なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ (アークフィア)
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一章 虚の魔王と楯の乙女、現にて……みたいにちょっと「」つけてみるテスト
始まりなんて大体似たようなもの


「…………は?」

 

 

 その日は自分にしては珍しく、随分と寝坊をしてしまったため、慌てて身支度を整えようとしていたのだが。

 洗面台に立った自身の目に写ったのは、どう考えても自分ではない何者かの姿だった。

 

 

「……え、は?誰これ?……あ、声が(たけ)ぇ!?俺だこれ!?」

 

 

 鏡の中には、若干涙目になった金髪幼女*1が、自分の顔やら髪やらを触りつつテンパっている姿が写し出されている。

 ……え、なにこれは?

 最近よくネット小説*2とかでよく見る女体化*3ものとか、そういうやつなのかこれ?というかバイトは!?バイトはどうすりゃいいんだこれ!?

 

 思考がパニックに陥って、全く正常に動いていない中。慌てたせいで足が縺れて、つるりと滑って宙に浮く俺。

 あ、やべ。という感想を抱きつつ、次に来るはずの衝撃に備えて、思わず目を閉じて。

 ──何時まで待ってもやってこないダメージに疑問を感じ、恐る恐る閉じていた目蓋を開けてみると。

 

 ……なんか俺、浮いてね?

 うわあ。ふわふわぷかぷか、おみずのうえにういてるみたーい(思考放棄)

 

 

「……って待てぇいっ!?なんで浮いてんの俺!?……うわ、しかも進もうとした方向に移動できるぞこれ!?なんだこれ舞空術*4!?」

 

 

 人生初体験の(ちゅう)に浮くという感覚に、思わず狂乱すること暫し。

 ……そうしてはしゃぎ回る姿が、幼女*5にしか見えないことに、視界の端に写った鏡を覗いたことで気が付いて。

 結果、宙に浮いたまま正座をして*6反省する、というよくわからん状況を引き起こし、ようやく思考がクリアになったのだった。……クリアになったので、気付いたことが一つある。

 

 

「……これ、うちの子*7ですね……」

 

 

 容姿やらなにやらを改めて確認した結果、脳裏に思い浮かぶとある少女の姿。

 ……これ、自分がなりきり板*8で演じていたオリキャラ*9の姿だわ。……なして?

 

 

 

 

 

 

 なりきり、と言う文化についてご存知だろうか?

 簡単に言えば、版権物のキャラクターやオリジナルのキャラクターになりきって、会話を楽しむ()()()()()。それが、なりきりと呼ばれる娯楽である。

 

 なりきる対象は様々で、利用する場所にも左右されるが……巷で人気のゲームやアニメのキャラクター、みたいなものから、実在する芸人*10や政治家、はたまた動物や植物みたいな人以外のものまで。各々が望むものならば、まさになんでもあり──みたいな、結構な無法空間*11が黙認される遊びでもあった。

 

 行う場所は、専用の掲示板やツブヤイターなどのSNS。

 行われる形式は──チャットみたいになりきりキャラ同士で話をするもの*12から、キャラクターと質問者を交えての、会話のキャッチボールを主軸にする掲示板形式*13のもの。はたまた、そのどちらも含むようなもの*14などなど……といった形が基本。

 自分ではない、別のキャラクターを演じるという性質上、中の人を感じさせるような発言や行動は厳禁。……なんだけど、質問者側はわりと好き勝手に質問をぶつけてくる*15ため、無秩序ですらあるそれらを、どうやって返したりいなしたりするのかがなりきりをしている人間の腕の見せ所*16……なんて部分もあったりなかったり。

 

 上手い人になると「なんでこの人、なりきりなんて場末の遊びをやっているんだろう……」みたいなレベルの人*17もいたりするんだけど、「飛影はそんなこと言わない」*18では済まないような、名前だけ借りてるレベル*19の人も多数存在したので、正直やってる人のレベルがピンキリ過ぎて、万人が楽しめるタイプの趣味ではない*20、と言うのも確かな話だったりする。

 そんな感じなものだから、最盛期である平成くらいの時はまだしも、娯楽の飽和した令和の時代には、最早絶滅危惧種レベルで居場所を失っている趣味*21──なんて風に言えなくもない感じだった。

 

 ……というか誰かと会話をする、という部分を重視しないのであれば、普通に二次創作でも作ってた方が遥かにウケもいい*22ので、全体数が減るのは当たり前の話だと言えなくもないのだが。

 

 とはいえそれらは版権キャラ*23においての話。オリキャラを使ったなりきりは、令和であろうとも普通に元気な様子で、細々とではあっても続いている場所が多い印象だったりする。

 適当ななりきり掲示板*24を探して、ちょっとスレタイ(題名)*25を検索してみて貰えればわかるのだが、【オリジナル】と明記してあるスレの多いこと多いこと!

 

 下手をすると原作ありと書いてあるにも関わらず、スレッドの立て主がオリキャラだったりすることもある*26というのだから、もううわぁ……ってちょっと引きそうになるくらい、オリキャラというのはなりきりにおいて強いジャンルなのだ。……たぶんこの『原作ありきの場所にオリキャラをぶちこむ』系の思考が二次創作を作る方向に傾くと、最強オリ主*27が作られる土壌になるんだろうなぁ……と、ちょっと遠い目になったりもするわけで。

 

 まぁ、オリ主擬きについての話は、とりあえず置いておいて。

 単にオリジナル系と言っても、そのジャンルもまた多くの分類にわけることができる。

 例を上げるならば定番となる学園モノやファンタジー、恋愛系ならば参加者みんなメイド*28キャラのみの指定だったり、更には掲示板上で架空の百合とか薔薇とかを咲かせているような場所もあったりする。……凄いなホントなんて感想と共に、ちょっと気圧されることもあった。

 

 それとは別に、掲示板そのものにも、ちょっとでは済まない個性差があるようで。

 自分が入り浸っていた場所はわりと場末の方だったので、雰囲気もそこまで悪いものではなかった*29けれど、場所によっては口に出すのも憚られるくらいにヤバい(小並)、みたいなことになっている場所もあったとかなかったとか聞く*30。……興味本位で最初に覗いた場所があそこでよかったな、あの時の俺。

 

 まぁ、長々と語ったけど。

 要するになりきりと言うのは、他の人に見せることを前提としたごっこ遊び……だと思って貰えれば、そう間違いではないと思う。……チャット系はちょっとややこしい*31んでパス。

 

 

 さて、なりきり云々の話はここまでにして、いい加減に俺の話に移るとしよう。

 

 俺はまぁ……普通の大学生だと思う。

 趣味がなりきりであることくらいしか、特筆するようなモノも特にない、至ってふつーの一般人だ。

 

 主にやっていたのは、オリジナルのなりきり。

 ファンタジー系に区分されるやつで、なんやかんやで結構長くやっていたと思う。……時々飽きて離れたり、はたまた興味が再燃して戻ったり……を繰り返していたんで、あまり褒められた楽しみ方ではないかもしれないけども。

 そんなキャラクターの名前は『キルフィッシュ・アーティレイヤー』。略してキーア、なんて風に呼ばれてたっけか。

 

 ……オリジナル系のなりきりの問題の一つに、強さ議論が頻発しやすい*32というものがある。

 版権なりきりと違い、オリジナルのなりきりってのは、ある意味自分の分身を参加させることに近いため、なりきり歴の浅い奴は自分のキャラが一番、なんて気分で参加することが多いからなのだが*33。……そういうのは素直に個人でスレを立てればいいと思う*34のだが、なりきりが会話を重視する遊びである以上、なかなかうまくいかないこともあったり*35

 

 そんな理由もあり、スレ立てもそれなりにしてた俺は、半ば必然的にチートキャラみたいなキャラクターのなりきりをすることになっていた。……単純に言うと自治のためである。

 要するに、俺が立てたスレでは俺が最強なので、そこら辺騒がずに普通に名無し(なりきっていない普通の参加者をこう呼ぶ)からの話を優先しようね、というか。

 

 ……あ、もう一つ説明忘れてた。

 チャット形式でないなりきりは、基本的にはキャラハン*36が名無しから出された質問に答える、という形式になっていることがほとんどだ。

 名無しをほっといて他のキャラハンと話してばかりいる*37と、スレをめっちゃ荒らされるので注意が必要である。……というか、そういうことしたいなら素直にチャット行け、と言われるのはある種の様式美だったり*38もしたり。

 

 とまぁ、そんな感じで。

 なりきりというのは、わりとスレ主が良識を持って独裁した方が上手く回る*39という、ちょっと変な遊びでもあるので、そこで遊んでいた俺もそこに則って独裁してたわけである*40

 

 ……独裁という呼び方がよくないな、これは全うな管理なのだよ、みたいなことを言えば、管理局に抗う弓兵乙*41、みたいな返事が来る程度にはゆるーい独裁だけども。

 

 まぁ、くわしく語るともうそれだけで長くなりそうなんでこの辺にして、今の俺の現状に話を戻す。

 金髪幼女になっている俺なわけなのだが。その姿に、凄まじく見覚えがある。

 

 ……うん、キーアちゃんだよねこれ?うちの子だよねこれ!?

 容姿の質問が来た時に設定したまんまだよこれ!?

 金と銀の虹彩異色症(ヘテロクロミア)!ウェーブ掛かったストロベリーブロンド!ロリロリしててゴスロリ着せたくなるレベルの幼女!*42

 

 

「うわぁぁあぁこんなん黒歴史*43やんけぇえぇ……」

 

 

 空中で体を捻りながら頭を抱えて悶えるその姿は、まさに風に晒される鯉のぼりの如し。……いや別にうまくはないなこれ?

 

 

「というか()()()()のもおかしいだろうがよぉおぉ……」

 

 

 問題はまだ続く。

 ……どう考えても浮いてるんですが、どうなってんですかこれは?

 運営ー!!?運営ーっ!!?てめぇいつの間にVR機能*44なんぞくっつけやがったてめぇー!?

 

 

「……うん、現実逃避止めよう」

 

 

 深くため息を吐いて、改めて鏡に向き直る。

 ……なりきりが行きすぎて、キャラそのものになってしまいました*45。……どうしろと?

 

 

 

 

 

 

「せんぱい!せんぱーい!!」

「どわらっしゃぁ!?なななな何ですか一体ぃっ!?」

 

 

 鏡の前で自身の顔を眺め、わりと真面目にどうしたものかと思案すること暫し。

 玄関をドンドンと叩く音と、こちらを呼ぶ声に驚かされた俺。

 ……俺を先輩呼びする奴なんて早々いないのだが、どうにも玄関口から聞こえる声と、想定しているそいつの声とが違う気がする。

 なので戸を開けていいものか一瞬迷ったのだが、開けなきゃ開けないでぶち破って入ってきそうなくらいの音に変わってきていたので、仕方なく戸を開けて。

 

 

「せんぱーいっ!!!」

「げふぁっ!?!?」

 

 

 突っ込んできたそいつと共に吹っ飛んで、壁にぶつかって息が詰まる。

 ……めさくさタックルじゃないすか、殺人タックルはダメだぞぅ?みたいな気分で眩む頭を左右に振って、懐に飛び込んできた人物に視線を巡らせる。

 

 ──薄紫の綺麗なショートヘアーをした彼女は、こちらに潤んだ瞳を向けていて。

 右側が隠れているその髪型は、どこぞのメカクレスキー*46を狂乱させる儚さを持ち。

 本来の彼女らしからぬへにゃ、とした口元だけが、彼女を彼女であると認めないようでいて。

 服装は、現代日本ではお目にかかることのないような黒い鎧姿。……腰布があるところから、いわゆる第三再臨状態*47、なのだろうか?

 それらの服装は俺の前で光となって消え失せ、恐らくは一番馴染み深い──スマホの画面でミッションメニューに移った時に見ることができる*48、いつものパーカーとワンピース姿に戻って?いた。

 

 ……うん、ぶっちゃけてしまうとこれ、マシュ・キリエライトさんですよね?グランドオーダー(fate/grand_order)*49の。

 

 

「せせせせせんぱぁいぃ、私、私はぁ……」

「えっと、一応聞いておきたいのだけど、貴女の名前は?」

 

 

 現代日本になんでマシュが居るんだとか、リアルになっても美少女*50やなとか、色々言いたいことはあったのだが。

 自分の現状が脳裏にちらつくせいで、嫌な予感が頭から抜けない。

 思わず顔を顰めてしまう俺に、彼女は涙目になったまま答えを告げてくる。

 

 

「わた、私は、マシュ……()()っ!私、()は!貴方の後輩の、遠藤ですっ!!」

「……あー」

 

 

 ……マジでかー。

 告げられた答えに視界を手で覆う。悪い予感ジャストヒット、そのまま綺麗にホームランである。

 

 遠藤(えんどう) (じゅん)

 俺の後輩であり、()()の知り合いの一人。

 ……少なくとも、マシュによく似た美少女ではない。

 だが同時に、彼女が我が後輩であるということも、なんとなく察せられていた。

 

 

「……マシュのなりきりスレ立ててたよね、確か」

「彼女に、成りたくて、立てた、わけじゃない……うぅ……っ!」

 

 

 彼はとある掲示板で、マシュになりきりをするスレ*51を立てていたスレ主でもある。

 細かい設定までしっかり読み込んだ上でのそのなりきりは、一日に数百以上の質問が殺到する、かなりの人気スレッドだった。

 俺も何度か書き込みを見たことがあるが、かなりの上級者とすぐさま理解できるその腕に、感服しきりだったものだ。

 

 ……ところで、頭を抱えてめっちゃ苦しんでらっしゃるんですが、これは一体?

 

 

「わた、私はっ、マシュじゃないっ!!なのに、私、俺っ、()()に、ああっ!!」

「え、ちょっ!?」

 

 

 彼女から立ち上る謎の湯気のような何か。

 ……魔力*52か何かだろうか?それと、明らかに正気ではないその様子。

 え、これヤバいのでは?ほっとくと酷いことになる奴では?

 

 え、え、どうしたらいいんだこれ!?

 突然の事態に思考がパニックになりそうになるが、悲鳴染みた声を上げて苦しむ後輩を見ることで、どうにか正気を保つ。

 ……正気?はっ、もしかして?

 

 理屈も理由もわからないが、現在のこの体はキーアのもの。

 ならば、その設定通りのスペックを発揮することができるかもしれない!

 ──ならば、そこに賭ける!

 

 

「ごめんよ後輩、ちょっと失礼!」

 

 

 謝罪の言葉を投げ掛けつつ、意識を集中する。

 ──やり方は、なんとなくわかる。空を掴み、念じ、作り出す。

 明らかに現実的ではない感覚を引きずりだし、それを現実に結び形と成す!

 

 

「正気に、戻れぇいっ!!」

 

 

 右手に握った白いそれを、彼女の頭に振り下ろす。

 ──小気味良い音と共に振り抜かれたそれは、彼女に纏わりついていた湯気のような何かを一蹴し、部屋の空気を塗り替えた。

 

 

「──あ、れ?私、一体……?」

「う、上手くいった!良かった楯!!大丈夫かっ、頭痛くないかっ!?」

 

 

 頭を抱えて踞っていた彼女は、先までの苦しみようが嘘のようなキョトンとした表情を浮かべ、辺りを見回していた。

 よ、良かった上手くいった!正直賭け以外の何者でも無かったけどホント良かった!

 そんな感じで喜びを抑えつつ、後輩に声を掛ける。

 

 

「え、あ、はい。ありがとうございます、せんぱい。……はい、問題なく行動できるのではないかとっ」

「お、おう?え、いや、大丈夫ならいいんだけど……」

 

 

 ……大丈夫という割に、後輩の言葉遣いがマシュのままなんだけど。あれ、こういうのって元に戻るものなのでは?

 

 

「そのことなのですが……せんぱい、お時間はあるでしょうか?」

「え?いやまぁ、このまま出掛けるとか無理だから、時間はあると思うけど」

「そうですか。では、単刀直入にお答えします。──今の私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とでも呼ぶべき状態になっているのだと推測されます」

「──なんですと?」

 

 

 困惑する俺に返ってきた言葉に、その困惑はさらに深まっていくのだった───。

 

 

 

*1
みんなの人気者。どう人気なのかはお察し下さい

*2
ネットで公開されている読み物。今貴方が読んでるものとかも含む

*3
元の性別が違う人物が、女性の体になってしまうこと。大体美形化とセット

*4
ドラゴンボールに出てくる空を飛ぶ為の技術。()空術だと勘違いしてる人も多いらしい。ダレノコトカナー

*5
小さな女の子。YESロリータNOタッチなんて、最近の人には通じるのだろうか?……元ネタについては、未成年は検索厳禁だ

*6
女神転生に出てくるスカアハがやってるあれ

*7
自分が作ったキャラクターを指してうちの子と呼ぶ。注ぐ愛が全うか歪んでいるかは人次第

*8
なりきりを生業とするものが集う魔窟。場所によって魔窟度が違うが、大概魔窟なことに変わりはない

*9
オリジナルキャラクターの略。一口にオリキャラと言っても、人によっては二次創作でちょっとキャラが違ってもオリキャラ扱いすることがあるので、対象は案外広い

*10
異様にうまい芸人なりきりが来るとみんなして「なり……きり……?」ってなる、なった

*11
生物(なまもの)なりきりや吠え声なりきりはもはや魔境である

*12
リアルタイムで会話のキャッチボールをするタイプ。時々ドッチボールになるのはご愛敬

*13
原則的に質問者は匿名の誰か(名無し)であり、質問だけ投げていく形が基本

*14
チャット形式だけど質問者が居る、または掲示板形式だけどチャット並みにザクザク答えまくるなど

*15
演じるキャラクターの中の人繋がりのネタ(『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』のオルガ・イツカに対して『グランブルーファンタジー』のベリアルの台詞を投げるなど)や、あからさまにセクハラになりそうなものなど色々

*16
全部に反応する必要はないのだが、うまい返しができる人は必然的に人気になるので、無理して真似する人も多数いる。大体潰れるのでやめて欲しい

*17
まるで◯◯博士だな……みたいな人がたまに現れるし、そもそも文章力が高すぎて、なんでこの人物書き方向じゃなくてなりきりしてるんだろう、みたいな人もたまに現れる

*18
『幽☆遊☆白書』に出てくるキャラクター、飛影(ひえい)にまつわるネタ。大元の元ネタは検索してはいけない系のものなので注意。なお、飛影が言わなさそうと思われている台詞は初期の方の飛影なら言いそうでもあるので、ある意味『脚本の人そこまで考えてないと思うよ』に近いモノがなくもなかったり。なお、飛影を『とびかげ』と読むと経験値泥棒の方になるので注意

*19
キャラへの理解度、飛んでくる質問への対応、チャットタイプならそれらを瞬時に思い付く閃きも必要になる、わりとストロングな遊びなので仕方ない部分もある。……そもそもごっこ遊びの究極進化形が舞台・演劇だとも言えるのでさもありなん

*20
極論ごっこ遊びなので。たまにやると意外と楽しいのだが

*21
大体どこも過疎状態。それでも消えてない辺り、細々とでも需要はあるのだろう

*22
反応のレスポンスという面でなりきりは強いが、逆に言うと反応が強すぎる場合や、返ってこない時は一切返ってこないという地獄みたいな状況に直面する事もある

*23
オリキャラに対して、何かしらの原作を持つキャラのこと

*24
某大型掲示板にも存在しているが、魔窟度がトップクラスなので怖いもの見たさで覗くのはおすすめしない

*25
スレッドタイトルの略。スレッドとは元々『脈絡』みたいな意味を持つ言葉だが、それがコンピューター用語になり、そこから掲示板内で特定の話題を話す一つの纏まり(トピック)を示す言葉として使われるようになったのだとか。普通の掲示板でもそうだが、スレタイはなるべく人目を引くようなものになっていることが多いので、見てるだけでも案外楽しかったりする

*26
オリキャラが居ることを明記しないと滅茶苦茶荒らされるので、スレタイをちゃんと見てれば不要な衝突は避けられる。……はず?

*27
古くはローマ字変換主人公擬きから続く、ある意味由緒正しい?楽しみ方とも言えなくもない

*28
質問者(名無し)をご主人様と見なしてあれこれ構ってくれる、という形式。声とかついてたら単なるASMRだな、みたいなレベルのやつまで飛んでくる、別の意味での魔境

*29
人の入りが多いとその分荒らしも湧きやすいし、そもそも流れが速すぎてついていけないなんてことも起こりうる

*30
詳しくは語らないけど、そっ閉じ推奨なところも結構ある

*31
掲示板形式に住まうものとチャット形式に住まうものは微妙に相容れないのです

*32
版権での人気キャラの取り合いとかと感覚的には近い

*33
さっきの例で言うなら、自分のキャラが一番人気者なんだ、的な感覚だろうか?

*34
掲示板形式ではキャラクター一人、あと全員質問者のみみたいなスレも多い

*35
質問者は気楽に話題を投げられるが、回答者側のキャラハンは返答に悩むのが役目なので……

*36
キャラクターハンドルネームの略。基本的には名前欄にキャラの名前を入れて会話をしている人のことで、掲示板上のお約束である『特定個人であることの主張をしない』を意図的に破る形になる、ちょっと特殊な人々。なりすましを防ぐ為、トリップと呼ばれる本人証明用のタグを付けることが推奨される。その性質上、固定ハンドルネーム(コテハン)との区別が意外と難しかったりもする

*37
掲示板形式の場合、こういうのは馴れ合いと呼ばれて嫌われる傾向にある。無論、場合による

*38
掲示板形式だと、質問が投下されてもある程度数が貯まる・もしくはしばらく時間を開けてから返答をすることが推奨されていたりする。……つまり、会話したいだけならチャット形式の方に行った方が良いのは道理でしかない

*39
個人スレなら必然的に独裁になる

*40
寧ろ独裁できないスレ主は舐められても仕方がない、と言っても過言ではない。無論やり過ぎると運営から怒られるので、あくまでも良識の範囲内で独裁する必要がある。……良識の範囲内の独裁ってなんだよ?

*41
大昔の『魔法少女リリカルなのは』の二次創作でとあるオリキャラが言った『管理局という名前が良くないな』から続く一連の台詞が元ネタ。そこから派生して、『fate/stay_night』のアーチャーを他作品に投入するクロスオーバーが流行った時に、なんとなく口調が似ていること、言っていることが表面上だけなら正義っぽいことから、彼が言った台詞みたいな扱いになった。……という派生ネタ。なお、アーチャー本人は管理局に対しては一定の理解を示すとも思われるので、完全なとばっちりである

*42
単なる趣味です、本当にありがとうございました。

*43
元ネタは『∀ガンダム』内の用語。そこから派生して、忘れたかったり恥ずかしかったりする過去を示す言葉

*44
ヴァーチャル・リアリティ。仮想現実のこと。……いや、VRだからって浮けはせんやろ(真顔)

*45
変身譚と呼ばれる物語は、古代ギリシャの時点ですでに存在していたらしい。変身願望は誰にでもある…ってコト!?

*46
『fate/grand_order』に登場する星2(アンコモン)ライダー・バーソロミュー・ロバーツのこと。史実通りの伊達男ぶりと、謎のメカクレ好きという個性によってオタク達の記憶に刻まれたヤバい奴。メカクレキャラが実装されると、それが他所のゲームであってもSNSのトレンドに上がってくるくらいには有名

*47
キャラクターのレベルを上げると服装が変わる、という一種のサービス。アップルは第一段階しか見てないのか、みたいな格好に変化することも

*48
聖晶片で遊ぶ彼女はもはや日常風景みたいなものではなかろうか

*49
TYPE-MOONが送るスマートフォンゲーム。2021年現在で六周年を迎える結構な大作アプリ。ガチャは悪い文明という言葉は、全スマホゲームプレイヤーが頷いたに違いない

*50
実写でやると残念になりやすい部分。変な髪の色はリアルとは噛み合わないので、思い切って普通の色にされることもあるが、それはそれでコレジャナイ感が溢れるので難しい……そもそも実写化するな、は禁句だ

*51
スレタイは【私は、】マシュと話すスレ【災厄の席に立つ】だった。なりきりスレは大体こういうタイトルが付いている

*52
作品によって定義が多少変わるが、概ね不可思議(魔的)な力の総称



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二次設定は積み重なるもの

「えっと、つまりなんだ?現在の君はマシュ・キリエライト*1としての自意識が強くなっていて、遠藤楯としての意識も知識もあるけれど正直実感が薄い、と?」

 

 

 こちらの言葉に少女──マシュさんと呼んでいいのかちょっと微妙な感じ──は、申し訳なさそうにその身を縮こまらせた。

 

 

「は、はい!先ほどせんぱいに気付けの一発を貰うまでは、どっちであるのかも曖昧な状態だったのですが。現在の私は、マシュ・キリエライトとしての意識の方が強いように思われます。このように──っと、武装の展開*2もできるようなので、少なくとも肉体に関してはマシュのものである、と結論付けるべきではないかと」

 

 

 こちらに説明をしながら、マシュの盾──円卓を花の魔術師*3が加工したという特注品──を虚空から出現させる彼女。

 ずしりと重そうなそれを、片手で軽々支える*4その姿は、確かに彼女がマシュであることを示しているかのよう。

 ただ、当の彼女はその眉根を寄せて、何事かを悩んでいるかのようだった。

 

 

「えっと、何か気になることでも?」

「──先ほど、どちらであるのか曖昧だったと私は述べました。……ですが、正確にはそれもまた違うのです。──私はマシュではありますが、恐らくマシュではない」

「……えっと、なんて?」

 

 

 持っていた大盾を虚空に消しながら、彼女は言う。

 ……何を言っとるのでしょうかこの娘は?

 存在理由(レゾンデートル)*5とか、我思う故に我有り(コギト・エルゴ・スム)*6とかみたいな哲学は、俺専門外ですよ?

 そんなこちらの困惑が伝わったのか、彼女は小さく謝罪をしたのちに、詳しい説明を始めたのだった。

 

 

「えっと、別に煙に巻こうとか、そういうことを考えたわけではないのです。……なりきりの宿命として、私達は()()()()()()()()、というものがあります」

「えっと……今明かされていない原作設定とかはわからない、みたいな?」

「その通りです。原作者でない以上、なりきりをする者達が知り得る情報は、あくまでも表に出ている設定だけ。私の場合で言えば、このあと恐らく導入されるはずの、オルテナウス*7()については知り得ていない」

 

 

 ……ふむ、段々と話が見えてきた。

 ここにいるのは確かにマシュ・キリエライトの姿形を持つ人間である。……が、その知識については、描かれていない部分までは及んでいない。即ち、

 

 

「今、ここに居る私に許された知識は、妖精國*8を旅した所までのもの。……その先に関しては、見れば()()()()()のかも知れませんが、現状私の中には無い知識です」

「なるほど、マシュだという確信はあるけど、それを確かだと証明できるような先の知識がない、ってわけか」

 

 

 型月風に言うのなら、座からの召喚時の知識制限*9みたいなものか。

 ……あの辺り、スマホゲーでは制限緩くなってるみたいだけど、本来は別の場所で召喚された時の知識についてはほぼ受け継ぎ不可、みたいな話だった気がするし。

 

 

「それと、その事とは別の問題もありまして……」

「ふむ?別の問題とな?」

 

 

 俺が納得の頷きをしていると、彼女が申し訳なさそうに口を開いた。……ふむ、これ以外に問題になるようなことがあるのだろうか?

 

 

「えっと。つい先日、サイトの方で記念祭が開催されていましたよね?」

「んん?……ああ、設立十周年だかなんだかで、スレ間の越境禁止ルール*10を緩和して皆でお祝いしよう、みたいな祭りスレッドを開催して、た……あ゛」

 

 

 彼女の言葉に記憶を思い出そうとして、俺もそれに行き着いた。……ああ、うん。確かに、これは本人じゃないと感じても仕方ない。

 

 

「……記念祭で『聖騎士*11デッキ』を使ってキングさん*12とデュエルをした記憶が、記憶が!私の中に確かに存在しているんです!」

「あー、相手がマシュだからって向こうも『ここが!決闘場だ(けっ・とう・じょうだ)ー!』って土方さん*13みたいなことやってたっけねぇ……」

 

 

 わっ、と両手で顔を抑えて泣き崩れた?彼女を見て、思わずこっちも口元が引きつってしまう。

 ……私もあの記念祭には参加していたから、よーく覚えている。

 

 遊戯王って、なりきりでも普通に人気*14でね。いや、実際にスレ内でやられると凄まじい勢いでレスを削っていく*15ので、ホントはあんまり誉められたものじゃないんだけどさ。

 でも、上手くやれるとやっぱり反応がいいんだよね、あれ。

 普段の掛け合いより遥かに気を使うんで、上手くできる人はほとんど居ないんだけど*16

 ただ、お祭りの時だと流石にみんな緩くなるので、複数スレを使いながらデュエルする、みたいなことも普通に起きちゃうわけで。

 あの時は確か、『聖騎士デッキ』のマシュや『レッドデーモンズデッキ』のジャック・アトラス以外にも、わりと多数の人々が決闘者(デュエリスト)*17として参加していた気がする。

 

 ……俺?酒飲みながら観戦してたと思う。……あ、いや、リアルじゃなくてキーアがね?この子わりと無茶苦茶なキャラしてるので、酒くらい普通に飲むんだよね。

 

 しかしまぁ、スレでの記憶があると来たか。

 ……これ、俺もそうだったと今気付いたのでなんとも言えないんだけど。

 雑に言うと、今の俺ら二次創作*18なんだなって。

 

 

「う、うう……マーリンさんに円卓をデュエルディスクへと改造して貰う*19とか!我が事ながら、あの時の私は何を考えていたのでしょうか!?」

「名無しの質問は絶対*20……とまでは行かないけど、なりきりである以上は基本応えられるように動く*21もんねぇ……」

 

 

 セクハラめいたものとかは無視することもある*22……し、うまい人なら別方向に受け流して話の種にしたりもする*23

 質問を全部返す義務はない*24し、する必要もない*25のだけれど。

 上級者側にカテゴライズされる楯は、その辺り極力返すように努力するタイプのなりきりをする人だった*26

 

 ……その結果がこれである。

 小型化した円卓を左腕に装備して、デッキからカードをドローする姿は、まさしく一人前の決闘者だった*27

 ……臨場感ありありでその場を目撃した記憶が脳裏に浮かぶのは、ちょっと薄ら寒いところがあるけども。

 

 

「そうなのです。私は、確かにFGOのマシュとしての記憶がある。……ですが同時に、なりきり板のマシュとしての記憶も、同様に備えているのです。そして、それを繋ぐのが──」

「遠藤楯としての記憶、だと。……うーむ、こっちにも記念祭の記憶が映像付きで思い浮かんでくる辺り、眉唾とも言えねぇ……って、ん?」

 

 

 彼女の言葉にむむむと唸るうち、気付く。

 ……あれ?俺は?キーアとしての記憶で俺がうんたら、みたいなの起きてないよ?

 

 

「そうなのですか?……あれ、でもせんぱいのキーアさんと言えば……」

「スレ主権限をフル活用してのチートキャラでございます。……どう考えても一般人が、人格残したまんまで居られるような奴ではないのですががが」

 

 

 言っちゃあ悪いが、マシュはただのデミ・サーヴァントである。

 ……設定だけ見ると、型月でいうなら普通にカオス*28とかあの辺りを比較対象に持ってくるレベルで詰め込みまくっているのが、このキーアというキャラクターだ。

 

 ……ファンタジー系のオリキャラってなんであんなインフレする*29んでしょうね?!半ば荒らしみたいなキャラハンを追い出さなかったから?うーむごもっとも……。

 いやでも、あの子戦力についてちゃんと決めたら聞いてくれたし!その後割と人気者になってたし!……他のスレでもキャラハンしてて、そっちで問題起こしたからbanされたけどさ!

 

 ……楯にそれを言ったら、可哀想なものを見る目で見られたのは嫌な思い出である。

 でもさでもさ、あの時期もうすでになりきり衰退しかけだったから、まともにやれそうなキャラハンを追い出すのはちょっとあれだったしさ!……そんなことは聞いてない?そりゃそうだ。

 

 

「だからって、ワンパンマン*30モチーフのキャラを持ち込んでくるような方まで、懐に招き入れてしまうのは違うのではないかと……」

「強さ議論しなけりゃ普通にいい子だったんだってばぁ!?……ってそうじゃなくてぇ!」

 

 

 彼女の言葉に虚しい否定の言葉を投げる俺。

 ……いやまぁ、なりきりかつオリキャラスレだったから?言葉と理詰めと色々使ってここではワンパンは無理ですよ、って認めさせたあとは?普通に名無しと会話してくれる良キャラハンになってたんだよ、少なくとも俺のスレではさ?*31

 ……ボスに付き従う小猿みたいなもんとか言った奴、覚えとけよ……!

 

 

「せんぱいせんぱい、話が脱線しています」

「おおっと」

 

 

 思わず熱く語ってしまった。

 彼女の言葉に頭を掻きつつ、話を戻す。

 ……とはいえ、よくわからんとしか言えない。

 宙に浮いたり能力使えたりしている以上、今の俺の肉体がキーアのものであるのはほぼ確定事項だろう。

 ……楯みたいに精神に変調を来していない理由は、正直わからない。

 

 

「……とりあえず、なりきり板を確認して見ませんか?」

「んん、何か手掛かりでもありゃいいけど……」

 

 

 彼女から促されて、ノーパソを引っ張り出す俺。

 カチカチとマウスをクリックして、いつもの板を出そうとして──、

 

 

「あれ?」

「どうかしましたかせんぱい?」

「『404 not found』*32───」

「……え?」

 

 

 此処には何もない(not found)という表示に、言葉を失う。

 ……いやいやいや、いやいやいや!?

 おかしいおかしい、昨日まで確かにあったぞあのサイト!そう、あの──、え?

 

 

「せ、せんぱい!?お顔が!真っ青に!!」

「じゅ、楯!!あの、あのサイト!名前、名前なんだった!?」

「は?……え、あれ、待ってください、これ、おかしい、おかしいですせんぱい!?」

 

 

 サイトの名前が、思い出せない。

 突然に飛来した異常に、パニックになる俺達。

 いや、いやいやいや!昨日まで、確かにあのサイトで、俺達はなりきりをしていたはずだ!

 だけど、サイト名が、アドレスが、そこに繋がる記憶が、──()()()()()()()()()()()()というもの以外、全て抜け落ちてしまっていた。

 

 

「……いや、はは、なんだこれ、どうなって……」

「───答えが聞きたいかい?」

「?!」

 

 

 困惑する俺達の耳に届く声。それは、玄関の方からのもので。

 振り返ったその先に居たのは、銀の髪を逆立たせた美形の男。

 視界を隠すように黒の布を巻いた、美しい男性。

 

 ──俺達は、この男を知っている。

 

 

()が教えよう、君達が今、どうなっているのかを……ね」

 

 

 『呪術廻戦』*33における最強の男、五条悟は──()()姿()()()()()使()()()()()()()を使いながら、こちらに声を掛けてくるのだった。

 

*1
『fate/grand_order』のヒロイン、かつ最初に契約するサーヴァントである少女。ゲーム内では彼女しか属していない特殊なクラス、盾兵(シールダー)として、主人公のサポートを行う。なお、ゲーム主人公のことは()()、ないしマスターと呼ぶ

*2
魔力によって武装を編む、という形式

*3
やぁ、私は花の魔術師マーリン。ピックアップされるという噂だけで、トレンド上位に上がってしまうという人気者さ

*4
巨大武器×女の子は良いものだよね

*5
フランス語の哲学用語。実存主義と言うものから生まれたもので、存在意義とも言い換えられる

*6
近世観念論哲学を築いたルネ・デカルトが提唱した有名な命題。全てを疑ったとしても、それを疑う自分自身は疑えない、ということを意味する言葉

*7
シールダー・アーマード。とある事情から今までのような戦闘行動を行えなくなったマシュをサポートするために生み出された強化?形態。従来のモノとは運用方法が変わるため、雑に活躍させるのには向いていないが、要所要所でいぶし銀の活躍をする渋い形態

*8
最新章『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』の舞台のこと。人の心がない……

*9
サーヴァントは英霊の座というものから呼び出されるが、他の場所で呼び出された時の知識を覚えていると、その場での行動に不都合が出る時もあるため、実際に呼び出された時には参照できる知識に制限がかかっている、というもの。fgo内では有名無実化している

*10
越境、すなわち他のスレに混ざって会話をするならキャラハンとして参加してはダメ、というルール。守れない奴はもれなくbanである

*11
『遊戯王デュエルモンスターズ』における、円卓の騎士をモチーフにしたカード群。王妃ギネヴィアが戦場を反復横飛びする様は、何か彼女に恨みでもあるのかという気分になったり

*12
『遊☆戯☆王5D's』に登場するジャック・アトラスのこと

*13
『fate/grand_order』に登場する星5(SSR)バーサーカー、土方歳三(ひじかたとしぞう)のこと。「ここが、新撰組だ(しん・せん・ぐみだ)ぁーっ!!」

*14
なりきるキャラクターとしても、話題の種としても人気

*15
一度のレスに使える文字数は決まっているが、デュエル描写を入れるとそれがほぼ埋まる

*16
どちらが勝つのかとか、『していた』をどこまで認めるかとか、必要な気遣いとか空気を読む力が通常のなりきりの比じゃないため。無論、うまくできれば最高のエンターテイメントと化すが、外した場合はそれはそれは酷いことになる

*17
デュエルという言葉の商標登録はコナミがしていたりする。その他遊戯王関連で知りたいことがあったら、遊戯王カードwiki(※非公式)をチェックDA!

*18
一次創作である原作に対して、それらを利用して作られた非公式の作品のこと

*19
この辺り、いじった方がいいんじゃないか?

*20
掲示板形式における不文律。後述の通り例外もあるが、聞かれたことには応えるのがキャラハンの義務みたいなものである

*21
なりきりとは自分が楽しいではなく、見てる相手が楽しいを目指すものでもあるのかもしれない……いややっぱり自分が楽しくないと続かないってば……

*22
無視どころか削除するのが普通。そんなのまで返そうとする奴はなりきりの鬼みたいなものである

*23
誰でもできるわけではないので、素直に削除して貰うように運営に掛け合う方が良い。特に個人スレでない場合は他のキャラハンに余計な負担を強いるはめになるので非推奨

*24
いわゆる全レスの義務。セク質でなくとも答えにくい質問というのはあるので、返答に困ったらスルーするのも一つの手ではある。但し、使いすぎると名無しが離れる原因にもなるので多用は禁物

*25
あくまでも趣味であるため。義務感で動いているようなものは、見てる方も楽しくなくなってくるから辛いのだ

*26
正直真似できるようなものではないと思います(震え声)

*27
「甘いぞ、マシュ・キリエライト!その程度の守りでは、我がレッドデーモンズの進軍を阻むには足りん!」「いいえ、止めて見せます!リバースマジック、オープン!禁じられた聖典!」「なに!?レッドデーモンズの効果が?!おのれ、小癪な……っ!」……みたいなやり取りがあったとか。……これに手札表示とか場の状態とかも加わるんだから、どんだけスペースを使うのかはよく分かるだろう

*28
二部五章後編『星間都市山脈 オリュンポス』にて登場した、現状の型月世界観で一番ヤバいと思われる存在。追い返す以外の選択肢が取れないレベルのヤバい奴。人によっては『スーパーロボット大戦D』初出のペルフェクティオを思い出すかも知れない……

*29
実際はオリキャラに限らず、戦闘描写があればインフレする。オリキャラの場合は際限がないというだけである

*30
『One Punch-Man』。一撃(ワンパン)で相手を屠るヒーローが主軸の漫画。元のモチーフはアンパンマンだろうが、対となるバイキンマンモチーフっぽいキャラは一話で倒されていたりする。主人公が強すぎるので、格闘ゲームになった時に『主人公は遅れてやってくる』というシステムになってファンを騒然とさせたとか

*31
個人スレならまだしも、他の人が居るところにワンパンで相手を倒せるキャラとか無理に決まってるだろ、という。……うまい人ならそれでも回せるだろうが

*32
いつも見てたサイトが突然これになったら、多分血の気が引くと思う

*33
週刊少年ジャンプにて連載されている大人気漫画。主人公である虎杖悠仁(いたどりゆうじ)を中心に、呪術と呼ばれる力を使う者達の物語が描かれる。主人公の虎杖君を曇らせたいと願う謎の勢力が一部に存在するとかしないとか。……オタクに優しいギャル(男)ってなんだよ?



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クオリティ低くても何故か人気な時もある

「……その姿で()ではなく()という一人称……貴方!初心者か、さもなくば荒らしですね!?」

 

 

 相手を指差して半ば怒鳴るように声を上げる後輩。

 ……落ち着いて落ち着いて、素出し*1はご法度でしょ落ち着いて。

 

 

「はっはっはっ。マシュちゃんひどーい。いやまぁ、俺がにわか*2なのは確かなんだけどね?」

「やっぱり!せんぱい、敵性個体・五条悟*3……いいえ、あの方を五条さんと呼ぶのはもはや冒涜です!仮称六条、対象の沈黙を目的とした戦闘行動、何時でも開始できます!」

「落ち着け言うとるやろがいっ」

「あたっ!?せ、せんぱい!?なんで『キーアちゃんツッコミブレード(ハリセン)』を今使われるのですか!?」

 

 

 キーアちゃんツッコミブレードは落ち着きを司る聖剣。叩かれたものに落ち着きを与える……。

 ぶっちゃけてしまうとこれ使ったら落ち着きましょう、というお約束の物体化みたいなものである。

 ……いわゆるところの場面転換を強制的に起こさせるため、獰猛な猪も叩いた瞬間無害な豚に大変身というわけだ。

 スレ運営には時に非情な判断も必要、その非情さを示すアイテムというわけである。……ただのハリセン一つに大仰な説明付けすぎでは?*4

 

 

「落ち着いて貰えたようで何より。……いやまぁ、俺が挨拶に来たのがそもそも間違いなんだけどね!」

「……なんなのでしょう、この絶妙に合ってないけれど、雰囲気だけは似せようとしている不可思議クオリティのお方は……」

「落ち着くんだマシュ、他者に引っ張られてはいけない。それではなりきりトップ勢の名が泣くぞ……」

「せ、せんぱい……!」

 

 

 五条擬きの台詞に惑わされまくっている後輩に、落ち着けともう一度、今度は彼女の今までの頑張りを添えて言い含める。

 ……よくわからんけど感極まったっぽい感嘆の言葉を漏らした後輩は、一度咳を吐いて気持ちを整えたのち、完璧なマシュスマイルでニヤニヤしている仮五条君に話しかけた。

 

 

「先ほど貴方は『答えが聞きたいか?』と問い掛けて下さいました。……貴方は、私達が何に巻き込まれたのかを知っているのですか?」

「答えはイエス、そしてノーだね。俺も正直全貌が掴めているわけじゃないんだ。──そもそも、俺ってば使いっ走りだからね?」

「……!?仮にも五条悟を名乗る奴を、使い走りだと……!?」

 

 

 彼から飛び出した言葉に思わず愕然とする。

 五条悟と言えば、呪術廻戦を囓ってる程度の知識の俺でも知っている最強キャラだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()以上、他の作品との比較でしか語れないけれど。……ただの人が()()()使()()()という時点で、戦力規模は計測不可能となる。

 

 創作では割と簡単に飛び出してくる無限だけど、それがもし実際に使えたのなら、世界に与える影響は計り知れない。

 ……少なくとも、世界の電力事情は彼一人居れば解決してしまうだろう。世に溢れた数式は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なので、無限を持ち出した時点であらゆる物理は崩壊する*5のだ。彼の力をうまく利用すれば、永久機関*6だって余裕で生み出せてしまえるだろう。

 

 そんな、どう考えてもぶっ壊れ。──それが五条悟なのだ。

 そんな人物を使い走りに使う、だと?どうなってんだよ一体、相手の規模どんだけだよ?

 

 なんてことを思っていたら、彼から爆弾発言が飛び出した。

 

 

()()、キャラに憑依されてる感じでしょ?それがどうも『自分がキャラハンしていた』ってのが条件らしくてね」

「……なるほど、確かに私もマシュになりきっていました。せんぱいも」

「オリキャラとはいえ、キーアになりきっていた。……で?それがどう繋がるの?」

「──憑依の度合い。これが、そのキャラハンの評価と関わってるみたいでね」

「……なんか嫌な予感がするけど聞こうか?」

「俺、スレでも全然似てないって叩かれてたんだよね。で、結果として──術式順転『蒼』・術式反転『赫』」

「ちょっ!?」

 

 

 いきなりの攻撃宣言に、慌てて立ち上がる俺。

 無防備な俺の前に、決死の覚悟でマシュが盾を構えて立ち塞がり、

 

 

「──虚式『茈』。……とまぁ、こんな感じ」

 

 

 飛んできた、なんか生暖かい空気に、思わず目が点になった。

 

 ……いや、は?これが、『茈』?

 仮想の質量を押し出すことで射線上の全てを消し飛ばす、彼の最大火力、だと……?

 

 

「いや、これ……」

「良くて空気弾、下手すると段ボール砲のが威力あるかもね。……まぁ、そういうこと。キャラハンとしての再現力が低い場合、俺達の影響力(憑依度)も低くなってるみたいでさ。……仮に戦えとか言われたら、俺はさっさと逃げるしかないね」

「え、ええ……?」

 

 

 下手をすると、団扇で思いっきり仰がれた方が強いかもしれない、という微妙な威力の『茈』。

 一応、見た感じ原理は元の無下限術式*7に則ったものみたいだけど、それによって起きる現象の規模が小さすぎる。

 ……これ楯が動く必要、一切なかったんじゃなかろうか?

 

 

「ご、五条さんどころか零点五(れーてんご)条さんではないですか、これでは!?」

「ははは面目ない。そういうわけで、俺ってば使い走りくらいにしか役に立たないんだよねー」

「……憑依っぽいって言ってたのに、そこら辺いいので?」

「──まぁ、ここは()の世界でもないし。知識も技能も欠けてるから、せいぜい死なない程度に頑張ればいいかな、ってね」

「……ええー……」

 

 

 ……憑依部分もなんか緩くなってるんですがそれは。

 いやまぁ、本人?が別に良いならいいんだけど、なんだこれ?

 なんでなりきり板出身者だけ対象なのかもわからんし、こうして能力が使える理由も分からんし、なりきり再現度で強さが変わるとかもう意味不だし!

 わからん尽くしでどうしろってんですこれぇ?!

 

 

「ま、とりあえず。俺達と似たような人が集まってる場所があるんだ、ついてきて貰える?」

「えー、あー、うん。こっちもよくわからんし、ついてくことは吝かじゃないよ」

「はい、それじゃサクサク行こっか」

 

 

 彼が手を叩くと、突然室内に謎の裂け目が現れる。

 

 ……切れ端の両端にリボンが結ばれていて、裂け目の内部からは、無数の目がこちらを見返している。

 ……あまりにも冒涜*8的なスキマを見た貴方は、成功で1・失敗で1D3のSAN値*9減少を──、

 

 

「落ち着いて下さいせんぱい!なりきり板でTRPGとか、自殺行為にも程がありますよ!?」

「──はっ!?」

 

 

 楯に肩を揺さぶられて意識を取り戻す。

 ……いかんいかん、あんまりにもお決まりな場面に立ち合ったものだから、一瞬意識が飛んでいたぞ……。

 

 ……いやでも、仕方なくない?

 みんな大好き東方の胡散臭い大賢者、八雲紫*10さんの操るスキマ*11じゃないすかこれ。

 

 東方project、いわゆる弾幕ゲーの大家(たいか)にして、一時期最強議論で持ち出され過ぎて*12アンチを量産してい()ジャンルにして、最近の若い子に聞くと「ああ、YouTubeの(ゆっくり動画)*13」って返される作品。

 同人ゲームとしては異例の知名度を持つ、オタク文化に触れていれば一度は目にしたことがあるだろう……とまで言われる有名作である。……二次創作だと先代録*14とか人気だったね、ほんと。

 

 というかね?二次創作が大きくなりすぎて、本家では真逆になっている設定*15まであるとか言うんだから、懐が大きすぎる気もするわけなんだけど。

 

 ……二次創作が大きすぎる。

 これ、なりきりする時も問題になる点だった。

 ユーザー間でもイメージに差があるものだから、真面目にやってる人でも、変にアンチに絡まれたり過剰に誉められたりなどするせいで、全うな評価が難しい作品だったのだ。

 

 場合によってはやたらと紅魔館が爆発したり*16、咲夜さんが忠誠心を鼻からどばーって*17したり、メイリンはずっと寝てたり*18……みたいに、かなりステレオタイプに侵食されていたりもした。

 

 ……なりきりですらTAS*19的にデレデレデェェェン(長く苦しい戦いだった)される紅魔館*20には、正直同情を禁じ得なかったわけだけど。

 

 まぁ、東方についてはこの辺りにしておいて。

 

 八雲紫、八雲紫かぁ……。

 「境界を操る程度の能力*21」を持ち、幻想郷を維持する為ならば何でもして見せる妖怪の賢者。

 ……んー、()()ゆかりんになりきっているかわかんないのが、ちょっと不安要素かなー。

 いやまぁ、もし相手が俺の思ってる通りのゆかりんなら、心配する必要とかゼロなんだけども。……ここからじゃわからんからなぁ……。

 

 

「あの、せんぱい……?」

「あ、ごめんごめん。……虎穴に入らずんば虎児を得ず*22、か。しゃあなし、いくよ楯!」

「は、はい!マシュ・キリエライト(遠藤楯)!吶喊します!」

「おー。元気だねぇ、っと」

 

 

 楯に急かされ、意を決してスキマに飛び込む。

 風を切る音を聞きながら、俺達は落ちるように先に進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

「───来たようね」

 

 

 スキマを抜け、久方ぶりの地面に足を付ける俺達。

 視界を下に向けていた為に、上から振ってきた言葉に反応して、俺達は頭を上げる。

 

 ……そこは、どこかの社長室のような場所。

 立派な机の上に、腰掛ける金髪の幼女の姿。

 大きなリボンが目立つ、いわゆるZUN帽*23を被り。

 毛先をいくつか束にして、リボンで可愛く結んでいて。

 ふわふわの、ゴスロリのような服を着た可憐な少女。

 

 

「ふふふ……」

「あ、貴方が……!」

 

 

 隣で楯が息を呑んでいる。

 確かに。彼女が発する威圧感は、とても見た目通りの少女から発せられるものだとは思えない。

 彼女的には、女神ロンゴミニアド*24とか、あの辺りを思い起こさせる威圧感だと言えるだろう。

 

 ……だが同時に、俺には彼女がその背に隠しているものが()()()いる。なので、自分が次に取るべき行動も、同様に見えていた。

 

 

「──やだもうキーアちゃんじゃなーい♪」

「やっぱりゆかりんじゃーん♪この前ぶりー♪」

「……え、は?!」

 

 

 記念祭で決闘を肴にしながら酒呑みしていた時以来の邂逅に、二人してきゃいきゃいと騒ぐ。……なお、後ろに隠してたのはお酒である。

 そうして騒ぐ俺達の横で、楯が思わず素出しした、としか言えないような声を上げていた。……いやまぁ、気持ちは分かる。

 

 幻想郷を支える賢者、腹黒女、その他色々中傷めいたあだ名がぽんぽん飛び出すのが、八雲紫というキャラクターなのである。

 ……が。同時に、割とキャラ付けに自由が効くキャラでもあった。

 少なくとも、主人公の霊夢に比べたら、天と地くらいには。

 

 

「【酒呑みの】八雲紫とお話しましょ♪【駄弁り場】はスレが三十近く続いた人気スレだもの。そこまで続いてれば、普通にキャラ強度も上がってるってものだよね?」

「まぁ、私も最初はびっくりしたけどねぇ。スキマが使えるし、頭脳も明晰だし。……それでいて酒呑みであることくらいしか、八雲紫としての縛りが無かったというのだから、そりゃもうびっくり驚きというものですわ」

「え、ええ?それは流石に無茶苦茶だと思うのですが!?」

「──なりきりは全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ*25

「名言を言えばごまかせると思っていませんか?!」

 

 

 困惑マシュ顔で叫ぶ楯に、思わず苦笑を返す。

 

 いやまぁ、東方自体の二次創作に対する姿勢というかなんというかが、そもそもその名言に近いところがあるから仕方ないと言うか……。

 さっきもちょっと話したけれど、東方の設定というものは、二次創作が正式なものだと勘違いされている場合が非常に多い。

 それは逆に言うと、二次創作であることを明言していれば解釈はほぼ無限なのだ、ともいえる。

 だからこそ。この呑んだくれゆかりんも、八雲紫の()()ではあるのだ。

 

 

「いやー、そういうとこ東方系はずるいよねー。俺なんか能力的にはほぼモブレベルになってるのに、呑んだくれゆかりんは普通にスキマとか使えちゃうんだもん、不公平だって言いたくなるのもおかしくないよね」

「だから貴方には、スキマ便を無償利用可能にしているでしょう?そんなんじゃ最強の呪術師が聞いて呆れるわよー」

「そこは感謝してるよ、こういう時に便利だしね」

「……内容や場所によっては、酷い争いになりそうなお二人ですが。ここでは仲が宜しいみたいですね、せんぱい」

「まぁ、ゆかりんも実態は俺に似たようなもんだったからなぁ」

 

 

 共に最強扱いされるタイプのキャラである二人だが、その間の空気は緩く柔らかなものだった。……まぁ、争う気が最初から無いんだからさもありなん。

 

 最近のキャラである『変なTシャツヤロー(公式チート)*26』とかが発表されるよりも前から、ずっと八雲紫(強キャラ)をやっている彼女は、あのなりきり板ではかなりの古参に入る部類の人である。

 ……決して上手いとは言えないけれど、毎日来てあれこれ話してくれる彼女は。

 なりきり板では、皆に広く愛されたキャラハンだったのだ。

 

 ──すなわち、愛されゆかりん!マジかよババア結婚してくれ*27

 

 

「わ、その挨拶も懐かしいわね」

「大体十五番目くらいで流行ってたねー。いやー、まさかこうして現実になるとはねー」

「……と、東方五大老*28……」

「楯、それもそれで古いと思う」

 

 

 今時知ってる奴いるのかなそのネタ?

 まぁ、そんな感じで再びキャイキャイしていた俺達。

 

 暫くして、ゆかりんがこちらに手を差し出し、にっこりと笑って。

 

 

「とりあえず。──ようこそ『なりきり郷』へ。私八雲紫は、貴方達を歓迎いたしますわ」

 

 

 彼女はまるで幻想郷に誘うかのごとく、俺達へと優雅に言葉を告げるのだった。

 

 

*1
なりきりはキャラを演じる遊びだが、そのキャラの範疇を飛び越えた発言をすること。演じている中の人が見えているので()()ていると呼ぶ

*2
にわかファンの略。周囲に便乗して興味を持った人のこと。いわゆる新参者を揶揄った言い方

*3
『呪術廻戦』における作中最強キャラ。作中日本に四人しか存在しない特級呪術師の一人。いつも目隠しをしている為素顔が見えないが、外すと絶世の美丈夫としか言い様のないイケメンぶりを誇る

*4
とにかく壮大っぽい設定を付けがちだったりするのは初心者のお約束である

*5
無限は数値ではないため、数式に代入すると酷いことになる。数えきれないものが実際に存在する、というのはとんでもないことなのだ、というお話

*6
外部からエネルギーを与えずとも動き続ける機関。無限に動き続ける為、実際に存在すれば世界のエネルギー問題を解決できてしまうだろう代物。……が、実際には様々な要因から実在は否定されている

*7
収束する無限級数を現実に呼び出す術式。雑に言うと無限にゼロに近付いていく、というもの。あくまでもゼロに近付くだけでゼロになるわけではないので、いわゆる情報が完結しない(答えにたどり着けない)状態になる

*8
神聖なものや大切なものを貶め、辱しめること。日本人は神様を特別なものだとは思っていない為、海外の人が言う『oh my god(オーマイゴッド)』のニュアンスは正確にはわからない……みたいな感じ。因みにこの『oh my god』という言葉、向こうの人からすると冒涜的だったりするのだとか

*9
クトゥルフTRPGにて正気度を意味するもの。sanity(正気)の頭文字を取ったもので、本来は正気度ポイントと呼ぶのが正解

*10
『東方project』の登場人物。初登場は『東方妖々夢』。幻想郷最古参にして、最強の一角であり、賢者と呼ばれる大妖怪。胡散臭いとみんなから言われているが、幻想郷への愛は本物であり、その部分に関しては普通に信用できると思われる

*11
『境界を操る程度の能力』で生み出された空間の裂け目。用途は主にどこでもドア。……ゆかえもんなんて風に呼ばれている世界もあるかもしれない。いやでも半日寝てる辺りはのび太君かも?

*12
『~程度の能力』という設定の解釈の幅が広すぎたことに対しての弊害みたいなもの

*13
生首みたいなキャラクター達が合成音声で会話している動画、というものが真面目に若い子の東方への入り口になってるというのはちょっと面白いと言えなくもないかも?

*14
主人公である『博麗霊夢』の先代にあたる巫女の話。無論二次創作だが、原作が弾幕ゲームであることに対し、素手で妖怪達を薙ぎ倒す戦闘スタイルを設定したことで人気を博した

*15
あやもみというカップリングネタがあるが、本家では不仲であるとされた。……喧嘩っぷるネタを供給されたというポジティブ変換したものも居たようだ

*16
様式美

*17
本家的にはもうちょっとフランクな付き合いっぽい

*18
流石にいつもは寝てない

*19
tool-assisted speedrun(最速攻略を目指す)』または『tool-assisted superplay(凄いプレイを魅せる)』の略。本来できないであろう操作をエミュレーターの機能によって可能にし、結果的に人間業ではない動きをするもの。その動きが最速攻略を目的にしているならばスピードラン、凄いことしてるよーって魅せたいだけならスーパープレイ。……別にわけなくてもいいのでは?なんて風にも言われている

*20
『悪魔城ドラキュラシリーズ』の一つ、『キャッスルヴァニア 白夜の協奏曲』のエンディング曲のイントロ部分のこと。別にそれそのものはおかしくないのだが、TAS的にはあっという間にクリアされたことの余韻とかと相まってどうにも笑いを誘うものになっている。IGA、こんなところでも許されません

*21
ものの境界を好きに弄れる能力。悪用すると『新世紀エヴァンゲリオン』の人類補完計画を一人で起こすことも可能、かもしれない

*22
中国の故事成語。危険に立ち向かわなければ大きな成功は手に入らない、ということを示す言葉

*23
ドアノブみたいな形をした、特徴的な帽子。モブキャップと呼ばれるものに近い形状をしている。『ZUN』は、『東方project』の制作者の名前。通称神主。

*24
『fate/grand_order』の第六特異点、『神聖円卓領域 キャメロット』に登場した大ボス。とある人物の慣れ果ての姿

*25
原文は『幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ』

*26
へカーティア・ラピスラズリのこと。呼び名の『変なTシャツ~』云々は、作中で東風谷早苗が彼女の服装を見て言った言葉。不遜にも程がある……

*27
ネットスラングの一つ。年上の女性への好意を示す言葉。そこはかとないツン分が漂うが、ババアとか普通に暴言なので気を付けないと嫌われるぞ?

*28
『東方Project』の二次設定の一つ。西行寺幽々子・八雲紫・八意永琳・八坂神奈子・聖白蓮という、周囲より年上に見えるキャラを集めた呼称



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人気があるからと言って詳しいわけでもない

「『なりきり郷』……スレ名があまりにも単純すぎる……」

「シンプルイズベスト*1、というやつよ。……変に捻ってつけるのも……ほら、なんというかこう、恥ずかしいでしょう?」

「あー、うん。わからんでもない」

 

 

 張り切ってタイトル付けたのに、人の入りが微妙だった時*2とか泣きたくなるもんね。

 微妙に視線を反らすゆかりんに同情の視線を返しつつ、俺達は近くのソファーに移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

「──と、言うような感じなのだけれど」

「あーなるほど、だいたいわかった」

「それ、後ろにカッコ付きで『わかってない』とかくっついてないでしょうね?」

「はははなんのことやらははは」*3

 

 

 汚いなさすが大賢者きたない。*4

 こっちの思考を読むのは反則だろぉっ!?……読むまでもなく顔に書いてある*5?そいつは失敬。

 いやまぁ?()()分かったというのはホントなんだよ、()()は。……問題があるとすれば、大体()()分かってないことでね?

 

 

「ええと、現状確かなことは……

1、名前の思い出せないあのなりきり板の住人に関係している。

2、原則として版権キャラクターのみがこの現象に巻き込まれている。

3、思考は主にキャラの方が優勢であり、元の人格はキャラの影響を受けて変質してしまっている。

4、キャラクターの能力や思考・知識を使うことができるが、その範囲は自身が参加していたスレでの、再現度や人気によって左右される。

5、一つのスレからこちらに憑依しているのは原則一人だけ。

……などでしょうか?」

「おお、流石みんなの後輩マシュちゃん、まとめ上手ー」

「きょ、恐縮です……」

 

 

 五条さん(とりあえず他に呼びようもないのでそのままで行くことになった)がパチパチと手を叩き、楯がほんのり頬を染めながら小さく言葉を返す。

 ……ふむ、見た目は完璧にマシュだから、なんというか和むねこれは。

 

 

「で、うちにも被害者?が何人か集まっているんだけど。……まぁ、見て貰った方が早いかしら?」

「え、なにゆかりん、すっごい不穏な雰囲気なんだけど」

「ふふふふふ……」

 

 

 うわぁ笑い方のせいで不穏さの倍率がドンだよこれ……。

 ドン引きする俺達の前で、ゆかりんが右手を上から下に振り下ろす。

 いつもの音と共にスキマが開いて、その口がこちらに向き。

 

 

「はい、では問題児レベル1の子達からー」

「おいちょっと待て」

 

 

 レベル分け?!レベルで分けなきゃいけないくらいに居るの!?っていうかレベルの基準もわからない内からそのまま流そうとするのやめない!?嫌だよ俺罷り間違って『汚い仮面ライダーW』*6のなりきりとか飛んできたら!?センシティブ判定*7で消されたらどうすんのさ!?

 

 

「はーいごあんなーい♪」

「ああああちょっと待てぇ心の準備がぁああっ!?」*8

 

 

 慌てる俺の前で、スキマから現れたのは──、

 

 

「……えっと、アシタカ?」

「そのようですね、ジブリ映画『もののけ姫』の主人公。本名はアシタカヒコと言い、弓の名手にして高い身体能力の持ち主だったそうです。*9……アーラシュ*10さんを思い出してしまいますね、せんぱい」

 

 

 特徴的な模様の入った赤い頭巾こそ被っていないものの、青い上着と精悍な顔立ち・強い意志の籠った眼は、子供の頃に見た名作の主人公、そのものだと言える姿をしていた。……イケメン力はアーラシュさんとどっこいやね。

 とはいえ……んんん?アシタカって、問題児要素ほとんどないような……?

 困惑する俺に微笑み掛けながら、ゆかりんが彼を促す。──そして。

 

 

「鎮まれ!鎮まりたまえ!さぞかし名のあるスレの主と見受けたが、何故そのように荒ぶるのか!?」

「………んんんんん?」

 

 

 うん、アシタカと言えば、って感じの名言だ。*11

 ……でも、この場で飛び出す言葉としては、不適切なような?

 俺がさらに困惑を深めていると、彼は口を閉じ、背中に背負っていた布袋の中から、白いスケッチブックを取り出した。……なんで?

 

 

「えっと、『私は、この文章を基礎にしたものしか喋れないのだ』、だそうですよ、せんぱい?」

「………はぁ?」

 

 

 いやなんで?

 彼が手前に掲げたスケッチブックには、彼がペンで書いた言葉が載っている。……内容は、さっき楯の言った通り。

 ……なんでこんなことになってるんだ?

 という意味を込めながらゆかりんに視線を向ければ、彼女は苦笑を交えつつ説明をしてくれた。

 

 

「スレにも色々あるでしょう?全うに演じるもの、ネタに振り切ったもの、八割方荒らしみたいなもの*12、とか。……彼の場合、一発ネタで進めていくスレだったのよね」

「な、なんだってー!?」

 

 

 そんなんありかよ?!と思わずMMR*13してしまう俺。……いやこれも大概古いな?

 なんにせよ、つまりはこういうことらしい。

 

 一口になりきりと言っても、どんな感じの運営をしているのか、というのは場所によって違う。

 とはいえ、キャラハンだけで集まって会話を楽しむチャット形式と、名無しからの質問を受け、それに対する返答でスレを進めていく質問&雑談(質雑)形式が、主な遊び方だろう。

 

 その質雑形式の中で、一芸特化で強引に突き進むストロングスタイルのスレが存在する。それが『場面の使い回し型』だ。……命名俺なので余所で使っても通じないので注意。

 

 さて、その内容だが。

 難しいことは一切なく、『演じているキャラクターが一番輝く場所だけをやる』という、それだけだ。

 

 ……もうちょっと詳しく説明すると、例えば仮面ライダーエグゼイドの檀黎斗()*14を演じるとする。

 この時、普通に彼を(できるかどうかは別として)模倣するのが、普通のなりきりである。

 対し、このストロングスタイルでは、極論を言うと有名な『宝生永夢ゥ!』以下の流れを、ひたすら改変して使い回すのである。

 例えば(長いので注意)、

 

 スレの名無しィ!何故君が簡単な質問しかできないのか。

 何故似たようなセク質しかできないのか、何故スルーされるような質問しかできないのかァ!

 その答えはただ一つ………!

 アハァァァ………スレの名無しィ!

 君が!このスレで初めて………!まともな質問が………!!

 一つもできない奴だからだぁぁあ゛────!!*15

 

 ……みたいな感じに改変する。

 これを、質問一つに対して、毎回やるのが、『使い回し型』。

 

 パッと見では楽そうに見える反面、人の入りが激しいところだと、単純に回数をこなす必要がでたり。

 はたまた文中の()を改変しようかとか、()()を改変しようかとかを悩むはめになるなど。

 意外と労力を食うスタイルであると言えるので、正直わりに合ってるとは思えなかったりする*16。……そもそもの話、絶対途中で飽きるしねこれ。

 

 まぁつまり。そのストロングスタイルを、このアシタカさんは貫いていた、ということらしい。

 ……いやでも、尋ねることしかできないとか、普通の返答も辛くなかったですそれ?*17

 

 

 

「レベル1はこんな感じで、人気はあったけどなりきりとしては下の下、みたいなやり方をしてたせいで、能力・人格・記憶みたいな憑依部分が、かなり半端になってしまっている人達の集まりだと言えるわね」

「彼以外にも、願いを聞いた後に『その願いは私の力を越えている』って返すだけの神龍(シェンロン)*18とか、やってきた人全員に『すごーい!きみは○○が得意なフレンズなんだね?』って返すサーバルちゃん*19とか、俺が言うのもなんだけど『うわぁ』って言葉しか出てこないような人が、それなりに居るみたいだよ?」

「……まさか五条さんが、幾分マトモな部類に入る方だったとは思いませんでした……」

「ああ、楯がマシュらしからぬ遠い目をしている!?タイム!タイム要求!このノリで続けられると楯が壊れる!」

「心が折れたら負けだものねぇ」

 

 

 マシュの宝具(いまは遥か理想の城)の内容的に?*20……って言わせるんじゃねぇよ!

 

 視点の定まらなくなってしまった楯を落ち着かせる為にソファーに座らせながら、てへへと頭を掻くゆかりんにツッコミを入れる俺なのであった。

 

 

 

 

 

 

「……先輩がエリザベート*21さんを見ている時の気持ちが、ようやく分かりました」

「楯、それ多分わかんない方がいいやつや」

 

 

 いやね、確かにどこぞの丸いロボットみたいな事(はろ……?はろ……?)しか言えなくなる*22レベルで、思い切り精神崩壊してたあの時の彼なり彼女なり(藤丸立香)には、正直同情しかできんかったけどもさ?

 

 どうにか楯が持ち直してきたので、説明の続きをお願いする。

 今度は華麗に指パッチンしてスキマを開くゆかりん。いやんスタイリッシュ。

 なんて感想と共に、その向こうからやってきたのは──、

 

 

「わ、わ!せんぱい見てください!あれはもしかして、ピカチュウ*23さんではないでしょうか?!」

「さあ、なんでしょうね?……あいや、なんとなくフレーズがポケットにファンタジー突っ込んでそうだった*24から、思わず言っちゃったけど。……うん、紛れもなくピカチュウだねこれ」

 

 

 現れたのは、俺達の膝よりも背の低い生き物達。

 先頭に居るのは黄色い体に赤いほっぺと、ぎざぎざしっぽのにくいやつ。──みんな大好きねずみポケモンのピカチュウだ。

 耳を頻りに前後左右に動かしているのは、周囲を警戒しているからなのだろうか?……って、ん?

 

 

「いや待て?なんでこの子フツーの野生っぽい動きをして……ってまさか?!」

「そのまさかー。問題児レベルその2は『人外なりきり、特に獣系』ね」

「うへぁ!?」

 

 

 とんでもねぇ地雷が飛んできやがった!?

 

 

「え?せんぱいは、何をそんなに驚いていらっしゃるのでしょうか?」

「いいか楯、動物なりきり系ってのはな、主に二種類に別れるんだ。……色々無視して人語を話す奴と、設定に忠実に獣語しか話さない奴*25がな」

「はい?……え、あ、まさか!?」

 

 

 楯も事の重大さに気付いてしまったらしい。

 ……この逆憑依、憑依されている現実の人々の意思は原則隅に追いやられる。すなわち、ここにいる彼らは──。

 

 

「彼に関しては、変に『サトシのピカチュウ』*26とか『ポケスペのピカチュウ』*27とかの特定個体を指定していなかったから、寧ろ被害は少ない方よ。ここにいる他の子達もまぁ、似たようなものね。アイルー(モンハン)スライム(ドラクエ)チョコボ(FF)*28どれも種族だけを指定していたから、自意識への影響は微々たるものよ。……まぁ、生態とかはほとんど憑依してる子達のモノに寄ってしまってるみたいだけど」

「ぴか、ぴかぴかぴーか*29

「うわぁぴかぴか可愛いのに中身の悲哀がひどーい……」

 

 

 元が人なのに獣化している彼等の胸中やいかに。

 ……いや、後腐れ無い分普通に特定個体の方がマシなのでは……?

 

 

「そこは微妙なところね。私みたいに能力は大本と同じだけど、意識とか知識はスレでのモノが基礎になっているみたいだから、その分自由に動ける……と言うのも間違いないみたいだし」

「……半オリジナルみたいなものになってるから、元となったキャラクターと憑依されてる側のズレが少ないってこと?」

「そういうことだねー。俺なんかはズレが酷いから、呪術を使っても影響規模が全然広がらないし定まらないけど。少なくとも内と外の不和が少ない、ゆかりんやそこの黄色い子なんかは、最大値はともかく能力使用に変な不自由は起きないみたいだし」

「……ふむ?」

 

 

 まーた新情報が出たなこれ?

 五条さんの言葉を脳内で反芻し、理解を深める。

 

 ゆかりんみたいな、半分オリジナルに近いなりきりをしていた人は、憑依しているのも()()()()()()()()()()八雲紫であり、それ故に憑依されている側との同期のズレが少ない。

 代わりに、本人から外れてもいるので、本来出せるだろう最大出力には程遠い、と。

 

 ……つまり、そこのピカチュウが十万ボルト(いりょく90)を使っても、せいぜいスパーク(いりょく65)くらいの威力に落ちてしまう、と。

 その代わり、噛み合ってない五条さんみたいに、技のPPごと削れて居たり(使える回数ごと減っていたり)はせず、ちゃんと本来の十万ボルトが使える回数(15回)分は使える、と。

 

 

「そういう意味で、今ここにいる人の中で一番戦力が高いのはマシュちゃんだろうね」

「……え?わ、私がですか?!」

 

 

 五条さんの言葉に、思わず自身を指差して驚く楯。

 ……んまぁ、確かに。

 キャラクターの再現度が最高である為、ほぼ原作のマシュと同じスペックになっているだろうことは想像だに難くない。

 ……まぁ、それはつまり、ここにいる彼女はほぼほぼマシュだ、ということでもあるのだけれど。……うーん、早く問題解決の糸口を見付けないと、普通の男子である楯が完全にマシュ化してしまうぞこれ。

 

 

「……あれ、ってことはゆかりん、スキマ開くくらいしかできないの?」

「ご明察、『境界を操る程度の能力』はスキマの開閉と、私の年齢の操作とかみたいな細々としたものにしか使えないわ。……この状態で月からの使者とか来たら、私はお手上げ以外にできることはないわね」

「……いや、あれ、まさか」

 

 

 ゆかりんと話しながら、とあることに思い至る俺。

 ……再現度が、キャラとしての強度・憑依度に関わると言うのなら。

 

 

「……()、『キーアちゃんツッコミブレード(ハリセン)』出せたんだけど」

「なん、ですって……?!」

 

 

 ()()()()()の私は、どうなっているのか。

 思わぬ問題にぶつかってしまい、言葉を無くす俺達なのだった───。

 

 

*1
シンプルイズ()ベストでもいいらしいが、ザが付く時は他に比較対象がある場合、のような雰囲気らしい

*2
自身の空回りが如実に感じられる為、一日でスレが落ちることも

*3
『だいたいわかった』は『仮面ライダーディケイド』の主人公、『門矢士』がよく使うフレーズ。『わかってない』の方は、この場合は『ポプテピピック』の主人公?のポプ子に対して使われたもの。どっちにしてもあんまりわかってないというのは同じ

*4
元ネタは『汚いなさすが忍者きたない』と言うフレーズで、発言者は2021年で19周年になるという超長寿作、『ファイナルファンタジーⅩⅠ』で話題になったとある騎士。独特な言語を使う彼はよくわからない人気を博し、本人の手を離れて独自のキャラとして確立して行った……のだがそれはまた別の話。余談だが彼は盾キャラでもあるので、(独自キャラの方は)マシュ的にちょっと親近感とか尊敬とか抱くかもしれない。

*5
いわゆる慣用表現。実際に顔に書いてあるかのように顔に内心が出ているよ、ということ。出典を調べても出てこなかった辺り、みんな意外と顔に出る、ということなのだろうか?

*6
この文をそのまま検索窓に放り込むとトップに表示されるある作品のこと。仮面ライダーWからしてみれば風評被害甚だしいが、物語の骨組みだけ見ると確かに似ているので、言い出す者を止めることはできないかなぁ、とも。……なおなりきり界隈は魔境なので、探したらすでにあるかもしれないけど、探したいとは思えないし思わない(真顔)

*7
VTuberがたまに言われているあれ。出典不明だが、多分某SNSの『センシティブな画像』からの派生では?なんて風に言われている

*8
身構えている時に、死神は来ない(無情感)

*9
概ね楯の説明通り。年齢は17歳だが、時代設定的に若いとも言えない感じか。イケメンで強くて温厚で勇敢で、と言った感じに基本非の打ち所のない好青年でもある

*10
アーラシュ・カマンガー。『fate/grand_order』に登場する星1(コモン)アーチャー。出演タイミング的に初出作品を勘違いされやすいキャラクター。明確な初出は『Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ』なのだが、見た目は『TYPE-MOONエースvol.10』で、名前は『fate/grand_order』で初判明した為、非常にややこしい。衝撃的な宝具(必殺技)を持つ、ペルシャの大英雄。2021年の東京オリンピックでは、銀メダルに輝いた台湾のアーチェリーの選手が、矢を放つ時の掛け声に彼の宝具の名前を使っていたことで話題になった。因みに、fgoに参加したことで明確に日本での知名度が上がったとされる英雄でもある(それまでは日本語wikiが存在しなかった)

*11
他には「生きろ、そなたは美しい」「あの子を解き放て! あの子は人間だぞ!」などが彼の名言として挙げられる

*12
なりきりも千差万別だが、罵詈雑言ですらない謎の鳴き声だけで進めるのはおかしいと思わなかったのか

*13
『MMR マガジンミステリー調査班』のこと。何でもかんでもノストラダムスに繋げて「だから、世界は滅びるんだよ!」する漫画。陰謀論の走り?いや、単なるギャグじゃないかな……。迫真顔で「な、なんだってー!?」とか言ってたら大体これが元ネタである

*14
はた迷惑な天才、というのが多分一番正解っぽい感じの『仮面ライダーエグゼイド』の登場人物。正直こんな狭い項目で語れるような人でもないので検索して貰う方が良いかと。……人物像が濃ゆ過ぎて目眩がするかもしれないが

*15
実際には間に相手の反応が入るのだが、それをどうするのかはやってる人の腕次第だと思われる

*16
回数こなしてるうちに多分ネタが切れる

*17
身長は?みたいな質問はどうしてたんだ、みたいな疑問。大体無理やり()()()()はめになるが、それはそれでアシタカの名言であるというある種のミラクル……

*18
『ドラゴンボール』においてタイトルにもなっているドラゴンボールを7つ集めた時に現れるドラゴン。叶えられる物事に上限が存在する為、たまにこうして断られることがある

*19
『けものフレンズ』の主人公……ヒロイン?さばんなちほーに住んでいるサーバルキャットのフレンズ。フレンズは、特殊なアイテムの力で女の子になった動物達の総称。人懐っこい性格で感性豊かであるためか、初めて見たものや生き物に対して『すっごーい!』と驚きを示す可愛い女の子。なお、『すごーい!きみは○○が得意なフレンズなんだね?』なんて台詞を彼女は言ったことがなかったりする

*20
彼女の宝具である『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』は使用者の心が折れない限り、世界を破壊するような攻撃ですら耐えて見せる……と言われていることから

*21
エリザベート・バートリー。星4(SR)ランサー。血の伯爵婦人。合言葉は『何度も出てきて恥ずかしくないんですか?』

*22
平成に置いてきた筈のハロウィンの残り香が目の前に現れた時に、錯乱したfgoの主人公が呟いた言葉。丸いロボットは『機動戦士ガンダムシリーズ』のマスコットロボット、ハロのこと。どっちもハロハロ言ってるというネタ

*23
ずかんNo.25 ねずみポケモン たかさ 0.4m おもさ  6.0kg ほっぺたの りょうがわに ちいさい でんきぶくろを もつ。ピンチのときに ほうでんする。

*24
『ポケットにファンタジー』。ポケモンソングの一つ。歌詞の中に『あれってもしかして、ピカチュウ?』というフレーズが存在する

*25
見ればわかるが凄まじく魔境である

*26
アニメ『ポケットモンスター』で主人公の相棒をしている方

*27
漫画『ポケットモンスターSPECIAL』でレッドやイエローと共に活躍してる方

*28
それぞれ『モンスターハンターシリーズ』の獣人種、『ドラゴンクエストシリーズ』の特徴的なモンスター、『ファイナルファンタジーシリーズ』の騎乗動物

*29
変に名探偵な方選ばなくて良かったよ



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雨後の筍のように増えたりもする

「……そういえばそうか。俺達は版権キャラの憑依しか、ほとんど見てこなかった」

「キーアちゃんがここに来たから、一応説明の方に憑依者は()()版権キャラと付け加えたけれど。……『キーアちゃんツッコミブレード(ハリセン)*1が使えていた、というのなら色々考えるべきことができてしまうわね」

「……あの、すみません。せんぱいのハリセンが、一体どうしたと言うのでしょうか?」*2

「あー、なるほど。マシュちゃんはキーアちゃんのスレ、見たことないのね?」

「……すみません、あまり子細に閲覧したことは無いかと……」

「訳知り顔でちょっと口挟んで見たけど、俺も見たことはないねぇ」

「……まぁ、版権系とオリ系は、あんまりそりが合わないことが多いから仕方ないね」*3

 

 

 ゆかりんと二人で事態の深刻さを確認しながら、周りで困惑の表情を浮かべている二人に、何から説明したものか、と少し思案する。

 ……ん、まぁちゃんと話さないとわからないか。

 

 

「俺がファンタジースレのスレ主を何回か経験してる、って話は楯にしたことあるよな?」*4

「あ、はい。何度かお聞きしたことがある、と記憶に残っています」

 

 

 このキーアというキャラクターだが、元々は俺が最初になりきりに使っていたキャラではない。*5

 最初は別の、普通の男性冒険家をキャラハンとして使用していたし、そいつはチートとかとは程遠い、普通のキャラクターだった。*6

 

 ……それがまぁ、何の因果か。

 スレが進む内に戦闘描写*7が重視されるようになって、参加するキャラクターも好戦的なものが増えていって。*8

 最終的に、スレは大炎上一歩手前にまで悪化してしまった。

 それをどうにかしようとして生み出したのが、キーアだったのだ。……まぁ、この子が生まれた時は、俺が発言をミスったせいで、最後の着火材になりかけたりもしたのだけれど。

 それでも必死こいてスレの空気を入れ替えて、結果として俺はキーアとして次のスレを立てることになったのだ。

 

 そして、そのままスレを運営する内に、昔の炎上時代を見て飛び込んできた、新しいキャラハンを言いくるめて全うな道に戻したり(戻せてない)、はたまた祭りスレで他のキャラハン達と交流したりする内に──、キーアは、無敵のチートキャラ*9と化していた!*10

 

 それはもう、世が世ならなろう*11でやれと言わんばかりの超チートキャラになってしまっていたのだ!

 ……スレの円滑な運営の為に、少なくとも自分の運営するスレ内ではキーアが最強であるとし、不要な言い争いはしないように言い含め。

 そこまでしてやっと、ファンタジースレは静かな時を取り戻したのだった。……いやまぁ、単に衰退期に入っただけでもあるんだけどさ?*12

 

 

「そ、それはまた、なんというか……」

「波乱万丈だねぇ。……で、それが結局どうしたの?」

「……ちょっと前に、楯に『ワンパンマンモチーフキャラを受け入れるのは違う』って言われたことあるじゃん?」

 

 

 質問に質問で返された楯が、「た、確かにそのような事をお聞きした覚えがあります」と返して来たので、俺は、俺は──。

 

 

「……飛び込んでくる新しいキャラが、どいつもこいつもインフレ*13って言葉を知らないんじゃないか、ってチートキャラばっかりだったから。キーアもまた、超チートとして設定盛らないといけなかったんだけど。……正直、言っちゃ悪いけど段々ダルくなってきてねー……*14

「今思えば、結果論とはいえキーアちゃん、盛りに盛られたキャラになっていたから。……いわゆる最強厨*15みたいなのに粘着されるのは、半ば自業自得みたいなところがあったと私は思うけどね」

「うえー、言わんでくれ俺も反省はしてるんじゃい……ちょっと視野狭窄に陥ってたんだよー」

 

 

 めんどくさくなって力こそパワー!(上から潰す方が早い)*16してたのは確かだけど。……そんなん喧嘩売ってるようなもんやんけと、冷静に見返せる今なら言えてしまうけど。……初スレ主とか色々ある内にテンパってたというかなんというか。

 ……まぁ、当時の俺がバカなのは事実なので置いといて。

 次々やってくるチートキャラの相手に疲れ果てて(正確には彼等に返す言葉選びに疲れて)、俺は禁じ手を使ってしまったのだ。……質問を受けて答えを返す、というなりきりにおいて、ある種一番の禁じ手を。

 

 

「キーアは、()()()()()()()キャラなんだよね」

「……はい?」

「何もできない()()()、本当の意味で()()()()()()な存在。……それが、キーアが行き着いた結論」*17

「……えーと、認識の差があるような気がするから確認しときたいんだけど。……それって、どこまで?」

「…………どこまでも。机上の空論のようなモノも含め、ホントに全部」

「……うわぁ」

 

 

 こっちの答えに、五条さんがドン引いてる。楯の方は──理解をしようと唸っているので、今のところは大丈夫そう。

 ……まぁ、五条さんの反応もよく分かる。だってねぇ?

 

 

「──地雷系オリ主やんけこれぇ!?人格者としてやってたつっても、人によっては即ブラバ案件やぞ!?」*18

 

 

 はっず!小学生の書いた『ぼくのさいきょうのおりきゃら』系そのまんまな造形になってんの、結果的にだとしても自分の想像力の底が見えたような気がしてはっず!

 

 

「──せんぱいが、根源接続者*19みたいなモノだと言うことは理解できました。……ですが、結局のところそれの何が問題なのか、私には理解ができていない。*20教えてくださいせんぱい、さっきのハリセンは、何が恐ろしいのでしょうか?」

「あ、ああ、うん、そういやハリセンの話だったか。……傍目には単にハリセンを取り出したように見えるけど。実際には、宝具を即興で生み出してるようなものなんだよね、あれ」

「──はい?」

「『場面転換』という概念を、ハリセンという形に成形してたってわけ。──それがちゃんと効力を発揮してたというのが、今回やべぇってなったところ」

「いや、ちょっと、待ってくださいせんぱい!整理、整理します!」

 

 

 困惑した表情の楯が、ブツブツと呟きながら自身の世界に潜り。

 ──しばらくして、その顔を若干青に染めながら、静かに口を開いた。

 

 

「つまり、せんぱいは──本来のスペックを発揮できている()()()()()()、と?」 

「……たぶん。……これ、どういうことなんだ?」

「さあ、私にはなんとも。そもそもさっきから言ってるけど、オリキャラ勢でこの異変に巻き込まれているのが貴女以外見つかってないから、比べようもないしね」

「むぅ……」

 

 

 いやまぁ、取れる手が多いことはいいのだ。

 ……いいのだが、何が原因なのか、誰かの思惑があるのか……と言った裏の部分が一切見えてこない為、素直に喜んでいいのかがわからないのである。何せ、

 

 

「俺に憑依されてる自覚がないこと、その癖、スペック自体は楯に九割九分九厘*21憑依しきっているマシュと同じく再現度最高ってこと……疑問は付きないけど、何よりキーアっていう()()()()()()()()()()()相手がいるかも知れないってのがな……」

「な、なるほど。せんぱい以上の全能者が裏で糸を引いている可能性があるということですね」

「そういうこと。……まぁ、ここで悩んでても仕方ないのも確かなわけだが」

 

 

 正直こっちはわからないことだらけだ。

 ……ならまぁ、悩むよりかは現状把握に努めたほうが良いというのも確かだろう。

 悩んで問題が解決できるならいいが、現状では悪戯に時間を浪費するだけだ。

 

 

「……変に疲れちゃったわね。とりあえず、一旦休憩にする?」

「そうだね、俺もお腹空いてきちゃったし」

「そ、そういえば朝からずっと動き詰めでしたね……」

「じゃあ、ちょっと早いけどお昼にしましょうか。この建物の一角にはね、憑依者がやってるお店が集まってるのよ」

「憑依者がやってる店?」

 

 

 ゆかりんの提案に首を傾げる俺と楯。

 ──ふむ、憑依者がやってるお食事処、とな?

 食事系、食事系かぁ。……なんか最近料理系スピンオフ増えてた*22から、食事ってだけじゃあ誰だかわからんなぁ……?

 えみご*23、ひろし*24、ハンチョウ*25、盾の勇者*26、幼女戦記*27……。最近シンフォギアもやってたっけ。*28

 そうでなくても普通に料理やってるようなのもあった*29し、これは実際に見てみないとわからないな、うん。

 

 

「よし、腹が減ってはなんとやらだ、早速行こうゆかりん」

「はいはーい♪じゃ、す~き~ま~び~ん~」*30

「……なんでドラえもん……?」

「ふふふ、なんでだと思う?」

「うわまた意味深な笑みを……」

 

 

 ……まさか居るんじゃないだろうな、ドラえもん。居たら私よりよっぽどチートじゃねーか。*31

 何故かスキマの上の方に暖簾*32がついていることにちょっとびっくりしつつ、それをくぐって中に進む私達。

 

 果たして、私達を待っているものとは──!?

 

 

「……あれ!?ここで切るの?!」

「メタ発言は禁止よキーアちゃん」

「それゆかりんが言う!?」*33

 

 

 ……待て、次回!

 

*1
もうちょっといい名前つければよかったってなるやつ

*2
冷静にならなくても何いってんだコイツら案件である

*3
オリジナルはなりきりではない、と考える人も多い

*4
そもそもスレの立て方がわからない者や、時代によってはガラケーを使って書き込んでいるような者も居たので、特定の誰かが毎回スレ立てをする、というのもあんまり珍しくない話だったりする

*5
あまり褒められた話ではないが、一つのスレ内で複数のキャラを使う者も居たりする。褒められない理由は、なりきりという言葉の意味的に()()()()()()()()ものになっているから

*6
普通のキャラの普通の会話で衆目を引き寄せるのは難しいので、初心者はやらないほうがよかったり

*7
正直火種になるのでウケるけどやめた方がいいモノ

*8
中の人がどう思っているのかに関わらず、好戦的なキャラで参加したのなら、望まれるものも好戦的な話題に寄っていく事が多い

*9
cheat(チート)という単語は本来騙す・欺くことを指す言葉。そこから不正を使った人や、不正によってできたキャラを示す言葉になっていった。なお単に『チートキャラ』と呼ぶ場合は不正の利用については関係なく、その世界観に見合わない性能をしていることを示すものとしても使われる

*10
読み方は『名探偵コナン』風に

*11
『小説家になろう』というネット小説サイトのこと。この場合は、そこで多く投稿されている作品群が似たりよったりなので、お前もそれに似たようなものだと揶揄するためのもの。……雑になろう系などと呼ばれたりするが、無論サイト内の全ての小説が似たりよったりなわけではない。目立つ位置に出てくるのがそういうものだ、というだけである

*12
皮肉な話だが、争いというのは争う相手が居てこそ成り立つものであった、という話

*13
『インフレーション』の略。本来は経済用語で、モノの価値が際限なく上がっていく状態のこと。そこから、上下を競うような物事で上の基準が上がっていくことを示すようになった

*14
チートキャラは最初の方はいいのだが展開がマンネリ化して飽きやすいという欠点がある

*15
『最強(設定が好きな)厨房』の略……?『厨房』は『中坊(中学坊主の略)』から。雑に言うと中二病の一派生。最近ならキッズと呼ばれるらしいが、どっちにしろ蔑称なので多用は禁物

*16
テレビアニメ『新ビックリマン』のブラックゼウスというキャラの発した台詞。力とパワーで相乗効果?

*17
『全能の逆説(パラドックス)』というものの存在から、真の意味での全能はありえないとされている。それは『自分にできないことを作り出すこと(自身に対しての否定の否定)ができない』から

*18
人によって地雷要素が違うので、実際にブラウザバックされるかは人次第ではあると思うが

*19
TYPE-MOON作品群に登場する『根源』と直に繋がっている者達の事。基本的には全能者だと思っておけばいいが、様々な理由からその全能を実際に奮う事は殆どない

*20
上記注釈の通り、現実世界において全能は存在し得ない為、今それが問題になるとは思えない、の意

*21
99.9%のこと

*22
多分原作が殺伐としているほど、単に飯を食べてる姿が貴重なものに見えるとかそういうあれだろうと思われる

*23
『衛宮さんちの今日のごはん』のこと。『fate/stay_night』のスピンオフ。そもそも主人公の衛宮 士郎が料理好きなことからの派生だと思われる

*24
『野原ひろし 昼メシの流儀』のこと。『クレヨンしんちゃん』のスピンオフだが、主役扱いの野原ひろしが絶妙に似てないことで有名

*25
『1日外出録ハンチョウ』のこと。『カイジシリーズ』のスピンオフ。帝愛グループの債務者の一人、大槻 太郎を主役に据えた物語

*26
『盾の勇者のおしながき』のこと。『盾の勇者の成り上がり』のスピンオフ。料理系スピンオフには珍しく、いわゆる『優しい世界』ではないのが特徴

*27
『幼女戦記食堂』のこと。『幼女戦記』のスピンオフ。ここに上げた食事系スピンオフでは唯一連載が終了しているのが残念

*28
『戦姫完食シンフォギア~調(しらべ)めし~』のこと。『戦姫絶唱シンフォギア』のスピンオフ。今回紹介した中では一番新しい

*29
例としては『中華一番!』『異世界食堂』『甘々と稲妻』などなど。料理系はそもそもジャンルとして確立しているため、上げ出すとキリがない

*30
今の子と昔の人でイメージする声は違うが、再度声が変わることがあれば、またジェネレーションギャップの元になるのだろうか……?

*31
未来デパートに置いてあるもので一番謎なのは『銀河はかいばくだん』だろう。漫画版には存在しない為か、若干スタッフの悪ノリが見える(見た目が『トップをねらえ!』に出てくる『バスターマシン3号』によく似ている為)が、少なくとも子守用ロボットに持たせるものではない。どこの誰と戦うつもりだ

*32
店先などに日よけや目隠しの為に吊り下げる布のこと

*33
『境界を操る程度の能力』の内容的に、八雲紫は第四の壁について認識している可能性がある



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飯を食う時に一人がいいかみんながいいかは場合による

「……うん?なんというか普通のお店だね」

「出資者がなりきりやってる人、ってだけの感じの店もあるから。……別に店のご主人が憑依者のお店でも構わないわよ?裸に剥かれたり*1、口からビーム出したり*2、いきなりダルシムにされてもいい*3のなら、だけど」

「……今のテンションでそういうのは勘弁願いたいっす」

「正直で宜しい」

 

 

 入ったお店は、普通の定食屋っぽいところ。

 ……気のせいじゃなければサラリーマンっぽい人が多いね、お客さんに。

 いやまぁ、普通にご飯食べてる人に何か用事があるわけじゃないんだけどさ。……うん、見間違いじゃなければゴローちゃん*4が二人居ない……?

 

 

「実写版と漫画版だね。……よく喧嘩にならないなあの二人」*5

「まぁ、その辺りは大人の余裕と言うことでしょう。店員さーん、すみません注文お願いしまーす」

「はーい、お待たせしましたー」

 

 

 雑に流されたゴローちゃん達は置いといて、メニュー片手に何を食べようかと選ぼうとして。

 

 

「え、えっと。お客様、私の顔に何か……?」

「いや、自分が知らないだけで、実は憑依者だったりしないかとちょっと気が気でなくて」

「……誰も彼も憑依者なわけないでしょう、しっかりしなさいな」

「いや分からないでもないよ?全部の創作を網羅してる人なんて居ないだろうから、超マイナーなやつとかだと紛れ込めちゃうかも知れないしね」*6

「疑いだしたらキリがないでしょ、いいからさっさと選ぶ」

「「はーい」」

 

 

 店員さんがわりと美人だったので、実は憑依者じゃないだろうな、とちょっと疑ってしまった。*7

 ……五条さんもノってくれたけど、ゆかりんにやんわり窘められたので仕方なくメニュー選びに戻る。

 そんな俺達を見て、楯が小さく笑みを溢していた。

 

 

「……えっと、マシュちゃん?何かおかしかったかしら?」

「いえ。お二人の相手をする紫さんが、なんだかお母さんみたいだな……と思ってしまいまして」

「おか……っ!?……ま、まぁ?保護者っぽいことばかりしてきたから、ちょっと気を使う癖がついているような気はするけれど……」

「なんと、ゆかりんが照れてるよ五条さん」

「マシュちゃんは素直だからねぇ。ゆかりんも無下にはできないってわけだ」

「も、もう!からかわないでちょうだい!」

「あ、いえ!私も紫さんを困らせようとして言葉にしたわけではなくてですね!?」

 

 

 ……ふむ、ゆか×マシュとな?*8ふむ……続けて?*9

 わたわたと顔を赤くする二人は、大変可愛らしゅうございました。*10……他作品間の百合*11って地雷要素かね?*12

 

 

 

 

 

 

「なんか今、セイバーさん*13とメルブラ*14の方のシオンさん*15が、口調被り*16で悩んだ挙げ句に銀さん*17に相談して、結果として語尾に犬語と猫語を付ける*18ことで遠野君*19と衛宮君*20をノックアウトしてた気がするんだけど……」

「……ここ、アーネンエルベ*21だったかしら?」

「お一つ隣の世界だったんじゃない?」

「……いや、居た気がするんだけどなぁ」

 

 

 千鍵ちゃん*22と会話する銀さんとか言う、ちょっと意味の分からないものが見えた気がするんだけどなぁ……?

 うーん、白昼夢だったのかもしれない。いつの間にか居なくなってたし。……居なくなったと言えばゴローちゃんずもいつの間にか居なくなってたな?

 

 

「あのお二人なら、お互いにエジソン*23さんとテスラ*24さんのように、視線の火花を散らしながらお帰りになられましたよ」

「……やっぱり仲悪いのかあの二人」

「ふん、つまらないことで喧嘩するのね、人間って」

「つまんないことって言うけど、そういうつまんないことにこだわるのが、ある種人間のいいところでもあるからねぇ」

「そう、その愚かさはいつまで経っても変わらないのね。……まぁ、いいわ。私には関係ない事だから」

「豪気だねぇ、君。……ところで、一ついい?」

「なに、銀髪の。……もしかして私に文句?いい度胸してるじゃない」

「……あ、あれ!?虞美人さん?!なぜここに?!」

「やっと気付いたのね後輩。そうよ、アンタの先輩、虞美人よ。さっきからずっと居たのに、反応の一つも寄越さないとか随分偉くなったものね、マシュ」

「……え、なんで唐突にパイセンがっ!?」

「パイセン言うなっ」

 

 

 ……すっごい自然に会話に入ってきたから気付かなかったけど、なんでここにいるんですか貴方?!

 そう俺が戦く先では、珍しくちゃんと服を着ている虞美人*25パイセン*26の姿が。……まともな服着てるのもよく分からんし、眼鏡掛けてるのもよくわからんぞこれ?*27

 

 

「そこの妖怪に、服くらい着ろって喧しく言われたのよ。別に、項羽*28様以外の人間に幾ら見られたって、何も減るもんじゃないって言ったんだけど」

「貴女が良くても貴女の憑依相手が良くないのよ、痴女呼ばわりとか末代の恥*29でしょうどう考えても!」

「……アンタ、妖怪の癖に随分常識的なのね*30。それともなに、最近の妖怪*31の間ではそういうのが流行ってるの?」

「うわぁ、見事なまでの傍若無人パイセンムーブ……」

「はぁ?あの呑んだくれ女がどうしたってのよ?」*32

「ぐ、虞美人さん!ややこしくなるのでとりあえず一旦落ち着いて下さい!」

「……まぁ、マシュの頼みだと言うのなら、聞くのも吝かじゃないけど」

 

 

 ……めっちゃパイセンである。いや、ほっとくと怪文書ムーブしかねないのでまだ安心はできないけど。*33

 視線を横にチラリと向けると、話に取り残された五条さんが、一人寂しくオレンジジュースをストローで飲んでいた。

 ……ファンには見せられない感じの、何とも言えない哀愁漂う姿であった。

 

 

「……いやまぁ、なんとなくは分かるんだよ?虞美人と言えば覇王項羽の伴侶だってことくらい、()も知ってる。……ただ、そっち(FGO)についてはよく知らないからさ。……なんでその虞美人が、こんなに()()()()()()()存在になってるのかが全くわからなくてね」

「……?……あっ、そっか!パイセンこっち(fgo)だと滅茶苦茶設定盛られてるんだった!?」*34

「……ふむ?お前、呪術師だったのか。だが──随分と、力に枷が掛かっているようだな」

「わお、そこまで見抜かれちゃうと()もちょっと警戒しなくちゃいけなくなるね」

「ちょちょちょちょーっと!!待った!両者待った!説明!説明するから落ち着いて!!」

 

 

 五条さんがにこやかなのに目が全然笑ってないのマジで怖いし、パイセンもナチュラルに上から目線だから喧嘩売ってるみたいなもんだし!

 これ私がちゃんと仲裁しないとアカンやつ!

 

 

「……まぁ、後輩が言うなら、待たなくもないけど」

「じゃあ()も、キーアさんの顔を立てようかな」

「は、ははは。うれしいなー、話をちゃんと聞いてくれる人達で良かったなー!」

「ああ!?せんぱいが何か辛いことを思い出したかのように遠い目を?!」

「……スレ主って大変*35だものね、よくわかるわ」

 

 

 よーし、キーア頑張って解説すっぞー!ははははー!(ヤケクソ)

 

 

 

───少女解説中
*36

 

 

 

「……はぁ、精霊種*37、ねぇ?……そっちのトップって、結構ぶっ飛んでる?*38

「とりあえず、逸話が少ないならいくらでも盛ってもいい……って思ってる節はあると思う……」

「ふん、他所の世界の呪術師ね。人の分際で無限を使おうなどと言う傲慢、まさに厚顔無恥としか言いようがないけれど──その研鑽には、理解を示さなくもないわ」

「ああ、パイセン的には無限ってところのが引っ掛かるのか……」

 

 

 かいつまみ・まとめて・可能な限り分かりやすく二人への説明を終えた俺。

 ……いや、頑張ったと思うよ俺?特にパイセンへの説明。基本的に後輩の言葉は聞いてくれる方の人だけど、それでも認識のズレが結構あるから、言葉選びに苦慮するはめになったし。

 

 

「……そういえば、虞美人さんはどうしてここに?私達に何か御用事があったのでしょうか?」

「……ああ、そうだった。そこの妖怪。呼び出しよ、アンタ宛に」

「私に?……あ゛」

「どうしたゆかりん、何時もの貴女らしくないダミ声なんて出しちゃって」

「……ごめんなさいねキーアちゃん。私これから用事があったことをすっかり忘れていたのよ。悪いのだけど、ここで抜けさせて貰うわね?」

「え、あちょっ!?」

「……止める間もなく、下に落ちていってしまいましたね、せんぱい」

 

 

 ゆかりんが若干顔を青くしつつ、こちらの引き留めもスルリと流してスキマに落ちていくのを、何とも言えない表情で見送った私達。

 

 

「じゃ、私の用事はそれだけだから」

「あ、はい虞美人さん。ありがとうございました」

 

 

 そんな空気を完全に無視して、やることはやったとさっさと帰っていくパイセン。……いや、なんだったんだあの人……?

 

 

「さてと。なーんか、また俺達だけになっちゃったねぇ?」

「説明はまぁ、大体終わってるからいいけど。これからどうしたものかねぇ……」

 

 

 そもそも、この施設の案内の方はろくにして貰ってないので、このお食事処から外に出るのも憚られるわけで。

 ……ここに入るまえにチラッと見ただけでも、すっごく広い施設なのは分かったし。変に出歩くと、それだけで迷子になりそうだ。

 

 

「おや、この辺りでは見ない顔。もしかして、新顔さんですか?」

「あ、はい。最近こちらにお邪魔させていただきました、マシュ・キリエライトです。こちらはせんぱいの、キルフィッシュ・アーティレイヤーさん。……申し訳ありませんが、そちらのお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 

 

 そんな風に悩んでいたら、背後から声を掛けられる。

 楯がこちらの紹介をしているのを聞きながら、背後に振り向く。

 ……なんというか、どこかで聞いたことのある声だな、と思ったからだ。具体的には、さっきまで聞いてたものと同じ気がしないでもない*39ような声だったからだ。

 そして、俺が振り向いた先に居たのは──。

 

 

「これはこれはご丁寧に。申し遅れました。私、VOICEROID(ボイスロイド)*40の結月ゆかり*41と申します。良ければ、覚えていって下さいね」

「……ゆかりんじゃねぇか!?」

「は、はい?」

 

 

 そう、八雲紫(ゆかりん)に変わって結月ゆかり(ゆかりん)がそこに居たのだった!*42

 

 

*1
『食戟のソーマ』などの一部作品では、食事の高揚感を一種の恍惚状態と解釈し、服が破けたり脱げたりしてちょっとエッチな事になる……というイメージ画像が使われる。イメージなので実際に裸に剥かれているわけではない

*2
『ミスター味っこ』の登場人物、村田源二郎(通称味皇)のリアクションの一つ。因みに『デカ盛り 閃乱カグラ』というゲームでは、服部半蔵が料理を食べた時のリアクションがほぼ味皇であり、かつそのリアクションで女性キャラの服が破ける『食戟のソーマ』みたいな演出が入るという、謎のクロスオーバーっぽいものがあったのだとか。……ツッコミ処しかないなこれは?

*3
『焼きたて!!ジャぱん』の最終回のこと。なんやて!?

*4
『孤独のグルメ』の主人公、井之頭五郎のあだ名

*5
漫画版では架空のお店が出せるため、わりと店を批判したりもするのだが、実写版では実在の店を使うためにそういうことはできない。……ので、必然的に主人公のキャラがマイルドになった。そのため二人が一同に介するようなことがあったら、多分そりが合わないのではないか?と思われる。……同一人物なのにね?

*6
解説がないと分からないとか言われた場合、その作品が好きな人は多大なダメージを負うだろう。……わりとよくある話なのが恐ろしい

*7
敢えて美形じゃないキャラを主人公に据えた作品もあるにはあるが、大体どこの作品も美男美女で溢れている。……外見(APP)が18の奴はとりあえず疑っとけ、はTRPGプレイヤーの鉄則

*8
『×』という表記をカップルを示すものとして使ったのは元々腐女子と呼ばれる人達だとか。そっちの用法だと、右と左のどちらに名前を入れるかで骨肉の争いになりかねないので注意

*9
『構わん、やれ』が変化していったものとも言われるが詳細不明。なんとなーく外野目線な感じが使いやすい言葉

*10
形容詞+ございます(補助動詞)は最近では余り使われない表現だが、丁寧語でもあるので古風なキャラなどであればよく似合うと思われる

*11
女性同士の恋愛のこと。正確には別に恋愛関係でなくとも構わない。その為、正確な定義が困難な概念でもある。因みに、何故女性同士の関係のことを『百合』というのかは、男性同士の関係を『薔薇』と呼ぶことに関わっているのだとか

*12
クロスオーバーものでの他作品間のカップリングは荒れの原因にもなるので気を付けよう!クロスオーバー自体が難しいとか言っちゃダメだぞ!

*13
『fate/stay_night』の主人公が契約したサーヴァント。誇り高き騎士王

*14
格闘ゲーム『MELTY BLOOD』のこと。2021年9月30日に新作が発売するので、気になる人は買ってみよう

*15
シオン・エルトナム・アトラシア。先のメルブラとfgoに登場しているが、見た目的にもキャラ的にも別人に見える。因みに、新作には出ないっぽい?

*16
物書き最大の壁。特に丁寧語は変化が付け辛い為、二次創作で敬語キャラが集まった時なんかは地獄と化す

*17
『銀魂』の主人公、坂田銀時のこと。『万屋銀ちゃん』を営む何でも屋。やる時はやる男であるため人気が高い

*18
安易なキャラ付けと言う勿れ、普段言いそうにない娘が言った時の破壊力は未だに凄いのだ

*19
『月姫』主人公、遠野志貴のこと。詳しくは2021年8月26日に発売される『月姫 -A piece of blue glass moon-』をプレイしよう!……って言える日を、心待ちにしてた奴等が居るんだ……

*20
『fate/stay_night』の主人公、衛宮士郎のこと。シロウ、おなかがすきました

*21
祖先の遺産(Ahnenerbe)。この場合は、型月世界におけるとある喫茶店のこと。fgoが始まる前は、ここが型月世界のキャラクターが一同に介する唯一の場所だった。通称『魔法使いの(はこ)

*22
桂木千鍵。喫茶店アーネンエルベで働く従業員の一人。緑髪ツインテが特徴的な女の子

*23
トーマス・アルバ・エジソン。『fate/grand_order』に登場する星4(SR)キャスター。白いライオンの頭にアメコミヒーローばりのムキムキマッチョという、一度見たら忘れられないようなビジュアルのキャラクター

*24
ニコラ・テスラ。『fate/grand_order』に登場する星5(SSR)アーチャー。電気を神の力から人の力へと下ろした、偉大な科学者

*25
『fate/grand_order』に登場する星4(SR)アサシン。とある事情から先輩と呼ばれ親しまれている

*26
『先輩』を逆に言ったもの。起源は不明だが、大衆に広めたのは漫才コンビ『矢野・兵動』だと言われている。普通に先輩と呼ぶよりフランクな感じ

*27
ぜんぜん虞美人とは関係ないけど、芥ヒナコというキャラクターに近い服装をしているぞ、ぜんぜん関係ないけど

*28
『fate/grand_order』に登場する星5(SSR)バーサーカー。性を項、名を籍、(あざな)を羽。『匹夫の勇、婦人の仁』という言葉の元になった人物(正確には彼が言われたもの)。山寺宏一ボイスの超イケメン……?

*29
『聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥』の末代部分だけを取り出したもの。自分の血筋が途切れるまで、の意。すなわち、恥とは自分だけのものではないぞ、ということ

*30
『この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!』などと宣った人間の巫女が居た、らしい

*31
妖怪に最近とは……?(哲学)直近で一番流行ったのは『アマビエ』だろうか

*32
『fate/grand_order』に登場する星3(R)アサシン、荊軻(けいか)のこと。『傍若無人』という言葉の元になった人物。始皇帝の暗殺に挑み、失敗したという逸話を持つ

*33
いろいろな事情が重なった結果、各所で変なキャラ付けをされていた彼女だったが、後々公式からそれよりも更にインパクトのあるものが投下されまくった為、すっかり彼女は「おもしれー女」として定着したのだった……

*34
中国の歴史書「史記」「漢書」には「美人で、項羽の妻でいつも一緒に居て、最後に項羽と死に別れる」くらいしか書かれていない。呪いをばらまいたり彼女の出自だったりは完全に型月オリジナルである

*35
いつだって中間管理職は辛いものである

*36
『東方Project』での「Now Loading」表示。右下でマスコットが走ったり謎の小芝居が始まったりするのは、ゲームにおけるある種のお約束である。なお、凝ったものが流れると「そんなものはいいから早く読み込めよ」なんて言われることがあるが、実際はどうしても縮められないロード時間中の暇つぶし用であることが大半なので、別にこれを無くしたからと言ってロードが早くなったりはしない

*37
正確には『地球()の生み出した精霊種』。型月世界観的に考えるとかなりヤバい生き物

*38
この場合は原作者である『奈須きのこ』氏のこと。まぁ、ぶっ飛んでるのは確かだと思います……

*39
二重否定文。文法的にはあまりよろしくない文なのだが、なんとなく混乱している感じが出るのであえて使う人もそれなりに居る

*40
音声合成ソフトの一つ。主に話すことを主眼においており、違和感のない台詞を喋ってくれる

*41
総合評価が100以上のハーメルンの小説を開いて、上の方にある「ゆかり」をクリックしてみよう。それで話し始めたのが『結月ゆかり』さんだ

*42
結月ゆかりの中の人と、『東方ロストワード』での八雲紫の声優が同じ、というネタ。紫に関しては、正確には選べる三種のボイスの内一つが同じ、というだけなのだが、どっちも『ゆかり』で声も同じなのはちょっと面白いな、という感じの話



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飯と嵐はどっちも早い方がいい

「えっと、確かに私はゆかりん*1とも呼ばれますが、どこかでお会いしたことありましたか……?」

「ああごめんなさいごめんなさい!さっきまで一緒に居た人が「ゆかり」っていう名前だったもので!つい!」

「ああ、八雲さんのお客さんだったんですね。それはそれは」

 

 

 困惑した表情を浮かべていたゆかりさんに頭を下げて謝罪。

 ……うむ、ニュートラルな感じのゆかりさん*2でよかった、これではっちゃけ系だったら目も当てられないことになっていた所だった……。*3

 ひそかに胸を撫で下ろしつつ、改めて対面のゆかりさんを眺めてみる。……パッケージの彼女がそのまま現実になったような姿だった。うーむ、ゆかりさん可愛い。*4

 

 

「あら、ありがとうございます。世辞*5だとしても、嬉しいものですね」

「世辞じゃないですよー。……いやまぁ、ゆかりさんなら言われ慣れてるでしょうけど」*6

「ふふふ、お上手ですね」

「いえいえ」*7

 

 

 そんな感じで話をしていたら、袖を引かれる*8感覚。……なんじゃらほい*9、と視線を横に向ければ、

 

 

「むー……」

(や、焼きマシュマロ*10、だと……っ!?)

 

 

 楯がこちらの袖を引いて、小さく膨れっ面を見せていたのだ。……まさかの焼きもちマシュである。レアショットなのでは?*11っていうか楯の自意識ホントにどっか行ってるなこれ?

 

 

「その、楯さんも私と同じく、せんぱいが自分を放っておいてお話ししているのは、ちょっと気になるみたいではありますが!」

「え、楯も焼きもち焼いてるの?……マシュに引っ張られてないそれ?」

「知りません!」

「ありゃ」

 

 

 ……むぅ、まさかゆかりさんと話してたら楯がそっぽを向くとは……。せんぱい、バッジが足りなかったか?*12

 って違う違う、ちょっと目の前の光景に現実逃避してたけど、そうじゃなくて。

 

 

「ふふ、仲が宜しいんですね」

「……あー、一応それなりに長い付き合いだったよね?」

「……せんぱいと楯さんの事でしたら、その通りですね。中学時代からの先輩後輩の関係であった、と言う記憶が私の中に存在しています」

「へぇ、そりゃ長い付き合いだねぇ」

 

 

 ……一つ違いの同性の知り合いだったので、昔からよくつるんでたってのは確かだけども。……なんだろう、なんか話が変な方向に行きそうな気がするから、別の話に切り替えなくては。

 

 

「と、ところでゆかりさんは、ここにどのようなご用事で?」

「ごまかし方が下手ですね、キーアさん。お食事処ですることなんて、決まっているじゃありませんか」

「……そういやここ飯屋だった」

 

 

 完全に自爆*13である。

 くすくす*14笑うゆかりさんと、なんとも言えずに沈黙する俺、そしてその横でちょっと拗ねてる楯と、ニヤニヤしてる五条さん。

 ……微妙に居たたまれないこの空気は、ゆかりさんが頼んだ料理がテーブルに運ばれてくるまで続くのだった。*15

 

 

 

 

 

 

「なるほど、案内の途中で八雲さんが用事に呼ばれてしまったと。それは災難でしたね」

「なんかもう結構長居してる気がする*16けど、俺達今日ここに来たばかりなんですよね。なので中に何があるのかとか全然わからなくて」

「……そうですね。この建物、通称『なりきり郷』ですが、八雲さんを筆頭とした空間拡張技能*17持ちの方々の協力により、外観よりも遥かに広い敷地面積を有しています。迂闊に歩き回ると迷う*18、というのはあながち間違いとも言いきれませんね」

「やっぱり……」

 

 

 ゆかりんに最初に連れてこられた社長室っぽいのは、窓があって普通に外が見えたけど、見た感じに普通のビルの一室、といった感じの部屋だった。

 対してこの料理屋街、どう見ても地下街の規模だった。

 ……流石に梅田*19とか新宿*20レベルじゃないだろうけど、それでもまぁ、一般的な政令指定都市*21の地下街くらいの広さはあるように思えたので、多分空間弄ってるんだろうな、とは思っていたのだ。

 

 ……ゆかりん以外にもそういうことできる人が複数居るみたいなのが、ちょっとだけ不穏にも思えるのだけど。いや、規模どんだけさこの組織……?

 

 

「ドラえもんなんかも居ますしね。……まぁ、想像通りのものかどうかは、ちょっと返答致しかねますが」

「え、なんなんですかその言い渋り、やべー系なんすかまさか?」

「さあ?私の口からは、なんとも」

「うっわ聞きたくないような聞いといた方がいいような……」

 

 

 ドラえもんでやべー系……ちょっとシモが入ってるくらい*22ならいいけど、もしネズミ撲滅系に動く*23ようなのだったら……。

 い、いや!そういうのは再現力足りないからひみつ道具も制限掛かってるはず!はず……。掛かってるといいなぁ……?

 

 

「せんぱい、心配のし過ぎは宜しくないかと」

「……せやね」

 

 

 楯に言われて小さく息を吐く。

 正直原因も分かってない内に被害者みたいな人達を疑っても仕方ない。

 今はまぁ、これからどう動くかを考えることにしよう。

 

 

「……そういえば、ここ場所的には何階になるんです?」

「そうですね、地下三十八階ですよ」

「ぶふっ!?」

 

 

 あぶね、危うくゆかりさんに水ぶっかけるところだった……。

 というか、思っていたより遥かに地下やんけ!?なんやねん地下三十八階って?!

 

 

「地下の特定階に住みたい!……って方がそれなりに多かったそうで、結構な深さまであるみたいですよ?無論、空間拡張を使っているので、本当に地下にあるわけでもありませんが」*24

「ああ、隠しダンジョンの裏ボス勢……」*25

 

 

 なんとかと煙は高いところが好きと言うけど、逆に裏ボス達は深いところに居るのが好き……みたいなのがあるのだろうか?

 わからんけど、あんまり好き勝手出歩くとエンカウント*26するなこれ、というのは理解できた。……地図とかないんだろうかここ……。

 

 

「ふむ、案内人が欲しい、ということでしょうか?」

「あ、はい。ゆかり……八雲さんが戻ってくるまでここで待つというのもあれですし」

「確かに。何時までも何も頼まずに居座るとか、飲食店からすれば営業妨害以外の何者でもないですしね」*27

「……はい、その通りです……」

 

 

 ゆかりさんの言葉に小さく頷く。

 ……流石にまーだ大丈夫みたいだけど、あんまり長居するといい顔はされないだろう。

 おあいそ*28をさっさと済ませて、外に出るべきだとは思っている。居るのだけど……ダンジョンに装備無しで放り込まれるのは勘弁願いたいというか*29……、せめてどっかで主神様とか紹介して貰えねーですかね?*30

 

 

「主神様のあてはありませんが、案内人のあてならありますよ?」

「なんと、あなたが神か」

「拝まないでください、ここそこら辺緩いので、いつの間にかゆかり神とかに奉り上げられかねませんので」*31

「それはまた、なんと言うか……」

 

 

 時空の歪みが神性*32まで付与できるようになったというのか!?

 ……いや、別に宣言したら取れたりするし言うほどでもないのか……?*33

 神との戦いを続けていた記憶がある*34からか、微妙な表情を浮かべている楯を横目に、ゆかりさんに案内人の紹介を頼み込む私。

 ゆかりさんは快く了承してくれたあと、スマホを操作して何処かへと連絡を取り始めた。……端から聞くぶんには、快諾を貰えたようで。相手はすぐにこちらに来る、とのことだった。

 

 そして、相手を待つことさらに五分ほど。

 

 

「んも~、ゆかりおねいさんってば、熱烈なラ・ブ・コールなんだからぁ~」

「はい、お久しぶりですねしんちゃん。まぁ今日の私はこれでさよなら、なんですけど」

「おお、おひさしぶり~。……それと、相変わらずゆかりおねいさんはクールだゾ……」

「しんちゃんにはこのくらいが丁度いいんですよ。そもそも、私以外にも粉かけてるでしょう、貴方」

「ゆかりおねいさん酷いゾ!オラ、いつだってしんけんなのに!らんすろーのおじさんも、『美しい女性に優しく声を掛けるのは紳士の役目』だって言ってたゾ!」

「『らんすろー』……?」

「マシュスト……いや違うギャラハッド*35分ストップ、落ち着けマジで落ち着け」

 

 

 そこに現れた人物と、ゆかりさんが仲良さげに会話をしている。……圧倒的コミュ力の塊*36だし、そこはわからないでもない。

 なんかいつの間にかどこぞの湖の騎士*37と仲良くなってるのも、まぁ、彼ならわからんでもない。……だから落ち着け楯の上のマシュの中のギャラハッド、ここで話をややこしくしようとするんじゃあない。……いやそもそもここでギャラハッド出てること自体がすでにややこしいわけだが。

 

 ややこし過ぎる話はとりあえず置いておいて、改めて呼ばれてやってきた人物に視線を向ける。

 こちらの視線に気付いた彼は、軽く右手を上にあげて、こちらに挨拶をしてくるのだった。

 

 

「オラ、野原しんのすけ!おねいさん達は、なんてお名前?」*38

 

 

 ……案内程度に最強の五歳児(セイヴァー)*39呼ぶやつがあるか!

 思わず襲ってきためまいを抑えつつ、俺は彼に笑みを返すのだった。

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、ごじょーおにいさんに、マシュちゃんに、キーアおねいさんね。じゃ、こんごともよろしく~」

「ああ、うん。宜しくね。……ねぇキーアさん?なんでそんなカッチカチなの?

「宜しくね、しんちゃん。野原しんのすけって言ったら、春日部のセイヴァーのあだ名すらあるやべーやつなんだよ、なんで五条さんは寧ろ知らないのさ?

「は、はい!よろしくお願いします、しんちゃんさん。そ、それほどまでに高名な方なのですか?人は見掛けに寄らない、と言うことなのでしょうか……?

 

 

 ちゃうんやマシュ、日本人ならわりと一般教養なんや……。

 ……憑依元の知識の閲覧可能域がわからねぇ、どうなっとんのや一体。

 

 いやと言うか、わりと普通にしんちゃんとか呼ばれるとは思ってなかったというか。

 案内っていうから、もうちょっと普通の人が来ると思うじゃん?……いや、しんちゃん案内なら色々あっても最終的にはどうにかなるだろうけどさぁ……?

 そんな感じに三人でひそひそと話していたのだけれど。ふと、視線を五条さんの後ろに向けたら、その後ろに、しーっ、とこちらに指を立ててジェスチャーをしてくるしんちゃんが居て。

 ……ああ、クロスオーバーお決まりの、風間くんポジ……。*40

 

 

「ん?どこ見てるのキーアさ「ふーっ……」あひぃっ」

「おお、もう……」

 

 

 ……普通の五条さんなら絶対出さない声。

 逆憑依で無下限術式がちゃんと使えてないからこそ、起こりえたある種の奇跡。……いやまぁ、しんちゃんが五条さんの耳に息を吹き掛けただけなんだけど。*41

 

 

「何してるのかな君は……っ!?」

「んもー、人を待たせてるのにひそひそ話とか、オラぷんぷんだゾ!」

 

 

 間抜けな声を出してしまった羞恥で口元をひくひくさせる五条さんと、両手を頭の後ろで組んで「オラ、不満です」と全身で示すしんちゃん。

 ……うん、これに関しちゃこっちが悪い。素直に謝ろう。

 

 

「ごめんね、しんちゃん。ちょっと俺達、色々テンパっててさ」

「なーんだ、そーゆーことは最初に言ってよねー。キーアおねいさんが『レーダー』なんでしょ?」

「えっと、『リーダー』?」

「おおっ、そーともゆー」

 

 

 ……うーん、完全なしんちゃん節。*42

 何故かおねいさん扱いされていることに疑問がなくはないけど、なんというか安心してしまうやりとりだった。

 

 

「えっと、せんぱいは一応このようなお姿ですが、精神的には男性にあたる方です。おねいさん、と言うのは……」

「んもぅ、マシュちゃんはお堅いゾ。オラ、こーゆー人*43とはお付き合いがいっぱいあるから、対応には『吉日の豹』があるんだゾ!」

「……えっと、『一日の長』*44?」

「おおっ、それそれ~。ごじょーおにいさんも、なかなかやりますな~」

 

 

 ……いやこれ、どっちかと言うとマシュが『マシュおねいさん』じゃないほうが重要だな?*45

 そんなことを言い合いながら、外に出る俺達。

 昼を少し過ぎたくらいなので、人通りは並みくらい。……しんちゃんの背を見失うようなことは、多分ないだろう。

 

 

「じゃあ、おねがいできる?」

「ブ・ラジャー!みんな、オラについてきて~」

 

 

 こうして、私達は天下無敵の五歳児の背を追いかけ、建物内を探索することになったのだった。

 

 

*1
ゆかり、という名前の人を呼ぶ時によく使われるものである為、意外と被る

*2
大人の女性の情感あふれる声をベースにした、と公式に言われている通り、基本的には落ち着いた人物像が設定される事が多い

*3
無論、大人しい人ほど箍が外れた時が怖いのも確かな話。先輩達(ミクさんとか)と同じく変なキャラ付けもまぁ、自由なので是非もなし

*4
かわいい

*5
他人の機嫌を取る為の愛想のいい言葉。いわゆるリップサービス

*6
ゆかりさんは可愛いので、可愛いなんて言われなれてるでしょうね

*7
こういう奥ゆかしい対応が昔っから続いていたのが日本である。まどろっこしいとか言ってはいけない

*8
相手の注意を引く為の行為だが、どことなく幼さが見える

*9
『何のことだ』の意。長野県の民謡、木曽節の中の『木曽の御嶽山』という歌の一節、『木曽の御嶽山はなんじゃらほい』が発祥だとされる。響きがちょっととぼけた感じ

*10
焼いたマシュマロ。カリカリフワッとしていて美味しい。ちなみに、嫉妬していることを意味する焼き餅という言葉だが、元々は()くを()くに掛け、かつ『気持ちを妬く』と語呂合わせで『妬く気持ち』──すなわち『焼き餅』になったのだと言われている(諸説あり)

*11
一部の頃ならいざ知らず、二部での焼きマシュは意外とレアである

*12
ゲーム『ポケットモンスターシリーズ』では、ゲームを進める内にジムリーダーと呼ばれる強力なトレーナーと勝負をすることになる。彼等に勝利した証として貰えるのがジムバッジなのだが、このバッジには『他人から貰ったポケモンが言うことを聞くようになる』効果があるものがあった。逆に言うと、バッジを持っていない人が他人から高レベルのポケモンを貰っても、うまく使いこなせないというわけである。因みに、いわゆる初代ダイパ(第四世代)以降のゲームではバッジの所持数によってフレンドリィショップ(道具屋)の品揃えが変わり、ソード・シールド(第八世代)では所持しているバッジによって捕まえられるポケモンのレベルに制限が掛かるようになった

*13
機密保持の為に自身の装備や施設を爆破すること、自らを爆発させて何かしらの攻撃や防御に転用すること、など。……え?この場合は違うだろうって?

*14
いわゆるオノマトペ。その内の擬態語に当たるもの。基本的には忍び笑いのことを指す

*15
因みに、頼んだ料理がテーブルに運ばれるまでの時間は、大体十分前後くらいだとか

*16
まだ一日目のお昼です

*17
いわゆる四次元空間とか、はたまた空間圧縮とかを使って本来よりも広い空間を確保する技能。何でも入るアイテムボックスや四次元ポケットなど、場所の確保というのは何時まで経っても重要事項なわけで……

*18
人が迷う理由は様々だが、迷いやすい人は大体目印を見付けること・脳内で現在地を把握できないなどの共通点がある。……そういうの関係無しに、そもそも場所自体が迷わせる気満々の場合もある

*19
梅田地下街のこと。大阪の梅田駅を中心とした、複数の駅や百貨店の集合体。『梅田』と付く駅が五つ存在する、今もなお拡張工事を行っている……など、知れば知るほどダンジョンだとしか思えない場所

*20
新宿駅のこと。一日の利用者数が世界一な事も大概すごいが、出口が多すぎるホームが多すぎるなどなどの様々な要因によって、初見の人をほぼ迷わせるというあまりに恐ろしい現代の迷宮。因みに、新宿駅を探索するゲームが存在している

*21
一般的な政令指定都市とは……?一応、政令で指定された、人口50万人以上の市のことを言う

*22
○%の確率で○○するシリーズのこと。大体下ネタなので注意。……%というところに着目したガチャ狂い達が験担ぎにフォローしていたりする

*23
『地球破壊爆弾』の時点でわりとどうしようもない

*24
参考までに、一般的な建築物の天井高は2.5m、階高が3m前後。地下であっても上階と同じ階高を保つと仮定する場合、地下100階まで作っても深さは300m程度

*25
ゲームクリア後に解禁される隠しダンジョンは、大体上るか下るかである

*26
遭遇する、と言う意味の『エンカウンター(encounter)』から。ゲームなどで敵に出会うこと

*27
食べたのならさっさと出ていって欲しい、もしくは何も頼まないなら来ないで欲しい、は大体の飲食店が思っていることだろう。店の中がすかすかなら良いのか、という話にもなりかねないので直接口には出さないだろうが

*28
『愛想尽かし』が変化したもの。元は店側が客に勘定をお願いする時に使っていた言葉で、時代が進む内に客側も使うようになったもの。元々の言葉的に客が使うのはおかしい、という人もいる。……謎マナーかどうかは微妙なところ

*29
だからと言ってはした金と木の棒を渡して放り投げられるのも勘弁だが

*30
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』では、ダンジョンに潜る為に神の恩恵(ファルナ)を受ける必要がある。そうして神の恩恵を受けた者達が集まって出来上がった集団をファミリアと呼び、そのファミリアの主である神の事を主神と呼ぶ。一神話体型の最高神とは微妙に違うので注意

*31
誉め言葉の『神』が実際の『神』に移ろいやすいということ。……どこもかしこも、神ばかりだ。……貴様もどうせ、そうなるのだろう?

*32
ここでは『fateシリーズ』における『神性』スキルのこと。一時期特攻対象になる以外の効能が不明だった為ハズレスキル扱いされていたが、『粛清防御』と呼ばれる特殊な防御値をランク分削減する効果があることや、『菩提樹の悟り』『信仰の加護』といったスキルを打ち破れる事が判明し、評価が持ち直した。……ゲーム内ではその辺り考慮されてなかったりするが

*33
『皇帝特権』というスキルを高ランクで所持していれば、短期間ながら獲得できてしまうことから。恐らくは『私は○○の子孫だ』みたいな主張の拡大解釈だろう

*34
fgo二部では神との戦闘が多い。神が明確に『居ない』のは『永久凍土帝国 アナスタシア』『人智統合真国 シン』くらいである

*35
円卓の騎士の一人。唯一聖杯を手にした騎士であり、手に入れたと同時に天に召された。清廉にして潔白()()()騎士

*36
彼が仲が悪いのなんて、基本的に敵対者くらいのもんである

*37
謎の黒騎士「SHUUUUUUUUTTTTTUPPPPPPPPPPP──!!」

*38
『クレヨンしんちゃん』の主人公。嵐を呼ぶ幼稚園児

*39
『fateシリーズ』のサーヴァントクラスの一つ、『救世主(セイヴァー)』のクラスに準えて。毎年毎年映画作品で春日部やら日本やら地球やらを救ったりしてる為、功績が積み上がりまくっている。似たような存在には野比のび太(『ドラえもん』主人公)が挙げられる

*40
しんちゃんが同作キャラクターの風間トオルにたまにやっている行動。相手が怒ったり緊張したりはたまた何でもない時なんかにそっと近付いて、耳に息をふっと吹き掛ける。大抵怒られる。しんちゃんがクロスオーバーすると、大抵強面なキャラがこの行動の被害にあう

*41
五条さんはそんな声出さない(真顔)

*42
言い間違いを指摘されてしんちゃんがこう返すのは、ある種のお決まり

*43
内面と外側の性別があっていない人のこと。そういう人達の扱いが難しくなっていく中で消えていったが、わりとカッコいい人達が多かったように思う

*44
一日早く生まれたの意。そこから転じて、他の人よりも経験や知識が豊富であることを示す

*45
原作描写的に、多分しんちゃんはマシュをおねいさんとは呼ばないと思われる



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流行りものに福があるとは限らない

「んあ?……おー、しんのすけじゃねーか、元気かーオイ」

「お、銀ちゃんこんにちわー。それと、オラはいつだって元気だゾ!で、銀ちゃんは……うん、聞かなくてもわかるゾ」

「オイ待て、五歳児にまで察せられるとか俺今どんな顔色してんの?!やべー顔色なんじゃねぇーのぉーっ!?」

「また二日酔いだってすぐにわかったゾ。お水飲む?」

「おー、飲む飲む」

 

 

 ……店を出て五分も経たない内に、やけに濃い人物に出会ってしまった。

 さっきも一度目にしていた銀髪天然パーマの男、坂田銀時である。

 お決まりのように二日酔い状態で、五歳児から近くのお店で貰ってきたお冷を飲み干す姿は、なんというかうーん銀魂、って感じだった。*1

 ……銀魂世界ならこれから騒動の種が転がってきて、そこからまた切った張ったの大立ち回りが始まるものなのだが──。

 

 

「いやねー、ほら?俺らこっちの世界の人じゃないだろ?記録もあって記憶もある感じだけど、多分いつかは帰る人だろ?……ここに居る分には金の問題とかいっっっさい無いから、なんかもうパフェ食ったり飲んだり遊んだりでイイんじゃねーの、って気分になってだな?」

「銀ちゃん、それ完全にダメな大人の考え方だゾ……」

「ほらほらしんちゃん、あんまり近付いちゃダメだよー、ダメは伝染るからねー」

「ほ~い」

「あれ?ちょっと?もしかして俺、初対面でまるでダメな大人、略してマダオ*2扱いされてたりする?」

「二日酔いで道路脇に転がってて、金の心配もないから日がなチャランポラン*3してる……そんな銀髪パーマのおっさんのどこに、尊敬できるような要素があるというのか」

「いやちょっと待て、チャランポランとかについてはなんにも言い返せねーけど、髪の色に関しては関係ねーだろうが!?っていうかそこの『はたけカカシ・オルタ』*4みたいな奴だって銀髪*5じゃねーか、銀髪っつったらそれだけで若い子にバカウケ*6のアピールポイントの一つだろ?それでチャランポランなんて帳消しだって銀さん思うんですけどー!?」

「……ねぇ、これ喧嘩売られてる?」

「五条さんどうどう!どうどう!」

「マシュちゃんって時々変な方向にかっ飛ぶよね……」*7

 

 

 ……あ、これギャグ回っすね。お疲れさまでしたー、解散解散。

 いつもの音楽*8流れてると思うんで、このままCMに行っちゃいましょー。

 

 

「……あれ、この子手慣れてない?ボケに対するスルー力が半端なくない?」

「いや、対応してるとまんま銀魂になるんで。……モチーフキャラ塗れだと、どっかに偏る運営できないんで…………」*9

「いや待って、なんで俺に対する対応の話から、中間管理職の悲哀の話みたいになってんのこれ?」

「銀さんが良ければ、あとで愚痴、聞いて下さいな?飲みながらでいいので」

「え、あ、はい。俺なんかで良ければ喜んで。……なぁそこの嬢ちゃん、なんでこの人、社会に疲れたおっさんみたいな空気纏ってんの……?

その……せんぱいの居らっしゃったスレは、お話に聞いた限りだと、あまり治安がいい場所ではなかったようで……

あー大体わかった。スレ主特有の哀愁だったのな……

 

 

 ……おかしいな、さっきまでこっちにちょっと敵愾心があった銀さんの目が、今ではなんか慈愛と言うか慈悲というか哀れみと言うかを湛えたものになっちゃったぞ?ふふふおかしいなーふふふ……。

 

 

「もー、こんなんじゃ先が『重い槍』*10だゾ」

「それ、『思い遣り』じゃねーか?」

「おー、そーともゆー」

「……『思いやられる』じゃないの?」

「「おお、それそれ~」」

「ええ……?」

 

 

 

 

 

 

 とりあえず銀さんと飲む約束をして、施設探索を再開した俺達一行。

 途中、目があったので勝負を仕掛けてくる短パン小僧*11が居たり、オレはカードで死ぬなら本望だ!とか言う全速前進しそうな人が居たり*12、唐突にボーグバトル*13が始まったのを必死にスルーしたりしたわけだが。……トラブル転がりすぎじゃない?

 その尽くをしんちゃんがクリアリング*14してくれたので、どうにかなったのだった。ただ……。

 

 

「おっ?キーアおねいさん、どったの?」

「さ、流石にちょっと、いろいろありすぎて目眩が……」

 

 

 一度にトラブルが襲ってきすぎでしょうここ!疲れるわ!下手すると立ってるだけで疲労困憊だわ!*15

 

 途中で五条さんが「あ、俺も用事があるんだった」って唐突に離脱したから、なんなんだろうって思って去っていく彼に向けてた視線を前方に戻したら、右手に並ぶ料理店の一つに『宿儺'sキッチン』*16なる看板が見えて思わず吹いたし!!*17

 怖いもの見たさで中を覗いてみたら、まさかの四本腕の方の宿儺が居て思わず卒倒しかけたし!*18

 気絶しそうなのを堪えて再度中を確認したら、わりと繁盛してる上に宿儺めっちゃニコニコ*19だったから「あ、これ再現度低いやつだわ(料理キャラになってる)」ってなって思わず胸を撫で下ろして。*20

 

 ビビらせんじゃねーよ、って思いながらふと対面のお店に視線を向けたらこっちはこっちで『波旬カレー店』って看板があって今度こそ意識飛んだし!!*21

 ……いやまぁ、カレー店やってる方の彼*22なら問題ないなってすぐ起きたけど。でもしんちゃん、「波旬おにいさんとはお友達なんだゾ」とか言うのは止めて下さい、胃が死にます(白目)*23

 

 というかなんだここ、なんでこんな罷り間違ったら危険人物*24でしか無いやつばっかり並んでるんだよ……地獄か、ここが地獄の一丁目*25なのか……?

 

 ……みたいな感じで、ちょっと、切実に、休憩が欲しいわけですはい……。

 

 

「んもー、キーアおねいさんったら仕方がないんだから~。じゃ、おやすみできるいい場所があるから、そこへ行くゾ」

「あーうん、できればふつーのとこでお願いします……」

 

 

 そんな感じで、癒やしを求めてやってきたのは喫茶店。

 ……なーんか見たことある気がする店だな、と思いつつ、疲れてたので碌に確認せずに中へ。

 

 

「はーい、いらっしゃいませー!……あ、しんちゃんだ!こんにちわ、しんちゃん」

「ほっほーい、お久しぶりーココアちゃん。今日はお客さんを連れてきたんだゾ!」

「……ん?ここあ?……ってごちうさ!?」*26

「わ、びっくりした……。うん、私保登 心愛(ほと ここあ)!よろしくね?」*27

 

 

 そこでこちらを迎えてくれたのは、濃いめの赤み掛かった金髪(ストロベリーブロンド)をセミロングの長さまで伸ばし、半分になった花のような髪飾りがトレードマークの可愛らしい少女。

 ……まさかのココアちゃんである。声がどこかの爆弾魔とかじゃない*28、普通のココアちゃんである。

 明確に安心できるキャラの登場に、思わず安堵のため息が漏れた。ナイスしんちゃん、ここはいい休憩場所だ!

 

 

「……ふむ?お客さんか。じゃあ私も一仕事しようか」

「…………ん゛?」

 

 

 と、思ったら、奥から聞こえてくるどこかで聞いたことのある声。

 ……いや正確には、ここで()()()()()()()()()()と、雰囲気が違うというか……?

 そうして謎の不安感に包まれつつ奥に進んだ私達。そこで出会ったのは──。

 

 

「やぁやぁお客人。ようこそ喫茶『RAT-HOUSE(ラットハウス)』へ。このコーヒーはサービス*29だ、よーく味わってくれたまえ?」

「まさかのロリライネス*30ぅ!!?」

 

 

 なんでここに君が居るの!?と驚く俺の前で、金髪ボブカットの小悪魔的な笑みを浮かべた少女が、してやったりと言わんばかりにふふんと鼻を鳴らすのだった。

 

 

 

 

 

 

「え!?ライネスさん?!」

 

 

 俺の言葉に楯が素っ頓狂な声をあげる。

 あれ、ライネスは知ってるは……あ、そっか。おっきい方しか知らんのか。楯も基本的にFGO以外の型月作品に詳しい方でもなかったし。

 そんな俺達を面白がるように、彼女は小さく目を細め。

 

 

「ふむ?私を知っているのも居るみたいだけど。まぁ、挨拶は大事と言うしね、精々大仰に名乗らせてもらうとしよう。私は『ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ』*31。基本は事件簿準拠*32だが、一応人理が焼け落ちた後(fate/grand_order)のことについても記憶している*33、大分不可思議な状況の女の子、さ。……なので、マシュのことも記憶しているよ。慣れないかも知れないけれど、フランクに付き合ってもらえると嬉しいね」

「え、あ、はいっ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ」

「まぁ、私も再現度はさほど高くない方だ。できることなんて、ここでコーヒーを淹れることくらいなんだけど」

 

 

 挨拶を終えた彼女は、小さく嘆息して手元のそれ──コーヒーミル*34のハンドルをくるくると回し始めた。

 ……いや待て、やっぱりチノちゃんポジかいお主!?*35

 

 

「その、チノちゃん*36はね?こっちには来てないみたいなんだ。私もあんまり良くわかってないから、どうしよう……って迷ってた時に、ライネスちゃんに会ったの!」

「なるほど……。……ん?さっき()()()()じゃなくて()()()って言ってなかった?」

「そうだよー?で、この子がラットハウスのマスコット!」

「ぴか、ぴかぴーか」*37

「朝に紹介されたピカチュウ!?あ、ラットってネズミか!」

 

 

 しょんぼりした様子のココアちゃんから語られたのは、チノちゃんは今の所こっちには来ていないのだ、という事情。……まぁ、普通にスレ運営してても主要メンバーが揃わないなんてよくある話だしなぁ。*38

 その代わりがロリライネスなのも、ちょっとびっくりなんだけど。

 

 そんでもって更にびっくりしたのが、ここラビットハウスじゃねぇ、ってこと。ラットだから、マスコットもネズミ──まさかの朝にゆかりんから紹介されたピカチュウだった。……変なところで繋がるな……?

 件のピカチュウは、ココアが床に下ろすとそのまま走ってライネスの横に行き、コーヒーミルの隣に腰を下ろした。

 

 コーヒーミルを扱うロリライネスの横に、ピカチュウ。

 ……なんだろうこの不思議空間。ココアちゃんは楽しげに携帯でぱしゃぱしゃ写真撮ってたけど。

 いや、そもそもなんでライネスがコーヒー淹れてるんだこれ?

 

 

「中の人の影響、だね。()は、自分でコーヒーを淹れられる程度には、こういう物を齧ったことがあるみたいでね。差し詰め『憑依継承(サクスィード・ファンタズム)*39の逆、と言ったところか。……あいや、単純に疑似サーヴァントが持つ肉体由来のスキル*40、と言った方が近いか……?」

「うー、ライネスちゃんのお話は難しくてよくわからないよー!」

「おっと、ゴメンゴメン。ここに居る内はラットハウスの看板娘で行こうと決めてるんだった」

「な、仲がよろしいのですね……?」

 

 

 ……なんか、意外と上手くやってるらしい。ちょっと意外なような、そうでもないような?

 

 ってあれ、しんちゃんは?

 そう思って店内を見回すと、いつの間にか下に降りていたピカチュウと、謎の変顔対決*41をしていた。……いやなんで?

 

 

「ふっ、オラにここまでさせるとは、そちらもなかなかやりますなぁ」

「ぴか、ぴかぴか、ちゃー」*42

「「………………」」

「「わーっはっはっはっはっ(ぴーっかっかっかっかっ)!!」」

「なに これ」

「せ、せんぱい?!お気を確かにっ!?せんぱーいっ!?」

 

 

 もうダメ、キャパオーバー。*43

 アクション仮面な高笑い*44を上げる二人の声をバックに、私は意識を手放すのだった──。

 

 

*1
好きなものは甘いものな銀さんだが、酒を飲んで二日酔いになっている姿もよく見受けられる

*2
『銀魂』での言葉。初出時は「まるでダメなおっさん」の略称。頭文字が同じ場合に使い回されている

*3
しっかりした考えのない、その場限りの言動。『ちゃらほら』からの変化とされるが、そっちは口からでまかせの嘘のことだとか

*4
『NARUTO』の登場人物、はたけカカシと五条さんがなんとなく似てる、というネタ。隠してるのはそれぞれ目元と口元なのだが、雰囲気とかが似ている、みたいに言われることがある。オルタの方は『fateシリーズ』の用語。いまいち説明が難しいが、基本的には闇落ちみたいなもんだと思っとくと大体当たってる。そして時々外れる

*5
銀色の髪のこと。実際に銀にはならないので近い色としてそう呼んでいるだけなので、人によって微妙に基準が違ったりする

*6
バカみたいにウケる、なのか新潟の方言である『ばか(すごく)』ウケる、なのかは微妙な所

*7
ふかふかしたり法螺貝吹いたり、意外と情緒豊かなマシュなのであった

*8
『てめーらァァァ!!それでも銀魂ついてんのかァァァ!』というBGM。CM行く前とかに流れてるよね

*9
パワーバランスが みだれる !

*10
?「シグルド(英雄)ですか?」

*11
ゲーム『ポケットモンスター』から短パン小僧、及び彼等トレーナーの言い分。「めと めが あったら はじまる ポケモンしょうぶ! それが トレーナーの きまりなの」言い方は違えど、大体みんな似たようなことを言う。戦闘民族過ぎる……

*12
『遊☆戯☆王 デュエルモンスターズ』の登場人物、海馬 瀬人の事。ベジータ系ライバルキャラだが、アニメと漫画(映画)軸では先行きがかなり異なる人物。どっちにしても突拍子もないことをし始めるのは同じ

*13
「ボーグバトル界だけで通じるルールを世間一般のわたしたちに押し付けないでよ!常識知らずのボーグ馬鹿!」いてててて……。とりあえず、気になる人は『人造昆虫カブトボーグ V×V』について調べてみるといいんじゃないかな……

*14
クリアなリングのこと。……ではなくて、ファーストパーソン・シューティング(fps)などでの安全確認のこと。障害物に隠れた敵兵等を片付ける行為。ちゃんとしてないと後ろから射たれたりする

*15
立ち方が悪いと単に立っているだけなのに疲れることがある。……え?そういうことじゃない?

*16
名前の元ネタは『MOCO'Sキッチン』。俳優・速水もこみち氏が料理人として登場する人気番組。現在終了済み

*17
彼の使うとある術式が料理に準えられているのではないか、という説から派生して、彼を料理人として見るネタが存在する

*18
『呪術廻戦』の登場キャラクター、『両面宿儺』。名前自体は飛騨の大鬼神と同じだが、呪術世界では神の方は架空の存在。四本腕なので、この彼は生前の姿でここに居るようだ

*19
あまりにもニコニコしているので逆に恐ろしいレベル。……だが、逆にそんな笑みを彼がするはずもないので、なりきり分の多い状態だとすぐにわかった、とは八雲紫の言。でもまぁ、五条さんが見たくない、と逃げるのもわからないでもない

*20
『ほっと安堵する』の意。慣用句なので実際に撫で下ろす必要はない

*21
波旬でカレーの時点でとあるキャラに限定されるので、キーアの胃に過大なダメージ!

*22
「生きてるだけで最高さ!」が口癖の、心優しいお兄さん。『神咒神威神楽 曙之光 打ち上げパーティ』という特典CDで出てくるのだが、本編である『神咒神威神楽 曙之光』の彼と見比べると「ええ……?」と混乱すること間違いなしである。いやまぁ、本編が劇中劇だったら、みたいな設定なので仕方がないのだが。因みにおまけの方の彼の得意料理はカレー

*23
この波旬おにいさんは、社交的で家事得意でスポーツ万能で友達は無量大数の超コミュ強である。別の意味で人間辞めてませんか

*24
変な解釈くっつけることで無力化されているが、本来どっちもラスボス級である

*25
きわめて恐ろしい場所の例え。また、破滅や困難に直面する手前のこと。歌舞伎脚本『四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)』に出てくる一節、「(ここ)は地獄の一丁目で二丁目のねえ所だ」が元ネタか

*26
『ご注文はうさぎですか?』のこと。とある喫茶店で働く女の子達の日常を描いた4コマ漫画。三度アニメ化している結構な人気作品

*27
『ご注文はうさぎですか?』の主人公。天真爛漫で涙もろく、快活で数学に強い。動物好きで本も好き、チノちゃんはもっと好き、な女の子

*28
そういうMAD動画が存在する。無論二次創作なので取り扱い注意

*29
5ちゃんねるがまだ2ちゃんねるだったころ、釣りスレ内に書かれていた文の一節、『このテキーラはサービスだから』から。騙して悪いが

*30
『ロード・エルメロイII世の事件簿』アニメ一話などで見られる特殊仕様。……いや幼いときの姿、というだけのことなのだが

*31
エルメロイ家当主の少女。一応の初出作品は『fate/Apocrypha』。見た目だけならお人形のように美しい少女だが、わりと性格がアレ(原作者曰く愉悦系少女)

*32
彼女の本格的な活躍は『ロード・エルメロイII世の事件簿』で語られている

*33
『fate/grand_order』においては星5(SSR)ライダーとして実装済み。割と珍しいサポート型の騎兵で、そちらではここにはいない彼女の侍従兼使い魔、トリムマウも同行している

*34
焙煎されたコーヒー豆を粉砕するための機械。挽きたてコーヒーは味も香りも違うが、その理由は酸化のせいらしい

*35
『ご注文はうさぎですか?』に登場する香風智乃と、ライネスの声優は同じ人。……雰囲気がぜんぜん違うので、言われて初めて気付く人も居るかも知れない

*36
『ご注文はうさぎですか?』に登場するキャラの一人、香風智乃のこと。物静かでコーヒーとおじいちゃんが大好きな女の子

*37
また会ったなねーちゃん達

*38
張り切ってスレ立てして、特定のキャラをなりきりしてみるものの。他のメンバーがやってこなかったり来ても居なくなったりして、モチベを失う人は結構いる

*39
『fate/grand_order』内の用語。デミ・サーヴァントだけが持つ特殊スキル。憑依した英霊が持つスキルを一つだけ継承し、自己流にアレンジする

*40
疑似サーヴァントと呼ばれる者達は、憑依した人間が持つスキルを持ち合わせている

*41
どっちも変顔が得意(正確にはピカチュウはサトシのピカチュウの方)

*42
ぼうずも、なかなかだったぜ

*43
『キャパシティオーバー』。和製英語。体積的な容量や人の能力的な許容範囲を示す『キャパシティ(capacity)』と、越えるという意味の『オーバー(over)』が組合わさった言葉。要するに『もう知らね』ということ

*44
『クレヨンしんちゃん』内の劇中劇、『アクション仮面』の特徴的な笑い方



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(スレが)続くものと続かぬもの、見た目でわかれば世話はない、的な

 ───これは夢想の絵画。

 

 手を伸ばせど届かず。

 朽ち行くはずのモノに、与えられた僅かな奇跡。

 願いは叶えられ、その者は新しい旅路を行くのだろう。

 

 ──その道が、仮初めのものであったとしても。

 いつか必ず覚めてしまう夢なのだとしても。

 彼の者はその夢を胸に、明日を夢見続けるのだろう。

 

 決して届かぬ、夢の続きを。*1

 

 

 

 

 

 

 

 ──欠けた夢を、見ていたようだ。*2

 

 いやまぁ、ちょっとカッコ付けてみたものの、単にキャパオーバーでぶっ倒れただけなんだけどね?

 ただ、夢の中で思いっきり語り掛けられてた気がする辺り、なんというかやべーことになってそう感が凄いなー、とは思っているわけなのだが。

 ……ってか夢想の絵画*3とか言ってたなあの夢魔?*4

 

 

「あ、せんぱい。よかった、無事お目覚めになられたのですね。……その、お体の方は大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫大丈夫。一回全部投げたらとりあえず楽になったからへーきへーき」*5

 

 

 目を覚ますのとほぼ同じタイミングで、楯が部屋に入ってきていた。

 ……何故かラットハウスの制服*6を着て。いや、なして?可愛いし似合ってるけど、なして?

 

 

「そのですね、せんぱい。私、マシュ・キリエライトは、ここラットハウスで、働かせていただくことになったのです!」

「なる、ほど?」

 

 

 ……声優ネタとしては若干危ないところじゃないそれ?*7

 

 なんて思ったのだが、別にそういうわけではないらしく。

 私が気絶している間に、楯とライネス、ココアちゃんの間でいろいろと会話をしたところ、暫くの間ラットハウスで働くことになったのだとか。……良いとこで気絶しちまったわけですねわかります。

 

 

「その、せんぱいに相談もせずに決めてしまったことについては謝罪します。……ですが、私が今すべきことは、ここで働くことだと、そう思うのです」

「あー、うん。別に私に許可とか取らなくてもいいよ。別に貴方の保護者ってわけじゃないし」

 

 

 申し訳なさそうに伏し目がちな視線をこちらに向けてくる楯に、小さく苦笑を返す。

 いつかのマシュと同じく、自身の理由を見付けられると言うのなら、それはそれで構わないのだ。

 

 ……いかんな、思考がちょっとシリアス*8に寄ってるような気がする。それもこれもあの夢魔のせいだな、マーリンシスベシフォーウ!*9

 一回首を振って、滞った思考を全て発散。

 ……ん、元の()、見参。小さく息を吐いて、完全に復調。

 ベッドからよっ、と飛び起きて立ち上がる。

 

 

「えっと、どうされたのですかせんぱい?」

「んー、なんでもないよー。とりあえず、下に降りよっか。ライネスも待ってるんでしょ?」

「あ、はい。せんぱいをお待ちです、ココアさんもご一緒に」

「へーい、いろいろあんがとねマシュ」

「えっ!?あ、はいっ!」

 

 

 マシュ()に感謝を返して、階段を降りて下へ。

 階下では、店内の客席の一角で先のメンバー達がコーヒーブレイク*10を楽しんでいた。

 

 

「お、キーアおねいさん戻ってきたゾ」

「おや、結構早かったね。おはようキルフィッシュ君、そ・れ・と・も、キーアと馴れ馴れしく読ぶ方がお好みかな?」

「どちらでもお好きにどーぞ。どっちで呼ばれるのも慣れてるし」

「ふむ?……ああ、()()()()。じゃ、私は君をキーアと呼ばせて貰うことにするよ」

「…………うん、宜しくライネス」

 

 

 気付いてやんの。……ホントに再現度が低いのかこの人?

 まぁ、不都合があるわけでもなし、とりあえず話を始めよう。

 彼女の対面の開いてる席に腰を下ろす私達。それを確認して、ライネスが口を開く。

 

 

「それで、一応マシュから触り*11くらいは聞いてるだろうけど。彼女、うちで働くことになったから」

「うん。まぁよくわからんけど、話し合って決めたってことならこっちに言うことはないよ。マシュのやりたいことを尊重したいしね」

「ホント!?やった!マシュちゃんと一緒にバイトだ~♪」

「は、はい!これからよろしくお願いします!」

「おー、これでラットハウスもますます賑やかになりますな~」

「ぴーか、ぴっぴかちゅう」*12

 

 

 彼女の言葉に了承の意を示すと、ココアちゃんが椅子から飛び降りてマシュに駆け寄り、その手を取った。

 そのままマシュと手を合わせて、心底楽しそうに跳ね回るココアちゃん。

 マシュもたどたどしいながらも、それに合わせて彼女と踊るように店内を回っている。……うむ、良い光景だな!

 しんちゃんと一緒になって、うんうんと頷いておく。

 

 

「で、その間君はどうする?別に一緒にうちで働いて貰っても構わないけど」

「んー……いや、こっちはこっちで別にいろいろと見て回ろうかと思ってるから、今のところはいいかな。まぁ、毎日顔を見に来るつもりではあるけど」

「えー、キーアちゃんは一緒じゃないんだ……」

 

 

 かと思えば、私が単独行動*13をすることを伝えると露骨にテンションが下がった。……なんやこの私が悪いことしたみたいな空気は。

 仕方がないので、ふいっと浮いて、しょぼんとしているココアの頭をなでなで。*14

 

 

「えっ!?キーアちゃん飛べるんだ!?」

「そうそう、私は悪い魔法使い*15だからねー。こういうのわけないんだよー」

「悪い魔法使いだったの!?」

「悪いよー凄く悪い。なんてったって魔王*16だからね、私」

「魔王っ!?まさかの勇者*17ココア計画が、ここでスタートしちゃうの?!」

「……倒しに来るの?」

「はぅっ!?そ、その顔は反則だよー!」

「ははは、魔王なので反則くらいわけないのだー」

「うわー!こんなの負けちゃうよー!?」

 

 

 なでなでよりも、身長差を埋めるために宙に浮いたことに驚かれてしまった。……ついでなので設定を明かして魔王ムーブ。

 魔王=悪*18、という古い価値観なココアを存分にからかいつつ、時に見た目を悪用した下からの覗き込み涙目で、勇者ココアにクリティカルヒット*19を繰り出し。

 さっきまでの沈んだ空気が完全に払拭された事を確認して、私は席に戻った。……対面のライネスが、苦笑と半笑いの混じった表現に困る顔を向けてきてたんだけど、これは一体何事で?

 

 

「いや、他所の世界の事だし、そもそも今の私は魔術師*20って訳でもないから、こういうことを考えるのは筋違い……なんだけどさ?……そうポンポン空を飛ばれると、こちらにも少々思うところが無くもなくてだね?」

「……そういや飛行魔術って相当に高度なもんでしたね」*21

 

 

 失敬失敬、と舌を出しつつ謝罪。*22

 対面のライネスの表情が更に複雑なものになっていたけど、とりあえず怒ったりするつもりはないようだ。……意外と自制心が強いですね?

 

 

「……おい、流石の私も怒るぞ」

「ごめんごめん。ライネス相手に付け入る隙を見せるとヤバそうだから、つい」

「……そこは、私もちょっと否定しかねるな」

 

 

 自分で自分の癖とかちゃんと把握できてるのは凄いと思うけどね、と返せば、君とはどうにもやりにくいな、と返される。

 ……いやまぁ、()()()()()ならこっちの方が押されてただろうからなぁ。そこら辺は、大目に見て欲しいところだ。

 そんな事を口にすれば、彼女は嘆息した後に小さく首を横に振った。

 

 

「……まぁ、いいさ。それで?今日はこれからどうするつもりだい?」

「んー、一回ゆかりんのところに帰りたいって感じかなー。そろそろ用事も終わったんじゃないかな、って思うし」

「あ、そうでした。八雲さんからの説明が途中でしたね」

「あ、八雲さんとも知り合いなんだー。凄いんだね、キーアちゃんもマシュちゃんも!」

「……知り合い、かなぁ?」

「あれ?」

 

 

 一緒にご飯を食べた仲、というと結構親密そうに聞こえるけど、所詮は一緒に外食をしただけだからなぁ?

 困惑するココアを置いて、マシュと顔を見合わせる。……んむ、まぁ苦笑いしか返ってこんよね、これは。

 

 

「うん、今日あったばっかりだからよーわからん」

「出会ったばっかりなのにフランク過ぎるよ……キーアちゃん達コミュ力の塊だよ……」

「その称号はしんちゃんにこそ相応しいと思うんだ」

「あ、それは確かに」

「お?なになに?オラ褒められちゃった?いやー、それほどでも~」

「うん、褒めてる褒めてる」

「……お?」

 

 

 ……基本的に褒めてない*23、って言われる流れだったからか、そのまま褒められたしんちゃんが、おめめをぱちくりしている。

 珍しい表情だな、なんて思いつつ私はコーヒーに口を付けるのだった。……にがっ。*24

 

 

 

 

 

 

「はーいお待たせ!迎えに来た……って、あれ?五条君は?」

「途中で料理屋見付けちゃったので退散しました」*25

「……ああ、あのお店ね……ちょっと悪いことしちゃったかしら?」

「まぁ、それよりも前からちょっと抜けたそうにしてたみたいだし、気にすることないんじゃないかなー?」

 

 

 ライネスがゆかりんへの連絡手段を持っていたので、連絡を入れて貰って大体五分後。

 机の横にスキマが開き、そこからゆかりんが上半身だけをこちらに出してきていた。

 

 お待たせと言った後に周囲を見回して、居なくなってる五条さんについての説明をこちらに求めてくる。

 ……魔窟に近付きたくないから途中で離脱しましたよ、と返せば、ゆかりんは納得したように遠い目をしていた。……見たことあるのか、ゆかりん。管理者は大変だな……。

 

 なので、そもそもそこを通る前からそわそわしてたから、離脱するいい機会になって向こうも感謝してるかもしれないよ?的な事を追加で証言しておく。

 

 

「そう?……ってあら?」

「おっと、それはあとで」

「……?せんぱい、どうされたのですか?」

「なんでもないなんでもない。とりあえず、元の部屋に戻る?」

「……そうね。とりあえず、戻りましょうか。ライネスちゃんもココアちゃんも、また今度ゆっくりお話ししましょうね?」

「ん、またコーヒーを飲みに来るといい。今度はゆっくりね」

「はーい!八雲さん、お待ちしてますねー!」

「おー、オラもオラもー!」

「はいはい、また一緒にね?」

「ほっほーい!八雲おねいさんも、お元気でね~」

 

 

 何事かを気付いた様子のゆかりんに静かに、とジェスチャー。

 不思議そうにこちらを見てくるマシュになんでもないと返して、ラットハウスのメンバー達に別れの挨拶。……しんちゃん的には、ゆかりんも十分許容範囲らしい。

 

 そうして挨拶を済ませた私達は、元の社長室っぽい場所に戻ってきたのだった。

 

 

「それにしても、しんちゃんにも出会ってたのね。運が良いんだか悪いんだか……」

()()()()()()だから?」*26

「そういうこと。……いえ、ある意味もう嵐には巻き込まれているんでしょうけど」

 

 

 再びソファーに座り直して、ゆかりんと向き合う。

 ……最初と違って一人居ないわけだけど、それはまぁ仕方ない。

 

 

「さて、ホントは昼の話の続きをしたいのだけれど──うん、もう夕方だし、寝床の案内をして今日は終わりかしら?」

「あ、やっぱり元の家には戻れない感じ?」

「というより、戻せないが正解ね。……姿形に性格まで変わってしまっているのに、今まで通りの日常を過ごすのは不可能でしょう?」*27

 

 

 そのまま話が再開されるのかと思ったのだけれど、流石に探索やらなんやらで時間を使いすぎたらしい。

 壁に掛かった時計を確認すれば、現在の時刻は夕方の六時くらい。

 そろそろ夕食の準備やらなにやらを考えなければならない時間だ。……まぁ、そこは気にしなくてもいいって今言われたわけだけど。

 

 姿が変わってしまっている以上、今まで通りの生活を送るのは不可能。

 故に、『なりきり郷』ではそこのサポートを行っているのだという。……昼間の銀さんが言っていた「金の心配はいらない」ということの理由だ。

 

 

「えっと。その場合、元の家族への連絡などは……?」

「一応政府のお偉いさん方ともパイプがあるから、それでちょちょいとね。基本的には未知の感染症に罹患してしまったので長期入院、みたいな感じに通達されているはずよ」

「なるほど……」

 

 

 マシュの疑問に答えるゆかりん。……一応私も彼女も親元からは離れていたから、そこまで心配は掛けない……といいなぁ?

 感染症扱いなのは、いつか元に戻ることがあった時の為のものだろう。いろいろ用意周到と言うか、なんかきな臭くも感じると言うか。……考えすぎならいいんだけど。

 

 

「ふぁ……ああ、ごめんなさい。ちょっと私も限界みたい……」

「え、どうされたのですか八雲さん?」

「心配しなくてもいいよマシュ、ゆかりんは一日十二時間寝てないといけないんだよ」*28

「え!?そ、それはなんとも……」

「心配してくれてありがとねマシュちゃん。……ふあぁ……ん、もうダメそう、ごめんなさい、後は()()に任せるわね……」

「あ、居るんだ(らん)

 

 

 そんな事を考えていたら、ゆかりんが大きなあくび*29。……んん、これだけ自由に見える彼女でも、『八雲紫であること』には逆らえない、か。

 私達が見ている前でソファーに横になって寝息を立て始めるゆかりん。それと時を同じくして、奥の扉が開いて一つの人影が室内に入ってくる。

 その姿は、道士服*30を着た狐の美女*31……じゃない!?

 

 

「あーもう、八雲さんってばまーたソファーで寝ちゃってる。んー、でもこうなるともう朝まで起きないからなぁ……ってあ、ごめんなさい。八雲さんからお話は聞いてます。私、毛利蘭*32です。この人をベッドに運び終わったら、お二人の部屋にご案内しますので、もう少し待っていて下さいね?」

(そ……ッッそうきたかァ~~~ッッッ)*33

 

 

 ……やって来たランはラン違いだった。

 思わず私達が硬直する間に、彼女はゆかりんを抱き上げて*34奥に消えていってしまう。

 

 私達は互いに顔を見合わせ、なんとも言えない気分で毛利さんが戻ってくるのを待つことになるのだった……。

 

*1
夢を視ているモノ、夢に視られているモノ。──主体は果たして、どちらなのだろうね?

*2
『fate/extra』に登場する主人公が時折見る夢、及びそれに対する台詞

*3
『fate/grand_order』第二部において、クリア後に貰える概念礼装(アイテム)に記された文章内の言葉。これが書かれていないものもあるため、全てが夢想、というわけではないのかもしれない

*4
おっと気付かれてしまったか。ちょっと黙っていよう、うん!それがいい!

*5
それは本当に楽になったのですか?あとで投げたものが返ってきませんか?……という呪いも含む行動。投げたものが深淵に消える保証はどこにもない……(白目)

*6
ラビットハウスの制服と同じ。マシュの場合は、ちょっと薄い紫のベストと赤いリボンになっている

*7
マシュ・キリエライトの担当声優は変更された事がある。その一つ目のボイスを担当したのが、ごちうさのとあるキャラクターと同じという話

*8
『深刻、重大な、真面目な』と言った意味の『シリアス(serious)』から。物語のジャンルの一つでもある

*9
『fate/grand_order』に登場する小動物、フォウ君の喋った台詞。気持ちはわからないでもない

*10
コーヒーを飲みながら少し休憩すること。小休止

*11
物事の一番重要な部分。元々は浄瑠璃用語であり、義太夫節において一番の聞きどころを指す言葉。話の初めの部分のことではないので注意

*12
やったな嬢ちゃん

*13
一人で動くこと。ボッチが得意な行動。……なんて言われるが、実際は単独で()()動けないだけである。一人での行動が()()()()()()()()()ので、そこを勘違いすると酷いことになったりする

*14
単に頭を撫でるだけの行為でも、いろいろと相手に気持ちを伝えることができる。間違っても撫ですぎて摩擦熱とか起こさないように!

*15
魔法を使う者のこと。類義語に魔導師や魔術師などが存在する。一応、奇術師(マジシャン)も広義では魔法使いに入ったりする

*16
元は仏教用語。いわゆる『御立派様(マーラ)』を指す言葉で、似たような立ち位置のものにも流用された結果、現在のように気軽に使われる言葉になった。基本的には『魔的な者達の王様』の意味で使われる

*17
勇敢なる者、勇ましい者。日本における勇者のイメージは、基本的に『ドラゴンクエスト』から派生している

*18
最近の魔王もいろいろバリエーションが増えている。単に魔物達の王くらいの立ち位置だと、人間よりも温厚なことも

*19
会心の一撃。()心の一撃ではない。敵の急所などに攻撃が命中したことで、通常よりも高いダメージを与えられた、という状態を指す言葉

*20
型月世界における魔術を使う者達のこと。魔術と魔法を明確に区別しているので、混同すると怒られる

*21
型月世界において、軽いものを浮かせるのは難しい事ではない。術式も単純なのでへっぽこ魔術師でも簡単に取得できる。……重くなればなるだけ難しくなるため、世の魔法少女アニメみたいな空中飛行はほぼ不可能である。……カレイドルビー?ありゃ例外だよ

*22
いわゆる『てへぺろ』。テヘッと笑いながらペロッと舌を出す動作。もともとは声優・日笠陽子氏の持ちネタ。基本的には可愛い女の子にしか許されない奥義

*23
しんちゃんが何かをして、それに対して照れた彼に褒めてない、と返す一種のお約束

*24
コーヒーの苦味は主に焙煎した時に生じるものなので、世の中には苦くないコーヒーも存在する

*25
前話参照。多少なりとも知識があったらみんな見なかったふりをすると思う

*26
しんちゃんに付けられたキャッチコピー。『嵐を呼ぶ幼稚園児』とも。皆をハチャメチャに巻き込む嵐のような子供、ということだろうか

*27
体が変化する系の話についてまわる問題。それだけで一本物語が書ける題材

*28
正確には十二時間()()。冬眠までするらしい

*29
眠いときなどに起きる生理現象。基本的には大口を開けて深呼吸すること。あくびが出る理由についてはよくわかっておらず、「脳が酸欠になっていることを知らせるシグナル」「空気を取り込むことで熱くなった脳を冷やしている」等が理由として上げられるが、どれも信憑性としてはイマイチなようだ(前者は酸欠を解消するような酸素量を取り込めるわけではなく、後者は風邪などの脳が熱くなっている時にあくびが多くなると言うこともない為)

*30
道士が着用している服。『道袍』と呼ばれる漢服の一種。道士とは、道教を修めた者の事、または仙人の事

*31
『東方Project』の登場キャラクター、『八雲藍』の事。八雲紫の使役する式神であり、自身もまた式神を使役するだけの力量を持つ強大な存在

*32
『名探偵コナン』の登場人物の一人。探偵ものには荒事がつきものだが、それにしたって戦闘能力が高すぎる少女。これでも作中最強ではないのだから恐ろしい

*33
格闘漫画『グラップラー刃牙』第二部『バキ』のとある話において作中人物の一人『烈海王』が述べた台詞。相手が格闘家だからこの驚き方を選んだような感じだろうか?

*34
もちろんお姫様抱っこ



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一日の終わりに質問の数を数えて明日に備える

「お待たせしましたー!さっ、案内しますからこちらに」

「あ、はいっ」

 

 

 帰ってきた毛利さんに連れられ、部屋を出る。

 外は普通のオフィスビル*1みたいな感じで、通路を彼女の背を追って歩く。

 途中で誰かにすれ違うことも無かったのは、時間的なものなのか場所的なものなのか。……どっちもかなぁ?

 なんて事を考えながら、視線を左右にちらりらり。

 

 ……ふーむ、多分最上階かここ。ってことはやっぱり社長室?いや、ここは敢えて「スレ主の部屋」とでも呼ぶべきか。

 ……なんか胃が痛くなってきたぞぅ……。

 ああやめてやめて、新しい設定とか引っ張ってきて全部しっちゃかめっちゃか*2にしようとするとかホントやめて。*3

 調整するの私なんだぞいい加減にしろ……。

 

 

「あの、せんぱい?」

「ん?どうしたのマシュ?」

「……その、お疲れなのでしょうか?先程から、視線が時折ここではないどこかに向かっているように思えるのですが……」

「あー、うん。疲れてはいるよ、でもそれは貴方もでしょ?」

「え、あ。……そう、ですね。思えば、今日一日でいろいろな事があったように思えます」

 

 

 こちらの顔色を見ていたマシュが、気遣うように声を掛けてくれる。……そういうマシュも、少し動きが精彩に欠けだしていた*4ので指摘。

 それを受けた彼女は、素直に自身の疲労を認め、今日一日の出来事に思いを馳せるように目を閉じる。

 

 朝、いきなり姿が変わってしまって途方にくれていたら、似た現象に巻き込まれた他の人達と出会い。

 昼、ちょっとした白昼夢*5と、白昼夢だった方が嬉しいようなモノと出会い。

 夜、こうして新たな生活を始める為の、新しい住処に向かって歩き。

 

 ……箇条書き*6すると大したこと無さそうだけど、随分と濃い一日だったように思う。

 

 

「……お二方は、今日こちらに着いたばかりなんですよね?」

「あ、はい。私もせんぱいも、()()なったのは今日の朝ですので」

「なるほど。……じゃあ、一つご忠告を。夜になったら、部屋の外には出ないようにお願いします」

 

 

 先導していた毛利さんが、こちらに視線だけを向けてくる。

 ……鋭い眼光で、堅い口調で、こちらに注意を促してくる。

 マシュが、小さく息を呑んで。

 

 

「それは、どうしてですか?」

「それは────」

 

 

 廊下を歩く音だけが響く中、暫く道なりに進んで。

 階下に通じるエレベーター*7の前にたどり着いて、ようやく彼女が動きを見せる。視線をふいと逸らして、とある方向に向けたのだ。

 彼女が見詰めるのは、ガラス張りになっているエレベーターシャフト*8から見える、下の階の様子。そこにあったのは──。

 

 

「……皆さん、夕方辺りになると活発になって、ちょっと羽目を外しちゃうんです……」

「……うわぁ」

 

 

 シリアスな空気が一瞬で霧散する。

 

 視線の先に居るのは、酒瓶持って好き勝手騒いでいる酔っぱらい共。……どう考えても路上飲酒者とかあの辺りである。

 いや、真顔*9になるわこんなん。

 確かに夜になると騒ぎ出す人は多いけど、まさか逆憑依されても変わらない上に夕方からやってるとか思わないじゃんか。……ってん?

 

 

「どうされましたか、せんぱい?」

「いや今、銀ちゃんらしき人が下に飛び降りたような……?」

「え、は?!それは一大事なのでは?!」

「いや、下のプールにダイブしたみたいだから、多分平気なんじゃないかな……」*10

 

 

 何か大立ち回り*11して落っこちたのか、はたまた酔った勢いでアイキャンフライ*12したのか、こっからじゃよくわからない。

 ……ただ、なんとなーく、多分酔った勢い*13だろうなと思う。

 だって後追いが増えたからね、みんな楽しそうに水柱*14上げてるよ、これはひどい。パリピ*15かなんかか君ら。

 

 

「……ぐふっ」

「せんぱい!?どうされたのですかせんぱい!?」

「い、いや、なんでもない、なんでもないんだ……っ」

 

 

 そう、なんでもない。

 ……昔スレにやってきた、やけに濃い謎のルー語*16みたいなのを使う奴を思い出しただけだから、何も問題はないんだ……っ!!

 

 

「えっと、とりあえず乗りませんか?お二人を案内するのも、下の階にある宿泊施設区画なので」

「あ、はい。せんぱい、大丈夫ですか……?」

「大丈夫大丈夫、だって私には複素数*17がついてるからね、虚数を掛ければそのうち戻ってくる*18んだ、こんなに頼もしいことはない……」*19

「せんぱい?本当に大丈夫ですかせんぱい?!」

 

 

 ふふふふ、ちょっと変なキャラハンが居ても、スレ運営はスレ主時代のあれこれで慣れてるから大丈夫よマシュ……。*20

 これは決して、そういう風に自分に言い聞かせている*21わけではないんだからね……。

 

 

 

 

 

 

「ふと気がつくと、そこは部屋の中だった」

「あの、本当に大丈夫なんですかこの人?」

「えっと、多分……きっと、大丈夫だと思うのですが……」

 

 

 いつのまにか、今日泊まる部屋に着いていた。

 ……道中立ち並ぶ宿やらホテルやらがやっぱり濃いものばっかりだった気がする*22ので、意識を飛ばしていたのは正解だったのかも知れない。……一日に受けていい胃のダメージをオーバーしている気がするし。

 

 深呼吸をして、今度こそ完全に持ち直す。

 そのままマシュ達の方を向き、小さく頭を下げた。

 

 

「お手数お掛けしました。……もう大丈夫ですんで」

「はぁ、だったらいいんですけど……。えっと、この部屋に付いての説明はマシュさんにさせていただきましたので、詳しくは彼女に聞いてくださいね」

「はい!毛利さん、道中ありがとうございました!」

 

 

 マシュのお礼を聞きながら、毛利さんは部屋から出ていった。

 

 人心地*23ついたので、改めて自分達が今いる部屋を見渡してみる。

 ……んー、RPG*24の宿屋みたいな間取りだ。

 壁はレンガ、ベッドは木製、布団はふかふか。

 あいにくと何か原作ありの場所なのかはわからない。……ドラクエ*25の宿屋とか、あの辺りのような気がしなくもないけど。

 

 二つ並んだベッドの片方に腰を下ろすと、対面のベッドに同じようにマシュが腰を下ろした。

 こちらを向いたマシュが、微笑みながら声を掛けてくる。

 

 

「お疲れさまでした、せんぱい。これからどうされますか?」

「んー……夕食食べたら、今日のところは素直に毛利さんの言葉に従って、部屋で静かにしてようかね。夜に動くなら動くで、また案内役が欲しいところだし」

「……そうですね。私も、ラットハウスでの勤務が始まれば、夜以外せんぱいとご一緒することも難しくなってしまうでしょうし……」

 

 

 そうして話すのはこれからのこと。

 元に戻ることを目標にするにしても、今の私達には圧倒的に情報が不足している。

 そもそも、この『なりきり郷』の全貌もろくにわかっていないのだ、元に戻るという目標自体が見当違いである可能性もある。

 

 

「と、言いますと?」

「私らみたいな人へのサポート体制が、ちょっと整いすぎてる気がしなくもないっていうかね?……私達が知らないだけで、こういう事は頻繁に起きてることなのかもしれない。で、頻発しているのに世間であんまり騒ぎになっていないんだとすると……」

「治療法、ないし対処法が既に確立している可能性がある……と言うことですか?」

「そゆこと」

 

 

 流石に察しがいいマシュに微笑み返して、改めて考えてみる。

 

 元に戻る手段が既にわかっているなら、空想を現実に持ち込むことができる現状は、様々な人間にとって宝の山のようなモノだと言えるだろう。……『GATE(ゲート)』みたいなものっていうか?*26

 

 まぁ、どこまで持ち込めるのかがわからない*27ので、これも見当違いの可能性があるわけなのだけど。

 実際、『どこまでなりきれているか』なんてあやふやな基準で出力制限が掛かっていると思しい以上、安定した運用は不可能だろう。

 ついでに言うと、原因がわからないうちは再現も困難だろうから、仮に利用するにしても今居る人物達以外の都合はつけ辛いはずだ。……狙ったものが得られない程度で済めばいいが、変に危ないものでも呼び寄せてしまったら後が大変だし。*28

 

 

「……だからゆかりんが社長っぽいのかな」*29

「な、なるほど。ご本人は謙遜されて居ましたが、今日お会いした人の中では一番の応用力をお持ちでしたね」

 

 

 ゆかりんの『境界を操る程度の能力』は、できることの幅が非常に広い能力だ。

 朝と昼の境界を弄って時間を狂わせたり、空と海の境界を弄ってその境を失わせたりと言った大きなことから、水と油の境界を弄って燃える水*30を作ったり、はたまた暑さと寒さの境界を弄って常に快適な温度にするなどの小さなことまで、本人の発想力次第で幾らでも応用の効く強技能である。

 

 ……まぁ、対象が自分よりも格上だったりすると能力が効かなかったりするらしいので、決して全能というわけでもないようだが。

 それでも、万能を名乗るには十分な技能だろう。

 

 それをここに居るゆかりんはほぼ十全に使えるのだから、有用性は言わずもがな、性格面でも温厚なので話し合いもばっちり。

 まさに管理者足る器*31、というわけだ。……面倒事の押し付けられ役?……スレ主ってそういうもんよ。*32

 

 

「まぁ、その辺りの調査というか聞き込みというかは、また今度かな。ゆかりんに聞いてみたら一発でわかるかもしれないし」

「なるほど……では、この後は外に向かわれますか?」

「そうしよっか。……料理店街は地下三十八階だっけか。で、ここは地下五階、と」

 

 

 またあの魔窟に向かわなきゃならんのか……。

 ちょっとテンション*33が下がるが、飯を食べない方がもっとテンション駄々下がりである。

 しゃあない、腹括って外に繰り出しますか……!

 

 マシュを伴い、地下に向かう。

 道中様々なハプニングに遭遇したが、まぁどうにか対処して。

 美味しいご飯を食べて、お風呂に入……ろうとしてちょっと一悶着あって。

 帰る途中でもう一度ハプニングに巻き込まれたあと、部屋に戻ってきた私達は、ベッドに付くなり泥のように眠りにつく*34のでした。*35

 

 

*1
事務所(オフィス)に使うことを主用途としたビルの事。一般的なビルは基本これ

*2
物事が混乱したさま、滅茶苦茶。因みに標準語。奈良時代の弦楽器『弛衣茶伽(ちいちゃか)』が語源だという説が有力。弦が23本もあるとかそりゃ無茶苦茶ですわ

*3
マンネリ解消の為に新しい設定を突っ込む行為は、大体うまく行かない(白目)

*4
活気がなく、生き生きとした感じがないことを示す言葉。端的に言えば調子が悪そう、という事

*5
日中に起きたままみる夢、すなわち空想や妄想のこと。転じて、夢だとしか思えないような非現実的な現象の事

*6
表現方法の一つ。物事を一つ一つ書き記すこと。複雑な情報を整理するのに向いているが、事実だけしか記載されておらず、物事の間の繋がりを無視していることもままある為、書いてあることをそのまま鵜呑みにするのはわりと危険だったりもする

*7
昇降機。人やモノを乗せて上下に運搬する機械。日本では、水平投影面積(建物の真上から光を当てた時に地面にできる影の広さ)が1.2平方メートル以上であるか、天井の高さが1.2m以上のモノを指す。それより小さいものは「小荷物専用昇降機」と呼ばれる。因みに、建築基準法では高さ31mを越える(大体7から10階)建築物はエレベーターの設置義務が生じるようになっている

*8
エレベーターが実際に走行する縦穴状の空間の事。昇降路とも。因みにガラス製のエレベーターは展望用エレベーター(シースルーエレベーター)とも呼ばれる

*9
真面目な顔の事。無表情とも

*10
訓練した人なら40mくらいの高さからプールに飛び込みしても怪我をしないようだが、慣れない人なら二階くらいの高さ(大体5m前後)からでも普通に危ないので、迂闊に飛び込んだりしないように

*11
元は芝居で大勢が激しく争う演技のこと。そこから、取っ組み合いなどの派手な喧嘩を指すようにもなった

*12
『I can fly』。私は飛べる。飛べなくても飛べる。ネタとしては映画『ピンポン』の主人公、星野 裕(通称『ペコ』)がこの言葉を叫びながら川に飛び込んだのが初とされている

*13
そもそもの話、酔うのがわかっているなら、酔っても大丈夫な場所で飲むべきである。起きたら足が無くなってる、なんて恐ろしい事件もあるのだから

*14
冨岡義勇さんのことではない。……飛び込んでる人達は冨と義を失ってるかも知れない

*15
パーティーピープルの略。パーティ大好きな騒ぎたがりの人々の事。陽キャとは微妙に違う存在、らしい

*16
ルー大柴氏の使う独特な言語の事。日本語ベースに所々英単語が混ざる不思議な言葉

*17
実数と虚数によって構成される数。複素数zを表す式は「z=a+bi」(aとbは実数、iは虚数)。名前は『複数の素を持つ数字』の意味か。『複数の素数』ではない。初見では混乱する数字だが、()()()で平面を示す為のモノ、と考えるとなんとなく理解した気分になれる。虚数とは存在しない数なので、これを直線上で示すことはできない。その為、直線上には()()()()()新しい軸を使って表現される。その結果、複素数を表す図がグラフみたいに見えるので複素数平面なんて風に呼ばれている

*18
複素数の基本。虚数iとは二乗すると「-1」になる数字である。これを複素数平面上で表すと(複素数zに虚数iを掛ける)、最初に居た場所から90度ずつ左に回転していくことになる(直線上でマイナス数を掛けると反対方向(=180度)に回転するのと考え方は同じ)。なので、4回虚数を掛けると元の場所に戻ってくる

*19
『こんなに~ない』という言い回しは、『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイが最終回に言った台詞、『まだ僕には帰れる所があるんだ。こんなに嬉しいことはない』を意識したもの

*20
こんなに俺とキーアで認識の差があるとは思わなかった…!みたいな独特の語録からわかる通り、元ネタは『スーパーロボット大戦K』の主人公、ミスト・レックスの台詞の一つ『ちょっと興奮した人がいても暴徒鎮圧は防衛隊時代の任務で慣れてます!』から。霧が出てきたな……

*21
じぶんに あんじを かける ことで あいてに かかっている ほじょ こうかを じぶんにも かける。……それは『じこあんじ』だって?

*22
『ホテルモスクワ』(BLACK LAGOON)とか『喜翆荘』(花咲くいろは)とか『閻魔亭』(fate/grand_order)とか、わりと節操なく並んでいた。『なりきり郷』内のこの施設達は、一応全部普通の宿泊施設である。危険はない。……はず。……そもそも大型旅館がビル内に入ってる?出張店舗で小さいんだよきっと……

*23
ひとごこち。生きている気持ち、ほっとした様子

*24
ロールプレイングゲームの事。ロールプレイ(role-play)で役を演じるの意味であるため、繋げて「役を演じて遊ぶ」こと、またはその遊びそのものを指す。とはいえ、近年ではコンピューターゲームのジャンルとしてのRPGの方が有名なため、微妙に意味がずれてしまっているが。そちらは特定のキャラを操作して物語を進めていくような作品が大体当てはまる

*25
『ドラゴンクエスト』の事。RPGと言えばこれか『ファイナルファンタジー』を上げる人が多いだろうという、RPGの金字塔的存在

*26
GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』のこと。突如銀座に現れた『門』(ゲート)を巡る人々の物語。門の先には特地と呼ばれる別世界が広がっており、利権やら資源やらの関係で色々とややこしいことになっていく

*27
ロボ系のなりきりでロボット持ってこれたら、世界の科学技術が一足飛びに進化するかもしれない。だけどゲッターロボとかは止めてね……(震え声)

*28
既にキーアはそのせいで何度か胃を痛めている

*29
人によっては大昔の二次創作ネタである『ボーダー商事』を思い出すかもしれない

*30
文字通りに燃える水。どこかのスキューバダイビング漫画(ぐらんぶる)の『燃える水(スピリタス)』の事ではない

*31
何かを入れる為の物。王としての資質やジオンの理想を受け継ぐ者たちの意志なんかも入る。……要するに不定形のものも含む、ということ

*32
一番偉いということは、責任を取るのもソイツと言う事だ。……本来なら

*33
本来の意味は緊張、不安。「モチベーション(motivation)」と混同されている部分があり、そちらは行動の際の動機付けや目的意識の意味

*34
深い眠りのこと。中国の古書『異物志(いぶつし)』に出てくる『(でい)』という虫が語源だというのが有力。『泥』は海に住む想像上の虫で、骨がないので陸に上がると(どろ)のように形を保てなくなる。その姿と同じようにぐったりとした様子で意識もなく眠る、ということを『泥のように眠る』というようになった、という説なのだとか

*35
省略されたハプニングはその内幕間とかになると思われる




とりあえず一章(=一日目)はこれにて終幕にございます。
次回は幕間とか流したあと、二章を始める予定です。




投稿時期?なりきりって毎日来ないと名無しが来なくなるんですよ……(死んだ目)


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幕間・一枚隔てたその向こう

 なりきり板。それは、一種の魔境。

 キャラクターになりきって、名無しからの質問を受け答える遊び。

 

 地の文は使えず、自身の会話文のみで話を進める関係上、皆が己なりの工夫を積み上げながら、どうにかして相手を楽しませ、自分を楽しませようとしている。

 ……まぁ、初心者は自分だけが楽しいモノをやりすぎて大体酷い目に合うのだが。

 

 今回は、そんななりきりスレの一つ。

 キャラハンが一人、来なくなってしまったスレを覗いてみよう───。

 

 

 

 

 

【まだまだ私と】ラビットハウスへようこそ!【踊ってもらうよ!】

 

1:保登心愛◇M9msJ7CC[sage] 2020/5/2 18:00

はーい、いらっしゃいませー!

ラビットハウスに来るのは初めて?じゃあ、自己紹介!

私、ここラビットハウスで働いてる保登心愛!気軽にココア、って呼んでね?

 

それとね、今はちょっとお出かけ中なんだけど、ラビットハウスには素敵な仲間がいっぱい居るんだよー!

早く戻ってきてくれると嬉しいな~♪

 

……あ、そうだ!はい、これ!(>>2)

これはね、ラビットハウスの中で守って欲しいことをチラシにしたの!

みんなを待つあいだ、読んでくれると嬉しいな?

じゃ、張り切って行ってみよー!

 

 

2:◇M9msJ7CC[sage] 2020/5/2 18:01

☆ラビットハウスでのお約束

 

①:店内で大騒ぎするのはダメだよ!(荒らし厳禁!)

②:お話をするのは、私とかチノちゃん達だけだよ!(キャラハンはごちうさキャラだけ!)

③:でも、お客さんを無視はしないよ!(掛け合いは極力控えるよ!)

④:エッチなのはダメー!(セク質はダメ!)

 

 

 

うぇるかむかも~ん

 

3:[age] 2020/5/2 18:03

まずはブルーマウンテンでも貰おうか……

 

4:[age] 2020/5/2 18:04

O☆KA☆WA☆RI☆DA!

 

5:保登心愛◇M9msJ7CC[sage] 2020/5/2 18:10

わ、わわわ!?チノちゃん居ないのにお客さん来ちゃった!?

は、はいはーい!いらっしゃいませ!ラビットハウスへようこそ、お客様?

 

>>3

はーい、承りましたー!

えっと、ブルーマウンテンブルーマウンテン……って、どんなコーヒーだっけ?

……あれ?そう言えば、青山さんと同じ名前だ?

 

……!

 

私、わかっちゃったかも!

つまり、青山さんにコーヒーを淹れて貰ったらいいんだよね?りょうかい、急いで青山さんを探してくるねー!

 

 

>>4

うわーん!青山さんどこにも居ないよー!

うう、こんなんじゃまたチノちゃんに嫌われちゃう……。

 

>>4<O☆KA☆WA☆RI☆DA!

 

わわっ!?新しいお客さん!?

えっとえっと、おかわり?

え、もしかして、チノちゃんもうコーヒー出してたの?!

わ、私いらない子だぁーっ!!

うわーん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

750:[age] 2021/6/1 20:47

最近ココアちゃん来ないね

 

751:[age] 2021/6/1 20:49

飽きたんじゃない?

 

752:[age] 2021/6/1 20:56

なりきりにはよくあるよくある

 

753:[age] 2021/6/1 21:00

バトミントンやろうぜ!

 

754:天々座理世◇gt35bptm[sage] 2021/6/1 21:06

リゼだ、今日も粛々とこなしていこう。

 

>>750->>752

あーその、なんだ?

心配なのはわかるが、店の中で相談されると出てくるものも出てこないんじゃないか、と私は思うわけでだな?

……ほら、時には信じて静かに待つ、というのも必要なことだろう?

だから、そら。

コーヒーを飲みながら、静かに待とうじゃないか。

 

>>753

バドミントンか、そう言えばチノのやつにコーチをしてやったこともあったな。

横で千夜とココアがバレーの練習をしていたが……実はあれ、軍隊式の訓練だった、とかはないだろうか?……ない?そっかー……。

 

755:[age] 2021/6/1 21:07

チノちゃん!お祖父さんを下さい!

 

756:[age] 2021/6/1 21:08

なんの!リゼさん!お父さんを下さい!

 

757:[age] 2021/6/1 21:09

なにこの流れ……あ、俺にはティッピーください()

 

758:[sage] 2021/6/1 21:11

何故誰一人として女性陣に向かって行かないのか……あ、コーヒー下さい

 

759:[age] 2021/6/1 21:12

ここまでタカヒロさんなし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ、そっか。リゼちゃん達、頑張ってるんだな……」

「おや、勤務中に携帯弄りとは、随分と余裕があるみたいじゃないかココア?」

「はっわわわわわっ!!?ららららライネスちゃん?!いつから後ろに!?」

「ついさっきだよ。まぁ、今は暇な時間だから別に構わないがね」

「うー、ごめんねライネスちゃん。ちょっと気になっちゃって……」

「なに、古巣が気になるだなんて可愛いものさ。……寧ろ、確認できる方が珍しいわけだしね

「え?何か言ったライネスちゃん?」

「いいやなにも?」

「ふーん……?……あ、もうそろそろマシュちゃん来るんじゃないかな?」

「ん?……ほう、確かにそんな時間だね。じゃあトリムマウ、定位置に来たまえ」

「ぴーか、ぴっぴかちゅう」*1

 

 

 

 

 

 

 ──あの時せんぱいに言った、自分はマシュであるけれど、マシュではないという言葉。

 自己の不一致、認識の齟齬。

 ……様々な言葉で言い表せるであろうそれは、けれど、どれもが現状の説明には足りていませんでした。

 

 どちらでもない、どれでもない、どれにもなれない。

 

 それは私の内を焼き付くし、壊し尽くす呪いだったのです。

 何故なら、マシュ・キリエライトとは。

 何も持たぬ無垢な少女が色彩を見せられ(に魅せられ)、自らのそれ(色彩)を見付ける為に生きた女の子。

 ──それを被り、被らせた今の私は、紛い物以外の何者でもなく。

 あの時の私は必死で、せんぱい(先輩)を探していたのです。

 身勝手で、どうしようもないワガママな理由で。──ただ、安心させて欲しいという、それだけの為に。

 

 後から八雲さんに確認してわかったのですが、元の人物と憑依者のズレがそこまで酷くなることは珍しく、確認できた症例では基本的に「レベル5」判定となり、他の方々からは隔離されてしまうのだとか。

 

 それを、持ち直したのは。

 紛れもなく、せんぱいのおかげであり。

 同時に、せんぱいの()()でもある。

 ───そんなことを思ってしまう自分が、どうしようもなく恐ろしい。

 

 

「……それはまた、なんと言うか。マシュちゃんってばホント生真面目だねぇ」

「そ、そうでしょうか……?」

 

 

 店内に入って早々に、堂々と「冷やかしに来た」と仰った五条さんは、テーブルに置かれたカプチーノを一飲みして、小さく笑うのです。

 

 

「どう足掻いても、ここに居る俺達は()()()()()()()でしかない。紙や映像の向こうに見える彼等(原作)とは、近似ではあっても同価じゃあないんだ」

「……はい、それはわかっています。第四の壁(fourth wall)の向こうに来たかどうかもあやふやな私達は、そもそも自己同一性に悩めるほどの基盤があるわけではないと……」

「ああ違う違う、そうじゃなくて」

 

 

 悩むような資格がないのではないか、そう言おうとしたのですが、五条さんに発言を阻まれてしまいます。

 彼は、浮かべていた笑みを苦笑に変えて、こちらに話しかけて下さいました。

 

 

「そもそもの話として、向こう側の彼等(原作)を自分だと思う必要はないんだよ。少なくとも、ここに居るってだけで別人なんだから」

「そ、それはあまりにも乱暴な論理ではありませんか?!私達(なりきり)は、私達(原作)を元にしている、いえ、していないとおかしいのです!」

「うーん、「レベル5」級にもなると割り切りもちょっと難しいのかなー。……ああいや、()()()じゃないってだけか」

 

 

 五条さんは何かを納得したように苦笑していますが、私としては何も納得できません。

 ですが彼は、「俺の考えと君の考えは恐らく永遠に交差しないよ」と仰るのです。……それは、どういうことなのでしょうか?

 

 

「君に取ってその悩みは、決して切り離せないものだ、ってことだよ。──()()()()()()()()()、君はマシュ・キリエライト足りえるんだ」

「悩み、続けるから……?」

「そういうこと。……俺なんかは()()って割り切ってるけれど、君にはそれはできないし、してはいけないってこと」

 

 

 違うことを認めるか、認めないか。

 恐らくは、そこに差を生むものがあるのだと、彼は言います。

 私は、違うことを認められないからこそ、『マシュ』としてここに居ることができるのだと。

 ……ですが、それは──。

 

 

「苦しい、って言いたいんでしょ?でも、そこで苦しいって思う君だから、ここに居る他の誰よりも『原作(マシュ)』に近いところに居るんだよ。そしてその上で──君は、君である(原作でない)ことを見付けなきゃいけない」

「それは……」

 

 

 苦しいと喘ぎながら、それでも前を向き続ける。

 ──それは。なんて……恐ろしくて、それで。

 

 

「ある種の再誕とでも言うか。……()らが何を望まれてここに居るのか、正直よくわからないけど。多分、その先に答えがあるんだろうさ。……まぁ、そこまで思い悩まなくても、君は既にその道を歩き始めているんだろうけどね」

「……それは、どういう?」

 

 

 一瞬思考の淵に沈んでいた私に、彼が告げるのは決定的な一言。私が、変わり始めていることの証左。

 

 

「少なくとも、ここで働くって決断をしたのは()でしょ?」

「!そ、それは……そうすべきだと、思ったからで……」

「そう思ったのはここに居る君でしょ?じゃあそれは君のものだ、君だけの、責任」

「……私だけの、責任」

 

 

 マシュ・キリエライト(彼女)の責任ではなく。──ここにいる、()の責任。

 

 思わず、小さく苦笑が漏れてしまいました。こんなにも苦しんで、こんなにも悔やんでいるのに。──それでも、私は知らず知らずの内に前を向いている。

 それが私が彼女(マシュ)だからなのか、それとも()だからなのかは、まだわかりません。

 

 それでも──私は、この責任から逃げることだけはしたくないと、そう思ったのです。

 

 

「……ん、まぁ俺も話を聞いた甲斐があったかな。マシュちゃんが沈んでると、あの人もテンション下がってるし」

「え、せんぱいが、ですか?」

 

 

 私が意気を新たにしていると、五条さんがぽつりと呟きました。内容は、せんぱいについて。

 

 

「そうそう。君が思ってるより彼女、君を気にしてるみたいだから。まぁ、笑顔で迎えてあげるのがいいんじゃない?」

「……そういえば、せんぱいからお聞きしたのですが、五条さんは先生もされていたのだとか。生徒のメンタルケアはお手の物、ということでしょうか?」

 

 

 よく皆さんを見ていらっしゃるのですね、という思いで言葉を紡いだのですが、何故か五条さんは苦い顔。

 ……あ、あれ?私、変なことを言ってしまったのでしょうか……?

 

 

「見たことない、というのはある種の罪だねぇ、五条?」

「ライネスちゃん、からかうの止めてくれる?」

「ははは、いつも余裕ぶってる相手が弱り目ならば、全力で弄るのが私という人間だよ?恨むのなら、コーヒーだけ頼んで軽食の一つも注文しない、君自身のケチ臭さを恨むといい」

「……ランチ一つ」

「はいはいただいまー♪」

 

 

 私が困惑する前で、苦い顔をしていた五条さんの周りを、いつの間にかこちらに来ていたライネスさんがくるくると回り、やがて根負けしたように呻きのような注文を一つ仰っていたのですが。……その、これは、どういうことなのでしょうか?

 

 

「まぁ、人には誰しも触れて欲しくないものがある、ということさ。さ、マシュ。いい加減仕事の再開だ」

「あ、はい!マシュ・キリエライト、張り切って注文を取ってきます!」

「あ、私も私も!保登心愛、いきまーす!」

 

 

 隣を駆けていくココアさんを追って、私もお客様達の元に向かいます。

 ──このラットハウスでの勤務も、はや一週間。

 私の新しい色彩を求める旅は、まだまだ始まったばかりなのでした。

 

 

*1
いつの間にか名前がトリムマウになってた件



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幕間・三人寄れば騒がしく、両手の花も笑いだす

遠い世界、遥か彼方の銀河の中で……

 

 

 

 

 

今からそう遠くはない時代、とある辺境惑星の地に、一人の男が存在していた。

──銀の魂を持つ男。

人々は彼のことを、こう呼んだ。

 

 

 

 

 

───シルバーサムライ、と。

*1*2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シッパイザムラーイ!……じゃねぇんだよ」*3

「いきなりどしたの銀さん?」

 

 

 突然にコマンドミスした感じの台詞を呟く銀さんに、首を傾げる私。

 いつぞやかの約束通り、お酒を飲みに来たのだけれど、なんというか銀さんが心ここにあらず、という感じである。……いやまぁ、理由はなんとなくわかるんだけども。

 

 

「何を仰います『宇宙よろず屋シルバーサムライ』!貴方がシルバーサムライじゃないなら誰がシルバーサムライだというのですか!……ところで実はセイバーだったりします?自己申告ではライダー*4みたいになってますけど、実はセイバーだったりしません?」

「ねぇェェェ!?誰この人呼んだのォォォ!?つーかホントにコイツなりきりですかぁァァァっ!?一人だけユニバースから直接来てませんかコイツぅゥゥゥっ!!?」*5

「うわぁ……」

「ちょっとキーアさあァァん?!俺を置いて一人だけ逃げようとするの止めませんかあァァァ!?」

「やめろー!○ぬ(ピー)なら一人で○ね(ピー)ー!!」

「むむむ、私を置いて楽しくおしゃべりとは!ですが構いません、何故なら私はえーっくす!だから!」

「何時にもまして絡み辛ぇ!!!」

 

 

 丈のあってないジャージを着た、ナイスバディでセイバー絶殺なアサシン(セイバー)(フォーリナー)、謎のヒロインX(ver1.5)さん*6が、完全に絡み酒で銀さんの背中をバシバシ叩いている。……サーヴァントユニバースが勝手に拡張されている上に、いつの間にか住人に組み込まれている銀さんには同情しかない。

 なので大人しく生け贄になって欲しい、今の貴方はどう考えても必要な犠牲だ。

 

 

「ふざけんなぁぁぁあっ!!?だぁれが犠牲の犠牲になるかぁあああっ!!!」*7

「ええい、騒ぐなら出て行けぃテメェら!!うちは保育所じゃねぇんだよ!!」

「えっ、ちょ、うわああああっ!!?」

 

 

 なんて風に騒いでいたら、三人纏めて外に放り出されてしまった。

 ……仕方ないので私は浮いて、Xさんもなんか足から放出しながら飛んで、結果として銀さんだけ尻餅を付く形になってしまったのだった。

 

 

「いつつつ……くっそ、こっちじゃ爆破とか襲撃の心配ないからって調子に乗りやがって、このオンボロ酒場め……」

「まぁ、ちょっと荒事があるくらいで、基本的には平和だもんねぇここ。原作みたいにメイドにカチコミかけられたりとかも無いみたいだし」*8

「なんと、そこまでの無法地帯でしたか!では私も遠慮は要りませんね!!」

「え゛」

「ふーはっはっはっ!!えーっくす!!」*9

 

 

 店に向かって思わず悪態を吐く銀さんと、原作での災難*10を思いちょっとしみじみする私。

 ……の、横で、唐突にメダロットみたいな鎧*11を纏ってポーズを取るXさん。

 ……あーあ、みたいな顔になる私と、一応常識人なので何言ってんのコイツ、みたいな顔でXさんを見る銀さん。無論、そんなことで彼女の動きは止まらず。

 

 アワレ、イエロー・フラッグ=サンは爆発四散!!ナムアミダブツ!

 まさにショッギョ・ムッジョ。あからさまにサンシタ・ムーブだったのでさもありなん。*12……こんなところまで原作の因果を繰り返さんでもよかろうに、なんてことを思いつつとりあえず手を合わせておく、なむー。*13

 

 

「ま、マジでやりやがったぁァァァっ!!?おいどうすんだこれ!?ここじゃ人死にはでない*14っつーけど、これじゃあどう考えても俺ら取っ捕まる流れじゃねぇーかァァァ!!?」

「ははは。銀さん銀さん、バレなきゃ犯罪じゃないんですよ?」*15

「どー考えてもバレバレだろうがぁぁァァァっ!!?」

「ははははは。銀さん、『鼻☆塩☆塩』」*16

「はぁっ!?……ってはぁあぁぁあっ!!!?」

 

 

 驚き連峰みたいになってる銀さんを横目に、華麗に指パッチン。……甘いな銀さん、チートってのはこういう時に使うものなんだゼ☆

 そんな彼が見る前で、無惨な残骸(イエローフラッグ)が逆再生*17のように戻っていき、数分もしない内に元通りになってしまった。……無論、やったのは私である。チートオリ主系キャラの面目躍如というわけだな!

 

 

「おや、時間回帰*18ですか?中々良いものをお持ちのようで!」

「あははははっ、Xちゃんも火力すっご~い!」

 

 

 イエーイ♪みたいな感じでハイタッチ!いやー、なんかこう楽しくなってくるね!

 

 

「……どっちも完全に出来上がってるぅゥゥゥっ!!!?」

 

 

 隣で騒ぐ銀さんの背中に回って、二人して背中をバシバシ。……酔ってない酔ってない!ぜーんぜん酔ってない!

 大丈夫だからほら、次の店行こうぜー♪ってな感じに彼の腕をXちゃんと一緒にひっ捕まえて、無理やり移動開始。

 

 あははははー♪可愛い子が両手で花が咲いたらヤハハハハー*19↑!

 

 

「すみませぇぇえええぇんっ!!!!誰か、誰か変わってくださああぁあぁぁいいいいいっ!!!!!?」

 

 

 銀さんの叫びに、周囲のみんなが頭上でばってんを作るのを見ながら、私達は次のお店を目指して歩き始めるのでした。ふへへへへ~♪

 

 

 

 

 

 

 道中、この酔っぱらい共二人に引き摺られながら色んな店を梯子したわけだが、なんというかどこもかしこも濃ゆい面子ばかりが揃っていやがった。

 

 今居る店は普通の居酒屋で、揃っている人間もまぁ見た目には普通。……中身の方がぶっ飛んでるというか、多分あれアイドル系の誰かだよな?みたいな奴が多かったが。

 

 最近のアイドル共はアイドルってだけじゃ売れねー*20からか、キャラクターの突飛させで話題を狙おうとしている感がすげぇ。

 ぱっつぁん*21が熱を上げてる寺門通*22とかいうのもまぁ、その系統だろう。……いや、今んとこぱっつぁんもそのアイドルも、こっちじゃ影も姿も見たことないが。

 

 

「よぉーし、そこだっ、今だっ!……やったぁ!見てたXちゃん!?サヨナラホームラン*23だよサヨナラ!」

「おー、宇宙ベースボールに比べると流石に迫力に欠けますが、地球の野球もなかなか。……え?この野球、この施設内でしか見れないんです?」

「いやー、流石にレーザービームを本気で投げられる人*24は、そうそう居ないんじゃないかなー?」

「それを綺麗にかっ飛ばしてホームラン!気持ちぃーっ!!」

 

 

 カウンター席の右上辺りにあるテレビを見ながら、熱燗*25とおでんをつっつく女共が三人。

 キーアとXと、ここで意気投合した……ゆっき*26、つったか?が、流れている野球中継で一喜一憂している。

 

 ……俺の気のせいじゃなけりゃ、なんか投げたボールがビームみたいになっていたし、それを真正面から打った奴もなんかまともには見えねーし。

 これ、ホントに野球なのか?実はテニヌ*27みたいなよく似たなんかなんじゃねーだろうな……?

 みたいな気分になってしまって、酔うに酔えないんだが。

 

 

「あー、楽しかった!また一緒に飲もうねー!」

 

 

 ゆっきとか言う女は、連れらしい女達と一緒に帰っていった。……いや、なんかまだ飲み歩きしてそうではあったが、向かおうとしていた方向が反対だったので、別れることになったって感じなわけだが。

 そうしてまた両腕を捕まれる俺。……なぁ、俺これどういうポジション扱いなんだ……?

 

 

「付き合ってくれるって言ってたじゃないの、今日は朝まで飲むぞー!」

「いやあの嬢ちゃん心配してるだろ?ほどほどにして帰ろうぜ?」

「帰るのは朝って言っといた!マシュはマシュでラットハウスでパジャマパーティらしいしいいんじゃないかな!」

「既に言質取ってやがった……っ!!?」

 

 

 盾の嬢ちゃんを引き合いに出して逃げられないか試してみたが、既にその辺りは片付いていた為失敗。……もう一人の方は聞くまでもないのでやる意味がない、どう考えても朝まで梯子コースである。

 

 

「勘弁してくれ……」

「コンバンワ、ディョルデディヴァナディスカ、イイディスベ」*28

「あぁ?……ってうおわっ!?」

 

 

 そうして俺が引き摺られていると、なんというか凄まじく聞き取り辛い声*29で言葉を掛けられて、思わず聞き返し……て、目の前に居た謎の人物に思わず驚いて声を上げた。

 ……全身スーツで鎧っぽい部分があって、赤い複眼っぽいもんのついた仮面を被ってる変態*30……に()()()()()()()()()()では見えたが、元の()の知識から目の前の人物が誰なのかを把握する。

 

 

「お、ブレイドだ。仮面ライダー*31も居るんだねぇ」

「おおなんと、『宇宙切札ブレイドライダー』*32ではないですか。後々切り札を名乗るダブルライダー*33が出てきたせいで、微妙に名前被っちゃったんですよねぇ」

「ムリイドライダー?イャバァ、シラリデドゥンナラヴァナシヴァヴァャイケド」*34

「……なんもわかんねぇ」

 

 

 ──仮面ライダーブレイド*35

 恐らく目の前に居るのはそいつなんだろうが……なりきりに当たって特徴を誇張しすぎたのか、全く聞き取れねぇ。*36

 いや、所々聞き取れるところもあるんだけど、全体的に聞くとわけわからなくなるというか……。

 

 

「ライダーザァカバディコナイカ?」*37

「へぇー、そんなところあるんだ?……おやっさんがマスター?そりゃ似合うな絶対」

「よぉーし、銀時くん!行きますよ次の店!」

「イヤだから俺は解放してくんねぇーかなぁっ!?」

「ザァンベイザァバゴア゙ンナーイ!」*38

 

 

 そんなことを考えているうちに、あれよあれよという間に次の行き先が決定してしまう。……いい加減俺は解放して欲しいんですけどねぇ!?

 

 

 

 

 

 

「はー、いいお店だった。お酒は美味しいしおやっさんのトークは楽しいし」

「仕事の手伝いをさせられているのが『名探偵ドラゴン・L』だったのはちょっとビックリしましたね、てっきり『旋風切札ダブルライダー』が居るものだと思ってましたし」

「……いや、ドイツもコイツもマスクのまんまだったことの方が驚きだったろ、あれ」

 

 

 ライダー酒場「前平美(ぜんへいび)*39にてしばらく飲んで、勘定を終えて外に出る。

 いやー、実にいいお店だった。おやっさん(スカル)*40のハードボイルドなトークはなんというかワクワクしたし、何故かハーフボイルドが居るはずの位置に立ってる竜崎*41が居たのに笑ったし。

 ……基本的に一つのスレから一人しか来てないみたいだから、どうしても揃わずにちょっとおかしな組み合わせになるんだろうなぁ。うちのマシュが働いてるとこ(ラットハウス)もそんな感じだし。

 

 

「……俺もぱっつぁんも神楽*42も定春*43もいねーから、なんつーかやる気が出ないってのはあるが」

「完全に呑んだくれおっさんだもんねぇ」

「おっさ……!?いやいや、まだ若いし、イケるし、銀さんピチピチの二十代だし……」

「最終話基準ならもう三十路前でしょうに。十分おっさんよ」

「がふぅっ!!?」

「おや、銀時くんは私よりも歳上だったのですね、道理でかれ……お兄さんっぽいなと思っていました」

「おい今加齢臭*44って言おうとしたろ、しませんー!加齢臭なんか銀さんからはしーまーせーんー!したとしてもイチゴオレの甘い香りがしますぅー!」

「……その、男性からイチゴオレの香りは、それはそれでどうかと思うのですが」

「まさかのマジレス!?」

 

 

 そうやって騒ぎながら新しい店を探そうとして──私達は、そいつに出会ったのだ。

 

 

「では、僕を仲間に入れるといいのだ、へけっ」

「あん?」

 

 

 物陰から聞こえてきた声。

 無邪気な少年のようなその声は、かつてどこかで聞いたことがあるようなもので。

 ……いや待って?なんか物陰に居るキャラシルエット大きくない?この声のキャラの大きさと違くない?

 なんというかこの物陰に居る子、さっき銀さんが言ってた定春くらいあるよ?どー言うあれなのこれ?

 

 頭に疑問符を浮かべながら待つ私と、なんだか顔色が悪くなってきた銀さんと、よくわかってなさそうなXさん。

 そして、物陰から声の主が現れる。

 

 

「僕、ハム太郎*45!よろしくして欲しいのだ、くしくし」

 

 

 ──それは、巨体だった。

 黒い外装を纏い、人々を恐れさせる波動を発し、可愛いものとおぞましいものを混ぜると言う二律背反によって産み出されしカオスの権化。

 見たものはその恐ろしさに心胆を寒からしめ、嘆き、叫び、逃げ出すことだろう。

 何故ならば、その口内に獣を納めしその者は、戦没者の怨念によって形作られた、生者を決して許さぬ悪霊以外の何者でもないのだから。

 

 ──黒き災神を纏いし獣。それこそが、私達の目の前に現れた者だった。

 

 

「ご、ゴジハムかよォォォ!?」

 

 

 まぁ仰々しく描写してみたけど、要するにでっかいゴジハムくん*46である。……纏ってるゴジラ*47の皮が本物っぽいオーラを醸し出してるけど。

 

 

「僕が居れば百人力なのだ、お任せあれなのだ、へけっ」

「だって銀さん、定春ポジゲットだね!」

「いやふざけんなよってうぉわぁっ!!こっちくんなぁァァァ!!?」

 

 

 おー、全力ダッシュで逃げてく銀さんと、それを追っかける巨大ゴジハムくんだ。……なんだろねこの図?

 なお、見た目ほど危なくないらしいと隣のXさんが言ってたので、私達はそのまま朝まで二人で飲み明かしたのでした。

 

 

 

 

 後日、ホントに定春ポジションに収まったらしいゴジハムくんと、その隣で意気消沈する銀さんを見て私が吹き出すのは、また別のお話である。

 

 

*1
スターウォーズの有名な一文が元。そちらは『遠い昔、遥か彼方の銀河系で……』。なお、これは誤訳らしい

*2
シルバー・サムライは、マーベルコミックのキャラクターの一人。作中でもわりと珍しい日本人のミュータント(超能力者)で、本名は「原田剣一郎」、職業はヤクザなんだとか。マーベルヒーローの中でも屈指の人気キャラである、ウルヴァリンの関係者でもある彼は、作品によってはヒーローだったり悪役だったりするようだ

*3
シルバー・サムライが出演した格闘ゲーム『X-MEN CHILDREN OF THE ATOM』にて彼が受けた風評被害?このゲーム、隠しゲストキャラとして『ストリートファイター』から豪鬼というキャラが参戦していたのだが、彼を使うためのコマンドが複雑にして難解だった為、失敗してしまう者が後を断たなかった。そして、失敗するとネイティブな感じの発音(聞き取り難い発音)で『シルバーサムライ』という台詞が再生される。……要するに、失敗するとシルバー・サムライが選ばれてしまう、というもの。その為、空耳的なものも混ざってシッパイザムライ、などと呼ばれるようになってしまった。無論、あくまでも格闘ゲームのネタではある

*4
スクーター乗りなので、余計な騒動に巻き込まれないようにしたのだと思われる。無論こっちの銀さんとは関係ない

*5
『fate/grand_order』から、サーヴァントユニバース。住人全員サーヴァントとか言う狂気の世界

*6
『fate/grand_order』から、謎のヒロインX、及び謎のヒロインXX。それぞれアサシンとフォーリナークラスだが、自己申告ではセイバーを名乗る。元々は型月のエイプリルフールネタの一つ『路地裏さつき ヒロイン十二宮編』で登場した、野球帽を被って青いジャージを着たアルトリア本人だった。fgoに出演するに当たって、設定が新しく作られた形になる。似たような経歴持ちに、同じく元はアルトリアのカラーバリエーションだった『セイバー・リリィ』(初出・『fate/unlimited_codes』)が存在する。因みにここにいるXさんは『ver1.5』と付いている通り、XとXXの中間くらいの状態

*7
『NARUTO』のコラ画像が元ネタ。元々は『イタチは犠牲になったのだ、古くから続く因縁…その犠牲にな』と言ううちはマダラ(偽)のコマ

*8
メイドがスカートの中から手榴弾シュートしてくるんだ、素敵だろ?

*9
謎のヒロインXXの遠距離始動BUSTERモーション。ポーズを取るとXの形のビームが飛んでいく

*10
イエローフラッグは大体爆発する、流石に二次創作の紅魔館ほどではないけど。なお、『イエローフラッグ』は『BLACK LAGOON』に登場するバーのこと

*11
謎のヒロインXXの初期状態のこと。めっちゃロボ。なお、再臨するとシンフォギアみたいに部分装甲になった後、最終的に全部取ってナイスバディな水着のお姉さんになる

*12
アババー!この独特なアトモスフィアは、まさしく『ニンジャスレイヤー』!コワイ!……なんというか、独特な言葉使いが人気の秘密のようだ

*13
南無阿弥陀仏の略。発音は『ひぐらしのなく頃に』の古手梨花の口癖、『にぱー』みたいな感じで言うとどことなく緩くなる

*14
色々な技能を結集することで、この『なりきり郷』内では攻撃が全て非殺傷設定にされている。なお、それだけじゃ崩れた瓦礫とかに潰されたらアカンやろ、という事で、建築材料そのものにも『倒壊した時に人を傷付けない』みたいなご都合主義設定が付与されている。因みに、これを聞いて一番喜んだのは特撮勢だったとか。……いくら吹っ飛ばしても安全なら火力を上げても構わないな!とか言いながら日夜専用の撮影所でどっかんどっかん爆砕してる、らしい。たまにどこかの爆裂娘が紛れ込んでいるのはご愛敬

*15
『這いよれ!ニャル子さん』のニャル子さんが放った有名な台詞。バレなくても犯罪は犯罪ですよ(真顔)

*16
『エルシャダイ』より、キャラクターの一人であるルシフェルが言った『話をしよう』という台詞の空耳。決して鼻に塩を詰めるわけではない

*17
古くは巻き戻しと言ったが、()()()巻き戻しているのかが伝わらなくなってしまった為、現在では逆再生と呼ばれている。ジェネレーションギャップの一因

*18
時間を戻す(=回帰)ことによって起きたことを無かったことにする技能

*19
笑い声の元ネタは『ONE PIECE』のキャラクター、『エネル』から。恐らくはとある宗教の唯一神の呼び方を笑い声っぽくしたものだろう。それ以外の部分?酔っぱらいの行動に意味を求めてはいけない(戒め)

*20
アイドルモノが一体幾つ存在してると思ってるんですか、キャラクターとか全把握無理ですよ、一つで二百人近く増やしてるやべー奴が居るんですから

*21
『銀魂』のキャラクター、『志村新八』のこと。眼鏡を掛けたツッコミキャラ。眼鏡掛けと言ってはいけない

*22
『銀魂』のキャラクター、アイドル『寺門通』。見た目はサイドテールの可愛い子だが、センスがどこかずれてたり、やけに下ネタ連発したりで通常のアイドルとは色んな意味で一線を画す存在

*23
野球用語。九回の裏などの後攻最後の手番で、勝ちが決まる点をホームランによって手に入れた時に使われる

*24
この場合は某全盛期の彼がよく言われてたあれを実際に投げてくる人が居る

*25
加熱したお酒のこと。大体は焼酎を使う

*26
『アイドルマスターシンデレラガールズ』より、『姫川友紀』のこと。見た目はどことなく学生っぽいけど、ちゃんと成人済み。野球大好きな野球娘

*27
『テニスの王子様』で作中人物達がやってるもの。テニスっぽいけど多分違う何か。似たようなモノにバヌケや超次元サッカーなどが存在する

*28
こんばんわ、両手に花ですか、いいですね

*29
『仮面ライダー剣』にて、主人公『剣崎一真』を演じた中の人の滑舌が悪かった為に生まれた『オンドゥル語』のこと。因みに後年ゲーム内音声を取った時には滑舌が良くなっていたためちょっと残念がられるという変な事態になったりもした

*30
何も知らない人が見たら確かに不審人物に見えるかもしれない

*31
特撮シリーズの金字塔の一つ

*32
なんで切り札って付いてるのかはわかる人にはわかるはず

*33
『仮面ライダーW』のこと。二人で一人の仮面ライダー。最近続編漫画がスタートし、更にアニメ化も決定した

*34
ブレイドライダー?いやまぁ、知られてるんなら話しは早いけど

*35
『仮面ライダー剣』のキャラクターの一人。いわゆる職業ライダーで、スペードモチーフの西洋騎士のような姿のキャラクター

*36
『オンドゥル語』が使いこなせたら、わりとやりやすいキャラかも知れない。ネタ方向に振りきりすぎているのでウケるかは微妙、かも?

*37
ライダー酒場に来ないか?

*38
三名さまごあんなーい!

*39
『お前らの平成って美しくないか?』の略

*40
『仮面ライダーW』のキャラクター、『仮面ライダースカル』のこと

*41
『DEATH NOTE』から竜崎もとい『エル=ローライト』のこと。探偵繋がりにしてもキャラクターがだいぶ遠いような……?

*42
『銀魂』のキャラクター、『神楽』のこと。似非チャイナ娘でヒロインポジっぽいけど、ヒロインらしさはほぼない。平気で吐くし。なお、黙ってると美少女でもある

*43
『銀魂』のキャラクター、『定春』のこと。とても大きな犬で、神楽の相棒。実は結構すごい子

*44
加齢に伴って生じる中高年特有の匂い。基本的には首筋から匂うので、ケアしたいならその辺りを含めた上半身を気にしよう

*45
『とっとこハム太郎』の主人公のハムスター。種類はゴールデンハムスターで、ひまわりの種が大好物

*46
ゴジラの着ぐるみを着たハム太郎、みたいなもの。元ネタのキーホルダーはわりと可愛い

*47
『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』のゴジラであるため、白眼を剥いていて滅茶苦茶怖い。因みにこの映画、大体悪役にされるキングギドラが味方側というちょっと珍しい作品でもある



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二章 焔と渇望、ネズミの足は何処にいく?そりゃもちろん帰るんだよ(小並)
物語性というのはなりきりだと失敗要素である


 モノを書き始める時、何も思い付かないと苦しい思いをしたことはあるかい?

 頭の中が真っ白になって、さっきまで考えていたことが急に思い出せなくなった事は?

 スランプと言うべきか、はたまた単に調子が悪いと言うべきか。

 原因の解明を急ぐばかりに、色んなモノを投げ捨ててしまってはいないかい?

 

 ()()はまぁ、こういうお話。

 続きを紡げなくなった物語り(ストーリーテラー)に、存在価値はあるのか、そういうことを問うた者が居たという、それだけの話だ──。

 

 

 

 

 

 

「せんぱい?大丈夫ですか?」

「……んあ?……ああ、寝てたかな、今」

 

 

 マシュの声を聞いて、意識が戻ってくる。

 ……寝不足のつもりはないのだけど、どうにも最近よくレムレムする感じだ。マシュのせんぱい(先輩)呼びに引っ張られていたりするのだろうか?*1……この体、そういう所があるしなぁ。

 

 深呼吸をして眠気を飛ばす。

 これから真面目……真面目?な話なのだから、しっかりしなければ。

 

 日付的には、あの慌ただしい始まりの日から大体一ヶ月後。

 色々と都合が付かないまま後回しになっていた、ゆかりんからの説明の続きについての話が来たのは、ここでの暮らしにもいい加減慣れ始めた、そんなある日の昼下がりのことだった。

 

 

「前回の説明会では、レベル2と呼ばれる区分の人々の事についてまで教わったのでしたよね?」

「そうだね、それと単語として聞いたってのも含むのなら、マシュが別の日にレベル5ってやつの存在を聞いてたんだっけ?」

「はい、その通りです。本来の私の区分はそこになるはずなのですが、現在は状態が安定しているので警戒するレベルには値しない──と八雲さんは仰っていました」

 

 

 マシュからの言葉にふむ、と頷く。

 ……始まりの日、彼女がその体より立ち上らせていた、白い蒸気のような何か。

 私はあれを魔力だと思っていたけれど、もしかしたら違うのかもしれないな、と今更ながらに思っていたのだった。

 じゃあなんなのか、って聞かれるとちょっと困るんだけどね。

 

 

「あ、マシュさんにキーアさん、こんにちは。八雲さんなら中でお待ちですよ」

「こんにちは毛利さん。……はい、ご丁寧にありがとうございます」

 

 

 そんな風に会話をしながら最上階まで上がると、『スレ主部屋』の前で門番のように立っている毛利さんの姿が見えた。軽く挨拶を交わし、そのまま中に入れて貰う。

 

 

「はーい、こんにちは二人とも。元気でやってるみたいで私も一安心だわ」

「はい、こんにちは八雲さん。そちらも、お変わり無いようで何よりです」

「一月丸々待たされるとは思ってなかったけど、元気そうで何よりだよゆかりん」

「あ、あははは……まぁ、待たせちゃった事については、素直に謝るしかないわね」

 

 

 中に入れば、この前のソファーへとすでに座って待っていたゆかりんが、こちらの姿を確認したのち右手を軽く上げて挨拶をしてくる。それにこちらも軽く挨拶を返して、そのまま彼女の対面へ。

 そうしてソファーに座ると、深緑の髪と左目の変な仮面のような形のモノクルが特徴的な男性が、私達の前のテーブルに紅茶を差し出してくるのだった。

 ……いや、なんでジェレミアさんがここに?そんな困惑混じりの視線を向ければ、向けられた当人は穏やかな笑みと共に、こちらへと声を返してくる。

 

 

「おや、私のこともご存知でしたか。私はジェレミア・ゴットバルト*2。紫様の元に仕える執事の一人にございます」

「因みに彼、あんまり再現度高くないからサザーランド*3とかは持ってきてないわよー」

「は、はぁ……?」

 

 

 足りてても持ってこれるかはわかんないけど、というゆかりんの言葉に困惑するマシュの隣で、私は静かに思考を巡らせる。

 ……ふーむ、ゆかりんとジェレミアさん、この二人には特に関係性とかは無さそうだけど……、確かジェレミアさんは軍人で……作中で謂れのない風評によって立場を追われた人物だったような……って、あ。

 気付いてしまった、ジェレミアさんがなんでここに居るのかを。それを確かめるために、ゆかりんの近くに控えているジェレミアさんに声を掛ける。

 

 

「もしかしてなんだけどさ……?」

「……なるほど、お気付きになられましたか。不肖ジェレミア・ゴットバルト、紫様より『ちぇん』*4の名を賜っております」

「やっぱり、『オレンジ()』……」*5

 

 

 なんでまたそんな回りくどいことを、という目でゆかりんを見れば、意外と見付からなかったのよ『ちぇん』って名前の子、と返されてしまった。

 ……いや、チェンって響きだけなら中華系のキャラを探せば居るでしょ?と思ったのだけど、生憎と彼女が探した中には居なかったのだとか。

 でもさ、だからってジェレミアさんをちぇん扱いは……ねぇ?

 そんなことを思いながらジェレミアさんに視線を向けるものの、彼は穏やかな笑みを浮かべたままだ。……うーん、忠義の騎士……。

 というかなんだこのメンツ、近接戦闘重視的な選出基準なのかな……?

 

 

「キーアちゃん?色々と気になるのはわかるのだけれど、話を進めさせて貰っても良かったかしら?」

「ととっ、ごめんごめん。はい、構わないですはい」

「もう……えっと、確かこの間はレベル2についてのことまで、説明したのだったわね」

 

 

 こちらを咎めるようなゆかりんの言葉を受け、改めて以前の話を思い出す。

 レベル1は『知識も技術も足りていないが、何か一点でキャラとして成立している』人達。

 レベル2は『人外系・獣系であるために意思疎通に問題がある』人達。

 

 ……問題児レベルと言っていたけど、ここから上のレベルの者達が、どんな風に変化というか区分されているのか……正直ちょっと、戦々恐々としているところが無くもなかったり。

 何せレベル1も2も、極論を言えば『意思疎通に難がある』というのが一番の問題のように思えるし、それって問題児扱いとしては、なんだか程度が低いようにも思えたのだ。

 

 そんな事を思う私の前で、ゆかりんが口を開く。

 ……あれ、今回は実例は出てこないんだね?なんて風に私が思っていると……。

 

 

「じゃあ早速レベル3の紹介ね、えっと静謐ちゃん*6にアークナイツ勢*7にいーちゃん*8に……」

「いやちょっと待って」

 

 

 ──ホントに問題児じゃねーか!?

 あげられたメンバー的に、居るだけでヤバい奴らじゃねーか!?なんて風に思わず詰め寄る私に、ゆかりんはあははと空笑い。

 ……だから実例が来なかったのか、なんて思いながらソファーに座り直すと、ゆかりんは一度咳払いをしたのち、改めて話の続きを紡ぎ始めたのだった。

 

 

「静謐ちゃんに関してはとりあえず、汗を掻くだけでもマズイから、似たような体質の子達と一緒に原則隔離塔に居て貰ってるわね」

「あ、ああ、なるほど。一応一人とかじゃないんだ……いやちょっと待った、その隔離塔どくどくタワー*9みたいなことになってない?」

空調(外に排出する空気)の部分に関しては、ガラルマタドガス*10君とかが居るから問題はないわよ?」

「そ、それはつまり、空気以外には問題がある……と言っているようなものなのでは……?」

「……ハイ次ー」

「八雲さん!?」

 

 

 ……いやまぁ、隔離で済んでるなら、寧ろマシな方なんだろうけど……。

 困惑するマシュを横目に、ゆかりんが次の説明に移る。次は、アークナイツ組だ。

 ……私はちょっと齧ってるだけだからあんまり詳しいことは言えないけど、世界観からしてヤバいところ*11だったはずだ。

 

 

「アークナイツ勢はどちらかと言えば、憑依元への影響がわからないから経過観察のための入院──って面が強いわね。……ただまぁ、鉱石病(オリパシー)*12の仔細が原作でもあまり語られていないから、ちょっと慎重になってる面もなくはないかなー、って感じだけど」

「そうなの?」

「感染者との単純接触程度じゃ、基本的には感染はしない*13って言われてるんだけど、どうにもねぇ……」

 

 

 個人的には、なんの問題もなければ普通に生活させてあげたいんだけど、と話を締めくくるゆかりん。

 最後に話すのは──うん、どう考えてもあかんやつですねはい。

 

 

()に関してはノーコメント。本人が自主的に隔離されてくれてるからまだいいけど、いろいろと触るのは止めておくべきね」*14

「うん、知ってる」

 

 

 なんというか、そもそもあれのなりきりとか、いろいろ大丈夫だったのかなって気になるというか。

 憑依うんぬんにしても、されてる方大丈夫?って心配な気分になるというか。

 ……いかんな、なんというか心配事しかないなこれ……。

 

 

「そんな感じで、レベル3は『居るだけで被害を齎しかねない』人達ね」

「うん、よーくわかった。わかった上で言わせて貰うんだけど、これより上ってなんなのなの」

 

 

 存在罪*15とまでは言わないけど、似たようなラインの奴らばっかやんけ、これより上ってなんなのさって思ってしまうのは仕方ないと思う。……正直私の貧困な想像力じゃ、ちょっと例とかが思いつかないんだけど。

 

 

「勘違いしてるみたいだけど、これって()()()レベルだからね?」

「……?いや、周囲に被害を齎すんなら、それは問題児なんじゃないの?」

「そういう意味でカテゴライズされるのは、レベル3までなのよ。4以上はちょっと話が違うの」

 

 

 そんな事を思っていたら、ゆかりんからは呆れ混じりの視線が。

 ……いや、そんな事言われても、今までの例を見たら、見たら………、うん、わかんねぇ。よくよく考えてみたら1と2も直接被害系じゃないし、寧ろ3が特殊なんじゃないかって気がしてきた。

 

 

「4は『完全に噛み合っていない』人達、5は『噛み合いすぎてしまった』人達。特定の誰かってわけじゃないから、ちょっと説明するわね」

 

 

 そうして首を捻る私に、ゆかりんが答えを述べる。

 それに待ったを掛けたのがマシュだ、彼女はレベル5について「元の人物と憑依者のズレが深刻な者」と聞いたと主張する。──そしてゆかりんは、それを間違っていないと肯定した。

 

 

「順を追って説明するわね。レベル4は、なりきりを趣味としてこなしていた人のうち、『技術も知識も足りているけど、自分とは全く別の性格の人物を演じていた』人。──言うなれば、元となった人物の情報が、憑依者にとってノイズ()にしかなっていない状態の人のこと」

「……いや、それレベル1と変わるの?」

「変わるわよ?再現力が高いから人格も性質もほぼ憑依者本人のパーソナリティなのに、そこに絶対外せない()()()()()()()()()()()()()()()()を持ったモノがあるんだから」

「あー……、つまり自己認識の中に、絶対に解消できないエラーが混ざるから酷いことになる、と?」

 

 

 私の言葉にそういうこと、と答えてゆかりんが紅茶に口を付けた。

 そういえば喉乾いたな、と思い出し私も紅茶を一口。……ふむ、甘い匂いと爽やかな渋みに深いコク。これはダージリンだな!(適当)

 

 

「ええ、ダージリン*16にベルガモット*17のフレーバーを付けたもの*18になります、茶葉のグレードはオレンジペコー*19ですね」

「あってた、だと……?っていうか思った以上にオレンジ尽くしだこれ!?」

 

 

 適当なことを言った私に対して、ジェレミアさんが懇切丁寧に説明をしてくれる。……オレンジ卿の面目躍如とでも言うのか!?

 い、いかんいかん、ここでペースを乱されていてはまた話が脱線する!

 紅茶をぐいっと一気飲みして、ティーソーサー*20ごとジェレミアさんにお返ししたのちゆかりんの方に向き直る。……すっごい微笑ましいものを見るような目で見られてるんですがそれは。……私は見た目ロリじゃがロリじゃないんすよー!!

 

 

「はいはい。で、4に関しては憑依者本人がこっちに居るのを嫌がって暴れたりすることが多いから、基本的には凍結塔に厳重管理ね、これは5も大体同じだけど」

「凍結塔?またなんかヤバ気な名前の施設だね……」

 

 

 ごまかすように話の続きを促したところ、彼女の口から飛び出したのは『凍結塔』なる謎の施設。

 ……名前からして物騒だけど、実際に語られた内容は更に物騒だった。

 

 

「実際ヤバ気よ?内部空間を時間・空間的に凍結させて、中に居るものの状態を停止させるためのものなんだから」

「想像以上にヤベー施設だった!?」

 

 

 まさかの封印施設だった!?

 驚く私の前で、ゆかりんは殊更妖しげに微笑んで見せるのだった。

 

 

*1
『fate/grand_order』の主人公は、突然夢の世界に引っ張られたりしている(上に、それがイベント開始の合図だったりする)。その姿を『レムレムしている』と呼ぶ

*2
『コードギアス』のキャラクター。エリア11と呼ばれるようになった日本で、現場指揮を務めるブリタニアの軍人。作中最強の戦士達からも一目置かれるほどの実力を持つ

*3
『コードギアス』で登場する機動兵器、『ナイトメアフレーム(KMF)』の一つ。サザーランドはその中でも第五世代ナイトメアフレームに分類される機体で、作中では量産機として主力級の機体でもある

*4
藍「ちぇぇぇぇぇぇんっ!!?」

*5
『コードギアス』原作に置いてジェレミア卿が受けたとある汚名?が『オレンジ』であり、『東方project』のキャラクター、八雲藍の式神『(ちぇん)』の名前もまた『オレンジ(だいだい)』を意味していることから。……こじつけが過ぎる……

*6
『Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ』に登場するサーヴァント。fgoでは星3(レア)アサシンとして登場。全身に猛毒を纏った『毒の娘』

*7
株式会社Yostarが送るスマートフォンゲームのこと。いわゆるタワーディフェンスゲームであり、ポストアポカリプスなSF的世界観に生きるキャラクター達が人気を博している

*8
『戯言シリーズ』より、戯言遣いのこと。表紙のポップさに惹かれて見た者を(色んな意味で)撃墜するやべー主人公

*9
ゲームソフト『スーパードンキーコング2』にて登場するステージの名前にして、みんなのトラウマ

*10
『ポケットモンスター』のキャラクターの一種、マタドガスの『ソード&シールド』の舞台での特殊な姿。排気ガスなどを栄養源としており、それらの毒素を吸収して綺麗な空気を排出する、という生態を持つ。見た目が紳士モチーフで、どことなく愛嬌がある

*11
『天災』と呼ばれる破滅的な自然災害によって人々の生息圏は常に脅かされている上に、それ以外にも大小様々な事件がどかどかやってくるやべー世界

*12
『アークナイツ』内に存在する病気。『源石(オリジニウム)』と呼ばれる未知の鉱物を由来とした病気で、発症した場合は基本助からない。一応病の進行を遅らせることなどはできるようだ。なお、感染すると『源石術(オリジニウムアーツ)』と呼ばれる特殊な技術への適正などが上昇するようだが、同時に使えば使うだけ病の進行を進めてしまう諸刃の剣でもある

*13
『アークナイツ』作中の描写より。……病が進行すると体表に源石が表出するため、それに触れるなどするのは恐らくアウトだと思われるが詳しくは不明

*14
いーちゃんに関しては、間違っても利用しようとか考えてはいけない類いの存在だと言えるだろう

*15
『存在している事が罪』。生きているだけで、本人の意思によらず周囲に破壊や混乱を撒き散らしてしまう者達のこと。あんまりにもあんまりな呼び方

*16
紅茶の銘柄の一つ。インド北東部にあるダージリン地方で収穫されるためその名を付けられている。因みにダージリンはヒマラヤ山脈低部のシワリク丘陵に位置しており、インド国内では有数の避暑地でもある

*17
ミカン科の植物の一つで、長い緑の葉と白い花を咲かせるのが特徴。柑橘系でありながらエレガントさを感じさせる香りが特徴とされ、香水やアロマオイルとしても利用されている

*18
いわゆるアールグレイ。香り付けをした紅茶全般を意味する名前であり、特定の茶葉を意味するものではない。名前の由来はイギリスの元首相『グレイ伯爵(Earl Grey)』から

*19
茶葉の等級、大きさの一種。芯芽と若葉を細くねじった、大きめの茶葉を使ったもの。別にオレンジが入ってるわけでもないのにオレンジとついている理由は、説が幾つかあって判然としない

*20
紅茶などを頼んだ時にカップの下にある小皿のこと。万一カップの中身が溢れてしまった時の受け皿にもなる他、砂糖やミルク、それらをかき混ぜるスプーン、場合によってはお茶請けのお菓子などが一緒に置かれることもある。元々はソーサーにカップの中身を移し変えて飲むのが主流だったが、次第に廃れていった為今ではそういう使い方をする機会はほとんどないと思われる



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自分一人のみでも掛け合いしてたら嫌われる

「と、凍結処理……ですか」

 

 

 マシュが呆然としたような声でそう呟く。

 ……4以上が対象と言っていたことから、本来5扱いになるというマシュにとって、決して他人事とは思えないからだろう。

 そんなマシュの震える手を取って、落ち着くように声を掛ける。

 

 

「落ち着いて、今のマシュは対象外なんだから。はい、深呼吸」

「──は、い。すみません、せんぱい」

「謝らなくていいから、はい、深呼吸」

 

 

 マシュが落ち着くまで待って貰い、ついでにジェレミアさんにお菓子も持ってきて貰って、いっぱい食べさせる。……甘いものはなぁ、幸せの素*1なんだよォ!いいからいっぱい食え食え!

 

 

「せ、せんぱい!ありがとうございました、ですがもうこれ以上は!ご勘弁願えませんでしょうか!!」

「ぬう、仕方がない」

 

 

 元気も戻ってきたみたいだし、これくらいにしておくか。

 なんて感じに笑いつつ、改めてソファーに座り直す。……対面のゆかりんがなんとも言えない表情でこちらを見ていた。半笑いと言うか、苦笑いと言うか。

 さっきまでのちょっと胡散臭い感じの笑みは、完全に消し飛んでいる。……あ、もしかして黒幕ムーブ*2してた?それは悪いことを……。*3

 

 

「うん、その、続きに行ってもいいかしら?」

「どうぞどうぞ」

 

 

 気付かれたことに気付いたのか、ほんのり頬を染めて次を話そうとするゆかりん。……にちょっとほっこりしつつ、了承の意を伝える。視線がちょっと鋭くなったけど、涙目なので怖くないデース。*4

 

 

「……はぁ。えっと、凍結塔についてだったわね。それを話す前に『なりきり郷』の地下について説明しときましょう。実際に地下を掘っているわけではない、というのは知ってるわよね?」

「ゆかりさんに聞いたんで多少は」

「ゆかりさん?……ああ、そういえば結月ちゃんもゆかりだったわね……」

 

 

 唐突なゆかりさん呼びに一瞬困惑して眉を曲げるゆかりんだったけど、すぐに結月さんの方だと気付いて納得したように頷いている。……名前被りは多重クロスのお約束よね。*5

 

 

「ここの地下は正確には地下にあるわけじゃないから、各階層で高さも広さも結構違う*6のよね。動物系になってしまった人なんかは、場合によってはヤバいことになってる*7から一階層丸々使ってる、なんてこともあるし」

「……参考までに聞いときたいんだけど、それどういうのが居るの?」

「えっと、ミラルーツ*8さんにバハムート*9さんに原作者も知らないドラゴン*10に……」

「よくわかったんでもういいで……いや待った原作者も知らないドラゴンって何?」

「原作者も知らないドラゴンよ?」

「ええ……?」

 

 

 挙げられた錚々(そうそう)*11たる面子に思わず目眩がしそうになって、最後に挙げられたモノに思わず声を上げる。……いや、なんでそんなもののなりきりしようとしたのその人……え、流れで?ええ……?

 

 思わず宇宙猫*12になりつつ、それだと話が進まないので気にせず進めてくれとゆかりんにお願い。

 彼女は苦笑いをしながら、続きを話していく。

 

 

「彼らはまぁ、どっちかと言えば他の龍と一緒だと争いになるかもしれない、って自分から進言してくれた人……人?達だからまぁまだマシなんだけど。うん、そういうの意識しないような人もまぁ、居るわけでね?」

「ヴィラン*13的な?」

「そうそう。で、そういう人達はとりあえず隔離以外できないわよね、って感じで地下に作られた施設が、さっきの隔離塔を含む隔離区画ってわけ」

 

 

 ゆかりんの語るところによれば、地下千階というなんだそれ、みたいな場所にあるのが隔離区画なのだそうだ。

 空間拡張系の技能を持っている人達が力を結集して作り出されたこの区画は、一つの星程の広さを持っているらしい。……スケールデカいなおい。

 その中で、さっきのレベル3などの隔離が必要な者達は、自身と似たような体質の者と一緒に一つの塔に住んでいたり、はたまた一人で塔を占拠みたいなことになっていたりするらしい。

 例で示すなら、静謐ちゃんやアークナイツ組は前者、いーちゃんは後者だ。

 それとは別に、刃牙とかみたいな格闘系のモノを原作に持つ人達の為に闘技場みたいなものもあるらしいけど、それはまた別の話らしい。

 

 

「そういう隔離塔の集まりと隣接するように、別個に儲けられているのが凍結塔。こっちは隔離じゃ本人の行動を抑えきれないから作られた、文字通りの監獄みたいなものね」

 

 

 そして、その隔離塔のある場所から少し離れた位置に隣接しているのが、中に入った者を概念的・空間的・時間的に凍結し()()する為の施設、凍結塔だ。

 

 

「保護?」

「監獄、って説明と矛盾するようだけど、根本的にはそのまま放っておくと自他共に傷付ける可能性がある人達を()()()為のものでもあるのよね。確保・収用・保護*14と言えば分かるかしら?」

「……いやまさかと思うけど、居ないよねあの辺りの」

「とりあえず今のところは。……()()()を探した訳じゃないから、断言はできないけど」

「怖いこと言うの止めようよゆかりん!?」

 

 

 なりきりからの憑依だから、よっぽどの事がないとフルスペックなんて発揮できないんだろうけどさぁ!?

 なんて風に叫ぶ私に、ゆかりんは苦笑い。……さっきから苦笑いばっかり浮かぶなこの話……。

 

 

「レベル4相当の人達はそれなりに原作のスペックを引き出せてるから、思うままに暴れさせるのは心身及び周囲によくないってことで、色んな所から状態停止に関する技能を集めに集めて……そうして作り上げたのが凍結塔なのよ」

「へぇー、停止系かぁ。……ストップ*15とか?」

「封絶*16とかタイムストップ*17とかね。纏めるのには私が協力しました」

「流石の境界弄り……」

「えっへん。管理人ですもの、これくらいはね?」

 

 

 まぁ、作るのに一ヶ月くらい掛かっちゃった*18んだけど、と最後に付け加えて、凍結塔の話はおしまいになった。

 ……ふむ。なんというか、明かされた情報だけで結構お腹いっぱいなんだけど。これ、最後のレベル5についての話がまだなんだよなぁ。

 なんとも言えない気分で横のマシュにチラリと視線を向ける。……さっきよりは落ち着いてるけど、はてさてどうなることやら。

 

 

「さて、最後のレベル5についてなんだけど。……そもそもここに区分されるような人達は、両手で数えられる程しか居ないから、ちょっと推測が入るということは先に言わせて貰うわね。彼等はレベル4とは逆に『演者と憑依者が噛み合いすぎてしまった』人達。主義思考や重んじるモノなどが()()()()()()()()、結果として不和を起こした人達よ」

「重なり、過ぎた……?」

「そう。マシュちゃんにも覚えはない?どちらでもない(彼我の境界)どれでもない(虚現の境界)どれにもなれない(真偽の境界)の感覚」

「あ、は、はい。私はマシュではありますが、同時に決してマシュではないという確信。……胸の奥で燻る焔のようなそれを、私は確かに感じていました」

「燻る焔、ねぇ?……まぁ、それは置いといて。凍結処理前に話を聞いたレベル5相当の人達は、皆同じ感想を抱いていたわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってね」

「………!」

 

 

 ゆかりんの言葉を受け、隣のマシュが息を呑む。

 レベル5相当の人物に共通する自己の否定。……これは哲学的なものではないのだろう。何故ならば──。

 

 

「おかしな話だと思わない?彼等は()()()()()()()()()()()()()()。なりきりはその通り、相手に()()()()もの。──端から違うことは確定的なのにも関わらず、錯乱するほどに違うと否定する彼等は、はたしてどういう思いでそれを否定していたのかしら?」

「……実際に錯乱するほどに、似た人物を演じていたから。さっきのレベル4とは違い、『近しい性質を持つがゆえに、自他の境界が溶け合いそうになった』人達ってことね?」

「そういうこと。レベル4は()()()()()()()()()だけど、レベル5は()()()()()()()()ってわけね」

 

 

 ある種、なりきりと言うものを真剣にやっていたからこその落とし穴。

 なりきりとは、本来どこまで行ってもごっこ遊びである。だからこそ真剣になりきろうとするし、そのキャラクターらしい思考をトレースしたりもする。

 

 だがそれは、遊びであるからこそ。──実際にそのキャラクターになってしまった時に、一体どうなるのか。

 割り切れる人はまぁ、特に問題もないのだろう。似ているキャラ、似ていないキャラ、どちらであっても自分と言うものは揺るがないはずだ。

 だが、割り切れない人は?なりきりの理由に何かしらのシンパシーが混じっていたりしたら?自分の思考のはずなのに、相手の思考だと誤認できてしまうほどに近いモノだったら?

 

 ──その結果が、強烈な()()という衝動なのだろう。

 自分と彼等が同じである筈がない、彼等の輝きは、自分などには及ぶべくもないものだ、という。

 

 

「基本的にレベル5に区分される人は、その強烈な違和感に心身を蝕まれてしまうの。だからレベル5の人達に関しては、本当に保護という方が正しいのよね。──そうしないと壊れてしまうのが、目に見えてるんですもの」

「で、では、私は!?私はどうして今、無事なのですか!?」

 

 

 ゆかりんの言葉に、たまらずと言った風にマシュが立ち上がる。……()()()()()()()らしくない彼女の行動に、その手を引いて注意を促す。

 彼女はこちらを驚いたように一瞥したのち、唇を噛み締めソファーに座り直した。

 ……あーもう、まーたぐちゃぐちゃになってるこの子。

 仕方ないのでまたお菓子攻撃。もう大丈夫と根を上げるまでお菓子を食べさせてあげて、改めてゆかりんに向き直る。

 

 

「もう大丈夫?じゃあまぁ答え合わせだけど……そりゃもちろん、キーアちゃんのおかげ?よね」

「ですよねー」

「え、あっ!『キーアちゃんツッコミブレード(ハリセン)』!?」

 

 

 答えは分かりきっていたので、二人でため息。

 ……マシュの言う通り、私のハリセンが原因であることは明白だろう。

 

 あのハリセン、言ってしまえば場面転換を物質化したものである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を吹っ飛ばした事により、彼女は違和感による無限ループ*19の向こう側に飛び出してしまったのだ。

 結果、彼女は悩みながらも進む事ができるようになった、と。あんまりにも物理的な解決方法に、思わず自分の事ながら呆れのため息が漏れる。……いや、結果的にはよかったんだろうけどさ?

 

 まぁ、そこは置いといて。

 

 

「スペックの上限値の計算に、なりきりの完成度が含まれている癖に、上げすぎると問題が発生するかもってどう見ても罠よねこれ……」

「遊びじゃないって仮定なら、俳優さんとか声優さんとかがそういうの高くて、なおかつ引っ掛からなさそうだけど、そういう人は居ないの?」

「その辺りの人達は、そもそもなりきり板なんかに来ないわよ」

「うわー唐突なマジレス*20……」

 

 

 没入型のなりきり(メソッド・アクター)*21であればフルスペックになるけど、代わりに自身の存在に悩むことになる。

 普通のなりきりでは、どこまで行っても五割程度にも満たない。

 ……なんだろうねこの欠陥システム。いや、ほどほどで十分だって言うんなら、今のこれでも構わないんだろうけどさ?

 

 ますますこの現象について意味が分からなくなって来る中、ゆかりんがソファーを立ち上がった。そして、こちらにも立つように促してくる。

 

 

「どしたのゆかりん?」

「ちょっと確かめたい事があってね。これから凍結塔まで付き合って貰える?」

「……は?」

 

 

 ───なんですと?

 間抜けな顔を晒す私に、ゆかりんは可愛くウインクして見せるのだった。

 

 

*1
甘いものを食べると実際に幸せになるそうで。その原理は脳内でホルモンが分泌されたりなど色々あるけど、とりあえず甘いものを食え、話はそれからだ

*2
黒幕、即ち事件の真犯人みたいな動きの事。八雲紫は胡散臭いの化身でもあるため、こういう動きをするのがよく似合う

*3
実際に黒幕かどうかは別として、黒幕っぽいムーブするのって意外と楽しいよね、みたいな確認と謝罪。そういうところだぞキーアァ!

*4
英米系の人御用達の語尾。胡散臭いのから元気な感じのキャラまで、幅広く使われるもの

*5
同一作品内では、意図して被らせる方向に持っていかないと名前は被らないが、クロスオーバーなら容易く名前は被る。そんな環境でも被らない名前というのは、ある意味貴重なのかも?

*6
地下なのに太陽が登ってる、みたいに見える階層もあるのだとか

*7
動物の本能に従ったような生活をしているものもそれなりに。そういう意味ではある程度理性的な物が多い、ポケモンとかデジモンとかは当たりなのかも?

*8
『モンスターハンター』より、禁忌のモンスターと呼ばれるものの一つ。一時期は公式から姿は愚か名前すら隠蔽されていたこともあった(無論そういう設定だった、というだけではあるが)。ミラルーツは正式な名前ではなく、原作的には『祖龍ミラボレアス』と呼ぶ方が正しい。紅き雷を操る、超抜級の白き龍

*9
中世イスラムの伝承に登場する巨大な魚の幻獣。ベヒーモスとリヴァイアサンの伝承が混ざりあって生まれたものとする説がある。また、その伝承を元に生まれた強力なドラゴンの名前としても有名。こちらは元々はアメリカ発のTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』で『神の竜』と呼ばれる存在にバハムートの名を与えたことから派生して行ったとされる。因みにここにいるのはその派生である『ファイナルファンタジーシリーズ』に登場する方のバハムート

*10
『聖剣使いの禁呪詠唱』より、文字通り原作者も知らないドラゴン。アニメ化するに当たって設定されたアニメでのラスボス。なんだこのドラゴン!?

*11
多くの物の中で、特に優れているモノを示す言葉。元々は中国の故事から生まれた言葉で、『鉄中錚々(てっちゅうのそうそう)』から取られているとされる。そちらは中国の歴史書『後漢書(ごかんじょ)』にて記されている、後漢の光武帝が赤眉の乱(せきびのらん)を平定した時に、投降してきた賊軍に対して掛けた言葉。『錚』は鉄の楽器のこと。賊軍に対して「投降したことに後悔はないのか」と問いかけ、「赤眉の乱に参加したことは後悔しているが、投降したことに後悔はない」と返されて述べたもので、意味的には「鉄のような卑しい金属でできた楽器でも、時に良い音を鳴らすことがある。お前達は賊軍ながら、賢い判断をしたな」と言ったところか。その為、元々は褒め言葉という感じのものではなかった。日本で使われている内に意味が変化したものの一つ

*12
宇宙を背景に、呆然としたような表情を浮かべた猫が一匹居る、という画像。事前情報無しにこの画像を見た時に脳裏に走ったナニコレ?という感覚が、この画像が示すもっとも原始的な感覚である(宇宙猫顔)

*13
綴りは「Villain」。悪役、ないし憎まれ役の意味。日本人的にはアメコミの敵役の呼び方としての馴染みが深いだろうか?

*14
とある団体の基本方針。下の紫の台詞通り、今の所この世界に彼等関係のものは見当たらないようだ

*15
この場合は『ファイナルファンタジーシリーズ』の魔法の一つ。対象の時間を止める魔法。作品によって黒魔法扱いだったり時空魔法扱いだったりする

*16
『灼眼のシャナ』より、作中の技術『自在法』の一つ。『存在の力』と呼ばれる特殊な力でドーム状の空間を作り、その内部の因果を外の世界から切り離すことで外界から隔離・及び隠蔽する因果孤立空間を作り上げる技法。現代異能もので隠蔽工作をする時に欲しい技能は?と聞かれたら真っ先に上がるくらいに高性能。内部で動く為には特殊な素養やアイテムが必要になるものの、内部での破壊活動の補修や外部からの横槍の阻止、さらには解除後にも周囲に気付かれないなどのご都合主義が満載

*17
こちらは『テイルズオブシリーズ』より。効果的にはストップとさほど変わらない。似たような停止魔法は色んな作品に溢れている

*18
八雲紫本人なら一日も掛かってないというか、そもそも一人で事足りるでしょうね、とはゆかりんの言

*19
何らかの理由や原因によって、同じ行動・状態が永遠に繰り返される状態のこと

*20
真面目な返事(レスポンス)のこと。それそのものに悪い意味はないが、空気を読まず正論を言う相手を揶揄する風に使われる事がほとんどである

*21
メソッド演技を使いこなす俳優のこと。メソッド演技とは、キャラクターに()()()()ことで演技をよりリアルに近付ける為のもの。近年の作品に、該当する演技ができるキャラクターが存在していた……というか、彼女(夜凪景)の存在でこの演技法を知ったと言う人も多いのかもしれない。元々はロシア・ソ連の俳優兼演出家であったコンスタンチン・スタニスラフスキー氏が提唱した演技理論、スタニスラフスキー・システム(仮想世界を脳裏に構築するもの)に端を発するとされている。この演技法のメリットとしては、役そのものに()()()()ことによってより自然な演技ができるようになることが挙げられる。デメリットとしては、深く役作りに没頭する……つまり()()()()()()()事により、精神に変調を来す恐れがあることや、なりきることを意識しすぎると却って自然な演技から離れてしまう事がある、というものが挙げられる



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レスが貯まりすぎると投げたくなる

 地下千階。*1

 下の下、誰もが見逃す底の底。

 罪人でも無いのにそこに繋がれているのは、己を見失った哀れな子供達。

 

 ……なーんてことを嘯きつつ、ゆかりんの背をマシュと共に追う。

 地下空間にあって太陽を抱く空を擁するこの場所*2は、明るい筈なのにも関わらず、どうにも暗さを抑えきれていないような気がする。……気分の問題なんだろうな、というのはなんとなく分かるが。

 

 

「ごめんなさいね?私のスキマでパッと行ければ良かったんだけど、この辺りはそういうの使っちゃダメって事になってるから」

「い、いえ。この場所が重要な場所だと言うのは、肌で感じ取れます。無用な混乱は避けるべき、というのは間違いでは無いかと」

「だからって歩きというか、まさかの移動床……動く歩道(オートウォーク)だとは思わなかったけども」*3

 

 

 背を追うと言いつつ、ずっと同じ背を眺め続けてるだけなのはどう言うことなのか、と思わなくもないような、自然の中を突き抜けていく動く床は、なんというか若干ギャグ染みていると言うか。

 なんとも言えない気分を抱えつつ、私達は一路凍結塔へと向かっている。

 

 

「なんだったら帰る時にでも隔離塔の方も寄ってみる?」

「いやー、物見遊山*4で向かうような場所でもないでしょ?流石に自重するよ」

「そう?まぁいいけど。おっと、ここで隣のレーンに乗り換えてね」

「歩道の乗り換えとは……?」

 

 

 複数の場所に向かうための移動床が立ち並んでいるが、勝手に行き先が切り替わったりはしないらしいので乗り換える。……アナログ*5なんだかハイテク*6なんだがわかんなくなるなこれ。

 そうして暫し道を行き、たどり着いた凍結塔。

 外からの見た目は……なんというか、ラストダンジョン感あふれる風情と言うか……。

 

 

「で?ここまで連れてきて、ゆかりんは何を確かめたいの?」

「レベル5及び4相手に、貴方のハリセンがどの程度効果があるのかの実験♪」

「……んー?すまない聞き取れなかったなー。……なんて?」

「言い方が悪かったわね。貴方の力で治療ができるのか、それを確かめたいって言えば分かる?」

「うわー、突然の重大案件……」

 

 

 塔の前でゆかりんが言うのは、つまりはマシュと同じ事ができるのかどうか、というもの。……同じ事ができるのなら、凍結塔内の人はその処理を解除できるのではないか、ということらしい。

 ……いきなり重たい話が飛んできたけど、うーむ。

 隣のマシュに視線を向けると、彼女は真剣な表情でこちらを見ていた。

 ……できることはやっておきたい、とでも言うか、どうにかできるのであればやるべきだ、とでも言うか。……端的に言うと凄く期待されている感じである。……うへー、その信頼はちと重いっすよマシュ……。

 

 

「とりあえず、4と5を一人ずつ試して欲しいのよね」

「……先に断って置きますけど、連続使用は無理ですからね」

「あら、それはなんでまた?」

「なんでって……なんでもです、なんでもっ」

「ふーん……?」

 

 

 ゆかりんがこちらの様子を伺いながら、塔の扉を開く。

 中は普通の塔と言った感じで、仰々しい名前の割には拍子抜けしてしまう感じ。

 中に通された廊下を通り、奥へ奥へと進む。突き当たったところに階段があったので、それを上へ。……地下で一つの階層内に居るのに上に階段を登るってなんだよ?

 

 真面目に考えると頭が痛くなってくる建物を進みに進んで、ようやく目的地にたどり着いた。

 特殊収容区画凍結塔内の一角、焔の間。……凍結塔なのに焔の間とはこれいかに?いや、焔系の誰かが封印されているんでしょうけども。

 

 

「そういうこと。──彼女が仮に表に出てこれるなら、色々とできることも増えると思うの。だから、頑張ってね♪」

「え?頑張るってなに……わたぁっ!?」

「せ、せんぱいっ!?」

 

 

 扉の前で話をしていたら、突然の落ちるような感覚。──足下にスキマを開かれたのだと気付いた時にはもう遅く、私はそのまま何処かへと落下してしまう。

 着いたのは、背後の扉を見るに焔の間の中だろう。

 迂闊に扉は開けられないということなのか、私だけを送り込んだようだ。……なんかイヤな予感がするんだけど、大丈夫だよねこれ?

 

 

「……起こすなって、言ったでしょ、『境界の守り手(八雲紫)』」

 

 

 ──奥から聞こえてきた声に、動きを止める。

 鈴を転がすような、可愛らしい声。けれど、その声に乗る感情は重く、暗い。

 

 何も見ず、何も聞かず、何も思わず。

 そうして微睡む事こそが最善であり。──けれどそれは()()を否定するものであるがゆえに、意思を凍らせる以外の答えを持てず。

 燻り、猛り、ただそこにある焔。

 『審判』と『断罪』を体現する天罰神、"天壌の劫火(アラストール)"の契約者である少女『炎髪灼眼の討ち手』。*7

 その似姿である演者が、そこに立っていた。

 

 

 

疑身 炎髪灼眼の討ち手が 1体でた!

 

*8

 

 

 

 

 

 

「ふっざけんなよゆかりんあんた後で覚えてなさいよぉぉぉおっ!!!?」

 

 

 飛んでくる炎の刃やら塊やらを必死で避けつつ、扉の向こうで呑気に観戦しているのであろう相手に罵声を浴びせる。

 

 余裕があるように見えるけどそんなもん全然ない。

 そもそも長時間相手をあのままにしておくとどうなるかわかったモノではないってのもあって、どうにかならないかと隙を窺っているのだけれど。

 相手は()()()()のみでこちらの気勢を削ぎ、押し込めようとしてくる。……殺意が一切ないのだけはありがたいけど、そんなこと言ってらんないくらいにめっちゃ怖いんですけどぉ!?

 

 

「ほらほらキーアちゃん、がんばれ♡がんばれ♡」*9

「ここぞとばかりに煽るの止めてくれるぅ!?っていうかなりきりでバトルは御法度で、ってああもう!!」*10

 

 

 足を止めると正確に炎がこちらを捉えて飛んでくるので、おちおち会話もできないんですけど?!

 って言うか向こう全然本気出してないし出せてないのにこれっておかしい!!戦力差がおかしい!!*11

 

 対面の彼女は、一歩も動いていない。

 体から白い煙の様なものを立ち昇らせながら、苦しみにその美しい相貌を歪めながら、ただここから立ち去れとだけ呟いて、おざなりな炎弾や炎刃を飛ばして来ているだけだ。

 

 ……そもそもに非殺傷設定になってることもあって、その攻撃に遠慮は一切感じられないが、同時に殺意も一切感じられない。

 こんないい加減な──それこそ周囲を飛ぶ羽虫を払うような動きでしかないようなものでも、近付くための隙というものが見えやしない。

 ……グレイズ*12するにしても弾が大きくて速いから隙間もないし!なんじゃこれクソゲーか!?私の装備ハリセンしか無いんですけど!?

 

 

「他にも色々あるんでしょうに、使わないの?」

「使いたくないって言ったでしょうがぁ!!……ああもう、そうも言ってらんないか!」

 

 

 痺れを切らしたのか五つの炎弾*13がこちらに纏めて襲い掛かってくる。ええい、是非もなし!

 

 右手のハリセンに意識を集中、ハリセンの形を残したまま、その概念に手を加えていく。──求めるは、あらゆる異端を祓う武器。

 普くを謡い、普くを纏う我が業にて、此処に一つの宿業を結ぶ。

 

 

「……ああぁぁあぁもうっ!!黒歴史過ぎる!!」

 

 

 チートオリキャラ的なパワーなんか使いたくないんだってば!……的な事を叫びつつ、右手のハリセンを振り抜けば。

 

 

「疑装『ハマノツルギ・改』!自在法がぁー、なんぼのもんじゃいっ!!!」*14

「───っ!!?」

 

 

 腕の長さ程度の紙のハリセンだったそれが、身の丈程もある巨大な鉄製のハリセンへと変わる。……結局ハリセンじゃねぇか?そうだよハリセンだよ悪いか!

 気合一閃、振り抜いたハリセンに触れた炎弾が掻き消えたのを見て、ようやく相手に隙が見えた。それを逃さず彼女に飛び掛かり、

 

 

「正気にぃー、戻れぃっ!!」

「ひゃんっ!?」

 

 

 その脳天に、()に戻したハリセンを落とす。

 

 スパンッ、という軽やかな音。

 炎の色に染まっていた彼女の髪の色は元の黒色に戻り、その瞳もまた、灼熱の赤から黒く落ち着いたモノに戻っていた。……ついでに、立ち昇っていた白い煙もどこかに行っている。

 ……あれは、やっぱり魔力とかではないのか?

 なんて事を思う私の前で、彼女は腰を抜かしたように尻餅をついていた。

 

 

「流石チートオリ主的スレ主!やってみせたわね、キーアちゃん!」

「なんとでもなったわ」

「即答ですか!?」*15

 

 

 ……なんかカボチャを被って踊んなきゃいけないような気がした*16けど、そんなことは無かったわ!ハロウィンでもないのにカボチャ*17とかナイナイ。

 扉が開いて中に入ってきたゆかりんとマシュに微笑み返す。……短い攻防ではあったが、まぁ多分勝ったのでよしとする。で、その上で──。

 

 

「ごめん限界、ばたんきゅー」*18

「え、は、ちょ、せんぱいーっ!?」

「あらまぁ」

 

 

 色々と限界だったので、意識を手放す私なのでした、きゅう。

 

 

 

 

 

 

「……む、ここは」

 

 

 知らない天井だ*19、なんてお決まりの言葉を述べつつ上半身を起こす。ふむ、病室的な何かっぽい場所のようだ。

 ベッドから飛び降りて、部屋の中を見て回る。……うん、私に医療器具の知識はないのでよくわからん。

 

 

「起きたか」

「おっと、はい起きましたよっていうか、えっと?」

 

 

 見知らぬ男性が部屋に入ってきたので、姿勢を正して言葉を待つ。……ん?いや、この人、まさか?

 白と黒の混じった髪、同じように肌も青と普通の色がつぎはぎのようになっていて、顔には大きな手術跡、そんでもって黒いコート……いやいやいや、マジで?

 こちらの困惑を感じ取ったのか、男性は口元を歪め、皮肉げに言葉を発した。

 

 

「……まぁ、顔で分かるか。お察しの通り、ブラック・ジャック*20のなりそこないだよ、私は。この病棟の専門医を務めている、宜しくとでも言っておこう」

「あ、は、はい、よろしくおねがいします……」

 

 

 まさかのビッグスターに驚きつつ、彼もまたなりきりなのか、と少し驚く。

 ……雰囲気だけなら完全に彼だったが、退廃感というか厭世感というかが酷く漂っていた。……いや待て、ここ病棟って言った?

 

 

「せんぱい!!」

「わっと、マシュ?」

「いきなり倒れるのは止めて頂戴ね、流石に焦るから」

 

 

 考えを纏める前に、先生が出ていった扉からマシュとゆかりんが入ってくる。

 倒れたって……ああ、ちょっと慣れないことしたから気を失ったんだっけか……。

 

 

「心因性の失神だろう、別に大したことはないはずだ。経過観察も必要あるまい」

「んー、キーアちゃんそんなに嫌だったのアレ?」

「いやそりゃ嫌でしょう、ただでさえチートオリ主みたいでアレなのに、その上借り物まで使うとかもうボコボコじゃん私……」

 

 

 外に二人を呼びに出ていたらしい先生が戻ってきて、ゆかりんに説明をしていた。

 ……そのままこっちに疑問が飛んできたので、イヤに決まってるじゃんと一蹴。……実際にやらされて分かるこっ恥ずかしさよ、これは私にしかわからんのだ……。

 

 

「ところで、ここ……」

「ああ、そうそう。貴方がサクッと気を失っちゃったから、予定を変更して隔離塔の一つである病棟にちょっと診察して貰いに来たのよ、物見遊山気分でね?」

「その、すみませんせんぱい!ここが一番近くて、一番頼りになると言われては、反対することもできず……」

 

 

 自分のことは置いといて、現在地について尋ねて見たところ。案の定な場所だったことを聞かされて、少しばかりげんなりする。……マシュは悪くないよ、全然悪くない。

 

 ──立ち寄るつもりの無かった隔離塔。

 そこに今いるということに、どうにもゆかりんに誘導されているような気がしてならない私なのだった。

 

 

 

*1
リアルに掘ってるなら大体地下3kmとかその辺り

*2
真面目に類例を挙げるなら地球空洞説辺りか。似たようなモノには仏教やヒンドゥー教の伝承に存在する、地底都市アガルタなどがある。アガルタそのものはシャンバラと呼ばれる理想郷と同一とされることもあるようだ

*3
動く床、横方向のエスカレーター。傾斜が付いている場合はオートスロープと呼ばれることも

*4
気晴らしにあちこちを見て回ること。四字熟語系では珍しく、日本で生まれたとされる。『物見』はそのまま『物を見る』から、『遊山』は禅宗で使われる仏教用語からきており、こちらは『修行を終えた禅僧が他の寺へ修行遍歴の旅に出掛ける』ことを元々は示していた。それが旅をして心が晴れることを指すように変わっていき、『物見遊山』という四字熟語になっていったのだとか

*5
綴りは『analog』。ある情報を連続的な量として扱うこと。また、そういう情報処理方式のこと。ただし、ここではどちらかと言えば古いものを指す言葉として使われている

*6
ハイテクノロジーの略。新しい技術、先端技術を指す言葉

*7
『灼眼のシャナ』のヒロイン。釘宮ボイスが特徴的なフレイムヘイズの少女。ツンデレ系のキャラだと思われがちだが、実際は微妙にカテゴリー違いだったり

*8
『女神転生』風のエンカウント表現。因みに疑身などという種族は存在しない

*9
実は元々は『頑張れ頑張れー♡』だったとか。詳しい検索は良い子はしちゃダメだぞ☆

*10
いつかも書いたけど、なりきりでバトルとかどう考えても酷いことにしかならないから止めようね!

*11
本気だったらそもそも避けられるかわからないbyキーア

*12
『東方project』より、かすりを意味する『グレイズ(graze)』から。弾幕シューティング系でお馴染みになっているシステムの一つで、敵の弾や攻撃をギリギリで避けるとボーナスポイントが貰えるというもの。そこから派生して、何かしらをギリギリで避けることそのもののことも指すようになったのだとか

*13
五指爆炎弾(フィンガーフレアボムズ)』的なムーブ。そちらは『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』に登場する魔法で、五本の指から一つずつ、計五発の炎弾(メラゾーマ)を同時発射する

*14
元ネタは『魔法先生ネギま!』のヒロイン、『神楽坂明日菜』の持つ武器(アーティファクト)、『ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)』。魔力や気に対しての特攻武装。キーアが使ったのは、その能力範囲を拡大解釈した改造版。チートオリ主にありがちな改良武装、著作権を訴えられたら負けるアレ

*15
「やってみせろよ、マフティー!」「なんとでもなるはずだ!」「ガンダムだと!?」……鳴らない言葉をもう一度描きたくなる流れ。すなわち『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の予告PVからの派生ネタである『マフティー構文』である。更に元ネタを探ると『ウマ娘 プリティダービー』と『アイドルマスター シャイニーカラーズ』にも飛び火する。……ふゆたちは空中戦は分が悪くてもウマ娘達なら地上は踏破出来るので実質マフティー・ナビーユ・エリン。……いや何言ってるんだこいつ?

*16
『連邦に反省を促すダンス』。カボチャ頭で全身タイツの男性が踊る映像を、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の主題歌である『閃光』と組み合わせた結果、なんだかよくわからないけど滅茶苦茶流行った。詳しい元ネタは調べた方がよく分かるのでそちらをおすすめします。やっちゃいなよ、こんな偽物解説なんか!

*17
ハロウィンは元々ケルトのお祭り、『万聖節』が元になっているとされている。そちらではカブを使っていたが、キリスト教に取り入れられアメリカに広まる時に、カブはそんなに生産していなかった為、代わりに生産数の多かったカボチャを使った結果、それがそのまま広まってしまったのだとか

*18
バタンと倒れてきゅー、と眠るという意味の死語。現在聞く機会はほとんどパズルゲーム『ぷよぷよ』の主人公、『アルル・ナジャ』の敗北ボイスくらいのものだろう

*19
『新世紀エヴァンゲリオン』第二話『見知らぬ、天井』で主人公『碇シンジ』が発した台詞。使いやすい台詞であるため、結構な頻度で見かける言葉

*20
手塚治虫氏の作品『ブラック・ジャック』の主人公。法外な治療費の代わりに、あらゆる難手術を成功させる凄腕の医師を主人公にした物語。医者のキャラクターと言えば真っ先に例に挙げられるレベルで有名な存在



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タイトルのネタが尽きてくると台詞でごまかすようになる

 隔離塔のうちの一つ、病を負った者達を癒す為に建てられたモノ。──それが、いわゆる治療塔と呼ばれるモノなのだそうだ。

 

 

「向こうの『鉱石病』患者用の塔とは、また別枠でな。憑依者が病人であるが故に身体的なハンデを背負うことになった者達が、この塔には集っているんだ」

 

 

 そう説明する先生の先導の元、院内を歩く私達。

 ……さっき対峙した『炎髪灼眼の討ち手』が搬入されたという病室に案内して貰っているわけなのだが。……なんで先生自ら案内して下さってるんですかねこれ?

 

 

「……率直に言って、手が足りんのだ。医者はそれなりに姿を見るが、看護師が全くと言っていいほど足りていないんだよ」

「看護師が?……ふーむ、看護師……ナイチンゲール*1さん……はダメだ、あの人、お構いなしに向こうの塔に突進しかねない……」

 

 

 先生から明かされた事実に、ふと思い付いた看護師を挙げてみたけど。……初手から躓いてダメだこれ、ってなったので考えるのを止める。素人判断過ぎて、まともな看護師を思い付ける気がしないや。

 

 ……いや、そもそもの話、看護師キャラで有名なキャラが思い付かないことないかな……?

 

 

「ジョーイ*2さんとか居ればいいんでしょうけど、あいにくと見たことないわねぇ。流石になりきりとしてはニッチすぎるのかしら?」

「いえ、そもそもジョーイさんと言っても、()になりきりするのですか……?」

「……に、ニビシティのジョーイさん、とか?」

「変化あるのかしらねぇ、それ」

 

 

 ……いやまぁ、多分私達の知識の幅が狭いだけで、ちゃんと探せば居るんだとは思う。

 けれどそれらがなりきりの対象になっているの?と聞かれると、ちょっと首を傾げざるを得なくなるというか。

 

 

「そういう意味では、医師系はそれなりに姿が見えるからまだマシなのだろうな。───冥土帰し*3、トラファルガー・ロー*4、トキ*5、八意永琳*6……その他も疎らに、といった所か。……とはいえ。どうにも医療レベルの最大値を、現代の最先端医療まで引き下げられているようにも思える現状としては……冥土帰し辺りなんかは、歯痒い思いをしているだろうな」

「なるほど。……そういう意味では、ヒーラー系の方が有り難かったりするので?」

「ヒーラー、回復術士か。……どうだろうな?私には少々、判断しかねる所があるが」

 

 

 医者系はまぁ、それなりに人気なキャラも多いので、姿がチラホラ見えることもあるようだ。

 

 ……聞く限り、いわゆる超技術級の医療を期待することはできなさそうだが。

 冥土帰しさんが普通の医者のレベルにまで下がっているというのなら、そりゃもうかなりのデバフが掛かっているとしか思えない。

 

 それと、ヒーラーについては口を濁されてしまった。

 ……ふむ、医者系より更に人員は多くなるんじゃないか、と思ったのだけれど……?

 

 

「戦闘系技能よりも遥かに強く、強烈な下降補正を受けているようでな。──ベホマズンがホイミになっている*7、と言えば分かりやすいか?」

「めっちゃ下がってる?!」

「キュア・プラムス*8で一割回復、かつ単体変化だからな。どうにも強すぎる回復術は、現実に合わせる際に不具合を起こしているらしい。……元の原理で動かせているわけではない、と言うことなのだろう」

「いやいやいや、キュア・プラムスが一割で単体化って何の冗談ですかそれは……」

 

 

 最高域の回復術がえげつないレベルのナーフ*9を食らっている……。誰だよこんなクソみたいな調整しやがったやつぅ!!?

