運営が本気でメイプルを潰しにきたようです (名無しの固有名詞)
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とある会社で男はタイムカードで出社を記録する。
「はぁ、どうしてこんなことに」
男の目の前にあったのはいつものパソコンではなく、ゲームのハードだった。このような成り行きになったのには、一週間前のとある事件が原因だった。
ーーーー
「【毒竜】!」
その掛け声とともに、何人ものプレイヤーが毒でできた三本の首の竜に飲まれ、辺りを毒の海へ変化させて行く。現状、プレイヤーの中で状態異常技を使う者は少ないと予想されたのか、瞬く間にプレイヤーが光へと変わっていく。
プレイヤー達の悲鳴が、地獄絵図のように繰り広げられる戦場の中、その少し後でとある場所でも同様に悲鳴が上がっていた。
「か、課長!?しっかりしてください」
「やべぇ、泡吹いて倒れてんぞ。誰か救急車呼べ」
「お、落ち着け。ビールを吹いただけだ。」
どうやら運営本部の休憩室で第一回イベント終了の打ち上げをしていたようだ。ゲーム内のさまざまなところに設置されたカメラからの映像を酒の肴にしていたらしい。
「どどどどうするんだ、こんなん完全にチートだろ」
「全員、今すぐ持ち場に戻るぞ。イベントでバグなんか見逃したら上からもネットからも袋叩きにされる」
『はい』
せっかく準備した料理や飲み物を放置し、すぐにパソコンと睨めっこをする社員達。課長の指揮に合わせて全スキルを調べ、プレイヤーのステータスバグを調べ、動向や経緯を調べたもののゲームの仕様上のバグ、チートの使用は確認されなかった。
「みんなお疲れさん、よーし飲み会に戻るぞ」
課長の一言とともに部下一同はそれぞれ安堵と不安という相反する気持ちを感じながらも酒の席に戻る。心がかりはあったものの、一応無事終了ということにしておいて飲み会は再開された。しばらくして、ほぼ全員が先程のことは何もなかったかのように楽しんでいた頃だった。
「よーし、ゲーム始めるぞー」
酔った勢いで課長が拡声器を手に持ち注目を集める。
「じゃ、さっきの映像見てゲームバランス守るために何か対策がある者は手を挙げろー」
社員達もかなり飲んでいたため、テンションが上がっていたのかいつもでは出てこないような多くの案が挙がっていく。
そこでとある案が賛成多数で採用された。
その案とは『誰かが水面下でバランス調整する』ことだった。
その後も何故か話はとんとん拍子に進み、くじ引きによって選ばれたのは
「じゃ、君は来週からこの仕事な」
「はーい、わかりました」
酒の席ならではのテンションで返事をし、一同はあまりに良い返事に笑い声で包まれた。
〈三日後〉
「いや、だって酒の席でのことだし冗談だと思うじゃん。何でマジで用意してるんだよ。」
昨日、課長に呼ばれ、ゲームに必要な一式を整えた部屋に案内され
「じゃ、明日からここでよろしく」
そこにはハードなどゲームに必要なものだけでなく、マニュアルなど明らかに仕事のためにあるような物が山ほど積み重なっていた。他にも、運営本部と連絡がとれるように改造されていたりと、本気で始まる企画だったようだ。
最初は冗談かと思い、ふざけてマニュアルを読んでいた様子だったが二時間ほど経っても誰も来ないことに違和感を覚え始めた。ちょうど昼休みで課長室に行って確認してみると
「え、冗談じゃないのだが」
そこで聞かされた課長の声色は珍しく本気の、真剣なものだった。そのとき、あまりの驚愕で言葉も出ず、なんとか捻出できた「失礼します」で課長室から抜け出す。
作業部屋に戻り、頭では完全に状況を理解できていないもののマニュアルを読む。それが今日からの自分の仕事なのだから。
そして、三日間NWOの訓練用システムにて身体を慣らせ、現在に至る。
「操作方法は完全に理解した、連絡手段も問題なし。設定もマニュアル通りに完遂っと。まさか仕事中にゲームをやる日が来ようとは…」
しかも合法という普通ではありえないおまけ付きである。
「まあ、やることは決まってるんだけど」
仕事内容・注意点
一 ゲームバランスを守る
二 本部の言うことは絶対
三 運営側ということを口外しない
四 ゲームの印象・流行も調査
五 バグの発見・報告・対処
六 それ以外は自己判断
