石から戻った瞬間からあの調子だったことは想像に容易だ。

 

「……だったけど! それはそっちもおかしいからね!」

 

 働きすぎ。言われて不思議に思う。

 

「いや、今の私は自分の体調と感染リスクを鑑みて、かなり作業量を少なくしている。全く働きすぎなどではないよ。それこそ本来ならフランソワの補助もしたいのだが、皆が口にする食品に近づくのは現状一番避けたいのでね」

「今やってる龍水の1/48スケール大型機帆船の模型製作の補助、聞いてる側は全然わかんない千空との複雑な科学会議をしょっちゅう挟みつつ、カセキとクロムと一緒に工業レベルを上げるための設計・試作にも関わって、そんでもって何より——」

「何より?」

「戦闘員に稽古つけてるでしょ!? ダメだろそれ、一番やっちゃダメなやつ!」

「はっはー! 俺は模型作りに忙しいので、ノーネームが他に何をしているかまで把握していなかったな。それほど仕事中毒(ワーカホリック)だったのか」

「体内にある毒は肺炎球菌だけだよ」

「しゃらくさいな!」

 

 ゲンに怒られてしまったので肩をすくめる。

 

「しかし現代の戦闘技術を知っているのは今、私の他にさほどいなかろう。司帝国のメンバーにはそれなりにいるが、しかし彼らは皆ものを教えるのを不得手としているようなのでね。先生役をやれそうな人物を数えていくとして、司は冷凍庫の中、氷月とほむら殿は檻の中。羽京がメインとする弓の適正者はそも少なく、他には柔道の仁姫殿と陽——」

「陽ちゃんも人にものを教える適性がないからね、抜こう」

「ならば片手で数えられる。戦力の底上げは急務だ、これから海に出ようと言うのなら」

「そもそもノーネームちゃんが使える戦闘技術ってなに?」

「色々だ、全てあげていくと時間がかかるので割愛させて頂こう。どれも達人級ではないが概要を人に教えられる程度には触れているので、適性を見て個々に教えている。サバットと宝蔵院流槍術は割にウケがいいね。金狼には今度楊心流薙刀術を仕込もうかと」

「うーわ、なんでもできる超人なの? スパイってみんなそう?」

「いや、スパイもただの人間だ。現に」

 

 げほ、といくらか水っぽく咳き込んだ——マスクに内側から、血の染みが広がっていく。

 

「こうして赤い血も流れている」

「わざわざ出してみせなくていいよ!?!?!?!?!?!?」

「わざわざじゃない、たまたま出たんだ」

「わかってるよ!? わかってるけどそんな感じの言葉選びするのやめてよ!?」

「そうか。いきなり喀血したらただ心配させるかと思い、冗談風にしてみたんだが」

「なってないなってない、冗談じゃないよね」

「ノーネーム!」

 

 龍水に叫ばれたので、動かしていた手を止める。

 もう少しだけキリのいいところまでやってしまいたかったのだが、約束は約束だ。

 体調が悪化した場合、即時帰宅。

 

「ゲン、きちんと寝床まで送り届けろ。彼女は明日も必要だ」

「わかったよ、も〜……いい? せめて今日はちゃんと寝てよね?」

「このあとカセキが試作した旋盤の調子を確かめに行く約束をしてしまったのだが」

「はいはいはいはい言っとくから言っとくから」

 

 働きすぎというのであれば、ゲンに言われたくはないな。

 人間関係の帳尻合わせを、この150人の王国の中、たったひとりでやっているのだから。

 

「君のことも手伝いたいのだが、今の口ぶりからすると拒否されそうだね」

「よくわかってるじゃん、俺の仕事増やしたくないならもうちーっとだけ大人しくしてて欲しいかな?」

 

 私はほんの少しの間だけマスクを下げ、微笑んだ。

 

「お仕事、お疲れ様」

「労りの気持ちだけ〜! 受け取るけど〜!」

 

 しかし、私のことを怒るのはゲンだけではなかった。

 ほんの数分銀狼と打ち合いをしたところ、怒り心頭といった様子でコハクが乗り込んできたのだ。

 

「ノーネーム、君はもっと大人しくすべきだ! まだ病が治っていないというのに、それほどまでに激しく運動をしてはいけない。そうだ、肺炎には体を暖かくするのが良いと千空が言っていた。温泉を探してこよう!」