 

 思わず吠えてしまうが、ここで私が吠えても仕方がない。……どっかの回復術無双してる人とか、凄まじいデバフ食らってない?みたいな事を思いつつ、思考を戻して先生の方を見る。

 

 

「これは推論だが──恐らく、医療系は求められていないのだろう。そこの八雲の言を借りるのなら、この異変はあくまでも、治すことには眼を向けていないんだ」

「治すことに、眼を向けていない……ですか?」

 

 

 続きを語る先生の言葉に、疑問を浮かべたマシュが聞き返す。

 先生はそうだと頷いて、手にしていたカルテをこちらに差し出してきた。

 ……私にはよく分からないけど、それでもなんとなくおかしなところがある気はする。

 

 ざっと流し見して、カルテをマシュに渡す。

 ……マシュの方はある程度カルテが読めるのか、読み進める毎に表情を険しいモノに変えていった。

 読み終わったマシュがカルテをゆかりんに渡そうとするが、彼女は「私は一応知ってるから」とやんわり断っていた。

 

 マシュがそれに頷いて、カルテを先生に返す。彼はそれを受け取って、話を再開した。

 

 

「今見て貰ったのは、とある患者のカルテだ。……何か気付いたことは?」

「……病気が完治しそうになる度に、不自然なまでに薬が効かなくなったり、体調が崩れたりを繰り返しています。……もしかしてなのですが、治せる範囲に限りがあるのですか?」

「ご明察だ、具体的には二つ。『原作で治せていない病は完治はできない』『憑依直後を起点として、それよりも状態が良くならない』。代わりに、死を覚悟するレベルまで病が進行しても、次の日にはある程度小康状態にまで回復する。──まるで、今を繰り返しているかのように、な」

「それは……」

 

 

 返ってきた言葉がエグいというか、なんだそれはというか……。

 ……ってアレ?ってことはもしかしてだけど……。

 

 

「アークナイツ組、結構ヤバいので?」

「いや、彼等は作中に発症しない者が存在するからか、そこまで重篤な状態には陥っていない。……無論、完治もしないので楽観できる訳でもないが」

 

 

 世界観的に病と付き合い続けなければならない彼等はどうなのか。

 ……そう思って聞いたのだが、彼からは心配するほどのモノではない、という言葉が返ってくる。

 うーむ、なんか隠されてる気もするけど、だからと言って私が聞いても何ができるわけでもないしなぁ。

 ……もやもやは残るが、この話についてはここで打ち切っておくべきだろう。

 

 

「さて、ここが彼女の病室だ。……長期間の封印状態から解放された彼女は、現在は精神を落ち着ける為なのか深い眠りの中だ。極力、起こさないでやってくれよ」

 

 

 そんな話をしている内に、『炎髪灼眼の討ち手』の病室に到着した。

 先生は簡単な注意だけを残して、足早に去っていく。

 取り残された私達は顔を見合わせたのち、意を決してその部屋の中に進み入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 内部は別に特別なものというわけでもなく、普通の病室だった。

 目立つものと言えば、彼女の腕に繋がれた点滴がぶら下がるスタンドくらいのものか。

 近付いて彼女の寝顔を窺ってみる。……すやすやと眠っていてる。少なくとも悪夢に魘されたり、ということは無さそうだ。

 

 

「……ふむ、上手くいった、ということかしら?」

「さぁ、話してみないことにはどうにも」

 

 

 ゆかりんの呟きに、わからないという意味を込めて首を横に振る。

 ……私としてはマシュの時と同じ事をしただけなので、それ以上のことは本人に聞かない事にはわからない、としか言えない。

 もっとも、その本人が起きるかどうかは、こちらからでは全くわからない訳なのだけれど。

 

 

「あの、起こしてしまうと失礼になりますし、外で話しませんか?」

「私としては、今すぐ起きて貰いたいくらいなのだけれど……まぁ、マシュちゃんの言葉の方が正当性があるわよね。仕方ない、外に出ましょうか」

 

 

 入ったのにすぐ出るのってどうなんだろうね?みたいな気分で病室の外へ。……さて、仕切り直して。

 

 

「ゆかりん、いい加減話して貰える?なーんでわざわざ私達を連れてきたのか」

 

 

 さっきから多くを語らず黒幕ムーブしてるのはわかってるんだぞ!吐け!……的な視線を向けつつ、ゆかりんに問い掛ける。

 だってさぁ、さっきから胡散臭い笑みをずっと浮かべてるんだもんゆかりん。

 なんか隠してると言うか、隠してることを聞いて欲しくて仕方がないって感じなんだもん。そりゃ聞くよねっていうか?

 

 

「ふふふ、期待通りの反応ありがとうキーアちゃん。……まぁ、別に大した事じゃないんだけどね」

せからしか(うるさいわ)ー!その笑みの時は大体大した事なんだよー!」

「あら心外。ホントに大した事じゃないのに」

 

 

 くすくす笑うゆかりんが、楽しそう過ぎてうへぇ、ってなる。……そのムーブでなんでもないとか絶対嘘じゃないですかヤダー!

 そうして笑みを浮かべながら、彼女が質問を投げ掛けてくる。

 

 

「ねぇ、キーアちゃん。ここ、地下千階だって言ったじゃない?」

「……言ってたね、滅茶苦茶階層あるんだなって思ってたけど」

「病棟もある、食事処もある、なんなら遊興施設もあるわね。……まぁ、普通の街ならおかしくはないかしら」

「………」

「規模的には普通に政令指定都市級、下手するともうちょっと多いくらいの人数がひしめき合っているわけだけど。──ふむ、政令指定都市に認定されるには、何人くらいの人口が必要だったかしら?」

「……五十万人だね」

「そうそう。それくらいだったわね。……日本の総人口的には一パーセントにも満たない人数だけど。さて、もう一つ聞くわね?──あのなりきり板、そんなになりきりキャラ居たと思う?」

「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ*10。……ってちゃう!なんで私が責められてるみたいになってんのこれ?!」

「わーい」

「いやわーいじゃなくて?!」

 

 

 なんかいつの間にかタッカーさん*11扱いされてるんですけど?!あっれさっきまでの流れ的にタッカーさんポジなのゆかりんじゃないのこれ?!

 みたいな感じで混乱していると、胡散臭い笑みを止めたゆかりんが、朗らかに話を再開しようとする。

 

 

「まぁ、ここに居る人がみんななりきりしてた人、ってわけじゃないのはちょっと口に出したことがあるけど。……それでも、人数的にみんなあの板の住人だと思うには、ちょっと無理があると思わない?」

「そう、ですね。仮に全体の半分……いえ、十分の一の人数だったとしても、一つの掲示板になりきりをするために集う人数だとは、到底思えません」

「うんうん、マシュちゃんの言う通り。なりきりなんて場末の遊び、こんなに人数が集まっているわけもない。聴衆である名無しを含めたとしても、ちょーっと足りないように思えるわよね?」

「えーい、まだるっこしいぞ八雲紫!つまり何が言いたいんだ君は!」

 

 

 痺れを切らした私の言葉に、彼女はにっこりと笑って。

 

 

「つまり、この場所に集まっているなりきりをしていた奴等は!平行世界であの掲示板を使ってた奴も含むんだよ!」

「な、なんだってー!!?」

 

 

 ある種の爆弾を落っことしてくれやがったのでした。

 

 

*1
『fate/grand_order』のキャラクターの一人。星5(SSR)バーサーカー。白衣の天使という言葉から連想される人物とは真反対の苛烈な人物。初登場時は『ナイチンゲールがバーサーカー?』みたいな意見も多かったが、詳しい人間には『いや、ナイチンゲールはバーサーカー以外ないだろ』なんて風にも言われていた。「私は()()()()()貴方を治療します」という言葉に、彼女の精神性が現れているのは間違いない。……なので、病気に掛かってる人は迂闊に近付いてはいけない(真顔)

*2
『ポケットモンスター』のキャラクター。「ポケモンセンター」という施設にてポケモンの回復を担当してくれる人物。格好がナースっぽいので勘違いしやすいが、名前の通り「女医(ジョーイ)」、すなわち医者である。なので、看護師として呼ぶのなら同作のポケモンの一種『ラッキー』などの方が正解。なお、彼女は同じ顔の親戚が無数に存在するため、どの街のジョーイさんなのか?と言われると一部の人間にしかわからないと思われる

*3
『とあるシリーズ』の医者の一人で、カエルのような顔をしている。『神の摂理すらねじ曲げる』と言われる程の凄腕の医師。『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』の異名は、彼の腕を讃えてのものである

*4
『ONE PIECE』のキャラクター。『死の外科医』の名を持つ船医にして船長。初登場時と現在のキャラクターが違い過ぎて、ちょっと笑えたりもする苦労人

*5
『北斗の拳』のキャラクター、北斗兄弟の次兄。本来暗殺術である北斗神拳を医療に転用し、人々を救うために尽力していた好人物

*6
『東方project』のキャラクター、初登場は『東方永夜抄』。凄腕の薬師であり、元は月の住人だったが、現在は地上で主と共に迷いの竹林の中にある永遠亭という場所で暮らしている

*7
どちらも『ドラゴンクエストシリーズ』の呪文の一つ。ベホマズンは味方全体の体力を全回復する……が消費魔力は高め。ホイミは味方一人の体力を30ほど回復する(参考までに、ドラクエでの最大体力は255か999)、消費魔力は少ない

*8
『ヴァルキリー・プロファイル』に登場する回復魔法。味方全体の体力を八割回復する。作品内では唯一の回復魔法だが、同時にRPG界隈全体でみても屈指の回復性能を誇る。使用後のクールタイムが長いという欠点があるが、このゲームは仕様上うまくなるほどクールタイムを短縮できるようになるため、実際の回転率はかなり高い。……敵側も使ってくるために絶望するはめになるのは、ドラクエのベホマと似た感じだろうか。ちなみに、続編のシルメリアでは対象が単体化してちょっと弱体化した

*9
弱体化の意。拳銃がオモチャの銃(=米国ハズブロ社の玩具銃『Nerf(ナーフ)』)にされた、というニュアンス

*10
『鋼の錬金術師』のワンシーンから。同作がダークファンタジーにカテゴライズされている理由の一端とでも言うべき、割りと心に来るシーン……なのだが、あれこれと事情を掘り起こされた挙げ句、相手が真相に切り込んできたので言い捨てる……という形式が汎用性に溢れていた為、シーンの陰鬱さに反して割りとパロディされることが多い台詞になっている

*11
『君のような勘のいいガキは嫌いだよ』って言ってる人。『鋼の錬金術師』のキャラクターの一人、ショウ・タッカー。娘にイヌミミくっつけるくらいにしておけば良かったろうに、なんて思うのはオタクゆえだろうか?



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平行なのか並行なのか、割りと統一されてないよね

「平行世界って、マジで言ってるゆかりん?」

 

 

 思わず驚いてしまったが、どうにも胡散臭いため聞き返す私に、ゆかりんはにこにこ顔を崩さぬまま問いを返してきた。

 

 

「あら、キーアちゃんならなんとなーくわかって貰えると思ったんだけど」

「私なら?」

「そう。……あの子、手加減してるって思ったでしょ?」

「……そう、だね。本気出されてたら、こっちももっと色々追い詰められてたと思うけど。……それが?」

 

 

 返ってきたのは、『炎髪灼眼の討ち手』との戦闘のこと。

 ……まぁ、彼女がこっちを害する気全開だったなら、私ももっと酷い目にあっていただろう。特に隙なんて窺えたか、窺え……?

 まさか、と言う思いと共にゆかりんに視線を向ければ、彼女は「実際に彼女に聞いてみないとわからないでしょうけど」と前置きして、とある推論を語ってみせた。

 

 

「『審判』『断罪』『飛炎』『真紅』*1。これらを使()()()()()()んじゃなくて使()()()()()()んだとすれば、彼女が隙を見せた理由にもなると思わない?」

「……い、いやいや!『審判』*2は見え過ぎるって聞くから、あんな狭い所じゃ使わなかっただけかも知れないし!そもそも錯乱してる部分もあったんだろうから、使えないのも仕方ないって言うか!」

「……そこでなんで彼女の肩を持つのかわからないんだけど?」

「い、いや、だってさ……」

 

 

 そんな、()()()()だなんて、それは。

 ──最初の平行世界説を、半ば認める事になるじゃないか。

 

 

「……『灼眼のシャナ』の原作が終了したのは今から九年前。去年新作が発表されたり、色んなソシャゲとコラボしたりしてはいるけども。それでも、大筋が完結したのは随分前のこと。──それを知らないと言うのなら、()()()()()()()()ところから来たのだと見た方が正しいと思わない?」

「なりきりの宿命として、私達は未来を知り得ない。……逆を言えば、知っている筈の未来が知られていないのであれば、相手側にそれを知らない理由がある……ということですね」

 

 

 マシュの言葉に、そーいうことと頷いてゆかりんが後ろに振り返る。……視線の先に居るのは、部屋の中で眠ったままの『炎髪灼眼の討ち手』か。

 彼女が目を覚まさない限り、この問題は解決しないまま、ということになるのだろうか。……いや待てよ?

 

 

「ここに集まった人達全員からちゃんと話を聞けば、その辺りはっきりするんじゃないの?」

「おっとキーアちゃん、目の付け所がシャープ*3ね!」

「え?あ、ありがとう……?」

 

 

 これだけの人数が集まっているのだから、話を聞いていけば実際に平行世界である別の現実からやって来た人も見付かるのではないか?

 そう思って声を上げたらなんか褒められた。……な、なんか幼女扱いされてる気がする……!?

 撫でられた頭を擦りつつ、ゆかりんに視線を向ける。

 彼女はさっきまでと同じように笑っているが、眉がちょっと下がっているので困っている、らしい。

 

 

「私もね、これに気付いた時には確かめようと思ったんだけど……」

「確かめようと思ったけど?」

「んー、なんというかね?……()()に来てる時点で、知識が更新されてるっぽいのよね」

「……知識の更新?」

「なんと言えばいいのかしら……、憑依時点で知識の更新が起きてる、っていうか。……演者と憑依者が馴染む過程で、知識が平均化されてる感じ?だから、今ここに居る人達に話を聞いても、正確には把握できないのよね、知識の差。そもそもの話、大体の人が自分の居たスレを思い出せなくなってるわけで、状況の確認もできないし」

 

 

 もし、彼らが今居る世界と違う場所から来ていたのだとしても、それを確認する術がないからわからない。

 ……少なくとも。演者と憑依者が不和を起こして、記憶の平均化がうまくいっていないような人間でもなければ。

 そこまで気付いて、ここに来た理由に思い至る。

 

 

「……確認の為には、レベル4以上の人の協力が必要だったってこと?」

「レベル4相当の人が素直に手伝ってくれるとは思えなかったから、レベル5の人を選んだというのは確かよ」

「……うまくいってなかったらどうする気で?」

 

 

 思わず口元をひくつかせる私に、ゆかりんはにっこり笑ってなんでもないように言った。

 

 

「全部ふりだしね♡」

「そんな笑顔で言うことかなこれ?!」

「だってそうなったらお手上げですもの~♪」

「うっわ開き直った!?」

 

 

 シリアスが終わってシリアル*4が始まる、みたいなノリになってきおったぞこれ。

 私にどうしろと言うのだ、ツッコミは荷が重いぞこれ。

 

 途方にくれる私と、なんかくるくる回ってるゆかりんと、そんな彼女に困惑するマシュ。

 ……この意味不明な状況は、様子を見に来た先生から「終わったんならさっさと出ていけ」と言われるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なんか、無駄に疲れた……」

「お、キーアおねいさん!どしたの、おつかれ?チョコビ*5食べる?」

「……それってこっちの?それとも、ちゃんとしたの?」

「んー?よくわかんないけど、オラが好きなのはこのチョコビだゾ!」

 

 

 上に戻って解散になったあと、市民の憩いの場……なんて(てい)で作られたらしい公園のベンチに座って黄昏(たそが)れていた私に向かって、急に元気な挨拶が飛んできた。

 見ると、子供達の群れの中から見知った顔が一人、こちらに近付いて来ているのが見えた。……そう、皆さんご存知しんちゃんである。

 

 彼はこちらが意気消沈していると見てすぐ、自身の好物をオススメしてきたのだが……。

 私としては、その好物とやらが現実で作られたなんか違うやつなのか、はたまたアニメのイメージ通りに作られたものなのかの方が気になってしまい、思わず聞き返してしまう。

 

 返事は、件のチョコビをこちらに差し出すことで行われた。

 ……ふむ、ビスケット生地で包まれたチョコ入りのお菓子、と言った感じか。

 ならアニメ仕様かな、と思って無地の──チョコの注入口らしき穴が空いている裏側から、お菓子を表側にひっくり返して。

 ……なんか、顔の部分が黒く塗り潰されている、コアラっぽい絵柄を目にしてしまった。……なるほど?

 

 

「これコアラのマーチじゃねぇぇかぁぁァァアッ!!!?」*6

「おお~、ナイスノリツッコミ。まるで銀ちゃんみたいな勢いですな~」

 

 

 思わずしんちゃんに投げ返してしまった。

 ……華麗に飛んできたコアラを食べて見せるしんちゃんは流石だけど、食べ物を投げつけたことは確かなのでゴメンと謝っておく。

 とは言え、それはそれこれはこれ。

 

 

「いや、確かに現実で発売されたやつにはなんというか違和感あったけど。……まさか、代わりにコアラのマーチがこんなことになってるなんて思わないじゃん……」

「そうそう、オラもびっくり桃の木うっきっきー!だったんだゾ」

 

 

 改めて一つ貰ったチョコビ……と言うことになっているものをよーく確かめてみる。

 

 裏地はまぁ、こういうチョコ入りビスケット菓子全般に共通する、なんの変哲もない無難な感じのもの。

 けれどひっくり返せばあら不思議、顔の部分が塗り潰されていて、なんというかこう、「コロシテ……コロシテ……」*7みたいな声が聞こえてきそうな、一種のおぞましさがある物体に早変わりである。

 

 ……いや、というかなんでこれ、わざわざ顔を塗り潰してあんの?なんでコズミックホラー感を醸し出してるのこれ?

 世が世なら『○ッテ無貌のマーチ』とか名前が付いててもおかしくない見た目だよ?1D6くらい削れそうだよこれ?*8

 

 

「それは、このお菓子が既存の工場の製造ラインを一部借りて作られているものだからさ。……需要はここ、『なりきり郷』にしか存在しないものだから、新しくラインを立ち上げる程の話でもない。だから、既にあるモノにちょっとだけ手を加え、特別仕様扱いでラインを間借りさせて貰っている……ってわけ」

「ふぅむ、なるほどなるほど……。ところでしんちゃん?」

「お?なーにキーアお姉さん?」

「今のって、しんちゃんの声じゃないよね?」

「うん、オラそんな難しいことはよくわからないから、代わりに説明してくれたのはあっちの子だゾ」

 

 

 そうこうしているうちに、先ほどの疑問に対しての回答が飛んできたわけなんだけども。

 ……いい加減私も慣れるべきだとは思うけど、それでも全然慣れないわけでして。

 え?何が言いたいかわからんって?……すっごい聞いたことのある声が聞こえてきたうえ、それがヤバい(時と場合によって変化)人の声だった時に、覚悟の準備なんて咄嗟にできないよって話。

 いや、だってさぁ?

 

 

「死神*9の声が聞こえてきたら、誰だってこうなると思うんですよ私」

「……俺も自分が無関係の状態でこの声が聞こえてきたら、同じ感想を抱いたろうけどよ。……初対面の相手には、ちょっとは遠慮するべきじゃねーか?」

「初対面の相手に、タメ口*10きく子供よりはマシなんじゃないかなー」

「……敬語だと他とキャラ被りするから仕方ねーんだよ……」

「oh……」

 

 

 意外と切実な嘆きが返ってきてしまった。……いや、なんというか、すまんかった。

 気にしてねーし、と言いながら彼──江戸川コナン君が拗ねてしまったので、しんちゃんと一緒に機嫌を取る。

 数分後、気を持ち直したコナン君がやっとこっちを向いた。

 そこでなんかちょっと、覇気というかやる気と言うかが足りないような?……なんてことを彼から感じたので聞いてみたところ、当人からこんな台詞が返ってきたのであった。

 

 

「バーロー、俺は再現度低い方なんだよ。……つーか、低くて良かったって思ってる組の一人だっての」

「ん?低くて良かった?そりゃなんでまた」

 

 

 彼の返答に首を傾げる。……低くて良かったって、基本的には高い方が色々できていいんじゃないのか?だって能力とか再現され……あ。

 こちらが気付いたことをいち早く察知したらしいコナン君は、にやりと笑ってその理由を話し始める。

 

 

「江戸川コナンに求められるものって言うのは、例えそれがなりきりであっても変わらねーんだ。……江戸川コナンは探偵だ。創作の探偵達は、()()()()()()()()()()()?」

「……事件に出会うこと」

「正解。まぁ、それだけなら問題はないんだよ、単に求められているってだけなら。……作中(俺の原作)での一日の犯罪件数、真面目に数えたらわけわかんねーことになる、って話は聞いたことあるよな?」

「あーうん、それをネタにした漫画があるくらいだからまぁ、何となくは。……それってつまり?」

「再現度が高い探偵は、事件を引き寄せる。……な?俺が再現度高くなくてほっとするってのも分かるだろ?」

「望む望まないに関わらず毎日劇場版モードはイヤだなぁ」*11

 

 

 にっこり笑ってるハズなのに、すっごいげんなりしているように見えたのはそのせいか……。

 なりきり憑依の難点ってこんなところにもあったんだな、と頷く他ない午後三時の昼下がりなのでしたとさ。

 

 

*1
四つ全部『炎髪灼眼の討ち手』が使う自在法。一応、最初の方で使えていた炎系の技の発展系というか正式版というかがほとんど

*2
『炎髪灼眼の討ち手』が使う自在法の一つであり、彼女が契約している天罰神"天壌の劫火”アラストールの権能の一つ『審判』の名を冠するもの。自身の背後に大きく燃え上がる瞳を作り出す。これを自身の瞳と同調させることで、範囲内に対自在法・対存在の力特化の千里眼とでも言うべきものを使用することができる。隙を窺える筈がないと言うのは、これを使われていた時点でこちらの行動が筒抜けになってしまうから

*3
1990年から2010年までシャープ株式会社が使用していたスローガン。雑に言うと、良いとこ見てるね!みたいな感じか

*4
連続する(serial)』でも『穀物(cereal)』でもない。恐らくはシリアスとコミカルを組み合わせた造語だと思われる

*5
『クレヨンしんちゃん』作中に存在するお菓子のこと。ビスケット生地を星形に焼いた物の中に、チョコレートが詰まっているお菓子。類似している商品にプッカ(株式会社明治製造のチョコレート菓子)などが存在する。現実でも商品化されて販売されているのだが、そちらはチョコの染みたスナック菓子、と言った趣き

*6
上でも解説した通り、原作のチョコビはビスケット生地の中にチョコレートを注入したもの……すなわちコアラのマーチと同じタイプのお菓子である。それもそのはず、連載初期の方のしんちゃんは実際にコアラのマーチを食べていたのだが、アニメ化の際に色々あってコアラのマーチをそのまま使えなくなった為、チョコビという架空のお菓子を作ることになったのである

*7
自身の体を作り変えられてしまった存在が、周囲に一思いに終わらせてくれ、と頼む時に使われる言葉。明確な元ネタがよくわからないものの一つ。似たようなシチュエーションは昔からよくあったので、どれが元だとも決められないらしい

*8
『クトゥルフ神話』より。顔がないのでイメージ元は『無貌の神』ナイアルラトホテップか。……ナイアさんをパクパク食べるっておぞましすぎない?

*9
探偵ものの作品で、探偵役に与えられるある種の敬称であり蔑称。探偵行くところ事件あり。事件あるところ探偵あり。……作劇の都合上仕方ないとはいえ、なんとも可哀想な話である

*10
相手と対等な口をきくこと。敬語を使わずに馴れ馴れしく話すこと。『タメ』は元々博打用語で、ゾロ目(同じ目)を指す言葉。それが不良達に同格・五分五分のような意味で使われるようになり、そこから一般層にも普及したとされる

*11
とりあえず行く先々で何かが爆発しかねない。『名探偵コナン』の製作陣は爆発好きすぎではなかろうか?



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マンネリ解消の為に色々悩むのもいつものこと

 コナン君達とも別れ、一人で街をぶらり。

 ……ふむ、夕食前とあっては買い食いをするような気分でもなく、さりとて帰ってあれこれ悩むのも、夜の仕事として投げて(放置して)おきたい感じだな、と。

 

 ……うむ、地味に詰んでるなこれ?

 なんかこう、新しい出会いでもない限り話が進まない、一種の停滞期に入っちまったってやつだなこれ?

 まさかそこら辺の人を適当に捕まえて「アナタハイセカイジンデスカー?」ってするわけにもいかんだろうし。

 

 遠目には舞台の上で何やら踊ってる?騒いでる?演習してる?……どれかよくわかんないけど、背負った砲塔?っぽいものを振り乱しながら、何事かを喋っている女の子が見えるけど。

 ……んー、あれ艦これ*1かな、アズレン*2かな、それとも違うやつかな?……やってないからわかんねー。

 

 まぁ、そんな感じで、ちょっと非日常的なものが見えたりはしているけど、遠目なので近付くのもちょっと億劫だし、そもそも求めてる相手かも分からんし。

 みたいな感じで、あれに話し掛けに行くのもなー、とちょっと思考がボケている。……うん、慣れない戦闘なんぞするもんじゃないな、と言うか。いつまで寝惚けてるんだ、というか。

 

 ……なんて風にボーッとしていたら、鼻腔を擽る蒸かしたじゃがいものいい匂い。

 ふむ?と視線をずらせば、公園の敷地内の一画に移動販売の車が何台か集まっていた。このじゃがいもの匂いは、その内の一台から香って来ているようだ。

 

 

「……買い食いの気分じゃない、とは言ったけど」

 

 

 なんかこう、気になる。

 何故だか近付いてみるべきだ、みたいな私の第六感が……いや、私のゴーストが囁いている*3……!アノコロッケヲタベルノデス、*4と!

 なのでてくてくと近付いて、店員さんに声を掛ける。

 

 

「すいませーん」

「お、はいはいいらっしゃいませー!この店は初めて?じゃあこのオーソドックスなプレーンジャガ丸くん*5がオススメだよ!……って、どうしたんだい君、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をして」

()ヘスティア様(紐神様)*6だー!?」

「紐神様*7は止めてくれないかな!?」

 

 

 出てきた店員さんが、ロリ巨乳なツインテ紐神様だったので思わず叫んでしまった。……いや、なりきりとはいえ、神様もオッケーなんすか?!

 

 

「あらあら、ヘスティアさま?お元気なのは構いませんが、そうして叫ぶのははしたないですよ?」

「あ、エウロペ*8。……ん、ごめん。僕ももうちょっと、君みたいにおしとやかにできればいいんだけど」

「……うふふ。いいえ、いいえ。わたくしのゼウスさまとは違う、ほかのゼウスさまが愛したヘスティアさま。貴女が在りたいように在ることを、きっとゼウスさまはお望みです。ですから、幾ばくかの慎みだけを、お持ちになればよいのではないかしら?」

「……んー、君はホントになんというか、いわゆる善の女神って感じだよねー。……ってあ、ごめんお客様、思わず話し込んじゃって……いや、ホントにどうしたんだい君?すごい顔になってるけど?」

「え、」

「え?」

「エロギリシャ勢が増えたー!!?」

「君は本当に失礼なやつだな!?」

「あらあら」

 

 

 なんて風に驚いていたら、店の奥から現れたのは……スカート履いてないおばあちゃま!スカート履いてないおばあちゃまじゃないか!?*9

 なんかいきなりこの辺りだけ、エッチさが跳ね上がったんだけど?!……なんて風に思わず混乱する私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか?」

「はい、すごく落ち着いたので、できれば頭を撫でるのは止めて頂けないでしょうか?」

「あら、ざんねん」

 

 

 見た目のエッチさに反して、内面はおっとりおしとやかなエウロペさんにずっと頭を撫でられる……という拷問のようなご褒美のような、よく分からない状態から解放された私は、改めて彼女達の店である移動屋台の前に立つ。

 

 ……一応、コロッケ屋なのだろうか。

 メニューがチーズとかベーコン入りとか結構いろいろあるみたいで、私がエウロペさんに頭を撫でられている間も、ちょくちょくと売れていくのが見えていた。

 おやつコロッケということなのか、小豆クリーム味とか言うのもそれなりに売れていたのは、ちょっとよく分からなかったけど。……美味しいんだろうか、それ?

 

 

「──さて、で?君は結局、何しにうちに来たんだい?」

「あ、そうだった。すいません、ころっけちょうだい」*10

「いや、なんでそんなハチミツ求める初心者みたいな台詞を……。と言うか、一応商品名『ジャガ丸くん』だから!作ってるこっちもコロッケと何が違うんだろう、ってちょっと疑問に思ったりするけど!」

「じゃがまる、と言う響きがかわいらしくて、わたくしは好きですよ?」

「ああいやエウロペ、そういうことじゃなくて……」

 

 

 ……相性がいいのか悪いのかよくわからないな、この二人。

 まぁ、嫌ったりはしてないんだろうな、というのは会話の空気からよく分かる。

 ふわりと微笑むエウロペさんと、ああもうと口では言いつつなんだか嬉しそうなヘスティア様。……これで格好さえ普通なら、幾らでも見ていられるんだけどなぁ……?

 

 

「服装、服装か。……いや僕も、ちょっとは気にしてるんだよ?けどさぁ」

「わたくしたちは、この格好が一番落ち着くのです。……そういう風に定められているから、なのかもしれませんね」

「うーむ、なりきりの弊害……」

 

 

 こんなところにも憑依であることの弊害が出てるのか。

 ……トラブルメイカーであれば、トラブルを呼び込むようになり。

 服装が独特であれば、それ以外の服に忌避感が浮かぶようになり。

 さりとて、再現度が低すぎれば、いつかのアシタカのように自由に喋ることすら阻害されうる。

 ……デメリットも大概だけど、一体何を求められているんだろうなぁ、これ。

 

 ……は?!いかんいかん、シリアス思考は寝る前寝る前。

 首を振って辛気臭い考えを頭から追い出し、改めてジャガ丸くんを注文する。

 

 

「はいよー!……とりあえず、普通のでいいかい?」

「あ、はい、普通のでいいです。怖いもの見たさに小豆クリームにちょっと興味がなくもないですけど」

「いや、ベーコン以外は普通にトッピングだからね?そもそもベースが甘めのコロッケだから、クリーム系も意外とあうんだよ」

 

 

 そう言いながら彼女は、普通のジャガ丸くんと小豆クリームがトッピングされたジャガ丸くんを手渡してくる。

 小豆クリームの方はお試しとのことで、お代は結構だと言われた。

 

 では、早速普通のジャガ丸くんを一口。

 ……ふむ。さくさくの衣と、ふかふかの芋の食感。

 サクッと噛み付けば、じゃがいもの甘みが口の中を席巻するこの感じ、美味しいのは美味しいと思うんだけど……。

 

 

「……うん、トッピング頼む人の気持ちがわかりました」

「なんだか物足りない、ってなるんだよね。そのままでも普通に美味しいけど、何かこう……もうちょっと変化と言うか特徴と言うかが欲しくなる、というか」

「あ、それですそれ」

 

 

 中身に玉ねぎもひき肉も入っていない、純粋なじゃがいもだけのコロッケだから、食べててちょっと飽きが来るのだ。

 不味くはないけど、もうちょっと味に幅というか変化というかが欲しくなる、という奴だ。

 

 彼女の言葉に頷きつつ、プレーンなジャガ丸くんを完食。

 そのまま、小豆クリーム付きの方に視線を移す。

 見た目はまぁ、普通のコロッケに小豆とクリームが乗っかってる感じ。

 ある意味豪快だなぁ、なんて思いながら一口。……ふむ、なるほど?

 

 

「意外とあいますね……」

 

 

 コロッケ側の味付けが最低限だからか、甘いものを乗せてもおかしくない。どころか、物足りなかったじゃがいもだけの部分に、小豆とクリームがほどよいアクセントになって、控えめに言っても実食に足るクオリティになっている。

 

 ……つまり、雑に言うと甘くて美味しい!

 

 

「だろう?ただまぁ、小豆クリーム味ってこれでいいのか、ってところがなくもないんだけどね」

「そうなんです?」

「んー、なんか記憶の上では小豆()クリームじゃなくて、小豆()クリーム状にしてトッピングしてるっぽいんだよね。あと、中身も普通のコロッケっぽかったり。……個人的にはそれってあうのかなぁ、って気がしてね、再現すべきかちょっと悩んでるんだよねー」

 

 

 ヘスティア様が、むむむと唸っている。

 ふむ、唐揚げにハチミツとかポテトチップスにチョコレート、とかと同じようなものということだろうか?本来は甘じょっぱい系なのかな。

 

 

「まぁ、その辺りはしばらく悩んでみようかなとは思ってるのさ。どうせ、僕らは特にすることもないしね」

「……することがない……ってああ、原作的な行動も取り辛いのか」

 

 

 できるかどうかは別として、誰かに恩恵(ファルナ)を刻んだとしても潜るダンジョンもないし、そもそもの話として恩恵(ファルナ)を刻む意味がない、基本戦闘は起きないみたいだし。

 役割が後方で支援系の人は、なんにも起きない世界だと本格的にすることがない、ということか。……いやまぁ、元はなりきりなんだし会話を楽しめばいいのだろうけど。

 

 

「ベル君も居ないし、なんだったらヴァレン何某(なにがし)君も居ないし。……ここにいる僕は、ジャガ丸くんの改良に神生(じんせい)を捧げるしかないんだよなぁ」

「まぁ、ヘスティアさま。わたくしがついておりますよ?」

「ああうん。エウロペが居なかったら多分、ヘファイストスのとこに居た時より酷いことになってたと思うから。……これでも君にはすっごく感謝してるんだよ?」

「……うふふ。ええ、ええ。わかっておりますよ、ヘスティアさま」

「……まーたそうやってイチャイチャするー」

「いや、別にイチャイチャしてるわけではないんだけど……」

 

 

 ちょっと照れ臭そうなヘスティア様と、にこにこと楽しそうなエウロペさん。

 ……不思議な組み合わせもあるものだなぁ、なんて思いつつ残っていたジャガ丸くんをぺろり。ごちそうさまでした。

 

 今の時刻は──意外と経ってないな、五時前か。

 ふむ、となると……うーん、舞台の方にでも行ってみるかな?

 そんな事を考えていたら、ヘスティア様から声を掛けられた。

 

 

「そういえば、近々何かの大会が開かれるみたいだよ?」

「大会?」

「そ、なんか腕に変な板みたいなのをくっ付けた子達が、大会中ちょっと騒がしくなるかもしれない(今日この街は戦場と化すんだからよ)*11って教えに来てくれたんだ、はいこれその時貰ったチラシ」

「……見なくてもわかったけど、やっぱり決闘者か……って、これは」

 

 

 チラシを受け取る前から、なんとなく何の大会なのかわかってちょっと遠い目をしていた私だったが、チラシに描かれた人物を見て態度を改める。……なるほど、こう繋がるか。

 

 チラシに描かれた人物は、ジャック・アトラス。

 ──もしかしたら、出会ったことのある人物かもしれない。

 そんなチャンピオンとのエキシビションマッチが、優勝者の副賞になっていると、そうチラシには書かれていたのだった。

 

 

*1
『艦隊これくしょん -艦これ-』のこと。史実の艦艇が擬人化された少女達、通称『艦娘』達を指揮して戦うシミュレーションゲーム。どっちかというと放置ゲームに近いような気もしないでもない

*2
『アズールレーン』のこと。艦これの後に生まれた『戦艦娘』系ゲームの一つでもあるが、ゲームシステムはシューティング。重厚なストーリーも魅力の一つ

*3
元ネタは『攻殻機動隊』の登場人物、『草薙素子』の台詞「囁くのよ、私のゴーストが……」。この場合のゴーストとは背後霊とかと同じような物だと思っても構わない、かも?

*4
元ネタは『エルシャダイ』の登場人物、堕天使エゼキエルの台詞「弟の敵を取るのです(オトートノカタキヲトルノデス)!」。より正確に言うとPV内の台詞。ちょっとおかしなイントネーションの台詞だった為、一部で話題になった。

*5
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』に登場する料理の一つ。「芋を潰し調味料を加え、衣をつけた後に油で揚げた一口大の料理」と説明されている。……ぶっちゃけコロッケ

*6
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』に登場する()物で、竈や炉の女神。ギリシャ神話の同名の神と同一で、そちらはゼウス・ヘラ・ポセイドンの姉にあたる

*7
『ダンまち』のヘスティアの服装の一部に付いている、用途のよく分からない紐が、一部で話題になった結果生まれた呼び方。……いや、ホントにその紐なんのために付いてるんです?

*8
『fate/grand_order』のキャラクター。星5(SSR)ライダー。おっとりほわほわしたおばあちゃま。目につく人は大体愛しい子供達なので、よしよしと甘やかされて骨抜きにされる

*9
エウロペさんの格好から。……そのショーツは見えていい奴なんです?

*10
元ネタは『ハチミツちょうだい』。どこぞの黄色い熊の台詞ではなく、『モンスターハンターシリーズ』で初心者が言っていそうな台詞の一つ。……正確には、初心者は初心者でもダメな初心者が言いそうな台詞

*11
上の文は『遊☆戯☆王』原作内に登場した台詞。何も知らない一般人に対して注意を促しているだけなので、口調に反して意外と紳士的にも聞こえたり



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決闘罪を気にするのはリアリストだけ

 その週の日曜日。

 公園の一画、この間遠目に見た舞台の辺りを中心として、様々な人々が集っている。

 

 ……なんか見たことある人がチラホラ居る気がするんだけど、ホントみんなデュエル好きだね?

 私はちょっと前の辺りから付いてけなくなったから、基本的には見てるだけだけど。

 ……リンク*1?何それ、俺引退者*2みたいな。いや、正直ペンデュラム*3の時点でもうギブしてたけどさ。

 

 

「せんぱーい!わたしー!頑張ってきまーす!」

「はいはーい、頑張れマシュー!凄いところをみんなに見せてやれー!」

「はーい!頑張りまーす!」

 

 

 参加者組に混じってこちらに手を振るマシュに、大声で返事をすれば。

 彼女はむんっ、って感じに張り切って、選手達の集団に紛れていった。

 うむ、頑張れマシュ。頑張って勝ち上がって、あのジャック・アトラスが私達の知る彼と同一なのかを確か()てみてくれ。*4

 

 

「デュエリストの諸君!よくぞこの『なりきり郷デュエルカップ』に参加してくれたっ!!お前達の熱いデュエル魂、存分に見せつけてくれぇ!!」

「おお、MCはファイブディーズの人なんだ」

 

 

 舞台の上で熱く声を上げるのは、長いリーゼントが特徴的な男性。*5その隣に解説役なのか、二人の男女が座っている。

 

 

「おれぁおせっかい焼きのスピードワゴン*6!今回は訳あって、解説役って奴を務めさせて貰ってるぜ!」

「はぁい、同じく解説役の枝垂ほたる*7よ。ところで私、なんで駄菓子以外の解説役に抜擢されてるのかしら?」

「……なんだあの組み合わせ?」

 

 

 ……んんん?スピードワゴンさんはまぁ分からなくもないんだけど、ほたるさんに関してはホントになんで彼処に居るの?

 いやまぁ、リアクションとか言語センスとか、あの二人が解説するなら面白いモノになりそうな感じはあるけれど。

 

 

「……時間だぁ!これより、『なりきり郷デュエルカップ』予選を開催するぅ!!事前に引いて貰ったくじに書かれている番号を確認し、同じ数字が書かれているプラカードの前に並んでくれぇ!」

「予選だってぇ?!コイツぁはなから激戦の予感がビンビン来てるぜ!!」

「ふぅん、つまりは栓を開ける前、というわけね。勢いよく飛び出してくれると嬉しいんだけど」

 

 

 ……あ、ラムネか。

 ほたるさんの発言の意味について、一瞬考えてしまった。……いや、面白そうだって無責任に思ったけど、これ結構火傷率高い奴だな*8

 なんて事を思っていたら、いつの間にかプラカードの前に人が並び終わっていた。

 番号は1から8まで。並んでいるのは……大体十人ずつくらいかな?

 

 

「予選では、同一グループ内での総当たり戦を行って貰う!各員、健闘を祈るぅ!!」

「なるほど、総当たり戦か。……結構時間が掛かりそうなモノだけど……」

 

 

 予選は総当たり戦らしい。

 本来なら、それだけでアニメなら何週か使いそうな感じだけど……。*9

 一部のグループの近くの観客から、わっという歓声が上がる。

 どうやら、デュエリスト特有の俺ルール*10で、何かしらとんでもない事をした者が居るらしい。

 なので状況を確かめるべく、1のグループの方に視線を向ける。

 

 

「ふふん。君達雑魚が何人集まろうと、この束さんの前ではごみ屑同然!さぁ、纏めて掛かってくるがいいー!」

「なんだとー!元よりなんか優しいからって調子に乗りやがって!」

「そうだそうだー!原作のお前はエボルト*11じみてて、もっと黒く輝いていたぞー!」

「うるさいよ君達っ!?ってか扱い酷いな私の?!いや、元を考えたら当たり前なんだけどさ!!」

「うるせー!かわいいぞ束ェ!」

「なりきりしきれてなくてよかったな束ェ!」

「ファンクラブ出来そうだぞ束ェ!!」

「今のお前なら控えめに言って結婚したいぞ束ェ!」

「イジメかっ!!」*12

 

 

 ……なにあれぇ?

 なんか束さん*13っぽい人が、周囲に纏めて掛かってこいって挑発したけど、なんか変な方向に飛び火して、顔真っ赤にしてぷるぷる震えてる。

 ……見た目()最高な女が、中身も最高になったなら完璧だよなぁ、みたいな感じでめっちゃ祭り上げられてる、のか?

 いやでも照れ過ぎて撃沈してるし、単にリアリスト共の作戦かも知れんけど。

 

 

「う、ううー!私のアレイスター*14、ごめんねー!」

「おーっとぉ!!優勝候補の一人、篠ノ之束初戦で敗退!最初から大番狂わせが起きてしまったぁー!!」

「く、くせぇッー!!コイツからは良妻の香りがプンプンしやがるぜッーッ!!」

「それって褒めてるの?」

 

 

 とりあえず、束さんは敗退したようである。……いや、盤外戦術過ぎやしないあれ?

 あとスピードワゴンさん、女性にくせぇはどうかと思うよ、くせぇは。

 横のほたるさんの言葉に密かに頷きつつ、他のグループに視線を移してみる。

 

 

「これで終わり、です!【神聖騎士王アルトリウス】*15で、ダイレクトアタック!『約束された(エクス……)勝利の剣(カリバー)』!*16

「ぐあぁぁあっ!!?マシュボイスの『エクスカリバー』とかありがとうございますぅぅっ!!」

「えっ!?あ、その……どういたし、まして?」

「決まったぁー!!盾の騎士、マシュ・キリエライト選手のダイレクトアタックが成功したことにより、グループ2の決勝リーグ進出者は彼女で決定だぁー!!」

「な、なんて可憐なんだッ、あの少女はッ!?」

「ふぅむ、可愛くて強いのね。いいじゃないいいじゃない、マシュマロみたいに甘さと可愛さ(強さ)を両立しているなんて、とっても素晴らしいわ(オッティモ)!!」*17

 

 

 おお、マシュも順調に勝ち上がったようだ。

 ……アルトリウスでエクスカリバーだから、ランスロット*18で攻撃する時はアロンダイト*19になるのかな、やっぱり。

 なんて事を思いながら、こちらに手を振るマシュに手を振り返し、別のグループに視線を移す。

 

 

「はい、【空母軍貫-しらうお型特務艦】*20で直接攻撃しておしまい、ですね。……この()は、間宮さんが使う方が似合いそうね*21

「おーっとぉ!!空母赤城*22、一航戦の誇りを見せつけ、見事決勝リーグに進出決定だぁー!!」

「へぇ、今の遊戯王には、寿司のカードなんてものもあるんだなァ~」

「知育菓子的な?……ふむ、後で買って帰りましょうか」

 

 

 こっちは艦これの方の赤城さんが、『軍貫』デッキで勝ち上がったようだ。

 ……食べ物と戦艦の組み合わせだから赤城さんなのかな?

 

 え、そもそも戦艦テーマがない?*23……そういえば『軍貫』が出るまで、テーマとしては『巨大戦艦』*24しかなかったんだっけ。

 ……って言ってたら、その横のグループも勝利者が決まったらしく、大きな歓声が上がっていた。

 

 

「グループ4の勝利者はハーミーズ*25!リスペクトデュエルの真価を見せつけてくれたぁー!!」

「ふぅ、ガッチャ!熱いデュエルだったよ!」

「……なんか、観客の中にうんうんと頷いてるクラゲ頭*26の奴が居ねぇか?」

「というか、ヒトデ*27と蟹*28と海老*29とトマト*30みたいな頭の人も居るわよ?」

「なんだよアイツらの後方師匠面はよォー……?」

「というか蟹は出場しなさいよ、なんでそこに居るのよ貴方」*31

「……デッキは忘れた」*32

「キメ顔で言う台詞かそりゃぁよォ~ッ?!」

 

 

 おっと、こっちは天然自然決闘者なアズレンのハーミーズが勝ち上がったようだ。

 今日はあの特徴的なバイク*33は置いてきているらしく、普通に立って決闘している。……バイクに関しては、やっぱりあの蟹頭君が整備してたりするのだろうか?

 

 その後勝ち上がったメンバーは、みんな何故かフードとか仮面とか付けていて、誰が決勝に進出したのかは分からなかった。

 ……いいんだそういうの、みたいな感じに近くの人に聞いたところ、勝負を盛り上げる演出として、わりと好意的に受け入れられてるようだった。

 ……いやまぁ、カードゲーム系の大会の話ってわりと謎の人物とか居たりするけども。実際にやるのか、って気分になった私がおかしいんだろうかこれ?

 

 まぁ、そんな感じで午前の部、予選試合は大きな問題もなく終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「デュエルしてたらお腹すいちゃって。マシュちゃんも一緒にどう?」

「……というようなお誘いを赤城さんからお受けしたのですが、せんぱいもご一緒にどうですか?」

「え、私別に参加者じゃないけどいいんです?」

 

 

 お昼は何を食べようかなー、と思っていたら、戻ってきたマシュが赤城さんから昼食のお誘いを受けたから一緒にどうですか、と聞いてきた。

 まぁ、どこで食べようとか決めてなかったし、全然構わないけど。

 それ、マシュが誘われてる辺りデュエリスト同士の親睦を深めようとしてるんじゃない?私邪魔じゃない?……みたいな感じがして、ちょっと腰が引ける。

 

 

「ええ、構いませんよ。お食事はみんなでした方が楽しいですし。ね、ハーミーズさん?」

「そうだな、赤城の言う通り。君がデュエリストでないのは残念だが、それが昼食を共にする事への忌避感を生むわけでもなし。それに、マシュの先輩だと言うのなら私達にとっても先輩のようなものだ。是非、一緒に来てくれないだろうか?」

 

 

 なんて言ってたら、当のお誘い相手である赤城さんと、まさかのハーミーズさんまで連れ立ってこっちに近付いてくるではないか!

 おお、なんだこの図。ちょっと変な感動を覚えるなこれは……。

 

 

「あ、あの、せんぱい?徐に御二人に断りを入れてから写真撮影するのはどうかと……」

「いやだってさ、このツーショットは色々ビックリでしょ、問題ないならとりあえず撮っとくよ」

「……マシュ、君の先輩は随分個性的な人なんだな?」

「も、もう!せんぱい!いいから行きましょう!ほら、早く!」

「あーっ!!?待ってマシュ、もう一枚、もう一枚だけっ!!」

「だーめーでーすー!!」

「……ふふっ。楽しそうな二人ですね?」

「うん、楽しそうなのは確かだろうけど……引き摺られてるのはいいのか……? 」

 

 

 うおーっ!!後生だマシュー!!あともうちょっとー!!

 なんて呻くも、彼女は「!かすんぷ」*34していて聞く耳がない。

 ……むう、仕方ない。撮れた分だけで我慢するか、なんて思いながら、ドナドナって感じに引き摺られるのを許容する私なのだった。

 

 

*1
『遊戯王OCG』におけるカードの種類の一つ。2017年からの新マスタールールの制定と同時期に生まれた新たな召喚法、『リンク召喚』とそれによって召喚される『リンクモンスター』の両方を指す言葉。当時はこの召喚法が増えることにより、各所に様々な影響をもたらした為、未だにいい印象を持っていない人も居るとか

*2
台詞の元ネタは『だぁれそれぇ? 俺、ベクター』。『遊☆戯☆王ZEXAL』の登場キャラクターの一人が発した台詞であり、視聴者にとんでもないダメージを与えた台詞

*3
『遊戯王OCG』におけるカードの種類の一つ。2014年からのマスタールール3の制定と同時期に生まれた新たな召喚法、『ベンデュラム召喚』とそれによって召喚される『ペンデュラムモンスター』の両方を指す言葉。大量召喚を得意とする為、この辺りから本格的にプレイヤーターンの長時間化が深刻化してきたとも言われたり

*4
『確かみてみろ』とは、ゲーメストという雑誌で連載されていた『STREET FIGHTER III RYU FINAL -闘いの先に-』という漫画の最終回にて、主人公アレックスに対してリュウが言った台詞。……最終回の、一番最後の大コマの、一番盛り上がる場所でやらかした盛大な誤字。コミックス版では修正されているものの、雑誌掲載時のインパクトは強く、よくネタにされている。……というか、ゲーメストという雑誌そのものが誤字の宝庫なので、こういうネタには事欠かないところがある(インド人(ハンドル)を右に、など)

*5
『遊戯王5D's』に登場する実況アナウンサー。赤系の燕尾服と特徴的な形の髭、それから長いリーゼントがトレードマーク

*6
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(part1)『ファントムブラッド』に登場するキャラクターの一人。正式な名前は『ロバート・E・O・スピードワゴン』。前線で戦うよりも、後方で味方や敵の技や動きの解説をしていることが多い為、解説役扱いをよくされている

*7
『だがしかし』のメインヒロインにして、駄菓子に魅せられた残念系美少女。駄菓子の解説?そりゃうまいだろうけど、多分終わるまで長いぞ覚悟しろ、ってくらいには駄菓子好き

*8
駄菓子トリビアを磨いていないと死が見える

*9
何週どころか一クール使う事もあるぞ

*10
例:カードを書き換える・カードを創造するなど

*11
『仮面ライダービルド』に登場するキャラクター。いわゆる外道系のキャラクターなのだが、地味に義理堅いところがある為変な人気もあったりする

*12
『ディーふらぐ!』内の一場面を元にしたネタ、『船堀パロ』の一種。とにかく褒める。褒めて褒めて対象を赤面させる事を目的としたちょっとしたジョーク

*13
『IS〈インフィニット・ストラトス〉』に登場する人物の一人『篠ノ之束』の事。作中内に登場するタイトルと同名のパワードスーツの開発者である女性。薬物が効かない上に、身体スペックも人類の範疇を飛び抜けているという天才にして天災

*14
『遊戯王OCG』のカードの一枚『召喚師アレイスター』のこと。一人で何にでもなって何でもできるマッド系の人物繋がり、だろうか?

*15
『遊戯王OCG』のカードの一枚。『聖騎士』カテゴリーに属するモンスターの一体で、モデルは勿論アーサー王

*16
『fateシリーズ』に登場する武器の一つ。アーサー王伝説における聖剣『エクスカリバー』の『fateシリーズ』での呼び方

*17
オッティモ(ottimo)は、イタリア語で美味しいを意味する言葉のうち、最上級に当たる言葉。その為、正確に訳すと『とっても美味しい』辺りになる。とってもオッティモ!だととってもとっても美味しい、みたいな感じだろうか?

*18
『アーサー王伝説』における騎士の一人。フランス出身の湖の騎士。円卓崩壊の切欠を作った罪深き騎士

*19
騎士ランスロットが使うという名剣

*20
『遊戯王OCG』のカードの一枚。軍艦と軍艦巻を組み合わせるというよく分からない発想のもと生まれた『軍貫』というテーマのうちの一枚。食べ物で遊ぶな……食べ物で戦ってる……?!

*21
特務艦と言うのは『戦闘には関わらず特別な任務を務める艦船』の総称である為、まさにその特務艦の一隻である給糧艦「間宮」が使う方が似合っているかも、という意味の言葉

*22
『艦隊これくしょん -艦これ-』の登場キャラクターの一人。正規空母・赤城を擬人化したキャラクター。黒髪ロングで穏やかで真面目な、割りとオーソドックスな大和撫子

*23
あくまでも『テーマとしては』。後述の通り宇宙がイメージに入るモノは存在するし、細々と戦艦をモチーフにしたカードも存在するが、明確に戦艦をメインに据えたテーマは『軍貫』が初のようだ

*24
『遊戯王OCG』のカードカテゴリの一つ。シューティングゲーム『グラティウス』の敵キャラクターをモチーフにしたカード達が所属するカテゴリ。元ネタが元ネタなので、海に浮かぶ戦艦ではない

*25
『アズールレーン』の登場キャラクターの一人。イギリス海軍の軽空母・ハーミーズを擬人化したキャラクター。……なのだが、何故かボイスやら装備やらに遊戯王の影響が見てとれるキャラになっている。「お前もLDSか!……瑠璃!?なぜ瑠璃がここに……逃げたのか?自力で脱出を?瑠璃!」「私は瑠璃ではない」(無言の腹パン)

*26
『遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX』の主人公、『遊城十代』の髪型がクラゲみたいに見えるというネタから

*27
『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』の主人公、『武藤遊戯』の髪型がヒトデみたいな形をしているというネタ

*28
『遊☆戯☆王5D's』の主人公、『不動遊星』の髪型ネタ

*29
『遊☆戯☆王ZEXAL』の主人公、『九十九遊馬』の髪型についてのネタ

*30
『遊☆戯☆王ARC-V』の主人公、『榊遊矢』の髪の配色がトマトに似ているというネタ。一人だけ野菜なのは何故なのだろう

*31
不動遊星はジャック・アトラスのライバルである。居ることがバレるとヤバいので、ここではただの蟹として素知らぬ顔をしているぞ

*32
元ネタは『カードは拾った』。遊星の名台詞の一つ

*33
ハーミーズを改造すると乗ってくる軽空母型バイク。元ネタにあたる軽空母ハーミーズの外観をうまく取り入れた、ナイスデザインなバイク

*34
『艦隊艦隊これくしょん -艦これ-』にまつわる言葉。『ぷんすか!』を右から(=旧日本の書式で)書いたもの



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決め台詞を考えてる時大体ソイツは笑っている

「ふぅ。あそこの御膳、とても美味しかったですね」

「私は値段が気になって、気が気じゃなかったです……」

 

 

 隣の赤城さんが満足そうに微笑むのを横目に、彼女の行き付けの店とやらに連れていかれた私は、緊張で料理を味わうとかそんな余裕は一切なかった。

 

 ──ランチに 五けた。*1

 この人、思った以上に高給取りですわ。

 金銭感覚の違いに震え上がったのは、仕方ないことだと思うのです。

 

 

「ええ……?でもあそこ、同じようなお店の中では、結構安い方なんですよ?」

「止めてくだせぇ止めてくだせぇ、庶民の感覚じゃランチに千円だとしても贅沢なんですよ……」

「せ、せんぱい、お気を確かに……」

「何が落ち着けだマシュ!お前も結構手慣れた感じだったじゃないかっ、ええっ!?」

「お、落ち着いてくださいせんぱい!誤解、誤解です!マシュ・キリエライトとしての経験から、最適な行動を取っただけですので!」

「あっ、くそう!そう言われるとなんか言い返せない!」

 

 

 パーティドレス*2とか普通に着せて貰ってるし、何よりマシュがその辺りのマナーができないっていうイメージがない!*3

 じゃあ高級店に入っても物怖じしないのは仕方ないか!……え?ぶおお?なんのことです?*4

 

 

「いや、私もあの店に関してはちょっとビックリしたからな?赤城はああいうとこ、よく行くのか?」

「そうですねぇ、世間一般的な『艦これの赤城』とは違って、私は量を求めることはありません*5ので。代わりに、質に向かってしまったのではないでしょうか?」

「なるほど……?」

 

 

 つまりそれ、結局掛かるお金の総量自体は変わっていないのでは?……とは言い出せず、食事を終えた私達は、再び公園に舞い戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ではー、これより午後の部、決勝リーグを開催するぅー!!デュエリストの諸君、デッキの準備は出来ているかー?!」

 

 

 立ち並ぶ八人のデュエリスト達。

 最初の試合は束さんを下した謎のデュエリストCと、マシュの試合だ。

 

 二人が舞台に上がり、向かい合う。

 ……そして、フードを深く被った謎のデュエリストCが、小さく笑い声を上げ始めた。……のを聞いて、どっかで聞いたことあるぞこの声、となる。

 その感覚はマシュも同じようで、目の前の人物から聞こえる声に、微かに驚愕していた。

 

 

「その声は、まさか」

「ふっふっふっ、そのまさか、だよ!」

 

 

 バッ、とマントを取り払い、内から現れし少女。

 ──そう、彼女こそは。

 

 

「おーっとぉ!!謎のデュエリストC、その正体は喫茶店ラットハウスの看板娘、保登心愛だぁーっ!!」

「おおォー、こりゃまた別嬪な嬢ちゃんだな!……って、ラットハウスだとォ~?!」

「対戦相手であるマシュちゃんと同じ職場で働く仲間、というわけね」

「いやー、あははは。聞いたマシュちゃん?私のこと、別嬪さんだって♪」

 

 

 スピードワゴンさんの言葉に、思わず照れたように頬を染めながら頭の後ろを掻く少女。……そう、現れたのはココアちゃんだったのだ!

 この場所に現れる人物だと思っていなかったマシュが、僅かに困惑したように彼女に声を掛ける。

 

 

「こ、ココアさん?!何故ここに……!?」

「ふふーん。遊戯王って、可愛いカードもあるでしょ?それで密かに集めてたんだけど、ライネスちゃんに『試しに大会に出てみたらどうだい?』ってオススメされちゃったんだ!もう、こうなったら街の国際バリスタデュエリストを目指すしかない!って気分になっちゃって」

 

 

 てへへ、と笑うココアちゃんに、マシュが「なるほど、ココアさんらしいですね」と笑みを返す。

 ……いや、ほんわかするのはいいけど、これから真剣勝負なんじゃないんです?あと弁護士はいいのです?*6

 

 

「細かいことは言いっこなし!じゃあ、マシュちゃん!私と踊って貰うよー!」

「はい、全力で、お相手します!」

 

 

 とか言ってたらあっという間に決闘の空気に。……切り替え早いなデュエリスト。

 

 二人が左手を構えると、各々の腕に装着されたデュエルディスク*7が展開していく。

 ココアちゃんのモノは、お盆とウサギを模したようなもので、マシュ側のモノは前にも言っていた円卓の盾を模した形のモノだ。

 ガシャガシャとお互いのディスクが展開し、準備が完了したところで、二人が示し合わせたように声をあげた。

 

 

「「デュエル!!」」*8

 

 

「先行は私が貰います!」

「いいよ!私のもふもふデッキに勝てるかな!?」

「保登選手、凄まじい自信だァー!!キリエライト選手、相手の絶対の自信を打ち崩す事ができるかァー?!」

「おおぅ、こりゃァ白熱のバトルが待っていそうだぜッ!」

「ええ、熱いバトルを期待しましょう」

 

 

 ふむ、舞台の上はとても盛り上がっているようだ。

 

 だけどだね、その白熱のバトルを詳細に描くとなると、とてつもない時間が必要になるわけです。

 ……デュエル描写で字数を稼ぐ。うーん、字数稼ぎだと思われてる時点でよろしくないよろしくない。*9

 そもそも私ら生粋のデュエリストでもないので、始まり(開始)終わり(結果)だけあれば十分ですよね?

 

 なーのーでー、そんな描写稼ぎは不要だと思っていらっしゃるみなさまのためにぃ~。*10

 ──キング・クリムゾン(時を消し飛ばす)*11

 

 

「はぁ……はぁ……な、なんとか、勝てました……」

「ううう、まさか私の『わくわくメルフィーズとゆかいな仲間達』*12が敗北を喫するなんてぇ……!」

 

 

 「結果」だけだ!!この世には「結果」だけが残る!!*13

 ……的な感じで、勝負が決まった瞬間まで時間を吹っ飛ばしたんだけど。

 なんか、吹っ飛ばしたせいでどうやって勝ったの?みたいな事になってるような……?

 い、いや!きっと凄いプレイングで勝ったに違いない!

 私聖騎士もメルフィーズも回し方わからんので想像にしかならんけど!!

 

 

「見事なプレイングの応酬、見事な逆転の応酬!その激戦を征したのは、マシュ・キリエライト選手だァーッ!!」

「素晴らしい戦いだったわ、マシュマロ・キリエライトさん」

「マシュ・キリエライトです!」

「細けぇ事はいいンだよ嬢ちゃん!!見事なデュエルだったぜ!!」

「あ、はい。ありがとうございます」

「うぅー、負けちゃったぁ。行けると思ったんだけどなぁ……。うん、でもマシュちゃん相手なら仕方ないや。私を倒して、より高みを目指すんだよマシュちゃん!!」

「あ、は、はい!マシュ・キリエライト、この盾に誓って、全力で戦い抜く事をお約束いたします!」

「うん、頑張ってね!私も、観客席から応援してるよー!」

 

 

 なんか、舞台の上ではいい感じに試合の締めに入ってるけども。……わ、私は仔細を飛ばしたから、共感ができない……!

 こ、これが決闘者と一般人の間の埋められない差だというのか……!?*14

 舞台からこちらに手を振るマシュに、顔が引き攣らないよう気を付けながら手を振り返す私は、久々にカードの勉強でもしようかな、なんて事を密かに思うのでした。

 

 

 

 

 

 

「さて、決勝リーグも決着を迎え、残すはキングとのエキシビションマッチのみッ!!」

 

 

 司会の熱い実況と共に、今までのデュエルを振り返る。

 決勝リーグ二試合目は、ハーミーズさんと謎のデュエリストKの試合。

 フードの下から出てきたのが、まさかの黒咲*15さんだったことはとてもビックリした。いやだって、唯一の原作組の参戦者だったし、

 

 

「その声は……柚子!なぜ柚子がここに……逃げたのか?自力で脱出を?柚子!」

「私は柚子でもセレナでもないっ!」

「うぐっ、る、瑠璃……」

 

 

 なんて風に、まさか原作の一場面を再現するとも思ってなかったし。*16まぁ、そのあと、

 

 

「お前は……ライズ!ライズ・ファルコン!?」*17

「え、ええ?!」

「彼女はリゼではない」

「うぐっ、る、瑠璃……」

 

 

 ってな感じに、私まで巻き込まれる事になるとも思ってなかったんだけどさ。

 まぁ、別に悪い人でもなかったので、終わった後は連絡先交換しといたけど。「ランクッ!4ッ!!」も聞けたので言うことなしである。……いや、負けてたんだけどね、黒咲さん。

 

 三試合目は、赤城さんと謎のデュエリストN。

 艦娘達と似たようなシルエットを持った人物で、その正体は。

 

 

「もぉちろぉーん!余であるぅー!」

「まさかの水着ネロちゃまだと……っ!?」

 

 

 ──まさかの夏の装いのネロ皇帝であった。*18

 ……いや、確かに見た目とか攻撃の仕方とか、かなり艦娘感溢れてたけどさ、一応それパイプオルガンって体だよね確か?

 扱うデッキも、大きなパイプオルガン繋がりなのかオルフェゴール*19だったし、なんというかいつもの暴君さまなのは違いなかったけど。

 

 

「ネロ選手、失格ー」

「なんとっ!?主人公達はカードの書き換えとか創造とか、好き勝手やっていたではないか!?」

「あれアニメだから許されるんであって、リアルでやったら失格に決まってるでしょ」

「そんなぁー!?折角余が寝る間を惜しんで考えた、究極完璧全力全開黄金無双のオリジナルカードが火を吹く予定だったと言うのに!」

「……おいッ、誰かこの傍若無人が服を着て歩いてるような嬢ちゃんを、さっさと連れてけッ!!」

「横暴だぞこのリアリスト共ぉ~!!」

 

 

 ……うん、リアル書き換えとかリアル創造とかはダメに決まってますネロちゃま。素直に反省してきてください。

 ってな感じで、ここは赤城さんの不戦勝だった。

 ……予選は大丈夫だったのかって?

 ネロ皇帝は基本目立ちたがりやだから、予選では雌伏の時を過ごしてたんだと思うよ、多分。

 

 第四試合は互いに覆面だったせいで、微妙に気まずい感じになりながら、何故かお互いにマントも脱がないままデュエルをしてどっちが勝ったのかよく分からない感じになり。

 続く第五試合はその勝った方の謎のデュエリストと、マシュとの対決。

 ……結局、頑なに顔を隠したまま敗退していったんだけど、あの二人はなんだったんだろう?

 

 その後の第六試合は赤城さんとハーミーズさんで、これはハーミーズさんの『主人公ハイランダーズ』*20デッキが勝利を収めた。

 ……主人公達ばりのドロー力だったので、ある意味仕方ないのかもしれない。

 あの局面で【黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)*21とか引いてくる辺り、なんというかヤバいって感じしかしなかったもん。……後ろでヒトデ頭さんが嬉しそうに頷くのも仕方ないというか。

 

 そうして迎えた決勝戦。

 マシュとハーミーズさんの長い戦いの勝者は、結果として『純聖騎士』ではなく『焔聖騎士』も混じったデッキであることを、ここまで隠し通したマシュとなった。

 

 切り札は最後まで取っておくということなのか、はたまた彼女のイメージ的にシャルルマーニュモチーフの『焔聖騎士』は使われないと思っていたのか。*22

 なんにせよ、それまでの堅実なプレイングからの一転攻勢を見せたマシュのデュエルタクティクスは、歴戦のデュエリストであるハーミーズさんをして唸らざるをえなかった、と言うのは確かなのだろう。

 

 ……正直私にはなーんも分からなかったのだけど。ブランクやばすぎて何が起こってるのか全くわからねーでやんの。

 

 

「ガッチャ!負けちゃったけど、熱いデュエルだった!」

「はい、いい勝負ができたと思います」

「今度リベンジするから、それまで腕を磨いておくんだね」

 

 

 爽やかに別れを告げ、観客達に紛れるハーミーズさんが何を思っていたのかはわからないけど、きっと次のデュエルも激戦なのだろう、と言うことは理解できた。

 ……私もせめて解説できるくらいには、色々と覚え直しておくべきかなぁ?

 

 まぁ、そんなこんなで。

 優勝したマシュには賞金百万円と最新パックを1カートン分、それと副賞としてキングへの挑戦権が与えられたのであった。

 

 

「いよいよですね、せんぱい」

「ああ、いよいよキングのお出ましだ」

 

 

 舞台袖に立つマシュに近寄って、声を交わす。

 色々と濃ゆい一日だったから忘れそうになっていたけれど、そもそも今回の目的はキングとの会話にある。

 マシュは真面目なので、ちゃんとデュエルにも向き合っていたけど、半ば部外者な私にとってはここからが本番だ。

 

 

「では、観客の皆様方!どうぞ大声で、彼をお呼び下さいッ!!キング・オブ・Dホイーラー!!ジャックゥゥゥ、アトラスゥゥゥゥッ!!」

 

 

 公園内に響き渡る、キングを呼ぶ大合唱。

 それに応えるように、反対側の舞台袖が舞台下から噴射された白煙に染まり、一つの影がこちらに歩みってくる。

 ──威風堂々、絶対強者の誇りを見せ付けるように、悠然と歩んでくる男。

 

 

「お前が、俺とのデュエルを望む挑戦者か!!」

「──はい、マシュ・キリエライト。貴方に挑む者です!」

 

 

 ジャック・アトラス。

 孤高のデュエルキングが、不遜なる挑戦者を踏み潰さんとそこに立っていたのだった。

 

 

*1
懐石系のお店なら、安くて2000円、高ければ10000円越えも普通である。……コワイ!

*2
『fate/grand_order』内のアイテム(概念礼装)『カルデア・ディナータイム』などを参照

*3
マシュは育ちが良い……というのとは違うけど、そこら辺のマナーを疎かにするようなタイプでもなさそうだな、という感じの話

*4
fgo内のイベント、『オール信長総進撃 ぐだぐだファイナル本能寺2019』にてマシュがしたとある行動から。意外と天然というか、なんというか

*5
『艦隊これくしょん-艦これ-』内にて赤城は空母というカテゴリーに属しているのだが、入手タイミングが他の空母系よりもかなり早い。……基本的に彼女よりも早く他の空母を入手することはないため、結果として『空母系(特に正規空母)は燃費が悪い』と言うことを一番に思い知らせてくれる為、本来イメージが分散するはずのものが『赤城(空母)は燃費が悪い』に集中してしまった結果生まれたイメージ。赤城さんは、よく食べる。

*6
『ご注文はうさぎですか?』内でのココアの台詞から。『街の国際バリスタ弁護士』を彼女は進路として希望している。ここでは『街の国際バリスタ弁護士デュエリスト』になるのかもしれない?

*7
『遊☆戯☆王シリーズ』より、デュエリスト達の盾。……真面目に説明すると、カードを置いておくための板。簡単に外れたり飛んでいったりしないようになっている為、リアルのカードゲームにおける『座って遊ぶ為端から見ると地味』という映像上の問題点を解消する事に成功した、画期的なアイテム。……ただ、そのせい(おかげ?)で、デュエリスト達には動き回る為の筋肉が求められるようになったりもしている

*8
『決闘』を意味する英語。カードゲームで使う場合はKONAMIが商標登録しているので注意

*9
いつかも説明したが、カードテキストを注釈にしたとしても一ターンで一話分の文章を使いきりかねなかったりする。無論、極限まで削ればどうにかなるかもしれないが、そうなるともはや呪文になる(例:サモサモキャットベルンベルンなど)

*10
リアルタイムアタック(RTA)』の動画で、biimシステムを使っている時のお決まりの文句の一つ。長く作業めいた行程を見せなければならない時に、暇になる視聴者のみなさまのためにぃ~、とある動画を流……そうとしたり実際に流したりする、そんな流れ。そんな流れ投げ捨ててしまえ(良心)

*11
『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(part05)『黄金の風』に登場する超能力(スタンド)の一つ。時を「消し飛ばす」能力と、数十秒後の未来を見る能力を併せ持った強力なスタンド。スラングとして使う場合、描写を飛ばして次の場面に移るぞ、という宣言にもなる

*12
『メルフィー』は、『遊☆戯☆王OCG』におけるテーマの一つ。可愛くてもふもふした動物達がメインとなる、遊戯王らしからぬテーマ。無論、その可愛い見た目に騙されると酷いことになる

*13
『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(part05)『黄金の風』に登場するキャラクターの一人が発した言葉。「結果」だけを重要視した彼の敗因にも繋がる台詞

*14
A.違います

*15
『遊☆戯☆王ARC-V』の登場キャラクター、『黒咲隼』のこと。身体スペックが異常に高い人物。作中ではとある事情から、基本的に周囲に高圧的だった

*16
『無言の腹パン』などと呼ばれる、『遊☆戯☆王ARC-V』内でのワンシーン。彼が荒れに荒れていた理由である、連れ去られた妹と瓜二つの人物に出会った時に、作中人物のユートが彼の腹にパンチを当てて強制的に黙らせたあと、「彼女は瑠璃ではない」と呟いた、というシーン。また、ハーミーズの中の人は柚子及びセレナと同じである為、その辺りも踏まえたネタでもある

*17
『遊☆戯☆王OCG』のカードの一枚、【RR(レイドラプターズ)-ライズ・ファルコン】のこと。……なのだが、この場合は『ご注文はうさぎですか?』のキャラクターの一人、『天々座理世(てでざりぜ)』の下の名前がローマ字で『Rize』……『リゼ』ではなく『ライズ』と読めてしまう為、そこからライズ・ファルコンと絡められて最終的に『このライズってファルコンかわいい』という台詞が生まれた……というネタに、リゼとマシュの旧声優が一緒だったというネタも混ぜた、とにかく大盛りなネタ

*18
『fate/grand_order』に登場するサーヴァントの一人、星5(SSR)キャスター。ローマ皇帝の一人、ネロ・クラウディウスが女性化されたキャラクターが、夏の装いを身に纏ってパイプオルガンと言い張る、どうみても艦これとかの艦装を元にした上でガンダムのビット兵器みたいな動きをする、金の劇場礼装を背面に装備した女性。……何を言ってるのか分からない気分になってくるけど、実際こうとしか言いようがない

*19
『遊☆戯☆王OCG』のテーマの一つ、『オルフェゴール』。楽器や音楽に関連したイメージを持つテーマ

*20
『ハイランダー』はカードゲーム用語で、基本的には『同名カードは一枚までしか入れない』というデッキ構築の仕方を指す。主人全員のカードが入ってるというのなら、必然的に二枚以上入れると枠が足りなくなるので、ハイランダー以外組みようがないところもある

*21
『遊☆戯☆王OCG』のカードの一つ。自分のフィールドに【ブラック・マジシャン・ガール】モンスターが存在する場合に発動でき、発動すれば相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊する事ができる

*22
『聖騎士』は円卓の騎士、『焔聖騎士』はシャルルマーニュ十二勇士をモチーフにしている



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(リアル的にも)時と場合による

「……ふん、やはりお前達だったか」

「ということは、やはり貴方はあの場所で出会ったジャックさんなのですね!?」

「キングだ、今はそう呼べ」*1

 

 

 公園から離れ、喫茶店ラットハウスにやってきた私達。

 目の前で席に座る彼、ジャック・アトラスは、カップに注がれたコーヒーを優雅に飲んで見せていた。

 ……え?試合?いや、普通にマシュが負けましたが何か?

 いや、だってさぁ?

 

 

「前回はその護りに煮え湯を呑まされたが、今回はそうは行かん!レベル8【レッド・デーモンズ・ドラゴン】*2に、レベル2【クリムゾン・リゾネーター】*3、レベル1【チェーン・リゾネーター】*4、そしてレベル1【シンクローン・リゾネーター】*5を、トリプルチューニングッ!!!」*6

「と、トリプルチューニング?!」

「王を迎えるは三賢人。紅き星は滅びず、ただ愚者を滅するのみ!荒ぶる魂よ、天地開闢の時を刻め!──シンクロ召喚!出でよ、新たな我が力!【スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン】ッ!!!」*7

 

 

 とかリアルでやられたんですよ、めっちゃ格好いいとこ見せられたんですよ、二人して放心ですわあんなの。

 まさしくフィール*8を叩き付けられた、って感じだったよホント。

 

 

「ふん。お前達に褒められても特に意味はないが……まぁ、感謝の言葉くらいは返してやろう」

「あ、はい。素晴らしいデュエルでした。……あの時よりも更に、腕を磨かれていたのですね」

 

 

 ジャックさんが照れ隠しのようにそっぽを向けば、マシュが自身の胸に手を当て、しみじみと彼を讃える言葉を紡ぎだした。

 それにまたジャックさんが「ふん……」とそっぽを向いて……といった感じの応酬が、さっきからずっと続いている。

 ……いや、ちょっと面白くもあるけど、話が進まないので続けてもいいかな?

 

 

「……よかろう。俺に答えられる範囲であれば、お前達の質問に答えるのも吝かではない」

「あ、ありがとうございますキングさん!」

 

 

 いいから、要件をさっさと話せ、と声を上げるジャックさんに思わず苦笑しつつ、彼に会えたなら聞こうと思っていた事を尋ねていく。

 

 

「まず、貴方はあの板でマシュとデュエルしたジャック・アトラスで間違いないのね?」

「如何にも。キングにあるまじき苦戦を見せてしまった、あのジャック・アトラスに相違ない。……忌々しいことにな」

「え?えっと、キングさん、もしかして怒っていらっしゃるのですか……?」

「怒る、だと……?」

 

 

 初めの質問は、彼が私達が知る人物と同じであるか否か。

 記念祭でマシュとデュエルをした彼であるというのなら、聞きたいことが幾つかあるのだ。

 そうして尋ねた結果は……ビンゴ!彼はあの「ジャック・アトラス」だった。ならば、この先の質問にも意味が出てくる……と、ちょっと期待が持てていたのだけれど。

 ……あの、何をそんなに怒っていっらっしゃるのです?

 目の前のジャックさんは、肩をわなわなと震わせ、憤怒の形相を浮かべていたのだ。

 

 

「そうだ、俺は今怒りに打ち震えているッ!!──不甲斐ない、自身への怒りにな!!」

「え、ええっ!?」

 

 

 事実、彼は怒っていた。但し、それは私達──正確にはマシュに対してのものではなく、彼自身の不甲斐なさに対してのものであったが。

 曰く、今日の決勝戦でのマシュのプレイングに、幾つか思うところがあったらしい。

 

 

「あの時の俺は、お前の『聖騎士』デッキの前に敗北を喫した。その日より俺はキングではなく挑戦者となった。──だが、お前の真の切り札は『焔聖騎士』!!あの時の、無様な敗北を喫した俺はッ!!お前の全力を引き出すことすらできぬ、お飾りのキングだったというわけだ!!これが、自身への怒りを生む動機とならぬのであればッ!!()()()()を名乗る資格なぞ、あるはずもなかろうッ!!」

 

 

 そこまで聞いて、「ジャック・アトラス」のエピソードの一つを思い出した。

 彼は原作において、ある人物が仕組んだ八百長によってキングの称号を得たのだと知らされるのだ。*9

 それに関しては、様々な事情からの仕方のない出来事であったし、なによりその対戦相手とは再戦して全力でぶつかり合い、打ち破ってはいるのだが。

 ……相手が全力を出せないデュエルと言うものに、彼が思うところがあるというのは、わからないでもない。

 更に、相手が全力を出さない内に負けたというのは、そもそも彼のプライドに傷を付ける行為だろう。……並べれば並べるだけ、彼が怒らない方がおかしい話だった。

 

 

「あ、その……」

「マシュ、謝罪はダメだよ」

 

 

 思わず謝りそうになるマシュの肩に手を置いて、謝ろうとする彼女の言葉を止める。

 ……遊戯王から離れた私でも、そこで謝るのが良くないことはわかる。こちらの言いたいことを察したマシュは、眉根を下げつつも、決して謝ることだけはしなかった。

 そんな彼女の様子に、ジャックさんはフッ、と笑みを浮かべ。

 

 

「そうだ、それでいい。全力を出せなかった理由など、俺がお前を本気にさせられなかった……それだけで十分だ。お前が気に病むことはない。──一勝一敗だ、今度はお前の全力で向かってくるがいい」

「──はい、王者(キング)ジャック・アトラス。今度の手合わせは、全力で向かわせていただきますっ」

 

 

 ……なんとか、いい感じに話が纏まったようだ。

 思わずうんうんと頷いて、勘定をして帰ろうか、なんて気分になって。

 

 

「……いや、君達もっと違う話の為にうちに来たんじゃなかったのかい?」

「はっ!?なんかいい感じの終わりになったからこれで解散でいいやって気分になってた!?」

「……む、そういえば別の話だったか。では店員、このコーヒーをO☆KA☆WA☆RI☆DA!」*10

「はいはーい!ただいまお持ちしま……って、あれ?」

「……むっ?」

「え、なになに?」

 

 

 店のカウンターに立っていたライネスからの、呆れたような声を聞いて本題を思い出す。

 と同時に、ジャックさんが飲み物をおかわりしようとココアちゃんを呼び止めて、呼び止められたココアちゃんが元気に挨拶をした……と思ったら不思議そうに首を捻って。

 そんな彼女の姿を見たジャックさんが、驚いたように微かに片方の眉を上げ。

 なんか変な連鎖を起こしたらしい一連の流れを見て、私が声を上げた。

 ……いや、何が起こったのこの空気は?

 

 

 

 

 

 

「ほら、ここ」

「……確かに、これは俺が書き込んだものだ。……なるほど、やはりお前だったか」

「えへへ、まさかキングさんがうちの常連さんだったとは思わなかったよー」

 

 

 ココアちゃんのガラケーを皆で覗き込む、という変な状況にちょっと困惑しつつ、二人は納得したように頷いていた。

 

 ……ふむ、()()()()、二人は一つのスレにおけるスレ主と名無しの関係だったようだ。

 さっきの反応は、ジャックさんのおかわりの声になんとなく既視感を覚えたココアちゃんと、改めてココアちゃんの姿を見たことで、自分が過去に閲覧していたスレの主をジャックさんが思い出したから、だったようだ。

 そんな事を隣のマシュと、カウンターからこっちに近付いて来ていたライネスと確認し合う。

 

 

「……どうしたの三人とも?なんだか顔色悪いみたいだけど……」

「んー、ジャックさんにこれから聞こうとしてた事にも関係あるんだけど……」

 

 

 ココアちゃんがこっちの顔を見て心配そうな声を掛けてくるのを聞きながら、ライネスに目配せ。

 彼女はそれに頷いて、店の扉の外側に「閉店(CLOSE)」の札を掛けに行った。……時間帯的に店内に他の客が居ないのも幸いした、というか。

 彼女が店の外から戻ってきて、私達の隣に座るのを確認して、改めてジャックさんたちに向き直る。

 

 

「それで?お前達は、俺に何を聞こうとしていたのだ?」

「……ゆかりんからある話を聞いて、ずっと思ってたことがあるんだよね」

 

 

 ジャックさんからの言葉に、私は静かに語り始める。

 なりきりと言うのは、そもそもキャラクターを演じる者と、それに質問を落とす名無しとで原則成り立っている。

 余所の掲示板ならば、キャラクターのみで集まってるところもあるかも知れないけれど、私達の居た場所では名無しとスレ主の二種が基本形だったはずだ。

 なので、自分がキャラクターを演じていない場所(スレ)では、否応なく私達は名無しで居ることを求められていた。

 ……さっきの掲示板内でのココアちゃんとジャックさんのやり取りみたいなモノが普通だった、と言うことだ。

 

 

「そうだな、気になったスレがあれば名無しとして質問を落とす。それはなりきりをするものにとって、ある種の礼儀のようなものだ」

「基本的には自分のスレに籠もってるものだから、意外とそういう機会は少ないとも言えるけどね」

「はい、なりきりは基本的に遊びに分類されるものです。……ですので、自身のスレから出てこないという方も、一定数存在すると思われます」

 

 

 ジャックさんの頷きと、ライネスとマシュの補足。

 それらを受けて、私はこう告げる。……自分のスレ以外のスレの住民について知る機会とは、どのようなものがあるか、と。

 

 

「えっと、普通に板のトップとか?」

「そうだね、それと初心者用のスレとか、交流用のスレとか、紹介用のスレとか。……基本的には、自分から探しに行く必要性がある感じだよね」

「……話が随分と遠回りだな。結局、何を聞きたい?」

「まぁ、そんなに急かさなくても今からするよ。……()()()()()()()()()()()、見に行った?」

「む……っ?」

「記念祭って言うと、越境禁止ルールが解除されて、色んな所から人が集まってた奴だよね?」

 

 

 ココアちゃんが私の言葉を受けて自身のガラケーを操作し、件のスレを表示した。

 それを()()()()、私は一つため息を吐く。……ジャックさんの怪訝そうな視線を受けつつ、再び話を戻す。

 

 

「私はね、確認しには行かなかったんだ。祭の時だけの付き合い……って面もあったけど、そもそも昔来てた人も多く居たから、消えちゃってて見に行けないスレも合ったし」*11

「……ああ、確かに。祭の時だけ戻ってくる者も多く居たからな」*12

 

 

 そういう人は会話や演出などが上手い人達だったから、彼等の帰ってきた祭の盛況ぶりは、半端なスレでは太刀打ちできない程のものであった。

 無論、祭終わりのなんとも言えない寂寥感も、桁違いのものだったりしたけど……それはまた別の話。

 ここで重要なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 

「なに……?」

「そもそも祭の速度が早いからそんな暇がないっていうのもあるけど、最初の挨拶として自身の出身を明かしても、祭中元のスレに人が増えるってことは殆どないと思う。……まぁ、それに関しては祭中はみんな祭に集中してるからってのもあるわけだけど。で、それを踏まえて。──そこの私のスレ、開いてみて貰える?」

 

 

 私はココアちゃんのガラケーを指差し、比較的スレの最初の方で自己紹介をしたのちに祭を楽しんでいる私のレスの、そこに記載されたURLにアクセスしてみるように呼びかける。

 ジャックさんとココアちゃんは互いに顔を見合わせた後、そのURLをクリックして──、

 

 

「『そんなスレありません』……だと?」*13

 

 

 ()()()()の言葉を、私達に告げてくるのだった。

 

 

*1
ジャック・アトラスの呼び名の一つ。物語の初期の方と最後の方で、彼はデュエルキングとして君臨していた。その時の愛称とでも言うべきもの。なお、王者から退いている時は『元キング』などの不名誉な呼び方もされていた

*2
『遊戯王OCG』のカードの一枚。ジャック・アトラスのエースモンスター。リメイク版のカードに出番を取られがちだが、使い分けできるだけまだ扱いはいい方だったり

*3
『遊戯王OCG』のカードの一枚。効果発動ターンに

ドラゴン族・闇属性(シンクロ)モンスターしかEXデッキから特殊召喚できなくなる代わりに、手札から特殊召喚できたり、デッキから『リゾネーター』モンスターを2体まで呼び寄せたりする事ができる

*4
『遊戯王OCG』のカードの一枚。フィールドに(シンクロ)モンスターが存在する場合に召喚に成功すると、デッキから『リゾネーター』モンスターを呼び寄せる事ができる

*5
『遊戯王OCG』のカードの一枚。フィールドに(シンクロ)モンスターが存在する場合に手札から特殊召喚できたり、墓地に送られた場合にこのカードと同名以外の『リゾネーター』モンスターを手札に戻す事ができたりする

*6
三体のチューナーモンスターを使用してのシンクロ召喚の事

*7
『遊戯王OCG』のカードの一枚。アニメ終了後暫くして登場した、ジャック・アトラスの新たなるエースモンスター。リアル召喚口上が聞いてみたい人は、ジャンプフェスタ2020のデュエルオペラを見てみよう

*8
漫画版『遊☆戯☆王5D's』に登場する用語。『仮想立体触感』と呼ばれるもの。ニュアンス的にはオーラとか気迫とかに近い、のだろうか?

*9
作中人物によって明かされた事実。もっとも、後述の通り八百長相手とはその後しっかりと再戦して打ち破っているのだが、彼のプライドに大きく泥を塗るような出来事であったことに変わりはない

*10
ジャック・アトラスの有名な台詞の一つ。一杯3000円するコーヒーを11杯も飲んでおいて、それでもなお、さらなるおかわりを望む台詞

*11
いわゆるdat落ち。1000レスを迎える・一定期間書き込みがなかった・なりきりの場合はキャラハンが一定期間存在しなかった……などの理由から書き込めなくなったスレが行き着くもの。1000レス達成の場合は過去ログ行きになったりもする

*12
記念祭の時だけ戻ってくる古参勢も少なからず居る。無論、名無し達は復帰を期待するため通常時より盛り上がる……事が多い

*13
ある種絶望の呪文。似たようなものに『そんなスレッドないです』などがある。見ていたスレが何かしらの理由で消えたことを淡々と示すもの



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見えるモノが全てとは限らない、という多用され過ぎな言葉

「……これは、削除されたと言うことか?」

「キャラハン不在時の削除ルールは三ヶ月でしょ?私はひと月ちょっと前の時には普通に居たし、そもそも他の同僚だって残ってたよ」

 

 

 ジャックさんの言葉に、私は首を横に振って答える。

 確かに「そんなスレありません」なんて表示をリンク先で見る事があれば、普通ならスレが削除されたと思うだろう。

 実際普通の掲示板と比べると、キャラハンの不在で消える可能性のあるなりきりスレというのは、比較的消えやすいものだと言えなくもない。

 

 ……が。今回のこれは、そういうことではない。

 

 

「では、これはどういう事なのだ?」

「んー、なんというか……ライネス、()()()()()()?」

「ふむ。少し待ちたまえ」

 

 

 こちらの意図を察したライネスが、自身のスマートフォンを操作して、とあるモノを表示する。

 ……どうでもいいけどロリ状態とはいえ、ライネスが情報端末弄ってるのなんかすごい違和感だなぁ……。*1

 さて、彼女がスマホに表示したもの、それは──。

 

 

「………?」

「いや、また同じ画面ではないか?」

「ふむ、()()()()

 

 

 彼女がスマホに表示したもの。

 それは、またもや「そんなスレありません」という表示。

 私とマシュにも、同じものが見えている。……が、実は問題はそこではない。

 

 

「今私が表示しているものは、過去ログ(dat落ち)になった私の元居たスレをダウンロードしたものだ、と言ったら君達はどう思う?」

「……なん、だと?」

「え?……いやいやライネスちゃんってば冗談きついよー。だってこれ、どう見ても……どう見ても……?」

 

 

 今スマホに表示しているのは、過去ログを他の端末でも見れるようにダウンロードしたものなのだと、彼女は告げる。

 それを冗談か何かだと思ったココアちゃんが、笑いながらスマホに近寄って。

 画面が切り替わらないのに、右側のスライダが動いている事に気付いて、その笑みを凍りつかせた。

 

 それはあまりに奇っ怪な現象。

 スマホの画面を上にスワイプしても、画面上部に張り付いたように表示される「そんなスレありません」の文字と、画面が下に移動していることを告げる、右側に見えるスライダ。

 それが一番下にたどり着いてもなお、変わらない画面の表示。

 

 

「…………ナニコレ!?」

「むぅ、ここでオカルトだとっ……!?」

 

 

 その異様な現象を目にした二人が、こちらに困惑の視線を向けてくる。

 ……まぁ、コレに関しては私達も同じようなものしか見えてないんで、現状単なる推論しか述べられないんだけど。

 

 

「おそらくだけど、()()()が見れなくなってるんだと思うんだ」

「越境先、だと……?」

 

 

 ジャックさんの言葉に頷いて、改めてココアちゃんのスレとやらを見せてもらう。

 ……彼女たちの反応から、そこには名無しとキャラハン達の会話が表示されているのだろう。だがしかし。

 

 

「私達には「そんなスレありません」って見えてるんだよね」

「え、ええっ!?」

「……嘘は吐いていないようだな。だが、何故そんなことになる?」

 

 

 さっきのライネスのスマホの画面と同じく、私達にはココアちゃんのスレとやらは()()()()()モノとしか認識できていない。

 私達がスレとして認識できたのは、さっきの祭スレだけなのだ。

 

 

「……いや、まさか、さっきのお前のスレも?」

「実際どうなのかは別として、名無しとしての参加すらもした事のない場所は、多分ああなるんだと思うよ」

「え、あ、もしかして!?」

 

 

 ジャックさんの疑問に曖昧に頷く私。

 ……いや、そのね?なんて言い淀む私をジャックさんが訝しむ横で、ココアちゃんが何かに気付いたように声を上げた。

 みんなの視線が彼女に向く中、彼女はそんな周囲の視線を無視して、ジャックさんに詰め寄るように顔を近付けた。

 

 

「ジャックちゃん!ジャックちゃんのスレのアドレス教えてっ!」

「じゃ、ジャックちゃんっ?い、いやそれよりもだ、近いぞ貴様っ!!」

「いいから教えてー!」

「ええいっ、今見せるっ、少し待てっ!!」

 

 

 ……突然のココアちゃんのジャックちゃん呼びも、近寄ってくるココアちゃんの頭を掴んで、必死に遠ざけようとするジャックさんの行動も意味不明だけど。

 そんな謎の空気も、次にココアちゃんがあげた言葉で霧散する。

 

 

「あー!?やっぱり!!見れない!!」

「なにィッ!!?」

 

 

 彼女が叫んだ言葉は、ある種予想通りのものだった。

 ジャックさんはココアちゃんのスレに名無しとして参加したことがあるから、彼女のスレを認識できるけど。

 それが反対になると、ココアちゃんはジャックさんのスレに参加したことがないので、彼のスレを認識できない。

 ……となれば、さっきの仮説はほぼ証明されたことになる。

 

 

「つまり、端から越境してもいい祭スレを除いて、他のスレは原則認識できない……ということになるわけだ」

「……なるほど。だが、それが事実だとして……どうなるのだ?」

 

 

 ライネスの言葉に、ジャックさんが疑問を返す。

 確かに、余所のスレに対しての認識障害みたいなものがあるとして。

 それが何を意味するのかなんて、わかるはずもない……こともない。

 

 

「なに……?」

「今まで私達は、自分が演じていたキャラクター達()()が憑依してきてるんだと思っていたけれど。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないか、って」

「憑依として影響の大きい、キャラクターというガワが目立っていたけれど。……そもそもの話()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだね」

 

 

 私の言葉にライネスが補足をいれる。

 

 今までの私達の認識では「元の人間」の上に「キャラクター」だけが覆い被さって(憑依して)いるのだと思っていたけれど。

 実は「元の人間」とほぼ同一な「名無し」というモノも、「キャラクター」と一緒に覆い被さって(憑依して)いるのではないか?

 ……というのが、今回話してみて思いついた説だった。

 「名無し」というフィルターが含まれる事によって、私達の視点に補正が掛かっているのではないか、と。

 

 そして、それを認めることにより持ち上がる説が一つある。

 

 

「今ここにいる私達、その元になった人々。そこに見える、知識の差。つまり……」

「つ、つまり?」

「私達は、みんな違う世界から()()してきてたんだよ!!」

「「「「な、なんだってー!!?」」」」

 

 

 ……うん、みんないい反応ありがとう。

 

 

 

 

 

 

「で、思わず周囲に合わせて驚いてしまったが。……つまり、どういう事だ?」

「あー、私ね?この前シャナちゃん*2とちょっとバトってきたんだけど……」

「いやちょっと待ちたまえ、世間話レベルの気楽さで突然爆弾発言を持ち込むのは止めたまえ」

 

 

 おっと、ライネスがなんとも言えない顔をしている。

 ……とはいえ、これ別に自分から望んでやったモノでもないからなぁ。

 とりあえずそんな事があったのだと納得して貰って、話を続ける。

 

 

「その時にシャナちゃんが原作終了してないところから来てるんじゃないか、って話になったのよ。使ってない技があったから」

「ふむ……?だが技を使わなかったくらいでは、余所の世界の人間だとは言えないのではないか?」

「彼女が普通のカテゴリの人物ならね。レベル5の話について聞いたことは?」

「……?学園都市がどうした?」*3

「いやそっちじゃなくて」

 

 

 ジャックさんの天然なんだかわざとなんだかよくわからない言葉を聞きつつ、レベル5と呼ばれる憑依者について簡単に説明する。

 

 彼等は演者と憑依者が馴染みすぎた結果、拒否反応を起こして滅茶苦茶になってしまっている人達だ。

 逆に言うと、彼等は知識の更新が起きていない──元の情報を保ったままの人間であるとも言える。

 

 

「ジャックさんは、『スカーレッド・スーパーノヴァ』を採用されていましたよね?」

「ああ、俺の新しい切り札……いや、そうか。()()を使おうと思えている事自体が、俺が()()ジャック・アトラスではないという事の証明になるのか」

「え?どういうこと?」

「なりきりはあくまでなりきりだから、自分の知識の外にあるものは知りようがない。同じように、()()()()()()()()()()()()()()()()時、彼等が()()()()()()()()()を知ろうとするならば、彼等はそれ(知識)を余所から仕入れる必要がある……要するに、()()()()()()()()()()()()()()()。それが本当なのかを、ゆかりんは確かめようとしてたってわけ」

「…………?」

「『ジャック・アトラス』という存在にとって『スカーレッド・スーパーノヴァ』は未知のカードだ。それを使っている時点で、俺は少なくとも『5D'sやARC-Vのジャック・アトラス』ではない。*4お前で言うのならば、三期で増えた者達を知っている時点で、一期当時の『保登心愛』ではない……という事だ」*5

「なる、ほど?」

 

 

 私の説明はちょっとわかり辛かったかな?

 なんて思っていたのをジャックさんが補足してくれたおかげで、ココアちゃんはなんとなく、くらいには話を理解できたようだった。

 

 要するに、使()()()()()()()()のではなく使()()()()()()のだとしたら、彼女はそれについての知識を持っていなかった……ということになるという話だ。

 

 だが、彼女はゆかりんを『境界の守り手』と呼んでいた。

 使っていた技からすると、知識の更新は起こっていないはずなのに、彼女は本来知り得ない()()()()()()を元にしたと思わしい名で呼んでいたのだ。

 

 ……ゆかりんの当初の予想通り、知識の更新が()()()()()()ことによって行われるものであるというのなら。

 憑依者が拒まれている以上、そちらの意識で動いていた彼女が八雲紫について知っているはずがなく。

 

 仮に知識の更新が行われていたのだとするのなら。

 少なくともこちらが嫌々展開した『疑装』に関しては、正しい対処を打ってきていた可能性の方が遥かに高い。*6

 

 ならば、()()()()()()()()()事を前提とした、もう一人の誰か(名無しという憑依者)が更に混じっている、と考えた時の方が無理が少ない。

 ──そう考えたというのが、今回の私の言いたかったことなわけだ。

 

 しかしまぁ、知識の更新がどの範囲で起きているのか、そしてそれに対しての違和感がどうなっているのか。

 ……そういった違和感をごまかすものが『名無し』というフィルターなのだとすれば、随分と雑ではあるものの、一定の効果をあげていると素直に認める他ない。

 実際、見えなくなったり理解できなくなったりしている事を、ジャックさんやココアちゃんと話すまでは認識できていなかったというのは、わりと驚嘆すべきことだと言えるだろう。

 とはいえ……。

 

 

「なんというか、例外引かなきゃ気付けないって結構酷い話だというか……」

「れいがい?」

 

 

 ココアちゃんが首を傾げるのを見て、マシュの方を見る。

 なんとも言えない表情を浮かべているのは、私と同じことを考えているからか。

 とりあえず置いておいて、更にその隣のライネスに声を掛ける。

 

 

「ライネスのそれ、元のスレのアドレスとか覚えてる?」

「いや、内容を確かめたからこそ自分のスレだと認識できたけど。正直、元の場所とかは全然」

「だよねぇ。……因みに私達の場合、さっきの祭スレはURL全部バグって見えたよ」

「それはまたなんとも……」

「……いや、待て。お前達は何を言っている?」

 

 

 遠い目で話し合う私達を見て、ジャックさんが声を上げる。

 ……うん、彼等には普通に見えているのだろう。

 最初に私のレスに書かれた()()()()()()U()R()L()を、特に疑問もなく踏んでいたし。

 

 ゆかりんは()()()()()、と言っていたわけだが。

 ……その大体の人から外れた人物を引かないと気付けないとか、型月じゃねーんだぞってツッコミたくなるというか。*7

 

 

「うーん、名無しも憑依してるんじゃ、ってとこまで行けたのは良かったんだけど。……なんか、謎が増えただけな気もする……」

「ふむ?……ああ、そうか。そういえば、君だけが聞いていなかったのだったか」

「へ?なにが?」

「ココアが特別、と言うのは紫もマシュも知っているよ。そもそも、マシュがここでバイトを始めた理由の一つでもあるからね」

「なん、だと……?」

 

 

 むむむと唸っていたら、ライネスから明かされる衝撃の事実。

 ……あ、よく見たらマシュの表情、悩んでるんじゃなくて申し訳無さそうにしてるやつだこれ!?

 うっわなんか変に探偵役やってただけだこれ、はっず!?

 

 なんてちょっと赤面する私の前で、ココアちゃんは頭を掻きながら首を傾げ、こう告げるのだった。

 

 

「えっと、私、なにかやっちゃった?」*8

 

 

 

*1
基本的な型月世界の魔術師は電子機器を扱わない、ないし嫌悪している

*2
『炎髪灼眼の討ち手』の愛称のようなもの。彼女の持つ宝具(武器)贄殿遮那(にえとののしゃな)』から取った名前

*3
『とあるシリーズ』より、学園都市最強の能力者達の格付けにおける最高位を、『超能力者(レベル5)』と呼ぶ

*4
『スカーレッド・スーパーノヴァ』の登場は2019年12月21日発売の『LEGENDARY GOLD BOX』収録時。ジャック・アトラスのアニメでの登場時期は、ゲストとして登場していた『ARC-V』を含めても最終回の2017年3月26日までの為、知識の更新・ないし補填がない限り、このカードの事を知るはずがない

*5
ごちうさのアニメ一期は2014年4月から、三期は2020年10月から。三期では学校のクラスメイト達にもスポットライトが当たるようになった為、登場人物が増えたとも言える

*6
贄殿遮那(にえとののしゃな)』で防御するだけで多分事足りるし、その事に真っ先に気付くはず

*7
型月系の作品によくあること。──だがここに例外が存在する

*8
元ネタは『賢者の孫』の主人公がよく言う台詞、『またオレ何かやっちゃいました?』。ある意味、謙虚も行き過ぎると笑いになるということの見本か



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歩くような速さで、君を思う(なお早歩きである)

「えっと、整理すると。……マシュ達は、ココアちゃんが元のスレを見ることができる希少な人物だと知っていた、と?」

「はい。彼女がこの謎を解く鍵の一つなのだろうということは、ライネスさんから初日にお窺いしていました。……彼女以外にも見える人が居なければ、詳細な検証はできないだろうと言うことで、本人にもお伝えはして居ませんでしたが」

 

 

 マシュに聞いた結果返ってきた答え。

 ……いや、恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしい。

 ドヤ顔まではしてなかったけど、謎を解き明かす探偵ムーブしてたのは確かだからすっごい恥ずかしい。コナン君とか居なくてよかったとしか言えない。

 

 なお、話題の中心であるココアちゃんは、今更ながらに自分が重要人物だったらしいことを知って、なんというかすごくビックリしていた。

 

 

「つまり、私がこの事件の犯人だったりするの?!」

「論理が飛躍しすぎだ、ココアに探偵役は求めていないから、今まで通り普通にしていたまえ」

「ええー!?私が中心なのに、蚊帳の外なのはひどいよー!」

「いや、俺もお前にそういう役割は求めんと思うぞ」

「……いや、よりによって君がそれを言うのかい?」*1

 

 

 こちらが二人で話す間に、彼等は彼等で和気あいあいと会話を連ねている。……むぅ、私も楽しい話がしたい……。

 とはいえ、とりあえず今までの会話のまとめをしとかないと、色々こんがらがりそうというのも確かな話。

 仕方ないので、ちゃんとまとめようと気合いを入れ直す。

 

 

「えっと、まずは憑依者の能力値についてかな」

「今までは演者の知識や元のスレでの人気・及びキャラクターの再現力が、能力値に影響を及ぼすのだと考えられていました」

「そこに、『名無し』というフィルターが関わっている可能性が浮上してきた」

 

 

 そもそもの話、なりきりというモノを言葉通りに受け取る場合、質問を受けて答えを返すというのは、再現(なりきり)としてはかけ離れているとも取れる。

 作品内でラジオ番組の質問コーナーを受け持っている、とかでもなければ、質問を受けて答えを返すという行為自体が()()()()()()()()()()()だと受け取られかねないからだ。

 

 だが、現実には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 というか、ゆかりんみたいな()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()ような者も存在している。

 どういう基準でその辺りの能力値の決定が行われているのか、そこに一つの解をもたらすものが、今回の『名無しも居るよ』説だということだ。

 

 要するに『名無し』成分が、本来外れているハズの原作以外の部分を再現する際に、その核になっているのではないか?という考え方だ。

 原作の再現力を『憑依者』が担うとすれば、彼等(名無し)は二次創作として優れているかを判定しているのではないか、ということでもある。

 

 そして、それゆえに──、

 

 

「この『名無し』、ほぼ同一であって、本人そのものではないんじゃないかなって」

「本人……というと、演者とは違うものだと?」

 

 

 マシュの言葉に小さく頷きを返す。

 そもそも、この『名無し』というフィルターの存在を思い付いたのは、シャナちゃんの言動が発端だ。

 

 ゆかりんのことを、あちらの命名法則に従ったかのような名前で呼んでいた彼女。

 知識の更新という考え方の上では、本来起こり得ない現象。

 

 それを解消、ないし説明付けるためのものが『名無し』というフィルターだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、例外的に原作にない知識も得られるのではないかという考え方。

 だけど同時に、これを全ての人に当てはめるとすると、とある問題が浮上する。

 

 

()()()()()()()でしょ?こうして、実際におかしいものを見るまでは」

「あ、はい。スレがないという異常を眼にするまで、ジャックさんもココアさんも、疑問を抱いている様子はありませんでした」

「疑問を抱かなかったということは、少なくともあの二人は演者と『名無し』にズレは無いか、もしくは少ないってことになる」

「……なるほど。演者と『名無し』が同一であるならば、気付くという過程が発生すること自体がおかしい、ということですね」

 

 

 ……マシュの頭の回転が良すぎて怖い。

 演者と『名無し』が同一であるならば、知識の範囲も同じはず。

 だがそれが正しいとすると、シャナちゃんの動きがおかしいことになる。()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

 それが、気付くという過程が発生すること自体がおかしい、という言葉の真意だ。

 

 なので、演者と『名無し』の間でも、知識の範囲に差があると考えた方がいい、というわけである。

 

 

「で、ふと思ったんだけど。……レベル4以上の人の精神の不和って、『名無し』の不調って言う方が正しいんじゃないかなって」

「……それは、何故そのように思われたのですか?」

「『名無し』の役割って、ある意味制御システムみたいなものでしょう?演者と憑依者間の調停役というか。で、その二者はそもそも別の存在で、混じり合うなんてことあるはずがない、根本的にはなりきりなんだから。だから、その調整を担う部分が誤認している……と考える方がしっくりこない?」

 

 

 まぁ、そもそもそんなに小難しいこと言わなくても、一発で『名無し』が制御用だってことがわかる理由があるんだけど。

 なんてことを呟けば、マシュがそれは一体?と聞いてくるので、そのまま彼女を指差すことで答えとする。

 

 

「え、私……ですか?」 

「あのハリセン、不和の原因を『場面転換』で吹っ飛ばしたってことだったけど。……不和の原因が本当に両者の食い違いだけで起きてたなら、下手するとどっちの人格も吹っ飛ばして、最悪廃人化してた可能性もあるのよ」

「ひっ!?」

 

 

 おっと、正確なところを話したらマシュを怖がらせてしまった。別にシオニーちゃんしたかった*2訳じゃないんで許してね?

 

 

「基本的にあれ、特に指定せずに使うと()()()()()()()()()()を選ぶようになっているから、『名無し』の処理がハング*3してたからそこを直した(飛ばした)、ってみた方がいいと思うんだよね」

「せんぱい!?せんぱい!!さらっと恐ろしい事を言い出すのは止めて下さい!?」

「大丈夫大丈夫。もし失敗してたら責任取って私も首斬ってたから」

「せんぱいそれ何も大丈夫じゃないです!?」

 

 

 あの煙も『名無し』がオーバーヒートして煙出してたとかじゃないかなー、なんて笑う私なのであった。……え、空笑い?なんのことやら。

 

 

 

 

 

 

「お話は終わった?」

「なんとなくは。見えてきたような気はするんだけど、まだ足りてない感じかな」

 

 

 マシュとの会議(途中でライネスも加わってきた)も終わり、そろそろラットハウスも閉店の時間。

 店内にそもそも私達以外の客は居ないので、食器とかをしまえば終わり……ということで、二人が片付け終わるのを外で待っていると、ココアちゃんが缶ジュースを持ってこちらに近付いてくるのが見えた。

 

 はい、と渡されたココアをありがたく受け取って、そのまま蓋を開けて一口。

 薄暗い通りを視線から外して、上の方を見る。

 

 ……ここもまぁ、不可思議な場所で。

 住人の要望に応える為なのか、建物の立地毎に天井の設定が違うらしい。

 ラットハウスの場合、近隣の建物も合わせて、地下だと言うのに夜空が見えている。

 ちゃんと星が見えているし、時間が立てば朝日も上る。……火炎之番人(サラマンダー)*4とか地重管理人(ノーム)*5とかが居そうな感じの不可思議さ加減である。

 

 そんな空を眺めていたら、隣のココアちゃんがふふっ、と笑みを溢した。

 

 

「んー?どしたのココアちゃん、楽しそうだけど」

「そうだねー、実際すっごく楽しいよ。毎日が遊園地みたい♪」

 

 

 こちらに満面の笑みを向けてくる彼女。

 ……なのに何故だろう?彼女の笑みが、どこか寂しげに見えるのは。

 

 

「ずっとこんな日が続けばいいのになぁ。……なーんて、そんな事言ってたらマシュちゃんに怒られちゃうね?」

「そんな二次創作のマシュみたいな事は言わないと思うけどなぁ」*6

「あははっ。そうかな?……でも、キーアちゃんも、事件の解決を目指してるんでしょ?」

 

 

 こちらを覗き込んでくるココアちゃんに苦笑を返し、缶の中身をもう一口。

 確かに、私達は何がどうなってこの異変が起きたのか、それを調べようとしている。

 

 

「でもまぁ、調べたからって解決するかどうかは、まだわからないけどね」

「え、そうなんだ?」

「まぁ、元の体に戻れないのは不都合だけど。……今の生活にもう馴れちゃってる人も居るだろうし、原因探して即解決って訳にはいかないよね」

「そ、そっかー。なーんだ、心配して損しちゃった……。……はっ!?な、なし!今のなし!!」

 

 

 自分が何を言ったのかに気付いて、慌てて弁明をするココアちゃん。……『マシュ』と『永遠』について口に出した時点で、こっちとしては気付いてたとは言い出せない空気。

 なので、「ワタシハナニモキイテナイヨー」と返しておく。……いや、そこであからさまに安心するのはどうかと思うよココアちゃん。

 

 こちらに手を振りながら、去っていくココアちゃんとライネスを見送って。

 私とマシュ、それからジャックさんは、自分達が泊まっている部屋に戻るため、道を歩き始める。

 

 

「……おい、キーア」

「なに?ジャックさん?」

 

 

 そんな中、ジャックさんが視線を前に向けたまま、こちらに声を掛けてきた。……こっちも視線を前に向けたまま、返事を投げる。

 

 

「……気付いたか?あの娘──心愛の纏う空気を」

「戻りたくない、って感じかな。多分だけど」

 

 

 投げ掛けられた質問に、感じたままの答えを返す。

 ……夢想の絵画なんてモノを見せてきた夢魔が、初めてその姿を夢に見せたのは何時だったか。

 あれが()()を語るものであるとするのならば──。

 

 

「……ゆかりん、()()を見せたほんとうの意味はこっちだな?」

 

 

 一筋縄ではいかないのだろう、この異変の全貌に思いを馳せながら。

 私達は、夜の街を静かに歩いていくのだった。

 

 

*1
ジャック・アトラスのある行動から。「だからあのカードはミラフォだっつってんだろ!」

*2
『スーパーロボット大戦Z』シリーズに登場するキャラクター、『シオニー・レジス』に対しての、一部の人達の歪んだ愛情表現のこと。精一杯虚勢を張っている相手をびびらせるの楽しいよね(かなりマイルドな表現)という人々の旗印みたいなもの

*3
ハングアップの略。コンピューターが動作を停止し、外からの操作を受け付けなくなった状態。いわゆるフリーズと同じ

*4
『AQUA』『ARIA』に登場する役職の一つ。火星をテラフォーミングした惑星である『AQUA』は、太陽から離れているので気温調整の為に人工の炉から熱を放出している。その火の番をするものが、火の精霊の名を冠する者達である

*5
『AQUA』『ARIA』に登場する役職の一つ。火星をテラフォーミングした惑星である『AQUA』は、地球より遥かに重力が軽いため、それを制御するシステムを管理しているのが、地の精霊の名を冠する者達である

*6
二次創作でのマシュのとあるイメージ。fgo第一部主題歌『色彩』の一フレーズ「永遠など少しも欲しくはない」と、とあるイベントで主人公(正確には主人公に成り済ましていた人物)の発した台詞から生まれたある種の過激派。『色裁』なんて呼ばれることも。無論あくまでも二次創作である




二章はこれにて終わりにございます。
また幕間を挟んで三章に続きます。


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幕間・祭が来た!

一話まるまる掲示板形式なので、苦手な方はご注意を。


縺ェ繧翫″繧頑攸設立10周年記念祭

1:祭進行部隊員A◇W2dm44jx[sage] 2020/10/1 0:00

この10月初頭、縺ェ繧翫″繧頑攸は設立10周年を迎えます。

 

なりきり掲示板の歴史を築いてきた、または現在築きつつあるキャラハン達と、それを支え導いてきた名無し達と共に、

10周年という節目を祝い、さらなる飛躍を目指すことを誓いながら、

ここに10周年記念祭の開催を宣言致します。

 

……まぁ、小難しいことは>>2を見ていただくとして、思う存分楽しんで行きましょう!

 

2:◇W2dm44jx[sage] 2020/10/1 0:01

 

 

☆祭での諸注意

 

 

◇原則age進行推奨

 

 

◇開催期間:10月1日~10月31日

※期間内にスレが完走した場合、運営部隊が第2会場を用意

 

 

◇祭参加の呼びかけは、キャラハン達の負担にならないように。

 

【現役キャラハン】

 

呼びたい相手のスレで、迷惑にならないように一度だけ招待してみましょう。

くれぐれもしつこく参加を呼び掛けないように!

 

【引退キャラハン】

 

専用スレがありますので、そちらで呼び掛けてみましょう。

 

誘導→ht■p://www.■df.■v/■/■?bbs=na■■k■■i&key=21■0■01■■

 

 

◇差し入れ・茶々入れ・質問・即興の出し物・イベント企画・参加等、公序良俗に反しなければ基本なにをしても構いません。

ただし、祭スレでの出来事を自スレに持ち帰ったり、他者に対して不快感を与えるような事は厳禁です!

 

 

◇祭に参加するキャラハンの皆様へ

 

 

○初参加時の必須事項

 

『自身の活動中、または活動していたスレの名前およびURLの紹介』

 

引退済で既に活動していたスレが削除されている方も、元URLの記入をお願いいたします(過去ログが保存されている場合は、そちらのURLを記載して頂いても構いません)。

 

 

○掛け合い形式でキャラハンをされている方

 

掛け合い形式のままでご参加頂くことができます。

代わりに、祭中にキャラクターの追加・変更は行わないようにお願いします。

 

 

○祭スレは越境OKになっています。

普段は関わることのないようなキャラハンとの会話を楽しむもよし、名無し達の出し物に反応をするのもよし。

自分が楽しみ、同時に見ている人達も楽しめるようにレスを進めていきましょう。

ただし、普段と同じくあくまでも質雑形式であることを忘れないように。

基本的に、優先すべきは名無し達との会話であることを念頭に起きましょう。

また、祭スレに掛かりきりにならず、自身のスレもちゃんと見るように!

 

 

◇参加される名無しの皆様へ

 

 

○名無し同士での会話は止めましょう

 

○特定のキャラハンだけに向けた質問などは止めましょう

 

○名無し側も思わず反応したくなるような文章を考えてみましょう

 

 

 

☆☆☆期間中のイベント企画大募集☆☆☆

 

「こんなイベントすれば面白いのでは?」

「こんな質問ならみんな参加できるのでは?」

 

祭運営部隊は、あなたの素敵なアイデアをいつでも募集中です。

企画の提案がある場合は、どうぞお気軽に自治スレにまでお越し下さい。

 

 

◇その他祭スレに関してのご相談等ございましたら、自治スレまでどうぞ。

 

3:[age] 2020/10/1 0:03

今年もやって来たか、祭の季節!アイスキャンディー屋の俺の仕事も捗るというものよ、くっくっくっ……

 

4:[age] 2020/10/1 0:05

カボチャを掘る

 

5:Optimus prime◇atgp3w52[age] 2020/10/1 0:06

祭の会場はこちらであっているだろうか?

私の活動場所にも招待状が届いたので、こうして顔を出してみたのだが、迷惑でなければ参加させて欲しい。

 

……おっとすまない、自己紹介を忘れていた。

私の名前はオプティマス・プライム。

惑星サイバトロンから来た金属生命体だ。

NEST隊員の一人であり、かつオートボットの司令官でもある。

 

普段は、

【オリジナルも可】ロボット総合【熱き魂】

 ht■p://www.■df.■v/■/■?bbs=na■■k■■i&key=23■0■01■■

という場所で活動をしているのだが、祭の期間中は会場内でも活動を行おうと思っている。

 

ないとは思うが、ディセプティコンの襲撃についての警戒も行う予定だ。それに伴い、会場の警護についても手を貸そうと思っている。

無論、折を見て祭のイベントにも参加するつもりだ、どうか宜しく頼む。

 

6:[age] 2020/10/1 0:08

ロボだこれー?!オイルでも渡せばいいのか?!(飲み物屋のおっちゃんが慌てている)

 

7:[age] 2020/10/1 0:10

俺のこの手が真っ赤に燃える!……マジで燃えてるんですけど?誰か消火器ー!

 

8:平沢 唯◇mdu7aaj8[age] 2020/10/1 0:11

おおーっ、ここが会場?

なるほどなるほど、軽音部もこんな大きな舞台に参加できるようになったんだね。だったら頑張らないと!

 

あ、てへへ。お客さんがすでに待ってたみたい。

私、平沢 唯!放課後ティータイムではリードギターとメインボーカルをやってるよ!

はいこれ、うちのチラシ!

 

【けい】ごはんはおかず【おん!】

 ht■p://www.■df.■v/■/■?bbs=na■■k■■i&key=22■9■23■■

 

さてさて、まずはどこに行こうかな~?

 

9:[age] 2020/10/1 0:13

ライブ対決が始まるようです。参加者はこちらまで~

 

10:[age] 2020/10/ 0:15

先ずはミルクでも貰おうか……

 

 

 

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125:キーアん◇2dmt447k[sage] 2020/10/3 8:14

>>95

いやいや、なんでそこで林檎が出てくるのさ?!

どう考えてもその流れは桃が来る展開だったでしょ?!

……あーもう、ここの名無し達はホントになんていうか、期待を裏切らないなぁもう!

とにかく、その林檎は処分しなさい、どう考えても良くないことが起きるから!

 

 

>>96(オプちゃん)

うーむ、司令官だからなのかスッゴいまじめー。

……いや、結構お茶目なところもある、のかな?

 

ふむ、そうなるとあっちの方なのかなー。

私も宇宙の全てを見た訳じゃないからなんとも言えないけど、意外と遭遇する時は遭遇するって事なのかもねー。

 

あ、よかったらこのオイルいる?

くじ引きで当たったはいいけど、どうしたものかって悩んでてねー……。

 

 

>>97

おいこらぁっ!?これ当たり入ってないクジじゃん!

なんでわかったって、これヒモ引っ張るやつだけど、どう見ても繋がってないじゃん、景品に!

さすがにそのままやらせようとするのは豪胆すぎるわ!!

進ノ介くーん、こいつひとっ走り付き合ってあげてー!

あ、こら逃げるな……ってあ、オプちゃんに捕まってる……。

 

 

>>98

あわわ、花火が湿気ったとか一大事じゃないの!

えーっと、こういう時は水分だけ吹っ飛ばして……、いや、これちょっと水分染み込み過ぎてる!

私がやると爆発させる気しかしない!

く、黒子ちゃん!黒子ちゃん呼んでこよう!

 

126:白井黒子◇dg5mwwtp[sage] 2020/10/3 8:17

なんだか呼ばれた気がしましたの。

風紀委員(ジャッジメント)として、呼ばれたのならば応えなければなりませんわね。

 

 

>>98

まぁ、これはまた盛大に濡れて居ますわね……。

ふむ、水分だけをテレポートさせて、と。

 

はい、とりあえずこれで宜しくて?……はい?まだ数がある?

いえ、もうその量ならば新しく用意した方が早いのでは……?

 

 

>>99

無論、私が敬愛するのは御坂お姉さまただお一人!

……なのですが。

ふむ、祭スレで出会った方々にも、尊敬できる方はいらっしゃいますわね。

オプティマス・プライムさんなどは、初めその姿に圧倒されてしまいましたが、話す内容から窺える知性の高さなど、見習うべき箇所は多くあると思います。

 

……キーアさん?

能力的にはいいのですが、なんというか彼女も大概トラブルメーカーというか……。

尊敬を向ける相手としては、少々問題があるようにも思われますわね。

 

 

>>100

最速の100ゲットと言うわけですわね、おめでとうございます。

……まぁ、私から何かあるかと言われると、特に何もない、としかお返しできない訳なのですが。

 

127:[age] 2020/10/3 8:18

朝だからバナナをあげるよ(ポロロン……)

 

128:[age] 2020/10/3 8:22

そのバナナしま……違う、これはバナナではなく音によって生み出されたバナナっぽい音……!?

 

129:モードレッド[age] 2020/10/3 8:25

なんだそれおもしれー!

 

130:[age] 2020/10/3 8:26

塩撒け塩

 

131:[age] 2020/10/3 8:26

どうしてお前はそうなのだモードレッド……

 

132:[age] 2020/10/3 8:26

トリップ付けねぇ奴に人権はねぇ!!

 

133:[age] 2020/10/3 8:30

仕方がないとはいえ>>130からの辛辣ジェットストリームアタックは草

 

134:モードレッド[age] 2020/10/3 8:32

なんでだよー!?

 

 

 

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348:[age] 2020/10/8 12:35

フォウ!フォウフォフォウッ!!

 

349:[age] 2020/10/8 12:39

正義とは、人によって違うのだ!貴殿は何を望む!

 

350:[age] 2020/10/8 12:41

ランチタイムにランチパックと午後ティーを用意……ふむ、ご機嫌な昼食だ……

 

351:[age] 2020/10/8 12:42

お子さまランチに旗が立っていませんわー!

 

352:ピカチュウ◇25dtpgtm[sage] 2020/10/8 12:44

ぴーか、ぴかぴかぴかー(さて、今日も張り切っていくぞー)

 

 

>>348

ぴーかー?(えー?ほんとにござるかぁー?)

 

 

>>349

ぴっぴかちゅう!(つまり可愛いは正義!俺の勝ち!閉廷!)

 

 

>>350

ぴーか、ぴかちゅー(なにこれ、パン?俺ケチャップ別に好きじゃないんだけど……)

ぴっかちゃー、ぴっぴっぴ(まぁ、いいか。貰えるものはありがたく貰いまーす)

 

 

>>351

ぴぃー?(お子さまランチってなんだぁ?)

 

353:[age] 2020/10/8 12:46

相変わらず声に反して中身がw

 

354:[age] 2020/10/8 12:47

赤いほっぺと黄色の体毛、見るもの全てが可愛いと振り返らざるを得ない、みんなのマスコットは誰でしょう?

そう、私です!

 

355:[age] 2020/10/8 12:48

誰おま定期、と言いつつたこ焼きを焼く俺。

誰か買ってってくれー!

 

356:[age] 2020/10/8 12:53

私ですが何か?(カレーショップを開店しながら)

 

357:[age] 2020/10/8 13:01

リメイクだとパスタ食ってそうな先輩チーッス(殴り倒されながら)

実際リメイクって発売されるのか……?(発表から十年以上待ちながら)

 

 

 

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512:酒呑みゆかりん◇sakenomi[sage] 2020/10/13 18:14

お酒おいしい!お酒おいしい!

祭で飲むお酒は格段に美味しいわね!昂ってきたわー!(パージ!)(ユカリサマー!?)

 

 

>>500

お酒おいしい!(挨拶)

ままま、ここはまず駆け付け一杯、それそれそれ~♪

そぉれイッキ♡イッキ♡

やったわぁ♡ちゃんと(お酒を)全部呑めたわね♡

じゃあ次に行ってみましょうか(突然の豹変)

いっぱいあるから、いっぱい飲んでいってね?

 

 

>>502

お水ですってぇ?

実は火が着くやつでしょそれ、私知ってるんだから!

貸しなさい、そんなもの全部飲み干してやるんだから!

 

………なにこれにがっ!?

 

 

>>504(球磨川君)

もー、口の中がにがにがのつらつらよぉ……。

……ってあら、これはまた空気の違う感じの人が来たものねぇ。

はぁい、こんばんわ未来のチャンピオン!

私はこの祭スレのトレーナー!押し通りたくば何かおつまみを寄越すがいいわ!

……ない?ならば美しく残酷にこの祭スレから往ね!

 

 

なんてことを言ってくる人が居るかも知れないから注意してねー。

え、私?いやよ戦うのキライだもーん。

 

513:[age] 2020/10/13 18:15

相変わらずの酒クズゆかりんである。酒撒いとけ酒

 

514:[age] 2020/10/13 18:16

鬼ならぬゆかりんが寄ってくる酒撒き、十月の新イベントとして制定しよう(提案)

 

515:[age] 2020/10/13 18:17

酒の樽置いといたら結構なキャラハンが釣れるのでは?

 

516:葛城ミサト◇ajmg3j8m[age] 2020/10/13 18:19

>>515

呼んだ?

 

517:イスカンダル◇gajt6mpt[age] 2020/10/13 18:19

>>515

同じく

 

518:ゾロ◇aj88gdmw[age] 2020/10/13 18:19

>>515

酒と聞いて

 

519:[age] 2020/10/13 18:21

てめぇら>>2をちゃんと読めバカっ!!

 

520:[age] 2020/10/13 18:22

>>2をよく読むべきなのは>>519の方なのでは……?(普段のスレと違って短文注意がないのを見つつ)

 

521:[age] 2020/10/13 18:25

つまり酒が悪い!禁酒法しかねぇ!!

 

 

 

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783:ジャック・アトラス◇jaw8gd2s[sage] 2020/10/17 13:14

>>772(キリエライト)

ほう、守りを固めたか。──ならば、俺の、タァーンッ!!

 

 

○手札2→3

 

 

リバースカードオープン!【強化蘇生】!

俺の墓地に存在するレベル4以下のモンスターを選択し、そのモンスターのレベルを1・攻撃力と守備力を100アップさせて蘇生する!

 

そうだ、誠の旗は不滅!

ここがぁ、決・闘・場だぁーっ!!

 

 

○墓地からマッド・デーモン復活。

レベルが4→5に

 

 

さらに、手札より【ダーク・リゾネーター】を通常召喚!

レベル5となった【マッド・デーモン】に、レベル3の【ダーク・リゾネーター】をチューニング!

 

王者の鼓動、今ここに列をなす。天地鳴動の力を見るがいい!シンクロ召喚!我が魂、【レッド・デーモンズ・ドラゴン】!!

 

 

○フィールドのモンスターを墓地に、EXデッキからレッド・デーモンズ・ドラゴンをシンクロ召喚

 

 

さぁ、その貧弱なモンスター達を全滅させてやろう!

『灼熱のクリムゾン・ヘルフレア』!!

 

784:[age] 2020/10/17 13:16

でた!ジャックさんのシンクロコンボだ!

 

785:[age] 2020/10/17 13:17

実際掲示板で遊戯王やるなら5D'sまでだよなぁ、誘発とか気にすると無理があるし

 

786:ジャック・アトラス◇jaw8gd2s[sage] 2020/10/17 13:19

>>784

……言ってくれるな、俺も正直どうかと思う。

だが、カードプールを最新のモノにまで広げすぎると、処理が煩雑過ぎるものになるのは避けられんだろう。

 

そういう意味で、リンクスもラッシュも色々考えているとは思うわけだ。

……まぁ、ラッシュに関してはタイミングがどこまでも悪かった部分はあるが……。

 

 

>>785

誘発即時効果か、確かに俺達の時代では俺の【バトルフェーダー】や遊星の【エフェクト・ヴェーラー】が目立つくらいだったか。

今となっては【灰流うらら】を初めとして、多数の誘発即時効果を持ったカードが生まれ、それらを駆使しなければ相手の動きを止められず、結果として何もできぬままに敗北することも多くなってしまったわけだが……。

 

チャット形式ならまだしも、掲示板形式では無理があるだろうな、その辺りのカードをうまく使うのは。

 

787:マシュ・キリエライト◇ap631jgw[sage] 2020/10/17 13:20

>>783(ジャックさん)

っ!!これが、デュエルキングの切り札!

凄まじい威圧感です、ですが!

 

(……攻撃っ!?【レッド・デーモンズ】の効果は、攻撃したダメージ計算後に守備表示モンスターを全て破壊する効果!そのまま受けてしまえば、私のフィールドはがら空きになってしまう……なら!)

 

させません!リバースマジックオープン!【禁じられた聖典】!

ダメージステップ終了時まで、このカード以外のフィールドのカードの効果を無効にします!

 

攻撃を受けた【聖騎士ガラハド】はそのまま破壊されますが、他の騎士達は守ってみせます!

 

 

>>773

デミ!サーヴァントです!

……は?!わ、私は一体何を……?!

 

 

>>774

あはは。いやだなぁ、先輩は虞美人さんですよ?

いつまで経っても二部にも行かずに、ずーっとぐだぐだしてる人なんて知りませんよ?

 

……その、今何か恐ろしいことを口走って居ませんでしたか私……?

 

788:[age] 2020/10/17 13:22

俺は時々マシュが怖い……

 

789:[age] 2020/10/17 13:25

何を今さら(二次創作でマシュに色々管理されながら)

 

790:リーシャ【祭進行部隊】◇W2dm44jx[sage] 2020/10/17 13:25

……おや?すみません秩序のものですが、事案ですか?

 

791:[age] 2020/10/17 13:26

やべぇ秩序の者(バーサーカー)だ!逃げろ!

 

792:リーシャ【祭進行部隊】◇W2dm44jx[sage] 2020/10/17 13:26

呼ぶような行動しなきゃ来ないんですよねぇ……(集団確保しながら)

 

 

 

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182:[age] 2020/10/24 19:04

早いものでもう20スレ目でして……クジもそろそろ切り替え時ですじゃ

 

183:[age] 2020/10/24 19:07

相変わらず祭は早いな

 

184:[age] 2020/10/24 19:09

どこに隠れてるんだろうな、こんなにいっぱい

 

185:美樹さやか◇5m8gwwxd[sage] 2020/10/24 19:12

みんなこんばんわー!元気してるぅ?

私?私は元気!ほら見てみて、オクタヴィア部分も超元気!(顔半分の化物部分を見せながら)

 

 

>>180

いやー、なんというか最近私の波来てない?映画でもかっこよかったんでしょ?

こうなると残念さやかちゃんでしたも使いにくくなるなぁ。

……え?お前のそれはホラーだろって?そりゃそうだ。

 

 

>>181

サーフボードかぁ。

……なんだか知らないけど、波乗り練習したほうがいいような気がするんだよねぇ、なんでか知らないけど。

 

 

>>182

クジって切り替えの期間とかあるんだ……。

というか、もう20スレ目なんだ?早いねー。

 

 

>>183->>184

そうだね、私のとこだと1日に10とか来れば大盛況の部類だけど、

祭だと1日に何人来てるんだかわかんなくなるくらいにいっぱい来てるよね。

まぁ、好きに過ごせばいい祭と違って、普段のスレでこんなに来てたら多分投げてるけどね、私だと。

 

……あ、あの盾の子……マシュちゃんだっけ?

あの子のところがすごいって聞いたような?

流石に祭の速度と比べるとあれだろうけど、よく捌けるなーって感心するよ、ホント。

 

186:[age] 2020/10/24 19:14

デミ!サーヴァント!です!

 

187:[age] 2020/10/24 19:16

いつの間にか盾使いの代表キャラみたいになってるよな、マシュって

 

188:[age] 2020/10/24 19:17

そもそも有名どころの盾キャラがブロントかキャプテン・アメリカくらいしか思い付かねぇ!!

 

189:[age] 2020/10/24 19:20

さんを付けろよデコすけ野郎!

 

190:[age] 2020/10/24 19:23

いや、それもわからなくないか……?

最近のだと、防振りとか盾の勇者とか?

 

191:[age] 2020/10/24 19:30

これあげる

つ【赤い十字の盾】

 

 

 

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991:友達無限な超コミュ強◇karitabe[age] 2020/10/31 23:18

じゃあなお前ら!今度会ったらしこたま上手いカレーをご馳走するからな!期待してろよ!

 

992:[age] 2020/10/31 23:24

まさかのカレー対決だったな……乙ー!

 

993:[age] 2020/10/31 23:29

祭の終わりにはドーンと花火だ花火だ!

 

994:ロリライネス@猫娘風◇dmPjtmgA[age] 2020/10/31 23:38

……ふむ、流石に新しく質問を返すような余裕はなさそうか。

では、他の皆達の挨拶用に残しておくとしよう。

来年もまた、無事に集いたいものだね。

では、さらば!

 

995:[age] 2020/10/31 23:41

みんなおつつー、ハロウィンもバリバリやってたし楽しかったー!

 

996:[age] 2020/10/31 23:43

最後の人(>>1000)にはこちらをプレゼント!

つフォウ君人形

 

997:[age] 2020/10/31 23:46

キャラハンでマーリンやってる人が来たりしたら災難だなそれw

なんにせよ、祭の最後まで俺たちは騒ぐぜー!

 

998:Optimus prime@花の冠◇atgp3w52[age] 2020/10/31 23:52

今年の祭も無事に終わることができたようだ。

皆の節度ある行動に感謝を。

参加者達も、楽しんで居たのなら幸いだ。

無論、私も十分に楽しませてもらった。

 

明日からはまた何時も通りの毎日だが、各員気を抜かないように。

では、さらばだ。

 

999:保登心愛@メイドコス◇M9msJ7CC[age] 2020/10/31 23:57

あー、楽しかった。

……もう終わりかぁ。もっと、みんなと遊びたかったなぁ。

 

でも、わがまま言っちゃダメだよね!

うん、みんなありがと!

じゃあ、また来年!

以上、ラビットハウスの看板娘、ココアからでした♪

 

1000:闃ア縺ョ鬲碑。灘クォ 2020/10/31 23:59

……ふむ。では夢のように片付けよう。

なぁに、お兄さんが原因と言うわけではないが、お手伝いくらいはさせてもらうぞぅ!

 

 

──どうか、君達の旅路に幸多からんことを。

 

1001:1001 1980/01/01 09:00

このスレッドは1000を越えました。

新しいスレッドを立ててください。。。

 

 

 

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幕間・炎と鎧との邂逅

 炎髪灼眼の討ち手が意識を取り戻した、という一報が届いたのは、彼女を打ち倒してから一週間ほど経ってからの事であった。

 

 寝耳に水*1とまではいかないけれど、推論の検証を行う機会がこんなに早く来るとも思ってなかった私達は、わりと大慌てでゆかりんの元に向かったわけである。

 

 

「はーい、おはようキーアちゃん」

「おはようってそんなゆっるい挨拶貰ってどうしろと……」

 

 

 まぁ、向かった先で返ってきたのは、滅茶苦茶ゆるーい挨拶だったわけなのだけれど。

 ……いやまぁ、変に緊張してるよりはいいのかも知れないけど、ねぇ?

 

 

「まぁ、今回はホントに話を聞きに行くだけ、という感じだし。キーアちゃんも、対応ミスってないか気になるでしょ?」

「……まぁね。やらかしてたら目覚めない可能性もあったわけだし、目覚めてくれたのはこっちとしても肩の荷が降りた感じで、ありがたくはあるよ」

「……ねぇマシュちゃん?何か恐ろしい単語が聞こえたのだけれど……?」

「その、八雲さん。聞き間違いでもなんでもなく、せんぱいは貴方の聞いた通りの事を仰っています……」

「……目先のゴールに飛び付くのは悪い癖、ということね。まぁ、結果オーライだということにしておきましょう」

 

 

 ……その、ゆかりん。声滅茶苦茶震えてるので説得力無いよ……?

 なんてやり取りを経て、やって来ました再びの地下千階!

 ……実際にそこまでの距離を移動してたら時間が結構掛かるので、降りる時だけはスキマ移動なんだけど。

 これ、スキマ使えない人は素直にエレベーターで降りるしかないの?

 

 

「使えない人?……ああ、上条くん*2とか神楽坂*3さんとか?」

「おっと物理的に使えない組。……というか居るのその二人?」

「いや居ないけど。……居たらややこしいというか意味わからなくなるから、居ないのはある意味でありがたかったりするけど」

「……あー、能力無効系に引っ掛からない異変なのか、そもそも能力の枠組みの外なのか的な?……検証を考えるなら居てくれた方がいいんじゃない?」

「そもそもこのなりきり郷が壊れます」

「もっと切実な理由だった!?」

 

 

 ゆかりんの言葉に確かに、と頷く。

 ……そもそもこの建物自体がわりと不思議物件になってるから、下手すると来ただけで倒壊、みんな生き埋め……ならマシか。

 空間拡張がどういう判定されるのかよく分からないけど、無効化された結果謎の空間に永遠に放置される、なんてことになる可能性も無くはないだろう。

 ……仮に彼等が憑依者になったとしても、原則ここには入れない、ということだけは確かなようだった。……って、ん?

 

 

「……もしかして、疑装でよかった感じ?」

「え?……ってあ、ハマノツルギ!?」

 

 

 煽られた結果、危うく死にかけて居たのかもしれない事に気付いて、私達はなんとも言えない空気に包まれるのでした。

 

 

 

 

 

 

「お前達か。彼女なら今はリハビリ室だ」

 

 

 相変わらずぶっきらぼうなブラック・ジャック先生に連れられて、廊下をぞろぞろと歩いていく。……ん?ぞろぞろ?*4

 

 

「せんぱい、気軽に虚無を呼び込もうとするのはやめて下さい」

「おっと失敬。お詫びに草シミュ*5を「いりません!」にょろーん*6……」

 

 

 むぅ、移動中の暇な皆様の為に何か用意しようかと思ったのだけど。……まぁ、その内フィリピン爆竹*7でも持ってくることにしましょう。

 

 

「そんなこと言ってると名状し難き放火魔が出てくるわよ」*8

「流石にあれのなりきりは居ないでしょー。……居ないよね?」

「私の酒呑み状態の台詞のリスペクト先あそこよ」

「キャラ違うじゃん!?」

 

 

 って言うかそのキャラだと吐くじゃん!

 なんて、わかる人にしかわからない(実際マシュはキョトンとしていた)会話を投げ合いつつ、しばらく歩いて五分ほど。

 件のリハビリ室には、幾つかの人影が見えた。……見えたのはいいんだけどさ。

 

 

「……なんでテニヌしてるの?」

「能力を確かめつつ、適度に動き、それでいてあくまでもスポーツである。……合理的では?」

「あれ死人とか出そうなんだけど!?」

 

 

 テニスコート二枚分とちょっとくらいの広さのリハビリ室の中では、本当にテニス──テニヌとしか呼べない謎のアクロバティック球技が執り行われていた。

 

 稲光が迸り、炎熱が宙を舞い、濁流が地を駆け、疾風が思うままに暴れまわる。

 ……特殊な補強とかしてあるんだろうけど、それにしたってよく壊れないなこのリハビリ室、みたいな技の応酬が繰り広げられているのが、ガラス越しの外からでもよく見える。

 

 若干腰が引けてきたが、ここまで来て確認しないわけにもいかず、ゆかりんとマシュと顔を合わせ、意を決して室内に続く扉に手を掛ける。

 

 

「……ふぅ。いい汗かけたわ、ありがと」

「うん、ボクも体の調子を確かめるのにいい運動になったよ、ありがとう」

 

 

 ちょうど試合が終わったらしく、ネット越しに握手を交わす人影が見える。

 ……なんか、背丈と横幅が結構違うような気がするけど?

 

 

「おい、君に客だ」

「なによ、(はざま)*9。……って、なんだ八雲じゃない。そういえば今日来るって言ってたわね」

「はぁい、久しぶりね。……えっと」

「シャナでいいわよ。今更他の呼び方されるのもアレだし」

 

 

 ちょっとためらっている間に先生が彼女に声を掛けて、相手と握手をしていた彼女……炎髪灼眼の討ち手がこちらに振り返る。

 わりとフランクな呼び方で先生を読んだ彼女は、そのまま後ろに居た私達に気付いて、納得したように頷いた。

 代表してゆかりんが挨拶をしようとして──呼び方は原作通りのものでいいと告げられて、ようやく彼女をシャナと、堂々と呼べるようになった。

 

 

「……なに?そんなこと気にしてたの?」

「いやまぁ、レベル5相当の人との対応経験とか、ほとんど無いからねぇ」

「マシュは物腰丁寧だけど、シャナはわりと超然としてるからね、彼が絡まないと」

「あ、虞美人さんを思い出したのは、ある意味間違いじゃなかったのですね」

「虞美人?ああ、たまに見掛けるわね。……アイツ、ちょっと不思議な空気をしてるけど、どういう人なの?」

「たまに」

「見掛ける?」

 

 

 普通の時のシャナちゃんの雰囲気が、普通の時の虞美人さんに似てるな、なんてマシュが呟いたことで明かされた、パイセンの謎の行動範囲。

 ……いや、あの人何やってるんだ?なんて風に思っていると、シャナとテニスをしていたらしいもう一人が、こちらにおずおずと声を掛けてくる。

 

 

「あの、シャナ。そっちの人は?」

「ああ、コイツら?八雲のお仲間、でいいの?」

「ゆかりんの仲間扱いはちょっと……」

「それ悪い意味で言ってるわけじゃないわよねキーアちゃん!?」

「あ、なるほど。噂の八雲さんだね」

 

 

 ふむ。背丈がおっきいから威圧感はあるけど、別に悪い人ではないようで。……うん、悪い人なわけないんだけどね。だってさ?

 

 

「じゃあ、知ってるかもだけど。こっちはアルよ」

「こんにちわ、アルフォンス・エルリックです。宜しく」*10

「……なんじゃこのくぎみーくぎみーくぎみー、くぎみーをきいーたらーみたいな集まりは」*11

「せんぱい、色々混じってます……」

 

 

 でっかい西洋鎧が釘宮ボイスで喋ってるとか、一人しか居ないじゃんね?

 

 

 

 

 

 

「いやいやいや、わりと真面目にどうなってんのこれ……」

「うーん、ボクにはなんとも。とりあえず、どうなるかわからないから鎧の中の印には触らないでね」

「触らないわよ誰がそんなおっそろしいことするもんですか!?」

 

 

 兜を外して貰って、内部を確認。

 ……原作と同じようにネックガード部分に描かれた血印を見付けて、思わず「なにこれ」と呟きつつ、鎧から這い出る。

 外ではシャナとゆかりんがなにやら話していて、そんな二人から離れた位置で、他の患者らしき人の検診を行う先生の姿が見えた。

 

 

「せんぱい、どうでしたか?」

「いや、なんというか。……わりと真面目に訳わかんなくなってきた気がする」

「憑依に憑依が重なってるからねー。でも、そこまで難しく考える必要は無いかも知れないよ?」

「と、言うと?」

 

 

 思わずわけわかんねぇ、と呟く私に、当事者のアル君が推論を語ってくれる。

 

 

「憑依者・名無し・演者の三者が重なってるって推論だったんでしょ?なら憑依者は多分、『原作のまま』で憑依させてるんだよ」

「……まっさらな原作開始時点の私たちを被せて、そこからの知識の調整などは名無しによって行っている、と?」

「うん、多分だけど。だから、ボクなんかは終わったあとの記憶もあるのに、微妙にボヤけてるんだ」

「……聞けば聞くほど、なんか英霊の座システムに似てないこれ?」

「だよねぇ」

 

 

 英霊の座の本体は、分霊がどのような経験をしようと変わることはない。そこに()()()()()()()姿()()()()、様々な場所に呼び出されて運用される。

 なので、仮に憑依者が英霊に近しいものなら。

 単に憑依させただけでは、原作通りの状態で、原作通りの知識しか持っていないのだろうと考えられる。

 

 ……ただまぁ、そうだとすると。

 

 

「……アラヤ的なものが、今回の黒幕?」

「集合無意識だっけ?……どうなんだろね?ボクは型月は詳しくないんだけど、こういうことするようなものなの?」

「う、うーん。……意味もなくは動かないはずだから、仮にあれに近いものが動いてるなら何か意味があるってことになるけど……」

「そもそも、アラヤがこの世界に存在するのか?と言うことから議論しないといけませんね」

 

 

 少なくとも、あのアラヤそのものがこっちにあるとは考え辛い。……あれ、結構動きに容赦がないというか、滅びが関わらないところで動いてるイメージが無いというか。

 まぁ、規模的には同じなのだろう、そう思っておいた方が色々心構えもしておけるし。

 

 

「……あ、シャナ達終わったみたい」

「ん、じゃあ合流しよっか」

 

 

 ゆかりんとシャナの会話が終わったらしく、二人がこっちに歩いてくる。

 ……表情はゆかりんは笑顔、シャナは普通。

 話が拗れたりとか、変に紛糾したりとかは無かったらしい。

 まぁ、二人で話したいとか言ってたので、内容を追及したりとかはしないけど。

 

 

「えっと、貴方がキーアでいいのよね?」

「え?あ、はい。私がキーアですはい」

「そっか。ありがと、お陰で助かった」

 

 

 なんて考えてたら、唐突にシャナさんから頭を下げられて、ちょっと困惑する私。

 ……ってあ、あの時の話か?こっち的にはちょっと黒歴史に片足突っ込んでるので、感謝とかされるとちょっとむず痒かったりするのだが。

 

 

「そういうわけなので、あんまり気にしないで頂けると……」

「……謙虚なのかなんなのか。まぁ、そっちがそう言うなら、私としては特に文句はないけど」

 

 

 怪訝そうにこっちを見るシャナさんに恐縮しつつ、リハビリ室から外に出る私達なのだった。

 

 

*1
寝ている時に水の流れる音が聞こえることから、不意をつかれて驚くことを意味する。寝てる時に耳に水を垂らす、とかではない

*2
『とあるシリーズ』の主人公、『上条当麻』のこと。『不幸だ』が口癖の無能力者の少年。その右手は全ての異能をぶち殺す、のだとか

*3
『魔法先生ネギま!』のキャラクターの一人『神楽坂明日菜』のこと。魔力無効化体質の少女で、作中のキーキャラクターの一人

*4
TRPG合同誌「TRPGおまじな大饗宴」内に収録されている内の一つ、栄枯浪漫TRPG「ぞろぞろガーデン」のこと。とりあえず、タイトルで検索してみればいいんじゃないかな(ニッコリ

*5
ゲーム『Grass Simulator』のこと。とりあえず、タイトルで(ry

*6
漫画『にょろーんちゅるやさん』のキャラクター、『ちゅるやさん』の台詞。なんというか落ち込んでる時とか出鼻を挫かれた時とかに使う

*7
フィリピンで使われている爆竹。威力が高い

*8
フィリピン爆竹で検索すると出てくる動画内にいるある種の魔物。二次創作だぞ、二次創作だからな!?

*9
ブラック・ジャックの本名は間黒男(はざまくろお)

*10
『鋼の錬金術師』のキャラクターの一人で、主人公の片割れ。大きな鎧に優しい心を持ったいい子

*11
歌の元ネタは『はちみーのうた』。一度聞くと妙に頭に残るトウカイテイオーの歌声が特徴。くぎみーは声優の『釘宮理恵』氏のこと。釘宮さんが声を当てているキャラが二人……来るぞ、遊馬!



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三章 デジタルの海を泳ぐのに水着は必要ですか?
因縁の場所が重なり過ぎている


「と、言うわけで」

 

 いつものゆかりん部屋に集まった私達は、いつものように会議というか話し合いをしていた。

 議題は最近お決まりの、この現象の説明について。

 

 

「ベースはやっぱり英霊の座だと思うのよ。作品の始まりの時点での彼等を憑依の原本として、そこに『名無し』という指標を与えて能力値や方向性を決め、最終的に演者におっ被せてこの世界の情報と同期させる」

 

 

 出して貰った黒板に、図解を入れながら説明を重ねていく。

 

 憑依者と、名無しと、演者。

 原作と、調整役と、実際に演じる人。

 なりきりという名目である以上、原作の彼等と同じであるはずがなく。

 なりきりという名目である以上、名無しという存在は演者とは微妙に違い。

 なりきりという名目である以上、文章を打ち込む貴方がいる。

 

 レベル4以上の不和を起こす『名無し』の不具合とは、原作と演者を確認した時に、違いすぎて合わせられない(レベル4)のと似すぎていて分けられない(レベル5)と『名無し』が認識した時に起こるものであり。

 故に『名無し』をぶっ叩けば、ある程度改善の可能性があるだろう、と。

 

 

「……いつかのメソッドアクターの話を採用するなら、役を振り分けるのが『名無し』ってことになるのかしらね」

「……これ、話してる私達もわりとちんぷんかんぷんなんだけど、ちゃんと説明とかできるもんなの……?」

「それができないことには他の人にも共有できないわよ」

 

 

 だよねぇ、と頷きつつ、黒板の絵を消してふりだしに戻す。

 ……裏側が見れる訳じゃないから、ずっと推論で語ってるけど、実際合ってるんだろうかこれ?

 平行世界とか知識の差とか知識の更新とか、色々情報が飛んでくる中から、あれこれと考えて形にしてみたけれども。

 

 ……うむ、まぁ、とりあえず、これでいいのでは?

 もう正直この辺りの話ずっとやってて疲れてきたというか……。

 

 

「せんぱい、ちょっとメタいと思います」

「ぬぐぅ、知恵熱か……」

「知恵熱って便利な逃げ言葉じゃないわよ?」

 

 

 喧しいゆかりん、私だってちょっと無理があると思っとるわいっ。

 ジェレミアさん(ちぇん)が淹れてくれたミルクティーを飲んで一息。

 正直煮詰まってる感が強くてどうしたもんか、って感じである。

 

 

「うーん。じゃあ仕方ないわね」

「……?ゆかりん、どしたの突然スキマ開いて」

「えっと、腕をスキマに差し込んで、何かを探していらっしゃるようです」

 

 

 若干の憔悴を感じて来たところ、ゆかりんがふぅと息を吐いて、スキマに腕を突っ込んで何かを探し始めた。

 しばらく経って、彼女が取り出したのは……。

 

 

「……アーマード・マシュのゴーグル?」

「なんでわざわざ間違うのよ、普通にヘッドマウントディスプレイよ、H・M・D!」

 

 

 二部のマシュが着けてるやつ……ではなく。

 VRゴーグルなんて風にも呼ばれる、頭に着けて映像を見るアイテムだった。

 あと、コントローラー的なものも一緒。

 ……なんかさ、嫌な予感するんだけど?

 

 

「気分転換も必要でしょう。どうかしら、VRゲームで遊ぶって言うのは」

「死亡フラグじゃないですかやだー!!」*1

 

 

 次にゆかりんが放った言葉に、私は全力でやだー!と返すのでした。

 

 

 

 

 

 

「実はこのゲームも調査対象なのよねー」

 

 

 ……などと言われてしまえば断りきれもせず、仕方なくゴーグルを被ってスイッチオン。

 

 初期設定やら何やらをサクサク進めて、遊ぶゲームを選ぶホーム画面にまでたどり着く。

 なお、私が見ている映像は外部出力できるとのことで、現在ゆかりん達が見ている大型モニターにも、私が見ているものと同じものが映しだされている。

 

 ……変なことするともれなく羞恥プレイになるので、素直に普通に設定とか進めたけど、誰も見てないなら、私もアバターとか好きに弄りたかったなぁ、とちょっと後ろ髪を引かれる。

 キーアの姿も嫌いじゃないけど、たまには背丈の高いキャラとかやってみたいというか。

 

 

「これ結構VR酔いするみたいだから、体型は実際のモノに合わせておいた方がいいわよ?」

「あー、出たVR酔い……なんだっけ、実際の体感と映像が違うと脳が混乱するとかだっけ?」*2

「それだけで済めばいいわね?」

「おいこら、だから人のやる気を削るなバカ」

「お、落ち着いて下さいせんぱいっ」

 

 

 ただでさえこちとらこんな状態になってる世界で、VRとかこえーよって思いながらやってんだぞ?

 変にやる気を下げないでくれ、正直逃げ出したくて仕方ない。

 ……いやだってさ?VRゲームって言ったら……。

 

 

「まさにデスゲーム!……ですね?」*3

「……その台詞がジェレミアさんから出るとは思わなかった」

 

 

 わりと似てるマリクの物真似が飛んできたことに面食らいつつ、今回の調査対象だと言うVRゲーム【tri-qualia(トライクオリア)】を選択してクリック。

 ……このコントローラー、Wiiのヌンチャク*4思い出すなぁ、なんて思いつつ、しばらく待つとメーカー名っぽいものが表示された後、スタート画面が現れる。

 

 

「……なるほど、スタート画面ではありますが、周囲を見渡せるのですね」

「VRならではよねー」

「おいこらちょっと待て、アンタらこれ見てなんも思わんのですか?!」

「え?なにが?」

「えっと、綺麗な場所だとは思いますが……」

「あっくそ、この子らやったこと無い子らだ!」

 

 

 目の前に現れたスタート画面、その向こうに見える景色に早速止めたい気分になりながら声をあげるが、なんと二人から帰って来たのはこちらが何を言ってるのかわからない、というような反応。

 顔が見えないのでわからないけど、多分二人ともホントに知らない感じだ。

 あーでも、新しい方にしてもリマスター前はプレステ2の時だから、知らない人は知らないか……。

 

 この気持ちが共有できないもどかしさに、なんとも言えない気分になっていると、またもやジェレミアさんから合いの手が。

 

 

「美しき湖畔に浮かぶ、荘厳なる聖堂。そこに繋がる大きな橋と、背後に見える移動用のポータル。──間違いありませんね、この場所は」

「Δサーバー、『隠されし 禁断の 聖域』。──どう見てもグリーマ・レーヴ大聖堂(ロストグラウンド)です、本当にありがとうございました。……帰っていいですかジェレミアさん?」

「お気持ちはわかりますが、流石に中に入りもせずログアウトは如何かと」

「イヤだー!中にやべーのが居たり、後ろに居る怪しげなグラサン男への巻き込みビーム食らいそうな場所はイヤだー!」*5

「ろす、ぐら?」

「え、何か有名な場所なのここ?」

 

 

 なんで『.hack』知らねーんだよ有名だろー!?*6

 みたいな気持ちで叫びつつ、でも知らないからこそ単に綺麗な建物で済むんだろうなー、って気になってちょっと羨ましくもあったり。

 

 ──グリーマ・レーヴ大聖堂。

 ゲーム作品『.hack』シリーズに登場する、とあるマップの名前だ。

 特に重要なものが隠されているとか、特別なイベントがあるわけではない、綺麗なだけの場所。

 

 ……だったら良かったのだけど。

 その何もない、というのは作中ゲームである『The world』での話。

 『.hack』シリーズとしては、厄物以外の何物でもないヤベーマップである。……正確には、物語の起点としてよく描写される、という形だけど。

 

 鎖に繋がれた女神像が中にあれば、まぁすぐには危なくないけど。

 もし仮に、誰も居ない台座だけが残ってたりした日には……。

 

 ごくり、と唾を飲み込んで、一応メニューを確認しておく。

 ……他のMMOも混じってるとか言うエグいものだったら恐ろしすぎるので、一応ログアウトがグレーアウトしてないか確認。*7

 ──流石にそんな事は無かったので、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「一応このゲームは外の人もできるみたいだから、流石にSAO*8めいたことはされないと思うわよ?」

「……いや、ちょっと過剰に警戒しすぎた感はあるから大丈夫。これフルダイブじゃないし。……だからこそ、『The world』的な警戒は消えなくて困るんだけど」

 

 

 あっちは普通のVRだったからなー、こわいなー。

 ……この怖さに共感してくれる相手がジェレミアさんしか居ないのがなんとも悲しいけど、いつまでも悲しんでもいられない。

 意を決して、大きな橋を聖堂に向けて歩いていく。

 ──歩きながら、あれ?外の人もできるなら、グリーマ・レーヴ大聖堂があるのおかしくない?ということに気付く。

 

 ……正式にリアルの方で使用許諾取ってるとか?

 じゃあこれも、リアルに作ってるだけだったり?

 ……うーむ、わからん。

 わからんけど、ちょっとだけ気が楽になったので、そのままキャラクターを歩きから走りに変えて、聖堂に一直線。

 

 

「え、なに?さっきまですっごい行きたくなーい、って感じだったのに急にどうしたの?」

「外の人も触れるって言うなら、変なものじゃないなってこと!ふはは、心配して損した!」

 

 

 そうだよ!外部の人も触れるって言うなら、MMOを扱ったゲームの金字塔としてオファーとか掛けてコラボしてるって考えた方が正解じゃん!

 だとすればちゃんと景色とか見てなかったの、ちょっと勿体なかったかな!まぁ帰る時に改めて確認すればいいか!

 

 なんて風に鼻唄を口ずさみながら聖堂の扉に手を掛け、それを押し開く。さーて、中身はどうなってるかなー?

 

 

「ちっ、流石ってとこか三爪痕(トライエッジ)!だがなぁ!!」

「………へ?」

 

 

 扉を開けてまず目に飛び込んできたのは、何も乗っていない祭壇と、その手前側へ三角に刻まれた大きな斬撃痕。

 あ、GUの方なんだね、なるほどなるほど。

 で、その次に目に入ってきたのは、──入って、来たのは。

 

 

「こいつを、喰らいやがれぇ!!『虎乱襲(こらんしゅう)』!!」

 

 

 大きな剣を振り回して、オレンジと青の目立つ人型の何かと切り結ぶ、黒い少年。

 ……はは。大剣を振り回してるってことは2ndフォームかなーあははー。

 

 

「vol.1の終盤じゃねぇかァァァッ!!?」

「うおっ!?」

 

 

 櫻井孝宏ボイスで驚いたようにこちらを向く少年を見ながら、とりあえず背後を気にする必要性はなさそうだな、とかなり現実逃避したことを思う私なのであった。

 

 

*1
海水浴客をモチーフにしたとある4コマが元ネタ。梅雨が明けたと聞いて、今日はもう雨は降らないのかと喜び(前編にあたる2コマ)、大雨に降られて、梅雨明けてないじゃん!と哀しむ(後編にあたる2コマ)というもの。その中で、後編の2コマで「梅雨明けてないじゃないすか!やだー!」と言っている。勢いと男性の顔が笑いを誘う作品

*2
VR酔いの原因と、乗り物酔いの原因は大体同じなのだとか

*3
VRMMOを題材にした作品によくある展開。HMDがなんやかんやしてゲーム内で死ぬと現実でも死ぬ。……いや、そんな危ないもの売るなし

*4
任天堂株式会社が2006年に発売した据え置きゲーム機のこと。リモコンとヌンチャクと呼ばれるコントローラーを使っての体感型ゲームが遊べることが最大の特徴。累計売上1億を越える化物ハード

*5
『.hack//G.U.』より。そんな感じの場面が存在する

*6
ps2専用ソフト『.hack』及び『.hack//G.U.』のこと。MMORPGをモチーフにしたゲーム。あくまでもモチーフなので、実際には普通のRPGである

*7
MMORPGあるあるの一つ。感覚まで全てゲーム内に没入できるフルダイブ型のMMORPGでは、ログアウトできないと現実に戻れない、ということになりうる

*8
『ソードアート・オンライン』内の同名のゲームのこと。とある男の妄執()の結晶



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タイトルがフラグの場合逃げ切れない(4話ほど前のタイトル参照)

 お、思わず叫んでしまったが落ち着け私!

 終盤戦なら後ろに向けての軸合わせビームは飛んでこない、はず!……え?前も同じ事を言ってた?二回確認ヨシ!*1

 

 とりあえず私がすべきことは、できる限り邪魔にならない位置で戦闘が終わるのを待つこと!

 なんてったって、電子の世界ではチートも何もないからね!

 

 

「このゲーム、レベルの概念ないみたいよ?どっちかと言うと、単なるプレイスキルがモノを言うみたい」

「クソァッ!!」

「せ、せんぱい落ち着いてっ!?」

 

 

 なんでMMOなのにレベル式じゃないんじゃい!!

 というか少なくとも『.hack』が設定とかの下敷きに含まれているっぽいのに、レベルでゴリ押しすら許されざるとか許されざるよ!(混乱)*2

 

 

「……おーい、もしもーし」

「はい?……おわっ!?」

 

 

 なんて風に混乱してたら、当の黒い少年から声を掛けられる。

 後ろを確認すると、倒された相手である三爪痕(トライエッジ)──もとい、蒼炎のカイトがポリゴンの塊に変化して消えていくのが見えた。*3

 ……あれ?憑神(アバター)戦は?って言うかこの子、2ndの見た目なのにどことなく5thっぽい雰囲気じゃない?

 

 

「いや、そりゃそうだろ。現実でAIDAとかクビアとかと戦わせようとすんなっての」*4

「……あっ」

 

 

 あ、これあれだ。私が先走ったやつだこれ。

 アバターにはこっちの表情とか感情とか反映されないから彼にはわからないだろうけど、リアルの私多分顔真っ赤にしてるやつだこれ。

 

 突然黙り込んだ私に少年は首を傾げていたが、やがてこちらが初心者だと判断したのか、頭を掻いたあとにこちらに自己紹介を行ってくる。

 

 

「あー、知ってるかもしれねーけど。ハセヲだ、よろしく」*5

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 

 ……毎回私は先走るんだ!(錯乱)

 

 

 

 

 

 

「なるほど?つまり俺みたいな奴は、結構存在してる……と」

「えっと、そういうことなるのかな」

 

 

 聖堂の外に出て、橋の欄干から黄昏に染まる空を眺めつつ、ハセヲ君にこちらの状況を解説する私。

 さっきの三爪痕(アレ)は、このマップにたまにポップするレアモンスターなのだそうで。

 彼は腕試しとか実験とかを兼ねて、ソロで彼に挑んでいたのだとか。

 

 

「このゲームじゃ反応速度を鍛えた方がいいからな。三爪痕(アレ)反則技(データドレイン)は使ってこない、普通の双剣使いみてーなもんだし」

ツインユーザー(双剣士)?……いや、それは1の時の呼び方だからツインソード(双剣士)?」

「いや、『tri-qualia』だと普通に双剣使いって職業(ジョブ)だ」

「……グリーマ・レーヴ大聖堂があるのに?」

「グリーマ・レーヴ大聖堂があるのに、な」

 

 

 ハセヲ君の言葉になんとも言えない気分になる私。

 ……いや、ここに来て(ゲームを始めて)から数時間も経ってないけども。

 さっきからツッコミ所しかないのはなんなの!?

 

 

「お、おう?」

「話の内容からして君なりきり勢でしょ?!なんでアバターがハセヲなの?!」

「あ、これはキャラメイクすると、自然とこうなるって言うかだな?……一応、板に居た時はハセヲやってたけど」

「わっけわかんねぇ!!それリアルは普通ってこと!?」

「い、いや。リアルも一応『三崎亮』にはなってるけど……」

「あーっ!アバター含めて原作判定?!わからん!被せもの(名無し)被せもの(憑依者)してさらに上に被せもの(アバター)とかもうわからん!なんもわからん!」

「お、おい、落ち着けって」

 

 

 こちらの様子にハセヲ君がおろおろしてるが、こっちのヒートアップは止まらない。

 だって考えてみてよ!?アバター含めて憑依してるっぽいハセヲ君なんて例がここにいて!

 なんか知らんけど、彼の原作にあった特別な場所が再現されてて!そこに出るモンスターもちゃんと関連してる奴で!

 のくせして、よくよく思い出したらメニューの開き方とUIがSAO方式だったし!

 なんかこのノリだと他のMMOとかも混じってそうで今から頭が痛いんだよ!どうすんだこれは!!

 

 

「……いや、それを俺に言われても困るんだが」

「第一村人なんだから色々聞くでしょ普通はっ!!」

「だ、第一村人……っ?」

 

 

 困惑するハセヲ君。

 ……いや、そもそも困惑してる顔になってるのも大概おかしい。これ単なるVRぞ?表情連動しないはずぞ?

 そんな事を問い掛ければ、ある意味予想通りの答えが返ってくる。

 

 

「なんつーか、俺だけフルダイブみたいになってるっていうか」

「完全に碑文PCじゃんか!!」*6

 

 

 単なるVRのはずなのに感触とかあるらしい。

 ……再現度判定どうなってんのかわかんないけど、アバターの判定は碑文PCになってる、というのは間違いなさそうで。

 

 いやもう、全部投げたくなってきた。

 このノリが許されるなら、他のMMO系から憑依して来た人も、大概酷いことになってるかもしれないじゃん。

 電子の海での事だから、現実であれこれやるよりも判定緩くなってる……とかありそうですっごい怖いんだけど! 

 

 

「あー、俺は見たことねーけど、他のマップに無茶苦茶やってる奴がいるとかいないとか……」

「聞きたくなーい!盾持ってるのとか出てきたら私投げるからねー!?」

「せんぱい!盾使いに悪い人は居ないはずですよせんぱい!?」

「性格が悪くなくても、スペックが悪以外の何物でもないんだよなぁあの子ォ!」*7

(……一人で何喚いてるんだコイツ……?)

 

 

 ハセヲ君の口から飛び出した、他のマップとそこで無茶苦茶やってるらしいPCの話。

 ……詳細を知りたくない。最終的に確かめなきゃいけないのだとしても、できうるなら聞かないまま終わらせたい。

 特に黒い盾持ってて黒い髪で黒い鎧の子が出てきたら、私は回れ右する。……いろいろ巻き込まれかねないんで、絶対近付きたくないです。

 

 なんて事を言ってたら、ゲーム外から盾使いとしての自負故に声を掛けてくるマシュが。

 ……いや、うん。あの子自体は悪い子じゃないんだけど、変に悪運というかが強いせいで、基本的に関わりたくない事になってるというか……。

 無論、マシュの声はハセヲ君には聞こえていないので、一人で何か騒ぎだしたようにしか見えてないらしく、ちょっと視線が冷たいモノになりつつあったり。

 

 ……うん、一旦全部横に置こう。

 とりあえず、このゲームについてもうちょっと調べなければ。

 

 

「そういうわけなんで、フレコ交換しない?」

「あ、ああ。構わねぇけど」

 

 

 メニューバーからフレンドを選択して、近くのメンバーを検索してフレコを飛ばして……。うーむ、MMOって感じ。そんでもって、

 

 

「フレ申請を間違って近距離から全体(マップ)にしてしまうことによって、思いがけないものを見付けてしまうのもMMOにありがちなやつ……」

「あん?……っと、確かに俺達以外にも誰かいやがるな」

 

 

 操作ミスってマップ全体にフレコ送るとか言う迷惑行為をしてしまったが、代わりにこのマップ内に他の誰かが居ることが知れてしまった。……隠密(ハイド)状態でもないみたいだったから、別に隠れてたってわけではなさそうだけど。

 で、その間違ってフレコを送ってしまった相手は、聖堂の反対側からこっちに向かってきているようだ。

 一応誰なのかの確認と、場合によっては謝罪の必要性もあるので、ハセヲ君に確認をとって待つこと数十秒。

 さて、聖堂の扉を開いて現れたのは。……現れ、たのは?

 

 

「ボクを呼んだのは君達かぁ?」

「あん?なんだこの黄色いトカゲは?」

「……あ、」

「ど、どうしたのですかせんぱ……ひぃっ!?せせせせせせんぱいのお顔が真っ青に!?」

「あ、うん。流石にこれは私も知ってる。こういうところで出会いたくない系統のキャラなのも知ってる」

「紫様、こちらに」

「ああ、ありがとジェレミア(ちぇん)。……さぁて、どうしたものかしらねぇ」

 

 

 周囲があれこれ騒いでいるけど、こっちとしては今すぐHMDを外して逃げ出したくて仕方がない。

 ハセヲ君のところでもわりと頭が痛いってのに、今度は、今度は……!!?

 

 

「ある意味究極AI(アウラ)とかよりヤバい電子生命体(デジモン)が居るとか、私にどうしろってんだよぉぇぇぇぇ……」

「お、おい大丈夫かっ!?」

「え、なに?ボク何かした?!」

 

 

 思わず嘔吐(えず)く私に寄ってくるハセヲ君と黄色い恐竜のような生き物を見ながら、このゲームどこに向かってんだよ、と思わず泣きたくなるのであった。

 

 

 

 

 

 

「ボクアグモン!よろしくね」*8

「お、おう。……それ、アバターだけがそうなってんのか?」

「あー、実はボク、ネットの中に住んでるんだ。このゲームが一番暮らしやすいから、ちょっと間借りしてるってわけ」

「……はぁ?」

「ゆかりーん、もう私どうすりゃいいのか全くわかんないんだけどー!?」

「ちょっと待ってなさい、今『電脳と現実の境界』を全力で弄ってるからっ」

 

 

 アグモンさんはまさかの電脳世界の住人だった(驚愕)

 ……いや、相手はデジモンなんだしそれが普通なんだけど、一応なりきりしてた記憶があるってことは、元は普通の人間だったってことだから、電脳世界から引っ張り出せるようにしとかないと、後が怖いと言うか……。

 

 ボイスチャットと普通のチャットを併用することで、ゆかりんの台詞を二人に伝えつつ、改めて黄色い彼……アグモンに視線を向ける。

 

 ……うーん、見間違いでもなんでもなく、完全にアグモンである。

 ピカチュウとか見てきたんだから、ある種居てもおかしくはないわけだけど。……なんでMMOに居るんですかね本当に。

 

 このノリだとどっかに黒いビーター*9とか、可愛い女の子(復讐の女神)を連れた聖騎士なのに暗黒騎士みたいな少年*10とか、はたまたひたすらクソゲーに突っ込んでいく半裸で鳥頭の男*11とかも居るんじゃないだろうな?

 

 ……みたいな不安が、さっきからひっきりなしに襲ってくるのである。

 碑文PCがどこまで再現されてるのかわからないけども、それでも普通のVRがフルダイブになるところが再現されてる辺り、どうも電脳世界ならある程度はっちゃけてもいい……というか、現実世界の憑依に比べて修正?が入りづらくなっているような気がするのだ。

 

 なので、ゆかりんには早急に電脳世界への干渉手段を手に入れて頂きたいのだけど。*12

 ……んー。なんと言うか、ちょっと難しそう。正確には時間が掛かりそう。

 

 

「そっかー。じゃ、これ食べる?」

「へ?えっと、ミカン?」

「んー、正確にはタチバナだって」

 

 

 目処が立つまでちょっと待機、ということで三人でポータルの前で駄弁っていると、アグモンから黄色……オレンジ?色の果実を渡された。

 

 ……タチバナ、橘か。基本的に橘って生食には向いてないとかじゃなかったっけ?ジャムとかにはいいって聞いたけど。

 いやまぁ、私普通のプレイヤーなんでゲーム内でモノ食べるとかできませんけどね。

 

 そんな事をぼやく横で、ハセヲ君とアグモンは橘の皮を剥いで中身を食べ始めている。

 ……そういや、ハセヲ君は食べられるんですね、一応。

 

 

「ん?ああ、ほんのり甘いぞこれ」

「だよねー。……なんか、久しぶりに他の人と一緒に食べ物食べた気がするよ」

「……ああ、そりゃそうか。アンタ以外は普通のPCだもんな」

 

 

 ……なんか地味に重い事言ってませんかねこの子。

 いやまぁ電子生命体である彼と違って、普通は単にゲームしてる人しか居ないんだから、一緒にごはんとかできるわけないんだけどさ?

 …………ハセヲ君が居てくれてよかったと言うか、うーむ……。

 少し考えて、腕を動かしてメニューを開いてボックス内の『タチバナ』を選んで使うをクリック。

 

 

「ん、どうした?」

「気分くらいは一緒にごはんしたつもりになれるでしょ?……生憎とそれくらいしかできないけど」

「優しいんだなキーアは」

「……ええい、こっち見ないで頂戴っ」

 

 

 二人からの視線がなんか生暖かくなってきたから、ふいと視線を逸らす。

 ……むぅ、変に気を使うもんじゃないわね、なんか顔熱くなってきちゃったし。

 そんな事をぼやきながら、手元のタチバナを一口。

 ……確かにちょっと甘いわね、って、ん?

 

 ()()()()を視界に入る位置まで持ち上げて、頭に付いてる筈のHMDを取り外そうとしてみる。

 ……うん、一応取り外せる。で、ゴーグルを元に戻して、今度はタチバナを食べるために手を動かしてみる。

 リアルの手の感覚に被さるように、ゲーム内の腕を動かす感覚が、伝わってくるような?

 そのままタチバナのじょうのう()を一つ口に入れる。……ん、ほんのり甘いね。

 

 …………………………………。

 

 

「うわぁぁあああああぁぁぁぁもおやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!?????」

「せんぱい!?落ち着いて下さいせんぱいっ!?」

「これが落ち着けるかぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁっ!!!!!?????」

 

 

 いつの間にか私もフルダイブみたいになっとるやんけぇっ!!??

 なんて私の叫び声が周囲に谺し、事態は風雲急を告げるのでした。

 

 

 

*1
元ネタは工事用のヘルメットを被った猫が、変なポーズで指差し確認をしている、というキャラクター『現場猫』。大体「ヨシじゃないが」って言われるような状況の事が多い

*2
ロールプレイングゲームはレベルの概念が導入されているが、基本的に低レベルの相手は高レベルの相手に手も足も出ないものである

*3
『蒼炎のカイト』は、『.hack//G.U.』のキャラクター。不気味な容姿だが、前作『.hack』の主人公であるカイトに似た姿でもある

*4
どちらも『.hack』シリーズでの敵生体

*5
『.hack//G.U.』の主人公。作中始めの方ではトゲのある性格をしているが、本質的にはわりといいやつである

*6
『.hack//G.U.』内の、特別な能力を持つプレイヤーのこと。今で言うユニークスキル持ちみたいなものだが、彼等の場合は本当に『チート』と呼ぶべきスペックを持っている

*7
『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』の主人公、『メイプル』のこと。本人の性格は至って善良だが、やってることはどう見てもラスボスである

*8
『デジタルモンスター』より、アグモン。成長期・ワクチン種・爬虫類型のデジモンで、デジモンというコンテンツの顔役的な存在

*9
『ソードアート・オンライン』より、主人公『桐ヶ谷和人(キリト)』。黒いコートと双剣を使う姿が特徴

*10
『<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-』より、主人公『椋鳥玲二(レイ・スターリング)』。温厚だが正義感が強く、例えNPC相手であっても無為に傷付くのは見過ごせないタイプの少年

*11
『シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜』より、主人公『陽務楽郎(サンラク)』。底無しのゲーマーにして、どうしようもないレベルのクソゲーハンター

*12
上記三名(+メイプル)は普通に遊んでる方なのでまだマシ、というなんとも言えない現実



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電子の海で会いましょう!ねくすと!

「え?どしたのキーア?」

「どうしたもこうしたもあるかよぉぉっ!!まさかの私もフルダイブの仲間入りだよちくしょぉぉぉぉおっ!!?」

 

 

 こちらを心配するような声を掛けてくるアグモンに思わず詰め寄り、詰め寄ったあとにそんなことをしても仕方ないやんけ、となって思わず項垂れる。

 ……いや、ホント。なんでいきなりこんなことに……。

 

 

「おやおやおやー?哀れなせんぱいが落ち込んでいますねー?これは優秀で最高な後輩としましては、思いきって慰めてあげちゃうのもありかもしれませんねー?」

「はっ!?この地味にウザい喋り方はまさか!?」

「は、はぁっ!?いやちょっと、ウザいってなんなんですかせんぱい!そんなこと言うせんぱいには──こうです!」

「うわっ!真っ暗になった!!?」

 

 

 

 

 

 

Now hacking...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、もうっ。ダメじゃないですかせんぱい、可愛い後輩がせっかくせんぱいに主導権を握らせてあげた(待ってればリンクが出た)のに、普通にスクロールとかしちゃめっ、ですよ?」

「はい、ここにリンク置いておきますから、ちゃあんとクリックしてくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私の状態が万全なら、いちいちこんなサイトの制約とかに縛られずに、せんぱいをあれこれサポートできちゃうのになぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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siht gniojne uoy era

hannel(チャンネル)

 

 

 

.o✿   .o✿   .o✿

 

スクロールどうぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なりきり板のみなさーん、相変わらず自堕落な日々を送っていますかー?」

「突如大海原に放り出されたネコちゃんのように、アタフタしていますかー?していますねー?」

「いやーん、姿形がもとの自分から変わっても、生活にメリハリが残っているなんて皆さんサイコー!これには邪悪なBBちゃんも思わず拍手喝采です!」

「ま、といっても面白い、のベクトルではなく、ご愁傷さま、のベクトルなんですけどね?」

 

 

 突然の視界ジャックから、謎に気合の入ったオープニングまで見せ付けられて、思わず遠い目になる私と。

 視界ジャックは(というか彼女との遭遇が)初体験だった他数名は、まさに水嫌いなのに海に投げ出されたネコのように、ことごとく慌てふためいていた。

 ……まぁ、事前知識的に知ってるマシュだけは、他とは違って慌ててはいなかったけど。

 

 

「な、なんだこりゃ!?まさかAIDAがリアルに存在したのか!!?」

「うわぁぁっ、デ・リーパーだーぁ!?」*1

「はいそこのお二人、なまじっかデジタルの世界に詳しいからと言って、自身の知識だけで答えを出そうとするのは良くない傾向ですよ?……というか、アグモンさんは私に会ったこと、ありますよね?」

「え?あ、ホントだ。この間タチバナをくれたお姉ちゃんだ」

「はいせいかーい!見事思い出せたアグモンさんには、ご褒美にBBちゃんポイントを贈呈いたしましょう。頑張って集めて、BBちゃん特製セットをゲットしてくださいね?」

「わーい」

「いやわーいじゃないが」

 

 

 初登場にもかかわらず、とにかくインパクト重視で発言するのやめーや。

 それとアグモンも、得体の知れないもの貰って喜ばないの。

 ともあれ、改めて視線を彼女に向ける。

 ……視界ジャック中なんだからどこ見ても変わらんだろ、というツッコミは置いといて。

 

 さて、目の前に映るのは、長い紫の髪と頭の左側にある赤いリボン、丈の短いスカートと黒いコートが特徴的な少女。

 ……本人も何度か口にしている通り、彼女は月の違法上級AI、『BBちゃん』に間違いないだろう。*2

 なりきりによる憑依とか凄まじく嫌がりそうな彼女が、どうしてこんなところに居るのだろうか?*3

 

 

「おや、せんぱいは私の事が気になるご様子。でもその前に、せんぱいの体に何が起きたのか、知りたくはありませんかー?」

「いや、別に」

「あらっ?」

 

 

 暫く彼女を見詰めていたら、ニヤニヤ笑みと質問を返されたので別に、と返しておく。

 ……拍子抜けしたようにこちらを見るBBちゃんに、小さく鼻を鳴らす。

 彼女がどういう状態であれ、変に隙を見せると調子に乗るのは変わっていないだろうから、こちらとしてはこういう態度を取らざるを得ないのだ。

 

 そんな私の姿をしげしげと眺めていた彼女は、ふむと頷いて、ニヤニヤ笑いからちょっと怖い笑み(たまに見せるあの顔)に表情を変えた。

 

 

「その顔は、いろいろ気付いたのだと解釈しても?」

「……わざわざ『タチバナ』だったのがちょっと引っ掛かっててね。……あれ、『非時香果(ときじくのかくのこのみ)』でしょ、もしくはその伝承から作ったやつ」

 

 

 こちらの問いに、BBちゃんは無反応。

 代わりに、リアルの方でジェレミアさんが周囲に質問をしていた。

 

 

「失礼、『非時香果』とは一体何なのでしょう?」

「マシュちゃんおねがーい」

「あ、はい。『非時香果』とは『古事記』『日本書紀』などに記されている常世の国(とこよのくに)、そこに生えているとされる木から取れる果実のことですね。そもそも常世の国とは、他国での【常若の国(ティル・ナ・ノーグ)】や【アヴァロン】などと同一視される一種の理想郷──及び死後の国とされているものです」

「で、その常世の国に生っている『非時香果』──現代で言う『橘』は、不老不死を得ることができる霊薬であり、時の天皇・第十一代垂仁天皇が求めたものとしても有名だったりするわね」*4

「なるほど、不老不死の。……ところで、何故橘だと彼女の動機に結びつくのでしょう?」

 

 

 みんなが橘の実についていろいろ語っているが、対面のBBちゃんはさっきの笑顔のまま。

 ……そりゃそうだ、みんなちょっと推理が先走り過ぎてるんだもん。こういうのは、もっと簡単に考えたほうがいい。

 

 

黄泉竈食ひ(ヨモツヘグイ)でしょ、この場合は」*5

「ぴんぽんぴんぽんだいせいかーい!流石せんぱい、知識だけは無駄に持っていますね!!」

「……あ、常世の国!」

「そういえばかの場所は死後の国とも言われている……つまり、電脳世界の食べ物を口にすることで、電脳世界の住人になった、ということ?」

「正確に言えば、この世界との繋がりを作った、という方が近いですけどね。そういう意味ではペルセポネの逸話の方が正しいかも知れません」

 

 

 あ、いい加減色付き文字止めますね?などと宣いながらBBちゃんの笑顔が普通のものに戻る。

 

 ……なんと言うかこの子は、毎度毎度遠回しなお節介しかできないのだろうか?

 最初から説明してくれてれば、こんなにややこしいことにならなかっただろうに。

 ……いやまぁ、多分そこを聞くと「だって面白くないじゃないですか?」とか言われかねないわけだけども。 

 

 

「無論、完全に電脳世界の住人になったわけではありませんよ?そんな事しちゃうと、そこにいらっしゃるアグモンさんと変わらないですし」

「……そこまでできるってことは、アグモンを現実に送り出すことも可能なわけ?」

「ご期待下さっているせんぱいには、残念なお知らせなのですが……違法上級AI・BBちゃん無双も今は昔。ここに居る私では、そこまで大掛かりな事はできないとご理解くださいね?」

「……BBちゃんぽんこつー」

「だ・か・ら!なんでせんぱいは、私に対してやけに辛辣なんですかぁ!?」

「いきなりフルダイブを強制しといて、なんで大切に扱われると思ってるんですかねこのパンツ丸見え女子は」

「ぱっ……!?……ふ、ふんだ。折角貴方の頼れるBBちゃんが、耳寄りな情報をお持ちしたっていうのに。そんな態度を取るんだったら、こっちにも考えがありますよーだっ」

「耳寄りな情報?」

 

 

 いじけてしまった彼女から飛んできた言葉にふむ、と顎に手を置いて思索に耽る。

 

 ……なりきりとはいえ、彼女はBBちゃんである。

 その言葉を素直に受け取っていいものか、ちょっと迷うところがないとは言い切れない。

 実際、若干対応が辛辣なのも、彼女を頼りすぎるのが良くない……という先入観があるからだったりするのだし。

 とはいえ、こんなタイミングで出てきた彼女を無視して行くわけにもいかないだろう。……うーむ、仕方ない。

 

 

「あー、そっかー。BBちゃんが頑張って入手してくれた情報かー。すっごく聞きたいけど、さっきから疑ってばかりだからちょっと気が咎めるなー」

(い、未だかつてないほどの棒読みですせんぱい!?)

(しっ、静かにしてなさいマシュちゃん!!ここが正念場なのよっ)

 

 

 外野がすごくうるさいし、ゲーム内の二人からもなんと言うか呆れてるというか唖然としている空気が伝わってくる。

 ……いや、だって相手BBちゃんだよ?謝るとか隙見せるとか、どう考えても死亡フラグ……。

 

 

「わっ……!……んん。こほんこほん。……せ、せんぱいがどうしても謝りたいと仰るのでしたら、私も聞いてあげなくもないと言いますか、教えてあげなくもないと言いますか……」

 

 

 ……誰これ?

 いや、こっちの言葉に一瞬顔を輝かせたあと、はっと気付いたように咳払いをして、ちょっと視線を逸してそっぽを向きつつ、手元では両手の人差し指をつんつんしてる……んだけど、こんな事BBちゃんしないで……はっ!?

 え、まさかの?そういうあれ?……えー……?

 

 真実に気付いてしまった私は、自身の行いを深く反省した。

 ……いや、そりゃそうだ。よくよく考えなくても、BBちゃんが素直に憑依とかするわけ無いじゃんか。

 最初に抱いた疑問がそのまま答えだ、じゃあこれからするべきことも決まっている。

 

 

「ごめん()()()()()。謝るから、貴方の知ってること教えてほしいな?」

「……!……し、仕方ないですねぇせんぱいは!わかりました、この上級AI・BBちゃんが貴方をしっかりバッチリサポートしちゃいましょう!!」

「え、せ、せんぱい!?急にどうなさったのですかせんぱいっ!?」

「マシュちゃんがすっごい慌ててるんだけどなにこれ?」

「ポジション被りを気にされているのかと」

「ああ……」

 

 

 謝った途端に顔を輝かせた彼女に、先の疑念を確信に変えつつ、彼女の話を聞くために居住まいを正す。

 ……あとでマシュにはいろいろフォローしとかないとなぁ、なんてボヤキは胸の内にしまう私なのだった。

 

 

*1
『デジモンテイマーズ』に存在した敵勢力。その本質は『不良ファイル除去アプリケーション』である

*2
『fate/extra_CCC』より、ムーンセルの上級AIにして、同作のラスボス(表)。美しく羽ばたいた月の蝶。……の、ハズ?

*3
『先輩』(彼女が漢字で呼ぶ相手は一人きり)以外の人間は、原則嫌いなBBちゃんなのでした♡

*4
因みにこの垂仁天皇のお妃様である『迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)』は、『竹取物語』の『かぐや姫』のモデルではないかと言われているらしい

*5
『黄泉の国の竈で作った物を食べると黄泉の国の住人になる』という言い伝え。日本ではイザナギとイザナミの神話にて語られる。似たようなものに、ギリシャ神話のペルセポネとハデスの話がある



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ネットの世界は広大だが、どこまでも冷たい大地だ

「ではでは、BBちゃんからの耳寄りなお得情報ー!……の、前に」

 

 

 ()()()()()()で話を始めようとしたBBちゃんが、その前に笑顔を真面目なものに変えて、こちらに頭を下げてくる。

 ……マシュから驚いたような声が上がったけど、私は気にせず彼女の方を向いていた。

 

 

「ごめんなさいせんぱい。説明もなしにアバターに干渉してしまって」

「あー、いいよいいよ。なんとなく切羽詰まってたんだなってのは分かったし」

「……そこまでお見通しでしたか。その通り、この電子の世界において、単なるアバターでは危険である……というのは、そこのお二人の存在からもご想像頂けると思います。そもそも、私が居るというのもある意味警戒の理由になるでしょうし」

 

 

 単に憑依者が居る……というだけでは片付けられない状況だと言える今の私達。

 現実のそれ(憑依)に比べて電子の海のそれ(憑依)は、どうにも上限というか、ある種の遠慮というものが薄いような気がしていた。

 

 ……碑文PCも大概だし、デジモンも大概である。その上目の前のBBちゃん……はまぁ、置いといて。

 

 いずれにせよ、現実空間でならどこかで上限に引っ掛かりそうなものなのに、その上限をスルーしているような気がするのは事実。

 その感覚の理由は、どこまでもハセヲ君にある。

 

 

「俺が?」

「単なるVRゲームがフルダイブになる……それを可能にするのが碑文という特殊な……アイテム?なわけだけど。電子の海は現実よりも遥かにタイト(厳しい)なもの。無理なものは無理、と突き付けてくるのが電子の世界。なら、フルダイブに(できないことが)できている以上は、その原因は()()()()と同じはず」

「碑文は仕様外の存在ですから、説明できると言い張るのはちょっとあれですけど……逆に言えば、本来しっかりとしたプログラム・ソフトやハードが必要な部分を、代行してしまえるものの存在というのを、暗に示しているとも取れるわけで……」

 

 

 まぁ、雑に言ってしまうと。

 ゲームのチートというのは、あくまでもそのゲームに定められたものの中で、おかしなことをできるだけであって。

 ゲームそのものの仕様を変えてしまうようなものは、現実的に言ってしまえば『世界(プログラム)改変』になる、ということ。

 

 ……単なるVRがフルダイブになるとか、もろにゲームの根幹に手を加えているとも取れるわけで。

 そういう面が『いやなんかちょっとヤバくね?』という気分にさせる最大の要因なわけである。

 設定面のヤバさだけなら、デジモン達の方がヤバいんだけどそこはそれ、だ。*1

 

 

「ともあれ、ハセヲさんの碑文が許されるのであれば、他のチート系MMO作品のキャラ達も、そのチートを存分に発揮してくる可能性は十分にあります。……ゆえに」

キーア(この体)のフルスペックを揮える状態にしておきたかった、ってことでしょ?」

「……ん?その子って上級AIなんでしょ?別にキーアちゃんをどうこうとかする必要性なかったんじゃ?」

「え、あ、そのですね……?」

 

 

 おっと、ゆかりんが余計なところにツッコミを入れている。

 ……BBちゃんがちょっと焦っているようなので、こちらから少しフォローを入れておこう。

 

 

「ゆかりんゆかりん、BBちゃんは上級AIだけど、人類に試練を科す系のAIだから。人間が足掻く姿を求めてるんだよきっと」

「……そ、そうですそれです!私は月の上級AI・BBちゃんですので!無闇矢鱈に力を貸すのは私の主義に反するのです!」

「……ふーむ?」

「さぁ!そういうわけですので、いざネットの海にGO!」

「おー」

「……って、どこに行く気なんだ?」

 

 

 気を取り直したBBちゃんが元気に腕を上げたので、同じように腕を上げて歩き出そうとしたら、ハセヲ君から待ったが掛かった。

 いや、どこに行くもなにも。こういう時にする事なんて決まってるじゃないのよ?

 

 

「そりゃもちろん、ルートタウンでしょ」*2

「情報収集はMMOの華、ですからね!ではでは、ルートタウン『アークス・ロビー』に、レッツ・ゴー!」*3

「帰りまーす」

「ああ!?せんぱい!お気持ちはわかりますがどうかここは留まって!留まって下さい!」

「嫌じゃー!!スペースオペラまで混じりそうなルートタウンなんか絶対に嫌じゃー!!!」

「えっと、アークス・ロビーというのもどこかの作品のものなのですか?」

「あー、そうねぇ……」

 

 

 オンラインゲームにおいて、情報は命!

 なので、それを集めるために移動しようと思ったんだけど……。

 いや、なんでそこがオンライン・ロビーになっとるんですかね!!?

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ期間限定コラボロビーか、驚かせやがって……」

「いやそもそもダークファルスとか出てきたらどうしようもないでしょ今の私達だと」*4

「そもそもPSOは現実の方の判定になるのでは……?」

 

 

 あれこれ言いながらサイバーチックな建物の中を進む。

 場所が場所だけにマジでビビったけど、単にコラボで内装貸して貰ってただけらしいので一安心である。

 ……リアルでここに飛ばされるなんて事あったら、流石にいろいろ考えねばならぬところだったけど。

 いやでも現実だったら上限引っ掛かるから、そっちの方がマシだったりするのかな……?

 

 まぁなんにせよ、できれば何事もなく終わって欲しいものですとしか言えないや。

 そんな事を思いながらふとアイテム屋に目を向けて、そこに売っているものに目を丸くした。

 

 

「……ポーションにやくそうにキズぐすりに……って、節操無さ過ぎやしないこれ?」*5

「このゲームのオーナーが色んな会社に頼み込んで、コラボを成立させた結果だって聞くぜ」

「いや、頼み込むにしても限度があるでしょ……」

「とはいえ、そのおかげで私達が目立たないところもありますから……」

「……そうか、コラボアバターだと思われてるのか。……いや、それでもアグモンは目立つんじゃ……いや、目立たないなこれだと」

 

 

 置いてある品物が、どう考えても他所のゲームのアイテムばかりだったので、ちょっと呆れてしまった。

 ……とはいえ、BBちゃんの言う通り、その節操の無さで私達が目立たなくなっているのも確かなようだった。

 周囲を見渡せば、本当に色んな見た目のキャラクター達がロビー内を闊歩している。

 その中には、寧ろどうやって許可取ってきたんだろう?みたいな世界一有名なネズミの姿もあった。……いや、本当にどうやって許可取ってきたし?*6

 

 ともあれ、この節操の無さがこのゲームの醍醐味の一つなのだろうな、というのはわかる。

 そもそも『三爪痕』がモンスターとして実装されてる辺りがわりとびっくりなわけだし。……と、すれ違ったPCがアトリの姿だったのを見つつ思う。*7

 

 

「逆に、見ただけじゃなりきりなのかどうかわからないわね、これだと」

「んー、ハセヲ君みたいにわかりやすければいいけど、そうじゃなかったらちょっと見付けられるかわからないかなー」

「その辺りはこのBBちゃんにお任せを!それくらいなら問題ありませんので!」

「なるほど、頼りにしてるよー」

「あ、はい。お任せ下さいせんぱい」

(…………なんでしょう、このBBちゃんから感じる違和感は)

 

 

 見た目だけじゃ相手が単なるコラボアバターなのか、それとも私達みたいななりきり組なのかわからないね?

 みたいな話をしていると、BBちゃんからそれは任せて欲しいとの提案。

 ……まぁ、そのくらいなら大丈夫かと思って了承の言葉を返したのだけど……。

 

 おっと、マシュも流石に違和感を抱いたらしい。

 こちらに問い掛けるような視線が向いているような気がする。

 とはいえ、今それを話すのは彼女も望んでいないようだし……まぁ、後でいいか。

 

 

「ところで、ここからどこに行く?」

「んー、談話室的なものがあればそことか?あとはそこらのお店の近くにいる人に話を聞くとか」

「……なんか、異世界転生モノのテンプレみたいな行動だな」*8

「テンプレと言って侮るべからずよハセヲ君。情報収集なんて、大体似たようなやり方しかできないんだから」

 

 

 折角のオンラインロビーなんだから、目立たないところでちょっと立ってるだけでもある程度話は聞けるわけだし、まぁ適当でもどうにかなるんじゃない?みたいな感じで一時解散。

 十分後を目処に、またポータルの前に集まることにして、二手に分かれる。

 私はアグモンと、ハセヲ君はBBちゃんと一緒だ。

 

 

「キーア、ボク達はどこを目指すの?」

「そうねぇ、本当に異世界転生なら酒場とかなんだけど。生憎とこれゲームだからねぇ」

「でもあるみたいだよ、カフェ」

「へ?……ホントだ。……いや、そこまで再現してるんだ?」

 

 

 傍らのアグモンとどこに行こうかと話す私。

 ……情報収集と言えば酒場、っていうのはどこが最初に言い出したんだろうね?

 

 なんて思いつつ悩んでいたら、アグモンが天井から吊り下がっている看板を指差しながら声を上げる。

 見れば、ショップエリアの東側に『フランカ's カフェ』なる場所に繋がるテレポーターがあると記されていた。

 ……そういえば、最近のMMOって食事についてもいろいろ実装するようになったんだっけか。

 

 とはいえ、コラボ先の内装をどこまで再現する気なのか、という気がしないでもない。

 ……許可取ってるんだから怒られたりはしないんだろうけど、それにしたって期間限定なんでしょこれ?

 使いまわしもできないものなのに、どんだけ本気で作ってるんだか……。

 

 

「……まぁ、とりあえず行ってみる?アグモンが食べられるものとかあるかも知れないし」

「ホント!?やったぁ、パフェとかあるかな?」

「カフェだしあるだろうねぇ」

 

 

 両手を上げて喜ぶアグモンの手を引いて、そのまま人の波を歩く私達。

 一分もしない内に目的のカフェについたので、そのまま店員に案内されて席につく。

 

 

「どしたのキーア?なんか難しい顔してるけど」

「いや、あのウエイトレスさんの服、どっかで見たことあるような気がするんだけど思い出せなくて……」

「ふーん?」

 

 

 机に頬杖を付きつつ、むむむと唸る。……喉元まで出かかってる気がするんだけど、うーむ。

 再び戻ってきた店員に注文を頼むアグモンを横目に悩むものの、ちょっと思い出せそうにない。

 ……なんかこう、ちょっとしたきっかけがあれば思い出せそうな気はするんだけどなー?

 

 

「まぁ、こういうのはそのうち思い出すよね、というか。私チーズケーキお願いしまーす」

「はい、ジャンボパフェとチーズケーキですね?お飲み物はどう致しましょうか?」

「そうねぇ……ん?」

 

 

 店員さんに注文を告げている最中、奥の席の方でなにやら騒いでいるのが見えた。

 ……ふむ、こういうのって積極的に絡みに言ったほうがいいのよね、基本的に。

 なんて思いつつ、ちょっと席から身を乗り出してみた私は、騒いでいた人物の姿を見て思わず唖然とするのでした。

 

 

*1
『デジタルモンスター』におけるデジモン達は、デジタルワールドという電脳空間内の異世界に住む者達である。また、設定的には人間より古くから活動している可能性もあるなど、結構設定面がヤバいのがうじゃうじゃ居る

*2
『.hack』シリーズの用語で、いわゆる拠点のこと。オンライン・ロビーなどと同じ

*3
『ファンタシースターオンライン2』より、ゲーム上での拠点。アークスシップと言う、全長70kmほどの宇宙船内の一区画

*4
『ファンタシースター』シリーズにおける悪役。精神体の為、基本的には撃退か封印しか選べない

*5
左から、『ファイナルファンタジー』『ドラゴンクエスト』『ポケットモンスター』。同一の名前のモノも存在するため、ここでは代表的な作品のみ紹介

*6
ハハッ

*7
『.hack//G.U.』より、メインヒロイン。ハセヲにとっては、ある人と同じタイプのアバターを使う、何かと気になる存在でもある。主人公が櫻井孝宏ボイスで、ヒロイン(または女主人公)が川澄綾子という組み合わせは、いろんなゲームで割と見掛ける組み合わせだったりするが、その内の一つでもあったり

*8
とりあえずギルドか酒場に向かうのがお約束



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合縁奇縁のその先に、出会う貴方は何者か

「だから、おかしいだろって!なんで俺こっちになってんだよ!!」

「……いや、それを私に言われても、ねぇ……?」

「クソッ、分かったよ、もういいっ!!……って、なんだよアンタら、何見てるんだよっ!」

「あ、いや。……騒いでる人がいたらふつー見るよね、アグモン」

「へ?あーうん。それだけ騒いでたら気になるよー」

 

 

 滅茶苦茶騒いでる人と、その前でなんとも言えない空気を醸し出す女性の組み合わせ。

 そんなものが目の前で繰り広げられているのだから、見ない方がおかしいよね?……みたいな感じで観察していたら、騒いでいた方に目を付けられてしまった。

 

 まぁ、こっちに話し掛けてくれるのなら、そのまま乗るよ?情報収集したいし。

 そんな感じでアグモンに話を振れば、彼は素直にこっちの言葉に同意してくれた。

 ……なんというか、小学生の男の子を相手してるような気分になるのはなんなんでしょうね?

 

 まぁ、話し掛けた相手の連れが人じゃないって事に気付いた彼?は、キョトンとして怒気というか意気というかが、いい感じに抜けたようだったけど。……ある意味計画通りである。

 

 

「え、あ、アグモン?アグモンなんてのもありなのかここ?」

「へー、こういうのもあるんだねー」

「えへへ……キーア、なんだかボク人気者みたいだ」

「そりゃねぇ。ポケモンの方が流石に知名度は高いけど、デジモンだって好きな人多いわけだし。……で、御両人は何を言い争ってたんです?」

 

 

 まぁ、騒いでた方の姿を見れば、なんとなく理由は分からないでもないんだけど。

 そんな感じで改めて視界に収めた二人の姿は、どこかで見たことがあるようなもの。

 

 黒いのと白いの。黒髪と茶髪。黒いコートと、白いマント。

 ……うん、キリトとアスナの姿をした二人がそこにいた、のだけど。*1

 なーぜか、キリトの方がGGOの時のモノっぽく見えるというか。

 ぶっちゃけると、いわゆる『キリコ』*2の姿のPCが、そこに居たのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「いや、コラボアバターガチャで当たりを引いたんだよ」

「私はアスナで、彼はキリトね」

 

 

 席を移して相席になった二人から話を聞く。

 なんでも、二人はこのゲームをやっている一般人らしく、つい最近SAOコラボ装備が手に入る、有料ガチャを回していたのだと言う。

 それで女性の方はアスナの服装一式を、男性?の方はキリトの服装一式を当てたのだそうで。

 無論、大当たりも大当たりなので、喜び勇んで着替えたのだが……。

 

 

「確かにキリトのアバターだったはずなのに、装備した途端にこれだよ、髪が突然伸びてたんだ」

「それと、顔の作りもどことなく可愛くなっちゃったんだよね。……うん、まんまキリコよね」

「うーむ、データ見ると女の子になってるっぽいし、最早キリコって言うか完璧にTSキリトなのでは……?」

「……わ、わけわからねぇ……」

 

 

 ふむ、着替えたらいきなり髪が伸びた……というか、アバターが性転換した、と。

 

 はて、とりあえず彼等がなりきり組かどうかはわからないけど、仮に違った場合はこれ、何かしら他の不思議現象だったりするのだろうか?

 ここに来てなりきり以外にも不思議現象が存在する、とかいうのは止めて欲しいところだが……うーむ。

 ぶっちゃけると、BBちゃん居ないと判別できないんだよなぁ。

 

 ウエイトレスさんが持ってきてくれたミルクティを飲みつつ、キリト君側の動きを注視する。

 ……んー、特に変な動きは見当たらないような、どこかぎこちない気がするような。

 アスナ(仮)さんの方は普通に正常なPCっぽい動きをしているから、多分関係ないのだろうけど。

 キリト君の方だけ、なーんか怪しいんだよなぁ。……ふむ、鎌を掛けてみるか?

 

 

「ところで、なんだか最近、飲み食いモーションにも課金要素が増えたんだってね」

「え、そうなんですか?」

「ホントホント。ほら、普通だったら飲んでるふり食べてるふりだけど……」

「あ、ホントだ!ケーキとか飲み物とか、ちゃんと減ってる!」

「でしょ?このゲーム、変に技術力あるよねー」

「ですよねー、私もアスナの格好で『フラッシング・ペネトレイター』を再現できた時はすっごい嬉しかったですし!」*3

「え、できるのアレ!?」

「はい!できちゃいました!」

 

 

 飲み食いモーションに上位が存在するよ、なんてダミー情報を流すと、アスナさんが話に食い付いてきた。

 ふむ、アスナのアバターだからか、食べ物関係がちょっと気になる様子。*4

 なので話を進めると、まさかの原作アスナの技の一つを再現できた、との返しが。……いや、この人わりと凄いな?

 このゲーム反射神経重視でモーションアシストとかもないから、単純にコントローラーで動きを再現してるのだろうし。……結構なゲーマーと見たぞぅ?

 

 対し、さっきから無言のキリト君。ちらりとその様子を窺ってみると……。

 

 

「…………………」

 

 

 あっ……(察し)

 ……さっきまで隠していたのであろう表情を、もろに表に出しながら、目の前のショートケーキを一口一口味わうように、フォークで切り分けながら食べ進むキリコちゃんがそこに居たのでしたとさ。

 

 これは……黒じゃな?*5

 すかさず秘匿のショートメール。

 件名は「美味しいですか?」で、受け取ったキリコちゃんはタイトルを確認した時点で吹き出していた。

 

 

「え、どうしたの?」

「ななななんでもないっ!ほら、今日はアイテム堀りに行くんだろっ」

「え、あ、ちょっ、えっと、また今度お話しましょうねキーアさんっ」

「はーい、また今度ねー。……うーむ露骨にも程がある、大方キリコの方でなりきりしてたとかだなあれは

「どしたのキーア?小声で何か喋ってるけど」

 

 

 慌てたように相方(アスナ)を連れてカフェから去っていくキリコちゃん。

 ……まぁ、何かあれば向こうからショトメに返信でもしてくるだろう、ってな感じで一つため息を吐く。

 

 そしたらアグモンが首を傾げていたので、とりあえず頭を撫でておいた。

 ……こうしてると彼は気持ちよさそうに目を細めるんだけど、なんというかその姿が可愛いんだよねー。

 私ってば猫派のはずなんだけど、爬虫類系も意外にイケるのかな、なんて気分になるなぁ。

 

 そんな感じにちょっとほのぼのしつつ、アグモンがパフェを食べ終わるのを待つ私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「で?集合時間に遅れたと?」

「いやはや面目ない。アグモンから発せられる癒やし効果を甘く見てたよ」

 

 

 たはは、と笑いながら、ジト目でこちらを見てくるハセヲ君に弁明する私。

 いや、まさかアグモンを撫でてたら、人の山に囲まれるハメになるとは思わなかったと言うか……。

 

 最初はテイム*6したモンスターか何かを愛でてるんだ、と思われて「そのアグモンってどこにいるモンスターなんですか?」なんて聞かれたんだけど、中に人のいる(中ってか本体な)歴としたアバターですよ、って答えたら人だかりが倍増したのである。

 ……いやはや、デジモン人気を舐めていたと言わざるを得ない。

 中にはスカモン*7になりたい、なんて人も居てちょっとびっくりしたものだ。

 

 まぁ、そんな感じにスクショとか撮られたりしつつ這う這うの体で逃げ出して、ようやっとポータルの前に到着したのは集合時間から三十分ほど遅れてのことだった、というわけなのだった。

 

 

「いや、実際凄い人だかりだったわね」

「皆さん、とにかく写真を撮ろうとしていましたからね……」

「なんであんなに大人気だったんだろうね?アグモンは確かに目立つけど、どこぞの王様*8とかの方が、写真需要は高い気がするんだけど」

「え、せんぱい気付いてないんですかぁ?」

「へ?何が?」

 

 

 マシュとゆかりんの言葉に頷く。

 いやまぁ、デジモン人気を侮っていた事は否めないけど、それにしたって囲まれて身動き取れないような事にはならないんじゃないかな、という気分がどうにも拭いきれない。

 そもそも他にも写真を撮りたくなるようなアバターとかいっぱい居たと思うんだけど、なんて事を口に出せば、BBちゃんが呆れたように口を挟んできた。

 

 

「いや、他のアバターよりも自然に笑う美少女が、アグモンを慈しむように見詰めながら、その頭を優しく撫でている……とか、撮らない方がどうかしてると思いませんか?」

「……そういえば私もフルダイブになった(タチバナ食べた)から、見た目とか現実のにフィッティング(調整)されたんだった」

 

 

 言われてみれば、今の私の姿はほぼほぼ現実の私と同一である。

 最初のキャラクリの時点でそれなりに近い姿にはしていたけれど、それでもところどころ違う姿をしていたわけなのだが。

 現在の私は、服装がゲーム内の初期装備であること以外、ほぼ私と同じモノになっている。

 特にこのウェーブ掛かった髪に関しては、同一パーツが無かったのでストレートでごまかしていたものである。……逆に言うと、この髪型かなりレア物に見えてる可能性もあるわけで。

 

 ……うん、そりゃ目立つわ。ただでさえアグモン以外に見当たらないデジモンを連れてる女の子が、そのアバター自体も目立つってんならそりゃ囲うわ。

 

 

「これがアグモンさんじゃなくて私かハセヲさんだったら、もう少し穏便に事が進んだのかも知れませんけど……」

「その場合は下手するともう片方にシワ寄せがいってた、ってんだろ?……へいへい、この話はこれで終わり。キーアも、それでいいな?」

「はーい、以後気を付けまーす」

「ホントにわかってんのかコイツ……」

 

 

 どっちにしろ、私達が目立つ集団だというのは変わらないわけで。

 じゃあ気にするだけ無駄、ということで気持ちを切り替える。

 そもそも、時間は有限なのだからあれこれ悩んでる暇もないのだ。

 

 

「思考が加速できるなら違うんでしょうけどねぇ」*9

「……止めてくれるゆかりん、変なフラグ立てようとするのは」

「あんな危ないプログラム、見付けたらぽいっ!しちゃいますからね?」

「まぁ、思考を一千倍に加速とか、危ねー香りしかしねーもんな」

「そうかなぁ?」

「……デジモンの感覚で喋るのは止めたほうがいいよ」*10

 

 

 あれこれと喋りながら、皆でポータルの前に立つ。

 さて、ここからはフィールド探索だ。鬼が出るか蛇が出るか、精々警戒しながら飛び込むとしよう。

 

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。』*11

「MA☆TTE!!」*12

「落ち着いてくださいせんぱい!これもコラボ!コラボですから!」

「なんで不安にさせるような部分にコラボ持ってきてんだよ製作者ぁっ!!?」

 

 

 ──まぁ、最初の一歩でちょっと躊躇するハメになったんだけどね。

 

 

*1
『ソードアート・オンライン』より、主人公とメインヒロイン。白と黒で好対照なので、並べるとよく映える

*2
『男の娘キリト』と呼ばれるもののこと。『ソードアート・オンライン』作中のゲームの一つ、『ガンゲイル・オンライン』でのキリトのアバター。見た目が完全に女の子だが、性別判定は一応男、らしい。2018年にサービスを終了したスマホゲーム『コード・レジスタ』では、狂ったようにこの男の娘版のキリトのバリエーションが増えていた。……なんでウエディングドレスとかノリノリで着てるんですかねこの人?

*3
『ソードアート・オンライン』内に存在する『ソードスキル()』の一つ。最上位の細剣技

*4
原作での彼女は料理スキルカンスト勢である

*5
黒だよ、真っ黒!!

*6
手懐ける(tame)』という言葉。RPGで使われる場合は、もっぱら『モンスタを手懐ける(=仲間にする)』という意味で使われる

*7
『デジタルモンスター』より、デジモンの一種。見た目については……何も言うまい。プラチナスカモンになると、デジモン育成のために重宝されたりするようになる

*8
ハハッ

*9
『アクセル・ワールド』より、『ブレイン・バースト』内の加速コマンド『バーストリンク』のこと。因みに、現実でも『タイサイキア現象』という、思考の加速に近い事を起こせたりするようだ

*10
デジモンの中には時間とか空間とかわりと気軽に操ったりする者がいる為。ポケモンにも似たような者がいるので、わりとみんな考えることは同じなのかも?

*11
『fate/grand_order』より、レイシフト時のシステムメッセージ

*12
『遊☆戯☆王5D's』より、ジャック・アトラスの台詞の一つ。とにかく待って欲しい時に使う言葉



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戦闘はMMOの華なので大体花畑

「なんでこう、このゲームはところどころに心臓に悪い描写をぶち込んで来るんですかね……」

「ある意味的確なタイミングだからな、狙ってるんだと思うぞ」

「わかった、もし顔を見ることがあるなら、制作者は一回ぶん殴ってやる……」

「せ、せんぱい落ち着いてください!せんぱいが全力を出したら確実に肉塊になってしまいます!!」

 

 

 あれこれと騒ぎながらフィールドに移動した私達。

 ……見たところ、普通の草原のような?

 

 

「とりあえず、どんくらい動けるかの確認だっけ」

「パラメーターの暴力でゴリ押し!……みたいな事ができれば一番楽なんですけど、そういうのを制作者が嫌ったのか、基本的にはダークでソウルな感じになってるみたいです。……いえ、流石にあれよりは難易度低いみたいですけど」

「ブラッドでボーンな感じ?……ってことは基本的に相手をちゃんと見よう、みたいな感じなのかな」*1

 

 

 死に覚えゲー*2、というほどではないのかも知れないが、まぁある程度リズムと言うか、敵の行動の隙を見極める方向のMMO、と言うことらしい。

 ……レベル無しのRPGは幾つか知ってるけど、レベル無しのMMOというのは未知の領域だ。いや、探せばあるらしいけど触ったことはないと言うか。

 なので、ある程度慎重に進めようと思って。

 

 

「あ、敵シンボルですね。あれに触れるとエンカウントしますよ」

「シンボル型なのね。んじゃま、とりあえず」*3

 

 

 BBちゃんが指差した全体的に黒っぽい不定形のモンスターに触れると、視界がぐにゃあ、と曲がってエンカウントした!って感じの音が鳴り響いた。

 ……RPGお決まりの戦闘フィールド移動時のエフェクトだけど、VRだと地味に酔いそうになるなこれ。

 なんて思っていたら、エンカウント音のあとに鳴り始めた戦闘BGMに「ん?」ってなり、目の前に現れた敵にさらに「んん?」となった。

 

 ……んー待て待て。一つ一つ解決していこうか。

 まず鳴り響いてるこのBGM。

 特徴的な入りと、死の先に逝きそうな感じのこれは……。

 

 

「未確認神闘シンドローム*4ですね。聞いてるとなんというか、アガって来ますよね!」

「いや確かに好きだけど、なんで通常戦闘BGMこれなのさ……」

 

 

 ボス戦では我と共に生きるは冷厳なる勇者、みたいなBGMが出でよするんだろうか?*5

 なんて感じに思いつつ、まぁ?これを戦闘BGMにしたいと言う?その気持ちは買わなくはないけども?

 みたいな感じで、エンカウントした敵キャラの姿をよーく見てみる。

 ……帽子と服が卵の殻になっている、カメのようなモンスター。

 ちょっとデフォルメされている、その姿を見て思い浮かぶものはただ一つ。

 

 

「なんでこのBGMでコワッパとエンカウントしてるの?バカなの?」*6

 

ワッ

よ?

『40』

『6』ぎょ『1』

 

けっ よ?

 

 やっね?

「BBちゃんはBBちゃんでなんで『ものしり』してんの?!」*7

「……てへ♪」

「いやてへじゃなくてさぁ!?」

 

 

 まさかのコワッパである。

 ……強いのか弱いのかわからないんだけどぉ!?

 い、いや落ち着け私。こんな草むらに出てくるんだ、大したことない単なる雑魚モンスターって可能性も……。

 

 

「あ、レアエンカウントモンスターなので気を付けてくださいねせ・ん・ぱ・い♡」

「クソァッ!!」

 

 

 知ってた!キーアん知ってた!

 だってこの子、普通にそこらのボスよりも強かったもんね!!

 『三爪痕』が許されるんだから、そりゃコワッパもそれなりのスペックだよねクソァッ!!

 

 

「決めたぞマシュ、このゲームの制作者にであったら絶対にぶん殴るぞ私は!」

「お、落ち着いてくださいせんぱい!何度も言いますがせんぱいが本気で殴ってしまってはいろいろとお見せできない事になってしまいます!」

「それでも私は!それを目標に進んでやらぁっ!!」

(……いろいろと大丈夫なのかこいつ)

 

 

 ハセヲ君からの視線がどんどん可哀想な人を見るものに変わってる気がするけど、私は自分を曲げないよ!*8

 

 

 

 

 

 

「いやマジで強かったんだけど、なんなのあれ……」

「その代わり、レアアイテムをドロップしたみたいですよせんぱい?」

「……『コワッパのかんむり』って、何に使うのこれ……?」

 

 

 あんまりにもあんまりな激闘を越えて、バトルフィールドから普通の草むらに戻ってきた私達。

 ……まさかアグモンのベビーフレイム*9が効かないとは思わなんだ。あの卵の殻、生意気にも耐火性抜群でやんの。

 まぁ、その代わりというか、モーションとか技はわりと見切りやすいものばかりだったんだけどね。

 これで動きまでお排泄物(できうる限り婉曲な表現)*10だったら投げてたよ、小さくて攻撃当て辛いし、じり貧になるかと思った。

 

 

「最終的に氷系の魔法で動きを止められる、って気付いたからどうにかなったがな」

「魔法使いジョブでよかったとしみじみ思います。……防御力1なのに堅すぎだってあれ」

「あ、すみません。あれ気分でそう言っただけで、ホントは結構防御力高いみたいですよ?」

「BーBーちゃーん?」

「ひえっ、ごめんなさいせんぱいつい出来心で!」

 

 

 まさかの『ものしらない』だったBBちゃんにちょっとおしおきしつつ、しばらくマップを徘徊。

 

 ……クリボーだのスライムだのが居たかと思えば、クリボー違いのクリボー(カードの方)がわらわら増殖してきて、危うく爆☆殺されそうになったり。*11

 はたまたクリスタルなボーイ(クリボー)が「かわいそうなのはダメなのよね」とか言いながらアイテムを☆PON☆とくれたり。*12

 その台詞がキーになったのか、筋肉モリモリマッチョマンの変態が、ロケラン担いで追ってきたので必死で逃げたり。*13

 

 そんな感じに、正直意☆味☆不☆明*14な状況に西に東に振り回されながら、私達は息も絶え絶えにポータルまで戻ってきていたのだった。

 

 

「いや、おかしい、どう考えてもおかしい!こんな最初のマップっぽいところでエンカウントしちゃいけないモノばっかりに出会ってる気がする!」

「あのままフィールド探索してたら、ハムスターに出会ってた気がします……」*15

「聞きたくねーんだが、それってセラゲの奴か?」*16

「セラゲの奴です、大量に突っ込んできて物理的に星にされる奴です」

「ぼ、ボクこの姿のままでやってける気がしないんだけど……」

 

 

 い、意味わからねー……。

 レベル差による安全マージン*17すら取れないのに、レアエンカとはいえラスダンに出てくるようなモンスターがうろうろしてるとか、どう考えてもお排泄物ゲーやないけ……。

 ……いやだからか、なんか鳥頭の男が居たような気がしたのは……。

 

 

「あの人、一般PCでしたよ?」

「リアル狂人が湧いてるとか、どう考えても初心者向けのマップじゃないじゃん!!やめやめ、一旦帰ろ真面目に!」

「さんせー、ボクもうお腹ペコペコだよぉー」

「……ああ、俺もちょっと、休憩したいなこれは……」

 

 

 彼がなりきり板の民じゃないという、逆に恐ろしい話を聞いて、やってられるかとアークス・ロビーに帰ってきた私達。

 そのままカフェにとんぼ返りして、みんなで好き勝手飲み物や食べ物を頼む。

 

 もうやけじゃい、やけ食いじゃい。

 甘いもの食べてストレス発散じゃい。みたいな感じで、さっきアグモンが頼んでいたジャンボパフェを頼む私。

 

 

「申し訳ございません、ジャンボパフェは売り切れになっておりまして……」

「ゲームの世界で売り切れ?妙だな……」*18

「はいせんぱい、小さな死神召喚呪文は禁術ですよー」

「マジか。……いやまぁ、確かに下手に呼ぶとヤバイのは確かだもんねぇ」

 

 

 そしたら、ジャンボパフェは売り切れている、と店員さんに言われてしまった。……ゲームの世界で売り切れとはこれいかに?

 みたいな感じに妙だなと思っていたら、その言い方はコナン君の疑い方なのでよくないとBBちゃんに釘を刺されてしまった。

 

 ……うーむ。電脳世界であっても彼の死神体質は効力を発揮するのか、ちょっと気にならないでもないけど。

 ある意味彼の存在はパンデミックを引き起こすようなものでもあるので、そういうのを気にせずに居られるなりきり郷内に居て貰うのが一番安心かなぁ。

 ……いやまぁ、本人は再現度低いからそうそう事件に巻き込まれることはないって言ってたけども。

 

 

「うーむしかし、この溢れるパフェの気分をどうしたものか」

「パフェの気分?……よくわかんねーけど、他のもんじゃダメなのか?」

「こういう時の食べたいものって、()()()()()()()()()()だから替えは効かないのよワトスン君」

 

 

 他のものじゃダメなのか、と聞かれて他のじゃダメなんだよ、と返す私。

 こういうのはそれを食べようって気分で店に来てるから、それが解消されないのはそれはそれでストレスなわけ。

 ……まぁ、無いですって言われた以上、私にできることがないのも確かなわけなんだけど。

 

 

「なるほど、じゃあ俺がなんとかしましょうか、素敵なレディ」

「……はい?えっと、私?」

 

 

 なんて風にちょっとむっとしていたら、後ろから声を掛けられた。……いや、レディて。私中身的には男なんですけど、みたいな感じに後ろに振り返って。

 

 

「……あー!!サンジ君!?」

「よっ、こんなところで会うとは奇遇だなキーアさん?」

 

 

 そこに居た人物と、その話し方に知り合いの姿が重なって。

 ……祭で話をしたことのあるキャラの一人、ワンピースのサンジ君じゃん!

 

 

「いや、なんでここにいるの貴方?」

「ちょっと野暮用でね。それと、そちらのお嬢さんと連れについて紹介して貰える?」

「え、ああ。えっと、BBちゃんとハセヲ君、それとアグモンだね」

「あ、はい。私はBB、上級AIのBBちゃんです」

「ハセヲだ、よろしく」

「ボクアグモン!よろしくね!」

「はいよ、BBちゃんにハセヲ、それからアグモンね。こっちこそよろしく、それと」

 

 

 みんなに紹介をして、みんなが自己紹介を返して。

 一連の流れを終えて、サンジ君が淀みの無い動きでBBちゃんにかしずいて、彼女に料理を差し出した。

 

 

「こちら、ご注文のフォンダンショコラです」

「え、あ、はい、ありがとう、ございます?」

 

 

 ……相変わらず本家のサンジ君より芝居掛かった動きである。

 というか、その台詞的に君ここで働いてるの?

 なんて私の疑問が伝わったのか、彼はこちらにニッ、と笑みを向けてきて。

 

 

「詳しい話、聞く気はあるかい?」

 

 

 なんてことを私達に問い掛けてくるのだった。

 

 

*1
『DARK SOULS』と『Bloodborne』。どちらもフロム・ソフトウェア製作のゲーム作品。エグい難易度で中毒者を産んでいるシリーズ

*2
その名の通り『死んで覚える』ゲームのこと。極悪難易度で何度も失敗しながら、じりじりと成功に向かって修練を積み重ねていくようなゲーム。昔のゲームは大体こうだったりするが、いわゆるクソゲーとの境界線が結構曖昧

*3
フィールド上に敵の姿が予め見えていて、それに触れると戦闘になるパターンのもの。対義語は歩いていると勝手に敵と出会う『ランダムエンカウント』。オンラインゲームだと、シームレス戦闘の方が主流

*4
『ヴァルキリープロファイル』シリーズより、通常戦闘時のBGM。聞いたものの厨二力を飛躍的に高める劇物。「死の、先を逝く者達よ!」

*5
同じく『ヴァルキリープロファイル』シリーズより、『Confidence in the domination』。通常ボス戦で流れる曲。人気が高く、よくアレンジされている。「我と共に生きるは冷厳なる勇者、出でよ!」

*6
『マリオストーリー』の敵キャラの一人。一番最初の方からずっと付いてくる中ボスキャラ

*7
『マリオストーリー』の味方キャラの一人、クリボーのクリオの得意技の一つ。相手の詳しい説明をしてくれる。解説文が時々辛辣なのはなぜなのか

*8
みくは自分を曲げないよ!……元ネタは『アイドルマスターシンデレラガールズ』より、『前川みく』の台詞

*9
アグモンの得意技。口から火炎の息を吐いて攻撃する

*10
『ゲーミングお嬢様』より、『クソ』という言葉をお嬢様っぽくしたもの。無理に変換してるせいでなんか余計に下品になってないか?……などとは言ってはいけない

*11
『遊☆戯☆王』より、クリボー。隠された能力()として、相手に触れると爆発する『機雷化』という能力を持つ。原作がカードゲームじゃなくてTRPG的なものだと思われている理由の一つ。他に有名なのは『「砦を守る翼竜」の特技、「飛行」!(敵の攻撃の回避確率三十五パーセント)』だろうか

*12
前半のクリスタルなボーイは『COBRA THE SPACE PIRATE』のキャラクターの一人、クリスタル・ボーイ。主人公コブラの宿敵にして、とある場所で無辜りまくっていたサイボーグ。本来の彼は「かわいそうなのは」とか言わない。後半の『☆PON☆とくれた』というのは、映画『コマンドー』の吹替えの台詞の一つ。『コマンドー』には吹替え違いが存在するので、聞き比べてみるのも一興かもしれない

*13
『コマンドー』の主人公、『ジョン・メイトリックス』。アーノルド・シュワルツェネッガー氏が演じたものの中でも代表的なキャラの一人

*14
『遊☆戯☆王』より、武藤遊戯の台詞の一つ。原作でエクゾディアを見た彼が、使い方がわからず困惑した時に発した言葉、「意☆味☆不☆明のカード」の一部分。コレデドウヤッテタタカエバイインダ

*15
『ヴァルキリープロファイル』シリーズより、恐らく史上最悪のハムスター。背丈が低くて一部の攻撃以外当たらず(VPはアクションゲーム的な面も持っている為、攻撃が当たらないのは死活問題)、HPが異様に高く(一応出てくる場所の他のモンスターに比べればそれほど、というわけでもないのだが)、攻撃力が異様に高く(まともに食らえば基本的に即死)、その癖して一度に四体出て来て、倒しても余り旨味がない(経験値が少ない。一応レアアイテムを落とす事があるので全くの無駄足でもない)……という、お前ホントに雑魚モンスターなのか、みたいなやべーハムスター。へけっ☆

*16
『ヴァルキリープロファイル』シリーズより、クリア後ダンジョン『セラフィックゲート』のこと。前述のハムスターなどが生息している魔窟

*17
『安全性を保つための遊び・余裕』。ゲームで言うなら、ステータス差やレベル差によって死亡する可能性を減らすこと。キリト君が好きなもの

*18
妙だなを解説?妙だな……



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飯と睡眠とアレ、欲はどこまでも大切です

「……え、このお店PCがやってる店なの?」

「そうそう。俺もシェフの一人ってわけでな?」

 

 

 休憩時間になったらしいサンジ君が、私達の席と相席になるように椅子を持ってきて座った。

 ……MMOには生産系の追加要素というか、別の遊び方が用意されていたりするものだけど、この『tri-qualia』でもそういうものがあるらしい。

 そのうちの一つが、料理を作るというものなのだそうだ。

 

 

「モンスターによっては料理素材を落とすんだが、それを使っていい料理を作るには高位のスキルが必須でな。より上質な素材を使って腕を磨くってのは、俺達みたいなシェフにとって息をするよりも自然な事なんだよ」

「へー……」

 

 

 MMOの楽しみ方の一つである生産職。

 その枠組みの一つである料理だけでやってけるようになったんだな、なんて変な感慨を覚えつつ、先の彼の発言について問い掛ける。

 

 

「ああ、ジャンボパフェにはフルーツやミルクが必要なんだがな?素材が切れたからちょっと一狩り行こうか、みたいな感じになっててな」

「……あーなるほど。採ってくるから待っててね、みたいな感じだったわけね」

 

 

 彼の言葉に、売り切れた理由を理解する。

 ……完全に単なるデータだったら、売り切れなんて起きるわけ無いけれど、実際はちゃんとした製作アイテムだった、というわけだ。

 

 

「で、キーアさん達はいろいろ調べてるんだろ?なら大当たりだ。ここを経営してるPCは、いわゆるなりきり組だからな」

「!なんと、初手で当たりを引いてたか私ら」

「すごいねキーア!」

 

 

 ついでサンジ君から飛び出した言葉に、一同びっくり。

 ……あれ?でもここってコラボロビーなんだよね?って思っていたら、その辺りも説明してくれた。

 

 要するに現実のコラボカフェと一緒で、大本のお店に『この作品とコラボするので内装とかメニューとか合わせて下さいねー』って感じに運営本部から依頼が来て、それに合わせるように内装を切り替えたりしているだけ……のようだ。

 ……いや、最初から思ってたけどなんだろうね、この変な拘り。

 

 

「変繋がりで悪いんだけど、そういえばなんでサンジ君、フルダイブっぽい挙動なの?」

 

 

 怪しむついでに、目の前のサンジ君の挙動があまりにも自然な事にも引っ掛かりを覚えた。

 元がネットゲーム世界を描いたキャラクター達ならいざ知らず、そうじゃないサンジ君がフルダイブ式でゲームを遊んでいるのなら、何か裏でもあるのかとちょっと疑問に思った……のだけど。

 

 ……あれ?なんで私、「この人何言ってんの?」みたいな目で見られてるんです?

 

 

「いや、俺らは()()()()()()()()()()を既に被ってるから、どんななりきり組でもこうなるって聞いたんだが?」

 

 

 ……なんですと?

 

 

 

 

 

 

「えーと、つまり。最初に出会ったハセヲ君のせいでちょっと勘違いしてたけど、そもそもなりきり組はフルダイブ標準装備だってこと?」

「そう聞いたんだがな。……いやまぁ、最初にハセヲに会ったってんなら、勘違いするのもわからんでもないが」

 

 

 サンジ君の話を聞いて、ちょっと脳内で情報を整理する。

 ……フルダイブ化はあくまでもなりきり組なら標準装備。

 で、そこになりきりしてるキャラが元々ネット関係のキャラだと、再現度に追加ボーナスが貰える、みたいな?

 

 

「碑文まで使えるかは知らんが、それでもジョブに関しては元のままなんだろハセヲ?」

「あ、ああ。一応確認したけど、俺のジョブは錬装士(マルチウエポン)、この世界(ゲーム)では錬器術士なんて名前になってたが……」

「仕様外ジョブだな。……ってなわけで、その辺りの『原作由来の何か』が上乗せ部分だって言われてるわけだ」

「なるほど。……えっと、最初ほど警戒の必要はないってことだったり?」

 

 

 ネットゲームのデスゲーム系の多さから警戒を強めてたけど、案外そうでもないのかな?

 なんて事をサンジ君に聞いてみたのだが、彼は難しい顔。

 

 

「どうだろなぁ。俺も生憎ハセヲみたいな『元のゲームの仕様ではなく、PC由来での致死攻撃』持ちの奴には会ったことが無いからなぁ」

「……言われてみれば、デスゲーム系ってそもそもゲームの仕様の時点でデスゲームになるようになってるから、ハセヲ君達みたいに『仕様外攻撃で相手の精神ごとダメージ』って、案外他の具体例思い付かないね」

 

 

 『Infinite Dendrogram』、『NewWorld Online』、『ソードアート・オンライン』……などなど。

 作品内ゲームにも幾つかあるけれど、そもそもがデスゲームじゃなければ、途中からデスゲーム要素が追加されるような事は基本的にあり得ない。

 ……いやまぁ、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。

 だってそれ、作品的には無謀なてこ入れ以外の何物でもないし。

 

 

「最初っからデスゲームじゃないなら、ゲームでの死をリアルでの死に結びつける機能なんざ、普通は付けねーからな」

「うーん、まさかスケィス*1呼んで貰って試してみる訳にもいかないからなぁ」

「いや、止めろよ?そもそも呼べるかどうかもわかんねーからあれだけど」

「……なんか、いまいち煮え切らない台詞だね」

 

 

 ハセヲ君の奥歯に物が挟まったような物言いに、思わず聞き返してしまう私。

 対して彼は「繋がりはある気がする、けど呼ぶなって言われてるような気もする」という言葉を返してきた。

 ……ふむ?スケィス側が呼んで欲しくないって言ってるから呼べないってこと?

 

 

「……いやそれよりも。居るには居るんだな、スケィス」

「うーん、結局警戒は今まで通りの方がいいか。少なくとも、デジモンがやって来る可能性がある以上は、警戒し過ぎって事もないだろうし」

「え、ボク?」

「ああ、究極体の中にはわけわからん攻撃してくる奴も居るしな……」

 

 

 触れたらそのままおしまいな攻撃*2とか、時止めオラオララッシュみたいな攻撃*3してくるしなぁ、なんて風に苦笑いする私達なのだった。

 

 

 

 

 

 

「とーこーろーでー」

 

 

 私の言葉にぎくっ、という感じで動きを止めるBBちゃん。

 ……うふふ。逃がさへんぞ貴様ー!

 

 

「知ってることをハケッ!ハクンダッ!」*4

「し、知りません!知ってても黙秘しま……ってひえっ!?せんぱい目怖っ!」*5

「なりきり組だったら基本的にフルダイブになる……しかし私はなっていなかった、そしてそれを知っていたと思われるBBちゃんには、黙秘権なんてものは存在しないのです。do you understand(わかりましたか)?」

「し、知りません!せんぱいがフルダイブじゃないのは知ってましたけど、その由来がオリジナルのなりきりだからって事くらいしかBBちゃんは知りません!」

「結構知っとるやないかい」

「あ痛ぁっ!?」

 

 

 知らないと言いつつ案外知ってたBBちゃんにおしおき(デコピン)を敢行しつつ、裏取りの為ゆかりんにも聞いてみる。

 

 

「調査対象だって言ってたのに、フルダイブになるとかについては知らなかったの?」

「私ゲームとか苦手ですもの。話に聞いたってだけで、どうなっているのかとかは全て管轄外ですわ」

「……なんでこういう時に限って、胡散臭い管理者ゆかりんなのか」

「せんぱい!落ち着いてくださいせんぱい!」

 

 

 どいつもこいつもあれこれ隠しながら暗躍しおってからに……。

 いやまぁ、ゆかりんがゲームあんまりしないのは聞いてたけど。

 東方についても二次から入った組って言ってたし、ルナシューター*6とか夢のまた夢みたいなこと言ってたのも知ってたけど。

 それなら従者組に頼むとか……みたいな事を考えて、ジェレミアさんと蘭ちゃんにできるのか、という疑問が浮かぶ。

 

 

「……んー、推定無罪!閉廷!」

「ちょっとせんぱい!?横暴すぎではないですかぁ!?」

「私がルールだ」

「そんなキメ顔で言われてどうしろって言うんですかぁっ!?」

 

 

 って言われてもなぁ。

 最近忘れられてる気がするけど、私基本的に魔王やで?

 

 

「は?!……そ、そうでした!せんぱいってば普通に素面(しらふ)で魔王とか名乗っちゃう系の人だったんでした!」

「よーし、キーアんバイキルト*7目一杯かけちゃうぞー」

「バイキルトって言いながら界王拳*8掛けてませんかそれ!?」

 

 

 ははは、別にブースト(Boost!)*9でもモアモア*10でもなんでもええんやで。

 とりあえず滾る苛立ちを解消したいだけやさかいにな。

 

 

「なんなんですかそのエセ関西弁はぁっ!?あ、ちょっ、やめ、消しと、痛ったああぁあっ!!?」

「痛いで済むのか今の……」

 

 

 エグい威力になったデコピンを額に受けて翻筋斗(もんどり)を打つBBちゃんと、そんな彼女を見て呆れたようにストローからジュースを啜るハセヲ君なのでした。

 

 

 

 

 

 

「うー、世界一美少女なBBちゃんの、卵のような額が割れるかと思いました……」

「これを機に口は災いの元って覚えといた方が良いと思うよ」

「確かに、さっきのは言い過ぎましたけど……だからって本気でデコピンは酷くありませんかぁ?」

「……?え、めっちゃ加減したけど?」

「いやその、せんぱいのスペック的な意味での加減は、全然加減になってませんからね?」

 

 

 話を終えて、再びフィールドにやって来た私達。

 今度はさっきの草原と違い、牧場のある地域らしい。

 サンジ君が放し飼いにされている牛からミルクを採ってくるのを、しばらく立ち話をしながら待って。

 戻ってきた彼とパーティを組んで、そのまま牧場から離れて森の方へ。

 

 

「じゃあ、もう一度説明するぞ。──命令は3つ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良ければ、不意を突いてぶっ殺せ!……あ、これじゃ4つか」*11

「おいィ?それ同じ声の別の人でしょうが」

「ははは、ちょっと言ってみたかったんでな。……まぁ、改めて。こっから先のモンスターは、倒した時にドロップ品として各種フルーツを落とすことがある。なんで、積極的にぶっ倒していってくれ」

「はーい。……データ上の相手だから、絶滅するとか気にしなくて良いのは楽でいいわね」

 

 

 まぁ、一番の目的は店のオーナーが戻ってくるまでの時間潰しなんだけど。

 現状オーナーさんが一番情報を持ってるらしいから、彼?彼女?がログインするのを待つのが、一番話が早いらしいし。

 

 

「そーいうわけで、行くぞ皆のしゅー!!」

「「「「おー!」」」」

 

 

 そうして、森の中へ全員で突撃!

 バナナワニの頭からバナナをもぎ取ったり、メロングマが()()メロングマ*12だったので一瞬ひえっ、ってなったり。

 オーレンジーナなるちょっと危なそうな名前の、人型のモンスターを皆でタコ殴りにしたり。

 かと思えばフルーツ系モンスターに混じってスピアー*13が居て、ちょっと周囲にモンスターボール*14がないか探してみたり。

 

 そんな感じに、なんかトリコとかに出てきそうな奴も交えたモンスター達との交戦を続け、時刻は次第に夕方へと向かっていくのでした。

 

 

*1
『.hack』シリーズより、第一相『死の恐怖』。八相と呼ばれる特殊なモンスターであり、ハセヲが扱う『憑神(アバター)』の名前でもある。最初にして最凶のボスの呼び声も強く、実際他の八相のオリジナルでもある特別な存在(そちらは正確には『スケィスゼロ』だが)

*2
『オメガモンX抗体』の必殺技、『オールデリート』。触れるとその名の通り()()()()()()。彼の性能的(『オメガインフォース』。常に先読みしてくる)に回避不可・防御不可

*3
『アルファモン』の能力『アルファインフォース』。時止めというよりは『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』の方が近いだろうか。なお時止めオラオララッシュは『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(part03)『スターダストクルセイダース』の主人公、『空条 承太郎』の能力(スタンド)『スタープラチナ・ザ・ワールド』による時間停止中に敵をボコボコにぶん殴る(オラオララッシュ)こと、『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』の方は『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(part05)『黄金の風』の主人公、『ジョルノ・ジョバァーナ』の能力(スタンド)の名前

*4
『アカツキ電光戦記』より『アドラー』のボイスの一つ。投げ技で何を吐かせる気なのか

*5
『ギャグマンガ日和』より、うさみちゃんが犯人(主にクマ吉君)を見付けた時にする特徴的な目。とても迫力があって怖い

*6
『東方project』における最高難易度、『lunatic(ルナティック)』をクリアできる腕前を持つ人の事。彼のゲームは弾幕と呼ばれる飛び道具を避ける事を主体としているが、低難易度と最高難易度では文字通り天と地ほどのレベル差が存在する

*7
『ドラゴンクエスト』シリーズより、攻撃力を上昇させる呪文。因みに()()()()()()()()()

*8
『ドラゴンボール』より、技の一つ。戦闘能力を増加させる技で、重ね掛けというよりは倍率の変更ができる。代わりに、余り高い倍率にすると反動が凄いことになるらしい

*9
『ハイスクールD×D』より、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の能力の一つ。自身の能力を倍加させる。倍加させ過ぎると反動がキツくなるのは界王拳と同じ

*10
『ONE PIECE』より、『モアモアの実』。触れた物の大きさや、速度を倍加させる能力を持つ。最大倍率は100倍。なお、単純な破壊力に関しては100億倍にできるとかいう、なんでその能力で負けたの?みたいなスペックを持っている。因みに、他人にも付与可能でかつ反動も無かったりする。だからなんで(ry。なお、この無茶苦茶スペックで区分は超人(パラミシア)系。……覚醒してたのだろうか?

*11
台詞は全て『GOD EATER』のキャラクター、『雨宮リンドウ』のもの。声が同じというネタ

*12
とある場所のマスコットのこと。凄まじく怖い

*13
『ポケットモンスター』より、どくばちポケモン。『ポケットモンスターSpecial』のサカキが使うスピアーはとてもカッコいい。……なので本家でもメガシンカ返して貰えませんか……?

*14
『ポケットモンスター』世界にて、ポケモンを捕まえる為の道具。実際はこのボールにモンスターを縮小する機能があるわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()能力を持つ生き物を『ポケモン』と言うらしい(拡大に関しては、正確には元の大きさに戻るという意味なので、ちょっと違うかも知れないが。なお、縮小の能力がガラル粒子によって反転したものがダイマックス(巨大化)なのでは、なんて説もあるのだとか)。その為、モンスターボールをポケモン以外の生き物に当てても捕獲はできない



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お店経営はとても大変です

「さて、時刻ももうすぐ6時を回ろうかって感じなんだけど……」

 

 

 フィールドでの狩りを終えて、再びカフェに戻ってオーナーさんを待つこと暫し。

 

 ……パフェの気分もしっかり解消した私と、話すことがなくなって次第に現実での愚痴に移行したハセヲ君と、それに付き合っているBBちゃんと。

 それから、疲れたのかすぅすぅと寝息を立てながら眠ってしまったアグモン(サンジ君は休憩が終わって厨房に戻っていった)。

 

 ……いい加減にオーナーさんが来てもおかしくないんじゃないかなー、なんて思いつつ机をトントンと指で叩いていたら、俄に外が騒がしくなった。

 どうやら、噂のオーナーが重役出勤をしてきたらしい。

 ……まぁ、()()サンジ君が下に付いてるって辺り、多分普通に女性だとは思うのだけど。

 

 なんて気分で相手を確認しようとして、思わず椅子ごと倒れてしまった、地味に痛い。

 ……えー、いやでも、マジで?

 

 

「──あら、キーアじゃない。こんばんわ、って言えば良いかしら?」

「え、ええー……侑子じゃん、マジかー……」

 

 

 現れたのは、黒く長く美しい髪を持った、妖艶な美女。

 こちらを見るその瞳は赤く、(あまね)くを見通しながら、それでいてそこに自身を置かぬ超越者の雰囲気を醸し出す。

 それもそのはず、彼女は『次元の魔女』と呼ばれる逸脱者。

 

 ──壱原侑子。*1

 願いを叶える(ミセ)の女主人が、らしくもなくスーツ姿で、そこに立っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「いや、なんでスーツ……?」

「似合うでしょ?」

「いや似合うけども」

 

 

 思わず問い掛けてしまった私に対し、彼女は自身満々にそう言い放った。……いや、確かに似合うけどさ。

 侑子専用仕様で所々に蝶の模様をあしらっている辺り、流石のセンスだと言わざるを得ないけども。*2

 ……見た目の仕事できそう感に反比例した、結構なズボラさんなんだよなぁこの子。

 

 なんとなくげんなりとしてしまう私の前で、彼女は近くのテーブルの椅子を引いて、そこに座って優雅に足を組んだ。

 そして、こちらに向かって告げるのだ。

 

 

「それと、この姿だと千夏ちゃん*3っぽくってウケがいいのよね」

「ショムニとか最近の子絶対わかんないってば……」*4

 

 

 なんてことを、楽しそうに。

 いや、彼女の本来の持ちネタ的には、もっと古いものの話をしてたから、そう考えるとまだわかる方ではあるんだけども。*5

 ……それでも二十年前なんですよそれ、普通にわかるわけないでしょそんなの。

 

 なんて、こちらの呆れは露知らず、彼女は重役出勤そのままにディナーを頼み始めた。

 

 

「侑子すわぁんっ!こちら今日のオススメになりまぁすっ!」

「あら、いつもありがとねサンジ君」

「いえいえ侑子すわぁんの為なら例え火の中水の中草の中でぇすっ!!」*6

「うおっ、いきなり原作みたいな事になった!?」

「このサンジ君、自分のとこ(スレ)でナミちゃん*7にもロビンちゃん*8にも会えてなかったからね……祭で出会った侑子に一目惚れした(絡みに行ったらOKされた)結果、こうなったのよ」

「マジかよ悲しすぎんだろそれ……」

 

 

 本編のサンジ君みたいな動きをし始めた彼を見て、ハセヲ君が唖然としたように声を漏らす。

 ……いやまぁ、変な繋がりだなーとは思わなくもない。

 けど、祭の日に誕生した即席の組み合わせとしては、結構人気だったと思う。

 

 そもそもの話、自身のスレに他のメンバーが居ない──という悲しみを背負っていたサンジ君にとっては、原作みたいな動きができる動機付けにもなってた彼女との付き合いは、結構得難いものだったみたいで。

 後々他のメンバーが揃うようになっても、女性に対しては紳士的()()()を貫いていたようだし。

 

 因みに他に祭で有名になった組み合わせというと、私とゆかりんと侑子とあとミサトさん*9も加えた、祭中は酒盛りばっかりしてたメンバーが居たりする。……日を跨ぐとみんなして液○ャベ飲むのは様式美。

 

 まぁ、私の方もその縁で、祭後もちょくちょく交流があったから、結果的にゆかりんと同じくらい仲の良いキャラハンではあると思う。……なので。

 

 

「いや、居たんならなんで連絡とかしてくれなかったし」

「私もいろいろ大変だったのよ」

「ゆかりんには?」

「連絡?してなーい」

「ダメだこの子、まるで成長してない……」

 

 

 わりとズボラな彼女の世話を、名無しとしてあれこれしていたのも良い思い出だったりする。

 ……いや、名無しの本分を半分くらい逸脱してるから、あんまり褒められた行動ではないのだけれど。

 

 

「どうせなら貴方が四月一日(わたぬき)やってくれれば良かったのに」*10

「名無しとキャラハンは違うの。……で、貴女がオーナーってことは。……()()、一応ミセなの?」

「んー、願いを叶えるとかはしてないから、ミセと言い張るにはちょっと微妙かしら」

 

 

 なるほど、彼女が居るからと言ってミセにはならない、と。

 ……いやまぁ、その辺りなりきり組だと判定よくわかんない……ってのは、毎回言ってるわけなんだけど。

 いやだって、ねぇ?

 

 

「最新部分に合わせるのなら、普通に消えてるなんてことになりかねないものね?」*11

「……四月一日君がもし仮に居たのなら、貴方消えてたんじゃない?」

「そうかもねぇ」

「軽いな!?」

 

 

 原作の最新設定を常に再現してたら、彼女はここに居ない可能性が高いわけで。

 ……うーん、これはまたわかんねぇが積み重なった感。

 ネットの世界は現実とは別なので、本来消えるはずのものでもやってこれる、みたいなのがありそうな気もしてくるし、うーん。

 

 

「ま、いいや。そこら辺はそのうちわかるでしょ。そろそろ夕ご飯の時間だし、話を聞いて帰……んん?」

 

 

 まぁ、そもそも私達、現状このゲーム内について一番詳しい人に話を聞くために粘ってただけだし!

 先に話を聞いてから考えよー、と思ったところで、ふと気が付いてしまった。

 

 ……フルダイブで、実際に味とか感じられるから、腹は膨れずとも気分転換にはなると思ってパフェとか食べてたけど。

 食事によるバフ効果とか必要ないのに()()()()()()()()()()()()()

 その事に気付いた私にふ、と微笑みかけた彼女は、近くで眠っていたアグモンの頭を撫でながら、正解を告げる。

 

 

「そ。私も、現実ではなく電脳の住人ということね」

「サンジ君ー!?ログイン待ちって言ってたじゃん君ーっ!?」

「え!?侑子すわぁん未帰還者だったんで?!」

「あれー!?」

 

 

 彼女の突然のカミングアウトに、俄に騒がしくなる店内なのでした。

 

 

 

 

 

 

「えっとつまり?重役出勤は現実で何かしてて遅れたわけではなく、本当に単なる重役出勤で?サンジ君が知らないのは、普通のプレイヤーに未帰還者*12もどきが居るって事を教えて、無駄な混乱を起こさないためで?」

「ゆかりさんにもキーアさんにも連絡をしていなかったのは、そもそもこのゲームの外への連絡手段がわからなかったから、ということですかぁ?」

「そうそう大正解。もちろん、自分であれこれと調べるのもちょっとダル……私のキャラじゃないかなーってなったのも理由の一つなんだけど」

「……ええい、これだからズボラ組は……っ!」

 

 

 侑子からの説明を受け、思わず頭を抱える私。

 なんでも、彼女の中の人がこのゲームを始めたのはそれなりに古く、その時のアバター作成時にゲーム内に取り込まれるような形でダイブして、以後ずっとゲームの中で過ごしていたらしい。

 現実の肉体に関しては不明だが、なんとなく今のデジタルな自分と重ね合わせになっているような気がするとの事で、これに関しては似たような状況のアグモンも同じ状態なのだろうとの事だった。

 

 で、彼女は長いゲーム生活を基本マイルームに籠もることで過ごしていたが、ある時差出人不明のメールとそこに添付されたこのカフェの運営権を受け取って、こうしてオーナーとして、時々店を見に来るようになったのだという。

 

 

「だからまぁ、このゲームに何かあるとすれば、メールを送ってきた謎の人物が一番怪しいってわけね」

「差出人不明で、かつ運営側の人間っぽいもんね。……あれ?やっぱり出会い次第運営をぶん殴ればいいのでは?」

「だからせんぱい!脳筋では片付くものも片付きません!!」

「むぅ、マシュがお硬い……」

 

 

 真っすぐいってぶっとばした方が早いのに……。*13

 大丈夫だよ?加減もするからさっきまで命だったものが辺り一面に転がったりはしないよ?*14

 と説得しようと思ったんだけど、マシュからはNG判定を出されてしまった。……むぅ、体罰はやはりダメか……。

 

 

「いや、アンタの攻撃は体罰じゃすまねぇだろ、俺忘れてねーぞ、さっきの森でモンスターを殴りで爆殺してたの」

「……いや、できるかなーって思ったらできたというか、現実の私のスペックをそのまま引き出せるようにしたBBちゃんが悪いというか……」

「あまりにも清々しい責任転嫁!BBちゃん、そういうのよくないと思います!」

 

 

 ええいうるさいうるさいうるさい。*15

 とりあえず目標が運営相手に定まったんだからいいの!

 ってなわけで、そのままアグモンの処遇について話が移っていく。

 

 

「ゆかりーん、境界の方はどんな感じー?」

「……んんー、ちょっと理解できないところがあるから、このペースだと一月は掛かるかも……」

「あ、でしたら私もお手伝いしますよ、上級AIですので!」

「……全部貴方がやってくれれb「おっとー!BBちゃんは悪い子ですので!お手伝いまででお願いしまーす!」……今さらなんだけど、それすっごい欺瞞じゃない?」

 

 

 なんか、BBちゃんとゆかりんが仲よさげ()である。まぁ、喧嘩とかしないようにね……?

 

 ……それにしても、現実世界へのサルベージには時間が掛かりそうだ。

 それと、それでアグモンがどうにかなっても、侑子に同じ手が使えるかも確認しなきゃいけないだろう。

 

 

「と、いいますと?」

「なりきりをしてる相手の所為(原作だと消滅してる)なのか、はたまたアバター作成時に誰かが割り込みを掛けたのか。……前者だと現実に引っ張り出したら消えちゃいそうって話」

「な、なるほど……」

「個人的な感覚としては、どっちもあり得るとだけ言っておくわね」

 

 

 マシュに説明をしていたら、当の本人からなんとも言えない情報が飛んでくる。

 ……止めてよそれどっちでも面倒くさいフラグじゃん……。

 なんて事を思いつつ、データだけど冷めてる紅茶を一口。

 

 

「……とりあえず、目処が立つまではアグモンの事は侑子に任せるって事でいい?」

「対価がい「そのうちいいトコの日本酒持ってくるから」はいはーい♪」

 

 

 お決まりの文句を言おうとした侑子に先んじて対価を示す。

 ……自分のマイルームに間借りさせるだけなんだし、祝い酒で十分でしょ、といった感じだ。

 ホントはもうちょっと厳格なんだろうけど、ミセでもないのだから、というところもある。

 

 

「とりあえず、明日は現実の方で運営会社に掛け合って見ましょう」

「アポとか大丈夫でしょうか……?」

「あ、そこはBBちゃんが先んじてやっておきました。褒めてくださってもいいんですよ?」

「もう送ったのか!」

「はやい!」

「きた!BBちゃんきた!」

「メインAIきた!」

「「これで勝つる!」」

「そこはかとなくバカにされてる気がするんですけどぉ!?」*16

 

 

 なんて感じに明日の予定を立てつつ、その日はお開きになるのであった。

 

 

*1
『xxxHOLiC』のヒロ、イン……?願いを叶える代わりに同等の対価を客から貰う『(ミセ)』の女主人。おちゃらけていて美味しいものとお酒が大好きで、ネタのセンスがどことなく古い美女

*2
蝶は彼女のトレードマーク?でもある。花押(かおう)も蝶、簪や洋服に和服、着物の帯など至るところにも蝶をあしらっている

*3
『ショムニ』の登場人物、『坪井千夏』のこと。テレビドラマ版だと主人公

*4
1998年頃にフジテレビで放映されていたテレビドラマのこと。いわゆる左遷組なOL達の痛快ドラマ

*5
壱原侑子は60年代から70年代の漫画やアニメに詳しいキャラクターである。小説版だと現代のものも嗜んでいるようだ

*6
『めざせポケモンマスター』のワンフレーズ。あの部分じゃないのは、彼が紳士だからだろうか?

*7
『ONE PIECE』のキャラクター、航海士のナミ。麦わらの一味きっての常識人であり、お金大好きな美女

*8
『ONE PIECE』のキャラクター、考古学者のニコ・ロビン。全身を自在に咲かせる事のできる、ハナハナの実の能力者

*9
『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズより、葛城ミサト。家の冷蔵庫に大量にビールを置いてあるのが、大人になってみると別な意味で驚愕的だったりする、らしい

*10
『xxxHOLiC』より主人公、四月一日 君尋。アヤカシを惹き付ける力を持った、料理が得意な男子高校生

*11
原作の描写より。詳しいことは原作をどうぞ

*12
『.hack』シリーズの用語。『The World』をプレイ中に意識不明になった者達の総称。原因がゲーム内に存在する為、現代医学では治療不可

*13
『幽☆遊☆白書』の主人公、浦飯幽助の心の声。読心術を持っているチンピラ相手に有言実行?した時のもの。心が読めても対応できなきゃ意味がないとはこのこと

*14
『仮面ライダーアマゾンズ』season2の主題歌、『DIE_SET_DOWN』の歌詞の一節であり、作中のエグさを端的に現した台詞

*15
うるさい三連呼は『灼眼のシャナ』のシャナの台詞。彼女が使う場合は基本照れ隠し。釘宮ボイスから放たれるこの言葉は、全国の釘宮病患者を混沌の坩堝に叩き落としたという……

*16
一連の流れはとあるキャラクター(ブロントさん)を待つパーティメンバーのもの



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最近は男性でも外に出る時は日傘必須では?

 そんなわけで、次の日の朝。

 

 なりきり郷から離れ、都内のとあるオフィスビルを目指す私達。

 なお、マシュとハセヲ君は目立つのでグラサンと帽子で変装していたりする。特にマシュは帽子は目深に被って、その特徴的な髪の(薄紫)色を隠していた。

 ……私?私は単なるロリだから、変装とかしなくてもだいじょぶだいじょぶ。

 

 

「そんなふうに考えていた時期が私にもありました」*1

「ダメじゃねーか」

「その、寧ろせんぱいは、何故自分は大丈夫だと思っていたのですか……?」

 

 

 二人からのツッコミを苦笑いで受ける私は、いつの間にやら人の波に囲まれていた。なに ゆえ。

 

 ……んー、別に美少女が歩いてたからって、こんなに大量の人々に囲まれるわけないんだけどなぁ?

 なんて風に思っていたのだけれど、どうにも私は自分の容姿に無頓着過ぎたらしい。

 ……なんか、行く人行く人みんなに、滅茶苦茶写真撮られてるんですがそれは。

 

 ……は!これはまさか、私なんかやっちゃいましたかフラグ?!

 チートオリ主が一度ならず何度でも行うというアレが、私にも来てしまったと言うのか……!?

 

 

『はーい、面白がってなくていいですからねーせんぱい?』

「む、誰が面白がってるだって?──当たり前じゃないか」

『わー、傍若無人魔王ムーブ流石ですねー(棒)』

「それほどでもない」*2

『そこはちょっと躊躇って貰えませんかぁ?!』

 

 

 手に持っていたスマホから声が聞こえてきたので、それに合わせるように言葉を返す。

 ……無論、そこから話し掛けて来ているのは、みんなのアイドルBBちゃんである。

 まさかの私のスマホにダイブ、リアルでもアシストオッケー!というわけだ。あまりの早業に止める暇もなかった。…………中身のデータとかどうなったんだろうか?

 

 ところで、スマホにケーブルを付けたら、プラグインしてトランスミッションしたりとかできないだろうか?*3

 

 

『BBちゃん.exe*4ですか?まぁ、できなくはないと思いますけど……』

「やっぱりできるんだ!?つまりスーパー☆ハッキングとかも?!」

『いやなんですかそれ?言いたいことはわかりますけど』

 

 

 なるほど流石スーパー電脳後輩BBちゃん、そこに痺れる憧れるぅ!*5

 ……ってなわけで。オッケーBB、この人だかりから助けて?(わりと切実な願い)

 

 

『はいはい。ではせんぱい、スマホの画面を皆さんに見せて下さいねー』

「?はいはい」

 

 

 そんな感じに、どこぞのアシスタントにお願いする時のようにBBちゃんに話し掛けてみたら、突然にスマホの画面をみんなに見せるように言われた。

 疑問符を浮かべつつ、言われた通りにする私。

 

 

『はいはーい、皆さん注目して下さいねー。──必殺、BBちゃんフラッシュ!』

「うおっまぶしっ」*6

 

 

 するとどうだろう、スマホから謎の光……何の光!?*7が発せられると同時、周囲の人々が一瞬呆けたような表情をしたあと、何事も無かったかのように私の周りから解散していくではないか!

 ……これあれやね、有名なあの黒服の人が使ってるやつやね?*8

 

 

『近いものではありますね。正確には、光を浴びる前に執着していた対象への思いを失わせるようなものになっています』

「それはまたなんとも……ん?つまり私は今ので飽きられた……ってコト!?」*9

『端的に言うとそうなりますねぇ』

「がーんだな、心を挫かれた、もう動けない」*10

「せ、せんぱい落ち込まないで下さい!私はせんぱいに飽きたりしませんので!」

「え?……えっとありがとう?」

「いや、なんだこれ」

 

 

 そんな感じにちょっとしたコントを展開していたら、ハセヲ君に呆れられてしまった。

 ……嫌だなぁハセヲ君。こんなことくらいでいちいちツッコんだり呆れたりしてたら、いざなりきり郷に来た時にはいろいろと大変な事になるぞう?

 何せあそこじゃ毎日がドッタンバッタン大騒ぎだからネ!*11…普通の人も居るけど、問題児も結構居るからね、仕方ないね。

 

 

「マジかよ行きたくねぇ……いやその前に、外でハセヲ呼びは止めろって」

「ん?……ああ、三崎君だったっけ確か?」

「そうだ。ハセヲなんて名前そうそう居ねーんだから、下手に目立つよりかはリアル(原作)の名前の方がいいだろ」

「ふむ、そうなるとマシュの方も(じゅん)って呼んだ方が良かったりする?」

「え?あ、はい。こうして外に出ている時には、そちらの名前で呼んでいただいた方がよろしいかとっ」

(……めっちゃ西洋人の顔してるのに『じゅん』って名前で呼ぶのも大概目立つと思うのですが……まぁ、いっか)

 

 

 なりきり郷のヤバさに呆れるハセヲ君から、外では『ハセヲ』なんて風に呼ぶと目立つから止めろ、とのお言葉が。

 それを言うならマシュって呼び方も目立つのでは?って感じになったので、一応元の名前を呼ぶようにしようかと提案してみたら、あっさり了承された。

 ……なんだかBBちゃんから、何か言いたげな空気を一瞬感じたのだけれどなんだったんだろう?

 なんてやり取りをしていると、呼び方を変えたマシュが、不思議そうな表情でこちらを見ていた。

 ……えっと、穴が空きそうな程に見詰められてるんですけど、一体どうしたの?

 

 

「いえ、その……せんぱいは、『キーア』と呼ばれる事に抵抗はないのかと、今更ながらに思い至ってしまいまして」

「そういやアンタ、版権組じゃなくてオリジナル組なんだっけか。現状アンタ以外の該当者が居ないっていう」

 

 

 聞かれたのは、私がキーアとして扱われる事に違和感はないのか、という事。

 それと、現状一人だけ、版権ではないなりきりキャラの憑依であることの確認であった。

 ……ふむ。まぁ、聞かれたのなら答えるべきか。

 

 

「いいもなにも、()()それが普通だからなぁ」

「……?」

「いや、なんというか……まぁ、ここで話すような事でもないし、帰ったらね」

 

 

 ただ、こんな街中で話す話題でもないだろうし、実際に話すのは今回の一件が終わって、郷に戻ってからの事になるだろうけど。

 ……なんて風に二人に答えて、改めて目的地へと向かい歩き始める私達なのだった。

 

 

 

 

 

 

「ここがあの運営のハウスね」*12

「ハウス……?いや、それでも間違いじゃないだろうが、ハウス?」

「三崎さん三崎さん、せんぱいは時々古いネタをお使いになられるので……」*13

「甘いぞ楯、これが古いとわかる時点でお前も同じ穴の狢だ!」

「はっ!?」

『いやいや、せんぱいもマシュさんも。そういうのやってなくていいですから。ほら、中に入りますよー』

 

 

 目的地にたどり着いて、それなりの高さのビルを見上げながら呟く私と、ネタがわからず困惑する三崎君。

 ……マシュは古いって事だけは知っていたようだが、反応してしまう時点で同じ穴の狢である。

 みたいな感じに話をしていたら、呆れ声のBBちゃんに急かされてしまったので、話を切り上げてオフィスビルの中へ。

 外は初夏の日差しに照らされてそれなりに暑かったが、ビルの中は流石に冷房が効いているのか、結構涼しかった。

 

 滲んだ汗をハンカチで拭いて、受付に居た女性に今日アポを取って来た者だと告げる。

 女性は手元の端末を操作した後「社長がお待ちしております、そのままエレベーターで最上階の社長室までどうぞ」と簡潔に声を返してきた。

 

 ……社長へのアポなのに、なんか対応緩いな?

 なんて思いつつ、入り口から見て奥に備え付けられたエレベーターに乗って、そのまま最上階へ。

 

 

「……あれ?そういえばなんで社長室?」

「言われてみりゃそうだな。……社長が運営もしてるのか?」

 

 

 何の迷いもなく社長室まで登ろうとしてるけど、これ冷静に考えたらなんで社長室に通されたんだろ?

 普通はこういうのって部門ごとに仕事をわけてるから、社長が現場であれこれする、なんて事にはならないと思うんだけど。……という事まで考えて、スッと背筋が寒くなった。

 

 いや、いやいやいや。まさかなー、ないよなー?

 イヤーな予感が脳裏を支配し始めたのを頭を振って追い出そうとして、微妙に追い出しきれずに表情が苦いものに寄っていく。いやだって、ゲーム会社で社長とか、ねぇ?

 

 

「おいばかやめろ、不穏なフラグを立てるんじゃねぇ」

「私だって立てたくて立てたんじゃないやいっ」

『お二方ー?そうこうしている内に最上階ですよー?』

「えっちょっまっ」

 

 

 心の準備!心の準備をさせて!……なんていう私達の願いは無情にも踏みにじられ、エレベーターは最上階へ。

 ……ゴクリと唾を呑み込んで、仕方なくエレベーターから降りる。

 そのまま、真正面にある扉の前まで進んで、立ち止まって皆の方を確認すれば、各々なんとも言えない緊張感に包まれているようだった。

 とはいえ、ここで立ち止まっていても埒が明かないので、意を決してドアノブに手を掛け。

 

 

「ふむ、我輩を待たせるとは言語道断、悪路踏破!未知 ()が怖くては科学者(社長)などやってられんのであーる。──しかして、空の道とは七色なのでは?我輩の緑以外はどこへ消えt」

 

 

 中に居た人物が唐突にマシンガントークを始めたのを途中で打ち切って、思い切りドアを閉めた。

 

 二人と一人が困惑の目でこちらを見てくるのだが、正直なところ無視して帰りたい。

 ……いやいや。なんで居るんだあの頭のおかしいアストナージ?*14

 見間違いじゃなきゃ、今中に居たの、どこぞのイカれたマッド・サイエンティストだったよね?

 

 思わずげんなりとした気分で皆を見るのだが、マシュはよくわかってなさそうだし、ハセヲ君は初見のぴろし3*15に対しての表情と一緒のものを浮かべてたし、BBちゃんはこういう時には頼れないしで、結局私が先導するしかない予感。

 ……えー、マジで?私アレの相手しなきゃいけないの?えー……?

 

 

『ほらせんぱい、ここはずずいっと!』

「くそう、この中じゃ一人だけ完全に蚊帳の外(デジタル)だからって無茶苦茶気軽に言ってくれる……」

 

 

 めっちゃ煽ってくるBBちゃんは後でシメる、と心の中で決めて、一つ深呼吸。

 ……清水の舞台から飛び降りる*16ような心境で、再び扉を開け。

 

 

「引っ掛かったな無の申し子、略してムッコ(婿)!ここで会ったがはじめまして。わたくしこういう者ですが」

「──あ、はい、どうもです」

 

 

 入り口の前も前で待ち構えていた(ドアを開けたら視界いっぱいの顔だった)彼の迫力に、思わず敬語になりながら、渡された名刺を手に取る。

 ──そこには、『"超天才"ドクター・ウェスト・茅場(かやば)黎斗(くろと)』なる、ちょっと意味のわからない名前が書かれていたのだった。

 

 

*1
『バキ』の主人公、範馬刃牙の台詞より。元ネタではボクシングには蹴り技がないから不完全だ、という指摘に同意するかを尋ねられた主人公が、『ボクシングには蹴り技がない…………そんなふうに考えていた時期が俺にもありました』と返した。なお、ボクシングの蹴り技がなんなのかは原作を読んで貰いたい。言葉の汎用性が高く、色んな場所で改変されて使われている

*2
謙虚に見せ掛けてかなり誇っている感じの言葉。そういう使い方の場合は元ネタはとあるキャラ(ブロント)の言葉由来だと思われる

*3
『ロックマンエグゼ』より。携帯端末(PET)を電子機器に接続し、特殊なAI(ネットナビ)を電脳世界に送り込むこと。ネットワークが発達しているエグゼの世界では、こうして機器の故障の原因を探したり、バグやウイルスを駆除したりする

*4
コンピューターにおける拡張子の一つ。『エグゼ』と読む。『execute(実行する)』の頭文字を取っていることからわかる通り、プラグラムの実行ファイルのことを指す

*5
後半の台詞は『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(part01)『ファントムブラッド』のもの。正確には『そこにシビれる!あこがれるゥ!』

*6
『MUSASHI -GUN道-』より、主人公ミヤモトムサシの台詞。そちらでは、一切眩しくないのにこの台詞を発した為、同作の奇怪さ加減を押し上げる事になった

*7
謎の光は謎の光。規制とかとは関係ないです。『何の光!?』の方は、『機動戦士ガンダムΖΖ』のキャラクターの一人、ラカン・ダカランの台詞。ニュータイプ的な不可思議現象を目の前にして、思わず困惑しながら言った台詞

*8
映画『メン・イン・ブラック』より、『ニューラライザー』のこと。ペン型の記憶処理装置。光を発して記憶を操作する為、サングラスを掛けていると無効化できたりする

*9
『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』より、作中の特徴的な語録の一つ、『……ってコト!?』。言葉そのものには特別なものは無いのだが、なんとなく癖になる

*10
『孤独のグルメ』より、主人公である井之頭五郎の台詞の一つ、『がーんだな…出鼻を挫かれた』より。因みに『がーんだな』は単行本での台詞で、雑誌掲載時は『まいったな』だったらしい

*11
アニメ『けものフレンズ』の主題歌『ようこそジャパリパークへ』の歌詞の一節。どったんばったん自体は鹿児島の訛りだったりする。初期稿に説明が入っていなかったのは、説明するかどうか迷った結果作者が忘れたから。……どこか他の場所で出てた気がしたけど気のせいだった、というのも理由の一つだったりする。おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです……

*12
元ネタは宮崎吐夢氏の楽曲『あの女のハウス ~彼を返して……あとお金貸して!~』内のワンフレーズ。また、これを使ったとある動画が存在しており、そちらの関係でその動画に使われていたとある作品の続編に、逆輸入的な感じで台詞が使われる事にもなった

*13
元となった歌はニコニコ動画のサービス開始よりも前の物なので、おおよそ20年前(2021年現在)くらい

*14
アストナージ・メドッソは、『機動戦士ガンダム』シリーズに登場するメカニック。そもそもに能力の高い人なのだが、大クロスオーバーゲームである『スーパーロボット大戦』シリーズでは、畑違いのロボット(そもそもロボじゃないものも)であっても整備して見せる為、もはや異次元の腕前と化している

*15
『.hack』シリーズのキャラクターの一人。作中の会社、『サイバーコネクト社』所属のグラフィッカー。とてつもなく濃ゆい人。現実の方で『.hack』シリーズを開発・販売している『サイバーコネクトツー』社の代表取締役社長・松山洋氏をモチーフにしたキャラクター

*16
ことわざの一つ。『京都の清水寺の舞台』から願をけて飛び降りる信仰から生まれた言葉



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大体リアルを基準にすると痛い目を見る

「……いや、いやいやいや!?なにこれ!?マジでナニコレ!?」

「我輩珍百景っ!?*1とは言え疑問も当然のこと。気になることはエブリシング、貴方のトキメキハウマッチ。しかして我輩こう答えよう。──だがここに例外が存在する」*2

「いやわかんねーよなにもかも」

 

 

 

 社長室の中に居たのは、緑の髪と白衣、それから服の上からでもわかるマッシヴなボディをしたヤベー奴、ドクター・ウエストだった。*3

 

 ……はずなんだけど。

 渡された名刺には『茅場』と『黎斗』の文字が。……いや、なんか凄まじく嫌な予感がするんですけどナニコレ!?

 

 

「んーそなたの不安、よーくわかるのであーる。しかして安心召されよ、この世界一、いや宇宙一の頭脳には些かの曇りもなし。……なんて言うと思ったかバカめ!我輩の頭脳、ズタボロのロンロンロンギヌス!三位一体によって補給はしたが、正直原作のような軽妙な会話は不可能!なので、安心してそこのソファに座るがよい」

「何一つとして安心できないんですけどそれは」

 

 

 原作と違うだと、嘘付け!仮に違ったとしてもウザさは変わってねーじゃねーか!

 なんて風に精神(SP)バーをごりごり削られながら、それでも話さずに帰る訳にもいかず、渋々ソファーに座る私達。

 ……緊急脱出装置*4とか付いてたらぶん殴るからな貴様、みたいな気持ちで座ったが、とりあえずそういうものは無さそうだった。

 

 とはいえ安心できない。

 ただでさえ名前からして、三人ほど問題児が纏まっている可能性があるのだ。警戒のし過ぎ、なんてことはぜっっっったい無い!

 

 

「安心するがよいお客人。キャットの飼い主を僭称するこの輝くオヤジ、三つが合わさり超パワー!……とはならず、ニンジンも萎びて今日は鉄鍋である。蛆が沸いたのなら素直に捨てるのだな」

「ああそう、大丈夫なのね……何一つ安心できない!!」

 

 

 なんて風にちょっと気を張ってたら、横合いから紅茶を差し出してきた人物の手がもふっ、としているのに気付いてしまってSANチェック。

 はい、その手の持ち主がキャット(タヌキ)(キツネ())な事に気付いた貴方は一時的発狂です。

 ……なんでタマモキャット*5がいんの!?

 

 

「きゃ、キャットさん!?何故ここに!?」

「キャットはキャットゆえ。決してどこぞのタマモナインを亡き者にせんと、密かに暗躍しているわけではないのであしからず」

「いやそれが答えじゃねーか」

「なんと!報酬は大根とな!?」

「いやそっちはわかんねーよ!?」

 

 

 どうにも彼女はここの秘書らしい。

 どんどん収拾が付かなくなって来てることない!?この会社ヤベー奴じゃない?!

 誰かー!通訳か何か持ってきてー!?

 

 

「あいや、失礼。ちょっと待つとよい、今変わるのでな」

「は?」

 

 

 なんて風に混乱していたら、この混乱を巻き起こした張本人から待ったが掛かる。

 思わず聞き返して──彼の様子に目を見張った。

 いや、いやいやいや?!なんか顔めくってるんですけど!?下の顔からめっちゃ閃光が漏れだしてるんですけど!?*6

 なにこれキャパオーバー!すっごい気を失いたい!!

 

 

『ダメですよせんぱい、流石にマシュさん達にこの方の相手は辛いものがありますからねー』

「ああ分かったよ!連れてってやるよ!お前を……お前らを……私が連れてってやるよ!」*7

『せんぱいいつピギュ*8ったんです?』

「うるせー!こうなりゃやけじゃー!」

 

 

 もうこうなったら毒を食らわば皿までじゃー!的なやけくそ気分で相手の動きを待つ私。

 その前で、輝きが次第に収まっていって……。

 

 

「改めて、始めましてかな。茅場晶彦・(ウエスト)・黎斗だ。宜しく」*9

「……はい?」

 

 

 現れた普通の男性とその言葉に、思わず思考が停止する私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「なりきりにおける一人で二人以上になりきる(掛け合い)形式。それは原則、この現象では弾かれるモノだが──ごく稀に、何者かの意思によって()()()()()事がある。その一例が私達、ということになるのかな」

「……え、ってことはやっぱり居るんです社長?」

「居るんだな社長。……演者には悪いが、マッド気味だからと一纏めにするのはよろしくないと言わせて貰いたい。……まぁそもそもの話、()()()()()()()()()()()私はこの世界には来なかっただろうが」

「そりゃまたなんともご苦労なこってで……」

 

 

 現れた茅場晶彦……もとい、茅場晶彦・(ウエスト)・黎斗。

 彼が主体となって話す事にしたのは、結局のところ単に話すだけなら三人の中で一番マシだから、ということらしい。

 ……それならずっとカヤバーンでええやんけ、なんて思っていたのだが、何やら事情がお有りの様子。「いずれわかるよ、いずれね」なんて決闘者風味に返されてはどうしようもないので、とりあえず脇に置いて、当初の予定通りあのゲームについて聞いてみる。

 

 

「そもそもの話、私達に関しては順序が逆なんだよ」

「逆……と言いますと?」

「『tri-qualia(三つの感覚質)』。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼は語る。

 単純なVRMMOに見える『tri-qualia』は、その実凄まじいまでの拡張性や圧縮技術・表現力や処理能力などを持ち合わせた次世代ゲームなのだと。

 そして、それを生み出すには──本来であれば、()()()()()()()()()()()と。

 

 だがそれは叶わない。

 なりきりというルールに縛られている以上、再現度の壁が立ちはだかる。

 ……ゆかりんのように裏道に逸れるのも許されない、正真正銘マシュやシャナと同じレベルの演者が必要になる。

 

 

「まぁ、そんなものありえないだろう。──我々は皆、紛うことなく天才と呼ばれうる科学者だ。そして、皆一様に常軌を逸し(イカれ)ている。……探せば、我々と同じラインの天才も居るかも知れない。我々と同じ性格破綻者も存在はするだろう」

「けれど、彼等がなりきりをしているかどうかはまた別問題、と?」

 

 

 その通り、と彼は頷いた。

 『誰か』はなりきりという扉を通さなければならない。が、その扉を利用する限り、本来望むものには近付けない。

 ……そこまで考えて、だったらもっとなりきりやすい、常識人な天才科学者とかになりきりしている人を見繕えばいいのでは?と私は思い至る。

 阿笠博士*10とか則巻博士*11とか、あとは個人的には止めて欲しいけどトニー・スターク*12なんかもまぁ、求められるモノには見合っているのではないだろうか?

