銀河英雄伝説:改新篇 (松コンテンツ製作委員会)
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第一章「皇帝万歳!」
第1話『ラインハルトとヤン』
自由惑星同盟軍元帥ヤン・ウェンリーは銀河の覇者に対峙して仰天した。彼の要求が意外すぎて思考が追い付かなかったからである。
こうべを深く垂れて銀河帝国軍最高司令官が紡いだのは、
「予の対等な友人になってほしい」
とのことである。
「どうぞ」
エミールがヤンの前に差し出したのは、コーヒーではなく紅茶だった。
言うまでもなくヤンの好物である。それが彼の態度を軟化させたのだと後世の歴史学者は言う。
あるいは銀河を股にかけた一大叙事詩はこの瞬間に分岐し、
ラインハルトは他人に頭を下げる、それは確かに銀河帝国軍の規律として上官に頭を下げたことはあっただろうが、主体的に頭を下げようと心から思ったのはこの時がほとんど初めてであっただろう。
まして幼年学校で拝跪を命じられた時とは違う……いや、何が違うのだろう。拝跪させられるのが嫌だから拝跪を命じることのできる銀河の覇者にいつしか自分はその立場を置いていたのだ。
覇者にこそなれたが、姉を遠ざけ、友人を死なせた。
──民主主義とは対等の友人を作る思想であり、主従を作る思想ではないからだ。
それがヤンの理解者の信念であった。
征服し、打ち負かし、敗者の屍の上に玉座をしつらえふんぞり返る生き方にラインハルトの気高き魂は近年違和感を唱えていたのである。
傍らにいる
漆黒の軍服が前傾姿勢で軋む。ダブルボタンだから余計にだ。
自分に差し出された紅茶の水面が儚く揺れる。堪えきれなくなり目を開けると、ヤンはばつが悪そうに笑っていた。
「はあ、余生は帝国マルクで相当額の年金を頂け、図書館に籠ることをお許しいただけるのであれば」
「ほう、で、返事は」
ヤンはフレデリカが困惑した理由にやっと気づいた。
行動力に富むラインハルトと思考力に富むヤンウェンリーの生き方の違いを端的に象徴していた。
「え!? イエスです。イエスです閣下」
……そのやり取りを帝国宰相首席秘書官たるヒルデガルト・フォン・マリーンドルフは扉越しにメモを取る。そこへやって来たのは彼女のカウンターパートにあたるフレデリカ・グリーンヒル少佐である。女性の武器ではなく、共に知略で常勝の天才と不敗の魔術師を支えた才媛であった。銀河の歴史は彼女らの代理戦争と呼んでも差し支えないだろう。
「マリーンドルフ中将、初めてお目にかかります──」
木目調の廊下のソファーでノートパソコンでメモを取るヒルダに遠慮がちにフレデリカが声をかける。
しゃっちょこばって敬礼するフレデリカにヒルダは笑ってみせる。
「あら、あなたのことは存じていますわ。上官どうしが友人になるのですもの。私たちもそれに倣いましょう」
「ありがとうございます、えと、ヒルダさん」
「ええ、フレデリカさん」
銀河帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥と、自由惑星同盟軍ヤン・ウェンリー元帥との間に友情が結ばれたのは、停戦が発効してから二十四時間が過ぎた時である。
それまでに至る道は、帝国軍人と同盟軍人の血で赤く塗装されて……
* *
戦艦ブリュンヒルトが首都星ハイネセンへ降下していく──
ラインハルトの提案と時を前後し、この時パウル・フォン・オーベルシュタイン総参謀長はラインハルトに謀略を持ちかけた。それは奇しくもかの悪名高い政治屋ヨブ・トリューニヒトの構想していた、銀河帝国への議院内閣制の導入と本旨を同じくするものであった。
そのためにラインハルトはトリューニヒトとの面談を余儀なくされたのである。
今やラインハルトの大本営とヤン艦隊の司令部が同居する、地球がまだ緑だった頃富豪らが乗っていた旅客機のファーストクラスというべきところの革張りのシートでラインハルトは叫んだ。
「会わぬ!」
ラインハルトはユリアン・ミンツの淹れてくれた紅茶を一気飲みする。
「と言われましても。同盟における最後の文民指導者ですわ」
すっかり友達となったヒルダとフレデリカは到着後の段取りを詰めていた。
「あ、フレデリカさん、凱旋のプランの立案をお願いします」
「はい、既にできております」
「ふふ、ありがとう」
ラインハルトの前にも関わらずヤンは靴を脱いで本を読んでいる。
「いやはや、トリューニヒトが首班指名とはね」
「ヤン元帥、何か勘違いをしているようだがあの下衆に首相の名誉は与えぬ」
「はっ!?」
「え!?」
「え」
彼ら一行がめざすもの、それは──ヤン・ウェンリーを文民の首相とする、銀河帝国への議院内閣制の導入であった!
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第2話『ようこそカイザー』
二次創作筆者の解釈が正しければ、この物語の原典は最悪の民主主義と最高の専制主義の対立軸に宗教、経済、軍事、思想、さらには恋と友情を横糸と位置付けてよいのであれば銀河を股にかけた
その主人公たるや、ラインハルト・フォン・ローエングラム。
それを理知的な視点で見届けるのが、ヤンウェンリーその人である。
両人のどちらもが、過去より未来に多くの可能性を持つ年齢であった……そうだったはずであるが、ふたりは若すぎる年齢で命数を使い果たす。その悲劇に対して、筆者は一種のアンチテーゼを投じあり得たかも知れぬ未来をここに書き記すのである……その物語、その名は──
《 銀河英雄伝説二次創作:改新篇 第一章『皇帝万歳』─Ⅱ─ 》
……銀河帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラムの乗るシャトルがハイネセン衛星軌道上を遊弋する艦隊旗艦ヒューベリオンに着艦した時、多くの同盟軍兵士が見物、いや、野次馬に群がっていた。この部隊が自由惑星同盟軍の中でもさらに軍規に緩いヤン艦隊であることに下士官兵は感謝し、まるで芸能人が来たかのようにラインハルトを迎えたのである。歓喜とは少し違う庶民感覚でのにぎやかな歓迎だった。
ポプランはウイスキーの瓶片手に顔を赤らめながら、
「くたばれカイザー!」
とんでもないことを言い放った。
キスリング大佐の視線が痛い。
「おい!」
「いって!」
憲兵総監ウルリッヒ・ケスラーが目をするどく細めブラスターを抜く前にアッテンボローがポプランのうなじに手刀をお見舞いする。
「す、すいません、どうもこいつは反骨精神豊かなようで」
ビッテンフェルトが拳を宙に浮かべ、ケスラーがため息をつき、視線で主君に判断を仰ぐ。
「よい。予は大帝ルドルフになるつもりはない」
もはやルドルフは帝国と同盟の共通の悪人の代名詞となっていた。そして悪人の代名詞と言えばもうひとり、
「よいのですか?」
「くどいぞオーベルシュタイン。この酔っぱらいは酒の勢いでつい本音を漏らしたのだろうがたった今上官による鉄拳制裁を受けたではないか。よって不問とする」
「ぶっ!」
「くくく」
同盟軍の若い兵士がつい噴き出した。
「も、申し訳ありませんでした! 金髪のこz──」
アッテンボローが慌てて口を塞ぐ。
「──き、金髪の閣下!」
今度はミッターマイヤーが目を見開き頬を膨らませた。
「ふむ、気に入った。小僧から閣下か」
ラインハルトは白皙の顎に手をやり、大真面目に頷く。
「「えっ!」」
同盟軍と帝国軍が驚く。
「(はて、ラインハルトはこんな性格だっただろうか?)」
とオーベルシュタインの義眼は文書を差し出しながら脳に送信するデータを機械的に逡巡していたにちがいない。
「御意。私がいなくてよろしいのですか?」
「卿がいると話がこじれる」
オーベルシュタインの死角で帝国軍将官が静かに頷くのを見てヤン艦隊の主要幹部が義眼の参謀の評判を理解した。
ヤンは咳払いする。
「では閣下、私の執務室にご案内します」
ラインハルトの二人目の友人はおさまりの悪い黒髪をベレー帽におさめ、いまいち一本芯の通っていない背筋で彼を先導していく。
……キルヒアイスが生きていたら何と言うだろうか。
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第3話『銀河帝国民選首相構想』
常勝の天才と不敗の魔術師は政治という共通の話題を見つけ議論を戦わせていた。
あらゆる図書と辞書が山積みにされた人類数千年分の叡知の海の中でラインハルトがコーヒーにクリームを落とし、ヤンが紅茶にレモンを絞る。
飲み干したいくつものカップをユリアンとエーミールが片付けていく。どちらの主君も生活人としてはいまいちだったからふたりの侍童は意気投合する。
「初めての赴任地、極寒の雪山でキルヒアイスと夜を明かした時、このように甘い姉上のコーヒーがほしくなったものだ」
「グリューネワルト伯爵夫人とキルヒアイス提督のお人柄は存じております」
ヤン・ウェンリーは最大のライバルの思想背景を的確に分析していた。彼は紅茶に映る自分の顔を眺めながら続ける──
「宇宙をさすらう商人の息子の私にはたとえふたりでも待ってくれている家族が物心ついた時からいてくれるのは嬉しいものです」
ラインハルトは苦々しい笑みを浮かべ、ソーサーにコーヒーを置く。
「あの時は物理的に寒かったが、最近まで心理的にも寒かった。俺は寒かったのだ。だが、卿を予の友人に迎えて何か空虚な心が満たされた気がする」
「それは何より」
「卿には夢はあるか?」
「退役したら、暖炉の前で椅子に揺られながらブランデーをたしなみ、読書にふけることですね」
「ある日には姉上と俺を混ぜてもらおうか」
コーヒーと紅茶を飲んだふたりは深い息をつく。
「さて、銀河帝国と自由惑星同盟の違いをいちおう整理しておくが……」
「はい、閣下」
ヤンは威儀を正すと、ラインハルトはかぶりを振った。
「閣下はよせ」
キルヒアイスぐらいにしか閣下抜きは許してはいなかったはずだが。
「は、はあ」
「いずれ卿は皇帝たる予と同等同格の首相として民意を代表し、時に予の施策を民主共和主義者の立場で修正しつつ実行する真の民主主義をこの自由惑星同盟に押し広げてもらわねばならぬのだからな」
ヤンは開きかけていた分厚い本を一旦閉じ、目の前の専制君主を見据えた。その本の名は──日本国憲法。
「私をトリューニヒトの後釜に据えるということですか?」
トリューニヒトをわざわざ敬称や肩書きで呼ばなくていいという合意はふたりの英雄にこの短時間で形成されていた。それはラインハルトもわかっていたからその答えはトリューニヒト云々ではなく、
「敬語など無理に用いなくてもよいのだぞ」
口調にのみ答えられたことにヤンは焦らされた気持ちになりながら、
「では遠慮なく──ラインハルト、君は何を僕に望む」
ヤンが背もたれから身を起こし、敬語抜きで真剣にラインハルトに向き合う。
エーミールの動作がぴたりと止まり、主君の一挙手一投足を見据える。
「ヤンウェンリー。卿を自由惑星同盟領総督に任じよう」
ラインハルトのその台詞は大昔の地球の中東のとある王国で芸術の才能以外は有能な地方領主を幼い王子が幕僚に登用するかのごときものだった。
「そ、総督ですか!?」
沈着冷静なヤンの代わりに若いユリアンがすっとんきょうな声を上げる。
その一方でヤンはラインハルトの政治的センスに唸った。
「総督と言えば弁務官よりも重みのあるポストで、同盟領現地の意向に添いつつ監督するニュアンスが生まれる」
「閣下、私からもよろしいですか?」
「どうぞフロイライン」
「例えば、かつて地球では大英連邦がカナダの総督を任命するが、その総督はカナダの民が選んだと聞き及びますわ。カナダには議会が公選した首相と、英国国王が現地人から任命する総督がおります。つまり──」
ヒルダの話の結論はヤンがコーヒーを啜りながら答えた。たまにはコーヒーも悪くないだろう。
「ははは、今の最高評議会議長を首相に見立て、総督たる僕と共倒れさせるわけだね?」
「ヤン、なにやら誤解しているようだが私は卿を愚劣なトリューニヒトの贄として捧げるがごときを望まぬ。卿には次の仕事がある」
「は?」
「総督として人脈と政治権力を蓄え、同盟が崩壊したのちは銀河帝国初代内閣総理大臣としてヤン政権を組閣せよ」
「ははは、それでは先程申しましたゆっくり年金生活を送る夢が」
「総督の間はお飾りでいい。ヤン艦隊には有能な事務方がいるではないか」
キャゼルヌが盛大にくしゃみする。
「総督を務めている間に気が変わるかも知れませんよ」
「なら気が変わるまで務めてくれ」
「はあ、」
ヤンは再び背もたれにぐったりと沈みこんだ。
「気楽にやってみますよ」
……奇しくもそれはトリューニヒトの構想と同じだった。
* *
同盟首都ハイネセンの市街地、商業施設に立体映像であの忌々しいトリューニヒトのしたり顔が映る……
公共放送キャスターが淡々と告げる。
『この時間は情報交通委員長による帝国軍侵略に関する会見をお送りする予定でしたが、急遽最高評議会議長による緊急会見がセッティングされましたのでノーカットでお届けします。以降の番組では引き続き特番をお送りいたします』
トリューニヒトは前で軽く手を組み、画面の向こうの大衆が静まるのを待つ。
『え~。卑劣なる銀河帝国の首都奇襲攻撃から一夜明け、我らミラクルヤンの活躍により、ラインハルトフォンローエングラム帝国宰相より最大限の譲歩を引き出しました』
……というのを、ラインハルトとヤンは仲良く会議室のソファーで座りながら見ている。
「おや、ヤン提督は話を受けただけですぜ」
ポプランが左肘をテレビにもたれながら右手をぴらぴらと振った。
「トリューニヒトの噂は本当だったようだな」
ロイエンタールがワインを一口。
「いや~同盟の元首がこれとは嘆かわしい。こいつなら帝国に戦犯として差し上げますよ」
「利用価値がない」
一蹴したオーベルシュタインにヤン艦隊幕僚が爆笑した。
トリューニヒトは続ける。
『先ほど通信が入りましたところによりますと、我らのミラクルヤンは帝国に総督として指名されました! 救国の英雄の手により自由惑星同盟の主権は辛うじて保たれたのです』
「やれやれ、ヤンウェンリーさんは随分と出世したようだね」
救国の英雄とやらはため息をつき、ベレー帽をかぶり直した。
「行くぞヤン、俺たちの手で新しい政治をやろう」
「ああ、頼むよラインハルト」
青空に海の稜線が淡いブルーのコントラストを紡ぎ、大気圏突入シークエンスを終えたブリュンヒルトとヒューベリオンが新天地の都に降りていった……
この時、宇宙歴七九九年。帝国歴四九〇年。
ヤンウェンリー政権構想が、ここに始まる──
(第一章『皇帝万歳』)
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第二章「ミラクルヤン」
第4話『敵はヒマラヤにあり』
ラインハルトが自らの政治軍事の実力で玉座にたどり着き、自らの手で冠を若さみなぎる金髪に戴いたのは六月二二日。
バーラトの和約ののちに銀河帝国と自由惑星同盟では政権交代が同時進行していた。
帝国では同世代の中で最も大きすぎる肩書きを背負うこととなった乳児からラインハルトに譲位。ここに古く澱んだ王朝の血は入れ替えられ、若く活力に満ちた獅子帝の即位に民衆は熱狂したのである。
マリーンドルフ伯を国務尚書とする機能的でラジカルな組閣人事が公布され、帝国と同盟、特に同盟がおののいた。
同盟の英雄ヤンウェンリーを介して銀河帝国に間接統治されることとなったその自由惑星同盟中央政府の人事だが、ミラクルヤンというサプライズ人事のほかはおおむね留任となった。
すなわち、帝国軍人と同盟市民は今後しばらくはトリューニヒトの高慢不遜な面を拝まねばならぬのである。
同盟の五つ星ホテルを居抜きした自由惑星同盟領総督府においては、帝国側の政治的な補佐職であるレンネンカンプ高等弁務官、そして同盟においての事務的な補佐職であるキャゼルヌ事務局長、加えて私生活では妻である副官フレデリカ・グリーンヒル少佐と被保護者ユリアン・ミンツに挟まれ、文民としてのヤンの第二の人生が幕を開けた──!