「名前とステータスとかは自分で決めて良い、と。」
ワーカー
Lv.1
HP 32/32
MP 25/25
【STR 0】
【VIT 10】
【AGI 25〈+5〉】
【DEX 10】
【INT 55〈+10〉】
装備
頭 【空欄】
体 【空欄】
右手 【初心者の杖】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【初心者の魔法靴】
装飾品 【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
なし
「まとめ記事からは確か魔法攻撃が一番強いってのが多かったしこれでいいか。」
昨日のうちに多種多様なツールを用いてNWOのことを調べ尽くしていた。また、第一回イベントでの上位100名のプレイヤーなどあらゆるデータ分析や自身の適正よりこのステータスが最適解と判断したようだ。
「ん?これは…本当だったらもっと遊びたいけど、仕事だから真面目にやらなきゃ」
普通のプレイヤーとは違うこと、これは遊びではないのだ。しかも、会社の中では前代未聞の仕事なので何がどうなるかわからないという不安まで付いてくる。真面目にやるに越したことはないのだ。
「まずは、初回特典のゴールドを手に入れて…」
運営からの情報はもちろん網羅している。どうすれば一番効率が良いかということももちろん考慮して
「お店で魔導書を買ってこれでオッケー」
万全な準備を整えた上でダンジョンへと向かう。
「ここらでモンスターが出てきてもおかしくはないかな」
案の定、うさぎ型のモンスターが現れる。
「【ファイアボール】」
杖から現れた炎の弾は見事にうさぎにぶつかり、そのHPゲージを減らしていく。
「焼きうさぎ一丁、意外とうまく行くもんだな」
事前準備は完璧だったようで次々に出現するモンスターを退治して行く。レベル上げも順調に進み、12まで上がっていた。
「それにしても、他のプレイヤー全然いないなぁ」
平日の昼間ということもあり、大半のプレイヤーは学校や職場にいる。残っているのは振替休日や年中休みの方くらいだろう。
「………これってどこからどう見てもニートにしか見えないじゃん」
今更のことなのだがこれはこれで体裁が悪い。
「後で課長と話し合うこととして、それより着いたみたいかな」
ダンジョンを潜り、しばらく進んで行くと洞窟が見えてきた。先程、課長から送られてきたメッセージに書かれた場所だった。
「レベルは15か、まあ妥当かな」
軽く対策をして、中に入って行く。襲いかかってきたのは毒々しい色をしたスライムやトカゲだった。
「【ファイアボール】」
灯りとして用意していたがそれは無用な心配で代わりにモンスターにぶつけて行く。直撃したスライムは蒸発し、トカゲは干からびた。
「オーケー、ここまでは順調。そろそろかな?」
ワーカーの目の前にそびえ立っていたのは自身のニ、三倍ほどの大きな扉だった。
「さて、行くか。」
ワーカーは恐れることなく扉を開いた。
ワーカー
Lv.18
HP 32/32
MP 25/25〈+20〉
【STR 0】
【VIT 15〈+15〉】
【AGI 35〈+15〉】
【DEX 15】
【INT 80〈+10〉】
装備
頭 【空欄】
体 【魔術師のローブ】
右手 【初心者の杖】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【初心者の魔法靴】
装飾品 【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【火魔法Ⅱ】【水魔法Ⅱ】【風魔法Ⅱ】【土魔法Ⅱ】【闇魔法Ⅱ】【光魔法Ⅱ】【状態異常耐性中】【魔法の心得II】【超加速】【気配察知II】【跳躍Ⅱ】【罠の心得Ⅱ】
魔術師のローブ MP+20 VIT+15 AGI+10
第一回イベント終了後、初めてログインしたプレイヤーに与えられる特典の一つ。
「課長、勤務時間変えてもいいですか?」
「いいが…会社は22時には閉まるぞ」
「え、そんなに早いんですか?」
「うちのモットーは残業ゼロだからな。そんなにやりたいなら家に持って帰れ」
「そうします。」
(そういや何年か勤めてるけど残業したことないな。ここに入社して良かった…?)