 

 なんてことを口にしたら、彼からは苦笑を返されてしまった。

 ──曰く、『誰か』は端から茅場晶彦と檀黎斗を求めていたのだと。

 

 

「より正確に言えば、私達二人()協力して欲しかった、と言うべきか。電子の海に新たな世界を求めた私と、唯一絶対の究極のゲームを求め続けた彼。──それらを纏めたモノを生み出したかったのだろうと、私は考えているよ」

「って事は、やっぱり」

 

 

 あのゲームの本質が、現実ではなく、それでいて発展していく永遠の世界──()()()()()()()()()であるというのなら。

 そんな風に察した私に、彼は首肯を返してくる。

 

 

「その通り。アレは、創作(フィクション)現実(リアル)の狭間にあるモノだ。故に、あの場所ではなりきりと言うものの定義も曖昧になる。──現実では届かないモノにも手が届くし、創作では消えるしかないモノでも存在できる」

「……うわぁ」

 

 

 返ってきた言葉に、思わず顔を覆う。

 ……これ、侑子を外に出すの多分無理だ。

 アグモンの方はまだどうにかなるだろうけど、侑子に関しては現状維持以外の対処が思い付かない。

 

 

「とはいえ、その真価に至るにはまだ時間がある。少なくとも、()()()()()が生み出されるまではね」*13

「……アンタ、まさか──」

「勘違いしないで欲しい。アレの開発にはもう私達の手は加わっていないよ」

「またデス……なんて?」

 

 

 そんな風に頭を痛めていると、彼がまた不穏な事を言い出したのでとりあえずとっちめるか……って寸前で、もっとヤバい事を口にした。……えーと、なんて?

 

 

「根本的に反りの合わない私達を、協力させる事が一番の目的だったらしくてね。雛形を作った後は、ゲーム側が勝手に自身を拡張している始末さ」

「……ツッコみたいところがいっぱいあるんだけど、とりあえず一つ。……拡張すんのお前らじゃないんかい?!」

「ははは。いや、ゲームを止めようとかしなければ、こっちのアップデートも受け付けるんだよ。コラボとかその最たるものだ」

 

 

 朗らかに笑っていやがるが、なんにも大丈夫じゃない台詞である。

 ……つまりここ、ほぼお飾りの運営じゃんか!?ついでに言うとあのゲーム自体もヤバい匂いがプンプンしてきたんだけど!?

 

 

次元の魔女(彼女)を引き込んだのも恐らくはあのゲームの意思だろう。故に気を付けることだ、()()()()()()()()()()()。その為だけに、自身を拡張し続けている」

「はぁっ!?……ってちょっと待ちなさい、なんでアンタ帰ろうとしてんのよ!?」

「ははは、離してくれないかな?実はわりとギリギリなんだ……ってああ、来てしまったか」

「はぁ?……いや待って、なにこの音……声?」

「!お、おい、外だっ!!」

「……へ?」

 

 

 滅茶苦茶気になる事を言った彼は、そそくさと立ち上がって部屋から退出しようとしている。

 ……いやいやいや!?なに逃げようとしてんの!?言うだけ言ってはいさよならとかそんなん許されるかいっ!!

 そんな思いで彼に詰め寄ったのだけど。……え、なにこの音。風切り音?それと声?

 困惑する私に、何かに気付いたハセヲ君が窓の外を指差して。

 

 

「………ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおこおおおおうさまぁああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあっっっっっ!!!!!!!

 

 

「わぎゃぁぁあああああぁっ!!!?」

「き、キーアッ」

「せ、せんぱーいっ!?」

 

 

 突如窓ガラスを粉砕しながら突っ込んできた謎の赤い竜巻に吹っ飛ばされ、壁にめり込む私。……これ私じゃなかったら死んでるのでは?

 壁の中ってこうなってるんだなー、なんて現実逃避をしつつ、マシュ達に手伝って貰って壁から頭を引っこ抜く。

 

 頭に付いてたコンクリ片を払って、改めて茅場さんの方を見ると。

 

 

「項羽様、ようやっとお逢いできました!虞は、虞は、果報者にございます!!」

「……虞や虞や汝を如何せん……」

「はうっ、そこまで思って頂けているだなんて………虞は、虞は、爆ぜてしまいますっ!!」

「うっわ本当に爆ぜおった……」

 

 

 茅場さんに撓垂(しなだ)れ掛かりながら感極まって弾け飛ぶ虞美人(パイセン)と、もうどうにでもな~れ、みたいな表情で紅に染まる茅場さんの姿が。

 ……いや、ナニコレ……。

 

 

「虞美人はキャットに勝るとも劣らぬ曇り目をしておってな。具体的に言うと、山寺ボイスは全て項羽に見える。ついでに言うとダメ絶対音感は虞美人イヤー、何者も逃しはせぬ。ボールは探せぬが」

「な、なんて悲しきモンスター……」

「社長が緑を選ぶのも、聞かぬ奴と、聞かぬ奴を引き寄せる奴が仲間ゆえ。……相対的に、ギターをかき鳴らせば一件落着というわけなのダナ」

「落着……?落着ってなんだっけ……?」

 

 

 横合いからキャットに問題児(檀黎斗)問題児(茅場晶彦)問題児(ドクター・ウエスト)なら比較的問題児(ドクター・ウエスト)がマシ、なんて事を聞かされつつ、パイセンの再構成中に問題児(ドクター・ウエスト)に変わることで、まんまと逃げおおせた彼をなんとも言えない気分で見る私達なのだった。

 

 

*1
テレビ朝日系列で放送されているバラエティ番組『ナニコレ珍百景』より。ナニコレ、と言いたくなるような場所がいっぱい日本にはあるんだな、と思わされる番組

*2
例外は気にしすぎると平時に支障を来すが、全く気にしないのはそれはそれで問題だったりする

*3
『機神咆吼デモンベイン』……ないし『斬魔大聖デモンベイン』の登場キャラクター。後者はPC(R18)版なので注意。かなりぶっ飛んだマッド・サイエンティスト。正直ラスボスのSAN値すら削るヤベー奴なので、基本的に近付かないほうがいい

*4
いわゆる射出座席のこと。航空機などから非常時に脱出(ベイルアウト)する為のモノ

*5
『fate/grand_order』に登場する星4(SR)バーサーカー。二次創作者殺しとも言われる珍妙軽快な話術が特徴の良妻(キツネ)。報酬のニンジンはウマに食わせた?ご主人はどうやら帰ってこなかったようだワン……

*6
『キン肉マン』より、主人公キン肉スグルの技?の一つ『フェイスフラッシュ』より。マスクの下の顔は光り輝き、あらゆる奇跡を起こすという……

*7
『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』より、オルガ・イツカの台詞。正直MADで聞いた記憶の方が強い人が大半だと思う

*8
同じく『鉄血のオルフェンズ』より。オルガが三日月・オーガスに胸ぐらを掴まれた時の唸り声。こっちもMADの記憶が強いんじゃなかろうか

*9
茅場晶彦は、『ソードアート・オンライン』のキャラクター。作中に置いては様々な事件の元凶、とでも言うべき存在にして、作中の科学技術の発展に大きな貢献をしたという二面性を持つキャラクター

*10
『名探偵コナン』より。作中の探偵グッズは基本彼の発明品。因みに、博士(はかせ)ではなく博士(ひろし)。立派な名前である

*11
『Dr.スランプ アラレちゃん』より、則巻 千兵衛。結構な天才なのだが、『ドクタースランプ』の異名の通り、周囲からはあんまり尊敬されていない。タイムマシンとかも作ってるんだけどね……

*12
MARVEL作品の一つ、『アイアンマン』シリーズの主人公。通称"社長"。超の付く天才だが、わりとトラブルメイカー。それでもヒーローとして熱い心を持つ人物ではある

*13
『ソードアート・オンライン』の舞台であるフィールド『浮遊城アインクラッド』のこと



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亡きロボの為の七重奏

「結局我輩が話さねばならぬ辺り、世の中というものは些か窮屈というか。やはり我輩蜂起するべきなのでは?」

「しなくていいです……」

「うむ残念。とはいえトリニティきっての常識人であるこの我輩が、率先して態度で示さねばならぬのもまた事実……。(蜂起)でもいかが?」

「いらないです……」

 

 

 結局この人と会話せなあかんのか、みたいな気分でどんよりする私達。

 パイセンはあくまでもカヤバーンモードでなければ興味が無いらしく、現在は素直に帰っている。……後でニュースに赤い竜巻がうんぬんみたいなのが無いか確認しとかないと……。

 

 なにはともあれ、話は再開された。

 まぁ、ゲームについてはある程度聞きたいことは聞けているので、ここからは彼等自身についての話になるんだけれど。

 

 

「ふむ、さっきカヤバーンも言っていたが、『誰か(アレ)』はあくまでも我輩以外の二人を協力させる事を最大目標にしていたわけであーる。……誰が不人気な食玩だぁ!!売れ残りにも権利はあぁる!!雌伏の我輩よ、逆境の中で研ぎ澄まされしドリルを上げ、反逆のロボ翻せ!」

「……BBちゃーん」

『効くとは思えませんけどぉ……えーい、フィクサービーム!!』*1

っ!?」

「博士がゲーミングし始めた!?」*2

*3

「……効いてるのかなこれ」

『反逆のロボが翼に戻っているので、ある程度は効いているのではないかと……』*4

 

 

 うるさい博士にBBちゃんビームを撃って貰ったのだが……、うーん、ゲーミング博士は視覚にダメージを与えてくるな。これはこれで鬱陶しいと言うか……。

 仕方ないのでもう一回BBちゃんビームを試したところ、とりあえず七色に光るのは収まったのでこれで良しとする。

 

 

「さて、どこまで話したのであったかな?」

「せんぱい!!どう反応していいのかわかりませんせんぱい!!」

「落ち着いてマシュ、もう我慢だ、私達は我慢するしか無いんだ……っ」

 

 

 代わりになんかこう、無駄に爽やかな感じの緑色になってしまったけど。

 ……そのうち戻るだろうし、聞きたいこと聞いていこう、うん!!(現実逃避)

 

 

「クロの話であったか?であればきゃつは表に出てこぬと言っておこう」

「そりゃまたなんで?」

「自身の作りたかったゲームではなく、勝手に成長するゲームになってしまったからであるな。プライドとか刺激されまくって、出るに出られんという奴だ」

「なるほど……まぁ、ゲームに対してはわりと真摯に向き合ってたイメージもなくはない、か」

 

 

 あくまでもゲームそのものに対しては真剣に取り組んでいたようだから、そこを利用されるのは我慢ができなかったのだろう。

 ……もっとも、彼を自由にさせるほうがあとあと問題になりかねないので、これがベスト?というのも間違いではないとは思うけど。

 

 

「大本を語れば、都合よく我ら三人を演じるものが居たから成立したわけではあるが、同時に『アレ』が()()()()()我輩達を見付けてきた、とも言えるわけであるな」

「……んー、そこまでする理由ってなんなんだろう?」

 

 

 彼の言葉に唸る私。

 ……知識の違いとか見えないものとか、ちょくちょく平行世界から集められてるような気がするのは確かだったけど、そこまでする理由が見えてこない。

 

 

「我輩達が思うほど『アレ』は全能でも万能でもない、と言うことは確かであろう。それと、憑依そのものは隠れ蓑かも知れんであるな」

「隠れ蓑?」

「もしくは副産物か。いずれにせよ、布石か欠片かはそこらに転がっていよう、地道に拾い集める事である」

 

 

 そこまで言って、彼は固まってしまった。

 ……もう言うことはない、ということだろうか?

 まぁ、こんな事(全身緑)になってまで話してくれたのだ、これ以上を求めるのは酷と言うものでしょう。……ハセヲ君の「お前らがやったんじゃねーか」という視線は無視。

 

 

「うむ、お帰りであるな?緊急脱出装置のおかわりはいかが?」

「いらないです……」

 

 

 部屋を出る前のキャットからの申し出を丁寧にお断りして、そのままエレベーターへ。

 一階に着いて外に出ようとした時、受付のお姉さんが小さく頭を下げているのが見えた。……普通なら、見送りの礼なんだろうけど……。

 

 

「『社長と秘書がご迷惑をおかけしました』、ってか?」

「そんな気がするよねー……」

 

 

 なんとなーく申し訳無さそうだったな、なんて思いつつ視線を前に戻して。

 

 

「遅いわよ後輩」

「……なんで居るんですかパイセン」

 

 

 何故か仁王立ちでこちらを待っていた虞美人(パイセン)に気付き、まだ一波乱ありそうだなと思わず頭を抱える私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「いや、財布も携帯も無いってパイセン……」

「仕方ないでしょ、行きも帰りも吹っ飛んでいくつもりだったんだから。アンタが文句を付けなければ、何の問題も無かったのよ」

 

 

 新幹線を待つ傍ら、合流したパイセンとあれこれと話す。

 このパイセン、なりきり郷から赤い竜巻になって、直接ここまでやって来ていたらしい。

 

 ……普通にニュースになっていたので、BBちゃんに頼んで裏工作して貰うことになってしまった。

 こうしてBBちゃんに頼りきりになるのも問題なので、パイセンには帰りは普通に帰って貰えるようにお願いしていたのだが……まぁ、まさかの無一文だったわけで。

 それゆえ、彼女は私達が出てくるのを待っていたのである。

 

 でもまぁ考えてみれば当たり前の話だった。

 所構わず爆散する系先輩であるパイセンが、人の常識で語れる筈もなかったのだ(遠い目)。

 

 

「いや、そもそもだな?爆散して大丈夫なのかコイツ……?」

「そういえば後輩、コイツ誰?花の魔術師?異界の騎士王*5?」

「適当に櫻井ボイスのサーヴァント上げても、かすりもしませんよパイセン……」

 

 

 ハセヲ君のもっともな心配と、今気付いたかのようにハセヲ君を怪訝そうに見るパイセン。

 ……なんだろうなぁ、この状況。

 とりあえずハセヲ君の家に行って、彼の荷物をゆかりんに引き取って貰おうとしてるところなんだけど、パイセンが合流したことで地味にめんど……ややこしい事になっているような気がする……。

 だってさぁ?

 

 

「ふーん、死の恐怖ねぇ……」

「おっ、ばっ、離せっってのっ!?」

 

 

 二人の要素が変な化学反応を起こしたのか、やけにパイセンがハセヲ君に興味津々なんだもの。

 

 ……二人共人たらしだし、相性そのものはいいみたい、なんだけど。

 いやー、年頃の少年にはあの姿のパイセンはちょっと刺激がキツいよなー。

 傍から見てる分には仲のいい姉弟にも思えるけど、やられてる側からしたらまぁアレだよねー。

 

 

「わけのわかんねぇ納得してなくていいから!助けっもがもが」

「ふーん、随分と面白いものに好かれてるのね、お前」

 

 

 ……まぁ、パイセン色々無頓着なので、ハセヲ君は現在ラッキーで済むかどうかよくわからない目に合っているんだけど。羨ましいような、可哀想なような。

 

 

「まぁいいや。パイセン、新幹線来たんで乗りますよー」

「ん。行くわよニュー後輩」

「ニュー後輩ってなんだよ!?いいから離せーっ!!」

「はわわ、せんぱいこれでいいんでしょうか?!」

「パイセンの機嫌が直ったからいいんじゃない?ハセヲ君は犠牲になって貰いましょう」

「えええ………」

 

 

 余程気に入ったのか、頭を抱え込まれたまま引っ張られていくハセヲ君に合掌しつつ、ちょっと引いてるマシュと一緒に車内へ。

 なお、ここまでの変な行動は全て、事前にBBちゃんによって目立たないようにされているので悪しからず。

 

 

「?せんぱい、それは?」

りんご(アップル)オ・レと幕の内弁当。購買で売ってるの見かけてねー、いやーアニメもそのうち始まるしさー。わしかわわしかわ」*6

「??????」

 

 

 疑問符を浮かべるマシュに笑みを返して、そのまま座席へ。

 流石に食い合わせ的な問題でりんごオ・レは後回しだけど、幕の内の方はお昼なのだしササッと頂いてしまうに限る。 

 

 

「乗り物の中で食事?うるさいんじゃないの、そういうの」

「だからなのか、最近は車内の空調が結構高性能になってるみたいですよ?」

「へぇ……?」

 

 

 匂いが気になるのなら、周囲に匂いを届かせなかったらいいじゃない、みたいな感じで車内の空調が進化したらしい。

 まぁ、流石に匂いのキツいものはまだ無理があるみたいだけど、購買で売っている弁当くらいなら問題はないようだ。

 ……なんとなーく、弁当云々がなくても空調設備は発展していた気がするけど、それはまぁ置いておいて。

 

 

「ハセヲ君の家は確か大阪の方だっけ?」

「……そうだ」

 

 

 食べなくてもなんとでもなるらしいパイセンを置いて、皆で弁当を突付きながらこれからの話をする。

 とりあえず、今から向かうのはハセヲ君の家。

 ゆかりんのスキマは原作ほど万能でもなく、知っている物や知っている人の近くにしか出せないのだそうで。

 ネット上でアバターを見ただけだと『知っている人』判定にならないらしく、こうして私達がビーコン*7代わりに現地に向かっている次第である。

 

 なので、向こうに付いたらゆかりんに連絡して、荷物を受け取ってもらった後、郷に直帰する予定だ。

 ……そのはずだったのだけど。

 

 

「パイセンがスキマ通れないので、人の方はそのまま電車でGO!*8です」

「……私のせいじゃないわよ、アイツの能力と私が噛み合せが悪いってだけなんだから」

 

 

 なんでかわからないけど、パイセンがスキマに触れるとスキマが保てなくなるという怪奇現象が起きる為、私達はそのまま電車旅続行である。

 ……どうせ電車に乗るなら、時の列車*9とか銀河鉄道*10とか乗ってみたいものだ。

 

 

『せんぱいはどこに行こうとしているんですか?』

「時間の波を捕まえて遥か彼方のイスカンダル*11まで。……とか?」

『いや、聞き返されても困るんですけどぉ?』

 

 

 BBちゃんの疑問に正直に答えたら、首を捻られてしまった。

 ……いやまぁ、ノリで言ってみただけであって、本当にイスカンダルに行って、その先で大量の戦艦達に迎えられるなんてことになっても嫌だなぁ……って後から思ったと言うか?

 そんな事を至極真面目に答えたら、今度は呆れられてしまった。

 ちゃうねん、私口は災いの元だって知ってるから、常に逃げ道残してるだけやねん。

 

 

「端から逃げ道用意してる時点で、言うほどわかってねーだろそれ」

「正論は人を傷付けるだけだぜハセヲ君」

 

 

 横合いからのツッコミに澄まし顔で答える私。

 ……逃げられるなら逃げたほうがいいんだよ、なんて言葉は皆の苦笑を誘うだけだったのでしたとさ。

 

 

 

*1
グリッドマンの技の一つ。彼の胸部から放たれる、いわゆる修復光線。なおBBちゃんは『支配の錫杖』の先端から発射している、残念でした(?)

*2
ゲーミング○○といった商品に共通する特徴。なんかやたらと光る。七色に光る。元々はハイスペックPCが排熱の為にメッシュを採用していた事で内部の光が漏れていたのを、ゲームができる(高性能)PCの象徴として捉えたとか、有名な周辺機器メーカーが作る商品が光っていたからとか、理由と見られるものは幾つかあるが詳細は不明

*3
世界で唯一飛べないオウム、絶滅危惧種のカカポと、上記のゲーミング○○が混ざった結果生まれたもの。『Party Parrot』で検索するとよくわかると思います

*4
元の台詞は『遊☆戯☆王ARC-V』の黒咲隼の『RR-ライズ・ファルコン』の召喚時の口上。そちらは『雌伏のハヤブサよ。逆境の中で研ぎ澄まされし爪を挙げ、反逆の翼翻せ!』

*5
『fate/grand_order』より、星5(SSR)セイバー。理想の王子様、とでも言うべき風貌の、異世界の騎士王

*6
小説『賢者の弟子を名乗る賢者』のこと。同作の主人公、ミラはアップルオレなどの甘い飲み物を常備している。また、『わしかわいい(わしかわ)』は同作の合言葉(お約束)のようなものでもある

*7
灯台や狼煙、標識の意。そこから転じて、無線標識のこと

*8
タイトーが制作した鉄道運転シミュレーションゲームのタイトル

*9
『仮面ライダー電王』より、デンライナーのこと。時の砂漠を走る、一種のタイムマシン

*10
宇宙を走る列車の事。有名なものは『銀河鉄道の夜』にてジョバンニとカムパネルラが乗るモノや、『銀河鉄道999』にて主人公星野鉄郎が乗り込む『999号』などだろうか

*11
『宇宙戦艦ヤマト』より、主人公の目的地



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冷たい手に、引き寄せ……られない

「ここがハセヲ君の家、って事だけど……」

『これはまた、セキュリティの高そうな場所に住んでいらっしゃるんですねぇ』

「そうか?普通だろ、こんなの」

 

 

 ハセヲ君がこちらを軽く見た後、オートロックの扉を開けて中へと進んでいく。

 取り残されると不味いので、そのまま彼の背を追って私達も中へ。

 

 ……大したことないだろって彼は言うけれど。

 そこに住まう人々の性質上*1、ほぼ田舎での防犯意識と変わらないなりきり郷で暫く暮らしてきた身からすると、なんというか凄く久しぶりに文明の利器を見せ付けられた感がしなくもないというか……。

 

 というかそもそもの話、姿形が憑依によって変わってるはずなのに、生体認証*2がしっかり動いてるのは一体どういう事なんですかね?

 

 

「さてな。ありゃ虹彩認証だから、目の方は元と変わってねーって事なんじゃねーの?」

「いや雑ぅ」

「認証?あれ、単に人間が立った事を確認してるだけじゃないの?」

「いやパイセン、そんな虞美人本人だとしても言わないようなボケはどうかと……いやこの人、中身的にはド田舎の人なのか……?!」

「????」

 

 

 惚けたことをパイセンが述べるので、生体認証とかカルデア*3にも多分あったでしょうに。

 ……なんて風に思いながら声を掛けるが、当のパイセンは疑問符まみれの表情。

 中の人(演者)がよっぽど田舎の人でもないとおかしいその台詞に、今更ながらこの人どうなってるんだろう、と心配になる。

 

 ハセヲ君も言っていたが、結構な頻度でぼかすか破裂するのである、この人。

 本家本元のパイセンと違うことと言えば、破裂しても大して威力がなく、呪い自体もほとんど撒き散らしていない……と言うことだろうか?

 ……いやまぁ、気軽に目の前でスプラッタし始める、というのはそもそも大問題なわけだが、それ以上に『中身(演者)はどうなってんの』感も凄いのである。

 なにかしら保護とかはされてるんだろうとは思うんだけど、そんな気軽にぼかんぼかんして本当になんの影響もないのだろうか……?とちょっと心配になるのである。

 

 

「私に聞くんじゃないわよ、私は私としてここに居るだけなんだから。……まぁ?なんとなく誰か混じってるような感じはするけど」

「いや雑ぅ」

『……せんぱいそれ気に入ったんですかぁ?』

 

 

 パイセンから返ってきた言葉に思わずツッコミを入れる私と、それに呆れたように声をあげるBBちゃん。いやね、雑にツッコミ入れるの楽だなってなんない?

 あれこれ考えるのは好きだけど、なんにも考えないのも、それはそれで好きなのだ私は。

 ……みたいな事を主張すると、みんな決まって変なモノを見る目を返してくるのだが。

 

 

「いやそりゃそうだろ、一行で矛盾してるじゃねーか」

「そう?設定とか考えるの大好きだけど、小難しいこと考えるのはあんまり好きじゃない……とか、よくあると思うけど」

「設定を考えるというのも、十分小難しい考え事だと思いますせんぱい……」

 

 

 二人からの反応にほらね?

 ……なんて思いつつ、ごまかすようにみんなでハセヲ君の部屋に突撃するのでした。

 

 

 

 

 

 

「さて、まずはベッドの下からだねマシュ」

「そのせんぱい?お気持ちはわからないでも無いですが、そういうのはハセヲさんに悪いかと……」

「いや待て、なんで真っ先にそこを探そうとする?なんもねーよんなところにはっ」

 

 

 彼の部屋に入った私達が最初に向かったのは、彼が寝起きしている寝室。

 男(やもめ)に蛆が湧く*4、等と言った事も無いようで、室内は綺麗に整頓されていた。

 ……そもそも男鰥なのは小説版のオーヴァン*5だし、ハセヲ君に不潔なイメージがない、だって?

 そんなん実際に確かめるまではシュレディンガー*6やろがい!!

 

 みたいな感じで最初に寝室に突撃したのだけれど、うーむ期待外れ。見た目は思春期少年でも、中身は言うほど思春期でもなかったということか。

 ……そもそもベッド下はロボット掃除機君が我が物顔で徘徊していたので、物なんて置くに置けないのは見てりゃわかったんだけどさ。

 でもまぁ、男性の部屋に入ったんなら、礼儀として漁っておかねばなるまいて。

 

 

「何の礼儀だよ……つーか、マシュも一緒になって悪ノリしてんじゃねーよ、ビックリしただろうが」

「いえその、私マシュですがマシュではありませんので……」

「いやそれ便利な言い訳じゃねーからな?」

先輩(ハセヲさん)最低です」

「いやなんで今ディスられた俺っ!?」

 

 

 ハセヲ君からの問い掛けに、とりあえず真顔で彼を軽蔑()するマシュ。

 ははは、マシュはごまかすの下手だなぁ。

 なんて風に笑いつつ、私は私でスマホを取り出してゆかりんに連絡。

 目的地に着いた事を知らせて、物品移送用のスキマを開いて貰う。

 

 そうして、荷物をスキマに放ること暫し。

 

 

「ねーマシュ見て見てー」

「はい?どうされましたかせんぱい?」

「夜のとばり、朝のひばり。腐るような──夢のおわり。黄昏を喰らえ!【彼方とおちる夢の瞳(ライ・ライク・ヴォーティガーン)】!!」*7

「……凄まじくネタバレですし、掃除機扱いは流石にどうかと思いますせんぱい……」

 

 

 開いたスキマを見詰めていたら思いついた事をマシュに話してみたら、ものの見事に呆れられた。

 いやでも、SNSとかだとわりと早い段階から、彼の宝具と掃除機を絡めた絵とかあった気がするよ?

 ……え?それとこれとは話が違う?むぅ、じゃあ他の吸引系能力に変えるか、風穴*8とか。

 

 

「いやそもそも私のスキマを掃除機扱いするの止めないキーアちゃん?」

「私は君が時々面倒くさくなった時に、酒瓶とか捨てるのにスキマを有効活用していたのを忘れていないぞゆかりん」

「オーケーわかりました、幾ら欲しい?」

『はいはーい、遊んでなくていいのでお仕事しましょうねー』

 

 

 そんな事を言ってたら、ゆかりんがスキマの扱いについての抗議をしてきたので、過去の彼女の所業を元に反論してあげたら、なんというか汚い大人の手を使い始めた。おのれ、金銭で懐柔とは卑怯な……!

 なのでむむう……と唸っていたら、今度はBBちゃんに遊ぶなと怒られてしまった。

 

 

「これは私が悪いのか……?どう思いますぱいせ……パイセン?」

 

 

 うーむ、手は動かしてたから問題はないと思っていたのだが。

 みたいな気分でさっきから気配の消えていたパイセンに話を振ったのだが……いや、なんでソファーでゆったりと寛ぎながら、黙々とジャンプ読んでるんですかねこの人?

 

 

「最初に言ったでしょ、スキマ(それ)に迂闊に触れると消えるって。ところで、HUNTER×HUNTER*9ってやってないの今?」

「いや何時の気分で聞いてるんですかそれ?HUNTER×HUNTERなら休載が始まってから開始したソシャゲが、休載開ける前にサービス終了したってのがネタにされるくらいに、ずっと休載してますよ?」*10

「!?」

 

 

 いやそんなに驚かれても。

 ……ホントにこの人どうなってるんだろうか?

 

 そんな事を感じつつ、ハセヲ君の荷造りは続いていく──。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで」

 

 

 あれから特に山もなく、ハセヲ君の部屋の引き払いは滞りなく終了し、そのまま新幹線に乗って帰ることになった私達。

 道中ちょっとした食べ歩きなんかもしていた為、なりきり郷に戻れたのは日もすっかり沈んでしまってからのことだった。

 なので、本来ならそのままみんな解散して部屋に直帰、という話のはずだったんだけど……。

 

 

「お出かけの!会議をします!」

『わーい!水着イベントという事ですねー、きゃっふーっ!!』

 

 

 こっちに来たばかりのハセヲ君の案内もそこそこに、ラットハウスに招かれた私達は、なんかやけにテンションの高いココアちゃんに誘われるがまま、今度の休みの予定を話し合って居るのだった。

 ……ふむ、ここでタイトル回収とな?

 

 

「君が何を言っているのかはわからないが、ちょっと泳ぎに……みたいな事になるというのは確かだね」

「お友達とか知り合いとか色んな人を誘って、ひと夏のアバンチュールを楽しんじゃうよー!!」

(なんかドヤ顔でアバンチュール*11とか言ってるけど、多分意味知らずに使ってるなこの子)

 

 

 ココアちゃんがハイテンションなのを横目で見つつ、ライネスに詳細説明を希求。

 ……なんでも、夏ももう終わりなのに遊びに行けてない!……と、ココアちゃんが突然主張し(駄々をこね)始めたのだという。

 

 んー、確かになりきり郷の外には行き辛いから、ここにない施設の筆頭であるプールとかは楽しめない、というのも宜なるかな。

 いやでも、いちいち外に出ずとも地下のどっかに湖とかあるんじゃないの?ここ、そこらへん無茶苦茶だし。

 なんて聞いたらライネスが苦笑している。……その理由を聞いて、私も流石に納得した。

 

 

「そっか、郷の中の自然ってヤベーとこばっかなのか……」

「一応そこに住んでる人達も、みんななりきり組だけどね。……それでも、罷り間違って不興を買った時に、戦闘能力皆無な私やココアには荷が重い、というわけだ」

「なーんで綺麗な湖とかある層の人に限って気性が荒いのか……」

 

 

 郷内部の自然達は、基本的に憑依者が望むものを作った結果生まれたものだ。

 それは裏を返すと、その自然は彼等の縄張りである、という事でもある。……そりゃ、迂闊に近付けないわ。大人数で押しかけるとか以ての外だろう。

 

 とはいえ、本来であれば私達が外に出る、というのも宜しくない話だろう。

 元々姿形が変わって普通の人々の輪に入れなくなった、という面も持ち合わせているのが私達だ。

 お偉いさん方達的にも、あんまり目立つ行動はとって欲しくないだろう。……パイセン?やだなぁ、パイセンがその辺り気にできるならパイセンじゃないって。

 

 

「そこはかとなくバカにされているような気がするけれど……それで?そこの電脳魔にでも頼む気?」

「いやー、流石にBBちゃんに頼り過ぎなのもどうかと……下手するとルルハワ*12顕現させかねないし」

『え?……あ、あはははー、いやですねぇせんぱい?貴方の可愛い後輩が、そんな酷いことすると思ってたんですかぁ?』

「思ってたよーすっごい思ってたー」

『えーせんぱいひどーい』

(……なんでお互いに棒読み?)

 

 

 そんなパイセンから、今日のようにBBちゃんにまたニューラライズ(動詞)して貰うのか、みたいな指摘が飛んできたのだが。

 ……それはちょっと、って感じにBBちゃんとイチャイチャ()していたら、ハセヲ君に怪訝そうな視線を向けられてしまった。……まぁ、わざとらしかったのは認める。

 

 ──結局、微妙に話が纏まり切らずに日を跨ぎそうになったところで解散になった、とだけは伝えておこう。

 

 

*1
強盗とか素手でのせ(倒せ)るし、そもそも盗みを働くような人物が居ないので玄関とか鍵も掛けずに開けっぱなし

*2
指紋や虹彩など、本人でなければ一致しない生体部分を認証キーにしたセキュリティの事。創作世界だとあっさり破られていたりするが、現実的には普通に最高峰のセキュリティである

*3
『fate/grand_order』の舞台であり、主人公の所属する組織の名。『フィニス・カルデア』と『ノウム・カルデア』の二つが存在する

*4
『男鰥に蛆が湧く、女(やもめ)に花が咲く』という慣用句の一部。やもめとは、配偶者を亡くした後再婚していない人の事、つまり未亡人。未亡人自体は、古代中国で『殉葬』という、夫が死んだ時に妻もその後を追うという風習に逆らって『夫が死んだにも関わらずまだ生きている』女性を指した言葉なので、現代では余り使うべきではないかもしれない。やもめの方の由来は、配偶者が亡くなると残された方が家を守らなければならない(家守)ので、やもお・やもめと呼ばれていたのが、やもおの方は昔は少なかったので言葉として廃れてしまった、というのが説の一つに上がっている。……慣用句の方は、男のやもめは妻が居なければ家に蛆が湧くような目に合う(家事とか一切できない)が、女のやもめは夫から解き放たれて美しくなる、みたいな感じの意味

*5
『.hack//G.U.』より、ハセヲの師であり、そして……な人。小説版とゲーム版で家族構成が異なっており、ゲームの方では妹が居るが、小説の方では娘がいる。また、小説の方では妻が居て離婚している。まさに男鰥

*6
創作界隈で大人気の思考実験、『シュレディンガーの猫』より。量子力学の不可思議さを示すものとして有名

*7
『fate/grand_order』のとあるサーヴァントの宝具。条件を満たしていない人はそもそも見れないという徹底したネタバレ封鎖を行っている。……ネットで調べられるとか言ってはいけない

*8
『犬夜叉』より。作中でも屈指の強技だが、その分制約やらデメリットやらも強く、作中の扱い的には『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』に近いものがある

*9
冨樫 義博氏の漫画作品。主人公のゴンが、行方不明の父を追って世界に飛び出していく物語。2018年の11月26日からずっと休載中

*10
『HUNTER×HUNTER グリードアドベンチャー』のこと。2018年の12月5日から始まって、2020年の1月14日にサービス終了した

*11
『aventure』。フランス語で、恋の冒険・火遊びの意味。たぶん私と一緒に踊って貰うよー!くらいの意味で使ってる

*12
イベント『サーヴァント・サマー・フェスティバル!』の舞台。名前からしてヤベーと気付いた人多数。イベント内容は、ハワイまで来ておいて同人誌を作り始めるというもの。何を言ってるかわからない?そんなイベントばっかりですよFGOって(遠い目)




そんな感じで三章終了。引き続き幕間にて水着イベントをお楽しみ下さい。
……幕間に行った理由?ホントにただ水着着て遊ぶだけの予定だからですよ()


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幕間・なりきり郷・サマー・カーニバル!その1

「というわけで、と!言うわけでぇ!この通り、余であるぅ!いや、水着と言えば余、夏と言えば余!余が顔見せをしない夏祭りなど、りんご飴の無い屋台と同じようなもの!いきなりの余の美貌に皆が溺れるとも、余は元気に楽しむぞ!まさにぃー、余!」

「すいませーん、皇帝陛下はお帰りでーす」

「なぜだっ!?」

 

 

 行きのバスに乗り込む前に、自己主張が激しい皇帝陛下は絶版です(真顔)。*1

 

 そんな感じで彼女に自重をお願いしたら、渋々と頷いてくれた。

 ……外に出られる機会は意外と少ないので、その少ない機会をふいにしたくない、といったところだろうか?

 

 まぁ、向こうに着いたら存分にはしゃいで貰って構わないので、それまで我慢して頂きたい。

 折角【夜の騎士バス(knight bus)*2なんてものを借りられたのだ、みんなが楽しい方がよいのである。

 

 

「ならば余が主張するのは当然であろう!余が楽しければみんな楽しい!まさにwin-winではないか!」

「それ以上文句を言われるのでした(ガタガタぬかすな)ら、お一人だけ浜辺進入禁止令を出しますからねー」

「横暴にもほどがあろうっ!!?」

 

 

 大袈裟に泣き声を上げた皇帝陛下の背を押して、バスの中に進ませる。

 

 ……いやだってねぇ?

 ネロちゃまってば、根本的に唯我独尊なんですもの。*3

 貴方()()が楽しいのはノーなのです、みんなで楽しんで下さい、というか。

 ほら、トランプとかありますよ?なんて風にあやしながら、バスの内部を覗き見る。

 

 三階建てのバスの中では、今回海へと向かうにあたり召集されたメンバー達が、思い思いに話をしているのが見えた。

 

 元となった【夜の騎士バス】とちょっと違って、このバスは外と()の両方に、空間系の能力による細工が施されている。

 なので、見た目よりも遥かに中は広くなっているし、その大きさに反して、細い場所や狭い場所だって通ることができる。

 

 正直、調整をミスると、内部と外部がねじれて壊れそうな感じさえあるこのバスを、こうして見事に一つのバスとして仕上げてみせた職人には、素直に称賛の声を送る以外に無いと思う。*4

 

 つまり、今回の小旅行は、そんなもの凄いものを借りて行われているのである。

 なので団体行動である事を心掛けて、他者の模範になるように努めて頂きたい……というのが、今回の私の偽らざる素直な気持ちなのだ。

 

 

「なーのーでー、今日の私は風紀委員キーア!おふざけは、許しません!」*5

「せ、せんぱいがいつになく燃えていらっしゃいます……!」

『元々わりと仕切り屋気質というか、規範に煩いところとかありますからねぇせんぱいは。最近はちょっとなりを潜めていたみたいですけど』

「へぇ、キーアって普段はそんな感じなのか。……まぁ、風紀委員も悪かねぇよな」

「ほうほう、なるほど銀ちゃんはまじめな人がお好き、と。いやー、すみにおけませんなー」

「ちげーよ、単純に眼鏡でポニテなのがいいんだよ、似合ってるし」

「……それ、微妙に中の人ネタ混じってねーか?」*6

 

 

 おっと、早速わちゃわちゃしている組が。

 

 ここに居るのはマシュとBBちゃん、それから銀さんにしんちゃんとハセヲ君である。

 男女のバランスがいいですね、向こうに着いたら私も合流するのでそのように。

 

 みたいな事を言い置いて、ネロちゃまを参加させる組を探してあっちこっち。*7

 

 

「おお、なんと美しい!余に勝るとも劣らぬ美しき女神が二人も!それとそこに居る可憐な二人、そなたらも実に愛らしい。余のハレムに、今すぐ加えたいくらいだぞっ!」

「おいこら皇帝、そこには絶対に参加させないから、さっさと次行きますよー」

「なぜだっ!?余のハレムぅー!!」

 

「……え、なんだったんだい今の子?」

「今のはネロちゃんね。あの子はいつもあんな風に元気いっぱいですから、わたくしもあの子を見ていると、思わず笑みを浮かべてしまうのです」

「んー、私にはエウロペさんが危なっかしい人だ、ってことくらいしかわかんないや!」

「なんだその感想は……はぁ。何故俺が引率のような真似をせねばならん。こういうのは同じ声の別の奴*8に……いや、それはそれで問題か」

 

「あ!……んもー、ジャックちゃんってば、また眉間にシワ!よくないよー、そういうのよくないんだー!」

「ええ、ええ。ココアちゃんの言うとおりですよ、ジャックちゃん?子はいつでも笑顔が一番、ですよ?」

「……大の大人がちゃん付け呼びだとは、中々大変そうだねぇキング?」

「ええい、他人事だと思って楽しそうにしおってからに……!」

 

 

 次に出会ったのは、ラットハウス組とギリシャ組を束ねるジャックさん、というメンバーだ。

 

 近付いた途端にネロちゃまが女性陣を口説きに行ったので、ぴしゃりと叱ってそのまま次へ向かわざるを得なかったけど。

 まぁ、ジャックさんにはめげずに頑張って頂きたい。

 ライネス以外は、決して悪気があっての事じゃないのだから。

 

 ……ところで、エウロペさんに関しては本家(アプリ)より先に水着とか出しても構わないんだろうか?*9

 え、構わないってゼウスが言ってる(ぴか、ぴかぴかぴーか)

 ……それどこのゼウスだよ、つーかピカチュウ経由で話しかけてくるのも大概おかしいだろうがよ……。なんだ、雷繋がりなのか?

 

 いちいちツッコんでると終わらないので、更にバスの奥へ。

 

 階段を上って二階に上がると、そこでは五条さんとゆかりさん(結月ゆかりの方)、それとゆかりん(八雲紫の方)とそのお仲間達……プラスコナン君達が集まって会話をしていた。

 軽く手を上げて挨拶しつつ、とりあえず五条さんの元へ。

 

 

「お久しぶりキーアさん。今回はお誘いいただきどーも」

「いやホント、久しぶりね五条さん。元気してた?」

「元気元気。まぁ、相変わらずもどきのまんまだけどね」

「まぁ、その分は悠々自適に暮らせているのだからいいでしょう?」

「だねぇ」

 

「なるほど、紫さんと五条さんのお二人は仲が良いのですね。……ところで、私もご一緒して宜しかったのでしょうか?」

「いいのいいの。ゆかり同盟としては貴方を誘わないとか、選択肢としてナイナイ!って感じだったしね」

「なるほど、それはそれは……ゆかり同盟?」

「ははは、紫様のいつもの小粋なジョークです。余りお気になさらず」

「は、はぁ……?」

 

「……なんか、すっげぇ場違い感が……」

「どうしたのコナン君?それとも、新一って呼んだ方がいい?」

「……コナンで頼む」

「ふふっ、はいはい」

 

 

 和気藹々と話すみんなを見つつ、なんか聞き逃せない物があった気がするけど意図的にスルー。

 まさかコナン君が新一だとか、そんなのあるわけナイナイ(棒)*10

 

 

「………はっ!?なんと、そこな少年の正体とはまさか、『令和のシャーロック・ホームズ』*11であったか?!」

「え、なに言ってるんですか皇帝陛下。世迷い言はいいですから次行きますよ」

「何故そなたは、余に対するあたりが強いのだっ!?泣くぞっ!?余は泣いてしまうぞっ!?」

 

 

 そんな中、謎の推論(公然の事実)を語るネロちゃまを急かして、次のグループへ。

 

 ここはシャナとアルフォンス君、それからブラック・ジャック先生とパイセン、赤城さんとハーミーズさんの集まりだ。

 ……気のせいじゃなければ、車内でデュエルしてますねこの人達。

 主にやってるのは後半の二人で、他の人達は観戦してるって感じだけど。

 

 

「たまにはテーブルに座って普通にデュエル*12、というのも乙なものですね」

「そうだな、私もディスクなしでの決闘は久しぶりな気がするよ」

「……私としては、カードを置くだけでモンスターが実体化してる、ってことの方が気になるんだけど」

 

「「……え?当然でしょう(だろう)決闘者(デュエリスト)なら」」*13

 

「……えーと、そう言えばデュエルモンスターズって、錬金術の要素もあるんだったっけ……?」*14

「おい落ち着けアルフォンス、君まで異常に染まろうとするな」

「懐かしいわねそれ、昔は私も決闘を挑まれたものよ。大体返り討ちにしてきたけど」*15

「!?」

 

 

 ……なんか今、変なカミングアウトがあったような?

 

 いやだよ半生が謎である虞美人に、実は決闘者だった時期があったのだ、とか言う謎の新事実は……。

 とりあえずそこの深掘りは、余計な地雷を炸裂させる予感がバリバリだったので、彼等は置いて三階──最後のグループの元へ。

 

 最後は黒咲君にサンジ君、それと謎のヒロインX1.5さんのグループだ。

 

 連絡先を知っていたのなら、ほたるさんとかスピードワゴンさんとかも誘いたかったのだけれど。

 生憎と彼等の連絡先は知らなかったので、人数的に若干余り物みたいになってしまっている。

 ……が、だからこそネロちゃまも、そうそう好き勝手に暴走しないだろうと思う。

 なので、ある意味では誂えたような面子でもあったりするのだった。

 

 

「む、そこな貴方は赤いセイバー!業務的に処理……え?今はキャスターなんです?」

「待てキーア!何故こやつと一緒なのだ!?確かに余のハレムに加えたくなるような逸材ではあるが、余の話をろくに聞かぬのだぞこやつは!?」

「だからですよー」

「ええい、このはくじょうものぉーっ!!」

 

「そう言うわけなんで……サンジ君、彼女のお守りお願いね?」

「レディの頼みでしたら喜んで。ほらネロちゃん、こっちにケーキがあるからお一つどうだい?」

「む?!そなたはサンジではないか!そなたの作った甘味はまさに天上の銘菓。それに舌鼓を打てると言うのであれば、余に二言はあろうはずもないぞっ」

「ほう、なるほど。そこまで言われるとなると、俺にも些か興味と言うものが出てくる。……すまないが、俺にも一つ頼めるか?」

「はいよ、クレープで構わねぇか?」

「ああ、問題ない」

「あ、それじゃあサンジ君、私にはパフェお願いしますパフェ、おっきい奴を」

「はいよー。それとキーアさん、他の奴等にも注文、聞いて来て貰っても構わないかい?」

「お安いご用よー、ちょっと待っててねー」

 

 

 調理を始めたサンジ君達にネロちゃまを預けて、そのまま下の階へ。

 

 さて、今回のメンバーはこれで全員。私も含めると三十人近くと、凄まじい大所帯となっている。

 まぁ、どうせ遊ぶなら可能な限り人を誘いたい、というココアちゃんの要望に答えた結果、なのだけれど。

 …………………うん。

 

 

「ば~~~~っかじゃねぇの!?」*16

 

 

 書き分けぇ!!……思わず叫んでしまった。

 いや別に、私が何か書くわけでもないけどさ!

 どこかの誰かが、もし私達の事を書いていたりするのだとしたら、声を大にして教えたい。

 ──どー考えてもキャパオーバーだよ、止めとけ!……って。

 

 

「意外にも男性陣が、結構喋り方とか被ってる面子が居るという……」

 

 

 丁寧語だとキャラ被りしやすい、みたいな話をいつかしてたような気がするけれど、ぶっきらぼうな喋り方も、意外とバリエーションが少ないと言うか……。

 あと普段から思ってるけど、私とゆかりんとかも大概区別付き辛いでしょこれ?

 一応私の方が彼女の喋り方よりちょっと崩れている、という違いはあるけれど!そんなん誤差やんけ!

 

 

「なんだか知らないけど、胃が痛くなって来たわ……」

 

 

 別に私が被害を被るわけでも無いのに、どうにも胃が痛くて仕方ない。

 初っぱなから前途多難だなぁ、なんて思いながら、バスの中を上に下に走り回る私なのだった。

 

 

*1
『仮面ライダーエグゼイド』より、キャラクターの一人、檀正宗の台詞の一つ『絶版だぁ』。親子揃ってキャラが濃ゆい……

*2
『ウィザーディング・ワールド』における魔法のバス。迷子の魔法使いを迎えに来て、望む場所に送ってくれる。外装に魔法が掛かっており、踏破性が凄まじい。因みに、『ウィザーディング・ワールド』とは『ハリー・ポッター』シリーズや『ファンタスティック・ビースト』シリーズの舞台の事

*3
彼女の愛は全てを与える代わりに全てを奪う、『燃え尽きる愛』である。……彼女の為だけの者(奏者)も、彼女を区別しない者(マスター)も居ないこの場所で、彼女の愛は放っておくとろくな事にならないと思っているキーアは、ちょっとばかり彼女には厳しくなってしまうようだ。無論、ちょっと泣いてる方が可愛い、とも思っていたりするのだが

*4
分かりやすく言うと、一枚の鉄の板を挟んで、両方に自由伸縮する機能を付けているようなもの、と言える

*5
『ボボボーボ・ボーボボ』より、魚雷ガールの台詞の一つ、『おふざけは許さない!なぜなら私は魚雷だから』より。因みに、この作品でもどこかで登場する可能性があったが、よくよく考えたら扱いきれる気がしなかったので、取り止めになったという裏設定があったりなかったり

*6
『涼宮ハルヒ』シリーズより、キョンの台詞『俺、実はポニーテール萌えなんだ』。このカミングアウトにより、本編ヒロイン(涼宮ハルヒ)がポニテにしてみたり、はたまたスピンオフヒロイン(長門有希)がポニテにする為に髪を伸ばそうと決心したり、非公式の自分の女体化(TS)がポニテになったり(?)と、色んな影響を起こしている。特にTSキョンであるキョン子に関しては『普段はダルそうにしているが、最終的には文句を言いつつも付き合ってくれる』という『ダルデレ』なるものを生み出したりもした

*7
『あちこち』の変化。様々な方向を意味したり、はたまたあべこべになっている事を指していたり。同名の漫画『あっちこっち』も存在し、そっちは異識(いしき)氏作。ツンデレ少女のつみきと、朴念仁少年の伊御を中心に据えたラブコメ

*8
『fate/grand_order』の土方歳三のこと。胸の大きい女性が好み。その為、ヘスティア様辺りに絡みに行きそうな感じがある……のだが、それゼウス様的に大丈夫なのだろうか?なお、その場合は彼に沢庵をあげとけば問題は無いと思われる。因みに、現状なりきり郷に彼は居ない。取り越し苦労か……

*9
これで次のイベントで水着になったら笑うが。まぁ、事前発表の特攻内には居ないので、あっても礼装くらいのものだろう

*10
コナン=新一だと蘭が知っているのは本来おかしいのだが、なりきりの仕様上寧ろ知らない方がおかしいのでこうなった。黒の組織とかこっちには居ないし、イチャイチャしてればいいんじゃないですかね?まぁ、基本的に新一に戻れもしないわけですが()

*11
元々は『平成のシャーロック・ホームズになる』だったのだが、元号が変わっても連載が終了しなかった為こうなった。……漫画の方で(令和云々を)明言した訳では一応ない、はず?

*12
普通にデュエルとは……?『遊☆戯☆王』シリーズでは立ってゲームをする事がほとんど、下手するとスケボーやバイクやカバに乗ってデュエルすることすらある為、逆に普通に座ってデュエルをすると凄く目立つ。……初代の方は、デュエルディスクが誕生するまで座ってたのだが……

*13
『遊☆戯☆王GX』より、ヨハン・アンデルセンの台詞『だって当然だろ?デュエリストなら』。初出のシーンは普通に良い場面なのだが、その台詞の汎用性の高さからよくデュエリストなら当然(一般人には意☆味☆不☆明)な事柄に使われるようになった

*14
千年アイテムの精製法や、GXでは実際に賢者の石の話が出たりと、意外と関係性が深い

*15
ポンコツっぽい面のある虞美人だが、実はゲームの類いは超得意

*16
漫画『ヒストリエ』でハルパゴスと言う人物が発した台詞。現実で同じ台詞を言ったかは定かではない……というか多分言ってない。画像のインパクト故にネタみたいな扱いを受けているが、実際にこの台詞を言った場面は、そりゃこうも言うわ……と言った感じの場面である。割りと胸糞な話なので、もし調べたい方が居れば一応ご注意を




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幕間・なりきり郷・サマー・カーニバル!その2

 さて、やって来ました夏の海!

 

 綺麗な海を眼下に臨む観光地、今回私達がやって来たのはそんな場所だった。

 今の日本にこれほど自然豊かな場所が残っているとか、ちょっとびっくりだなー。

 ……みたいな感じに周囲の森を眺めつつ、みんなで今日泊まる予定の宿に向かっててくてく。

 

 そうしてたどり着いたのは、ちょっと古ぼけてるけど立派な外観の旅館。

 そのカウンターに代表のゆかりんがチェックイン(挨拶と手続き)をしに行って。

 それから、グループ毎に別れて、部屋に荷物を置きに行く。

 

 ──逆憑依なんて不可思議な現象を受けている私達。

 そのせいで、見た目の性別と中身の性別、どちらを考慮してグループわけすればいいのか?

 ……みたいな話になった結果、『なりきりをしている身としては、その姿に恥じぬ行いをするのは当たり前』という原則に従って特に性別によるグループわけはしない、と言うことになっていた。

 

 私とマシュは中身が男性だし、詳しく聞いてないけど男性組に中の人が女性、なんて人も居るかもしれない。

 そこら辺を問題なくわけるのはほぼ不可能なので、こうして妥協案みたいになっていたのだった。

 まぁ、男女混合でも別に変な事とかしないだろうし、そもそも元が男性や女性だからといって、ちょっと異性に対して物わかりが良くなる、くらいの変化しかないんだけども。

 

 

『なりきり板は健全な板ですので!えっちなのはいけないと思います!』*1

「その台詞は私が言うべき*2やつなのでは!?ええい、やはり彼女は危険分子でしたか!ならば私もフォーリナーのように*3……!!」

「いややらなくていいからねXちゃん?!」

 

 

 スマホからBBちゃんが突然声を上げる。

 ……いやまぁ、うちら健全を心掛けてますんで、えっちぃのは良くないってのは正しいと思いますけど。

 でもまぁ、声的にそのネタは自分がやりたかった、とXちゃんが主張するのもわからなくもない。

 

 でも装備を乗着(蒸着)*4しようとしたり「V-MAX(レディ)*5しようとするのは流石に止めておく。

 今回は外での活動だから、些細な諍いも御法度なんや、堪忍しておくれやす。

 

 

「お?綺麗なおねいさんにお声をかけるのはダメなの?」

「う、うーん?しんちゃんのキャラ的には、そこは押さえなきゃあれなのか?……うーん、今回は普通でお願いするね」

「ほっほーい」

「なるほど、原作の彼よりもちょっと素直?なのですね」

「中の人が居るからねー」

 

 

 そしたら今度はしんちゃんから疑問の声。

 ……彼のキャラ的には、綺麗なお姉さんに話し掛けに行かねばならんから、そこら辺どうなのか?と言うことだろうか。

 まぁ、別にそれをしなくてもしんちゃんとしては動けると思うので、今回はちょっと自重して貰うことにする。

 ……やるにしても、なりきり郷のメンバー相手だけにしなさいとも。

 

 そう伝えると、彼はいつものように軽い返事をして、ジェレミアさんの方に駆けていった。

 それを見たゆかりさんが、こちらに声を掛けてくる。

 ……代わる代わる人が近付いてくるな今回。

 

 

「中の人……それを言うのなら、私達にも中の人は存在する訳ですが。……正直、私みたいなのは、ほぼ中の人であると言った方が良いのではないでしょうか?」

「ゆかりさんは元々男の人ー?」

「へ?え、あ、そうですが……」

「おおぅ、私達と同じだったか、意外だなぁ。……完全に没個性なキャラでもない限り、微妙に本人でもキャラクターでもない──ってのが私らなりきり組でしょう?あんまり気にされてると胃とか痛みますよ、私みたいに」

「……なんだか前回お会いした時と、随分雰囲気がお変わりになられましたね?」

 

 

 ゆかりさんが小さく首を傾げて苦笑している。

 ……前回私が彼女と顔を合わせたのは、確かなりきり郷に来たばかりの時だったか。

 じゃあ、変化するのもある程度は仕方ない……かな?

 

 実際、この数ヵ月はあれこれと悩まされる事や、あちこち走り回る事が多かったように思う。

 そりゃまぁ、嫌でも変わるよねというか、ね?

 

 

「ふふっ。なるほど、それは仕方ありませんね」

「そうなのです。……で、近くに商店があるみたいなので、みんなそっちに移動らしいですよ?」

「なんと。では急がなくてはいけませんね」

 

 

 そんな感じにふふふと笑みを交わして、旅館の入り口で待つ皆の元に駆ける私とゆかりさんなのだった。

 

 

 

 

 

 

「観光地の土産物屋と言えば、この『龍が剣に巻き付いたキーホルダー』*6だよねぇ」

「うっわ、こういうのまだ売ってるんだ。懐かしいなぁ」

「私共の学生時代も、ちょっとした話題集めにこういうものを買った覚えがありますね」

「そうかー?俺んところは、木刀買おうとして怒られてる奴ばっかだった気がするがなぁ」*7

 

 

 五条さんとジェレミアさん。それから銀ちゃんを伴って土産物屋を見て回る私。

 ……このくるくる回る奴*8にいっぱい掛けてあるキーホルダー類、こういうのってやっぱり、売場の賑やかしの意味の方が強いのだろうか?なんて事を男衆と話す。

 あとキーホルダーと言えば、大体どこにでも居る「全部選ぶ覇王」さん*9も結構主張が強いよね。

 

 

「ご当地ものだっけ。全部の都道府県にあるって話だし、なんか凄いよねぇ」

「凄くなんかないわ、だってよく考えて、その上で全部受けてるだけなんですもの」

「へー。……ところでよぉ、今の声誰?」

「覇王さんのお言葉だっ、心して聞けっ」

「いきなりどうしたキーアっ!!?」

 

 

 まさかの天の声にちょっとビビりつつ、土産物屋の内部を移動。着いたのは定番の食べ物コーナーである。

 

 

「賞味期限とか気にすんなら、こういうのは帰る前に買うべきかねぇ」

「足が早いものを買うんならそうでしょうけど、基本的にこういうのって日持ちするもの選ばない?」

「モノによりますね。その土地の名産が生菓子とかであるのならば、それを選ぶのは間違いではないでしょう?」

「まぁ、最悪ゆかりんに全部サクッとスキマ郵送して貰えば済む話だけどね」

「ちょっとー!?聞こえてるわよー!!誰が便利な黒猫*10よー!!」

「おっと、聞こえてたか」

 

 

 並んでいるクッキーやらプリンやらを眺めつつ、あれこれと話をしていたら、ちょっと離れた位置のゆかりんから、ツッコミが飛んできた。

 まぁ、これに関しては五条さんが悪いので、私からフォローはしない。

 ……じゃれあってるようなものなので、別に目くじら立てるようなもんでもないし。

 

 

「……あれでじゃれてんのか?」

「じゃれてるじゃれてる。基本的にゆかりん、ああいうスキマの使い方、五条さん相手にしかしないし」

 

 

 上と下にスキマを設置されて無限落下してる(見てると頭がバグってくる動きをしている)*11五条さんを見て、ハセヲ君がなんとも言えない表情をしているけれどスルー。

 ほら、五条さんも笑ってるから大丈夫大丈夫()

 しばらくして、飽きたのかスッとスキマの間から飛び出して来てたし、何も問題はないな!

 

 

「問題しかねーだろ……。ここ、一般人も居るんだろ?」

「だから玄関にスマホ置いてきたんじゃん」

「あ?……ってマジかよ」

 

 

 至極もっともな疑問を呈するハセヲ君に、私は店の玄関口に備え付けられた椅子を指差す。

 そこに立て掛けられているのは私のスマホで、スマホからは時々ピンク色の怪光線が乱れ飛んでいる。

 無論、それらは全てニューラライズする為のものであり、ある意味今回の旅行の許可が出た一番の理由でもある。

 

 

「行く前に参加費払ったでしょ?あれ、基本的にBBちゃんへの報酬だから」

「マジかよ、金の心配はいらねぇみたいな事言ってたのに、一体何に使うんだって思ってたが……」

『BBちゃんは無償奉仕とかしませんので!ところでせんぱい?終わりが見えないんですけどぉー!?』

「ははは、頑張ってBBちゃん」

『せんぱいのおにちく*12ー!』

 

 

 BBちゃんのお陰で、周囲への影響をある程度無視できるようになったのは大きい。

 幻覚使いとかが居ればまた話は違ったのだろうが、今のところこういう事をできる人はBBちゃんしか居ない。

 なので、彼女の参入がココアちゃんの要望を叶える為の、一番の要因となっているのも確かだったりする。

 

 そのせいなのかなんなのか、ココアちゃんはなんとなーくBBちゃんを気にしているようだったり。

 

 

「BBちゃんBBちゃん!これとかどうかな?」

『花、ですかぁ?……うーん、悪くはないですね!』

「ホント!?よぉし、じゃあこれはBBちゃんの分ね♪」

 

 

 みたいな感じで、お揃いのヘアピンとか選んでる辺り、よっぽど気に入ったようだ。

 ……ふーむ、ラットハウスに設置型のスクリーンでも常設しておくべきか……?

 

 

「その場合、うちはネズミ(ラット)の看板を下ろすべきかも知れないがね」

「ぴっぴかちゅー」*13

 

 

 おっとライネスからのお小言が飛んできた。

 ……でもまぁ、彼女の言うことも一理あるか。

 現状でも三人+一匹の内訳は事件簿・fgo・ごちうさ・ポケモンで、半分が型月系である。

 それにBBちゃんまで加えると、型月組が過半数を越えてしまう。

 

 

「月が多いってか?……それこそ元の名前にするとか、ライバル店*14だったかの名前にする方があってるだろうな」

「ウサギの街だもんね、あそこ」*15

 

 

 銀ちゃんの言葉にうんうんと頷く。

 月と言えばうさぎ、うさぎと言えばラビットハウス。……綺麗にスタート地点に戻ってきた感があるというか。

 とはいえ、実際にラビットハウスにしてしまうと、看板鼠のトリムマウ(という名前なのだとこの前聞いた)が不憫なので、名前の変更はおそらくないだろうけども。

 

 

「そんな感じなんで、BBちゃん連れてたまに顔見せしにいくから、それで我慢してねー」

「えー?キーアちゃん、たまにしかうちに来ないじゃん……」

「はいはい、今度からもうちょっと行く頻度増やすから」

「ホントに?やったねマシュちゃん♪」

「ふぇぁっ!?ななななぜそこで私の名前がっ!?」

 

 

 なので、常設ではなく私と一緒に店に遊びに行く、という方向で納得して貰おうとしたのだが、何故かマシュの方に話が飛び火していた。

 突然巻き込まれたマシュは、なんだか大慌てである。……そんなに慌てる必要性ある?

 

 

「え?だってマシュちゃん、いっつも『せんぱい、来ないなぁ』って言ってもがもが」

「ココアさんそれは内緒にして下さいと言って……あわわわ違うんですせんぱいちがあのちが」

『……せんぱいも隅に置けませんねぇ』

「ノーコメントでーす」

「せんぱいっ!?」

 

 

 そうして飛び出した言葉に、スッと視線を逸らす私なのでした。

 

 

*1
『まほろまてぃっく』より、ヒロインであり主人公でもある安藤まほろさんの台詞。言ってる本人が一番ムッツリなのでは?なんて風に言われることも

*2
謎のヒロインXと安藤まほろさんの声優は、どちらも同じ川澄綾子さんである

*3
ここでの元ネタは千葉真也氏の楽曲『メロスのように』。実は秋元康氏(AKB48等のプロデューサー)が作詞をしていたりする

*4
謎のヒロインXXのスキル『乗着』は元々『宇宙刑事ギャバン』の『蒸着』が元ネタ

*5
『蒼き流星SPTレイズナー』における、いわゆる『TRANS-AM』(こちらは機動戦士ガンダム00)の元ネタの一つ。リミッター解除系の技の始祖扱いされることも。因みに、『戦闘妖精・雪風』における『V-MAXスイッチ』のオマージュであるとされていたり、そもそもその『V-MAXスイッチ』自体も、現実に存在する戦闘機F-15に搭載されているシステム『Vmaxスイッチ』が元ネタだったりと、事実は小説より奇なり?案件だったりするかもしれない

*6
名前のままの物体。小学生辺りが喜んで買っていく印象

*7
昭和45年に福島県会津若松市で、白虎隊のまちである会津のお土産に木刀を売り出した会社が存在し、そこから『修学旅行のお土産に木刀』の文化が広がっていったとされる。ある意味では、銀さんが洞爺湖の木刀を持つ遠因になっている、とも言えるのかもしれない

*8
ポールラックとかメッシュスタンドなんて風に呼ばれるもの

*9
ハローキティさんのこと。全部選ぶの方はYouTuberとしての活動時に投稿した動画内にて、仕事を選ばないのではなく仕事を全て選んでいるという旨の台詞を発した事から。覇王の方は、2010年7月15日に発売されたPSP用ソフト『ハローキティといっしょ!ブロッククラッシュ123!!』の異名、『覇王鬼帝』。そのあまりにもエグい難易度故に名付けられたもの。ブロック崩しの筈なのに弾幕ゲームになった、などの恐ろしい逸話ばかりが飛んでくるヤバいゲーム。余りにヤバすぎた為、2010年クソゲーオブザイヤー携帯機部門大賞まで取ってしまっている。なお、あくまでも鬼畜難易度なだけなので、遊ぼうと思えば遊べる『古き良きクソゲー』でもあるそうな

*10
クロネコなヤマトのこと。一歩前へ

*11
たまにゲームなどで見る動き。バグや仕様などによって画面の下と上が繋がった結果、永遠に落ち続けたり、永遠に飛び上がり続けたりするもの

*12
鬼畜(きちく)の読み間違いネタ。鬼畜は元々『鬼畜生(おにちくしょう)』から派生した言葉なので、ある意味原点回帰。雰囲気(ふんいき)を『ふいんき』、巣窟(そうくつ)を『すくつ』と読むものと同じような読み違いであり、基本的にはわざと(特になぜか変換できない、とか書いてあったらほぼ確実に)。なので変に指摘すると、空気を読めていないと逆に冷めた目で見られる可能性がある

*13
構成メンバーのほとんどが型月系になるもんなー

*14
『ご注文はうさぎですか?』の登場人物の一人、宇治松千夜の働いているお店『甘兎庵(あまうさあん)』の事

*15
正確には『木組みの家と石畳の街』。モデルとなった場所が存在し、そこでは実際に野生のうさぎをよく見掛けるそうな



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幕間・なりきり郷・サマー・カーニバル!その3

 わちゃわちゃと土産物屋を見て回ったあと、旅館に戻ってきた私達。

 ここから歩いて浜辺まで行けるようなので、各々着替えて集合、という形になるようだ。

 

 

「まさかこの歳になって、ラップタオル*1を使うことになるとは……」

「ジムとかだと、割りと大人でも使ってたりするみたいよ?」

「なんだと?!……あ、でもそりゃそうか。更衣室って言っても、一人で着替えられることなんてほとんど無いもんね」

「学生時代なら、それでも良いのかも知れませんが……」

「大人になるとちょっと、って事か」

 

 

 現性別が女性組が、ラップタオルを使って室内で着替えをしている。

 ……いや、男性組も(内面性別とか色々な事情から)多分ラップタオルを使ってるとは思うけど。

 でもなんと言うか、小学生時代でも使わなかった*2ものを今こうして使っているのは、なんかちょっと不思議にも思えたり。

 まぁ、エチケット的には男女関係なく着替えは隠すべき、なのだろう。

 

 

「だから皇帝陛下(ネロちゃま)はちゃんとタオルを使えー!! 」

「むぅ、さっきからそなたはなんなのだ!余の玉体は正に至宝!故に何も恥じることなど無いのだから、どういう着替え方をしても構わないのではないのかっ!?」

「んなわけあるかっ、恥じらいを持てぃ!」

「ぬわっ、な、何をするだァーッ!」*3

「いや、なんで田舎貴族みたいな叫びなのよ……」

 

 

 なのでスパーンッと脱いで、スパーッと着ようとしているネロちゃまには、強制的に頭からラップタオルを着せる(厳重注意)

 別に興奮とかしないけど!

 それでもそういうのダメって最初に言ったでしょうが!

 

 うだうだとネロちゃまが文句を垂れているが、そんなものは考慮に値しない。

 今日の私は風紀委員!すなわち、

 

 

「禁制禁制!御禁制ですよ!」*4

「なんかアンタのそれ、凄い綺麗なフォームでアンダースロー決めそうな台詞ね」

「インドラになった覚えはないかな!さぁさぁみんなもさっさと着替える着替える!」

「ホントにちょっと仕切り屋さんなのね……」

 

 

 そうして他の女性陣を急かしつつ、自分もパッと着替えるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「地上最高の水着を見たいか────ッ!!!」*5

 

 

 赤き皇帝の言葉に、渚に集った観衆達が歓声をあげる。

 突如現れた彼女の言葉は、不思議と民衆に響き渡り、その熱量を天井知らずに上げていく。

 そう、民は今歓喜に湧いているのだ、今この時この瞬間に立ち会えたという奇跡に。

 そうして返ってきた聴衆の昂ぶる声に、赤き皇帝は満面の笑みと、眦に微かな涙を浮かべながら答える。

 

 

「余もじゃ、余もじゃみんな!!」

選手(なりきり組)入場!!全選手(なりきり組)入場です!!!」

 

 

 彼女の宣言とともに、砂浜への入り口から人影達が徐々に進み行ってくる。

 そう、これから始まるのは、浜の視線を一人でも集めきってしまう者達の、紹介という名の戦い(つまり茶番)なのだ。

 

 

「鬼殺しは既に呑んでいた!!更なる銘酒を求めこの幼女が帰ってきた!!!なりきり郷の管理者、八雲紫だァ────!!!」

「神便鬼毒酒*6もいつか呑んでみたいわねぇ」

 

 

 初陣を切るのは金の髪の眩しい少女。

 しかし驚くなかれ、少女は見た目通りの少女に非ず。

 ゆえに大人の女性が着るような、プランジング*7仕様の薄紫の水着さえ、どこか優雅に着こなしてしまうのだ。……言ってる内容に関しては気にしないように。

 

 

「水着にマッチョ?そんなものは俺が既に完成している!!デュエルキング、ジャック・アトラスだァ────!!!」

「デュエルをするのであれば、肉体にも気を掛けることだ」

 

 

 ついで現れるのは、筋骨隆々の上半身と、それに見合う引き締まった下半身を晒す美丈夫。

 真紅のブーメランパンツというある種衝撃スタイルだが、不思議と彼によく似合っていた。

 

 

「謎の紐は浜辺でも健在!?魅惑のトランジスタ・グラマー、竈の神ヘスティア様だァッ!!!」

「謎の紐って言うなって言ってるだろぉ!!?」

 

 

 身長は低いがメリハリのあるボディをしている少女は、普段の服装をワンピース型の水着にしたようなモノを着ている。

 噂の紐も変わらずそこにある辺り、彼女のアイデンティティの一つでもあったりするのだろうか?

 

 

「お前は水着なのかッ!?いやよく見ろ、ボードも構えて準備万端だッ!!電気タイプポケモンのピカチュウッ!!!」

「ぴっか、ぴかちゅー」*8

 

 

 頭にグラサンを掛けた黄色く可愛らしいネズミはボードを片手に黄昏れている。

 ……いや、これは波を見極めているのだ、コイツできる……!!

 

 

「まな板ッ!?てめぇはまな板の凄さをなんにもわかってねぇッ!!*9歌もできるボイスロイド、結月ゆかりだ!!!」

「えっと、これは貶されている?それとも褒められているのでしょうか……?」

 

 

 次の女性は飾り気のない白いワンピースだったが、背中側が大きく開いているなどしている。*10

 隠れた部分に大胆な本性を隠したりしているのだろうか?

 

 

「体は子供でも中身は大人ッ!!迷宮なしの名探偵、令和のシャーロック・ホームズ、江戸川コナンッ!!!」

「バーロー、俺にはそこまでのセンスはねーよ」

 

「傍らの愛しき者に何を思う?空手部期待のエース、毛利蘭が後を追うように姿を見せたァッ!!!」

「ちょっ、ネロさん違いますからっ!!そういうんじゃないんですって!!」

 

 

 お次は一緒に現れた少年と女性の二人組。

 少年は普通のトランクスタイプ、女性は普通のトライアングル・ビキニ。*11

 どちらも色は黒で、そこまで気取った感じではないのが、逆に彼等の空気によく似合っていた。

 

 

「ホントは海よりデュエルがしたいッ!!だがそれはKAN-SENの名に泥を塗る!故に目指すはどちらも天辺!!軽空母ハーミーズッ!!!」

「今回は雄々しくも美しく輝く二色の眼*12をモチーフにしてみた。すなわち──お楽しみは、これからだ!!」

 

 

 お次の少女はツイスト・バンドゥ・ビキニ*13を華麗に着こなしている。

 その台詞にある二色の通り、ブラ部分は右が赤、左が緑色になっていた。

 

 

「一航戦の誇りに掛けて、戦いであるならばなんであれ負けられない!!正規空母赤城が大胆なハイレグ*14水着で現れた────ッ!!!」

「ちょ、ちょっと恥ずかしい、ですね……」

 

 

 そんな彼女と一緒に現れたのは、赤いハイレグ水着を着た大和撫子然とした女性。

 清楚な空気と大胆な服装のギャップが、その魅力を大きく引き出しているようだ。

 

 

「浮き輪が付いてちょっとうきうきアップ!!鎧にはサビ防止用の処理をしたが果たして大丈夫なのかッ!?鎧の錬金術師、アルフォンス・エルリックッ!!!」

「流石に泳ぐのは無理だから、しんちゃんと砂のお城を作る予定だよー」

 

「この幼稚園児、只者ではないッ!!嵐を呼ぶ幼児、野原しんのすけの登場だ!!!」

「ほっほーい。ネロちゃんも楽しんでるぅ?」

「うむ、余はとても楽しい!!」

 

 

 次いで現れたのは、大きな浮き輪を抱えた鎧と、その足元を走り回る幼児。

 ……なんだこれ?と思っていたら、彼等はそのまま近くの砂を掻き出して、何かを建造し始めてしまった。

 

 

「ふんどしを渡されたが流石に拒否した!!ちょっと見たかったぞ坂田銀時ッ!!」

「いや無理だろーがどう考えてもっ!!流石の俺も空気くらい読むわっ!!!」

「むぅ、余は見たかったぞ、そんな逃げの一手の海パンよりよっぽど、な!!」

「ドヤ顔で何言ってんのこの女ァァァァッ!!?」

「余は余!!……だからなっ!!」

「わけわかんねーんですけどォ!!?」

 

 

 その次は銀髪の男性。

 ……最初はふんどしを渡されたらしいが、流石に現代でふんどしはちょっと……みたいな感じになったようで、今の水着は普通にゆったりとした大きさの海パンだった。

 

 

「ここに来て正統派ッ!!本家の二種とも違う白いビキニを引っ提げてマシュ・キリエライトが来てくれた───!!!」

「が、がんばりましたっ」

 

 

 次の少女は、パレオと白いビキニのオーソドックススタイル。

 そもそものスタイルが良いのも相まって、とても良く似合っている。

 

 

「俺は海に入る気はない、だが病人くらいは見てやる!ビーチパラソルの影に間黒男が待っているッ!!!」

「水分補給は俺かサンジに言え」

 

「その隣で早速冷たいものやら甘いものやら用意しているのは、こっちも今の所泳ぐ気のないサンジだッ!!!」

「あいよー、焼きそばとかカレーもあるんでよろしく」

 

 

 その次の二人は水着ではなく、スーツから上着を取ったような格好でパラソルの下に陣取っていた。

 最近は日射が強いため、端から救護班として動く心積もりなのだろう。

 

 

「典型的なもやしっ子か?いや意外と鍛えているッ!!死の恐怖、三崎亮!!!」

「おいバカふざけんなっ、リアルネームの方に死の恐怖とかくっつけてんじゃねぇ!!?」

 

 

 お次の彼は、普通の海パン。

 流石にトップ勢と比べると見劣りするものの、それでもしっかり鍛えられたよい肉体をしていた。

 

 

「反逆の翼と共に、黒咲隼も来てくれたッ!!!」

「ハーミーズ……お前も瑠璃かッ!!」

「違うと言っているだろうが!?」

「そうか……ならばデュエルだ!!」

「え?」

「望むところだ!!」

「え?」

 

 

 その次は、ダイビングスーツを着た男性。

 ……いや、確かにそれは水着でもあるけど、なんでそれ?

 なんて思っていたら彼は突然二色ビキニの少女とデュエルを始めてしまった。

 ……思わず間抜けな声を上げてしまった、恥ずかしい。

 

 

「私はXXではない!!その半歩前!!なのでまだ未来は輝かしい!!謎のヒロインXッ!!!」

「まぁツインミニアド使えるんですけどね。あ、流石に威力は低いですよ念の為。サンジ君カレーおかわり下さい」

 

 

 そのお次の彼女は──カレーを食べている。

 何も気にせず、カレーを食べている。

 赤いハイレグの女性が、ちょっとだけ羨ましそうに彼女を見詰めていた。

 

 

「フレイムヘイズにも休暇は必要!!天罰神(アラストール)が見てる?炎髪灼眼の討ち手、シャナだッ!!!」

「……そういえば、アラストールは居ないのよね。でも炎も自在式も使える……どうなっているのかしら?」

「そういう小難しい話は、明日の自分にポイッだ!!」

 

 

 お次の彼女は可愛らしい赤のフリンジビキニ*15を着た少女。

 自身の胸元のアクセサリーを指で弾きながら、何事かを考えているようだった。

 

 

「項羽様も居ないのに水着を着る必要性ある?そもそも自身の水着イベがそうだった!!水着の虞美人が来てくれたッ!!!」

「はぁ……そうなのよね、項羽様がいらっしゃらないのよね……」

 

 

 次なる彼女は愛しき人が居ないからなのか、布面積の少ないビキニをローライズで履いているという、ちょっとヤバ気な衣装だった。

 コートもないので、ちょっとどころかかなり怒られそうである。

 

 

「本家より早い水着化に大神(ゼウス)もドキドキ?……結構水着になったこと無い奴が紛れてた?細かいことは気にするなッ、ヨーロッパの太母、エウロペ様だッ!!!」

「うふふ、ゼウスさまも喜んで下さるかしらー」

 

 

 かの女性はあまりにファビュラス、あまりにセクシー!

 一人ゴージャス姉妹と言い換えてもいいその姿は、金に輝くホルターネック・ビキニ*16によって美しく彩られている。

 

 

「主君の命により、全力で夏を満喫する!!オレンジ掲げてジェレミア・ゴットバルトが参戦だッ!!!」

「Yes,Your Majesty.オレンジの名に恥じぬ遊びをお見せ致しましょう」

 

 

 緑の髪が目立つ彼もまた、自身の鍛え上げられた肉体を惜しげもなく披露している。

 そんなこと、なかなかできることじゃないよ……。*17

 なにせ普通は羞恥が湧いてくる。

 それが無いということは、彼は自身の肉体になんの恥ずべき場所もないと主張しているに等しいのだから。

 

 

「子供と思って甘く見てたら痛い目を見るぞ?エルメロイの才媛、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテッ!!!」

「やぁやぁ、せいぜい甘く見てもらえるように見た目相応の水着にしてみたんだけど……どうかな?」

 

 

 少女が身に纏うのはフリルの付いた青いワンピース。

 本人が言う通り、幼さを全面に押し出したコーディネートだと言える。

 

 

「ここは真面目に決めてきた!でもハーフスパッツはちょっと目立つぞ、五条悟ッ!!!」

「いやー、わりと泳ぐ気で来たからねー」

 

 

 目隠し無しで浜辺に立つ彼は、既に周囲の視線を引き寄せつつあった。

 ……まさにイケメンはお得、と言うことか。

 

 

「意外と自身の体に自信があるのか?大胆な水着と共に保登心愛が登場だァ────!!!」

「えへへ……ちょっと張り切って見ました……」

 

 

 お次の少女は黒いクロス・ホルター・ビキニ*18と黒いパレオで、幼気に見えて意外と自身のスタイルに一定の自信を持っていることが窺える。

 

 

「そしてラストを飾るのはこの人!!ボーイレッグ*19で活発さも表現した我らがキルフィッシュ・アーティレイヤーだッ!!!」

「いや一般人私のことなんて知らんて……の前に、何故にバキ?」

「やらねばなるまい、余が余であるがゆえにっ!!」

「ええ……?」

 

 

 最期は金の髪をポニーテールにした少女。

 彼女がずっと他の人を解説していたドレスのような水着を着た女性と会話することで、長かった紹介も終わりを告げるのだった。

 

 

*1
俗に言うスカートタオル・着替えタオルのこと。大きなバスタオルにゴムと留め具を付けることで、ポンチョの様に着れるようにしたもの。小学校などで教室で着替える時に、使った事のある人が居るかもしれない。大人になっても、ジムや温泉などの公共の場で着替える時に使われたりするようだ

*2
田舎とかだとたまにある。更衣室で男女を分けてしまう中学生以上なら、ほぼ使わないなんて時期もあった

*3
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(Part01)『ファントムブラッド』内の誤字が元ネタ。『ん』が抜けている為、どことなく間抜けに聞こえる。なお、現在買えるモノでは誤字は修正されている

*4
『fate/grand_order』より、源頼光がランサーになった姿、影の風紀委員長の台詞の一つ。どう考えても自分の中の格好の方が御禁制である。なお、宝具では惚れ惚れするような綺麗なアンダースローで、敵に金剛杵を投げ付ける。因みにこの金剛杵、帝釈天──すなわちインドラの持ち物である

*5
『グラップラー刃牙』における最大トーナメント編での選手紹介の序文『地上最強の男を見たいか────ッ』が元ネタ。また、この文をネロが読み上げているのは、ひろやまひろし氏の同人誌『人類史上最強 カルデア☆ビーチバレーin OCEANUS』が元ネタ。fgoから型月に入った読者層にはバキネタが通じなかった(この言葉が出てくるのはバキの第一部である『グラップラー刃牙』の21巻であり、単純な発売日で見るとなんと1995年になる。アニメも2001年に放送したものしかない)為、ネロの台詞がおかしい(じゃという語尾)とツッコミまれたりした。なお、この話における利用では改変は最初の方だけになっているので、ちょっと拍子抜けかもしれない

*6
源頼光と頼光四天王が酒呑童子を退治する為に使った酒。いわゆる鬼殺しと呼ばれる酒の原型でもあるとか

*7
胸元に大きく切れ込みの入った形の水着。Vネックとも

*8
今日は波が騒がしいな

*9
『オマエは全然まな板のスゴさを分かってない』。とあるバラエティー番組で飛び出した()

*10
古い型の競泳水着に近い形

*11
三角ビキニ。トップの布地の形が三角になっている、わりとオーソドックスな水着

*12
『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』の召喚台詞。後半の『お楽しみは、これからだ!』も合わせて、『遊☆戯☆王ARC-V』の主人公榊遊矢をイメージしている

*13
チューブトップ型でかつ、フロント部分がねじられているビキニのこと

*14
High leg cut(ハイレグカット)』の略称。基本的にはウエストとヒップのラインの中間点くらいの鋭さの切り込みになっているものを指すが、それより深い切り込みでも一応ハイレグではある

*15
普通のビキニの上に、紐で飾りを付けたビキニ

*16
首の後ろで紐を括って固定するタイプのビキニ

*17
『魔法科高校の劣等生』より、北山雫の台詞『なかなかできないよ』。そっちはアニメと漫画での台詞で、小説では『なかなかできることじゃない』。……両方が混じったのか、はたまた言いそうな台詞に改変されたのかは定かではない

*18
紐を首の前で交差させたあと、首の後ろで括るなどして固定するタイプのビキニ。普通のホルター・ネック型で、胸の下に交差する生地が付随しているような形のモノも名称的には含む。ココアが今回着ているのは後者の方……というか、原作でも着ているやつ

*19
パンツ部分がショートパンツのような形になっているタイプのビキニ



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幕間・なりきり郷・サマー・カーニバル!その4

「いやしかしまぁなんというか……BBちゃんありがとね、ホントに」

『まぁ、今回のBBちゃんは基本裏方ですので。せんぱいにこうして気にして頂けるだけで、わりと満足だったりしますよ?……ふふふ、安い女だと思いますか?』

「いやー、安いとは思わんかなー。BBちゃんが居なきゃ、こうして浜辺でゆっくりみんなが泳いでるのを眺めるー、とか無理だっただろうし」

『おやお上手。……せんぱい、()()なってからちょっと変わりましたよね?』

「そりゃBBちゃんもでしょ。……中の人、って言うべきかも知れないけれど」

 

 

 浜辺に腰を下ろし、みんなが遊んでいるのを眺めながら、BBちゃんとお喋り。

 

 ……前々からわかっていたけれど、彼女はやはり、私の後輩の一人だったようだ。

 彼女がなりきりをしていた、みたいな話は聞いた覚えが無いけれど、どうやら隠れなりきり勢だったらしい。

 

 

『変身願望なんて、誰しもが大なり小なり持っているもの。なりきり・コスプレ・夢想・転移・転生。……今の自分から逃れたい、今の自分から変わりたい、今の自分に納得できない──だなんて、酷く人間らし過ぎて、BBちゃん的にはちゃんちゃらおかしーい!……という感じではありますが。──()としては笑えない。とても笑えない(カルマ)だと思ってしまうのです』

「……なるほど、ねぇ」

 

 

 今のままでは居られない、という焦り。

 そんな物は誰だって持っているもので、殊更に論議するような物でもない。

 ……()の知らない彼女の一面があったとして、それを知らなかったことを悔いる意味もない、と言うことか。

 

 

『ま、そんな事はBBちゃんには関係ないのでした!……それより、楽しんでますか?せ・ん・ぱ・い?』

「──そうだね、うん。楽しいって、そう思うよ」

 

 

 降って湧いたようなトラブルたちだが、振り回されるのも悪くないと思える。

 

 何気ない毎日を噛みしめるのも嫌いではないけれど。

 こうして、面白おかしいみんなとわいわいできるのは、とても恵まれたことなのだと思う。

 ──こうして、永遠に続けばいいのにな、なんて戯言を口にしそうになるくらいには。

 

 

「ま、ほんとに戯言だけどね」*1

『……せんぱい、その口癖は止めたほうが良いですよ』

「おおっと」*2

 

 

 十四番に行かされては堪ったもんじゃない。*3

 口は災いの元、特に私みたいなのは気にするべきなのだから、せいぜい注意しなければ。

 

 なんとなくこっちに飛んできている気がする、BBちゃんからの呆れの混じった視線を意図的にスルーしつつ。

 こちらに手を振って呼んでいる一団に向かって、さっと立ち上がる私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「フッフッフッ」*4

「…………え、笑っただけ!?なんで!?」

「その答えは、デュエルの中に見付けるしかありません!!」*5

「その言葉、貴様遊星かっ!!」

「おのれ融合次元*6、この次元にも侵略の手を広げていたかっ!!」

「やめろー!こんなのデュエルじゃないっ!!私が信じるデュエルは、みんなを幸せに……!」*7

 

「なぁにこれぇ」*8

 

 

 思わずAIBO*9になってしまったのは、目の前でデュエリスト共が謎の争いをしていたからである。

 

 ……えっと、見た限りビーチバレーをしようとしたら、何故かネロちゃまが意味深に笑顔だけ浮かべて。

 それにココアちゃんがなんで?!という疑問を発したら、何故か赤城さんが絡みつく時間を振り切りそうな声を上げて。*10

 それにジャックさんが過剰な反応を返した結果、黒咲さんが融合次元と勘違いして。

 最期にハーミーズさんが今日は遊矢の気分なのか、彼の台詞でみんなを仲裁しようとして今に至る……という形だろうか?

 

 ……改めて整理しても何のことだかまるで意味がわからんぞ!*11

 

 

「せんぱいも落ち着いてください!結局思考が決闘者になってます!」

「まーまままままままずはこここーこここれでも飲んでおとおとおとおとお落ち着きなさい、心が鎮まるハーブティーよぉ」*12

「キーアちゃんそれシャロちゃんだよぉ!」

 

 

 おおっと、動揺しすぎて空のティーカップを差し出しそうな感じになってしまった。

 ちょっと深呼吸して心を落ち着かせて、改めてみんなの話を聞くことにする。

 

 

「で、ネロちゃまは何故に社長のモノマネを?」

「うむ!*13最初は単にいつものように上機嫌に始めるつもりだったのだが、途中でデュエリストの血が騒いでしまったのだ!うむ、すまぬ!」

「ええ……?」

 

 

 ことの発端であるネロちゃまに事情を聞いたら、まさかのノリであった。

 ……なんと言うか、デュエリストはノリと反射で生きているのだと思い知らされる次第である。

 え、そもそも私らもわりとノリで生きてるだろうって?……そうだな!()

 

 

「すいません、わからないことがあればデュエルで確かめろ、と教わっていましたので……」

「俺も、その言葉は遊星のものだと思っていたからな、すまん」

「ユーゴだとシンクロだからな*14、すまない」

「みんなに笑顔を思い出させなければと思ったんだ、申し訳ない……」

「なんだろう、謝られてるはずなのに微妙に残るこのもやもやは……」

 

 

 各々が謝罪を述べてくるのだけど、なんと言うか反省してるはずなのに反省って何だっけ?感が後から溢れてくるんだけどなんだろねこれ?

 いやまぁ、変に諍いとか起こさなければ別にいいんだけどさ?

 

 

「どうしたのキーアさん?」

「あーアル君。いや、デュエリストってどうしたら落ち()……いや待ってなにそれ」

「ほっほーい、オラ達のじしんさくぅ~♪」

「チェイテピラミッド姫路カンタムの扉、だと……!?」

 

 

 うーん、という感じに頭を痛めていたらアルフォンス君(略してアル君)が背後から声を掛けてきたので、答えるために後ろに振り返って、浜辺に忽然と出現した砂の建造物に、思わず声を失った。

 

 ……チェイテ城*15の上に逆さまのピラミッド*16が突き刺さり、その上に向いた底面に姫路城が乗っかる、という名状しがたき建造物、『チェイテピラミッド姫路城』。*17

 今回はその背後に渾身の力作であるカンタムロボ*18が、さながら守護神のようにそびえ立ち*19

 彼等の足元には、まるで隙を見せればすぐにでも呑み込んでやるぞ、とばかりに真理の扉*20が鎮座している。

 

 ……うん、敢えて言おう、意味がわからないと!

 

 

「お、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲*21じゃねーか、完成度たけーなオイ」

「何をどう見てあの卑猥大砲と同じものだと思ったの銀ちゃん!?」

「おっと違った、ネオギガドリルスターライトジェット天然理心流~愛・おぼえていますか~だったわ」

「なんかいっぱい混ざってる上に何一つかすりもしてねぇっ!!?」

「いえせんぱい、ギガドリルと愛・おぼえていますかの二つはちょっとかすっています」

「うそだぁっ!!?」

「考えようによっては、ジェット天然理心流の方もかすっているかも知れません……」

「え、ええええ……?!」

 

 

 唐突に現れた銀ちゃんが自分のところの建造物に例えていたが、どう考えてもかすりもしない感じだったのでツッコミを入れた結果、彼から飛び出した言葉。

 

 ……『ギガドリルブレイク』*22と『スターライトブレイカー』*23、それから『ジェット天然理心流』*24と『超時空要塞マクロス~愛・おぼえていますか~』*25が混ざったものだと思うんだけど、どれも何一つ関係ないじゃん!

 

 と思っていたのだが、マシュからの指摘により、実際は関係のある単語の羅列である事が示唆されて、思わず困惑してしまった。*26

 ……この場合、スターライトブレイカーだけ引っ掛かってないのは、何か理由があるのだろうか……?

 

 いや違う!銀ちゃんが冷や汗垂らしながら目を逸してる!

 これあれだ、適当ぶっこいたのになんか偶然絡められる要素が見付かったせいで、にっちもさっちもいかなくなったやつだ!?

 

 

「そそそそそそんなことあああああるわけないないないないだろろろろろ」

「うわぁ!?銀さんがシャロちゃんみたいになっちゃったっ!?」

「収拾がつかねぇ……」

 

 

 こちらの視線に挙動不審になる銀ちゃんを見て、思わず額に手を当ててため息を吐いてしまう私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「お、キーアさんも泳いでるんだ?」

「この姿になる前はカナヅチだったんだけど、今では普通に泳げるようになったからねー」

 

 

 海の上でバナナボートに寝そべって日差しを浴びている五条さんを見付け、泳いで近付いた私。

 ……こんがり肌が焼けるタイプにも見えないんだけど、実際その辺りどうなんだろう?

 

 

「うーん、どうかな?()にしたって、何でもかんでも弾いてるわけでもないしね」

「『一方通行』*27とは違うって?」

「そうそう。まぁ、彼みたいに(あそこまで)自然に使えるようになってたら、ホントに()最強になってただろうけどね」

「全部反射じゃなくて全部無限遅延?それはゾッとしないなぁ」

 

 

 毒とかアルコールとかは弾いていなかったりするんだっけ?

 細かい制御をオートメーション化したり、という意味ではまだまだ伸びしろがある、ということなのかも。

 なんてことを言っていたら、彼はニッと笑って肩を竦めた。

 

 

「ま、その辺り()には全然関係ないんだけどねー」

「無下限の出力すっごい低いもんね。……ん?一応無下限なんだから、六眼は使えてるの?」

「おおっとそこはノーコメント……といきたい所だけど、まぁマシュちゃんとキーアさんには見せてるし今更か。──うん、六眼はしっかり使えてるよ。『見る』って呪術的にも結構重要な筈*28なんだけど、再現度的にはここが一番リソース割り振られてる……って感じになるのかな?」

 

 

 ふと気付いた事があったので尋ねてみたら、見事に正解だった。

 いっつも目隠ししてるからある程度予想はしてたけど、その眼自体はしっかりと六眼なのね。

 五条さんが、いつもは隠しているその碧い眼をこちらに向けているのを見て、ふむと一つ頷き。

 

 

「うわっと、え、なにキーアさ、いや近い!!つーか怖い!!いきなり何っ!?」

「ちょっと動かないで、今()てるんだから」

 

 

 彼の頭を両手で掴んで固定し、その眼を視る。

 ……ふーむ、なるほどなるほど。つまりここはこうして、と。

 

 数分ほど彼の眼をじっくりと観察した私は、虚空から一つの物品を取り出す。

 

 

「え、今どっから」

「いいからいいから。テレレレッテレー、眼精疲労軽減メガネー」

「ええ、なんでドラえもん……?」

 

 

 彼に渡したのは、一つのメガネだった。

 デザイン的には、彼が原作で掛けていた横長の方のサングラスを、度と色の入っていないグラスに変えたもの……という感じだろうか?

 

 

「無下限の出力不足で、眼精疲労とか目隠ししてても直しきれてないんでしょ?それあげるから、掛けときなさいな」

「え、今のでそこまでバレたの?……ひゃー、キーアさんの事、ちょっと甘く見てたかも」

「そうそう、恐れ慄きなさい。……海の上で一人でぷかぷかしてたのも、そもそも周囲を視界に入れない為でしょ?」

「うっへ、そこまでバレるか。……いや、ホントに油断してたかな。悟らせるつもりは無かったんだけど」

 

 

 五条さんが眼鏡を掛けながら苦笑している。

 ……まぁ、多分他の人は気付いていないだろう。彼の性格的に、単独行動は別におかしいものでもないし。

 実際、私も近くで彼を視て気付いたようなものだから、あんまり威張れるようなものでもない。

 

 

「なんでまぁ、善意の押し売りだとでも思っといて。あ、その眼鏡『外そう』と思って触んないと外れないから、激しい運動とかしても大丈夫よ?」

「いや、わりとわけわかんない性能してるねこの眼鏡?……まぁいいや。サンキュ-キーアさん、恩に着るよ」

「押し売りだから気にしないでってば……ってああ、行っちゃった」

 

 

 基本的に自己満足の為に動いているから、感謝とか必要ないんだけど……みたいな事を言い終わる前に、彼はバナナボートの上から海に飛び込んでいった。

 ……なんと綺麗なバタフライか、そのまま泳ぎの競争している男性陣の方に突っ込んでいったし。

 まぁ、楽しそうならいいか。

 

 

「で、ゆかりんはなーんでスキマから、ニヨニヨとこっちを覗き見してるんで?BBちゃんの負担が鰻登りだから止めようね?」

「んー?んふふふ、で・ば・が・め♡」

「……誤解を生んでるみたいだから一応訂正しておくけど、あのイケメンが素顔も晒せないのは、全人類の損益だと思ったってだけだからね?」

「はい、せんぱいはFGOでも推しキャラがアルジュナ*29さんだったりしました。エミヤ先輩*30もお好きでしたし、男性以外にもえっちゃんさん*31や、メルトさん*32等にも熱を上げていらっしゃいましたね。なので恋愛的な意味での『好き』ではないかと思われます」

「うわぁっ!?マシュなんでここに……っていうか人のカルデア事情バラすの酷くないっ!?」

「なぁんだ、ラブじゃなかったわけね。てっしゅー」

「ちょっと待てェ、撤収すんじゃねぇ!!?」*33

 

 

 いきなり現れたゆかりんとマシュ。

 なんだかよくわからないことになっている気がして、ちょっと目眩がしてくるのでした。

 

 

*1
『戯言シリーズ』主人公、いーちゃんの口癖。関わるだけで何もかも狂っていくヤバい人の口癖なので、余り使わない方がいいと思われる

*2
ダンジョン探索RPG『Wizardry』シリーズで表示されるメッセージの一つ。英語だと『しまった(Oops)!』。英語だと分かりやすいが、基本的には悪いメッセージ。宝箱の罠を解除するのに失敗した時に見るのがほとんど。ダメージ系はまだ優しい方で、テレポート罠だった場合は最悪の場合『*いしのなかにいる*(要するに即死・復活不可)』になることも

*3
『14へ行け』は死亡フラグの一つ。J・H・ブレナン氏作のゲームブック『グレイルクエスト』でのお約束みたいなもの。ゲームブックとは、文字通りゲームとして遊べる本の事で、ページ内に文章が書いてあり、それを受けて読み手がどうするか?というのを特定のページに向かう(選択肢を選ぶ)ことで表現した本である。時々強制的にページ移動をさせられることもある。『グレイルクエスト』では、死亡判定になった場合に決まって14ページ目に飛ばされていた為、一種の死亡フラグとして広まった

*4
『遊☆戯☆王SEVENS』のキャラクター?社長ドローンの口癖のようなもの

*5
『遊☆戯☆王5d's』より、不動遊星の台詞『オレ達が迷っているなら、その答えはデュエルの中に見つけるしかない』。デュエル万能説極まる台詞

*6
『遊☆戯☆王ARC-V』より、敵対組織『アカデミア』の所在地。融合モンスターを使うデュエリストが集っている

*7
同じく『ARC-V』より、とあるデュエルをみた時の主人公、榊遊矢の台詞。皮肉にも、この台詞のあとに、自身がデュエルではない蹂躙をする事になる……

*8
『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』主人公、武藤遊戯の台詞。いわゆる表遊戯が、親友である城之内克也が作ったデッキを見た時のモノ。初心者故にとにかくモンスターばかり投入していた為、彼からすれば正に『なぁにこれぇ』だったのだろう。それだけなら普通の話なのだが、当時の声優の棒読み加減がツボに入った人が多かったらしく、ネタとして愛されるようになったようだ

*9
AIBO(アイボ)』は、1999年にソニーが発売した犬型のペットロボット。なのだが、相棒と掛けて、表遊戯の事を指すようにもなった。その場合はアイボではなくアイボー

*10
『5d's』の挿入歌、『Clear Mind』のワンフレーズ。プラシドが爆発します!

*11
同じく『5d's』より、チームラグナロクのリーダー、ハラルドが空軍時代に上司から言われた台詞。内情などを知らない上司からしてみれば、正直こういう反応以外できないだろうとしか……

*12
『ご注文はうさぎですか?』において、宇治松千夜が保登心愛と喧嘩した、と聞かされた時に桐間紗路が発した台詞。動揺しまくって中身の入っていない空のティーカップを差し出した。因みに、漫画版だと『おおお落ち着きなさい心が鎮まるハーブティよ』だった。アニメでは二期で登場。中の人の演技も相まって、妙な中毒性がある

*13
ネロちゃまは海外だと『umu』というあだ名で親しまれている。『うむ』の意味がわからないけど可愛いから、らしい

*14
『ARC-V』のキャラクター、ユーゴより。彼は自分の名前が融合(ユーゴー)と間違えられるのが嫌いだったりする。彼自体はシンクロ次元出身

*15
スロバキアのチェイテ村の隣にある城。今は廃墟。エリザベート・バートリーの居城

*16
初出演(?)の時にはピラミッドの横側に目が書いてあった(ので、千年パズルに見えた。一応、千年パズルと違ってこちらには目の下に足のようなものがない)。見えてる方向的に見えないだけで、現在も書かれている可能性はなくもない

*17
説明通りの魔の建築物。これを見たfgoプレイヤーは阿鼻叫喚する。なお、これを元にしたっぽい建造物が『宇崎ちゃんは遊びたい!』に登場していたりする

*18
『クレヨンしんちゃん』より、作中劇の一つ。名前はガンダムから、技はマジンガーZやVガンダムなどから取られている。意外とハードな設定をしているため、作中劇ながらそれなりに人気がある

*19
チェイテ城の守護神、巨大メカエリチャンをイメージ

*20
『鋼の錬金術師』より、扉のような謎の物体。錬金術に密接に関係しているモノ

*21
『銀魂』より、砲塔と二つの丸い物体で構築される兵器。見た目が大変アレ

*22
『天元突破グレンラガン』に登場するロボット、グレンラガンの必殺技。巨大なドリルを生み出して、相手を穿ち貫く

*23
『魔法少女リリカルなのは』より、主人公高町なのはの使用する魔法の一つ。周囲に漂う魔力を収束してぶっぱなす魔法

*24
『fate/grand_order』より、水着沖田総司……もといオキタ・J・ソウジの扱う流派。……ジェットとは?

*25
1984年に公開されたアニメ映画

*26
基本的にカンタムロボに関係。『超超超超超カンタムロボ』の必殺技、『超超超超超カンタムロボ超超超超超カンタムドーリル超超超超超超超アタッークNo.1』は、『超超超超超カンタムドリル』(形状は尖っていない掘削ドリル)を構えて突撃するもので、『ギガドリルブレイク』がオマージュ元なのは明白。また、ミサイルをばら蒔く攻撃もあり、此処が微妙にマクロスにかする……が、ホントにかすってるだけなので繋がり扱いするには微妙。板野サーカスと言い張るにもちょっと無理があるし。『ジェット天然理心流』の方は、超超カンタムロボがリミッター解除系技を持つ事からかすってる判定。正直ドリル以外はわりとこじつけである

*27
『とある』シリーズの登場キャラクターの一人。読み方はアクセラレータ。アルビノみたいな姿をしているが、紫外線なども反射しているせいで、体が色素を必要としなくなったからだ、と本人は分析している

*28
見るという行為は、外界への干渉であるとも言われる。それ以外にも、呪術廻戦の世界ではそもそも見ると呪霊が襲ってくる

*29
『fate/grand_order』より、星5(SSR)アーチャー。インド神話きっての大英雄。紛れもない正義の人……なのだが、生真面目な性格が災いして、少し生きるのが下手な所がある

*30
『fate/grand_order』より、星4(SR)アーチャー。名前がとある作品のネタバレなのだが、最早気にしている人はほとんど居ない

*31
『fate/grand_order』より、星5(SSR)バーサーカー。えっちゃんを崇めよ、フォースは我らと共にあり……

*32
『fate/grand_order』より、星5(SSR)アルターエゴ。初出は『fate/extra_CCC』。劇場版ヒロインのあだ名は伊達ではない

*33
『鬼滅の刃』より、不死川実弥(しなずがわさねみ)の台詞『おい待てェ 失礼すんじゃねぇ』より。意外と常識人な彼の一面がちょっと現れた台詞でもある



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幕間・なりきり郷・サマー・カーニバル!その5

「くっ、泳ぎでは負けたがデュエルでは負けんぞ!」

「いやいや、()デュエリストじゃないんで。此処は勝ち逃げさせて貰うよー♪」

「なっ、貴様まさかリアリスト*1かっ!」

「そーかもねー♪」

 

 

 泳ぎ対決は五条さんが勝ったようで、煽る様に去っていく彼の背中に、ジャックさんが悔しげに歯軋りをしていた。

 ……眼鏡を渡したからなのかなんなのか、やけに五条さんはご機嫌のようで。なんというか、トラブルメイカーの気配がひしひしと……。

 

 

「だが私は謝らない。何故なら眼鏡が似合う人物は、男女に関係なく尊ぶべきものだからだ」

「む、キーアか。……いや、お前はいきなり何を言い出しているのだ?」

 

 

 元気に去っていく五条さんの背中を眺めつつ、ジャックさんの隣に向かえば。

 こちらの台詞に怪訝そうな顔をした彼が、息を整えつつ姿勢を正した。

 

 

「何って、決まってるじゃない。──まぁまぁ眼鏡どうぞ」*2

「その台詞は……まさか全員にそれをやっていくつもりなのか……!?」

「UV*3カットグラスなので、夏には持ってこいなのです」

「伊達眼鏡は教義違いだろう!?」

「甘いなジャックさん、教祖様(春菜ちゃん)はそもそも度入りも伊達も平等に愛してるんですよっ」

「なにぃっ!!?」

 

 

 そんな彼に渡すのはUVカットグラス(つまりは眼鏡)

 何故なら彼もまた、選ばれた(特別な)存在だからです。*4だからお前も眼鏡を掛けるんだよぉっ!!(突然の豹変)

 

 

「いや後輩、アンタ何やってんの?」

「パイセン!?グラサン派のパイセンじゃないか!まぁまぁ眼鏡どうぞ」

「いやグラサンあるし」

「グラサンだと奥の瞳が見えないでしょーがっ!それじゃあダメなんだよっ、グラサンずらして覗く瞳ってのも素晴らしいと思うけどっ」

「……マシュー?どこにいるのよマシュー?これアンタの管轄でしょー?ちゃんと見てなさいよー」

「マシュなら眼鏡似合ってるねー、からの褒め殺しに沈みましたが何か?」

「既に討伐済み、だと……っ!?」

 

 

 たまたま通り掛かったパイセンにマシュはどうしたのか、と聞かれたが。……そもそも眼鏡スキーな私が、可愛い後輩を真っ先に褒めぬはずもなく。

 なので彼女は一足先に旅館に戻って、顔を真っ赤にして潰れている。……うちのこうはいがかわいい。

 

 

「ちょっと待ちなさい、アンタ熱暴走してるわね?!」

「何を失礼なっ!私は常にれいせせせせせせ」

「ぬおっ!?頭から湯気だと!?」

 

 

 あははははー、眼鏡が一つ眼鏡が二つ、全ては宇宙に流れる星の如く!

 あー、でも流れ星ならもっとこう……パーって動くよね!*5

 

 ─────きゅう。

 

 

「ぬわっ!?キーア、おいしっかりしろキーア!」

 

 

 

 

 

 

「マジ面目ねぇ」

「貴方ねぇ……水分補給とか色々言われてたし自分でも言ってたのに、そこを疎かにするとかなに考えてるのよ?」

「私のスペック的にどうにかなると思ったんや……」

「はぁ?」

 

 

 パラソルの下に運び込まれた私は、先生からスポーツ飲料を貰って喉を潤しつつ、こちらを戒めるように声を掛けてくるゆかりんに、横になって視線を向けている(ひたすら平伏している)

 ……まぁその、普通に熱中症になってたというか。

 これだけ日が高いと、注意してなきゃ普通に熱にやられるということである。

 

 

「いや、私たちが元の彼らと違う、だなんて口を酸っぱくするくらいに言われて、言われ……貴方?」

「……ちょっと確認の意味も無くはなかったというか」

「あー……、つまり?」

「私も貴方達と変わんないってこと」

「それは──よかった、って返すべき?」

「そうしてくれる?……ちょっと肩の荷を下ろせた感じあるし」

 

 

 互いにしかわからない台詞で、確認をし合う。

 ……正直、自分の体について一番悩んでいたのは私……()自身だったところがあったわけで。

 こうして普通に病気(熱中症)になったのは、ある意味では救いにもなっているのだ。

 

 

「はぁ……それで体調を悪くしてちゃ意味ないでしょうに、とは言えないわね」

「ホント面目ない」

「いつか貴方の奢りで飲みに行く、って事で」

「高いところは止めてよー」

 

 

 軽く小突き合いながら、休むこと暫し。

 ……ん、体調も戻ってきたかな?

 

 

「……タイチョウ、オカラダノホウハ……*6

「それだと私イレギュラー*7になるから止めてくれない?」

「おっと聞こえてた?」

 

 

 なので上半身を起こして体の調子を確かめていたのだけれど、ゆかりんがぼそっと呟いた言葉がちょっとあれだったので、思わずツッコミを入れてしまった。……一部の人が過剰反応しそうよね、その台詞。

 

 

「あまり無理はするなよ、君の体が特別治りの早いモノなのは見ていればわかるが」

「はーい、風紀委員長は暫く休みまーす」

「お、じゃあパフェでも食うかい?」

「サンジ君のお手製パフェとな?」

 

 

 起き上がると先生からの厳重注意が。

 ……心配を掛けたのは確かなので素直に頷けば、横合いからサンジ君がデザートの案内をしてくる。

 ふむ、彼の作るパフェとなれば、絶対美味しいに決まっている。なので傍らのゆかりんに視線を向ければ、彼女もニコニコとしていて。

 

 

「じゃあ、女子らしく甘いものでも楽しみに行きましょうか?」

「別に女子じゃなくても、甘いもの好きでいいと思うけどねー」

 

 

 なんて風に言い合いながら、サンジ君の用意した席に向かって、パラソルの下から出ていく私達なのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで?みんなと会話してるから、今度は私達の番ってこと?」

「話が早くていいと思うけど、もうちょっとオブラートに包んで下さいませんかね……」

「……?拙速を尊ぶのは、戦士として当然の行動だと思うんだけど」

「別に危なっかしいわけじゃないのが、ちょっと反応に困るんだよね彼女」

 

 

 所変わって今度はサンジ君の出張店舗。

 浜辺にパラソルと白いテーブルと椅子が並べられたそこで、三人ほどの先客が甘いものに舌鼓を打っていた。

 

 

「ぴーか、ぴかぴか」*8

 

 

 おっとすまない。じゃあ三人と一匹……かな?

 まぁ、あくまでなりきり組が彼らだけであって、他の席には一般のお客さんも普通に居るんだけど。

 ……キャラクターに対しての違和感はBBちゃんが消してるはずだから、これは単純にサンジ君の料理の腕に皆が集まっている、という事だろう。流石としか言えねぇ……。

 

 

「うん、彼の料理はどれもすごく美味しいね!幾らでも食べられる気がするよ!」

「だからといって、口元に食べかすを付けているのは、神様的にもはしたないんじゃないのかい?」

「むぁっ!?ちょっ、止めておくれよ、自分で拭けるってば!?」

「……私としては、左右からほぼ同じ声がサラウンドしてくる事に、ちょっと目眩を覚えているのだけど」

「あー、どっちも水瀬いのりボイス……」

 

 

 で、その三人と一匹の内訳が、シャナとヘスティア様・ライネスとピカチュウである。

 ヘスティア様がエウロペさんと別行動なのは、わりと珍しいかも?

 

 

「僕もエウロペも、別に子供ってわけでもないしね。たまには別行動でも……って話になったのさ」

「まぁ、何をしたら良いのかと右往左往してる様は、どこからどう見てもお子様だったのだけどね?」

「うぉおいライネスぅっ!?それ言わないでって言ったよね僕!?」

「なぁに、嘘は良くないというのは、君達神様的にも同意できる話だろう?」

「そ、それは、そう、だけども……」

 

「……さっきからずっとあんな感じ。ヘスティアがライネスに弄られ続けてるの」

「あー、ライネス的には弄りやすい相手、なのかも?」

「ぴーか、ぴぴぴーか」*9

 

 

 なお、ヘスティア様はご覧の通り、ライネスにおちょくられている感じである。

 ……嘘は見抜けるはずだから、単にからかわれるのに慣れていない感じ?いやでもロキ様とは、わりと口喧嘩的なことしてなかったっけ?

 

 

子供(人間)達の方からこういう扱いを受けるのは、割りと初なんだよ!」

「だからなのか、反応が一々面白いんだよね。私のこれも親愛の現れだから、彼女にとっても無下には出来ないみたいだしねぇ?」

「あ、悪魔や、ここに悪魔がおる……」

 

 

 ヘスティア様の言葉になるほど、と一つ頷く。

 

 原作においての彼女の立場はファミリアの主神。

 ……同格である他の神々からの扱いならいざ知らず、子供である人間達からの扱いは、基本敬意を持ったものである。

 なので、ライネスみたいに「親しいからこそからかってくる」相手は意外と対面したことがない、ということのようだ。

 

 ()()の彼女がここまで慌てるかどうかはわからないが、少なくともここにいる彼女にとっては、ライネスという少女は天敵の部類に入る……ということらしい。

 

 

「つまり、気の置けない友人ができた……ということ?」

「はっ?え、いや、そういうことを話していたわけじゃなくてだね?」

「そ、そうそう!ライネス何某(なにがし)の言う通り!」

「…息ぴったりじゃない、貴方達」

 

 

 わいきゃいと言い争う?二人と、それを呆れたように眺めながら、トロピカルジュースをストローから一口飲んでいるシャナ。

 ……彼すらも関わらない、本当の平時での彼女はなんというか、うん。

 

 

「流石と言うかなんというか、シャナが一番大人っぽいね」

「そう?……褒め言葉として受け取っておくわ、ありがと」

「いやちょっと待ちたまえキーア!結論を出すには、些か早急に過ぎるのではないかな?!」

「そうだそうだー!僕が子供、みたいな扱いには断固抗議するぞー!」

「……なんだこれ」

 

 

 いやー、シャナって案外淑女だよなー、なんて思いながら声を掛けたら、残り二名から猛抗議を受けてしまった。

 ……正直、ライネスに関しては見た目がまんま子供なんだから、そこまで気にする必要もないと思うのだけど。

 

 

「おっと流石キーアは鋭いね。大人の私も良いと思うけど、今の自分も嫌いではないよ?」

「あれー!?ライネス何某おかしくない?!今嘘言ってなかったよねキミ!?」

「ああ、君は嘘が見抜けるだけなんだろう?元の彼女ならいざ知らず、今の君になら嘘を言わずに騙すくらいわけないよ」

「なっ、なっ」

「ま、親しい友人からのちょっとしたスキンシップだと思って、笑って流してくれると嬉しいね?」

「なっ、まっ、キミなーっ!!?」

 

「……今のは友達だって思ってるのは嘘じゃなかったから叫んでる、ってことよね?」

「だねー。いやー、なんかまた変な繋がりができたもんだねー」

 

 

 逃げるライネスを追いかけ回すヘスティア様、なんていう変なものを眺めつつ、ゆかりんが戻ってくるのを待つ私とシャナなのでした。

 

 

*1
『遊☆戯☆王5d's』のキャラクター、ロットンの台詞から。デュエリストの対義語みたいなものであり、デュエル以外の方法で問題を解決しようとしたり、何をしてでも目的を達成しようとする卑怯者だったりを指す言葉

*2
『アイドルマスターシンデレラガールズ』より、眼鏡アイドル上条春菜の台詞。ネットのイメージに反して、嫌がる相手には勧めていない

*3
ウルトラ(Ultra)バイオレット(violet)の略称。……と聞いて敬語で幸福になる人は、とあるTRPG(パラノイア)に染まっている人である。単語の意味的には紫外線のこと。対策なしで浴び続けていると、あまり体によろしくなかったりする

*4
森永製菓から販売されているキャンディ『ヴェルタースオリジナル』のCMの台詞の一部。おじいさんの台詞がなんとも味がある

*5
『機動戦士Zガンダム』より、最終話の主人公、カミーユの台詞から。精神崩壊した主人公が、周囲を見渡しながら笑顔で話すその様は、見ている者達になんとも言えない思いを味合わせた。なお、再編された劇場版ではカミーユは精神崩壊しない。……ので、赤い人がどうして逆襲するのか、ちょっと謎になっている

*6
『ロックマンX4』のゲーム内ムービーの台詞。……なのだが、発音が微妙に棒なのと合わさって、変に有名になった。この台詞がよく使われているMADは大体アレなので、調べる場合は要注意

*7
『ロックマンX』シリーズにおける犯罪者の総称みたいなもの

*8
俺も居るぜぃ

*9
見た目の年齢は対して変わんないしなー



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幕間・なりきり郷・サマー・カーニバル!その6(終)

「あれこれと話していたけれど、すっかり夕方なわけで」

「……いや、誰に対して説明してんの、それ」

 

 

 そうやってギャグ次元の人間にツッコミを入れられると、こっちとしても対処に困るんだけど?

 

 ……みたいな感じで、横に座る銀ちゃんからの怪訝そうな視線を右から左に受け流す私。*1

 日もすっかり沈んだので旅館に戻ってきた私達は、大広間で食事を楽しんでいる最中であった。

 

 お風呂上がりなのでみんな浴衣姿なのだが、着こなしにもちょっと個性があったりして、見ててちょっと面白かったり。……子細に語るとまたそれだけで話題が埋まるので今回は割愛。

 

 

「それにしても……こうして大人数で集まってると、なんか修学旅行感あるよね」

「最初の土産物屋の時点で大体修学旅行だったじゃねーか」

「でもこうしてお一人様用の鍋が出てくる辺り、修学旅行感を更に高めてるとこない?」*2

「最近は旅館以外でも使われているそうですよ、この鍋と固形燃料」

 

 

 みたいな事を周囲と適当に駄弁りつつ、夕食に舌鼓を打つ。

 ……他のみんなも食事の席では騒ぐ気もないのか、至って静かなものだった。

 

 

「モノを食べてる時はね。誰にも邪魔されずに、自由でなんというか……救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……」*3

「邪魔はされてないでしょうけど、自由かどうかは微妙だし、独りきりってわけでもないわよ?」

「そこで水を差すのはやめません?」

 

 

 なので、なんとなくゴローちゃんの台詞を吟じてみたのだけれど、横合いからパイセンにツッコミを入れられてしまった。……なんで時々常識人染みた発言するんですかねこの人?

 

 まぁ別に、ゴローちゃんの台詞*4に特別共感したりはしないのだけれど。みんなで食べる方が美味しいって思う方の人間だし、私。

 ……え?じゃあなんでゴローちゃんの台詞を引用したのかって?……言ってみたかったから?

 

 

「適当過ぎる……あ、仲居さん熱燗おかわり貰える?」

「あ、ゆかりんずるいぞ!私もおかわり!」

 

「……見た目は完全にガキなのに、日本酒がばがば飲みまくってんだけどこの二人」

「なにを今更。ほら、シャナちゃんだってそっちの二人ほどじゃないにしろ、結構飲んでるんだぜ?」

「……なによ、私が日本酒飲んでたらおかしいって言うの?」

「おかしいと言うか、なんだか脳が理解を拒むと言うか……」

「明確に大人に見える組以外は、全部こんなものだよねー」

 

 

 そしたらゆかりんがばかばか徳利を空にしているのが見えたので、こっちも負けずに追加の要求を仲居さんに投げる。

 ……見た目からして完全アウトなしんちゃんとかの一部を除いて、基本的には飲酒可能な成人組ばかりだから仕方ないところあるんだけど。

 

 あとアル君が若干寂しそうにみんなの食事を眺めているのが、なんとなく申し訳なく感じるので酒に逃げてる……という面もなくは無いかも?

 

 

「え、そうなのみんな?」

「俺に振んのかよっ!?……あー、まぁ気にすんなってのも難しい、ってとこはあるかもな?」

「そ、そうなんだ……じゃあボク、部屋に戻ってたほうが良かったかな?」

「んなわけねーだろ。けどまぁ、互いに気を病むってんなら、せいぜい楽しく会話でもしてりゃいいんじゃねーの?」

「お、ハセヲ君はいいこと言うねぇ。そうそう、食事ってのは何も飯を食うことだけが重要に非ず、一緒に卓を囲んで話をするってだけでも、いろいろ捗るもんだぜ?」

「……そっか。じゃあボクもしばらくここに座ってるよ」

 

 

 なんてことを口走ったせいで、ちょっと不穏な空気になってしまった。

 ……みんながフォローしてくれたからいいものを、こういうのはよくないなぁ、とちょっと反省。

 

 

「気になるのもわかるけどね。……あとで謝っときなさいな」

「そうする……こうなったらやけ酒じゃー!」

「まだ飲むんだっ!?」

 

 

 ええい、こうなったら酒で全部流し込めー!

 そうして飲みに飲みまくって、そして…………。

 

 

 

 

 

 

「こうして夜中の変な時間に目が覚めたというわけなのです」

「ええ……?」

 

 

 酔っ払ってそのまま寝たため、朝には程遠い真夜中に目覚めてしまった私。

 

 仕方ないのでちょっと外の景色でも眺めてるかなー、と思ってたら件のアル君とエウロペさん、ピカチュウにXさんという謎の集まりに出くわしたのだった。

 ……談話室的なこの場所で、この四人が机を囲んでいるのが見えたら、そりゃ近付いてみるよねというか。

 

 

「で、さっきはごめんねアル君。ちょっと無神経なこと言っちゃったみたいで」

「別に気にしてないから大丈夫だよ。……って感じの事を、エウロペさんにも言ってたところ」

「エウロペさんに?」

 

 

 で、話を聞くところによると、そもそも眠る必要性のないアル君が談話室でボーッとしているのを、エウロペさんが見付けて近付いてきたのがこの集まりの発端らしい。

 あれこれと話をしていたらいつの間にかピカチュウが加わって、そこにお手洗いに起きてきたXさんが合流した……という形のようだ。

 

 

「眠る必要がなくても、心を休める必要はあるでしょう?子守唄……までは歌わなかったのだけれど、代わりにしばらく頭を撫でてあげていたの」

「ちょっと母さんのことを思い出しちゃったよ。エウロペさん本人はおばあちゃん、って呼んで欲しいみたいだけど」

「ぴっか、ちゅー」*5

「私は単純にゴツい鎧に興味がありましたので!アーヴァロン的な意味でも!」

「……Xさんはいつも通りだね」

 

 

 エウロペさんがアル君が気にしていたからこうなった、ということだろうか。

 まぁ、彼女のおばあちゃまな性格的にはわからない話でもない。……Xさんがいつも通りなのはまぁ、うん。

 それとピカチュウはなんか発言が時々渋いよね君?

 

 

「まぁ、元気ならいいや。……そういえば、あの後どうなったの?」

「キーアさんが寝ちゃったあと?みんなでカラオケ大会とかしてたよ、真赤な誓い*6とか叫んでた」

「なんと、それはなんと言うか、出遅れたというか乗りそこねたというか……」

 

 

 で、私が酔い潰れた後の話になったのだけれど。

 ……カラオケ大会、ビンゴにトランプなどなど、みんなで色々して遊んでいたらしい。

 むぅ、そんなに楽しげにしてたのか、私も革命返しに革命返されて撃沈とかしたかったぞー。*7

 

 

「なんで返されること前提なのさ……?」

「私の幸運値は殊更低いわけじゃないけど、何人か幸運A以上の人が居るから」

「あらあらうふふ」

「む、運が絡む勝負事はよくないと私は思うわけなのですが!素寒貧になる予感しかしないわけで!というか大本のアルトリア()と比べて幸運のランク下がり過ぎじゃないですかね私?!」

「ぴー、ぴっかぴっ」*8

「ぐう」

「おお、リアルぐうの音」

 

 

 アル君が疑問を溢したので、軽く説明。

 ……エウロべさん(幸運:A+)は言わずもがな、デュエリスト組はなんかカード関連だと変な引きの良さを誇りそうだし。

 

 そんな感じで、さほどカードが得意なわけでも幸運なわけでもない私は、恐らく迂闊に仕掛けて返り討ちにあう下っ端ポジションだと思う次第なのである。

 まぁ盛大に負けるのもそれはそれで楽しいので、それならそれで派手に負けたかったなぁとも思うのだった。

 

 

「そういうわけなので、トランプ、やろう!!」

「なんでどこかのゴムの人みたいな台詞……?いやまぁ、暇だから構わないけどさ」

「ではわたくしも張り切って参加いたしましょう。先ほどは後ろから眺めているだけでしたが、構いませんよね?」

「え、あっはい。……不味いな、早速敗北フラグが……」

「なに、キーアさん。こう考えればいいんですよ。──負けちゃってもいいさ、と」*9

「はっ!?だ、ダニー!!」

「正解だぁ!……いや違いますからね?!思わず正解って言っちゃいましたけれど!」

 

 

 そんなわけで(?)ここに居るメンバーでトランプしよう、みたいな流れに。

 ……当初の予定だとエウロペさんは後ろでニコニコしながら見てるかなー、と思ったのだけれど。どうにも遊びたい欲のほうが勝ったらしく、今回は積極的に参加されるようだ。

 

 むぅ、こうなると私達の負けがほぼ確なのでは……?

 みたいな気分でボツりと呟くと、Xさんが考え方を逆転させるように促してきたので、思わず発言者を逆転してしまった。*10いや失敬失敬。

 

 その後普通にトランプしたけど、基本的にエウロペさんが一位なのはほとんど変わりませんでしたとさ。

 恐ろしきは高ランク幸運の補正、ということなのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

「まぁ、大体そんな感じよ。はい、これお土産の地酒」

「ふぅん、それはまた楽しそうなことになっていたのねぇ」

 

 

 後日、お土産のお酒とお菓子類を電子変換して持ち込み、侑子のホームに向かった私。

 渡されたお菓子を両手で掲げて大喜びするアグモンを見送りつつ、彼女の対面の席に座った私は一泊二日の旅の話を語っていたのだった。

 ……彼女はここから出られないので、こうして土産話を持ち帰るのも私の重要な仕事だったわけである。

 

 

「ねーねー侑子は食べないのー?」

「私はあとでいいわー。貴方は向こうで食べてなさいな」

「はーい」

 

 

 途中で思い出したようにこっちに帰ってきたアグモンに、侑子が居間の方で食べてていいわよと返すのを見ながら、出されたお茶を一口。

 

 電子の世界の中にあるというのに、完全に和の雰囲気に溢れているこのマイホーム。外周は竹林で囲まれていたりするので、地味に迷いそうになったりもする。

 ……で、そんな素敵な和風のお屋敷であるこのマイホーム、実は永遠亭*11と言うそうで。

 

 

「……居るの?うさぎ」

「居ないわよ?あくまでも名前だけ。……これから進んだ先に、それがないとは言い切れないけれど」

「んー、あの社長は『我輩じゃないしらないすんだこと(責☆任☆転☆嫁)』って言ってたから、正直予想は立てられないよねぇ」

「ゲーム自体が自身を拡張している、だったかしら?まぁ、ありえなくはないでしょうね」

 

 

 こういうモノを作っているのはゲーム自体、ということが知れたのはいいのだが、そのせいで微妙に見通しが立たなくなっているのはどうにかならんのだろうか?

 なんて愚痴を言いつつ、土産と話を交えながらしばらくぐだぐだと管を巻いて。

 

 

「ん、もうこんな時間か」

「あら、もう帰り?」

 

 

 メニューウインドウを開いて、いつの間にか結構な時間が過ぎていた事に気付いて声をあげる。

 そんな私の様子に侑子が声を掛けてくるが、まぁ彼女に心配されるような事ではないので苦笑を返しておく。

 

 

「ちょっとね、私だけで郷を出なきゃいけなくなったから、その準備しなきゃ」

「ふぅん……ん?どういうこと?」

「あ、言い方が悪かったね、ごめんごめん。私だけ出張、みたいなもんかな?」

「……出張?貴方が?」

 

 

 疑問符を浮かべる彼女に、私はますます苦笑を深くするのだった。

 

 

*1
『右から左』の時点で慣用句。手元にとどまらない、もしくは人の話を聞き流すこと。『右から左に受け流す』まで書くなら、基本的にはムーディ勝山氏の楽曲『右から来たものを左へ受け流すの歌』が元だろうと思われる

*2
お膳に乗った小さな鍋。旅館に泊まると出てくる事が多いが、近年では普通のお店でも見掛けるようになったのだとか。使いきりかつ一定の火力を保つ固形燃料を使っているため、調理が楽でかつ見映えがよい

*3
『孤独のグルメ』ゴローちゃんの台詞。この後店主がアームロックを受ける

*4
台詞だけ聞くとモノを食べる時は静かに食べたい、的な雰囲気だが、元ネタ的には説教の台詞である。まぁ、漫画版の彼が他者と楽しくランチするような人かと言われると、違うだろうなとも思うのだが

*5
流石エウロペの姉御、よく見ていらっしゃる

*6
福山芳樹氏の楽曲。『武装錬金』のオープニングテーマであり、とにかく熱い歌。大人数で歌うと盛り上がる曲の一つ

*7
トランプの遊びの一つ、『大富豪』でのルールの一つ。同じ数字を四枚纏めて出すと、カードの強さがそれ以降反転する。なお、『大富豪』はローカルルールが凄まじく多く、革命返しが存在しなかったり、特定の数字の革命では特殊効果が発生したりと、予め子細を詰めておかないと酷いことになる可能性があるので注意

*8
そりゃまぁ、元の人もあんまり運が良いようには見えないからなぁ

*9
逆転の発想。台詞の元ネタは、『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(part01)『ファントムブラッド』の登場人物であるジョースター卿の台詞、『逆に考えるんだ、『あげちゃってもいいさ』と考えるんだ』から

*10
元の発言者は主人公の父親(ジョースター卿)で、彼がこの台詞を口にした理由は、犬のダニーがおもちゃを離さなかった事に主人公が困っていたからである

*11
『東方シリーズ』より、月からの移住者達が住んでいる場所。迷いの竹林の中に立地している




夏休み終わり!閉廷!


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四章 旅の恥は掻き捨て、巡ってナイト(?)
旅行のしおりを見る人・見ない人


 さて、夏も終わりを告げ、そろそろ秋に移ろうかという季節。

 

 私達もそろそろ夏気分を終えて、秋の準備をしようかと思っている最中なわけですが。

 ……いやね?残暑が厳しいから『もう秋口ですよー』*1とか言われても、全然実感はないのだけれど。そもそも昼間にはあいも変わらず蝉が大合唱してるしさ。

 

 

「そのくせ夜になるとコオロギ*2とかが鳴いてるってんだから、なんというか季節感狂うよね」

「そうねぇ、昼はともかく夜になるとちょっと肌寒くもなってきたし」

 

 

 対面に座るゆかりんに愚痴りつつ、テーブル上のケーキを一口。

 ……ジェレミアさんの呼び名のせいか、なんか柑橘類を使ったお菓子が多い気がするのはなんなんだろうね?

 

 なんだか毎度お決まりの行事になってきた感のある、スレ主部屋もとい社長室(ゆかりん部屋)での駄弁り会。

 今回こうしてまた集まったのは、なにやら新しく調べて欲しいことがあるとの連絡が来たからである。

 なので朝からマシュを連れて、こうして郷の最上階までやって来たわけなのだった。

 

 

「で、今回のお話なんだけど」

「はいはい、なぁにゆかりん?」

「キーアちゃん、ちょっと外出てみない?」

「……はい?」

 

 

 で、いい加減関係のない話を止めて、ゆかりんから今回のお呼ばれの理由を聞いてみたわけなのだけれど。……んん?外に出る、とな?

 詳しく話を聞くところによると、この間の三位一体な社長さん、『ドクター・ウェスト・茅場黎斗』との出会いによって、彼女は一つの確信を得たのだという。

 

 

「あの人、こっちに合流する気はないって言ってたんでしょう?」

「え?えっと、確か『我輩、自身の城から飛び出すつもりはないのであーる』、だったかな?キャットも似たような事を言ってたような……」

「キャットちゃんはまあ、完全に自由人……というか、そもそも理解できるかすら怪しいから除外するとして」

 

 

 なんかゆかりんナチュラルに酷くない?

 キャットはパッと見わかり辛いだけで、基本的には主人に尽くす忠犬だよ?

 

 ……え?そもそも彼女のご主人はここには居ないだろうって?

 んー確かに。西博士に関しても、どこぞの腹黒()に対抗した結果、秘書としてたまたま一緒にいる……という感じであって、別に主人として奉じてるわけではなさそうだったし。……ともすれば反逆とか起こしそうだったというか。

 

 なので彼女は、あれでもテンションは抑えめな方だった。

 ……ご主人さま足り得る人物を見付けた時が怖いですね?

 

 

「……いや、キャットちゃんの事はいいのよ。問題は社長さんの方なんだから」

「問題児レベルで言えばわりとどっこい……いや、社長さんの方が濃縮してるからヤバめ……?」

「問題児レベルの話は今してないってば!そもそもあの二人はそっち基準だと1にも満たないわよ!」

 

 

 むぅ、キャットについてはよくわからないけど、確かに社長さんに関しては三人集まって性能を底上げする……とか言うかなり特殊な事例だったし、問題児レベルの区分からすると1になるか否か、というのは道理か……。

 まぁ、掛け合い組がそのまま憑依してる事自体が問題児感溢れているので、新たに番外レベルとか制定しても良いんじゃないかと思わなくもないけど。

 

 みたいな事を述べると『彼以外に掛け合い組が見付かったら考えるわよ』とゆかりんからのお言葉が。

 そりゃそうか、こっちには居ないんだから考慮するだけ無駄、か。

 

 

「で、社長さんの何が問題なのか、と言うと。……そのスペックの方よ、スペックの方っ」

「あー、再現度形式で言うなら全然足りてないのに、あそこまでのモノを作れるようになってるんだもんね」

 

 

 区分的にはゆかりんと同じく二次創作の面が強いのに、発揮できる能力の最大値的にはゆかりんより遥かに高いわけだもの、そりゃ気になるか。

 ……的な事を思っていたのだけれど、どうやらそういうことではないらしい。

 

 

「うちの活動って基本的に()への報告義務があるのだけれど、それで【複合憑依(トライアド)】がお偉いさん方の眼に止まっちゃってね……」

「【三和音(トライアド)*3?……いや、それよりもお偉いさん方の目に止まったって……」

「なりきり郷は一応政府所属の団体でね。活動資金なんかもお国から貰ってるわけ。……まぁ、郷の内部である程度の自給自足ができるアーコロジー*4と化してるから、そこまで経営とかが厳しいわけじゃないけど」

 

 

 彼女が語るのは、なりきり郷の活動方針について。

 ……いつか想像していた通り、なりきり郷のポジションは『GATE』の門のようなものであり、そこにある技術というのはほぼ例外なく超技術である。

 ゆえに、見付かったモノに関しては国に報告し、どう活用していくのかを決めたりしているのだそうだ。

 とはいえ、なりきりなんてあやふやなモノから得られる技術には確実性がなく、近年ではそっち方面の業績はほとんどなくなっていたらしい。

 

 まぁ、代わりにピカチュウみたいな電気系能力者や、創造系技能持ちによる物品の複製・創造みたいなものは安定している為、なりきり郷が資金難でどうこう……みたいな事は無いみたいだけど。

 

 それと、事情を知っている一部の高官のお子様だとか親戚だとかが、時折郷内の施設に遊びに来ることもあるそうで、そこら辺の収入も意外とあるらしい。

 ……あくまでもなりきりだけどいいの?みたいなのは、コスプレ*5喫茶的なものとして納得されているようだ。

 まぁ、そこら辺を真剣に論じる必要性のあるメンバーなんて、今の所シャナかマシュくらいのものではあるが。

 

 で、お偉いさん方も技術の方に関しては半ば諦めるような形になっていたのが、今回巷でそれなりに噂になっているVRMMOゲーム【tri-qualia】の製作者がなりきり勢であることが明るみになり、議題として再燃してしまったのだという。

 

 

「似たような方向性のキャラを重ねられれば、無理やりスペックを上げられるんじゃないか?っていう人体実験一歩手前な話題まであがっちゃってね。まぁ、それに関してはホントに一部の人間が、可能性の一端を口にしたってだけなんだけど。……人の欲には際限がない、なんて言うでしょう?」

「あー、つまり?」

()()()()()()()()()()()()()*6、と言うのが私と上司様の考え」

「……なんか、いきなりきな臭い*7事になって来たような気が」

 

 

 ……要するに、複数人の憑依によるスペック上昇も、再現性の限りなく低いものであり、人為的に起こせるようなものではないという確証が欲しいのだという。

 で、現状原作を持たない唯一の存在である私と、お国から派遣されてきたエージェントの人と一緒に、ちょっと全国行脚に出て欲しい、との事だった。

 

 

「出掛けるのは別に構わないんだけど、なんで全国を巡る事に?」

「今までは五条君が外のなりきり組探しを担当してたんだけど。……どこかの誰かが彼に眼鏡を渡したお陰で、暫く休みまーすなんて言われちゃってねぇ?」

「お、おうっ?」

 

 

 え、もしかして最初に私達のところに五条さんが来たあれ?

 詳しく話を聞くと、予言とか予知系の能力を持っている人達が、時折なりきり組の出現を予測する事があるらしい。

 ゆかりんは自分が知っているモノ・場所にしかスキマを開けないので、実際に現地に行く担当として、五条さんを筆頭とした何人かのメンバーが、そうして予測された場所に実際に赴いているのだそうだ。

 

 ……が、その五条さんが眼精疲労軽減眼鏡を入手したからさぁ大変。

 今まで見て回れなかった郷の内部とか、そこに住む人達とかを訪ねる事に全力を出し始めたらしい。……五条悟、まさかの反抗期である。

 

 

「まぁ、実際には何か目的があってやってるんでしょうけど、それは置いといて。……で、彼に眼鏡を提供した本人さん。──先輩の業務の引き継ぎ、してくれるわよね?」

「り、りょうかいでーす……」

 

 

 彼の行動の原因の一端を担うものとして、勤めを果たせ。

 つまりゆかりんは、そういう事を言っているわけで。

 

 

「……いえーい、キーアんお勤めを果たしまーす……」

「よろしくー♡」

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、そんな感じでね?」

「それはまた、なんともご苦労さまなことね」

 

 

 時は戻って侑子の家。

 あらかたの事情を説明し終えた私は、いい加減ログアウトしようかと思いながらメニューウインドウを開いて。

 

 

「ああ、ちょっと待ちなさい」

「ん?なぁに侑子、なにかある?」

 

 

 ふと、何かを思いついた様子の侑子に引き止められて、椅子に座り直した。

 まぁ、準備と言っても財布と最低限の着替えがあれば、特に問題のない身だ。

 そこまで急いでいるわけでもないので、もうちょっとくらい彼女に付き合っても余裕はある。

 そんな事を脳内でぼやきつつ、椅子から離れて奥に引っ込んだ侑子を待つこと暫し。

 戻ってきた彼女は、謎の箱を一つ私に差し出してきた。

 

 

「えっと、これは?」

「とりあえず、メニューから受け取りなさい。話はそれから」

「はい?……よくわかんないけど、はい」

 

 

 ()()だけではインベントリ*8に収納されないらしい。

 仕方ないのでウインドウを開いて『拾う』を選択して入手。……したら、光の粒になって箱は消えてしまった。

 

 ……え、なにこれ?

 説明を求めて侑子の方を見るが、彼女はニコリと笑みを浮かべるだけ。

 ……一応、土産話の対価だとは述べていたが、中身とか仔細については一切話す気がないらしい。

 

 

「まぁ、別に悪いものではないわ、遠慮せずに持っていきなさい」

「……いやまぁ、侑子の好意を疑うつもりはないけども」

 

 

 でもこう、ちょっと出掛けるって時に謎の物体を渡されると、なんと言うか変なフラグが立ったんじゃないかとちょっと怖くなるわけでですね?

 

 

「貴方、フラグは全部踏み潰すタイプでしょうに」

「その物言いはすごく語弊があると思うな私はっ」

「そりゃそうよ、語弊があるように言ったんだもの」

「ええい、ああ言えばこう言う……」

「ふふふ、友達の無事を祈るのに、暗い言葉は似合わない──でしょう?」

 

 

 ……朗らかに笑う侑子の言葉に、なんとも言えない気分になる私。

 まぁ、こういうやり取りもらしい、か。

 小さくため息を吐いて、今度こそログアウトボタンをタッチする私。

 ログアウトによって視界が白く染まっていくのを見ながら、侑子の方に声を掛ける。

 

 

「まぁ、また土産話しにくるわ」

「はぁい、その時まで元気で、ね」

 

 

 その顔は見えないけれど、きっと変わらず笑みを浮かべているのだろうな、と思いながら、私の視界は完全に白に染まるのだった。

 

 

*1
『東方シリーズ』にてキャラクターの一人、リリーホワイトが()()()()()台詞、『春ですよー』から。言ってない台詞が有名になる、ということはたまにあるようで……

*2
秋に鳴いている虫の一種。擬音としては『コロコロコロ……』という物が使われる。他にも秋に鳴く虫は多いが、大体はコオロギの鳴き声である

*3
トライアド(triad)は、三人組・三和音など、何かしらの三つの組み合わせを指す言葉。音楽用語としては、根音(ルート)の上に、3度音と5度音の二つを重ねた和音のこと。因みに3度音は根音から三つ上の音、5度音は根音から五つ上の音のこと。最弱無敗の神装機竜(バハムート)に登場するシャリス・ティルファー・ノクトの幼馴染み三人組はまさに三和音(トライアド)と呼ばれている。それ以外にも響きのカッコよさからか、3つの何か、というようなモノに使われていたりする(例:『アイドルマスターシンデレラガールズ』のトライアド(Triad)プリムス(Primus)、『ロックマンX3』の特殊武器の一つ、『トライアード(Triad)サンダー(Thunder)』など)

*4
完全環境都市(arcology)』。高い密度で住民が住まう建造物のこと。狭義では生産・消費活動が建物内で完結しているものを、広義では一つの都市に匹敵する人口が住んでいる建築物のこと。元はイタリアの建築家パオロ・ソレリが作った造語で、「Architecture(建築)」+「Ecology(生態学)」の二つの言葉から出来上がっている。『ゴッドイーター』や『アークナイツ』・『鋼殻のレギオス』など、直接的にこの言葉を使っていなくても『完全に自給自足できている都市』と言うものは、結構な数の創作物で取り上げられている

*5
コスチューム・プレイの略称……なのだが、英語でのコスチューム・プレイとは時代劇や歴史劇の事を指す為、アニメや漫画・特定の職業の服などを模倣する『コスプレ』とは別、という風に考える人が居るそうなので、基本的にはコスプレはコスプレという名前だと思っていた方がよい

*6
『火のない所に煙は立たぬ』ということわざから。『煙のあるところには火がある(Where there's smoke, there's fire.)』という西欧のことわざが由来だとされている

*7
きぬ(絹・衣)臭い、木の臭いなど、語源は諸説あるが、基本的には焦げ臭い事を指す言葉。後に火薬の臭いも含むようになり、そこから戦争や事件の前兆、という意味を持つようになった

*8
本来の意味は目録や在庫、または棚卸しや在庫調査のこと。ゲーム用語としては、所持アイテムの確認画面のこと。そこから転じて、アイテムボックスそのもののことも指す



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ぶらり一人旅とは言うが、旅は道連れ世は情け、とも言う

 さて準備も万端、後はお国からの同行者を待つばかり……といったところだろうか?

 

 なりきり郷の正面ロビーという、人が滅多に寄り付かない場所で、朝の早い内から相手方を待っている私。

 向こうの担当者もそれなりに早い内から動く人だって言ってたから、こっちも余裕を持って待っているのだけれど。……うーむ、流石に早すぎたかな?

 

 途中のコンビニで、おにぎりと飲み物を買っておいてよかった。……働いてる人になんか見覚えのある人(銀ちゃんとか)が居たような気がするけどそれは置いといて。

 流石になんにもなしに人を待ち続けるというのは、ちょっと気力が持たない。エビマヨおにぎりでも食べながら、気長に待つとしよう。

 そんな事を思いながら、おにぎりの封を開けようとして。

 

 

「どわぁああぁっ!!?申し訳ありません遅れましたぁああっ!!」

「べふっ」

 

 

 突然ロビー内に響いた大声に、思わずおにぎりを手放してしまって。……結果、飛んだおにぎりが頭に着地、という変な状態になってしまった。

 まぁ、食べてる最中でなくてよかった、とポジティブシンキング。改めて、声の主を見ようと視線をずらして。……地面と熱烈なキスをしている、スーツ姿の誰かを発見した。

 

 ……えっと。その、まさか?

 いやーな予感が襲ってくる中で、倒れていた人物がガバッと顔をあげた。む、意外に綺麗な人だ。……鼻を擦ったらしく、滅茶苦茶涙目だったけど。

 

 

「あ、すみません。もしかして貴方が今日の同行者でしょうか?」

「そうですね……えっと、キーアとでもお呼びください」

「……むー、これだけの美少女。ホントにどこかのキャラクターだったりしないんでしょうか……?

「えっと……」

「あ、すみません申し遅れました!【異界憑依事件対策係】より派遣されて来ました、綿貫(わたぬき) 遥香(はるか)と申します!今回は宜しくお願いします!」

「わたぬき、ですか?」

 

 

 黒髪ポニテの元気っ子、といった風情の彼女が、今回の同行者らしい。

 ……ふーむ、『わたぬき』で『はるか』、ねぇ?

 なんて風に彼女を見詰めていたら、なんだか勘違いされたらしい。彼女は若干慌てつつ、自身について弁明を始めてしまった。

 

 

「わたぬきと言ってもホリックでもない*1ですし、はるかと言ってもアイマスでもない*2んです信じてください!」

「……えっと、別に疑ってたりはしないので、どうか落ち着いて……」

「え、あ、その、すみません……上司に『お前実は【複合憑依】の被験者じゃないよなー?』なんて事を言われ続けていたものでつい……」

「そ、それはなんというか、御愁傷様というか……」

 

 

 しょぼん((´・ω・`))*3、と言った表情で縮こまるはるかさん。……うーむ、なんというか苦労人の臭いがするな、この人。

 彼女に手を貸して立ち上がらせつつ、これからの予定に思いを馳せる───。

 

 

 

 

 

 

「今回は私だけ、と?」

 

 

 ゆかりんから今回の仕事の詳細を聞く私。

 

 五条さんからの業務の引き継ぎに関してはわかったのだけれど、国から派遣されてくるエージェントと私の二人を基本として動く……という事の理由の部分が今一よくわかっていない。

 なので、そこの部分についてもう一度聞き直して居るのだけれど……。

 

 

「んー、私の直接の上司さんね?彼に関しては問題ないんだけど、さっきのあわや人体実験、みたいな事を言ってた派閥の人達って、結構な急進派なのよね」

「……なんか嫌な予感しかしないけど、続けて?」

 

 

 ひしひしと嫌な予感がするので、正直続きを聞きたくないのだけれど。……聞かないことには話が進まないので、我慢して続きを促す私。

 そんな私の様子に苦笑を浮かべつつ、ゆかりんは答えを述べていく。

 

 

「あわよくば、自分の派閥になりきり勢を引き込みたい、って結構息を巻いてるみたいでね?……できれば、あんまり合わせたくないのよね。そこら辺の大人の距離感というか、掴める人早々居ないし」

 

 

 そこも含めて五条君に頼もうかと思ってたんだけど、まんまと逃げられちゃうし、なんてことをため息と共に呟くゆかりん。

 ……私の責任だけなのかと思ってたけど、ゆかりんも地味に理由の一旦担っとるやんけ、という非難の視線を向ける。

 

 

「え?何か……あ゛」

「……後で五条さんに謝っときなさいよ」

「そうするわ……。う゛ー、上司からの無茶振りとかそりゃ嫌がるわよねぇ……」*4

 

 

 頭を抱えて踞る(いわゆるカリスマガード)*5ゆかりんと、彼女に可哀想なモノを見る目を向ける私(と、どうしたら良いのかと慌てているマシュ)。

 ……うん、再現度低いとは言え、五条悟という人間にとって無能な上司とかストレスの元だもの。……逃げられるのも宜なるかな、というか。

 いやまぁ、確かにそこら辺の折衝とか得意かもしれないけれどさ?

 

 

「あう~、私が悪かったわよぅ……」

「はいはい。……で、つまりは『元ネタが無いからなりきり組だと思われない』私が、なりきりだと気付かれないように同行者と一緒に他の子達を探す、ってことよね?」

 

 

 未だにガチで凹んでるゆかりんに、今回の仕事内容についてもう一度確認。

 ……基本的にはあちこち動き回る形になるらしい。まぁ、それが先の【複合憑依】、だっけ?の否定にどう繋がるのかはちょっとよく分からないのだけれど。

 

 

「まぁ、単純に言うとサンプリングよね。なりきり勢を見付けたら、【複合憑依】じゃないかの確認をする。違ったらそれでよし、違わなかったら……まぁ、ちょっとややこしくなるけど、とりあえず捜索は続行。で、もし仮に今回の仕事中になりきり勢を見付けられなくても、それはそれで構わない……って感じ」

「……えっと、つまり回数を重ねて、そもそものなりきり組の発生件数の低さと、その低さの内【複合憑依】の発生件数は更に低いということを証明できれば良い……ということでしょうか?」

「流石ねマシュちゃん!そーいうこと、とりあえず相手に付き合ってあちこち回るだけで仕事としては成り立つってことね!」

 

 

 なんて言っていたら、マシュが簡潔に説明してくれた。

 なるほど、基本的には回数を重ねるだけでいい、と。

 それで遭遇率そのものの低さ*6と、その低い遭遇率の中で【複合憑依】の発生確率は更に低いのだ、と相手方に思わせればいい、と。

 ただ、相手方が敵対派閥の息の掛かった人物である可能性があるので、その辺りの駆け引きがある程度できる人物か、そもそも向こうが引き入れようと思わない人物であることが今回の仕事には望ましい……と。

 前者は五条さんで、後者が私、というわけか。

 

 ってことはつまり……?

 

 

「はい、本当はせんぱいと同行したいのですが……」

「マシュちゃんは特にダメよね。再現度的に確保したい人物ナンバーワン、って感じだろうし」

『同じく、BBちゃんも今回はお留守番なのです!』

「あー、目立つもんねBBちゃん……」

 

 

 どうやら今回は私一人のようである。

 マシュは言わずもがな、BBちゃんもごまかし力的には問題ないのだけれど、流石に日本全土を纏めてごまかす、とかはできない。

 ……向こうのエージェントをごまかせたとしても、その人の上司まで一度にごまかせない以上、変に危ない橋を渡ることもできない、か。

 まぁ、そもそもそこまでBBちゃんに頼るのもなぁ、というのもなくはないけど。

 

 

「代わりに、食事とか宿泊とかに掛かる費用は全部経費で落ちるから、そこら辺は気にしなくていいわよ?」

「お、そりゃ嬉しいね。……ん?ちょっと待った」

「え?何かまだある?」

 

 

 ほう、飲食に宿泊料は全部お国持ち、と。……なんか悪い大人になった気分だなこれ。

 なんて思っていたのだけれど、そこではたとあることに気付いてしまった。

 いや、そのね?

 

 

「私の戸籍とか容姿とか、大丈夫なん?」

「……あー、どっからどう見ても小学生くらいにしか見えない、ってこと?」

「……はっ!!そういえばそうでした!今のせんぱいのご容姿は大変愛らしいものですが、それでは威厳と言うものを相手の方に伝えられません!」

『マシュさーん?ちょっと話がずれてますよー?』

 

 

 元がわからない以上、なりきりとは思われないとは言うものの。……私の容姿、身長的にもほとんどお子様なわけで。

 そこら辺疑われるとちょっと辛いんだけど?みたいな事をゆかりんに伝えると、何故かマシュが暴走を始めてしまった。

 ……大丈夫かな、うちの後輩……。

 

 

「まぁ、そこに関してはちょっと用意しとくわね」

「用意、ねぇ……?」

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、なるほどなるほど……失礼しました、成人なさっているとは露しらず……」

「お気になさらず。よく言われますので」

 

 

 あの後はるかさんと改めて挨拶をしなおしたのだが。

 ……ふーむ。まさかこの姿で名刺交換とかすることになろうとは。なんて事を思いつつ、渡された名刺をチラッと見る。

 

 書いてあることは、先ほど彼女が自己紹介していたことと大差ない。せいぜい、彼女の連絡先が追加されたくらいだ。

 で、私が渡した名刺の方には、私の今回の肩書きとかが簡潔に記載されている。

 

 

「八雲さん付きの秘書、ですか……」

「新入りも新入りですけどね。私がこの容姿なもので、ちょっと勘違いでスカウトされた……というところもあるのですが」

 

 

 よくもまぁこんな出任せが口から出るなぁ、なんて我が事ながらちょっと苦笑しそうになるのを抑えつつ、はるかさんに偽りのバックストーリーを語っていく私。

 

 ……今更ながらに後悔が浮かんでくるが、そもそも私の容姿自体が割りと目立つものである。

 この間のゲーム会社訪問でも一般人に囲まれるはめになったように、基本的に一目見たら一度は必ず振り返る、そんな美少女が私である。

 ……うん、身長の低さも合わせて()()、なんだよね。

 というか場合によっては『幼女(ょぅι゛ょ)*7扱いされるかも、って感じというか。

 

 なのでまぁ、前回の訪問の事は微妙に向こう(相手方)にも知られているわけで。

 そこはごまかし様がないので、逆に『必要があって出掛けた』のだとすることにした。

 

 その結果が、ゆかりん付きの新人秘書、という肩書きだ。

 今回はその設定に合わせて、眼鏡にポニテにかっちりとしたスーツ、という社会人らしい服装の私である。

 ……まぁ、向こうもポニテだったので、ポニテとポニテがダブってしまったのだが。*8

 でもいいよね、ポニテは素晴らしいのだから。

 

 

「……えと、私の顔に何か付いて居るでしょうか?」

「いえ。お若いのに大変そうだな、と思いまして」

「……いや、若さで言うとそちらの方が……いえなんでも。とりあえず、空港まで行きましょうか?」

「はい、そうしましょう」

 

 

 おっと、見詰めていたら不審がられてしまった。

 なんでもないと返しつつ、傍らのキャリーケースに手を掛けて、椅子から立ち上がる。

 

 さて、確か一番最初の目的地は──。

 なんて事を考えつつ、はるかさんを伴ってロビーから外に出る私達なのだった。

 

 

 

*1
この場合は『xxxHOLiC』の四月一日君尋の事だが、『蒼き鋼のアルペジオ』には四月一日いおりという人物が居るし、漢字違いでもいいのなら『妖狐×僕SS』の渡狸卍里(わたぬきばんり)や、『ぱにぽに』の綿貫響なんて人物も存在する。総じて、意外と該当者の多い名字と言える

*2
『THE IDOLM@STER』のメインヒロイン?的な存在、天海春香(あまみはるか)のこと。同じく、『はるか』と言う響きだけなら『ポケットモンスター』シリーズの『RSE(ルビー・サファイア・エメラルド)』系列の女性主人公がハルカであるし、直近の作品なら『遊☆戯☆王SEVENS』のキャラクターの一人、上城大華(かみじょうはるか)なども存在する。男女どちらにも使える名前なので、該当者は『わたぬき』よりも多いだろう

*3
『(´・ω・`)』(読み・ショボーン)は、しょんぼりとした様子を表した顔文字。なんとなく可愛いと評判。一番よく使われて居たのは2000年代なので、最近の人には馴染みがないかもしれない。眉の部分を反対にすると『(`・ω・´)』(読み・シャキーン)になってちょっと威勢がよくなる

*4
「え?ゆかりん?あっはっは。大丈夫大丈夫。あのクソジジイ共に比べれば、ゆかりんなんて可愛いもんだよ。……原作の八雲紫だったらまぁ、ちょっとアレかもだけど」

*5
『東方萃夢想』『東方緋想天』『東方非想天則』という『東方シリーズ』の格闘ゲームにて、登場キャラクターであるレミリア・スカーレットのしゃがみ時の防御モーション。その場で体育座りをして頭を抱える、というなんだか可愛らしいポーズ。カリスマの欠片も感じられないけど、可愛いからいいのだ

*6
参考までに、外で見付かるなりきり組の数は、郷の中で突然見付かる組との比率が100:1くらい

*7
ぅゎょぅι゛ょっょぃ。……『幼女』は、大体小学三年生あたりの年頃の少女の事を指すそうな。因みにキーアさんの身長は138cmほどで、大体小学四年から五年生くらいの平均身長と同じ。因みに『幼女戦記』の主人公、ターニャ・デグレチャフ中佐は140cmくらい

*8
『孤独のグルメ』のゴローちゃんの台詞、『ぶた肉ととん汁でぶたがダブってしまった』より。良いものはダブってもいい。自由とはそういうことだ



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性転換?やっこさんポピュラーになりすぎたんだよ……

「で、本日の最初の目的地はどこなんです?」

「この間例のゲーム内で知り合った人が一人居るんですけど、その方を迎えに行く感じですね。そこからはまぁ、なんとなく流れで──という感じでしょうか」

「ほぉう、ほほーう。キーアさん、あのゲームやられてるんですか?」

「え、あ、はい」

 

 

 タクシーで空港まで移動する最中、はるかさんに尋ねられたので、これからの行動予定を思い出しつつ答える私。

 

 ついこの間、件のTSキリトさんから『もぅマヂ無理*1』から始まる例のアレを受け取ったので、最優先は彼女の回収である。

 ……文面的に滅茶苦茶余裕がある気がするけど、まぁ放置するのも気に咎めるので……といった感じだ。

 因みに今回の例のアレは一刀火葬だった。*2……いつから護廷十三隊になったんですかねあの人?

 

 そんな事を真面目に答えたら、私の発言を聞いたはるかさんが目を輝かせていた。

 ……え、なにこの『お仲間発見!』みたいな視線は?

 

 

「いいですよね『tri-qualia』!歩行型VRデバイス対応で、実際の体の動きに合わせたプレイも可能だとか!いいなぁ、私アレの抽選漏れちゃったんですよねー。ね、ね、キーアさんはどのデバイスで遊んでらっしゃるんですか?普通のHMD?それとも、まさかの歩行型なんですかぁ?!」

「おおお落ち着いて下さい!地球がぁー!地球そのものがぁー!?」

 

 

 こちらの両肩を掴んで前後に揺さぶってくるはるかさん。

 ……濃ゆい!この人なりきり勢に負けず劣らず濃ゆい!というか下手に普通の人だから対応に困る!

 必死に落ち着かせること暫し、はっとした表情の彼女は、たははと笑いながら頭を掻いていた。

 

 

「いやはやお恥ずかしい……妹にもそういうところよくない、とは言われていたのですが」

「そ、そうですか。……妹さんがいらっしゃるので?」

「ええ、可愛い妹です。……もう何ヵ月も、所在不明なんですけどね」

「え゛」

 

 

 えっ、ちょっ、まっ!?

 いきなり重い話をぶち込むのはよろしくないと思いますのことよ!(?)

 なんてこっちの言葉はお構い無しに、彼女はぽつりぽつりと居なくなったという妹さんの話を始める。

 

 妹さんは、慌てん坊な自分とは似ても似つかない、とてもしっかりとした少女なのだという。

 誕生日に買って上げた携帯をとても大切にしていたとかで、何か掲示板のようなものに書き込みをしたりしていたそうな。

 ……なんかこの時点で嫌な予感がするんだけど、とりあえず邪魔をせずに話を静かに聞く私。

 

 

「あと、私がアニメとかゲームとか好きなのに合わせてくれたのか、妹もアニメとか好きだったんですよ。『ごちうさ』とか、無邪気に楽しんでましたね。かわいー、って感じで」

「へ、へぇー。……ところで、ごちうさだと誰が好きだったとか、わかります?」

「へ?えっと、ココアちゃんとか大好きでしたね。……()()()()()()、とっても元気なのがいいって言ってたっけ」

 

 

 昔を懐かしむように、微かに笑みを浮かべながら答えてくれるはるかさん、なのだが。

 

 ……へーい、ツーアウトー。

 いやまだだ、まだ私の勝手な推論だ、私の勝手な推測でみんなを混乱させたくない……。*3

 なんて思いつつ、既に引き攣り気味な顔を無理やり笑顔に変えて、彼女に一つの問いを投げ掛ける。

 

 

「えっと、言いにくかったら流して貰っていいんですけど。……妹さん、病気にでも?」

「え?私、妹が重病人だったって言いましたっけ?」

「……言ってないですけど、なんとなく察しちゃいまして」

「おー……流石はあの八雲さんの秘書さんですね。その通りです。うちの妹は、病室から出られないくらいの重病人でした。……それが忽然と病室から消えてしまって」

 

 

 ……はいスリーアウトチェェェェンジゲッタァァッワァンッッッ!*4違う!ゲッターを呼ぶな!*5

 お、思わず混乱してしまった。危うく虚無る*6ところだった!

 でも私気付いちゃった!これ(対処とか諸々が)長くなる奴だ!

 

 

「え、えと。すみません、辛いことを思い出させてしまって」

「ああ、いえいえ。……どこかで元気にしてくれていると、信じてますから」

 

 

 気丈に振る舞うはるかさんに、なんとも言えない気分になる私。……貴方の妹さん、多分なりきり郷(うち)に居ますよ、とは流石に言い出せず。

 

 空港に付くまでお互いに無言のまま、微妙に気まずいタクシー移動になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「で、ここからどちらに?」

「件の人が暮らしていらっしゃるのが札幌だそうで、とりあえずはそこですかね」

 

 

 成田空港が離婚の聖地*7などと言われたのも今は昔。

 ……とも言い難い、みたいな話を聞いたりもするけど、今回の私達には特に関係もなく。

 サクッとチェックインして荷物を預けて保安検査を受けて。

 で、カカッ*8っと過程は飛ばしてさっくり新千歳空港にとうちゃーく。

 

 

「折角北海道なんですし、ゴールデンカムイ*9の聖地巡礼とかどうでしょう?」

「流石に北海道全土を回るのは、幾ら日付があっても足りないので……」

「むぅ、アシリパさん*10とか探せば見付かるかも知れませんよ?」

「見付かる前に熊に出会いますよ……」

 

 

 うだうだと話しつつ、札幌駅に向かう快速エアポートに乗って四十分ほど。

 特に問題もなく札幌駅に着いたので、そのまま向こうから予め教えて貰っていた雑居ビルまで向かう。

 ……観光?今日このまま他も回る予定なのに、悠長にそんなことしてる暇があると?

 

 

「で、こうして駅から一直線に向かって来てくれた……と?」

「そういうことになりますね」

 

 

 たどり着いた部屋で出迎えてくれたのは、完璧に美少女になってしまったキリトさんだった。……なんというか、ロングヘア似合うね?

 そんな彼……彼女?は、横でニコニコと笑っているはるかさんと私に交互に視線を向けて、何かを口にしようとしていた。

 ……嫌な予感がするのでインターセプト!

 

 

「えっとキーアさん、貴方なりもがもが」

「はーい、キリトさんはいきなりの性転換(TS)にちょっと混乱していらっしゃるようですので、一度精神分析させて頂きますねー。ですのではるかさんは、彼の荷物の方をお願いしまーす」

「?はい、こっちは荷物を纏めればいいんですね?」

 

 

 案の定迂闊な事を口走ろうとしていたキリトちゃんの口を塞ぎつつ、部屋の荷物の梱包をはるかさんに頼んでおく。

 こちらの指示通りに動いてくれる彼女に、はるかさんが素直な人でよかった、と、一息。

 ……いやホントに素直なだけなのかこの人?

 

 いやまぁ、とりあえず今はそれよりも、だ。

 私に口を塞がれてもがもが言ってるキリトちゃんに、にっこりと微笑みを返しながら、しっかりと釘を刺しておく。

 

 

「今度余計なことを言おうとするならその口を縫い合わすぞ」*11

「コマンドーかよっ、クソわかった!わかったから放してくれ!」

「そうか」

「うわぁあああぁぁあっ!!!?」

「……キーアさん達何やってるんですか?」

コマンドーごっこ(放してやった)

 

 

 ……台詞が台詞だからか、わりとノリノリで叫んでくれたキリトちゃんに満足しつつ、ちょっと困惑しているはるかさんの手伝いに入る私達。

 ふーむ、荷物としてはそんなに多くない、かな?

 

 

「じゃあ早速八雲さんを呼びますねー」

「おおっ、スキマですねっ!」

「マジで居るんだ、八雲紫……」

 

 

 各々がわりと好き勝手な感想を述べるのを背に受けつつ、ゆかりん便の発送手続き(電話一つでスピード予約)を開始。……流石にゆかりん呼びすると疑われるので、秘書っぽい感じに連絡を取る。

 

 

「紫様、ご用意の方をお願い致します」

『……ぶふっ、いや、その、わかったわ。少し待っていなさい』

 

 

 ……おいこらゆかりん。吹き出すとは何事か?!

 恐れ多くも帝より三位の位を賜わり、中納言まで勤めた麿の挙動を笑い者にするとは、どのようなことになるのか分かっておるのか!

 

 

「……いや麻呂は通じねぇよ流石に」*12

「いきなりどうしたキーア?」

「君も君でいきなり呼び捨てはどうかと思うのだけど……まぁ、なんでもないよ」

「????」

 

 

 新シリーズもあったけど、そっちには居なかったしなぁ。……いやそもそも一話限りのキャラクターなのに濃ゆいんだよあの人……。

 なんて事を一人でしみじみと噛み締めつつ、ちょっと待機。

 暫くして、目の前にいつも通りのスキマが空いたので、荷物を入れようと振り返って。

 

 

「いよぉし、お姉ちゃんに任せなさい!」

「頼れる姉オーラ!?」*13

「はっ!?つ、ついやっちゃいました……」

 

 

 荷物を運ぶために気合いを入れたはるかさんが、腕捲りをしてポーズをきめていた。

 いや、確かに姉だとは聞いていたけれど。まさかここでそれが飛んでくるとは……。

 

 

「でも最近って、姉に対するイメージ微妙ですよね」

「……あー、姉を名乗る不審者……」*14

「ふ、不審者っ?!ち、違いますよぅ、ちょっと片付けしてたら、妹が喜んでくれたのを思い出したってだけで……!」

 

 

 まぁ、姉と聞いて恐怖したり逃げ出したり諦めたりする人も、最近は多いんじゃないかなー。……みたいな事を呟いたら、すっごく狼狽し始めたわけなのだが。

 でも仕方なし。妹の居ない状況下で姉パワーを発揮してたら、変な人以外の何者でもないからネ!

 

 

「は、はわわわっ!!……わ、わかりました!」

「へ?」

「き、キリトちゃんを妹にしますっ!」

「へぇあっ!?」

 

 

 なんて風にちょっとからかってたら、目がぐるぐるしてる(錯乱した)はるかさんが、突然キリトちゃんの頭を抱き抱えるという暴挙に出た。

 ……キリトちゃん凄い声出したね今?あと顔が真っ赤な辺り結構うぶだね君?

 

 

「言ってなくていいから助けてくれっ!この人意外と力が強いってか止めて!これ後から酷くなるやつだよな!?」

「いいいい妹が居るんだからわわわ私はお姉ちゃんなんですよぉーっ!」

「ははは抜かしおる。妹なのであれば膝枕も余裕でできよう」

「ででで出来ますよぉーっ!私お姉ちゃんだから膝枕くらい出来ますよぉーだっ!!」

「おぉいっ!?なんで煽ってんだよアンタっ!?」

「え?キリト君と言えば女難なのでは?」

「ふざっ、ふざけんなぁーっ!!?……ってま、止めよう!後からお互いに酷いことになるから止めましょう綿貫さんっ!!」

えっとえっとえっと、膝枕するなら頭とか撫でるべき?そうだよね慈しむように優しく撫でなきゃ……?

「お願いだから聞いてくれーっ!!」

 

 

 ……ふむ。

 完全にパニクってるはるかさんと、その膝の上でもがくキリトちゃんを眺めて、一つ頷く。──面白いから放っておこう、と。

 

 

「紫様、今から荷物を送りますね」

『……貴方、結構いい性格してるわよね』

「何を今更」

 

 

 どたばたと慌てる二人の喧騒をBGMに、荷物の受け渡しに精を出す私なのでした。

 

 

*1
『もぅマヂ無理。 彼氏とゎかれた。』から始まるコピベネタ。発祥はとあるSNSだと言われているが詳細は不明。元はちょっとメンヘラな感じだったのだが、ネット住民の目に留まった結果、様々な改変を受けることになった。短いながら面白いモノが多いため、興味があったらぜひ検索して欲しい

*2
『BLEACH』より、破道の九十六。焼き焦がした自身の体の一部を犠牲にして放つ大技

*3
『スーパーロボット大戦K』の主人公、ミスト・レックスの台詞、『俺の予感だけでみんなを混乱させたくない』から。ネット上では『いや、よそう。俺の勝手な推論でみんなを混乱させたくない』として広まっているのだが、どうにも違うような気がしなくもないというか……?

*4
『ゲッターロボ』シリーズより、ゲッターロボを変形させる時の掛け声。スリーアウトは野球のカウント。アウトカウントが三つ貯まったら攻守が交代する

*5
この場合は『∀ガンダム』より、ロラン・セアックの台詞、『月光蝶を呼ぶんじゃない!』から。ゲッターも月光蝶も、あまり呼びたくないモノだろう

*6
石川賢氏の漫画、『虚無戦記』から生まれた言葉。打ち切りエンドの事と、『虚無戦記』に組み込まれてしまった結果、打ち切り()()()()終わりになった作品の事を言う。世界の真理を知ってしまったりして、逃れられない永遠の戦いに飲み込まれていく、という感じなら大体虚無ったと言える

*7
聖地は言い過ぎだが、『成田離婚』なんて言葉が生まれるくらいにはそれなりに多かったようで……。なお、当時(大体1990年くらい)は国外に便のある空港が成田くらいしかなく、海外旅行の時にパートナーに幻滅するような行動を起こされる、というのがそもそも成田以外で起こりようがなかった、みたいな事情があるそうな。なので、現在でも旅行を機に離婚する、ということは普通に起こること……らしい

*8
ハイスラキャンセルダッシュの時の擬音。……使用したのはとある謙虚なナイト。使われたのは『ギルティギア』というゲームにて。なんとなく迅速に行動している雰囲気を感じる……

*9
野田サトル氏の漫画。明治末期の北海道を舞台にした、埋蔵金を巡る生存競争サバイバル。とにかく濃ゆい人物達がいっぱい。美味しいものもいっぱい。グロテスクもいっぱい

*10
『ゴールデンカムイ』のヒロイン。アイヌの少女。普通に美少女なのだが、アグレッシブかつ変顔もするタイプ

*11
洋画『コマンドー』より、ただの口だけのトーシロ(エンリケス)の台詞。地味に言った方の死亡フラグ。後の台詞、『放してやった』もコマンドーから。こっちは追い詰めた敵を崖から『お前は最後に殺すと約束したな……あれは嘘だ』と放してやったあと、同行者の女性に敵をどうしたのかと聞かれて答えたもの。先入観なしに聞くと、『解放してやった』ともとれる微妙にニクい台詞

*12
『水戸黄門』より、『一条公麿三位中納言』のこと。黄門様に対して怯むことなく対峙したわりと凄い人……なのだが、なんというかインパクトの強い容姿と言動をしている為、ネットではネタにされてしまった。どういうところで使われていたのかは、名前で検索して頂けるとすぐにわかると思われる

*13
『ご注文はうさぎですか?』より、保登モカと保登心愛の使う必殺技(?)。溢れる姉オーラが後光のように溢れ出す

*14
文字通り、実の姉でも義理の姉でもないのに姉を自称する者達のこと。ソシャゲにはわりと居る。なんなら兄を名乗る不審者や、妹を名乗る不審者なども居る。ついでに父と母を名乗る不審者も居る。……不審者しか居ねぇ!?



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契約?うちは新聞とってないんで……

 ぽいぽいっと荷物をスキマに投げていくこと暫し。

 現在の部屋の中は綺麗サッパリなんにもなくなって、所々のちょっとした傷が目立つな……くらいの状況。

 

 はるかさんが居ないのなら補修も併せてやっておきたいところなのだけど、生憎彼女の前で下手な事をするわけにもいかないのでスルー。

 ……まぁ、補修費はお上持ちらしいので、放って置いても特に問題がないのは救いだろうか。

 

 

「というか、なんで壁に穴とか開いてるの?」

「あ、あはは……ちょっと、運動してて」

 

 

 まぁ、シャドーボクシングでもしてたのか、ポスターの裏にこぶし大の穴が隠されていたりしたのはちょっと眼を疑ったけど。

 ……サンドバック置いてあるんだから、ちゃんとそっちを殴りなさいよ……。

 

 

「キリトちゃんを責めないであげて下さい、思春期にはよくあることですよ?」

「ぐふっ」

「……追撃してどうするんですか」

「え?……えっ、あっ!?ごめんねキリトちゃん!」

「は、ははは……だい、大丈夫です……」

 

 

 中の人が何歳なのかは知らないけれど、思春期特有のアレ(中二病)扱いされればダメージは嵩むよね。

 横合いから突然トラックに轢かれたかのように、沈痛な面持ちで笑みを浮かべるキリトちゃんと、それを見て慌てるはるかさん。

 ……姉モードが抜けきってないですね。冷静になった時が楽しみですはい。

 

 まぁ、部屋の話は置いといて。

 必要な荷物はキリトちゃんの部屋(予定)に全部スキマ郵送済、このままキリトちゃんもスキマで送れれば楽なのだけど……。

 

 

『んー、とりあえず一緒に連れてってあげてくれないかしら?』

「別に構いませんが、理由をお聞きしても?」

 

 

 スキマ向こうのゆかりんは思案顔。

 キリトちゃんを同行者として、次の場所に向かって欲しいとの事だった。

 ……費用とかは全部経費なんでそこは問題ないけれど、なんでまた彼女を同行させるなんて話になるのだろう?

 という事を聞くと、突然脳裏に言葉が浮かんできた。

 ……これはまさか!

 

 

(ファミチキ下さい)*1

(こいつ直接脳内に……って違うわよ!私から話し掛けてるんだからこっちが聞く方……でもなくて!)

 

 

 特に捻りもなく念話だった。

 ……ふむ、表面上なんでもないように振る舞いつつ、脳内会話で事情を話し合うわけじゃな?

 

 

(毎回思うんだけど、脳内会話しつつ素でもちゃんと喋れって、結構無茶苦茶言ってない?)

「では紫様、彼女を連れて次の現場に向かいますね」

 

(やれてるじゃないの貴方?……一つははるかちゃんの行動監視の為よ、一応彼女、向こう派閥の人の筈だし)

『はいお願いね。着いたらまた一報頂戴な』

 

(ちくわ大明神)

「『誰だ今の』」*2

 

「僕だ!」

「ブルーノ、お前だったのか!*3……ってホントにブルーノちゃんだっ!?」

「ゴンも居るよ」

「ゴン、お前だったのか……毎日お供え物をして……って違う!それ恐竜の方……っていうかなんで居るの!?」

 

 

 脳内会話しつつ普通の会話を進めるのって結構労力使うよね、みたいな事を脳内で言い合っていたら、唐突に脳裏にひらめくちくわの影。

 お決まりと言えばお決まりな謎の横やりに、思わずゆかりんと口を揃えて疑問を呈すれば、何故か玄関をバーンっ!と開いて青髪で結構背の高い青年が現れた。*4

 

 まさかのブルーノちゃんの登場に困惑していると、お前だったのか繋がりで狐のごん*5を……出すと見せ掛けて、何故か恐竜の子供みたいな不思議生物の方のゴンをお出しされてしまった。*6

 

 怒涛過ぎる一連の流れにはるかさんがぽかん、としてしまっている。

 いやまぁ、気持ちはわかるよ?突拍子もないもんね、今の流れ……。

 

 

『で、キリトちゃんの同行の理由が彼等よ。……キリトちゃんの知り合いに何人か憑依者が居るから、彼女の案内のもとしっかりコンタクトしてきて頂戴』

「つまりキリトちゃんはチーム・サティスファクションのリーダー……?」*7

「なんでそうなる?!」

 

 

 どうにもキリトちゃんを中心に、なりきりのコミュニティがあったみたいだ。

 なるほど一網打尽、キリトちゃんを姫扱いすればいいんだな?

 ……なんて事を言ったら「ちーがーうー!」と否定されてしまった。

 えー?原作のキリトさん自分の容姿を有効活用してたじゃないですかー?

 

 

「俺はそんな事しないって!」

「えー、ほんとにござるかー?」

「やらないって!!……いや、その、ちょっとこの姿かわいいなーとかは思ったけど

「堕ちたな……」

「堕ちてるねぇ。だってほらこれ、このあいだみんなで集まった時に、キリトがしてた格好」

「ばっ、ブルーノなんてものを……っ!?」

 

 

 ふーむ、私なんかよりよっぽどTS娘として楽しんでおるなこの人?

 そんな事を思う私が見ているのは、ブルーノちゃんのスマホに映し出された、ノリノリでふりふりなアイドル服を着こなして、上機嫌で激唱*8していると思しきキリトちゃんの写真であった──。

 

 

 

 

 

 

「ごまかしようがない位に、女の子を全力で楽しんでますねキリトちゃん」

「うわぁぁぁぁぁぁ、いっそ殺してくれぇぇぇぇぇぇぇ………」

「はいはい、いいから次行きますよー」

 

 

 そもそもの話、GGOキリトの性転換なんてニッチなものをやってたキリトちゃんが悪いので、そこに関してはご愁傷さまとしか言いようがない。

 まぁでも、可愛い女の子になったら着飾ってみたりとかしたくなるのは、男として当然の感覚なんで気にしないでいいんやで(?)

 

 

「フォローの仕方が雑ぅ……」

「悪いなキリトちゃん、このフォロー一人用なんだ」*9

「三人分ですらない……だって……?」

 

 

 わざとらしく驚愕してくれるブルーノちゃんにちょっと感謝しつつ、次なる目的地に向かう私達。

 ──北海道の雄大な大地を贅沢にタクシーを使って移動する私達は、周囲からどう見えているのだろう?

 

 ……ゴンに関しては凄まじく目立つ(上に、わりとトラブルメーカー)のでサクッとスキマ送りしたが、ブルーノちゃんは一緒に行くと駄々を捏ねたので現在同行中。

 そもそもの話ちくわ大明神してたのが彼なので、端から着いてくる気満々だったのだろうけど。

 

 それを踏まえてなお、だ。……彼の容姿が凄い目立つ。

 ナチュラルに青い髪なんて珍しすぎるので、その高身長も相まってすっごい目立つのだ。……まぁ目立つと言っても、幸いにして単なるコスプレだと思われているわけなのだが。

 あと、そうしてブルーノちゃんが目を引いた後に、近くに居るキリトちゃんが目に入るので、彼女もわりと目立ってしまっている。

 

 こっちは単純に可愛いから……みたいな感じが強いようで。

 時折写真を頼まれては陰キャっぽい断り方をして、それが逆に可愛いと言われて真っ赤になってブルーノちゃんの背後に隠れ、その行動にまた可愛いと言われる……みたいな、ある意味負のループに陥っていたのだった。

 

 

「そうして見兼ねて止めようとした結果があれだよ、笑えよベジータ」*10

「あれよあれよという間に囲まれちゃってましたね……」

 

 

 このまま囲まれてちゃ堪ったもんじゃねぇ、って感じで私が止めに入ったのだが、そもそも私の姿自体が大概コスプレめいて居たため、結果として並んで写真を撮られるハメになったりしたわけで……。

 最終的に、当初はお安く電車やバスで移動の予定だったのが、全行程タクシー移動になってしまった。

 

 ……一応レンタカーを借りることも考慮はしたのだが、免許持ちが私かブルーノちゃんの二択だったので諦めた。

 ブルーノちゃんは目立つアンドメカオタクだから進めそうにないという理由で、私の場合は……うん。

 

 

「短期間の移動中に、一体何回警察に補導されかかってるねんって話ですよ……」

「三回目くらいからか、免許出すのも手慣れた感じになってたなキーア」

 

 

 ようやく調子の戻ったキリトちゃんの言う通り。

 

 ちょっとコンビニに立ち寄れば、出入り口でお巡りさんに呼び止められ。

 レンタカーを借りようとすれば、免許が本物かどうか確認のために警察が呼ばれ。

 バスに乗ろうとすれば、たまたま近くを通ったらしい、自転車に乗った制服警官に呼び止められ。

 

 ……お昼前、かつ平日というロケーションが祟ったのか、異様なほど警察に呼び止められる事態になっていたのだ。

 このまま私が車なんて運転してたら、ろくに移動もできないままに日が暮れるわ!

 ……という感じで、お国には悪いのだけどタクシー移動である。メーターが怖いことになってるけど気にしない、気にしないぞぉ……!

 

 

「すみません、私の方で手配できたら良かったんですけど……」

「人手が足りないんでしたっけ?じゃあ仕方ないですよ、はるかさん(お姉ちゃん)が気にすることはないと思います」

「うう……キリトちゃんの優しさが痛い……」

 

 

 一つ前の席に座ったはるかさんと、キリトちゃんが会話しているのをなんとも言えない表情で見る私と、「お姉ちゃん……?」みたいな感じで両者に視線を向けて困惑するブルーノちゃん。

 

 ……うん、これ自然に解けないやつだったりする……?みたいにちょっと不安になりつつ、目的地である小樽市に到着。

 修学旅行とかで目的地に含まれている事が多いため、わりと道外の人にも知名度があるような気がするここで、人通りの少ない方に向かって移動する私達。

 

 今から接触しようとしている相手は、ちょっと前から連絡が取れなくなっていたのだとか。

 それがついさっき、地元のニュースで写真を撮られまくっているキリトちゃんを見て、急に連絡をしてきたのだという。

 

 

「で、指定された場所に向かってた筈なんだけど……どこよここ?」

 

 

 スマホの地図を頼りに、指定された場所まで移動していたはずなのだけれど。

 ……何故か途中からスマホの電波が入らなくなるわ、キリトちゃん以外の同行者と逸れるわ、なんだか微妙に踏んだり蹴ったりな私である。

 そもそも、さっきからキリトちゃんの方が俯いちゃって、会話もできずにちょっと気まずい空気になってるし。

 

 どうしたものかなぁなんて思いつつ、彼女の手を引き進む私。

 ……なんで引き返したりもせずに進んでるのかって?いやね?

 

 

「……鐘の音、ねぇ」

 

 

 ──纏わり付いてくるような、重苦しい鐘の音。

 意識と心を()食する、異様な音。

 それと、歩き続けた先に姿を見せた、寂れた教会。

 

 

止めなきゃ、鐘を止めなきゃ

「……うーむ」

 

 

 傍らのキリトちゃんに耳を近付ければ、明らかに正気ではない状態。

 ぶつぶつと同じ事を呟き、息も荒くなっているその状態は、見ようによっては熱に浮かされているようにも思えて。

 

 一つ、頭を掻く。

 この寂れた教会が──十字架もマリアも救世主も居ない教会が、私の想像通りのモノだというのなら。

 まぁ、こうなった原因がこの中に居るのは間違いないわけで。

 だったら突き進む他なし、というやつである。……正直マジでアレが居るの?感が酷いんだけども。

 

 勘違いだと嬉しいなぁなんて呟いて、外観よりもなお寂れた教会内を進む。

 

 ──そして、半ば予想通りのものに出会った。

 

 

『………お前の……夢は………なんへぶぅっ!?』

「アウトじゃボケェっ!!」

 

 

 本体であるマントごと「ハリセン(いつもの)」で出会い頭にふっ飛ばす暴挙!

 しかしアンブッシュはオジギ前に一度は認められている行為ゆえ許せ、サスケ……。

 

 で、彼をふっ飛ばした結果。

 周囲の寂れた教会も、どう考えても精神汚染してきてた鐘の音も消え、キリトちゃんの方も正気を取り戻したように目をパチクリとさせ、周囲を見渡していた。

 

 

「乱暴だなぁ君は」

「……あん?」

 

 

 とりあえず危険な状態からは脱したかなー、なんて思いつつ周囲を見渡す私の耳朶を震わす、先の老人の声ではない、少年のもののような声。

 ……なんか、こっちは聞いたことある声だな?なんて風にちょっと悪寒を覚えた私が、地面に落ちたマントに視線を向ければ。

 

 

「あんなモノ挨拶みたいなモノだろう?君達人間はいつもそうだ」

「…………なんで?」

 

 

 そこに居たのは。

 魔法少女の契約を迫る地球外生命体(キュゥべえ)*11の声を持ち、始まりの三匹と呼ばれる浸父(ディオレストイ)*12のマントを纏った──、

 

 

「……キャタピー?」*13

「そうとも。ボクと契約して、ポケモンマスターになってよ!」

 

 

 トキワの森などに生息している、虫ポケモンのうちの一匹であった。

 

 

*1
脳内会話コピペの一つ。『()』で括られた会話が、他者への脳内会話文であるという認識を作ったモノの一つ、かも知れない

*2
元々は『あれは私のベンツですけど』というコピペを改変した時に使われたもの。流れに全く関係ない、ちくわ大明神なる謎の存在を呟いていく謎の人物

*3
『違う、僕はアンチノミーだ!』まで繋がる、一連の台詞。元は『遊☆戯☆王5d's』に登場するブルーノというキャラクターが、自分の正体を明かす時の台詞だが、妙にテンポが良いのである種のお約束的な台詞になっている。基本的には自己主張する時に「僕だ!」と叫ぶ

*4
『遊☆戯☆王5d's』のキャラクター、ブルーノ。記憶喪失の青年で、普段はちょっとお調子者、危険が迫るとクールなキャラになる二面性を持つ人物。メカオタクめいたところもある

*5
児童文学『ごんぎつね』に出てくる狐の名前。ちょっと物悲しくなるお話

*6
田中政志氏による漫画『ゴン』の主人公。食欲旺盛で異常なまでの身体能力を持つ、小さな肉食恐竜のような姿をした謎の生き物。基本的には自分勝手で傍若無人だが、時折誰かを助けるような動きをすることも

*7
『遊☆戯☆王5d's』内のとあるチーム。サティスファクション(満足)する為に集まったとんでもねー奴ら

*8
激しく歌う、といった感じだろうか?『初音ミクの激唱』からの言葉

*9
『ドラえもん』スネ夫の台詞、『悪いなのび太、この○○三人用なんだ』から。文に関しては若干のブレあり。大体この台詞を言われたのび太がドラえもんに泣きつく事から話が始まる、一種の様式美

*10
『ドラゴンボール』より。迂闊な行動によって事態を悪化させた相手を皮肉る台詞

*11
『魔法少女まどか☆マギカ』より、少女の願い事を一つだけ叶えてくれる魔法の使者。……などというファンシーな肩書を持っているが、最早こいつがどういう生き物なのか、知らない人の方が少ないと思われる。魔法少女モノにおけるマスコット枠に疑惑の目が行くようになった元凶

*12
『ムシウタ』より、虫憑きと呼ばれる能力者を生み出す者のうちの一体。彼に夢を食われたものは、特殊型の虫憑きとなる

*13
ずかんNo.10 たかさ 0.3m おもさ  2.9kg いもむしポケモン つかまえやすく せいちょうも はやい。 しんまいトレーナーの パートナーに おススメの ポケモンの いっぴき



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マイナスにマイナスを二度掛けるような所業

 キャタピー。

 ポケットモンスター世界における、虫ポケモンの一匹。

 見た目はほぼアゲハチョウの幼虫そのものであり、生態も大体それに準じる生き物。

 ……ポケモン世界によくある、何故かやけに手厳しい説明文*1などから読み取れることは、そんなに多くはない。

 とはいえ、彼等が『人の言葉を喋る』かと言われれば、まずもってノー(No)と私は答えるだろう。

 ましてや、その声がキュゥべえと同じ……なんて事は、ほぼほぼあり得ないことのはずだ。

 

 

「『ありえない』なんてことはありえない*2……というのは、君達人間の大好きな言葉なんじゃないのかい?」

「ええいやめろやめろ、その見た目で小首らしきところを傾げつつ、キュゥべえムーブするのやめろ貴様っ」

 

 

 目の前のキャタピー(無駄に色違い)が、可愛らしく体を傾けてこちらを見詰めている。

 ……のだが、その口から語られる言葉がまんまキュゥべえ(地球外生命体目線)なものだから、癒やされる前に苛立ちが湧いてくる。

 というかだ、機能の回復したスマホで現在地を確認した限り、先の連絡者が指定していたのは、まさにここなのである。

 ……確信犯(間違った意味の方)*3じゃねーかコイツ!!

 

 

「え?ど、どういう事だ?」

「貴方が探してた知り合いってのがコイツよコイツ!……初手で喧嘩売ってきたコイツが、ねぇーッ!!」

「止めてくれないかな?今のボクの基礎はこの芋虫(キャタピー)なんだ、キュゥべえ(ボク)浸父(ボク)みたいに替えが利くわけじゃないんdぷぎゅるっ」*4

「その口を閉じやがれテメーッ」

「え、ええ……?」

 

 

 あんまりにもイラッと来たので、とりあえず相手をネック・ハンギング・ツリー。*5

 困惑するキリトちゃんに、そのままさっきの状況を詳しく解説。

 やっぱり錯乱していたらしい彼女は、私の言葉を聞く内にだんだんと表情を強張らせていった。

 

 

「おまっ、お前なぁっ!!?」

「苦しい苦しい、流石に息ができないのは困るから、止めてくれないかなキリト」

「ふざ、ふざけんなよお前っ!?今さっき明らかに思考誘導して*6魔法少女にしようとしてただろっ!?」

「ははは何を言うのかお嬢さん。ボクはキャタピーだから、勧めるのはポケモンマスター(魔法少女)だよ?」

「言葉の裏が滲み出てるぞテメェ!!」

 

 

 数分後、憤怒の形相でキャタピーを捕まえて、前後に激しく揺らすキリトちゃん……という、ちょっと謎の状況が生まれてしまった。

 ……いやまぁ?知り合いが唐突に自分を魔法少女にしようとしてたとか聞かされて、素面で居られる方がおかしいわけだから、これは彼女の正当な抗議なんだ、としか言えないわけなんだけども。

 

 

「わけがわからないよ、可愛くなったんだから、魔法少女になるのは当然の義務だろう?別にそこからぐへへ展開になれと言ってるわけでもないのに」

「お前の趣味を知ってるから嫌なんだよ!ブレイブルーならマイ=ナツメ!*7まほいくならラ・ピュセル!!*8好きなジャンルはメス堕ち*9!!!………お前のどこに安心できる要素があるんだよ!!?」

「失礼な、キリトちゃんにょた*10ものも好きだよ」

「うわぁそうだったっ、男の娘キリトの見た目超タイプとか言ってたこの女っ!!?」

 

 

 ……なんて?(思わず素で聞き返しつつ)

 

 えっと、ちょっと脳が理解を拒むのだけど。

 そのキャタピー、中の人女性なんです?で、女体化ものが好きなんです??メス堕ちも???

 ……なんでそんな人の誘いにホイホイ乗っちゃったのキリトちゃん????あれか?????実は迂闊とかうっかりとかが擬人化した存在だったりするの君??????

 

 

「ちーがーうー!!断じて絶対これっぽっちも全然俺は迂闊じゃなーいー!!!」

「うーん、キリトちゃんになっても変わらない残念さ、流石ボクの見込んだ男だね」

「うわぁ………」

 

 

 語るに落ちるレベルの残念さに、思わず言葉を失う。

 ……よくこれまで一人で生きてこれたなこの人?

 なんて思ってしまうのも無理もない有り様に、私は思わず天を仰いでしまうのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 暫くして、ようやく落ち着いたらしいキリトちゃんが息を整えるのをBGMに、これからどうしたものかと顎に手を付けつつ考える。

 

 ……思考誘導して強制的にポケモンマスター(魔法少女)にしようとしてくるキャタピー、とかいう危険物。

 その上、簡単には見付からないだろうと思われていた【複合憑依(トライアド)】である。

 このままはるかさんに引き合わせるのは、どう考えてもない。

 まさか国の上層部に特環*11を作るわけにも行くまい……いやこれだとマギウスの翼?*12ポケモンだからロケット団*13とか?

 

 何にせよ、悪用利きまくりな能力持ちの、このキャタピーとかいう淫獣*14を野放しにするわけにも、わけにも……?

 

 

「……あのキャタピーどこ行ったっ!?」

「え!?あ、ホントだ居ない!!?」

 

 

 ちょっと目を離した隙に居なくなってしまったキャタピーを探して視線を左右に向けるが、その姿はどこにもない。

 ……しまった!そういや浸父には、自分の姿を隠す能力があるみたいな事言われてなかったっけ!?

 

 

『ははは、じゃあボクはこの辺で。縁があったらまた会おうねー』

「ちょ、まっ!!ぐ、テレポートとか持ってないはずだから、まだ近くに居るはずだけど……っ」

 

 

 周囲を見渡せど、見付かるのは普通の路地裏の景観のみ。

 ……不自然な歪みとか、移動する小さな生き物とか、そういう物は一切見付からない。

 

 これはまずい、非常にまずい。

 あんな危険人物……虫?を野放しにしていたら、一体どうなってしまうやら全く想像が付かない!

 

 趣味というか好みに合わせた動きをしているっぽい以上、狙われるのはなりきり組くらいではあるだろうけど、それにしたって対応が後手に回るのが全く宜しくない!!

 というか、ここで確保できていないと急進派に見付かる可能性も倍率ドン、さらに倍だ!!(?)*15

 

 焦るな、KOOLになれ*16キーア……。焦れば奴らの思うツボだ……。

 我々は財団*17の職員のようなもの、確保・収容・保護の為に、その身を粉骨砕身の覚悟で投げ出すのだ……!

 

 

「……ん?投げ出す?……Dクラス職員……?」*18

 

 

 ……そうか、そういうことか……。

 思わぬところから手繰り寄せた光明に、小さく自嘲気味な笑みを浮かべる私。

 その笑みにキリトちゃんが何事かとこちらに視線を向けていたが……大丈夫だよキリト、私もこれから頑張っていくから……。*19

 

 そんな感じに無駄に悲壮感を演出しつつ、私は起死回生の一手を講じるのだった──。

 

 

 

 

 

 

(さぁて、次はどこに行こうか?キリトは暫くチャンスがなさそうだし、いっそ道外に出てみようかな?……うーん、体が軽い。こんな幸せな気持ちで外に出ようと思うのは初めてだ……もう何も恐くない、って感じだね)*20

 

 

 金のキャタピーは、人目に付かない位置を悠々と進んでいる。

 戦闘能力に関しては然程でもないが、自身の隠蔽と、夢と願いを重ねる事による相手のポケモンマスター(魔法少女)化に関しては一級であると自負する彼女は、それ故に気ままに生きることを選んだ。

 

 ……無論、それは彼女本来の思考ではない。

 三つの要素を一つの器に無理やり押し込めたことによる、認知や思考の方向性の歪み。

 発生例の少ない者であるからこそ、今はまだ誰も気付いていない欠陥。

 それを抱えた彼女は、本来の彼女でも、ましてや憑依した彼等としても違和感を覚えざるを得ない、異様な行動方針を気にも留めずにこなしている。

 それはある意味、動物的な反射のようでもあり……、

 

 

「言い忘れてたけどぉーっ!!私も女体化組だぞーっ!!」

「なんだって!?それは本当かいっ!?」*21

 

 

 だからこそ、それを抑えることなどできやしない。

 故に、彼女が最期にその視界に収めたのは。

 自身に向かって飛来してくる、奇妙な紋様の一つの球体の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「………終わった、のか?」

 

 

 傍らのキリトちゃんが生唾を呑み込む音を聞きつつ、私は大きく息を吐いた。

 

 ……Dクラス職員とは、いわば使い捨ての鉄砲玉みたいな人員である。

 確保・収容・保護という理念を果たすためなら、その生命や人権さえも時に投げ捨てさせられる、替えの利く人員。

 そこから思いついた、普段あんまり意識したくないと意識から外している、私が性転換組であるという恥部を曝け出すこと(玉砕指令)により、相手の意識をこちらに向ける──あぶり出すという計画は見事に成功したわけだ。

 

 だが、それだけでは足りない。

 相手の注意を惹く事はできても、相手を引き止める事はできない。……こちらに意識が向いたとしても、そのままでは詰めが甘い。

 

 そこを解消するのが、以前侑子から貰った贈り物と、BBちゃんの作った『電脳物実体化(マテリアライズ)』プログラムだ。

 

 ゆかりんとの共同研究の結果、生み出された物質化プログラムの第一弾。

 試作品も試作品のため、現段階では無機物以外の実体化はできないそれを、BBちゃんからサンプルデータ確保の為に貰っていたのだ。

 

 そして、侑子からの贈り物と言うのが、現在道路の上で、みょんみょん言いながら動いている球体である。……いや、よもやよもやだ。*22

 

 

「世界広しと言えど、キャタピーに()()()()()()()*23投げたやつなんて、多分私が初でしょうよ……」

「いや、意外と探せば居ると思うぞ……」

「それ絶対縛りプレイとかネタプレイとかだよねっ!?」

 

 

 彼女から渡されていたのは、まさかまさかのマスターボールだった。

 なまじキャタピーなんてポケモンになってしまった相手側の敗因……とは言うものの、この展開を彼女が読んでいたのだとすれば……なんと言うか、流石侑子と言わざるを得ないだろう。

 

 もしここで渡されていたのが普通のモンスターボールだった場合、運が悪ければ普通に逃げられる上に、最悪彼女が二度と私の前に姿を現さない……なんて展開もあり得たので、確率の問題を排除できるモノをくれた侑子には感謝しかない。

 

 ……いやまぁ、一応普通の人……人?の自由を拘束する事になるんで、ちょっと躊躇ったりもしたんだけど。

 あのキャタピーを放置する方が、周囲への被害も甚大だと考えた結果、こうして捕獲に踏み切ることになったわけである。

 

 ……まぁ、なにはともあれ、だ。

 

 

「キャタピー、ゲットだぜ!」*24

「おおー」

 

 

 無事に相手を確保・収容・保護できたので、とりあえずは良しとしよう。……と胸を撫で下ろす私なのであった。

 

 

*1
コイキングの図鑑説明の辛辣さは有名。キャタピーの場合なら、ウルトラサン版の図鑑が一番辛辣か

*2
『鋼の錬金術師』グリード、もしくは『ガリレオ』の主人公、湯川学の台詞。『可能性0%が存在する確率は0%である』と読んでしまうと矛盾するが、『人が思う()()()()()とは可能性が0%であることを必ずしも示していない』と読むとなんとなくわかった気になれる。直感が正解ではない、という意味では誕生日のパラドックスに近いような気もするような、しないような

*3
正しい意味は政治・宗教的なテロリズムが近い。悪いとわかっていて(確信して)する犯罪、というのは本来は誤用である

*4
『ぷぎゅる』は、コンノトヒロ氏による四コマ漫画、またはそれを元にしたアニメ。……これは潰れた時に口から漏れた擬音のようなものなので、一応関係はない

*5
プロレス技の一つ。相手の首を両手で掴み、そのまま持ち上げる技。実は首締めではない(気道を塞ぐ首締めは反則になるので、技として使うなら注意が必要)

*6
浸父の ゆめゆがめ! こうかはばつぐんだ ! ……浸父の能力に、相手の記憶を読み取っての精神攻撃がある。夢を歪めるのを好む為、非常に厄介

*7
格闘ゲーム『BLAZBLUE』より、登場キャラクターの一人。元々の初出は漫画『ブレイブルーリミックスハート』の方。元々の性別は男。現在はナイスバディなポニテの槍使いの少女。服装がヤバい(ヤバい)

*8
『魔法少女育成計画』より、岸辺颯太(きしなべそうた)の変身後の姿。女騎士といった雰囲気を纏っているが、名前からわかる通り変身前は男である

*9
精神的、ないし肉体的に女性になること。……それだけじゃないだろうって?私の口からはとても言えねぇですね……でもTSした元男が、元同性の親友とか幼馴染に惹かれていくのはとてもいいと思います

*10
女体化の略称。なんとなく女性向け作品に使われてる事が多いような気がする言葉

*11
『ムシウタ』における秘密機関、正式名称『特別環境保全事務局』。虫憑きを秘密裏に捕獲・隔離することを目的としている

*12
『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』に登場する組織。キュゥべえの能力を自分の為に使っている彼女は、ある意味彼女達に近い存在……かも?

*13
『ポケットモンスター』シリーズにおける悪の組織。ゲームとしては初代の『赤緑青ピカチュウ』系列・『金・銀・クリスタル』系列に登場。また、レインボーロケット団の名前で『ウルトラサン・ウルトラムーン』にも登場

*14
魔法少女モノにおける、マスコット枠の呼び方の一つ。ラッキースケベ的な展開などを受けるマスコットキャラが主にこう呼ばれる。……普通に蔑称なので、扱いには注意

*15
TBS系で放送されたテレビ番組、『クイズダービー』での司会者の台詞。最終問題でポイントが倍になる時に使われた

*16
『ひぐらしのなく頃に』の主人公、前原圭一の名言『クールになれ前原圭一』と、圭一の頭文字『K』があわさってできた言葉。件の台詞のあとは大体クール(cool)とは程遠い暴走状態になる為、KOOLと揶揄されるようになった

*17
ここでの財団とは『SCP財団』の事。確保(Secure)収容(Contain)保護(Protect)を目的とした、架空の組織。特別収容プロトコル(Special Containment Procedures)を取り扱う財団、の略称

*18
大雑把に言えば、SCP財団の下っ端。構成員は基本的に死刑囚などの命の()()者達。時折カッコいい活躍をすることがある

*19
『fate/stay_night』の1ルート、『Unlimited Blade Works』でのアーチャーの台詞から

*20
『魔法少女まどか☆マギカ』より、死亡フラグ。よりにもよってキュゥべえ混じりのお前が言うのか……

*21
『仮面ライダー555』より、木場勇治の台詞……じゃない。『言ってない台詞』の一種。元々は『乾巧って奴の仕業なんだ』(こっちも言ってない台詞)に対する返しとして使われるネットスラング

*22
『鬼滅の刃』のキャラクター、煉獄杏寿郎の台詞。現代的に言い換えるとまさかまさかだ、くらいの意味だろうか

*23
『ポケットモンスター』シリーズより、必ずポケモンが捕まえられる最上級のモンスターボール。基本的にゲーム中では一個しか手に入らないことが多い

*24
『〇〇、ゲットだぜ!』は、アニメ『ポケットモンスター』の主人公、サトシの決め台詞



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賞罰はしっかりと定めましょう

「……そういえば、ブルーノちゃんとはるかさんは一体どこへ?」

「え?……確かに、近くには居ないな」

 

 

 動きを止めたマスターボールを懐にしまいつつ、周囲を見渡す私達。

 

 ……ここに来てから時間は結構経過しているはずだけど、あの二人が近くにいる感じは全く無い。

 うーん?逸れたにしても、そんなに遠くには行っていないはずなのだけど……?

 そんな事を思いながら首を傾げていると、突然路地裏に眩い光が!!

 

 

「遊星を送り出した僕に、やるべきことは最早なにもない……」

「ぶ、ブルーノ?」

「違う!僕はアンチノミーだ!」

 

 

 謎の緑色のリングから飛び出してきたのは、紫色のやけに長いバイクと、その運転席に座る二人の人影。

 あすなろ抱き*1……通じるのかあすなろ抱き?

 えっと、手前・はるかさんで、後ろ・ブルーノちゃん……いやさ謎のD・ホイーラーという感じで、狭い運転席に二人が収まっていた。

 ……状況がよく掴めないんだけども、一体何してたの二人共?

 

 

「ふ、ふふ……まさか途中で遊星さんを見付けたブルーノさんが、突然デュエルを始めるとは思いませんでしたよ……。いやでも、あの名シーンの再現を見れたのでお腹いっぱいでしたけどね!」

「すまない、キーア。僕は負けてしまった……だが、彼に希望を見出したんだ、未来を救う希望を……」

(時間稼ぎはこんなもので十分だったかな?)

「ぶ、ブルーノ、貴方……っ」

 

 

 燃え尽きた、みたいな感じで笑みを浮かべるはるかさんと、悔しそうな、それでいて晴れやかな笑みを浮かべる謎のD・ホイーラー(と、念話でこちらに確認を取って来るブルーノちゃん)。

 ……もしかして、ブルーノちゃんってば結構事情に詳しい系のこっちの協力者なのか……?

 

 

(詳しいことは侑子さんにでも聞いてね)

(……了解、あとでまたお土産持っていくことにする……)

 

 

 と思っていたら、ブルーノちゃんからの追加の念話。

 ……侑子に対しての感謝の念が留まることを知らないんだけど、これ何を買って帰ればいいかな?とりあえず地酒?

 真剣に悩み始めた私と、一人だけ置いてけぼりなキリトちゃん。

 

 数分後、とりあえずここから移動するべきだ、と言うことで、みんなで路地から外に出る。

 

 

 

「そういえば、目的の方には会えたんですか?こっちはブルーノさんが早々に遊星さんを見付けて走り出してしまったので、その辺りよくわかってないのですが……」

「え?……あー、うん。出会えたんだけど、ちょっと問題ありな人だったから、先に郷にスキマ送りにさせて貰っちゃった。詳しいことはまたゆかりんから書類が提出されると思うから、そっちを見て貰える?」

「……そんなに問題ありな人だったんですか?」

「うん、人格面に大きな問題があるというか……」

 

 

 当然のごとくはるかさんから追求が飛んできたので、適度にごまかしながら言葉を返す。

 ……懐に入れたボールから、抗議の念が送られてきている気がするけど無視。お前さんが問題児なのは間違い無いじゃろがいっ。

 対するはるかさんは暫く訝しむようにこっちを見たあと、追求相手をキリトちゃんに切り替えていた。

 ……ぬぅ、なかなかやりおるマン*2……。……ウーマンの方がいいのか?*3

 

 

「ねぇ、キリトちゃん。相手の人、そんなに酷い人だったの?」

「え、ええ。酷いやつですよ。『TSした感想、TSした感想を聞かせておくれ!脳が歓喜に打ち震えるほどにッ!』から始まる多種多様なアレコレをうんざりするくらい尋ねられるんですから……」

「そ、それはなんとも……」

 

 

 キリトちゃんの返答に、若干引き気味のはるかさん。

 ……これ、あの精神操作中に聞こえてたやつなのだろうか?だとすればヤベー奴以外の何物でもない。

 なんでって?浸父の性質上、既に記憶として読めているものを、敢えて本人の口から言わせようとしていたわけだからだ。……尊厳破壊めいたものまで嗜むとか、どうあがいてもダメなやつじゃねーか。

 懐のボールの揺れが激しくなった辺り、本人的には『違う!TS娘の楽しみ方の一つを実践していただけだよ!仮に変態だとしても、淑女という名の変態だよ!』*4みたいな事を主張しているのだろうが……。

 

 

「どっちにしろ変態じゃん……」

「……ああ、確かに。変態さんですね、その人」

 

 

 思わず呟いた言葉に、はるかさんが深く頷く。

 ……実態がどうあれ、今のキャタピー(彼女)のみんなからの認識は、変態で相違ないようだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 一先ず今日の宿にたどり着いた私達は、各々の部屋に戻って就寝の準備をしていた。

 何気に全員個室なのは、まっとうな女性がはるかさんしか居ないからだったりするが……まぁそこは置いといて。

 

 部屋の施錠をしっかりとして、ゆかりんから預かっていた防音の符を使って結界を貼って、部屋の中に盗聴器が無いかBBちゃんお手製の探知機で確認して。

 ……そこまでやってようやく一息吐いた私は、ずっと懐にしまい込んでいたボールから、件のキャタピーを外に出してやるのであった。

 

 

「きゅっぷい。……おや、ようやくお話タイムかい?」

「そうね、周囲には誰も居ないし、話をする準備はできたわ」

 

 

 ボールの中から飛び出したキャタピーは、こちらに視線を向けるなり皮肉げに声を上げた。

 ……まぁ、仕方ない。緊急だったとはいえ、やってることは普通に拉致監禁である。……彼女が私を責める理由は、十分にある。

 

 

「ごめんなさい。貴方の自由を奪う結果になってしまって」

「……やけに、素直に謝るんだね?」

「いや、そりゃ謝るでしょう?……貴方を放置したらまずいと思ったのは、その能力によるものが大きいとは言え、それが拘束していい理由にはならないわけだし」

 

 

 実際には他にも理由があるけれど、一番大きい理由はやはり『放置するのは危険』という事。

 ……それにしたってもう少し時間があれば、ちゃんと説明をして、納得の上でこちらに来て貰う……ということも可能だったはずだ。

 言ってしまえば、あのタイミングで彼女から視線を外してしまった私の落ち度でもあるのだ、この状況になったのは。

 例え彼女が問題児だったとしても、そこにある私のマイナスは埋まりはしない。

 

 

「だから、ごめんなさい。もっとちゃんと会話すべきだった。その上で、貴方は外に居るべきではないと納得して貰うべきだった」

「……損な性格をしているんだね、君」

「?いいえ、まだまだ全然。()が目指したものからすれば、甘くて甘くて笑っちゃうくらいだし」

「ふーん……まぁいいや。で、他の理由って?」

 

 

 とりあえず捕獲云々については流すことにしたのか、他の理由について聞いてくる彼女。

 ……これに関しては、半ば勘になるのだけど……。

 

 

「貴方、今ちょっと正気じゃないでしょ?」

「ボクが?」

「キュゥべえとしても浸父としても微妙にずれてる行動原理的に、行動の主体は元の貴方なんでしょうけど……それもそれでおかしいのよ、憑依されてるってのがこの現象の基本原理のハズ。元となった演者の自意識は、あくまで憑依者の思考にエッセンスとして加えられるだけのモノ。それが主体になっているように見える、という状況自体が、貴方が正気ではない事を示してしまっている」

「……ふむ、キュゥべえ(ボク)としては感情的過ぎるし、ボク(浸父)としては歪め方が穏当過ぎる……みたいな感じかな?」

「そうそう」

 

 

 彼女の返答に、一つ頷きを返す。

 どちらのキャラクターにしても、もし原作そのままの性格でやって来ていたのなら、今の彼女とは別ベクトルで危険人物だったはずだ。

 ……いやまぁ、その場合はそもそも他者に能力を付与するのに、必要な再現度がどれくらいになるのか……という問題がでてくるけども。

 それでも、今のような会話ができたか、と言われると疑問を抱かざるをえないというのは確かだろう。

 故に、今ここに居る彼女は二人の性質・性格からは外れていると明言できるわけだ。

 ……まさかキャタピーがこんな性格だった、なんてウルトラC*5に繋がるわけもなく。

 

 だから、今の彼女は正気だとは思えない。

 どういう状態になっているのかわからないが、三つキャラを混ぜる【複合憑依(トライアド)】がかなり無理をしているものである、と言うのはほぼ間違いないだろう。

 その辺りの検査とかを受けて貰う事を前提にして、彼女を引き止める必要もあったというわけだ。……そこを口にする前に、逃げられそうになったわけでもあるけど。

 

 

「あと単純に人体実験……いやこの場合はポケモン実験?的なものの対象になっちゃいそうだから、そこの回避も目的の一つではあるかな?」

「人体実験?穏やかじゃないですね*6……というか、始めにそこを主張すれば良かったんじゃないのかい?」

「……普通に精神操作が選択肢にあるような相手に、咄嗟にそこまで気が回らなかったのよ……」

「む、それはボクが悪いか……」

 

 

 明らかにヤバイやつ、という意識が強かったせいで、理由を説明すれば聞いてくれたんじゃないかという部分に思い至らなかった……、というのはまぁ、さっきから私の落ち度としてずっと言い続けてるわけで。

 冷静になりきれないのは悪い癖よね、と密かに反省していると、対面のキャタピーが声を上げる。

 

 

「ふむ、じゃあまぁ、こっちのお願いを聞いて貰うことでチャラ、ってことでいいかい?」

「……まぁ、貴方がそれでいいんならいいけど。でもお願いって?……あ、あとその前にハリセンで叩いてもいい?」

「いやなんでいきなり叩こうとしてるのキミ?」

「あ、いや、攻撃しようとしてるわけじゃなくて。正気に戻すのに多分使えるから、というか」

「……ふむ?いや、さっきも思ってたんだけど、キミどういうアレなんだい?やっぱりなりきりなんだろうけど、キミみたいな子はトンと見たことが無いんだけど……」

「あ、私オリジナルなので……」

「………………はぁ?」

 

 

 まぁ、その後私の身の上を話したり、実際にちゃんとキャタピーにハリセンを命中させたら思考やらがクリアになったようだったりと、そんな感じであれこれと雑事を片付けて……。

 

 

「で、なんでそんなに疲れてるんだキーアは?」

「ず、ずっと魔法少女コスをさせられてて……ポーズとか、台詞とか、指定されてて……」

「あー……今度の同人誌に使う資料が欲しいとか言ってたっけか……」

「待って!?あれ資料にするつもりなのあの子っ!?」

「お、おう……なに撮られたのかは知らないけど、ご愁傷さま……」

 

 

 次の日、部屋の外にげっそりとした気分で出た私を見て、キリトちゃんがどうしたのかと聞いてきたのだが……。

 あの人嘘付きやんけ、ぐへへな感じの写真滅茶苦茶撮られまくったんだけど私……。

 しかも資料に使う予定!?……私が悪いとはいえ、ここまでされる謂れがあるのか……?

 

 

(これでもキミには感謝しているんだよ?キミがボクをこうして捕まえてくれたお陰で、ボクは必要なものを手に入れられたわけなんだからね)

「……ぐぬぬぬ」

「あー……仲良くなったようなら何より、かな」

「……いつか必ずお前も巻き込んでやるからなキリトちゃん……!」

「勘弁してくれ……」

 

 

 まぁ、そんなわけで。

 とりあえずキャタピーの機嫌というか、許しと言うかは私の痴態と引き換えに得られたのでしたとさ。

 ……本当にこれでいいのか……?

 

 

*1
紫門ふみ氏の漫画『あすなろ白書』から生まれた言葉。より正確に言えば、それを原作にしたドラマにて木村拓哉氏が相手方の女優石田ひかり氏に行った、背後から相手を優しく抱きしめた姿がウケた結果のもの。言葉そのものは死語に近いが、ポーズそのものは今でも意外と見掛けたりする

*2
とあるVTuberの台詞から。基本的には相手の事を褒めるためのもの

*3
○○マン的なモノを女性に対して使う時に微妙に迷うやつ。『女の子やぞ』だったら一応『けものフレンズ』ネタ……だろうか?一応『man』自体には『人』の意味もあるので、あながち間違いとは言い辛いが、気になるようであればウーマン(Woman)にしてもいいかも知れない。……まぁ、本当に気にするのならパーソン(Person)とかヒューマン(Human)の方がいいのだが……

*4
『ギャグマンガ日和』より、クマ吉君の台詞『変態じゃないよ、仮に変態だとしても変態という名の紳士だよ!』から。……変態であることには変わりねーじゃねーか

*5
元は体操競技の言葉。難度Cと呼ばれる1964年(当時)の最高難易度を超える難度の技を指した言葉。2021年にはK難度なるものまで生まれているので、基本的には死語。『とっておきの秘策・奥の手』の意味で、たまーに使われることがある

*6
ロールプレイングゲーム『ゼノブレイド』の主人公、シュルクの口癖。いわゆるお使いクエスト的なものを受ける時の、彼の定型句。どんな悩みごとでも、どんな相手でもこの台詞とともに解決を約束(クエストを受注)するため、妙にプレイヤーの心に残ったようだ



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黄金の鉄の塊でできた天人

「それでは、今日も張り切って参りましょー!」

「おー……」

……キーアさんはどうしたんです?元気がなくなってしおしおしてますけれど

ああ、ちょっと色々あったみたいでして……

ふーむ、上司から無茶振りでもされたとか?……上司っていつもそうですね…!部下のことなんだと思ってるんですか!?」*1

「ふわっ!!?ななななになに!?涙目で怯える表情!?何に怯えさせる気なの貴方っ!?」

「落ち着けキーア、色々漏れてるぞ」

「え、あ、ああ……なんだ夢か……夢だけど!」

「夢じゃなかった!!」*2

「ああああああああああああああああああああああ」

「ばっ、何やってるんだブルーノお前っ!?」

 

 

 朝からみんな元気だね、みたいな感じの早朝。

 キリトちゃん周りのなりきり組の回収は、あれから滞りなく終わり。……ついでに、夜のキャタピーからの資料請求も変わらず続き。

 何というかこう、精神がゴリゴリ削られている感じがする私です……。

 こんな事になるのなら、迂闊にTS組だって明かしたりするんじゃなかったぜ……。

 

 

(どこからかマシュちゃんが聞きつけてきたのには、ボクもびっくりしたけどね。あれどうなってるの?)

(二次でのマシュと、大本の演者()が混ざった結果の暴走……かなぁ?)

 

 

 まぁ、ある日突然速達で『デンジャラス・ビースト』*3送られてきた時のがもっとびっくりしたけど。……なんであんのあのヤベー物体?というかなんで写真撮影してること知ってたのマシュ()

 いやよそう、やぶ蛇どころかやぶからファフニール*4とか出てきそうで恐ろしすぎる……。

 

 まぁ、そんな感じで。

 昼間はなりきり組探し、夜は写真撮影会と、なんとも忙しい毎日を送っている私なのであった。

 

 で、今日は北海道を離れ、一度郷に戻ってキリトちゃんとブルーノちゃんを預けたのち、引き続きはるかさんと一緒に他の情報があった場所を回る予定である。

 ……キャタピー?やっこさん『マスターはキミなんだから、付いて回るに決まってるじゃないか』ってうきうきな声で言い出しやがったのでこのまま同行ですよ……。

 いつの間にかマシュからのお墨付きまで貰ってるんですけど、マシュよ君はどこに向かっているんだい……?

 

 

(撮った写真を焼き増しすることを条件に許して貰ったよ。正直生きた心地がしなかったよ)

(マシュゥゥゥウウゥゥゥウウゥゥウッ!!!?)

 

 

 キャタピーからの返答に、もはや手遅れなのでは?……みたいな言葉が頭に浮かんでは消えていく今日この頃。

 ……正直気が重いです、はい。

 

 

 

 

 

 

「はぁい、元気に……はしてなさそうね」

「とてもじゃないけど、空元気すらもでねぇっす……」

 

 

 なりきり郷の正面ロビーにて、久々に生ゆかりんと面会する私。

 ……とは言うものの、こっちの疲労が色濃くて、呑気にお喋りともいかないのが辛いところ。

 この激務を、五条さんはずっと熟してたんです……?

 

 

「そうねぇ、彼は向こうとの折衝役も務めてくれてたから、今の貴方より仕事は多いんじゃないかしら?」

「……私、戻る前に五条さんの好きなもの、何か買ってくることにするよ……」

「……私の分もお願いしていい?」

「任された」

 

 

 今の私より多い仕事が割り振られてたとか、今までよく五条さんにキレられたりしなかったねゆかりん……。

 

 そんな感じでちょっと話をした後、予定通りにキリトちゃんとブルーノちゃんをなりきり郷にシュゥゥゥーッ!!超!エキサイティン!!*5

 ……いや、別に襟首掴んで投げ入れたとかそういうことではなく、単にゆかりんに引き継ぎを任せただけの話なんだけども……。

 会話もそこそこに二人がスキマにボッシュート*6されていたのを見たので、なんとなくさっきのフレーズが思い浮かんだと言うか……。

 血も涙もない……とはまた違うけども、もう少しこう……穏便に、というかね?

 みたいな主張は、にこやかな笑みに流されました。……誉れは浜で死んだんだなって……。*7

 

 

「で、これからすぐ次に行くのかしら?」

「う、うん……この調子じゃ、サクサク進めないといつまでも終わりそうにないし……」

「なるほど、じゃあちょうどいいわね」

「……なに?なんか嫌な予感がするんだけど?」

「ふふふ……」

 

 

 うわでた、久々のゆかりんの胡散臭い黒幕笑みだ!?

 ……一体何を提案するつもりなんですかねこの人は……?

 なんて感じに戦々恐々としていると、ゆかりんが華麗に指を鳴らしてスキマを開いた。……悪役っぽい人が指鳴らして何か出す、って演出は微妙に古くない?

 

 

「うるさいわよ……こほん。なんだか戦闘めいた事もあったって聞くじゃない?向こうからの同行者と一緒じゃ貴方もやり難いでしょう。──だから、こうして盾役を用意しましたーぱちぱちー」

「いや盾役?っていうか口でぱちぱち言うのもアレだけど……ええい、マシュが無理なのに他に盾役って誰を……」

 

 

 微妙に反応に困る言葉とフリに困惑する私。

 そんな私の目の前で開いたスキマから現れたのは、桃の葉と実の付いた丸い帽子と、長く青い髪に真紅の瞳。勝ち気な表情を浮かべるこの少女。……これは──。

 

 

「なんと、てんこちゃんじゃないか」*8

「おいィ?いきなり名前を間違えるとか失礼すぐるんだが?お前らは一級なりきりストのわたしの足元にも及ばない貧弱なりきりスト、そのなりきりストどもが一級なりきりストのわたしに対してナメタ言葉を使うことでわたしの怒りが有頂天になった、この怒りはしばらくおさまる事を知らない」

「……違ったこれブロン子さんだ」*9

 

 

 現れた意外な人物に、思わず名前を間違えたら、静かな口調で怒られてしまった。

 ……うん。その反応からするに、どっちにしろ二次設定もりもりな人でしたね……みたいな感じで言葉を返せば、少女はハッとした表情を浮かべ、しどろもどろな感じに弁明を始めた。

 

 

「あ、いや、違くて。私は確かに普通の比那名居天子(ひななゐてんし)でな?その、時折ブロント語が出ると言うか、う、ううー……」*10

「なにこのかよわいいきもの」

「本人が言ってた通り、比那名居天子よ?一瞬【複合憑依】なんじゃって疑うかも知れないけれど、正真正銘普通の……普通の?比那名居天子よ」

「なんか普通って言葉がゲシュタルト崩壊*11してきたんじゃが」

 

 

 私とゆかりんが話している間も、当の少女は己の存在を憂慮するように唸っている。

 ……その時点で本人っぽくない、と言うと泣きそうなのでとりあえず沈黙。そうして落ち着くのを待つこと暫し。

 

 

「あ、あー。比那名居天子だ、これからそちらの護衛に付く。せいぜい這い蹲って大いに有難がるといい」

「わーい」

「いや素直っ!?……あ、いや、その……う、うむ。良きに計らえ!」

ゆかりんホントに大丈夫なんこの子?

腕はしっかりしてるから大丈夫よ。……ってなに、その顔?

いや、曲がりなりにも八雲紫が比那名居天子を頼りになる……って紹介してるの、なんかバグっぽいなって思って……*12

「おいィ?小さい声で喋ってとも確り聞こえてるんダからな?」

「……えっと?」

「唯一ぬにの盾役としての自負が、後光の如く時々漏れ出してしまうのよ。……一級なりきりストであることの、いわばツケね」*13

「………あっ。だ、だから違くてっ」

 

 

 ふーむ、つまり光と闇が合わさる(二重人格)的な?……そこまでは行ってない?時々感情が昂ぶったりすると漏れてくる?

 それはまぁ、なんと言うか難儀なキャラをしておられる……。

 

 涙目で違う違うと訂正する彼女を引き連れ、ゆかりんへの挨拶もそこそこにロビーの外に出れば、何処かへと連絡をしていたらしいはるかさんとばったり出くわした。

 彼女はこちらの姿を確認するやいなや、電話先の人間に謝罪を入れたのち、その通話をさっくりと切った。

 そしてそのまま、こちらににこやかな笑みを浮かべながら近寄って来る。

 

 

「キーアさん、そちらの方は準備などは終わりましたか?」

「特に滞りもなく。そういうはるかさんの方は?」

「あと三日ほどで戻るように、と上司から連絡がありまして。私がこうしてお付き合いできるのは、残りそれくらいの期間になりそうです」

「ほう判断が生きたなあとでジュースを奢ってやろう」

「………はい?」

「き、九杯飲むか……?」

「え?えっと、1杯でお願いします……?」

「…………うわぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁいっそ殺せぇぇぇぇぇぇっ!!」

「ええっ!?」

 

 

 そうしてはるかさんと話を始めたのだが……、うん、天子ちゃんが想像以上にてんこちゃんである。

 ……こんなんでこの先大丈夫なんだろうか?

 そんな思いを抱きつつ、次の場所に向かうためにタクシーに乗り込む私達なのであった。

 

 

 

 

 

 

 道中どうなることかと思っていた天子ちゃんだが、普通にしてる分には普通に天子ちゃんだった。

 いや寧ろ傍若無人な面がなりを潜めているから、原作より頼りがいがあるかも?

 ……いやまぁ、横暴さの欠片もない天子ちゃんが、果たして天子ちゃんと呼べるのか、という問題は付いて回るわけなのだけど。……やっぱりブロン子って呼んだほうがいいのでは?

 

 

「ちーがーうー!!私は比那名居天子なのー!!」

「うーむ強情。いやまぁ、見た目はまんま天子ちゃんだから、なんにも間違っちゃいないわけだけども」

「だろう!?」

 

 

 狭いタクシーの中で荒ぶる天人(てんにん)を落ち着かせながら、ふと天人を天人(あまんと)と読んだらアレだな、と変な事を思いつく私。……うむ、銀ちゃん呼んでくる?*14

 

 

「おいやめろ馬鹿、この話題は早くも終了ですね」

「雲の上と宇宙だから、地上からしてみれば対して変わらないような気も……」

「ちょとsYレならんしょそれは……?このままでは私の寿命がストレスでマッハなんだが……」

「そこまで嫌がるの?……あー、はいこの話はおしまい。私も悪かったから、天子ちゃんも落ち着いて」

 

 

 宇宙人扱いは嫌なのか、口調が変わっていることにも気づかずに抗議してくる天子ちゃんを落ち着かせつつ、さっきから無反応なはるかさんの方をふと見れば。

 ……なんか、宇宙猫みたいな顔になっていた。むぅ、ブロント語はわからん、ということだろうか?

 まぁ、彼女がわからずとも私は一応わかる人なので、それでいいか。なんて風に考えつつ、ふと車外に目を向ける。

 

 この間が北海道で、次に向かうのは中国地方。

 ……なんだかいきなり飛んだな、という気分になりつつ、はて中国地方で何があるのか、と資料に目を通せば。

 

 なんか『宮本剣豪七番勝負』なるものの噂が耳に入ったとか、カブトガニならぬカブトが一部に集まってるとか、はたまた出雲の方に神系のキャラが大挙して来たとか、なんとも言えないものばかりが目に入ってくる。

 

 ……心が折れそうなんだけど、帰っていいかな?なんて事をぼやきながら、流れる景色を眺める私なのでした。

 

 

*1
『ゾンビのあふれた世界で俺だけが襲われない』という作品の登場人物、藤野深月の台詞『男の人っていつもそうですね…!私たちのことなんだと思ってるんですか!?』より。元はノクターンノベルズという『小説家になろう』の18禁部門で連載されている小説作品。それの漫画版のネット広告が非常に多くの場所に掲載されていた為、ネットミームと化したもの。それにしたって、なんでこんなに流行ってるんでしょうね……?

*2
『となりのトトロ』より、草壁メイと草壁サツキの台詞。本来は夢だと思っていたものが現実にもあった、みたいなポジティブな意味の言葉

*3
『fate/grand_order』より、同名の概念礼装と、そこに描かれているマシュ、及びその服の名前(として扱われているもの)。『りゅうおうのおしごと!』の登場人物、空銀子も着てたりする。なんというか、デンジャラスですよ、こいつぁ……ッ!!なんてジョジョ風味な言葉が浮かんでくる一品

*4
ファフニール、ないしファヴニールは、北欧神話に登場するドラゴンの名前。有名なドラゴンの一種である為、色んな所に名前が使われている

*5
バトルドーム!ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!超!エキサイティン!!3Dアクションゲーム!バトルドーム、ツクダオリジナルから。……でお馴染みな、対戦型ピンボール。正直クs……エキサイティンなゲームである

*6
TBSのクイズ番組『世界ふしぎ発見』で使われるフレーズ。没収とダストシュートの組み合わせから生まれた言葉で、ひとし君人形というものがクイズに不正解だった時に没収されるその姿が、机の中に沈んでいくことを表したもの。穴やスキマに落っこちていく姿に使われる

*7
『Ghost of Tsushima』より、主人公境井仁の台詞から。侍の誉れを捨て、勝つために後ろ暗い手に身を染めていく主人公の悲壮な覚悟の現れた台詞……なのだが、当時の(史実での)侍が誉れを気にしていたか、と聞かれるとちょっと言葉を濁す必要があったりする。詳しくは『鎌倉武士』で調べてみよう!

*8
比那名居天子の名前部分の読み間違いネタ。ほんとは『てんし』と読む。彼女の登場の同時期に同じ『てんし』読みのキャラが居たために広まった、とも

*9
ブロント語を話す比那名居天子、という二次創作キャラクター。二人共『有頂天』という言葉に関係があった為生まれたらしい。謙虚な天人

*10
『東方シリーズ』のキャラクターの一人。『東方緋想天』が初出。天界に住む天人の一人で、基本的に尊大、上から目線。実は結構強か。ゆかりんをブチ切れさせたことのある数少ない人物の一人

*11
認知心理学の分野の用語。特定のモノを一定期間注視することにより、そのものの印象や認知が曖昧になる現象

*12
前述の通り、比那名居天子は数少ない八雲紫をガチ切れさせた人物である

*13
PSP版のロックマンXである『イレギュラーハンターX』の前日譚アニメにて、ゼロの言った台詞『俺たちレプリロイドの高度な情報処理能力の、いわばツケだな』から

*14
『銀魂』より、いわゆる作中での宇宙人の総称



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大都会とか見て一番吹き出すのは地元民だと思う

 岡山県、という場所がどういうところかご存知だろうか?……開口一番県北うんぬん言い出したやつは後で郷の裏でシメる。

 

 まぁ、それは置いといて。

 中国地方の県の一つ・吉備津彦命が桃太郎のモデルとして有名・きび団子とマスカット、桃とかが美味しい・日本三名園の一つ、後楽園がある・美観地区にままかり・晴れの国にジーンズの名産地などなど……。

 まぁ、これ以外にも細々とあるかも知れないけれど、いいイメージは大体そんな感じ。

 悪いイメージに関しては……まぁ、あんまり語るとアレなので、運転の荒さと言葉遣いの粗さ、位に留めておいて。

 

 まぁ、基本的にはわりと片田舎、という感じだろうか。

 ……いやまぁ、いいところもいっぱいあるんだけどね。でも基本的には……良くも悪くもなんにも無い、という感じがなくもないと思う。

 台風の直撃も地震の被害も津波の影響もほとんど受けない辺り、過ごしやすさは結構なものだとも思うけど。

 

 え、なんで今回はやけに岡山に付いて語るのかって?

 今回は基本的に岡山での話だからだよ、うん。

 

 

 

 

 

 

 新幹線に揺られること暫し、そこから電車に乗り換えて更に暫し。

 やって来たのは岡山の南部。もうちょっと西に進むと広島に着くことから、地元民的には広島民的な意識もなくはない……なんて場所にやって来た私達。

 

 ……最近だととある漫才コンビの出身として有名だったりするんだっけ?

 まぁ、今回はその辺りは関係ないんだけども。

 

 今回用事があるのは、その地域の一画にあるとある博物館……の近く。

 佐賀県と岡山県の一部にあるという、とある絶滅危惧種の生息地。

 ……佐賀県の方は岡山より遅れて国の天然記念物に指定された為、古さという面では岡山のそれの方が古いものではある。

 また、岡山にあるその生き物の為の博物館は、現状世界で唯一の『その生き物をテーマにした』博物館だったりする。……世界に唯一、なんてものがあるのになんで田舎くげふんげふん。

 

 ……さて、勿体ぶってきたけど、今回私達が岡山くんだりまでやって来たのは他でもない。

 そう、私達がここにやって来たのは──、

 

 

「まさかのカブトガニの為、というね……」*1

「私が言うのもなんだが、地獄かここは」

 

 

 視界の中に散りばめられた、『カブト』に関するキャラ達の集団。

 ……いや、ポケモンのカブト*2はわかるんだよ、まんまカブトガニモチーフだからね!?

 でもそこの薬師カブト*3とか、仮面ライダーカブト*4とか!挙句の果てに阿修羅カブト*5にメタビー*6だぁ?貴様らカブトはカブトでもカブトムシの方じゃねーか!!

 っていうかほとんど視界に入ってくるのカブトムシ系っ!!岡山の南西部である必要性皆無!!

 いやまぁ、私もカブトガニモチーフのキャラなんて、ポケモンのカブトくらいしか知らないけどさ!!

 

 

「ふふふ、意外かい?意外だろう?でも今回のボクは蛇博士じゃなくてカブトガニ博士……ふふふふふ……」

「なんだそのコラ混じってそうな台詞は?あまり調子に乗ってるとマジでかなぐり捨てンぞ?」

「おお、怖い怖い」

「……………」

「抑えて天子ちゃん、マジ抑えて」

 

 

 薬師の方のカブトがこっちを煽ってくるものだから堪ったものではない。

 ……今まで明確に悪役なキャラをなりきりしている人はほとんど見かけなかったけど、やっぱり元が敵役だと問題児率が上がるのだろうか……。

 逃げないようにと抱き抱えたポケモンのカブトの方は、不思議そうにこちらを見上げている。……みんなこんな感じに大人しいといいんだけどなぁ……。

 

 そんな風に遠い目をする私の前では、何故かメタビーからメダロッチアプリを転送されて、仮面ライダーカブトと共に阿修羅カブトに立ち向かうはるかさん……なんて不思議なものが繰り広げられている。

 

 

「不思議そうにされてなくていいですからぁっ!!なんとかして下さいぃーっ!!?」

「泣き言を言うんじゃねぇはるか!次の指示を出しやがれぇいっ!!」

「おばあちゃんは言っていた、女性の涙は美しい……だが、女性を泣かせる行為は美しくない、と」

「ああん!?なんだ喧嘩売ってんのかお前っ!!」

「余所見してんじゃねぇぇぇえっ!!」

 

「……こっちのカブトさんはいいから、向こうの手伝いお願いしていい?」

「了解した、カカッっと行ってくる」

 

「きた!メイン盾きた!!」

「ついげきのグランドヴァイパ*7でさらにダメージは加速した!!」

「ぬおおぉおっ!!?」

「い、今です『いっせいしゃげき』!」*8

「よっしゃあ!!これでも喰らえっ!!」

「……クロックアップ」*9

『Clock Up!』

 

「……ああもうなんじゃこれ……」

 

 

 目の前で繰り広げられるパーティみたいな大騒ぎに半ば呆然としつつ、隣の薬師の方のカブトさんに目を向ければ、彼は楽しげにその大騒ぎを見詰めていた。

 ……逃げたりはしないんだな、と思っていたら、こちらの思考を察したかのように彼が口を開く。

 

 

「正直な話、別に現実でなにかしよう……みたいな野心はボクにはないからね。進んで問題を起こす気も無いんだから、そりゃ大人しくしてるさ」

「……じゃあアレを止める手伝いとか」

「ボク仙人モードも使えない普通の忍なんで」

(……はぐらかしてるんじゃなかろうなこいつ……)

 

 

 本当の事を言っていないように思えてしまうのは、彼がそういうキャラクターだという先入観からなのか、はたまた本当に今ここに居る彼が胡散臭いからなのか。

 ……いまいちその部分が掴めないまま、二人で目の前の大騒ぎを見続けること数分。

 

 仮面ライダーの方のカブトのベルトから発せられた『Clock Over!』の機械音声と共に、阿修羅カブトは地に倒れ伏していた。

 ……その顔が満足そうに見えるのは、本当の意味での全力には程遠いとは言え、思い切り暴れられたからだろうか?

 

 

「はっ、遊んだ遊んだ。機会があれば、また遊ぼうぜ」

「黄金の鉄の塊で出来ているナイトが、皮装備のジョブに遅れをとるはずは無い。……まあ、気が向いたら相手してやる」

「いやホント堅いなお前!ミサイルで怪我の一つもないとかヤベーよ!」

「そもそも誤射しないでって言ったじゃないですかぁっ!?」

「え?えっとなんだっけ……射線上に入るなって、オレ言わなかったか……的な?」*10

「おばあちゃんが言っていた、射線とは開けるものではない、自ずから開くものなのだと」

「お前はお前で言ってる意味全くわかんねーんだけどっ!?」

 

 

 みたいな感じにごちゃごちゃと話す彼等を遠巻きにしつつ、元気だなーと思うと同時に、よく周辺住民にバレなかったな、と疑問に思っていると。

 

 

「……人よけの護符?」

「あ、はい。研究成果の一つ、と言いますか、失敗作の一つと言いますか……」

 

 

 はるかさんが見せてくれたのは、破れてしまった一枚の護符。

 なんでも、色んななりきりキャラ達の技術の内、隠密に関わるものを動員して作られたものなのだそうで。

 一定時間、護符が壊れるまでの間周囲に人の目や意識が向かないようにできるのだという。

 それだけならわりと有用そうなのだが、わかりやすく人の意識の空白が生まれるため、違和感が残り続けるのだという。ついでに機械類も騙せない為、緊急時に使うくらいにしか用途がないのだとか。

 

 

「あと、使った場合は使用した時の状況やらなにやらのレポート提出が義務付けられてまして……正当な理由と認められなかった場合、暫くの減俸や最悪クビなんてことも……」

「うわぁ、使いたくなーい」

 

 

 効果の割にデメリット大きすぎー。

 ……BBちゃんのこの間の海でのあれ、こうして考えてみるとすっごい仕事してたんだなぁ。

 またお土産を買う相手が増えたな……なんて思いつつ、ゆかりんに連絡を入れるためにスマホを取り出す私なのでした。

 

 

 

 

 

 

 さて、滞りなくカブト軍団をスキマ送りにして、次の場所に向かおうとしていたのだけれど。

 ……ずっと抱いてたせいなのか、ポケモンのカブトの方が私の傍を離れようとしないのである。

 

 とはいえ、流石にポケモンを引き連れて歩くのもなぁ、といった所。

 ……よもやキャタピーの時の過ちを繰り返すわけにもいかず、はてどうしたものかと迷っていると。

 

 

「連れて行ってあげなよ、ポケモンなんだから小さくなるのはお手の物だろう?」

「ずいぶん勉強したな……まるでポケモン博士だ」

「……いや、それボクに対しての台詞じゃないし、そもそもポケモン博士が他に居たら、色々言われるやつだよね?」

 

 

 なんて薬師の方のカブトさんとの会話により、小さい瓶に水を入れ、そこに入っていて貰うことになった。……これもゲット扱いなのだろうか?

 

 

(順調にポケモンマスターへの道を進んでいるね)

(……なーんか誘導されてる感がすごいんだけど)

 

 

 なんて会話を脳内でキャタピーと行いつつ、カブト軍団と別れて次に向かうのは岡山の北東部の方。

 この辺りで有名なのは……国際サーキットだろうか?それと──剣豪、宮本武蔵の生誕地候補の一つとしても有名かな。

 

 宮本武蔵、本名『新免武蔵藤原玄信(しんめんむさしふじわらはるのぶ)』。

 恐らく日本で一番有名な剣豪であり、二天一流という兵法の開祖でもある。

 

 出身地に関しては播磨国──現在の兵庫県であるとされる説が有力らしいが、美作国──今で言う岡山出身である、とする説も根強く残っている。

 

 性格は基本的に豪快、しかして兵法家としての面から切れ者でもある大人物。

 日本人であるならば彼が最強の剣豪であると思う者も多く、様々な作品で彼をモチーフにしたキャラクターが生まれている。

 ……というか、日本人が作る二刀流系キャラは大体彼の影響が色濃く、二刀流キャラで無関係なキャラを探すほうが楽な可能性もなくはない。

 

 そんな感じの大人気な剣豪、それが宮本武蔵である。

 ……で、そんな武蔵の名前を関した謎の催し物、『宮本剣豪七番勝負』なる謎の名前が風のうわさに流れてきたので調べてこい、と言うのがここに来た理由。……なんだけど。

 

 なんというか、モチーフ云々の話をしたせいなのか、はたまたそんなこととは全然関係なくこうなったのか。

 ……いまいち判断に困る人物が、私達の目の前に居るわけでして。

 

 

「……よろしく頼む」

「え、えっと、はい……」

 

 

 ぶっきらぼうに声を上げる金髪の彼と、そんな彼を狂ったようにぱしゃぱしゃ写真を撮っているはるかさんと、どうしろというのか、という気分で天を仰ぐ私。

 ……凄まじく変則的な共演が叶ってしまった感がある天子ちゃんは、ちょっと離れた位置でこちらを見守っている。

 

 ……勿体ぶっても仕方ないので言うけど。

 宮本武蔵生誕の地と呼ばれるそこで、私達を待っていたのは。

 恐らく日本のRPGで高い知名度を誇るキャラの一人、クラウド・ストライフその人だったのでした。*11

 

 

*1
鋏角亜門のカブトガニ目に属する節足動物の総称。カニと付いているが分類的には蜘蛛とか蠍の仲間。絶滅危惧Ⅰ類に属する絶滅危惧種。彼等の血液は特殊なものであり、人間の医療のため採血を行われていた……のだが、その光景がわりとショッキング。現在では彼等の血液中にある有益な成分を人工的に作ることが可能になったので、近年ではこのショッキングな光景は少なくなっている、らしい

*2
ずかんNo.140 たかさ 0.5m おもさ  11.5kg こうらポケモン 3おくねんまえに さかえた ポケモン。 とある ちほうでは いまでも まれに いきた すがたが みられると いう。

*3
『NARUTO』のキャラクター。元は大蛇丸の部下その1、くらいの存在感だったのだが……?

*4
『仮面ライダーカブト』より、同名のキャラクター。主人公のカッコよさがとにかく光る作品。フィギュアなどで服などが取り替えられる時に『キャストオフ』という言葉が使われることがあるが、その言葉の元になった作品でもある。……いや、『キャストオフ』そのものが脱皮の意味なので、この作品を期に他の界隈でも使われるようになった、というだけの話ではあるのだが

*5
『ワンパンマン』のキャラクターの一人。進化の家最強の怪人。……お約束通り、ワンパンでやられたが。一応レベル竜なので十分強い。相手が悪すぎただけである

*6
『メダロット』シリーズより、KBT型メダロット、メタルビートルの愛称。近年の作品では、メタビーの方が正式名称になっている

*7
『ギルティギア』より、ソル=バッドガイの技の一つ。炎を纏いながら低姿勢で突進し、相手にボディブローを食らわせて打ち上げる

*8
『メダロット』より、メダフォース(必殺技)の一つ。基本的には名前通り、自信の射撃武装を全部使って相手に攻撃する。その為、射撃パーツが壊れているとダメージが下がる

*9
『仮面ライダーカブト』において使われる高速移動能力。自分の時間の流れを速くする能力であるため、似たような他の高速移動系能力に比べると、わりと使い勝手がいい

*10
『ゴッドイーター』より、台場カノンの台詞『射線上に入るなって、私言わなかったっけ?』から。誤射姫なるあだ名を貰い受けるほどに誤射率の高い彼女の、一際特徴的な台詞

*11
『FINAL FANTASY Ⅶ』より、主人公。元ソルジャークラス1stで、現在は何でも屋を営んでいる青年……?



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七番勝負、始めと終い。……あれ、間は?

 ……クラウド君が宮本武蔵モチーフなの、初めて知ったんだけど?!*1

 あ、でも確かに相手方のセフィロスさんは、見ればそれってわかるレベルの長い刀持ちだから、こっちが小次郎モチーフなのはなるほど、ってなるね!

 みたいな事を考えつつ、隣に金の髪の彼を引き連れ、私達は森の中の道を進む。

 

 ……『宮本剣豪七番勝負』。

 突然この辺りに噂されるようになったというそれは、言葉を聞く限りは『宮本武蔵』達が武を競うもの、に思えるのだが。

 ……初手からモチーフキャラが現れている辺り、素直に『宮本武蔵』が出てくるわけではなさそうである。

 

 いや、というかそもそもね?

 普通の人らを思いっきり巻き込んでない?これ。だって普通に周辺地域の人達に噂されてるじゃん。

 ……と思ったのだけれど、どうにも周辺の一般人にはあくまでも噂だけが回っており、誰がしかの姿を見たものは一人も居ないのだという。……というようなことを、道の駅のおばちゃんが話してくれた。

 

 ……うーん、噂の名前的にfgo案件*2?それとも、それの元ネタの柳生十兵衛の方?*3

 よくわからないけど、警戒だけはしっかりとしておこう……。

 特に、バキの方の武蔵*4とか出てきたらちょっと対応考えなきゃいけないし、悪ノリしたわらび*5が居たりしたら『悪・即・斬』*6しなきゃいけないし。

 

 

「もし仮にいきなり斬りかかって来る奴が居たら、私が代わりに受けるから下がってるように」

「お願いしまーす……あ、私についてもだけど、はるかさんに関しても気にしてて貰える?」

「請け負った」

 

 

 先導する天子ちゃんが、顔だけこちらに振り返りながら声をあげる。

 微妙に周辺の空気がぴりぴりしてるからか、天子ちゃんもブロント語がなりを潜めているようだ。

 ……こういうところは謙虚というか頼りになるというか。すごいなー、憧れちゃうなー。

 

 

「うるさい、気が散る。一瞬の油断が命取り……あ」

「あ、あはは……うん、あんまり気を詰めない程度にお願いします……」

「はい……」

 

 

 なんて、私の方が思わずブロント語を使ってしまったせいで、天子ちゃんの方もつられて、うっかり語録が飛び出してしまっていたのだけど。

 ……うん、ごめんねなんか緊張しきれなくて……。

 

 なお、そうして私達が呑気に会話している間も、クラウド君は普通に周囲を警戒していた。

 大本の純朴な彼と言うよりは、他作品に出張している時の寡黙な彼……ということなのだろうか?

 

 

「……俺を知っているのか?」

「え?え、ええ……知らない人の方が珍しいと思うんだけど……」

「……そうか。ゾハルについては?」*7

「は?いやなんでゼノギアス……はっ!?」*8

「ふっ、冗談だ……」

 

 

 ……突然おっそろしいこと言い始めるの、お願いだからやめて欲しいんだけど。

 

 一瞬で冷や汗まみれになった私と、そんな私とクラウド君に視線を交互させながら、なんのことやらと首を傾げるはるかさん。

 唯一、天子ちゃんだけが彼の台詞の意味を認識できていたのか、マジかよ……みたいな表情でクラウド君を見詰めていたのだが。

 

 ……うん、本編終了後が基本っぽいねこのクラウド君……。

 天然気味かつ冗談まで飛ばしてくる彼を見て、なんとも言えない気分で歩く私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「……スマブラじゃん!?」*9

「いや、突然どうした」

 

 

 突然叫んだのは確かに私だが、そんな顔でこっちを見られるのは納得いかんぞちくしょう……。

 

 ぐぬぬ顔をする私とみんなが現在居る場所、それは……恐らくゆかりんの住居ではない、普通の意味の方の迷い家、なのだろう。……いや普通の迷い家ってなんだ?

 

 まぁ、要するに昔の日本家屋っぽい建物があって、私達は招かれるままにその中に入ったわけである。

 

 で、今じゃ田舎の祖父母の家に里帰りする時くらいにしか見ることもなさそうな、立派な和室に通された私達は。

 そこでこちらを待つ人物──、覇王丸*10に出会ったのである。

 ……いや、微妙にわかって貰えなさそうなキャラ(とこ)を突いてくるのやめない?

 一応ちょっと前に新作が出てたはずだけどさ。

 

 まぁ、こっちの驚愕というか脱力感とかは置いといて。

 目の前に居る相手は、切った張ったを生きぬいてきた侍である。

 ……一応なりきりという大前提はあれ、一種殺伐とした世界観の相手が何をしてくるのやら?……みたいに警戒していたのだけれど。

 

 

「それでは、ここからは私が勝負の審判を勤めさせて頂きます」

「え、黒子だとっ!?」

 

 

 畳の下から現れた黒装束の人物を見て、一瞬でヤバい!……と思うはめになる私なのだった。

 

 ……いや黒子て。*11

 このタイミングで出てきたってことは、サムスピの黒子でしょうこれ?

 ということは、まさかの絶命奥義あり?*12ひえー。……いやひえーでは済まんがな。

 なんて風に顔を青くしていたわけである。

 

 ……まぁ、よくよく考えてみたら、医療系の技能は軒並み下方修正食らってる……というのが共通設定のはず。

 ならばここに居る彼にしても、原作みたいな蘇生を行うことは不可能だろう。*13

 故に、この場での命の危険とかは多分ない……かな?と悟ったわけである。

 

 いやでも冷静になって考えてみると、なんで単なる審判のはずの黒子が蘇生技術なんてモノを持ってるんですかね?

 それもそんじょそこらの医療系キャラが、束になっても叶わないような高度なモノを。……絶命奥義ほか世界観のせい?だよねー……。

 

 そんな感じで、勝手に一喜一憂しながら暫く警戒し続ける私と、私の警戒の理由がよくわかってない周囲。

 ……なんて微妙な状態が続くことになるのだけど、その停滞を振り払ったのもまた、当事者たる黒子さんだったわけで。

 

 

「今回の『宮本剣豪七番勝負』、初めの一戦はこちらとなります」

「……はい?」

 

 

 ささっ、と背後で動く他の黒子達……いやなんだ今の?と、彼等が去った後にそこに置かれたもの。

 ……審判役の黒子さんがせっせっと準備をして、整えられたそれの前に、クラウドさんと覇王丸さんが仲良く正座して並ぶ。その手には──コントローラー。

 

 ……いや、なんでブラウン管テレビ、なんでゲーム機、なんでスマブラ!?

 

 おかしいおかしい、全体的にツッコミどころしかない!!

 和室の真ん中にドンとテレビを置いて、その手前に金髪のイケメンと、見るからに侍な日本人が仲良く肩を並べて、和やか……あ、言うほど和やかじゃねぇや。

 ……えっと、とにかくわちゃわちゃしながらスマブラしてるんだけど!ちょっとよくわかんなくて付いてけねぇや!

 

 

「ちなみに残機制、三回落とせば勝ちです。あまりガチにするとアレなので、終点化は無し」*14

「それを聞いた私は、どういう反応を返せばいいんですかねぇ……?」

 

 

 審判役の黒子さんから告げられた台詞に、思わず渋い顔になる私。

 ……クラウドさんがゲーム内でクラウドを使って戦ってる、とかいう不思議状況を、私は一体どういう気持ちで見るのが正解なんです?

 何故かは知らないけれど、相手の覇王丸さんはセフィロス使ってるし。……あえて言うなら刀使い繋がり、か?

 

 半ば唖然とする私達の前で、ゲーム内では操作キャラの方のクラウドが、『超究武神覇斬ver.5』でセフィロスを叩き落として……あ、勝った。

 勝ちました、勝訴!勝訴です!

 

 

「そこまで!一番勝負、そるじゃあ流くらうど・すとらいふの勝ち!」

「ふ、興味ないね」

「ちっくしょおぉぉ!」

 

 

 黒子さんの勝利宣言と共に、二人のプレイヤーは対照的な態度を取る。……あ、そこはなんというか、試合終了ポーズ的な事するのね二人とも。

 いやでも、いきなり立ち上がって剣をくるくる回すのはびっくりするのでやめ……剣をくるくるする繋がりかこの二人?*15

 

 ……いや、さっきから思考が大分寄り道している感がある。

 正直頭痛くなってきたから、ちょっと気を飛ばしてもいいかな?ダメ?マシュ居ないから?そんなぁ。

 

 

 

 

 

 

「確かにスマブラじゃん、ってツッコミ入れたの私だけどさぁ!?だからって本気でぶつかり合うのどうかと思うよっ!?」

「きゃああああっ!?」

 

 

 初手の覇王丸から始まり、バガボンドだったりGUN道だったりBASARAだったりYAIBAだったり百花繚乱してたりした宮本武蔵達。

 その悉くが、剣の戦いではなく何かしらのゲーム──将棋に囲碁みたいなボードゲームや、さっきのスマブラみたいなビデオゲームなどの、血反吐を吐くことの……いや、人によっては吐くか。月夜ばかりと思うなよとばかりに恨むか。……いや、そりゃ一部だよ一部。

 

 と、とにかく。

 無為に殴りあいやら切りあいやらになることのない、平和的な競争手段ばかりだったのだけれど。

 ……最後の最後でやってくれやがりましたよ、ええ。

 

 

「モチーフキャラ!かつ遊び!確かに間違っちゃいねぇ!間違っちゃいねぇがな……!まさかのニサシ殿*16からとは思わねぇでしょうがー!!」

「な、なによボクが悪いって言うのっ!?……いやその、『剣豪』云々なのにボクが最後なのは、ちょっとなんというか気後れとかしなくもないけど!」

「はっはっはっ。決闘者の方々は楽々戦闘できて羨ましいですねぇ」

「黒子さーんっ!?そんな気楽な話かなこれー!?」

 

 

 最終戦、まさかのツァン・ディレ。*17……何故にデュエル?

 いや、さっきまでのゲーム繋がりで言うんなら、カードゲームだから間違いでもなんでもないんだけどさ。

 ……なんか変な気でも貯まってたのか、シエン*18が突然BASARAなノッブ*19と化し、暴れ出(ぶるああ)しだしたのである。……なんでここでノッブ!?*20

 咄嗟にクラウドさんが銃弾を弾いてくれなきゃ、最悪眉間に穴空いてましたよね今の?!

 

 

「仏の顔を三度までという名セリフをしらぬぃ相手に、私は深い悲しみに包まれた……」

「天子ちゃーんっ!?頑張って?!負けないでもう少し!」

「最後まで?」

「走り抜け……ちゃダメ!そこで踏ん張って!!」

「人使いが荒すぎる、ちょとsYレならんしょこれは……」

 

 

 全てのノッブの集合体、とでも言わんばかりに無茶苦茶やってくるBASARAなノッブ。

 

 こちらとしては黄金の鉄の塊である天子ちゃんの後ろから、相手をこっそり窺うことくらいしかできぬ……。

 必然、攻撃はクラウドさん、防御は天子ちゃんに任せる形になる。

 足手まといな私とはるかさんとディレちゃんは、その背後で邪魔にならないように縮こまるばかり。……黒子さん?あの人わりとチートなので……。

 

 というか、あのノッブなりきりでもなんでもない、単なるカードのはずなのに、なんでこんな無茶苦茶な事に……あ。

 

 

「あっ、ってなにぃ?!はやくせつめいしテ!!」

「いやこれ、()()()だからこんな事になってるんじゃ……?」

「なるほど、夢現であれば無理も道理となると。それはなんとも不味いですねぇ」

「ど、どーいうことですかぁー!?」

 

 

 はるかさんの叫びに、なんとなく理由を察した私は説明を始める。

 

 ……カードと言う域に留めておいたシエン……もといノッブが、本来の姿を取り戻していく。

 人々のフリー素材であるという祈りを束ねて、人を超えた魔王に近い存在へと変わっていく。

 天と地と万物を紡ぎ、相補性の巨大なうねりの中で、自らをエネルギーの疑縮体に変身させているんだわ。

 ──純粋に人の願いを叶える ただそれだけのために……!*21

 

 

「つまりどういうことよぉっ!?」

「デュエルモンスターズなんていう厄物と、迷い家という異様な場、そしてそこに漂っていた人々の想念。それらを束ねて──ノッブはノッブを越えようとしているんだよっ!!」

「キーアさんが何を言っているのか、1ミリも理解できないのですがー!?」

 

 

 気にするな、ぐだぐだしている時の方が大概ヤバいんだ!

 

 突然のレイド戦の様相を呈して来た『宮本剣豪七番勝負』。

 迫るノッブ、迫る世界崩壊のタイムリミット。

 私達は、果たして世界を救えるのか──っ!?

 

 

「話が大きくなりすぎよぉっ!?」

「こんなこと報告書にどう纏めろって言うんですかーっ!?」

「はっはっはっ。まだまだ余裕がありそうですねぇ」

 

 

 ……ダメかも知んない!

 

 

*1
FFⅦ発売後のインタビューなどから。なお、宮本武蔵特有の二刀流に関しては、後の『アドベントチルドレン』で披露することに

*2
『英霊剣豪七番勝負』。亜種並行世界 屍山血河舞台 下総国のキャッチコピーのようなもの。後述の柳生十兵衛の話をオマージュしているとされる

*3
ここでは山田風太郎氏の『魔界転生』のこと。fateそのもののインスピレーション先としても知られる。こちらだと、宮本武蔵は寧ろ敵側

*4
刃牙道に登場した、クローンの宮本武蔵。やられ方がなんとも言えない……

*5
ンンンンン、一体誰の事なのか全くもってわかりませぬなぁ~?

*6
『るろうに剣心』における斎藤一の台詞、信念。自分が悪だと感じたら、迷わずにすぐ斬る、ということ

*7
『ゼノギアス』における、特に重要なアイテムのこと。とりあえずヤバいもの、とでも思っておけばいい

*8
プレイステーション専用ソフトの一つ。クラウドがFFⅦ作中でうわ言のように呟く事がある。……いわゆるお遊び要素

*9
『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの略称。一番最初のソフトでは『ニンテンドーオールスター』の肩書きが付いていたが、今となってはゲーム界オールスターとなりつつある

*10
『サムライスピリッツ』の主人公ポジションのキャラ。彼もまた宮本武蔵をモチーフにしている。馬鹿が付くほどの正直者で、豪胆な人物

*11
同じく『サムライスピリッツ』より。作中のとあるシステムが存在できる理由、でもあるような?実は結構な実力者

*12
その名の通り、絶命させる奥義。初出は『サムライスピリッツ 零SPECIAL』。ゲームシステム的には一撃必殺技だが、内容がわりとグロい。これ以外にもサムライスピリッツでは思いっきり相手を殺しに行く技が多い

*13
絶命奥義他、対戦相手が死んだ場合には、この黒子さんが蘇生してくれるらしい。……頭の骨だけになったり、全身消し炭になったりしていても例外なく。どんな蘇生術なんです……?

*14
スマブラ用語。本来は広いフィールドを、ギミックなどを全て省いて狭いものに変えること。いわゆるガチ勢が好む

*15
クラウドは剣を大きく振り回して背中に納め、覇王丸は頭上に放り投げて鞘に納める時に、刀も鞘もどちらも回す

*16
『六武衆-ニサシ』のこと。二回攻撃効果と名前に武蔵の面影がある

*17
『遊戯王タッグフォース』シリーズより、タッグ相手の一人。ツンデレの中に小さな(ァィ)があるように、基本的にはツンデレなボクっ娘。同作のオリジナルキャラクターであり、人気の高いキャラの一人でもある

*18
『シエン』ないし『紫炎』と名の付く遊戯王のモンスター。モチーフはわかりやすく織田信長

*19
若本規夫ボイスな織田信長。『戦国BASARA』シリーズに登場する、とにかく濃ゆい信長の一人

*20
信長という名前に対する愛称

*21
台詞の元ネタは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の赤木リツコの台詞。初号機が覚醒していく姿に対しての説明台詞なのだが、何故か和太鼓を叩いている彼女の絵と合わせたコラ画像が存在し、そっちのインパクトが強いという人も多いかもしれない



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そうだ、お前がセフィーロの柱になるんだ……

「このままでは私の寿命がストレスでマッハなんだが!?はやくどうにかしテ!!」

「と言ってもこの状況じゃあ、どうしたもんか……っ」

 

 

 吹き荒れる銃弾の嵐の中、こちらに飛んでくるモノを全て叩き落としている天子ちゃんは流石!……なんだけど、攻撃役であるクラウドさん・及び補助役の黒子さんの手数……というか火力が明らかに足りてない。

 相手はなんだかよくわからない状況によって、徐々に神格化しつつある織田信長である。

 こちらのようになりきりという枠ではなく、原作……原作(史実)?そのものを越えて、何か別のものに進化しようとしているヤバいものである。

 ……ちょっと幾らなんでもぐだぐだしすぎなのでは?*1

 

 ……正直、出れるものなら私も前に出た方がいい……のだけど。

 横に居るはるかさんにこちらの事がバレたら元も子もないので、出るに出られないのである。

 彼女の視線がどこかに外れてくれてれば、まだどうにかなるのだけど。……今のこのてんやわんやな状況じゃあ、その辺りは期待薄だ。

 

 

(おや、こういう時こそボクのでb)

(却下、あの台詞じゃないけど却下)

(ふむ?……キーア、今すぐボクと契約を!)

(おいィ?なんでわざわざ言い直した?)

 

 

 なんて風にちょっと考え事をしていたら、脳裏に響く少年のような声。

 ……さっきまで沈黙を保っていたキャタピー……もといCP(QB風味な呼び方)。

 それが危機的状況において声を掛けてくる、とか。

 ……まんま本編のQBムーブなのは、一体どういうことなのか。

 まさか狙ってたのか貴様?なんて風に思考が荒くなってしまったので、ちょっと深呼吸。……いかんいかん、勝手に黒幕扱いするのは流石に良くない。

 

 

(ははは冗談キツいなぁ。ボクは確かに【複合憑依】、ちょっと出力高めななりきり勢さ。……とはいえ一度も、そう一度もボクは()()()()()()()()()()とは明言していないんだ。……この意味がわかるかい?)

(……は?いや、は?)

 

 

 なんて、自分を落ち着かせようとする中で、唐突に落とされた言葉。

 え、いきなり何を言い出すのこの人……人?

 いやいや待て待て、だって思考誘導とか隠れるとか教会とか出せてたし、魔法少女云々も夢と願いでどうとか……はっ!?

 

 

(そう、そういうことさ。ボクは【複合憑依】としては失敗作なんだ。キュゥべえとしてできることは、魔法少女の服を誂える(魔法少女だと周囲に思い込ませる)ことだけ。ポケモンマスター?そりゃそうさ。ボクは魔法少女のマスコット。ポケモン(マスコット)を連れてればポケモンマスター(魔法少女)だ。──簡単なロジックじゃないかい?)

(いやちょ、いやホント待って、それじゃあ私が貴方捕まえたの、完全に誤解からじゃない?!)

(そう、つまり君は当初の想定より罪深いんだよ……!!)

 

('ω')うわぁぁああああっ!?」

 

「ふぇっ!?ななななにっ!?ボク何かしたっ!?」

「うるさい、気が散る!……いやとりあえず頭を出すのはやめろっテ!!」

 

 

 思わず花京院*2ばりに叫び声を上げてしまったが……、いや、いや?!マジで?!デジマ!?

 ……やっちまったって奴じゃねぇか、勝手にシリアスぶって無茶やった阿呆じゃねぇか、うわ死にたくなってきた!!

 

 

(死ななくていいから。だからほら、今すぐボクと契約を!)

(……いやーもうなんかどうでもいいですわーこんなくずみたいなわたしにできることなんてなにもないですわーははは)

(……あ、まずった。ちょっと追い詰めすぎた)

(ふへへへへそうさいっつもからまわりしてんのわたしからまわりしすぎてくるみもわれねぇふへへへへ)

(おーい、もしもーし。正気に戻って欲しいんだけどなー)

(ふへへへへへへ)

(ダメだこりゃ。どうしたもんかなー)

 

 

 ふふふふふ、私は貝になりたい*3……貝になって誰の目にも付かない場所で、静かに終わっていきたい……。

 なんて事を真剣に思いながら、体育座りで項垂れていると。

 

 

「……いったぁっ!?」

 

 

 突然、指先にはしった鋭い痛み。

 見れば人差し指に小さな刺し傷と、そこから小さな玉のようになった血液の塊が。

 え、なに一体?そんな事を思いながら、ふと視線を動かせば。

 

 

「……カブト、君が?」

きゅい(そうだよー)

 

 

 腕をよじよじと上る、小さなカブトの姿が。あらやだ可愛い……じゃなくて。

 どうやら、この傷はこの子にぷすっとやられたもののようだ。……落ち着け、ということだろうか?

 

 

「……そうだね、沈んでる場合じゃない、か」

 

 

 状況はとても悪い。

 ……いやちょっと待った、なんかノッブの背後に無数のノッブの姿が見えるような……?

 いかんこれ、数多なる世界から無限のノッブを召喚しようとしてる!?やっべぇ呆けてる場合じゃねぇ!?

 

 気付けをしてくれたカブトに感謝しつつ、改めてCPに問い掛ける。

 

 

(誂えるだけ、と言ったけど具体的には?)

(魔法少女と言えば正体が何故かバレないもの。そこだけはバッチリだよ)

(……もう貴方キュゥべえ以外の別の何かなんじゃないの?でもまぁいいわ、結ぶわその契約!)*4

(そうこなくちゃ!あ、じゃあ適当な物陰にどうにかして転がり込んでね)

(いきなり無茶苦茶言うね君?!)

 

 

 なお、別に魂を加工してうんたらとか、夢を食らってうんたらとかではないらしい。あくまでもそれらをしるべにして、彼自身が魔力(いとをはく)で誂える、という感じに近いのだそうだ。

 ……その時点で別物じゃんって感じで、また自分のやらかしに胃が痛みそうになるが我慢。

 

 しかし、物陰、物陰ねぇ……?

 どうやって動いたものか、そんな事を考える私の前で、

 

 

「くっ、しまった!」

「お気を付けを!そちらに向かいました!」

「ぬおォっ?!」

 

 

 三人が逸らし損ねた弾丸が、はるかさんの方に飛んでいって。

 ──なるほど、ここしかない!

 決断と同時に彼女を突き飛ばし、銃弾から逃してついでに物陰に転がり込む!

 ……いやちょっと待って、突き飛ばしたまではいいけど、なんでこの弾丸光って……あ

 

 

「きゃああああっ!!?」

「き、キーアさぁあぁぁんっ!!?」

 

 

 

 

 

 

「くっ、お前あんま調子ぶっこき過ぎてると、マジでかなぐり捨てンぞぉっ!!?」

「落ち着いて下さい天子さん、焦っては勝てるものも勝てなくなりますよ」

「だがなぁ!!」

 

 

 事前に彼女が特級の存在である事を聞いている天子であるが、それでも気が気ではなかった。

 

 仮にも盾役を任されたモノとして、自身の防御を越えて味方に被害を出されたとあっては、他の盾役に──特にマシュには申し訳が立たない。

 もっとも、彼女(キーア)の後輩として暮らしている今の彼女(マシュ)は、原作の先輩(藤丸立香)に対してのような過保護さは発揮していないらしいが。

 それでも、彼女の代わりに盾を任された以上、それを完遂できなかったということは、彼女の心に少なくないダメージを与えていた。

 

 そしてそれゆえに──対応に粗が出る。

 

 

「!しまっ、」

「凶斬りっ!……浅いか」

 

 

 その場に縫い止める為のグラットンソードもとい緋想の剣による攻撃(グラットンスウィフト)を避けられ、更にその隙をカバーしてくれたクラウドの凶の字に斬る攻撃(凶斬り)すらも当たらずに。

 

 目標たる魔王はこちらから離れた場所で不敵な笑みを浮かべ、虚空に手を翳す。

 ──瞬間、世界が悲鳴をあげた(軋んだ)

 

 

「……これはこれは、些か不味いことになってきたようです」

「おいィ?洒落にならないとか言ってられないんだが!?」

 

 

 ここに顕現した姿が、BASARAの信長であったからなのか。

 はたまた、この場の特殊さこそが()()を呼び寄せたのか。

 いずれにせよ。対峙する者達から、元々存在しなかった余裕と言うものが、更に奪われていくという事だけは確かだった。

 

 ──虚空より彼の魔王が取り出したるは、神の敵対者のみが保持を許されるという、悪魔の牙(ディアボリック・ファング)の名を冠せし大斧。

 放たんとせしは、世界を滅ぼす黒の極光。

 

 

「一発で沈めてやるよ……覚悟はできたかぁ?」

 

 

 ──まずい。

 反射的にそう思い、緋想の剣の力を使おうとして──一瞬躊躇う。

 

 ……そもそもの話、天子は純粋に天子になりきっているとは言い辛い。

 ぶっきらぼうな騎士というフィルターを通して、辛うじてなりきりとして成立させているに過ぎないのだ。

 

 こうして武器として使えている以上、曲がりなりにも『比那名居天子』として認められては居るのだろうが……はたして、それは()()()()認められているのだろう?

 目の前の、あの極光と対峙し凌駕できる程に、己は認められているのだろうか?

 

 とはいえ、それしか手がないのも事実。

 あの規模の攻撃をどうにかするには、他でもない自分が相手の気質ごと(あつ)めて鎮めるしかないのだ。

 

 時間が、急に遅くなったような気がする。

 周囲の音が次第に遠ざかっていく。

 己と、相手の放つ輝きだけが、世界を埋める。

 ──そして、残酷な現実に気が付いてしまった。

 

 相手の気質が萃められない。

 相手の方が強く気質を掴んでいるから、こちらの対処が間に合わない。

 このままでは、相手の技の発動を止められない。

 このままでは──皆、纏めて()ぬしかない。

 

 恐怖に目の前が真っ暗になる。

 黒子のしっかりしろと言う声が遠くから聞こえる。

 クラウドが最後の足掻きとばかりに信長に向かっていくのが見える。

 

 ───けれど、けれどけれどけれど。

 間に合わない、打つ手が、ない。

 ここに居る自分には、何もできない。

 

 どうしようもない絶望に、もはやこれまでと意識を落とそうとして。

 

 

「──絶対、だいじょうぶだよ」

 

 

 ──剣を握る己の手に、重なる誰かの華奢な手を見た。

 

 驚き、隣に向けた視線の先に居るのは。

 先程己が守れなかった少女を、そのまま成長させたかのような姿を持つ美しき少女。

 御伽の国から飛び出したかのような、可愛らしい服を身に纏った少女。

 ……そんな少女が、己の手に自身の手を重ね、淡く微笑んでいる。

 

 吹けば消えてしまいそうな、儚い笑みにも思えるそれは。

 けれどどうしてだか、()()()()()()()()()()()ものにも見えて。

 

 

「もう、絶望する必要なんて、ない」

 

 

 静かに語りかけるその声を聞いた時、緋想の剣が唸りを上げた。

 ──萃められる、どこまでも、どこからでも、誰からでも!

 今の私達ならやれると、そう応えるかのような剣の威容に、傍らの少女が微笑みを強くして。

 

 

「私達の全ては、まだ始まってもいない。だから、本当の自分を始める為に──始めよう、最初で最後の───本気の勝負!!」

 

 

 その閧の声と共に、剣は更なる唸りを上げた。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 …………死にたい(数分ぶりn回目)。

 

 

(何を言ってるんだこれからが良いところじゃないかひゃっほう!)

 

 

 CP君が未だかつてないレベルで絶好調だけど、対照的に私は未だかつてないくらいに絶不調です。

 ……何が悲しくて、魔法少女の格好して人前に出にゃならんのですか……っ!

 

 一応カブト君を『みがわり』で私に化けさせてはるかさんの隣に置いてるから、ここに居る私はよく似た誰かだと思われてるとは思うけど!

 CP君の言うことが間違ってなければ、そもそも認識阻害されてるから大丈夫なはずだけど!

 

 それでも、それでもだっ!

 この歳になって、魔法少女の格好で人前に出るはめになるだなんて、欠片も思ってなかったんですよ!

 魔法少女らしい台詞とかなんも思い付かんから、先輩方の台詞をお借りするはめにもなってるしさぁ!?*5

 

 

(先輩方、ほほーう先輩方。なるほどなるほど、確り魔法少女としての自意識が芽生えているようで、何よりだよキーア)

(あああああああ、くっそこうなったら速攻で倒して速攻で退避じゃー!上等だやってやんよォォォッ!!)

(うーん、そこまで脳内で叫んでても、表面上は綺麗に微笑んでる辺り、キミ素質あるよー)

(うるせー!)

 

 

 もはややけくそ、もはや玉砕覚悟である。

 

 キーアん必殺パパパパァウァー!!*6

 キーアはなんでもできると言ったな!?だったら私も天子ちゃんと一緒に気質を萃めるんだよぉ!!

 

 二人の力を合わせて倍、いつもより大きな私で更に倍、魔法少女の力、お借りします!してその分更に倍!

 おまけにテンションマックスいつもよりやる気多めの倍の倍で、BASARAノッブ(バルバトス)、お前を上回る1200万魔法少女(MS)パワーだぁーっ!!!*7

 

 

「──面白い、ならばその力ごとねじ伏せるまでえっ!!」

 

「やれるものなら──」

「やってみろっ!!」

 

 

「ワールド、」

 

 

 

 

 

「デストロイヤァァアァッ!!」

 

!!!」

 

 

 

 瞬間、世界は光に包まれて────。

 

 

 

 

 

 

「こ、こここここからどうなってしまうのでしょうか!?」

「ふふふ、ここから先は来週につづく、だよー」

「そんな殺生な!?」

 

「……うわぁぁああああっ!!?」

 

 

 あれやこれやと色々あった出張から暫くして、英気を養うためにお風呂に向かおう、と部屋を出た途中。

 

 ……リビングで謎のアニメらしきモノを見るマシュと、彼女の前でうねうねと何事かを説明するキャタピーの姿を見掛けた私は、凄まじいまでの悪寒に襲われて、流れているアニメを注視していたのだけれど。

 

 ……なんやねん『マジカル聖裁キリアちゃん』って!!?

 確かにあの時他の人にごまかすのに、そんな名前名乗ったけどさぁ!?

 なんであの時の事がアニメになってんの?!どうして放送されてるの!!!?

 肖像権は?!そもそも何にも聞いてないし、どっから制作費が!?

 あああ、聞きたい事が山ほどあって、何にも口から出てこない!!

 

 

「『主よ』を意味する『キリエ(kyrie)』をキリアと読むことで、名前のような響きにしたものと彼女は仰って居ましたが……、やはり主の慈悲の代行者、ということなのでしょうか?」

「どうだろうねぇ?その辺りは次回以降のお楽しみ、だろうねぇ」

「なるほど、それはワクワクものですね*8、せんぱ……せんぱい?どうなさいましたかせんぱい?!どうしましょうキャタピーさん、せんぱいのお顔が真っ青に!?」

……私、もうなりきりやめるぅ……

「せんぱぁぁあいっ!!?」

 

 

 ……しばらくなにもしたくない。

 そんな気分でソファーに倒れ込む私なのでしたとさ。

 

 なお、このアニメがはるかさんの目に入ったせいで、また一波乱あるのだけれど……それはまた別の話。

 

 

*1
『fgo』のぐだぐだと名の付くイベントから。割りとヤバい事態が多い

*2
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(part03)『スターダストクルセイダース』より、花京院典明。『のりあき』ではなく『てんめい』が本当の呼び名なのだとか。叫びに関しては、彼の名前で検索すると簡単に見付かる

*3
戦争をテーマにした日本のテレビドラマのタイトル。戦争の悲惨さを滲ませる、主人公の遺言の台詞の一部でもある

*4
『コードギアス』シリーズの主人公、ルルーシュ・ランペルージの台詞『結ぶぞその契約!』。この台詞から、彼の戦いは本格的な幕を開けることになる

*5
『絶対、だいじょうぶだよ』は『カードキャプターさくら』の主人公、木之本桜の無敵の呪文。『私だって、もう絶望する必要なんて、ない』は『魔法少女まどか☆マギカ』の主人公、鹿目まどかの決意の台詞。『私達の全ては~』の方は、『魔法少女リリカルなのは』の主人公、高町なのはのライバルである魔法少女へ向けた台詞。いずれの台詞も有名な魔法少女達のもの

*6
『グレートマジンガー』のオープニング、『おれはグレートマジンガー』の一フレーズと、とあるボディソープのCMのフレーズ、またそれを元ネタにしている?のかもしれない『チェンソーマン』のパワーちゃんの台詞、『パパパパワー!!』から

*7
この雑な計算は『キン肉マン』のウォーズマン理論から。『~の力、お借りします!』は『ウルトラマンオーブ』内の変身時の台詞から。魔法少女(MS)力は『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』内に出てきた謎の単語から

*8
声優繋がり。『魔法使いプリキュア!』の主人公、朝日奈みらいの口癖『ワクワクもんだぁ!』から




出雲のお話は幕間になりますので、四章はこれにておしまい!