「探して見つけたとて、入りに行くために歩いたらそちらの方が疲れてしまうよ」

「私が抱えていこう。それか、温泉の水をこちらに運んでくる! 任せてくれ!」

「どうしてそこまでしてくれるんだい? いいや、君が親切で優しい人間であることを疑っているわけではないんだ。しかし、いささか奇妙に、力が入りすぎているような気がするのだけれど」

「そ、そそそうか!? 私はいつも通りだ、とにかく君は安静にするんだぞ!」

「……ふむ?」

 

 動揺した口振りで、瞬く間にコハクが走り去っていってしまったのがついさっきだ。

 ちなみに銀狼は、コハクが私の名前を最初に呼んだ時点でそそくさとその場から逃げ去った。

 それを思い出しながら、旋盤の調整をしているクロムに話しかける。

 

「どう思う? 私は脈アリかな」

「えっ!? アンタ、コハクみたいなのでもイケんの!?」

「『みたいな』、そして『でも』、というのが何を指すのかわかりかねるが、私はあらゆる女性が好きだよ。特別コハク殿は魅力的に見えるとも思うね。しかし今のはそういう意味ではなかった、わかりにくくてすまない。君から見て、彼女の挙動不審の理由はなんだと思う? まさか私に恋心を抱いているから、というわけではないんだろうね、と言いたかったんだ」

「いやあ、コハクにそんな情緒があるかどうか……ちげえと思うぜ。姉のルリと重ねてんだろ」

「ルリ。ああ、その名は大樹から一度聞いたな。サルファ剤をはじめに使われたと思しき人間。それはコハク殿の姉で、そしてその病は肺炎だったのか」

「ああ。血を吐くとこまで症状が進行してたのもアンタと一緒。かくいう俺もちょっと重ねちまう。いつルリが死んでもおかしくねえっていう、あの焦り。アンタ見てるとそれを思い出して、腹の底がムズムズして落ち着かねえんだよ」

「そうか。それは悪いことをした。コハク殿と、それからクロム、君にも」

「いや、いいんだけどよ……早く元気になってくれりゃ……」

 

 サルファ剤を服用しているため、症状はみるみるうちに改善されていっている。

 もう血を吐くことは滅多にない。まったく、とはまだ言い切れないが。

 

「詫びに作業を手伝おう。設計図の清書なら任せてくれ、元から経験があるしこちらの筆記用具にも慣れてきた」

「アンタ悪いと思ってねえだろ!?」

 

 思っているから手伝おうと思ったのだが。

 設計図の方に手を出そうとしたらクロムが胸元に抱え込んで見せてくれなかったので、次の案を出す。

 

「それとも採鉱の方が手が足りないだろうか。私は構わないが、しかしそれでは安静にしていてほしいという君たちの気持ちを無碍にするかと……」

「大人しく寝てろっつってんだよー!!!!!」

 

 クロムに体を丸ごと頭上高々持ち上げられ、寝床に叩き込まれた私は、デスクワークが安静の範囲外ということを、その時初めて知った。

 



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羽京と仲良くする

 

「羽京。久方ぶりだね、元気にしていたかい」

「……やあノーネーム。久しぶり、元気だよ」

 

 それが、再会した羽京との最初のやりとりだ。

 あの……(三点リーダー)をしばらく考えたのだが、どんな意味なのか結論が出なかった。

 したがってゲンに相談してみることとする。

 

「私は羽京に警戒されているようだ。どうやって警戒心を解くか相談したくてね」

「ええ? それこそそっちの専門じゃな〜い? 俺なんかに聞いても意味ないデショ」

「ゲン、謙遜は日本人の美徳だが今は必要がない。私は君の人心掌握術を評価しているよ。私自身もないわけではないが、協力した方がいいだろうと思ってね。せっかく仲間なのだし」

「うん、仲間なんだからってセリフは胸が熱くなるんだけど、仲間に対してその人心掌握術使おうとしてるのはどうなのかな」

 

 私はきょとんとして、首を傾げた。

 

「使わないのか? 君は?」

「使うよね〜!!!!!!」

 

 返ってきた返事は予想通りだったが、テンションは予想外だった。

 そんなに声を張られるとは思っていなかった。

 なるほど、彼自身は味方に人心掌握術や心理学の類を使うのはちょっとだけどうかなと、悪いかもしれないと、思っているのか。

 