《 銀河英雄伝説二次創作 銀河英雄伝説:改新篇 第二章『ミラクルヤン』 》
……そのような新体制にあって、総督府総督執務室の最初の来客は自由惑星同盟アイランズ国防委員長であった。
入るや否や立ち話で押しきろうとする国防相閣下にフレデリカがソファーを進め、ユリアンが濃い目の紅茶を出す。ふたりが同席を遠慮しようとするとアイランズは制し、皆をソファーに座らせた。その中にあってキャゼルヌが逐次メモを取る。
「ヤン元帥。私は国防委員長として制服組をバックアップするつもりが、最後まで最高評議会を統御できなかった。謹んでここにお詫びする」
「そんな、顔を上げてください!」
ヤンの幕僚たちが顔をはねあげ、ユリアンが若者らしく思いを口にする。
「私の目的はただただ、この自由惑星同盟の主権を守ることにあって、まして他意があったわけではない。何卒ご了解願おう」
アイランズは紙袋を差し出した。
「これはかつて地球のスリランカで採れていたオレンジペコを受け継ぐ茶葉らしい。私には紅茶の味がよくわからないので手土産にと思ってな。ところで地球教の連中は紅茶を嗜むのかな?」
何か重要なヒントを与えられたとヤンの戦略眼が見開かれた。
「では私はこれで。最高評議会の閣議があるのでな」
* *
閣議を終えたトリューニヒトはガラス張りの最高評議会ビルから下界を見下ろしていた。たしかに彼に取って同盟市民らは自身に票を献上してくれる愚民でしかないのかも知れない。
のちにユリアンが戦慄する驚愕の事実だが、トリューニヒトはこの時既に『銀河帝国初代首相』となる野心をたぎらせていた。
その票を分散してしまうライバルがとうとう現れた。言うまでもない、ミラクルヤンである。
ヤンはこの先、本人の預かり知らぬところで政局に巻き込まれるのである。
二次創作のこの物語はラインハルトとヤンの友情という分岐点を経て、ヤンとトリューニヒトというふたりの政治家の政局劇への第二章の幕を開ける。
内務警察官僚出身のトリューニヒトはヤンを監視する旨命じた。
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第5話『国防委員長人事』
銀河帝国正統政府軍務尚書ウィリバルト・フォン・メルカッツが自由惑星同盟首都星ハイネセンに召還されたのはその年の八月十五日である。
老将のカウンターパートが自殺したからだ。
アイランズ国防委員長の死因は拳銃による即死だった。遺書は発見されなかった。その内容がトリューニヒトと地球教の癒着を告発し、糾弾するものであったからである。
同盟一般には過労による自殺と告知された。間違ってはいない。確かに間違ってはいないが、その過労の原因はトリューニヒトとヤン艦隊の板挟みによるものである。
* *
総督執務室に現れたトリューニヒトはつらつらと能書きを垂れたのちに、後任の国防委員長の人事リストをヤンに提出した。
ヤンはぱらぱらと目を通してため息をついた。すべてトリューニヒト派だ。査問会の面々まで紛れ込んでいる始末だ。
「実は国防委員長はもう決めていましてね」
「ほう? 誰です?」
「メルカッツ
トリューニヒトは口を歪めたが、丁々発止の政治権力闘争で培われた忍耐力で感情を封殺し、肩をすくめる。
「仕方ありませんね総督閣下。その代わり銀河帝国の初代首相の栄誉は私に」
「地球教の組織票を使って、ですか?」
「これは穏やかではありませんな」
慇懃に閣下、閣下と呼びあうふたりの目は笑ってはいなかった。
「グリーンヒル大将によるクーデター鎮圧後の式典で、文官と武官代表でのあなたとの握手がセッティングされた時のことを覚えていますか?」
「ええ覚えていますとも。総督閣下はえらく不機嫌でしたがね」
「あの時、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの気持ちがわかった気がしたんです。熱狂する大衆に、自分が政治家になった方がマシだとね」
「ふむ、私も否定はしませんが」
「だからこそ決めました。私は平凡人ですが、少なくともどっかの誰かさんよりは銀河帝国の初代首相とやらに向いている──公的な地位につくことで誰の手出しも許さず、救国軍事会議議長を父に持ち自分を査問会から救ってくれたフレデリカを生涯の伴侶に迎え、生涯かけて守り抜くとね!」
トリューニヒトはヤンにぐいと手を伸ばし、力のこもらない握手を大げさにふった。
次の瞬間、お互いに消毒用アルコールに手を伸ばし、乾いた笑いをもらす。
ヤンウェンリーとトリューニヒトの唯一一致できる点だった。
ハンカチで手揉みしながらトリューニヒトは問う。
「……で、その初代首相はどういう段取りで選ばれるのです」
「帝国に、衆議院と貴族院からなる二院制の議会の開設を要求します。貴族院は帝国封建体制を代表し、衆議院は自由惑星同盟議会を母体とします」
「ほほう。当然首相は衆議院ですよね?」
「無論です。閣僚の過半数は同盟出身者から選ばせます」
「結構。選挙の詳細は地域社会開発委員会で詰めておきますよ」
トリューニヒトはゴミ箱に自らのシンパが並べ立てられた国防委員長推薦リストをぶちこみ、背中で返事し、そそくさと退席した。
……タイミングを見計らってフレデリカとユリアンが執務室をノックする。
「空いてるよ」
「総督、そろそろお昼にしません?」
フレデリカの手にはバスケットが握られていた。
* *
総督閣下はホテルの美食に贅を尽くすよりも心の許せる家族と庭園で食べる食事が大好きだった。
……青空に雲がながれゆき、草花が萌え、爽やかな風が顔をくすぐる。フレデリカが作ってくれたサンドイッチをかじり、紅茶を口に含む。
ヤンも、フレデリカも、ユリアンも、この満ち足りた時間がいつまでも続けばいいと思う。
ユリアンは結婚するにはまだ早かったが、ヤンとフレデリカの仲を邪魔するほど野暮でもなかった。
ふたりの結婚式は間もなくである。
「そういえば総督、結婚式にカイザーとトリューニヒト議長が出席したいと言っていましたけど!」
「ぶっ! げほげほごほ」
フレデリカが二杯目の紅茶を差し出しながら訊ねる。
「初耳だったんですか?」
公的な地位についたおかげで地球教や憂国騎士団やついでにトリューニヒト派のテロからは免れて得ていたものの、今度は別の悩みの種だ。すなわち今後はVIPとさての立ち振舞いが要求されるのである。
ヤンは自由惑星同盟首都星ハイネセン越しに銀河帝国帝都オーディンの玉座のラインハルトをねめつけた……
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第6話『ヤンの結婚式』
銀河帝国皇帝ラインハルトの初の行幸啓はキュンメル男爵領と定められていたはずだが、病気の体を押してキュンメル男爵をも呼び込み座乗艦ブリュンヒルトが自由惑星同盟首都星ハイネセンに寄港し、ヤン総督夫妻の結婚式に列席することが決められたのである。
地球教にとってみれば、キュンメル男爵をけしかける皇帝爆殺の舞台をしつらえる目論見が失敗した代わりに、互いに利用する関係のトリューニヒト政権を維持できた形だ。
あ、く、ま、で、舞台が変わっただけである。
高砂席に訪れようとしていたのは自由惑星同盟政府高官も同様であった。最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトに退役元帥アレクサンドル・ビュコック。そして同盟新国防委員長ウィリバルト・フォン・メルカッツである。
結婚式は西洋の儀礼の通り行われ、披露宴へと進む。
エルファシルの英雄に
「カイザーラインハルト陛下。ヤン総督のことですが──」
銀河帝国皇帝に対し、肩書きと名と陛下で呼ぶのは民主共和主義者としてのトリューニヒトの自我の現れだった。
先述のように、実際、トリューニヒトなどよりもラインハルトの覇権を臨む声は同盟市民の中にも少なからずあるのである。これは知識人よりも若者などに多かった。
「民衆は王子様とかお姫様が好きなのさ」
と、幼帝が拉致された際のヤン艦隊の幕僚の皮肉は至言だろう。
ラインハルトはそのような世論を知っているからか、
「予がヤン総督の頭越しに卿に直接指示を下すことはあり得ぬ。予はヤン総督を通すし、卿もヤン総督を通せ」
目を閉じ肉を口に運びながらトリューニヒトの言葉を遮るラインハルト。
トリューニヒトは肩をすくめ、円卓を中座した。
会場警備を陣頭指揮していたケスラーに呼び止められ、なにやら話し込む。
「ケスラー憲兵総監、実はお耳に入れたいことが」
「なに……!?」
そしてキュンメル男爵の挨拶となる。
本来の段取りにはなかったが、彼がねじこんだ格好だ。
トリューニヒトの密告を受けたケスラーが制止しようとするが、気の強そうな年配のスタッフに止められ口を歪め舌打ちする。
──次の瞬間、
ヤンがキュンメルに飛びかかった!
「何をするか!」
参列者のどよめきの中、銀河帝国の貴族に飛びかかったヤンにレンネンカンプが怒鳴るが、キュンメル男爵の手からスイッチらしき端末が床に転がっていった。
拳銃を片手にケスラーがフォローする。
「レンネンカンプ大将! ヤン総督を責めるには及ばぬ! 彼は皇帝陛下へのテロを未然に防いだのだ!」
「レンネンカンプよ、しばらく頭を冷やしてこい」
拳を振り上げる直前のレンネンカンプがかつての部下であり今の主君であるラインハルトの前で恥をかかされた格好となり、青くなったり赤くなったりしていた。
今やキュンメルの命は風前の灯火であり、その体はヒルダに抱き抱えられている。あなたは馬鹿よ、と。
ケスラーがヤンに歩みより、警帽を脇に持ちうやうやしく頭を下げた。
「皇帝陛下の玉体が危険に晒されましたのはひとえに憲兵総監たる小官の責任ではございますが、ヤン総督閣下の咄嗟の判断により帝国政府、同盟政府、双方が救われました。厚くお礼を申し上げます」
規律を司るケスラーのこの礼儀を尽くした態度に同盟はケスラーとラインハルトを見直し、帝国はヤンを見直した。
総督閣下は衣装の喉元をゆるめ、セットの崩れてきた黒髪をぼりぼりと気まずそうにかいた。
「……して、皇帝陛下」
ケスラーは話の相手をラインハルトに移した。
「近日中に今回の事件について皇帝陛下、同盟領総督、同盟政府最高評議会議長による合同記者会見を開くべきかと」
「ほう、トリューニヒトの発案か」
「御意。不本意ながら、この発案については私も最高評議会議長と意見をひとしく致します」
「そうですとも! 地球教の暴挙に対し、銀河帝国皇帝と自由惑星同盟最高評議会議長、その二ヶ国を取り持つ総督としてのミラクルヤンが共闘することを宇宙に喧伝するまたとないチャンスですぞ!」
ケスラーの声にかぶせ、トリューニヒトが大げさなジェスチャーでラインハルトに慇懃に歩み寄る。
ケスラーが頭を下げたまま眉間に皺を寄せ、ジト目でトリューニヒトをねめつける。
トリューニヒトの主張はもっともであるが、それは自身を政治家として喧伝するためのパフォーマンスでしかないだろう。
「ヤン、どう思う」
「仕方ないね、やりますか」
銀河帝国自由惑星同盟領総督ヤン・ウェンリーは明日夕方の三者合同記者会見を了承した。
感想多数、ブックマーク30件、評価ありがとうございます。
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第7話『銀河帝国自由惑星同盟合同記者会見』
終話お楽しみください。次回第三章です。
銀河帝国皇帝首席秘書官ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの明朗な声色が自由惑星同盟首都星ハイネセン国営放送スタジオに設けられた記者会見場に響く。
同盟を中心に多くのマスコミが詰めかけていた。
ラインハルトがマスコミを通じて直接同盟に呼びかけるのはこれが初めてだろう……いや、幼帝誘拐事件では直接ビデオメッセージで呼び掛けてはいるが。
『それでは、皇帝陛下と同盟領総督ヤンウェンリー閣下、自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒト閣下による三者合同記者会見を執り行います、冒頭、陛下、総督閣下、議長閣下の順に発言がございます。皆様からの質問はその後でお受け致します。それではお三方、よろしくお願い致します』
『此度、ヤン総督の結婚披露宴においてキュンメル男爵による皇帝弑逆未遂事件が発生した。トリューニヒト議長の証言から予はこれを地球教による犯行と断定し、地球教殲滅作戦を発動する!』
開口一番、ラインハルトは結論を言ってのけ、記者一同がどよめく。
この記者会見の目的は、対地球教というほぼひとつ見出せる共通の敵に銀河帝国と自由惑星同盟が共闘し、その政治軍事を取り持つ三者が横並びで記者会見をやりおおせることにより地球教を萎縮せしめる目的も含まれているのだ。すなわち、堂々と宣戦布告することにこそ意味がある。
続いてヤンにバトンタッチ。
『本作戦においては、ヤン艦隊の主要幹部が皇帝陛下座乗艦ブリュンヒルトに間借りし、統合司令部を構築します』
ヤンが作戦の段取りを話し、トリューニヒトが政治家の立場から補足していく。そしてラインハルトは威儀を正しその作戦名を告げた!
『作戦名は────ヤマト作戦』
国境人種民族のカテゴライズが通用しない銀河英雄伝説世界においてあえて表記するが日系人であるムライ少将が緑茶をむせっ返した。
「ヤマトだと!?」
「宇宙戦艦ヤマトというアニメと関係あるのか!?」
ラインハルトは咳払いし、どよめく記者を制する。彼の代わりにヤンが紙の資料をトントンと揃えながら答えた。
『作戦名の由来は、本来人類共通の財産である赤く焼けただれた地球をカルト宗教の汚染から取り戻す本作戦を『宇宙戦艦ヤマト』なるSFアニメになぞらえたものです』
この作戦名は二次創作筆者の知的衰弱を示すものではないだろうか?
読者諸氏においては上記の典拠を踏まえた上で二次創作筆者へご意見を賜りたいものだ。
……ともあれ、史上初の常勝の天才と不敗の魔術師が共同作戦を展開する新たなる銀河英雄伝説。
ブリュンヒルトは飛び立つ、二人の英雄を乗せて──
世界が、変わる──!
