FFX-2 Another After ~薄れゆく意識の中で~ (ナナシの新人)
しおりを挟む

Prologue ~始まりの予感~

基本ユウナ、チュアミ、オリキャラの群像劇ですが、場面にユウナが登場している場合は全てユウナ視点になります。


 あの日から、恐怖の象徴であった“シン”の消滅から二年の月日が経ち。世界情勢は大きく変わった。

 長年崇拝の対象だったエボン寺院は、僧官を名乗る人物「トレマ」が告発した“真実騒動”により、寺院が意図的に歴史を歪めて来たことが明るみになり。“シン”が、寺院の教え以外の方法で消滅したことも相まって、絶対的だった求心力は失墜の一途を辿り、瞬く間に世界中に混乱が広がった。

 真実騒動の発起人トレマは、事実上破綻したエボン寺院の実権を掌握し、新エボン党と名を改めた。しかし彼もまた、人々に呼びかけ世界中から集めた過去の映像スフィアを持って行方を眩ました。

 指導者を失った新エボン党を内部の穏健派がクーデターを起こし、政権を奪取。開かれた党を目指すことを宣言し、混乱する世界情勢の中、長年教えを信じて生き、寺院に裏切られ、心のよりどころを失った人々の受け皿になった。

 そして、多くの犠牲者を出しながらもスピラの人々を、“シン”の脅威から遠ざけるため勇敢に戦った討伐隊の一部は、トレマの失踪を理由に、新エボン党への対抗組織として青年同盟を結成。新エボン党に疑念を抱く人々、新しい時代を生きる若者から多くの支持を集めた。

 さらには、寺院によって禁じられていた機械の普及活動及び、オリジナルの機械を創り出すことを目標に掲げたアルベド族を中心としたマキナ派を含めた三権は各々の考え、思想の違いもあり、また別のいざこざが世界各地で頻発した。

 しかしそれらの争いも、ひとりの女性が収めてしまう。

 それはかつて、“シン”の恐怖から世界を解き放った大召喚士――ユウナ。

 

 彼女の存在は、どんな時でも特別だった。

 三権の党首。新エボン党党首「バラライ」、青年同盟の盟主「ヌージ」、マキナ派を束ねる若きリーダー「ギップル」の三人を中心に、スピラという大きな船は、荒れ狂う時代の波に揉まれながらも着実に新しい航路を、新しい世界へ進み出した。

 

 

           * * *

 

 

 豊かな自然と穏やかな人が暮らす島、ビサイド島。

 港から山道を抜けて、麓の村を見下ろせる高台から伸びる坂道を、麓のビサイド村へと向かって歩いている。

 

「でよ。この前本島から来た連中の話しによると、新エボン党と青年同盟の解散後に新しく結成されたスピラ評議会が今、なんだかバタついてるって話しだ。まぁ、平和なこの島にはあんま縁のねー話しだけどな」

「そうだね」

 

 隣を歩くのは、ビサイド島の伝統衣装を着た、オレンジ色の髪の色に水色のバンダナを額に巻いた大柄な男性――ワッカ。三年前、圧倒的な力で恐怖の渦巻く世界の元凶である“シン”を倒した、伝説のガードのひとり。

 

「そういや、ユウナ。もう、あっちの方はいいのか? なんつったっけ? なんか、鳥っぽい名前が入った――」

「スフィアハンター・カモメ団」

「そう、それだ。半年以上前、急にビサイドを飛び出したと思ったら。また、突然戻ってきてよ」

 

 ワッカと同様共に“シン”と戦った仲間であり、従姉妹でもある、アルベド族のリュックに誘われ。彼女が持参した古い映像スフィアに記録された人物を探すため。そして何より、“シン”を倒した後も変わらない自分を変えたくて、ビサイド島を飛び出した。

 ビサイド島を飛び出した後、リュックの提案で髪形と服装を思い切って変え、外見から大胆なイメージチェンジを図るも、結局、自己犠牲の精神と困っている人を放っておけないお人好しは変わることはなかった。

 そして、一時の旅を終え、第二の故郷ビサイド島へ帰り、少し退屈ながらも平穏な日々を送っている。

 

「なんか、あったか? ヤドノキの塔で。久しぶりに、リュックたちと会ったんだろ?」

 

 後ろで手を組んだまま、空を見上げる。

 雲ひとつない青空が、水平線の向こう側まで拡がっていた。

 

「あったよ。いろいろ」

 

 日差しに目を細めながら、思い出し笑顔で答える。

 

「そっか。んじゃあ今日も、お勤めよろしくな」

「......うん」

 

 今の役目は、新エボン党が解散された後もエボンの教えの良いところ守って生きる人々――エボナーと呼ばれる人や、悩みを持つ人の話しを聞くこと。どこからか、ビサイドに戻ったと風の噂を聞きつけた悩みを抱える人々が、現世を生きる唯一の大召喚士の救いを求め、連日ビサイドを訪れては面談を心待ちにしている。

 本音は、少しだけ気が重い。結局、悩みを聞くことだけしか出来ないため。村周辺の見回りへ戻るワッカと村の入口で別れて、ビサイド村の奥で静かに鎮座する寺院へ向かう。歴代の大召喚士の石像が祀られている寺院の中には、既に大勢の人々が面会の時を待ちわびていた。面会希望者の年齢層は基本的にやや高め、幼少から寺院の教えを疑わずに信じ、忠実に守って生活していた人が大半を占めている。“シン”の脅威なき今もなお、割り切れずにいる人々にとって、大召喚士はまさしく特別な存在。

 

「“シン”が消えさったとて、幼い頃から教えを信じてきたワシには、やはり今さら生き方を改めることは出来ぬのです。こんなことならば、いっそのこと......」

「それは――」

 

「決して想ってはダメです――」と叱咤しようとした時、大きな物音が響いた。頑丈に造られている寺院が揺れる程の衝撃を伴って。

 

「ユウナ様!?」

「すみません!」

 

 異変を感じ取り、周囲の制止を振り切って、ビサイド寺院の外へ飛び出した。騒然としている村の中を駆け抜け、入り口付近にいる黒いドレス姿の女性――ガードの一人であり、ビサイド村の村長を務めるルールーに尋ねる。

 

「ルールー! 何があったのっ?」

「ユウナ? 魔物よ。高台へ続く山道に、魔物が出たの」

「魔物がっ?」

「落ち着きなさい。今、ワッカたちが対応にあたってる。あんたは、寺院に戻ってなさい」

「でも――」

「みんなを安心させることが、元召喚士の大事な努めよ」

「わかってるけど。だけど......」

 

 何もない空間から、突然出現した杖を握った両手に力が入る。

 

「みんなを護ることも元召喚士の大事な努め、だよね?」

「ハァ、わかった。だけど、村に被害が及びそうになった時だけよ」

「うん」

 

 ルールーの方が折れた。そこへ、彼女が持つ音声通信スフィアに、魔物の討伐にあたっているワッカから連絡が入る。

 

『わりぃ、何体かすり抜けた。山道をまっすぐ村へ向かってる!』

「数は?」

『二体だ。甲殻(ヘルム)軟体(プリン)だ!』

 

 魔物は複数の種族に分類される。素早さ、強力なパワーを持つ獣系。空を飛ぶ、鳥類。物理攻撃にめっぽう強く、魔法を得意とするエレメント等など。上記の二体、甲殻のヘルムは文字通り打撃が通り難く、プリンは特定の属性魔法に弱い傾向がある軟体の魔物。

 

「了解。こちらで対処する。行きましょ。村に入れるわけにはいかないわ」

「うん!」

 

 連絡を受け、二人同時に駆け出す。村に被害が及ばないように高台へ延びる山道で、取り逃がした魔物と遭遇。

 

「お、大っきいね」

「遺跡で戦ったプリンの亜種かしら。だけど、これほどの大物は久しぶりね。悪いけど、ここは通させないわ。炎よ、踊りなさい!」

 

 頭の上まで上げた右腕を振り下ろすと、黒紫色の巨体が一瞬で、激しい炎に包まれた。しかし、仕留めきれない。炎をものともせず、反撃の体勢に入る。

 

「ルールー、退いて! えいっ!」

 

 振るった透き通るような水色の美しい剣が、プリンの胴体を斬りつける。だが、致命傷を与えるまでには至らず、すぐさま再生されてしまう。

 

「やっぱり、生半可な物理攻撃は通じないわね。ワッカたちが手を焼くわけだわ。ユウナ、あんたは、あっちをお願い。私が始末するわ」

「わかった。気をつけて」

「お互いにね」

 

 巨大なプリンから、異様な瘴気を放つ中型のヘルムと対峙。

 突進をかわし、剣を振り下ろすも、硬い甲羅に弾き返されてしまう。

 

「それなら!」

 

 水色の剣が、身に纏う衣装と共に、背丈を越すほど巨刀に変化。全身の力をめいっぱい使って、華奢な体とは不釣り合いな巨刀を振り抜く。硬い甲羅を砕く一撃、大きな亀裂が入った。ダメージを受けた、ヘルムの動きが鈍る。

 

「――えっ?」

 

 己の目を疑った。砕いた硬い甲羅の亀裂に、どこからか出現した虹色の光が纏わり付くのを目の当たりにした。

 

「今よ! ユウナ、とどめを!」

「う、うん!」

 

 ルールーが唱えた強力な氷魔法で足が止まったヘルムの間合いに入り、肩に担いだ巨刀を真上から豪快に振り下ろす。正に一閃。硬い甲羅ごと真っ二つに切り割かれ、活動は完全に停止した。

 

「ふぅ、倒せたわね」

「うん......」

 

 プリンの方も弱点属性の魔法で倒され、活動を停止した残骸から、美しくも儚く輝く幻光虫が渦を巻きながら空へと昇っている。

 

「おーい! 無事かー?」

 

 ワッカが、仲間たちと共に山道を駆け下りて来た。

 

「大丈夫だよ」

「そっか」

「ずいぶん手こずったみたいね。引退してトレーニングをサボったツケが回ったんじゃない?」

「うっ、いや、今回の敵はちょっちやりずらかったつーか。なかなかタフな相手でよ。倒してたと思っても何度も起き上がってきて、しぶとかったんだ。なぁ?」

 

 彼と一緒に降りてきた水中球技「ブリッツボール」のチーム、ビサイド・オーラカに所属している選手たちが頷く。

 

「ワッカさんたちも?」

「てーと、こっちもか?」

「うん。ちょっと、気になることがあって。あ、ケガしてるよ」

「ん? ああ、これくらい――」

「ダメ」

 

 ヘルムにとどめを刺した巨刀が消えた代わりに、手には杖が握られた。服装も、フード付きの白に赤のだんだら模様のローブに変化。

 

「静かなる癒やしを......」

 

 白魔道士の姿で、杖を患部に添える。

 すると、腕に負った擦り傷が癒えていった。

 

「便利だな。ドレスフィアっていったか?」

 

 世界各地に残されたスフィアを、様々な特徴を持つ衣装に変化させたドレスフィアを収め、能力を引き出す役割を持つリザルトプレート。

 

「ワッカさんも、使ってみる?」

「やめれー、俺の巫女姿なんて誰得って話しだろ」

「なんで巫女になること前提なのよ?」

「ふふ、はい、治ったよ」

 

 白魔道士姿から、元の巫女風の衣装に戻る。

 

「サンキューな。よし、じゃあもう一回りしてくる」

「気をつけて」

「おう! って、イテ!」

 

 山道を戻ろうとしたワッカが、地面に落ちていた尖った破片を踏んだ。それは、機械の破片。目をこらしてみれば、他にも小さなネジや、塗料の付いた部品が落ちている。

 

「危ないわね」

「大丈夫? ワッカさん」

「ああ、血も出てねーし。けど最近、ビサイドにも機械が増えてきたし。便利な反面こういうことも増えるよなー」

「うーん......そうだ。今度、みんなで掃除しよっか?」

「いいわね。子供や、お年寄りもいるし」

「だな。お前ら、ゴミ拾いしながら見回りに戻るぞ」

 

 ワッカたちは改めて、村周辺から港までの見回りへ向かう。

 踵を返して、ルールーと一緒にビサイド村へ戻る。

 

「さっきの続きだけど。気になったことって、なに?」

「うん。傷ついた魔物の周囲に幻光虫が集まって、キズが癒えていくように見えたんだ」

「魔物のキズを癒やす? どういうこと?」

 

 わからない、と首を横に振る。

 

「ビサイドは海に囲まれてるけど。それほど、幻光虫が集まる場所じゃないのに......」

 

 漠然とした不安が、予感が頭に過っていた。

 スピラに異変が起きている。

 ――そう。これは、始まりに過ぎなかった。

 僅か数ヶ月前、滅亡の危機を辛くも脱した世界でまた。

 誰もが信じて疑わなかった、“シン”が存在しない世界で。

 “永遠のナギ節“を脅かす脅威が再び、この世界に訪れようとしていた。




感想等お気軽にどうぞ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission1 ~触れた記憶~

 消えていく――。

 歪な形の禍々しい巨体が、無数の虹色の光の柱になり、無数の虹色の光となり、忌々しいほど美しい輝きを放ちながら、悲鳴を上げるように、虚空の闇と同化して溶けていく。

 空に浮かぶ船がゆっくりと、悠然と、地上へ降りてきた。

 底知れぬ恐怖が渦巻く絶望に満ちたこの世界を救った、五人の英雄を乗せて。

 世界中の人々は、歓喜に沸いた。

 千年もの長き歳月にわたる死と隣り合わせの恐怖の日々からの解放。誰もが喜びを分かち合い、誰もが思いを馳せた。

 永遠に続くであろう、新しい平和な世界に。

 希望に満ちあふれた輝かしい未来を、胸に抱きながら――。

 

           * * *

 

 横殴りの雨が降り続く嵐の中、少年と少女が、草木が生い茂る雑木林に身を隠しながら、木々の間を縫うように全速力で駆けていた。

 遠くから聞こえる悲鳴、怒号。そして、銃声。

 激しい銃撃戦の最中、建物に火が上がった。嵐にも関わらず、木材で出来た住居に付いた火は勢いを増し、激しく燃え上がる。飛び火して、別の家屋にも燃え広がっていく。

 雨で濡れた雑草に足を取られそうになりながらも、少女の手を引いて当てもなく走り続けた。

 いつしか雑木林を抜けて、村はずれの岬に出た。荒々しい波が岸壁にぶつかっては、大きな波しぶきを何度も上げる。

 後ろからいくつかの人影が、草木をかき分けて近づいて来る。目の前は、荒れ狂う海。後ろには、村を襲った人影。逃げ場はない。波に打ち上げられた尖った枝を拾い上げ、彼女を背中で庇い、近づいて来る人影に立ち向かう。

 逃げよう! と、必死に袖を掴む彼女の制止を振り切る。

 わかっていた。こんなことをしても、無駄なことは。

 相手の銃火器に対し、粗末な枝。結果は、火を見るより明らかだった。それでも、抗わずにはいられなかった。何もしなければ確実に訪れる死を待つよりも、例え紙のように薄い確率にかける方を選んだ。自分は死ぬとしても、彼女が生き残れる可能性を、生きた意味を残したかった。

 雑木林から出てきた武装兵に飛びかかる。それが、相手の虚を突いた。やみくもに振った枝が手首に当たって、武器をたたき落とした。一気に畳み掛けようとした瞬間、衝撃が走った。別の武装兵にライフルの柄で頭を殴られ、足下がふらつく。頭に受けた衝撃で、視界が歪む。辛うじて見えるのは、相手が構えるライフルの銃口。目標を定め、引き金に指がかかっている。

 思うように身体が動かない。とてもじゃないが避けられない。

 目前に迫った、死の瞬間――。

 パァン! と乾いた銃声と同時にドン! と、身体に衝撃が走る。思っていたよりも軽い痛み、衝撃の勢いで地面を転がり、崖下へ転落。転がり落ちる身体には、少女が力いっぱい抱きついていた。

 水柱が立つ。二人揃って、荒れ狂う海に落ちた。放たれた凶弾が掠めたらしく、患部には激痛が走った。それでも、身を呈して庇ってくれた彼女を離さなかった。荒れ狂う海の中を必死にもがき、偶然見つけた横穴に這い上がった。

 必死な表情(かお)で手提げ袋の中身を拡げて、治療薬を探す彼女の手を掴み、首を横に振る。自分の身体が徐々に冷たくなっていくのを実感している。もう手遅れなこと位はわかる。何より、彼女もケガをしている。無駄に使えば、二人とも助からない。

 ただひとつ、心残りがあるとすれば――。

 頬を伝う涙を拭いてあげることが出来ないこと。

 意識が、徐々に薄れていく。ただ、抱きしめてくれていることだけは、優しい温もりを感じる。

 薄れゆく意識の中で最期に、彼女の声が聞こえた。

 

 ――必ず、逢いにいくから。

 どんなに時が過ぎ去っても、いつの日か必ず......。

 

 そこで、意識は途絶えた。

 

           * * *

 

 ――終わる? 本当に......?

 虚空へと昇っていく、虹色の光の輝き。

 あの虹色の光が現れる直前まで、大地を、海を抉り取った“シン”の攻撃で甚大な被害を受けた被災地で、討伐隊の兵士達と共に、必死の救助活動に尽力していた手が無意識に止まっていた。

 千年間、恐怖と絶望で世界を支配した時代の終わりを告げる瞬間。この世界、スピラに生きる誰もが待ちわびた、“シン”がいない平穏な時間――永遠のナギ節。

 

「カズラミ!」

 

「あぶない!」と、背中越しにかけられた声に振り向いた直後、体に衝撃が走った。油断していた。背後に迫っていた魔物の気配に気づかなかった。攻撃を受けた体はよろめき、足下の感覚が消えた。

 

「――あっ」

 

 消えさった“シン”が残した爪跡。抉り取られた大地を支える崖から足を踏み外してしまった。

 激しい銃撃音が響く中、抗うことも出来ず落下していく。

 ――ああ、終わるんだ。

 徐々に遠くなっていく銃撃音、小さくなっていく無数の虹色の光を見つめながら「必死に抗ってたのに。最期はこんなにも呆気ないものなんだ......」と驚くほど冷静に今、自身が置かれている状況を受け入れていた。

 落ちた先、衝撃で水が跳ねた海面に高い水柱が上がった。

 浮かんでいるのか、流されているのか、沈んでいるのかさえも分からず。崖から落ちた衝撃を受けた身体は、痛みでまともに動かせず、ただ、されるがまま急激な地殻変動が引き起こした荒波に身を委ねることしか出来なかった。

 口から空気が漏れ、更なる苦しみが襲いかかる。

 薄れ行く意識の中、指先にナニカに触れた。

 そして、そのナニカが、薄れいく意識に入り込んで来た。

 水辺は、幻光が集まりやすい。入り込んで来たのは、海に融けた幻光に宿る記憶の欠片。

 無念を残して散っていった人々の記憶や感情。

 その大半が、苦しみ、痛み、妬みなどの負の感情が占め。喜び、愛情、慈しみなどの正の感情は数えられるほどしか存在いない。自我を保つことが難しくなるほどの多くの記憶が頭の中に入っては抜けていく。

 

 触れた記憶の中で、()()しまった。

 決して忘れることの出来ない悲劇の記憶を。

 

 閉じていた目を開き、失いかけていた意識を強く持ち、受け入れていた死から抗う。今、意識から抜けていった幻光は、すぐ目の前を漂っていた。

 上も下も分からない荒波の中を必死にもがき、その光を追いかけて、めいっぱい手を伸ばした。

 “シン”の居ない世界で起きた、悲劇の記憶を逃さないために――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission2 ~既視感~

 ビサイドに魔物が出現したのと時と前後して、世界各地で同様の出来事が発生していた。事態を重く見たスピラ評議会の一部議員が、今後の対策案を話し合うべく、所属議員に緊急会議を招集。会議の参加者は、スピラ評議会の議長を務める元新エボン党党首バラライを始め。ロンゾ、グアド、アルベド各種族の長など、そうそうたる顔ぶれが揃っている。

 

「時間です。始めましょう。議題は、他でもありません。ご存じのことと思われますが、このスピラに異変が起こっています。魔物の出現頻度増加及び、一部狂暴化についてです」

 

 強い危機感を持った神妙な面持ちで切り出したバラライだったが、一部議員の反応があまり芳しくない。その多くは、エボン寺院の元僧官で、真実騒動などの件もあり、大事にしたくないという本音がうかがえる。

 

「無論聞き及んではいるが、少しばかり時期尚早ではなかろうか? もっと確かな情報が集まってからでも――」

「情報が集まってからでは遅い」

 

 元青年同盟の盟主ヌージは、慎重論を唱えた議員の言葉を遮り、自身の意見を堂々と述べる。

 

「情報が集まるということは、既に事態が生じた後だ。対策が後手に回れば、民衆の中に漠然とした不安が芽生え、再び疑念が生まれる。まとまりつつある世界が、安定し始めた秩序が再び乱れかねない。早急に対処すべきだ」

「しかし、空振りならば徒労に終わるだけぞ。それこそ、民衆の不安を煽るだけになるやもしれぬ」

「取り越し苦労にこしたことはないさ。忘れるな。俺たちはまだ、旗揚げから半年も経っていない。ゼロから信頼を積み上げて行くには、途方もない長い年月を必要となるということをな」

 

 重みのある提言に、慎重派の議員は反論出来ず押し黙った。

 何せ、千年も続いたエボン寺院の信頼は、“シン”の消滅から一年を待たずして急激に没落、信頼は地に落ち、解体を余儀なくされた事実が存在している。エボン寺院の元僧官の多くが役職に就いていることを踏まえれば、スピラ評議会は実質マイナスからのスタート。

 

「異論はありませんね。早急に手を打ちましょう。情報収集に伴い、マキナ派の意見を伺いたい」

 

 バラライから意見を扇がれたマキナ派のリーダー、ギップルは腕を組み、若干考え込むそぶりを見せてから答えた。

 

「通信スフィアを使うか。アレなら映像を一括で監視(モニター)出来るぜ。ただ、結構な数の技術者とそれに見合うだけの設備が必要だ。つっても、スピラ全域を網羅できるほどの数はねーし。幻光虫の影響を受けやすい点もちと改良する必要がある。少し時間をくれ」

「わかった。作業室、宿泊設備もこちらで手配しておく。必要な物をリストアップして提出してくれ。次に、各地方の警備についてですが――」

 

 監視体制の強化、主要都市の警備体勢の見直し、各都市の警備増員、対策本部の早期設置など。今後の対処方針の大筋がまとまり、閉廷した会議室には、若き指導者の三人が留まっていた。

 

「やれやれ、どうにか当初の予定通り進みそうだ。キミのおかげだ、ヌージ」

「さすが、我らが船長様ってな。元エボン寺院の僧官相手に大立ち回り出来るのは、アンタだけだ。どうした?」

 

 会議を開く前日に打ち合わせ通りの成果を得たにも関わらず、役者を演じきったヌージは、憮然とした表情を崩さないでいた。

 

「どうにも解せん。魔物の大半は、死者の残滓が形になったものだ」

 

 己の死を受け入れらず彷徨う死者の魂が、生きる者を妬み、やがて魔物に姿を変えて現世に現れ、人を襲う。それを阻止するため、“シン”を倒す大役を担う召喚士のもうひとつの役目として「異界送り」といわれる儀式があり、迷える死者の魂を異界へ導いていた。

 

「会議が始まる前、グアドの族長トワメル=グアドに探りを入れてみた。まだ予断は許さないが、不安定な状態だった異界も、だいぶ安定を取り戻しつつあるそうだ。実際、グアド族がグアドサラムへ帰郷してからは、魔物の出現数も減っていたからな」

 

 話しを聞いた、二人の顔付きが強張る。

 “シン”が消滅した今、異界送りを行う召喚士の母数も、無作為に訪れる死者の数も大幅に減少した。今では、評議会が抱える召喚士の素質を持つ者が、異界送り専門の「送儀士」として、異界送りの任についている。

 

「グアド族が、異界の調整に失敗したってことは?」

「異界から幻光虫が漏れてるようなことがあれば、評議会の、少なくとも俺たちの耳に入っているさ。例えグアドが、隠蔽工作をしようともな」

 

 ギップルの疑問に対するヌージの返答を聞き、バラライは口元に片手を添え、眉をひそめる。

 

「完全にイレギュラーな事態だ。どうにせよ、今回の原因の究明が、僕らに与えられた使命であることは変わりはない」

「そりゃそうだな。また、世界が滅びかけるのはゴメンだ。おーい、聞こえるかー?」

 

 音声通信スフィアに向かって声をかけると、子供の声で応答があった。返事をしたのは、アルベド族の天才少年、シンラ。

 

『全部聞いてたし。今、通信スフィアの再調整してるところ』

「どれくれーかかる?」

『量産と配備を含めて、三日もあれば出来るし』

「オーケー。ベベルに対策本部を設置する。何か欲しいもんあるか? リクエストあったら用意しておくぞ」

『ジュースとお菓子』

「ガキか」

『僕、まだ子供だし』

「あいよ。用意しておく。引き続き頼むぜ」

 

 シンラとの通信を終えたギップルは、今後の対応について話し合っている、バラライとヌージの中に加わる。

 

「各地の警備体勢だが、元青年同盟の連中をあてがう。戦闘に慣れているからな」

「おいおい、青年同盟って大丈夫かよ? アイツら、血の気の多いヤツが多いだろ。派遣先の住民とドンパチ起こすようなことになれば、マジ終わるぜ? スピラ評議会は」

「フッ、心配するな。過激な行動を起こするのは理由がなかったからだ。明確な目標(テキ)を示してやれば、任務に邁進するさ」

「青年同盟旗揚げ当初、新エボン党を利用したようにか。やはり、キミの狡猾さは、味方となると心強いな」

「使えるものは使うまでさ。さっそく、準備に取りかかるぞ。早いにこしたことはない」

 

 ヌージは金属製の杖をつき、かつて“シン”との戦闘で重症を負った左半身を支えながら会議室の扉へ向かい。バラライとギップルも自分の役目を果たすため、会議室を出る。廊下へ出たところで、大きなベルの音が館内中に鳴り響いた。

 

「あん? これ、警報か?」

「バラライ」

 

 入り口横に設置されているモニターに触れたバラライは、警報の発信源を確かめた。

 

「発信源は、中庭――魔物だ」

「ここにも出やがった。まさか、ベベルのど真ん中とはな」

「なーに、ちょうどいいさ。凝り固まった連中の目を覚まさせる薬になる」

 

 急ぎ会議室に戻った三人は、一番奥のカーテンを引き、窓の外に見える中庭に目を向けた。すると、対処にあたっている六人の警備兵が、自分たちと同じくらいの大きさの魔物を相手に、激しい戦闘を繰り広げている。

 

「構え! 撃てーッ!」

 

 半円状に陣形を構え、隊長の指令と共に一斉射撃。複数の銃弾が、魔物の胴体を捉えるも、何ごともなかったかのように痛烈な反撃。直撃を受けた警備兵は、吹き飛ばされて地面を転がり倒れ込む。ひとり、またひとりと、数で勝っていたはずが徐々に劣勢へ追い込まれていく。

 状況を見守っていた三人は、アイコンタクトで意志の疎通。

 そして、常時鳴り響いていたけたたましい警報が、救援要請の変化したことを合図に、バラライとギップルは窓から飛び降り、警備兵の援護へ向かった。

 

「助っ人参上!」

「ここは、我々に任せてください。あなた方は、傷病者の保護と周辺住民の避難を」

「議長! 応援感謝いたします! 総員、ケガ人を保護して離脱。警戒を怠るな!」

 

 護衛兵は、ケガ人を連れて戦線を離脱。

 二人は間近で、魔物と対峙。三種類の動物の頭部を持ち、尾が蛇になっているキマイラ種族。

 

「小型のキマイラ、新種か?」

「僕が切り込んで、ヤツの隙を作る」

「あいよ」

「――行くぞ!」

 

 ギップルが、特注の改造銃で牽制射撃で注意を引き。両の先端が円形状の棒状の武器を構えたバラライは、キマイラの懐へ向かって飛び込んだ。

 

           * * *

 

 魔物が現れた中庭と周辺区域に規制線が張られ、ギップルが中心となり、計測機器を使った現場検証が行われていた。

 

「警備兵二名が重傷を負った。けど、二名とも命に別状はない。何より、住民や居住区に甚大な被害が出ずに済んでよかった」

「魔物出現の経緯は?」

「第一発見者の証言によると、突然出現したそうだ。これも、幻光虫が関係しているだろう。今、ギップルが幻光濃度を計測している。しかし――」

 

 先の戦闘を思い返すバラライは、険しい表情を見せた。

 

「僕達の攻撃を受けても怯まない強度、耐久力。あれは、普通じゃない。おそらく、オーバーソウル、倒された魔物達の思念が宿った魔物――」

「だそうだが、お前の見解は?」

「なんとも言えねーなぁ」

 

 調査隊から抜けたギップルは、戦闘のはずみで倒れたベンチを起こして、腰を降ろす。

 

「ここら一帯の幻光濃度は正常値だった。高濃度の幻光が魔物に宿るオーバーソウルが起きたとは考えづらい。つーか、魔物が出現したこと自体が不思議なくらいだ」

 

 彼の見解は、彼を含めた三人の頭の中で、三者三様の考えを生んだ。だがそれを、誰も口にはしない。規制線の向こう側の野次馬、近くで調査・復旧を行っている作業員を気にしての沈黙。

 小さく息を吐いたバラライは、話題を替えた。

 

「復旧の見通しは?」

「中庭は、三日もあればな。ただ――」

 

 もたれ掛かったベンチでふんぞり返り、一番損傷率が高い建物に目を向ける。魔物の消滅現場であり、とどめを刺したヌージの強烈な一撃は、奥の建物の外壁ごと破壊した。

 

「アンタ、加減ってもん知らねーのか?」

「下手に長引かせるよりマシだ。さて、戻るぞ。今頃、寺院の元僧官連中が慌てふためいているだろうからな」

「そうだね。今後のことは、報告書が挙がり次第にしよう」

「やれやれだな」

 

 会議室が入る建物へ戻っていく三盟主の背中を、規制線の向こう側の野次馬に混ざって、男女の若者が見つめていた。

 

「見たか? クルグム。この騒動、結構根深そうじゃないか」

「不謹慎だよ、チュアミ。ベベルの中心部に魔物が出ただけでも大事なのに。犠牲者が出なかったのが不幸中の幸いだよ」

 

 二人の男女。栗毛色で背中まで伸びるウェーブがかった髪を二つに編んだ女子「チュアミ」に対し、彼女の幼馴染みでスピラ評議会が抱える公認送儀士の男子「クルグム」がいさめる。

 

「ベベルは......スピラの情勢は、まだ不安定なんだ。もし、今回みたいな騒動が続けば――」

「評議会の権威を示す絶好のチャンス到来ってわけだ」

「チュアミ、そういう言い方は......」

「冗談だよ。わたしだって、本気で望んでる訳じゃない」

 

 くるりと踵を返す。

 

「ま、おまえは覚悟しておきな。各地で魔物が増えてるのは確かみたいだし。忙しくなるかもしれないからさ」

「分かってるよ」

 

 現場を離れた二人はかつてのマイカ通り、ブリッツボールチーム、ベベル・ベルズの本拠地を建設中のスタジアム通りを、繁華街へ向かって歩き出した。

 

           * * *

 

 街の灯りが消え、静まり返った未明。魔物を討伐した三盟主は、魔物と共に破壊した建物の中で密会していた。

 

「しっかし、考えたなー。ここなら誰も近づかない」

「まさか、このために破壊したのか?」

「さーな。あまり時間はない。始めるぞ。先ず、グアドが関与している線は薄そうだ。監視スフィアの映像を一週間分洗ってみたが、それらしい痕跡は何もなかった。現場付近を通った形跡もない」

 

 議題を切り出したヌージは、自分の目で調べた情報を伝え、二人にも問う。

 

「今は、チョコボ牧場になってる、ナギ平原の元モンスター訓練所を調べた。牧場の責任者に話しを聞いたけど、あそこは関係なさそうだ。むしろ、チョコボが魔物に襲われないか気が気じゃないって感じだったし」

「僕は、かつて異界へ繋がっていた祈り子の間とアンダーベベルの最深部を調査した。結果は二人と同じく、これといった異常は見当たらなかった」

 

 三人共に睨んだ可能性は空振りに終わった。

 しかしそれは、言い換えればある種の収穫があったとも捉えられる。

 

「つまり、それらとは別の要因ということだな」

「そりゃ厄介だぜ。直接、異界に乗り込んで調査するってか?」

「それを出来れば苦労はしないけどね。調査と対策を同時進行出来るほどの余裕は今の僕らにはない」

「だが、全面的に信用を置ける人間は評議会の中にはいないのも事実だ」

 

 頭の後ろで手を組んだギップルは、ニヤリと笑みを見せる。

 

「んじゃ、我らが先生様にお願いするしかねーな」

 

 彼の提案はもちろん、ヌージとバラライの中にもあった。しかし、同時に後ろめたさも感じていた。ほんの数ヶ月前、自分達が原因の片棒を担いで起こったスピラを揺るがす騒動を、彼女達の力を借りて解決してもらったことに。

 

「不本意ではあるが、また彼女達の力を借りるしかないか。今の俺達に他の選択肢はない。問題解決が最優先事項だ」

「交渉は、どうする?」

「シドの娘になら、すぐに連絡つくぜ。アニキと一緒だからな」

「いや。通信スフィアは、傍受・盗聴の恐れがある。人為的犯行の可能性を拭いきれない以上、僅かな懸念も摘み取るべきだ」

「確かに......少し時間をくれ。考えてみる」

 

 連絡手段はバラライに一任することが決まり、この密談はお開きになった。

 そして、三人の密談から数日後の昼前、キーリカ島を経由してきた連絡船が、ビサイド島の港に着岸。本土から送られてきた大量の物資と、ユウナとの面会希望者がビサイド島へ降り立つ。面会希望者が行き交う桟橋の脇で、ワッカは注文リストと届けられた荷物のチェック作業を行っていた。

 

「食料、生活必需品、薬品、その他もろもろ――よし、全部揃ってるな。ご苦労さん、お代だ」

「毎度! 今後とも、オオアカ屋をよろしく!」

「おう。また頼むぜ。よーし、お前ら、荷物を村に運んでくれ!」

 

 ビサイド・オーラカの面々をはじめとした村の若者達が、届いた物資を手分けして運んで行く。

 

「そいや今回は、飛空艇じゃないんだな。何かあったのか?」

「それが、急なエンジントラブルだとかでよ。久々の船旅は堪えたってもんよ」

「アハハ、そりゃ災難だったな」

「ハァ、一度便利を覚えると当たり前だったことが苦痛に感じるなぁ。おっと、そうだ。コイツを忘れるところだったぜ」

 

 大きなバッグを背負ったオオアカ屋の店主は、ワッカに袋を差し出した。タメ息をついて、袋を受け取る。

 

「確かに渡したぜ」

「ああ、またよろしくな」

 

 折り返しの連絡船を見送り、袋を持ってビサイド村に戻った。

 村に着いたのは、ちょうど昼食時。ルールーとワッカの間に産まれたばかりの赤ん坊「イナミ」を含めた四人での昼食。

 

「飛空艇が故障? それで、到着が遅れたのね」

「そう言えばシドさんも、どうやって動いてるか詳しいことは分からないって言ってたね」

「改めて聞くとおっかねぇー話しだよな。道ばたに落ちてた機械の破片の原因かもしれねーしよ」

「あり得ない話しじゃないわね。何かの拍子で空から落ちたと考えれば、腑に落ちる。ところで、今回はなかったの?」

「だとよかったんだけどな。ほら」

 

 箸を置いたワッカは、オオアカ屋の店主から受け取った袋を置いた。

 

「今回はまた、ずいぶんな数ね」

「普段、直通ですっ飛ばす地方を経由した分増えたみてーだ」

「なるほどね。どうする?」

 

 ぱんぱんな袋を前にして、少しだけ無理して笑顔を作る。

 

「見るよ。せっかく贈ってくれたレタースフィアだし」

「そう」

「また、求愛とか、見合いの申し込みたいなのだったら遠慮なく叩き壊していいからな」

「うん、そうするね。ごちそうさま。ちょっと出掛けてくるね」

「ゆっくりしてらっしゃい」

 

 食べ終えた食器を片付けてひとり、浜辺の山間に建つ遺跡の中で波音を聞きながら、受け取った袋の中のレタースフィアをひとつひとつ確認していた手を止め、大きなタメ息をついて横になった。受け取ったレタースフィアの殆どが、ワッカの言っていた通りの内容。半分が求婚やファンレター、もう半分は人生相談のような内容。まだ二十歳を前にした自分には、どう対処すればいいのか頭を悩ます種にしかならない内容が大半。

 それでもと、身体を起こして、床に散らばっているレタースフィアの確認に戻そうとした時、袋の底に横たわっていた封筒の存在に気がついた。

 

「手紙?」

 

 音声を、高価なものとなれば映像も送れるレタースフィアが主流になりつつある現在、あまり見かけなくなったアナログな連絡手段に既視感を覚えながら、封筒を裏返す。差出人を確認するも、差出人は不明。封を切り、二つ折りの手紙を開く。

 

「東ブロック最前列右から五番目――デジャブ?」

 

 手紙の内容を読み返しながら、数ヶ月前にも同じような内容で呼び出されたことを思い返していた。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission3 ~ミッションスタート~

 手紙に書かれた指定日。

 スピラの首都ベベルに次ぐ二番に大きな都市「ルカ」を訪れていた。指定された場所は、ブリッツボールチーム、ルカ・ゴワーズが本拠地として戦うブリッツボールスタジアム。数ヶ月前、同じように手紙で呼び出されて通った薄暗い通路を歩いて、指定され場所。スタジアムの客席、東ブロックへ向かう。

 通路を抜けた先、差し込んだまばゆい光を手で遮りながら、スタンド席へ出る。

 シーズン中はいつも超満員のスタジアムも、オフシーズンの今は静まり返っていた。

 深く深呼吸をして、吹き抜けの空を見上げる。上空を、数羽の渡り鳥が風を受けて気持ちよさそうに羽ばたいていた。

 

「あー!」

「うん? あっ、リュック。久しぶりだね」

 

 ギップルと同じアルベド族で、“シン”討伐の旅の途中からガードを務め、スフィアハンターとしても一緒に旅をした仲間。

 

「久しぶりぃ~! って、ユウナんが居るってことは。もしかして、コレ?」

 

 リュックは、受け取ったのと同じ封筒を出した。 アタリ、と頷いて、同じ封筒を見せる。

 

「やっぱり! ということは――」

 

 二人揃って、頭上の客席へ向ける。

 そこには、シルバーアッシュの髪でクールな佇まいの女性――パインが、足を組んで客席に座っていた。

 

「そういうことだ」

「パイン先生!」

「久しぶり」

「ご無沙汰。で? 今回は、誰のお遊びなんだ?」

 

 パインに問われ、リュックは顔を見合わせて、同じタイミングで首を傾げる。

 

「え? リュックかパインじゃないの?」

「えー? アタシ、二人のどっちかだと思ったんだけど」

「そういうことか」

 

 反応を見たパインは、誰の仕業か大方の見当が付いたらしく、音声通信スフィアを取り出した。

 

「戯れたマネを、シメてやる」

「ねぇねぇ、どゆーこと? 分かるように説明してよー」

「誰も出した覚えがない。わたし達以外で、ヤドノキのことを知ってるヤツは限られてるだろ」

「あ、そっか。でも、どうしてこんなことをしたんだろう?」

「わかった! アタシたちを喜ばせるためのサプライズだ!」

「聞けば分かる。ひんむいてでも吐かせてやる」

「こっわ!」

 

 真意を確かめるべく発信したが、通信相手の応答はない。

 

「あれ? 通じないぞ。故障か?」

「ちょっと貸して」

 

 通信スフィアを受け取ったリュックは、不通の原因を調べるもどこにも異常は見当たらない。それどころか、自分の通信スフィア方も反応しない状態だった。

 

「ん~、通信障害かも。携帯用は結構、不安定なんだよねぇ」

「運のいいヤツらめ」

「あはは、とりあえず調べてみない?」

 

 封筒の中から取り出した手紙を見せながら、二人に提案。

 指定された客席の最前列へ向かいながらの久しぶりの再会に、花を咲かせる。

 

「結局ユウナは、元の感じに戻っちゃったんだね」

「まあ、ちょっと無理してた感じもあったし。今の方が自然だ」

「袴の丈は、召喚士の頃より短いんだよっ?」

「何のアピールだ。着いた、ここだな。東ブロック最前列右から五番目――」

 

 座席の下を調べると、映像スフィアが隠されるように置かれていた。パインはあからさまな不機嫌面のまま、乱暴に再生ボタンを押す。スフィアに映し出された映像は人物ではなく、スピラの異変を知らせる文章だった。

 

「これって。最近よく起きてる、魔物騒動のことだよね?」

「おそらくな。何度か、現場に遭遇したことがある。スフィアに記録してある」

「ビサイドにも出たよ、魔物。あっ、続きがあるみたい」

 

 説明文が消えたのと入れ替わりで、調査協力を求める文章が浮かび上がり「YES」と「NO」の単語が、下に横並びで表示された。

 

「調査協力の依頼だって。どうする?」

「わたし達はともかく、ユウナは長期間ビサイドを離れるのは厳しいだろ」

「アタシも、こう見えて忙しいんだけどっ!」

「そうだね......」

 

 一年近く前、同じように悩んだことがあった。あの時は、周りに迷惑と心配をかけることになったとしても、自分のことを優先して、リュックと一緒に旅に出た。

 旅を終えて、ビサイド村に戻ってからは以前と同じ、穏やかで代わり映えのない日々が続いていた。

 

「私は――」

 

 リュックとパインは、気持ちを察しって微笑んで見せる。

 ひとつ大きく深呼吸をして、前を向いた。

 

「お助け屋カモメ団。再結成だね!」

「ユウナ」

「――うん。じゃあ、行くよ。ミッションスタート!」

 

 二人に背中を押され、スフィアに表示された「YES」を押す。すると文章が消え、代わりに事前に録音されていた音声が流れ出した。

 

『引き受けてくれたこと、心より感謝します』

『内部犯行の可能性を捨てきれない以上、俺達は迂闊に行動出来ない。すまないが、原因の調査の協力を頼みたい』

『そんなわけでよ、スフィアでの通信もダメなんだ。パイン先生が、記録用のスフィア持ってるだろ? 情報のやり取りは、今回みたいな方法でするって感じだ』

 

 三人の若き指導者の声と共に、情報交換の方法、日時、場所の決め方が表示される。

 

「一方的だな。こっちの都合は一切お構いなしか」

「まあまあ、ギップルたちも大変なんだよ」

「こんな方法を使うくらいだからね」

 

 そうこう言っている間に、説明が終わる。

 

『――以上が、今回の内容になります』

『緊急時は、直接ベベルへ来てくれ。大召喚士となれば、すんなり通るさ』

『おお、そうだ。言い忘れた。このスフィアは、情報漏洩を防ぐため、五秒後に自動的に自爆する』

「へ?」

 

 突如カウントダウンが表示され、数字が小さくなっていく。一瞬放心状態に陥って固まってしまったが、大急ぎで物陰に隠れる。そして――。

 

『ドカンッ! なーんてな。ビックリしたか?』

『ガキか』

『まったく......』

『アハハ! 冗談はこれくらいにしてと。マジで壊してくれ。漏れたらシャレにならねーから』

「言われなくても、望み通り破壊してやる!」

 

 パインは、ドクロマークの装飾が入った剣を頭上へ振り上げた。

 

『ま、NOが押された時はマジで自爆するようにセットしてたんだけどな』

 

 剣を振りかぶった、パインの手が止まる。

 

『つーことで、頼んだぜ。じゃあな』

「うわっ! ホントに仕掛けてあるよ」

 

 発火物に通電していないことをリュックが確認した後、怒りのまま剣を振り下ろす。粉々になったスフィアを見たパインは、大きく息を吐いた。

 

「絶対シメてやる」

「あ、あはは......」

「それより、急ご。港に、飛空艇停めてあるんだ。こっち!」

 

 急かすリュックの後をパインが付いていく。

 不意に立ち止まり、後ろを振り返る。

 ――少しだけ、ワガママ言ってもいいよね?

 心の中でした問いかけに、返事は返ってこない。

 

「ユウナ!」

「うん――」

 

 前を向いて、海風を受ける。迷いは微塵もなかった。

 

「どこから調査する?」

 

 ルカの港に停めてた飛空艇の操縦席に座ったリュックが、後ろを振り向く。

 

「ベベル周辺は調査済みだからそれ以外の場所、だな」

「魔物の出現には、幻光虫の濃度が深く関わってるから。幻光が多く集まる場所だよね。と言うと――」

 

 みんなで考えて、ほぼ同じタイミングで思いついた場所を口にする。

 

「幻光河」

「異界」

「ザナルカンド遺跡!」

 

 見事、三人ともバラバラの意見。現世で、幻光虫が自然と集まりやすい場所の「幻光河」。パインは、ダイレクトに異変の原因と思われる「異界」を。そして、残った「ザナルカンド遺跡」を上げたのが、リュック。

 

「バラバラだね」

「相変わらず割れるな。よくこんなので、何ヶ月も寝食を共にしてたな」

「きっとさ、合わないからいいんだよ」

 

 後ろを向いていたリュックはそう言うと、操縦席で体育座りをして前を向いた。

 

「アタシ、思うんだよね。すんごい気が合うのって、すんごく楽で居心地がいいけど。全部が全部合っちゃうと、なんかの拍子でさ。わー! とか、うー! ってなって。それが、逆に息苦しく感じてイヤになっちゃうと思うんだ」

「気が合いすぎないから、逆に良いか。確かに、あんな手紙一枚でこうして、また一緒に居るわたし達は、ある意味最高の組み合わせなのかもしれないな」

「ん、そだね」

 

 どことなく、今ブリッジ内に漂うしんみりした空気を嫌ったパインは腕を組んで、少し茶化すような感じで操縦席越しのリュックに声をかける。

 

「まさか、リュックに人生観を教わることになるなんて思いもしなかった」

「フフーン、アタシだって、いつまでも子供じゃないしぃ~」

「あっ。それ、子供っぽいよ?」

「いいの、一番年下だから!」

 

 声に出して笑い合った。

 それは、愛想笑いでも、作り笑いでもない、心からの笑顔。

 ひとしきり笑い終え、リュックは改めて問う。

 

「それで、どこから行く?」

「ユウナに任せる。わたし達の中で一番年上だから」

「そんな理由で? えっと、じゃあ一番近いところから!」

「オッケー! 幻光河へ向かって、しゅっぱーつ!」

 

 海面から浮上した飛空艇は、目的地の「幻光河」へ向かって飛び立った。ルカを飛び立ち、幻光河へと続く長い街道のひとつ、ミヘン街道の上空を自転車を漕ぐくらいののんびりしたスピードで、優雅に移動している。

 

「そういえば、アニキさんたちは?」

「三人とも今は、ベベル。通信スフィアのモニターに加わってんの。実はアタシも、協力してたんだ。そこの箱――」

「これのことか?」

 

 前を向いたまま片手で指を差した先にあった箱の中身は、大量のスフィア。その中のひとつを手に取って見る。楕円形の形状から、普通の映像スフィアでないことは一目瞭然。

 

「通信スフィア?」

「そうそう、新型通信スフィアの量産型。主要都市には行き渡ったんだけど、裏道とか、街はずれにも設置したいんだって」

「そっか。異変を早く見つけられれば、批難誘導にも役に立つね」

「そーいうこと。あ、見えてきた。二人とも、アタシが合図したら、そのスフィア外に投げてー!」

「えっ、投げるの?」

「乱暴に扱っていいのか?」

「へいきへいき。従来型より画質はちょっと落ちるけど『シパーフに踏まれてもびくともしないし』って、シンラがドヤってたから」

「ドヤってたんだ」

「なら、遠慮なくやってやる」

 

 パインと二人ブリッジを出て、飛空艇の甲板へ移動。

 リュックが操縦する飛空艇は、ミヘン街道の折り返し地点に店を構える旅行公司裏手側の崖下、旧道上空へと行路を変えた。艦内放送のリュックの合図で、通信スフィアを一定の間隔で放り投げていく。

 そして、ミヘン街道の新道と旧道が交わる広場へ出たところで、集まっていた複数人の中に見知った女性を見つけ、リュックは、飛空艇の高度を下げた。

 

「こんにちは、ルチル隊長」

「ユウナ様、お久しぶりです」

 

 凛とした佇まいで敬礼した彼女は、元討伐隊チョコボ騎兵隊の隊長を務め、青年同盟時代はヌージの代理として混乱する組織をまとめ上げた女性――ルチル。今は、スピラ評議会直属の治安維持部の責任者として、その手腕を振るっている。

 

「警備ですか?」

「はい。我々は現在、ミヘン街道周辺の巡回の任に就いています。既にご存じのことかと思われますが、この辺りも例に漏れず、魔物の出現報告多数寄せられており。移動手段が発達したとはいえ、やはり人々の往来が激しい場所ですので」

 

 周囲の警戒を怠らず、会話を続ける。

 

「ユウナ様は?」

「えっと、私たちは......」

 

 咄嗟のことに、いい言い訳が思いつかず言い淀んでしまった。見かねたパインが、すかさずフォローに入る。

 

「わたしが、取材協力を頼んだんだ」

「あなたは確か、ユウナ様の――」

「スフィアハンター・カモメ団の元メンバー。今は、世界を旅して回って体験談を本にしてる。もう一人の仲間と旅先で偶然再会して、そいつの手伝いをしながら、久しぶりにビサイドへ会いに行ったんだ。この飛空艇で、な?」

「うん、そう。成り行きで、通信スフィアの設置を手伝うことにしたんです」

「そうでしたか」

 

 手に持つ通信スフィアを見たルチルは、納得した様子で小さく頷いた。そして再び、畏まって敬礼。

 

「ご協力感謝いたします。実は最近、魔物の出現頻度が上昇傾向にありまして。調査に充てられる人員も限られているため、通信スフィアからもたらされる情報は、我々にとって必要不可欠なのです」

「大変ですね。気をつけてください」

「お心遣い痛み入ります。ん? 失礼します。どうした?」

 

 丁寧に一礼したルチルは、左耳に付けた小型の音声通信スフィアに左手を添えて耳をすませ、通信相手から報告を受ける。

 

「――了解。展開中の別働隊から入電。ミヘン街道旧道南部にて、複数の魔物を確認。大至急援護へ向かう。調査班は、周辺の幻光濃度チェック。A班B班は厳戒態勢のまま待機。C班は、私と共に現場へ向かうぞ。それではユウナ様、道中お気をつけください。魔物の他に、辻斬りの噂もありますので。それでは、失礼いたします」

 

 背丈の倍近くある立派なチョコボに跨がったルチルは、三度(みたび)敬礼すると、五人でひとつの部隊を二組引き連れて、脇道のミヘン街道の旧道へ猛スピードで消えていった。

 

「慌ただしいねぇ~」

「うん、そうだね」

「気になること、言ってたな」

「辻斬りだっけ?」

「ああ。まだ居るのかもしれないな。エボンの民を、エボナーを狙う連中(ハンター)が――」

 

 一旦話しを切り上げ、作業に戻る。

 かつて、ヌージが率いた青年同盟が本部を構えた「キノコ岩街道」。現在マキナ派が拠点としているジョゼ寺院がある「ジョゼ街道」の上空を抜け、目的地の「幻光河」が目視できるところまで来たところで、「もうすぐ着くから、中に入って」と知らせたリュックは、甲板から艦内に入ったことを確認してから、飛空艇を幻光河の外れの空き地に着陸させた。

 

「とうちゃーく!」

「お疲れさま」

「よし。行くか」

 

 各々荷物を持って、飛空艇を降りる。

 そして、幻光河南岸の林道を歩くこと十分弱、目的地の幻光河に到着。

 深い底まで見える澄んだ長大な河。長大な河を隔てた両岸には、紫色の花弁をつけ、幻光虫を集める習性がある「幻光花」が数多く自生している。幻光河は夜になると、幻光花に集まった幻光虫が放つ美しい光の輝きが水面に反射して、幻想的な景色を見せることから観光地しても有名な場所。

 

「どうだ?」

「う~ん......他のところより幻光は多いけど、爆発的に増えてる感じはしないかな」

「それじゃあ、空振りってこと?」

「少し回ってみよ。場所によって多少違いがあるかもしれないから」

「わかった、そうするか。リュック、さっきの隊長が使ってたヤツは?」

「あれ? あれは、音声通信スフィアを小型化したものなんだけど、まだ試験段階なんだ。従来型より障害物の影響を受けやすいし、ノイズも結構スゴいし、通信出来る距離も短いんだよねー」

「ハンズフリーで便利そうだったけど、実用化はまだ先か」

 

 そんなことを会話をしながら、多くの観光客が居る幻光河を歩いていると――。

 

「あっという間に囲まれた」

「有名人だからね~」

 

 案の定の周りには、大勢の人集りが出来上がった。

 “シン”を倒した大召喚士の肩書きは、今も健在。

 

「大召喚士様!」

「まさか、直接お目にかかれるなんて!」

「雷平原のライブ感動しました! 次のライブ予定は――」

「えっと、その。あ、あはは......」

 

 心から慕ってくれる人々をぞんざいに扱うことも出来ず、愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

「目立たないように、ドレスフィアで着替えてくればよかったのに」

「仕方ない。わたし達だけで始めよう」

「だねぇ。じゃあこれも、お願い」

「ここも増設するのか?」

 

 元々幻光が集まりやすい水辺に加えて、幻光虫が集まる性質を持つ幻光花が咲く幻光河は、他の場所と違って映像スフィアも多く設置されている。

 

「河の中にね。防水機能付きだから」

「なるほど、放り込めばいいんだな。さて、その前に試してみるか。シパーフに踏まれてもほんとに壊れないか」

「やめなよ、そういうの。子供じゃなんだから」

「冗談。手分けして終わらせよう」

「オッケー、アタシ、向こう岸に行くから!」

 

 長大な河の橋渡しをする巨大な動物――シパーフが居る、シパーフ乗り場へと早足で駆けて行くリュックに対し「どっちが子供だ?」と若干呆れ顔を覗かせたパインは、普段取材時に使っている撮影スフィアを回しながら、ヌージ達への報告記録も兼ねて幻光河周辺の調査を開始。

 

           * * *

 

 二人が調査を始めた頃、ようやく解放されて、木陰でひとり休憩を取っていた。木の幹に背中を預け、美しい光を放つ幻光花が咲き誇る河辺を歩く人々を眺めながら、召喚士として旅をしていた頃のことを思い返していた。

 小さな子供を連れた家族、歩幅を合わせてゆっくり歩く老夫婦。河辺のベンチに座っている女の子と、彼女の隣に立つ男子の微妙な距離感。二人とも、珍しい和柄の羽織を着ている。

 

「恋人かな?」

 

 あれから、三年の月日が流れた。穏やかな日常。

 簡単にはいかなったけど、スピラは着実に前に進んでいる。

 その時、乗客を乗せて幻光河を渡るシパーフが、突如バランスを崩し、背中に乗っていた金髪の少女が、幻光河に落下。河の中央あたりで、大きな水しぶきが上がった。

 

「そうそう、私もあんな風に......って、リュック!?」

 

 木陰を飛び出して全力で、河畔まで走る。水しぶきが上がった場所を心配そうに見つめていたところへ、別行動していたパインが合流。

 

「誰か、落ちたのか?」

「たぶん、リュックだと思う。泳ぎは得意だから、大丈夫だと思うけど......」

 

 しばらく状況を見ていると、びしょ濡れのリュックが、自力で岸に這い上がってきた。

 

「わっ!」

「ぷっはぁ~、死ぬかと思ったよ......」

「おおかたはしゃいでたんじゃないか?」

「ひどっ! 急に揺れて、それで落ちたんだってば! てゆーか、心配が先じゃないっ?」

 

「お客さん、だいじょ~ぶ~?」と、のんびりした口調で言ったハイペロ族のシパーフ使いに、リュックは「大丈夫」と、頭の上で大きな丸を作って合図を送った。

 

「そのまま行っていいよー!」

「りょ~か~い」

 

 手を振って、シパーフを見送る。

 

「スフィアは?」

「落ちたついでに置いてきた。じゃあ、ちょっと着替えて来るから」

 

 びしょ濡れのリュックは、飛空艇へ戻っていく。

 

「この辺りは、異常なさそうだね。強力な魔物の気配も感じないし」

「ああ。評議会から派遣されてる守備隊の数も多い。わたし達が出る幕はなさそうだ」

 

 すると、パインはおもむろに、通信スフィアを取り出した。

 

「なにしてるの?」

「河の底を、これで見れるかと思って。古い都市が沈んでるんだろ?」

 