「そりゃ敵にも味方にも使うデショ、どっちにしろ物事がうまく進むんなら……ああはい、俺の負け! で、羽京ちゃんに嫌われてる原因に心当たりは?」

「嫌われているんだろうか」

「自覚ない? 羽京ちゃん愛想いいのにノーネームちゃんへのあれは相当よ、相当」

「相当か、相当」

 

 理解はしていたが、人から言われるとまた趣が違うな。

 客観的に見てもやはりそうか、という確信を得てしまった。

 

「心当たりはある。司帝国にいた頃に、少ししつこく話しかけ過ぎたのやもしれぬと」

「え、かまってちゃん攻撃ってこと? ノーネームちゃん、男だったら羽京ちゃんみたいなのがタイプ? 確かにちょっと女の子寄りの顔っていうか、中性的だよね〜」

「ああ、別段恋愛系統の話題ではないよ。彼は綺麗な顔をしているとは思うけれどね。私は女性も男性もみんな好きだから、特に好みのタイプというものはないんだ」

「龍水ちゃんと言ってること丸々一緒なのにドン引きしちゃわないのはなんでなんだろうね? 人徳?」

「人徳ならば彼のほうがあると思うが」

「それジーマーで言ってる?」

「ああ、ジーマーだよ。それで羽京についてだが、何度か、司帝国を裏切らないかとカマかけしたことがある」

「あ、思ってたよりエッグい方向のかまってちゃん攻撃だった……」

「何しろ彼は私と似ていると思ったのでね。戦闘能力はあるが、平和主義者特有の思考と行動がかいま見えていたので、司帝国でやっていくのは辛かろうと勝手に思っていたんだ。だから裏切るのならば何か補助してやろうかとね」

「……ちなみにどんな感じでカマかけてたの?」

「具体的な方法をいうと長くなるのだが、例えば司に楯を突きお仕置きされたのが出た後に、右京に近づいてそっと『君がああならなくてよかったね』などと囁き……」

「ンそれただの脅しー!!!!」

 

 ゲンが頭を抱えながら腹から声を出した。

 腹式呼吸がなっている、と私は感心した。

 

「あれ!? どうしたの!? スパイだよね!? 人の心理はお手の物なんじゃないのかな? そんなん絶対怖いし、司ちゃんから裏切るんじゃないかと思われて監視としてつけられてるのかなって考えるよね羽京ちゃんの方は?」

「そう思われる可能性も考えたのだが、しかし実際羽京がああならなくてよかったと思ったのも事実だったのでそのまま言ってしまったな」

「あれ? 天然??」

 

 ゲンから露骨にお前は大丈夫なのか、という目で見られ始めたので、ここいらあたりで言っておくことにした。

 

「ふふ、まあ冗談だ」

「どっからどこまで!?」

「羽京の話ならば、『しかし実際羽京がああならなくてよかったと思ったのも事実だったのでそのまま言ってしまった』以外全部嘘だ」

「嘘の範囲広過ぎ! てか逆にそこは本当なんだ!? 何がどうなってんのかわかんないよもう!」

「ならば最初から整理しよう」

 

 話の展開をまとめることにする。

 

「羽京が裏切るかもしれないと考え、私に羽京の監視を頼んだのは司ではなく氷月だったが——」

「待って待って待って。なんか全然違う話始まろうとしてない?」

「いや、さっきと同じ話だ。本来ならば監視されていることにすら羽京には気づかれないようにすべきというのは理解していたが、私は思考に共感できるという意味で氷月より羽京贔屓だったので、わざとわかりやすく監視していたんだ。君は帝国の人間から警戒されているぞ、という警戒心を持ってもらうためにね。だがそれが少しやり過ぎて、脅しのようになってしまった。あのとき言った『君がああならなくてよかったね』というのは本音だったのだが、どう考えても意味を捉え損なわれるだろうなと、後から気づいたのは本当だ。後悔している」

「なんか疲れてきた……そういう、そういう話なのね……」

 

 私が司帝国にいた頃、氷月が「その才能を生かさないのはもったいないでしょう」と私にいくつか役割を振った。そのうちの一つだ。反抗するかもしれない人々の監視。

 

「あの頃の私の、威圧的で無機質な言動は意図的に作り出したものであるという弁明をしたら、羽京は私への警戒心を少しは解いてくれると思うか?」

「威圧的で無機質だったんだ……」

「君も見たことがあると思うが」

「まあね、あるよねそりゃ、司帝国での初対面の時に。あれは意図的に作ってたわけね〜……確かに今喋っててそんな印象、まあ他の人と比べたらちょびっと話し方と表情固いとかは思うけど、あそこまでじゃなかったもんなあ。演技の質がね〜……いや今度教えてほしいな、色々」