(第二章『ミラクルヤン』)
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第三章「ヤマト作戦」
第8話『地球へ』
自由惑星同盟軍宇宙艦隊司令長官に復職したアレクサンドル・ビュコック退役元帥は復帰した途端に同盟軍の若手のホープが首から下は役立たず(原文ママ)であることを思い出すはめになった。
『今何とおっしゃった!?』
連合艦隊旗艦ブリュンヒルト艦橋のスクリーン越しに作戦前の顔合わせをやろうとしていたビュコックはフレデリカに問いただした。
「ヤン提督は昼寝をなさっておられます」
フレデリカは総参謀長を務めた父がロボス元帥に対応したように申し訳なさげに言う。
娘が父親に似るのはどうやら本当らしいぞ、と老練なビュコックは思う。
同盟と帝国の青年士官が肩をすくめておどけてみせる。
『全くカイザーラインハルト陛下とヤン元帥が和解し、その初の共同作戦が始まるというからにハイネセンの留守を引き受けたものの、そのヤンが書物の海に埋没していようとはな』
当然、その任務のうちにはハイネセンにとどまるトリューニヒトの監視も含まれている。
ビュコックはベレー帽をめくり白髪頭をぼりぼりとかいた……
「はっくしょん!」
……ヤンウェンリー退役元帥がもはやすっかり文民気分でエアコンを涼しいどころか寒いまでに効かせながらホットパンチから紅茶とお湯とレモンを抜いたものをすすり(酒?)ソファーに寝っ転がりながらふて寝を決め込んでいる。
「じゃあ僕は書斎で読書に勤しんでいるのでね、ピンチになったらお呼びくださいね」
ヤンを私室から引きずり出す役をラインハルトから仰せつかったビッテンフェルトは苦虫を嚙み潰したような顔になった。ビッテンフェルトは我ながらカイザーの人選ミスを呪った。
「何をおっしゃるのか! 艦橋ではカイザーが知将ヤン総督を軍師としてお迎えすることを首を長くしてお待ちになっておられる! ご友人をカイザーの元までお連れするのが俺への言付けなれば、失礼つかまつる!」
ビッテンフェルトがヤンのソファーを抱え込むのと同時に、どさくさに紛れてアッテンボロー、シェーンコップ、ポプランがソファーに群がる。
「回れ回れ」
「頭が一番重いからな」
「どういう意味だいそりゃ」
どぎついジョークにポプランが噴き出した……
……ヤンが艦に引きづられてくるまでの間、ラインハルトとビュコックがつかの間の対談に花を咲かせる。
「ビュコック提督にもヤマト作戦にご同行願いたかったが、」
『カイザーラインハルト陛下、わしはあなたの才能と器量を高く評価しているつもりだ。孫を持つなら、あなたのような人物を持ちたいものだ』
孫扱いされたことに複雑な気分となりながらラインハルトは目を伏せる。
『だが、あなたの臣下にはなれん! ヤンウェンリーもあなたの友人にはなれたが臣下にはなれなかった。他人事だが保証してもよいくらいさ。だから私はあなたの配下となり艦隊を動かすことはできなかったのだ』
ラインハルトは頬をかすかに紅潮させ、背の軍旗がわずかに揺らいだ。
そんな彼を見やり、ビュコックは片目をつむり、笑みを浮かべる。
「……と、まあ偉そうなことを言わせてもらったが、あなたはとうにヤンの友人だ。友人の友人の頼みなら喜んで引き受けよう」
そこへヤンが寝っ転がっているソファーごと到着。
ラインハルトはヤンにベレー帽をと作戦開始の音頭を取らせたが、作劇上むだめs……ミラクルヤンの演説を律儀に全文表記すると勢いをそぎかねないので割愛する。
代わりにラインハルトが命じる──
『全艦に達する。艦隊はこれより、旧ヒマラヤ爆心地跡地球教総本部を強襲! 人類共通の財産である地球の奪還を目的としたヤマト作戦を発動! 連合艦隊、出撃!』
漆黒の宇宙空間を埋め尽くす銀河帝国自由惑星同盟両軍連合艦隊のスラスターが一斉に火を噴いた!
《 銀河英雄伝説:改新篇 第8話 第三章『共同作戦』 ──Ⅰ── 》
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第9話『ヤマト作戦発動!ヒマラヤを叩け!!』
銀河帝国内閣総理大臣という役職が正式に設けられれば、自由惑星同盟議会を母体とする帝国衆議院から公選されし総理大臣は自由惑星同盟市民が選挙区の衆議院議員を通じて託した数十億もの圧倒的民意を背負っていることになるし、その権威、もっといえば銀河帝国皇帝に対する影響力は、単に身内あるいは側近から皇帝に勅任されるだけの帝国宰相とは比べ物にならないだろう。
これが議会制民主主義、立憲君主制の本質である。
歴史は繰り返すのだ。
同様の原理で、かつての英国では議会が国王から立法権と司法権を剥奪し、国王と議会が互いの血を処刑台に塗り込めながらもなんとか共存の道を探り、自由惑星同盟の建国理念の原点というべき思想をあまねく世界へ浸透させたのである。
歴史学者としてそれがわかっているからヤン・ウェンリーは夢の年金暮らしを諦め、民主共和制の防波堤としてあえて私的にはラインハルトの友人、公的には自由惑星同盟を銀河帝国皇帝の下、最高評議会議長の上で間接統治する総督などという役職を条件付きで引き受けたのである。
ヤンのひと回り年上の事務的後見人とひと回り年下の被保護者兼生活的後見人と倍以上生きている人生全般の師匠はとうとう辞表を受理されなかった。
その条件の中には今まさに彼が謳歌しているように、銀河帝国皇帝をファーストネームで呼び、玉座の横にソファーを横たえナッツを片手で口に運びながら寝ころび視線をもう片方の手で支え持つ本に傾けたままにする自由も含まれている。
威厳を持って帝国軍服に身を固め華麗な玉座に威風堂々と鎮座するラインハルト・フォン・ローエングラムと、その隣で気楽に同盟軍服を着崩しソファーに寝っ転がるヤン・ウェンリーは何もかも正反対だ。
『現在、月軌道L5、地球より38万キロメートルの空間点』
『ハイネセン本国艦隊、メルカッツ艦隊合流、全作戦部隊の集結を確認。これより連合艦隊をヤマト艦隊と呼称』
『ヤマト艦隊の編成、予定より3パーセント遅れています』
『ヤン艦隊秘匿通信打電、トリューニヒト派あるいは地球教潜入の可能性がある、ハイネセン本国艦隊の動向に警戒されたし』
『分艦隊遠隔操艦電子演習完了。これより分艦隊第1打撃群、第2打撃群、第4打撃群をブリティッシュフリートと呼称』
ヤン艦隊幕僚団の報告を片手間で聞き流しているミラクルヤン。
ラインハルトは不敗の魔術師に
アッテンボローはそんな彼に元気良く敬礼した。
「それではヤン提督、
「ああ、行っておいで」
ヤンは机のレコードを引き寄せると古めかしいものを一枚セットし、寝そべったまま手をぴらぴらと振った。
そこに書かれていた作曲者は……「
* *
『……では、ヤマト作戦を開始する!』
地球と宇宙の狭間にあって、自由惑星同盟軍のブリティッシュフリートなる無人特別攻撃艦隊のカーキ色の艦体が地球の青い大気に照り、その舳先をヒマラヤ山脈へと向ける。
その舳先は分厚い装甲で固められていた。大気圏突入の断熱圧縮に耐えるため、条約処分艦の装甲を溶断し貼り合わせたものだ。
『第一段階、質量兵器投下!』
血湧き肉踊るドラムマーチに、肺活量を根こそぎ使い果たすトランペットの暴風が吹き荒れ、ピアノは打楽器だと言わんばかりに鍵盤が叩かれ、羊毛でコーティングされたハンマーが鋼の弦にぶちこまれ、疾風怒濤の人類反撃のマーチを奏でる。
ブリティッシュフリート第1打撃群、第2打撃群、第4打撃群がいっせいにブースターを吹かし、星空の世界に噴射炎の花を狂い咲かせる。
その艦隊の前面は装甲版が溶接されており、断熱圧縮に耐えられるようにするためだ。
そのままの勢いでヒマラヤ山脈へとまっすぐにその巨体を叩き込む──逃がさない!
【 無人戦艦爆弾 (自由惑星同盟軍宇宙艦隊条約処分宇宙艦艇流用) 】
「「これでも喰らえ!!!」」
核爆発と見紛う規模の爆発が起こり、何十ものキノコ雲が不気味にも成層圏にまで達し、天空に揺らめく。数百人の地球教徒を生き埋めにし、また数千人もの地球教徒を生きたまま焼き殺した。
驚く前者と断末魔の叫びが混声合唱を奏でる。
瞬間的には前者の苦痛がはるかにマシだったものの、むしろ前者はヴァルハラにて後者の幸運を呪ったにちがいないだろう。
作戦展開空域に戦闘機が進出し、戦火の上を勇猛果敢に飛びぬけていった。
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第10話『ヤンよ、レンネンカンプのために泣け!』
作戦第一段階によって
ヤマト艦隊総旗艦ブリュンヒルトは赤く焼けただれた地球に正対し、その白きなめらかな艦体を衛星軌道上に倒立させる。これぞまさにヤマト作戦の真骨頂と言うべき壮観たる眺めだ。
その周りを護衛する同盟軍艦隊は自力での地球往還機能を持ち合わせていない。
「こちら北米大陸跡地、敵影なし」
「ユーラシアも同様だ。何もいない」
「アフリカもだ、一体どうなっている、」
ヤマト作戦艦隊の不安もよそに地上のレジスタンスたちは勝利の美酒に酔いしれていた。
今や戦艦ブリュンヒルトは大気を突き抜け、なめらかに天空をはばたく白鳥だ。
それはさながらヴァルハラを遊弋する戦乙女のごときであった──
* *
「参ったな、すっかり道に迷ってしまったぞ」
暗がりの地下迷宮を呑気に歩くヤンは軍人としての規律より歴史学者としての好奇心が勝ったようで、呑気にも迷いこんでしまった。
ふと上を見上げれば、赤茶色の岩盤が露出した低めの天井の上には天文学的単位の重量の岩盤が数千メートルにも渡って積載されているのだ。
その実感が彼を身震いさせる。
何億リットルもの血を湯水のごとく扱い親しい幕僚にすら被保護者を通して皮肉られる用兵家の彼がである。
岩盤から赤黒い水滴が落ちるる──
ヤンはふと足に違和感を覚え、下を見やると……
──司令官自身の左足から数リットルの血が上記に追加されていた。
銃口から白煙が立ち昇る。
凶器のトリガーにいまだ痩せこけた指をかけているアンドリュー・フォークははじめてヤン・ウェンリーを跪かせることに成功した快挙に酔いしれていた。
フォークがこの日自尊心を満たせたのはほんの数分の間でしかなかった。
銀河帝国皇帝の玉体で鉄拳制裁を受けることとなった自由惑星同盟軍予備役准将アンドリュー・フォークはぶざまに地に這いつくばっている。
ラインハルトの声が地下通路の露わとなった岩にこだまする。
「生きろ、生きて恥をかけ。どんな屈辱にまみれても、生き抜くんだ!」
レンネンカンプが顔を跳ねあげた。
「人間は弱い。間違える。それがどうした!?」
ラインハルトは刮目し、眉に力を込める。全宇宙全人類を統べるにふさわしい銀河帝国皇帝の顔だ。
獅子帝の金髪が神々しく揺れた。
「俺たちは──神じゃない!」
ラインハルトの一人称が社会体制に反発していた少年の心に戻り、理不尽な今に革命の嚆矢を放つ。
「神は恥を知らない」
駆けつけたレンネンカンプがフォークを羽交締めにする!
「恥をかくのも、間違えるのも、全部人間の特権なんだ!」
レンネンカンプはカートリッジらしきものを壁で叩き割る。
「何をしている!」
フォークにレンネンカンプは声を低めて答えてやった。
「ゼッフル粒子だ」
フォークのなまっちろい顔が青くなる。
自称軍師様は自分自身の身を守ることに関しては高度の柔軟性をもって臨機応変になど対応できていなかった。
洞窟にくぐもった爆発が響いた。
ヤンがラインハルトに肩を貸し、這い出てきた……
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第11話『キルヒアイスの遺言』
123ポイントありがとうございます。
「ジークフリード・キルヒアイスが生きていたら……」
というのはローエングラム元帥府幕僚陣がしばしば口にすることであった。
銀河帝国皇帝に対し奉り甚だ不敬を承知で断言するが、キルヒアイスは野心以外のあらゆる面においてラインハルトより勝っていた。
「ジーク、弟と仲良くしてやってね」
そうアンネローゼは言った。
アンネローゼからキルヒアイスへ、キルヒアイスからヤンへ、ヤンからユリアンへ、そしてその傍らにはヒルダがいて。こうして私人としてのラインハルトの後見人たる役目は、人の思いは受け継がれていくのだろう……
ヤンは夢を見ていた。
幻想的な白い背景の中、暖色系の紳士的に後ろで手を組んでいる赤毛ののっぽさんは睫毛を伏せてラインハルトの新たな友人を穏やかな色をたたえた瞳で見つめていた。
「キルヒアイス上級大将」
銀河帝国軍最高司令官が発布し元帥号よりラインハルトの臣友としてともに得た上級大将の称号で彼を呼んだ。
「まさか僕の夢にまで会いにきてくださるとはね」
キルヒアイスは穏やかに語った。
「ヤン提督、ラインハルト様をどうか頼みます」
ヤンはヤンらしくこれが夢であることを自覚していた。
かつての友人からラインハルトを託された新しい友人は目覚めた。
ヤンが医務室を見渡せばラインハルト、ヒルダ、フレデリカがいた。
フレデリカが泣きじゃくりながら抱きついてくる。
その中にあってヤンの手は寝ている間にラインハルトのペンダントに伸びていた。
ラインハルトは特に拒まず、赤毛ののっぽさんの遺髪が収まる星を触らせていた。
窓に映るのは、かつての美しさは失えども、かけがえのない星。母なる星。
そして、みずからの覇道を少しだけ譲歩することによって得た、かけがえのない仲間たち。幸せの形がそこにあった。
「地球って言ったな、まあまあの星じゃないか」
* *
銀河帝国と自由惑星同盟に現れたふたりの英雄に休息の暇は与えられなかった。
──同盟首都星ハイネセンにてクーデター発生!
あのヨブ・トリューニヒトが銀河帝国皇帝ラインハルトと同盟総督ヤンの盟約を自由惑星同盟に対する脅威とみなし、例のごとく同盟市民を焚き付け、トリューニヒト派の軍を動かし、現在地球宙域に展開中のヤマト艦隊への攻撃を目論んでいるとの情報が入ったのである。
「キャゼルヌ一家を人質にとったのとの情報も入っているのか。やっかいだな」
ヤンはスカーフを結び、おさまりの悪い黒髪にベレー帽を乗せる。
『ヤマト艦隊は最低限の残置部隊を残し、急ぎハイネセンに向かう!』
急げヤマト艦隊よ! ハイネセンは英雄の凱旋を待っているのだ──!
第三章『共同作戦』
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第四章「ハイネセンの落日」
第12話『ハイネセン騒乱』
288ポイント、感想30件ありがとうございます。励みになります。
クーデター発生の報受け、戦艦ブリュンヒルト、ヒューベリオンらヤマト艦隊は急ぎハイネセンへと向かう。
「自治領主、今回の協力に感謝申し上げる」
「面目ない」
義眼の参謀長が電子画面越しに労うはフェザーンの黒狐。
ハイネセンでクーデターとの情報をリークしたのはフェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーであった。そう。自身の脳腫瘍の治療と引き換えに、地球教の動向をリークしたのである。
策士策に溺れる。
この改新篇の時空間では黒狐の脳腫瘍は早く進行していた。
もはや策謀家に残されていたのは自身の身柄だけだった。
ルビンスキーの目的は帝国と同盟を争わせ双方疲弊させフェザーンのアドバンテージを確立するところにあったが、帝国の全宇宙の覇権に経済的覇権を組み入れる形にシフト。それも結局はラグナロック作戦でオーディンは制圧。帝国の遷都先に選ばれてしまった。
もともと地球教を化かしていたルビンスキーだが、地球教との関係は悪化、見限られたというわけだ。
今、ルビンスキーの乗るシャトルが厳戒態勢でブリュンヒルトに収容された。
ラインハルト帝とヤン総督の枢軸に、地球教を背景とするトリューニヒト議長が立ちはだかる!