 一緒になって、スフィアの映像を見る。

 幻光濃度が高い水の中からの映像は、ノイズ混じりではっきりとはわからない。ただ、沈んでいる都市の存在感は伝わっている。

 

「なんだ?」

「あれ、映像が――」

 

 突然、映像が乱れだした。

 そして――。

 

「魔物だーッ!」

 

 巨大な河を隔てる両岸、幻光河全域に聞こえるほどの大声が響き渡った。警戒にあたっていた評議会の守備隊が、出現した魔物の討伐に向かう。

 

「私たちも、行こう!」

「いや、魔物は一体だけだ。それより、先ずは――」

「そだね、避難が最優先だね」

「そういうこと。任せていい?」

「うん。みなさん、落ち着いてください! 大丈夫です、近くの寺院へ避難してください!」

 

 撮影用のスフィアを回して現状を記録しているパインの側で、観光客の避難誘導を行う。ここから一番近いジョゼ寺院へ避難する人々の列を逆らって、リュックが戻ってきた。

 

「魔物が出たんだってっ?」

「ああ。種族はおそらく、蜘蛛(クモ)

「もしかして、苦戦してるっぽい?」

「らしいな」

 

 十人前後で対処にあたっているが、仕留めるどころか、徐々に押されて劣勢に追い込まれつつある。たまりかねて、パレオのフレアスカートが特徴的な「ガンナー」の衣装に着替え、両手に銃を構え、救援に走り出した。

 

「――行こう!」

「お助け屋カモメ団のカムバック戦ー!」

「やれやれ」

 

 守備隊の後方からの牽制射撃で、魔物の注意を引きつける。

 

「あとは、私たちに任せてください! リュック、パイン、お願い!」

「りょーかい!」

「ああ」

 

 銃の牽制射撃で動きを鈍らせ、リュックとパインの二人は、魔物の懐に潜り込み、両サイドから刃を振るう。が、ぶ厚い殻に守られ、刃が通らないどころか、大きく発達した右のハサミで反撃を仕掛けてきた。二人とも余裕を持って回避したが、その一撃は地面に深い溝を付ける。

 

「あぶなっ! てか、カタっ!」

「久しぶりに、手応えのある相手だ。腑抜けにしてやる! ユウナ!」

「任せて!」

 

 再び牽制射撃で動きを鈍らせ、怯んだところを再び懐に入り込み、危険を顧みず、両手で剣を叩き込んだ。強烈な一撃に若干バランスを崩した隙をつき、一気に畳み掛けて勝負を決めた。

 

「ふぅ、なかなか手強い魔物だったな」

「今の、初めて見る魔物だったよね」

「フォルム的に“シオマネキ”ってとこかな?」

「蜘蛛なのに?」

「細かいことは気にしない気にしない」

「まあ、何でもいいさ。さあ、行くぞ。次は、本命の――」

 

 ――異界だ、と背を向けたパインの後方、倒したはずのシオマネキが起き上がって活動を再開。振り上げた右のハサミを、パインに向かって振り下ろす。

 

「あ、パイン!」

「あぶないっ!」

「くっ!」

 

 ――避けきれない、剣の面を体の前で構えて防御姿勢をとる。

 しかし、ある程度のダメージは免れない。そう思った時だった。

 活動を再開したシオマネキの巨体が、突如として地面に押し付けられ、バキバキと鈍い音を立てた。

 

「な、なんだ?」

「なにこれ......?」

「これは――重力魔法!?」

「無駄です」

 

 背中越しに聞こえた振り返る。リュックと同い年くらいの少年が立っていた。河辺のベンチに女の子の隣にいた男子、袖口に特徴的なだんだら模様がある黒い和柄の羽織は記憶に新しい。彼は左の腰の刀にそっと、右手を添える。

 

「動きを止めたところで――」

 

 軽く身を屈め、シオマネキとの距離を一瞬で詰める。

 脇に刺した刀の鍔に左の親指を弾き、右手で振り抜いた刀で、固い巨体を真っ二つに切り裂いた。

 

「瞬間的に増幅する幻光を、体内から引き離さない限り――」

 

 瞬く間に真っ二つになったシオマネキは、体を形成する幻光を空に放ちながら、虚空へと消えていった――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission4 ~新しいチカラ~

 幻光河に突如と出現した魔物を討伐し、無事混乱を抑え込むことに成功。観光客に囲まれる前に、幻光河の外れに停泊させておいた飛空艇へ戻った。操縦席に座ったリュックは不機嫌面で、目の前のパネルを操作する。

 

「リュック。先に、キノコ岩街道へ向かってくれ。アイツらへ向けたスフィアを置いておく」

「りょーかい」

 

 浮上した飛空艇は来た道を遡り、ジョゼ街道を抜け、情報交換に指定された「キノコ岩街道」へ行路を取った。映像スフィアで撮影した動画の編集作業を行っているパインの隣に椅子に座り、幻光河での出来事を思い返す。

 

「あの人、いったい何者なんだろう?」

「敵だよ、テキ! アタシたちを、攻撃してくるようなヤツだし!」

 

 声を荒げるリュック。あまりの剣幕に、ちょっと困った感じの苦笑いをしてやり過ごす。

 

「やっぱり、そうなのかな? ねぇ、パインはどう思う?」

「正直、(はらわた)が煮えくりかえってる。何より腹が立つのは、その気なら確実に()られてたってこと」

「なにそれ、テキトーにあしらわれたってこと!? ムカつき~!」

「実際少しの時間足止めを食らっただけで、大したダメージはない。それにもし、ミヘン街道で話した隊長さんが言ってた“辻斬り”みたいな危険な相手だったら、忠告まがいなこと言わないだろ」

 

 活動停止状態から復活した魔物を始末した少年から受けた忠告――異界には、近づくな。

 

「行ったところで今は、どうすることも出来ないって。どういう意味だと思う? もしかして、今回の騒動の原因を知ってるのかな?」

「もしそうだとしても、行けば分かる。このスフィアを置いたら、グアドサラムへ行って“異界”を調査すればいい。忠告に従う理由はないし、元々怪しいと睨んでた場所だろ」

「その前に、リベンジ! 絶対見つけて出して、けちょんけちょんにしてやるんだから!」

 

 飛空艇の操縦をオートパイロットに切り換えたリュックは、通信スフィアに照合・分析プログラムを走らせ、リベンジのため捜索活動に全力を注いでいる。そうしている間に、情報受け渡し指定場所の、キノコ岩街道の上空に到着。かつて、青年同盟の本拠地があった高台に飛空艇を停泊させ、昇降機を使って谷間道へ降り、更に谷底の奥へと進んだ先の広場へ向かう。

 

「ここが、指定場所なんだ」

「あんま良い思い出ないんだよね、ここ......」

 

 周りを固い岩盤に囲まれた中の広場。

 その一番奥で、厳重に施錠されている扉を見て。以前、この扉の中で起きた出来事を思い出して、思わず気が滅入る。

 

「知ってのとおり、危険な場所だからな。今は、スピラ評議会の管理下にあるから誰も近づかない。受け渡しには最適な場所――」

 

 封印されたている扉の近くにスフィアを隠したパインは思い出したように、目の前に鎮座する扉に顔を向けた。

 

「そういえば、この中も幻光で満ちてたよな?」

「ちょっ、やめてよ~。またアイツの、シューインの思念に操られでもしたらシャレになんないって!」

 

 1000年前に勃発した「ベベル」と「ザナルカンド」の機械戦争。物量に勝るベベルが圧倒的に優位と思われたが、ザナルカンドの召喚士を相手に思いのほか苦戦を強いられ、戦闘は長期・泥沼化。膠着状態の戦況を打開を図るべく、科学者が考案した最新の機械を次々と戦場へ導入し、長きに渡る戦争の勝敗は完全に決した。

 しかし、勝利の代償として、二つのモノを世界に残した。

 ひとつは、“シン”。戦後1000年繰り返される悲劇の始まり。

 もうひとつは、“ヴェグナガン”。一発で世界を滅ぼすほどの破壊力を有する機械兵器。造り出したベベルの科学者さえ手に負えず。ベベルの最下層、アンダーベベルに封印された。

 機械兵器ヴェグナガンを奪って、ベベルを滅ぼそうと画策していた青年――シューイン。ザナルカンド出身の彼は、恋人である女性レンを目の前で喪い、自らも失意のどん底で命を落とした深い思念が後に、この扉の奥で起きた数々の悲劇の引き金になった。

 

「もう、大丈夫だろ。レンとふたり一緒に成仏したし」

「そうかもだけど~」

「う~ん、無理に開けることはないんじゃないかな? 厳重に封印してあるんだし。下手に触れて、洞窟の幻光が外に漏れ出したら大変だよ」

 

 リュックはうんうん、と何度も頷く。

 

「ま、そこまで言うなら別にいいけど」

「それじゃあ早く用事を済ませて、飛空艇に戻ろ。もしかしたら見つかってるかもっ!」

 

 三人へ向けたスフィアを岩場の影に隠し、飛空艇へ戻って行く。その姿を、少し離れた高台からふたつの人影が見つめていた。ひとつは、幻光河に現れた魔物を始末した、袖口に白のだんだら模様をあしらった黒衣を羽織った少年。もうひとつの人影は、純白をベースに繊細な刺繍が施された着物の上からフードと振り袖付きの薄紅色の羽織を着た、同世代の小柄な少女。

 

「これで、あの人たち......ユウナ様たちは、異界へ行ってくれるよね?」

「行くなと言われれば行きたくなるのが人の性。好奇心が猫を殺すと知っていながらも。現世と比べほんの少し異なる時を刻む異界なら、僅かながら時間を稼げる。手がかりは?」

「まだ何も、欠片すら見つからない。このままもし、何も見つからなかったら――」

 

 悲痛にも似た儚げな表情を浮かべて、拳を握ってきゅっと口を結ぶ。

 

「1000年前と同じ道を辿っちゃう。血で血を洗う地獄のような世界を――もしかすると、もっと悲惨な未来かも知れない」

「そうならないために今、俺たちは行動している。そう願ったのは、キミだ」

「......そうだね。ちょっとだけ、弱音吐いちゃった。ゴメンね」

 

 ――気にするな、と言う代わりに話しを戻す。

 

「急ごう。魔物の数も増えている。これもシナリオの一部なら、残された時間はそう長くない。俺は、彼女たちのサポートに回る」

「お願い」

 

 二手に別れる。僅かな幻光を残し、姿を消した少年は、グアドサラムへ先回り。高台を降りて、目的地へ歩き出す。目指す場所は――スピラの首都ベベル、スピラ評議会が議会場を置く、聖ベベル宮本殿。

 

           * * *

 

「リュック、モニターが点滅してるぞ」

 

 異界へ繋がるグアドサラムへ向かうため、飛空艇へ戻ると、飛行艇を降りる前には光っていなかった操縦席のモニターが点滅していた。

 

「見つかったのかも! あ、違った。不在着信のメッセージだね。え~と、なになに」

 

 操縦席に戻ったリュックは、モニターに記録されていた不在メッセージを読む。

 

「アニキからだ。しかも、10件近くあるし。ユウナは元気か? とか。ユウナの写真送れとか、そんなのばっか」

「無視でいい。さっさと、異界へ急ぐぞ」

「あ、待って。ワッカとルールーからのメッセージがある。ユウナ、連絡しろってさ」

「ちょっと話して来るね」

「これ、使いなよ。盗聴されないように周波数イジってるあるから」

「ありがとう」

 

 一般に流通しているモノよりも高性能な通信スフィアを借りてブリッジを出る。古代遺跡の発掘・調査をしているリュックが寝泊まりをする居住スペースへ移動し、ワッカとルールーへ回線を繋ぐ。

 

『そう。じゃあ今回は、召喚士としての依頼なのね。わかったわ。しばらくの間、面会は受け付けない方向で調整しておく』

『ったく、バラライたちのヤツ。でもまぁ、最近また、魔物も増えてきたし、仕方ねーかもだけどよ。そういやぁ、評議会の方から守備隊が来るって連絡をあったぞ。結構、マズい感じなのか?』

「幻光河で戦った魔物は、いままでよりも強力な魔物だった。この間、ビサイドに出た魔物みたいな」

『そりゃあ、なんだ、かなりマズいんじゃねーか?』

 

 音声オンリーの会話だが、二人の顔は見えずとも危機感は伝っている。

 

「大丈夫?」

『心配いらないわ。そこまで鈍ってないから。ほら、しゃんとなさい』

『お、おう! ビサイドのことは、俺たちに任せとけ!』

「ふふ、がんばって、ワッカさん」

 

 微かに笑って、通信を終えようとした手を止めた。

 

「重力魔法って、ルールーでも難しい?」

『重力魔法? そうね、難しいわね。基本の四属性から外れているのもあるけど、扱いが難しい割りに使用どころも限られるから、そもそも優先度が低いわね』

「そっか......」

『それが、どうかしたの?』

 

 幻光河での出来事を、ルールーに伝える。しばしの沈黙の後、彼女は真剣な声色で返した。

 

『いい? 僅かでも危険を感じたら、すぐに逃げなさい』

『おい、ルー、そんな脅さなくたって......』

『脅し? 冗談じゃないわ。重力魔法は、定めた場所に一時的な重力場を創り出す魔法。ユウナの話しを聞いた限り、扱いが難しい重力魔法を無詠唱で唱えたあげく、その場を離れた後も一定時間同じ効力を持続させられるほどの使い手、並の相手じゃないわ。下手したら、死んでいてもおかしくないのよ』

『マジかよ......! ユウナ、すぐに逃げろよ!』

「う、うん、わかった。気をつけるね」

 

 通話を終えたところへ、リュックから着陸態勢に入ると艦内放送が入り、着陸が完了してからブリッジへ戻る。

 

「何か言われなかった? 戻って来いとか」

「平気。気をつけなさいって」

「なら、問題はないな」

 

 簡単な旅仕度を調えて、異界を管理するグアド族の族長トアメル=グアドを訪ね、未だ不安定な状態の異界へ入る許可を特別に得た。異界へ続く参拝道を抜け、異界の門を潜る。無数の幻光が舞う中異界の調整作業を行っているグアド族の邪魔にならないように移動し、死者と面会を行う岸壁の下、美しい花々が咲き誇る大地に降り立つ。

 

「また、ここへ来ることになるなんてな」

「あんま好きじゃないんだよね、アタシ。大切な人に会えるっていっても、やっぱり幻想なわけだし」

「うん、そだね」

 

 目を閉じてそっと、胸に手を添える。

 一定のリズムを刻む鼓動が、手に平に伝わる。

 

「想い出は今も、これからも心の中に残り続ける。いつでも思い出せるから」

「そーゆーこと」

「大人だな、二人とも。さて、これからどうする?」

 

 閉じていた目を開けて、周囲の様子を注意深く観察。

 

「どんな感じ?」

「異界なだけあって幻光は多いよ。でも、地上にまで影響を及ぼすほどじゃない、かな? とりあえず、もっと奥へ進んでみよ」

「行くなって言ったんだ、何かあるはず。目指すは、ヴェグナガンがあった異界の深淵だな」

「よーし! って、さっそくでたよ」

 

 花畑から異界の奥へ進んだところで、異界を漂う幻光が集まり形を紡ぎ出した。

 

「聖獣!?」

「いきなり大物だな。腕が鳴る」

「かったいんだよねぇ~」

「二の轍は踏まない、硬いなら叩き切るまでだ」

 

 兜・袴姿に早替わり、背丈ほどある太刀を構えたパインは、現れた魔物に切り掛かった。

 

           * * *

 

「あのさ、ちょーっち休憩しない?」

 

 異界に入って数日が経ち、既に10体近くの魔物を倒した。

 しかし、数を重ねる度に魔物も強力になっているため、疲労は確実に蓄積されていく。そして、追い打ちをかけるように、再び幻光が集まり出した。

 

「残念だけど、そうはいかないみたいだ」

「うへぇ~」

「あともう少しがんばろ。この先に、休めそうな場所があるから」

 

 比較的幻光が少ないエリアを指して励ました、が――。

 

「う、うそ?」

「コイツは......!」

「ウェポン!?」

 

 現れた魔物のは、全種族の中でも最上位にランク付けされるウェポン種族。朱色の鈍い光を放つ「アルテマウェポン」。反逆者の汚名を着せられ処刑されたエボンの僧官「オメガ」の思念が魔物化した「オメガウェポン」とも別種、黒紫色の不気味な閃光を放つ身体。今までとは明らかに抜き出たチカラを有する魔物を相手に、予想以上の苦戦を強いられた。

 

「くっ、刃が通らない! アーマーブレイクも効かない!」

「魔法もビクともしないよ、耐性ハンパない! こんなの反則だって!」

「いったん退こう、リュック!」

「目、閉じて!」

 

 アルベド印の閃光弾を地面に叩きつけ、一時戦線を離脱。

 花畑まで半分のところまで一気に戻り、上がった息を整えながら水分補給をしたり、食べ物を口にしたりして休息を取る。

 

「ハァハァ、異界(ここ)の魔物って、こんな強かったっけ?」

「いや、わたしたちの腕が鈍ったのもあるだけど。前に来た時より、強力になってるのは間違いない。少なくとも、さっきの魔物はいなかった」

「やっぱり、何か異変が起きてるんだ。異界の奥で――」

「忠告したはずです。異界には近づかないように、と」

 

 不意にかけられた声に、視線が向く。

 そこには、幻光河で出会った少年の姿があった。

 

「キミは!」

「ああーっ!」

「お前!」

 

 立ち上がったパインはすかさず剣を構え、臨戦態勢に入る。

 ワンテンポ遅れて、リュックと共に気を張る。

 

「今は、アレを始末することが最優先事項です」

 

 警戒しつつ後ろを振り返ると、先ほどまで戦っていたウェポンの影が迫っていた。

 

「くっ、こんなところまで」

「しつこいってのっ」

「退いてください」

 

 前に出た少年は、左の腰に差した脇差しに手を添えた。

 

「手を貸してくれるの?」

「あなた方を今、ここで失うわけにはいきません」

 

 迫り来る魔物と一瞬で距離を詰める。ウェポンは、前方へ無数の閃光を放ち、牽制攻撃に出た。しかし、その攻撃はまるで自ら避けているかのように軌道を変えて当たらない。間合いに入り、刀を抜く。垂れ下がっている腕を一本、肘の辺りから切り落とし、続けざまに刀を振るい、原形を留めないほどバラバラに切り裂き、静かに刀を鞘に収めた。

 

「すっご......!」

「私たち、あんなに苦労したのに」

「格が違うってことか」

 

 バラバラにされ、再生が追いつかず幻光が飛散する魔物に背を向けて戻ってくる。目の前で起きたことの警戒心から、身構る。

 

「敵対する意思はありません」

「幻光河じゃ、攻撃してきたっしょ!」

「先に敵意を向けてきたのは、あなた方の方です」

 

 痛いところを突かれた。あの時、忠告を残して立ち去ろうとした背中を力づくで止めようとして返り討ちにされた。

 

「話しは後ほど。一度、ここを離れましょう」

 

 釈然としない想いを抱きながら、異界の入り口付近の花畑に戻ってきた。さっそくパインが、問いただす。

 

「聞かせろ」

「聞かずとも、既に自覚があるのではないですか? 今の戦い方に限界があることを」

 

 反論、出来なかった。

 ドレススフィアのチカラで常時特徴を変化させながら臨機応変に戦闘を繰り広げてきたが、今回のような明らかな格上相手に対しては、その広く浅くの戦術の限界を感じていた。

 

「詰まるところ、この先へ足を踏み入れるにはまだ早いということです」

 

 彼が手をかざし、突如現れた光の柱に包まれる。

 

「なにコレ!?」

「光りの壁!? ここから出せ!」

「ご心配なく、地上へ送るだけです。害はありません」

 

 光りの柱が消えると同時に、二人が異界から姿を消した。

 

「待って! キミは、いったい何者なの......?」

「――シキ。彼女からは、そう呼ばれています。新しいチカラを身に付けたあかつきには、再びここでお会いしましょう。それでは、ご武運を」

「彼女? 待って、まだ――!」

 

 言い切る前に、異界から飛ばされてしまった。

 そして気づいた時には、先に飛ばされた二人と一緒に、異界の入り口に居た。

 

「どうする? 戻る?」

「戻ったところで、また飛ばされるだけだろ」

「だよね~。とりあえず、飛空艇に戻ろ。ユウナも」

「うん......」

 

 意気消沈のまま、停泊中してある飛空艇へ。

 

「癪だけど。アイツの言う通り、戦い抜けるだけの新しいチカラを身に付けるしかない」

「けど、どうやって?」

「そうだな。シンラに頼んで、ドレスフィアを改良してもらうとか?」

「それだっ!」

 

 操縦席に座ったリュックは、モニターの電源を入れる。すると、異変に気がついた。表示されている日付が、体感よりも一日以上のズレが生じていた。

 

「アタシたち、二日以上異界に居たはずだよね?」

「異界は、現世とは違う世界だからじゃないかな? 時の流れが、少し緩やかなのかも」

「どうでもいい。とにかく、ベベルへ向かおう」

「了解! 思い切り飛ばすから、しっかり掴まっててよね!」

 

 浮上した飛空艇は、異界で起きた数々の疑問を残しながらも、シンラが居るベベルへ向かって進路をとった。




オリキャラ設定。
マヤナ、小柄な少女。三年前から召喚士として修行に励んでいる。
シキ、ガードの少年。マヤナのガードとして共に旅をしている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission5 ~必要なチカラ~

「ずいぶん賑やかだな」

 

 調査・監視班の責任者に就任したギップルは、スピラ評議会の定例会議に出席する前に、ベベル内に創ったモニタールームを訪れていた。世界各地に設置した通信スフィアから送られてくるリアルタイムの映像が、室内のスフィアモニターに映し出されている。集められたそれらの映像を、機械の扱いに長けたアルベド族を中心に、三交代二十四時間フルタイムで解析・監視が行われ。僅かでも異常を感知した際には、すぐさま各地に展開された守備隊の部隊長へ報告が行くようになっている。

 

「で、なに騒いでんだ?」

 

 自他ともに認めるアルベド族の天才少年、ぶかぶかの防護服を着て、ガスマスクを常に着用している「シンラ」が、手元のキーボードを叩きながら疑問に答える。

 

「アニキが、一人で発狂してるだけだし」

「ユウナと話せない! 話しとちがーう!」

 

 金髪でモヒカン頭、目元は派手なメイク、と強烈な個性を放つ男性。リュックの実の兄で、アルベド族の兄貴分として慕われている。しかし、彼の実名は妹のリュックはおろか、本人すらも覚えていない。ある意味で謎に包まれた存在。

 

「荒ぶってんなぁ」

「ユウナが飛空艇を降りてから、ずっと口実を探してたみたい。今も隙あらば、通信スフィアを私用に使おうと企んでるし」

「ほぼストーカーじゃねーか」

「フフーン、アニキのモニターの通信はカット済みだし」

「なかなか鬼畜の所業だな。例の資料(モン)は?」

「出来てるし。これ」

 

 いったん手を止め、デスクの引き出しから取り出したスフィアと、要点をまとめた資料を数枚手渡す。

 

「サンキュー。ほれ、例の報酬(ブツ)だ。色つけといたぜ」

「ありがと」

 

 お菓子が詰まった袋を受け取ったシンラは、周りに漏れないように声を潜めて言った。

 

「最後のページ、ちょっと個人的に気になったことメモしといたし」

「あいよ。見終えたら処分しておく」

 

 頷いたシンラは、モニター作業に戻る。

 モニタールームを離れ、会議室へ向かう途中足を止めて、シンラがいっていた部分を一足先に確認。資料の最後のページに手書きで書かれたアルベド語の文章に頭を掻き、四つ折りにしたメモを懐のポケットにしまって、会議室へ急いだ。到着したのは、参加予定の議員の中で一番最後。すぐにプレゼンの準備を済ませ、定刻通り開廷の時を迎えた。

 

「時間です。それでは定刻通り、定例会議を開催いたします。では先ず、マキナ派の代表ギップル。現時点での調査、対策の進行状況を伺いたい」

 

 例によって、評議会議長のバラライが司会役を務める。

 彼に指名され、シンラから受け取ったスフィアを議場のスクリーンに映し、現在の状況・解説を始める。

 

「主要都市への通信スフィアの設置及び、各地方への守備隊の配置は八割方完了した。成果については、こいつに表示されてるデータ通りだ」

 

 各地方の魔物の出現率、出現地域と傾向、被害状況などが映し出されている。設置数に比例して、魔物の唐突な出現にも対応出来ていることをデータは示していた。

 

「ふむ、有効であることは確かなようだな。しかし、これほどの数とは......今のところ死者が出ていないことが、せめてもの救いと言ったところですかな?」

「でしょうな。だが、ガガゼト山より北の大地のデータが少ないのは?」

「ああー、それに関しては――」

「キマリが、話そう」

 

 他議員の疑問に言い淀んでいたところ、データ不足の要因に詳しいロンゾ族の長老が助け船を出す。ユウナのガードを務めたうちのひとりで。現在は、万年雪が降り積もるガガゼト山で暮らす民族――ロンゾ族の長老を務めている、キマリ=ロンゾ。

 

「ロンゾ族は、魔物との戦いに長けている。今は“シン”が消え、召喚士が居なくなり、霊峰ガガゼトに登る者もいない」

 

 そう言ったキマリは、どこか寂しげに小さく首を横に振った。

 

「ま、そういうこった。ザナルカンド遺跡も同じ理由な。一時期、観光客で賑わってたけど。今は、飛空艇も飛んでねーから、わざわざ危険を冒してまで立ち入る物好きはいない。リスクの低い地域は、後回しにしてるってわけだ」

 

 それでも、緊急時の救援要請に備えた通信スフィアの設置と、麓のナギ平原にはいつでも救援に向かえるよう、守備隊が待機している。今の説明で、ひとまず納得してもらい話しを戻した。

 

「各地に守備隊と一緒に、調査団を送っちゃいるが。原因は、依然として不明なままだ」

「トワメル氏、異界の現在の様子は?」

「はい。異界は現在、安定を取り戻しつつあります。しかしながら、今回の一件との関連性につきましては。我々にも分かりかねます」

 

 疑問を投げかけたヌージは更に、トワメルに問う。

 

「長期間、異界の調整を放置したことにより何らかの影響が出たという可能性は?」

「否定は出来ませぬ。ただ、グアド族がグアドサラムを離れていた間に、異界から漏れ出ていた幻光が各地に影響を与えていたことは確かでしょうなぁ」

「そうか。やはり、結論に至るまでの確証は持てないな。バラライ」

「ああ。では、今後についてですが――」

 

 各議員の意見を聞きつつも上手く間を取り持ち、折り合いを付け。更なる対応が必要との認識を全会一致で可決し、この日の定例会議は幕を閉じた。

 各議員が議場を退室して行く様子を、ふたりの男女が、天井裏に設置されている通気口の中から覗き見ていた。

 

「聞いただろ? クルグム。やっぱり、私の睨んだ通りだ。評議会もまだ、全容を把握できてない。この件、かなり奥が深いぞ」

「......早く戻ろうよ、チュアミ。評議会の会議を盗み聞きなんて――」

「バーカ。今、動いたらバレるじゃないか。見てみろ。まだ、バラライ議長、青年同盟の盟主、マキナ派のリーダーが残って話してる。広場に現れた強力な魔物を仕留めた三人の会話を聞ける絶好のチャンスだ。お前だって、気になるだろ?」

「そ、それは――」

 

 気にならないと言えば嘘になる、クルグムは押し黙った。そんな彼の対応に得意気な表情を見せ、バラライたちの会話を聞き逃さないよう聴き耳を立てる。

 

「それで、何か新しい情報は掴んだのか?」

「まーな」

「どんな?」

「データ解析を行ってるモニター班の情報によると、出現する魔物には共通の特徴が存在していることが判明した」

「特徴だって?」

「ああ、そいつはな――」

 

 若干前のめりになった二人に対し、ニヤリと笑って「エブイ」と答えた。二人は、すぐさま言葉の本質を察知。しかし、天井裏で聴き耳を立てている二人は、意味がわからず困惑していた。

 

「『エブイ』って、なんのこと?」

「さあ、僕に聞かれても......」

 

 天井裏で首をかしげる二人をよそに、会話は続く。

 

「な? 言った通りだろ」

「どうやら、そうらしいな」

「まったく、困ったものだ」

「エブイってのはな、アルベドの言葉で『ネズミ』って意味だ。さっさと出てこいよ」

 

 潜んでいる通気口に向かってギップルが言い放ち、ヌージに至っては、広場に現れた魔物にとどめを刺した愛用の銃を構えた。

 

「10数えるうちに投降しろ。出てこなければ、反逆者とみなし、容赦なく引き金を弾く。弁明は聞かない、命の保証もしない。10、9、8――」

 

 ――ガタンッ! と大きな音を立てながら、天井裏に潜んでいたチュアミとクルグムは、通気口のフェンスをぶち破って会議室に飛び降りた。そして、間髪入れずに膝を畳んで正座、手を付いて深々と頭を下げる。

 

「ったく、何してんだ。お前ら」

「クルグム。キミは、公認送儀士だろう。盗聴は、立派な犯罪行為だ。ましてや、スピラ評議会の会議の盗聴するなんて言語道断もいいところだ。資格を剥奪されても文句は言えない案件だぞ」

「......申し訳ありません、バラライ委員長。どのような処罰も謹んでお受けします」

「ちょ、ちょっと待ってっ! こいつは、クルグムは悪くないんだ。わたしが、強引に――」

 

 弁解を遮り、ヌージが断罪。

 

「今、この場にいる時点で同罪だ。事情はどうあれ、お前は潜入することを最終的に自分の意思で選んだ。そうだな?」

「はい......」

 

「聞く耳なしかよ。話しくらい――」と小声で呟いたのを聞き逃さない。

 

「どうやら、しでかしたことの重大さを理解していないらしいな。だが、その度胸だけは買ってやろう」

「ヌージ。これは、僕の監督責任でもある。この件は、僕に一任してくれ」

「そんな、バラライ委員長......!」

「とにかく、二人とも早々に退室するんだ。処遇は、追って通達する。それまでの間、自室と食堂以外の行き来は禁止だ。いいね?」

「はい。行こう、チュアミ」

「あ、ああ......」

 

「失礼しました」と深々と頭を下げて、二人は退室。会議室の扉が完全に閉ざされたことを確認して、改めて話し合いが行われる。

 

「熱センサー、盗聴器の類いもない。よし、本命に戻すとすっか。なにを置いても先ずは、コイツだよな」

 

 テーブルにはいくつかの資料が置かれている。先ず最初に目に付けたものは、調査協力を引き受けてくれたユウナたちから送られてきたスフィア。

 

「パイン先生のスフィアに録画されてた魔物を、データベースと照合した。やっぱ、新種で間違いねーってさ」

「先日、ベベルに出現したキマイラと同じか。守備隊からは?」

「今のところ挙がってきている情報ではすべて、既存の魔物と一致している。新種の出現は、稀なケースだろう。現時点では、な。しかし――」

 

 ヌージは、スフィアと一緒に置かれていたメモを手に取った。

 

「スピラを滅ぼすほどの兵器“ヴェグナガン”を破壊した彼女たちが多少のブランクがあったとはいえ、手を焼くほど魔物を一撃で仕留めたという謎の少年――」

「重力魔法か。何人いるよ?」

「数えられるほどしかいない。空間系の魔法は、自然(エレメント)魔法より遥かに高度な魔法だ。目標の動きを完全に封じ込め、なおかつ攻撃を仕掛けられるほどの精度を持つ使い手は、僕の知る限り、スピラ評議会にはいない」

「何者だ? いったい――」

 

 評議会があずかり知らぬところで起こるイレギュラーな事態の数々に、実質すべての対応にあたっている彼らは、頭を更に悩ませた。

 

「ま、ここで考えても答えはでねーよ。分かんねーんだから。それよか、シンラからだ。結構気になることが書かれてるぜ?」

 

 ギップルは、懐に入れておいたシンラのメモをテーブルに置いた。

 

「これは?」

「この言語、アルベド語だね」

「ああ。こいつには魔物の出現について、シンラの見解が書かれてる。どういうわけか、多いんだとよ。魔物の出現する時――」

 

 ――近くに、人が居ることが......。

 

           * * *

 

 後日の明朝、謹慎を命じられていたクルグムとチュアミは、マカラーニャの森の入口へ続く、ベベルのグレート=ブリッジを歩いていた。バラライから直々に言い渡された処罰は「各地の寺院を巡って、自分自身を見つめ直して来い」というもの。

 

「で。どこから行くんだ?」

「一番近いのは、ナギ平原の“レミアム寺院”。そこから行こう」

 

 分かれ道をナギ平原へ向かうクルグムの後を、やや不服そうな顔で付いていく。

 

「なんで歩きなんだ? 飛空艇を使えばすぐじゃないか。そもそも、祈り子はもう居ないんだろ。今さら寺院を巡って、なんの意味があるんだ?」

「反省のためだよ。バラライ委員長も言ってたじゃないか。これで許してもらえるんだから、ありがたいと思わないと。本当なら、もっと厳しい処罰を受けてもおかしくないんだから」

「まぁ、そうだけどさ。わーたよ。道中は、私が守ってやるから安心しな」

「はいはい、頼りにしてるよ。さあ、行こう」

 

 並んで歩く二人の後ろ姿を、会議室の窓辺から三盟主が見守っていた。

 

「これで、よかったのか?」

「ああ。これから先、きっと必要になる。特別なチカラを、送儀士としてではなく、召喚士としての資質を持つ彼らのチカラが――」

「俺たちには気づけないナニカ、か」

「ああ。さあ、僕らも出来ることをやろう。今は、それしかない」

 

 二人を見送った三人は今、己のすべきこと、出来ることするべく、各々個別任務に戻った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission6 ~召喚士・送儀士~

「方法はいくつかあるし。その中でも主に考えられる理由は、三つ」

 

 スピラの首都・聖ベベル宮最下層のアンダーベベルで、幻光河での話しを聞いたシンラはしばらく考え込み、思いついた考えを話し出した。

 

「ひとつは、強化・改造した武器を使っている。切れ味をよくして貫通力を上げたり、鉱石を組み込んで擬似的な魔法の効果を乗せたりとか」

「貴重な素材、知識、技術(スキル)が必要だけど出来なくはねーな。つーか、一番手っ取り早くてポピュラーな方法だ」

「ああ。俺とギップルが扱う銃も威力や精度、反動に耐えられる強度・耐熱処理能力を高めるため、弾丸や銃身などに特殊な加工を施してある。警備兵の特殊装備、火炎放射器も同様の代物だ。しかし、甲殻よりも硬度の高いモンスターをいとも容易く切り裂くほどの武器となれば、生半可な知識や技量では不可能だろう」

「その分野に深く精通した人物となると、ギップルやリュックさんの同胞、アルベドの人間か?」

 

 ギップル、ヌージと共にこの密談に参加しているバラライに、シンラを加えた前者三人の推察を聞いた上で実際に対面した時のことを尋ねられ、小さく首をかしげて、当時のことを思い返す。

 

「どうだったかな? 言葉は、スピラの標準語だったけど」

「警戒して距離とってたから、アルベド族特有の渦巻き模様の瞳だったかまではわからないな」

「まじまじ見る余裕なかったしね。てゆーか、顔見る前に飛ばされた!」

「フッ、それは酷な要求だ。仮に同じ状況に遭遇していたとしても、冷静に判断できたか自信はない」

 

 お手上げ、と言わんばかりにヌージはやや自虐的な笑みを浮かべ、杖を突いていない右手を軽くすくめて見せた。彼の仕草に合わせるように、ギップルとバラライも張っていた気を緩める。

 

「そうだね。その辺りは、通信スフィアの映像を洗ってみよう。写っている姿があるかもしれない」

「けどよ、シドの娘に見覚えがねーなら、アルベド族の可能性は低いと思うぜ。大抵のヤツは、顔見知りだからな。ま、使い手の支援(バック)に付いてる可能性は否定出来ねーけど。シンラの推察通りなら、守備面も説明が付く。物理防御補助魔法(プロテス)魔法防御補助魔法(シェル)反射魔法(リフレク)に似た性質を防具に乗せてやればいい」

「“シン”がまだ存在していた時、私たち使ってたよね」

 

 同意を求める。リュックは、頷いて答えた。

 

「うん。回復魔法(リジェネ)とか、補助魔法(ヘイスト)とか、状態異常耐性とか。何かと便利なんだよね、あれ。最後の戦いで全部壊れちゃったけど」

「いわれてみれば、一部のドレスフィアにも似たような機能があるな。なるほど、オートアビリティを利用すれば、常時発動状態で能力の底上げをはかれる」

「そういうことだし。今、守備隊の装備に活用出来ないか研究してたとこ」

 

 ひとつ目の可能性の話しに一段落が付いたところでシンラは、次の可能性について話す。

 

「ふたつ目の方法はひとつ目からの派生で、機械の活用。異界から飛ばされた強制転位も、魔法を使わなくても機械を使えば難しくないし。実際、ベベル内部でも移動手段として重宝されてるし」

 

 聖ベベル宮内にいくつも設置されている移動用のリフターや、転位装置。キノコ岩街道の昇降機。ガガゼト山の登山道、ザナルカンド遺跡などにもベベルと同様の転位装置が配備されており、ガガゼト遺跡にも古代の昇降機がある。

 

「装備じゃなくて、装置なら限定的に作用させられるし」

「装置か。ギップル」

「ちとムズいな。仮に作れたとしても、動かすためのエネルギーが必要なる。パイン先生たちの話しじゃ、大型の機械を使ってるとは思えない。少なくとも服の内部に違和感なく収まる程度の大きさ。けど、機械ってのは、小型化すればするほど付きまとうのが、エネルギーの問題なんだ」

 

 ギップルの懸念に解消の手段ついては、シンラに心当たりがあった。

 

「異界に溢れるエネルギーを利用すれば可能。異界は、未知なる無限のエネルギーで満ちてるし」

「出来んのか?」

「僕、まだ子供だし」

「三つ目は何だ? まぁ、おおかた想像がつくがな」

 

 そう言ったヌージに、シンラは少しタメを作って三つ目の可能性を口に出した。

 

「実力」

「バカにしてるっ?」

 

 物の見事にはっきり指摘され、怒りを露わにするリュックをなだめる。

 

「リュック、落ち着いて。聞いてからにしよ?」

「むむ~っ」

「別にしてないし。冷静な視点からの意見だし」

「やっぱ、バカにしてるでしょ、三人揃って手も足も出ずに飛ばされたからってさっ!」

「言いがかりだし」

「あながち的外れじゃないさ。いい武器は、使い手を選ぶ。強力な武器や便利な機械も、使い方を間違えれば使い手の方に危害が及ぶことも少なくない」

「強力になればなるほど使いこなす側の技量がモロに試されるからね。僕もギップルの手を借りて、既存の武器の強化に取り組んでいるけど、まだ潜在機能の半分も使いこなせていないからよくわかる」

 

 三盟主の話しに冷静に頷いたパインは、壁に寄りかかって組んでいた腕を解き、背にしていた壁から離れて、話し合いの輪の中心へ移動。

 

「結局は、そこに終着するわけだな。わたしたち自身がもっと場数を踏んで強くならないといけない。新しい装備を自在に使いこなせるように」

「そだね。シンラくん、お願い出来るかな?」

「了解だし。実はもう、新しい装備の構想自体は固まりつつあるし。完成次第連絡するし。でも実戦で扱えるかは、ユウナたちの腕次第」

「まっかせてー。今度こそ、目にものを見せてやるんだから!」

 

 やる気満々のリュック。パインも、力強く頷いた。

 

「よし、じゃあ今日のところはこれくらいにして解散にしようぜ」

「僕も、そろそろ寝たいし」

「ゴメンね、シンラくん。そういえば、どうしてこんな遅くに、アンダーベベルで?」

 

 緊急時は、正面玄関から面会に来てくれればいいと事前にスフィアで聞かされていた。大召喚士の来訪ならば貴賓室でもてなすのが通常、スピラ評議会でも9割以上の人間が知らず、誰も足を踏み入れないこの場所で意見交換をすることになった経緯について。バラライは、やや言いづらそうに理由は話した。

 

「実は、あなた方が訪ねてくる前、ちょっとした騒動がありまして。困ったことに、会議を盗聴されてしまった」

「危機管理が甘いぞ。情報漏洩に関して念を押してきたのは、お前たちだろ。言葉には、責任を持て」

「返す言葉もない。申し訳ない」

 

 深々と頭を下げ、平謝り。

 

「ここは、大丈夫なんですか?」

「当然、事前に調べてあるさ。熱センサー、その他のセンサーにも異常はない。盗聴、盗撮は不可能だ。安心してくれ」

「それはいいけどさ。犯人はもう、割れてんのー?」

「スピラ評議会公認送儀士と、幼馴染みの護衛だ」

 

 ヌージから聞かされた予想外の犯人の正体に、呆れを通り越して反応に困ってしまった。

 

「しかし、お三方の話しを聞いて、決めかねていた処分が決まった。彼らにも動いてもらうことにする」

 

 この、七人での密談が行われたのは、チュアミとクルグムが議会に忍び込んだ当日未明のこと。

 

           * * *

 

 クルグムとチュアミが旅立ってから数日後の昼過ぎのこと。

 三人を異界から飛ばした少年――シキと別行動を取り、スピラ評議会が入る聖ベベル宮の書庫で調べ物をしている。壁一面に設置された本棚から、スピラの歴史にまつわる本を何冊か抱えては、机に向かって目を通す。そんな一定の行動を時間が許すまで何度も繰り返していた。

 

「ん、ん~......」

 

 小柄な背丈で背伸びをして、目当ての書物にめいっぱい手を伸ばしてみるも、あと僅かに届かない。その時、横から別の手が伸びて、本棚から目当ての書物が引き抜かれた。

 

「これで、よかったかな?」

「あ、ありがとうございます」

 

 受け取った本を胸に抱いて、丁寧に頭を下げる。

 本を取ってくれたのは、後ろで髪を結んだ青年――元召喚士のイサール。以前は、ナギ節が始まったことで観光地化していた聖地・ザナルカンドのガイドを勤めていたこともあったが。現在は、スピラ評議会役員のひとりで、送儀士の指導の任を一任されている。

 

「ずいぶん熱心だね。スピラの歴史に興味があるのかい?」

「あ、はい。ベベルへ来る前に暮らしていた村には、あまり詳しく書かれた本はなかったので。やっぱり、ここはたくさんありますね。もう、何冊も読んでいるのに読み切れる気がしないです」

「ははっ、僕も子どもの頃は、よくここで読みふけっていたから分かるよ。召喚士になると決めて、少しでも知識を身に付けたくて。けれど、トレマが唱えた真実騒動を期に、ここを訪れる人も、利用する機会も減ってしまった」

 

 少し寂しそうに言って、思い出深そうに本棚に手を添える。

 

「すまない。水を差すようなことを言ってしまった。そういうつもりじゃなかったんだけど」

「いえ。あの、トレマは何をしたかったんでしょうか?」

「さぁ、どうだろう。風の噂では、今を生きる人々が過去に縛られないために、なんてことを言っていたとか、言わなかったとか。どうにせよ、真実は闇の中だよ」

「噂ですか?」

「ユウナくん......いや、大召喚士ユウナ様。彼女が、スピラ中から集めた貴重な情報(スフィア)を持って姿を消したトレマを倒したと言う噂が、キミが来る少し前にまことしやかに流れたんだ。その情報源が、モニターに参加している彼女たちと行動を共にしていたスフィアハンターの仲間だったから、もしかして本当じゃないかと一時的にね」

「そうだったんですね」

 

 噂の情報源は、アニキ。休憩時間の会話の中で、何気なく漏らしてしまった言葉が一部の間で広まった。しかし、シンラとアニキの親友でアルベド族の「ダチ」の機転で噂は最小限に留まり、今ではアニキが一緒に旅をしていたことを自慢するために誇張した作り話ということになっている。

 

「いたいた、兄貴ー!」

「マローダか。すまない、失礼するよ。どうした?」

 

 書庫へ来たイサールの弟マローダは、評議会からの伝言を伝えた。内容は、送儀依頼。首都ベベルから遠く離れたビサイド村で、ご老人が老衰で亡くなったという内容。

 

「送儀依頼は、ビサイド村か。ユウナくんは?」

「それが今、不在なんだとよ。それで、ビサイドの村長さんから、バラライ委員長へ直接依頼があったらしい」

「そうか」

「どうする? ビサイドから一番近い集落ポルト=キーリカ在住の元召喚士、ドナに連絡してみるか?」

「そうだな。頼まれてくれるかな? ビサイドでの送儀」

「あたしが、ですか?」

 

 書物から視線を外し、聞き返す。

 

「その子って確か、今週来たばっかの新米の従送儀士だろ。まだ早いんじゃないのか?」

「もちろん、従者は帯同させるさ。ひとりで行けだなんて無茶なことは言わない。けど、実戦に優る経験はないからな」

「ま、兄貴がそういうなら。んじゃあ、飛空艇の手配してくる」

「あっ――」

 

 止めるまもなく、マローダは書庫を出ていってしまった。

 

「勝手に決めてしまってすまない」

 

 調べ物目的でベベルへ潜入したため、あまりよくない想定外の出来事。しかし、この後に続いたイサールの言葉は、その心境に影響を与えることになる。

 

「“シン”が消えたことで、召喚士の素質を持つ者が生まれづらくなってしまった。召喚士としての覚悟・決意(チカラ)を失ってしまった者も少なからずいる。時代の流れを考えれば仕方ないことなのだろうけど、家族を、大切な人を喪って負う悲しみは、いつの時代も変わらず平等なんだから――」

 

 “シン”の脅威に立ち向かう召喚士としてではなく、大切な人を喪って負った人々の悲しみ寄り添う送儀士としての大切な役目を教わった。

 

「......そうですね、わかる気がします」

 

 返事を聞いたイサールは、どこか嬉しそうに微笑んだ。

 そして、翌朝。ベベルを飛び立った飛空艇は数時間のフライトの後、目的地のビサイド島の港に着陸。飛空艇を降り、ビサイド村へ向かって浜辺を歩いていると、村の峠道からワッカが走って来た。

 

「わりぃわりぃ、ちとバタバタしてて遅れちまった」

「いいえ。今、着いたところです」

「そっか、そりゃよかった。こっちだ」

 

 何度か魔物に遭遇したが、ワッカが撃退して無事にビサイド村に到着。「ちょっち休憩するか?」と気遣ってくれたが「大丈夫です」と首を横に振って、村への奧に鎮座する寺院へ向かう。

 

「遠いところご苦労さま。着替えは、必要なさそうね」

「はい」

「少し待ってて。今、最期のお別れをしているところだから――」

 

 試練の間へ続く階段の横の客間へ通され、儀式の時を待つ。しばらくして呼びに来たルールーと一緒に寺院を出ると、村人のほぼ全員が広場の中央に集まっていた。ここで親族と関係者以外は別れ、列の最後尾を付いて歩き、ビサイド島を一望できる小高い丘の上の墓地へ移動。慎重に、静かに、棺が墓地に収められた。

 

「じゃあ、お願い」

「はい――」

 

 前に出て、胸の前で手を結び、目を閉じて心を静める。

 ゆっくり息を吐いて目を開け、杖を振り、心を込めて舞った。

 優美な舞に合わせるかのように風はなびき、木々たちがざわめき立つ。やがて、遠くの海が、島に豊かな恵みをもたらす透き通った湧き水が、緑あふれる大地に溶け込んでいた幻光が集まり周囲を覆う。

 

「すっげー......」

「まだ、従送儀士って話しだったけど......」

 

 棺の上空に集まった幻光で作られたスクリーンに、棺から抜け出た幻光が共鳴し、故人の想い出がまるでアルバムを捲る様に浮かんでは消えていく。最後に映しだされた想い出が消えると同時に、異界送りの舞も終わり、舞っていた幻光も空に溶けていった。

 

「お疲れさん」

「お疲れさま」

 

 寺院の客間に戻り、ワッカとルールーから労いの言葉をもらう。

 

「ナギ節っていっても、最近は不安定な情勢だからな。万が一魔物になるんじゃないかって不安だったらしいけどよ」

「ご家族も安心できたはずよ。ありがとう」

「いえ、お力になれたのでしたら」

「充分よ。それに、あんなスゴい異界送りを見たのは初めて」

「だよな。ユウナが、雷平原で歌ってた時みてーだった。どうやったんだ? あん時みたいに、スフィアスクリーンを使ったのか? もしかして、ベベルじゃああいうのが流行ってんのか? てか、ホントに初めての異界送りなのか?」

「えっと......」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問に、返答が詰まる。

 

「困らせない。いっぺんに答えられるわけないでしょ」

「ああー、わりぃ。ついな、つい」

「まったく。ごめんなさい。夕食の用意してあるから、食べていって」

「あ、お構いなく――」

「遠慮すんなって。どうせ、飛空艇は明日にならないと飛ばねーんだから」

「そういうこと。さあ、こっちよ」

 

 半ば強引に連れられ、夫婦の家で夕食と風呂をいただき。二人に案内されて、寺院の客間に戻る。

 

「何か困ったこととか、分からないことがあれば知らせて」

「ありがとうございます。あの、ここの歴史の書籍を拝読させていただいていいですか?」

「それは、構わないけど。あまり、鵜呑みにしないでね」

 

 ――どういうことですか? と、小さく首を傾げる。

 

「スピラの歴史書は、寺院に都合よく書かれたものばかりなんだ。寺院は、いくつか大きな嘘をついてた。“シン”は、人の犯した罪が具現化した存在とか。機械を使うと罪が重くなる、とかな」

「わたしたちも信じて疑わなかった。実際それで、スピラの秩序は保たれていたから」

「全部が全部悪いってわけじゃない。普通にいいことも言ってた。自然の恵みに日々感謝して、困ってる人がいれば手を取り合い助け合って生きようとか、な。けどそれ以上に、寺院が権威を保つためについた嘘は重いって話しだ」

「祈り子様からなら、限りなく真実に近い話しを聞けるかも知れないわね。召喚士としての素質を持つ、あなたなら」

「......祈り子様。今はもう、眠っていらっしゃるんですよね?」

「ああ。試練の間の奧、祈り子の間で眠ってる。ただの石像だ」

「挨拶させていただくことは可能ですか?」

「おう、もちろん、いい心がけだ。案内するか?」

「いいえ、ひとりで大丈夫です。ありがとうございます」

 

 ワッカに向けて、丁寧に頭を下げる。

 

「そっか。けど、もう遅いから気をつけろよ」

「警備員には話しておくわ。そういえばまだ、あなたの名前を聞いていなかったわね」

「マヤナです」

「そう。じゃあ、おやすみ」

「お疲れさん」

「おやすみなさい」

 

 ふたりを見送り、かつて、召喚士の行く手を阻む仕掛けが数多く設置されていた試練の間を通って、祈り子の間へ扉を潜った。

 既にチカラを失い眠っているとはいえ、独特の空気が漂う部屋の中央の床に、祈り子の石像が埋め込まれている。

 

「祈り子様、どうか......」

 

 石像の前で跪き、真摯に祈りを捧げる。

 呼びかけに答えるかように、チカラを失ったはずの石像が輝き取り戻し、半透明の女性が姿を現した。

 

「祈り子様、お教えください」

 

 ――あの時、1000年前に起きた悲劇の始まりを。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission7 ~再戦・再会~

 スピラ評議会議長バラライの命を受け、ナギ平原のレミアム寺院、盗まれた祈り子の洞窟の二箇所を巡り、急激な雪が溶けの影響で立ち入り禁止になっているマカラーニャ寺院を訪れた後、年中鳴り止むことのない雷鳴が轟く「雷平原」の旅行公司で、しばしの休息。

 

「次は、どこの寺院だ?」

「ジョゼ大陸沿岸沿いの頭に大陸の冠が付く、ジョゼ寺院。雷を司る祈り子様」

「マカラーニャ寺院みたいなことはないよな?」

「あそこは特別だよ。祈り子様が眠りにつかれて、マカラーニャ湖の氷が砕けて、寺院へ続く道も、マカラーニャ寺院そのものも水没しちゃったんだ」

「おかげで、死ぬかと思った。命懸けのスキューバダイビングは、もうゴメンだからな」

 

 不満顔でひとつタメ息をつき、空をどんよりとした黒雲が覆い、降り続く雨と共に時折、稲妻が走る窓の外へ向けていた顔を、机に向かっているクルグムへ向ける。

 

「で、お前は何をしてるんだよ?」

「バラライ委員長宛にレタースフィア。ポストがあるから、旅の記録の報告をしておこうと思って」

「生真面目なやつ。わざわざそんなことしなくたって筒抜けじゃないか」

 

 店先に置かれた、通信スフィアへ目を向ける。

 

「それでも、ちゃんと報告しないと。それと、例の件も――」

 

 例の件と聞いて、いやでも神経が過敏になる。

 

「ナギ平原と、マカラーニャの旅行公司で聞いた墓荒らしのことか?」

「うん。盗掘は、実刑が科される重犯罪からね。評議会に調査してもらわないと、埋葬された死者が浮かばれないよ」

 

 ――しまった、とクルグムは手を止めて顔を上げた。

 

「ご、ごめん」

「別に、お前が謝ることじゃない。犯人には、キツーい制裁を科してもらわな――」

 

 言いかけたところでドーン! と、大きな物音が店の外で響いた。ここは四六時中雷鳴が轟く雷平原、落雷もさして珍しくない。しかし、大きな物音に反射的に外を見た二人の目に飛び込んで来たモノは、落雷とは別のモノだった。

 

「また、魔物か!」

「マズい、外には旅人が居る! チュアミ!」

「わかってる、やるぞ!」

 

 立て掛けていた武器を手に、旅行公司から飛び出した。

 スラリとした華奢な体にそぐわない太刀を構える。遅れてきたクルグムは、異界送りの儀式にも使う杖を持つ。出現した魔物は、本来の赤紫色に巨体ではなく、青紫色の中型のベヒーモス。

 

「みなさん、落ち着いてください! 僕らは、スピラ評議会公認送儀士とガードです。守備隊の方々の指示に従って、旅行公司の中へ避難を!」

「このモンスター、ベヒーモスか? 生息地は、ガガゼトより北のはずだろ? なんで、雷平原に」

「気をつけて。この辺り一帯の幻光濃度が高まってる。おそらく、今まで何度か対峙した魔物と同様にオーバーソウルしたモンスターに匹敵するはずだよ。守護の盾・鎧、物理・魔法攻撃防御――」

 

 雷平原に派遣されている守備隊に人々の避難誘導と護衛を任せて、魔物の対処にあたる。補助魔法の効果によって体が光に包まれて身の守りが大幅に強化された。攻撃を仕掛けるタイミングを伺いながら、ジリジリと間合い詰める。そして、ベヒーモスが先手で振り降ろした腕を回避し、横へ回り込んで太股に太刀を打ち込んだ。

 

「くっ、タフなヤツ! クルグム、時間を稼ぐ。突破口!」

「了解、分析魔法(ライブラ)!」

 

 ベヒーモスの詳細が、網膜に浮かび上がる。

 

「雷属性の攻撃には強力な耐性持ち、重力魔法は無効。どこかつけ入る隙を――見つけた! チュアミ、距離を取って!」

 

 その声を受け、振り下ろされた腕をかわすと同時にバックステップして距離を置く。そこへクルグムが、アルベド印の石化手榴弾をベヒーモスに向かって放り投げる。石化効果を伴う爆発で全身......とまではいかないが、五割ある石化耐性をすり抜け、左上腕部の一部が石化した。

 

「よし、入った!」

「後は任せな、喰らえー!」

 

 効果は充分。石化した部位に切り掛かり、体の一部を粉砕されてバランスを崩した。あとは一方的な攻撃で一気に仕留めにいったが、倒れる寸前ベヒーモスは断末魔を上げ、上空から多数の隕石を呼び寄せた。

 

「メテオ!? くっ⋯⋯!」

 

 太刀を盾代わりにして上空から降り注ぐ隕石に耐え忍び、ベヒーモスが力尽きると同時に太刀を地面に突き刺して、両膝に手をつき、上がった息を整える。

 

「大丈夫? チュアミ」

「あ、ああ、どうにか。お前がかけてくれた物理防御魔法(プロテス)がなかったら危なかったかも。それにしても、ベヒーモスって、メテオなんて使えたのか?」

「上位種にあたるキングベヒーモスは命と引き換えに唱えることもあるそうだけど、魔物の力が全体的に上がってる。よくない傾向だよ。レタースフィアに付け加えておかないと」

 

 幻光になって消えていったモンスターが倒れた場所を、危機感を持った顔で見つめていたところへ、難を逃れた旅人のひとりが、エボン式の祈りで感謝の気持ちを伝えた。

 

           * * *

 

「待ってよ」

「ジョゼ寺院でのお役目は済んだんだろ。次だ」

 