「構わないが、君に教えられるほどのことがまだあるかな? とにかく、司帝国ではそんな感じでやらせてもらっていた。与えられた役割をこなす上で、その人格がもっとも適していると考えたのでね。君も司帝国ではもっと、悪い男な人格を選んでいたろう」

「なんかイタイ奴みたいに聞こえるから勘弁してほしいよね……それにほら、俺は今でも悪い男よ?」

「ハハハハハハ!」

「久々に笑ってるとこ見ちゃったな。違うタイミングが良かったわ」

 

 ひとしきり大声をあげて笑った後、ゲンに言う。

 

「ゲンに話したら気分が楽になった。ひとまず今日はこれでいい」

「あ、解決策いらない感じ? いらない感じね〜……いや、そのほうが楽だけどね俺もね〜……」

「悪い。すでに思いついたものがあるのならば聞いておこう」

「いや、ないよ。だから今日はこれで終わり、でいいんだよね? まあ話すだけで人間気持ちが軽くなるからね、その辺のストレス管理はさすがスパイだよ。俺も聞き役上手だって自信あるし。でもちょっち用事思い出したから、今日のところはこの辺で。じゃね〜」

「ああ、ありがとうゲン」

 

 ゲンの背中を見送ったあと、1人きりになってから呟く。

 音量はいらない。誰に届けようという気がないから、ではなく、()()()()()()()()()()()()、である。

 

「しまったな。ゲンに思いの外深刻に取られてしまったかもしれない。いや、深刻な悩みであったことには変わりないのだが、優しい彼のことだ。私の見えないところで頭と手を回してしまうかもしれないな。この問題の解決自体は、もはやそう遠くないものになったと思うのだが。どう思う? 羽京」

「やっぱり気づいてたか。意地悪だね、ノーネーム」

「いいや、気づいてなかったよ。ただのカマかけだ。いるなら今ので出てくるだろうと思ったのでね。出てこなかったら私の恥ずかしいただの独り言だが、誰もいないなら恥ずかしがる理由も発生せずリスクはない」

「……やっぱり意地悪じゃないか」

 

 この……(三点リーダー)の意味については考えないでおこう。

 それから「やっぱり」という私の名誉に関わる副詞についても、今は放っておく。

 見上げると大きな木があったので、あそこから降りてきたのだろう。

 私は彼ほど耳が良くないので、いつからいたのかはわからない。

 

「ゲンとの会話を僕に盗み聞かせて、過去の自分の弁明をしたんでしょ?」

「うん。嘘は言っていないよ、信じてもらえないかもしれないが」

 

 私としては、羽京が帝国から離脱しようがしまいが、構わないと当時思っていた。

 いたら帝国としては助かるが、いなくなったところで帝国の脅威にはならないだろうと。

 彼は人のために何かをするのに慣れきった人間で、自分のために何かしようと思っても力は出せないだろうと思っていた。

 

「どうかな。あの時の君が演技だったというのは……そうだね、信じ難いと思ってたけど薄々気づいてもいた。ここにいる君の方が、あの頃より随分自然だし」

「そう見えるだけの演技かもしれないぞ。私はゲンも認める演技派らしい」

「ゲンが騙されるんじゃ、僕に太刀打ちできるわけないでしょ。そう思わせて、僕に諦めさせる算段だったね?」

「バレたか。そうだよ羽京、私を常に警戒するのは無茶だ。君には情があるし、私を嫌い続けるのにも無理がある。ここの人たちがすぐに私のことを受け入れてしまったので、君くらいは警戒しておかなければと思っているのかもしれないが、やっぱりそれも無茶だ。そもそも私は、警戒されたままでも十分いろんなことができるのだから」

「完敗って感じだよ。僕が考えてたこと、全部言い当ててる」

「思考が似ていると言ったろう、トレースしやすいんだ。私は君ほど優しくはないが、平和主義なのは同じだ。しかし羽京、そういうのはゲンの役割だよ。マグマにもできそうかな。ここには人がたくさんいるのだから、得意なもので役割分担すべきだ。君はその優しさでもって、やりすぎる人たちを止める側だろう」

 

 私は羽京に向かって、手を差し出した。

 