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軌跡
「さて、行くか。」
ワーカーが部屋に入った途端、扉は勢いよく閉まる。それに合わせてワーカーも勢いよく跳び上がる。
「【跳躍】 やっぱりか。」
毒沼から現れたのは毒竜、初見殺しの攻撃はプレイヤーの装備を溶かすためのものだった。即死よりかはまだ優しいだろう。
「製作側に不意打ちが効くとでも?」
毒霧を撒くもワーカーには何度も見慣れた光景だ。実際にプレイすることは初めてなのだが。
(毒霧には三種類ほどの段階がある。一つ目は主力の当たったらかなりのダメージを受けるタイプ。二つ目はそれに纏われてる少しだけどダメージを受けるタイプ。まあ、耐性があるから効かないけど)
「それより」
毒霧で覆われて毒竜に切り込む隙がない。ここはワーカーでも知らず、他に担当がいたところだ。むしろ、ワーカーは最初の初見殺ししか知らない。
「【ウィンドカッター】」
杖をスッと振るとそこから風の刃が現れ、毒霧を切り裂く。しかし、多大な量の毒霧によってそれはすぐに埋められてしまう。
「……こんなん一人でどう勝てと?」
かのメイプルはこれを単独で、かつワーカーよりも低いレベルでクリアしたのだ。一体どのような手段を取ったのだろうか?
「そんなこと考えてても状況は変わらない、現状を打開する策を考えるんだ」
メイプルのことは一先ず後回しにして対策を考える。攻撃が通らないならば受けに回るという判断に出た。しかし、これはかなりのリスクがあった。
「危ないなぁ」
ワーカーの身体のスレスレを主力の毒霧が吹き抜いていく。間一髪というものだ。
「相手のMPが切れるまでにこっちの体力が保つかどうか…」
ワーカーには毒霧を突き抜けられるほどの火力も無ければ【毒無効】も存在しない。できるのは忍耐程度だ。
「忍耐…そろそろか?」
その言葉で思い出したのは毒霧の最後の種類だった。
『スキル【状態異常耐性中】より【毒耐性大】を獲得しました。』
それは、時間が経てば経つほど部屋中に蔓延していく、見えない毒霧だ。あまりに時間をかけ過ぎると一定の時間を越えると即死する、それがこのボス戦の特徴の一つだった。
「ダメージ自体はないか、ならこのまま相手の攻撃が弱まるまで待つ」
毒竜はめげずにワーカーへ向けて毒霧を放つ。しかし、当たりそうなところで当たらない。丁度良い距離を取れば避けることなんて容易い。ぶつかりそうになったときには
「【超加速】」
公式の裏技を使って手に入れた【超加速】により毒霧からあっという間に離れる。どうやって手に入れたかは内緒だがお店で買えるということだけは確実だ。
毒竜は次こそは当たると思っている、わけもなくワーカーが攻撃判定のギリギリを走っていることに気がついたようだ。その途端、攻撃はピタリと止まった。
「今だ」
そう掛け声を出した瞬間、毒竜の足元から火が噴き上がった。もちろん、毒竜の攻撃のわけもなく
「【罠発動】火柱」
火はそのまま毒霧をも飲み込み燃やしていく。次第に火は毒竜に燃え移り、こんがりと焼けていった。
「美味しそう、とは思えないな。まあ食べるプレイヤーなんていないよな」
丸焦げになった毒竜の残骸の元へ近付いたワーカーは戦闘不能を確認し、安堵する。
「ドロップは特になし、か。まあ【毒耐性大】が取れただけでもいい収穫かな。」
この情報を持って帰り、メイプル対策班で作戦会議をするようなのだが役に立つのだろうか。現状、メイプルの異常な強さには
一.圧倒的防御力
二.攻撃吸収
三.大規模毒攻撃
の三点が挙げられている。防御力に関しては現状あらゆる手を使ってVIT値を上げればできないわけでもないそうだがそうすると火力の説明ができないらしい。攻撃吸収は【悪食】というレアスキルを所有しているという見解。毒攻撃は【悪食】の吸収量を放出すれば可能な範囲、という結果だ。これを聞いた時のワーカーの反応は
「【悪食】強すぎんだろ」
の一言である。次のメンテナンスで流石に弱体化はする予定だが他にも何か危ないスキルを所有していたら笑い話では済まされない。それを探るためにワーカーがゲームに潜っている。
「レベルは…20か。確か別室だったかな?」