 雷平原での戦闘後から、あからさまに虫の居所が悪い。理由は、自分自身が一番よく分かっている。あの礼を。エボン式の礼で感謝を意思を示されたから。

 

「僕に対していいよ。けど、事情を知らない無関係な人にしてみれば、ただの八つ当たりだ。感じ悪いだけだよ」

 

 ジョゼ寺院とジョゼ街道を繋ぐ海の参道に出たところで、歩みの速度が少し落ちた。

 

「......悪かった。反省してる」

 

 顔を向けないが、反省の言葉を伝える。クルグムも、イラついている理由を知っているから、これ以上は咎めなかった。

 

「旅も、もう半分まで来たね。ここからルカまでは、乗り物を使おう」

「いいのか? 反省を示す懺悔の旅なんだろ」

「ポルト=キーリカまで寺院はないし。何かあった時は、その場で降ろしてもらえばいいよ。僕にも、急ぎたい事情が出来たから」

「あの“シン”を倒した大召喚士、ユウナ様のことか?」

「うん。グアドサラムと幻光河で、ユウナ様の姿を見かけたって話しを耳にしたから。もしかすると、今回の件でも奔走していらっしゃるのかも。それに、聞けるかも知れないよ。チュアミの、おと――」

 

 素早く首に腕を回し、クルグムの口を塞ぐ。

 

「しー! あれは、いざって時の切り札、トップシークレットだ。こんな人目の多いところで話してみろ、大事になるだろ」

「く、苦しいよ......」

「わかったか? 返事!」

「わ、わかった、わかったから、腕を――!」

「なら、よし」

 

 首ごと絞めていた腕を放し、クルグムを解放。

 

「し、死ぬかと思った......。口もだけど、先に手が出るの――」

「何か言いましたかー?」

「い、言ってないっ」

 

 身の危険を察知し、後ずさりして距離をとった。

 

「ったく、さっさとホバー乗り場に行くぞ」

「ハァ。今、行く」

 

 絞められた首をさすりながら、先を行く世奈かを追いかけていったクルグムの後ろ姿を、評議会の依頼でジョゼ街道沿いの集落異界送りに来ていたマヤナがベンチに座って、目で追っていた。

 

「今の――」

「どうした?」

 

 ベンチで休憩中の彼女の背を向け、反対側に広がる海の方を見ている彼女の従者、シキが問う。

 

「じゃれ合ってたふたり。男の子の方、召喚士だよ。きっと、ユウナ様の“ナギ節”に入ってから目覚めたんだと思う」

「“永遠のナギ節”の後に覚醒したのか。珍しいな」

「きっと、理由があるんだよ。覚醒しなくちゃいけなかった理由が――」

 

 軽く膝を払って、ベンチから立ち上がった彼女を気遣う。

 

「いいのか?」

「平気。ひと休みできたから。ベベルに戻るね。ジョゼ寺院の祈り子様から聞いた話しだと、一番古くからいらっしゃる祈り子様は、ベベルの祈り子様みたいだから」

「そうか。俺も、異界へ向かう。あれから二週間あまり、どれ程のチカラを得たか」

「無茶しちゃだめだよ、シキ。異界は現世とは違っても、一歩間違えると自我を保てなくなっちゃう」

「なれば、冥利に尽きるというもの」

 

 軽口に憤りよりも、哀しさが勝る。

 

「案ずるな。そこまで行きはしないさ。キミと彼女たち、そして、この世界の行く末を見届けるまでは――」

 

 そう言い残して、いつかと同じように音も立てず姿を消した。

 

「あたしも、行かなくちゃ」

 

 迎えの飛空艇に乗って、ベベルへ戻った。

 

           * * *

 

「さーて、それじゃあ」

「いきますか」

「リベンジ・パート2!」

 

 シンラ、三盟主との密談から約二週間。新しい装備を手に入れ、必要最低限の鍛錬を積み、再びグアドサラムを訪れていた。前回の時と同様、異界の門を通り、崖下の花畑から異界の奥へと進む。

 

「あれ? あの人も、魔物も居ないね」

「安定化が進んでるみたいだからな。ま、もっと奧に進めば出てくるだろ」

「だねぇ。ちゃちゃっと進んじゃおー」

 

 グアド族の尽力の賜で安定を取り戻しつつある異界の更に奧へと歩みを進める。途中、現れた魔物と戦闘を繰り返しながらも、前回は二日以上かかった場所まで半日程で到達した。

 

「ヴェグナガンがあった異界の深淵まで、あと半分くらいかな?」

「てゆーか、アタシたち強くない? 前は、あんな苦労したのに」

「シンラの新装備のおかげだな。それにここへ来るまで、いい実戦経験を積めた」

 

 手に持つのは、“シン”との戦闘、異界送りに使って役目を終えた杖――ニルヴァーナのレプリカ。パインはギップル手を借りて、貫通力と硬度を高めた使い慣れた剣。リュックは、独自に改良を加えた逆手持ちで取っ手の部分が円状形の短剣二本。それらの武器に加え、ドレスフィアの能力を引き出すリザルトプレート小型化し改良した新システムが登載されている。

 

「おっ、出たよ出たよ、出ましたよ」

「あの時と同じ魔物、新種のウェポンだね」

「お待ちかねのリベンジマッチだ。どれだけ変わったか、試させてもらう!」

 

 前回引き返すことになった魔物、新種のウェポンと奇しくも同じ場所で遭遇。新しい装備で戦う様子を、少し離れたところで、彼は観察していた。ドレスフィアの最大の特徴である衣装チェンジの機能をカットし、別のシステムを搭載したため見た目の変化は起こらない。そのため、外見は変わらないが。しかし、前回とは明らかに戦闘の幅が広がっていた。

 広く浅くの戦闘術は、高いレベルでの臨機応変の戦闘に様変わり。遂には、退散せざるを得なかったウェポンを倒した。

 

「ふぅ、よし」

「ちょっと時間かかったけど、倒せたね」

「慎重に戦い過ぎたか?」

「ふふーん、どうにしても強くなったってことだよねぇ。って、ことで――」

 

 大きく息を吸ったリュックは、大声を張り上げる。

 

「こらーっ! 出てこーいっ!」

「出てきてくれるかな?」

「さーね」

 

 しばらくしても反応は返ってこない。

 

「行こっか?」

「そうだな、ここで待ってても仕方ない」

「むむ~っ」

「リュック。わたしたちの目的は?」

「......異界の異変を調べること」

「正解。答えは、もっと先にある」

「ヒョーワミ」

 

 アルベド語で「りょーかい」とむくれっ面で言いながら、両手を頭の後ろで組んで付いてくる。その後も、強力な魔物との戦闘をくぐり抜け、以前は辿り着けなかった、異界の最深部まで到達。

 

「ああー!」

 

 大声を上げたリュックが、異界の深淵と繋がるゲートの前に立つ人影に気づいた。

 

「見つけたー!」

「ようやくお出ましか」

「待って」

 

 臨戦態勢に入るふたりを制止し、前に出る。

 

「こんにちは」

「ご無沙汰しています、大召喚士様」

「その呼び方は、やめて欲しいかな」

「では、ユウナ様」

「様も要らないんだけど」

 

 深呼吸をして、真っ直ぐ見る。

 

「ここまで来たよ」

 

 小さく頷いた彼の背中にある、異界の深淵へと続くゲートへ視線を向ける。

 

「この先に、何があるの?」

「それは、ご自身の目で確かめてください。ただし――」

 

 シキは、左の腰に差した脇差しに手を添える。

 同時にパインとリュックは改めて、臨戦態勢に入った。

 

「結局、こうなるってことだな」

「最初から、リベンジするつもりだったし」

「待って! どうして戦うの? 一度......ううん、二回も助けてくれたのに」

「今は、話せません。ただ、ひとつだけ――」

 

 羽織の黒いフードを被ると一歩前に出て、耳元で小さな声で囁いた。

 

「もし、期待にそうものなら。面白いものをお見せしましょう」

「――えっ?」

 

 すっと距離を取り、被ったフードを脱いで、右を前に半身で構える。

 

「さあ、始めましょう。いつでもどうぞ」

「ユウナん!」

「構えろ、的になるぞ!」

「う、うん......」

 

 動揺を抑え、杖を手に前を向く。

 そして、戦いの火蓋が切られた。先陣を切ったのは、パイン。

 

「フッ!」

 

 剣を持っていない左手で、無詠唱で数発の炎弾(ファイア)を前方に放ち牽制。遠距離の重力魔法を警戒して素早く間合いを詰め、白兵戦へと持ち込む。距離が近く刀を抜けずも振るった刃は紙一重でかわされ、体勢を入れ替えられ反撃を受けた。太刀ではなく手刀。咄嗟に腕で受け止め、大きく後ろへ下がる。

 

「くっ、ふざけたマネを!」

「パイン、大丈夫っ?」

「ああ。何か付けてるぞ。攻撃を受けた時、素手の感触はなかった。硬い何かで殴られた感じだ。だけど思った通り、接近戦なら重力魔法は防げる」

「そうと分かれば、アタシの出番!」

 

 身を屈めて左右に小刻み動きながら突っ込み、逆手に持った短剣を立て続けに振るう。

 

「このっ、このっ!」

 

 かわされながらも、反撃の隙を許さない素速い連続攻撃。 一見意味のないように見える攻撃だったが、徐々にゲート付近にまで追い込んだ。サイドステップして大きく距離を取った一瞬の隙を、リュックは狙っていた。

 

「いっけー!」

 

 右手の短刀を放り投げた。回転しながら向かってくる短刀を避け、体勢を立て直して、リュックを見た直後、避けたはずの短刀がブーメランのように弧を描いて戻ってきた。

 

「あったれー!」

「遠隔攻撃」

 

 横に飛んで刀を抜き、戻ってきた短刀を空中で叩き落とす。

 

「いっただき!」

 

 背を向けた背後を狙い済まし、もう片方の短剣で斬りかかる。狙いは、完全無防備になっている脇腹。直撃と思われた瞬間、弾き飛んだのは、リュックの短剣の方だった。

 

「い、いった~......」

「狙いは悪くありませんでした。さて――」

 

 短剣を逆に弾いた刀の鞘を、元の左の腰へ収める。

 

「次は、私の番」

「杖で、刀と打ち合うつもりですか?」

「やってみないと分からないよ。時間魔法(ヘイスト)......!」

 

 行動スピード上げ、魔力を込めた杖が輝き出した。

 

「えいっ!」

 

 刀を横にして、刃ではなく面で受け止める。

 その攻撃には明らかに、杖本来の打撃以外のチカラが宿っていた。

 

「この、チカラは......」

「聖なる魔法、ホーリー。次は、これっ!」

 

 二撃目は、火花が散った。三撃目は、雷撃が走る。

 

「なるほど。その杖の一撃ごとに異なる魔法を乗せている。それも、任意で切り替えられるようですね」

「正解。感覚を掴むのに苦労したよ。でも、それだけじゃない」

 

 やや距離を置き、杖をシキに向ける。

 すると突然、小さな魔法陣が彼を囲むように足下に出現。二人が戦っている間に、拵えた魔法陣。

 

「これは、遅延(ディレイ)魔法――」

「フレア!」

 

 詠唱に合わせ、複数の魔法陣から眩い閃光と轟音と共に火柱が立ち上がった。

 

「もしかして、やった?」

「どうだろうな。そう簡単な相手じゃない」

「......まだだよ」

 

 ウェポンの魔弾を全て逸らしきった防御力。そうやすやすと通るとは思わない。すると突然、火柱が揺らぎ、周囲を踊っていた焔の中から、猛スピードで人影が飛び出してきた。

 

「うっ!」

 

 ガードする間もなく正面からまともに蹴りをもらい、数メートル吹き飛ばされ、地面を転がる。二人が、心配そうに駆け寄る。

 

「ユウナ!」

「だ、大丈夫、プロテスで軽減したから。それより気をつけて......」

「軽減して、今の威力って――」

「どうやら、やっと本気に......えっ?」

 

 パインは、自分の目を疑った。それは、みんな同じ。

 

「う、ウソ?」

「あ、あなたは――」

「おいおい、あの程度で参ってるようじゃ話しになんねーぜ?」

 

 戦っていたはずの少年の姿はなく。

 黒い長髪、頭に赤いバンダナを巻き、逞しいヒゲを蓄えた色黒で大柄な男性が、巨大な黒刀を肩に担いでいた。

 それはかつて、ユウナの父と共に“シン”を討伐した伝説のガードのひとり。

 

「よう、ユウナちゃん」

「ジ、ジェクトさん......?」

 

 黒刀を地面に突き刺し、伝説のガード・ジェクトはニヤリと笑って見せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission8 ~真意~

 突如として現れた伝説のガード・ジェクトを目の前にして面を喰らって動けずにいた。けれど当の本人はそんなことはお構いなしに、手を添えた首を少し気怠そうにして鳴らしている。

 

「ほ、ほんとに、ジェクトさんなんですか?」

「ん? おうよ」

 

 蹴られた患部を押さえながら立ち上がって尋ねたところ、屈託のない笑顔を向けて、拳を握って曲げた腕を軽く振り下ろして見せる。それは、彼の息子――ティーダが気合いを入れる場面で何度も見せた仕草そのもの。信じられない、とただただ目を丸くすることしか出来ない。

 

「って、なんで攻撃してくんの!」

 

 リュックは眉をつり上げて、怒鳴り声を上げた。それは、困惑している自分自身を誤魔化し、どうにかして自分を保つために咄嗟に出た言葉で。それ証明するようにパインは、どう反応すればいいのか戸惑いを隠せないでいる。

 

「まぁ、なんだ、あれだ。スーパースターの登場に相応しい演出ってやつだな」

「サイテー! てゆーか、死んでるはずでしょっ?」

「そうだな。息子(アイツ)とアーロンと一緒に、ユウナちゃんの異界送りで成仏したはずなんだけどなぁ」

 

 顔を背けたジェクトは、バツが悪そうに後頭部を掻いた。リュックも、無神経に言い放ってしまったことを気にして、頬を掻く。

 

「けど、呼ばれちまったもんは仕方ねぇ」

「呼ばれたって。もしかして、アイツが呼んだの?」

「まぁ、そんなところだな」

 

 事態を受け止め、落ち着きを取り戻し始めたパインは見解を求める。

 

「ユウナ」

「呼び寄せ、だね」

「やっぱり、そうか。でも、呼び寄せは――」

「うん。本来なら呼び出した人にしか声は聞こえないはず。でもここは、現世とは異なる時を刻む異界の深部。何が起こっても不思議じゃない」

「細かいことはいいんだよ。この先に、用事があるんだろ?」

 

 深刻な表情で話し合うのを後目に、ジェクトは曲た肘の親指で背中のゲートを差した。

 

「通してくれるのか?」

「フッ、そう簡単には通せねーな。この先へ進みたいってんなら、このオレを倒す以外の選択肢はねーぞ?」

「結局、戦う相手が替わっただけだか」

「アイツもそうだったけど、何で頑なに通してくんないの?」

「この先は、それほど危険なんですか?」

「そいつは自分の目で確かめな。けど、ここの門番にオレを選んだのは、アイツなりの情けだ。覚悟が決まったら武器を取れ。そいつが、試合開始の合図だ。最初に言っとくけどよ、始まったら、女の子が相手でも手加減出来ねぇからな?」

 

 警告を発し、異界の深淵へ続くゲート前に移動したジェクトは、地面に黒刀を突き刺して、腕を組んで立ちはだかる様に仁王立ち。少し離れた場所で、戦闘前にケガと体力の回復に努めて話し合いを行う。

 

「どうすんの?」

「もし、仮に本物だとして。相手は伝説のガードなんだろ。わたし達が相手になるのか?」

「一度戦って倒した。“シン”を倒した三年前のあの日に。でも、あの時のジェクトさんは、お父さんの究極召喚だったけど」

「ユウナの父親、大召喚士ブラスカの究極召喚?」

「パインには、ちゃんと話してなかったね。究極召喚は、長い旅の中で生まれた絆で結ばれたガードが、究極召喚のための祈り子になるんだ」

 

 苦楽を共にした召喚士のガードは己を犠牲にして、召喚士専用の祈りの子に姿を変え、“シン”が纏う鎧を破壊する力を持つ究極召喚なる。しかしそれは、上辺だけの解決法でしかなかった。究極召喚を使った召喚士は代償に息を引き取り、残された究極召喚獣に“シン”の核が乗り移る。鎧の再生にかかる時間がちょうど10年間、復活にかかる期間が“ナギ節”。

 

「ザナルカンド遺跡で真実を知った私たちは、別の方法で“シン”を倒す方法を探した。飛空艇で“シン”の体内に入って直接、“シン”を形成する核を倒したんだ」

「それが、あの祈りの歌の作戦の全容だったのか」

「うん」

「けどさ、同じ人間同士なら勝てるかも。相手は、死人だけど。同じ死人のシーモアも、ユウナレスカも倒したし。てゆーか、倒さないと先に進めないんでしょ?」

「やるしかないな。地上の異変を解明するためにも――」

「そだね。戦おう」

 

 戦う決意を固め、各々武器を持って、ジェクトの前に立つ。

 

「どうやら、腹は決まったらしいな」

「はい......!」

「いい目だ。ブラスカにそっくりだ。よっしゃ、いっちょおっぱじめるとすっか!」

 

 黒刀を抜いたジェクトは、目にもとまらぬスピードで突進。

 防御しようと杖を身構えたところへ、パインが庇うように入り剣で受け止めたが、圧倒的なパワーで押し込まれる。体勢が崩れかけたところを、ガードの上からだろうとお構いなしに連撃。

 

「オラオラオラオラーッ! ワンマンショーだッ!」

「ぐっ!」

 

 防ぎきるだけで精一杯のラッシュのラストで掴まれた腕が、爆発した。爆発を受けた腕を抱え、パインはその場で片膝をつく。

 

「パイン!」

「大丈夫だ。油断するな、本気で()りにきてるぞ。何だかんだで急所を外してきたアイツとは、違う......!」

「どうした? もう、ギブアップか? ウォーミングアップにもなりゃしねぇぞ」

 

 不敵に笑う、ジェクト。

 容赦のない連撃の圧倒的なまでのプレッシャーを感じてしまい、なかなか攻撃を仕掛けるタイミングを掴めない。

 

「なんだ? 来ねーんなら、またこっちから行くぞ?」

「来るぞ、散れ!」

 

 パインの合図で、バラバラに動く。標的になったのは、リュック。

 

「スピラに来たばっかの頃、息子が世話になったんだってな」

「どういたしまして! お礼に通してくれると嬉しいんだけどっ!」

「そいつは、出来ねぇ相談だ! 泣くんじゃねぇぞ? オラよッ!」

 

  金属製のアーマーで覆われた左腕を振り払い、短剣の攻撃を防御。攻守交代、即座に反撃に転じる。拳を地面に叩き込んだ際の衝撃波で吹き飛んだリュックは、空中で体勢を立て直し、バック転で着地。

 

「なんか、究極召喚の時より強い気がするんだけど......」

「きっと、異界だからだよ。幻光濃度が高い異界は、死人ととの相性が良いんだと思う。一対一は、ジェクトさんの土俵。私たちが勝つためには、コンビネーション」

 

 個々の能力では勝てない、チームワークで攻撃を仕掛ける他勝機はない。リュックとパインは、各々の特徴を最大限活かし、接近戦に持ち込む。鍛え上げたパインの剣は、左腕を覆う金属製のアーマーの上からでも確実にダメージを与え。小回りの利くリュックは、ヒットアンドアウェーの激しい出入りで揺さぶりをかける。そんなふたりが必死に時間を稼いでいる間に、詠唱に時間がかかる魔法を打ち込むタイミングを虎視眈々と狙う。

 

「よっと、はっ!」

「喰らえ!」

「チッ! ちょこまかと鬱陶しいってんだよ!」

 

 バックステップしたリュックのタイミングに合わせて思い切り踏み込み、右足を振り抜き蹴り飛ばした。

 

「あ、イタっ!?」

「リュック!?」

「よそ見してる暇はないぜ? 逃がさねぇぞッ!」

「しまっ――!?」

 

 渾身の力を込めた左ストレート。剣でのガードが間に合わず、咄嗟に受けた左腕の骨が砕けるような鈍い音を鳴らす。防御していなければ、顔面に直撃していてもおかしくない猛烈な一撃を貰って顔を歪めたパインは身体を打ち付けて転がり、リュックと同様に地面に膝をつく。

 

「ま、こんなもんか。さてと」

「――今だ!」

「ぬうぉ!?」

 

 動きが止まったところへ、強力な重力魔法を発動。ジェクトの体に強烈な負荷がかかる。重力場に引かれて落ちた両肩を膝をついて立っているのがやっとの状態。

 

「ジェクトさん、私たちの勝ちです。降参してください」

「ハハ、やるじゃねぇか、ユウナちゃん。けどよ、勝った気になるのはまだ早いぜ。手加減出来ねーって言っただろうがよ! ウオォーラァッ!」

 

 力を解放させ、体の自由を奪う重力場を突き破ったジェクトの姿が変化。体の大きさはそのままに、ブラスカの究極召喚獣の姿に変貌を遂げる。

 

「なっ!?」

「うそ、反則だよ」

「召喚獣化? そんな――」

「さぁ行くぜ、第二ラウンドだ!」

 

 変身したジェクトの攻撃はますます激しさを増し、防戦一方の展開を強いられる。それでも、寸での所で凌ぎきり、決定打を浴びずにいる。

 

「ユウナ。わたしとリュックで時間を稼ぐ。もう一撃、強烈なのをお見舞いしてやれ」

「でも......」

 

 幻光河で重力魔法の威力を身をもって知り、一から必死の努力の末に会得した重力魔法は、ある種切り札的な魔法(チカラ)。しかし、高密度の幻光で形成されている召喚獣には、重力魔法の耐性が高い。

 

「わわっ! パイン!」

「とにかく、考えてくれ。頼んだ!」

 

 援護へ走る、パイン。必死に考えを巡らせる。重力魔法は効かない、無属性のフレアをものともしない耐久性。

 

「――そうだ!」

 

 思いついた戦術を行うべく、杖に全神経を集中させる。

 ジェクトと戦っている二人は、とあることを感じていた。

 

「あのさ、ちょーと思ったんだけどっ!」

「なに?」

「結構、避けれてる気がしない?」

「奇遇だな。わたしも同じことを思ってた」

 

 二人の感覚の通り、ジェクトの動きが僅かに鈍くなってきていた。避けながら、会話を交わせるくらいにまで。

 

「だよね!」

「もしかすると、召喚獣化は身体にかかる負荷が大きいのかも」

「なら、もっと揺さぶって――」

 

 遠距離から、石化効果を持つ光線が放たれた。一瞬目を離したリュックに直撃、大きなダメージを受けるも、防具に組み込んだ各異常耐性(リボン)のおかげで石化は免れたが、足が止まってしまった。

 

「あ、イタタ~......あっ!」

「ゲームオーバーだ」

 

 そのリュックを目がけて振り下ろされた黒刀を、パインが剣で受け止める。

 

「くっ、動けるかっ?」

「う、うん......」

 

 足を引きずりながら、リュックが離脱するも、腕を痛めているパインは、攻撃を受け止め続けるだけで精一杯。一瞬でも力を抜けば、斬撃をまともに喰らってしまう。痛みに耐えながらのつばぜり合いの均衡が破れ、徐々に押され始めた、その時――。

 

「さて、どんだけ耐えられっかな?」

「くっ!」

「パイン!」

「ユウナ!?」

 

 二人の声を聞いたジェクトが振り向く。頭上からの攻撃。つばぜり合い中の黒刀から放した左腕で、振り下ろされる杖を受け止めるも。

 

「えいっ!」

「甘ぇ......な、何ッ!?」

 

 重力魔法を纏わせ、自由落下の力も利用して破壊力が向上した杖を叩き込まれ、金属製のアーマーごと腕を弾かれた。続けざまに右手を、ガラ空きになったジェクトの胸に押し付ける。

 

「これで、ラスト! ホーリー!」

「やべぇッ!?」

 

 ゼロ距離からの、全力のホーリー。

 聖なる光りが視界を遮り、徐々に辺りが見えてくる。ふたつの人影が、向かい合ったまま座り込んだ。

 

「今のは、さすがに効いたぜ」

「でも、倒せませんでした......」

「はっはっは、オレは特別だからな。座らせただけも大したもんだぜ。なーんてな......」

 

 召喚獣から元の姿に戻ったジェクトは、そのまま仰向けに寝転んだ。

 

「もう、動けねぇ。ユウナちゃん、お前たちの勝ちだ。行きな」

 

 立ち上がり、身体から幻光が抜けつつあるジェクトに向かって丁寧に頭を下げる。

 

「ありがとうございました。またお会いできて嬉しかったです」

「おうよ。オレも、久々に全開で暴れられてスッキリしたぜ。嬢ちゃんたちもな」

 

 回復薬や包帯で治療しているリュックとパインに、屈託のない笑顔を向ける。

 

「殺されるかと思った」

「たまんないよねぇ~」

 

 そんな二人に対し、満足そうだった。

 ジェクトにもう一度頭を下げ、二人と共に「異界の深淵」へと続くゲートの前に立つ。

 

「いよいよだな」

「うん」

「準備いい?」

「ああ、治療は済んだ。ユウナ」

「じゃあ、行こう!」

 

 緊張した面持ちでゲートを潜った。

 少し歩いて、かつて、ヴェグナガンが存在していた異界の深淵へ辿り着いた。

 

「これ、どういうこと?」

「何も......ない?」

 

 いくら周囲を見回しても、何一つとして変わった様子は見受けられない。

 

「ユウナ」

「幻光は多いけど、特に変わった様子はない、かな」

「それって、普通ってこと? でも、ここへ来れば何かが分かるんじゃなかったの?」

「いや、誰もそんなことは言ってない......」

 

 語気を強めるリュックとは対照的に、パインは冷静に思い返していた。

 

「行ったところで今は、どうすることも出来ない。あの言葉を、わたしたちの実力(チカラ)が及ばないって勝手に思い込んでただけなのかも」

「......そっか。根本的な原因は別にあって、異界そのものにはない。でも、幻光が多くて安定していないことは事実だから近づくな、危険だから。そうとも解釈できるね」

「なにそれ、なんでそんな誤解させるような言い方。もう! コラー! 納得出来る説明しろー!」

 

 木霊する怒鳴り声が消えると同時に、後方から足音。

 

「あー!」

「ホントに出たな」

 

 二人の前に出て、姿を現した少年――シキと向き合う。

 

「説明してもらえるよね?」

「ですが、その前に単刀直入にお伺いします。あなた方は――」

 

 後に続いた言葉は――人を斬れますか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission9 ~遠い記憶~

「人を斬るって......」

「それは、人を殺せるかって意味か?」

 

 問いかけられた質問に答えあぐねていると、険しい表情のパインが逆に問いかけた。シキは、静かに頷く。

 ――人を殺す。

 その穏やかじゃない響きの言葉に、動揺と緊張感が駆け巡る。彼は気に止めることなく話を、質問の真意を語り出した。

 

「正確には、人の姿(カタチ)をした(モノ)です。頭の中に置いて聞いてください。最近、各地で頻発している騒動についてはご存じですね」

「幻光の異常発生に伴う魔物の狂暴化及び、突発的な出現。私たちは、その原因を調べるために異界(ここ)へ来た。でも――」

 

 くるりと踵を返して、今から半年以上前、世界を滅亡させかけた大量破壊兵器、ヴェグナガンが存在していた高台へ目を向ける。

 

「ここには、本当に何もないの?」

「ご覧の通りです」

「納得いかないな。何もないならなぜ、異界へ来させるような紛らわし言い方をした。ただ危険を促すためなら、直接言えば――」

「ん? ちょっと待って!」

 

 釈然としない解答に痺れを切らしたパインが問い詰めようと前に出たところで、何かに気づいたリュックが止めに入る。

 

「ねぇ、なんか変じゃない?」

「......何が?」

 

 と、話を遮られて不機嫌そうな、パイン。リュックは、ヴェグナガンが鎮座していた半ドーム状の広場の一部分が、木の幹のようにせり上がってできた機械柱を指差す。

 

「あそこに、ヴェグナガンが掴まってたんだよね。ベベルの建物みたいなおっきな兵器が。なのに......なんで、ここから見えないのっ?」

「ねぇ、パイン。解体したって話は?」

「いや、聞いてない。行くぞ!」

「うん!」

 

 パインを先頭に、走り出す。空中に浮かぶ足場を飛び移り、今居る、異界の深淵の入り口の更に奧。かつて、ヴェグナガンが鎮座していた高台が見える広場まで駆け上がった。

 

「何かあるぞ!」

「一番上まで行ってみよう」

「待ってー!」

 

 曲がりくねった坂道を登り、機械の柱がある高台へ。

 そこには胴体、手足、触覚、尻尾、羽根など、ヴェグナガンのパーツが幾つかのカタマリになって散らばっていた。

 

「......間違いない。これは、ヴェグナガン。不安な気持ちになる不気味なレリーフは、頭部に刻まれてたのと同じ模様。破壊して半年以上経つし、支えきれなくなって崩れたんだね、きっと」

「下から確認出来なかったのは、傾斜角度の関係か。また動き出したのかと思った。リュックの早とちりでよかった」

「う~ん......でも、なーんか引っかかるんだよねぇ。落っこちたなら、もっと派手に壊れてないとおかしいっていうか」

「崩れた拍子に落下したんじゃないか?」

 

 後ろを振り向いたパインは、足下に落ちていた破片を拾って、飛び移ってきた足場の端へ移動。もし踏み外しでもすれば、微かな光さえ差さない底知れぬ暗闇。吸い込まれそうな気分になって一歩後ずさりしたところへ、遅れて坂道を上ってきたシキが、リュックの意見の方を推した。

 

「高所から落下したとすれば、もっと遠くへ、四方八方へ散らばっていなければ不自然。落下地点周辺に集まり過ぎています」

「そう言われると、そんな気がするかも。それになんだか、部位(パーツ)ごとにまとまってるような感じもする、かな?」

「じゃあ、誰かが意図的に降ろしたってこと? 調べてみよ」

 

 リュックは、ヴェグナガンを詳しく調べる。

 パインは警戒心を緩めることなく、シキに鋭い視線を向ける。

 

「これか。お前が、わたし達を異界(ここ)へ来るように仕向けた理由は」

「理由のひとつです。常時高濃度の幻光で満ちている異界の深淵でなら、極力周囲へ気を配らずに済みます。ですが――」

「......なるほど。ユウナ、リュック」

 

 パインに呼ばれ、ゲート付近まで戻り、改めて向き合う。話を切り出したのは、あの僅かなやり取りの中で意図を汲み取った、パイン。

 

「ここなら心配いらないだろ。それで?」

「これです」

 

 やや厚みのあるプレートを、袖の中から取り出した。

 

「これ、機械の部品かな?」

「おそらくは。ただ、詳しいことはわかりません」

「ちょっと見せてー」

「ん? その部品......」

 

 部品は、リュックの手に渡り。パーツを改めて見たパインは、その部品に見覚えがあることに気づいた。先ほど広場で拾ったヴェグナガンの近くに落ちていた機械の破片を、撮影用のスフィアを入れてあるバッグのポケットから取り出した。

 

「さっき拾ったんだけど。もしかして、これと同じか?」

「あ、カタチは似てるね。リュック」

「う~ん、たぶんどっちも、動力系ユニットの一部だと思う。それと、こっちの方が新型。回路が効率化されてるし」

 

 ふたつのパーツを見比べていたリュックは、シキが持ってきた方のパーツを差した。

 

「ヴェグナガンのパーツというわけじゃないんだな?」

「違うよ。使われてる素材が全然違うし。特殊な部品も使われてないから」

「そうか」

「疑念は、晴れましたか?」

機械(これ)に関してはな」

 

 パインが疑っていたのは、ヴェグナガンが移動させた犯人が彼ではないかというもの。ただ、疑いの目を背けることを目的に異界へ行くよう仕向けた可能性を拭いきれないため、最低限の警戒は怠らない。

 

「それで。これを私たちに見せた理由は、なに?」

「その機械は、とあるモノの中に組み込まれていた代物です」

 

 そして、語られたとあるモノの正体を聞いて、顔が強張るのを感じた。聞き間違えではないか、とリュックが再確認を求めた。

 

「今、人の身体の中にあったって言った......?」

「ええ。都市部を外れた辺境の村を襲撃した犯人を始末した際に」

「始末......まさか、殺したのっ?」

 

 ぎゅっと握った手のひらに熱がこもる。

 

「まともに話が通じない相手だった。言葉を交わす間もなく、無差別に村人に襲いかかった。犠牲は、多数にのぼりました」

「そ、そんな、どうして......」

「ユウナ、やるせない気持ちは分かる。けど、身勝手な正義を振りかざす“エボナー狩り”みたいな連中がいることも事実だ。けど、どうしてすぐに、スピラ評議会に報告しなかった?」

「襲撃を受けたのは今から、半年ほど前のことです」

 

 新エボン党、青年同盟の二大派閥が解体され、スピラ評議会が組閣される以前、世界情勢が混乱していた時期に起きた凄惨な事件。

 そして何より、その事件には特殊な事情があった。

 

「村を襲撃した犯人は、ハンターではありません」

「エボナー狩りの犯行じゃないのか? 伝説のガードを呼び寄せたから、お前もエボナーかと思ってた」

「じゃあさっきの、ジェクトさんは?」

「偽物ってこと? でも、アタシたちしか知らないこと知ってたし」

「あれは、呼び寄せではなく――」

 

 言いかけたところでシキの動きが止まり、すっと目を閉じた。しばらくして、ゆっくりと目を開ける。

 

「申し訳ありませんが、事情が変わりました。地上へ戻りましょう」

「――えっ?」

 

 核心に迫る前に会話は中断され、地上への道を早足で戻る。

 先頭を行くシキの横に付き、改めて話を聞く。

 

「さっきの続きだけど。呼び寄せじゃないならいったい、何?」

「――結び。呼び寄せとは、似て非なるものです」

「結び?」

「詳しくは後ほど。少しペースを上げます」

「結構、全開に近いんだけどっ。てゆーか、前みたいに飛ばしてくれれば速いんじゃないのー!」

「現在、諸事情により使用不能状態です。あしからず」

「走るしかないな。置いてかれると、魔物が出るぞ」

「うへぇ~......」

 

 行きは半日以上かかった道のりを半分近く短縮し、休むことなく一気に入り口近くの花畑まで戻ってきた。両膝に手をつく。リュックは、座り込んで。パインは腰に手をやって、各々乱れた息を整える。

 

「少し休憩しましょう。ここは安定しています、魔物も出ません」

 

 提案したシキは、岩場に寄りかかり静かに目を閉じた。

 

「超人かと思ったけど、人並みに疲れるんだねぇ」

「当たり前だろ。わたしたちも、回復に専念。さすがに疲れた」

「りょーかい」

 

 休憩を取っていたところ、誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り向く。そこには、幻光を纏う小柄な少年が立っていた。青紫色のフードを深々と被り、半透明な姿。ベベルの祈り子――バハムート。

 

「あ。あなたは......」

「久しぶり」

 

「お久しぶりです」と丁寧に挨拶を返し、微笑みかける。一連の動作をリュックとパインは、不思議そうな顔で見ている。どうやらふたりには、少年の姿が見えていない。

 

「どうした?」

「ついにおかしくなった?」

「祈り子様がいらっしゃってるの。それからリュック、後でシメるから」

「こわっ! パイン先生とは、また違う迫力だよ」

「ほう。よし、どっちが恐いか比べてみるか? 面白くなるぞ」

「やめて~」

 

 小さく笑って、ひとつ息を吐き、祈り子の少年に視線を戻す。

 

「ごめんね。急に」

「ううん、大丈夫。用事は、地上で起きてる異変のことだよね」

「そう。手伝ってあげてほしいんだ。ザナルカンドで生まれた僕たちの代わりに」

「どういうこと?」

「詳しいことは、彼女に......マヤナから聞いて。僕が知りうる限りのことを伝えておいたから」

「マヤナ?」

 

 ――誰? と首をかしげる。

 

「大丈夫。彼が、巡り合わせてくれる」

 

 そういうと、岩場で休息をとるシキに向けた顔を戻した。

 

「僕たちも出来る限り協力する。急がないと、大変なことになるから......」

「大変なこと、あっ!」

 

 半透明だった身体は音もなく、スッと消え去ってしまった。

 バハムートの祈り子が居た場所から飛散する幻光虫の光を追っていた視線を「巡り合わせてくれる」と、指名されたシキへと移す。

 

「あれ?」

「今度は、どうした?」

「ちょっと、目が霞んで......疲れたのかな?」

 

 軽く目を擦り、改めて見る。壁面から離れたシキが、ゆっくりした足取り歩いて来ていた。

 

「休息は取れましたか?」

「うん、連れて行って。マヤナのところへ――」

 

 異界を後にして、マカラーニャで飛空艇を降りた。その後は、徒歩での移動。ナギ平原を西へ進み、切り立った険しい山々を越えた辺境の地。微かながら緑が残る大地まで、まる一日以上かけて歩いて来た。

 

「こんなところに、村があったんだな。人はもう、住んでいないみたいだけど」

「ハァ、疲れた~。飛空艇使えば、ぱぱーっとひとっ飛びだったのに」

「仕方ない。黒幕がはっきりしない以上、慎重に動く必要がある」

 

 目立たないように人目はもちろん、通信スフィアにも映らないよう注意を払って慎重に移動してきた。休むことなく、今はもう、誰も住んでいない廃村の外れへ向かって歩みを進める。

 

「行こう。この先に居る」

「ユウナ、わかるの?」

「うん、幻光の気配がするんだ。きっと、近くで祈ってる」

「同じ召喚士だけがわかる共感か」

 

 村の外れの岬にひっそりと建てられた碑石の前で、ひとりの少女が跪き、真摯に祈りを捧げていた。

 

「あの子、だよね?」

「ええ」

 

 頷いたシキは、祈りを捧げている彼女の後ろに立ち、声をかける。立ち上がって振り向いた少女――マヤナは、被っていたフードを外して、丁寧にお辞儀をした。一歩前に出て、微笑みかける。

 

「こんにちは。あなたが、ベベルの祈り子様が言ってた?」

「はい。マヤナです。ユウナ様、お目にかかれて光栄です」

「えっと、堅苦しいのはちょっと、ね?」

「あっ、すみません」

「ううん。あと、様もいらないから。それで、さっそくだけど聞かせてもらえるかな?」

「はい。その前に、少しだけ――」

 

 傍に立つシキに向けて、やや怒りを込めた視線を送る。

 

「言ったはずだよね? 無茶しちゃダメって。今すぐ戻って」

「わかっている。では、失礼します」

 

 叱られたシキは会釈をすると、崖下へ続く階段を降って行った。

 

「すみません。お手数をおかけしました」

「それは、いいんだけど。どこへ?」

「下に、休める祠があるんです。村は、あの通りですから」

「そっか」

 

 お辞儀をした彼女は、改めて自己紹介をした。

 

「マヤナです。下へ行った彼は、シキ。あたしたちは――」

「召喚士とガード?」

「はい、そんな感じです。あたしたちは、召喚士としての修行を積むため各地を転々としていました。そこで、ある現場に遭遇したんです」

 

 それが半年前、辺境の村で起こった襲撃事件。

 

「それは、聞いた。犯人の体内から機械が出てきたんだろ。けど、最近じゃあまり珍しくない。ヌージの左半身も治療で機械化されてる」

「知っています。ですが、その方は“死人”ではありませんよね」

 

 マヤナの言葉で、場の空気が変わった。

 どことなく冷たい空気が、辺りを通り抜ける。

 

「村を襲撃した犯人は、死人だったんです。それも、同じ村出身の方。事件が起こる数週間前に異界送りされて、埋葬もしっかりされた方だったそうです」

「な、なにそれ? どういうこと......?」

「強い未練を残して留まった思念とかじゃないのか? シューインみたいな――」

「......違うと思う。下へ行った彼が、どうしようも出来ずに始末したって言ってた。動いていたんだよ、遺体が。意思を持たずに――」

 

 村人も大事にしたくないと望み。評議会の組閣前ということもあって、マヤナが改めて異界送りをして、事件は闇に葬られた。

 

「いろいろ調べていくうちに、祈り子様と直接お話しをする機会に恵まれました」

「あ、それそれ! 異界でも不思議に思ったけど、祈り子ってチカラを喪っちゃってるんだよね?」

「条件が整うと、呼びかけに答えてくれます」

 

 最低限の条件は、異界送りの直後。死者の魂を異界へ送り届けるため、一時的に周囲の幻光濃度が上昇する。その一時の間、一部の召喚士呼びかけに答えてくれる。それをビサイドで知ったマヤナは、寺院に近い異界送りの任に積極的に立候補して、祈り子たちから話を聞くことが出来た。同様に、現世とは別世界の異界では、姿を現すことが出来る。

 そして、ベベルの祈り子――バハムートから、彼女が告げられたことは――。

 

「スピラの祈り子様を探せ?」

「はい。今、各寺院にいらっしゃる祈り子様は“シン”の出現あとに身を捧げた方。もしくは、大戦中のザナルカンドの祈り子像が、寺院の手によって移設された祈り子様だそうです。ですが、“シン”が現れる以前にも、祈り子様自体は存在していたそうです。その方々なら、もしかすると......」

「なるほどな。1000年前のザナルカンドの祈り子じゃなくて、1000年以上前のスピラで作られた祈り子なら、もっと多くのことを知ってるかもしれないってことだな」

 

 ――はい、そうです、とマヤナは頷く。

 

「うーん、けどさ。何か関係があるの? 今現在進行形の魔物騒動と、死者の暴走との因果関係って」

 

 至極当然のリュックの疑問に、マヤナは大きく深呼吸をひとつして答える。そして、思いがけない言葉を返した。

 

「1000年前、同じようなことが起きていたんです。“シン”が倒された後の世界で――」

 

 最初の大召喚士――ユウナレスが、究極召喚を用いて“シン”を倒した後に勃発した、新世界の覇権争い。野心を持つ人間のエゴで、死者をも冒涜し、大勢の犠牲者を出した愚かな内戦。

 

「どうして、そんなことを知っている?」

「あたしは、見てしまったんです。ユウナ様......ユウナさんたちが、“シン”へ立ち向かったあの日――」

 

 彼女は、マヤナは触れた。“シン”の攻撃を受け、地殻変動により引き起こされた天変地異で荒れ狂うあの嵐の中。死を覚悟し、薄れゆく意識の中で触れた、遥か昔の遠い記憶の中で――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission10 ~声~

 慰霊碑が建つ岬から廃村へ戻り、広場で焚き火を囲んでいた。日が沈んだ薄暗い空の下、焚き火の柔らかな明かりが辺りを照らす。揺れる鮮やかな炎を、体育座りで眺めていたリュックが、沈黙を破った。

 

「ふたりはさ、どう思った? あの子の話。“シン”が倒されたあとに勃発した、人間同士の愚かな戦争」

「1000年前の死者が残した記憶か。まぁ、シューインのこともあるし、ないとは断言できない。実際つい最近まで、新エボン党と青年同盟は一触即発の状態だったし。今は、スピラ評議会になって表面上はひとつにまとまってるけど。ヌージたちは、内密に協力を依頼をしてきた。少なくともアイツらは、内部の人間を全面的に信用しちゃいない」

 

 しばしの沈黙。パチッと、火の中の枯れ枝が弾けた音を合図に立ち上がる。

 

「私、もう一度話してくる。リュックとパインは待ってて。ふたりだけの方が話しやすいこともあると思うんだ」

「了解。夕食の支度しておく」

「テントは、アタシに任せてー。雷克服キャンプで慣れてるからさ」

「ありがとう」

 

 ひとり、村はずれの岬へ向かった。

 荒れ果てた村の中で、唯一手が行き届いている雑木林を抜けた先の岬には、人の姿はなかった。

 

「下かな?」

 

 崖下へと続く道を探そうと、マヤナが鎮魂の祈りを捧げていた石碑の前に立った時、足が止まった。

 海の向こうには、ザナルカンド遺跡を漂う無数の幻光が虹色の輝きを放ち。反対側では、人工的な光りで輝く機械都市ベベルが見える。

 ここはちょうど、1000年前ナギ平原を舞台に激戦を繰り広げれた機械戦争。その両都市が線上に交わる中間地点に位置していた。

 そして、岬に建てられた石碑は先の戦争や、後に“シン”の犠牲になった人々の魂を慰める慰霊碑。よくよく見ると、周囲の地形に不自然な段差があったり、崖が抉られていたりと、激しい戦闘の爪跡がところどころ刻まれている。

 

「どうか、安らかに......」

 

 真摯に祈りを捧げ、暗い足下に注意を払いながら、崖下へ降りる。

 

「あれ? 何もない? わっ!?」

 

 崖の下は行き止まり。少し探してみようと思った瞬間、突然の大波に攫われて、夜の海に引きずり込まれた。潜る練習を続けて来たとはいえ、真っ暗な海。岸へ這い上がろうにも目印はなく、上も下もわからず、ただ激しい潮の流れに身を任せることしか出来ない。口から空気が漏れ、耐えがたい苦しさが襲ってくる。しかしそれも、やがて薄れていった。

 ついには意識を失いかけたその時、微かに声が聞こえた。

 ――誰? と、心の中で呼びかけ、目を開ける。

 目の前には、無数の幻光が漂っていた。暗い海中で光り輝く幻光の光は、まるで夜空に瞬く無数の星々のようだった。

 思わず見とれてしまいそうになるが、息が持たない。上っていく幻光を頼りに手を伸ばす。幻光の一つが、微かに指先に触れた。

 触れた幻光からイメージが頭の中に浮かんできた。

 嵐の夜、泥濘んだ道なき道を必死に走る記憶。肺が苦しくなるくらい全力で、誰かに手を引かれて、何かから逃げる記憶。

 そして訪れる、苦しみ、悲しみ、絶望。負の感情に支配されかけた次瞬間、はっきりと声が聞こえた。

 ――ユウナ! 手を伸ばせ!

 雑念を振り払って、目を開けてる。そして、聞き覚えのある声が聞こえた方へ必死に伸ばした手が......結ばれた。

 

           * * *

 

「――はっ!?」

 

 意識を取り戻すと、ロウソクの小さな明かりが灯る見知らぬ場所で横になっていた。聞こえるのは、自分の呼吸と反響する水の音。手も、目も動く。

 

「......生きてる?」

 

 声もちゃんと出た。ほっとして目を閉じ、ゆっくり深く深呼吸して呼吸を整えていると、少し離れたところで人の気配がした。

 

「あ、よかった。気がついたんですね」

「あなたは......マヤナ?」

「はい。海に落ちたんです。覚えていますか?」

 

 問いかけに、ゆっくりと頷く。

 

「誰かが、助けてくれた。声が聞こえたんだ。手を伸ばせって......」

「それはきっと、祈り子様です」

「祈り子様?」

 

 マヤナが見つめる視線の先には、石で出来た粗削りな台座の上で片膝を抱え、半身が結晶化した姿の祈り子が祭られていた。

 

「これが、祈り子様なの?」

「はい。岬の石碑の真下で見守ってくれています。あたしも、助けていただいたんです。ユウナさんとガードのみなさんが、“シン”と戦っている時に――」

 

 “シン”の攻撃により、この村は壊滅的な被害を受けた。

 何人もの負傷、死者を出し。生存者救出、行方不明者捜索のため、近海を船で通りかかったアルベド族の手も借り、地殻変動の影響で雷鳴が轟く荒れ狂う嵐の中決死の救出、捜索活動が行われた。

 救出活動の最中、誤って海に転落。海の中を彷徨う死者の残滓に触れながら漂い。いよいよ死を覚悟したその時、“シン”の攻撃で、長年塞がっていた洞窟の入り口が開かれ、洞窟の中の祈り子に導かれるかのように打ち上げられた彼女は、九死に一生を得た。

 

「そっか。あの時、巻き込んじゃったんだね」

「いいえ。犠牲になってしまった人に申し訳ない気持ちになってしまいますけど。あたしは、あの出来事があったから、召喚士として覚醒したんです。悲惨な歴史を繰り返させないために。それに、祈り子様にお会いすることも――」

 

 横になっていた身体を起こして、祈り子を見る。

 

「この祈り子様は、いつの時代の祈り子様なんだろう?」

「村の言い伝えによると“初代のシン”が倒された後、ユウナレスカ様のナギ節の頃だそうです」

「じゃあ、機械戦争以前の祈り子様じゃないんだね。お礼のご挨拶させてもらうね」

 

 祈り子の前で膝を付き、目を閉じて、エボン式の祈りを捧げる。

 久しぶりのエボン式の祈り。使う機会は減っても、体が覚えてる。

 

「あれ? 声が聞こえない。他の場所より、幻光は満ちてるのに。もしかして、嫌われちゃった?」

「いえ。この祈り子様は、ザナルカンドの祈り子様ではないので」

「じゃあ、スピラの祈り子様? そういえば、祈りの歌も聞こえないね」

 

 祈りの歌は、ザナルカンド稀代の召喚士――エボン=ジュを讃える讃歌。ザナルカンド生まれではない祈り子には、特別思い入れある歌ではない。

 

「返事はなくても、聞いてくれています。だって、結んだんですから」

「結んだ......」

 

 ――そういえばあの時、彼もそんなことを言ってたっけ。

 異界を駆けていた時のことを思い出したが。ひとまず、祈り子へ向かって深々と頭を下げて、お礼の意思を伝える。

 

「助けてくださり、ありがとうございました」

「無事でよかった、と言っています」

「わかるの?」

「何となくです。ずっと一緒に居ますから」

「そうなんだ。けど、どうしよう?」

 

 改めて周囲を見回す。岬の崖下のこの洞窟は、満潮時になると出入り口が水没してしまう。外へ出るには、再び海の中を行くしか道がない、と思いきや。

 

「ちょっぴり狭いですけど、非常用の出入り口があります」

「よかった」

 

 鎮座する祈り子の横の壁に置かれた板を退かすと、人ひとりがどうにか通れる程度の隠し通路が現れた。身を屈めて、整備されていない坂道を上ること十分弱、廃村と岬の間にある雑木林の中に出た。

 

「出れた~」

 

 地上に出られたのは夜明け前、東の空がすみれ色に染まり始めた頃。近くで、リュックとパインの探す声が聞こえる。声のする方へ大きく手を振って、ふたりの名前を呼ぶ。

 

「あー! 居たー! 全然帰ってこないから、心配したんだから!」

「ごめん」

「まったく、人騒がせな。ひとりなのか?」

「ううん、あの子も一緒。岬の下に洞窟があって、そこで話してたんだ」

 

 少し遅れて、マヤナが地上に上がってきた。

 

「それで、話は出来たのか?」

「うん。納得した」

「そうか、ならいい。やることは決まったな」

「だね! 目的は今から、スピラの祈り子探しって、どうやって探すの?」

「しらみつぶし、しかないだろ?」

「うへぇ~......」

 

 あからさまに肩を落とす、リュック。

 

「ベベルへ行こう。ベベルにならきっと、手がかりになる物があるはず――」

 

 スピラの首都ベベルの方へ顔を向ける。

 

「マヤナ。あなたは、どうする?」

「あたしも、ベベルへ行きます。公認送儀士ですので」

「じゃあ、一緒に行こう」

「はい」

 

 頷いたマヤナは、旅仕度を整えるため廃村の一室へ向かい。するとそこへ、パインの通信スフィアに連絡が入った。

 

「緊急通信? シンラからだ。ナギ平原に、未知の魔物が多数出現。守備隊が交戦中も状況は劣勢――」

「それ、マズいんじゃないっ?」

「行こう!」

「って言っても――」

 

 マカラーニャで飛空艇を降りて、この廃村まで一日以上かかった。全力で戻っても半日以上かかる。何より、そんな疲労しきった状態でまともに戦うことは無謀。

 

「リモートで呼び寄せられないのか?」

「無理。ジャックされないように、飛空挺のメインパネルをロックしちゃってる」

「とにかく、急いで向かおう。全力で戻れば、きっと間に合う......!」

「大丈夫です!」

 

 マヤナが、シキと共に戻って来た。

 

「シキ。お願い」

「多少誤差はあるぞ」

「そっか、飛ばせるんだっ!」

「みなさん、シキの周りに!」

 

 足下が輝き、眩い光りの柱に包まれた。

 直後、目の前が暗転。気がついた時には、別の場所に居た。

 

「ここは、どこだ!?」

「後ろ! レミアム寺院だよ」

「じゃあ、この吊り橋を越えれば、ナギ平原だ!」

 

 深い谷と谷とを繋ぐ、長い吊り橋。

 守備隊の援護のため、ナギ平原へ向かおうとした足が止まった。

 

「どうしたのっ?」

 

 倒れそうになったシキを、マヤナは必死に抱き止めた。

 

「......すみません。先に、行ってください」

「――わかった。ありがとう。ふたりとも、行こう!」

 

 走り出した背中から声が聞こえた。

 

「ごめんね、ごめん......」

 

 抱き止めた胸の中で、今にも泣き出しそうな震える声が。

 彼女は何度も、何度も謝り続けていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission11 ~祈り~

 レミアム寺院とナギ平原とを繋ぐ吊り橋を渡り、ナギ平原南西部の高台へ出て、最初に視界に飛び込んできたのは、戦場だった。

 広大な草原が広がるナギ平原の中部に位置するショップ、旅行公司を拠点に、元々ナギ平原に配置された部隊に加え、ベベルからの応援部隊が、北部から大群で迫り来る魔物を相手に奮戦していた。

 即興の大部隊の指揮を執るのは、元青年同盟の盟主・ヌージ。ヌージ自らが戦場の最前線に立ち、守備隊を鼓舞して対応にあたっている。

 

「もうすぐ、応援部隊が到着する。あと少し持ち堪えろ!」

 

 特注の改造銃を地面に向けて、引き金を弾く。銃口から放たれた弾丸は閃光となって地面を伝い、魔物の真下で弾け、上空へ爆炎が突き抜ける。しかし、片腕を吹き飛ばすも致命傷とまではいかず、他の兵の援護をしている間に、今の一撃で失った腕が再生されてしまう。

 

「フッ、バケモノめ。怯むな、防衛線を死守しろ。越えさせるなよ」

 

 銃器による遠距離攻撃でどうにか、防衛線の手前で食い止めている状態。比較的被害の小さな南部には、負傷した兵たちが次々と担ぎ込まれ、即興で建てられた簡易的な野戦病院では、ベベルの医師・看護士、部隊常駐の衛生兵が、懸命の応急処置に当たっている。

 

「何これ......ねぇ!」

「シャレにならないな、これは。もしベベルへいかれでもしたら、どれ程の被害が出るか」

「急がないと。あっ!」

 

 負傷した兵たちを、チョコボが運んでいるのを見つけた。高台を飛び降り、待機中のチョコボが繋がれている牧舎へ走る。

 

「クラスコさん!」

「ユウナ様!」

 

 チョコボを管理している調教師・クラスコ。かつては討伐隊の一員だった彼は、チョコボの気持ちが分かる特殊な能力を活かし、ここナギ平原にあった訓練場の跡地にチョコボ専用の牧場を造り、世話役兼管理者を務めている。

 

「チョコボに乗せてもらえませんかっ?」

「評議会の命で、負傷者の運搬の任についていますが。分かりました。ユウナ様の頼みです。お前たち、ユウナ様たちを前線へ連れていってくれ!」

 

 待機中だった三羽のチョコボは鳴き声を上げて、任せろと言わんばかりに飛び跳ねる。

 

「ありがとうございます! 二人とも!」

「うん!」

「よし」

 

 各自チョコボの背に乗って、草原を戦場の最前線まで一気に走り抜けた。近くまで来たところで飛び降り、戦闘に加わる。

 

「ヌージ!」

「パインか!」

「助太刀します! 状況はっ?」

「見ての通り、芳しくないさ。今、ギップルが飛空艇で応援を呼びに各地を回っている。戻ってくるまで保てばいい。いざとなれば、ベベルへ通ずる道を爆破するまでだがな」

「それは、困ります」

「そうそう、アタシたちに任っかせなさい! ちょいちょいっと倒してあげるから!」

 

 各自、杖、短剣二本、両手剣を構える。

 

「油断するな。敵は、高度な再生機能を有している。ちょっとやそっとの攻撃では仕留めきれんぞ」

「再生能力ね、上等だ。行くぞ」

 

 パインを先頭に、戦場へ走り出した。

 

「境界線を作ります。部隊を下げてください!」

「聞いたな。全部隊、防衛ライン後方まで後退。急げよ」

 

 ヌージの号令で、展開中の全部隊が防衛線後方まで後退。杖を振る。氷系の上位魔法が地面から突き上がり、ぶ厚い氷壁が作られ、守備隊と魔物との間が遮断された。

 

「さーて、これで他に気を取られずに済む。やるとするか」

「おっ先ぃーっ!」

 

 飛び出したリュックは、素早く懐に飛び込んで短剣を二度叩き込み、華麗なバックステップで反撃を回避。更に追撃、確実にダメージを与えていくが。

 