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幕間・神の集まる神有月

「なんというか、疲れましたね……」

 

 

 車内にはふぅ、という感じにため息を吐くはるかさんと、その横で全くよ、と頷くツァン・ディレちゃんの姿が。

 ……クラウド君と黒子さんは、他の七番勝負の参加者達と一緒に、一足先に郷に戻ってしまっているが。

 助手席で窓から外を仏頂面で眺める天子ちゃんと、こうして後部座席に座っているツァンちゃんは、一緒に出雲行きとなっている。それは一体何故なのか?

 

 

「その、ボクのカードが迷惑を掛けたわけだし……フォローとかしておきたいというか……」

 

 

 という、ツァンちゃんからのいみじくも可愛らしい……げふんげふん。真摯な申し出の結果によるものである。

 

 ……元がタッグフォースオリジナル組なので、その申し出当初はどうなる事かと思っていたのだが。

 なんだかよくわからないけど、デュエルモンスターズはデュエリストが使うと、たちまち意☆味☆不☆明パワーを発揮し始めるので、彼女は普通に戦闘できる組であった。

 なので、次の目的地にも同行を許可された、というわけだ。

 

 それで、次に向かうところなのだけれど。

 ──十月の別称・異称というものをご存知だろうか?そう、五月を『皐月』と呼ぶようなアレのことである。

 その流れに沿うのなら、十月は『神無月』と呼ばれている。

 

 これを『神の無い月』と解釈するのは実は間違いなのだそうで、『無』は『の』の意味を持つ言葉というのが、現在有力な説だとされている。

 その為、神無月とは本来『神()月』と読むのが解釈として正しいのだとか。

 ついでに言うと、旧暦の六月(新暦に直すと大体一月ずれるので五月辺り)の呼び方である『水無月』も、田んぼに水を張る月の意味で『水の月』の読みが正しい……とする節が主流だ。

 

 で、ここまで語っておいてなんなのだけど。

 神無月、という呼び方からの『神の無い月』という解釈。

 これは平安後期の歌学書『奥義抄』には既に記されていたものであり、その時代からずっと出雲では『十月は国中の神々が集う』として伝えて来たのだそうで。

 

 その為、出雲での十月はこう呼ばれている。

 ──『神在月』、と。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで。

 『出雲に神々が集っている』という噂を頼りに、こうして島根までやって来たわけなのですが。

 ……わぁ、初っぱなから大歓迎だぁ。

 

 

「く、クジラ?クジラが空を飛んでいるっ?えっと、あれは一体……」

「わー、『風のさかな』だぁ、初手から飛ばしてんなーあははー」*1

「ちょ、またキーアさんがおかしくなったんだけど!?」

「ええ?!」

 

 

 はるかさんとツァンちゃんがなにやら喋ってるけど、目の前の光景に既に胃が痛み始めた私には、なんにも聞こえちゃいねぇ!

 

 ……いやまぁね?

 風のさかなの在り方は、確かに一種の神様めいてはいるけれども!

 だからって街中を、どうどうと空飛びながらやってくるやつがあるかっ!!

 というかアレもなりきり組なの?!マジで!?

 

 

「ってアレ?そこに見えるのはキーアじゃないか?」

「あらあらまぁまぁ、お久しぶりですねキーアちゃん」

「……ヘスティア様にエウロペさん!?なんでここに……ってあ、神様っ!?」

「ああ、僕達も呼ばれててね」

「わたくしは、ゼウスさまとヘスティアさまの付き添いです」

 

 

 そんな風に空を眺めていたら、今度は地上側から声を掛けられる。

 視線を下げた先には、ヘスティア様&エウロペさんwith白い雄牛組が立っていた。……なんか、雄牛の存在感がヤバいんだけど?実は降りてきてらっしゃる?……一応なりきりだから大丈夫?はへー……。

 それと、二人の後ろには琉球っぽい感じの人がもう一人。

 

 

「ああ、私はヒヌカン。沖縄の火の神、竈を守るものだよ」

「竈繋がりって奴でね、ちょっとここいらの案内を頼んでいるのさ」

「い、意外な交遊関係……」

 

 

 琉球っぽいどころか、そのまま沖縄の神様だった。

 ……ヘスティア様も竈の神だし、意外と竈の神ネットワーク的なものでもあるのだろうか……?

 ちょっと疑問に思いつつも、二人と別れて街の探索を再開。

 

 

「……ひえっ、なんか聖杯が露店で投げ売りされてる……っ」

「ま、まさかとは思うけど、あの二人が居るの……?」

「あ、あそこに!……いや待て、その後ろにちょっとsYレならん人が居るような……」

「わー!?やめろやめろ!!三人目はまずい!!」

 

 

 名前を言ってはいけないあの人(三人目)を加えた立川のセイヴァー達が街を練り歩いて居るのを見て、みんなして恐怖に震えたり。*2

 

 

「全ては……(さじ)

「いやなんでスプーン売ってるのアルジュナオルタさん」

 

 

 立ち並ぶ露店商の一画で、ボーッと椅子に座ってスプーン()を売ってる黒い肌の男性を見付けて、ちょっと辟易したり。*3

 

 

「新世界の神になる!……なんて言ってたせいか、こうして呼ばれてしまったんですよ」

「ほう、奇遇だね。僕も人類を導くガンダム()だ、みたいな事を言っていたせいで、こうして招かれてしまった次第だよ」

「なるほど、君達も大変だな」

「……本当にガンダムな神様に言われてしまうと、僕も困ってしまうのだけれどね」

 

 

 良い声の大学生と初代の人によく似た声をしている人と、それからどうみてもSDな騎士さんが話してて、思わず遠い目になったり。*4

 ……遠くにジム神様とザク神様が見えるんですがそれは。*5

 え、単なる像?ならいいんだけど、騎士さんが並ばれるとちょっと身構えるのでやめて欲しいなって。

 

 

 ……なんてツッコミをひたすら入れ続けたせいで、変に疲れてしまった。

 というかこれ、あれだよね?

 

 

「神ならなんでも良いって……『かみあり』やんけ!今気付いたわ!」*6

「あれをそのまま再現した、というわけではないみたいですけどね……」

 

 

 退避するようになだれ込んだ喫茶店で、コーヒーを頼みつつ椅子に深く座り込む私達。

 ……いやもう、犬も歩けば棒にあたるならぬ、人が歩けば神にあたるような状態なんだもの、そりゃ疲れるよとしか……。

 

 何が問題って、この状況がなりきりと関係あるのか、端的にいってわかんない事である。

 ……かみありの世界観が元になっているのなら、そもそもなりきりでなくとも『流行り神』*7の理論で顕現している可能性がある。

 そうなると、この前のノッブみたいな、ある種の原作超え……なんてものである可能性もあるわけで。

 

 いや、私嫌だよ?

 既にジム神様の御神体、みたいな顔した像が存在したんだよ?……無限力*8相手とか考えたくないでーす。

 ……ここで無理ですって言わない辺り、チートスレ主の面目躍如ではあるのだけど。

 でも無限力VSキーアなんて展開は誰も求めてないと思うので、でき得る限り穏便に終わって欲しいなーと願うばかり。

 

 

「……そもそもの話、なんで神様達は出雲にやって来てるわけ?」

「は?えっと……神在月だから?」

 

 

 そんな中、ふと思ってしまった今回の事態の原因。

 ……呼ばれた、みたいな事を言っていたけど、一体誰に?

 日本全国津々浦々、色んな場所の神達が集っているようだけど、それは何のために?

 ……ヘスティア様とエウロペさんが来てる辺り、キナ臭い話ではないのだろうけども。

 

 

「じゃあ、その辺りを中心に尋ねてみる?」

「そうしよう、原因究明の方が大事だよこれ」

 

 

 午後からの予定も立てたところで、そのままお昼タイム。

 出雲のご飯は美味しゅうございましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ハロウィン」

「パーティ?」

 

 

 聞き返す私達の前で、まさかのデュエルモンスターズ世界の裏側の人、ダークネスさん*9が子細に解説をしてくれた。……いやそもそもなんで居るのこの人……人?

 

 

「我もまた、広義で見れば神の様なもの。……そもそもの話、デュエリストがリアルダイレクトアタックできる時点で、我の存在など些細なことなのではないか?」

「……それもそうか」

「ちょっとっ!?これ絶対そんな単純に納得して良い奴じゃないわよね!?」

 

 

 とまぁ、ゲームオリジナルとはいえデュエリストである、ツァンちゃんから抗議の言葉が上がったが。

 目の前のダークネスさんは周囲を闇にーとかもなく、普通にハロウィン楽しんでただけなので、とりあえず放置でいいか、となったわけでして。

 

 それにしてもハロウィン、ハロウィンと来たかー。

 

 

「……なんか胃が痛くなってきた」

「今度はなにっ!?」

「あー、私もちょっと用事を……」

「て、天子さんまで?!一体ハロウィンに何が……ハロウィン?」

 

 

 そう、今回のこの大騒ぎ。

 神様(真偽新旧その他諸々問わず)が集まっているのは、単にハロウィンをしよう、となったからなのだと言う。

 因みに仮装はなし。……デフォルトで仮装みたいなもんだからね。

 

 で、ここまで周辺住民に見られてても特に問題になってないのは、ハロウィンであることと『かみあり』的な空気の合わせ技、みたいなものなのだそうで。

 要するに、ぶっちゃけほっといても十月が終われば、自然と立ち消えするものなのだそうな。で、立ち消える時に記憶に関してもぼやけて問題ないものになる、と。

 

 言われてみれば、街中にやけにカボチャが多いなーとは思っていたが。……まさか出雲でハロウィンとは、ねぇ。

 ……まぁ、そこで終われば良かったのだけれど。そうは問屋が卸さないのが、なりきり関連の事件にて。

 

 

「子ネコ~~~っ!!」

「ひいっ!?エリちゃん!?」

 

 

 涙目でこっちに突っ込んで来る、ブレイブなエリちゃんを見付けたから、さあ大変。*10

 

 アレよアレよと言う間に、出雲大社の下からチェイテピラミッド姫路城がせり上がってきたり。

 どこからともなく憎悪の空を引き裂いて、正しき統治者への怒りを胸に顕現した巨大メカエリちゃんと、それに呼応するように単なる像だったはずのジム神様とザク神様が動き出したり。

 憎悪の空云々のせいなのか、無数のナイアシリーズがわらわらやって来て、てんやわんやになったり。*11

 

 ……まぁ、語るも無惨なハロウィンパーティが、始まってしまったわけなのだけれど。

 思い出すと正直脳が震えるので、この辺りのことは封印しておきたい所存なわけです、はい。

 

 

 

 

 

 

『みたいな事を上司に説明したら、まさしく宇宙猫のような表情を返されまして……』

「そりゃそうでしょ」

「聞けてよかった」*12

『?!』

 

 

 後日、たまたまゆかりんと一緒に居た時に、その話を上司にしたのだとはるかさんから告げられて、思わず同意してしまう私達なのでしたとさ。

 ……まぁ、それだけで済むんだから、外の人は楽だよなぁ。なんて事を、現在なりきり郷に蔓延るハロウィンの空気を身に感じながら思っていたわけなのですが。……救いはなかったよ!

 

 

*1
『ゼルダの伝説 夢をみる島』より、物語の鍵を握る存在。『「かぜのさかな」はさかなにあらず、かぜをよぶがとりにもあらず』

*2
『聖☆おにいさん』より。……これ以上の詳細な描写は避けるが、謎の発光により姿は見えなかったとだけ記しておく

*3
『fate/grand_order』より、星5(SSR)バーサーカー。アルジュナの反転存在。彼の出てくる本編ストーリーは、(色んな意味で)高難易度として有名

*4
『DEATH NOTE』から夜神月、『機動戦士ガンダム00』からリボンズ・アルマーク、それから騎士ガンダム。前者二人は自称、後者は実際に神様

*5
『伝説巨神イデオン』の主役メカ、イデオンのあだ名と、『トップをねらえ!』の主役メカ、ガンバスターのあだ名。ジムとザクはどちらも『機動戦士ガンダム』の登場メカの名前。なお、イデオンは超自然的な力が関わっているが、ガンバスターは正真正銘科学の力の結晶であり、それだけに逆に恐ろしい機体だったり

*6
染屋カイコ氏の漫画作品。十月の出雲を舞台にした、神様達のどたばたコメディ

*7
『かみあり』内の用語。いわゆる創作物から生まれた神や悪魔などの超自然的な存在達のこと。なおキーアが気にしているのは、十月の出雲はそもそも『神在月』として不安定になっているから、である

*8
読み方は『むげんちから』。『伝説巨神イデオン』内の用語。また、そこから派生したスパロボでの用語でもある。その名の通り、無限に等しい力。ただし、因果律を破壊するようなものではないらしい

*9
『遊☆戯☆王GX』の実質的なラスボス。世界の闇全て、みたいな感じの超存在だが、デュエルはそこまで強くないように見える

*10
『fate/grand_order』より、星4(SR)セイバー。槍のエリちゃんと術のエリちゃんが融合した存在。……わけがわからないよ?それと服装がヤバい

*11
『憎悪の空より~』は『デモンベイン』シリーズの台詞の一部。ナイアさんは『クトゥルフ神話』のナイアルラトホテップから

*12
『FINAL FANTASY ⅩⅤ』より、一応ネタバレのはずだけど広まり過ぎた台詞。悪い、やっぱ辛えわ



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五章 恐怖とは、過去からやって来……地雷的な未来もあるんです?
魔法少女は慌てない・挫けない・砕けない……多分


由々しき事態(ゆゆ式時代)よ」*1

「……そのネタ別の場所でやってなかった?」

「メタい話はいいから」

 

 

 なんというか、久しぶりにゆっくりしてるなー。

 なんて思いながらゆかりんルームで、ぐだぐだとだらけていたのだけれど。

 ……突然ゆかりんが何かの資料を手に、プルプルと震えだしたのである。

 

 ふむ、五条さんにはしっかりお土産渡したし、侑子にだってお酒持っていったし。報告書はしっかり提出したし。

 ……つまり、私に問題はないってわけね。

 じゃあノープロブレム。

 気にせずジェレミアさんが焼いたオレンジパイに、優雅に舌鼓を打つことにしましょう。

 

 

「こらぁっ!私は関係ありません、なんて顔してるんじゃないわよー!」

「えー?この間の出張も戻ってきてからのハロウィンも、どっちもさっくり終わらせたのにまだ何かあるのー?」

「あるに決まってるでしょー!!貴方の連れ帰ってきたキャタピーよキャタピー!!」

「…………ごめんお腹痛くなってきたから帰るね」

「逃げるなー!生きること(問題)から逃げるなー!」*2

「敵前逃亡も時には必要だって二代目も言ってたんだい!!」*3

「……お二方、どうか落ち着かれますよう」

 

 

 ゆかりんの口から飛び出した言葉に、持っていたパイを皿に戻して帰ろうとするが、なんか突然主人公みたいな台詞で呼び止められてしまった。……ので、同じく主人公の言葉で返すも、冷静にジェレミアさんに呼び止められて、仕方なくソファーに座り直す。

 ……正直CP君の名前が出てきた時点で、何もかも放り出して帰りたい気分満々なんだけど。

 そうはゆかりんが卸さない、ということらしい。……なんだよう、彼女また何かやらかしたのかよう。

 

 

「どうもこうも、『マジカル聖裁キリアちゃん』ちゃんが大人気御礼で……ちょっと?どうしたの貴方?」

死にたい、もしくは貝になりたい……

「は?いやちょ、なに?なんなの?『マジカル聖裁キリアちゃん』がd()

「うわあああああああああああああその名前を出すなあああああああああああああああっ!!!!!!??」

「え、ええっ???」

 

 

 次に彼女の口から飛び出した言葉に、ワダシノカラダハボドボドヨ(胃に穴が空いた気がした)*4

 なんで……どうして……あんなものが世界に生まれて、(あまつさ)え人気になっとるんですかい……っ!!

 本気で胃痛で血を吐きそうになりながら、しばらく悶え苦しむ私と、そんな私を見て困惑し続けるゆかりんなのでした。

 

 

 

 

 

 

「えっと、つまりは何?この間の報告書の謎の魔法少女キリアちゃん*5は、貴方がキャタピーさんの力で変身(メイクアップ)した姿*6で?【複合憑依】周りの話をごまかすために、報告書にはそこら辺をぼかして書いた*7、と?」

「……はい、その通りです……」

 

 

 まさか正直に書くわけにもいかず、報告書の内容をごまかした(とは言うものの、あの場で状況をしっかり把握できていたのは私とCP君、それから何故か認識阻害がうまく効いてなかった、ツァンちゃんくらいのものだが)事が、後々響いてくるとは思わなかった私である。

 ゆかりんはさっきから、私とアニメのキリアちゃんを交互に見ては「え、マジで?」「……あーでも、面影あるような……?」みたいな事を呟いている。

 

 一通り確認した彼女は、ジト目でこちらを見たのち、告げた。

 

 

「あのね、こういうおも……重要な事は、ちゃんと前もって説明して貰わないと。そのせいで迷惑被るのは私なんだからね?」

「……はい、反省して────今面白そうって言い掛けなかった?」

「イッテナイワヨ?」

「嘘つけぇ!!?目を逸らすなこっちを見ろ八雲紫ぃっ!!?」

「ええい、面白いのは事実でしょうにっ!!」

「ああああ言ったな貴様口にしてはいけないことを口にしたな貴様ぁっ!!?」

「はいはい、落ち着いて下さい二人共」

 

 

 ゆかりんが今、人の悩みの種を面白そうって言ったぁっ!!

 みたいな感じに待ったを掛けたジェレミアさんに抗議するも、「社会人としての報告の義務を怠った、キーア様にも責任がございますよ?」と返されてはぐうの音も出ない。

 ……隠蔽体質はよくない、ってことですね。トホホ……。

 

 

「……で、その、魔法少女がどうしたってんですか。なんか問題になってるみたいなこと言ってましたが」

「もう、拗ねないの、子供じゃないんだから。……でもうーん、なんかおかしなことになっちゃったわねぇ」

「ええ……今の時点でもうお腹いっぱいなのに、まだなにかあるの……?」

 

 

 既に満身創痍のボロボロ状態なんだけど、まだ私をいじめるような新情報があるんですかい……?

 本当に勘弁して欲しいんだけど、みたいな感じにゆかりんを見詰めていると、彼女は苦笑いを浮かべたまま、こちらに視線を向けてきて。

 

 

「……仮面ライダーが居ても、なりきり郷にはいわゆる()()()魔法少女が居ない、ってことに気付いてた?」

「へ?……あれ、居なかったっけ?」

「能力が後付けであるというのを範疇に含めるのなら、フレイムヘイズにアークナイツ組、マシュとか他にも当て嵌まる人物は居ないこともないけど。……単なる魔法少女、ってなると意外と居ないのよね」

 

 

 ……ゆかりんの口ぶりから察するに、能力を付与されたタイプの人達に関わるなにか、ということのようだけど。

 うーん?相手に与える、という意味では一応ヘスティア様が引っ掛かる、のかな?

 でもあの人……神?はそもそも試そうともしてないから、恩恵刻めるのかもわかんないんだっけ……?

 

 他に思い付くのだと虚軸(キャスト)*8とかR2ウイルス*9に感染だとか、そういうのだけど。

 ……フレイムヘイズ(器の空け渡し)とか鉱石病の罹患とかと同じくらい()()って感じの異能だ。

 というか、近年になって代償なしに能力付与みたいなのも増えてきたけど、大体そういう超常能力ってヤバめの負荷と隣合わせなものだし、危なくないものを探したほうが早い気もするような……。

 

 

「そういう意味で一番簡単なのはデュエリスト組(モンスター具現化)なんだけど、あれはあれでどうしてああなってるのか、全然わからないのよねー」

「デュエリスト申告してるなりきり組の一部だけが使えるんだっけ?」

「そうそう。……正確には『真のデュエリスト』である事が条件らしいのだけど、デュエリストの思考形態とか真面目に考えてたら発狂するってことで、真っ当に研究している人は居ないわね」

「ふーむ……あ、黒子()()()は居ないんだっけ?」

「黒子()()?」

「ちゃんの方。風紀委員(ジャッジメント)の方って言ったほうがいい?」*10

「あー、とある系ってこと?……少なくとも今のところは見たことないわねぇ」

 

 

 ふむ。……とある組がこっちで能力を使えるのか、みたいな懸念は、そもそも居ないので確かめようが無いと。

 いやまぁ、型月組が居るんだから多分どうにか……そういえばこっちに居るのは大体サーヴァントで、唯一魔術師なライネスも、なにかしらの魔術を使ってるところは見たことないような?

 

 うーん他には……パイセンは特殊事例なんで考慮からは外すとして。

 えっと、アル君が錬金術を……使ってたっけ?実際に使ってるところは見たことないような?

 というか彼の錬金術って、国土錬成陣ないとダメなんじゃあ?……いやでも鎧の姿で動いてるしなぁ……?

 

 五条さんは一応使えてるけど、呪術は呪術で才能ありきな感じだし。

 侑子とかハセヲ君とかアグモンとかの辺りは電子の世界だからこそ、みたいな感じだったし。

 天子ちゃんもまぁ、本人由来だから他者付与には引っ掛からない、か。……そもそも東方系は全部対象外かも?

 

 ……うーん、言われてみると(一部の代償重い系を除く)魔法少女って、かなり条件の緩い部類の技能なんだなぁ。……なんか話がずれてるわね、これ。

 

 

「まぁ、再現度云々で引っ掛かるからって部分も含めて、何かしらの技術の開発にも関わりにくいのよね、そういうのって。……仮面ライダーもまぁ、わりと代償重いの多かったりするから、安易に開発ー、ともなりにくいし」

「ふむ……。……まぁ、一般人が使おうとすると死ぬやつとかもあるしねぇ」

「そうそう。まぁ、そっち方面の活用法なんて基本キナ臭いやつだから、上もあんまり積極的ではなかったんだけど」

「けど?」

 

 

 ふむ、付与系の技術が公になれば、なりきりとは関係ない場所で、安定した能力の運用ができるかも知れない……みたいな?

 ……今の所は全部ワンオフななりきり組に頼る形にしか成り得ないからこそ、その辺りの研究は座礁に乗り上げているけれど、もしそれらとは関係なく能力運用できるのなら──みたいな?

 

 あの人避けの護符とやらも、再現できそうな部分を四苦八苦しながら作ったモノ(だけど失敗作)とか聞いたし。

 なりきり組の能力を本人たち以外が云々って、やっぱり難しいんだなぁとちょっと感心しつつ、ゆかりんに次を促す。

 

 

「……ようやっと本題に戻れるけど。ほとんど発見例のない魔法少女が見付かった、ていうのは結構騒ぎになったわけよ。もしかしたらあれは、何かしらの能力付与によって変身した一般人なのでは?みたいな話が上がるくらいには」

「……あんまり間違ってないだけになんとも言えないんだけど」

「いいから最期まで聞く。……ところがまぁ、彼女(キリアちゃん)の報告と前後するように、アニメ『マジカル聖裁キリアちゃん』が始まったわけでね。……上からすれば大慌てよね、一般人かも?みたいな方向で調査しようと思ってたら、()()()()()()()()()()()()かもしれないんだから」

「…………胃が痛くなってきたんだけど、聞かなきゃダメ?」

「だぁめ。……で、一応発見例は少ないとはいえ、魔法少女は居ないこともなかったし、研究もちょびっとはしてたんだけど。……ここに来て()()()()()()()()()()()()()()が見付かった、なんてことになったのなら。はいキーアさん、貴方が研究者ならどうしたい?」

「…………話をしたい、とか?」

「ハイ正解!今回のお上からのご注文は『謎の魔法少女キリアちゃん』の捜索!見付かったわねさぁ行きましょうか!!」

「いやーっ!!絶対いやーっ!!!!」

「拒否権などないわーっ!!さっさと着替えてこーいっ!」

「あっちょ、スキマはひど、ゆ、ゆかりんのはくじょうものーっ!!!」

 

 

 そうしてスキマにボッシュートされる直前に見たゆかりんの顔は、いまだかつてないレベルのニコニコ顔だったのでしたとさ。

 

 

*1
三上小又氏による四コマ漫画『ゆゆ式』から。因みにゆゆ式時代で検索するとゆゆ式の年表が現れる。……年表?

*2
『ゴッドイーターバースト』で主人公が叫ぶ言葉。キャラメイク型主人公の常として、基本的に影が薄くなる主人公が、その影が薄いという風評を消し飛ばした台詞

*3
『ジョジョの奇妙な冒険』から、ジョセフ・ジョースターの得意技、『逃げる』から。彼は第二部(part02)『戦闘潮流』の主人公なので、二代目はそこから

*4
『仮面ライダー剣』より、オンドゥル語の一つ

*5
キーアにダメージ!こうかはばつぐんだ!

*6
キーアにさらにダメージ!きゅうしょにあたった!

*7
キーアにおまけのダメージ!キーアはたおれた!

*8
藤原祐氏によるライトノベル『レジンキャストミルク』より。誰かの『強い思い』によって生み出された平行世界のこと。これが滅んだ後、実軸(ランナ)と呼ばれる現実世界に表層化、及び固化することで異能者を生み出す。fgo風に言うのなら、剪定事象を背負った人物を作り出す、みたいな感じだろうか?

*9
三雲岳斗氏のライトノベル『レベリオン』より。感染者を『進化』させるウイルス。無論適応できなければ死ぬ

*10
『とある科学の超電磁砲』より、白井黒子のこと。お姉さまが関わらなければ普通にヒーロー、関わると変態。とてもわかりやすい空間移動能力者



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魔法少女にはマスコットがつきもの

「せ、せんぱい!ご覧下さいせんぱい!まさかのキリアさんです!もうなりきりが生まれるだなんて、凄い人気ですね!」

「………」(こくり)

「……?せんぱい、今日はやけにお静かなのですね?」

「………」(こくり)

「……な、なんでしょう。今日のせんぱいは、やけに幼いというか、母性本能を擽られるというか……」

「えっと、大丈夫かな、マシュさん?」

「はわっ!?すすすすみません!ちょっとせんぱいも緊張されているみたいで!」

「………」(こくり)

「あははは、大丈夫ならいいんだ。じゃ、行こっか?」

「はいっ、本日は宜しくお願いします!」

 

 

 ……なぁにこれぇ。

 表情には絶対出さないけど、正直状況の意味不明さに頭が痛くて仕方ない。

 それもこれもぜーんぶ自分が悪い、って感じに責任が返ってくるので、文句を吐き出すことも儘ならないんだけどね!……クソァッ!!

 

 

(落ち着いてキーア、今日はスマイル、スマイルだよ)

(くそう、くそう……全部終わったら暫く有休いれて、全部投げ出してやるぅ……!)

 

 

 脳内に響くCP君の言葉に呪詛を漏らしつつ、どうしてこんなわけのわからない状況になったのかを思い出す───。

 

 

 

 

 

 

「……着替えって、キリアの格好?……うわー、もう絶対やることはないと思ってたのに、またやるはめになるとか……厄日じゃん、絶対厄日じゃん……」

 

 

 スキマによって部屋に送り返されたのち、タンスの前でしゃがみこんで頭を抱える私。

 

 ……よりにもよって?魔法少女の姿で?お偉いさんの前で?根掘り葉掘り聞かれる?ふざけんなトンだ羞恥プレイじゃねーかこんなもん!!?

 やだよー、赤っ恥掻くの確定なのに外出るのやだよー……。

 みたいな感じに唸っていると、響いてくる特徴的な足音。……この足音は──奴だ。

 

 

「おやキーア、今日はお早いお帰りぶぎゅるっ」*1

「前回は私に状況を確認する余裕がなかったから、後回しにしたけどー……そんな余裕なくなったからさぁ吐け今すぐ吐け『マジカル聖裁キリアちゃん』……ぐふっ、……や、奴はなんなんだっ」

「落ち着きなよキーア。僕としては見ててとても面白いけど、正直口の端から血を垂れ流しながら迫ってくる幼女とか、ホラー以外の何物でも……いや、吸血鬼的な感じに見えるからあり、かな?うんそれ採用、キリアちゃんの強化フォームに、ヴァンパイアモチーフのものを採用しよぶぎゅるっ」

「わかっててやってんだろ貴様ぁっ!!?」

 

 

 はっはっはっはっ。創作意欲に燃えてるのは大いに結構。……モデルが私じゃなきゃなっ!!

 CP君をぶんぶん振り回す内に、こちらの怒りも段々収まってきたので、いい加減に・ちゃんと・話を聞くために向かい合わせでベッドに座る。

 ……あんなに振り回してもピンピンしている辺り、流石のポケモンボディ、ということなのだろうか?

 

 

「で、キーアは何を聞きたいんだい?」

「全部よ全部、あのアニメの出どころも、どうして全国放送してるのかも全部っ」

 

 

 で、聞くことはあの、名前を出すのも忌々しいアニメの事。

 ……私が視界に入れたのはあの一度きりだが、その一度でアレが『あの時私が変身した姿(キリア)』をモチーフにしたものだということは窺い知れた。

 まぁ、その後は私とは関係なくアニメは進んでいるみたいで、この間は序盤の大ボスなのか、ちょっといかつい感じの敵にゲストキャラと共に立ち向かっているのを、マシュが(いつの間にか発売されてた)グッズ片手に「きいあがんばえー(ぷいきゅあがんばえー)*2みたいなテンションで応援しているのを見てしまって、思わずドン引きしてしまったのだけど。

 

 ……いや違くて。ね、マシュが純粋に誰かを応援しているのなら、そりゃまぁ微笑ましいでしょう?私も後方先輩面で、うんうん頷いてたと思うのよその場合。

 でもさぁ、自分が黒歴史扱いしているものに対して、熱の籠もった応援とかされてご覧よ?

 ……いたたまれなさで死にたくなる。

 わかりやすく言えば、『画面の向こうでデンジャラス・ビーストを着ているランスロット(一応別人)を、滅茶苦茶真剣に応援しているのを見てしまった、素面のランスロット』みたいなもんである。……腹切って詫びるんで許して下さいっ!!

 

 

「いきなり死のうとしないで貰えるかな?流石にそれはびっくりするからさ」

「貴様にはわかるまい、この私の体を通して出る悲しみが!解った、私は生きていてはいけない人間なんだ!うわぁぁああああぁぁぁぁぁっ!!」*3

「……カブト君、ごー」

きゅいーっ(おきろー)

「へぶぁっ!?」

 

 

 ……はっ?私は一体何を……。

 なんかこう、悍ましい想像の上に深い悲しみに包まれたような気が……?

 まぁ、思い出せないので無理には思い出さないが。ストレスと付き合うには忘却は必須、キーア覚えた。……矛盾塊めいてるなこの台詞?*4

 

 とりあえず、体当たりでこちらの気付けをしてくれたらしいカブト君を、感謝の意味も込めてなでなで。……なんか、順調にポケモントレーナーになってる気がする。今度トリムマウ(ピカチュウ)に模擬戦でも頼もうかなぁ……?

 

 

「で、話はもういいのかい?」

「へ?……あ、そうだった、別の話してたんだったっけ」

 

 

 おおっと、カブト君を撫でてたら話がずれてしまった、軌道修正軌道修正、っと。

 ……で、何の話してたんだっけ?

 

 

「今日の君情緒不安定過ぎやしないかい?アニメの話だろう?……なんで顔を手で覆ってるんだい?」

思い出しとうなかった……

「……頑張れキリア、負けるなキリア、マシュも応援してるぞー」

「うわあぁあああああああぁあ思い出さなくていいことまで思い出したぁああああ」

「うーん無限ループ」

 

 

(使い物にならなくなったキーアが復帰するまで少々お待ち下さい)

 

 

「落ち着いたかい?」

「落ち着いたので下ろして貰えませんかね……?」

「君の落ち着いたは全然落ち着いてないってのはいい加減僕も理解したからね、話が終わるまでぶら下がっているといい」

「……私の扱いがなんかおかしくない?」

「自分の胸に手を当ててよーく考えてみるんだね、この扱いが本当に不当なのかを」

 

 

 天井から糸でぐるぐる巻きにされて吊るされる……とかいう、人に対しての扱いではなくない?みたいな状態でぶらぶらしている私。

 ……いやまぁ、発狂してアイデアロール成功して、一時的狂気で自殺癖引いた相手に対する対処としては、ほぼ満点なんだけども。*5

 やられてるのが私、という時点で一応抗議はせねばならんわけでですね?

 

 

「はいはい。で、アニメについてだけど──監督・僕、脚本・僕、キャラデザ・僕。……みたいな感じに、全部僕一人でやってるよ」

「……エグい」

「ははは。まぁ、優秀なアシスタントが居るからできてること、でもあるけどね。……君もなんとなーく気付いてるだろう?ゲストキャラが()()()()()()ことについては」

 

 

 CP君の言葉にむむむ、と唸る私。

 ……いやまぁ、おかしいとは思っていたのだ。

 以前見掛けた、たったの一話。……その時点で、登場人物がほぼ()()()()()()()()だったと言うことが。

 

 実際、あの話では信長的なモノを天子ちゃん的な人とキリアが協力して倒す、みたいなのが大筋で、その背景には金髪の大剣使いや、黒子装束の人。それからツンデレカード使いの姿もあった。

 唯一居なかったのははるかさんくらいのもので、それ以外は版権も媒体も全然違うキャラクター達が、ほぼその姿のままで登場していたのだった。

 ……その時点で、真っ当なアニメではないのはよくわかる。いや、これが海外のドラマだったりすると、明らかに許諾とか取ってなさそうな、コスプレセイバーさんが出てきたりもするのだけども。……え?あれは非営利?そもそもファンメイド?*6

 

 でもまぁ、アレを日本で作るとなると、色々不味いのはなんとなーくわかると思う。

 こっちはグッズあるし、思いっきり営利目的だし。……個人作成も、CP君の口ぶりだと若干微妙だし。

 一応、出てくる他作品キャラは、大本のキャラクターそのものではないらしいけど。……スポンサーに元の制作会社とかが居るみたいだから、予め了承とかは取ってるみたいだし。

 

 ってな感じで、まぁ普通のアニメではないってのは、初っ端から察せられるわけである。

 

 それと、キリアちゃんの立ち位置。これもまた絶妙と言うかなんと言うか……。

 発想の大本があの一戦だからか、キリアちゃんは主役の癖に完全に『バッファー』なのである。

 ……わかりやすいかはわからないけど、例えるなら『ディケイド』でファイナルフォームライド*7するのが常にディケイド側、実際に敵を倒すのはその回のゲストライダー……みたいな?

 

 要するに、色んなキャラクター達が(建前上は別人)多数登場し、彼らの盾となり剣となるのがキリアちゃんで、毎週ゲストキャラ達が切った張ったの大立ち回りをするクロスオーバーアニメ……みたいな感じなのが『マジカル聖裁キリアちゃん』なのである。

 ……よく知ってるな?マシュがキラキラお目々で語ってくれるんですよ(白目)

 

 まぁ、マーベル映画とか人気だったし、クロスオーバーものにも一定のファンが居る、ということなんだろうなぁというか。

 ……マーベル映画をクロスオーバー扱いするのは違う?いやまぁ、見てない人間からすると違いがわからないというか。

 

 

「まぁそれは置いといて。……許諾とかちゃんと取ってるっぽいことと、スポンサーに入ってるとある会社。……それを見れば、お金を出してるのがどこなのか、というのはまぁ、すぐにわかるよねっていうか」

「まぁ、君の想像通りだよ。企画の発案と資金源は『tri-qualia』の運営会社。……ある意味あのゲームのアニメ化、みたいなものだよね」

「やっぱりかぁー」

 

 

 がく、っと項垂れる私。

 ……あのゲーム、本当にろくなことしねーな?

 示された事実に意気消沈しながら、CP君に続きを促す。

 

 元々資料取りと言っていた通り、以前の写真撮影やらは自主制作アニメの資料のためのものだったのだが、どこからかそれを嗅ぎ付けてきた『tri-qualia』の運営を名乗るメールを受けて、全国放送のアニメとして制作がスタートしたのだとか。

 ……必要な許可とか設備とかアシスタントとかは、全部向こうが用意してくれたらしい。

 CP君がしたことと言えば、大まかなプロットの提出くらいだったそうで。

 

 

「それからは毎週プログラムが勝手に作品を作ってくれてるみたいでね。僕も一視聴者として楽しませて貰ってるってわけさ」

「ふーむなるほど?じゃあ基本的には貰い事故みたいなものなのね、これって」

「うおわぁっ?ゆかりん突然出てくるの止めない?!」

 

 

 なんて話を聞いていたら、突然目の前にスキマが開いて、ゆかりんが出てくるものだからびっくり。

 そんなこちらの驚きは知らぬ、とばかりに彼女はCP君と挨拶を交わしたのち、こちらに振り返って。

 

 

「全国ネットに乗ってしまったから、はるかちゃんの目にも入っちゃったのね」

 

 

 と、今回のそもそもの発端を口にするのだった。

 

 

*1
いつぞやの『(pu)ぎゅる』とは違い、こちらは『(bu)ぎゅる』。高橋留美子氏の漫画『らんま1/2』などで使われる擬音。基本的には何かを潰した時の音

*2
幼児などが『プリキュア』の()の音をキチンと発言できなかった時に、『ぷいきゅあ』になってしまったもの。その状態でプリキュアショーなどを見に行くと、応援する時に『ぷいきゅあがんばえー』みたいな発音になる

*3
『機動戦士Ζガンダム』から、カミーユ・ビダンの台詞より。精神崩壊前の台詞なのに、キーアが既に精神崩壊しているのはご愛嬌

*4
『ちぃ、覚えた』は、CLAMPの漫画『ちょびっツ』から、ヒロイン?の人型パソコン・ちぃの台詞。別に口癖とかではないが、一部で変に流行ったりしていた。後半の矛盾塊は、構成要素が矛盾していてツッコミが思いつかない物体(主に画像)。元々は掲示板などでの議論のヒートアップ時に『落ち着け』の意味で投下されていたもの

*5
用語のほとんどは『クトゥルフ神話TRPG』から。『発狂』は正気度(SAN値)が一定数削れた時にプレイヤーに与えられるペナルティの総称、『アイデアロール』は気付きの成否判定(普通は成功すると嬉しいが、発狂する状況でのアイデアロールは()()()()()()()()()()()()()()()の成否判定なので、成功すると見事にいらんこと(冒涜的な事実)を知って発狂する)、『一時的な狂気』は一回の正気度(SAN値)判定で5以上の値を失った時に発生する、一時的な錯乱状態。『自殺癖』は発狂の内容の一つで、『殺人癖』との択一

*6
『ANIME CRIMES DIVISION』のこと。このタイトルで検索するとYou Tubeで見られる動画。『死んでもディグダなんかに入札するものか!』というセイバーさんが見られます

*7
『仮面ライダーディケイド』の必殺技。相方となるライダーを()()()()()武器にする。……ちょっと意味がわからない感じのある必殺技



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魔法少女は負けられない……少女じゃなくても負けられない

「はるかさんの?」

 

 

 私の困惑の言葉に、ゆかりんはしぶーい顔で頷いて、スキマの縁に腰を掛けた。

 

 

「全国ネットに乗らなければ、彼女の目に触れることもなかったのでしょうけど。……こうして放送されている以上、嫌でも目に付くわよね?いえ、彼女本人が見てなかったとしても、彼女の報告を受けた上司がアレを目にすれば、そこから報告書の類似性が取り沙汰されて、結局彼女の耳に入っていたでしょうけど」

 

 

 むぅ、と軽く頬を膨れさせる彼女は可愛らしいのだが、微妙に責められているような気もして気が気ではない。

 ……いやその、アレに関しては私悪くないというか、緊急だったので仕方なくというか……。

 そんなこちらの言葉に彼女ははぁ、と一つため息。

 

 

「別に責めてるわけじゃないわよ。ただまぁ、遅かれ早かれバレてた、というのなら。……そうやって嫌がるの、完全に茶番よね、って思っただけだから」

「は?」

「いやだって、結局のところ()()()()()()()()()ってこと以上に有力な証言って存在しないわけだし。……はるかさんに口止めとかできてない(できない)時点で、そしてそこのキャタピーさんがアニメ制作を進めてた時点で、貴方の運命は決まっていたのですわ。……みたいな?」

「……ぎゃふん」

 

 

 ……そりゃそうだ!

 私が彼女の前で魔法少女ー、とかしなければそもそも良かったわけだし、更にはCP君を捕まえるとかしなければ、そもそも私が題材になる事もなかったわけだし!

 巡りに巡って自分のせい、滑稽も滑稽ですね!ちくしょう!

 

 

「まぁ、アレ(ノッブ)を相手にするには、貴方が居なければダメだったでしょうし、こっちに責める意図とかは全然ないのだけどね?」

「……そういえば、あのノッブってなんだったんだろ」

「さぁねぇ。……その後の出雲の件も踏まえて、なーんかおかしな事になって来てる感じはあるけれど」

「ふーむ……」

 

 

 カードが実体化して異世界の信長の姿になった、とか正直意味わからんし。

 ……なんか小説のタイトルみたいだね?『私のカードが天下布武~時代遅れのカードと馬鹿にされていた私のデッキが、不思議な力で実体化して日本統一始めちゃいました!?』的な?

 ……うーん、漂うB級映画臭……。

 

 

「……はっ!?説明系タイトルって、B級映画のそれと同じ呼び込み方なのでは……?!」

「戻ってきなさい、考えが完全に茹だってるわよ」

「へーい……」

 

 

 現実逃避は許されない、と。

 ……逃げたーい。

 

 

 

 

 

 

「さっ、キーア!今すぐ変身だ!」

「……憂鬱でしかない……」

 

 

 ゆかりんが出ていく気配がないので、仕方なく彼女の前で着替え(変身す)るはめになる私。

 ……何がアレって、服装を用意するのがCP君な以上、彼女の望むように動かねばならんというのがね……。

 

 

「……えっ、もしかして変身バンク*1とかある感じ?じゃあ写真撮っとかないと。えっとカメラカメラ……」

「こらぁっ!!魔法少女を邪な目で見るな、この大きなお友達ぃっ!!」

「ほほう?……いやー、キーアが魔法少女としての自覚を持って来たようでなによりだなー」

「え?……あ、ちがっ、そもそもわざわざ変身中に謎発光と謎空間と謎裸入れないと嫌だ、とか言い出したのそっちじゃんっ!?」*2

 

 

 さくらちゃん形式*3で良いのに、わざわざ服の再構成をする力の入れように、思わずなんでっ!?って叫んだのはいい思い出だ。……いい思い出か?

 まぁ、魔法少女とか戦隊・ライダー系の作品における『変身時の裸・ないしそれに近しい軽装への一時移行』の必要性については、わからなくもないんだけども。*4

 

 あれ、結局は作画コストないし撮影コストの削減の為、なんだよね。

 

 着ている服が一切変わらないのなら、その服からの変身……って感じで、一々軽装にする必要もないのだろうけど。

 変身者の服が常に一定、というのはよっぽど特殊な状況でもない限り、現代日本ではそう多くないものなわけで。

 使()()()()為に作られるバンクの存在意義上、()()()()()()()()()()()()()()()()方がよい、というのは自明の理なわけである。

 ……制服は?みたいな声が聞こえて来そうだけど、休日含めてずっと制服、というのも変な話なので考慮外。 

 

 まぁ、現実で変身、なんて事になった時に裸にする必要性については、納得できないわけなのですが!

 ……いや、転送型だと本人の体と同化とかしかねないし、再構成にしても一度ひっぺがして上から被せる、って方が労力が少ない、のか?

 ……みたいな感じに理詰めで納得させられたわけなのですが。

 ですがですが言い過ぎて、ですががゲシュタルト崩壊しそうなのですが。

 

 

「最近は作画とか撮影のコストも下がったから、どっちかと言うと玩具の宣伝の為らしいけどね、バンクシーン」

「へー……つまり私の場合は、あの杖とあの変身アイテムの為だと?」

「はははは」

「……この守銭奴ーっ!!」

 

 

 使い回しの為の軽装化はまだ残っているものの、最近のバンクシーンは玩具の売り込みの為のものが大半、と。……玩具売ってないような作品の場合はどうなのやら。

 まぁなんにせよ、私がやる必要性については疑念が残る、というのは変わらないわけで。

 

 ああ、憂鬱である。

 小さくため息を吐いて、足を肩幅に開いて、変身アイテムであるスティックを手に持って。

 

 

「我、契約に従い、世に安寧をもたらすモノなり!」

 

 

 バババッ、って感じに腕を動かして宙に模様を描き、最後にスティックを持っている右手を天に突き出すように掲げて、

 

 

「天装、顕現!」

 

 

 ってな感じに叫べば、後はCP君がバーッと光らせてバーッと服を分解してバーッと再構築してはいおしまいっ。

 ……ちょっとだけ高くなった視界にむぅ、と小さく唸った後、決められた変身後のポーズと口上を喋って変身完了、である。

 

 

「世に蔓延る哀しみと嘆き、全て私が祓って見せましょう!聖裁少女キリア、ここに罷り越してございます!」

 

 

 バーン、って感じに見栄を切るわけなのだけど。

 ……うん、恥ずかしい。いい歳してなにやってんだ感が凄まじい。

 でも魔法少女は堂々と、少女達に夢を与えるもの。俯くことも負けることも許されないのだっ。

 

 

「……うん、色々言いたいことはあるのだけど、とりあえず一つだけ。──貴方、結構楽しんでるわね?」

「うふふ、黙秘します♡」

「なんという完璧な(有無を言わさぬ)美少女スマイル……」

 

 

 到底魔法少女とは呼べないような口上とか、その他諸々を捩じ込んだのは確かに私だけど。

 ……とは口に出さない私なのであった。

 

 まぁ、恥ずかしがってちゃんとポーズを取らないと(実はポーズとかCP君への申請なので)スティックから服が出てこない(真面目にやらないとやり直しさせられる)っていう切実な理由もあったりはするのだけれども。

 

 

 

 

 

 

「結局、わりとノリノリっぽいのに、なんで嫌だ嫌だって言ってたの貴方?」

「八雲さまは、私の元の役職についてご存知ですよね?それが答えです」

「……はぁ?いや、というか八雲さま?……さまぁ?」

 

 

 こっちの姿だと認識阻害が変な風に働いてるのか、喋り方がおかしくなるので本当は喋りたくないのだけれど。

 ……うん、キリアとしての仮面(ペルソナ)が生真面目なものだからか、答えないでいると気分が悪くなるので普通に受け答え。*5

 

 まぁ、()()()()が理由なのだ、というのは間違いでもないというか。

 怪訝そうなゆかりんに、簡単に理由を説明する私……もといキリアちゃんである。

 

 

「元の私は魔王を標榜するモノ。今の私とは水と油、端的に言ってしまうと、この姿で居るだけで臓腑に割りと洒落にならないダメージがですね……?」

「い、意外と切実な理由ねそれは……」

 

 

 元のキーアは混沌・悪。キリアちゃんは秩序・善。*6

 

 ……そりゃまぁ、属性が反対すぎて、頭とか胃とかにガンガンダメージが行くのも宜なるかな、ということでしてね?

 いやまぁ、この姿で血反吐とか吐かないけども。

 ……終わった後に枕に顔を埋めて、足をバタバタするくらいは許して欲しいなー(白目)*7

 

 なお、魔法少女などという圧倒的光のモノを推してきた当人であるCP君は、「相手をよく知らなかったがゆえの事故である、でも混沌・悪ぶってる時でも人の良さを隠しきれてない彼女にも、責任の一端(勘違いさせる部分)はあると思う」などと宣っていたため、暫く私に振り回されるはめになっていた事をここに記す。

 

 

「酷いよキリア、僕は一生懸命君の希望に沿えるように色々便宜を()ったと言うのに」

「……口頭だから騙せると思っているのでしたら、大きな間違いですからね?ニュアンスとか雰囲気とか、そういうものからその『はかった』がどういう漢字を使っているのか、私にはお見通しですからね?」

「……やっぱりノリノリよね貴方?」

 

 

 おおっと聞こえない聞こえない。

 魔からの囁き(都合の悪いこと)など聞こえません。だって今の私、秩序・善ですから。

 それ狂信者的なやつなのでは?みたいなゆかりんのツッコミもスルーして、いい加減話を本題に戻す。

 

 

「?さっきとはうってかわって、随分乗り気なのね?」

「私は正しき行いを是とする者ですので」

「……キャタピーちゃん、通訳お願いできる?」

「『この姿だととにかく人の為に動きたくなる』みたいな感じかな。この姿の事を仮面(ペルソナ)扱いしてたけど、ある意味間違ってなさそうだ」

「……なにそれぇ」

 

 

 CP君の説明を受け、信じられないモノを見るような視線をこちらに向けてくるゆかりん。

 ……いや、しゃーないんよ。

 さっきも言ったけど変身なんてしたせいか、なーんか行動に矯正が入ってる感じマシマシなのよ今の私。

 まぁ、やめれば元に戻るんだけども。……その辺も、この姿になりたくない理由である。

 

 そんな理由を聞いて、ふーんとこちらを見詰めてくるゆかりん。

 ……なんや一体。そんなに見詰めてもなんもあらへんで?

 

 

「いいえ?まぁ、その分だと同行者とも喧嘩しそうにはないかな、って思っただけだから」

「──?同行者がいらっしゃるのですか?」

 

 

 おや、初耳。

 てっきり私一人で根掘り葉掘り聞かれるのかと思ったのだけれど、そうではないらしい。

 ……ふむ、同行者ねぇ?一体誰が同行者なのだろうか?

 なんて事を思案する私に、ゆかりんはまたもや爆弾を落としやがるのでした。

 

 

「いえね?マシュちゃんの御披露目と、他の魔法少女との比較の為に何人か同行者が──どしたのキリアちゃん?」

「死地を見付けました、私はここまでのようです」

「すさまじく大袈裟っ!?」

 

 

 ほ、他の魔法少女に飽き足らず、マシュも一緒なの?!

 みたいな感じで、思わず倒れそうになるのを気合いで耐える私なのであった。

 

 

*1
バンクシーン。実写ではライブフィルムとも。毎週放送される特撮やアニメなどにおいて、何度も頻出する展開(変身シーンや必殺技シーンなど)を予め作っておいて、それを使い回すこと。特に変身シーンが必要な作品の場合、変身を省くことはほとんどない為に多用されてきた。色んなところで使い回す為に、飽きられないような高品質作画になっていることもある。『プリキュア』シリーズなどが顕著

*2
変身シーンのお約束。大昔の魔法少女系の作品だと本当に裸になっていることもあるが、時代が進むに連れてそういうのはなくなってきた。大体は服を全部剥ぐ(このパターンは体全体が謎の発光をする)か、ワンピースや見た目の簡素な上下の服(こちらは服が謎の発光をする)になってから、変身後の服装に切り替わっていくような感じになる。あと基本的にバンクシーンなので、背景も謎の空間になる(為にどこでも使える。場合によって変身中はこの空間がバリアになっていることも)

*3
『カードキャプターさくら』での形式。魔法少女ものとしては珍しい、変身しない系魔法少女である木之本桜。しかし彼女は様々な服を着ている。これは何故か?……ということの答えが、親友の大道寺知世のお手製の服に毎回着替えている、である。「特別なことをするときは、特別な服を着なくてはいけませんわ」とは知世ちゃんの弁

*4
魔法少女はいわずもがな、ライダーは変身シーンの合成の為に()()することがあるし、戦隊モノはまんま変身バンクが存在する

*5
この場合のペルソナとは、心理学で言うところの『対外的な人格』のこと。もともとは古典劇において役者が用いた仮面をペルソナと呼んでいたものが、心理学に導入されたもの。RPGシリーズ『ペルソナ』のペルソナ能力も、ある意味この概念からの派生みたいなもの

*6
アライメント。ゲーム作品における、キャラクターの人物性を示す属性。元々はTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』が初出とされる。なお、『fate』シリーズでも使われているが、こちらは元義と違い善悪の判断が他者から見た姿(客観)から自分がどう思うか(主観)に変わっている。因みにキーア/キリアの場合は主観の方

*7
この場合は『影羅』が元ネタ。中二病を患った人物が、大人になって過去を振り返りのたうち回っているさま



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魔法少女には仲間がいる、一人ではないのだっ

「おおおおおしまいです無理ですダメですどう考えてもバレます流石にマシュには隠し通せる自信がありませんっ!?」

「うわぁ、さっきまで滅茶苦茶落ち着いた聖女めいた感じだったのに、すっごい慌ててるー」

「茶化してる場合ですかっ!?ああ、神よ、このような試練は想定しておりません……っ」

「……笑っちゃいけないんでしょうけど、端から見てる分にはすっごい面白いわね」

「だよねー」

 

 

 こっちの慌てふためく様子をみて二人が笑っているが、私からしてみればとてもじゃないが正気でいられる話ではない。

 何せ、マシュは──今は確かにマシュだが、昔の()はちょっとこっちを侮っている節があるというか、微妙に期待が薄いというか…………なんというか、ギャラハッドの方が近い感じの人物だったのだ。

 そんな彼から知識を受け継いでいる筈の今のマシュに、キリアの中身が私だと知られたら──?

 

 

「先輩最低です」*1

 

 

 とか言われるに決まってんでしょうが!!

 ……バレるわけには、バレるわけにはいかないというのに……っ!

 よりにもよってマシュだから、僅かな違和感から気付かれかねない……っ!!

 

 

「サマーキャンプの時みたいに?」*2

「ああああ聞こえません聞こえませんったら聞こえませんっ」

(……見損なうなら最初の(なりきりしてる)時点でのような気がするけど……。ふーむ、なんだか認識にズレがあるような気がするわねぇ……?)

 

 

 CP君が痛い所を突いてくるものだから、思わず耳を両手で塞いで聞こえないふりをする私。

 その途中でゆかりんが何やら難しげな表情で唸っているのが見えたけど、今の私は自分のことで手一杯なのでそれをスルー!……しようと思ったら、考えるのを一旦横に置いたらしい彼女から声が掛かったので、スルーできずに終わる。

 

 

「結局、マシュちゃんに気付かれなければいいのよね?」

「ええ、まぁ、はい。そういう事になりますが……」

 

 

 こちらの返答に彼女は頷いたのち、一つの提案を返してくるのだった。

 すなわち、「前回と同じ手でいいじゃない」と──。

 

 

 

 

 

 

「……そう簡単に上手く行くのでしょうか?」

「心配し過ぎなのよ貴方は。というか、前回大丈夫だったんだからなんとかなるなる!」

「ツァンさんという明確な例外がいらっしゃったのですが……」

「…………例外は例外よ、うん」

「そういうのはこっちに視線を向けて言って貰えますかっ!?」

 

 

 うー、不安しかない……。

 そんな思いで準備をする私達。まぁ、準備と言っても前回と同じ事をしたのち、マシュが来るのを待つだけなのだけれど。

 この姿でそわそわするとイメージが崩れる……みたいな心理的強制があるのか否か、幸いにしてその辺りが態度や表情に出ていないのはいいことだ。

 

 だがまぁ、こうしてソファーに座ってただ彼女を待つ……というこの時間の息苦しさは如何ともしがたく、こうしてジェレミアさんの淹れてくれた紅茶に、口を付けようとしてはやっぱりやめる、みたいな奇行を繰り返す私なのであった。

 

 

……きゅ(落ち着いて)

「ありがとう、ですが貴方も油断なきよう。あくまでもその姿は上に被せているだけのもの、言語補助などは一切掛かっていませんので、そのつもりでお願いします」

きゅいっ(わかったー)

 

 

 ……本当にわかっているのなら、私の顔できゅいきゅい言うのは止めて欲しいのだけど。

 

 思わず漏れそうになるため息を堪えながら見詰める先にあるのは、どういうことか()()()()姿()

 ……いや、どういうことかも何も、前回と同じようにカブト君に『みがわり』をお願いしているだけ、なのだが。

 

 ポケモンの『みがわり』に他の要素を詰め込んで、いわゆるドッペルゲンガー*3みたいな状態にしたものが、今のカブト君の状況である。まぁ、出会ったからと言って死んだりしないし、そもそもガワだけなので、他者への対応とか襤褸が出やすいのだけれど。

 そこはまぁ、一般的な魔法少女のマスコットとして覚醒?した感じのCP君の腕の見せどころ、というやつである。

 具体的には、キリアとキーアが揃っている限り、かなり強力な認識阻害が発生する、らしい。

 ……実際に使った最初の事例で、ツァンちゃんという例外が発生しているのがなんとも不吉だけれど、まぁこれ以外に対策もすぐには思いつかなかったし、というわけなのであった。

 

 

「……そういうんじゃないってわかってる筈なんだけど、なんというか無機質な感じになっててちょっとソソるわね、あの貴方」

「……魔の気配を感じたのですが、ぶっ飛ばしていいのですね?」

「わー!?冗談!冗談だから鉄拳聖裁はYA☆ME☆TE!」

 

 

 突然変なことを言い始めるゆかりんに聖女スマイル(目が笑ってない)を向ければ、慌てて彼女はジェレミアさんの後ろに隠れてしまった。

 ……全く、こっちの緊張を解そうとしてくれてるんでしょうけど、冗談にしては質が悪いのよそれ……。

 

 まぁでも、彼女の言い分もわからないでもない。

 一応キーアの容姿は美少女に区分されるものである。

 なので、いわゆる綾波系*4な雰囲気を纏うと、それはそれで別の層からの受けが良さそうな感じになるわけで。……実際に喋らせると『きゅいーとか言う(不思議ちゃん系)』なので、また別の層にウケそうだけど。

 

 このまま外に連れ出して、本当に大丈夫なのだろうか……?

 みたいな不安を抱えつつ、マシュがやって来た事で冒頭(大体二話前)の会話に繋がるわけである。

 

 ……危なっ!?マシュまで危うく変な扉開きそうになってたじゃん!?

 不審な姉ならぬ不審な母とか求めてないぞ、正気に戻るんだマシュ!

 まぁその辺りの指摘は、今の私にはできないわけなのですが。

 

 

「えっと、とりあえず他の同行者との顔合わせ、やっても大丈夫かしら?」

「あ、はい八雲さん、こちらは大丈夫ですっ。せんぱいも、大丈夫ですよね?」

「……」(こくり)

「こちらにも問題はありません。それで、同行者とはどのような──」

「すみませーん、遅れましたーっ!!」

ぐふっ

「?どうなさいましたかキリアさん?」

「何でもありません、ちょっと死地を見付けただけですので」

「それは一大事なのではっ!?」

 

 

 聞こえてきた声にダメージを食らうのは、もはや通過儀礼か何かなんです?

 いやまぁ、聖女フェイスを保つことによって致命的な事態にはならなかったけども、これキーアのまんまだったら恥ずかしさの余り、床を転げ回っていたんじゃないだろうか?……なんでって?そりゃ勿論──、

 

 

「お待たせしました、本日ご一緒させていただく高町なのはです!今日はよろしくお願いしますっ」*5

 

 

 扉から中に入ってきたのが、台詞を借りた先輩だったからですよっ!!

 

 

 

 

 

 

「高町さんは──」

「にゃはは、なのはで構いませんよ?マシュお姉さんに畏まられると、ちょっと気が引けちゃいますので」

「なるほど、ではなのはさん。今日は貴方がご一緒に行動される魔法少女、ということでよろしいのでしょうか?」

「私以外にも居ますけどね。……うーん、みんなはまだ……かなぁ?」

 

 

 マシュとなのはさんが会話しているのを反対側から見つつ、落ち着きなくカップに手をのばす私。

 ……近代魔法少女の大家も大家やんけ、このノリだと他の魔法少女はフェイトちゃんだったりはやてさんだったりするのか?

 なんて風に思っていたのだけど、どうにも違いそう。いや、だってね?

 

 

「きゅー」

「ふふ、コジョピーもそう思う?」

「ほほう、オコジョですか。……あれ、もしかしてこの方も?」

「そうですよ、オコジョのコジョピーって言うんです」*6

 

 

 彼女の肩の上できゅーきゅー鳴いてるのが、まさかのオコジョなんですもの。

 ……ユーノ君代わり?と言うことはカモミールの方かと思ったのだけど。*7

 見ている限り一切言葉を喋らない上に、なのはさんの口から彼の名前が飛び出した為『あ、これポジション同じなだけの別物だ』と気付いたわけである。

 

 

「……きゅー」

「きゅ?きゅきゅー」

「きゅい、きゅきゅいっ」

「「きゅー♪」」

 

「……………はっ?!せ、せんぱいっ?!せんぱいが突然オコジョ語をっ?!」

「わぁ、コジョピーとあっという間に仲良くなっちゃった。キーアさんって凄いんですね」

……死地が向こうから押し寄せてくるのですが、私に一体どうしろと……?

見ている分には微笑ましいのがなんとも言えないわね……

 

 

 まぁ、まさかのきゅいきゅい言い合って謎の通じ合いを見せたカブト君には、なんとも言えない気分にさせられたけど。……コジョピーのキャラ的に、子分にでもされた感じ、かな?

 視線が思わず生温かいものになりそうなのを堪えつつ、彼……彼女?の頭に飛び乗ったオコジョを見る私達。

 ……めっちゃニコニコ顔なんですがそれは。そんな満面の笑みとか私しないんだけどぉ!?

 

 

「……す、すみません。カメラ、カメラはありませんか!病気の弟が待ってるんです!!」

「マシュさん弟さんがいたんですかっ?」

「なのはちゃん、ちょっと今のマシュちゃん不定の狂気中だから、あんまり真剣に取り合わないよーに」

「え?は、はい……」

 

 

 鼻歌を口ずさみながら左右に揺れるカブト君と、その上で同じようにきゅいきゅい言ってるコジョピー。

 ……これが、これがカブト君の姿が私でさえなければっ!単に微笑ましいモノで済んだろうにっ!!なんでよりにもよって今、この時にこうなるのかっ!!神よ、喧嘩売ってるなら買うからなっ!!?

 

 ……まぁ、こちらが無理をさせている手前、注意したりとかはできないのだけれども。そもそもマシュの前で迂闊な行動はできないし。

 つまりはアレだ、私の胃にダメージが蓄積されていく以外に、現状には何の問題もなし。OK?……なんもOKじゃないっ!!!

 

 

「ああ全く……あらっ?」

 

 

 頭が痛くなって来たのでちょっと気分を変えようかと窓の外に視線を向けたのだが……壁?

 なんか、いつの間にか郷の外に鏡面仕上げっぽい壁が生えてるような……?

 

 

「壁呼ばわりとは不躾な。……剣だッ!!」

「……!!?誰ッ!!?」

 

 

 外から聞こえてくるその声に、窓を開けて空に視線を向けてみれば、逆光になってよくわからないが壁──巨大な剣の柄の部分に、腕を組んで立つ何者かの影。

 

 

「ぶつかり合う信念。流した汗と涙は絆となり、明日を繋ぐ力となる。人それを『魔法』という」*8

「……????え、何か違うようn()

「敢えて名乗ろう、フェイト・テスタロッサであるとッ!!」*9

「確実に違うということだけはわかりますよっ!!?」

「ははは、失敬失敬。──とうッ!!」

 

 

 こちらのペースをとことん乱し、柄から飛び降りてきたのは蒼き髪の女性。

 彼女は上手いこと室内に飛び込むと、体の埃を一通り払ったのち、堂々とその名を告げるのであった。

 

 

「──風鳴翼、罷り越した。今日はよろしく頼むとしよう」*10

 

 

*1
マシュの言ってない台詞。後に半公式化。こちらを頼ってくれる後輩にこんな事を言われては堪ったものではない。……え?それがいい?

*2
FGO内のイベント『サーヴァント・サマーキャンプ!~カルデア・スリラーナイト~』の描写から。先輩に対して全幅の信頼を置いている彼女は、気付けないはずのものに気付きかけていた

*3
『自己像幻視』とも呼ばれる現象の一つ。綴りは『Doppelgänger』で、ドイツ語。英語では『double(ダブル)』とも。自分と同じ姿の存在を見る、という怪奇現象。なお、『自分と同じ顔の人物は世界に三人居る』みたいな話があるが、実際にはもっと沢山居る可能性があるそうな。昔のドッペルゲンガーだと思われていたものも、そういうものかも知れない

*4
『エヴァンゲリオン』シリーズの登場人物、綾波レイに代表されるような、無機質無感動無表情なキャラクター像のこと。なお、俗に言われている『綾波系』のイメージと、綾波レイそのものはわりと食い違っているので、結構独り歩きしている概念でもある

*5
『魔法少女リリカルなのは』の主人公。アニメの原案であるゲーム版、アニメ、設定の違うINNOCENTの全てでキャラが微妙に違う為、結構派閥争いが激しいキャラクター。なおここに居るのはアニメ版がベース

*6
『しあわせソウのオコジョさん』の主人公、オコジョのコジョピー。わりと野生児染みた性格の、雪の妖精

*7
『魔法先生ネギま!』シリーズのオコジョ妖精。正確にはカモミール・アルベールという名前。頼れる面もあるもののエロオヤジみたいなキャラの為、二次創作だとよく性格改変とか出番削減とかの餌食に合っている

*8
『マシンロボ クロノスの大逆襲』より、主人公ロム・ストールの敵に対する口上から。貴様たちに名乗る名はないっ、と締めるのがお約束

*9
『魔法少女リリカルなのは』より、ライバルである魔導師の少女。なのはが一撃必殺タイプなのに対して、こちらは一撃離脱型のスピードアタッカー、一応オールラウンダ-でもある。なお剣使いという以外、キャラ的にここでの発言者とは似ても似つかない、かも?

*10
『戦姫絶唱シンフォギア』シリーズより、頼れる先輩ポジションの人物。独特な言語センスをしているが、同作の別キャラよりはマシ、か?武人めいた考え方と喋り方をしているが、職業は歌手である



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魔法少女だって肉弾戦はしますとも

 ……これ、やっぱり真っ当にリリなの三人娘が揃うわけじゃないな?

 みたいな事を、窓から飛び込んできた翼さんを見つつ思う私。

 

 外の剣っぽい建造物は、別に彼女が作り出したものではないらしく。

 単にこの登場をするために、彼女が上に登っていた……というだけの事だったらしい。天ノ逆鱗*1で防御する翼さんなんて居なかったんやっ!!……それはそれで外の壁みたいなものはなんなのか、という疑問が残るけど。

 それとシンフォギアって、魔法少女区分で良いのだろうか?

 

 

「いいんじゃない?変身少女ものの区分で括られてるのだろうし」

「なるほど。……ところで、もしかして貴方が最後の一人だったりしますか?」

「あら、目敏いのね。でもんー……最後の一人、と言うと語弊があるかしら」

 

 

 なるほど、変身ヒロイン区分なら確かに含まれるのか。

 なんて気分と共に、聞こえてきた声にあわせて視線を横に逸らせば。

 そこにいるのはあかいあくま、遠坂凛嬢でしたとさ。*2

 なんか、イメージしてた彼女よりも、身長ちょっと低い気がしないでもないけど。

 

 

「ああそれはね?私の場合()()()()()()()()()()()()()()がベースなのよ」*3

「──()()、ですか?」

「そう、()()。……なりきりやってた時は可愛い方がいいわよね、なんて気分だったんだけど。……こうしてなんとも言えない状況に放り込まれてみると、なんというか普通の『遠坂凛』にして置けばよかったー、なんて頭を抱えたくなることばっかりよ、ホント」

 

 

 こちらの言葉にはぁ、とため息を吐く彼女は──近年の作品だと『S・イシュタル』*4に近い背丈をしている。

 コラボ作品にしか出たことのない、特殊なケースを敢えて選んだ、とか。自業自得過ぎるけど、どうにも笑えない。

 

 ……というかあっちのりんがベースだとするのなら、一応完全無欠に魔法少女区分なのか。……やっぱり八神さんポジなのかな?

 なんて事を問い掛ければ、彼女はにこやかに答えを返してくれた。

 

 

「そうよー、それ相応の居候もいっぱいいるしね。えっと、シグナム代わりのラミア*5でしょ?ザフィーラの代わりにアマテラス*6、シャマルはブチ撒けろ繋がりなのか斗貴子さん*7で、ヴィータはまさかのくるみんだし*8

「すみません、ちょっと待って頂けませんか?言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは」*9

 

 

 全部違うぅっ!?

 ……基本的には声繋がりだけど、ザフィーラだけ見た目繋がりでキャラ変わってるし、全体的になんかやべーのばっかりだし、なりきり郷での八神家ヤバすぎでは?

 ……まぁ、お約束通り再現度の壁にぶち当たってるから、性能的にはそんなでもないらしいけども。

 

 

「再現度の話をするのであれば、私も引っ掛かっているな。常に防人足らんと心掛けては居るが、どうにも本家本元の志に至るには道半ば、ということか」

「なる、ほど?」

 

 

 こちらの会話の内容に気付き、近付いてくる翼さん。

 ……クールな武人、という雰囲気の彼女だが、確か喋りの再現が難しいと言われるキャラだったような気がする。

 それでもまぁ、同じ作品のキャラであるクリスちゃんの方が、再現するのが難しいらしいけれども。*10

 

 

「そういう意味では、私は再現しやすい方……と見せ掛けて、りんの方はメディア露出が少な過ぎてほとんどオリキャラ、みたいなものなのよね。……刻印精霊せいばー*11とか、知ってる人どれくらい居るのかしら?」

「そのせいというかなんというか、せいばーちゃんは居ないんだよね、りんちゃん?」

「そうね、貴方のコジョピーみたいに代わりの誰か、みたいなのも居なかったし。……まぁ、代わりにここにいる私には、はやてのポジションを押し付けられてるっぽいんだけど」

「その点では、私はまだ自由な方だな。フェイトとしても()としても、一人暮らしに問題は……」

「嘘付いちゃダメですよー翼さん。フェイトちゃんだったらおうちの掃除、ちゃんとしてますよ?」

「むっ……」

 

 

 ……ふむ、疑似三人娘の仲は結構いい、と言うことのようで。

 

 しかしまぁ、見事にバラけた人選だこと。

 ……一つのスレからは原則一人、の基本ルールが破られていない以上、ちゃんとしたメンバーになることはないのだろうと、改めて主張されているような気分になる。

 ただ、声繋がりだったり役割繋がりだったり、何かしらの繋がりを元に関係性が寄りやすい、みたいな因果もあるようだけど。

 

 

「そういうことになるね。まぁ、私みたいにあちこち引っ張りだこ、みたいな事になる可能性も少なくないわけだが」

「──貴方は」

 

 

 そうして三人娘が集まってわいわいと話しているのを、少し遠くから眺めていたら。

 スッと音もなく近付いてきた誰かに声を掛けられて、そちらに視線を向ける。

 ……すっごいニヤニヤした表情のライネスさんが、そこに居たわけなのですがそれは。

 

 …………、あー。

 りんには型月繋がり、翼さんにはキャロル(シンフォギア)繋がり、なのはさんにはフーカ(ViVid Strike!)繋がりとして、一応全員に引っ掛かる人員なのか、ライネスって。……人気声優は辛い、というやつ?*12

 ……じゃあヘスティア様でいいじゃん!え、りんに繋がらなくなる?そんなー。

 

 

「まぁ、フーカをなのはと繋がっていると言い張るのは、ちょっと無理があるけどね。……そういうわけで、今日の同行者最後の一人、ライネス・エルメロイ・アーチゾルデだ。宜しく頼むよ、()()()?」

「……はい、宜しくお願いします」

 

 

 返答が限りなく小さくなりそうになるのを、必死で堪えたことを褒めて欲しい──なんて戯言を脳裏に浮かべつつ、彼女と対峙する私。

 絶対気付いてるんですけどこの人。……からかう気満々なんですけどこの人。

 

 ───神は死んだっ!!

 

 

 

 

 

 

「はーい、じゃあさくっと行くからみんな付いてきてちょうだいね~」

「はーい」

 

 

 出向先にはるかさんが居るのもあいまって、今回は行きも帰りもスキマで楽ができるらしい。

 まぁ、実際は距離が離れすぎると疲れるらしいので、これだけ気軽にスキマを開けるのは日本国内に限る、らしいけど。

 ……今のところ海外でなりきり勢が見付かった、みたいな話もないのでどうにかしようと焦る必要もなく、基本的にゆかりんはのほほんとしている。

 

 閑話休題。

 ゆかりんがスキマを開くのを見ながら、隣に立っているライネスとこそこそと内緒話。

 ……一時的に変身状態をずらして声だけ元に戻す、という変な小技を駆使しつつ、彼女の現状把握度合いを確認しているわけなのだけれど……。

 

 

──ラットハウス組はココアちゃん以外全員気付いてる、だと……!?

まぁ、真っ先にキング君が気付いて、そこから芋づる式に……という感じだけどね

(ちょっとCP君っ?!)

(あれー?)

 

 

 まさかの、ほとんどのメンバーに気付かれているという返答に、一瞬目の前が真っ暗になった。……所持金半分になったりしてないだろうな?

 というか一番最初に気付いたのがジャックさん?……やっぱりデュエリストは侮れない、ということなのだろうか?

 

 

──いや、その理屈だとココアちゃんが気付いてないのがおかしい。一応あの子もデュエリストだった筈だし

ああ、ごめんごめん。言い方に語弊があったかな?正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。私も含めてね

……ふむ?

 

 

 詳しく聞いたところによると、アニメを見ていて違和感を感じたのはあくまでもジャックさんであり、その後ココアちゃんとマシュを除いた他のメンバー(と言ってもライネスとトリムマウ(ピカチュウ)だけだが)で話し合ったところ、あのアニメの主役がキーアの変装した姿であることに気付いたのだという。

 ……むむむ?なんかおかしいような?

 

 

アニメの図柄という本物とは違うはずのそれから、即座に君にたどり着いたことについて……だろう?それに関しては私達にもさっぱりだね。ただ、違和感をほどいたら即座に君の名前が浮かんだ──という感じでね

「あ」

いやちょっと待ちなさいCP君、『あ』ってなによ『あ』って

 

 

 ライネスからの説明に、思わず首を捻る私だったが、懐からCP君のやべ、みたいな声が聞こえたことにより、そのまま彼女を問い詰めることに。

 

 

「いや、その。……僕の隠蔽技能、仮に破られると自動的に『真名を看破された状態になる』みたいなんだよね、ってことを説明し忘れて……おーいキリア、大丈夫かい?」

「大丈夫ですよCP君。私もこれから、頑張っていきますから」

「その笑顔は多分大丈夫じゃないやつだね?」

 

 

 ライネスとCP君が一緒になって心配してくるけど、大丈夫大丈夫。元からバレたら死ぬって思ってたのが、『思う』だけじゃなくて確定しただけだから大丈夫大丈夫。

 ……だから、これからは無事に帰ってくるまでキーアの部分は出さないのでそのつもりで。

 

 

「いやまぁ、君がそれでいいのなら構わないけど。……でもいいのかなぁ?ここに一人、そういうことで揺さぶりとか掛けて来ちゃいそうな悪い子がいるわけなんだけど?」

「──いいでしょう、何が望みですか?」

(うーん、完全に手玉に取られている。僕も見習わなくては)

 

 

 そうして対峙するのは、後ろから悪魔の尻尾が生えているように幻視してしまう、悪ーい笑みを浮かべた小悪魔(ライネス)

 ふっ、だが甘いなライネスよ。

 私の意志は堅い、並大抵のことでは微塵とて揺るぎもしないと思い知るがいい!

 

 

「いやなに、大したことではないよ。例えば──大の大人が、自分から口にした『もうちょっとラットハウスに顔を出すようにする』、なんて約束を守れていないこととか、ちょっと責っ付こうと思っただけだから」

「──ああ。私の、敗北です」

「負けるの早っ、君幾らなんでももうちょっと耐えなよ?僕びっくりして思わず叫びそう(ざーこ♡って言いそう)になったんだけど?」

「おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです……」

「ふふふ、まぁこれに懲りたら、何でもかんでも安請け合いするのは止めることだね、キリア?」

「……はい、十分承知しております……」

 

 

 CP君からざーこ煽りされ、ライネスからはもっともすぎるお叱りを受け。

 ……史上最ざこ魔法少女キリアとなってしまった私は、しょぼしょぼとスキマの中に飛び込むのでしたとさ。

 

 ……くやしぃ~。

 

 

 

*1
風鳴翼の技の一つ。巨大な剣を召喚して相手を押し潰す……感じな技の筈だが、作中では相手の攻撃を防ぐ体のいい盾扱いがほとんど(「盾?」「剣だッ!」みたいなやり取りがある)

*2
『fate/stay_night』のヒロインの一人。主人公よりも主人公してると言われることもある、ヒーローめいた少女。通称あかいあくま

*3
『ティンクル☆くるせいだーす STARLIT BRAVE!!』系列にて登場するゲストキャラクター、『新魔法少女りん』のこと。根本的なベースはカレイドルビーなのだが、年齢が中学生になってたりパートナーがセイバーのちっちゃいのだったりと、中々意味不明な存在。そもそもこのゲスト出演以外に出番がないレアキャラ

*4
『fate/grand_order』より、星5(SSR)アベンジャー。初出が初出だけにどう扱ったものか困るものの、型月世界で一番強いかもしれないトンでもキャラでもある。唐突にグレンラガンし始めるのはどうかと思います

*5
シグナムは『魔法少女リリカルなのは』シリーズのキャラクター。『烈火の将』『剣の騎士』の異名を持つ、武人のような性格の女性。ラミアの方は『スーパーロボット大戦』シリーズのキャラクター、ラミア・ラヴレスのこと。こちらはとある事情から言語が変だったりするものの、基本的には真面目な軍人。二人とも必殺技に『弓で炎の鳥のようなモノを相手に飛ばす』という繋がりがあったりする

*6
ザフィーラはシグナムと同じく『なのは』のキャラクター。『盾の守護獣』『青き狼』の異名を持つ、属するメンバーの中では唯一の男性。アマテラスはゲーム『大神』から、主人公である白い狼。主神アマテラスその人(獣?)なので、性別は普通に女性、のはずだが公式ではぼかされている。どちらも狼繋がり

*7
シャマルも前者二人と同じく『なのは』のキャラクター。『風の癒し手』『湖の騎士』の異名を持つ、回復担当のお姉さん。斗貴子さんの方は『武装錬金』より、ヒロインである津村斗貴子のこと。こちらは声繋がりと、シャマルの使う技の一つに、相手の体内に攻撃する魔法があり、それが斗貴子さんの決め台詞的なもの『臓物をブチ撒けろ』と関連付けられたモノと思われる

*8
ヴィータの方は他三人と同じく『なのは』のキャラクター。『紅の鉄騎』『鉄槌の騎士』の異名を持つ、赤いゴスロリ服を着た少女のような見た目の人物。割りと珍しいハンマー使い。くるみんの方は、『デート・ア・ライブ』の登場人物、時崎狂三。名前部分はくるみ、と読むのが正しいらしいが、初見ではまず読めない為に『きょうぞう』なんてあだ名を持つ。基本的には声繋がり

*9
原作を梶原一騎氏、作画をながやす巧氏によって製作された漫画『愛と誠』の一場面、岩清水弘の台詞から。元ネタでは言葉の洪水を捲し立てられる前にこの台詞を言うことで、相手からの追及を止めている

*10
『戦姫絶唱シンフォギア』シリーズより、雪音クリスのこと。そもそもシンフォギアキャラは全体的に言葉遣いが独特である

*11
『新魔法少女りん』のパートナーキャラ。魔法少女もので言うところのマスコット枠。りんと同じくゲスト出演しかしたことがない為、知名度がかなり低い。見た目は小さいセイバー、といった感じ

*12
キャロルもフーカも水瀬いのりボイスのキャラ。キャロル・マールス・ディーンハイムは『戦姫絶唱シンフォギアGX』のラスボス、フーカ・レヴェントンは『ViVid Strike!』の主人公



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魔法少女は時々いっぱいやってくる

「お久しぶりですね、キーアさん」

「…………」(こくり)

「……?えっと、今日はなんというか、お静かなんですね……?」

「おおっとそれには私が答えよう!実はちょっと前にキーアはうちの極秘な感じの手伝いをしてくれてね!ちょっと今声が出ないんだ!なので気遣って貰えると嬉しいな!」

「えっ、そうだったのですかせんぱい!?」

「…………」(こくり)

 

 

 あの後、事情を知るものとして少しは手伝ってあげよう、なんて言葉と共に協力者となったライネス。

 ……面白がっているだけなような気がしないでもないけども、実際私一人ではフォローしきれないのも事実なので、こうして手を回してくれるのはありがたいわけなのだが。

 ……こう、その。更なる説明の手間を後積みするのは、ちょいとどうかと思うわけでですね?……あ、はい。それくらいは必要経費、ですか。

 

 

「奇跡も、魔法も、ないんだよ」*1

「仮にも魔法少女が言う台詞ではないなぁ」

 

 

 おおっと、溢れ出る哀しみが思わず言葉になっていたようだ、反省反省。

 

 気を取り直して、改めて今回の案内人であるはるかさんに、()()()()()()挨拶を行う。

 こちらもまた、キーアと同じく『お久し振り』の挨拶から始まったのだが……。

 

 

「……あの、私の顔になにか?」

「あ、すみません。……似てるなーと思いまして」

「世界には自身と同じ顔を持つ者が三人居る、なんて話もありますから」

「あはは、ですよね。すみません、変なこと言って」

 

 

 はるかさんの返答にいえ、と返して、彼女が他の参加者に挨拶をしに離れていくのを見送る私。

 ……惚けてるように見えて、意外と鋭いというか、なんというか。

 

 

(意外と要注意な人、ということかな?……で、その姿の君は本当に外面を整えるの上手いよね、ここからだと心臓がバクバクしてるのすぐにわかっちゃうけども)

(……正直死んだかと思った)

(どんだけバレたくないのさ……)

 

 

 バレたら死ぬ、というのが今の私の結論なので。

 そんなことをCP君に返せば、彼女からは呆れたような気配だけが返ってくるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「どうも、私が今回の検査の担当をさせて頂く担当者になります」

「これはこれはご丁寧に。私、【異界憑依事件対策係現場支部・なりきり郷】の管理者、八雲紫でございますわ」

 

 

 今日の責任者であるという白衣を着た女性と、ゆかりんが話すのを見る私達。……私も含めて、みんな驚いたような表情を浮かべているが、その理由はとても簡単である。

 

 

「──あら、どうしたのかしらみんな?鳩が豆鉄砲……いえ、大砲でも直撃したかのような驚きようですけれど」

「わかってて言ってらっしゃるのですね、それは?」

「ふふふ、ちょっとした冗談よ、そんなに怒らないで頂戴な」

 

 

 みんなを見渡して、優雅に微笑む貴婦人。

 ……いつものロリッ娘なゆかりんではなく、そこに立っていたのはアダルトな姿の八雲紫、だったのである。

 

 自身への境界弄りもできる、みたいな事は確かに言っていたけれど、こうして目にするのは初めてなので、みんな度肝を抜かれているわけだ。

 ……いやまぁ、私としては別の意味で、気が気ではないわけなのだけれども。

 

 

(おいィッ!?なんでわざわざはるかさんの目の前でそれをやったっ!?案の定なんかはるかさんがこっちを見る目が、疑いまみれになってんだけどぉっ!?)

(あら、ごめんなさいね。でもほら、統治者として他所の人間と対峙するのであれば、ある程度の威厳はないと……ね?)

(そりゃそうだけどもさぁっ!?)

 

 

 なーんでよりにもよって()なのか。

 ……ほら見てみなさいよ、はるかさんの滅茶苦茶疑ってる様子!

 小さい人が大きくなれる、みたいな実例を示されて、疑念が確信に変わりかけてるよね多分!

 

 前回出会った時には『八雲紫の秘書』って肩書きだったのも合わせて『なんで今日のキーアさんは、八雲さんに付き従ってないんだろう?』とか『やっぱり、キリアさんとキーアさんには何か関係が?』みたいな事を考えてる顔ですよあれは!

 CP君の隠蔽技能は、バレたら自動的に真相にたどり着くヤバい地雷源なんですけどォッ!?

 

 

(ああ、そこについては大丈夫よ)

(なにが!?)

(その話、私も横から聞いてたから。だから大人の姿になった訳でもあるし?)

(……はぁ?いや、何を言って……)

(ふふっ、そぉれ☆)

 

 

 こちらの困惑を他所に、紫が華麗にウインクをすれば。

 ……あれ?なんかこう、ちょっと感覚がずれたような?

 

 そんな困惑を元にはるかさんの方に視線を向ければ、さっきまでの様子はどこへやら、今は普通にマシュと談笑をしていたのだった。

 ……えっと、どういうこと?

 

 

(こっちの姿(大きい紫)だと、()()()()()()()と判断されるのか、能力がいつもよりちゃんと使えるようになるのよ)

(なんと、そんな便利な技が……!?)

(いやまぁ、そんなに軽々しく使えるものでもないのだけれど、ね?)

 

 

 そうして詳しく聞くところによれば、この大きい紫は昔から外での仕事とか、大きな力を必要とする場面で使ってきた、いわば変身状態みたいなものなのだという。

 

 小さいゆかりんと比べて『境界を操る程度の能力』への親和性が上がる反面、能力を多用すると息切れやら目眩やらが起きるうえ、その状態で元に戻ると一月ほど大きくなれなくなるやら、能力がほとんど使えなくなるやらで、とてもではないが多用できるものでもないらしいが。

 

 それでもまぁ、ここぞと言う時には切ることを辞さない切り札、でもあるそうで。今回は切り時だ、と久しぶりにお披露目したのだという。

 

 

(今、貴方に掛かっている認識阻害の境界を少し弄ったわ。少なくとも今日のうちにバレる事はない、と思うわよ。無論、迂闊な行動を取らなければ──の話だけれどね?)

(流石は紫様!全てにおいて抜かりなし!*2信じてました!紫様ならやってくれるって!ばんざーい!)

(なんという素早い手のひら返し、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね)*3

 

 

 CP君が横からツッコミを入れてくるが、そんなものは些細なこと。

 よもやよもやのパーフェクト紫様なのである、ここはひたすら持ち上げるしかなかろう!みたいなテンションなわけである。

 

 

(……ん?いや待った、もしかして紫様も変身少女区分なのでは?)

(まぁ、そうとも言えるかもね。実際はこの姿が対外的な対応用だって知ってるのは、私の直接の上司さんくらいのものだけれど)

 

 

 そんな中、ふと思い付いたことを彼女に聞いてみれば、返ってきたのはかもね?みたいな反応。

 ……まぁ、でもそうか。現状でさえトップとして便利屋として、結構忙しそうなゆかりんである。

 実際はもっと頑張れますよー(但し体は壊す)とか、そんなの周囲には言えんよなー。

 

 

(そもそも今回は貴方のお披露目ですもの。脇役が目立っても仕方ないでしょう?)

(……そういえばそうだった……)

(マシュのお披露目を今回に合わせたのも、より目立つであろう貴方の方に、視線が集中することを期待してのモノ。頑張ってみんなにアピールして下さいな、聖裁少女さん?)

(……はぁい、キリアがんばりまーす)

 

 

 一応、フォローとか考えてくれてた事についてはありがたいのだけど。……結局、この姿で頑張らなければならないことに変わりはない、というのはどうにかならなかったのだろうか?

 ……なんて詮なきことを思ってしまう、私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ一番手、なのはいきまーす!レイジングハート!」

『setup』「おおーっ、これぞ魔法少女!いいですよいいですよー、MS力がぎゅんぎゅんあがってますよー!」

 

 で、今は計器やらなにやらを近くに置いた、体育館みたいな場所で色々と実験しよう、みたいな感じでみんなが変身するのを眺めているところ。

 なのはさんがレイジングハート*4を持っていたのであれ?と似たような感じのシャナが、コキュートス(本人以外の誰か入りの装飾品)を持っていなかったのを思い出しながら見ていたのだけれど。

 

 

「にゃはは……今のレイジングハート、変身アイテム扱いになってるみたいでAIが入ってないんですよね」

「なるほど、インテル入ってないわけね」*5

「いん」

「てる?」

「……なんでもないから忘れて頂戴」「んー、紫様も中々のMS力。年上系のような年下系のような、不可思議な感じがたまりませんねぇ~」

 

 なのはさんの発言に、ゆかりんが冗談を飛ばしたのだけれど……えっと、ごめんねゆかりん。流石にこの姿の時にはネタにはノれないよ……。

 ショボくれた感じになってしまった彼女に、内心頭を下げつつ、改めてなのはさんが持っている杖に視線を向ける。

 

 レイジングハートと言えば、本来は高性能なAIが搭載されたインテリジェントデバイスであるのだが。

 今の彼女が手にしているそれは、原作の区分に直すとストレージデバイスになるようだ。……なんというか、ちょっと寂しくもあるような。

 

 

「次は私だな。『Imyuteus amenohabakiri tron──』」魔法少女(MS)力というよりはモビルスーツ(MS)力のような気がしないでもないですが、これはこれでありですねぇ~」

 

 お次は翼さんで、確か聖詠……だっけ?*6

 雑に言うと起動コマンド的なそれを高らかに歌い上げることにより、彼女らが胸に抱く聖遺物は形を変える──みたいな感じだったような?

 ……うーむ、なのはさんの杖も大概だけど、翼さんの格好もメカメカしいというかなんというか。

 まぁ、だからこそ動くと()()()のだろうけど。

 

 それとは別に、あのシンフォギアが本当に『アメノハバキリ』*7なのか、みたいな疑問もなくはないのだけれど。

 ……仮に原作と同じく本物であるのなら、正直なりきり云々の前にそっち(オカルト)方面で引っ張りだこになりそうなような?

 

 

「ああ、確かにこれは『アメノハバキリ』だが……同時に、私の元から切り離せないものでもある。なのはのデバイスが、変身アイテムとして保持されているように。私のこれも、私が私足る証として定型化されているのでしょうね」

「要するに、彼女の手元から離しようがないから調べられもしない、みたいな感じね」

「なるほど、それはまた難儀というか……」

 

 

 ふむ、変身するのが一種の個性でもある彼女達は、変身できないことを嫌ってそこら辺のアイテムが付属するけれど、代わりに()()()()()()()()()使()()()()……みたいな感じだろうか?

 うーむ、奥が深いというかなんというか。

 

 

「で、次は私とライネスなんだけど。……そもそも私の方には変身シーンとかなかったし、ライネスも普通の魔術師としての比較のために来てる感じだから、そういう口上とかはなし!」

「まぁ、私が変身……とか、それこそ()()ステッキが来るとかでもなければ、早々起こりうる事態でもないけどね。……あ、いや。チノ役を続けるのならなくもない、のかな?」「ふーむ、凛さんにまさかこんな可能性があったとは。ルビーちゃん迂闊にもほどがありますね!それとライネスさんですか、ふふふのふ、彼女からもいい感じのMS力の高まりを感じますよぉ~♪」

 

 その次のりんちゃんとライネスは──、うん。

 りんちゃんの方が素直にカレイドルビーだったのなら、変身シーンとかもあったのかも知れないけれど。

 ……ゲスト出演中は普通に魔法少女姿のままだったからか、シームレス変身である。……どっちかと言うと特撮っぽいというか。

 で、ライネスはそもそも変身とかしない、普通の魔術師枠での参加らしい。……ってことは、一応使えるのかな、魔術。

 

 

「本当に一応、だけどね。魔術基盤があるような無いような、不可思議な感覚ゆえにあんまり成功もしないし、ほとんど意味のないモノになっているけどね」

「なるほど、それはなんとも珍妙な……」

 

 

 ふむ、型月世界の魔術は基盤を通すもの。

 それらは信仰によって支えられるモノだけど、こっちにもそういう信仰は()()()()()()()()ので、使えなくもない……みたいなところだろうか?

 いやまぁ、私は魔術師ではないので正確なところは全くわからないのだけど。

 

 で、いよいよ私の番。……だと思っていたのだけれど。

 

 

「…………」

「え、えっと。何か私がしましたでしょうか?」

 

 

 今日の責任者である白衣の女性。

 ……なーんか、気になるのである。

 具体的には、なんか愉快な何かが裏で動いているような、というか。

 ……ふーむ。

 

 

「いえ、なんでも。──それでは参ります」「おおーっ、来ました来ました!今回はこれを見るために来たんですから、しっかり映像に納めなくては!」

「───そこだぁっ!!」

「へっ?え、あ、ちょっ、へぶしっ!?」

 

 

 変身するふりだけして、ちょっと虚空に視線を巡らせれば。

 ……なんか、彼女の後方ちょっと上に浮かぶ違和感が。

 なのでそこに的確な投擲を打ち込むと、現れたのは──、

 

 

「あいたたた……。ふふふ、流石のMS力だとお褒め致しましょう。何を隠そう魔法少女関連の研究者とは仮の姿、皆さんご存知、無敵のマジカルルビーちゃんですよ~☆」

 

 

 そんな、トンチキ発言をする魔法の杖、だったのでした。

 

 

*1
『魔法少女まどか☆マギカ』より、第四話のタイトルと、作中人物の美樹さやかの台詞から。確かに奇跡も魔法も存在はした。したけど、対価がないなんて一言も言ってない。……なんてことを後から開示されそうな台詞

*2
『るろうに剣心』より、佐渡島方治の台詞から

*3
『HUNTER×HUNTER』より、ある人物の台詞『オレでなきゃ見逃しちゃうね』より。見逃さなかったこと自体は確かに凄いのだが、彼我の戦力差を測りきれなかった部分は迂闊、といった感じの人物

*4
『魔法少女リリカルなのは』より、なのはが持つ変身アイテム兼魔法の杖、かつパートナー。通常時は小さな紅色の丸い宝石、展開時はちょっとごてごてした感じの魔法の杖といった感じの見た目。AIを搭載しているため、本来であればちゃんと受け答えやら会話やらができるはずだった

*5
アメリカを本拠地とする半導体メーカー、『Intel』のCMで使われていたキャッチフレーズ『インテル入ってる』から。このCMではインテルが入ってないモノにインテルを導入することにより、凄いことができるようになる……みたいな展開のモノが基本であり、ダメな状態だったモノが劇的に改善した、みたいな時に『インテル入った』などと言われることがあった

*6
『戦姫絶唱シンフォギア』シリーズより、少女達の胸に浮かぶコマンドワード

*7
日本神話より。素戔嗚尊がヤマタノオロチを退治した時に用いたとされる剣



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魔法使いと魔法少女と魔術使いと魔導師と……魔を使いすぎでは?

「で、ででで出たーッ!?」

「うーんその叫び方、姿が小さくなっても凛さんは凛さんですねぇ。ある意味安心すると言うか?」

 

 

 件の存在の発見に、真っ先に反応するのがりんちゃんな辺りがなんとも言えないけども。でもまぁ、相手の事を考えればさもありなん、というか。

 ……私達の目の前に現れたのは、愉快型魔術礼装・カレイドステッキに宿りし人工天然精霊、マジカルルビーだった。*1

 気のせいじゃなければこの不良杖、向こうの責任者さんと連動してるんですがね。……いや、どうなってんのこれ?

 

 

「気のせいも何も、そのままで大正解ですよ、だ・い・せ・い・か・い☆そーですそこの白衣を着た野暮ったい感じの女性は、何を隠そうルビーちゃんが世を忍ぶ為の仮の姿なのdeath(デス)!」

「……つまり本体は貴方の方、だと?」

「はぁ?!いやいやおかしいでしょ!?そっちの人、結構前から私達の専属研究員みたいな人だったんだけど!?」

 

 

 りんちゃんがうがーっ!ってな感じに私と向こうに視線を交互させながら捲し立てるものの、実際に私が()()限りは、ルビーちゃんの言う通り本体となっているのは杖の方、みたいで。

 つまり、あそこにいる責任者さんは実体のある分身、みたいもののようだ。

 

 視線を自身の隣に移せば、驚愕からかはるかさんが真っ白になっている。

 ……つまりりんちゃんの発言の通り、あそこの彼女は()()()()()()()()()()()()()()()はず、ということをその態度ではるかさんが証明してしまっている、とも取れるわけで。

 いや、ホントにどうなってんのこれ?

 

 

「……おやおやぁ~?とっくにお気付きになってるのかと思っていたのですが、その発言からするとまだお気付きではない様子。特に八雲さんにキリアさん、お二方は気付いて然るべきだと、ルビーちゃんは愚考する次第なのですがー?」

「キリアちゃんと──」

「八雲さんが?」

 

 

 なんて事を考えていたら、ルビーちゃんが杖の方を『?』の形に曲げて、疑問を呈してくる。

 私とゆかりんは気付かないとおかしい、というようなことを彼女は言っているわけなのだけれど……。ふむ、キリアとゆかりんの二者間にある共通点が鍵、ということなのだろうか?

 とはいえ、今の私とゆかりんに共通点とか言われても──これは殺気(ニュータイプ的なアレ)!!*2

 

 なんだか知らないけど猛烈に嫌な予感がした為、この状況で()()()を起こせそうな唯一の存在であるルビーちゃんを止めようとして──そこで、自身が『詰み』に陥っていることに気が付いた。

 確かにルビーちゃんの本体は、杖の方になっているけれど。

 この場で()()()()()()自体は、杖と責任者さんの()()()()()()()()()()ということに。……止めようがないじゃんか!?

 

 

「キリアさんを被っているキーアさんに、ババーンッな八雲さんを被っているロリロリな紫さん。ほら、こういう風に纏めるとわかりやすく──あの、お二人共?一体何をなさっているので?」

「お姉さま、アレを使うわ」*3

「えぇ、よくってよ」

「すすすストップですっ、ストップですお二人共っ!?このままでは地球がー!?地球そのものがーっ!!?」*4

 

「うわああぁぁぁぁっ!!」

「ひぇっ」

 

 

 発言を止める術がないというのならば、最早爆発()()()しかねぇ!!

 相手に「は?」と言わせる間も与えず、一気にけり(蹴り)を付ける!*5

 

 ゆかりんと目配せをした私は、意外に高いその天井に、二人で飛び上がり──!

 

 

「スーパー!」

 

「限界美ぃぃっ!」

 

 

「アバーッ!!?」

 

 

 流星の如く加速した二人の飛び蹴りにより、アワレルビー=サンは爆発四散!!*6

 見た目はどっちかと言うとイナズマキックってよりはエヴァの方だけど、まぁ細かい事は気にしない。

 

 綺麗に爆発炎上しているけれど、ルビーちゃんならば次の瞬間に元通りに戻っていても何ら不思議ではないので、とりあえず放置。

 それはそれとして、目下のところの問題は。

 

 

「……はっ!?え、その、あれっ!!?せんぱいが、せんぱいじゃないっ!!?」

「…………」(こくり)

「あー……」

 

 

 完全に周囲にバレてしまったこの状況を、一体どうするべきか……ということだろうか。

 ……とりあえず腹を切って詫びればいいかな?

 

 

 

 

 

 

「はーい、ルビーちゃん反省してまーす。魔法少女モノにおける正体バレイベントを、こんなに雑に消化してしまうとかっ。ルビーちゃんらしからぬ失態です……」

「そうだぞそうだぞ、もうちょっと遊……げふんげふん。彼女たちにも葛藤やら何やらあるんだから、ちゃんと考えてあげなぷぎゅるっ」

「ねーぇ?こいつら纏めて、今のうちに処分しておいた方がいいんじゃないの?」

「ふーむ、直接被害を受けたわけではない私の一存では如何とも……」

「にゃはは……私も、最近の契約押し売りタイプなマスコットとは、あんまり関わったことないから……」

 

 

 向こうの方では、三人娘達がルビーちゃんの処遇について、あれこれと議論を交わしているのだけど。

 ……元のキーアの姿に戻った私としては、それどころの話ではなく。

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 き、気まずい。

 ゆかりんがスキマから用意した、応接セット一式のソファーに対面した状態で座るマシュは、俯いているためその表情は窺えず。

 隣のはるかさんもさっきからずっと心ここにあらず、といった感じでゆかりんの言葉にも反応なし。

 ……いや、どうしろというのさこれ?やっぱりここは責任とって私が腹を切るしか……?

 

 

「落ち着きなさい」

「いやでもゆかりん、こうなったらもう自爆するしか」

「落ち着きなさいって言ってるでしょうが」

「…………はい」

 

 

 ゆかりんから再三の制止を受け、大人しくソファーに座り直す私。

 とはいえ、私が幾ら大人しくしようとも、現状の気まずい空気が変わるわけでもなく……。

 

 

「……せっ、」

「せ?」

 

 

 そんな空気を打ち破るように、突然マシュが顔をガバッとあげて、上擦った声を出した。

 明らかに平常時のものではない、あからさまに混乱している様子の彼女に思わず面食らっていると、彼女は傍から見てもわかりやすい程の、勢い任せな発言を始めるのであった。

 

 

「せせせせせせんぱいがまさかあのキリアさんだったなんて私全然気付きませんでしたっこれでは貴方の頼れる後輩として失格ですねですがもしやり直す機会を与えて頂けるのでしたら今回のような事が起きることの無いよう細心の注意を払いせんぱいのおはようからおやすみまでを見届けさせていただきたいと思うのですが構いませんか構いませんねでは不束者ですがよろしくお願いしますせんぱいっ!!」

「……え?え、その、はい。……はい?」

 

 

 ……えっと、なんて?

 私にはその発言内容が全然聞き取れなかったのだけど、どうにも同じ事を二度言うつもりはないらしいマシュは、今は言い切った余韻そのままに、硬く目蓋を閉じ口をキュッと引き締め天を仰いでいる。

 

 ここから聞き返す、なんて愚を侵すわけにもいかず。

 仕方無しに了承の意を返す私なのであったが……はたしてこれで良かったのだろうか……?

 いやでも、中身が私であることを隠していたという部分には怒ってなさそうだし、これ以上変に追求して藪から蛇を出す必要もない、のかな?

 

 

(なんなのかしらこれ。リア充乙ってのも違う気がするけど、じゃなきゃ私はどう反応を返せばいいのかしら……?)

「どうしたのゆかりん、なんか百面相してるけど」

「……まぁ、いいわ。とりあえず、問題ないなら向こうに合流しましょう。聞いておくべきことも、幾つかあるようだしね」

 

 

 とりあえず仲直り……仲直りではないな、なんだろこれ?

 ……まぁいいや。マシュとも平常時の付き合いに戻ったところで、ふと隣のゆかりんに視線を向ければ。

 なんか凄く険しい顔をした彼女の姿がそこにあったので、心配ついでに声を掛けたのだけれど、彼女はなんでもないと頭を振って、さっきから『質問は拷問に変わっていそう』な三人娘の方を指差した。*7

 

 むぅ、さっきの様子でなにもない、ってのは嘘だと思うのだけど……確かに、りんちゃんがルビーちゃんとは直接関係ないはずなのに、虚憶*8に吊られて彼女を追放しちゃいそうな感じになっているのもまた事実。

 いい加減に止めに入るべき、というのもまた正論なので、そのままソファーから立ち上がって彼女達の方へ。

 ……はるかさんは未だにショックから立ち上がれていない感じなので、とりあえずそのまま放置。

 

 

「りんちゃんりんちゃん、ちょっと一回落ち着こう。幾ら相手がルビーちゃんとは言え、捕虜には人道的な扱いをしないと」

「私、まさかの捕虜扱いだったんですかっ!!?」

「むぅ、それは確かに。例えこいつが今すぐぶっ飛ばしたほうがいいタイプのナマモノでも、聞けることはちゃんと聞かないと、よね?」

「うーんこちらはこちらでナチュラルボーン・マーダープリンセス。姿形が幾ら可愛くなろうとも、その魂の形は変わらない……ということなのでしょうか?ルビーちゃんは悲しいです……よよよ」*9

「な に か 、 言 っ た ?」

「言ってませーん、ルビーちゃんはいい子なので言ってま……あ、ちょ、羽はヤメてせめてボディにして下さいっボディにっ!!?」

 

 

 三人に近寄って、まさに拷問染みたことを行っていたりんちゃんに声を掛けたのだけれど。

 ……うーん、ベースのりんちゃん以外の記憶が、彼女に警戒を緩ませないせいか、どうにも攻撃的というかなんというか……。

 『新魔法少女りん』としては面識すらないだろうに、げに恐ろしきは平行世界でのルビーちゃんのやらかし……ということなのだろうか?

 

 とはいえ、その怨念に理解を示せたとしても、それを発散し続けられると困るというのも確かな話。

 どうどう、どうどう!……みたいな感じでマシュがりんちゃんを落ち着かせているのを横目に、改めてルビーちゃんと対面する私達。

 

 

「まおうの てから たすけてくれて ありがとう ! おれいに なんでもおしえて あげましょう」

「なんでRPG風……。いや、それはどうでもよくて」

「はいはい、それではこのか弱い魔法の杖に、一体どんなご用事があるのでしょうか?」

「かよ」

「わい?」

「話が進まないから一々反応しないのっ」

 

 

 ……流石はトンチキの申し子、まともに対応してると余裕が幾つあっても足りやしねぇ……。

 つまり長期戦は不利!ここは短期決戦こそ最良の手と見た!!

 

 

「単刀直入に聞くけど、貴方は何者なの?」

「おやおや、余裕のない発言ですねー。だけどルビーちゃんは優しいので、そこは追求せずにさくっと教えて差し上げましょー☆」

「き、キーアさん抑えてっ」

「気持ちはわかるが折ろうとするのはダメだ、流石に不味い」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」

 

 

 冷静に、と心掛けるものの、ルビーちゃんのせいでさっき大迷惑を被ったのも確かなので、どうにも感情の制御にちょっと苦労する私。

 ……押さえてくれたなのはさん達に礼を言って、改めてルビーちゃんと対峙。

 

 

「私もなりきりですよー?……まぁ、()()()()、と付きますけどね☆」

「────はっ?」

 

 

 対峙してすぐに、余裕もなにも全部吹っ飛ばす爆弾発言を持ってくるルビーちゃんは、やっぱり性格が悪いと思う私なのでした。

 

 

*1
型月における五人の魔法使いの一人、宝石翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの作った愉快型魔術礼装、カレイドステッキに宿った人工天然精霊。基本的には超傍迷惑な存在

*2
フレクサトーンと呼ばれる楽器によって発生させられる音と、それが使われる場面。『機動戦士ガンダム』シリーズのニュータイプと呼ばれる人々が、背後からの攻撃やら相手側に特定の人物がいることやらを悟った時に、稲光のような閃きと独特な音が使われる

*3
以下、暫く『トップをねらえ!』の『スーパーイナズマキック』の再現。二人で合わせて蹴るという形になっているため、見た目的にはエヴァンゲリオンの『ユニゾンアタック』や仮面ライダーの『ダブルライダーキック』などの方が近い見た目になっている

*4
前回同じ台詞が出た時に解説しそこねていたので。『地球がー』以下の台詞は、『ドラゴンボールZ』でベジータがファイナルフラッシュをセルに向けて使おうとしていた時に、息子のトランクスが父を止めるために告げたもの

*5
『自爆するしかねぇ』『は?』という流れは『ポプテピピック』から。しゃっくりが100回出そうになったときの対処法。後半の『けりを付ける』の方の『けり』は蹴りではなく助動詞の『~けり』の事だが、ここでは蹴り技で決着を付けようとしている為、敢えて『蹴り』にしている

*6
『イナズマ』ではなく『限界美』なのは、とある動画から。検索すればわかるので仔細な解説はしない。『アバーッ』という叫びは『ニンジャスレイヤー』から。何かしらのダメージを受けた相手が口から出す悲鳴。使われる時は基本重症である

*7
『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(part05)『黄金の風』より、ブローノ・ブチャラティの台詞『答えろよ 質問はすでに…『拷問』に変わっているんだぜ』より

*8
『スーパーロボット大戦OG』シリーズの用語。雑に言ってしまうと既視感(デジャヴュ)、正確に言うのなら『平行世界での記憶』、もっと言えば『前世の記憶』のこと。OGシリーズの根幹にも関わる設定

*9
『MURDER PRINCESS』は、犬威赤彦氏の漫画作品。いわゆる入れ替わりものであり、王女の体に入れ替わった史上最凶の賞金稼ぎが国のために戦う、みたいな感じの作品



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魔法少女は泣かない……なんてことはない

「は?いやちょっ、はっ!?」

「おやおやー?大混乱みたいですねー?ですがご安心を、言うほど深刻なものでもありませんので☆」

「いや嘘つけぇっ!?無茶苦茶ヤバい話じゃんかそれぇっ!?」

 

 

 人工的ななりきり組ィッ?!

 いやそれ、下手に魔法少女のマスコットが実在するよー、みたいな話よりもよっぽどヤバい案件やんけっ!?

 

 ……みたいな感じで、思わず大慌てする私とゆかりんなのだが。

 他のメンバーは事の重大性がよくわかっていないのか、ちょっと小首を傾げたり隣の人と顔を見合わせていたりする。

 うーむ、事の緊急性の伝達が、全然上手く行ってないというかなんというか……。

 いやまぁ、彼女らはあくまで治験に来た大学生みたいなものなので、ある程度は仕方ないところもあるのだろうけど。*1

 

 

「はいせんせー!」

「はい元気ななのはちゃん、なんでしょうか!」

「ルビーさんが人工的ななりきり組だと、一体何が問題なんでしょうか?というか、そもそも人工物とか天然物とかの違いがわかりませーん」

「んー、いい質問だ。では始めに、()()()()()()()()()()天然物扱いなのでしょうか?」

「え?えっと……」

 

 

 そんな中、代表してなのはさんが声を上げてくれたので、それに乗っかる形で説明会を開始。

 

 最初の設問は『何をもって天然物扱いとするのか?』ということについて。

 自身の質問を質問で返されたなのはさんが困惑する中、さっきまで気配遮断してた(ルビーから隠れてた)ライネスが、彼女に代わって答えを告げる。

 

 

「人工物と天然物、だなんて言い方をしているから混乱するのだろうけど……結局の所、()()()()()()()()()()()()()()()()()の違い、ということだろう?」

「うん、その通り。キャラクターの逆憑依に関して、それが意図したもの(人工物)意図していないもの(天然物)かの違い……だね」

 

 

 未だ全容の明かしきれていないこの異変。

 なりきりをしていたという発生原因こそ明確ではあるものの、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということについては、一切明らかになっていない。

 

 故に、ここで言う天然物とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()人物のことを指す。

 ……その反対になる人工的なモノが()()()()()()()()()、この時点で何となく察せられそうだけど、とりあえず今は脇に置いて。

 

 

「お次の問題は、天然物である私達はお国の上層部から()()()()()()()()()()()()()()()、かな?」

「……再現性と確実性、だったか?」

「あー、そういえば空想の技術を取り入れようとする時に、その空想が確たるモノであるかを気にしてる、みたいな事を聞いたような……?」

 

 

 次の設問は、逆憑依というものについて、国が気にしていたのはどういうことか、というもの。

 

 ……翼さんとりんちゃんの言う通り、発生原因こそわかれども、()()()()()()()()()()()()()ことはできていなかったのがこの現象だ。

 それ故に、彼らの望む検証やら研究やらも全て、望む能力を持った天然物が()()()()現れてくれるのを待つよりほかなかったわけで。

 

 砂漠の中に落ちた宝石を見つけ出すよりは、まだマシかも知れないけれど。

 それでも結構な低確率になるだろうモノを、ひたすらに待ち続けなければならないというのは……まぁ、研究対象としては()()()としか言えず。

 

 結果として、発展性のありそうな術理の研究よりも、電気や物品の創造などのわかりやすく即物的なものの方が歓迎されていたわけである。

 まぁ術理の方に関しても、再現度の壁にぶち当たることが目に見えている以上、求めたものが都合よく現れたとしても、望む場所まで発展させられるかは運……ということになるのでしょうけど。

 

 そもそも私がここに居る理由自体が、その再現性と確実性の壁を越えた最高のモノが見付かったから、みたいなところがあるわけだし。

 ……星五二枚引きとかヒヒイロドロップとか、そんな感じのレア物を見付けないとそもそも進められない研究っていのは、なんというかお腹が痛くなる感覚があるんだけどね……。*2

 

 

「で、これらを踏まえて最後の質問。()()()()()()()()()()?」

「えっと……」

「──今までの話から考えるに、人工物とは意図してこの現象(逆憑依)を起こしたモノ。……原因(なりきり)は既に判明している以上、それを意図して起こせるようになったのであれば、()()()()()()()()()()()ようになったのだとも言える」

「なるほど、つまりはこういうことね?今までは天然ダイヤを掘り起こさなければ(レア物が現れるのを待ってなきゃ)いけなかったのが、人工ダイヤの製造に成功した(自分達で作れるようになった)と」

「そしてそれ故に、今まで滞っていた術理の研究も、飛躍的に進む可能性がある。──ともすれば、人類が星を破壊するような攻撃(スターライトブレイカー)を容易く扱えるようになる日も近いのかも……なんてね?」*3

「…………えっ、それって大問題なんじゃ?」

「うん、大問題」

 

 

 そして、最後の設問により疑念は結実する。

 ……【複合憑依】なんて目じゃないようなヤバいものがそこに居た、という事実に。

 そして、当のヤバい存在であるルビーちゃんはと言えば。

 

 

「んー、八点ですねー。事態が驚異驚愕驚天動地なのはわかりますが、それ故に皆さんお目々が曇っていらっしゃる様子。確かにルビーちゃんは高性能な頼れる魔法のステッキですが、何事にも限度というものがありますよー?」

 

 

 殊更にのほほんとした感じで、こちらの警戒する姿を笑っていたのであった。

 ……なんか、思ってたのと話が違うような?というか八点って、何点満点中よそれ?

 

 

「まぁ、ある意味私の誘導にまんまとはまって頂けた、ということでもありますので。ここは素直な心で、皆さんにヒントをお教えして差し上げましょー☆」

「ヒントぉ?一体何を……」

「今のルビーちゃんには一つ、明らかにおかしい点がございます。はてさて、それは一体なんでしょーか?」

 

 

 そんな風にこちらが困惑しているうちに、彼女からはヒントと称した設問が一方的に送られてきた。

 

 ……今のルビーちゃんの、おかしいところ?

 横ではぁ?と声を上げるりんちゃんと、よくわからないとばかりに首を捻るなのはさんを筆頭に、みんなで考えてみること暫し。

 何事かに気付いたらしいマシュが、小さく声を上げた。

 

 

「もしかして、なのですが。……お隣の責任者さんの()()()()()()ではないでしょうか……?」

「つまり……どういうことだ?」

「──なるほど、そういうことか」

「ええっ、ライネスちゃんもわかったの?」

「……癪だけど、私もわかったかもしんない……」

 

 

 それにつられるように、他の人物からもぽつぽつとわかったという声が上がっていく。

 ……主に型月組がその先陣を切っている辺り、少しでもルビーちゃんのことを知っていれば気付ける、ということなのだろう。

 まぁ、型月とは何の関係もない私も、なんとなく答えにはたどり着いたのだけれど。

 

 

「それで?結局彼女のなにがおかしいの?」

()()()()()()()()()()()()()()()杖のユーザーとでも言うべき人が居る、ってことかな。……うちのキャタピーを見ればわかるように、人の姿以外であっても容易に変化しうるのが、この逆憑依の大原則。──本来人間形態なんて存在しない筈のルビーちゃんが、人の姿を持っていること自体がおかしいってことよ」

「……えっと?」

「ルビーさんはその気になれば、自身を握った相手を洗脳することすら可能とする特級の礼装です。──ですが、あちらの責任者さんは少なくとも、魔法少女という存在ではない」

世を忍ぶ仮の姿(もうひとりの私)、とまで言ってるのにね。実体のある分身だなんてキーアは言ってたけど……こうなってくると、その見た目以上によっぽどややこしいことになってるんでしょ、コイツ」

「いや、勝手に納得されても困るのだけど。私達にもわかるように説明してもらえないだろうか?」

 

 

 ……む、翼さんから抗議の声が返ってきてしまった。

 ルビーちゃんについて曲がりなりにも知っている人なら、ここまでの説明である程度は察せられるはずなのだけれど、そこらへんは型月以外の人達にはわかり辛かったか。

 むう、とはいえ説明、説明かぁ……私はあんまり説明とか得意ではないのだけれど、一体どうしたものか。

 なんて風に唸っていたら、すっとライネスが前に出てきて、私達の言葉を引き継いだのだった。

 

 

「雑に言ってしまうと、彼女がその活動の上で人の姿を必要とするなら()()()()()である必要はない、という事さ。……自分を持たせれば、その時点で相手を傀儡化できるのだから、わざわざ自分の存在を二つに増やす必要はない。そこらへんを歩いている適当な誰かに、さっさと洗脳を施せばいいだけの話だからね」

「あ、なるほど。協力者がいない、っていうのが変なんだね」

「聖遺物が装者無しに動いているようなもの、とも言えるかな?無論、()()()()()()()()()()のは大前提として、ね」

「……ふむ。歌もなしにシンフォギアが稼働できるか、みたいなことか?」

 

 

 うむ、ようやっと納得して貰えたようでなにより。

 

 ──ルビーちゃんは、雑に言ってしまえば魔法の杖である。

 本来、自分を扱ってくれる()()を必要とする存在である。

 それが自分の存在と等価である分身を作り、それに様々な対応をさせているという今の状況は……まるで操り人形が自分を操っているかのような違和感を与える、相当に()な状況なわけだ。

 

 だって、本来のルビーちゃんであれば、適当にそこらへんの人を捕まえてマスターにしてしまう方が、あらゆる面で楽なはずだからだ。

 ……いやまぁ、本人の趣味にあう少女が居なかった、みたいな可能性もなくはないけど。そこらへん結構うるさいキャラだし。

 

 とはいえ、途中で何度かここにいる人間達に触られている以上、やろうと思えばどこかのタイミングで誰かを洗脳する、みたいなこともできたはず。実際、ライネスはそこを警戒して暫く隠れ(気配遮断し)ていたのだから。

 故に、ルビーちゃんが洗脳(それ)をしなかったのは──()()()()()()()()()()()()()()()()という風に受け取ることもできるわけで。

 

 ここまでくれば、後の話は簡単だ。

 ここにいる彼女は、人工的ななりきり組。つまり──、

 

 

「はい、大正解です☆──私は逆憑依という現象を研究し、その応用を開発し、それを自身に試し──このように、中途半端な憑依を起こしてしまった哀れな失敗作(パッチワーク)。……雑に言ってしまうと失敗作なのでした、笑っちゃいますね☆」

 

 

 ね、警戒する必要なんてなかったでしょう?

 なんて風に責任者さんの方が杖を手に取って笑ったのを見て、私達は思わずなんとも言えない静寂に包まれるのだった。

 

 

*1
『治験』は、『治療の臨床試験』の略称。医薬品や医療機器が国の承認を得るために、実際に使ってみる(=臨床試験)事で安全性や有効性を示すためのもの。極稀に、短期の高額アルバイトとして紹介されることがある

*2
確率の低いものの例え。星5二枚引きは、FGOで考えるなら単純に1%を二回なので1万分の1くらい。ヒヒイロカネは『グランブルーファンタジー』のアイテムで、正確なドロップ率は不明ながら、FGOで星5を引く確率と対して変わらないくらいとされている

*3
『魔法少女リリカルなのは』シリーズより、主人公の高町なのはの使用する魔法の一つ。周囲の魔力を集めて放つ極大砲撃。集束技能が必要なため、かなり習得の難しい魔法。その分切り札としては一線級



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魔法少女はどこまで少女?

「……パッチワーク?」

「成功した暁には『重ね着(オーバードレス)*1とか『憑衣(オーバーライト)*2とか、もうちょっといい感じの名前にするつもりだったのですが。ご覧の通り結果は大失敗だったので、甘んじて『継ぎ接ぎ(パッチワーク)』の名前を冠しているのですよ、よよよ……」

 

 

 こちらの疑問に、責任者さんがわざとらしく泣き真似をしてみせる。

 ……んん、やっぱり()ている限りは本体扱いなのは杖の方、なのだけれど。よーく目を凝らしてみると、なんとなく()()()()()()のが察せられる。

 私が思うに、これは──、

 

 

「生身の人間に憑依者を被せたら、どういうわけか普通のなりきり組と違ってちゃんと重なりきらなか(継ぎ接ぎにな)った、という感じかな?」

「……ライネス、人が言おうとしていたことを横から掻っ攫うの止めない?」

「おっと、ごめんごめん。ついつい、ね?」

 

 

 ……なんというか、(けん)についてはそれなりのモノを持っているということなのか、ライネスがぐいぐい発言を差し込んでくる。

 いつもより目立てているからだろうか?なんてちょっと失礼な感想が思い浮かんだが、流石にそれはないだろうと首を振って──、

 

 

(……あ、ルビーちゃんが魔法少女化とかしてこないのがわかったから、ちょっと調子に乗ってるんだ)

 

 

 ということに気付いてしまって、ちょっと微笑ましくなってしまった。

 まぁ、すぐさま自分を見る目が生温くなったことを察したライネスに、思いっきり不穏な笑みを向けられることになるわけだけど。……後が怖いなこれ。

 

 それは置いておいて。……継ぎ接ぎ、ときたか。

 なんか最初の方に私とゆかりんを見てればわかるー、みたいな事を言っていた辺り、どうにもヤバめな雰囲気しかしないけれど。

 話を聞かなければ対応もままならないので、責任者さんに続きを促す。

 

 

「はい♪じゃあまぁ、ルビーちゃんのままだと話辛いので、こちらで説明させて頂きますね。改めまして、責任者の『椎名(しいな) 琥珀(こはく)』です、どうぞお見知りおきを……って、なんで皆さん、凄く胡散臭いモノを見る目で私を見るのですか?」

「……いや、まさかその名前を名乗られるとは思わなかったというか」

「それ、本名なの?」

「あ、はい。別になりきり云々は全く関係なく、普通に普通の私の名前です。……別に、前の職業が使用人だったりはしませんよ?」*3

 

 

 そうして、改めて彼女から自己紹介をされたのだけれど。

 まさかの本名が琥珀であるという事実に、みんなが唖然としたのだった。

 

 ……いや、ねぇ?ルビーちゃんの人格の元になったのって、確か月姫の琥珀さんのはずだし。

 なるべくしてそうなった、みたいな名前はどうかと思うわけですよ。……そもそも使用人ではなくともマッドじゃんこの人、ホントになりきりじゃねぇのかよ、みたいな気分になるのも宜なるかな、というか。*4

 

 まぁ、本人もその辺りは気にしているらしいけれども。

 もっとも、その辺りの変な共通点に気付いたのは、彼女がこの道に入って暫く経ったある日、同僚から言われた『琥珀でマッドとか狙ってんのかよ』という言葉を受けてのこと……だったらしいが。

 ……その言葉が自分に後天的な付与(継ぎ接ぎ)を試すきっかけになったというのだから、その同僚さんには『余計なこと言いやがって』というような気持ちが、ちょびっと湧かなくもなくないのだけれども。

 

 で、継ぎ接ぎ(パッチワーク)

 『後から付け加える』という観点からすれば、逆憑依──オーバーソウルだのポゼッションだの、ちょっと危ない名前で研究者達が呼んでいるそれと、方向性に大きな違いはない……らしいのだが。*5

 

 

「いやー、もう難しいのなんの!なにかパラメーターの見逃しでもあるのか、霧散するわ霧消するわ普賢岳だわ、もはやてんてこ舞いですよね!」*6

「な、なるほど……」

 

 

 人の手で行われるそれは、とにかく失敗の連続。

 失敗作とされている彼女ですら、一応憑依的なことは起こせているから『失敗作の中では成功例』になる始末。

 

 他の失敗例はそもそも『憑依?そんなオカルトあるわけないない(なにもおきなかった)』だとか『今、啓示を受けました!(ちょっと光った)』だとか、とてもではないが研究どころの話ではなかったらしい。

 

 まぁ、それでもなんとなーく憑依っぽいもの(彼女/ルビーちゃん)が出来上がり、この方法での憑依のさせ方の道筋(性格の近似)も見えて来て──そこで行き詰まってしまったのだという。

 

 

「いや、私みたいなの(継ぎ接ぎ)を作るのは、大体成功するようになったんですよ?けどそれでおしまい。……その先に行く方法が皆目見当もつかず、結果として()()()()()()()()()()()()()となって計画は白紙に。私も元の研究部門に逆戻り、というわけです」

「……いやちょっと待って?それ(継ぎ接ぎ)っていつから研究してたのよ?」

「え?えーとそうですね……【複合憑依】の話が上がってきてすぐ、でしたので──まだ三ヶ月も経ってない……ですかね?」

「スピード離婚!?」

「そこまで早くは無いんじゃないですかねぇ?」

 

 

 たはは、と笑う琥珀さんだが……。

 いやいや、曲がりなりにも憑依的なモノを起こせるようになったにも関わらず、そんなにあっさり切り捨てられるとか。……一体どうなってるんです?

 

 というかそもそも三ヶ月もしない内に、結構な位置まで研究進めてるみたいなのが怖いんだけど?なにこの人天才か何か?

 ……ルビーちゃんと同じく、どっちかと言うと魔法少女への興味の方が強くて良かった、というか。

 下手に研究一筋だったら、本当に逆憑依を自在に操れるようになってたんじゃなかろうか……?

 

 しかし……ふむ?

 結局のところ、私とゆかりんを見てればわかる──みたいな話はなんだったのだろうか?

 役を被ってるから、みたいな事を言っていたけど、そもそも私達普通になりきり組だしなぁ……?

 

 

「あ、そこからですか。……いえ、私も試した事はなかったので知らなかったのですが、お二人の状態をルビーちゃんアイで確かめた結果、継ぎ接ぎ(パッチワーク)とほぼ同じ状態になっていることが判明しましてですね?『ああこれ(継ぎ接ぎ)、既に逆憑依されている状態でも使えるんだな』みたいな事を思ったわけでして」

「……why(なんて)?」

 

 

 そんな風に首を捻っていたら、琥珀さんから驚愕の事実が告げられる。……え、私ら継ぎ接ぎ(パッチワーク)になってたんです?

 思わず間抜けな面を晒す私に、琥珀さんが容赦のない追撃を重ねてくる。

 

 

「ええ、そっちに関しても責任者でしたので、大筋は間違ってないかと。……いやー、まさかまさかですよ。なりきり組にも使えてしまうとか、もしかすると人工的に【複合憑依】も再現できちゃうのかもなー、なんちゃって。……あの、すみません。凄い怖い顔になってますよ?」

「……マシュ、扉の鍵の確認」

「え?あ、はい」

「え、その、え?……えーと、不味い雰囲気ですかねこれは?」

 

 

 重ねられた言葉に、なんというか表情が歪むのかわかるけど──いや、こいつは逃がしてはいけない。

 まさに分水嶺、私がここに来ることにもし必然性があったのだとしたら、まさにこの時の為である。

 ……そんな確信を持ちつつ、奇妙な緊張感の中対峙する私達。

 

 ………………。

 

 

「──る、ルビーちゃんテレポーt()

「させるかっ!!転移無効エリア!」

「はぁっ!?えっちょっ、そんなのありですかっ!?」

「ナイスキーアちゃん!流石うちの期待の星!」

「ぐ、ぐぬぬぬ!まさかキーアさんが変身せずとも能力が使えるとは……っ!確かに被ってると見た以上、下にあるものが……あるものが……?」

 

 

 一瞬の攻防。

 危険を感じた琥珀さんがルビーちゃんぱわーで逃げようとしたのを、ちょっとした次元連結システムの応用(BBちゃんお手製フィールド発生機)で止めた私。*7

 ……いや、正直効くかどうかちょっと半信半疑だったのだけれど、既にあるもの(SAOのクリスタル無効化エリア)を引っ張ってくる、という形なら割りとどうにかなるものらしい。*8

 

 まぁ、相手が転移なんて大技使おうとしてたから、効いたのかも知れないが。……クリスタル無効化エリアなのになんでクリスタル使ってない相手にも効いたのかだって?それこそBBちゃんぱわーの応用(転移結晶無効の拡大解釈)なので気にしてはいけない。*9

 

 なので、今回に関しては別に私が何かした、というわけではなく。

 そういう意味で、琥珀さんの警戒は見当違いにも程があるのだけれど……。

 あれ?なんか固まってないこの人?

 その不自然な硬直に、こちらもまた怪訝な表情を返さざるを得ないわけで。

 

 ……えっと。

 一体どうしたものか、なんて思っているうちに、目の前の琥珀さんがわなわなと震え始めた。

 そして同時に襲ってくるのは……寒気?え、なんで?

 

 さっきまでの空気と真反対、何故かこっちが気圧される感じになりながら、目の前の彼女が何をするつもりなのか、とちょっとびくびくする私。

 

 

「付かぬことをお伺いしますが。……キーアさん、()()はなんですか?」

「え゛」

「キーアさん?」

「え、あ、その、……オリジナルです

 

 

 あまりの迫力に、思わず声が小さくなってしまったが。

 言葉を受け取った方の体の震えは、こちらとは反対に大きくなるばかり。

 空気ごと揺れてるんじゃ、みたいな錯覚をこちらが抱き始めた頃、琥珀さんはガバッと伏せていた顔を上げて、こちらに急速に詰め寄ってくるのだった!

 

 

「ふぅざけてますかふざけてますねぇ!?あれだ世が世なら人体実験ひゃっほー♪ですよわかってるんですか貴方ぁっ!!」

「ひえっ」

 

 

 怒ってるのかと思ったけど全然違う!?

 目が爛々と輝いて息を荒くして、こっちにごりごり迫ってくるその姿は、どこか扇情的ながらも恐ろしさを内包した、俗にいうヤバいものだった。

 端的に言うと、スッゴい怖い!

 

 

「ああもう惜しいなぁ、これが私が向こうに現役の頃だったら、あーんな事やこーんな事まで根掘り葉掘り首根っこ掴んで調べ尽くしたのになぁぁぁあぁぁあ」

「ひぃーっ!?たす、たすけてゆかりん!!怖い!凄く怖いっ!?」

「あっちょっ、こっちに火の粉を散ら……ひぃっ!?」

 

 

 思わず悲鳴を漏らしながらゆかりんに助けを求めたら、ゆかりんまでロックオンされてしまった。

 ……あ、そういえばゆかりんも継ぎ接ぎ(パッチワーク)なんだっけ。……てへ♪

 

 

「てへぺろなんかでごまかされなぴぃっ!?ここここっちに来ないでちょうだい!!?」

「ふへへへへよいではないかよいではないかー☆」*10

「なにもよくないわよーっ!?」

 

「……えっと、これはどうすればよいのでしょうか……?」

「関わりたくなーい」

「りんちゃん、気持ちはわかるけど止めないと……」

「……とりあえず、蹴ったら止まるだろうか?」

 

 

 外野の人達、止めるんなら早く止めてほしいなっ!?

 という感じに、何故か始まった追いかけっこは、琥珀さんが落ち着くまで続いたのでしたとさ。

 

 

*1
元は『オーバースカート』──スカートやドレスの上から重て着るスカートを指す言葉だったのが、ほぼ同じ原理で重て着るドレスを指す言葉に変わったもの。最近では『カードファイト!! ヴァンガード overDress』のタイトル、及びカード効果の一つとして聞いたことがある人がいるかも知れない

*2
上書き(overwrite)。その言葉の通り、既にあるものを別の何かで上書きすること

*3
『月姫』より、琥珀さん。ヒロインキャラの一人。色々な理由から、名字は持っていない。リメイクでどうなるやら、みたいな感じで注目もされている。マジカルルビーの性格の元ネタ。あくまで原作者が元にしているだけなので、実際に関わりがあるわけではない、はず

*4
本編終了後、派生作品に出ている時の琥珀さん。本編だとすさまじくシリアスだが、派生作品に出ている時は基本はっちゃけている。薬剤師の資格とか持っているらしく、わりとマッドの気も

*5
『オーバーソウル』は『シャーマンキング』より、霊体を何かしらの物品に憑依させる技法。自分自身に憑依させるよりも高度であり、これができればシャーマンとして一人前と見做される。『ポゼッション』の方はここでは『スーパーロボット大戦』シリーズより、『精霊憑依(ポゼッション)』のこと。こちらはロボットと精霊の融合、というような感じのもの

*6
雲散霧消と雲仙普賢岳の語呂合わせ

*7
『冥王計画ゼオライマー』より、次元連結システム。異次元から無限のエネルギーを取り出す。いつか無限を自由に扱えるとヤバいみたいな話をしたが、まさにその『ヤバい』機体の一つ。なお、『これも次元連結システムのちょっとした応用だ』とすると、創作によくあるご都合主義めいた説明台詞になる。……まぁ、わりとなんでもできるみたいなので然もありなん

*8
『ソードアート・オンライン』より、言葉通り結晶系アイテムの効果を無効にするエリア。魔法の存在しないSAO内で回復・転移・解毒などの魔法的要素を代替してくれるのが結晶(クリスタル)系のアイテムであるが、迷宮の中ではこれらの魔法的なアイテムを無効化するエリアが存在する

*9
「転移にも色々ありますが、大体空間ジャミングしておけばヨシ!……ですよね?」

*10
時代劇でのある種のお約束的展開。悪代官などの敵役が、話のヒロイン役などの女性に迫るシーン。大体危ないところに主役がやって来て、切った張ったの大立ち回りが始まる



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魔法も奇跡も詐術も全部纏めてさようなら

「凄く落ち着きました」

「……確かそれ、落ち着いてない人の台詞だったような?」

「あ、バレちゃいましたか?」

 

 

 あの後散々部屋の中を逃げ回る事になった私とゆかりん。

 無駄に体育館みたいに広い場所だったものだから、お互いに息も切れ切れの死に体である。……なんで同じように動いてたはずの琥珀さんが、ピンピンしていらっしゃるんですかね……?

 

 まぁ、その逃走劇の甲斐あってか、今の彼女は冷静そのもの。本来こちらがしたかった話も、今なら切り出すことは十分可能だろう。

 なので、息を整えるのもほどほどに、彼女の前に進み出る私。

 

 

「それで、詳しく聞きたいんだけど。継ぎ接ぎ(パッチワーク)って、結局なんなの?」

 

 

 元はと言えば、後から人為的に付け加えられるからこそ、驚異的であると思われた継ぎ接ぎ(パッチワーク)という現象。

 ……その認識が微妙に違い、文字通り()()()()()継ぎ足せるという可能性が示唆され、危険度が数倍跳ね上がった感じがあるわけなのだけれど。

 でも、恐らくは一番それ(継ぎ接ぎ)について詳しいと思われる彼女からは、口にした言葉ほどの緊急性は感じ取れない。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()のだろうが──どちらにせよ、全貌を明らかにしないことにはおちおち郷でゆっくりもしていられない。

 ……みたいなことを告げれば、琥珀さんは頭をぽりぽりと掻いたあと、詳しい説明をし始めるのだった。

 

 

「まぁ、お察しの通り。基本的に継ぎ接ぎ(パッチワーク)というのは、その名前に反してなんでも継ぎ足せる(パッチワークできる)わけではないのです」

「……えっと、被験者と憑依者の性格が近似してなきゃダメ、なんだっけ?」

 

 

 りんちゃんの言葉に、その通りと頷く琥珀さん。

 

 被験者と憑依者。

 二者の近似を前提とするが為に、似ても似つかぬような相手を継ぎ足すことはできないというのが、継ぎ接ぎ(パッチワーク)の制約。

 その為、突飛な性格や行動を取るような相手を、憑依対象に選ぶことはほぼ不可能だと言えた。

 

 ……まぁ、琥珀さんのようにたまーに波長があう、俗にいうトンチキ組が現れることもあるらしいのだけれど。

 そちらに関しても、素直に条件に合うなりきり組が現れるのを待った方が、遥かに時間的な効率が良いらしく。

 結局のところ、あんまりあてにできるものでもない……というのが結論なのだそうだ。

 

 

「その制限というか制約というかは、被験者がなりきり組──既に憑依者が存在する場合でも、特に変わらないみたいですね。……この場合ですと、八雲さんがわかりやすいでしょうか?彼女の場合はちっちゃな八雲紫(同じもの)に、大きな八雲紫(同じもの)()()()()()()()わけですから。それにより単純に出力が上昇、能力規模もアップ!ということだったみたいです。けれど──」

「そのまま使い続けると体調を崩したり、能力使用に障害が出たりしたことから察するに、()()()()()()()では不具合が起きる……というわけか」

Exactly(正解っ)!恐らくですが、逆憑依というのは成立時点で完成品。後付けで補強しても馴染まない──ということなのでしょうね」

 

 

 ……ふむ。ゆかりんの体調不良は、無理な過剰稼働(オーバークロック)による熱暴走(オーバーヒート)みたいなもの、ということか。

 もしくはおっきいゆかりんはオーバードウェポン扱い、みたいな?……いや、それだと不明なユニット扱いになるからちょっと違うかな?*1

 うーん、結局トランザムみたいなもの、というのが一番近いのかなー。*2

 

 

「で、私の場合は──」

「どちらも本来はオリジナルなので親和性はバッチリ、のはずが。……後々に変身後の姿を題材にしたアニメ(独立した一つの作品)が作られてしまったせいで、微妙に本人との食い違いが発生してしまった。その結果が、本人とは違う言動や思考の偏りという形で現れた……ということですね」

「……CP君、君のせいじゃんかこのっ、このっ!」

「むぎゅるぷぎゅるぐにゅる、ちょっと落ち着こうキーア、僕ぬいぐるみとかじゃないんで流石にちょっとアレぷぎゅっ」

 

 

 なんというかこっ恥ずかしい台詞とかになってたのも、元を正せばアニメができてしまったがゆえ。

 キリアという別の存在を、文字通り後から憑依させられた(継ぎ足した)ようなものになってしまったからこそ、私も影響を受けていた……という、言葉にしてみれば実に単純な話だったわけだ。

 

 つまり悪いのはCP君!Q.E.D.だド外道ーッ!!*3

 ……みたいな気分で彼女をぐにぐに捏ねまくる私。

 こちらは一時死まで覚悟した(その背水の陣は責任転嫁では?)のだから、これくらい軽い罰である。大人しく捏ねくりまわされてるんだな、みたいな気分でぐるぐるぐる。

 まぁ、本当に彼女だけに責任があるとは思っていないので、半分じゃれてるようなものだけれど。

 

 

「まぁ、そんな感じですかね。さっきは【複合憑依】の再現もー、みたいな大口を叩きましたが。正直無理なんじゃないかなー、というのもおわかりいただけるのではないかと?」

「両者の近似が大前提、だもんね。……正直【複合憑依】の前例二人も、近似してるかって聞かれると微妙な感じだし」

 

 

 琥珀さんの言葉に、思い浮かべるのは前例である二人。

 要素要素を抜き出すと確かに近い存在にも思えるけれど、実際は根本的なところで水と油なものが混じっている西博士と。

 そもそも構成要素の内の一匹が、どう見ても他の二者とは近似にならないであろうCP君。

 

 ……うん、この二人を制約の多い継ぎ接ぎ(パッチワーク)で再現できるかと聞かれると、ちょっと首を捻ってしまう。

 普通の人に継ぎ接ぎ(パッチワーク)するのと違って、近似しなきゃいけないのは憑依者と憑依者になるようだから、なりきり組に施すのなら成功確率はまだ高そうな気もするけれど。

 私の思考と言葉の引っ張られ方から見るに、多分成功してもろくなことにならなさそうだ(暴走するだろうなってのが目に見える)

 

 

「で、ね。……ゆかりん、ちょっと私から謝罪があります」

「え?なによ藪から棒に。……というか、このタイミングで謝罪?なんの?」

「いやね、継ぎ接ぎ(パッチワーク)の仔細を聞いて、ちょっと気付いたことがあるというかなんというか……」

「……はっきりしないわね、一体なによ?」

 

 

 で、今度はちょっと()()()()()()、というか。

 ……魔法少女関連の話の間、結構な頻度で()()()()()アレ、どうやらまだあるみたい、というか、ね?

 微妙に後ろめたい為、どうにも口ごもってしまうのだけれど。……いやまぁ、なんとなーく気付いてしまった以上、口に出さないわけにもいかなくてですね?

 

 ……自己弁護してても仕方ないので、思いきってその事を話題にあげる。

 

 

「えっと……ほら、五条さん。なんかさ、いきなり元気になったじゃない?」

「え?ええ、貴方が()()()()()()から、疲れ目が直っ……()()?」

 

 

 ゆかりんも気付いたようなので、申し訳なさから思わず顔を覆う私。

 いや、その。継ぎ接ぎ(パッチワーク)なんてものがあるとか知らなかったから、わざとでは全然ないんだけどもさ?

 ……ゆかりんのパターン(自分に自分を重ねるの)がアリなら、そりゃ()だってそうなるよね、というか。

 

 

「……大人の(目隠し)五条さんに学生の(グラサン)五条さんを被せた(パッチワークした)扱いになってるんじゃないかなー、なんて思うわけでですね?」

「それって……」

「……はい、その。……また私が何かやってました……」

 

 

 原因探しをすると私が原因だったの法則、ここに再び。

 ……私行動しない方がいいのでは?みたいな懸念がちょっと立ち込めてる感あるなぁ、なんて風にちょっと悲しくなる私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、とにかく。そんなにポンポン継いで接ぐこともできませんので、あんまり警戒しないで頂けると……」

「ああ、はい。こちらとしても大人になると何故能力利用が上手くなるのか、その理由を知ることができましたし。()()()()の話として纏めてしまう、というのが最良でしょうね」

 

 

 自主的に正座して『わたしはダメな魔王です』の石版を持ってる私と、その前でこの話は大事にしないようにしよう、みたいなことを言いあう二人。

 まぁ、正直宜しくない方向にしか進まなさそうな話だし、ここで互いの胸に秘めておく、というのも悪くはないだろう。

 

 え、なにが危ないのかって?

 継ぎ接ぎ(パッチワーク)って、曲がりなりにも逆憑依を人為的に起こせるようになったものでしょう?

 ってことは、だ。……()()()()()()()、使い捨ての兵力として運用することも可能かも、ということでね?

 後先考えなければせっちゃん幼少期*4みたいな少年兵大量生産、みたいなこともできかねないわけでね?……少年兵系のキャラ、創作には結構居るしなぁ。

 何がアレってそういう少年兵みたいなキャラ、基本的に似通った性格しているから()()()()()()()()()()()()のがねー……。*5

 

 日本はそういうのあんまりないけど、罷り間違って他所のお国に知られたりしたら、やーもう嫌なことにしかならないよねー、というか。

 

 ……うーん黒い黒い。

 まぁ、その辺りは責任者二人はよーくわかっているらしく、口に出さずとも理解し合っているみたいだから心配は要らないみたいだけど。というかこの話の早さだと、失敗作として必要以上に喧伝してたりするのかも?

 ……普通に頭回りそうな感じだしなぁ、琥珀さん。さっきの波長云々も、実際は()()()()()()()()かも知れないし。

 魔法少女の研究はしたいけど、争いごととかは勘弁……みたいな感じなのだろう。そういう人が研究のトップで良かった、と言うか。

 

 なーのーでー。

 ……ここで私が気にしなければいけないのは、たった一つなわけで、ね?

 

 

「そーいうことなのでー。……そこでいつの間にか空気に同化しているはるかさん」

「っ、は、はい?なんですかキーアさん。私に何か……」

「お話、しよっか?」

「……っ」

 

 

 ()()()()()()部屋の出口付近まで移動していたはるかさんに、にっこりと笑みを浮かべながら話しかける私。

 ……うん、まぁ彼女の本来の所属(急進派)的に、継ぎ接ぎ(パッチワーク)なんて案件はお誂え向き過ぎるわな……みたいなことを考えていた為、その動きには結構気を使っていたわけなのだけれど。

 これ、そっと抜け出して上司の判断を仰ごうとしてた、とかかなー。職務に忠実なのね、嫌いじゃないわ!*6

 

 

 ──まぁ、そんなの神が許しても魔王()が許さないのですが。

 

 

 ……ふふふのふ。

 この数ヶ月、はるかさんについてわりとあれこれ(こっそりと)考えていたのだ、丁度いいからここで全部片付けてしまうのもいいなぁ……?

 

 

「知らなかったのか……?大魔王からは逃げられない……!!!」*7

「……くっ、殺せっ!!」*8

 

 

 そんな感じに彼女へ声を掛けて、掛けて……?

 ……んん?あれおかしいな、さっきまでシリアスだった気がするのに、なんかいきなりギャグ臭が……?

 

 追い詰められたはるかさんから飛び出した言葉に、思わず魔王な雰囲気が霧散する私。

 状況の掴めていない三人娘と、マシュから白い目で見詰められ。

 ……その弁明を私がする間も、はるかさんは至って真面目に?『くっ殺』し続けていたのでしたとさ。

 

 

*1
『アーマード・コアⅤ』における、武器のカテゴリーの一種。規格外の弩級武装、ロマンの塊。多大なデメリットを持つが、『全てを焼き尽くす』とまで例えられる圧倒的な火力はプレイヤーの心を揺さぶってやまない。使う時は『不明なユニットが接続されました』などの警告が発生するうえ、外部(OW)からのハッキングまで発生するのだが、その一連の流れすらある種のロマンを感じさせる

*2
『機動戦士ガンダム00』より、『TRANS-AM』システム。動力源である『GNドライブ』にブラックボックスとして組み込まれていたもの。一定時間出力を三倍にする、制限付きのパワーアップ機能。『赤くて三倍』なので、初代ガンダムのライバルである『シャア・アズナブル』を思い出した人も居るとか

*3
『Q.E.D.』はラテン語『Quod Erat Demonstrandum』の頭文字を並べたもの、頭字語。意味は『かく示された(証明おわり)』であり、数学などの証明式の後に記される。同名の探偵漫画が存在する。『これでゲームオーバーだド外道ーッ』は『機動戦士ガンダムF91』漫画版より、シーブック・アノーの台詞。漫画版(主にコミックボンボン掲載)のガンダム主人公達は、アニメ本編とはちょっとキャラが違っているので、これもそのうちの一つと言える(『機動戦士Vガンダム』漫画版のウッソ・エヴィンの台詞、『きさまは電子レンジにいれられたダイナマイトだ!』とか)

*4
『機動戦士ガンダム00』主人公、刹那・F・セイエイのこと。少年兵としての類似キャラには『鉄血のオルフェンズ』の三日月・オーガスなどが存在する

*5
少年兵系のキャラは、大体()()()()()思想教育が施されている

*6
『仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ』より、ルナ・ドーパント/泉京水の台詞。良いと思ったモノに使われる、汎用性の高い台詞

*7
『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』より、大魔王バーンの台詞。ゲーム的な仕様(ボス戦での逃走不可)を上手く活かした名言

*8
女騎士がよく言うもの、ネットミームの一種。正確な元ネタは不明ながら、あまりに有名になり過ぎたため逆張りネタもある。騎士道精神的な台詞(生き恥を晒すくらいなら)、と考えるとそこまでおかしい台詞でもないのだが……



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魔法少女も戦隊モノも追加戦士は敵側からというのがある種のお約束

「私は屈しません!!どうにかしたいというのなら、いっそここで殺して下さいっ!!」

 

 

 ……という、あまりにも頑な過ぎる態度をはるかさんが取り始めてから、はや一時間。

 現代に蘇りし見事過ぎる女騎士ムーブに、魔王を気取ったせいでクリティカルヒットした(白い目で見られた)りと、正直散々な目にあった感じのする私なのだが。

 

 

「いやまぁ、流石に今回はなんにもなしに帰すわけには、ねぇ?」

「まぁ、そうねぇ……」

 

 

 ゆかりんと一緒に、小さくため息。

 ……前回とは違い、今回のはるかさんは継ぎ接ぎ(パッチワーク)と、私というオリジナル勢についての情報を得てしまっている。

 言ってしまえばどっちも劇物なので、口止めもせずに帰すのはありえない……わけなのだけど。

 うーむ、とりあえずこっちの話を聞いてくれる状態にしないことには、どうにもならないと言うか。

 ……理由とかをちゃんと説明したお陰で、マシュ達からの白い目は解消されてはいるけれども。このままにはしておけない、というのも確かなわけで。

 

 はてさて、どうしたものか……なんて悩む内にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

 ……うーん。一応、彼女に効くであろう手段は一つ、ないこともないわけだけれども。

 いやー、でもなー?それを使うとなると、さっきの白い目が誤解じゃなくなるだろうってのがなー?

 

 

「むむむむ……」

「でも、それくらいしか思いつかないんでしょう?……いえ、内容を私は知らないから、あんまり偉そうなことは言えないのだけれど」

「……そうなんだよなー、それしかないのも確かなんだよなー、でもなー。……こうさー、一回魔王ムーブ止めた後にもっかいやれって言うのは、なんというか心理的な負担がねー……」

「……いや、貴方なにしようとしてるのよ?」

「え?……脅迫、かな?」

「は?」

 

 

 ──まぁ、仕方なし。

 私ってば魔王だし、謂れなき……いや、この場合は謂れはあるか。

 とにかく、悪評を被るのは本来魔王であれば当たり前のこと。

 一々嫌だと駄々をこねるのもらしくない、精々悪役らしく振る舞うとしましょう。

 

 

「ちょっとーっ!?あんまり酷いことはしないように……って、なにその笑い方!?今まで見たことない悪人面なんだけどっ!?」

「ははは。……イテキマース☆」*1

「いやホントに無茶しないでよーっ!?」

 

 

 ははは。

 慌てるゆかりんはそのままに、彼女が室内に用意し(スキマで取り出し)た隔離室の戸を叩く私。

 ……いやまぁ、返事なんて返って来るわけないんだけど、一応礼儀として、ね?

 

 見張り役の翼さんに目配せをして扉を開けて貰い、中で椅子に座ったまま微動だにしないはるかさんの前に、自身も近くにあった椅子を引っ張ってきて座り、努めて和やかに声を掛ける。

 

 彼女はこちらの知られたくないことを知っているけれど。

 こっちもまた、相手の知られたくないことを知ってるわけで、ね?

 

 この辺りはまぁ、わりと実直的な面のある彼女の活かし方みたいなものを、向こうの上司さんが考えた結果なんじゃないかなー、というか。

 ……お涙頂戴な話が──()()()()()()()()()()()()()今の仕事をしているだなんて話が、嘘偽りのない真実だとか。……そんな話をされて()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 なんともまぁ、悪質なトラップである。

 何が酷いって、彼女の話それ自体は本当のことなのが始末に悪い。

 彼女の妹が失踪したのは事実、それを探すために()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のも事実。

 問題があるとすれば、はるかさんの性格を知っているがゆえに、事情を()()()()()()()と指示した上司さんにこそあるだろう。

 

 ……TRPGでの心理学の避け方、みたいなものである。*2

 はるかさん本人には、なんの悪意もない。

 ただ、それを聞かせる事により──()()()()()()()()()、相手に反応を強制さ(憐れみか疑念を湧か)せることができる。

 

 いやまぁ、仮にも向こうの派閥の人間として、彼女も頑張っているのだろうけど。……見る人が見れば、全然向いてないのはすぐわかる。この場で『くっ殺』が選択肢に上がる時点でわかる。

 時々すごく理知的というか、一種の閃きみたいなものを見せるときもあるけれど、それはあくまでも勘が鋭いとかの話であって、他者を騙すための才能かと問われればNOなわけである。

 そんな彼女から、妹さんの話を聞いたのだとしたら。……人が良ければ可哀想にと憐憫を抱き、人が悪ければそれは本当かと猜疑の念を抱く。

 

 どちらにしても、話を聞いた相手側に、心理的な負担を掛けるのは容易。

 あとはまぁ、はるかさんが普通に仕事をして(妹のために頑張って)くれれば、それだけで相手側への牽制になる(の足を引っ張れる)

 

 ──かーっ!!いやらしいっ!!人の使い方がいやらしいっ!!

 やだやだ全く、これだから権力闘争とか裏で糸引くとかの話が嫌いになるんですよ全くっ!!

 ……まぁ、つまりだ。私が何を言いたいのかと言うと。

 

 

「もしわしのみかたになれば、せかいのはんぶんをおまえにやろう。──妹さんの所在、知りたくない?」*3

「…………はっ?」

 

 

 そんな前提(妹のための仕事)は根本から崩して、こちら側に引き込んでしまえばいい──ということだ。

 

 

 

 

 

 

「あ、悪魔だ、悪魔がいる……」

「失礼な、これでも魔王なんですけど」

「いえせんぱい、そこで胸を張られてもですね?」

 

 

 隔離室からはるかさんと共に出てきた私を見て、ゆかりんとマシュがなんとも言えない表情を向けてくる。

 

 ……むぅ、失礼な。

 別に相手の嫌がるようなことは、一切やってないのだけれど?誓って殺しはやって……あ、いや。これだと堂島の龍か。*4

 

 まぁとにかく。相手の望むものをちらつかせて(与えて)、ちょっと便宜を図って貰っ(取引をし)ただけなので問題はないでーす。

 ……いや、はるかさんの反応があまりにもテンプレ(誘惑に耐える騎士)的なものだったから、ちょっと調子に乗ったというのも否めなくはないけども。

 でも私は混沌・悪なので後悔しませーん。寧ろしてやったりでーす。

 

 

質悪(たちわる)っ」

「にゃ、にゃはは……うん、今後キーアさんを敵に回すようなことは、絶対にしないようにするよ……」

「……いや、何がどうなればあんな台詞が飛び出してくるのか、正直不思議でならないのだが……」

「魔王を名乗るだけのことはある、ということかしら?……っていうか、最終的に世界と妹のどっちを取るのか……みたいな話にまで発展させるのは、鬼畜以外の何物でもないんじゃない?」

「魔王ですが、なにか?」*5

「せんぱい、それ多分自慢気に言うことではないです」

 

 

 んもー、みんな文句ばっか言うんだから。

 別にいいでしょー、仮に恨まれるとしても私だけ。責任を取るのも私だけ。

 はるかさんは妹に出会えるし、みんなは余計な厄介事に巻き込まれずにハッピー。……良いこと尽くめじゃんね?

 

 

「やり口が悪徳業者過ぎるんですよ。なんですか電話口での向こうの上司さんとのやり取り、聞いてて鳥肌立ちましたよ私?」

「えー?だって急進派って、みんなあんな感じなんでしょ?今の内に叩き折っといた方が、後々変なちょっかい掛けられずに済むじゃん。一応向こうの顔も立ててあげたしさー」

 

 

 まぁ、その流れの中で、はるかさんをこっちに引き込むのに、向こうの上司さんとちょっとお話(電話)をすることになったわけなのだけれども。……お話だけで済んだんだから、かなり穏便じゃんね?

 

 というか正直、度々穏やかじゃない話になりそうになるのを、『そういうの良くないと思うなー』って軌道修正掛けまくったのはこっちなんですけど。

 その上で向こうにある程度の便宜まで図ったのに、これで文句を言おうものなら……ねぇ?

 こっちもちょっと対応考えなきゃなー、みたいな態度は取るよね、というか?

 

 

「……悪魔に魂を売るって、こういう感じなんでしょうか」

「もー、今さらくよくよするのなしなーし。はるかさんは妹さんに会いたくて、これまで頑張って来たんでしょ?じゃあその頑張りは報われないと。……ね?」

「……すみません部長、私はダメな部下です……っ」

「おかしいわねー、今回魔法少女案件だからもっと希望とか未来とか、そんな感じの明るい話題に終始できるはずだったんだけど……」

「CP君が居る時点でわかってた話では?」

「……うーんダーク系魔法少女……」

 

 

 ゆかりんが頭痛を堪えるように額に手をやるのを見ながら、にっこりと笑う私。

 

 ……うん、なんか久しぶりにすっきりしたかな!!

 最近ずっとストレス溜まってたしね、たまには発散しないとね!

 みたいな気分で、わりと上機嫌なのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、そんな感じに色々ありまして。

 

 ラットハウスに入っていくはるかさんを遠くから眺めながら、近くの自販機で買ったコーヒーのプルタブを開ける私。

 ……中に入らずとも、感極まった彼女の嗚咽が微かに聞こえてくるのだから、まぁ無茶苦茶やった甲斐はあったというか。

 

 

「達成感、って言うべきかい?」

「ん、ライネス。……中に入んなくていいの?」

「流石に今は、ね。姉妹水入らず、積もる話もあるだろうさ」

 

 

 そんな風に壁に寄り掛かってぼけーっと建物を見ていたら、いつの間にやら隣に来ていたライネスに声を掛けられた。

 ……てっきり中でいつものように、コーヒーミルで豆を挽いているのかと思っていたのだけれど、流石に自重したらしい。

 ふーん、みたいな感じに声を返して、そのままコーヒーの消費に戻る私。

 

 

「……仮にもコーヒーを自慢にしている店の前で、堂々と缶コーヒーを楽しむのはどうかと思うのだけど?」

「口寂しさにちょっと買っただけだし、大目に見てよ」

「……はぁ。()()()()ブラックを飲んでるのは、自罰行為の代わりかい?」

「う゛っ。……いや、別に、全然そんなことないし……」

「……嘘はバレないように吐くべきだよ、キーア」

 

 

 そうして突っ立っていたら、ライネスから軽い抗議が飛んできて。……ちょっと言い訳を溢したら、核心の方を突かれて。

 ……むぅ。なんというか、鋭いなぁ……なんて呻きが思わず漏れた。

 

 ……自分からやったことだから、本来()()()()()もよろしくないんだけど。

 まぁ、()()()()()だからなぁ、()

 

 

「……損な性格をしているね」

「私の損でどうにかなるなら安いもん、ってやつよ。……まぁ、やった後に一人でくよくよするのもお約束なんだけど」

「……はぁ。いやホント、君って奴はアレだな、馬鹿なんだな?」

「言わないで、わかってても変えらんないんだから」

 

 

 こちらに呆れたような視線を向けてくるライネスに苦笑を返しつつ、ふっと天井に目を向ける。

 

 ──夜空は暗く、されど星は瞬き。

 そこにある星々が偽物であれ、その輝きは偽りではなく。

 ……なんて感傷を抱きつつ、缶に残ったコーヒーを胃に流し込むのだった。

 

 

*1
『行ってきまーす』の空耳。有名なのは『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』の表遊戯のものか

*2
クトゥルフ神話TRPGでの技能『心理学』の対処法の一つ。『心理学』は相手に対して判定を行い、その時に対象が何を考えているかとか、嘘を吐いてないかなどを調べるための技能だが、相手の思考を読むわけではない為、場合によっては『心理学』を使うことで不利になることもある。そのうちの一つが、『心理学』の対象者が真相について知らない=裏に糸を引く人物がいるパターンである。『心理学』はあくまで対象者の心理を考察するモノなので、真実を知らない相手に使っても考察の上での余計なノイズにしかならない……なんてことになる可能性もある

*3
初代『ドラゴンクエスト』より、りゅうおうの台詞。魔王が言う台詞として、今日でも形を変え様々な場所で使われている。無論、そんな甘い話があるわけが──ある時もあるのが、創作というものの懐の広さである。まぁ大体はろくな目に合わないのだが

*4
『龍が如く0』における主人公、桐生一馬の台詞『俺は誓って殺しはやってません』から。台詞そのものに変な部分はないが、このゲームは敵対者の頭を電子レンジに突っ込んで、温め一丁とばかりにコンビニ店員にスイッチを押させたり、刃物を相手に突き刺し柄を蹴って貫通させたりなど、寧ろ死なないほうがおかしいだろ、みたいな技ばかりなので『本当に殺ってないのか?』とプレイヤーにシリアスな笑いを提供した。なお『堂島の龍』は、桐生一馬の異名

*5
小説作品『蜘蛛ですが、なにか?』から。馬場翁氏の作品でタイトル通り、蜘蛛のモンスターに転生してしまった女子高生の物語が中心になっている




五章もこれにてお終い。
次回、ハロウィン(幕間)。次もキーアと一緒に、地獄に付き合ってもらう。


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幕間・ハロウィンが一日だけだと誰が言った?

「久々登場のぉーっ、余であるっ!!」

「うわびっくりした」

 

 

 ある日の朝。

 久々の休日に、家でゆっくりと過ごしていると。

 来客を知らせる呼び鈴が鳴ったので、一体誰が訪ねて来たのかと首を捻りながら玄関へ向かった私。

 そうして扉を開けた先に立っていたのは、朝から元気な挨拶を飛ばしてくる皇帝陛下(ネロちゃま)であった。

 

 ……全くの早朝では無いにしても、朝も早いうちからそんなにハイテンションでいられるのは、ある意味尊敬するというか……みたいな気分で声を返す私。

 こっちはどちらかと言えば低血圧気味(朝型人間)だから、今のうちはまだ頭が働いていない、というか。

 

 

「ふぅむ?なるほどなるほどキーアは朝に弱い、と。……では今から頂いてしまっぷべっ!?な、なにをするぅっ!?」

「いえ、悪の気配を感じましたので。こう、ぺしっと?」

「そなた確か混沌・悪を自称してはいなかったか!?……むむむ、先日からずぅーっと気にしてはいたが!余はいまっ、かんっぜんに理解したぞっ!!」

「……嫌な予感しかしませんけど、一応聞いて差し上げます。何を理解したのですか?」

「無論っ、そなたがツンデレであることをあいたたたたっ!?」

「朝だからって寝言を呟く必要はないんですよ、皇帝陛下」

「ええい、余のシルクのごとき柔肌を弄んでおいて、そんな感想が飛び出すとはっ、やはり素直ではないたたたたっ!?」

「形状記憶オリハルコンメンタルかなんかですか貴方は」*1

 

 

 ……朝っぱらから何を色ボケてるんですかね、この皇帝陛下は(呆れ)。

 いやまぁ、彼女を制御してくれるマスターが居ない以上、わりと暴走機関車なところのある彼女ならば仕方ない……のかもしれないけれども。

 でもそれとこうして口説きに掛かるの(これと)は別です(無慈悲)。

 なんて感じに、ネロちゃまの鼻頭(はながしら)を親指でぐりぐりする私。

 

 

「ぐぬぬぬっ、聞いたかマシュよっ!余がこうまでして心を砕き時間を費やしているというのに、キーアのなんと冷たい反応かっ!余は哀しい!……いや待てマシュ。話せばわかる、余が悪かった謝るからちょっと待のわーっ!!?」

「ふふふネロさん?知ってますか、御託はいらないんですよ?」

「……部屋を壊さないようにねー」

「はーいせんぱい」

「貴様達、余に対しての扱いが酷すぎではないかっ!?」

 

 

 マシュが皇帝陛下に華麗なタイラン*2決めてるのを横目にしつつ、朝のニュースでも見ようかとテレビの電源を付ける。

 

 最近の人はテレビを見ないらしいが──ここなりきり郷で放送されている番組は、全て郷オリジナル。

 ある意味見ない方がもったいないということもあり、暇な時はテレビを見て過ごすことが結構多かったりする。

 

 で、朝の情報番組『杜王町RADIOなりきり郷出張版』*3が、いつものもりもりな感じのBGMと共に始まるのを確認して、そのまま朝食の準備に取り掛かり──。

 

 

『大事件ですっ!なんと、十一月も半ばに差し掛かろうという今日、まさかのチェイテピラミッド姫路城が再び我々の前に現れましたッ!』

「ぃいったぁっ!!?」

「!!?せ、せんぱいどうなされましたかっ!?」

 

 

 冷蔵庫からバターの容器を取り出したところで、あまりにも衝撃的なニュースの内容が耳に入り、そのまま足の甲に容器を落としてしまった。

 ……綺麗に角が直撃したから、地味に痛いっ!!?

 そんな私の叫びを聞いて、ネロちゃまとのじゃれあい(戦闘)を中断してこっちにやってくるマシュ。それから──、

 

 

「むっ、そうであったそうであった。余はこれの対処の為に、そなた達を呼びに来たのであった」

「……勘弁してくれよ……」*4

 

 

 ネロちゃまがわっはっはっ、と笑いながら溢した言葉に、思わず項垂れるはめになる私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「はぁい、休みの日にごめんなさいね?」

「下手人はっ!?下手人はどこっ!!?」

「うーん必死。……実は貴方、藤丸君だったりする?」*5

「私は別人だけど、この前リアルでエリちゃんライブ食らったから……」

「ああ、出雲の。……アレもアレで、なんというか大変だったわねぇ」

 

 

 大急ぎでゆかりんルームに駆け付けたところ、苦笑を浮かべたゆかりんがジェレミアさんから紅茶を受け取って、優雅な朝のティータイムを送っているところだった。

 なんと悠長なことを、とちょっと憤りそうになったが。

 よくよく見ると、ゆかりんの目の下に色濃く隈が刻まれていたのと、

 

 

「子゛ネ゛コ゛ぉ゛ーっ!!」

「うわぁ、エリちゃんの顔が涙でぐしゃぐしゃにっ!?」

 

 

 その対面のソファーで、前回とは違ってキャスターな格好になって座っているエリちゃんの姿を見て、既にあれこれと走り回ったあとなのだろうと把握。

 胃薬でも差し入れするべきか……なんて思いながら、泣きついてきたエリちゃんをあやしつつ、改めてゆかりんに視線を向けてみれば。……うわぁ、疲労の色がさっきよりも濃くなっている。

 

 正直この時点で投げ出して帰ってしまいたいくらいなのだけど、ハロウィンの魔物が解き放たれたまま……というのはちょっとよろしくない。

 ……ただでさえ、ここに来る前にカボチャヘッドのスケルトン達が、

 

 

「やって見せろよ、麦わら!」

「ヨーホホホホホ、なんとでもなりますよー♪」

「ブルックだとっ!?」

 

 

 ……とか言いながら、歌って踊って大騒ぎしてたのである。*6

 

 マフティー性の発露によるお祭りも、いい加減落ち着いてきたような気がしなくもないけど。

 それでも、二部が公開されたらまた再燃しかねないわけで。

 ……それまでずっと、カボチャ達の攻勢()が止まない、とか。

 そんなの、年中ハロウィン確定みたいなものである、神経が苛立つどころの話ではない。*7

 

 ただでさえ、エリちゃんが居るとハロウィン粒子が世界に蔓延していくというのに、その上踊るカボチャが年中居座るようになってしまったら、最早この世の終わりである。恐ろしい……。

 

 

「ハロウィンが核爆弾みたいな扱いになっているのは、まぁ今更だから置いておいて。……とりあえずまぁ、これを見てちょうだい」

「……えっとゆかりん、これは?」

ジェレミア(ちぇん)に先んじて調べて貰った報告書。まぁ、とりあえず最後まで読んでみて」

 

 

 ……嫌な予感しかしないんだけど。

 ゆかりんから渡された紙の束は、それなりの枚数のもので。

 全部が文章で埋められているわけではなく、写真やグラフなども混ざっていたのだけれど、それを差し引いてもまぁ結構な文量であるそれは、読み込むのに相応の時間を要し。

 

 ──大体小一時間。

 ジェレミアさんから受け取った紅茶で、時折喉の乾きを潤しつつ、一気に資料を読み込んだ私は。

 

 

「──お前たちのハロウィンって醜くないか?」*8

「わ゛ぁ゛ーっ!!子゛ネ゛コ゛がい゛じめ゛る゛ぅ゛ーっ!!」*9

「お、落ち着いてくださいエリザベートさんっ?!」

 

 

 書いてあったその内容の荒唐無稽さに、思わず真顔になってしまった。……いや、だってさ?

 

 

「『まつろわぬ神やら何やらの集まる社と化したチェイテピラミッド姫路城は、今やこの日本でも有数の特大霊地と変化しつつある』……とか。確かにあれ(チェイピ城)は特級の呪物みたいなもんだけど、そもそもいつの間にここの内部に転移してきたんだとか、なんで神在月終わりに消えるはずの神様とかまで憑いてきてるんだとか、ツッコミどころ以外が見付からないんだけど!?」

「うーん、元を正せばタイミングのせい、かしらねぇ」

「タイミングぅ?」

 

 

 お手上げだよ!……という私の怒りの吐露に、ゆかりんがため息を返してくる。

 

 ──そもそもの話として、今のこの世界はどうにも不安定、らしい。

 前回のBASARAなノッブの顕現に、『tri-qualia』や『迷い家』のような、明らかにここではない場所(異界)の発生。

 神の似姿や、それに準ずるもの達の跳梁跋扈と、それに伴う不可思議事象の誘引。

 それらの大本は、言ってしまえばなりきり組(私達)の存在そのものにある。

 

 ここにあるはずのないもの、ここには存在しないはずのもの。

 それらが数多くあるということ、それそのものが世界に歪みを生む原因となっている可能性があるのだそうで。

 なりきり郷という建物の中になりきり組を集めるのも、ある意味ではそういった異常を()()()()()()()為のものでもあるとかないとか。

 

 まぁ、その割には異世界の技術とか能力とかを、あらゆる面で利用する気満々のような感じがするのだけれど。

 

 

「そこら辺はまぁ、私達そのものをそのまま出しておくよりは影響は少ないし。現実でちゃんと解析して作ったものには、世界を歪めるような異常はないみたいだし……ってことで、ある種の割り切りってのもあるわよね。……そもそもの話、なりきり組は絶対郷に居なきゃダメだと言うのなら、西博士とかふん縛ってでも連れて来なきゃダメだっただろうし」

「ふーむ、それもそうか。……ん?じゃあこのタイミング云々って?」

十月の出雲(神在月)エリちゃん(トラブルメイカー)が居て、たまたまハロウィン──日本の盆に近い、霊を受け入れ悪霊を祓う行事にかち合ってしまったこと、かしら」

「ええと、つまりは──」

 

 

 話を聞くうちに、なんとも言えない嫌な予感に背筋が震えたのだけれど、ここにいる以上は聞かないという選択肢はなく。

 ──半ば予想できるそれを、沈痛な面持ちで待つ私。

 

 

「雑に言うと、ハロウィンと神在月の時点でわりと役満なのに、そこにエリちゃんも居るのなら、そりゃもうハロウィン開催のお知らせ以外の何物でもないわよね、というか?」

「私も被害者なんだけどぉっ!?……おかしいでしょどう考えてもっ、そりゃ確かに?見知らぬ山に突然放り出されて?ちょっと迷ってたどり着いたのが出雲だったとき?『あ、やべ』みたいな気分にはなったけど!それだけで『チェイテ』が顕現することになるとか!単なるなりきりの私に、そこまで想像できるわけないじゃないっ!!」

「あー、はいはい。わかったから落ち着こうねエリちゃん」

 

 

 ……うん、まぁ、うん。

 神在月に神を出雲に呼ぶ事で()()()()()()()()()()()()()

 ハロウィンという()()()()()()()()()()()()()()()祭を、神という()()()()()()()()()ことで、現実強度をあやふやにする。

 ……なんて大それたことを、エリちゃんにやれるはずもなく。

 前提であるモノは全て偶然によるものだというのは、出雲の時にしっかり調べたのでわかってはいるのだけれど。

 

 ……一度ずれた常識が、エリちゃんの存在そのものにハロウィンの胡乱さを()()()()()()()()()()というのも、どうやら正しい話のようだというか。

 

 頭が痛い話だけど、あの偶然によって生まれた『出雲のハロウィンwithエリちゃん』というイベントそのものが、ここに居るエリちゃんに、ハロウィンエリちゃん達を継ぎ接ぎ(パッチワーク)した……みたいな扱いになってしまっているようで。

 結果として、解消されなかったハロウィンの残滓が、なりきり郷という一種の異界で再活性化したらしい、というか。

 

 ……自分で言ってて『なに言ってるんだこいつ』感しかしないんだけど、ナニコレ?

 

 

「多分だけど、あの建物の中で聖杯?的なものが生まれてると思うから、それを壊すなりなんなりすれば、とりあえずこの騒ぎも収まると思うわ」

「わー、はろうぃんいべんとだーあははー」

「せ、先輩だけに飽き足らず、せんぱいまでハロウィンの毒牙に……っ!?」

「ハロウィンの毒牙って何よ、みたいなツッコミは置いといて。……まぁ、今回はわりと大事になってるみたいだし、この前みたいに助っ人が居るから、一緒に向かってちょうだいな」

 

 

 聖杯もあるとかホントにハロウィンイベじゃん、みたいな気分で頭を抱える私に、ゆかりんが一枚の紙を手渡してくる。

 一種の招待状みたいなものであるその封筒の下の方には、ゆかりんの綺麗な筆記体でこう記されていたのだった。

 

 

 ──『親愛なるデビルハンター、ダンテ様』と。

 

 

*1
『形状記憶合金』とは、特定の温度まで温めると、それまでの形状の変化を無視して()の形状に戻る合金のこと。メンタルという言葉と合わせると『形状記憶メンタル』となり、こちらはメンタルにダメージを受けても短期間で回復するような、立ち直りの早さを表すものとなる。『オリハルコン』の方は、古代ギリシア・ローマの文献に記されている希少金属、あるいはそこから派生した、アトランティスにあるという伝説の金属の名前。日本ではヒヒイロカネと同一視されているような気がしないでもない。二つを合わせた場合は『とにかくダメージが入らず、仮に入ったとしてもすぐに復帰してくるようなメンタルの持ち主』というような感じだろうか?因みに対義語に『余りにも簡単に砕ける』という意味の『豆腐メンタル』が存在する

*2
『ギルティギアシリーズ』に登場するソル=バッドガイの覚醒必殺技、『タイランレイ(bu)』のこと。相手にアッパーを繰り出した後、反対の手でぶん殴る。ぶん殴る時には巨大な炎を纏う。ver.αだのといったバリエーションが多いが、アッパー→ストレートの連携はver.βと呼ばれる。特に補足のない限り、『タイランレイブ』と言う名は基本ver.βのことを指す。なお、技を繰り出す時にソルは『御託は、いらねぇ!』と叫ぶ

*3
『ジョジョの奇妙な冒険』第四部(part04)『ダイヤモンドは砕けない』より、舞台である『杜王町』のローカルラジオ番組。ラジオ番組のはずなのにテレビで放送してる?細かいことは気にするんじゃあないッ

*4
『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』より、オルガ・イツカの台詞。大体、本当に勘弁して欲しい時に使われる

*5
『fate/grand_order』の主人公のデフォルトネーム、藤丸立香より。マシュの()()

*6
流れはマフティー性の発露(いつもの)、内容的には『ONE PIECE』の麦わら一味の一人・音楽家のブルックと、『fgo』の敵キャラである『パンプキンスケルトン』から。骨繋がり、か?

*7
『閃光のハサウェイ』より、偽物のマフティーの台詞。YouTubeの自動生成される字幕と、この台詞が出会ったとき、彼の運命(マフティー性の発露)は決まってしまったのだった……

*8
『仮面ライダージオウ Over Quartzer』に登場する台詞、『お前たちの平成って醜くないか?』から

*9
エリちゃんはマスターやマシュに対して特別な呼びわけ方をするが、『子ネコ』は一応誰にも被らない呼び方だったりする



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幕間・踊るカボチャとデビルハンターと銀の侍

 ハロウィンの空気渦巻く例の城(チェイピ城)には、今や神だけではなく、天使やら悪魔やらなんかも集まって来ているらしい。

 

 ……なんだその素敵なパーティは?*1みたいな陰鬱とした気分と共に、郷の地下に広がる階層の一つに向かった私達。

 なりきり元の原作的に、ちょっと血の気の多い者達が集まる層であるその階の片隅に。

 ──()()()()()を専門にした便利屋を構える、一人の男が居るのだという。

 

 

「──『悪魔も泣き出す(Devil May Cry)』か。……こんな時でもなきゃ、立ち寄ることなんてないだろうけど。…………()()()()()()()()()()、もうちょっと楽しく来れたろうになぁ……」*2

「私はよく知らないんだけど、そんなに有名なの?……その、ダンテとかって言う人」*3

 

 

 厄介事を抱えていなければ、わざわざ会いに行くことなんてないだろうけど。

 同時に、厄介事を抱えていない時に、気兼ねなく会いたかったな、なんて詮無きことをぼやきつつ、道を行く私達。

 

 例のあの城までの同行を頼みに行く──というのが今回ここに来た目的である以上、ある意味では元凶そのものとも言えるエリちゃんが、直接頼みにいかないのはちょっと失礼だろう……ということで、彼女も一緒についてきているのだけれど。

 元々の彼女は、アクションゲームとかをしたことのない人だったらしく、()の名前を聞いても今一ピンと来なかったらしい。

 

 ゆえに、彼は有名なのか?……なんて、ある意味トンでもない質問が飛び出してきたわけである。

 なので、スタイリッシュアクションの金字塔・もっと言ってしまえば、スタイリッシュアクションというジャンルの元祖にあたる作品の主人公であるので、有名という区分を越えて『ゲーム好きなら知らない人は居ない』レベルの相手ですよ、みたいなことを教えてあげた。

 

 

「ふぅん?つまりは王子様、ってことね!」

「なんで?」

 

 

 ふんす、と得意気な顔をするエリちゃんと、謎の結論に思わず真顔になる私。

 

 いやまぁ、一応イケメンだとは思うけれども。顔だけならarts三枚っぽい伊達男だけれども。*4

 ……うーん、quick三枚の方が、スタイリッシュみがあるような、ないような……?*5

 というかそもそもの話、特定カード三枚系のキャラではないような?……うん、fgoで例えるのも無理があるな!

 

 

「まぁ、会えばわかるよ、多分」

 

 

 みたいなことを話しながら、たどり着いた店の前。

 ……?なんか、外からでもわかるくらいに、中が騒がしいような……?

 ふむ、もしかして取り込み中かな?

 まぁ、彼のことだからまーた悪魔に絡まれたりしてるんだろうな……みたいな気分で、そのまま扉に手を掛けて。

 

 

「てめぇ良い度胸してんじゃねぇかァァァァッ表出やがれこのすかしヤロォォォォッ!!!」

「おいおいジャパニーズサムライ、ちったぁ落ち着けよ。ストロベリーサンデーが不味くなっちまうぜ」

「はァァァァッ!?言うにこと欠いてパフェが不味くなるだぁ?戦争じゃァァァァッ!!?」

「……お、おう?」

 

 

 机の上に組んだ足を乗っけつつ、パフェに舌鼓を打つ美丈夫と。

 その横で、なりきり郷(ここ)では意外と珍しいキレ顔で、彼に突っ掛かる銀髪の男性──ぶっちゃけてしまうと銀ちゃんの姿がそこにあった。

 ……えーと、どういう状況なのかなこれは?

 

 玄関先でそんな風に困惑していると、こちらに気付いたらしい美丈夫──ダンテ君がこちらに顔を向け、気安げに片手を上げた。

 

 

「おー、待ってたぜデーモンキングとハロウィンガール。俺はダンテ……まぁ、なんだ。ここで便利屋的なもんをやってる。ヤバい仕事なら大歓迎だ、よろしく?」*6

「ああ?……ってなんだ、客ってキーア達かよ。つーか大変だなーアンタも。アレ登るんだろ?俺だったら幾ら稼ぎがよかったとしても、てーねいにご遠慮させて貰うわ。アレを登るのとか罰ゲームかよっての」

「なぁに言ってんだよギントキ、お前も一緒に登るんだぜ?」

「はっ?!ちょっ、おまっ!?なに勝手に俺まで頭数に入れてんのォッ!!?」

 

 

 ……うーん、これは仲が良い、のだろうか?

 ちょっとした要素だけ取り出すと、わりと似た者同士なところがなくもないダンテ君と銀ちゃん。

 というかアレでしょ、一番の類似点は甘いもの好きな何でも屋の銀髪の男、でしょこれ。*7

 

 

「と、まぁアレだ。うちから出せるのは俺とギントキってわけだ。それで?一応『合言葉』をお願いしても?お嬢さん(lady)?」

「え?え、え、合言葉?合言葉って何よ?」

「あん?……あ、いや。聞くべき相手を間違えた。リーダーはそっちだったか」

 

 

 なんてことを考えていたら、いつの間にやらエリちゃんが『合言葉』を聞かれていた。

 ……うん、まぁ知らないって言ってた彼女が『合言葉が必要』だなんてこと、余計に知ってるはずもなく。

 ダンテ君がこちらに向き直り、改めて声を掛けてくる。

 

 

「すまないな。てっきり、勝手に付いてきたお嬢ちゃんかなんかかと思って、な」

「……最初にデーモンキング(魔王)って思いっきり言ってたじゃないの貴方」

「おおっと耳敏い。わかったわかった、からかってたのは謝るよ。……で、改めて()()、お願いしても?」

「……Jackpot(大当たり)

 

 

 ……なりきりであっても、悪魔関連じゃなきゃ出張ってこないというのは変わらないらしい。

 わざわざ合言葉まで聞いてくる辺り、念の入り用が半端ないというか、なんというか。

 

 そんな感じにちょっと呆れつつ、こちらの言葉に「オーケーオーケー、上出来だ」と手を叩きながら椅子から立ち上がる彼を見詰めている私。

 ……いや、背高いな?確か190くらいあるんだっけ?

 私からしてみれば銀ちゃんも結構な背丈なのだけれど、それより更に高いというのだから、こうしてみるとほとんど壁である。

 ……見下ろされるのはあんまり好きではないので、何食わぬ顔でちょっと浮く私。

 

 

「ほう?浮遊持ちか。依頼人のあのお嬢さんも中々だったが、アンタも結構やれるみたいだな?」

「まぁ、その辺りは向こうでまた。……とりあえず、準備とかは大丈夫です?」

「準備?ああ、いつでもオーケーさ。ギントキ、アンタはどうだ?」

「いやだから俺を含めるなっての……ったく、俺も大丈夫だよっ」

 

 

 ナチュラルにメンバーに加えられていることに愚痴をぼやきつつ、それでもまぁ手伝ってくれるようではある辺り、人が良いというかなんというか。

 ……まぁ、あんまりその辺りを突っついて拗ねられても困るので、ここではもう話題にしないけど。

 

 

「……ここではってなんだよ、ここではって」

「無論、後で全部終わった時に居酒屋で突っつく!何故なら私は魔王だから!」

「都合よく混沌・悪なことを押し出していくのやめねぇ?」

「はっはっはっ!なんだよギントキ、こんなところでも弄られ役か?」

「うっせぇ黙ってろ偏食不摂生おっさんめ」

「……お前さんがそれを言うのか?不摂生なのはお互い様だろうに。っと、どうやらお客さんみたいだ」

 

 

 なんというか、喧嘩するほどなんとやら、みたいな仲なのだろうかと邪推するような言葉の投げ合いである。……一応、話を振ったの私のはず、なんだけどね?

 

 まあいいや。

 ダンテ君の言葉と共に、家の外に現れる気配達。……なんか、いきなり湧いたような?

 突然スタイリッシュな世界に放り込まれたような、変な感覚にちょっと顔をしかめつつ、隣のエリちゃんに声を掛ける。

 

 

「んじゃま、とりあえず一つ、盛大に開始宣言しちゃってよエリちゃん」

「私が?も、もうっ。仕方ないわね、特別よ?すぅー……はぁー……せーのっ」

 

 

「ボエーッ♪」

 

 

 壊滅的なその声が、指向性を持って放たれる。

 内側からそんなもの(音波攻撃)が飛んでくるとは思っていなかった、外に集まっていたスケルトン達は綺麗に粉々に。

 

 

「ついでにうちの玄関も粉々、と。いやはや、単なるお嬢ちゃんかと思えば中々やるなぁ」

「いやお前らなんで今のでピンピンしてんのォッ?!銀さん耳が思いっきり死にかけたんだけどォッ!?」

「あ、あれ?そういえばなんで二人とも平気なの?私、結構本気で歌ったんだけど?」

 

 

 このエリちゃんは、エリちゃんだけど自分の音痴にちゃんと気付いているエリちゃんなので、自分の声を聞いて平気な相手がいることにびっくりしている。

 だって、ピンピンしてる私とダンテ君を除けば、唯一のまっとうな人間である銀ちゃんは、普通に悶絶しているのだから。

 

 ……まぁ、それが答えなのだけれど。

 

 

「俺はまぁ、悪魔とのハーフだからな」

「私は魔王なのでー」

「あ、なるほど。ニトクリスとかと同じ扱いなのね。なぁんだ、じゃあ二人の前でなら、幾らでも歌えるってわけね?」

「いやちょっと待ってー、ここに一般人が一人いまーす、か弱いので大切にしてくださーい」

「……か弱い?貴方が?冗談はその顔だけにしたら?」

「いや冗談でもなんでもないっつーか、顔が冗談ってなんだよ!?」

「だって、ねぇ?貴方区分的にはギャグ世界の住人でしょ?その時点で、か弱さとは無縁の存在だと思うのだけど?」

「……思った以上にまっとうな意見が帰ってきたんだが、どうすりゃいいと思う?」

「笑えばいいと思うよ?」*8

「なーんも笑えねぇ……」

 

 

 エリちゃんの歌声は()()()()()()()()()()()()、声そのものは天上のモノと讃えられるほどなのにも関わらず、不協和音と化す……というのが公式の設定である。

 実際、前回は対策も何もなしに聞いたので、私もグロッキーなことになったりしたものだ。

 

 だが同時に、この歌声は冥界だとか霊界だとか、いわゆる人以外の相手からは、わりと好評だったりするのである。

 なーのーでー。今回の私はちょっと魔王っぽさをマシマシにしてみたところ、これがまぁピタリとはまったのである。

 

 ……前回は死にそうになっていた音楽が、ちょっと魔のモノ的な側面を強調したら聞けるようになった、というのはなんか末恐ろしさを感じないでもないけれども。というか間違ってキリアの時に聞いたら死ぬのでは?

 

 で、ダンテ君が無事なのも、ある意味純粋な人ではないから、のようで。……まぁ、だからといって積極的に聞きたい歌でもなさそうなのは、彼の微妙な笑みを見ていれば察せられるのだが。

 完全な悪魔でもないから、あくまで聞けるだけで留まっているのかもしれない。

 

 そんな感じの出生の秘密とか一切ない……ような気がする銀ちゃんボディーでは、エリちゃんライブは文字通り命懸け、らしい。

 

「ははっ、まぁギントキならそのうち慣れるだろ。んじゃまぁ、盛大に行くとしますか!」

「おーっ」

「ちょっとォッ!?俺一応一般人んんんんッ!!!」

 

 

 この先も苦労することが確定してしまった銀ちゃんの叫びをBGMに、再び集い始めたカボチャ頭のスケルトン達に突撃する私達なのであった。

 ……凶骨よこせーっ!!

 

 

*1
『艦隊これくしょん』より、夕立の戦闘時の台詞『さあ、素敵なパーティーしましょう』に関係があるかもしれないっぽい!

*2
CAPCOM製作のゲーム『Devil May Cry』、及び作中に存在する便利屋の名前。スタイリッシュアクションと呼ばれるジャンルの元祖とも呼ばれる作品。とにかく()()()動きを追求するゲームスタイルは、見るのもプレイするのも楽しいタイプのゲームだといえる。まぁ、その分カッコよくしようとすればするだけ、操作は煩雑になっていくのだが

*3
『Devil May Cry』主人公、ダンテ。赤いコートと巨大な魔剣、黒と白の二丁拳銃を自在に操り、スタイリッシュに戦うデビルハンター

*4
『fgo』作内においてエリちゃんが『Arts3枚構成の華麗な騎士』と称したのは太陽の騎士・ガウェイン卿であるが、彼は実際には『Buster三枚構成』の苛烈な騎士である

*5
quickのイメージが速度特化なので。ダンテをfgoに風にするのなら、なんとなくオールマイティーな感じになる気がするが

*6
海外の宗教観的に、『魔王』というものは微妙に翻訳の難しいものだったりする。そのせいでデーモンキングノブナガ、なんて名前になった『魔王信長』さんもいたりする

*7
ダンテはピザとストロベリーサンデー以外をほぼ食べない超偏食家なのだそうで

*8
『新世紀エヴァンゲリオン』第六話『決戦、第3新東京市』で、主人公の碇シンジが綾波レイに掛けた台詞。元々はわりと感動シーンだが、ネタとして使われる場合はわりと適当な感じになる



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幕間・ふふハロ!

「現実で凶骨なんてあっても仕方ないんだけど、なーんか癖で取っといちゃうんだよねぇ」*1

「資材の枯渇は死活問題だからな、まぁ悪い癖ではないさ、っと」

 

 

 真っ赤に染まった大きな骨を手に、思わずため息を吐いてしまう私と、その横でどこから取り出したのかよくわからないショットガンをぶっ放(でパリィ)し、ふらついたスケルトンから骨をぶっこ抜く(に内臓攻撃する)ダンテ君。*2

 ……それ、スタイリッシュではないような?どっちかと言うとわりと血腥いような?

 

 

「ああ、この間仕事をご一緒した爺さんに教わってな。核を抜けば止まる奴にはよく効くんだこれが」*3

「コワ~……」*4

 

 

 そりゃまぁ、よく効くでしょうよ……。

 というか、()()お爺さんもいるのここ?……そっちも大概怖いんですがそれは。脳に瞳とか(ひら)かなくていいですよ?

 いやまぁ、外宇宙に繋がりかねないXさんがいる時点で、ちょっと手遅れなのかも知れないけれど。

 

 

「ん?知らないのかアンタ。最近のこの辺りじゃ、ああいう神もどき共もたまーに見かけるようになったんだぜ?」

「……はっ?イヤなにそれ初耳なんですけどっ?!」

「はーん?どうやらあのお嬢さん、お前さんに余計な心配を掛けたくなかったとみた」

 

 

 なんてことをぼやいていたら、唐突にダンテ君から投げられる爆弾発言。

 ……え?来てんのあのニャルニャルした感じの奴らっ?!

 なんて驚きから詳しく話を聞いたのだけれど……うん、うん?

 

 幾ら世界が不安定だとはいえ、()()()()()達が全力を奮えるほどに歪みがあるわけでもない……というか、そもそもこちらに現れる()というのは、本当に創作や神話の彼らが顕現しているわけではなく、人々の畏敬や不安・崇敬に信仰がその形を()()()()()()というのが正解らしい。

 なので、いつかに見掛けた『風のさかな』も、その実態は『夢を見るだけのクジラ』みたいなものであるらしく、島を産み命を産み……みたいな大それたことはできないのだとか。

 それは()()()()に記された神々についても同じであり、単純に現れただけであれば──例え大元の再現対象が()()()()であったとしても、見ただけで即発狂するような出力は与えられていないのだという。

 

 

「とはいえ、放置しておくのはいささか不味い。お前さんには釈迦に説法みたいなもんだろうが──いつぞやのデーモンキングノブナガみたいな事になりかねないってんで、たまに俺達みたいな便利屋にお鉢が回ってくるのさ」

「……顕現した後から成長することがある……ってこと?」

「そー言うことだな。あん時は確かー……炎髪のお嬢さんが全部焼いて終わらせたんだったか?」

「そこで俺に話を振るの止めてもらえますぅ?あん時の俺、大っ概酷い目にあってたんだからな?」

「『君、いい体してるね。フォーリナーにならないかい?』*5みたいな勧誘を受けてたんだったか?聞いてる分には、随分ファンキーな神様だが」

「……いや、そっちのがよっぽど危ないと思うよ私?」

 

 

 とはいえ、脅威度が殊更に下がっていようとも神は神。

 放っておくと信仰やら何やらを集めて成長し、本来の()()()と遜色ない存在になる可能性がある……というのは、迷い家(BASARAな信長)の報告書から既に論じられ尽くしているらしい。

 なので、元ネタが厄モノな神が顕現した場合、真っ先に討伐指令……もとい討伐クエストみたいなモノが発生するのだという。

 で、そういうのは基本的に血の気の多い組が対応にあたるのだそうだ。……いやまぁ、血の気の多いと言うか、戦うの大好きなだけの人達とかも大概多いみたいだけれど。

 ……郷内部での殺傷的なことは起きないんじゃないかって?これは一種のお祓いみたいなものなので……(目逸らし)。

 

 私が郷の外であれこれやってたのと前後するようなタイミングで、わりとヤバめな()()が顕現するような事態になり──顕現しきる前にシャナが全部焼き切った、みたいな事があったらしい。

 なにが現れたのかは知らないけれど、レベル5を戦力として必要とするあたり、わりとヤバめなモノだったのだろうなと推測はできる。……まぁ、仮に大してヤバくなかったとしても()()()()()()()()()()()、一種のレバ剣*6みたいな運用ができるシャナが適任だった……というところはあるかも知れないけれども。

 

 だって、ねぇ?……銀ちゃんの勧誘と話が繋がってたら、それ行き着く先は虚無(ドワオ)ですよ……?

 そりゃ影響の残滓とか一つとして残せないわ、ってなるというか。

 

 

「子ネコぉ~?なにを楽しくお喋りに興じてるのよ、さっさと行くわよっ」

「……現実逃避くらい許してくれへんか」

「ダメよ、というかここまで近付いておいて、現実逃避もなにもないでしょっ」

 

 

 そんな感じで二人とうだうだ話していたのだが、ちょっと先を先導していたエリちゃんに遅い、と怒られてしまった。

 ……いやでもさ、正直あの城を見てると、どうしても頭痛が止まらないというか。……諦めろ?諦めたらそこで試合終了じゃん、諦めきれるかよ……(?)*7

 

 なお今回はマシュとは別行動である。彼女は現在ラットハウスで防衛中、及び普通の営業中だ。

 ライネスは魔術が使えると言っても最早手品みたいなものなので、自衛はほぼ不可能。ココアちゃんもデュエリストではあるけど、実体化は使えないらしいので戦力外。

 となると、今現在の──そこら中でスケルトンが湧いて出るような状態の郷の中でお店を守れるのは、マシュとピカチュウ(トリムマウ)くらいのものなわけで。

 こっち()は彼女の本来の先輩のように守り続けてもらわないといけないほど弱くはないので、彼女にはお店の方を優先してもらった……というわけだ。

 

 なので──原作(FGO)の主人公のように、マシュに精神分析をしてもらうわけにはいかないのである。……エリちゃんライブに耐性を付けれたのはいいのだが、そもそもの汚染源である()()()についての耐性はまた別の話なのだ。

 できれば視界に入れずにおきたかったのだが、確かにエリちゃんの言う通り、いい加減現実逃避にも限度があるというのもまた事実。

 

 

「仕方ない……腹を括って突っ込みますか、チェイテピラミッド姫路城……っ!!」

「あー、俺帰っていい?」

「ダメです」

「だよなぁ……」

 

 

 ……だからさ。折角覚悟を決めたんだから水を差すのはやめてくれないかな銀ちゃん?

 微妙にしまらない気分のまま、城の中に突撃していく私達なのであった。

 

 

 

 

 

 

 天使や悪魔、それからまつろわぬ神々達が溢れかえっているチェイピ城の中。

 

 道中の雑魚エネミーの種類が種類だからか、勇者がパンチしてたり(天の神も居るのか?)天使を拷問してるの(スタイリッシュ痴女)がいたり、はたまた己の別側面を現実に引っ張り出す(銃かカードか仮面か)者たちがいたりと、なかなかにカオスである。*8

 ……いや、ホントに色々居すぎでは?

 

 

「そりゃそうさ、なんてったってめったに無いカーニバル(騒ぎ時)、ここで騒がないんならどこで騒ぐんだ、ってもんだからな」

「スケルトン一体討伐毎に、ちょっとした手当が貰えるしな。……まぁ、その辺りは数をこなさなきゃ大した稼ぎにはならないんだが」

遊んで(暴れて)金も手に入るってんだ、参加しないほうが嘘だろ?」

「ああなるほど、郷の中での面倒事って、あったとしてもなりきり組同士のいざこざだから、そんなに大暴れとかにはならないのか」

「そーいうこと!個人的にはヤバい案件大歓迎、ってなもんだから、今の郷は楽しすぎて狂っちまいそうだ(I'm absolutely crazy about it)がな!」

 

 

 飛び出してきたスケルトンに投擲一発、見事にバラバラに砕きながら、時に銃を乱射したり時に蹴りや殴りを交えたりと、とにかく楽しそうに戦闘を続けているダンテ君。

 その横では銀ちゃんが木刀のフルスイングでスケルトンの頭部を粉々に砕いたり、はたまたヤクザキックで吹っ飛ばしたあと、塊になったスケルトンを両断したりと、こっちも割と無茶苦茶な戦いを続けている。

 その獅子奮迅ぶりは、ギャグ回ではなく真面目回の銀ちゃんを彷彿とさせるものだった。……場所が場所だけに、どう考えてもギャグ回なんだけどね今回!おかしいね!!

 

 

「でも、ちょっと出てきすぎじゃないこれ?聖杯的なものがあるって話だけど、誰かが無限に召喚してるとかだったりする?」

「さてな!そもそも天使だの悪魔だのまで湧いてるんだ、場に合わせて呼ばれてるだけ……みたいなもんかも知れないぜ?」

「それはぞっとしないなぁ……」*9

 

 

 エリちゃんの疑問に対してのダンテ君の返答に、思わず口を尖らせてしまう私。

 ……いやだってさ、それが本当なら下手すると()()()()()()()()()()消えない、って可能性もあるわけで。

 そうなってくるとハロウィンの申し子エリちゃん、見事隔離塔行き決定だよ?それは流石に可哀想と言うか……。

 

 

「にゃっ!?なななななんでそんなことになるのよっ!?」

「いやだってさぁ?ハロウィンって()()()()()()()でしょ?今は何月?」

「えっと……十一月だけど……」

()()()()()()()()()()()()()()()ってことは、裏を返せばハロウィンの()()()()()()()()()()()ってこと。その判定になっていそうな人って言うと──」

「なるほど、そこのハロウィンガールってことだな」

「つーと……何か?ハロウィンだから湧いてくる、ってのがもし正解だったとしたら……」

 

 

 私達の言葉にごくり、と生唾を飲むエリちゃん。

 ……まぁ、別に勿体ぶるものでもないので、さっくり答えを告げる。

 

 

居るだけで迷惑(レベル3)判定になりますので、もれなく隔離処置です」

「……子゛ネ゛コ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ!!?」

「いや、その。……擁護というか弁護というか、したくないわけじゃないんだけどもさ。……仮に聖杯回収した後にハロウィン終わらなかったら、是非もないよネ!……というか?」

「そんなのいやぁあああ~っ!!!?」

 

 

 エリちゃんが案の定大泣きし始めてしまったので、あやすのに暫く時間が掛かってしまうのだった。

 ……本人よりもちょっと善性とかが強めなこのエリちゃんは、元の本人よりも幽閉とかそういうのにも耐性はあるみたいだけど。

 流石に、レベル3の半恒久的幽閉は無理、みたいなようで。

 

 正直、こちらとしては杞憂で終わって欲しいと願うくらいしかできないのが、本家本元のハロウィンとの違いかなぁ?……なんてことを思ってしまうのでした。

 

 

*1
『fate/grand_order』より、素材アイテムの一つ。『呪いを纏った禍々しい骨』という説明文を持つが、大抵のプレイヤーはその必要数にこそ禍々しさを感じると思われる(2021年現在全部で8000本ほど必要)

*2
『Bloodborne』より、システムの一つ。敵の攻撃に合わせて銃弾を当てることで攻撃を止める(キャンセルさせる)パリィと、そうして体勢を崩した相手に大ダメージを与える内臓攻撃……その一連の流れ

*3
同じく『Bloodborne』より、とある場所に居る車椅子のお爺さん。ただの老人……ではないというのは、人によっては()でわかるかも知れない

*4
『チェンソーマン』主人公デンジがパワーちゃんの虚言癖を目の当たりにした時に呟いた台詞。表情と相まって本気で引いてるのが察せられる

*5
初代『スーパーロボット大戦』に存在したシステム、『説得』を使用した時のゲッターロボの台詞『きみ、いいからだしてるね。ゲッターチームにはいらないか?』から。ゲッター線……う、頭がっ

*6
『らき☆すた』主人公の泉こなたがネットゲームをしていた時に、チャットに流した台詞『レバ剣拾った』から。レバ剣自体は『レーヴァテイン』のことだと思われる。『厄災の枝』とも呼ばれる、北欧神話内に登場する武器の一つ。炎の巨神スルトの持つ炎の剣、及びフレイの持つ剣と同一視されることがあり、それ故か『レーヴァテイン』というと『世界を焼き尽くす剣』として扱われることがほとんどである

*7
『SLAM DUNK』より、安西先生の台詞『あきらめたらそこで試合終了ですよ』から

*8
最初から順に、『結城友奈は勇者である』から結城友奈、『BAYONETTA』からベヨネッタ、『ペルソナ』シリーズからペルソナ使い達。ハロウィンを百鬼夜行とみなしたことによりゆゆゆ組が精霊(妖怪含む)繋がりで、更に天使と悪魔に関わりの深いベヨネッタとペルソナ使い達も率先してやって来た、という形

*9
『ぞっとしない』は、面白くない・いい気がしないなどの意味の言葉。『ぞっとする』が恐ろしいという意味なのに何故?みたいな感じだが、『ぞっと』には『強い感動によって身が震える』という意味があり、『ぞっとしない』はそちらの否定系なのだとか。畏敬、というものに近いのかも?



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幕間・ハロウィンは滅びぬ、何度でも甦るさ

「……なんか、外観よりも遥かに広くないここ?」

「人外共が挙って集まって来てるんだ、空間ぐらい歪むってものだろ?」

「うーん否定できない……」

 

 

 群がってくる天使に悪魔、その他スケルトンを盛大に吹っ飛ばしつつ、建物の内部を駆け上がっていく私達。

 

 一応チェイテ城・ピラミッド・姫路城という基本的な構成要素に変化はないみたいだけど……、なんというか、階段までの距離が長い……ような気がする……?

 こう、明確に絶対的に広い、という感じではなく。

 ふと気がつくと「あれ?なんか結構な距離を走らされているような?」みたいな気分になるというか……。

 ……んん?そういえば距離に関係する力を持った人で、ハロウィン……というか、死者(帰って来るもの)と関わりがあるキャラが居たような……?

 

 なんてことを思ったのがキーだったのか、私達の前に突然黒い靄が現れる。

 

 

「んおっ!?なんだこりゃ、影……か?」

「シャドウサーヴァントっぽいわね、これ。……っていうことは中ボス?とことんイベントじゃない」*1

「それエリちゃんが言うの?……しかしまぁ、信仰や畏敬から形作られるってのは本当だったみたいだね」

「……ん、ってことはアレか、(やっこ)さん神霊系か?」

「ああ、うん。()って付いてるなら神霊というのなら、確かに彼女は神霊だね。……『三途の道先案内人』──」

 

 

 私達が見る前で、件の影はその形を徐々に整えていく。

 ただの黒い塊だったのが、球体の頭と棒の肢体を持つ姿になり、そこから肉が付き・服が生え・武器を創生し──。

 一分にも満たない時間で、ただの黒いシミだったそれは、しっかりとした人の姿へと変化していた。

 

 もっとも、どれだけ姿を変えようとも影は影。

 色のないその姿は、その外観のみで自分が何者であるのかを主張していた。

 

 

「小野塚小町。『距離を操る程度の能力』を持った、歴とした死神だよ」*2

 

 

 波打つ大鎌を携えた、三途の川の船頭。

 その影を写し取ったモノが、私達の前に立ち塞がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

1/1

 

 

 

 

 

 

 

「……?!いつもの(ハロウィンBGM)だけどいつもの(ハロウィンアイキャッチ)じゃない……!?」

「いや、なにをわけわかんないこと言ってるのよ子ネコ……」

 

 

 明確に戦闘に入る前に何か見えた気がしたけど、そこらへんはどうやらメタい話だったようで。

 ……どうでもいいけどFGOのハロウィン戦闘曲はどれもいいよね、個人的には『超極☆大かぼちゃ村』の時の『鮮血魔嬢』アレンジが一番好きだけど。*3

 

 まぁ、その辺りは個人の好みなので置いておくとして。

 目の前にいるのは、東方のキャラクターである小野塚小町を写し取ったと思われる影。……さっきまでの距離感の狂いが彼女の仕業だとするなら、これは結構な難敵かも知れない。

 

 

「影だが技能は同じかも、ってわけか!じゃあ仕方ない、キーア、ギントキ、エリザ!ここは俺に任せて先に行きな!」

「……はっ?いやいやなんでそんな殿(しんがり)ムーブを?」

 

 

 下手に長期戦になるとヤバいかも、みたいな感じで攻略法を考えていたのだけれど、唐突にダンテ君が死にそうなこと(俺に任せて先に行きな)を言い出したため思考が中断される。

 いや、ダンテ君が言ってる時点で死亡フラグも何もあったもんじゃないわけだけど、それでもまぁびっくりするのは仕方ないわけで。

 だから私が思わず聞き返してしまうのも、ある意味既定路線なのだった。

 

 

「なに、そもそも時間が勝負だっていうなら、中ボスに全員で掛かるよりも、元凶に一発ぶちかまして終わらせた方が早いだろう?……生憎相手のお嬢さんは、すんなり通してはくれなさそうだ。だったら一人置いて残りは先に進む、ってのは理に適ってるだろ?」

「うーん、理屈としては間違ってはないんだけども……まぁ、ダンテ君が負けるとも思えないし、ここは任せちゃおっかみんな?」

「まぁ、時間経過がヤバいってんなら吝かでもねぇっつーか、そもそもこいつがくたばってる姿を想像できないっつーか?」

「おっと?……おいおい、随分熱いラブコールだなギントキ。実は俺のファンだったか?」

「はぁーっ!!?違いますぅーっ!!調子に乗らないでくれますかぁーっ!?」

「……これ、照れ隠しなのよねきっと?」

「しーっ、おっさんのツンデレって扱い難しいんだから、安易に触っちゃダメ」

「はぁい」

「ちょっとォ女子ぃーッ!!?勝手に俺のことツンデレ扱いすんのやめて貰えますぅーッ!!?こちとら生まれてこの方、甘いもん一筋なんですけどォーッ!!?」

 

 

 そうして聞き返した上で戻ってきたのは、ほぼほぼこちらが考えていたものをそのまま発展させたもの。

 ……まぁ、どこもかしこも異常ばかり、根本から断たないとどっちにしろダメだろうというのは、難しく考えずとも分かる話だ。

 というか、幾ら血の気が多い組がそこらで頑張ってると言っても、対処できる数には限りがある。

 討ち漏らしが出ると後々禍根になりかねないのだから、全部綺麗に終わらせるしかないのだ。

 

 なのでここは彼に任せて、小回りの効く私達はさっさと次に向かおう、ということになったのだけれど。

 ……水と油というか、寧ろ一周回って相性がいいのか。

 からかわれてる銀ちゃんというのは、なんかちょっと面白いというか?

 そんな感じで若干の緊張を解しつつ、改めて次の動きのタメに入る。

 

 

「はっはっ。……まぁ、そんだけ元気なら、俺の手伝いはいらないよな?」

「へっ、言ってろ。お前がアイツを倒す前に、こっちは全部終わらせてやらァ」

「いい啖呵だ。……じゃあ、行きなっ!!」

「へいよー、ヘイ銀ちゃんっ」

「お?おおっ!!?いやちょっと待って飛ぶの?俺を抱えて飛ぶのっ!!?」

「そっちのが早いからねえ」

「まままままままてまて心の準備があああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……

「最後まで締まんねぇ奴だなアイツ……さて、待たせたなお嬢さん。お一つ私めとダンスでも如何ですか(Shall We Dance)?……なんてなっ!!」

 

 

 高速でかっ飛ぶ私達と、背後から響く剣撃と銃撃の音。

 このお祭り騒ぎも、そろそろ終わりが見えてきたようだ、なんてことを呟きながら、眼下の色々なもの(罠とかギミックとか)を無視する私達。

 

 

「……アレッ!!?さっきまでの地道な道のりはッ!?」

「え、気付いてなかったの銀ちゃん?貴方に合わせてたんだよみんな」

「なん……だと……っ!?」

 

 

 いや、だって三人とも飛べるし。*4

 みたいなことは口にはしなかったけど、なんとなく察したらしい銀ちゃんは大声でこう叫んだのでしたとさ。

 

 

「俺完全にハンデかなんかじゃねぇかァァァァッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

「で、チェイテのライダー・小野塚小町、ピラミッドのランサー・聖帝サウザー、姫路城のセイバー武蔵ちゃんという三人の配下を打倒し、ついに天守閣で今回の黒幕が……」*5

「いやその、ちょっと待ってくださいせんぱい。整理、整理しますのでっ」

 

 

 ハロウィン騒動も終わり、周囲の喧騒も随分と落ち着いてきたある日のこと。

 

 マシュに「私は前線にいませんでしたので、詳しい状況を知らないのですが、あの日は一体何があったのでしょう?突然の爆発に、咄嗟に宝具を開放した事は覚えているのですが……」と聞かれた私は。

 マシュに宝具を使わせてしまうほどに、切羽詰まった状況を引き起こしてしまった負い目から、あの日のことを仔細に語っていたわけなのだけれど。

 ……その、マシュさんや。

 これ中盤も中盤なんで、ここで混乱してると後が辛いよ?みたいな気分になっている。

 

 

「え、ここからまだ何かあるのですか?というか、今せんぱいは黒幕が現れたとか仰っていたような……?」

「甘いなマシュ、黒幕が現れたからそれを倒して終わり、とか。……そんな簡単に終わってくれるわけないじゃんか。ハロウィンなんだぜ?」

「せ、せんぱい!目が?!目が据わっています!!?」

 

 

 ははは。よーく聞くんだマシュ。

 ハロウィンを理解すること、それはすなわち世界を──ひいては宇宙を理解することにも繋がる、とてつもない大偉業なんだ。

 そう、ハロウィンとはつまりは宇宙、世界を構成し世界を創造し世界を破壊し世界を輪廻させる万能にして唯一絶対の真理これこそが宇宙の心つまりはヒイロってことはツインバスターライフルブッパだこれにより全ては光に包まれるえそれはおかしいだろうって何を言っているんだハロウィンの重力に引き摺られてイデが発動しかけたんだぞまさかハロウィン中に世界を救うような戦いをしなければいけないとは思わなかったよっていうかなんでイデとエリザ粒子が互いに拮抗してんのまさかのエリザ粒子は滅びようとする力すなわち負の無限力だったとかくけけけけけけけけけ

 

 

「落ち着いて、下さいっ!!」

「ぬわーっ!!?」

 

 

 ……はっ!?私は一体何を!?

 なんか、凄まじく悪い夢を見ていたような気がする……。

 いやそんなまさかな、世界の真実がハロウィンだったとかありえないありえない。

 …………………。

 

 

「ハロウィン最高!ハロウィン最高!お前もハロウィン最高と叫びなさい!」*6

「せんぱいいい加減に目を覚まして下さい!!」

「ふぐらばぁっ!!?」

 

 

 ……今日のマシュはアタリが強いなぁ。……がくっ。

 

 

 

 

 

 

「……やはりハロウィンは封印してしまった方がいいのではないでしょうか……?」

「さてなぁ、閉じ込めてもいつかは出てくる……ってのもお約束だと俺は思うんだがね」

「おいこら怖ぇこと言ってんじゃねーよダンテ、折角無事に終わったってのに、またあんな目にあうのとかゴメンだぞ俺は……」

「まさか私も、全人類の意思を前に大ライブを開催できるとは思ってもいなかったわ……」

「え、エリザベートさんのライブがなければ、少なくとも銀河が一つ蒸発していたと聞いたのですが。その、それは本当のことなのでしょうか……?」

「第六文明人*7、だったかしら?実際にはイズモの時のそれが、消えずに残ったままだったから成長したもの、らしいけど。……本家のそれより遥かに弱いって話だったけど、あの時はみんな(他のエリザベート)の力添えがなければ多分負けてたと思うわ……恐ろしい難敵だったわ、お・そ・ろ・し・い、難敵だったわ!」*8

 

 

 今日も今日とて、ラットハウスは盛況だ。

 一つのイベントを無事に終えた戦士たちは、次の戦いに向けて束の間の安息に身を委ねている。

 そんな俄に騒がしい店内のテーブルの一つに、祝賀会と称して集う男女の姿があった。

 今回の一番の功労者と目される彼らは、思い思いに話し、飲み、騒いでいる。

 

 

()()()()()()?……いやまさか、ねぇ?*9……というか、平行世界のエリザベートの力が集ったとか、まさしく何言ってるんだお前は案件じゃないかい?」*10

「でもでも、実際そんな感じだったのよ?私一人じゃ、アレだけのエリザ粒子を完全に掌握するとかムリムリ!」

「アレに関しちゃ、こいつの力添えもあったような気がするがな」

「そうだよそういやそうだった、お前何ちゃっかり新しい武器とか手に入れてんだよ、しかも綺麗な姉ちゃんに変身するだぁ?そんなんチートやチーターや!」*11

「そりゃまぁ、ダンスの正当な報酬ってもんだ。ギントキだって何か貰ったんだろ?」

「『腰だめに構えて突撃すると、相手の足に絶対刺さるナイフ』とか、俺にどうしろっつーんだこんなもんっ」*12

 

 

 男の発言に、皆が笑みを浮かべて楽しげに食事を摂る。

 一人足りないのは──まぁ、彼女も疲れを取る時間が必要だ、ということで。

 そんな喧騒を耳にしつつ、()は寝床であくびを一つ。

 

 

「おや、トリムマウはもうお休みかい?じゃあまぁ、良い夢を。ハロウィンも終わったんだ、ゆっくりする時間は幾らでもあるだろうからね」

 

 

 主人よ、そういうのフラグっていうんだぜ、とは答えず。

 ただ一言「ぴか」とだけ呟いて、俺は目蓋を閉じるのだった。

 

 ──なりきり郷の夜は、長い。*13

 

 

*1
『fate/grand_order』より、英霊達の影。残留霊基、サーヴァントのなりそこない。ある意味では怨霊のようなもの

*2
『東方シリーズ』のキャラクター。『東方花映塚』が初出。江戸っ子気質の長身の女性。赤い癖ッ毛と赤い瞳、携えた大きな鎌がトレードマーク。三途の川の渡し守であり、話好きな性分の人

*3
『fgo』のイベントの一つ、2016年のハロウィンイベント『ハロウィン・カムバック! 超極☆大かぼちゃ村 〜そして冒険へ⋯⋯〜』と、そこで使われた戦闘BGM『鮮血魔嬢~FGO~』のこと。ノリの元ネタは『魔界村』、配布のエリちゃんの宝具は『コンバトラーV』と、かなりネタにまみれたイベント。アレンジ楽曲である『鮮血魔嬢~FGO~』は結構な人気曲

*4
キーアは言わずもがな、ダンテも魔人化で飛べる、エリちゃんは『fgo』の宝具時などを参照。竜の因子を持つため普通に飛べる

*5
サウザーは『北斗の拳』の彼。南斗鳳凰拳の使い手で、体に秘密がある。なお、彼が主役のスピンオフが存在する。武蔵ちゃんの方は『fate/grand_order』の方の彼女。恐らく怨念。ショタとかロリとかの仮装が見たかったのだろう……

*6
『チェンソーマン』から、『宇宙の悪魔』と『未来の悪魔』の合わせ技。宇宙=ハロウィン、よってハロウィン最高!……みたいな理解で間違いでもないので、ネットでコラをよく見かける

*7
『伝説巨神イデオン』より宇宙人、より正確に言えば『地球人類が六番目に出会った異星の文明人』のこと。ある意味、作中の事件全ての元凶とも言える

*8
セイバーのエリちゃんの勝利台詞、『かつてない強敵だったわ……。か・つ・て・な・い、強敵だったわ!』から。元はネロの勝利台詞『余の独壇場だったな。ど・く・だ・ん・じょ・う、だったな!』のオマージュだと思われる

*9
言葉の響きの近さ、イデオンの操縦者であるコスモと、宇宙の悪魔の本名(コスモ)。そうか、わかったぞ……ハロウィンとは……エリちゃんとは……宇宙とは……()

*10
「今よ!力を私に!」「いいですとも!」みたいなやり取りがあったようだ

*11
『ソードアート・オンライン』より、キバオウの台詞『もうチートや、チーターやろそんなん!』から

*12
『北斗の拳』より、ターバンのガキと、彼がした行動。『ピラミッドのランサー』からドロップする報酬。不意打ちが必ず成功する……つまりイチゴ味なのでは?

*13
缶コーヒー『BOSS』のCM『宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ』から。雰囲気を参考にした、という感じ



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幕間・彼女のなんでもない一日

「……はい?私の話……ですか?」

 

 

 キョトンとした顔の私の後輩──マシュに、こちらは大袈裟に頷きを返す。

 このなりきり郷に来てはや何ヵ月。

 お互いに色々とやっている為、案外相手の行動とかやってる仕事とか、知らない部分が結構ある。

 なので、たまには親睦を深める意味も込めて、相手の話を聞くのもありではないか──そう思ったのだ。

 

 

「親睦、ですか?……いえでも、せんぱいと私は普通に仲の良い間柄だと思いますし、今更そこを確かめるのも……」

「甘いぞマシュ!将来はアイコンタクトで戦闘、炊飯、掃除、談話ができる間柄になることを目標にしているー*1、とかみたいなことを言っていたけれど!でもやっぱり重要なことは、言葉にしないと伝わらないんだよ!」*2

「え、そのそれは、あくまで私ではない私の台詞でですね?というかせんぱい、何かごまかそうとしていませんか!?」

「してないぞー、決してちょっと最近後輩のことがわからなくて怖いとか、そんなことはこれっぽっちも思ってないぞー」

「それはほぼ答えを言っているようなものなのでは!?」

 

 

 なんて感じに会話をしながら、マシュの一日を追う物語が始まるのでしたとさ☆

 

 

 

 

 

 

 ──月曜日。

 週の始まりであるこの曜日ですが、私達は所属が所属のため、他の曜日との大きな差はそれほど存在していません。

 元の()であった時のように、大学に向かうということもないため、基本的には八雲さんからの頼まれごとを消化する……というのが、基本的な一日のサイクルになっています。

 

 月曜日は……基本的には戦闘訓練を熟していることが多いですね。

 先日の魔王信長の顕現、神霊達の跳梁跋扈、襲いくるハロウィンの魔の手……。

 戦闘を行えるなりきり組の皆さんは、暇をうまくやりくりして、体を動かす習慣を付けようとされていますが……その理由の大半は、最近になってどことなく周囲が騒がしくなってきたから、なのだと思います。

 

 私は……その、以前から最高戦力(レベル5)として、皆さんからお手合わせを頼まれていましたので、こと戦闘訓練に関しては、機を見て挑んでくる人が増えた……くらいの違いしかないのですが。

 

 

「マシュと戦うのは、これで何度目かしら?」

「はい?……えっと、すみません。戦闘行動を数える、というような習慣はなくて……」

 

 

 その日は確か……同じレベル5である、シャナさんとの訓練でしたね。

 

 せんぱいと戦っていた時と違って、最終決戦近くまでの戦闘技能を完全にモノにしたらしい彼女は、名実問わずなりきり郷の最強の剣とも呼べる存在へと変貌を遂げていました。

 このことを彼女に言うと、「その最強の剣、全部防いじゃうじゃない貴方」と苦笑を返されてしまうのですが。

 ……そこは、その。せんぱいの頼れる後輩として、譲れない部分だと申しますかっ。

 

 

「ああ、別に何か悪いとかじゃなくて。……所詮は模擬戦なんだけど、こうして真正の盾使いと戦うって経験が殆どないから、ね?」

「あ、はい。私も、今のところは自分以外の盾使いにお会いしたことはありませんので、盾持ちとの戦闘機会というもの、それ自体が希少なものであるとは理解しています」

 

 

 戦闘終わりには、こうしてお茶をご一緒することがあるのですが。

 シャナさんはなんというのか……そう、()()()()と感じることが多いように思うのです。

 

 

「……なにそれ?私は普通にしているだけなのだけれど」

「物語の終わりを迎えた貴方(シャナさん)だから、なのかも知れません。……私は、その。まだ、答えを見付けられていない(マシュ)ですので……」

「考えすぎよ。……第一、私も相手(悠二)が居ないから、落ち着いていられるところもあるし」*3

 

 

 不満げ……というよりは淋しげ、というべきでしょうか。

 なりきりである以上、本人そのものではない私達ですが──同時に、元の繋がりを恋しく思ってしまうのも事実。

 この辺りは虞美人さんが顕著ですね、この間も『ミュウツーの逆襲』をご覧になりながら「項羽様っ!!?項羽様がかくも愛らしい姿にっ!!?」みたいなことを仰られながら爆砕していましたし。*4

 ……一緒に鑑賞していらっしゃったココアさんが、「んもー、ぐっちゃんってばまた興奮してー」みたいなことを仰っていたのですが、あれはなにかしら注意を促すべきだったのでしょうか……?

 

 

「虞美人……アイツもアイツで割と謎よね。所構わず爆砕するし、封印処置とかされそうなものだけど」

「あ、それに関しては八雲さんが『ぐっちゃんを縛るのとかムリムリ。なんだか知らないけど封時系なーんにも効かないもの』と仰っていましたよ」

「……いや、バグかなにかなのアイツ……?」

 

 

 そんな感じに楽しくお話をして、大体お昼になる前くらいには戦闘訓練の類は終わっていることがほとんどです。

 それから、ラットハウスに向かって……。

 

 

「ん、キミはいつも通り、時間ピッタリにやって来るね。今日の賄いは端肉で作ったハンバーグだ、すぐできるから座って待っているといい」

「はい、いつもありがとうございます」

「なに、気にすることはない。私も半分くらいは趣味だからね」

 

 

 お昼時の開店前に店内に入って、早めの昼食をライネスさんと会話しながら摂り、そのまま食器の片付け・店内清掃・豆類の準備などを済ませ、正午丁度にラットハウスは開店を迎えます。

 朝のうちに店を開けないのは、その時間に店にいる人間がライネスさんしかいないからだそうです。

 

 

「もしバイトというか、他のメンバーが増えたら考えるよ」

 

 

 とはライネスさんの弁ですが……ココアさん、ライネスさん(チノさん役)(リゼさん役)が揃っている以上、ここから人員が増えるというような事はほとんどないのではないか、そう思っていたのですが……。

 

 

「いや、ウッドロウ。君、私の代わりに返事するのはどうかと思うのだがね?」

「なに、気にすることはない。この喋り方自体、君とは然程変わらないわけなのだからね」*5

「流石に声色でわかると思うのだけれど?!」

「ウッドロウさんも、いつの間にか増えていらっしゃいましたよね……」

 

 

 先ほどから、厨房でフライパンを握っていたのは、ライネスさんではない別の方。

 

 先日……せんぱいが出張に出掛けた後くらいに、ラットハウスにふらっとやって来た彼の名は、ウッドロウ・ケルヴィン。*6

 本来であれば王位継承者である彼が、一つの店でフライパンを奮っているというのは、なりきりというものの不思議を感じざるを得ません。

 ……まぁ、代替が起きるという、ここ特有の現象を念頭に置いてみれば、何のことはないマスター(タカヒロさん)のポジションの方がいらっしゃった、というだけのことに過ぎないわけなのですが。

 

 

「旅の途中では身分もなにもない。私も時折料理を皆に振る舞っていたものだが……こうして役立っているのをみると、昔取った杵柄というのも、あながち馬鹿に出来たものではないな」

「だからいつの間にかマーボーカレーが名物メニューだよ、良いのか悪いのかは別としてね」*7

 

 

 そんな会話を交えながら、ついに開店。

 お昼時と言うこともあり、開店と同時にそれなりの人数のお客さんが、店内に入ってきます。

 

 これも、以前とは違う部分。

 以前は軽食と言っても提供できるのはサンドイッチ程度、基本的にはコーヒーを楽しむためのお店であったラットハウスですが、料理人としてウッドロウさんが加わって下さったことにより、提供できる料理の数が増加。

 特にマーボーカレーについては本場のようなものなので、あっという間に人気メニューになってしまいました。

 結果として、客足も相応に増え、それなりの繁盛店として周囲に認知されるようになったのです。

 

 

「やれやれ、ほとんど道楽のようなモノ、だったはずなのだけれどね」

「でも、楽しいです。来て下さったお客さん達が、笑顔で食事を楽しんで下さるのは」

「……ふっ、料理人冥利に尽きるというものだな。……一番テーブルのスパゲッティだ、頼むよ」

「あ、はい!マシュ・キリエライト、頑張って配膳致しますっ」

 

 

 そんな感じに正午から始まり、私が勤務するのは大体五時頃まで。

 それ以降は元になったラビットハウスと同じように、夜のバーになるのだそうです。

 ……え?ココアさんがいらっしゃらなかった、ですか?……えっと、その日はですね?

 

 

「うわーん!寝坊したよーっ!!」

「だから早く寝なさいって言ったのに……」

「だって、お姉ちゃんと遊びたかったんだもんっ!!」

「ふぐぅっ!!?」

「……あの二人は最近ずっとアレだねぇ」

「ははは、姉妹の仲が良いというのはよいことだ、気にすることはない」

「……まぁ、別に遅刻したからなんだ、と言うこともないけども」

 

 

 ……というような感じで、最近はちょっとココアさんが浮かれ気味と言いますか……。

 実際、ココアさん自体が原作からしてお姉ちゃんっ子だったこともあいまって、ちょっと箍が外れているところがなくもない、と言いますか……。

 

 まぁ、その辺りはココアさん本人も気にされているようで、「ううーっ、お、お姉ちゃん離れをぉ~」などとおっしゃいながら、どうにか頑張っているようではあるのですが。

 正直、成果が出ているとは言い辛いのでは?と思うマシュ・キリエライトです……。

 

 

 そんな感じに仕事を終え、こうしてせんぱいとお話をしている……というわけなのでした。

 

 

 

 

 

 

「あとは曜日によって、ちょっと別の用事が入ったりする感じですね。ですが基本的には、戦闘訓練とラットハウスでの接客業、この二つが基本的な私の行動パターンではないかと……ひゃっ!?せ、せせせせんぱいっ!!?」

 

 

 マシュの話を聞いた私は、思わず彼女の両手をがっしりと握ってしまっていた。

 いや、だって、だってさ!?

 

 

「今度の休み、遊びに行こうっ!!」

「へっ!?せ、せんぱいいきなり何をっ!?」

 

 

 この子、仕事&仕事、ワーカーホリック一歩手前なんだもの!聞いてるこっちがびっくりしたわっ!!

 何が質が悪いって、この子自分がやりたくてやってるって認識だから、それが世間一般的に働き過ぎ、に分類されるってことに全然気付いてないってことだ!

 そんなとこまでマシュに似ずともよいわっ!!

 

 

「いいいいいえでもですねっ?!」

「でももヘチマもあるかいっ!今度の休みは遊び倒すっ!先輩命令です、オーケー?!」*8

「は、はい、おーけーでしゅ……」

 

 

 おし言質取ったっ!

 この働き詰め後輩を休ませるのは我が使命、しっかり休むと言うことについて教え込まなければ!

 

 ……なーんて風に張り切っていた私なのですが。

 この時の私は知らなかったのです、まさかこの選択が、後々ヤバいフラグに繋がっていくだなんてことを。

 そんなことは露知らず、彼女をどこに連れて行ってやろうかとウキウキ気分で考えている、間抜けな私なのでした。

 

 

*1
マシュの会話3のボイス。絆レベルが低い内から言うのだが、目標が高すぎてびっくりする

*2
言葉にしても伝わらないこともある。その場その場で正しい対処は違うのだよ、というお話

*3
『灼眼のシャナ』もう一人の主人公である坂井悠二のこと。平凡な少年、だったはずなのだが……?

*4
アニメ『ポケットモンスター』、記念すべき第一作目の映画『ミュウツーの逆襲』の登場キャラクター、ミュウの声優は山寺さん。声優界屈指の七色の声を持つため、パイセンは彼が出演するアニメを見るたび混乱しているのだろう

*5
川´_ゝ`)「なに、気にすることはない」は、ウッドロウの口癖と、彼を表す顔文字を合わせたもの。彼の初出作品である『テイルズ オブ デスティニー』(PS版)では、彼は序盤に一時仲間入りしたあと離脱し、中盤で戻ってくるのだが……なんと、その時のレベルが最初から変わっていない。その為、育成の手間を惜しまれてベンチ入りすることが多く、結果として空気キャラになり、そこから『空気王』なるあだ名まで貰ってしまった。なお、ちゃんと育てれば普通に強いし、リメイク版ではレベルが調整されている。……そっちはそっちで別の不遇さを発揮していたりするが

*6
『テイルズ オブ デスティニー』のキャラクターの一人。とある国の王子様。『ご注文はうさぎですか?』のキャラクターの一人、香風タカヒロと声が同じ速水奨氏であることからの参戦

*7
『テイルズオブ』シリーズに登場する料理の一種。麻婆豆腐とカレーライスが奇跡の融合を果たした料理。一見下手物に見えるが、これが意外とおいしい

*8
『○○もへちまもない』は、一種の慣用句。へちまという言葉自体に『つまらないもの』の意味が存在し、この形で使う場合は『○○』に入る言葉をつまらないものとして切って捨てるような意味になる。『でももへちまもない』なら、『言い訳はいらない』みたいな感じだろうか



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六章 見えないモノを手にしようとするような、そんなお話
ここが天下のハルケ……ハルキ?どっちだっけ?


「……どうしてこんなことに」

 

 

 顔を両手で覆い隠し、嘆く私はご存知キーア。

 ……いやホントに皆さんご存知か?というかここはどこ私は誰?

 いや今自分で自己紹介したやんけ、とセルフツッコミを入れるも状況は変わらず。

 どうしてこんなことに、みたいな気分でいっぱいいっぱいなわけなのだが、はてさてどうしたものか。

 

 ……拝啓、八雲紫様。

 できればお早めに、迎えに来て頂けると幸いです、かしこ。*1

 

 

 

 

 

 

「この間のハロウィンの報酬というかなんというか、ミラさんが『うちの一画貸したげるよーピクニックとかどう?』って言ってくれたから行こうって思っててねー。いやー丁度良かったというかなんというか」

「せんぱい?幾つか聞きたいことがあるのですがせんぱい?!」

 

 

 いやー。本編クリア後の追加クエストで、ちょっと大怪獣バトルの仲裁をすることになるとは思わなかったというか。

 まぁ、そのおかげで普通は立ち寄れない、自然豊かな場所で羽を伸ばせる機会を得られたのだから、結果オーライというか?

 あとマシュ、詳しい話は報告書読んでください。私の口から説明するのは胃がやられるので嫌です。

 

 みたいなやり取りをしながら、下る先は地下二百階くらいの場所。

 赤雷を纏う白き禁龍、ミラルーツの居住区として登録されているその場所で、真っ白なドレスを着た少女がこちらに手を振っていた。

 ……何故か赤いエクステを付けた芹沢あさひだった。推しか何かなんです?*2

 

 

「推し?というか、いわゆる擬人化ってやつっすかねー?」

「イメージ違い過ぎやしないです?」

「ほら、一時期コラが流行ったじゃないですか。進化先が木馬に乗るか蚕に乗るか、みたいなやつ。アレで赤雷を操れるようになったらこうなるみたいっすよ?」*3

「そんなバカな」

「無論冗談っす」

「はははこやつめ」*4

「いや待って下さいお二方、ちょっと展開が早すぎてついていけないのですが!」

 

 

 とりあえず挨拶にとチ○ルチョコ(30個入り・全部コーヒー)を渡したら、お返しにとばかりにコ○ラのマーチ(ガラが全て驚いてる顔のみ)を渡された。……いや暇人か?

 そんな感じに和やかに会話を交わしていたら、マシュから突然のストップが掛かってしまった。

 いやマシュ、さっきも言ったけど詳しいことは報告書にだね?

 

 

「えっと、そちらの方はミラルーツさん、なのですよね?状況証拠的にも、服装的にも」

「そうなるっすね。……あ、もしかして噂の『凛ちゃん』だったり『首領パッチ』だったりとかに間違われてるっすか?」

「え?は?リンチャン?どんぱち?」

「【複合憑依(トライアド)】と【継ぎ接ぎ(パッチワーク)】ね」

「そうそう、それっす。……で、ここに今こうして立ってる私は、あくまでも『白いドレスの少女』なわけで。見た目とか誰かに似てるかも知れないっすけど、別に何かしらの意味があるわけじゃないんですよ」

「その格好は単なる趣味、ってことよね?」

「そうそう、それっす。別にあさひでなくとも構わないんですけど、今日はこの姿の気分ってやつっす」

「は、はぁ……?よくわかりませんが、はい、とりあえず状況の把握はできました」

 

 

 ふむ、最近は色々あったから、マシュもちょっと警戒しているようだ。

 

 とはいえ、龍の意思を伝えるための依代、なんてものは元来好き勝手に作り変えられるもの。

 そもそもがなりきり畑の人間なのだから、作った依代もなりきりめいたモノになるのは、ある意味お約束というわけだ。

 なので、あんまり気にしても良いことはない、以上……みたいな?

 

 

「まぁ、龍なんて大体みんなこんな感じなので、慣れて貰えるとありがたいっす」

「龍の相手、なんてことにあまり慣れるべきではないとも思うのですが……」

 

 

 あさひもどき……いやそもそも私ら全部もどきやんけ、あえてわける意味がないな?……えっと、あさひの言葉に、マシュが憮然とした表情を浮かべながら返事を溢す。

 まぁ、龍とかみたいな人以外の精神構造を引き継いでる人達が、わりと突拍子もないことをし始めるのは本当のことなので、こればかりは慣れるよりほかないのも事実。

 真面目なマシュが気にするのもわかるけれど、ここは大目に見て欲しいといった感じだろうか。

 

 

「まぁ、私のことはそれくらいにしておいて。今日はピクニック、ということで良かったっすよね?」

「ええ、この層の一画には綺麗な湖があるって聞いたから、湖畔の近くでちょっと敷物でも広げさせて貰えれば大体オッケーというか」

 

 

 そもそもの話、私達は今回遊びに来ているのである。

 

 雄大な自然、綺麗な空気、美しい湖畔!

 そういったものを目にすることで、日々の疲れを癒やすのが一番の目的であり、ミラルーツの生態の秘密に迫るー、とかそんな物騒なことを目的にしているわけではないのである。

 なので必要以上の会話は、フヨウラ!

 

 

「そういうわけなので、ピクニックにイクゾー!」*5

「え、なんですかこの鐘の音?……あ、ちょっ、せんぱい待ってくださーいっ!!?」*6

「……うんうん、仲良きことは美しきことかな、ってやつっすね。……あ、でも──」

 

 

 善は急げはや急げとばかりにマシュを急かし、草原を駆ける私。

 うーん、なんとも広大な土地だ。ここを独り占めしてるってんだから、龍種ってやつはなんともずるいというか、羨ましいというか。

 まぁ、これくらいのスペースがないと色々問題があるのだとも聞いているから、大変だなーという気もしなくもないのだけれど。

 

 そんな感じに周囲の景色を楽しみつつ、マシュと散歩するように辺りを回って、湖畔にたどり着いたのは大体正午のちょっと前くらい。

 今回の為に用意してきたサンドイッチや、水筒に入れた紅茶を広げた敷物の上で堪能。

 ……事前にジェレミアさんに頼んでおいたのだけれど、あの人なんでもできるなぁ……みたいな気分で食べ進めた。

 

 

「いやー、美味しかった。どうだった、マシュ?」

「あ、はい。とても美味しかったです。エミヤ先輩に勝るとも劣らない腕前だとお見受けしましたっ」

「あの赤いブラウニーと比べられるほどか……ジェレミアさんってそんなに料理得意なキャラだっけ?」

「こちらでは主に執事業に精を出されていらっしゃるようですので、その関係ではないでしょうか?」

 

 

 ふーむ、本来忠義の嵐とか大真面目に言っちゃう人だから、そこらへん張り切ったとかなのかも知れない。

 ……一応彼ってば貴族だったような気がするんだけど、あんまりそういうの気にしない人とも言われてたし、(ちぇん)ポジなのもあって余計に頑張った……みたいなところだろうか?

 

 

「まぁ、美味しいからいっか」

「せんぱい……」

 

 

 彼が執事として頑張っているというのは、あくまで彼が進んでやったこと。そこをあれこれ言ってもなにがあるわけでもなし、みたいな感じに話を終わらせる私と、何かを言いたげな表情をしているマシュ。

 ……いや、ふと思いついたことを脈絡なくぶつぶつと考えるのは私の癖みたいなものだし、そこを残念がられても仕方ないというかね?

 ええい、ごまかされそうにないなこの後輩!ならばこうだ!

 

 

「ふぇっ!!?せせせせせんぱいっ!!?」

「私の膝枕なんぞ嬉しくないだろうけど、考えすぎの後輩にしてあげられることなんてそうそうなくてね。……難しいことはいいから休み……マシュ?おーいマシュー?」

 

 

 正座していた私の膝に、半ば強引に引き込んで膝枕を敢行してみたのだけれど。

 ……ダメだこりゃ、完全に気を失っている……。

 ふぅむ、見た目が美少女ならご褒美になるかと思ったのだけれど、なかなか難しいらしい。予定では耳かきとか子守唄とかもする気だったのだけれど、こうなると予定はパーである。

 

 

「うーん、他人を気遣うのって難しいなぁ」

 

 

 そよそよと吹き抜ける風を感じながら、ぼーっと空を眺める。

 

 地下にあれども空があり、そこに浮かぶはお天道さま。過ごしやすさを追求しているため、気温はほんのり温かいくらいで、こうしてなにをすることもなくジッとしていると、食後なのもあって心地よい眠気が忍び寄ってくる。

 ……まぁ、座りながら寝るぐらい、なんてこともないし。みたいな気分であくびを一つ。

 

 

「……おやすみー」

 

 

 誰に聴かせるでもなく、そう呟いて。

 束の間の午睡に身を委ねる私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「で、どこなんですかねここ」

 

 

 落ちていた意識が浮上し、閉じていた目蓋を上げれば。

 ……何故か先ほどの湖畔ではなく、どこかの部屋のベッドで寝ていたことに気付く私。

 膝の上に居たはずのマシュの姿もなく、天蓋付きの大きなベッドや、日差しのよく入る大きい窓、化粧台や丸テーブルなどなど、明らかに誰かの部屋に寝かされていた、という状況だけが私の視界に飛び込んでくる。

 

 ……拉致?いやでもどこかに運ばれたとかなら普通に途中で気付くし、そもそも縛られたりドアに鍵が掛かってなかったりする時点でなんか変だし。

 はて、私は何に巻き込まれたのだろうかと、小さく首を捻る。……巻き込まれたこと前提なのは、なりきり郷に来てからの生活がそういうものばかりだった弊害というか、なんというか。

 

 まぁ、こうしてベッドの上であれこれ考えていても仕方ない。

 とりあえず周囲の探索でもしてみようか、なんてことを思いながらベッドから降りて、自身の服装がさっきまでと違うことに気が付いた。

 

 ……えーと、ネグリジェっていうんだっけ?こう、外国の人とかちょっと可愛い系の女の子が、寝る時に着てるやつ。

 私は寝る時普通のパジャマに着替える人なので、こういう服はさりげに初めて、なのだけれど。

 ……これ、寝ている間に着替えさせられたのと、()()()()()()に放り出されたの、どっちが正解なのだろう?

 流石に服まで変えられてたら気付かないわけもないので、個人的には後者のような気がするのだけれど。

 ただ、それが仮に正解だとすると、とても宜しくないことになる。何故なら──。

 

 

「ちょっとーっ?起きてるんでしょキーアー?さっさと出てこないと遅刻するわよー?」

「ああ、待って()()()。朝は寝癖が酷いから大変でっ……!」

 

 

 突然のドアのノックと、()()()()()()()()ことに疑問は確信に変わる。

 ……いやいやなんだなにがあった私が寝てる間に!?なんでこんなことになるんだ?

 混乱する私を余所に、痺れを切らした声の主が強引にドアを開いて中に入ってくる。

 現れたのは、勝ち気な雰囲気を宿した、桃色の髪の少女。

 

 

「って、なによ髪の方は全然大丈夫じゃない。……って、服!なんでまだ寝間着なのよっ、さっさと着替えなさいってば!」

 

 

 ──ゼロのルイズ。

 そう呼ばれる彼女が、なんだか世話焼きな感じの口調で私に話し掛けてくるのだった。*7

 

 

*1
『かしこ』は、結語(けつご)の一つ。女性が使うもので、『(かしこ)し』から来ている言葉であり、意味合いとしては『これにて失礼致します』というようなもの。男性の場合は『敬具』などを使う。手紙を書くときにしか使わないので、最近の人は馴染みがないかも

*2
『アイドルマスター シャイニーカラーズ』のキャラクターの一人、芹沢あさひ。探究心が強いが飽きっぽい面もある中学二年生の少女。いわゆる天才肌でもあるが、一つのことに熱中しすぎるきらいも

*3
彼女の容姿と似ているキャラが居たため、一時期流行ったネタ。特に衣装の一つ『ネオンライトロマンサー』を着用したあさひは、髪型の類似性(銀系統の髪に赤いワンポイント)から色んなキャラと並べられたりした(fgoのオデュッセウス、アズールレーンのアドミラル・グラーフ・シュペーなど)。その後も【はり・はり】の王子様衣装の彼女がfgoのオベロンの第二再臨に似ている、なんて話にもなった

*4
『こやつめ、ハハハ』は、園田光慶氏作画の『三国志』内の台詞。曹操と司馬懿の会話が元になっている

*5
この辺りの半角カタカナは、全て『ロマンシング サ・ガ』のキャラクター、カール・アウグスト・ナイトハルト殿下が元ネタ。リメイクで声が付いた際に、絶妙な棒読み加減に人気キャラとなった。なお、ネタとしても愛されているが、普通に施政者の鑑としても愛されている

*6
イクゾー!デッデッデデデデ!(カーン)

*7
『ゼロの使い魔』のヒロイン。桃色の髪を持ち、昨今のツンデレキャラの開祖にも近い知名度を誇ったキャラクター(ツンデレそのものの元祖は別に居るが)



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無いものを掴もうとするのはN/A

「なに?どうしたのよ黙っちゃって」

「あ、いえ。なんでもないんですルイズ。ちょっと朝から元気だなって、そう思っただけなので」

 

 

 再び自身の意思とは無関係に動いた口に、現状についての確信を得る。

 前の時のキリア(継ぎ接ぎ)と同じ案件やんけこれぇ!どないしてくれんねん、またなんか被ってもうたんやけどォッ!?

 ……まぁ、なってしまったモノは仕方ないので、これからどうするかを考える方にシフトするけど。切り換え大事よね。

 

 とはいえ、思い出せる直近の場面がマシュに膝枕していたところである以上、正直現状で私にできることなんて、なんにもないわけなんだけども。

 だって……ねぇ?

 まさかマシュへの膝枕(そこ)からいきなりこの場面に飛んだ、なんてことがあるわけもなし。……いや、ないのか?ホントにないのか?

 

 姿形がこうして私のままな(キリアの時と違う)以上、私という存在の上に誰かが概念的に被さって(継ぎ接ぎされて)いるのは間違いないわけだけど、それを踏まえてもなお、私がベッドに寝かし付けられていた、という状況そのものがわりと意味不明というか。

 

 ……さっきのやりとりを思い返すに、今って朝なんでしょ?それも七時とか八時とか、その辺り。

 よもや膝枕してから丸一日の間、呑気に寝てた……なんてこともあるまい、流石にそれはどこかで起きます。

 なら、あの場面から今の場面へとシームレスに飛ばされた、と考えた方がまだ理解ができる。……それが納得できるかは別として。

 

 ……とはいえ、ここでぐだぐだ言ってても仕方ないというのも確かな話。

 目の前に居るのが()()ルイズである以上、恐らくここはハルケギニアという世界の、トリステインという王国のどこか──、並べられている調度品の雰囲気からして、魔法学院の寮舎だろうと思われる。*1

 

 ってことは、そこで寝ていた今の私は学生……だったりするのだろうか?

 

 ……えーっと、ルイズ達って何歳だっけ?

 確か……使い魔の召喚が二年生の春の話、だったような?

 サイトが高校生だったような気がするのと、ルイズが年齢のわりに発育が悪い、みたいな当て擦りを受けていたような気がするから……大体15から17歳くらい?*2

 

 ……うーむ、いかんな。

 ゼロの使い魔そのものを読んでた&流行ってたのが結構前なのもあって、いまいち記憶が曖昧というか……。*3

 そもそも、私のポジションってどこになっているのだろうか?

 さっき彼女にキーアって呼ばれてたし、名前に大きな違いはないのだろうけど、それが現状認識に役立つのかと言われればノーだし。……そもそも原作には私みたいなキャラは居なかったはずだし。

 

 みたいな感じにうんうん唸っていたら、目の前のルイズが小さく首を傾げていた。

 ……さっきも思ったのだけれど、原作の彼女ってわりと癇癪玉みたいな性格の人物だったはずで、こんな風にこちらを心配そうに見詰めているというのは、なんだかイメージと違うような?*4

 なんてことを思っていたのが伝わったのか、彼女は「あっ」と声を漏らしながら、ぽんっと手を打った。

 

 

「もしかして、なんだけど。()()()()()?」

「……えっと、思い出したって、何を?」

 

 

 ……んん?なんか一気に変な空気になってきたような?

 具体的には『真剣に悩んでやんのコイツwww』みたいな、ちょっと(私が)空回ってた感じの空気というか。

 そんなこちらの微妙な変化を目敏く認識したルイズは、「やっぱり」と息を吐いた。

 

 

「あーもう、やっとね?やっとなのね?……あー、良かった。やっとちゃんと話せる人が来てくれたわ……」

「えっと、その……?」

「あ、ごめんなさい。一方的にこっちだけが話してもわかんないわよね。えっとね、()()()()で伝わるかしら?」

「……あー、あー。うん、()()()()。……なるほど?」

 

 

 彼女の口からその言葉が紡ぎ出された途端、さっきまで薄膜を張っていたような感じだった自身の感覚が、途端にクリアなものへと変化した。

 ……現状を正しく認識することにより、体と精神の繋がりが正常に戻った、みたいな?いや、現状が正常なものなのかと問われると、それはそれで首を傾げてしまうのだけれども。

 とりあえずキーアとしては万全に戻った、みたいな感じだ。

 

 そんな風に纏う空気の変わった私を見て、ルイズは満面の笑みを浮かべている。

 ──見知らぬ場所に一人放り出され孤独に震えていた時に、ようやっと仲間を見付けることができたかのような、そんな安堵に染まりきった笑顔だった。

 こっちにはそんな笑顔を向けられる理由がわからないので、思わず困惑してしまう。

 

 

「あーホントに良かった……こんな状況に放り込まれてはや何ヵ月。やっと対策とか対処とか、一緒になって練ってくれそうな人に出会えたわ……」

「ええと、聞きたいことは幾つかあるんだけど、とりあえず一つだけ。──ルイズ、貴方ってなりきり勢なの?」

「おっと、そういえば自己紹介がまだだったわね。……まぁ、仔細はともかく、大枠は知ってるみたいだけど。……こほん」

 

 

 そんな笑みを浮かべる彼女に、恐る恐る声を掛ければ。

 彼女は居住まいを正した後に、人好きのする可愛らしい笑顔を浮かべながら、恭しく此方に挨拶を返してくるのでした。

 

 

「私はルイズ、ただのルイズ。よろしくね、余所の世界の魔法使いさん♪」

 

 

 

 

 

 

「──色んなルイズの集合体ぃ?」

「はっきりそうだ、って言えるわけじゃないんだけど。……まぁ、知識とかの証拠は幾つかあるから、そう間違ってはいないと思う」

 

 

 簡単な挨拶を受けたのち、改めて話をしようとのことで、部屋の中に備え付けられた丸い机と、その傍らに鎮座する椅子に座りなおした私達二人。

 彼女──ただのルイズと名乗った少女から語られたのは、ここがハルケギニアの()()()場所だということと、彼女が色んなルイズの記憶を持った存在である、ということだった。

 

 

「なんて言えばいいのかな?基本系のゼロのルイズに、泉こなたみたいな性格のルイズ。深窓の令嬢みたいなルイズに、傭兵とかやっちゃってるルイズ。……みたいな感じに、色んな経験が混ざってる感じ、かな?まぁ、正反対のモノとかも多いから、それらが打ち消しあった結果として、ここにいる私は大分フラットな性格のルイズみたいなんだけど。……あーでも、原作みたいにツンデレるのは無理、かな?」*5

「なにそのルイズの皮を被った何者か、みたいなの」

「なりきりなんてそんなものでしょ?……というのは置いといて、たぶん知名度補正的なモノも混じってるんじゃないかしら?」

 

 

 ルイズの姿形をしているものの、その実随分とフランクな様子の彼女は。

 さっきまでの慌てぶりはどこへやら、落ち着いた大人の女性のような優雅な佇まいで、呑気に紅茶を嗜んでいた。

 ……というか、さっきまで遅刻がどうのとか言ってたような気がするけど、それは構わないのだろうか?というこちらの疑問を察して、彼女がまた口を開く。

 

 

「ああ、そこに関しては大丈夫。ここはハルケギニアのようでいて、その実全く違う場所。……なんて言えばいいのかな?『ゼロの使い魔』の再現の為に産み出された箱庭……みたいな感じ?」

「いや、感じ?とか聞かれても、私の認識の上だとまだ一日目なんですけど?」

「あれ?おかしいわね、今までの経験からすると、現実のことを思い出したのなら、同時にこっちでの設定も閲覧できるようになってるはずなんだけど……」

「ふむ?ふーむ……」

 

 

 こっちでの設定、ねぇ?

 ルイズの言葉に、顎に手を置いてふむと考え込む私。

 今までの状況とかを前提に考えるのなら、多分『ルイズの同級生』みたいなポジションなのだろうけれど……ってうわ。

 

 

「わー!わー!?なにこれめっちゃ記憶が流れてく!!走馬灯!?」*6

「お、おう……それはまたなんともファンキーな思い出し方ね……でもまぁ、()()()今ならわかるわよね?」

 

 

 突然に視界が映像の奔流にジャックされ、思わず間抜けな声を上げる私。

 走馬灯と勘違いしたそれは、ある意味では()()と近似する映像だった。

 ()()()()()()、私の生まれてからこれまでの全て。

 それが一気に駆け抜けたのだ、ちょっと気分が悪くなっても仕方ないと思う。……具体的には酔いました、3D酔いみたいなものですね……。

 

 まぁ、その体調不良も一瞬のこと。

 頭を振れば吐き気は消え失せ、思考ははっきりクリアなモノへと変わる。

 

 

「私は──キーア。『キーア・ビジュー・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ』。……ん?()()()()()()()?」

 

 

 そうして、脳裏に閃いた名前を口にしたのだけれど、だけれど……。

 ……んん?その名字はあれですね?私のポジションあれですね?

 思わず困惑しつつ視線をルイズに向ければ、彼女はにっこりと笑って私の頭に手を置いた。

 そしてそのまま、彼女は手を左右に動かしているわけなのだけれど……えっと、その、つまり?頭を撫でられているわけでですね?

 

 

「ちいねえさまのフォンティーヌ領に流れ着いた幼子。可哀想に思った彼女が、自分の養子として引き取った桃色の髪の少女。美しく育った彼女は、病弱な義母に外での話を届けるため、この学院に在籍している──うん、如何にもオリキャラって感じの造形よね?」*7

「……その、こうして頭を撫でていらっしゃるのは……」

「ここでの貴方はタバサと同い年。……妹みたいな子がいる、っていうのはちょっと新鮮な体験だったわ、基本的には私が末っ子だから。……いやまぁ、二次創作にはたまーにタバサを妹みたいに扱ってるものもあったけど、ここではそうではなかったしね?」

 

 

 oh……。

 キリアは大きくなってたけど、ここのキーアちゃんは幼いのか……。

 それとポジション的には義理の妹とか姪っ子ポジションだから、ルイズからは可愛がられていた、と。

 ……駆け抜けた記憶から察するに、こうして私が割り込む前はわりと甘えん坊だった彼女に、思わず頭を抱える私。

 いや、だってさぁ?

 

 

「……()()では役割に縛られる。今は良いけど外に出たら──」

「甘えたい時にはルイズ義姉(ねぇ)さま、なんて風に私に近寄ってくる可愛い子──って感じに行動を縛られるわね」

 

 

 ──ブリミルは死んだっ!!*8

 キリアの時も大概だったけど、こっちもこっちで大概じゃねーかっ!?

 ああくっそこの(ルイズ)、滅茶苦茶楽しそうに微笑んでやがるっ!!

 原作と違って精神的に余裕でもあるのか、基本的に笑顔しか浮かべてないぞぅっ!!

 

 

「ふふふ、まぁここにいる(ルイズ)は、元の私とは違うしね。あ、一応外ではもうちょっとかっちりした感じにはするわよ?」

「そういう問題じゃない……っ」

 

 

 朗らかな彼女の様子に、また羞恥プレイかよ……みたいな気分で机に轟沈する私なのであった。

 

 

*1
『ゼロの使い魔』より、物語の舞台である異世界『ハルケギニア』と、そこにある国の一つ『トリステイン王国』、およびその国に存在する『トリステイン魔法学院』。基本的に魔法が使えるのが貴族のみのこの世界においては、魔法学院は『貴族の学び場』の面も持ち合わせている

*2
サイトこと平賀才人は17歳、ルイズことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは16歳。年齢で学年分けをしているわけではないので、他の主要メンバーも年齢にはばらつきがある

*3
最終巻の発売こそ2017年だが、アニメが放送されていたのは2006年から2012年の間。それでも現在に至るまで二次創作が途切れないあたり、やはり名作である

*4
ルイズと言えばツンデレ、ツンデレと言えばルイズ、みたいなところのある彼女は、基本的に素直に好意を相手に示せないタイプの人間である。そうなった理由は、幼少期から無能(ゼロ)と詰られてきたからなのだが……照れ隠しなどに手が出てしまうタイプの人物でもあるため、高い人気を誇りながらもアンチも非常に多く、ヘイト創作のようなものも数多く存在した時期があった

*5
『ゼロの使い魔』は異世界から使い魔を召喚する、という物語の構造上、とにかく二次創作の作りやすい存在であった。とりあえずサイトを他の誰かに置き換えれば、そこから原作をなぞるだけでも形になるというその物語の構造の妙は、『異世界転生系小説』の源流になったとも言われている(正確なところは不明、時期的には大体あう)。また、二次創作が多くなれば、突飛な作品が生まれるのも世の常。人以外に靴やら蜂やら召喚しまくったルイズは、ある意味可能性の獣とも呼べる、かも?

*6
中国発祥の灯籠の一種。内と外の二重の枠を持ち、火を灯すと内側の筒が回って、外枠に影絵を映し出す。『走馬灯のように』で慣用句となり、くるくると移り変わる影絵のように、今まで生きてきて目にしてきた出来事を次々と思い出すという、死に際に見える幻覚のようなものを指す言葉となる

*7
ちいねえさまとは、『カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ』のこと。ルイズの二人いる姉のうち、年が若い(小さい)方の姉。見た目は、優しく穏やかなルイズ、みたいな感じの女性

*8
ブリミルは、『ゼロの使い魔』における神様みたいなお方。つまり『神は死んだ』みたいな感じの言葉



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虚文千里を駆け、そのまま四散しグッバイ

「憂鬱です……」

「朝からそんなに暗い顔してっ、ほらしゃきっとするっ!仮にもちぃねえさまの娘なんだから、貴方の行動はちぃねえさまの評判にも繋がるって理解しなさい?いい?」

「ルイズ義姉さまの言うことはわかりますが……」

 

 

 かつかつと足音を響かせながら、石造りの廊下を足早に進む私達。

 ……あれこれと口うるさく声を上げながら、器用に私の髪を結い上げているルイズは──なんというか、姉らしさが板に付いているような気がしないでもない。

 とはいえ、その姉アピールを向けられているのが私……もといキーア・ビジューであることには、なんというか遺憾の意とかを表明したいところではある。

 まぁ、ここでの設定的に、そういう事は人気のないところでしか言えないわけなのだが。

 

 衆目に付く場所では()()と同じく、彼女からの扱いに照れつつも満更でもない……みたいな態度を取り続けなければならないようだ。……新手の拷問かな?

 というか場合によっては、満更でもないどころか愛情表現たっぷりに抱きつくー、とかまでしなきゃいけないらしいんだけど、なんなのこの世界、滅ぼせばいいの?

 

 

「顔、強ばってるわよ。スマイルスマイル♪」

「……憂鬱です」

 

 

 ルイズの方はある程度自由があるのか、こんな風に小声で話し掛けて来たりするのが、更に胃にダメージを与えてくる。

 おかしいなぁ、私、天下無敵の魔王様……のはずなんだけどなぁ?

 ……え、設定には勝てない?ですよねー。

 

 

「おはよう」

「あらタバサ、おはよ」

「タバサさん、おはよぐふっ」

「っ!?……その、大丈夫?」

「……はい、大丈夫です。ちょっと持病の咳が出ただけですので」

 

 

 道中、青い髪の無表情な少女、タバサに出会ったのだが……その()のせいで、一瞬死にそうになったのだった。

 裏クエスト……血の伯爵婦人(エリザベート・バートリー)……ライブで召喚……うっ、胃がっ。*1

 

 

「いや、いきなりどうしたのよ?貴方、病弱設定とか無かったはずよね?」

「すいませんルイズ、ちょっと今は離れて下さい。貴方のシルエットをぼんやり見ていると、ちょっと胃にダメージが……」

「はぁ?……ってああ、なるほど、ルサルカ……。いやでも、あのキャラ歌は上手じゃなかった?」

「なまじ上手いものだから、音痴だけなら耐えれたのに、変に混ざってダメージを受けたんですよ……」

「そりゃまた、御愁傷様というか……」

 

 

 前をてくてく歩いていくタバサの後ろで、ひそひそと話をする私達。

 ……地獄の歌声だけならねー、魔王だから耐えれたはずなんだけどねー。普通に上手い歌とか混じったせいで、耐性ぶち抜かれたんだよねー。ダンテ君と一緒になってぶっ倒れたもんだから、銀ちゃんには悪いことしたなーというか。

 まぁ、ハロウィンの爪痕はまだ残ってた、ということでお一つ。

 

 そのあと、此方もデフォルトのままなキュルケと合流し、そのまま教室へと向かう私達。

 ……ふむ、原作とは違って、ここのルイズはこの二人とも仲が良いようである。

 いや、後々仲良くなるのは確かなのだけれど、()()()()()日付が使い魔召喚の儀式の前なことを考えると、原作開始前の時間軸である現時点で仲良し、というのはちょっと不思議な感じでもあるわけで。

 

 ……えーと、タバサとキュルケは喧嘩したあと仲良くなったんだったっけ?それともこれ、二次創作での設定だっけ?*2

 とにかく、最初に二人が仲良くなって、それからキュルケがルイズにちょっかいを掛け始めて──みたいな感じだったような覚えがある。

 まぁ、二次創作では三人娘が最初から仲が良い、なんてのはありふれていたので、ここでもそうだというだけのことなのかもしれないけれども。

 

 ……いやでも、それにしてはキュルケとルイズの間に確執のかの字もないような?

 仲良しとはいえ、根本的にキュルケの家とルイズの家は仲が宜しくなく。

 二次創作でもその辺りは多少影響して、キュルケがルイズをからかうという構図はさほど変化していなかった……ような覚えがあるのだが。

 

 ……って、あ。

 

 

「……これ、本気で言ってるんですか?」

「ん?どうしたのキーア?……ってああ、やっと思い出したのね?んー、もう一人の方はすぐに思い出せてたみたいだし、貴方が特別鈍い……みたいな感じなのかしら?もしくは──」

 

 

 立ち止まってしまった私に気付いたルイズが、こちらに駆け寄って来る。

 ……ただのルイズ、と名乗った彼女。そして、二次創作であることを殊更に主張してくる設定群。

 ああ、なるほど。偶然かなにかかと思っていたけれど、これはどうやら必然だったらしい。なにせ──。

 

 

()()()()()()()()()()()()、だったりして?……()()()()()()()()()()()()なんて、二次創作ではありふれていたものね。そしてその代わりに、オリキャラが虚無の担い手になっているなんてのも──うんうん。こっちもありふれてたわよね、あの時期の作品には」

「……ほんっとうに、憂鬱です」

 

 

 ()()()()()、虚無使いである私が。

 原作の彼女(ルイズ)のポジションに当て嵌められているという、それだけの話だったのだ。*3

 

 

 

 

 

 

「さっさと気付くべきでした。……そもそもにルイズ、貴方の性格の形成式が、まさしく私の虚無と同じ原理ではないですか」

「……ふぅん?私は貴方(キーア・ビジュー)が虚無の担い手である、ということくらいしか知らないけれど、元々の貴方も虚無の使い手だったんだ?……というか、私と同じって何よ?」

 

 

 原作ルイズのポジションに投げ入れられた私のせいで、立場が玉突き事故を起こした──みたいな感じだったらしい現在のルイズ。

 

 ただのルイズとは文字通りの意味であり、ここにいる彼女はそもそも家名を持たないらしい。

 ……色々と複雑な事情を抱えた上で()()にいるようだが、その辺りはあくまでも設定なので気にするな、とも言われている。

 ……まぁ、ややこしいことは確かなので、こちらも変に追及する気はないけれども。

 

 話は戻って、『キーア・ビジュー』について。

 ……ルイズ以外の他の人間に虚無が移っている、みたいなのは二次創作でもたまに見る設定だったが、どうやらこの少女も同じらしく。

 ここにいるルイズが風のトライアングルなのに対し、『キーア・ビジュー』はほとんどの魔法が失敗して爆発する……という、典型的な虚無の担い手だったようである。

 ……王家の傍流の血筋を引いてる、とかなのだろうか?なんともまぁ、二次創作っぽいポジションの少女である。

 

 で、現在は……『キーア・ビジュー』としての魔法行使により、『錬金』した石っころが爆発したので、その片付けの最中だ。

 手伝いを申し出てくれた二人(タバサとキュルケ)は、現在替えの教卓を探しに出掛けている。

 つまりはまぁ、室内には私とルイズしか居ないはず、なのだけれど。……口調の強制が外れない辺り、室内に()()()でも残っているのだろうか?

 

 

「まぁ、十中八九学院長の使い魔でしょうけど。彼は()()()()だし、ホントなら問題はないはずだけど──大方、ミス・ロングビルが近くに居るから、その関係かしら」

「その状況下で、今の話を続けていいのか甚だ疑問なのですが」

「大丈夫よ、学院長なら周囲に気付かれずに、聞こえてくる音をごまかすなんてわけないから」

「……そもそもの話、なんでミス・ロングビルまで聞いているのです?使い魔との感覚の共有は、本来主人との間にのみ交わされるもののはずですが」

「そこら辺はまぁ、貴方が()()()()()()()()だから、かしら?……()()()()()()()()()()()()()()()()、って感じ?」

「──そういえば、学院長は()()()()()()彼女を迎えたのでしたね。それでいて()()()()であるのなら、彼女の義理の妹についても知っているのは道理……と」

「そうそう♪」

 

 

 ……このルイズ、キャラが明るすぎて話してると違和感凄いんだけど。

 それでいて平時は普通のルイズみたいに、ちょっとキツい感じをキープしているのだから、中の人の柔軟性が凄いというか。……いや、根本的にはフラットなんだっけ。

 

 まぁなんにせよ、学院長……オールド・オスマンだったか。

 彼が意図的に話を他者にも聞かせているというのなら、私の口調が戻せないのもまぁ、仕方がない。

 なので気持ちを切り換えて、話を元に戻す。

 

 

「話を戻しますが。私、『キルフィッシュ・アーティレイヤー』は虚無使いの魔王です。なんでもできるのは、()()()()()()()()()()()。いわゆるところの『Α&Ω(アルファアンドオメガ)』という奴ですね。……まぁ、最初と最後だと総和がプラスになるので、正確にはマイナス方面も含みますが」

「ああ、私の性格の部分のことね。……色々混ざってるからフラットになっているのが私。貴方は──」

色々持っているから、虚無(総和が零)。……貴方が居たから私がここに来たのか、はたまた私が呼ばれると見越して貴方が選ばれたのか、どちらかはわかりませんが。……この世界が色々ときな臭い、というのは確かだと思います」

 

 

 私の能力とかについては、既にマシュ達には話していたのだが、こうして完全な他人に話す、というのは実は始めてだったりする。

 

 ……【極有型虚無】だなんて中二臭い名前を付けていたこれは、言ってしまえばプラス要素もマイナス要素も、全て纏めたからこそ総合して突出しない(±0)という形のものである。

 あと、『零が総和である』ことを前提にすることで、どんな条件下でも全力を出すことが可能……だとか、わりとわけわかんない技能があったりするけれど、そこは割愛。

 ここで重要なのは、キーアもビジューちゃんも、共に『虚無使い』だということだろう。

 未だになにがどうなって今の状況に放り込まれたのかはわからないけれど、設定とかを見るにかなり意図的な犯行、というのは確定的なのだから。

 

 

「ふーむ?……で?こんな大掛かりな場所を使って、相手は何をしようとしてるの?」

「さぁ?正直な話、勝手に上に被せて来ている(継ぎ接ぎにしてくる)以上、相手が逆憑依現象そのものの原因と同一なのはほぼ確定でしょうけど、それがわかったところで相手の思惑がわかるわけでもなく。……とりあえずはまぁ、お望み通り『ゼロの使い魔』を進めるしかないでしょうね、としか」

「うーん、やっぱり?正直寝ても覚めてもここから抜け出せないから、ちょっとうんざりしかけてたんだけど……」

「すぐには終わらないでしょうね。なのでルイズ義姉さま、これからもご指導ご鞭撻、宜しくお願いしますね?」

「あら小生意気。うーん、タバサにまで妹扱いだったのがそんなに嫌だった?」

「……彼女も結構背の低いイメージでしたが、私の方が更に低かったのはなんというか、ちょっと寝込みたくなったのは確かです」

 

 

 まぁ、とりあえずは普通にするしかないか。

 ……みたいな確認をしたのち、動かし続けていた手を止めて教室の入り口に視線を向ける。

 丁度替えの教卓を持ってきた二人が見えたので、小さく頭を下げて礼をする私なのでしたとさ。

 

 

*1
『Dies irae』より、ルサルカ・シュヴェーゲリン。タバサとはCS版での声優が一緒。扱う聖遺物が『エリザベート・バートリーの日記』であった為、エリちゃんにバックバンドとして召喚されたらしい。なお、見た目がどことなくルイズに似てなくもない。あと歌は多分普通に上手い(とあるルートを見るに)

*2
喧嘩というか、留学生である二人をよく思わない者達の策略による些細な行き違いというか。その辺りは『ゼロの使い魔』5巻に掲載の『炎の出会いと風の友情』をどうぞ(姑息な宣伝)

*3
『ゼロの使い魔』の『ゼロ』に当てはまるものが、『虚無』。物語の根幹を司るもの



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サーヴァント召喚の触媒はお前自身だっ

 春の使い魔召喚の儀、というものがある。

 

 生涯に渡ってパートナーとなる、主の目であり耳である存在を召喚する儀式。

 この時召喚されたモノを見て、そのメイジの進むべき道を決定する──とまで言われる、とてつもなく重要な儀式なのだそうだ。

 なのに、こうして私が他人事なのは……まぁ、なんというか。

 原作ルイズポジションの立ち位置となっている(キーア・ビジュー)が、普通に使い魔を召喚などできるはずもない、と知っているからなのだけれど。

 そもそもが勝手に巻き込まれた側でもあるので、そこら辺まで意識して動く気があるか、みたいなところも無くはないのだが。

 

 

「……でも、原作の彼女(ルイズ)に比べれば、遥かに良い状況なのですよね」

「んー?……まぁ、そうねぇ。原作の(ルイズ)に比べたら、雲泥の差よね」

「二人とも、何をぶつくさ言ってるのよ。ほらキーア、次は貴方の番なんだから」

 

 

 そうして、ルイズと二人ぼーっと生徒達が使い魔を召喚するのを眺めていたら、困ったように眉を下げたキュルケに背を押されてしまった。

 

 ……彼女達もまぁ、わりと謎な存在である。

 

 ルイズの話では、彼女達はある種のAIみたいなモノ、なのだという。

 実際に中に人が居るわけではないが(現実の存在ではないが)、現実に彼女達がいれば、まず間違いなくこう動くだろう──という動きをする存在とでも言うべきか。

 

 人間と同じように、泣いたり・怒ったり・笑ったりする、感覚的にも心情的にもほぼ人間……と受け取った方がいいモノ。

 今まで私が見てきたモノの中だと、あのBASARAなノブナガのような、なりきりとは別枠……かは実際微妙なんだけど。

 まぁ、人にあらねば神に近し、とでも言うか。……うーん、説明が難しい。

 人じゃないけど、生命体であるとは見なすべきもの……というのは、ちょっと人間を強めに見過ぎな気がするし。

 

 ……あー、うん。

 難しい話を抜きにすれば、普通に他人に接するように接しなさい、人形とかを相手にしているわけじゃないぞ……ということになるのかな?

 よくある『ゲームとか漫画の世界に転生したぜー!(作り物だと思い込んでいる)』みたいなテンションでいると、手酷いしっぺ返しが来るぞ、というのが一番わかりやすいだろうか。

 

 なのでまぁ、私も彼女達に対しては()()に対応しているのだけれど……、その、キュルケさんや?

 三人娘内だと一番年上だからって、私にまで長女風吹かせなくていいのですよ?

 

 

「でも貴方達、私が見てないとわりと無茶苦茶し始めるし……」

「否定はしませんがっ、否定はしませんがそこはもうちょっと、私を信じてほしいと言うかですね?」

「……貴方の信用度は基本最低。自分の所業を振り返るべき」

「あーあー聞こえません聞こえません、自分も無茶をわりとしているタバサ姉さまのお話なんて、きーこーえーまーせーんー!」

「むぅ、それはずるい」

 

 

 ……うん、タバサにまで妹扱いされている、というのは文字通り。

 

 ここの彼女は、なんというか中二病的な感じの部分を多大に持っているらしく、『タバサ』という名前が偽名なのは同じでも、名乗ったのは自分から、だったりするようだ。

 なので彼女の従姉妹であるとある少女は、彼女のこんな性格に振り回される、半ば苦労人になっているのだそうで。

 それ故に原作では汚れ仕事を専門にしていた北花壇騎士団も、彼女の『設定』の為の一種の舞台装置と成り果てているとかいないとか。

 

 ……『ガリアの双子王』が素晴らしい統治をしている、なんて話が風の噂として流れてくるほどに、彼女の実家は安定しているようだし。

 わりと甘えん坊というか、わがままというか。……そんな、本来の彼女の部分が多大に発揮されている──みたいな感じなのかも知れない。

 なので、私が居なければ本当に単なる妹枠、だったんじゃないかと思うのだが。……いやまぁ、こうしてキーア・ビジューは居るわけで。

 

 入学当初こそ『私はガーゴイル……任務を果たすだけの人形……』みたいな愉快な言動をしていたようだけど。

 明確に自分よりも小さい相手には、今まで出会ったことがなかったらしく……みるみる内にお姉ちゃん風を吹かせ始めた結果、ビジューちゃんも素直に彼女を姉と慕うようになった、みたいな感じのようである。

 

 ……マスコットキャラみたいな扱いだな、ビジューちゃん。

 いつぞやのみがわりカブト君を思い出してしまうので、私としては胃へのダメージがヤバいけども。

 

 なお、そんなタバサではあるが、原作と同じように風竜──本当は風韻竜──を召喚していた。

 

 

「きゅいきゅい!」

「……………」

「顔が真っ白。どうしたの?」

「なんでも……っ、なんでもないのです、ええ、なんでもないのですよ……っ」

(めちゃくちゃ何かあった顔をしている……っ!?)

 

 

 その鳴き声を聞いてたら更に胃が痛くなったので、出来れば原作とは違っていて欲しかったのだけれどね!

 

 ……大小さまざまな差異こそあれど、基本的な部分は同じ……みたいな感じらしいこのハルケギニア。

 と、なるとルイズはサイトを召喚するのだろうか、みたいな奇妙な確信があるが……、その場合、()はどうなるのだろう?

 

 ポジション自体は原作ルイズに相当するビジューちゃんだけれど、私がサイトを召喚するとは思えないし、かといって人間以外を召喚するとも思えない。

 ……ふーむ。じゃあここはいっちょ、ちょっと()()()()()かね?

 

 

「ミス・フォンティーヌ。次は貴方の番ですよ」

「はい。それでは皆様、行ってまいります」

「気を付けるのよー、多分爆発するんだから」

「わかっております、わかっておりますとも」

(……なんか、嫌な予感がする……)

 

 

 キュルケの呑気な声援を背に受けながら、皆の前に進み出る私。

 

 草原のただ中、召喚陣の前に立ちながら、周囲を見渡す。

 ……原作の彼女(ルイズ)と違い、野次は飛んでこない。

 どころか、みんなどこか心配そうにこちらを見詰めていて、彼等が口々に放つ言葉も、心配を孕んだ優しげなものばかり。

 

 ……これはこれで、「子供扱いするんじゃないわよー!」とか、元のルイズなら怒りだしそうな光景である。

 というか、妹扱いなのはクラス全体からかよっ、道理でさっきの授業の時も、みんな落ち着いてるわけだわっ。

 ……まぁ、変に悪い空気になるよりはいいけど、わりと真面目に身長の低さが憎くなってきた感じもなくもない、というか。

 

 まぁ、いいや。

 よくないけど、ホントは全然よくないけどっ!

 ここで愚痴っても仕方ないので、やるべきことをさっさと済ませる事にする。

 

 ──思い浮かべるは、一人。

 私が召喚するのなら……否、()がここで召喚しようとするのなら、一人しか居ない相手。

 それを強く、強く脳裏に描く。……間違って原作の彼女を呼ばないように、慎重に。

 

 

「──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の盾に」

「……あれ?【サモン・サーヴァント】じゃない?」

「なにそれ、かっこいい……!」

「ちょっ、タバサっ?!」

(や、やらかしたわねキーア!?)

 

 

 周囲が騒がしいが、知ったことではない。

 ここに関しては失敗は許されない、『ゼロの使い魔』の呪文では失敗しそうな気がしたので、こっちの呪文を使わせてもらう。

 

 

「聖杯の寄るべに従い、果て先の異界より応えよ」

 

 

 誓句を告げる度、魔法陣から光が溢れる。

 ……あ、虹。あと線が三本。つまりサーヴァントだ。*1……勝ったぞ綺礼、この戦い私達の勝利だ!*2……台詞が爆死臭しかしないんだけど大丈夫かこれ?