一度ログアウトし、別室へと移る。マニュアルには、レベルが20になったら移動するように言われていたのだ。夕日が眩しいがそんなことはさておき、またハードがあった。それを装着すると
「ここは、廃墟?」
どこかで見たことのあるような廃墟に移動した。そして、驚いたことに
「え、何」
周りには数十のNPC。どうやら戦闘態勢で殴りかかってきた。
「あ、そういうこと」
ここの廃墟はメイプルが第一回イベントで戦っていた場所とほぼ同じ、囲んできたプレイヤーは実際にメイプルが戦った形式と同じ。すなわち
「毒竜を倒したらどれくらい勝てるかって実験かな?」
毒竜は一層の中ではトップクラスといっていいほどの高難度ボスだ。クリアした数も多くなく、それが見方によってはイベントの実績に関係しているのかもしれない。それを試すつもりのようである。
「【超加速】」
全方位から止めどなく撃たれる魔法攻撃にワーカーは当然避けることにしか集中することができず、流れ弾で同士討ちされることくらいしか倒す手段がない。途中、何度も当たりそうになりながらも、何とか避けきる。
「多分一瞬でも当たったら勢い落ちてやられる。あ、」
そんなことを考えていると足を滑らし案の定動くこともできずHPバーはゼロになった。
「こんなの勝てるわけないだろ」
20というレベルはイベント内ではかなり低い方で、しかも大人数を相手にというのは勝ち筋は普通はない。メイプル以外のトップ10は当然それ以上に高いわけでやはりメイプルの異常性が伺える。
擬似第一回イベント
ワーカー
死亡回数 1
被ダメージ 58
撃破数 499
「定時だ、帰るか。」
データは明日にでも解析班が分析してくれるだろう。役に立つかどうかはわからないのだが。
「初日お疲れさん、今晩はゆっくり休め」
「はい、課長。お疲れ様です。」
課長に一声掛け、帰路につく。家に帰ったら、
「よし、レベル上げするか。」
さも当然かのようにログインする。昼間とは違って街にはかなりの人数のプレイヤーがいた。
「そういえば第一回イベント終わってからの売り上げがまた伸びたとか言ってたっけ?」
これもある意味メイプルのおかげで彼女の楽しげなプレイ(敵プレイヤーにとっては悪夢)が購買意欲を湧かせたのだろう。製作陣からは実際に対峙しないことを願うばかりだ。挫折してプレイをやめてもらっては困る。現状は売れ行きの方が勝っているがゲームバランスが崩壊したら結果は火を見るよりも明らかだ。
「そのためにもたくさんデータを集めねば」
そう強く決心したワーカーであった。
ーーーー
「よし、スキルもいくつか上げれたしやっぱりマニュアルがあると効率が違うな。初日で24とか、かなり速い。」
初日だからレベルが上がりやすいだけではなく、今日だけで半日弱もプレイしている。かなり慣れてきたようだ。
「次のメンテナンスまでにデータが必要だ。そういえばメモに生産職の情報も仕入れてこいってあったような」
当然、プレイヤーが経営している店は日中は流石に閉まっていたため、プレイ時間であるゴールデンタイムから深夜に駆け回るしかない。こっちの都合良くはいかないのだ。
「バグとかチート装備があるか見てこないと。」
ここでのバグやチートというのは強過ぎるというわけではなく通常手に入らない装備や異常に上げられたステータスの装備のことを指す。
ステータス透視メガネをかけ、プレイヤーや装備のステータスが見えるようになる。
「これ、人混みの中で使ったらダメだな」
目の前が文字だらけで真っ黒になる。これでは読めるはずの文字も読めない。店が空いている頃が良いタイミングのようだ。
しばらく回ってみても怪しい店は見当たらなかった。規制がかなりうまくいっている成果である。
「ここで最後かな、イズ工房?」
メモでは一番警戒すべき店と書かれていた。メイプルのような上位ランカーが多く立ち寄った店らしい。ここで何かがある可能性は他と比べて極めて高い。
「お邪魔します」
OPENの看板を確認し、中へと入る。思いの外、客はおらずゆっくりと装備を見ることができそうだ。
「いらっしゃい。初めまして、よね?」
「はい、最近始めたばっかで。少し商品を見ていってもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ。」
それを聞くと、店に飾られている剣や杖を実際に手に取り鑑定する。杖は装飾が綺麗で作り手のこだわりがあるように見える。