「む~っ、やっぱ効いてないかも。すぐにキズが塞がる!」

「想定以上の回復速度だな。どうすればいいか分かってるな?」

「うん」

「とーぜん。アタシたちが、引きつけるからっ!」

 

 リュックとパインは、魔物の大群に飛びかかる。強化されたパインの剣は、物理的防御をほぼ無効化。硬い鱗、皮膚を持つ魔物であろうとも、お構いなしに切り裂いていく。

 

「リュック、後ろだ!」

「ほいっ!」

 

 短剣を前方の魔物に向かって放り投げ、腰のホルスターから銃を抜き、背中越しに後ろへ向けて連射。魔物の動きを止め、前方の魔物を切り裂いて戻ってきた短剣をキャッチ、怯んで鈍ったところを追撃。足に大きなダメージを受けた魔物は、大きくバランスを崩した。

 

「ユウナん!」

「とっておき、重力魔法!」

 

 一時的に発生させた重力場に押され、地面押し付けられた魔物の身体の自由を封じ込める。

 

「パイン!」

「瞬時に増幅する幻光がキズを癒やすなら、本体から切り離せばいい――だったよな!」

 

 ダークナイトの“暗黒”とサムライの“斬剣”の能力を同時に乗せた剣を逆手に構え、重力魔法で動きが止まった魔物に渾身の一撃を叩き込む。再生が追いつかない程のダメージを受けた魔物は、身体を形成していた幻光が裂け目から抜け出し、空中を舞うように漂う。

 

「さすが、パイン先生!」

「まだ一体始末しただけ。次いくぞ!」

「この調子でいこう!」

 

 時間をかけつつも、同じ要領で一体一体確実に倒していく。戦い慣れた動きに、ヌージは感服した。

 

「なんてヤツらだ。たった数日の間に、これほどまで使いこなすとは。戦い方も心得ている。いったい、どれ程の修羅場をくぐり抜けてきたのか」

「ヌージ司令、応援が到着しました!」

 

 マカラーニャの森を越え、各地へ散らばっていた守備隊を乗せた飛空艇艦隊が続々とナギ平原へやって来る。

 

「各隊部隊長へ通達、隊列を組み直す。集合させろ」

 

 ヌージを囲う形で、大勢の兵士が集結。正に、圧巻。ベベルの上層部から一目を置かれていた討伐隊時代に培ったカリスマ性を惜しみなく発揮し、大部隊が出来上がった。

 

「ルチル。一個小隊を牽き連れて平原西部から回り込め、先端になればなるほど氷壁の密度は薄くなっているはずだ」

「はっ! 続け!」

「ギップルは、救護施設(ここ)の防衛に当たってくれ」

「あんたは?」

「正面から行く。戦い方は、彼女たちが教えてくれたさ」

 

 ちょうど、五体目の魔物を倒したところ。今日一番の大物の魔物から解き放たれた無数の幻光が行き場を探して周囲を漂っている。

 

「やるなぁ。さすが、先生方。頼りになる」

「援護射撃を。同時に突っ込む」

「あいよ。んじゃあ、いくぜ?」

 

 回転刃(グラインダー)が仕込まれた両手持ちの改造銃を担いだギップルは、銃口を上空へ向ける。引き金に指をかける。乾いた発破音が、ナギ平原に鳴り響いた。

 そして同時に、人が倒れた。

 倒れた人物は、タイトな赤い服を着て、左手で鉄杖を持ち。この大部隊をまとめ上げた人物――ヌージ。

 身に着けている服よりも鮮やかな赤い色の鮮血が、撃たれた腹部を染める。

 

「――れだ。誰が、撃った! 出てきやがれッ!」

 

 怒号を飛ばすギップルが、周囲の人間に銃口を向ける。

 

「お、落ち着け。急所は外れている、問題ない......」

「しゃべんなって。救護班、急げ! おい、勝手に動くなよ? 許可なく動いたヤツは全員、この場で撃つ! 今すぐ、大人しく投降するなら事故で済ませてやる。入射角度から方向は割れてんだ。お前か!?」

「ち、違う、オレじゃない!」

「お、オレも違う! オレは、銃を持ってない!」

「動くなっつってんだろッ!」

「......や、やめろ......お前ら――」

 

 その場で応急処置を受けるヌージの必死の声も虚しくも、誰の耳にも届かない。本部周辺に殺伐とした空気が流れる中、二発目の銃声が鳴った。レミアム寺院の吊り橋を渡ってナギ平原へ遅れてやって来た、二人の耳にも届き、悲惨な戦場を高台から見つめている。

 

「間に合わなかった? 止めなきゃ......!」

「無駄だ。誰も聞きやしない」

「でも――」

「幸か不幸か、今ここは、幻光で満ちている」

「まさか、結びを使う気なんじゃ! ダメだよ、異界でも危ないのに――」

「迷っている時間はない。保って10分、空白を作る。炙り出してくれ。頼む」

 

 目を閉じて、意識を落とす。唇を噛んだマヤナは、司令本部へ向かって走り出した。そして、二発目の銃声は、魔物と戦っている氷壁の向こう側にも届いた。

 

「なんだろう? 今の音」

「もしかして、銃声?」

「どこからだ?」

「あっ! 見て!」

 

 リュックが指を差した方向、高台に作られた対策本部周辺では今、発砲による実害が出たことにより猜疑心、懐疑心、疑心暗鬼に駆られた兵士たちの間で、小競り合いが勃発。最初は小さな衝突も時間が経つにつれて激しさを増していき、やがて抑えが利かなくなり、己の身を守るため同士討ちが始まってしまった。

 

「まさか、仲間同士で殺し合いか?」

「なんで? 敵は、目の前の魔物なのに。ねぇ、どうして!」

「撃ったんだ、誰かが......!」

「そんな......やめて! みんな、もうやめて!」

 

 魔物との戦闘を止め、急いで止めに入るも時既に遅し。一度芽生えた不安、恐怖、疑心は簡単には拭えない。戦闘の激しさは、どんどん増していく。終いには、止めに入ったところを、錯乱した兵士が斬りかかって来た。

 

「ぱ、パイン!」

「くっ! この――」

 

 剣で押し戻し、魔力を込めた拳を叩き込む。殴られた兵士は地面を転がり、うつ伏せで倒れ込んだ。

 

「バカ! 仲間割れして何になる!? これじゃああの時と、アカギ隊選抜試験の時と同じじゃないか!」

「パイン......」

 

 パインの悲痛な叫びを聞きたギップルは、銃装備の兵士の胸ぐらを掴み上げていた手を緩める。

 

「ギップル、後ろっ!」

「しまっ――!」

 

 騒動に乗じて氷壁を越えて飛んできた魔物が、ギップルたちを目がけて急降下、口から巨大な火球を吐き出した。リュックの指摘を受けて咄嗟に、掴んでいた兵士を庇って突き飛ばすも、自身の回避は間に合わない。

 直撃――と想われた次の瞬間、空中で火球が真っ二つに割れ大爆発を起こした。

 

「目を切るな。まだ、戦闘は終わっていないぞ」

「あ、あんたは――!」

 

 爆風と爆炎、閃光で眩んだ目をゆっくり開けたギップルは、目の前に立つ人物の姿に驚愕する。それは彼だけではなく、この場に居る守備隊全員が自身の目を疑い、争いを止めてしまう程の人物。

 白髪交じりのオールバック、サングラス、朱色の着物からは左腕をはだけ、背丈と同等の長さの太刀を右腕で肩に担ぎ。悠然と、威風堂々と魔物と対峙する風格のある男性。かつて、共に“シン”と戦った戦友――伝説のガードのひとり。

 

「ア、アーロンさん......!?」

「ほ、ホンモノ?」

 

 問いかけに、軽く笑みを見せる。

 

「フッ、悪いが時間が限られていてな。ユウナ、異界送りだ。周囲の幻光を送れ、炙り出せる」

「異界送り......あ、そっか!」

 

 アーロンの助言を聞き、異界で聞いた話を思い出した。半年前、故人が村人を襲った怪奇的な事件のことを。助言に従ってさっそく、異界の準備を始めようとしたところへ、マヤナが息を切らせて走って来た。

 

「ユウナさん、あたしも踊ります!」

「お願い!」

「警護は、アタシたちに任せてー!」

 

 二手に分かれて、異界送りの舞を踊った。踊りに合わせて、空中を漂っていた迷える幻光が、次々に異界へと送られていく。

 

「さーて、こちらも片付けるとするか」

 

 前を向く。未だ、魔物の群れが残っている。

 

「手伝う。二人でやった方が速い」

「どうやら、頭は冷えたようだな」

「ああ。こんな時に聞くのもあれなんだけど、マジモン?」

「フッ、大馬鹿野郎だな」

「ハギワコ......」

 

 ――マジかよ、とアルベド語で言いながら頭を抱えるギップル。

「世界を変えるのは、いつだって大馬鹿野郎さ」それは、ビーカネル砂漠でアーロン本人から直接言われた言葉。今、横に立つ人物が本人であることの証。

 

「足を引っ張るなよ」

「おう!」

 

 二人は、魔物の群れに飛び込む。切れ味抜群の太刀と回転刃(グラインダー)は、身の守りが硬い魔物であろうとお構いなしにダメージを与え、次々と切り裂いていく。

 そして、異界送りも終盤を迎えた。

 元々漂っていたいた幻光、後から倒した魔物から放出された幻光も、ほぼ全て消え去った。

 

「――居た、居ました!」

 

 同士討ちしていた兵士の輪から外れた場所、ナギ平原で生活している避難民の中に幻光が身体に纏わり付く人影を、マヤナが見つけ出した。

 

「アイツか!?」

「はい!」

「でも、民間人だよ? それにまだ、子供だよね?」

 

 魔物でもなく、強い想いに縛られこの世に留まる死人でもない。間違いなく、本物の人間。ヌージを撃った犯人を目の前にしても、二人は身動きを取れずにいた。

 ――人を斬れますか? あの時問われた言葉が、脳裏をよぎる。正に今、試されている。

 

「くっ!」

「ど、どうすんのっ?」

 

 虚ろな目をした少年は、隠し持っていたハンドガンの銃口を、袖の下から二人に向ける。

 

「やはり、荷が重いか。おい、後は任せるぞ」

「了解!」

 

 ぶ厚い皮膚で身を守る魔物を一刀両断し、パインたちの元へ向かうアーロンの足が途中で止まった。

 

「どいて!」

「ユウナ!?」

 

 走って来た勢いと雷属性の魔法を込めた杖を、腹部に叩き込んだ。攻撃を受けた少年は、よろけるも倒れない。まさかの事態に、他の避難民は悲鳴と驚きの声を上げながら、逃げるようにその場を離れていく。

 

「ハァハァ、その子はもう、亡くなってる。何かに操られてるだけ。今、叩いた場所からだけは幻光が出てない......!」

「なら、そこに操ってる機械があるんだな? やるぞ、リュック!」

「――うん!」

 

 意を決して、斬りかかる。パインが腹部を切り裂き、剥き出しになった体内に埋め込まれた装置を、リュックが短剣で弾き出した。すると、まるで糸が切れた操り人形の様に倒れ、動かなくなった。

 

「どうして......どうして、こんなことになるんだろ?」

「ユウナん......」

「クソ......!」

 

 残っていた全ての魔物が倒され、同士討ちも止まり、現場が落ち着きを取り戻し始めても。やるせなさだけが胸に残り。

 ただただ、冥福を祈ることしか出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission12 ~空白の10年~

 一連の騒動がひとまずの収束を迎えてから数時間後、聖ベベル宮の応接室に主要人物が集まり、表向きには労いという名目で、緊急の話し合いが行われていた。

 

「被害者の身元が判明した。先月、ナギ平原のホバーと接触して亡くなった子供。目に見える外傷は殆どなく、打ち所が悪かったらしい。遺体は異界送りされたのち、故郷の墓地に埋葬されたそうだ」

 

 戦闘中、ベベルの本部で戦闘指揮を執っていたバラライが、報告書の内容を読み上げる。

 

「やっぱり、お墓が掘り起こされたんだ......」

 

 膝の上で手をギュッと握って、込み上げてくるどうしようとも言いがたい感情を必死に堪えて抑え込む。参加している他の面子も各々想うところがあるが、あえて表には出さない。しかし、漂うこの重苦しい空気を払拭するべく、ギップルは半ば強引に話題を変えた。

 

「ったく、墓荒らしなんて悪趣味にもほどがあるぜ。いったい誰の仕業だ? つーか、あんたはもういいのかよ。船長」

「言っただろ、急所は外れていると。しかし、ずいぶんと特定が速かったな」

「実は、事前に情報があったんだ。覚えているだろう、会議を盗み聞きした彼らのことを」

「ああ~、公認送儀士と、護衛の幼なじみだったっけ?」

「そう。彼らから最近各地で、盗掘騒動があると報告を受けていたんだ。今回の一件と同一犯の可能性が高い」

 

 会議室の壁に寄りかかり、黙って話を聞いていたパインが尋ねる。

 

「それで。犯人の目的と目星は付いているのか?」

「残念ながら。現時点で不明」

 

 資料をテーブルに置き、バラライは肩をすくめた。

 そして一転、真剣な表情に変わる。

 

「僕も、聞きたいことがある。戦場に現れたという人物は本当に、あの、アーロン様なのか......?」

 

 彼の疑問に答えたのは、リュック。

 

「本物だよ。あの雰囲気、佇まい、言葉遣い。全部......アーロンそのものだった。絶対、ホンモノ。だよね? ユウナ」

「うん。あの人は、アーロンさん。間違いない」

「......だよなぁ。実は俺、三年前、ビーカネル砂漠で本人と話したことがあるんだ。あの時と同じ立ち振る舞いだった。信じられねーけど、マジモンだ。けど、どこへ行っちまったんだ? 急に現れたと思ったら、いつの間にか消えちまった」

「きっと、還ったんだよ」

 

 ――異界へ。窓の外へ目を向ける。

 つい先ほどまでの騒動がまるで嘘だったかのように、平穏な街の日常が広がっていた。遠くには、建設中のブリッツボールスタジアムの剥き出しになった骨組みが見え、大勢の作業員がシーズン開幕に間に合うようにと、急ピッチで建設作業を進めている。

 

「私たちは異界で、ジェクトさんとも会ったんだ。ジェクトさんも、本人だった。最初は、呼び寄せだと思った。だけど、あの人は“結び”って言ってた。呼び寄せとは、似て非なるものだって」

「例の少年のことですね。しかし、“結び”か。紐を結ぶ等とは違う意味だろうけど。召喚士・送儀士の専門用語にはない言葉だ。彼の消息は?」

「分からない。不思議な能力(チカラ)で、私たちをレミアム寺院へ送ってくれた直後に倒れて、その後のことは」

「――アイツ、マヤナなら、居場所を知ってるんじゃないか?」

 

 パインが言った人物ついて知らないギップルとヌージは「誰だ?」と、軽く視線を向ける。

 

「その名前、聞き覚えがある。確か先日、イサール氏の推薦で正式に承認された公認送儀士の名だったはず。彼女の異界送りは、遺族の方々から評判が良くて、礼の手紙が数多く届くから印象に残っている」

「公認送儀士......あの、一緒に踊ってた子のことか」

 

 納得して頷く、ギップル。治療を受けていたヌージは、更に感じた疑問を投げかけた。

 

「しかしなぜ、あの状況で異界送りを?」

「アーロンさんが、気づかせてくれるきっかけをくれた。あの時のナギ平原は、まるで異界みたいに幻光で満ちていた。漂う幻光を送ってしまえば、魔物の再生速度は鈍化する。何より魔物は、銃を使わない。使うのは、同じ人間だけ。だから、犯人は内部にいる。でも、守備隊の人たちにはヌージさんを狙う理由はないから」

「なるほど、木を隠すなら森の中ということか。何者かが、何かしらの目的を持って、遺体に装置を取り付けて操り、刺客として戦場に送り込んだ。おそらく、目的は――」

 

 目的は、内部崩壊。指揮官が撃たれたとなれば、確実に動揺が広がる。広がった動揺はやがて混乱に変わり、疑心暗鬼を招き、最終的に収拾がつかなくなる。

 

「内部崩壊となれば、指導者の責任問題に発展する。事実、僕のところへ事実関係の問い合わせがきている」

「俺らに対して、怨みを持ってるヤツってことか?」

「考えられる一番の理由は、割を食っている人物の犯行。やはり、評議会内部に裏切り者が――」

「さて、どうだろうな。機械で操作されていたことを鑑みれば、その分野に精通した人間だ。何人いる?」

「ぶっちゃけいねーよ。体内の組み込まれていた装置は、未知の機械だった。シンラが今、シドの娘が持ってきた二つの装置も一緒に解析作業を行ってる」

「リュックって呼べ!」

 

 眉尻をつり上げて、ギップルに猛抗議するもあっさりとあしらわれていた。どうにせよ、解析結果が出るまで保留という結論に至り、応接室を退室。

 

「私、祈り子様に会ってくる。会えますか?」

「それは、もちろん。ですが今は、ベベルの祈り子の像も例に漏れず、形だけの石像ですよ?」

「大丈夫、異界で話せたから。きっと、呼びかけに応えてくれと思うんだ」

「召喚士の特権だな。わたしたちには、祈り子の姿は見えなかった。操られてた犯人の幻光の漏れ方に違和感があることも、な」

「そうそう。ユウナが背中を押してくれなかったら、止められなかったも」

「わたし達の甘さだ」

 

「下手をすれば、()られていたかもしれない」と、パインは強い危機感を持った口調で自身を諫める。リュックも、少し表情を強張らせていた。

 二人と三盟主と分かれ、ひとり、試練の回廊を越えた先にある祈り子の間へ。祈り子の間は、薄暗く狭い空間。そして、中央の床に埋め込まれる形で、祈り子の像が安置されている。

 目を閉じて、深く深呼吸して、真摯に祈りを捧げる。

 すると、異界で会った祈り子の半透明の少年が、石像の上に浮かび上がった。

 

「来たんだね、ユウナ。マヤナとは話せた?」

「うん、聞いたよ。スピラの祈り子様を探して、話を聞けばいいんだよね。それとは別に聞きたいことがあって。結びって、なんのことか分かるかな?」

「ごめん。詳しいことは分からないんだ。ただ、ザナルカンド特有の秘術じゃないことは確か。難しいんだけど、似たような方法はある。限りなく召喚に近い方法がね」

「召喚に近い方法?」

 

 ――うん。と、小さく頷いた。

 

「バラバラになった記憶の欠片を紡いで夢を視る。もし、上手くいけば――」

「待って。その先は、言わないで......ありがとう」

 

 ――もし今、この先の言葉を聞いてしまえば、きっと願ってしまう。だから、聞けなかった。ううん、聞きたくなかったんだ。

 祈り子の少年は、目の前までスッと移動してくる。

 

「スゴいね、ユウナは。僕たちは、いつしか変わらないことを望むようになっていた。永遠に夢を見続けることも悪くないと思った。召喚士エボンが視た夢は、楽しい夢だったから......夢のザナルカンド。街はいつも賑やかで、明るくて、人も街も活気に溢れていて。超満員のスタジアムでは、ブリッツボールの試合にみんな鼓動を熱く弾ませた。もし、あの戦争が起こらなかったら今頃、あんな夢のような理想的な世界になってたかも知れない」

「ベベルとザナルカンドは、どうして争ったのかな?」

「分からない。機械戦争当時、僕は何も知らない子供だったから。ただ、みんなを守りたくて、守れるチカラが欲しくて、祈り子になった」

「そっか。やっぱり、探さないとだね。ありがとう」

「僕たちも、出来る限りの手助けをするから。もう二度と、あんな悲劇を繰り返させないためにも――」

 

 正座の状態から立ち上がり、一礼して祈り子の間を後にするため背を向けたところを呼び止められる。

 

「機械戦争の激戦地だったナギ平原には、二大都市に挟まれた都市が存在していたんだ。両国の間を取り持っていたんだけど。結局抑えきれずに、都市は戦場になって、多くの人たちが各地へ離散して避難しちゃった。だけど、両国と交流を持っていたから、もしかすると――」

「うん。探してみるね」

 

 頷いて、祈り子の間を後にする。

 待機の間には、リュックとパインが待っていた。

 

「話せたか?」

「うん。聞けたよ。結びについては詳しく分からないけど。ナギ平原には昔、大きな都市があったんだって。ベベルとザナルカンド、両国と交流があったみたい」

「初めて聞いたな、そんな話し」

「だね。召喚士が、“シン”と戦う場所って聞かされてたし」

「寺院は、いろいろ隠していたんだ。召喚士になるための修行で、スピラの成り立ちを勉強した時も、そんなことは一切載ってなかった」

 

 ビサイド村に保管されていた文献に書かれていたのは、遥か昔、機械を使った大きな戦争があったこと。争いを止めようとしない人々に怒り、現れた“シン”が機械文明を破壊し尽くしたこと。ザナルカンド出身の召喚士ユウナレスカ様が、究極召喚を用いて“シン”を倒したこと。

 そして、“シン”は消滅から10年経過すると自然復活し、再び世界を破壊する。それは、人が犯した過ちが具現化した存在だから。人が罪を償えば、人の罪の象徴の“シン”は消えるはず。

 

「大まかにまとめると、こんな感じだよね? エボンの教え」

「うん。マヤナが話してくれたのは、初代の“ナギ節”の空白の10年の間に起きたこと」

「それが、人同士の愚かな争い。機械文明を破壊尽くし、ユウナレスカの功績によって訪れた、“シン”が存在しない最初の“ナギ節”に勃発した、新たな世界の覇権争いってことか。だけど、予期せぬことが起きた」

「“シン”の復活......?」

 

 自信なさげ言ったリュックに対して「たぶん、そうだと思う」と返す。すると、首を小さく捻って唸りだした。引っかかっていたのは、マヤナに対しての疑問。

 

「う~ん......どうして、空白の10年に起きたことを知ってたんだろう?」

「きっと、祈り子様に教えていただいたんだよ。あの村には、半身が結晶化した祈り子様がいらっしゃるから」

「スピラの祈り子ってことか?」

「そうみたいだけど、機械戦争後の祈り子様なんだって」

「じゃあ、アタシたちが探す祈り子より後だね」

「あ、そういえば......」

 

 ――祈り子様を見つけても、呼びかけに答えてくれるのかな?

 あの村の祈り子の像と対面した時のことを思い出した。祈りを捧げても、呼びかけに答えてもらえなかったことを。

 

「どうした?」

「ううん、何でもない。とにかく、しらみつぶしに文献を探してみよう」

「そのことだけど、バラライに頼んでおいた。今は、スピラの事実上のトップクラスの一人。一般人が入れない場所でも、難なく立ち入れるからな。何か分かったら、すぐに連絡をくれるってさ」

「そっか。なら一度、あの村に戻ってみよう。あの村は、ナギ平原の辺境の村。機械戦争から逃れた人たちが暮らしていたのかも知れないし。廃村になった今でも、古い文献が残ってるかも」

「ああ。それに、ちょうどいい。今、マヤナは、あの村に戻ってるそうだ。もう少し詳しい話を聞けるかもな」

「すぐに出発しよう。今度は、途中の古い遺跡を調査しながら」

「うわ~、大変だぁ~」

「行くぞ。腹くくれ」

「ほらほらっ」

 

 分かりやすく肩を落としたリュックの手を引っ張って、ベベルから旅立つ。

 当面の目的は、機械戦争以前に造られた祈り子の石像を見つけて。戦前の話しを聞くこと。

 そして、戦後、“シン”が滅びたあとに訪れた最初の“ナギ節”。その空白の10年の間に、いったい何が起きたのかを知るための旅の始まり――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission13 ~子守唄~

 スピラの首都ベベルに次ぐ都市、ルカを定刻通りに出港した連絡船は、炎を司る祈り子が鎮座するポルト=キーリカを経由し、スピラ最南端の有人島、ビサイド島への航路を進んでいる。南下していくつれ、だんだんと暖かくなる潮風と日差しを体に受けながら、しばしの休憩。

 

「ようやく次が、大召喚士様在住のビサイド島か」

「今は、不在だそうだけどね」

 

 公認送儀士のクルグムは、テーブルに置いた映像スフィアに映るニュースを見ながら答える。スフィアには、ルカに局を構えるスフィア放送の女性レポーター、シェリンダが、戦場になったナギ平原をバックにリポートしている姿が映しだされていた。

 

『ご覧ください。ナギ平原は、先の戦闘の激しさを物語る激しい爪跡が数多く残っています。そして現在、被害を受けた旅行公司や、歩道の復旧作業が急ピッチで行われています。なお、今回の戦闘では多数の負傷者――』

 

 頬杖をついて、スフィアから視線を外す。

 

「また、魔物騒動か」

「それも、僕たちが倒してきた魔物より遥かに強力化してる。あの、ヌージ司令官が重傷を負うほどに。ただ、死者が出なかったことはせめてもの救いだよ」

「まったく、どうなってるんだ? スピラは――」

「......ユウナ様なら、何か掴んでいるかも」

「神格化し過ぎ。“シン”を倒したのは、素直に尊敬してる。けど今は、辺境のビサイドでエボナーの指導してる人だぞ」

 

 政治の世界から、もっともかけ離れた場所で。

 

「それこそ偏見だよ。今回の騒動を収めたのはユウナ様たちだって噂も耳にしたし。各地で問題解決のために奔走してるという目撃証言は聞いたでしょ? チュアミも」

「所詮噂だろ、うわさ。だいたい、どうしてわざわざ出てくるんだ? 今回の騒動は、評議会管轄......もしかして、今回の騒動もエボナーの仕業なんじゃないのか?」

 

 声を潜め、ふと浮かんだ疑問を伝える。するとクルグムは、やや不機嫌そうな表情を見せた。

 

「感心出来ないな。根拠も、証拠もなしに疑いをかけるのは」

「わーたよ。私が悪かった」

 

 素直に過ちを認め訂正したが、やはり疑念は残る。

 

「ビサイド村のルールー村長を尋ねれば、その辺りのことも何かわかるかも知れないよ。チュアミのお父さんのことも」

「ハァ、だといいけどな」

「そのためにも、しっかりお役目を務めないと」

 

 そこへ、間もなくビサイド島への到着を知らせるアナウンスが船内に流れた。身支度を整え、海岸沿いの港から上陸。ユウナが現在不在ということもあって、上陸する人は数えられる程しかおらず。その大半が、隣島まで買い出しに出掛けていた島民。島民の後に続いて、船を下りる。

 白い砂浜に繋がる桟橋に立ち、軽く伸びをして、大きく深呼吸。

 

「ん~んっ! ハァ、やっと着いた」

「魔物に遭遇せずに済んでよかったね。行こう」

 

 休憩する間もなく、ビサイド村の村長ルールーを訪ねる。

 

「評議会の公認送儀士? 送儀士の派遣を依頼した覚えはないわよ」

「僕たちは今、各寺院を巡る旅をしています」

「道中で見かけたいざこざの仲介、魔物退治、異界送り、交通網の整備の要望なんかも、スピラ評議会へ報告したりしながらね」

「ふーん。んで、ビサイドが最後の寺院ってことか」

「はい。主要寺院すべての祈り子様にご挨拶させていただきました。例え今は、ただの石像だとしても、スピラのために命を捧げた方々ですから」

「いい心がけだな。ルー」

「そうね。お祈り自体悪いことじゃないし。わかった、祈り子の間への入室を許可してあげる。ただし、祈り子様の前では粗相のないように」

「ありがとうございます、ルールー村長。何かお手伝い出来ることや、評議会宛にメッセージがあればお伝えいたします」

「変な気は回さなくていいわ。でも、そうね。時々、運搬用の飛空艇が故障や悪天候の影響で飛ばないことがあって。連絡船の本数を徐々に減らす方向で検討しているそうだけど、定期便は維持してもらえると助かるわ」

「わかりました、確かにお伝えいたします」

 

 ルールーに一礼し、ワッカの案内でビサイド寺院へ。

 

「ここは、試練の回廊って呼ばれていた通路だー......って知ってるよな?」

「はい。別の寺院も特徴のある通路がありました。それらは、召喚士の修行を積むためと聞き及んでいます」

「そうだ。さまざまな仕掛けを解読して、一番奥の祈り子の間で祈り子と対面する。まる一日以上かかることもあるし、時には、命にかかわることもある」

「そんな大変な修行を......」

「私たちも、命懸けだったじゃないか。マカラーニャ寺院なんて特に」

 

 マカラーニャ寺院と聞き、ワッカは興味を示す。

 

「お前ら、マカラーニャ寺院にも行ったのか。今、水没してんだろ? 飛空艇禁止ってだけでも大変だろうに、バラライのヤツ、結構厳しいんだな。けど、一人前の送儀士になるには、そんくれー厳しくねーといけないのかもな。お前は、どんな異界送りをするんだ?」

「どんな、ですか?」

 

 問われた言葉に、クルグムは返答に困った。知る限り、個人差は多少あるものの。異界送り自体の差異はあまりない。

 

「えーと......」

「こいつ生真面目なんで、基本に忠実な踊りが持ち味なんです」

「そうか。何ごとも基本は大事だからな。いいと思うぞ」

「あの、ところで、ワッカさん」

「ん? なんだ?」

「ユウナ様は普段、ビサイドで何をなされているんですか?」

「簡単にいうと、いわゆる人生相談だな」

 

「いくら大召喚士っていったって、まだ20の女にすることかよ」と、心の声が漏れそうになった言葉を飲み込む。今の言葉は、口にしない方が得策。三盟主に盗聴がバレた時に学んだ。

 

「知ってるだろうけど、寺院の教えが生活の土台になってる人は、まだ多い。ちまたで、エボナーって呼ばれてる人たちが典型だな」

「エボナーは、いったい何が目的なんですか? 寺院も、“シン”もいないのに。そもそも、世界を欺いて牛耳っていた寺院に都合良く創られた教えを信じて生きても仕方がないじゃないですか」

「チュアミ......!」

「まっ、そうなんだけどよ。けどな、生き方を変えるってのは簡単なことじゃない。チュアミって言ったか。お前今、いくつだ?」

「17です」

「17か。お前くらいの歳の頃は、周囲の環境で心と体が大きく変化する多感な時期だ。良くいえば柔軟性があるし、悪くいえば流されやすい」

 

「そんなことない!」と、反論してやろうと思った。でも、出来なかった。それくらいの分別はある。なんの根拠もなく反論したところで、簡単にあしらわれてしまうことは目に見えていた。

 反応を見るように一瞬向けた視線を前に戻し、語り出した。

 

「自分で言うのもあれだけどよ。オレは、模範的なエボン信者だった。教えに反する機械を使うアルベド族に嫌悪感、憎悪を抱いてたし。教えの通りに過ごしていれば、いつの日か“シン”は自然といなくなるって本気で信じてた」

「伝説のカードのワッカさんが? 失礼ですが、とてもそのようには思えないのですが......」

「はっはっは、人は変われるってことさ。考え方が根底から覆るくらいの経験するとな。だからよ、なんとなく理解できるんだ、エボナーとして生きる人たちの葛藤ってヤツを。さて、この下が控えの間に通じる昇降床がある部屋だ。中では、祈ってる人が居る。荒立てるなよ?」

 

 念を押され、スフィアがセットされた台座を昇降床の窪みに押し込む。すると音がして、足下の床が競り下がった。祈りの歌が聞こえる。下の部屋に着き、通路を抜けた先に、祈り子の間へ続く階段を降りると、数名の人たちが跪き扉の奥にある祈り子に祈りを捧げている、控えの間に辿り着いた。

 

           * * *

 

「挨拶は、済んだみたいね」

「はい。ありがとうございました」

 

 クルグムの会釈からワンテンポ遅れて、同じように頭を下げる。

 

「これから、どうするの?」

「ベベルへ戻ろうと思っています。報告したいこともたくさんありますので」

「そう。気をつけて、と言いたいところだけど。今日はもう、連絡船も、飛空艇も飛ばないわよ」

 

 ルールーの言葉を聞き、小さくタメ息がこぼれた。

 

「一泊していくしかないな」

「そうみたいだね」

「それなんだけど。今日は、宿に空きがないのよ」

 

 寺院に完備されている宿泊所は今、ユウナとの面会希望者が宿泊中。討伐隊の元宿舎の方も現在、ベベルから派遣された守備隊が使用している。距離があることを理由に待機を命じられ、ナギ平原での戦闘の応援には行かず終いだった。

 

「また、野宿か?」

「そうだね。どこか、テントを張れる空き地をお借りして――」

「そういうわけにもいかないでしょ。うちに泊まっていきなさい。用意してあげるから」

「そんな。ご迷惑をおかけするわけには......」

「遠慮しないの。それに、放っておくなんて、夢見が悪いわ」

 

 そう言うと、夕食と寝床を用意してくれた。

 ベベルから始まった長旅の疲労を温泉の湯と共に洗い流して、寝具に横になる。

 

「久しぶりに、ゆっくり寝られそうだなぁ......」

「そうだね。ビサイドの幻光は安定しているみたいだから、魔物の心配も少なそうだし。ちゃんとお礼をしないといけない」

 

 連絡もなしに、いきなり訪ねたにも関わらず、手厚くもてなしをしてくれた。悪い人たちじゃない、と思った。横になったクルグムが、顔を横に向ける。

 

「ねぇ、チュアミ、聞かなくていいの? チュアミのお父さんのこと――」

 

 ――沈黙。質問には答えず、日付が変わった頃、ひとり、外の空気を吸おうと家を出た。昼間の暑さはなく、肌寒さを覚えるくらいひんやりとしていて。澄み渡った夜空には、無数の星々がキラキラと瞬いている。人工灯が街を照らすベベルではまず見られない美しい夜空に、思わず見入ってしまう。

 ふと気がつくと、どこからか、優しい歌声が聞こえてきた。

 誰もが知っている歌、スピラの子守唄。

 歌が聞こえてくる、家の裏手へ回る。歌っていたのは、小さな赤ん坊を抱いたルールー。

 

「あら。起こしちゃった?」

「少し寝付けなくて。星を眺めてたら、懐かしい子守唄が聞こえてきたから」

「そう。なら、少し話さない?」

 

 家の表側に戻り、少し間を開けて、木組みで作られたベンチに座る。話しを切り出したのは、提案を持ちかけたルールーから。

 

「正直言うとね、警戒していた。訪ねてきた時からずっと。あんた、妙にピリついてたから」

「......そんなこと」

「あるでしょ」

 

 否定する前に、ピシャリと断定された。

 

「母親ってね、そういうのに敏感な生き物なの。だから、あの人に案内役になってもらった」

「母親......」

 

 警戒心を持たれていたこと以上に「母親」というワードを耳にして、膝の上で握った手に自然と力が入ったのを見逃さない。

 

「あの人の話し、聞いたでしょ?」

「昔は、熱心なエボン信者だったって......」

「そう。あの人には、弟がいたのよ。けど、四年前。寺院に禁じられたアルベドの武器を手に、“シン”に殺された」

「それでエボン信者になって、アルベド族を恨むように?」

「ええ。でも実際は、お門違い。禁じられた武器を使うと決めたのは、チャップ自身なんだから。だけど、唯一の肉親を失ったどうしようもない悲しみと絶望を埋めるためには何かにすがるしかなかった。そうしなければ、生きていけなかったのよ。あの人も、私も――」

 

 どこか儚げな優しい表情で、腕の中で寝息を立てる子どもを愛おしそうに見つめる横顔は、いつか見た母親の表情と同じだった。

 

「今のあんたを見てると、昔の自分を思い出すわ。何があったかは聞かない、話して楽になるなら聞くけどね。けど、何かどうしようもないものを抱えているものがあるなら。自分の目で見てきたもの、実際に触れたことと向き合って判断なさい。なんだか、説教っぽくなっちゃったわね。さあ、そろそろ戻りましょう。朝いちで帰るんでしょ? 寝不足は、体に障るわよ」

 

 先に席を立った、ルールーの背中を呼び止める。

 

「......教えて欲しいことがある」

「なに?」

 

 意を決して聞いた。なかなか切り出せずにいたこと。

 時代に取り残され、教えを信じて生きるしかなかった人たち――エボナーに同情して、エボナー狩りのハンターに殺された母親から聞いた、物心がつく頃には既に居なかった父親のこと。

 大召喚士ブラスカと、ブラスカの娘、大召喚士ユウナのガードを務めた、伝説のカード・アーロンのことを――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission14 ~呼び寄せ~

「結局、コレってのは見つからなかったな」

「無理ないって。1000年以上前のなんて、超高性能な記録媒体でもないと残ってないよ。こんな時、あの物知りおじいちゃんが居てくれたら何か教えてくれたかもだね」

「ああー、あの、話し好きの爺さんか。聞きにいくか? 闇雲に探すより手っ取り早いかもしれない」

「そうだね。メイチェンさんは、ザナルカンド産まれって言っていたし、祈り子様に聞いてみて何も分からなかったら尋ねに行こう。あ、見えてきた」

 

 日が落ちる前に、ナギ平原外れの廃村に到着。結局、この廃村までの道中には有力な手がかりになる物は見つけることが出来なかった。機会戦争以前のザナルカンド産まれで、ちょっぴり長話しになりがちな老人――メイチェンに、当時のことを伺うことを視野に入れ。宿泊準備と周囲の散策をリュックとパインに任せて、この廃村のどこかに居るはずの、マヤナを探す。

 

「下かな?」

 

 スピラの夜空に一番早く輝く星――ナイトベリーが姿を現す前に、村はずれの岬に佇む慰霊碑の真下に位置する崖下の祠へ向かう。今はタイミングよく、引き潮の時間。以前は海の中に沈んで閉ざされていた祠の入り口を視認することが出来た。波を受けて湿っている足下に気を払いながら壁伝いに岩場をたどり、波打ち際の祠に入る。

 外よりも幾分ひんやりとした空気が漂い、天井から落ちる水滴が地面に出来た潮だまりで跳ね、静けさの中で反響する。僅かに差し込む日の光を頼りに奧へ進むと、祠の一番奥、半身が結晶化している祈り子の像の近くに、人影が見えた。探し人、マヤナの後ろ姿。近づいても、彼女は気づかない。声をかけてみても応答がない。

 

「もしかして......寝てる?」

 

 思った通り、半結晶の祈り子像のすぐ側で寄り添うように体育座りをしている少女は、小さな寝息を立てていた。それは、無理もないこと。ナギ平原の戦闘直後から、医療班に加わり、ケガ人の手当てを率先して手伝い。その後休む間もなく、村まで徒歩で戻ってきた。

 

「疲れたよね。でも、困ったな。う~ん......」

「何か?」

「――えっ!? い、いつの間に......!」

 

 祈り子像の後ろで聞こえた声にびっくりして、思わず体を震わせる。声の主、マヤナと行動を共にするシキは、悪びれる様子は一切見せず、表情を崩すこともなく淡々としていた。

 

「マヤナと、祈り子様に会いに来たんだ。シンの居ない時代、初代のナギ説に何があったのか。それが分かれば、今回の怪事件の解決法も見つかるんじゃないかと思って」

「そうですか。残念ですが、あなたの望む答えは持ち合わせていません。当時はまだ、無力な子どもでしかなかった。何が起きたのか、なぜ、襲撃を受けたのかも知らぬまま、1000年間一切人目に触れることのなかった、忘れられた哀れな祈り子――」

 

 姿形は違えど、祈り子と共に“シン”に立ち向かった経験者として、気に障る言い方に高ぶりかけた感情を抑える。何より、祈り子を見つめる彼の表情に帯びた愁いが、どうにも責めきれない。

 

「彼女は、触れた。薄れゆく意識の中で、強い想いを残して散った命の残滓に。俺は、彼女の真摯なまでの願いを聞き入れ、共に居る。ただ、それだけ......」

 

 祈り子の像に寄り添って眠るマヤナを、静かに見守っている。ずっと気になっていた。ガードとも、想い人とも少し違う関係性、そんな感じに思えた。

 

「私も、見たよ。初めてこの村に来て海で溺れかけた時、誰かに手を引かれて、まるで武装兵のような格好をした人たちから必死に逃げる記憶」

 

 あれはきっと、1000年前のナギ節の間に起こった出来事。彼女もきっと、同じ記憶に触れてもがいてきた。平和になった後の日々を、祈り子無き世の召喚士として、召喚士・葬儀士として全ての時間を費やしてきた。悲劇の記憶と同じ道を辿らないように。

 

「キミにも聞きたいことがあったんだ」

 

 誰かがこの祠に導いてくれて、辛くも命拾いをした。あの時マヤナは、祈り子様が助けてくれた話した。“結んだ”と――。

 

「結びっていったい、何? 死者に思いを馳せる呼び寄せとはまったく違う。異界で戦ったジェクトさんも、ナギ平原で助けてくれたアーロンさんも、本人そのものだった。あれは、あなたが起こしたことなんだよね?」

 

 異界の深淵へ通ずるゲート前での戦闘直前「面白いモノを見せる」そう話した。

 

「言わずとも、お気づきでは」

 

 指摘通り、大方の察しはついている。ベベルの祈り子から聞いた話し、二人が現れた状況から推察すれば、おのずと辿り着く答え。大きく息を吐き、前で結んだ手にチカラを込め、自身の考えを述べる。

 

「......召喚」

 

 極論を言えば、スピラには「完全なる死」という概念は存在しない。人が亡くなった時、生前死を受け入れているか、異界送りをされない限り、人を襲う魔物に姿を変える。異界送りされていたとしても、死者の魂は光り輝く幻光に姿を変え、スピラの空や海に溶ける。例外として、強い念を残した者はたとえ、異界送りをされても生前の姿を保ち現世に留まることも。

 死者に思いを馳せる呼び寄せとは似て非なるもの、と言っていた。呼び寄せ以外では、召喚以外に考えられない。でも、召喚されたふたりの祈り子像は存在しない。

 仮に“結び”が、ベベルの祈り子の少年が言っていた方法と同義の、祈り子像を必要としない召喚に限りなく近い秘術だとすれば、納得のいく説明が付く。

 

「あなたも、召喚士なの?」

「召喚士。人々に希望をもたらし、迷える民衆を導く特別な存在」

「別に、そんなたいそれた存在(もの)じゃないけど......」

「謙遜することはありません。何せ、あの“シン”を破壊したのですから。しかし、世の動乱の中心には必ず召喚士が存在していたこともまた、事実」

 

 思い当たってしまった。長年人々の恐怖の象徴だった“シン”の正体も、“シン”を倒した方法も、その全部に召喚士が絡んでいる。もしかすると、1000年前に勃発した機械戦争のきっかけも召喚士だったのかもしれない。そう思うと急に、漠然とした不安に駆られてしまう。

 

「私たち召喚士の存在は、世界にとって悪影響だったのかな......?」

「まさか。少なくとも“シン”の出現後の世界では救われた人々の方が圧倒的多数を占めるでしょう。俺と同じように――」

 

 小さな寝息を立てるマヤナの肩にそっと手を触れた。それに反応するように、彼女はゆっくりとまぶたを開き、まだ寝ぼけ眼で、彼の顔を見て尋ねた。

 

「......大丈夫?」

「問題ない。客人だ」

「お客さん? あ、ユウナさんっ!」

 

 髪と服を慌てて整えたマヤナは、畏まって座り直した。

 

「すみませんっ」

「ううん、私こそ突然訪ねて来てごめんね」

「いいえ。それで、あたしに何かご用事ですか?」

「うん、もう少し詳しく聞かせて欲しいんだ。あなたが知ってる、空白の時代に起きた凄惨な記憶を」

 

 マヤナは、伺い立てるような視線をシキに向けた。

 

「下がっていよう。では、失礼します」

 

 小さく会釈をして、フードを深く被ると、祠の出入り口へ歩き出した。西日が入って幾分明るい祠を出て行く後ろ姿を見送り、彼女に問う。

 

「話づらいこと?」

「いえ、そういうわけではないです。ただ、もう少し休んで欲しいだけで......」

 

 レミアム寺院へ送り届けてくれた直後、倒れかけたことを思い出した。

 

「うん、そうだね。今は、ゆっくり休んでもらおう」

「ありがとうございます。話しの方ですが、あたしが知っていることは、以前お話しした通りです」

 

 機械戦争末期、突如として出現した“シン”は、ベベルの機械兵器をものともせず、無差別に都市を破壊した。その後、ザナルカンド出身の召喚士ユウナレスカが編み出した秘術、究極召喚によって倒され、長きに渡る機械戦争は終結した。

 やがて、都市の復興・再建が進み。新しい時代の舵取りを誰が担うかを巡り、内部闘争が勃発。生き残ったベベル上層部同士の醜い覇権争いは、血で血を洗う内戦へと発展。

 しかし、その内戦は数年後、突然終わりの時を迎える。

 理由は言わずもがな。倒したはずの“シン”が復活を遂げ、再び世界に猛威を振るい出した。

 

「ザナルカンド出身の祈り子様たちは当時、一度全てベベルに集められて厳重に封印されていたそうです。召喚されないように。ですので、その頃のことは、あまり記憶にないそうです」

「隣の祈り子様も?」

 

 マヤナの傍らに鎮座する、半身が結晶化した祈り子に目を移す。ザナルカンド出身ではなく、機械戦争後に祈り子となったスピラの祈り子。シキは、何が起きたかも分からないまま祈り子になった、無力な子どもと言っていた。でも、この祈り子本人から直接聞いた話しじゃない。

 言葉からして、彼は召喚士じゃない。祈り子と心を通わせている彼女なら――。

 

「すみません、分からないんです。何も」

「そっか」

「はい......」

 

 祈り子の像を、少し寂しげな表情で見つめている。

 

「悲劇を知ったのは、波に漂う死者の残滓に触れたからです。最初は、半信半疑でした。でも実際に、あの時視た記憶と同じ歴史を世界は辿り出したんです」

 

 新エボン党と青年同盟の対立。今は、両方とも解散され、スピラ評議会として新たな組織が誕生した。しかし、高いカリスマ性を有する三盟主が中枢にいるといっても、内部で権力争いは存在している。末端にまでは、行き届いていない現実。

 

「絶対繰り返してはいけないんです。あんな悲惨な歴史は――」

「うん、分かる」

 

 数え切れないほどの多くの犠牲を上で今、この世界に生きている。空白の10年に起きた悲劇の二の舞は避けなければならない。今を、生きる者として。

 

「当時のことを調べることが、解決への一番の糸口だね。やっぱり、メイチェンさんの知恵を借りるのが一番かな?」

「メイチェンさん?」

「メイチェンさんは、1000年前のザナルカンド出身のご老人で、半年前までスピラに留まっていたんだ。昔のことをよく教えてくれた。お話し好きで、ちょっぴり長話しだったけど」

「そのような方がいらっしゃったんですか」

「でももう、異界へ行っちゃった」

 

 自身が遙か昔に死に絶えたことさえも忘れてしまうほど長い年月を留まり、世界を見続けてきた人。きっと何か知恵を授けてくれるはず、そう思っていると。

 

「今、呼びかけてみてはいかがでしょうか? ここは、幻光に満ちていますので。上手くいけば」

「呼び寄せられるかも、だね」

「はい」

「やってみる」

「あたしも、お手伝いします」

 

 目を閉じ、ゆっくり呼吸を整えて、思いを馳せる。

 真摯に、純粋に、ひたすらに。どれくらいの時間が経っただろうか、後ろに何かの気配を感じた。振り返る。

 

「これはこれは、ユウナ様。お久しぶりですな。さて、再会を祝して、語ってもよろしいですかな?」

 

 そこには、真っ白なヒゲを蓄え、丸眼鏡をかけた話し好きのご老人が立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission15 ~ルーツ~

 始まりは、些細なことだった。

 機械文明の発展と共に、霊峰ガガゼト山を隔てた二大都市、ベベルとザナルカンドは急成長を遂げた。どちらも当時は、機械文明主流の大都市。人工的な光に照らされ、昼夜の境目も曖昧で、眠らない街と表されるほど。

 文化も、芸術も、スポーツも、あらゆる分野でまるで競い合うかのように両国は発展していった。

 しかし、ただひとつだけ相違点が存在していた。

 それは、召喚士の扱い。当時のスピラでは、召喚士は貴重な存在で、召喚士としての才気を持つ者、頭角を現した者はすべて、見返りと引き換えにベベルが身柄を確保・管理していたが。ザナルカンドは険しい霊峰ガガゼトを隔てていたこと、召喚士エボンが国を直接治めていたため影響を受けずに済んだ。

 特別な存在である召喚士を多く有するザナルカンドは、召喚士エボンの高い統率力をもって、スピラの雄として世間的に認知されていくようになる。しかし、ベベルも黙ってはいない。強力な召喚獣を操る召喚士の絶対数は及ばぬとも、独自に開発した機械兵器を次々と導入、国力強化を図り、富国強兵の大国へとのし上がる。

 国力が拮抗していくと共に、徐々に軋轢が生じ出し......そして、事件が起きた。

 大都市に成長した両国の溝が深まりつつある間を取り持つため、ナギ平原に存在していた都市が提案を持ちかけ、やっとの思いで開催に漕ぎ着けた友好コンサートの最中、ザナルカンドの演者がパフォーマンスを行っていた際、小規模な事故が起こった。幸いなことに怪我人も出なかったものの、客席から放たれた一言が物議を醸した。

 ――設営チームの中に、ベベルの人間が居た。

 ただの噂。機材がコードを噛んだことで起きたトラブルが原因と、主催者側が監視スフィアに記録された画像を添付して公式に声明を発表するも、あの言葉が人々の心の中でくすぶり続けた。追い打ちをかけるように、ザナルカンドで絶大な人気を誇る歌姫である「レン」がコンサートの出演者だったことで、優秀な召喚士でもある彼女を狙ったテロではないかという噂がまことしやかに流れ、憶測は新たな憶測を呼び。やがて......。

 

「民衆同士の小規模な小競り合いが起き、やがて収拾が付かなくなり、大規模な争いへ発展していった。それが今日、機械戦争と呼ばれる大戦のルーツですなあ」

「そんなことが......」

「あの、意図的に狙われたということはないのでしょうか?」

 

 マヤナの質問への返答は――NO。

 

「機械戦争終結後、舞台に携わっていた者と話す機会があり直接尋ねたところ。ベベルの人間も、ザナルカンドの人間も、運営には居なかったと断言しておりましたわ。いやはや。争いを避けるための融和目的の催事が、結果的に裏目に出てしまったと大層嘆いておった。思えば、戦争の大義名分に利用されたのやも知れませんな。それだけ当時の情勢は不安定、一触即発の状態でしたからのお」

 

 どちらの思惑かは分からずも、口実になれば、何でもよかった。争いを避けようと必死に努力した人たちの思いを踏みにじる行為に、思わず胸が痛む。それでも、その先を聞かなければならない。これからのために。

 

「戦後、“初代のナギ節”に何か変わったことはありませんでしたか?」

「ユウナレスカ様のナギ節ですかな? 変わったこと、ふむ......」

 

 メイチェンは、やや考え込んだ。無理もない。何せ、1000年も前の出来事。戦後間もなくで、生きることで精一杯の時代。

 

「そういえば、不可思議な話しを聞いた覚えがあります。戦没者が、故郷へ還ってきたという話しですわ」

「戦没者が......死人ですか?」

「異界送りをされていなければ、魔物になってしまいますもんね」

「うん。ザナルカンドの召喚士たちは、召喚士エボンのチカラで国民と一緒に祈り子様になったはずだから。ベベルが抱えていた召喚士だけじゃ、“シン”の被害を受けたスピラ全土には手は回らなかったと思う」

「さて、どうでしょうなあ。あたしのように本土から離れた戦地で終戦を迎え、難を逃れた者も少なからずおりましたが、なんとも。ただ、奇妙なことに還ってきた者たちは一切口を開くことはなかったそうで。ある日突然、ふと、姿を消したと聞き及んでおります」

「突然、姿を消した......?」

「異界へ行ったんでしょうか?」

 

 残された親族に会うため、死人となって還ってきた。そして目的を果たしたことで未練が消え、異界へ旅立った。そう考えれば、納得がいくし、自然の成り行き。気になることは、還ってきた戦没者が一切口を聞かなかったこと。強い念に縛られた死人は、姿を保ったまま意思の疎通が出来る。呼び寄せも、呼び寄せた者だけに声が聞こえる。呼び寄せた人の望む言葉で。今回は、二人一緒に呼んだから二人共に声が聞こえている。他に考えられる可能性は――。

 

「結び......」

「結びとな? それは、いったい?」

 

 メイチェンは、結びを存じていない。それに、結びも会話は出来る。マヤナに目を向けてみると、彼女は小さく首を振った。どうやら、関係はなさそう。他の可能性を探る。

 

「もしかして......機械ではないでしょうか? 半年前、故郷の村を襲った死者、ナギ平原に紛れていた死者ように機械で操られていたのなら」

「確かに。あの子、機械が体に埋め込まれていた子どもは、虚ろな眼をして感情が欠落していた。機械みたいに。でも、そんな昔に――」

「いやいや、あり得ますぞ。当時のベベルの科学力は、現代よりも遙かは発達しておりましたからなあ。失敗作だったとはいえ、自律制御システム搭載のヴェグナガンを開発したほどです。遺体を操作することなど造作もないことだったかも知れませんぞ」

 

 ――と、すれば。

 

「その件が起きた時期は、分かりますか?」

「ええ、もちろん。“ナギ節”の末期だったと記憶しております。何せ、“シン”が復活を遂げた前後の出来事したから、よう覚えておりますわ」

「“ナギ節”の末期。マヤナ」

「はい、あたしが触れた残滓は、その頃の記憶だと思います」

 

 荒れ狂う海に飲まれ時に見た、悲劇の記憶。兵士のような姿の集団に焼かれた村から、必死に逃げる記憶。

 

「それはおそらく、ベベルの兵士ですな。“シン”の攻撃を受け、壊滅的な被害を被ったとはいえ、ベベルは戦勝国。戦後の世界の舵取りを担う内部の権力闘争と同時進行で、各地に離散したザナルカンド出身の生き残りを捕らえ、求心力が落ちた他国への見せしめにしようと画策していました。ザナルカンド出身のユウナレスカ様が“シン”を倒したことで、神格化されていましたからなあ。しかし、もくろみ通りとはいかなかった。言わずもがな、滅んだはずの“シン”が復活を遂げ、復興を始めたスピラに再び猛威を振るいだしたからです」

 

 そして、復活した“シン”は、復興し始めた都市を中心に破壊して回った。再配備された機械兵器が数多く集まる都市を中心に。権力争いの内部闘争どころではなくなり、“シン”復活の混乱に乗じ、とある団体が権力を奪取。“シン”の脅威へ立ち向かう召喚士をプロパガンダとして利用し、不安に駆られる多くの民の心を掴んだ。偉大な召喚士エボンと、“シン”を倒したユウナレスカを大召喚士と祀り上げ、エボン寺院と名乗った組織は不都合な情報をひた隠し、1000年以上もの間世界を牛耳る組織になった。

 

「まぁ、おかげで命拾いしたわけですが」

 

 そう言うと、やや自虐的に笑ってひと息つき、興味深そうに辺りを見回した。

 

「しかし、ここは、不思議な場所ですな。まるで、生き返ったかのような――」

 

 視線の先には、半結晶化した祈り子像。するとメイチェンは、どこか納得した表情を浮かべた。

 

「なるほど、そういうことでしたか」

「メイチェンさん?」

「いえいえ、こちらのことです。どうか、お気になさらずに。その祈り子を見て、ひとつ思い出しました。ベベルにはかつて、神が存在しておったそうです」

「神様ですか?」

「正しくは、神の冠を与えられた者たちですな。秩序を司る神、五穀豊穣を司る神など。要するに、役割を与えられた者は、その役割に応じた神の冠名を名乗っていた、と」

 

 ベベルの神は想像上の存在ではなく、神の称号を与え登用された実在する人間。古代スピラの民から尊敬の対象だった召喚士を多く有するザナルカンドに対抗するため、役割分担を大袈裟に見せかけるための苦肉の策。でも、それがいったい何を意味するのだろうか、と思っていると――。

 

「あたしが存じている中に、ユウナ様が調べていることの手がかりになるやも知れませぬ」

「えっ?」

 

 マヤナと顔を見合わせて頷き、次の言葉に集中。

 

「技職の神の名を与えられたその者は、ヴェグナガンを開発したベベルの技術者たちを統括していた責任者でもあり。ベベル上層部の命令で、ザナルカンド侵略のための新兵器開発に日夜尽力していたらしいのですが。機械戦争末期、多くの配下の者たちと共に、突然、行方知れずになったそうで。その者たちは――」

 

 ――技術者アルブと、その配下ベドール。

 かつての人々から「下人」と揶揄されながらも、現在まで残る機械の基礎を築いた者たちの名を告げると。

 

「さて、そろそろお返しせねばなりません。久しぶりに愉快な時間を過ごさせていただきました。では、またいつの日にか」

 

 そう言い残し、満足そうな顔で薄暗い祠の幻光と同化するように、ふっ、と静かに姿を消した。

 

「技術者アルブと。身分の低い者と位置づけされ、当時の人々から迫害を受けていた人たち......ベドール」

 

 彼らの開発した機械のおかげで人々の生活は楽になり、また、機械戦争勃発のきっかけにもなった。あまりにも皮肉な話しに、思わず気が滅入ってしまう。

 

「怪事件と何か関係あるんでしょうか?」

「どうかな」

 

 まだ、結論は出せない。気を取り直して、改めて尋ねる。

 

「やっぱり、呼び寄せとは違うんだね」

「......結びは、あたしたちが勝手にそう呼んでいるだけです」

「じゃあ、召喚士の秘術じゃない?」

「はい。結びは、シキだけが使える特別な能力(チカラ)。周囲に漂う幻光を繋ぎ合わせ、自身の体を媒介にして、死者の魂を降ろすことが出来るんです」

「死者の魂を、降ろす?」

「えっと、簡単には説明すると、死者に体を貸しているそうです。あたしたちは、その行為を“魂を結びつける”という意味合いで、“結び”と表現しているんです」

「そ、そんなこと......」

 

 人間業じゃない。けれど、もし本当だとすれば、異界で出会ったジェクトも、ナギ平原に現れたアーロンも、すべてが腑に落ちる。

 

「......この先は、内密にお願いします。シキは――」

 

 悲痛な顔を見せた彼女は、衝撃的な言葉を続けた。

 ――人ではありません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission16 ~まぼろし~

 気がついた時には、見覚えのない場所で横たわっていた。

 うつ伏せのまま顔を動かして、周囲を見回す。辺りは薄暗く、荒削りな岩の壁、天井はあまり高くなく、天井から滴り落ちる水滴が、岩場に出来た潮溜まりで跳ねる音が反響し、ひんやりとした空気が漂っている。

 どうやら、洞窟の中らしい。起き上がろうとすると、体中に痛みが走った。それは、当然のこと。荒波にのまれたのだから、生きているだけで奇跡的。全身水浸しで、海水を含んだ服が重い。呼吸をするだけでも苦しい、仰向けになるだけで精一杯。

 体中に走る痛みに堪えながら、どうにか呼吸を整えているうちに、いつの間にか眠りについていた。海中を彷徨う残滓に触れたからなのか、不思議な夢を見た。

 スピラでは珍しい着物を着た女性の夢。愁いを帯びた儚げな表情で遠くを見つめている彼女の口元が、微かに動いている。小さな声で内容までは聞き取れなかった。もしかしたら、唇が震えているだけで声は出していなかったのかもしれない。

 ただ、ひとつだけ確かなことは、深い自責の念を抱いているということ。誰に対しての、何に対しての想いなのか。彼女の視線の先へ目を向けると、あの祈り子像がまるで眠っている人のような姿で鎮座していた。そして次、振り返った時にはもう、彼女の姿はどこにもなかった。夢、あるいは幻光が見せた幻だったのかもしれない。だけど、祈り子像だけは同じ場所に存在していた。

 

「どうしてか分かりません。けど、あの人の想いを伝えなければならないと思いました。でも当時のあたしは、召喚士ではなかったので。ただただ、助かったことに対する感謝の気持ちを祈りに代えて捧げることしか出来ませんでした。潮が引いたタイミングで祠の外に出て、むき出しの岩壁の斜面を這い上がって、雑木林の中を重い足に鞭打って歩いて、村に戻りました。そしたら......」

 

 “シン“”の攻撃をまとも受けた村は、文字通り崩壊していた。

 地殻変動の影響で発生した地震により建物は崩壊し、火災で草木は燃え枯れ、焦げた臭いと血生臭さが混ざり合った臭いが鼻につく。変わり果ててしまった故郷の村。犠牲者の数を計り知らせるように無数の幻光が漂う荒れ果てた村の中を、生存者を探して隈無く歩き回った。

 そして、悟った。もう、この村には誰も居ない、その現実を――。

 全滅したのか、疎開したのか。どちらにしろ大勢の犠牲者が出た、その残酷な現実に打ちひしがれ、焼け崩れた家の前で途方に暮れることしか出来なかった。勝手口の前で呆然と座り込み、日が暮れだして辺りが暗くなり始めた頃、村の外れで大きな物音と共に大きな地鳴りが起きた。地面に両手を付いて揺れが治まるのを待ち、物音がした方へ顔を向けると。村の墓地がある方から、大型の魔物がゆっくり確実に、村の方へ向かって移動していた。

 全身から異常な瘴気を放つ見たことのない大型の魔物の姿に足がすくんで、腰が抜けて逃げだすことも出来なかった。

 ――助けて。誰か助けて......!