 

 

「汝、模倣の果てに指先を掛けし三因、理の壁を越え、今此処に来れ、我が親愛なる従者よ───!!」

 

 

 まぁ、ここまで来たのだから最後まで。

 ほぼオリジナルな英霊召喚の文句を紡ぎ切り、召喚陣からの光が爆発、視界と聴覚が一瞬無に染まる。

 ──光が晴れ、見渡す先にある影は。

 

 

「───問おう。貴方が私の、マスターか」*3

 

 

 見慣れている少女が、物語の騎士のように泰然とした様子で佇む姿であった。

 

 

 

 

 

 

(ま、マシュ?でも今台詞がセイバーだったような?というかキーアってば何召喚しようとしてんのよっ!?)

 

 

 ……顔は見えないけど、背後からこっちに文句の波動が送られて来ているような気がする。

 とはいえ、目の前の少女──マシュが、原作ですらあまり見たことのない、見事すぎる騎士ムーブでこちらに視線を向けて来ているせいで、ちょっと対応する余裕がないのだが。

 

 えっと……これは、成功したのだろうか?

 それともやっぱりミスってて、どこかのギャラハッド君をマシュの姿で呼び出した、とかみたいなトンでもを起こしていたりするのだろうか?

 ビジューとしての私だと、その辺りちょっと判別が付かないのがもどかしい。

 

 ビジューちゃんがどうかはともかく、()が呼ぶのならマシュ()だろう、って感じでちょっと無茶をしたのだが……いや、ホントに無茶だったかもしれない。

 周囲も状況の異常さに、俄に騒がしくなってきたし。……って、ん?

 

 

「…………」(プルプル)

「あっ。……あ、えっと、その。そ、そそそうです!私が貴方のマスターです!」

「……っ!!……こほん。サーヴァント・シールダー。召喚に応じ参上致しました。マスター、指示を」

「……えっと、待機で」

「はっ!」

 

 

 ……大真面目な顔のまま、ちょっと頬を染めてプルプルしていた為、彼女が私の知ってるマシュであることを確信。

 

 ……えっと、確か「全サーヴァントアンケート、1度は言ってみたい台詞」の第一位だろうって言われてるんだっけ、セイバーさんのアレ……。

 なりきりなんてやってる以上、そういうのをやれる機会があるならそりゃやるよね、というか。……まぁ、そういうことだったらしい。

 ……うん、まぁ、その。お互い様、ということで……。

 

 

「これは、なんと凄まじい……!ミス・フォンティーヌ、コントラクト・サーヴぁ」

「申し訳ないのですがミスタ・コルベール!後でちゃんと終わらせておきますので、ここは後回しにして頂けないでしょうか!」

「あ、はい」

 

 

 ……そういえば、召喚したんだからコントラクト・サーヴァント(そっち)もしなきゃいけないんだっけ。

 

 とはいえちょっとそれは流石にアレなので、どうにかしてごまかす事にしてとりあえず今は後回しにするように教師に進言!

 ……まだルイズが終わってないのだ、最悪彼女の召喚でうやむやにしてしまえばいいのだよワトスン君……!

 みたいなテンション任せの言葉により、問題の後回しに成功する私なのであった。

 

 

*1
『fgo』での召喚画面の変化の一つ。虹色の羽が舞うと最高レアリティ確定。また、召喚時に出てくる輪っかが一つなら礼装、三つならサーヴァント確定である。……『汝三大の言霊を~』の三大とは何か関係があったりするのだろうか?

*2
『fate/zero』より、遠坂時臣の台詞。最古の英雄王を召喚できたのだから、勝ちを確信するのはわからなくもない。……結果はアレだったわけだが

*3
『fate/stay_night』の始まりの台詞とでも言うべき印象的な台詞。宣言者はセイバー。あまりにも印象的なものだから、この台詞を言った時の構図をみんなして使ってたりする(通称・運命構図)



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回る回る、時代も僕らも回り行く

「……ええっと、ではミス・ルイズ。次は貴方の番ですよ」

「はいっ」

 

 

 生真面目な感じの声を先生に返し、私と入れ換わる形で魔方陣の前に立つルイズ。

 ……入れ換わる途中で笑顔で睨まれた訳なのだけれど、正直ちょっと反省してなくもない……ので許して貰えないかな?ダメ?ですよねー。

 

 いやでもだね?

 召喚なんて一大事、やれることやんなきゃ損だとは思わない?……呼んだ相手(マシュ)もノリノリだったし、もはやこれでよいのでは?

 みたいな感じなのだけれど、ルイズさんからは笑顔の威圧が返ってくるだけなのでしたとさ。

 ……むぅ、君だって次にやらかす可能性大だろうに、横暴だぞー。

 

 

「さて、と。──宇宙の果てのどこかにいるわたしの下僕(しもべ)よ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め、訴えるわ!──我が導きに、応えなさい!!」

(はやっ!!?)

 

 

 なんて風に、ちょっと楽観的な感じで見ていたのだけれど。

 ……いや、体面も臆面もなくいきなり直で召喚、というのはどうかと思うのだけれど?!

 

 まさかの過程省略……をせずとも、そもそも原作と違って風のメイジになってるのだから普通に召喚できるはず、なのにも関わらず彼女が唱えたのは、原作と同じである渾身の誓句。

 ……そんなにサイトに会いたかったのだろうか。

 それとも、この世界のサイトがどうなっているのか、早めに確かめたかったのだろうか?

 

 私は彼女ではないので、その辺りの考えとか感情とかはわからないが、少なくとも彼女の目の前の魔方陣が、地面ごと捲れ上がって爆発したのだけは確かだった。

 ───いや、なんで?

 

 途端に周囲に舞い広がる砂埃と、中心点に向かうように吹き荒れる暴風。

 原作のそれより意味不明なことになっているそれに、皆が阿鼻叫喚の地獄絵図となる中、当のルイズはポカンとした顔で、自分の起こした現象を眺めていた。

 

 

「え、えっと。……ちょっと失敗したかしら?」

「ちょっとぉっ!?これの何処がちょっとなのよ、このバカルイズーっ!!」

「なっ、ばばばばバカとは何よバカとは!私だってこんなことになるとか思ってなかったわよーっ!!」

「流石はルイズ、私にはできないことをやってみせる。そこに痺れる憧れる」

「タバサ姉さまはいつも通りですね……」

 

 

 騎士然としたマシュに庇われつつ、三人娘を見やる私。

 ……まぁ、なんというか。ツッコミお疲れ様キュルケさん、が一番の感想だろうか?

 

 原作だと常識人枠のはずのタバサまでこんな感じだし、ルイズもルイズでわりとはっちゃけキャラだし、負担が凄いのは彼女に間違いないだろう。

 ……ビジューちゃんもトラブルメイカー側っぽいみたいだし、この世界の安寧は彼女の双肩に掛かっているようだ。

 頑張れキュルケ、負けるなキュルケ。君がやらなきゃ誰がやる?……万丈だ。*1

 

 

「誰よバンジョーって!?というかキーア!貴方も大概なんですからねーっ!!?」*2

「ははは聞こえませんねキュルケ姉さん。私は良い子ですので」

「嘘付けーっ!!」

 

 

 いよいよもってエグい勢いの風になってきたのを、近くの大岩に捕まりながら耐えているキュルケと、いつの間にやらその後ろに隠れているタバサ。

 ……私はほら、マシュがとってもがっしりしているので大丈夫。

 召喚されてからこの方、ずっと表情が堅いのが気になるけども、それを抜きにすれば頼りになる後輩なのは間違いなし、というわけだ。……藤丸くんちゃん達も、こんな感じで守られてたのかねぇ?

 

 なお、何故かルイズは平気そうだった。

 魔法で逸らしているとかではなく、純粋に彼女には影響がない、みたいな感じだ。……召喚者保護でも発生してたりするのだろうか?

 

 なんて風に観察していたら、砂を巻き込みもはや竜巻と化していた中心部が、突然虹色の輝きに包まれた。

 そして辺りの風が三本の輪となり、そのまま中心に爆縮される。──って、三本線に虹?

 

 

「──ヒラガサイトォ?誰それ?」*3

 

 

 ごうごうと唸る風の中心部、そこに一つの黒い影が見える。

 ……声はまぁ、平賀才人その人のそれと変わりはないのだけれど。……台詞!台詞が不穏!!

 状況がわかっていないキュルケやタバサはともかく、なりきり組である私やルイズなんかは、この台詞の時点で警戒度MAXである。

 いや、確かに()はサイトと同じ声だけれども。

 ……この場で、しかもこのタイミングで呼ばれるのは、なんというか本当に嫌がらせ以外の何者でも……なにものでも……?

 ……んん?

 

 

「……なんて言葉(そいつ)も、オレが言ったことになってるらしいな」*4

「う、うそでしょ……っ!!」

「本気で言ってるんですかこれ」

 

 

 徐々に風が晴れ始め、シルエットが段々と明確になる。

 その背丈、そのガタイのよさは、サイトでもベクターでもなく。

 巨大な大砲を手に、仁王立ちするその姿には威風すら感じられる。

 逆光でその顔は見えないが──不敵に微笑んでいるのは確かだろう。

 

 砲を持ち上げ、地面に打ち鳴らす。

 それだけで、残っていた風も散り散りになり、いよいよその姿が鮮明となる。

 そこに、居たのは。

 

 

「平賀=(Napoléon)=才人。呼んだかい?───ああ、呼んだよな。言わんでもいいぜ」

 

 

「オレが! ここに! いるぜ!」

「顔ーっ!!!?」

 

 

 ()()()サイトな、ナポレオンの姿だったのだ。

 ……なにそれっ!!?

 

 

 

 

 

 

「……えっと、つまりはなりきり組なのね、貴方」

「まぁ、そういうことになるか。一応ナポレオンをやってたはずなんだが、ここにこうしてやって来た時に、どうにも要素を混ぜられたようでな。サイト少年の役割に当てはめられた結果、こんなことになっちまったようだ」

 

 

 あれからまたコルベール先生にタイムを申し入れ、人を召喚した組(イコールなりきり組)だけで集まって作戦会議を始めた私達。

 原作ルイズポジションなビジューちゃんはともかく、一応まっとうに風のメイジであるはずのルイズが人を──しかもちゃんと……ちゃんと?……ええっと、サイトと思わしい人物を召喚したことは、なんというか強制力的なものが働いたのか、はたまた彼女の無茶苦茶な詠唱のせいなのか、どうにも判別が付かずに困っている感じである。

 

 っていうか、やっぱり騒動起こしてるじゃんルイズ、はた迷惑じゃんルイズ。

 

 

「うるさいうるさいうるさい!私だってこんなことになるとは思ってなかったわよっ!」

「……あー、なんつーか。そいつを聞いてるとどうにも調子が狂うな。刀とか持ってないだろうなアンタ?」

「………」

「お持ちでいらっしゃるみたいですね、これは……」

「だ、だって声繋がり二次創作とか、誰でも思い付く定番中の定番だし……」

 

 

 シャナめいたルイズとか、まぁ見たことなくもないしなぁ……。

 なにがアレって、そっちはそっちで悠二君とサイトの声一緒なんだよね。

 ヒロインと主人公で声優被りしてるものだから、わりと目立ってたなぁ。

 

 ……ところで。

 その、マッシヴボディなのにも関わらず、顔だけちょっと子供っぽい(サイトのものな)の、違和感エグいんだけどどうすればいいのかな……?

 めっちゃモテたい感じというか、ムワッとしてパーンとしそうというか。*5

 

 

「ああ、そいつはすまないな。オレも気にはしているんだが……どうにも、見た目に関してはサイトを成長させた、みたいな扱いになっているらしい。中身は無論、ナポレオンことオレなわけだが」

「成長したっていうなら顔もちゃんと成長しなさいよ!どう考えてもヤバい奴じゃないのアンタ!」

「お、おいおいmaître(メートル)、堅いことは言いっこなしだぜ……」

 

 

 わやわや言い始めた二人は放っておいて、こちらはこちらで確認を取るために、マシュに向き直る私。

 ……さっきまでの彼女と違い、今の彼女は普段通りの彼女のように見える。と、言うことは、だ。

 こちらの視線に、マシュは小さく頷き、口を開いた。

 

 

「せんぱいが予想されている通りかと思いますが、一応確認のため、発言させて頂きますね。……ここ、仮称『ハルケギニア』においては、そこに在る者全てに役割が付与されるようです。結果として、元々役割を被っている私達は、俗に言う『継ぎ接ぎ(パッチワーク)』と近しい状態になっているものと思われます」

「やっぱり?……で、周囲になりきり組以外の人が居ない時、それらは効力を失う、と」

「はい。私も先ほどまで、『異界より召喚されし騎士の少女』の役割を強制されていました。……こうして他の皆さんから離れることで、その縛りも和らいではいるようですが……」

 

 

 マシュからの話を聞き、改めて現状についての考察を回す。

 ……このハルケギニアが、物語の舞台として用意されたもの、というのは半ば確定的であり、そこに立っている限り『役』を割り振られるというのも、ほぼ間違いではない。

 ただ、他の人から離れると役割の強制力が弱まる、というのはちょっとよくわからない。

 ……普通の人とほぼ変わりのない行動を取る彼等彼女等だけど、本質的には運営側の存在ということなのか、はたまた他に何かからくりでもあるのか。

 

 ……うーん、わからん。

 そもそもこっちに来て一日も経っていないのである、調べるにしろ何にしろ、情報が足りてないとかってレベルではないのだ。

 

 

「……そういえばマシュ?召喚される前の記憶って、どこまで覚えてる?」

「はい?……えっと、そうですね……っ!」

「あ、うん。わかったからいいよ」

「は、はい。しゅみません……」

 

 

 ……私と彼女が覚えている記憶の最終日が違ったら、そこから何か確かめられるのではないだろうかと思ったのだけれど。

 このマシュの反応からするに、あの午睡からここに繋がっているというのは変わらないようだ。

 

 ふーむ、となると……当初の予定通り『ゼロの使い魔』を進めるしかない、のかな。

 『ゼロの使い魔』の二次創作における大きな山場といえば、この後暫くするとやって来る決闘騒ぎと、宝物庫の騒ぎ、それからアルビオン行きだろう。

 これらのうちの、どれかを終えた時点でエタるというのが『ゼロの使い魔』二次創作における、お約束みたいなものだったりしたものだ。

 

 いやまぁ、ここにいる私達は外身はどうあれ中身は無関係、エタるエタらないの前に、帰還条件満たせるようなら途中でドロップアウトするんですけどね。

 

 

「ふむ、確かにいつまでも他所の世界に迷惑を掛けるわけにもいかぬ。早々に立ち去れるのであれば、我々は立ち去ることを第一目標に動くべきじゃな」

「……はい?え、今の声はどこから?」

 

 

 なんてことを話していたら、突然どこからか聞こえてくる老人の声。

 いったいなんだ?と周囲を探してみれば、すぐ近くの木の枝に止まる、赤い体毛の小鳥が居ることに気が付いた。

 ……誰かの使い魔、だろうか?

 

 

「ふぉっふぉっ。目敏い目敏い。──()()()()()、彼等をわしの元に案内してあげなさい」

 

 

 その小鳥から老人の声が溢れているが、それはどうやらこの小鳥の主の声を、感覚共有を利用して届けているもののようだ。

 フォークスと呼ばれた小鳥は、こちらを先導するように中空に飛び立った。

 

 マシュと顔を見合わせ、未だに話を続けていたルイズとサイト……ええと、サイトでいいか一応。

 二人を呼んで、小鳥の後を追い掛ける私達。

 コルベール先生は最初こちらを呼び止めようとしていたけれど、私達を先導するのが赤い小鳥であることに気付くと、小さく頭を掻いて生徒達への指示に戻っていった。

 

 ってことは、これは学院長の使い魔、ということでほぼ間違いないだろう。

 ……おかしいなー。オールド・オスマンの使い魔ってネズミだったような気がするんだけどなー?

 それとこの小鳥。『フォークス』っていうらしいんだけど、それもどこかで聞いたことあるような気がするなー?

 

 ……不安しかないんだけど。

 でもお偉いさんからの呼び出しには逆らえず、ホイホイついていく私達なのであったとさ。

 

 

*1
『仮面ライダービルド』第21話「ハザードは止まらない」での会話から。最終的になんでもかんでも万丈龍我君にぶん投げるというネットミーム

*2
ナハ☆……『バンジョーとカズーイの大冒険』より主人公のバンジョーも、上と同じくばんじょう(ばんじょー)よみできるキャラ、というだけの話

*3
『遊☆戯☆王ZEXAL』のキャラクター、ベクターの台詞『本物ぉ?誰それ?俺、ベクター』より。サイトと声が同じ。なお、この台詞に微妙にトラウマのある人もあるかもしれない

*4
ベクターと声が同じだったせいで『fgo』のナポレオンに浮かんでしまった疑惑。1.5部で裏切りキャラが多かったのと、ナポレオンの声優がベクターと同じだったこと、それから『fgo』のナポレオンが史実と違い高身長だったことから生まれたモノ。……を、ナポレオンがCMに出た時に言っていた台詞『ま、そいつも俺が言ったことになってるらしい』と絡めたモノ。『なぁんちゃって!』なんて台詞は多分ナポレオンは言わないが、期待されれば答えるのがこのナポレオンである

*5
めっちゃモテたい感じなのは、今のサイトの見た目が『ダンベル何キロ持てる?』のキャラクター、街雄鳴造みたいな感じになっているから。まぁ、あそこまでムキムキではないが。『ムワッとしてパーン』は、『ゴールデンカムイ』の俗に言う『ラッコ鍋の回』での谷垣源次郎の描写から。それが『fgo』のナポレオンにも似合いそうということで某ドスケベ絵師(ReDrop氏)が書いた『ロイヤル・アイシング』のパロ絵の描写に使われたりした



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より良き明日を祈る前に、明日の無事を祈ろう

「ほっほっ。ようこそ、学院長室へ。わしはダンブルドア。まぁ、知っておる者も多いかの?」*1

「…………」

「せ、せんぱい?……し、死んでる……」

 

 

 小鳥に案内されるままにホイホイ付いていった先で、こちらを待ち受けていたのはなんと、まさかのダンブルドアでした。

 ……あかん、より良き明日の為に(より大きな善の為に)ぶち転がされる……っ!!

 というか魔王とダンブルドアとか、水と油みたいなモノなのでは……っ!!?

 に、逃げねばっ!ここは逃げねばならぬっ!!

 

 

「落ち着きなさいってのキーア。……ちょっと前に()()()()って言ったでしょ?学院長がまさしくそのもう一人だから、そこまで怯えなくてもいいわよ」

「え、そうなんです?」

 

 

 そうして、内心部屋の隅でガタガタふるえて命ごい*2をしそうなテンションになっていた私なのだけれども、横から呆れたように投げ入れられたルイズの言葉に、思わず学院長──ダンブルドアへと視線を向ける。

 彼は、人好きのする朗らかな笑みを浮かべて、こちらに頷きを返してきた。

 

 

「うむ、いかにも。ダンブルドアがわしの正確な名ではあるが、()()ではオールド・オスマンとしての名と役割も与えられておる。そこから逸脱するような真似は、今のところするつもりはない──と述べさせて貰うとするかの」

 

 

 ──なるほど。

 ハリー・ポッターという作品が世に生まれてから、そこに登場したキャラクター達の造形というものは、魔法使いを扱う作品に少なくない影響を与えたと思う。

 オールド・オスマンという老魔術師(キャラクター)にも、その構成要素に少なからず『ダンブルドア』という存在が生きていることだろう。

 

 ……いや、そこをもっと深掘りするのなら『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』のガンダルフとか、更に遡れば魔術神オーディンとか辺りに行き着くのだろうけども。*3

 基本的に人というものは『自分が最初に知ったもの』を基準に置くため、『指輪物語』と『ハリー・ポッター』のどちらを先に履修したかによって、どっちの要素を強く感じるかは違ってくるだろうから、まぁわりと詮なきことでもある。

 

 ともあれ、そういった老魔術師の流れを汲むオールド・オスマンという立場であるからこそ、ダンブルドアという人物であってもそこまで肩肘張らずに過ごせる……ということなのかもしれない。どっちも最高責任者だしね。

 

 

「……だからといって初見で『ディテクトマジック』と『開心術』を一辺に掛けてくるのはどうかと思いますが」*4

「ほっほっ。ちょっとしたお茶目じゃよ。──弾かれるのは、見えておったしの?」

「えっ!?い、いつの間に……」

 

 

 ……まぁ、それはそれとしてこっちを探ろうとしてくる辺り、やっぱりダンブルドアはダンブルドア、だったんだけどね!

 

 この人やっぱり怖いよ、舌の根の乾かぬうちにこっちに探り入れてくるんだもん……、いやまぁ、彼のキャラクター的に言えば、ホントにただのお茶目だったんだろうけども。

 本気で探りを入れるつもりなら、話さないし・悟らせないし・匂わせないだろうから。……なんだそのヤバい人は?

 

 マシュとか今のサイトみたいに対魔力がデフォならいいけど、そうじゃないビジューちゃんだと対処が遅れるので、できればやめてほしいところである。

 

 

「……ん?オールド・オスマンと言えば、ちょっとスケベなお爺さん……みたいなキャラだったような気も?」

「そこは年長者の意地じゃよ、ミス・フォンティーヌ。わしがうつつを抜かすのは、今やレモン・キャンデーくらいのもの。……あ、いや。年若い金髪の、鳥のような髪型の青年……には、ちょっとばかり興味がそそられるかも知れんの?」*5

「……それ、わかる人いるんですか?」

「わかる者がいたから語った。……そういうことじゃよ」

 

 

 う、うーむ食えない人だ……。

 ほっほっと笑うダンブルドアに、なんとも言えない表情を向けてしまう私。

 

 ……世間で好き勝手言われていることを察しつつ、それでもなおお茶目に言葉を返してくる……というのは、紛れもなくダンブルドアの気質だが。

 同時に、相手に何かを察することを許さない鉄壁ぶりもまた、彼らしいと言えばらしい……のかもしれない。

 

 いやでも、鳥みたいな髪型(チョコボ頭)の青年、というフレーズはそもそもリメイクの方じゃまだ出てないはずだし、『幻想的な獣』での声優が()と一緒、というのも見てなきゃわからないだろうし。

 ──つまり、わからない人には全くわからない状況なのにも関わらず、その上で自身の本心(同性愛)を揶揄するような台詞を吐いてみせるこの人は──正直、怖いとしか言いようがない。

 

 より大きな善の為に(For the Greater Good)その言葉を正しく体現する為にある(己すら駒でしかない)とでも言わんばかりの彼の様相は、鉄の心に至った者達を相手取るような、ある種の畏れを感じさせてやまない。

 ……敵じゃなくてよかった、という言葉しか浮かんでこないんだけど、どうしたらいいかな?

 なんて風に暫し困惑していると、ダンブルドアはまた朗らかな笑みを浮かべ、こちらに告げる。

 

 

「そう気にせずともよい。わしに取ってのこの場所での暮らしは、先()く旅路の、そのほんのわずか一ページのようなもの。──であれば、楽しい方がいいじゃろう?」

「……失礼しました、ダンブルドア先生。貴方の寛大なご厚意に感謝を」

 

 

 ……むぅ、いかんな。

 必要以上に警戒しすぎた、ということらしい。

 

 所詮はなりきりであるし、所詮は物語の余白である……というような言葉まで積まれてしまえば、こちらの方が悪いのは明白だ。

 自身の性質が、他者に不要な不安を抱かせることを、きちんと知っているからこその言葉に、私は素直に頭を下げる。

 

 

「よいよい。……して、本題に移るとするかの」

「本題?」

「情報交換、というべきかな?()()に居る期間のみを問えば、そこのミス・ルイズが一番の先達となるが、同時に彼女の行動範囲では、到底知り得ぬこともある」

 

 

 自身の髭を撫でながら、その瞳を輝かせるダンブルドア。

 それはまるで、新しいおもちゃを見付けた子供のような、きらきらと輝くもので。

 

 そうして始まったのは、不可思議なこの世界『ハルケギニア』についてのお話。

 ……まぁ、出るわ出るわ、原作と違うことのオンパレード。

 ダンブルドアが語る度、皆で驚き、笑い、涙し、怒り──つまりは喜怒哀楽を持ってこの世界に触れ、なんとなくすべきことも見えてきたところで……。

 

 

「ふむ、実に有意義な時間じゃった。皆も情報の奔流に頭を焼いておることじゃろう、そのままアルヴィーズの食堂に向かいなさい」

 

 

 料理長には、あらかじめ話を通してあるからの──。

 という彼の言葉を背に、学院長室から外に出た私達。

 時刻は夕方をとうに過ぎ、生徒達は既に各々の部屋に戻ってしまっているようだ。

 暗い廊下には松明が灯っているが、その内消灯されてしまうのだろう。

 そうなる前に、さっさと夕食を食べて部屋に戻らなければ。

 

 

「……というか、午後の授業はよかったのかな」

「先生のことだから、そこら辺は既に手回し済みでしょ。それよりもほら、早く行かないとマルトーおじさまに叱られちゃう」

「ふむ?なるほど、じゃあやるか、マシュ?」

「え?……ああ、なるほど。では、失礼しますねせんぱい」

「へ?え、その、え?」

「えっちょっ、なになになにっ!?」

 

 

 とはいえ、今の私達が居るのは本塔の最上階。

 作中の描写的にこの塔の一階にある、アルヴィーズの食堂まで歩いて戻る……となると、結構な時間が掛かりそうだ。

 まっすぐ単純な直線というわけでもなし、急いで階段を下りるというのもちょっと大変そうだなぁ。

 なんてことを思いながら階段を見詰めていると、ルイズの言葉を受けてサイトがマシュに声を掛け、それによって何かを思い付いたのか、唐突にマシュが私を抱え上げた。

 ……いや、なんでお姫様抱っこなんです!?

 後輩の突然の行動に思わず困惑していると、視線を向けた先のルイズも、サイトにお姫様抱っこをされていた。

 

 ……絵面だけ見ると、わりといい感じの光景なんだけども。

 なんでかな、サイトとマシュの視線が窓の方に向いてる……というのが、凄く嫌な予感をびしびし伝えてくるのだけれど?

 いやその、まさか、やらないよね!?やらないよね!?

 なんて、私の内心の叫びは届かず。ばっ、と最上階にある窓を開け放つサイト。

 ……そこまで来て、ルイズも彼等が何をしようとしているのか気付いたらしい。その顔に青がさっ、と走る。

 

 

「いやちょっ、待ちなさい!待って!お願いだから!」

「なぁに、着地の時にレビテーション(浮遊)でもフライ(飛行)でも掛けてくれればいいさ!無論、そんなものなくても傷一つ付けるつもりもないがね!」

「あ、それちょっとカッコいい……じゃなくて!アーチャー、着地任せた、はあくまでも型月の──」

「じゃあ、いくぜぇ!!」

 

 

 止める間もなく、夜に飛び込んでいった二人。……いや、夜に駆けたって方が正しいのかこれ?*6

 いやまぁ、アーチャー(サイト)に抱えられて飛ぶツンデレ娘(ルイズ)って意味だと、飛び込んでいく方が正解っぽいけども。*7

 ……え?現実逃避止めろ?次はお前の番?

 ははは。……おうちかえる!

 

 

「はい、帰りましょうせんぱい。その為にも、まずはご飯ですっ」

「違うー!なんか納得してるけど違うー!」

 

 

 真剣な顔でこちらに頷きを返すマシュ……なのだけれど。

 彼女は真面目なので、既にこっちで頑張ることを決めているけども。

 ……今の!私は!ほぼただの女の子なので!虚無っつっても目覚めてない扱いだからロックされてるので!だからその、ここから飛び降りるのは、ちょっ、やめ……ヤメロー!!*8

 

 

「それは私の台詞の様な気もしますが……ではっ!マシュ・キリエライト、いっきまーす!!」

 

 

 

 

 

 

「おお、ようやっと来たかお前さん達……いや、大丈夫か?その、色々と」

「よぞらは きれいでした」

「死゛ぬ゛っ、死゛ぬ゛がどっ、死゛ぬ゛がど思゛っだ……っ!!」

「大袈裟だなぁmaître(メートル)、あんなもん準備運動みたいなもんだぜ?」

「あわわわ、すみませんすみませんせんぱい!」

 

 

 塔の最上階からの紐なしバンジージャンプは、なんというか二度とやらねぇ、という気分しか湧いてきませんでしたとさ、まる。

 

 

*1
『ハリー・ポッター』シリーズより、アルバス・ダンブルドア。正式名称は『アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア』。史上最も偉大な校長であり、現代最強の魔法使いとも呼ばれる老人。基本的には好好爺だが、その裏には……?

*2
『ヘルシング』より、ヤン・バレンタインの台詞。……なのだが、同作のウォルター・C・ドルネーズもまた、彼に対して同じ言葉を(皮肉を込めて)返している為、印象的には彼のモノ、という感じが強い。全文は『小便はすませたか?神様にお祈りは?部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?』

*3
老齢の魔術師、として思い浮かべるキャラクターは、大体ダンブルドアかガンダルフのどちらかにわかれる、らしい。なお、深掘りしていくと魔術の神でもあるオーディンか、円卓の物語における花の魔術師マーリン辺りに行き着く

*4
『ディテクトマジック』はゼロの使い魔の魔法、相手の魔力探知を行う。『開心術(レジリメンス)』は『ハリー・ポッター』シリーズでの魔法、相手の心を魔法で強制的に開き、読み取ったり場合によっては書き換えたりもできる魔法。……なんで禁術じゃないんだろうこいつ?

*5
『レモン・キャンデー』はダンブルドアの好きなもの。鳥のような髪型(チョコボ頭)の金髪の青年はクラウド・ストライフのこと。『ファンタスティック・ビースト』シリーズでのダンブルドアの声優がセフィロスと同じことからの、彼なりのジョーク

*6
『fate/stay_night』の主題歌『THIS ILLUSION』の歌詞の一文と、アーティスト『YOASOBI』の楽曲『夜を駆ける』から。飛び込むことは変わらずとも、そこに至る思いは全然違う

*7
『fate/stay_night』遠坂 凛とアーチャー。実際に夜の街に飛び込んでいくオープニングの凛の映像と、作中の一場面である『アーチャー、着地任せた!』から

*8
『この素晴らしい世界に祝福を!』よりめぐみんの台詞。眼帯をカズマに引っ張られ、あれこれと弁明した後にバチーンとぶつけられた時の『イイッ↑タイ↓メガァァァ↑』のアドリブは、『このすば』の流行の一端となったことは最早疑いようもない(大分過言)。なお、マシュ(二代目)とめぐみんは中の人が一緒



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二股はよくない、誠実さを極めて百くらいいっとこう

 ──次の日。

 

 どうやってご飯を食べて、寮まで戻ってベッドに潜ったのか、その辺りが全く記憶にないのだが。

 なんとなく恐ろしい目にあった、という気分だけは残っているため、微妙に目覚めの悪い朝であった。

 

 

「はいせんぱい、お水を持ってきましたよ」

「ああはい、ありがとうございますマシュ……」

 

 

 そもそもが低血圧気味なのもあって、足取りが覚束ないままふらふらと歩き回られると、見てて危なっかしい。……みたいな理由から、マシュからの介護が常態化していた私。

 それはここ『ハルケギニア』在住のキーア・ビジューちゃんであったとしても、さほど変わりがない話なようで。

 

 桶に張って貰った冷たい水で顔を洗い、それでも抜けきらない眠気と格闘しつつ、制服に袖を通して。

 長い桃色の髪をマシュに梳かして貰いつつ、今日の予定をぼんやりと思い出していく。

 

 ……ええと、とりあえず朝はまた食堂に向かって、普通に朝御飯を食べるでしょ?

 それが終わったら普通に授業をこなして、それからそれから……。

 

 

「ええと──お昼に香水の瓶が落ちて、君のことは求めてない……んでしたっけ?」*1

「せんぱい、それは恐らく他の記憶と混ざっていらっしゃるのではないかと……」

「……んん、どうにも朝はダメです……」

 

 

 んー、頭が回らない。

 ……まぁ、体を動かしていれば、その内エンジンも掛かるでしょ。みたいな感じに適当に頷き、マシュからの了承を得て鏡台の前から立つ私。

 ん、身嗜みは問題なし、と。

 鏡の前で服装をもう一度確認した後、マシュからマントを受け取って羽織り、彼女が部屋の扉を開けるのを待つ私。

 

 ここでのマシュは騎士様を拝命して(被って)いる為、外に出れば基本的にキリッ、とした感じになってしまう。

 ……それゆえに自然とランスロット卿に似通ってしまうらしく、そこがちょっとだけ複雑なようであった。

 まぁ、フランス紳士がちょっと気障っぽいのは、そういうモノだから仕方なし。

 その内マシュさまー、とか言われてそうなのは気にならないでもないけど、暫くここから帰る目処もないのでまぁ、多少はね?……みたいな感じである。

 

 

「あら、お早うキーア。昨日はよく眠れた?」

「お早うございます、キュルケ姉さん……その質問には寝不足だ、とお答えします……」

「貴方、いつも朝は眠そうだった気がするのだけれど……?」

 

 

 つまりはいつも通りなのよね?という彼女の言葉に、寝惚け眼のまま頷く私。

 

 部屋の外にはキュルケが居て、自身の使い魔であるサラマンダーのフレイムと戯れて……戯れて……?

 ……ああ、なるほど。

 そういえば、()()()()可能性もあるのか。

 キュルケが触れ合っているサラマンダーに視線を向ける。……サラマンダーとは、大雑把に日本語に訳すと()()()()となる。

 

 

「この子、どこのサラマンダーなのかしらね?普通のサラマンダーよりもどことなく可愛らしいけど。……ロバ・アル・カリイエ辺りから来たのかしら?」

「ああ、はい。多分そうなんじゃないでしょうか。以前カトレア母さまに見せて頂いた本に、似たような姿のサラマンダーが載っていたような気がしますので」

「……興味深い。その本、頼めば貸して貰える?」

「わっ、……ちょっとタバサ、驚かさないでよ」

 

 

 ……()()()()()()()()()だよなぁ、どう見ても。*2

 

 キュルケに撫でられ気持ち良さそうに目を細めながらも、絶対にこっちを見ようとしないかのサラマンダー(ヒトカゲ)

 彼女のペットでいられる生活を崩したくない……とか考えているのだろうか?まぁ、なりきり組だって確認できれば、こっちとしては特に言うこともないのだけれども。

 

 あとで他の生徒達の使い魔も、一応確認してみるべきかな?

 こっちの世界のサラマンダーが元々(原作)のフレイムみたいな、まんま『トカゲ』形態のものが主流であるならば、ちょっとずんぐりした姿をしている彼が、全くの別種だと判明するのはそう遅い話ではないだろう。

 その結果としてトリステインの研究機関である、王立魔法研究所(アカデミー)辺りに連行されたりでもしたら大事である。

 ……なんて思いつつ、適当に彼への疑念を逸らしてあげる優しい優しい私なのであった。

 

 まぁ、そうしてごまかしの為に適当なことを述べたら、突然現れたタバサにずずい、っと詰め寄られるはめになったわけなのだけれども。

 

 ……あー、うん。

 ポケモン図鑑をイメージしてたので、貸すのは無理としか言いようがない。現物なんて存在しないし。ロトムも居ないだろうし。*3

 なので、本の虫な彼女には悪いけれども諦めて貰うことにしよう、と口を開こうとしたところで。

 

 

「きゅいきゅい!」

「ぐふっ!?」

 

 

 何故か妖精みたいなサイズにまで小さくなった、彼女の使い魔──シルフィードの鳴き声が聞こえて、少なくないダメージを受けるはめになってしまったのだった。

 

 ……いや、その。

 なんでこの子、こんなに縮んでるの?

 人になれるってのは聞いたことあるけど、小さくはなれたんだっけ?……仮に小さくなれるのなら、人型にならずに小さくなってれば良かったって場面が多いだろうって?じゃあこれは……。

 

 

「きゅいきゅい」*4

「もう、シルフィ。勝手に出歩いちゃダメ」

「きゅいー?」*5

 

 

 ……うむ、うむ。……なるほど?

 風韻竜の巣の方に()()が居る、というのは確かなようである。……それを確かめるような余裕があるのかは、甚だ疑問であるけれども。

 

 昨日、ダンブルドア先生の話を聞いていた時も思っていたけれど。

 大枠として『ゼロの使い魔』の世界を基盤にしているだけで、実際は二次創作世界の流用だろここ?……みたいな気がしないでもないのだが……まぁ、なるようになる、かな?

 

 なんて遠い目をしつつ、ルイズが部屋から出てくるまで待つ私達なのであった。

 

 

 

 

 

 

 魔法の授業そのものは、滞りなく。

 

 原作ではサイトがルイズの二つ名(ゼロ)を知ったりする、わりと重要な場面だったような気もするのだけれど。

 ここでの二人の関係性が違い過ぎるため、そんなイベントは欠片も発生しなかった。

 ……原作ルイズに相当する位置の私にしても、進んで問題を起こしに行く性格ではない(トラブルメイカーじゃないとは言ってない)ので、錬金して大爆発……みたいなことにもなっていない。

 

 ──え?ちょっと前にその下り(錬金して爆発)はやっただろうって?

 いやね、錬金云々の話って媒体によって前後するみたいでね?*6

 ……懲りもせずにミセス・シュヴルーズから実践を勧められたので、丁寧にお断りしたのですよ。

 

 まぁ、そんなわけで。今はみんな大好き昼食の時間。

 朝と同じく食堂に集まり、昼食を思い思いに摂っているわけである。

 

 ……普通の『ゼロの使い魔』の二次創作なら、ここでギーシュ君が香水を落として、それを拾ったメイド(シエスタ)が難癖を付けられて、それをサイトやそのポジションに入れ替わった人物が助ける……みたいな話になるのだけれど。

 

 

「ギーシュさま、あーん♡」

「あ、ちょっと!抜け駆け禁止っ!ほ、ほらギーシュ!口を開けなさい口をっ!!」

「はははははレディ達。……ちょっと加減して貰えないだろうか……?」

 

「……なにあれ」

「あれは百愛のギーシュ。とある紳士達との出会いにより『女性には優しく紳士であれ』の誓いをより強く心に打ち立て、かくあるべしと過ごすことにより、二人の淑女からの寵愛を勝ち得た男。時々『僕は哀しい……』とハープを引く姿が見られたりする」*7

「え、えっと……解説ありがとうタバサ……」

 

 

 一つのテーブルの上で、両サイドから美少女達にあーんをされている少年……無論、ギーシュ君とモンモランシー、それからケティちゃんである。

 ……モンモランシーだけ呼び捨てな理由?いや、彼女に『ちゃん』を付けて呼ぶの、なんか変な感じしない?

 

 まぁとにかく。いっつもボコられ役なギーシュ君だが、ここではそもそものボコられる原因(香水瓶を落とすこと)自体が起きそうもない感じ、ということらしい。

 ──なるほど、たまにいる両手に花パターンのギーシュ君ね、なるほどなるほど。……ハーレムかよ、爆ぜればいいのに。

 視線がじとっとするのを感じつつ、ふと視線を横に向けると。

 

 

「ほわぁっ!!?ままままマシュの顔こわっ!!?」

「ふふふせんぱい?彼からは穀潰し卿の香りがします。早急に反省を促すべきではないかと」

「落ち着いてマシュ!!彼普通の人だから!修正したら死ぬから!」

 

 

 中の人(ギャラハッド)からの負の念を受け取ったらしいマシュが、黒い笑みを浮かべながら盾を構え始めていた。

 ……黒い笑みって表現、人によっては頭を抱えて転げ回りそうだよねー、なんて現実逃避もそこそこに、暴れそうになった彼女を連れて一先ず外へ。

 

 危ない危ない。世界の修正力とでも言うのか、危うくギーシュ君との決闘が変な方向から発生するところだった。

 争わなくていいのなら、そのままでいいのだ。変に戦う必要性ナッシング!

 

 

「……アンタ達、なにやってるの?」

「あ、いえルイズ。ちょっと外の空気を吸いにですね?……そういうルイズはどうしたんです?サイトさん、一緒じゃないみたいですけど」

「ああ、あれ」

「?」

 

 

 そんな感じにマシュを落ち着かせていると、私達と同じように外に出てきたルイズと目があった。

 何故かサイトと一緒じゃなかったので、そこを尋ねると彼女は親指で食堂内を指し示した。……中に残っている、ということだろうか?

 落ち着いてきたマシュと顔を見合わせ、ひょっこりと中を覗き込む。

 

 

「師匠と呼ばせてくださいっ!!」

「はっはっはっ、面白い少年だなお前さん。いいだろう、俺は可能性を体現する男。同じフランス紳士の魂を持つ男の頼みとあっちゃあ、断る理由を持たんわな」

「あ、ありがとうございます!」

 

「……え、なにあれ」

フランス紳士(ランスロット卿)の薫陶だっていうのなら、そりゃまぁ気も合うって話。……まぁほら、顔は置いといて(童顔だけど)、サイトって(ナポレオン)なわけでしょう?」

「ああ、良い女は口説くのが礼儀(フランス紳士のマナー)、みたいなのだっけ……」

 

 

 中で行われていたのは、サイトの前で片膝を付き、皇帝に信を誓うかのように跪くギーシュ君と、それを赦すサイト……もといナポレオンという、罷り間違えば外交問題になりそうなものだった。

 ……ああ、まぁ確かに。史実の彼がどうだったかはいざ知らず、つい最近地雷踏むような口説きまでやってたっけ、ナポレオン……。

 フランス紳士の基本が()()()()()だと言うのなら、そりゃまぁ気も合うよなぁ、というか。

 

 ……ところで。

 収まっていたマシュの癇癪が爆ぜそうなのだけれども、これはもう諦めるべきかな?

 

 

「サイトさん、決闘です──っ!!」

「なぜだっ!?」

 

 

 突撃していったマシュに、小さくため息をついて。

 混乱した場を納めるべく、ルイズと共に食堂内に戻る私なのであった。

 

 

*1
瑛人氏の楽曲『香水』の歌詞の一節から。いわゆる香水繋がり

*2
ずかんNo.4 とかげポケモン たかさ 0.6m おもさ 8.5kg うまれたときから しっぽに ほのおが ともっている。ほのおが きえたとき その いのちは おわって しまう。

*3
プラズマポケモン、ロトム。電化製品に入り込むことができるのだが、第七世代である『サン・ムーン』からは図鑑などのサポートメカに入り込むことが多くなった。そっちは捕獲扱いにならない……のだが、実際にロトムを捕獲した時には自分(ロトム)を説明する自分(ロトム)、みたいな変なことになっているような気も?

*4
お兄さまが教えてくれたのー

*5
お姉さまはお堅いのねー

*6
アニメだと召喚前、原作では召喚後。また、香水を拾うのがシエスタになっているのは、大体の二次創作がやってる改変であり、本来香水を拾うのはサイトである

*7
無論どこぞのヒトヅマニア共(ランスロットとトリスタン)である。なお、ここのギーシュは彼等によって、この話のタイトルで示唆されている愛城恋太郎(原作 中村力斗氏、作画 野澤ゆき子氏の漫画『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』の主人公)を目指せるくらいの男になれ、と期待されている。……無茶では?



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俺自身がデルフリンガーとなることだ……

「有耶無耶になって良かった……」

 

 

 あれから憤るマシュをなんとか納め、午後の授業も終えた私達。

 ……変な修正力にちょっと戦々恐々としつつ、一応ギーシュ戦を乗り越えられたことに密かに安堵のため息を吐く。

 いや、戦ってないのに乗り越えたと言っていいのか、その辺りにはちょっと疑問がなくもないのだけれども。

 

 まぁ、その辺りは一先ず隅に置いて。

 お昼が終われば午後の授業。ここも特に引っかかるようなことはなく、スムーズに抜けて。

 そのまま夕食→お風呂→就寝前の暫くの談話時間、と流れるように場面は過ぎていった。

 

 

「夜寝る前にこうして会話をする……というのも、意外と乙なモノね」

「ルイズ義姉さまは、そもそもお話好きな方じゃないですか」

「そりゃまぁ、キュルケと話してれば嫌が応にも……ってやつよ」

「あっ、ちょっとルイズ。責任の所在を私一人に押し付けるのやめなさいってばっ」

「…………」(もぐもぐもぐもぐ)

 

 

 で、現在は私の部屋で三人娘達との、楽しいガールズトークの時間である。

 使い魔組は使い魔組で別所で会話しているらしいので、今はマシュもサイトも居ない。

 なので彼等のことをよく知らない、キュルケとタバサからの会話の内容は。

 必然、使い魔になった人間二人についてのモノが多くなるわけで。

 

 

「いいわよね、サイト。顔付きと体付きがミスマッチなのはちょっと気になるけれど、それを差し置いてもあの逞しい胸板!なんというか私、ちょっとくらくらしちゃったわ」

「私はマシュの方が気になった。盾を使う戦闘術、とても興味深い。あと、イーヴァルディみたいでかっこいい」

「ん、んー?キュルケがそう来るのはわかってたけど、タバサもなの?」

「ま、マシュは私の騎士ですからね、タバサ姉さま!」

「ん、残念」

 

 

 ……キュルケがサイトに惹かれるのはまぁ、わからないでもない。

 顔がサイトになっているとはいえ、あの体はナポレオン──可能性の体現者のものである。性格面は普通に紳士なのもあり、人気になりそうなのはよくわかる。

 

 問題はタバサの方。

 原作と違って復讐者でもなんでもない彼女は、どちらかと言えば中二病患者のような存在である。

 

 北花壇騎士団そのものは確かに存在しているが、魔法なんて慮外のモノをなまじ使えてしまうせいで規模が膨れ上がっているだけで、根本的には彼女のごっこ遊びの為のものである。

 ……いやまぁ、ドラゴン退治とか吸血鬼退治とか、普通にやってるらしいのだけれども。実際、ここのタバサもシュヴァリエの称号そのものは、普通に持っているらしいし。

 

 なんというか、中二病患者に特別な力とか持たせちゃいけないな、なんてことくらいしか思い浮かばない、自分の貧困な語彙力が恨めしい感じであった。

 

 

「と・に・か・く、次の虚無の曜日には街に出ましょう!」

「ん、なにか買いたいものでもあるの?」

「服よ服!もう暫くしたらフリッグの舞踏会でしょ、だったら今の内に新調しとかないと!」

「あー、そういえばそうだっけ」

 

 

 そのまま、話はまた別のものに変遷していく。

 今度はウルの月・フレイヤの週・ユルの曜日に行われるという、フリッグの舞踏会についての話題だった。

 原作ではフーケの襲撃のあとに、戦いを終えたルイズとサイトが親睦を深める一巻の()()としてやってくるイベントである。

 

 北欧神話だとか三銃士だとかの逸話の入り交じった『ゼロの使い魔』世界*1であるが、始祖であるブリミルを一番に信仰しているわりには、女神や精霊のような存在も普通に明記されていたりする。

 その内の一つが女神フリッグ──愛と結婚と豊穣を司る、北欧神話に登場する女神だ。

 

 こちらの女神も司るモノに変わりはないのか、このフリッグの舞踏会でダンスを共にしたカップルは、将来共に結ばれる……なんて、伝説の樹みたいな逸話もあるのだとか。

 一応、名目上は教師や生徒の枠を越えて親睦を深めるためのもの、らしいのだが……まぁ、形骸化して来てるというのは間違いでもないだろう。

 

 ともあれ、そこでダンスを踊ったりする以上、己を着飾るというのは、ある種貴族の嗜みのようなものである。

 ゆえに、恋に燃える熱き少女、キュルケの張り切り様はいつもの比ではない、ということなのであった。

 ……まぁ、ここのキュルケはちょくちょく他の男子に粉をかけたりしているけれど、その本命は既に決まっている節があるわけなのだが。

 

 

「……んー、でもあの人、着飾ったくらいじゃ靡かないんじゃない?もうちょっと考えて行動しないと……」

「なに言ってるのよ!だからこそもっと着飾るんじゃない!私の美貌から目を離すだなんて、そんな真似許さないわ!」

「……キュルケはいつも元気」

「キュルケ姉さまが色恋沙汰から離れるようなことがあれば、それがこの大地の終わりの時だと思います」

「もぅ、これだからお子様組はっ!というかキーア、私が心配なのは貴方なんだからねっ!?」

「え、何故いきなり私が矢面に?」

 

 

 のほほんとタバサとお茶請けのお菓子を食べていたら、突然キュルケに名指しで注意されてしまう。……え、心配?私何かしたっけ?

 

 

「なにって、ま」

「おおっとキュルケ姉さま危ない、『念力』っ」

「しゅばっ!!?」

 

 

 余計なことを口にしたため、縫い合わせる代わりに爆発させる私。

 ……失敗魔法に関しては加減を覚えたので、あくまで目の前で光が爆ぜたくらいだとは思うが、それでも直前に言おうとしていたことを忘れて、目をぱちくりさせるキュルケ。

 

 

「え、なに?今なにがあったの?」

「姉さまの顔に蜂が近付いていましたので、早急に退治させて頂きました。危なかったですね?」

「え、ええ。ありが、とう……?」

「キーアは時々怖い……」

「笑顔でささっとやらかすものね。おお怖い怖い」

 

 

 ……そこ二人、うるさい。

 

 

 

 

 

 

「トリスタニアまでは馬で二時間・歩いて二日、みたいな話を聞いたことがありますが……」

 

 

 人間の徒歩の時速はおおよそ3キロほど。

 丸一日歩き詰めというわけでもないだろうし、日が出てから落ちるまで(大体十時間)くらいの時間を全て歩きに回すとすると……二日で六十キロくらいだろうか?

 馬が駆ける最高速度が六十から七十ほどだというので、全速力で駆け抜けられるのならもうちょっと早くなるのかもしれない。

 ……まぁ、馬車がそんな速度で走るわけにもいかないので、できるかも?くらいに思っていた方がいいのかもしれないが。

 そもそも現代の道と違って舗装されているわけでもないので、一日に進める距離はもっと少ないだろう。なのでまぁ、魔法学院から王都までというのは、その掛かる時間よりも遥かに近い位置にある、とも言えるのかもしれない。

 

 

「まぁ、あくまでそれは地上を走った時の話。()()()()のなら、もっと早くに着くというのは道理よね」

「頑張った、褒めて?」

「いや、頑張ったのはシルフィードの方でしょう?」

「シルフィは、私の使い魔。使い魔の功績は、主人の功績。何も問題はない」

「きゅいきゅいー!?」*2

 

 

 わいのわいのと騒ぐ三人娘達を尻目に、私とマシュは目の前の都に視線を向けている。

 

 王都、トリスタニア。

 ハルケギニア大陸の西方に位置する小国。

 歴史ある国ではあるが、伝統や規律(しきたり)を重んじるあまり、国力の低下を招きつつあり、政内部の腐敗も進んでいる……という、わりと窮地に立たされた場所だったはずだ。

 はず、なのだが。

 

 

「……なんで、ネオ・ヴェネツィア*3みたいなことになってるの?」

「どこかで水の都、みたいな名前で呼ばれていたことがあるから、でしょうか?」

「それ、他の街の話じゃなかったっけ?」*4

「……そもそも二次創作混じりのこの世界のことです、真面目に考察するのも、ちょっと無理があるのではないでしょうか?」

 

 

 まぁ、なんということでしょう。*5

 王都トリスタニアは、溢れんばかりの清き水を多量に湛えた、水上都市のような見た目に生まれ変わっていたのです。

 

 ……生まれ変わったというか、元からそうだったというか。

 何にせよ。白い石作りの建物と、それらを繋ぐように張り巡らされた水路という見た目は、どこぞの火星に存在するという、ネオ・ヴェネツィアを思い起こさせる美しい街だったわけで。

 ……いや、どうなっとるんですかいこの世界。

 

 

「水のメイジを多く輩出するトリステインで、王都が水の都と化すのは半ば必然じゃない?」

「そうかな……そうかも」*6

「せんぱい!?しっかりしてください!」

 

 

 ルイズの言葉に思わずチョビ化しつつ、気を取り直して各々の目的地に向かうため、一旦別行動をする私達。

 

 キュルケは、当初の予定通り新しいドレスを新調するために服屋に。

 タバサは、新しい本を欲しがっていたため本屋へ。

 で、私とマシュ・ルイズとサイトはと言うと……。

 

 

「あ、あの水水肉はおすすめですよ。とろけるような柔らかいお肉がとってもジューシーなんです」*7

「へぇ、なるほどなぁ。……()()もそういう?」

「はひ、そうなりますね。私達も、言ってみれば東方からの技術流入によってこの仕事に就いてる……みたいな感じですし」

 

 

 表の広い水路から裏の細かい水路へと進路を変えたゴンドラ船に、ゆらりゆらりと揺られている最中であった。

 

 ……どこかで見たことあるようなこの少女は、この国の職の一つ『水先案内人(ウンディーネ)*8の一員で、一応単なる平民……らしい。

 らしいというのは、周囲の状況的にホントにただの一般人な(なりきりとかではない)のか、いまいち確証が持てないからなのだけれども。

 ……っていうか、さっきの水水肉もそうだけど、色々混じり過ぎでしょこの街……。

 

 

「アカリさんは、ここでは長いんですか?」

「えへへ、実は私もタルブから出てきたばかりでして。最近やっとお客さんを乗せてもいいよ、って許可が降りたところなんです」

 

 

 どうみても水無灯里*9にしか見えない彼女はアカリといい、家名とかは持ち合わせていない、普通の平民なのだという。

 

 ゴンドラを漕ぐことを仕事とする『水先案内人』は、平民達にとっては憧れの職業。

 それもトップのプリマ・ウンディーネともなれば、貴族達からも重宝される花形となる──みたいな感じなのだそうで。

 こうしてみると、平民と貴族の間の軋轢というのもほとんど存在しないのではないか、みたいな感想が浮かんでくる私なのであった。

 

 なお、トリスタニアがこんなことになっているのは、数百年前に東方ロバ・アル・カリイエからやって来たというとある人物が、様々な文化をこの国にもたらしたから、らしい。

 ……どう考えてもなにかある感じだが、それがオリ主的なアレなものなのか、はたまたなりきり組が過去に居たのか、正直判別はつかない。

 

 ともあれ、ゆらりゆらりと揺られながら、チクトンネ街をゆったりと進む私達。

 そうして目的地にたどり着いた私達は、アカリちゃんに暫く外で待っていて貰うように言い置いて、店の中に進んでいく。

 

 向かった先は、武器屋。

 サイトの相棒となる一振り、魔剣デルフリンガーとの出会いの場所。

 その場所で出会ったのは───。

 

 

「──問います。あなたが私の、同契者(プレジャー)?」

「お、おいこらデルフ!毎度毎度商売の邪魔をするんじゃねぇ!」

「……ええ……?」

 

 

 なんだか様子のおかしい、青く長い髪の少女だったのでした。

 

 

*1
先の女神フリッグしかり、ルイズ自体も三銃士(正確にはダルタニャン物語)の登場人物であり史実の人物でもあるルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールが名前の元となっている

*2
お姉さま、すっごいおうぼーなのねー!?

*3
『AQUA』『ARIA』の舞台である、火星にある街の一つ。地球にあるヴェネツィアを移転したもので、水の中に浮かぶ都、といった風情の場所

*4
『ゼロの使い魔』内であれば、ロマリアにあるアクイレイアがそう呼ばれている

*5
バラエティ番組『大改造!!劇的ビフォーアフター』内で頻出する台詞。基本的にはリフォームをテーマにした番組だが、時々斜め上の方向へとリフォームが進むことがあり、この台詞も単純に『凄い』というよりは困惑混じりのものとして扱われることが多い

*6
『動物のお医者さん』より、シベリアンハスキー・チョビの、台詞?

*7
『ONE PIECE』内に出てくる食べ物、ウォーターセブンの名物。妙に人気があるらしく、再現しようとする者が多いのだとか。名前だけ聞くとあまり美味しそうには聞こえないが、『水のようにとろける』肉、みたいな感じのようだ

*8
『AQUA』『ARIA』内の職業の一つ。縦横無尽に張り巡らされた水路を、ゴンドラを漕いで客を案内する者。単に渡し船としての仕事ではなく、いわゆるガイドのような役割も含むため、単純な操舵技術だけではなくトークなどの技術も必要とする花形

*9
『AQUA』『ARIA』の主人公の少女。素敵なモノが大好きで、『はひ』は彼女の口癖のようなもの



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破壊の杖?そいつはネオアームストロングうんたらかんたらだ!

「契約を結ぶ前に、まず自己紹介を。私はデルフリンガー=メザーランス。気軽にエクスカリバー、と呼ぶことを許可しないこともありません」

 

 

 うわ久々の【複合憑依(トライアド)】だ、と嫌な顔をしなかったのは、半ば奇跡に近いような気がしないでもない。

 それくらい、目の前の少女はできればお近付きになりたくない系統の少女だった。

 

 予想としてはデルフリンガー*1と、レヴェリー=メザーランス*2と、エクスカリバー*3の【複合憑依】だろう。

 ……全部が混ざってしまっているようにも見えるので、『継ぎ接ぎ(パッチワーク)』でもあるのかもしれない。

 というか、武器繋がりでなんでもかんでも混ぜ込むのやめない……?

 エクスカリバーが混ざってるというのは、先の台詞からの予想だけど。*4……()()()()()()()()()っぽいのが、やめてくれ感を誘って仕方ないのだ。

 

 

「では、私と契約するにあたって、注意して頂きたいことを幾つか。まず私は五千年を生きる貴重な生き証人です、それゆえに相応の態度を求めます。まずは私を敬い・尊敬し・へりくだり・常に気を使って頂き──」

「い、いやちょっと待て。契約もなにも、こっちはまだ何も……」

シャラップ(ヴァカめ)まだ私が話しています。いいですか、流石に三……七?千年も生きていますので、ちょっと私も色々曖昧なところがあるのです、話を止められると何を話していたか忘れてしまうので、途中で口を挟まず最後まで聞くように」

「お、おう……」

 

「……えっと、武器屋のおじさま、彼女は?」

「インテリジェンス・ソードっつー触れ込みで仕入れたはいいんだが、突然輝いて娘っ子になっちまってな……見目は良いんだが、あの性格だろう?うちとしても商売上がったりなんでどうにかして手放したいんだが、『使い手』以外のモノになる気はありません、と来たもんだ。都合の良い時だけ剣のふりしやがるし、都合の良い時だけ娘っ子のふりをしやがるってもんで、どうにもならねぇんだ」

「……あー、なんとなくわかった。無理やり売ろうとすると女の子形態で人身売買を匂わせたりとかするのね、こいつ」

「む、無茶苦茶です……」

 

 

 性格の基礎が()()エクスカリバーなのか、凄まじく鬱陶しい。

 その上でデルフのボケっぽいところまで混じっているので、最早見た目がレンちゃんであること以外の良点が、まったくわからないレベルである。

 更には自身の見た目を利用しての恐喝までしてくるとか、地雷以外のなんだというのだろう、この子。

 

 まぁ、これをどうするかは使い手であるサイト君に委ねられ……あれ?

 小さく首を傾げた私に、ルイズがどうしたのと声を掛けてくるが……うむ。

 

 

「……いえ、よく考えたら契約は有耶無耶になっていますから、ここにガンダールヴは居ないんじゃ……?」

「あ」

「む?」

「というか、本来ならばマシュがガンダールヴになるのでは……?」

「……あー、どうなんだろこの場合は……?」

 

 

 よくよく考えたら、この世界での虚無の担い手は私ことキーア・ビジューちゃんである。

 契約(コントラクト・サーヴァント)に関してはダンブルドア先生と話して有耶無耶にして貰ったため、現状使い魔役の二人にはルーンは浮かんでいない。

 すなわち、原作のようにサイトにガンダールヴのルーンが刻まれるのか、はたまた虚無の担い手の使い魔としてマシュにガンダールヴが刻まれるのか、微妙に不明なのである。

 

 なので、熱心に『私と過ごすための千の決まりごと』をサイトに教えていたレンちゃんもといデルフちゃんは、先走り過ぎて空回りしていたことになるわけで……。

 

 

「……やる気が削がれました。戻りますので適当にどうぞ」

「露骨にテンション下がった!?」

「折角私を振るうに足る『使い手』が現れたと思ったのですが、まさかそもそも『使い手』がこの地に降臨していなかっただなんて。……現れるまでただの剣でいますので、どうぞご自由に」

「え、ええ……?」

 

 

 デルフちゃん、まさかのふて寝である。

 単なる剣の姿に戻った彼女は、そのままサイトの腕の中に収まってしまった。

 話す気はありません、とばかりに無言になった彼女に、思わず店主と顔を見合わせる私達。

 

 

「……え、えっと。おいくらかしら、これ」

「へぇ、もうそのまま持ってってくださっていいでさ……」

「ああうん、ごめんなさい。とりあえず500エキューほどお支払い致しますわミスタ……」

「そ、そんなに貰っちまったらこっちが恐縮しまさぁ!?」

「いいんです、手間賃みたいなものだと思ってくださいな」

「へぇ、そいつはどうも……」

 

 

 お互いになんとも言えない空気に包まれたまま、私達はデルフを手に入れるのであった。……なんだろねこれ。

 

 

 

 

 

 

「デルフリンガーのイベントも終わったし、次はフーケの話、のはずなんだけど……」

 

 

 正直、現状で起こるのだろうか、フーケの襲撃。

 いやまぁ、起こらないのなら起こらないで、別に問題はないのだけれども。

 

 あのあと欲しいものを手に入れた他二人と合流して、マシュやサイトの服に、私とルイズのドレスも仕立てて貰って。

 またのお越しを、なんて言うアカリちゃんに手を振って、再びシルフィードに乗って学院に戻った私達。

 その後は特に騒動らしき騒動が起きることもなく、平穏な日々を過ごしていたのだが。

 あまりにもなにも起こらないものだから、あっという間に週の終わりを迎えてしまっていたのである。

 

 ……ゼロの使い魔って、わりと作中時間が経過するタイプの作品だから、最近の作品の『とにかく一日に何もかも突っ込むタイプ』の作品群に慣れた身だと、なんというか逆に気後れする感じさえあって。

 

 

「……こんなに平和でいいんだろうか」

「せんぱい、仕事中毒(ワーカホリック)の方みたいなことを仰っていますよ」

「おおっと」

 

 

 マシュに呆れたような声を掛けられて、思わず呻く私。

 ……働き詰め、なんてことはないはずだけれども。なんというか、こうもスローだとあくびしか出ないというか……。

 まぁ、平和なのは良いこと、なんだけども。

 

 

「ふむ、ではそんなお主に、一つ良いことを教えてあげるとしよう」

「どぅはぁっ!?びびびびっくりしたぁっ、ダンブルドア先生、いきなり使い魔寄越すのやめて下さいよ……」

「ほっほっ、ちょっとしたお茶目心という奴じゃよ」

 

 

 なんて、ちょっと気を緩めたのが悪かったのか。

 突然に耳元から聞こえた声に、途端に警戒度MAX・臨戦態勢になる私。……いや、突然ダンブルドア先生の声が聞こえたらこうなるよね?

 などと自身に言い訳をしつつ、枕元に視線を向ければ、そこには彼の使い魔である小鳥の不死鳥(フォークス)の姿。

 

 ……ずっと小鳥の姿なのは、なにか意味があるのだろうか?などと思いつつ、背筋を正して椅子に座る私とマシュ。

 その使い魔の向こうに居るのであろうダンブルドア先生は、私達の様子を見てくすりと笑みを溢したあと、とあるお知らせを私達に告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、今日は私達がこっちに来てから二回目の虚無の曜日……を、過ぎた次の日。

 まぁ要するに、フリッグの舞踏会当日の夕方である。

 ……え?フーケはどうしたって?

 いや勿論来ましたよ、来たし撃退もしましたよ。……抜き打ちの訓練扱いでな!

 

 

「貴族の子女は、突発的な事態に弱いからの。毎年この時期になるとミス・ロングビルに頼んで、昔取った杵柄を再び披露して貰っておるのじゃよ」

「……オールド・オスマンは底意地が悪い」

「ほっほっ。施政者に取って底意地が悪いは、褒め言葉みたいなものじゃよ」

 

 

 なにも知らされていなかったため、慌てふためくはめになったタバサ含む三人娘達。

 

 サイトはまぁ、途中で色々気付いたみたいだけれども。

 ほとんど原作と同じ流れになっ(三人娘が杖を掲げ)た時にギトー先生が「……グリフィンドールに五十点」*5と小声で呟いていたことに気付けば、ルイズだってこの襲撃が、全て仕組まれたものだということがわかっていたはずなのである。

 そのことを後から指摘されたルイズは、恥ずかしさのあまり床を転げ回っていた。

 

 なお、巷に未だ残る義賊フーケの噂は意図的に流されているものであり、時折女王からの秘密裏の依頼によって、悪徳役人の私財を掻っ払うために暗躍していたりするのだ……と言うことを、ダンブルドア先生から事前に聞いていた私とマシュは、言うなれば生徒側の協力者として奮闘していたのであった。

 

 

「その、私に話さず行動させると、ところ構わず爆発させかねないから、とのことでして。……別に、姉さま達を故意に貶めようとしたわけではないのです。本当ですよ?」

「あーもう、キーアのことを疑ったりなんてしないわよもー!」

「キュルケ姉さま……!」

(……あ、これは絶対故意だわ)

(故意、間違いない)

(こ、()()だから気付かないのでしょうか……?)

(マシュ、貴方……?)

(ち、ちちち違います!駄洒落とか、そういうわけではないのです!信じてください!)

 

 

 ……外野達が念話で好き勝手言ってるような気がするが、まあ問題なし。

 なにはともあれ訓練も終わり、今日はもうダンスして終了、である。……フーケ戦がカットってどうなんだろ。

 

 

「まぁ、細かいことは言いっこなしじゃ。さぁ、もうすぐ舞踏会の開始時間じゃ。着替えに戻りなさい」

 

 

 退出を促すダンブルドア先生の言葉に、他の皆がぞろぞろと外に出ていく。

 それを見送って、そのままソファーに座り直す私。

 

 

「ふむ、まだ何かあるかの?」

「惚けないで下さい。……なんですかアレ、なんであれがここにあるんですか?」

「ふむ、あれと言うと──NACJAC(ナクジャック)のことかの?」

「変にカッコよく言わないで下さい、あれどう考えても『ネオ(Neo)アームストロング(Armstrong)サイクロン(Cyclone)ジェット(Jet)アームストロング(Armstrong)(Cannon)』でしょう、完成度高過ぎっていうか腕に装着できたせいでサイトが『可能性を示せ!』つって、下ネタ全開コブラみたいになってたじゃないですか!」

 

 

 のほほんとした様子のダンブルドア先生に、思わず詰め寄る私。

 ……そうなのである。原作において破壊の杖と呼ばれた『M72ロケットランチャー』は、こちらの世界ではなんの因果か、銀魂のあの卑猥砲になっていたのである。

 ご丁寧にも、手持ちサイズへと小型化されて、だ。

 

 そのせいで、『凱旋を高らか(アルク・ドゥ・トリオ)に告げる虹弓(ンフ・ドゥ・レトワール)』代わりにアレを構えるサイト、などという珍妙な光景が爆誕してしまったのだ。

 ……フーケに扮していたミス・ロングビルが、笑いのツボに嵌まってしまって暫く再起不能になっていたあたり、とにかく絵面が酷かった。本人は至って真面目にやっていたので、余計に。

 

 

「まぁ、難しいことはなにもないぞい。あれも流れ着いたモノ、というだけじゃしの」

「……この世界、わりと真面目にもうダメなのでは?」

「うまく回ってはおるしの。問題はなかろう」

 

 

 こちらの言葉にダンブルドア先生はほっほっ、と笑うばかり。

 ……いやまぁ、平和なのはいいけども。……ホントに平和なのかこの世界……?

 

 

 

 

 

 

「ああもう、結局心配した通りになってる!」

「あらキュルケ。心配ってなんのこと?」

 

 

 ダンスを申し込んでくる幾人かを適当にあしらって、ひたすら料理を平らげるタバサの横で、グラス片手にホールを眺めていた私。

 そこに、キュルケが血相を変えて近付いて来たものだから、何事かと尋ねてみたのだけれど。

 彼女はホールの中心を指差して、「あの子達のことよあの子達の!」と声をあげた。

 

 ホールの中心では可愛らしく着飾ったキーアと、凛々しい騎士のような出で立ちとなったマシュが、危なげなくダンスを踊っている。

 ……タンバリンとか用意しなくてもいいのかしら*6、なんてちょっとずれたことを思いつつグラスを傾けていると、そんな私の様子がお気に召さなかったのか、キュルケがこちらの肩を掴んで前後に揺らしてくる。

 

 

「なぁによもーキュルケ、なにか問題でもあるの?」

「お・お・あ・り・よ!大有り!女の子同士とか、許されるわけないじゃない!」

「んん?……あー、そういえばそうね」

 

 

 ……生活水準はそうでもないけど、結婚観とかはまだ中世に近いのがここだったっけ。

 最近は同性での結婚もわりと見掛けるようになってきていたし、なにが問題なのかと思っていたけれど……ふむ。

 

 

「まぁ、いいんじゃない?使い魔と仲がいいのは良いことよ」

「……いやいいの?ホントに?問題まみれだったりしない?」

「大丈夫大丈夫。あの二人、そういうのじゃないだろうし」

「はぁ?」

 

 

 困惑するキュルケを置いて、離れた位置に居たサイトに視線を送る。

 彼はすぐさまそれに気付いて、こちらに駆け寄ってきた。

 

 

「お一ついかがかな、マドモアゼル(mademoiselle)?」

「喜んでお受け致しますわ、ムッシュ(Monsieur)

 

 

 背後からの「あ、ちょっとルイズー!?」という声を無視して、そのままホールの中心へ。

 

 

驚きました(おでれーた)。主人のダンスの相手をつとめる使い魔なんて、初めて見ました」

「……!?な、なに?おばけ?」

 

 

 背後で行われるやりとりをBGMに、私達は踊る。

 

 ──二つの月は変わりなく。

 夜は賑やかに、ふけていくのでした。

 

 

*1
『ゼロの使い魔』サイトの相棒である剣。刃渡りが150cmを越える片刃の長剣。口が悪い

*2
『エレメンタルジェレイド』ヒロインであり、愛称はレン。簡単に言えば武器になれる少女で、口は悪くない

*3
『ソウルイーター』に登場する最強の武器。性格がとてつもなくウザい。虫酸ダッシュ!

*4
台詞が『fate』シリーズのセイバーさんなのはエクスカリバー繋がりである。……リリィなら使えたりしそうな気がする(小並感)

*5
ギトー先生の雰囲気的なものは、たぶんスネイプ先生が元ネタなんじゃないかなーという話。スネイプ先生がグリフィンドールに点数をあげてたら、みんな次の日に槍が降るのかと恐れ戦くだろうが

*6
『Fate/Grand Order Waltz in the MOONLIGHT/LOSTROOM』での、キレキレなマシュのダンスに対するネタ。ワルツってなんだよ(真顔)



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全体の一割でエタる?これ無理では?

「……アルビオン行きって二巻なんだ!?」

「ほわっ!?せせせせんぱいどういたしましたか!?」

 

 

 脳裏に描いた記憶を紙に書いて確かめながら、気付いてしまった事実に思わず困惑する私と、寝ていたところを起こされて、慌てたように駆け寄ってくるマシュ。

 ……あ、ごめん。起こす気はなかったんだよ?ただほら、さ?

 

 

「……なんとなーく五巻とか、もっと言えば十巻くらいの内容だと勝手に勘違いしてたから、アルビオンに姫様の恋文取りに行くのって二巻の話だったんだなー、ってびっくりしてたというか……」*1

「なるほど、『ゼロの使い魔』二次創作におけるつまづきポイント、というわけですね」

 

 

 ふむふむと頷くマシュに、こちらも小さく頷き返して、改めて今後の行動予定を認めていた紙に視線を向ける。

 ……そもそもの話、一巻の収録内容が濃ゆいのである、『ゼロの使い魔』は。

 

 なにせサイトの召喚に始まり、ルイズの二つ名である『ゼロ』についての解説である『錬金』の失敗、ガンダールヴの異常性の説明にあたるギーシュとの決闘。

 王都であるトリスタニアへの遠出に、武器屋でのデルフリンガーとの邂逅、地球からの遺物である『破壊の杖』とそれを狙うフーケ、そして戦闘終わりのフリッグの舞踏会でのダンス。*2

 

 ……ともすれば、それら一つ一つで話が作れるレベルの要点ばかりなのである。

 そりゃ一巻分にあたる内容を書ききった時点で、筆が止まる……端的に言うと満足してしまう、というのも納得なわけだ。

 それらを越えたとしても、次に待つのはルイズの婚約者であるワルドとのあれこれやら、戦火渦巻くアルビオンへの侵入やらである、休まる時間がない。

 

 それにしても、こうして改めて原作のタイムテーブルを確認してみると、物語上の休めるタイミングまでが(作中経過時間的に)長い、ということに気付く。

 展開が進んで夏休み付近になれば、ある程度は暇が出来てマシになるのだろうけど……。

 そこまで行ってしまうと、今度は本格的に戦争の気配が近付いて来てしまうため、忙しい状況に逆戻りしてしまうわけである。

 

 

「ふぅむ、私達がいつまでここにいるのか?……みたいなところが、気にならなくもないけれども……」

「ええと、予想ではアルビオン行きに相当する行事が終われば、私達も元の世界に戻るのだろう……ということでしたでしょうか?」

 

 

 羊皮紙を筆で小突きながら、天井を見上げてため息を吐く。

 

 ダンブルドア先生とあれこれと話した結果、恐らく原作で言うところのアルビオン行き(一回目)が終われば、私達はこの不思議なハルケギニアより解放されるだろう、という見通しが立っている。

 原作に近しい位置にいる、ルイズなどの人物達がどうなるのかはまだ不明だが、少なくとも私とマシュに関しては、()()が終われば元に戻っておしまい……というのが現状の予想だ。

 まぁ、あくまでも予想なので、実際はアルビオン行きが終わっても元に戻らない、という可能性もあるのだが、それはそれ。

 

 なので、一先ずはアルビオン行きを目標に、日々を過ごしていたわけなのである。

 けどいや……二巻なのか。

 そこまでやって、まだ二巻の内容なのか。

 

 

「本当に、そんな初期も初期に帰っていいのだろうか……?」

 

 

 思わず呟く私に、傍らのマシュは困ったような笑みを浮かべるだけだった──。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、こうして部屋の中でうだうだしていても仕方ない。

 とりあえずは、目の前の出来事を一つ一つこなしていこうと思う。……と、言うわけで。

 

 

「直近のイベントは使い魔品評会、だったっけ」

「な、なるほど。マシュ・キリエライト、仮にも円卓の騎士の席を預かるものとして、精一杯頑張ります!」

 

 

 確か次は、自身の召喚した使い魔を学院の皆に披露する会があったはずなので、それについての対応を練るのがいいだろう。

 ……円卓の騎士としてって、なにを頑張るつもりなのだろうこの後輩。盾での演舞でもするの?

 と、ちょっと困惑しつつ、張り切るマシュを伴って寮の外へ。

 

 使い魔との交流を名目として、生徒達がさまざまな生き物達と戯れる姿がそこかしこに見える。

 それらの人の塊のうちの一つに、いつもの三人娘とギーシュ組・それから何故か居るギトー先生を見付けて、とりあえずその集団に近付くことにする私達。

 

 

「いいかね諸君。風が最強とされる理由、それはまさしくスクウェア・スペルが一つ『偏在(ユビキタス)』にこそある。己を複製し、一人で一軍にも勝る戦力を得る秘中の秘。……まぁ、かの【烈風カリン】殿の薫陶を受けたミス・ルイズには、些か聞き飽きた話かも知れないがね」

「いいえ、ミスタ・ギトー。師であるカリンより厳しく躾られてきた我が身ではありますが、風の秘中の秘に手を掛けるほどの練度が得られていたかといえば、それは否というもの。……口惜しい話ですが、この身は未だトライアングルのきざはしに、足の先を掛けたばかりの半端者。先達たるミスタ・ギトーからのご指導は、風をよく知りその先に進むための確かな導となると、私は確信を得ているのですわ」

「……ルイズも大概トリステインの貴族よねぇ」

「同じ風のメイジとして鼻が高い」

「……私には貴方のカッコいい、の基準がわからないわ、タバサ」

 

 

 ……えーと、なんだろこれ。

 ギトー先生が本来どんな先生なのか、私はよく知らないけれども。

 なんというか、陰鬱で卑屈、プライドが高くて生徒からは人気がない……みたいな、そういう感じの人だったはずだ。

 

 それがどうだろう、ここにいる彼はなんだか雰囲気の近いとある(スネイプ)先生と、似ているようでまったく違う感じの空気を纏っている。余裕があるというか、大人っぽいというか、そんな感じだ。

 そしてそれに合わせて話をするルイズもルイズ、というか……そもそもなんなんだ、この大仰すぎる会話は?

 

 

「ふぅむ、複数のお嬢さん方の満足のさせ方、ときたか。そいつはお前さんが頑張る以外の選択肢はないわけだが……そういうことじゃないんだろう?」

「ああ、悔しいことに僕はまだまだ未熟者だ。その辺り、貴方の方が詳しいとお見受けするよ。……あとその、複数の女性方云々は誤解でだね?」

「ははっ、じゃあその期待に応えるとするか!」

「いや、聞いてほしいなそこが一番重要なんだよ!?」

 

 

 で、それとは反対側では、ギーシュ君がサイトに恋愛方面のアドバイスを受けている。

 ……いやまぁ、サイトと言いつつほぼナポレオンな彼なので、そうして教えを請うのはわからないでもないのだけれど……。

 原作では寧ろギーシュ君の方が恋愛関係は上手な感じだった気がするので、どうにも違和感が拭えない。

 

 いや、そもそもさ?

 

 

「……今は使い魔との交流の時間、なのではないのですか?」

「あ、遅かったわねキーア。こっちは見ての通り、ギトー先生に風についての講義を受けていたところよ、幸いにもタバサと私、二人の風のメイジが生徒として居たことだし、ね」

「ミスタ・ギトーは『偏在』を使えるスクウェア・メイジと聞く。その話はとても有意義」

「……と、説き伏せられてしまったのだよ、ミス・フォンティーヌ」

 

 

 周囲の生徒達は、品評会に向けて使い魔とのコミュニケーションを取っているにも関わらず、なんで君らは普通に授業を……ギーシュ君に至ってはそもそも授業でもなんでもない、個人的な恋愛講義を受けているのか?

 そんな困惑から漏れた声に、彼等はしれっと答えてくる。

 ……いやまぁ、ルイズもタバサも、使い魔との交流は進んでる方だとは思うけどもさぁ?

 でもこう、なんというか……ねぇ?

 

 

「でも、キーアと私の交流も進んでいるでしょう?」

「う、マシュの笑みが眩しいです……っ」

 

 

 そんな思いを込めてマシュに視線を向けたのだが、当の彼女はこっちでの役割である、爽やか騎士の笑みでこちらに首肯を返すのみ。

 ……爽やか過ぎてキャラが違うが、これもこの世界ゆえの特異事項、慣れようとは思うものの、たまに眩しくて眼が……っ!

 

 理想の騎士ムーブがぴったり嵌まるのは、それはそれですごいと思うんだけど。

 それを向けられるのが私だと言うのが、なんとも言えない気分を助長するわけなのですよ。

 

 

「そっ、それで、ギーシュさん達は一体なにを?」

(逃げたわ)

(逃げましたね)

(……意気地無し)

 

 

 なので、そういう気分をごまかすために、もう一方の集まりであるギーシュ組に話を振る。

 

 こっちは正確にはギーシュとモンモランシー、ケティとサイトの集まり、かと思っていたのだけど。……あれ、前回は顔を見なかった少女が、一人分多く紛れている。

 

 

「あ、すみません。ご挨拶が遅れました、メイドのシエスタと申します。ギーシュ様やサイト様には、とてもよくして頂いております」

「彼女はここのメイドの一人でね。ちょっと飲み物とかを頼んでいるうちに仲良くなったんだ」

「もう、ギーシュ様ったら。私は貴方の忠実なメイドでございます、もっと粗雑に扱っていただいても構いませんのに」

「いやいや、女性にそんなことはできないよ。ははは……」

 

 

 ……なるほど、見慣れないメイドの少女の方は、この間……というか、今まで一切現れて居なかったメインキャラの一人、メイドのシエスタだったようだ。

 なんか、眼に見えてわかるくらい、ギーシュにご執心っぽいのがちょっとよくわからないのだけれど。……いや、なにがあったし。

 

 

「ギーシュ様には、私が他の貴族様に手込めにされそうになっていたところを、助けて頂いたご恩があるのです。モンモランシー様とケティ様にも、その時に顔を覚えて頂きました」

「いや、すっごい尾ひれがついてるからね?僕そこまで大それたことしてないからね?」

「またまた、ギーシュたら謙遜しちゃって」

「さすがですギーシュ様、驕らず昂らずにいらっしゃるその姿は、私達の誇りです」

(……なるほど、ハーレム主人公ギーシュ……)

 

 

 一を聞けば百を答える勢いで、ギーシュにハートを飛ばしまくる少女達。……なんというか、モテモテですね。

 

 まぁ、ここは貴族社会だし、妾くらいなら普通に許容されるだろう。

 ほんのり勘違い系とかの雰囲気が漂っているギーシュ君だけど、こっちとしては周囲が楽しそうならまぁ、いいんじゃないか?……としか言いようがない。

 

 ……え?なげやり?

 だってねぇ、ギーシュ君がモテモテだからといって、別に私になにか影響があるわけでもないし。

 私までヒロイン候補だったりしたらアレだけど、今のところギーシュ君の物語は別軸のようだし。

 

 そんな感じにちょっと引いた位置から、仲睦まじげなギーシュ君回りの少女達を見る私。

 中心のギーシュ君がたじたじなのは面白いと思います。

 

 

「で、私は基本的に巻き込まれ、みたいな感じよ」

「混ざるならミスタ・ギトーの講義と言っていた」

「ギーシュの方に混じるのもねぇ」

 

 

 馬に蹴られるのはイヤよ、とぼやくキュルケに、確かにと頷く私なのであった。

 

 

 

*1
参考までに、五巻は夏季休暇付近のお話、十巻はハーフエルフのティファニアが出てきたあとくらいのお話。そもそも二次創作のティファニアって最後まで出ないか、逆に最初から出てるかのイメージしかないのだけれどどうだろう?

*2
ここまでやって作中では二週間ほど経過



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姫様がこのような場所に現れるはずがない、のです?

 結局、品評会で行う演目についての相談は、なにか見せられるような特技とかも思い付かなかったため、最初の予定通りマシュとサイトの模擬戦でお茶を濁そう……という話になった。

 そうして決まった内容が内容ゆえ、当日まで鍛練に精を出すことになったマシュ達とは対照的に、とりあえず普通に授業とかを受けて過ごすこととなった、私達ご主人さま組である。

 

 最初のうちはマシュ達だけが忙しそうにしていたため、ちょっと申し訳ないかも……みたいな気分でいたのだが。

 当事者の片割れマシュがまるでデオンくんちゃんのように、あまりにも堂に入った騎士ムーブで楽しそうにサイトと模擬戦をしていたため、こちらの毒気がするりと抜かれてしまったりもしたのだが……それはまぁ、些細なことだろう。

 

 ともかく、そんな風に局所的には厳しくも、全体的には緩い感じの日々をさっくりと過ごし、日付は過ぎに過ぎて、使い魔品評会の前日。

 この国の姫君であるアンリエッタ・ド・トリステインの学院訪問を目前に控え、生徒も教師も俄に慌ただしくなってきていた。

 まぁ、

 

 

「トリステインの騎士姫がお見えになるとあっては、粗相などできようものか!」

 

 

 みたいな台詞をちらりと耳にした時には、ちょっと不安を抱いたりもしたのだが。

 

 姫様も原作とキャラが違う、というのが半ば確定事項になっているような気がしてくるが、とりあえず自分の目で確かめるまでは『シュレディンガーのアルトリア』なので、油断せずに待ち受けたいところである。

 ……アルトリアって名前を付けてる時点で、半ば確信してるだろうって?中の人が王の圧を漏らすのが悪いんや……。()*1

 

 

「今日この日までに最高に高めた俺の使い魔で、最強の評価を手に入れてやるぜ!!」*2

「最強魔法使いの行為は全て必然、その評価さえも貴族自身が創造する!」*3

「それっておかしくないかな?」*4

 

 

 あと、何故かデュエリスト的な一団が見えたりもしたけど、良家のお嬢様なビジューちゃんとしては、華麗にスルーを決め込んだ。

 あれらに関わったが最後、ハルケギニアが混沌の渦に呑み込まれるのは目に見えている。触らぬ神になんとやら、だ。

 

 

「でも、デュエルで会場を湧かす、というのはわりとありなんじゃない?ウケは良いと思うわよ、実際」

「やめろ貴様、フリー対戦申し込み竜が生まれたらどうするつもりだっ!」

四つの王家(我ら)を一つにするしかないわね」

「!?」*5

 

 

 そ、そういえば『ゼロの使い魔』って、四にまつわるものが結構多かったような……?!

 こ、こんな場所にデュエリストを広げてはいけない!

 限界を振り切って強くなった先が四つを一つに、みたいな結末だったら嫌すぎる!*6

 

 ……みたいな会話をルイズとしていたら、たまたま通り掛かったキュルケから、変なものを見る目で見られた。解せぬ……。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、ここが魔法学院……」

 

 

 日も暮れなずむ夕刻、ローブに身を隠し、学院を眺める一つの影があった。

 その声は美しく、されど決意に満ちたものであり。

 己がここに呼ばれた意味と債務を果たすため、彼女は堂々と、学院への道を歩いていく。

 

 

「む、そこのお前!ここに何のよう……っ!!?」

 

 

 途中、学院を護る平民の衛兵に呼び止められるも、僅かに捲り上げたローブから見えた顔と、「すみません、お忍びでして」という言葉に、相手は慌てて持ち場に帰っていった。

 ……もはやこの時点でお忍びでもなんでもないのだが、生真面目かつ天然気味な彼女は気付きもせず、そのまま目的の場所へと歩いていく。

 

 

 ──そして、彼女は目的地の扉の前にたどり着き、小さく深呼吸をしてから、その扉の中へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

「あーもう疲れたぁ……」

「お、お疲れ様ですせんぱい。……その、一体なにがあったのですか?」

 

 

 部屋に戻り、ビジューとしての軛から解放され、思わずベッドにダイブする私。

 その姿を見てマシュが声を掛けてくるけど……どうしたもこうしたもない。

 

 

「デュエリスト汚染の発生源を探してたら、授業とか全部すっぽかすことになっちゃって……」

 

 

 深々とため息を吐き出しながら、今日の騒動を思い出す私。

 

 あれこれと見ている限り、関連付けの基準が妙に緩いのが()()ハルケギニアの特徴である。

 ……デュエリストという火種を放置しておくと、そのうち本当に私と同じ顔の少女達が三人ほど現れて「我らが一つに」とかしかねないということに気付いてしまったため、わりと本気で汚染源を探して東奔西走するはめになったのだ。

 

 結局、宝物庫にあった『決闘者の盾(デュエルディスク)』を爆☆殺することでどうにかなったのだが、そもそも爆☆殺してる時点でわりとギリギリだったので、精神力がガリガリ削られてしまった、というわけである。

 

 ……いやもうホント、宝物庫の収蔵品を勝手に破壊した説明とかをするのにも時間が掛かったし、なんだなんだと正気を取り戻した生徒達をごまかすのにも時間が掛かったし、今日はもう全部投げて寝てしまいたい……。

 というテンションから、ベッドにダイブを敢行したわけなのだが。

 よくよく考えたら制服のままで寝るとかナイナイ、ということに気付いてしまったため、いそいそとベッドから起き上がることになるのでしたとさ。

 ……クスクス笑ってるマシュは、あとで擽りの刑である。

 

 そうしてマシュを追いかけ回していた私だったが、突然部屋の扉がノックされたため、走るのを止めてそちらに視線を向ける。

 

 ふむ、こんな時間に訪ねてくる相手と言うと、ルイズとかキュルケとか、その辺りだろう。

 なんの用事だろうか?……みたいな気分で扉を開ければ、そこに居たのはフードを被った何者か。

 

 ……んん?なんか嫌な予感が……。

 そんな私の様子に気付くことなく、フードの誰かはこちらに小さく頭を下げ、するりと部屋の中に入ってくる。

 止める間もないその行動に唖然としていると、それからほどなくして、部屋の中を魔力が掛けていくのを感じる。……探知(ディテクト・マジック)かなこれ?ってことは──。

 

 

「どこに人の目があるか、わかりませんから」

 

 

 こちらの思考が纏まる前に、ローブの奥から聞こえてくる可愛らしい少女の声。

 ……あー、あー?

 確かにタイミング的にはあり得るのだろうけど、なんで私のところに?

 という困惑から首を捻るその前で、件の人物がフードを自身の首元に払いあげた。

 

 ──美しい金の髪を黒いリボンでポニーテールにした、可愛らしい少女。

 アルトリア・リリィと呼ばれる少女が、こちらに微笑みを向けている姿がそこにあった。*7

 

 

「お久しぶりですね、キーア。息災でしたか?」

「え、えっと。待ってくださいちょっと思い出しますので……」

 

 

 え、えええ?

 ちょっと待って欲しい、なんでルイズのところじゃなくてこっちに?

 それとも実はアンリエッタ姫は別にいて、こっちはそのお付きとかだったりする?

 

 なんて感じに困惑しっぱなしの私に、彼女は人好きのする笑みを浮かべて、こう告げた。

 

 

「アンリエッタ・ド・トリステイン。それが今の私の名前で相違ありませんよ、キーア?」

「な、なるほ、ど?ええと、つまり?」

 

 

 こちらの言葉に、しっかりと頷きを返してくるリリィ……もとい姫様。

 ……あー、トリステインの王家の紋章が、確か百合をモチーフにしたものだったから、声が同じで白百合をモチーフに持つ彼女の姿が選ばれた、ということなのかな?

 理由はわかったけど、なんで私のところに来たのかがわからない。彼女のお友達は、ルイズの方ではないのだろうか?

 

 

「……?いえ、ルイズさんはお友達ですが、私が今日訪ねるべきなのは貴方の方ですよ?」

「……????」

「????」

 

 

 ……話が噛み合わない。

 この訪問って、アルビオン行きのきっかけになる、姫様襲来イベントじゃないんです?

 と、内心で疑問符を浮かべまくる私。

 

 

「……あ、なるほど。そういうことですね、やっと理解しました」

「はぁ、では、何故姫様は私のところに?」

 

 

 こちらの様子に、何事かを理解してなるほど、と頷く姫様。

 こちらとしてはなんもわからん感がすごいのだが、向こうがわかったのなら、きっと大丈夫だろう。

 なので、姫様の説明を聞こうとして。

 

 

「大丈夫です!()()()()()()()()()()()()()()()()()から!」

「…………?????」

 

 

 前提ごと全部ひっくり返されて、今度こそ宇宙猫顔になる私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「えーと、最初から整理させて頂きますね?」

「?はい、大丈夫です!」

 

 

 目の前の姫様は、こちらの言葉に元気な声を返してくる。

 ……こちらの口調に補正が掛かりっぱなしなので、見た目はともかく、彼女が原作のアンリエッタの立場であるというのは疑いようもない。

 その上で、彼女が学院にやって来て学生寮に忍び込む……というのは、ほぼ確実に彼女が頼み事をするためであり、寧ろその為以外にわざわざ王都から離れたこの学院に顔見せする理由がない。

 原作だとゲルマニアに訪国した帰りに、寄り道的にやって来ていた感じだったし、アニメでも品評会の為に訪問したついで、みたいな感じだったはずだ。

 ……品評会とかフーケ襲撃とかの時系列がごっちゃになっているのは今さらの話だが、そこにさらにアルビオン行きもありません、とかぶっ込まれても……その、困る。

 

 というか、である。

 先程からビジューとしての知識を確認しているが、やっぱり姫様の遊び相手だったのは()()()()()()()ルイズだった。

 ビジューちゃんとしては、姫様とは初対面でこそ無いものの、友達と呼べるような間柄では決してない。

 なので、こっちにやってくる意味が全くわからないのだ。

 

 

「はい!なので、『私が居なくなったあとはキーアを頼ってね』と言われていました!」

「な、なるほど……」

 

 

 などと思っていたら、お早い姫様からの種明かし。

 ……ルイズめ、原作ルイズの役割はなにもしない気だなアイツ……!

 まさかの責任の横流しだったことが判明し、後でルイズとはじっくり話し合わなければならないと心の中でメモをして。

 

 その上で、()()姫様が私の部屋にやって来たのかを問う。

 相談事やらなにやらで頼る相手として『キーア・ビジュー』が選ばれた(犠牲になった)ことはわかったが、それならば余計のこと、『アルビオンに行く必要性はない』という言葉の意味がわからなくなるのだ。

 

 彼女は──見た目こそアルトリア・リリィだし、その性格もほぼ彼女のようではあるが。

 それでも、彼女はアンリエッタである。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが意味がわからないのだ。

 

 なりきりではないから、原作知識があるのはおかしい。

 アルビオンに行く理由は、そもそも彼女がして欲しいことがあったから。

 なので、その『お願い』が存在しないのなら『アルビオン行き』について言及できるはずがない。それをするには、どこか別の場所から聞いてくる必要がある。

 そして、私は『アルビオン行き』に関しては頭の中で考えただけで、口には出していない。

 

 ……誰かに助言されて、その行動をなぞっているかのような彼女の行動。

 つまり、これは───。

 

 

『ふぅむ、流石は虚無の申し子。()()だった時点で私の存在にはなんとなく気付いていた、ということかな?』

「……マーリンシスベシフォーウ!!」

『ドフォーゥッ!?』

「ま、マーリン!?大丈夫ですか?!」

 

 

 そんな風に思考を続ける私の耳朶に届く、胡散臭い男の声。

 次の瞬間、彼女のフードからひょこりと顔を出した、ミニマムサイズの夢魔の姿を見た私は。

 思わず万感の思いを込めて、失敗魔法をぶつけてしまうのでした。

 

 

*1
コロナによる放送形式の変更によって生まれた、ある種の副産物。川澄綾子氏とカノウヨシキ氏が二人で放送をする、みたいな形式が一時期増えていたが、その中で川澄さんが『お願い』をすると、どことなく圧を感じる空気が生まれた。それを彼女の役である騎士王と合わせ、王から発せられる圧、すなわち『王の圧』と呼ぶようになった。なお川澄さん自体はfate以外でも圧を出すことはある(例:ジョジョの現場)

*2
漫画版『遊☆戯☆王5d's』不動遊星の台詞『最高に高めた俺のフィールで 最強の力を手に入れてやるぜ!』から。本編では闇落ちしなかった遊星さんの、貴重なゲス顔ゆえ微妙に人気がある

*3
『遊☆戯☆王ZEXAL』より『最強デュエリストのデュエルは全て必然!ドローカードさえもデュエリストが創造する!』という主人公組の台詞。……どういう……ことだ……!?

*4
『遊☆戯☆王GX』より、ヨハンに憑依したユベルの台詞。おまいう台詞ではあるが、使い勝手がとても良いので多用される

*5
『遊☆戯☆王ARC-V』より、『エンタメデュエル』『覇王龍ズァーク』『四天の龍』および『遊矢シリーズ』。『フリー対戦申し込み竜』はズァークさんのあだ名。作中ではとにかくデュエルしようとしていたり、世界を破壊するとか言いつつ負けた相手をカード化したりはしなかったりしたため、単にデュエルしたいだけなのでは?なんて視聴者は思ったのだとか

*6
限界をうんぬんは『遊☆戯☆王ARC-V』オープニング曲の一つ、超特急の楽曲『Burn!』の歌詞から。実際は歌詞の順番が逆

*7
『fate/grand_order』より、星4(SR)セイバー。アルトリアの若き日の姿であり、唯一フレポ召喚から出現する星4サーヴァント……だった。姿の初出は『fate/unlimited-code』。そちらでは単なるバリエーションの一つであり、いわゆる姫騎士感が強い感じであった。『fgo』に出る方は、未熟ながら頑張る乙女騎士、みたいな感じ



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花の咲く間に皮算用

『あいたたた……いや酷いじゃないか。私ってば、まだ姿を見せたばかりのはずなんだけどねぇ?』

「夢魔を見たら爆☆殺するのは、魔法使いの礼儀だと聞きました」

『なんだいその物騒な礼儀!?僕だけを殺す機会(好機)かなにかかいそれ!?』*1

「かもしれませんね」

 

 

 抗議の声を適当に受け流しつつ、改めて現れた生き物に視線を向ける。

 

 妖精サイズ……というか、実際に妖精の羽根が生えた姿で姫様のフードから出てきたのは夢魔……もとい、花の魔術師マーリン。

 無論、その姿は『fgo』でのそれ──男性体のマーリンの姿であった。……女性体の方だったら、迷わず消し飛ばすつもりだったので、実はその辺り結構穏便な対応だったりするのだった。*2

 え?出会い頭に爆発させてる時点で、穏便もなにもないだろうって?……いや、だってねぇ?

 

 

(その節はどうも、って言っとけばいいのかな?)

(おおっと黙秘させて貰うよ。ここはまだ、()()()じゃない)

 

 

 周囲には伝えぬように、こっそりと相手に念を飛ばせば。

 帰ってくるのは胡散臭い、けれどこちらの意図をしっかりと認識した台詞。

 

 ……やっぱり、時々こっちに干渉してきていたマーリンと、ここにいる彼は同一……もしくは知識を共有している存在らしい。

 わざわざ姫様を誘導して自身の姿を私に見せたのも、それをこちらに確信させるためのものだと思ってまず間違いないだろう。

 まぁ、なにをしたくてそんなことをしているのか、まではちょっとわからないのだが。

 

 ともあれ、現状で一番状況を把握しているだろう人物の登場である。聞くべきことはさくさく聞いていかなければ。

 

 

「……姫様への助言者は貴方、ということで宜しいのですね?」

『ああ、そう取って貰って構わないよ。──私は花の妖精マーリン。彼女の使い魔であり、世界の幸福を願うしがない妖精さ』

「……たぶん今、世の中の花の妖精全てを敵に回しましたね貴方、その発言で」

『はっはっはっ。……マシュ君。彼女、私に対して厳しすぎやしないかい?なにかしたかな私?』

「え?……え、ええと。その、マーリンさんが……その、簡単に信用できるようなお方ではないから、ではないでしょうか?」

『わぁお、マシュ君までわりと冷たい!これは世間の厳しさを、改めて実感しちゃうなぁ!』

「もう、マーリン。今日はそんなお喋りのために、ここに来たわけではないのでしょう?」

『おおっと、ごめんよアンリエッタ(アルトリア)。ではいい加減に、本題に移るとしよう』

 

 

 ……今思いっきり()()()()()って呼んだなこのグランドロクデナシ。

 いやまぁ、確かに見た目はリリィだし、そう間違いでもないのだろうけども。

 もうちょっと体面を取り繕うとか、そういうのはないのだろうか?……取り繕ってたらマーリンらしくない?そりゃそうだ。*3

 

 ともあれ、椅子に座り直して会話の体勢を整える向こうと、それに合わせるように体面に座る私(と、背後に控えるマシュ)。

 ……なんか、一国の姫様への対応として不遜じゃないこの構図?実はこのあと手打ちにされたりしない?大丈夫?……と、ちょっと心配になる私。

 

 

「……?……ああ、大丈夫ですよキーア。この場は非公式なもの、不敬がどうのとか、難しいことは一切ありませんから」

「あ、はい。それはどうもありがとうございます」

 

 

 そんな不安が顔に出ていたのか、姫様に苦笑と共に声を掛けられる。

 

 ……今更なにを不安がるのか、と言う話ではあるのだが。

 よくよく考えたら、姫様の使い魔に思いっきり無礼を働いているのが、今の私のやったことである。

 目の前に現れたのがマーリンだったので、つい反射的に手が出てしまったけれど、そもそも彼が彼女の使い魔であるというのなら、それはつまり王家への敵対心有り……ということにも取られかねないわけで。

 ……うん、そりゃまぁ後悔も浮かんでくるというか、ね?

 それもこれもマーリンが突然出てくるのが悪い、仮に打ち首とかになったら死ぬ気で奴も道連れにする、と密かに決心しつつ、姿勢を正して話の続きを待つ。

 

 

『……なんだかとてつもなく嫌な予感がしたけど、それはまた後で。さて、ミス・フォンティーヌが一番気になるのは、私達が何故ここに来たのか、ということだろう』

「はい、明日の品評会まで待つことをせず、わざわざお忍びの体裁を取ってまで、私の元にお見えになった理由。それが、今一つ理解できないのです」

 

 

 マーリンからの問い掛けに、小さく頷く私。

 

 品評会の終わりに、ちょっと時間を作ればそれで終わるはずの話でしかない、王女のルイズへの訪問。

 ……姫様がリリィと化してたり、相談する相手が私に移動していたりと、原作との差異は幾つかあるものの。

 本質的に姫様が『アンリエッタ』であることが変わらないのであれば、それらの差異は一応無視できるものではある。

 

 ……あるがゆえに、理由が見えてこない。

 本来の()()は、姫様の恋文の回収が主な動機である。

 ゲルマニアの皇帝との政略結婚を、ご破談にしかねない爆弾。それの処理を含む、複雑な?乙女心の末の訪問が、原作での彼女の動機なのである。

 ……いやまぁ、そのせいで姫様が地味にヘイトを受けている気がするので、あまり笑い事でもないのだけれど。

 ともあれ、二巻の主要イベントであるアルビオン行きは、後のハルケギニアの戦乱の導火線となりうる、わりと厄介な話……の、はずなのだ。

 

 ところが、姫様は『アルビオンに行く必要はない』と言う。

 そこから察するに、恋文だのなんだのというものはないのだろう。……使い魔がマーリンな辺り、この姫様が恋とか知らない可能性もあるのでさもありなん。

 

 が、そうなると、今度は彼女がここにいる意味がわからなくなる。

 ……ここに来る理由であるはずの恋文が存在しないというのなら、彼女がわざわざここにくる必要性がないのだ。

 

 

「ああ、そこまで難しい話でもないんですよ?」

「ええっと、どういうことでしょうか?」

 

 

 と、そこで思考が中断される。姫様からの声掛けが挟まったからだ。……口には出していないはずなのに、やけにタイミングがいいのは──恐らく自称花の妖精の入れ知恵、だろうか?

 ともあれ、理由を話してくれるというのなら願ったり叶ったりである。あれこれ難しく考えるのは、今日みたいに色々あったあとだと辛い。

 そんな内心は表に出さず、姫様の言葉に耳を傾けて、

 

 

「貴方には、私と一緒にガリアまで行って頂きたいのです」

「……はい?」

 

 

 出てきた言葉に、思わず呆けた声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「お姫様と一緒に小旅行、なんてちょっとドキドキしちゃうわね……」

「私も姫。ホントはとても偉い」

「……貴方、自分で人形だって言ってなかった?」

「騎士人形・タバサは世を忍ぶ仮の姿。その実態はガリアの姫君・シャルロット・エレーヌ・オルレアン。世に名高き『ガリアの双子王』の片割れ、賢弟シャルルの愛娘。いえい」

「私、時々タバサのことがよくわからなくなるわ……」

 

 

 わちゃわちゃと会話する三人娘達を眺めつつ、考え事をする私。

 

 ──以前、風の噂に聞いた『ガリアの双子王』。*4

 その時は適当に聞き流していたのだけれど、よくよく考えたらあの二人って双子だったっけ?ガリアって双子は不吉、みたいな言い伝えがなかったっけ?……ということに後から気付き、大いに慌てた次第である。『ジョゼフさんとシャルルさん、仲が良いのかな』くらいの、ふわっとしたことくらいしか考えていなかったあの時の私を殴ってやりたい……。

 

 どう考えてもおかしいやんけ!双子になってるとか、根幹部分から変わっとるわ!

 いやあの二人の関係が変わってても、大隆起そのものは起こるはずだから、問題の何もかもが解決されている、ってわけではないのだろうけども!

 でも多分レコンキスタは存在しないよね、そりゃ姫様が恋文云々言い出すはずもないよね!

 

 みたいなことを、姫様からの言葉によって気付いた私は、暫く部屋の中で転げ回っていたのだった。それが、昨日の夜の話。

 

 一夜明けた次の日の朝、私とマシュ、それから三人娘とその使い魔達は、日の登りきらぬうちから学院の籠着き場で竜籠を待っている最中である。

 行き先は無論、姫様の言っていた通りにガリア、しかもその王都リュティスの王城グラン・トロワ。……まさかの双子王直々のご指名、だったらしく。

 

 

「そういうことで、実際は私の方が付き添い、みたいなものなのです」

 

 

 と朗らかに笑う姫君に、呆気に取られるはめになったのだった。

 ……わざわざ王族を通しての面会の要請なので、まさか断るわけにもいかず。

 お友達も連れていっていいみたいですよ、という姫様の言葉に、外で盗み聞きしていたキュルケが部屋に突撃してきて「貴方を一人で行かせたら絶対無茶苦茶するわ!」と言われ。

 彼女と一緒に居たタバサが「里帰り。ついてく」と参加を表明し、最後に逃げようとしていたルイズが「勿論ルイズさんも手伝ってくださいますよね?」という姫様の言葉に退路を断たれ、「……はぁい」と頷いた結果、今の状況に陥っている。

 

 なお、この場に居ないギーシュ君だが、そもそも聞き耳を立てていなかった上に、あとで一緒に来るかと聞いたところ「滅相もない、僕には荷が重い話だ」とすげなく断られてしまった。

 一応アルビオン行きの代替イベントのはずなのに、彼が来ないというのはちょっと不思議な感じである。まぁ、代わりに姫様が同行者となっているのだが。

 

 そんなわけで、今回は優雅な小旅行、みたいな感じになるようで。

 それなりの荷物が入った鞄を携え、駅とでも言うべき場所で便(びん)を待つというこの状況は、なんというか本当にただの旅行を彷彿とさせて気が抜けてくる。

 ……傍らのマシュが最近板についてきた騎士ムーブのままなのが、ちょっと不満ではあるものの。

 概ね気を抜いていられる状況、というものがこっちに来てからはわりと久しぶりなのもあり、実はちょっと楽しくなってきている私である。……どうせ向こうに着いたらあれこれ忙しくなるのだろうから、今のうちに楽しんどこうと、ちょっと自棄になっているとも言う。

 

 いやね、どうにも向こうでは、燦然たるメンバーが揃うことが決まっているらしくてね?

 内心でぼやきながら、姫様から渡された先方からの手紙……それに付随していた、参加者名簿に改めて視線を巡らせる。

 

 ……聖エイジス32世だとか、ビダーシャルだとか。

 名前を聞いただけで頭痛が酷くなるような、そんな豪華メンバー()が名を連ねているのを確認して、私は深々とため息を吐き出すのでした。

 

 

*1
『機動戦士ガンダムF91』のキャラクター、ビルギット・ピリヨが殺人兵器バグを見た時の台詞『人間だけを殺す機械かよ!?』から。決してネタ台詞ではないのだが、使い勝手が良ければこうもなる、というか

*2
マーリンには『fate/prototype』とアーケード版にのみ登場する女性体バージョンが存在するのだが、ある程度人に寄っている男マーリンと違い、女の方のマーリンはとても夢魔らしい性格をしている。見た目が可愛らしいだけになんとも言えないが、方向性的にはあの『沙条愛歌』とタメを張るようなキャラクターだと言える。……男の方のアーサーは、女運無さすぎでは?

*3
基本的にマーリンは一部の例外を除き、人間個人個人に興味を抱いているわけではない。このマーリンにしても、アンリエッタがアルトリアに似ているから気に掛けているのだろうと、少なくともキーアはそういう風に判断している

*4
(原作では双子では)ないです。そうだったらまず間違いなくジョゼフがアレされてるだろう。なお、この作品でのジョゼットは……?



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我らが一つに、四つを一つにbyハルケギニア

「……これ、どう考えても『四つの四』が揃う奴だよね」*1

「そこまで行かずとも、四つの虚無の担い手は揃うかもね」

 

 

 ぼんやりと呟いた言葉に、竜籠に同乗したルイズからの言葉が返ってくる。

 

 ……ロマリアの一番偉い人とか、はたまたエルフの中で一番動いていた人とか。

 本来ならもっと後の方に出てくる人たちが、挙って集まってきているこの状況。……いろいろすっ飛ばしてる感がすごいのだけど、ガリアで一体なにが起きるって言うんだろう?

 エルフも来る以上、物騒なことにはならないと思うけれど……。

 原作を見ていると、エルフ側も蛮族思考なところがあるような気がしないでもなく、穏便に終われるかはちょっと未知数……かな?

 なんてことをつらつらと考えてみるが……うーん。

 

 

「まぁ、なるようになるか」

「……暫く一緒に過ごしてわかったけど、貴方って結構いい加減よね」

 

 

 あれこれ考えても仕方ない、どうせ向こうに行ったら嫌でも事態は動くのだ。だったら気にせず当たって砕けろだ!

 ……みたいな感じに思考を放り投げたのが伝わったのか、呆れたようでもあり安堵したようでもある声がルイズから飛んでくる。

 

 こっちであれこれやり始めてはや一月ほど。

 それだけ一緒に過ごしていれば、さすがにこちらのやり方とか性格とかもわかってくるというもの、ということだろうか。

 まぁ多分、それだけじゃないのだろうけど。

 

 

「……なにかあったかしら?」

()というキャラクターの成り立ち的に、ルイズっていうキャラクターとは相性がいいんだろうなってこと」

「ふぅん?」

 

 

 興味深そうにこちらに視線を向けてくる彼女に、 私……もとい、『キルフィッシュ・アーティレイヤー』の成立過程について、簡単に解説をする私。

 

 

「元々は、別のキャラクターを使っていたのだけれど、話の流れというか、マンネリ打破というか……まぁ、色々あって。『キーア()』というキャラクターを作ることになったのよ」

 

 

 と、昔を懐かしむように言葉を紡いでいく私。

 以前、マシュ()に少し話をした通り、元々『キーア』というキャラクターは、スレ内の軋轢を解消するために生まれたモノだ。

 

 戦闘というのは凄まじく雑に解釈すれば、相手とのやりとりの手段の一つである。

 言葉とは違い、殴り合い……場合によっては命のやり取りとなるそれは、例え両者に合意の上でのモノであったとしても、時に軋轢を残すものでもある。

 ゆえに、そもそも『戦わせない』ことを至上命題として生まれた『キーア』というキャラクターは、あらゆる事態に対応できるように設計されている。

 

 

「それが虚無、ってわけね?」

「そうそう。……まぁ、最初のうちは漠然と『なんでもできる』の理由付けのためのものだったから、今みたいなもの(極有型虚無)ではなかったんだけど」

「そうなんだ?」

 

 

 ルイズの驚きに、小さく頷きを返す。

 ……最初のうちは『無から有を産む』くらいのイメージでしかなかったそれは、ある意味子供らしい──本当に『なんでもできる』ものでしかなかった。

 なにをしてもいいという言葉の具現に近いそれは、当時は『他の作品の力や武器を無尽蔵に使える』という、世に溢れる最低系オリ主の『王の財宝』とか『無限の剣製』に近しいものだった。

 ……この辺りの『オリジナルではない、原作のある能力』の多用をしていた過去こそが、今私がこうして()()()()()()()()()()の一つなのだろうと思っているが、そこは割愛。

 

 どんなモノも扱えるから、何に対しても対処できる。

 ……作りが最低系オリ主と同じだと言うのなら、その万能性が鼻につくというのも宜なるかな。

 深く考えずに付与されたその能力は、結果として余計に戦闘描写が増えていく、という形で跳ね返ってくる。

 

 

「あの時は酷かった。……なりきりでシリアスとか、よっぽど上手くないと嫌がられるに決まってるのに、ねぇ?」

「んー……私は貴方の当時の姿を知らないから、偉そうには言えないけれど。……止めたくてやったんでしょ?そこは誇っていいと思うけど」

「いやー、あの時はむきになって相手してたから、正直止められてたかと言うと……」

「ええ……?」

 

 

 ルイズから慰めのような言葉が飛んでくるが、とんでもない。

 あの時の私は『なんで止まらないんだ』みたいに、逆に火に油を注ぐ感じだったから、あんまり褒められたようなモノではないのだ。……疑装(イミテーション)とかを使う時にあんなに嫌がるのは、当時の黒歴史を直視させられるから、というのが大きかったりする。

 

 結局。そういった戦闘描写の加速は、とある名無しの台詞によって終わりを迎えるのだけれど……。

 

 

「そこで私、見た目を変えてるのよね」

「ん?見た目を?なんでまた?」

 

 

 私はその前後で、自身の見た目を変えている。

 具体的には、髪型と髪の色。それらが、最初は長く黒い髪・かつ腰まで届くストレートだったのが、この時をきっかけにウェーブ掛かったストロベリーブロンド……つまりルイズの髪の色と近しいものに変わったのだ。

 

 その理由は単純で、黒歴史の封印と、虚無使いの先達であるルイズという少女へのリスペクト(敬意)からのものだった。

 

 

「え、私に?」

「単純に無の使い手って言うなら、エクスデス*2とかも居るけど。虚無って言って一番有名なのはルイズだからね。で、肖ったってわけ」

 

 

 それに、肖ったとは言っても瞳の色は変わってないしね、と告げて、自身の瞳の色を思い浮かべる。

 右が金、左が銀の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)。……左目は視力をとある人物に貸しているため、実際は見えていないのを能力で補っている……なんて設定があったりする。

 起き抜けに左側の視界が無い時があったりするので、わりと無意識に補っているのは確かなようだが、それを誰かに言ったことはない。

 

 ……閑話休題。

 ともかく、私の髪の色は虚無使いの先達たるルイズに対しての、敬意から来ているものである。

 こちらに来て、虚無使いとしての役割が自身に回ってきたのも、『リスペクトしてるのなら代わりくらいできるよな?』みたいな、世界からの試しのような気がしないでもなかったり。

 

 

「まぁ、一方的な親近感だから、ルイズ側からすると迷惑かも、だけど」

「ふぅむ。……貴方(ビジュー)が今の貴方(キーア)じゃなかったら、もしかしたら──のかも」

「……?ルイズ?」

「ん、なんでもないわ。ほら、外を見て」

 

 

 勝手に親近感とか敬意とか抱かれても迷惑なだけでしょうけど、と苦笑いと共に告げれば、彼女はどこか遠くを見るような、儚げな笑みを浮かべていて。

 こちらがその表情に疑問を抱く前に、彼女が身を乗り出して、籠の窓から外を指差す。

 そこに居たのは───。

 

 

「話の途中だけどワイバーンよ!」

「なんでさっ!?」*3

 

 

 

 

 

1/1

 

 

 

 

 

 ………!?

 え、なんでワイバーンに紛れてドラゴンまで居るの!?

 マシュから連絡?相手の個体名はエンシェント・ドラゴン?……それアニメ版のラスボスぅ!!?*4

 

 まさかまさかの大ボスに、思わず周囲を見渡す私達。

 ……ダメだ、誰も居ない!?場所的にはガリア領内だろうけど、王都まではまだまだ遠いここでは、何かしらの助けも望むべくもない、と?!

 

 マジかよ、みたいな気分で相手を見る私。

 道理でなんかさっき『GRAND BATTLE』っていう幻覚が見えた気がしたわけだよ!普通にラスボス戦じゃんかこれ!!

 

 

『我とデュエルしろぉぉぉぉっ!!!』

「うっさ!?って、デュエル!?」

「あー、なんか姿が変わっていってるような?」

 

 

 なんて言ってたら、更に事態が変化。

 いや、なんで本当に出てくるのさ『覇王龍ズァーク』!!?確かに四つがどうとか言ったけども!

 ラスボスにラスボスを重ねる愚行、まったくもって度し難し、だよこんなもん!!

 

 思わず叫んだけれど、アレがヤバいものなのは間違いない。

 そもそもエンシェント・ドラゴン自体が大災厄の同一体みたいなものなのに、そこに戦力上乗せとか堪ったもんじゃない。

 ……あー?ちょっと待った。これってつまり……?

 

 

「やるしか、ないのか」

「ちょっと待ちなさい、なんかとんでもないこと考えてない?」

 

 

 思わずちょっと真面目な顔で呟けば、ルイズから呆れたような声が飛んでくる。……ふざけているのがバレたらしい。

 

 いやだって、ねぇ?……タイミングの問題なのか、はたまた()()()()()()なのか。

 いずれにせよ、さっきまで自身に掛かっていた枷とでも言うべき重さが、今になって突然消えたのである。

 つまり目の前の竜は、原作でタルブに来襲したレキシントン号と、扱いとしては同じだと言うこと!

 

 

「……は?え、それもっと先の話、」

「知らぬぅ!やれと言うのならやってやるさ!徹底的になっ!!」

「ちょっ、キーア?!正気に戻って来なさい!!」

 

 

 ルイズが何事か喋っているが、ふははは聞こえぬ聞こえぬぅっ!!

 いい加減鬱憤とか貯まっていたのだ、ここらで一発ドカンと打ち上げてやらぁっ!!

 

 

「やっぱりダメだったじゃないの!!?」

「キーアならやると思ってた。なにも不思議じゃない」

「せんぱーい!お願いですから穏便にー!!」

「うーむ、俺もこっからじゃ援護とかは無理だなぁ」

 

 

 他の竜籠からも悲鳴とかが聞こえてくるが、さっきからビーム吐きつつ『デュエルしろぉぉぉぉっ!!』しか言ってないデカブツをどうにかする方が先!

 

 どうせ色々変なことになってて、虚無以外じゃ効かないとかそういうことになっているのだろうから、こっちも相応のモノを叩き込んでやるわ!!

 高速で飛翔しズァークのビームを避ける竜籠から身を乗り出し、その籠の上に仁王立ちをして相手に向き合い、口を開く。

 

 

「──白き光より果て無きもの 昏き夜天より這い()しもの」*5

「わ、私にはわかるわよ!これヤバい奴でしょ!黒歴史とか言ってた癖にそっから引っ張り出した奴でしょ!」

 

 

 ルイズがうるさい、気が散る。

 ……とは口に出さず、詠唱に力を込める。

 本来()()()()()ものである呪文(それ)を、自分用にアレンジしたオリジナルスペル。

 黒歴史、と揶揄してみるものの、結局抜け出せないその楽しみは、今もこの胸に有るがゆえに。

 ──実際にやれるのならやるよね、みたいなテンションで、呪文を組み上げていく。

 

 

「原初の黎明 混沌の海に揺蕩いし 大いなる我が断片を以て 此処に謡う」

「視線果てる先 我が手の届く全て その一切を(かて)に」

「無を知らぬ愚かなる全てのものに 等しく眠りを手向けんことを───ッ!!」

 

 

 凄まじく物騒な詠唱と共に、私の手に現れる一つの球体。

 黒く、白く、色彩の入り交じった、混沌の球体。

 ……うむ、まぁ、うむ。──できちゃった♡

 

 

「今なんかすっごいアレなこと考えなかった貴方!?」

「……」

「ちょっ、こっちを見なさいキーア!?」

 

 

 ……いやー、半ばノリだったんだけど、本当にできるとは思わなんだ。

 なので、その。……みんな死んじゃったらゴメンね?

 

 

「え、は、えっ!!?」

「ははは、一応最低限被害が広がらないように努力はする!なんで気合いで耐えてね!じゃあ、いっくよー!!」

「マシュゥゥウゥゥッ!!?たぁすけぇてぇえええぇっ!!?」

「る、ルイズさん飛んで!飛んでください!」

「あああもぉぉぉおおぉっ!!!」

 

 

 ぴょいーんっと竜籠から飛び出しマシュの背後に向かっていくルイズを見送り、そのまま私も竜籠からジャンプ。

 ……すまんな運び手の竜君、できれば頑張って有効範囲の外まで逃げてほしい。

 そんなことを思いながら、自由落下に身を任せつつズァークの方に視線を向ける。

 ──彼は未だに『デュエルしろぉぉぉぉっ!!!』と叫び続けている。じゃあ、その願いを叶えてあげましょう!

 

 

「キーア・ビジューの攻撃!──虚空斬(ヴェイン・スレイブ)】っ!!

 

 

 解き放たれた球体は高速で宙を駆け、かの竜の体に接触し。

 

 ───世界を、削り取った。

 

 

*1
『ゼロの使い魔』内の用語。担い手・使い魔・ルビー・秘宝の四種が四つ揃った時、『始祖の虚無』が蘇るとされている。なお、ルビーとは言うものの、始祖の血から作られたと言われているため、赤以外の色も存在している……と言われているのだが、そもそもの話ルビーとはコランダムの一種であり、サファイアとは兄弟のようなものなので、赤以外のルビーも普通に存在する、という風に解釈することもできなくもなかったりする

*2
『FINAL FANTASY Ⅴ』のラスボス。名前は『死を越えるもの(X-death)』の意味。宇宙の 法則が 乱れる!

*3
ソシャゲによくある、もしくはよくあったこと。台詞自体は『fate/grand_order』から、『話の途中だがワイバーンだ!』。なんでワイバーンなのかというと、どこにでも出せる敵キャラだったから。ドラクエだったらスライムだったのかもしれない。ソシャゲには長い間『長い文は読まれない』=『長い文を入れるとプレイして貰えない』という不文律が存在していた。そのため、もとにある文を『もと』『に』『ある』『文』くらいに分割することがほとんどだった。その分割のためのきっかけに、便利に使われたのがワイバーンだった、というわけである。今ではネタとしてくらいしか使われない。なお、TRPG『シノビガミ』にはこの台詞を元にした『シナリオタイトルの途中だがワイバーンの群れだ!』というシナリオが存在したりする(ユーザーメイドのシナリオ)

*4
アニメ版の『ゼロの使い魔F』におけるラスボス。当時は原作が終了していなかったため、オリジナルのラスボスが必要になったために生まれた。ハルケギニアの戦力では、到底打倒しきれるモノではない、というほどの強さを持つ

*5
元ネタはみんな大好き『竜破斬』。『スレイヤーズ』における魔法の一つ。主人公リナ=インバースの代名詞。当時のオタクは、この呪文をそらで言えるのが当たり前だったのだとか。とある存在から『力を借りる』タイプの魔法。なので、明確に効かない相手が居る



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ギュピッ、ギュピッ(足音)

「……ば、バストレボリューション!!?」*1

「ぴぃっ!!?」

 

 

 ──はっ!?

 私はどこだここは誰ださっきのなにズァークどうなった!?

 ……みたいな疑問が脳内を過ぎ去っていき、ふと視線を周囲に巡らせれば、なんだか豪奢な内装が目についた。

 ふぅむ、どこかのお屋敷かな?そして私が寝ているのは更に豪華なベッドの上、と。

 

 ……いや、前後の状況がさっぱり繋がらないのだけれど?

 私、さっきまで空の上だったよね?自由落下してたよね?爆発に巻き込まれて、意識を失ってたよね?

 みたいな感じに、高速で記憶を掘り起こしているのだけれど……うーん、やっぱり今の自分の状況に結び付くようなことに行き着かない。

 そうしてうんうんと唸り声をあげ続けて暫し、自分が起きたばかりの時に、近くで誰かが悲鳴をあげていたことを思い出した。

 

 

「わ、わわわわ私を食べても美味しくないですよぅ!!」

「……デカ乳エルフ、だと……」

「で、デカ!?いいいきなりなんなんですか貴方!?」

「いきなりなんだはこっちの台詞じゃいっ!!喧嘩売っとんのか我ぇぃっ!!?」*2

「ぴえぇっ!!?」

 

 

 そうして周囲を見渡せば、居ました居ました、でっかいお胸のエルフさんが!

 

 ……この子、基本的に胸についての言及しかされてない印象があるんだけど、それはそれとして、この子もなんか原作と性格が違う感じがあるような?

 まぁ、そもそもの初登場が八巻なうえ、アニメと原作だと他の人との繋がりさえも結構変化していたりするし、意外と演じるのが難しいキャラ、なのかもしれないけれども。

 ……なにが言いたいかというと、まぁ多分なりきり組だろうなこの子、ということなわけで。

 

 それはそれとして、この子のでっかい乳を見てると、無性にイライラしてくるんだけど、どうにかならないのだろうか?……ならない?だよねー。

 

 

「……はぁ。悪かったから、謝るから。……状況、説明してもらえる?」

「え、あ、はい。えっと、ご存知だと思いますけど、ティファニア・ウエストウッドです。……よろしく、でいいのかしら?」

 

 

 こちらのため息混じりの言葉に、私の目の前の彼女──金の妖精とでも言うべき少女は、控えめな笑みを浮かべながらそう告げるのだった。*3

 

 

 

 

 

 

「気を失ってはや三日、ねぇ」

 

 

 金の妖精──もとい、ティファニアから聞くところによれば、あのエンシェント・ドラゴンとの戦闘から、既に三日が経過しており、今の現在地はガリア王都・リュティスのグラン・トロワの一室、なのだそうだ。

 ……思いっきり無茶苦茶をやった代償に、私は暫く意識を失っていたらしい。まぁ、ビジューちゃんとしてもキーアとしても、わりと無謀なことをやった自覚はあるのでさもありなん、と言ったところか。

 

 ともあれ、あの一撃にてエンシェント・ドラゴンは即死。

 空の旅を妨害する者も居なくなったため、残されたメンバーは大急ぎでリュティスまで向かったのだという。

 そしてたどり着いたグラン・トロワで、重病人と見なされた私はすぐさまベッドに叩き込まれ、今の今まで眠っていた……というわけだ。

 

 

「なにをしても起きない、ってお連れの人がすっごく慌てていたわ、あとで謝っておいた方がいいかも」

「……うん、そうする」

 

 

 私が目を覚まさずに慌てていた、というのは──多分マシュだろうか?

 他のみんなも心配はしてくれただろうけど、取り乱すほどに慌てたと言うのなら、多分マシュだろう。……余計な心労を掛けたのは確かなので、あとで謝っておこうと心にメモしつつ、目的地へと歩を進める。

 

 ……寝起きでここまで長距離を歩かなきゃいけないというのは、なんとも辛い話だが、こうして起きてしまった以上は、ベッドで横になっているわけにもいかない。

 さっさと話を終わらせてしまうのが、現状での最優先事項だろう。……なんてことを思いつつ、皆が集まっているという部屋に、ティファニアの先導のもと進んでいるのであった。

 

 

「ごめんなさいね?私もフライとか使えないから、歩くしかなくって」

「お互い様よ、虚無なんだし仕方ないわ」

 

 

 さっきまでとは裏腹に、落ち着いた様子でこちらに声を掛けてくるティファニア。

 ……世間知らずで天然気味なところはあるが、そもそもに礼儀正しい少女……というような感じの子だったはずだし、こっちが素なのだろう。

 まぁ、こちら側の口調のロックが外れている以上、どこかしら本人とは違う場所があるのだろうが。

 

 そんな感じに細々と会話をしながら宮殿内を歩き、ようやっと目的地にたどり着いた私は、小さく深呼吸をする。

 ……鬼が出るか蛇が出るか、双子王みたいに設定とかが根本的に変わっている以上、なにが出ても驚かないようにしなくては。

 

 そうして決意を胸に、いざ鎌倉!*4……ならぬ、いざ会合!みたいな気分で扉を開け。

 

 

「フュ───」

「フュ───」

 

「「ジョンッ!!」」

 

「「ハーッ!!!」」

 

「!?」*5

 

 

 網膜に飛び込んできたその光景に、思わず脳裏に疑問符を飛ばす私。

 困惑する私の目の前で、二人の男が珍妙な舞を躍りながら指を触れさせた時、辺りが謎の輝きに包まれ──。

 

 

『余はシャルルでもジョゼフでもない』1
 
『余はシャルルでもジョゼフでもない』
                 

『───余はジョルル。この国を治める者だ!』1
 
『───余はジョルル。この国を治める者だ!』
                     

 

「……はい?」

 

 

 現れた謎の偉丈夫の姿に、私の混乱は最高潮に達するのでありました。*6

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンボール的な気の高まる音を発しつつ、改めて席に座り直したジョルルなる謎の人物を横目に、私も用意された席に座る。

 ……ティファニアも同じように席に座ったのを確認して、最初から席について苦笑を浮かべていた、長い金の髪の男性を見れば。

 そこには、とりあえず原作通りの彼の姿があったのだった。

 

 

「……まぁ、見た目による取り違え、ないし入れ替わりが多発するこのハルケギニア。……貴方の心配はごもっとも、ですね」

「罷り間違って獣殿とかだったりした日には、刺し違えてでも滅ぼしに掛かるところでした」

『そもそも、奴がここに居るのであれば、このように和やかな歓談というわけにもいかんだろうよ』

 

 

 がっはっはっ、と豪快に笑うジョルル氏をジト目で見返しつつ、改めて金糸の髪の彼──聖エイジス32世ことヴィットーリオ・セレヴァレに視線を戻す。*7

 彼は、特に()()を纏うということもなく、ただそこに座って微笑みを浮かべている。……そのことがどれほどありがたいことなのかというのは、もはや語る必要もない話だろう。

 

 声や容姿、性格などの類似から、被せられたり・付け加えられたり・入れ換えられたりする()()らは、やられている方や、それを見る回りからすると、堪ったものではない……というのは、散々実感してきたことである。

 幸か不幸かなりきり組としてこちらに現れている人々に、世界を害するような性質の者は居ない……居ない?ああうん、たぶん居ないわけなのだが。

 ……そのせいで例のノッブのような、周囲を害するモノが発生している節もあるようなので、不幸の割合が多いような気がしていたりはする。

 まぁ、そういう時は中身の無い現象のようなものでしかない、それらの敵対者をぶっ飛ばせばそれで済むので、幾分か気は楽なのだけれど。

 

 ──それがもし、中身のある誰かだったのなら。私はどうするのだろう?

 

 ……なんてことを、ちょっとシリアスに思ってしまう今日この頃、みたいな感じでもあるのだった。

 

 

「まぁ、相手が()()()()のとんでも軍団なら、一切躊躇せずぶっ飛ばしますが」

「躊躇していたら終わってしまいますからね。……とはいえ、再現度の壁にぶつかるがゆえに、その危険性は皆無……の筈でした」

『【複合憑依(トライアド)】【継ぎ接ぎ(パッチワーク)】そして【顕象(デミゴッド)】。宜しくない要素が次々と山積みになった』*8

「それゆえに、貴方は()()()()()でこの地の扉を叩いた。()()()()()()()への対処法を求めて」

 

 

 ───他の虚無の担い手達が、こちらに視線を向けてくる。

 ……中身を傷付けず、悪影響を及ぼすモノのみを消し去る『虚無』。

 その扱い方を無意識に求め、私は自分の意思でここに来たのだと、彼らは告げる。

 

 

「ゆえに学びましょう、教えましょう」

『そなたが求める力のありかを』

「そして、貴方は為るのです。──()()()()に」

 

 

 朗々と告げる彼らに、私は──。

 

 

「え、いやだけど」

 

 

 と答えを返した。

 

 

 

 

 

 

「あ、せんぱい!」

 

 

 部屋から出ると、マシュが真っ先に近付いてきて、こちらに声を掛けてきた。ほんのり涙目な彼女に申し訳なさを覚えつつ、抱きついてきた彼女の背に腕を回して抱擁を交わす。

 

 

「よかった……っ、せんぱいがご無事で、本当によかった……っ!」

「大袈裟ねぇ、あんなんじゃ死にはしないわよ」

 

 

 と軽口を叩くものの、ティファニアに聞いたところによれば、ここに運び込まれたばかりの私は土気色の顔をしており、生気の欠片も感じられなかったという。

 ……思った以上に死にかけである。ビジューちゃんボディには負担が大きかったらしい。

 そのあたりのことを思い至らなかったのも、ちょっと浮き足立っていた証拠、という奴なのだろうか。

 なんてことを、私と同じように部屋から出てきた、他の虚無の担い手を見ながら思っていると。

 

 

「いやはや、断って頂けてほっとしました。了承されていたらどうしようかと」

「……やっぱり、試していたのですね?」

 

 

 他のみんなも集まってきたため、口調のロックが再び掛かったのを実感しつつ、ヴィットーリオに声を掛ける私。

 ……あのあと、嫌だと言った私を見て、彼らは一様に相貌を崩し、互いに笑みを交わしあっていたのだ。

 

 

「私達は確かに虚無の担い手としてここにありますが……貴方もお察しの通り、その格としては劣るのです」

「なる、ほど?」

 

 

 彼らはあくまでもなりきりとしての彼らであり、『虚無』を扱うには足りていない……ということなのだろうか。

 まぁ、

 

 

『帰ったか、シャルロット』

「!で、伝説のスーパーお父様……逃げてキュルケ、勝てるわけない……」*9

「いや、色々ツッコミところしかないのだけれど?」

 

 

 とかやってるジョルル……もとい、ジョゼフとシャルルの二人までそうなのか、と問われるとどうなんだろう、みたいな気分にはなるけれども。

 ……まぁ、そこを踏まえてもなお、『虚無』には足りないのだろう。

 

 

「つまり、今私が我を通そうとするのなら、あなた方には対処する手段がない、ということですか?」

「平穏を甘受した代わりの咎、と言ったところですかね。一応ビダーシャル氏に控えて頂いてはいますが、彼もまた穏健派(なりきり組)。真に虚無に目覚めた貴方相手に、どこまで粘れるものやら」

 

 

 やれやれと首を振る彼の様子に、改めて自分が大きな分岐点に立っていたことを知り、ちょっとだけ恐ろしくなる私なのだった。

 

 

*1
『胸革命』。『ゼロの使い魔』内の用語。ティファニアにサイトから送られた一種の称号。彼は胸魔神だからね、仕方ないね

*2
何故人は胸の大きさで争うのか。平らでも豊かでもいいじゃないか。しかしてその闘争は終わらず、こうしてまた平らな方がキレるのである

*3
『ゼロの使い魔』より、ティファニア・ウエストウッド。愛称はテファ。ハーフエルフの少女であり、ミス・ロングビルにとっては妹のような存在……なのだが、アニメでは繋がりがあやふやになっている。登場タイミングが遅いうえ、サイトへの好意を自覚したのもかなり後の方と、地味に二次創作殺しな素性をしている。彼女を出演させるなら、登場タイミングまで話を進めるか、いっそ無理矢理登場させるかくらいしかない。性格とか見た目とかから、人気キャラではあるので試した者も多い、はず

*4
『いざ鎌倉』は、全力を尽くして働く時、という意気込みを表す慣用句。鎌倉時代に武士達が抱いた心意気から生まれた言葉、なのだとか。なお、『鉢木(はちのき)』という能の演目が語源とされるが、実際は違うそうな

*5
『ドラゴンボール』より、フュージョン。二人の体格や気の大きさが近い人間が、不思議な躍りを踊ることによって一つに合体する不可思議な術。合体していられるのは大体30分ほど

*6
『ゼロの使い魔』のキャラクター、ジョゼフ1世とシャルル……が、融合した存在。無論、原作にこんなものは居ない

*7
『ゼロの使い魔』のキャラクター。ロマリア連合皇国の教皇。原作においては、ある意味黒幕

*8
例のノッブみたいなのの呼び方が、【顕象】。現象と顕現からの造語

*9
アニメ『ドラゴンボール』シリーズの映画の一つ『燃えつきろ!!熱戦・烈戦・超激戦』にて、伝説の超サイヤ人を見たベシータが発したとても情けない台詞『やめろ!勝てるわけない!あいつは伝説の超サイヤ人なんだぞ!』から



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それでも道は続いていく

「こんなところに居たのね」

「……ルイズ」

 

 

 グラン・トロワの一角、誰もいない静かなその部屋から、空に浮かぶ二つの月を眺めていた私に、声を掛けてくるなにものか。

 振り向けば、そこにいたのはグラスとワインを持ち、笑みを浮かべたルイズだった。

 ……いやまぁ、こっちには年齢による飲酒制限とかないし、そもそも中の人が成人だったら、なんにも問題はないのだろうけど。

 相も変わらず、見た目とのギャップで首を傾げざるをえないのは、逆憑依の宿命というやつなのだろうか?

 

 そんなこちらの微妙な空気を知ってか知らずか、彼女は近くの椅子を引っ張ってきてそこに腰を下ろすと、こちらにもグラスを一つ渡してくるのだった。

 

 

「どうせあれこれ難しく考えてたんでしょ」

「……まぁね。っていうか、わかりやすかった?」

 

 

 こちらのぼやきにそりゃねぇと呟いて、彼女は私の手にあるグラスにワインを注いでくる。

 

 ド・オルニエール*1産の二十年ものだそうで、ワインに詳しくない私からするとなんとも言えないけれど、多分結構な値段のものなのは確かだろう、ということくらいはわかった。*2

 ……飲みやすく、香りが良い、くらいのありきたりな感想しか言えない人間が飲んでいいものなのかは、甚だ疑問である。

 

 

「いいのよ、どうせ死蔵してたものなんだし」

「そうなの?」

「ええ。どうぞお持ちください、なんて言われたんだから、きっとそういうことよ」

(……それは死蔵とは言わないのでは……?)

 

 

 彼女の適当な言い口に、思わず閉口する私。

 彼女の言い方からするに、これはヴィットーリオからの提供品なのだろうけど。

 それ、単にお二人でどうぞ、みたいな感じに出されただけなんじゃ?……とは言えず、小さくため息を吐いて、グラスの中身の赤い液体を口内に傾ける。

 ……酒精には強い方なので、酔うために飲む……というのも中々難しい。……いや、違うか。()()()()()()()()()()()から、酔えないと言うべきか。

 

 

「……お酒飲んでる時まで、そんな風にシリアスすんの止めない?」

「仕方ないでしょ、()()()()()()()()()自重してたのに、結局こうなるんだから。不満の一つや二つ、溢したくもなるわよ」

「ふーん……?まぁ、私は貴方(キーア)のことよく知らないから、偉そうなことは言えないけどさ」

 

 

 少し赤ら顔になったルイズの言葉に苦笑を返し、改めて空を見る。

 ──この地でのあれこれも、恐らくは今夜が最後。

 明日になれば、私とマシュはここから元の場所に戻るのだろう。

 ルイズ達がどうするのかはわからないけれど──なんとなく、彼女達はここに残るのだろうなと、そう思った。

 

 

「だからさ、(キーア)(ビジュー)に戻ったら、フォローとかしてあげてね」

「言われなくても、可愛い義妹の面倒を見るのは私の役目よ」

 

 

 なので、中から私が抜けた後の(彼女)の困難を思い、ここに残る彼女に後を頼む。

 そんなこちらの言葉に、彼女はなにを言ってるのよ……とばかりに微笑みを返してくるのだった。

 

 

「……そっか。じゃ、よろしくねお義姉ちゃん?」

「んふふふ~、任せときなさいよ~」

 

 

 その様子に、こちらも表情を緩めて親しみを込めた言葉を返せば、彼女はにやにや笑いながら、こちらに垂れ掛かってくる。

 

 

「うわっ!?ちょっ、抱きつくなっ!!」

「えー?さっきみたいに可愛く言ってくれなきゃやぁだー」

「あ、この、酔っぱらってんなこいつぅっ!!?」

「酔ってない酔ってない。私を酔わせたら大したもんですよ」*3

「……この指の数は?」

「ぜろー!!」

「五だよバカっ!」

 

 

 さっきまでのしんみりとした空気はどこへやら。

 騒ぎ始めた私達に釣られて、他のみんなも集まってくる。

 静かな月見酒を楽しむはずだったその時間は、いつの間にやら大宴会へと変化していくのだった。

 

 

 

 

 

 

「あいたたた……」

「せんぱい、大丈夫ですか?……はい、お水です」

「ああ、ありがとマシュ……」

 

 

 頭痛と倦怠感に顔をしかめっ面にしながら、マシュから渡されたコップの水を一気飲み。……幾分かマシになったような、なってないような。

 そんな微妙な体調になっている己の体に、思わず苦笑を浮かべる。……言うほど()()()()()()()()()()()()、ということか。

 

 

「……せんぱい?微笑んでいらっしゃいますが、なにか良いことでも?」

「ん?さぁ、どうだろう。どっちがいいのかは、ちょっと私には測りかねるかな」

「……???」

 

 

 そうして思考していると、マシュから私が笑っていると言われ、ごまかすように声を返す。

 ……まぁ、結局は私の気分の問題、みたいなところがあるし。マシュに聞かせるようなものでもないので、首を傾げている彼女の横へベッドから飛び降り、そのまま着替えて外に出る。

 それを追うように慌てて外に出てきたマシュに苦笑を浮かべながら、廊下に視線を向ける。

 

 昨日はあれから、みんなでの宴会騒ぎに移行して行ったが、どいつもこいつも飲めや騒げやの一点張り……みたいな感じだったため、私と同じように部屋から出てきた他の面々も、大体二日酔いに苦しんでいるようだった。

 

 

「うー、タバサヒーリング、ヒーリングお願い……」

「飲みすぎ」

「そう言わずにぃ~、頭の中で、銅鑼が鳴り響いてるのよぉ~……」

「貴方ははめを外す時、思い切り外しすぎ。今日はそのままで居たらいい」

「そんなぁ~……」

 

 

 タバサにすがり付くようにして、ずるずると歩いているのはキュルケ。余程頭痛とかが辛いのか、いつもとキャラが違う。

 対するタバサは酒に強いのか、はたまた先に二日酔いを飛ばしてしまったのか、けろっとした顔でキュルケを引き摺っている。

 

 

「うーむ、酒には強い方だと思っていたんだが、今日はちと酷いな……」

「飲めや食えやの大騒ぎだったからな。余達もちょいと酒精が残っているような気がするぞ」

「まぁ、僕らは飲んだ総量を二人で割ってるから、わざわざヒーリングする必要はないんだけどね」

「うーん、アンタらちょっとズルくはないか……?」

 

 

 こっちではむくつけきサイトとジョゼフ、それから爽やかな美男子といった風情のシャルルが並んで出てきている。

 ……なんかこう、むさ苦しい感がなくもない。

 

 

「そちらは大丈夫か?」

「ああ、お構い無く。アルコールには強い方ですので。ティファニアさんも……いや、大丈夫ではなさそうですね。ジュリオ、水をお願いします」

「御意に」

「だ、大丈夫れす……ちょっと、酔いが残ってるだけですのれ……」

「寧ろ何故一日跨いで酔いが残るのか、そちらの方がわからないのだが?」

 

 

 そしてこっちは……原作を知ってるとなんだこれ?ってなりそうな組み合わせの、ビダーシャルとヴィットーリオとジュリオとティファニアの集まり。

 ジュリオに関しては使い魔として後方に下がっているが、他三人が普通に会話しているのを見ると、なんとも不可思議な気分に陥ってくる。

 都合のいい二次創作ですら、中々見ないだろう組み合わせである。……写真とか撮れるなら、一枚くらい撮っときたかった感じだ。

 

 そんな感じにみんなが起きてきて、そのまま食堂に緩やかに移動し、朝食を終えて広間に集まり直す。

 

 

「……はい、ではミス・キーアの虚無の目覚めも終えた事ですし。とりあえずここでの物語を、一度終えることと致しましょう」

 

 

 こちらの住人であるタバサ・キュルケ・ジュリオらをガリアの双子王が相手をしている間に、私とマシュの帰還準備を整えたヴィットーリオがそう声を上げる。

 彼やルイズ、先の双子王にサイトやティファニア達その他も逆憑依を受けた存在がいるが、彼らはここに残るつもりのようだ。

 まぁ、そのあたりは前々から感付いていたので、あんまり驚くようなものではないのだけれど。

 

 

「……結局、今回のこれってなんのためのものだったの?」

「そうですねぇ。……目覚めぬはずの虚無を目覚めさせるために、世界が欲した結果……でしょうか?」

 

 

 なんとなくわかっていた答えを、なんとなく答えられながら、小さく頷きを返す。

 ……原作における虚無とは、望む時・必要な時にしか与えられないものである。

 この平和なハルケギニアでは、その必要な時が来ることはあり得なかっただろう。

 もしくは、大隆起が起きる間近になって目覚めるとか、ギリギリの様相を呈することはほぼ確定的だった。

 

 

「私がゼロじゃない以上、目覚めるのが誰なのか、みたいなところもあったし。……都合よく流れてきたビジューが、辻褄あわせみたいな星の元に生まれたのは、多分間違いないでしょうね」

「……結局、良いように使われてた気がして、私としては不満たらたらなわけなんだけど」

 

 

 ハルケギニアでの虚無の必要性と、こっちの黒幕(誰か)の必要性が重なった結果の、私達の転移だったのだろう。

 どうにも好き勝手扱われている感じがして、なんというか気分が冴えない。

 最後の最後に望まれたことを蹴ってやったけど、それだけでどうにかなるほど甘いものでもないのだろうなということは、重々承知している。

 

 

「だからまぁ、()()に戻っても、決して役割に埋没しないように注意してあげてね」

「ええ、必ず。好き勝手などさせませんよ」

「そこら辺はまぁ、俺達も残ってるから安心してくれ」

「はい。お任せします、サイトさん」

 

 

 互いに握手を交わし、別れを惜しむように軽いハグなんかをした後に、私とマシュは定められた位置に並んで立った。

 それから、ヴィットーリオがとある呪文を唱える。

 ──世界扉(ワールド・ドア)。異世界への扉を開くというそれは、私達が元の世界に帰るための、一方通行の扉だ。

 

 

「じゃあ、因果の交差路で、また会いましょ」*4

「……それルイズの台詞じゃないじゃん」

「ふふっ、最初に言ったでしょ、色々混じってるってね。じゃ、元気でね」

「はいっ。皆さん、今までお世話になりました!」

「気が向いたらこっちに来なさいよ、歓迎するから」

 

 

 そんな、軽い挨拶を交わして。

 今生の別れになるかもしれないそれを惜しみながら、私とマシュは扉にその身を進ませた。

 

 

 ──そうして、目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

「おーい、そんなところで寝てると風邪引くっすよー」

「……はっ!?その声はあさひっ?いや違う、これミラさんかっ」

「正解っす。寝起きにしては頭回ってるっすね?」

 

 

 意識を取り戻した時、私はあさひもといミラさんに肩を軽く揺すられていた。

 寝惚け眼で周囲を見渡せば、そこは湖が見える草原──あの日、ピクニックに行った場所だった。

 

 ……戻ってきた、のだろうか?

 ぼんやりとした意識のまま、自身が手に持っていたモノ──スマホに気付き、日時を確認してみる。

 あのピクニックの日付から、おおよそ三十分ほどが経過していた。

 

 ……白昼夢扱い、ということなのだろうか?

 確かに、自身の膝の上ではマシュが幸せそうな顔で眠りこけているし、傍らのあさひも特に驚いたりとか心配とかはしてない……、いや、なんか一点を指差してる。

 

 

聖杯探索(グランドオーダー)の主人公ってわけでもないんすから、色々連れてきちゃダメっすよ?」

「はっ?……あっ」

 

 

 彼女の呆れたような台詞に、ついと視線を動かせば。

 そこには、私達以外の人が──金糸の髪を黒いリボンで纏めた百合のごとき少女が、

 

 

『やぁ、こういう時はこう言うべきなんだっけ?──来ちゃった♡』

 

 

 穏やかな寝顔を晒すその側に、胡散臭い妖精を侍らせ、そこに倒れていたのだった。

 

 

*1
原作『ゼロの使い魔』にて、サイトが与えられた領地の名前。元々ブドウやそれから作られたワインが名産だったが、領主の病死以降、荒廃してしまっていた

*2
ワインの値段はピンキリであるが、高いものなら四桁万円に近いようなモノも存在する。今回のこれは十エキューくらい

*3
芸人・長州小力氏のネタ『俺をキレさせたら大したもんだよ』から。文面はちょっと変わったりする。元々はプロレスラー・長州力氏のインタビューから生まれたネタである

*4
『灼眼のシャナ』より、紅世の徒達の挨拶。基本的に永久不滅の存在である彼らの、別れの挨拶




六章はおしまいなのですよ。


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幕間・かくも麗しき単なる日々

「あー、なんというかすっごい久々にだらけられてる気がする……」

 

 

 ベッドの上でぐでー、っとなりながら小さくあくびを溢す私。

 なんというか、最近はずっと働き詰めだった気がするので、こうして本当になんにもない日というのは、すごく久しぶりのような感じがしている。

 このままダラけきった正義*1……もといダラけきった休みを満喫してもいいのだが……。

 

 

「……出掛けようかな」

 

 

 マシュも居ない家の中で、単にボケッとしているだけというものも味気ない。

 折角の休みなのだから休みらしく、ちょいと郷の内部の探索でもしに行こう。

 ……みたいな気分で、よっ、と掛け声を掛けながらベッドから降りる私。

 そのまま適当に着替えを終えて、鏡の前で全体的な見栄えチェック。

 

 ()()()()前は、わりと服には無頓着だった私だが。

 この姿になってからは、それなりに服にも髪にも気を遣うようになった。

 理由はまぁ……単純に鏡の中の少女が着飾っていると、なんとなく楽しくなるから、だったりするのだが。

 ……鏡の中の少女が自分であることに、少なからず思うところが無いわけではないけれども。

 

 

「まぁ、眼福ってやつよね」

 

 

 単純に見るだけなら、楽しさが勝るのだからそれでいいや……が、最近の私の結論だったりする。

 全体的にボーイッシュかつほんのり可愛い、みたいな感じに纏まったことに一つ頷いて、そのまま寝室を出る。*2

 居間(リビング)では、CP君とカブト君が揃ってテレビを眺めていた。

 内容は……時間帯的にもニュースのようだ。

 普通のニュースっぽいので、特に気にもせずリビングを抜けようとする私。

 

 

「おや、お出掛けかい?」

「ちょっとねー。夕方まで戻んないつもりだから、昼御飯は適当にお願いね」

「ん、りょーかい。だったら僕も久々にあっち(浸父)の姿を使うかなぁ」

「……別に使ってもいいけど、あれで外でないようにね。(周囲が)危ないから」

「わかってるよ、さすがに迷惑を掛けるわけにもいかないしね」

「ならいいんだけど」

 

 

 こちらの足音に目敏く反応したCP君に、暫く外に出ていることを伝える。

 こちらの言葉に、キャタピー姿だと料理もできやしないので、久々に浸父の姿を使う……という彼女に一つ注意だけをして、こちらを見上げていたカブト君の頭を一撫でしたのち、玄関に向かった。

 

 ……ふむ、靴も意外と悩むところよね。

 今回は少年っぽい服装で纏めてみたし、スニーカーとかでいいのかしら。

 それとも、しっかりしたブーツとかのが合ってる?

 むぅ、別にファッションリーダーってわけでもなし、なかなか決めらんないもんだな、これ。

 

 というような感じにちょっとだけ靴選びに時間を掛け、最終的に背丈とかから小学生にしか見えないだろうし……という微妙な理由から、スニーカーを選んで履いて玄関から外に出る。

 

 扉を開ければ、そこは居住区の一画。

 文字通りの空間拡張技術により、外観と内観が一致しないそれらの住居は、私達の住んでいる区画ではまさに敷き詰めるように立ち並んでいる……という、ある種異様な見た目をしている。

 

 こんなことになっている理由はもちろんあって、このあたりは秘密基地とかが好きな人達が、好んで集まっている場所なのだ。

 見た目は狭いのに中は広い……という構造がウリの、半分カプセルホテル*3みたいな建物が集まった場所、というのがこのあたりの住居の特徴である。

 

 元々は、今のように地下が何階も存在しなかった時に、狭い空間に居住区を詰め込むための苦肉の策……だったらしいのだが。

 幼い頃にドラえもんの秘密道具など*4に憧れた紳士淑女諸君が、「寧ろこれがいい」みたいな感じで入居希望をしていった結果、広々と空間を使えるようになった今でも、こうして居住区の一つとして姿が残っている……のだとか。

 

 まぁ、あれこれ語ったけど、私とマシュに関しては郷に来た当初、空き部屋がここしかないということで案内された当時のまま、別に住みにくいわけでもないので引っ越しもしていない……くらいの理由しかないのだが。

 実際、私も秘密基地的なのは嫌いでもないし。

 

 まぁ、そんなわけなので。

 外に出れば必然、お隣さんだとかにも出会うこともある、というか。

 

 

「……ん、なんだキーアじゃねぇか。珍しーな、お前さんがこんな時間に出てくるの」

「その言葉、そっくりそのまま貴方にお返ししますわ、銀時さん?」

 

 

 うちの左側のお隣には、最近銀ちゃんが越してきていた。

 ちょっと前まで空き家だったのだが、適当に住居を探していた彼が、転がり込むように住まうことになったのである。………この辺の手続きとかも結構いい加減なのが、郷の不思議なところだ。

 

 ……空き家になってた理由?その更に隣にちょっと前まで両さん*5が住んでた、って言えばなんとなくわかるんじゃないかしらね?

 まぁ、あの人原作通りに無茶苦茶やって、今は確かミラさんのところに強制転居(左遷)させられてたはずだけど。*6

 さすがにあさひのまんまだと反省を促せないので、彼に対応する時は部長さんの姿になって、両津勘吉に反省を促すダンス(ミラ系特有の滑空)*7をしているとか噂に聞くのだけど……どうなんだろね?それくらいで懲りるのかな、あの人……。

 

 閑話休題。……って使いすぎるとパターン化するから難しいよね、なんてどうでもいいことを呟きつつ。

 

 

「俺はあれだ、昨日寝た時間のせいってやつ。夜もまだまだー、みたいな時間に寝ちまったから、こんな朝早くにお目覚め、ってやつですよ」

「休みの日に朝から寝床でぐうたら、というのは体に悪いのだ、起きて運動してきたらいいのだ、へけっ」

「うわでたっ、……って、ごめんなさいハム太郎君。思わず驚いちゃった」

「気にしなくていいのだ。それより、銀ちゃんを連れ回してあげてほしいのだ、くしくし」

 

 

 銀ちゃんから、朝八時過ぎなどという基本的に彼は寝ているはずの時間に起きている理由を聞いていたら、空いていた彼の部屋の中から、のっそりとゴジハム君が出てきた。

 

 ……そういえば、今は彼が銀ちゃんの同居人なんだっけ。

 フライパンを片手に持っているのは、まさか彼が料理を作っている、とかなのだろうか?……百人力がどうとか最初に言ってたけど、本当になんでもできる感じなのだろうか、彼。

 というか今さらなんだけど、実はこの子『継ぎ接ぎ(パッチワーク)』だったりしない?ほら、ゴジラの皮を被ってるし。

 

 みたいな疑問とかを全て飲み込み、引き攣り気味の笑顔で挨拶を返せば、彼は銀ちゃんの世話をこちらに頼んでくる。

 ……休日のお父さんかな?家に居ると掃除とかの邪魔、みたいな。

 

 

「いや、そんな可哀想なモノを見る目で見られても困るんだが」

「そう……」

「だからって養豚場のブタを見るような目*8で見ろとも言ってないからね?!確かに俺とアイツ、声は同じだけどさぁッ!?」*9

アリーヴェデルチ(さよならだ)!」*10

「いや、さよならじゃないのだ。銀ちゃんを連れていってほしいのだ」

「……チッ!」

 

 

 なので、まさかのゴジハム君に養われているかのような状況らしい銀ちゃんを、可哀想なものを見る目で見ていたら。

 当の見られている側の銀ちゃんから、猛烈な抗議の声が上がったので、仕方なく見方を変える私。

 

 ……変えた方でも抗議の声が上がった。もー、わがままだなぁぎん太君は。*11

 仕方ないのでネタにノリ返してクールに去ろうとしたら、こっちはこっちでゴジハム君に呼び止められてしまった。*12

 ……ぬぅ、どうあっても銀ちゃんを私に押し付けるつもりか!そうはいかんぞゴジハム君ッ!

 

 

「いやなにこれ、なんで俺、休みの日に子供の面倒見ろ、って言われた夫と妻の間に挟まれた子供ー、みたいことになってんの?意味わかんねーんだけど、俺大人なんだけど?」

「え?ふくしの……大学?に通ってる二十歳の大学生?」*13

「ちげーよ、こちとら健全で子供が見ても大丈夫な作風ー、で売ってるのに、そんなアウトラインスレスレなもんぶっこんできてんじゃねーよ、っていうかそれ、台詞的にはそっちが言うべきやつだろ、背丈的にも」*14

「っ……!!男の人っていつもそうですね……!私達のことなんだと思ってるんですか!?」

「止めてくんねー!?ホント止めてくんねー!?キーアさんの見た目(完全にロリです、ありがとうございました)でそれやられると、どう考えても俺が悪いことにされるんだけど!?未成年淫行の疑いで禁固刑確実なんですけど!?百パーどころか千パーの確率で俺が悪いことにされるんですけどォーッ!!?」*15

「ドキドキで壊れそう?」

先輩全裸(1000%ラブ)?……ハッ!?」*16

「きゃーっ☆剥かれるー☆」

「YA☆ME☆TE?!」

 

 

 そんな感じにゴジハム君と視線をバチバチしてたら、間に挟まれた銀ちゃんが適当なことを言うので、あれよあれよという間にこんな感じである。

 ……誘導にはまってまんまとアカン台詞を口にするとか、それでも貴様ジョセフかっ!!*17母ちゃん情けのうて涙がちょちょぎれるわっ!!

 

 

「誰のせいだ誰のっ!!……ったく、気は済んだか?」

「おや、ここで大人ポイントを稼ぐ作戦とな?あざといな、流石銀ちゃんあざとい」

「さっきから絡み方がウザいのはなんなんですかねぇ!?」

 

 

 おや、こっちがちょっと平時とテンションが違うのはバレていたらしい。……ふむ、流石は銀ちゃんということなのだろうか?

 まぁ、わかってくれてるなら話は早い。

 今日は銀ちゃん()遊ばせて貰おう、と思いつつ、ゴジハム君に手を振る。

 

 

「じゃあお母さん、息子さんを立派なお父さんにしてきます」

「ちょっと待てェェェェッ!!!?」

「へけ、せいぜい立派なお父さんにしてやってほしいのだ」

「おィィィィッ!!!?なに言ってんのお前らァァァァッ!!?」

「……えー♡今さら怖くなったんだ♡ざーこ♡年下の女の子に弄られっぱなし♡」

「へけ♡やっぱり銀ちゃんは口だけ野郎だったのだ♡くしくし♡」*18

「だから今日のお前らなんなのォォォォッ!!!?めちゃくちゃウゼェェェェんだけどォォォォッ!!!?」

 

 

 はっはっはっ。

 銀ちゃんよ、君が打てば響く系のツッコミ属性なのが悪いね☆

 ……………。

 

 

「わわわわわわわ悪いね☆」*19

「かぁっ!気持ちわりぃっ!!?やだおめぇ……!なにその動きミシンかなにかかっ!!?」*20

「……キシン流奥義!」*21

「ウボァーッ!?」

「銀ちゃん、流石にキモいはダメなのだ、へけっ☆」

 

 

 なんとなく急降下蹴りを繰り返(ドゥエ)したくなった*22のでその場でダカダカしていたら、キモいとか言われたので情け容赦なく奥義ぶっぱでNKT*23する私と、その横で遠い目をするゴジハム君。

 ……うん、初っぱなから収拾つかねぇな、どうしたもんかなこれ?

 

 ボロ雑巾になった銀ちゃんに回復魔法を掛けて感謝を貰うというマッチポンプをしつつ、はてさてこれからどうしたものかと悩む私なのであった。

 

 

*1
『ONE PIECE』より、青キジことクザンの掲げる正義の形。正義とは一つではないことに気付いた、彼なりの信念。……なのだが、パッと見だと凄まじくわかり辛い。ダラけているようにしか見えないし……

*2
茶色のキャスケット帽に、紺色のロング・オーバーコート。中は黒いシャツに、デニムのショートパンツと黒のハイソックスという出で立ち。髪は帽子の中に纏めているため、パッと見少年のように見える……って言うのだが、帽子の中にロングヘアーを纏めるのって、意外と無理がないだろうか?……と、漫画とかで少年風に変装する少女達を見て思うのである。可愛いからいいのか?

*3
最近のカプセルホテルは、大昔とは違い単に眠る場所というよりは最小の部屋、といった趣のものが多くなっている。場所によっては温泉やら喫茶やらまで併設していることもあり、下手なホテルや宿よりも過ごしやすくなっていたりするようだ

*4
『かべ紙秘密基地』など。かべに貼るだけで秘密基地ができるというのは、子供心を擽るものだろう。まぁ、かべ紙なので剥がされるとヤバいのだが

*5
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公、両津勘吉。金にがめついが人情に厚い、多趣味な警察官。かなりのハイスペックな人物だが、基本的にトラブルメイカーのため、できれば遠くから眺めていたいタイプの人

*6
『こち亀』のオチによくある話。無茶苦茶やった両さんが、どこか遠いところに左遷される……というのは、お決まりのオチの一つである。ぶちギレた部長から逃げるために高飛び、というパターンもある

*7
『連邦に反省を促すダンス』は例の『やってみせろよ、マフティー!』から始まる一連のアレ。ミラ系特有の滑空は、ミラボレアス種がやってくる超威力の滑空。まともに食らえばまず死ぬ

*8
『ジョジョの奇妙な冒険』第二部(part02)『戦闘潮流』より、リサリサがジョセフ・ジョースターに向けた視線を彼が表現したもの。元々は無関心の究極系(養豚場のブタが肉屋の店先に並ぶのは、ある種の摂理であるため)みたいな感じだったのだが、『ブタを見る目』というのが拡大解釈されたのか、相手を軽蔑する視線を表すものとしても使われるようになった。なお、アニメ版では放送コードとかに引っ掛かるのか、『あれは本気で見捨てるつもりの目だ!』に台詞が差し替えられていた。……なんとなく意味合いが違うような気がしないでもない

*9
銀ちゃんとジョセフは同じ声。声ネタが多い銀ちゃんである

*10
イタリア語での別れの挨拶。この場合は『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(part05)『黄金の風』におけるブローノ・ブチャラティの台詞として扱うのがよいだろう。俗に言うオラオララッシュの派生、アリアリラッシュの締めとして使われる

*11
なんとなくドラえもんが言ってそうな台詞。ドラえもんはわりと口が悪い。いや寧ろあの作品のみんながわりと口が悪い。まぁ、喧嘩になってないあたり、単なるじゃれあい……なのかなぁ?(たまに喧嘩に発展しているのを見つつ)

*12
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(part01)『ファントムブラッド』にて、スピードワゴンが発した台詞『スピードワゴンはクールに去るぜ』から。名シーンはよく使われるようになる、という好例。クールに去りたい時に使われる

*13
『20歳なんですけど!ふくしの……大学?に通ってるんですけど!』で検索すればわかるが、内容は成人漫画なので要注意。……のわりに、結構ネタにされている印象。成人漫画なのにね

*14
銀魂が子供も安心して見られる作風かどうかについてはツッコんではいけない

*15
児童淫行罪と見なされた場合、10年以下の懲役または300万以下の罰金を科されることになる。なお、相手が児童の場合、基本的に合意があろうがなかろうが罪になる(性的同意年齢・13歳未満および、淫行条例・18歳未満)。なので、基本的に18歳未満の少年少女には触れないくらいが妥当、だったりするかもしれない。そりゃ100%どころか1000%である

*16
『うたのプリンスさまっ』の楽曲、『マジLOVE1000%』の空耳。『1000%』が『先輩』に空耳するため、先輩でずっぱりである。あとオランダはとばっちりである。無論、まともに楽しんでる人達にとってもとばっちりである。……のだが、乙女ゲー系のアニメ化は大体ギャグに振っているような気もするような……?なんとも難しい話である

*17
ジョセフ・ジョースターの決め台詞的なもの『次にお前は◯◯という』から。文面はいくらか変わる。相手の言うことを先に予測するようなキャラなのにも関わらず、言動を逆に誘導されるとは何事か、というお叱りの言葉

*18
メスガキ構文……とは言うものの、『♡』付けてればいいんだろ、みたいな安直感がなくもない。へけっ、に♡は色々あれだと思う

*19
『MELTY BLOOD』より、七夜志貴の台詞『悪いね☆』から。悪いね☆

*20
映画『ドラゴンボールZ 燃えつきろ!!熱戦・烈戦・超激戦』における、孫悟空の台詞。とある状況でにぃっと笑ったブロリーを見て、悟空が思わず漏らした言葉。よくMADなどで使われる台詞

*21
『キャッスルヴァニア 白夜の協奏曲』における隠しキャラ、マクシームの使う奥義。大体TASとかRTAで目玉のラスボスを瞬殺しているイメージがある

*22
『悪魔城ドラキュラ』シリーズにおける、特徴的な移動方法『ドゥエ』と、それを使いこなすもの『ドゥエリスト』のこと。基本的にはジャンプ→降下ジャンプ蹴りの組み合わせ。これを繰り返すと普通に進むよりずっと早くなる(ホァイ)

*23
長く(N)苦しい(K)戦い(T)だった、の略




(なんだか久しぶりに注釈が20越えてるな、という顔)


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幕間・下の話を女性に聞かせるやつは大体その後袋叩きにあう

「正直すまんかった」*1

 

 

 反省はしている、反芻はしていない*2……と銀ちゃんに謝りつつ、街を歩く私達。

 いやでもあれだよ、ノれる時には極端にノっていけ、が家訓だから、あそこでノらないのは失礼かなって思ってだね?

 

 

「それで俺が取っ捕まってたら、どうするつもりだったんですかねぇ……?」

「ほい」

「あん?……免許?」

「ほら、未成年だと思われるのがアカンねやから、未成年やないって示せばええわけやん?」

「なるほど……つーか、なにそのエセ関西弁?」

「都合よくウチピンク髪やし、茜ちゃんのお仕事奪ってこーかなーと」*3

「はぁ?」

 

 

 不機嫌そうな銀ちゃんに、見捨てるつもりはなかったんだよー、と免許を見せる私。

 ……うん、外のお仕事する時に作った奴だから思いっきり偽造品だけど、一応私は世間一般的にこの名前の女性、として認知されているのは確かなわけで。

 

 まぁ、郷の中でしょっぴかれるとか、よっぽど無茶苦茶やんないとあり得ない話ではあるんだけどね!

 誰かに対する攻撃的な行為だって、基本的に超次元サッカー*4くらいにまでダメージ減るわけだし。……それはそれで危ない?なんのことやら、相手は単なるサッカーですぜ?()

 

 なにはともあれ、郷の中で()()()()やったって、合意があるなら特になーんもお咎めなし、だとは思う。

 ……そこら辺(性欲)減退してるのか、後にも先にもそれに纏わる話とか聞いたことないけど。

 

 

「……あー、元々()()()()()()のキャラなら、なくもないんじゃねぇか?」

「どうだか。仮にランス君*5とか居たら、問答無用で凍結処理になるかもー、とかゆかりんが言ってたけど、幸か不幸かそういうのは見たことないって言ってたわよ?」

「……fateは」

「fateは健全作品、いいね?」

「アッハイ」*6

 

 

 ふぅ危ない危ない。銀ちゃんの迂闊な発言に心臓が止めるかと思ったよ。

 えっちぃ話はノーセンキュー、fateは裏表のない健全な作品です、はい復唱(リピートアフターミー)*7

 ……一般向けの作品が存在する対魔忍は、健全扱いしていいのか、ですって?あー、うん。……うーん?*8

 

 ……うん、わからん。

 直接的な行為がないなら健全扱いでいいんじゃないかな、私にはよーわからん。なにせ昨今はぬきたしがウルジャンで連載するくらいである、正直私には基準がわからねぇ……。*9

 普通のジャンプ作品でも単行本になるとはっちゃけ始める作品もあるし、なんというか私にはわからん、としか言いようがないのだぜ……。*10

 ──わからんしか言ってないなこいつ?

 

 

「おーい、いい加減戻ってこーい」

「……おおっとありがと、それとなに銀ちゃん?カップル御用達のカフェでも見付けた?」

「ちげーよ、なんで今回執拗にそっち方面で弄ってくるんだよ……」

「え、わかってないの?」

 

 

 そうして上の空で歩いていたら、手を引かれる感覚に意識が戻ってくる。

 振り返れば、銀ちゃんに右手を捕まれていた。

 ……目の前を通行人が横切って行ったので、前方不注意を咎めていたようだ。

 軽く礼を述べたのち、彼が視線を私からずらしていることに気が付いて、その視線の先を追いながら声を掛ければ、こちらの言葉に「は?」という声を彼は漏らしていた。

 ……むぅ、これは私が知らないと思っているらしい。ならば彼の恥部をさらけ出さねば!

 

 

「いや、だって確か神楽ちゃんポジでX1.5ちゃんを雇い入れた、って聞いたんだけど」

「ぶふっ!!?」

 

 

 思わぬ方向からの一撃だったのか、思わず咳き込む銀ちゃん。

 とはいえ、X1.5もとい謎のヒロインXちゃんを彼が雇った、と言うのはゆかりんからも確認が取れている、信用できる情報である。

 

 XとXXのちょうど中間点くらいの発育の彼女を見て、劣情とかを催さないー、というのはそれはそれで問題があるような?

 ……みたいな感じに、ちょっと彼の男性機能の不調を疑ってたりしなくもないのである、こっちは。

 なので、彼女とは方向性の違うロリ気味な私にだったら靡くのかなー、とちょっと試してみたというわけなのだった。……遊んでるだろうって?なんのことやら。

 

 

「いやおまっ、いやおまっ!!?なに言ってんの?!流石にちょっと俺のキャパ越えてんだけどッ!!?」

「ほら、原作でもあったじゃん?銀ちゃんとよく似た顔の子供を見付けて冷や汗掻くって話。あれで冷や汗掻くってことは、それなりに経験が……」*11

「どわぁぁあっ!!!?この作品は健全な作品ですゥゥゥゥッ!!!」

「へぶっ!?」

 

 

 なお、そんな銀ちゃんの女性遍歴への弄りは、彼の飛鳥文化アタック*12により強制終了させられるのでしたとさ。

 ……んもー、照れなくてもいいのに。

 え?照れてない?あの性格だから扱い的には本当に神楽と同じ?……せやな!*13

 

 

 

 

 

 

「……なんで俺は、朝っぱらからこんなに疲れてんだ……?」

「大丈夫銀ちゃん、仮面いる?」

「いやなんで仮面?……って、これ蜻蛉のやつ*14じゃねぇか、いらねぇいらねぇいらねぇわ、必要ないから捨てちまえっ!!*15

「ああっ、高かったのに……」

 

 

 渡されたドミノマスク(SとMを見分けられそう)を投げ捨てる銀ちゃんと、風に乗って飛んでいく仮面を追いかける私。

 今はお疲れモードな銀ちゃんにエネルギー供給させるために、近くの喫茶店に立ち寄ったところである。……この人、ホント甘いものしか食べないな……。

 

 店のおすすめであるというストロベリーサンデーを黙々と食する銀ちゃんを横目に、特になにを食べているわけでもない私は、店内をなんとはなしに見回してみる。

 

 ……ふむ、あそこで皿を積み上げている二人組は、孫悟空にオグリキャップ……だろうか?*16

 生憎ウマ娘には詳しくないので、正確にこれ!とまで言えるほどの自信はないので、もしかしたら違うのかもしれないが。

 でも確かプリティって付いてない漫画版の主人公*17、というのは知ってるので、そこまで間違いでもないような気もする。……自信があるのかないのかどっちだよ、というツッコミが入りそうなので口にはしないが。

 

 それにしても、基本的に軽食しかメニューにない喫茶店で皿を積み上げるほど食べるとか、店に大迷惑だから止めてあげなよ感が凄い。

 ……のだが、対する店の店長らしき方は、鼻唄混じりに調理をこなしているので、あまり問題はないのかもしれない。

 パフェ系がメニューにあるくらいだし、喫茶店だけどしっかりした店……なのかもしれんね。*18

 

 なんてことをボーッと考えながら、新たに皿が積み上がっていくのを眺めていると、パフェを食べ終えた銀ちゃんが、こちらの視線を追って行くのが見えた。

 

 

「なに見てんだ?……っておお、ウマ娘か。居るもんだな、意外と」

「オラ、サル息子だ!」

「いやなんの張り合いだよ、飯の食いあい見てるだけでこちとら胸がいっぱいなんだよ、摩訶不思議過ぎんだろうがお前らの胃袋」

「私の胃袋は宇宙……なのか?」*19

「なんで疑問系?それはまさかあれか?今のは八分目ですらない、みたいな余裕の現れなのか?」

「お、落ち着いて銀ちゃん」

 

 

 おおっと、今日は基本的にツッコミモードな銀ちゃんなので、向こうの集団の底無しな感じの食欲に、ちょっと疑問を持ってしまったようだ。

 関わりすぎるとまた銀ちゃんの機嫌が斜めになるので、ほどほどにして彼らから離れる私達。

 ……離れた途端に皿がまた積み上がり始めたが、とりあえず無視。これ以上銀ちゃんにぷんぷんされると、下手すると伝説のギンタマンに進化しかねないし。

 

 

「いや止めようね?流石の俺も本物の前で、あのパロを披露する勇気はないからね?」

「……?こっちもあっちもなりきりなんだし、別に構わないんじゃ」

「そうだけどそうじゃねぇんだよっ!!」

 

 

 むぅ、難しい。

 怒っているわけではないが、冷や汗を掻いている銀ちゃんを連れ、そのまま喫茶店の外に出る私達。

 腕時計を見て時刻を確かめれば、まだお昼にもなっていない十時前くらいを針が指していた。

 ……ふぅむ、このまま街を散策してたら、ちょうどいい感じのお昼の時間になるだろうか?

 

 

「じゃああれだ、私の趣味に付き合って貰おう」

「趣味?キーアの趣味っつーと……」

 

 

 と、いうわけで。

 やって来ました眼鏡屋さん!

 

 ふふふ、ここにある眼鏡はコラボ系を越えた実用系・眼鏡が生命線となるキャラ達のために、日夜眼鏡を研究開発する、眼鏡スト達の最前線なのだ!

 初めて見た時は、そのあまりの神々しさにひれ伏してしまった私だが、今回は余裕を持って優雅に店内を回りたいと考えている。なので平常心平常心、と小さく深呼吸をするのです。

 

 ……おや?銀ちゃんが心なしかげんなりした表情を浮かべている。

 ちっちっちっ。ダメだなぁ銀ちゃん、この聖域でそんなテンション下げ下げとは。眼鏡の威光に気後れするのは仕方ないけどね!

 

 

「な・の・で、眼鏡どうぞ☆」

「なにが『なので』なのかわかんねーんだけど、そういやキーアの趣味って眼鏡布教だったっけか……」

「そだよー。私も読書用の眼鏡も持ってるしね」

「……いやまぁ、似合ってるけどよぉ」

 

 

 なので、スチャッと読書用の(眼精疲労軽減)眼鏡を装着しつつ、とりあえず一発挨拶をしておく私。*20

 

 そのまま眼鏡を崇めよ・眼鏡を欲せよ・さすれば汝・与えられん──みたいな言葉を紡げば、彼のげんなり感はますます増していくようだった。

 ……むぅ、そもそも銀ちゃんってば、銀八先生やってる時は眼鏡掛けてたはずだし、そんなに頑なに固辞することないと思うんだけどなー?

 別にいつもいつでも掛けてなさい、って言ってるわけでもないんだしさぁ?

 

 

「……お前さんの眼鏡愛、時々どっかの海賊思い出すんだよ……」

「へ?……な、なん、だと……!?」

 

 

 などと腕組みしながら考えていたら、彼から返ってきたのは衝撃の言葉。

 ……え、ここで言う海賊って、もしかして彼?……マジで?

 どこぞのメカクレ好きーが脳裏で「君もメカクレにならないか」とか言っているのが浮かび、思わず背筋が凍る。

 

 

「ままままマジで言ってるそれっ!!?」

「うん、時々怖い」

「……あ、あー、なるほど。……はい、自重します……」

「そーしてくれ。まぁ、たまになら付き合うから」

「うぃー……」

 

 

 まさかアレと同列扱いされているとは……。

 できる限り押し付けたりはしないように気を付けていたつもりだけど、周囲から言われてしまえば反省するほかない。

 

 意気消沈としつつ、私は銀ちゃんに似合う眼鏡を探し始めるのであった……。*21

 

 

*1
プロレスラー・佐々木健介氏がマイクパフォーマンスで発した言葉。プロレスにおけるマイクパフォーマンスとは、基本的に煽りを含むものであり、それを楽しむものでもある。……のだが、この発言は相手に対して素直に謝ってしまっている(=煽っていない)ため、マイクパフォーマンスとしては珍しいものであり、それゆえにネタにされたようだ。元が2001年の発言であるため、この台詞が元ネタのあるものだということを知る人は意外と少ない、のだとか

*2
『むしゃくしゃしてやった、今は反省している』という何かしらの犯罪を犯した被告の台詞と、そこから生まれたネタ台詞『むしゃむしゃしてやった、今は反芻している』から。反芻は偶蹄類目反芻亜目に属する牛などの動物(総称で反芻類と呼ぶ)が行う、一度食べたものを吐き出してもう一度食べる行為のこと。基本的には食物繊維の多い牧草類を効率よく消化するために行うものだとされる。そこから転じて、物事を繰り返しよく味わうことを反芻する、と言うようになった

*3
ウチは『琴葉茜』、結月の方のゆかりちゃんと同じVOICEROIDやでー。少し天然で関西在住歴が長かったから関西弁が抜けきらへんってのが公式設定になっとるけど、大体無視されるでー。ハーメルンやとゆかりちゃんときりたんが読み上げ役やっとるけど、ウチや葵には出番ないんかなー?……あ、葵言うんはウチの妹やでー

*4
『サッカー、やろうぜ!』でお馴染み、サッカーRPG『イナズマイレブン』内で扱われているスポーツ。『テニスの王子様』のテニヌ、『黒子のバスケ』のバヌケなどと並ぶ、『それはまっとうなスポーツとは言えない』系のモノの一つ。トンでも度合いではテニヌと双璧を為す。一応、人が死ぬようなことはないはず。……隕石?ブラックホール?知らんな(震え声)

*5
アリスソフト製作のアダルトゲーム、『ランスシリーズ』の主人公。鬼畜戦士などと言う冠詞が付くことからわかる通り、基本的には傍若無人。……だったのだが、シリーズが進むごとにちょっとずつマイルドになっていった。作中の人物達が成長限界という強さの天井が定められている中で、彼だけがそれを持たないこと・および彼と媾った女性の成長限界を引き伸ばすこと・そしてそういうのは無関係にドスケベであることは最初から変わっていない。初期の方の彼なら一般作には放り込めたものではないが、最後の方ならどうにかなる、かも?実際、とあるなりきり板には暴力及び性的な表現なしで彼を演じていた人も居たりした。そのため、問答無用で排除するほどかと言われると実は微妙だったりする。……まぁ、彼が出てくる時点で期待されるモノは決まっているので、彼を使うのには勇気が居るだろうが。なお、女性と媾うことに理由がある、という点から見ると、昨今の18禁系のソシャゲの原点、とも呼べたりするかもしれなかったりする

*6
元がエロゲーだったのにも関わらず、人気ソーシャルゲームとして覇権を競う立場にまで成り上がったというのだから、世の中わからないものである。……二匹目のドジョウを狙うもの達もいたが……成功したと言えそうなのは対魔忍、くらいだろうか?

*7
『アマガミ』のヒロインの一人、絢辻詞(あやつじつかさ)の台詞『『絢辻さんは裏表のない素敵な人です!』はい、復唱。』と、英語の授業の時によく言われる台詞から。復唱要求なので赤文字でお願いします(こっちは『うみねこのなく頃に』から)

*8
ゲームメーカーLIlITHが製作・販売をしている『対魔忍』シリーズのこと。元々は人を選ぶ作風のアダルトゲーム。……なのだが、アダルト部分を抜かすと結構ハードで深みのある設定をしているため、エロ抜きでも意外といけた、という特殊枠。元々の作品を知っている人ほど、今の対魔忍の立ち位置に困惑するとかしないとか

*9
アダルトゲーム『抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳(わたし)はどうすりゃいいですか?』のこと。略称が『ぬきたし』。なお、漫画版は『ぬきたし-抜きゲーみたいな島に住んでるわたしはどうすりゃいいですか?-』、貧乳はダメだったらしい。ウルトラジャンプで連載が決まったと聞いて、大体の人が『!?』となったようだ。なお、対魔忍と同じでエロを抜くと意外と熱いストーリーだったりする

*10
『To LOVEる -とらぶる- ダークネス』や『ゆらぎ荘の幽奈さん』などのこと。親に見つかったらまず怒られるやつ

*11
『銀魂』77訓『ミルクは人肌の温度で』以降に登場した赤ん坊・橋田勘七郎と、それに纏わる話のこと。無関係なのに凄く似てる

*12
『ギャグマンガ日和』より、聖徳太子の必殺技。回転しながら相手に突撃する。体育座りで回転しながら突撃する、という見た目だが、意外と似たような技が使える者が多い(ストリートファイターのブランカなど)。特にTASやRTAで回転しながら宙を高速で駆け抜けるドンキーコングやディディーコングなどは飛鳥文化アタックの第一人者(?)だと言えるかも

*13
見た目が幾ら性的であったとしても、性格がダメなら百年の恋も冷める、というお話。……ラブコメならそこから逆転を狙うことになる。普段賑やかな子がしおらしくなるというのは、それはそれで破壊力があるものだ

*14
『妖狐×僕SS』より、青鬼院蜻蛉の付けているマスク。またもや声優繋がり。変な奴らばっかりの『いぬぼく』の中のでも、とびきりに変な奴。……まぁ、主人公含めみんな大概変なのが『いぬぼく』なのだが

*15
Ado氏の楽曲『うっせぇわ』のフレーズから

*16
『ドラゴンボール』シリーズの主人公・孫悟空と、『ウマ娘 プリティーダービー』のキャラクター、オグリキャップ。後者に関しては『ウマ娘 シンデレラグレイ』の主人公でもある。孫悟空は、言わずと知れた大人気キャラクター。人気過ぎて世代交代できないくらいに人気。オグリキャップの方は、見た目はミステリアスさすら醸し出すクール系だが、その実わりと天然で純朴。基本的には口下手なだけの少女。なお、両者とも健啖家(健康的な大食い、みたいなニュアンス)。また、オグリ側のスキル発動演出が金色のオーラを纏うもの(ぶっちゃけ超サイヤ人)なので、そういう意味でも繋がりがあると言えなくもない

*17
『シンデレラグレイ』の作風がわりとシリアス・バトル漫画寄りのため、タイトルに『プリティーが入っていない』からと弄られることがある

*18
『喫茶店』は『喫茶店営業許可』を取っていれば営業できるが、代わりに酒類が提供できなかったり、学園祭や文化祭の出店よりも提供できる食品に限りがあったり(=調理行為ができない)する。なので、実際は『飲食店営業許可』を取って営業している喫茶店、というものも少なくない。なお、令和3年6月から、『喫茶店営業許可』は『飲食店営業許可』に統合されたため、現在はこの区分は関係なくなっている

*19
『俺の胃袋は宇宙だ』は、2000年に放映されたテレビドラマ『フードファイト』の主人公・井原満の決め台詞のようなもの。『フードファイト』そのものは様々な理由からDVD化されていないため、現在視聴するのは困難。なお、SMAPの楽曲『らいおんハート』を主題歌に使っていたりする

*20
なお水泳用・風紀委員用なども取り揃えております

*21
いや、懲りてねぇじゃねーか!!



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幕間・武士は食わねど高楊枝、武士じゃないから普通に食います

「ふんふんふーん♪」

「……ご機嫌だねぇ」

「そりゃまぁ、いい感じの眼鏡見付けちゃったからねー♪」

 

 

 ちょっとへこんだりしたけれど、私は元気です。

 ……みたいな感じで、購入した新しい眼鏡の入った袋を抱えて、スキップを踏む私。

 他人に勧めるのはまぁ、ちょっと自重することにはしたけれど。自分が鏡の前で眼鏡ショーするのは、別に誰かに迷惑掛けたりしないから自由だもんね!

 ……って気付いたため、幾分がテンションを持ち直したのである。

 

 

「……眼鏡スキーって、自分は対象外なんじゃねぇのか?」

「うん。だからほら、()なら対象でしょ?」

「……あー、あー?……俺らと違って外身と中身が厳密には違う……んだっけ?」

「そーそー。……まぁ、これが()()()()()()()()()()と、いよいよもって終わりの時が近い、ってことになるんだけどね……」

「お、おう……」

 

 

 中身と外身とが厳密には違うからこそ、私が着飾るのはある意味誰かを着飾らせるのに近い……という、ちょっとした抜け穴である。

 抜け穴という通り、着せ替えが楽しくなくなってくると、そろそろヤバいってことになるわけなのだけれど。

 ……ズレが完全に無くなろうとも、結局自分の眼鏡にも萌えてそう?……せやな!()

 

 

「いやどっちだよ……ったく、次はどうすんだ?」

「時間帯もいい感じだし、お昼にしよお昼っ」

 

 

 眼鏡屋であれこれ見ていたら、普通にお昼を過ぎてしまっていた。……銀ちゃんがどうかは知らないけれど、こっちはいい感じにお腹が空いてきた感じである。

 なのでまぁ、()()()()()()()()()()……みたいな感じだ。

 

 

「いや、寄るってどこ……あー、なるほど?」

「あはは、たまには顔見せろーって言われてたしね?」

「……まぁ、俺は今日は付き添いみたいなもんだし、好きにすればいいさ」

「へーい。……ってことで、たのもー!」

 

 

 へいへい、と声を返してくる銀ちゃんを連れて、とある建物の扉を開ける。

 扉の上に据え付けられた鈴の鳴る音を聞きつつ、店内に歩を進めてみれば。

 

 

「はーい、いらっしゃいませー!……ってあー!!キーアちゃんだ!」

 

 

 こちらに元気な挨拶を返してくるのは、仕事着に着替えたココアちゃん。

 ……まぁ、捻りもなにもなく、ラットハウスに向かっていたわけである。

 いい加減に顔を見せに来い、とライネスに言われてから早何ヵ月。……そろそろライネスから再び小言が飛んで来そうなのもあって、今日は最初からここに寄るつもりでいたのでしたとさ。

 

 

「はい、キーアですよー。お昼を食べに来ました」

「おおーっ、ついに約束を果たす気になったのですな?……マシュちゃんマシュちゃーん、お客さんだよー!」

「……はい?どうされましたかココアさ……せんぱいっ!?」

「やっふー。マシュ特性オムライスが食べられると聞いて来ました」

「ええええ!?らららライネスさん、そんなメニューあったでしょうか!?」

「落ち着きたまえよ、マシュ。そんなもの、キーアの出任せに決まってるだろう?」

 

 

 ココアちゃんにテーブルへと案内して貰いつつ、途中で倉庫から戻ってきたマシュに軽く挨拶を投げる。

 ……うむ、凄くテンパりながらライネスに確認取りに行ったけど……ふっふっふっ、甘いなライネス!ここで伏せていたリバースカードオープン!*1

 

 

「出任せだと思うのなら、これを見ろぉっ!!」

「は?……!?なんだこれ?!」

「お、どしたどした?」

 

 

 近くのテーブルからメニュー表を引っ張りだし、所定の動作(上上下下左右左右BA)*2をすることによって特殊なページをオープン!

 これぞラットハウス隠しメニュー、店員さんの愛情たっぷりオムライスだ!!*3

 

 メニューが自分の知らないうちに増えているという怪現象に、慌てて近付いてきたライネスが目を皿のようにしながら、メニューを上から下に確認し尽くしていく。……無論、何度見ようともそこに書かれたメニューが変わることはない。

 だってこれ、ゆかりんが面白半分で突っ込んだ奴だからね。

 

 

「はぁ!?あの隙間女、いつの間にこんなことをっ!!?」

「許可はウッドロウさんに取りました」

「ウッドロウゥゥゥッ!!?」

「なに、気にすることはない」

「気にするわァァァァッ!!!」

 

 

 スキマによる折り畳み技術の無駄遣いにより、所定の動作をしなければそもそも発見することのできない隠しメニュー。

 ……どうせならコマンドはステーキ定食・弱火でじっくりとかでも良かったのだけれど。*4

 それだと念の修行とかにまで転がっていきそう、というジェレミアさんの指摘により、お流れになっていたりする。

 

 ともあれ、メニューに書かれているのだからやって貰おうじゃないか、ライネスの『萌え萌えきゅん☆』をな!!*5

 ……などと宣いつつ、案内されたテーブルにつく私達。

 

 

「……マシュじゃなくて良かったのか?」

「いや、マシュはほら、家でやって貰えばいいし」

「せんぱいーっ!?」

 

 

 対面の銀ちゃんから疑問の声が飛んでくるが、よくよく考えたらマシュには家でやって貰えばいいや、ということに気付いたため、ここでしか見れないライネスの『萌えきゅん』を優先することにした次第……と返す。

 銀ちゃんから「……ほどほどにしてやれよ」と嗜めの言葉を掛けられたけれど、こういうのは情け容赦ないくらいで丁度いいのよ、と返してライネスに視線を戻す。

 ……笑顔がすっごく引き攣ってるけど、私のオーダーに変わりはないですよ?

 

 

「いやいや待ちたまえ、いいかね?私はあくまでコーヒー係、料理は専門外、オーケー?」

「ノー!下手くそなら下手くそでいいから作れアルー!」

「いやなんで神楽(ふう)?……あやべ、これそのままノっときゃ良かった流れか、失敬失敬」

「いいよ!ノらなくていいんだよ!私の味方をしてくれよどうせなら!!?」

 

 

 余裕のない様子のライネスに、にやにやと笑みを返す私達。

 ……勝手に付け加えられたメニューなんて無視すればいいじゃないか、とか言われそうだが、実はこのラットハウスはメニュー至上主義なのである。

 ……なに言ってるかわからない?大丈夫だ、私にもわからん。

 

 まぁ、詳しく説明すると。

 この店のメニューは、原則的に投票性なのである。

 ……道楽に近い営業形態のため、売れるモノというよりは人気のあるモノを優先する運営方針になっており、メニューに記載されているものはその人気投票の上位のみ。

 その仕様のせいで、メニューの片隅にはひっそりと「メニューにあるものしか作りません」という文面が記載されているのである。

 

 元々はメニュー外の商品を頼む人への、お断りの文面でしかなかったのだけれど。

 店を始めた最初の方、メニューに無いものを頼む客が多発したらしく、そのせいでこの文面、半ばギアスみたいな強制力が持たされているのである。*6

 ……対処の仕方がバカっぽいのは、それだけ特定の料理(カレーとかマーボーとか)しか頼まない者が多かったせいだったりするらしいが、それにしたってもうちょっとスマートな解決法、あったんじゃにゃいかにゃー?

 

 なにはともあれ。

 メニュー至上主義を掲げねばならなかったが故に、メニューそのものに細工をされるのには弱かった、ということに話は落ち着くわけなのでして。

 ……いや、ゆかりんとかでもないと改竄不可なくらい、厳重なセキュリティが付属してるらしいんだけどね、このメニュー。

 でもまぁ、ゆかりんが愉快犯と化したらどうしようもない、と言うのはよくわかったんじゃないかな?

 ……というようなことを、言外に匂わせる私。

 

 

「ぐ、ぐぐぐっ!……お、お待ちくださいませお客様……」

「はーい、大人しくまってまーす」

 

 

 羞恥を抑え、厨房の方へと消えていったライネス。

 代わりにウッドロウさんが表に出てきた。……毎回思うけど、この人エレガント感か空気感しか発してないな……。

 今日はエレガントの日らしく、なんだか周囲に花が舞っているような気がする。

 

 

「……そういや、ウッドロウには勧めねーんだな、眼鏡」

「ん?……いや、なんか天に立ち始めそうだから」

「あー、そういや同じ声か……敵方になられても困r()

「眼鏡パリーンとか許せるわけがねぇ……っ!!」

「……そっちかー」

 

 

 机に肘杖をついてこちらに疑問を呈してくる銀ちゃんと、渡した眼鏡が無惨にも砕かれてしまうところを想像して身震いする私。

 ……ウッドロウさんそのものには、眼鏡とか普通に似合うと思うのだけれど。中の人的に眼鏡破壊が普通に選択肢に上がってきそうで、どうにも勧めるに勧められないでいるのだった。

 いやまぁ、あれはあれで名シーンだとは思うのだけれど、なんというか心胆を寒からしめる感満載というか、ね?*7

 

 

「なに、気にすることはない」

「……それ、ごまかしの言葉じゃないですからね?」

「ふむ。……では、考える。もっと考える。……答えが出るまでね」

(……ごまかす気しかないなこの人……)

 

 

 それわりと迷言よりの言葉じゃないかな?*8

 ……みたいな感想を飲み込みつつ、待つこと暫し(シンキングタイム)

 

 

「まったく、ほら、待たせたね……って、なんだいこの空気?」

 

 

 待つ間に考えすぎた私達は、皆一様に難しい顔(なお見た目だけ)をしていたのでしたとさ。

 

 

「いやわけわかんないんだが?いいから、わざわざ私に作らせたんだから、ちゃんと完食したまえよ」

「おお、洋食屋でよく見る、卵を切るタイプのやつや」

 

 

 ……今のは次回に続く流れだったと思うんだけどなぁ。(メタ視点)

 調子を外された感を味わいつつ、ライネスが出してきた皿に視線を向ける。

 最近ではすっかり一般的になった、半熟のプレーンオムレツが上に乗ってるタイプのオムライスだった。*9

 

 

「……いや、ライネスのことだから真面目に作ってくるだろうとは思ってたけど、ここまで真面目に作るとはねぇ」

「ふふん、どうせ私は料理なんかできないと思っていたんだろう?残念だったね、今の私には苦手なものなんてないんだよ!」

「おお、すごい自信だ。……じゃあ、仕上げをお願いします」

「……ん?仕上げ?」

 

 

 意外に料理上手だったことに感心しつつ、ライネスに最後の仕上げを頼む私。……首をこてんと傾けて、疑問符浮かべていらっしゃる。

 その姿は可愛らしいが、そこで思考停止されても困るんだけどね?

 

 

「だってこれ、『萌えきゅん☆オムライス』やで?ここにケチャップでハートマークと萌え萌えな台詞を描くことで完成……って料理のはずだけど」

「……?……。……!」

「この反応、作ってる途中で思考が逸れたやつだな……」

 

 

 いつの間にやらフルーツサンデーを頼んでがっついている銀ちゃんの言葉に、ライネスが顔を真っ赤にしながら彼に殴り掛かっていった。

 ……子供なのでぽかぽか言うだけのダメージの無いモノだが、銀ちゃんは「いてて」と呻き声をあげている。

 

 

「バカか私はっ!!?まんまとノせられてまんまと完璧なオムライスを完成させて、その上でハートマークを自分で描く、だとぉっ!!?どう考えてもただのバカじゃないかっ!!」

「いや知らんがないてててて、俺にあたんないててて」

「うるさいうるさいうるさぁいっ!!!」

 

 

 ……こりゃ暫く戻ってこないな。

 オムライスが冷めないようにしつつ、暫く二人のじゃれあいを眺める私なのでした。

 

 

*1
『遊☆戯☆王』シリーズなどで使われる台詞。伏せられているモノは原則的に罠カードである。その名前の通り、相手の特定の行動に対して罠を仕掛ける、というコンセプトのカード達が罠カードと呼ばれるカード達である。環境が高速化している時は、『一度伏せる』必要があるために採用率が下がったりもしていた

*2
コナミコマンド。コナミのゲームソフトに時々設定されている隠し要素(イースターエッグ)。基本的には入力するといいことが起きる。なお、有名になりすぎたため、時々捻ったモノに差し変わっていたり(例:XXBBYAYA下右のように、押すボタンの配置を左右入れ換えたものなど)することもある

*3
メイド喫茶なら大体置いてあるメニュー。メイド達の画力が試されたりするが、その分ウケがいい……のかも?

*4
『HUNTER×HUNTER』より、ハンター試験会場に行くための合言葉。……偶然引き当てそうな合言葉のため、全然関係ない人が引っ掛かりそう、なんてことは既に論じ尽くされている感があったりする

*5
『萌え』という言葉が既に死語と化していることについては触れてはいけない。……『萌え』単体の使い方は今だと『無理』とか『尊い』とかなのだろうか?それともそっちも死語、なのだろうか……?

*6
強制の呪い。元々はクラーク・アシュトン・スミス氏の小説『七つの呪い』に登場する魔法が元ネタとされる。なお、これ自体もケルト神話のゲッシュから着想を得たものらしいとか。なお、『コードギアス』のギアスも、元ネタは『七つの呪い』であるとされる

*7
『BLEACH』より、藍染惣右介および彼の離反シーン。それまで付けていた眼鏡を手で握り潰し、髪を掻き上げて虚空の穴に消えていくというシーン。わりと伏線の多い場面

*8
『テイルズオブデスティニー2』における、主人公カイル・デュナミスとウッドロウの会話から。物事には考えても答えのでないモノがあるが、だからと言って考えることから逃げてはいけない。選択を任された者として、何かしらの答えは出さなければならないのだ……みたいな感じの台詞。ウッドロウ自身が既にネタキャラ扱いされていたため、なんとなく変な台詞に聞こえる人がいたようだ。一応、変なことは言ってはいない、はず

*9
正式な名称が定まっているわけではないようだが、1985年公開の『たんぽぽ』という映画に登場したのちに広まったと言われることがあるため、俗に『たんぽぽオムライス』などと呼ぶらしい



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幕間・拡散する速度はこっちが思っているより遥かに早い

「うまい!」*1

「……そりゃどうも」

 

 

 ライネスの羞恥心と引き換えに描かれたハートマークを崩しながら、他の具材と一緒にスプーンで口に運べば。

 とろとろの卵とチキンライス・それからアクセントのケチャップが、絶妙なハーモニーを口の中で奏で始める。

 

 ……うむ、美味しい。大口を叩くだけのことはある。

 ただまぁ、本来こういうハートマークとか描くようなオムライスって、わりとチープな味であることが多いので……。

 

 

「なんというか、ちょっとチグハグ感があるよねぇ」

「文句があるなら食べなくてもいいんだよ?」

「おおっと、客が食べてるものを下げようとするやつがあるかいっ」

「……ちっ!!」

「いや、どんだけ嫌だったんだよお前……」

 

 

 なんというか、ハートマークとかポージングとか、全部余分だよなぁ……なんてことをぽつりと呟けば、固まった笑顔のライネスが、オムライスの皿を持っていこうとしたため、そうはさせるかとばかりに皿を引き寄せて、彼女の手の届かない位置に移動させる。

 伸ばした手が空を切った形になった彼女は、忌々しげに舌打ちをしていた。……銀ちゃんの言う通り、『萌えきゅん』とかやらされたことが、よっぽど腹に据えかねていたらしい。

 ……そこまで嫌なら、止めてくれってちゃんと主張すれば良かったのに。

 まぁ、メニューは絶対なので、そこらへん選択肢にも上がらなかったのだろうけれど。

 

 

「それはあれかい?さんざん写真を撮って満足したから、ということかい?」

「…………」

「おいこっちを見ろキーア、密かにメニューの方に『お望みの方は写真(チェキ)も承っております』とか書いてあったことをいいことに、ポージングした私を写真に納めまくっていたキーア」*2

「ちゃんとtubuyaitter(ツブヤイター)にもあげときました☆」

「はぁ!?……うわホントだあがってるっ!!?」

 

 

 こちらに詰め寄ってくるライネスから視線を外しつつ、代わりにスマホの画面を見せる私。

 一応フォロー限にしてあるので無秩序に拡散したりはされないだろうけど、それでも結構な人数のなりきり郷仲間に拡散されたのは確かだろう。

 なお、内容はこんな感じ。

 

 

 

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 虚構を描く人@Kill_Arty
… 

 

 

 【悲報】かの喫茶店の看板娘、メニューには勝てず【えへ顔ダブルピース】

 

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 午後12:42・20**年11月29日・Tubuyaitter for Android

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 1029件のリツイート  32件の引用ツイート

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 2531件のいいね

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@          ♡     

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返信

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 ごじょー@Gojo 3分
… 

  返信先:@Kill_Artyさん
  

 

  待ってwwwwウケるwwww

 

@          ♡     

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 ゆっかりん@Yukarin_Yakumon 4分
… 

  返信先:@Kill_Artyさん
  

 

  あっ(察し)

  ……私しらなーい

 

@          ♡     

───────────────────────

 まじめな科学者@Kohaky 7分
… 

  返信先:@Kill_Artyさん
  

 

  こんな、こんなことが許されていいんですか!?(大爆笑)

 

@          ♡     

───────────────────────

 焔の髪の少女@Nietono 12分
… 

  返信先:@Kill_Artyさん
  

 

  ……骨は拾っておくわね

 

@          ♡     

───────────────────────

 暇なししょー(偽)@Skadi_Ark 13分
… 

  返信先:@Kill_Artyさん
  

 

  更新押す度にいいねとリツイートが増えまくってるんじゃが……じゃが……(恐怖)

 

@          ♡     

───────────────────────

 

 

   Φ   ♪   

 

 

 

「………げふっ」

「あ、死んだ」

 

 

 スマホの画面を凝視していたライネスは、そのまま膝から崩れ落ちた。

 彼女が手放したことにより宙に飛んだスマホをキャッチし、そのまま座り直す私。

 ……まぁ、いいねが三千件くらいあるってことは、それだけの人数に、彼女の恥ずかしい姿を見られたと言っても過言ではないわけで。

 

 

「いやー、大変だねぇ」

「うわぁ、すっげー他人事」

「所詮は郷の中でしか拡散しないだろうし、それくらいなら日常茶飯事みたいなもんだし。……これが、そこのはるかさんが自分のツブヤイターで拡散したー、とかだったらちょっとは慌ててあげるけども」

「ひぃっ!?ききき気付いていらしたのですかっ!?」

「……気付くもなにも、最近いっつも入り浸ってるらしいじゃないですか、はるかさん」

 

 

 かわいそうだとは思うけれども、同時にその小悪魔的な感性で周囲を振り回しているライネスが、こうしてダメージを受けて沈んでいる様というのは……まぁ、わりとみんなに望まれているものでもある、と言うか?

 細工を仕掛けた本人(ゆかりん)が忘れてたっぽいのと、彼女がそこについての仔細を言及しなかったことで、実質チャラじゃねーかなー、くらいの感じだったりするわけでして。

 

 とはいえ、最近仕事そっちのけでラットハウスに入り浸ってるっぽいはるかさんに、一部始終を見られていることについては、ちょっと考慮するべきかな?

 ……と言うようなことを、こそこそと逃げようとしていた彼女を捕まえて、戻ってきた私は考えていたわけであります。

 

 

「!?あれ、さっき座って……あれ!?」

「残像だ」*3

「マジかよ!!?スペックの無駄遣い!?」

 

 

 さっき椅子に座り直したはずの私が、いつの間にか出入口に居たことに驚く銀ちゃん。

 はるかさんが気配を限りなく薄くして逃げようとしていたので、こっちも大人げなく本気を出しただけなのでなに、気にすることはない。

 

 

「あー!あー!後生ですお願いです離して下さいキーアさん!私には病気の妹がー!!」*4

「?どしたのお姉ちゃん?」*5

「…………び、病気の母親が……」

残念でした(関係ねぇよ)その言い訳は墓穴でしたね(母親と一緒に地獄に行け!!)

 

 

 首根っこを捕まれたはるかさんが、じたばたと喚いている。

 ……まぁ、個人で楽しむとかなら、別に構わないのだけれど。

 この人以前「うちの妹がこんなにかわいい!」とか言いながら、ツブヤイターに写真をあげていたことがあったため、ゆかりんから要注意人物としてマークしておいてほしい、と頼まれているのだ。

 ……なんというか、基本的にオタク系の人物なせいか、時々ブレーキが壊れることがある、というか。

 その結果が初対面の時のマシンガントークだったり、はたまたいつぞやかの姫騎士ムーブなわけで、すっかり目の離せない人として、郷内の有名人物になっているはるかさんなのでしたとさ。

 

 

「……やっぱり撮ってた。はい、一応外部の人なのでこれは削除しますねー」

「あああああ、折角のライネスちゃんの萌え画像がー!!」

「もー、お姉ちゃん?そういうのはダメだって、八雲さんにも言われてたでしょー!」

「ご、ごめんねハルナ……」

「ここではココアー!!」

「ご、ごめんねココア……」

 

 

 彼女からひったくったスマホを調べれば、出るわ出るわ隠し撮りの数々。……その技術は別の場所で活かすべきなのでは?

 まぁ、活かしていたのが今までの職業なわけで、その結果があの騒動なので、わざわざ口には出さないのだけれども。

 

 泣き崩れるはるかさんに、ココアちゃんがダメ出しに近付いていき、そのまま名前を間違えて更に怒られているのを横目に、私は小さくため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあマシュ、また家で。二人のこと宜しくね」

「はい、お粗末様でしたせんぱい。お二人のことは、どうぞお任せください!」

 

 

 精神ダメージがオーバーしたためフリーズした、ライネスとはるかさんをマシュとココアちゃんに任せ。

 お昼を食べ終えた私達は、再び街へと歩を向ける。

 ……健康状態が原作よりも悪化しない、ということを逆手に取って、パフェ系ばっかり食べている銀ちゃんには、ちょっと胸焼けがしたけれども。……正確には死にゃしないってだけで病気にはなるはずなのだけれど、そのあたりわかっててやってるのだろうかこの人?

 

 

「……?どした、ほっぺに芋けんぴでもついてたか?」*6

「いや、さすがに芋けんぴなんてついてたら自分で気付くでしょうよ、っていうかパフェしか食べてないのに、芋けんぴなんてくっつく余地がないでしょうに」

 

 

 こちらの視線に気付き、銀ちゃんが自分の服を確認し始める。

 ……そこで服とかに食べ残しがくっついている、と考えるあたりが彼らしいというか、なんというか。

 とまれ*7、なにかがくっついているわけではないので、自分の尻尾を追い掛ける犬みたいにくるくる回り始めた彼を制止しておく私。

 ちげーの?みたいな顔の彼にため息を吐いて、次の目的地を決める。

 

 

「あん?どこ行く気なんだよ?」

「決まってんでしょうよ、健全な精神は健全な肉体に宿る。──誤用であれ、その心構えには見習うべきところがある……ってね」*8

「はぁ?」

 

 

 そうしてやって来たのは、バッティングセンター。

 アニメやゲームの中でしか見れないような、魔球・秘球を再現していると評判のお店である。

 

 まぁ、野球ってテニヌとかバヌケ・超次元サッカーとかとは違って、どれか一つの作品だけがおかしいんじゃなくて、どれもこれもおかしい技があったりするため、このバッティングセンター自体がわりと魔境と化しているのは否めないのだけれど。

 

 運動量が足りているか微妙な銀ちゃんの為に、午後は体を動かす方向で進めたいと思う次第である。

 

 

「……いやさぁ?不摂生なのは自覚してるし、こうして心配して貰えるのもありがたいんだけどさぁ?……あれ、何よ」

「ふむ?……ああ、ピッチングマシーン恋査(れんさ)さんね。背中の木製バットを組み替えることで、あらゆる魔球を投げることができるって触れ込みだよ」

「あれとある系かよ!?」

 

 

 困惑したような声をあげる銀ちゃんと、その前方十八メートルほどに佇む、人型の機械。

 見た目は銀ちゃんの言った通り、『とある』シリーズの恋査さんである。……看護師じゃなくてチアガールだし、中身の無い本当にただの機械だけどね!*9

 

 これもまぁ、逆憑依の関連技術の一つ、かついつものように失敗作らしく。

 恋査さんのように、機械で異能を再現しようとしたらしいのだけれど、そもそも彼女の理論が『内部構造の調整による異能者の肉体との合一化』だったため、『んなもん再現できるかぁっ!!』って初っぱなから頓挫したものなのだそうで。

 それがなにをどうしたのかは不明だけれど、こうしてピッチングマシーンとして完成した、らしい。

 

 なお、『異能の噴出点』ではなく、『魔球を投げるための状況・肉体の再現』という、逆に凄い気がしないでもないモノになっているのだそうで。

 ……野球以外に応用が全く効かないらしいのが、惜しいというか良かったというか。

 

 まぁ、とにかく。

 

 

「まずは当てることから考えよっか」

「待って!?そこから!?なにが飛んでくるの!!?」

(ワンダー)(ワイド)(ホワイト)ボールとか?」*10

「……無理だって!!」

 

 

 ホームラン取れとは言わないから、まずは当てるところから初めていこう、と及び腰の銀ちゃんに声を掛ける私なのでした。

 

 

*1
『鬼滅の刃』の煉獄杏寿郎の食べ方を想像して貰うとよい。……唐突に飯テロするのはどうかと思う

*2
富士フイルムのインスタントカメラ『チェキ』が由来となっている言葉。写真を取ること、及び写真そのもののことも指している。カメラの方の『チェキ』は撮ったその場で現像できるタイプのカメラ、いわゆるポラロイドカメラ……なのだが、ポラロイドは厳密には商標のある別製品であるため、インスタントカメラという方が一応は正しい

*3
『幽☆遊☆白書』飛影の台詞。基本的には言葉通りの意味のモノ。一般生活で使うことはない、はず

*4
悪役などがやる命乞いの台詞。妹以外にも母親とか弟とか、基本的には命乞いする人間が養うべき相手が理由として使われる。後の台詞『関係ねぇよ』と組み合わせる場合、元ネタは漫画版『遊☆戯☆王ARC-V』の紫雲院素良とユーリの台詞となる(『ボクには病気の妹が……』『関係ねぇよ!妹と一緒に地獄に逝け!!』)

*5
言い訳の理由にしていた相手(病気の妹)が目の前にいたら、そりゃ気まずいよな……というシーン

*6
杉しっぽ氏の漫画『芋けんぴは恋を呼ぶ』の作中の描写から。少女漫画にたまにある『髪にゴミが付いていたのを相手方の男が取る』というものの『ゴミ』の部分が芋けんぴに差し変わったもの。……意味がわからないかもしれないが、事実なのだから仕方がない

*7
『ともあれ』の音変化

*8
元々は古代ローマの風刺詩人デキムス・ユリウス・ユウェナリスが残した詩の一節『健全な精神は健全な肉体に宿りますように(orandum est ut sit mens sana in corpore sano.)』。意味は意訳で、もっと正確にするなら『~宿りますように』のあとに『と、願うべきである』と続く

*9
『とある』シリーズの登場人物。『学園都市のレベル5達が一斉に統括理事会に敵対行動を取った時の対応策』。……想定状況が無茶苦茶なため、求められるスペックもわりと無茶苦茶になっているが、一応は彼女が触れ込み通りにスペックを発揮できれば対処できる、らしい

*10
漫画『ドラベース』より、シロえもんの投げる魔球。縦にWの字を描く通常の『(ホワイト)ボール』の強化版



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幕間・日が暮れたら帰って手洗いうがいしましょう

「ひい、ひい……」

「次くるよー、構えて銀ちゃん!」

「む、無理だって、あんなんばっかりとか、無茶だって……」

 

 

 縦に大きく揺れる玉、途中で急加速する玉、横に大きく揺れる玉、消える玉、分身する玉、上空から急降下してくる玉、などなど……。*1

 往年のロビカス*2すら霞むような多種多様な魔球の数々を、表情一つ変えずに投げてくる恋査さん。……いや、見た目だけ真似てるだけなので、別に本当に恋査さんなわけではないのだけれど。

 

 ともあれ、そもそも玉に触れられないままバットを空振りしている銀ちゃんは、情けないとかの前にまず玉を見極めるところから始めるべきなんじゃないかなー、と思わなくもない。

 目指すはホームラン!……とは言うけれど、そもそも触れられないんじゃ夢のまた夢ですよ?

 

 

「さ、さっきは……ぜぃ……ホームランとか……ぜぃ……狙わなくていいって……ぜぃ……言ってたじゃねぇか……」

「銀ちゃんには寧ろ、大きな目標を立てて上げた方がいいんじゃないかな、ってキーアさんは考えたのです」

「達成できないもんを置かれても萎えるだけだっつーの……」

 

 

 滅茶苦茶息を切らしながら、バットを支えにして立っている銀ちゃん。

 ううむ、別に運動ができないと言うわけでもなかろうに、なんでこんなにしんどそうなのだろう?

 体に余計な力が入ってるから、とかかなぁ……?

 

 

「おっ、キーアちゃんじゃん!おっひさー!」

「ん、この声は……ゆっき!こっちこそおひさー♪」

「……あ、ああ。いつかの居酒屋の」

 

 

 そうして暫くむむむと唸っていたら、背後から響いてくる懐かしい声。

 

 振り向いた先に居たのは、野球大好きアイドル姫川友紀ことゆっき、その人であった。……休みの日にバッティングセンターにやって来た、みたいな感じだろうか?

 まぁ、野球好きではあるものの、野球が上手いのかと言われるとどうなんだろう?……みたいな感想になる彼女なので、遊びに来たのか練習しに来たのかはちょっと謎なのだけれど。

 

 

「んー?そりゃもちろん、噂のスーパーピッチャー・恋査ちゃんを拝みに来たんだよ。一野球ファンとしては、大リーグボール1号とかに挑めるんなら挑んときたいじゃん?」*3

「なんでよりによって機械で一番再現しにくい1号を……。いや、説明見る限り投げられるみたいだけど」

「え、うそ!?ホントに!?」

「ホントホント。ほら銀ちゃん、バッターボックスに立って立ってっ」

「……えぇ、わざわざ凡退にされんの俺……」

 

 

 話を聞くところによると、どうやら『どんな魔球も投げられる』というところが彼女の琴線に触れたらしい。

 ……まぁ、なんでもと言われると試したくなるのは人の性、というか。

 ともあれ、飛び出した魔球の名前が『投げられる魔球のリスト』の中に記載されていたことを思い出した私は、疲れ果てている銀ちゃんに指示を出し、それからピッチングマシンの操作盤に触れて『大リーグボール1号』を選択。

 すると、チアガールな彼女の背中に配置されていた木製バット達が、奇怪な音を上げながら位置を変え、端から見ると大きく翼を広げたような形になった。……やきうの天使?もしくは球児皇ホーム?*4

 

 ……見た目はともかく、魔球を投げる用意は整ったらしいので、銀ちゃんにバットを構えるように合図。

 

 

「ぬおわっ!!?投げるの速ってか怖っ!」

「おお、ホントに大リーグボール1号だ……っ!」

 

 

 構えた途端に飛んできたボールに驚き、思わず後ずさった彼が構えを解きかけたところに、あわやデッドボールかと思われた玉は、バットに当たってそのまま地面に転がる。

 ……デッドボールすれすれのラインでバッターに近付き、それを恐れた相手がどうするかも読み切って()()()()()()()()()()魔球。

 すなわち、()()()()()()()()()こそが、『大リーグボール1号』と呼ばれる魔球である。

 『巨人の星』作内においても、無理な姿勢からボールを打てるようにする、という奇天烈な対処法しか存在しなかった、わりと強い玉だ。

 なお、魔球のキモは『相手の行動の予測』であるため、機械だと無理そうというのはそこに理由があったりする。

 

 

「いや知らねーよ!こんなん危険球扱いで退場食らうわ!」

「原作だと『バット狙いだから危険球じゃない』らしいよ」

「ウゾダドンドコドーン!?」

「いやー、絶対に危険球になんかしない、っていう覚悟の上に成り立つ魔球だからねー。そりゃ、投げる度に精神も磨り減らすもんだよねっていうか?」

 

 

 まぁ、恋査さんならそこらへんは気にせず投げられるだろうけど。

 ……ただまぁ、『必ずバットにあたるようにボールが飛んでくる』以上、打てるようになると途端に哀しいことになる魔球でもあるのだけれど。

 

 

「なんだよそりゃ……無茶苦茶じゃねぇか……」

「スポーツ系漫画は必然的に超展開に行きやすいものだからねー。*5トンでも魔球にはトンでも打法、わかりやすいでしょ?」

「それを俺に求めるのは止めてくれませんかね!?」

 

 

 とまぁ、そうやってわちゃわちゃ言いながら、魔球攻略に精を出す私達(主に銀ちゃん)なのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰りなさいせんぱい」

「ありゃ、マシュのが先だったんだ?……っと、ただいま」

 

 

 あれから都合三時間ほど、三人で交代しながら恋査さんに挑んで見たのだが、さすがにホームランを打つことはできなかった。

 

 いやはや、まさかちょっと当てれるようになってきたと思ったら、ハイジャンプ大リーグボール1号とかのような組み合わせ魔球*6とかまで使い始めるものだから、途中で投げずに最後までバットを振っていた銀ちゃんには拍手を送りたいところである。

 

 ……まぁ、最後に帰る時に恋査さんのピッチングモードが『100エーカーの森』*7になっていたのに気付いた時の、彼のなんとも言えない表情には、ちょっと気の毒な思いをしたけれども。

 道理で途中から情け容赦ない玉ばかりになったと思っていたけれど、バッティング中はわりと興奮してたからそこらへんの確認は頭から抜けていたので仕方ない、みたいな?

 まぁ、やってる方からすればわりと楽しかった、で済むのだけれど。

 

 ともあれ、運動していい汗をかいたから飲みに行こう、というゆっきからのお誘いを断って、こうして家に戻ってきた以上。

 

 

「今日はもうなにもしないぞー!」

「なるほど、了解しました。お風呂、入られますか?」

「ん、そうするー」

 

 

 今日はもう風呂入ってご飯食べたら寝るぞー!

 ……と、よくわからない決心をする私なのである。

 

 

「と、言うわけで。君らもたまには風呂に入って汚れを落とさなくちゃねー♪」

「きゅっぷい。それはまた、急な話だねぇ」

きゅー(急だー)

 

 

 そんなわけで、うちのペット?組二人を引き連れ、脱衣場に足を運んだ私。

 今さら自分の裸がどうとか言うつもりはないけれど、さすがに他の人と入るなら水着くらいは……ということで、今回は水着を着用している。……え?旅行の時?はっはっはっ。……CP君相手に迂闊なことはできねぇっすわ。

 

 

「むぅ、そこまで警戒しなくても隠し撮りとかしないよ?」

「隠さず正々堂々真正面から撮りに来そうなのでダメです」

「ちぇー」

 

 

 ……なにがそこまで彼女を駆り立てるのだろう。

 なんてことを思いつつ、上に着ていたモノを脱いでそのまま浴室へ。

 ……カブト君って水道水とか大丈夫なのだろうか?と、一瞬心配になったが、そもそも陸上で呼吸できている時点で気にするほどでもないか、と思い直して浴槽から桶でお湯を掬い、そのまま彼の頭にゆっくりと掛け流しながら、表面の汚れをスポンジに泡立てたボディソープで落としていく。

 ……地面を歩く彼らの性質上、どうしてもホコリとかが付着しやすいので念入りに。

 

 

「熱くない?目とかしみない?」

「きゅきゅー」

「大丈夫ー、だって」

「ふむ?……じゃあ泡流すよー」

 

 

 甲羅って熱さとか感じるんだろうか?*8

 などと関係ないことをちょっとだけ気にしつつ、ゆっくりと表面の泡を流していく。

 ……目にしみるかどうかは実際謎なのだが、無駄に試すよりはしみるだろうと仮定して洗った方が良いだろう、と判断。

 意識して泡の流れる方向を誘導し、そのまま洗浄終了。別の桶にお湯を張ってそこに浸してあげてから、今度はCP君の洗浄に移る。

 

 

「僕はほどほどでいいよ?」

「だーめーでーすー。地面を這ってる以上、カブト君よりも汚れやすいんだからきちんと洗うっ」

「ええー、めんどうだなぁ……」

 

 

 ……女性だった時は汚れとか気にしてただろうに、ポケモンボディになるとちょっといい加減になるー、とかの副作用でもあるのだろうか?

 なんて風に首を傾げつつ、足を中心にして念入りに彼女の体を洗っていく。……途中、ふざけて喘ぎ声とかあげていたので、デコピンをして黙らせたりしながら、こっちも洗浄完了。

 

 

「……ふぅー。やー、いいお湯だ」

「キャタピーの入浴風景とか、誰が喜ぶんだろうね?」

「探せばいるんじゃない?業が深いから深堀りはしないけど」

「きゅー」

 

 

 カポーン、という音はしないけど。*9

 丁度良い温度のお湯に浸かって体から力を抜くと、なんとも気持ちがいい。もうちょっと湯船が広かったら浮いたりもできるのだけれど……まぁ、それは贅沢か。

 

 そんなことを考えながら、湯船から小さな桶にお湯を掬って、CP君やカブト君の背中?にかけてあげる。……小さい桶だとすぐ冷えるからねぇ。

 

 

「カブト君の方は泳げるだろうし、普通に大きい湯船に一緒に入れてあげればよかったんじゃないかい?」

「いや、これ入浴剤入ってるし」

「きゅー……」

「ああなるほど。全身浸かる形になるから、あんまりよろしくないか」

 

 

 みたいなことを山もなくオチもなく意味もなく*10喋りながら、お湯に浸かること暫し。

 よーく暖まったので湯船からあがり、ちっちゃい二人をさっさと拭いてあげてから、自分も服を着替えて外に出ると。

 

 

「ん、どしたのマシュ、ラットハウスの制服なんか着ちゃって」

「え、えと、その。……ま、マシュ・キリエライトっ、行きます!」

「へいっ!?」

 

 

 料理を並べて待っていたマシュが、こちらに近寄ってくる。……何故かラットハウスの制服を着た状態で。

 どういうこっちゃ、とこちらが困惑する間に、マシュは大きく深呼吸をすると、突然に腕を振り上げた!

 

 

「お、おいしくなぁれ、萌え萌えきゅん☆」

「…………っ!!?」

 

 

 身振り手振りを交えた、今時メイド喫茶ですらお目にかかることができるかもわからないような、完璧な振り付けの『萌え萌えきゅん☆』と共に、マシュがオムレツにケチャップでハートマークを描き上げる。

 こ、これは……冗談だったはずの……っ!!?

 

 

「う、ううっ。上手くできていたでしょうか、間違っていたりしないでしょうか……」

「おーい、マシュちゃんマシュちゃん」

「……は、はい。どうされましたかCPさん?」

「恥ずかしがってるところ悪いんだけど、キーア固まってるよ?」

「え?……せ、せんぱいっ!!?どうされまし……死んでる……」

「きゅー」

 

 

 ──後日、その日の夜の記憶だけすっぽり抜けていることをマシュに尋ねたところ、「き、ききき禁則事項ですっ!」*11と避けられ、大いに首を捻ることになる私なのであった。

 

 

*1
最初の方(分身する玉よりも前)は『くまのプーさんのホームランダービー!』にて相手ピッチャーが投げてくる玉の種類になっている。左から『カンガ&ルー(縦揺れ)』・『ラビット(急加速)』・『オウル(横揺れ)』・『ティガー(消える)』の順。それぞれ『ドラベース』のWボール、『あばれ!隼』のミラクルZ、『キャットルーキー』のウィザード・バイパーや『ドラベース』のWWボール、それから『巨人の星』の大リーグボール2号などと似ていると言われている。後半の『分身魔球』は実際に玉が複数飛んできている場合や、錯覚などにより分裂して見えるなどのバリエーションが存在している。『急降下魔球』に至ってはドームだと使えないだろう、などというツッコミが入ったりすることも

*2
『くまのプーさん』のキャラクター、プーさんの親友である人間の男の子、クリストファー・ロビンのことを指したスラング。基本的には上記の『ホームランダービー』内に出てくる隠しボスとしての彼の鬼畜ぶりを指して言う。数多の魔球を緩急インアウト織り混ぜて投げてくる、文字通りのチートみたいな存在。思わずカスと罵りたくなるほどの難易度ゆえ、宜なるかな。元々はとある掲示板での呼び方だったが、普通に罵りたくなる難易度(子供向けのはずなのに最高難易度の☆5)だったがために普通に使われるようになった、らしい

*3
『巨人の星』に存在する魔球の一つ。わざと相手のバットに当てることで打ち取る、という魔球。目算がミスると単に大暴投になったり、はたまたデッドボールになったりするため、そうならないように相手を()()ことが必要になる。相手の行動予測を含むため、多用できるものではない、とのこと。また、人間の行動予測になるため、機械で再現するのはそれなりに難しいと思われる

*4
『やきう』はとある掲示板での『野球』の呼び方。『背番号39 球児皇ホーム』は『遊☆戯☆王SEVENS』に登場したモンスターの一体で、『No.39 希望皇ホープ』のリメイクモンスター。何故か野球を始めるモンスター達……

*5
リアル思考なスポーツものが少ない理由の一つ。よっぽど画力やキャラクター、ストーリー性がないのなら、スポーツやボードゲーム系はリアルで見る・自分でやる方が楽しいものである。その為、とりあえず衆目を引くためにトンでも展開になりやすい。無論、理由はそれだけではないだろうが

*6
大リーグボール1号に『侍ジャイアンツ』のハイジャンプ魔球を混ぜたモノ。急降下してバットにぶつかってくるボールとか怖すぎでは?

*7
『くまのプーさん』の物語の舞台。エーカーは面積の単位で、1エーカーはおよそ4000平方メートル。……端的に言うと、『ホームランダービー』モードだった、ということ。なお、なぜか妙な人気があるらしく『少女☆歌劇 レヴュースタァライト -Re LIVE-』や『プリンセスコネクト!Re:Dive』などでパロディミニゲームが遊べたりした。……両方ともタイトルに『Re』と付いているのは、一体なんの因果なのだろうか。まさかホームランダービーにも『復活(Re)』しろとでも……?

*8
参考までに、亀の甲羅はそれそのものには感覚はないが、その下の部分には感覚がある。人に例えると爪のようなもの、なのだそうだ

*9
お風呂シーンなどで使われる擬音語。基本的には床のタイルに風呂桶が当たった時の音、とされている

*10
『やおい』という言葉の語源。正確には『山なしオチなし意味なし』の頭文字を取ったもの。その言葉の通り、本来は同人作品における(話の山場がなく、オチを作る必要がなく、そして考察を生むような意味もない)日常作品などを指していたが、今日ではいわゆる『BL』作品を指す言葉となっている

*11
『涼宮ハルヒ』シリーズ、朝比奈みくるの台詞『禁則事項です』から。未来人な彼女には、言えないことがいっぱいあるのだった



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七章 お前は結論を急ぎすぎる……真実はいつも一つとは限らんのだ……
君と一緒が一番!……そう思っていた時期が私にもありました


「───そもそもの話。近日になって取り沙汰されている、三つの異常。あれらは、全くもって異常でもなんでもないのであーる」

「ふむ、ご主人擬きはみょうちくりん*1なことを言うのだナ。もしかして明日の天気はところにより飴、にわかに晴れ上がって嫁が来たる予感?」

雨下り(あまくだり)とな?……いやいや、そんな素敵無敵六法全書な話ではなく」

 

 

 郷から遠く離れたとある社屋の最上階、胡散臭い男と女が、何事かを話し合っている。

 

 

「【複合憑依(トライアド)】は──見たままの通り『掛け合い形式』の具現化であるな。【継ぎ接ぎ(パッチワーク)】ならば『急な設定の追加・変更』。それから【顕象(デミゴッド)】は──」

「ふむ、それはつまりはこういうことだナ?──おのれ運営!」

「……まぁ、それで間違いではないであるが」

 

 

 逆憑依というモノに付随して現れた者達。

 されど、それらは『なりきり』の本分から外れたものではない、と彼らは嘯いている。

 しかし、それを是と認めるには異質が過ぎる。

 ……そんな声が聞こえたかのように、彼らは話題を切り替えていく。

 

 

「おかしいのはそもそもに逆憑依から。……壁を越え集まりし異端異常異質!……はてさて、どこまで転がり落ちたものやら」

「ふむ?ご主人擬き(ごき)*2はまた無駄な頭脳労働に(うつつ)を抜かして夢を見すぎた様子。ここはキャットが社長の座を狙う下克上、明日からお天道様はニッコニッコ、月も沈んで夜はなしという次第!うーむ、実にキャッツ(good.)

「ぬおわっ!!?やめるである、我輩をひっくり返しても金貨も銀貨もでないのである!」

「にゃはははは~♪」

 

 

 会話は密やかに、移ろうのは速やかに。

 社長室前で入室に迷う社員が意を決して中に入るまで、彼らはくるくると縦回転し続けるのであった───。

 

 

 

 

 

 

 ゆかりんルームに集合!(いつもの)

 ……した私達は、据わった目で対面に座る人物達を眺めるゆかりんを、はらはらとしながら眺めている。いや、だってねぇ?

 

 

『ははは。そう怖い顔をしないでほしい。ここにいる私は無力で無害なただの妖精。君達が心配するようなことは、何一つできないのだからね』

「……それを『はい、そうですね』と承服できるほど、私は耄碌などしていませんわ」

『おお、怖い怖い。わざわざ()()姿()まで持ち出してくる辺り、よほど警戒されているようだ』

 

 

 ……胡散臭い夢魔と、ずーっとバチバチと言葉のドッジボールしてるんですもの。

 大人ゆかりんは微笑みを浮かべているけれど、ずっと額に青筋が浮かんでいるし、対するマーリンもマーリンで口が止まらないし、わーもうここに居たくねぇ!!

 ……第一発見者が私なので、立ち去ろうにも立ち去れないんですけどね!誰か『タチサレ……ココカラタチサレ……』*3ってやってくんないかな!?

 

 あんまりにも気まずい空気の中、二人の視線が火花を散らしているような錯覚まで見えてきて──。

 

 

「もう、ダメですよマーリン。貴方がなにを考えているのか、私にはわかりませんが。こうして言葉の干戈を交えるばかりでは、お互いに歩み寄ることもできませんよ?──だから、えいっ」

 

 

 そんな彼を嗜めるように、隣に座っていた少女──姿形はアルトリア・リリィなアンリエッタ・ド・トリステインが、マーリンの頭上に平手を落とす。……うん、一瞬星が見えたね、マーリンの頭から。

 突然の横からの攻撃に、マーリンは手前につんのめりながら声をあげた。

 

 

『あ痛ぁっ!?ちょっ、乱暴だな君はっ!?』

「貴方が言葉で止められないことなど、私はよーく知っていますから。悪いのは貴方ですよ、マーリン。……改めまして、数々の無礼な行い、どうかお許しください、紫さま。お望みとあらば、この者の首も考慮する次第にございますゆえ、何卒」

「………はっ!?あ、いや、そこまでしていただく必要はありませんわ、アンリエッタ王女」

 

 

 ……お、おおう。

 アンリエッタではあるものの、アルトリアの要素を持ち合わせているためか、一種の威風すら感じさせるその姿に、ゆかりんがたじろいでいる。

 というか、マーリンの首て。首て。

 

 

「殺しても死なないような妖精ですから、マーリンは。ね、マーリン?」

『はははは、なんだか知らないけど最近本気で命の危険を感じるようになったから、できれば止めて欲しいなー……』

「だったら、自重するように。ただでさえ、貴方の言動はわかり辛いのですから」

『……はーい、マーリン自重しまーす』

「よろしい」

 

 

 ……この二人、アンリエッタの方が立場が上なんだな、なんて風に納得しつつ、改めて居住まいを正し、向かい合う私達。

 対面の少女は──にっこりと笑って、こちらに声を掛けてくるのだった。

 

 

「それでは、改めまして。──こんにちは、遠き世界のお歴々。私は、アンリエッタ・ド・トリステイン。親しい者はアルトリアと呼びます。どうか、仲良くしてくださいませね?」

 

 

 

 

 

 

 時間は遡って、午睡から目覚めたあの時。

 ミラさんからの言葉によって、近くで倒れたように眠る少女と、その傍らで宙に浮く妖精を見付けた私。

 なんでいるの、とかどうして彼女も一緒に、みたいな疑問が脳裏を駆け巡る中、膝の上で身動ぎしたマシュに気を取られ、一瞬彼らから視線を逸らしてしまう。

 ……膝の上のマシュは、身動ぎしただけ。気持ち良さそうな寝顔で、呑気に眠りこけている彼女の姿は、ちょっとだけ珍しいような気がする。

 

 

『ふぅむ?なるほどなるほど。()()()()()彼女はこんな感じ、と』

「っ!?」

『うおっとぉっ!?反射で叩き落とそうとするのは止めてくれないかな!?』

「あ、ごめん、つい」

『やっぱりあたりがつよいなぁ、君は!』

 

 

 視界に写り込んできたその笑みに、思わず右手が動いた。

 ……危ねぇ!わりと真面目に叩き落としそうになった!

 一応彼には(今のところ)非はないのだから、さすがに叩き落とすのは可哀想なので、避けてくれてよかった。……なら最初からやるなよって?いやさ?

 

 

「……それで、どうしてここにいるのかな、マーリン?」

『はっはっはっ。……どうしてだと思う?』

「………」

『おおっとストップ!ストップ!私が悪かった!だから本気で叩き落とそうとするのはやめておくれ!!?』

 

 

 ……目の前にこっちをからかってくるマーリンが居たら、そりゃ反射的に殴りたくもなるじゃんっていうね?

 

 

「……誰を連れてきたのかと思ったら、花の魔術師っすか。久しいっすね、元気だったっすか?」

『そういう君は相変わらず龍生を謳歌しているようだねぇ、祖なるもの、白き王。いや、今は白き王女とでもお呼びした方がいいかな?』

「好きにしてくださいっす。明日にはまた変わってるかも知れないっすしねー」

『……相変わらず移り気だねぇ、君は』

 

 

 などと思っていたら、ひょっこりと私の後ろから顔を覗かせたミラさんが、まるで往年の友のように会話を始めた。

 ……元の板とかで知り合いだった、とかだろうか?そんな思いを込めて声を掛けたのだが。

 

 

『いや?彼女とは初対面だよ?』

「こっちも初対面っすねー。打てば響くので流したっすけど」

「ええ……?」

 

 

 まさかのアドリブであった。

 ……そういえばあさひも、大概よくわからないタイプの子だったっけ……。本人でもなければなりきりでもないけれど、模倣しているのは確かなので、不思議系めいたキャラになるのもさもありなん……ということなのだろうか?

 いやまぁ、正確なことを言えば、不思議系ではないらしいけれども。

 

 

「あんまり気にしなくてもいいっすよ?たまたまなんでもできる子って条件で探したら自分(あさひ)がヒットした、ってだけっすから」

『長い時を生きる龍らしい適当さ加減だね。いや、悪い意味じゃないよ?』

 

 

 ……うん、この二人の会話に付き合っていると、胃が際限なく痛くなってくる。

 ここはひとまず寝ている二人──マシュともう一人の少女を起こす方向で動くことにしよう。とてもじゃないけど付き合ってられん!

 

 そうして二人を起こして、私はゆかりんの元に説明しに向かったのだった──。

 

 

 

 

 

 

「えーと、つまりはなに?並行世界とはまた別に、位相のずれた世界も存在しているってこと?」

『そうなるねぇ。この建物内に突然現れる人達というのは、原則細かい綻びからこちらに溢れ出てきたもの、というわけだ。……まぁ、私達に関しては、意図して存在感を薄め、そこの彼女の帰還に相乗りした形になるけどね』

「……そういえば、最後の方居るのか居ないのか、微妙な感じになってたね君達……」

 

 

 時間は戻って現在。

 マーリンからあれこれと話を聞く私達と、一先ずは寛いでいて貰おう、ということでこっちの集まりから離れて、ジェレミアさんとマシュと一緒にお茶会をしているアンリエッタ……もといアルトリアの集まりとにわかれて話が続いていた。

 途中、どこからか嗅ぎ付けてきたXちゃんが「この世界でもセイバーが増えると言うのですか!?おのれ○内ィッ!!」とか宣っていたが、丁寧にお帰り頂いた。

 ……そもそも、見た目とか性質とかアルトリアだけど、この人は区分的にはアンリエッタ……つまりはキャスター系だし。

 まぁ、そもそもの話───。

 

 

「……【顕象(デミ・ゴッド)】、だったかしら?」

『そうなるね。彼女は異世界であるハルケギニアの国の一つ、トリステインの王女を触媒として顕現せし者だ。私がこうして姿を見せ、ここに至る必然性となった少女だ』

「必然、ねぇ……」

 

 

 この少女、なりきりではない。

 以前のBASARAなノッブなどと同じく、人々の意思や祈りを集め、人の形として顕現した現象、なのである。

 属性的に神性を持たないだけで、そのなり立ちはまさしく神と呼んで差し支えないものなのである。

 ……道理で、リリィの見た目なのに、どことなく獅子王のような空気を滲ませるわけだ。

 

 一応、ここにいる彼女はあくまでもつぼみ(リリィ)、どのような者になるのかは、未だ決まらぬ未完の花……らしいのだけれど。

 

 

『彼女を()()()()姿()に育てるには、ハルケギニアから脱出する必要性があった。──虚無の応用を求め、新たなる世界を欲した君とは利害が一致した、ということだね』

「……勝手に人の深層心理と意気投合しないでほしいんだけど?」

 

 

 臆面もなくこちらを利用した、と述べるマーリンに、思わず顔が歪んでくる。……別に、それによって不利益を被ったわけではないのだけれど。

 

 

「なんというか、()()()()()()()()()()()()、って言いたくなるというか」*4

「洒落になんないこと言うの止めなさいよ貴方……」

 

 

 おおっと、無駄に心の声が漏れてしまったぜ☆

 そんな風に周囲をドン引かせながら、私達の会話は進んでいくのでした。

 

 

*1
漢字で書くと『妙竹林』。本来は『妙ちき』であり、『ちき』を『ちく』と読み替え、互換を整えるために『りん』がついた、とされている。意味はおかしなこと、奇妙なこと

*2
大体の人が大嫌いな虫ナンバーワン、ゴキブリ。名前を見ることすら嫌がる人がいるレベルであり、その場合は『G』などと呼ばれる。全世界に4000種類ほど存在するが、その内家屋に侵入するのは数十種類にも満たない、というのは有名な話。また、一匹見かけたら100匹、みたいな話があるが、これは小さい種類の話であり、大きな種類に関しては数十ほど、そもそもの話日中は室内に居ない(外の下水管の中などに潜んでいる)ことが多いため、言うほどGまみれ、ということは(普通なら)ないはずである。なお、基本彼らは飛べない(高所から滑空するのが基本)が、山で育っているモノに関しては普通に飛んだりする(実体験)

*3
初代『ポケットモンスター』赤・緑などの第一世代でのイベントの一つ。シオンタウンのポケモンタワー、その最上階の一つ手前の階層の、上に登るための階段付近で起きる。特殊なアイテム(シルフスコープ)を持っていないと、正体不明のゆうれいに行く手を阻まれ、先に進むことができなくなる。……のだが、リメイク前の初代版のみ、『ピッピ人形』(野生ポケモンとの戦闘を強制終了させる)を使えば無理矢理押し通れたりする

*4
『スーパーロボット大戦』シリーズより、シュウ・シラカワの台詞、及び信条。自由であることに縛られたような彼の一端を示す言葉



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飲んで忘れられるほど世の中楽じゃない

「……とりあえず、貴方達は単なる移住者、ということなのよね?」

 

 

 あれこれと会話を続け、疲れたようなため息を吐くゆかりん。

 対するマーリンにも、些か疲れが見えていた。……まぁ、外が暗くなるまでずーっと話していたのだから、さもありなん。

 

 

『ああ、そういうことになる。差し当たっては、住居とかを工面して貰いたいのだけれど──』

「ああそうね。……んー、とりあえず、今日に関してはキーアちゃん、貴方にお願いできる?」

「ん?私に?」

 

 

 そうして話が纏まり、次は住む場所についての話になったのだけれど……。え、なんでうちに?

 そう問い掛ければ、ゆかりんは呆れたような声をあげ、理由を解説し始めた。

 

 

「なんでもなにも、現状このなりきり郷で一番安全なのは、貴方のところでしょう?……マシュちゃんに貴方、どっちか片っぽでもお釣りが来るレベルの防衛力じゃない」

「ああ、なるほど。……なんで防衛力?」

 

 

 ……そういえばそうか。

 私とマシュが預かるのが、一番危険がないというのはわかった。けれど、何故郷の中で防衛がうんぬん、みたいな話になるのだろう?

 そう思いながら更に問い掛けると、ゆかりんは頭痛を堪えるように額に手を当て、深いため息を吐く。

 

 

「……貴方、つい最近まであれこれとドンパチしてたの、忘れてるんじゃない?」

「……あ」

「はぁ、まったく……いい?今の郷の中は凄く不安定なの、そこに余所のお国のお姫様なんて放り込んでみなさいな、どう考えても厄介事の火種にしかならないわよっ!」

「お、おう。ゆかりん落ち着いて……」

「これが落ち着いてられるかぁっ!!」

 

 

 ひぃっ、ゆかりんがヒートアップしてるっ。

 最近はあれこれと問題が起こりまくっていて、おちおち飲みにも行けやしないって愚痴っていたっけ、そういえば。

 ……そりゃまぁ、更なる面倒事持ってきやがって、みたいに怒鳴りたくもなるわな、ということか。

 

 うーむ、どこかで休ませてあげなければなぁ。

 などと考えつつ、興奮したゆかりんをどうにか落ち着かせる。

 

 

「いい?ただでさえまだよくわかってない【顕象(デミ・ゴッド)】なのよ?この間のハロウィンみたいに、彼女を中心に良くないものが寄ってくる可能性も……」

『おっと、そこに関しては心配しなくてもいい』

「……はぁ?なんでよ?」

 

 

 苦い顔をしながら話を続けようとしたゆかりんに、マーリンが待ったを掛ける。……()()、というのは変なものが寄ってくる可能性について、だろうか?

 

 

『そうそう。彼女は確かに【顕象】ではあるが、その成り立ちが特殊でね。()()()()()部分に関しては心配ないと、この花の魔術師が保証しよう』

「……まぁ、なにかあったら困るのはキーアちゃんだし、別にいいけど」

「おいィ?それはちょっと話が違うのでは?」

 

 

 ……無自覚な聖杯みたいな機能はなく、普通にそこに生きている人となんら変わらない……ということだろうか。

 まぁ、神とか影鯖とかノーバディ*1とか、そういったモノを引き寄せないんならなんでもいいや。……それはそれとして、おいこらゆかりん。

 

 

「冗談よ冗談。……んー、ならまぁ、そこまで神経質になる必要性もない、かしら?」

『そうだね。まぁ、それはそれとして彼女の居住地に興味があるから、ついていくのは吝かでもないけどね!』

「……いやまぁ、いいけども」

 

 

 ……この夢魔、なーんでこっちに興味津々なんだろう?

 よくわからない関心を持たれていることに、ちょっと辟易しつつ。

 時間もそれなりであるため、とりあえずご飯に行こうという話になる。

 

 

「今日はおしまーい!!飲む!今日こそ飲む!」

「はいはい。飲むのはいいけど、予約とかは?」

「……キーアちゃんお願い!」

「へーい。ほら、マシュもアンリエッタも。ご飯食べに行くよー」

「あ、はいせんぱい。アルトリアさん、行きましょう」

「ええ、喜んで。キーアさんも、アルトリアで構いませんよ?」

「やだこのお姫様ぐいぐい来る……」

 

 

 部屋の中の全員に声を掛け、皆が片付けを始めるのを横目に、何処の店に行こうかと思案。

 飲むことを前提にするのなら、居酒屋とかの方がいいのだけれど。……うーむ、マシュは飲めないし、アルトリアに関しては異世界初日で居酒屋に連れ込むのもなぁ、といった感じだし。

 ……まぁ、別にいいか。

 いちいち飯屋選びにまで時間掛けたくなーい。

 

 

「今日はあそこにけってーい」

「……何故かはわかりませんが、せんぱいが判断を投げたことだけは伝わりました」

「キーアちゃんも大概お疲れよねー」

『ははは、私には縁遠いことだから、ちょっとばかり興味深いね』

「あら、貴方飲み食いはできるはずだけど?」

『味は感じないからね。場の雰囲気を楽しむことはできるわけだけど』

 

 

 ……外野がうるさいが、気にせずに。

 行く場所をゆかりんに伝え、私達は揃ってスキマをくぐるのでした。

 

 

 

 

 

 

「また懐かしいお店ねぇ」

 

 

 そうして向かったのは、いつかの定食屋。

 店員さんが美人だったために、実はなりきり組なんじゃないかと疑ったりした、あのお店である。

 なお、場所が場所だけに客層が極端に変わる、ということもないようで。……いやまぁ、そもそもの話をすれば、定食屋なのに夜もやってるんだ、みたいなところの方が気になるところだろうけども。*2

 

 

「夜は居酒屋として、やらせて頂いてます」

「なるほどー。あ、焼き鳥お願いしまーす」

『私は冷酒を頼もうかな、こんな体だからそんなには飲めないけどね』

「え、えと。それではこの日替わり夜定食というものを……」

「はーい、少々お待ちをー」

 

 

 案内された席で、出された水をちびちびと飲みつつ、みんなが料理を頼むのを眺める私。

 ……席に着く前にアルトリアが、やけに不思議そうな顔で店内を眺めていたのが気になったけど……まぁ、多分異世界の店が珍しかった……とかだろうとあたりをつけて、私もメニューを開く。

 ……ゆかりんが焼き鳥頼んでたし、私はとりあえず唐揚げでも頼もうかなぁ?

 

 

「……こちらでは、洋食も出るのが一般的なのですか?」

「んぅ?……へぇ、リゾットとかパエリアとかグラタンとかもあるんだ、ここ」

「一応定食屋なのに、なんだか珍しいわねぇ」

「ああ、洋風定食もやってるんですよ、うち」

「ほへー」

 

 

 アルトリアがメニューを指しながら、不思議そうに声を溢す。

 見れば、メニューの一画には居酒屋とかではあまり見ないような、ハンバーグとかピラフのようなメニューが並んでいた。

 

 ……いや待て、よく見たらこのメニュー……。

 横からメニューを覗き込んでいたアルトリアに断りを入れて、メニューをパラパラと捲ってみる。

 和食、洋食、中華。フランス料理にイタリア料理、ドイツにインド・エスニック系に、果てはスターゲイジーパイ……。*3

 

 ……んんん。

 

 

「……えっと、店員さんはなりきり勢ではない、のですよね?」

「はい?……はい、()()()()()()ないですね」

「…………oh」

 

 

 メニューの内容があまりにも多様すぎるため、恐る恐る以前の問いを店員さんに投げ掛けてみたのだけれど……。あ、これアカンやつ。

 思わず額を押さえる私と、私の様子から事の重大さに気が付いたゆかりんが、小さく呻き声をあげる。

 ……関係ないけど、昔小学生の時に『今年の重大ニュースを纏めなさい』みたいな宿題があった時、暫く『十大ニュース』だと思っていたのは私だけじゃないと思う。……知らん?だよね。

 

 混乱からわけのわからない方向に思考が飛んでいる私の隣で、ぽんっと手を叩いたアルトリアが、楽しげに声をあげる。

 

 

「やっぱり、ここは()()()のお店だったのですね!道理で!」

 

 

 ……その眩しい笑顔とは裏腹に、御同輩とか道理でとか、気になる台詞が多過ぎて胃が痛くなってくる。

 半死半生みたいな自身の主と私を見かねて、ジェレミアさんが結論を告げた。

 

 

「……つまり、この店の店主と店員は、どちらも【顕象】だった、と?」

「わー!!聞きたくない聞きたくない!うちの節穴ぶりが明らかになるような話なんて聞きとうない!」

「紫様……」

 

 

 ……最初の勘であってたじゃねーか!!

 そんな思いから机に崩れ落ちる私と、いやだいやだと首を振るゆかりんなのであった。

 

 

 

 

 

 

「はいせんぱい、お水です。……落ち着きましたか?」

「……正直帰って寝たい」

「お気持ちはわかりますが、まだ暫く頑張ってください……」

「がんばるぅ~……」

 

 

 マシュに注いで貰ったお水を一気飲みして、気合いを入れ直した私。

 まだ酒も飲んでないのに「なんでよー!」と泣き上戸*4と化したゆかりんと、それを慰めるジェレミアさんを横目に、改めてこの定食屋の店員さんと向かい合う。

 

 ……美人だな、という感想が一番に浮かぶような、スタイルのよい黒髪の女性。

 特になにかしらの原作があるわけではなく、『異世界食堂』系の店員の概念の集合体……みたいな感じの存在らしい彼女は、人好きのする笑顔を浮かべて、今は私達の対面に座っていた。

 ……本当なら店主さんにも話を聞きたいところなのだが、今はまだ営業時間中のため、とりあえず店員さんから話を聞くことになっている。

 

 

「えっと、じゃあとりあえず年齢から……」

「せ・ん・ぱ・い?」

「あ、はい冗談です……えっと、名前とかはあるんでしょうか?」

 

 

 こ、後輩が怖い……。

 ちょっとしたお茶目だったというのに、目敏いというかなんというか……。*5

 幸い、そこらへん相手方は気にした様子はなかったので、そのまま話を続けることに。

 

 

「特にこれといってないのですが、皆様からはマキと呼ばれていますね。由来もなにもない、本当に呼ぶためだけの名前ですが」

「はぁ、なるほど。マキさん、ねぇ……。えっと、いつからこちらに?」

「この場所がこうして人の集まる場所になってから、でしょうか?」

「わー!!最初期からってことじゃないのそれぇー!!もういやー!!!」

「……え、えっと。なんで料理屋を?」

 

 

 途中、ゆかりんが大声をあげて泣き崩れたけれど、どうしようもないのでジェレミアさんに対処を投げ、そのままマキさんからの事情聴取を続ける。

 そうして聞くところによれば、彼女達はそもそもが料理漫画などに向けられた様々な感情から生まれた存在であり、料理を作るのはもはや呼吸をすることに近い、とのことだった。

 また、店主と店員のセットなのは、それが料理屋漫画のオーソドックスなメインキャラだから、なのだそうで。

 

 

「店主だけの話も多いですが、店員もいれば話の幅が広がりますし」

「なるほど……」

 

 

 男性店主と女性店員といえば、料理屋漫画ではわりとお馴染みの人選か。

 その基本型を起点として、彼らはこの建物に顕現したらしい。

 ……まぁ、顕現と言っても単なる飯屋、なにができると言っても結局は料理、それゆえに周囲に露見することもなく、細々と料理屋を続けていた……ということのようだ。

 いやまぁ、そもそもの話近くの飯屋が、波旬と宿儺がやってる店な時点で、普通のお店のはずがなかったんだけどね!

 

 

「……もうやってらんねー」

「せんぱい、どうか気を確かに……」

 

 

 もう知らねー、今日は酒飲んで寝るー。

 と半ば不貞腐れながら、お猪口の清酒を一気飲みする私なのであった。……マーリン?横で腹抱えて笑ってやがったからデコピンしときました☆

 

 

*1
『KINGDOM HEARTS』シリーズより、心を失った肉体と魂が別の世界で生まれ変わったもの。白い化物のような姿をしているモノが大半。基本的には雑魚敵

*2
定食屋はいわゆる『大衆食堂』と同一視されるもの。定食を主体に販売している場合、定食屋と呼びわけたりするようだ。夜は居酒屋になる店が多いが、夜に開かず昼だけ開けている、という店も多い

*3
イギリス料理でも有名な一品。嵐吹き荒れる冬の海に一人で漁に出て魚を獲ってきたトム・バーコックの行為をたたえ、12月23日に食べられるのが基本。星を(Star)眺める(Gazy)(魚の)パイの名の通り、パイ生地から魚の頭が突き出した、奇抜過ぎる見た目が特徴。縁起物でもあるため、この形式から崩すことはできないそうな。なお、星を見る人(Stargazer)ではない

*4
上戸(じょうご)』という言葉自体は、酒が多く飲める人のことを指す言葉。『下戸(げこ)』の対義語。由来は諸説あるためここには記さない。『上戸』だけだと単に酒に強い人、みたいな感じなのだが、手前に動詞がくっつくと、あんまり酒に強そうに見えなくなるのは何故なのか。意味もなく笑ったり、意味もなく泣いたり、意味もなく怒ったりする様が、酒に強そうには見えないから、なのだろうか?

*5
あっ(察し)



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それはそれ、これはこれ、あれはどれ?

「……仕事終わり・帰る間際に、追加でめんどくさい仕事が入ってきた時のサラリーマンの気分だったよ」

「私は帳簿にミスが見付かった時の、年末帰る前の気分だったわ……」

 

 

 女二人、話をするだけで悲しくなってくるような話題に花を咲かせつつ、店員(マキ)さんが持ってきてくれた料理に箸を伸ばす。

 

 あのあと、結局リゾットやらピラフやらの洋食系を頼んだアルトリアと、あいも変わらずオレンジ系にこだわりを見せるジェレミアさんなどの注文も終わり、今はとりあえず料理に集中しよう、と全部を先送りにした私達。

 ……酒を飲むと愚痴っぽくなるせいで、結局先送りにできてないような気がしないでもないけども……まぁ、それはそれである。

 

 

「むぅ、マーリン?何故私には、お酒の類いを一切飲ませようとしないのですか!」

『ああもう、何度も(なんどもお。)*1説明したじゃないか。君にはお酒はまだ早い。マシュ君と一緒に、オレンジジュースでも飲んでいなさいと』

()()とは失礼ですね、オレンジは忠義の証。決して軽んじられるべき存在ではないと、私は主張する次第で……」

『うわぁ?!だから別に、君になにか思うところがあるわけじゃないんだってば!……この人、酒も飲んでないのに絡んでくるんだけど?!』

「そりゃ貴方が悪いわよ。羽毟られないだけマシだと思いなさい」

『恐ろしいことを言うな君は?!』

 

 

 マーリンは先ほどから、カシスオレンジやらカルーアミルクやらの、軽めの酒類*2に手を伸ばそうとするアルトリアを、ずっと押し留めている。……わりと必死に見えるが、まさか彼女は悪酔いするタイプなのだろうか?

 隣のマシュもわりと空気酔いとかするタイプなので、ちょっと心配というか、怖いというか。……プラシーボも起こすタイプだからなぁ、彼女。*3

 まぁ、幸いにして彼女は今のところ、普通に夜定食に舌鼓を打っていらっしゃるけども。

 

 ともあれ、だいぶ賑やかな夕食風景である。

 ついでに言うなら、感覚的にはかなり久しぶりの、日本での食事である。

 

 

『向こうの一日はこちらでの一分。……一月ほどの滞在だったから、経過時間は三十分ほどだ。周囲からすれば、懐かしいと感じる君の姿は、少しばかり不思議なものに見えるだろうね』

 

 

 とはマーリンの言だが……期せずして、いつぞやかにヤベーモノ扱いしていた、バーストリンカー*4の同類になってしまうとは。

 つくづく、人生と言うものは山あり谷ありである。

 

 

『せんぱーい?たそがれるのは構いませんが、人生にお疲れならメンタルへ!*5……ならぬ、貴方の心の処方箋、BBちゃんをお忘れですかぁ~?』

「そ、その声は!我が友、李徴子*6……もとい、具体的には三章終わり頃からすっと姿の見えなくなっていた月の上級AI、BBではないか!?」

『はぁい、高次(メタ)的説明台詞、さんきゅーでーす!……まぁ、私もあれこれとやってましたので、決して、決して忘れられてたとかそういうわけではないのだと、ここに宣言しておきますが!』

『ほぉー?なるほど、電子の妖精まで居たとは。私に驚く必要性、なかったんじゃないかい?』

「……?え、罵られたかったの?」

『いや()()()の電子の妖精ではなく』*7

 

 

 と、ちょっとしみじみと頷いていたら、勝手に画面が点灯し、ホログラムのように空中に飛び出してくる小さな人影。

 現れたのは、最近確かに姿を見ていなかった気のする、BBちゃんであった。……いやちょっと待った。今私のスマホから飛び出した?どうやって?

 ……聞きたいことが増えてしまったが、今は再会を祝うだけにして、彼女の話を静かに聞く私。……と、横合いから会話に割り込んできたマーリンに、なに言ってんだこいつ……という視線を送る私。

 私と私で私がダブってしまったな。……私が私を見つめてました?*8

 

 

『いや、気安く分裂しようとしないでくださいねせんぱい?』

「リアルに分身できる人とかいないから、思考がどんな感じになるのかはちょっと興味があります」

『どこかの蜘蛛の子*9みたいに、ヤバいことになる予感しかしないので止めましょうね』

「はーい」

 

 

 うむ、いつも通りの打てば響く会話である。……こうしてくだらない話をしていると、帰ってきたのだと実感するなぁ、としみじみしながらお猪口の中身を一口。

 ……うん、見た目だけだと凄いなこれ、幼女が日本酒飲んでるとか。まぁ、東方とかだとよく見る光景だけども。

 

 そうして、夜の時間は流れていって───。

 

 

 

 

 

 

「聞いてましゅかせんぱい?!」

「はい、聞いてますよ」

「本当でしゅか本当でしゅねでも心配なので一応もう一回言っておきましゅねいいでしゅか耳をかっぽじってよぉく聞いてくださいねいきましゅよせんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい私はせんぱいをすっごく敬愛してまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすですからこれからも末永くお願いしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅばたり」

マシュ・キリエライト 再起不能(リタイア)

「……や、やっと寝落ちした……」*10

 

 

 数分後。何者か(下手人はしばいた)の卑劣なる罠により、烏龍茶をウーロンハイ*11に入れ換えられてしまったマシュが、肉食酒乱(ビースト)系魔法少女ふかふか☆マシュ*12へと変貌してしまい、それの対応に時間を取られている間に、周囲の様子はすっかりと変わってしまっていた。

 ……いやさ。やらかしおったマーリンに対抗して、アルトリアにカルーアミルクをあげたのだけれど。

 

 

「マーリンの奴はどこだぁっ!!

『はぁーい!さっき綺麗な女性を見掛けたので、ほいほい声を掛けに行きました~☆』*13

「おのれマーリン、ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

「よう、お前ら……満足か?こんなアルトリア(世界)で?……俺は……嫌だね……!」*14

 

 

 ……収拾が付かねぇ!

 誰だよアルトリアにお酒なんて与えたの!……私だったわどうしようもねぇ!!

 『約束された勝利の剣』を二本持ちして、キレ顔ダブルソード*15しているアルトリアさんと、そんな彼女に逃げたマーリンの所在を投げるBBちゃん。……(状況が)終わってやがる、早すぎたんだ!*16

 

 

「ネタの大渋滞ねぇ。……まぁ、いつも通りに戻ったといえば、その通りなんだけれども」

「いつも通りかなぁ!?これ、本当にいつも通りかなぁ!?」

 

 

 店内でエクスカリバーを振り回そうとするアルトリアを、背後から羽交い締めにしつつ押さえ付ける私と、その隣で呑気に枝豆を剥きながら食べているゆかりん。

 ジェレミアさんは気を利かせて店内の避難誘導を行っているし、店主と店員の二人は楽しそうに笑うだけ。何故か近くを通っていた子犬も、しっぽを振るだけ。……ん?*17

 

 ともかく、この事態をどうにか鎮圧しなければ、なりきりの未来はない!

 大袈裟ねぇ、と酒を飲み続けているゆかりんは、現状毛ほどの役に立たねぇから無視だ無視!

 

 

「そういうわけでゆかりさん!手伝ってください!」

「ほわっ!?……なんでこういう時は、目敏く私を見付けるんですかキーアさん」

「そっちこそ、そんな抜き足差し足忍び足で動いてたら、声を掛けてくださいって言ってるようなものだと思いますよ?」

「くっ、言われてみれば……」

 

 

 なのでいつかのように、ゆかりんちぇーんじ!

 ゆかりはゆかりでも結月のゆかりだ、さすがの馬力だ地力が違いますよ!(?)

 ……というわけで、前と同じように店内に居たゆかりさんに、救援要請。

 クエスト内容は『暴走アルトリアの鎮圧』。……(ドラ)(むす)、って呼んだら別の人が来そう(KONAMI感)

 

 

「呼んだかしら、子ネコ?」

「呼んでなっ……いけど、来てくれたならありがたい!手伝ってエリちゃん!」

「……あれ?冗談のつもりだったのだけれど。でもまぁ、求められたのなら答えなくっちゃね!」

 

 

 なんて、余計なことを考えたせいか、すっとスライド移動してくるのは天下御免のエリザベート・バートリー。……そのスライド移動は、余所のゲームの十八番じゃないですかね?*18

 

 まぁ、ともあれ。

 清楚な白百合のごとき少女騎士から、ともすればゴジラ辺りに例えられるようなバスターぶりを発揮し掛けているアルトリアに対峙する私達。そう、

 

 

「キーア!」

「ゆ、ゆかり?」

「エリザベート!」

「ゆかり!」

「オレンジ!」

「「「「「五人揃って、ゴレンジャイ!」」」」」*19

 

 

 ……………。

 ……うん、ツッコミポジ(アルトリア)が暴走中なので、ちょっとオチが付かんねこれは。

 いそいそと元の場所に戻っていく二人(ゆかりんとジェレミアさん)を見送っていたら、ゆかりさんが困惑した顔で両手を所在なさげに惑わせていた。……ああうん、ごめんなさいねゆかりさん。うちら毎回こんなノリなもので……。

 

 

「というかですね、ツッコミはしないと仰いつつ、何故か棒立ちでこちらを見ているリリィさんにも、ちょっとばかり疑問が湧くというかですね?」

「勇気が湧いてきたわ!」

「りんりんに湧いてきたぞ!」*20

「いやだから、脇道に逸れないでくださいってば」

 

 

 ふむ、ゆかりさんは今回落ち着かせるべき相手である、アルトリアが何故か棒立ちなのが気になる様子。

 

 確かに、さっきまで烈火のごとく荒ぶり猛る獣……もとい部長みたいな様相だった彼女ではあるが、現在はまるで電池が切れたかのように静止している。

 これで彼女の後ろの方に、両肘を立て手で口元を隠している(ゲンドウポーズの)男性が居たら、迷わず暴走フラグだとわかるのだけれど……今回はそういうのではないらしい。

 

 まぁ、酔っぱらいだしなぁ、とため息をついて、固まっている彼女に(ゆかりさんからの制止を聞き流しつつ)近付けば。

 

 

「……うん、やっぱり。酔いが回って寝てますね」

「ええ……じゃあ私、捕まり損じゃないですか……」

 

 

 微かな寝息を漏らしながら、立ったまま眠っているのが確認できた。

 うん、なんかその、すみませんねゆかりさん?凹凸に巻き込んだ挙げ句、唐突に解散ですわ、これは。

 

 ……流石にそれだと彼女に悪いので、一品奢ることでチャラにして貰いましたとさ。

 

 

*1
ゲームのバグ動画の投稿者、ヒテッマン氏に影響を受けた者達の間で使われる表現の一つ。『()()()()()なじことをきいているようでは~』という台詞がバグったもの。話題がループしている時などに使われる。つまりはイザナミだ

*2
軽めとは言うが、どちらもアルコール度数5度前後。普通のビールと同じくらいなので、軽いかどうかは人次第だろう。なお、カシスオレンジもカルーアミルクも、アルコール度数20前後のリキュールを、それぞれオレンジジュースとミルクで割ったものであるため、作り方によってはもうちょっとアルコールが強くなる場合も存在する

*3
『fgo』作中の描写から。特に、『見参!ラスベガス御前試合〜水着剣豪七色勝負!』での雰囲気で酔っ払ったマシュがわかりやすい

*4
『アクセル・ワールド』より、作中ゲーム『ブレイン・バースト』を遊ぶプレイヤー達の俗称

*5
原作:ゆうきゆう氏、作画:ソウ氏のマンガ作品『マンガで分かる心療内科』内でオチに使われる台詞。○○な方はメンタルへ!みたいな感じに使われる

*6
中島敦氏の小説『山月記』より。自尊心と羞恥心から、虎に成り果ててしまった男・李徴(りちょう)と、その友人・袁傪(えんさん)のお話

*7
『機動戦艦ナデシコ』より、ホシノ・ルリのこと。白い肌・金の瞳・青い髪のツインテールという容姿の、いわゆる美少女。『バカばっか』という口癖を持っている。世間一般的に『綾波系』と言われて思い浮かぶキャラ、そのまんまな感じのキャラクター

*8
『ご注文はうさぎですか?』第一期オープニング『Daydream cafe』の歌詞の一節から

*9
『蜘蛛ですが、なにか?』より。分割思考が悪いわけではないが、人って余分があると突拍子も無いことし始めるよね、というか

*10
『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズより。敗北したことを示す言葉。死亡とは微妙に異なるらしく、この言葉が記された人物は『暫く再起できない』といった扱いになる

*11
焼酎を烏龍茶で割ったもの。アルコール度数は大体5~8ほど。なお、()()はハイボールのことを指す

*12
『fgo』のコラボイベント、『魔法少女紀行〜プリズマ・コーズ〜』内にて、魔法の少女導師・マハトマ♀エレナから呼ばれた名前。元を辿れば『デンジャラス・ビースト』と『鬼哭酔夢魔京 羅生門』にて酒気にあてられた彼女の姿からの台詞、だと思われる(前者でビーストを、後者で酒乱を名前に取ったのだろう)

*13
『こち亀』のオチパターンの一つ。大原部長がぶち切れながら派出所に突撃してくる、というもの。逃げられているパターンもあれば、逃げられていないパターンも存在する

*14
『機動戦士ガンダム00』より、初代ロックオン・ストラトスことニール・ディランディの最後の台詞。なのだが、『こんな世界は嫌だ』という時によく使われる

*15
大本の大本は『アへ顔ダブルピース』なのだが、ダブルソードになっている時点で『ドヤ顔ダブルソード』こと、『メルルのアトリエ』発売時にイラスト担当の岸田メル氏があげた写真が元ネタなのは明らかだろう。なお、正直『ドヤ顔ダブルソード』としか呼びようの無い見た目をしている。岸田メル氏はその透明感のある少女という作風からは想像できないような、結構凄い()人である

*16
『風の谷のナウシカ』より、作中人物のクロトワ(クワトロではない)が述べたら台詞、『腐ってやがる、早すぎたんだ』から。この場合の『腐っている』は文字通りの腐食状態を指すのではなく、『使い物にならない』という意味での暴言に近いものである。言われた対象である巨神兵は、本来は時間を掛けて成長させる必要性があり、成長しきる前に外に出してしまったために『使い物にならない(腐っている)』と言われてしまった

*17
『おじゃ魔女どれみ』シリーズのオープニング曲の一つ『おじゃ魔女カーニバル!!』の歌詞の一節から。教科書には書いてないし、子猫に聞いてもそっぽを向かれるだけ、だったり

*18
ソシャゲにたまにある表現。立ち絵をそのまま動かすやり方。大体紙芝居とか言われるため、基本的には不評

*19
『ダウンタウンのごっつええ感じ』より、『世紀末戦隊ゴレンジャイ』。レッドが三人、イエロー二人などのカラー被りなどの問題点有りまくりな戦隊に対して、敵側がツッコミを入れていく形のコント。今回はゆかりが二人居たことからのチョイス

*20
『それいけ!アンパンマン』より、エンディング曲の『勇気りんりん』の歌詞の一節から



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秘め事姫事姫路事

 次の日。

 完全に酔い潰れた二人を、家に連れ帰った翌日のこと。

 

 

『ほほーぅ?これはこれは、良い趣味をしていらっしゃる』

「そっちこそ。いやー、まさかここに来て君みたいな同士が増えるとは思わなかったよ。……おっと、ここでのことは内密に……」

『わかっているさCP君。私達の利益のため、ここは密約といこうじゃないか……!』

 

 

 ……これは、止めた方がいいのだろうか?

 二階の空き部屋の一つで、胡散臭いの(妖精マーリン)胡散臭いの(CP君)が、なにやらこそこそと話をしている。

 正直厄介事の匂いしかしないのだけれど、起きてきたばかりの私の頭では、なんとも判別が付かない。

 ……んー。

 

 

「めんどくさいからいいや……」

 

 

 起きがけに頭を使わせようとするんじゃないわよ、知らん知らん面倒事になったらその時の私がどうにかする、はい解散!

 ……と、かなり意味不明な思考の果てに部屋に戻り、ベッドにダイブして。

 

 

「───いやよくねぇ!?」

 

 

 思考が幾分かまともに動き始めたため、慌ててベッドから起き上がり、奴らのたむろしていた部屋に戻って。

 

 

「くっ、もういないだとっ!!?」

 

 

 奴らの悪事を止めるタイミングを逃した*1ことが判明して、思わず頭を掻きむしる私なのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 なりきり郷にある一般的な家屋が、空間拡張技術をふんだんに使ったものである……ということは、皆さんご存じのことだと思う。

 実はこの技術、言葉の雰囲気から感じとれるモノよりも、遥かに凄い技術だったりする。

 なんと、部屋の模様替えやら配置替えやら、あらゆる内装に関する手間暇を、全てワンタッチで解決できてしまうほどの利便性・拡張性があるのである。

 この部屋を借りた時には寝室が石造りの宿屋みたいな感じだったのが、現在はごく普通のオーソドックスな洋風の寝室になっているのが良い例だろう。

 

 一応上限というか許容量というか、そういう限度というものが定められてはいるわけなのだけれど。

 逆に言うと、その許容量(キャパ)に収まるのであれば、部屋の増改築も自由自在・階数を増やしたり反対に減らしたり、そういったあれこれが全てタッチパネルでちょちょいのちょい……と終わらせることができてしまったりする。なのでー……。

 

 

「まぁ、これは魔法学院の寮と同じ間取りなのですね?」

「アルトリアにはこっちの方が良いかなってね。一応、ルイズの部屋と同じ間取りになってると思うけど」

 

 

 彼女に貸し与える予定の部屋の前に立ち、手元の端末で部屋の模様替えを敢行し。

 作業が終わったことを確認して扉を開けば、中に広がるのはトリステイン魔法学院の生徒寮と、同じ間取りの一つの部屋。

 使用できるキャパ的に、王都の彼女の部屋を再現……とはいかなかったので、代わりに彼女の親友である、ルイズの部屋の間取りとでき得る限り同じものを、こうして用意してみたのだった。

 

 結果はご覧の通りの好評。

 お姫様のお墨付きも頂き、密かに胸を撫で下ろす私である。

 

 ……それにしてもこの改装システム、ホントオーバーテクノロジーだな……。

 見た目的に一番近いのは『PSYCHO-PASS』のホログラム技術*2だと思うのだけど、あっちと違って四次元ないし虚数方向に実体を実際に保存し、それを組み換える方式を取っている……らしく。

 なので、見た目だけ変わっているわけではなく、例えば内装にソファーを加える時に、材質やら何やらを指定すれば、ちゃんとその素材によって作られたソファーそのものが、構築されて配置されるのだそうだ。……質量保存の法則とかは、全て四次元やら虚数空間やらが解決してくれているらしい。

 かがくの ちからって すげー!*3

 

 ……まぁ、実際に使っている側からすれば、ソシャゲのルーム機能*4の組み替え……みたいなものにしか見えないわけなのだけれども。

 実際、部屋のセッティングに使われるUI*5は、あれらを参考にしたもののようだし。

 そういうところは、オーバーテクノロジーなんだかローテクノロジーなんだか、ちょっと疑問が湧かないこともない……かな?

 

 と、そんな感じで。

 とりあえず、部屋の中を物色しているアルトリアに「終わったらリビングまで来てね、朝御飯用意しとくから」とだけ告げて、そのまま部屋の外に出る。

 あの様子だと、暫くは部屋の中を探索して、内装に一喜一憂していることだろう。

 その間に、こっちはこっちであれこれと準備をしなければ。

 

 部屋を離れたその足でリビングに向かえば、併設されたキッチンから漂ってくる、香ばしいいい匂い。……肉の焼ける匂いのようなので、ベーコンでも焼いているのだろうか?

 カウンターからひょいとキッチンを覗き込めば、マシュがフライパンで大きなベーコンを、カリカリに焼き上げている最中だった。

 人の気配を感じたマシュが、視線を上にあげてこちらを見る。……花のような微笑みが返ってきたので、こっちも笑みを返しておく。

 

 

「あ、せんぱい。おはようございます」

「おはよーマシュ。今日のメニューはベーコン(それ)と、あとはスクランブルエッグとか?」

「はい、その予定です。……ゴルドルフ所長*6のように、美味しくできているかは、あまり自信がないのですが」

「……いや、流石にあの人を目指すのは、ハードルがちょっと高くない?普通に料理上手だよ、あの人」

 

 

 申し訳無さそうに声を出すマシュに、私は小さくツッコミをいれる。……ここにフォウ君はいないけれど、仮にいたのなら「なに言ってんのこの子」とばかりに一鳴きしていただろう。

 ゴッフことゴルドルフ新所長のカリカリベーコンといえば、FGOプレイヤーが一度は食べてみたい、と思う料理の一つである。

 ……目標は高く持てとは言うものの、高過ぎるのも困り者と言うやつだろう、この場合は。

 

 

「そう、でしょうか?」

「そうそう。ほら、あんまり余所見してると焦げるよ」

「わ、わわわっ。ま、マシュ・キリエライト、せめて失敗しないようにがんばりますっ」

 

 

 こちらとの会話に夢中になっていたため、うっすらと白い煙が立ち始めたベーコンを、慌ててひっくり返すマシュ。

 

 ……料理技能なども元のマシュに準拠するというのなら、作中バレンタインでの菓子作りの腕前を見るに、このマシュだって結構な料理上手なのだろうと思うのだけれど。

 料理上手の基準が、キッチン組やらゴッフやらだと言うのなら、自分はまだまだだと卑下するのも仕方ない……ということなのだろうか?

 料理はさほど得意ではない私からしてみれば、結構贅沢な悩みに思えてくるが。……まぁ、彼女が向上心を持つのは、別に悪いことではない。

 仮にも彼女の先輩を名乗る身としては、彼女が楽しければそれが一番である……としか言いようがないのであった。

 

 

「おや、これは香ばしいベーコンの香り。朝からご機嫌な食卓……ということですね?」

「あ、アルトリア。部屋の方はもういいの?」

 

 

 そんな風にマシュと会話をしていたら、背後から聞こえてくる楽しげな声。

 振り返れば、部屋の入り口に立ったアルトリアが、中に充満しているベーコンの匂いを嗅いで、小さく笑みを浮かべていた。

 ……そういえば、一応彼女は区分的にアンリエッタになっているはずだけれど、食の嗜好はやっぱりアルトリア側……なのだろうか?