(他の店と比べてステータスがかなり高い。例の人も通っているわけだしやっぱりマークしておくべきか。)
「あら、気に入ったの?」
手が空いているからなのか、何か気になる点でもあるのか、ワーカーに話しかけてきた。じっくりと杖を見ていたワーカーは突然話しかけられ驚く。
「い、いや。まだ買おうと思っているわけでは」
「そうよね、まだ始めて日も浅いようだし……予算、ないでしょ」
「あ、」
そのとき、ワーカーは初めて気が付いた。その装備の金額が。
「三千万ゴールドなんてまだないわよね。」
「あはは、そうですね。次来るときにでもまた検討します。」
「そう、楽しみにしているわ。」
「では、失礼します。」
力には代償が伴う。それがより大きくなればなるほど、代償も比例して大きくなる。すなわちこういうことだ。
「あの店、やっぱりマークしておこう。」
これが原因で、次の職員会議で話し合う内容に装備の値段の項目が追加されたとか。
次回以降、公正なプレイを心掛け、世間体を考慮するためワーカーへの本部からの有益な情報は途絶えました。なお、、業務連絡等の必要な連絡は行います。ご了承ください。
本社はテレワークを推進しております。
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調節
「そういえば今日はメンテナンスだった。ログインできないなぁ」
ワーカーは昨日からプレイヤーの一人となったため、直接メンテナンス内容の決定権はなく、他のプレイヤーと同じ情報しか手に入らなくなる。しかし、自身の意見は他のプレイヤーよりも大きな声で発信できるのは確かだ。
「そんなに勝ちにこだわるわけでもないし、仕事さえできればいいか。」
仕事の一環ということもあり、勝敗は気にしないようだ。
「やることもないしメンテナンス内容だけでも見ておくか。」
メンテナンス内容は主に三つだ。一つ目は一部スキルの弱体化。これは例で挙げるとメイプルの【悪食】だ。
「予定だと回数制限と反射ダメージの弱体化をつけてもらっているはず。流石にこれは聞き入れられるはず。」
攻撃を全て吸収されてしまっては勝ち目など存在しない。増してや威力を上げられてしまったら本当に一対一では最強だろう。
次に、フィールドモンスターのAI強化。モンスターがプレイヤーに奇襲を行ったり、勝ち目があからさまにない場合は逃走したりという判断が組み込まれるようになる。これは第二、三のメイプルを防ぐためだ。
そして、一番と言っていい今回の目玉、防御力貫通攻撃スキルの実装だ。これで相手の防御力がいくら高いとしても最低でも一ダメージは入ることになる。非効率的だがこれでどんなプレイヤーでも条件さえ揃えられればメイプルへ勝利する可能性ができたのだ。
「相手を弱くするわけではなく全体を強くする、個人的にはこっちの方がいいかな。」
最後の追い討ち、状態異常耐性の装備の商品化だ。様々な状態異常耐性の装備を作ることによって直接メイプルの毒攻撃を抑えることができる。
「まあ、装備自身のステータスは高くはないけど。」
なぜメイプルがあそこまで活躍できたかとなると状態異常攻撃、もとい毒攻撃を使うプレイヤーが多くなかったからということも原因の一つだ。これで少なからずメイプルに対抗する手段が増える。
「まあ、毒以外の攻撃を覚えられたらかなり厄介なんだけど。」
とはいっても、メイプルは防御極振りなので主流な攻撃はできるわけではない。これで大方問題はないだろう。
「現状のスキルとかだと攻撃値利用以外の攻撃で目を見張るものはないし、これなら問題ない、はず。」
一度、誰にも考えられない手を編み出したメイプルにはやはり何かしらの才能があるのだろう。手は打ったものの、一抹の不安が残る。
「いや、攻撃手段を失ったんだし問題ないか。」
そう自分を納得させようとする。そのとき、ちょうどメンテナンスが終わったようで通知音が響いた。
「よし、もう少し頑張らないと。二層はもう解禁されちゃったし、第二回イベントも近い。早くレベルを上げなくきゃ」
第二回イベントはワーカーも参加するつもりだ。どのような行動をするか、はまだ細かく決まってはいないがおおよそやることの検討はついているようである。
「そのためにも、早く。」