 声は出なくても、心の中で必死に叫んだ。けれど、想いは届くことはない。

 奇跡的に助かった命の、二度目の死を意識した時――どこからともなく彼が現れ、瓦礫の中から金属の棒を拾い上げると、魔物に立ち向かっていった。ただ、敵うはずもなく。振り下ろしの攻撃で弾き飛ばされて地面を転がった。その姿を見た瞬間、誰かの想いが入ってきた。

 

 ――守るから。今度は、必ず。もう、二度と......。

 

 無意識で身体が動いて、魔物の前に飛び出していた。

 魔物の容赦のない振り下ろしの攻撃。倒れた彼をかばうように身を投げ出して両手を広げたまま、ギュッと目をつむった。不思議と痛みは感じなかった。断末魔が聞こえて、恐る恐る目を開けると――原形がわからないほどバラバラになった魔物が、幻光が空中に溶けていた。魔物の残骸の傍らで、刀身の長い乱れの刃文が浮かぶ刀を握り、顔や服に魔物の返り血を浴びた彼が佇んでいた。

 

「不思議でした。村には、あんな刀を扱う方も、刀自体も見たこともありませんでしたので。彼は、荒れ果てた村を見回したあと、あたしに視線を向けて『様子を見にきた』と」

「......ドレスフィアみたいなものかな? それで、人じゃないっていうのは?」

「確証はありません。ただ、普通の人とは違う。そう感じたのは、もう少しあとのことになります」

 

 魔物を討伐した後「ここはまだ、人の未練・無念が渦巻いている。長居しない方が身のためだ」と言って、村を去ろうとした彼の背中を必死に引き留めた。

 

「誰も頼る人が居なくなってしまったあたしには、シキしかなかったんです。それこそ、藁にもすがる思いでした。残ればまた、魔物が出るし。村を出るにしても、別の集落まで距離がありますし。でも、それ以上に――」

 

 ――今、この手を離してしまえば、もう二度と繋がらない。

 そんな、漠然とした予感が頭を過った。

 引き留める理由を必死に探して......思いついたことが。夢で見た世界の行く末を止めたい。本当に“シン”が消滅したのなら、残滓が残した記憶と同じ混乱が新しい世界で起こるかもしれない。そうならないように、チカラを貸して欲しい。

 

「願いが通じて。わかった、と言ってくれました」

「けど、本当に起こった。“シン”の脅威から解放されたスピラは混乱して、各地で大小さまざまないざこざが起きて」

「......はい。このままでは、本当に同じ道を辿ってしまう。そう想った瞬間、空に溶けた幻光から悲痛な声が聞こえてきて――」

「覚醒したんだね、召喚士として。祈り子なきこの世界で」

 

 “シン”が消滅してからの二年間、スピラ各地を巡って召喚士としての修行を積んだ。どんなに世界が、人々の生活が変化しようとも、人の死は必ず訪れる。召喚士の絶対数の減少と相まって、異界送りを出来る人も少なくなったため、道中送儀依頼が途切れることはなかった。

 

「必死でした。最初は、全然上手く踊れなくて。期待に応えられなくて」

「うん、わかるよ。私も同じだった」

「中々上達しないことに落ち込んで、思い悩んでいたあたしに『なぜ、毎回同じように踊ることに拘っているんだ』と、シキが疑問を投げかけてきました。はっとしました。あたしは、自分のために踊っていたんだって。寺院の文献を読んで、他の召喚士の異界送りをマネすることに執着して、一番大切なことを疎かにしていたんです」

 

 それからは、形に拘ることは止めにした。ただ、思い人を亡くしてしまった人のため、思い人を残して旅立ってしまった人の想いを結ぶこと。それだけを考えて踊ることにした。今では、評議会の送儀依頼の指名を受けるくらい上達した。

 

「この村の幻光が安定しているのは、あなたが異界送りを?」

「はい。残念ながら、魔物になってしまった人は、彼が倒し。溢れ出した幻光を、あたしが異界へ送り届けました」

「それで、召喚士とガードの関係なんだね」

「師弟関係に近いのかもしれません。シキは、幻光を操ることに長けています。コツを教わったり。きっと、純粋な素質でいえば彼の方が適性は高いんじゃないかと」

 

 周囲の幻光を操作して発生させる重力魔法。幻光を利用した瞬動。何より、空に漂う幻光を己の身体に降ろし、死者を呼び寄せる特殊な術。

 

「――でも、能力を使う度に存在が希薄になっていく気がするんです......」

「あっ! そういえば、異界の花畑で......」

「異界は高濃度の幻光で満ちているので、回復も少し速いんです。でも、幻光の絶対数が少ない現世では。だから、いつの日か戻れなくなって、目の前からふと消えてしまう、そんな気がして。それが、頭から離れなくて......」

 

 特に、幻光を利用した“瞬動”と“結び”の後は顕著。

 比較的幻光が多く溢れ、濃度が安定しているこの祠で休息を取るようにしている。その時は、いつも一緒。彼は身体を休め、自身は、この祈り子像に祈りを捧げる。もう二度と、大切な人たちを失わないために。

 

「幻光で満ちているのに、この祠はどうしてか魔物も出ません。ここに居るときは、静かに身を休めることが出来ます。きっと、祈り子様が見守ってくださっているんだとあたしは思っています」

「そっか。じゃあ、休んでもらわないとね」

「ありがとうございます」

 

 少し潮が満ちてきた。表から出ることは諦めて、祈り子像の脇に作った地上に上がるための抜け道へ向かおうとしたとき――。

 

「この祈り子様は、召喚されたことはあるのかな?」

「たぶん、ないのではないかと。ザナルカンド出身の祈り子様ではないそうですし、召喚の方法もわからないので......」

「召喚の方法も違うのかも知れないしね。えっ――?」

 

 驚いたように声を上げると、半身が結晶化している祈り子像にそっと手を触れた。そして次、発せられた言葉を聞き、思わず耳を疑った。

 ――この祈り子様......召喚されてる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission17 ~報告~

 ベベル対策本部、議会室。

 シンラから、ヴェグナガンと遺体に組み込まれていた機械の解析結果の報告を受けたギップルは、ヌージとバラライに伝える機会を窺っている。しかし、臨時評議会は紛糾していた。ナギ平原での一件が引き金になり、各地で起こる異常現象について達観......とまでは言わないが、問題に対し慎重な姿勢を示していた議員たちもようやく、その重い腰を上げた。

 

「皆さん、どうか落ち着いてください。冷静に話し合いましょう」

 

 議長を務めるバラライの説得も届かず、議題に入るどころか収拾もつかない状態。

 

「しかしこれは、看過できぬ事案だ。死者が蘇るなど......」

「別に驚くことでもなかろう。マイカ総老師しかり、死者が現世に留まる実例は少なからずある。一番の問題は、ヌージ殿を狙った犯行が故意によるものということであろう。死者とはいえ、年端もいかぬ子供が銃を向けるなど」

「一部では、アルベドが関わっているという噂もあるではないか!」

 

 世間でも今だ少なくない、アルベド族に対して嫌悪感を持ち、毛嫌いしている元エボン寺院所属の僧官の話の中で「アルベド」の呼称が上がった。この時を待っていたと言わんばかりに、アルベド族マキナ派の代表ギップルが立ち上がる。

 

「俺から報告がある。どう想って貰っても構わねぇが、解析結果が出た。遺体には、機械が組み込まれていた」

 

 バラライとヌージは、勘づき。議場は、ざわめき立つ。

 

「機械だと? やはり、アルベドの所業――」

「今、報告してんだろ。反論は、人の話しを最後まで聞いてからにしろ」

「一先ず、報告を伺ってからにしてください。ギップル、言葉が強い。慎むように」

 

 因縁をフッかけった議員は押し黙り、ギップルは若干呆れ顔を見せつつも気を取り直して、報告書の続きを読み上げる。

 

「判明したことは、遺体に組み込まれていた機械は、未知の動力ユニットだったってことと、制御システムが搭載されていたってことだ」

「やはり、機械に精通していなければ出来ぬ所業ではないか......!」

 

 その言葉に、他の議員たちも反応を示したが、確実な裏付けがないため過半数には届かず、割合は7:3といったところで推移している。

 

「あんたらが想ってるような複雑な仕組みじゃねぇよ。移動用のリフターがあんだろ、あれと似たようなもんだ」

「つまり、ある程度の知識があれば、誰でも運用可能であると?」

「ああ、複雑なプログラムを組めるほどの容量はなかったそうだ」

「ならば、ベベルの警備機械兵器のような立ち位置か。あれらは、ベベル内部の人間が管理していたのだろう?」

「そ、それは......」

 

 先程までの威勢は何処へやら。ベベル内部では、寺院の教えで禁じられた機械を所持、運用、管理していたと指摘をヌージから受け、追い打ちのように投げかけられた問いかけに言葉を濁した。しかし現実的に、機械に精通しているアルベド族もしくは、機械兵器の運用に関わっていたエボン寺院お抱えの技師以外は考えづらい。

 

「アルベド、エボンなどと、論点が大きくズレている。誰が犯人かは大した問題でない」

「しかし、ヌージ殿。種族が分かれば、犯行動機や目的も見えてくるでは?」

「新エボン党の残党である可能性が極めて高い。根拠は、対抗組織である青年同盟を立ち上げた俺を狙ったからだ」

「......そう、誘導させることが犯人の思惑であることも......」

「フッ、分かっただろう。個人の思想が絡む議論など無駄な言い争いに過ぎん。今すべきことは、状況を把握し、対策を練ることだ。バラライ」

 

 ヌージに促されたバラライはこの話題を一度棚に上げ、議題を上げる。ナギ平原の件以前から、報告に上がっていた騒動について。資料を配り、スフィアスクリーンでの投影を平行して行う。

 

「各地の守備隊から上がった定期報告をまとめた資料です。魔物の発生場所は、人通りの多いところに出現しやすい傾向にあり、若干出現頻度は低下した模様。これは、異界の安定が進んできたためと思われます。現時点で関連性は不明ですが、魔物の出現頻度と反比例して盗掘や、通り魔事件が増加傾向にあるようです」

「魔物ではなく、人の手による事件ですか。ふむ......」

「それはまた、厄介ですな」

 

 魔物の退治に充てていた守備隊の幾つかを警備や、巡回に充てるよう再編成する案が可決。今後のスピラの法案についての話し合いが行われ、議会は幕を下ろした。そしていつもの様に、三盟主は会議室の隣の応接室で話し合いを行う。

 

「彼ら。以前送り出した送儀士から報告が届いている。盗掘ついてだけど。犯人は、比較的新しい遺体を狙って犯行を行っているらしい」

「ナギ平原の子供と同じだな。守備隊を統轄するルチルからは、例の通り魔事件、辻斬りについての目撃談が寄せられた。隣を歩いていた知人が気付かぬ間に、殺されていたケースもあるらしい」

「悲鳴すら上げさせずか。それは、相当な手練れだ」

「そのことだけど、モニター班から情報が挙がった」

 

 ギップルは、深刻そうな顔で打ち明ける。

 

「通信スフィアが、それらしき現場を押さえらしい」

「本当か!」

「あの場で切り出した理由は、それか。映像は?」

「記録してある。つっても、確証は得られてない。今、シンラが映像の解析を進めてる。傍受の怖れがある。続きは今夜、例の場所で......」

 

           * * *

 

 時刻は午前零時を回り、三盟主の呼び出しを受け、アンダーベベルへ。さっそく、呼び出された際に添えられていた内容の件について伺う。

 

「犯人が分かったって、本当ですか?」

「正確には、犯人とおぼしきものです。こちらをご覧ください」

 

 スフィアに映し出されたのは、小雨が降る深夜の街道。送り出した葬儀士・クルグムの報告を受け、墓地が近い場所が記録していた通信スフィアの記録。人気ない夜道に、黒い影の様なものが現れ、墓地へと続く脇道へと入って行く様子が捉えられている。

 

「これが、犯人ですか?」

「おそらく、そう思われます」

「ねえ、もっとはっきりしたの無いの?」

「これでも、ずいぶん鮮明になったんだぜ。オリジナルは、旧型の通信スフィアだったってこともあって、ノイズが酷くて使い物にならなかったからな」

「さあ、そろそろ姿を現すぞ。眼を離すなよ」

 

 墓地へと続く脇道へ入って行った姿が写っているのだから、出てくる姿も写っている。後ろ姿だった、なら、出てくる時は当然――。

 

「――写った!」

「えっ?」

「コイツは......!」

 

 パインとリュックと一緒に、食い入るように記録された映像を見る。写っていたのは何かを運ぶ、全身を防護服で覆った姿をした人。見た目は、映像解析に携わった少年シンラとほぼ同じシルエット。

 

「お前たちと共にしていたアルベドの少年ではない。本人なら、こんな映像は出さないからな」

「それは、そうなんだろうけどさ......でもこれって、犯人はアルベド族ってことだよね?」

「分かりません。確かに特徴的な背格好ですが、防護服やガスマスク等は、ベベルの標準装備にもあります。明日、臨時点検と銘打って確認を行う予定です」

「それはそうと、コイツが引っ張り出したのは?」

 

 パインの質問に、ヌージが答える。それは、想像していた通りの答え。

 

「棺だろうな。時期と場所からして、例の少年が埋葬された棺と見ている」

 

 断言しない曖昧な回答。理由は、すぐに判明。突如映像が乱れプツンと暗転してしまった。ギップルは再生を止めると、スフィアを地面に置き、証拠隠滅のため踏み潰した。

 

「記録はあれで終わりだ。ノイズが酷くて、あれ以上の復旧は不可能らしい」

「他には無いんですか?」

「残念なことに、まともな記録は残っていません。どれもこれも、ノイズまみれだそうです。憶測の域を出ませんが、何かしらの妨害工作が行われているのではないかと」

 

 ルカのスタジアムで遭遇した、通信障害を思い出した。そう、あれは予兆だったのかも知れない。今、スピラで全土で起きている異常事態を知らせる予兆。

 

「幸か不幸か。ナギ平原の一件以来、魔物騒動が落ち着いてきたこともあり、こちらの調査に人員を割くことが決まりました」

「そうですか。じゃあ、私たちも......」

「あんたらには、やらなきゃならないことがあんだろ。スピラの祈り子、見つかったのか?」

 

 二人と顔を見合わせ、祠で出来事を要点をまとめて伝える。

 

「機械に精通した職人を統括する技職の神、アルブと――」

「配下のベドール、か。アルブ、ベドール。アルブのベドール......」

「両者の頭文字を合わせると、アルベドか。偶然にしては出来すぎているな。それで、祈り子が召喚されているとは?」

 

 ヌージは、祠の祈り子が何者かによって召喚されていることついて、詳細を求めた。けれど分かっているのは、召喚されていることだけで、誰が、何を目的に召喚しているのかも不明のまま。“永遠のナギ節”のあとに召喚士として目覚めたマヤナは、召喚の方法を知らない。別の誰かが、召喚している。千年もの間、殆ど人目に触れることの無かった祈り子を――。

 

「彼女は今、どちらに?」

「祈り子様がいらっしゃる故郷の村で休んでいます。連絡を受けた時には、もう眠ってたから」

「ずっと動きっぱなしだったからな、アイツ」

「まだ、子供だからね。ユウナんが修行を始めた時と同い年って言ってたし」

「おいおい、大丈夫なのか? そんな子を一人にして」

「へいき平気~、すんごい用心棒がついてるからね」

 

 ギップルの心配をよそに、リュックはあっけらかんと笑って見せる。

 

「お前たちと敵対した例の男のことか。結局、何者だ?」

「あの子のガード。話しを聞いた限り、元兵士だったみたい。でも、新エボン党にも、青年同盟にも所属してなかったんじゃないかな?」

「だろうな。居れば間違いなく、幹部候補だ」

 

 と、雑談混じりに話していたところへモニター班からギップルの通信スフィアへ連絡が入った。懺悔の旅に出ていた二人が無事、ベベルへ帰還したという知らせ。連絡を又聞きしたバラライは途端に、表情を強張らせた。

 

「どしたの?」

「......この時間、飛空艇は飛んでいない」

「何かあったな」

「ご名答。早急の面会希望が来てる。どうする?」

「すぐに向かう。応接室へ......いや、やはりここへ来て貰おう。ここでなら、気兼ねなく話せる」

「んじゃあ、迎えに行ってくる。シンラ、人気の無い場所で二人を待機させてくれ」

 

「了解だし」と、シンラの声で返事。二人を迎えに行ったギップルは、一時間ほどで戻ってきた。男女の葬儀士と幼なじみのガード、シンラの三人と共に。二人は戸惑いながら周囲を見回し、シンラは早足で駆け寄って来た。

 

「新しい装備の調子は、どう?」

「バッチリだよ、シンラくん」

「えへへ~、もう完璧!」

「わたしの剣は、少し刃こぼれした」

「了解だし。ついでに耐久性も上げとく」

「頼む」

 

 会話を外れ、落ち着かない様子の二人の下へ。

 

「初めまして、だよね?」

「あっ! ゆ、ユウナ様......!」

「何で、大召喚士様がこんな場所に......?」

「すまない。話しは後にしてくれ。クルグム、緊急の用件とは?」

「あ、はい」

 

 男女の二人組、送儀士のクルグムが報告を行う。

 表情が引き締まった彼の口から発せられた言葉、それは――幻光河の北部グアドサラムへ続く街道にて、辻斬りと思われる人物と対峙しました。

 正にそれは、思いもよらない報告だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission18 ~共犯者~

 ビサイド島を飛び立った飛空艇は、各地を寄港し、スピラ第二の都市ルカで積荷運搬作業待ちの後、首都ベベルへの空路を取った。

 

「結構、待たされたな」

「仕方ないよ、悪天候が続いてたし。これから先はもう、グアドサラム以外大きな町はないから日没までには到着するはず」

「で、すぐに報告に行くんだろ?」

 

 数時間停泊したルカで受け取ったバラライからのレタースフィアには、ベベル到着後に報告を受ける旨が記されている。

 

「夕食を用意してくれてるそうだよ」

「それはそれは、ありがたいことで」

 

「逆に気を遣うって」と、小声で不満を漏らして憂鬱な感情を胸に抱き、客席のテーブルで頬杖を突いて窓の外へ視線を移す。雲の上、青空の向こうに大きな積乱雲が広がっている。

 

「雷平原だ。そういえば、どうだった? ルールー村長と話したんだよね?」

 

 飲み物を置いたクルグムは、向かいの席に腰を降ろす。

 

「......知らないって」

「そっか」

「ジェクトの子供」

「何? ジェクト様?」

 

 頬杖を突いたまま、ため息を漏らす。

 

「ジェクトの子供、アーロンの子供、ブラスカの子供。スピラを救った英雄の遺品目当てで、同じこと言ってきた連中が今まで何人もいた。大召喚士ユウナ様の生き別れての兄弟姉妹だって、面と向かって言った身の程知らずもいたってさ」

「ああー......」

「で、似てないとも言われた。もっと似てるヤツもいたって」

「それで、引き下がったの?」

「そんなわけないだろ。食い下がった、遺品なんて興味ないって、どんな人だったか知りたいだけって」

「それで?」

「隠し事をするような人じゃない。誠実な人、子供がいるなら一緒に旅をしていた自分たちが知らないはずないってさ」

 

 カチン、と来た。優しかった母が嘘をついているんだって侮辱された気分だった。胸のデカい村長を敵と認定しかけた、だけど――。

 

「本当に知らないのかもしれないって。ベベルの僧兵だった頃上官の勧めの縁談を断ってベベルに居場所を失ったアーロンは、大召喚士ブラスカと伝説のガード・ジェクトと一緒に、“シン”を倒す旅に出たから」

「そうだったんだ。でも、それだと――」

「10+3で13。四年間の空白がある」

 

 その間に、アーロンと母との間に何かがあった。

 そう、信じたかった。亡くなった母の名誉のためにも。

 

「ユウナ様なら......」

 

「かもな」と答えた時、衝撃と共に飛空艇が大きく揺れ動いた。身体に力を入れて堪える。揺れが治まり、艦内に緊急放送が流れた。

 

『現在、雷平原上空。落雷の影響を受けた当機は、点検作業のため幻光河へ引き返し緊急着陸します。繰り返します――』

「マジかよ。もう少しでベベルだってのに」

「こればかりはね。でも、幻光河か......ねぇチュアミ、グアドサラムに行ってみようよ」

「はあ?」

 

 揺れで倒れたコップを直していた手を止めて、顔を上げる。

 

「レタースフィアを受け取ったルカで耳にしたんだ、異界が安定し始めてるって。一般客は無理でも、評議会の名前を出せば入れてもらえるかも」

「お前、生真面目なくせにたまに凄いこというよな」

「どうする?」

 

 唐突に訪れた、理不尽な別れ。長年閉ざされていた異界へ行けば会える、例え幻想だったとしても。エボナー狩りに遭って命を落とした母親と――。

 熟考しているうちに飛空艇は幻光河に緊急着陸、アナウンスと同時に整備に入った。突然出来た時間に乗客は各々休息を取ったり、飛空艇を降りて、幻光河の土産物屋へ行く人も。列の最後尾に付いて、飛空艇を降りて。長い河を数名の乗客と一緒にシパーフの背に乗って、対岸へ移動。雨が降るの灰色の空の下、グアドサラムへと続く街道を歩いている。

 

「聞けるといいね、アーロン様のこと」

「口寄せって、呼び出した側が望んだ言葉が返ってくるだけなんだろ?」

「聞いた話しだとそうみたいだけど、実際は、どうなのか分からないよ。僕も体験したことないからね」

 

 グアドサラムまで数百メートル程のまで来たところで、空を縦に切り裂く閃光が走り、轟音と共に大地がビリビリと震えている。

 

「今の雷、凄い近かったな。耳痛いし、目も眩むしってどうした? 驚いて腰でも抜かした?」

 

 その場に立ち止まったままのクルグムをからかったけど、想ったような反応は返って来なかった。それどころか、訝しげな表情を浮かべて周囲を見回している。

 

「ねぇ、チュアミ。僕の思い違いかな? 僕らの前を歩いてた人が見当たらないんだけど」

「はあ?」

 

 前を向く。裏返った傘が一本、地面に落ちていた。

 近くに、持ち主の姿は見当たらない。先に飛空艇を降りた客が、連れと一緒に数メートル前を歩いていたはず。その連れが、大声で呼び掛けているが返事はない。後ろを振り向いてみる。遠くに別のグループが見える。グアドサラムへ続く一本道の街道の外れは、鬱蒼とした深い林が拡がっていて、人の出入りはないに等しい。

 

「......消えた?」

「そんなわけないだろ。神隠しなんて今時、子供騙しにもならないって。どうせ、雷に驚いて――」

 

 前を向き直す。連れを探していたもう一人が林の中へ引き摺られて行く現場を目撃。傘を投げ捨て、乗客の後を追う。引き摺っているのは、魔物か、人かここからでは判断がつかない。

 

「待て!」

「チュアミ! 前!」

 

 クルグムの声に顔を上げる。気を取られて目前には剣を担いだ人影に気がつかなかった。横払いで振られた鋭利な刃物を、屈んで雨で濡れた地面を滑るようにして間一髪躱すも、掠めた刃が右側の髪留めを切った。結んだ髪がはらりと解ける。

 

「大丈夫!?」

「あ、ああ......何だ、お前は!?」

 

 藁傘で顔が隠れた大柄の男は、いっさい口を開かない。思いがけない横入れに、引き摺れていった人は林の奥へと完全に連れ攫われてしまった。太刀を構え、男と対峙。そこへ、グアドサラム管轄の守備隊の面々が騒ぎを聞きつけやって来る。

 

「何事だーッ!」

「人攫いです、気をつけてください! 相手は、凶器を所持しています!」

「凶器だと? あの、風貌。まさか、例の辻斬り――ぐあっ!?」

 

 背後から駆けつけてきた守備隊を、恐ろしく正確な太刀筋で淡々と斬りつけていく。

 

「くっ、わたしが相手だ!」

「相手は人だよ!?」

「人を襲うようなヤツ相手に、そんなこと甘いこと言ってられない!」

 

 思いのほか容易に懐に潜り込めたが、太刀で斬りつけた刃が通らない。体を覆う硬いものに阻まれる。

 

「鎖帷子かっ!?」

「今だ、かかれー!」

 

 五人体制の残った三人が一斉に斬りかかったが、全員が傷ひとつ与えることも叶わず返り討ち。みんな息はあるが、圧倒的な差を見せつけられ、戦意は喪失。腰を抜かしてしまっている。

 

「僕が受け持つ、チュアミ!」

「分かってる、引き離すぞ!」

 

 とは言ったものの、まるで防御する気がないとでもいうかように、こちらの攻撃はお構いなし。逆に、急所を的確に突く敵の正確無比な攻撃に防戦一方。

 一度で良い、一瞬、隙を作れれば――。

 後退りした踵に触れた、襲われた通行人の傘を蹴り飛ばす。開いたままの傘は風の影響を受け、辻斬りの前で不規則に舞って視界を横切り、守備隊の装備の銃剣も投げつけて更に注意を引き付ける。

 

「くらえーッ!」

 

 それらの陽動にも微動だにしない相手に刃の先端を向けて、相討ち覚悟で飛び込み、共に地面に倒れ込んだ。

 

           * * *

 

「チュアミの攻撃は、辻斬りの身体を貫通しました」

「砕いた感触もあったのに。でもそいつ、何事もなかったかみたいに平然と立ち上がって」

 

 二人の話から、辻斬りに対してとある可能性が急浮上。今まで何度か対峙したことのある相手と酷似した特徴。リュックとパインも、同じことを思っていた。

 

「ユウナん」

「うん、犯人は死人だと思う」

「アイツも、シューインも同じだったな」

 

 シューインも、シーモアも同じ、何度倒してもその度に立ち上がった。

 

「死人ですか? あれが......」

「死人って、あんなにはっきりした姿なのか?」

「いろいろ。生きている人みたいな死人いるし、幻光が溢れてる死人も」

 

 戸惑う二人に、死人にも個人差があることと、異界送りも意味をなさない程の強い念を持つ者もいることを簡単に伝え、本題に入る。議題は、辻斬りの出現と同時に起きた誘拐事件。

 

「それで、誘拐犯の姿は見たか?」

「いえ、視認出来ませんでした。被害者は、二名。グアドサラムへ続く街道の林の奥へ連れて行かれました」

「人気のない林か」

 

 バラライの目配せを受け「すぐに調べるし」と、シンラが取り出した小型の機械に、ギップルが興味を持つ。

 

「何だ、それ?」

「ノート型モニター。これならいつでも、通信スフィアのデータベースにアクセス出来るし」

「へぇ、スゲーもん作ったな」

「フフーン」

 

 得意気にキーボードに時間と場所を打ち込む、周辺に設置されら通信スフィアの映像を分単位で収集された静止画と動画の一覧がモニターに表示された。シンラの背後からディスプレイを覗き見る。映し出されていた映像が、突如、急激に乱れ出した。

 

「どうしたのかな?」

「雷の影響じゃないのー? 光と大っきな音がバリバリバリーって鳴ってたし」

「雷程度の衝撃で壊れるような設計じゃないんだけど。あ、そうだ。こっちなら映ってるかもしれないし」

 

 やや不服そうなシンラは思い出したように、別のフォルダを開く。フォルダに保存されているのは、旧型の通信スフィアの記録映像。新型通信スフィアの映像が乱れた時間までスキップ、同じ轟音と閃光が走った直後の映像が捉えられていた。

 

「しかし、ノイズが酷いな。もう少し鮮明になるか?」

「動画は無理だけど、静止画なら出来るし」

 

 ヌージの要望を受け、静止画に補正を施しノイズまみれの粗い映像が徐々に鮮明になっていく。

 

「映った!」

「男の人が、二人歩いてるね」

「その方たちが、僕らの前を歩いていた通行人です」

「次だし」

 

 キーを押す度に、補正された静止画が切り替わる。

 そして、二人の数メートル前を歩いていた通行人の一人が雷が鳴った直後、悲鳴をあげることなく膝から崩れ落ちた。この時点ではまだ、連れの男性は気付いていない。

 

「旧型の通信スフィアのスペック上、これが精一杯だし」

 

 次の画像は、襲われた男性が林の中に連れていかれている場面、残念ながらこちらの画像にも誘拐犯の全身は捉えていないが、林へ消入っていく足下が見えた。膝下まで覆うダボダボのズボンは、先ほど見た墓荒らしに酷似していた。

 

「収穫はあったな。辻斬りは通り魔的な犯行ではなく、何かしらの目的を持っている。そして、被害者を処理する共犯者が存在している」

「犯人の思惑はどうであれ、至急捜索要請を出すよ」

「バラライ議長、その件についてですが。グアドサラム在住のルブランという女性が調査協力を申し出ています」

「ルブラン一味が。分かった。しかしなぜ、伝言を?」

 

 二人が、夜中に帰って来た理由が判明。

 通信スフィアに障害が発生しており、修理が完了した飛空艇の飛行にも影響が出るおそれがあるため欠航が決まった。命からがら戦線を離脱した二人は、偶然居合わせたルブランの屋敷で応急処置を受け、グアドサラムからは徒歩、ホバー、チョコボ等を乗り継いで首都ベベルまで戻って来た。

 

「ご苦労だった。食事は、食堂に用意してある。今日は、休んでくれ。また後日、詳しい報告を伺う。遅くに呼び付けてすまなかった」

「いえ、お心遣いありがとうございます。行こう、チュアミ」

「ちょっと待って」

 

 会釈した二人を呼び止める。杖髪を一本のおさげに結び直した彼女に向けて、軽く杖を振るう。

 

「静かなる癒やしを――」

「あっ......!」

「あくまで一時的な治療だから、医務室で診て貰ってね。お大事に」

「ありがとうございます。あの、ユウナ様、ルールー村長にも伺ったんですけど。ブラスカ様とユウナ様のガードを務めたアーロンは、どんな人でしたか......?」

「アーロンさん? そうだね、ちょっぴり気難しいところもあったけど、凄く頼もしい人だったよ」

「頭硬そう見えて、意外と軽いところあったしねー」

 

「軽いところ?」と彼女は、リュックの台詞にやや首を傾げた。

 

「アタシがアルベドだって知っても、ユウナのガードになること認めてくれたし。機械にも理解を示してくれた。てゆーか、自ら率先して使うような人だったし」

「伝説のガードのアーロン様が......?」

 

 にわかには信じられないと言った様子でクルグムは眉をひそめ。彼女の方は、何やら呆けている。まったく違う反応を見せる二人に、ヌージはしっかり釘を刺しつつ進言。

 

「世間話は後日にしろ。早く休め。今日のことは他言無用だ。いいな?」

「あ、はい、承知しました。行こう」

「あ、ああ......」

 

 二人がアンダーベベルを去り。話している間も作業を続けていたシンラは、新型の通信スフィアが記録した二人の戦闘シーンの動画を再生させた。通信障害の影響でノイズが酷いが、藁傘を被った侍のような姿で、召喚獣の用心棒を連想させる格好をしている事が解る。

 マヤナのガードのシキに似ている侍のような身なり。しかし、負傷を省みない攻撃一辺倒の戦闘スタイルは、むしろ防御に比率を置く彼とはまったくの正反対。

 

「目的が不明な以上予定通り、部隊を立て直し、行方不明者の捜索に当たる」

「グアドサラムと幻光河を繋ぐ鬱蒼とした林の捜索......大規模捜索になるな。よし、オレとシンラはモニター班と連携出来るように準備だ」

「電波障害の原因究明は任せて。対策も考えるし」

「俺は、現場で指揮を執る。バラライは、評議会を抑えろ」

「解ってる、そのつもりだ。お三方は今まで通り、スピラの祈り子の捜索を。捜索中手がかりが見つかり次第、こちらからも連絡を入れます」

「解りました」

 

 そして翌朝、私たちは、スピラとザナルカンドを隔てる霊峰ガガゼト山へと向かった。かつて機械戦争で劣勢に立たされたザナルカンドの実質的支配者、召喚士エボンの祈り子となった人々の記憶を求めて――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission19 ~元凶~

「どう? ユウナ」

「ただの石像。力を失ってる。もう、祈り子ですらない」

「ここは、関係ないってことか。それにしても......」

 

 無造作に壁面に無造作に列なる元祈り子像を前に、パインは息を呑んだ。

 

「朽ち果ててるけど。これ全部、元人間だったんだろ?」

「そうだよ。“シン”という強力な鎧を纏った召喚士エボンに召喚されていた祈り子たち」

「エボンは、鎧の中で何を召喚してたんだ?」

「夢――」

 

 バハムートの少年の話では、(シン)を纏った召喚士エボンは敗北を悟り、ザナルカンドの全ての住民を祈り子に変えて1000年もの気が遠くなる程の長い月日の間休むことなく常に召喚し続けた。

 そしてそれを、楽しい夢だったと語った。

 召喚士エボンが夢見た世界、機械戦争が起こらなかった世界。詳しい詳細は解らない、ひとつだけ確かなことは――彼もまた、エボンが召喚していた夢のザナルカンドの住民。

 

「てゆーか、召喚って召喚獣だけじゃなかったんだね」

「私も知らなかった。寺院の教えでは、召喚士の役目は死者を異界へ送ることと、“シン”を倒してスピラに希望を与えること。そして、祈り子は“シン”に挑む召喚士に力を与える者たち。そう教えられてたから」

「じゃあ、あの村の祈り子は召喚獣じゃないのかもしれないってことだな」

 

 寺院の影響が大きく行き届いていない辺境の廃村の祈り子。いったいどこの誰が何を召喚しているのか、何を目的に召喚しているのかおおよその見当も付かない。でもきっと、スピラを脅かすような悪意じゃない、そんな気がしていた。

 

「あ、キマリだ。おーい!」

 

 リュックが駆け出した。向かった先には、頭の角が折れたロンゾ族の長キマリ。彼女から一足遅れて、彼の下へ行き声をかける。

 

「キマリ、元気だった?」

「ああ。ユウナ達も元気そうで、キマリは安心した」

「それでどうしたの? こんなところまで――」

 

 祈り子の岸壁は、ザナルカンド遺跡とガガゼト山の最奥地の中間地点。ナギ節を迎えた今、ザナルカンドを目指す召喚士はもちろんおらず、礼節を深く重んじるロンゾ族もむやみやたらに立ち入らない霊峰ガガゼトの外れ。

 

「キマリは、噂を聞いて調べに来た」

「噂?」

「噂ってなに?」

 

 いつも険しい表情をしているキマリは、更に眉をひそめる。

 

「最近、登山道で人影を見たという噂がロンゾの間で流れている」

「登山道で?」

「アタシたちのこと、じゃないよね?」

「飛空艇で飛んできたからな」

 

 後方に停泊している飛空艇に目を向けて、パインが答えた。

 つまり何らかの目的を持った人が、険しい雪が吹雪くガガゼト山を登っている。もちろん、別の可能性も否定出来ない。例えば――。

 

「見間違いじゃないのか? 落雪とか。この辺りは降ってないけど、山の峠は吹雪いてるだろ」

「キマリも最初はそう思った。だが、目撃者は一人や二人ではない」

「そーいうことなら通信スフィア......は、ガガゼトにはあんまり置いてないんだった」

「それで、キマリが調べに来たんだね」

「そうだ。しかし、それらしいものは見当たらなかった」

 

 それでも、ナギ平原の一件もあり、戦闘に長けるロンゾ族の間にも多少の不安が拡がっている。手分けして周辺を調べることに。キリュックとパインは飛空艇で、ガガゼト山の山頂にそびえ立つガガゼト遺跡へ向かい。キマリと一緒に話ながら、朽ち果てた祈り子像の岸壁の裏側へ回る。

 

「キマリ、アーロンさんに子供が居たって聞いたことある?」

「イヤ、知らない。子供が居たのか?」

「そう言ってる子がいるんだ。自称する人は今までも居たんだけど、ちょっと感じが違って」

「十三年前、瀕死のアーロンから託された事はユウナをベベルから連れ出すことだけだった。ふむ......」

「どうしたの?」

「子を持たないキマリには解らないが、死が目前に迫っていた目からは特別な信念のようなものを感じた」

 

 何度も立ちはだかったシーモアしかり、生前強い信念を遺して亡くなった人は異界送りをされずとも、現世に留まる事はままある。生前の姿を保ったまま――。

 

「そういえば、アーロンさんって」

 

 年を取っていた、と言いかけた時、キマリが声を上げた。

 

「ユウナ、誰か居るぞ」

「えっ?」

 

 視線の先を追う。岸壁の裏側、三年前は雪で閉ざされていた洞窟の中へ入っていく物影。急いで崖道を登って、影の後を追いかける。

 

「あれっ?」

「居ない。見落としたか?」

 

 人影に追いつく前に、追って入った洞窟を抜けてしまった。

 円状になっている洞窟の出口付近の広場からは、追って入った洞窟の入り口が見える。

 

「二手に別れよう。キマリはもう一度入り口から入る。ユウナは、出口の方から入ってくれ」

「挟みうちだね」

 

 洞窟へ戻ろうと後ろを振り返った時、衝撃音が響いた。

 

「キマリっ!?」

「グッ!」

 

 キマリが槍で、何者かによる攻撃を受け止めていた。視界に映ったのは彼よりも一回り以上大きな体格、金色のたてがみ、一角が特徴的なキマリの同族のロンゾ族。

 

「お前は――ビラン、ビランなのか!?」

 

 三年前、シーモアの手にかかり命を落としたロンゾ族の青年、一族最強の勇士であり、大兄と慕われていたビラン=ロンゾ。その体のいたるところがつぎはぎだらけで、とても治療とはいえないお粗末な体。

 

「ビラン! 殺されたハズのお前が、なぜ!?」

「キマリ! その人は現世の人でも、死人でもない! 姿だけを残した遺体、だから――」

 

 杖を手に異界送りの準備に入ろうとした時、突然、視界が暗くなった。視界を暗くした正体は、頭上から跳びかかってきたもうひとりのロンゾ族の青年、エンケ=ロンゾの影。

 

「エンケまでも!? ユウナ!」

「大丈夫、私は戦えるよ」

 

 二人のロンゾ族は、キマリの呼び掛けにいっさい反応を示さない。ナギ平原でヌージを撃った少年のように、機械の力で強制的に操られているだけにすぎない。

 

「体のどこかに機械が組み込まれてるはず。体内から切り離せば、二人の活動は止まる。場所は、異界送りで特定出来るから!」

「キマリが動きを止める!」

 

 と言ったものの、二人の攻撃は激しい。武器を持っていない事が不幸中の幸い。召喚士マヤナのガード・シキ、彼が結び、現世へ呼び出した伝説のガードの機敏さと比較するまでもなく遅い。エンケの拳を掻い潜って、脇腹に杖を叩き込む。機械を叩いた感触はない。

 

「それなら! 電光石火――」

 

 攻撃は防がれ直撃はしなかったが、雷魔法を纏わせた打撃で若干動きが鈍った隙を見逃さず、大きく距離を取って、杖を振る。二人の体から幻光が漏れ落ちた。

 

「キマリ、左胸!」

「ハァーッ!」

 

 振り抜かれた腕を弾き、ビランの左胸に槍を突き立て、体内に埋め込まれた機械ごと屈強な体を貫いた。キマリは、力なく崩れ落ちるビランの体を抱き留め、無念さに顔をしかめる。

 

「キマリ......」

「ユウナ!」

「あっ......!」

 

 気を取られ、もう一人の存在が疎かになってしまった。振りかざされた拳は目の前、防御は間に合わない。痛みを負うことを覚悟して、歯を食いしばる。

 しかし、受けるはずの痛みはいっこうに訪れない。

 おそるおそる目を向ける。まるで凍り付いたかの様に固まっていた。跳び退いて杖を振り、二人を異界を送る。骸から抜け出た幻光が悲鳴にも似た哀しい音色を奏でながら虚空へと昇っていく。

 

「誰だ!」

 

 異界送りの舞の最中「ま、こんなものかな」と不意に聞こえた声。キマリが叫ぶ。

 

「ん? ああ、聞こえたんだ」

 

 広場を見下ろせる岩場に立つ、人影。

 ロング丈の白衣を羽織り、やや長めの赤毛色の髪を風に靡かせる灰色の瞳を持つ、同い年くらいの青年。

 

「もう少し使えると思ったけど、ロンゾ最強の勇士の称号も形無しだ」

「ビランとエンケは誇り高きロンゾだ! 侮辱する者は、キマリが許さない!」

「待って!」

 

 憤るキマリを抑え、白衣を羽織った青年を見上げ問いかける。

 

「あなたが、死者を、亡くなった人たちを......」

「ボクの趣味じゃありませんよ。大召喚士ユウナ様」

「それ、やめて」

 

 敬意なんてものは何一つ感じない言い方、不快感しかない。

 

「それはとんだご無礼を。けど、あの程度の衝撃で機能障害起こすなんて、つくづく甘い人だなぁ」

「知ってるんだ、アルブのこと」

 

 鎌をかけてみても、ひょうひょうとした青年の表情に変化は見られない。

 

「技職の神でしたっけ? あの人はその冠名を誇りに想ってるみたいだけど、如何せん頭が硬い。本当に世界を変えられるとでも思っているのかなー?」

「世界を変える......?」

「利用するだけ利用して、利用価値がなくなった途端に自身を切り捨てたスピラの民への復讐らしいですよ。ま、ボクは興味がないからどうでもいいんですけど。でもなー」

 

 動きが止まった二人の亡骸へ視線を向け、ため息を漏らした。

 

「これはナンセンスだ。ゼロから作り出せる技量を持ち合わせていないからって、死体を使うとか。使うにしても、あんなガラクタじゃなくてもっと鮮度がいいのを使わないと。腐敗してると通電も悪いし」

「キサマ......!」

 

 痺れを切らせたキマリが激しい怒りの感情を全面に出し、死者を愚弄する暴言を吐いた青年に斬りかかるも、強力な物理防御の障壁に阻まれ弾き返された。

 

「何を憤っているんです? たかが死体なのに」

「同胞を侮辱され黙っている者などいない!」

 

 キマリの言葉を聞いても、不思議そうな顔している。

 

「ユウナー、キマリー」

 

 全身傷だらけのリュックとパインが、山頂へ続く登山道から降りてきた。

 

「二人とも、大丈夫!?」

「ちょーちだいじょばないかも......聖獣が出てくるとか反則だって」

「ふーん、アレを倒したんだ。結構、自信作だったんだけど」

 

 言葉とは裏腹に想定内とでも言いたげな余裕を感じさせる。

 

「誰だ? アイツ。それに今、自信作って――」

「技職の神・アルブの関係者。機械で遺体を操っていたのも、彼......!」

 

 二人の表情が締まり、すかさず臨戦態勢。

 短剣を構えるリュックが、問い質す。

 

「キミ、アルベド? 初めて見る顔だけど」

「答えに何の意味が?」

「アルベドならアタシがケリをつける。違うなら本気で倒す!」

「ボクは、科学者。それ以上でもそれ以下でもありません」

「答えになってなーい!」

「どっちでもいい。お前が今、スピラで起きている事件の元凶だってことは確かだ!」

「おや、それは誤解です」

 

 のらりくらりと躱していた青年が、初めて断言を下した。

 

「今の状況を作ったのは、あなた方でしょう」

「私たちが? どういうこと?」

「少し考えれば解ることだと思いますけど。さて」

「待て! 逃げるな!」

 

 答えを濁して背を向けた青年に、パインが怒号を飛ばす。背を向けたまま指を鳴らし、半身をこちらに向ける。

 

「ボクは、アソオス。生きていたら遇うこともあるでしょう。さあ、どう転ぶか実に興味深い。期待していますよ、大召喚士ユウナ様」

 

 周囲に幻光が急速に集束し姿を現した魔物を四人で倒し終えた時には既に、アソオスと名乗った科学者の姿は消えていた。




オリキャラ設定。
科学者・アソオス。由来は、ギリシャ語で無邪気。
1000年前のベベルの技職の神・アルブの下、才能を開花。独自の技術を確立、とある方法で魔物を作り出すことが出来る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission20 ~始まりの大召喚士~

 スピラ評議会定例会議後、評議会議長バラライの執務室に集った三盟主は、パインからモニター班へ送られてきたガガゼトの一件を記録したスフィアの録画映像の情報共有と、今後の対策について話し合っていた。

 

「科学者アソオス。遺体兵器転用、魔物精製技術。機械の扱いに長けたアルベド族と、幻光の扱いに長けたグアド族の双方の特質を兼ね備えた科学者――」

「今までの騒動は全部そいつの仕業ってことだろ」

 

 神妙な面持ちで言葉に出したバラライに、ギップルが問いかけた。

 

「単純に考えればそうなる。頻発していた魔物騒動、ナギ平原の混乱、ヴェグナガンの破損も全てが繋がる。しかし、いったい何を目的でこんなことを......」

「スピラへの復讐、だろ。アルブってヤツの言い分は」

「技職の神・アルブ、1000年前の機械戦争時代の科学者か。少なくとも死人であることは間違いないだろうけど、それらしい記載はいっさい残されていなかった。寺院にとって余程都合の悪い人物なんだろう」

「散々利用された挙げ句の果てに切り捨てられたんだ。死後強い怨念を持って現世に留まっててもおかしくねぇ。なあ、船長」

 

 話し合いに参加せず、資料に目を落としたままの返事を返さないヌージを不思議に思い、バラライが声をかける。

 

「どうした? ヌージ、眉間に皺を寄せて、何か気になることがあるのかい?」

「......技職の神とやらが何を企んでいるかは知らんが、妙だと思わないか? なぜ今、このタイミングで姿を現したのか」

「そりゃあな。今まで姿どころか、手掛かりひとつも残さなかったってのに、こうもあっさり正体を明かしたのは不自然だ」

「つまるところ、キミは意図的に姿を見せたと考えていると。確かにそう考えれば、様々な点において腑が落ちる。正体を隠す必要がなくなったか、あるいは――」

 

 ――正体を明かさなければならない事情があった。

 命懸けの戦場を共に生き抜いた盟友同士、声に出さずとも互いの考えの共有は容易。

 

「意識を別のものへ、ヤツ自身へと向けさせた。遺体の兵器転用、魔物精製の技法、気を引くには充分すぎる。フッ、そう思わせることが狙いかもしれんがな」

 

 行為がミスリードであるか否かは別にしても、今の状況そのものが楔が打ち込まれたことを顕著に物語っている。

 

「何かあるとすれば、異界、ザナルカンド遺跡、オメガ遺跡辺りか。人の出入りはないし、通信スフィアの設置も後回しにしてたエリア。既に引き払ってるだろうけど、痕跡のひとつくらい残ってるかもしれねぇ、どうする?」

 

 ギップルに問われたバラライは窓際へ移動し、窓の外に広がる活気に溢れたベベルの街並みを見つめ。そして、調査隊を組織することを決断した。

 

           * * *

 

 気品を感じる装飾が施された扉を数回ノック、返事を待って部屋の中に入る。窓際に立ち、扉に背を向けていたバラライがゆっくり振り向いた。

 

「ようこそ。こうして顔を合わせるのは初めてですね。スピラ評議会議長バラライです」

「公認送儀士のマヤナと申します」

「畏まらずにどうぞ。僕自身、堅苦しいのはあまり得意ではないから」

 

 見るからに作り笑いで「どうぞ」と椅子に座るよう促し、中央にスフィアが置かれたテーブルを挟んだ向かいの席に座ったバラライに続いて、静かに腰をかける。

 

「不躾で申し訳ないが、新しく組織する調査隊に参加してもらいたく呼び出させてもらった」

「調査隊、ですか?」

「ええ。調査対象は、ザナルカンド遺跡の中心部エボン=ドーム。他地域よりも幻光濃度が高く迂闊に踏み込めないため、ドーム内部の調査には、異界送りを行える送儀士のチカラが必要不可欠」

 

 本当の理由が別にあることは解っている、けどあえて言葉には出さない。テーブルを挟んだ向かい側に座っている彼もまた、本音を見透かされていることは承知の上で自ら話を切り出し、スフィアの再生ボタンに手を伸ばした。

 

「どうか気を悪くしないでほしい。彼女たち、ユウナさんたちからキミのガードの話は聞いている。これを――」

 

 記録されていたのは先日、ガガゼト山で起きた一件。祈り子群像裏手付近に置かれた旧型通信スフィアが、偶然捉えた戦闘記録。四人掛かりにも関わらず。新種の魔物を相手に苦戦を強いられている。

 

「ユウナさんたちが対峙した魔物は、従来の魔物を遙かに凌ぐ桁違いの魔物。グアド族がグアドサラムへ戻り、不安定だった異界の調整が進んで安定してきてはいるが、大元を絶たない限り事態の終結は見ないと考えている」

 

 最高責任者自らの申し出、二つ返事で返したいところ。

 けれど、そう簡単に頷けない事情がある。

 

「あたしには、あたしたちにはやらなければならないことがあるんです。1000年前、機械戦争以前の世界で命を捧げた祈り子様からお話しを伺わなくてはなりません。遠回りで、見当違いなのかもしれません。だけど――」

「もちろん、重々承知している。本来であれば、これは僕たちが解決しなければならない事案だということも」

 

 前で組んだ手をギュッと握りしめ、うつむき加減で口を真一文字に結んだ。

 

「しかし今、僕たちがベベルを離れれば、スピラ評議会は確実に揺らぐ」

「所詮、形だけの組織なのさ」

「誰も互いを信用なんてしちゃいねぇ」

 

 背後から聞こえた声に振り返る。扉付近で杖を突いたヌージと、壁に背を預けて腕を組んだギップルが立っていた。

 

「驚かせて申し訳ない。脅すとかそういうつもりはないんだ。ただ、こうでもしなければ本気は伝わらないと思ったんだ」

「あ、はい......」

 

 様々な人間の思惑が絡み合うスピラをまとめる若き三盟主を前に、気押されてしまいそうになっている。

 

「この先は、オフレコで頼むぜ。首謀者は、技職の神アルブと科学者アソオス。遺体を人工兵器へ改造したのも、新種の魔物を作りだしたのもコイツらの仕業だ」

「俺たちは今、グアドサラム近郊起きた誘拐事件解決に向けて多くの人員を割り当て大規模調査を予定している。街道外れの鬱蒼とした森の中へ姿を消した誘拐犯、被害者を襲った辻斬りは、両者の関係者であると睨んでいる」

「辻斬り、誘拐犯......科学者?」

 

 技職の神・アルブついては呼び寄せたメイチェンから聞いていたけれど、いっぺんに入ってきた新たな情報に整理が追いつかない。すると「焦らず、ゆっくりどうぞ」と言うように、温かい紅茶と茶請けを議長自らが用意してくれた。

 

「ユウナさんたちは、異界へ。辻斬りと対峙した送儀士とガードは、大規模調査に同行予定。スピラの祈り子が見つかった際は、すぐに連絡を入れる。どうか、前向きな返事を」

 

 そう言って、幻光の影響を受けづらい最新型の通信スフィアを差し出した。

 

           * * *

 

 やや傾いた日差しが窓から差し込む、聖ベベル宮の廊下を歩く足取りは重い。結局、受け取ってしまった通信スフィア。

 

「ザナルカンド......」

 

 かつて、多くの召喚士が究極召喚を求めて目指したスピラ最北の地。召喚士として目覚めて三年あまりの年月が経ち、未だ一度も踏み入れたことのない神聖な地。

 くるりと踵を返す。今までの報告も兼ねてベベルの試練の間へ向かおうとしたところ、ジョゼ寺院付近の街道で見かけた男女が、あの時と同じようにじゃれ合いながら歩いて来る。

 

「どんな感じ?」

「悪くない。けど、複雑。よく、あんな簡単に......」

「細かい作業の苦手だもんね」

「誰が、ガサツだって?」

「い、言ってない!」

 

 すれ違い様に、挨拶を交わす。

 

「こんにちは」

「こんにちは。もしかして、あなたも送儀士ですか?」

「はい。公認送儀士のマヤナです」

「やっぱり。僕も、公認送儀士なんです。僕は、クルグム。彼女は、チュアミ」

 

 世が世なら召喚士とガード、行動を共にするパートナー。

 そして、この二人が先ほど聞いた大規模調査に同行する、二人。

 