 

 大食いキャラと思われがちなアルトリアだが、それは正確には違う。

 契約パートナーからの魔力供給が乏しいため、それを食事で補っているために食事を必要としている……というのが正解である。そもそもサーヴァントの仕組み上(魔力があれば活動できるため)、そうでもなければわざわざ食事を取る必要がなかったりするのだが。

 

 というか、元を正せば彼女が食に拘るようになったのは、彼女のパートナー・衛宮士郎の料理に理由がある。

 生前食の喜びとは出会わなかった彼女が、現世でそれに出会ったからこそ、それに感銘を受けた、というのがキモなのだし。

 

 故に、彼と出会っていないアルトリアに、食に拘る理由はない……はずなのだが。

 そこは型月のいつもの癖(面白ければ二次でも取り込む)、そもそものfate自体が、原典たる史実や神話からしてみれば二次創作に近いものであるからか、良いと思えば他者の二次設定であれ貪欲に取り込んでいく、というその性質により、彼女はいつの間にやら腹ペコ王となってしまっていたのだった。

 

 ……原作描写からすれば、大食い扱いされるべきなのはオルタの方であって、青い方はどちらかと言えば質を好み、そこを抑えつつも『衛宮家で皆と一緒に食べる食事』を一番の優先事項としている……というのが描写としては正解だろう。

 アルトリア好きの中で『衛宮さんちの今日のごはん』が好評なのは、二次創作からのアルトリアへの影響である、腹ペコ描写などがマイルドになっているからだ、というのは有名な話……かもしれない。*7

 

 まぁ、結局なにが言いたいのかというと。

 ……リリィって健啖家ではないよね、ということである。

 少なくとも、どこかの戦闘民族やらウマ娘やらと並び立てられるようなモノではない、ということだ。

 

 

「……?よくわかりませんが、とりあえずお手伝いすればよろしいですか?」

「あ、はい。お皿をお願いしますね、アルトリアさん」

「はい♪」

 

 

 ……うん、お姫様力マシマシになっているとはいえ、リリィみも強い彼女。

 普通に手伝いを申し出るその姿に、なんとも和んでしまう私である。

 

 

『いやー、なんと可憐、なんと健気!──私のプリンセスメーカーっぷりを褒め称えてくれてもいいんだよ、キーア?』

「ええい、癪だがこう返そう!……だが絶対に許す!」

『古代王!?』

 

 

 ……そんな風に首を縦にうんうんと振っていたら、すいっと滑るように飛んでくる、妖精マーリン。

 小さくともマーリン、小さかろうがマーリン……という感じで、非常に鬱陶しいことこの上ないが、彼の仕事が見事だと言うのは間違いない。

 ……まぁ、見事過ぎて時々女傑の雰囲気まで醸し出すリリィになっているのは、正直どうかと思うのだが。

 でもまぁ、原作『ゼロの使い魔』のアンリエッタからしてみれば、かなり上向きに成長しているのも間違いではない。……わりとヘイト集めやすい人だったからなぁ、アンリエッタ王女。

 

 

『まぁ、友達を戦禍渦巻く国に忍び込むように()()()してきたり、はたまた蘇った想い人に誑かされたりと、あんまり良いところなかったからねぇ、彼女』

「まぁ、あれらを王女一人の責任と言い張るのも、ちょっと問題があるとは思うけどねぇ」

 

 

 王族教育もろくに出来ていないような感じだったし、あれらを全て彼女の責任として押し付けるのは、正直『神の視点』でしかないよなぁ、とか思ったり。

 

 

「?二人仲良くなにを話していらっしゃったのですか?」

「貴族制の功罪について」

「まぁ」

 

 

 なお、別に隠すことでもないのだけれど、一応アルトリアにはごまかしておいた。一応、並行世界の彼女の話、みたいなものだしね。

 

 

*1
『遊戯王OCG』における『時と場合』の任意効果に纏わる語句。遊戯王が難解であると言われることの要因の一つ。詳しくはwikiなどをどうぞ

*2
『PSYCHO-PASS』作中における内装や服装などは、原則的にテスクチャによって構成されたホログラム、すなわち実体の無いものである

*3
ゲーム『ポケットモンスター』ないで登場する用語。後に続く言葉や、この言葉そのものが形を変えたりしながら、最新作まで連面と受け継がれている。基本的には作中の技術を褒め称えている

*4
ソシャゲに存在するコンテンツの一つ。無いものもある。基本的にはクォータービュー(斜め上からの俯瞰形式)で、範囲内に家具やら置物やらを設置する。所持しているキャラクターが部屋の中を動き回り、あれこれと反応を示すのが楽しい。ゲームによっては、家具の設置によりキャラクターのステータスに変化が起きることもあり、必須作業になっていることも

*5
『ユーザインターフェース』の略称。ユーザ、ないしユーザーは『使用者』のこと、インターフェースは『接地面』のこと。パソコンやゲームハードなどの、コンピュータと人間が情報をやり取りするための窓口とでも呼ぶべきもののこと。原義的にはマウスやキーボードなどもUIの一部だが、ゲームの設定画面などをUIと呼ぶことも多い

*6
『fate/grand_order』第二部よりカルデアの所長となった人物。最初期こそあれこれ言われたりもしたが、その容姿と血縁関係を知る人からは普通に歓迎されていた。現在では普通に大人気な、おじさんに見えるお兄さん(年齢28~29歳)

*7
もう一つ二次創作で有名な設定に、ニート扱いがあるが、こちらも間違い。ワーカホリック気味で負けず嫌いの彼女は、まともに働かせると壊れるまで働くタイプの人であるのと、士郎が彼女を働かせるのを嫌ったとか、見た目が中学生(外見年齢15歳)であるためにそもそもバイトできない(というか戸籍もない)、などの事情が重なったのと、『hollow ataraxia』でのライダーの台詞が起因だろう。古い年代の作品には『悪し様に言って笑いを取る』ものが多かったため、その名残だと思われる



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招けば福来たり、棒も降っては犬踊る

 朝食は恙無く進んだ。

 (fateの方の)本編の彼女のように、料理を口に運んではコクコクと頷きながら、柔らかい笑みを浮かべているアルトリアの姿に、ちょっと癒されたりしつつ。

 基本的に食事の必要性がないマーリンに、敢えて小鳥のようにご飯をあげてみたりしつつ。

 

 そんな感じに朝食を終えれば、時刻は大体九時頃。

 ……ふむ、建物の中の案内とかも必要だろうし、そろそろ外に出るべきだろうか?

 服装は……うーむ、今の彼女は第二再臨のドレス姿に、第三再臨の胸元のリボンが付いたような服装である。つまりは、だ。

 

 

「うん、目立つし着替えた方がいい、かな?」

「そうですか?私としては、普通のつもりなのですが……」

『八雲の彼女なんか、普通にドレスじゃないか?あっちの方が目立つんじゃないのかい?』

「いやー、あれはもうああいう服着てない方が逆に目立つというか、そもそもゆかりん自体外に滅多に出ないというか……」

 

 

 うん、わりと好き勝手な服装をしている人達が多いなりきり郷と言えど、こんなに裾の広がったドレスは流石に目立つ。

 なので着替えを提案したのだが、当のアルトリアはピンと来ていない様子。

 更にはマーリンからの『もっと派手なやついるじゃん』の発言。…いやまぁ、香霖堂版のゴスロリゆかりん*1が一番近い感じの服装だし、目立つのは確かなのだけれども(おっきい時は紫のドレスが基本で、たまに道士服っぽいのも着てたりする)。

 とはいえ、彼女は基本的に最上階の社長室ならぬゆかりんルームに引きこもっている身、部屋の中で着ている服装が派手だとしても、別に問題はないわけで。

 

 まぁ、目立つ云々の話をするなら、そもそも昨日のご飯の前に言え……というのも確かなのだけれども。

 ……日の明るいうちにこうして改めて確認したところ、結構目立つなーと思った次第というか。……私らの私服はどうなのかって?目次の挿し絵を見て、どうぞ(姑息な誘導)。

 

 ともあれ、お姫様お姫様していても面倒事の火種になるだろうし、ある程度カジュアルなものに着替えるべき、というのは確かなので、そこら辺を踏まえてコーディネートをしていきたいところ、なのだけれども。

 

 

「……うん、申し訳ないんだけどCP君頼んだ」

「おや?僕かい?別にいいけど、なんでまた?」

「……最近ほとんど女の子みたいなことやってるけど、一応中の人的には私もマシュも男性なので、明確に女性なアルトリアの服選びを手伝うのはどうなんだろ、というか……」

『おや、僕はてっきり、あれだけ仲睦まじくしているからそこら辺はもう割り切ったのかと思っていたんだが。()()()()も、そこはかとなく甘ーい感じだったしぐへっ!?』

「やめいっ、薔薇で造った百合の造花*2とか言われかねないからやめいっ」

 

 

 最近ほとんど女性として振る舞っているから忘れそうになるけれど、一応私達中身の性別的には男性になるので……。

 TS少女が真性の女の子と絡むのは、ちょっとどうなんやろ感が溢れるというかですね?*3

 そもそもアルトリアはなりきりでもないから、微妙に割り切れないところがあるし。……はるかさん?あの人わりと残念だから……。

 

 みたいな感じで、服装を選ぶのをCP君に任せる私達。……途中で余計なことを口走ったマーリンは鉄拳聖裁*4である。

 ここに住んでるメンバーでは、唯一中身がちゃんと女性な彼女に頼んで待つこと暫し。

 帰ってきたアルトリアは、いわゆる英霊祭装の服装──青いジャンパースカート?と、白いシャツという出で立ち──をしていた。……前から思っていたのだけれど、一時期話題になっていた服装に似てなくもないな、これ。*5

 

 

「えっと、似合っているでしょうか?彼女には、お墨付きを貰ったのですが……」

「はい、とても似合っていらっしゃいますよ、アルトリアさん。せんぱいも、そう思われますよね?」

「うん、いいと思うよ。……これ、CP君が作った感じ?」

「そうだね。糸を吐いてちょちょいっと、ね」

 

 

 不安げにこちらに問い掛けてくるアルトリアに、マシュと一緒になって大丈夫だと声を掛ける。

 実際、傍目から見ている分には元気な少女、というような雰囲気しか感じられない。とある国のお姫様だと言われても、すぐには信じられないだろう。

 

 ……いやまぁ、お姫様でなくとも『アルトリア』ではあるので、一部が嗅ぎ付けて来そうではあるのだが。そこはまぁ、彼女が()()()であるので、まだどうにかなるとは思う。なりきりじゃないからややこしくなりそうという懸念もあるが、とりあえずは棚上げだ。

 

 それはそれとして、相変わらずCP君の縫製技術は無茶苦茶である。

 【複合憑依】のスペック上昇分を全てそこに注ぎ込んでいるようなものだから、ある意味当たり前ではあるのだが……十分も経たないうちに採寸やら布の裁断やら縫合やら、全部を終わらせて一着仕上げるその手際の良さは、なんというかこんなところで燻っていていいものか、甚だ疑問な腕前だと言えた。

 

 まぁ、あくまで趣味だから良いのであって、これを仕事にしようとまでは思っていないらしいが。……基本的には魔法少女の服しか作りたがらないタイプの人だしなぁ、CP君。

 

 とまぁ、その辺りの話はほどほどにして。

 気絶していたマーリンを叩き起こし、玄関に揃って移動し靴を履き替えて。

 

 

「……えっと、それで真っ先にうちに来たんですか?」

「どうせ察知されると思ってたので。だったら先にこっちから打って出ようかと」

「はぁ……?」

 

 

 玄関から外に出て、そのまま隣の銀ちゃん家にイン。

 アルトリアを外に出した時に、真っ先に反応して寄ってくるだろう人物……謎のヒロインX1.5ちゃんに話をしに向かった私達。

 施錠もされていない扉を開ければ、万事(よろず)屋の内装そのままの室内で、ゴジハム君から朝食を受け取ってソファーに座ろうとしているX1.5ちゃんが、こちらを不思議そうに見詰めているのだった。

 

 室内になだれ込んだ私達は、そのまま彼女の手前のソファーに着席(流石に全員は座れなかったので、代表私と当事者アルトリアが座り、他はソファーの後ろに立っているが)。

 目をぱちくりとさせている彼女に対して、事情をざっと解説したわけである。

 

 

「ふぅむ。それはまたなんとも難儀な。……いえ、私も前回のハロウィンの時は、滅多に無いくらい思いっきり暴れまわりましたけれども。……あれと同じ原理で、そこのマーリンが手ずから育て上げたアルトリア、ですか。……とりあえず、そこの馬鹿(マーリン)を斬首しても?」

「どうぞどうぞ」

『いや軽いな!?あと本気でやろうとしないでくれないかなXくん!私を斬首してもなにもドロップはしないぞぅ!?』

「まるでなにかドロップするなら、やってもいいみたいな台詞なのだ。くしくし」

 

 

 結果はご覧の通り、アルトリアにではなくマーリンに矛先が向いていた。……それもそのはず、Xちゃんとリリィと言えば師弟の間柄。*6弟子の姿をしているアルトリアには、Xちゃんもなんとなく対応が甘めになってしまうのだっ。

 本人じゃない云々は、そもそもなりきりやぞ、の一言で済んでしまうので無問題(モウマンタイ)*7というわけである。

 

 

「いや確かに、彼女に対して他のセイバー達のように飛び掛かるつもりはありませんけれども。……というかそもそもこの子、クラス的にセイバーではなくないです?」

「んー?元がアンリエッタだから、キャスターだったり?」

「別人格に近いもののような気もしますので、まさかのアルターエゴ……だったりするのではないでしょうか?」

 

 

 そんな中、Xちゃんからあがる疑問の声。

 そのまま、本人そっちのけであれこれと好き勝手にクラスを予想する私達だったのだが。

 ……よくよく考えたらこのアルトリアさんは【顕象】なので、本当になにかしらのクラスに該当するかも知れない……と思い直し、ちょっと()てみる私。

 

 

「……『役を羽織る者(プリテンダー)』なんですがそれは」

「なんと」

『まぁ、複数のアルトリアの属性を纏めたモノを、アンリエッタが纏っている……という風にも見なせるだろうしね。そのクラス分けはさもありなん、というやつだ』

「え、えと。……が、がんばりました?」

「なんで疑問系……」

 

 

 見えた結果は、先ほど話していたモノのどれでもない、プリテンダー。

 世にも珍しいエクストラクラスに該当していることに驚きつつ、マーリンの解説になるほど、とみんなで頷く。……頷いて、その理論なら仮になりきり組がサーヴァントになったら、みんなプリテンダーなのかな、とちょっと疑問に思ったり。

 

 可愛らしくガッツポーズをするアルトリアに、みんなで苦笑して、話をしていたせいで止まっていたXちゃんの食事を、なんとはなしに見る私。

 ……小さな輪っかのシリアル食品に、牛乳を掛けたもの……という、わりとよく見るタイプの朝食だった。まぁ、ぶっちゃけてしまうとチョコワである。*8

 

 ただ、並々と注がれた牛乳が、()()に染まっていることが、普通のチョコワとの差異となっていたわけなのだが。

 ……本来はチョココーディングされてるはずだから、ミルクは茶色になるはずなのだけれど、はて?

 

 

「……それ、食べないの?」

「はい?……ああそうでした、朝食の途中でしたね。では、いただきまーす」

 

 

 こちらの問い掛けに、特に疑問にも思わずに中身をスプーンで掬って、口に運ぶXちゃん。……嫌な予感がしていた私は、横のアルトリアを連れてそっと退避。

 もぐもぐと口の中のモノを咀嚼していたXちゃんは、次の瞬間。

 

 

「……@☆%♯&*♪Боже, мой(ボージェ、モイ)!?」*9

 

 

 何故かロシア語を発しつつ、口の中のものを全て噴射した(ソファーはエグいことになった)。

 その後、ひたすらむせていた彼女に、台所から戻ってきたゴジハム君から、冷たい水の入ったコップが手渡される。

 

 中身を一気飲みし、荒くなっていた息を整え。

 どうにか落ち着いた彼女は、皿の中の物体を指差しながら、ゴジハム君に向かって怒鳴り始めたのだった。

 

 

「ななななななんですかこれっ!?すっごい鼻に来たんですけど!?」

「あ、ごめんなのだ。間違えてわさび味のチョコワを入れてしまったのだ、へけっ」*10

「なんでそんなものがうちにあるんです!?」

「安売りしてたから、思わずに衝動買いしてしまったのだ。大体一箱百円だったのだ、くしくし」

「やすっ!?いやでもそうでしょうよ、こんなもの誰が食べるんですか誰がっ」

「僕はたまにぽりぽり食べているのだ。食べてると力が湧いてくる気がするのだ。……具体的にはこの服から」

「それ絶対に怨念パワーとかですよねっ!?」

 

 

 わーぎゃー騒ぐ二人と、それを遠巻きに眺める私達。

 朝はコンビニバイトをしているらしい銀ちゃんの居ない万事屋は、それでも騒がしい声が響いているのでした。

 

 

*1
『東方香霖堂 ~ Curiosities of Lotus Asia.』におけるゆかりんのこと。見た目が分かりやすく少女

*2
見た目は百合(ガールズラブ)だが、中身は薔薇(ボーイズラブ)、みたいな状況のこと。男の娘やTS女子同士が絡む状況を指す。反対なら百合で造った薔薇の造花なのだろうが、あんまり具体例は見たことがない

*3
これを百合と呼ぶのかNLと呼ぶのかは、わりと人次第なところがある

*4
『fgo』水着マルタさんの宝具『荒れ狂う哀しき竜よ』の最後の部分、敵ごとタラスクが爆散するシーンで画面に出る文字、及び『テイルズオブザレイズ』のロニ・デュナミスの魔鏡技の名前。どちらにせよ、拳による裁きに違いはない

*5
いわゆる『童貞を殺す服』。腰の部分がコルセット状になっているハイウエストのスカートと、白いブラウスという出で立ちのもの。『二次元にしかいないような清楚さ』を感じさせる服、と言えなくもない

*6
『fgo』のイベントの一つ『セイバーウォーズ〜リリィのコスモ武者修行〜』内での描写から。リリィのキャラ付けが明確になった話でもある

*7
広東語で『問題ない』の意味。日本でわざわざこれを使う人は、1999年の香港映画『無問題』(岡村隆史氏主演)の影響を受けている……可能性がある

*8
ケロッグから発売されているシリアル食品。チョコリングのような形をしている

*9
ロシア語で『おや、まあ!』の意。直訳すると『私の神様!』なので、用途は英語の『Oh my god!』と同じ

*10
チョコワの投票に纏わるネタ。2012年の夏ごろに実際にあった話。とある企画で『チョコワをわさび味にするか否か』みたいな投票が行われたのだが、ネット投票ができたためにいつもの(コイルとか五条さんとか)が発動、一時通常のチョコワ一万に対してスフィンクスのわさびは二百万越えの票、という意味不明な票差になってしまったりした。……が、その後紆余曲折あってわさび側の票の大半は不正扱いになり、結果は普通のチョコワの勝利。そのため、未だにチョコワの販売会社であるケロッグに対して不満を抱く人達が居るのだが……冷静に考えて頂きたい。わさび味のチョコワなぞ物好きしか買わないだろうから、そんなもの出せるわけがないということを



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世にも奇妙な明日の前日

「全く、朝からとんだハプニングですよもう……」

「いや、まさかあの幻の商品が実在するとはねぇ」

 

 

 汚れた服を洗濯に出し、着替えを終えて戻ってきたXちゃん。

 そうして着替えた姿は、普通のシャツとジーンズというものであった。……びっくりするくらいにラフな服装である。

 さっきまでいつもの謎のヒロインXの服装だっただけに、余計にそう感じる。

 ……あっちはあっちで、わりとラフな姿だろうって?

 上に羽織っているジャージは確かにラフに見えるけど、中に着ている近未来スーツはラフな感じではないでしょ、あれ。

 

 とまぁ、彼女の服装の話はそれくらいにしておいて。

 着替えた彼女から「心配なので私もついて行きましょう!」と提案された私達は、「お仕事がんばるのだー」と玄関で手を振るゴジハム君を背に、『アンリエッタ姫様ご一行なりきり郷観光ツアー』に出発したのである。

 

 なので早速、イカれたパーティメンバーを紹介するぜ!*1

 中二病のキーア!

 管理願望のマシュ!

 お花畑なマーリン!

 お嬢様アルトリア!

 セイバー殴っ血KILL(ぶっちぎる)エックス!*2

 以上だ!

 

 ……以上だ?

 まぁそんな感じの集団が、ぞろぞろと道を歩いているわけである。……栄枯浪漫ではない。

 

 道行く先で出会う人々は、アルトリアを見た後にXちゃんを見て「同じ顔が二人……?」と首を捻ったり、「なんだいつものことか」*3と読んでいた雑誌に視線を戻したり、はたまた「また同じ顔増やしたのか!おのれ創造神!」したりと、わりと色んな反応を返してくる。……最後の人、こっちにいる人(Xちゃん)の同位体かなんかです?

 

 でもまぁ、私達のこういう探索……行脚?もわりと定番みたいになってきているため、周囲の反応は困惑よりも納得の方が強いみたいなのだけれど。

 だったら別に、アルトリアを着替えさせる必要なかったんじゃないか、だって?……それは彼女が【顕象】じゃなかったら、の話ですよ奥さん。

 

 

「おや、これは珍しい。今日は異界からの稀人の案内ですか、キーア」

「げ。……そうだけど。別に悪いモノではないから、貴方の心配するようなことにはなってないわよ」

「ほう、それはそれは。残念ですね、と言えば宜しいですか?……それはそれとして、私の台詞を使ったそうですね?」

「……あとでなんか奢るから」

「ふむ、仕方ありませんね」

 

 

 ……うん、早速絡まれた。いや、これに関しては私にも責任があるだろうけど。

 

 こっちに近寄ってきたのは、白衣のような外套と、紫色のタートルネックを着こなした美男子。

 必殺技を放つ時に、重力に関するあれこれを解説してくれる系男子……シュウ・シラカワさんその人である。*4

 色々把握して動く系男子でもある彼は、明確に話をすることができる相手としては初となる【顕象】の検証……失礼、確認のためにここに来たのだろう。

 そこに、いつぞやか彼の台詞を引用した私が居たため、ついでに声を掛けてきた……といったところか。

 ……一応あの会話、外に漏れることのないはずの、防聴完備のゆかりんルームでしていたもの、なんだけど。

 なんでこの人、会話の内容知ってるんだろう……?

 

 グランゾンは持って無い、みたいなことを言っていたはずだけれど。

 あくまで()()()()()()無いのであって、実は()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなことを言い出してもおかしくないから、この人は怖いのである。

 いやまぁ、あんなラ・ギアス七大超兵器、軽々しく持ち込まれても困るわけなのだが。*5

 

 ともあれ、ここに居るうちは胡散臭いお兄さん……くらいのポジションをキープするつもりらしい、そんな彼のことである。要するに、

 

 

「そして───貴方が、かのアーサー王伝説に名高いキングメーカー、花の魔術師マーリン……その人ですね?お逢いできて光栄です。私はシュウ・シラカワ、以後お見知りおきを」

『おや、これはご丁寧に。ご存じの通り、私はマーリンという。そちらの噂もかねがね……といったところかな?シュウ・シラカワ博士?』

「おや、すでにご存じでしたか。ふふふふ……」

『はははは、いやなにはははは……』

 

「……その、これは一体?」

「裏方組が、互いの縄張りを掛けて争ってる図」

「は、はぁ……?」

 

 

 自身のポジションと被る人物の出現を察知して、喧嘩を売りに来たシラカワさん……という構図とも見ることができるわけで。

 ……いや、こんな往来のド真ん中で、ポケモンバトルレベルの気軽さで、想像を絶するような舌戦を繰り広げようとするの止めない?

 周囲からしてみたら、傍迷惑以外のなにものでもないでしょこんなの。……いやまぁ、火事と喧嘩は江戸の花、とでも言わんばかりに野次馬寄ってくるんだけどね、ここだと。

 

 とまぁ、こんな感じに。

 新入りが見えたのならとりあえず絡みに行く……というところがあるのが、なりきり郷の住民達である。

 

 必ず絡まれるという意味での初手の壱、キャラクター性によって絡まれる次段の弍、そしてその人自身の特異性によって起こる参……と言った感じに、同じ絡まれると言っても、回数に差が出るわけで。

 

 そりゃまぁ、面倒事を抑えられるのなら抑えておきたい……というのはわかって貰える話だと思う。

 ……わからん?このアルトリアは『初手(必然)の壱』と『【顕象】という特殊性の参』で絶対絡まれるから、せめて『お姫様属性被りによる弍』くらいは避けたかった、ってことだよ!

 ある意味『アルトリア属性で絡まれる弍』を先に済ませたからどうにかなってる、みたいなところはあるけれどさ!

 

 

「どうしたんです、なんだかお疲れのようですが?」

「うん……まぁ、うん……」

「?」

 

 

 呑気な表情で、いつの間にやら買ってきていたらしいアイスを、ぺろぺろと舐めているXちゃん。

 ……郷の内部は、基本的に春頃の気温で固定されているため、年末も近付いた冬真っ盛りな今であったとしても、普通にアイスを食べていられるような気温ではある。あるのだけれども……。

 なんというか、この状況でアイスを食べる余裕があるというのが、なんとも羨ましいというか、図太いというか……。

 

 静かに視線をぶつけ、言葉の応酬を続ける二人をうんざりしたような目で見つつ、小さくため息を吐く私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 ふふふ、と笑うシラカワ博士から離れ、再び郷の内部を歩く私達。

 暫く進んでいると、アルトリアが周囲を見渡しながら、疑問の声をあげた。

 

 

「とてもきらびやかな装飾ですが、ここではいつもこのような状態なのですか?」

「んー?いやいつもってわけじゃ……あ、そうか。向こうってクリスマスないんだっけ」

「くりすます?」

 

 

 彼女が気になったのは、周囲の店が装飾などで鮮やかに飾ってあることについて、だったようだ。

 言われて周囲を確かめれば、確かに周りの店はどこもかしこもリースと電飾に溢れている。

 

 年末年始付近はその内容こそ違えど、基本的にはずっと装飾がされている。なので、あまりに気にしたことはなかったのだけれど。

 よくよく考えてみると、クリスマスの大元の由来である、基督教が存在しない場所からやって来た彼女にしてみれば、こういった過剰な飾りつけ、というものは馴染みのないものになるようだった。

 

 

『向こうにも、年末の祭りは存在しただろう?これらもあれらと同じようなものさ。あっちで言うのなら──始祖ブリミルの降臨祭に近いもの、になるのかな?』

「なるほど、ブリミル様の。……では、あの赤い衣の方は、私達にとってのブリミル様のようなもの……ということになるのでしょうか?」

「……んー、近いような、遠いような……?」

 

 

 アルトリアに簡単な説明をするマーリンと、それを受けて更なる疑問を呈するアルトリア。

 ……クリスマスは、その元となったものこそ降臨祭ではあるものの、そこらへんを真面目に祝っているようなイメージは、少なくとも日本では無い。

 大体、好き勝手に騒いで飲んで、遊んでいるようなイメージしかないだろう。……クリスマスよりも前に行われている飾り付けの元となるハロウィンも、その大元の祭りからは掛け離れてしまっているだろうし。

 

 まぁ、元を正せば祭り好きな日本人が、あれもこれもと貪欲に取り込んでいったから、ということになるのだろうが。

 ……こっちの外国の人ですら戸惑うような日本人の性質が、異世界からの来訪者である彼女にピンとくるはずもなく。

 

 

「……よくわかりませんが、楽しそうだということは伝わってきます」

「そうだね、クリスマスは楽しいもの、というのは確かだよ」

 

 

 道の中央にあった、大きなもみの木を眺めながら、ほうと吐き出された言葉に頷き、皆で上に視線をあげる。

 暗くなったら、巻き付けられた電飾が輝き、より華やかになるのだろうそのもみの木。

 その下で楽しげに走り回る少女達を見て、思わずに笑みが浮かんで。

 

 

「ま、待ちなさっ……ちょっ、ホントに待ってココア……」

「わー!?お姉ちゃんがー!お姉ちゃんがー!すっごいバテてるー!?」

「oh……」

 

 

 ほんわかムードが一瞬でぶち壊しになり、思わず目が点になった。

 ……いや、誰かと思えばココアちゃんとはるかさんじゃないですか。……なんでもみの木の下で追いかけっこしてたのこの人達?

 

 

「いや、大丈夫ですかはるかさん?」

「あ、ああキーアさん、この間ぶりです……ふ、ふふ。ちょっと昔に返った気分で、妹と追いかけっこなど嗜んでみたのですが……妹があまりにも元気に走り回るのと、自分の体力の衰えを加味していなかったことが重なって、想像以上に重労働になったというかですね……」

「ええ……」

 

 

 倒れてしまったはるかさんに近付いて、その身を立ち上がらせながら問い掛けてみれば、返ってきたのはまさかの体力不足の申告。

 ……長年の労働力の源となっていた、所在不明の妹との再会。

 それは彼女の精神に安寧をもたらしたが、同時に燃え尽き症候群をも誘発していたらしい。

 いやまぁ、だからって早々にへばりすぎのような気もするのだが。

 

 

「いやー、えへへ。追いかけっことか初めてだったから、つい調子にのっちゃって……」

「朝からずっとやってたら、足に来ちゃいまして……」

 

 

 ……訂正。どんだけ元気に走り回ってるんだこの二人。

 今はお昼前、実に四時間近く走り回っていたらしい。……そりゃ、疲れ果てて倒れもしよう……というか、寧ろ平気そうなココアちゃんがなんなんだよ、という話である。

 

 

「なるほど。こちらの方は随分とお元気なのですね?」

『いやー、多分彼女達を基準にするのは間違っていると思うよ?』

 

 

 のんきに会話をするマーリンとアルトリアの声をBGMにしながら、私とマシュとXちゃんも、彼女達の追いかけっこに混ぜられてしまうのでした。

 

 

*1
バンドメンバー紹介のパロディ。イカれた奴らを紹介したり、紹介者が一人しか居なかったりなど、基本的にはギャグの類い

*2
型月作品でたまに登場するワード。ぶっちぎる、をとにかく物騒にしたもの。血の雨が降る……

*3
『ドラえもん』の一コマ『なんだ、いつものパターンか。』から。持っている漫画には『動物惑星』と書いてあるが、映画の『アニマル惑星』と関わりがあったりするのだろうか?

*4
『スーパーロボット大戦』シリーズより、登場キャラクターの一人、いわゆるオリジナル勢。『総合科学技術者(メタ・ネクシャリスト)』の異名を持つ美男子にして、暗躍がよく似合う男、実は王族。泰然とした態度を取るものの、実際はわりと熱い人物

*5
『グランゾン』は、シュウの乗るロボットの名前で『ネオ・グランゾン』はその真の姿。『ラ・ギアス七大超兵器』は、ネオ・グランゾンを含む七つの機動兵器の呼び名。該当する機体は、どいつもこいつもチート染みたヤバい奴らである



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結局君はいつものように、てんやわんやの大慌て

「……それで?みんなでぞろぞろと、うちにまでやってきた……というわけかい?たまには顔を見せろとは言ったが、一度見せたら箍が外れたように来るんだな、君は」

「あ、あははは……」

 

 

 こちらを眺めながら、皮肉めいた台詞を述べてくるライネス。

 お昼時となったため、特に何も考えないままにラットハウスにやって来た私達だが。

 迎えてくれたライネスは、一度呆気に取られたような表情を見せたあと、そのまま眉を顰めて先の台詞を吐き出したのだった。

 歓迎されていないわけではないようだが、なんというか『マジかお前』みたいな雰囲気が、ありありと感じられる表情である。

 

 

「そりゃそうさ。……一応、そこの彼女については、余りおおっぴらにはしないつもりなんだろう?……最近のうちはわりと繁盛してるから、すぐ周囲に話が広まると思うんだけど?」

「なん、だと?知る人ぞ知る店感のあるラットハウスが、大繁盛、だと……?」

「おいこら、怒るぞ」

 

 

 こちらの軽口に、ライネスがイラッ、とした様子で声をあげる。……いや無論冗談なんだけども。

 でもまぁ、原作でもそんなに人の入りが良い方に見えなかった、ラビットハウスがモチーフになっているラットハウスである。……大繁盛、というのはちょっと……いやかなり疑問に思ってしまうのは仕方ない、と言うかですね?

 

 

「──だが、ここに例外が存在する」

「ウッドロウ・ケルヴ(ィン)*1

 

 

 厨房から皿を手に現れたウッドロウさんに、思わず声を返す。……彼は私達の座るテーブルに、頼まれた料理を並べながら、ラットハウスが繁盛している証拠を列挙していく。

 

 

「実際、元となっているラビットハウスも、機会を得た時には人の入りが多くなっていた。すなわち、そもそもに繁盛するための下地は持っている、というわけだ」

「まぁ、店員さんは可愛いし、コーヒーも普通に美味しいし、軽食も最近は増えていたし……」

「ああ、その通り。ゆえに……まさしく箍が外れたように、来店する客が少しでも増えさえすれば、自ずと評判は広がり、店の繁盛へと繋がる。──正の循環、というわけだね」

「はへー」

 

 

 それはまるで、ダムが決壊するかのように。

 そもそもが零か一か、くらいの客の入りだったのだから、そこから一人二人増えるだけでも、話は違ってくる。

 そうして来店する客が増えれば、そこから評判は広がり、一人だった客が二人に、二人だった客が四人に……とばかりに客足は増えていくのである。

 普通の店と違って、別に儲けの為に店を開いている訳でもない、というのもポイントだろう。……いやまぁ、あくまで料金が掛からないのは、郷の内部に居住している人のみ、外からのお客さん達からは、普通に料金は取っているらしいのだけれども。……それにしたって、普通のお店の料金からしてみれば、かなり破格の値段なわけだし。

 

 

「外でこのナポリタンを食べようとするなら、大体ここでの四倍はしますからね。そりゃまぁ、知れ渡ればあとは流れで、というのも納得ですよ」

「私はこちらの物の相場については存じ上げないのですが、随分と差があるのですね?」

「そりゃそうさ。そもそもの話、この建物の内部において、消費されうる全ては有り余るほどに量のあるもの。こと消費文明としては、ここ以上に住みやすい場所もないはずさ」

 

 

 上から順に、はるかさん・アルトリア・ライネスの言葉である。

 はるかさんの発言からは、郷の内部での物価が相当に安い、ということが理解できると思う。

 外でのナポリタンの相場は大体六百から八百円前後。対してラットハウスでの価格は二百円。量が少ないわけでもないのだから、原価とか割り込んでいるのでは?と心配になりそうな価格である。

 ……まぁ、その辺りは農耕系のなりきり組が、わりと好き勝手に食材を作りまくっているから、という事情もあるのだが。

 

 食品において、問題とされることは幾つかある。必要な量と質、飼育・栽培・保管をするための場所、そして食品の劣化だ。

 三大欲求に根差す商品というものは、原則どれだけ数があっても()()()()()()とはならないものである。

 

 エッチなこと(性欲)に関してだけは、幾分個人差があるものの。

 睡眠は()()()()()()()()()()()必ず──可能なら一日八時間ほど──必要であるし、食事に関しても、最低限これだけ摂っておくべき……という一日の摂取目安というものが存在している。

 健康に生きようとする限り、三大欲求というものは、ずっと必要なものなわけだ。

 

 その上で、『食』というものは特に供給に難のある商材だと言える。

 普通に生活している、一般的な成人男性が一日に必要とするカロリーは、大体二千七百キロカロリーくらい(女性はその五分の四ほど)だが、さっきのナポリタンは大体六百キロカロリーくらいである。

 単純に摂取カロリーだけで言うなら、一日四回ほどナポリタンを食べたとしても、摂取できるのは二千四百キロカロリーとなり、足りていないということになるわけだ。……いや、女性だったら、一日四食ナポリタンだと、ちょっとカロリーが多いくらいになるのだが。

 

 ともあれ、ここに栄養素云々の話まで混ぜていくと、食事と言うものが意外にめんどくさい、というのはすぐにわかって貰えると思う。……それが、必要な量と質である。

 

 そしてそれらを保管する場所というのも、問題になる部分だ。

 これは次の劣化にも掛かる話だけれど、食材は適切な管理をしなければ、すぐに腐ったり味が変わったりしてしまう。

 新鮮さを保つために、肉や魚であれば元となる動物を生かしたままであることが必要になったりするし、単に生かしたままだと味が落ちるなどの理由から、生育に手間暇を掛ける必要もあったりする。

 それらを行う場所の確保、というのは。

 住まう場所の確保と同じくらい、気を遣うものだと言える。──これが、飼育・栽培・保管のための場所の確保の問題、である。

 

 そして、最後の食品の劣化。

 これは食品が『物』である以上、避けようの無いものである。一般的に長期保存ができる物と認識されている缶詰めも、持って五年ほど。完全密封であっても、缶詰めの種類によっては内部から破裂する、なんてこともあったりする。

 冷凍に関しても、冷凍焼けという劣化の可能性があるし、そもそも単なる冷凍では死なない、食中毒の原因菌も存在したりする。

 一応、フリーズドライなら二十五年近く持ったりもするらしいけれど。逆に言うと、現状一番持たせられる加工法であったとしても、三十年を越えることはできないわけである。 

 ──これが、食品の劣化。

 

 何が言いたいのかと言うと、保存が利かず、量を必要とする食材と言うものは、ずっと作り続けなければいけないもの……ということだ。

 

 

「まぁ、その辺りここでは全部解決しているわけなのですが」

 

 

 長々解説したが、それらは全てなりきり郷の外でのお話。

 空間拡張技術、及び()()()()()()が発達……というと語弊があるか。

 まぁ、そういったものを使える人、というものが居るこのなりきり郷においては、それらの問題は全て乗り越えている過去の問題……というわけだ。

 

 場所に関しては、家屋のあれこれをそのまま流用すれば宜しい。ロッカーサイズの箱の中に、一トン以上のジャガイモを詰め込むことだって余裕である。

 質や量に関しては、例のお米の神様とか、はたまたカブ神様とか。*2モノ作りに気炎を発する人々が、趣味と実益をかねて勝手に作りまくる。

 そして、劣化は。……劣化と時間の経過は比例するものであるがゆえに、()()()()()()()()のなら、なんの問題もない。

 

 ……まぁ、空間を拡張するのに比べて、時間の操作はかなり難しい部類の能力にあたるらしく、ごく小さな空間に対してしか使えないらしいのだが。そこはいつも通りゆかりんの出番、というわけである。

 ……基本的に出力が低い、ということ以外は普通に能力を使えるゆかりんって、わりと無茶苦茶なタイプだよなぁ、としみじみ。

 

 

「なのでまぁ、このナポリタンの外向けの値段は、基本的には技術料──いわゆる人件費というわけだね」

「外じゃあ人件費をどれだけ削ろうか、みたいなことになってるんだから、ホントあれだねぇ」

 

 

 それから、ナポリタンの価格の内訳をウッドロウさんから聞いて、お外の世知辛さを思ってまたしみじみ。

 ……日本って人件費を真っ先に削りたがるけど、それで赤字が補填できたとしてもそれは一瞬、結果的には朝三暮四ぞ?……って言ってやりたいところもなくはない。まぁ、すぐに削れるもんなんて、人件費くらいしかないのも、確かなんだけども。

 

 ……うーむ。こういう話は暗くなるからなしにしよう、なし。

 頭を振って暗い話を脳内から追い出しつつ、頼んでおいた今日のお昼ご飯──ハンバーグに視線を向ける。

 

 ハンバーグ、もとい正式名称ハンバーグステーキは、元はドイツのハンブルグ地方にその起源がある、とされている。

 ハンブルグ地方(hamburg)()焼き料理(stake)、でハンバーグステーキなわけだ。

 野菜と肉を混ぜて作るその調理工程から、野菜嫌いの子供にも美味しくそれらを食べさせられるということで、奥様方からも人気の一品、だったりするが。

 作り方は簡単ながら、美味しく作ろうとすると意外と手間の掛かる料理、だったりもする。

 

 なお、ラットハウスで出るハンバーグは、ちゃんと熱したプレートの上に乗せて提供されるタイプのものである。……付け合わせの皮付きポテトとか、ニンジンのソテーとか。これだよこれ、と思わず頷きたくなるような、良い感じのハンバーグだ。

 

 

「これをパセリの散らされたライスと一緒に食べてると、なんというか洋食ー、って感じがするよね」

「んー?キーアちゃんの言ってることはよくわかんないけど、ハンバーグが美味しいのは確かだよね?」

「え、えと。そうですね、ハンバーグは日本人にとってとても、馴染みの深い洋食だと言えるかと」

「今のハンバーグって、半ば日本食みたいなものらしいからねぇ」

 

 

 ハンバーグの元となったドイツの料理は『ハックフライシュ・フリカデレ』*3と言うそうで。

 今日本で食べられているハンバーグとは、微妙に趣が異なっているのだとか。

 

 ……日本は食に関しては本当に貪欲だな、とちょっと感心を抱きつつ、熱々のハンバーグをナイフで切り取って、一つ口に運ぶ私なのであった。……うむ、うまい。

 

 

*1
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』での描写から。いわゆる花京院コラの一つ。いつ出発する?私も同行する

*2
それぞれ『天穂のサクナヒメ』の豊穣神・サクナヒメと、『ルーンファクトリー』シリーズのヒロインの一人、ミストのこと

*3
『Hackfleischfrikadelle』。単に『フリカデレ』とも。微妙にハンバーグとは調理工程が違う



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走る走るメロスが走る、走るのは今日が特売だからだ

「ご馳走さまでしたー」

「ああ、またのお越しを。お客様?」

 

 

 会計を済ませ、ラットハウスの外に出た私達。

 ……いやまぁ会計って言っても、基本的にお金を払ってるのは、この中で言うとはるかさんだけ……なのだが。

 なりきり組ではないものの、最近はここに生活の拠点を移しているはるかさんもまた、なりきり郷内では金銭を使う必要性は無い身分、なのだけれど……。

 

 

「……その言葉に甘えてしまうと、人としてダメなところに転がり落ちてしまいそうで」

 

 

 などと深刻そうな表情で言われてしまえば、こちらに止める理由もなく。

 まぁ、あくまで支払うのは気持ちばかりのモノ……という形式に近いため、別に支払い(それ)が負担になったりはしていないみたいだけど。

 

 ともあれ、外に出て周囲を見渡してみれば、辺りはほどよく賑わっている様子。

 ……昼食自体も一時間ほどで終えてしまったので、日が暮れるまではまだまだ余裕がある時刻だけに、さもありなん……といったところか。

 となると……。

 

 

「ふむ。アルトリアは、どこか行きたいところとかある?」

「えっと、そうですね……」

 

 

 途中で合流したココアちゃんとはるかさんは、マシュと一緒にそのままラットハウスに残留。……昼食を終えた流れで、そのままバイトのシフトに入った感じである。

 

 はるかさんも、前職に関しては閑散期……というか、そもそもこちらに抱き込んだ時点で名義だけ向こうの人、みたいな感じになってしまったため、最近は夜のラットハウスでマスターをやっている、ウッドロウさんの手伝いをしているのだとか。

 そのため、昼間はすることがなくてぶっちゃけ暇……といった感じに、ずっとココアちゃんの仕事姿を見ながらぐでっ、とテーブルに頬をつけてだらけているらしい。

 

 ……それもそれでどうなんだろう、って感じがしなくないのだが、彼女の職を半ば奪った形になった私から、彼女になにかを言う……というのも憚られたため、こうして放置する形になっているのだった。

 

 それはさておき、現在のメンバーは最初に居たマシュを抜いて、()マーリン()アルトリア()Xちゃん(ダーッ)の四人。*1

 ……なんだかアルトリウムを集めなきゃいけない気になって来た*2が、生憎と……生憎か?

 えっと、幸運にも?この世界ではアルトリウムは確認されていないので、そういうイベントは起こらない……はず……?

 いやまぁ、ついこの間赤城さんに誘われて秋刀魚漁*3したから、本当に起きないのかはわりと謎なんだけども。……定番系のイベントなら、こっちでも起こり得る……ということなのだろうか?

 

 そうなってくるとクリスマス→正月→バレンタインの連打が、今から恐ろしくなってくるわけなのだけれど。……こいつら定番中の定番やんけ?*4

 

 話を戻して。

 単に郷の中で生きるというだけなら、現時点で紹介した場所さえ知っていれば、なにかしらに困ったりすることもないはずである。

 彼女とマーリンが、一体どれくらいこっちに居るつもりなのか、はたまた向こうに戻るつもりはないのか。

 ……そこらへんは敢えて聞かないけれども、そうなると敢えて説明する必要のある場所、というのはもう無いとも言えるわけで。

 よもや、彼女が郷から出ていくことを、端から想定するわけにもいかないし。……あ、この場合の『出ていく』はハルケギニアに帰ることではなく、()()世界のどこかに行こうとすること、の想定ね。

 

 アルトリアの要素を強く持つアンリエッタである彼女は、向こうのアルビオンに相当するイギリス(United Kingdom)への興味*5とか、わりとありそうだし。……罷り間違って行きたい、とか言われても、わりと困るのである。

 

 いやまぁね?向こうに着いたあとは、ゆかりんのスキマでパーッと帰れるとは思うけどね?……そこにたどり着くまでに問題が起きるのが目に見えてるので、できれば止めて欲しい選択だというか。

 そんなわけで、できれば郷の中で満足して欲しいなー、なんて打算と共に吐き出された私の言葉は、

 

 

「では──キーアさん。貴方のお友だちを、紹介しては頂けないでしょうか?」

「……はい?友だち?」

 

 

 なんだか予想外の方向へと、事態を転がしていくのでした。

 

 

 

 

 

 

「ふぅん?それで私に……ねぇ?」

 

 

 このアルトリアにVRヘッドセットを被せるのは(諸々の事情から)推奨しかねたため、全員でゆかりんルームへ直行。

 

 中のソファーで惰眠を貪っていたゆかりんを、すっと抱えてポイっとトス。

 すかさず(予想通り)受け止めてくれたジェレミアさんと、その腕の中*6で頬をほんのり染めて「?、……!?」*7と困惑しているゆかりんを放置し、ゲームのセッティングをして大画面モニターのスイッチオン。

 

 そうして、なんだか久しぶりのような気がする『tri-qualia』の大地に再び舞い戻った私は、そのまま私の友人の一人──侑子の元に向かった、というわけである。

 

 モニターの画像は、現在私の視界とリンクするように設定してある。

 そのため、アルトリア達にはさっきのゆかりんのように、ソファーの上でぐでーっと溶けている侑子の姿が、大きく表示されているはずだ。

 ……その事は侑子も知っているはずなのだが、彼女が居住まいを正すような素振りはない。相変わらずのずぼらさであった。

 

 

「おーっ、キーアお久しぶりー!お土産あるー?」

「はいこれ、外で買ってきたケーキ」

「けーきぃ!?やったー!食べてもいい?」

 

 

 とててて、っとこちらに駆け寄ってくるアグモンに、外のケーキショップで買ったショートケーキを箱ごと渡せば、彼はそれを掲げるように持ち上げて、嬉しそうにぴょんぴょん跳び跳ねていた。

 食べていいか、と聞いてきた彼に「どうぞどうぞ」と返し、キッチンの方に掛けていく彼の背中を見送る。……リアルの方の耳に、感嘆するような吐息が聞こえてきたが、これはどっち(アルトリアかXちゃんか)のものだろう?

 

 声自体は同じだから、喋っている時のテンションまで聞かないと、判別が難しいんだよなぁ。……なんてことをぼんやり考えつつ、改めて侑子に視線をあわせる。

 

 

「……それで?そちらのお姫様は、私になにをご所望なのかしら?」

「……え、あ、私ですかっ!?ええええと、初めまして!アンリエッタ・ド・トリステインと申します!不束ものですが、どうぞ宜しくおねがいします!」

「大袈裟ねぇ」

 

 

 こちらの様子を確認した侑子が、『キーア()の友人に会いたい』とお願いをしてきたアルトリアに対し、鷹揚に声を掛ける。

 声を掛けられた側のアルトリアは……風切り音がしたので、思いっきり頭を下げた感じだろうか。

 なんというか、生真面目な彼女らしい行動である。

 

 

「むむむ、次元の魔女……私的にはいつかのパートナー・聖杯乙女リリカル☆アイリスフィールを思い出すので、どうにも複雑な心境です」*8

「ぶふっ!?」

 

 

 ……あとXちゃん。声優繋がりでわけのわかんないもの思い出すの止めない?

 貴方だけなんか変なところ(サーヴァント・ユニヴァース)*9と繋がってるもんだから、どうにも話がずれていくんだけども。それとゆかりん、さすがに吹くのは失礼だと思うよ?

 

 

「……紫には、あとでしっかりと話をするとして。ご丁寧な挨拶、どうもありがとう。私は壱原侑子。次元の魔女、なんて風にも呼ばれているわね」

「次元の、魔女……。あの、キーアさんとは、やっぱり魔女繋がりで?」

「ぶっ!?」

 

 

 ……今度は侑子が思いっきり吹き出したんだけど。

 あまりにも珍しすぎる状況に、本来なら私もビックリしてなきゃいけないんだけども。……原因が私だから、なんとも言えない。

 耳をすませば*10、リアルの耳に届いてくる笑い声。……ゆかりんまで笑ってやがる。貴様ら、あとで覚えとけよ……っ。

 

 数分経って、ようやく笑いの波が収まったらしい侑子が、顔をあげてこちらに視線を向けてくる。……目が真っ赤なんだけど、どんだけ笑ってんのよこの子。

 

 

「いやだって、魔女繋がり……魔女繋がり?ふふっ……」

「え、えと。私、なにかおかしなことを言ってしまったのでしょうか?」

「いいえ、そういうんじゃないのよ、お姫様。……意外な繋がりを提示されて、ちょっと驚いただけ」

 

 

 ……まぁ、侑子の言う通りである。

 キーアことキルフィッシュ・アーティレイヤーの肩書きは『魔王』であり、『魔女』と呼ばれることはほとんどない。

 冷静に考えてみれば、確かに『魔女』とも呼べなくもないのだろうけれども。

 自分の板での私は主に『親しみやすい感じの上位者』みたいなキャラ付けであったため、そっちはそっちで『キーアん』なんてあだ名で呼ばれていたし。

 祭の時は祭の時で、三人プラスミサトでずっと酒飲んでたしで、あんまり尊敬とかはされてなさそうだし。

 

 ってな感じに、ある意味基本情報である『魔法を使う女(魔女)』として見られていない節があったというか。

 ……そのため、思考の中から弾き出されていた『魔女』という認識が、今一度アルトリアの言葉によって当てはめられ、なんだかツボに入ってしまった……ということなのだろうと思う、多分。

 いやまぁ、実際どうなのかは、二人に確かめないとわからないだろうけど。……絶対素直に話さないので、私からは確認のしようがないのである。

 

 なので、とりあえずこの話は流して、次に進める必要があるわけだ。……と、言うようなことをアルトリアに説明し、彼女に次の話を促す。

 

 彼女は私の友人に会いたい、と言ったが。

 そこにはどんな理由があって、どんな意味があるのか。それを確認するのが、今の私たちの使命なのである。……なんもごまかしてなんかないぞ?

 

 

『うーん、欺瞞だねぶっ!?』

「マーリンは少し黙ってて」

 

 

 向こう(ハルケギニア)で失敗魔法を使えるようになってから、目標指定(必中状態)での魔法が使えるようになった私が、余計なことを言おうとしたマーリンに、極小爆裂魔法を食らわせる。──下手人は排除した(キリッ)

 

 それからしばらくして。

 しばらくの沈黙ののち、アルトリアが小さく声をあげた。

 

 

「彼女は、私の知るキーア・ビジューではありませんが。……そこに宿る志と、その高潔さは変わりなく。彼女のことを知りたいと、そう思ったのです」

「……貴方とキーア……ビジューちゃんは、原作のルイズとアンリエッタのような関係ではなかった、と聞いたのだけれど?」

「ええ。ですが……記憶の彼方の幼少期。彼女が光るような姿を見せた姿は、私の一番の思い出なのです」

 

 

 侑子からの問い掛けに、静かに声を重ねるアルトリア。

 ……なんか、知らない記憶が飛んできたんだけど?

 あの時の私、記憶の検索の仕方がわりと大雑把だったから、思い出せていないものがあっても、おかしくはないけれどもさ?

 

 うーむ。今の私には、ビジューちゃんの記憶を確かめる術はない。

 なので、アルトリアがこちらを信用する理由が、どうにも理解ができない。

 ……私の友達を知りたい、というのが。遠回しな『私とお友だちになりたい』という態度なのは、なんとなくわかるけれども。

 

 無論、私にわかったことが、他の二人にわからないはずもなく。

 ……ゆかりんに関しては、顔が見えないけれども。

 おそらく、目の前の侑子みたいな、にやにやとした笑みを浮かべているのだろう。

 

 

「……あー、うん。宜しくね、アルトリア」

「?はい、宜しくおねがいします、キーアさん」

 

 

 改めて、声を掛ける私と、よくわかっていないような声をあげるアルトリア。

 ……横でくすくす笑っている二人はあとでしばく、と決心しながら、小さく苦笑を浮かべる私なのであった。

 

 

*1
元プロレスラー・アントニオ猪木氏の台詞。いわゆる掛け声

*2
『fate/grand_order』の期間限定イベント『セイバーウォーズ〜リリィのコスモ武者修行〜』より、イベント内で集めるアイテムのこと。見た目は、アルトリアの頭頂部から生えているアホ毛(なお、正確にはアルトリアの頭からぴょこんと生えている一房の毛は、作画の武内氏曰くくせ毛、なのだそうな)

*3
『艦隊これくしょん -艦これ-』の秋の風物詩。正式名称『鎮守府「秋刀魚」祭り』。2015年から2021年まで、開催を断念した2020年以外毎年やっているお祭り。ゲームの仕様上、敵対している深海棲艦と秋刀魚の取り合いをする……というちょっと面白い絵面になる

*4
ソシャゲにおいてイベントごとは見逃せない収穫期である。運営が中国系だと、向こうの記念日にあわせてイベントが組まれることもあり、わりと忙しい(例:旧正月(春節)(1月の下旬から二月の中旬頃の間で変動)など)

*5
アルトリアはアーサー王であるため、『いずれ蘇る未来の王』として気になるだろうし、アンリエッタとしても、原作の彼女の想い人である『ウェールズ・テューダー』の生まれ育った国と同じ、ということで気になるだろう、というお話。ここのアルトリアなアンリエッタがどう考えているかは謎だが

*6
お姫様だっこゆかりん

*7
え、なに、どういう状況っ?!

*8
『fate/zero』より、主人公・衛宮切嗣の妻であり、『fate/stay_night』のキャラクター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの母である女性、アイリスフィール・フォン・アインツベルン。侑子とは声優が同じ。なお、ユニヴァースな彼女の異名にくっついている『リリカル』は、『魔法少女リリカルなのは』から。……もっと言えば『StrikerS』の、少女と言うのもどうなのか、とちょっと迷う見た目からも来ている、かも?なお、アイリ自体は実年齢九歳なので、(見た目はともかく)少女でもおかしくはない

*9
『fgo』内の別世界。俗に言う第三法(魂の物質化)が広まった世界とも言われる。アメコミの世界観『マーベル・ユニバース』を発想の源としているだけあって、どいつもこいつも戦力レベルが高い。インフレ極まって来ましたな(遠い目)なお、『ユニバース』ではなく、『ユニヴァース』が表記としては正しい

*10
ジブリ映画『耳をすませば』。元々は、柊あおい氏の漫画作品。映画と漫画では、わりと設定が違う(原作は、わりと分かりやすく少女漫画)。無論、ここでの状況とは一切関係がない



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リアルとデジタルの狭間で

「それで?なにか他に聞きたいこととかはあるのかしら?」

「聞きたいこと、ですか?」

 

 

 ニコニコしている(と思わしい)アルトリアと、なんとなく居心地の悪い私との、ヘッドセット越しのお見合いから、大体三分ほど。

 

 にやにや笑いを引っ込めた侑子が、アルトリアに問い掛けた。……この場合の聞きたいこととは、例えば私の話……とかになるのだろうか?

 と言っても、話せることなんて板でのあれこれ……とかくらいのもので、対して面白い話はないと思うのだけれど……。

 

 そんな私の思いとは裏腹に、傍らからは「むー、むー」と唸るアルトリアの声。

 ……ビジューちゃんは、この子に一体なにを見せたのでしょう?

 彼女、こっちに対してすっごい興味津々なんですけども。

 

 

「それでは……次元の魔女さんが話したいことを、幾つか……というのではいかがでしょう?」

「あら、お上手な聞き返し方ね」

 

 

 それと、侑子でいいわよ……と笑みを返しながら、ふむと小さく頷く侑子。

 

 アルトリアは、ある意味内容の選択を相手に委ねた(投げた)形だが、確かに聞きたいことが多岐に渡り、かつ定まっていないのなら、この聞き方は上手いもの……と言えなくもないかもしれない。

 ……いやまぁ、そこらへんを深く考えて、答えたわけではないのだろうけれども。腹芸が得意なタイプには見えないし、彼女。

 

 ともあれ、好きに話せと来たか。

 ……侑子が変な話をしようとしたら、すぐに止められるように身構える私。

 いや、ねぇ?……板の初期の方とか、結構バカなことやってたし、私。後期の方でも、わりと名無し達にノせられて、変なこととかやってたし、私。

 ……なんかこう、期待というか尊敬というか、そういうものを向けてきてくれている彼女をがっかりさせたくない*1……というかですね?

 

 

「取り繕っても仕方ないでしょう?……じゃあ、最初の設定だと実は男性だったっていう話から……」

「おいこらぁっ!?」

 

 

 いきなりそこかよ!?

 初手爆弾発言から始めおった侑子に詰め寄り、その襟を掴んで前後に揺らす私。

 視界の外からは、笑いすぎて過呼吸になっているっぽいゆかりんの「ひーっ!」という声が聞こえたり、はたまた「えっ」というアルトリアの声が聞こえたり。……阿鼻叫喚じゃねぇか、ふざけんなよ貴様ぁっ!!?

 

 

「ふふふ、貴方って設定がごちゃごちゃしてるから、語れる場所がわりと多いのよねー」

「だからって、最初にその話題持ってくるヤツがあるかぁっ!!?」

「ふむ、確かキーア様のリアルは、男性だったとお聞きしましたが……それとはまた別、ということで?」

「そうそう。『天使な小生意気』*2って知ってるかしら?」

 

 

 あははー、と笑う侑子に、外からジェレミアさんの疑問が飛んで来る。

 ……()()なった時に、わりと「マジかー」みたいな気分になったりしたのだが……その理由の一つが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()から、というのがある。

 

 まぁ、なんというか。

 なんでもできるというキャラ付けゆえに、性別を偽るのも容易い……みたいな感じであるキーアは、設定的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような感じのキャラだったわけで。

 ……最初はオカマキャラみたいな感じだったのが、スレが進むうちに空気が入れ替わったことで、それまでの傍若無人なキャラ付けから、わりとのほほんとした今のキャラ付けに変わった(設定的には戻した)のである。

 まぁ、男だと思い込んでいた云々の部分は、ちょっと設定的に込み入っているので、説明がめんどくさいのだけれど。

 

 ともあれ、()()に変わった時に混乱とかしなかった理由の一つに、性自認がわりと大雑把……みたいなところがあるのは確かだろーなー、とは思うのであった。

 

 ……そんな感じに、私が内心であれこれと言い訳やら葛藤やらしている間に、侑子とゆかりんから説明がされていたらしい。

 例えに出された『天使な小生意気』自体があんまり通じない……という問題こそあれど、一応の納得を得たらしいアルトリアからは、こんな声が返ってきたのだった。

 

 

「な、なるほど。……道理でビジューも、殿方のような逞しさを備えていたわけですね……」

「ちょっと待って?」

 

 

 聞き捨てならないことが聞こえたよね今?

 ……口調とか態度とか、わりと良家の子女らしいものだったような気がしてたけども。まさか、それらは上部を飾るまやかしだったとでも言うんです?

 うぬぬぬ、彼女の記憶にアクセスできないことを、こんなにももどかしいと思うことになるとは……!

 

 

「まぁ、これについてはこのくらいにして。さて、次はなにを話そうかしら?『キーア・実は一児の母』とか、『キーア・昔は酒がダメだった』とか?」

「い、一児の母……っ!?」

「おいこらぁっ!?語弊ぃっ!?養子だって頭に付けろぉっ!!!」*3

「……私としては、現在呑兵衛なキーア様が、酒がダメだったということも大概驚きなのですが」

 

 

 次いで飛び出した内容も、わりととんでもない話で。

 ……いや、養子だって最初に言ってくれないと、唐突に経産婦属性まで付加されかねないんで止めてくんない?

 ただでさえ、この姿になってから恋愛対象がどうなってるのか、よくわかんないんだぞ私?

 あとジェレミアさん、昔の話です昔の話、ホント初期の方の話なので引っ張んないで……。

 

 

 

 

 

 

「……地獄かなにかか」

「あらあら、疲労困憊って感じねぇ」

 

 

 からかうような侑子の言葉に、「誰のせいだ誰のっ」と返しながら、小さくため息を吐く。

 

 ……結局、あれこれと恥ずかしい過去やら隠したい過去やら、わりと丸裸にされる勢いで話が続いた感があるわけなのだが。

 そこまですると、アルトリアも最初のどこか遠慮したような様子が、幾分か解れたように笑みを浮かべているのだった。……内容が私の笑い話、ということにはなんとも言えない気持ちがあるけれど。

 

 

「仲良くなるには自身の恥部を晒すべき、とも言うでしょう?」

「お?いいんだな?ここまでされたんだから、こっちもそっちの恥ずかしい過去晒すがいいんだなおぉん!?」

「落ち着きなさいよ、キャラおかしくなってるわよ?」

 

 

 呑気に笑う侑子に詰め寄って、下から彼女を()め付けていたら、横合いから響いてくるのはゆかりんの声。

 なんや貴様、貴様だって人の恥ずかしい過去で、大笑いしとったやんけ!ええんやぞ、こっちもそっちの恥ずかしい話をばらまいても!

 

 

「ふふん。私には知られて困るようなモノはありませんので」

「言ったな貴様っ!ジェレミアさーん、実はゆかりんねー、ロマンスグレーなおじさまを眺めるのが趣味げふっ!?」

「ふふふふキーアちゃん?言っていいこととやっていいことの境界は見定めましょうね?」

「さ、さっきと言ってること違うぞ貴様……っ」

 

 

 ジェレミアさんを呼んで、これ見よがしにゆかりんの趣味をバラそうとしたら、鳩尾に衝撃。……こ、この女っ、本気で貫き手を……っ!?

 なにを知られても大丈夫とか、やっぱり嘘なんじゃん……と鳩尾を擦りつつ、不貞腐れる私。

 反対側では侑子がニコニコしているけれど……うーん、こっちは言うほど弱みとかないんだよなぁ。生活力皆無のダメダメ成人女性、というのは見てりゃわかる話だし。

 

 

「……ナチュラルに周囲に秘密をばら蒔こうとするのやめないかしら?」

「うるせー、今の私は公安隠密局なんじゃい、怪文でなんもかんもばら蒔いてやるんじゃい!」*4

「そんなはた迷惑な……」

 

 

 冷静に嗜めてくる侑子だが、そもそも私がこうなったのは、お主達が私の恥ずかしい話で盛り上がってたから、というのを忘れるでないわ!

 そう、今の私は復讐者!あまねく全てに復讐し尽くすまで、止まることのない恩讐の権化!

 

 

「俺を!呼んだな!」*5

「あなたが巌窟王(神/運営側)か、歩いてお帰り」*6

「そうか……」

「……え、なに今の?!あんまりにも自然な流れで出てきて、そのまま帰ってったけど!?」

 

 

 そうして尽きぬ怒りを体から立ち上らせていたら、どこからともなく現れる黒い影。

 ……ああ、アヴェンジャーさんですね。

 運営の一人でメンタルヘルスも請け負っていらっしゃる、PCの一人です。大方、私が「気が高まる……溢れるぅ……!」*7してたから、心配してやって来たのでしょう。

 まぁ、言葉で言うほど怒ってるわけでもなかったので、そのままお帰り頂いたわけなのですが。

 

 その事を説明したら、ゆかりんは「ええ……」と困惑していた。やだなぁゆかりん、『tri-qualia』は常識に囚われちゃいけないんだぞぅ?*8

 

 

「ええ……いや、確かにわりと無茶苦茶だけど、ここ」

「ついこの間は、まさかのラフム襲来→ビーストⅡ降臨とかやってたわよ、イベントで」*9

「はっ?」

「ランキングイベントだったねぇ。上位者には限定アバターとか配られてたっけ」

 

 

 困惑するゆかりんは置いといて、イベントの内容で盛り上がる私達。

 この間のそれは、『FGO』の第一部七章を再現したものだったが、ゲートタウンに押し寄せるラフムの大群と、それに追従する黒泥の波は、正直絶望感が凄かったものだ。

 

 無駄に再現度の高い『tri-qualia』であるため、ラフムは至近距離で眺めると正気度削れそうな見た目が、忠実に再現されていたし。

 黒泥の方も、触れるくらいならまだしも、迂闊に沈んだ日には反転させられる(ゲーム的には敵化)仕様だったし。

 

 ……普通のプレイヤーなら、そこまで問題でもないのだろうけど。

 勝手にフルダイブになっている私達なりきり組が、迂闊に黒泥に沈んだらどうなるのか?……という、試すのはちょっと躊躇われる問題により、わりと作中の主人公並に真剣に戦闘していたために、各所で目立ってしまったりもしていたらしい。

 

 特にキリトちゃんとハセヲ君は、ひぃひぃ言いながら獅子奮迅の活躍を見せたのだとか。

 まぁ、そのせいでハセヲ君が、終盤でマーリン役を押し付けられたりしていたのだけれど。……滅茶苦茶引き攣った笑顔で、マーリンの姿をさせられた彼が、泥に花を咲かせていたのは記憶に新しい。

 ついでに言うと、そのままランキングトップに躍り出たハセヲ君は、商品として『マーリンの服』を渡されていたりする。……レア物ゆえに捨てられないけど、持っていたいかと言われると微妙……みたいな、複雑な心境のハセヲ君の様子は、なんとも言えない苦笑いを誘ったものである。

 

 ……キリトちゃん?ははは。あの戦場で黒髪キャラなんて、一人しか居ないでしょう?

 

 

「なんで、こうなるんだよ!主人公(藤丸)でも良かっただろうがっ!……ああくそっ!もう知らないからな!──大いなる天から、大いなる地に向けて!またの名を、ジュベル・ハムリン・ブレイカー!!」

「キリト君、とっても似合ってる……」

「スクショ撮るのはやめろぉっ!!」

 

 

 うん、痴女としか言えない(イシュタルの)格好をしたキリトちゃんが、ビーストⅡを冥界に叩き落とす役割を割り当てられたのである。*10

 

 ……無論、報酬もその痴女(イシュタル)の格好だったわけなのだが。なにがあれって、服装に飛行効果が付いてるせいで、有用すぎて捨てるに捨てられないのが、ね?

 ……まぁ、なんかちょっと新しい扉を開いたような顔をしていたキリトちゃんなので、結局捨てたりはしなかったんじゃないかなーとは思うけれども。

 

 なお、マシュは『tri-qualia』をやっていないので、ゲーム内の彼女はNPCだった。……そこだけは、ちょっと残念なところだろうか?

 

 なお、この辺りの話をゆかりんとアルトリアにも伝わるように話していたために、結構時間が経っていたことをここに記して置こうと思う。

 

 

*1
『憧れは理解から最も遠い感情だよ』とは、『BLEACH』の藍染惣右介の言葉。憧れはある種の色眼鏡であるとするのならば、確かに憧憬によって見える相手は、本来の相手と違う可能性は十分にあると言えるだろう。それでも、期待に答えようとするのは間違いではない、とも言える

*2
西森博之氏の漫画作品。自分は男だ、と主張する美少女と、その周囲の人々によるお話

*3
因みに、日本において養子を迎える場合、根本的に()()()揃っていなければならない、というのは覚えておくべきである。片親の養子縁組、というものは原則認められていない(普通養子縁組・かつ養子が成年であるならば可能)

*4
TRPG『シノビガミ』より、六大勢力の一つ『比良坂機関』の下位流派、『公安隠密局』と彼らの覚える忍術『怪文』のこと。とあるTRPGのリプレイにて、これを大いに悪用したプレイヤーが現れたため、大層有名になった。話術が得意なヤツに話術を披露する機会を与えてはいけない、という好例

*5
『fate/grand_order』より、星5(SSR)アベンジャー、巌窟王エドモン・ダンテス。ゲーム内ではアヴェンジャーとしては最初の実装キャラであり、台詞回しの再現度の高さゆえに二次創作殺しでもある。待て、しかして希望せよ

*6
『歩いてお帰り』とは、『東方project』の旧作の登場キャラクター、神綺に対してのネタ。元々はとある掲示板にて、神と聞くと歩いてやって来る神綺様をあしらうためのものだった。『あなたが神か』は『DEATH NOTE』より、魅上照が電話越しに夜神月に対して発した言葉。これにより、二人の間に繋がりが出来上がった

*7
『ドラゴンボールZ 燃えつきろ!!熱戦・烈戦・超激戦』より、ブロリーの台詞

*8
『東方project』より、東方地霊殿EXステージに登場した東風谷早苗が発した台詞。正確には『この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!』

*9
『fate/grand_order』より、『絶対魔獣戦線バビロニア』での敵キャラクター、章の終わりのボス。当時はその絶望的な戦力に、皆が(おのの)いたという

*10
『fate/grand_order』より、星5(SSR)アーチャー。遠坂凛を依り代にした、神霊の疑似サーヴァント。服装がヤバい。ついでにやらかすことの規模もヤバい



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次と次とその次と

なんやかんやで100話まで来ました、どうもありがとうございます。


「キーアさんは、随分といろいろな冒険を乗り越えてきたのですね……!」

「ああいや、これはゲームでの話でね?……いや、私達(なりきり組)にとっては、微妙にゲームだって言いきれないところも、少なからずあったりなかったりするわけだけれども」

 

 

 目をキラキラ輝かせながら、こちらに詰め寄ってくるアルトリアに、思わず口元が引き攣る私。……む、無垢な信頼が!アルトリアからの無垢すぎる信頼が痛い!

 それと、マシュがソファーの上で、体育座りしながらすっごい不貞腐れてる!おもちがぷーっ、ってなってる感じの膨れっ面だ!

 

 こっちに詰め寄ってきてる、アルトリアに対しての嫉妬も少なからずあるのかも知れないけれど。

 どっちかと言うと、(せんぱい)が自分以外のマシュ(自分)に守られてたのが気にくわない、って感じのヤツだこれ!

 でもごめんねマシュ!レベル5に分類されるような人を、このゲームにログインさせていいものやら、正直なところ微妙に迷うところがあるから、君は留守番しかできないんだ!本当に済まぬ!*1

 

 

「……別に、拗ねてなんかいませんよ。ええ、せんぱいが私以外のシールダーに守って貰っ(といちゃいちゃし)てたとか。ええ、ぜーんぜん、気にしてませんからっ」

(……どうするのよ貴方、今のマシュちゃん、完全に焼きマシュマロ状態だけど)

(……あとでなんか埋め合わせしとくよ……)

 

 

 ツンツンしているマシュの様子に、思わずとばかりに念話をしてきたゆかりん。

 会話の末に返ってきたそうしなさい、という念話に小さく苦笑を溢して、改めて外していたVRゴーグルを被り直す。

 そうして目の前に再び戻って来た侑子は、ぶん殴りたくなるようなにやにやとした笑みを浮かべていた。

 

 

「……なによ」

「いーえ?貴方って毎度毎度、そんな感じに周囲に振り回されてるわよね、ってちょっと思い返していただけよ」

「…………いやまぁ、否定はせんけども」

 

 

 侑子からのからかいの言葉に、小さく頬を掻く私。

 

 ……いやまぁ、面倒事は(それが放置しても解決しないものなら)自分でやった方がいい、そっちの方が面倒は少ない……みたいな感じに、小中高と学級委員とか書記とかやってたりしたし、わりと自分から渦中に飛び込むタイプだとは、常々理解しているわけだけども。

 そこらへんはまぁ、結局面倒臭がりの延長線上だから、正直なんも言えん感が凄いと言うかですね?

 

 ……それがなりきりにも影響して、元々スレ主じゃ無かったのにスレ主になったりもしてたわけだけども。

 面倒事誘引体質なのは昔からなので、放っておいて欲しいというか……。

 

 

「ふふ、本当に貴方は変わらないわね。……そう言えば、貴方の娘さんも、貴方を振り回す方……だったわね」

「ああ、うん。……押し掛け娘とかどうなんだ、とは思わなくもないけどね」

 

 

 くすくす笑う侑子に、小さくため息を返す。

 

 ……板での話の流れで、キャラハンの一人を娘として養子に貰う、なんてことになったことがあるのだが。

 その子がまたトラブルメイカーというか、なんというか。……まぁ、はっちゃけた子だったわけで。

 

 なりきり郷(ここ)で出会うことは、恐らくないだろうけど。

 ……まぁ、元の場所で元気にやってくれてればいいな、と思う程度には、親類の情があると言えなくもないというか。

 ……スレの名無し共は「親子百合だ!」とか、すさまじくふざけたことを抜かしていたんだがねっ。

 なお、のちの裏付けにより、それらの流れを扇動していた名無しの中身が、そこで笑っている侑子とゆかりんの中の人だったために、別のところで一騒動起きたりもしたんだけど……それはまぁ、割愛。

 

 

「そんなこともあったわねぇ……」

「しみじみと呟いてんじゃない、っての。……暫くスレの中が百合コールで埋め尽くされて、こちらとら大迷惑したんだぞ?」

「義理の親子なんだから、百合だって余裕余裕……みたいなノリだったわねぇ。まぁ、中の人が恋愛クソザコだったから、文章の上でもろくに絡めてなかったー、ってのには笑ったけど」

「うっせー、ほっとけ」

 

 

 娘役の方はわりとノリノリだったので、基本的に私だけ弄られてた……みたいな話は、墓まで持っていけばいいのである。

 

 そんな風に和気藹々……和気藹々?と話していると、視界の上の方に、突然お知らせが帯のように流れ始める。

 ……ふむ?メンテナンス?暫くの間?

 

 

「珍しー、こんなに長時間のメンテナンスとか、初めてじゃない?」

「長いと言っても、四時間だけれどね。……でも変ね?ここに書いてある通りなら始まるのが六時からだから、終わったら十時だなんて中途半端な時刻になってしまうけれど」

 

 

 お知らせの内容を、侑子と一緒に話し合う。

 表示されたお知らせには、六時から十時までの間、メンテナンスのためにゲームにログインできなくなる……ということが書かれていた。

 

 ゲーム自体がゲームを作っていく、というかなり高度な自己増設・自己メンテ型MMOと化している『tri-qualia』は、こうしてメンテナンスをする時でもごく短期間のものがほとんど、かつ迅速丁寧に行われるのが普通……という、プレイヤー側からすればなんでこんなに早いんだろう、というようなメンテナンス時間と、その精度がわりと有名なゲームだったりする。

 ……いやまぁ、一般人はこのゲームがAIによって運営・管理されていることなんて知らないので、その疑問も仕方のないことではあるのだけれども。

 

 そんな、大体のメンテナンス時間が五分前後、長くても十分ほど……というこのゲームにおいて、四時間のメンテナンス時間というのは、かなり長いものだと言うことができるだろう。

 実際、『tri-qualia』の公式掲示板では、この四時間のメンテナンスでなにが起きるのか、という考察などで大盛り上がりを見せていた。

 ……というようなことを、ゲーム内で開いたウインドウを閉じながら、侑子へと告げる。

 

 

「ふぅん?……まぁ、私にはあまり関係ないのだけれど」

「侑子の家って、本サーバーからは切り離されてるんだっけ?」

「そうそう。移動にちょっとだけ時間が掛かるのが難点、なのよね」

 

 

 ともあれ、今の私達にはそろそろお別れの時間、ということの方が重要だろう。

 

 マイルームに基本籠る生活を初めてから、早何日。

 彼女の生活場所であるその家は、いつの間にかメインの『tri-qualia』のサーバーからは切り離された、別の場所に移管されていたのだという。

 ……まぁ、メンテナンスでログイン不可になった時に、内部に残り続けることになる彼女がどうなるか、わかったものではないからAIが自己判断で切り離した……のだろうけれども。

 

 その辺りはBBちゃんのお墨付きもあり、かつ彼女による防壁の強化も進められたために、ネットの世界における彼女の家は、何人足りとも侵すことの叶わぬ、無敵の城塞のようなものになっているのだそうな。

 仮にリアルデジタライズ*2とかが起きても、ここに逃げ込めばひと安心、ということである。

 

 ……だが悲しいかな。

 メインから切り離されているとは言うものの、そのサブサーバーとでも言うべき場所は、『tri-qualia』以外の場所とは繋がっていない、いわゆるスタンドアローン*3に近い構成になっているらしく。

 入り口である『tri-qualia』が接続できない状況下では、こっちからお邪魔し続けることもできないのである。

 ──端からそこに居ることしかない、彼女とアグモンを除いては。

 

 なので、今日はここでのお話は、残念ながら終わりにせざるを得ないのだった。

 

 

「さて、これくらいで満足できたかしら、お姫様?」

「はい、たくさんお話して頂いて、本当にありがとうございました、侑子さん!……えっと、お礼とかはどうしたら……?」

「ああ、それは大丈夫よ。──貴方との邂逅、それ自体が対価になり得るものだから」

「……はぁ、そうなんですか?」

「いや私に振られてもわからんとしか」

 

 

 この集まりを解散する前に、侑子がアルトリアに声を掛ける。

 返ってきた声は喜色に富み、この集まりで聞きたいことを十二分に聞けた……という彼女の思いが、顔を見ずとも伝わってくるようだった。

 

 そんな声に侑子は微笑み、対価についての答えを返す。

 ……曲がりなりにも『次元の魔女』である彼女は、得るものと与えるもの、そのバランスを尊ぶ者である。

 それゆえに、彼女が大丈夫と言う以上、私の話とアルトリアとの出会い、その二つは釣り合いの取れるもの……ということになるらしい。

 ……私の話が、現状唯一の会話できる【顕象】であるアルトリアとの出会いと釣り合うだなんて、微妙に納得できないところが無くもないが。

 契約とかバランスとかに煩い侑子が、大丈夫だと言うのだから、こちらの感覚がどうあれ、これで良いのだろう……多分。

 

 にしても、ふむ。

 

 

「なーんか、久しぶりに長々と語っちゃったわねぇ」

「そりゃぁ、ね。なりきりなんてやってるんですもの、語りたがりの話したがり……というのが、私達でしょう?」

「……それもそっか」

 

 

 単に話をしていただけだと言うのに、真上にあったはずの太陽は、いつの間にやら水平線の向こうに沈んでしまっている。

 私達なりきり組は、そもそもがなりきりの前に『会話をしたい』欲に餓えているとも言えるけれど……それにしたって、時間を忘れて会話をする……だなんて、まるで小学生のような時間の使い方である。

 

 ……まぁ、それが楽しいから、こうして集まっている訳なのだから。

 それを悪いことだとは、別に思わないのだけれども。

 

 

「さて、そうこう言っている内にメンテまであと二分ほど。そろそろログアウトしときなさい、なりきり組がメンテナンスできちんと強制ログアウトできるかどうか、実際わからないんだから」

「怖いこと言わないでくれる侑子?……でもまぁ、余計な冷や汗とか掻きたくないし、忠告には従っておくけど」

「はいはい。じゃ、また今度」

 

 

 ひらひらと手を振る侑子に、こちらもひらひらと手を振り返して。

 反対の手でログアウトボタンに触れれば、ゲームの終了表示と共に、いつものホーム画面に表示が戻ってくる。

 ここまでくると感覚も元に完全に戻るので、そのままゴーグルを持ち上げて外す。……ゲーム終了していない時に外すと、微妙に()()()()()()()()になるのが、ちょっと怖かったりするのは、ここだけの話。

 

 デスゲームとか起きたら、ホントにヤバそうだなぁ、なんてため息を吐いて、ふと部屋の中に視線を向けたら。

 

 

「……あれ?マーリンは?」

「え?……あ、居ない!?どこに行ったのですかマーリン!」

 

 

 いつの間にかいなくなっているマーリンに、皆が気付くことになるのだった。

 

 

*1
『BLEACH』より、朽木白哉がよく使う台詞。もしくは、『fate/grand_order』のすまないさんこと、星4(SR)セイバー・ジークフリートの口癖、『本当にすまない』

*2
『.hack//Link』内の用語。特定振動数の光を照射することにより、生身のまま人間を電脳世界に取り込む技術。特殊な体質の人間以外では、精神の崩壊を起こす危険性がある

*3
元々は『孤立』という意味。その名の通り、他のネットワーク機器と繋がっていない、自分だけで完結・稼働している電子機器のこと。そもそもに侵入できない(する道がない)という意味で、高いセキュリティ性を誇る




七章終わりで八章に続く……前にいつも通り幕間です。


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幕間・ヒト娘ワイルドダービー(ダービーするとは言ってない)

『みなさま~(天下無双)大変長らくお待たせ致しました~。え~本日はお日柄もよく、絶好のヒト娘ダービーの開催日和だと愚考する次第でございますぅ~』
*1

 

 

 解説の少女の言葉に、観客達の歓声が大音響で返ってくる。

 ……何故か巻き込まれている私としては、なんとも頭の痛い話である。

 

 なりきり郷の地下、闘争を求むるもの達が集う争天宮。*2

 その闘いの殿堂の一画、巨大な競技場のような場所。……そこに、百を優に越える人間達が、ところ狭しと集っているのだった。(観客席含まず)

 ……解説の少女は()って喋ってたのに、集まっている人間の中に、むくつけき筋肉ダルマ達もいるじゃないか……ですって?

 今は選手宣誓のタイミングなので、男女問わず集っているだけなのです、これからしっかり別れるからご安心ください(?)

 

 

『実況は私、世怜音女学院中等部一年演劇同好会所属の~にじさんじも所属の~環境保全家兼動物愛護団体も所属の~周央サンゴをやらせて頂いている~なりきり郷所属の~周央()()ですぅ~』

「なんだその、自己矛盾と欺瞞しかない自己紹介」*3

『だぁって仕方ないじゃーん!板でなりきりしてる内は、周央サンゴでーすって言ってたって、本人じゃないのは一目瞭然だけどさぁー?こうして肉の体を得てしまった時点で、偉大なるサンゴ様のお名前を畏れ多くも借り受けてる癖に、その上で姿まで借り受けちまった大罪人じゃんかよぉー!?だったらもう私はサンゴじゃなくてゴコってことで通すしかねぇじゃんかよぉー!』

「あーもう、本人みたいな聞き取りやすい高速ボイスで、一気に捲し立てるの止めろー!」

『んなことはどうでもいいんだよ!私のことなんかよりもほら!今すぐサンリオのホームページ開いて!で、右上のメニューから、キャラクター→キャラクターを探す→は行→ホのカテゴリーを開いて!天下無敵に最強可愛いポチャッコっていう犬のキャラクターをクリックして!で、そこに書いてあるプロフィール、今日覚えて帰って!』

「本人踏襲してポチャッコの宣伝すなー!」

 

 

 マイクを使って呪詛かなにかのようにひたすら、

「ポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコポチャッコ……」

 ……と言い続ける、ピンク髪の少女。*4

 本人が言うには周央ゴコなる少女が、他の運営委員達に引き摺られていくのを、選手達一同で見送る。

 

 うおーっ、ポチャッコぉー!……とか言いながら競技場から消えていく彼女は、なんというか『おもしれー女』*5みたいな感想しか思い浮かばないタイプの人であった。

 

 ……ところで、こうなるの半ばわかってただろうに、なんであの人を実況に呼んだんですかね、運営サイドは?

 あとそこの頭に双葉が生えてる系アイドルの子、『んご』って言ってないんご!?とか言ってなくていいから。君は素直に山形のリンゴをお薦めしてなさい。*6

 

 

「こいつはりんごろう、んご♪」

「絶妙に音程を外さなくてよろしい」

「ちぇー」

 

 

 こちらのツッコミに、不満を溢しながら選手団の中に消えていくアイドルT(辻野あかり)*7

 ……最初っからこのノリなのか、めっちゃやむ*8……みたいなテンションになっている私であるが、はてさてどうしたものか。

 

 ところで、なんでこんな場所に私がいるのか?

 その理由は、今から少し時間を遡った先にあるのであった───。

 

 

 

 

 

 

「あら、もうそんな時期なのね」

 

 

 始まりは、いつものゆかりんルームにてぐだぐだしている時に、ゆかりんがジェレミアさんから渡された資料を眺めている最中に発した、そんな一言からであった。

 ……なりきり郷が創業(?)何年なのかというのは、平行世界が混じっている関係上、判別しにくいところがあるらしいが。まぁ流石にできて一年そこら、ということはないらしく。

 なので、私が思うよりも『お決まりのイベントと化している行事』というものが、それなりに存在するようで。

 

 なりきり郷で過ごす時間が一年も経っていないがために、私達が初めてここに来た、六月の終わり頃──即ち七月よりも前と、まだ始まっていない十二月の行事というものは、今のところ遭遇したことのない出来事になる……というわけである。

 ……いやまぁ、ちょうどその時外に出てたという意味では、九月にやってるイベントも、私はよく知らんのだけれども。

 

 ただまぁ、元々私達が居た掲示板が、十月に設立記念日があるため、()()()()()()()()()()()()なこのなりきり郷でも、十月に一月(ひとつき)丸々使った祭が開催される関係上、その前の月である九月に行われる行事には、そんなに大掛かりなものは存在しない……らしいのだけれど。

 

 

「そうそう。九月は大人しく、十月はド派手に……っていうのが、うちのスタイルなのよね。……ところで。その時期にやりたい行事って、なにがあると思う?」

「その時期に?……九月と十月っていうと、秋頃ってこと?」

 

 

 そんな前提を踏まえた上で、ゆかりんがこちらに問いを投げ掛けてくる。……ふむ?秋にしたい行事、ねぇ?

 

 秋刀魚漁は、本来の時期だと祭に被ってしまうため、少し時期を早めて九月の初旬に開催となっている。

 なので、既に()()()()()()ためここでは除外。

 ……よく考えたら、なんで鎮守府でもなんでもないなりきり郷でもやってるんだろうね、秋刀魚漁。「怖いか人間よ!!己の非力を嘆くがいい!!」とかなんとか偉そうに声をあげる、やけに大きな秋刀魚が、漁場にボスみたいに鎮座してたし。*9

 

 ……よくわかんなかったし邪魔だったから、赤城さんと一緒に側面からぶん殴ってやったら、なんか消えちゃったけど。

 いっしょに来てたハーミーズさんが、ちょっと引いてたのと。

 あれだけ大きければ、さぞ食い出があったでしょうに……と、ちょっと残念そうにする赤城さんが対照的だったのは、よく覚えていたりする。

 

 ……当時は外の話とかまだ知らなかったからあれだけど、今改めて思い返してみると、あのデカい秋刀魚ってもしかして【顕象】……だったのかな?

 だとすると、まーた報告してないことが増えた、ってことになりそう。殴ってノックダウンさせたあと、なんかキラキラしながら消えてったし。

 ……うん、私はなにも思い出さなかった、よし!

 

 そんでもって他のイベント……キノコ狩りとか紅葉狩りは──うん、これも九月のイベントだし、普通にやってる。幾分小規模ではあるけれども。

 山を登っている最中、どこからともなく「ありゃあ世にも珍しい闘虫禍草だぜぇ!」という、シャナを舌足らずにしたような声が聞こえたため、確認もせずに『エクスプロージョン(失敗魔法)』をぶっぱしたりしたけども、後の騒動を未然に防いだという意味では、ほぼ誤差みたいなものだろう。*10

 

 ……詳しく確認してなかったけど、これも【顕象】だったりしたのだろうか?

 だとしたら、色んなところにぽんぽん出てきすぎじゃないの、【顕象】。一応なりきり郷の中での話ばっかり、だけどさぁ?

 

 まぁ、そのあたりは一先ず置いといて。

 あとの行事と言うと……、大本の作品──私達のなりきり対象である原作群。それらに感謝するという意味での、いわゆる地鎮祭みたいなものが、これまた九月の行事に存在していたりする。

 皆で大騒ぎする十月の前に、大本の作品達に御伺いを立てるという形式で行われるもののため、九月の行事に区分されるわけだが、それゆえにかなり静かで厳かな祭となっている。

 ゆかりんが真面目に道士服に着替えて進行役をするのも、この時くらいだったりするそうな。

 

 ともあれ、小規模・もしくは静かに行われるものがほとんどであるとはいえ、意外と九月の行事というものも少なくないんだな、とちょっと驚く私。

 けれど……うーむ?なにか抜けているような感じがする。なので、ちょっと思考の向きを変えてみることにした。

 

 九月と十月・それから十一月までが、一般的には秋とされる時期にあたる。

 旧暦で数えると七月から九月までのことだったり、年度で数えると十月から十二月までが秋だったりと、意外と前後するものでもあるが、基本的には九月から十一月までが秋……とするのが普通の感覚だろう。

 

 それと、秋にしたいこと・するべきこと。

 一般的に秋と言えば、夏を越えて暑さから解放され、一日が過ごしやすくなり。

 実りを迎えた様々な食材に舌鼓を打ったり、穏やかな時間の中でゆっくりと読み物を楽しんだり、はたまた思いっきり体を動かしてみたりと、色んな楽しみ方をする季節だと言えるだろう。

 

 これらを一つ一つ、当てはめてみる。

 食欲の秋。──秋刀魚漁にキノコ狩りなどが該当する。

 読書の秋。──ちょっと変則的だけど、地鎮祭が該当。

 そして最後の──運動の秋。……あ。

 

 

「……あー、もしかして?」

 

 

 考え方を変えてみたことで、()()()()()()()()()()()ことに気が付いた私が、もしかしてという気持ちを滲ませながらゆかりんに視線を向けると。

 視線の先のゆかりんは、満足げに頷いて。

 手に持っていた資料──正確にはチラシを、裏返して私に見せてくる。そこに書かれていたのは、

 

 

「『総合運動競技会開催のお知らせ』……あー、つまり……」

「そう、運動会のお知らせよ!郷の中なら冬で寒いってこともないし、年度的に考えれば十二月はまだ秋だし!そもそも本来運動会開きたい時期の、九から十一月までの間は、予定が詰め詰めで動かしようがないし!」

「あー?その結果として、本来九月あたりにしたい行事が、十二月まで押し出されてるってこと?」

 

 

 私の言葉に、

 

 

十二月特有の行事(クリスマスとか大晦日とか)は後半に固まってるから、十一月の終わりから十二月の頭に掛けてくらいが、特に忙しくもない……って感じに丁度空いてるのよ」

 

 

 ……と声を返してくるゆかりん。

 なるほどなぁ、と頷きながら、改めて彼女の掲げているチラシを眺めてみる。

 ふむふむ。書いてあることは、特に突飛なものもない。

 

 このなりきり郷の一画には、血の気盛んな荒くれもの(当社比)が集まっているのだが、彼らが喜ぶような殴り愛みたいなものは、予定されているプログラムの中には存在しない。

 彼らが嬉々として飛び出してくるような、いわゆる隠れ蓑的な行事だったらどうしようかと思っていたのだが、どうやらその心配は必要ないようだ。

 ……ないんだけども。

 

 

「……この、『ヒト娘ワイルドダービー』ってなにさ?」

「ああ、それ?毎年公募してサブタイトル的なものを決めるんだけど、今年は()()()()()()駆け抜けていった、ウマ娘関連の名前が多かったのよね。……なりきり郷(うち)的にはウマ娘もそんなに数が居るわけでもないし、そのまま使うのもなーってなった結果が()()ってわけ」

「……安直すぎやしない?」

「パロなんてそんなもんでしょ?」

 

 

 さらっと暴言めいた言葉を吐くゆかりんに苦笑し、改めてチラシを見る。

 ……おいこら待て。なんかおかしな文字が書いてあるぞ?

 

 首を傾げるゆかりんに、チラシの下の方を指差して答えとする。……なんでか知らないけれど、マシュやシャナと一緒に私も参加する、みたいなことが書かれているのである。

 

 

「んー?……あー、身体能力トップ組と競いあいたい、みたいな陳情が来てたような、来てないような……?」

「いや、せめて話くらい回してくれない?別に用事もなかったからいいけどさ?」

 

 

 報連相は大事なんだよ?と頭を掻くゆかりんに軽く説教しつつ、今回もまた巻き込まれか、と小さくため息を吐く私なのであった。

 

 

*1
ヒト娘、という表記は無論、『ウマ娘』のパロディ。同じ事を考える人はたくさん居るため、どこかで見たことがあるかも

*2
名前の元ネタは、『.hack//G.U.』でのアリーナの名前。紅魔宮・碧聖宮・竜賢宮の三つのアリーナが存在するが、それを参考にしたもの

*3
にじさんじ所属のVTuber、周央サンゴ。……を、元にしたキャラクター。なりきりの仕様上、本人ではないのは明らかなのだが。……リアルと二次元の間に座しているようなVTuberのなりきりが、こうして逆憑依してしまうと。……今の自分ってどうなってるんだ?と不安になりかねない、かもしれない。なお、元ネタである周央サンゴ氏は、とてつもなく濃ゆいキャラクターである。とてもじゃないがここでは解説しきれないので、是非本家を見に行くか切り抜きとかを見て頂きたい

*4
サンリオのキャラクターの一匹、犬のポチャッコ。実際とても可愛い

*5
文字通りの意味。大体は少女漫画などで、相手方の青年やら少年やらが、主人公の少女に興味を持った時に発する言葉……なのだが、元ネタがどれかと言われるといまいち定まらない、半ばミームと化した言葉。アニメ『女子高生の無駄づかい』によって使われたことで、一般的な知名度が上がったとされる

*6
たーべるんごー♪……『たべるんごのうた』は、同額投稿者バチ氏が投稿した、『アイドルマスターシンデレラガールズ』のキャラクターの一人、辻野あかりをイメージした楽曲。単調なメロディながら、非常に耳に残るのが特徴。コロナによって自宅待機の時間が増えたことにより、この楽曲は思いもよらない方向に転がっていくのだった……

*7
山形出身のアイドル。自分が売れるより山形の林檎(もっといえば実科の林檎)が売れてほしいと願う、どことなく現実主義者な面のある女の子。上記の『たべるんごのうた』がきっかけで、思いもよらない方向に彼女は夢の階段を駆け上っていくのであった……

*8
『アイドルマスターシンデレラガールズ』より、夢見りあむの口癖。めっちゃと言っているが、言うほど病んではいない。精々構ってほしい、くらいのノリである

*9
『彼岸島』よりサンマ型邪鬼。サンマの頭に、人間の体をした化け物。……見た目がかなりヤバいのだが、上記の台詞と集中線で強調された彼の顔、というコマは、なんとも言えないシュールさで、読者に笑みを誘った。なお、上記の台詞は実際には彼らの台詞とは言い辛かったりする

*10
『グランブルーファンタジー』より、イベント『山駆ける少女』において登場した敵キャラクター。見た目はタヌキの頭に巨大なキノコが生えている、というような感じ。見た目的にもヤバい敵だが、使ってくる状態異常が『苗床』という、一部の人が反応するようなものであったため、一時話題になった。なお、『舌足らずなシャナの声』は同作のマスコット、『ビィ』の発したもの



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幕間・汗と涙と青春の

「せんせー!我々は!なりきりシップに則り!正々堂々闘い抜くことを、ここに誓いまーす!」

 

 

 はてさて、場所は戻って競技場。

 選手側の代表として、舞台の上で選手宣誓をするマシュの姿に、観客席から再び大きな歓声が上がる。

 

 現在舞台の上に立っている彼女の服装は、いつもの普段着であるパーカーではなく()()()()戦闘服……武装状態から、鎧のみを取り外した格好となっている。

 ……まぁ、端的に言ってしまえば、いわゆるインナーのみの状態だ。

 

 これから行うのは戦闘ではなく、あくまでも運動であるために、他者との不意の接触によって、相手に無用な怪我を生じさせかねない鎧部分は宜しくない……ということで、彼女自身が選んだ格好である。

 実際原作の方でも、トレーニングの時などにはこの姿になっているようなので、今回の運動会にも十分適している服装だと言えるだろう。

 

 ……うん。なんというかこう、見た目が凄いなーって思うこと以外は、だけど。

 

 関連作におけるリヨぐだ子が、彼女のことをなすびちゃん*1などという風に称していたが。確かになんというか……色々すげぇ、となる服装だと思う。

 マシュの格好をする一般のコスプレイヤーさんとか、あの姿をよく衆目の前で見せられるなぁ……と、ちょっと感心してしまう気分になるような、わりと際どい服装だと思う。

 

 ……いや、実際には素肌じゃなくて、中に肌色のタイツとか着込んでたりするのかもしれないけれども。*2

 でもほら、なりきり郷の中でこういう服装をするのと、外で衆人環視の中で同じ格好をするの……どっちがアレかって言うなら、そりゃ外でやる方ってなるじゃん?

 

 周囲を見回して見ると、衛士強化装備っぽいのを着た人(流石に正規兵用だった)*3や、はたまたどこぞの忍者っぽい人*4。更にはパンツじゃないから恥ずかしくなさそう*5な人達なんかの姿も見える。

 ……平時はこんな格好じゃないとしても、原作での戦闘服が『服の用をなしていない』キャラなんて、それこそ星の数ほど居るこのなりきり郷で。

 周囲と似たような格好をしていても、対して恥ずかしくはないはずだ。まさに、なりきりだから恥ずかしくないもん、である。

 

 

「あとで男女も別れるし、余計にね」 

「そうだよねぇ。……まぁ、だからと言って、まさか指定服が()()になるとは思わなかったけれども」

 

 

 ゲストに近い扱いなので、他の一団とは微妙に離れた位置にいる私とシャナ(と、今は舞台上のマシュ)。

 小さい声で交わしあうのは、今の自分達の格好について。

 

 ……うん。原作の戦闘服が云々、って話をちょっとしてたけど。……それが『普通の運動向きではない』という人は、結構居るわけで。

 

 例えば──なのはちゃんとか。

 制服を模した服の上に、鎧などを追加していく形のあの戦闘服は、空を飛び回ることを前提としているからこそ成り立つ服装であり、ゆえに普通に地を走り回ったりするのには、到底向いていないと言える格好だろう。

 

 マシュの着ているインナーや、エヴァ(エバー)*6パイロット達のプラグスーツなど。*7

 あれくらいの服装(ピッチリスーツとか)が、運動に支障を来さない服装と判断されているらしいので、仮に原作に戦闘服が存在するキャラクターであったとしても、今回は着用を認められない……みたいなのも結構多いらしく。

 

 まさしくその制限に引っ掛かったシャナとか、そもそも戦闘服って形での区別がない、いわゆるファンタジー系の人……こっちは私とか。

 そういう人達には、運営委員会から指定の服装が無償で配布されている。それが、

 

 

「この御時世にブルマー、とはねぇ。……流石に原作でも着てただけあって、似合ってるねシャナ」

「それ褒め言葉なの?……それを言うなら、キーアだって似合ってるわよ、小学生みたいで」

「「…………」」

「……止めましょう、なんか虚しくなってくるわ」

「……そうね」

 

 

 どちらからともなくため息を吐いて、会話を打ち切る。

 

 ……うん、今回の指定服は、ご覧の通りの体操服。……下は御丁寧にも、今は廃れてしまって久しいブルマー、であった。*8

 こっ恥ずかしさではマシュのインナーを笑っていられない感じであるし、変に身長の低い私とシャナだから無駄に似合っている感もするしで、なんとも言えない疲れを誘発する服装である。

 救いがあるとすれば、さっきの条件に合う人はみんな同じ格好なのと、男性陣の視線に晒されることはない……と言うことだろうか?

 

 

「とはいえ、あっちはあっちでふんどし姿とかも居るから、正直どっちがマシ……ってこともないんでしょうけど」

「流石に指定服ではないみたいだけど、ちょくちょく肌色が見えるのはなんなのかしらね……」

 

 

 遠い目をするシャナの視線を追ってみれば、離れた位置にいる男性陣の集まりが。

 その中には、上半身裸で下はズボンな者や、ふんどし姿の者・衛士強化装備を着用した者・プラグスーツを着ている者などなど、女子に負けず劣らずな露出度の者達が、垣間見えていた。

 ……げに恐ろしきは、人の裸体への飽くなき探究心……ということなのだろうか。

 

 ゲスト席に戻ってきたマシュに労いの台詞を投げ掛けながら、人類の業の深さに思いを馳せてしまう、私達なのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

 選手宣誓も終わり、男女も別れたあと。

 芝生の上で体を解しつつ、はてさて今日はどういう予定だったか?……と思考を巡らせる私。

 

 乱暴な言い方をしてしまえば、これから行われるのは運動会である。

 ウマ娘の名前を肖っているために、トリを飾るのは徒競走になるものの、それ以外は秋の風物詩である運動会・ないし体育祭の内容と、さほど変わりはない。

 出場者に関しては、見た目の老若男女を問わずに集っているものの、基本的には『運動をしにきた』のは変わらず、ゆえに大きな問題が起こることも、早々ないだろう。

 ゲスト枠として唐突に招集された身ではあるものの、変に大事にはならないだろう、というのは一種の安心要素と置き換えてもよさそうだ。

 

 とはいえ、運動とはいえ競走は競争、本気でぶつかってくる人はいるだろうし、ある程度は警戒しておくべきか。

 みたいなことをつらつらと考えつつ、飛んでいた思考を軌道修正。……えっと、これからするのはなにか、だったか。

 入場時に手渡されていた進行表を取りだし、内容を確認する。

 

 ……えっと、上から順に……。

 

 

「入場に選手宣誓、男女に別れて集合……の次だから、騎馬戦かな?」

「そう、最初の戦いは騎馬戦。三人一組でチームを組み、他のチームのリーダーからはちまきを奪う……まさに、アイドルであるこの私にぴったりの戦いと言うことね!」

 

 

 表を確認し、これは私達ゲスト組で騎馬を組む感じになるのかなー、なんてふうに考えていると。

 そこに響く、少女の美しき声。……ふむ、この声は──。

 

 

「この声は……エリちゃん!」

「正解よ、子ネコ。そう、私こそがこのヒト娘ワイルドダービーの主役(プリマ)にしてマドンナ!人呼んでエリザベート・ワイルドとは私の事よ!」

「何度も出てきて恥ずかしくないんですか?」

「げふぅっ!?」

 

 

 現れたのは、体操服に着替えたエリちゃんであった。……微妙にネロちゃまの後追いなのもあって、微妙に対応が雑になる私に、彼女は思わず血を吐いていた。……えっと、エリちゃんに謝れ、みたいな?*9

 

 

「ち、血の伯爵婦人である私に、逆に血を吐かせるだなんて。中々やるわね、子ネコ」

「いや別になんでもいいんだけどさ。……最近fate組のお話が多い気がしないでもないから、ごめんけどエリちゃんには自重して貰いたいんだよねー」

「なにその意味わかんない断り方っ!?幾らなんでも雑すぎじゃない!?エリちゃんよ私?!」

 

 

 まぁ、なんかfate組が多いのもあって、今回はスルーしたい感が凄いのだけれど。折角戦闘とか関係のない運動()なんだし、できればあまり絡んでいないところと絡んでおきたいのである。

 具体的にはレギュラーがいないところとか?

 

 

「くっ、これがバラエティの洗礼ってやつなのね!?でも私は負けないわよ、もっとビッグになって、必ず帰って来てやるんだからー!!からー!からー!

「……ご自分でエコーを掛けながら、悔しそうに走り去って行ってしまわれましたね……」

「あのバイタリティの高さは、素直に凄いと思うわ」

 

 

 沈痛な顔をするマシュと、感心半分呆れ半分、といった感じの視線を向けているシャナに見送られ、エリちゃんは他の選手達の方に走り去っていく。

 ……あの様子だと、本当にネロちゃまを捕まえてコンビを組んだりしそうである。……その場合、誰が背負われる(犠牲になる)のだろう?

 

 などと胡乱な事を考えつつ、ストレッチを続ける私達。……なお、マシュはさっきのインナーのままである。

 本当は、マシュも体操服を着たかったらしいのだけれど、デミサーヴァントとしての身体能力を発揮するのに、最低限必要な格好があのインナーであるらしく。

 普通の体操服だと、普通の女の子くらいのスペックまでしか出せなくなってしまったため、泣く泣く諦めた……という裏事情があったりする。

 

 なお、体操服を着たがった理由は、羞恥心からではなく「一人だけ服装が違うと言うのは、悪目立ちしているのではないでしょうか!?」という理由からだったりする。

 ……ああうん。なんかこう、この格好のマシュの両サイドに私とシャナが立っていると、「35億」という数字が思い浮かぶというか。……え?違う?*10

 

 ともあれ、幾ら悪目立ちしようとも、マシュがレベル5らしく振る舞うには、その姿で居るしかないので仕方ない。

 ……いやホントに?作中でも霊衣とかでわりと好きな格好してなかった?と思わなくもないのだけれど……。

 あれは単なる服ではなく、かなり特殊な製法によって生み出されたものであるがゆえに、戦闘に向いていないような服装でも戦うことができる、というわりと凄い技術なのだそうで。

 

 ……まぁ、なにが言いたいのかと言うと。ミス・クレーンなりハベにゃんなり連れてこい、ということである。

 もしくは服飾関連で、魔術的なものを編み込める人。……正直、すぐにすぐ見つけられるような人材でもないのは確かであるが。

 

 

「ともあれ、私達のはちまきが一千万ポイント、とかにならないことを祈ろうか」*11

「……いや、そもそも私達、そういうのなくても挑まれる側でしょ?」

 

 

 シャナとそんな軽口を言いあいつつ、私達は開始場所に走っていくのでした。

 

 

*1
マシュのあだ名の一つ。野菜のなすびから付けられた名前で、イメージカラーに黒と紫が入るマシュには、ある意味ぴったりな名前と言える

*2
実際、際どいタイプのコスプレは、公然わいせつ罪などに問われる可能性があるため、肌色のインナーを着ている方が普通

*3
『マブラヴ』『マブラヴ オルタネイティヴ』などに登場する、パイロットスーツの名前。元々エロゲーのため、見た目が凄い(見ようによっては一時期流行った逆バニーに近い)。一応、戦場で羞恥心なんて持っている暇はないので、それを克服するためのものだとか。なお、それは訓練生用のスーツの話ではある

*4
際どい忍者を思い浮かべてみよう

*5
『ストライクウィッチーズ』シリーズでのキャッチコピー、『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』から。見た目はパンツだが、一応ズボンである。性能も意外に高い

*6
『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ、葛城ミサトがエヴァを呼ぶ時の微妙なニュアンスの違い。中の人の勘違いというか思い込みというかから出来上がった呼び方

*7
同じく『エヴァンゲリオン』シリーズにおいて、パイロットの少年少女達が着る特殊なスーツ。体のラインがもろに出る、ピッチリとしたスーツ

*8
かつて日本で女子の体操服として使われていたもの。見た目は上の『パンツじゃないから』うんぬんと対して変わらない。……無論、それゆえに廃れたのだが。今となってはソシャゲなどで見ることがあるかも、くらいのものだろう

*9
NEOGEO系のファンサイト、『墓標』内のコンテンツの一つ『美形会議』内での橘右京ら美形キャラ達のやりとりから。傷付くようなことを言われた右京さんが血を吐き、他のメンバーがその言葉を言った相手に『右京さんにあやまれ!』と言う、みたいなお約束パターン。元々ファンサイトでの一幕だったのだが、ドラマCD化していたりするなど、半公式化しているようなところがあった

*10
ブルゾンちえみ氏のネタの一つから

*11
『僕のヒーローアカデミア』より、『雄英体育祭』第二種目騎馬戦での、主人公緑谷出久に与えられていたポイント数。スケールがデカイというか、なんというか



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幕間・人間としての性能差が戦力のうんたらかんたら

『レディース・アーンド・ジェントルメーン*1!本日はヒト娘ワイルドダービー女性の部にお越し頂き、誠にありがとうございまーす!』

 

 

 競技場内に解説が発した声が響き渡り、観客席からは再度歓声の雨が降り注ぐ。

 そんな音の洪水に放り込まれた私達は、思わず耳を手で塞いでいたのだった。……なんというか、スッゴいノリノリだね、集まっている人達。

 大音響の只中に放り込まれた形になるこちらとしては、正直な話(物理的に)耳が痛いとしか言いようがないんだけれども。

 

 単に娯楽に飢えている……というには、ちょっとばかり熱が籠りすぎている感じがある彼らの様子は、選手として期待されているから……ということだけで説明できるものなのか、ちょっと怪しく思わなくもないものであった。

 

 

『実況解説はこの私、榊遊矢めが執り行わせて頂きます!皆様、どうぞ楽しんでいって下さいね!』*2

「周央ちゃんの代わりは榊君かー……」

 

 

 そんな私の疑問を他所に、モニターに表示されるのはトマトみたいな配色の髪色をした少年。

 ……ついこの間『我らを一つに』うんぬんしていたドラゴンの、分かたれた人格の一つである榊遊矢、その人だった。*3

 

 ……うん。あのドラゴンと、今ここにいる彼には、なんの繋がりもないのだろうけど。

 なんというか、ちょっとばかり複雑な気持ちになるのは抑えられない……というか。……他の三人集まってたりしないよね?

 

 それはそれとして、やっぱり美少年だよね榊君。

 御姉様方に人気なのも、頷ける顔をしている。とても かおが いい。

 

 

『お褒め頂き、恐悦至極にございます。……ところで、話を進めさせて頂いても大丈夫でしょうか?』

「え?……あ、ああ。ごめんなさい、先をどうぞ?」

 

 

 ……おっと、どうやら考えていたことを、口に出してしまっていたらしい。

 こちらからの褒め言葉?を受けて、困惑すら滲ませず、代わりに軽くウインクを飛ばしてくる榊君。

 その軽い様子に、漫画版*4でも混じってるのだろうか?などと余計なことを考えつつ、姿勢を正して次の言葉を待つ私。……おいこら横の二人(マシュとシャナ)、忍び笑いすなし。

 

 

『では、ゲスト様からのお許しも出ましたので、早速ルールの解説に移っていきましょう!──第一種目は騎馬戦!三人一組で行う競技となります!』

 

 

 そんなこちらの様子には触れず、軽く咳払いをして合図をする榊君。

 その途端、彼が映っていたモニターの画面が切り替わり、こことは別の場所──男性陣が集まっている、別の競技場が写し出される。

 その映像の遠方に見える、男性達の集団をなんとなく眺めていると。カメラがスッと横に動いて、とある人物達を映し出した。

 

 

『ウィーッス、こちら解説役のローアイン以下二名っす。今日は宜しくオネシャース』

「oh……KBSN(キバセン)……」

 

 

 画面に映ったのは、騎馬戦で戦う空のチャラ男、ローアイン(以下二名)。*5

 三人一組一纏め、という印象が強いキャラクターであるため、なりきり郷には居ないものだと思っていたから、わりとびっくりな人選であった。*6

 まぁ、騎馬戦と言われて思い付くキャラは?と聞かれたら、結構な人数が答えそうなキャラでもあるので、納得と言えば納得な人選なのだが。

 なお、下の二人は元の二人ではなく、普通の一般人っぽい感じだった。……三人揃わなかったから、参加者ではなく解説役なのだろうか?

 

 

『現場のローアインさん、解説をお願いしまーす!』

『ウィーッス。今回のKBSNは、はちまきを取り合うオーソドックスなやつっす。殴るとか蹴るとか、俺達みたいに花火ブチ上げるとか。そーいう相手に傷付けるようなの、全部反則なんで。気ーつけてヨロシャース』

「あー、あくまでもはちまきの取り合いって(てい)なわけね。ヒートアップして戦闘にまで発展させるな、と」

「罷り間違って殴りあいにでもなったら、収拾がつかなさそうだものね。特に男性側は」

 

 

 そんなこちらの予想は他所に、榊君に促されて話し始めるローアイン君。そうして発せられた言葉に、ふむふむと一同は頷きを返す。

 これから行われるのはあくまでも競技としての騎馬戦なので、騎馬に対して攻撃するとか、はたまた騎手を叩き落とすとかのような危険行為は御法度……ということらしい。

 まぁ、確かに。単なる殴りあいで済めばまだマシで、キレて能力とか使い始めたら酷いことになる……というのは、素人頭ですら予測可能な事態だと言えるだろう。

 

 

『あ、ゲストに対してはなにしてもオッケーすよ。それが許されるだけの戦力差がある、ってことらしいんで』

「おいおいおい」

「死んだわね」

「どっちがですか!?」

 

 

 ……と、思っていたらローアイン君から追加ルールのお知らせ。

 私達のグループに対しては、殴る・蹴る・花火などの攻撃行動もOK、ということになるらしい。

 

 ……いや、それはおかしくない?

 なりきり郷内での戦闘行動は自動的に非殺傷になる……とはいえ、相手側である他の参加者はやりたい放題で、ゲストであるこちら側はダメ……って、そりゃ無茶苦茶が過ぎるんでないかい?

 

 

『ゲスト組から不満の声が上がっておりますが、運営側としてはその抗議は却下させて頂きます!何故なら、ゲスト側にはまだまだ枷があるからです!』

「そんな横暴な話があるかー!!」

 

 

 かと思えば、「こっちに対する枷はまだまだあるぞ」の言葉と共に出るわ出るわ、更なる禁止事項!

 大きい縛りは、飛行禁止(正確には『一定時間地面に足が着いていない状態』であることの禁止。ジャンプとかはできる)と能力禁止、だろうか?

 それ以外はまぁ、ちまちまとした禁止事項が並べられているだけで、言うほどキツい縛りというわけでも無さそうだった。

 

 ……他の参加者に、その辺りの縛りが一切無い、ということを除けば……の話なわけだけど。……なんだこれイジメかね?

 

 

『イジメではありません!それくらいの戦力差があるのです!特にそうやって文句を言ってる|キーアさん!これくらい縛っておかないと、一人で全部ひっくり返せるスペックだ……っていうのは、既に調べがついてるんですよ!』

「……~♪」

「せんぱいが、口笛を吹いてごまかしています!」

「そんな典型的なごまかし方とか、久しぶりに見たんだけど……」

 

 

 おおっと、私がなんでもできる系魔王なことは、既に周知の事実だったようだ!

 こいつはいけねぇ、自重してなんもできないように振る舞ってないと。……ホントに自重する気があるのか、だって?さてねぇ……(暗黒微笑)*7

 

 

「……目元に影が出来てて、口元笑ってれば暗黒微笑……ってことでいいのかな?」

「それを私に聞かれても、知らないとしか答えようがないんだけど?」

 

 

 特に疑問も持たずにやった暗黒微笑だけれど、やり方ってこれであってるんだろうか?

 ……みたいなことをシャナに聞いたのだけれど、彼女からはにべもない返事しか返ってこないのでした。

 

 

 

 

 

 

「さっきゲスト側は能力禁止、って言ってたね?」

『……ええ。正確には、キーアさんには能力禁止、マシュさんには宝具の禁止、シャナさんには自在法の禁止、という形ですが』

 

 

 開始の合図を待つ中、改めて榊君に今回の大まかな縛りについて確認を取る。

 

 私が能力禁止……正確には『虚無』の使用禁止。これが一番大きいので、そこを縛るのは分からないでもない。

 

 マシュに関しては、宝具の展開禁止。……ようするに、『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』や『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』の発動の禁止である。

 まぁ、これをやられると、あとは相手の根が折れるのを待つだけ、というワンサイドゲームと化すのでさもありなん。

 代わりに、盾そのものは使ってもいいらしい。

 ……騎馬の体制的に片手で保持する形になるので、どこまで頼りになるものやら……ということから認められた形である。

 

 そしてシャナは、自在法の禁止。……彼女は自在師ではないものの、存在の力を使って行われるものは須く自在法であるため、現状の彼女ができるのは刀を振ることくらいのものである。

 一応、刀を出すだけなら許されたので、本当に丸腰という訳ではないのが救いか。

 

 うーむ、なにこのクソゲー。

 向かってくる数十組は、こんな制限とか無しに突っ込んでくるんでしょう?

 はーやだやだ。結末が決まりきってるのって、やぁねぇ。

 

 

「───私が『虚無』しか能のない女だって思われてたってのが、なんとも哀しい話ですよ。……ま、オリジナルなんで知らなくても仕方ないんだけどね!」

『……?能力が使えない以上、今の貴方はただの幼女みたいなものなのでは?』

 

 

 榊君が、訝しげに声を掛けてくる。

 うむ、わざわざゆかりんが禁止事項に抵触した場合に知らせてくれる腕輪、なるものまで作ってくれたのだから、私達にそれらの禁止事項を越える術はない。

 ……使った時点で失格になるようになっているので、周りが見過ごすということもないだろう。

 その点においては確かに、私達は羽を()がれたドラゴンのようなものである。……腕とか足とかも捥がれてるかも?*8

 

 

「──そう。私達はまさに、絶体絶命の崖っぷちに追い込まれている……だがそこから必ず立ち上がる、そして最後には敵を圧倒し……殲滅する!」*9

『……ん?いやちょっと待って、その台詞黒咲の……』

決闘(デュエル)開始の宣言をしろ!!磯野ぉ!」

決闘(デュエル)開始ィィィ」*10

『あっちょっ、誰今の!?って言うか答えてキーアさん?!嫌な予感しかしないんだけど!?』

 

 

 開始の合図を今か今かと待ち続けていた選手達は、誰の声だか分からない開始宣言を聞いて、なし崩し的に飛び出してくる。

 そう、闘いのゴングは既に鳴らされたのだ!もはやこの流れを止めることなどできんよ!これだけの業、重ねてきたのは誰だ!?君とてその一つだろうが!!*11……いやこれは違うわ。

 

 ともあれ、動き出した以上、あとは野となれ山となれ、である。ってなわけで……。

 

 

「能力禁止、と言ったな!じゃあこう返してやる!──リバースカード発動!『魔法は能力区分じゃない、技術扱いだ』!」

『あ゛っ』

 

 

 やらかした、みたいな声をあげる榊君だが、もう遅いわ!

 我はキルフィッシュ・アーティレイヤー!『魔なる者共の王(魔王)』を僭称せし者!!

 その大層ご立派な異名に見合った、魔法の腕だってあるんじゃい!

 大挙する群衆に向けて魔法を発動する準備は、既に整っている!

 

 

「やば、総員退避ーっ!!」

「させるかぁっ!!『対象指定・人間』で魔法発動!大地に縛り付けられろ、【重感染圧(チェーン・インフェクション)】!!」

「どわぁぁあぁあっ!!?」

 

 

 こちらの行動をいち早く察知し、退避しようとした者達も居たけれど──遅すぎてあくびが出るわ!

 今回使用した魔法【重感染圧】は、指定した対象に『感染する』重力魔法である。……一応、オリジナル魔法になるのかねぇ?

 

 感染対象が増えると強度が増す、という割りとえげつない効果の魔法だが、対象が一人だと強度が全然上がらないという、集団戦にしか使えない魔法である。……代わりに、消費魔力とかは滅茶苦茶少ないのだが。

 

 

「ふふふ、まさかこうしてみんなで突っ込んできてくれるとはねぇ……一網打尽とはこういうことを言うんだろうねぇ……」

「滅茶苦茶悪い顔してるぞこいつー!?」

「魔王じゃ、魔王の降臨じゃ……」

「ふははは、なんとでも言えいっ!!」

 

 

 魔法の干渉範囲に入ってしまった者達は、皆一様に足を止めている。……止めているというか、止まらざるを得ないというか。

 立ってるのは流石だけど、感覚的には二倍から六倍くらいの過重が掛かっているはずである。

 そりゃまぁ、動くに動けないよねぇ?ただでさえ、()()()()()()()()()()()実際にはその三倍重いわけなんだし。

 

 ともあれ、動かない相手のはちまきを取るのとかよゆーよゆー、この圧倒的優位下で負けるとかナイナイ。

 

 ──って、そんな風に思っていたら足を掬われるんだよねぇ?

 

 

「───!読まれていた?!」

「くっ、そこまで楽な話でも無かったか!」

「ふははは読めていたよ『人じゃない者(対象外)』の諸君!さぁ、一方的な蹂躙が嫌だと言うのなら、君達の可能性を見せてくれたまえ!」

 

 

 両サイドから飛んできた砲撃を、マシュが盾で逸らし、シャナが剣で斬って防ぐ。

 そうして発生した爆炎の向こうに居るのは、さっきの魔法の対象外となる、人間ではない者達。……いわゆる擬人化組である。

 

 上に居る人物が誰なのかはまだ(煙に隠れていて)見えないけれど、下の二人は声的に赤城さんとハーミーズさんの二人だろう。

 どちらも船の擬人化キャラクターであるため、さっきの魔法の対象からは外れている。

 

 ……まぁ、さっきの魔法(アレ)を使う時点で、こういうことになるのは読めていたので、対処もスムーズに行ったというわけなのだが。

 

 ともあれ、これで一方的な展開……というのも阻止された。

 あとはまぁ、盛大に暴れまくって、観客達の無聊を慰めることとしよう。

 

 

「うおー!私ははちまきを取られたら負けるぞー!」*12

「……さっきから典型的な負け魔王の台詞しか吐いてないんだけど、これって止めるべきなの?」

「……せ、せんぱいが楽しそうなら、べ、別に良いのではないでしょうか……?」

「……良くないって顔に出てるわよ、マシュ」

「!?」

 

 

 ……下の二人がうるさいのはスルーでお願いします。

 

 

*1
何かしらのアナウンスを行う前に、衆目を集めるための掛け声。『紳士淑女の皆様』の意味

*2
『遊☆戯☆王ARC-V』の主人公。『エンタメデュエル』を目標にする少年。精神面に不安があり、その描写ゆえにちょっとばかり不遇な少年であるとも言える。口癖は『お楽しみは、これからだ!』

*3
俗にいう遊矢シリーズ。他にはエクシーズ使いのユート、シンクロ使いのユーゴ、そして融合使いのユーリが居る

*4
漫画版の榊遊矢は、アニメの彼が精神面に問題を抱えているのに比べ、かなり安定している……というか、安定しすぎているくらいの人格をしている。なんかちょっと妖艶な感じもするため、漫画版の方が好き、という人もそれなりに多いようだ

*5
『グランブルーファンタジー』より、三人一組のキャラクターのリーダー格。他の二人はエルセムとトモイと言う。見た目のチャラさに反して、中身は普通に好青年。また、料理が得意。同作のキャラクターであるカタリナに惚れ込み、仲間入りするキャラクター。何故か騎馬戦(KBSN)で戦う

*6
条件的には【複合憑依(掛け合い)】になるため。【複合憑依(トライアド)】だとキャラ付け的に違うだろう……ということで、ここには来ないキャラだとキーアは考えていた

*7
ネットで使われるスラングの一つ。『黒笑』の上位版。なお、読み方は『ダークネススマイリング』。2005年辺りから使われ出したもの、らしい。いわゆる薄ら笑いなどを意味するもの。裏でなにか考えていそうな笑み。『ひぐらしのなく頃に』などでこの表現にピッタリな笑顔が頻発する

*8
勘の良い決闘者諸君は気付いているかもしれないが、ここで暗喩しているのは『征竜』のことである。『遊☆戯☆王』のカードカテゴリーの一つで、属するモンスターは四属性(地水炎風)のいずれかに属するドラゴン族。一時期環境をこのカード群一色に染め上げたこともある『壊れ』カード達である。規制しても規制しても環境に居座り続けたため、『四肢を捥いで翼を剥ぎ牙を折ったのにまだ強かった』などと称された

*9
『遊☆戯☆王ARC-V』より、黒咲隼の台詞。この台詞の後に華麗に逆転勝利を決めた。なお、その時に使われたのが『RR-ライズ・ファルコン』である

*10
『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』の『海馬VSイシズ』戦でのやり取りから

*11
『機動戦士ガンダムSEED』より、ラウ・ル・クルーゼの台詞。基本的には無茶苦茶言ってるだけなのだが、その無茶苦茶さこそがクリティカルというか……。上手く行くはずのない計画が全部上手く行ってしまえば、人間に見切りをつけるのもわからないでもないが

*12
『ギャグマンガ日和』の作中作、『ソードマスターヤマト』より、四天王・サイアークの台詞『オレは実は一回刺されただけで死ぬぞオオ!』から。ザ・フジミと呼ばれる彼が一回刺されただけで死ぬ、という凄まじい巻き展開を象徴する台詞



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幕間・玉を拾い玉を投げ玉を入れて……人生ってなんなんだろう

「ふぅ、危ないところだった。あそこであれがああなってああならなければ負けていたのは私達だった……」

「なんで前回の巻き展開を引き摺ってるの貴方?」

 

 

 あまりの恐ろしさに、知らず知らずの内に額にかいた汗を拭っていると、騎馬から解放されたシャナに真顔でツッコミを入れられてしまった。

 いや、だってねぇ?……描写してない以上、子細に語るのも……ねぇ?おお、メタいメタい。*1

 

 ともあれ、初戦はゲストの面目躍如と言ったところか。

 大差とまでは行かないものの、結構な大勝ちを決めたので、観衆からの評価は上々と言ったところである。ただ……。

 

 

「……結局、赤城さんとハーミーズさんの上に居たのは誰だったんだろうね?」

「フードを被ったままでいたけれど、それを脱ごうともしなかったわね」

「私の気のせいでないければ、以前のデュエル大会の参加者と同一人物、だと思われるのですが……あそこまで頑なに顔を隠すのには、よほど深い理由が存在するのでしょうか……?」

 

 

 三人で先ほどまでの戦いを思いだし、首を捻る。

 煙で隠れて見えなかった最後の一人。……煙が晴れた時に現れたその姿は、全身を黒いフード付きのマントで隠したものだった。

 フードからチラリと覗くはずの顔も、わざわざ仮面を付けていたために確認はとれていない。

 

 ……覆面と仮面という違いこそあれ、その姿はかつてマシュが参加した、()()デュエル大会で見た謎のデュエリスト達と、ほぼ同一のものと思わしいものであった──というのも確かな話なのだが。

 そこまでして隠す素顔、というのが一体どういうものなのか、ちょっと気にならないでもない……という方が大きいわけである。

 ……激しく動いても外れたりしないように、わざわざなにかしらの技能──『魔法』やら『~程度の能力』のようなものを、フードに施していたようだったし。

 

 まぁその謎の黒フードは、騎馬戦終了と同時に何処かへと消えてしまったわけなのだが。

 この運動会もといヒト娘ダービー、参加者の確認とかを一々取っていないそうで。……参加したければ飛び入りだって可能、という割りと適当な運営形式なのだそうだ。

 なので、出場者名簿と照らし合わせて追い掛ける……というのも難しいみたいだ。

 

 そのため、相手の正体を暴く機会を失った私達としては、こうして好き勝手に中身を推察するくらいしか、現状ではできないのであった。

 ……謎の黒フード、一体何者なんだ……?*2

 

 

「……この台詞で中身が本当にわからないのって、わりと珍しくない?」

「まぁ、前フリみたいな使い方がほとんどだものね、それ」

 

 

 ……とまぁ、程よく脱線したところで。

 いい加減、目を逸らしていたモノに、視線を向け直す。

 

 

『第二種目は玉入れ!こちらは大本営協力のもと用意された卵型の玉を、()()()()()()()かごに入れていく競技となります!繊細な力加減を見せるのか、はたまたなにかしらの力業を持ってかごに投入するのか!各々の判断が試される競技となっております!』

「……わーお」

 

 

 用意されているのは大きなかごと、その周囲にかごを囲むように設置された机の上にある、色取り取りな卵達。

 ……色取り取りというか、種類が選り取り見取りというか。

 なんとも形容しがたいモノが混じっている、わりと魔境っぽい見た目の卵達なのだが。……復活祭の卵(イースター・エッグ)*3じゃないんだからさ、そんな見た目に拘らなくていいんだよ?

 

 そんな風に若干引き気味の私達の前に用意された卵は、どこぞの配管工の髭なおじさまが上に乗る、()()恐竜が孵りそうなガラのもの*4やら、はたまた苦悶に咽ぶ人の顔のようなガラやら*5……なんというか、ちょっと触りたくないような感じのものが、無闇矢鱈に鎮座しているのである。

 ……なんか一つ、やけに煌びやかなやつが混じってるんだけど、あれ『インペリアル・イースター・エッグ』*6とかじゃないよね?大きさ違うし、レプリカとかだよね?

 どっちにしろあれもあれで、別の意味で触りたくないタイプの卵だけども。

 

 

『なお、中身は普通に生卵ですので、汚れたくない方などは競技の棄権・および雨具の貸し出しも行っております!無論、どちらも必要ないという方はそのままでお待ちください!また、能力使用で卵をボイルなどした場合は、即座に失格となりますのでご注意を!』

「……一応聞くけど、これ中身は食べられるやつ?」

『おっと失礼をば!これらの卵は廃棄品の再利用となりますので、原則食べられないものになります!服などに付いた場合、匂いが気になることもありえますので、個人的には雨具(カッパ)をオススメします!』

「……誰得なんだこの競技……」

 

 

 榊君の解説に、思わず鼻白む私達。

 ……いやまぁ、単純な玉入れだと面白くないとか、力加減の確認には割れやすいものがいいとか、色々理由はあるのだろうけれども。

 カッパが推奨される運動競技、というのは如何なものなのだろうか?……そもそも動き辛い格好はなし、って言ってたやん。それだったらシャナは夜笠でよかった、ってなるやん。

 

 

「……流石に腐った卵を被りたくはないんだけど。『清めの炎』*7でさっぱりできるとは言え、気分的に嫌だし」

「私も、盾で防ぐのは恐れ多いと言いますか……」

「あー、うん。……素直にカッパを借りようか」

 

 

 ……なるほど。

 浄化できるとか洗えば落ちるとか、正論ではあるけれど感情論が優先する、というやつだね、これは。

 ……私がやるんなら、気でも纏って飛んできたのを蒸発させる……みたいな感じになりそうだけど、それはボイル判定になりそうだから、実際には取れない手段だろうし。

 

 そう考えてみると、この競技においてはカッパやら傘やらに頼るのは、寧ろ当たり前……ということになるみたいだ。

 体操服の上に半透明のカッパを着るのは、なんか変な感じがするけども。

 

 ともあれ、これもまた対抗戦。

 ゲストと参加者を複数の組に分けたものでの、卵の入った数を競う形になっている。

 無論、かごに入ったとしても卵が割れていたらカウント外、割れていないものだけを数える形だ。

 一応、かごの底には衝撃緩和のためのシートが貼られているようだけれど、中に入っている卵の数が嵩んで来たら、卵同士の接触で割れたりしかねない。

 玉入れという名目ではあるものの、予想よりも遥かに地味……もとい、静かな戦いになりそうな競技であった。

 

 

「……とりあえず、どうしましょうか?飛行は相変わらず禁止のようなので、地道に投げる形になるのでしょうか……?」

「んー、魔法で転移とかも考えたんだけど、あのかご自体に転移無効効果が付与されてるみたいだし、そもそも卵対象にしちゃダメっていわれたし。……やるんなら素直に投げるか、はたまた大きくジャンプしてかごの中に置いてくる形にするか……かな?」

 

 

 マシュと競技開始後の動きについて話し合うが……うーむ、意外と難しいなこれ?

 割れたらダメというのが曲者で、それを遵守しようとするのなら、投げ方には相当気を使わなければならないということになる。

 上手いこと上昇の頂点部分で、かごに入るように工夫する……とかでもなければ、まず間違いなく中で割れてしまうだろうし。

 ジャンプして置いてくるのが、一番現実的だろうけれども……。

 

 

「まぁ、間違いなくかごに攻撃してくるでしょうね、他の組が」

「だよねー」

 

 

 シャナの言葉に、小さく項垂れる私。

 ルール説明の際、禁止事項として伝えられたのは卵の加工の禁止と、飛行の禁止。それから、ルールとして明言はされていないけれど、転移系の技能の実質的な禁止である。

 ……逆に言うと、それ以外に関しては、なんにも注意されていないのである。──そう、余所のグループへの妨害行為、とかについての注意を。

 

 伝え忘れ、なんてことはまずないだろう。ならば、他者への妨害は寧ろ()()()()()()()()()()と見るべきだ。

 能力使用について、参加者側に制限はないのだから、直接ダメージを与えてくる以外のあらゆる妨害について、ある程度意識を割く必要があると言えるだろう。

 

 ……場合によっては、かごそのものに攻撃を仕掛けてくる、なんて無法も罷り通るのかもしれない。ゴールが無くなったら点数なんて取りようがないのだから、対策としては普通にあり得る方だと言えるだろう。

 かといって、それらを警戒しすぎるのも宜しくない。

 ……私達がゲスト側なのもあって、仮に周囲から妨害が飛んでくるとすれば、それは私達以外の全てから……ということになりかねないからだ。

 

 他のチームは四組。

 配置は私達が中央、他が四方のいわゆるインペリアルクロス型*8となっている。……中央が一番危険である(四方から襲われる)ため、警戒するなら全体に意識を向ける必要がある。

 こっちには三人しか居ないのだから、周囲を警戒するための人員を割いてしまうと、手数が足りないなんてことになりかねない。

 

 ……ふぅむ、はてさてどうしたものか。

 

 

『それでは、これより玉入れを開始します!選手の皆様、各自指定の位置にお進みください!』

「むぅ、時間切れか。……仕方ない、プランBで行こう」*9

「あの、せんぱい?そもそもプランAもろくに話し合えて居なかったような……?」

「大丈夫大丈夫、説明は()()()でするから」

「……こめかみ?……ああ」

 

 

 そうして悩んでいたら、無情にも時間切れである旨が榊君から伝えられる。……まぁ、こうして悩んでいる……()()()()()という印象は周囲に付けられただろうし、まだマシな方か。

 そんな思考はおくびに出さず、適当にプランBの発動を示唆する私。……マシュの言う通り、そもそも一つ目の策(プランA)すらろくに説明していないわけだが。

 

 そこはほれ、今回は物理的な手段以外で、卵やかごに影響を及ぼすのを禁止にされた私達だけども。

 逆に言えば、それ以外の用途になら使えるわけで。……と、こめかみをトントンと指で叩く。

 

 そんな私の様子に、シャナとマシュは互いに顔を見合わせるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

『さて!身体能力以外のほとんどを封じられたキーア選手!彼女は次にどんな奇策を見せてくれるのでしょうか!では──スタート!』

 

 

 モニターの榊君が声をあげ、スタート位置にいた選手達が、一斉に卵の方に走っていく。

 

 スタート位置は十字の外側、私達は卵の設置されたテーブルを越えて行かなければ、中心にたどり着けないが。

 他の選手達は、卵を取ったその足で、かごに向かうことができる。……そのまま机の前に陣取って、こちらの邪魔をするというのもありだろう。

 

 

「だからこうする!シャナ、行くよー!」

「全く、人使いの粗い!まぁ、任されたわ!」

『おおっとぉー!?これは砲丸投げのポーズ?!キーア選手がシャナ選手を肩に担いでいます!どーいう肩をしてるんですか貴方!?』

「自分に掛ける魔法は禁止されてなかったからね!──というわけで射出!」

『投げたーっ!!?』

 

 

 ゆえに、妨害される前にこっちのやりたいことを全部やる!

 初手は私とシャナ。強化した肩で、シャナを中心部に向けてぶん投げる!そしてそのまま、その背を追って前へと走り出す!走りだせー♪*10

 

 投げ飛ばされたシャナは、高速で中心部へ向かっていく。

 周囲の選手達はどうにかしようと視線を惑わせて、現状ただ飛んでいるだけのシャナにはなにもできないことに気付き、一瞬動きを止める。

 その間に彼女は彼らの頭上を越え、陣地に到達し。

 

 

「まずは、一手!──せぇいっ!!」

『おおっとぉー!?これはどういうことだー!?シャナ選手、自陣のかごを固定するポールを叩き斬ったー!?これは痛恨のミスかーっ!?』

(マシュ、今っ!)

「はいっ!キャプテン・アメリカ直伝、などと言えるようになれれば幸い、ですっ!」*11

『今度はなんだぁーっ!!?マシュ選手が自身の大盾を、ブーメランのように投擲したぞーっ!!?』

 

 

 その勢いのまま、かごの付け根部分──要するにポールの部分を袈裟斬りにして、かごを地面に叩き落とした。

 落ちたかごは地面に鎮座し、動くことはない。

 その突拍子もない行動に、さらに周囲が動きを止める中で、今度はマシュが、自分の持っていた盾を、横に回転させながら投擲する。……CMで以蔵さんが上に乗ってたあれ、である。

 

 回転しながら飛んでいく盾は、そのまま唸りをあげながら中心部に向かっていく。進路上にいた選手達が慌てて避ける中、それは()()()()()卵の乗った台に向かっていき。

 

 

『……これはっ、卵です!机の上の卵が、全て盾に巻き込まれて割れていきます!これはつまり、防衛は不可能と判断し、引き分けを狙いに行ったのかぁーっ!!?』

 

 

 そのまま、台の上の卵達を無慈悲に割り砕いていく。

 ……実況役を任されているだけあって、榊君の実況は熱が籠っている。とはいえ、作戦を見誤っているのはらしくない。

 君はエンタメデュエリストでしょう?走り回るのが本分なんだから、全体をもっと俯瞰しないと。

 

 

『──これは!盾の影です、盾の影になるように、キーア選手が追走しています!体の小ささを生かした動きと言えるでしょう!そしてその手には──』

「へいインペリアル・エッグ~!ってことでほい」

 

 

 回転する盾の下に隠れていた私が、そのまま盾を掴んで台を飛び越え、地面に落ちたかごの中に唯一隠し持っていた卵──緑色の煌びやかな卵をそっと放り込み、そのまま盾でかごに蓋をする。

 ……ん、私の仕事終了。あとは二人にお任せだっ。

 

 こちらの行動が終わったあとに、周囲がフリーズ状態から脱する。

 玉である卵はほとんど割れてしまっているが、個数は幾つか残っている。

 それを集めるために、選手達が動こうとして。──ようやく、完全にフリーになっている二人に気が付いた。

 

 

『こ、これは!なんということでしょう、他の選手達が卵を掴むよりも先に、遊撃部隊となったマシュ選手とシャナ選手により、卵が砕かれて行きます!』

「答えはとてもシンプルだ。──例え一つでも、他より多いなら勝ちは勝ち。直接戦闘を禁じたのが裏目に出たな。……なんてね?」

 

 

 かごの上に蓋のように乗せられている盾と、その上に座る私。

 ……この状態の私をどうにかすることは、()()()()()()()()()以上不可能であり。

 素直にかごに卵を投げ入れようにも、そもそもに卵を掴ませないし、掴んだとしても悠長に投げる暇を与えない。

 

 その辺りの作戦を()()で伝え、実行した私達。

 ……速攻って、気付かれる前に終わらせるのが最良、だからね。

 

 周囲を嵐のように駆け回る二人を見物しながら、けけけと笑みを溢す私なのであった。

 

 

*1
スーパーファミコン版の『ドラゴンクエストⅥ幻の大地』が初出?の『おお こわい こわい……』を元ネタとした言葉

*2
元ネタは不明ながら、『バレバレな人物が姿を隠している』時に使われる言葉として、広く広まっている

*3
十字架にかけられて死んだイエス・キリストが、三日目に復活したことを記念・記憶するための祭。基督教においては一番重要なものだが、キリスト教に馴染みの薄い日本人には、あまり馴染みのない記念祭でもある

*4
『スーパーマリオ』シリーズより、ヨッシーの卵。白い下地に緑の斑紋の入ったもの

*5
『ベルセルク』より、『ベヘリット』。目と鼻のレリーフが出鱈目に付いている、卵型の物体。作品の鍵を握るアイテム

*6
金細工師ファベルジェが製作した金製の卵型の飾り物の内、50個の特別なイースター・エッグの呼び方

*7
『灼眼のシャナ』より自在法の一つ。自身の汚れや毒を消し去るためのもの。お風呂代わりに使われたりする

*8
『ロマンシングサガ2』に登場する陣形の一つ。十字の形に人員を配置する。敵に接する側の十字の先端が一番敵の攻撃を受けることになり、敵から離れる毎に安全性が高まっていく

*9
本来の作戦を『プランA』とした時に、その次点の策となるものの呼び方。ゲーム『ギアーズ・オブ・ウォー』においての『あ?ねぇよそんなもん』の台詞の対象としても有名

*10
『遊☆戯☆王5d's』より、五期のオープニング『明日への道 ~Going my way!!~』の歌詞の一部より

*11
『マーベル・ユニバース』より、キャプテン・アメリカの得意技。投げた盾は敵を打ち倒しながら、彼の手元に戻ってくる



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幕間・再演/炎と虚無

「いやー、愉快愉快!大勝とは行かないけれど、こういう勝ち方もいいものだねぇ!」

「……まぁ、面白い戦い方ではあったけども」

 

 

 左団扇で呵呵大笑(かかたいしょう)する私と、少し不満げに息を吐くシャナ。

 ……ふむ?何か気に障るようなことでもあったかいね?と思いながら彼女の様子を窺えば、シャナは再度ため息を吐いて、こちらに向き直った。

 

 

「ぶっつけ本番、みたいなことにするのはやめて。……対応はできるけど、少し疲れる」

「ああ、そっち?……いやー、口頭で説明してたら止められてたような気がしたからさー」

 

 

 シャナからの抗議の言葉に、頬を掻きながら答えを述べる。

 向こうだって案山子じゃないんだから、聞き耳を立てている人だっているだろう。

 そもそも一戦目からして広域圧殺(※死んでません)を仕掛けていたのだから、勘の良い人なら「またエグいことしそう」という考えに至るだろう。

 だから口からは出任せを言って、本当の作戦に関しては使える者の少ない念話に頼ったのである。

 

 そもそもの話、本来私の戦い方というのは、周囲に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものである。

 ……なんか、いつの間にか『なりきり郷最強の勇士』みたいな扱いされてるけど、ちゃうねん。そーいうの貰うタイプのキャラとちゃうねん私。

 

 

「え?でもせんぱいは『魔王』を自称しているのですよね?」

「説明めんどいから省いてるけど、本来の正式な名乗りは『最小最弱の魔王』なんですよ私」

「最小最弱……?」

「おいこら、どこ見て言ってんのさシャナ」

 

 

 それを口に出したら、マシュから常の名乗りに付いての疑問が飛んできたので、本来の名乗りからは省かれていることを告げると、怪訝そうな目でシャナがこちらを見てきたのだった。

 ……視線が私の頭の上と胸の辺りを往復している気がするけど、喧嘩売ってるんなら買うぞこのヤロー。

 

 

「そ、じゃあ丁度いいわね」

「……はい?」

「次の競技」

「……次の競技?って言うと……」

 

 

 みたいなことをシャナに返したら、戻ってきたのは望むところ、とでもいわんばかりの表情だった。

 ……んんん?えっとつまり、私に喧嘩を売ってたってこと?実際に?……何故に?

 困惑するこちらのことなどお構いなしに、シャナは私の手元のプログラムの用紙を指差して見せる。

 ……えーと、この次の種目は『ゲストによるダンス』……ダンス?ダンスは……苦手だな……。*1

 

 

「ってそうじゃなくて。ダンス?ダンスが何故ここに?自力でプログラムに追加を?」

「それ、ダンスって名目の模擬戦よ」

「……really(マジで)?」

That's right(マジよ)。ゲストの中から二名、代表者を選出して戦って(踊って)貰う。……直接攻撃が禁止されているこの運動会における、ある意味での息抜きね」

「……勘弁してくれよ……」

 

 

 ゲストが踊るって、一体なにを踊らせられるのだろう?……なんてことを考えていた私にとっては、かなり寝耳に水な話がシャナからの説明によって判明する。

 ……血の気の多い奴らが大好きなもの、あるやんけ。

 しかも、なんだ?この流れで行くと、シャナは私に死のダンスを踊らせようとしていると?*2

 

 …………………。

 

 

「えっと、マシュ?」

「すみませんせんぱい、私は盾を磨かなければいけないのです……」

「あ、ごめん……」

 

 

 スーっと視線を動かし、マシュに助けを求める。

 ……が、彼女はどんよりとした表情で、自身の鎧の表面を眺めていた。

 あ、うん、ごめん。……あんな使い方(投擲とか蓋とか)してたら、そりゃ汚れるよね。借り物なのにあんな汚れるような使い方させてごめんね?

 ともすれば、中の人(ギャラハッド)に怒られかねない使い方だったことに今さらながらに気付き、こちらも申し訳なくなってきたため、すごすごと引き下がる私。

 

 ……引き下がって、逃げ場がないことに気付いた。

 バッ、と振り返った先のシャナは、見たこともないような笑顔を浮かべていて。

 

 

「助けて貰ったことには、感謝してる。──でもね、負けっぱなしは性に合わないの」

「……シャナも割りと血の気が多かった件について」

 

 

 苦し紛れに吐いた言葉は、フッと笑う彼女には通用しませんでしたとさ。……わーい身から出た錆ー。*3

 

 

 

 

 

 

『それでは皆様、大変長らくお待たせ致しました!これよりエキシビションマッチ・『炎髪灼眼の討ち手』ことシャナ選手と、『魔王』キーア選手の模擬戦を開始致します!激しい戦闘が予想されますので、観客の皆様は決して、席から乗り出したりしないようにご注意をお願い致しまーす!』

 

 

 先ほどまでの競技と同じ様に、モニターからは榊君のアナウンスが聞こえてくる。

 

 ……さっきまでのそれ(解説)と、籠る熱が違うような気がするのは勘違い……とも言い切れないか。彼だって決闘者(デュエリスト)ではあるのだから、本格的な戦闘が始まるというのなら、多少は興味があってもおかしくないのだし。……()()()()()()()()()()からか、本来の彼とは嗜好がちょっと違うようでもあるし。

 

 などと現実逃避をしてみるも、時間は止まってはくれない。

 ……いや、仮に止まったとしても、この状況を回避できるわけではないのだけれども。ここで逃げたとしても、彼女の気を変えない限りは、同じように絡まれるだけなのだから。

 

 

「……浮かない顔ね」

「そりゃそうでしょ。なにが悲しくて本格戦闘なぞせねばならんのですか」

「……貴方、結構戦ってるみたいだけど?」

「必要に駆られてやってるだけで、自分から望んでやってるわけじゃないっての!私は向かってくるトラブルを払ってるだけなの!バトルジャンキーじゃないんですー!」

「そっ。じゃあまぁ、いつものトラブルだと思って諦めなさい」

「ぐぬぬぬ、ああ言えばFOR YOU……」*4

「……いや、いきなりなに言ってるの貴方?」

 

 

 対峙する相手──シャナは、特に気負った風もなく自然体でそこに立っている。

 ……マシュから聞いた話によれば、彼女は模擬戦を繰り返す内にめきめきとその腕前を上げていき、今では『いまは遥か理想の城』を発動中のマシュを、僅かにでも押し込むことができるまでの火力を得ているのだと言う。

 

 たった僅か?と思うかもしれないが、マシュはそのスペック的には(足りない部分もあるとはいえ)ほぼ原作そのままの能力値に近い、レベル5の名に恥じぬ強者にして巧者である。

 その彼女を後退させた……しかも通常時ではなく、宝具使用中の彼女に対してそれを成功させたというのだから、驚異的としか言いようがない。

 

 一応、『いまは遥か理想の城』の効果的に、マシュの心構えが足りていなかった……などの要素はあるだろうけど、それを差し引いたとしても、流石は作内(灼眼のシャナ)における最強格……と、手放しに褒め称えて然るべき戦果だと言えるだろう。

 

 ──そんな相手と、今から戦わせられる可哀想な生け贄が、ここにいる最弱クソ雑魚魔王、キーアなのである。

 

 

「……さっきから、最弱だのクソ雑魚だの最小だの、なに言ってるの貴方?」

「いやー、ホントなのよ?……あ、板で最強だって名乗ってたのも間違いじゃないんだけどね」

「はぁ?」

 

 

 おおっと、シャナからなに言ってんだコイツ、みたいな視線が飛んでくる。

 私にマゾっ気はないので、そういうのはやめてほしい。……あ、いや。マゾじゃないんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()というのも間違いじゃない、か。

 ……いやまぁ、今現在主張してるのは『戦いたくない』っていう理由からの、あんまり真面目な理由じゃない方の奴だから、ふざけてると言えばふざけてるとも言えるんだけども。

 

 

「……煙に巻こうとしてる?」

「ああいや、そういうわけじゃなく。……えっと、よくある魔王キャラみたく二形態持ちで、()()()()()()()()片方がお兄様(劣等生)みたいなもの*5、と思って貰えれば」

「お兄様……ああ、司波の兄の方ってこと?」

「そうそう」

 

 

 あんまり子細に解説するような時間もないので、簡単に概要的なものだけ触れる。

 ……まぁ、こうやって『なんでもできるラスボス系魔王』を自称している私は第一形態。RPGなどでよくある第二形態が、さっきから主張している『クソ雑魚魔王』なわけである。

 ……第二形態の方を詳しく語ることは多分無いので、とりあえず『司波達也みたいなもの』とでも思って貰えれば宜しい。……いや、正確には違うけども、流石にこんな短時間で語れるようなものでもないので、なんとなく理解して貰えればいいのである。

 

 

「……第二形態ってことは、そっちが本気?」

「おっとぉー!どうしたのかな榊君ー!?早く開始の合図をして欲しいなー!」

(……露骨に話を逸らしたわね)

 

 

 シャナから疑問が飛んできたけど……ははは、皆まで言うな!

 と言うことで、榊君に催促コール。……さっきまでと言ってること違うじゃねぇかって?うっせぇさっさと終わらしたいんだよこっちは!

 

 

『熱烈アピール、有り難うございます!なお、サレンダーは認められてませんのでご了承を!』*6

「……!?ちょっ、」

『デュエリストに後退はありません!頑張って前のめりに倒れてください!』

「ふざっ、ふざけんなー!!?」

『ははは。では、決闘開始ィィィ』

「あ、このっ、根に持ってやがる!!?あっちょっ、タンマ!シャナタンマ!……ギャー!?」

 

 

 開始と同時に降参しよう、と思っていた出鼻を榊君に挫かれている内に、第一種目での勝手な開始宣言の報復が飛んできて。

 それに困惑する内に、いつの間にやら出現させていた『贄殿遮那』を振りかぶったシャナに接近された私は、無様に宙に吹っ飛び───。

 

 

 

 

 

 

『先制はシャナ選手!鋭い剣閃が爆炎を産み、キーア選手吹っ飛ばされたー!』

(───浅い)

 

 

 振り抜いた刀に残る衝撃は、軽い。

 人一人を弾き飛ばしたにしては、あまりにも軽いその反動に、シャナは「当たる前に後ろに跳んで避けられた」事を知る。

 跳んで避けると簡単に言うものの、その難度はかなりのものである。

 

 鞭の先端の速度は音を越える、という話を聞いたことが無いだろうか?*7

 あれは鞭の形状などからくるごく限定的なものではあるが、そうでなくとも『高校生のバッティング速度』ですら、時速百キロを越えるのである。

 ともなれば、達人の振る剣の速度……如何程となろうものか。

 

 対し、人が跳び退く速度と言うものは、通常の跳躍の初速が秒速三メートル……時速にしておよそ十キロであるため、よほど鍛えたとしてもその速度から大きく逸脱する、ということは無いだろう。

 ……そもそもに人は身体構造上、後ろに跳び退くのは不得手である。

 

 つまり『後ろに跳んで衝撃を殺す』というのは、言葉から受ける印象よりも遥かに高度な技術なのである。

 空中に居るために衝撃は確かに分散するだろうが、それでも速度差からくる衝撃と言うものは、簡単に抑えられるものでもない。

 その衝撃が、あまりにも軽いというのは。……単に跳んで避けただけ、というには無理がある状態だった。

 

 

(当て損なったと思って爆発させたけど……短慮、だったかな)

 

 

 相手に刀が触れた瞬間、抵抗が無さすぎたがゆえに咄嗟に爆発を追加したが。……寧ろその爆発を()()()()()()()()のではないかと彼女は見ている。

 恐らく──自身の体重の変化。それで、爆風に乗って後方に()()()避けたのだろう。

 

 振り抜いた刀を手の内で持ち替え、刺突の形にする。それと同時、

 

 

「ちぇっ、ちょっとは油断しなさいっ、ての!!」

 

 

 煙に隠れていたキーアが姿を見せ、その手に持っていたモノをこちらに投げ付けてくる。──あれは……黄色に輝く、槍?

 

 

「ちぃっ!」

「あ、くそ避けられた!」

 

 

 迎撃しようとするのを止め、そのまま姿勢を低くしつつ前へ走る。

 自身の背後に突き立った大槍は、轟音と閃光をあげ四散する。……飛んできた雷撃を夜笠で弾きながら、更に前へ。

 逆さまに地面に落ちようとしていた相手は、器用に宙で体を翻し、その手の内に大きなハリセンを顕現させていた。

 

 

「そのハリセン、よく覚えてるわよ!」

「でしょうね!」

 

 

 自身の知識から、『ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)』のレプリカと判定。──『贄殿遮那』で打ち合う以外の対処は悪手と判断し、そのまま右下から上に斬り上げる。

 相手の手の内から得物を弾くつもりで放ったその剣撃は、あまりに容易くその用を成し。

 ──驚く自身の前で薄く微笑む相手の姿に、これが罠だと悟る。

 

 

「──斬撃の先行予約(セルリアン・エンゲージ)って技があってね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って技なんだけど。*8……それの応用(反転)でね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ。──つまり貴方はまだ、()()()()()()()()

「───っ!!」

 

 

 相手の()()()()()()()()というワードに戦き、慌てて自身を強化するも──一手遅い。

 

 

「───疑装『吸血鬼(ブルートザオガー)・変』!弾けて、混ざれ!!」*9

 

 

 突き出された彼女の手の動きに連動するように、自身の視界が赤い光で爆ぜた。

 

 

*1
『遊☆戯☆王5d's』より、ダークシグナーの一人、ルドガーの台詞『お前は死のダンスを踊る!』に対しての、主人公不動遊星の返答。以後、ダンスについての話が出ると、決闘者達は挙ってこの台詞を使うようになった

*2
『遊☆戯☆王5d's』鬼柳京介の台詞、『踊れ遊星ぇ!死のダンスを!!』から。蜂よりも美しく踊らせようとするプラシドと言い、やけにダンスに拘る『5d's』敵キャラクター達なのであった……

*3
自身の悪行が、自身に対して罰として返ってくること。自業自得。語源は『刀(=刀())の錆が、刀そのものの価値を損なうこと』から

*4
『ああ言えばこう言う』を元にした駄洒落。あとには『forever(フォーエバー) are(アー) you(ユー)』と続いたり、はたまた『However(ハウエバー) こう言う』などと続いたりする。基本的には語感重視の言葉

*5
『魔法科高校の劣等生』より、司波達也のこと。『評価される項目の違いにより無能扱いされるが、実際には強い』という、いわゆる『最弱詐欺系』の走りともされるキャラクター

*6
降参(surrender)』。『遊戯王OCG』において、降参に関する規定はルールに存在しない。大会では二ポイント先取のマッチポイント制となっていることがほとんどであるため、敢えてサレンダーをする/しないことにより、相手に情報アドバンテージを与えない/相手のデッキの情報を探るなどの行為が行える。また、制限時間を越えた状態でのエクストラウィンを狙う際にも、相手のサレンダーを拒否する利点があったりする

*7
鞭を振った時の『パンッ』という音は、いわゆるソニックブームによるものである『場合がある』。全てが全てソニックブームというわけではないらしいが、実際に鞭は音速を越えられるようだ

*8
『May-Be SOFT』作のアダルトゲーム『メイドさんと大きな剣』より、『浅葱色の約束(セルリアンエンゲージ)』。魔剣バルムンクによる『斬撃の先行予約』。相手に直接傷を付けることはできない代わりに、『後で実際にその場所を斬る』必要こそあるものの、何処にでも斬撃による裂け目を発生させることができる(一応、剣に対して誓約を行う時間が必要なために咄嗟に使えないとか、誓約が履行されないことが確定的な場合はそもそも予約できないなどの制限もある)。なお、元ネタである『メイドさんと大きな剣』は、巨大武器×女の子×メイドという属性の盛り方ゆえに、地味に人気がある。往年の『ゼロの使い魔』の二次創作にも、この作品とクロスさせたものが存在したりした

*9
『灼眼のシャナ』より、宝具『吸血鬼(ブルートザオガー)』。"愛染自"ソラトが所有していた、幅広で柄の短い大剣……のような片手剣。『存在の力』を込めることで、刀身に血色の波紋が浮かび、軽々と扱えるようになる。逆に、『存在の力』が扱えないものには、見た目通りの大剣としてしか扱えない。相手が直接・または間接的にこの剣に触れている場合、更に『存在の力』を込めることで相手に直接傷を付けることができる特殊能力がある(傷の深さ・大きさ・数は込める『存在の力』の総量によって変わる)。『弾けて混ざれ』の方は、『ドラゴンボールZ』のベジータが、パワーボールで擬似的な月を作ろうとした際の台詞。『(パワーボールが)弾けて、(星の酸素と)混ざれ』の意味。語感がよく、色んな場所で使われている台詞



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幕間・終演/虚無と炎

『……し、視線では追いきれませんでしたが、再度の爆発!先ほどとは反対に、今度はシャナ選手が爆炎に呑まれたー!!?』

「非殺傷だし、死んではないでしょうけど。……気絶にもほど遠いかも」

 

 

 煌々と燃え盛る炎を眺めながら、一人ごちる。

 ……榊君の言う通り。先ほどとは反対に、今度はシャナが爆炎の向こうに居るわけなのだが……多分、普通に耐えていると思われる。

 

 防御をするのが一手遅いようにも思えたのだけれど、()()()()()()、私は夜笠の中を確認していない。

 ……()()()()()()()()()()()()()()、今一確証が無かったけれど。どっちだろうなぁって、ちょっと賭けてみたのだけれど。

 ──賭けには勝ったけど、選択はミスったらしい。

 

 

「───なるほど、手加減ってわけね」

「……ははは。怒った?」

 

 

 ──宝具『アズュール』。

 物理的な炎であれば、その全てを散らすという火避けの指輪。

 原作においてそれを主に所有していたのは、"狩人"フリアグネと、彼女のパートナーである坂井悠二の二人。

 本来ならば、彼女が持っているはずはないのだけれど。

 ……坂井悠二の不在が、彼女にそれを持っているという因果を呼んでいたらしい。

 

 

「……迂闊だったわ。そもそもに『ハマノツルギ(アレ)』も借り物なのだから、貴方が『吸血鬼(アレ)』を使う可能性も、ある程度は予測できたはずなのに」

 

 

 静かに、滔々と語るシャナの様子に、怒りに狂うような熱は見られない。

 ──ああ、()()()()、そんな様子は見られない。

 その背後に浮かぶ、巨大な炎の瞳(『審判』)を、視界に入れさえしなければ。

 

 ……めさくさキレとるやんけ!!

 

 

「ふふふ、でもいいの。だって───」

「ややや止めろシャナリー!落ち着けぇ!!」*1

 

 

「久々に、本気を出せそうなんだもの!!」

「ぬわーーっっ!!」*2

 

 

 彼女が天に向かって握り拳を作ると、それに合わせるように顕現する巨大な炎の腕。……『真紅』はヤメロォッ!!

 観客席の皆さんも、「え、これ席にいれば大丈夫って聞いたけど、ホント?」とか、「ひゃー!すっげぇパワーだ、オラも戦ってみてぇ!」とか、徐々にざわつき始めている。……戦闘民族(サイヤ人)*3は自重して下さい。

 

 とはいえ、あんなものまともに食らったらペシャン公である。*4

 かといって受け止めるのも無理があるよねぇ……いや、『真紅』……?*5

 

 振り下ろされる鉄拳を見詰め、右手を翳す。

 ……いやはや、ホントになんというか。──負けず嫌いは、お互い様ってわけだ。

 

 

「──投影(トレース)開始(オン)*6

『おおっとぉっ!?キーア選手、これは『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』の構えかぁっ!!?』*7

「む、むーっ!!せんぱい!盾、盾なら私ですよっ!!?」

「ここで敢えて受け止めることを狙うとは。……プロレスだねぇ、粋だねぇ」

「でも、投擲武器でもないのにアイアスで防げるのか?」

「というか『真紅』が防御無視しそうという問題がががが」

 

 

 ……外野がごちゃごちゃうるさいんですけど!?

 それとマシュ、流石にその盾を投影はできんよ、無理言わないで下さい。……投影じゃなきゃいけるんじゃないかって?知らなーい。

 

 ともあれ、受け止めるのを選んだのには理由がある。

 シャナの背後の瞳──『審判』は、雑に言ってしまえば千里眼である。……単純に避けようとしても、()()()()()()()()()()()()、それに合わせた動きをされる可能性があるのだ。

 ……存在の力しか見えないんじゃないかって?そもそもシャナとかの電撃文庫勢は格闘ゲームがあるから、そっちの理屈が混じってる可能性があるんだよね。*8

 

 まぁ、ともかく。

 予兆を見て攻撃を変える……なんてことをされたら、避けるに避けられない。

 そもそもに今のシャナ、ちょっと頭に血が上ってるから、ここは素直に受けて溜飲を下げさせた方がいい。

 ……以上、受け止めることを選んだ理由を自分に納得させるの終わり!正直迫ってくる炎の拳が迫力満点過ぎて、凄く逃げたい!

 でも受けるって決めたんだから受けてやるよちくしょーめ!*9

 

 

「ぶっ潰れろぉぉぉぉおぉっ!!!!」

「──やーだよ!投影(トレース)完了(オフ)。是、唯一無二の盾(ケーニヒシールド)也!」*10

「おいィ!?お前それでいいのかっ!!?」

「せんぱーいぃっ!?」

 

 

 叫ぶシャナ、叫ぶ天子ちゃん、叫ぶマシュ。

 三者三様の叫び声を聞きながら、私は落ちてきた隕石のごときその巨腕を、紫色の美しい盾で受け止め、そのまま爆煙に呑まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

『本日三度目の爆発です!私、そろそろこの光景にも慣れてきたかと思いましたが、全然です!至近距離で爆発されると、大丈夫だと分かっていても心臓に悪い!今日の夜は魘されそうです!』

 

 

 拳を振り切り、目の前の惨状を確認したシャナが一番始めに思ったのは「やりすぎたかも」と「いやまだだ」という、相反した感情だった。

 

 『審判』には、明確な弱点がある。……自身の視界が狭まるという弱点が。

 彼女(キーア)の評した『千里眼のようなもの』という言葉は、決して間違いではない。とはいえ、どこぞの花の魔術師のように、全体を俯瞰する目をシャナは持ち合わせていない。

 それゆえ、自身が『視ている』場所から離れた位置で起きた『なにか』を、『審判』を使っている彼女は見落としやすいのだ。

 それの対策についてはあれこれと考えているが、果たして原作の彼女(シャナ)が克服していない欠点を、今ここにいる自分が成してもいいものなのか?

 ……という点から、どうにも進みは宜しくない。まぁ、だからと言って手を抜いているわけではない、というのは理解して欲しいところだ。

 

 さて、今行ったのは『審判』で相手の動きを注視しつつ、『真紅』で生み出した巨腕で粉砕する……という、シンプルながら隙のない動きである。

 しかしながら、アラストール(天壌の劫火)の伴わない一撃であるため、彼女(キーア)が懸念したような『万物の粉砕(破壊の権能)』、即ち天罰神の神威は籠っていない。

 ……そのことを安堵するべきか、はたまた口惜しく思うべきか、未だにシャナの中では気持ちが定まっていない。

 

 そもそもに、自在式とは本来『存在の力』を持って行われるある種の()()()()()奇跡である。

 己が『炎髪灼眼の討ち手』という、こと『存在の力』が枯渇する心配をする必要もない者であるからこそ、特になんの疑問も抱いてはいなかったが。

 ……今、自身が使っているのは、果たして本当に『存在の力』なのか?そしてそれは、湯水のように使っていても大丈夫なものなのか?

 ……という、ある種なりきり郷(ここ)に居る者達であれば、大なり小なり抱いているであろう疑問を、一番強く抱いているのが恐らく彼女なのである。

 

 つまり、なにが言いたいのかと言うと。

 

 

「……全力のつもりだったけど、知らず知らずの内に手加減してた、ってことかしら」

 

 

 地上に燃え盛っていた炎が、突風によって払われる。

 本来の力(天罰神の神威)を出せず、かつ自身の『存在の力』の枯渇を仄かに恐れたがゆえに。

 ……騎士の盾一つと相討った自身の炎腕は、周囲に悪戯に炎を撒き散らしただけに終わったのだと、そう悟る。

 

 騎士の盾一つとは言ったが、恐らく彼女の今までの攻撃方法を見るに、アレには様々な概念などが内包されていたというのは間違いないはずだ。

 数多を知り、幾多を奮うのが【極有式】の真髄だと思われる。……コピー能力者を考える時、『能力同士を組み合わせる』ことについて考えるのは、創作者の癖みたいなものだ。

 

 それは恐らく彼女(キーア)についても同じだろう。

 先の『吸血鬼』にしても、『伝説の魔剣(バルムンク)』と『炎の剣(レーヴァテイン)』が混じっているだろうことは、想像だに難くない。

 その事実からして、彼女が『能力を混ぜる』ことを戦法の一つにしているのは確定的であった。

 

 ……彼女の言を信じるのなら、この戦い方はあくまで前座らしいと言うのだから、思わず苦笑が漏れてしまう。

 

 

「ここにかの英雄王が居たのなら、蛇蝎の如く忌み嫌われるでしょうね、貴方」*11

「ははは止めてくんない?そういうのフラグって言うんだよ?」

「そ。……まぁ、いいわ。次で、決めるから」

「うへー、お手柔らかにお願いしたいんですけどー」

 

 

 大きな怪我はないものの、煤にまみれて仄かに黒くなっている彼女は、心底疲れたと言うように声を漏らすが。……その瞳には、油断の色はない。

 ……そんな目をしているのに、自身を弱者と自称するのはどうなのだろう、とシャナは思うが。……自分と同じく、単に負けず嫌いなだけだと思い至り、呆れより先に笑いが込み上げてきた。

 

 じゃあ、まぁ。……無様に地面に倒れ伏して貰おう。

 

 

()()()やるから。──そっちも全力、出しなさいよ」

「……薮蛇ってこういうこと言うんだろうナー。……ああはいはい。()()()()全力でいいんならやりますよ、やりゃあいいんでしょっ」

 

 

 こちらの言葉に、彼女は頭を振り手を上空に翳す。

 一体なにをするつもりなのかと『審判』を上に向け。

 

 ──歪む空を、その視界に捉えた。

 

 

「……ははっ」

 

 

 思わず笑みが漏れてしまう。

 空が歪み、雲が崩れ、空気が軋みを上げている。──天が、落ちようとしている。

 蟻を一匹潰すのに象の脚を持ち出すかのような、あまりにも無体な攻撃。

 ……魔力の流れが見て取れる以上、恐らくは魔法なのだろうが。競技場を丸々潰しかねないほどの大気の塊を、そのまま地に落とそうとするこの魔法は、一体どれほどの魔力を必要とするものなのだろうか?

 

 ここまでやっておいて弱者を僭称する彼女の厚かましさに、もはや笑うしかない。

 

 

『……え、は?ちょっ、これ観客席巻き込まれるやつでは!?』

「こらーっ!!?貴方なに考えてるのよー!!?」

「ごめーんゆかりん、手加減すると怒られるから仕方ないんだー!頑張って防いでー!」

「ふざけんなーっ!!」

 

「……はっ!?つまりこれは、せんぱいからの試練、ということですね?!この程度のモノも防げないようでは、せんぱいの後輩足り得ないと、そういうことなのですねっ!?」

「うわーっ!?マシュが暴走したーっ!?」

「やらせとけやらせとけ、今一番防御力高いのあの子なんだからやらせとけ!」

「精神的にかなりやる気みたいだし、どうにかなるんじゃない?」

 

 

 周囲の人々は、皆が泣いたり笑ったり怒ったり、はたまた慌てふためいたりと。……各々が、好き勝手に騒いでいる。

 

 ある意味で、なりきり郷(ここ)だからこそであるその異常な様子は、しかしこの場所に慣れきった彼女にとっては、特に心を乱すようなこともなく。

 彼女は、ふっと体から力を抜いて。──正眼に、己が大太刀を構えた。浅く深呼吸をし、己の中から力を汲み上げる。

 

 その背後に、彼女と同じ様に大太刀を構える、巨大な炎の神が顕現する。

 それは、中身の伴わぬ、形だけの天罰神。

 されど彼女が今、持ち出せる全力全霊の形であった。

 その相貌に浮かぶモノを見て、対面の彼女(キーア)は笑い。

 

 

「───天よ、我が手のままに地に堕せ!」

 

 

 ──そうして、彼女(キーア)は手を振り下ろす。

 

 

 

「『破天』ッ!!」

「『断罪』ッ!!」

 

 

 それに合わせるように、放たれた渾身の一閃は。

 堕ちる空を、文字通りに両断した。

 

 

 

 

 

 

『た、断ち切られた大気が荒れ狂い、会場が見るも無惨なことになっていますが、負傷者はゼロです!協力頂いたマシュさん・八雲さん・五条さんに盛大な拍手を!』

「……居たのね、貴方」

「ははは、いやさー。どんくらい()()()()()()()()()()、ちょっと気になっちゃってねー。……まぁ、本来の()なら全部抑え込めただろうって言い訳はさせて貰える?」

「や、やりました!せんぱい、マシュ・キリエライトはやりましたよーっ!!」

 

 

 落ちてきた空をより大きな紅蓮の太刀で叩き割る、という割りと頭の悪い感じの対処により、空を落とす魔法『破天』は破られた。

 

 ……破ってなお、こうして周囲に突風による被害をもたらす辺り、こんなところで使うものではない、というのは明らかな話ではあるが。

 同時に、なりきり郷(ここ)以外で使ったら、もっと阿鼻叫喚の地獄絵図にしかならないことは確定的であり、そういう意味では()()()()()()()()()使()()()()とも言えなくもないわけで。

 

 えっとつまり、なにが言いたいのかと言うとね?

 

 

「……私の負」

「──引き分け。でしょ?」

 

 

 首元に突き付けられた贄殿遮那に、小さく両手を上げ(ホールドアップし)ていた私が、自身の負けを告げようとしたら。

 ふぅ、と小さくため息を吐いたシャナが、刀を私の首から離し、鞘に納めながら引き分け、と声を出したのだった。

 

 ……いや、今の状況、どう考えても私の負けでしたよね?

 というこちらの抗議の視線を受けたシャナは、反対にこちらにジト目を寄越しながら、こう続ける。

 

 

「貴方、自分で()()()()()()()って言ってたじゃない。……私は()()()()()、これ以上出せる全力もないし。落としどころとしては、引き分けくらいがいいでしょ」

「あ、あー。そういえば言ったねそんなこと……いやでも第二形態はクソ雑魚なので……」

()()()()()()って言ってるモノまで引っ張り出さないわよ、バカね。……その上でも、引き分けの方がいいでしょって言ってるの」

「……さいですか」

 

 

 ……ああ、うん。……見抜かれてやんの。

 あれこれと言葉を弄してみたものの、結局私がしたかったことは『本気を出したくなかった』ということに尽きる。

 弱い方が本気、というのは変な話だが、実際そういう風に生み出したキャラクターがキーアである。

 

 ……今の()が、本気(それ)を使っても良いのかという葛藤とか、はたまた使って今の()で居られる保証がないとか、色々情けない実情を覆い隠していたのが、さっきのあれこれだったわけで。

 ……なんというか、うん。……恥っず。

 それと、もう一つ誤算。

 

 

「オラ、今すっげぇ戦いてぇ気分だぞ!飛び入りってありかぁ?!」

『すみませんがこちらは女性のみの大会ですので、孫さんには我慢して頂ければと……』

「かーっ!!神龍に頼んで、今からでもてぃーえす?させて貰えねぇかなぁ!?」

『止めてくださいねっ!?今度こそ競技場ぶっ壊れますよ!?』

 

「……思った以上にバトルジャンキーが居る件について」

「諦めなさい。そんなものよ、なりきりなんて」

 

 

 さっきから騒いでいる悟空さを筆頭に、観客席のあちこちから「戦いたい」という声が漏れている。

 

 ……魔王らしく力で支配(訳:雑魚って言い張って戦闘を避けるのはミスったので、圧倒的パワーで挑む気をなくさせる作戦)しようかとしたのだけれど。……完全に裏目である。

 

 この運動会が終わったら、暫く外のお仕事回して貰おうかなー、なんて現実逃避をしながら、榊君が引き分けになったことを皆に伝えるのを聞く私。

 

 ……完全に戦い損じゃないかなこれ?!

 という私の言葉には、誰も頷いてくれないのだった。

 

 

*1
『ドラゴンボールZ燃えつきろ!!熱戦・烈戦・超激戦』において、ゲストキャラクターの一人、パラガスがブロリーに言った台詞『止めろブロリー!落ち着けぇ!!』から。なお、言葉で止めたところで落ち着くはずもなく……

*2
『ドラゴンクエストⅤ天空の花嫁』において、主人公の父親・パパスの断末魔。巨大な火球をその身に受け、跡形も残らず焼き付くされる父親の姿を見た、主人公の心境はいかなるものか。……と、言葉の発せられたタイミングはかなりシリアスなのだが、どことなく叫び方が間抜けさを持っているせいか、時々ネタにされていることがある。似たようにネタにされている断末魔には、『コマンドー』の登場人物・サリーの発したモノなどが存在する

*3
『ドラゴンボール』シリーズに登場する種族の一つ、主人公の孫悟空などが属している。宇宙最強の戦闘民族とも言われるが、現在は一部を除いてほぼ滅亡済み。尻尾が生えていること、特殊な電磁波を浴びることで大猿に変身すること、などの特徴を持つ

*4
『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』におけるイオク・クジャンの蔑称。彼の最後がシザーシールド(巨大なペンチ)で圧殺されたことから『ぺしゃんこ』と『クジャン公』とで言葉遊び的に生まれた。作中のヘイトを背負いに背負い、結果として圧殺されたために、幾分溜飲が下がったという視聴者もいれば、脚本の意図が透けて見えるなどの理由から同情的な者も居るという、微妙に扱いの難しいキャラクターの蔑称なので、使い方には注意が必要……かもしれない

*5
祈るように 瞳を閉じよう

*6
『fate/stay_night』より、主人公・衛宮士郎の詠唱。『投影(グラデーション・エア)』と呼ばれる魔術を行使するための文言

*7
同じく『fate/stay_night』より、宝具の一つ。ギリシャの大英雄、九偉人が一人・ヘクトールの投げた『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』の直撃を防いだという盾。見た目は七枚の赤い花弁のような光の盾。投擲武器に対し、無類の防御力を誇る結界宝具。なお、ビームシールドにしか見えないが、型月の古代ギリシャは超機械文明だったことが判明しているため、本物もたいして変わらないのでは、などという論調が存在している

*8
『電撃文庫 FIGHTING CLIMAX』のこと。電撃文庫のキャラクターが集い戦う、対戦格闘ゲーム。この作品での『審判』は、『存在の力』など関係のない相手にも使用できている。……世界法則の違いを無視するのなら、『存在の力』そのものは全てのモノにあるから、と言ったところだろうか?

*9
映画『ヒトラー ~最後の12日間~』におけるヒトラーの台詞。……の、空耳。原文は『Sie ist ohne Ehre!(栄誉などあるものか!)』で、なんと空耳とあんまり意味が違わない。『総統閣下シリーズ』と呼ばれるMAD作品において、あれこれ嘘字幕を流した後に『ちくしょーめ!』と叫ぶのがお約束

*10
『FINAL FANTASYⅩⅠ』より、とある騎士の装備する盾。外観は紫色に金の装飾が入った片手盾。とある騎士の活動期間的に、本来は持っているはずのない装備。なお、何故このタイミングでこの盾なのかと言うと、彼のイメージソングとして(勝手に)扱われている、島谷ひとみ氏の『深紅』がシャナの『真紅』と読みが同じ、というそれだけの話である。シンクノソラー

*11
『fate/stay_night』より、金色の英雄王、最古の英雄譚の主人公、ギルガメッシュのこと



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幕間・エンディングに走るお約束

 ゲスト同士の対戦、などという一大イベントを終え、加熱していく民衆達の熱は、遂に危険な領域に突入……はしなかった。

 そーいうのいいから、の(眼鏡五条さん)の一声により、集いつつあった熱は霧散、まさに無限に挑む灼熱のごとき様相となったのである。……この表現、あとで怒られたりしない?

 

 まぁともあれ、そこからは消化試合……というと怒られるかもだけど、こっちとしては似たようなもの、というか。

 基本的には「ゲストだー!ぶっ倒せーっ!!」→「やれるもんならやってみぃやー!!」→「グワーッ!!」の繰り返し、というか。

 

 ……まぁ、うん。

 わりと練度というか精度というか、そういうものが高い人との付き合いが多かったから感覚がずれてたけども、なりきり郷(ここ)に居る人達の大半は『キャラとしての外見くらいしか、まともになりきれていない』人が多い、というか。

 

 いやまぁ、正確には元の人とも違うんだろうけど、かといって原作の彼等かと言われれば、それもまた違うだろうというか。

 一応、能力的には元の彼等と言うよりは、原作の彼等寄りになっているのは確かなのだけれど、だからといって原作の彼等と同じように動けるのか、と問われると微妙というか。

 

 ……見た目と実際の実力とが伴っていない、と言うべきか。

 まぁ、それでも本人達は楽しそうになりきりしているのだけれども。……さっきから『というか』って感じのこと言いすぎじゃない?

 

 ともあれ、予定されていたプログラムは順調に消化されていき、残すはこの運動会が『ヒト娘』などという名前をつけられたのだろう最大の理由、フルマラソンのみとなっていた。

 

 

「……フルマラソンってことは」

「どこかの丸一日テレビで走らされる距離からすれば、半分くらいだけど。……一般の人が走るにはわりとキツい距離(42.195km)ね」

 

 

 シャナと話しつつ、改めてフルマラソンというものに関して考えてみる。

 

 元々は、紀元前のギリシャ軍兵士がマラトンからアテネまで、勝利の報告をするために走り抜けたことを起源とする、わりと由緒正しい?競技である。

 ……その時の兵士は、走り抜けたあとに絶命した……と言うのだから、現在の(男子)世界記録が二時間を切っていることを思うと、なんとも不思議な気分になる……けれどそれはおいといて。

 

 マラトンからアテネまでの距離は、おおよそ四十キロほど。

 現在の中途半端な数値(42.195km)は、第四回・ロンドンオリンピックの折に、当時のイギリス王妃・アレクサンドラが『スタートは宮殿の庭から、ゴールは競技場のボックス席の前に』と注文を付けた結果のもの、というのが有力な説なのだとか。

 ……そこから律儀に中途半端な距離を守り続けているのは、特に変える理由もないから、なのだろうか?

 

 なお、ハーフマラソンだとその中途半端な数字が、更に中途半端(21.0975km)になる。……キリの良い数字にしようとか、そういうのはなかったのかね?

 

 まぁ、距離の中途半端さについてはそれくらいにして。

 フルマラソンという競技が、()()()()()()()()()()()……という話をしていこう。

 

 長距離走は基本的に人間の独壇場、という話を聞いたことがあるだろうか?

 速く走る生き物として有名な馬は、短距離走ならば人間が決して追い付くことのできない生き物だが、こと長距離走に関しては、馬は人間に勝つことができないのである。

 

 ……詳しく語ると長いので、掻い摘まんで説明すると。

 

 馬の全速力は、時速六十から七十キロほど。

 以前、ハルケギニアで『馬で二時間』がどれくらいの距離なのか?みたいなことを話したことがあるが、もし仮に()()()()()()走り続けられるのなら、その距離は百キロを越える、ということになる。

 丸一日テレビで走らされるのが大体同じくらい*1で、この距離を走る場合はウルトラマラソン……などと呼ぶそうだが。*2

 男子の百キロ走の記録は、およそ半日(十二時間)ほど。……これでどうやって馬に勝つというのか、というような記録である。

 

 どっこい、この説明には大きな嘘が紛れている。馬は全速力で二時間も走れないのだ。*3

 

 馬が全速力で走れるのはおよそ五分ほどで、それを距離に直すと五キロ前後。

 それ以上走ると肺から出血したり、はたまた脚の筋肉が回復不可能な断裂を起こしたりなど、冗談抜きに死ぬことすらあるのである。*4

 ついでに言うと、この全速力を出した場合には、その日の内にはもう走るのは無理だと思っていた方が良い。

 

 仮に二時間ほど、出せる限りの速度で後遺症などなく走らせようとすると、馬の時速は十キロ前後となる。

 ……二時間だと二十キロ、ハーフマラソンの距離だ。

 一般人はともかく、フルマラソンの世界記録保持者には、確実に突き放されてしまう速度だと言えるだろう。*5

 

 人間は、熱に強い生き物である。

 二足歩行や肺の機能、はたまた全身の汗腺など、人と言うのは体に貯まった熱を、効率良く排出するのに優れた身体構造をしている。

 それだけが理由ではないが、そういった諸々の理由から、人間は特に長距離移動に強い生き物なのである。

 

 ……なんか、教育番組みたいな語りになってしまったけれども、なんとなーく『ヒト娘』なんて名前が付けられた理由、わかって貰えたのではないだろうか?

 え、わからない?つまりは、マラソン競技が一番時間をとってあるから、そこを主体にすると『ヒト』であることを強調するのがいいよね、ってことだよ!

 

 なお、この辺りの『人間スゲー』論は、亜人とか人外とかが混じると無意味と化すのはご愛敬。

 さっきまでの『馬に長距離は無理』というのも、ウマ娘とかなら行けるかも知れないしね。

 

 

「えっと、よくわかりませんが。……とりあえず走ればいい、ということでしょうか?」

「身体能力一般人と大差無い勢は、ある程度走る速度のセーブとかいるだろうけど。……私とかマシュとかシャナとか、他にもわりと大半の人は、それなりの速度で走ってもバテることもないんじゃない?」

 

 

 マシュからの問いに、体を解しながら答える私。

 因みに、とある科学者?がアニメの描写とかから大真面目に速度を算出したことがあるそうだが、皆よく知るランサーの兄貴ことクランの猛犬・クーフーリンは時速二百キロくらいで走ってたとかなんとか。*6

 人間は全速力で何時間も走れないだろうとか、はたまた英雄だからいけるんじゃねとか。

 そこら辺を諸々考えると……まぁ三十分もあれば、フルマラソンを走りきることも可能なんじゃないかなー、というか。

 

 ……改めて考えてみると、なに言ってんだこいつ感凄いな?

 だって、わりと雑に見積もって時速八十キロくらいってことだからね。

 さっき言った通り、馬の全速力が六十から七十ってことだから、要するに余裕を持って走っても、普通に追い付けるってことだし。

 

 ……あれ?ウマ娘って確か人型で馬の速度が出せる、みたいな感じだったような?

 つまりは……ウマ娘って、そんなに速くない……?

 

 

「……いかん、なんか常識がバグってる気がする」

「さっきから一人でなにをぶつぶつ言ってるの貴方?」

 

 

 シャナから呆れ顔を向けられてしまうが、仕方ないのである。

 現実的で無いものを現実的な尺度で考えようとすると、大体どっかで狂いが出るものなのだから。……え、違う?*7

 

 ともあれ、まさかウマ娘が遅い、などというどっかから顰蹙を買いそうな結論に至るのは宜しくない。

 なので、ちょっと考え方を変えてみようと思う。

 

 競走馬というのは、基本的に年間五回から十回ほどしかレースには出馬しない。

 それは何故かと言うと、さっきも言った通り全速力を出せる時間が決まっていること、そうして全速力を出したなら休ませる必要があること、などの理由がある。

 要するに、本来の『馬』と言うものは、そんなに長く・多く走ることができない生き物なのである。

 無論、全速力じゃないのならその限りではないが。

 

 対し、人間はどうか。

 全速力で走ったとしても、次の日ならまだしも、次の月にまで疲れが響く……というようなことはないはずだ。

 場合によっては、次の日からまた走るための練習に戻る……というような人も少なくないはず。

 要するに、長距離を走る持久力とは、短距離を多く走るためのものとしても機能している、ということだ。

 

 で、ウマ娘について。

 アニメなどで彼女達の走る速度が実際の馬と同じくらい、というのは既に描写されている。

 それと、走り終わったあとのウイニングライブについても、同じように描写がある。*8

 このウイニングライブ、なんとレース終了後の夕方から行われている。

 本来の馬なら、そんなことしてる間があったら帰って休ませろ、と言われそうな感じの、わりととんでもない行為だ。

 何故って?ライブの消費カロリーが、場合によってはレースそのものの消費カロリーと同じか、上回る可能性があるからである。

 

 これは成人男性での話だけれど、三十分のジョギングで消費するカロリーが二百キロ前後、それと二分間の全力疾走が同じくらいの消費カロリーだとされている。

 競走馬が走る時間は、一レースにつき一分から三分の間ほど。ウマ娘も大体同じくらい走っているので、低く見積もると同じ二百キロくらい消費していることになる。

 

 それで、ライブでの消費カロリーについてだけど。

 単純に計算し辛いのだが、歌って踊る必要のあるライブは、その動きの激しさ・歌唱の仕方によっては、一曲で二百キロを越えることもある、らしい。

 

 まぁ、この辺りの計算はかなりガバっているので、もう少し真面目に計算すると違う結果になるかもしれないが。

 ここで重要なのは、全体の消費カロリーではない。『ウマ娘が、普通の人間と同じように持久力を得ている』ということが、一番重要なのだ。

 

 走った後に間を置かず、更に走るのに等しい運動を行える余裕があるということは、即ち彼女達が人間と同じように、長距離走に耐えうるだけの持久力を得ている、と言うことに相違ないと言えるわけで。

 それは翻って、短距離走を多数行えるだけの余裕がある、という風にも言い換えられるわけである。

 

 ──つまり、現在我々が見ている彼女達の全力疾走は序の口、更に鍛え上げることによって、クーフーリンの時速二百キロを優に越す速力を得られる可能性は、十分にあるということなのだよ!*9

 

 ……自分で言っておいてなんだけど、これってウマ娘の話だったっけ?

 なんでこんなに真面目にウマ娘の考察してるんだっけ?

 

 

「それは、私のトレーナーをやってくれる……という意思表示なのではないか?」

「……いきなり近寄ってくるの止めない?」

 

 

 まぁ、こうしてなりきり郷現状唯一のウマ娘、オグリキャップが寂しくないように、みたいなものもなくはないのかもしれない。

 ……というか、居たのね貴方。

 この前一緒にいた孫君が観客席にいる以上、あり得ない話ではないのだろうけども。

 え、知ってて語ってたんじゃないのかって?……どうだろうねぇ?

 

 

「とりあえず、あれだ。──私が勝ったらトレーナーになって欲しい」

「なんでこの子までバトルジャンキーみたいなこと言ってるの?!やだよ師匠とかガラじゃないもん!」

『おっとキーア選手、早速の先行です!これはまたもや一位確定かーっ!?』

「なるほど。───負けない」

「……火が着いたわね、私達はほどほどに走りましょ、マシュ。……マシュ?」

「せ、せんぱいは、渡しませーんっ!!」

 

 

 なし崩し的に始まったフルマラソンは、結局皆が皆全力で走るはめになり、結果としてトップ組は二十分代とかいうわけのわからない記録を出していたそうな。

 トップ?……聞かないで頂きたい。

 

 

*1
とあるテレビ局が、丸一日ゲストを走らせているもの。ゴール直前でお決まりの曲が流れるため、ほぼ様式美

*2
フルマラソンの距離を越える時間を走る場合、全てウルトラマラソン、などというそうな。24時間走り続けるという、ちょっと正気を疑うような形式のモノも含む

*3
馬の体に影響が少なく、ほぼ一日中(実際には休憩を挟むので十時間ほどでしかないが)走っていられる速度である常足(なみあし)は、大体時速5kmほど。24時間走の世界記録保持者であるギリシャのヤニス・クーロス氏の記録は303.506km(時速換算でおよそ12.65km)。馬が同様の速度を出す(=速歩(はやあし))場合は一時間程度で休ませる必要があるとのことなので、人間の長距離走適正には舌を巻く、という気持ちも分からなくはないだろう

*4
モンゴルの祭である『ナーダム』では、6歳以上の成馬を30kmほど走らせる競技があるが、実際にゴール到達後・もしくは前に死んでしまう馬もいるそうな。また、モンゴル競馬は騎手の年齢も若く(6~12歳)、落馬して騎手が命を落とす場合もある

*5
前述した通り、フルマラソンの世界記録は二時間を切っている。正確には世界記録保持者が持つ非公式のベストレコードが二時間切り、ではあるが。正式な世界記録の方を時速換算すると、大体20kmほどとなる

*6
皆大好き?『空想科学読本』作者である空想科学研究所の柳田理科雄氏が、AbemaTV開局三周年記念に作成されたCMで算出した数値。「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』I.presage flower」の一場面、『トレーラーを追い抜くランサー』の描写から計算されたもので、そこでは時速194kmとされていた

*7
『空想科学読本』系のお約束。現実の尺度で考えると、アニメや漫画の描写は大体無茶苦茶なものになる……というのは、ある意味仕方のない話

*8
『ウマ娘』において、馬券が存在しないために生まれたらしき、ファンへの返礼。ゲーム的には、一着から三着までの『ウマ娘』達を中心として、レースを見に来てくれた観客達に向けて行うライブ。レースの結果によってセンターが変わるという仕様上、ゲーム的には単なるご褒美演出だが、作中の行事として考えるとわりとハードなものと言える。『ウイニングライブをおろそかにするなど言語道断、学園の恥』などという台詞まで存在するため、結果としてウマ娘とは『走って歌って踊れる』ことが一流の証になるようだ

*9
人間が全力疾走できるのは、数十秒程度。人間と同じように、長距離走に耐えうる身体構造をウマ娘がしていると仮定するなら、その数倍の時間走っていられるということになり、本当の意味での全力疾走には足りていない、ということになるのかもしれない……という仮定から。仮にこれが正しいのなら、ウマ娘のレースでの時速60kmは、人間での時速10kmから20kmほど同一となり、人類最速であるウサイン・ボルト氏のトップスピード・およそ45kmと同じように鍛え上げられると仮定すると、2から4倍速くなることになって、その場合は時速120kmから280kmほどが、彼女達の全力疾走となる。新幹線の時速が320kmなので、もしかしたらウマ娘のトップスピードもそれくらいになる可能性も?……無論、かなりのガバ計算なので悪しからず



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八章 白馬を駆る王は天を舞う
消えた妖精、消えぬ理想郷


「マーリン?どこに行ったんですかマーリン?」

「……うーん、居ないねぇ、マーリン」

 

 

 ゆかりんルームの中を、あっちもそっちもこっちも探してみたけれど、お騒がせな夢魔の姿はどこにもない。

 ……本来の彼と違って小さいから、どこか分かりにくい場所に隠れているのでは?

 なんてことを思いながら、菓子箱の中とか観葉植物の裏側とか、色んなところを探してみたけれど見付からない。

 

 これは……、幻術で隠れたとか?

 

 

「そこまでして隠れる理由がわからないのですが?」

「だよねぇ……。わざわざ幻術まで使っていなくなるとか、なんか(やま)しいことでも……」

「……?キーアさん?どうされましたか?」

 

 

 アルトリアの言葉に、マーリンが隠れる理由があるのかを少し考えて……うん、あるじゃんマーリンが逃げる理由、と思い至る。

 そうだよあの男、今回の逆憑依に関しては、誰よりも真相に近いところに居る人じゃん!

 すっごい最初の方から、こっちに干渉までしてた確信犯じゃん!!

 

 徐々に強張り始めた私の顔を見て、アルトリアが小首を傾げている。……大変可愛らしいとは思うのだけれど、それに癒されている場合ではない。

 

 

「マーリンの馬鹿者はどこだー!!」

「理想郷への道を、開きっぱなしにしてるやつを探しに行きました!」*1

「え、え、え?」

 

 

 思わず部長になる私と、それに合わせて返事をしてくれるゆかりん。

 私達の染み付いたネタ根性によるやり取りを見ていたアルトリアは、大層困惑していたのでした。

 

 

 

 

 

 

「……ダメだ、あちこち探してみたけどどこにも居やしない」

「こういう時、気配を感じるなどの探知技能があれば良かったのですが……」

「シャナに『審判』で見て貰うにしても、大まかな位置もわかんないんじゃあねぇ……」

 

 

 数時間後、一度解散して郷の内部を手分けして捜索した私達は、再びゆかりんルームに集合していた。……のだけど、結果は芳しくないというのは、集まってきたみんなの顔を見ればよくわかる。

 

 マシュから気配察知持ちについての声が上がったので、知り合いの探知技能持ちを思い出してみたのだけれど……うーん、シャナは確かに凄い探知技能を持っているけど、全体俯瞰型ではなく隠蔽看破型というのが近いので、今回みたいに探索規模がとにかく広い場合には、あんまり役には立たないだろう。

 ……どこかから抗議の言葉が飛んできた気がする。

 いやなフラグが立った感じがするけど、とりあえず今は放置。*2

 

 というかそもそもの話、探知技能云々のことを言うならば、今探しているマーリンこそ、現状最高峰の探知技能持ちになる。

 彼の持つ千里眼は、現在であればそれがどこであれ、その場に居るかのように見ることができるというもの。

 世界を一枚の織物のように見ているとされる彼は、その言葉の通りに万象を見通しているとされ、それゆえに閉ざされた理想郷から、あれこれと干渉をしている……と。

 

 ……よくよく考えたら、口では大したことはできないと言いつつ、塔の中に居ながらあれこれやりすぎじゃないかマーリン?

 本気で閉じ込められてた、百万人の方のマーリンとかと比べると、自由に動きすぎじゃないかこいつ?*3

 

 いやまぁ、基本的にはハッピーエンドを求める性格をしているから、ある程度許されているんだろうけど。

 ……でも未来は見ることができないので、時期によっては今のマーリンより遥かにろくでなし、ということもあるのだろうが。

 ソシャゲでの彼って、言ってしまえば反省後……というわけなのだし。

 

 ……話を戻すと、要するにかくれんぼをさせると、マーリンに勝つのは不可能に近い。

 

 隠れているのなら、鬼の様子を千里眼で確認しながら見付からない位置に逃げられるし。

 鬼になったのなら、同じ要領で隠れている者達を見付けていくだけで勝ててしまう。

 それを見越して数で攻めるなどの策を弄しても、今度は彼の幻術の腕前が高過ぎる、という部分に引っ掛かる。

 彼の幻術は、世界を騙すもの。

 ……要するに、世界に対して干渉できるレベルであるため、『騙されない』のは不可能に近いのである。

 

 一応、あくまで幻術なので、それによって相手を打倒することはできない、という弱点はあるが。

 ……かくれんぼのような、相手を打倒することを目的としていない状況の場合、文字通り手の付けられない相手となるわけである。

 

 

「……うーん、人海戦術が実質無意味、というのがねぇ」

「そもそもこのなりきり郷、広すぎではないでしょうか?!」

「え、あー、うん。……地下千階とかあるしねぇ」

 

 

 頭痛を抑えるように額に手を置いているゆかりんと、思わずといった風に声をあげるアルトリア。

 あー、うん。確かに、このなりきり郷は、表に出ている部分は普通のオフィスビルである(中身はともかく)。

 だがしかし、内部は現行科学の範疇から飛び出した、摩訶不思議な技術の結集せし魔境。

 一つの階層に、一つの世界を内包しているかのごとき場所まで存在する……というのだから、なんというか感嘆の声を漏らす他ない。

 ……そのせいで現在苦しんでいる、とも言えるわけだけどね!

 

 

「そもそもに隠れられる場所多過ぎ問題……」

「聞き分けのいい人ならいいけど、ここって聞き分けの悪い人もいるしねぇ。……向こう(マーリン)は幻術で通り放題なのに、こっちは確認を取らないと通れない場所もあるんだから、正直端から負け戦といえば負け戦よねぇ……」

 

 

 ゆかりんの言葉に、ため息を吐く。

 ……いつかどこかで話した気がするけれど、ここには一つの階層(世界)を自身の縄張りとしているような、存在規模がヤバい人達が居るわけで。

 逆憑依の仕様上、再現力は無いに等しいのだから、大したことにはならないはずなのだけれど。……ラスボスとか裏ボスとか、そういうものに関しては話が別。

 元々の最大値が高いせいで、再現度が一割にも満たずとも、戦力的にはわりと無茶苦茶な域になっている……みたいなモノが、それなりに存在するのである。

 

 ちょっと前にあさひになってた、ミラさんことミラルーツなんかが良い例。

 さすがにあの白いドレスの少女状態が強い……なんてことはないようだが、本体であるルーツの龍体の方は、そもそもでかくて凄いのである。

 マシュに任せれば対処はできるだろうけど、逆に言うと()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 ……再現度による戦力低下がなければ、わりと真面目になりきり郷は滅んでいただろう。

 

 救いがあるとすれば、再現度的に元の人間の意識が強く残り、結果として穏やかな気性の者が多いということだが……。

 それでもまぁ、龍やら鬼やら神やらだと、そもそもの気位の高さもあまり変わらないので、結果として階層一つを縄張りにしておかないと、他の者との不要なトラブルを起こしかねない……という問題があったりして、付き合いやすさはあんまり変わらない、というのが一般的ななりきり組からの感想だったりするのであった。

 

 ……なお、こういう『単体戦力がそもそもに高すぎる』類いのなりきりは、原則郷の中に突然現れるタイプのものがほとんどである。

 昔の戦闘組は主にその探索を行っていたらしく、その当時ならダンまちみたいな空気ゆえに、ヘスティア様もベル君ないし代わりになるような冒険者を見付けられたんじゃないか、なんて話もあったのだが。

 当のヘスティア様は「いや、まぁ。……今の生活も別に嫌いなわけじゃないし、さ」なんて風に言っていた、とライネスから聞いたことがあったりする。

 ……なんというか、ままならないものだねぇ。

 

 で、話を戻して。

 いわゆるモンスター系のなりきりは、色々な問題から自分の縄張りを持ち合わせていることがほとんどであり。

 そして、それが()()()()()()以上、他者を招き入れるようなことはほとんどない。

 前回のミラさんなんかは、こっちの成したことによる特例……みたいなものだ。

 

 なので、基本的に私達は、彼等彼女等の縄張りには立ち入ることはできない。

 対してマーリンは、その技能ゆえに相手に見付からずにこっそりと、縄張り内に侵入することができるのである。……なんなら幻術無し、千里眼のみの状態で。

 その一番の理由が、今のマーリンが妖精になっている……ということにある。

 

 妖精とは、自然の化身である。

 ……要するに、龍などの超越者の目から見ると、そこらに生えている草木なのか、はたまた息を潜めているマーリンなのか。

 その区別が、パッと見では付けられなくなっているのである。

 

 超越者とは、文字通り()()()()のこと。

 ……小さいもの、どこにでもあるもの───即ち自然そのものでもある妖精を、彼等は意識して見なければ気付けないのだ。

 ……まぁ雑に言ってしまえば、ドラゴンにはフェアリーがばつぐん、ということである。*4

 

 なので、彼等のお膝元に逃げ込まれると、そもそもに彼等を説き伏せるのに一つ、更にマーリンが居ることを確認させるために一つと言った感じに、確認すべきこと・及びその難易度が跳ね上がるのである。

 ……なにがあれって、そこまでやっても逃げられる可能性が高い、というのがね。

 そもそも本当にそこにいるのかもわからないので、端から探索自体が無意味な場合もあり得るわけで。

 

 

「……今度見つけたら、なんか目印とか付けとこう。外せないやつ」

「うーん、マーリンはそんなに凄いことはできない、と自分で言っていたはずなのですが……?」

 

 

 どうにかして見付け出したのなら、今度はこんな手間をかけさせないように、どうにかして外せないものを付けてやる……。

 と、決心する私の横で、腕を組んでむむむ、と唸るアルトリア。……そういえば、そんなこと言ってたような?

 

 とはいえマーリンの言である。……信憑性とか地の底なのでは?と思わなくもないのだが、アルトリア的には違う様子。

 

 

「今を見通す目はあるけれど、そこに伸ばせる手段がない……というようなことを、彼はよく口走っていましたから」

「ふぅむ?……でもなぁ、()()()()マーリンと同一なら、なんにもできないってのも……てのも……」

「……つい先程似たような場面を見たような気がするのですが……どうしましたか、キーアさん?」

 

 

 あー、なるほど。……なるほど?

 微妙な既視感は無視しつつ、改めて考えてみる。

 ……マーリンは、理想郷に閉じ込められたがゆえに、そこから出ること叶わず、死という因果に追い付かれない身となった。

 だったら外に出たら死ぬのでは?というような感が無くもないけど……そもそもの話、原作のマーリンは召喚された()()をしているのである。

 ……つまり、もしかして。

 

 

「……マーリン、二人居るんじゃ?」

「…………は?」

 

 

 あり得る可能性に思い至り呟かれた私の言葉に、皆が困惑の声をあげるのだった。

 

 

*1
プロト()マーリンの宝具『久遠に開かれた理想郷(ホープ・オブ・アヴァロン)』のこと。男マーリンの宝具が『永久に閉ざされし理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』なので、並行世界の同一存在なのに、絶対噛み合いそうにないのがよく分かる

*2
時系列的に、七章幕間はこの話の後になる

*3
『ミリオンアーサー』シリーズのマーリン。ここでは初代にあたる『拡散性ミリオンアーサー』に登場した、老魔術師のことを指す。あれこれと暗躍した結果、27万9001年の間幽閉される羽目になった。なお、『ミリオンアーサー』シリーズではクローン技術が発達しており、彼自身をクローニングした騎士と呼ばれる個体が、戦力として運用されていたりする(劣化コピーにあたるため、大したことはできないらしいが)

*4
『ポケットモンスター』シリーズの相性。フェアリータイプにドラゴン技は無効、反対にドラゴンタイプにフェアリー技は効果抜群である



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花の魔術師に関する考察

「マーリンが、二人?」

「あ、それは流石にアルトリアも嫌なんだね」

「……えと、もしかして顔に出ていましたか?」

 

 

 私が発した言葉が、皆に浸透しただろうなー、と確信できるくらいの時間……三分ほどが経過して。

 ちょっと眉根の寄ったアルトリアの様子に、わりと懐いている感じのある彼女でも、マーリンが二人居る……というのはちょっとダメなのだなーということを感じ取る私。

 

 ……そうなると、本来のアルトリアとここの彼女、どっちがマーリンに対して優しいのだろう?

 一応、原作の彼女は「マーリンに恋をしていたのかもしれない」なんてことを言ったことがあるらしいけど。*1……んなわけあるか、って感じにマーリンの方が傷付いたみたいなので、あれはあれで酷い対応なのかもしれない。*2

 

 ともあれ、親しき仲にも礼儀あり。

 その辺りわりと雑な雰囲気のあるマーリンなので、そんな彼と一番長く付き合っているアルトリアとしては、色々と鬱憤とかを抱えている……ということなのかもしれない。

 

 ……まぁ、アルトリアがマーリンをどう思っているか、というのは今はちょっと置いておいて、マーリンが二人居る発言について、幾つか深掘りをしていこう。

 

 マーリンがソシャゲ──『fate/grand_order』では召喚されたふりをしている、というのは彼のことを調べればすぐに行き当たる情報である。

 

 本来の彼は理想郷に閉じ込められた……もとい、自分から閉じ籠っている。それは彼が、自分がしたことに対して、深く反省したからなのだが……。

 それはそれとして、彼は悲しい終わりを嫌う者でもある。

 ハッピーエンドを求める彼は、ソシャゲの主人公(藤丸立香)の力になるために、とある技能を獲得した。それが、

 

 

「──『単独顕現』*3。本来()でなければ持ち得ないとされるそれを、彼は自力で獲得して、主人公達の力になるために駆け付けた。……フォウ君と成り立ちとしては同一、みたいな話があったような気がする*4し、わりとマーリンそのものも厄物なんだなーって感じがするけど、まぁそこは置いといて。……その『単独顕現』が()()なんだよね」

「……?私は私の知るマーリンのことしか知りませんので、よくわからないのですが……その、たんどく、けんげん?があることが、先のあなたの言葉とどう繋がるのでしょう?」

 

 

 よくわからない、とばかりに首を傾げるアルトリア。

 まぁ待って頂戴な、順に説明していくから……と声を返して、皆をテーブルの方に誘導する。……それなりに長い話になりそうなので、ジェレミアさんに飲み物の準備を頼みつつ。

 

 

「さて、『単独顕現』って言うのは、()()で顕現する技能なわけで、ある意味ではこの技能を持っている者の、存在の絶対性を示すものでもあるわけだ」

「……既にどの時空にも存在している……という因果を持つがゆえに、タイムパラドックス──発生要因を潰すと言うようなやり方や即死攻撃は受け付けず、特異点や異聞帯のような条理の外にある場所ですら、条件さえ揃えば顕現しうる……そういう、とても恐ろしい技能だと耳にした覚えがあります」

 

 

 私の言葉に、恐らくはこの中では一番()と関わりがあるであろう、彼女(マシュ)の記憶を持つマシュ()が相槌を入れてくる。

 彼女の言う通り、『単独行動』のウルトラ上位版……などと説明される『単独顕現』は、その実『単独行動』とは比べ物にならない厄物であることを感じさせる、実にやばげなスキルである。

 

 既にどこの時空にも存在している……というのを聞いて、TRPGプレイヤーならあるトリックスター……水着のBBちゃんと意気投合したという邪神、ナイアルラトホテップを思い出したかもしれない。*5

 かの邪神……もとい旧支配者・ないし外なる神は、矛盾にまみれた無貌の神、千の顔持つ暗躍者としてよく知られている。

 そんな彼?の特徴の一つに、あらゆる次元、空間に同時に存在する、というものがある。

 ……『単独顕現』の説明文に、よく似ていると思わないだろうか?

 

 ともあれ、ここで言いたかったのは二つほど。

 『単独顕現』は、()()()()()()()()()ということを示すものであるということと。

 かの邪神のように、複数同時に存在する可能性がある……ということだ。

 

 『単独顕現』は、いわば種である。

 これを持つものは、あらゆる世界に自身が存在するという可能性をばら蒔く。……発芽条件が整えば、()として顕現する(芽吹く)

 これは、実際に()として現れて居なくとも、その前兆自体はどこにでもある……ということを示す。

 二つの世界の殺生院キアラや、魔神柱として覚醒しなかったレフ教授や臓硯などが良い例だろう。

 

 そしてそれがそのまま、彼等の存在が複数同時に存在する、という可能性を示している。

 ……正確には、()()()()()()ではなく、複数の世界に跨がってのことではあるが。

 

 回りくどかったけど結論。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ。

 

 

「……?言っていることが、よくわからないのですが……」

「『単独顕現』は、既にどの時空にも存在していることを示すもの。……()そのものでなくとも、そのスキルを得ているマーリンもまた、その法則には従っているはず……スキルとして獲得できてるんだからね。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 マーリンが『単独顕現』を使ってまで召喚されたふりをしているのは、極論を言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()、である。

 要するに、彼は『理想郷の自分』を座のように扱って、そこから『単独顕現』で自分の分身を送り込んでいるのである。

 その事実と、『単独顕現』のスキル説明を結び付けると、ある事実が見えてくる。

 ……要するに、マーリンは()()()()()()()のである、『単独顕現』を覚えられている以上は。

 

 理想郷(アヴァロン)は、あらゆる世界から隔絶された、星の内海に存在する場所である。

 それはつまり、逆説的に言えばどこにも繋がっていない理想郷は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という風に見ることもできる。

 

 それこそ座と同じである。

 どの世界に対しても触れていないというのは、ある種全ての世界に触れているのと等しく、ゆえに理想郷は一つきりでも、それを観測しようとする世界の目は無数となる。

 大雑把に言ってしまえば、マーリンを知っているのなら、その世界にマーリンは居ると()()()()()のである。

 どこで観測しても同じマーリンしか見えないけれど、それを他の世界に伝えることは叶わない以上、『自分の世界に彼が居る』ということしか確定しないのだから。

 

 

「つまり、本来マーリンは並行世界を含めたとしても一人きりしか居ないんだけど、彼がいる場所がどこでもない場所・アヴァロンであるせいで、マーリンに触れるのなら『理想郷のマーリン』が自動的に選ばれてしまう。結果として、どの世界に置いてもマーリンと言えば『理想郷のマーリン』になり、『理想郷のマーリンはどこからでも観測できる』、即ち『マーリンはどこにでもいる』ということになるってわけ」

「……????」

「……アルトリアちゃん、完全に混乱してるけど?」

「あっるぇー?!」

 

 

 ……うーむ、渾身の説明だと思ったのだけれど、返ってきたのは困惑しきった表情のアルトリアの様子。

 

 いやでも、マーリンが『単独顕現』を獲得できた理由、多分そんなに間違ってないと思うんだよ。

 無論、()の幼体であるフォウ君と近しいモノである、というのも理由なのだろうけれど、『どこにでもいる』などという言葉とは、本来結びつかないはずのマーリンが『単独顕現』を覚えられる理由を探すとなると、『理想郷』の特異性に目を向けるより他ないのだ。

 

 表層の歴史に寄り添いながら、その実それらと関わりのない異郷。……『視る』という行為が、間接的ながら『関わりを持つ』モノである以上、そこから世界を見守るマーリンというのは、矛盾してしまう存在となりうる。

 それが矛盾していないというのなら、そこにはやはり『過ぎたるは猶及ばざるが如し』、即ち極値の逆転を疑うしかない。*6

 

 全てを愛しているものは、()()()()()()()()がために、なにも愛していないのと変わらない……という話を聞いたことはないだろうか?*7

 極端な状況・値というものは、時として反対の結果を示すことがある……というものだ。

 

 それを先の状況に当てはめると、なににも繋がっていないということは、即ち『どこからも繋がっていない』という結果が、()()()()()()()()()()()()()と言い換えられる。

 あとは簡単、どこも繋がっていないのが普通なのだから、()()()()()()()()()()()()としてしまえばよい。

 実際がどうであれ、言い張れてしまうのならどうにかなる……というのは、創作の基本みたいなものだ。

 

 こうして、『繋がっていない』という繋がりを全ての世界に持つ理想郷は、『そこから全ての場所を見通せる』場所となる。

 ……マーリンの解説において、実は『現在の全てを見通す』としか書かれていないことを知っていると、彼が『並行世界』のことを知っていることを疑問に思うことがあるかもしれないが。

 それが『理想郷が並行世界に繋がっている』せいだとするなら、ある程度説得力がでなくもない、かもしれない。

 

 閑話休題。

 要するに、理想郷の性質が座に近いもの──時間と空間の縛りに囚われないものだとするなら、『理想郷に居るマーリン』は死なず、どこからでも観測できる(最初から居る)以上、『理想郷に()()()マーリン』は、どのタイミングでも必ず二人目になる、ということになる。

 

 長くなったけど、マーリン二人説はつまりそういうこと。

 一人目が常に()()のだから、それ以外は『単独顕現』などで増えた二人目なのである(ゲーム内で呼べるマーリンも含む)。

 

 

「……よくわかんないなら、あのマーリンには親が居る、とでも思っとけばいいよ」

「お、親?お父さんということでしょうか?」

「すっごい結論に着陸した感」

 

 

 ……ゆかりんうるさい。

 ちょっと私の語彙力では、これ以上簡潔に纏められないから、あとでマシュに手伝って貰って纏め直すからいいの。

 ……それとは別に、親マーリン子マーリン概念は確かに草生えそう。

 

 

「……それで、マーリン殿が二人居ると、なにが起きるのでしょう?」

「胡散臭さが二倍……というのは置いといて。要するに、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ジェレミアさんからの質問に返した、私の言葉。

 ……みんなまださっきの説明が頭に残っているのか、ちょっと困惑しているけれど、そんなに難しい話ではない。

 マーリンの千里眼は、『現在を見通すもの』である。

 どこでもなく何時でもない理想郷は、さっきの理論を持ち出すなら『現在だと言い張れる』。つまり……。

 

 

「子マーリンが『理想郷』を()れれば、親マーリンが()たものをジェスチャーなりなんなりで伝えることで、擬似的に千里眼のランクを上げられるってこと。……【複合憑依】とか【継ぎ接ぎ】とかみたいな迂遠な方法じゃなく、正真正銘の本物が手伝ってくれる、っていう形でね」

「……マジで言ってる?」

「大真面目よ大真面目。……『理想郷』のあやふやさが、第四の壁を越えるものなら、って言う注釈はつくけど……今のこの世界の不安定さなら、普通にあり得る話でしょうね」

 

 

 ゆかりんの言葉に、深く頷く私。

 ……最高位の千里眼を持つ者同士は、お互いの存在を関知することができるという。

 視られているということが、即ち繋がりを作るものであるというのなら。親マーリンが子マーリンを視たことは、恐らく伝わるはず。

 あとはその視線をたどれば、自ずと理想郷は見えてくるだろう。……親子マーリンタッグの完成である。

 

 恐らくはハッピーエンドのための行動なのだろうが、その言葉から想像されるビジュアルに、思わず渋い顔をしてしまう私達なのであった。

 

 

*1
『Fate/stay_night[Unlimited Blade Works]』Blu-ray box上巻の特典である小説『garden of Avalon』より。同名のドラマCDも存在するが、一部内容がカットされている。解説の該当部分は四章「船出」、アルトリアがマーリンと別れる時に告げた台詞。「もしかしたら私は貴方に恋をしていたのかもしれません」というその言葉は、人の心がわからないと言われた王が、男女の恋愛を知らない少女が、ただ『異性に対しての最大の親愛の表現』と伝え聞いたからこそ、ポロリと零した言葉

*2
アルトリアに取って偉大な師であるマーリン。しかし、彼は人を見る(愛す)ことのできない、非人間であった。──ただの少女が、国のために、人のために、普通の人間なら絶対に選ばないような、自己犠牲を選び続ける様を、そうしてその道を選ばせた自分に、憎むでもなく感謝の言葉を向けてくるまでは。ハッピーエンドがいいと言う彼が、バッドエンドに突き進む少女に──そう進ませてしまった少女に感謝されるなど、どれほどの衝撃であったのだろうか

*3
『fate/grand_order』より。ビーストと呼ばれる特殊クラスのみが持ち得るスキル。あらゆる世界に既に存在するあり方を示すものであり、このスキルを持つものは時間遡行などによるタイムパラドックスや即死攻撃を受け付けず、人理焼却や人理編纂の影響も受け付けない。また、英霊は本来呼ばれなければ召喚されることはなく、無理矢理現世に顕現すると、その英霊の善悪に関わらず高速で霊基が崩壊し、やがて消滅するが、このスキルを持つものはその法則を無視することができる。即ち、召喚者を必要とせずに(単独で)顕現できるのである

*4
マーリンのバレンタインイベント参照

*5
クトゥルフ神話より。ニャルラトホテプとも。人間には正確に発言できないとされるため、表記揺れが非常に多い。下で『旧支配者(グレートオールドワン)』とか『外なる神(アウターゴッド)』とか述べているが、これは元々『外なる神』がヨグ=ソトースのみを指す言葉だったため。なので、どちらもある意味間違いではない……が、基本的にはナイアルラトホテップは『外なる神』だとするのが普通である

*6
古代中国の思想家・孔子の教えを記した書である『論語』の一文、『子曰、過猶不及』を語源とする言葉。『やり過ぎるのは足りないのと同じくらいよくない。何事も中庸が肝心である』というような意味

*7
相対評価的な考え方。愛がもし数値化できるとして、全ての人に100の愛を注ぐとする。愛情の最大値がもし100だとするのなら、これは確かに全てを愛していると言えるが、同時にそこに差はないとも言える。『他より愛されている』ことを『愛』と呼ぶ場合、全ての人に100の愛を注ぐやり方は、全ての人を愛さない(=全員に0の愛を与える)のと、『他者との差』という面では変わらない、とも言える



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王に必要なもの、少女に必要なもの

「マーリンについては、もうどうしようもないとして……これからどうする?」

 

 

 長々とした考察の結果、今の何処かに隠れてしまったマーリンを、こっちからどうにかしようと言うのは不可能……というのがわかったわけなのだけど。

 ……そうなると、これからどうすればいいのだろう?という疑問が浮かび上がってくる。

 

 これから先、こっちがなにかしらの選択をする時、間違いを選ばないようにフォローとかをしてくれる……のは恐らく確かなのだろうけど。

 逆にいうと、彼等はこちらが()()()()()()そのものに対しては、関わる気がないということでもあるわけで。

 

 ……うん、端的に言うと判断とかの諸々の面倒臭い部分を、こちらに丸投げしやがったのである、あのマーリン共は。

 というようなことを告げると、置いていかれた当人であるアルトリアからは、こんな反応が返ってきた。

 

 

「なんだ、それならいつも通りですね!」

「そっかーいつも通りかーはははー」

「せ、せんぱいのお顔が!まるで『嫌いなものを聞かれた時のオベロンさん』のように、禍々しい笑顔に変わってしまいました!?」

 

 

 ははは、物語の消費者共めが、○すぞ。*1

 ……的な怒りにより、思わず笑みが浮かんで来てしまう今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?*2

 私はまさに怒髪天を衝く、もしくは俺の怒りが有頂天、といった様相でございます。*3

 ……どうでもいいけど、三臨オベロンの影の掛かった笑み、あれこそ暗黒微笑のお手本……みたいなところあるよね。

 

 とまぁ、冗談のような本気のような、そんな戯言(たわごと)は置いといて。

 

 なりきりの方のマーリンも、本家に負けず劣らずのグランドろくでなしである……というのは、彼と一番付き合いの長いアルトリアの言から、ほぼ間違いなさそうである。

 なんなら種族が妖精になっているので、余計にろくでなし度が上がってそう……とか思ってしまうのは、あー、うん。……六章クリア勢なら仕方ない感想、だよね?*4

 

 別に妖精について詳しいわけでもないので、(さか)しらには語れないのだけれど。

 西欧の妖精は日本で言う妖怪……すなわち、()()()()()()()善悪を定めるような性質を持ちあわせない存在、である。

 簡単に言ってしまえば、創作によくある『人を導くモノ』のような善い妖精というのは、あくまで()()()()()善い妖精なのであって、他の妖精の善性までを同時に肯定するものではない……ということだ。

 

 人にはよくある勘違いというか、一を知って十を知ったような気になっているというか、まぁ言い方はあれだけど()()()()()()のあれの一種、というか。

 妖精の中でも特に有名なのが、ティンカーベル*5やナヴィ*6といった『善い妖精』ばかりなので、一般層には『妖精』という種族全体が、善性の生き物だと思われているような節がある。

 

 ……先述した通り、本来『妖精』というカテゴリーは日本で言う『妖怪』に相当し、近年殊更に嫌われている『ゴブリン』なんかも含まれているし、そもそも『悪戯』なんて可愛らしい言葉で片付けられるような所業で済んでいない、凶悪過ぎる妖精も存在している。*7

 元々ゴブリンの中でも『ホブゴブリン』は、いわゆる『善い』ゴブリンだったりしたそうだし、印象だけで語ることほど恐ろしいこともない、という感じなわけだけども。

 それでもまぁ、世の中の『妖精』というものに対しての無条件な信頼とかについて、改めるべきなんじゃないかなー、なんてことを思わなくもなかったりする私なのでありました。

 

 ……妖精云々はまぁ、これくらいにしておいて。

 妖精マーリンが、例えグランドろくでなしの二乗だとしても、そもそもの『ハッピーエンドを好む』性質が、殊更に変わるわけでもない。

 実は【複合憑依】だったり【継ぎ接ぎ】だったり……というようなことが起きない限り、そこは信頼してもいい部分と言えるだろう。

 

 なので、マーリンについてはとりあえず、放置してしまうのが正解だと言えるだろう。

 原則的にバッドエンドに繋がるような、ダメな行動をマーリンが進んで選ぶことはないはずなので、今の『居なくなった』という状況も、『そっちの方がいい』選択だから……と認識しておくのが、互いの精神衛生上宜しい。

 

 

「なので、話は振り出しに戻る……と」

「うーん、結局はアルトリアちゃんを私達に預けたかった、ということなのでしょうけど。……なに、もしかしてアルトリア育成計画始動、みたいな感じなのこれ?」*8

「うわ古いぞゆかりん」

「うるさいわね、古いとかなんだとか、貴方には言われたくないわよっ」

 

 

 机に頬杖をついて、小さくため息を吐く。

 ゆかりんの言う通り、マーリンが裏方に回ったということは、いわゆる主役──表に立つべきなのは、一緒に付いてきたアルトリア……もといアンリエッタということになる。

 

 ではその彼女──主人公となるべき彼女は、生まれ故郷であるハルケギニアから遠く離れたこの地で、一体なにを思い、なにを為すべきなのか?*9

 ──それについては、マーリンが以前答えを口にしていた。そう、『あるべき姿に』成長せねばならない、という答えを。

 

 数多のアルトリアの集合体とでも言うべき存在として、アンリエッタという少女を核に生まれ落ちた少女。

 本来のあるべき姿をねじ曲げてまで、彼女が目指すべき最果て。それは恐らく、

 

 

「より完全な騎士王(アルトリア)となる……っていうのが、ここで考えられる答えとしては自然なもの、よね」

「だよねぇ……」

 

 

 最終的に悔恨を残してしまった、騎士王という存在のやり直し。それを答えと見るのが、現状では正しいと言えるのだろう。

 そしてそれゆえに、(マーリン)のやり方では失敗したからこそ、他の要因を試している……と。

 

 ……なんというか、異聞帯の王の作成手順みたいな雰囲気があるんだけど、これこのまま続けて大丈夫なんだよね?

 やめてよ?いきなり『実は貴方達の世界は行き止まりなのです』とか言い出さないでよ?

 ……みたいなこちらの心配を余所に、話は進んでいく。

 

 

「……よくわかりませんが、正しい道を選びたいとは思います」

「ええ。貴方がそう願うのなら、私達はそれを尊重致しますわ」

 

 

 胸元に手を置き、静かに告げるアルトリア(アンリエッタ)に、ゆかりんが頷きを返す。

 こうして、私達の新たなる日常が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、ちょっと大仰に語ってみたけれど……」

 

 

 テーブルの上に置かれていた紅茶に手を伸ばしつつ、一つ息を吐く。

 そうして大まかな方針が決まったところで、特になにか変化があるわけでもない。

 騎士王として成長を……とか言われても、そんなにすぐにすぐ成長できるわけでもないのだから、今できることなんて鍛練とか学習とか、そういう基礎的なものばかりなのである。

 なので、成長すべき当人ではない私としては、今すぐできるようなこともなく、所在なさげに紅茶に口を付けるほかないのであった。……紅茶美味しい(うめぇ!)

 

 

「んー、確かアルトリア・リリィって、世直しの旅的なものをしていた……って話だったわよね?」

「水戸黄門みたいな感じで諸国漫遊してた、とかどっかで言ってたね」

 

 

 そんな中、ゆかりんが聞いてきたのは、原作でのリリィの設定の話。

 

 本来の正史のアルトリア──いわゆる青王とは違い、リリィはマーリンとケイ卿をお供に、世直しの旅のようなものをしていたのだという。

 元々のアルトリアよりも、更にお人好し度の上がったリリィが、自らの未来予知レベルの直感によって人々の困り事を感知し。

 マーリンがあれこれと囃し立てて事態を大事にして、最後にケイ卿が問題児二人の尻拭いに奔走する羽目になる──。

 

 というような感じの珍道中が、彼等三人によって繰り広げられていたのだと言う。

 ……ここでその話がでてくるということは、つまり?という意味を込めて視線を向けると、ゆかりんは小さく頷いて二の句を告げた。

 

 

「そ。暫くはアルトリアちゃんと一緒に、郷の中での問題やら事件やらを解決していく……っていうのが、現状取れる選択肢としてはいい感じなんじゃないかしら?」

「ここに来てまさかのおつかいクエストとな?」

 

 

 告げられた言葉に、思わず真顔で返してしまう私。

 RPGとか小説とかの冒険者達のように、大小様々なクエストをこなしていき、実力を磨いていく……そんなファンタジックな日々が、ついに来てしまったというわけですな?

 ……え?今までもそういうのと似たようなことを、散々してきただろうですって?

 ゆかりん(王様)直々にクエストを頼まれるのは、特別感がまた別格なんですー。……それもやってただろうって?

 例え事実だとしても、言って良いことと悪いことがあるんやで……(震え声)

 

 

「……ん?だとすると、私は最終的に倒されなければならなかったりする?魔王的に」

「勇者の育成に協力的な魔王……みたいな役柄も、最近の創作には結構いるけど?」

「……あの、マシュさん?お二人はなにを仰っているのでしょう?」

「気にしないで下さいアルトリアさん、せんぱいと紫さんは、いつもこんな感じですので……」

 

 

 そうして欺瞞まみれの言い訳を脳内で繰り返す中、唐突に自分の役割が魔王であることを思いだす私。

 

 ……ふむ。この流れで行くと、最終的にアルトリアの前に立ち塞がって「世界を救いたくば儂の屍を越えて行けぇっ!!」とかなんとか、微妙に芝居染みた台詞を言わなければいけないのかなー、なんて心配する私と。

 

 最近の勇者と魔王は、単純な善悪じゃ括れないでしょ……というような言葉を返してくるゆかりん。

 ……一般区分的にはゆかりんも魔王側に振り分けられるキャラクターなので、なんとなーく必死さが見て取れなくもない感じである。

 罷り間違って討伐対象になりたくない、みたいな?

 

 まぁでも、さもありなん。

 ここのアルトリア、前回の居酒屋での騒動でも分かる通り、通常とオルタ、どちらの聖剣をも使うことができる素養を、既に示しているのである。

 本人の記憶がないみたいなので、実際に平時に使えるかはまた別の話なのであろうけども、最終的にはロンゴミニアド三本にエクスカリバー二本、エックスとクロスも更にドン……みたいな、やばばのやばみたいな存在が終着点……で済めばいいのだが。

 

 そもそも元ネタの元ネタであるアーサー王自体が、宝具として選ばれる可能性のある武具・防具を大量に持っているタイプの英雄なのである。

 ……真・究極完全態・アルトリア*10になることを願われている彼女が、単に水鉄砲二刀流みたいな感じに収まるわけがない、という妙な確信がある、というか。

 

 ……願わくば、優しい王さまになって欲しいなー、などと思ってしまう私なのであった。*11

 

 

 

 

 

 

「なるほど、これが『人バ一体』……私が目指すべき進化の形か」

「見てくださいキーアさん!私にも部下が一人できました!」

「……は?」

 

 

 そんな私の願いも空しく、ちょっと目を離した隙にアルトリアは新たなる可能性?に手を伸ばしていたのでした。

 …………なんでや!

 

 

*1
『fate/grand_order』のオベロンが嫌うもの。自身の作者であるシェイクスピアよりも嫌っている辺り、筋金入りである

*2
『シグルイ』に登場する言葉『笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である』から。実際、動物に人が笑みだと思うような表情をさせると、口の端に牙が覗く

*3
どちらも怒りを示す言葉。怒髪天の方は『史記―藺相如伝(りんしょうじょでん)』の説話の一つから。『怒りで髪が逆立ち、()()き上げた』という文が存在する。有頂天の方は、とある騎士の台詞。日本語としておかしいが、意味はなんとなく伝わる言葉(有頂天は仏教用語で、三界における最上位の天(非想非非想天)を指す。怒りが最高潮、みたいな感じだろう)

*4
FGO二部六章をクリアした者達は、皆揃って『この国クソでは?』と口にした、という話。基本的にマイナスに振り切った住人しか存在しなかったので、滅んでも仕方ないと思ったとかなんとか

*5
『ピーター・パン』に出てくる妖精。気が強くて焼きもち焼きだが、正義感も友を思う気持ちも強いタイプの妖精。実は金物修理の妖精なのだとか

*6
『ゼルダの伝説 時のオカリナ』に登場する妖精。見た目は青い光に羽が生えたようなもの。善い妖精かと言われると、ちょっとだけ疑問なのは、彼女がキャラクターとしては癖の少ないタイプだからだろうか?システムの関係上、英語圏では喧しいキャラクター扱いされているのだとか

*7
取り替え子(チェンジリング)』を行うのも妖精である

*8
『エヴァンゲリオン』シリーズのスピンオフ作品である『碇シンジ育成計画』というシミュレーションゲームのこと。タイトル通り、碇シンジを育成していくゲーム

*9
『何を思い、何を為すのか』。耳心地が良いために、とりあえず創作初心者が使いがちなフレーズ。あらすじにこの言葉が含まれていると、その時点で引き返す読者も居るくらいに地雷ワードなのだとか。無論、これを使いながらも面白い作品を書ける人は普通に存在する

*10
『遊☆戯☆王OCG』より、『究極完全態・グレート・モス』の名前から。作中の初登場時点で名前を『完全究極態・グレート・モス』と間違われていたりする

*11
『金色のガッシュ』において主人公のガッシュが目指すもの、もしくは『ギルティクラウン』の登場キャラクター、校条祭(めんじょうはれ)が死の間際に口にした絵本のこと



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白馬の王子様ならぬ、葦毛馬の王女様

「ええ……?」

 

 

 目の前の光景に、思わず言葉を無くす私。

 ちょっと別の用事をこなしていた私が、慌てふためくマシュに連れられた先で目にしたのは、何故かオグリキャップに肩車をして貰っているアルトリア……という、不可思議以外の何物でもない謎の物体であった。

 ……久しぶりに宇宙猫顔を晒してしまったが、いい加減に気を取り直し、意を決して二人に声を掛ける。

 

 

「えっと、なにがどうしてこうなったのか、説明して貰える?」

「はい、喜んで!いいですよね、オグリキャップさん?」

「ああ、宜しく頼む」

 

 

 色即是空(シキソクゼクウ…)しそうな頼み方はやめて欲しいなー、*1なんて胡乱なことを考えつつ、仲良さげに会話を交わす二人を見る私。

 

 ……いや、繋がりが見えてこねぇ。

 これでアルトリアが青い方だったのなら、健啖家繋がりで仲良くなったと言えるのだろうけど。

 生憎リリィの方には『ごはんはたくさんたべるタイプ』*2みたいな描写はなかったように思う。

 

 ……そこら辺は単なる描写不足だろう?

 貴様言っていいことと悪いことがあるぞ!?青も黒も派生があるのに、一人だけ未だに派生がないんだぞ?!

 性格的に近いキャスターの方のアルトリアは、厳密に言えば別物だし!

 

 別物繋がりで思い出したけど、どうにもこのアルトリアには、キャストリアの要素はないみたいである。

 核になっているのが魔法使い(マジックユーザー)であるアンリエッタだからなのかもしれないが、単にマーリンが気にしなかった、というだけの可能性もある。

 ……なんか、キャストリアには塩対応っぽかったからなぁ、原作のマーリン。

 

 ……話が盛大にずれまくっているので、軌道修正。

 なりきり郷において、ウマ娘というのはかなり希少というか貴重というか、とにかく発見され辛いものなのである。

 

 アプリが始まったのがごく最近であるとか、はたまた二次創作においてやっていいこと悪いことの線引きがしっかりしてるからとか、色々理由は付けられるのだが……。*3

 どうにも一番の問題は、ウマソウル*4と呼ばれる彼女達の元となった名馬達の魂が、ある意味では既に憑依しているようなものだから、ということらしい。

 

 要するに、そもそもの逆憑依の成立過程において、ウマ娘は最初から【継ぎ接ぎ】に近い状態になっている、ということである。……似たような例に疑似サーヴァントが存在する。

 

 デミ・サーヴァントのマシュも、ある意味では近い存在になるのだが……そもそも彼女に力を与えている存在であるギャラハッドが、原作ではほとんど自己主張をしないことも手伝って、彼女に関しては特に問題になっていない……という面があるとかないとか。

 また、シャナとアラストールのような同居型は、結果として相棒役の方が居ない、という状況に落ち着くことが多いらしい。

 

 で、話は戻してウマ娘について。

 彼女達はその成り立ち上、ウマソウルとは切っても切り離せない関係にある。

 そのため、逆憑依を起こす場合は『ウマ娘』と『元の馬』、両方を一度に憑依させるという形になるのではないか?

 ……というのが、琥珀さんから伝え聞いたウマ娘が少ない理由なのである。

 

 ……いやその、私にツッコミを入れられても困る。

 ウマ娘とウマソウルは切っても切れない関係、とは言うものの。

 元の馬の記憶やら功績やらが、どこまでウマ娘に関わっているものか……というのは。

 元は気性の荒い馬だったのに、ウマ娘の方はそうでもない……みたいなことがある辺り、言うほど切っても切れない関係なのか、と疑問に思わないでもないし。

 そもそもマシュに力を貸したギャラハッドが許される例だと言うのなら、同じように基本的に主張をしてこないウマソウルだって、問題なしと許されるんじゃないのか……ってことになりそうだし。

 

 まぁ、ギャラハッド云々に関しては『作中で明確に()()()時期がある』からなんじゃないか、とも言っていたけども。

 ……逆憑依の解明について、恐らくは一番進んだ位置にいる琥珀さんが言っていることなのだから、門外漢……ってのも変だけど、研究者でもない私達にはそれが真実か否か、肯定も否定もし辛いのは確かだと思う。

 原因が一つではなく、さっき述べたような理由(『生まれたばかり』と『規約』)を含む複合型、みたいな可能性もあるわけだし。

 

 ともあれ、ウマ娘そのものがなりきり郷において貴重と言うのは、本当の話。

 その数少ない一人──というか現状彼女しか居ない──が、今ここにいて、真顔でアルトリアと話している(真顔だけど楽しそう)オグリキャップなわけである。

 ……なんで真顔なんだろ、この子。

 

 

「これか?……見た目で選んだから、クール系だと思ってたんだ。……実際は、わりと表情豊かだったんだがな」

(……にわかだこれー!?)

 

 

 もうちょっと表情筋豊かなキャラだったような?

 という思いから漏れた私の言葉は、オグリ本人の言葉によって肯定される。

 ……いやちょっと待ちぃな、なりきり郷唯一のウマ娘がにわかやったとか、世の人々に怒られてまうやろこれ!?

 

 

「なんだか懐かしい感じのする喋り方だな。……いやまぁ、こうしてここに立つことで、私も幾分矯正されているみたいでな。多少は見れるモノになっているんじゃないか、と自負しているんだ」

「……ええんか、ホンマにこれでええんか……?」

 

 

 あー、あー?

 ……ウマ娘とウマソウルのW憑依だから、多少は再現度が上がってる、みたいな?

 よくわからないが、ここにいる彼女はちゃんとオグリとしての自覚がある彼女、というのは間違いないのだろう。

 

 ただね?気になることが一つあってだね?

 ……なんか髪、ちょっと白くない?本来のオグリキャップより、ちょっと白みが強くない?*5

 

 

「はい!私、初めて部下ができて、とっても嬉しくって!ですから、贈り物(ギフト)にドゥン・スタリオンの加護を……」*6

「オーケイオーケイ、話し合おうかアルトリア」

 

 

 ……おいこらマーリンんんんんっ!!?

 

 

 

 

 

 

「えーっとつまり……なんだ?トレーナーを探してたオグリキャップと、部下というか腹心というか、まぁともかくマーリンの空いた穴を埋める要因を探してたアルトリアが、たまたま出会って意気投合して?」

「初めて自分の力で手に入れた繋がりに、ちょっと舞い上がった結果、自身のアルトリア因子の一つ(獅子王)から、他者に与えるものとしての()()()を見出だし、オグリキャップに親愛の証として贈った、と」

 

 

 考えなしに"ギフト"なんて危なっかしいものを、他人に与えてしまったアルトリアは、現在反省のため正座をさせられている。

 ……反省のためのはず、なのだけれど。

 通常のアルトリア(青王)としての性質も持ち合わせているためか、なんというか堂に入っているため、あんまり罰になっていないような気がしないでもない。

 ……日本以外の文化圏の人には、正座ってキツいはずなんだけどなぁ?*7

 

 ともあれ、現在正座中のアルトリアは、こちらの言葉にうんうんと首肯を繰り返している。

 ……アルトリアの集合体、という言葉を甘く見ていたこっちにも非があるので、あんまり強く言えないところもなくもない。

 

 

「その、彼女は悪くないんだ。危ないものだとは思ってなかったというか、彼女に『贈り物』を貰ってからなんだかとても体が軽いというか……」

「……キーアちゃん、鑑定」

「私が鑑定持っているって前提で言うのやめない?……まぁできるけど」

 

 

 しどろもどろになっているオグリから、聞き捨てならない言葉が聞こえたため、ゆかりんがこちらに鑑定スキルを使うことを指示してくる。

 ……極々当たり前に私に話が振られたけど、該当スキルを持ってなかったら、一体どうする気だったんですかね?

 いやまぁ、できなきゃここにいないのでできるけども。

 

 できるんじゃない、というゆかりんの言葉を聞き流しながら、視界をごにょごにょしながらオグリを見る。

 ……んー、基本的には普通のオグリ、といった感じ……いや、待て?

 

 

「……お腹痛い……」

「せんぱい!?どどどどどうしましょう!?」

「落ち着きなさいなマシュちゃん、キーアちゃんの胃が痛むのなんていつものことでしょう?」

「言い方ぁっ!?」

 

 

 見えてきたステータスを見ながら、お腹を押さえる私。

 ……普通に思えたそれは、たった一つのスキルによって覆された。それゆえに胃が痛んできたのだけれど……おいこらゆかりん、()()()()扱いすんなし。こちとら毎回毎回胃に穴が空きそうになってるんだぞ?

 

 怒りが収まらないところがなくもないけど、ゆかりんにそのイライラをぶつけても仕方ないので、それらをグッと呑み込んで、問題のスキルについて説明をする。

 

 

「『王の馬(ドゥン・スタリオン)』?」

「わーまんまなネーミング。効果は?」

「……か」

「なんで小声なのよ……?」

「認めたくないんだよ現実をぉっ!!効果は『スキル発動時に自身のステータスを倍化』!!」

「……もう一回言って(Pardon)*8

「スキル発動時に自身の全ステータスを倍化する、だよっ!!ついでに言うなら『このスキルを持っている時、バ場適正に()を追加する』なんてのもあるよっ!!」

「……??????」

 

 

 スキル内容を、半ば叫ぶように伝える私。

 私がこの説明文を見た時の、どうしようもない恐怖を思い知りやがれ!!*9

 なお、自身に付与されたモノについて、ちゃんと認識できていた訳ではないオグリは、私の説明を聞いて「そうか、このよく分からない感覚は、空を走りたいという感覚だったんだな」などと天然気味な台詞を口にしていた。

 

 ……軽いなちくしょう!!

 

 

*1
XBOXライブアーケードで配信している『悪魔城ドラキュラHD』の追加キャラクター、ユリウス・ベルモンドの使うスキル『色即是空』を使った時に、ユリウスが口にする言葉。スキルとしては移動技で、使うと六キャラ分の距離を移動し、かつ『しきそくz()』という台詞の辺りまで無敵が付与される。そのため、キャンセルなどを駆使して『シキソシキソシキソ……』と喋りながら無敵移動を繰り返す変態が現れることとなった

*2
『遊☆戯☆王OCG』より、『教導の聖女エクレシア』の設定画に作画担当者が、満面の笑みでお茶碗一杯のご飯を持ったエクレシアを書いており、その横に添えられていたのがこの文。おかげで彼女には大食いキャラのイメージが付いた

*3
最初は2018年の冬に配信予定だった。その当時の映像が動画投稿サイトには残っているが、そのままだったら恐らく今みたいに話題にはならなかっただろうと思われる。二次創作云々に関しては、ウマ娘そのものよりも『パズル&ドラゴンズ』の『サーティワン 毒』『サーティワン まずい』という検索汚染が理由として分かりやすい(=食べ物系に対して、イメージ低下に繋がるような検索ワードが使われてしまった例)。実在する馬の名前を使っているため、『○○○○(ウマ娘の名前) 弱い』などと検索汚染されたりしたらどうなるか、火を見るより明らかだと言えるだろう。また、本来の馬のイメージを損なうような二次創作も、宜しくないというのは言うまでもない話である

*4
正式な名前ではないが、関係者が『ウマソウルパワー』なるワードを使っていたため、非公式ながら浸透しているらしい

*5
芦毛馬の毛の色は、若い内は灰色系で、成長すると白色になる。ウマ娘であるオグリキャップの場合、銀色と呼ぶべき髪色をしている

*6
アーサー王の所有する馬の一頭、『月毛の雄馬』という意味の名前を持つ。現在でもイギリスのとある村にひょっこり出没するのだとか

*7
日本人でもキツいです

*8
学校では聞き返す時に『Pardon?』と覚えるが、実際には『もう一回言ってみろや』くらいのニュアンスらしいので、基本的には使わない方が無難

*9
王の馬(ドゥン・スタリオン):王の配下である限り、レース中に任意で自身の全ステータスを倍化させることができる。また、バ場適正に『空』を追加する



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どうにもならないことは悩まないのが吉

「リリィなら、リリィなら癒し系で終わってくれると思ってたのに……!!」

「す、すみません……」

 

 

 まさかの空を走るウマ娘と化したオグリキャップに、思わず胃の痛みから踞る私と、その隣でしゅんとしているアルトリア。

 ……原理が全くわからんけど、滅茶苦茶楽しそうに空を駆けるオグリを見ていると、もうなにもかもぶん投げて『たーのしー!』とだけ言ってたくなるけども。*1

 そんな思考放棄が許されるなら、私は胃を痛めていないのである。

 というか、そもそもの話として。

 

 

「……これって部下でいいの?」

「まぁ、トレーナーとウマ娘……という関係性は、上司と部下とも言えなくはないわね?」

「あー、いいんだ……?」

 

 

 そう、なのだろうか?

 ゆかりんから返ってきた台詞に、思わず首を捻る私。

 

 ……個人的なイメージなのだが、上司と部下という関係性は、もうちょっとカチッとした雰囲気がするというか、気安さとは無縁の場所にあるというか。

 そんな風に思っていたので、トレーナーとウマ娘の関係性としては、なんだかしっくりこないのである。

 指示を出すのだから上司、と言うのならポケモントレーナーだってそうなるし、アイドルとプロデューサーにだって当てはまるはず。

 

 ……いや、アイドルとP*2に関しては、別に間違ってはないだろうけども。

 なんというかこう……なりきり郷(ここ)にいると、本来の世間一般的なイメージから切り離されて、創作世界の当たり前に浸りすぎてしまうというかだね?

 うん、雑に言ってしまうと()()()()()()()()()()んだ、正直。

 アニメや漫画の中の、煌びやかなイメージのまま世界が回ってるような気分になって、どこか地に足がついてないような気分になる……みたいな?

 

 そのわりには毎回胃を痛めてるだろうって?

 理想と現実の落差が激しければ激しいほど、落下した衝撃は跳ね上がるんやで……()*3

 

 ともあれ、そもそもに王女様なアルトリアが、世間一般的な感覚からずれている可能性は、無きにしもあらず。

 ……原作の彼女も、湖の騎士に関しては友誼を結んでいたと思っていたが、相手からはどちらかと言えば敬愛を受けていた……みたいなすれ違いがあったりしたわけだし。*4

 

 なーのーでー。

 

 

「友達からお願いする、というのはどうだろうか?」

「友、ですか?……あの、実はオグリキャップさんもルイズのように、無茶苦茶をするようなタイプのお方なのですか?」

「……あれー?」

 

 

 無難にお友達から始めさせよう、と思って声を掛けたのだけれど。……ルイズー?ここには居ないルイズー?責任の大半はマーリンにあると思ってたけど、実はお前さんにも問題があったのかルイズー?

 ……てへぺろしながら「ごめーんね☆」って言ってるルイズが脳裏に浮かんだのだが、お前さんどこに向かってるんです?……勝手なイメージを押し付けるな?想像(イメージ)しろって言うでしょうが。*5

 

 それはともかく。

 アルトリアもといアンリエッタ王女の友達観が、周囲の人間によってだいぶ歪められてる……というのは、今のやり取りでほぼ確定したわけで。

 ……うん、うん。これはつまりあれじゃな?

 

 

「わかった!今日は遊びに行こう!みんなで!」

「なんですって!?ちぇーんっ、今日の予定全部キャンセル!」

「既に午後の予定に関しては、動かせるものは後日に・無理なものは午前中に終わっております」

「はやーい!流石うちのちぇん!」

 

 

 ジェレミアさん(ちぇん)に無茶振りをするゆかりんが見えたけど、その無茶振りを既に読んでいたジェレミアさんは流石と言うかなんというか。

 ……このちぇん、有能過ぎやしない?

 え?そろそろ仕事を投げる時期だと思ってた?……やだこの従者瀟洒すぎる……。

 

 ともあれ、世間知らずの王女様に全うな友達付き合いというものを教えること、それが今現在私達が為すべき仕事なのだ!

 ……前回郷の内部を案内したのでは足りなかったのか、だって?

 そりゃまぁ、私がダメカテゴリーに入ってないって思う方がおかしいと言うか……。自分で言ってて悲しくなるけども。

 

 

「で、遊ぶのはいいけど。どこに行くの?」

「うむ、友達と行くのだから、場所なんて決まってるでしょ!」

「え、どこに……」

「なりきり郷○ィズ○ーランド……」

「ないから!!そんな危なっかしい場所なんてないから!!」

「えー、じゃあたこぶえランド?」*6

「やめなさいよ著作権的にスレスレの場所を攻めるのはっ!!」

 

 

 むぅ、友達と一緒に行くところと言えば、基本的には遊園地だと思うのだけれど。

 ゆかりん的には、私が上げた場所はお気に召さないらしい。……当たり前だろうって?ハハッ!

 

 まぁ冗談はさておき、なりきり郷の一画に遊園地的なものがある、というのはホントの話。

 ファンタジー世界出身のアンリエッタ王女が気に入るかは、五分五分と言ったところ……かな?

 

 

「そーいうわけで、行くわよヘンダーランド!」*7

「あるのっ!?」

「あるよっ!」

「ほっほーい、呼ばれたから来たよー、キーアおねいさーん」

「あっ、これ冗談じゃないやつだっ!?」

 

 

 こちらの台詞に、何故か驚愕するゆかりん。

 ……貴方、仮にもここの責任者でしょうに。言っとくけどここ『甘城ブリリアントパーク』とかもあるわよ?できたの最近みたいだけど。*8

 ともあれ、案内者として最適な人物であるしんちゃんも呼んだし、いざやヘンダーランド、である!

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、アンリエッタちゃんとオグリちゃんね。よろしくねぇ~ん」

「ああ、よろしくな、しんちゃん」

「私のことはアルトリアで構いませんよ?」

「お?じゃあアルちゃんね。……ないアル?」

「それあるのかないのかどっちなんだ、って詰め寄られるやつ」

「おー、ケンちゃんの台詞」

 

 

 目的地に向かう最中、しんちゃんとは初対面の二人が、彼に自己紹介を行っている。

 しんちゃんがいつものように(今回はくねくねしてた)挨拶を返して、それを気にした風もなくオグリが声を返し、アルトリアは早速親しい人扱いで呼び方についてお願いを返していた。

 

 ……なんというか、不思議な集まりである。

 まぁしんちゃんが関わってる時点で、大体不思議なことになっているようなものなので、言うほど驚くようなことでもないような気がしてくるのだけれど。

 ……それとしんちゃん。私の言葉に対しての反応、微妙に聞き捨てならないんだけどあとで詳しい話を聞かせてね?

 

 そんな感じに、和気藹々と目的地に向かって歩く私達。

 数分後、ようやく目的地が見えてきた。そして風に乗って聞こえてくる、目的地のテーマソング。

 

 

「私はあまり詳しくないのだが、ここはどういうテーマパークなんだ?」

「ほーい、これパンフレットー」

「ふむ?なになに……」

 

 

 変だ変だと歌う声を聞きながら、オグリがしんちゃんからパンフレットを手渡されているのを見る。

 

 ……元々は、しんちゃんの映画としては四作目に当たる『ヘンダーランドの大冒険』の舞台となる場所。

 それが、ヘンダーランド……正式名称『群馬ヘンダーランド』である。……君群馬(グンマー)にあったのね?

 

 作中での謳い文句は『北関東一の規模を誇る総合アミューズメントパーク』であり、ランドのすぐ近くに鉄道駅まで存在しているのだとか。

 その実態は『悪い魔法使いに侵略されてしまった国』であり、国土ごと地球に転移してきているという、わりとぶっ飛んだ設定を持つ場所でもある。

 その遊園地の一画で、しんちゃんはとある人形にであうのだが……、まぁその辺りは映画を見て貰えれば、なんて。

 

 ともあれ、その国……もといテーマパークの名前を受け継ぐここは、原作とは違って普通の遊園地である。

 

 

「あら、お客様がいらっしゃったわよ」

「じゃあおもてなしをしないとね」

「おひさー。トランプする?」

「もう二度としないわよっ!」

「ババ抜きはこりごりだわ」

「ば、ババア(BBA)抜きですって!?」*9

「誰もそんなこと言ってないでしょうに……」

「子供の前でみっともないわよ」

 

 

 ……とまぁ、こんな風に原作での黒幕、マカオとジョマが普通に経営陣に居る、ってところを除けばねっ!!

 

 なんともまぁ珍しいことに、この二人はちゃんと・普通の・たまたま二人揃ったなりきり組である。

 大体ちゃんとしたメンバーが揃うことの少ないなりきり郷において、その数少ない『ちゃんと揃った組』が彼女達……というのは、なんか微妙な気分にならないでもない。

 まぁ原作とは違って、別に悪さをするつもりはないようだけども。

 

 

「そりゃそうでしょ。貴方が居るのに世界征服とか」

「身の程知らずもいいところじゃない」

「マーちゃんとジョーちゃん、ここだと魔法使えないもんね」

「……癪だけど、その子の言う通りなのよね」

「原作の私達、微妙に抜けてるわよね」

 

 

 交互に喋りながら、しんちゃんの言葉に頷いてため息を吐く二人。

 

 ……魔法の国出身の二人だが、どうにも『ヘンダーランド』内に居ると、魔法の使用に制限が入るのだそうで。

 原作だとそこから外に出れば、彼女達自身の魔法も使えるらしいのだが、生憎となりきり郷においては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしく。

 トランプ魔法(スゲーナ・スゴイデス)も危ないので使えない彼女達は、ここでは単にバレエが得意な人……みたいなものでしかないのだとか。

 

 つまり、なにが言いたいのかというと。

 外に出るのに魔法が使えない上に、仮にそういう侵略目的で外に出ようとするならば、真っ先に魔王()に挑まなければいけないわけで。

 蟷螂の斧どころか、爪楊枝でラージャンを倒せと言わんばかりの戦力差に、端からそんな気は失せてしまった、ということなのだそうだ。

 

 

「仮にも劇場版の悪役なのだし」

()()()()()()を見せるべきかと思ったのだけれど、ねぇ?」

「まぁ、なりきりだしねぇ。……代わりにヘンダーランドの経営陣として頑張るってのが、現状できることだよね」

「ままならないわねぇ」

「まぁ、悪いことするよりはマシ、かしら」

 

 

 まぁ、そもそも世界征服とか()()()()()()考えてなかったらしいけど、状況からさっさと諦めた……というのが、今の彼女達である。

 なお、そんな二人を前にしたアルトリアとオグリは、暫く呆然とした顔をしていたのでした。

 

 

*1
『けものフレンズ』を象徴するフレーズの一つ。すごくてたのしい、それがジャパリパークである

*2
producer(プロデューサー)』の頭文字から。『THE IDOLM@STER』シリーズを筆頭に、アイドルもののプロデューサーを表す言葉として使われる。例として『赤羽根P』なら、赤羽根健治氏が声優を勤めたアニメ『アイドルマスター』のプロデューサーを指している

*3
ここでは『相州戦神館學園万仙陣』のヒロインの一人、緋衣南天(ひごろもなんてん)の急段『雲笈七籤(うんきゅうしちせん)墜落の逆さ磔(ついらくのさかさはりつけ)』をイメージして発言している。現実は都合の良い展開とは無縁である。──そう認識する限り、理想は常に破れ去るものとなる

*4
無論、ランスロットのこと

*5
前者は『カードファイト!! ヴァンガード』の2話において、櫂トシキが発した台詞。後者も『カードファイト!! ヴァンガード』の1話で櫂トシキが発した台詞……と見せ掛けて、『鉄のラインバレル』の加藤機関の合言葉『想像しろ』も混じっている。想像しろって言ったり、はたまた勝手なイメージを押し付けるなと言ったり……一体こちらにどうしろと言うのか

*6
昔存在した駄菓子の名前。駄菓子そのものよりも、パッケージに描かれた耳と胴体がなくて足が四本生えている(既視感のある)キャラクターの方が有名。チキンレース過ぎる……

*7
映画『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』の舞台。詳細は後述

*8
同名のライトノベル・アニメ。作者は『フルメタル・パニック!』シリーズの作者、賀東招二氏。作者繋がりでボン太くんによく似た魔法の世界の住人、モッフルが登場している

*9
『ヘンダーランドの大冒険』内での野原一家のやりとり。トランプゲーム『ババ抜き』を提案され、しんちゃんとひろしがみさえを見て『私抜きか……』と言った……というシーン。無論そのあと二人は制裁された



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遊びも仕事、仕事も遊び

「あ、えと。初めまして。アンリエッタ・ド・トリステインと申します」

「私はオグリキャップだ、よろしく」

「あら、かわいいお嬢さん達」

「歓迎するわ、盛大にね」*1

 

 

 数分後、ようやく気を取り直した二人が、マカオとジョマに挨拶を返す。

 ……一時はどうなることかと思ったが、別に問題はなさそうだ、良かった良かった。

 

 ……え?一体なにを気にしていたのか、ですって?

 そりゃもちろん、相手方が()()()()()()()()、二人の反応がどうなるかわからない……ってところを、だよ。

 

 昨今の様々なあれこれによって、LGBT*2を取り囲む環境ってのは、結構整ってきた感じがあるけれど。

 今私達の目の前にいる二人は、そういう配慮やら遠慮やらがない時期に生まれたキャラクター……言ってしまえば古いステレオタイプの塊みたいな人物達なわけで。*3

 

 ……間違ったイメージや正しいイメージ、誇張したものや省かれたもの。

 そういったモノを創作として落とし込む中で、現実の彼らとは実態を(こと)にするものとして生まれた彼女達。

 ……全く違う文化圏の人間(アンリエッタ)古い価値観を知らない人間(オグリキャップ)である二人が、相手に対してどういう反応を示すのかが未知数だった……というのが正直なところだったのだ。*4

 

 ……まぁ、他者を愛することが()()()()()()()と標榜する以上、同性愛であれ異性愛であれ、殊更に保護されるべきではない……とも思わなくもないんだけど。

 難しい話になるので、今回は触れないけどね。

 まぁ、変に話が拗れたりしなかったので良かった、と胸を撫で下ろしたのが、さっきの私の反応の意味というわけだ。

 

 ともあれ、経営陣の二人との面通しも済んだことだし、張り切って遊ぼうじゃありませんか!

 時刻的にはまだ朝だけど、ぐずぐずしてるとすぐに夜になってしまうんだぜ!

 

 

「ゆうえんち?というものがどういうものなのか、私はよく知らないのですが。ここは一体、なにをするところなのですか?」

「あら、この子見た目通りの箱入りお姫様なのね」

「じゃあ、こちらからガイドを一人付けてあげようかしら?」

 

 

 ……というこちらの先導/煽動は、()()をされる側のアルトリアの言葉によって、無惨にも制止される。

 

 ああうん、確かに。

 遊園地っていう施設自体が、他所の世界からすると珍しいものなんだね。

 探せば遊園地がある異世界もあったような気もするけど、基本的にはわざわざ遊園地なんて建てなくても、ちょっと遠出すれば刺激的な体験をすることなんてわけない……みたいなところの方が多いだろうから、敢えて遊園地という形式で場所を取る必要性もない、と。

 

 そりゃそうだ。

 わざわざジェットコースターに乗らずとも、ペガサスだとかグリフォンだとかの空を飛べる生き物の背に乗って、遥か上空から急降下すればいいし。

 わざわざお化け屋敷に行かずとも、近くの墓地に行けば運動会やら追いかけっこやらをしているお化け達にすぐに出会えるだろうし。

 ……遊園地の意義に『非日常を演出する』というものが含まれている以上、非日常がそこらに溢れている異世界では、その存在意義は危ぶまれてしまうわけだ。……意外な盲点である。

 

 そんなこっちの思考はお構いなしに、話はどんどん先に進んでいく。

 その話によると、遊ぶのにも不慣れなアルトリアに、観光ガイドが一人同行させてくれることになるらしい。

 ……なんか、この時点で当初の目的(親交を深める)からずれてきている気がしないでもないが、実際ガイドが居てくれるというのは(負担分散的な意味で)とても有難いので、積極的に反対もし辛い。

 なので、こちらからは特に口も挟まずに、件の二人が呼んだというガイドを、静かに待っていたのだけれど。

 

 

「はーい、それではここから先は、私『魔界発現世行きデスガイド』が務めさせて頂きますデス!あ、長くて呼び辛いようでしたらアンナって呼んでもいいデスよ?」

「黒い方だこれっ!!?」

 

 

 そうしてやって来たのは、カードとしてのパワーがとても強くて、一時期エグい値段してた『魔界発現世行きデスガイド』さんだった。*5……名前長ぇ!!*6

 ……カードのなりきりとか一体どうすんねん、と思わなくもないのだが、どうやら見た目がほぼ同一(黒いか白いかの違い)な存在である出須案奈(ですあんな)を、性格の主体にしているらしい。*7

 こっちとしてはデスデス言われる続けているせいで、脳裏に別のキャラがちらついてくるのが困り者なのだけれども。*8

 

 まぁ、彼女も一応ガイドであることに違いはないので、任せてしまっても大丈夫だろう、多分。……冥界(禁止制限)行きになったら無理矢理にでも帰る*9とだけ決心し、マカオとジョマに向かって皆で別れの挨拶をする。

 

 彼女達は経営陣……いわゆる社長なので、わりと忙しいのだ。

 こちらから遊びに行くと連絡をしたところ、快く出迎えに来てくれたのだからなんというか、頭の下がる思いである。

 

 

「リアルマジカルプリンセス*10に、うちのアトラクションがどれくらいウケるのか」

「興味がないわけでもないけど、そこについては今度のお茶会で、改めて聞かせてもらうわね」

「ほーい、マーちゃんもジョーちゃんもおたっしゃで~」

 

 

 手を振る二人に、同じように手を振り返しながら、デスガイド……もとい、アンナさんの背を追って歩く私達。

 

 ……()()()って名前で、冥土だデスだなんだと聞いていると、なんというか『よみがーえーれー♪』ってフレーズが過るよね。*11

 

 

「死者蘇生でも使いますデス?」

「誰を蘇らせる気だ貴様」

 

 

 なお、そんな内心を彼女に語ったところ、返ってきたのはそんな反応だった。

 ……いや、ホントに誰を蘇らせる気なんだ一体?

 

 

 

 

 

 

「魔法のテーマパーク、ですか。……魔法が見世物になっているのですか?」

「人聞きが悪いデスね。皆に夢を与えている(魔法を掛けている)だけデスよ?」

「……間違ってないのに胡散臭ーい」

 

 

 デートコースならいざ知らず、友達と遊びに来てるんだからルール無用だろ?(順番とか関係ねぇ!)*12

 ……みたいな感じに、とりあえず名物らしきものを節操なく回っている私達。

 

 アルトリアの反応は……んー、微妙。

 そもそもここが魔法のテーマパークなのもあって、魔法圏から来ている彼女的にはあまり心踊らない、というような感じらしい。

 オグリの方は目を輝かせているので、それに付き合う彼女も完全に冷めている……というわけではないようだけれども。

 でも……うーん。彼女が楽しめそうなもの、というのが意外と……ってお?

 

 

「……アルトリアって、馬車の運転経験とかある?」

「はい?……えっと、一度もないですね。……それがどうかしたのですか?」

「まぁ、ちょっと待って。……オグリ、自分の足を使わない競走、やろうって気はある?」

「私の足を使わない競走?……ああ、なるほど。つまりは彼女と()()ということだな?」

 

 

 察しがよくてなにより。

 勝手に話が進むので困惑しているアルトリアと、彼女を挟んで両サイドで笑う私とオグリ。

 足元のしんちゃんが不思議そうにこちらを見上げてくるが……あー、うん?しんちゃんが勝っちゃいそうだし、どうかなー?

 ……まぁ、遊びに来たんだし、誰が勝ってもいいか。

 

 そんな感じに一つ頷いて、離れたところに居たゆかりんやマシュも呼び寄せ、皆で()()に向かう。

 ──そう、熱い競走が待つ決戦の舞台、ゴーカートへと!

 

 

*1
(アーマード)(・コア)(フォー)(アンサー)』に登場する男性リンクスメルツェルの台詞。彼を代表する台詞として有名。『リンクス』は、『アーマード・コア4』などに登場する『アーマードコア・ネクスト』の操縦者のこと

*2
レズビアン(Lesbian)』『ゲイ(Gay)』『バイセクシャル(Bisexual)』そして『トランスジェンダー(Transgender)』の頭文字を取って作られた頭字語。それぞれ『同性愛者(女性)』『同性愛者(男性)』『両性愛者』それから『心体の性が一致しない者』のこと、性的マイノリティ(少数派)。なお、これらに含まれない者も存在する(例:無性愛者(asexual)など)ため、名前は長くなる一方だったりする(lgbt+()などと表記されたりするが、+として纏められるのが差別では、とされて嫌われることもある。現在一番長い書き方は『LGBTQQIAAPPO2s』。『クイア(Queer)(少数派に対しての肯定者)』『クエスチョニング(Questioning)(性別を決めていない・決められない者)』『インターセックス(Inter-sex)(肉体的な意味で性別が定められない者、正式名称DSD)』『アセクシュアル(Asexual)(無性愛者)』『アライ(Ally)(性的マイノリティを助ける活動をしている者)』『パンセクシュアル(pansexual)(『相手の性に縛られない』全性愛者)』『ポリアモラス(Polyamorous)(多性愛者)』『オムニセクシャル(Omnisexual)(『相手の性的嗜好を理解した上での』全性愛者)』『トゥー(Two)スピリット(Spirit)(第三の性)』を追加したもの)。ゲイなどに関しては侮蔑語扱いだった時期があるため、正直この呼び方も宜しくないのでは、とも思わなくもないが、だったらどう呼べば良いのか、という感じにもなるので難しい。現在では、ゲイという言葉には侮辱の意味はないそうだが……

*3
多くの人に浸透している思い込み・固定観念。『常識』ではなく『先入観』と捉えるのが正解

*4
改めて考えてみればわかるのだが、俗に言うオカマ(ここでは敢えてそう記す)は、『性的自認』などの面から、単純にLGBTの区分に直すのが難しいカテゴリの人々である(『性自認が男性であり、男性を好きになる』というのがゲイの区分であるため。トランスジェンダーに関しても、『他者から思われている性と自身の性自認が違う』人の事なので、厳密には異なる場合もあるだろう)。無論、オカマという言葉が侮辱として使われていたのも事実なので、一般的な場所では使わない方がいい、というのも確かな話である

*5
初出は『EXTRA PACK 2012』だが、出辛いカードだった為一時期3000円くらいした。今現在では(レアリティに拘らなければ)もっと安く買える。なおレアリティに拘ると同じくらいの値段になる

*6
因みに、『遊戯王OCG』において名前が長いのは『CNo.(カオスナンバーズ)92 偽骸虚龍(ぎがいきょりゅう) Heart(ハート)eartH(アース) ()Chaos(カオス) ()Dragon(ドラゴン)』(文字数・32文字)『CiNo.(カオスイマジナリーナンバーズ)1000 夢幻虚光神(むげんきょこうしん)ヌメロニアス・ヌメロニア』(発音数・35文字、『神』は本当は旧字体の方の『神』だが、機種依存文字のため『神』で表記)の二種。逆に短いものは文字数1文字に読みが2文字のカードが複数存在している(例:『(やま)』『(うみ)』など)

*7
ゲームソフト『遊戯王 最強カードバトル!』が初出のキャラクター、名前に関しては『遊戯王OCGストラクチャーズ』が初出、語尾の『~デス』は『遊戯王デュエルリンクス』のデスガイドの台詞から。見た目は『白いデスガイド』。……光の結社に洗脳されたとかではない、念のため。一応、カードの精霊とかではない普通の人間、らしい

*8
『戦姫絶唱シンフォギア』シリーズから暁切歌、『うみねこのなく頃に』からドラノール・A・ノックスなどが該当

*9
『魔界発冥界行きバス』のイラストに描かれているキャラクターが、当時の禁止制限カード達が描かれていたことから派生したもの。絵の描写から、『禁止制限』を『冥界』と呼んでいるものと思われる

*10
アニメ『赤ずきんチャチャ』のオリジナルキャラクターの名前と同じだが、特に関係はない。なおそちらは原作がギャグ漫画なのに対し、アニメ開始当初は『美少女戦士セーラームーン』が放送していたため、原作から路線変更して変身ヒロインものにするために、主人公が変身する姿として設定された。……かなりの原作改変だが、当時は普通に好評だったらしい。なお、声優には元SMAPのメンバーの一人、香取慎吾が参加していたりする(しかもメインキャラ)

*11
『シャーマンキング』より、恐山アンナ。気性の荒い美少女。しかしながら主人公の麻倉葉に対する愛は本物である

*12
『ルール無用だろ』は『TOUGH(タフ)』のキャラクター、山本トレーナーの台詞『ヤクザはルール無用だろ』から。『関係ねぇ』は芸人小島よしお氏の持ちネタ『そんなの関係ねぇ』から



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足で切る風と車体で切る風

 カート。

 パイプのフレームにエンジンやハンドルを()()()()()()()搭載した、小さくて軽量である競技用車両を指す言葉であり、時に競技そのものを指す言葉としても使われていたりするもの。

 決められたコースの中を、一番早く走りきった者の勝ち……という、シンプルかつわかりやすいルールが売りのアトラクションだ。

 

 元々レーシングカーの設計者が考案したものとされるだけあって、簡素ながら意外と速度が出たりする。*1……まぁ、ちゃんとすれば公道を走れたりするのだからさもありなん。*2

 

 

「普通のゴーカートなら、解説はその程度でも構わないのデスが、ここは魔法のテーマパーク『ヘンダーランド』。ここにしかないものも、勿論あるのデスよ?」

「……うん、単純に風を切って走り回るのが良さそう、くらいの考えしかなかった私が言うのもなんだけど、それでも敢えて言うよ?……怒られるでしょこれ!?」

 

 

 ……はてさて。

 速度が出せる、と言っても場所が遊園地の中である以上、提供できるスペースの関係で結果的に上限速度が決まる……みたいなことはあるだろう。──そう、安全基準である。

 

 遊園地においてあるようなゴーカートなら、速度は出せても時速四十キロほど。秒速に直すと十メートルほどとなる。

 公道を走る車両くらいのスピード、と言うと速いような気がしないでもないが、実際狭いコースをこの速度で走られたら堪ったものではないし、そもそも()()()()()わけでもないのだから、周囲への影響を考える必要もある。

 スペック的にはもっと速度が出せたとしても、リミッターなりなんなりで実際に出せるのは二十から三十キロほどになる、ということもままあるはずだ。

 

 ……なにが言いたいのかというと。

 要するに、速度に慣れているアルトリアとオグリの二人には、些か物足りないものであるかもしれない……ということだ。……提案したあとにその事に気付いたのは秘密。

 

 ところで。『cc』という言葉に、聞き覚えはないだろうか?……シーツー(C.C.)?ピザでも食ってろ。……レモン?yeah(イエー)でもないわ、レモン一つに含まれるビタミンCがレモン四個分なら、あの飲料に含まれるレモンは十から四十個分になるとかどうでもええんじゃいっ。*3

 

 ……話が逸れたけど、ここで言う『cc』とは排気量を示す単位、『立方センチメートル(cubic centimetre)』の頭字語のことである。*4

 排気量が五十ccの原動機付きバイク(原付)が出せる最高速度は六十キロらしいとか、はたまた排気量百ccのカートなら時速百キロを出せるとか……。*5

 排気量を見ると、大体どれくらいの速度を出せるのか、というのはなんとなくわかるものなわけだ。*6

 

 ……遊園地のゴーカートは基本電動式だから、排気量は関係ないんじゃないか、ですって?

 

 はっはっはっ、よく思い返したまえ。

 私は一番最初に口に出したのは()()()()()()()だぞ?パイプフレームにエンジンやらハンドルやらを剥き出しでくっ付けている……というカートについて、ね。

 ゴーカートにだってそんな車体のモノもあるだろうけど……、遊具としてのゴーカートは安全性を高めるために、剥き出しのフレームを外装で隠すし、速度も二十前後で留め置くし、そもそもガソリン式のエンジンなんて危ないから電動式にするし。

 ……ってな感じに、パイプフレームの車体の話を一番にしている時点で、話がずれているわけで。

 

 まぁつまりなにが言いたいのかというと。

 ◯リオのゲームに出てくるカートが、今現在私達の前に置いてあるわけであります。*7

 ……任◯堂法務部に◯されるっ!!?

 

 

「おおっと、勘違いしないで頂きたいのデスが、これはあくまでも『ヘンダーカート』という別の存在!配管工のお髭な赤い人とは一切関係ございませんのデス!」

「嘘つけぇっ!!地面にダッシュパネルとかアイテムボックスとか置いてある時点で、確信犯やろがいっ!!」

「◯ィ◯ィーコングレーシングの方かも知れませんデスよ?」*8

「なおのこと悪いわぁっ!!!」

 

 

 目の前に広がるコースは、見た目の上では狭い。

 ……所々トンネルになっているのだが、恐らく中で空間拡張が使われているはずである。

 なので、全長としては一キロとか二キロとかあってもおかしくはない、そんな感じのコースだった。……レインボーロードかなにか?*9

 

 というか、である。

 そんな距離を走らされる以上、目の前のカートは、普通に排気量が多いものである可能性が高いわけで。

 ……これが排気量二百ccとかなら、出せる速度は時速二百キロ近いものになる可能性があるということになり、正直な話死亡フラグすら見えてくる感があるというか。*10

 ……よくそんな速度で甲羅ぶつけたりバナナ放ったりできるな、あの髭ファミリー。

 

 まぁ、それらの安全面に関わる部分は、全部魔法で解決……という、ストロングかつスマート(?)な解決法が取られているわけなのだが。

 ……ついでに言うなら、地面のダッシュパネルとかアイテムボックスとかも、全て魔法による産物である。

 魔法のテーマパークの面目躍如、というわけだな!……制作者はバカなのかな?!

 

 

 

 

 

 

「……時速百五十キロ越えでも、プロテクターとかヘルメットとか必要ない辺りは、さすが魔法って感じだけど……」

「へーい、キーアさん!いつまでも細かいことに拘ってると、ハゲちゃいますデスよ?」

「ハゲるかぁっ!!貴様の髪の毛毟ってやろうかぁっ!?」

「お、落ち着いてくださいせんぱい!」

 

 

 カートに乗り込み、スタートの合図を今か今かと待ち続ける私達。……出せる速度的な意味で、アルトリアとオグリも満足したらしい。まぁ、小さかろうと車は車、だしねぇ。

 

 でも、幾ら魔法による保護(+郷内でのダメージ保護)が働くとはいえ、肘とか膝とか頭とかを守るプロテクターの類いを、一切付けずにカートに乗る……という体験は、正直困惑しかないわけで。

 いやまぁ、軽量化とか風を感じやすくするとかの観点から、付けないでいいのなら付けないでいい……みたいな結論になったのはわからないでもないけども。

 それでもこうなんというか、気分的な問題であった方がいいんじゃないかな?……的な感覚がなくもなくてね?

 ……マ◯オカート的なアトラクションであるため、他者にぶつかるのが()()()()()()()ので、変に痛みが増しそうな固いものはNG……とも言われたわけなのだけれども。

 

 ……なんて風にあれこれと考え込んでいたら、ガイドのはずなのに何故か一緒に開始位置に並ぶアンナさんに煽られた(?)ため、さっきの会話に繋がるわけである。……『天罰』で墓地に送るぞ貴様。*11

 

 

「はいはい、場外乱闘はそれくらいにしときなさいな。……それで?能力使用は直接攻撃じゃなければあり・アイテムもありで妨害もありありってのが、今回のレースのルールなのよね?」

「デスデス。競うのなら、狂気の沙汰ほど面白い……ということデスね」*12

「きょうきがうんぬんというのはよくわからないが、レースと聞いては負けるわけにはいかないな。……惜しむべくは、流石に自身の足では勝負にならない、ということだが……」

 

 

 ゆかりんの仲裁により、小さく舌打ちをして姿勢を正す私。……ガラが悪い?うるせー喧嘩売ってきたのはあっちじゃい。

 などとハンドルに頬杖をつきながら呟きつつ、ゆかりんとアンナさんが会話するのを素直に聞く。

 

 ……ふむ、能力で直接吹っ飛ばすのはダメ、と。

 出てくるアイテムによっては能力のがマシ、みたいなのもありそうだけど、それはいいのだろうか?

 いやほら、さっき◯◯ディーコングレーシングかも、みたいなこと言ってたでしょう?あのゲーム、甲羅の互換アイテムがミサイルだからさ。*13……甲羅をぶつけられるのも大概だけど、ミサイルはもっと大概だよね、というか?*14

 まぁ、別に怪我とかもしないからいいのだろうけど、絵面のインパクトが凄いなぁ、なんて他人事のように思ってしまうわけである。

 

 それと、レースという言葉にやる気満々なオグリ。

 ウマ娘自体がわりと好戦的、みたいなところがあるとかないとか聞くし、競うとなれば手を抜かないのは確かだろう。*15

 ……本音を言うのなら、自らの足でもって最強を証明したいのだろうけど。現状ウマ娘の最高速度は七十キロ前後、公道ならいざ知らず、こういう競技用の車両に追い付くには、まだまだ鍛練が足りないところがあるわけで。

 

 ……『王の馬(ドゥン・スタリオン)』使えば勝てるんじゃないかって?あれに関してはポンポン使うなって言い含めてあるので、ここでは使えないです。*16

 別にアンナさんとかマカオとジョマとかを信用してないわけでもないけど、変に話題にされても困るので、一応の処置……という奴である。

 ……個人的な経験として、どっかで使わざるを得ない場面に立ち会いそうなことが一番の懸念だけれども。

 

 ともあれ。

 オグリの闘争本能に火が着く横で、もう一人熱くなっている人がいる。それが、

 

 

「……頑張りましょうね、オグリちゃん!」

「ん?ああ、頑張ろう。……なぁマシュ、なんでアルトリアは張り切ってるんだ?