* *
体から蕁麻疹が出るようなトリューニヒトの演説が始まった。クーデターの大義を唱えようというのか。
『今やカイザーラインハルトは、普通選挙の導入というささやかな同盟の要望を帝国主導での制限選挙にすり替え、同盟に対して水面下の圧力を加え続けております。これに対し、私ヨブ・トリューニヒトは同盟市民の皆さんの声に推され決断致しました』
トリューニヒトの勇壮な弁とともに、憂国騎士団がアジトでサーベルを振るい吠える。
『今、ハイネセン衛星軌道上には、同盟残存艦隊が集結し、本土の守りを固めております! ハイネセンを拠点に籠城し、自由選挙の願いをカイザーラインハルトに届け、民意を突きつけましょう!』
明朗なる同盟国歌が皮肉な歌詞でトリューニヒトの感受性を酔わす。
おお吾ら自由の民
吾ら永遠に征服されず……
プツン、とロイエンタールがテレビの電源を切る。
会議室にはラインハルトとヤン双方の幕僚らが集結していた。
「つまりトリューニヒトは、自由選挙の導入を大義名分に新体制におけるトリューニヒト派の進出を狙い、それが叶うまでは実力部隊を用いて籠城するというわけか」
ロイエンタールが低音の男らしい声でトリューニヒトを侮蔑する。
「困ったことになった。これではどう動いても同盟の市民感情を刺激してしまう」
ミッターマイヤーが蜂蜜色の髪をかいて渋い顔をする。
「クーデターなど許さぬ!」
獅子帝はいきり立った。
「クーデターに対してはあくまで武力による懲罰を加える」
「ラインハルト、それはどうかと思うよ」
救国軍事会議事案で義父を亡くしていたヤンが唯一の友人として諫言する。
「立ったままで御意を得ます、カイザーラインハルト陛下」
「どうした」
「陛下、トリューニヒト派の自由選挙の要求を受け入れてください」
「大胆な発言だな」
ラインハルトはユリアンをアイスブルーの瞳で睨みつけるが、彼はひるまない。
「トリューニヒト派の要求を一部受け入れれば、彼らの態度も軟化して軍を引かせるでしょう。そうすれば同盟市民の強硬派の不満も和らぎ、来たるべき総選挙の際に争点つぶしになります」
「ユリアン、お前の言うことはもっともだが、冷静じゃない。外の空気を吸ってきなさい」
「……はい」
「待て」
渋々外に出ていこうとしたユリアンを当のカイザーが呼び止める。
「勅令により、ユリアン・ミンツ中尉に対し、観戦武官としての旗艦ブリュンヒルト搭乗を命じる」
* *
72時間後、作戦会議は終わった。
無限の星空の向こうに輝く一筋の光こそ、アーレ・ハイネセンが開拓した自由共和の楽園。
その星を今からもう一度侵略するのだ。重圧は当然ある。
戦艦ブリュンヒルトの艦橋で、ヤンとユリアンが紙コップの紅茶をすする。
「なるほど。ユリアンお前は選挙で僕が勝つことに賭けて、あえてトリューニヒト派の選挙の要求を受け入れることを提案したというのだね」
「はい。選挙戦で正々堂々ヤン総督が主張なさればきっと同盟市民はわかってくれますよ」
「選挙に勝ち、トリューニヒトを倒す。銀河帝国初代内閣総理大臣としての役目は引き受けよう。だが雄弁さは持ち合わせていないのでね、ゴーストライターはユリアンに任せるよ」
「そう言えばどうして総督はカイザーラインハルト陛下からの首相就任要請を受けたんですか? 普段の提督のお人柄から言ったら断るかと思っていましたよ」
「その通りさユリアン、僕は本当は総理大臣なんてまっぴらごめんだね」
ヤンはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。
「え、じゃあなんで」
「同盟の独立を守るためにマスコットになってるだけさ。トリューニヒトの前では義務感にかられたように演技したけどね」
「しかし変わりましたね総督は。政治家らしくなった」
「どういう意味だいユリアン」
と、その時、
「皇帝陛下入られます!」
『ハイネセンカチコミ分艦隊、編成を完了』
『確認する、残置するヤマト艦隊の指揮はロイエンタール、ミッターマイヤー両提督が行う旨よろしいか』
『空間跳躍の準備、予定より3パーセント遅れています』
『フライホイールインジケーター、規定値で推移。帝国法令における艦艇運用基準をクリア』
『推力上昇、11600000トン』
「皇帝陛下、いつでもトリューニヒトを殴り込めます」
銀河帝国皇帝は堂々と仁王立ちし、闡明した。
『これより本艦は、ハイネセンの国譲りを日本神話になぞらえたイズモ作戦を発動! 最高評議会ビルに奇襲ワープを行う!』
虹色のリングがブリュンヒルトを包み甲高いマシンのうなりが皆の士気を昂らせる。
『帝国同盟有志から提供された冷凍生殖細胞および地球の動植物種子をブリュンヒルトより分離、これより分離ユニットをオオゲツヒメと呼称』
『ノアの箱舟、ラグランジュポイントに投入完了』
『これよりハイネセンカチコミ分艦隊をニニギ艦隊と呼称』
ラインハルトが天孫降臨するニニギノミコトだとすればハイネセンに居座るトリューニヒトはさしずめオオクニヌシか。ならばハイネセンはスサノオか。出雲神話がヤマト政権に統合されたようにハイネセン神話はローエングラム紀に統一されるのか。
『全艦発進!』
ワープの衝撃でユリアンの可愛い顔が歪む。が、ラインハルトは叱咤した。
「くっ……!」
「しっかり見届けろ、そのためにここにいるのだろうが!」
──ブリュンヒルトが次に現れたのは最高評議会ビルだった。ブリュンヒルトの艦首、その舳先が最高評議会ビルにコンと突き立てられ、トリューニヒトの執務室の窓ガラスがひび割れる。
『ラインハルト・フォン・ローエングラムより最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトに告ぐ。予は正々堂々と自由選挙とやらで民意による審判を受ける覚悟だ。クーデターの陣を解き、言論とペンで選挙を戦え!』
国を譲らせる日本神話と出雲神話の関係を、ローエングラム神話とハイネセン神話になぞらえてイズモ作戦と名付けてみました。
ご感想お待ちしております。
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第13話『ハイネセンの魂は地に堕ちた』
戦艦ブリュンヒルトは最高評議会ビルの最高評議会執務室に舳先を軽く当てたかと思うと、すぐにそれを引っ込めた。
蜘蛛の巣状にひび割れたガラスの奥で、トリューニヒトは呆気にとられていた。
続いてブリュンヒルトはビルの隙間をホバリングしながら地上にアンカーを打ち、搭乗橋を降ろす。
ハイネセン首都中枢に奇襲ワープされ寝首をかかれた格好の同盟軍艦艇が戸惑うように衛星軌道上を遊弋していた。
これから、カイザーラインハルトが姿を現す!
一同が固唾を呑んで事態を見守っていた。
トリューニヒトが庁舎から出てきて、罪人のように手首を差し出す。
「金髪の坊や、これで満足ですかな?」
「勘違いをするな! 予はルドルフになるがごときを望まぬ。重ねていうが、卿の主張する民主共和制とやらで銀河帝国初代内閣総理大臣となる栄誉を勝ち取ってみせよ」
ユリアンの構想とトリューニヒトのそれは、銀河帝国に立憲君主制を導入させるという点で奇しくも一致していた。
「金髪の坊やはずいぶんと優しいことで」
「世辞はよせ、交渉に入ろう」
陽の光が獅子帝をまばゆく照らし上げた。
以下が、帝国と同盟との協定文書である。
尚、交渉にあたってはラインハルトが寛容さを示し、同盟側が驚いたと言われている。
************************************
普通選挙実施に関する銀河帝国と自由惑星同盟との協定
一、自由惑星同盟における普通選挙において銀河帝国による候補者の事前審査、票数操作その他同盟が定める政治的介入の一切を禁ずる。ただし、ハイネセン1区にのみヤン•ウェンリーを擁立する。
二、自由惑星同盟は一ヶ月以内に総選挙を実施し、その期日と事務は同盟中央選挙管理委員会が預かる。尚、投票立会人として帝国からウルリッヒ•ケスラー、同盟からジョアン・レベロを指定する。両名は選挙結果に対し、署名捺印を行う。
三、改選後、自由惑星同盟代議員を銀河帝国衆議院議員と呼称する。
四、貴族院の定数、任期、権限、その他は衆議院でこれを定める。貴族院は銀河帝国貴族でこれを構成する。
五、改選後、衆議院は銀河帝国最高裁判所長官その他の裁判官を任命する。
六、衆議院は内閣総理大臣を互選の上指名し、銀河帝国皇帝が内閣総理大臣を任命する。
七、立法、行政、司法の三権の組織が済み次第、憲法を制定し、銀河帝国は立憲君主政体に移行する。
以上、銀河帝国皇帝と自由惑星同盟最高評議会議長との間で合意し、その証として本書各一通を保管する。
宇宙歴*年*月*日
銀河帝国皇帝ラインハルト•フォン•ローエングラム
自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ•トリューニヒト
******************************************
ハードカバーを交換し、ラインハルトとトリューニヒトが力のこもらない握手を交わす。
情報交通委員会の報道官がカメラのフラッシュを焚いた。官僚が気を利かせて拍手する。
レベロがラインハルトの玉座に身を寄せ、耳打ちする。
「これで締結は完了した、同盟法制に基づき帝国軍艦の退去をお願いする」
レベロは帝国に対し毅然とした態度を取っている。
「承った」
ラインハルトが右手を挙げると、ブリュンヒルトはじめハイネセンカチコミ艦隊が上空へと浮遊した。
カイザーラインハルトと廷臣たちはハイネセンの高級ホテルが用意され、視察を兼ねた観光を楽しむことになっている。
ヤンはどうするのか? と問われ、彼らに同行することにした。
彼らを目を細めて見送りながらレベロはトリューニヒトにささやく。
「カイザーにうまく英雄を人質に取られたな、という状況なのだが」
ヤンがすでに帝国人になっている。
トリューニヒト派が勝てばトリューニヒト総理大臣、ヤン派が勝てばヤン総理大臣、その象徴的な選挙区が大将どうしの一騎打ちのハイネセン1区なのだ。
「アフターケアも万全だ。しばし待ちたまえ」
「財務委員長として警告するが。バイパスとマネーロンダリングをしても地球教からの献金はバレるぞ」
「声が大きい」
ここでレベロは気づいた。
「まさか、ヤマト作戦はそのために!?」
ヤマト作戦はトリューニヒトが地球教と癒着している証拠を消すために、彼自身が協力を申し出たのだ!
「苦労したよ。カムフラージュのためにアニメから作戦名を引っ張ってくるのは」
そうして今度は、未遂に終わったが、クーデターで普通選挙の要求を帝国に飲ませようとした。
いや、未遂ではない。
ラインハルトはヤンと出会ってから銀河帝国皇帝にしては優しくなりすぎているので、そこに付け込まれた。
ラインハルトのまっとうな政治をしたい気持ちと、トリューニヒトの策謀が複雑にからみあい、選挙による総理大臣の選出に結実する。
ヤン・ウェンリーには権力欲などなく、あくまで民主主義を守るための立候補だ。その時、彼はどう動くのか!?
今、最高評議会ビルでは矢継ぎ早に指令が出されている!
『私だ。公安委員長に連絡を取れ。サイオキシン麻薬のガサを中止』
『情報交通委員会は内政干渉の拒否を大義名分に報道統制を敷け』
『憂国騎士団、集結せよ』
『地球教を選挙スタッフとして雇う準備はできている』
『尚これは官邸の意向だ』
ハイネセンの気高き魂は、落日した。
作中のお役所文書を作るのは楽しかったです。ご感想お待ちしております。
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第14話『グリューネワルト大公妃殿下の恋人』
若干の性描写と原作から乖離した描写があります。ご注意ください。
銀河帝国帝都オーディンの守りはミッターマイヤーとロイエンタール両元帥が引き受けていた。そして山荘に住むグリューネワルト伯爵夫人を迎えに行く役目も彼らだった。
「大公妃殿下、ご報告がございます」
アンネローゼは報道であらかじめ知っていたものの、彼らは改めて説明した。
ラインハルトがヤンを政治家として登用し、ヤンがあくまで民主主義を守るためにトリューニヒトに対抗する枢軸をラインハルトと組んだこと。
地球教を叩いたこと。
同盟と行政協定を結び、まもなく選挙があること。
アンネローゼはそっと胸を撫で下ろした。
「そう、、、弟が人を許し、同盟の人たちとも融和しているのですね」
白桃のワインの栓が開けられた。
鳥が鳴き出し、針葉樹が夕焼けを背景に風でかすかに揺れる。
「大公妃殿下、夜は危ないのではないですか? 私ロイエンタールが泊まってお守りしましょう」
ロイエンタールの目は鋭くらんらんと光っていた。
清純でうぶなアンネローゼは顔を真っ赤にして俯く。
ゴホン、とミッターマイヤーが咳払いをひとつ。
彼は気を利かせて席を外した。
「ロイエンタール、くれぐれもカイザーを怒らせるなよ」
ミッターマイヤーは心配そうにロイエンタールの肩に手を置いた。
ロイエンタールは不敵に笑うだけだった。
ミッターマイヤーは去った。
ロイエンタールはアンネローゼに拝跪して手の甲にくちづけを落とし、お姫様抱っこし、寝台へと運ぶ。
ロイエンタールがアンネローゼを押し倒す!