「というわけで、仲良くしてくれないかな。私としては、もうちょっと嫌っていてもらっても構わないけれどね。このあと、私と羽京を仲良しにするために、ゲンがどんな策を練ってくるのか見たい気持ちもある」

「君はね、本当にもう。何手先を読んでるの? 完全に詰んでるじゃないか、僕」

 

 ただ過去の話を盗み聞きしてもらうだけなら、相手は誰でもいい。

 それでも話し相手にゲンを選んだのはそういう理由だ。彼なら、しなくていいと言っても勝手に策を練ってなんとかしてくれるだろう。

 何しろ、人心掌握術というのは敵にも味方にも、使った方が物事がうまく進むので。

 それに、すでにこの化学王国の中核に入り込んでいる私と、五知将と数えられる切れ者のひとりである羽京の不和は、組織のバランスを影ながら支えているゲンとしては看過できないだろう。

 

 そしてそう考えるであろうゲンのことを思って、羽京が折れるだろうことまで織り込み済みだ。

 

「大人気なくて悪いね。少しばかり本気を出してしまった」

 

 私の手を握り返してくれた羽京に、笑いかける。

 

「何しろ一刻も早く、君にお世辞や脅しに取られないと確信を得てから、かけたい言葉があったものだから。ずっと言いたかったんだ、本当はここで最初に会った時に」

 

 しかし初めて話しかけた時の羽京の返事に、意味深な……(三点リーダー)があったものだから、言うのをためらってしまった。今ならそれを気にせず言える。

 

「なんだい?」

「羽京、君が生きていてくれて本当によかった」

 

 羽京は帽子のツバを少し下ろしながら「……それくらい、言ってしまえばよかったのに」と呟いた。

 

 もう……(三点リーダー)の意味は考えない。

 



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私に名前はない

書いたまま放置してたのがあったので投稿しておくぜ


「それで、司を生き返らせるプランとはなんだ」

 

 腰を落ち着けて、私が最初に千空に聞いたのは、かつてあった戦争のことでも、サルファ剤のことでもなく、司のことだった。

 

 もう失われた命は取り返しがつかない。だから過去の戦争でなにがあり、何人死んだかは後回しだ。

 自分の命はさほど惜しくない。惜しいのならスパイにはなっていない、だからそちらも後回しだ。

 まだ助かるかもしれない恩人の命、それが私にとっての最優先事項である。

 

「そもそも彼は今どんな状況だ? 仮死状態か? あるいは石にでも戻ったのか」

「かなりいい線いってるぜ。コールドスリープ状態だ」

「こー、るど、すりーぷ」

 

 急に舌の回りが悪くなった。出て来ると思っていなかった単語だ。

 司を()()()()という単語を千空が使った時点で、今は生きているとは呼べない状況だとは推測していたが——コールドスリープ。いくつか想像した中にはなかった可能性だ。

 傍で聞いていたゲンが肩をすくめる。

 

「あーね、こういうリアクションよね、当然最初聞いたらね……」

「そうか。つまりここには冷凍庫があるということで、私たちにはアイスが食べられる可能性があるんだな?」

「おっ。そういやまだ開発してなかったな、やるかアイス作り。バニラエッセンスはオゾンに月桂樹ぶち込んで無理矢理抽出して……」

「おや。オゾンの生成もすでに可能なのか? 放電法、電解法、紫外線ランプ法のどれだ?」

「順応早いねノーネームちゃん!?」

 

 千空と軽く化学談義を挟むと、ゲンからツッコミが入ったので私は首を振った。

 

「半分冗談だよ。しかし千空が冗談ではなくしてくれそうなので、私も積極的に協力しよう。私はアイスが好きなんだ」

「あ、そうなんだね……アイスは、みんな好きだもんね……」

 

 アイスが嫌いなアメリカ人がいるだろうか?