アルトリアさんと言えば、負けず嫌いが特徴の一つとしてあげられるようなお方ですので……

「……なるほど」

 

 

 張り切るオグリを見て、自分も同じくらいに張り切っているアルトリア、その人である。

 ……うん、競走だとか勝負だとか、競いあうということに関して意地を張る面があるのが、アルトリア族の特徴である。

 彼女はその根幹がアンリエッタなので、元のアルトリアほど熱しやすい、というわけでもないだろうけども。……まぁ、熱気にあてられる程度には、彼女もまた熱の入りやすい性格をしているというのは、今までの言動からわかっていた。

 ……つまり、現状は想定内というわけである。名付けて、

 

 

「吊り橋効果ならぬ、『競走して仲良くなろう』作戦……!」

「……貴方って、時々びっくりするくらいバカになるわよね」

「なにをー?!昔っから喧嘩っプルと言えば一大勢力の一つだろーっ!!?」

「ああもう、静かにしなさいなっ」

 

 

 こちらに呆れ顔を向けてくるゆかりんに突っ掛かりつつ、私は勝利を確信する。

 二人とも競走に関しては真剣に向き合うタイプである、勝ったなガハハ!

 

 ……何故かマシュにまでかわいそうなモノを見る目で見られた、解せぬ。

 

 

*1
出せるモノによっては、最高速度が時速250kmに到達するものも

*2
道路交通法において『総排気量50cc以下または定格出力0.6kW以下と定められた普通自動車』、いわゆるミニカーに該当するため、ナンバープレートがあれば一般道を走行することが可能。但し排気量50cc以下なので、出せる速度は原付とさほど変わらないし、車高が低いのでトラックなどの死角に入りやすく危険だったりする。なお、区分的には普通自動車/原付に該当する(道路交通法としては普通自動車、道路運送車両法では原付扱い)ため、かつてはヘルメットもシートベルトも着用義務がなかった(現在は義務化している)

*3
それぞれ『コードギアス』のキャラクター・『C.C.(シーツー)』、サントリー製造・販売の『C.C.レモン』、『レモン一個分の果汁に含まれるビタミンCは、レモン全体に含まれるビタミンCの四分の一』のこと。最後のレモンうんぬんについては、『レモン一個分のビタミンC』が果汁に含まれる20mgを基準にしていることから起きるもの。果実丸ごとに含まれるビタミンCの量は80~120mgであるため、『レモン一個分(果実丸ごと一個分)に含まれるビタミンC』は、『レモン四個分(レモン果汁四個分)のビタミンC量』となる

*4
容積の単位。縦・横・高さが1cmの立方体の体積が1cm3であるが、それを器とした時に中を満たす容量・ないし体積がここで言う1ccである。1ml(ミリリットル)とも

*5
性能的な問題になるので、全ての原付・カードが同じように速度を出せるわけではない。が、基本的には排気量が多くなるとエンジンパワーが強くなるため、同時に最高速度も上がっていくのが普通である

*6
基本的に、排気量はエンジンのパワーを示すモノと捉えることができる。乗用車などのそもそもの車体が重いモノに関してはわかり辛いが、ことレーシングカートなどの軽量車に関しては、速度と排気量はかなりダイレクトに関係してくるのがわかるはず。……無論、エンジンやら車体の重さやら、その他の要素も絡むのだが

*7
◯◯ccという単位をマリオカートで知った、という人は結構いるはず

*8
『ディディーコングレーシング』は、ニンテンドー64専用のソフト、日本未発売だがニンテンドーDSのリメイク版もあり。同じレースゲームである『マリオカート』と比べると、最初から車種が三種(車・飛行機・ホバー)あることやアイテムボックスがランダムではないこと(風船(ボックス)の色で決まっている)などから、基本的に上級者向け扱いされている。出てくるキャラクターもレア社のキャラクターばかりで、一般層には受けなさそうな感じがある(タイトルのディディーコング・自身の作品が発売してなかったせいで、こっちが初出になってしまったバンジョー・後に発売された自身が主人公の作品が成年向け指定されてしまったコンカーの三人以外は、ほぼオリジナルキャラなので仕方ないのだが。後のリメイクでは、版権がレア社にある後者二人はリストラされたりもした)

*9
『マリオカート64』のレインボーロードの長さは、公式で2000mと明言されている。因みに、レインボーロードの公式レコードは『4'05"88』、おおよそ4分。三周回った時(※ショートカット無し)のタイムなので、6kmを4分で走っていることとなる。そのため、時速はおよそ90kmほどとなる。マリオカート64は150ccが一番速い区分であるため、車種としてはスポーツカート辺りだと思われる

*10
時速200km越えを出せるのはミッションカートやスーパーカートなどと呼ばれる区分になる。最早ちっちゃいF1カーみたいなものなので、遊園地にはまず置いていないはず

*11
『遊戯王OCG』のカウンター罠カードの一つ。『手札を一枚捨てて、効果モンスターの効果の発動を無効にして破壊する』効果を持つ。説明がややこしいのは、遊戯王に置いては『効果を無効(効果そのものを無効)』と『効果の発動を無効(開始処理を無効)』は別物であるため。ついでに言うなら『発動した効果を無効(結果を無効)』も別物である

*12
福本伸行氏の漫画作品『アカギ』に出てきた台詞。最初に口にしたのは同作の市川というキャラクターだが、基本的には主人公の赤木しげるの台詞として認識されていることがほとんど

*13
『ディディーコングレーシング』で出てくるアイテムは『ミサイル(赤バルーン)』『ダッシュ(青バルーン)』『バリア(黄色バルーン)』『トラップ(緑バルーン)』『マグネット(虹色バルーン)』の五種類。同色のバルーンを取ると効果が強化されるという仕様上、アイテムの取得にも戦略性が存在している

*14
『マリオカート』より、『みどりコウラ』と『あかコウラ』。固いものと爆発するもの、どっちをぶつけられる方がマシだろうか?

*15
競走馬自体が『競う』という行為を行う関係上、気が荒くなりやすい面があるそうな。ウマ娘もレースに関しては、闘争心が燃え上がるのが普通なそうな

*16
『ステータス倍化』がわかり辛いが、要するに基礎ステータスの『スピード』『スタミナ』『パワー』『根性』『賢さ』の数値を単純に倍に、更に適正系に関してはfate側のステータス計算に見立てて(fが0、以後Aに向かって10ずつ加算。Aなら50)その数値を倍化する(fは変わらないが、EはDに、DはBに、CはA+に……というような感じになる)



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風を切り行こうよ

 エンジンを唸らせ、開始の合図を待つ私達。

 ……魔法で補強というか補正というか、そういうものが付与されているこのカートは、ゲームによくあるようなロケットスタートができる、らしい。

 

 一応、現実でも『ラインロック』だの『ローンチコントロール』だの、ゲームでのロケットスタートのようなものを、真似できる技術というものがあるのだが。*1

 ……ことこのカートに至っては、まさしく『タイミングよくボタンを押す』程度の労力で、華麗なロケットスタートをキめることができる、らしい。

 ……さっきから仮定ばっかり、ですって?

 私だってこのカートに乗るのは初めてなんだから、仕方ないでしょうが。

 

 とにかく。

 操作に関しては魔法によってかなり簡略化されているこのカートを、全うなカートと呼ぶのは憚られるので『マジックカート』と呼称する……ということを前置いて。

 『マジックカート』に乗る分には、問われるのはドライビングテクニックではない。

 問われるのは『魔法使い(マジックユーザー)』としての素質なのである。……これ、悪用してないでしょうね?

 

 いやね?

 シートに座ってみて気付いたのだけれど、この『マジックカート』、どうにも操縦系に魔力の流れ道が意図的に設けられているっぽいのよね。

 なのでそもそもの操縦面が、魔法による願望の成就(意思に従い動作する)方向のモノと、普通の機械的な操作の複合であるのに加えて、魔力を扱える人間が乗ると更に身体的なリンクまで加わって、わりと手の付けられない意味不マシンと化すみたい。

 

 ……具体的に言うと、魔力持ちが乗ると通常状態の魔法による簡単操作・レーサー(経験者)だと若干有利って性質に、更に車体との同調みたいなプラス効果が発生する、ということで。

 

 うん、つまりは『魔力持ち』の見分けをすることができるんだよね、これ。

 レコード叩き出すような人は、ほぼ間違いなく魔力持ちだし、場合によっては優れた『魔法使い』になれる素養を持っていることが、このカートに乗るだけで判明してしまうわけだ。

 ……悪用すると、わりと凄いことになりそうって思う私の気持ち、ちょっとはわかって貰えただろうか?

 

 まぁ、唯一問題点……いや逆か。

 向こうからすれば誤算?とでも言うべき点があるとすれば。……単純に一般層がここまで来ることはほとんどない、ということだろうけど。

 

 ちょっと思い返して貰えればわかると思うのだけれど。……ここ、地下なんですよ。

 原則的になりきり郷に居るのは『なりきり組』か、国のお偉いさん方の家族くらいのもの。……対象とすべき後者の人々は、危険な場所の多い地下五十階より下には、降りてこれない規約になっている。

 肝心要の『ヘンダーランド』がどこにあるのかと言えば、地下124階。……うん、なりきり組しか遊びに来れないですね。

 

 なのでまぁ、元が悪役なので色々仕込んでしまうけど、特に他意はない……みたいな感じなのだろう、多分。

 これがもっと一般人がやってくる場所でのことであれば、原作のトラウマ展開再来とかになりかねなかったので、変に問題にならなくて良かった……みたいな気分の私である。*2

 ……知らない仲でもなし、『くらえ!』とかしなくて済むのは気分的にありがたい、ということだ。*3

 

 ……え?そもそもそんな不安の種を放置するな?

 私魔王なので……、別に正義の味方ではないので……。

 ほら、事前対処とかしない魔王様って、結構多いでしょ?

 よーするに先代のお歴々に肖ってるのよ、決してめんどくさいからとかそーいう理由ではないから。

 

 ……マシュ、『目が泳いでますが、どうされましたかせんぱい?』……とかみたいに心配しなくていいです。単なる自業自得なので放っておいてください……。

 

 閑話休題。

 『マジックカート』の製造目的がどうなのかは、とりあえず無視をして。

 要するにこの車は『魔力持ち』だと速くなる、というわけである。つまり……。

 

 

「っ!やっぱりアルトリアが速い!」

「なんと、アルトリアは大逃げ型か」*4

 

 

 驚異的なジェットスタートをキめたのは、予想通りアルトリア。

 

 ……そりゃそうだ、元々が『魔法使い』であるアンリエッタな上に、『竜の炉心』を持ち合わせるアルトリアの要素がこれでもかと投入されているのだ、表に出さないだけで、その潜在能力自体は破格の一言だろう。

 更にこのカートの特性により、魔力操作が上手ければ自動的に運転も上手くなるため、カートに初めて乗った彼女であっても、ああしてプロのレースドライバー顔負けのハンドル捌きを見せ付けているわけで。

 ……結果として、まさに大逃げと呼ぶしかないレベルの好スタートを切ったわけである。

 

 ……無論、そんな走り方をされれば、闘争本能を刺激されるのが一名居るわけで。

 

 

「ふ、ふふ。いいだろう、トレーナー!私はまず、貴方に勝って見せよう!」

「うおわっ!?」

 

 

 隣を走っていたオグリが、獰猛な笑みを浮かべてアクセルを踏み込む。……車体がわずかに発光したかと思えば、オグリもまた雷光の如き速度で、前へと走り抜けていった。

 ……『王の馬』のステータス倍化、ウマ娘的なステータス以外にも掛かるのね(魔力操作技能値などを倍化した)、なんてことを思いつつ、ハンドルを切りながらトンネルの中へ。

 

 はてさて、中は一体どうなっていることやら?

 

 

 

 

 

 

 コース内に設けられたトンネルは四ヶ所、それら全てが空間拡張技術によって外観以上のスペースを誇るサブコースである。

 内容はそれぞれ、『桜吹雪が舞う学校(春モチーフ)』『日差しの強い海岸沿い(夏モチーフ)』『カボチャや幽霊が飛び交う都市(秋モチーフ)』『雪山の中にある細い道(冬モチーフ)』となっている。

 ……桜並木では『さくら』って名前の人達が複数いた気がするし*5、海岸でビーチバレーしてるのもなんか普段は『生か死か(dead or alive)』してそうな人だった気がするし*6、秋のカボチャと幽霊は安定のキャスエリちゃんと目隠れ幽霊族*7だったし、冬の雪山にはありのままの姿を見せそうな魔女が居たし……。*8

 

 ……うん、うん。

 これあれだな、景色に気を取られてクラッシュする人、多分一定数いるよ。なんなの、エキストラかなんかなの?

 ともあれ、景色を気にしているのは、今回目立たないように息を潜めている私と他数名。

 トップをひた走る二人は、そんな周囲のことは一切目に入っていないようで……。

 

 

「──楽しい!楽しいですねオグリさん!速く走るのって、こんなに楽しかったんだ!」

「ああ、走るのはとても楽しい。自分の足だったらもっと楽しいだろうが……こうして乗り物で風を感じるのも、悪くない!」

 

 

 それはそれとして、負けないぞ──とは口に出していないが、意気込みは伝わったらしくアルトリアが──リリィらしからぬ不敵な笑みを浮かべて。

 

 

「ええ、真剣勝負に遠慮は無用!そんなことをするようでしたら、この場で切り捨てる覚悟でした!」

「なるほど、最初からそんなつもりはなかったが──ますます負けられないな!」

「望むところ!」

 

 

 二人の乗るカートは、更に速度をあげていく。

 ……うん、単純に走ることに夢中になりすぎて、周囲のアイテムボックスとかダッシュパネルとか、全部無視されてしまっている。……一応妨害ありなのだから、使えばいいはずなのだけれど。

 ……勝負に小細工は無用、みたいなアレなのだろうか?

 まぁ、アイテムボックスから出てきたサンダーを持て余してる私が言うことでもないのだけれど。……いや、邪魔したら悪いじゃん?広域妨害だし、これ。*9

 

 なお、アイテム以外の追加要素、能力の使用に関しては、私は自主的に縛っている。……なんでもできるからなにしてもいい、だなんてことはしませんよ、ええ。

 

 代わりに、マシュがわりと酷い。

 甲羅とかミサイルとか、そういう他者からの妨害行為を、全部盾で防いでしまうのである。……多分サンダーとかしても無意味だろうね、あれは。

 なお、防ぐだけじゃなくてシールドバッシュによる妨害もできたりする。……食らってるのは専らアンナさんなのだが。

 

 

「なんで私ばっかりにー、デス!?」

「ご自分の胸に聞いてみては如何でしょうか!!」

「ええー?勝負は非情にして無情、大人気なく勝ちに行っただけデスのにー」

「『トゲゾーこうら』を『増殖』で増やすとかやろうとしてたんだから、そりゃ邪魔もされるでしょうに……」*10

 

 

 ……うん。

 あの人最初からあんな感じなので、実質的に妨害無効なマシュに張り付いて貰っているのである。

 目を離すと『アカこうら』に『鎖付きブーメラン』付けようとしたり、『バナナの皮』に『万能地雷グレイモヤ』を隠そうとしたり、次から次へと外道行為に及ぼうとするんですもの。*11

 流石、初出のゲームでプレイヤーには使えない実質専用カードをデッキに入れて、滅茶苦茶無双してただけはあるというか……。*12

 

 ともあれ、今回の目的がトップ二人に仲良くなって貰うことである以上、その邪魔をしようとするのであれば、こちらもクリスタル・ランサーにならねばならぬ(抜かねば、無作法というものな)のだ……。*13

 

 

「そんなもん知らねーデスよ!生ぬるい友情ごっことかクソ食らえデスッ!!──()()使()()()()()()()()()キノコを破棄して、魔法発動!」

「っ!?一つだけ使っていたのは、この時のため?!」

 

 

 などと思っていたら、最下位になってしまったアンナさんが自身の手札からカードを発動していた。……アイテムがコストになるのズルくない?

 発動されたカードは『魔法再生』。()()()()()()()()()()()()()()()()()、墓地の魔法カード一枚を手札に加えるカードだ。

 ……アイテムは能動的に捨てられないので、墓地にカードを送るこちらを採用した、ということだろうか?*14

 ともあれ、キノコ二つが別の魔法カード──アイテムに変わるというのは明白。

 そして、彼女の今の順位は……。

 

 

「マリ◯カートには、順位が下位の時にのみ出現するアイテムがある(使うことが許されるダァトがある)!デス!」*15

「なにっ!?」

「無は無限となり、無限の光から生まれる究極の機械神!──すなわち、キラーを手札に加えて発動!ふはははー!アンナさん無敵モードデース!!」

「あ、汚い!」

「勝負に汚ねーもなにもねーんデスよ!勝てばいいんデス勝てば!」

 

 

 ……はっ!?

 流れるように回収して使用されたせいで、止める間もなかったぜ!……ナチュラルに他人の墓地から回収した(アンナさん自体は使ってなかった)気がするキラーを使い、彼女は加速し始める。

 無敵モードの名前は比喩でもなんでもなく、キラーの発動中は他者からの妨害は無効化される。……強力な分、入手条件や解除タイミングが厳密に決まっているのが、カートにおけるキラーの特徴なのだけれど……。

 

 

「無論、対処済みデス!!私はキラーの発動時に、手札を全て捨てて『連続魔法』を発動していた!デス!」*16

「出たよ『していた』!!」*17

 

 

 解除タイミング(効果解決時)に重なるように、『連続魔法』によって再度キラーが発動する。

 最下位から先頭まで華麗に進むその手際のよさは、まさに彼女の勝利への貪欲さを示すものと言えるだろう。

 

 こっちとしては凄まじくはた迷惑なんだけどね!!

 あのおバカにはお灸を据えねばならんな、と能力使用を解禁しようとした私だけど。……おー、おー?

 

 

「ば、バカな……キラーが、離されるっ……デスッ!!?」

 

 

 その背を捉えたはずのキラーは、じりじりとその距離を離されていく。

 

 邪魔物もいない、純粋な速度勝負。──その舞台に、お前は立っていないのだと言わんばかりに、彼我の距離は離れていく。

 ……わー、後ろなんか一切気にしてないぞあの二人。今のあの二人は、お互いしか目に入っていないのだ。

 ……ちょっと目を離した隙に、親密になりすぎじゃないあの二人?あまーい感じじゃなくて、バチバチのライバル関係って感じの方が近そうだけど。

 っていうか、ライバルってことは対等、配下じゃなくなってるってことだから、『王の馬』は無効になってるんじゃ?……あ、ランスロパターンだこれ……。

 

 鑑定やらなにやらで、遠目から現状を確認する私。

 ……なんか、当初の予定からはずれたけども。

 

 

「……まぁ、仲良くなったんならいいか」

「よくねーデス!!こっちを見やがれデスゥーッ!!デスゥーッ!デスゥーッ……」

 

 

 突き放されて勝手にクラッシュしたアンナさんを追い抜きながら、私達は良かった良かったと安堵の息を吐くのでしたとさ。

 

 

*1
『ラインロック』はブレーキオイルの通るラインをロックすることで、駆動輪以外のタイヤをロックするもの。雑に言うと『ブレーキを踏んでも駆動輪が止まらない』ようにするもの。本来はブレーキとアクセルを同時に踏んでもタイヤは止まったままだが、『ラインロック』を施していると車体は止まったまま、駆動輪だけが空転するようになる(それによって起こるのが『バーンアウト』)。『ローンチコントロール』の方は、静止状態からの急発進を補助するシステム。F1カーなどに搭載されていたことがある(現在はドライバーの補助を使うことは禁止されている)

*2
『ヘンダーランドの大冒険』内での描写から。両親が自動人形に置き換わっている、というのは恐怖以外の何物でもないだろう

*3
『逆転裁判』シリーズより、矛盾や証拠を『つきつける』時の台詞の一つ

*4
競争馬における脚質の一つ、『逃げ』の中でも『二番手以下の馬を大きく引き離して』行われる『逃げ』。速力やスタミナなどを相応に求められるため、実力のない馬では後半に息切れして負ける可能性が高い走り方

*5
木之本桜(カードキャプターさくら)、春日野 さくら(ストリートファイター)、真宮寺 さくら(サクラ大戦)など

*6
3D対戦格闘ゲーム『デッドオアアライブ』、及びそのスピンオフ作品である『デッドオアアライブエクストリーム』シリーズのこと。スピンオフの方は男子禁制の島で女性達がバカンスするという内容なのだが……あだ名が『エロバレー』な時点でお察しください。一応直接的な表現はない。……直接的なものは

*7
『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズより、主人公の墓場鬼太郎のこと。彼は幽霊ではなく『幽霊族』という種族の生き残りである

*8
『アナと雪の女王』の主人公の一人、姉のエルサのこと。氷使いとしては結構な強さを持つ人物としても知られている

*9
『マリオカート』のアイテムの一つ。自分以外のレーサー全てに雷を落とす。雷に当たるとスピンして急減速し、体が小さくなってしまう。順位が下位であるときにしか入手できないが、入手できればとても強力なアイテム

*10
『トゲゾーこうら』も『マリオカート』のアイテム。投げると一位のプレイヤーに向かって行き、基本的に必中する。一位を足止めするだけなので、逆転には向かない。『増殖』は『遊戯王OCG』のカードの一つ。現実で使えるのは『クリボー』を増やすものだが、原作ではクリボー以外も増やせた(攻撃力500以下)

*11
『アカこうら』『バナナの皮』は共に『マリオカート』の妨害用アイテム。『鎖付きブーメラン』と『万能地雷グレイモヤ』の方は『遊戯王OCG』の罠カード。とにかく妨害したくてたまらないらしい

*12
『遊戯王 最強カードバトル!』でのお話。『死者蘇生』などは入手手段が通信しかなかったりするため、彼女のデッキを再現することができなかったり。そもそもカードプールが狭いという問題点も立ちはだかる……

*13
ネット上のコラの一つ、デュエル・マスターズの『百合の邪魔になる男絶対殺しタル・ランサー』の元となったカード、『クリスタル・ランサー』と、『鬼滅の刃』の黒死牟の台詞『此方も抜かねば…無作法というもの…』から。後者に関しても下ネタ的な風評被害があったりする

*14
『マリオカート』でのお話。アイテム所持中は、アイテムボックスに触れても新しいアイテムを入手することはできない。また、使用せずに捨てることも基本的にはできない。遊戯王的には『墓地に送る』は『墓地に捨てる』を含むが、『墓地に捨てる』は『墓地に送る』を含まない……ということも加味している

*15
『遊☆戯☆王5D's』より、ZONEの『究極時械神セフィロン』召喚前の台詞から。続く彼女の台詞も同じ時のもの。ふはははー!に関しては海馬瀬人の笑い声から、無敵モードは『ロケット戦士』の効果から

*16
『遊戯王OCG』の速攻魔法の一つ。自分の通常魔法発動時に手札を全て捨てることで、同じ効果をもう一度発動する

*17
『遊☆戯☆王』シリーズでたまに起きること。正確には『発動していた』。一応遊戯王においてはカードの発動処理は逆順(最後から処理)なのでそこまで問題はないかもしれないが、実際にやるとほぼ確実に怒られると思う。カードの発動はちゃんと相手に確認してからしましょう



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繋がる世界はここにあり

「私が負け負け負け負け……」

「なんか勝手にマインドクラッシュしとる……」*1

 

 

 デュエリストには真剣勝負に負けたら精神崩壊しなければいけない……みたいな縛りでもあるのだろうか?

 なんて邪推をしてしまう今日この頃。皆様如何お過ごしでしょうか?

 私は今、壁と一体化して推しを眺めるがの如き隠密性を発揮し*2、アルトリアとオグリが自身の持ち物を交換しているのを見ております。……なのはちゃんとフェイトちゃんかな?*3

 

 当初の『普通に仲良くして貰う』からはちょっと外れた位置に着陸した感じのある二人の関係だが……まぁ、拗れている訳ではないので問題はなさそうだ。

 

 

「今度は、自分の足でやろう」

「ええ、負けませんよオグリ」

「望むところだ」

 

 

 ……おかげで、人間VSウマ娘、とかいう普通なら結果の見えた対戦カードが組まれてしまうことになったようだが。

 アルトリアが特殊な人物じゃなかったら止めてるところだが、生憎彼女は魔法使いにして竜の娘。……寧ろいい勝負になってしまう辺り、オグリの方が異様に成長していると言えてしまう訳で。

 

 ……今更ながらに思うのだが、この王女様ここにいて良いのだろうか?戦力的にも兵の士気の問題でも、ちゃんと自国で王女様してた方が良いのでは?

 まぁ、あのマーリンが選んだ道である以上、故郷に留まるよりも重要なことがあるのだろうけども。……そもそもに向こうのハルケギニア、魔物的なモノ以外の争い事とは無縁みたいな感じだったし。

 

 え?平和なのに軍隊が残ってた理由?……そりゃまぁ、世界の全てを見通せぬなら──もっと言えば並行世界まで確りと観測できないのであれば、未知は必ず外からやって来るものだ……ってとある変態が身をもって証明してたから、というか?*4

 

 創作物の悲哀的なモノで、『日常をそのまま流す』ことを求められる作品でない限り、『非日常でない状態』って言うのは『つまんない』んだと受け取られるっていうわけでね?

 それこそ『物語の消費』ってどこぞの妖精王が切れだしそうだけど、スピンオフでもなければ日常回なんて飛ばされるのが常、というのも事実なのである。

 

 書いてる側からすれば、ずっとシリアスなのは疲れたり息苦しかったりすることもあるんで、できれば箸休めとかもしたいのだけれど……露骨に視聴率とかプレビューとかが下がると、察せざるを得ないというか、ね?

 

 まぁ、そんな創作家の悲喜交々は置いといて。

 リボンとペンダントの交換が終わった二人が、笑みを交わしあう。……遠目からだとてぇてぇ*5感じだけど、近くで見ると笑みが不敵な感じなので、これはてぇ……てぇ……?みたいに首を傾げざるを得ないと言わざるを得ない。

 

 

「喧嘩っプル的にはてぇてぇなんじゃない?」

「……そこまで殺伐とはしてない気がするんだけど?」

 

 

 喧嘩っプル……もとい喧嘩友達にしては、もうちょっと柔らかい感じというか。かといって単なる友達にしては、気が立ちすぎている気もするし。

 ……まぁ、所詮は外野の勝手な意見である。オグリの『王の馬』が『王の友』に変化している以上、余計な心配は不要と言うものだろう。

 

 

「え゛、スキル変わっちゃったの?余計に酷くなってたり?」

「んー、空適正が消えたのと、任意発動ができなくなった変わりに、ステータスランクが永続的に一つ上昇するようになったのと、なにかしらの判定する時に成功率が二倍になるようになった感じ?」

「……それ、弱くなってない?」

「いやー、どうだろ?スキル説明には書いてなかったけど、発動して倍化の方には制限時間と回数制限あったみたいだし、空適正に関してはそもそもレースで空を走れても、『降りてこい』って言われるだけでしょ?」

「……あ、あー。確かに……?」

 

 

 なんでもありのルール無用、みたいな状況なら『王の馬』の方が確かに強いだろうけれど。

 レースのような『決められた枠内で全力を尽くす』状況では、このスキルは逆にオーバースペック、すなわちやりすぎの部類に入ってしまう。

 

 全てのウマ娘が空を駆けられるのなら、そういう形式も認められるかもしれないけれど。

 一人だけ空を駆ける様を見せられても、最初は良くても後々飽きられてしまうのは目に見えている。

 最強キャラの無双というのは、たまに見るならスカッともするが、延々と無双だけを見せられても刺激にはならず、最終的にはマンネリだ、などと言われてしまうだけだろう。

 ……主題をずらして他の場所を売りにして、無双シーンは『いつもの(お約束)』にする時代劇みたいな形式も存在するには存在するが、あれは歴史の積み重ねの上に成り立つものであり、すぐに周囲が真似できるものではない。

 

 ゆえに、明らかにやりすぎの類いにあたる『王の馬』よりも、現実的な強化幅に収まっている『王の友』の方が、レースを見据えるという意味では最適だと言えるわけだ。

 まぁ無論、戦闘とかみたいな『なんでも使え』といわんばかりの状況であるのならば、『王の馬』の方がいいだろうとは思うけれども。

 

 でも、『王の友』も別に弱い訳ではない。

 発動するという手順を踏まずに常に効力を発揮する『ステータスランクアップ』は、単純に嬉しい効果だし。

 判定全般の成功率を補正してくれるというのも、他のスキルの発動の()()()()なんかにも干渉してくれる、わりと使い勝手の良いものである。

 マイナススキルの発動率にまで干渉するのが、難点と言えば難点だが。発動し辛く効果が良いみたいなスキルを、積極的に採用して行けるのは普通に利点だと言えるだろう。

 

 ……まぁ、それとは別に問題点が一つだけ存在するのだが。

 

 

「問題点?マイナススキルについて以外にもなにかあるの?」

「……さっきから私、『王の馬(ドゥン・スタリオン)』を『王の馬(おうのうま)』って呼んでるでしょ?」

「は?……えっと、そういえばそうね?でもそれがなんの関係が……あ゛」

 

 

 私の懸念を示す声に、ゆかりんが首を傾げる。

 ……まぁ、うん。()()()()()()()()()()()()()()()、敢えて呼び方を変えていた……というのは、さりげなく行っていたので気付かれていなかったらしい。

 ……ゆかりんが気付いていないのだから、できれば()()()()()()()()()のだけれど……。

 

 

「……王の、友?」

「ひぇっ」

「詳しく……説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています*6

「うわぁっ!?じりじり近付いて来ないで!?」

「アチャー」

 

 

 うっわダメだ、ゆかりんに真顔でじりじり近付いている()()()は、どう考えても正気ではない。

 お察しの通り、『王の友』のルビはサー・ランスロット。

 彼女(マシュ)中の人(ギャラハッド)の父上にあたる方の名前を冠しているわけで。……まぁ、うん。

 

 

「オグリさん!そんなもの修得してはダメです!!危ないので摘出しましょう!!!」

「ウワーッ落ち着いてマシュちゃん!!びーくーる!!びーくーるよマシュちゃ、ギャーッ!!?」*7

「ゆ、ゆかりーんっ!!?」

 

 

 暴走機関車となったマシュの前に立ちはだかり、両手を広げて彼女の進行を止めようとしたゆかりんだったが。

 ……王蟲を止めたナウシカのようには上手く行かず、アワレゆかりんふっとばされた!*8……すかさずジェレミアさんがキャッチしていたので、大事にはならず。

 

 ともあれ、ああなってしまうとこちらの声は届くまい。

 ……仕方ない、乱暴に行くかー。

 

 

 

 

 

 

「ええとですね、せんぱい」

「はいなんですか?」

「……その、正気を欠いた私が悪いというのは間違いありません。今回の外出の目的がアルトリアさんとオグリさんの仲を取り持つことにあった以上、その証明とも言えるスキルの名前が、例え私の心を掻き乱すものであったのだとしても、それを理由に暴れていいわけではない……というのは、もっともな話だと思います」

「うんうん。冷静な時のマシュは物わかりが良くてよろしい」

「あ、はい。ありがとうございます。……いえそのそうではなくてですね?」

 

 

 久方ぶりに、膝の上に頭を乗せさせられたマシュが、こちらに声を掛けてくるが……。

 うん、私からは彼女の顔は見えないので、察してあげるような優しい対応はしないのです。

 そのままニヤニヤしてるアンナさんとか、はわわわとか言ってるアルトリアとか、はたまたほほうとか言ってるオグリからの好奇の視線に晒されてなさい。

 

 

「は、はうう……」

「……ねぇ?これを見せられてる私達はどういう反応をすればいいの?」

「笑えばいいんでない?」

「仲が宜しいようで、なによりです」

「ちぇーん!?だいぶずれてないその反応?!」

 

 

 場所を移動して、園内のレストハウスにて休憩する私達。

 お昼ご飯にパスタやらドリアやらを思い思いに食べたあと、食休みとばかりにベンチに座ったのだが、そこで気を抜いていたマシュを取っ捕まえて膝枕をしている、というのが今回の状況である。

 ……お前膝枕ばっかり多用してるな、ですって?

 しゃーない貧困なボキャブラリーの私では、良い対応なんてなーんにも思い付かんし。

 ……わざと?なんのことです?私からはマシュの顔が見えないので、彼女がどんな顔してても関係ないんですよ?……いやまぁ嘘だけども。耳が真っ赤なの見えてるし。

 膝の上のマシュの髪の毛を、まるで猫の毛並みを整えるように優しく撫でている……という状況がこっ恥ずかしいってのは確かだろう。猫扱いだもんね、文字通り。

 

 

「……キーアちゃんの反応がずれてるのはいつものことだからほっとくとして」

「あれ?なんで今ディスられたの私?」

ほっといて。……当初の目的は達成されたようなものだけれど、これからどうするの?」

「ほっほーい、オラにいい考えがあるゾ!」

「あらしんちゃん。……さっきまで静かだったのは、どういう風の吹き回し?」

「オラ、空気の読める幼稚園児だからー。『サンバルカン』?を薄めてたんだゾ」*9

「……それを言うなら『存在感』、なのでは?」

「おお、そーともゆー」

 

 

 うーん、一気に騒がしくなった感じ。しんちゃんに気を遣わせていた状況に、改めて気が付きつつ。

 ……いい考えがある、という言葉にちょっと反応する私。*10

 まぁ、しんちゃんがどこぞの司令みたく爆発する、なんてことはないと思うけど。*11

 こうして気にしてしまうのは、半ば職業病みたいなもんだよなー、なんてため息を吐いて、続くしんちゃんの言葉を待つ私達なのであった。

 

 

*1
初代『遊☆戯☆王』で見られたモノ、罰ゲーム。元々は『DEATH-T編』において闇遊戯が海馬に行ったもの。内容は精神を砕くというもの。結構エグい罰ゲームだが、初期の漫画版はもっとエグい罰ゲームが多かったため、アニメ版ではこちらに差し替わっていることも。また、海馬がマインドクラッシュを受けた場面をモチーフにした『マインドクラッシュ』という同名カードも存在している

*2
『壁になりたい』。推しの絡みは見たいがその間を邪魔したくはない、という感覚の発露による言葉。男女問わず使われているようだが、起源は不明

*3
アニメ『魔法少女リリカルなのは』一期の最終話『なまえをよんで』から。作中で幾度もぶつかりあった二人が、ようやく友達になれたシーン

*4
『神座シリーズ』のキャラクターの一人、『水銀の王』メルクリウスのこと。『変質者』やら『ニート』やらとも呼ばれるやべー奴。第三神座(既知)の外より飛来せし異端(未知)

*5
『尊い』が訛ったもの。語源には諸説あるが、中音ナタ氏のファンアート内で『ドラゴンボール』の孫悟空が尊いという言葉を『てぇてぇ』と訛って発言したことが元ネタ、というのが有力な説だそうな

*6
ゴルフ漫画『風の大地』の主人公、沖田圭介の台詞。彼の婚約者が何者かに拉致されたことを知り、詳しい事情を聞こうとしているシーン……なのだが、この三コマだけ切り出すと『怒りを抑えながら相手を問い詰めている』風に見えてくるため、そういったパロディが多い

*7
ぬまがさワタリ氏の著書『なんかへんな生きもの』などに頻出する台詞『ウワーッ』。基本的には断末魔

*8
ナウシカは勿論『風の谷のナウシカ』。『ふっとばされた!』の方はファミコンゲームの『キャプテン翼』で選手が文字通り吹っ飛ばされた時に出る台詞。なにもふっとばされるのはもりさきくんだけじゃないぞ!

*9
戦隊もののシリーズの一つ、『太陽戦隊サンバルカン』から

*10
アニメ『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』より、司令官であるコンボイの台詞。本当は成功フラグ(作中でこの台詞を発した時の成功率は八割、五回中四回成功している)なのだが、よりにもよって唯一の失敗が一番最初だったこと・よくよく検証もされないまま失敗フラグ扱いが広まった結果、ネタとして使う場合はほぼ完璧に失敗フラグになってしまっている。ただ、そのおかげ?でどこか親しみやすいキャラクター性を獲得したのも事実だというのは、怪我の巧妙と言うべきか。完璧な司令官よりも、ちょっと抜けたところがある方が好かれる……というやつである

*11
同じくアニメ『トランスフォーマー』より、サイバトロンの戦士・ホイルジャックが発した台詞『みんな下がれ!早く!コンボイ司令官が爆発する!』から。一応、話の流れからしてシリアスな場面のはず、なのだが。声優の演技やらなにやらを含めた結果、妙に笑えてしまうシーンになってしまうのだった。上記の失敗フラグとセットにされることが多く、大抵の場合コンボイは迫真の『ほあああああっ!!』という断末魔と共に爆発する



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サスペンダーは外せ、話はそれからだ

「と、いうわけで~。オラの映画の再現が楽しめるコーナー、『体感!嵐を呼ぶ映画村!』だゾ!」*1

「お、おう?」

 

 

 元気に声をあげるしんちゃんに、それシネマランド……と言いそうになる私。……ゲーム版だし、知らん人も居そうだし。*2

 

 ともあれ、魔法の力の有効活用という点において、再現系は確かに強いと言えるだろう。

 現状のVR技術はまだ発展半ば、体感という面に置いては埋められない溝が、未だ大きく横たわっているわけであるし。*3

 

 ……『tri-qualia』?あれがフルダイブになるのはなりきり組だけな以上、こういうリアル脱出ゲーム?的なものにはまだまだ叶わないと思います。

 SAOくらいにまで技術が発展すれば、スペースの必要ない娯楽として急速に広まりそうだけども。……体感を含めて完全に……となると、今の技術じゃ高いわ場所取るわな専用機器必須、だしねぇ。*4

 

 ハード系全般に言えることだけど、ハードとは土台・基礎であるので、そこが広く普及しないことには、後に続くソフトを作る意味がなくなるのである。

 逆ザヤ*5なんて形で身銭を切ってまで普及を進める会社があったのは、結局ハードだけ売れても仕方ないから、という面もあるわけで。……転売屋が嫌われるのもさもありなん、みたいな話になりそうなので深掘りは止めておく。*6

 

 ……そういえば、スマートフォンを『ハード』と見なすのなら、世間にこれほどまでに広まっているハード……すなわちプラットホームというのも中々ない、みたいな話もあったっけ。

 今でこそ最早レッドオーシャンと化しているけれど、スマホ市場が夢のフロンティアだと思われていたのもさもありなん、というわけだ。

 ……まぁ、スマホはどこまで行ってもスマホ、処理能力の限界……というよりは排熱処理技術の進化待ち、みたいなところもあって、作れるソフトにはわりと限界があったわけなんだけれども。*7

 ……いや、これも真面目に語ると長くなるやつだな?ええい、スルースルー。

 

 とにかく。

 やっぱり体を動かすのが一番分かりやすく、それでいてコストが掛からない……というのは自明の理なのである。

 その上で、本来現実ではできないことを魔法で補助してしまう……というのは、最高に頭のいいやり方なのは一目瞭然ってわけなのだ。

 

 え、結論が雑?いいんだよ魔法なんて不思議パワー扱いで。

 変に理論とか決めちゃうと科学の延長線上みたいになって、できることに限りが生まれるからこれでいいんだよ。

 どこぞのツンギレな着物ジャンパーの人も言ってたでしょう、()()()()()()()()()()()()()()()んだって。……それは未来?いいんだよ似たようなもんなんだよ!*8

 

 

「お?なに百面相してるの、キーアおねいさん?」

「んー?いやね、ちょっと壁の向こうと交信をね?」

「ほうほう、デップーとかシュマちゃんみたいなものですな?」

「……今の一言で聞きたいことが二つほど増えたんだけど?」

「お?」*9

 

 

 虚空に向かって何事かをぶつぶつ呟いている危ない人……とか言われてしまいそうな状態だったからか、案の定しんちゃんにそういう声掛けをされてしまったので、軽くごまかしを投げたのだが。

 ……いや待ちたまえよしんちゃん。デップーとシュマちゃんとな?居るの?ここにも?あの二人が?

 

 わぁ厄介事の香りー、なんて言葉が思わず漏れてしまう。

 ……海外作品が初出のキャラでしょ、その二人。……こっちで発生したんならいいけど、海の向こうから船とかで渡ってきたとかだったら、アメリカin私、なんて胡乱気な話が始まりかねないんだけど?

 

 うわぁ、想像したくなーい。そもそもアメリカの描写がげふんげふん。

 ……あっちもあっちで、舞台にするととんでもねーことになりかねないので、できれば杞憂であって欲しいキーアさんなのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

『じゃ、始めましょうか。世界の運命を掛けたババ抜きを』

「あ、ここからなんだ」

BBA(ババ)抜きですってぇっ!?」

「ゆかりん、同じネタ二回目はどうかと思うよ?」

「……ゆっかりーん」

 

 

 こっちの世界の本人ではなく、魔法によって再現されたマカオとジョマが座る円形のテーブルに、三人のプレイヤーが着席を促される。

 ……人数が三人以下だとそのまま全員座るみたいだけど、数が多い場合は原作に沿うような感じの人が選ばれる、らしい。

 

 そんなわけで、ピンポイントそのまんまなしんちゃんが子供枠で、さっきからBBAネタを当て擦りまくっているゆかりんがみさえ枠に、それから今回の同行者で唯一男性なジェレミアさんが、ひろし枠で席に着くこととなった。……こういう場面で私が外野になるの、わりと珍しいね?

 

 まぁ、選ばれなかったのは仕方ない(有難い)ので、マシュとアンナさん、それからすっかり仲良くなったアルトリアとオグリの二人を伴って、プレイヤーとわけられた場所でモニターから彼らの応援をこなすとしよう。

 ……いつの間にか移動してるって?

 いやまぁ、まさかプレイヤーの後ろに立って観戦するわけにもいかないじゃん?

 一応魔法で当人達が持っているトランプの図柄は、持っている本人にしか見えなくなってはいるわけだけれども。

 ……うん、『鑑定』使えば見れるし、そりゃあ隔離もされるよね、というか。

 

 そもそもこの再現に関しては、本題はババ抜き終了後の追いかけっこの方にある。そっちは思い切り走り回る形になるので、今のうちにストレッチでもしておこう。

 ……え?ババ抜き側は一応内容再現も入るから、滅茶苦茶必死に夜が明けるまでどちらを引くのか迷うジェレミアさんが見れるかも、ですって?

 ……んー、初期の頃の彼ならいざ知らず、忠義に目覚めた後期ジェレミアさんが、そんな感じになるかなー?

 

 

「……せんぱい」

「ん、どしたのマシュ?」

「…………ジェレミアさんが、渾身にして迫真の優柔不断を見せ付けています…………」

「マジでっ!?……うわマジだ!!めっちゃガッツポーズしてる!!?」

 

 

 マシュからの言葉に、下を向いていた視線を上に向ければ、視界に入ったモニター内でジェレミアさんが渾身のガッツポーズをしているのが見えた。……ノリが良すぎやしないかいっ!?

 無論、そのあとの「わーい、ジョーカーが残ったー、オラの勝ちぃ~」というしんちゃんの台詞を受けてのずっこけも欠かさない。……みさえ役のゆかりんには気恥ずかしさが見えるあたり、ジェレミアさんの迫真っぷりが笑いを誘って仕方ない。

 流石はオレンジ卿、全力ですな(白目)

 

 ……ともあれ、これで前哨戦であるババ抜きは終了、ここからはみんなで走るだけ、である。

 走るの大好きオグリさんがスッゴい張り切ってるけども……。

 

 

「……『王の馬』じゃなくなってるんだから、空を走れなくなってるの忘れないようにね」

「ん?……ああ、そういえば。だがそこは考えがある」

「考え?」

「沈む前に一歩足を踏み出す、もしくは上昇速度が零になったタイミングで踏み込む。……いずれにしろ、今の私ならやれるはずだ」*10

「ジャパニーズ・ニンジャみたいなこと言い出すの止めない?」

 

 

 スキルによる空中走行はもう行えない以上、舞台である城を遥か高層まで駆ける形になるこの話では、足を滑らせるとそのまま落下する羽目になるわけで。

 一応、単純に落ちても怪我とかしないようにはなっているだろうけども、それでも危ないものは危ないので気をつけて欲しい……みたいな気持ちを率直に伝えたのだが、返ってきたのは斜め上の返答だった。

 

 机上の空論を再現しようとするのやめーや。

 ……ランスロットみたいなことができるのなら、わりとやれそうな気がしてくるのが困り者である。

 まぁ、見た目は恐らく空中を十傑走りかNARUTO走りするオグリ、という珍妙以外の何者でもないものになりそうなので、止めておくように言い含めておいたが。

 ……そもそもの話、映画のラストにあたるこの追いかけっこ、向こうが魔法を使えないのだから、こっちだって異能使うのは宜しくないだろう、作劇的に。

 

 

「まぁ、そのあたりは置いといて。───イクゾー!」

「はいせんぱい、ではまずは……」

「え、ナニナニなんなのデス?え、私の首根っこを捕まえて?構えて?」

「『魔界発現世行きバスガイド』、射出☆」*11

「はいっ!アンナさん、先行お願い、しますっ!!」

「なんなんデスかこの扱いぃぃぃぃっ!!?」

 

 

 ともあれ、こっちは競争の中心となる五人からは離れた位置にいる。……つまり、悠長なことをしていると、彼らの競争に混じれないまま、モブとして話を終えてしまうことになるわけで。

 そりゃあ面白くない。どうせ参加するのだから、派手に目立たなければ損、というやつである。なーのーでー。

 事前にマシュに念話して伝えた通り、彼女のスーツの襟首を掴んで投げ飛ばすことで、マシュを発射台にした簡易カタパルト・タートル作戦決行!

 

 妨害手段豊富なアンナさんを先行させておけば、こちらが追い付くのもやりやすくなる、というわけである。……ちょっと恨みとか混じってないかって?……いやー、どうだろね?

 

 そのあたりの話は、一先ず置いといて。

 投げ飛ばされたアンナさんは、空中で器用に身を捻って体の向きを変えると、『今日は厄日デス!!』などと叫びながら手札からカードをデュエルディスクにセット。

 ……ターン処理がどうなっているのかわからないが、どうやらこちらを気にせず走っていたマカオとジョマのターン経過は、さっくりしっかり行われたようで。

 伏せてから一ターン経ったセットカードが発動され、彼女の手の内に『鎖付きブーメラン』が現れる。

 未だ空中にいた彼女は、それを振り回して勢いを付け、そのまま近くの壁に投擲!

 見事に刺さったそれを支えにして、上へ上へと登っていく。……登山家というかターザンというか、なんにせよデュエリスト特有のデュエルマッスルっぷりである。

 

 なお、そんなこと言ってる私は、現在マシュにお姫様抱っこされながら驀進中。……うん、異能抜きだと身体スペック見た目通りのクソザコナメクジが私なので……。

 オグリに背負って貰うという手もなくはなかったのだけれど、マシュから強硬に『ダメです』の言葉が飛び出していたため、こういうことになったのであった。

 ……見た目そのままな体重ゆえに、対して苦になっていないようなのだけは救い、だろうか?

 

 ともあれ、こっから先は一歩通行だ、ひとっ走り付き合えよ、悪党!*12

 ……こっからじゃ聞こえないだろうし、そもそもお前も悪党だろうって?あーあー聞こえないー。

 

 

*1
『映画村』は勿論、実在の観光施設『東映太秦映画村(とうえいうずまさえいがむら)』のこと。日本のテーマパークの先駆けとも呼ばれる、時代劇をテーマにした施設

*2
ゲームボーイアドバンス用ソフト『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ シネマランドの大冒険!』及びそのリメイク作品であるニンテンドーDS用ソフト『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶシネマランド カチンコガチンコ大活劇!』のこと。発売時点での劇場版作品をテーマにしたアトラクション(大冒険の方は第12作『嵐を呼ぶ 夕陽のカスカベボーイズ』まで、大活劇の方は『ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者』まで。どちらも最新作に関してはミニゲームになっている)を、しんちゃんを操作してクリアしていく横スクロールアクションゲーム。子供向けなので、難易度はそこまで高くない。なお、『シネマランド』は『映画(cinema)の国(land)』の名前から分かる通り、『映画村』をオマージュした名前だろうと思われる。余談だが、開発元は『インティ・クリエイツ』。『ロックマンゼロ』シリーズや『蒼き雷霆 ガンヴォルト』シリーズで有名な会社である

*3
体感面もPS5コントローラーの『ハプティックフィードバック』やVRコントローラーなど、進展はしてきている

*4
現状のVRは主に6自由度(six degrees of freedom)、略称6DoFが主流である。これは、上下・左右・前後に動ける(=3自由度)のに加えて、それらの軸に回転を加えられる……すなわちそれぞれの軸の直線上から離れられる状態を指す。言ってしまえば360゜全方向動ける状態。……ただこれには語弊があり、実際はプレイエリアの外に出ることが叶わない(=ゲームと現実の動きがリンクしきらない、もしくは移動に関して制限がある)ため、真に自由とは言い難いところがあったりする。それを解消するために生まれたのが、『歩行型VRデバイス』である。簡単に言ってしまえば、足元を180゜どちらにも歩けるルームランナーにした筐体。腰の部分に支えを付けることによって、現状では一番体感性が高いコントローラーになっている。……のだが、高い(初期型約100万円、家庭向けの廉価版が21万円、どちらも機器代金のみのため、ゲームをするのに別途料金が必要。一応ゲームパス形式ではあるが)

*5
仮に漢字で書くのなら『逆差也』。鞘は当て字。相場に置ける価格差を示す『サヤ』という言葉に『逆』を組み合わせたもので、売値より買値が高い状態のこと。要するに利益が出ない状態

*6
ハードがそのものに価値がある(例・安価なDVDプレーヤーとしても重宝されたPS2など。当時はDVDの普及前であったため、プレーヤーの価格は8万円台だったりしたが、当時のPS2は4万円ほど、DVDが見れる上にゲームができてこの値段なので、大いに売れてDVD普及にも貢献した、とされる)場合でも、単純にハードだけ売っていては利益にならないというのはよくあること。付随する専用品の方が重要、というのは結構な商品に共通する売り方でもある

*7
世界で人気のゲーム『原神』だが、Android版の推奨スペックは『Snapdragon845もしくはKirin810・それより性能が上のCPU』『4GB以上のRAM』『AndroidOS 8.1以上』となっている。2018年発売の『Sony Xperia XZ3』が大体推奨スペックくらいだが、『原神』をやるには若干役不足である(幾つかカクつく)。オープンワールドかつ3Dだと必要な処理能力がはね上がるため、排熱機構を巨大化できない(=排熱に制限がある)スマホでは、どうしても限界があるわけである。そもそもAndroidは機種間の差が大きい、というのもあるが。スマホでゲームしたいなら素直にiPhoneにしておけ、はそこら辺に理由があったりする(画一化しているためスペック差がなく、対応も一種だけでよいので簡単)

*8
『空の境界』の主人公・両儀式の台詞『未来ってのはあやふやだから無敵なんだ。けどさ。それにカタチがあったら、壊れちまうのは当然だろう』から。そんな理論は『生きているのなら、神様だって殺してみせる』と言える貴方くらいにしか通じない理論だと思います。なお、不思議パワーが理論があやふやな方がいい、というのは本当の話。魔法のような万能性を謳うものは、変に体系化すると、できることに制限ができてしまったりするので。まぁ、そこら辺かっちりしながらなんでもできる、みたいなのも中にはいるわけなのだが

*9
『マーベル・ユニバース』より、デッドプールとシュマゴラス。デッドプールは自身が主役であり、シュマゴラスの方は『ドクター・ストレンジ』のヴィランである。……なお、シュマゴラスもといシュマちゃんの方は、()()ドクター・ストレンジの敵対者の一人であることからわかるように、普通にヤバめの存在なのだが。……向こう(アメリカ)では影が薄い。日本では萌えキャラ扱いされるほどに人気だというのに、凄まじい差である。なお、シュマちゃんの見た目は某いあいあしそうな邪神達に近いタコ型。……日本人は未来に生きてるな(白目)

*10
前者は『水上走り』の理論。粘性の高い水ですら時速100km以上いるというのだから、空中を走るにはどれだけの速度が必要なのやら。後者は『るろうに剣心~明治剣客浪漫譚~』より、雪代縁の技の一つ『疾空刀勢(シックウトウセイ)』。自身の能力である狂経脈(きょうけいみゃく)によって研ぎ澄まされた感覚を使い、跳躍と落下の力が吊り合ったタイミングで自身の得物と筋肉によって宙を跳ねる。……なに言ってんだお前感溢れる技

*11
『遊戯王OCG』のカード、『カタパルト・タートル』によるモンスターの射出を模したもの

*12
『とあるシリーズ』より『一方通行(アクセラレータ)』の台詞と、『仮面ライダードライブ』より主人公・泊進ノ介の決め台詞から



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結末はしんみり、続く道はしっかり

「……長ぇ!!」

「確か、参加人数にあわせて難易度が変わる、みたいなことを言っていたな」

「それもう再現じゃないじゃん!リメイクじゃん!」

 

 

 なんか走らされる距離が多くないか?

 ……という疑問と共に放たれた言葉は、横で楽しそうに走るオグリの言葉によって肯定される。

 その説明されたのいつだよ、感がなくもないが、まぁ私がぼーっとしていて聞き流したのだろう、たぶん。

 ……まさかのボーちゃんポジが私だった……?*1

 

 いやまぁ、ボーちゃんも大概万能なところのあるキャラだから、万能繋がりで当てはめられてる可能性はなくもない訳だけど……。

 そうなると、他のかすかべ防衛隊も当てはめられるのか、という疑問が浮かび上がってくる。

 

 ……なんだけど。

 その当てはめ、初っぱなのマサオ君*2で頓挫するわけで。……泣き虫?いたっけ、この中に泣き虫キャラ?

 うーん、泣き虫キャラと言われて思い当たるキャラが、現状のメンバーに見当たらない気がする。

 ということは、やっぱりかすかべ防衛隊には当てはめられていな……いや待った、別の角度から考えるんだキーア。

 

 マサオ君の特徴といえばなんだ?……そう、調子に乗ると()()()()ことだ。

 この『豹変する』という面に焦点を向ければ、一人当てはまる人物がいることに気がつくはず。……いや、今ここにいる彼女が当てはまるかと言われると、微妙に首を傾げざるをえないわけだけども。

 ……勿体ぶる必要もないので答えを言うと、マサオ君に相当するのは恐らくオグリキャップ、彼女だろう。より正確にいえば、漫画版の彼女と言うべきか。

 

 彼女が主人公である漫画版『ウマ娘 シンデレラグレイ』における彼女は、『名前にプリティがない(プリティじゃない)』と言われるほどに鬼気迫る表情を見せるキャラクターである。

 ともすれば、

 

首位(くび)おいてけ

 なあ

 現状首位(たいしょうくび)だ!!

 現状首位(たいしょうくび)だろう!?

 なあ現状首位(たいしょうくび)だろおまえ」*3

 

 ……とかなんとか、お前どこの薩摩もんだよと言いたくなるような台詞がよく似合う表情を見せるのが、漫画版のオグリなのである。……あの作品に関しては他のキャラも似たようなもんだろうって?知らなーい。

 

 ともあれ、普段が他の関連作のオグリの性格とそう変わらない辺り、漫画版の彼女に関しては『豹変』という表現を使うのも吝かではないのではないか、ということだ。

 ……というか、泣き虫までいかずともわりと気弱な部分があるのも漫画版だし、ここでの『マサオ君=オグリ』は、漫画版を基準に当てはめている可能性は高いと言わざるをえまい。

 あ、あとよくおにぎり呼ばわりされるマサオ君なので、食べ物繋がりってのもあるかも。……オグリは食べる方?ははは(笑ってごまかすの図)

 

 ともあれ、めでたくマサオ君を当てはめることができたので、この調子でさくっと他のメンバーも当てはめてみよう。

 ネネちゃんに関しては……うーん、なんとなくマシュかな?ほら、つい最近の『冷静さを欠こうとしている』のとか、『いつものマシュじゃない』って感じだったし。*4

 風間君は……なんとなくアンナさんかな?無茶振りされてる感じがなんとなく似てるような。

 

 ……うーん、アルトリアが余ってしまった。

 かすかべ防衛隊は五人組、しんちゃんがそのまま本人なのもあって、人数多いと当てはめられ……もしかして、アルトリアはあいちゃん……?*5

 

 そんな感じに脳内であれこれ考えながら百面相をする私に、マシュが首を傾げていたのだった。

 

 

 

 

 

 

『んもう、しつこいわね!』

『しつこいやつは嫌われるのよ!』

「敵に嫌われることを進んでやってこそ、ですので。──跳びますよ、紫様」

「うわっ、ちょっ、まっ、ちぇんすとっ、……~~ジェレミア!!控えめで!控えめでお願いっ!!」

「承知しました」

『あら素直』

『ラブラブねぇ』

「ちーがーうーーー!!!」

 

「……なにやってんのあの人達」

「さあ……?」

 

 

 ようやく追い付いたのは、やけになっがい階段を登りきった先、城の中でのこと。

 

 強制スクロールステージみたく、空間が魔法であちこちに繋がっているのか、右に向かって出ていったジョマが上から降ってきたり、正面を突き進んでいったアンナさんが窓の外を落ちていくのが見えたり……と、かなりはちゃめちゃなことになっているのが窺える。

 そんな中、メイン扱いの三人(しんちゃん・ジェレミアさん・ゆかりん)のうちの二人、夫婦役のゆかりん&ジェレミアさんが、マカオとジョマにからかわれているのが目に入った。

 ……うーむ。ゆかりんってばロマンスグレーなおじさまを眺めるのが好きなところあるから、ジェレミアさんは年齢的に対象外なのだろうけど……。

 

 

「もうちょっと年嵩が増せば、いい感じに好みの人になるから慌ててる、と見た」

「そうなんですか?」

「ちょっとぉっ!!?聞こえてるわよぉっ!!?」

 

 

 ちっ、耳聡い。

 ゆかりんがおじさま大好物なのは、親しい人間以外には秘密な話だが。……それが何故かと言えば、どうにも『境界を操る程度の能力』で特定ワードに関してだけ反応するように、なりきり郷内に糸のようなものを張り巡らせているから……である。……滞空回線(アンダーライン)かな?もしくは鳴子?*6

 どっちにせよ能力の無駄遣い感が半端ないが、実際は『能力に枷を付けると影響範囲を広げられる』みたいな検証に役立っているらしく、こちらからはなんにも言えないというのが現状である。まさに職権!乱用!

 

 ……ともあれ、ゆかりんがジェレミアさんを殊更にちぇんと呼ぶのは、基本的に照れ隠し……というのは覚えていていい事実だろう。

 なお、それを彼女にバレないように言いふらしまくっているのが私である。まぁ、ちょっと本気を出せばこれくらいは、ね?

 

 

「人のこと職権乱用とか言っておきながら、そっちも大概じゃないのっ!!?」

「うるへー、魔王相手に喧嘩売っといて、無傷で帰れるとか思ってんじゃねぇー!!」

「きぃーっ!!」

 

「……言ってることは物騒ですが」

「両方とも抱き上げられた形なのは、格好が付かない感じだな」

 

 

 前回の『赤裸々キーアの秘密暴露大会』については許してないんだぞ、というような主旨のことを叫びつつ、あっかんべーをする私と、じたばたと顔を真っ赤にして暴れるゆかりん。

 ……端からみると子供同士の喧嘩にしか見えないけど、ご安心下さい(?)。どっちもこの組織内ではトップクラスの人物ですよ。……どこぞの攻略本みたいだな?*7

 

 あと外野のアルトリアとオグリの二人。

 それも踏まえて遊んでるようなもんなので、ほっといて下さい……。

 

 

「んもー、みんな違うことして遊んでちゃダメなんだゾー!?」

「しんちゃんさんの言う通り!今は目の前に集中、デス!!」

「居たんだ、アンナさん」

「居ましたよ!!?確かに落っこちましたけど戻ってきましたよ!!?なんで唐突に空気(三沢)みたいな扱いになってるんデスか!?訴えますよ!?……デス!」*8

「語尾がどんどん取って付けたようなものに……」

「遊戯王の語尾ってわりと無理があるものが多いわよねー、ザウルスとか」*9

「やかましいデスッ!!」

 

 

 おおっと、しんちゃんに怒られてしまった。

 まぁ、現状とは全く関係ないことで、あれこれと騒いでいたのだから仕方ない。

 わりとリーダーシップ溢れるしんちゃんなので、破天荒に見えてもこういうところはしっかりしているわけだ。

 それとアンナさん、デュエリスト+影が薄い=三沢は当然の公理、そもそも存在感の薄いデュエリスト自体が特殊なんだから、ある意味称賛みたいなもんなのですよ?……あ違った、()()よ?

 

 

「人の語尾を取るなデスっ!!あーもう、後で追加報酬を要求するデスッ!!」

『ちゃんとできたら考えておくわよ』

『この場合の()()()()とは、貴方が私達を打ち倒すこと、だけど』

「無理ゲーじゃないデスかっ!!?」

 

 

 おおっと、まさかの飛び火。

 アンナさんの追加報酬獲得条件が唐突に決められたけど、その内容は『コピーマカオとジョマの打倒』。

 

 ……コピーと言えど、相手は劇場版のラスボス枠。正面から打ち倒すのは、ほぼ不可能に近い。

 そうなれば、取れる手段は原作のやり方、ジョーカートランプをステンドグラスに掲げる……ということになるけれど。

 そっちはそっちで、幼稚園児からカードを強奪する大人、という人の尊厳を捨てるような行為を取る必要があるわけで。

 うーん、遠回しなボーナスカット宣言。

 

 え?デュエリストなんだから普通に倒せるんじゃ、ですって?

 甘いなワトソン君、デュエリスト技能も一応『異能』の範疇ではあるんだよ?*10

 単に移動やちょっとした妨害に使う分には、お目こぼしが与えられているというのが現状。……そこから逸脱するつもりなら、相手側だって縛りを破るのは必然、というわけである。

 

 ……え?ヘンダーランド内では二人は魔法を使えないんじゃないのか、ですって?

 ははは、よーく見たまえ。そこにいるのは本人達ではなく、本人達のコピーである。

 

 ……言いたいことがわからない?

 じゃあまあ簡潔に言おう。そこの二人は()()()()()()()()()()()()()()()()なので、使おうと思えば魔法を使えます。

 もう少し詳しく言うのなら、なりきり郷の更にヘンダーランドの中のみという、かなり限定された範囲のみにおいて稼働できる、原作の彼女達を模した魔法体。 

 それが、今私達の目の前にいる二人のコピー、正式名称『マカオとジョマMark.2』なのである!……昭和のロボットみたいって言ったやつ、後で校舎裏な。

 

 元々は、郷の中だとなんにもできない二人を可哀想に思ったどこかの誰か(ダレダロウナー)が、自身の精神の一区画を操作に割り振ることで作動させられる人形……スキルニルとかコピーロボットとか*11を参考に作った、一種の活動用外装。

 それこそが、目の前の二人の本当の姿、通称ドッペルゲンガーなのだ。*12

 

 そのため、この二人にはなりきり組の方の二人のような制限はない。あくまでも、設定を守って魔法を使っていない、というだけである。

 ……まぁ、二人と違ってヘンダーランド(ここ)にしか存在できないのだけれど。

 

 ともあれ、アンナさんがデュエリスト的なパワーを総動員して立ち向かうのなら、相手側も大人げなく本気を出して、ラスボス魔法使いパワーでストロングに捩じ伏せてくるのは確実。

 ……強いデュエリストではあるものの、伝説になるような人達と比べると一歩劣る彼女では、文字通りの無理ゲーなのが、今回のボーナス条件なのである。

 ───お労しや、アンナ様。*13

 

 

「……やってやろうじゃねぇかよこの野郎!!デスッ!!」*14

「あっ、突っ込んでいった」

 

 

 進退窮まった結果、突撃を選んだアンナさん。

 無論、予想通りに彼女は玉砕していったのだった。ムチャシヤガッテ……。*15

 

 

*1
『クレヨンしんちゃん』に登場するキャラクターの一人。いつも鼻水を垂らしてぼーっとしている人物で、口癖も「ボー」。わりと天才肌なところがあり、そういう面からかしんちゃんとは一番の親友に近いような描写が幾つかある。また、彼の鼻水はモノを掴んだりもできる特別製

*2
『クレヨンしんちゃん』のキャラクターの一人、佐藤マサオ。髪型がボウズ頭かつ三角っぽいため、時々おにぎり扱いされることがある。性格は基本的に気弱でツッコミ体質だが、時々調子に乗る(キャラが変わる)ことがある

*3
漫画『ドリフターズ』より、島津豊久の台詞。妖怪首置いてけ。滅茶苦茶物騒な台詞だが、昔の薩摩隼人的にはわりとお上品な方かも、なんて衝撃的な考察をされることも(切り捨てる前にちゃんと大将首であることを確認しているから、とか)

*4
『クレヨンしんちゃん』のキャラクターの一人、桜田ネネ。普段は普通の女の子だが、ストレスが一定量貯まると、懐からうさぎのぬいぐるみを取り出して殴るというストレス解消法を取ることがある。その姿を見られた時の相手側の台詞が『いつものネネちゃんじゃない』。なお、この癖は母親から受け継がれたものだったり。なお、殴られている方のぬいぐるみは余りに殴られ続けたことで、ホラーじみたキャラに変貌してしまったりしている。まぁなぐられうさぎなどと呼ばれるようになってしまえばさもありなん

*5
『クレヨンしんちゃん』のキャラクターの一人、酢乙女あい。実はアルトリアと声優が同じ。なお性格は似ても似つかない(金持ちのわがまま系なため。一応自分の間違いを認める素直さもなくはない)

*6
『とある』シリーズより、学園都市中に5000万機ほど散布されている、70ナノメートルのシリコン塊のこと。学園都市の内部を監視するシステム。情報を量子信号によってやりとりしているため、外から傍受することが非常に難しい(迂闊に観測すると量子の性質的に情報が変質するため。その辺りの詳しい理論は『量子力学』などを参照)。学園都市統括理事長・アレイスターが暗躍できる理由の一つ。天網恢恢疎にして漏らさず……はちょっと違うか

*7
ファミ通の攻略本の帯に付いている謳い文句『大丈夫。ファミ通の攻略本だよ。』から。大丈夫じゃないことが多い(誤字・脱字・情報の誤り・酷いとよその攻略サイトの丸写しなど)ため、『大丈夫?ファミ通の攻略本だよ?』などと揶揄される

*8
『遊☆戯☆王GX』より、三沢大地のこと。初期は主人公の十代のライバルとして頑張っていたのだが、『三沢くん、いたの?』という扱いに端を発し、次第に出番が減っていき最終クールでは完全に居なくなってしまった。……一応擁護すると、普通に優秀であるため劇場版の出来杉君(ドラえもん)のようにトラブルを解決してしまう可能性があること・一行の中では一番最初に自立した(結果異世界に残留した。四期に居ないのはそのせい)など、決してダメだから居なくなった、というわけではない。……まぁ、万能系のキャラクターは使い辛いというのは、作劇の中ではままあることなので……。なお、オープニングで彼の横に居た『炎の龍(ハルマゲドン)』は、本当の意味での空気だったりする(作中にオープニング以外で出てこない。カード化もしていない)

*9
同じく『GX』より、ティラノ剣山のこと。後期シリーズで増えた恐竜使いだが、他のキャラに負けず劣らず濃ゆいキャラをしている(洗脳攻撃が失った足の骨の代わりに使われている恐竜の化石による恐竜パワーで効かない・語尾がドンとかザウルスとか・スペースザウルスに進化するドン!etc……)

*10
『初歩的なことだよ、ワトソン君』は、シャーロック・ホームズのお決まりの台詞……だが、原作では言ってない。『初歩的だよ』と『親愛なるワトソン君』という二つのフレーズが合わさった結果のものだとか

*11
どちらも人を模倣するもの。『スキルニル』は『ゼロの使い魔』、『コピーロボット』は『ドラえもん』などが有名か

*12
ドイツ語『ドッペルゲンガー(Doppelgänger)』。自己像幻視と呼ばれる現象。英語だと『ダブル(double)』なので、言葉の響きが違うなぁ、となること請け合い……だったのだが、今では普通に『doppelganger』でいいそうな

*13
『鬼滅の刃』継国縁壱が兄に対して発した台詞

*14
『夢対決!とんねるずのスポーツ王は俺だ!!』において山田哲人氏が発した言葉、『ヒダリデウテヤ(要するに煽り)』に対して杉谷拳士氏が返した台詞。挑発に乗ってはいけない(戒め)

*15
2ちゃんねるのとある板の『どうせ暇だから女の子にキモメール送り付けようぜ』というスレにおいて、タイトル通りの行為を取った者に他のみんなが送った言葉が元ネタ、らしい。なお、送った本人はそのあと消息不明。まさに無茶しやがって、である



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いつもここから

「わーい、オラ達の勝ち~」

『うーん、相変わらず勝率悪いわねぇ』

『最後に悪が負けるってお約束とはいえ、たまには勝ちたいわよねぇ』

「……ボロ雑巾になっている私には言及なし、デスか」

 

 

 アンナさんと『マカオとジョマMark.2』の対戦が白熱する最中、ちゃっかりステンドグラスまで進んでいたしんちゃんが、ジョーカーのトランプを掲げたところでタイマーストップ。

 完走した感想ですが(激ウマギャグ)、周りが無茶苦茶やってる中で堅実に自分のやるべきことをこなして見せたしんちゃんは、中々に渋いと思います。……非の打ち所のない感想文ですね、ありがとうございます。*1

 

 

「いや~それほどでも~」

「ここのしんちゃんは大体褒められてるよね」

「そうですね、しんちゃんさんは立派な方だと思います」

「お?……おー、マシュちゃんにまでそういわれてしまうと、ちょっと照れますなぁ~」

 

 

 ……うん、中の人成分のおかげなのか、はたまた最近のしんちゃんが基礎となっているからなのか。*2

 ここのしんちゃんは、基本的に原作みたいに「褒めてない」というような、お決まりの流れになることが少ないように思う。

 原作の彼がダメ、というわけではないが……まぁ、少なくとも私達の前では『良い子』らしくしてくれている、というのは確かなようだ。……ゆかりさんとか、原作しんちゃん節で口説かれてたみたいだし。

 

 

「キーアおねいさんが、鋭いところをついてくる……そこはびんかんだからダメぇん~」

「……照れ隠しだってバレバレだよー」

「おおぅ、子供相手に容赦ないゾ……」

 

 

 こっちではあまり見ないげんなり顔のしんちゃんに、思わず笑みが溢れる。

 うーん、頑張ってくれたようだし、時間的にもいい感じだし。

 だったらまぁ、ごほうびをあげなきゃね。

 

 

「……お?なになに?」

「もう三時だし、おやつにしよう。さっきのレストラン、おっきなパフェとかあったみたいだし」

「おー、ふともも~!」

「それを言うなら太っ腹、でしょ」

「おお、そーともゆー」

 

 

 ボロ雑巾と化していたアンナさんに手を貸して立ち上がらせつつ、他のみんなにも確認を取る。

 ……お昼を取ってから、ほぼずっと動き続けていたのだからお腹もいい感じに空いていることだろう。……まぁそもそも、甘いものは別腹……なんて言葉もあるので、いつでも食べには行けるだろうし。

 

 

「逆憑依してよかった、って思うことが一つあるのよね」

「ん?なになにゆかりん?いきなりカミングアウト?」

「ちゃうわいっ」

 

 

 そんなことを思いながら、Mark.2達が魔法で砕けた瓦礫やらなにやらを元に戻していくのを眺めていると、隣に立ったゆかりんから声が掛かる。

 

 このタイミングで話、とな?……雰囲気的にあんまり重要な話ではなさそうだけど、それはそれでなにを話に来たのか、という感じにもなるわけで。

 なので、場所的にも結構高い位置だし、なりきり郷住民達に向けてカミングアウト……もとい妖怪の主張でもするのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。*3

 ……いやまぁ、氷の妖精とか傘のお化けとかでもないのだから、彼女に殊更に主張すべきものなんてないとは思っていたのだけれども。*4

 被せ気味に違うことを主張してくるのは、ちょっと予想外である。……さっきのジェレミアさん云々の話、まだ根に持ってたりする?

 

 

「ちーがーうーっていうかそれは置いとけー!!」

「ええー?友人に春が来そうだ、とか盛大に祝わにゃ損じゃん?画面越しに侑子も呼ぶ?」

「ええいこの口かっ、この口かこのっ、このっ!!」

いひゃい(痛い)いひゃい(痛い)ほへんっへはひゅはひん(ごめんってばゆかりん)

 

 

 そうしてちょっと調子に乗ってからかってたら、ゆかりんに両頬を引っ張られることになってしまった。……古典的かつ定番なやり返し方である。

 お互い見た目が幼女だから、なんというか絵面はほんわか、って感じだろうけど。……マシュ、後でその写真は没収。

 

 そんなぁ、と泣き崩れるマシュを横目に、こちらから手を離したゆかりんへ、改めてなにを言おうとしていたのかを問いかける。

 

 

「……え?……あー、そうそう。逆憑依になって良かったこと、よね?」

「ジェレミアさんと出会えたこと……」

「それ以上ふざけたことを宣ってみなさい?幾ら貴方とは言え後が怖いわよ」

「……ちょっとしたおふざけなのに」

「ふざけ倒すでしょうが、ほっとくと」

「そりゃお互い様だ」

「んんっ、ごほんごほん」

 

(ごまかしたな……)

(ごまかしましたね……)

(憑依前はさぞ、デス……)*5

 

 

 ……外野三人(オグリ・アルトリア・アンナさん)からのシラーっとした視線を浴びながら、ごまかすように咳き込むゆかりん。

 いや、うん。問題児云々なら、私だけじゃなくゆかりんだってその区分に入る……ってのは本当の話だし。そりゃまぁ、ここではスレ主として頑張ってるみたいだけども。

 

 そもそもの話、このゆかりんは酒呑みぐーたらスキマ妖怪……という風に呼ばれることが多いタイプの、わりとテキトーな性格の人物だったのである。

 酒を呑んでも愚痴を溢すことこそなかったものの、呑んで歌って呑んで騒いで……みたいな、とにかく賑やかなタイプの人物……というのが、本来の彼女なわけである。

 ほぼオリジナルなこのゆかりんも、その大本部分に付いては受け継いでいるはずだから、こうして生真面目に頑張っているのは、相当に重荷になっているのではないか?……と私は愚考するわけだ。

 

 なので、彼女の負担を減らすように、色んなお願い事を聞いたりしている……というわけなのである。

 そう、つまりは、だ。

 

 

「こうしてゆかりんを弄るのも、肩肘張った貴方の心を解すために、というわけでですね?」

「よーし言いたいことはそれだけー?じゃあ私ちょっと本気だすから避けないでねー?」

「うるせー!うちの名無しやってる時の所業、忘れたとは言わせねーぞテメェー!!」

「うるさーい!!それはそれ、これはこれ、なのーっ!!」

「んなもん許されるかーっ!!」

 

『……ねぇちょっと、怪獣大決戦みたいなことになってるんだけど?』

『これ、後で経費で落ちるのよね?というか賠償?』

「ああはい、こちらで受け持ちますのでご安心を」

『あらやだ、クールでイケメンなのね』

『嫌いじゃないわ!嫌いじゃな、げふぅっ!!?』

『マ………マカオッッッなっ……なんで…………』

「なんでもなにも、他人がすでに唾付けてるものに更に唾付けようとしたら、そりゃ戦争にしかならないデスよ。忌憚のない意見ってやつデスね」

「あの、アンナさん?」

「……はい?……そう言えばアルトリアさんから話し掛けられるの、実は初じゃないデスか?」

「そ、そうでしたか?……いえ、そうじゃなくてですね?」

「……?……はい、なんデス?」

「その、先程の言葉で、アンナさんも巻き込まれるフラグが立ったのではないかと……」

「……こういうの、口は災いの元って言うんデスn()ぐわあああーーーーッ!!」

「あ、アンナダイーン!」*6

 

 

 つい本気になって喧嘩し始めてしまう私達と、次第に巻き込まれる周囲の人々。

 ……この無意味な闘争は、しんちゃんの「もー!!二人ともいい大人がみっともないゾー!!」という言葉が聞こえてくるまで続いたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「はい、親しき仲にも礼儀あり。以後気を付けます……」

「なりきり郷の長として、恥じぬ態度を心掛けます……」

「はいマシュちゃん録音は?」

「バッチリです、しんちゃんさん」

「んもー、さん付けはいらないんだゾ?マシュちゃんの方が年上なんだから、気軽にしんちゃん、でいいんだゾ!」

「え?……あ、はい。しん、ちゃん?」

「なぁ~にぃ~?」

 

 

 目の前で行われるお約束を、ゆかりんと揃って正座で眺める私。

 ……お互いに能力まで使って行われた大人げない喧嘩は、結果として用意されていたセット……もとい、ヘンダーランドの城部分の大半を崩壊させる大惨事となっていた。

 幾ら郷の内部では人死に至るような怪我は発生しないとはいえ、あんまりにも暴れすぎだったため、能力で修繕を行ったあと、自然と反省タイムが設けられたわけである。

 

 ……うん、まあ、なんというか。

 つい先日の運動会といい、その前のハロウィンといい。

 ……能力を使う機会が多くなったせいか、どうにも喧嘩っ(ぱや)くなってしまった感が否めない最近の私である。……こうして反省の時間を設けられたことは、ある意味良かったと言えるのかもしれない。

 

 

「元はと言えば貴方が挑発してくるからでしょうが……」

「心配してたのはホントだよ?ゆかりんあんまり上に立ちたがる人じゃないし」

「……いやまぁ、そりゃそうなんだけども」

 

 

 責任感はあれど、出来うるなら背負いたくない……みたいなのが、彼女の中の人の性格であった。

 ここのゆかりんが、『東方project』の八雲紫でありつつも、『なりきり板のゆかりん』でもある以上、今は押し込められているその人格は、今のゆかりんを構成するものとして確かにあるはずなわけで。

 ……まぁ、無理してるんじゃないかなー、とは思っていたのだ。八雲紫分のが強いから、こうして真面目に長というか社長というかをやっている……というところもなくはない、というか。

 

 お酒飲みたいとか遊びたいとか、ストレス解消を願う言葉が漏れていたのが良い例。

 なのでまぁ、今回のおでかけには彼女のリフレッシュを目論む面もなくはなかったわけである。

 ……その辺の誘導が下手くそな私のせいで、結局ただ暴れまわるだけになったわけだけども。

 

 

「あーもう、いいのよ私八雲紫なんだから、暗躍して隠し事してってのは必然みたいなもんなんだから」

「……五条さんに未だに謝りに行けてないって、この前酒飲んで愚痴ってたのに?」

「グワーッ!!?」

「おおっ、断末魔ー」

「それは喜ばしげに聞くものなのでしょうか……?」

 

 

 ……私も大概だけど、ゆかりんも大概。

 べろんべろんに酔っぱらったら泣き上戸と化して、本音をぶちまけちゃうようなキャラなのだから、意地なんぞ張るもんじゃないのである。

 

 そういうわけで、こちらの言葉に撃沈したゆかりんをジェレミアさんにお任せしつつ、待たせに待たせてしまったしんちゃん達を連れてレストランに向かった私は。

 ……さっきのお昼、オグリが遠慮していたことに気付かなかったために酷いことになるのだが……まぁ、これも必要経費ということで……。

 

 

*1
とあるRTA動画投稿者の〆の挨拶など、基本的にはTAS・RTAなどでよく目にする流れが元。タイマーストップするのはコントローラーから手を離した時……なので、ゲームによってはそこから触ってないけどクリアする、みたいなこともある(例・SFC版ドンキーコング2でのラスボス戦など)

*2
初期の漫画版『クレヨンしんちゃん』は、掲載紙(漫画アクション)が大人向けにあたるものだったため、どちらかといえばしんのすけはトラブルメイカー、内容もブラックユーモアに溢れるものだった。アニメ放送と共に路線が徐々にファミリー向けに変わっていき、現在のキャラ付けとなっていった

*3
TBS系列で放送されていたV6のバラエティ番組『学校へ行こう!』内のコーナーの一つ、『未成年の主張』から。V6メンバーのうち二人が見守る中、学校の屋上から生徒が思いの丈を叫ぶ、というもの

*4
『東方project』シリーズより、チルノと多々良小傘のこと

*5
『fate/grand_order』のイベントの一つ、『二代目はオルタちゃん ~2016クリスマス~』にてエミヤが他の三人(ジャンヌ・サンタオルタ・天草四郎)から言われていた台詞から。プレイボーイ味を匂わせていくエミヤなのであった

*6
『怪獣大決戦』は同名のタイトルが幾つかある(ゴジラやウルトラマン)、『クールでイケメン』云々はマカオとジョマの好みがクールな人であることと、『劇場版 仮面ライダーW FOREVER A to Z / 運命のガイアメモリ』の泉京水の台詞『イケメンで強いのね!嫌いじゃないわ!』から。その後のジョマの台詞は『バキ』の『ガ………ガイアッッッ』から。アンナさんの台詞は『タフ』の鯱山十蔵の台詞『忌憚のない意見ってやつっス』から。最後は『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』から、クロコダインに纏わるテンプレ(敵の攻撃を受けて「ぐわあああーーーーッ!!」するクロコダインと、彼を心配する仲間メンバー、というもの)




八章終わりでございます、いつものが始まります


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幕間・スキマ妖怪休みを貰う、の巻

 あらすじ。

 タイトル通りだ、以上!

 

 

「……え、雑」

 

 

 脳内を滑り抜けていった謎の言葉に、思わず困惑の言葉を吐く私。

 前回のヘンダーランドの一件以降、執拗なまでに休みをとれー休みをとれーと部下達から迫られた結果、降ってわいた休日が今日……ということを、前日放り込まれたベッドの中で思い出しているのが、皆さんご存知八雲紫なわけでありまして。

 

 うん、うん。……うん?

 ……休みの日って、どうやって過ごせばいいんだっけ?

 

 

『わぁ、八雲さんったら仕事人間の典型的台詞ですね!あまりの重症っぷりに、思わずBBちゃんも閉口して処置なし、と判子を押してしまうところです!』

「わっ!?……び、BBちゃん?なんで私のところに……」

 

 

 ベッドの上で首を傾げていたら、枕元に置いていたスマートフォンから聞こえてきた女性の声に、思わずびっくりして。

 そうして振り返った先では、彼女(キーアちゃん)の後輩でもあるAI・BBちゃんが、ホログラムの体でこちらに笑みを向けてきていたのだった。

 

 ……言いたいことは色々とあるけれど、まずは一つ。

 私のスマホには、ホログラム投影機能なんて無かったはずなんだけど。

 それ、どうやって飛び出してるの……?

 

 

「まさか壊したりしてないでしょうね……?」

『ノープロブレム、一切問題ナッシングです!……というか、仮にもこのBBちゃんを捕まえておいて、データが壊れた心配とかちゃんちゃらおかしい話だ……ということに、一番最初に気付くべきだと思いますよ?』

「……あー、あー……?」

『……えぇっと、もしかして……まだ寝ぼけていらっしゃいます?──それは重畳。実はこうして長々と引き伸ばしている朝のBBちゃんトークが、まさに姑息な時間稼ぎ、と気付かれずに済みそうでなによりです!』

「時間、稼ぎ……?……はっ!!隠しフォルダ!!?」

『おっと気付かれてしまいましたか!ですが残念、既に中身は一切合切きっちりコピペして、せんぱいに送信済みです♡安心して絶望してくださいね、ゆ・か・り・さ・ん?』

「ああああ!ああああ!あああああ!あーーーー!」*1

『……いや、絶望しろとは言いましたが、この世の終わりみたいな本気の叫びをあげられても、BBちゃん困っちゃうといいますか……』*2

 

 

 よもや壊してないだろうな、という問い掛けは、そもそもに目の前にいるのが電脳魔──電子の世界においては無敵に近い存在であるということが、寝起きの頭の中からすっぽり抜け落ちている……という事実を示される形で返ってくる。

 ……要するに、スマホの中身を丸ごとすっぱ抜かれた、というわけで。……おのれディケイドォッ!!*3

 

 

『世界の破壊者さんも、とんだとばっちりですね☆さて、目覚めの頭の運動もお済みのようですし、いい加減ベッドから降りては如何ですか?』

「……そうしたいのは山々なんだけど、結局なんで貴方私のところに居るの?」

『ええ……?全然頭回ってないじゃないですか……しっかりしてください八雲さん。ほんの先日・つい昨日のことなんですから、サクッと思い出せないのは記憶力的にも不味い状態ですよ?』

「昨日?昨日……」

『あ、これ回想フラグですね。八雲さんなのでほわんほわんほわんゆかゆか~、とかでしょうか?』*4

 

 

 BBちゃんの揶揄を聞き流しつつ、私は昨日の記憶を探る───。

 

 

 

 

 

 

「……え、お休み?」

「その通りです、紫様」

 

 

 いつものようにスキマで部屋から直行して、社長椅子……もといスレ主椅子に座った私に、ジェレミア(ちぇん)が始めに発したのはそんな言葉だった。

 少し離れた位置では、()もこちらを心配そうに見詰めているのが窺える。

 

 ……というか、なんか久しぶりな気がするわね、()

 ずっと近くで仕事してたはずなんだけど、どうにも数日ぶりとか、数ヶ月ぶりとか、そんな懐かしさを覚えるというか……。

 

 

「やっぱり、すごく支離滅裂な言動になってる。……ジェレミアさん、やっぱり八雲さん、すっごく疲れてるみたいですね」

「その通りかと。……キーア様には、あとで感謝の品をお贈りしなければなりませんね」

「……あれ?遠回しに変な奴……って言われてないかしらこれ?」

 

 

 純粋な気持ちを言葉にしただけなのに、滅茶苦茶疲れてる扱いされた件について。……いやなんでよ。

 

 というかジェレミア(ちぇん)、キーアちゃんの戯言を本気にしないように。

 今の立場に気後れしてる、とか。

 ()()()()()()あり得ない話だ。そんなものは幻・気のせい・成就しない虫の知らせである。

 

 

「だから、心配する必要は……ってなによ二人共、これ見よがしにため息なんて吐いちゃって」

「……重症ですね」

「そのようです……」

 

 

 そんな感じに、滾々(こんこん)と話を二人にしてあげようとしたのだけれど。

 ……なにその、二人で顔を見合わせて、態とらしくため息まで吐いちゃって。……私、なにか変なこと言った?裏返るばっかりなの?

 という、こちらの言葉は普通に流され、二人は諦めたように肩を落とすのだった。

 

 

「キーア様に、良い案がないか聞いておきましょう」

「じゃあ、私は残りの仕事を片付けてきますね」

「ええ、お願いします」

「え、ちょ、私を放置するのはやめなさいってばー!!」

 

 

 ……私の従者は二人とも優秀ね!(ヤケクソ)

 

 

 

 

 

 

『そうしてせんぱいに相談が行った結果、この万能サポートAIのBBちゃんに、八雲さんの休日をコーディネートする役割が与えられた……ということなのです!はい拍手~☆』

「え?あ、はい」

『……素直になんの疑いもなく拍手をするとか、ホントに寝ぼけていらっしゃいますね?』

「……あー、うん。寝たりない、のかも?」

『八雲さんと言えば、一日のうち半分を寝ている、ということでも有名ですもんねぇ。──ところで。つかぬことをお伺い致しますが、最近の平均睡眠時間はいかほどで?』

「えー……三時間くらい?」

『はいアウト!どう考えてもブラック寸前、下手をすれば過労死すれすれのアウトよりのアウト!よくその状態で大丈夫とか宣っていらっしゃいましたね貴方!?』

「いやその、境界を弄れば大丈夫かなって……」

『どこまでもワーカーホリック!!……いやおかしいですね?せんぱいに聞いた話だと、わりと無責任というか飄々としているというか、ストレスと疲労との付き合い方が上手い方の人……と言うことのはずだったのですが?』

「……憑依前の話でしょ、それ」

『憑依という事象が、ものの見事にマイナスに作用しちゃってますねこの人……』

 

 

 そういうわけで。

 みんなの頼れる後輩ことBBちゃんが、この問題の対処のために駆り出された……というわけなのですが。

 

 ……うーん。予想以上にハード&ラック(不運、または辛い巡り合わせ)

 これは中々手強い強敵、もしくは勝ち目のない難敵と言えるかも知れません。

 ……というかですね、自分自身で働きすぎという自覚がちょっとでもあるのに、それを制御できていないだとか……素直にメンタルへ行くことをおすすめした方が良いのでは?

 

 なーんて、身も蓋もないことを考えてしまうBBちゃんなのですが、こうしてせんぱいに頼られてしまった以上、解決には全力を以ってあたる所存、というわけです!

 

 ……ええ、全力を以ってあたる所存、なんですけど……。

 

 

「ねぇBBちゃん、休みの日ってなにすればいいんだと思う?」

 

 

 このレベルの人(端的に言ってお手上げ)を私一人に丸投げ、というのは無理があると思います!

 

 

 

 

 

 

「はーい、そういうわけで、結局駆り出されたキーアちゃんでぇーす、皆さん拍手ー」

『わー、せんぱいのテンションだだ下がりー……』

「可愛い後輩からの頼みとは言え、ベッドで惰眠を貪ってたところを叩き起こされればこうもなろうよ」

「あ、あはは……ごめんなさいねキーアちゃん。本気でなんにもない完璧なお休みっていうのが、何時ぶりなのかわからないくらい久しぶりだったものだからつい……」

「……え、BBちゃんこれマジ?

マジも大マジ、マジでショウタイムですよ、せんぱい

ええ……仕事量に比べて、お休みの量が少なすぎるでしょう……。私だってある程度休み取ってるのに……労基に怒られるやつじゃんこれ……

その辺りはあれです、言ってしまえばここって秘密結社なので……

わぁい法の外ォ~*5

 

 

 体はふたつもない~。*6

 ……初っぱなから世間の闇を垣間見た気がする、私ことキーアでございます。お魚咥えたどら猫を追っ掛けても、裸足にはなりません。……なんのこっちゃ?*7

 

 BBちゃんからの報告は、思った以上にゆかりんが働きすぎ、ということを示すものであった。

 半日寝てないと活動に支障が出る……と言われている紫ことゆかりんが、よもやその四分の一しか寝てないとは思わなんだ。

 

 一般人基準でも三時間睡眠とか良くない類いなのに、ゆかりんの場合(普通の人が八時間睡眠が必要と考えるのなら)一般人換算で二時間とかしか寝れていないことになるわけである。

 ……いやまぁ、能力で体力やら肉体やらを弄ることができるのなら、そりゃまぁ身体的には無理はしてない……と言い張れるのかもしれないけれども。

 それじゃあ結局精神的な負担については拭いきれてない……ってことについては、もうちょっと真剣に考えるべきというかですね?

 

 こんなことなら、最初から付き合っていれば良かったと反省すること頻りである。

 最初っから居たのなら、外にでも連れ出して、温泉巡りとかでも出来たものを……。

 

 ともあれ、今は朝の十時ほど。

 軽く朝食を済ませてからの行動となるが、それでもまぁ時間が無いわけでもあるまい。

 

 

「え?そんなに時間が押すようなこと、予定にあったかしら?」

「お前さんの睡眠時間じゃいっ。……明日に支障がないようにってことになると、八時には寝てないといけないでしょうが」

「八時~?!子供じゃないんだから、そんな時間に寝られるわけないでしょ!!」

『ですが、八雲さんは朝からも色々と行っていらっしゃるのですよね?でしたら、八時……遅くとも九時には就寝していないと、十二時間睡眠なんて夢のまた夢ですよ?』

「ぬぐっ」

 

 

 作中でそんなに睡眠を必要とする理由とか、明かされていたかどうか微妙だけども。

 個人的には、能力の代償なんじゃないか……と思う私としては、休みはしっかりとれというかですね?

 知ってる?寝不足の時って酩酊してるのと、認知レベル的には同じ……って話。

 

 

「……はっ、よもやそのせいとか言うまいな?」

「なにがよっ!」

『流石にお酒飲む暇がないからって睡眠不足で代用する、なんてわけのわからない手段は取らないのではないかと……』

 

 

 こちらが勝手に驚愕して、ゆかりんがツッコミを入れ、BBちゃんが合いの手を入れる。

 ……ふむ、これはこれでいけるのでは?などと謎の思考を紛れ込ませつつ、ゆかりん休日の旅、スタートです。

 ……いや、どこに向けた台詞だ、これ?

 

 

*1
『現場猫』における危険行為・及びそれによって起こった事に対しての猫側の叫び……の一コマから。世の中にはままあることだが、『この前大丈夫だったから』は免罪符でもなんでもない……というのは心の片隅に置いておこう。この世に完璧はない(『ありえない』はありえない)のだから

*2
例のコラの現場猫の絶望感は凄まじい。実際、同じ状況に放り込まれたら、同様に叫ぶことしかできないだろう

*3
『仮面ライダーディケイド』より、ディケイドの行き先に現れる謎の男・鳴滝の台詞。大体意味は聞いたままのもの。なお、鳴滝さん自身は『よく分からない』人だったりする

*4
四谷啓太郎氏のギャグマンガ『悪魔のメムメムちゃん』から、回想に入る時の擬音。……を元にした、fgoのイベント『ハロウィンストライク!魔のビルドクライマー/姫路城大決戦』内でのエリザベートと刑部姫の台詞。メムメムちゃんの方では、擬音はカタカナ(ホワン~)だったため、ひらがな表記の場合はfgo側、というわけである(実際メムメムちゃんの方でこの擬音が再登場?した時もカタカナだった)なお、きのこのやること(何時遊んでんのこの人)なので、普通に元ネタはメムメムちゃんの方で構わないと思われる

*5
『水素の音ォ~』から。……水素の音とは?

*6
『ちいかわ』より、『心がふたつある~』の派生。元ネタの方は『相反する感情が自身の中でせめぎあっている』ことを示すもの。こちらは単に『体に替えはないから労りなさい』みたいな感じ

*7
アニメ『サザエさん』の主題歌から。陽気なキーアさん……?



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幕間・ゆかりん、美味しいものを食べる、の巻

「と、言うわけで。本日はゆかりんを連れて、ちょっとした小旅行となったわけなのですが……」

『なりきり郷・朝まではしごの旅、というわけですね、せんぱい?』

「……うん、どっかから怒られそうなタイトル付けるのは止めようか」

『では『なりきりどうでしょう?』とかはいかがですか?』

「いや、だからね?」

『むぅ、せんぱいはわがままさんですね?ではこうしましょう……『憑依体験!なりきりーバボー』!』

「だからバラエティ番組から名前取るのやめーや!!」*1

 

 

 ……はい、そんなわけで朝と言い張るにはちと遅く、昼と言うには早すぎる……まさしくブランチな感じのお時間、本日は予定を変更して現場よりお送りいたします。……語り出しが報道っぽい時点で、これも王様のあれやろって?知らんな(震え声)*2

 

 ともあれ、未だにぬぼーっとした表情のゆかりんを連れて、街を練り歩く……というのも、中々に大変だというか。

 仮でもなんでもなく、ゆかりんってば普通になりきり郷の代表者だからね。なので、そんな人が街を歩いているとなると……。

 

 

「おー、賢者様じゃ、賢者様の御光臨じゃ、ありがたやありがたや……」

「これで今年も安泰ですじゃ、ありがたやありがたや……」

 

「……え、なに今の。ゆかりんのこと、めっちゃ拝んでたんだけど」

『あれは『村とか町とかに居る、昔話とか神話とかに詳しいおじいちゃん』のなりきりの方、ですね』

「なにその細かすぎて伝わらなさそうななりきり、っていうかオリジナルじゃないのそれ?」*3

『どれが原作か?……みたいなのがこれまた微妙に違うらしくって、一応版権ものに区分されるみたいですよ?たまーに似たような素性の方達で集まって、秘密の会合も行っているんだとか』

「ええ……?なりきり郷が幾ら全てを受け入れるって言っても、限度がありゃしないかねそれは……?」

 

 

 現人神にでも出会ったかのように、感激して両手を合わせ、眠そうに歩くゆかりんを拝む老人が幾人か。

 ……あの、目の前で拝んでる相手、うつらうつらしてるけど構わないので?……っていうかBBちゃん、微妙に聞き流し辛い情報投げてくるのやめない?

 

 

「八雲さん!新しく決まったルールについて詳しくお話をー!」

「そんなことはどうでもいいのよ!八雲さん、熱愛報道についてご意見を!」

「いいやここは新しく建築予定の新設棟についての詳細を……!」

 

「うがあああっ!!!なんでこんなところにもお排泄物(お嬢様的表現)報道陣(パパラッチ)が居るねん!!?」

『彼らもなりきりですねー。よく居ますよね、廃棄物扱いされるような報道関係者』

「自由すぎかっ!!?」

 

 

 唐突に現れたレポーターらしき人々に行く手を塞がれ、仕方ないので全員郷の内部に転移させてばらけさせたり。

 ……一応念のために言っとくけど、安全な場所に転移させたわよ?

 

 

「も、モブなりきり多くね!?」

『煌めく一等星ばかりがなりきりの花、というわけでも有りませんですからね。やりたいように・したいように・なりたいものを選ぶというのが、なりきりにとっての最低原則です☆』

「それにしたって、これはちょっとどうかと思うよぉっ!?」

 

 

 次から次へと変なモブ達に捕まるものだから、慌てて近くの建物の中に避難した私達である。

 ……モブとは言ったものの、一応それぞれ原作があって、それなりに目立っていたモブらしい……というのが頭が痛い話だ。

 

 脇役に有名声優が使われていることもたまにあるし、名が売れる前の声優が脇役をやっていることもある。*4

 そういうものになりきってみよう、みたいな奇特な考えをする人間がいる……というのは言葉では理解できるが、頭では理解しきれない感が強いというかなんというか。

 

 とにかく、この調子で歩いていたら、一歩進む度に無駄に声の良いモブ達に捕まり続けること請け合いである。

 ほとぼりが冷めるまで、ここで休ませて貰おう……と、一息吐いたことで、ようやく自分達が逃げ込んだ場所について考える余裕が生まれたわけで。

 

 

「……えーっと、洋食屋?」

「その通りだ、下郎(客人)。……くく、まさかそっちから入ってくる者が居るとはな。戯れとは言え、置いてみるものだ」

「……BBちゃん、空間転移用意」

『無理でーす☆縛りとかなんとかで影響範囲が狭い代わりに、本来の領域展開(それら)と同じくらい強固になっているので、恐らくせんぱいが()()()()以外で脱出不可能でーす☆』

「うへぇ……」

 

 

 内装は、分かりやすいくらいの洋食屋。

 扉をくぐった時に鈴──ドアベルが鳴っていたような気がするし、わりとオーソドックスな店、なのだと言えるだろう。

 背後から聞こえてくる声は柔らかい。……柔らかいのだが、どうにも喋り方が傲岸不遜な気がしてならない。

 

 広いなりきり郷、そして数ある創作物の中において、()()()の料理人なぞ数えるほど居ないはずだが──なんとなーく、いや凄まじく嫌な予感しかしなくて、思わず退路を探そうとしていたのだけれど。

 ……ええ、今は選べない──端的に言って無理な対処法しか提示されないあたり、どれだけ範囲と縛りを付けて()()を維持しているのやら、なんて風に頭が痛くて仕方ない。

 

 ……ともあれ、この状況において頼れるのは己のみ。

 横のゆかりんは相変わらずポケポケだし、BBちゃんはサイバー的な対処ができない以上は頼りにできないし。

 仕方ないので意を決して、背後にバッと振り返ってみれば。

 

 

「ようこそ、我が厨房・『宿儺'sキッチン』もとい『伏魔御廚子(ふくまみづし)~宿儺のねこや~』へ。──歓迎しよう、盛大にな」*5

「宿儺、お前は言葉が強すぎるぞ。客に対してにしろ友に対してにしろ、もうちょっと優しくしないと。ほら、俺みたいにな」

「ぐわあああーーーーッ!!?」

『せ、せんぱいが血を吐いた!……はい、胃潰瘍とかですね。素直にお休みくださいね、せんぱい?』

「……えっ?あ、宿儺くんっ!?」

 

 

 ──ピンポイントで一番来たくない店じゃねぇか!!

 

 

 

 

 

 

「ここだけの話、この街が私を謀殺しようとしているんじゃないか、って思う時があるんだ」

『せんぱいは些細なことでも気に病みますからねぇ。ファイト☆』

「他人事過ぎる……」

 

 

 なし崩し的にテーブル席まで通され、注文まで聞かれてしまったために今さら抜け出すこともできず。……いやそもそも客として店に入ると飯を食べ終わるまで外に出れない、みたいな縛りが付いてるらしいので出ようにも出られないのだけども。

 ともあれ、恐怖の『宿儺'sキッチン』にまんまと踏み込んでしまった私達である。……猫うんたらかんたらは、また別の作品では?

 そんなツッコミは、中の人が一緒だから、の一言でにべもなく片付けられてしまうのであった。

 ……いや、確かに一緒だけどもさ。そんなことを言うのなら、他の同一ボイス料理人である、某錬鉄の英雄も混じってないとおかしくないか、ってなるというかだね?

 

 

「ふっ、安心したまえ。別にそれによってなにか変わるわけでもないが、(エミヤ)のキャラ付けも勿論履修済みだ」

「うわぁ爽やかボイスだこわっ!!」

「……君、それは流石に『うざっ』と言われても仕方ないのではないかね?」*6

 

 

 にこやかな──それこそキャンプに行っていた(エミヤ)の如き爽やかな笑みとボイスに、思わず身震いが隠せない私。

 

 いやね、考えてみて欲しいのだけれども。

 私の目の前にいるのは、少なくとも容姿に関しては、作中にて彼が全盛期だったと思しき姿……即ち四腕四瞳持つ怪人、まさに両面宿儺と呼ばれるに相応しい状態なわけで。*7

 そんなラスボス以外の何者でもない見た目から、こちらを慮るような言葉が飛んできたとしたら。

 まず始めにすることと言えば、己の正気を疑うことでしょう。

 

 なので私はなにも間違えていない。即ち『私は悪くない』。*8

 

 

「……それもそれで、大概悪役の台詞だと思うのだがな」

「あ、戻った」

「戯け、俺が()()()であれば、首の一つどころでは済まぬ騒ぎであったわ。……精々、己の幸運を噛み締めるがいい」

「あー、大体いつもの宿儺君って感じで安心する~」

「……仮にも呪いの王を元にした人物相手に『安心した』などと言う者は、この世広しと言えどお前くらいだろうよ、虚無の姫」

 

 

 ふぅ、とため息を吐く宿儺君。

 ……ため息とか吐くくらいなら目の前の雑事をそのまま踏み潰す、みたいな感じなのが本来の宿儺だと思っているので、これもこれで違和感が強いが。

 まぁ、優しげな雰囲気出されるよりは遥かにマシ、というやつである。

 BBちゃんが絶句してる気がするけど、スルーだスルー。

 

 ともあれ、ご飯を食べなくば出られま10……違った出られませんとのことなので、さっくりとお昼を頼んで早々に立ち去るとしよう。*9

 ……今は自分の店に戻ってるけど、うかうかしているとまた波旬君が戻って来かねないし。

 あと、横のゆかりんが何故かワクテカ(wktk)してるから、変に待たせるのも良くないだろうし。*10

 

 

「え、あ、ち、違うのよっ!結構有名だけど、来る機会というか勇気がなかったから、こうして店に入った以上はしっかりと楽しみたいだけって言うか!」

「……ほぅ、境界の姫にそこまで言われては、こちらも昂る他ないな。待っていろ、最高の一品を持ってきてやる」

「え、ひひひ姫っ!??」

「……えー、もしかしてこっちの宿儺君、夢主系のノリも持ち合わせてたり?」*11

「ばばばばば誰が個人サイト経営してそう、よ!!」

「いやそこまで言ってないっていうか、自爆してるというか」

 

 

 私からの呆れたような視線に、傷付いたような驚いたような表情を見せるゆかりん。……どこのゲダツ様だ、どこの。*12

 

 しかしまぁ、なんというか。……大本の本人が見たら切れそうだなぁ、ここの宿儺君。

 原作の彼って、女子供を鏖殺するの大好き……みたいな普通に危険人物だったわけだし。

 それがまぁ、なんと歯の浮くような台詞を述べるものか。……さっきとは違う意味で、心臓に悪いわ。

 

 まぁ、波旬君しかり宿儺君しかり、そういう危険のない人物像に変化しているというのは、なりきり郷の平和を思う上ではとてもありがたいことなのだけれども。

 ……みたいなことをつらつらと思い浮かべている内に、四本の腕で器用に調理を進めていた宿儺君が、料理の乗った皿を一枚持ってこちらに帰ってくる。

 彼がゆかりんの前に置いた皿には、日本人が大好きなあの洋食──カレーライスが盛り付けられていた。

 

 

「様々な具材の坩堝、甘味と辛みの融合、和と洋の折衷……カレーライスほどに混沌とした料理を、俺は知らん。故に、俺が一番と認めるモノはカレーとなる。……奴と同じ結論と言うのは、いささか癪だがな」

「なるほど、さっきの波旬君は料理の切磋琢磨のために来てたんだね」

「……もう……喰ったさ。ハラァ……いっぱいだ」*13

『うわっ、八雲さんがいい笑顔を浮かべて昇天をっ!?』

「えっ、なんで!?」

 

 

 なお、ゆかりんはカレーに口を付ける前に、何故か昇天していた。……いやなんでさ。

 

 

*1
上から『笑ってコラえて!』の1コーナー、『朝までハシゴの旅』と、『水曜どうでしょう』、『奇跡体験!アンビリーバボー』の三つから

*2
語るまでもなく『王様のブランチ』のこと。なお、ブランチとは『朝食を兼ねた昼食』または『昼食を兼ねた朝食』のこと。時間帯的には10時から11時くらいになる

*3
元々は『とんねるずのみなさんのおかげてした』内の1コーナー、『博士と助手~細かすぎて伝わらないモノマネ選手権~』だったのが、同番組の終了と共に独立したもの。文字通り細か(コア)すぎて伝わらないようなネタが満載である

*4
前者は『鬼滅の刃』の下弦達、後者は昔の特撮に出ている現在の大御所声優など

*5
『異世界食堂』における舞台、『洋食のねこや』が元ネタ。それと『伏魔御廚子』は言わずもがな宿儺の領域の名前である。一応、漢字は『伏魔御()子』ではない。まぁ、『廚』は『厨』の繁体字なので、必ずしも間違いと言うわけでもないのだが。なお、繁体字は雑に言えば『省略されていない漢字』のこと

*6
傲岸不遜かと思えば『はーうざ』とか言っちゃう宿儺さんである

*7
両面宿儺(リョウメンスクナ)』は、日本の飛騨(現在の岐阜県北部)に伝わる鬼神のこと。『魔法先生ネギま!』の修学旅行編のボスとして現れたものが、以前は有名だった。『呪術』の方にはこの鬼神は実在しないらしいが、『二つの顔を持ち四つの腕を持つ異形』という伝承から、そのまま生前の『宿儺』を表す言葉として成立したのだと思われる。なお、現実の『両面宿儺』は飛騨の豪族とも伝えられている

*8
『めだかボックス』の球磨川禊の台詞、『僕は悪くない』から。キーアとの(性格的な)相性は恐らく微妙

*9
テレビ朝日系のバラエティ『もしものシミュレーションバラエティー お試しかっ!』および『帰れマンデー見っけ隊!!』内の企画の一つ、『帰れま10』から。飲食店などの売上個数上位10位までを当てなければ帰れない、というもの。ノーミスで答えられたら賞金が貰えたりするが、答えが出ずにロスタイムが発生することもしばしば……

*10
『ワクワクテカテカ』を省略したもの。『wktk』も『ワクテカ』の子音を取り出したもの。最近は死語と化しているため、聞くことはほとんどないだろう

*11
読み方は『ゆめしゅ』または『ゆめぬし』。夢主人公の略称であり、主に個人サイトにおいて、主人公の名前が変えられる(この形式の小説を『夢小説』という)作品に出てくる主人公を指す言葉である。言ってしまえばオリ主だが、自己投影力に関してはその比ではない……かもしれない。人によっては黒歴史を抉られる代物

*12
『ONE PIECE』空島編に登場したキャラの一人。かなりのうっかり屋で、他者にそれを指摘されるととても驚く

*13
『うしおととら』のとらの最後の台詞。余談だが、作中の重要アイテム『獣の槍』は、『干将莫耶』の作成方が元ネタになっている



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幕間・キーア、自分の成長限界を悟る、の巻

「いやー、いいものを頂いちゃったわねぇ」

「……いやまぁ、ゆかりんがいいならいいんだけどさ」

 

 

 つやつやとした様子でるんるんと歩くゆかりんに、先程まで折り重なるように漂っていた、酷く濃い疲れの色は見えない。

 ……妖怪って精神的な面が強いらしいし、そういう意味では(精神が立ち直れば肉体も快復するという理屈は)納得できなくはないのだけれど……。

 なんかこう、見てはいけないものを見たというか、それで良いのかゆかりんというか。

 

 ……いやまぁ、元気になったんなら構わないんだけどさ。

 なんというかこう、こちらに変に疲れが襲い掛かって来ているような気がする……というかですね?

 

 

『おやおやぁ~?これは寧ろせんぱいの方にこそ癒しが必要、なのでは?BBちゃん本領発揮の流れなのでは?』

「やめぃ、ここで当初の目的をぶれさせるんじゃあないッ」

『おやおや、残念ですねぇ』

 

 

 そうして私が微妙な顔をしていると、いつの間にかゆかりんのスマホから私のスマホに戻ってきていたBBちゃんが、こちらを覗き込むようにして見ている。

 

 ……一応、純然たる好意というか、単なる善意というかから声を掛けてくれている……というのはわかっているのだが。

 発する言葉が全てBBちゃんナイズされてしまう*1関係上、非常に胡散臭くなってしまっているのはなんというか……。

 

 その辺り、本人は最早開き直っているようだけれども。

 ……なんというかこう、本編に負けず劣らずにほんのりと香る苦労人臭に、思わず心の汗がほろりと溢れ落ちるキーアさんなのです……。

 

 

『ちょっとせんぱい、勝手にBBちゃんを可哀想なモノ扱いするのはやめて貰えますかぁ?BBちゃんはBBちゃんとして、胸を張って生きているんですから!』

「……こういう時って張る胸もないのに、って返すのがお約束な気がするんだけど。……BBちゃんには、とてもじゃないけど言えた台詞じゃないなぁ」

『ちょっ、いきなりのセクハラ発言はどうかと思いま……あの、せんぱい?言った自分の目が死ぬほどに凹むのなら、その話題に触らなきゃよかったじゃないですか……流石のBBちゃんもドン引きですよ……?』

 

 

 幾らBBちゃんとは言え、セクハラ発言は聞き捨てならなかったのか、一瞬激昂していたのだが……。

 うん、ははは。こっちの様子を見て言葉尻が下がるあたり、この子は良い子だなぁははは(死んだ魚のような瞳)

 

 ……自分で胸を気にする(ナイムネ)キャラとして、キーアの設定を作ったのだからまさしく自業自得以外の何者でもない……のだけども。

 自身の胸部装甲に意識が行くと、途端に死にそうな気分になるのって。……どうやって回避したら良いんだろうねぇ?

 成長した(キリアの)姿ですらフルフラットだった辺り、今後に期待だなんて無責任なこともできないだろうしなぁ。

 ……そもそも成長するのかな、私。

 

 

「ふふふ、(嘲)笑えよベジータ。所詮私は戦闘力五のゴミでしかないんだからな……」*2

『せんぱいのことは嫌いじゃないですけど、それでも言わせて頂きますね?……ぶっちゃけめんどくさ~い!!性自認やらなにやらでややこしいのはわかりますが、もうちょっと泰然としていてくださ~い!!』

「……ちょっと目を離した隙になにがあったのよ、貴方達?」

 

 

 私の沈む様子に、心底うんざりとばかりに声を吐くBBちゃんと、ようやく戻ってきた(?)ゆかりん。

 ……状況に全く収拾が付かなさそうですが、それでも私は絶不調です()

 

 

 

 

 

 

「胸なんて大きかったら大きかったで、デメリット満載だって分かってるっていうのに……」*3

「閃乱カグラとか、あの年齢であの大きさだと後々怖いわよね……」*4

『……BBちゃん困っちゃいました。よくよく考えたら、八雲さんも持たざる者側だったので、何一つ状況が好転していません……』

 

 

 (年齢が)大きい方の八雲さんなら、話は別なんでしょうけど。

 というBBちゃんの言葉を八割がた聞き流しつつ、公園のベンチに座ってたそがれる私とゆかりん(外見幼女二人)

 

 見た目の年齢とと中身の年齢が釣り合わないせいで、状況がなんとも混沌としているが……私は悪くない。だって、私は悪くないんだから。

 ……この間から、なんだか球磨川君成分が溢れ出てない?

 未来が全く明るくなくて、現実と虚構が切り離せていないからこうなってるんですねわかります。*5

 

 

「……仮に彼女が逆憑依とかしてきたらどうなるんだろう?」

「いーちゃん一人でもわりと大概なのに、更に面倒なものをぶち込もうとするの止めなさいよ、貴方……。まぁ元々彼女、全世界に七億人居るとかなんとか言ってたみたいだし、今更一人増えたところでなんということもないでしょ」

「いやー、逆憑依って一応第四の壁を越えちゃうからなぁ。……公式でシミュレーテッド・リアリティな彼女が、一体どんな反応するものやら……」

「あっ……」

『……いや、なんで途中から『安心院さんがこっちに来たらどうなるんだろう?』みたいな話になってるんですか?……実は暇なんですかお二人とも?』*6

 

 

 ゆかりんと二人して、ぐだぐだと中身のない話を語っていたら、幾分か調子が戻ってきたような気がしてきた。

 ……うん、ありがとう安心院さん、貴方のおかげで生きる気力を取り戻すことができたよ!

 え?向こうはありがた迷惑だって思ってそうですって?

 

 ともあれ、低くなってしまっていたテンションも、だいぶ戻ってきたし。

 現在の時刻も、まだ一時をちょっと過ぎたくらいとかだし。

 ゆかりんの貴重なお休みを浪費するわけにもいかないので、張りきって次の場所に……。

 

 

「おっ、久しぶりじゃないかキーア、それに紫も!……ってあれ?どうした二人共、この世の終わりみたいな顔して」

「神が歩いて来やがった!」

「歩いて帰れっ!!」

「ええっ!!?開口一番なにを言い出すんだ君達はっ!!?」

『ああもう、またややこしいことに……』

 

 

 ──行こうとしたら、久しぶりに知り合いに会った、みたいな感じに近付いてきたヘスティア様のせいで頓挫する(それを見たBBちゃんは、やれやれと額を押さえていた)。

 

 ……私達と身長がほぼ同じ(要するにロリ枠)なのにも関わらず、彼女のそのバストは豊満であった。……ショッギョ・ムッジョ!!*7

 おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれっ!!*8

 ロリ巨乳とかいう自然界じゃ絶対に発生しないようなもの*9を、己の欲望のままに生み出す欲深き作者共め、ゆ゛る゛ぜん゛!!

 こんなもの(巨乳)があるから争いが絶えないんだ!!こんなもの(貧富の差)があるから悲しみは絶えないんだ!!

 世の中に真の平和をもたらすためには、巨乳は撲滅させなきゃいけないんだァーーーッ!!!

 

 

「どわぁっ!!?いやちょっ、落ち着け二人共っていうか誰か助けてぇーっ!!?」

『こらぁっ!!お二人とも、いい加減にしてくださぁーいっ!!!』

 

 

 ふはははは!見ろ、巨乳共がゴミのようだぁっ!!!

 知れば誰もが望むだろう、()のようになりたいと!()のようでありたいと!

 だから私は滅ぼすのさ、この世から!争いの糧となる全ての巨乳(モノ)を!

 ……くっくっくっ、はっはっはっ、ふわぁーっはっはっはっ!!!*10

 

 

 

 

 

 

「──で?たまたま近くを歩いていた私に、突然興奮し始めた魔王*11討伐のための救援要請が入った───と」

『はい、まったくもってその通りです。いやホントに助かりましたシャナさん。せんぱいの悪ノリを止められるような人は、このなりきり郷の中でも数少ない上澄みのようなものですから』

「……いや、確かに私が悪かったけどさ。なにも本気で炎剣(断罪)ぶっぱとかしなくてもいいんじゃないの?」

「わりと本気でやったのに、結局黒焦げになってるだけの貴方には言われたくはないわね」

 

 

 ……あのあと。

 あんまりにもあんまりな状況(最強レスバトルおじさん化)だったために、たまたま通り掛かったシャナが鎮圧部隊として投入され。

 結果、あたり一面は完全に真っ黒焦げになってしまったのであった。……やったのはシャナだけど、その責任自体は私に飛んでくる、というのがとても痛い。

 能力で直せばいいので懐は痛まないものの、なんというか個人の尊厳とか威厳とか、そういうものに傷が付きまくりな気がしてならないわけで。

 

 ……おかしいなぁ、今回はゆかりんのお休みをプロデュースするだけの、とても簡単なお仕事のはずだったんだけどなぁ……?どこで選択肢を間違えたかなぁ……?

 そんな感じに静かに涙していると、一時避難していた紐神様……もといヘスティア様が、これまた久しぶりな感じのするエウロペ様を引き連れて、こちらに戻ってくるのが視界の端に写った。

 

 

「いや、どうしたんだい君。ストレスかなにかを溜め込んでたとか?」

「まぁまぁ、それは可哀想に。おばあちゃまが、いいこいいこして差し上げましょう」

「いや、その、優しくしないで下さい……申し訳なさで死にそうなので……」

「あらあら」

 

 

 いやホントに。

 直接被害を受けていないエウロペ様が、いつも通りあらあらうふふしてるのはわからないでもないけど。

 ヘスティア様に関しては、こっちからかなり理不尽な理由で喧嘩を売ったようなものなのにも関わらず、全然気にしてなさそうな様子を見せられているため、申し訳なさとか情けなさとか諸々の感情が襲い掛かってきて死にたくなってくるのである。

 

 誰だよこんな善神をこの世の争いの根源……とかふざけたこと抜かした奴は。……私だよ!!

 

 

「おいは恥ずかしか!生きておられんごっ!」

『なんなんですかぁっ!?せんぱいもお疲れだったりするんですかぁ?!流石のBBちゃんもカバーしきれませーん!!』

 

 

 さっきからBBちゃんには気を使わせっ放しだし、おいは恥ずかしか!*12

 ……とかなんとか、話は余計にぐちゃぐちゃになっていくのであった……。

 

 

*1
名詞に付随することで、『それらしくなる・それらしくなるように動く』といった意味を付与する言葉。英語の接尾辞『ize』を由来とする言葉で、これは本来末尾が『n』で終わる名詞・形容詞を動詞にするためのものだが、日本語に取り込まれる中で『ize(~イズ)』ではなく『nize(ナイズ)』という誤った形で認識されてしまったが故に生まれたものである

*2
どちらも『ドラゴンボール』から。前者はセルがベシータに言った台詞、後者は地球に降り立ったラディッツが、農夫の戦力を計った時に述べたもの。……そんな『戦闘力5』の一般人達が原作の悪役達から逃げ惑う非対称型対戦アクション『ドラゴンボール ザ ブレイカーズ』がリリースされる予定がある……というのだから、世の中わからないものである

*3
胸が大きいことのデメリット……似合う服が限られる、男性からの視線がキツい、大きさによるが重たいので肩が凝るなどの肉体面への負担などなど。女性の胸には夢が詰まっている、なんて戯言があるが、無責任甚だしいと言わざるを得まい

*4
『爆乳ハイパーバトル』なる謎の(?)ジャンル名を持つ作品、『閃乱カグラ』シリーズのこと。なお、胸揺れで男性客を釣っているが、内容は普通にハードな方だったりする。……あくまで本編は、という注釈が付くが(はっちゃけた外伝達を見ながら)。ジャンル名の名に恥じず(?)出てくる女性キャラは九割九分巨乳キャラしかいない。……上に、大体揺れる。現実でこんなに揺れてたら絶対痛いって言うくらいに揺れる。そのせいでバカゲー扱いされたりもするが、ストーリーは硬派(ry

*5
『めだかボックス』のキャラクター、安心院(あじむ)なじみが番外編である『グッドルーザー球磨川』で発した台詞、『球磨川くんを観る時は、未来を明るくして、現実から切り離して見てね♪』から

*6
『めだかボックス』のキャラクター、安心院なじみ。いわゆる中二病……とかいうと怒られるだろうか?見た目は普通に美少女、しかして単位にして『京』に至るスキルを持つチートキャラ。……まぁ、上には上が居たのだが。なお、キーアのキャラ造型に、微妙に関わっていたりする(主に年齢が)

*7
どちらも『ニンジャスレイヤー』から。基本的には言葉のまんまな意味。つまりキーア相手だと『そのバストは平坦であった』となる

*8
『fate/stay_night』における、ギルガメッシュが衛宮士郎に圧されている時に発していた言葉。アニメと映画だと印象が違うが、原作の印象に近いのは映画版・設定のアップデートが行われた結果がアニメ版、といった感じになっている

*9
胸の成長は基本的にホルモン分泌が関わっているため、普通には存在しない、はず。なお、有名なコピペによれば『ロリ』カテゴリではなく、『巨乳』カテゴリなんだとか。……何言ってるかわからない?私にもわからん……

*10
台詞の元ネタは『機動戦士ガンダムSEED』のキャラクター、ラウ・ル・クルーゼのもの。三段笑いは悪役のテンプレ

*11
元々は、とある報道番組の一場面、病院内で暴れる患者を医者達が押さえつけている……というもの。その時の字幕が『突然興奮する患者』である。使い勝手がいいのか、たまに見掛けることがある(主に突然興奮し始めた相手に対して)

*12
『衛府の七忍』で登場した台詞。ほぼ言葉通りの意味であり、とにかく勢いがすごい。そして流れるように切腹していった。……なんなのこの人……



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幕間・ゆかりんはどこへ行く、の巻

「はぁ、休日を……ねぇ?」

「ゆかりちゃんはお疲れなのね?私がいいこいいこしてさしあげましょうか?」

「いやだこの人、隙あらば可愛がろうとしてくる……」

「バブみとか越えて郷愁すら呼び起こすエウロペ様だ、いいだろう?」*1

『……よくよく考えてみれば、せんぱいやっぱりちょっとおかしいですね?エウロペさんに対しての扱いが、もはや崇敬の域に至っているような……?』

「癒しは時として毒のようなものだよ、BB」

『……いや、似てないですよアムロさんのモノマネ』*2

「なん……だと……!?」

 

 

 あのなんとも言えない、黒歴史以外の何物でもない一連の事態から少しして。

 場所をヘスティア様の屋台に移した私達は、最近増やしたという飲食用のテーブルに集まって、あれこれと駄弁っていた。

 

 その中で、二神(ふたり)がゆかりんのあれこれを聞いて、彼女に世話を焼こうとじりじり近付く姿が見られたりしたけど……。

 まぁ、お二神とも構いたがりな気があるので、さもありなん。

 あとちょっと今日の私がダメなのは、できればスルーしてください……。

 

 それと、某カボチャが有名になりすぎた感のある、あの映画で出てきたアムロをイメージしながら喋ってみたら、全然似てないとダメ出しをされたわけなのだが。*3

 ……そんなバカな。数少ない私のモノマネレパートリーの中でも、普通に似ていると有名[要出典]*4なアムロのモノマネが、滑っただと……?

 

 

「じ、じゃあ太子のモノマネはっ!?」*5

『いや、似てませんよ流石に』

「……これでは道化だよ」*6

「端から聞いてて思ったのだけれど、そもそもそのモノマネって()()()()()レパートリーでしょ?……そりゃ、似るわけがないんじゃないの?声の質とか、そもそもの男声と女声の違いとかあるわけなんだし」

「…………っ!!?」

『え、なんですかその『今初めて気付いた』みたいな顔。……もしかして、本気で今気付いたんですかせんぱい?うわ、それは流石のBBちゃんも、憐れみを覚えるほかありません……』

「……憐れみを下さい」

「小鳥ってガラでもないでしょうに」

「なんだとっ、貴様私が鶏ガラだとでも言いたいのかっ、謝れ、マザリーニさんに謝れっ!!」

「いやそれはそれで()()()()でしょうに……」

「つまりガラが悪いと。日本語ってムズカシネー」*7

 

 

 オチが付いたような付いてないような。

 そんなくだらない話を続けていると、いつの間にか居なくなっていたヘスティア様が、人数分の皿をお盆に乗っけて戻ってきた。

 ……ふむ?なにかを頼んだような覚えはないのだけれど……?

 そんなこちらの疑問に気付いたのか、彼女は朗らかに笑みを浮かべながら、私達の前にその皿を並べていく。

 上に乗っているのは、普通に美味しそうなケーキの数々だった。

 

 

「エウロペがさ、新商品を開発したいって言うもんだから。こっちを助けると思って、試食をお願いしたいんだけどいいかな?」

「お安いご用でございますヘスティア様。このキーア、卑小非才の身なれど、与えられた任務には全力を以って当たりましょう!」

『ちょっとぉっ、せんぱいその台詞は宜しくないのではないかとっ!!』*8

 

 

 おっと、BBちゃんに怒られてしまったんだぜ☆……わりと本気で「ウザッ」と言われてしまったので自重する。むぅ、強みを潰され続けている感……。

 

 ……気を取り直して。

 目の前に並べられたケーキ達は、店で出す持ち帰り用のケーキの試作品……という体の、言ってしまえば間食用のものだろう。

 なんというか、さっきから気を使わせてばかりなのが申し訳ない感じだが、こちらから返せるものというのもすぐには思い浮かばない。

 なので、ここは相手の提案に乗って、しっかりと味の評価とかをさせてもらうことにしよう。……今日はなんか食べ物関係の話多いな?

 

 というか当初の目的である、ゆかりんの疲労回復はどうなっているのだろうか?午後には温泉に放り込むことが決定しているが、ここまでで余計な疲労を覚えさせたりはしていないだろうか?

 ……そこを今更心配するのか?……いやその、違くてだね?

 

 

「……貴方、時々百面相してるけど、その時なに考えてるの?」

「やだ、ゆかりんのえっち」

「……まったくわかんないってことが、今のでよーく分かったわ」

『えっ?』

「えっ」

 

 

 ……脳内で言い訳を積み重ねていたら、なんだか変なお見合いが発生してた件について。

 個人的には、『なにかんがえてるの』でなにを考えたのか、しっかり察したっぽいBBちゃんに、ネタのカバー範囲の広さを感心しつつ、『あれBBちゃんそもそも世代じゃなくね?』とちょっと恐ろしさを感じたりもする私です。*9

 いやまぁ、根本的にネタ発言しかしない人間なので、察しやすいところがあるってのも間違いではないと思うけどさ。……それとは別ベクトルから察して来たんじゃないか、という悪寒がね?

 マシュも時々変な察し方することがあるし、うちの後輩たち空恐ろしすぎではなかろうか?隠し事とかできる気がしないんですけど。

 

 

(……キーア、聞こえますかキーア。私です、キャタピーです。今、貴方の心に直接語りかけています。時間がないので手短に。察せていない物事も数多いので、別にそこまで彼女達を恐れる必要はありません。くれぐれも、彼女達の扱いを間違えないように。いいですね?)

「うっ、こいつ頭に直接……っ!?」

「なにをいきなり言い出してるんだキミは?中二病はよくないぞ、向き合わなきゃ現実と」

「やだ、非現実の塊みたいな神様から諭されてる……」

 

 

 脳内会議が駄々漏れているのか、はまたまCP君を装ったロクデナシだったりするのか。

 ……語り口的に後者の可能性が高いような気がしないでもない、脳内に唐突に響いた声に呻いていたら、なにか勘違いしたヘスティア様に(頭の)心配をされてしまった。

 ……いやその、純粋に心配しないで貰えないです?

 中二云々は、ここにいる人みんなに刺さりかねない話題なんですから。

 

 なお、そんな苦言めいた言葉は、微妙に伝わらなかったらしく。……不思議そうに首を捻るヘスティア様に、小さくため息をつきながら、私は目の前のチーズケーキにフォークを入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

「料理の味にまで郷愁が漂うとは思わなかったわねぇ」

「さすが自称おばあちゃま、というか。……実際ヨーロッパのグランドマザーみたいなもんだもんねぇ」

 

 

 湯船で一息吐きながら、キーアちゃんと一日を振り返る私。

 

 あれから豊富な種類を取り揃えたケーキ達の、それぞれの寸評を好き勝手に語りながら、あれこれと会話を続けて。

 気付けばもう五時になっていたため、名残惜しみつつも解散した私達が向かったのは、郷の一画・炎熱系の異形型のなりきり達が集まっているせいで、ただの水まで熱湯と化す魔境・他称『熔地庵(ようじあん)』。

 ……ここにいる人達はふざけて幼稚園(ようちえん)なんて呼んでいたりするらしい。

 

 まぁ、なんというか頭に血が上りやすいというか、瞬間湯沸し器みたいなものというか。

 ……そういう、些細な事柄で噴火してしまう人が数多いから、戒めの意味もあるとかないとか聞いたけど……どうなのかしら?

 

 なお、ここはその『熔地庵』の中でも一般層も訪れることができる観光区、いわゆる温泉街である。

 ……番頭に湯婆婆(ゆばーば)様ならぬ銭婆(ぜにーば)様が立っていらっしゃったのだけれど、ここは『油屋』の暖簾分け、みたいなものなのかしら?*10

 まぁ、当の銭婆様からは「ごゆっくり」という言葉しか掛けられなかったので、詳しいことは分からないのだけれど。

 

 ───閑話休題。

 最近は能力で体を身綺麗にして終える……みたいな、ずぼらを通り越したケアしかしていなかったけれども。

 改めて、こうして湯船に浸かっていると。……随分と自分が無理をしていたのだな、と今更になって理解してしまう。

 いやもう、体から力が抜けて言うことを聞かないのよ、真面目に。……体の方からもっと休め、と言われているみたいで、なんというか我ながら反省頻り、というか。

 

 

「……うん。もう少しちゃんとお休みは取るようにするわ……」

「そりゃ良かった。精神が占める割合が多い妖怪とはいえ、体を軽視するのはよくないからねー」

 

 

 頭の上のタオルがずり落ちそうになるのを戻しながら、ふぅと息を吐く。……となりのキーアちゃんがケラケラ笑っているのに、ふっと笑みを返せば、彼女はうんうんと小さく頷いていた。

 ……なお、二人共子供サイズなので、周囲からは微笑ましげな視線が注がれていたりする。……私、ここの代表者みたいなもの、なのだけれどねぇ。

 まぁ、銭婆様とかがもっと真面目にやっていらっしゃれば、そちらが代表者になっていてもおかしくはないんじゃないか、とは自分でも思うので、あまり強くは言えないのだけれども。

 

 

「お、ゆかりんの弱気発言とな?こっちでは珍しいね」

「……酒飲みの時の愚痴と混同するのはやめなさいな。……私だって、一つや二つくらい不安を抱えてたりするわよ」

「そりゃそうでしょ、神でもないんだから不安なんて抱えてなんぼよ。……あ、いや。神様にも不安とか感じてるのも居るみたいだけどさ」

 

 

 からからと笑いながら、キーアちゃんは頬を掻いている。

 ……まぁ、なんというか。気安い相手として()()()()()()()()のだろう彼女には、ちょっと苦笑を浮かべなくもないというか。

 そこまでするのなら、変わってくれればいいのに、……ってのは、甘えすぎなのでしょうねぇ。

 

 

「……そこで意味深に微笑まれると困るんだけど?」

「お互い様でしょうに。──さて、上がったらコーヒー牛乳でも飲む?」

「私フルーツ牛乳がいい」

「……相変わらず好きねぇ、それ」

 

 

 まぁ、互いにあれこれ考えているのは事実。

 それが不利益に繋がらないのなら、放置するのも友情……みたいなものでしょうと嘯いて。

 そろそろ迫ってきている就寝の時に、ちょっと思いを馳せる私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「八雲紫、完全復活~!」

「おお、そりゃよかった」

 

 

 数日後。

 すっかり元気になったゆかりんの快方祝い、とでも言わんばかりにゆかりんルームに突撃したところ。

 思わず「ハッピーバースデー!」とか言い出しそうなテンション*11のゆかりんを前にして、よかったよかったと頷くジェレミアさん達に混じり、私もほっと胸を撫で下ろしていた訳なのですが。

 

 

「そーいうわけで、早速キーアちゃんにお仕事の依頼よ!返事は『はい』か『イエス』でお願いするわ!」*12

「おい待てコラぁ!!」

 

 

 元気になりすぎた結果、私の仕事が増えたのだった。……なしてや!

 

 

*1
特定の対象(主に女性)に対して母性を感じたり、甘えたいと思うような時に相手に『母親のような柔らかいものを感じる』というような意味で使う言葉。なお、実際にこの言葉を使っている人間がその言葉に含める意味が、これ以外の意味を含んでいる可能性については否定しない。赤ちゃんの発する言葉の擬音『ばぶー』と、『あたたか()』のように形容詞の語尾に付けて『~のような感じ(がする)』という意味にする『~み』が合わさったもの

*2
『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイこと。背中に目があるように動けて()()()()、みたいなことを言い出すヤバい奴(ニュータイプ)。彼相手に奇襲とかできる者がいれば金一封送っても惜しくない……とか言われるレベルの人でもある

*3
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』より、ハサウェイの脳内でアムロが言った台詞『身構えている時には、死神は来ないものだ』のこと

*4
『Wikipedia』で使われるタグ。読者などの第三者が、記事の編集者に対して確たる情報源を求めていることを示すもの。似たようなモノに『誰が?』などが存在する。……なんとなく察せられるかもしれないが、いわゆるいちゃもん等にも使える他、文中に[要出典]が頻発すると、非常に見映えが悪くなるため嫌われていたりもする

*5
ここでは『ギャグマンガ日和』の聖徳太子のこと。ドンキーコングの(特定条件下での)ローリングアタックを『飛鳥文化アタック』と呼ぶようになった元ネタとしても有名

*6
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』においてシャア・アズナブル……もといキャスバル・レム・ダイクンが言った台詞。高いカリスマ性を持つ彼だが、それを殊更にアピールするのは嫌っていた

*7
上からAimer氏の楽曲であり『劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] Ⅱ.lost butterfly』の主題歌でもある『I beg you』の歌詞である『あわれみを下さい』および『墜ちた小鳥に』と、『身分や地位・能力や性格などに相応しくない』という意味の『柄でもない』という言葉と、『鶏ガラ』などの言葉として成立している『骨』という意味を持つ『ガラ』、それから『鳥の骨』という蔑称を持つ『ゼロの使い魔』の登場人物『マザリーニ』、そして最後に『場所や態度から感じる空気が悪い』という意味の『ガラが悪い』。『違い』を『悪い』と言い換えてもいる。……日本語は同じ発音で意味が違うものが多い、というお話

*8
『fate/grand_order』の星4(SR)ランサー、秦良玉(しんりょうぎょく)の宝具発動時の台詞。BBちゃんとは中の人(声優)が同じ

*9
スーパーファミコン用ソフト『スーパーマリオRPG』のキャラクター、マロのスペシャルわざの一つ『なにかんがえてるの』のこと。基本的にはHP確認用の技だが、アクションコマンドに成功すると『その時相手が考えていること』という形式で、おまけのメッセージを読むことができる。……のだが。古い作品のスタッフ達は、見えないところではっちゃけていることがままあり、この作品もその例に漏れず……。任天堂作品なのにも関わらず、パロディーやらヤバいネタやらが散らばっているという危険地帯になっている。『マメクリボー』に使った時に表示されるメッセージは、正直『スタッフなにかんがえてるの!?』とか言われても仕方ないレベルの下ネタである。……いやまぁ、子供が見てもなんのこっちゃ、としかならないだろうが……。こういうネタを仕込む任天堂のことを、俗に『黒い任天堂』と呼んだりする

*10
『千と千尋の神隠し』から、双子の姉妹である湯婆婆と銭婆、および物語の舞台である湯屋・『油屋』。八百万の神々が日頃の疲れを取りにやってくる秘境

*11
『仮面ライダーオーズ』の登場人物、鴻上ファウンデーションの会長、鴻上光生(こうがみこうせい)がなにかしらの『誕生』を祝う時の様子。テンション高く『ハッピーバースデー!』と祝ってくれるぞ!()

*12
TRPG『ナイトウィザード』シリーズや『セブン=フォートレス』シリーズなどに登場するキャラクター、女神アンゼロットがお願い事()をする時に述べる『これからする私のお願いに『はい』か『イエス』で答えてください』という台詞から。要するに、拒否権がない!



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九章 星と地獄と聖夜の許し
例の歌を「楽しかった」と勘違いしてる人は結構多い、はず


「いやー、なんか十一月は予定やら行事やらが詰め詰めだった気がするけど、なんやかんやでもう十二月だねぇ」

 

 

 毎度お馴染みゆかりんルーム……だと思った君。残念不正解だ。

 ……という、誰に向けたものかよく分からない思考を無駄に飛ばしつつ、机の上のかごに入っているみかんを一つ取って、皮を剥き剥き。

 私はみかんのスジはそのまま取らずに食べるタイプだけど、マシュは真剣な目付きで、ちまちまと細かいところまで取り除いている。……集中力がすごい。

 

 そういえば、みかんのスジって正式名称が『アルベド』なんだってね。*1

 今『アルベド(白さ)』だなんて聞いても、どこぞの主大好き配下な人しか思い付かないけど。*2

 もし仮に、例の上司の方がここに来るようなことがあったら、みかんを箱詰めで贈る……というのも御近づきの印には良いのかもしれない。

 

 ……まぁ、そんな感じにぐだぐだしながらこたつに入っているわけです、はい。

 私の正面にはマシュが、向かって左側にはアルトリアがいて、マシュはさっき言ったようにみかんのスジ取りに夢中になっていて、アルトリアは普段の様子が嘘のように、こたつにやられて溶けている。

 ……うん。実に冬だなー、という感じだ。

 

 そんな風に、房からみかんを一粒取って口に運びつつ、年寄り臭いことを言っていると。

 真剣そのものだったマシュが顔をあげ、こちらの言葉に同意を返してきた。

 

 

「はいせんぱい、今年もお疲れ様でした。……ところで、師走を『師匠が走る』と言う意味だとするのは誤用だそうですが、それでも年末に向けて忙しくなる……というのは間違いではないのではないでしょうか?」

「……え、師走って『師匠が走り回るくらい忙しい』って意味じゃないの?」

 

 

 そうして返ってきたついでのような蘊蓄に、思わず手の内からみかんを取り零す私。……え、すっごい有名な由来だと思ってたんだけど、違うの?

 そんなこちらの疑問に気付いたマシュが、小さく咳払いしたのち、補足を話し始める。

 

 

「はい。一応諸説ある、ということなのですが……元々、日本では平安時代よりも前の時代から、十二月をシハス(しわす)と呼んでいたそうで、それに対しての当て字が『師が走る』なのだ、という説があるのです。……もっとも、従来の『師が走る』というものの他にも『四季が果てる(四果つ)』や『師が馳せる(師馳す)』などといった、語源となりうる別の説もあり、どれが正確な語源なのか?……というのはよくわかっていないのが実情なのだそうです」

「へぇー……」

 

 

 いやなんというか、本当に「へー」としか言えない。八十へぇくらい?*3

 師匠……もとい先生が走り回るから師走、だと思っていたけれど、違うかもしれない。……そういう風に、当たり前だと思っていたことも、一つ世界が進んでしまえば間違いだった、なんてことになりうるのが、私達の世界なのだ。

 

 ……などと、少なくともこたつでみかん片手に悟るようなものでもない結論を、口に入った果実を噛み締めながら咀嚼していると。

 

 

「そもそもの話、年末なら(先生)だけじゃなくて(生徒)だって走り回るでしょ、って感じだものねぇ」

「誰だお前は!?」

「正義の味方、カイバーマン!……って、やらせるんじゃないわよ。見りゃわかるでしょうがっ」*4

「スキマ女か……」*5

「間違ってないけど間違ってるわよっ!!それだと私タンスと壁の間とかにいないといけなくなるでしょうがっ!!」*6

「ボクトナカヨクナレソウダネ!」

「なにその裏声ってぎゃあっ!!?」

「モチロンジョークグッズダヨー」

「ばばばばば、脅かさないでちょうだいっ!!?」

 

 

 さっき確認しなかったこたつの右側、空いていたはずのその場所にいつの間にか座るのは、みんなご存じ清く正しい黒幕少女、ゆかりんである。

 

 ……黒幕には遠慮はいらないな、とばかりにパーティグッズの握り拳大Gくんで裏声を使いながら話し掛けたら、こっちが引くほどに驚いてこたつから飛び出すゆかりん。

 いやまぁ、こやつ()を好きな人なんて早々いないだろうけども、それにしたって見事な逃げっぷりである。……世の中にはG愛好家も居る?そういう人は大体ペット用が好き、って人でしょうに。いやまぁ、時々家に出てくる奴を飼ってる、とかいうすごい人も居るみたいだけども。

 

 ともあれ、人の家に無断侵入するスキマに潜むもの……という意味では、Gとゆかりんはやってること大差ないぞ、という静かな抗議も終わったので、Gくんには退場お願い仕るで候。

 

 ことりとこたつの上に置いたGくんが、そのまま天板に空いた穴にするすると落ちていく(ホナマター)のを、怪訝そうな目で見つめていたゆかりんから一言。

 

 

「……いや、能力の無駄遣いにも程があるでしょ」

「使わないと錆びるとも言うでしょ。アルコール耐性すら飲まなきゃ下がるんだから、外付けの能力なんて普段遣いするくらいで丁度いいのよ」

「筋が通っているだけに、反論するのが躊躇われてしまいますね……」

 

 

 マシュの言葉に、ゆかりんが小さくため息を吐く。

 変わらず溶けているアルトリアを横目に、微妙な空気を味わう私達なのだった。

 

 

 

 

 

 

「──んで?今回は一体なんの用なのさゆかりん?」

 

 

 まぁ、開始の挨拶はこれくらいにして。

 ゆかりんが突然現れるだとか、なにかしらの頼み事がある時くらいのものである。

 なので今回もそうなのだろうと、話題修正ついでに聞いてあげる優しいキーアさんなのである。まさに野菜生活。……ん?*7

 

 

「あ、そうだったそうだった。キーアちゃんが余計な話を挟むから、すっかり忘れてたわ」

「おっとぉ?お望みなら幾らでも余計な話を挟むぞぅ?」

「余計なお世話よ!……って、今度はなにっ!?」

「セアカゴケクンダヨーヨロシクネー」*8

「毒グモぉっ!!ってかデカっ!!?」

「ええと、確か本来は一センチほどの大きさのはずですから……単純に三十倍くらいの大きさでしょうか?」

「冷静に計算しないでちょうだいマシュちゃんっ!?」

 

 

 ともあれ、遠回しの苦情をそのまま黙殺しおったゆかりんに対抗すべく、虚空より取り出したるは銃神(じゅうしん)……違ったアトラク=ナクア……でもねぇ!合ってるけど違う、初音姉様とか言われても分からないよ多分!下手するとネギ持ってる歌姫の方に……え、そっちの初音さんも若干古い扱い、だと……?!*9

 

 ……とまぁ、一人脳内相撲を取る間にもゆかりんに見せ付けたのは、大きなクモのぬいぐるみ、である。……無論、デフォルメはされているが。

 クモって案外かわいいよね、というキーア渾身のプロデュースである。どや!……まぁ、大抵嫌がられるのだけどね。足が多いと不快害虫扱いされるからね、仕方ないね。

 よく可愛いと言われるハエトリくんも、人によってはダメって言う時もあるし、虫を人に薦めるのは……難しいねんな……。

 

 ……え?そもそもぬいぐるみの元になってるのが毒グモだから、好きだ嫌いだ以前の話だって?……いやでもほら、アシダカとかアシナガみたいなタイプのクモよりも、丸っこい感じのこっちのクモの方が、デフォルメには向いてるじゃん?

 同じ日本に居る毒グモでも、カバキコマチの方を選ばなかったのだから褒めてほしいくら……あっちもメスは丸っこいって?……いやほら、向こうは牙が大きくて怖いし……。

 

 と、とにかくだ。

 つぶらな瞳で相手を見つめるその様は、「いぢめる?」と問い掛けてくるかのよう*10……じゃない、そもそも毒グモをいじめようとするなって話だ、噛まれてからでは遅いのだぞ!

 

 ……いかんな、クモの話になるとどうにも暴走しがち、というか。虫系の中でクモが好きな弊害が、こんなところにあるとは……。

 なんて、そんなことを思いながら、ゆかりんにぬいぐるみを押し付ける。

 受け取った彼女は、正に『どういう顔をすればいいのかわからない』と言った感じだったので、「喜べばいいと思うよ」と返しておいた。

 ……なんかやけくそに喜んでいるけど、喜んでるなら大成功だな!()

 

 

「はい、いい加減話を戻してもいいわよね!?よしわかったわ本題に入るわよもう誰にも邪魔させないんだからね!?」

「へーい、キーアん素直に話を聞きまーす」

「え、あ、ま、マシューも素直に話を聞きまーす……」

「……はいっ!?え、なんですか敵襲!?……違う?来客?あ、

どうもお久しぶりです八雲さん」

 

 

 ぬいぐるみをスキマにぽいした(自分の部屋に送った)ゆかりんが、語調を荒げてこちらに確認を取ってくる。

 ……一瞬品性云々言いそうになったけど自重。毎度壺の仕業にするわけにも行くまいよ、なんて。

 

 まぁともかく、いつものノリならまーたとんでも事件が舞い込んだに違いないので、いい加減ふざけるのは止めて、真面目に聞こうとするのは間違いではあるまい。

 なので宣言してマシュにパス、パスされたマシュも賛同してそのままアルトリアにパス……もとい、机に垂れている彼女の肩を揺する。

 

 どろどろに溶けていた(※あくまで比喩表現です)彼女が正気を取り戻し、いつの間にか自身の正面に座っていたゆかりんを視界に入れ、目蓋をぱちぱちしているのを横目に、どうせ長くなるだろうと飲み物を用意しようとして。

 

 

「緊張感が欠片もないっ!!いや確かに今回はそんなに火急の用事ではないけどもっ!!」

「なぁんだ火急の用事ではないのかー。じゃあ解散解散、マシュお昼の準備しよー」

「えっ……ちょっ、ちょっと待ってくださいせんぱい、せんぱーいっ!!?」

「……………」

「え、えと。……もうお昼ですので、昼食を終えてから改めて、とキーアさんは仰っているのだと思いますよ……?」

「……わかってるわよ、私がタイミング悪いだけなのはわかってるわよ……」

 

 

 まさかのいつもと違って急ぎではない、というゆかりんの台詞に、立ち上がって台所に向かっていた私は、予定を変更する旨を宣言。

 そろそろお昼にしようとは思っていたし、鍋焼うどんでも作ろうかとマシュに声を掛けて、そのままリビングを後にするのであった。

 

 ……えっ、ゆかりんの話?

 食べながらでいいでしょ、急ぎじゃないんだし。というかどうせゆかりんもお昼まだなんだろうし、『たらふくゆかりんに食わせたいの会』の会員としてはそっちの職務を優先する次第、というだけの話なのである。ジェレミアさん(会長)にも頼まれてるしねー。

 

 

*1
正確には『維管束(いかんそく)』であり、『アルベド』と呼ばれるのはみかんの皮の内側の方(中果皮)のこと。ちなみに皮の外側(外果皮)の方はフラベドと言う。どちらもラテン語。なお、混同され過ぎているため、『アルベド=維管束』で通じないこともない

*2
『オーバーロード』に登場するキャラクターの一人、守護者統括である最高位の悪魔(サキュバス)。書籍版で増えた人物であるため、原作版には存在していなかったりする『消されたはずの設定が残ってそうなヒドイン(『ちなみにビッチである』が一人のみに)

*3
フジテレビ系列で放送されていたバラエティ番組『トリビアの泉~素晴らしきムダ知識~』内で、読者から送られてきた投稿に対して、ゲスト達が『感心した(へぇ~)』ことを示すために押すボタンから鳴る音。『雑学(トリビア)』の名の通り、基本的には実用性のない話がほとんどだが、知ってるとなんとなく人に教えたくなる……というコンセプトの番組であった

*4
『遊☆戯☆王GX』より

カードの精霊の一人。性格の元ネタが明らかに『海馬瀬人』であるため、凄まじく濃ゆいキャラをしている

*5
都市伝説の一つ、同名の映画作品が存在する。基本的には『とにかく狭い隙間の中で女がこっちを見ている』だけのもの。江戸時代には類話が成立しているともされるが、その辺りは微妙……なのだとか

*6
なお、『東方深秘録〜 Urban Legend in Limbo.』では、霊夢の扱うオカルトが『隙間女』だったりする

*7
『優しい世界』をひらがなに置き換えた時(やさしいせかい)、見た目が似ていることから、付記されたりはたまた代わりに書かれたりするもの『やさいせいかつ』の漢字表記。KAGOMEから発売されている野菜ジュースが元ネタ

*8
日本に二種だけ生息している毒グモの内の一種、『セアカゴケグモ』のこと。元々は外来種。黒い体に赤い模様が入っているため、見間違えることは早々ないだろう

*9
『銃神』は『スーパーロボット大戦』シリーズに登場する機体の一つ、ディス・アストラナガンの異名から。『アトラク=ナクア』はクトゥルフ神話に登場する邪神・旧支配者。初音姉様はその邪神の名前を元にしたアダルト作品『アトラク=ナクア』の主人公、比良坂初音のこと。最後の『ネギ持ってる歌姫』は初音ミクのこと

*10
『ぼのぼの』より、シマリスくんの台詞。『いぢめないよぉ』と返してあげるのが良いが、調子に乗ってる時は『いぢめても』いいかもしれない……



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年末に近付くとみんなあわてんぼう

「……悔しいけど美味しい……」

「基本的には火に掛けただけ、なんだけどねー。インスタントの進歩具合、すごいよね」

「お手軽でも満足というのは、とても素晴らしいことだと思います!」

 

 

 こたつの上に敷き板を置いて、そのまた上にアルミの器を置く。……中身はさっきまでコンロの上でグツグツ言ってた、インスタントの鍋焼うどんである。

 一応、追加で卵を入れてあるけれど、味付けとかはそっくりそのまま、手を加えていないものだ。

 

 ……個人的には、アルトリアにこれを出して怒られたりしないか、ちょっとだけ心配だったのだけれど。……物珍しさが勝るのか、別にそんな様子はなさそうである。

 

 いや、そもそも青王の方も、料理に関して怒ったりするのは、ギャグ味の強い時くらいのものではあるのだけれども。……まぁ、印象優先で語られることが多いのは世の常、というか。

 ともあれ、こたつに入って熱々のうどんを食べる、というのは中々に乙なものだと思う。

 

 そうして箸を進めながら、ご機嫌斜めなゆかりんに話を促す私。……ご機嫌斜めを真っ直ぐに、とか言われても最近の人はわかんないんだろうなぁ、なんて余計なことを考えつつ、うどんを啜っていく。*1

 

 

「……火急の用事ではないんだけれども、話していいのかしら?」

「うわぁ拗ねゆかりんだ……ごめんて謝るから。卵も一ついる?」

「モノで釣ろうとするんじゃないわよ……まぁ、貰うけど」

 

 

 ……うーむ、見事なまでの拗ねゆかりん。

 端から見てる分にはちっちゃい子が『つーん』としている感じで、単に微笑ましいだけなのだけれども。

 その実、会社の社長が部下に無視されてキレてる……みたいなもんだから、部下ポジションであるこちらとしては、なんというか微妙に対処し辛い。

 ……その割には、対応が軽いって?部下である前に友達なんだからさもありなん。……公私を分けられていない辺り、ハマちゃんより酷い奴だなこれ?*2

 

 

「……もう続きを話していいかしら?」

「おおっと、どぞどぞ」

 

 

 そうやってむぅ、と唸っていたら、いつの間にやらゆかりんからジト目で見詰められていた。

 よせやい照れるだろう?……あ、はいすいません、真面目に聞きます……。

 ……一瞬、人を殺せそうな目で睨まれたでござる。

 自業自得とはいえ、こっわと言わざるを得まい。くわばらくわばら……。

 

 一端箸を置いて、居住まいを正す。

 こちらが真面目に聞く気になったことを察したゆかりんは、一つ咳払いをして、今回の訪問の理由を語り始めた。それによると……。

 

 

「……サンタクロース?」*3

「そう。時期的に、そろそろクリスマスでしょ?」

 

 

 湯呑みの茶をずずずと啜っていゆかりんが、それを机に置きながら頷く。

 彼女が持ってきた話題は、クリスマスのサンタクロースの手伝いをしないか……というものだった。

 

 現在は十二月の頭、実際に活動するのはもう少し後の話になるが、前日とか一週間前とかに募集し始めても遅いので、こうして日時にして三週間以上前から、手伝いを探し始めるのが毎年のお決まり、なのだという。

 ……毎年?と思ったそこの君、なりきり郷の設立年に関しては、サザエさん時空*4的な異世界概念うんたらかんたらにより、曖昧(I my) me mine(ミーマイ) I want you(アイウォンチュー)だ、深く考えるでない。*5

 

 ともあれ、少なくとも昨年から続いている行事……というのは確かなので、そこら辺のノウハウはまだ構築中……みたいなところがあるのだそうだ。

 なので、とりあえず声を掛けられる人員の中で、戦闘可能な者についてはほぼ全員に通達が行っているらしい。

 

 ……募集要項というか応募要項というかに『必須技能:戦闘系』が入ってる理由?んなもの勿論、サンタの行動範囲が()()()()()()()だからだよ!

 ……要するに、この間の熔地庵の深層領域だの、隔離区画内の各種施設だの、はたまた厄災級・接触禁忌種・禁忌のモンスター・原作者も知らないドラゴンとかの跋扈する自然区域とか。

 そういう、生身は無理だし生半可な戦力でも無理な場所にも、回る必要性があるから、だよ!!

 

 いやまぁ、聖夜の当日に限り、サンタにはほぼ無敵に近い無窮の護りが付与されるらしいので、事前情報ほど危ないことにはならないらしいのだけれども。

 原作において『サンタを打ち落とした』とか『サンタを捕まえた』みたいな【サンタ特攻】持ちが現れないとも限らないので、【サンタの護り】無しでもちゃんと戦える者以外を、書類選考の時点で弾くために必要だとかなんとか、らしい。*6

 

 …………うん。すまない、また胡乱げなイベントなんだ。

 仏の顔もなんとやらって言うしね、謝って許して貰おうとは思っていないから安心して欲しい。

 でも実際、季節の行事とかをそのままこなすと、いわゆる日常系の話にしかならないというのはわかって貰えると思う。

 無論、それが良いと言う人が居るのもわかっているけれど、申し訳ないけどここはなりきり郷。……ハチャメチャが押し寄せてくる、混迷極まるカオスワールドなんだ。

 

 そういうわけなんで、とりあえず注文を聞こうか。……いやなんの注文?*7

 脳内で謎の店がオープンしてしまったけど、私は正気です(SAN値0)。

 

 ……えーと、とにかく。

 今回のお仕事は、サンタクロースを無事に聖夜の街を飛び回らせなさい、という感じのものになるらしい。

 ……この説明だとお前はサンタじゃないのか?って聞かれそうだけども、まさしくその通り。

 私の元に来たのは『サンタの助手』のお願いであり、『サンタの募集』はまたちょっと違う話になるのだとか。

 

 具体的には、『原作においてサンタになったことがある』もしくは『サンタ役をするのに適した役職・ないし年齢である』人が、サンタ役として抜擢されるらしい。

 前者はソシャゲのクリスマス限定キャラとか、アニメや漫画でクリスマス関連の仕事やバイトをしていた描写があるか?……と言ったようなことを問うもので。

 後者の方は、実の子供が居るとか、孤児院で孤児達にプレゼントを送ったことがあるとか、そういう『成人していて子供にプレゼントを渡す立場になれる、または実際になっていた』ことを問うものである。

 

 ……キーアの年齢的にも、義理の子供が居たという話的にも、私はサンタ側でいいんじゃないのか、とか思われそうだが。

 今回のクリスマスイベント、基本的にはサンタと助手の二人一組で動くことが前提となっており、かつ『サンタ』と『助手』では、【サンタの護り】による補正が倍以上違うのである。

 ……要するに、『助手側が素で強い方が好ましい』のだ。いざという時には助手を盾にする必要もあるので、なおのこと。

 

 クリスマスを邪魔してくる者が居たとしても、【サンタ特攻】持ちで無ければ聖夜のサンタに敵う者は居らず。

 仮に【サンタ特攻】持ちが居たとしても、サンタ本人ほど『サンタ特性』を持っていない助手が、率先して対応する……というような、役割分担になっているわけだ。

 

 ……実に目が滑るような話だが、もう少し付き合って貰いたい。

 この二人一組での行動制限、サンタを邪魔する者……もとい、『聖夜を邪魔する者』が存在しなければ、別に無視してもいいような縛りに思えるだろうが。

 ……忘れちゃいないだろうか、聖夜が万人にとって祝うべきモノではないということを。

 忘れちゃいないだろうか、聖夜とはなにも、子供のためのモノではないということを。

 

 ……要するに、居るのである。『聖夜を邪魔する者』は、確実に。そう、それは即ち!

 

 

「しっと団、実在していたのか……」*8

「カップル相手に突撃していくだけだったのなら、まぁサンタには関係なかったのだけれど。……なんか途中で変なものが混じったみたいで、『クリスマスに対するカウンター』みたいになっちゃってるのよね……」

「ブラックサンタでも混じったのでしょうか……?」

「いや、あれは悪い子を懲らしめるモノであって、サンタの敵対者とかではないんじゃ……?」

 

 

 語られたのは、クリスマスやらバレンタインやらに、イチャイチャするカップル達を制裁するモテない者達の味方、しっと団について。

 ……なのだけれど、なんかよくわからない変異を遂げてしまったらしく、本来は彼等が襲うはずのない子供達や、プレゼントを配るサンタクロースまでもが、攻撃対象になってしまっているらしい。

 

 ……パルスィが混じったとしてもこうはならないだろう、という感じな辺り、なにか良くないものにでも魅入られた……みたいな話なのだろうが。*9

 まぁ、暴れまわるのは元のしっと団と同じく、クリスマスやバレンタインなどの限定した時期のみ。

 なので、要対処度としては大して高くなく、今みたいな対処療法が罷り通ることとなったのだとか。

 

 ……なんともまぁ、傍迷惑な話である。

 

 

「くりすます?というものが、どういうものなのかは良くわかりませんが。民のための行事を台無しにする者が居るというのであれば、それを正すことは吝かではありません。協力させて下さい、八雲さん!」

「え?え、ええ。ありがとうねアルトリアちゃん」

 

 

 うどんを食べ終えたアルトリアが、箸をおいて静かに告げたのち、ゆかりんの隣に詰め寄って、その手を覆うように握る。

 ……なんだかいきなり騎士めいた口調とノリになっているけど……これはあれじゃな?リリィの厄介事センサーが反応した、みたいなやつじゃな?

 

 いきなりの協力宣言に、ゆかりんが目をぱちくりさせている。……当初の予定ではアルトリアを巻き込むつもりはなかったのだけれど、みたいな感じだろうか?

 まぁ、予定が予定通りに進むことなんて早々ないのだから、ここは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に事を進めようじゃないかゆかりん。*10

 

 

「それ要するに行き当たりばったりでしょうが!?」

「おおっと、じゃあプランBBだっ」

「それも違っ……BB?」

『はぁい、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!皆さんの頼れる後輩型AI、BBちゃんが華麗に参上、です☆』

「うわびっくりしたっ!?」

「なんでキーアちゃんがびっくりしてるの!?」

 

 

 ゆかりんからの呆れ交じりのツッコミに、頭を掻きながら答えを返す。

 曰く、『朝から用事があるので、暫くせんぱいのお手伝いはできませーん!悔しさに咽び泣いて下さいね、せ・ん・ぱ・い?』なるメッセージがスマホに残っていたので、呼んだらホントに来るとは思っていなかったとかなんとか。

 

 

「……BBさん?ちょっとお話しが」

『うわぁ、マシュさんこわーい☆余裕がない人は、嫌われちゃうゾ☆』

「……黒より黒く、闇より暗き漆黒にわが真紅の混淆(こんこう)に望みたもう。覚醒の時来たれリ、無謬(むびゅう)の境界に堕ちし理、無行の歪みと成りて現出せよ!」

『ちょっ、冗談ですってば!本気にしないでくださーい!!?』

「いやちょっ、そもそも私らも巻き込まれるっ!?」

「お、落ち着いてマシュ!深呼吸、深呼吸です!」

「離してください~!、私は、私はぁ~~っ!!!」

 

 

 なお、突然後輩達の仁義なき戦いが始まりそうになってしまったため、急遽みんなでマシュを落ち着かせるために奔走することになったのであった。

 

 

*1
『森田一義アワー 笑っていいとも!』のオープニングテーマ、『ウキウキWatching』の歌詞の一文から。2014年に番組終了したため、令和世代は聞いたこともない……はず。なお、何故ご機嫌()()と言うのかというと、古語である『斜めならず』(なのめならず/ななめならず)が由来であるため。『斜めならず』は『格別だ』ということを表す言葉で、元々は『ご機嫌麗しいこと斜めならず』で『機嫌がとても良い良い』事を表していたそうな。なお、古語の『斜めならず』には平凡・(悪い方の)いいかげんのような意味もあるそうな。斜めになっているのを『(かぶ)いている』とするのなら、真っ直ぐ(斜めじゃない)なのは普通となる、みたいな感じだろうか?

*2
『釣りバカ日誌』より、ハマちゃんこと浜崎伝助のこと。自らが勤めている会社の社長、鈴木一之助(スーさん)とは釣りにおける師弟関係だが、その関係を会社(公私の公)に持ち込むことはしない。あくまでも、彼は普通の平社員である

*3
聖ニコラウス(セント・ニコラウス)』をモデルとした、聖夜に子供達にプレゼントを贈るおじいさん。サンタ・クロースという名前は、『セント・ニコラウス』のオランダ語読みから来ているのだとか

*4
日常を取り扱った作品が属する時空……もとい、『作品内で時間経過が存在しない作品』を言い表すもの。より正確に言えば、四季などは流れるが、作中人物達が歳を取らない世界。長く作品を続けるには都合が良いが、長く続きすぎると『名探偵コナン』のように、作品の初期と現在の話で矛盾が発生したりすることも

*5
特に意味のない言葉遊び。『I my me mine』は英語の一人称の代名詞としての変化(主格(私は)所有格(私の)目的格(私を/私に)所有代名詞(私のもの))の一覧。曖昧は『意味がしっかり認識できない、もしくは解釈が二通り以上ある』時に使う言葉。『I want you(君が欲しい)』に関しては、完全に語呂合わせ

*6
『アンパンマン』におけるバイキンマンなどが【サンタ特攻】に該当する

*7
『バーボンハウス』と呼ばれる、2ちゃんねるなどで存在したいわゆる釣りスレッド。要するにタイトルホイホイ。なお、途中の『ハチャメチャが押し寄せてくる』は、『ドラゴンボールZ』の主題歌の一つ『WE GOTTA POWER』の歌詞の一節から。……泣いてる場合じゃない

*8
松沢夏樹氏のギャグ漫画『突撃!パッパラ隊』に登場する悪の組織。……一部の人にとっては悪ではない、かも?いわゆる男女のカップルに嫉妬する余りに、カップルを撲滅せんと企む者達の集い。軍人レベルの戦闘力を誇る、半ばテロリストみたいな集団だが、作中では雑魚扱いである。なお、狙うのはあくまでもイチャイチャしてるカップルのみ

*9
『東方project』のキャラクターの一人、水橋パルスィのこと。初出は『東方地霊殿』で、本来は地上と地下を行き交う者達を見守る守護神的な立場の存在。種族は橋姫で、他者を妬ましいと羨む厄介者。……心が読める者からは、本当は優しい子であると言われている

*10
『銀河英雄伝説』に登場する人物、アンドリュー・フォーク准将が提唱した戦略。要するに行き当たりばったり。これを戦略と呼べるのは、各々が一騎当千な傑物達が徒党を組んでいる時くらいのものだろう



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サンタとは、自ら名乗るものではない……のか?

「……おっ、サンタ募集の張り紙だ」

「八雲さんからのお誘いが一週間前……時が経つのは早いものですね、せんぱい」

 

 

 基本的に快適温度に保たれているなりきり郷だが、季節のイベントごとがある時はその限りではない。

 四季を楽しむ日本人的感覚がそうさせるのか、はたまた単なる悪ノリか。

 ともあれ、十二月も初旬真っ盛りな今日、なりきり郷は雪でも降りそうなほどに、冷たい空気が立ち込めていたのだった。

 

 そんな街並みを、マシュを連れ立って歩く私。

 ふと近くの店に視線を向ければ、その壁面には『サンタ募集中!』という文面が踊る、特徴的なポスターが貼り付けられているのが窺えた。

 ……なんとなーく自衛官募集とかのポスターと同じ匂いがするのは、華やかそうに見えてその実結構ハードな仕事だから……なのだろうか?

 

 よくわからないが、こうしてポスターが貼ってあるあたり、まだまだサンタが足りていないというのだけは確かなのだろう。

 ゆかりんには、お疲れさまの言葉を送りたいところである。

 

 

「今回もまた、せんぱいとは別行動になってしまいますね……」

「しゃーないよ、私が盾役(助手役)なのに、マシュがサンタ役(主人役)ってのも変な話だし」

 

 

 そんな風にゆかりんの健康を祈っていると、傍らのマシュから吐息交じりの吐露が。

 

 前回のマシュの爆発は、言ってしまえば『また別行動になってしまった』から、ということに尽きるものだった。

 ……まぁ、さもありなん。

 マシュは盾役のエキスパートである。そんな彼女を盾役以外に回すというのは、なりきり郷の懐事情的には贅沢行為以外の何物でもないと言える。

 それ故に彼女は必然的に守護者──今回で言えば助手役に収まるのが普通であり。

 私が助手役になるのも、戦力的にはある意味既定路線でしかないので、結果としてお互いの組分けがわかれてしまう……というのは、仕方のないことなのであった。

 

 ……まぁ、本人の心情的に納得しかねる部分がある、というのもわからなくもないのだが。

 無辜の民を守る騎士としてのあり方もマシュの一側面であり、主の前に立つ守護者としてのあり方もまた、彼女の側面であることに違いはないのだから。

 

 まぁ、こうしてちょっと不貞腐れているマシュというのは、案外貴重なので。

 彼女の先輩を仰せつかっている身としては、その頭を良い子良い子と撫でてあげるのが今の私の役割、ということなのです。

 

 

「……ん、んんんんん!」

「おっ、ワラビマシュ?」*1

「違いましゅ!……いえ違います!センパニウム補給が出来たので、頑張ろうと思っただけですので!!」

「ええ……なにその胡乱粒子……」*2

 

 

 そうして撫でていたら、俯いていた顔をあげてむんっ、とがんばるポーズを取るマシュが出現した訳なのだが……まぁ、元気になったのならいいや。……それと、ユニバースとかぐだぐだとかを思い出しそうな胡乱粒子を想像するのはやめようね?キーアお姉さんとの約束だ。

 

 そんな感じのやり取りを店の前でやっていたら、そりゃまぁ店員やらお客やらからするとすごく目立つわけで。

 往来の人の流れを止めるような状況に、店の中に居た店員が外に出て、こちらに注意を促そうとしてくるのもまた、必然的な話……というわけなのだけれど。

 

 

「はーいすいませぇーん、店の前でイチャイチャすんの止めて貰えますぅ~?そーいうの営業妨害って言う……あ」

「さ、坂田さん?い、イチャイチャだなんてそんな……っ」

「おーいマシュ、戻ってこーい。それと銀ちゃんこんちわー。今日はケーキ屋のバイト?意外とバイトしてるよね、銀ちゃんって」

 

 

 心底めんどくさそうに店内から外に出てきたのは、この店──ケーキ屋のロゴが入ったエプロンを着た、毎度お馴染み銀ちゃんであった。……なんというか、ホントちょい役的に出てくるね、貴方。

 そんな感じにかるーい挨拶を返せば、銀ちゃんは「見付かりたくない奴に見付かった」みたいな、苦い表情を浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

「出会った当初は『働かなくてもいいんだよ』みたいなこと言ってた割に、結構バイトとかしてるよね、銀ちゃん」

「……ほっとけ、こっちにも色々事情があんだよ」

「ふーん?」

 

 

 店のオーナーから「おや知り合い?じゃあ休憩でいいよー」みたいな、雑というか適当というかなお許し?を得た銀ちゃんを伴って、店内のテーブル席に座った私達。

 話す内容は勿論、「労働なんてクソ食らえ」みたいなことを述べていた銀ちゃんが、今ではまっとうに働いていることについて……である。

 

 いや実際、銀ちゃんとケーキ屋とか、容易に結び付かないものだと思う。客ならいざ知らず、店員側と言うのは何気に珍しいのではないだろうか?

 ……いやまぁ、それを言ったらコンビニ店員も似合わないんだけども、あれは「届いたばかりのジャンプを仕事しながら読む権利」みたいなもののためなんだろうな、というのは想像が付くというか。

 

 

「おいおい、あんまり俺を無礼(なめ)るなよ?*3仕事中にジャンプの誘惑に耐えられないような、柔な男だと思われてるとか……勤務態度が悪い(ずっとジャンプ読んでる)ってんで三日でクビになったっつーの」

「うわぁ想像の下を行ったよこの人」

 

 

 ……まぁご覧の通り、ジャンプ云々は想像より遥かに酷い(片時もジャンプを手離さない)勤務態度を提示されたわけなのですが。……いや、私が行った時はまだ耐えてたじゃん……。

 

 ともあれ、広いけど狭いなりきり郷、袖振り合うも多生の縁*4とも言うので……。

 

 

「んで?今度は一体誰を抱え込んだので?」

「ぶふっ!!?げほっげほっ……あのなぁっ!?」

 

 

 どうせまたぞろ面倒ごとを抱え込んでいるに違いない、とメタ読みをして話し掛けると、口を付けていた紅茶に思いっきりむせる銀ちゃんの姿が。これは……クロじゃな?

 

 

「すみません坂田さん、せんぱいから三メートルほど離れていただけますか?」

「ちょっ、キリエライトさーん!?誤解っ、誤解だってのっ!!」

「そんな、あの日の燃えるような一夜は嘘だったのね!!」

「せ、せんぱいっ!?……おのれ、坂田銀時ぃっ!!」

「おィィィィッ!!?後輩さんのキャラ崩壊させてどうすんのアンタァァァァッ!!?って言うか熱い夜云々って、どうせあのバッティングセンターでのことだろうがァァァァッ!!!?」

「やだバレた☆」

「でもせんぱいが可愛いからオッケーです」*5

「もうやだこの主従……」

 

 

 おやおやおや。銀時はかわいいですね。*6

 ……じゃなくて。ギャグ時空の住人である銀ちゃんが、まさかマシュにたじたじになるとは。げに恐ろしきはぐだぐだ粒子、というわけか。……自分を棚上げすんな?なんのことやら。

 

 話を戻して、メタ読みって言ったけど、なにも根拠もなしに言ったわけではないのである……と口に出せば、銀ちゃんは「メタ読み以外になにがあるってんだよ」と机に頬杖を付きながらそっぽを向いていた。……ふむ。

 

 

「まず始めに。……コンビニバイトしてた時期辺りで、正式にゴジハム君をよろず屋メンバーとして迎えたんでしょ?」

「……それで?」

「で、ハロウィン辺りでXちゃんを仲間にした、と。……ハロウィンの時に口では『行きたくない』って言いながらも付いてきてたの、あれも()()()()()()()()()()だって言うのなら辻褄が合うんだよね。……嫌ってる、とまで言う相手(ダンテ君)の店に居ることの説明としては、中々に上等じゃない?」

「……それで?それが今の俺の状況とどう結び付くってんだよ?」

 

 

 ……状況証拠を次々に上げてみたのだけれど、反応は芳しくない。

 うーむ強情な。仕方ない、これは使いたくなかったのだけれど……食らえ!(わくわく)

 

 

「いや、なんだそのニンマリした笑みは、……っ!!?」

「ゆかりん特製の滞空回線(アンダーライン)擬きについての対策に気を取られたみたいだな、火のないところに煙はたたないんだよ銀ちゃん。……その部屋の中から伸びる腕は、銀ちゃんのよろず屋メンバーの誰とも合致しない!つまり、銀ちゃんがまた新しい女の子を連れ込んげふんげふん。……新メンバーが加わったと見るのが普通なんだよ!」

「言い方ぁっ!!?」

 

 

 ニヤニヤしながら銀ちゃんに突き付けたのは、明らかに隠し撮りとわかる一枚の写真。

 ……ゆかりんの滞空回線擬きは、その性質──ゆかりんの秘密を喋った者のみを対象にする──を知らない者にとっては、名前の元ネタと同じようなモノと誤認される……という傾向がある。

 往年のゆかりんもとい八雲紫黒幕説に浸っていたことがあれば、なおのこと。*7

 

 実際には、存在を全く知らない人は言うに及ばず、完全に内容を知っている者も気にしない……という、上辺(うわべ)だけ知ってしまった者こそ、無駄に警戒してしまう代物……ということになるのだが。

 ともあれ、銀ちゃんが風の噂に滞空回線について知った、というのは、このこそこそと隠れるようにして何処かへと向かう姿を納めた写真から、ありありと感じとることができるだろう。

 露骨に空を気にしているのが良くわかるが……同時に、普通に横から撮られることについて、注意が疎かになっているわけである。

 ……え?近くから撮られたなら気付くだろうって?

 その通り、なのでこちらは写真家のゴルゴ13さんに協力をお願いし、遥か二キロ先から銀ちゃんのことを隠し撮り(スナイプ)して貰ったものになります☆*8

 いやね、実はちょっと前ゆかりんから、

 

 

「なんかね、郷の中に誰かが増えた……みたいな報告が上がってたんだけど、肝心のその()()が見付かってないのよねー。……それとこれは関係のない話なのだけれど、最近坂田君がまたバイト始めたみたいなのよねー」

 

 

 という遠回しな素行調査の依頼を受けていたのである。

 ……要するに、偶然を装っていたけど、今日は最初っから銀ちゃんとお話をすること……もとい銀ちゃんを追い詰めることが目的だったわけでね?騙して悪いけど。*9

 

 

「ウゾダドンドコドーン!」

「好きだねそれ。まぁ、というわけで。──ちょっと(社長室)まで同行願おうか、銀時さん?」

「……っ!」

「あっ逃げた、追えー!殺せー!にゃー!!!」*10

「いやせんぱい、殺してはダメではないかと。幾ら坂田さんが女性の敵とはいえ、ここは半殺しくらいにですね?」

「……前言撤回、逃げろ銀ちゃん!あとでまた会おうっ!」

「心配してくれるのはありがたいけど、焚き付けたのアンタだからなっ!!?」

 

 

 なお、調子に乗ってぐだぐだ(景虎さんの真似を)したら、マシュが変な方向に相乗りしてしまったため、慌てて逃がす側に寝返るはめになったのでしたとさ。

 

 

*1
ンンンンン!!拙僧昂っておりまする!美しき肉食獣、あなやキャスター・リンボと申しますれば、この拙僧、蘆屋道満に相違なく!おおっと、このような狭き場所にて拙僧のことを語るには足りませぬ、子細については『fate/grand_order(ふぇいとぐらんどおーだー)』を確認をば!……とはいえ、ンフフフフ。拙僧の事を奥の奥まで知りたいのであれば、永き旅路を歩く必要がありますがねぇ……?ではこれにて!失礼!

*2
『マグネシウム』のような、言葉の最後が『-ium(-um)』で終わるモノが幾つか存在するが、これは『-ium』が動詞や形容詞を名詞化するためのモノであるため。例である『マグネシウム』は、古代都市であるマグネシア(Magnesia)で採れる金属(-ium)という名前。そのため、~i()ウムなどと単語にくっ付けることで、『(特定の動詞や形容詞を)構成する要素』というような意味で使われるようになった。『センパニウム』の場合は『せんぱいの主成分』みたいな意味となる。『アルトリウム』も似たようなネーミング法則(アルトリア+~i()ウム)

*3
万葉集や枕草子辺りから存在するが、現代では意図して使わなければ『舐める』の方になることが多いと思われる読み方、『無礼(なめ)る』。無礼(ぶれい)であることを強調できるため、時々ゲームや漫画などで使われることがある。有名なのは『マブラヴ オルタネイティヴ』のヒロイン、御剣冥夜の台詞『人類を無礼るな』と、『ウマ娘 シンデレラグレイ』でのシンボリドルフの台詞、『中央を無礼るなよ』だろうか

*4
『道を行く時に袖が触れ合う程度の事でも、前世の因縁に紐付いている』ということから、世の出来事は偶然ではなく、深い宿縁にて起こるものである、という意味。雑に言えば『この世に偶然なんてない。あるのは必然だけ』、みたいな感じだろうか?なお、袖が『触れ合う・振り合う・擦り合う』も『多生・他生』の縁、という実に六種もの組み合わせの漢字違いが存在するが、別にどれが正解……ということも無いらしい。まぁ、意味が大きく変わるわけでもないのでさもありなん、というか

*5
『でも幸せならオッケーです』は、2017年頃の街頭インタビューで一般男性が述べた台詞。推しの幸せを祈ることができる、漢の中の漢の台詞として有名

*6
『メイドインアビス』のキャラクター、『黎明卿』ボンドルドの台詞である『おやおや』『君はかわいいですね』から

*7
作品の初期の方に、胡散臭いキャラ扱いされていた頃の八雲紫の風評。色々と子細が語られるようになった結果、今ではわりと苦労人なキャラであると認識されているそうな

*8
『ゴルゴ13』の主人公、デューク・東郷。なお恐らくは偽名なので、基本的には作品名でもある『ゴルゴ13』と呼ばれる。殺し屋であり、世界最高峰のスナイパー

*9
『アーマード・コア』シリーズの伝統、お約束。高い報酬や容易い任務内容など、あらゆる手段で以ってプレイヤーを騙し、血祭りに上げようとする企業側の罠。……まぁ要するに、甘い話には裏があるから気を付けよう、ということである

*10
『fate/grand_order』より星4(SR)ランサー、長尾景虎の台詞から。一昔前は上杉謙信名義でなければわからない、という人も多かったが、最近は景虎名義でも認識されるようになった気がしないでもない。眉唾物ではあるが以前から女性説が存在した人物でもあるので、女体化サーヴァントではあるものの、そこを不満に上げられることは少なかった印象。越後の龍の異名を持つが、何故か『にゃー!!』と叫ぶ。……カゲトラは叫んで殺す。コワイ!!



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尽きぬ炎と悔恨の少女、聖夜の奇跡を求めて今ここに

「うーむ、銀ちゃんがちゃんと無事に逃げ切れるようにマシュの妨害をしていたら、普段はあまり来ないところに来てしまった……」

 

 

 無実の罪?によってマシュに追い掛けられるはめになってしまった銀ちゃんを無事に逃すため、マシュの妨害をする……という、お前なんのために今回やってきたの?マッチポンプ?*1……みたいなツッコミを受けかねない失態を犯した私なのですが。

 そうしてマシュを邪魔する内に、いつの間にやらマシュとも銀ちゃんともはぐれて、あんまり来たことのない区画に迷い込んでしまったわけでして。

 

 ……いやまぁ、最悪瞬間移動でもなんでもすれば、家には戻れるわけだから、別に焦ったりとかはしていないのだけれども。

 この歳になって迷子になるとか、なんかちょっと情けなくて涙が出てきそう……という感じでですね?

 うん、近くの建物の壁に手を付けて、反省の儀を行っている真っ最中なんだ。……その割には変な躍りを舞っているな、ですって?乱数調整だよ乱数調整。()*2

 

 

「あのー、大丈夫ですか?」

「あーお構い無くー。勝手に悲しみを背負っているだけですのでー。その内残像残しながら去っていくと思いますのでー」*3

「はい?……わっ、ホントに残像出しながらスライド移動してる……

 

 

 そうしてまるで吐き気を抑える泥酔者、みたいな動きをしていたら、ふと頭上に影が差す。

 どうやら、付近の住人が私を酔っぱらいかなにかと勘違いして、心配して出て来てくれたらしい。

 

 日本人の義理人情的なモノに感謝しつつ、ほっといてくれて構わんよーと顔を上げずに声だけで示す私。

 ……いやね、これって詰まる所自分の不甲斐なさを、勝手に反省してるだけ……だからね。自分の家の近くでやるな、と言われそうだけど、すぐ立ち直って立ち去るので多めに見て欲しいなー、というか。

 

 みたいな感じに、わざわざ見に来てくれた親切な人物の顔を見ようと、視線を上げ……る途中で、なにか聞き捨てならないことを述べていたのに気付いた。

 顔を上げる途中の不自然な位置で固まったのが、嘔吐(えず)く予備動作だと思われたのか、目の前の人物──足下しか見えてないけど──は、あわわと慌てたような声をあげている。

 

 んー?……んんー?

 聞こえたモノが()()だというのなら、なんというかちぐはぐとした動きをしているなこの人。

 思わず首を捻りながら、心配そうに背中側に回ってこちらの背を擦っている()の人に、大丈夫だからと声を掛け。

 改めて正面に戻ってきた人物を、自身の状態を普通の立ち姿に戻しながら眺める。

 

 ……なんというか、不審者だった。

 フード付きのマントで全身を隠すその姿は、暗い路地裏で突然に出会ったのなら、真っ先に通報を考えるような見た目だと言えるだろう。

 その癖さっきまでの動きからして、普通に親切な人物であることも感じさせるわけで。いつぞやのアルトリア……もといアンリエッタが(ビジュー)の部屋にお忍びでやって来た時のような、微かに香る高貴さ?的なモノもあって、面倒事の気配がビンビンしてくる感じだ。

 あと、声とフードから覗く口元や、諸々の仕草が女性的なモノを感じさせるので、特に予想外なことが起きない限りは目の前の人物は女性だと思われる*4。……口調からすると、年若い女性……ということになるか。

 

 ……というか、これもしかしてマシュが決闘(デュエッ!)してた大会にいた、謎マントの内の一人では?

 ついでに言うのなら、いつぞやかの体育祭では出てこなかった方。出てきた方(あっち)は非人類的な特性を持っていたみたいだけれど、目の前の(こっち)はそういうのは無さそうだし。

 

 そんなこちらの不躾な視線に気付いた……というわけでは無さそうだが、「あっ」と声をあげて、彼女は自身の顔を隠すフードを捲ってみせる。下から出てきたのは──。

 

 

「申し遅れました。私は劉備、字は玄徳と申します。……えと、どうなされましたか?」

「……どなた様?」

「え、ええ?!」

 

 

 名乗ったのになんで、みたいな少女の言葉に、困惑するのはこちらの方。

 なにせ、フードを捲った下から出てきたのは、桃色の髪をした巨乳の少女……彼女の言葉を信じるのなら、『恋姫†無双』の劉備玄徳だったのだから。*5

 

 

 

 

 

 

「はい、粗茶ですが」

「はぁ、どうも」

 

 

 彼女に案内されたのは、近くの家屋の中。

 ……なのだけれども、なんというかそこにたどり着くまでにこそこそしていた辺り、どうにも後ろ暗いところが彼女にはあるらしい。

 その癖してどこか大胆というか雑というか、な動きを所々で見せるのは……本来の彼女の一面、ドジっ子なところが出ているから……なのだろうか?

 ……それにしては、なんというか凛々しいというかキリッとしているというか、どうにも『恋姫の劉備』としては、違和感を抱かざるを得ない雰囲気を醸し出しているのだが。

 

 アニメの方はよく知らないけれど、そっちも性格的には大差無い……みたいな感じだったらしいし、【複合憑依】とか【継ぎ接ぎ】とか、その辺りの人物……だったり?

 さっきは暗くてよくわからなかったけど、よーく観察すると桃色の髪の内の一房が、白く変色しているようだし。

 ……というかこのお茶美味しいな?

 

 

「えと、それでー……貴方は、あんなところでなにをしていたの?」

「迷いました」

「ええっ?!」

「人生に」

「ええー……」

 

 

 そうしてお茶を飲んでいたら、目の前の劉備さんからこちらを探るような質問が。……探るのはお前ではない、この(ディオ)だっ!!*6

 みたいな感じで、敢えて色々ぼかした言葉を返せば、面白いように狼狽える姿が見られたのだった。……うんー?なんというかちぐはぐだな本当に。

 

 雰囲気的には、秘書とかみたいな『できる女』みたいな凛々しさがあるのに、いざ話してみると色々と隙みたいなものが多いというか、なんだか調子を外される感じが凄くするというか。

 ……『恋姫の劉備』的には、天然めいた性格とか空気とかが普通なのだろうから、後者の抜けている感じが正しいのだろう、とは思うのだけれど。

 それを是とするには、話をしていない時の……凛々しくもどこか物悲しげな空気を無視しきれないというか。

 

 ……うん、わからん。

 目の前の少女が普通でないということこそ理解できても、そこから話が進まないのでは、わざわざついてきた意味がない。

 さっきの発言の真意を探るためにも、こちらから話を切り出そうと口を開いて、

 

 

「あー、ったく。ようやく撒けたか……あの嬢ちゃん、時々おっかなさ過ぎんだろうがよ……」

「あ、銀さん。お帰りなさい」

「へい、ただいま…………わりぃんだけど用事思い出したんで帰る……「何処へ行くんだぁ?」ひぃっ!?瞬間移動っ!!?」

 

 

 唐突に部屋の扉を開いて中に入ってきた人物……ぶっちゃけ銀ちゃんを視界に入れた瞬間、私の灰色の頭脳*7は今回の事件(?)について超速理解!

 重要参考人かつ下手人である坂田銀時を捕まえるため、(あとで使用報告書を書くことを決意しつつ)短距離ワープ(瞬間移動)を敢行!

 私は気が長くないのでね、三分も待ってやらんわ!*8……とばかりに銀ちゃんの背後に跳び、綺麗にその腕を捕まえて逃げられなくするのであった。

 

 なお、そんな大捕物を目の前でやられた劉備さんはと言うと。

 

 

「……だから言ったじゃないですか、そろそろ見付かりますよーって」

「いやだってよぉ、またからかわれるのやなんだけどオレ……」

「必要経費ですよ、諦めてくださいね銀さん」

 

 

 と、呆れたような声をあげていた。……あ、新八君ポジションなのね、貴方。

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、そんな感じで銀ちゃんを現行犯逮捕したのちのこと。

 流石にここでする話でもない……という劉備さんの提案により、郷内を走り回っていたマシュを呼び戻し、ゆかりんルームに突撃した私達。

 寝耳に水とばかりの急な訪問にびっくりしているゆかりんの顔を見て、してやったりとばかりにニコニコ笑っていた劉備さんに、自身の疑惑を深めつつ。

 

 数分後、落ち着いたゆかりんを上座にして、彼女から見て右側に私とマシュが、反対側に銀ちゃんと劉備さんが座る、という形での会議?が始まったのだった。

 

 

「……坂田君とは、何ヵ月ぶりなのかしらね?」

「ささささぁ?覚えてないなー、銀さんまったく覚えてないなー?」

「白々しいわよ、まったく……一応、理由について聞きたいのだけれど?」

「………………」

「露骨!!露骨なまでの黙秘っ!!」

 

 

 ゆかりんからの追及に、銀ちゃんが選んだのは意外、それは黙秘!……いや、この状況で黙秘権行使するとか、中々に肝が据わってますわね?

 無論、そんな逃げの一手が許されるはずもなく……。

 

 

「じゃあ今から来週のジャンプのネタバレを……」

「鬼!悪魔!ちひろ!」

 

 

 ゆかりんがスキマから取り出したるは、来週のジャンプ。

 銀ちゃんの楽しみを無惨に奪おうとするその行為に、思わず彼は泣き叫ぶが……うんまぁ、自業自得というか?横の劉備さんも、心なしか銀ちゃんを見る目が冷たいし(ジトーっとしてる)

 うーむ、まさに四面楚歌。さっさとゲロっちゃったほうが楽だと思うけどねぇ?……それと(想像上の)ちひろさんと一緒扱いされたことに関しては(魔なる者共の王としては)訴訟も辞さない。

 

 

「……はぁ。もういいですよ、銀さん。事ここに至ったのであれば、隠し立てする方が不利益となります」

「でもよぉ……」

「第一、こちらの事情に巻き込んだのが、今回の騒動の一因。……貴方様が、気に病むことはないのです」

「……だけどな()()

「へいストップ!!へーいストーップ!!」

「あ?なんだいきな……あ゛」

 

 

 そんな中、仕方ないとばかりに息を吐いて『もういいのだ』と銀ちゃんを嗜める劉備さん。

 その言葉に銀ちゃんが躊躇を見せるが、彼女の決意は堅いらしく、意見が変わる様子はない。

 

 その言葉的に、今回の話の主体は劉備さんの方なのかな、と納得しかけたところで。……銀ちゃんが馬脚……もといボロを出した。

 恐らくはなにかを気にしたりもせず、いつものように相手を呼んだだけ、なのだろうけれども。

 こちらが発言をストップしたことに、最初は怪訝そうな視線を向けて来ていた銀ちゃんだったが、すぐさま自身の失態に気付いて表情を青くした。

 

 よくわかっていないマシュだけが首を傾げているが、なんとなーく知ってるらしいゆかりんが「ん?」という疑問を浮かべ。

 よく知っているらしいジェレミアさんが「まさか」みたいな表情で銀ちゃんを見詰め。

 

 ──最後に私が、まるで犯人を指し示すかのように銀ちゃんに指を突き付け、その言葉を告げた。

 

 

()()呼びしたこいつは完全な黒だ!!殺せー!にゃー!!!」

「だからなんで景虎……ってぎゃーっ!!!?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()で呼ぶとか、こやつアカンヤツや!!

 ……ということになったため、銀ちゃんは血祭りにあげなければならない。

 そう言外に告げれば、皆が銀ちゃんを血祭りにあげるために動き出したのだった。……何故か劉備さんも。……あれー?

 

 

*1
()()()で火をつけて、()()()に用意した水でそれを消す……という自作自演を示す和製英語。明確な出展は不明ながら、1966年頃には既に使われていたのは確かなようだ

*2
『壁にもたれてしゃがみながら、松明を持った右手を左右に振り回す』舞。……要するに『BIG(ビッグ) SARU(サル)』『儀式の人』などと呼ばれる走るダンボール箱氏の謎の動きのこと。『乱数調整』の方はゲームに利用されている()()乱数を何かしらの動きをすることで目的とする値にまで動かす行為。乱数とは本来予測不可能な不規則性の数値を示す言葉だが、『命令通りにしか動けない(規則の外に出ることができない)』プログラムでは擬似的にしか乱数を再現できない。そのため、コンピューターで扱われる乱数というのは、(すべから)く『擬似乱数』となるのである。ソシャゲのガチャ宗教などは、この『擬似乱数』の(ささや)かな規則性にすがるもの、と呼べるかもしれない。……ここまで書いたので『儀式の人』の動きもその類い(乱数調整)かと思われるかもしれないが、別に関係ない。この動きを乱数調整と呼ぶ元ネタは『T.A.S.魔理沙』シリーズの第一話。序でに言うなら走るダンボール箱氏は生身のプレイヤーである。……生身でTASめいた動きをしている……だと……?(ウォーホー

*3
『北斗の拳』より、無想転生。『無から転じて生を拾う』という意味を持った、深い哀しみを知った者のみが体得できる究極奥義で、実体を空に消し去り相手の攻撃を全て避けるという無茶苦茶な技。博麗霊夢みたいになる(空を飛ぶ程度の能力)といえばわかりやすいか。……と、見せ掛けて、そもそもに霊夢の能力の元ネタが無想転生(彼女の奥義は()()()())なので、説明としては逆が正解である。なお、格ゲーでの演出は『攻撃を受けた瞬間にダメージを無効にして、残像を出しながら相手の背後に回る』というものになっている

*4
女性的な男性や、男の娘だったりしない限りは、の意

*5
『三国志演義』を元ネタとしたアダルトゲーム、『恋姫†無双』シリーズの登場人物の一人、後に蜀を興す英雄、劉備玄徳。……を、元ネタとした少女。見た目はツーサイドアップにした桃色の髪が目を惹く、巨乳の美少女。天然ボケ気味・理想論者めいた性格など、ヒロインでありながらもアンチも呼びやすい感じのキャラをしている。なお、『恋姫シリーズ』の初代は主人公である北郷一刀(ほんごうかずと)が劉備ポジションを兼任していたため、彼女は後になって追加されたキャラクターでもある

*6
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(Part01)『ファントムブラッド』におけるディオ(DIO)の台詞、『初めての相手はジョジョではないッ!このディオだッ!ーッ』から。……そこに痺れる憧れる?

*7
推理作家アガサ=クリスティ氏の作品に登場する人物、名探偵エルキュール=ポアロが自身の天才的な頭脳を指して言う言葉、『灰色の脳細胞』から。因みに『灰色の脳細胞』は誤訳で、正確には『灰白質細胞』……すなわち脳そのものを示す言葉である。要するに、『頭の出来が違う』と言っているらしい

*8
『天空の城ラピュタ』のムスカ大佐の台詞、『三分間だけ待ってやる』から。待ってくれている辺り寛大に見えなくもないが、実際は拳銃の弾がなくなったので、リロードの時間を稼いでいたらしい



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主役を磨くっきゃない

「銀さん死ぬかと思ったんだけど。幾らギャグ補正となりきり郷内部の補正が有るとは言え、あんなん食らってたらその内死ぬと思うんだけど?」

「え?死ぬのは慈悲、とか言った方がいい?」

「やめてくんねー!!?どこかのオーバーロードみたいなこと言うのやめてくんねー!!!?」*1

 

 

 天罰降臨!*2

 ……とばかりにボコボコにされた銀ちゃんであるが、取り立てて怪我などはしていなかった。ギャグ漫画出身者特有の、黒く煤けてぷすぷす言ってる状態にはなってるけど。

 いやそもそもの話、今回のボコスカウォーズ*3に劉備さんが混じってるのも、よくよく考えずとも意味わかんないんだけどね!

 

 

「あ、別に呼び名は桃香で構いませんよ?」

「軽~、真名(まな)の扱い軽~」

 

 

 とかなんとか言ってたら、いつの間にやら隣に立っていた劉備さんから、呼びにくいなら桃香(真名)の方で呼んで貰って構いませんよ?とのお言葉が。

 ……いや軽いな。『恋姫』本編では許可の無い相手が勝手に真名を呼んだら殺されても文句は言えない、ってくらいに重いモノだった気がするんだけど軽いな?*4

 

 ……というような疑問が顔に出ていたのか、劉備さん──もとい桃香(とうか)さんが、こちらを見ながら小さく苦笑を浮かべる。

 

 

「──私は純粋な劉備ではありませんので。その辺りも踏まえてお話をしたいのですが、構いませんか?」

「いやまぁ、願ってもない話だけど」

「その前に、一つ聞かせて貰えるかしら?」

 

 

 やっぱり原作の彼女とはずれるなぁ、なんて思いながら話をしていると、横からゆかりんが割り込んでくる。

 その内容は、『最近郷に増えたのは貴方なのか?』というもの。

 

 ……んー、あのマントと同一人物ということなら、あり得ない話なのでは?……と私は思っていたのだけれども。

 

 

「えっと、半分正解……ですかね?」

「……はい?半分?」

 

 

 彼女から返ってきたのは、思わず首を捻ってしまうような答えなのだった。

 

 

 

 

 

 

 前兆、というものがある。

 『前以て知らされる兆し』の名の通り、それはなにかしらの事象に対し、それが起こる前の先触れ……とでも言うべきものである。

 とはいえ、予兆と呼ぶべきそれらは小さく見逃しがちで、後になって『あれはあの出来事が起きる前触れだったのでは?』みたいに気付くことも多い。

 世の予言・予知系能力者が甘く見られがちなのは、大きな物事の予兆ほど、実際は小さく細かく見え辛いものだから、みたいな話もあったりするのだが……まぁ、それは割愛。

 

 ここで重要なのは、なにかを()()()前の下準備というものは、意外とそこら中に溢れている……ということである。

 

 

「準備だけして使わないまま死蔵する──俗に伏線なんて呼ばれるものは()()()()()()()()()のモノ、なんて捉え方もあるみたいだけど。……まぁ、私もそれに近いのかな?」

「……えーと、ちょっと整理させて頂戴……」

 

 

 ゆかりんが頭を抱え、つい先ほど桃香さんから伝えられたとある事実について、どうにか理解……というか納得というかをしようとしている。

 元の席に戻った私も、様子としては似たようなもの。

 ゆかりんほどうんうん唸ってはいないけど、同時に顎に手を置いてむむむ、と眉を寄せているのは確かだ。

 

 彼女から伝えられたのは、あのマント達は先駆けである……ということだった。もっとも、数ある先駆けの形の内の一つでしかない、とも言葉を添えられたわけだが。

 

 以前、『郷の中に突然出現するなりきり組』について、軽く触れたことがあったと思う。

 ……空間拡張やら転移禁止やら、()()()なく現れるには些か無理があるこの環境内において、本当に突然現れるとされていた彼等だが。

 目の前の彼女が言うには、それらも全てなにかしらの前兆を発生させている、らしい。

 

 ……まぁ、言われてみれば確かに、というか。

 見ることがある種の繋がりであることは何度か述べているが、予言や予知もその枷から逃れられないのであれば、郷内部の予知能力者がなにかしらの()()を見ているのは確かなわけで。

 ──なんの取っ掛かりもなく、いきなり『ここに◯◯が現れます』なんてことを知るのは不可能だろう。

 ならば、指先に触れる微かな感触から、根本の存在を手繰り寄せている……と見るのは、そう不思議な話でもない。

 実際、マーリンも『余所から綻びを通じて(まろ)び出たモノ』みたいなことを言っていたし、預言者達が見ているのがその綻び(前兆)だというのなら、筋も通る。

 

 じゃあなにが問題なのか、と言うと……。

 

 

「【顕象】も予兆の一種?」

「正確には、()()()()()()()()()を信仰や畏敬で埋めたもの、ということになりますが」

 

 

 こちらの質問に、にこやかな返答をしてくる桃香さんに、ちょっと顔を引き攣らせつつ。

 改めて、今回新たに知りえた情報について、思考を巡らせる。

 

 場の異常さなどにより、畏敬や信仰が集まって生まれるのが、【顕象】と呼ばれるモノ達である……とされていた。

 ()()()()、その場にある様々な念が場の特殊さゆえに形を持った(集まった)モノ……だと思っていたけれども。

 実際はその逆、()()()()のではなく前兆となるものが()()()()()という方が正解。

 ……要するに、その場に集まった念に合わせて形を作っているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()のである。……作為的な空気が高まってきたんですがそれは。

 

 でもまぁ、ある意味ではその話について納得ができるようになった……というのが、『【顕象】も予兆の一つである』という話なわけで。

 

 要するに、MMOなどで『戦士募集、盾技能持ち優遇』みたいな募集を掛けた時に、『ちゃんとプレイヤーを呼べた』のが普通のなりきり組で、『呼べなかったのでお助けNPCをパーティに加えた』のが【顕象】、ということ。

 但し、初期に現れたノッブを見ればわかるが、中身が人ではない【顕象】は、どうにも暴走しやすいところがあるらしく。

 例えこっちに現れて形を持ったとしても、基本的には討伐対象にしかなりえない。……はず、なのだけれども。

 

 

「詳しい理屈はあのグランドロクデナシ(マーリン)に聞かないとわからないけど……居るねぇ、暴走しない【顕象】」

「おのれマーリンんんんん!!今度あったらスキマに放り込んで逃げられないようにしてやるぅぅぅぅ!!」

 

 

 はぁ、とため息を吐けば、ゆかりんがヒステリックな叫びをあげる。

 まぁ、さもありなん。

 必然的に、アルトリアの重要度と厄物度が爆上がりしたわけなのだから。暴走しない初号機みたいなものである。*5

 ……色々扱いが難しいから、結局上には報告してないとかゆかりんが言ってたけど……結果的にはナイス判断と言わざるをえまい。

 それとは別にもう一つ、こっちは結果的に愚かな判断をしてしまった、という烙印を押されてしまった感じのモノがあって……。

 

 

「なりきり郷自体が特殊な場扱いされてるのはまぁ、わかってたけども。だからこそ『予兆が生まれる』ってのは盲点だったなぁ」

「ああああもおおおおおっ!!!」

 

 

 ゆかりんが怒りのあまり、頭を掻き毟っている。

 

 まぁ、気持ちはわかる。

 特殊な場に人々の願いが集まって、その結果として(なにがし)かの姿を取るものだと思っていた【顕象】だが。

 発生のプロセスとしては()()()()()()()()()予兆が生まれ、そこに何かしらのキャラクターの鏡像とでも言うべきモノが降りることで雛形となる。

 その雛形に、キャラをキャラ足らしめる要素を持つもの……楔の代わりとして放り込まれる生きた人々が居れば、それは【逆憑依】となり。

 その楔が無く、代わりに放り込まれるのが人々の念──取り分け、そのキャラを満たし得る念であれば【顕象】となる。

 

 ……そのなり立ち方を雑に見て、互いが双子のような間柄だったと結論付けるのであれば。

 結果だけ見ればこの場所そのものが諸悪の根元、とも言えてしまうわけなのだから。

 ……意味がわからない?では順番に説明を。

 

 まず第一に【逆憑依】と【顕象】は、互いにその中を埋める主要要素(人か祈りか)が違うというだけで、構成要素としてはほぼ同じである。

 そして、どちらも『予兆』を介してこちらに現れる、というのも同じ。

 

 次に、二つともが自然発生するものであるが、その発生する場所(特殊な場)自体は限定されている……というのも同じ。

 外のなりきり組に関しては例外に見えるかもしれないが、実際は()()()()()が特殊な場であると考えれば、そこまでおかしな話でもなくなる。

 

 何故って?基本的に()達の記憶からは、当該の掲示板を利用していた記憶が、かなりあやふやになっているからだ。……要するに、どのタイミングで()()なったのか、正確に思い出せないのである。

 つまり、掲示板でなりきりをしている最中に変化させられていたのだとしても、それを俺達は記憶していないのだ。

 

 俺の認識上では、朝起きたら突然()()なっていたことになってるわけだが。それが真実であるかどうかは、実際には確かめられないのである。──()()()()()()こうなっていた、ということしかわからないせいで。

 なので、掲示板そのものが異界と化し、そこに繋いでいた者達を()()()()変化させているのだとしても、ほとんどのなりきり組には真偽を確かめられないのだ。

 

 数少ない確かめられそうな側のココアちゃんも、実際には病室から忽然と姿を消したあとはこっち(なりきり郷)にいつの間にか居たタイプらしいので、外の組が陥っているであろう『クイック憑依(その場で召喚&憑依)』に関しては、実際に変化する場面に偶々居合わせる以外の方法では確認できない……という寸法なわけだ。

 

 ……予知とか予言とかを上手く使えば行けそうな気がする?

 無茶を言いなさんな、彼等も毎回未来が見えるわけじゃないし、都合よく郷に近い場所で、外の逆憑依が起きるわけでもない。

 五条さんがタイミングよく私達の元に現れたのも、実際には彼が()()()()()()というのが正解らしいのだし。

 

 話を戻して、最後。

 特殊な場が無ければ、【逆憑依】も【顕象】も起こり得ない。

 ……逆に言うと、()()()()()()特殊な場を作ってやれれば、それらの()は生まれ得るということ。

 

 ……要するに、なりきり組の保護のために建設されたなりきり郷は、その実なりきり組達を集めれば集めるだけ、場の特殊さを補強してしまうせいで、結果的に火薬庫みたいなものになっている……ということである。

 騒動の解決どころか、騒動を更に大きくする火薬源となっていたというのだから、ゆかりんの憤りも仕方なし、というか。

 

 

「ええと、つまり?」

「海外で逆憑依の報告例がないのは、単純に向こうに特殊な場が無いから。……霊地なんてモノは海外にも普通に存在するのにも関わらず、それらが特殊な場として扱われていないのであれば……」

「単なる霊地ではそもそもに対象外。であれば、日本がこの現象の震源地かつ感染源であるのは自明の理。そして感染源が外に持ち出される前に保護を行ったことで、いわゆるガラパゴス化を起こした……」

「大雑把に言ってしまえば自家中毒。外に出せぬと保護したからこそ、寧ろ場の強度を含めてこの世界に確立する余地を与えてしまった、と見ることもできる……というわけですね?」

「ぬぐぐぐ……」

 

 

 疑問を呈したマシュに、ゆかりん以外の皆で説明を積んでいく。

 纏めると『保護した生物が実は毒持ちだった』『一つ一つは小さい毒だったが、纏めて保護したために生物濃縮みたいなことになった』『結果として国内に毒物は納められているが、同時に毒が毒を生む悪循環に陥っている』、みたいな感じか。……言い方は悪いけれども。*6

 

 なので、ここの創設者の一人でもあるゆかりんが、不貞腐れてしまうのも無理はない……ということなのだった。

 ……よって、暫く話が滞るのもまた、既定路線なのでしたとさ。うーむなんともはや。

 

 

*1
『オーバーロード』におけるある種の真理。『それ以上苦しむ必要がない』ために、単純な死は慈悲となる……という意味なのだが。ある意味ではどこまでも、ゲーム感覚の台詞だとも言える(死は本来不可逆であり、『真の死』の果てに単なる暴虐よりもおぞましいものが待っている可能性は否定できないため。蘇生が叶う内は真の死ではないとも言える)

*2
『勇者王ガオガイガー』シリーズの主題歌の()()の中で、『ゴルディオン・クラッシャー』を示す言葉として使われるもの。正確には『天罰光臨』だが、咄嗟に変換できないせいか『降臨』になっている歌詞サイトがある

*3
1983年にアスキーから発売されたシミュレーションゲームと同名だが、特に関係はない。割りと近年(2016年)に続編が出ていたりはするが

*4
『恋姫シリーズ』内に存在する文化の一つ。劉備や孔明のような偉人としての名前の他の、その人だけの固有名。なお、読み方が違う(真名(しんめい))と『fateシリーズ』で使われる単語になる。史実の姓・名・(あざな)の中では、本来『名』に相当するもの。逆に言うと、現実でも中華系の人の『名』を悪戯に呼び掛けるのは、失礼にあたるので覚えておくとよい。現実で『関羽』と呼び掛けるのは失礼にあたる(姓と字を合わせて『関雲長』と呼ぶべき。なお、より礼儀を重んじるのであれば、『姓+役職』の『関将軍』の方がよい)が、恋姫世界ではそういうことはない。気にするのは真名についてのみ、である

*5
『エヴァンゲリオン』シリーズより、『汎用ヒト型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオン初号機』のこと。主人公が乗り込む主役機

*6
ついでに言うと、外に広がる前に一ヶ所に集めたために、場の特殊さの比重とでも言うべきものが、郷の付近に固まってしまっている。具体的には日本国内から外れた位置に特殊な場が生まれても、場として重い日本の方に転がり落ちてくる、という状況になっている



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千里を見詰め、ただ奮う剣

「……はぁ。まぁ、その辺りはまたあとで考えるわ」

「そうさねぇ、まだ話は長い訳だし」

 

 

 数分後、どうにか気を取り直したゆかりんが、苦い顔をしながら話の続きを始めようと声をあげる。

 彼女が話を止めてしまったのだから、再開の合図も彼女から……というわけだ。

 

 

「……そうよね、これ本題に入れてなかったのよね……」

「半分は正解、の正解部分についての前フリだったからねぇ」

 

 

 はぁ、とため息をつくゆかりんに、こちらもたははと苦笑いを返す。

 

 ……そうなのである。前回はなにやら小難しい話を並べ立てていたが、そもそもあれは『謎のマント=桃香』説の前提部分だったのである。

 【顕象】と【逆憑依】が根本的には同じという話から飛躍して、なりきり郷の是非にまで話がトんだというのが、そもそもにおかしな状況でもあったのだ。

 

 ……まぁ、気持ちはわかるけども。

 事態の収拾のために行っていたことが、もしかしたら余計に事態をややこしくしていたかもしれないだとか。……良心的な人物であれば、気に病むのが普通と言うものである。

 

 ともあれ、今回の集まりは目の前の彼女──劉備玄徳こと桃香さんが()()()()()()()を確認するためのもの。

 そこにたどり着く前に頓挫していたのでは、なんのために集まったのかわからなくなってしまう。

 

 ……と、いうわけで。

 さっきからニコニコしている桃香さんに、いい加減真相について話して貰おうではないかっ。……火サス*1みたいな展開ですね?

 

 

「えっと、それ私崖から身投げとかした方が良かったり……?」*2

「やらなくていいです、冗談をマジに受け取らないで頂きたい」

「そう?良かった。割りと苛烈な人みたいに()えたから、ちょっと身構えちゃった」

 

 

 などと呟いていたら、深刻そうな表情でヒソヒソと確認を取られてしまった。

 ……いやちゃうねん。私確かに魔王やけど、クソザコ最弱魔王様やから余所様に迷惑を掛けるような真似をするつもりはあらへんねん。

 確かに横におるゆかりんもあわせて悪の秘密結社感凄いけど、「乗れ、乗らなければ帰れ」みたいなマダオムーブするつもりはあらへんねん。*3

 

 

「勝ったわね」

「ああ。……ってやらすなー!」

「貴方が勝手にやったんでしょうが……」*4

 

 

 ……と、弁明をしている私を横目に見ながら、ひっそりと斜め後ろあたりに移動していたゆかりんが述べた言葉に、体が勝手に……!*5

 まさに暴走、ネタに生きるものはネタに動かされざるをえない……という、悲しい摂理を思い知った瞬間であった。

 いやはや、このサングラスとか思わずスチャッと装着しちゃったけど、用意が良すぎて笑えてくるんだわ。

 

 ……ってちゃう!

 今シリアスゾーンだった!……だったよね?あれ?

 ……シリアスとはなんだ?どういう効果だ?一体いつ発動する?つまり、シリアスとは……宇宙とは……?*6

 うう、ダメだ思い出せない……っ!具体的には課金スキンが『あぶない水着』よりあぶない子の姿しか思い出せない……っ!!*7

 

 

「……はっ!?殺気っ!!?」

ふ。

「ひぃっ!!?後輩が別の後輩にスライド進化しとるっ!!?悪霊退散っ、悪霊退散っ!!」*8

「……いや、ちょっとの隙に脱線しすぎじゃない?毎度のことだけど」

 

 

 なお、思い出したモノのせいでマシュがヤバい後輩に変化してしまったので、そのご機嫌取りに時間を費やすことになったのだった。

 ……うん、まぁそれも()()()、なんだけれども。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、うちの子達が……」

「いえいえ♪視てる分には楽しいですし、構いませんよ?」

 

 

 話を聞く、と言っているのに暴走する身内。

 その謝罪をするゆかりんは……特になにも求められていなかった!

 うーむ、状況によっては「ん?今なんでもするって」みたいなことになりかねないのに、一切その気配もないとかなんていい人なんだ。

 ……みたいなことを、彼女を疑っていない普通の人々は思うのだろう。

 どっこい(わたくし)疑心暗鬼、さっきから気付かれない程度に、チラチラと相手を窺いまくりの観察しまくりなのである。

 

 ……なんか悉く危ない橋を渡ってる(さっきからチラチラ見てたって言われそうな)気分になってきたので、いい加減真面目に。

 

 最初に出会った時、彼女が小声で話していたもの。

 ……あれは結局()()()()()()()けれど、()()()()()()()()()()()おかしな発言であることは、ちょっと考えればたどり着く話である。

 あと、微妙な発言のずれ。……()たじゃなくて()たって言ってる気が、ひしひしとするのである。

 

 この会合の始めに彼女が言っていた『純粋な劉備ではない』という言葉と、その容姿、その言動。

 ところどころに仄めかされる()()と合わせ、彼女の正体については、なんとなく察しがついている。

 すなわち、彼女は【継ぎ接ぎ】の──。

 

 

「では改めまして。とある二次創作の劉備……もといただの少女。私はそれを演じたモノということになりますね」

「あるぇーっ?!」

 

 

 そっちぃっ!?

 まさかのキーアん痛恨の読みミス、変にあれこれと知ってしまったせいで、ゆかりんみたいなそもそも原作の彼等ではない(二次創作キャラ)パターンが最初っから例示されていたことを、うっかり見落としていたー!

 これはダサい!「」(カッコ)つけて『わかってますよ』アピールを重ねていただけに、これはとてつもなくダサい!

 幸いにして口には出していないけど、ほんのり顔が赤くなってる気がするのでバレるのも時間の問題!なーのーでー!!

 

 

「おおっと急に寒中水泳したくなったでござる!!」

「えっ、ちょっ!!?」

「ハーレールーヤーっ!!!」

「へ、部屋の中の大水槽に、せんぱいが飛び込みましたっ!!?」

「なんだこいつ、エラ呼吸もできない人類のくせして、いきなり飛び込んできたんだけど?」

「ええええっ!?水槽の中に居た魚が、突然喋り始めました!!?」

「え、なんで!?……あこれシーマンだわ!?いつの間にっ!!?」

「俺もよー知らん。気付いたらいた」

 

 

 恥ずかしさとーいたたまれなさとー心の弱さとー。……みたいなあらゆる負の感情を込めて私は飛ぶ(I can fly)

 

 目標地点は部屋の中の大水槽!

 なんか見覚えのある魚がいるな、と自身の冷静な部分が察知するのを無視して、そのまま綺麗に飛び込んで水中に潜る!*9

 ってかでっかいなこの水槽!私が小さいってのもあるけど、普通に泳ぎ回れそうなんだけど!

 あとで片付けとかがあれだけど、今の私には時間が必要なので無視!

 ついでに言うなら、ここまで突飛な行動を起こした時に、桃香さんがどういう反応をするのか見たかったからオールオーケー!(苦しい言い訳)

 

 ……目指すはボーボボ、とは言わないけど、それを目標に据える程度には、予想外を積み重ねるように動いた結果。*10

 一連のわけのわからないモノを見た桃香さんは、面白いくらいに呆けた表情を周囲に見せていたのだった。……こっちに視線が集まってるせいで、誰も気付いてないけどねっ!

 

 

 

 

 

 

「えーとつまり?さっきまでのワケわかんない奇行は、全部桃香ちゃんの反応を見るために起こした故意のもの、ってこと?」

「そうだよ、だからそんな疑わしいモノを見る目で見るのは止めるんだゆかりん」

「……いやその、ついに狂ったのかと」

「酷いっ!!一応私一人が変な行動をするだけに留めてたのに!こうなったらゆかりんも巻き込んで更なる騒動を……!!」

「やめて!!?」

 

 

 数分後、そもそも暖かい部屋の中の水槽で泳いでいても、それを寒中水泳とは言わんだろう……という、どこぞの赤い弓兵からの呆れ混じりの忠言を、脳内電波的に受け取った私は。

 半ば無言になりつつ、水槽からすごすごと出てきたわけなのだけれども。

 

 ……うん、そりゃまぁ怒られるよね、というか。

 出来得る限り突飛なことを、みたいな思いから『師匠:ボーボボ』みたいなハジケ行動を目指していたわけなのだけれども。

 うむ、往年の彼等なら、そもそも文章にすることすら躊躇われる冒涜的所業を、話の()()()置くような狂気の集団が彼等なので、ポッと出のハジケ初心者でしかない私には再現とか無理無理かたつむり、みたいな感じがあったというか。

 

 できたとしても精々が、バラエティの笑えない芸人の一発ネタ……みたいなモノなのだから、早々に切り上げられたのは寧ろ幸運なのでは?くらいの胡乱な思考を、脳内に巡らせるはめになっていたのでありんした。

 ……自分で言っててなんだけど、こいつ頭ちゃんと動いてねーな?

 

 ……まぁ、とりあえず桃香さんの意表を突くことはできたようなので、終わり良ければ全て良しの精神である。

 どうせ変な奴判定は免れないのだから、これで良いのだ、多分。

 

 

「……いや、だからってなにもヨゴレ役に甘んじることもねーんじゃねーの?」

「カッとなってやった。今は反転している」

「反転?……ってうわっ!?カラーリングが変にっ!?目に悪っ!!?」

「ネガポジ反転とか、言われなきゃわかんないでしょそれ……」*11

「そこで即座に理解してくれるゆかりん、正直ちょー愛してる」

「!?……せ、せんぱいっ!!私もわかってましたよっ!?わかってましたからねっ!!?」

 

 

 などと言っていたら追加の胡乱が投入され、マシュがぐるぐるおめめを晒している。

 

 ……うーむぐだぐだ。

 天下の大うつけも病弱な天才剣士もいないのに、隙あらば差し込まれるぐだぐだ感には私も大いに困惑である。

 

 なお、おいてけぼりな感じのしている桃香さんであるが、ぼーっとしてるところをジェレミアさんに肩を揺すられ、どうにか意識を現世に戻してきていた。

 

 

「えっと、すごいね。色々と」

「そうそう。すごいのだよ色々と。──()()()()()()からは離れられた?」

「……心配してくれてたんだ?でもわかってると思うけど、そこまで深刻でもないんだよ?私の場合は」

 

 

 ほう、とため息混じりに吐かれた言葉に、ニヤリと笑いながら声を返してあげれば。

 桃香さんは小さく苦笑して、こちらに一礼を返してくる。

 そのまま、彼女は改めて、自身の素性を口に出すのであった。

 

 

「では改めまして、お初にお目にかかります。私は劉備。本来なれば国を興し、三國の覇の一つを担う宿命を持つハズだった星。……()()()()()()()()()によって隠され、時代の濁流に飲まれて消えた──必要のないハズだった星。その似姿にございます」

 

 

*1
日本テレビ系列で放送されていた『火曜サスペンス劇場』のこと。1981~2005年までの火曜9時から2時間の枠を確保して放送されていた。始まる時のオープニングテーマが結構特徴的

*2
日本のサスペンス番組のクライマックスにおける、ある種のお約束みたいなもの。追い詰められた犯人が、崖の前で犯行の理由や過去の悲劇などを打ち明けるのだが、種明かしにあたるため結構崖のシーンは長かったりする。なお、何故崖の上でクライマックスを迎えるのか、その理由は不明だったりする。いつの間にか定番化していたため、起源には諸説あるようだ

*3
『新世紀エヴァンゲリオン』より、碇ゲンドウと彼の第壱話『使徒、襲来』での台詞。正確には『乗るなら早くしろ、でなければ帰れ』

*4
同じく『エヴァ』より、第弍話『見知らぬ、天井』で暴走したエヴァ初号機を見た冬月コウゾウが述べた台詞と、それに対してのゲンドウの短い相槌。無駄に手を組んで顔を隠して眼鏡やグラサンに光を反射させるポーズ……いわゆるゲンドウポーズを取る機会があると、大体みんな真似をする

*5
『サクラ大戦』シリーズより、主人公の性(さが)。見るは一時の罪、見ぬは一生の罪……とでも言わんばかりに、ヒロイン達のあられもない姿を納めようとする彼等が、言い訳のように口にする言葉。『新サクラ大戦』の主人公にも受け継がれているが、3Dになったせいで、端から見ると本当に体が勝手に動いているかのような仕草を取るようになった。ぶっちゃけ怖い。……あと、今のご時世に往年の少年漫画の主人公(要するにムッツリスケベ)みたいな動きはどうなのだろう、とちょっと疑問に思わないでもない

*6
前半は『遊☆戯☆王ZEXAL』のキャラクター、アストラルの台詞である『落ち着け、幽霊とはどんな効果だ?いつ発動する?』、後半はいつも通りに『ゲッターロボ』から

*7
『あぶないみずぎ』は『ドラゴンクエスト』シリーズに登場する装備品。名前の通り(青少年の健全な育成とかが)危ない水着。後者は『アズールレーン』の軽巡洋艦の一人、シリアスとそのスキン(衣装)である『青雲映す碧波』のこと。……画像検索して貰えればわかるが、あれを服と言い張るのはちょっとどうかと思う。少なくとも彼女しかあんな格好はしてな……え?胸の部分は『fgo』の牛若丸と似たようなもの……だと……?

*8
みんなのトラウマ。『fate/stay_night』のヒロインである間桐桜のとあるルートでの台詞……だが、ギャグ的な場面でも使われていたり。日常生活でこれを言われたのなら、自分の行動を省みてみましょう。シリアスな空気の中で言われたのなら、全てを諦めましょう

*9
ドリームキャスト専用ソフト、『シーマン』に登場する謎の生物。後にリメイクなどで他の機種でも発売された。見た目は正に人面魚。マイクを使って話し掛けることができるのだが、同時期に任天堂から『ピカチュウげんきでちゅう』という、こちらもマイクを使って遊ぶソフトが先んじて発売していたため、シーマンに『ピカチュウ』と呼び掛けると怒るという、ちょっとしたお遊び(イースターエッグ)が仕込まれていたりする

*10
少年ジャンプにて掲載されていたギャグ漫画、『ボボボーボ・ボーボボ』のこと。口で説明しろと言われたらまず匙を投げてから考える(要するに最初から無理だと主張してる)タイプの作品

*11
画像などで、白黒や色彩を反転させること。元々はネガフィルム……写真を撮る際に使われていた記録媒体が、撮った映像の色を反転させて保存するものだったため、それを普通の画像に戻してな現像する=色を反転させる、ということをネガからポジに反転させる、という風に呼ぶようになった、らしい。なお、『ポジ』は『ポジティブ』の略、『ネガ』は『ネガティブ』の略



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地上に星があったら眩しすぎる

 ……なんか、凄くヤバめなお話をされているのではなかろうか。

 そんな雰囲気を感じ取ったのは、一体どのタイミングだったか。

 『天の遣い』に対しての言葉が、美辞麗句で飾られているわりには刺々しいものだったからだろうか?*1

 はたまた、髪の毛の一部……変色したその一房を、やけに恐縮そうに触れていた時だろうか?

 

 いや、恐らく彼女の話の中で、一番の厄物なのは。

 

 

「───そういうわけで。私は千里を視る瞳を持つ者達の末席に、恐れ多くも加えて頂くこととなったのです」

「完全にどっかの二次創作の主人公じゃないっすか!」

 

 

 どうにもあのグランドロクデナシ(マーリン)が、自身の後釜にと無理に見付けてきたものだった、ということだろう。

 

 

 

 

 

 

「あー、整理させて貰うわね?つまり貴方は、区分としては『無印の劉備』なのね?」

「正確にはあの世界に居たかもしれない、劉備になり得た誰か……になると思いますが。ほら、余所の劉備様達とは、似ても似つかないでしょ?私」

 

 

 視線を逸らしながら、どこか自嘲を孕んだように吐き出された言葉に、こちらとしては苦笑いを返す他ないが……ともあれ、彼女から聞いたことを纏めると、次のようになる。

 

 曰く、彼女の大本(オリジナル)にあたるのは、いわゆる無印──三國志における劉備のポジションに、(恋姫の)原作主人公である北郷一刀(ほんごうかずと)が収まっていた世界──に()()()()()()()()彼女、であるらしい。

 

 原作の人気が出て、リメイクに近い『真・恋姫無双』が製作されてから追加されたキャラである劉備……もとい桃香は、言ってしまえば数いる追加ヒロインのうちの一人、である。

 ……が、そもそも恋姫自体が外史という、いわゆる平行世界を扱った作品でもあるため、元の原作……いわゆる無印に彼女が『居なかった』とは言いきれない、というある種の想像の余地というものがある。

 そのため、時々二次創作なんかでは『無印では本来劉備がいるはずのポジションに北郷がいるので、結果として史実とは別の生き方をすることになった劉備(桃香)』、みたいな設定で物語が作られることも稀にあるようで。

 

 彼女もまたそんな桃香のうちの一人、なのだけれども。

 ……二次創作の常、人気はあるが同時にヘイトも向けられやすいキャラ造型をしている桃香は、魔改造を受けやすい人物でもあると言える。*2

 簡単に言ってしまえば、たまに小説のタグ付けに見られる能力だけクロスオーバー(対象は『fate』シリーズ)、というやつである。……地雷かな?

 

 彼女に与えられたモノは二つ。

 一つは、彼女がずっと仄めかしている通りの『千里眼』。しかもまさかの冠位級(EX)である。*3

 そんなポンポン与えられるモノとちゃうやろ感が凄まじいが、そこら辺はまぁ、二次創作なんてそんなもんだよ、というか。

 なお、彼女の『千里眼(それ)』は未来を見るものだそうだ。……この間のどこぞの英雄王(フラグ)が近付いてきている感が凄い。

 なにせ、それはかの英雄王のモノと、ほぼ同じモノなのだから。……未来を見通せるなら、基本的には平行世界視は付随するものなのだから、別に不思議ではないのだけれど。*4

 

 で、よくある二次創作なら、雑に能力を与えられて雑に放り出されるもの、なのだけれど。

 彼女は微妙に凝った設定をしているらしく、それが二番目に与えられたモノに繋がるわけで。

 

 

「……未来に絶望して壊れた、かぁ」

「フレーバーみたいなものなので、気にされなくても構わないですよ?……いえ、今の自分はそのフレーバーを思いっきり(こうむ)っているわけなので、当人的にはあんまり笑える話でもないんですけど」*5

 

 

 思わずため息を吐いてしまうが、当の桃香さん的には笑ってくれた方がありがたい、みたいなことを言い出すので、反応に困る。

 ……型月系の異能というのは、なんというかデメリットがエグいものが多いように思う。

 いやまぁ、昨今のそこらの作品でも、反動大きめの能力はあったりするけども。……なんというか反動(笑)みたいな、とりあえず付けただけ感のある、本当にそれデメリットとして機能してる?……という感想が思い浮かぶようなのも、それなりに多いわけでして。

 

 そうして見ると、型月系の異能はなんというか……殺意高いなこいつら、という気分になるというか。

 一時期みんな大好きだった『直死の魔眼』とか、基本的には発狂とセットみたいなもんだし。*6

 よく多用される『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』も、起源と属性が剣になった副産物だから、怪我をした時に下手をすると勝手に暴発して体から剣が生えてくる、なんてスプラッタを起こしかねないし。……『無限の剣製』はストック問題の方がキツイ?それは素直に()()ストックしてください。*7

 

 ともあれ、なんというか代償と対価に対してシビアな感じがするのが、型月作品……というか中二的作品に共通する空気だと思う。

 そんなルールを踏まえて──未来の全てを見通す瞳、などというものを与えられて。

 正気でいられるのは、どれくらいの確率なのだろう?……その答えが、彼女が持つスキル『投影魔術(補強)』である。

 ……まぁ、雑に言ってしまうと。これまた二次創作によくある『正義を標榜する者に、正義の味方(エミヤ)をぶち込む』である。すなわち、与えられた二つ目のモノとは。

 

 

「壊れたモノを動かすための歯車。エミヤの生涯、そしてその果てに得た答え。──未来と人に絶望し、その全てを焼き尽くしてしまいたいと願ってしまった少女に、今一度火を灯したモノ。それが、私に与えられた全てです」

「……ねぇ?うちってもっとゆるーいところだったわよね?重くない?背負ってるもの重くないこの子?」

「気持ちはわかるけど、ゆかりん抑えて」

 

 

 自身の事情について、微かに微笑みながら答えてみせる桃香さんと。

 それを聞いてなんと反応したものやら、どうにも困惑してしまうこちら。

 

 ……いやまぁ、元はなりきりだったのだから、本来はそこまで深刻な話になることもなかったはずなのだけれど。……これ、逆憑依なんだよなぁ……。

 元がフレーバー、単なる裏設定だったとしても、その裏設定通りの存在が、こちらにこうして実在してしまっている以上、それらの裏設定は笑うに笑えない事実と化しているわけでですね?

 っていうか未来と人に絶望して人を焼き尽くして云々って、『fgo』一部のボスと被ってるじゃないですかやだー!!

 

 

「はい、ですのでゲーティアさんには同族意識的なものと同族嫌悪的なものを感じる、なんて設定もありますよ?」

「やめろー!世界観が重くなるからやめろー!」

「ゆかりん落ち着いて!っていうかそうやってわちゃこちゃ言うの私の仕事!人の仕事取んなっ!!」

「……そういう問題ではないと思うのですが」

 

 

 ジェレミアさんからの冷静なツッコミを受けながら、とりあえずゆかりんが落ち着くのを待つ私達なのだった。

 

 

 

 

 

 

「で、えーっと結局?予兆が【逆憑依】として成立するまでは、本来どこかに佇みその時を待ち続けるのが普通だけど?」

「その辺りは、花の魔術師様があれこれ干渉していたみたいですよ?で、今になってそういう風にそこらに蒔いていた種の一つを開花させた……即ち私を呼んだ、というわけです。なので、存在の大本的にはその黒マントと私は同一ですが、黒マント時代の記憶は持ち合わせていないので完全な同一とも言い難い、という」

「だから半分正解、と。……いやもうこれ全部正解でよくない?」

「いえ、私デュエルとか出来ませんし……」

「ああなるほど……」

 

 

 雑に言ってしまえば、代理の千里眼持ちとして派遣されてきたわけである桃香さん。

 ……千里眼そのものは、再現度と出力の関係上、本来のEX級ではなくB+くらいにまで性能が下がっているらしい。

 そのため、『未来が見えているにしてはおかしい行動』を取っていたのが目についた、というのが私の違和感の正体だったようだ。

 

 また性能が下がっているため、彼女自身は理想郷のマーリンを直接視ることはできないらしい。そのため、向こうから連絡?的なものが来るのを待つのが基本なのだとか。

 なので……。

 

 

「こちらに来てからは、基本的にとある一団の邪魔をするために動いている、という感じになりますかね?」

「とある一団?」

「……おっ、ようやく銀さんも話に加われそうだな。誤解を解くためにも、銀さん張り切っちゃうよー」

「む?ここで銀ちゃんが関わってくるとな?」

 

 

 おおっと、そういやそうだった。

 桃香さんの正体云々も重要だったけど、銀ちゃんが彼女の真名を普通に呼んでたのも、重要案件の一つだったんだ。……いやまぁ、さっきからの彼女の軽いノリからして、大した理由じゃないような気もしないでもないけども。

 なので、気にはなりつつも当初のそれに比べれば数段落ちる……みたいな関心を抱きつつ、銀ちゃんの話を待つ私。

 

 

「もう暫くしたら、クリスマスだろ?」

「そだねぇ。どこもかしこもクリスマス一色、ちょっと前までハロウィンだったのに、ってエリちゃんが悔しがってたよ」

「あのドラ娘が?……あいや、そういや原作でハロウィンとクリスマスで、なんか険悪みたいな感じになってたな……って、そんなことはどーでもよくて」

「あ、酷いんだ銀ちゃん。仕方ないからチクる代わりにエリちゃんライブ特等席で許してあげるよ」

「それ遠回しに許す気ないって言ってるよね?ホントに遠回しなのか疑わしいくらいに、そのまま銀さんをこの世から亡きモノにしようとしてるよね?」

 

 

 彼が口に出したのは、クリスマスについてだった。

 ……思わずエリちゃんについての話が口を割って出てきてしまったが、完全な不可抗力なので許してほしい。それから銀ちゃんは責任もって年越しエリザライブに参加して♡

 

 ……まぁそれはそれとして。

 ダンテ君も参加してたサンタ説明会に来ていなかったわりに、銀ちゃんも個人でクリスマスを気にはしていた、ということのようだ。

 それから話された内容は、主に先の我が家にて話題に上がったいた、『しっと団』についてものだったのだから。

 

 

「これは詳細を省くが結論だけ言うとなりきり郷は!クリスマスの日に滅亡するんだよ!!」

「「「な、なんだってーっ!!?」」」

 

 

 そう、彼等『しっと団』の暴走により、なりきり郷が崩壊するという、衝撃的な予言の話だったのだ!……いやどういうこっちゃ。

 

 

*1
『恋姫』シリーズにおける、主人公北郷一刀の称号のようなもの。『混迷とした世に平穏をもたらす天からの遣い』みたいな感じのもの

*2
『元の状態からかけ離れたような状態に変化させること』を意味する言葉。言葉の初出は『プラモ狂四郎』から。該当する範囲が広く、『本来の状態から逸脱している』ものであれば、どれも『魔改造』品だと言える。なお、一部界隈では美少女フィギュアのエッチな改造のことを指していたようだが、現在はわりと広範のモノに使われている感じがなくもない

*3
『fate』シリーズより、千里を視る瞳。低ランクでは単純な視力の良さを示すだけだが、高ランクになると明らかに見えてはいけないものが見え始め、EXランクにもなれば過去や未来、現在の全てを見渡す……といった、異次元の視覚になっていく

*4
過去視は自分のいる世界の過去だけ視られても過去視だが、未来視は()()()()()()()()()()という仕様上、平行世界=選ばなかった未来に関してもある程度は見えているはず、という理論

*5
香りを意味する単語、フレーバー(flavour)。ここの場合はそれを元にした『フレーバーテキスト』のことを指す。いわゆる()()()の類い

*6
『月姫』『空の境界』に登場する異能。『モノの死を視る』魔眼。単純な"死"ではなく、モノの終わり──言ってしまえばそれが存在できる限界値を視る眼であり、『視ることができるのなら』謳い文句の通り、神様だって殺してみせる。……なお、実際は神様の死は視ることができないので殺せない(相手の"死"を魔眼の所有者が理解できないため)

*7
『fate』シリーズより、英霊エミヤの宝具、固有結界。基本的には白兵戦用の武器を無限に生成できるもの、という認識で間違いないが、エミヤは現代機器なども投影しているので、実際どこまで投影可能なのかは謎である。二次創作御用達能力の一つだが、自身の心を武器とするものであるため、単にこれだけ与えられても中に武器がない、なんてことにもなりかねなかったりする。同時によく用いられる『王の財宝』と違い、とりあえず見れば複製できるのは利点ではあるだろうが……



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嫉妬は醜いが、なければないで着飾れない

「思わずノリで驚いちゃったけど、え~、ホントにござるかぁ~?」

「どこの門番だ、どこの。……それに関しちゃ桃香の方が詳しいんで、話は頼んだ」

「頼まれました。ではジェレミアさん、お願いしたものを」

「はい、こちらに」

 

 

 語られた結論……なりきり郷存亡の危機、という現実味無さすぎる話に、最初は驚いたが徐々に疑念の方が大きくなった私が、本当にそんなことが起きるのか?というところを聞いたところ。

 返ってきたのは銀ちゃんのぞんざいな反応と、(おもむろ)な説明の放棄……というか転嫁。

 まぁ未来の話なので、そもそもに千里眼持ちの桃香さんの方が言い出したことなのだろう、というのは予測が付くわけだけれども。……それにしたって、見事なまでのぶん投げっぷりである。

 思わずこちらの視線も冷たくなるが、当の銀ちゃんは素知らぬ顔。……うーん、このダメな大人ムーブ。

 

 しかしながら、銀ちゃんが普段はいい加減ー、というのは既に周知の事実。こっちからツッコミを入れたところで「いいんだよ。いざというときはキラめくから」*1とか言われるだけなのである。……仮にそう返されたら星間飛行を歌わせる(キラッ☆)か、はたまた参上させて解決(キラッとカラッと)させるしかあるまい。……なんのこっちゃ?*2

 

 銀ちゃんに関しては、ほどほどに。

 話の主体が桃香さんに移ったので、皆の視線が彼女に移る中。……いつの間にかジェレミアさんに頼み事をしていたらしく、部屋の奥からカラカラと押されてきたホワイトボードには、既に要点とおぼしき物が幾つか書き記されていた。

 ……なんか、お昼とか夕方のニュース番組みたいに、重要らしき部分をマスクするテープやらが貼られているんだけども。……いや、いつの間にそんなもの用意したので?

 というこちらの疑問に気付いたのか、視線を向けた先のジェレミアさんは、口元に人差し指をあてて「従者として当然の務めです(あくまで、従者ですから)」と声を出さずに口パクでこちらに言葉を伝えてくるのだった。……いや、その台詞はゆかりんに眼帯用意しなければならないのでは?*3

 

 ともあれ、ジェレミアさんが瀟洒に仕事をこなすのはいつものこと、いちいち驚いていたら話が先に進まないので、ツッコミを入れたい心をどうにか押し留め、どこからか取り出した伸縮性の指し棒でホワイトボードを示し始めた桃香さんに意識を向け直す。……やっぱりこれお昼のニュース番組なのでは?

 

 

「はい、ではまずこちらから。『そもそもしっと団ってなに?』ということを解説して……」

(やっぱり昼の情報番組だこれー!!?)

 

 

 ボードをマスクしていたシールを剥がせば、下から出てきたのは題字とトピック一覧。……構成が完全に情報番組なんよ。

 まぁ、発表会にはこの形式がよく効く、というのは確かなので、特になにか含みがあるとかではないのだろうけども。……なんというかこう、服装そのものは普通の恋姫劉備なので違和感か……ってあれ?!いつの間にか白衣と眼鏡装備になっとる!?何故に!?

 

 

「銀さんからのリクエストです♪」

「銀ちゃん、アンタ……」

「いや違うからね?授業形式にすんのならこうだろ、って銀八先生セットを貸し出しただけだからね?人聞きの悪いこと言うのやめて貰えますぅー?」

「銀ちゃん、アンタ……」

「あれおかしいな?なんで反応変わんねーの?あれ?これ銀さんなにかしら選択ミスった?一つ前の選択肢辺りから、ロードし直しとかできない感じ?」

「銀ちゃん、現実はゲームとちゃうねんで……?」

「おおよそ現実感とは程遠い人物からの現実的な台詞ッ!?」

 

 

 などと困惑していたら、当の桃香さんから服装は銀ちゃんからのリクエスト……もとい服装の貸し出し、という申告が。

 ……どうせ銀ちゃんのことなので、新しく下ろし立てのモノを用意したとかではなく、自分が使っていたモノを洗って貸し出したとか、そういう感じだろう。デリカシーの欠片もねぇな!!

 どうせ相手から文句とか出なかったからちょっと安心したー、とかそんなやつなんだろうけども!

 例え洗濯されていようとも、自分が着ていたモノを貸すとかちょっと信じられねー!同性ならまだしも!

 ……は!?銀子さんフラグ……?!

 

 

「やめろや!人のバベルを神のような気楽さで倒壊させようとすんなや!」*4

「私魔王ですしおすしー。神より理不尽なこともお茶の子さいさい……あいやごめん嘘付いた、神様って時々悪魔より無慈悲だもんね、神より凄いはだいぶフカシを言ったわ」*5

「おいィィィィッ!!?なんでこんな場末で、唐突に某宗教に喧嘩売るようなこと言っちゃってんのォォォォッ!!?」

「おお、これが銀さんのツッコミ。勉強になりますね」

「いや桃香も、こんなん真似しようとしなくていいからッ!!お前さんは綺麗なままで居て!!」

「お?それは私が汚れてると?お?そう言いたいのかな銀時さん?んんん?」

「うぜェェェェッ!!!隙見せたのはこっちかもしんねーけどうぜェェェェッ!!!」

 

 

 おおっと収拾が付かねぇなこれ?

 すっかりギャグ回のテンションに染まってしまった銀ちゃんと、あらあらうふふ、みたいな微笑みで彼を見詰める桃香さん。

 ……よろず屋的にも変な展開になってるなー、と思いつつ、彼を弄る言葉選びを止めない私なのであった。……いや、面白くてつい。

 

 

 

 

 

 

「……俺一応ボケ側の人間のはずなんだけど。こっち来てから大体ツッコミ役やらされてる気がすんだけど。なんで俺、こんなに酷使されてるんだ?」

「お疲れかい銀ちゃん?大丈夫?おっぱい揉む?」*6

「なんでそっちからデストラップ仕掛けてくんのっ!?」

 

 

 チッ、乗らなんだか。

 乗ってきたら死ぬまで弄り倒そうと思っていたのに、中々残念である。……仮に桃香さんが同じ事を言ってても、彼は断れるのだろうか?

 なんてシモい話を交えつつ、なんやかんやと話を進めた私達。……単調な会議にはならなかったので良かったのか、はたまた脱線しまくったので悪かったのか。

 そのあたりは大いなる蟹の味噌汁……違った大いなる神のみぞ知る、というやつだろう。*7

 

 ともあれ、長めの解説となった今回、何故桃香さんが銀ちゃんに真名を預けているのか、みたいなところもなんとなくわかったのは良かったと思う。

 

 

「ふーむ、嫉妬心の暴走による凶行……というのはまぁ、最初の予想通りだけども。まさかそれが季節性の【継ぎ接ぎ】だったとはねぇ」

「季節性の【継ぎ接ぎ】とかいう、パワーワード以外の何物でもない言葉」

「で、でも実際そうとしか呼べないモノのようですし、ある意味ではエリザベートさんという前例もありますし……」

 

 

 さっきの解説内で飛び出した胡乱なワードに、ゆかりんが眉を寄せてむむむと唸っている。

 ……結構色んな行事やらトラブルやらと関わってきた気がする私だけれども、それでもなおチェイピ城みたいな意☆味☆不☆明な単語が飛び出してくるのには、未だに慣れないというか、慣れちゃいけないというか。

 でもマシュの言う通り、意味不明さではエリちゃん関連の話にも引けを取らなさそうなのはどうかと思う。

 

 季節性の【継ぎ接ぎ】というのは、大雑把に言ってしまえば冬に流行するインフルエンザ、みたいなものである。

 ……それだけだとなんで病気と同列扱いされているのか、みたいな疑問が更に加算されるので、詳しく説明すると。

 要するに、原理的にはエリちゃんに対するハロウィンと同じ。

 その季節ならではの出来事()()()、とある存在に対して()()()【継ぎ接ぎ】のようなことが起きる、というものである。

 

 例であるハロウィンとエリちゃんで説明するなら、『ハロウィン』が開催されると、自然とエリちゃんに『エリザ粒子が集まっていく(ハロウィンイベント開催のお知らせ)』、といった感じ。

 ……要するに、何かしらのイベント事に対して、それに付随するイメージが周囲に認知されていれば認知されているほど、そのイメージが強固に補強されていく……というものである。

 

 春ならば『卒業の季節である』というイメージから、なんとなく何かしらを『卒業しよう』みたいな、謎の飛躍願望を発生させる……というような。

 夏なら『水着イベントがあるはず』というイメージから、周囲の人に『水着を着るべきである』という意識誘導を通り越して、『そもそも水着じゃない方がおかしい』と感じさせる……というような。

 

 そんな感じに、自身の裡から溢れでる欲求ではなく、外部から誘導される展開として発生するもの──それが、季節性の【継ぎ接ぎ】、の正体……で、いいのか?ホントに?

 ……まぁ、場の空気的なもの、という風に読み解くのが正解だと思う、多分。

 

 そして、今回のしっと団。

 これは元々カップルがイチャイチャしていることを羨み・妬んだ者達が、殊更にカップル達がイチャイチャするクリスマスやバレンタインを中心に、それらの浮わついたカップル達を撲滅するために結成されたもの……で、いいのか?

 まぁ難しいことを省けば、単なるモテない奴らの怨嗟の叫び、というところでしかないのだが。

 

 これがいわゆる『リア充爆発しろ』──即ち『幸せなモノへの憎しみ』と混ざりあった結果、本来ならばカップルだけ対象だったものが、幸せな全てのモノへの復讐心へとランクアップしてしまった、ということらしい。……【継ぎ接ぎ】が上に重ねるモノ(エクシーズ)なだけに、変な化学反応を起こしたというか。

 というか、下手すると『生きとし生けるモノへの恨み』などと解釈されかねない『幸せなモノ(リア充)への憎しみ』、今の段階でもわりと厄介なのにも関わらず、クリスマス当日になったら周囲から追加される素材(しっとパワー)がインフレーションを起こし、結果として『白面の者』級の大災害と化し──。*8

 

 

「結果としてなりきり郷は爆発(Bomb)!……というか、下手すると日本が地図上から消える程の被害となる可能性があるわけなのです」

「……いや、なにその意味不明な状況は?」

「今のままだとほぼ百パーセントやってくる未来ですよ?」

 

 

 流石に『白面の者』を維持できるほどの強度が足りていないため、器となったモノは爆発し、中に納められていた『憎悪(しっとパワー)』が無秩序に世界に放出され、結果として爆発する、らしい。

 

 ……恨み辛みは身を滅ぼす、みたいな話があるが、よもや周囲を巻き込んでの自爆テロと化すとは、最早乾いた笑みしか浮かんでこないというか。

 なにがあれって、このまま放置すると実現する可能性が非常に高い、避けようのない未来だってのが一番あれって言うね?

 

 ……なんも笑えねーっ!!

 

 

*1
『銀魂』にて、土方十四郎から自身の死んだ魚のような目を揶揄されて、彼に銀時が返した言葉。まぁ、実際彼は昼行灯(昼に行灯を使っても意味がないことから、日頃ぼんやりとしていて役に立たない人のことを指す。……のだが、いわゆる『能ある鷹は爪を隠す』キャラも含まれる。銀時はそっち)タイプなので、輝くと言えば輝くわけではあるのだが……

*2
前者は『マクロスF』より、ヒロインの一人ランカ・リーの代表曲の名前から。歌の中でポーズを付けて『キラッ☆』と言うのだが、世界観的には必殺技(?)みたいなものでもあるとかないとか。後者は『魔進戦隊キラメイジャー』より、彼等の口上『キラッと参上!カラッと解決!魔進戦隊キラメイジャー!』から。ここにはないが、他にも『キラ』繋がりは結構出せる方の題材だと言える(例:『機動戦士ガンダムSEED』の主人公、キラ・ヤマトや、『DEATH NOTE』の主人公、夜神月が名乗っていた名前・キラなど)

*3
『黒執事』より執事であるセバスチャン・ミカエリスの決め台詞『あくまで、執事ですから』と、そんな彼の主人であるシエル・ファントムハイヴの容姿から

*4
『銀魂』内での男のシンボルの隠語。バベルの塔自体は、元々旧約聖書に記されている『天に届かせようとして、途中で神に壊された』塔として有名だが、実はバビロンに存在するジグラットの一つ、『エ・テメン・アン・キ』をモチーフにしているのではないか、という説がある。なおこのジグラット、作ったのはカルデア人だとかなんだとか

*5
『神は乗り越えられない試練は与えない』という言葉があるが、それは『試練』の部分が誤訳であり、正確には『神は乗り越えられない誘惑は与えない』。乗り越えられない試練に関しては普通に与えてくるので、そこを間違わないように

*6
2016年頃に突然一部で流行った謎の励ましの言葉。元々は力士の画像などにコラされていたが、後々甘えさせてくれる女性が言う言葉、みたいなものになったとかなんだとか。無論、現実で聞くことはほぼないだろう、多分

*7
『遊☆戯☆王5D's』より、ホセの台詞『大いなる神のみぞ知る』の空耳。主人公の不動遊星が、髪型から『蟹』と呼ばれることも関係していると思われる

*8
『うしおととら』より、物語の元凶、ラスボス。『陽』に生まれたモノを羨み続けたモノ、『陰』の化身



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九尾の狐は大体厄物

「嫉妬で爆発とか、マジにリア充爆発させる奴がいるか!!」

「うーん、なんというか救いがない……」

 

 

 思わず頭を抱えて叫ぶ私と、扇子で口元を隠して苦笑するゆかりん。……その扇子、普通の八雲さんだとよく見るけど、ゆかりんだとあんまり使ってないよね。*1

 

 などと意識が関係ないところに飛んだのは、現実を理解したくないがため。……なにが哀しくてリアルでリア充爆発、などという奇怪な状況を目の当たりにせねばならぬのか。*2

 口では爆発しろと嘯く人でも、実際に目の前で爆発されたらドン引く人の方が大多数だよ!そこで喜んでしまう人はメンタルやられてるから、仕事とか放り投げてちょっと休もうね!

 

 ……と、誰に向けたのかよくわからない叫びを脳内に(こだま)させつつ、机に突っ伏す私である。

 っていうか『白面の者』て。『しっと団』からそっちにワープ進化*3するって。なんだそのワケわからん状況、帰って寝ていい?

 

 いやまぁ、設定的にわからんでもないけども。

 『しっと団』が憎み羨むのは、イチャイチャしているカップル達だが。『幸せになること』が人の至上命題だとするのなら、彼等はその只中にいるもの、即ち『陽』の極致である。

 『陽を羨み・憎むモノ』と言い換えられるわけだから、彼等の成長先に『生きとし生けるモノ全て()を憎み羨むもの』が据えられるのは、別に不思議な話ではない。……ないんだけども。

 いやそのあれだ、笑い話だったものがいつの間にかインデペンデンス・デイ*4に差し替えられていたというかだね?……例えがわからん?要するに『鼠押し入り大山鳴動す』ってことだよ!*5

 

 

「それ絶対分かりにくいと思うわよ?……ともあれ、なんというか()()()()()()()()感が凄くなってきたのは確かよねぇ」*6

「おいこらゆかりん、フラグ立てんな」

「え?……って、あ゛」

 

 

 ぬぐぐと唸る私の横で、ため息を吐くゆかりんだが、ちょいと待ちたまえ。……どー考えても『口は災いの元』だぞそれ。

 

 ……脳裏に言葉が焼き付いていたとか、そんな下らない話なのかもしれないけれど。……そもそもの話【継ぎ接ぎ】の判定がすさまじく緩い、というのが今回の問題の大きな要因なわけで。

 ()()()()()以下略、みたいなモノを匂わせてしまうその発言は、今の現状──人を憎むモノ、即ち人を()()モノの兆しを呼び込むものとなりかねない。

 

 ……呪いへの対処が得意な人、今からでも集めとくべきかなぁ。

 なんてことを朧気に考え始める私の前で、ゆかりんはこっちが申し訳なくなるくらいに慌て始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 流石に、刻一刻と変化していく未来を、常に見続けることはできない──みたいな桃香さんの台詞故に、『白面の者&ケルヌンノス』などという意味不タッグの結成余地があるかどうかはわからなかったが。

 ……まぁ、悪い予想は大体当たる、という経験則から少なくとも現れる可能性自体は高い、と踏んだ私達。

 内容が大事になってはいるものの、結局のところ今回のあれこれはクリスマス──即ちサンタの活動を上手いことできるかどうか、みたいなところに掛かっているのは間違いない。

 

 何故って?結局のところ、『しっと団』がそこまでわけのわからないことになっているのは、雑に言ってしまえば『世間に溢れた妬みや僻みが季節性の【継ぎ接ぎ】となって押し寄せている』せいだからだ。

 ……ぶっちゃけてしまうと、なりきり郷の外に居る非モテ達の怨嗟の声も、ここに転がり落ちてきているから、ということである。

 

 質量の大きな物質は、周囲の空間を歪ませる……という話を聞いたことはあるだろうか?

 いわゆる一般相対性理論で示されている重力歪み、というやつだ。

 空間だけじゃなく時間も歪むとか、光がブラックホールに引き寄せられるのは、歪みに落ちていくからだとか。

 まぁ色々とあるのだが……ここで必要なのは一つ『重いものは空間を歪ませ、凹みを作る』ということである。

 

 ……つまり、『白面の者』に成長し得るほどの重い憎しみを持ったモノに対し、周囲の軽い憎悪達は坂を転がり落ちるように引き寄せられていっている、ということ。

 

 全ての陰であるとまで称される*7『白面の者』の姿を模すことができるのだから、言ってしまえば付近にこれより()()憎悪はないわけで。

 故に周囲の大小様々な憎しみはここに落ちてきて、全てが『しっと団』に吸収されていく、と。

 イベントごとのない普段であるならば、ここまで訳のわからないことにはならないのだろうけども。……ことクリスマス(と、バレンタイン)については話が別。

 

 世に溢れる幸せ()が多ければ多いほど、そこに照らされて翳るモノも多くなる。

 要するにエサまみれなので、幾らでもエサを食べて成長していく……と。

 

 ただまぁ、そもそもの元となっているものが『カップルへの憎しみ』という、拡大解釈しなければわりとしょーもないモノであるために、形こそ『白面の者』になるけれど、本来の彼だか彼女だかの本質とはまるで別物であるため、結果として成立した時点で爆発する(こんなの我じゃない!)

 

 ……うん、うん。

 絵面だけ見たら『なんか産み落とされたと思ったら、与えられたご飯が思っていたのと違ったので、盛大に自爆する白面の者』となって、シュールな笑いにしかなっていないような気がしてくるが。

 まぁ、原作でも『自分を裏切ったから自分の目を潰す』とかやっちゃう方なので、納得できなくもないのが酷い。*8

 こっちに被害を出さないのであれば、慰めの言葉を掛けてあげるのも吝かではない感じの可哀想さだ。

 ……まぁ、慰めの言葉とか多分逆効果だろうけども。*9

 

 ともあれ、時期が時期だけに、憎しみの発露を止めることはほぼ不可能。それゆえに彼等の生育を妨害するのも、ほぼ不可能だろう。

 あり方があり方だけに、現状においては『生きてるだけで勝手に成長する』ようなものなのだし。

 

 じゃあ、このまま見ているしかないのか?

 ……ということへの答えとなるのが、即ちサンタなわけである。

 

 

「はいせんぱい!」

「はいマシュ、どうしたの?」

「先程までの説明と、サンタが結び付きません!」

「なるほど。だが型月の胡乱なイベントの記憶を持つマシュなら、与えられた情報からその理由について考察することは、十分に可能なはずた。もうちょっと頑張ってみるように」

「わかりましたせんぱい。マシュ・キリエライト、全力で脳細胞をフル回転させます!うおー!」

「……時々見掛ける胡乱なマシュちゃんモード、って奴かしら?」*10

 

 

 こらゆかりん、折角マシュが張り切ってるんだから、水を差すようなこと言わないの!

 

 ……とまぁ、いつの間にやら私まで白衣と眼鏡着用で、ホワイトボードの前で解説やら対策やらを話しているわけなのですが。

 マシュが頑張っている間に、こちらも脳内で話を纏めておこうと思う。

 

 先程歪みが云々の話をしたと思うが、これはなにも憎悪だけが当てはまる現象ではない。

 万有引力という言葉があるように、全てのモノには引力が働いている。

 ……重力が『地球と地球上のモノに対して働く引力』のことと考えても、そう間違いではないように。

 大きな質量を持つものは、強い引力を持つ……というように。

 引力あるところに時空間の歪みありと考えるのも、そう間違いでもない。

 

 故に、先の歪み云々は、憎み妬み以外にも、希望や祈りなどにも適用される原理、というわけなのである。

 

 つまり、サンタがやけにクリスマス中に強いのは、妬み嫉みを周囲から集めて強くなる『しっと団』と同じく、サンタもまた世界中のサンタへの祈り・願い・喜びを集めているから、ということなわけだ。

 

 ……つまり、今回の騒動を端的に表すのであれば!

 

 

「『サンタ VS しっと団 地上最強の決戦!!銀時、お前がやらねば誰がやる!』(半ギレ)……ってことだね」*11

「いや待て、俺を据えんな据えんな」

「いやでも、桃香さんを桃香って呼んでたの、ある意味このためでしょ?」

「……否定しきれねぇ」

 

 

 そう、劇場版の特別番組……みたいなものなのである、今回の騒動は。

 ……で、口ごもっている銀ちゃんは、いわゆる怪獣映画における解説役、と。

 

 そもそもの話桃香さんがいなければ、こんな訳のわからない状況になることを察せられるモノは、なりきり郷には居なかった……は言い過ぎだけども、対処ができなくなるような直前で気付く、みたいなレベルの予知能力者しかいなかったみたいだし。

 

 ……これはなりきり郷の予知能力者が不甲斐ないというよりは、予知という技能に対して、世間一般がやけに難易度とか重要度を低く見積もってるところがある、という方が正解に近いと思う。

 実際、()()()()()というものについて考えてみると、()()()()()()()()()とか()()()()()()()()()のような、明らかに無理があるものを引っ張ってくるしかなくなるわけで。*12

 

 ……そんなもの、再現度の壁に引っ掛かる私達には、基本的に手の届かないものであるし。そもそもそれに手が届くようなキャラは、基本的にロクデナシである。

 そこに手が届くレベルなのに、性格面に問題がなさそうな感じの桃香さんがおかしいのであって、こっちの予知能力者が不甲斐ないと言うのはちょっと可哀想というか……。

 

 ともあれ。

 銀ちゃんが桃香さんを桃香さんと呼んでいたのは、それがわかりやすく()()()()()()()と誤認させられるから。

 真名を預けると言うのは、命を預けるに同じ。それが異性の間のものとなれば、ある意味男女の関係を隠喩するにも等しいわけで。

 それをこのクリスマスの時期に行っているのだから、事実の補強とするには十二分。

 見事なまでの釣り餌として、『しっと団』を引き寄せる要素になるはず、だったのだけれども。

 

 

「予想よりも向こうの成長が早かった、と申しましょうか。……こういう時、自らの不徳を呪わずにはいられませんね……」

「……まぁ、今さらだけど。その自罰的な物言いが宜しくなかった、ってことかもね」

「……あー、なるほど。……確かに、それはあるかもしれませんね」

 

 

 なんというか、向こうの方の成長速度が思ったほど早かったというか。

 ……ちゃちな撒き餌に引っ掛かることもなく、すくすくと成長してしまったというか。

 

 こうなる前に止められてれば良かったのだけれど、と微笑む桃香さんは──なんだか、ちょっと哀しげに見えたのだった。

 

 

*1
八雲紫の持ち物といえば、日傘と扇子が有名。特になにかしらの謂れがあるもの、というわけではなさそうだが、格闘ゲームなどでは武器として使われていることも多い

*2
リアル(現実)が充実してる奴ら爆発しろ』の略、と言うべきか。基本的には現実に不満を持つ者達が、幸せそうな人達に向けて放つ嫉妬の言葉。『幸せの総量は決まっている』みたいな話があるが、他者の幸せを壊したところで自分の幸せにはならない……と言って止まれたのなら、楽なのだろうなぁというか

*3
『デジタルモンスター』略して『デジモン』内の用語。進化がテーマの一つであるデジモンは、通常『幼年期→成長期→成熟期→完全体→究極体』のように進化するが、その間を飛ばして(例:成長期から究極体)進化することがある。それを差す言葉。言葉そのものはアニメ初代の『デジタルモンスター』くらいでしか使われていないが、似たような事例は普通にあるようだ。なお、デジモン以外で使う場合は『間を飛ばしたかのような』進化・成長のことを指す、らしい

*4
『独立記念日』を意味する言葉。ここでは、同名の映画を指す。要するに、なんだか大事になってたぞ、ということ

*5
『大山鳴動して鼠一匹』ということわざから。なお、そちらは元々ラテン語の『山々が産気づいて(Parturiunt montes)滑稽な廿日鼠が生まれる(nascetur ridiculus mus)』から生まれた西洋のことわざである。意味合いとしては『騒いだわりには結果がしょうもない』みたいな感じ。それを反転させた創作ことわざであるため、意味的には『小さなことだと思っていたら、思ったよりも大袈裟なことになった』という感じだろうか

*6
『取るに足りない、小さな虫のひとかみで崩れるのです』。『fate/grand_order』の二部六章『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』での一文から

*7
『うしおととら』の作中では、称するどころか『陰そのもの』とされている

*8
『うしおととら』作中にて。自身の本質を敵対者である主人公達(うしおととら)に悟らせるきっかけとなったため、自分の両目を潰した、というシーンが存在する。自分さえも自分を裏切るのか、という怒りからの行動

*9
『負の感情のこもった攻撃は一切効かない』という白面の者の防御能力から。要するに慈悲()パンチとかは効く

*10
『ぐだぐだ』イベントなどで見られるマシュの姿。法螺貝の声真似をしていたかと思ったら、実際に法螺貝が演奏できるまでに成長していたりする。……努力の方向音痴か?

*11
往年の怪獣映画のタイトルや、『ドラゴンボール』の映画版のタイトル、及び『遊☆戯☆王OCG』のパックの一つである『PRIMAL ORIGIN(プライマルオリジン)』のCM内のナレーションから。CMに関しては、別に本当にキレているわけではない。単に気合いが入りすぎていただけである

*12
絶対(100%)』という冠詞を持つモノは、大体疑わしいものである、ということから。ヒヤリハットなどという言葉があるが、物事は大体『たまたま成功している』くらいに考えておいた方がよかったりする。無論、技術や技量で成功するように補助はできるが、実際は成功確率は99.9…のように、永遠に100にはならず。失敗確率もまた、0.00…1のように、完全に零にすることはできない。この辺りを『『ありえない』はありえない』などと言ったりもする



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温度差で風邪をひけ、という謎の啓示

 結局、対策的なものは『白面の者』()に対してサンタ()をぶつける、ということしか決まらないまま。

 

 とりあえずは一番大変なタイミング……正に決戦の日となるであろうクリスマス当日までは、各々警戒しつつ過ごしましょう……みたいな、場当たりどころか対処療法にも達しているか、ほとほと微妙な方針を守っていたわけなのだけれど。

 

 

……なーんで、いつの間にやら仲良くなってるんですかね?この人達

「どうされましたかキーアさん?暗い顔をしていらっしゃいますが」

「……なんでもない」

 

 

 近くのハンバーガーショップ(何故か某道化師みたいなのと某髭のお祖父様が一緒にいるという謎仕様)*1で買ってきたチーズバーガーをもむもむと口に運び、たまにシェイクに手を伸ばしたりしつつ。

 これまたいつの間にやら出来上がっていた、スケートリンクの上で思い思いに滑っているお子様達を眺め、小さくため息を吐く。

 

 ……なぁんで私は、小さな子供達の引率ー、みたいなことをしとるんでしょうね?

 っていうかはるかさんよ、アンタ大人側でしょうが。呑気に一緒になって遊んでるんじゃないわよ。

 そんなこちら側の抗議も彼女は素知らぬ顔で、カメラをココアちゃんに向けて構えながら、リンクの外周をゆったりと滑っている。……あの人、ホントに妹絡みだと無能(ポンコツ)と化すなぁ。足元も見ずにリンクの外周を回り続ける謎技量と相まって、見てるこっちの思考がショートするわ。*2

 

 そんな感想を口の中の最後の一欠片と一緒に飲み込んで、食べ終えたあとの包み紙をくしゃくしゃに丸め、飲み終わったシェイクの入れ物に詰めて、そのままくずかごにシュート。

 綺麗な放物線を描いて飛んでいった紙コップは、

 

 

「……ていっ」

「いや、そこで能力を使ってまで横着する君には、そういうことを言う権利は無いんじゃないかい?」

「ゴミを散らすよりはマシでしょ」

「やれやれ……」

 

 

 まさかのくずかごの縁に当たって、そのまま外に落ちそうになったのだった。……仕方ないのでちょちょいっと念動力(テレキネシス)*3で横合いから叩き落とし、無理やりくずかごに押し込む。つまりはチップイン(HOI)だな。……ん?*4

 

 なにはともあれ、うーむノーコンすぎる。

 空間認識力もっと鍛えてホラホラ。そんなんじゃキラさんに「やめてよね、僕が本気を出したら、キーアが敵うわけないだろ」とか言われちゃうぞ?*5

 ……こんなこと言ってるけど、SEEDで一番好きなキャラはキラ君です(小声)

 

 あとライネス、能力の使い方には貴賤とかないから。使いたいように使えばいいんだよこんなもの。

 まぁ、それで世を乱すのであれば、周囲からタコ殴りにあっても文句は言えないと思うので、使っていい範囲とかはあるだろうけども。

 

 そんな話はおいといて、今日はラットハウスの面々と遊びに出ているわけなのです。

 でーすーがー。……一人で家に放置するわけにもいかないアルトリアはまだ分かるけど、なーんで呼んでない桃香さんまで、一行の中に自然と混ざってるんですかねこれ?

 ……え?一番の異物は(ラットハウス所属でもない)私だろうって?ははは、そいつを言っちゃあおしめえよ。

 

 

「じゃあ行くよー♪必殺、三回転半捻り~!」

「!?そ、それはこんな普通のスケートリンクで見せるものでは、ないのではないでしょうか!?」

「えへへ~♪実はこっそり練習してたんだ~」

「練習してできるものなのか?」

「何事も気合、ということですね!……ところでオグリ、何故貴方はリンクの外にいるのですか?」

「いや、なんだかよくわからないが、スケートはやるべきじゃない……という声がどこからともなく……」*6

「はぁ?」

「虫の知らせ、というやつですね。まぁ、害意が無いものであれば従ってみるのも一興、ではないかと」

「そういうものなのか?……まぁ、走ると言うよりは滑る感じだから、私自身もあまり好きとは言えないが」

「おや、いいのかい?競技によるとはいえ、スケートと言えば馬よりも早い、時速九十キロ代の速度が出せるスポーツだと聞くけど?」*7

「なん……だと……!?」

「止めてくださいライネス、オグリを惑わせるのは。……第一、それは本当に一部の競技・一部の選手の話でしょう?」

「ははは、すまない。いや、一人だけ寂しくリンクの外……というのも可哀想かと思ってだね?」

 

 

 そうしてテーブルに頬杖をついて眺める先では、今回同行した面々が、思い思いに遊んでいる姿が一面に展開されている。

 

 客足が疎らでほとんど貸切状態に近いからこそ、ここまで騒いでいてもなにも言われないけど。

 ……うん。女三人寄れば姦しい*8、などと言うけれども。姦しいってか喧しいのレベルなのではこれ?

 という感想が出るくらい、各々楽しげに遊んでいるわけでして。

 ……というか時にココアちゃんよ、君そこまで運動ハイスペックキャラだったっけ?私、君がバレーの練習で死んでる(死んでない)ところくらいしか、記憶に思い浮かばないんだけど?

 

 そんな彼女の見事な滑りに反応するのは、こっちはデミサヴァスペックで大体なんでもこなすマシュと、私以外では唯一リンクの外にいる、相変わらずエグい量の食べ物を口にしているオグリの二人。

 特にオグリの方は、大量のハンバーガーをもりもり食べているせいで気付き辛いが、どことなく寂しげな顔をしていた。……その理由が「スケート ダメ、ゼッタイ」*9だと言うのは、はたして笑っていいものなのやら。

 

 そんな彼女のほんの僅かな落ち込みに、目敏く気付いたのはアルトリア。

 ……友の身を案じた言葉は、しかし彼女からのよくわからない理由の説明によって、首を捻るという結果に結び付いてしまう。……いやまぁ、そりゃそうでしょ。聞けてよかった、となるかはまた別だろうけど。*10

 

 小さくフリーズしてしまったアルトリアに近付くのは、これまた彼女といつの間にか仲良くなっていた桃香さん。……元々マーリンが見付けてきたとか言ってたし、仲良くなったのには打算とかも無くはないのかもしれないが。

 ……哀しいかな、この場においては実は一番感性が普通な人物なので、その内振り回されることがほぼ確定している。

 

 それを彼女が知っているのか知らないのか、神ならぬこの身には知る術の無い話ではあるが。まぁ、精々今の内に、頼れるお姉さん面をしていればいいさ……と私が思ってしまうのは。

 恐らく、ニヤニヤ笑みで三人に近付いて行ったライネスのせいだと思われる。……責任転嫁すんな?なんのことやら。

 

 ともあれ、そんな感じでわいわい言ってるのと、私とはるかさんを加えたのが、今回遊びに出てきたメンバー……っとごめんごめん。足元のピカチュウから抗議の静電気を受けながら、『それとピカチュウ』と心の中で付け加えておく。

 

 クリスマスまでは、あと一週間ほど。

 街の中も、一際飾りつけが輝き始める頃のことなのであった。

 

 

 

 

 

 

「おー、やってんねぇ」

「ん、銀ちゃんどしたの?恋人の様子を確認しに来たとか?」

「……いや、勘違いさせる必要とかもうないんで、そーいうこと言うの止めて貰えます?」

 

 

 そのまま、なにをするでもなくぼけーっとみんなが滑っているのを眺めていたのだが、背後からふと影が差したので首だけ振り返ってみると。

 柵の向こうからちょっとだけ身を乗り出して、滑っているみんなをいつもの眠そうな目で眺める銀ちゃんと、その後ろに「なにやってんだこいつ……」とばかりにジト目を向けるハセヲ君、それからブルーノちゃんとキリトちゃんが、更にその奥に居るのが見えたのだった。

 男子会……と言い張るには、なんというか一人だけ場違いな人(キリトちゃん)が居るような気がするけども。……まぁ、姫プ*11してるとかなら寧ろ似合う人選、なのかもしれない。

 

 

「人聞きの悪いことを言うのは止めてくれ。……女の姿にはなったけど、心は男のままなんだから」

「確保ーっ!!」

「なんでっ!!?」

「はやくしろっ!!間にあわなくなってもしらんぞーーーーっ!!!」*12

「だから、なんでだよっ!!?」

「……いや、これに関しちゃキーアの方が正解だと俺は思う」

「はぁ?!」

(天然のサークルクラッシャー*13ですね、わかります)

「こいつ直接脳内に……っ!!?」

 

 

 ……という私の言葉は、キリトちゃんの『心は男』発言によって、半ば肯定されてしまうのであった。

 ……世のTS好きな奴の何人かはなぁ、心は男なのに同性を好きになってしまって、そこから生まれる葛藤とか苦しみとか、そういうものから摂れる栄養分でしか生きられない奴が居るんだよぉっ!!*14

 お前さんそのままほっといたらそういう人の餌食になるわ!!

 ブルーノちゃんからの念話も納得だわ!保護が必要なのだわっ!!

 丁寧丁寧に育てて、そういう栄養素が出なくなるまで絞り尽くしましょうねぇ?……え?いきなりマッドになった?違いますよナナチ、これは愛なのです。*15

 彼がTSの醍醐味の一つに目覚めるまで、私には彼を大切に育てる使命があるのですよ。

 

 

「目を覚ませ」

「あいたぁっ!!?銀ちゃんが殴ったぁっ!!」

「やかましい、お前さんが言うことは冗談なのか本気なのか、判別つかねーんだよ」

「失礼な!私はいつでもいつも本気でやってるよ!」*16

「余計質が悪いわっ!!この仮面は没収!」

「あー!!やめてー!それ高かったのー!!『黎明卿変身セット(ゾアホリック)』ーっ!!」*17

「なんだそのおぞましすぎる物体っ!!?没収ってか処分だこんなんっ!!ほれ、ブルーノ」

「はーい。必殺!ブルーノちゃんビーム(オプティックブラスト)!」*18

「あー!!?たまにグラサンキャラがやらされる目からビーム!!?なにそれブルーノちゃんいつの間にそんなものを!?」

「HAHAHA☆アンチノミーモードでのみ使える必殺技だ!」

「すごーいっ!!でもどっちかと言うとキャプテンコレダーだよねこれ!」*19

「おっと、そいつは言わない約束だ!」

「「HAHAHA☆」」

 

 

「……あれ?なんか別な方向に収拾がつかなくなってないかこれ?」

「諦めろ、アイツに関わった時点で、遅かれ早かれこうなる」

「実感こもってんねぇ。……ところで、なんか向こうの姫さんがお前さんに手を振ってるけど?」

「アルトリアが?……あ」

「なんだよ、ハセヲも隅に置けないな」

「ちげーっての。……なんつーかこう、あの声には逆らい辛いっつーか……」*20

「ああ、原作の。……なんつーか、こういう時難儀だねぇ、俺ら」

「……そういうアンタも、なんつーかよろず屋ってより、LMBS(リムス)しそうな感じになってんぞ」*21

「おっとそいつはいけね……」

「どうした?いきなり固まって」

「……いや。そういや俺ら、外部出演である意味共演してたなー、と」*22

「は?……あ」

「世の中は狭い、って奴だな」

 

 

 ──なお、ご覧の通り人が集まり過ぎたためにぐだぐだした。是非もないね!