「じゃあ、議長が当てがあると言っていた送儀士はあなただったんですね」

「大抜擢。わたしらの一個下なのに」

「実は、まだ決めかねているんです。それで、祈り子様に意見を伺おうと思って」

「祈り子って、今はただの石像だろ? どの寺院の祈り子もさ」

「応えてくれます。心の底から真摯に願えば――」

 

 そう、呼び掛けに応えてくれた。どの寺院の祈り子も応えてくれた。そうだとすれば――。

 

「だってよ」

「僕に振られても」

「だってお前、応えてもらえたことないだろ。心が足りてないんじゃないか?」

「あの、すみません。急用を思い出しました。任務お気をつけてください」

「あ、はい。年の近い送儀士の方と話が出来てよかったです」

「あんたも気をつけなよ。辻斬りは、いつどこに出るか分かんないから」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 身を案じてくれた二人に会釈して再び踵を返し、議長室へ向かった。調査協力の返事を伝えるために。

 

           * * *

 

 スピラ評議会公認送儀士して正式に任命された際、ベベルに用意された自室で旅支度を整える。食料、通信スフィアなどの必要最低限の物資を入れた手荷物と、異界送りに使用する杖を持ち、部屋の扉にカギを掛け、飛空艇乗り場へ赴く。搭乗直前、評議会の役員であると同時に送儀士の指南役を務めるイサールから手紙の束を受け取り、飛空艇はザナルカンドへ向けて飛び立った。

 窓際の四人掛けの席に腰を降ろし、空いている隣の椅子に荷物を起き、テーブルに置いた手紙を順番に目を通していく。どれもが、今まで行ってきた異界送りに対する感謝が綴られた手紙。手紙に目を通しながら、傍らに立つシキに尋ねる。

 

「どうだった?」

「送儀士とガードが辻斬りと対峙した街道を調べた。真っ二つに折れた武器が、林の前に落ちていた。おそらく、ガードのものだろう。しかし、血液らしき痕跡は残っていなかった」

「やっぱり、死人なのかな?」

「周囲に幻光は漂っていたが、現場は幻光河近郊」

 

 幻光河は元来幻光が集まりやすい土地柄、判別はつかない。

 

「彼女たちが遭遇したという科学者の方も同じ、足がつくような手掛かりはない。それどころか時を同じくして、鳴りを潜めていた魔物騒動が再び各地で再開された」

「聞いたよ。今回は、一件や二件じゃない。多地域で同時に何件も連続して起こってるって。予定してた大規模調査にも影響が出てるみたい」

「無関係とは思えない、か。焦りか、陽動か。筋書き通りか、急遽変更したかは定かではないが、分散目的であることは間違いないだろう」

「うん、そうだね」

「どうした?」

「......ユウナさんたち、科学者に言われたんだって。スピラの今の混乱を招いたのは、ユウナさんたちが原因だって。もしそれが――」

「マヤナ。三年前、キミは何を視た?」

「......分かってる。あたしは、迷わないよ。スピラを地獄のような世界にはさせない」

 

 ――だからあたしは、ザナルカンドへ行くことを決めた。

 あの人に、1000前の世界で初めて“シン”を倒した始まりの大召喚士ユウナレスカの話を聞くために。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission21 ~収穫~

「どんな様子?」

 

 異界探索の休憩中、リュックが声をかけた通信スフィアから、リアルタイムのシンラの姿と声で応答が返って来た。背後に映る周囲は、危機感に溢れた怒号にも似た大声が飛び交っている。

 

『この通り、猫の手も借りたいくらいだし』

『リューック!』

「うわっ!」

 

 突然響いた声に驚いたリュックは、その場で尻餅をついた。聞こえてきた声は、彼女の兄アニキ。

 

「もー、何さアニキ! びっくりするっしょ!」

『ユウナ、いるか!?』

「うん、居るよ。アニキさん、お久しぶりです」

『ユウナー! 無事か!? いつでも助けに行くぞ!』

『おい、私用で無駄にエネルギーを消耗させるなよ』

「まったくだ。ダチ、アニキの手綱はしっかり握っておけ」

『へいへい』

 

 共に空で旅をしていた仲間たちの声。こんな騒がしくも賑やかな日々を、ほんの一年ほど前に一緒に過ごしていたことが酷く懐かしく想う。

 

『今、どの辺り?』

『ヴェグナガンがある異界の最深部まで、もうちょっとのところかな? 地上の様子は、どう?」

『ヒデーあり様だ』

 

 通信に、ギップルが割り込んで来た。アニキから批難の声が飛ぶも、彼はいっさい気にせずに状況を知らせる。

 

『スピラ各地至る所で魔物が湧き出てる。各部隊が対応に当たっちゃいるが、いつまで持つか。スピラ中があん時のナギ平原の騒動みたいな状況だ。何より深刻なのは、前線への補給が止まっちまってる』

『機材トラブルが相次いでて、飛空艇が飛ばせないし。ザナルカンドへ向かった二人も、ガガゼトで足止め。転送装置も不具合が生じてるみたいで徒歩で向かうって連絡が来たけど、かなり吹雪いてるみたいで時間がかかりそうだし』

 

 誘拐事件の方も同じ。ヌージを中心に大規模調査を実施する予定が一転、クルグムとチュアミ、ルブラン一味の数名のみでの限定的な調査。ヌージは現場で指揮を執り、バラライはスピラ評議会を抑えるのに手一杯。

 

『緊急通信だ、エリア2-5にて新たな魔物の出現を確認!』

『ダチ、本部に通達!』

『こっちもまた出たー! 一緒にヌージに伝えろ!』

『了解。モニター班から対策本部へ、キーリカの森及び――』

 

 スフィアの向こう側の慌ただしさが増し、話を出来る状況ではなくなってしまった。通信を遮断し、リュックは通信スフィアを片付ける。

 

「すんごいことになってるみたい。スピラ中ところ構わずだよ」

「シューインの時とは違うな。出現場所は無作為、魔物が湧き出てた寺院を離れれば済む問題じゃない。一刻も早く対処しないと」

「アタシたちもいったん戻る? 異界は特に何もなさそうだしさ」

「......進もう」

 

 傍らに置いた杖を持って、立ち上がる。

 

「ここで引き返したら、何も得られない」

「けどさ、進んで何もなかったら?」

「なかったってことは分かるよ、少なくとも」

「確かに。急ぐぞ。早く済ませれば、その分早く戻れる」

「りょーかい! よーし、ささっと調べて地上に戻ろー!」

 

 進めば得られる、例え望み通りの成果を得られなかったとしても。そう信じて、歩みを前へ進める。機械仕掛けの道が続く異界の通路を慎重かつ急いで奥へ向かう。何度か遭遇した魔物を倒し、ヴェグナガンが鎮座していた最深部に通じるゲートの前に到着後、しばしの休息。

 

「思ったより、すんなり来られたな。ここまでは」

「毎回仕掛け解かないといけないのは面倒だけど」

「異界だからね。それにしても......」

 

 ざっと周囲を見回す。前回訪れた時とは、微妙に異なった雰囲気が漂っているのを感じ取っていた。

 

「どうした?」

「幻光の流れが少し変なんだ」

「どうゆーこと?」

「うーん、一定の動きをしてるっていえばいいのかな? 前はこう、もっと無造作に舞ってたの」

「分かる?」

 

 問われたパインは、小さく首を横に振った。二人には掬い取れない、召喚士特有の感性。

 ――この先に、何かがある。

 不意に頭を過った抽象的な感覚を確かめるため、止まっていた足を踏み出そうとした時、ゲートの向こう側に現れた影が近づいて来る。

 

「あれ、人影だよね?」

「ここに居るってことは、あの科学者......アソオス?」

「――違う、避けろ!」

 

 パインの言葉を聞き、咄嗟に散開。

 距離を詰めて斬り掛かってきたてきた人影の手には、鋭利な刀が握られ、藁傘を頭に被っている。

 

「刀? マヤナのガードと同種の使い手か。コイツが、あの送儀士とガードが言ってた辻斬りか? どうして、異界(ここ)に......!」

「てか。挨拶もなしなんて、礼儀がなってないんじゃないのっ!」

「気をつけて、普通の相手じゃない。守護の鎧――」

 

 物理攻撃防御(プロテス)と、念のために魔法攻撃防御(シェル)を二人にもかけて臨戦態勢。相手も、構える。

 一瞬の開いた間、先に仕掛けたのはパイン。激しい斬撃の応酬、鍔迫り合いの最中、相手の前蹴りをもらって押し返された。

 

「くっ!」

「大丈夫っ!?」

「ああ。二人から聞いた通りだ、身を守る気なんていっさいないぞ......!」

「死人なんでしょ? 異界送りはっ?」

「ダメ。ここは、異界だから!」

「ああー、送る先がないのかー」

「どうにしても倒すしかないってことだろ、行くぞ!」

「まっかせなさい!」

 

 防御する気はいっさいなしの相手を前に、リュックとパインの二人の攻撃は確実に当たっているにも関わらず、なかなか致命傷を与えられない。それどころか、動きが鈍る素振りすら見受けられない。

 

「なんなんだコイツはっ! 攻撃を受けてもものともしない!」

「しつこいなー、切りがないっての!」

「あの子、チュアミは相討ち覚悟で懐に飛び込んだって言ってたけど......」

「なら、胴体ごと貫いて地面に串刺しにしてやる!」

「ダメだよ、パイン。この先、戦えなくなっちゃう」

 

 ここはまだ、最深部の手前。護り手を配置したのなら、この先はもっと強敵が待ち構えている可能性が極めて高い。何より、相手の姿、目的、この先に何があるのか不明瞭な以上は消耗戦は悪手。

 

「......じゃあどうする? まともな相手じゃないぞ」

「聞いて」

 

 二人に作戦を伝え、取り囲むような立ち位置。相手の激しい攻撃を耐えつつ、広場の先へとジリジリと押し込んでいく。振り払おうと大きく振り下ろし刀の刃先を掻い潜り、右手で持った杖を首に引っかけ背後を取って、逆手の左手で杖を握る。

 

「せーの!」

「よし!」

「いっけー!」

 

 二人の力も借りて、背中を支点に全体重をかける。ふっ、と辻斬りの体が持ち上がり、勢いをつけて底が見えない奈落へ向かって体を一回転させて回し落とす。一緒に落下しそうになった体を、手を取って繋ぎ止めてくれた二人に引っ張りあげてもらう。

 

「ふぅ、助かった。ありがと」

「まったく、無茶なことを」

「ホントホント。えーと、アイツは......」

 

 座ったリュックが、覗き込む。遙か下の出っ張りに落ちた辻斬りは、何事もなかったかのように立ち上がっていた。

 

「しぶと! もうゾンビだよ、ゾンビ」

「ま、死人か遺体だからな。あそこからは簡単には這い上がれないだろ。今のうち」

「うん、行こう、リュック」

「あ、待ってー」

 

 怪我の治療をしながら、辻斬りが現れた異界の最深部へと通ずるゲートを潜った。潜ったゲートの先は、尋常ではないほどの幻光が渦巻いていた。召喚士でない二人も息を呑むほどの無数の幻光が一方へと向かって流れている。

 

「これが、ユウナが感じてた違和感の正体......」

「あのさ、幻光が向かってるのって、ヴェグナガンの方だよね? まさかとは思うけど」

「急ぐぞ!」

 

 駆け出す。最悪の事態が頭を過った。技職の神・アルブは、ヴェグナガン開発に関わった人物。そのアルブの関係者、科学者アソオス。もし、二人が今、頭を過ったことを実行に移していたとすれば、スピラは再び滅亡の危機に陥ってしまう。

 しかし、その憂いは取り越し苦労に終わった。

 引き換えに、別の懸念を残して。

 

「ヴェグナガンは、壊れたままだ。とりあえず一安心だな」

「でも、幻光はこの辺りに集まってる。前に来たときは、こんなじゃなかったよね?」

「少し調べてみよう」

 

 無惨に崩れ落ちたヴェグナガンの周囲を手分けして調べて回る。空間に渦巻く幻光が多い場所を重点的に調査。崩壊する前、ヴェグナガンが掴まっていた機械柱を見上げていると、近くで何かが弾んだ音が聞こえた。振り向いて確かめる。それは、慣れ親しんだ物体。スピラでもっと盛んな水中格闘技・ブリッツボールの試合球。

 

「何で、こんなところに――」

 

 唐突に、不自然に目の前に現れたブリッツボールの試合球を前に足が止まる。バラバラになったパーツ付近に落ちたボール、ふと感じた視線の先へと向ける。全身を覆うダボダボの防護服と、ガスマスクを付けた小柄な人物が立っていた。

 

「シンラくん?」

 

 ――違う、そんなはずはない。彼は今、ベベルのモニタールームで缶詰状態、異界にいるはずがない。だとしたら、あれは......辻斬りと共に現れた誘拐犯の一人。

 即座に考えを改める。話を聞き出すため、杖を手に足を踏み出そうとした時、カチッカチッと一定のリズムを刻む小さな音を拾った。音の出所は、ブリッツボール。

『言い忘れた。このスフィアは――』

 不意に頭に浮かんだ、ルカのスタジアムでの一幕、咄嗟に叫ぶ。

 

「伏せて!」

「えっ?」

「なんだ......なっ!?」

 

 突然、ブリッツボールが爆発した。寸でのところで直撃は免れたものの、爆風に乗った周囲のパーツが四方八方に飛散、細かな破片のいくつかが体を傷つける。爆風が治まったことを確認してから顔を上げ、体をゆっくりと起こす。積まれていたヴェグナガンのパーツはあちこちに飛び散り、見るも無残な有様。

 

「......二人とも、大丈夫?」

「いった~......酷いよ、これ」

「生きてた回路がショートでもしたのか?」

「違う、爆弾。積み重なった部品の近くで爆発した」

「それって、殺傷力上げたってことじゃん!」

「本気で殺しに――犯人は!」

 

 爆発したブリッツボールを投げたであろう、先ほどまで居たハズの人の姿は既に消えていた。手負いで深追いは悪手と判断し、足下を片付けて座れるスペースを確保して治療に当たる。

 

「爆発を引き起こしたブリッツボールが転がってきた直線上に、シンラみたいな格好したヤツがいたんだな?」

「アンダーベベルで見せてもらったスフィアに映ってた墓荒らしの犯人に似てた」

「じゃあ、アルベドってことだよね、装備の抜き打ちチェックには異常はなかったって、バラライが言ってたし。何でこんなことするんだろ? せっかく、世界から機械とアルベド族に対する偏見がなくなってきてるってのに」

 

 やるせなさに憤るリュックを、パインが気遣ってフォロー。

 

「まだ、そうと決まったわけじゃない。あの科学者は、遺体を操れるんだ。アルベドの子供を使っただけかも知れないだろ」

「そうかもだけどさ。事情を知らない人は、そんなの区別できないし」

「なら、見つけ出して倒すまで。自分の手は汚さないなんて姑息なマネ、同じ1000年怨み続けてたシューインより陰湿だ」

「あの科学者――アソオスは、私たちが原因だって言ってた」

 

 刺さった尖った破片を取りに除き、痛みに耐えながら、腕に包帯を巻く。

 

「私たちがしたことって何だろう......?」

「三年前、“シン”を倒した。それも、永遠に復活しないように」

「半年前には、世界を滅ぼそうとした亡霊(シューイン)を止めた。スピラを破壊するほど危険なヴェグナガンも」

 

 二人が話しているように、大きく分けてこのふたつ。

 永遠のナギ節の到来と、新しい世界の混乱に乗じた復讐の阻止。

 

「ただの戯れ言、責任転嫁。恐怖と絶望に満ちた世界を救いはしても、こんな騒動を起こすための手助けしたわけじゃないだろ」

「そうなんだけど。実際、起きちゃってるから」

「うーん、やっぱり、ナギ節じゃないの?」

「それだと、今まで行動を起こさなかった理由がつかない。ユウナの父親、大召喚士ブラスカのナギ節の時はこんなこと起こらなかった」

「じゃあ、ヴェグナガン壊されて怒ったとか」

 

 消去法ながらも、おおよその答えに行き着いた。

 

「技職の神・アルブは、ヴェグナガン開発の中心人物だったってメイチェンさんが言ってた。欠陥も把握してたし、どこに保管してたのかも知っていたはず」

「ヴェグナガンは、アンダーベベルに厳重に保管されていた。スピラそのものを破壊しかねない強力な兵器の情報が外部に洩れるとは考えづらい。つまり?」

「アルブが、シューインにリークしたってこと?」

 

 リュックの答えに、パインと一緒に頷く。

 機械戦争、技職の神・アルブ、シューイン、レン、ヴェグナガン――バラバラだったピースが徐々に繋がり、朧気ながら全容が見え始めた。

 

「よし、応急処置完了。追うぞ」

「うん」

「りょーかい......って、あれ? これ見て!」

 

 横になって休憩していたリュックが、背後にそびえ立つ機械柱に幻光が流れ込んでいることに気がついた。そこは奇しくも、爆発で吹き飛んだ破片が傷を付けた個所。パインは、剣を突き立て強引に拡げ、機械柱の中を覗き込む。パネルのような機械が、所狭しと並んでいる。

 

「機械の中に、機械?」

「ま、不思議じゃないけど。リュック、何か分かる?」

「たぶんだけど、モニターだと思う」

「モニター? あれ全部か。どうして、この中に――」

 

 機械柱を見上げる、パイン。

 けれど、このまま眺めていても埒があかない。

 

「中にあるんだから、入り口あるはずだよね? 探してみよう」

「あ、待って。ケーブルが繋がってる。あれを辿れば――」

 

 機械柱内部のケーブルを目で辿り、円上の広場の端へ移動したリュックは手助けを求めた。宙に浮く床の下を調べる彼女の体が底知れぬ奈落に落ちないよう、二人で支える。

 

「えーと、あーなって、こーなって......分かった!」

 

 リュックの体を引き上げ、ケーブルが繋がった先へ。

 

「ここなの?」

「そう。下から、ここに繋がってた」

 

 目の前にあるのは、一際大きなヴェグナガンの残骸。

 ケーブルは、ヴェグナガンの真下から機械柱の内部へ繋がっていた。調べようにも、再び活動を開始する怖れがあるため迂闊に手は出せない。当初の予定通り、入り口を探すもそれらしき場所は見当たらない。

 

「仕方ないな。少々手荒い手段使うか」

「まっかせなさい。アルベド印の粘着ばくだーん」

 

 軽いノリで欠損個所に爆薬を貼り付けて、十分な距離を取り、ホルスターの銃を抜く。

 

「じゃ、やっちゃうよ」

「お願い」

「オッケー! えい!」

 

 連射した一発が粘着爆弾に命中、爆発を起こした。黒煙が鎮まるのを待って、近づく。身を屈めればどうにか通れそうな穴が開いた。機械柱の中に入る。リュックの予想通り、数多くのモニターと大きな機械が内部に設置されていた。爆発を免れたモニターの映像を観て、唖然とした。

 

「見て! ルチル隊長だよ」

「こっちは、ドナとバルテロだ。キーリカの森で、魔物と戦ってる!」

「キーリカの森......ダチのヤツ、エリア2-5って言ったよな? まさかこの映像、全部リアルタイムなのか?」

 

 他のモニターのその全てに、スピラ各地の映像が映し出されていた。

 ――進めば得られる。

 そう思って進んだ先で得たのは、想像を遙かに超える予想外のモノだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission22 ~取引~

 拉致事件の捜索を本格的に開始してまる一日以上が経ち、今日も夜明け前からしらみつぶしの懸命な捜索活動を行うも何一つとして成果を得られず、夕暮れ時を迎えた。鬱蒼とした林を抜けて、幻光河の湖岸近辺の草原でキャンプを張る。川縁の幻光花の集まる虹色の幻光虫が、空のオレンジ色と相まって思わず目を奪われてしまいそうな幻想的な風景を描いている。

 汲んだ川の水を簡易浄水器に流し込み、夕食の準備をしながらスフィアでニュースを観ているクルグムの対面の丸太に腰を降ろす。

 

「酷い、負傷者も少なくない。旅をしていた時みたいな強力な魔物は少ないみたいだけど、早く騒ぎを収めないと」

「で、お前の見立ては?」

「やっぱり、幻光が影響してるのは間違いないと思う」

「幻光ねぇ」

 

 幻光河へ視線を向ける。

 魔物を作り出す幻光は、夜が深くなるにつれて活動が活発になる。特に幻光が多く集まる幻光河とグアドサラムの周囲には、守備隊の多くが割り当てられていたが。被害がスピラ各地へと拡がっていくにつれて、各地へ分散されていった。今、この地域に残っているのは幻光河の南北に二部隊ずつ各隊5人編成の20名と、誘拐事件の被害者の捜索を手伝っているグアドサラム在住のルブラン一味の数名のみ。圧倒的に人手不足ではあるが、それは他の地域も同じ、各地で命を賭して奮戦している。

 

「今日の捜索でだいたい全体の1/10くらいの規模かな」

「比較的平坦な土地を選んでそれだけか、あと何日かかるかな?」

「どうだろうね。出来たよ」

「こっちも完了」

「ありがとう」

 

 濾過した水を注いだコップを渡して、本日の夕食にありつく。焚き火にかけた鍋に張った湯で暖めたレトルト食品と缶詰、懺悔の旅で食べ飽きた食事も、今では唯一気を休められる貴重な時間。何より、幻光河の周辺は幻光が多いにも関わらず、魔物はあまり出現しない。

 

「魔物は、行き場を失った幻光が集束して生まれるから」

川縁(ここ)は、幻光花に集まるからってことか」

「詳しくは分からないけど、河を少し離れた街道ではやっぱり多いしね。あ、定期報告の時間だ」

 

 出立前に受け取った、幻光の干渉を受け難い新型通信スフィアを取り出して立ち上げて、データを送る。数分後、モニター班を統括するギップルから連絡が来た。

 

『悪ぃ、ちーと動きがあって遅くなった』

「いえ、報告です。本日探索し終えた地域のデータを送信しました」

『ご苦労さん。どうだ? 新しい装備は』

「問題ありません、と言いたいんですけど」

 

 苦笑いのクルグムは、与えられた新しい武器に搭載された新システムに悪戦苦闘していることを伝え、それを聞いたギップルは、どこか愉快げに笑っている。

 

『ま、実戦あるのみさ。あの人たちは、既に自在に使いこなしてるぜ。で、訊きてぇんだけどよ。幻光河周辺に何か変化はあったりしたか?』

 

 スフィアに映るギップルの笑みは消え、真剣な表情に変わった。

 

「大きな変化はありません。何かあったんですか?」

 

 クルグムの後ろから顔を出し、突っ込んで訊く。やや顔を伏せたギップルは、後頭部を掻きながら若干考え込み、やがて口を開いた。

 

『一部地域で魔物出現頻度が急激に鈍化した』

「えっ?」

 

 クルグムと顔を見合わせる。あれだけ騒がしていた事件が限定的とはいえ、治まったことに驚きを隠せない。

 

『理由は不明だ。だが、要因は異界にある可能性が高い』

「もしかして、ユウナ様ですか?」

『だから分かんねぇって。今、それを調べてる。それと伝えておくことがある。チュアミ、お前が見た防護服姿のヤツには注意しろ。ブリッツボール型の爆弾を所持していると思われる』

「爆弾? ブリッツボールの?」

「分かりました。注意します。減少した地域というのは?」

 

 出現減少地域は、スピラ第二の都市・ルカと、ジョゼ寺院周辺。

 それらに共通点といえるものはない。唯一の救いは、人口の多いルカが対象地域であること。予断は許されないが、仮に本当に減少傾向にあるのなら被害も比例して減少することが期待される。

 

「ちょっと待ちな!」

 

 やり取りを終え、通信を切ろうとした時、茂みから聞こえた声に顔を向ける。先日、辻斬りとの戦闘後に逃げ込んだグアドサラムで世話になった、ピンクを基調にした露出度の高い姿の女性・ルブラン、ふくやかな体格の男性・ウノー、細身で長身の男性・サノーの三名が茂みから姿を現した。ルブランは、スフィアに向かって要求を伝える。

 

「ヌージのダンナに取り次いでおくれ。通信障害が酷くてね」

『現場だ。簡単に掴まんねーよ』

「使えない男だねぇ。とっておきの情報を手に入れたってのにさ」

『......やっちゃみるが、確約は出来ねぇからな』

 

 したり顔のルブラン。スフィアカメラを構えるサノーに、ウノーが小声で問いかける。

 

「とっておきの情報なんてあったか?」

「お嬢のことだ、ヌージと話したいだけだろう」

「お黙り!」

 

「申し訳ございません!」と、二人は声を揃えて平謝り。そうこうしている間に準備が整い、スフィアに映る映像が切り替わった。

 

「ダンナぁ! 元気だったかい?」

『どうにかな。元気そうで何よりだ。それで? 緊急な案件と聞いた。被害者が見つかったのか?』

『そのことなんだけどね。捜索中に、遺跡を幾つか見つけたんだよ」

『遺跡?』

「ああ、こいつさね」

 

 大きく開いた胸元から取り出したふたつのスフィアを再生させる。古の遺跡が映し出された。遺跡の内部は、酷く朽ち果て人気がない。もうひとつの方も同じような感じの佇まい。

 

『なるほど。座標は解るか?』

「もちろん。まとめて送っておくよ」

『助かる。クルグム、チュアミ、お前たちは遺跡へ向かえ。召喚士の素質を持つお前たちなら何か掬い取れるかも知れん。ルブラン、引き続き捜索を頼む』

「はい、分かりました」

「はいよ、ダンナ」

 

 ヌージとの通信を終え、ウノーから教わった遺跡の座標を地図に書き込む。一個所はさほど遠くなく、現在地から歩いて行ける距離にあるが、夜が深くなれば遭難の怖れもあるため明日に持ち越し。ルブランたちも、同じ場所でキャンプを張る。

 

「それが、あんたの新しい武器かい?」

「特種な機能があって、マテリアルドライブシステム......だっけ?」

「頼りないね。貸してごらん」

「あ......」

 

 返事をするまもなく、シンラが開発した新機能搭載の剣をかっ攫われた。

 

「で? この剣のどこが特種なんだい」

「刃の付け根と柄の先にスフィアがついてるでしょ」

「搭載された異なる性質のスフィア同士の相乗効果で従来の数倍の力を発揮するそうです。僕の杖も、同じシステムが搭載されてて。チュアミのは攻撃に、僕の杖は補助を主においているそうです」

 

 スフィアの組み合わせ次第で、様々な能力を引き出すことが可能。ユウナたちの武器、防具にも同様のシステムが搭載されている。

 

「要するにリザルトプレートを組み込んだような武器ってわけだね。なら、このルブラン様が手本を見せてあげるよ! ウノー、構えな!」

「へい、お嬢! いつでもどうぞ!」

 

 背中に背負った円上の大きな盾を前に構えたウノーは、深く腰を落とした。

 

「止めておいた方が......」

「小娘が小生意気な口をきくんじゃないよ! おりゃあーっ!」

「ぐわーっ!?」

 

 忠告を無視して勢いよく跳びかかり、刃先が盾に触れると同時に閃光が走り爆発を巻き起こした。ウノーは真後ろに転がり、ルブランは攻撃の反動で無残にもうつ伏せで地面に倒れ込む。

 

「あいたたた......ど、どうなってるんだいっ?」

「だから言ったのに。強力な武器は使い手を選ぶって、ヌージ司令が言ってた」

「実は、僕らも完璧には使いこなせていないんです」

 

 守備隊には、同システム搭載の廉価版武器が支給されている。実力者の一部の部隊長以外は、出力を抑えたスフィアをひとつのみ搭載、複数の複合効果で爆発的な作用を生み出せる程のポテンシャルはない。

 

「状況に合わせて、組み合わせと出力を手動で調整しないといけなくて」

「ふむ、なかなか面倒な武器だな。しかし――」

 

 カメラを回しながらサノーは、ウノーの下へ。

 

「一撃でウノーの盾に亀裂を入れるとは、破壊力は折り紙付きということか。まさに、諸刃の剣」

「いいから起こしてくれよ!」

 

 カメラを持っていない手を貸し、倒れたウノーを引き起こす。立ち上がったルブランが「ま、まあまあだね!」と強がりを言いながら差し出した剣を鞘に収め、横に置く。

 

「あの、遺跡の内部はどのような感じですか?」

「何もない。そもそも、この遺跡自体結構前に見つけたものだ。内部の探索はとっくに終わっている」

「はあ?」

 

 新エボン党を創設した僧官・トレマが提唱したスピラの歴史を知る真実騒動の折り、スフィアハントをしていた頃に発見した遺跡を、電波障害で直接連絡がつかないヌージと話すために盛っただけ。

 

「少しくらい脚色したってバチは当たらないさ。それにダンナは、遺跡を探せって言ったからねぇ。何より、身を隠すには持って来いの場所だからね。ってことでアンタたちは、遺跡内部を調査しな」

「異論はないけど、連絡はどうすれば?」

「うちの諜報力甘くみるんじゃないよ。連絡手段なんていくらでもあるさ」

 

 そう得意気な顔で言うと「アンタも手伝いな」と、男子禁制の湯浴みの支度に取りかかった。

 翌日。陽が昇る前に出発準備を済ませ、クルグムとふたり、昨夜教えてもらった遺跡へ向かう。鬱蒼とした道なき道を、地図を頼りに進み、一個所目は空振り。次の場所を目指す。やがて、開けた場所に出た。

 

「座標はここだ。この辺りにあるはずだよ」

 

 四方を木々に囲まれた草原。手分けして探すも、それらしき建物は見当たらない。大きめの石に座って、いったん休憩。

 

「チュアミ。もしかしてそれ、瓦礫じゃない?」

 

 足下を見る。座っている石の側面に模様らしきものが刻まれていた。

 

「ってことは――」

 

 後ろを振り返る。風か、何かで倒れた木が折り重なっていた。

 

「やり過ぎちゃダメだよ」

「分かってる。極力抑えて......」

 

 鞘から抜いた剣を両手でしっかりと構え、倒れた木々に向かって振り下ろす。真っ二つ折れた木々の下、爆発の衝撃で抉り取られた地面に、地下の遺跡へ続く階段が現れた。

 ランタンに灯した火を頼りに、脆い階段を壁伝いに降りきった先は、やや狭めの地下室。中は荒らされ放題。

 

「これ、あの人たちの仕業だよな」

「だろうね。何だろう? これ......」

 

 クルグムは、床に落ちていた古ぼけた紙を拾いあげる。意味不明な数字の羅列が紙一面にかきつづられていた。重要資料として回収し、地下室内を手分けして調べる。倒れたテーブルを立て直し、見つけたものを置く。その殆どが、同じようなメモ。

 

「スピラの文字......じゃないよな」

「アルベド語じゃないかな? 対策本部に訊いてみるよ」

 

 確認のため地下室を出て行った、クルグム。

 残った紙切れを読む。内容はどちらも不明だが、文章と数式が書かれてある2種類のメモを振り分けまとめていると、メモが一枚落ちた。落ちたメモを拾おうと腰を屈めた時、不意に拾った違和感。ここは、地下室。風の通り道は出入り口の階段だけにもかかわらず、足下から風が凪いでいる。つま先で地面を叩く。

 

「ここだ」

 

 床に降り積もった埃を払い。床石の繋ぎ目に剣先を差し込み、テコの力を使って慎重に持ち上げる。剥ぎ取った床下に、更に地下へと降りる梯子がかけられていた。鼻につく深いな臭いがする。クルグムを待たずに、更なる地下へと降りた。

 するとそこには、手術台らしき台で顔に布がかけられた人が横たわっていた。鼓動が、動悸が高鳴る。恐る恐る近づき、確かめる。

 

「――っ! はぁはぁ......」

 

 思わず息を呑んだ。その人は、既に亡くなっていた。

 あの時の、母がエボナー狩りに遭った時の光景がフラッシュバックして、足が思うように動かない。

 

「やれやれ、なーんか騒がしいと思ったら。思わぬお客様みたいだね」

 

 赤毛、灰色の瞳、丈の長い白衣を纏った青年。旅立ちの前、聞かされた情報類似する人物像。咄嗟に剣を構える。

 

「――お前、科学者だな!」

「あれ? ボクのこと知ってるんだ。大召喚士様から聞いたのかな。ま、別にどうでもいいけど。それでキミは、ここで何をしてるの?」

「......グアドサラム近郊で民間人を拉致した誘拐事件を追ってる」

「ああー、あの人の案件か。じゃあ、ボクには関係ないね」

「あの人? 1000年前の科学者のことかっ!」

「ご明察。しっかし......」

 

 武器を構えていることもお構いなく、遺体の前へ行き、呆れ顔を覗かせた。

 

「相変わらず、雑な処理をする。それにしても色々起こるなぁ。あ、そうだ。ねぇキミ、協力してくれない? あの人の本当の目的教えてあげるからさ」

「......お前は――」

 

 ――いったい、何を言っているんだ?

 悪びれた様子は微塵もなく、平然と言ってのけた科学者・アソオスの提案した内容は、まったくといっていいほど理解が追いつかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission23 ~呪縛~

 スピラ最果ての大地、ザナルカンド。

 飛空艇の故障と悪天候が重なって予定よりも大幅な遅れの到着。つい半年前まで観光地として賑わいを見せていた神聖な地も、今では、野生の猿たちの楽園。むやみに訪れる人も居ない静かな大地に戻った。

 スピラに死と絶望ともたらす厄災“シン”を倒しうる唯一の究極召喚を求め、各地の寺院を巡り命懸けの過酷な旅を耐え抜いた数少ない召喚士とガードが辿り着く最後の舞台。彼、彼女たちもしたであろう、行く手を阻む霊峰ガガゼトの山道を抜けた最後のキャンプ跡地で体育座りして、幻想的に輝くの夕焼け空に様々な想いを馳せながら、静かに体と心を落ち着ける。

 

「......よし」

「いいのか?」

「大丈夫だよ。早くお話しを伺わないと」

「そうか」

 

 シキと一緒に、朽ち果てたフリーウェイをエボン=ドームへ向かって歩いている途中、幾度となく行く手を阻む魔物を倒し、数え切れない無数の幻光が渦巻くエボン=ドームの入り口に辿り着いた。

 

「ここが、エボン=ドーム。凄い数の幻光......ドーム内が巨大なスフィアみたい」

「現世とかけ離れている。長居は無用、手短に用件を済ませよう」

 

「うん」と頷いたのが合図だったかの様に、目の前で幻光が集束、巨大な魔物が現れた。杖を取り出し、身構える。左腰の鞘に収めた刀の鍔に親指を添えたシキが、前に出た。やや右手前下がりの抜刀の構え、跳びかかってきた魔物が間合いに入った瞬間、瞬く間に切り裂いた。

 

「無駄に動かなくていい。何処であろうと、魔物の相手は受け持つ」

「ありがとう」

 

 複雑に入り組むエボン=ドーム内部の回廊をひたすら奥へ進む。試練の間に続く通路を歩いていると、不意に人影が通り過ぎた。見覚えのない映像が頭に直接流れ込んで来た。

 

「残滓......幻光に刻まれた記憶の欠片」

 

 ここまで辿り着いた召喚士とガードの記憶。スピラにその名を列ねる歴代の大召喚士たちの中、死の螺旋を絶ち切った人たちの記憶も残されていた。一歩一歩、歩みを進める度に記憶が流れ込んで来る。幻光に残された記憶を視ながら、試練の間の謎を解き、中央の昇降機で地下へ降りる。

 

「一緒に旅をしてきたガードが、究極召喚獣になる。どうして、他の祈り子様じゃダメなんだろ?」

「それも聞けば分かる」

「そうだね。行こう」

 

 床に埋め込まれた力を喪った祈り子像を避けて奥の大広間の階段を昇り、両開きの扉を開く。一瞬、外に出たのかと錯覚を覚えた。星空のような異空間――魔天が拡がる。

 ここで繰り広げられた激しい戦闘を物語るかの様に、魔天の中央には陥没の痕が残されていた。

 

「ここでユウナさんたちは、ユウナレスカ様と......究極召喚じゃ死の螺旋を絶ち切る根本的な解決には至らない。だけど、ユウナさんたちは選んだ。より困難な道であると知りながら、苦しみを全て背負うことを覚悟して......」

「どうする? 敵対する可能性もあるが」

「聞くよ」

 

 目を閉じて、静かに、そして真摯に呼び掛ける。

 始まりの大召喚士・ユウナレスカ。求める考えの違いから対立した相手だったとしても、命を賭した彼女のナギ節で起きたことを、今起こっている世界の異変を解決するために――。

 

「私を呼んだのは、どなたですか? この、“シン”無き世界で......」

 

 ゆっくり、目を開ける。銀色の長い髪を靡かせ、美しくも何処か妖艶な女性が、抉られた地面を隔てた先に立っていた。

 

「ユウナレスカ様、教えてください。機械戦争で、戦争終結後のあなたのナギ節で何が起きたのですか? どうか、お願いします」

 

 考えは違ってもスピラを、世界を想う気持ちは同じだったはず。ふわりと浮き、宙を舞って近づいて来た彼女は、全てを悟った様に物悲しそうな表情を見せた。

 

「あなたは......そうですか。やはり、あの方は諦めていなかったのですね」

「あの方? ベベルの技術者、技職の神・アルブのことですか?」

 

「そうです」と小さく頷き、背を向ける。

 

「機械戦争の最中ベベル中枢から、技職の神・アルブの冠名を拝命したベドール。彼を中心とした技術革新は、均衡していた戦況を一変させました。次々と前線へ導入される新型の機械兵器を前に劣勢に陥ったザナルカンドに、敗戦という二文字の現実が目前に迫っていました。しかし、思わぬことが起きたのです。アルブは数名の技術者を引き連れ、その科学力と共に他国へ亡命したのです」

 

 責任者と技術者が忽然と姿を消したベベルは大混乱。機械兵器の配給が滞った一時の隙をつき、召喚士エボンは最終手段を使った。ザナルカンドの住民を祈り子に変え、思い出の、夢のザナルカンドと守護の“シン”を創り出した。

 

「“シン”の復活と共に、時代のうねりに飲まれ忘れられたと思っていたのですが。彼の執念は、私たちが考える以上のものだったのですね。あれは私が、夫ゼイオンを究極召喚獣として用いて鎧である“シン”を破壊した後のこと。ベベルは、“シン”が父エボンを守護する鎧であることをまだ知らず、世界再編に着手した後のことです。姿を消していたアルブが、動き出したのです」

 

 アルブの離反は不問に処する以外の選択肢はなかった。何故なら、機械文明が破壊し尽くされた世界は、技職の神・アルブと配下のベドールに頼らざるを得なかった。要職に復帰したアルブは、首都ベベルの復興と再配備に着手。復興と比例して、ベドールの地位も向上の兆しを見せた。

 しかしそれは、長くは続かなかった。

 破壊の限りを尽くした“シン”の復活と共にエボン教がスピラの覇権を握り、機械戦争前後のベベルについての箝口令と「機械は、“シン”を呼ぶ悪しきもの」と禁止令を敷き、寺院の教えに背く機械を開発したベドールを悪しき種族と定め、彼らをとりまく環境は再び地へと堕ちた。

 

「政権を追われ、一転して迫害の対象となったアルブとベドールは反骨心から双方の頭文字を取り、“アルベド”と名を変え、反エボン寺院の象徴となったのです」

「そうなるよう仕向けたのは、あなたではないのか」

「シキ?」

「否定はしません。結果としてそうなったのは事実です。ですがアルブは、“シン”復活以前から人々の崇拝の対象であった召喚士やベベル兵に対して、異常なまでの劣等感を抱いていたこともまた確かなのです。やがて、その憎しみの対象は召喚士や兵士だけではなく、エボン寺院が支配するスピラ全土へと変わったのです」

 

 アルブの悲願が成されることは向こう1000年の間なかったが。召喚士エボンが、“シン”の核が消滅し“永遠のナギ節”が訪れたことで状況が変わった。永遠のナギ節が始まって二年が経ち“シン”の復活の兆し、兆候が見えないことで機会を待っていたアルブは、ヴェグナガンの破壊も追い風になり、ついに行動に移した。

 

「レン、懐かしい名。ザナルカンドの歌姫であり、優秀な召喚士。私も、彼女の歌は好きでした。私の次に“シン”を倒す者がいるとすれば、深く愛し合う恋人が居る彼女だとも思っていました。ヴェグナガンが破壊されたことは想定外の出来事だったことでしょう。同時に、好都合でもあった。ザナルカンドを破滅へ導いた機械を狙う“シン”と、スピラそのものを滅ぼしかねない大いなる存在ヴェグナガンが同時期に消え去ったのですから」

「それでユウナさんたちが騒動の原因、引き金になったって......」

「科学者・アソオスなる者を私は存じません。あなた、マヤナと言いましたね」

「あ、はい」

「いいですか、よくお聞きなさい。いざという時は、あなたが終わらせるのです。召喚士としての純粋な素質では、ユウナには及ばないのかもしれません。ですが想いの強さ、絆の深さは劣っていません」

「あたしが......?」

 

 大召喚士の始祖・ユウナレスカから、まさかのお墨付きを貰って戸惑いを隠せない。

 

「でも、あたしは召喚方法を知りません。どうすれば――」

「案ずることはありません。あなたは既に、その(すべ)を知っているのですから。機械戦争終結前、獣芯と呼ばれていた祈り子は、召喚士との強い絆の結びつきにより強力な力を得ます。レンと恋人が共に戦うことを選んでいたのなら、結果は違っていたのかもしれません」

「それが、究極召喚......」

「あなた方の疑問は解消されましたか?」

「あ、もうひとつだけ。1000年前、戦没者が故郷へ還って来たことについて何かご存じでしょうか?」

「死人......ではないようですね。少なくとも、ザナルカンドの秘術ではありません。ベベルの獣芯にならもしくは」

「そう、ですか。ありがとうございました」

「いえ。久方ぶりに、ひとりの“人”として会話が出来たことは感慨深いものがありました」

 

 柔らかな微笑みを浮かべた彼女の影が薄くなり、やがて抜けゆく幻光と共に虚空へと還っていった。

 

「ユウナレスカ様、視た記憶よりもずっと優しい人だった」

「彼女もまた、縛られていたのかもしれないな、エボンの呪縛に。あるいは――」

 

 続きを言うことなく、彼はすっと身を翻した。

 

「どうしたの......空気が変わった、何だろう? 嫌な感じがする」

 

 階段を昇って来た影、抜いた刃同士が甲高い音を響かせる。

 

「シキっ!」

「問題ない、下がっていろ。この兵装、古のベベル兵。ユウナレスカの影を追って呼び寄せられたか」

 

 敵はひとりじゃない。何人もの兵士が、魔天へ攻め込んで来る。彼はまったく臆することなく、ひとりひとり確実に戦闘不能へと追い込んでいく。

 

「あたしは......」

 

 ――知っている、この光景を。

 そう、これは忘れることのない。三年前に触れた残滓、死者が残した記憶。戦闘域の後方で銃を構える兵士と、彼の間に飛び込んで両手を広げる。銃声が響いた。倒れた兵士の身体が消えていき、魔天に攻め込んできた古のベベル兵も全て倒れていた。

 

「あまり気負うな。キミは、俺が護る。用向きは済んだ」

「うん、帰ろう」

 

 杖を振って舞い踊り、蘇った兵士たちを異界へ送り。

 呼び掛けに応えたくれたユウナレスカが居た場所に深く頭を下げて謝辞を表し、異空間の魔天、そしてエボン=ドームを後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission24 ~対面~

 トラブルで飛空艇が飛ばないことを考慮して、グアドサラムを経由せずに、異界の花畑からベベルの祈り子の間に繋がる異界への道を活用して、地上へ戻ることにした。幾重もの仕掛けがある螺旋状の長い坂道を登りきったベベルの祈り子の間には、先客が居た。

 両膝をついて、胸の前で両手を握って、真摯に祈りを捧げていたマヤナは気配に気付いて、閉じていた目をゆっくり開いた。

 

「ユウナレスカを呼び寄せたのっ!?」

 

 四人一緒に祈り子の間を出て、話し合いの場に指定された議長室へ途中に聞いた話に、リュックは大声を上げた。それもそのはず、三年前意見の相違から敵対して手にかけた相手を、現世に呼び寄せたのだから。

 

「いろいろ教えてくださりました。スピラのことも心配されていました」

「信じられないんだけど」

「けど、実際に呼び寄せて聞いたんだろ。何か収穫はあったのか?」

「祈り子の成り立ちとか。事件の動機になったと思われる出来事、それに伴うアルベド族の由来とかです」

「アルベドのっ?」

 

 アルベド族という言葉を聞き、リュックが大きく反応を示すも、お互いに話すことはたくさんある。得た情報を一刻も早く共有するため、議長室へ急いだ。

 

「何かあったんですか?」

 

 ノックして入った議長室は、緊迫した空気が漂っていた。ただ事ではない。窓辺に立つバラライと、ソファーに浅く座って若干前屈みで両手を組むヌージの険しい表情が物語っている。

 

「......例の科学者が、取引を持ちかけてきました」

「取引? どういうことだ?」

 

 まるで問い質すように言ったパインの疑問に、ヌージが答える。

 

「拉致事件を捜査していたチュアミが、古代の遺跡に隠されていた地下室で遭遇したそうだ。容姿、風貌、言葉遣いからして間違いない。同時に被害者の遺体も見つかった」

 

 被害者は粗末な手術台の上で腑分けされていたと知り、酷く気分が滅入る。

 

「取引の内容は、現世に渦巻く幻光を安定させること。対価は、技職の神・アルブの情報」

「その場で飲んだ。お前たちの言い分は分かっている。安直な判断は足下を見られるだけ、せめて一度持ち帰るべきだと言いたいんだろうが」

「彼女は、命のやり取りはおろか、人生経験もまだまだ浅い。あなた方を追い詰めるほど強力な魔物を精製する相手に対し、咄嗟の状況化において駆け引きを求めるのは、さすがに酷な要求になってしまう」

「死にたがりと揶揄された俺が言うのも滑稽だが、命あっての物種だ。何より、有力な情報を掴んできた。地上の幻光が不安定になっている原因はグアドでも、異界に異変が起きているわけでもない。全ては、アルブの所業によるもの」

 

 そう言って、テーブルに差し出された資料には、科学者アスオスの具体的な要求が箇条書きで記されている。中でも一際目を引いた要求が――。

 

「各地の通信スフィアの撤去要求って......」

「そんなの無理にきまってるじゃん!」

「全容把握が出来なくなって被害が拡がるだけだ、呑めるはずない。しかも、理由が『邪魔だから』って馬鹿げてるにも程があるぞ」

「ま、そのとおりなんだがな。しかし、幻光を安定させるには不可欠だと伝えられたそうだ」

「あの......」

 

 話を静かに聞いていたマヤナが、やや遠慮がちに挙手。どうぞ、とバラライに促されて話し出す。

 

「魔物出現の傾向に変化があると、モニター班の方から伺ったのですが」

「もちろん、僕たちにも報告は上がっている。スピラ全土ところ構わず至るところで出現していた魔物が、一定の場所で極端に減少した、と」

 

「そうなんですか?」と尋ねると、「ええ」と頷いたバラライは、テーブルに広げられている地図に指を差す。

 

「該当地域はルカと、ジョゼ寺院近辺。お三方にも連絡を入れたと、アルベドの少年から報告を受けましたが、受け取っていませんか?」

 

 二人と顔を見合わせる、連絡は受け取っていない。ここのところよくある通信障害と思いきや、リュックが腰に身に付けたポーチの中からメッセージ受信を知らせる着信音が聞こえた。

 取り出した新型通信スフィアには、魔物の動向に変化があったことを報せる旨のメッセージが届いていた。

 

「今? 何でだろう?」

「あれじゃないか? 前、異界から戻ってきた時も日付が若干狂ってただろ。異界から連絡する分には感じないけど、地上からだとタイムラグが起きるのかも」

 

 どうあれ、そういうことでいったん納得して話を戻す。

 

「あたしの感覚の話になってしまうんですけど、ベベルの幻光はさほど荒れているように感じません」

「うん、私もそう感じる。幻光が集まりやすい水上都市なのに、安定してる」

「イサール氏を始めとした元召喚士、現在の送儀士たちが一定の間隔で異界送りを行っているからです。ベベルはスピラの首都、ここが揺らげばスピラ全土が揺らいでしまう」

 

 しかしながら、“シン”が消滅した現在、送儀士になり得る召喚士の資質を持つ者の絶対数が少ないため、各都市部へ派遣出来るほどの人数は確保出来ない現状、根本的な解決には至らない。

 

「今は、相手の要求を呑む他に選択肢はない」

「テロリストの要求に素直に従うのか? あんたらしくない」

「フッ、無論ただでやられるつもりはないさ。策は立ててある。危険な賭けになるがな」

「通信スフィア撤去作業に伴い、ベベル在住の送儀士を一斉に各地に送り込みます。しかしこれは、一時的な時間稼ぎにすぎません。実際は通電の遮断ですが、撤去作業が完了すれば、取引を持ちかけて来た科学者は何らかの方法でコンタクトを取ってくると思われます」

「打開のチャンスがあるとすればそこだけだ。交渉で済めば御の字だが、おそらく、戦闘は避けられないだろう」

 

 取引を持ちかけてきた科学者アソオスとの交渉が長期、決裂した場合、スピラ全土の幻光が不安定な今、無作為に出現する魔物の探知は通信スフィアを無くしては極めて困難。交渉に命運がかかっている。

 

「科学者との交渉にはあたってですが。ユウナさんとマヤナ、お二人同席していただきたい」

「私ですか?」

「ええ、相手は幻光を扱いに長けています。“シン”を倒した大召喚士と、“シン”無き世界で修行を積んできた送儀士。二人でなら対抗可能と考えています。もちろん、直接の交渉は僕が行います。あくまでも、想定した最悪の状況に陥った時の保険だと思ってください」

「分かりました。いい?」

「はい」

 

 彼女も頷く。同時に、ガードのシキも同行も決まった。

 

「アタシたちはっ?」

「俺とギップルと共にスピラ各地に飛んでもらう。ガガゼトには、キマリ=ロンゾ族長。ビサイドには伝説ガードが二人いるが、他はな。守備隊だけでは手が回らん」

「そういえばまだ、飛空艇飛べないの?」

 

 返答は、一部地域を除いて航行不能状態が続いている。

 

「うーん、通信スフィアの再稼働考えると結構厳しいかも」

「交渉の間、全力で持ちこたえろってことか。持久戦の上に、スピード勝負。責任重大だな」

「移動手段ですが。牧場から、チョコボを貸し出してもらえる手はずになっています」

「チョコボ! それならどうにかなるかも!」

「集合は明日の明朝、グレート=ブリッジだ。部屋はこちらで用意した」

「了解」

 

 話がまとまり、解散。夜に会う約束を交わしたリュックとパインは、旅支度と装備の再調整ため、モニター班のシンラとギップルの元へ赴き。バラライとヌージは、作戦の最終確認のため議長室に残り。二人で食堂へ向かう間の廊下で、一足先にザナルカンドでの話を聞く。

 

「強い絆で結ばれた人がなった祈り子を、創り出した召喚士が召喚することで本来の力を最大限引き出せる。それを、究極召喚と呼ぶそうです。各寺院の祈り子様たちにも、想いを同じにした召喚士がいたんです」

 

 想いを同じにした召喚士の命が尽きた後も、永遠に終わることのない夢を見続ける祈り子。“シン”を倒す旅に出た召喚士たちは、想い人を喪った祈り子たちの力をほんの少しだけ貸してもらっていただけ。もし、本当に永遠というものが世界に存在するのなら、それは現世に生前の姿を残す死人ではなく、夢を見続ける半死半生の祈り子なのかもしれない。

 

「ユウナレスカ様のナギ節以前は、祈り子ではなく“獣芯”と呼ばれていて、ザナルカンドの戦闘用の祈り子像のような器が決まってあったわけでもないそうです。」

「じゃあ、ベベルの祈り子――獣芯は、岬の祠の祈り子様みたいに石像じゃないかもしれないんだね」

「はい。皆さんが戻る前に聞いたんですけど、幻光河周辺の森の中には古代の遺跡が複数点在しているそうで。今、シキが情報を収集に出てくれています。あたしも、今回の件が一段落ついたら一緒に探してみるつもりです」

 

 元々通信スフィアが設置されていない森林が広がる地域の捜索、人手は多いに越したことはない。手伝うことを伝え、他の話を聞きながら食事をしていると、クルグムたちがやって来た。

 

「お食事中、申しわけありません。先日は、しっかり挨拶出来ず――」

「畏まらないでいいよ。二人も明日出発だよね、詳しい話聞かせてもらえるかな?」

「あ、はい。失礼します」

 

 四人掛けの席へ移動、クルグムたちの向かいの席に腰を降ろし、科学者アソオスと対峙した時の状況を訊ねる。

 

「どうして、通信スフィアの撤去が必要なのか言ってなかった?」

「......説明しても時間の無駄って言われました」

 

 不機嫌そうなむくれ面。

 ガガゼトで遇った時と同じ、質問をのらりくらり躱して肝心な部分は決して語らない。

 

「しかも、面倒だからですよっ? どれだけバカに――」

「面倒? ちょっと待って! 理由って、通信スフィアが邪魔なだけじゃないの?」

「え? まあ、そう言ってましたけど。でも、数が多いから面倒なんだよねーって」

 

 勘違いをしていた。

 彼女の話を聞く限り、アルブとアソオスは必ずしも志を共にしていない、そう考えると、成功報酬にアルブの情報を持ち出して来た理由も頷ける。そしてなりより重要なことは、通信スフィアが何かしらの影響を与えていることを示唆しているということ。

 

           * * *

 

 翌朝、リュックたちが各地へ出発。議長室で交渉に備えるバラライに、昨日聞いたことと疑問に感じたことを伝える。

 

「通信スフィア......そういえば以前、アルベドの少年から気になる報告があった。魔物騒動の起き始め、人が居るところに魔物が出ると」

「それ、普通ではないんですか?」

「そうなんだけどね」

 

 異界送りをされずに異界へ行けなかった死者の魂が、生きている人を羨み人を襲う魔物に姿を変える。

 

「しかし、通信スフィアが現場を捉えている場合が多い、何か因果関係が――」

 

 言いかけたところで、総員が現場に到着したことを伝える通信がシンラから来た。

 

「そうか。各員に通達、健闘を祷る」

『了解。十秒後に遮断するし。ユウナたちも気をつけて』

「ありがとう」

 

 通信が途切れてピッタリ十秒後、テーブルに置かれたスフィアの電源が全て落ちた。もう情報は入ってこない。何も出来ない歯痒い気持ちを抱きながら一刻が過ぎ、自体が動きを見せた。

 議長室のドアが何度も叩かれる。急いで応対に向かう。ドアの向こうには、息を切らせたベベルの警備兵。

 

「議長、緊急報告です! 市街地に、未知なる魔物が出現しました!」

「わかった、すぐに対応に回ってくれ。他に被害は?」

「目下、全力で調査中です。失礼します!」

「俺が行こう」

「お願い!」

 

 開け放った窓辺から中庭の位置を確認したシキは窓から飛び降り、すぐさま現場へ向かう。時をほぼ同じくして、もう一度扉が開かれた。ロング丈の白衣、赤毛に灰色の瞳、ミステリアスな雰囲気を醸し出す人物。

 

「ご無事で何よりです、大召喚士様。お初にお目にかかります、バラライ議長閣下殿と......ま、いいや。少々気を引かせてもらったよ」

 

 何か言いよどんだが、真正面から乗り込んで来るとは夢にも思わなかった。

 

「......キミが、科学者アソオス。要求は全て呑んだ。さっそく教えていただきたい。技職の神・アルブ、そして、キミの思惑を――」

 

 真剣な顔のバラライとは対照的に、まったく緊張感を感じない。

 

「あの人の目的はスピラの民、とりわけ元エボン寺院の僧官、人々の敬愛の対象だった召喚士への復讐だったんだけどね」

「だったとは?」

「単純に時間をかけ過ぎたんだよ。1000年も待ってるから」

「やはり、強い憎しみを持った死者か」

「不正解。あの人は生きている」

 

 想定外の答えに言葉を失い。彼は、科学者アソオスはまた愉快げに笑った。

 

「あなた方は、人の、生物の命はどう決まるか知ってるかな?」

「心臓が停止した時だろう」

「半分正解。不慮の死以外の場合、テロメアという身体の細胞の中にあるものが生命の期限を決める。テロメアには限界があり、やがて尽き果てる。アルブは、死亡間もない人体の細胞の中から採取した生命の期限を司るテロメアを継ぎ足し、現在まで生き延びてきた」

 

 専門知識すぎて理解が追いつかない。

 アソオスはお構いなしにやれやれ、と軽く肩をすくめた。

 

「死ねば楽になるのに。あの人は、諦めが悪いというか臆病というか。現世に姿を留めらない可能性を恐れている。既に復讐心よりも、生への執着心の方が勝っているんだ」

「ならば、なぜこんなことをする? アルブの、ベドールの生い立ちには同情する面はある。怨みを抱く理由も納得出来る。しかし、キミたちの身勝手な行動で、どれだけ多くの人々が死の恐怖に怯えているか――」