 いたとしたらそれはアメリカ人ではない。だからアメリカ人の中には、アイスが好きなやつしかいない。

 ……それはさすがに言い過ぎだが、アイスの支持率が大統領の支持率より高いのは確かだ。

 私はアジア系だし、前世は純粋な日本人だったが、この人生では一応アメリカ人をやっている。

 したがって私もアイスは好きだ。少々錯乱してしまった時、司のことより先に聞いてしまうくらいには好きだ。

 アイスの話をして頭が冷えてきたので話を戻す。

 

「コールドスリープにしてどうする。冷凍保存した人間が蘇った例は、石の時代が来る前でも存在しない」

「人間が石になってから元に戻る時、多少の傷は治る。脳死状態だった司の妹は、実際それで治って元気に過ごしてる」

「なるほど。冷凍状態の司を解凍前に一度石にし、その後復活液にて戻す。蘇るかどうかはその際の回復力に賭ける、ということだな。理解した。勝率としてはそれなりに低いと思うが、その道以外になさそうだ。否やはない」

「いや。俺の計算じゃ、確率は低くねえ」

「そうか。君が言うのなら、そうなのだろう。科学に嘘はつかないと、司から聞いている」

 

 その()()()()()()の、具体的な数字は聞かないでおいた。

 このミッションを達成するのに必要な情報を集める。

 

「人が石になる条件は?」

「わからん」

「そうか。どこをどう探す?」

「ひとまず、向かう先は俺の父親が最初にたどり着いた無人島だ」

「君の父親、無人島」

「俺の父親白夜たち6人の宇宙飛行士は、人類が石になったときに宇宙にいたおかげで石になるのから逃れられた。地球に戻ってきた時に無人島に着陸して、コハクたちの遠い先祖になったってわけだな」

「宇宙、コハク殿、先祖」

 

 目を閉じるとチカチカする。宇宙が見えるような気さえする。

 貧血かもしれない。そうじゃなかったら……そうじゃなくともこの一瞬、頭は回っていなかった気がする。

 

「ノーネームちゃん大丈夫?」

「……少し動揺してしまった。なるほど概要は理解した、だから船が必要ということか。その無人島にほしいものがあるのだな? 君の父が遺した何かが?」

「おそらくな」

「そしてその島はすでに無人島ではない、ということか」

「あ゛ぁ、話が早くておありがてえ」

「ゲ、そうなの?」

 

 聞かされていなかったらしいゲンが嫌そうな顔をする。

 おや、よくないな。これは高確率で、現地人と交渉が発生するであろう船旅だ。

 千空のことだからまずは隠密で奪取を試みるだろうが、失敗する可能性も考慮にいれるはず。

 ならばゲンを連れて行くことは、千空の中でとっくの昔に決まっていそうなのに、それを本人に伝えていないとは。

 

「千空の父たちが最初に上陸した島、そこから子供が生まれ人が方々に広がっていったのならば、その島は石の時代が訪れて最初に()()()になった場所だろう。逆にどうして今人がいないと考える? 島の広さ、資源次第ではこちらの科学王国よりも人がいたっておかしくはなかろう」

「正論すぎ。あーあ、ただのお宝発見旅ってわけにはいかないのね、ヨヨヨ……」

「人がいる方がむしろ好都合だ。自然よりよほど簡単に籠絡できる。私とゲンでなんとかしよう」

「すっごい頼りになる〜って言いたいけどすっごい自然と頼りにされる側に俺も入ってる〜」

「頼んだぜ」

「アイアイサー、心配するな。私たちに任せてくれ」

「俺にも許可とろ? ね?」

 

 私は頷き、去ろうとして、少し困った。

 

「そういえば私は、どこにいればいい?」

「あ? そういや決めてねーな」

「そういうの最初に決めるもんじゃない?」

 

 すっかり忘れていた私の居住地の話をする。

 

「病をうつしたくないのでなるたけ他の人々から離れたところがいいが、隔離施設のようなものはあるのかな。牢獄でもいいが」

「初っ端から自分で牢獄入りに行くことある?」

「あるよ。犯罪者としての方が入国しやすく、活動しやすいところは山ほどある」

「なにそれ怖、経験則?」

「どうだろうね」

「経験則ですって顔〜! あのねノーネームちゃん、ここではわざわざやらなくていいからね」

「ああ。そもここには入国でも潜入でもなく帰化するので、できれば凶状持ちでない身分が欲しいが」

 

 千空がひらひらと手を振った。

 

「おーおー、わかったわかった。大体、牢獄入んなら氷月とほむらと一緒にいきなり同棲生活始まんぜ」

 

 彼らは捕まっているのか。

 ふむ。その2人が唯一……唯二(ゆいふた)つか、和解できていない人間ということでいいようだな。牢獄の中に彼らしかいないのであれば。

 

「狭い空間に他人といたのでは感染リスクが高すぎる。囚人でも死刑執行猶予というわけではないんだろう、なら生かさねば。それに新婚生活に踏み込むのも悪かろう。辞退させていただく」