「皇帝の寵姫であり、マインカイザーの姉君である貴女は、俺如きの夜伽では満足いただけぬかな?」
「ロイエンタール元帥、そんな、ひどいわ」
「大公妃殿下、ずっとこうしたかった」
この時ロイエンタールはリヒテンラーデ一門に連なる女とも関係を持っていた。が、今は関係ない。
……衣擦れの音とロイエンタールの男らしいため息、アンネローゼの甘い息がまじりあう……
「大公妃殿下」
「アンネローゼでよくてよ」
ロイエンタールがアンネローゼの黄金の髪を優しく撫でる。
夜は更けていった……
* *
銀河帝国の親衛隊と自由惑星同盟の警察双方の責任者がテントでヤン総督私邸宅の警備計画を打ち合わせる。ヤン衆議院議員、ヤン内閣総理大臣が誕生した場合、ここは一種の聖地になってしまうからだ。
すでにマスコミをシャットアウトしているのに四苦八苦している状態だ。
「ただいま帰りましたよっと」
「お邪魔する」
ヤン・ウェンリーは銀河帝国からの客人を連れて帰宅した。
ユリアンが先に上がり、紅茶を淹れる。
「カイザーラインハルト陛下はコーヒーの方が良かったんでしたっけ」
「いや、紅茶をもらおう。それと仰々しい呼び方でなくていい」
「じゃあラインハルトさん」
「ぷっ!」
ヒルダとフレデリカが吹き出した。
「借りるぞ」
「どうぞ」
ラインハルトはヤン邸の蔵書の山を見上げ、数冊を手に取り、ソファーに腰を沈めた。
高級ホテルに滞在する予定だったが、早めに切り上げ、ヤン邸にお泊まりすることにしたのだ。
ここから、ヤン衆議院議員候補の選挙戦の準備が始まる。
その一方で、ロイエンタールとアンネローゼは不穏な動きを見せているのだ。
ご感想お待ちしております。
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第15話『銀河帝国第二次亡命政府構想』
「君たちはここまででいい」
「は」
内務警察に金貨が渡され人払いされる。
銀河帝国内務次官ハイドリッヒ・ラングの捜査対象には悪徳政治家トリューニヒトも含まれていたが、彼らは事情聴取にカムフラージュして密談していたのである。
「新しいネタだ」
「ご苦労」
同人種のにおいがする彼らにとって、もはや敬語は不要だった。
ラングが茶色の封筒から写真を取り出し、トリューニヒトが手に取り一瞥する。
「大公妃殿下はロイエンタール元帥にご執心のようだね」
「ロイエンタール元帥のような野心あふれる鷹を放置するのは私の出世にとって危険だ。同盟にその翼を広げて愛の逃避行をしてくれればよいのだがね」
「よろしい! お二人を同盟の亡命者として迎えよう」
トリューニヒトのそれが実現すれば、アンネローゼが女帝となる銀河帝国第二次亡命政府が誕生し、軍権を握るのがロイエンタール元帥ということになる。
「私は地球が好きでね、地球に遷都しても構わないと思っている」
その場合、とうぜんカイザーラインハルトは烈火のごとく怒り、全軍を挙げて討伐に向かうだろう。
そのためにも、タイミングを合わせた地球教の武装蜂起が必要不可欠であった。
「地球教の生き残りの糾合は進んでいるのか?」
「問題ない。トリューニヒト派の傘下として動かしている」
ラングは地球教と癒着関係にあるトリューニヒトに再確認した。ヤマト作戦で地球教総本山はヒマラヤ山脈ごと粉砕されていたからだ。
あの時無人戦艦爆弾の業火に焼かれたのは何も知らない庶民の信徒とサイオキシン麻薬漬けで廃人となった信徒だった。つまり、要らない者を人柱にし、あたかも地球教殲滅を旨とするヤマト作戦が成功していたかのような偽装工作をやってのけたのだ。
ド・ヴィリエ以下地球教徒の中でも政略を好む者たちは脱出し、トリューニヒトの従兵として隠密行動をとっている。
トリューニヒトは証拠写真を暖炉にくべた。
「ではこれにて最高評議会議長閣下。捜査へのご協力感謝します」
* *
カール・ブラッケとオイゲンリヒターがヤン邸を訪ねてきたのは、自由共和政体における政治家の育て方に熟知しているからだった。
「卿らは予のことを、暴君になる危険性がある、そのためには民主主義の土壌を押し広げねばならぬ。その旨発言したらしいな」
「一言一句そうではありませんが、事実です」
「よい。いちいち咎める気はない」
この日かれらは新政権とそれを実現するための新党について意見を戦わせていた。
「ならば私からも提案がある」
オーベルシュタイン軍務尚書が持ってきたのは──辞表。それと提案書。
「陛下、私は民衆からの歓心が悪いのは自覚しております。私を一旦降格なさるがよろしい、そのうえで私は事務担当の内閣官房副長官に収まるのです」
オーベルシュタインは自らの策謀のためなら自らの降格人事もいとわない。
「カール・ブラッケ、オイゲンリヒター両名にも政務担当内閣官房副長官として入閣していただく」
「うむ、異存はない」
「ヤン候補、新党の名前は決まっているのか?」
ラインハルトがたずねると、ヤンは照れくさそうに一枚の紙を出した。
かくしてヤン新党は改新党、と命名された。
ご感想お待ちしております
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第五章「銀河帝国内閣総理大臣」
第16話『衆議院議員候補ヤン・ウェンリー出陣壮行会』
宇宙歴799年11月3日。この日、自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトは議会を解散。銀河帝国と自由惑星同盟双方の命運を占う選挙戦に突入した。
情報戦、経済戦も進行していた。アドリアン・ルビンスキーは選挙に関する欺瞞情報を知人の地球教徒に送り続け、個人資産をマネーロンダリングにより間接的に改新党に政治献金。
同盟首都星ハイネセンの大型商業施設をテナントとして借りた選挙事務所には、改新党ハイネセン1区選挙支部事務所兼衆議院議員候補ヤン・ウェンリー選挙事務所が設けられ、その演劇ホールには銀河帝国大本営将帥幕僚とヤン総督府主要幹部が集められ、衆議院選挙に向けた最終的な人事が発表されていた。
壇上に立った銀河帝国皇帝が凛とした声で雛壇に座る同盟領総督を呼び、ヤンが直立不動で侍立する。
「銀河帝国は行政協定に基づき、ヤン・ウェンリー同盟領総督を内閣総理大臣指名に見据えた衆議院議員候補に擁立する」
「承知しました」
「ヤン・ウェンリー、選挙戦を勝ち抜き、同盟市民の権利を守り、銀河帝国の国政の全権を掌握せよ」
ラインハルトは推薦状を交付し、ヤンは左の脇に収める。
「続いて、ヤン陣営の人事に移ります」
オーベルシュタインがマイクを握り、役員名簿を読み上げる。
「政務担当秘書カールブラッケ、同オイゲンリヒター、事務担当秘書と統括責任者は小官が務めます。いずれもヤン政権樹立後は内閣官房副長官に横滑りで就任します」
3人が壇上から頭を下げる。
「以下、会計責任者アレックス・キャゼルヌ大将、後援会長アレクサンドル・ビュコック元帥、選挙対策本部長ムライ中将、青年部長オリビエ・ポプラン中佐、女性部長フレデリカ・グリーンヒル少佐、学生部長ユリアン・ミンツ中尉! それぞれ推薦します」
「はっ!」
「選挙戦実働部隊には、エドワーズ委員会有志が協力します」
ここで拍手が送られる。
「エルネスト・メックリンガー上級大将、メディア芸術による宣伝戦略を立案し、選挙戦に参加せよ」
「はっ!」
「ウルリッヒ・ケスラー上級大将。憲兵総監として不正のひとつも見逃すな!」
「はっ!」
大迫力の決起集会の前半は終わった。
続いて、ヤン・ウェンリーにマイクが渡され、決意表明の時間となる。
──聞こえているか、ジェシカ。
──聞こえているか、ラップ。
「柄にもなく、総理大臣なんて、衆議院議員なんて立候補することになったけど、何か一言と言われたので」
ヤンはヤンらしく、どうにも締まらないスピーチで場を和ませる。
「みなさん苦しいでしょう、ネクタイ外していいですよ」
一同爆笑。
「さて、みんな、これから選挙戦が始まる。総理大臣なんてそんなに偉いもんじゃない、単なる行政のまとめ役でしかない。だからこそ、市民のしもべとなって徹底的に下働きに徹する。国と市民が対立した時は市民の側に立つ政治家でありたい。この信念だけは天地神明に誓って本当だ」
自然発生的に皆が温かい拍手を送った。
「ありがとう。皆、頑張るよ」
ヤン・ウェンリーは権力への階段を踏み出した。
このシーンはディノイエテーゼ第四期策謀第三章のラグナロック作戦の部隊編成で諸将が集められたシーンで流れていたサウンドトラックのshowdownという曲が脳内劇伴です。
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第17話『トリューニヒト節』
改新党を結党したラインハルト=ヤン枢軸に対し、トリューニヒト率いる民自党は改新党、エドワーズ委員会が戦うすべての選挙区に刺客候補を擁立。
地球教徒、憂国騎士団を一般市民に偽装させ選挙スタッフとして用いるというなりふり構わぬ戦いぶりだった。さらにトリューニヒト派の軍需産業や民間大企業にも協力を要請。
トリューニヒトの悪だくみはこれだけにとどまらない。
公約に掲げたサイオキシン麻薬の撲滅。麻薬を監視するという名目で、自治官僚、警察官僚、厚生官僚、農政官僚、司法官僚のポストと天下り先を確保。これにより官吏からの支持を盤石なものとした。まさに、麻薬取締りをうたいながら利権を生み出したのである。
さらに、ヤマト作戦で解放された地球にはトリューニヒト派の大企業を誘致することを持ち掛けた。大企業優遇、マクロ経済優先のトリューニヒトを経済界も支持した。雇用創出による労働者票の取り込みの狙いもあった。
それらがトリューニヒトドクトリンの全貌である!
今、彼らを総動員し、ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長の集会が開かれていた。
がんばれヨブさん! 同盟を取り戻せ! と一般市民に偽装した憂国騎士団がばかでかい横断幕を掲げる。
紙製の同盟の国旗を無料配布する素性のわからぬ者がいるが、特に気にせず皆が受け取っていく。
前座で演説を務める情報交通委員長を務めた女性代議員が絶叫しながら聴衆にアピールする。
黒塗りの高級車がステーション前ロータリーに滑り込んだ。
『たった今、自由惑星同盟ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長が駆けつけてくださいました! この選挙戦、ハイネセン1区から、民自党の議席を守り抜き、政権を奪還する覚悟です!』
紺のスーツに金色のネクタイのヨブ・トリューニヒトが登壇する。片手を軽く上げ、聴衆がそれに応え歓声を上げる。
『同盟市民の皆様、民自党総裁のヨブ・トリューニヒトでございます』
ヨブさん! ここで拍手が巻き起こる。
『同盟市民の皆様、いま同盟は激動の時代にあります。同盟領総督として同盟市民の権利を擁護する立場であるはずのミラクルヤンは裏切りヤンとなったではありませんか! エルファシルの英雄は今や銀河帝国の尖兵となり、我が国を裏切ったのであります』
そうだ! と憂国騎士団のサクラが怒声を上げる。
『同盟市民諸君! 想像してほしい! かつての英雄が帝国の操り人形となり、銀河帝国内閣総理大臣として専横を振るう姿を! 悪夢のようなヤン政権を、許してはならないのだ!』
だめだ! と民衆が呼応する。もうサクラもいらなかった。
『このハイネセン1区こそがミラクルヤンの魔術から同盟市民を守り抜く象徴的な選挙区ではありませんか!』
トリューニヒトは握り拳を掲げ、力強い弁舌を振るう。それとは対照的にシークレットサービスが冷徹なまなざしで周囲を警戒する。
『このハイネセン1区から私たちの答えを示そうではありませんか!』
いいぞ! と民衆が同盟国旗を振る。
『銀河帝国の、脅かしに、屈しては、ならないのです!』
トリューニヒトは言葉を区切り、人差し指を立てながら大見得を切った。歓声が爆発した。
『そのためにも強い外交力、経済力を以て銀河帝国と対峙して参ります。ヤマト作戦で地球はカルト宗教の汚染から解放された。企業を誘致し、雇用を創出してまいります。GDP、有効求人倍率はⅤ字回復した! 私は知っている。トリューニヒトドクトリンの成功は同盟市民の力があってこそだと!』
トリューニヒトは平手で市民を示し、深く頭を下げるパフォーマンスをやってのけた。
『皆さん、軍人しかいないアマチュア政党をなめてはいけません。ヤンはいずれ第二のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムとなるでしょう』
第二のルドルフ裏切りヤンを許すな! コールが繰り返される。
『同盟の主権を、市民の暮らしを、子供たちの笑顔を守り抜く! 政権担当能力があるのは私たち民主自由党であります! どうかミラクルヤンに騙されることなく、清き一票を! 同盟を、取り戻す!』
演説は終わった。
それをヤンたちは街頭の立体テレビジョンで観ている。
大型地上車の屋根にはパネルスクリーンが四方に設けられ、自由惑星同盟の公職選挙法に従って事前審査されたヤンの映像とキャッチコピーを繰り返し投影する。
ポプランがハンドルを握り、アッテンボローとフレデリカとユリアンが手を振る。彼らが選挙運動員だ。
『エルファシルの英雄、ヤン・ウェンリ―! ヤン・ウェンリー! ハイネセン1区から、民主共和政治を守るため、政界に挑んでまいります』
微妙にシュールだが選挙とはこういうものだ。
そうしてトリューニヒト陣営の演説会場の前に差し掛かった。
『トリューニヒト候補、お疲れ様でございます。共に頑張って参りましょう』
これから同じ場所でヤンの集会が始まる。
現実の政治家っぽく描き過ぎるとらいとすたっふルールに抵触しそうな感がありますが、トリューニヒトを深みのある悪役っぽく描きたいところです。
ご意見お待ちしております。辛口でも歓迎です。
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第18話『ヤンは何を語る?』
すでに観衆の何人かが帰り始めていたが、代わりにヤン目当ての有権者がぞろぞろとやってくる。
サクラではない。
トリューニヒトの観衆が参加企業のサクラや地球教徒や憂国騎士団を一般市民に偽装させたものであるから、それら水増しなど一切ないヤンの集客力はとてつもないものだ。
改新党のポスターやヤンのポスターが立体映像で中空に浮かぶ。
ヤンは普通のマイクではなく、頭に装着できるヘッドセットを使う。ノーネクタイに濃紺ののジャケットにスラックスだ。
ミラクルヤン! ミラクルヤン! ミラクルヤン! 有権者の声がこだまする。
ヤンは選挙カーの屋根に上ると、手もみしながら皆が静まるのを待った。
『ありがとうみんな、ヤン・ウェンリーです。どうぞよろしく』
エルファシルで俺も救われたぞー! 私も! と市民らがアジテーションを贈る。フレデリカがにっこりとほほ笑んだ。
『英雄の演説とやらを始める前に、少しだけわがままを聞いてもらってもいいかな?』
有権者が顔を見合わせる。
『救国軍事会議事件で亡くなったジェシカ・エドワーズ代議員は私の友人だった。犠牲になったのは彼女だけじゃない 皆の家族、友人、知人、恋人も同様だろう。同盟の歴史の犠牲になった人々に一分間の黙禱を捧げたい』
ユリアンが空気を読んで呼び掛ける。
『黙禱』
皆が目を伏せ、これまでの自由惑星同盟の歴史に思いを馳せる。
『皆、黙禱に応じてくれてありがとう。自由惑星同盟の歴史は銀河帝国との戦いの歴史であった。全ては市民の権利を守るために。裏切りヤンとはよく言ったものだね。軍人の僕が衆議院議員になるというのだから。しかも銀河帝国から首相候補に内示を受けている』
聴衆が心配の眼差しを向ける。
『だが僕にはビジョンがある。少なくとも、愛国心をいたずらに振り回し後ろから演説するだけのタレント政治家にはならない。できることはできる、できないことはできない。だが全ての責任は内閣総理大臣である僕が背負う』
これはユリアンが書いた原稿だ。皆が演説に真摯に向き合う。
『民主共和制を実現するために多大な流血があった。同盟政府から給料をもらい祖国を防衛していた僕が、銀河帝国から総督に任命され、帝国の国益と同盟市民の権利の板挟みの立場になるなんて思いもよらなかったし、それを裏切りと取る人は多いだろう』
『だが僕にはビジョンがある。帝国の国益と同盟市民の権利が対立した時は、同盟市民のためにカイザーラインハルトに対しても逆らうことを厭わない!』
だが僕にはビジョンがある、と繰り返すヤン。
皆が拍手を贈り、指笛を吹く者もいる。
『カイザーラインハルトは民主主義の人間として僕を高く買ってくれた。ならば僕はそれに応える。たとえ矛盾を孕んでも、銀河帝国と同盟の衝突を防ぐクッションでありたい。そのための職が新設される銀河帝国内閣総理大臣というものなんだ』
ヤン総理大臣が誕生し、カイザーラインハルトを象徴的儀礼的君主にすれば、全宇宙の統治者はヤン・ウェンリーになる。
だがヤンはそれも快く思っていなかった。
『銀河帝国が負けても、自由惑星同盟が負けても、どちらもだめなんだ。共に生き、共に暮らす。共存の道を探ろう。今まさに、衆議院と貴族院の二院制により両国の民意が提案されるしくみをカイザーラインハルトと考えている!』
歓声が上がる。
『もうファーストネームで呼び合う仲になったラインハルトだけど、僕に対等の友人として扱うと言ってくれた。ならばその立場を最大限に使って、皇帝の勅令を民主共和の立場から首相として修正して実行する。みんなの手で憲法を作ろう! 専制君主の権力を立憲主義の力で抑えて、市民の自由をつくるんだ!』
3秒スピーチのヤンはどこへやら。つかえが取れたように、等身大の思いを市民に話し、夢を市民と共有していく。
ヤンは政治家らしくなった。
『さて皆、もうすぐ戦いが始まる。かかっているものはたかが国家の存亡だ。だからこそ負けるわけにはいかない。僕は決して同盟市民を見捨てない。エルファシルで200万人を救ったあの時のように!』
あたたかい拍手の中、ヤン・ウェンリー衆議院議員候補は演壇から降り、夜空を見上げた。
夕陽は沈み、辺りは仄暗くなる。
星は天空に満ちて優しく繊細に輝く。
「星を見ておいでですか? ヤン提督」
フレデリカが言う。
「ああ、星はいい、いつまでも宇宙で輝き、僕たちを見守ってくれている」
「確かにあの星々に比べたら、私たちの戦いなど取るに足らないものなのなのかもしれませんね」
無限の星々が銀河帝国初代内閣総理大臣の前日譚を祝福した。
ヤンがキャラ崩壊してるかな?