「別に。“シン”が存在していた時と同じに戻っただけのことでしょ?」

「だからだよ」

 

 たまらず、二人に間に割って入る。

 

「私は、もう二度と理不尽な死に怯えなくていいように。だから私たちは、“シン”を倒した。永遠のナギ節、みんなが笑って暮らせる平和な世界。それが間違ってるのっ?」

「さあ? ボクに聞かれても知りません。今回は偶然、思惑が一致しただけのことですよ、大召喚士ユウナ様」

「それ、やめて」

「ああー、そうでしたね、これは失敬。あの人が何処に居るかはボクにも解らないから無駄だよ。ま、通信スフィアさえ稼働させなければ少しは持つからその間に探しなよ」

「どうして、通信スフィアを?」

 

 今の台詞とチュアミの話から推察するに、通信スフィアに拘っていることは明白。

 

「どうしようかなー? ま、いいか。不敬払ったし、また稼働されても面倒だし。通信スフィアを媒体にして、魔物を召喚しているんだよ」

「ど、どういうことっ?」

「腐っても技職の神だよ? あの程度の監視システムのジャックなんて余裕。稼働に必要な幻光(エネルギー)は異界から送っている」

 

 通信スフィアを通して、一定の場所の幻光を増幅させるシステム。自動的に魔物が生み出され、倒されても異界へ戻るため、半永久的に繰り返されるサイクル。

 

「まさか、そんなことが......」

「あれ? もうやられた。ふむ、そろそろおいとましようかな」

「ま――」

 

 ――待って。と引き留めようとした瞬間、瞬動で戻ってきたシキがアソオスに向かって振るった刀は、キマリの攻撃を弾き返した障壁を切り裂き、白衣を掠めた。

 

「おっと! この物理障壁を持っていかれるなんて」

「シキ!」

「気を抜くな。口より先ず足を止めろ」

「シキ? そうか、キミが。召喚士といい、これはちょっと分が悪いかな?」

 

 懐から、銃を取り出した。

 杖を持って身構える。バラライ、マヤナも同じように臨戦態勢。ニヤリと笑い引き金を引く。撃ち出された弾丸は足下の床に触れた瞬間、目映い閃光を放つ。閃光弾で眩んだ目を開けた時にはもう既に、科学者アソオスの姿は消え去っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission25 ~豹変~

 各地の魔物騒動がいったんの収束を見せていから、数日が経過。騒動鎮圧目的で各地へ赴いていた主要メンバー、ならびに送儀士はベベルへ帰還を果たした。各地に点在していた通信スフィアの稼働を止めた影響なのか、魔物の出現頻度は激減。現世に溢れた幻光は安定を取り戻し、不安定な幻光の影響を受けて不具合を起こしていた機械も正常に稼働するようになった。

 

「結果的に、あの科学者の言った通りの状況になったってことだよな」

「まーねぇ。シンラは『一生の不覚だし』って言って落ち込んでたけど」

 

 スピラの安全のために設置したハズの通信スフィアが、逆に安全を脅かすために利用されていたことを知り、大きく肩を落としていた。表向きには一連の騒動が落ち着いてきたため、緊急メンテナンスと称し、通信スフィアの回収、改修作業に努め。各地の守備隊の警戒態勢は依然継続中。被害状況調査など、各々の役割を担っている。

 

「で、わたし達はハッキング元を調べに来たわけだけど。発信源は、やっぱり異界(ここ)か」

「ま、原理は解んないけど、異界のエネルギーを使ってるって言ってたんだからねぇ。それで、アタシが想うにぃ~」

「ヴェグナガンと、あの機械柱だね」

「あー! 今、言おうと思ったのにー!」

「言わなくても分かる。怪しいのは、あれしかないからな」

 

 破壊したヴェグナガンの真下から敷かれていたケーブルは、機械柱の中の部屋に繋がっていた。機械柱の中に設置された数多くのモニターは通信スフィアを介したリアルタイム映像、モニターを稼働させるため、もしくは、通信スフィアをジャックするための装置として使用された可能性が高い。

 そして、無差別殺人、拉致事件、墓荒らし、スピラを揺るがす一連の事件の全てが一本の線で繋がった。

 

「うわっ! また出たよ~」

「想定済み。と言うより、辻斬り(コイツ)がここに居た時点で疑っておくべきだった」

「来るよ、散開!」

 

 異界の最深部へ続くゲート前、まるで行く手を阻むように待ち構えていた辻斬りを囲む陣形を組み、臨戦態勢に入った直後、剣を抜いた辻斬りが先手を取る。

 

「こっち来たって、はやっ!」

「リュック!」

「だいじょ......ばない!?」

 

 全属性耐性(リボン)に割り振った分強度がやや抑えられた簡易式とはいえ、物理防御(オートプロテス)越しに衝撃が突き抜けた。短剣を腰のフォルスターのハンドガンに持ち替えて連射、受け身を取りつつやや後退。牽制射撃は一発も直撃はせず、やや広めの剣の面で防がれた。

 

「防御したっ?」

「武器も違う。アルブが造った人工兵器なら、前とは違うヤツなのかもな!」

 

 パインが振るった剣の横払いを確実にガード、即反撃に転じる。防御無視の以前とはまるで別の戦闘スタイル。それどころか、モデルチェンジされた戦闘スタイルに既視感を覚えた。身近で見てきた戦い方を、今、目の前で繰り広げられている。それは、まるで鏡に映したような戦闘。

 

「コイツ、ふざけたマネを! 遊んでるつもりか!」

「リュック、援護するよ!」

「おっけー!」

 

 懐から取り出した銃を構えた辻斬りは、短剣を構えたリュックの足下に連射、足を止めるための牽制射撃。これも、先ほどの彼女と同じ戦法。

 

「銃って。もー! これじゃ近づけないじゃん!」

「私に任せて! パイン!」

 

 声を合図に大きく距離を取った。パインと辻斬りの間に攻め込める空間が生まれた。すかさず、杖を向ける。周囲を囲うように現れた魔方陣、杖に装着された複数スフィアの能力を同時に解き放つ。爆音を伴った爆風が空気を震わせ、閃光がほとばしる。

 

「逃げ場なし、オールレンジのフレア。直撃だな」

「えげつないよね、実際」

「悪魔みたいに言わないで。それから、油断しない」

 

 以前、不意討ちをもらった経験がある。油断せずに身構えたまま状況を見定める。立ち込めていた炎と熱風が徐々に治まり、発火点の中心には人影。顔を隠していた藁傘は燃え、人を襲う辻斬りの素顔が露わになった。

 

「こ、コイツ――」

「顔が......」

 

 ――人じゃない。

 そう、直感した次の瞬間、背後から声が聞こえた。

 

「お下がりください!」

 

 肩にバズーカ砲を抱えた男の人。咄嗟に横に跳んで開ける。放たれた砲は空中で弾け、ネットが拡がり、辻斬りの身柄を捕らえた。

 

「確保ー!」

 

 男性の更に後方から、ゴーグルと防護服を身につけた三名が一斉に跳びかかる。攻撃魔法を受けて大きなダメージを負ったためか、辻斬りは大した抵抗もせず、されるがまま身柄を拘束。

 

「連行しろ。後始末も忘れるな」

 

 拿捕した辻斬りをストレッチャーに乗せると、素速く運んでこの場を立ち去っていく。

 

「あなた方は?」

「失礼いたしました、大召喚士様。我々は、バラライ評議長の命で組織された支援部隊です」

 

 支援部隊。そんな話は聞いていない。男性の話によれば、部隊が結成されたのは異界へ入った直後。構成メンバーは、彼を含めた計四名。全員が、機械に精通した精鋭。それもそのはず、部隊をまとめる白髪交じりのヒゲを蓄えた男性はゴーグルを取った。見た目年齢四十台前後の年上の男性の深い緑色の瞳には、特徴的な渦巻き模様が刻まれている。

 

「アルベド族の方ですか?」

「ええ。皆、同じ種族です」

「うーん、でも初顔なんだけど? アタシのオヤジと同年代くらいだよね」

「我らはあなたの父、シドと袂を分かった身」

 

 どちらかといえば過激派のシドと、エボン寺院との融和を唱えた穏健派の彼ら。双方の意見の相違から一族を離れ、ベベル、エボン寺院の機械整備を担当していたはぐれ者の集団だと自虐的に話した。

 

「そんな話初めて聞いたよ。ま、あのオヤジだし、不思議じゃないけどさ」

「それで、どこへ連れていったんだ?」

「ベベルの研究施設です。おそらく、遺体に機械を組み込んだ人工兵器の可能性が高いと思われます。制作者の手掛かりを掴めるやもしれません。では、もうひとつの手掛かりを調べに行きましょう」

 

 見た目年齢以上に落ちついている男性を先頭に異界の最深部、ヴェグナガンが放置されている広場へ到着。壊れて沈黙するヴェグナガンへ目を向けた後、無数のモニターが設置されていた機械柱の中に入り調査を始めた。ブラックアウトしているモニターを前にして、ノートにメモを取り、ひとつひとつ入念に調べている。機械に詳しいリュックも部屋に残り、邪魔にならないように、パインと一緒に部屋の外へでて周囲の警戒に当たる。

 

「ユウナ、どう想った? 辻斬りのこと」

「そだね。姿形は同じだったけど、殆ど別人だった」

「身のこなしも、戦闘スタイルも違いすぎだったしな。しかも――」

 

 顔の左半分は機械、人工的な赤い目が不気味に光っていた。

 

「やっぱり、アルブが開発した人工兵器なのかな?」

「たぶん。チュアミたちが戦ったヤツと前に異界(ここ)で戦ったヤツ、もし量産されてたらヤバい。幻光は?」

 

 その場で、ゆっくり周囲を見回す。生命が還る地・異界の最深部なだけあって、幻光の濃度は濃い。けれど、先日訪れた時と比べて比較的安定してる。何より、ヴェグナガンに吸い寄せられるように流れ込んでいた不自然な動きは見受けられない。

 少し考え込んだパインは、新型の通信スフィアを取り出した。

 

「連絡するの?」

「そう。モニターの電源落ちてただろ、地上がどうなってるかと思って」

 

 念のため、音声オンリーでの通信。加えて現在連絡可能な相手は、同型の通信スフィアを所持している二組に限られる。被害状況を把握するため各地を訪れているチュアミとクルグム、古代の遺跡を調査しているマヤナとシキ。

 選択した相手は、各地を回るチュアミたち。

 

「お疲れ」

『お疲れさまです』

 

 クルグムの畏まった声。パインの肩越しに訊ねる。

 

「地上の様子はどう?」

『各地共に復興作業が進んでいます。ですが、空に溶け込んだ幻光は依然として通常より高い水準です』

『クルグムとか、他の送儀士が異界送りしてるんでだいぶ落ちついてきました。一段落ついたんで、ベベルに戻ってきたところなんですけど――』

 

「何か伝えることありますか?」と、チュアミ。ちょうどいいタイミング。

 

「じゃあ、バラライに伝えてくれ。辻斬りを拿捕した、今、使いがベベルに連行してるって」

『マジですかっ!』

『スゴい......! わかりました、すぐにお伝えしま――あ、いえ、やっぱり取り次ぎます。そのままでお願いします』

「了解、ありがとう」

 

 通信をオンにしたまま、通信スフィアをバッグにしまう。

 

「マヤナたちにも伝えた方がいいよね?」

「そうだな、バラライに頼むか。ここからより安定するだろうし。それにしても、あのいけ好かない科学者の障壁を一振りで切り裂いたんだろ?」

 

 あの後、緊急に開かれた臨時報告会。「待てと言われて待つヤツなんていない。足を止めにかかるのは至極当然」というヌージの見解に、バラライとギップルが異論を唱えず同意したため、相手に斬り掛かったシキの行動は不問になった。加えて、有効打を与えられる重要な戦力して改めて協力を求めた。

 

「シキは否定したけど、アソオスの方は彼のことを知ってるみたいだった。それに、私たち召喚士の存在を気にかけてる」

「解決の鍵は――幻光。それとも、召喚士?」

 

 それは、分からない。

 けど、騒乱の中心には必ず召喚士が存在していたこともまた紛れもない事実。

 

「おーい!」

 

 機械柱の中から、リュックが出てきた。

 

「聞いてよ、聞いて! 大発見!」

「どうしたの?」

「もったいぶってないで話せ」

「ふっふーん、なんと! 機械の動力源を特定したんだよっ!」

 

 どや顔で大々的に公表。

 

「動力源って......ヴェグナガンじゃないのか?」

「そうなんだけど、ヴェグナガンはあのモニターのエネルギー供給に使われてただけで、えっと~」

 

 説明に詰まる彼女から少し遅れて外に出てきたアルベドの男性が、分かりやすく要点をまとめて話す。

 今まで未知だった飛空艇等の機械戦争当時の古代機械は、全て幻光をエネルギー変換して稼働していることが調査によって判明。そのため、地上の幻光のバランスが崩れると航行に異常をきたすことも。それを聞いたパインは一瞬目を落とし、真剣な眼差しで話に耳を傾けた。

 

「地上の魔物騒動は、幻光のエネルギー変換を応用したともの思われます。手動か、自動かまでは断定しかねますが」

「で、入り口付近で壊れてたモニターがあったでしょ? あれが、ルカとジョゼ寺院付近の通信スフィアとリンクされてたんだ」

 

 入り口を広げるために使用した粘着爆弾の爆発で壊れたモニター。正直まさか――とは、通信スフィアが原因と事前に聞いていたためあまり思わず、やっぱりという思いが勝る。

 

「未確定情報ですが、ビサイド島から微弱な電波が放出されています」

「ビサイドからっ!?」

「そうそう、魔物が現れる前触れみたいな感じ」

 

 ナギ平原の動乱、魔物騒動、再び訪れるかも知れない危機。

 それも今度は、第二の故郷――ビサイド島。調査を切り上げ、地上へ戻る予定時刻を繰り上げる。準備が進める途中でパインが小声で話しかけてきた。その内容に耳を疑う。

 

「では、私は詳しい調査を続けます。お気をつけください――」

 

 そう言って背中を向けた男性に対し、パインは切りかかかった。

 まさかの行動に、驚きのあまりリュックが声を上げる。

 

「ちょっ、パインっ! 何すんの!?」

 

 しかし、彼女の剣の刃はアソオスと同種の障壁に阻まれる。

 

「......な、何をするのです――」

「見え透いた猿芝居は辞めろ。誰だ? お前は――」

 

 上空を見上げ、ゆっくりと息を吐いて振り向く。

 

「......勘のいい小娘だ。いったい誰の入れ知恵だ?」

 

 先ほどまでの落ちついた雰囲気は消え失せ、憎悪に満ちた鋭い顔つきに豹変した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission26 ~感傷~

 発せられた酷く冷徹な声に、自然と身構えた身体に緊張が走る。

 背後からの不意討ちを防いだ障壁は、シキが切り裂いたアソオスが展開した障壁と類似していた。二人に何かしらの繋がりがあることを示唆している。

 

「斬り掛かってくるとは、無礼者め」

「それが、お前の本性か」

「ち、ちょっとどういうことっ?」

 

 状況を飲み込めず困惑するリュック。事前に聞いていなければ、自身も間違いなく彼女と同じ反応をしていたに違いない。

 オンになったままの通信スフィアから所有していたパインにだけ伝わる微弱な音の振動を利用して発信された、バラライから送られた暗号通信(シグナル)――支援部隊など組織していない。

 彼女は目の前のアルベド族の男性の話を聞きつつ、どう対応するかを考えていた。剣や銃で問い詰めたところで、確たる証拠がなければ言い逃れられてしまう。どう対処すればいいのか考えた末に出した答えは、口ではなく、まず足を止めること。結果として、言い逃れできない証拠を、隠されていた本性を見せた。

 

「あの辻斬りを、人工兵器を何処へ連れて行った? 技職の神のところか? アルブは何処に居る、答えろ!」

「勇ましいな、小娘」

 

 小馬鹿にしたように鼻で笑う。まるで眼中にないとでも言いたげな顔。再び向けられたパインの剣先は、同様の障壁に弾かれた。

 

「くっ!」

「お前程度が、私に触れることなど出来るはずがなかろう。身の程をわきまえろ」

「ちょっとアンタ! オヤジとの話も全部ウソだったのっ?」

「愚問だな、シドの娘、答える価値もない。まあいい、同胞のよしみに教えてやろう。対立したことは事実、シドの反対を押し切り、ミヘンセッションを進言したのは私だ」

 

 三年前、スピラ中から集められた“シン”の身体から剥がれ落ちた魔物(コケラ)を一個所に集めて、本体(シン)おびき寄せ、アルベド族の兵器を用いて討伐を試みたミヘンセッション。作戦は失敗に終わり、動員された部隊はほぼ壊滅状態、数え切れない程の犠牲者を出した。

 

「あの作戦が失敗したせいで、アルベドが――」

「お門違いもいいところだな。使い物にならん旧世代の兵器を持ち出したのは、永遠の死の螺旋こそがスピラの本質などと戯れ言をのたまうエボン寺院の老人共。私が提供を予定していた兵器を使用していれば、“シン”の核とまでとはいかんが、鎧の一部を破壊することは容易だった」

 

 禁じられた機械の力で、“シン”にダメージを与えられればエボンの教えは揺らぎ、寺院の求心力の低下を招きかねない。失敗するよう予め仕組まれていた挙げ句、寺院の教え以外では“シン”は存在し続けるという体のいいプロパガンダに利用された。

 しかもこの人――人の死を何とも思っていない。

 機械に精通しているアルベド族を遙かに凌ぐ科学力を持つ科学者アソオスと同様、胸の内に秘めた思惑は不明。同族のアルベド族だからなのか、アソオスよりも、復讐心を持つ技職の神・アルブに近い思考を持っている。

 それでも、開発した兵器で一時的でも“シン”の活動を止められたのなら――。

 

「どうして、寺院の反対を押し切らなかったんですかっ?」

「寺院の老人共に手を貸す義理などない。しかし、大召喚士ユウナ殿、貴公には礼を述べなければならんな。さて、お喋りはここまでだ」

 

 おもむろに、懐からシルバーメタリックのハンドガンを取り出した。議長室で、アスオスが使用したモデルと似ている。男性は、パインに銃口を向けた。

 

「大召喚士殿に免じて、詮索せず立ち去るのならこの場は見逃してやろう」

「戯れるな。今さら、銃程度に怯むか!」

「フン」

 

 警告もなしに躊躇なく、引き金が引かれた。乾いた発破音が響く。放たれた銃弾は、接近戦に重点を置いたパインが纏う強力な物理障壁(プロテス)に当たり、やや勢いが衰えるもそのまま押し込み貫通。障壁を抜ける直前、咄嗟に跳び退いたパインの二の腕辺りを掠めた。

 

「この弾丸、プロテスを......!」

「躱したか。小賢しい娘だ。だが、いつまで保つかな?」

 

 連射。弾丸が容赦なくパインを、三人全員を襲う。間一髪で避けて、ヴェグナガンの物影に隠れる。銃のマガジンを取り替えた、マガジンの装填数は8発。ワンタッチ式、交換所要時間は3秒弱。次の交換に合わせて物影から飛び出し、転がりながらスフィアハンターの時に愛用していた小銃を撃つも、やはり分厚い障壁に阻まれる。足が止まった瞬間、相手の銃口がこちらを捉えられたと思った直後、リュックが投げた短剣が障壁を抜けた。

 

「避けられたっ!?」

「そうか、ユウナ!」

「了解!」

 

 プロテスを貫く特種な弾丸の撃つ際は、自身の周囲に展開している障壁を取り除く必要性があり、展開し直すのに僅かなタイムラグがある。ある程度のダメージは覚悟の上で突っ込むパインとリュック。彼女たちが気を引いている間に、こちらも拵える。

 

「このっ! このっ!」

「ちっ! 攻撃が通らない!」

 

 近接戦闘なら反撃は受けないが、強化した新装備も強力な物理障壁に阻まれ有効打を与えられない。しかし、二人が作ってくれた貴重な時間、準備が整った。杖を向ける。男性の足下に魔方陣を展開。

 

「避けて! とっておき!」

 

 異界を漂う無数の幻光を最大限活用した重力魔法を放とうとした瞬間、突然の奇襲。視界の外側から、複数のブリッツボールが投げ込まれた。

 

「ブリッツボールだと.....!」

「なんでこんなところに!? もー、邪魔っ!」

「ダメ! 避けて!」

 

 切ろうとした二人を止めるも、ブリッツボールは切っ先に触れる前に炸裂。爆音、衝撃、熱が襲う。爆風に巻き込まれ、身体が何度も地面に叩きつけられ、うつ伏せに倒れ込む。激しい耳鳴りと身体中の痛みで意識が朦朧とする中、全身防護服で顔をガスマスクで隠した人影が姿を現した。

 

「ヤツの行方は――このエネルギーは......撤収だ、痕跡は残すな。小娘どもは放っておけ、まだ利用価値はある」

 

 受け取った白衣を羽織り、銀縁のメガネをかけて険しい表情を覗かせると、数名の防護服の作業員を残して、この場を立ち去って行く。どうにかして引き留めようとしても、身体が想うように動かない、腕を伸ばすことさえも叶わない。

 意識を失う直前、爆発音が響いた。薄れゆく意識の中、撤収作業を終えた防護服の人達の会話が微かに聞こえた。人の名前。

 彼、あるいは彼女たちの口から発せられたのは――“ヴァルム”と言う初めて聞く言葉だった。

 

           * * *

 

 気がつくと、ベッドの上で横になっていた。白で統一された清潔感のある部屋、薬品のニオイ、風に揺れるレースのカーテン、横になっている身体には治療が施された形跡が残っていた。

 

「私......」

 

 ――生きている。

 

「二人ともっ! い、イタぃ~......」

 

 患部に激痛が走る。寝返りはおろか、普通に呼吸するだけでも尋常じゃない痛みが走る。身体中を襲う痛みに耐えて、横を見る。右隣にリュック、反対側にパインが横になってた。命拾いした。

 

「失礼」

 

 バラライの声。

 

「お気づきになられたようですね。ご無事......とは言えませんが、何よりです」

「私たち......」

「ご無理をなさらず、そのままでどうぞ。覚えていますか? 袂をわかったアルベド族のはぐれ者と異界で一戦を交えたことを」

 

 ブリッツボールの爆発で、パインが持っていた通信スフィアは機能を停止。異常を感知し、マヤナを介してシキに応援を求め、彼の瞬動で地上まで送り届けて貰った。

 

「シド族長に確認したところ、二十年ほど前にアルベド族の中年の男性と対立したことは事実だそうです。何か心当たりは?」

「き、きっと同一人物だと思う。あの人たちは、ヴァルムを探してるって言ってた......」

「ヴァルム――そうですか、人の名あるいは、兵器の名称......分かりました。では今は、回復に努めてください。調査は我々が続けます」

「あの、現場は?」

「残念ながら、手掛かりになりそうなものは何も。機械柱の内部は完全に破壊され、崩れ落ちたヴェグナガンも完全に機能を停止していたそうです。では、失礼します。お大事に」

 

 真白なカーテンを閉じ、医務室を後にするバラライ。

 途端に、静かになった病室。両隣の二人のやや苦痛混じりの寝息が聞こえる。

 

「どうして、なのかな......?」

 

 永遠のナギ節、シンがいなくなった新しい世界の危機を自分たちの力で乗り越えて、ほんの少しだけ強くなったと思っていた。迷ったり、悩んだりしても、前を向いて歩くって自分で決めた。

 それなのに――弱さを、不甲斐なさを痛感する度に心がキュッと締め付けられる。

 ダメだと分かっていてもすがりたくなってしまう、弱い自分がいる。

 ――今、凄くキミに会いたいよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission27 ~生き証人~

お待たせいたしました。


 医務室から議長室に戻ってきたバラライは、テーブルを挟んだ向かいに席に腰を降ろすと、さっそく話し出した。異界で襲撃を受けて療養中の三人の容態と、技職の神・アルブの関係者お付きのベドールが去り際に発したと言う「ヴァルム」という名称について。

 

「ヴァルム......ですか。いいえ、初めて聞きました。ユウナレスカ様との話題にも挙がらなかったので、ザナルカンド関連ではないと想います」

「となると、やはり、古のベベル関連と考えるのが妥当か。しかし、アルブの技術と意思を継ぐ後継者が他にも存在していたとは......」

 

 ブリッツボールを模した爆弾は、近接戦闘に重点を置いた三人の物理防御(プロテス)越しに一時的に気を失わせる程の衝撃を与えた。

 

「強化した彼女たちの攻撃を通さない程強力な物理障壁。彼ならば――いや、どうにしても戦えるようになる他ない。遺跡調査の方は如何だろう?」

「実際に何カ所か視て回りました。ですが、いずれも朽ち果てていて人の気配は感じませんでした。絵と文字らしきものが描かれた古代の壁画を録画したスフィアの分析を、モニター班の方にお願いしています」

「そうか、判った。報告ご苦労様。急に呼び出して申し訳ない。彼の食事と部屋も用意したから、今日は休んでくれ」

「ありがとうございます。失礼します」

 

 部屋の鍵を受け取り、ぺこりとお辞儀して、議長室を後にする。見計らったように、バラライが言葉にすることを躊躇った彼――シキが姿を現した。

 

「用向きは済んだようだな」

「うん。行こ」

 

 廊下を歩きながら話し、互いに新しく得た情報を共有しあう。

 

「映像の解析のお願いに行った時に、モニター班の人が話していたんだけど。実際、アルベド族のシドさんって人と意見の相違で物別れしたことが昔あったみたい。対立した相手は、凄く頭の切れる一方で過激な思考の持ち主だったみたいで。名前は、プセマ。そっちはどうだった?」

「機械柱の中に設置されていた機械は、全て破壊されていた。手掛かりになるような痕跡は残っていなかったが、視点を変えれば残っていたとも捉えられる。過激な思考の持ち主という割には、足がつかないよう細心の注意を払い、慎重にことを運んでいる」

 

 魔物精製の技法、兵器開発の技術。防犯目的に設置した通信スフィアをジャックし、あまつさえ利用してしまう程の科学力を持っているにも関わらず、都市への大規模攻撃を仕掛けるようなことはしてこない。しかし――。

 

「だけど、ユウナさんたちの前に自ら現れた。防護服姿の助手が数人いるのに。どうしてだろう?」

「真意は定かではないが、先に対峙した科学者同様何かしらの意図があったと判断して問題ないだろう。プセマと言ったか。十中八九偽名だろうが、ベベルに潜伏していたというのなら調べる価値はある」

「祈り子様にも伺ってみるね」

「失礼。少々お時間いただけますかな?」

 

 正面から歩いてきたヒゲを蓄えた男性に、すれ違い様に声をかけられた。不思議な感覚を覚えた。落ち着きのある物腰、話し方などとは裏腹にどこか若々しさを感じる風貌。何より、声をかけられるまで意識の外にいた。

 

「はい、大丈夫です。えっと......」

「失敬。私は、評議会所属のブライアと申します。滞在していたビサイド島で、あなたの異界送りを拝見させていただきました。形式にとらわれない美しい舞に感銘を受けた所存です」

「あ、ありがとうございます」

 

 五分に満たない短い時間の会話を終え、会釈して去って行った背中を見送り、前を向く。

 

「どうしたの?」

「......今の御仁、隙がまったく無かった。おそらく、彼女たちと同等以上の実力者」

「ユウナさんたち以上の? そんな風には見えなかったけど。でも......うん、気配は独特だった」

「ブライアと言っていたな、身辺を探る。あれ程の実力者が上層部に名を連ねていないのは些か疑問が残る」

「あたしは、祈り子様にお会いしてくるね。部屋を用意してくれているみたいだから――」

 

 預かった部屋のカギを、彼に差し出す。すると、思った通りの反応が返ってきた。

 

「預ける。明朝、グレート=ブリッジで」

 

 そう言い残して、反対側へ歩いて行った。

 改めて前を向き、祈り子像が安置されている祈り子の間へと向かう。試練の回廊を抜けて、祈り子の間に通じる控えの間に入ると、幼さがの残る祈りの歌が奥の部屋から聞こえて来た。ひとつ息を吐いて、心を静めて、祈り子の間に入った。

 

「来たんだね、マヤナ」

「はい。お伝えしたいことがたくさんあります」

「僕も話したいことがたくさんある。ユウナたちの意識は戻ったみたいだね。大丈夫そう?」

「命に別状はないそうですけど、後ほどお見舞いにお伺いします。犯人は、数十年前からベベルの技術者として生計を立てていたアルベド族の方だそうです。心当たりはありませんか?」

「ゴメンね、判らないんだ。僕たち祈り子は大半の時間を、エボンの夢のザナルカンドで過ごしていたから」

 

 加えて、いつの時代でも寺院と距離の近いアルベド族は存在していたため、特別気に止めることはなかった。

 

「祈り子様、お力をお貸しいただけませんか?」

 

 フードを深く被った半透明の少年の姿をした祈り子は、すっと前に出る。

 

「祈り子の成り立ちは聞いたよね。二人の祈り子じゃない僕たちには、本当意味では力にはなれないんだ。それにキミには......ユウナも、もう僕たち祈り子の力は必要ないと思う。機械戦争でも、ザナルカンドの召喚士と召喚獣はベベルの機械兵器に負けちゃったから。出来る限りの協力はするけど、僕たちには止められない。人を狂気を止めることが出来るのは、やっぱり同じ人なんだと思う」

「判りました。必ず止めます」

「ありがとう。だけど、気負い過ぎないで。強い絆は、強い想いの力は使い方を間違えると取り返しがつかなくなるから......それを忘れないで」

 

 その言葉を最後に姿を消し、祈りの歌も聞こえなくなった。けれど、どこからか見守ってくれている。召喚士であるが故なのか、何か確信めいたものを感じていた。

 祈りの間を後にして、医務室へ向かう途中で公認送儀士のクルグムと出くわした。用事があったらしく、モニタールームへ出向くようにと伝言を受け取った。

 

「今日は、お一人ですか?」

「チュアミは、先に行っています。僕は、伝えて欲しいと伝言を頼まれて」

「そうでしたか。ところで、崩していただいて構いません。年下ですし、送儀士としても」

「あはは、そうなんですけどね。でも、急に先輩風を吹かせるのも何だかカッコ悪いかなって思って。あ、着いた。失礼します」

 

 ドアを軽くノックすると、ドアノブに手をかけた。初めて入ったモニタールームは、もっと殺伐とした空気が漂っているのかと思えば、どこかリラックスした空気。

 

「ギップル技術統括長、マヤナさんをお連れしました」

「おう、ご苦労さん。あのガードは一緒じゃないのか?」

「シキは、例のアルベド族の一派の調査に出ています。夜には一度戻って来ます」

「了解。おーい」

 

 ギップルに呼ばれ、奥でモニターに向かっている防護服にガスマスクを付けた小柄な少年、シンラがやって来る。彼の近くでは、クルグムのガードのチュアミがダチと武器の改修について話し合っている。

 

「シンラだ。ここの責任者だ」

「初めまして。マヤナでいい?」

「はい。初めまして」

「ん。さっそくだけど、お願いがあるし」

 

 シンラの願い、それは――シキの武器の解析及び技術提供。

 

「魔物の中でも最上位種のウェポン、パインが弾き返された同系統の障壁を簡単に切り裂く刀。興味あるし」

「俺からも頼む。ぶっちゃけ、今の俺らじゃ時間稼ぎが精一杯だ。情けねぇけどな」

「すみません、あたしの一存では。本人に訊いてみないと。代わりと言ってはなんですけど、あたしも多少ですが使えます」

「使える? マヤナの杖にも同じ性能を積んでるの?」

「いえ、あたしの杖は召喚士用の杖です。アルベド族の知り合いもいませんので。えっと、武器の性能うんぬんという話しではなくて......力の使い方のコツと言いますか」

「オーケイ、論より証拠といこう。チュアミ」

 

 武器を預けたままやって来たチュアミに、ギップルは訓練用の模造刀を放り投げた。モニタールームから訓練場に移動し、模造刀を手にした彼女と向かい合う。

 

「急に呼び出されたと思ったら模擬戦って。武器は?」

「自分の杖でも構いませんけど......」

「これ、使って。ユウナのニルヴァーナベースの杖。まだデザインだけで何も搭載してないからただの棒と同じ」

「判りました、お借りします」

「勝敗は、相手に有効打を与えること。ただし、頭部と急所への攻撃は御法度だ。いいな?」

 

 ギップルの確認に、二人揃って頷く。

 

「――始め!」

 

           * * *

 

 医務室のベッドから降りて、回復魔法(ケアルガ)で負傷を負った身体を癒やす。治療中に気がついた二人のケガも癒やし、三人揃って医務室を出る。

 

「裏でアルベドが関わってたなんて......」

「あのいけ好かない科学者がアルベド族じゃなかったから油断してた。だけど、技職の神はアルベド族の先祖。ベベルは機械都市、内部に入り込んでることも想定して然るべきだった。わたし達の落ち度だ」

「判ってるけどさ。アタシ、オヤジに会ってくる。話、聞いてくる」

「わたしは、シンラのところへ行く。もっと出力上げてもらう」

「さすがに危なくない? 今でも結構ギリギリじゃん」

「危険でも、かすり傷ひとつ付けられないんじゃ意味ないだろ」

「ま、そーだけど。ユウナんは?」

「私は――あの科学者を、アソオスを捜してみる」

 

 向こうから交換条件を持ちかけてきた。ひと癖もふた癖もある人物だけど、あの二人は志を共にしてはいない。もし仮に、互いを快く想っていなかったとすれば――。

 

「上手く立ち回ればいろいろ聞き出せるかもしれない。望み薄だけどね」

「ゼロよりはマシだな。じゃ、ここで」

「またねー」

 

 ベベル本部のエントランスで、三方に別れる。

 リュックは建物の外へ、パインはモニタールームへ。

 

「あれ? あれって......」

 

 議長室へ向かう途中で、見覚えのある羽織を着たシキの後ろ姿を見つけた。救助してもらった礼を伝えるために後を追うと、書物庫に入っていった。

 

「何か?」

「あ、えっと......」

 

 奥の本棚で調べ物をしている彼に振り向かれずに訊かれ、驚いて言いよどむ。気にすることなく続けた。

 

「ご無事で何よりです。お二人は?」

「別件。何を読んでるの?」

「......出ましょう」

 

 手に持った本を閉じ、書物庫を後にする。廊下の突き当たりで向き直し、訊こうとしていたことを話し出した。

 

「歴代のエボン寺院要職者の名簿を調べていました。ブライアという名の男性に心当たりはありますか?」

「ブライアさん?」

「そうですか」

 

 何かを察したような声色。

 

「その人が、どうかしたの?」

「まだ確定情報ではありません。ですが、おそらくあの御仁は――」

 

 この後に続いた彼の言葉に驚愕することになる。

 

 ――1000年前のベベルを、機械戦争を生き抜いた人物だと思われます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission28 ~依頼~

 ブライアという名の人物を差し、生き証人とほぼ断定したシキは、目を通していた歴代のエボン寺院の役職名簿をこちらに向けて開く。

 

「こちらをご覧ください。数年の誤差はありますが、一定の周期で同一の名前が記載されいます」

「ただの偶然ってことはないのかな?」

「通常であれば、そう考えるのが妥当です。しかし、ブライアと名乗った御仁は、常人を遙かに超える幻光を纏っていました」

「幻光を、纏う?」

「濃度と表現した方が適当でしょう。あなたの父ブラスカ様の召喚獣といえば理解しやすいのではないかと」

 

 幻光――人間も、動物も、植物までも大元を辿ればそこへ行き着く。生身の人間が、召喚獣と同等クラスの幻光を身に宿していることを考えられる理由は二つ。ひとつは、生前強烈な未練を残して息絶え、現世に姿を残した死人である可能性。もうひとつは、召喚士として優秀な素質を持っている場合。

 

「見た目こそ、風来坊のような出で立ち。しかし、立ち振る舞いや言葉遣いにただならぬ品格を感じ――」

 

 言いかけた彼の言葉が止まり、同時に異変を感じ取った。

 

「周囲の空気が変わった、館内の幻光がざわめいてる。この感じ......まさか、誰かが召喚してる?」

「おそらく、彼女でしょう」

「マヤナが? でも、あの子は召喚方法を知らないって。それに祈り子様は......」

「幻光は全ての源。召喚しかり、機械しかり、幻光の様々な用途に用いられています」

 

 名簿を閉じて書物庫に戻り、元あった棚にしまって振り向く。

 

「出所へ行きます。想定外の事態が生じる可能性を否定できません」

「想定外の事態?」

「......今の彼女は、満足な器量を持ち合わせていません」

 

 言葉の真意は分からぬまま、共に書物庫を出て異変の発生場所を探す。ざわめく幻光の導きに従って辿り着いた場所は、守備隊が腕を磨く訓練場。チュアミとマヤナが対峙していた。チュアミが持つ模造刀は、肉眼でも確認出来るほどの亀裂が入っていた。シンラたちと一緒に観戦している、パインに訊ねる。

 

「何があったの?」

「ユウナ。二人の模擬戦、技量はチュアミの方が圧倒的に上回ってるのに――」

「たった数回の打ち合いでアレだ。シンラ!」

「間違いなくただのレプリカだし。きっとこれが、マヤナが言ってた力だし」

「力? シキ、あの子は何をしてるのっ?」

「ご覧の通りです」

 

 眉尻を上げて、亀裂が入った模造刀を構え直したチュアミが戦闘態勢に入った。

 

「チュアミ、その状態じゃ......」

「お前は黙ってろ!」

 

 素速く距離を詰め、間合いに入ったチュアミは躊躇なく模造刀を振るう。その速さに戸惑いながらも、彼女はニルヴァーナモデルの杖を軌道上に宛がった。杖に当たった模造刀は亀裂を伝って真っ二つに砕けるも、折れた切っ先を空中でキャッチしたチュアミは、即席の二刀流で追撃。しかし、その追撃は実ることなく、いつの間にか二人の間にシキが割って入っていた。片方はチュアミの模造刀を受け止め、もう片方手でマヤナの腰を抱いている。

 

「なっ!? お前――」

「ここまでです」

「邪魔すんな――あっ!」

 

 掴まれたマヤナの腕から杖が落ち、彼女はそのまま彼の腕の中に身体を預けた。

 

「キミは無茶をする」

「......ごめんね」

 

 抱きかかえた彼女を、訓練場内のベンチにそっと横にさせる。

 

「大丈夫なの?」

「ただの疲労です。問題ありません」

 

 ギップルとシンラが、彼の下へ。

 

「キミの刀を研究させて欲しいし。もちろん、傷つけるようなことは絶対にしない」

「オレからも頼む。もう体裁もなにも構ってる余裕はねぇ」

「調べたところで、何も特別な処置は施していません」

「納得いかないな」

「パイン?」

「特別な武器じゃないのなら幻光河も、異界の件も説明がつかない。どう考えても実力だけの差じゃない」

 

 シキはやや間を開け、閉じた目を静に開いた。

 

「お見せした方が早いですね。魔物はいますか?」

「ああ、訓練用に捕縛したのが何体か。どんなのがご所望で?」

 

 ギップルの問いかけに「では、一番硬いものを」と彼はリクエスト。館内に警報が流れ、職員たちの避難が済み、魔物が幽閉された檻が訓練場に運び込まれた。横になっていたマヤナも身体を起こして、見守る。

 

「ユウナさん、こちらへお願いします」

「私?」

 

 言われるがまま、彼の傍に立つ。

 

「残滓に触れた今のあなたになら感じ取れるはず。よろしいですか、全神経を研ぎ澄ませてください」

「うん」

 

 万が一に備え、パインたちは臨戦態勢。頑丈な檻の扉が開かれ、異様な瘴気を放つ魔物が解き放たれた。しかし、彼は至って冷静。動揺も、焦りの色も微塵も見せない。

 

「ただ漠然と見るのではなく、全体の流れを意識してください」

「流れ......」

「見るのはターゲットだけではなく、周囲に舞う幻光も視野に」

 

 魔物の周辺を舞う幻光の様子を注意深く観察する。幻光の流れに微かな規則性のようなものを拾った。

 

「お分かり頂けましたか」

「――うん」

「では、ここから実戦です」

 

 身体の右を前に構え、やや右手を下げた抜刀の構え。

 けたたましい雄叫びを上げて突進してくる魔物が間合い入った瞬間、シオマネキやウェポンの時と同じく、瞬く間にバラバラに切り裂いた。悲鳴にも似た音を奏でながら、亡骸から抜け出た幻光虫が渦を巻きながら虚空へと融けていく。

 

「ね、ねぇ、チュアミ。今の、いつの間に斬ったの?」

「あたしに聞くなよ......」

「あり得ねぇ、甲殻の中でも硬い部類の魔物をあんな細長い刃物で」

「刃を入れる場所は、幻光が示してくれます」

 

 ――示す。幻光の動きは見えた。幻光密度が濃い場所、反対に密度が薄い場所。彼が斬ったのは、魔物を形成する幻光の密度が限りなく薄い場所。斬るというよりも、刀を隙間に通した。そんな、イメージ。

 

「極力無駄を省き、急所のみを適確に突く。とにかく強力な武器を用いて、物量で押すオレたちとは真逆の発想か。けど、どうにも判らないのが、あの子の力だ」

 

 釈然としないといった表情を覗かせたギップルは、マヤナに疑念の視線を向けた。

 

「二人の戦闘センスには歴然とした差があったのに、模造刀があのザマだ。説明がつかねぇ」

「あの、それはあたしが。召喚士としての才気を持つ方でしたらある程度扱える技術です。もちろん、個人差はありますけど」

 

「大丈夫だよ」と彼に伝えた彼女は、訓練用のダミー人形の前に立つ。彼女が持つ杖に、周囲の幻光が反応している。書物庫で感じたのと同じような感覚。

 

「空に融ける幻光の力を借りれば、非力なあたしでも――」

 

 杖で叩いたとは想えないほどの重い音を響かせ、地面に固定されたダミー人形の向かって右側が破損された。

 

           *  *  *

 

 リュックからの連絡を受け、休憩所で待ちながらの会話。

 

「さっきの、あの時ユウナがやったのと同じだろ?」

「似てるけど、少し違うかな」

 

 原理は同じ、違うのは効率。幻光は全ての源。基礎の四大魔法も、基礎から外れた重力魔法も、幻光を魔法に変換させたもの。異界で相見えた時は、魔法を打撃に上乗せして瞬間的に杖そのもの破壊力を向上させた。けれど彼女が行ったことは、魔法への変換の過程を省き、繰り出す打撃にロスなく昇華させ最適化された一撃。

 

「召喚士の才気を持つ人なら出来るっていってたけど、あの疲労のしかたは尋常じゃない。召喚するのって、あんなになるものなのか?」

「最初はね。特に、祈り子様と心を通わせるのは凄く大変。何時間も祈って祈って、祈り続けて。中には、命を落とす召喚士も。召喚することももちろん大変だけど、慣れれば多少はね」

「......どんな精神力してるんだ、アイツは」

 

 半結晶の祈り子像が安置された祠で、召喚士としての単純な才能はシキの方が上と話していた。幻光の流れを完璧に掌握できて、祈り子なき世界で修行を積んできたマヤナが数度繰り出しただけで呼吸が乱れる剣技を平然と使いこなす天賦の才。しかし、彼は引っかかることを言っていた。

 

「器量って、何のことだと思う?」

「器量好しとか、そういうのに使われる言葉だよな。才能......なら遠回しには言わないな。異界で会った時、わたし達は力不足だってことを真っ向から突きつけられた」

「だよね」

 

 才能とは、また別の話。何か特別な事情を抱えているのかもしれない。そんなことを話し合っていると、リュックが休憩所へやって来た。

 

「お待たせ! さっそくだけどさ、観てよこれ!」

 

 そう言って、中央のテーブルに置かれた旧型のスフィアに映し出されたのは、数名が言い争っている現場。話している言葉は、スピラの標準語ではなくアルベド語。シンラが開発した自動翻訳機を取り付けると、話している内容が標準語で聴き取れるようになった。

 

『満足な武器もねぇってのに、シンを倒せる訳ねーだろ! 今は、まだ調査が済んでねぇ海底を調べることが先決だ』

『古代の寂れた兵器など役に立つものか。寺院など内部から掌握すればいいだけの話しだと何故理解しない。愚か者めが』

『馬鹿はテメェだ! 寺院の連中が、オレたちアルベドの言うことなんざ聞くわけがねぇだろうが!』

『これ以上は時間の無駄だ。私は、私のやり方でシンを滅ぼす』

『おう、やれるもんならやってみろ! その不快なツラ、二度と見せんじゃねぇぞ!』

『ねぇ、そんな強い言い方しなくても......』

『うるせぇ! お前は黙ってろ!』

 

 言い争っていた一方が数名を引き連れ、部屋を出て行ったところで映像は途切れた。

 

「これって......」

「そ。オヤジと、あの科学者の確執の現場」

「よく有ったな」

「あまり表に出る人じゃなかったみたいだし、何より一触即発の感じだったからね。それから、オヤジを嗜めた人、オヤジの妹」

「母さんっ?」

「うん。これがきっかけかは分かんないけど、この後すぐにベベルに行っちゃったみたい」

「そっか。それで、シドさんはなんて?」

「知らないってさ」

「これ程の物的証拠があるのにか?」

「そうじゃなくて。このスフィアに写ってる人、バラライの話しに出た“プセマ”って名前を名乗ってたのは確かみたいなんだ。だけど、アタシが伝えた人相よりも年老いてて、見た目年齢は初老のお爺ちゃんだったって」

「それって、どういうこと?」

 

 死人は歳をとらないし、若返ることもない。あの二人の科学者の他にも、技職の神・アルブの意思を継いだ人物。そして、もうひとつ浮かんだとある可能性。

 

「三人目の科学者......それとも、アルブ本人?」

「あり得るな。リュックの親父さんと袂を分かつて離反した中に、異界にいた科学者がいたのかも」

「うぅー......もう訳分かんないって」

 

 事件を調べれば調べるほど、真相に近づけば近づくほど、黒幕の背中が、黒い影が遠ざかっていくような思考に陥ってしまう。

 

「ここに居たか」

 

 重苦しい空気が漂う休憩所に、険しい表情を浮かべたヌージがやって来た。

 

「お前たちに依頼が来た。依頼者は、科学者・アソオス」

「......どういうことだ?」

 

 不快感を全面に出したパインが、ヌージに詰め寄る。

 

「思惑は不明だ、通信スフィアをハッキングして一方的に通知してきた。前情報として、お前たちが異界で遭遇した科学者の情報をリークしてきた」

「リーク?」

「依頼内容は、持ち去られた物の回収または破壊」

「何のこと?」

「アレだろ。顔のない剣士。それで、情報ってのはなんだ。あんたが要求を呑むくらいだ。半端な情報じゃないんだろ?」

「ああ、とんでもない情報だ。お前たちが遭った科学者は――」

 

 先ほどまで観ていた、リュックがもってきたスフィアで観た人物と同一人物。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission29 ~手掛かり~

「よりによって、ここが指定ポイントか」

 

 キノコ岩街道の谷底の奥。

 悲劇の始まりの場所、アカギ隊最終試験場跡地の固く閉ざされた扉の前に立つ。

 

「洞窟の中は、高濃度の幻光に満ちてる。確かに、姿を隠すには持って来いの場所だな」

「だけど、どうやって入ったんだろ? 扉を開くのに必要なカギは、私たちが持ってるのに」

「だよねー」

 

 リュックの手には、施錠された扉を開けるのに必要な鍵となる赤色のスフィア。

 

「それも行けば分かる」

「そだね。リュック、お願い」

「りょーかい」

 

 リュックは、扉のくぼみにスフィアを順番にはめ込んでいく。そして、最後のスフィアをくぼみに収めると、重量感のある扉が音を立てゆっくりと開いた。

 

「すんごい幻光。今度は、幻覚見せられないよね?」

「大丈夫。私たちは、悲劇の始まりを知ってるから」

「自分を見失わないように気を張れ、だな」

「行こう」

 

 無数に揺らめく幻光が溢れ出る薄暗い洞窟の中へ足を踏みれた。段差がいくつもある蛇行した道を進み、途中数体の魔物を退けて、悲劇が起きた洞窟の最深部に到達したものの、悲劇の元凶になったシューインの思念も残っておらず、特に変わった様子は見受けられない。手分け探してもみても、やはりこれといったものは見つからなかった。

 

「ユウナ」

「うーん......」

 

 目をつむり、直接対面した時のことを思い返す。

 機械に精通しているアルベド族よりも高度な技術を持つ科学者、決して本心を悟らせない食わせ者。何より、あの時の言葉。

 

「今回は思惑が偶然一致しただけ、居場所は知らないから自分で探せ、そう言ってた」

「くそ、あの科学者にまんまと一杯食わされたってことか」

「でもさ、それなら何でここに来いって言ったんだろ?」

 

 何かしらの理由がある。それとも、単なる気まぐれ。

 そう想っていると、背後から足音が響いた。振り返る。赤毛に灰色の瞳、白衣を羽織った科学者――依頼主のアソオスが姿を現した。

 

「おや、これはお早いお着きで」

 

 まさかの状況に、臨戦態勢に入るのにワンテンポ遅れるも取り立ててリアクションは見せない。切っ先を向けたまま、パインが問い質す。

 

「こんなところに呼び出して、いったいどういうつもりだ? 異界に現れた科学者は、お前の仲間じゃないのか?」

「これはまた可笑しなことを聞くね。あなた方に依頼をし、報酬の前払いとして事前に情報を提供した。以前、あの人が何処に居るかは知らないとも伝えたでしょ」

 

 確かに。依頼は、年齢が異なる二人の科学者が同一人物であるという情報と交換条件で提示された。異界から持ち運ばれた辻斬りの回収もしくは破壊。事実、ポイントを指定しただけで、ターゲットがここに居るとはひと言も言っていない。

 

「ふむ。さて――」

「やるのか......!」

「ん? 何で身構えてるの? ま、別にどうでもいいけどね。用件は済んだから、後はあなた方が履行すれば契約は終了。はい、めでたしめでたし」

「どういうこと? あなたの本当の目的は何?」

 

「用件は済んだ」という表現、本命は間違いなく別にある。

 ただ、訊いたところで飄々とした態度は微塵も崩さないでのらりくらり躱されるだけ。周囲は高濃度の幻光で満ちている、強力な魔物を生み出せる相手に真っ向から対立すれば、混乱に乗じて逃げられた挙げ句、こちらの死闘は必至。何も得られない。今、有力な情報を持っているのはアソオスだけ。あの時と同じ轍は踏まないように、どうにかして足を止めないと。

 

「取引しよ」

「ユウナん!?」

「ユウナ、お前何を――」

「へぇ、具体的な内容は?」

 

 興味を示した。ひとまず、足止めは出来た。

 

「辻斬りを回収した科学者の正体と目的」

「取引とは、互いの利害が一致して初めて成立するもの。それ相応の対価を示して貰うことになるけど?」

「出来る限りのことはするよ」

「じゃあ、ここのキースフィアを貰おうかな」

 

 アソオスは、この洞窟の扉を開くための鍵となるスフィアを要求してきた。目的は、この洞窟。ここで何かを行おうとしている。

 

「こんな場所何に使うつもりだ? もし、何かするつもりなら......」

「答える義務は取引に含まれていない。この取引は、決裂――」

「待って! キミが何をするか詮索はしない。先に、スフィアを渡すから」

 

 不快感を滲ませるパインを抑え、躊躇しているリュックから受け取ったスフィアを差し出す。

 

「本物のようだね。確かに譲り受けました、と。取引成立。じゃあ話そう」

「教えて」

 

 壁に背を預け、腕を組んだ彼の言葉を聞き逃さないように耳を澄ます。

 

「あの人の目的は、スピラ――とりわけ旧エボン寺院の僧官、人々の敬愛の対象だった召喚士への復讐。ま、後者はただの逆恨みだけどね」

 

 以前に聞いた、技職の神・アルブの私怨の話。

 

「もう一人の科学者はキミと違って、アルブの意思を、復讐心を継いでるの?」

「継ぐ? あの人は最初から何も変わってないよ。自身の目的を遂行するため、生に執着を続けているだけに過ぎない。長年の障害は排除されたんだから、やるならさっさと実行に移せばいいのにね。目的と手段が入れ代わってる。憐れな人だよ」

「話しが見えてこないな。お前は今、いったい誰の話しをしてるんだ?」

「誰って、あの人の話しだけど? ああー、そうか。確か今は――」

 

 科学者アソオスの言葉を聞き、三人で顔を見合わせる。

 ずっと思い違いをしていた。話しが噛み合うはずがなかった。そもそもの前提が間違っていたんだから――。

 

           * * *

 

「異界で遭ったあの科学者が、技職の神・アルブだったなんて......」

「てゆーか、細胞を若返らせたって何? 意味分かんないんだけど!」

「まともな感性じゃないことは確か。他人を犠牲にしても生き長らえようとする生への執着心は尋常じゃない。もうすぐ出口だ」

 

 各自、戦闘準備を整え。パインが、最終確認を取る。

 

「いいか? 開けるぞ」

「オッケー」

「うん、いいよ......!」

 

 扉が開き、目映い光と共に乾いた銃声が響いた。

 頑丈な扉を背に、外へ出るタイミングを窺う。

 

「アイツの言った通り、待ち伏せされてたな。リュック!」

「とりあえず、二人!」

 

 手鏡に写った人数は、最低でも二人。

 

「強行突破するか? 四、五人くらいならやり過ごせる」

「ダメ! 使われてる銃弾はたぶん、アンチ・プロテス弾」

「あの科学者――技職の神・アルブが使ったヤツか。けど、このまま隠れてても埒があかない」

「わっ! 鏡、撃ち抜かれたー!」

 

 今、聞こえた銃声は一発。リュックの周囲に展開されている物理障壁(プロテス)を突き抜けた。迂闊に外には出られない。日没までは、まだ時間がある。

 

「夜まで......待ってはくれないよな。二人とも伏せろ!」

 

 咄嗟に地面に伏せた直後、弾んだブリッツボールが破裂音と共に土煙が周囲に巻き上げる。そして同時に、牽制射撃が来る。

 

「もー! 容赦なさ過ぎじゃないっ?」

「まったく、なりふり構わずだな」

「それだけ都合が悪いのかも。私たちが、ここにいることが。リュック、通信スフィアはっ?」

「ムリ! 幻光濃度が高すぎてノイズがヒドい! もう少し洞窟(ここ)から離れないと、飛空艇も呼べないよ!」

 

 どうにかして情報だけでも、彼女たち――召喚士の才能を持つ二人に伝えないと。でも、一歩でも外に出ようものなら激しい銃弾の雨が容赦なく降りかかる。長丁場の持久戦を覚悟する中、不意に、銃声が鳴り止んだ。

 

「銃撃が止まった? 罠か?」

「弾切れかも」

「それならチャンスだけど」

 

 おそるおそる、外の様子を窺う。

 

「あっ!」

 

 ハデな服装の女性と体格が正反対の男性二人が、アルブの配下を相手取り戦闘を繰り広げていた。

 

「ルブラン!」

「何やってんだい、ぼやぼやしてんじゃないよ! さっさと退くよっ!」

「危ない! 後ろ!」

「お嬢!」

 

 ウノーの盾が、プロテスを貫く弾丸を弾き返し。相棒のサノーが、得意の二丁拳銃で反撃。

 

「あの弾丸、盾は貫けないんだ」

「そういうことならわたしに任せろ、全部防ぎきってやる!」

「飛空艇呼び寄せたよ! この谷底から突破さえ出来れば、アタシたちの勝ち!」

「行こう。ミッションスタート!」

 

 合図で、洞窟を出る。扉が閉ざされた、もう退けない。

 周囲に物理と魔法障壁を最大限に展開。リュックは、サノーと同じ二丁拳銃で。パインは、剣の面でプロテスを抜けてきた弾丸を受け流す。無防備な広場を駆け抜け、ルブランたちと合流し、リモートで呼びよせた飛空艇に乗り込み窮地を脱した。

 

「はぁー、何とか助かったー」

 

 操縦席に座ったリュックは、操舵にもたれ掛かるようにして大きく息を漏らした。流石のパインも、椅子に座って休息を取っている。ルブランたちの下へ。

 

「ありがとう。助かったよ」

「礼なんていらないよ。ヌージのダンナに頼まれただけさね。どこへ向かうかは知らないけど、ベベルへ寄ってくれ。ダンナに報告しないとならないからねえ」

「行き先は、私たちも同じだから」

 

 ベベルに到着してすぐヌージの下へ向かうルブラン一味と別れて、さっそく情報共有の場につく。一通りの報告を聞き終えたバラライは、静に目を閉じた。

 