「新婚て……だとしたらいやな新居だよねそれ……」

「冗談だよ。彼らはお互いにそういう関係にはならない確信を持ってるだろうさ」

「へえ〜……」

 

 私には適当な家が割り振られ、ゲンが案内してくれるという。

 

「んで、本気?」

「なにがだ、ゲン」

「『人がいる方がむしろ好都合、自然よりよほど簡単に籠絡できる』ってやつよ」

「ああゲン、私の真似が随分と上手だね。後でもっと聞かせておくれ。そしてそれについては、実のところ嘘だ」

「ですよね〜!!!!」

「千空は科学に嘘をつかないようだが、私は必要とあらば人に嘘をつくよ」

「何のための嘘?」

「実のところ見栄だ。なに、まだ私の能力を君たちに証明できていないし、少しばかり大袈裟に自分をアピールしただけさ。有能であるとは今後行動によって示していくが、今回はひとまず気概だけでも表明しようと思ってね」

「有能さは十分示してもらってるよ、初対面のときで……」

 

 そうだろうか。

 こけおどしのトラップと、いつのまにやら千空に乗っ取られてしまった主戦場のひとつ(舌戦)では、私の完敗であった。

 

「だが、先の言葉をただの虚言にはさせない。君もいることだしね、ゲン」

「それに関してはジーマーで頼りされちゃってるカンジ? まあ頑張るけどね〜。俺もノーネームちゃんが来て、用無しって言われないようにしなきゃだし」

「ハハハハハ! それはなかろう!」

「笑ってくれるのは嬉しいけど血を吐くのはなしにしてくれる!? ちょ、抗生物質ー! そうだよこの人重病人なんだよ、しっかりしすぎててうっかり忘れてたよ!!」

 

 その後私は自分の足で新しい寝床にたどり着き、早々にやらなければならないことのリストアップを始めた。

 忙しくなる。

 ただ生きる、という目的だけでなく忙しくできるのは、実に楽しいことだ。

 

 私に名前はない(ノーネーム)

 

 スパイ活動をしているうちに、味方陣営に度々言っていたせいか、いつの間にやらそれ自体が私を表す記号となってしまった。

 自分を表す記号をなくそうとした結果、自分で生み出してしまったというのは皮肉かもしれない。

 

 肺炎が完治した。

 今までは感染リスクを理由に極力人に会うことを避けていたが、気にしなくてよくなった。

 誰にも感染しなくてよかった、と呟いたら「バカみてえに体力あるやつばっかだからな。ジジババガキと、俺とゲンは除くが」と千空に言われた。

 

 誰にも感染しなくて本当に良かったと思った。

 

 治ったのでむしろ積極的にコミュニケーションをとるようになり、しばらく。

 ここは科学王国になる前、石神村と呼ばれる集落だったと聞く。

 その住民の中に、ひとり気になる人物がいた。

 頭に大きくバッテンの傷のある男だ。日中、ふと話しかける。

 

「やあ、こんにちは」

「! こ、こんにちは」

「君と少し話がしたいのだが、どうかな」

「お、オレと!?」

「ああ、できれば2人きりでね」

「ふ、ふふふ2人きり!?」

「都合はどうだい? 良さそうだね、では行こう」

 

 少し迷う動作を見せた時点で、抜けられない状況ではないのだろうと理解し、手を取って半ば無理矢理に連れてきてしまった。

 このとき、見送っていた彼らの中では私について「マジで全範囲ストライクゾーンなんだ……」と囁かれていたらしい。

 

「君には名前が無いと聞いた。だから名無しと呼ばれていると」

「! そ、そうです……」

「ああ敬語はいらないよ、君とは親しくしたい」

「し、しししし親しく」

「あまり緊張しないでおくれ、私は君にひどいことをしないよ」

「は……はい。あ、いや、うん……?」

「いいこだね」

 

 私が言ったことをそのままやろうとしてくれる、素直ないいこだ。

 

「奇遇だなと思ってね、話しかけたくなった」

「奇遇?」

「私にも名前が無いんだ」

「えっ。でもノーネームって」

「私はノーネームと呼ばれているが、それは君たちが言うところの()()()()()でね。ノーネーム(名無し)という意味だ。だから君と私は、同じ名前だね」

「同じ……」

 

 彼が言い淀んだのを見て、私は確信した。

 

「ああやはり。君は素直ないいこだ。嘘がつけない。何も言わなくても、その顔でわかってしまう。()()()()()()んだね、君と私は。()()()()()()()()()()