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第19話『ミラクルヤンに花束を』
改新党ハイネセン1区選挙支部とヤン・ウェンリー後援会の二つの政治団体の事務長はオーベルシュタイン、会計責任者はキャゼルヌがそれぞれ兼務していた。
大型商業施設のテナントを借りたヤン・ウェンリ―選挙事務所。
公設第一秘書のオイゲンリヒターと公設第二秘書カールブラッケのおもな役目は政策立案の方面であり、選挙の実務はパウル・フォン・オーベルシュタインが一手にまかなっていた。
無論、キャリア官僚と冷徹なマキャベリストだけでは摩擦を生むし、民主主義の選挙の実像に疎いので、エドワーズ委員会の選挙プランナーが事務所に詰めていた。
ちょうど昼飯時、事務机にて無表情でパソコンを叩くオーベルシュタインの傍ら、ソファーには両公設秘書が腰を沈め、選挙プランナーがポスティングの印刷物の手配について報告し、印刷会社の営業部長が同席する。
「……ではそういうことで」
営業部長が席を立ったところで、後援会長のビュコックが呼び止め、チュン・ウー・チェン特製のサンドイッチを勧める。
営業部長が手を伸ばしたところでオーベルシュタインが立ち上がった。
「受饗応になる。それは駄目だ」
「オーベルシュタイン君、それはいかんじゃろ」
……という一幕があった。結局オーベルシュタインが引き下がった。
* *
「ふー」
指示されたエリアのポスティングを終えた青年部長のポプランがホットドッグのキッチンカーに立ち寄り、ドリンクと合わせて注文する。
ドリンクが先に出てきてポプランがひとくち口に含むと、店員の女の子が彼の正体に気づいた。
「ポプランさんですよね、選挙どうですか?」
「我らがミラクルヤンの魔術にかかれば、お茶の子さいさいさ」
「期日前投票でもう入れておきました!」
「ありがとさん」
「ほう? 余裕そうだね」
そこにいたのは──40代で国防委員長から最高評議会議長に上り詰めた扇動政治家だった。
「辛口で頼むよ」
「は、はい」
トリューニヒトは目を閉じ、余裕の笑みで静かにホットドッグを嚙んでいく。
「ふむ。旨い」
包み紙をぐしゃぐしゃに丸めて、片手でダストボックスに放り込む。
ピン札を渡し、トリューニヒトは黒塗りの高級車に乗って去っていった。
……というちょっとした事件をポプランはやけに印象的に感じていた。
* *
そうして迎えた投開票日。
ハイネセン1区は非常に広大なので集計に時間がかかる。
選挙事務所のフロアではテレビモニターや電子端末とにらめっこして、あるいは番組をつけっぱなしにして開票速報を見守っていた。
ヤン・ウェンリーはソファーに寝っ転がり、レジュメに目を通している。
『この時間は、予定を変更して衆議院選挙開票速報の模様をお送りします』
司会者と若い女子アナ。それと中年の政治部デスクに女性の元新聞社社長がスタジオに立つ。
『今回の選挙戦、争点は何でしょう?』
『はい。今回の選挙では、ヤンウェンリーの政界進出というビッグイベントがあったものの、究極的にはトリューニヒト議長率いる民自党による現政権を支持するか否かを問う政権選択選挙であるといえます』
『経済外交安保の強化を唄うトリューニヒトドクトリンに対する街の声を聞きました』
ここで街頭インタビューのVTRが流される。
『資源開発公社に務めているんですよ私。地球開拓で事業と雇用を確保するトリューニヒトドクトリンを支持します』
『ヨブさんが頑張ってくれるでしょう』
『ここで銀河帝国皇帝陛下と中継がつながっております』
ラインハルトは選挙事務所の別室で同盟マスコミの取材に応じていた。
『よく聞こえる』
『カイザーラインハルト陛下、今回の受け止めをお願いいたします』
『私は同盟市民の賢明な判断を信じている。それしか言えないが、今回並行して実施された最高裁判所裁判官国民審査でウルリッヒ・ケスラーを長官に信任していただいた。彼の公明正大な人柄は私が保証する』
『カイザーラインハルト陛下、お忙しいところありがとうございました』
アシスタントディレクターが原稿を差し出す。
『ここで大勢が判明しました──』
『改新党、エドワーズ委員会、合わせて過半数獲得です!』
ピロリン、とニュース速報のテロップが鳴る。
【 BREAKING NEWS 改新党とエドワーズ委員会の革新勢力、過半数獲得。政権交代確実へ 】
歓声が爆発し、パイプ椅子をガタガタと蹴り飛ばして皆が一目散にヤンに群がった。
ローゼンリッター連隊がヤン衆議院議員を胴上げし、フレデリカが抱き着いた!
宇宙歴799年の冬。
銀河帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムの寛大な御心のもとに玉座からの革命が実行された。
民主共和制の聖地はイゼルローン要塞やバーラト星系のみならず、自由惑星同盟という広大無辺な領土にてあまねく保障され、アーレ・ハイネセンの自由を渇望する心は銀河帝国自由惑星同盟のみならず全人類の歴史を塗り替えたのである。
全人類の統治者たる銀河帝国皇帝と、全人類の民主主義の擁護者たる内閣総理大臣の枢軸政権が、銀河を変える!
頂いたご感想からホットドッグのシーン入れさせていただきました。
次回から第六章です。お楽しみください。
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第六章「レコンギスタ」
第20話『内閣総理大臣就任式典』
宇宙歴800年。この日のハイネセンは冬にしては異常なほど暑く、人々は不気味な凶兆を覚えていた。
が、帝国同盟双方にとっての一大行事の挙行に制動はもはやかけられなかった。
ある不審な男がいた。黒いフードで顔を隠し、ポケットからリモコンのようなものを取り出す。
ハイネセンのシークレットサービスが通りかかるが、とくに見咎める様子もない。
「花粉は飛んでいますか?」
「私は杉の木こりです」
謎の符牒を交わし、シークレットサービスが紙片を渡す。それに従い男がリモコンのパスコードを認証。
『こちら警護001、ゼッフル粒子の点検作業に入る』
『本日は暑いため、ミストを撒きます』
会場に妙なアナウンスがあった。
銀河帝国初代内閣総理大臣ヤン・ウェンリーは就任式典に臨む。
銀河帝国皇帝の親臨はもちろんのこと。三権の長として立法府からジョアン・レベロ衆議院議長、フランツ・フォン・マリーンドルフ貴族院議長。司法府からはウルリッヒ・ケスラー最高裁判所長官が参列する。
最高評議会ビルを改装した首相官邸では敷地内にステージが設けられ、帝国と同盟双方の旗が交互に飾られる。
ケスラー最高裁長官が漆黒の法服を身にまとい、ヤンの前に恭しく立つ。
『それでは右手を上げてください』
ヤンは平手を示し、もう片方の手を同盟憲章に置く。同盟憲章はフレデリカが持つ。
『復唱してください。私ヤン・ウェンリーは』
『私ヤン・ウェンリーは』
『厳粛に誓います』
『厳粛に誓います』
『銀河帝国内閣総理大臣として』
『銀河帝国内閣総理大臣として』
『自由惑星同盟の民意を衆議院を通じて代表し、銀河帝国皇帝と協議し、民主主義を擁護します』
『自由惑星同盟の民意を衆議院を通じて代表し、銀河帝国皇帝と協議し、民主主義を擁護します』
『市民の市民による市民のための政治を』
『市民の市民による市民のための政治を』
『歴史に恥じることのないように』
『歴史に恥じることのないように』
歴史に恥じることのないように、それはヤンが自戒として盛り込んだフレーズだった。
宣誓が終わるとケスラーが微笑み、行政府の長に握手を求めた。
『おめでとうございます。ヤン閣下』
『ありがとう。ケスラー長官』
続いて、内閣総理大臣が深く頭を下げてから歩み出て、皇帝から辞令が交付される。
同時に花火が打ち上げられる手はずになっている。
その時、ラインハルトは常勝の天才ゆえの嗅覚で危険を察知した!
祝砲が打ち上げられた。が、予め空中に散布されたゼッフル粒子に引火!
会場の一角が爆発し、民衆の歓声が怒号と悲鳴に変わった。
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第21話『銀河系大戦勃発の危機!飛べ、ブリュンヒルト!!』
サブタイトル、あらすじ加筆しました。
「大丈夫か!?」
皆が一斉に同じ言葉を叫んだ。
式典会場を襲ったテロ事件、会場ステージが白煙に包まれる中、我らがヤン総理大臣はフレデリカを庇いながら地面に伏せ、顔だけ起こし咳き込む。
ラインハルトを親衛隊がかばい、フロイラインマリーンドルフがマリーンドルフ貴族院議長を助け起こす。
レベロ衆議院議長が立ち上がり、すみやかに情報収集する旨みずからの秘書に言いつける。レベロは二手三手先を見越し、万が一の議会緊急集会に備えて、無事な議員の安否確認を取ろうとしていた。
レベロはさらに考える。まだヤン・ウェンリーは衆議院で首班指名、内閣総理大臣任命されたばかりで、閣僚の選任すら終わっていない。
そして今は、誰が敵で誰が味方かわからない。
発砲音が聞こえてきた。もう猶予はない!
「ブリュンヒルトに皆を乗せるか!?」
「なりません陛下」
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将が軍事的見地から意を唱えた。
「ここで皇帝陛下、内閣総理大臣、貴族院議長、衆議院議長、最高裁判所長官の全員が同乗すれば、格好の標的となります」
このままではブリュンヒルトがいわゆる内閣総辞職ビームを喰らいかねない。
「私も同意見です」
ヒルダも頷いた。
「わかった。従おう。立法府と司法府の皆は分散して脱出せよ。その指揮はミッターマイヤーとミュラーが取れ」
「御意!」
「ビッテンフェルトは黒色槍騎兵艦隊を猪突させ、敵の包囲網を食い破れ!」
「御意!」
「ロイエンタールは姉君を連れて逃げよ」
「はっ、すでにそのように」
「ラインハルト、まずはハイネセンの旧最高評議会地下危機管理センターを掌握する必要があると考える」
内閣総理大臣は皇帝を呼び捨てにして進言した。
「同意だ。だがハイネセン当局が敵か味方かわからぬではないか」
と、上空から爆発音が響く。
見れば、ブリュンヒルトが中性子ビーム砲で艦砲射撃をしながらガンシップのごとく上空を旋回しているではないか、右へ左へ半円の孤をなぞるようにバレルロールし戦闘機のごとく軽やかな機動で敵の対空砲火を躱していく。
それは白鳥そのものだった。
艦長はどんな操艦をしているのか。
『こちらユリアン・ミンツです。ラインハルト陛下、ヤン総理、聞こえますか!?」
艦長ではない。ただの天才だ。
「よく聞こえるよ、ユリアン」
『負傷した艦長らから一時的にブリュンヒルトの指揮を頼まれました! 僕が囮となり敵を惹きつけます!』
いいのか? と帝国側の幕僚が互いに目線を交わす。
「構わぬ! ユリアン・ミンツ、ブリュンヒルトを任せた!」
『捕虜によれば、地球教であることを自白しました』
「了解だユリアン。我々は最高評議会ビル地下危機管理センターをこれから掌握する」
『ヤン提督、いやヤン総理もハイネセンから脱出なさってください!』
『ユリアン、それはできない。私は首相だ、皇帝を輔弼し市民を守る義務を負う。国民を見捨ててここを離れることはできない』
ヤンは確実に総理大臣として鋼の意志を持ちつつある。
そこへ会場の警備に当たっていたローゼンリッター連隊が駆けつけ、ラインハルトとヤンを守るために陣形を組んだ。
「カイザーラインハルト、亡命の身ながらお守り申し上げる!」
ワルター・フォン・シェーンコップが斧を構え、薔薇が刻まれた装甲服でラインハルトとヤンを守る。
ブリュンヒルトからワルキューレが展開される。
「ポプラン、コーネフは制空権を確保!」
「了解!」
「オーベルシュタイン、オイゲンリヒター、カールブラッケ、予と同行せよ、危機管理センターにて組閣を行う』
彼らは地下危機管理センターに向けて走り出した。
途中、ラインハルトは妙な報告を聞いた──ロイエンタール艦隊、地球へ向けて発進!? と。
ご感想お待ちしております。
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第22話『トリューニヒトよ、貴様はなぜ悪魔に魂を売ったのか!?』
太陽系第三惑星地球こそが地球教の聖地であり、トリューニヒトの新天地であった。
ハイネセンの騒乱状態と時を同じくして、前自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトは演壇に立ち、超光速通信で全宇宙全銀河に声明を発した。
トリューニヒトはスーツに喪章を着け、演壇に上がる。
『……本日、ハイネセンの内閣総理大臣就任式典において不幸な事件がありました。自由惑星同盟領で地球教徒が武装蜂起し、全銀河を混乱状態に陥れたのです』
パシャ、パシャとシャッター音が鳴る。この瞬間にも騒乱状態は続いている。地球教はトリューニヒトと蜜月関係にあるのに白々しいことだ。地球教と癒着しながら表では地球教とプロレスし、利権を生み出している。
『銀河帝国皇帝と三権を担う内閣総理大臣、衆議院議員議長、貴族院議長、最高裁判所長官の安否が不明となり、すでに政府機能は喪失しております』
『しかし、その中にあって唯一地球教の汚染から免れ得たユートピアが、まさに地球そのものなのです。我々は母なる大地を、専制主義者と狂信者から守らねばならないのです!』
ヤマト作戦で教団が掃討された地球をトリューニヒトは本拠地としようというのだ。
『私、ヨブ・トリューニヒトは全人類の歴史に巨大な転機が訪れたことをここに宣言します。この宣言を行う立場にあることを私は深く喜びとし、かつ誇りとするものであります』
『先日、一人のか弱い姫君と、誇り高き騎士が我らが自由惑星同盟に亡命を申し入れてきました。すなわち、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト大公妃! オスカー・フォン・ロイエンタール元帥! その二人であります』
さしずめ愛の逃避行がトリューニヒトが担ぐ神輿となった形となった。
『既にハイネセンの大企業、国営公社はドライアイスの箱舟で地球に新天地を求めつつあります! 私はここに、グリューネワルト朝およびレコンギスタ銀河連合王国の樹立を宣言するものであります!』
* *
『最高評議会ビル地上部分、2628から2630まで敵が制圧!』
『ハイネセン公安当局は我々に協力すると言っていますが──』
『評議会ビル10番街、倒壊!』
『地球教と市民の衝突が続いています!』
『トリアージ急げ!』
『ヤン総理大臣を守れ!』
『オーディンに救援を要請しろ!』
『トリューニヒト派は我々を殲滅するまで徹底的にヤン政権を倒閣するつもりだ! 地球教を使って!』
──もう、やめてくれ。
──これ以上、僕らの国民を殺さないでくれ。
危機管理センターには血達磨となったハイネセン市民らの救援活動の様子がモニターで映される。モニター越しにも鉄血のにおいが鼻を衝く。
総理大臣席にてヤンが手で顔を包み、うなだれる。
対照的にラインハルトはいきり立つが、ヒルダ嬢とオーベルシュタイン官房副長官に諫められ、玉座に力なく腰を下ろす。
ヤンは背もたれにぐったりと体重を預け、惨状から目を背けるように椅子を回して思案したのち、やおら立ち上がった。頭を垂れ
重々しい足取りで数歩歩いたのち、騎士のようにラインハルトに跪き、こうべを垂れた。
「皇帝陛下、内閣総理大臣として勅令に基づいて奏上します」
「ヤン総理?」
「──降伏しよう、もう勝ち目はない」
「ヤン、何を申すか! あの愚劣なトリューニヒトがごときの策謀に負けハイネセンを売り渡すというのか!?」
ラインハルトがヤンのスーツの胸ぐらを掴む!