「1000年前の亡霊が動き出したきっかけは、旧アカギ隊の生き残りの対立......」

「いつ、世界を滅ぼし兼ねないヴェグナガンを残しておくよりマシだろ。アルブの計画を潰すことは当然として、もう一人の科学者の動きも不審だ。取引を持ちかけて来た科学者は、何をしようとしてるんだ?」

「分からない。でも、あの洞窟で何かしようとしてるのは確かだと想うよ、詮索されるのを嫌がってた。あと、二人の科学者は志を共にしてない」

 

 洞窟の外で待ち伏せしていたアルブの配下は、全身を覆う防護服とガスマスクを付けたベドールではなく、ナギ平原の一件と同じ虚ろな目をした人、おそらく、死者。回収、破壊を依頼された辻斬りとは別件。

 

「そのことで、僕から報告があるし」

 

 会議に同席しているシンラが、ソファーから立ち上がった。

 

「辻斬りは、ユウナたちの動きをトレースしてると思う。一年前、ユウナたちが魔物と戦ってた時に飛んでた鬱陶しい機械。あのレコーダーは、ユウナたちの戦闘データを収集してたと考えれば納得いくし」

「なるほどな。異界で戦った時、わたしの動きを模写してた」

「アタシもやられた。けど、アタシとパインを模写してきたのは二回目に戦った時だよ。最初は、誰の動きだろ?」

「う~ん、剣だったよね?」

 

 攻撃を受けようが関係なく、鋭い太刀筋で反撃を繰り出す向こう見ずな戦闘スタイル。ここに居る誰とも違う。今、ここへ向かっているヌージとも。

 

「たぶん、マヤナのガード」

「シキの? でも――」

 

 他を圧倒する彼の動きとはほど遠い。

 

「きっと処理が追いつかないんだと思う。実際見たけど、機械で処理出来る次元の動きじゃないし」

「理想は、あの子のガード。けど再現出来ないから、先生たちで妥協したってか」

「なにそれ、ムカつき~!」

「バカにして、ぶっ壊す......!」

 

 これでもかと、二人は不快感を露わにする。

 若干場の空気がピリついた時、ヌージがやって来た。

 

「少し冷静になれ。話しは、通信スフィアで聞いてた」

「ヌージさん、クルグムとマヤナは?」

「連絡は入れた。今、現場から戻ってる最中だ。バラライ、アルブの意識を評議会に向けさせるぞ」

「分かっている。しかし、簡単に誘いに乗ってくるとは想えない」

「ま、1000年間生身の肉体で生き抜いた執念だからな。直接ここを叩きに来ないのは、慎重深さの裏付けだろ」

「なら、動かすまでのこと。あの時と同じ状況を作ってやればいい。遷都するぞ」

 

 ――遷都、首都を移す。

 

「ベベルを動かすつもりですかっ?」

「評議会の頭だけさ。それらしい理由を付けて、ナギ平原に本部の機能を一時的に移設する。当然警戒されるだろうが、警備が手薄になれば何らかのアクションを起こすはずだ。その間に、ビサイドへ向かってくれ」

 

 スピラ最南端のビサイド島。

 異界で、プセマと名乗っていたアルブは、微弱な反応がビサイドから出ていると言っていた。本性を知った今は、ベベルを離れさせるための虚偽である可能性が高いと仮定していた。けど、ビサイドには祈り子が二体安置されていることを科学者アソオスから聞いた。追加の取引材料もなしに教えてくれた理由を訊くと「面白そうだから」と無邪気に笑っていた。

 完全に信用している訳じゃない。けど、洞窟を出た直後に狙われたのは、アルブに取って不都合な理由があった、そう考えれば......。

 

「――分かりました。お任せします」

 

 リュックとパインにベベルの防衛を頼み、ビサイドへ向かうことを決めた。

 何かが変わる、真相に近づくための手掛かりになると信じて――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission30 ~転換期~

大変お待たせいたしました


 対策本部からの緊急連絡を受けて、日の光もあまり差さない鬱蒼とした深い森の中を、通信スフィアの位置情報を頼りにスピラの首都ベベルを目指して歩みを進めている。

 

「ビサイド島に、もうお一方祈り子様がいらしただなんて。どうして、気づけなかったんだろう。あたし......」

「旧エボン管轄の寺院に安置されている祈り子とキミの会話にあがらなかったのは、機械戦争終結以前から存在していたからだ。既存の祈り子像はベベルの祈り子を含め、ユウナレスカのナギ節以降に移設、新造されたもの。祈り子自身も、もう一体の祈り子の存在を把握していなかったと考えるのが妥当だろう」

 

 左隣を歩くシキは、落ち度はないとやや素っ気なくも気遣ってくれる。

 ビサイドは、本島から遠く離れた孤島。島の集落は、山の中腹に切り開かれた小高い丘の上。周囲は切り立った斜面も多く、海上に建てられた舟屋で生活を送るキーリカ島の島民とも生活環境がやや異なることもあり、手つかずの自然が多く残っていることも影響しているのかも知れない。

 森を進んだ先に現れたやや開けた場所で、同じく招集指令を受けたもう一人の送儀士、ガードと合流。その場でしばしの休息を取りつつ、情報交換を行う。

 

「あたしたちは、森の北部を調べました。未開の遺跡を複数調べましたけど、それらしいものは何も」

「僕たちも似たようなものでした。遺跡の他にも廃村らしき跡地はあったんだけど」

「ご丁寧に全部荒らされてた。ルブラン一味のマークがあったから、あの人たちの仕業だな」

「お互い収穫はなしですね。だけど、ユウナ様が有力な手掛かりを掴んでくれた。やっぱり凄い方だよ」

「そればっかだな、お前」

「事実だよ。僕たちが血眼になって調べていたことを――」

「待て」

 

 会話には参加せず周囲の警戒に当たってくれていたシキの声に、三人揃って顔を向ける。

 

「気配が変わった」

「......ホントだ、幻光の流れが微かに変わった。この感じ、近くで何かが起きているみたい」

「何だろう? 魔物の兆候とは少し違うけど、少しイヤな感じがする......」

「お前たちよく分かるな。それで、どこで何が起こってるんだ?」

 

 逃さないように周囲に全神経を集中させ、ほんの僅かな変化も取り残さない様に気を配る。

 

「なあ、何か煙ったくないか?」

「そう?」

 

 疑問を投げかけた彼女の近くへ、クルグムは移動。そこは、ちょうど風下に当たる場所。風向きが変わって漂ってきた焦げ臭さを追ってきたかように、木々の微かな隙間から灰色の煙が周囲に立ち込めて来た。

 何かが燃えている、鬱蒼とした森の中で。

 そしてそれは、心当たりがある感覚。

 

「この感じ......まさか。シキ!」

「先に行く」

 

 躊躇することなく、煙の中へ飛び込んでいった。視界を奪う煙の中を、袖で口と鼻を覆って、後を追う。突然、悲痛な叫び声が響いた。一斉に飛び立つ鳥たち、周囲の木々がざわめき立つ。

 

「悲鳴!?」

 

 鬱蒼とした森を抜けた先は、三年前、故郷の村が壊滅した時と被る惨状が広がっていた。荒らされた田畑、焼け落ちた家屋、道ばたには複数の人たちが倒れている。

 

「集落か? こんな森の中に......」

「行きます!」

「あ、チュアミ!」

「あ、ああ!」

 

 手分けして、倒れている人たちの救助に当たる。まだ息はある、襲われて間もない。回復魔法で応急処置を施し、状態から優先順位をつけて、別の負傷者の下へ向かう。

 

「家屋の外で倒れてたのは、これで全員か?」

「見落としがなければ。すぐに応援を呼ぶ。全員今すぐ命に関わる感じじゃなかったのは幸いだよ」

「......けど、いったい何があったんだ?」

 

 集落の奥から、シキが姿を見せた。羽織が紅く染まっている。

 

「大丈夫!? 怪我したの!?」

「案ずるな、返り血だ。あの時と同じだ」

 

 彼の手には、人のものと思しき肘から先の腕。内部には、ケーブルらしき物が仕込まれており、本来流れるはずの紅い血の代わりに、行き場を失ったオイルが切れたケーブルの先から滴り落ちている。

 

「また、死者の遺体を利用した襲撃。どうして......」

「事情は不明だが、倒壊したの奥の社に祈り子を模した木彫りの像が安置されていた」

「つまりこの集落は、エボナーの集まりだったってことかよ」

「チュアミ、今は......」

「分かってるって。この集落の人たちに罪はない、そんな聞き分けの出来ないほど子供じゃない」

 

 複雑そうな表情を覗かせるも、そう自身に言い聞かせる様に言葉に出した。

 

「はい。はい、お願いします。失礼します。本部と連絡がついたよ、グアドサラム在中の守備隊が応援に来てくれる。それから、調査団を派遣するから襲撃犯を確保――」

 

 通信スフィアで対策本部と連絡を取っていたクルグムの肩を、シキが強引に押し退けた。目が眩む一瞬の閃光、竹を割ったような轟音と共に衝撃波が足下から伝わる。押し退けられたクルグムが先ほどまで立っていた地面が、今の落雷の影響で陥没した。顔を上げて、周囲を見回す。鬱蒼とした森の中から、異様な瘴気を発した魔物の群れが、この集落を目指して向かって来ている。

 

「なんだよ、あの魔物の数。10体はいるぞ!」

「キミたちは行け。ここは、俺が引き受ける」

「シキ。でも――」

「思案の余地はない、襲撃犯鹵獲を最優先。大通りを真っ直ぐ突き当たりの社だ」

「わ、分かりました。二人とも、行こう! 例の科学者、技職の神・アルブが首謀者なら、助手が襲撃犯の回収に向かうはずだよ、急がないと!」

「わーたよ! 私が先陣を切る、遅れたら護ってやれないからな!」

 

 一足先に、二人が駆け出す。

 

「気をつけてね」

「急げ」

 

 一人、魔物に立ち向かう彼に背を向けて、二人の後を追う。

 技職の神・アルブが関与している可能性を否定出来ない。戦闘、不意討ちを視野に入れ、普段使いの杖を、模擬戦で使用したニルヴァーナモデルの杖に完全手動での調整を要求された従来のシステムを改修し、半自動化された新システムを搭載型の杖に持ち換える。

 先に建物に着いた二人は、壁に背を預けるように身を潜め、社内部の様子を窺っていた。

 

「あれが、お前のガードが倒した襲撃犯」

「服装は似てるけど、あの時の辻斬りじゃないみたいだね。近くに落ちてるのは、銃かな? 慎重に行こう」

「はい」

 

 社に入り、互いに背中を預けながら細心の注意を払い、糸が切れた人形の様に地面に膝を着いている襲撃犯の下へ向かう。斬られた腕からはオイルが、機能を停止した体からは幻光が漏れ出ているが、原形は現世に留めている。

 

「周りに人の気配はなさそうだけど。どうする? コイツ」

「集落の外で引き渡せれば、ベストなんだろうけどね。外は、魔物の大群......合流して、退路を作ろう」

「あの」

 

 二人の視線が向く。

 

「なに?」

「何か気になることがありましたか?」

「えっと、襲われた人たちの殆どが切り傷、刺し傷でした」

 

 一呼吸の間を置き、全員揃って臨戦態勢を取る。

 襲撃犯とは別の、刃物を持つ者が存在している......次の瞬間、それは確信に変わった。藁傘を被り、黒装束に身を包んだ人物が、社の中に入ってきた。

 

「剣、あの時の辻斬り......!」

「お前たちは下がってな。コイツの相手は、私がする」

「一度倒してるからって油断しちゃダメだよ、チュアミ」

「するかよ!」

 

 地面を蹴り、一気に間合いを詰め、躊躇無く懐に飛び込むと、振り下ろされた辻斬りの刃よりも先に強烈な一撃を腹部に叩き込み、すぐさま体勢を立て直すも。先手の一撃を受けた辻斬りはふらふらとよろめき、やがて前のめりに倒れ込んだ。

 

「......はあ?」

「もしかして、倒したの?」

 

 まさかの事態に、唖然とする二人。

 恐る恐る確認に向かう。黒装束の下は、剥き出しになったツギハギだらけの機械の体。藁傘に隠れていた顔の赤い目の光りは今にも消えそうに弱々しく揺らいでいるが、幻光は漏れ出ていない。完全な機械兵器。

 

「異界で回収されたって聞いてたけど、直ってなかったんだ」

「だからって、こんな状態で使うか? 普通」

「普通じゃないからね。自分の目的のためなら人の死を厭わない異常者――」

「ずいぶんと口が達者な小僧だ。口の聞き方を知らんようだな」

 

 聞こえた声は、背中側。大召喚士を模した石像の台座に背を預け、腕を組んで立っている初老の男性。白衣、銀縁の眼鏡。聞いていた情報通りの風貌、異界に現れた技職の神・アルブ。

 

「い、いつから......」

「実に愚かな疑問だ。答える価値すらない」

 

 世界の全てを憎むような鋭い目つきのまま、機能を停止した二体の人造の機械兵器に目を向け、不快感を表すように眉間にシワを寄せた。

 

「おい! なんで、この集落を襲った!?」

「またも愚問だな、小娘。回答してやる義理はないが、偶然とだけ言っておこう」

「偶然、偶然だって? 理由もなく、何の罪のない人たちを襲ったのかよ!」

「何をいきり立っているかは知らんが、地図にも載らん集落のひとつやふたつ消えたところで微かな影響も及ぼさん。事実、隠れエボナーの集落のことなど貴様らも認知していなかっただろう」

 

 淡々と自己主張を述べる声色からは、悪気や罪悪感は一切感じられない、恐怖を覚えるほどの冷徹さを感じる。

 深い深呼吸をして心臓の鼓動を落ちつかせ、科学者と向き合う。

 

「あなたが、技職の神・アルブですか?」

「その装い、召喚士か。災厄をもたらすシンが朽ちた世界で召喚士とは、実に滑稽なものだな。誰から聞いたかおおよその見当は付くが、まあいい。如何にも、私が神だ」

「では、ヴァルムを知っていますね」

 

 台座を離れたアルブは組んでいた腕を解いて下ろし、眉尻を上げる。

 

「......娘、その名を何処で。あの、愚か者めが。余計な入れ知恵だけでは飽き足らず、またしても勝手な真似を......」

 

 科学者アソオスの依頼は、異界で奪取された辻斬りの回収または破壊。ベストは先に挙げられた、回収。けれど今、やみくもに対峙したところで結末は火を見るよりも明らか。僅かでも可能性を高めるために行動する他ない。

 アルブが右手を挙げる。社の出入り口、二階に現れた複数の人影から一斉に銃口が向けられ、アルブもまた、懐に忍ばせていた銃を構えた。

 

「マズい! 囲まれた!」

「くっ!」

「......あなた方を迫害の対象と定めた、エボン寺院に対する復讐が目的だと聞き及んでいます。そのエボン寺院は、もうありません。それなのに、どうして無関係な人たちを巻き込むんですか?」

「知る必要はない、知ったところで意味のないことだ。獣芯が永遠の眠りについた今、存在価値のない無力な半端者。召喚士の時代は、シンの滅びと共に終焉を迎えた。そして間もなく、新しい時代を迎える。新時代には召喚士も、ガードも、エボンの残党も必要ないのだ」

 

 アルブの人差し指が引き金にかかる直前、発破音が社内に響いた。

 

「何事だ、誰が撃った? あれは――」

 

 銃を構えていた人影が、次々と倒れていく。

 

「......間に合った!」

「よし! 今だ、クルグム!」

「行こう!」

 

 混乱の隙に乗じて斬り込んだ二人をサポートするため、杖を握り直す。杖を数回振るだけで上がる息が切れない。新システムを搭載した杖は、魔法以外の使用でもポテンシャルを発揮してくれている。

「これなら、あたしも戦える」そう思った矢先、死角から狙撃を受けた。展開したプロテスでやや威力を失うも、放たれたアンチプロテス弾が障壁を突き抜けた。

 

「あ、シキ」

「キミは相変わらず無茶をする。下がっていろ」

 

 抱きかかえた腰の腕を放すと、やや身を屈め、死角から銃撃してきたアルブの配下に斬り掛かる。二射目が放たれる前に、斬り落とした襲撃犯の腕で投げつけて気を引き、間合いに入ると、瞬く間に手首を斬り落とした。斬り落とした部位からは血は流れない。

 

「義手?」

「――腕、腕......ルム? ヴァ、ルム、ヴァルム......!」

 

 アルブだけではなかった。アルベド族の天才少年シンラと似た服装の配下は、ヴァルムとただならぬ因縁を持っている。シキは迷うことなく、標的をアルブに再設定。ベベルでアソオスと対峙した時と同様、幾重にも厳重に施されたアルブの物理障壁を確実に切り裂いていく。

 

「この力は......シキ? そうか貴様は、シキ――」

「終わりだ、1000年前の亡霊」

「おのれ、そうはいかん!」

 

 地面に向かって発射。閃光弾、視界が奪われる。

 

「逃しはしない。技職の神・アルブ、お前は今、ここで斬る」

 

 不意討ちを受けた目ではなく、幻光の気配を捉え、後退するアルブを追撃を試みるも倒し損ねた敵の銃撃を受け、科学者アソオスと同じく、またしても取り逃がしてしまった。

 

「おーい、こっちだ!」

「退路は確保しました」

「行こう、シキ」

「――ああ」

 

 刀を鞘に収めた彼の後に続いて、二人が作ってくれた出口へ向かう。社の外に出ると、ベベルから派遣された調査団と守備隊が住民の救護に当たっていた。救護を手伝いながら、技職の神・アルブが口にした言葉を思い返していた。

 ――シキガミ。

 この言葉が何を意味するのか知った時には既に、世界は転換期を迎えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission31 ~導き~

『間もなくビサイド島上空、飛空艇は着陸態勢に入る』

 

 機内に機長のアナウンスが流れた。シートベルトを付けて、着陸の備える。ビサイド島上空を旋回しながら徐々に高度を下げる飛空艇は、隣島のキーリカ、本土を繋ぐ連絡船が停泊する船着き場付近に着陸。愛用の杖と手荷物を持ち、船着き場と砂浜を繋ぐ桟橋を歩いて、第二の故郷ビサイド島の大地に降り立つ。依頼の手紙を受け取って数ヶ月、ビサイド島は変わらない平穏な時間が流れていた。

 

「おーい! ユウナー!」

「あ、ワッカさん」

「飛空艇が見えたから誰が来たのかと思ったら、お前たちだったんだな。連絡......は無理か。まだ使えないんだろ? 通信スフィア」

「うん。私たちは特別な通信スフィアを持ってるけど、既存の通信スフィアはハッキングのおそれがあるから」

「なんつーか、また物騒な世の中になったもんだな。シンがいなくなって、ようやく世界が落ちついてきたってのに......ハア」

 

 出しかけた言葉を飲み込み、頭を掻きながら大きなため息をひとつ吐き出したワッカは顔を上げて、飛空艇で一緒にビサイドへ来た二人へ視線を向ける。

 

「マヤナだったよな、従送儀士の。それと......」

「彼は、シキ。マヤナのガードだよ」

「ガードが付いたってことは正式に、公認送儀士になれたんだな。それで、三人揃って何しに来たんだ?」

 

 本題に入る。

 

「もう一体の祈り子かあ。なるほどなあ」

 

 村へ続く山道を歩きながら、ビサイドへ来た理由と目的の祈り子像について何か心当たりがないか訊ねるも、結果は予想通りの返答。ビサイドで生まれ育った彼もまた、既存の祈り子像以外の存在については何も心当たりはないという回答が返ってきた。

 

「ルールーも同じだ。ルーが知ってるなら、俺も知ってるからな。だけどよ、本当にあるのか? 祈り子像がもう一体」

「それが不確定情報なんだ。情報を流したのは今回の騒動の主犯格なの」

「吹かしかも知れねえってことか。とりあえずルーに顔を見せてやってくれ。顔には出さねぇけど、心配してるからよ」

「うん」

「お前たちもな」

 

 マヤナは丁寧にお辞儀を、シキも小さく会釈。

 村の入り口付近に到着するとビサイドオーラカの面々を引き連れてワッカは、本島から隣島のキーリカ島を経由した連絡船の到着時刻に合わせ、再び港へと向かった。

 二人を案内して、村長を務めるルールーの家へ。

 

「お帰りなさい」

「ただいま、ルールー」

「二人は、いらっしゃい」

 

 幼子を抱く彼女にも事情を話す。

 

「ルールーも知らないよね」

「ええ、聞いたことないわ」

「じゃあ、祈り子様に伺ってみる」

「いってらっしゃい......と言いたいんだけど」

 

 彼女の視線の先にある、村の通りには、久しぶりの帰省と面会を待ちわびていた来訪者の人集りが出来上がっていた。面会希望者との対話は半日以上を費やして日暮れどき、二人が宿を取る寺院の客間を訪ねて進行状況を伺う。

 

「寺院の祈り子様もご存じないそうです。足で行ける場所は調べましたけど、それらしいものは何も。島の幻光は特別な変化は感じませんでした」

「じゃあ後は、島の反対側だね」

「はい。それから、本部から緊急連絡がありました。詳細は判りませんけど、コンタクトには成功したみたいです」

 

 ビサイドへ飛ぶ直前、ヌージから受けた緊急要請。

 隠れエボナーの集落で回収した人造兵器を、依頼主である科学者アソオスに引き渡す際、情報を引き出す交渉材料として持ち出した。評議会議長バラライ自らが交渉の席に付き、クルグムとチュアミが護衛として同行。コンタクトに成功したことは知らされたが、通信をジャックされるの恐れがあるため、交渉の詳細は伏せられている。

 

「とにかく、みんな無事そうでよかった。私の方も一段落したから、明日は朝から調べてみよ。ところで、彼は?」

「見回りに出ています。捜索中、魔物が出たので念のため」

「そっか。じゃあ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 

 客間を出て、寺院の外へ。すっかり日が暮れた夜空には、半分近く欠けた銀色の月と、まるでミルクを流したような帯状の星々が瞬く中で一際目を引く星、ナイトベリーが光輝いている。

 久しぶりにビサイドの夜空を眺めながら歩いていると、村を出て行く人影に気がついた。観光客の可能性がある、急いで後を追った。しかし前を行く人影にはなかなか追いつけず、いつの間にか浜辺まで来ていた。月明かりが照らす砂浜で、ひとり静に佇む背中に声をかける。

 

「どうしたの?」

「......この島には、妙な感覚を覚えます」

「どういうこと?」

 

 人知れず村を出た人影――シキは、神妙な面持ちを崩さずに静に目を閉じた。

 

「解りません。ただ、漠然とした違和感を覚えただけに過ぎません。お気になさらず」

 

 ビサイドで過ごして10年以上。彼のいうような違和感を覚えたことは一度もない、だけど。

 そっと胸に手を添える。

 

「信じるよ。キミの勘」

 

 あの人が――ザナルカンドから来た彼がビサイド島に流れ着いたのもきっと偶然じゃない。あの出会いも、一緒に過ごした短くもかけがえのない時間その全てに意味があった。

 

「どうして、浜辺に?」

「幻光の流れを追って来ました」

 

 先日、彼に指摘されたことを思い出し、意識を集中させる。

 地面、草花、滝、山、島中の幻光が集まりやすい海へと向かって流れ。流れ込んだ幻光は一定の間隔で寄せては返す波の満ち引きとは異なる柔らかで優雅な動きで、揺れる波の上を舞う。

 

「ビサイドの浜辺は、こんなにも多くの幻光が舞ってるんだね。キミから教わるまで知らなかったよ。他の場所もそうなの?」

「ビサイドと、あの村だけです。安定という観点では、ベベルも」

「そうなんだ。じゃあ戻ろう、明日は朝から対岸を捜索だよ」

 

 くるっと踵を返す。聞こえる足音は、ひとつだけ。

 彼は、動かなかった。ただ静に、凜とした佇まいで、空と海に融ける幻光を、ただじっと見つめていた。

 翌朝、島の峠道。

 目の前には海岸へ抜ける山道とも、村へ降りる道とも違う道なき道。人の手がいっさい加わっていない険しい斜面と、鬱蒼とした森が広がっている。

 

「ま、島の反対側は手つかずだけどよ。本気で行くのか?」

「出直した方がいいんじゃない」

「島の対岸からは登れないんですか?」

「断崖絶壁よ。海は遠浅で岩礁地帯、起伏が多くて、沿岸まで近づけないわ」

 

 ワッカとルールーから「無茶だから止めておけ」とやんわり忠告を受けたものの、遺跡らしき建造物が山の奥の方にいくつか視認できる。危険を承知で森の中を登っていく以外ない。

 

「うーん......あ、そうだ。飛空艇ならどうかな。遺跡の上に空から下ろしてもらうの」

「それはそれで無茶な方法ね」

「大丈夫、ガガゼト遺跡で経験済みだから。二人は、平気?」

「はい。ね?」

「問題ありません」

「決まり。じゃあ、港でチュアミたちの到着を待とう」

 

 港へ向かって歩みを進める。

 

「おいおい、マジでやる気かよ。下手すりゃケガじゃ済まねえぞ」

「言っても無駄よ。それに――」

「あん?」

「ここに居た時よりずっといい顔してるわ」

「......だな」

 

 背中越しの二人の会話はどこか呆れたようで、それでいてどこか安堵したような穏やかな声色だった。

 

           *  *  *

 

「どこに降りるんですか?」

「峠道付近の遺跡郡だよ。古代の遺跡は山から突き出てるから、そこを伝って島の反対側へ向かう道を切り開くつもり」

「なるほど、それで。機長さん、峠道へ行く前に島の対岸へお願いします」

「どうするつもりだよ?」

「地図と実際の地形を照らし合わせよう思って。降りられそうな場所があれば、手分けして探した方が効率もいいしね。互いの位置関係は......」

 

 クルグムは、手荷物から通信スフィアを取り出した。

 

「これで」

「場所を決めて、日暮れ前に落ち合うんですね」

「そうです」

『了解。高度を上げて旋回する。何かを掴め、揺れるぞ』

 

 機長の指示に従いシート付近の手すりを掴む。急上昇した飛空艇は大きく旋回、手すりを掴んでいても持っていかれそうになる。沈んだ谷の湖沿いを抜けて、島の反対側へ。

 

「かなり急な斜面だ、対岸は切り立った崖が続いてる。海からは専用の装備がないと登れそうにありませんね」

「予め見ておいて正解だったな」

「あ、遺跡が見えましたよ」

「あれくらいの広さがあれば降りられそう、かな? 近づけますか?」

 

 機長に頼む。遺跡のほぼ真上に付いた飛空艇は、慎重に高度を下げる。

 

『ここが限界点だ。下から吹き上げの上昇気流が吹いてる。気をつけろ』

「ありがとうございます。詳しい話しはまた、夜に聞かせてね」

 

 ブリーフィングルームを出て、搭乗口横の緊急脱出用のドアから投げようとした縄梯子を、シキが持つ。彼の隣には、マヤナ。

 

「あたしたちも、ここで降ります」

「遺跡は複数。手分けして調べる方が効率的でしょう」

「わかった。じゃあ、先に降りるね」

 

 揺れる梯子を踏み外さないように慎重に降り、ある程度の高さから飛び降りる。後からの二人も無事、遺跡の上に降り立った。クルグムたちを乗せた小型の飛空艇は当初の予定通り、峠道付近の遺跡地帯へ向かい、マヤナたちとは二手に別れる。

 調査を開始した遺跡は幾度となくシンの攻撃を受け、塩を含んだ雨風に晒され続けた足場は脆く、壁も崩れかけ。隅々まで調べるには想像以上に難航した。

 結局、奥まで調べきる前に日暮れを迎え、予め決めた場所で四人と合流。住み慣れた島内の見知らぬ島の対岸の広場にキャンプを張り、科学者アソオスとの交渉の内容について詳しい経緯を聞く。

 

「回収した辻斬りの引き渡しと引き換えに話しを聞き出しました。話しの中で、例の辻斬りを制作したことを認めました」

「やっぱり、アソオスが作ったんだ......」

「だけど、辻斬りが引き起こした通り魔事件の関与は否定してた。未完成のまま持ち出されて迷惑だったって言ってた」

「それで、回収か破壊の依頼を持ちかけてきたんだね」

 

 死者の遺体を必要とする技職の神・アルブと、必要としない科学者アソオス。二人の間には、科学力の決定的な差が存在している。微かに、二人の関係性が見えてきた。

 

「その科学者的には、本来の目的とは違うと言うことなんでしょうか?」

「バラライ議長もその点を聞き出そうと尽力したんですが、肝心なところは悉くはぐらかされてしまって。ただ、気になることを言っていました。ソフトウェアは別にどうでもいい、と」

「ソフトウェア?」

 

 聞き慣れない言葉に、自然と首をかしげる。

 

「私たちもよく分からなくて、アルベド族の子供に聞いたんです。そうしたら――」

 

 チュアミは、剣を抜いた。

 

「剣がソフトウェアで、剣に組み込んだ新システムがハードだって」

 

 ――ソフトウェアは不要。

 辻斬り本体ではなく、積んだシステムこそが、アソオスにとっては重要なもの。

 

「あ、シキ。どうだった?」

「魔物の気配はないが、違和感を感じる」

「違和感?」

「もしかして、昨日と同じ?」

 

 集中してみる。幻光の密度は、浜辺がある島の表側よりも薄い。ただ、規則性の様なものを感じ取った。どこかへ向かって流れている。流れを追って、暗い山の中を慎重に歩く。林を抜けた先は、今では湖底になった谷付近。浜辺のすぐ近く。

 

「す、スゴい。海に向かって流れ込んだ幻光で、水面と空が光輝いてる」

「確かに。幻光河ともちょっと違うな」

「ザナルカンド遺跡がこんな感じでしたよ」

「昨日と同じだね」

 

 彼は、水面に舞う幻光を見つめたまま反応を示さない。

 やがて、空を覆っていた雲の切れ間から銀色の月が姿を現した。

 水面に舞う幻光、海に反射する幻光の光に月明かりも加わり、より幻想的な風景に変えた。いつまでも見ていられる美しい景観。でも今は、のんびりしていられない。

 

「戻ろう」

 

 後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ歩き出す。

 

「あれ?」

「チュアミ、どうしたの?」

 

 足を止めて、振り返る。チュアミは、海を見て立ち止まっていた。

 

「なあ、何か変じゃないか?」

「え? 何が」

「分かんないけど、何か変な気がするって言うか......」

 

 彼と、シキと同じようなことを言っている。詳しく問いかけると、水面を照らす半分欠けた月を指差した。特別違和感は感じない。

 しかし、とある瞬間――猛烈な違和感を覚えた。

 

「今、出せる船はありますか?」

「停泊してる小船を使わせて貰おう、こっち!」

 

 桟橋を走って、小船を固定している縄を解く。

 船の定員は三人、浜辺に残ったチュアミとクルグムに指示を仰ぎながら船を移動させる。幻光の光に遮られ視認は難しい。そこへ「そこ!」とチュアミの声。船を止め、空を見上げる。

 

「......間違いない。ここだね」

「はい」

「ええ」

 

 水面に映る右半分が欠けた月、空に浮かぶ左半分欠けた月。

 水面に映る月は、鏡の様には反射しない。何かが歪めている。

 何かに導かれるかの様に二人揃って杖を持ち、月の姿を隠す行き場を失った幻光を空へと送る。

 

「ここは、いったいどこなの......?」

 

 異界送りを終えて、閉じた目を開けると、にわかには信じがたい光景が広がっていた――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission32 ~願い~

『......消えた? 消えた、とはいったいどういうことだ』

 

 通信スフィアの向こう側から、バラライの戸惑いの声が聞こえる。

 

『代われ。クルグム、起きたことを順を追って説明しろ』

 

 バラライに代わって通信に出たヌージに多少時間をかけ、先ほど目の前で起きた出来事をクルグムがいちから説明している間も、三人が忽然と姿を消した湾内を、手こぎボートに乗って捜索活動を続ける。小船らしき残骸は見つからない、沈んだとは思えない。

 

「どこに......」

 

「消えたんだ」考えても答えには辿り着けない。確かなことは小船に乗っていた三人が、乗っていた小船ごと姿を消したという事実だけ。

 

「チュアミ。一度、ビサイド村に戻ろう。ルールー村長に知らせないと」

「あ、ああ......」

 

 異界送りの影響で、渚に集まっていた数多の幻光は空に融け、幾分見えやすくなった海面に映る月明かりは異界送り前とは違い、夜空に浮かぶ半分欠けた月と同じ形をしていた――。

 

「どういうことだよ? ユウナたちが消えたって――!」

 

 ワッカとルールーも、バラライと同じリアクション。

 

「海上で異界送りを行っていた際、空に融ける幻光に包まれて消えてしまったんです」

「異界送りを? なんで、異界送りをしたの? 魔物が出たの?」

「魔物じゃなくて。海に反射してた月の形がおかしくて、それを調べようとして......でいいんだよな?」

「うん。僕たち送儀士、召喚士は、幻光を敏感に捉えます」

「反射した月の形がおかしいというのは?」

 

 動揺が走る中ところどころ横道に逸れたり、辿々しくなりながらも、可能な限りありにままを、視たままを伝えた。ワッカは眉間にシワを寄せ、ルールーは冷静に受け止めている。

 

「確かに、妙な話ね。心当たりある?」

「いや。夜にトレーニングすることはあったけど、そんなこと頭過ったこと一度もなかったぜ。ま、あったとしても余裕がなかっただろうけどな」

「それもそうね。濃度の高い幻光の集合体が幻を映した可能性が高いわ」

「そうか、シンの毒気か!」

 

 様々な人の思念を持った高濃度の幻光虫で形成されたシンに近づき過ぎると、幻光虫が持つ莫大な数の情報量に一時的に脳の処理に支障をきたす事を、“シンの毒気”にあてられたと表現される。

 

「幻光と一緒に漂う人の想いが、幻を見せた。ですがそれと、ユウナ様たちが消えてしまったことに関連があるのでしょうか?」

「......もう、三年近く前になるわ。居たのよ、シンとの戦いの後突然姿を消した人がね」

 

 ルールーの言葉を聞いたワッカは息を吐き出し、ござから立ち上がって、木箱に腰を下ろした。

 

「そいつは最初、突拍子のないことばっか言ってた。シンの毒気にやられた中でも、とびきり重症だって思った。なんせ、自分は『ザナルカンドから来た』なーんてことを平然と言ってたからな」

「ザナルカンドからって――」

「ザナルカンド遺跡からということですか?」

「いーや、古の機械仕掛けの都市ザナルカンドだ。しかも、ブリッツボールのチームでエースだったって豪語してたぞ」

 

 突拍子のない話しに、クルグムと顔を見合わせる。

 

「もちろん最初は信じなかった。シンの毒気にやられただけだってね。だけど、一緒に旅をしている間にまんざら違うとは言いきれないんじゃないかって考えるようになった。毒気にやられて記憶が混乱してるんじゃなくて『本当に何も知らない』そんな感じだったから」

「実際オレたちも、シンに接触して、マカラーニャ寺院からビーカネルに飛ばされた経験があるからなおのことな」

 

 長い間スピラの人々から不当な迫害を受けていたアルベド族のホームが存在していた、スピラ本土を遠く離れた砂漠の島ビーカネル。

 

「よし、探すぞ。相手はシンじゃない、そんな遠くには行ってないはずだ」

「今から、ですか?」

「朝一に応援を寄越すって連絡あったけど」

「それじゃ遅い」

「幻光の扱いに長けた召喚士といっても、長時間の接触は最悪命に関わるわ」

「つーことだ。行くぞ」

 

 ワッカの後に続いて家を出て、三人の捜索活動を再開した。

 

           * * *

 

「ここは?」

 

 視界に映るのは、透き通る様な綺麗な海。視線を空へ向ける。夜だったはずの空は明るく、流れる白い雲と共に青空が広がっていた。

 

「夢?」

「いえ、違います」

 

 シキの声。

 顔を向ける。彼の隣には、マヤナの姿もあった。

 

「人が観ている夢であるのなら、意思の疎通は不可能です。これはおそらく、幻光による現象と断定していいでしょう」

「幻光の。エボン=ドーム内みたいな感じなのかな? だけど......」

 

 濃密な幻光が人の記憶、残滓を記録し投影するエボン=ドームとは異なり、視界に広がる景色からは妙なリアルさを感じていた。仮にそうであるなら、別の可能性を話す。

 

「どこか別の場所に飛ばされた。キミの移動法と同じだよね」

「どうでしょう」

 

 そう言った彼は辺りを見回すと、やや眉をひそめた。

 

「幻光移動は移動先の座標を認知して初めて成立します。もし仮に同一の方法ならば――」

「ビサイドに、シキと同じ能力を持つ人がいた?」

「うーん、それはないと思う。ビサイドには私以外の召喚士はいないから。面会者の中に居れば気がつくと思う」

 

 停滞していた小船が潮に流され始めた。ひとまず話し合いを中断し、二人で炎と氷の魔法を使って風を起こし、目視出来た島の浜辺を目指して航路を取る。

 

「どこなんだろう? ここ......」

 

 無事、珊瑚礁が彩る浅瀬に到達。小船を降りて、さらさらした砂浜に降り立つ。自然豊かな島、海風、潮の香り、それらはどこかビサイド島を想わせる空気を漂わせていた。

 

「どうだ?」

「ダメみたい。ユウナさん、本部と連絡取れませんか? あたしのスフィア繋がらなくて」

「試してみるね」

 

 通信スフィアに向かって呼び掛けるも、酷いノイズが返ってくるだけで機能を果たさない。

 

「私の方も繋がらない」

「そうですか。シキ」

「探索。この島には文明の痕跡が多い」

 

 彼の言う通り、ビサイドに似た雰囲気のこの島には、無人島とは到底思えないような建造物が複数点在している。砂浜の近くにも、ベベルの都市に似たデザインの建物もある。

 復興が始まったスピラの街よりも発展した建造物に気をかけながら、島の奥へと足を進める。林道の中ふと、先頭を歩く彼の足が止まった。周囲を警戒する彼の反対側へ気を配る。木々のさざめき中、それは起きた。

 林の中から、マヤナを目がけて球体らしき物体が飛んできた。それをいち早く察知したシキは、左腕で抱きかかえた彼女を自身の背に隠し、腰の刀を抜く。一連の動作から一呼吸置いて、真っ二つに切り裂かれた球体が爆発。白と青色の破片が地面に散らばった。

 

「ブリッツボール型の爆弾!? まさか、アルブの根城......!」

「追います」

 

 彼がそう言いかけた時、歩いていた林道の先から人影が現れた。それは、技職の神・アルブ、科学者アソオスとも、配下ベドールとも違う、目を奪われてしまいそうな美しい女性。歩いてきた彼女は立ち止まると、小さく微笑む。

 

「こんばんは」

 

 挨拶に違和感を覚えたけれど、それは些細なことで。ついさっきまで明るかった周囲は突然暗転し、日が暮れた空にはいくつかの星が光り輝き出した。それはここが、現実でも、異界でもない別の場所であることを嫌でも認識させる。

 屈託のない柔らかな微笑みを絶やさない女性にどう応対すればいいか考えていると、マヤナがすっと前に出た。

 

「こんばんは。お訊きしたいのですが、この島はスピラどの辺りですか? あたしたち、乗っていた船が流されて気がついたらここに」

「そうでしたか。ご無事でなによりです。ここは、ベベルから遠く離れた南方の名も無き島。この先に、広場があります。こちらへ」

 

 不安を抱きながらも促されるまま、女性の案内で、月明かりが照らす林道を歩く。

 

「警戒は厳に。何もかもが異様です」

「うん、そうだね。ところで、対応早かったね」

 

 シキの言葉に頷き、マヤナに話を振る。

 

「ずっと旅してましたから」

「そっか。慣れてるんだね、こういうこと」

 

 夜空へと視線を移す。

 旅人の道しるべとなる星――ナイトベリーが、視線の先で一際明るく瞬いている。少なくとも、ここがスピラであることは間違い。前を歩く女性も夜空を仰ぐ。

 

「今夜は、月も星も綺麗ですね。メノウがあんなにも輝いて」

「メノウ......ですか?」

「ご存じ在りませんか? あの星です」

 

 女性が指を差したのは、夜空に一際輝くナイトベリー。

 

「あなた方はそう呼んでいるのですね。ふふっ、不思議。同じ星の下に生まれたのに。きっと1000年の月日が流れも誰かがこうして同じように、あの美しい星に想いを馳せることでしょう。たとえ、呼び方が変わっても――」

 

 一瞬、愁いを帯びた儚くも美しい表情を見せた女性だったけれど、何ごともなかったように微笑むと、止まっていた再び動かす。十分程で開けた場所に出た。樹の根元に荷物をまとめ、女性に訊ねる。

 

「島民はいないんですか?」

「ええ。先日の空襲のおり、島の外へ避難しました」

「空襲?」

「ご覧の通りです」

「えっ?」

 

 木々が繁っている林の奥には、崩れ落ちた建物の残骸がいくつもの点在し、周囲には焼け落ちた木々、焦げた臭いが鼻に付く。道中に調べた建物は多少風化した感じではあったが、ここまで無惨に朽ち果ててはいなかった。

 

「あれ? ユウナさん、うしろ......!」

「う、嘘......そんな」

 

 振り向くと、今の今まで歩いてきた道が、瓦礫と倒木で塞がれていた。

 

「ここは比較的被害規模が小さかった場所です。痛ましいことこの上ありません、戦争は――」

 

「お疲れでしょう。お休みください」と言った女性は、林の奥の焼け落ちた建物の方へと歩いていった。

 集めた枯れ枝で起こした焚き火を囲って話し合う。

 

「ここは、どこなんだろう。それに、戦争なんて。確かに、混乱はあったけど」

「過去の出来事でしょう。クシュと名乗った女性が死人なら辻褄が合います」

 

 腰の刀を差し直したシキは、寄りかかっていた木を離れる。

 

「どこ行くの?」

「彼女に真意を問います。死人だとしても説明がつかないことが多々ある」

「待って。私も行くよ」

 

 判らないこと、知らないこと、まだまだたくさんある。

 彼の推察通り、クシュが1000年前の機械戦争のことを話していたのなら近づけるのかもしれない。機械戦争以前に造られたベベルの祈り子の手掛かり、そして、同じ時代を生きた技職の神・アルブとの関連も。

 火の始末をし、彼女が向かった建物へ。暗く荒れた室内、クシュの名を呼んでも返答はなかった。

 二階へ続く階段を上り、比較的被害のない留め具が壊れた扉を開けた先に居たのは、独特な雰囲気を醸す年配の男性。

 その男性は、突然の訪問にも特段反応することもなく、腰を下ろしたまま平然と話し出した。

 

「判っている。知りたいことは、クシュが何者であるか。そして、技職の神・アルブのことだろう」

「あなたは――」

「失礼。私は、イファーナル。キミたちと同じ召喚士だ、と言っても察している通り......」

 

 男性の身体から幻光が漏れ出た。死人――。

 

「私には、叶えなければならない託された願いが残っている。だが、私はその願いを果たすことは叶わない。獣芯、アルブについて知っていることは全て教える。私の代わりに果たしてはいただけないだろうか?」

 

 二人へ目を向ける。シキは表情を変えず、マヤナは小さく頷いた。

 

「わかりました。私たちに出来ることでしたら」

 

 安堵したように小さく息を吐いたイファーナルは、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、いたたまれないほどの悲痛な表情で告げられた願いは――彼女を、クシュを殺して欲しい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Mission33 ~真実~

 広場へ戻り、焚き火を囲む。火の中の枯れ枝は時折パキッと弾ける音を鳴らし、オレンジ色の柔らかな炎が揺らめき、月明かりと共に辺りを照らしている。

 

「クシュを殺して欲しい......か」

 

 正確には、依頼主のイファーナルが召喚している祈り子像を壊して欲しい。彼女もまた、そうなることを望んでいる。そう言葉にしたイファーナルの表情はどこか諦め混じりでありながらも、いたたまれないほどの悲痛な表情だった。

 

「どうしましょう?」

「そうだね」

 

 体育座りをしたのまま、夜空を仰ぐ。ビサイドから見る夜空とよく似た満天の星空の中、ナイトベリーが一際明るく瞬いている。

 

「彼女......クシュは、あの星を『メノウ』と、古代ベベルの名称で表しました。老人の願いは抜きにしても、彼女は探していた機械戦争以前の記憶を持ったベベルの祈り子。そして、終戦後も召喚され続けていた。接触する価値は充分あると思われます」

「うん。訊いてみよう、クシュの話。同じ時代を生きていたなら、アルブのことも何か知ってるかもしれない」

「はい」

 

 火の始末をして、イファーナルを訪ねる。退室した時と同様、建物の一室で座っていた彼は、静に顔を上げた。

 

「どうやら、決断してくれたようだね」

「はい。あなたの望み通り、クシュの祈り子像を壊します。教えてください。クシュのこと、あなたのこと、技職の神アルブのことを」

 

 イファーナルは小さく頷く。

 

「ああ、どうにせよ少々時間がかかる。私の知っていることを話そう。クシュを祈り子としたのは、この私だ」

「ベベルにも、祈り子を造れる技術があったんですか?」

「ある程度の力を持つ召喚士ならば可能だ。言葉で説明するのはいささか面倒だな」

 

 突然、頭の中にイメージが浮かんだ。思わず顔を背けてしまう。頬が、身体が熱を帯び、鼓動が少し激しくなっている。

 

「ああー、すまない。私が知っている一番簡潔な方法がそれなんだ。手段はどうあれ、なり手と使い手が同じ精神状態であればいいと理解すればいい。今見せた方法では、ザナルカンドの住民すべてを祈り子とするのは到底不可能なことだろう」

 

 見せられたイメージは、男女の営みのような映像。

 確かにそれでは、数万、十数万の民を一度に祈り子とするのは不可能な方法。ザナルカンドの指導者エボンと、その娘ユウナレスカは、イファーナルのイメージとは別の方法を用いて祈り子を造り出した。

 

「まあ、それは然したることではない。これから話す経緯に必要な知識だとでも思ってくれ。私がクシュを祈り子にしたのは、機械戦争末期のこと。ザナルカンド軍は、スピラの僻地にまで侵攻していた。狙いは、ベベルの招喚士。複数の召喚士が身を隠していた島は、当然のことながら攻撃目標になった」

 

 スピラ辺境に位置する名もなき島は、ザナルカンド軍の飛空艇からの空爆、戦力が続々と送り込まれた。しかし、ベベルにとって召喚士は貴重な存在。島の中心に位置するこの建物を拠点に防衛線を築き、瞬く間に激戦地へ。劣勢の様相を打開すべくベベルが開発していた新兵器の完成間際それは起きた。

 

「アルブの反逆。ベベルが研究・開発していた偽装ベドールが実戦導入され、召喚士が身を隠してた施設を襲撃した。偽装ベドールはベドールと区別が付かない様にベドールと同じ体格、全身を防護服で覆い隠した人工的に造られた人型機械兵器。キミたちを襲ったブリッツボール型爆弾も、アルブが考案した兵器だ」

「この島、アルブの残党もいるんですか?」

「いいや、ここには私とクシュ以外は存在しない。あれは、一時的に防衛策に使っていただけのこと。ここは今、とある事情で存在そのものが不安定な状態が続いている。勘づいているとは想うが、この島は現実ではない」

 

 イファーナルが、1000年以上招喚し続けている島。

 戦時中のビサイドがモデルのこの島は、ビサイド近海に融ける無数の幻光を利用して召喚された島。島は巧妙に隠され、本来なら部外者が足を踏み入れることはないはず......だったのだが。

 

「幻光が急激に安定し、この島の維持どころか、私自身が異界へ送られかけた」

「異界へ? それって――」

 

 自虐的に小さく笑ったイファーナルは、マヤナを見る。

 

「その扉を開けてみたまへ」

「あ、はい」

 

 マヤナは、入り口とは別の扉を開ける。扉の向こう側は、何もない空白が広がっていた。

 

「半ば未練を諦めかけていたとはいえ。大した召喚士だよ、キミは。さすがは――いや。あの異界送りで、島の約1/4を持っていかれてしまった。時間や天候にも影響が及んだまま修繕しきれていない状態だ」

「えっと......」

 

 何かを言いよどんだが、それ以上に自身の異界送りが島を、イファーナルの存在にまで影響を与えていたことに戸惑うマヤナを後目に、彼は話を続ける。

 

「そういった事情で時折、現実世界と召喚世界を隔てるバランスが崩れてしまうことがある」

「私たちは偶然、バランスが崩れて出来た境界線の裂け目を通ってこの島に来た」

「しかし、訪れた者がキミたちでよかった。お陰で短期間の間に再び相見えることが出来る、あの男......秩序の神・ヴァルムと」

「ヴァルム!?」

 

 アルブ配下、片手がないベドールが口にした言葉。技職の神アルブと同じ神の冠名を与えられた、いにしえのベベルの民。

 

「ヴァルムとアルブの関係は、ヴァルム本人に訊きなさい。私は所詮部外者にすぎない」

「ヴァルムは今、どこに居るんですか?」

「ビサイド付近、ヤツはベベルに身を置いている。今も、昔も。今度こそ決着をつける、そのためにもクシュを――永遠の夢を終わらせてくれ」

 

 クシュの祈り子像の場所とヴァルムの特徴を聞き、建物を出る。外はもう朝で、柔らかな日差しが辺りを照らしていた。建物の外にも、広場にも、クシュの姿は見当たらない。今この場所で話すことは諦め、島に上陸した際に船を付けた砂浜へ向かう。

 

「ヴァルムは秩序の神の総称で本名は、ブライア」

 

 先日シキと一緒に閲覧した、ベベルの関係者名簿に載っていた名と同名。外見の特徴は実際ブライアと話したことのある、二人の記憶とほぼ一致していた。

 ベベルの兵士として機械戦争で奮闘したブライアは今も、昔も、ベベルに身を置く男性。

 

「アルブとヴァルム、イファーナルとブライアの因縁......」

「エボナーの集落で遭ったベドールも、ヴァルムと何かあったみたいでした」

「何があったんだろう。1000年前、この島で――」

 

 立ち止まり、振り返る。ビサイドによく似た島。

 ここで四人の間に何が起きたのか、それを知ることが出来れば何かが変わる、何故かそんな漠然としたことが頭を過った。

 

「境界線です。しっかり掴まっていてください」

「うん、戻ろう。私たちの世界に――」

「はい」

 

 イファーナルから聞いていた通り、入り江に出来た裂け目を潜り抜けた。

 

           * * *

 

「本当にここに居るんだよな? あの科学者」

「たぶんねぇ。あれから移動してなければだけど」

 

 ユウナたちが姿を消したと報告を受け、手掛かりひとつ見つからないことに緊急を要す事態と判断したスピラ評議会議長のバラライは、本部とベベルの警備の任にあたっているパインとリュックに特命を送った。

 特命は、科学者アソオスとの接触、協力要請。

 当然のことながら渋った二人だったが、通信スフィアが繋がらない今、何も手掛かりが掴めない以上藁にもすがる思いで了承。エボナーの集落で回収した人造兵器を引き渡したキノコ岩街道の崖下、封印された洞窟へと向かった。

 

「てかさ、どうやって行く?」

「強行突破以外にあるか?」

 

 扉前の広場には、複数の人影。

 その人影は、銃火器を使って扉を破壊しようと試みているが、固く閉ざされた扉はびくともしない。

 

「アルブの手下......ていうか、あれって遺体兵器だよね?」

「おそらく、な。手をこまねいてて仕方ない。あれはわたしが引き受ける。扉は任せる」

「りょーかい。んじゃあ、行くよ。ワン、ツー、スリー!」

 

 合図で飛び出す。ゴーグルを掛け、閃光弾を投げる。

 人影の中で破裂した閃光弾の影響で、辺りが眩しく照らされた隙に乗してパインが切り込む。

 

「どれくらいかかる!?」

「わかんない! これで開けばいいんだけどっ!」

 

 先日の取引前、扉の解除に必要なスフィアのデータを移植ダミースフィアを、スフィアを収める窪みに設置していく。そして、最後の一個を嵌め込んだ。

 

「どうだ!?」

「うーん、やっぱダメっぽい!」

「くっ! とりあえず始末するぞ」

「了解!」

 

 連携攻撃で一体一体確実に機能を停止させ、最後の一体の胸部をパインの剣が貫き、現場を制圧。座り込んだリュックはため息をつき、パインはいたたまれない表情で眉間にしわを寄せる。生者ではないとはいえども、生身の人間を斬ることは戦闘慣れした二人にはまだ葛藤が伴う。

 そんな二人の心労を余所に、固く閉ざされた扉が内側から開いた。洞窟から姿を現したのは、接触を図ろうとしてた科学者その人。

 

「騒がしいと思えば、キミたちか」

「ふぅ......まさか、自分から出てくるとはな。お陰で手間が省けた」

「ちょっと、どうせわざとでしょ!」

「さて、なんのことやら」

 

 二人にアルブが差し向けた刺客を始末させたことを惚けた様子で流し、壁に寄りかかったアソオスは腕を組む。

 

「それで、僕に何か用かな?」

「ユウナが消えた、ビサイドで」

「へぇ、それで?」

 

 軽い受け答えに対し、斬り掛かろうとするのを堪えながら用件を伝える。

 

「探してる、通信スフィアが通じない」

「三人が居なくなった時、海岸で大量の幻光が溢れてたって話。んで、幻光を操れるチイなら何か知ってるんじゃないかと思ったわけ。ユウナたちがビサイドへ行くの、チイが仕向けたんでしょ。これ、バラライから正式な協力依頼の書状」

「議長閣下直々にねぇ」

 

 受け取った封筒を指先で遊ばせる。読む気は一切感じなかったが、予想外の返事が返ってきた。

 

「ま、暇つぶしにはなるかな。大召喚士様のお供は、議長閣下殿に随伴した二人?」

「違う。別の召喚士とガードだ。お前も知ってるだろ」

「なら、ボクが出る必要はないね。その内出てくるでしょ」

「どういう意味だ?」

「知識は強力な武器。何でも簡単に答えを得ようするのは愚かなことだね」

「だったら吐かせる。力も強力な武器だろ?」

 

 構えた剣の切っ先を向けたパインを、通信スフィアを持ったリュックが止めに入った。

 

「ちょっと待って! うん、わかった。了解、すぐに行く。ユウナんたち、見つかったって」

「ホントか?」

「全員無事だって。スピラの祈り子の在処もわかったってさ。それから、ヴァルムの意味も。アルブと同じベベルの神だって」

「ベベルの神、ヴァルムは人の名前だったのか。スピラに留まる死人か」

「ふむ」

 

 二人のやり取りを聞いたアソオスは考え込む素振りを見せ、やや落としていた視線を上げる。

 

「そっちの破廉恥な格好の人」

「誰か破廉恥さ!」

「返事したから、リュックだな」

「あー! ズルい!」

「で、何だ? お前の言った通り、ユウナたちは自力でビサイドへ戻ってきた。わたしたちの用件は済んだ」

「どうでもいいよ、それは。わかっていたことだからね。ボクが訊きたいのは、あの人、アルブは“呪縛”を解いていたかな?」

 

 質問に答えられないでいると、アソオスはひとり納得した様子で腕を組んだ。

 

「囚われたままか。仕方ない、邪魔されると面倒だし。至急、大召喚士様に取り次いで。一緒に行動してる女の子の召喚士を、ビサイドの獣芯と会わせないように」

「マヤナのこと? どうゆーこと?」

「お前の企みに手を貸すつもりはない。それが、人造兵器の引き渡し条件のハズだ」

「ボクとしても面倒だけど、結果的に困るのはキミたちも同じだよ。あの人――技職の神アルブは、秩序の神ヴァルムを討つつもりだね。ビサイドは、戦場になるよ」

「ふえっ!? じょ、冗談だよね......?」

「ここに転がってる、キミたちが倒した遺体の性能向上してたでしょ。奪取された人形のデータを元に改修されたんだろうね。おそらく、量産化も進んでる」

 

 苦労して倒した兵器の量産化。それらをつぎ込んでの総力戦。被害の規模は計り知れない。

 

「ど、どうしよう? ねぇ、パイン」

「......仮に事実だとしても、マヤナと祈り子を会わせないようにする理由にはならない」

「そうも言っていられないんだよね、これが。秘密を守れるのなら話そう。洩れたら関係者はすべて始末する」

「リュック、録音止めて」

 

 毎度の軽口ではないと断定したパインは、懐に忍ばせていた小型スフィアカメラを地面落とし、踏み潰した。

 

「ハァ、りょーかい」

 

 ギップルと繋がったままの通信スフィアを止め、パインが壊した物と同型のスフィアを地面に叩きつけた。

 

「満足か?」

「デタラメだったら請求するからね!」

「オーケイ。では話そう。あの子は、ただの召喚士じゃない。無論、送儀士でもない。まだ覚醒してはいないようだけど、彼女は――」

 

 アソオスの口から語られた真実。

 マヤナは、星を継ぐ者の末裔――星詠みの巫女。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。