勤務時間のほとんどをNWOに費やしているがそれでも時間が足りない。時間外労働という名の遊びに成り果てる。
「まあ、自分がやりたくてやってることだし。」
いくらかは自分が創り上げた景色とはいえ、それが現実のように見えるのはテンションが上がる。時間はあっという間に過ぎ去ってしまっていた。検証も全て終わり、現実世界に戻る。
「レポート書かなきゃ」
レポートを書くのは学生ぶりだろうか、パソコンで打ち込むとはいえ文字と睨めっこするのはあまり楽しいとは言えないだろう。結局、仕事で楽しいことだけをするというのは無理なのだろう。
~~~
「なんとか第二回イベントが始まるまでに終わった。」
一層の探索がなんとか終わり、ワーカーは二層へと続く遺跡の入り口にいた。何回か周回する必要もあったせいか、レベルはかなり上がっており、スキルも熟練度もかなりのものとなっている。
「週五で八時間以上もやれば誰でもこうなるか。」
ワーカー
Lv.38
HP 102/102
MP 155/155 〈+40〉
【STR 0〈+10〉】
【VIT 25〈+15〉】
【AGI 35〈+40〉】
【DEX 25〈+15〉】
【INT 100〈+35〉】
装備
頭 【空欄】
体 【魔術師のローブ】MP+20 VIT+15 AGI+10
右手 【深淵の杖】 MP+20 DEX+15 INT+20
左手 【魔導短剣】STR+10 INT+15
足 【空欄】
靴 【ライトニングシューズ】AGI+30
装飾品 【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【大魔術師】【状態異常無効】【魔法の心得Ⅴ】
【超加速】【気配察知Ⅳ】【跳躍Ⅳ】【罠の心得Ⅲ】
【MP強化小】【追撃】
「とっとと終わらせて第二回イベントの対策しときたい。」
【超加速】で中ボス以外のモンスターを全てパスして進む。ある意味一番効率が良いと言えるだろう。
「はぁ、はぁ。思ったより早かったな」
【超加速】が途中で切れる。どうやら中ボスのようだ。目の前に現れたのは熊だった。その場から動く気配はなかったのだが熊がその太い腕をブンッと振ると、爪の形の白いエフェクトが飛んでくる。
「【スラッシュ】」
ワーカーが杖を振ると斬撃が飛び、熊の攻撃を相殺した挙げ句、熊にもダメージを与える。
「【ファイアボール】」
熊はなんとか耐え切ったものの、ワーカーの二度目の攻撃でやむ無く倒れた。
「よしっ、もう一回。【超加速】」
そのままボス部屋まで駆け抜ける。ワーカーの目の前にはボス戦ならではの大きな扉が用意されていた。
「さて、今回も【跳躍】が必要かな?」
扉を開け、中へと入るも先制攻撃はなくそこにあったのは大樹だった。扉が閉まると、大樹は形を変え巨大な鹿へと変貌した。頭には大きな林檎が実っている。
「これは、どこかで見たような…」
ワーカーは一層の製作までは携わっていたため少し見覚えがあるが、対処法まではよく知っていなかった。
ワーカーが杖を構えると、鹿はその大きな脚を地面に鳴らし、上にあった林檎が落ちてくる。
「威力高そう」
ドシドシと落ちてくる林檎を避け、鹿の元へ走るが、足元には魔法陣が用意されており大きな蔓が行手を阻む。
「【ファイアストーム】」
杖から放たれた一筋の光線が蔓を打ち抜き、鹿への道を作る。が、ちょうどその真上から林檎が落ちてくる。
「【ダブルスラッシュ】」
腰につけていた短剣を取り出し、杖と併用して林檎を綺麗に四等分に分ける。そのまま勢いをつけ、鹿の直前まで移動し
「【ファイアストーム】」
鹿を炎が包み込む、かに見えた。しかし、鹿にぶつかろうとした瞬間、炎が障壁によって阻まれたのだ。
「どういうこと?」
うねりながら攻撃してくる蔓を避けながら考察する。しばらく考えた後、出た答えは
「魔法陣が原因か」
魔法陣内の鹿は攻撃が通らないが、そうでない蔓や林檎には攻撃が通っている。しかし、問題は魔法陣をどう消すかだ。
「【ファイアボール】」
炎の弾が何度も魔法陣に直撃するが鹿は依然とした態度でこちらを見つめ、蔓は攻撃を続けてくる。
「魔法陣は直接破壊不能、か。そういえば、林檎は落ちてこなくなったな。」
上を眺めてみるとまだいくつか林檎が残っていた。
「あれを壊してみるか。【超加速】」