ヒルダとフレデリカが一瞬虚を突かれるが、やや遅れて二人を引きはがそうとする。
「陛下、おやめください!」
「あなた!」
「卿はミラクルヤンだろうが! 考えろ、考えて考えて考え抜いて、人々を救ってきたのが卿ではなかったのか!?」
「同盟市民にこれ以上犠牲を出すことはできない!」
「これは銀河帝国皇帝としての命令だ!」
「無茶な命令には反対する権利がある!」
引きはがされ、息を切らしながら、にらみ合うラインハルトとヤン。
「──それでいいんですかっ、それでいいんですか!?」
ユリアン・ミンツは皇帝と内閣総理大臣を糾弾した。
二人は息を切らしながらにらみ合う。
「馬鹿だ、みんな大馬鹿だ」
ユリアンは懐から拳銃を取り出し、カイザーラインハルトに銃口を突きつけた!
「ユリアン!?」
「もっと早くこうするべきだった……!」
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第23話『若きユリアンの反乱!!』
内閣危機管理センターの官僚たちは目の前の仕事に向き合いながらも、険しい面持ち、あるいは心配そうな面持ちで銃を取り出したユリアンを横目で見る。この期に及んではもはや銃騒ぎも止めるべくもない。
ユリアンは拳銃を突きつけながらも切ない顔になって懇願した。
「お願いします、全員を救う方法があるんです!」
「しかし、今ここを離れる訳には……」
ユリアンは大人の喧嘩に割って入った形だ。
その時、危機管理センターの防護扉が開いて、アドリアン・ルビンスキーが車椅子で現れた。
「策ならある!」
「自治領主」
「地球教の催眠を解除する特殊な周波数帯がある。それを使えば地球教徒は無力化されるはずだ」
それはかつてフェザーンが地球教を制御するための技術だった。
「そうです、その電波に乗せてメッセージを送って、地球教の戦意を失くさせるんです!」
皆が静かに対峙する中、くぐもった爆発音が響いた。
ユリアンは拳銃を下ろした。
「こんな拳銃なんか、大砲やミサイルやビームなんか、何も生み出さない。壊すだけだ。それはカイザーラインハルト陛下もわかっているんじゃないですか。だから戦争をやめてヤン総理大臣のもとで平和を目指そうとしたんじゃないんですか!? なのにヤン総理に対する態度はなんだ!」
年下のユリアンに諭され、ラインハルトは目を見開いて後づさる。
「ヤン総理もそうです。政治と現場に挟まれて判断をしなくちゃいけない。でもそれはどんどん悪い方に向かっていく気がしてならないんです。理想と現実の間で妥協し、苦渋の決断を重ねて、諦める──それじゃいけないんです!」
ヤンはユリアンの成長を嬉しく思い、目頭を赤くしながら聞く。
最年少のユリアンの熱弁に、官僚らも立ち上がり真摯に聞く。
「武力と平和、政治と軍事、国と市民、バラバラじゃだめなんです! ここにいる全員が力を合わせて、団結しなければ乗り越えられないんだ!!」
ラインハルトとヤンが視線を合わせ、ため息をつく。
「……それでも、おふたりがわかってくれないと言うのなら、僕ひとりでやります」
「おいユリアン!」
「待て! ユリアン・ミンツ」
カイザーラインハルトとヤン首相の静止を同時に振り切る。
「さよなら」
* *
ユリアン・ミンツが次に現れたのはブリュンヒルトのもとだった。
地上でアンカーと搭乗橋を降ろし武勲艦が羽根を休めている。
マシェンゴらが敬礼で迎える。
「戻られましたか。ミンツ中尉……カイザーとヤン総理の説得はうまくいかなかったようですね」
「はい……」
ユリアンはベレー帽を取り、俯く。
「とはいえ、フェザーン自治領主の協力は得られているんです、作戦を決行しましょう」
「誰が協力しないと言った?」
風が吹き、背後から神々しい光が照らした。
そこに現れた人物こそ、まさに、銀河帝国皇帝、ラインハルト・フォン・ローエングラムその人であった!
「早く乗れ、すぐに出すぞ」
「「カイザー!?」」
* *
「どういうつもりです!? 作戦を許可する代わりに、自分も連れてけだなんて。僕はあなたに銃を……」
搭乗橋を登りながら、ユリアンはラインハルトの背中に問いかけた。
「もっと早くこうするべきだった、お前は正しい。宇宙は複雑で残酷だ。皆がそれぞれの信念から群雄割拠し、奪い、殺しあう。だから予は皇帝の地位を欲した」
ラインハルトは上だけ向いて階段を一歩一歩上がっていく。
気高き声色でユリアンに正しき人間のあり方を説いていく。
この階段か未来へのステップのような演出に思えた。
ラインハルトのマントが格好良く翻る。
「忘れていた。予は姉上とキルヒアイスのために、ささやかな愛のために銀河に戦いに乗り出したのに、時流で皇帝となり、民衆を、いや、市民のみんなを支配する対象と思い込み、暴君となりかけていた」
ラインハルトは自分に言い聞かせるように語る。
「俺は愚かだった。ヤンにだけ責任を負わそうとしていた。今からは姉上とみんなを守るために戦う! ロイエンタールをぶん殴って連れ戻す! 俺はもう家族を失いたくない!」
搭乗橋の最上部に差し掛かると、ラインハルトはナチュラルな笑顔でユリアンに平手を差し出した。
「ユリアン、夢を壊すな、夢を追うんだ! 光の橋を越えて!!」
同時に、ヤンからラインハルトに通信が入る。
「君の悲しみは君だけのものか、君が背負う孤独は君の命限りか!」
ヤンはひとりで戦おうとするラインハルトを叱咤する。
「確かに産み落とされた命、なら、銀河帝国内閣総理大臣として最後まであらがう! 最後までラインハルトを補佐し、最後まで同盟市民を守る!」
ラインハルトもまた、ひとりではなかったのだ。
ノーネクタイのヤンはどこへやら、危機管理センターで、スーツを着込みネクタイをびしっと締めたヤン・ウェンリー内閣総理大臣が決然と最高指揮官席に座った。
「全艦反転せよ、ユリアンの作戦を決行する! 志ある者はカイザーに続け! 残る者はヤン総理大臣に従え! フェザーンの秘匿兵器で地球教を無力化し、トリューニヒトを倒す!」
宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥の号令のもと、ハイネセン衛星軌道上で銀河帝国宇宙艦隊の大集結が繰り広げられた。
次回第七章です
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第七章「銀河系大戦」
第24話『ハイネセン救出作戦!フェザーン回廊を超えて征け!!』
フェザーン回廊を占領し、地球教の洗脳を解く周波数装置を持ち出す大役を承るのは、神速の用兵を尊ぶミッターマイヤー、ミュラー、ファーレンハイトをおいて他には考えられなかった。
『識別コードを確認する。これよりリバースシステムを持ち帰る帝国宇宙艦隊をヤマト艦隊と呼称』
『周波数中継艦、フェザーン回廊の要所に展開』
『同盟艦隊より帝国艦隊に打電、航海の無事を祈る』
帝国軍と同盟軍が互いに敬礼を交わす。
自転と公転を繰り返す星の陰、アルテミスの首飾りの残骸と小惑星帯に隠れて集結していた銀河帝国宇宙艦隊は、自由惑星同盟宇宙艦隊の援護射撃を頼みに、宇宙の彼方フェザーンへ運命背負い今飛び立つ。
一方カイザーラインハルト率いる地球カチコミ艦隊の編成も並行していた。
未来を守る若者たちの戦い。ハイネセンに残りその背中を守る陣にはビュコック、メルカッツら老将が名乗りを上げた。
ビュコックはベレー帽をかぶり直し、チュン・ウー・チェンからウイスキーを注がれる。
メルカッツは腕を組み目を伏せ、これからの戦いに思いを馳せた。
* *
ヤン・ウェンリー内閣総理大臣は肝が据わった、というより、人が変わったようにハイネセンにあってどっしりと構える。官僚が決裁をもらいに来るときも今まではヤンの方から出向いていたが、今はヤンが席にどっしりと座り、官僚が恭しく首を垂れる。
ヤン・ウェンリーは暫定内閣を組閣。組閣人事は直ちにオンラインで皇帝が認証した。その陣容は以下のとおりである。
内閣総理大臣
ヤン・ウェンリー
財務大臣
オイゲン・リヒター
内閣官房長官
ホワン・ルイ
内務大臣
パウル・フォン・オーベルシュタイン
軍務大臣
シドニー・シトレ
文部大臣
エルネスト・メックリンガー
産業大臣
シルヴァーベルヒ
民生大臣
カール・ブラッケ
国家安全保障担当内閣総理大臣補佐官
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ
内閣総理大臣政務秘書官
フレデリカ・グリーンヒル
尚、閣僚の過半数を帝国から選任したこと、女性がいないことは後世の政治学者の論争のテーマとなった。
ハイネセン臨時政権は地球カチコミ艦隊、ヤマト艦隊に未来を託し、行政府を発足させた。
* *
ミッターマイヤー率いるヤマト艦隊はフェザーンを掌握。これで催眠解除装置は手に入れ、後はヤン総理大臣の演説を待つばかり。
地下危機管理センターとのダイレクトラインで報道各社にもたらされたは、アーレ・ハイネセンが炭鉱で労働していた頃に暗号として用いていたモールス信号の一種だった。
【 ハイネセン市民らよ、反撃の時が来た。 】
【 これは時間との戦いである 】
【 以下の要請にすみやかに従ってほしい 】
【 放送局の被害を再確認。教徒の侵入を許した電波塔は放棄せよ。 】
【 フェザーンの秘密兵器で地球教徒の催眠を解除する。】
【 恐れるな。ミラクルヤンは我らとともにある。 】
危機管理センターに設けられたスタジオでは、ヤン総理大臣の演説が始まろうとしていた!
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第25話『総理にされた男』
『Bカメラスタンバイオーケーです』
『正面のライト、もっと明るく』
『周波数装置、リンク良好』
──聞こえているか、ラップ。
──聞こえているか、ジェシカ。
これがヤン・ウェンリー、一世一代の演説だ。
『本日。私はヤン政権を組閣しました。様々な困難や苦しみがハイネセンを包む中、自分だけが地下シェルターにこもり、指図だけをする立場となったことにはもどかしく思いますが、だからこそ、等身大の言葉で語り、トリューニヒト前議長にも聞いてもらうためこのスピーチをセッテイングしました』
ヤンは神妙な面持ちで語りだした。
『カイザーラインハルトが私を首相に推挙した経緯は、市民の皆様がご存じのとおりです。責めるなら私一人だけを、殺すなら私一人だけを狙えばいい、立憲君主制においては皇帝に助言と承認をし国政の全責任を負うのは首相なのですから』
確かに、立憲君主制で理屈を言えばそうだ。首相に全責任がある。がそれは同時にヤンの過剰すぎる責任感が決壊寸前であることを示すものではなかったか。
スタジオでフレデリカが心配そうに見つめる。ヤンはばつが悪そうに微笑んで大丈夫であると示した。
『正直に言いましょう、私の責任感、義務感、使命感の源がトリューニヒト政治を間近で見てきたゆえの、彼よりましに政治ができるだろうといううぬぼれであり、民主主義を守るためと言いながら、思考の本質においてはかのルドルフ・フォン・ゴールデンバウムのそれと等しいのです。トリューニヒト前議長のおっしゃることはまことに正しい』
ヤンは大胆にも自身をそう分析した。
『私の首相就任構想がカイザーラインハルトとの個人的友誼ゆえであることは否定しません。だけれどもあの時私は胸を打たれた。私と対等の友人となり皇帝と首相として協議しながら理想の政治を目指すというラインハルトの青臭い夢が、それを語るまなざしがあまりにも真摯でまっすぐなピュアなものだったからです』
ヤンにも政治に対して思うところはさまざまある。
『ラインハルトと私は主従ではない。対等の友人だ。彼とは理想を共有できる。国あっての国民ではなく、国民あっての国だと。政治とは愛国心の賛美ではなく、国民の衣食住の保障であるはずだ』
ラインハルトとヤンの共通項だった。
『何度でも言う。総理大臣なんてそんなに偉いもんじゃない。行政のまとめ役でしかない。だからこそ、みんなのために、みんなの幸福のためだけに働く。このことは天地神明に誓って本当だ』
『だけれど、それでも、もしもトリューニヒト前議長が勝ったら、それは彼の正義が通ったものとみなし、私は内閣総理大臣を辞職します』
『だが私は信じる。ラインハルトがロイエンタールをぶん殴ってでも連れ戻し、アンネローゼさんと再会できることを』
それはラインハルトへの信頼の裏返しでもあった。
* *
地球をレコンギスタの拠点と定めたヨブ・トリューニヒト。彼ににもたらされたのは良くない報告だった。
「地球教徒の洗脳が解けていきます!」
「敵はフェザーンの秘匿兵器を使った模様!」
「ハイネセンの破壊工作活動、停滞しています」
地球と月のラグランジュポイント。宇宙空間に虹色の花が咲き、黒色槍騎兵艦隊に先導されて戦艦ブリュンヒルトが出現した。
ビッテンフェルトは艦橋で腕を組み、二っと笑った
『マインカイザーに告ぐ、我に続け』
その打電を聞いたラインハルトは高笑いした。
「ははは、ビッテンフェルトはよくやってくれる!」
皇帝直卒艦隊が地球を包囲し、銀河系大戦の火蓋が切られた!!
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第26話『激突!ブリュンヒルト対トリスタン』
銀河帝国皇帝直卒艦隊による地球の包囲!
この期に及んではトリューニヒト派の企業群のうち良識がいくらか残っている者たちはラインハルト陣営に逆亡命をせざるを得なかった。彼らの民間宇宙船が艦隊に合流し、ラインハルトも寛容をもって逆亡命を許した。但し地球教徒であるかどうかは背後関係が徹底的に洗われた。
ロイエンタールを生け捕りにし、アンネローゼを救出し、トリューニヒトを討伐するこの最終決戦は三重の困難をきわめた。ラインハルトはどう臨むのか!?
ブリュンヒルトに相対するはロイエンタール艦隊。が、誇り高きロイエンタールは乱戦を好まなかった。
『こちらはオスカー・フォン・ロイエンタール。マインカイザーよ、聞こえていますかな』
『こちらブリュンヒルト。よく聞こえる。このような形で卿とは戦いたくなかったものだ』
おや、とロイエンタールは意外に思う。ラインハルトのアイスブルーの瞳に覇気が感じられなかったからだ。
『マインカイザーよ、ブリュンヒルトとトリスタンでの一騎討ちを所望する』
『分かった』
宇宙空間、星々を背景に互いの艦隊陣形からブリュンヒルトとトリスタンが歩み出て、一騎打ちの様相を呈する。バーニアをふかし、加速していく。
ブリュンヒルトの艦首中性子ビーム砲とトリスタンのそれが一斉に火を噴いた!