「!」

 

 なにかを言おうと口を開きかけた彼の口を、人差し指でそっと押さえた。

 

「いいんだ、言わなくて。君にも事情があるのだろう。君と私が同じだと言ったそのとき、仲間意識を持ったかもしれない私に、『そうだね同じだ』と嘘をつくのを想像して悲しんだろう。私をぬか喜びさせてしまうことに、罪悪感を覚えるようないいこの君ならば、名前を隠す理由は悪意じゃない。私は確信を得た、だからこれ以上はなにも聞かないさ」

 

 口から指を離しても、彼は物言いたげな目で見てくるだけだった。

 

「むしろ探るような真似をして悪かったね。経験上、名乗れないのは私のようなわるいこばかりだから、少し警戒してしまった。君がいいこでよかったよ」

「ノーネームさんはわるいこなの……?」

 

 正しい答えが知れそうにない問いかけだ。

 

「まあね。私は君と違って、名前を大事にしているから隠しているのではない。邪魔になるから、親からもらったそれすらあっさり捨てたんだ。もう誰も私の名前を知りはしない。私自身ですらね。忘れてしまったから」

「名前、忘れるなんてそんなこと」

「呼ばれないとそんなものだ。誰から呼ばれずとも、君が君の名前を覚え続けられているならば、それは君がとってもいいこだからだ。もらった名前を、ずっと大事にできてえらいね」

 

 悲しそうな顔で私を見る彼に、私は微笑んだ。

 

私に名前はない(ノーネーム)。長くそう言い続けたことで、今ではこう言うことになってしまった――私の名前はノーネーム。そう呼ばれるのも存外悪くない。だが君は、誰かひとりでも……」

 

 ああこれは言わなくていいことだったなと、口にしてから思った。

 だが半分言ってしまったので――半分言ってしまったから、を免罪符に、言い切ってしまった。

 

「本当の名前を告げられる誰かに出会えるといいね。私のように、名前を忘れてしまう前に」

 

 しばらく俯いて、拳を握ってた彼は、決心したように顔を上げた。

 

「ノーネームさんは記憶力がいいって聞いてる。子どもたちに、巫女様みたいに暗記してる物語をいくつも語って聞かせたって。だから本当はきっと、自分の名前を覚えてるんだよね? でも忘れたフリをしてるのは、本当の名前を言っていいほどその人を信じられるかどうか、いつも見定めなくて済むように、そもそも名前がないことにして……」

「君」

「わっ!?」

 

 まつげとまつげがぶつかりそうなほど、顔と顔を近づけた。

 異性への耐性がないことは丸分かりだから、()()()()の私はそれを利用した。

 

「いいこだから、それ以上言わないで」

 

 それほどまでに顔を近づけたのは、彼の大きく丸い瞳に反射して、自分の顔が見えてしまわないようにだったかもしれない。私は悲しい顔をしているのだろう。何しろ彼が、そんな顔をしているので。私は顔を微笑みに変えた。

 

「私のようにはならないでおくれ」

 

 それだけ言って、彼には何も言わせなかった。

 

「やはりいいこだったな、彼は」

 

 仕事にお戻りと背中を押して、しばらくひとりごちる。

 本当は様子見くらいにしておこうと決めていて、ここまで()()をする気はなかったのだ。

 しかし昔の癖が抜けずに、うっかり口を滑らせてしまった。

 

 名前を大事にしているから隠している、という()()()()に反応がなかったことからそれは確定。

 であるならば、彼の名付け親は石神村の人間ではない。

 つまり彼は名前を前に所属していたおそらく集団からつけられており、そしてその集団に対して今も悪い感情を抱いてはいない。

 その()()を、かつて千空が言っていた無人島の話と結びつけるのは早計だろうか。

 

 わるいこを自称するわるいこはいない、という()()()()()()()の先入観。

 目の前の自分と似た境遇の人物が、善人であってほしいという願望。

 そのほか小手先の心理学を少しばかり。

 

「さて。名無しくんは、私を本当の名前を告げられる誰かにしてくれるかな」

 

 その日は遠くないように思う。

 

 さて、私はいいこかわるいこか。

 私としてはどうだっていいのだ。

 己の口から出る言葉が嘘か本当かも、私にとっては重要でない。

 

 ただこれだけは本音だ。どうか。

 ――私のようにはならないでおくれ。

 



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