凄まじいスピードで壁を登り、林檎のところまで駆け寄る。あと一歩のところまで近づくが蔓が行く手を阻み、ワーカーは下まで降りることとなった。
「守ってくる辺り、あれが弱点に違いない。」
絶望するかに思えたが、ワーカーは前向きに弱点を発見したと捉えた。次に出た作戦は
「罠発動」
突如として、先ほどまでワーカーがいた辺りの、林檎があった部分が燃え上がる。既に罠は準備されていたようだ。
「地面だけじゃなくて物体や空中にもつけられる、なかなか汎用性高そう。」
燃え上がる鹿を横目に出口らしき光へと歩いていく。
「二層到着」
かくして、ワーカーは無事に二層へ進んだのであった。
オリジナルスキル説明
【スキル名】
条件
効果
【大魔術師】
全系統の魔法スキルを会得、及びレベルを上限まで上げる。
ゲームシステム上の全ての魔法スキルを使用可能。(個人の魔法系統スキルは使用不可)
【状態異常無効】
あらゆる状態異常耐性を会得、及びレベルを上限まで上げる。
あらゆる状態異常にも影響されない。
【魔法の心得】
魔法の使用度の熟練度によってレベルアップ
魔法系統スキルにおいて威力増加、消費MP削減
【罠の心得】
罠スキルの使用度の熟練度によってレベルアップ
罠系統スキルにおいて威力増加、消費MP削減
【追撃】
戦闘において逃走したモンスターを100体討伐
自身から逃げた敵への威力が1.2倍増加
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邂逅
〈メンテナンスの少し前〉
「さて、レベルもなかなか上がってきたところだしそろそろ作戦の二段回目まで移りたい。」
第一段階目は、まずはプレイヤーとして強くなること。ある程度のレベルが無ければ、上からの仕事をこなせない。そのために、多くの時間を費やしてレベル上げを黙々とこなし、既に28まで上がっていた。
第二段回目は、実際のゲームバランスの確認だ。第一回イベントで情報は把握できているもそれは一部に過ぎない。まだまだ隠し技を持っている可能性だって捨てきれないのだ。
「一番何か隠し持ってそうなのは、やっぱり…」
~~~
「噂だと最近はここにいることが多いらしい。地底湖とは、なかなかマイナーなところを選ぶなぁ。」
地底湖、文字通りの湖で基本誰かが立ち入らないような場所だ。掲示板などでもただの釣りスポットのようになってしまっている。誰も湖の底のダンジョンを知らずに。
「それを見つけられたらそれはそれで…いや、あれは問題ないか。」
防御極振りのメイプルにはどうやっても攻略できない、それがこのダンジョンだ。杞憂だった。
「いや、それじゃ逆に一体何の目的でここに?」
一つの疑問が浮かぶ。素材集めだとしても、ここよりももっと効率の良い場所なんてザラにあるし、釣りも然程成功しないだろう。それでは何の徳があるのだろうか?
「まあいいか、それより仕事をしないとだ。」
そう切り替えると、運営本部から届いた薬を飲む。すると、ワーカーの姿はみるみると変わり、角が生え、身体は黒く染まり、刺々しい人型のモンスターになる。一見悪魔にでも見えるだろう。
「やはり、一人のようか。なら都合が良い。【跳躍】」
その声はいつもより一層低く、ノイズ混じりになっていた。それはさておき、ワーカーは高く跳び、地底湖へ進んだ。
そこにいたのは地底湖の近くを何かを待っているように、我慢できず歩き回っているメイプルだった。
「わっ、なになに!?」
メイプルの眼前に着地したワーカー。その衝撃でメイプルは後ろに尻餅をついた。
「………」
ワーカーは何も発さず、尖った左手の爪をメイプルに向けて大きく切り裂く。
「【悪食】」
咄嗟に大盾で防ぐ。すると、【悪食】が発動し爪がえぐり取られる。ワーカーは思わず怯み、後退した。
「今のうちに、【毒竜】!」
戦闘態勢が整ったメイプルは新月をワーカーに向け、三つ首の猛毒でできた竜がワーカーを襲う。
「………」
しかし、メイプルの前に立っていたのは姿形が変わらないワーカーだった。ワーカーには状態異常無効により毒無効を所有している。
「え、どういうこと」
「ファストインパクト」
次の瞬間、メイプルに急接近し大盾ごと殴り飛ばす。【悪食】は発動したものの、スピードで誤魔化せたようだ。メイプルは壁に勢いよくぶつかったが
(煙で見えないが、やったか?)