が、バレルロールでお互いかわす。
突進し、砲撃し、バレルし、入れ違い、反転し、また繰り返す。それがブリュンヒルトとトリスタンの殺陣だった。さながら宇宙艦艇でドッグファイトをやっているようなものだ。
ドッグファイトののち同航戦になり、被弾面積の大きいトリスタンにビームがあたり、破孔から煙が尾を引く。速力が低下し、機関部を狙い撃ちにされる。
やがて混戦状態となった。ビッテンフェルト艦隊か地球へ降下していく。すかさずユリアンは叫んだ!
ロイエンタールもすかさず叫ぶ。
『今です! 突入隊を!!』
『武器を持て! 早く!』
ローゼンリッター連隊の強襲揚陸艇が突入し、装甲服姿の薔薇の騎士連隊が斧でロイエンタールの私兵を倒していく。
ポプランは同行する親衛隊を挑発する。
「こらあ! ノイエサンスーシーイの(表記不可能)野郎ども! お前らの銃は貴婦人のスカートを捲り上げるためのものか!」
親衛隊が顔を歪ませ、キスリングが「そんな訳あるか!」と敵兵を蹴り飛ばし八つ当たりする。
通路でロイエンタールの私兵に挟まれ、背中合わせになるユリアンにシェーンコップは言った。
「ことの軽重を見誤るなよユリアン。カイザーとお前さんはトリューニヒトに会うのが仕事、俺たちはその舞台を整えるのが仕事だ。処刑するなり逮捕するなりお前さんの手で歴史を作るんだ!」
ラインハルトとユリアンが立ちすくむ。
「そうさ、ローゼンリッターの占領地によそ者がいられちゃ迷惑なんだよ!」
優しさを秘めた暴言だった。
* *
艦橋へ辿り着いたラインハルトとユリアン。ポプランとキスリングは艦橋入り口にあって邪魔者か入ってこないよう通路を固めている。
ロイエンタールは指揮官席に腰を沈め、頬杖をついていた。
「マインカイザーでいらっしゃいますね」
「そうだ」
しばしの沈黙。ロイエンタールはやおら立ち上がった。
「マインカイザーよ、あなたは強くあるべきだった。民主共和制に妥協せず、ヤンを討伐し、銀河を武断政治で征服なさるべきだった。今のあなたは仕えるに値しない、優しいだけのカイザーだ」
ラインハルトの目元が震え、眉間に皺を寄せる。
「だが卿はトリューニヒトと手を組んだではないか。そこまで誇り高い卿がなぜ変節したのか!?」
「あくまで政治的に互いに利用しあっているだけのこと。全てはカイザーを倒すため。カイザーを倒し、次はトリューニヒトを倒す」
ロイエンタールは酔っている。血の色をした夢に酔っている。
「姉上はどうしている!?」
「艦内の安全な区画におられる」
「トリューニヒトは?」
ロイエンタールは顎で地球をしゃくった。トリューニヒトは地球にいる。
「姉君のこと、お責めにならぬのですね」
ラインハルトは瞑目し、沈黙を貫く。何か考えがあるようだ。
ラインハルトとロイエンタールが床を蹴り、駆け出した!、
双方がサーベルを持ち、火花と甲高い金属音を散らしてせめぎ合う。
艦橋要員が気を利かせて銃で助太刀しようとするが、
「よせ! 閣下に当たる!」
上官が制した。
切り結び、華麗に舞い、また切り結ぶ。
ラインハルトが身をかがめ、一太刀を躱すと、ロイエンタールの左の鎖骨のあたりにサーベルを突き刺した!
その時、ラインハルトは予想だにしない行動に出た。サーベルを投げ捨てたのである。
……ラインハルトはとどめを刺さなかった。いや、刺せなかった。
「ロイエンタールがどういう価値観を持っているか知らない。けど普通の家庭では、自分の姉を愛してくれた人は家族になるんだ。姉さんを愛してくれたのなら、ロイエンタールは俺の兄ということになる」
そうだ。ずっとこれを言いたかった。
主従関係で照れ臭さを隠していた。
「もう俺は家族を失いたくない、一緒にフェザーンに来てください──兄さん!」
「ラインハルト……」
物陰からおずおずと現れた清楚な女性は、目に涙をためて弟の成長を嬉しく思った。
「!? 姉さん」
互いに向き直り、歩み寄り、駆け出し、抱き合った!
「姉さんも一緒にフェザーンに来てください」
「でも、私」
アンネローゼはロイエンタールに抱かれた身。ラインハルトに遠慮していた。
ユリアンがここで金髪の姉弟に歩み寄る。
「あなたが脱出しないと、カイザーラインハルト陛下もここを離れられないんだ! 馬鹿みたいでしょう。馬鹿なんです、人間って。家族のためなら平気でこんなことをやれちゃうんです。アンネローゼさん、あなたも人間なら馬鹿になってください。ロイエンタール元帥と共に、弟さんと一緒に暮らす勇気を!!」
ラインハルトはヒルダという恋人、ヤンという友人、ロイエンタールという家族を得ていた。
もうかわいそうなラインハルトはどこにもいない。
「ロイエンタール兄さん、家族になろう」
ラインハルトは傷の手当てを受けるロイエンタールの手を両手で握った。
「ラインハルト、立派な大人になりましたね」
この日、ラインハルトに新しい家族ができた。
今回のくだりの元ネタわかる方いるかな?
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第27話『銀河系大戦決着の時!!ミラクルヤンの奇策』
地球教徒反乱軍、以下、賊軍というが、賊軍には式典暴動のどさくさに紛れて亡命した帝国同盟双方の将兵が紛れ込んでいる。その数で勝る賊軍だったが、旗艦トリスタンと総帥ロイエンタールの逆亡命により、指揮系統は混乱していた。
漆黒の宇宙空間に、虹色の波紋が何万も狂い咲く。
ハイネセンの守りを固めるメルカッツを除く、フレデリカ、キャゼルヌ、アッテンボロー、パトリチェフ、シェーンコップ、ムライ、フィッシャーらヤン艦隊幕僚陣が同盟艦隊に分乗して地球に到着。ビッテンフェルトはこぶしを突き上げ援軍の到着に歓喜した。
彼らの土産は指向性ゼッフル粒子の生成装置であった。いったい何に使うのだろうか?
時に、宇宙歴800年2月11日。
フレデリカが彼女自身が作り上げた秘匿回線を開き、帝国同盟連合艦隊の識別コードをヤマト艦隊に戻す旨伝えた。今やヤマト艦隊の符牒は帝国同盟連合艦隊のシンボルとなっていた。
『皆さん、ヤン・ウェンリーからの作戦プランです。コードⅭ4を開いてください』
『帝国支艦隊了解』
『同盟支艦隊了解』
『敵味方識別信号の確認を怠るな』
『帝国同盟の連絡調整官をユリアン・ミンツ中尉に指定』
『では作戦を開始します──
フレデリカがマイクを握り、号令した。
同盟軍艦艇二隻が帝国軍戦艦一隻を牽引ビームでY字状に連結し、帝国艦では推進に回すはずだった余剰エネルギーをもフルで指向性ゼッフル粒子の生成と充填に回す。転送フィールドが工作艦によって用意されている。
ゼッフル粒子を溜めて溜めて、ついに点火した!
轟音。
ワープゲートにぶっとい火柱が送り込まれ、次の出現点で火柱が真空を進撃し、賊軍を艦体を棺桶にして火葬する。
地球を背景に宇宙に爆炎が狂い咲く。
転送工作艦が円陣でゲートを形作る。
その奥ではY字状の戦力単位が横並びの砲列になり、横並びの砲列だが微妙に発射タイミングをずらして絶え間なく火力を叩き込めるようにしている。
横並びの砲列は縦数段に重なり、マルチ隊形を構築する。
『艦隊陣形転換。砲列第一陣、後退。第二陣。前へ』
『第二陣、充填を開始せよ』
『第二陣、発射!』
同盟艦によるY字状の曳航と、それら戦力単位を複数用意した上で、交互射撃で、ワープ転送で、充填時間が極めて長い指向性ゼッフル粒子の爆炎を、速射にして、ぶちかます。
シャフト大将の置き土産から練られたミラクルヤンの作戦構想とそれを具現化したカイザーラインハルトの戦闘指揮は大当たりした。
完全なワンサイドゲームののちに賊軍艦隊は殲滅。組織的抵抗は終わった。
大勢を見届けたトリューニヒトは椅子から立ち上がり、静かに自室へと去っていった。
* *
──私は自治大学を首席で卒業し、法秩序官僚を目指した。
全ては市民の権利のために。
だが、法秩序官僚として国家の権力と市民の人権に挟まれ、私は初志を見失った。
権力に絶望したし、愚民にも絶望した。
民主主義の低能さを証明してやる!
政界進出し、政治家になった。
道化師を演じているうちにそれ自体が快楽になった。
若くして国防委員長に登り詰め、丁々発止の権力闘争で最高評議会議長の座を確かなものとした。
この頃の私は幾度か真人間に生まれ変わるチャンスがあったものの羞恥心からそうできずにいた──
あろうことかラインハルトとヤンが枢軸政権を組み、善政を敷こうとしている。
腕に残るのは医療用麻薬の注射痕。打ち始めたのは救国軍事会議事案で地球教に匿ってもらっていた頃からだ。シラフで政治などできるか。
もう、トリューニヒトの親衛隊はいない。
もう、トリューニヒトは後戻りできない。
流星になって落ちていく地球教徒反乱軍の艦艇の残骸を目に焼き付けながら、ヒマラヤの高原で一人寂しくホットドッグをかじってみる。選挙戦の最中業務用冷凍品を購入したのだ。
少しパサついていたが、旨かった。コーヒーで流し込む。
トリューニヒトは泣いた。慟哭した。どうせ誰も聞いていない。
悪役になり損ねた。ジョーカーになり損ねた。
誰かに認めてほしかった。褒められたかった。友達が欲しかった。人の役に立ちたかった。自分だけの国を作りたかった。
ブラスターを抜き、側頭部に押し付ける。
ブリュンヒルトの舳先が高原に突っ込み、トリューニヒトが弾き飛ばされる!
ラングがその衝撃で生き埋めとなる。
そのままの勢いでジェットパックのようなものを付けたラインハルトが少年漫画の不良兄貴分みたいに拳を叩き込む!
「──トリューニヒトお、歯を食いしばれえ!!」
銀河帝国皇帝が、自由惑星同盟最高評議会議長を、殴り飛ばした!
唾液と血を吐き、トリューニヒトがせき込む。
「目が覚めたか、トリューニヒト。死んで取れる責任などないぞ、トリューニヒト」
トリューニヒトが肩を上下させラインハルトの方を向く。
「予は卿を殺す気になれぬ」
トリューニヒトの目がラインハルトに釘図けになった。
「罪を犯したなら、法によって償えばよい。自分で自分を殺す必要などないのだ」
ラインハルトはトリューニヒトの腕を掴み、自らの手で手錠をかけた。
「ヨブ・トリューニヒト、大量殺戮および大逆の罪で逮捕する」
銀河帝国下級裁判所、上級裁判所、そしてゆくゆくはケスラー最高裁長官が裁くのだろう。きっと待つのは極刑判決だ。
だが、トリューニヒトの顔はなぜか穏やかだった。
銀河帝国皇帝が寛容帝ラインハルトと呼ばれるのはこの頃からである。
トリューニヒトの背景を私なりに解釈してみました。ご感想お待ちしております。
次回第八章です。
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第八章「未来への改新」
第28話『ハイネセンの復興・トリューニヒト容疑者への提案』
ハイネセンの官公庁を借りた臨時首相官邸において、銀河系大戦復興に関する対策会議の関係閣僚会合が開かれていた。
産業大臣シルヴァーベルヒが中心となり、首都星ハイネセン復興の青写真が描かれていた。
のちにヤン首相は復興特措法を、これまた演劇場を借りた帝国議会衆議院に提出。レベロ衆議院議長の調整能力により、与野党が復興特措法に大筋合意。もっとも野党民自党は首魁トリューニヒトを失ったことにより小間切れ状態となっていた。ので強固な反対はなかった。
復興計画には帝国側企業と同盟側企業との連携が進むという一面もあった。フェザーンも事がこうなった以上は帝国と同盟の通商の仲立ちをし、経済的主導権を確立したい構えだ。
ヤン首相は衆議院仮議場のロビーを歩きながらおさまりの悪い黒髪をかきあげ、脳内に復興プランを思い描く。
遺族への戦後補償、トリューニヒト派企業群の扱い、やるべきことは山ほどある。
食堂の前を通りかかった。
フレデリカは地球決戦でハイネセンから離れている。今は彼女の手料理が恋しい。
一応入ってみると、オーベルシュタイン内務大臣が一人で書類をパラパラめくりながらホットドッグをかじり、コーヒーで流し込んでいた。ちなみに犬は食堂の勝手口で鶏肉の余りをもらっている。
「お隣よろしいですか? 」
ヤンはサンドイッチの乗ったトレーを持ってオーベルシュタインに話しかける。
オーベルシュタインは驚きの色を顔にあらわした。
「どうぞ」
オーベルシュタインはパンをちぎりながら席をすすめた。
「ヤン総理、私はあなたを誤解していました」
パンをちぎる手を止め、義眼の参謀は言った。
「ほう」
「組織にナンバーツーは不要。そう思ってきましたが、対等の友人が立憲君主と民選首相として競い合うことで政治によい緊張感が生まれています」
「ほうほう」
国家元首と行政の長が分離し、ルドルフ以前の銀河連邦に戻りつつある。
「政治にナンバーワンは不要です。」
オーベルシュタインは断じた。
「国家の主権者は国民ひとりひとり、皇帝も首相もその下働きをする公僕に過ぎないのです」
「よく言ったオーベルシュタイン君」
レベロ衆議院議長がパスタをトレーに持ちながら歩み寄り、話に加わる。
「ちょうどよかったレベロ議長、お話があります」
「どうしたね?」
レベロはランチを乗せたトレーをテーブルに置く。
「レベロ議長、次の選挙の前に私は内閣総理大臣の地位を降りたいと考えています」
ヤン・ウェンリーはぺこりと頭を下げた。
「それは……」
レベロは驚くが、慰留はしなかった。
「確かに今のラインハルト=ヤン枢軸体制は一時的な戦時体制にすぎない。いずれは文民の首相が必要だろうな」
「そして、それができうるのは、レベロ議長、議長しかいません」
「ふーむ」
レベロは口を波線にした。
「いいのか? せっかく手にした内閣総理大臣の椅子だぞ」
「私は歴史学者ですよ」
「ヤン総理大臣」
官僚がヤンに近づく。
「地球カチコミ艦隊が帰還しました」
* *
どこまでも晴れ上がる青い空を宇宙艦隊が降りてくる。
帝国同盟両臣民市民の歓声の大爆発に包まれながら、凱旋の先陣を切るのは、戦艦ブリュンヒルトだ。
まず搭乗橋に護送車両が横付けし、トリューニヒト容疑者を乗り込ませる。
ラインハルトが降りてきて、ケスラーと敬礼を交わし、法的書類にラインハルトとオーベルシュタインがサイン。
これはラインハルトがトリューニヒトを現行犯逮捕したことを法的に擁護されたことを意味する。
トリューニヒトの身柄は銀河帝国ハイネセン拘置所に送られ、憲兵隊などの聴取が行われる。新体制の文民警察はまだ整備途上なのだ。
手続きが終わったのち、ラインハルトは片手を挙げ、民衆の歓声に応えた。
ジークカイザーラインハルト!
トリューニヒトが逮捕拘禁された喜びで騒ぐ民衆とは対照的にラインハルトは冷静だった。
ラインハルトは民衆に背を向けると、アクセルを踏みかけていた護送車両を呼び止める。
困惑する憲兵をケスラーが制し、ラインハルトを見守る。
ラインハルトは身をかがめ、トリューニヒトの隣の座席についた。
「トリューニヒト、復興にあたり、政治家としての卿の知恵を貸してほしい」
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