「【毒竜】!」
「!?」
砂埃を起こした場所から空を切り毒竜がワーカーを襲う。毒耐性のあるワーカーに毒自体は効かないが毒竜自体の衝撃も無効化できるわけではない。ワーカーのHPゲージが削れていく。
「危なかった、それよりサリーを見つけなきゃ」
〈地底湖の隠し部屋〉
「時間切れ、か。全く、酷いもんだ。」
元の姿に戻ったワーカーは形こそ整えど痛みの残った左手を触りながら座り込んでいた。
「やっぱり【悪食】は弱体化決定だ。【毒竜】に関してもいささか火力が高すぎる。少し抑えてもらうか。」
ワーカーが今回、メイプルを強襲した理由は力試しだった。因みに、戦闘前に飲んだ薬はステータスと姿を変化させるためのものであり、目安レベルは40だった。
「二倍くらいのレベルに互角、いやそれ以上になるなんてこのゲームかなりスキル依存だな。」
運営側としてはそこまでスキル贔屓にしたつもりはなかったのだがここも調整は必要そうである。
「さっさと報告の方を済ますか。」
「あれ、メイプルじゃない。お兄さんは誰?」
後ろから声が聞こえた。振り返るとそこにいたのは地底湖のユニーク装備を身につけた少女だった。
「ただのプレイヤーさ。人でも探しているのかな?」
「はい、友達を探しているですけど迷っちゃって。お兄さんはここの出口わかりますか?」
「うん、わかるよ。確かこっちだったはず」
どうやらメイプルの友達のようだ。親切心で頭に叩き入れた脳内マップを頼りに歩き進める。しかし、出口だったはずの場所が消えていた。おそらく、先ほどの衝撃のせいで本来の出口が壊されたのだろう。
(しょうがない、裏道を使うか。)
「私、サリーって言います。お兄さんは?」
「ワーカー、よろしく。」
ワーカーは杖を取り出し
「ちょっと下がってて。【真空波】」
杖から放たれた空気は壁を突き破り、外へとつながる小道を見つけた。
「ここを真っ直ぐ進めばここから出られるよ。お友達にも連絡とって外に出るように言えばきっと会えると思う。」
「はい、ありがとうございます。」
サリーは礼儀良く頭を下げると颯爽と出口へ向かった。
「さて、もう少し仕事していくか。」
ワーカーは戻って修復作業に移るのだった。
「それにしても、さっきの子もユニーク装備だった。メイプルとも友達だそうだし、一応注意はしておくべきか。」
ユニーク装備を持っているにも関わらず第一回イベントで見かけなかったということは、つい最近急激に強くなったか、イベントに参加していなかったかの二択だ。
「どっちでも嫌だ。運営に優しいプレイヤーでありますように」
この祈りが無駄だったということをワーカーや運営が知るのは第二回イベントなのだがそれはまた違う話。
ーーーー
「【ファイアボール】 ここのダンジョンも異常なしと」
ダンジョンを抜け出すと聞き覚えのある通知音が鳴る。第二回イベントが三日後と迫っている中、ワーカーに一通のメールが届いたのだ。それは、運営からの活動方針のようである。
「自由に取れる時間は…丸々二日か。」
七日間あるイベントの内、五日間はバグ検査や情報収集に当たり、残りの二日間は自由に行動していいそうだ。
「いつ休もうか?」
イベントは七日間とかなり長い。そのうち一番重要そうなのは
「初日は空けるか。スタートは肝心だ。」
第二回イベントの詳細は既に発表されており、メダルは総計300枚と定数である。ダンジョンに潜るにしろ、探索で見つけるにしろ、早いもの勝ちなのだ。よって、初日にいかに稼げるかが重要である。
「で、もう一つは」
そのまま続けられる二日目か、最後の挽回ができる最終日か。普通はその二択だろう。
「六日目にするか。」
本人曰く、七日目は仕事に入るべきだと考えたそうで楽しみは最後にとっておきたいそうだ。
「世紀末みたいにプレイヤー同士のバトルが見れそうだ。」
自分がその場に立つであろうことを忘れ、スポーツ観戦のようなワクワク感を抱く。実際、第一回イベントのバトルもなかなかに見応えのあるものだった。可哀想なことに、それよりもメイプルの暴走で考えられなかったのだが。
「詳しいことはどうせ当日にならないとわからないみたいだし、レベル上げでもするか。」
時間外労働でもきっちり働くワーカーであった。
次回、第二回イベント入ります。
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