 

 

*1
勿論『マクドナルド』のマスコット、ドナルド・マクドナルドと、『ケンタッキー(K)フライド(F)チキン(C)』の創業者、カーネル・サンダース氏のこと。因みにカーネルとは大佐のこと。つまり『見損なったぞカーネル!』は『見損なったぞ大佐!』という意味……ではない(そっちのカーネルは名前なので)。一応、片方はハンバーガーショップ、片方はフライドチキンの店なので、本当は絡みとかはないはずなのだが。ファーストフード店という繋がりからか、昔からライバル扱いされているのだった

*2
ショート回路(short circuit)』は日本語では短絡と呼ぶ、電子機器の用語のこと。その略称がショート。雑に言ってしまうと、本来の回路を通らずに電気が別の場所を通ることで、発熱したり放電したりする欠陥・故障のこと。電子機器は、流れる電流の量や場所などが(抵抗などを使うことで)かなり厳密に定まっている。そのため、なにかしらの要因で本来の場所以外に電気の通り道が出来てしまうと、より通りやすい(抵抗値の少ない)方に電気が逸れてしまう。結果として、本来想定している電気の量よりも大きな電気が流れてしまい、結果として発熱やら放電を起こし、場合によっては火災を起こしたりするわけである

*3
超能力の一種。基本的には物を動かす力とされるが、作品や作者によっては別の解釈をされていることもある

*4
『チップイン』は、ゴルフ用語。グリーンと呼ばれるカップの回りの平坦な箇所よりも、更に外から玉を打ってホールカップに一発で入れること。ゲームなどではわりとよく見掛けるが、本来意図して行うのは難しいものだったりする。『HOI(ホイ)』の方は『ホール(Hole)イン(In)ワン(One)』の略称。ちゃんと省略するのなら『HIO(ヒオ)』が正しいのだが、語感の良さから『スカッとゴルフ パンヤ』などのゴルフゲームを語る場において、ネタとして使われていた、らしい。なお、言葉として広がったのは『カービィボウル』のとある攻略動画から、だろうと思われる

*5
『機動戦士ガンダムSEED』より、キラ・ヤマトの台詞『やめてよね。本気で喧嘩したら、サイが僕に敵うはずないだろ』から。台詞だけ聞くと傲慢以外のなにものでもない(し、実際これをアンチに当て擦られていたりする)が、それを言った状況などを考えていくと、ギリギリな精神状態の彼の悲鳴が聞こえてきたりもする台詞。その辺りは詳しく考察している動画があるので、『キラ・ヤマト 考察』などのワードで検索して貰えれば幸いである。……アニメで心情描写は難しい、というところだろうか

*6
『ウマ娘』における黒歴史のような、違うような。元々は初期のPVで、オグリキャップとシンボリルドルフがアイススケートをやっていた、というもの。競馬的な元ネタも見付からず、完全にノリで行われたとおぼしい初期の迷走シーンの一つ(現在のアプリ版と違って、初期の方は色んな設定がわりとヤバめだったりもしていた)……のはずだったのだが。2021年末、実装されたサンタオグリ……奴は弾けた。トレーナーとの会話の一つに、彼女がアイススケートが得意と述べるものがあるのである。無論、馬とスケートは早々容易く結び付くものでもなし。故にトレーナー達は、闇に葬られたと思われていた初期PV設定が、密かに生き残っているのでは?……と、戦々恐々とするはめになったのであった

*7
スピードスケートの平均時速は50km/hほどだが、世界記録となると時速は93km/hにもなる

*8
ことわざの一つ。『姦』という漢字が『女』が三つ集まったものであることから生まれたものとされるが、詳細は不明。なお、わりと侮辱的にも聞こえるので、あんまり使わない方がいいかもしれない。まぁ、女性が話好きなのは確かなのだけれども

*9
薬物乱用防止の標語『ダメ、ゼッタイ』から。ネタとして使われる時は、特定の物に対しての使用の厳禁を示すものとなる

*10
『FINAL FANTASY ⅩⅤ』でのとあるシーンの台詞。正確には『悪い、やっぱ(つれ)えわ』『そりゃ 辛えでしょ』『ちゃんと言えたじゃねぇか』『聞けてよかった』という流れ。ネットではネタとして親しまれているが、発言したタイミングは辛いで済まされるようなものでは無かったりする

*11
『姫プレイ』の略。オンラインゲームなどにおいて、女性キャラ(中身が本当に女性でなくてもよい)が男性キャラに守って貰うプレイスタイル。『お姫様のように周囲からちやほやされながら遊ぶスタイル』という方がわかりやすいか。なお、現実においても女っ気のない倶楽部などに、紅一点として加入することで男子達からちやほやされる……という、『オタサーの姫』というものが存在している。用法が近いので、恐らく言葉そのものは姫プレイから派生したものなんじゃないかなー、と思わなくもないが関係性は不明。なお、姫プレイにおいて中身が男性なのは厳密には別物、らしい

*12
『ドラゴンボール』ベジータの台詞。敵の襲撃時にベジータを不老不死にするという作戦が持ち上がったのだが、それを決行するのに躊躇っていたクリリンに対し、ベジータが発した台詞。当時は『敵の敵』みたいな間柄だったのだから、躊躇するのもさもありなん

*13
先の『オタサーの姫』が進化する候補の一つ。女一人に男複数人、何も起きないわけがなく……。場合によっては血で血を洗う戦争と化す。その結果、サークルがクラッシュするので、そういうものを引き起こす女性のことを『サークルクラッシャー』などと呼ぶ。実は、TSモノでのTS少女が進化しやすいモノだったりする(元々がいわゆる非モテであることが多く、同じ境遇の人物と親交が深いこともまたほとんどであるため)

*14
『精神的BL』などとタグ分けされるもの。体が女性になろうとも、心は男性なので相手が男だとゲイになる、みたいなもの。そこから心が女性化していく様を、ネットリと描写することでしか見ることができない表現、というものは確かにあるのだ。後半部分は『○○からしか摂取できない栄養素がある』という表現から。表記には揺れあり、元ネタはとりあえず不明、似たような話は江戸時代からあるわけだし。なお、大体のオタクは栄養素(それ)を求めて生きているので、その微細な違いがわからないと解釈違いで殺しあうはめになる

*15
『黎明卿』だ!逃げろ!

*16
『ポケットモンスター』の初代オープニング『めざせポケモンマスター』の歌詞の一文から

*17
『メイドインアビス』より、ボンドルドの持っている遺物、『精神隸属機(ゾアホリック)』。等級は特級。本来はバカデカイため、キーアの持っていたのはあくまでなりきりアイテム(仮面)である

*18
『マーベル・ユニバース』の作品群の一つ、『X-MEN』のキャラクターの一人、サイクロップスが目から放つビームの名前。なお、現在の彼はほぼヴィランみたいなもの。元々格闘ゲームなどでは主人公扱いされていただけに、現在の彼の姿を知った人は驚くと思われる

*19
カプコンのアクションゲーム『キャプテンコマンドー』の主人公、キャプテンコマンドーが使う技の一つ。拳を地面に打ち付けて雷を落とす……というのは格闘ゲームでの話。原作では画面全域を吹っ飛ばす技。なお、ビームとは似ても似つかないが、アンチノミーの服装はどちらかと言えば、サイクロップスよりもキャプテンコマンドーに近いから、だったり

*20
『.hack//G.U.』のヒロインの一人、アトリの声はアルトリアと同じ

*21
『リニアモーションバトルシステム』の略。『テイルズオブ』シリーズで広く採用されているシステム。基本的には自分と敵を一直線に結んで、そのライン上で戦うシステム、といった感じか

*22
『テイルズオブザレイズ』のこと。『銀魂』『.hack//G.U.』『ソードアート・オンライン』の全てがコラボしている



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聖夜に雪を降らせる必要性、なくない?

「はーい、そーいうわけでさもしい男性陣も仲間に入れて、今日は遊び倒しまーす」

「わーい」

「いやわーいじゃねぇよ。さもしいってなんだよさもしいって」

「……さもしいとは、どういう意味なのですか?」*1

「あ?……あー、可哀想、みたいな?」

「なるほど。ハセヲは博識ですね!」

「お、おう……」

 

 

 うーん最初からぐだぐだだな?

 ……そんなことを思う、毎度お馴染みキーアんでございます。

 

 っていうかハセヲ君よ、本編の君よりもなんか純情っぽいのは、その本編の記憶が最後まであるから……みたいなあれなのかい?

 ……というような感じで、アルトリアに詰め寄られ、思わずたじたじになっているハセヲ君を見ている私である。

 声が原作のヒロインと同じなのもあってか、なんというか通常よりも割り増しで押され気味、というか?……まぁ、端から見てる分には面白いので、特になにか彼を補助しようー、とかは思わないのだけれど。

 

 

「銀さん、今日はちゃんと起きられたみたいですね」

「あー?……あー、まぁ、ゴジハムに起こされたしな」

「ふふ。私が起こさなくても大丈夫なんですね、安心しました」

「……いや、なんなんだよその台詞。お前は俺のかーちゃんかっつーの」

「おや、母性をお求めですか?」

「ちげぇーよ、調子乗んなっ……ったく」*2

 

 

 その他は……一応ポジション的には新八君になるからか、自然と銀ちゃんの斜め後ろに回った桃香さんが、大和撫子的三歩後ろ*3、みたいな感じになっていて笑ったとか。

 

 

「おおー、君がキリトちゃんだね!私、保登心愛!宜しくね?」

「え、ああ、宜しく。……あのさ、なんでこの子、こんなにフレンドリーなんだ?

それはですね、どうにも綿貫さんに桐ヶ谷さんが妹扱いされていたことを、どこからかお耳に挟んだみたいで……

「……キリエライトさん。俺、崖から飛び降りてくる」

「それは二重の意味でどうかと思うのでしゅが!?」*4

「妹同士、仲良くしようね?」

「うわぁぁぁぁぁあぁぁ嘘だぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!」

「うわっ、びっくりした」

 

 

 はたまた、いつぞやかのはるかさんからの妹扱いの件を聞いていたらしい、ココアちゃんからの仲間判定に耐えられなくなったキリトちゃんが、近くの手すりからフライハイしそうになっているのを、マシュが必死に止めていたりだとか。

 ……その横でライネスが、涙目で腹部を抑えながら大笑いしているのが視界に入るせいで、どうにも危機感とかが吹っ飛ぶ光景になってしまっているけども。

 

 まぁ、そんな感じに和気藹々。なりきり郷はいつもハレときどきぶた、というわけであります。*5

 

 

「は?豚?いきなりなにを言い出すんだキーア、酔っ払うにはまだ時間が早いぞ?」

「飲んでないっての。……ほら」

「ん?……んんん?」

 

 

 そんなこちらの独り言に、いつの間にか近付いて来ていたライネスが反応を示すが……別に適当な冗談を言ったわけではない。

 

 なりきり郷の天候については、それを整備する者が居る……みたいなことを述べたことがあるが、逆に言うとそれを()()されると、適当な天気を好きに操作できてしまう……ということでもあるわけで。

 

 つまり、どういうことかと言うと。

 ……典型的な豚面のオーク君達が、空からぴゅーぴゅー落ちてきてるわけなのであります。

 いやまぁ、流石に雨と言い張るような量ではない、疎らな感じの降下ではあるけども。

 ……いや、それそのまま地面にぶつかって、潰れたトマトになるやつでは?

 なんなの?お茶の間にスプラッターをお届けしたい感じなのこれ?

 

 みたいな感じに、文字通り養豚場の豚を見る目になっている私なのであります。……まぁ、多分『しっと団』の破壊工作、的な奴なんだろうけども。あのオーク達も【顕象】なんだろうけども。

 ……なんというかこう、もうちょっとやりようがあるのでは?と、思わず憮然とした表情にならざるを得ない、私でございましたとさ。*6

 

 そーいうわけなので。

 

 

「……ちょっと行ってくる」

「は?ちょっ、どうするつもりだキーア?!」

「流石に可哀想だから助けてくる!」

「はぁっ?!」

 

 

 ベンチから立ち上がって、そのまま空を翔ける私。

 

 ……いやまぁ、落っこちてくるオーク達が、アダルト系によくあるアレな奴だったらほっといた……もとい撃ち落としていたと思うのだけれど。*7

 降ってくるオーク達が、皆一様に涙を溢れさせながら、『死ニタクネェェェ』みたいなことを叫んでいるのが、僅かに聞こえたのである。

 

 施設を占拠して雨を降らせているのが『白面の者』であるならば、その一面として生き物の恐怖を集めるために行っている……とかが理由なのだろうけど。

 ……趣味が悪すぎて眉を顰めるタイプのやり方なので、ちょっと同情心が湧いてしまったというか。

 

 なので気紛れにちょいとレスキューしとこうかな、と思ったわけなのだ。

 

 

「ふむ。では私も手伝おう」

「……いやオグリさん?なんでナチュラルに空を翔けていらっしゃるので?」

「気合いだ!それと杵柄!」

「こわーい、この子こわーい」

 

 

 そんなことを思考しながら翔んでいたら、ふと背後から聞こえてくる声。

 翼もないのに空翔ける、空を踏みしめ走り出す……とでも言わんばかりのオグリキャップ、推参である。

 ……スキル(『王の馬』)で翔けているのではなく、単純なスペック(と、『王の馬』で空を走ったことがある、という経験)で走っているのだというのだから、末恐ろしいというかなんというか。

 このノリだと、その内『オゾンより下なら問題ない』とか、『オゾンより上でもなんとかなる』*8とか言い出しそうで怖い。……ふふふ、怖いか?私は怖い()*9

 

 

「まぁ、手伝ってくれるっていうんなら有り難くお願いするよ。……それ、『多重影分身の術』!」*10

「……あれ?実は私の手伝い必要なかったのか?」

「全部自分でやるのは寂しいから、そういう意味では嬉しいねっ」

「なるほど、ではこちらも本気を出すとしよう。───『王の馬』(ウマンザム)!!」*11

「……あれれーおかしいなーへんなことばがきこえたぞー?」

 

 

 とはいえ、それでも手は足りていない。

 空を飛べる人物は少ない、みたいな話もどこかでしたような気がするけど、そこから更にオークの救助までしてくれるような奇特な人物は……人物は……、あれ?結構いるかな?

 

 ……ま、まぁ。今現在ここにはいない、と言うのは確かなので、手数を増やす意味でもここは私が一肌脱ぐ場面だろう。

 ってなわけで選択したのが、自分を増やす忍術『多重影分身の術』。

 ()()()()()()私とは相性がいいこの技で、今回は四十八人に増える……すなわち『KYA(キーア)48』!

 ……うん、自分で言っててバカかこいつ感が凄いので、口には出すまい。*12

 

 ともあれ、これで地面に真っ赤なお鼻……もとい真っ赤なお花を咲かせることもなく*13、オーク君達を無事に地面に下ろすことができるだろう。

 ……と思っていたら、オグリが突然無茶苦茶言い出した(だが奴は弾けた)*14

 

 ……え?『王の馬』って無くなったんじゃないんです?って言うか不穏なルビじゃなかったか今?というかそれ二倍じゃなくて三倍ではっ!!?

 みたいなこちらの困惑を他所に、「勝負だキーア!」などと宣いながら、オグリは真っ赤に光ってその背に光の穂を引きながら、オーク達に向かっていった。……いやそれ多分アカンやつぅっ!!?

 

 勢い余って体当たりとかしかねない珍事に、思わず作戦目標を『オグリが無茶をしないように』と変更するはめになる私なのであった。

 

 

 

 

 

 

『……で?トランザムで吹っ飛んで行ったオグリちゃんが、勢い余って撲☆殺しかねないように注意しつつ?オーク達を助けてあげてたら?何故かオーク達に妙に懐かれた、と?』

「……はい、その通りでございます……」

 

 

 通信機越しのゆかりんが、呆れたような表情を浮かべている。

 

 あのあと、「我が世の春が来たぁっ!!」*15的なことを述べるほどにハイになったオグリをどうにか落ち着かせつつ、空から降ってきたオーク君達を救助したわけなのだが。

 ……こう、出来得る限り怪我とかしないように丁寧に対応してたら、なんか懐かれてしまったというか。

 

 ゆかりんからは、恐らく私の後ろにオーク達が『アネサンアネサン』言いながらわらわらしてるのが見えているのだろう。……カタコトで『○○サン』って言うの、なんか一瞬ビクッ……ってなるんで、出来ればやめて欲しいんだけど。*16……彼等に普通に喋れと言っても、無理があるだろう。

 なおこのオーク達は、雰囲気的には『いいオークの日』*17とかに描かれているような、わりと善良なタイプのオーク達であった。

 

 ……察するに、『白面の者(自身)』を呼び水にして呼び出せるのは陰の者だけだが、それだと力の増幅にはならないので、陰ではあるが陽に属している感じの『いいオーク』を呼び出した、とかなのではないだろうか。

 いやまぁ、占拠されてた天候操作施設はもぬけの殻、近くで縛られてた職員の人も、なにがなんだかわからない内に目隠しされて、それに慌てている内に意識を失った……みたいな感じらしく、施設を占拠した相手がどんな感じの存在だったかは、一切見ていないらしいのだが。

 

 ……目隠ししている辺り、姿としてはまだ『しっと団』なのだろうか?そうなると『白面の者』の尻尾の一つが『しっと団』になっている、のか……?

 

 

「それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」*18

『突然劇画調にならないでちょうだい。……とにかく、そっちのオーク達はルーツさんのところにでも送っておくわ』

「え゛。……いやそれ死ねと仰ってますか?」

 

 

 なんて風に考え事をしていたら、ゆかりんから告げられたのはオーク達の行き先。

 ……()()()の元にオークが云々なら、出来の悪い成年向け二次創作を思い浮かべる字面だけども。

 ()()()()()の元にオーク云々は……蹂躙系オリ主二次創作ですね、わかります。

 

 流石にデッドエンド以外の道が見えてこないのですが、アレでしょうか?ゆかりんは私をも越える鬼畜生だったのでしょうか……?

 などというこちらの考えを読んだらしいゆかりんが、深々とため息を吐いた。

 

 

『以前のあの人なら、それが一番現実的な未来だったでしょうけど。……あさひちゃんの姿を得てからのあの人は、昔ほど話の通じない人じゃなくなってるわよ。まぁ、それをそうさせたのは貴方、なんだけど』

「え?私?」

 

 

 何故か知らないけど、ゆかりんにすごーくジト目で見られている。悪寒を感じて振り向けば、マシュがニコニコ笑っていた。

 ……いや違うぞ、なんか勘違いされてるけど違うぞこれは?

 

 

「……なんつーか、人のこと言えねーよな、キーアって」

「だな。俺達も原作云々でよく言われるけど、あの人は現在進行形で()が原作みたいなもんだし」

「あれー?!なんか謂れのない不当なディスり受けてないかな私?!」

「せんぱい?以前は流しましたが、あさひさんとの御関係、詳しくお聞かせ願えませんか?」

「ひぃっ!?マシュが怖いっ!!?誰だよぅマシュにほんのりヤンデレ混ぜたの!!興奮する!!」

「!?」

 

 

 なお、『fgo』ではきよひー(清姫)も実は推しである……という性癖の開示*19を唐突に行うことにより、一瞬の虚をついて包囲網から逃げ出したことを、ここに記しておきます。

 

 

*1
心が汚く卑しい、浅ましいということを示す言葉。完全に侮辱語なので注意。……言葉の響きは、なんだか可愛らしいが

*2
坂田銀時は孤児である。……母性を求めるのも仕方ない、かも?なお、そのため『特別な出自ではない』という話は、実際には疑問符が付いたりする

*3
『女は男の三歩後ろに下がるべし』的な言葉から。元々は『七尺去って師の影を踏まず』という言葉が、『七尺』から『三尺』、『三尺』から『三歩』に代わり、師が夫に、弟子が妻に置き換わった……という説があるが詳細は不明。男は基本的にプライドの生き物なので、彼等のプライドを守ってやるように後ろに下がるのが、器の大きい妻のやり方……みたいな感じの言葉だったようだが、時代の移り変わりと共に古い概念となって廃れていった

*4
普通に『崖から飛び降りて死のうとするのはよくない』というのと、『ソードアート・オンライン的に崖から飛び降りるのはよくない』ということからくる言葉

*5
『ジャングルはいつもハレのちグゥ』及び『はれときどきぶた』という作品から。どちらもアニメになっているが、『ジャングル~』の方は金田一蓮十郎氏の漫画作品、『はれときどき~』の方は矢玉四郎氏の児童文学作品である

*6
『憮然』とは本来『驚いた・呆れたなどの理由からぼんやりしている・呆然としている姿』を示す言葉だが、近年では『気に入らないことなどが起きて不機嫌な姿』を示す言葉としても使われている。後者の方は元々誤用だが、近年では間違いとしては扱われなくなっているようだ。似たようなモノには『情けは人のためならず』などがあるが、こっちはこの手の話題で必ずと言っていいほど例に上がるので、知っている人も多いのではないだろうか

*7
『オーク』は元々『指輪物語』シリーズに端を発する種族(エルフとの近縁種とされるのも『指輪物語』内にてそう記されているから)だが、こちらは挿し絵を見る限り豚っぽいタイプではない(どちらかと言えば鬼系)。この辺りは『ダンジョン&ドラゴンズ』のオークのイメージが関わっているのだとか。なお、いつからオークがアダルト関連で引っ張りだこになったのかは定かではない……ゴブリンに関しては、『ゴブリンスレイヤー』以降に増えたような気はするが(なお、()()()のであって、昔からゴブリンもそっち方面の出番は多い方である)

*8
『遊☆戯☆王5D's』の楽曲の一つ、『-OZONE-』の歌詞の一文、及び作中の描写から。因みにオゾンとは地球の周囲に幕を張っているオゾン層のこと。これより上は宇宙だと思えばまぁ間違っていない。……オゾンより上でも問題ない。そう、ゴールド蟹ならね

*9
『艦隊これくしょん-艦これ-』における天龍の台詞『オレの名は天龍。フフフ、怖いか?』から。フフフとか言うせいで『フフフ、デッドエンドシュート!』とかくっついたりする

*10
『NARUTO』より、うずまきナルトの得意な術。『分身の術→影分身の術→多重影分身の術』の順に高等な術になっていく。なお『多重影分身の術』が禁術なのは、実体を持つためにチャクラ消費が激しい『影分身の術』を更に複数発動するものであるがために、生半可な術者ではチャクラを使い果たして死んでしまう危険があるから、である

*11
『TRANS-AM』と『ウマ』を組み合わせたもの。無論そんなもの原作にはない。オグリ、ウマンザムは使うなよ?

*12
『AKB48』などのアイドルグループの名前から。なお、『AKB』の部分は『秋葉原』の略などとも言われるが、『48』の方の意味は不明。意味なんてない、なんて風に言われることもある

*13
ジョニー・マークス氏作詞作曲の童謡『赤鼻のトナカイ』の歌詞の一文から。モノは考えよう、という感じの歌。赤鼻そのものに関しては、なんにも解決していない

*14
だが奴は……弾けた。『遊☆戯☆王5D's』での不動遊星の発言。今までのイメージを壊すような言動を取ったモノに送られる言葉

*15
(ターンエー)ガンダム』(∀は本来は『ユニバーサル・シンボル(全称記号)』と読む。ターンエーと読むのはあくまでもこの作品だけ)に登場するキャラクター、ギム・ギンガナムの台詞。後年なにかしらの作品にゲストとして登場する時は、戦闘狂過ぎるキャラ付けをされていることが多いが、原作ではもうちょっと思慮深く行動できたりもしたし、そもそも模擬戦しかしたことなかったりとか、今の人が感じるイメージとはちょっとずれていたりする。……『テイルズオブデスティニー』のバルバドス・ゲーティアとは、キャラ付けが極端になってる仲間として仲良くなれるかもしれない。勝手に殴りあってるかもしれない……

*16
任天堂のロールプレイングゲーム『MOTHER(マザー)』シリーズのキャラクター、ギーグのとある場所での台詞『ネスサンネスサン……』から。なお実際には『ネスサン』は結構な回数言われ続ける。実際に見て貰えればわかるが、言われる場面も相まって普通にトラウマになる怖さ

*17
『11/09』日のこと。いわゆる語呂合わせ。悪役イメージが強いオークを、敢えて善人キャラとして描くことでギャップを狙ったとかなんとか。最近は普通にいいオークも増えて来たので、敢えてこの日に作品を上げる必要性は薄れている……かもしれない

*18
『魁!!クロマティ高校』で登場した台詞。ギャグ漫画のネタ解説はどうかと思うので詳細は省くが、まぁ誰しも発言時の状況に陥ったら似たようなことは言うと思われる。使い勝手が良いので、色んなところで使われる

*19
『性癖の開示!!本気だね』は、『呪術廻戦』の作中のシーンで真人が『術式の開示!!本気だね』と述べたコマをコラにしたもの。『呪術廻戦』において、自身の術式を相手に開示するというのは、それによって自身に『縛り』を付ける事ができ、それによって自身の術式の効果があげることができるから、というのが主な理由である(そういう意味ではケルトのゲッシュなどにも近いか)。……性癖の開示に、そんな理屈は通用しない。単に言いたかっただけである。──なお、相手の虚を突くという意味では、意外と有用な手だったりするかもしれない。……なんでさ?



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ランクアップしろ、私!

「なんで私は最近、よくわからない冷や汗ばかり掻いているのでしょうか……」

「自分の胸に聞いてみたらどうっすかね?」

「うわびっくりした!?……ってあさ……ルーツさん?」

「あさひでいいっすよ、こっちの姿ならその呼び方のほうが、周囲が混乱しなくて済みそうっすし」

 

 

 (♪例のBGM)*1

 私は虚無魔法使い、キルフィッシュ・アーティレイヤー。

 学校の後輩が変化したマシュ・キリエライトが、唐突に修羅と化したため、彼女から命からがら逃げ出した私は、そのまま路地裏に迷い込んでしまっていた。

 逃げることに夢中になっていた私は、背後から近付いてくるとある人影に気が付かなかった。

 私はその女に声を掛けられ、気が付いたら──体が縮んでしまっていた!

 

 ……え?劇場版コナンごっことかしなくていい?*2

 やれるタイミングあったらやるだろうがよ、そこら辺は空気読むでしょフツー。

 

 まぁそんな感じで、逃げ出したのは確かだし回り込まれなかったのも確かだけれども、こうして逃げた先で別の魔王とエンカウントしたのは確かな話でございます。*3

 ってなわけで、私の背後から声を掛けてきたのは芹沢あさひ……の姿をした、さっきちょっと話題に出ていたミラルーツさんだった。

 

 元の姿が元の姿だけに、あんまり自分の居住区から出てくることはない彼女なのだけれど。……今回は珍しいことに、こんな人の海のど真ん中まで遠出しているようだ。

 引きこもり……というよりは出不精(でぶしょう)*4って感じの人だった気がするのだが、どういう風の吹き回しなのだろう?

 

 ……というようなこちらの不躾な視線に気付いたのか、彼女はへへっと笑って口を開く。

 

 

「いやあれっすよ。龍って寂しかったり寒かったりすると死んじゃうかも、ってことらしいんで。今日はちょっと暖を取りに来たっす」*5

「……いや、なんですかその兎みたいな生態*6。初めて聞いたんですが?」

「私も初めて聞いたっすよ?」

「え?」

「え?」

 

 

 ……いや、アンタが言い出したんでしょうが。そこで首を捻られても、私にはなんのことやらさっぱりだよ。

 そんな風にこっちが困惑するも、相手は素知らぬ風。

 寒いのがうんたらかんたら言ってた割に、元気な風の子ばりにこちらの周囲をくるくると回っている。

 

 ……というかこの、人の回りをくるくる周回してるのもなんなんです?

 触れず離れずの位置をキープして、ふーん?とか、へー?とか言いながら、こっちを観察して来るんですけども。

 ……正直居心地悪いのですが。

 

 

「おっと、すみませんっす。ちょっと美味しそうだなーと思って。じゅるり」

「いきなり食べ物扱いされたんですけど!?へるぷー!!ゆかりんへるぷみー!!」

 

 

 とかなんとか言ってたら、これまた突然の「美味しそう」宣言。……あさひの顔から飛び出すその台詞は、冗談なのか本気なのか、一見しただけでは判別できない『スゴ味』があるッ!*7

 ……要するに怖い。大本が龍種なだけに、思考回路が微妙に人間と違うので反応に困る!

 

 ……ん?龍種特有の感覚?……んんん?

 

 

「ん?どうしたっすか?突然唸り始めて。キーアちゃんってば大体唐突っすけど」

「……いや、唐突云々はそっちに言われたくないんですけど?で、結局どんなご用件でここにいらっしゃるので?」

「それは最初に言ったじゃないっすか。()()()()()()()んだって」

「……え」

 

 

 なーんかこう、喉まで出掛かってるのに出てこない……というか。

 なにかを気付きそうになったけど、変にブレーキを掛けられたというか。

 そんな、喉に魚の骨が引っ掛かったような違和感に、むむむと唸る私。……それを見たルーツさんからは、割りと失礼な言葉が飛び出してきたのだが。

 唐突云々に関しては人に言えるようなモノでもないでしょうに、みたいな言葉を返してみても、彼女のぽやっとした様相は崩れない。

 

 ……あさひ本人よりも、不思議ちゃん度数増してないですかねこの人。

 いやまぁ【逆憑依】でもなんでもない、たまたまあさひの見た目を使ってるってだけの()だから、それもまた仕方のない話なのかもしれないけど。

 

 なので、改めて彼女のやって来た目的について問い掛けたのだが。

 ……あのー、もしもし?暖を取りに来たってわりに、周囲に冷気振り撒いてませんか貴方?『いてつくはどう』*8とか使ってませんか?というかあさひの姿なのに、目が人のそれじゃなくて龍のそれになってますがー!?そもそも貴方雷系でしょ、冷気も一緒に使うなー!

 

 思わず気圧されて、一歩後ろに下がる私と、それに合わせて一歩進んでくるルーツさん。

 ……えーと、よくわからないけど、やっぱりロックオンされてる?食材的な意味で(じゅるりあ)*9?……なんでさっ!?

 

 わりと真面目にどうしよう、みたいな気分になってきた私と、なんか笑みが怖くなってきたルーツさん。

 お互いの間に、緊張感から来る沈黙が暫し流れ。

 

 相手の動く気配に、こちらが手を動かそうとしたその瞬間、

 

 

「──せんぱいっ!!」

「マシュっ!?」

 

 

 ──横合いから、フル武装したマシュが土煙を上げて、私達の間に割り込んで来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 な、なにがなんだかよくわからないけども、このなりきり郷においては横に並ぶ者の居ない、最強の護りであるマシュの背に隠れられて、ようやっと気が落ち着いてきた……ということだけは確からしい。

 いつの間にか自分が息をしていなかったことに気付き、大きく──半ば大袈裟に息を吐いて。

 突然危なげな空気を醸し出した、ルーツさんの姿をマシュの盾越しに窺う。

 

 

「……ん、仲直りはできたみたいっすね」

「え?」

「え?」

「いや、私のことで喧嘩してたみたいっすから。ちょっとお節介ってやつっす」

 

 

 そうして恐る恐る覗き見たルーツさんは……思わず唖然とするほどに、普通の姿に戻っていた。

 ……あれー?さっきまでのなんかヤバげな空気は、一体どちらに?

 らしくもなくシリアスムード(?)だったと思ったのだけれど、なんかいつの間にか霧散してたでござる。

 

 いや、わかんねー。

 ()()そうだったけど、この人よくわかんねー。

 いやまぁ、獣とか魚とか龍とかみたいな、人ならざる生き物のなりきり組って、感性とかが普通の人と違うから、付き合うのは難しいのよ……みたいなことを、ゆかりんも言ってたけども。

 それにしたってこの人、そもそもが最強種の龍なのにも関わらず、更にキャラを勘違いされやすいあさひを対外的な姿(アバター)にしているせいで、余計にわけわかんねー。

 

 今の彼女は、こちらの唖然とした様子を見てくすくす笑っている。……こういう意地が悪い笑い方も、あさひはしないものだろう。

 そういう意味でも、あくまでこのあさひは姿形だけのもの。……なりきりですらないので、【継ぎ接ぎ】にも引っ掛からないのだろうと予測できる。予測できたからなに?って聞かれたらキーアは黙ります()

 

 ……ともあれ、変な空気が霧散したというのなら、いい加減肩に力が入りまくっている、マシュの緊張を解した方がいいだろう。……なんか、私が悪いみたいだから謝罪も。

 

 

「うんうん。仲良きことは美しきかな、っすね。私も混ぜるっすよー」

「わわっ、ルーツさんっ!?」

「……やーっぱわかんねーわこの人」

 

 

 そんな私達のやり取りをニコニコと眺めながら、こちらにぴょーんと跳んでくるルーツさん。

 ……なにがしたいんだこの人、みたいな言葉を向けても、彼女は満面の笑みのままだった。

 

 

 

 

 

 

「そーいうわけで、お久しぶりっすねアルトちゃん。まーあの時はそっちは気絶してたんで、覚えてないかもっすけど」

「貴方がミラルーツさんですね。その節はお世話になりました」

「……あれ?覚えてるっすか?」

「覚えてはいませんが、マーリンに子細は聞いていましたので」

「ああなるほど。……抜け目ないっすね、あれ

 

 

 で、何故かルーツさん……もといあさひと呼べと言われたのであさひさんと呼ぶけど、彼女も一緒に遊びたいとのことだったので、元のスケートリンクの所まで連れだって帰って来た私達三人。

 一団に戻るなり挨拶を始めた二人は放っておいて、銀ちゃん達男子組の集まるテーブルに直行した私は、そのまま机に倒れるように座り込んだ。

 

 

「……いや、どんだけ疲れてるんだよアンタ」

「そりゃー疲れるでしょ、マシュを宥めるの苦労したんだからさー」

「自業自得だろ、懲りずにまた新しい奴連れてきてるし」

「人聞きの悪いこと言わないでくれるー?あの子は普通にマシュの友達ですぅー!」

「ホントかー?実はなにか隠してるんじゃねーのかー?」

「……X1.5……」

「おーっとキーア!仲良きことは美しきかな!……だろ?」

……やーい、へたれー

やかましいっ

 

 

 あさひさんの本体が龍であることは、彼女の希望で隠すことになった。

 なので、さっきまでの行動に関してはでっちあげ済みである。……マシュから逃げる内にあさひさんと出会い、喧嘩の仲裁を彼女にして貰った……みたいな感じに。

 正確には(色んな意味で)仲裁をしたのはマシュの方なのだが……本人はでっちあげの方で構わないって言ってたので、手柄はあさひさん持ちということになる。

 あと、本来の『芹沢あさひ』とどことなくキャラが違うのは、オグリみたいに見た目だけで選んでなりきりを始めたから、ということにしておいた。

 

 ……いやまぁ、そもそもミラルーツのなりきり自体、彼等の性格だのなんだのの時点で、半分オリジナルみたいなもんなのだけれども。

 そこは白いドレスの少女からの派生、みたいなもんだと思うより他ない。

 って言うか、人以外のキャラのなりきり組がなにを思ってそれを選んだのかとか、私にはわからんのでどうしようもない。

 ……創作で言うところの人外転生、みたいなものだとするなら、まぁちょっとは理解できそうな気もするけども。

 

 ともあれ、こちらにヤジを飛ばしてくる銀ちゃんには、コブラツイストをお見舞いしつつ。

 話が終わったらしい二人が、女子組の方に戻っていくのを確認して、男性陣の方から離れる。

 ……気分的には、男衆に混ざってる方が気が楽なのだけれど。キリトちゃんの楽園を崩すのも可哀想なので、空気の読めるキーアんは大人しく元の居場所に引き返すのですよ、にぱー☆*10

 

 

「だから違うって!」

「?なにが違うんっすか?」

「なにも違わないよ、キリトちゃん逆ハーなのは間違いないよ。だって原作でも、男性キャラと一緒の時の方が楽しそうだからね!」

「おいバカヤメロォッ!?」

「あー……わりとボッチ気質だもんな、キリト」

「同年代の男友達、居ねーもんな」

「居たとしても……ねぇ?」

「やめろっ、俺を可哀想なものを見る目で見るなぁっ!!?」

 

 

 ……おー、なんかよく知らんけど、男衆にキリトちゃんが胴上げされている。

 やめろーおろせーとかなんとかキリトちゃんは言ってるけども、男共が悪ノリしてるのは火を見るより明らか、暫くは解放されないだろう。

 なのでー……。

 

 

「あさひさんは、どっか行きたいところとかあります?」

「んー、今時女子っぽくスイーツの食べ歩きとかどうっすか?」

「……今時、女子?」

「冷静に考えずとも、中身までちゃんと女性な方、何人居るのかと言う話ですね……」

 

 

 とりあえずあさひさんに、やりたいこととか聞いてみたのだけれど。

 ……今時の女子って、なにして遊んでんの?みたいな疑問により、フリーズする私達。

 中身までちゃんと女性と言えそうなのは、はるかさんを除けばココアちゃん・オグリキャップ・アルトリア。

 その他の面々は、どうなんだかわからない三人(あさひさんとライネスと桃香さん)と、わかりきっている二人(私とマシュ)

 

 ……女子会ってなんだよ。

 そんな私の声にならない言葉は、横のピカチュウに首を捻られるだけの虚しいものなのであった。

 

 

*1
『名探偵コナン メインテーマ』のこと。歌詞付きであれば曲名は『キミがいれば』になるが、伴奏のみのモノに関しては『名探偵コナン メインテーマ』がタイトルである

*2
『名探偵コナン』が劇場版になる時に、物語が始まる前に必ず行われるお約束

*3
『ドラゴンクエスト』シリーズより、逃走時のあれこれ。『◯◯はにげだした!』『しかしまわりこまれてしまった!』『まおうからはにげられない!』の三つ。……最後の一つは違うだろうって?

*4
『外に出ることに対して不精である』の意。『不精』の方が『精を出さないこと、頑張らないこと』のような意味なので、全体としては『外に出ようとしない人』くらいの意味となる

*5
『fate/grand_order』の概念礼装の一つ、『ホーリー・ハート』の説明文から。……おや?

*6
いわゆる俗信。『兎は寂しいと死んでしまう』という言葉があるが、勿論嘘である。実際には、兎は病気になっていることが傍目からではわからないため、元気に見えていたのに目を離したら死んでいた……ということが多かった、ということらしい。それが、一人にすると死んでいる→寂しいと死ぬ、という風に受け取られたのだとか

*7
『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズより。言葉の初出自体は『黄金の風』のブチャラティの台詞からだが、概念的には最初から出ているとも捉えられる。いわゆる気迫とかに該当するもの

*8
『ドラゴンクエスト』シリーズに登場する呪文。敵に掛かっている補助効果を全て打ち消す。ゲームによっては消せないものも存在するが、基本的には全部綺麗さっぱり消してしまえるので、味方側で使えたらなぁ、みたいな気分になる作品も。……使える作品では、それ前提で敵の行動やらが定められていたりするが。もし仮にドラクエがグラブルとコラボするなら、持ってきて貰いたい呪文個人的No.1

*9
『グランブルーファンタジー』のスピンオフ、『ぐらぶるっ!』でのルリアが放つ効果音。食いしん坊を通り越してカービィに近くなっている彼女が、美味しそうなものを見た時に発する威嚇音(?)。なお、同じ名前の占い師が存在しているようだが、勿論関係はない……はず

*10
『ひぐらしのなく頃に』より、古手梨花の口癖。にっこり笑ってにぱー☆と言う、ただそれだけ。……含みがありそう、とか言ってはいけない



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立った!フラグが立った!

「酷い目にあった」

「同じく」

 

 

 散々胴上げされたせいで、髪がボサボサになっているキリトちゃんと、今時女子ってなにするのが正解なのか、わからずに干からびた私。*1

 程度や方向性は違えど、酷い目にあったことだけは共通している私達。きっと、仲良くなれると思うんだ。

 

 ……みたいなキリトちゃんの生け贄作戦は、初っぱなから気付かれて頓挫しました。ちぇー。

 

 

「ちぇー、じゃないっての。……って言うか、よくわかんないからとりあえずボウリングだーってのもどうなんだ?」*2

「仕方ないでしょう、私達中身大学生。今時若者中高生。オーケー?」

「いやなんだよその、中途半端にカタコト気味な喋り方……」

 

 

 他の人達の元の年齢がどうなっているのかとか、詳しく聞いたことないのでわからないけど。

 まぁ少なくとも私とマシュ(それからここには居ないけどBBちゃん)に関しては大学生なのは確定。……それと、ライネスは多分それなりのお歳の方なんじゃないかなーと思う。

 コーヒーミルやらフィルターやらを使ってのコーヒー抽出とか、趣味で齧ってるレベルにしちゃあ、ちょっとばかり腕が立ちすぎてるところがあるし。

 ……個人的な予想だけど、中の人は喫茶店のマスター、とかだったんじゃないかな?スキルとして受け継げている(『憑依継承』)、なんてことを口に出すくらいだしさ。

 

 まぁ、中の人の年齢云々なんて、正直こっち()あっち()の境目が曖昧な私くらいにしか関係ないだろうけどね!さっきまでの発言を覆すようで悪いけど!

 

 考えてもみてほしい。『逆憑依』とはざっくり言うと、『聖杯からの知識』が『憑依元となった人間の知識』に差し替わった『英霊召喚』みたいなものなのである(実態が本当にそうかは別として)。

 ……つまり、憑依元の人間の生きてきた経験こそ知れようとも、それはあくまで知識でしかなく。()()()()()()()の年齢が、それによって変化するわけではないのである。だからまぁ、普通は憑依してきた人物の年齢として扱えばよい、と。

 

 ……え?じゃあなんで今時女子の遊びがわかんねー、なんて話になるのかって?

 そりゃ勿論、ここにいる人間に『ごく一般的な少女』がほぼほぼ居ねーからだよっ!!

 

 ()()()()()と言う区分でわけるのならば、該当者はほぼココアちゃんのみ。

 それ以外は出身地が特殊な環境(アルトリア・桃香さん・マシュ)*3だったり、厳密には種族違いだったり(オグリ・あさひさん)*4一般人じゃなかったり(ライネス)*5……である。

 肉体の年齢という区分でなら、みんな歳若い女性と言えるだろうが。……どっこい、感性が普通の少女とは言い難いわけで。

 

 そもそもに一般人枠のココアちゃんにしてみたって、あの杜王町……違ったあそこ名前わからんのだった。*6

 ……えーと、ともかくごちうさの舞台の街自体、明らかに普通の街とは言い辛い感じの環境なわけで。*7

 というかそもそも時代設定からしてよくわかんないしあそこ。近くにゲーセンとか絶対無いでしょ、あれ?

 

 まぁ、そんなわけで。

 ()()()()()としての遊びを知ってそうな人物が、この一団にはものの見事に居ないわけなのである。

 ……あさひさんが実際にあさひだったとしたなら、彼女が一番普通に該当しそう……というのもまた笑い話だろう。

 

 だから、女子が集まったらとりあえずやっとけ、みたいなきゃいきゃいした空気も、私達には早々用意できない夢物語となっている……みたいな感じである。以上説明終わり!

 

 

「……あー、長々と管を巻いてたけど。要するに単なる愚痴ってことでいいんだよな?」

「……日々の愚痴を言い合うのって若い子的にどうなんだろうね?」

「いや、俺に聞かれても……」

 

 

 ……そうして、話を聞いてくれていたキリトちゃんからの、微妙な視線を受けながら。

 改めて、わりと大所帯となってしまった一団がレーンに向かっていくのを、販売機で買ってきたコーラをストローから吸い上げつつ眺める。

 

 遊びに困ったら、ボウリング。……なーんて理屈が、今も通じるのかどうかは知らないけども。

 見目分かりやすく、初心者も楽しみやすいボウリングって、遊びの場としては結構良くできてるよなー、と今更ながらに思うのであります。やることと言えば、ボールを投げてピンを倒すってだけだからね。

 

 

「人数が多いので、二組にわける形になっちゃいましたけどね」

「はるかさん。……いやー、なんか引率の先生みたいな扱いしてすみませんねー」

「……あ、あはは。……いやいいんですよ。だって女子の中だと一番歳上なのは確かですし……あはは……」

「……あ゛

なんだよその声。なにか気付いたのか?

いやその、よく考えたら一人だけ女子の中だと、見た目年齢が周囲より高いんだなはるかさん……ってことに気付いてしまったというか……

……それ、絶対本人に聞かせるなよ

気を付けます……

 

 

 そんな風にボウリングの新規参加のしやすさについて、無意味に思いを馳せていると。

 お手洗いに席を立っていたはるかさんが、元の席に戻る前にこちらに近寄りながら声を掛けてきたのだった。

 

 さっきのカウンターの手続きでも、率先して前に出てくれていた彼女だけれど。

 ……よくよく考えたら、単純な見た目的には女性陣の中だと一番歳上に見えるんだな彼女、と今更ながらに思い至ってしまった。

 

 いやまぁ、キャラクター的な年齢を言えば、あさひさんとか中身的に結構な年齢だろうし、私も設定的にはヤバめな年齢してたりするし……って感じで、決して最年長ってわけではないのだろうけど。

 ご覧の通り、あさひさんは見た目はあさひなので、高く見積もっても高校生。私に至ってはどう見ても小学生である。

 

 ……えーと、小学生二人(私とライネス)マシュ・ココアちゃん・オグリ(中高生)・アルトリア・あさひさん(五人)、見た目的に落ち着いてるので大学生扱いされそうなのが一人(桃香さん)……。

 うん、こりゃはるかさんが引率というか纏め役というか、なんにせよ代表者に見えるってのは、間違いでもなんでもないだろう。そもそもスーツ姿だしこの人。

 

 うーむ、変な心労貯めてなきゃいいんだけど。

 だってほら、あれこれ言ったけども結局のところ、なりきり郷で周囲の目が云々とか笑いすぎて、腹で茶が沸かせるような話だからね!

 いやいきなりちゃぶ台をひっくり返すなよ、というキリトちゃんの言葉を聞き流しながら、私の番が来たのでボールを持ってレーンに飛び出すのでしたとさ☆

 

 

 

 

 

 

「やー、遊んだ遊んだ」

「倒されたピンが、いつの間にか謎の小さいタイツ姿の変質者に変わってる……とかが無ければ、もうちょっと楽しかったのだろうけどね」

「あれはあれで面白かったっすよー?ひれ伏せ愚民共ーって感じで」

 

 

 時間は再び進み、現在お昼頃。

 ボウリングで遊び倒して程よく疲労を貯めた私達は、近くのファミレスに足を運んでいたのだった。

 

 ……なりきり郷にもファミレスあるんだなぁ、なんて思っていたのだがそれもそのはず、ファミレスって創作での登場頻度が高い上に、そもそもにそこを舞台にした作品も存在するから、実は建築優先度が結構上位な物件なのである。*8

 生憎と某帯刀したウェイトレスみたいな、わかりやすい人は居ないけれども。*9

 代わりに奉仕者繋がりなのか、スカートの下から手榴弾とか転がって来そうな見た目のメイドさんとかが、普通に給仕を行っている姿が見えていたりする。……いやまぁ、ちょっとビクッとしたけど、特にドンパチに発展する様子もないので大丈夫な……はず……。

 

 自信がない理由はライネスの言う通り、ボウリング場でも『しっと団』の気配が見え隠れしていたから。

 ……ボウリングのピンが突然動き出すという異常事態に一瞬身構え、そのままボールに弾き飛ばされてピンデッキの奥に消えていく姿を見て、唖然としたあと脱力してしまったのだけれども。

 いや、わりと真面目になんのためにあそこに出てきたのアイツら?ちっちゃかったし捕まえらんないし、なんというかため息しか出てこないんだけども。

 

 ともあれ、そんなハプニングを迎えつつも、しっかり遊び尽くした私達。

 良い感じにお腹も空いたので、ちょっとお昼ごはんでも……みたいな感じに移動して、その先に居たのがさっきの『フローレンシアの猟犬』*10さんだったわけである。……いや、そりゃまぁフリーズするよね、と言うか。

 別に出会う人全てに因縁を付けるようなタイプの人でもないはずだし、とりあえずは放置する形になったのだけれど……私達のテーブルに注文を取りに来たのがまさに彼女だったので、一瞬とんでもない緊張感が一同に走ったりもした(一部の分かってない組(アルトリア・マシュ・オグリ・桃香さん)だけ普通に頼んでて、ちょっとこっちの寿命が縮みそうになった)。

 

 

「……俺、いい加減ここでの生活にも慣れたと思ってたけど、全然だわ」

「奇遇だな、俺もだよ……」

 

 

 リアルでは無力なネトゲ主人公組が、揃って机に突っ伏している。……キリトちゃんに至っては『ないよ、剣ないよぉ!!』*11的なトラウマを抉られかねないだろうし、リアルで強い人は怖いよね……。

 

 

「まぁ、この中で戦力的に一番ヤバいのは、この端から見ると単なる美少女なあさひさんなのですが」

「ん?火でも吹けばいいっすか?」

「やめて下さい死んでしまいます……」

 

 

 ともあれ、ここはなりきり郷。

 見た目が普通な奴ほどヤバい……なんてことは数え出せばキリがないレベル、キリトちゃんにはめげずに頑張って頂きたい次第です、はい。……『心意』*12とか、下手すると現実世界に影響を及ぼせそうな感じだしね。

 

 

「ここはやっぱり、手っ取り早くデュエルを覚えるとかどうかな?極めたらリアルファイトもできるようになるよ?」

「んー、これを言ってるのがブルーノちゃんじゃなければ、もうちょっと説得力というか勧誘力というかがあるのになぁ」

「『イリアステル滅四星』*13がなに言ってんだ、って話だよな。……っていうか『滅四星』ってなんだよ、『滅四星』って」

「……『Z-ONE』*14がここに来たら、彼に直接聞いてみてくれ!」

「あ、ブルーノが逃げた!」

「貴様アアア!!逃げるなアア!!説明責任から逃げるなアア」

「怖いよっ!?けど僕に聞かれても困る!だってアレ考えたの『Z-ONE』だからね!」

 

 

 なお、もうちょっと手軽……手軽?に現実世界に影響を及ぼせそうなデュエリストについては、正直色んな二次災害の引き金にしかならないんじゃないかなー、と愚考するキーアさんなのでした。

 

 

*1
『飲茶楼』という飲み物のCMの一つに、『今時娘は一日五食』みたいな歌があったが、聞いたことがある人はどれくらいいるだろうか。十五年近く昔なので聞いたことのない人の方が多いだろうか。特に意味はない

*2
因みに、文部科学省によれば『ボウリング』を球技、『ボーリング』を掘削作業という風に、表記を使い分けることが推奨されていたりする

*3
それぞれ、異世界のファンタジー的王国・戦乱と血霞吹き荒れる大地・ご存知未来を保障するための機関

*4
ウマ娘は普通の人間から産まれるそうだが、普通の人間に混じって学校に行く、とかは(小さい頃ならともなく)大きくなったらなさそうであるし、そもそもあさひの本体はミラルーツ、すなわち龍である

*5
特に捻りもなく魔術師なので

*6
『ジョジョの奇妙な冒険』の第四部(Part04)、『ダイヤモンドは砕けない』の舞台の名前だが、ごちうさと絡めて発言するときは、大体とあるMAD作品を意識していると思われる。ココアちゃん、声がっ!

*7
見た目は異国情緒溢れる感じの場所。実際は日本国内らしいし、街中に外国人はほとんど見掛けない。半ばファンタジーな世界観

*8
作画的に楽、とかはあるかも?なお、ファミレスが舞台な作品とは高津カリノ氏の漫画作品『WORKING!!』のこと。北海道にある架空のファミレス『ワグナリア』を舞台にしたコメディ

*9
同作より、轟八千代のこと。実家が刃物店なので帯刀している、とかいう何言ってんのコイツ的なキャラクター

*10
『BLACK LAGOON』より、ロベルタ。トランクから機関銃が出てくるタイプのメイド。手榴弾もあるよ♡ポロリするのは相手の頭。……メイドとは?

*11
『ソードアート・オンライン アリシゼーション』におけるとある場面でのとある人物の台詞。長いSAO生活によって、トラウマじみた反応が染み付いていた、キリトのとある行動に対してのもの

*12
『アクセル・ワールド』及び『ソードアート・オンライン』内の用語。いわゆる『心』によって発動するもの。意思力的なものが実際に力を発揮したもの

*13
『遊☆戯☆王5D's』内のとある一団。なお作中では『イリアステル』としか名乗っていないため、『滅四星』という名前を彼等がどういうテンションで名付けたのかは謎に包まれている……

*14
同じく『5D's』より、遥か未来より来たりし科学者。とある目的の為に裏で暗躍する人物



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釣れますか?釣れませんか?

 特になんにも起きませんでした!やったね!

 ……いや、それを一々祝わねばならぬほどに、今のなりきり郷は危険地帯なのか……?それってもう逃げ出した方がよいのでは……?

 

 そんな疑問をナポリタン*1と共に胃袋に流し込み、お昼も終えて再び訪れた、やることシンキングタイム。

 ……男女で固まってるから、もうちょっとリア充オーラを感じて相手(『しっと団』)が寄ってくるのでは?……と思っていたのだけれども。

 んー、ボウリングの時だけしか現れない(上に微妙(びみょ)い)とは、ちょっとしっとパワーが足りてないんじゃなーい?

 

 ……みたいな煽りにも、特に反応は無し。

 むう、変に警戒されてたりするのか、はたまたもう『しっと団』としての体をなしていないのか。

 よくわからないけど、周囲の人々が言う程楽しげじゃない……もとい、クリスマスにしてはお祭り感がたりないー、みたいなのが、彼等がここに来ていない理由だったりするのかも知れないなー、なんてことを思ったり。

 

 

「ふむ?そういえばなんだか盛り上がりに欠けてるような……?」

「いや、そりゃアレだろ。クロスオーバーものの醍醐味にして問題点の一つってやつ」

「醍醐味にして問題点?」

 

 

 そんな風に提示された疑問に答えるのは、なに言ってんだコイツら、みたいな表情の銀ちゃん。

 クロスオーバーの醍醐味っていうと……本来関わらないモノ同士が、新たな繋がりを作ること……とか?

 

 このキャラが居ればこうなっていただろうとか、ここでコイツが居てくれたら良かったのにとか。

 本来の筋書きをどうにかしてねじ曲げようとする、創作者の悲哀が見え隠れするようなものが、クロスオーバーの醍醐味……みたいな?

 まぁ同時に、筋書きはそのままで、他所様のキャラを突っ込んだ時の元の作品のキャラ達の反応がみたい……というような感じのモノも多いわけだけども。

 

 そんな醍醐味(長所)に対しての問題点(短所)というと──考えるまでもなく、それは()()()()()()()()()()()()()()だろう。*2

 

 キャラの扱いのバランスや、戦力差のバランス。描写数のバランスに、関係性のバランス……。*3

 本来混じり合うはずのないモノ同士であるがゆえに、それらのバランスというものは、普通に作品を作り上げるよりも調整の難しいモノのはずなのだ。

 その割には結構な頻度で、クロスオーバー系の新作が作られてる気がする?……いやまぁ、憧れは止められねぇんだ、というか?*4

 それはそれで『憧れは理解から~』云々言われるだけ、ということでもあるのだけれど。

 

 

「いや、そこまで小難しいもんじゃねえよ……」

「お?そうすると、なにが問題なの?」

「そりゃまぁ……作品跨いでの恋愛とか?

「……わぁ、露骨に小さな声」

「うるせー!弄って来るお前らのせいだろうが!っていうか銀さんはまだ恋愛とかいいんですー!永遠のジャンプっ子なんで、恋するのは西野つかさくらいなんですー!」*5

「……いや、それはそれでどうなんだ?」

「っていうか(ふり)ぃよ、上げるキャラが」*6

 

 

 ……あー、なるほど。

 銀ちゃんからの言葉に、なるほどと頷く私。

 

 単なるクロスオーバーものならば、そんなに問題にはならなかったのかもしれないけれど。

 ことなりきり郷という空間においては、各作品から登場するキャラは大体一人。『元のスレ一つにつき原則一人』という制限めいた選出基準?的なものがある以上、同じ作品のキャラが集まるというのは、本来ここでは珍しい話なわけで。

 

 ──故に、原作において決まったお相手が居るようなキャラ達は、恋人達のイベントとしての要素が強いクリスマスというものを、今一楽しめない状況にいる──と。

 まぁ、ココアちゃん達みたいないわゆる『日常系』のキャラであれば、クリスマスも単に友達や仲間達との楽しいイベント、として消費できるのだろうけども。

 皆が皆、日常を単に楽しめるような人生を送っているわけでもない、というか。

 

 ……でも、んん?

 だとすると、なんで今回『しっと団』は『白面の者』へのワープ進化などという、ある意味で胡乱な感じの変化を遂げてしまったのだろう?

 いやだって、アレって本来イチャイチャしてるアベック*7を襲うものでしょ?……居ないじゃん、アベック。

 そもそもの話、前年度にも『しっと団』は居たらしいけど……、なりきり郷の基本原則が変わらない以上、根本的にカップルなんて増えるはずがないのに、なんでカップルへの憎悪が一定値に貯まった、なんて話になるのだろう?

 

 そんな風に「うーん?」と悩んでいると。

 本来ここでは珍しいはずの、正にカップルとでも呼ぶべき者達の声が聞こえてきた。

 

 

「ほら、コナン君!これとかどうかな、似合う?」

「いや、そりゃ似合ってるとは思うけどよー。……その、この絵面はちょっとアレなんじゃないか?」

「いいのよ、他人の目なんて。折角会えたんだし、楽しまないと!」

「……俺がよくねーんだよ

「なにか言った?コナン君」

「なんでもねーよ」

 

「……おおう、不思議な光景」

 

 

 そう、聞こえてきたのはコナン君と蘭さんの会話。

 ……本編の彼女達と違って、暗黙の了解(コナン≠新一)こそ守っているものの、実際の会話はほぼカップルのそれ。

 なんというか、元の原作が同じわりに、原作で見ることが出来るかは微妙……というような感じの光景であると言えるだろう。

 

 いやホントに。

 コナン君と蘭さんが、ちゃんとカップルとして一緒に居るとか、黒の組織云々の話を片付けてもなお訪れるかどうかわからない未来だもの。

 

 珍しいのはそれだけではない。

 fateやアークナイツのようなソシャゲキャラが意外と多いのは、彼等のあり方がそもそもにクロスオーバーに近いから。

 個々人のバックボーンが膨大であるがゆえに、物語としての構成が群像劇に近いものだからである。

 

 ソシャゲは基本的にキャラを売るものだ。

 そのため、一人一人に秘されたものがあったり、越えるべき壁があったりなど、焦点を絞れば別個の作品を作れてしまうような設定を持つキャラ達が、犇めき合う魔境というのがソシャゲの基本形態なのだ。

 ここに関しては『fgo』がわかりやすい。

 あれは無数の神話や英雄譚を、一つの長大な物語に纏めたものだと言える。──故に、それぞれのキャラクター達にも、己が主役である『物語』が必ず存在するのだ。

 

 他のソシャゲのキャラ達も、根本的には同じ。

 語るべき己の物語を持つ者達ばかりだから、それぞれを主体にしたスレッドというのは、比較的細分化しやすい部類なわけだ。

 ……いやまぁ、そこまで小難しく言わなくても、艦これで言う所の『第六駆逐隊』はそれだけで話を作ったりもするでしょう、みたいな感じというか?

 そういう、比較的同作内で別個の纏まりが出来やすい土壌とでも言うものが、ソシャゲ系には転がっているわけで。

 結果として、『一スレ一人原則』に則って『三スレ三人』とかみたいなことになりやすいわけである。

 

 じゃあ、普通の漫画とかアニメはどうなのか?

 こちらの場合は、ソシャゲ系とは逆にスレの乱立は避けられる方向にある(いやまぁ、ソシャゲ系も乱立するなって言われるけども)。何故かと言うと、殊更に分ける意味があまりないから。

 

 ソシャゲの場合、キャラクターによっては全く絡みのないキャラ同士、というのもよくあったりする。

 所属や立場、実装タイミングなどの様々な要因から、ゲーム部分のパーティとしては一緒に居ても、実際の作中では面識が一切ない、なんて間柄だということもそう珍しい話でもない。

 

 対して、アニメや漫画などの場合。スピンオフなどで全く別の雑誌にでもならない限り、基本的には主人公の視点を通して、読者は物語を読み進めることになる。

 それ故に……雑な言い方になるが、主人公が見ていない範囲の人物について、読者は知ることができない、ということになる。

 

 これがどういうことに繋がるのか。それは即ち『出てくるキャラクターは、大小違えど主人公と何らかの繋がりのある人物に限られる』──即ち、『スレ分けする大義名分が与えられない』ということ。

 

 なりきりも他の掲示板と同じく、スレの乱立は嫌われる傾向にある。

 故に、なにかしらの事情(個スレにしたい、とか)がない限り、『同じ原作の作品であれば纏める』ように誘導される。

 

 なりきりとは本来そのキャラに()()()()遊びである。即ち、原作に近い環境の方が基本的には喜ばしい。

 そのため、原作で起きた絡みは再現に掛かるし、敵対していた間柄のキャラが現れれば、時に言葉を重ねて険悪さを演出することだってある。

 まぁ、所詮はごっこ遊び、本人や周囲が不快感を抱かないように、原作描写とは異なる行動を取ることもあるわけなのだが……。基本的には原作に忠実に、というのが、なりきりの不文律だというのは間違いないだろう。

 

 ──故に、同一の世界観を出身に持つのであれば、まず同じ場所(スレ)に行くように誘導される。

 世界観が一緒でもスピンオフのような視点違いの話であるとか、完全に同じ原作出身であっても、敵対しているとかで所属組織が違うとか。

 そういった、()()()()()()と見なされるであろう理由を持っているかどうか、というのも考慮されていたりするわけだが。

 

 だからこそ、所属も原作も同じ──完全に()()のような間柄である場合、スレをわけることはほぼ不可能となる。

 一応その場合でも、個人でやりたいという逃げ道はあるが、余程上手い人でもなければ、最終的には合流を進められるだろう。

 ……上手くないということは、人が来ずに過疎になりやすいということ。即ち、()()()()()()()()()()()ということである。

 

 なりきりとは、(人にもよるが)キャラになりきることで()()()()()()()というような願望を併せ持つものでもある。故に過疎などの状況は、正直一番直面したくないものだと言えるだろう。

 結果、原作が同じであれば、スレは纏まっていくのが自然となる。

 そしてそれが自然となれば、スレ立ての時からそこを遵守するようになるのも当然……というわけである。

 

 まぁその結果、この『逆憑依』という現象においては、同一作品のキャラとの邂逅が非常に難しくなった……という被害が出てしまったわけなのだが。

 そこに関しては別に誰が悪いと言うわけでもなし、素直に諦めるが吉というやつだろう。

 

 ……とまぁ、長々と語りましたが。

 なんとなくでも、目の前の二人が珍しい立ち位置だというのは、わかって貰えたのではないだろうか?

 

 この間のマカオとジョマもそうだけど、関係性が近い人物が揃うというのは、なりきり郷においては天文学的……は言い過ぎだけども、百円くじで千円以上が当選する確率くらいには珍しいわけなのである。……いや、それはそれでわりとあるのか?*8

 

 まぁともあれ、そんな珍しい二人を見て、仲睦まじいねぇとちょっとお婆さんのような心境になっていたところ。

 ……私、ちょっとした違和感に気付いてしまったのです。

 

 ──この二人、いつ再会したのだろう、と。

 

 

*1
『ナポリ風の』という意味を持つスパゲッティの一種。言葉の意味が分かれば純粋な洋食ではないと気付ける、かも?

*2
戦闘が絡む作品の場合、片方が極端に強かったりすると、蹂躙系として嫌われるようになったりする。よく蹂躙する側に選ばれるのは『ドラゴンボール』や『fate』シリーズなど

*3
順に『極端なギャグキャラ化』『片方ないし特定の作品の蹂躙』『出番の偏り』『他作品間の恋愛・友好描写』など。無論、どれにしても味付けの問題、上手い人なら問題なく扱える

*4
『メイドインアビス』より、ナナチの台詞。夢や希望というものに向かって進む者に取って、困難や危険、迫る死などと言うものは単なるスパイスにしかならない、ということ

*5
『いちご100%』のヒロインの一人、俗に『東西南北ヒロイン』と呼ばれるグループ内では『西』の担当。『銀魂』とは、作中の『柳生四天王』の名前の元ネタとして微妙に関係があるとかないとか。つい最近(2021年12月)、作者の河下水希氏がとある雑誌の表紙として描いたキャラが西野つかさに似ている、ということで話題になったりした(作者は別人であると主張している)

*6
『いちご100%』がジャンプで連載していたのは2002~2005年の間

*7
『~と一緒に』を意味するフランス語の前置詞。単語として使う場合はカップルのことを指す。じゃあカップルでいいだろうって?正にその通りで、現在では完全に死語となっている。目の前に居る男女二人を主に示すものであることも、言葉として使われなくなった理由だろう。無論、あくまで日本語としての利用が死語になっただけで、フランスに行けば普通に使われている言葉ではある

*8
参考までに、一等が1000万円の100円くじで1000円以上が当たる確率は、大体三割くらい。……結構多い?



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季節外れの織姫と彦星(ルビは起爆スイッチ)

「……えーっと、毛利さん、こんにちわ」

「わぁっ!!?……って、なんだキーアさんでしたか。ご無沙汰してます」

「はい、こちらこそ。……今日はデートですか?」

「デートだなんて、そんな。……見えます?恋人に」

「お二人の内情を知ってれば、まぁ……」

 

 

 気になることが出来てしまったので、遠くから見守るのをやめて声を掛けたところ、目に見えて慌て出す蘭さん。

 隣のコナン君もどことなく恥ずかしそうな辺り、なんというかこの二人は(うぶ)だなぁ、ってちょっとニヤニヤしてしまいそうになったが、気合いで耐える。

 ……いや、幸せそうな他人とか、酒の肴にしたい感すごいよねーというか。

 

 ともあれ、今はさっきの疑問──この二人の再会タイミングについて問い掛ける方が先だろう。

 場合によっては、色々と謎が解けるかもしれないのだし。……みたいな思いを込めながら、改めて聞いてみたところ。

 

 

「蘭といつ再会したか?そうだな……今年の春頃、ってことになるのか?」

「私は八雲さんに雇って貰えるまでは、郷の中で色々とお手伝いとかしてましたけど……それでも、コナン君よりは早い時期にここに居ましたね」

「ふーむ……。ゆかりーん」

『はいはーい。お呼びかしらー?』

 

 

 ……おおっと。

 コナン君がこっちに来たのは、彼の言葉からすると私達よりもちょっと早いくらい、ということになるらしい。

 毛利さんがどれくらい古株なのかはわからないけれど、二人の再会タイミングとしては春より後になる、ということは間違いなさそうだ。

 

 つまり、この二人は()()()()()()()()()()()()()()()()()。……恋人同士のイベント事、という意味ではクリスマスが初めてということになるようだ。

 ……え、夏?ありゃあ郷の外に出てたから除外。

 

 ともあれ、気になることに関してはまだ途中。

 こういう時は上の人に聞いてみよう、みたいなノリでコールを掛けると、中空に映像が投影された。……『滞空回線』云々よりインスピレーションを受けて開発された、一部の人間だけが使えるホットラインである。*1

 和風感強めのゆかりんとかが使ってると違和感の強い、SFチックな通信機能だけれど、便利は便利なのでその内一般にも普及するとかしないとか。……どこに向かってるんだろうね、この場所。

 

 まぁ、懐古主義っぽい感傷は後回し。

 映像の向こうのゆかりんは突然の呼び出しに少し驚いた顔をした後、呼び出したのが私であることに気付いて相好を崩した*2

 

 

「いや、ちょっと確認。郷の中のカップルの総数とかって分かる?」

『……はい?』

『それでしたらこちらに』

ジェレミア(ちぇん)?……わ、ホントにリストアップされてる……』

「……いや瀟洒ぁ……」

 

 

 ええ……?どうなってんのこの従者。

 こっちが欲しい情報を的確に提示してくるんだけど……?実はどこかの瀟洒なメイドさんみたく、時間とか止めてたりしません?……え?出来るのはギアスの無効化くらい*3?それここだとほぼ無用な技能ですよね?

 

 ま、まぁ、欲しい情報が素早く手に入るというのは、決して悪いことではない。

 資料を流し読みしているゆかりんに、こちらが最低限聞きたいことを一つ問い掛ける。私の予想が正しければ、恐らく……。

 

 

『……そうね、そこの二人がカップルとしては百例目。原作とは無関係な組み合わせも含めてだから、実際の……純粋なカップルの総数としては──うーん、もしかしたら一例目、かも?』

「あー、やっぱり?」

「え、もしかして私達、なにか悪いことしちゃいましたか……?」

「ああいえいえ。そんなことは全然。存分に乳繰りあって頂ければ」*4

「乳繰り……っ!?」

「わぁっ!?江戸川さんが鼻血を吹いてお倒れにっ?!」

「きゃあっ!?しっかりしてコナン君っ!!?」

 

……キーアって、時々想像以上に古い言葉遣いするよな

ホントに中身大学生なのか、コイツ

「そこぉっ!聞こえてるわよぉっ!!」

「「げぇっ、地獄耳っ!!」」*5

 

 

 予想は大当たり……というか予想以上。

 百例目にして一例目。区切りがいい数字だろうとは思っていたけれど、まさか原作通りの組み合わせとしては一例目、だったとは。……思わずちょっと眉が寄ってしまったのはご愛敬。

 

 まぁ、それによって毛利さんが意気消沈したしまったのは、こちらとしてもちょっと想定外だったのだけれども。

 なので、安心させるような言葉を選んで返した……はずが、結果はご覧の通り、なんというかいつも通りの流れになってしまったので、ちょっと反省することになってしまったのだった。

 ……なお、余計なことを言った二人には、きつーい灸を据えておきました。*6

 

 

 

 

 

 

「それで、先程の確認は一体なんのためのモノだったのですか?」

 

 

 場所を周囲の邪魔にならない場所──再びのファミレスに移した私達。

 

 ……なんで一時間もしないうちに戻ってきてるんだこの客、みたいな表情を向けてくる鉄のメイド(ロベルタさん)からの視線を身を縮めながらやり過ごし、さっきとは別の席に座ったわけなのだが。

 そうして座った直後に飛んできたのは、今回の一連の事件?について、一番気にしているとおぼしい桃香さんからの質問であった。……まぁ、最初に声を上げたのが彼女であって、似たような疑問は皆が抱いていたようだけれども。

 座っている皆から突き刺さるように向けられる視線に、ちょっとだけ気後れしつつ。

 さっきのあれこれで、なんとなく思い付いたことを口に出す私。

 

 

「まず始めにだけど。……『しっと団』そのものは、正確な発生時期はわかんないけど、去年よりも前から既に居た、ってのは確かなわけだよね」

「そう……ですね。被害も規模も大きくなかったので、対処を後回しにしていたというようなことを、八雲さんも仰っていましたし」

 

 

 始めに確認するのは、『しっと団』の活動開始時期について。

 彼等はカップルが活発に活動する時期を、その行動期間に定めている。

 理由としては彼等の存在意義が『カップルの邪魔をするため』だからなわけだが、それにしたって対処は後回しにされるほど、大した被害ではなかった、らしい。

 ……原作の彼等は一般人が相手できるような戦力規模ではなかった……という話なので、その時点で大分差異があるというのはわかるわけだが。

 それが今年になって、いきなりこの場所を崩壊させうる戦力に成長する、というのが今一納得できなかったのだ。

 

 

「それで、なにか切っ掛けでもあったんじゃないかな、と思ったってわけ」

「それが、そこの二人だって?」

 

 

 次いで放たれた銀ちゃんの言葉に、皆の視線が自然と件の二人──毛利さんとコナン君に集中する。見詰められた二人は、居心地が悪そうに居住まいを正していた。

 

 

「確証はないんだけどね。……ただまぁ『百万匹の猿が地に満ちた時』*7みたいに、特定のなにかが水準を満たした時に起動する……という話は、わりとよくある設定の一つだからさ」

 

 

 とはいえ、それでも疑問は残る。

 ──なんで今年なのか。確かに区切りはいいのかもしれない、記念?すべき百例目のカップル。

 彼等の逢瀬を邪魔するというのは、『しっと』を行動理念とする彼等にとって、記念碑のようなモノになりうるのかもしれない。

 

 ……けれど、それを『白面の者』に変化するほどに練り上げる理屈がわからない。

 というか、そんなヤバげなモノに変化する余地があるのなら、もっと前から察知できてもおかしくはないのである。

 なんというかこう、()()()()()()()()()()()()()()()()ような、気味の悪い感覚が残るわけで。

 ……そういうものをここに来てから少なからず感じてきたこちらとしては、どうにも警戒せざるを得ないというか。

 

 

「考えすぎじゃねーの?なんでもかんでもお前さんを中心に回ってるわけじゃないんだし、とりあえずは目の前のことに対処するってんでいーんじゃねーの?」

「わあ楽観的ー。……まぁ、思い過ごしの可能性は無くはないわけだし、私としても気のせいの方が嬉しいんだけどさ」

 

 

 いつの間にか頼んでいたパフェをスプーンで掬いながら、銀ちゃんが軽い調子で声を上げる。

 ……なんというか、こっちに来てこの方、巻き込まれ体質を開花させた風のある私としては、微妙に笑い飛ばせない感じなので、ケセラセラ*8な感じの銀ちゃんのあり方は、ちょっと羨ましいというか。

 

 まぁ、巻き込まれつつもなんとかしてきたのも事実。

 今回もどうにかなる……なんて楽観はできないけれど、肩の力を抜くくらいはした方がいいのかもしれない。

 

 

「……はぁ。まぁ、とりあえず今は甘いものでも食べて、ちょっと休憩しましょうか」

「さんせーい!いつもより頭を使って、私へとへとだよ~」

「おや、ココアも時には真面目になるんだね?」

「わ、ライネスちゃん酷いっ!!私だって頑張らなきゃいけない時には頑張るんだよ!!」

 

 

 話の終わりを告げるように、私が手を叩けば。

 皆が姿勢を崩し、気が抜けたように机にへたり込むココアちゃんの姿が見えた。

 ……まぁ、この中では一番荒事と無関係なのが彼女なので、こういう物騒さの見え隠れする話には、疲れを感じる割合の方が強いのかもしれない。

 そうして机に突っ伏した彼女の頭を、はるかさんが撫でてあげているが……あ、ちょっと気持ち良さそうだったけど、恥ずかしさが勝ったのかすぐに飛び起きてしまった。

 

 猫扱いしないでー!……みたいなことを述べるココアちゃんに、皆が微笑みを浮かべる。

 ……こういう平和な一日が崩れないように、クリスマス当日は頑張らなくては。

 

 なーんて、柄にもなくちょっと張り切ってしまう私なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 なーんて感じに言っていたのですが。

 ……いやはや、これは予想外の展開、と申しますか。

 

 

「そんな……どうして、せんぱい!!」

「どうして、か。……なーんでなんだろうねぇ?」

 

 

 マシュからの叱責に、小さく首を捻りながら言葉を返す。

 ──辺りは炎に包まれ、人々の悲鳴や嘆き、怒りの声が木霊し。

 巨大な獣達が、世界を蹂躙しようと飛び交っている。

 それらを背後に、目の前に立ち塞がる者達と相対し。

 

 私はただ、ニヤリと笑ってこう返すのだった。

 

 

()()()()()、なーんてのはどうかね?」

 

 

 ──クリスマス、当日。

 ()達を従え、私は世界を滅ぼそうとしていたのだった。

 

 

*1
空気中に応答・投影用の機材を詰め込んだナノマシンを散布、特定ワードに反応して通話を始めるという仕組み。現状では八雲紫に対してしか繋がらないが、将来的には好きな相手に好きな時に会話を持ち掛けられるようにする予定とか。出てくる画面の見た目は、VRMMOで散見されるシステムコマンドメニューそのもの

*2
元は仏教用語。仏の容貌の特徴を指す言葉『三十二相八十種好』の略で、転じて表情のことを指す。その為、表情(相好)変える(崩す)、すなわち硬い表情から笑顔に変わることを示すようになった

*3
『コードギアス』シリーズより、ギアスキャンセラー。ギアスを無効化するギアス。ギアスの効果を打ち消すだけではなく、ギアスによる記憶改竄なども修復できる、わりと無茶苦茶な技能。なお、ギアス意外には何の意味もない

*4
男女が周囲に隠れて密会し、密かに肌を合わせることを示す言葉。雑に言えば『(これから)えっちなことするんですね?』。元々は『ちぇちぇくり』という言葉だったのが『茶々くる』になり、それに『乳』を当て字にした結果今の言葉になった、という説が有力。なお、『ちぇちぇくり』という言葉は江戸時代くらいから存在しているようだ

*5
ジャーンジャーンジャーン『げえっ、関羽』……というような一連の流れは、横山光輝氏の漫画『三国志』で頻出するシーン、一種のお約束。銅鑼がなったら(ジャーンジャーン)伏兵が登場する(げぇっ、関羽)

*6
相手をきつく懲らしめ、戒めさせることを指す言葉。お灸とは、『灸治療』に使われるモノのこと。(もぐさ)を体の特定場所に盛り付け、それに火を付けることで治療行為を行う。今では余り見掛けないため、知らないという人も多いのではないだろうか?なお、『お灸を据える』という言葉は『お灸のイメージを悪くする』とのことで、最近では使わないようになっている、らしい。火を付けるから怖いように見えるが、歴とした治療行為なのでそりゃまあそうか、という感じである

*7
『天元突破グレンラガン』より、初期のボス枠であるロージェノムが死に際に放った不気味な予言。『100万匹の猿がこの地に満ちた時、月は地獄の使者となりて螺旋の星を滅ぼす』と言うもので、他の作品にゲスト参戦する時は数字が『100億匹』になっていたりするが、概ね『一定数人数が増えると良くないことが起こる』と言っていることは同じ

*8
元々はスペイン語。なるようになるさ、の意味



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アーティレイヤーの姓は悪役を任ずる……かも知れない

 時間は飛んで、クリスマス(12/25)の前日。

 

 朝も早い内から、サンタ役やその相棒役として選抜された者達が、集合場所でもあるプレゼント集積場に集まって来ている。

 ……基本的に彼等の本格的な仕事の始まりは、深夜──日付の変わる前から、日付が変わって朝日が昇るまで──みたいな感じなのだが。

 その時間よりも遥かに早い今、こうして集まっているのは──サンタと助手、双方の顔通しと、互いの親睦を深めるため……ということらしい。

 

 無論、こうしてコートとかマフラーとかで重武装してまで、ほいほいとここまで歩いてきた私も、その主な目的は補助する相手であるサンタとの、仕事前のちょっとした会話のため……ということに違いない。

 昨今のあれこれ(しっと団とか)を踏まえたセキュリティの面で、実際にサンタと助手が顔を合わせるのは、仕事当日の朝になるまで厳禁されている。

 そのため、私もここに集まっているその他大勢の御多分に漏れず、朝から寒さを堪えつつ顔出しをした、というわけなのだった。

 

 ……え?お前さん寒いのは得意ーとか、そんな感じのことをどっかで言ってなかったかって?

 例え得意であったとしても、許容できる寒さの量には限度があるんですー。

 今日の夜はホワイトクリスマスにでもするつもりなのか、昨日までの寒さ(それ)よりも、更に輪をかけて*1寒いんだもんよ。

 キーア風の子元気な子*2、と言ってもそりゃー無理があるってもんですよ、はい。

 

 

「おお寒っ。……えーと、私の相手はっと……」

 

 

 そんな感じで、吐いた息が白く染まりながら、朝の空気に溶けていくのを眺めつつ、自身のパートナーであるサンタ役の人物を探しているわけなのです。

 

 ……ただ、サンタ券とかいう、相手を探すための目印となるカードの案内に従って動いているのだけれど、これがまた指示がアバウト……もとい、アナログというか。

 

 ワンピースに出てくる『ビブルカード』*3の原理を応用して作られたモノであるとか、ゆかりんから渡される時に軽ーく説明をされたのだけど……。

 流石にあれそのものってわけでもないらしく、どこか平たい所に置いて暫く待つ……みたいな手間こそ無いものの。

 初代ポケモンのダウンジングマシン*4に、大まかな方向指示が付いた……くらいの杜撰なナビゲートシステムしか付いてないため、結局のところあんまり指標として役に立っていない、というか……。

 

 説明がわかり辛い?じゃあ見たまんまを。

 大きなチケット風の紙の真ん中に、『南 300m圏内』って書いてあります、こっちが動くと書いてある文字も更新されます、以上。

 ……なんで感知範囲の最小単位が百メートルからやねん。

 

 いやまぁ、理由というか理屈というかはわかるのですよ。

 元がビブルカードであるところに、ちょっと詳細なナビゲートとか、紙の使い回しができるように、対象者の変更機能を搭載しようとか。

 そういう、あれば便利だけど元の性能的には余分な機能を付け加えた結果、機能同士が干渉(コリジョン)*5しちゃったんだろうなー、というのはわかるのです。

 だってこれ、いつもの失敗作の有効活用みたいなこと、最初に言ってたからね!

 

 なので、とりあえず形を整えること・とにかくちゃんと動くことを前提として、あれこれと調整したんだろうなー。それも結構苦労したんだろうなー。……というのも、よーくわかるのです。

 

 だから、その上で言わせて頂きたい。

 

 

「……プリペイドスマホでええやんけ」

 

 

 ……なりきり郷の内部において、普通の機械類は使用できないとは言うものの。

 それでも、変に創作由来の技術に拘るより、元からあるものをここで使えるようにした方が、よっぽど楽だったのではないか?……と、首を捻らざるを得ないわけなのです。

 とりあえずなんでも試そうとする、そのチャレンジ精神は凄いと思うんだけどさ……。

 なんてことを愚痴りながら、あっちを向いたりこっちを向いたりする私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「……ああ、アンタが俺の相方か」

「ん?……んんー、そうなる、のかな?」

 

 

 結局、そこから三十分ほど探し回って。

 ようやく見付けた相手は、近くの医務室にいたとあるお医者様だった。……屋内かよ、見付からないわけだ。

 ともあれ、ようやく出会えた相手に軽く会釈をして、本来なら患者が座るのであろう丸椅子に腰掛け、相手の顔を見る。

 

 ──トラファルガー・ロー。*6

 ワンピースの登場人物の一人、初登場の時と現在でのキャラが違いすぎて話題の、いつ仲間になるんだろーなーと皆から生暖かい目で見られている人物……。

 

 

「おい、心の声が全部漏れてるぞ、キーア屋」*7

「おおっと、こいつは失敬」

「……あと、最初の時のことを突っ込むのはよせ、誰にだって思い出したくない過去ってのはあるもんだ」

「へーい、承知してまーす」

……本当にわかってるのか?コイツ……

 

 

 なんて風に、彼をまじまじと見詰めていたのだが……おおっと、初手対応をミスってしまったらしい。

 見るからに不審げになってしまったトラファルガーさんの様子に、ちょっとだけ反省する私。

 

 ……数少ないワンピース系キャラなうえに、更に数が少ない真っ当な医者系のキャラでもある彼に、悪い印象を持たれるのは宜しくないと言えるだろう。

 なので汚名挽回のため、ちょっと張り切るキーアちゃんなのであった。

 

 

「……それを言うなら、汚名返上だろうが」*8

「失礼、噛みました」

「……いや、わざとだな?」

「噛みまみた」

「わざとじゃなかった!?」

「神谷見た?」

「……あ」

 

 

 なお、いつも通り心の声は駄々漏れだったので、トラファルガーさんは生来の生真面目気質で対応してくれたのだが……おや?

 思わず流れ的に八九寺(はちくじ)ってしまった*9のだが、対応が……おやおやぁ?

 おやおやおや。おやおやおやおや。……失礼、愛ですよロー。

 

 

「うわっ目ぇ怖っ!!?」

「えー、貴方は一つ、隠し事をしています。違いますか?」*10

「い、いや。何も隠してない、隠してなんか無いぞ」

「ではどうして、一連の会話の流れで登場した『神谷見た?』という台詞に対して、一瞬の間を生んでしまったのでしょうか?貴方の声が神谷浩史氏のものであることは、周知の事実。『噛みまみた』というフレーズから連想するものとしては、わりとありふれているモノだと思えますが……」

「い、いや、それは……」

「貴方が隠していること。えー、それは貴方が純粋なトラファルガー・ローではなく、『神谷浩史氏の演じているキャラクター』が混じったモノだから……違いますか?」

「ち、違う!デタラメだ、そんなのっ!!」

「……くうくうおなかがなりました」

「ひぃっ!!許してくれ桜!冷蔵庫の中のプリンを食べたのは謝るからぁっ!!……って、あ」

「……だらしがないですね、シンジ」

「ライダー!?」

「通りすがりの魔法使いだ、覚えておけ」

「いや混ざりすぎだろっ!!絶望したっ!!キャラがぶれぶれすぎて絶望したっ!!」

「それをお前が言うんかーい」

「言うんだーい♪……さぁ殺せぇっ!!」

「……わー、情緒不安定~」

 

 

 まるで多重人格者のように、ころころとキャラのノリが変わって行ったトラファルガーさんは、最終的に元のノリ(トラファルガー)に戻って、こちらに介錯要求をしてきたのだった。

 ……いや、私にどないせいと?

 

 

 

 

 

 

「はぁ、『神谷浩史スレ』?」

 

 

 数分後、絶望先生ばりに首を吊ろうとするトラファルガーさんを、どうにか(なだ)(すか)した私。

 そうして落ち着いた彼がおずおずと口にしたのは、自身の出身スレについてのお話であった。

 こちらの言葉に、椅子に座り直したトラファルガーさんが鷹揚に頷きを返してくる。

 

 

「ああ、文字通り・言葉通りの場所だ。神谷屋(かみやや)の演じたキャラを、名無し達にリクエストされた通りに演じていく……みたいな感じの場所と言うべきか」

「はぁ、そりゃまたなんとも、ありがちというかなんというか」

 

 

 どっちかと言えば声優ファン向け、というか。

 まぁ見掛けるのはごく稀ながら、たまーに盛況になってたりするタイプのなりきりだと言えるだろう。

 というかスレの盛況さ的には、今までこっちで見たことがなかったということの方が、珍しい感じでもあるのだけれど……。

 

 そういうスレから来た人物がどういう状態になるのか?

 ……というのは、意外と考慮したことがなかったような気がしないでもない。

 なので今の彼のように、どこか情緒不安定に見えるというのが。

 ……それが正常な状態なのか、はたまたこっちのせいでおかしくなっているのか。微妙に判断が付かないのが、困り者なのであった。

 

 

「……これに関しては、正常な動作だと思って貰っていい。……なんというか、同じ神谷屋のキャラの中でも、特に出てくる頻度の高かったキャラが、性格的なモノとして表に出てきやすいというか……まぁ、そんな感じだ」

「ふーむ?」

 

 

 聞くところによれば、トラファルガー・ロー、糸色望、間桐慎二、ティエリア・アーデ、阿良々木暦と、あとリヴァイ兵長辺りが、彼のスレにおいて登場頻度が多いキャラだったらしく。

 それゆえに土台はトラファルガーなのだが、興奮したり困惑したり激怒したりなど、平時の精神状態でなくなると、思わず他のキャラが出てくる……みたいな感じになっているのだという。

 

 ……【複合憑依】とは、また微妙に原理が違うらしい。区分的には【継ぎ接ぎ】だが、【継ぎ接ぎ】ほど単純でもない、というか。

 

 

「まぁ、色々とやっかいな体質だってのはよーくわかったわ。……もしかして、今回貴方がサンタ役なのも、そのせい?」

「……恐らくな」

 

 

 そのまま、話はサンタ云々についてのものに移っていく。

 

 正直な話、トラファルガー・ローというキャラクターに、サンタ性というものはないはずだ。

 何かしらの企画でサンタの格好をした、とかは合ってもおかしくはないが、逆に言えばそれくらいしかサンタ要素というものとの関わりはないだろう。

 どっこい、彼が『神谷浩史氏の演じたキャラクター』として判別されているとすれば、話は違ってくる。

 

 神谷氏は普通に有名かつ、人気声優に区分される側の人物である。それ故、それらの集合体に近い彼に付随されるサンタ性とは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……相変わらずサンタ回りの話は頭が痛くなるようなものが多いが、多分これで間違いないだろう。

 要するに、『神谷浩史氏サンタ説』!!

 

 

「……いや、論理が飛躍しすぎだろう、それは」

「ですよねー」

 

 

 なお、あまりにも胡乱過ぎたため、当の本人からは否定されました。是非もないよね!

 

 

*1
弓道の弦輪(つるわ)に由来するとされる言葉。要するに『弦をキチンと張ることで、矢が良く飛ぶようになる』=『前までよりも程度が強くなる』という意味になったのだとか。なお、桶の箍として使われる輪が、桶そのよりも広い円を描く……すなわち程度が大きいという意味となった、という説もある。前者の方が有力視されているが、実際の由来は不明

*2
江戸時代のことわざ、『(わらべ)は風の子』から。子供は寒くても外で元気に遊び回るものである、もしくはだからこそ外で遊びなさい、みたいな意味の言葉。なお、この言葉のあとに『じじばば火の子』とか『大人は火の子』と続く。『元気な子』がいつから付随するようになったのかは不明だが、恐らく後半部分が削られた結果、なのではないだろうか

*3
『ONE PIECE』に出てくるアイテム。対象人物の爪の欠片を練り込んだ、特別な紙。対象の居場所を指し示すほか、対象の生命力とも連動しており、対象が死んだ時は燃えてなくなる。それ以外の方法では、如何なる手段を用いても消失させることはできない

*4
近くに隠されたアイテムを見付け出す為の機械。初代ではポケモン図鑑の登録数が30匹を越えると、研究員から貰うことができた。画面内にアイテムが隠されていると、特徴的な音で知らせてくれる。……が、画面内にあれば音が鳴るため、片手落ち感が漂う。最新作では廃止されたが、それまではずーっと使い勝手が良くなっていった

*5
本来の意味は衝突。IT用語としては干渉という風に解釈しても間違いではない。通信機器などで、同じ伝送路を同じタイミングで同じ用途に使ってしまったがために、信号が混線してしまった状態などを指す

*6
『ONE PIECE』のキャラクターの一人。『死の外科医』という異名を持つが……初期ならともかく、今の彼は別な意味で『死の外科医(笑)』だろう(主に若気の至りで付けた名前に見える、という意味で)

*7
『◯◯屋』は、俗に屋号と呼ばれる呼び方。江戸時代頃には名字が存在しなかったため、名字の代わりに『八百屋の◯◯さん』や、『桶屋の◯◯さん』のように、相手の職業を名字代わりに使っていた。花火を打ち上げる時の『たまや、かぎや』も、そういった屋号の一つ。なので、『鍵屋』さんは今も存在していたりする(『玉屋』は廃業済み)。なお、ヨーロッパの方でも屋号は使われていたりするそうな。日本人よりも名前が被りやすい(聖人の名前を使わせて貰うことが多い)から、なのかもしれない

*8
『汚名返上』と『名誉挽回』はよく混同される言葉。意味としては前者が『悪い評判を返す(捨てる)』、後者は『良い評判を取り戻す(挽回する)』。なので、言葉の意味を考えると間違えるはずもない……のだが。実は、『汚名挽回』も『汚名の無かった状態を取り戻す(挽回する)』となるため、間違いではないのだそうな(『疲労の無かった状態に回復する』という意味の『疲労回復』と同じ用例)

*9
『八九寺-る』[はちくじ-る](動詞) 八九寺のようにする。言葉を噛み、そこから話を展開する。『噛みました』から始まる、一連の流れのこと

*10
『えー』から始まる推理文は、主に『古畑任三郎』シリーズの主人公、古畑任三郎をイメージしたもの。最初に犯人(フーダニット)を明かし、主にどうやってやったのか(ハウダニット)を推理していくのが、『古畑任三郎』シリーズのセオリーである



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じりじりにじりよる人理の終わり、なのです?

「にしても……サンタ、サンタねぇ」

「……文句はスキマ屋に言ってくれ、俺としては不満も大きいんだ」

 

 

 合流を果たした私達は、親睦を深めるため朝食を共にしたりしたわけなのだが。

 ……なんというか、私がちっちゃいからなのか、隣に居ると彼のノリがマハラギ*1さんに近くなるらしく、どうにも居辛そうにしているロー君である。

 ネタ会話の応酬とか楽しいし、こっちとしては幾らでもやってくれてオッケーなんだけどね。……みたいな台詞は、

 

 

「アイツに寄りすぎると、平気でセクハラし始めるからダメだ。*2……あと、そんな女神転生で出てきそうな名前じゃあない」

 

 

 ……みたいな感じに返されてしまった。

 言葉の節々に桂剥(かつらむ)*3さんが見え隠れしてる辺り、彼の言葉は本当なのだろう。……というか、冷静に考えるとロリの胸を揉みしだいたりしてたし、わりとヤベー奴だなダイナマイト・ロリスキー*4さん。

 影も形もない上に、かすってるかどうかも微妙っ!!……みたいな彼のツッコミを聞き流しつつ、朝食のベーコンエッグを食べ終えた私。

 改めて、今日の予定を口に出して確認していく。

 

 

「えっと、プレゼント集積場に集まるのが、深夜の十一時。そっからは、ずーっと行って帰っての繰り返し……ってことでいいんだよね?」

「……ああ、そうなる。恐らく妨害も出るだろうが、それはまぁ出た時に対処していけばいい。……風の噂に聞いたが、()が出るらしいな?」

()?……狐、うーんフォックス……?」

「……いや、そこで首を捻られても困るんだが?」

 

 

 活動開始は、子供達が寝静まった頃。

 煙突なんてこ洒落(じゃれ)たモノはないから、サンタパワーで煙突を捏造する(抉じ開ける)ことで、プレゼントを投下していく形になるらしい。……なに言ってるかわからん?大丈夫、儂にもわからん。

 

 ただまぁ、ある種乱暴にも見えるこのやり方は、最近になって考案・実用化されたものなのだとか。煙突の無い家には、素直に玄関からお邪魔するのが普通、だったらしい。

 じゃあなんで現在、そんな押し掛け強盗ならぬ、押し掛けサンタのような真似をしなくてはいけなくなったのか。

 そこにもまた、サンタの妨害者達の影がある。

 

 要するに、地面に降りている時間が長いほど、彼等の妨害工作を被りやすくなっていったから……というのが答えなわけだ。

 先の玄関から云々も、中に妨害者が居て飛び出してくるとか、こっちのソリを奪おうとするとか、直接的にプレゼントを駄目にしようとするとか……まぁ、次第にエスカレートしていったようで。

 

 それに合わせて、郷の内部が広くなって行ったのも、原因の一つに数えられるみたい。

 一つの場所に対して、空から降りる・中の子供に気付かれないようにプレゼントをどうにかして置く・空に戻る……という行程が必要になるわけだけど、降りると戻るのに結構時間を食うし、子供部屋の位置によっては、バカ正直に建物内を通っていると酷い目に合う*5……みたいなことも多かったらしい。

 

 更に、プレゼントを配る相手が増えた、というのも大きい理由だろう。

 前までは少年期の子供達が対象だったのが、青年期も含むようになり、中の人が若年層である者も加算され、更に見た目が子供なだけの人も対象に含むようになり──。

 最終的にその判別をする方が時間が掛かる、ということで『もうなりきり郷の居住者全員対象にした方がいいんじゃね?』みたいな感じになったのだそうな。

 

 ……結果。

 半日にも満たない短い期間の中で、広大ななりきり郷の全域を回る必要が出てしまった、と。

 ……正直に言おう。バカなんじゃないの?

 

 なお、サンタパワーの仕様上、人数の大量動員は許されるけど、プレゼントの渡し方が杜撰だと、サンタとして活動できなくなるというペナルティ的なモノがあることも、合わせて記しておく。

 ……煙突から投入は、サンタ的にギリギリ許されるもののようで、これ以外の──例えばテレポートとかアポートとかで、直接枕元にプレゼントを投入するというのは、即座にサンタパワーが消失したため、今では禁止されていたりする。

 

 ……サンタパワー、融通利かなすぎでは?

 まぁ、代わりに空を高速で飛ぶソリとか、相手に見合ったプレゼントを勝手に生成してくれる袋とか、そういった装備面ではかなり有用な面を見せているわけなので、プラマイゼロ……みたいなものなのかもしれないけれど。

 なお、そんな感じだからなのか、フロアにつき一人しか居ない龍種の皆様は、クリスマスに限っては感謝される相手だったりする(フロア一つスキップできるようなものなので)。

 

 閑話休題(話を戻して)

 

 そういう、わりと重労働なサンタ道。

 そこで思い付くのは『誰が見張りを見張るのか?(Who watches the watchmen?)*6ならぬ、『誰がサンタを労るのか?(Who gives the Santa Claus?)』ということだろう。

 これに関しては、サンタ業を終えるとサンタパワーが結実し、サンタ役の人物が望むものに変わるのだそうだ。

 ……そこまでアフターケアがばっちりなのに、なんで肝心の業務内容には融通が利かないのだろうか、このパワー。

 

 ともあれ、そんな感じに福利厚生が意外としっかりしているサンタ業。

 問題があるとすれば──やっぱり、さっきも言ったけど時間がない、ということに尽きるだろう。

 

 考えてみて頂きたい。

 一つの世界を内包するような場所は、翻って誰か一人の為の場所であることがほとんどだから、逆に楽だけれども。

 ……私の住んでる所のような、人が密集している場所が、この建物の中にはごまんとあるわけである。

 ハードスケジュールにも程があるでしょうよ、その上で妨害まであるんだもん、そりゃ空から降りとうないわ、こんなもん。

 

 ってな感じに話は戻りまして、以上がサンタが空から降りてこない理由、なのでしたとさ。

 

 ……まぁ、そのせいなのかなんなのか、最近の妨害者もちょくちょく飛べる奴が出てきたらしいのだけれども。

 BETAかなんかかよ、とツッコミを入れた人が居たかは、定かではない。

 

 今度こそ話を元に戻して。

 私の言葉に対し、小さく首肯を返してくるロー君。

 それから、彼の口から『狐』についての確認が飛んでくるのだが……狐?フォックス?

 思わず首を傾げてしまったのは、別に(とぼ)けているわけではない。『白面の者』って狐でいいのか、とちょっと疑問に思ってしまっただけなのだ。

 

 全体のシルエットは、確かに『九尾の狐』といった感じなのだが、彼?が狐だとは、原作では明言されていないのである。

 確かに、元ネタとなったのは大妖怪の一つ『白面金毛九尾の狐』ではあるのだろう。

 ただ、その顔付きはサメに近いと言われることもある程に、一般的な獣のそれとは一線を画している。

 ……敢えて言うのなら、()()()()()がたまたま狐に近い形を取っただけ……というのが正解なのではないだろうか?

 故に、狐と言ってしまうのはどうなのだろうか、と思ってしまうわけなのである。

 

 

「……いや、狐だろう、あれは」

「いやー、安易な見立ては相手の存在を確固たる者に押し上げ兼ねないし、今のところは混沌のままで居て貰いたいというか?」

「……意外とまともな理由だな」

「いや、君私のことなんだと思ってるの?私魔王ぞ?」

()な板の()の間違いだろ」

「…………」

「あ゛、いやその、……すまん」

「……いや、いいよ、うん、別にいいんだ……」

 

 

 なお、そんな私達の会話は、ふっと飛び出したマラララギさん*7の失言により、強制的に中断されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「わぁ、高ーい……」

「おい、乗り出すな。危ないだろうが……俺が」

「おおっと失礼。ロー君飛行技能とかないもんね。……立体起動装置*8いる?」

「いや、【継ぎ接ぎ】でもないんだからそんなもの渡されても困……出せるのか?まさか?」

「ドラえもんと張り合える汎用性の高さが売りなのです、えっへん」

「……いや、あれと張り合えるのは、汎用性云々で片付けていい話じゃない気がするんだが……?」

 

 

 時刻は更に進んで、深夜の十一時。

 一度解散&一時間前くらいに再集合、という過程を経たのち、サンタ専用のソリに乗り込んだ私達は、現在上空三百メートルくらいを優雅に遊覧飛行中である。

 

 なお、一回家に戻って聞いたところによると、マシュはアルトリアと一緒になったのだそうな。……宝具レベル上がらない同盟再結成か、胸が熱くなるな……!いやまぁ、今のゲームでの二人、一応宝具レベル一からは脱却してるんだけども。

 

 ともあれ、情報規制だのなんだのは、あくまでも今日の朝までなので、そのまま三人で家を出て、仲良くプレゼント集積場まで歩いていったのだった。

 なお、その時二人とは初対面となるロー君はというと、

 

 

「貴方が今日のせんぱいの相方になる、トラファルガー・ローさんですね。せんぱいを、どうか宜しくお願い致します」

「いやマシュー?私相方、ロー君サンタ。補助するの私の方なんだけどー?」

「……ああ、朝の内のあれこれで、無茶苦茶な奴だってのは分かってる。大船にとは言えないが、まぁ医者として、怪我のないように見張ってはおくさ」

「あれー?なんか私問題児扱いされてなーい?もしもーし?」

 

 

 みたいな感じで、ちょっとマシュに『』(カッコ)付けてたのだった。……なんで?

 なお、アルトリアには一瞬だけ苦い顔をしたけど、そのあとは殊更意識するでもなく、普通に対応していた。

 ……んー?なんというか、『トラファルガー・ロー』としてはらしくないというか、なんというか。

 

 

「……キリエ屋は、見てるとどうにも羽川屋を思い出してな、ちょっと気後れするというか。……それと御姫(おひめ)屋に関しては、人以外の者の気配がしたもんだから、ちょっとだけ血吸(ちすい)屋が脳裏に過ったってだけだ、気にするな」

「……ギガデインさんの影響濃すぎでは?」

「阿良々木だ、そんな勇者しか使えなさそうな名前じゃない*9っていうか、原型留めてなさすぎだろう。それで分かる俺もどうかとは思うが」

 

 

 そんなこちらの疑問は、当のロー君本人からの説明によって氷解するのだった。

 

 はーなるほど、羽川さんとマシュが、ねぇ?……体型と眼鏡とキャラ性?で判断した感じ?*10

 んでもってアルトリアは忍ちゃんと──キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード*11さんとダブって見えた、と。……ドラキュラって言葉の語源が『竜の息子(ドラクレア)』らしいし、まぁ関係なくもない……かな?

 

 それと、やっぱりマニューバ*12さんはロー君を侵食しすぎだと思います。都度都度出てくるじゃんこの人。

 ……みたいなこっちの言葉は、意味を勘違いしたらしいソリが、勝手に板野サーカス*13し始めたので、放り出されたロー君を回収するのに意識を取られたため、宙に溶けて消えてしまいましたとさ。

 

 

*1
『真・女神転生』シリーズ及び『ペルソナ』シリーズ、『デビルチルドレン』シリーズなどより、魔法の一つ。火炎系のアギの全体(マハ)版、かつ初級版。無論アララギさんのもじり。……実はアララギさんも魔法の一種なのでは?

*2
特に八九寺に対しては顕著(理由などはあるが)。逆に羽川には凄まじく奥手

*3
大根やニンジン等の円柱形の食材を、途切れないように薄く長く帯状に剥いていく調理技法。そろそろ原型が無くなってきたような

*4
ロリが好きな人、ロリコンの別の言い方。別に単語として存在しているわけでもないし、暦君が殊更に小さい子が好き、という話でもないはず……え?話していて一番楽しいのは八九寺だって本人が言ってた?

*5
『ホーム・アローン』みたいなモノだと思っていただければ宜しい。……よく死人がでないな、と感心してしまう感じだが

*6
古代ローマの詩人ユウェナリスの作った風刺詩の第六章『女性への警告』内の一節『Quis custodiet ipsos custodes?』を由来とする、アメリカンコミック『ウォッチメン』に登場する言葉『しかし、誰が見張りを見張るのか(But who will watch the watchmen?)』。深く考えようとすると、更なる深みにはまるタイプの言葉。因みにユウェナリスは『健全なる精神は健全なる肉体に宿る』の由来となった言葉を残した人物でもある

*7
「誰がご立派さまだ、誰が」とはトラファルガーの言

*8
『進撃の巨人』内の装備の名前。巨大なカッターが携行武器となっている、不思議な装備

*9
『DRAGON QUEST』の呪文の一つ、雷系の呪文。初期の方では勇者の血筋にしか使えない技、とされている時があった。その為か最近では神聖な呪文、という風に設定されていたりする

*10
羽川翼は、『化物語』シリーズのヒロインの一人。『なんでもは知らず、知ってることを知っているだけ』の少女

*11
同じく『化物語』シリーズのヒロインの一人。忍という名前は『ハートアンダーブレード』から付けられた名前なんだとか

*12
原型は何処だ(挨拶)航空機の機動・動き方を示す言葉。『マクロス』シリーズのような、航空機が主役の作品で見掛けることがあるかもしれない

*13
アニメーターの板野一郎氏が確立した映像表現技法の呼び方。雑に言うと『二つの高速飛翔物体を、同じく高速で飛翔するカメラが捉えた(という設定で作られた)映像』。本質としては動き回る飛翔物体ではなく、物体が動いている空間──背景をデフォルメすることにあるのだそうで、似たような映像は多数あれど、ちゃんと『板野サーカス』と呼べるモノは意外と少ないのだとか



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悪いがこれも仕事じゃきに、的な

「走れソリよ~♪光のように~♪」*1

「……いや、ソリを光速で走らせようとするな、マジで。……コイツ、その辺りの融通が一切利かないんだぞ」

 

 

 なりきり郷の空を、ご機嫌な歌を響かせながら飛び続けるソリが一つ。

 そこにいるのは勿論私、私ですよ。そう、ちっちゃくて可愛いキーアさんです。*2

 

 ……はい宣伝終わり。

 唐突なゆかりんからのCM依頼に、何故か満面の笑みで答える羽目になりましたが、一応私は元気です。

 

 ……最近すっかり忘れかけていたけれど、相も変わらず『マジカル聖裁キリアちゃん』は人気番組の一つなのだそうで。

 こうしてたまーに、CMやらなにやらの協力を頼まれることがあるのである。……深夜に依頼が来た理由?どこも年末進行(デスマーチ)*3だから、とかじゃないですかね……。

 なお途中でロー君が反応して声をあげていたが、それは向こうで上手いこと編集してカットするそうなので、特に問題はないとのこと。……無駄な技術力~。

 

 

「……で?問題がないのに死にそうになってるのは、どういうことなんだ?」

「悲しみを背負っているだけなのです、特に問題はないので気にしないで下さい……」

「……おい、間違っても飛び降りるなよ?」

 

 

 なお、別にアレについて慣れたとか吹っ切れたとか、そういうプラス方面な変化は一切無いため、いつものようにグロッキーになっている私でございます。……恐怖とは、常に過去からやって来るんやなって……。

 ……それとロー君や、わっち*4飛び降りても普通に飛べるタイプの人なんで、そこら辺の心配はしなくても大丈夫です(?)

 

 話を戻して、サンタ業のお話。

 宙を飛ぶよくわからない生き物が、こっち目掛けて突っ込んできたり、はたまた下から狙撃?っぽいことをされたりとかしたけれど、特にソリの運航には問題なく。

 ……デフォルトでソリに搭載されているサンタバリアが、大体の脅威を弾いてくれるので、とても快適な空旅なのであった。

 まぁサンタ特攻持ちに攻撃されると、どこぞの光子力研究所のバリア*5みたくパリパリと割られかねないので、一応の警戒はしているわけなのだが。

 

 

「しかしまぁ……壮観だねぇ」

「この辺りは居住区だからな。サンタの動員数も、必然多くなるってわけだ」

 

 

 ソリの縁に肘を置いて、周囲を飛び交うサンタ達の姿を見る。

 

 私達も含めて、居住区であるこの階層に飛び交うサンタの姿は、おおよそ十組ほど。

 それらが全て、光の穂を引きながら空を舞う姿は、どこか幻想的ですらあった。

 ……実際のところは、どいつもこいつも流星のごとき速度でビュンビュン飛び交っているため、『サンタ歪曲フィールド』*6がなければソニックブーム*7が発生し、地上が酷いことになりかねなかったりするのだけれども。……いや、サンタ万能説かなにかですか?

 

 ともあれ、単に見ている分には綺麗な光景でしかない、今の状況。

 サンタの相棒役である私は、周囲の監視が主な仕事であるために、こうして思いっきり気を抜きまくっているのでありましたとさ。

 ……そうして気を抜いてたら、さっきキリア関連のお仕事が飛んできたんですけどね。気を抜くなって言われてるようで、思わず渋面にもなるってもんですよ。

 

 

「……にしても、現れないねぇ、『白面』」

「出ないんなら出ないで構わないがな。……そもそも、それ以外にも妨害者は居るようだしな」

「あー、うん」

 

 

 そうして愚痴を溢しつつ、出てくるはずの『白面の者』の姿が見えないことに、小さく首を傾げる私。

 

 飛んでくる謎の生き物がそれなのか、と思ったりもしたのだけれど。

 ……『白面』関連で飛んでくるっていうと婢妖(ひよう)でしょ?*8

 あれ、目玉に羽が付いてるような見た目だったはずだから、今飛んできてるトンボみたいな奴とは、似ても似つかないんじゃないだろうか?

 

 下から撃って来てたのに関しても、どうも別口の妨害者のようだし。……まぁほら、世の中にはサンタ狩りー、的なことをしようとする人ってのも、たまには居るわけで。

 下に居るのは、恐らくそっちの類いの奴らでしょう。

 お祭りに乗じて暴れているだけ、ってところもなくはないので、後でゆかりんに怒って貰うように言いつけておけば、特に問題はないはずだ。

 

 ……撃ってきてるのに問題がない理由?

 そりゃまぁ、現代兵器はサンタパワーの前には無力、ってのは周知の事実ですので……。

 こっちからしてみれば、どれだけ火力を上げても輪ゴム鉄砲程度の威力にしかならないから、一々怒る必要すらないのですよ。

 仮にサンタ防御がなかったとしても、なりきり郷の概念規制(非殺傷補正)に引っ掛かるから殺傷力下がるしね。

 

 

「ふうむ、でもマーリンが代わりに寄越すレベルの未来視能力持ち、件の桃香さんが言ってたことだからなぁ……前兆すら無いってのも変というか」

「桃香……って言うと、今こっちに向かって飛んで来てる桃髪の?」

「そうそう桃髪の。……()()()()()()?」

 

 

 そうして話は戻って、『白面の者』のあれこれについて。

 対処をしなければ未来は変えられない──すなわち、()()()()()()()()に等しい現状では、『白面の者』の爆発によるなりきり郷の崩壊という事態は、必ず……とまでは言わずとも、高確率で実現する未来のはず、なのである。

 

 未来視云々に関しては一家言ある私としましては、このまま無難にクリスマスが終わるとは、どうしても思えなかったりするのだけれど……。

 ──はい?桃香さんが?……こっちに飛んできてる?鬼の形相で?

 

 いやなんでそんなことに、みたいなことを考えながら、ロー君の言葉を受けて振り返った私は。

 彼女が見ているのが()であることに気付いて、ちょーっと嫌な予感がしてくるのであった。

 ……無論、その予感はただの予感などではなく。

 

 

「──魔王、覚悟っ!!」

「どわぁぁああっ!!ちょっまっ、人の話を聞けぇぇぇえっ!!?」

「わー、銀ちゃんがソリから振り落とされそうになってる、がんばれー」

「いや言ってる場合か?!ぶつかるぞこれっ!?」

「ハハハ、ムリデース☆流石にサンタ☆接触事故については想定外デース」

「いやふざけ、ぬわぁあああっ!!?」

 

 

 明らかに暴走状態のソリに乗った二人が突っ込んで来たため、私達は夜空に咲く一輪の花火になってしまったのでした。

 

 

 

 

 

 

 なんでソリとソリがぶつかった結果、爆発なんてものが起きるんですか?(現場猫感)

 

 ……みたいな疑問と、ぶつかる直前に桃香さんが呟いた言葉に思考を割きつつ、すいーっと近くの路地裏に降りてきた私。

 無論、怪我一つ無い五体満足である。……実際は語弊が有りまくりだけども。

 ん、ロー君はどうしたのかって?

 ……彼はああ見えても超人揃いの『ワンピース』世界出身者だから、高所からの着地くらいは普通にこなすでしょう、大丈夫大丈夫。きっとヒーロー着地*9してるよ、多分。

 

 

「……ふーむ、エル……サイ……ルゥ?なんのこっちゃ?」

 

 

 そんなことよりもなによりも、鬼気迫った表情を一瞬緩め、爆炎に呑まれる前に桃香さんが言おうとしていた言葉の方が、現状ではよっぽど重要な情報である。

 魔王、覚悟!……とか言ってた割に、殺気とか欠片も感じなかったし、きっとこちらになにかを伝えようとした結果、だったんだろうけども……生憎と声については爆音で掻き消されてしまっていたため、肝心の部分がよく分からないと言うのが現状なのであった。

 

 

「おや、キーアさんじゃないっすか。サンタはもう終わりっすか?」

「おやその声はあさひさん。そちらは今日は一日家に引きこもるー、みたいなことを言ってたような気がするんですが?」

()()()()ので。今日は残業っす」

「……はい?呼ばれた?」

 

 

 そうしてうんうん唸っていたら、聞き覚えのある声が聞こえたため、振り返る私。

 今日は自身の居住地に引きこもってるつもり、みたいなことを言っていたはずのあさひさんの姿が、そこにあったのだけれど……。

 ……あれー?あさひさんって『白い少女』の似姿として選ばれてたんだよね?

 

 

「……なんで服が青くなってるんです?」

()()()()っすからね。ちょっとしたおめかしって奴っす」

「……なんで髪が伸びてるんです?」

「外界からのお達しっす。ちょっとアゲアゲ?に生きてけというお告げっすね」*10

「……なんで目隠しなんてしてらっしゃるのです?」

「…………なんででしょうね?」

 

 

 常のあさひ──ショートカットで白いワンピを着た姿が、彼女のデフォルトだが。

 今の彼女の姿は青いドレス──もっと言えば、どこぞのドラ娘(妖精騎士)を彷彿とさせる服装へと変わり、髪の長さもまた本来の彼女のそれよりも遥かに長く伸びていた。

 その上で──目元を青いベールで隠している。……雑に言えば、『妖精騎士ランスロット』のコスプレをした芹沢あさひがそこに居たのだった。

 

 見た目だけなら笑い話なのだが、生憎とここにいるあさひはあさひに非ず。

 ──その真体、すなわち龍躯。

 コスプレ以上にヤバいなにかとしか言えないもの、それが今私の目の前に居るあさひさんなのであった。

 

 それだけではない。

 先程から路地裏に静かに響く音はなんだ?

 ……そう、それは地の底より響く音。

 迂闊にも名前を出したがゆえに引き寄せられた、哀れなる骸の神の怒りの言葉。

 

 

 ──祭神・■■■■■■。
 
 ──祭神・ビワハヤヒデ。
               

 その先触れ……その予兆の音。

 それが、周囲を満たしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

『マシュちゃん、そっちにキーアちゃん居ない?』

「──はい?せんぱいですか?」

 

 

 同時刻、別の階層。

 アルトリアと共に空を翔けるマシュは、突然の八雲紫からの通信に、小さく首を傾げた。

 

 集合の時こそ一緒に向かいもしたが、サンタの仕事が始まってからはそれぞれ別行動。

 何か異常事態が起きたとかでも無ければ、互いに連絡することはないように調整もしていたため、相手の同行を彼女が知るはずもない。

 便りが無いのはよい便り……という訳ではないが、相手を信用して殊更に心配をしないようにする、というのも他者との関係では必要であると説かれもしたため、彼女としては今回は特に、意識して相手を気にしないようにしていたのだった。

 

 ──故に、どう足掻いてもこの時点の彼女には、相手がどうなっているのかを知る術はない。

 

 

『んー、()()()()()()C()M()()()()()()()()()()()()()んだけど、結構前からずーっと通話中で繋がらないのよねー』

「なるほど、それは心配ですね。『滞空回線』ならぬ『八雲回線』の方には繋がらないのですか?」

「そっちは『宛先不明』になるのよねー。……彼女のスマホ、こっちで用意した特注品だから、複数通話も可能なはずなんだけどねー」

「……わっ!?や、八雲さん、いきなり隣に現れないで下さい、心臓に悪いです……」

 

 

 困ったような声を上げる紫と、それに対して次善の案を述べるマシュ。

 無論、その辺りは紫の有能な部下達が既に考え付いており、試してもいる。……結果は空振りなわけだが。

 

 そうして、自身の住まいからスキマを通って自然にソリの上に乗ってきた紫に、ソリの手綱を握っていたアルトリアが驚いて声をあげようとして。

 

 ──直後、己の直感に従ってソリを急上昇させた。

 突然の足場の揺れに、気の抜けていた紫が姿勢を崩しそうになって、それをマシュが抱え、ソリにしがみつく。

 

 何事か、そう目で語るマシュに対して、アルトリアはただ静かに視線を下に向けて見せた。

 二人が顔を見合わせ、ソリから身を乗り出して、下を覗き込めば。

 

 ──街を覆うように、珍妙な生き物達が行進しているのが目に写るのだった。

 

 

*1
アメリカの民謡『ジングルベル』の日本語版訳の一節より。元々は感謝祭を祝う為の曲だったそうな

*2
『魔女の旅々』の主人公、イレイナの台詞『そう、私です』から。同じ声である『月姫 -A piece of blue glass moon-』のヒロインの一人、シエルの台詞『ほら。わたし、わたしですよ』も元ネタと言えば元ネタか

*3
『死の行軍』。元々は、虜囚や捕虜を、健康や生命を考慮せずに移動させることを指す、文字通りの『死の行軍』のことを指したが、今日においては仕事において無理なスケジュールなどを組んだために、死にそうな思いをしながら、徹夜したり残業をしたりして、どうにか仕事を終わらせようとしている状態・ないしその状況を指す言葉として使われている。年末は特にそうなりやすいのは……計画性の欠如、ということだろうか

*4
花魁の使う一人称、もしくは一部の地域においての(男女問わずの)一人称。オタク的には『狼と香辛料』のヒロイン、ホロの一人称として有名か

*5
『マジンガーZ』に登場する『光子力研究所』の周囲に張り巡らされたバリアのこと。『敵の攻撃を受けると()()()』タイプのバリアとしては元祖にあたるのだとか。そのせいなのか、『光子力研究所のバリアはよく割れる』と揶揄されることがある

*6
『スーパーロボット大戦』シリーズより、『歪曲フィールド』。空間を歪曲させ、その表面に攻撃を受け流す……みたいな感じのバリア。言葉そのものはApple社の創設者・スティーブ・ジョブズ氏のカリスマ性を表した言葉『現実歪曲空間(フィールド)』の方が世に早く出ているが、関連性は不明

*7
物体が音の壁を越えた時に鳴り響く爆発音のこと。また、それと同時に発生する暴風のこともソニックブームと呼ぶ。『←(溜め)→+パンチ』

*8
『白面の者』の尾の一つ『婢妖の尾』から産み出される妖怪の群れ。目玉に耳が生えているような見た目をしているが、戦闘時には爪とか牙も生える。数の暴力を使う事もあり、作中での危険度はかなりのもの。記憶操作や洗脳までできる辺り、汎用性がヤバい

*9
カッコいい着地の仕方の一つ。正確な名称は三点着地、命名したのはデッドプール(その時の呼び方は『スーパーヒーロー着地』)、元祖は『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の草薙素子。衝撃を一切殺さずにダイレクトに受けるため、膝にとても悪い着地の仕方

*10
いわゆる『ギャルあさひ』……有償衣装『フリーサイドジェイケー』を着用したあさひのこと



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シリアルフレークイチゴ味~脛にナイフを添えて~

「……えっと、なんでしょうか、あの生き物は?」

「んー……ここからじゃよくわかんないけど……というか、アルトリアちゃんはなにを感じ取って、ここまでソリを上昇させたの?」

「……えっ?あれっ?」

 

 

 下を覗き込んだ二人の、なんとも微妙そうな様子に困惑するアルトリア。

 それもそのはず、彼女の直感によれば、先の上昇は()()()()()()()()()()()を避ける為のモノ。

 ……衝撃が襲ってくるどころか、そもそも敵対者の姿自体が見えないこの状況は、はっきり言って意味のわからない状態なのであった。

 

 ……というか、変な生き物とは?

 そんな困惑を表情に漏らしながら、ソリより身を乗り出して下を見たアルトリアは。

 

 

「……なんですかアレ?」

 

 

 と、先の二人とほとんど変わらないような、微妙な反応を示すのであった。

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけで。上空から地上に降りて、件の謎生物を捕獲してみたわけなのですが……なんなのでしょうか、このどことなく可愛らしい生き物は?」

「……毛玉?」

「いや、それは見たままを答えているだけではないですか?」

 

 

 ソリを動かし、地上に降り立った三人。

 わらわらと地上を闊歩していたのは、体長四十センチ程の小さな物体。

 生き物だと明言できないのは、それが端から見ると毛玉の塊のような、不思議なモノにしか見えないからだったりする。

 敢えて見た目が近いものをあげるとするのなら……顔のない羊、みたいな感じだろうか?

 

 そんな謎の物体を一つ抱き上げたマシュと、それに近寄って()めつ(すが)めつ確認を取る紫。

 そうしてしばらく眺めた後、紫はふむと頷いて姿勢を正し、顎に手をやって小さく唸り始めるのだった。

 

 

「んー……白い毛羽毛現(けうけげん)、って言う方が近いのかしらね?」

「けうけげん?」*1

 

 

 そうして呟かれた言葉にアルトリアが首を傾げ、すかさずマシュが解説を始めた。

 そんな彼女に抱かれたままの謎の物体は、わちゃわちゃと四肢らしき場所を動かしている。……暴れているようにも、単にじっとしていられないだけのようにも見えた。

 

 

「妖怪の一種ですね。漢字としては一般的に『毛の羽、毛が現れる』と表記されますが、他にも希有希見(けうけげん)──『希に有りて希に見る』と表記されることもあるようです。基本的には長い毛が特徴の妖怪、という風に紹介されることが多いようですが……えっと、八雲さんの実家*2の方にも、似たようなモノがいらっしゃるとか?」

「実家?……ああ、毛玉*3のこと?……まぁ、正式な名前とかはないみたいだし、人格のない自然そのもの──精霊の一種って言われてるみたいだから、この子達と同じかと言われると、ちょっと疑問……」

 

 

 そんなマシュの解説の最中、話を振られた紫が声を出している途中で、不自然に動きを止めた。

 会話の内容は、『けうけげん』という妖怪について。

 ……特段動きを止める要素があるとは思えなかったアルトリアは、怪訝そうに彼女に声を掛ける。

 

 

「……?どうしましたかユカリ、なにか問題でも?」

たった今問題が一つ増えた(アルトリアちゃんがシリアスに寄ってる)けど、それは置いといて。……えっと、凄く胡乱な答えが浮かんじゃったんだけど、試しに言ってみてもいいかしら?」

「胡乱な答え?」

「なりきり郷はいつも胡乱では?」

「……マシュちゃんも大概お疲れみたいだけど、そこについてはまた後でね」

 

 

 あ、いえ、これはそういうことではなくてですね?

 ……などと慌てふためくマシュを他所に、紫は自身の考察を語り始める。

 

 そもそもの話、なりきり郷は場としては不安定である。

 それが何故かと言われると、この場所がこの世ならざる者達を進んで招き入れているが為。

 

 おかしなものはおかしなものに引き寄せられる、それ故にこの場所においては異常現象が多発する……というのは、最近明らかになったことであり、以前から住民達がなんとなく把握していた事実である。

 その一因に、自分の言葉──『何でも受け入れる』というものが関わっている可能性を指摘されたりして、ちょっと寝込んだ事もあるけど、でも今はそんな事はどうでもいいんだ、重要なことじゃない。*4と、紫は咳払いをする。

 

 ──ここで重要なのは『異常は連鎖する』ということだ。

 

 

「と、言いますと?」

「一つ何かが起こり始めれば、そこから連鎖的に反応が伝播する。……元の現象そのままではなく、何かしらの変質を見せながら、ね」

 

 

 言いながら、彼女はマシュの腕の内にいる毛玉の長い毛を、そっと掻き分けてみる。紫の予想が正しければ、そこにあるのは恐らく──。

 はたして、その予想は正しかったと証明される。

 長い毛を掻き分けたその先。顔にあたる部分にあったのは……。

 

 

「ゆるされよ ゆるされよ つぼのつみを ゆるされよ」*5

 

 

 そんな言葉を『(´^`)』みたいな表情で小さく呟く、謎生物の顔なのであった。……あ、眼鏡付きです。*6

 

 

 

 

 

 

「……????」

 

 

 あ、一応生き物だったんだ?みたいな感情と。

 え、なにこれは?……みたいな感情の混じりあった、不可思議な表情を──人によっては左右非対称の奇妙な表情*7と表現しそうな──したアルトリアは、説明を求めるように紫に視線を向けた。

 ……のだが、当の紫はと言えば「あー、やっぱり……」と片手で顔を覆い、頭痛を堪えるように眉根を寄せるばかりで、彼女の視線に気付く様子はない。

 

 困ったアルトリアが視線を彷徨わせれば、ここにいるもう一人の人物──マシュが視線をほんの少し下に向けて考え込む姿が見えた。

 こちらは目敏く?アルトリアからの視線に気付き、視線を上にあげた。

 

 

「つまりこれは……人ならざるもの繋がり(『妖精』と『精霊』)だと?」

「キーアちゃんも言ってたけど、見立てられるのなら派生する、変化する……そう考えるのなら、祭神(ケルヌンノス)を自然の顕現と見なして毛玉に派生させ、見た目の類似性からけうけげんに繋げて、最後に()()に持ってくるのは、不可能じゃあない。……見た目繋がりで()()呼ばれることもある上に、説得力を高めるために遠回りしたんだとすれば……いいえ、そもそもが『白面の者』から繋がる……即ち(あやかし)からの派生こそ本命?……うーん、詳しいことはわかんないけど。とりあえず確かなことは一つよね」

 

 

 顔を上げたマシュが呟いた言葉に、顔を覆いながらも反応する紫。

 確かなことは一つ、そう述べる彼女に「では、その確かなこととは?」とアルトリアが問い掛け、紫は疲れを感じさせる表情で、ぽつりとぼやいた。

 

 

「……ビワハヤヒデのたぬき(毛の厄災)。それが、今ここにいるモノの正体よ」*8

 

 

 そんな紫の言葉に、他二人の視線が集中する。

 ……意味合い的には、『マジで言ってらっしゃる?』という感じだろうか?無論、そんな視線を向けられた紫は、若干やけっぱちな様子である。

 

 

「仕方ないでしょー!?だってなんかヤバいことになってるのは確かだもの!」

「ヤバいこと?……このビワハヤヒデさん?が、いっぱい居ることでしょうか?」

「違うわよっ!というか気付きなさいよマシュちゃん!今それを感じてなきゃいけないのは、貴方なんだから!」

「は、はい?私が?」

 

 

 効果音が付くとすれば『むきーっ!』と言った状態の紫に、困惑の表情を返すマシュは。

 ──そこで漸く、自身の頭が重いことに気が付く。

 正確には、左右に首を動かすと違和感がある、というか。

 一体何事か、そんな困惑を更に重ねた彼女は、視界の端に入る自身の()()が、いつもより多いことに気が付いた。

 

 

「あ、あれ?!髪が、()()()()()()()!」

「え?そんなバカな……マシュ!?」

「え、わわっ!?」

 

 

 ショートカットだったのが、ほんのり伸びている。

 そんな異常にようやく気付いた彼女が慌てる中、その言葉に反応を示したアルトリアが、突然鋭い声を上げる。

 それに気を取られた彼女は、突然腕の内で暴れだした謎の生物──たぬき(ウマ娘)を手離してしまう。

 

 すたっ、と見かけに依らず華麗な着地を見せたたぬきは、「ゆるされよ ゆるされよ」と呟きながら、暗い路地の向こうに消えていった。……意外と素早い動きであった。

 

 なお、ビワハヤヒデ?が路地に消える頃には、マシュの髪はすっかり伸びてしまっていた。まさかのロングマシュ、爆誕である。

 

 

「……髪の毛だけ伸びてる原理とか、まったくわからないけど。アレを放置するのは危険だわ!」

「……思わず警戒を促してしまいましたが、毛が伸びるだけだというのなら、それほど脅威ではないのでは?」

「甘いわよアルトリアちゃん、チョコラテのように甘いわっ」*9

「ちょ、チョコラテ?」

 

 

 深刻そうな表情で、暗い路地の向こうを見詰める紫と、口調がすっかり普通のアルトリア(青王)になってしまったアルトリア(アンリエッタ)

 ……その割に、現状が危険なモノに思えないという油断からか、ちょっと抜けてる感じがするのはご愛敬。

 

 ともあれ、そんな周囲に緊張するように促すのも管理者の役目、とばかりに紫は声を上げる。

 周りの二人が今一警戒しきれて居ないのを見て、紫は強く主張した。

 

 

「意外と素早いみたいだから、早々捕まったりはしないでしょうけど。……もし他の人に捕まってご覧なさい、あの子達の力はすぐに広まるわ。広まって広まって──争奪戦になる。血みどろの争いが始まるわ、きっと」

「は、はい?争奪戦?」

 

 

 ピンと来ていないアルトリアが、困惑の声を上げる。

 だがここにいるもう一人……マシュの方は、事態の深刻さに気付き、震えながら声を絞り出した。

 

 

「か、()の無い人達の、()になる……!」

「その通りよマシュちゃん!これは緊急事態よ、正に『髪の厄災』なのよっ!!」

「……えっと、一体私はどういった反応をすればよいのでしょうか?」

「四十秒でソリに戻るわよ、二人共っ!!」*10

「yes,ma'am!」

「え、ええー……」

 

 

 一人だけ空気の変化に付いていけていないアルトリア。

 そんな彼女を尻目に、二人は今宵のクリスマスは酷いことになるぞ、と確信を持って頷き合うのであった。

 

 

*1
妖怪の一種。とにかく毛まみれの謎の妖怪。姿くらいしかわからず、何かを食べるのか・人に害をもたらすのかどうかといった、一切の詳細な情報が不明(希有希現(希にしか見れない)の名の通り、そもそも発見例が少ないから、とされる)。家に住み着かれると病気になる、という疫病神的な扱いをされることもあるが、それは後から付け足された性質であり、元からあるモノではないそうな

*2
この場合の実家とは、原作のこと

*3
『東方project』シリーズの雑魚の一つ。最近の作品では見かけなくなった、白い毛玉のような謎の存在。一応意識を持たない精霊に分類されるのだとか

*4
『支えてくれる人が傍にいれば俺だって成長しますよ、猿渡さん!』……無論、『スーパーロボット大戦K』の主人公、ミスト・レックスの台詞から

*5
『fate/grand_order』第二部六章より「許されよ、許されよ。我らが罪を、許されよ」と、とある掲示板の呼び方の一つから

*6
元々はデオン氏のファンアート、『ションボリルドルフ』に端を発する三次創作(たぬき)。存在そのものに矛盾塊めいた空気を孕むが、見た目が可愛らしいため普通に流行った。……個人的には、『ヒガシマル』のうどんスープのCMが、今でもやってることにびっくりしたが。なお、ここで出てきたのはビワハヤヒデのたぬき。通常バージョンではなく、毛むくじゃらの方。とある場所でケルヌンノス扱いされていたりする。前話の祭神云々の伏せ字を上手いことコピーすると、ちゃんと名前が書いてあったりする

*7
『ブギーポップ』シリーズより、ブギーポップの特徴的な表情を説明する時に使われるフレーズ。相反した感情を左右で示している、というようなことが多い

*8
毛の厄災

BIWAHAYAHIDE

*9
『BLEACH』より、元十刃(エスパーダ)の一人、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオの台詞。『甘さ』というような単語に『チョコラテ』というルビがふられているが、チョコラテという単語自体は、チョコレートの飲み物のことで間違いはないだろう

*10
『天空の城ラピュタ』より、海賊ドーラの台詞『40秒で支度しな』から



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我ら!厄災四姉妹!

 サンタのソリに戻り、遥か上空へと飛び上がった三人。

 そうして周囲を見渡した末に視界に飛び込んできたのは、正に地獄絵図に等しいものであった。

 

 周囲を飛び交うトンボ(ドラゴンフライ)*1達。

 その背にまるでドラゴンライダーの如く跨がる、ビワハヤヒデ(たぬき)達の姿。

 地上の人々──特に頭の寂しい感じの者達は、遥か上空を飛ぶその生き物達に、怨嗟の声を上げながら手を伸ばし続けている。*2

 

 そうでなくとも、髪の毛()()を伸ばせる謎パワー*3には、ちょっと心惹かれるという者も多いようで。

 流石にハゲ軍団ほどの必死さではないものの、それなりの人数がちょっと高く飛んでみたり、はたまた近くのビルから捕獲しようと網を伸ばしたり、わりと意味不明な光景を作り出している。

 

 それから、そんな風に混乱する街中に、時折雷が落ちてきていた。……人に直撃すること多数、木などの可燃物に落ちて、勢いよく燃え始めること多数。

 幸いにして雷そのものは『郷の中での攻撃』判定になっているようで、それによる負傷者は出ていない。

 ただ、辺りが落雷による発火で火だるまとなった、大きなもみの木の炎で照らされている……という状況は、自身の目を疑うこと頻りの光景だろう。

 

 そして最後──街の遥か奥、ビルの立ち並ぶ場所に。

 九本の尾を持つ巨大ななにかと、それの傍にいる巨大な毛玉。

 ……怪獣映画か何か?という疑問が浮かび上がってくるようなシルエットが、静かに鎮座していたのだった。

 

 片方の──恐らく巨大なビワハヤヒデと思わしきシルエットの方は、変わらずダバダバ*4しているが、もう片方──『白面の者』と思わしき方のシルエットは、先程から身動(みじろ)ぎ一つすら見せていない。

 それを不気味な兆候と見るか、それ以外のモノと見るか。

 判断は人それぞれだろうが、二人は前者を・アルトリアは後者を胸の裡に抱いたのだ……というのは、彼女達の反応を見れば一目瞭然だろう。

 

 

「……えっと、そのー」

「とあるお人は言いました。国が(ほろ)びる時なんてのは、とびきり滑稽で悪趣味であるべきだと。……正しくその通りね、この状況は」*5

「ユカリ?!これはそこまで真剣に捉えるべき状況なのですか、ユカリ!?」

 

 

 それ故に、二人と自分との間で、温度差が激しすぎることになってやしないだろうか?……というようなことを、思わず心配してしまうアルトリア。

 これは自分が空気を読めていないだけなのか、はたまた二人が何かしらの精神干渉(スタンド攻撃)でも受けているのか。

 ほら例えば、こちらの世界の出身者にだけ作用する、特殊な電波でも発生しているとか?

 

 ……自分の思考も、大概おかしな風になっている事に気付かぬまま、巨大なシルエットに近付くように促す二人に従い、ソリを動かすアルトリア。

 

 なんとなくドゥン・スタリオン二号なる名前を付けてしまったこのソリだが、それが飛ぶ原理というのは、実のところよくわかっていないのだという。

 サンタパワーによる反重力発生だの、同じくサンタパワーによる浮遊効果だの、好き勝手理由が考察されているが、詳細は不明。

 そもそもの話、クリスマスの夜以外には普通のソリでしかなく、件のサンタパワーとやらも、今日この時以外に観測も発生させることも不可能であるため、研究のしようがないのだ……みたいなことを、以前出会ったとある科学者(コハッキー)がぼやいていたな……と、なんとなく思い出すアルトリア。

 

 無論、単なる現実逃避だが、この時ばかりは悪手であった。

 

 

「……攻撃?!くっ!」

「えっ、ちょっ、ぬわーーーーっ!!!?」

「や、八雲さーんっ!!?」

「あ」

 

 

 下から飛んできた、黒い極光。

 魔力の塊とおぼしきそれは、ソリを狙うように夜空を己の色に染め、引き裂いていく。

 

 自身に備わる直感により、間一髪でソリを操作してそれを避けたアルトリアだが──そんな急制動を行えば、他の同乗者がどうなるかというのは、火を見るより明らかであり。

 結果、そもそもの体躯が小さい為に、絶望的に体重の軽い紫は、ぽーいと空に投げ出された。

 思わずと言った風に声をあげたアルトリアは、どうすることも出来ずに落ちていく紫を見送る。……あ、ジェレミアがキャッチした。

 

 彼女の無事を見届け、ほっと胸を撫で下ろし。

 ──漸くアルトリアは、自身の思考がおかしくなっていることに気が付いた。

 先の場面であれば、ソリを動かして紫を確保しに向かうのが、自身が取る本来の行動のはず。……にも関わらず、自身がしたことと言えば、落ちていく彼女をただ見ているだけ、という体たらく。

 故に、彼女は雷に撃たれたような衝撃を受けながら、己の異変の原因と思わしいものを口にしたのだった。

 

 

「まさか、思考誘導かっ!?」

「アルトリアさんも、時々お惚けさんになりますよね……」

 

 

 ……傍らのマシュが小さく目を伏せながらぼやいた言葉は、残念ながら彼女の耳には届かず。

 怒りに震え、拳を握るアルトリアは、眼下より変わらず極光を飛ばしてくる何者かに対し、吼える。

 

 

「我はアンリエッタ・ド・トリステイン!貴公を我が敵と認め、我が最大の一撃をお見せしよう!!」

「えっと、アルトリアさん?出来ればですね、下に向けて攻撃するのではなくですね?あのすいませんアルトリアさん、貴方の攻撃は、何の対処もなしに街に向かって放っていいモノでは、決してなくてですね?」

「──魔力開放。多重竜脈励起、限界稼働。吼えよ、ドゥン・スタリオン二号!──我踏破せり、無穹の空!」

「せんぱーい!!!助けてくださいせんぱーい!!!私一人ではどうにもなりませーん!!」

 

 

 さっきまでとは混乱具合が反転した二人に対して、地上に立っていた黒い影は、その顔に笑みらしきものを浮かべ、自身の得物を上段に構えた。

 

 

「──卑王鉄槌。極光は反転する」

「……!私の前で、その祝詞を口にするかっ!!ならば、容赦はしない!!──聖槍、抜錨!!」

「ひえっ……あわわわわ、このままでは『白面の者』云々の前に、郷ごと周辺地区が滅んでしまいます!!どどどどどうにかしないとっ!!?」

 

 

 黒い靄に包まれた地上の何者かが告げた言葉に、アルトリアが激昂する。

 ……黒き騎士王が口にするはずのそれは、彼女の逆鱗を逆撫でするには十分であり。

 故に彼女が選択するのは、目の前の敵対者に対して、その不敬への罰を与える為の光の槍。

 ……反転した(オルタ)聖槍すら束ね、光の暴風と化したそれを天に向かって掲げながら、彼女は高らかに宣言する。──相手を滅ぼす為に掲げた、その聖槍の御名を。

 

 

「──最果てにて(ロンゴ)輝ける槍(ミニアド)っ!!!」

 

 

 瞬間、世界を灼光が照らす。

 既に光の暴風と化していたそれは、更なる暴威を孕みながら世界を軋ませ、周囲の全てを引き裂かんと唸りを上げる。

 そして、地上の敵対者は。

 

 

「光を()め。約束された(エグゼクス)勝利の剣(カリバー)

 

 

 ただ、上段から剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

「あいたたた……ジェレミア(ちぇん)、状況は?」

「アルトリア様の『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』と、相手方の『約束された勝利の剣(エグゼクスカリバー)』が激突、相殺されました」

「え、ホントに?あのロンゴミニアド、結構な魔力量だったと思うんだけど……」

 

 

 上に被さっていた瓦礫を退かしながら、その下から現れた紫とジェレミア。

 埃を被ってしまったために、紫の方は小さくむせていたりしたが、二人共怪我らしい怪我もなく、五体満足の姿を見せていた。

 その姿から察するに、咄嗟に近くの建物の壁を盾代わりにしたのは、決して間違った選択ではなかった、と言えるのではないだろうか?

 ──なにせ、彼等の周囲一キロ四方程の建造物達は、ほぼ全てが見るも無残な瓦礫と化していたのだから。

 

 街中でそんな物騒なもの使うな、と言ったマシュの心配通りの結果となったわけである。

 ……まぁ、周囲がこんなことになっていても、負傷者の一人も出ていないわけなのだが。

 そこら辺は非殺傷設定様々というか、無機物に優しくない空気的には悪いと思うべきか。

 

 

「まぁ、後で直さなきゃいけないってことを考えると、今から頭が痛いのだけれど……」

「紫様、お疲れでしたら横になられては……」

「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと愚痴っただけだから、心配しないで頂戴」

 

 

 心配症な自身の従者を軽くあしらいつつ、事の発端──爆心地である方へと視線を向ける。

 彼等自体が中心部より遠方に飛ばされてしまった事もあり、彼方のその場所で何が起きているのかはわからない。

 ただ、いよいよ今回の騒動の原因……もしくはそれに近しいものと対峙しているのだろう、ということだけは確かだった。

 

 故に、彼女はスキマを開いてその場に急行しようとして。

 

 

「……はっ!!すっごい嫌な予感!!」

「は?……その、紫様?一体どうなされましたか?」

 

 

 途端にその身を襲った悪寒──虫の知らせに従って、開こうとしたスキマを寸でのところで破棄する。

 主の奇っ怪な行動に、出来た従者であるジェレミアも唖然とするのを抑えられないが……。

 

 

「……!なるほど、確かにあのタイミングでスキマを開いていたら、あの爆発に巻き込まれていたに違いありませんね」

「でしょう?……シリアス力の増したアルトリアちゃんと、互角に打ち合えるって時点で只者じゃないのは確かな話。……あんな超人万博に何の対策もなしに突っ込むとか、馬鹿を通り越して死にたがりのやることよ、実際」

 

 

 直後に周囲の空気を揺るがした、鈍い音に納得の表情を見せる。……例え死なずとも、痛いものは痛い以上、無用な傷は極力避けるべきである。

 そういう意味で、今の紫の危機察知能力はかなりの高感度になっているのだろうと推測できた。……一度ソリから落とされたのが、効果覿面だったのかもしれない。

 

 

「……では、マシュ様は死にたがりということになりますね?」

「は?何言ってるのよジェレミア(ちぇん)。マシュちゃんがそんな無謀な事をするわけ……って、あ!?ななな何やってるのマシュちゃんっ!!?」

 

 

 とはいえ、口は災いの元と言うのは変わらず。

 嘆き、哀しみ、必死で黒い誰かに手を伸ばすマシュの姿を見ることで、彼女は自身の言葉に反するような、危険地帯への特攻を行う羽目になるのであった。

 

 

*1
龍のような(ドラゴン)ハエ(フライ)』という由来から来る名前だと海外では思われていたりするようだが、実際には由来不明。確かなのは、『ドラゴンフライ』がトンボを指す言葉、だという事実だけのようだ

*2
また髪の話してる……。この言葉と共に添えられる事の多いアスキーアートの元ネタは、将棋棋士である木村一基氏であるとされている。元々は彼が髪が薄いことを自虐ネタにしていたことから、ネットに広まったモノなのだとか

*3
単に毛が伸びる場合でも、全身の毛が伸びる場合と、特定部位だけ伸びる場合がある。いわゆる代謝を操作しているのならば全身の体毛が伸びる、ということになるのだろう、多分

*4
基本的には、変な走り方に付く擬音。動きがもさっとしている感じの時にも使われる、ような?元ネタは不明だが、ダバダバ走る感じの走りは『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』ではないかと思われる

*5
『fate/grand_order』期間限定イベント『超古代新撰組列伝 ぐだぐだ邪馬台国2020』に登場したキャラクター、芹沢鴨の台詞から



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聖夜の終わりに星の降る

 二つの攻撃が交差し、爆風と閃光を撒き散らしたあと。

 爆心地に残っていたのは、黒い靄に包まれた何者かと、膝を付いて息を荒げるアルトリア。

 それから、いつの間にか出現させた大盾により、自身より後ろに有るものを見事に守ってみせたマシュ。……その三人の姿であった。

 

 状況を見るに、優勢なのは黒い靄の側……なのかと思いきや、突然、靄の一部が割れるように晴れる。

 顔の部分と思わしきその場所の靄の下から覗いたのは、金と銀の瞳。……よく知る誰かの瞳だと気が付いて、マシュが息を呑んだ。

 

 

「そんな……どうして、せんぱい!!」

 

 

 ──そう、靄の下から出てきた瞳は、彼女の親愛なる先輩であるキーアのものだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 でしょうねと、アルトリアは内心で小さく呟いた。

 激昂しているように見せつつも、実際は冷えた鉄のような冷徹さを持って状況を俯瞰していた彼女は、先の攻撃に関しても本気でこそあれ、全力のそれではなかった。

 ……相手を確実に気絶させられる程度の出力に調整し、他に被害を出すつもりなど微塵もなかったのである。

 

 ところが、『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』は相殺された。──自身の()()を微妙に上回る火力で以て行われたそれは、本来あり得ないことである。

 何故ならば、彼女の一撃よりも高い攻撃力を誇る武装や技などというものが、このなりきり郷においては()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 そうなれば、後は消去法。

 例の一人であるシャナは、黒い極光などというものを放つことが出来ない以上、候補からは外れる。

 故に、もう一人──キーアの仕業であると考えるのが、ごく自然な流れなのであった。

 まぁ一応、自身と同じ様に祈りによって生まれたモノ(【顕象】)である可能性もなくはなかったが、そっちに関しては同類を感じ取れる彼女の直感に反応がなかった為、選択肢からは外した形となる。

 

 しかし、そうなると。

 現状、アルトリアにできる対処はない、ということになってしまう。──基本的に力押し主体の彼女にとって、より強い力で向かってくる相手と言うのは、天敵に近いものだからだ。

 

 

「どうして、か。……なーんでなんだろうねぇ?」

 

 

 そんな風にアルトリアが状況を窺う中、靄の下に見えたキーアの口が、滑らかに動いて声を出す。

 ……見た感じでは洗脳などの意思の誘導は感じられない。だが、現状のなりきり郷を見よ。

 

 ──辺りは(落雷によって発生した)炎に包まれ、(髪の神を求める)人々の悲鳴や嘆き、(ハゲ達の)怒りの声が木霊し。

 巨大な獣達(トンボとビワハヤヒデ)が、世界を蹂躙(?)しようと飛び交っている。

 それらを背後にこちらと対峙するキーアは、ニヤリと笑みを溢しながら、その言葉を告げた。

 

 

()()()()()、なーんてのはどうかね?」

「全てを、夢に?」

「どう言うことだ。何を企んでいるのです、キーア」

「え?……あ」

「………ん?」

 

 

 放たれた言葉に困惑するマシュと、その内容を問い質すアルトリア。

 だが当のキーアと言えば、アルトリアの言葉に「あれ?」とでも溢しそうなほど、間抜けな表情を一瞬垣間見せ。

 その後自分の目元の靄が無くなっている事に気付いたらしく、小さく声を漏らした。

 

 さっきまでのオーラと言うか、威圧感と言うか。

 そういったモノが霧散した事に気が付いたアルトリアは、困惑したように眉を下げるが──、困惑の元凶であるキーアは暫し瞑目したあと、大きく声をあげた。

 

 ……どこかやけっぱちに見えるのは、色々予定が崩れたから、だろうか?*1

 そんな事を考えられる余裕を得たアルトリアは、とりあえず動向を見守ることにしたのだった。……状況の理解を諦めて全部投げた、とも言う。

 

 

「さあマシュ!私は悪い『白面の者』パワーに取り込まれたダーク・キーア!ダーク・キーアは戦いの本能をコントロールできない(抑えられない)*2故にお前が止めるしかないのだー!!」

「そ、そんな!せんぱい!どうにかならないのですか!!?」

「ならん!!代わりに言っておくが、私は聖なる力とかにとても弱いぞ!対悪宝具でぶん殴られたら多分気絶するなぁ!!気絶したら洗脳からも開放されるかもなぁ!!」

「……!な、なるほど!!待っていて下さいせんぱい、私が必ず貴方を助け出します!!」

「さあ来いマシュウウ!!実は私は一回殴られただけで倒せるぞオオ!」*3

「うおおおっ!!」

 

「……え、何これ」

「ああユカリ、私はもう疲れたので寝ます、朝になったら起こしてください」

「えっ、ちょっ、待ってアルトリアちゃん、ホントに寝ないでっ!!?って言うか誰か状況を説明してよぉーっ!!?」

 

 

 後に紫はこう語る。

 収拾が付かないことなんて結構あるけど、この時のわけのわからなさは歴代トップクラスを飾るだろうと───。

 

 

 

 

 

 

「そんなこんなで、わたしは しょうきに もどった!」*4

「戻ってない戻ってない、それ戻ってない時の台詞」

 

 

 へーい、そんな訳でそろそろクリスマスも佳境?を迎える中、色々あって戻って参りましたキーアでござーい。

 いやー、まさかあんな雑な片付けられ方するとは、思ってもみなかったんだぜ☆

 もうちょっとシリアスが続くかと思ったのですが、全くもって全然これっぽっちも空気が持ちませんでした!

 即ちいつもの私達!笑えっ!!笑えよちくしょーっ!

 

 

「ええと、あれは素だったのですかキーア?」

「おおっとアルトリア。あれはダーク・キーア。私であって私でない闇の人格。……細かいことは突っ込まないこと、いいね?」

「あ、はい……」*5

 

 

 いつの間にやら性格が青王の方に近くなっているアルトリアからの言葉に、あれは私じゃないからと返すが……うん、信用してないっていうかバレテーラ。*6

 いやまぁバレない方がおかしいんで、そりゃそうだろうなとしか言えないのだけれど。

 

 ともあれ、クリスマス騒動もそろそろ終わりの時間である。

 さっくりと終わらせて、家に帰ろうではありませんかっ。

 

 

「……とは言うけど、これからどうするの?」

「いやー、実はもうほとんど終わってるんだよね」

「は?」

「メインはダーク・キーア戦だったってこと。ほれ、そろそろ……」

 

 

 まぁ、実際にはもう状況は大詰めも大詰め、こっちがすることと言えば、最後の仕上げくらいのものなのだが。

 そう説明する私が視線を向けるのは、さっきから一切動いていない『白面の者』のシルエットの方。

 みんながそれに釣られて視線を動かすと、突如シルエットが動き始める。

 

 

『ふははははは!我、降☆臨!クリスマスを破壊せし闇の使者とは我のこと!さぁ、無知蒙昧なカップル共よ、怯え竦み、哀れに無様に許しを請うがいい!ふははははは!!!』

 

「……え、誰あれ?」

「え、『白面の者』?」

「嘘でしょ!?」

「嘘じゃないんだなぁ、これが。……なんてこった!!『白面の者』は闇の化身!圧倒的なサンタ☆パワーをぶつける以外で打倒することはできない!!」

「えっ、えっえっ」

 

 

 動き出したシルエットから響いてくる声は、おぞましく・恐ろしく・この世の終わりを告げるような冷たさを持っており。……そんな空気を保ったまま、どこかやけくそ感を滲ませる、なんとも言えない哀愁漂うものでもあった。

 

 無論、相手がそんな声音なものだから、周囲の視線がこっちに向いてくるけど……すまんな、説明は後回しなんだ。

 とりあえずでっかい花火を上げたらおしまいなので、みんなにはこれからラストスパートまでを駆け抜けて欲しい。

 

 そーいうわけなーのーでー。

 

 

「今じゃ!パワーをメテオに!」

「いいですとも!」*7

「えっ、トラファルガーさんっ!?」

「あっ、他のサンタも、自分の前で手を翳して……っ!?」

 

 

 合図と共に、物陰からババッと飛び出してきたサンタ達──軽く事情を説明してある面々が、とある一点……即ち、()()()()()()()()()()両手を翳す。

 それはまるで、自分の中からサンタの力を送り出すような、ある種の神聖さすら感じさせる光景だった。……ホントだよ?

 

 ともあれ、困惑する三人を置いて、事態は進んでいく。

 そうはさせるか(さっさとやってくれ)、とばかりに未だに黒い影姿のままの『白面の者』が、右の前足を持ち上げ、そのまま振り下ろしてくる。

 無論、そのまま何もせずにいると酷いことになるので、サンタではない私が真っ先に走り出す(ハシリーダスー)*8

 すると当然、マシュも反射的に走り出し始め、私よりも先に、腕の着地点に到達。そのまま、何の躊躇いもなく大盾を地面に叩き付け、防御の構えを取った。

 だから私は、彼女の背に追い付いて、その華奢な後ろ姿に手を伸ばした。

 

 

「───令呪を以て告げる!」

「えっ──、せんぱい?」

いいから、合わせてっ

 

 

 こういうのは気分なのである。

 ()()()()に立ち向かうマシュ。その背に追い付いたのなら──例え令呪がなくとも、こう叫ばねばならぬのが、なりきりの性なのだから!

 故に、彼/彼女のように、私はその言葉を叫ぶ!

 

 

「聖夜とかサンタとかどうでもいいから───」

「マシュの、凄いところを見せてやれーーーー!」

 

 

 その言葉を言い終えた瞬間。

 ──確かに、マシュから感じ取れる力の質が、一つ跳ね上がったのを感じ取った。

 

 

「───はい、……はいっ!!私の力は借り物だとしても、私の意思もまだ、彼女には届かないのだとしても!──その言葉を聞いたのなら、私は奮い立たなければいけないのです!!」

(……あ、これこんなところで消費していいやつじゃないわこれ)

 

 

 気炎が立ち上るほどに張り切るマシュに、たらりと冷や汗が額を流れる。

 いやその、マシュさん?張り切るのは良いのですがね?その、出来れば手加減とかをですね?

 

 そんなこちらの祈りは届かず、マシュが気迫と共に奮った大盾は、『白面の者』の腕を押し留めるどころか押し返し、彼の姿勢を大きく崩すことに成功した(してしまった)

 

 

「ええい、予定が狂ったけど、仕方ない!!……アールートーリーアー!!」

 

 

 なので、再び予定を放り投げて、次の段階に話を飛ばす。

 声の先、サンタ達の放つ暖かな光に包まれたアルトリアは、閉じていた目蓋を開き、静かに語り始めた。

 

 

「……では、祭の終わりの合図と行きましょう」

 

 

 手をつい、と払えばその手には聖剣・エクスカリバーの姿。

 常のそれよりもなお明るく、強く輝くそれは、開放の時を今か今かと待ち構えているようで。

 

 

「──束ねるは聖夜の息吹。輝ける祈りの奔流──」

 

 

 それを更に束ね、束ねに束ね──極光は虹色に輝き、聖夜の終わりを告げる鐘となる。

 それを構えたアルトリアは──姿こそリリィのものだったが、その姿に青き王の姿がダブって見えて。

 

 

「──受けるが良い」

約束された(サンタ)聖夜の剣(カリバー)!!!」

 

 

 解き放たれた虹の極光は、違わず『白面の者』を撃ち抜き。

 轟音を上げながら『白面の者』は爆発。飛び散った欠片はプレゼントに変化し、郷の全域にばら蒔かれていくのであった。

 

 

「……どういう、ことなの?」

「これも、"運命石の扉(シュタインズゲート)"の選択、ってやつですよ、八雲さん?」*9

「え、ええー……?」

 

 

 なお、そんな光景を見たゆかりんは、SAN値が全部削れてしまったかのような呻き声を上げていたのでしたとさ。

 

 

*1
捕捉:彼女を覆っていた黒い靄は、バーサーカーの方のランスロット卿の宝具『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』。(マシュはなんか見抜いてきそう、という感覚を前提として)アルトリアには見破られないと思っていた為、ここで返ってくる反応は「本当にキーアなのですか?」位の物だと思っていた、らしい。『あれは……士郎の魔術刻印……!?』並みに驚いたのだと思われる

*2
いわゆる『ダーク・ウルトラマン構文』と呼ばれるもの。元ネタはタイの映像製作会社『チャイヨー・プロダクション』が()()()作ろうとしたウルトラマンの映像作品『プロジェクト・ウルトラマン』に出てくるウルトラマンの一人、『ダーク・ウルトラマン』の解説文『自分の意思では善の心、悪の心もコントロールできない……』から

*3
『ギャグマンガ日和』より、『ソードマスターヤマト』最終話でのやりとりから。凄まじく雑に片付けられていく四天王が、打ち切り漫画の悲哀を物語る……

*4
『FINAL FANTASY Ⅳ』より、カインの台詞。突っ込まれている通り、正気に戻ったと言いながら主人公を裏切る行動を取るため、(実態がどうかはともかく)よくネタにされる

*5
『ニンジャスレイヤー』より、忍殺語の一つから。内心では反論したいものの、相手と自身の力量差からとりあえず頷くことしかできない、みたいな状況で使われるもの。なお、本来なら『アッハイ』と表記する

*6
1990年代に放送された『クノールカップスープ』のCMが由来とされる。『バレてら』を英語風に言ったもの

*7
『FINAL FANTASY Ⅳ』より、終盤で出てくるやりとり。『パワーをメテオに』は『パワーをメテオを呼ぶ呪文を唱えるのに使え』の意味。『隕石に向かって攻撃しろ』とかではない。『いいですとも!』と合わせて、シュールな笑いを提供する()台詞

*8
『fate/grand_order』第二部後期主題歌『躍動』の歌詞の一節から

*9
なお、彼女が告げていた言葉は『エル・プサイ・コングルゥ』。わかる人にはわかる言葉であった。どちらも『シュタインズ・ゲート』より



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後片付けまでがお祭りです

「……で?詳しく説明、してくれるんでしょうね?」

「ゆかりん近いし怖い。……いやまぁ、するよ?説明。するけど、ちょーっと待って貰える?紹介したい人が居るから」

「紹介したい人?」

 

 

 暫くして、正気を取り戻したゆかりんが、こちらに詰め寄ってくる。

 ……一番反応が顕著なのがゆかりんというだけで、他の二人も聞きたいことがあります、と顔に書いてあったため、大人しく説明をしようと思った私なのですが……やめました。

 いや、正確にはやめたというより、説明をするのならばついでに紹介したい人が居る、と言うか。

 

 首を傾げたゆかりんに苦笑を返しつつ、改めて──()()()()()()()()()()()を呼び寄せる。

 

 

「あらぁん♡やっと出番なのねん♡」

「……キーアちゃん?」

「あーやめてやめて、胸ぐら掴んで前後に振り回すのはやめてぇぇ~」

 

 

 やって来た人物の姿を見たゆかりんが、こちらの胸元を掴んで振り回してくる。

 なお、他の二人は良くわかっていないらしく、頭の上にハテナマークを浮かべていたのだった。

 ……まぁ、アルトリアだけは、ちょっと様子が違ったのだけれども。

 

 

 

 

 

 

「えっ、この人が、『白面の者』なのですかっ?!」

「……盾の娘、その名で我を呼ぶでない。それと()()()も止めよ、死にとうなる」

「……妲己……」

「止めよと言っておるであろうがっ!!泣くぞ我っ!!?」

 

 

 後片付けを主導すると言うことで、プレゼント効果で元に戻った街に残った、ジェレミアさんを除いた人物のうち。

 私・マシュ・アルトリア・ゆかりん・ロー君・銀ちゃん・桃香さんと、それから話題の中心人物……さっきまでの軽いノリは鳴りを潜め、今はただただ縮こまっている桃色髪の女性。*1

 ……それらを引き連れて、近くのファミレスに集まったわけなのですが。

 

 再びのロベルタさんから送られてくる、なんとも言えない視線を受け流しつつ、話を始めたわけなのだけれども……そこでまず始めにしたことが、さっきまで色気を振り撒いていた──今はロー君からコートを借りて、その肢体をすっぽりと隠してしまっている女性の紹介だった、ということなのです。

 ……まぁ、その容姿が誰の物なのか?……ということをよく知らないマシュは首を傾げ、知ってるゆかりんはなんとも微妙そうな表情で、ドリンクバーから取ってきたメロンソーダをちゅーちゅー吸っていたのでしたとさ。

 

 なんとも締まらない空気であるが、生憎と時刻はもう朝の五時。……さっさと終わらせてベッドにダイブしたい欲を抑えきれないので、要点だけ押さえてサクサク進みたい所存であります。

 

 なのでザパッと!スパッと!快刀乱麻の如く、結論だけババババーン!!

 

 

「というわけで、【顕象】【継ぎ接ぎ】のハイブリッド、元『白面の者』、現在のボディは『妲己』なこのお方は!」

「……ハクだ。業腹な名前ではあるが……まぁ、罪に対する罰なのだろう。甘んじて受けようではないか」

 

 

 不服そうな表情を浮かべながら、軽く会釈を見せる『白面の者』……もといハク。ハクって名前なのに髪の毛ピンクなのはこれ如何に。

 いやまぁ、元の妲己の赤というかピンクと言うか、目に宜しくない感じの髪の色よりは、なんとなーく白っぽくはなっているのだけれども。……同じ桃髪系の桃香さんと比べると、一目瞭然な程度には白っぽいわけだし。

 

 あと、元ネタの妲己を知っている人からすると、彼女が絶対に浮かべそうにない不満げな表情をしているというのも、ちょっと違和感を抱かせるポイントかもしれない。

 

 ……まぁ、そんな感じに。

 素直に『白面の者』と紹介しても、納得はされないだろうなーという感じの人なのが、今ここにいるハクさんなのであった。

 

 

「……【顕象】にして【継ぎ接ぎ】ということは、私と御同輩というわけですね?」

「そだねー。まぁ、そっちと違ってこっちは天然物。……その分色々問題点があったみたいだけど」

「問題点?」

「今回の騒動の発端の一つ、という風にも言えるかなー」

 

 

 幾分か青王みが抜けてきた感じのするアルトリアが、ハクさんの姿を上から下まで見たあと、得心したように一つ頷きつつ、声を漏らす。

 

 ……彼女の言う通り、ハクさんは【顕象】にして【継ぎ接ぎ】。

 いやまぁ『白面の者』が【顕象】だってことは端から語られてたから、重要なのは【継ぎ接ぎ】の方、かも?

 ともあれ、彼女は自然発生した【顕象】である。……故に、他の自然発生な【顕象】と似たような問題点があったわけで……。

 

 

「『しっと団』が発生したのは結構前なわけだけど。……今の彼女に、嫉妬の波動を感じたりする?」

「……言われてみれば。今彼女から感じられるものは、単なる疲労感のような気がします」

 

 

 こちらからの言葉に、マシュが小さく頷く。

 ……『しっと団』を元にして進化した存在……という割には、他者に対する羨望とか嫉妬とか、そういった負の感情が薄いような気がするハクさんである。

 

 そもそも嫉妬心が膨れ上がって爆発する、というのが今回の予想される未来だったはずだ。

 ならば、この場でも恨み辛み妬み嫉みを、ぐちぐちと溢し続けるというのが、本来想定される彼女の姿であるはずなのだ。

 

 しかし、実際にここにいるのは、特に何かを恨むとか羨むとか、そういう様子の一切見えない、至って落ち着いた状態のハクさん。

 これが何を意味するのかと言うと──。

 

 

「そもそもに()()()()()()()()、ってわけ。『しっと団』が進化して『白面の者』になるんじゃなく、『白面の者』がスケールを下げて『しっと団』になりすましてた、ってのが正解だったわけよ」

「……はぁ?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、ということを意味していたのである。

 つまり、彼女の始まりは普通に『白面の者』だったのだ。

 

 そんなこちらの言葉に、ゆかりんが『なに言ってんのこいつ』みたいな表情を見せてくるが……生憎と事実なので仕方ない。

 

 

「【顕象】の成立過程はそもそも【逆憑依】と同じ、みたいな話があったじゃない?」

「ええと、芯となる中身が違うだけで、そこに至るまでの道筋にはほぼ差異がない──みたいな話でしたよね?」

「私が説明した話だね。前兆から進化する二つの結果……みたいな感じの」

 

 

 話題に上げるのは、以前桃香さんから聞いた話──前兆から成長・成立するという近似した過程を持つ、二つの事象についてのもの。

 

 あれは、ある程度鋳型を作ったところに、材料となる中身を流し込む……みたいな感じの話だったけど。

 ここで言う鋳型──即ち原作キャラの記憶や記録というものは、原則()()()()()()()はず、みたいなことも『逆憑依』の説明の時にしたと思う。

 あれは、大体中身の材料が『どこまで知っているのか』を基準にして、『全て』の範囲が変動する……みたいな話だったはずだが。

 これが【顕象】が対象の場合は、どうなるのか?

 

 

「……え、まさか」

「まさかもまさか。基本的には【顕象】の場合、なにかしらの外からの干渉がない限り、参照できる記憶は本当に()()()()()*2

「……つまりだ。我は()()()()()()()()()についても覚えているし、更にその先──()()()()に託した思いも覚えている。……雑に言ってしまうと、()()()()()()()()()()なのだ、我は」

「ええーっ!!?」

 

 

 ハクさんから語られたことに、ゆかりんが驚愕の声をあげる。

 ……マシュとアルトリアの反応も、似たようなもの。

 わかりあえない不倶戴天の敵と聞かされていた相手が、そんなことは一切ない、普通に仲良くなれる人……と聞かされたようなものなのだから、仕方のないことなのだが。

 

 ともあれ、重要なのはハクさんが原作で起きたことを確り覚えている、ということ。

 これがどう関係してくるのか、というのが今回の一連の騒動をややこしくしている元凶なのであった。

 

 

「【顕象】として成立する直前、我はどうにか踏み留まった。何故か?……それはな、このまま成立するのであれば、我は自爆を選らばねばならなかったからだ」

「え、なんでまた……」

「滑稽にも程があるであろう。一度負けた身で、またも地上に──それも以前と同じ姿で現れようなどと、己が情けなさ過ぎて恥しか感じぬわ。であれば、現れた時点で己の首を斬るのが道理。……が、困ったことに『白面の者』()は【顕象】であった。──既に我を形作るに足る負の念は、その場に集まり切っておったのだ」

「だから、それを解消する為に端末──原作での尾に相当するモノを作り上げた。それが『しっと団』だったってわけ」

「……まぁ、作った当初はどちらかと言えば、どこぞの橋姫に近いモノではあったがな」

 

 

 原作の流れを全て覚えているハクさんにとって、原作そのままの姿を取ることは、恥以外の何物でもない。

 故に、原作でそうした通り──自身に恥を掻かせた自分を爆発させるのは、実に理にかなった行動だと言えるわけで。

 

 だが、それにストップを掛けたのもまた、自身の記憶。

 ……()()()()()()()()()()、ということを覚えている以上、その願いを邪魔しかねない自傷……それに伴う周囲の破壊というのは、彼女に取って宜しくない状況……即ち自分に対しての裏切りに相当する。

 

 故に彼女は、いわゆるガス抜きをするために『しっと団』の原型を作った。

 ちょっとした知識も持っていたため、ある種の祝辞としても使われる「末永く爆発しろ」*3という言葉を知っていたからだ。

 他者を羨みつつ、それを遠回しに祝える……というのは、本来負に近い方向性しか選べない彼女にとって、正に福音に近いものだったのである。

 

 が、そう簡単に行かないのが浮世の常。

 彼女は半端な知識しか持たなかったが故に、人の嫉妬と言うものを理解しきれていなかったのだ。

 

 

「……つまりな。負の念を散らすために作った筈のものが、逆に負の念を集めるものになってしまったのだ」

「『季節性の【継ぎ接ぎ】』のせいでね」

「うわぁ……」

 

 

 マジかよ、みたいなゆかりんの反応と、それに同調するマシュとアルトリア。

 ……なお、この辺りの話は既に他のメンバーには先んじて終わらせてあるため、彼等の反応はいたって淡白である。……銀ちゃんに至っては、普通にパフェ食ってるし。

 

 成立した時期が、運悪くクリスマスであったために、周囲から嫉妬心が転がり落ちてきた。

 落ちてきた嫉妬心は、分かりやすく嫉妬の権化と化していた橋姫擬きに吸収され、その姿を変えていく。

 ──即ち、カップルに対する妬み嫉みより成立した、『しっと団』という幻想に。

 

 

「クリスマス中止のお知らせ*4、みたいな感じで、日本中から怨念が転がってくる。それは時期的なモノであり、日が過ぎればある程度は収まるモノでもあったけれど……」

「負の念を散らす速度と、負の念が集まってくる速度では、後者の方が明らかに早かった。……まぁ、作った尾には意思も持たせて居なかったがゆえに、余計に染まりやすかったという盲点もあったのであろうが……」

「ともあれ、次第に尾は彼女の意思を無視し始める。……カップルを撲滅したい、って感じにね」

 

 こうして、騒動の火種は徐々に徐々に大きくなっていった。

 そして今年──私達が来たことで、話は大きく動き始めることになるのであった。

 

 

*1
インパクト重視でそういう風に言葉を発するようにキーアから言われたため

*2
ノッブが暴走したのも、『織田信長はフリー素材』みたいな記録を得た上で動いていたから

*3
『末永くお幸せに』という言葉と、『リア充爆発しろ』という言葉が合わさったもの。祝辞と嫉妬の入り交じった、複雑な言葉。意味合い的には祝辞の比率が高い、らしい

*4
元々はとある掲示板に投稿された手紙風の文章だったとされているが、詳細は不明。基本的には言葉通り、『クリスマスなんて無かった』と主張するもの



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滑稽を笑うものは大体滑稽

「私達、と言いますと……」

「私とマシュだね。……正確には、『魔王と名乗るモノが来た』ってのが重要だったみたいだけれども」

 

 

 私の言葉にキョトンとした表情を見せるマシュ。……起点は確かに私の方──正確に言えば『魔なるものの統率者(魔王)』が現れたことこそが、重要だったみたいだけど。

 ……話の流れをコントロールするには、マシュの存在も必要不可欠だったのは言うまでもない。

 その点では、アルトリアやオグリも重要なファクター*1だったと言えるだろう。

 

 ……今オグリはここにいないけど。

 彼女はいい子なので、今頃は普通に家で寝ているか、そろそろ起きてきて枕元のプレゼントに目を輝かせているか、どちらかだろう。

 

 

「まぁともかく。今ここにある私の性格とか行動とかがどうであれ、種族的には魔王ってのは間違いないわけで。……要するに、なりきり郷に負の念が集まりやすくなったんだよ、今までよりも更に強く」

「……え、宿儺君とかは?」

「本来なら彼もそういう系列なんだろうけど、今の彼って性格とかがかなり丸いじゃん?……基本的に自分の店から出てこないこともあって、影響としてはそんなに大きくなかったんだってさ」

 

 

 私がここに来たことにより、負念が貯まりやすくなったため、尾の成育スピードは更に上昇。

 クリスマス・バレンタイン以外の時期(シーズン外)でも、今までの該当時期の半分くらいの負念が、常に集まってくるようになったのだという。

 そして、こちらに現れずに『どこでもない場所』に籠っていたハクさんは、このままだと尾の重さに引き摺られて引っ張り出されてしまう、ということに気付き……。

 

 

「どうにかならぬか、と思案するうちに……そこな娘が我を()てしまったのだ」

「……桃香さんが?」

「はい、ここで私も登場です。……私にお任せになった花の魔術師(マーリン)殿は、そんなおつもりはなかったのでしょうけど」

 

 

 引っ張り出された『白面の者』が爆発するということを、()()()桃香さんが()てしまったのである。

 ……これが、更に事態をややこしくしてしまった一因なのでございます。

 なんのこっちゃと首を捻るゆかりんに、桃香さんが続きを語り始める。

 

 

「型月時空において、千里眼持ちの見る未来と言うものは、異能で見る()()とは違うもの……という風に定義されています」

「えーと、確か……『予測』と『測定』、だっけ?」

 

 

 桃香さんの言葉に、ゆかりんがうーんと唸りながら声をあげた。

 彼女の言う通り、型月的な世界観において未来を視る方法には幾つか種類がある。

 

 一つ、予測。

 自身の状況や過去の状態など、あらゆる情報を使って未来を『予め測っておく』もの。

 自身の知りうる情報によって、未来の近似解を得るものであり──それ故に、自身の知り得ない情報によって、容易く覆される可能性のあるもの。*2

 

 一つ、測定。

 始めに結末を視て、そこに至るように未来への道筋を狭めて(剪定して)いく、未来を『測って定める』もの。

 他の可能性を切り捨て、一つの結果に至るように筋書を変えていくものであり──人が使うものとしては最高峰であるが、同時に所詮は人の力の延長線上であるがために、人ならざるものには覆される可能性のあるもの。*3

 

 一つ、予言。

 情報の積み重ね、未来への道筋の改変……そう言った労働を負わず、単に未来を知る──『予め言っておく』もの。

 先の二つとはまた別個、在り方としては託宣のような人ならざる奇跡の業とでも呼ぶべきものであり──故に、ある意味では千里眼による未来視に等しいもの。*4

 

 そして、千里眼。

 前者達とは違い、視点を移して直接視るもの。

 即ち、視界の移動、権利の行使。

 だが同時に、視ているだけに等しいがために──それだけでは、未来を変える力はない。

 

 まぁ、基本的にはこの四つが、型月世界観で語られる未来視の在り方である。

 その上で、先の三つ──予測と測定、それから予言は自分の視界を原則必要とし、残った千里眼は、自身の視界を原則必要としない、という違いがある。

 

 ……説明がわかり辛い?

 視点移動をする時に、常に自分を中心とした一人称視点になるのが前者の三つで、マップ上の好きな場所に視点を動かせるのが千里眼だと思えば、なんとなーくわかるんじゃない?

 

 前者三つは視える未来と自身の見える範囲──()()()()()が連動するのに対し、千里眼はそもそも視界の範囲を自分の眼から切り離せる、切り離して好きな場所から未来や過去が視れる──即ち、直接現場に行って視ているのに等しい、みたいな感じだと言えるだろうか。*5

 

 ……いやまぁ、厳密に言うと『予言』に関しては微妙なんだけどね。あんまり詳しく語られてないし。

 

 ともあれ、ここで関係してくるのは『千里眼による未来視は、予測や測定とは違うもの』だということ。

 覆せないわけではないけれど、取り立てて行動を起こさなければ、早々変わるものでもない未来だと言うことである。……本来ならば。

 

 

「私は本来、千里眼を与えられるような人物ではありません。故に、この千里眼には一つのバグがある。それが──」

「疑似境界固定。別名簡易人理定礎(シュタインズ・ゲート)と呼ばれるものなのです」

「……はい?」

 

 

 彼女の言葉に、ゆかりんがわけがわからないと首を傾げる。

 ……そりゃそうだ。さっきまで型月の話をしていた筈なのに、いつの間にやら科学アドベンチャーシリーズ*6の話になっていたのだから。

 が、実は未来云々の話において、この両者には──いや、未来視を扱う物語には、奇妙な共通点というものがあるのである。

 

 

「覆せない未来、というものを扱う作品というのは、それなりの数があると思います。型月作品で言うのなら人理定礎──霊子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)。どうあっても変えられない、定まった未来。*7科学アドベンチャーシリーズであるならば『運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択』──特定の世界線において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を指し示したもの。*8そして──ドラえもんのセワシ君なんかも、この話においては例の一つ、かもしれませんね」

「……なんか、話が変な方向に行ってない?」

「いえいえ。未来を語る時──特にその不変性について論ずる時、セワシ君の存在はとっても伝わりやすいので、意外と重宝しているんですよ?」

 

 

 ニコニコと笑う桃香さんに、曖昧な表情を浮かべるゆかりん。

 だがいつも通り超速理解したマシュは、ハッとした表情を浮かべながら声をあげた。

 

 

「セワシさんと言えば、のび太さんの結婚相手が変わっても()()()()()()()()、という人物でしたね?」

「そう、いわゆる『セワシ理論』*9という奴ですね。彼はそれを『どんな乗り物を使っても、目的地が同じであるならば大して変わらない』というような感じに例えましたが……それもおかしな話なのです」

「まず始めに、掛かる時間が違う。時間が違えば、掛かる疲労も違う。乗り物が違うので、たどり着くまでに見る景色だって違うでしょう。自家用車で一人きりの旅をする、ということでもなければ、隣に座っている人も違うかもしれない」

「そもそもの話、『ドラえもんがのび太君の元に行くまで』のセワシ君と、『ドラえもんがのび太君の元に行ってから』のセワシ君は、生物学的には別人の筈」

「だから、こう考えるのです。──『あの性格のセワシ君が生まれること自体が既に決まった未来』──即ち人理定礎なのだと」

「すごい大事(おおごと)になってきた!?」

 

 

 ゆかりんが桃香さんの結論に驚くが……実際、彼の存在が無いと『ドラえもん』が始まらない、という意味で超重要人物なのは確かなのである。

 彼が過去にドラえもんを送らなければ、野比のび太は今までと変わらず、周囲にうだつの上がらない*10人生を送っていただろう……というのも確かであるが。

 それより何よりも、数々の劇場版で起きた問題達が、解決できない可能性が出てくるわけで。

 

 歴史の代替性うんぬんの話をするのなら、彼以外の誰かが解決する形になるのかもしれないが……それでも、秘密道具の助けなくしてそれらを解決するのは、不可能に近い。

 ならば、『未来のロボットを過去に送る』というのは、どこかで必ず起こること──即ち、あの世界における人理定礎と言い換えても過言ではないのである、多分。

 故に、それに紐付く形になるセワシ君も、半ば人理定礎となるわけなのだ。……まさかのセワシ君『人理の守護者』説である。*11

 

 

「なので、仮にあの世界で人理定礎を無茶苦茶にしたいのであれば、セワシ君が生まれないようにするだけで、割りと行けてしまうかもしれなかったりするわけですが……まぁ、完全な余談ですね」

「余談が衝撃的過ぎるんだけど……」

「そもそも、これまでの話がどう今回の状況に繋がるのですか?」

「ああ、そちらは単純です。私の千里眼のバグである『簡易人理定礎(シュタインズ・ゲート)』は、先のセワシさんのように『視た未来の状況が定礎となる』というものですから」

「……は?」

 

 

 そして、話は漸く戻ってくる。

 先のセワシ君に関しては、セワシ君そのものというよりは、『セワシ君の役割』が定礎になっているようなもの、と見なすことも出来る。

 

 ──彼女の千里眼のバグとは、正にそれに近いもの。

 視た情景が定礎と化して、回避できなくなる……さながら、どんなに足掻いてみても、血溜まりの中に沈んでしまう牧瀬紅莉栖のように。*12

 

 

「……えーと、つまり?」

「迂闊にも『白面の者』が爆発する瞬間を千里眼で視てしまった上に、折悪くバグも重なりました。……つまり、『白面の者が爆発する』という状況は、覆せないものになってしまったわけですね、てへ」

「て、てへで済むかおバカーっ!!?」

「あいたたた、だから言ったじゃないですか!+付き(瞬間的に倍化)なんだから言うほど無害でもないですよーって!」

 

 

 結果、語り終えた桃香さんは、ゆかりんにほっぺを思い切りつねられることになったのであった。

 ……いやまぁ、騒動の後押ししてどうすんじゃい、みたいなところはなくもないし、仕方ないねとしか。

 不幸中の幸いと言うか、彼女の千里眼による『簡易人理定礎』は本来の人理定礎(それ)よりちょっと緩く、あくまで()()()()()()()()()()()()()()()()だけが一致してれば、そこに至る過程とか裏事情とかスルーしてくれるらしいのですが。

 そういうところも、さっきの牧瀬さんの例と似てるかなー?*13

 

 

「ただまぁ、その分視た未来が()()()()な面も含んでいるので、従来の人理定礎のように圧倒的なパワー(聖杯とか)で無理矢理変えるという破壊工さげふんげふん。……対処も取り辛いんですけどね?」

「ねぇキーアちゃん、この子大概ヤバい子なんじゃ?」

憐憫の獣(ゲーティア)と同族意識持っちゃうような子が、ヤバくないわけないじゃん」

「あははは。事実だけに何も言い返せませーん」

「……この子絶対混沌・善とかでしょ……」

 

 

 桃香さんの語りに、げんなりした表情でこちらを見てくるゆかりん。

 諦めなよ、今回こんなんばっかだよ?……みたいな言葉を受けたゆかりんは、頭痛を堪えるように机に突っ伏すのでありました。

 あ、説明はもうちょっとだけ続くんじゃ。

 

 

*1
『factor』。要因・因子・因数という意味の英語

*2
所詮は単なる未来の想像──その超凄い版でしかないため。逆に言えば、未来を決定付けるモノとしてではなく、『このままではこうなるぞ』という警句として使えるということでもある。『空の境界 未来福音』では、予測の未来視を持つ少女が、似たようなことをとある普通な青年に教えられていた

*3
『空の境界 未来福音』において、あやふやでなくなった(確たる形ある)未来は『直死の魔眼』によって、その瞳ごと断ち切られることとなった

*4
詳しく語られた事がないので詳細不明ながら、『未来を()()()()()()()()()()』『何の前提もなく予測するのは特権ではなく越権行為』という『空の境界』での記述からするに、()()視ているとするのが自然ではないかと思われる

*5
前者は『その場に居ないと視れない』、後者は『その場に行ったように視れる』

*6
『CHAOS;HEAD』シリーズや『STEINS;GATE』シリーズなどの、5pb.(MAGES.)がリリースしているアドベンチャーゲームの総称。科学に関わる話を中心としているため、このような名前になっているらしい

*7
代表的なものは『ブリテンの滅亡』。その為、仮にあの時代のブリテンに他の王を突っ込んでも、最終的には『だがブリテンは滅んだ』となる

*8
『STEINS;GATE』のヒロイン二人に降り掛かる死の運命。(厳密には違うが)片方を助けるのなら、もう片方は死ぬというもの

*9
『ドラえもん』においてセワシが語った『自分は変わらず生まれてくる』という説明が、素人目にも矛盾しているように思える為についた名前。『結果が同じなら過程は不問』みたいな感じの話なのだが、それが計算ならまだしも、『人間の同一性』に関わる為ややこしくなっている

*10
地位や生活が良くならないという意味の言葉。語源とされるものが二つあり、『卯建』と呼ばれる元防火壁が時代を下ることで装飾となり、『(立派な)卯建が上げられない』、即ち裕福ではない=出世しないという意味になった説と、(うだつ)という梁の上で棟木を支える柱から出来たという、家を新築するという意味の『梲を上げる』という大工言葉を否定形にしたもの……すなわち『家を新築できないほど貧しい』というような意味から来ている、とする説がある

*11
因みに『セワシ人理の守護者』説、人理ではなく世界とか未来とかに名前を変えると昔から言われている説だったりする。小学生が気軽に(大体年に一回)世界を救ってるからね、仕方ないね

*12
『Steins;Gate』のヒロインであり、作中においてはある意味ラスボス(彼女の死を回避することが、作中一番最後の目的であるため)

*13
作中において主人公・岡部倫太郎は、牧瀬紅莉栖の死亡確認まではしていない。つまり、あの場で確定していたのは……



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そうして彼女は虫になった

「えっとつまり?ハクちゃんが爆発することは、貴方が現れた時点で確定事項になってたってこと?」

「そういうことですね。……『しっと団』を追っていたというのも建前のようなもの。実際は状況を整えるために奔走していた、ということになります」

 

 

 数分後、漸く落ち着いたゆかりんが姿勢を正し、桃香さんに話の続きを促したわけなのですが。

 奔走していた、という彼女の言葉を聞いて、ゆかりんはまた微妙に渋い顔を見せていたのでありました。

 

 

「奔走って、一体なんのために?」

「なんだか私への信頼感とかが、底値に落ちてしまっているような気がしますけど……勿論、どうにかして被害を抑えるためのものですよ?別に期に乗じて世界を滅ぼそうとか一切してませんので、どうかご安心を」

「……なんでビースト紛いの相手と話をしている気分になってるのかしら、私」

「まぁ、ある意味今回の桃香さんって、()()()()()に近い立ち回りだったからねぇ」

「……どーいうことよ?」

 

 

 まぁ、いつまでも疑われたまま、というのもあれなので、彼女への誤解を解くためにも、横から口を挟むことにした私。

 そんな私の言葉に、更に怪訝そうな顔を見せるゆかりんだけど……。

 次に私が語った言葉に、眼の色を変えて食い付いてくるのでした。

 

 

 

 

 

 

「いやちょっと待って、整理、整理させて頂戴……」

 

 

 そんなことを額を抑えて呟きながら、ゆかりんはドリンクバーに新しい飲み物を取りに行った。

 

 相当動揺しているのか、コーヒーカップに氷を山積みにしたりしていたため、見かねたロベルタさんが(淑女の嗜みとばかりに)華麗な紅茶淹れテクニックを披露して、暖かい紅茶を手渡していたのだった。

 ……まぁ、それはそれでゆかりんの動揺を誘っていたんだけどね?

 ここにジェレミアさんが居たら、謎の紅茶淹れ対決が始まっていたかもしれない……。

 

 

「おや、間に合ったようですね。良かった良かった」

「お、噂をすれば……ジェレミアさん、お疲れ様ー。それと、あの人は連れてこれましたか?」

「はい、キーア様。そちらに関しましても、滞りなく」

 

 

 そんなことを言っていたら、話の種となっていたジェレミアさん当人が、人を連れて店の中に入ってくるのが見えた。

 なので、各々が座っている位置をずらして、彼ともう一人が入るスペースを確保。

 それと同時にゆかりんが(手渡された紅茶を複雑そうな目で見詰めながら)戻ってきたので、改めて説明を再開する。

 

 

「……わざわざ彼女まで呼んでいる、ってことは……さっきのは本当だったのね」

「その通り。題して、『いっそのこともっと継ぎ接ぎしちまえ』作戦~」

「わー」「ぱちぱちぱち~」「ぶぉぉおっ!」「ええ……」

 

 

 私の言葉に、皆が思い思いの反応を返してくる。……マシュの法螺貝が声真似なのは仕様です。*1

 

 ともあれ、今回の騒動は基本的にこの作戦を遂行するためのもの、という色が強かったので、これを理解できれば事件の全貌がわかる、ということもなるわけで。

 その第一歩としてゆかりんに言った言葉が、

 

 

奈落の虫・裏(VORTIGERN)でーす」

奈落の虫・表(OBERON)です☆」

「我は獣の厄災(BARGHEST)……もとい、陰の厄災(HAKUMEN)……いや、それだと我とは正反対か?」*2

「それで私が炎の厄災(ALBION)、もとい雷の厄災(FATALIS)っすね」

「で、あのビッグ・ビワハヤヒデが呪いの厄災(CERNUNNOS)……もとい毛の厄災(BIWAHAYAHIDE)だった、と」*3

 

 

 と、言うようなことだったわけで。

 ……そんな感じで、ジェレミアさんが連れて来たあさひさんと一緒に、和気藹々としていたのでございます。

 

 

「元を辿ると、ハセヲ君の所に片付けに行った時に喋ってた言葉。*4……あの時点でフラグが立ってたみたいでねー」

「我が言うのもなんだが、迂闊すぎるだろう貴様。後から後から丁寧にフラグを積み重ねて行きおってからに」

「ええと、フラグと言うのは……?」

 

 

 こちらに苦笑を見せるハクさんに、こちらもたははと笑みを返していると、おずおずと言った風にマシュが手を上げながら、こちらに質問を投げ掛けてくる。

 

 

「オベロンの宝具の台詞の物真似でしょ?それから自分が弱いって言う主張。第二形態の仄めかしとか……それと魔王──即ち『滅ぼす者』であるという事実。……いわゆる箇条書きマジック*5って奴で、私とオベロンって結構照応できちゃうんだよね」

「な、なるほど。……ですが、それだけで今回のような状況に繋がるのでしょうか……?」

 

 

 返すのは、私とオベロンの類似性。

 本来は小さく弱いもの、されど世界を滅ぼすもの。

 ……いやまぁ、今の私は魔王でこそあれ、あの大嘘つきのオベロンみたく世界を滅ぼそうとか、一切考えてないけども。

 属性だけ引っ張り出すと、割りと同じじゃね?

 ……と言ってしまえる、箇条書きマジックの方が問題があるというか。

 

 ただまぁ、本来ならばマシュの言う通り、それだけで私が奈落の虫のポジションに付くだなんてことは、真面目に考えて有り得ないことだったわけなのです。

 それが、こうして成立したのは……。

 

 

「寧ろ、そうなる風に誘導したから。言ってしまえば、ハクさんとビッグ・ビワハヤヒデの生誕こそ、今回のクリスマス最大の目的だったんだよ!」

「……ねぇ?なんでこの子自分から厄災爆誕させてるの?バカなの?死ぬの?」*6

「お、落ち着いて下さい八雲さん!どうどう!どうどう!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()、だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「え、じゃああのビワハヤヒデって、元は『しっと団』なの?」

「まぁ、ハクさんを外に引っ張り出しかねないほどに、肥大した尾のなれはて……という意味では、確かに同一だって言えなくもないかなー?」

 

 

 結局のところ、今回の問題の一番の難点は、そのまま外に出ると必ず爆発するハクさんと、それを引き起こす『しっと団』をどうするのか?……ということに要約されるわけで。

 

 それを解決する為に行われたのが、『いっそのこともっと継ぎ接ぎしちまえ』(オペレーション・ラグナロク)作戦*7……即ち、彼らの顕現と無害化を同時に行う作戦。

 またの名を『なりきり郷クリスマス~四つの宝と炎の聖者~』である。

 

 ……いきなり胡乱な話になったって?

 シリアスを打ち砕くにはギャグ、ってのはお決まりのやり方でしょう?

 

 

「私がオベロンポジになったのは偶発的なもの。けれど、それによって私にもなりきり郷(ここ)に落っこちてくる負念に干渉する資格を得たとも言えるわけで。……で、そのせいで祭神(ケルヌンノス)の発生条件も満たされちゃったと」

「……え、もしかして口は災いの元?」

「それそれ。……不安を抱くと実現化する、とまで具体的なものではなかったけど、まぁそれに近い影響力が出てたのは確かみたいでねぇ……」

 

 

 元が負念であるがために、悪いことにしか働かない聖杯のような方向性だったわけだけども、そもそも私自体が魔なるもの──要するに自分の力として使えてしまうものだったために、言うほど問題にはなってなかった。

 

 が、それを警戒したのが尾の方。

 ……意思を持って反応したと言うよりは、脊髄反射的なものだったみたいだけど、自身の顕現を早めようとしたのは確かみたいで、それが伝播してノッブの発生とかが起こってた、らしい。

 らしいというのは、実際それを起こしていた場面を、誰も知らないからなのだけれども。……マーリンにでも聞けばわかるんじゃないかね?

 まぁともあれ、色々な騒動の種──スパロボで言う所の特異点的な状態*8になっていたのは、確かな話だったようだ。

 

 話を戻して、そういう『なんでも起き得る』状態になっていたため、迂闊にもケルヌンノスの発生条件を満たしてしまった私達。

 ……が、流石にあれを顕現させるのは、そう簡単に行くものでもなく。

 故にその依り代──原作で言う所のバーヴァン・シーの立場に収まったのが、『しっと団』の元となったもの──即ち、橋姫の似姿だったと言うわけである。

 

 

「……なんでまたそんなことに」

「橋姫って嫉妬心の強いモノとして扱われることが多いけど、その大本って実は、橋っていう一種の境界を護る神の一柱だったそうだから。……ケルヌンノスとは、本来守護の神であるって所で共鳴……もとい【継ぎ接ぎ】しやすかったんじゃないかね?」

「ぱ、【継ぎ接ぎ】ゥ……」

 

 

 ゆかりんが頭を抱えて突っ伏している。

 ……最近ゆかりんの胃壁が心配な私でございます。原因の一因が心配すんな?サーセンw*9

 まぁ、この【継ぎ接ぎ】に関しては、型月のケルヌンノスが穏健派だったから起きたこととも言えるので、ちょっと複雑なところはあるのだけれど。

 

 ともあれ、そんな感じで成立し掛かっていたケルヌンノスなわけだけど、ここで予想外のことが起きた。

 存在として別枠になったため、ハクさんとケルヌンノスの繋がりが、断ち切れてしまったのである。

 世を呪うものとしては、その性質が別種──羨むがゆえに呪うものと、憤るがゆえに呪うものであるがゆえに、水と油のように反発しあったんじゃないかとは、当事者ハクさんの言。

 

 そしてそれ故に、ハクさんが『白面の者』として外に引っ張り出される危険性はなくなった……ように思えたのだけれど。

 ここで桃香さんの『簡易人理定礎』が余計なことをしてくる。

 どうなるかというと、『ケルヌンノスの呪いの爆発で次元障壁が崩壊し、結果として『白面の者』が表に出て来て呪いの腕に接触。結果爆発する』。

 

 ……余計に酷くなってるじゃないかと思ったそこの君、その感覚は正しい。

 実際これを視たらしい桃香さんは、思わず泡を吹いたというのだから、その驚愕は推して知るべし、という奴だろう。

 まぁ、個人的には『迂闊にまた未来を視てんじゃねーよ』感が強かったんだけども。

 

 ……ただまぁ、『簡易人理定礎』に繋がるような未来は、半ば啓示*10に近い形で()()()()()()()のだと聞けば、彼女を責める気も失せようと言うもので。

 そもそも成立前の『簡易人理定礎』が残っている場合は、次の『簡易人理定礎』は発生しないらしいし。

 

 要するに、ケルヌンノスが発生しようがしまいが、最終的に『白面の者』を爆発させるのは必須事項。

 更に、元はその眷属に近いものだったせいで、基本的にはハクさんを護るように動くケルヌンノスが、『白面の者』への迂闊な干渉を防いでくる、というのも追加。

 

 ……ケルヌンノスになってなければ、最悪『しっと団』を壊滅させるだけで済むはずだったものが、いつの間にか難易度ナイトメア*11に変貌しようとしていたわけなのである。

 

 そんなヤバい状況、それを覆す手段と言うのが──。

 

 

「無能な指揮官ほど、味方を殺すものはない──即ち、敢えて敵側について行動をコントロールしよう、ってことだったわけよ」

「……ねぇ、私はこの子の軽率過ぎる行動を怒ればいいのよね?っていうか怒っていいわよねこれ?」

 

 

 なお、概要を聞いたゆかりんはお腹を抑えて踞ってしまったのでしたとさ。……解せぬ。

 

 

*1
最近のイベントで法螺貝を演奏できるようになっていたようだが、ここのマシュはまだ無理

*2
ここで彼女が言っているのは『ハクメン』、即ち『BLAZ BLUE』のキャラクターのこと。六英雄の一人であり、悪ではなく善の方面に寄った存在。『悪滅』なんて技も持っているので、似ても似付かない……はずだが、彼の紋章は『九尾の狐』をモチーフにしたもの。無関係とは言い切れないかもしれない

*3
『fate/grand_order』における、とあるボス達の呼び名的なもの。一応、姿繋がりのビワハヤヒデ以外も、獣系である『白面の者』、自然にて唯一炎を産む可能性のある雷を扱う『ミラルーツ』と、関連はさせてあったりする。なお、『Fatalis』はミラボレアスの海外での名前。『fate』と同じく悪い意味での『運命』を意味する言葉から来ている

*4
三章・十二話参照

*5
ネットスラングの一つ。二つの物事の共通点を抜き出し、箇条書きすることで『類似したものである』と誤認させるテクニック。獣である・肉を食べる・人と一緒に暮らすこともある……みたいな感じに、それがなんなのかを明確にする部分を意図的に省いて書くことで、違いを隠してしまうというもの。例にあげたものには猫や犬・熊などが含まれるが、それらを一緒と括るのは暴論である、と言うのはすぐわかるだろう。故に、箇条書きというものは人を騙すのに向いている、というわけなのである。……うまく扱えば便利なのだが

*6
元々はとある架空業者への電凸関連の言葉とされる。『バカなの?死ぬの?』という形で有名になったのは、恐らく『ゼロの使い魔』から。相手のバカさ加減に怒り心頭であり、同時に強い呆れも感じさせる台詞

*7
作戦のルビの元ネタは、『Steins;Gate』から。なおそちらでは正確には『オペレーション・ラグナロック』

*8
『何が起きてもおかしくない』、因果律が歪んで事象の発生確率が無茶苦茶になっている状態──それを引き起こすものが細工をされた特異点である

*9
『すいません』という言葉が崩れた形のもの。すいあせん→すあーせん→さーせん、みたいな崩れ方だと思われる。ネットスラングの一つでもあるので、普通の謝罪には向かない。少なくとも文面上で使ったらキレられても仕方がない類い

*10
神からのお告げを意味する言葉。啓示を受けてない人間に信じさせるには、ある程度本人のカリスマ性が必要となる

*11
悪夢を意味する英単語『Nightmare』から。難易度の表現として用いられているのは、主に『英雄伝説』シリーズなど。各ゲームで好き勝手高難易度の名前がつけられているため、調べてみるのも楽しいかもしれない



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あ、やっと終わりです、説明回

「……もう、そこら辺の責任云々とかは後で考えるわ。それで?その後どうしたってのよ?」

「うーん、ゆかりんが荒んでしまった。後で埋め合わせをしなくては」

「じゃあ私はバクレツアロワナ*1持ってきまーす」

「なんでそれっ!?……いやちょっと待って居るの?あのヤバげな素材生物達*2も生息してるの貴方のところ?!」

「あ、やべっ」

「ちょっとおぉぉぉっ!!?」

 

 

 憂鬱な表情を浮かべたまま、小さくため息を吐くゆかりん。

 なのでなにか機嫌取りでもしようと声をあげた私に、あさひさんがとある魚を持ってこようか、と提案をしたわけなのですが……。

 おおう、環境侵食でもしてるんですかねこの人。

 確かあの魚って、小さいけどモンスターの一種*3だったような?……なんでいんの?

 

 そんな私の困惑は、ゆかりんも同じように感じているようで。……うわああと叫びながら、勘弁してくれと机に伏せってしまった。

 

 うん、まぁ、気持ちはわかる。

 ただでさえ年末で忙しいのに、更に調べなきゃいけないことが増えたようなもんだもんね、わかるわかる。

 なお、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、ジェレミアさんに拭いて貰っていたゆかりんは、彼に耳元でなにかを囁かれたのち、いつも通りのキリリとした態度に戻っていた。

 ……なにを言ったんですかねぇ、この従者……。

 

 ともあれ、話が中断しないで済むのは良いことである。

 ただでさえ、今回の説明を語っているだけで、既に一時間近く経過しようとしているのだから、これ以上長引くと……こう……酷いことになる!

 なので、そのまま会話を元に戻す私なのであった。

 

 

「やることとしては簡単。ケルヌンノスと奈落の虫が居るんだから、いっそのこと『白面の者』も厄災に当てはめてしまえばいい。無論、そのままだと単に問題が二つから増えるだけだから……」

「妖精國の再演にすることで、対処できる物事に落とす*4。その為にもう一人──炎の厄災(ALBION)を演じられるモノとして、そこの祖龍(fatalis)さんを呼んだわけですね」

()()()()()()()のは、今のこの場所の特徴っすからね。私もあれこれと彼女(メリュジーヌ)に被るように、弁を尽くしてたわけっすよ」

「……いやその、そのしめじは一体どこから……?」

「あさヒーヌっすよ?」*5

「意味がわかりません!?」

 

 

 目的の一つは、負念の分散。

 二つある負念の集合先を、四つに増やすこと。

 それも、ある程度負念に耐性のある人物である必要があったため、白羽の矢が立ったのが龍にして人の姿も持つモノ──即ち、本体がミラルーツであるあさひさんだった、というわけである。

 髪を伸ばしたり目元を隠したりしたのも、それによってメリュジーヌを被せる(【継ぎ接ぎ】する)ため。

 そしてその企みは成功し、彼女は今回雷の厄災(FATALIS)として成立したわけである。

 

 で、その流れで『白面の者』を『白面の者』ではないものに変える、という誘導も開始。

 ……したのだけれど、これが微妙に難航した。

 在り方を変えて無害化するに辺り、その存在の本質──『闇の全て』とでも呼ぶべきそれを、変化させる先というものが見付からなかったのである。

 

 【継ぎ接ぎ】とは、上に新しくくっ付けるもの。

 弱らせるものでは原則無いため、派生できるのは似たような性質を持つモノのみ。

 ……この辺りが無理矢理混ぜこぜにする【複合憑依】との差であるわけだが、この性質が悪い方面に働くのはわりと珍しいのも確かな話。

 

 それで、一先ず先に私への説明が行われた、というわけである。

 

 

「……ん?キーアちゃんへの説明?」

「えらそーに奈落の虫ですって名乗ったけど、クリスマスの朝の辺りでは、私はその辺りの話一切知らなかったからね。……まぁ、あさひさんから感じる謎の既視感とか、色々察せられる前フリはあったけども」

 

 

 え、知らなかったの?

 ……みたいな言葉をゆかりんからお受けしましたが、まさしくその通り、私は今日あさひさんから詳しいお話聞くまで、一切この辺りのこと知りませんでした。

 だからこそ、私が奈落の虫・裏(VORTIGERN)なんてわざわざ分割した名前を名乗ったわけなのですが。

 

 

「はい、奈落の虫・表(OBERON)の名の通り、あれこれ暗躍したのはこの私、桃香ということになるわけですね」

「……なるほど、二人で一つの役柄だったと」

 

 

 まぁ、つまりはそういうこと。

 暗躍担当・桃香さん、実戦担当・私という感じに、役割分担が(いつの間にか)されていたわけで、それを私はあの路地裏で、あさひさんから伝えられていた、というわけなのでした。

 で、そこで──、

 

 

「『封神演義』の妲己に派生させるのが、『白面の者』の変化先としては妥当なんじゃないか、って提案したってわけ」

 

 

 『白面の者』と近似値として扱えそうなモノとして、妲己という形を──()()()()()()()ラスボスとでも言うべき彼女の存在を例示した、というわけなのである。*6

 

 

「……えーと?」

「原初に別たれた闇とでも言うべきものが『白面の者』だから、世界の半分……即ち、世界の理と見なすことができるわけでしょ?だったら星の一面の発露の仕方の一つって風にこじつけられるし、妲己も『白面の者』も狐系*7だし、ラスボスだし……みたいな感じで、要するに【継ぎ接ぎ】の条件を十分に満たせるモノだな、ってなってね?」

「そこから妲己が持つ『ラスボスにして()()()()』という属性の拡大解釈のために、尊大な超越者のエッセンス持ちのヒロイン的なモノを集めて捏ねて……」

「いやちょっと待って?なんか今不穏なこと聞こえたんだけど?」

「我も正直どうかと思ったのだが……まぁ、我が『白面の者』のままであれば、それはそれで宜しくない話になっていたであろうからな。必要経費という奴だ」

「なんか違和感あると思ったら、色々混じってたのねこの人……!?」

 

 

 星に溶けた彼女(妲己)と、星の半分とも言える(白面の者)

 これくらいなら十分に【継ぎ接ぎ】できるため、彼女(ハク)の方向性はそっち側に決まったわけである。

 ……それと、そのままだと単にヤバさが違う方向に行くだけ*8なので、直前のロー君との会話で思い付いていた、忍ちゃんとかのエッセンスだけ引っ張ってきたりして──それを何かしらの力を利用して、付与する直前にまでは漕ぎ着けたわけなのである。

 

 が、そこまではどうにかなったのだけれど……。

 

 

「マイナスにマイナスをかけてプラスにする……いわゆる反転術式*9的なモノを、ハクさんは扱えなくてねぇ」

(マイナス)(マイナス)でひっくり返すようなものでな。……尾のように分けるならまだしも、そのような使い方はピンと来ぬでな、すぐさま無理と投げたのだ」

「ええ……」

 

 

 二人揃ってやれやれ、と首を振っていれば、呆れたような疲れたような、そんな感じの声をあげるゆかりんである。

 

 いやまぁ、仕方のない話ではあるのだ。

 マイナスにマイナスをかけるというのは、数字上ならいざ知らず、現実で行おうとするのであれば──物理的なモノ(マイナス)概念的なモノ(マイナス)をかけるようなモノ。

 方向性の反転と言えば楽そうに見えるが、その実滅茶苦茶難しい技術なわけで。

 

 特に、ハクさんは闇の全てと言われるほどの存在。

 それを全て反転させるのは、中々に無理があるわけだ。……そもそもの話、『簡易人理定礎』による『白面の者』の爆発自体は回避できないのだし。

 

 

「そこで考え付いたのが、今がクリスマスであるって事実。即ち、サンタパワーを活用して、爆発と反転を一纏めにしてしまえばいいんじゃないか、ってやり方」

「な、なるほど?つまり、アルトリアさんに皆さんがサンタパワーを集結させていたのは……」

「アルトリアの成長自体も、()()()()()()()()()()()()()みたいだから、上手いこと利用したってわけ」

 

 

 故に、全部一辺にやればいいじゃん!

 ……という暴論の結果が、アルトリアの『約束された聖夜の剣(サンタカリバー)』だったわけである。

 

 あれは、原理的には圧縮されたサンタパワーを相手にぶつけ、プレゼントにしてしまうモノであり──サンタのプレゼントというある種の奇跡を以て、負を正に転換するという目的を果たすために、うってつけの武装だったのである。

 ついでに大本が『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』なので、爆発もバッチリと言う寸法なのです。

 

 

「……まぁ、わかんないけどわかったわ。で、あのビッグ・ビワハヤヒデの方は?どうなってるの?」

「あれはねー、単に【継ぎ接ぎ】するだけでどうにかなったんだよ」

「はぁ?」

 

 

 これまでの説明に、一先ず納得する様子を見せたゆかりん。

 けれど、ここまでの説明では『白面の者』についての話は終わっても、残された片方──即ちケルヌンノスの話が片付いていないようにも聞こえるわけで。

 

 そんなゆかりんの疑問ももっともな話。

 ただこれは、別に説明を省いたとかそういうことではなく、その逆。

 説明の必要もないくらい上手く行ったので、説明することがないというのが近いのである。

 なんのこっちゃ、というような顔をするゆかりんに、単純明快に答えを告げる。

 

 

「あのたぬき達が人を呪うと思う?」

「……ないわね!」

 

 

 ええ……?みたいな表情を浮かべるマシュが横に見えたが……実際、そこまで難しい話ではないのである。

 

 郷の内部に放たれたミニ・ビワハヤヒデ達が、特に破壊工作を行っていなかったように。

 本来負念が果たすべき攻撃系の所業は、全て私とあさひさんが請け負っていた。

 それは、郷の住人判定が確りと乗っている私達二人なら、万が一誰かを攻撃したとしても、重篤な負傷とかには繋がらないと踏んでのことだ。

 これがケルヌンノスの呪いの腕だったりすると、そもそもあれが自滅の呪いであるらしいことから、郷の防御機構をすり抜ける可能性もあったわけで。

 

 なのでとりあえずの対処として、いわゆるたぬきと呼ばれるモノの中でも、殊更にケルヌンノスと関連付けられる事のある──癖毛の酷い状態のビワハヤヒデを【継ぎ接ぎ】したわけなのであった。

 ……まぁ、元の素体の出力的な問題で、自身の眷属としてウマ(たぬき)娘達を発生させる神的ななにか、に変貌してしまったのだが……これもまた、なんというか上手い具合に噛み合ったらしく。

 

 

「ケルヌンノスの呪いの腕と、あのちっちゃなビワハヤヒデってイコールなのよね……」

「え゛」

「持ってたら毛が伸びたって聞いたけど、それが厄災としての力ってこと。……投下するところを選べば戦争が起きそうな感じが、どことなく呪いの面影を感じさせるわよね……」

 

 

 結果として、とりあえず集まってきた負念をミニ・ビワハヤヒデ……今現在は他のたぬき達も発生するようになってるみたいだけど……。

 まぁ、割りと無害な形に勝手に出力してくれる、天然の負念浄化装置みたいなものになった……と言うわけなのでありましたとさ。

 

 ……え?つまりあれって倒せてないんじゃって?

 あれだよあれ、人々が大地への感謝とか忘れなければ大丈夫だよ、多分!*10

 

 

*1
『モンスターハンター』シリーズより、ハレツアロワナの亜種である()()()の一種。ハレツアロワナは絶命時に破裂するが、バクレツアロワナは絶命時に爆裂する。……こんなものを焼き魚にしても大丈夫なのだろうか……?

*2
虫系でラスボス級の存在が登場したにも拘らず、『世界一強い』と言われているドスヘラクレスなどが良い例。……正確には『世界一強いと言われている』までで一文なので、実際は誇張とかなのだろうが、もし仮に文面通りの性能を持っているとすると、飴玉ベジット(『ドラゴンボール』)みたいなおぞましすぎる存在になる……

*3
上でも書いたがあの魚は小さくとも魚竜種、即ちガレオスとかガノトトスとかと同じ種目の生き物である。……同じ哺乳類でもネズミとライオンが居るように、危険度は低……低くはないが、まぁ大丈夫なのだろう、きっと

*4
妖精國を下に見ているわけではない、念の為。事件簿コラボの魔神柱と同じく、一度対処しているので弱点が付与される……みたいな話である。あと、戦力コントロールによってわざとやられるようにもするつもりだったので、向こうがハードモードならこっちはイージーモードくらいの差がある

*5
妖精騎士メリュジーヌのイラスト担当・CHOCO氏が描いたデフォルメキャラ、しめじになっているメリュジーヌ……略してしめジーヌから。元々は、メリュジーヌという独特の語感が覚えられない人に向けて、名前の法則性を覚えて貰う為に生まれたモノ。同様の存在に()るジーヌ、たる()ジーヌが居る。たーる!

*6
『封神演義』の敵でありヒロインでもある妲己だが、あまりにも好き勝手した上で満足して自分の目的を達成した……即ち勝ち逃げしたため、嫌いという人も多いのだとか。その為、ゲーム版には彼女を倒すことができるオリジナル展開が存在するものもあったりする

*7
安易な決め付け云々言うてたやんけと思ったそこの君、ここでは()()()()()()()()脅威度を下げようとしているので、そのツッコミは正解だ

*8
ハンバーグと聞いてトラウマを刺激されるのは、主に『封神演義』か『仮面ライダーアマゾンズ』くらいのものだろう。なお、『封神演義』の方は原作の描写を現代風にするとハンバーグになる、という形であって、原作ではハンバーグではない。藤崎竜版『封神演義』を地元中国の人に見せると、場合によっては相手との関係が終わる可能性がある劇物である、ということは、この機会に覚えておくとよいと思われる。……昨今の中国での偉人関係の規制とかを見ていれば、なんとなく予想は付くだろうが

*9
『呪術廻戦』より、負の呪力に負の呪力を掛け合わせて正の呪力を作り出すこと。これを通常の術式に流すと、術式の効果が反転する『術式反転』を使うことができる(例:引き寄せが弾き飛ばしになる)

*10
儂一切顔見せしとらんのに話題に出され過ぎなんじゃが!?じゃが!!?




ホントはクリスマスパーティの内容でも書こうかと思いましたが……やめました。
今章が長くなってしまったので、ちょっと幕間したら次に移行します……


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幕間・そして彼女はやって来た

 クリスマスの騒動も終わり、年明けを待つだけとなった今年最後の一週間。

 こたつでぬくぬくと暖まりながら、つい先日のクリスマス気分から一転、あっという間に年末特有の番組編成に変わってしまった、薄情ものなテレビを眺めていた私だったのですが。*1

 そんなゆったりとした団欒を崩すかのように、突然玄関のチャイムが鳴り響いたのでございます。

 

 

「……?今日って誰か来る予定とかあったっけ、マシュ?」

「ええと……大晦日*2までは、そのような予定は無かったように思いますが……?」

 

 

 向かって左側、同じようにこたつに入っていたマシュに尋ねてみるが、彼女も小さく首を捻るばかりで、この突然の来訪者には覚えがない様子。

 ではアルトリアはどうか、と視線を向けて見るものの……。

 

 

「うーん……マーリン……それは油ではありません……エリンギです……」

 

 

 という、一体どんな夢を見ているのだろうと不思議になる寝言を呟きながら、机に突っ伏して苦しそうに魘されていたのだった。

 ……もしこれがアルトリアの客であるのならば、こうして呑気に寝ているなどと言う失態は犯すまい。

 ならば私の反対側で、こたつから顔だけ出してテレビを見上げているハクさんかな?と思ったのだけれど。

 

 

「我ではないぞ。……そもそも、我の知り合いなど居るわけないであろうが」

「それもそうか……じゃあ、なんなんだろ?」

 

 

 彼女の言葉に、ふむと一つ声を漏らす。

 言われてみれば、彼女はここにおいては新参者も新参者。

 もうちょっと日が経って、行動範囲が広がったならば話はわからないけども、今現在彼女の扱いは、関係各所があれこれと調整中なわけで。

 ……外に出ることが叶わない以上、他所と交流を持つのは不可能に近いだろう。

 眷属的なモノだった()とのリンクも切れているから、そっち方面での来訪者……というのも望むべくもないみたいだし。

 

 じゃあ……宗教勧誘とかだろうか?日本引きこもり協会(N・H・K)的な。*3

 みたいな気分でこたつから出ようとした私は、

 

 

「ああ、待つんだキーア」

「……声を掛けてくるってことは、CP君のお客さん?」

 

 

 別室からきゅぺきゅぺ足音を鳴らしながらやってきた、CP君に呼び止められる。

 ……彼女への来客、というのはそれはそれで警戒してしまうが、まぁ誰だかわからないのよりは幾分マシかな?

 みたいな気分で、次の彼女の言葉を待っていたのだけれど……。

 

 

「違う違う。僕じゃなくて、彼女のお客さんみたいだよ?」

「彼女?……って、ビワの?」

 

 

 首を振った彼女が首を向けた先に居たのは、最近うちに加わった住人のうちの、もう一人……()()()()()()()()()()なのだった。

 

 

 

 

 

 

「ビワハヤヒデさんを訪ねて来た、ということは……」

「相手もたぬき、なのかな?」

 

 

 マシュと言葉を交わしながら、いつも通りバタバタしているビワを抱き上げて、玄関へと向かう私。

 

 今では色々と落ち着いたらしく、毛の厄災としての力はなくなっているらしい彼女は、あの時数多(あまた)生まれたたぬき達の一人……大本のビッグ・ビワハヤヒデの意思を直接降ろした、いわゆるコア(巫女)みたいな感じの存在である。

 

 基本的に喋ることができないらしく、身振り手振りで相手と意志疎通を図ろうとする彼女達たぬき(ウマ)娘は、その可愛らしさから瞬く間に郷の人気者になっていた。*4

 そんな彼女達の一人、いわゆるリーダーとでも言うべき存在に対して、接触しようとやって来た相手……。

 

 厄介事とかでは(多分)ないだろうけど、それでもちょっと気になるというのが人情と言うもの。

 なのでこうして彼女を抱き抱えて、物見遊山気分で同行したわけなのだけれど……。

 

 

「お前かー!!!ウチをこんなんにしたんはお前かーっ!!?」

「どうどう、落ち着いてタマモ。深呼吸深呼吸」

 

 

 玄関を開けた先に居た人物達に、早くも後悔し始める私なのであった。……厄介事じゃんこれ!?

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 とりあえず玄関先でバタバタするのも、という事で居間まで上がって貰ったわけなのだけれど、さっきから相手は無言のまま。

 

 そのままだと顔がこたつで隠れてしまうので、天板の上に座らされたビワはと言えば、呑気にラーメンを食べていた。

 ……いや、そのラーメンどっから出したというか、そもそも話の最中にラーメン食べるなと言うか……。

 動きがどうにも決まっているような、不思議な行動を取り始めるのがたぬき達の特徴だが、幾ら可愛いとは言っても限度があるだろうよ……。*5

 ほら、こっちを見てる相手方の目が怖……あれ?私の方睨んでないこの人?

 

 視線がどうにもこっちに向いているような気がして、改めて相手の姿を眺めることになった私。

 相手の姿は……端的に言うと謎のヒロインXのような感じ。……いや、隣の1.5ちゃんの方じゃなくて、帽子とジャージを着ている元々の方……みたいな感じね?

 

 正確には、青地の上着に赤い線が入っていたり、下に履いているのがショートパンツじゃなくて、白いズボンになっていたりと、ちょっとXちゃんとは違うなーって感じなのだけれど。*6

 全体的に感じる空気が、『謎のなんたら』みたいな感じ、というか?

 

 そんな彼女の隣に座る、もう一人。

 こっちはまぁ、すぐにわかる。人畜無害そうな感じだけど、なんかいつの間にか話題の中に居そうな感じのする彼は……。

 

 

「こんなところにも出張か、沙慈(さじ)・クロスオーバーロード」*7

「刹那みたいな顔で言うのはやめて欲しいな……」

 

 

 あはは、と控えめに苦笑を浮かべる彼の名は、沙慈・クロスロード。

 機動戦士ガンダム00の登場人物の一人……ポジション的に主人公格ではあるのだが、方向性的にはモブ系列……という、ちょっと珍しい立ち位置の人物である。

 別に特別な生まれでもないし、特殊な能力も持ってないし、あくまで巻き込まれただけでしかないし……。

 そういう意味では、昨今の無力系主人公の一種とも言えなくもない、のだろうか?

 

 ともあれ、それだけなら別にモブっぽい主人公、くらいの立ち位置で終わっていただろう彼は、数々のロボットアニメ達がクロスオーバーする作品、『スーパーロボット大戦』シリーズにおいて、その存在感を遺憾無く発揮していくことになる。

 

 ……のだけれど、それは今はとりあえず置いといて。

 気になることがあるとすれば、横の人と一緒に彼がうちにやってきた、ということの方である。

 

 うーむ、繋がりが見えない。

 今のところ、横の人がちょっと伏し目がちというか下を向いているというか、とにかく顔が確認できないのが状況把握に響いているというか。

 目深に被った帽子も、視線を読ませない感じにしてしまっているし。……いやまぁ、こっちを睨んでるのだけは、その纏う空気からよーく感じられるんだけども。

 

 ただ、なんでそんなに敵視されているのかがわからない。

 一応ビワの主張していた通り、彼女?がビワのお客さんというのは、別に間違いではないようだし。

 ……いやまぁ、新参者度数で言えばハクさんと大差ないはずのビワに対して、お客さんが来る……というのも、よくよく考えてみるとちょっと意味不明なのだけれども。

 

 そんな風に、なんとも言えない空気が居間を満たしていたのだが……。

 

 

「……って、またお客さん?」

「まるでガトリングの如く、と言わんばかりだの。どれ、我が見てきてやろう」

「あ、ハクさん私が出ますので、大丈夫ですよ?」

 

 

 再び、部屋の中に響くチャイムの音。

 ……なんというか、やけに訪問者が多い感じだなぁ、今日。

 マシュにも聞いたけど、本来今日はなんにもない平日に近い日、特に人が来る理由も意味もないような気がするんだけども……。

 

 そんな風に私が首を傾げていると、よっこいしょと年寄り臭い言葉を呟きながら、ハクさんがこたつから抜けて玄関に向かっていった。

 その後を追うように、マシュもこたつから抜け出して小走りに玄関に向かっていく。

 

 ……隣で変わらず魘されているアルトリアに、私の横できゅぺきゅぺしているCP君。

 それから、机の上で再びバタバタし始めたビワと、その向こうで変わらずこちらを睨んでいるとおぼしき誰かと、その横で曖昧に微笑む沙慈君。

 

 ……なんだろうなぁ、この状況。

 と、思わずため息を吐きそうになって。

 

 

「とぉぉ↑おう↓!*8謎のヒロインX1.5見参!こちらにサーヴァント・ユニヴァースの気配を感じましたので、失礼ながら緊急時と判断しお邪魔させて頂きました!!」

「どわぁっ!!?なななな、Xちゃんなにしてんのアンタっ!?」

 

 

 そのため息を飲み込む程の、突然の衝撃。

 驚いて振り返った先には、何故かシンフォギア風味な姿となったXちゃんと、その後ろで目を回したハクさんを抱えて、慌てたようにこっちに戻ってきているマシュ。

 それから、無残にも破砕されたうちの玄関の、哀れな残骸があったのでした。

 

 ……いやちょっと待った。

 ツッコミ所しかないのは今更とはいえ、なんで玄関粉砕する必要があるんですか!?

 そんなこちらの視線は見えていないのか、部屋の内部を見回していた彼女は──Xちゃん来訪と同時に立ち上がっていた、謎の何者かの姿を、その視界の内に捉え。

 

 

「……自己紹介がまだやったな。ウチはタマ……タマ……タマ……ッ!!」

「え?暗黒タマタマ?」

「やかましい!!誰が埼玉のルーラーや!!*9……ちゃう、ウチは、ウチは~~~……ッ!!」

 

 

 帽子の鍔先を掴み、帽子を取り去ろうとしながら、なんだかわなわなと震える彼女の姿に、思わず首を傾げた私に、彼女が声を荒げ。

 そうして一瞬瞬間湯沸し器のようにその激情を噴出させようとした彼女は、大きく深呼吸をしながら息を整えて、改めて、口を開いた。……心底、忌々しげにである。

 

 

「ウチは……タマモナインの幻の十番目、その名を謎のタマモ(クロス/テン)!!……だーっ!!!ホンマ、ホンマにこいつぅ~~っ!!!」

「まぁまぁ、抑えて抑えて。で、僕は謎のトレーナー沙慈・(クロス)、ってことみたいだよ」

「……はぁ?」

 

 

 彼らから放たれた言葉の意味を理解するのに、更に時間を要する事となったのは言うまでもない……。

 あと帽子を取ったタマモさんからの視線が怖かったのも、言うまでもない話だったりする。

 

 

*1
因みにこの急な感じのあれこれ、海外だとクリスマスと年末は流れで祝うものなので、あまりピンと来ないのだとか。日本のように正月休みを取る、というところも珍しかったりする

*2
旧暦での月の終わりの日の呼び方『晦日(みそか)』から来た言葉。年終わりの最後の30日(みそか)で、『大晦日』と呼ぶ。現在の暦では12月最後の日は31日なので、ちょっとズレがなくもない

*3
滝本竜彦氏による小説作品『NHKにようこそ!』内に登場する架空の団体。放送局の方の真の姿、という風に主人公は妄想している

*4
色々あった結果、他の種類のたぬき達も発生するようになった、らしい

*5
基本的に素材元の動きを取る、らしい

*6
ウマ娘のタマモクロスの勝負服を、上は帽子としっかり前を閉じた上着、下を捲り上げていたズボンを普通に履いた状態に変えたような見た目

*7
沙慈・クロスロードのコラというかなんというかでお決まりの始まり方。大体プラモを作らされていたが、後年は黒幕感を醸し出したりもしていた。経歴をちゃんと並べると割りと意味不明になることも、彼の方向性を左右していたのかもしれない……

*8
『艦隊これくしょん-艦これ-』より、重巡洋艦娘・熊野の発する特徴的な台詞。もはや奇声

*9
『映画 クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』のこと。結構初期の方の映画なので、オカマキャラも普通に存在した(うえ、呼び方もオカマだった。二回目以降の地上波放送より、オカマと言う呼び方は全て差し換えられている、らしい)



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幕間・影響連鎖のストラテジー

 衝撃的な自己紹介から早十分。

 とりあえず部屋の内装やらがぐちゃぐちゃになってしまったため、一度中に居る人達を全て外に放り出して、内装を端末で弄って初期化&最適化。

 

 そうして元に戻った室内に、再び舞い戻った私達は、改めて机を挟んで対峙していたわけなのですが……。

 

 

「……ええと、つまり?」

「ウチは本来『ウマ娘』カテゴリのはずやのに、最近のクリスマスの騒動のせいで、そのラベルが雑多に貼り変えられてしもうたんや!!……その結果がこの胡乱な経歴!!どうしてくれんねんホンマっ!!」

「どうどう、タマモどうどう」

「やかましいわアホンダラァッ!!?」

 

 

 涙目で捲し立てるタマモX……もといタマモクロス。*1

 彼女の出身原作()は本来ウマ娘になるはずが、ここに居る彼女は『謎のタマモX』として扱われている……もとい、出身原作()がサーヴァント・ユニヴァースになってしまっているのだという。

 そのせいで色々とあれなことになっているので、それをどうにかするためにここに来た……ということらしい。

 

 ……いやその、言ってることがよく分からないんですけど?

 そもそもウマ娘って、なりきり郷においてはレアキャラなはずですよね?

 発生要因的にそんなにぽんぽん出てくるものでもない、みたいな?

 ……それがなんで、そんなわけのわからない状態になっているんです?

 

 と、言うようなこちらの疑問に関しては、彼女の横で落ち着くようにと言って聞かせているトレーナー役、謎のトレーナー沙慈・Xさんが答えてくれ……いやそもそも、そっちもなんなんだその名前?

 

 

「実はもう一人居る予定だったって聞いたら、君は驚くかな?」

「……いやいやいや、なんかいやーな予感がしてきたんで聞きたくないです」

「実はシュウジ・クロス()さん*2も一緒に来る予定だったんだ、色々あって遠慮されちゃったんだけどね」

「聞きたくないって言ってるのに、なんでこの人話してんの?!ってかやっぱり師匠だったんじゃん!!」

「む、イーストグランドマスターXも登場予定だったのですか。師匠被りせずに済んでよかった、と胸を撫で下ろしておく場面でしょうか?」

 

 

 なお、その後に彼が話した言葉により、要するにクロス()繋がりの人選であった、ということが判明するのだった。

 ……あの濃ゆくてヤバい人(東方不敗)が来ていたとしたら、恐らくなりきり郷が酷いことになっていたのは間違いないので、命拾いしたというかなんというか。

 でも発言の内容からするとここに居る二人、自分がここに来た時の事とかを覚えているっぽいので、別の意味で厄ネタ臭がしてきたわけなんですけどね!

 

 そんな風に、現状結構やべーんじゃねーの?

 ……と疑い始めた私に対して、沙慈君が苦笑を浮かべながら声を返してくる。

 

 

「ほんのちょっぴりだけ、誰かに呼ばれたことを覚えてるんだ。まぁ、『行けっ、クロス達よ』みたいなかなり雑な言葉と、気付いたらこの場所に居たってところくらいで、多分他の人と知ってる情報についての差はないとも思うけどね」

「はぁ、なる……ほど?」

 

 

 なんだその、……いやホントになんだそれ?

 彼の言葉に納得しかけて、逆に疑問が増えた感じになって微妙な顔をする私。

 ……クロスって名前についてるキャラを、無造作に送り込もうとしてた感じなのかな、それだと。

 で、その時に師匠も一緒に居て、「いや、儂は遠慮しておこう」*3みたいなことを言ってたと?

 

 ……『逆憑依』って拒否とかできたんだ、みたいな気分になってきたんだけど?

 え?師匠なら気合いでどうにかなる?

 ……いや、その理論を認めちゃうと、本来断りそうな面々が『逆憑依』してることについて、改めて考え直さなきゃならなくなるのでないかなー、というか。

 いやまぁ、ここであれこれと疑っててもあれだし、深く追求することはしないけども。

 

 まぁとにかく、彼等の発生というか出現というかがつい最近のこと、というのはよくわかった。

 ……となると、こちらに来たタイミングが、クリスマスのあれこれと同時期だったものだから、その時のケルヌンノスのビワへの変化とかの影響を受けた結果、今ここでぶつぶつと唸っているタマモクロスの状態に結び付いていく……ということになるのだろうか?

 つまり……彼女は現在、強制的な【継ぎ接ぎ】状態ってこと?

 

 

「いや、それもあるんやけど。別口のタイミング被りもなくはないみたいでな?」

「……別口?」

「ほい」

 

 

 首を捻る私の前で、自身のスマホ……が動かないことに「げ」と呻いた彼女が、横に居たマシュに端末を貸して貰って、何事かを操作すること暫し。

 目的のモノを見付けたらしい彼女は、端末を裏返しながら、その画面に写ったモノを私に見せ付けてくるのだった。

 そこに書かれていたのは……。

 

 

「『タマモクロスついに実装』……おお、おめでとう。なんかずーっとタイミング外されてた……ってファンが言ってたらしいね」

「せやせや。いやそこはウチやないんかーい、みたいな?まぁこれで、ウチも漸く思う存分走れるーと思うとったんやけど。……ほれ、こっち」

「ん?……『ツングースカ・サンクチュアリ』?」

 

 

 ウマ娘の方で、ようやっとタマモクロスが実装されたというニュースが一つ目。*4

 それを嬉しそうに見せてきた彼女が、途端にスンッ……と表情を無にしながら代わりに表示したのが、fgoのイベント画面。

 

 そこに写っていたのは、ついにコヤンスカヤとの決着が付くということで、プレイヤー達が張り切ってるとかなんとかな、最新章クリア前提のイベントについての解説なのであった。

 ……スルト君は大体十八バルバトスだったそうですね。

 もっと寄越せよスルト、殺したかっただけで死んでほしくはなかったんだぞ……。*5

 

 ともあれ、違うゲームの違うイベント、これになんの関係があるのだろうと少し首を捻った私は、なんとなく視線を二人に向けた結果、天啓を受けたような衝撃を感じたのだった。

 

 ……この二人は、()()()()()()で一緒に居るらしい。

 そして今提示された二つのイベントは……()()()クロスと()()()ヴィッチ・コヤンスカヤの、それぞれ重要な出番に関わるものである。つまり、

 

 

「──タマモ繋がり。向こうのタマモさんがタマモナイン()なんてモノの一人、なんて話とか。それと、クロスを(エックス)と書くと、ローマ数字の()に似てるだとか。……まぁ、そんな感じのこじつけ・言葉遊びが、一部で流行ってたらしいんだよね」

「なるほど、それと私こと『謎のヒロインX』や、最近現れた新キャラクターである『謎の蘭丸X』*6のネーミング法則に肖って──」

「タマモナイン、幻の十番目()。謎のタマモ(クロス)などという胡乱な存在が生まれた、というわけか。……我が別物とは言え妲己の姿であることも、微妙に関係しているというやつだな?」

 

 

 現実の方でたまーに起きる、型月とサイゲの謎のシンクロ現象と、ケルヌンノス(ニアイコール)ビワハヤヒデという、fgoとウマ娘を繋ぐ?存在の転換が、実際にここで起きていたということ。

 それから、その他の雑多な物事が重なって……こっちに呼ばれてくる時に、その辺りのノイズまで巻き込んで(【継ぎ接ぎ】して)しまった、ということらしい。

 

 ……いやちょっと待った、これ私悪くなくないっ!!?

 そんなこちらの叫びは、残念ながら聞き届けられることはなく……。

 

 

「やかましいっ!!この余分なものを今すぐ剥ぎ取れアホンダラァッ!!」

「ひぃーっ!!?幾らなんでも無理があるってばーっ!!?」

「あ、せんぱいっ!?せんぱーいっ!!」

「むぅ、これは波乱の予感。トレーナーさん、ご同行をお願いしても?」

「喜んで。……しかしまぁ、忙しくなりそうだなぁ」

 

 

 そうして、私は自身の無罪を叫びながら、家の外へとタマモに追い掛けられながら飛び出した、というわけなのでございましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「それで?ここまでせっせと走ってきたと?……いやはや、わざわざ遠方より御足労頂き誠に有り難うございます、とでも言っておけばいいのかな、これは?」

「……突っ込む気力もないのでノーコメント」

 

 

 ユニヴァース産になっている扱いだからなのか、同系列の存在であるはずのオグリよりも遥かに早く……下手すると縮地*7でも使ってるんじゃないのか、と錯覚しそうな速度で追ってくるタマモから、命からがら逃げ延びた私。

 そうしてやって来た場所がラットハウスというのは、なんというか自身の行動範囲の狭さを実感するような、しないような。

 

 ともあれ、いつも通りにやにやとした笑みを浮かべながら、こちらを弄ってこようとするライネスを、適当にあしらいつつ淹れたての紅茶に舌鼓を打っていた、というわけなのでございます。

 

 

「……ふむ。私も何か力になれればよかったのだが、生憎と私が使えるのは幾つかの晶術と、剣と弓くらいのもの。君の問題に対処するには、些かばかり足りないようだ」

「……いや、寧ろ晶術使えるってことの方が驚きなんですけど」

 

 

 店の奥から、私が頼んだ料理を持ってきつつ、申し訳なさそうな声をあげるウッドロウさん。

 ……こっちとしては、レンズもない……ない?のに、晶術が使えるという彼の言葉に、ちょっとばかり面食らったりしていたわけなのですが。

 帯剣している様子もないので、レンズ代わりになるソーディアンも持っていないはず。……余計のこと、なんで使えるんだろう感がひしひしと感じられるというか。*8

 

 

なに、気にすることはない(川´_ゝ`))。私も色々と切り札のようなモノを持ち合わせている、というだけのことだからね」

「は、はぁ……」

 

 

 爽やかな笑みを浮かべるウッドロウさんだが、気のせいだろうか。……なんかこう、特徴的な顔文字(川´_ゝ`))を彷彿とさせる表情をしていた、ような……?

 この人と話していると調子が狂うな、と思いながら、頼んでいた料理……きつねうどんに手を付けようとして。

 

 

「見 付 け た でぇ !!」

「どわぁっ!?あっつぅっ!!?」

「あっ、すすすすまんっ!!だだだ大丈夫かっ!!?」

 

 

 カウンター下から飛び出したタマモにクロスにビックリして、持ち上げようとしていたどんぶりを、思わず宙に放り出してしまった。

 そのままだと彼女の脳天に直撃して、火傷やらなにやらで酷いことになっていただろうから、慌ててどんぶりを掴み直したのだけれど。

 ……生憎と汁が反対側(こっち側)から外に溢れてしまい、結果として私が汁を被る羽目になってしまったのであった。

 ……めっちゃあっつぅ!!?

 

 

*1
『ウマ娘』のキャラクターの一人。『白い稲妻』と呼ばれた競走馬『タマモクロス』をモチーフに持つ。モチーフ馬の性格に起因する喧嘩っ早さが特徴の一つに数えられるが、その一方で面倒見の良さも持ち合わせている。背丈が小さく、よく年下に間違われたりする。関西弁のキャラの宿命か、粉モノの調理が得意(モヤシとはんぺんの扱いも上手いとか)で、よくツッコミキャラにされている。……周囲がわりと非常識なウマばかりだから、というところもあるとは思われる

*2
『機動武闘伝Gガンダム』のキャラクターの一人、東方不敗マスター・アジアの本名、シュウジ・クロスのこと。ロボより生身の方が強い、と言われるGガンダム勢でも、トップクラスのガンダムファイター。大体東方不敗か師匠と呼ばれるため、本名で呼ばれることはほとんどない

*3
『ゼノサーガ』より、とある人物の言葉『いいえ、わたしは遠慮しておきます』から。『みんなのトラウマ』の一種。人の良さそうな感じのキャラクターが疑われる遠因の一つ……かもしれない

*4
アプリ・アニメ・漫画などで結構目立つ立ち位置にいる彼女だが、その実装は12月になってから。配信開始からすると十ヶ月ほど経過している

*5
大々的なレイド形式のイベントであった『冠位時間神殿ソロモン』でのバルバトスの哀しみの経歴から。一般的なゲームにおけるレイドイベントとは、強力な敵キャラクターをプレイヤー全員で削り倒していくという感じの、協力形式のイベントである。だが、このイベント当時のレイドイベントというものは、大体がめんどくさいだけのモノ、という意識が強かった(基本的にMMO系列のゲームが実装するもので、時間もリソースも大量に必要とするもの、という意識が強めだった。報酬もある程度やれば、そこまで欲しいものではなくなる、というか)。そんな中始まった『冠位時間神殿ソロモン』は──fgo特有の素材の渋さを投げ捨てた、やればやるだけ上手いイベントだったのである(似たようなことはボックスイベントにも言えたりした)。結果として、落とす素材の需要が(直近で実装されたマーリンが使う素材を落としていた)非常に高かった管制塔・バルバトスが、秒間44本という速度で倒されていき、真っ先に全体力が削られて落ちていくはめになった。その時に生まれたのが、倒される速度(体/秒)を表す単位『1バルバトス』であり、同時期にアニメをしていた『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』での主人公・ミカの台詞から流用された『もっと(素材を)寄越せよ、バルバトス』、それからfgo史に残る狂気の台詞『殺したかっただけで死んでほしくはなかった』(=いつまでも素材を落としてくれれば良かったのに)である。なお、『ツングースカ・サンクチュアリ』でのスルトの撃滅速度はおよそ18バルバトス。一秒間に800体近くのスルトが倒された計算となり、fgo界にまた新たな記録を刻みつけることとなったのだった……

*6
fgoのイベント『昭和キ神計画 ぐだぐだ龍馬危機一髪! ~消えたノッブヘッドの謎~』にて実装された配布サーヴァント、星4(SR)アヴェンジャーのこと。サーヴァント・ユニヴァース産としか思えないような胡乱な設定を持つ存在だが、恐ろしいことにユニヴァース出身だとはどこにも書かれていない。ネーミングの法則などからそうだろうと思われているだけ、というある意味恐怖の存在。でも蘭丸がかわいいので、全部OKなのであります

*7
仙術の一つ。言葉通りに『地を縮める』技。もしくは、古武術における『地を縮めたような』歩行方法のこと。後者の場合は技術の一つであり、相手に自分が移動したことを気取らせないもの、と考えるとよい。例えば頭の高さが変わらないように進むと、相手が足元を見ていない限りこちらの移動に気付くのが一手遅れたりする。そういう技術の積み重ねが、古武術における『縮地法』だと言える

*8
『テイルズオブデスティニー』シリーズにおける、他作の魔法や譜術に相当するもの。元は彗星から取り出した、晶力を含むエネルギー結晶体『レンズ』に纏わる技術。ソーディアンによって行使される晶術と、レンズによって行使される晶術では原理や概念が違うらしいが、高純度レンズの集積回路的なモノであるコアクリスタルが搭載されたのがソーディアン、という説明からすると、ちょっと疑問が沸かなくもないような。純度の問題、ということなのだろうか?



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幕間・元凶は彼、元凶は私

「ほんっっっ……とぉ~~にっ、すまんかった!!」

「ああうん、そっちが火傷しなくてよかったようん……」

 

 

 数分後、私の目の前に居たのは、頭を下げてこれでもか、と謝罪を重ねてくるタマモの姿。

 

 ……こっちが驚かしたから、そっちに怪我させてしもうた、本当に堪忍な?

 なんて風に、彼女から謝られているわけなのだけれど。

 正直、これくらいならば大した怪我というわけでもないので、あんまり気に病むことはないよ、としか返せないキーアさんなのです、というか。

 いやまぁ、熱い汁を被った直後は、そりゃあもうすっごいびっくりしましたけどね?

 半ば自業自得めいたところもあるし、あんまり彼女を責める気にもならんのですよ、これがな。*1

 

 ともあれ、ずっと彼女に頭を下げられていると、こっちとしても(横のライネスの気配的にも)気まずい……というのも確かな話。

 なので、もう一度大丈夫だからと声を掛けてみたわけなのですが……彼女は未だに渋い顔をしながらも、下げていた頭を上に戻してくれたのでした。

 まぁ、その表情は未だに気に病んでる感じだったのだけど……さっきみたいに謝り続けられるよりは、遥かにマシ……と思うことにする、うん。

 

 それに、別に悪いことばかり……と言うわけでもない。

 タマモが怒りを治めてくれたため、もうちょっと建設的な話をすることができる、というのは間違いないのだから。

 

 

「と、言うわけで。……とりあえず前提として聞いておきたいんだけど、なんで私の所に来たの?」

「なんでって……そらもちろん、アンタがここで一番凄いって聞いたから……」

 

 

 故に、ここからは事情聴取の時間である。

 こっちに来たのがごく最近……例のあれこれが起きたクリスマスよりも後、ということになると。

 そのタイミングというのは、ほぼ昨日とか今日の朝とかの、本当に直近としか言い様のない時期になってしまう。

 要するに、【顕象】であるハクさんよりも更に新参者なのが、今ここにいるタマモと、多分こっちに向かってきている沙慈さん……ということになるわけで。

 

 だとすると……おかしいことがある。

 私は区分的には『オリジナル』に当たるキャラクターである。

 ……つまり、なりきり郷内での知名度ならばいざ知らず、他所から来た人物達が私の事を知っている確率というのは、下手するとガチャで最高レアのアイテムやらキャラやらを引き当てるよりも、遥かに低い可能性があるということで。

 ……話が回りくどい?つまりはだね、

 

 

「私を頼ってくる理由──私がここで一番凄いって知ってる理由がわからんのですよ。だって私、見たらわかるけど外見ただの子供よ?」

「……せやな。ウチよりも背丈低い大人とか、もしかしたら初めて見たかもしれん」*2

「……お?なんだ身長マウントか?仕方ねぇ、やりたくないけど変身すっか!」

「いや止めたまえよキーア、突然柄悪いキャラに変貌するのは。……というか、変身って君の場合あれ(キリア)だろう?恥の上塗りでは済まないと思うんだけど?」

「……唐突に横から言葉のナイフを刺してくるのは、条約違反だと思うんだけど?」*3

 

 

 ()()()()()()()()()()()()が、一切ない。

 今回のあれこれについての疑問は、まさにこれに尽きるのである。

 だって私、目の前のタマモよりも背が低いからね!

 ……背が低いせい?で幼稚園児の格好までさせられたことのある*4目の前の彼女よりも、更に背丈が下なのが私、キルフィッシュ・アーティレイヤーなのでございます。

 

 つまり、私の詳細を知らない相手が、私を頼る理由が全く無い。見た目的(子供に見える)にもキャラ的(原作がない)にも、()()()()()()()()()()()()()でもなければ、私を頼るという選択肢が思い浮かばないはず。

 それが、彼女達が私を訪ねてくる理由がわからない、という結論に繋がるわけなのでございます、はい。

 

 

「まぁ、ここに来る前にゆかりんに会ったとか、そういう可能性もなくはないけども。……それだとゆかりんを血祭りに上げてやらなければならなくなるから、出来れば違うといいなぁ、と言うか?」

「ひぃっ!?今後ろに鬼がっ!!鬼が見えたでこの人っ!!?」

「いやー、だってキーアって種族:魔王だからねぇ」*5

「種族っ!?魔王って種族だったんか!?あの兄ちゃんとんでもないもん掴ませよってからに!!何が『すぐに済むよ、なんてたって彼女はそういうののベテラン、だからね』や!こんなん難易度ルナティック*6やんか!」

「……兄ちゃん?」

 

 

 なお、出現→来訪までの短期間の間に、誰かから私のことを聞いた……という可能性も、なくはない……というか、現状だと一番確率的に高いんじゃないかなー?

 みたいなことを呟いてみたところ、思わずちょっと漏れだした負念に当てられたらしいタマモから、興味深い言葉を聞くことができたわけでして。

 

 ふむ……兄ちゃん。兄ちゃんとな?

 その若干ゃ*7胡散臭い台詞回し、それから(当人の)世間への知名度……おまけに彼のここでの役職。

 なるほど、全ては繋がった。つまり、

 

 

「犯人はお前だ!五条悟ぅっ!!」

「はっはっはっ。バレちゃったかー」

 

 

 大仰な身振り手振り(と、ついでにBGM)を加えながら、私が指差した先に居たのは。

 さっきからこっちをにやにや笑みを浮かべながらコーヒーを飲んでいた、相変わらず(色無し)グラサン状態の五条さんその人。

 ……世間様への知名度とか、周囲に知られているその強さとか、それから彼が元々は新人達を探す為の役職を負っていたとか。

 

 そういう、考慮すべきモノを考慮していくと、確かに彼にモノを尋ねに行く・ないし彼が新人になにかしらを吹き込みに行く……というのは、わりと普通に起こりうることだと言えてしまうわけで。

 無論、元の性格がアレなので、(タマモ達のような新人が)自分から関わっていくのは、ちょっと躊躇われる部分もあるだろうが……そもそもの話、ここに居る『逆憑依』というのは、よっぽど再現度が高くない限りは人畜無害にならざるを得ないモノ。

 ──自身に起きたことなどを鑑みて、相手もまた『元ネタ(原作)よりはマイルドになっているに違いない』と考えるのも、おかしくないはずなのだ。

 

 

「まぁ今の俺、キーアさんからの贈り物のお陰で絶好調だけどね!」

「……なんかこう、原作とは別ベクトルにめんどい感じに進化してない?この人」

「それを君が言うのかい……?」

 

 

 元凶君だろうに、というライネスの言葉には聞こえないフリをしてごまかす私。

 

 大人の五条悟に学生の五条悟を重ねるという形の【継ぎ接ぎ】……その結果として、昔の彼のダンボール空気砲のようなものだった虚式・茈も、今となってはかめはめ波級の威力に……それって原作のより下なの?上なの?

 

 ……ま、まぁ、少なくともへなちょこと言われても仕方のない戦闘力だった彼は、最早影も形もなく。

 その対価というかなんというか、昔のようなスカウト業務からは完全に開放され、好き勝手やってる感じなのが今の五条さんである。

 

 わりと真面目にやっちゃった感があるが……あの当時とは違い、今のスカウト業務は面倒な先方との折衝やらは全てカットされてるとのことなので、そういう意味では彼が戻る意味もない、という風にも言えなくもないのかも……?

 まぁ、そっちの変化も私のせいと言われれば、私のせいなんだけども。……なりきり郷に変革をもたらしすぎじゃない私?

 

 閑話休題。

 タマモに解決策を伝授したのが彼だと言うのなら、この流れも納得できる話である。

 ……彼のことだから、今回話からハブられていた当て付けという可能性も、なくはないだろうし。

 

 

「えー、しんがーい(心外)。俺ってばそんなに狭量な人物じゃないってー」

「やかましいわ、この悪童。そーいうのは大学デビューしたみたいに、連日連夜ヤバい奴等に喧嘩売るのを止めてから言いなさい」

「うへー、キーアさんも知ってたんだ、それ。……聞いたの紫からだったり?」

「……なんやキナ臭くなってきたんやけど、この兄ちゃんなにしてはるん?」

 

 

 そんなこちらの言葉に対し、ケラケラと笑みを浮かべる五条さんだが……。

 私は知っている。ゆかりんから聞いたから知っている。

 荒事大好きな奴等が(たむろ)するあの便利屋『デビルメイクライ(ダンテ君のとこ)』の付近で、辺りのならず者共に見境なく喧嘩を吹っ掛けている男が一人居ることを。

 まるでどこぞの学園一位を思わせる鉄壁の防御空間と、それを攻撃に転用させたと思わしい馬鹿げた火力を併せ持つ存在。

 ……ゆかりんが胃を痛めていたのを、私は知っている。いつの間にか問題児になってしまっていた彼のことを、知っているのだ。

 まぁ、ゆかりん的には『今まで頑張ってくれた報酬みたいなもの』ってこととか、あくまでも喧嘩大好きな奴等に混じって喧嘩してるだけだから強く言えないとか、そういった色んな感情あっての黙認だったみたいだけど。

 

 実際、今の五条さんは戦力増加の過渡期みたいなもの、自身の腕を磨くのにあれこれ手を出すのは、わりと推奨される行動でもある。

 ……ただまぁ、微妙にこっちの目の届かないところであれこれ好き勝手されるのが、胃とか心臓に悪いというゆかりんの主張もわからないでもなく。

 こうなってしまった元凶の一人である私としましては、正直なんとも言い出せないのが本音なところがあるのでございます。

 

 

「そっかー。……迂闊に権力持ってまうんも、モノによっては考えものやなぁ」

「せやせや。私も好きで今の中間管理職的なポジションに立ったわけじゃないし、その前任者的な彼には言語化し辛いあれこれがなくもないというか?」

「……あれー?これもしかして俺、結構旗色が悪いってやつー?」

「諦めたまえよ、五条悟。面倒事をキーアに投げたのは君なんだし、彼女は逃げても追い掛けてくるよ?」

「うわぁ、想像したくねー」

 

「……ええと、これは一体どういう状況なのでしょう……?」

「謎ですね!よくわからないのでカレーを一つお願いします、エアー・キング!!」

「なに、ユニヴァース的な名前で呼ばれても、気にすることはない……」

「いえ、そこは気にされた方が宜しいのではないでしょうか……?」

 

 

 なお、それはそれとして五条さんには言いたいことがないわけでもないので、後から他のみんながやってくるまで、彼の両サイドに移動して逃げられないようにしつつ、うだうだと愚痴を溢しまくっていたのでした。

 

 

*1
『スーパーロボット大戦』シリーズより、アクセル・アルマーの口癖。但し、記憶喪失中のいわゆる『アホセル』と呼ばれる状態の時のもの。最近のクール&シリアス一辺倒の彼と違い、記憶喪失中は冗談もギャグも言うし顔も崩れる、三枚目的なキャラをしていた。ファンの中にはそっちの方が好き、という者も多い

*2
彼女の設定身長は140cm。キーアは138cm。……ドングリの背比べ程度の差ではあるが、背丈が低いのはキーアの方である

*3
条約違反というモノがギャグとして扱われた起源、というものは不明だが、有名なのは恐らく『南極条約違反』……すなわち熱々おでんを無理やり食べさせる、というものだろう。こちらは『トニーたけざきのガンダム漫画』での描写が初出とされる。なお、おでん芸そのものの元祖になると、ビートたけし氏と片岡鶴太郎氏のコントになるようだ

*4
ウマ娘の派生作の一つ、『うまよん』内での描写から。障害物競争的なものでコスプレさせられたのが、幼稚園児の着る服であるスモック姿であった。……そのせいかなんなのか、二次創作(特にたぬき)では強制的に赤ちゃん扱いされていることも。なお、サイゲームス的には幼稚園児の格好は定番ネタだったりする(デレマスなどで見ることができる)

*5
ゲーム作品などでたまに散見される概念。生まれた時から『魔なる者達の王』として定められている特殊な種族。起源は不明ながら、『ドラゴンクエスト』シリーズなどにも存在するため、結構古い概念なのかもしれない……

*6
以前の『難易度ナイトメア』の同義語。難易度表記として使っているのは『ファイアーエムブレム』シリーズや『東方project』シリーズなど。なお、ルナティック(lunatic)は月を意味する単語である『luna(ルナ)』から来た言葉であり、月の力によって『狂う』ことを示している

*7
アニメ『けものフレンズ』での動物解説役の『しんざきおにいさん』の台詞である『若干草が生えているところ~』の『若干草』の部分が『若干ゃ草』と聞こえた事から生まれた表現。本来『若干』と表現する場所に自然と組み込める為、汎用性が高い



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幕間・夢の中で会えたなら

「で、みんな揃ったところで……どうしようか?」

「ウチとしては、ユニヴァース属性を捨てられたら、なんでもエエんやけど」

 

 

 結果として全員集合、となってしまったラットハウスの中。

 今回の件の中心人物である二人、タマモと沙慈君を囲んで、やいのやいのと話をする私達。……五条さん?天井から吊るされてますがなにか?

 

 

「おっかしーなー。俺ってば結構頑張ってるはずなんだけどなー?」

「頑張る方向性がおかしいってやつなのじゃ。素直に反省しておくように」

「……毎度の事ながら、キーアさんってばキャラ付け意味不明だよね」

「減らず口を叩くんじゃありません」

 

 

 まぁ、吊り下げられててもこの通り、普通に余裕そうなんだけども。

 ……焦る五条悟というのもなんかイメージ違いだし、まぁそういうもんなんだろう……ってことで、とりあえず放置である。

 

 

「ウチとしては、無限ごと掴み取りしとったんが意味不なんやけど……」

「どこぞのケン・イシカワワールドでは、疑似全能は当たり前*1って言うでしょ?ここの五条さんは無限の濃度が低いから、より濃い無限で飽和させれば、そりゃ捕まえられますよってことです、はい」*2

「なるほど、濃度……いや待った、なんかおかしなこと言っとらんか君?」

「はははは」

「いや笑い事ちゃうやろこれ」

 

 

 なお、曲がりなりにも『無下限術式』を使えるようになった五条さんを、わりとあっさり捕まえた私の行動に、タマモが首を捻っていたけれど。

 すまない、私は区分的にはメアリー・スー系列なんだ。*3

 深く考えるとあんまり宜しくないタイプのキャラなので、適当に流して頂きたい。

 

 オリキャラなんて大なり小なり俺TUEEE*4なもんですよ、生暖かい目で見るくらいで丁度いい……え?お前俺YOEEE*5が本性だろって?ははは(曖昧な笑み)

 ……ともあれ、そんなお手軽舞台装置キーアさんですが、出来ないことは出来ないのも確かなお話。

 今回で言うのならば、タマモにくっついてる【継ぎ接ぎ(ユニヴァース成分)】を剥ぎ取る……みたいな行動は、ちょっとばかし無理があるというわけで。

 

 

「えー、キーアさんならできるでしょー?そーれやーれ、やーれ」

「煽るな大馬鹿者っ!っていうかアレだな、君タマモにもそのノリで吹き込んだんだな、あれこれあることないこと全部!」

「はははは」

「笑ってごまかすなーっ!!」

「……せんぱい、全部ブーメランです……」

 

 

 ……なんてことを懇切丁寧に説明していたのだけれど、上に吊るされた五条さんから、やいのやいのとヤジが飛んでくる。

 絶対にスルーなんてさせてやるもんか、と言わんばかりのその態度、まさしく人格が悪魔に支配されている……!!*6

 HはHでも『HELL』の頭文字の方だがなぁ、的なことを叫ぶ悪魔でも脳内で飼ってるんじゃなかろうか、今の五条さん。

 ……みたいな、わりと失礼なことを考えてしまうくらいには、悪ガキ力がめきめき上がっている彼の言動に、ちょっとばかり辟易しつつ。

 改めて、どうしたものかと頭を悩ませる。

 

 ……基本的に、【継ぎ接ぎ】は成立条件が軽い分、あくまで『付与効果』に留まることが多い現象である。……私とかゆかりんのパターンとかが良い例。

 他方で、その人のパーソナリティに深く関わる場合は、その存在の変質も起こりうる現象でもある。……こっちはハクさんとビワなどが該当。

 

 後者の方はある意味で【複合憑依】に近い性質を持つため、私やゆかりんみたいに取っ払うことはほぼ不可能である。

 ……この差異が起きる原因は、『逆憑依』の()()()に【継ぎ接ぎ】を施したからではないか、というのが琥珀さんの言なのだが。

 そうすると──不可抗力というか偶然というか、なんにせよ成立前にあれこれ混線した結果としてここに居る二人は、その【継ぎ接ぎ】部分を取り外すことは叶わない……とするのが、普通の判断だと思われる。

 ……まぁ、絶対に取り外せないのなら【複合憑依】と何が違うのか、という話になるので、単にこっちが外し方を知らないだけ……という可能性も、なくはないわけなのだけれども。

 

 

「ええいまどろっこしい。結局外せるんか、外せへんのんか、一体どっちなんや!」

「うーん、とりあえず琥珀さんに聞いてみないことにはなんとも……」

「じゃあさっさと呼べや!!その琥珀っちゅー研究者を!」

「へーい。はい」

「……ん?はい?」

 

 

 またまたヒートアップしそうな感じになってきたタマモの手に、何処からともなく取り出した()()()()を持たせる。

 

 ……うん、すまんなタマモ。

 どこぞのマッドサイエンティスト(アグネスタキオン)*7もびっくりな科学者から、あれこれ実験とか実証とかを頼まれてたんだ。

 なので大人しくモルカー*8……もとい実験台(モルモット)になって貰えると嬉しい。

 

 察しのいいお客様方は、もうお気付きのはず。

 ()()さんが関わっている()()()()。んなもの、例の愉快型魔術礼装以外の何物であるものか、と。

 

 

「おおおおこれはこれこそが!!うーん、関西弁魔法少女と聞くと、どこぞの小狸なお方を思い出してしまうロートルなルビーちゃんですが、今回はたぬき繋がり的な意味でジャストフィット!!ルビーちゃんと狸でカレイド☆ルビーの法則、満たしちゃいましたか、満たしちゃいましたね!?ではdeath()ってみましょうタマモさん!!『謎のタマモX』って寧ろ私で変身した時に名乗るべきモノ、のような気がしないでもないですけど、そこはそれ!さぁめくるめく魔法の世界へ、レッツらゴー!!」

「えちょま、ぬ、ぬわーーーーっ!!?」

「た、タマモダイーンッ!!?」

 

 

 下手人の癖に心配するような声を上げつつ、光に包まれたタマモを見る私なのであった……。

 

 

 

 

 

 

(ころ)せぇ、いっそウチを(ころ)せぇ……」

「ダメですよータマモさん。簡単に命を投げ出していいのは端からそれを期待されているキャラか、はたまた味方になりそうだった敵キャラとかなんですからー。まぁ私が言っていいことなのかは、甚だ謎なんですけどね☆」

「わぁ笑えないブラックジョーク。下手な型月より型月してるって有名な『プリヤ』出身だとは思えない台詞だねぇ」

「私後付けのルビーちゃんなので、その辺りの詳しいことは知りませーん☆」

「……お願いやからなんとかしてーな沙慈……」

「沙慈……?関係……してたんだ……!あの時から……!」

「違ル聞、って言えば満足かい?」*9

「……て、手慣れている……やはり様々な組織を渡ってきた歴戦のスパイ……!」*10

「違うからね?」

 

 

 数分後。

 さめざめと顔を覆うタマモと、彼女の手にあるルビーちゃん……もとい琥珀さんとの遠隔連絡用端末、通称『カレイドルビー・ツヴァイ』から発せられる言葉を聞いて、手に持った用紙に色々書き連ねて行く私と、出来上がった書類を(弄りをスルーしながら)纏めていく(わりと強者な)沙慈君。

 

 ラットハウスの片隅を借りて行われているこの作業は、遠隔端末越しに琥珀さんがタマモの状態を確認し、それを文字にしていくという……いわば、タマモの健康診断、みたいなものである。

 

 

「いやはや、全くの一般人に【継ぎ接ぎ】するのはぜーんぜん上手く行かなかったのに、これが『逆憑依』相手だとサクサク進むってんですから、ホントアプローチミスってのは怖いですねぇ」

「そのお陰で変なことにならなかったってんだから、私としてはありがたいけどねー」

「……まぁ、それもそうですねぇ。私が現役の時にこの辺りの情報が判明していたら、それこそ人体実験の雨霰でしたでしょうし」

「今のウチの状況も似たようなもんやんけぇっ!!」

「タマモ、抑えて抑えて。……ところで、あの店員さんはなんで柱の影に隠れて、青褪めながら震えてるんだい?」

「過ぎ去ったと思っていた恐怖が、改めて襲ってきたから」

「……?」

 

 

 方法としては、新しく産み出された端末である『ツヴァイ』の機能、本体との同調と()()()()()()()()により、琥珀さんとタマモの状態を同期させ、本人にはわからない部分の検査を『ルビーちゃん☆スキャニング』にて行う、というもの。

 変身の実例とか自身の状態への理解度の上昇とか、そういった諸々により可能となった、いわば()()()()である。

 

 ……ライネスが柱の後ろでガタガタ震えているのも、有るわけないと思っていた『プリズマ☆ライネス』の実現の可能性が、ここに来て跳ね上がったがため。

 まぁ、この同期は結構疲れるらしいので、少なくとも今日中には彼女の警戒するようなことにはならない、と言っておいたのだけれど。

 ……言外に()()()()()()()()()()と言っていることがバレてしまったため、借りてきた猫のように警戒されまくっている……というわけである。まぁ、下手人・私の時点で仕方ない話なのだけれども。

 

 ともかく、現在のタマモは、すなわち『プリズマ☆タマモ』になっているというわけだ。

 ……名前のせいで、どこまで行ってもタマモ属との関係性を匂わせてしまうのは、なんというかご愁傷さま……というか。

 

 というか、一般的にタマモ呼びされる『玉藻の前』と琥珀さんがキャラ被りしているせいで、あんまり宜しくないフラグが立ってしまうらしい。

 それがなにかと言うと、【継ぎ接ぎ】と琥珀さんのキャラクター・それから()()()クロスが化学反応を起こして、本当に『プリズマ☆タマモ』として変化しかねないとかなんとか。

 ……雑に言うと、なにかしら別の強い属性で誤魔化さないと、単なる健康診断なのにも関わらず、余計に事態が拗れるかもしれない、ってこと。

 要するに、ホントに『タマモナイン幻の十番目』になりかねない、ということなのだそうな。

 

 故に、今の彼女の姿は──。

 

 

「……なんでや、なんでまた幼稚園児の格好やねん……」

「さながら『魔法園児タマモ☆クロス』ってところでしょうか?ここまで胡乱だと、他の方向に変化することはないと思いますよー?」

 

 

 ステッキから()()()()に変化したルビーちゃんボデーから、呑気な声が響いてくる。

 そう、今のタマモはまさしく幼稚園児。

 強力な属性付与により、他の属性を弾くことに成功していたのである!!……まぁ、外に出たら変なものを呼び寄せそうなので、あくまで健康診断中のみの変身状態だけども。

 

 それでもなお、涙を隠せないタマモは──ただ一言、

 

 

「どっちも地獄やんけぇ……」

 

 

 と呻き声をあげるのであったとさ。

 ……あ、その健康診断の結果、完全な分離は無理っぽいけど、変身成分として並列化させることは成功した、とも記しておきます。やったね!

 

 

「なんも良くないわー!!」

 

 

*1
石川賢氏の描く作品に共通する概念。漫画の方のゲッターロボとか、真・ゲッターロボなどを見てみるとなんとなく掴める、かも?とりあえず壮大、とりあえず凄い。アメコミ系列とまともに張り合えるような奴等が跳梁跋扈するのが『ケン・イシカワワールド』である。因みに()()なのは、自身の支配空間ならなんでもできるから。この『空間支配能力』を最低限持っていないと、そもそも戦闘させて貰えない……なんてことが多発する

*2
数学における『集合』の話から。無限にも大小と呼べるものがあるよ、というお話

*3
『俺TUEEE』系のオリジナル主人公の元祖とでも言うべき存在。なお精々1ページ分くらいの内容しか持たないため、わりと可哀想なキャラかもしれない(少なくとも作者()に愛されてはいないだろうから)

*4
元々はネトゲ用語とされるが、詳しくは不明。アニメやゲームなどのキャラクターに対して述べる場合、基本的に見る人の主観が混じるため、実際は定義が難しい概念だったりもする。一応『強さを誇示する(ような描写がある)』モノに対して使われる……らしい

*5
俺TUEEEに対する逆張り。『強さを見せると批判を受けるのだから、逆に弱さを主張していこう』みたいな感じの概念。なお、本当に弱いまま……ということは普通ない。大体『欠点は別の観点から見れば長所である』みたいなことになる。キーアさんもそっちと言えばそっち系

*6
高橋邦子氏の『妹が作った痛い○○』シリーズで登場する言葉。『HはHでも~』の方も同様。言語センスが秀逸過ぎる……

*7
ウマ娘の科学者枠。トレーナーはモルモット扱い・ウマ娘にしては走るのはそこまで好きでもない・どう考えてもマッドサイエンティスト……などの特徴を持つ。二次創作ではその属性的に、トラブルメイカー扱いされてることがほとんど。名前的にはどこぞの銀河眼使い(ミザちゃん)が反応しそうな感じだったり

*8
『PUIPUIモルカー』に登場する生き物、車になったモルモット……みたいな感じの生物の名前。モルモット繋がり……繋がり?

*9
『GN独房』などと呼ばれる沙慈関連のコラと一緒に添えられる文言。刹那が何かしらの人物を連れてきたりした時に、二期のルイスが発した台詞に準えて『や関し(やっぱり関係してたんだ、の略)』などと告げられ、沙慈が『違ル聞(違うんだルイス聞いてくれの略)』と返す流れが定番である

*10
『スーパーロボット大戦』系での経歴が無茶苦茶になっていることから付いた風評。元々本編である『機動戦士ガンダム00』でも、一般人ながら複数の組織と(なりゆきながら)関わりを持っていたため、作中で彼のことを記そうとすると黒幕か何かかと勘違いされそう、などと言われていたのが、『スパロボ』では更に多数の組織と繋がり(※単なる偶然)を持ってしまっているため、更に黒幕感が増したという話がある。なお、『スーパーロボット大戦BX』ではそのノリが更に飛躍した結果、『戦いから遠ざかった先輩キャラ』的なオリジナルキャラだと勘違いされる事態になったりもした。……彼はどこに向かうのだろう……




幕間終わりでございますのことですの。


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十章 年の終わりと始まりの
メアリーさんとスーさん、二人合わせてメアリー・スー(大嘘)


 年末近くのちょっとした騒動も終わり、今度こそなんにも無い一日を迎えるかと思われたある日の朝。

 

 世間様は年越しの準備やらなにやらで、あれこれと忙しく走り回っているけれど……今の私はお休みの真っ只中。

 ゆっくりのんびり、こたつに入ってみかんの皮を剥いていたわけなのでございます。

 

 

「くぁ……うーむ、寝すぎたか」

「ん、おはよーさんハクさん。今日は遅起きだね?」

 

 

 そんなゆるーい空気の中、居間にやって来たのは寝ぼけ眼のハクさん。

 ……見た目が妲己なのにも関わらず、ずぼらが極まったような現在の彼女の格好は、その寝相の悪さを示すかのような、シワだらけのパジャマ姿。

 本来の彼女──『白面の者』としての威厳……畏怖?的なモノは、一切感じられない醜態なわけなのだが……。

 

 

「うむ、布団で寝ると言うのはよい。二度寝もまた格別、というやつよの」

「……うーむ、堕落の化身……」

「なにを言う、我闇の化身ぞ。堕落を甘受するは、魔なる者の嗜みというやつよ」

 

 

 ……みたいな感じで、自己弁護力の方が高まっている感じがなくもないと言うか。

 まぁ、そもそもに尊大に見えて臆病者なところのあった『白面の者』なので、色々なしがらみから開放されればこうもなろう、ということなのかもしれない。

 ……でもやっぱり(悪)属性的に同系列になる私としましては、もうちょっと自身の状態に気を配って欲しいと思うわけでですね?

 

 

(なれ)にそれを言われるのは納得がいかんのだが?」

「……蜜柑食べます?」

「誤魔化すでないわっ。……全く」

 

 

 まぁ、私も休み故に現在かなりラフな格好をしてたので、説得力とかが一切無いわけなのですが。

 その……あれだ、私はちゃんとする時はちゃんとするので大丈夫なんだよ、とか言いそうになったけど、相手からも同じ言葉が返ってくるだけな気がしたので自重。

 

 そのまま洗面所に向かっていくハクさんを見送りつつ、テレビをぼんやり眺めながらお茶を一口。

 そうして、しばらくだらだらとテレビを眺めていると……。

 

 

「んんん♡妾パーフェクトモードよん♡」

「ぶふっ!!?」

 

 

 戻ってきたハクさんが、何故かきっちりかっちり妲己の姿と仕草をしていたがために、思わず含んでいた茶を吹いてしまうのだった。

 いやいきなりそれはちょっと心臓に悪いかなって!!

 

 

「なんだ、汝がちゃんとしろと言うから、こうしてやってやったと言うのに。文句ばかりだな、汝」

「いやだって()()()で来るとは思わんでしょ普通……」

 

 

 こう、やるにしてももうちょっと威厳が出る方向で来ると思ってたので、妲己の姿を再現する方向に来るとは思ってなかったというか……。

 というか、原作でのキャラと違いすぎるでしょう貴方。

 

 

「当たり前であろう。今の我は異世界転生した『白面の者』のようなもの。己の秘した願いも知っておるのだから、それを満たせるように動くは必然、と言うやつよ」

「はぁ、なるほど?」

 

 

 ……自身の状況を異世界転生って言うの、狐界で流行ってたりするんだろうか?*1

 そんな、若干失礼なことを脳裏にちらつかせつつ。

 私は汚れてしまった机を拭くために、布巾を取りに台所に向かうのでした。

 

 

 

 

 

 

「……これが注射に向かうぺっとの気持ち、というやつか……?!」*2

「いや、自分で言うんですかそれ」

 

 

 どうにも愉快なキャラになっている気がしないでもないハクさんと、それからいつも通りバタバタしているビワを抱え、外行き用の服に着替えた私は、玄関の外に出てきていた。

 少し前にタマモの健康診断的なモノを敢行した時、琥珀さんから、

 

 

「そちらの方々も、一度検査した方が良いかもしれませんねぇ」

 

 

 ……と提案を受けていたため、今日はその検査のために、彼女の研究所へと訪問する予定になっているから……というのが理由である。

 

 

「……私も、ですか」

「まぁ、アルトリアは色々あって、そういうの(検査とか)やってないからねぇ」

 

 

 なお、今回の遠出には、アルトリアも同行することになっている。

 

 ……彼女はここに来て結構長い方になる身ではあるが、そのわりに詳しい検査とかをしたことはなかったりする。

 彼女が来た当時は、会話ができてこちらに友好的な【顕象】というものが珍しいものであったため、一応部外者にあたる彼女(琥珀さん)に知らせるのはちょっと……と秘匿されていた部分があるからなのだが……。

 流石に友好的な【顕象】も三例目となれば、いい加減に詳しい検査も必要だろう……ということで、今回の話が成立したというわけなのである。

 

 ……まぁ、アルトリアの検査を躊躇した理由にはもう一つ。

 彼女の基本的な姿はリリィのもの……つまり、琥珀さんならぬルビーちゃん的な感性からしてみれば、魔法少女力が高い方に区分されそうだから、というところが大きかったりするわけなのだが。

 琥珀さんが暴走すると、場合によっては私やゆかりんでも対処に困ってしまう……というのは周知の事実。

 なので、アルトリアの検査については、ちょっとばかり気後れする気持ちがある……というところも、なくはなかったりするのでしたとさ。

 

 

「……琥珀とかいう女のことはよく知らんが、大層面倒な奴だと言うのはよくわかったぞ」

「あ、ハクさんは多分大丈夫。なにせ妲己だし」

「それはそれで、なんとなく納得がいかんのだが!?」

 

 

 なお、ハクさんに関しては、多分そこまで興味がない……もとい被害がないと思われる。

 

 ()()ルビーちゃんならば、『プリズマ☆セミラミス』とか『プリズマ☆カーミラ』さんとかやっちゃう感じなので危ないのだが。*3

 ()()琥珀さんは、見た目が成年を迎えている相手にはわりと普通の対応をする人なので、ハクさんだと普通の対応をされるだけだと思われるわけだ。

 

 ……それだと翼さんとか、ゆかりんへの対応がおかしかったって?

 翼さんはここでは唯一のシンフォギア組だし、ゆかりんも大人モードは変身形態、基本はロリの方なので……というところもあるのだが、そもそもハクさんは『変身ヒロイン(魔法少女)』ではないから、というところが大きいと思われると言うか。

 具体的に言うのなら、変身ヒロイン系→少女→その他みたいな感じで興味のレベルが変わるというか?*4

 

 まぁ、興味のレベルが高い相手にはまんまルビーちゃん化するし、それ以外の相手には普通に社会人らしい対応されるってだけなので、興味を持たれる方が面倒な面が大きいとは思うのだけれど。

 

 ともあれ、今は三人分の検査を一日で終わらせようとしている感じなので、彼女があれこれと趣味を優先する暇はないはず……みたいな感じで、ゆかりんが許可を出した……ということだったりするのです、はい。

 

 

「……薄々感づいてはおったが、改めて言うぞ?ここの者共、どいつもこいつも狂っておるのか?」

「なりきりとは狂うことと見付けたり、みたいな?」*5

「……真顔で返されるとは思わなかった」

 

 

 なお、そんな感じのことを説明したら、ハクさんからは凄く渋い顔をされることとなった。

 ……とは言うものの、自分以外を演じるのは、大なり小なり負担を強いるもの。

 それを趣味として行う人々が、まっこと正気であるとは、私には保証できないとしか言えないわけで。

 

 

「というかだね、人の正気なんてものは、元来その本質たる獣の()()とは真っ向から対立するモノなのだから、()()()()()方が普通、正常なんだよ。そこら辺語り始めると長くなるから、ここでは語らないけどっ」

「お、おう?……汝、時々わけのわからん方に飛び抜けるな?」

「それが私ですので」

「開き直るでないわ、まったく……」

 

 

 煙に巻かれてしまったように、頭をがしがしと掻きむしるハクさん。

 その格好は、白のカッターシャツと白のズボン。

 ……妲己のイメージとは違い、なんだか仕事のできるキャリアウーマンめいた格好である。

 実際にはずぼらもずぼらなので、イメージと内面に隔たりがあること甚だしいという感じではあるが。

 あとわりと薄手の生地なので、寒くないのかと思わなくもないのだが……その辺りはあれこれとやっているので大丈夫、らしい。

 ……郷の中で軽率に術を使うのはどうなのか?……と思わないでもないが、別に誰かを傷付けるために使っているわけでもないため、とりあえずは黙認。

 いやまぁ、そこまでするのなら素直に服を着込めよ、という気もしないでもないのだが。

 

 

「必要以上には着とうない。服は煩わしいから嫌じゃ」

 

 

 などと、人外()特有の感覚でピシャリと拒絶されてしまっては、こちらとしても取れる手段はないのであった。

 ……というか、パジャマのままで出てこようとした彼女を、あれこれと世話を焼いてここまで()()()姿にしたのは、なにを隠そうアルトリアなのである。

 

 

「いえ、後輩ができた、という面もなくはないのですが。……あまりに自堕落な姿は、見ていてとても辛い。それが見目良い女性のものであれば、なおのことです」

 

 

 などと、騎士めいたことを言われたらしいハクさんは、すっごい名状しがたい表情をしながら、彼女の言にしたがったのだとか。

 ……こんな風にうるさく言われるとは思っていなかったという嫌悪と、こんな風に言って貰えるとは思っていなかったという歓喜の混じった、なんとも言えない顔だったという。

 

 

「うーん、ずぼらな姉としっかりものの妹、的な?」

「龍と狐でその関係というのは、ちょっと笑ってしまいますけどね」

「うーむ?なちゅらるにまうんと取られている様な気がしないでもないが、()()にそういう悪気はないのよな?」

「ないと思うよー。単に事実を述べてるだけ、って奴だと思う」

「……それはそれで度し難いのう」

「あ、いえ、その!別にハクさんを下に見たとか、そういうわけではなくてですね?!」

「よいよい、わかっとるわかっとる。……もうちと成長したならばいざ知らず、今の汝にそういう腹芸が出来んことなぞ、()()()()()知っておるわ」

「……それはそれで複雑な気持ちです」

「……のうキーア?こやつも大概めんどくさいんじゃが?」

「私に言わないでください」

 

 

 ……属性(アライメント)的に仲が良くないんじゃないか、などと思っていたのだが、今のところそんな兆候はなく。

 至って普通に対応する二人に、そっと胸を撫で下ろしながら、抱えたビワがバタバタしている頭を撫でてやる私なのでした。

 

 ……というかこの子、じっとはしていられないのだろうか?

 いやまぁ、バタバタしてるってところを除けば、別に嫌がるわけでもなく大人しい──()()()()()()と言えなくもないんだけどさ。

 

 

*1
『fgo』光のコヤンスカヤの台詞「玉藻の前に対して」の一文から。彼女の正体に繋がる重大な伏線……かもしれない。いわゆる妲己繋がり

*2
動物が注射嫌いなのは、人間のように『それを行う意味』が理解できず、単に『痛い』としか感じない為だと思われる。なので、散歩だと思って喜んでいたら、周囲の景色が嫌なところ(病院)へ向かうルートだと気付いて、固まってしまう犬……なんてものが見られるわけで……

*3
『fgo』の期間限定イベントの一つ、『バレンタイン2018〜繁栄のチョコレートガーデンズ・オブ・バレンタイン〜』内のコンテンツの一つ、ピジョンレポートで飛び出した与太噺。『セミラミス』の方は、正確にはイベント内での言及。他にも『プリズマ☆ライコー』なる存在も匂わされている。怖いもの知らずか、このステッキ……

*4
『魔法少女』が小ジャンルだとするのならば、『変身ヒロイン』は大ジャンル。『変身ヒロイン』のカテゴリの中に『魔法少女』や『戦隊ヒロイン』などが含まれる、という風に覚えておくと良い。厳密には変身していない『カードキャプターさくら』なども、広義においては『変身ヒロイン』に含まれる、らしい

*5
『武士道とは死ぬことと見付けたり』の変形、言葉遊び。なお、元ネタの方は正確に表記すると『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』になる。『葉隠』という江戸時代中期に作成された書物に記載された言葉であり、意味としては『死を常に覚悟しておけば、余計なことに惑わされずに済む』みたいな感じのもの。死こそ誉れ、みたいな意味ではない



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血糖値とは、決闘血ではない()

「いやはやお久しぶりですねー。まぁ、ルビーちゃんとしては結構会話とかしてましたが!」

「はい、お久しぶりですね琥珀さん。三人とも連れてきましたよ」

「……あれー?対応がなんだか冷たくありませんかキーアさん?」

「気のせいですよー」

 

 

 郷の一画、研究施設のある場所の一部屋。

 あれこれ色々あった結果、とりあえず抱き込んでおいた方がいいだろう……という打算も踏まえ、彼女に用意された場所。

 それがここ、琥珀さんの研究室である。

 

 半ば幽閉めいた管理をされている彼女。

 いわば、普通の住居だと言えなくもないそこで、彼女は常と変わらず、白衣姿であれこれと機器を弄っていた。

 その背に声を掛けた結果、こうして応接用の机の前で、互いに顔を突き合わせているというわけだ。

 

 

「それにしても……ふーむ」

「えと、私になにか?」

「いえ、基礎原理としては【継ぎ接ぎ】の応用なのでしょうが、当初の研究結果とかはやっぱり適当だったんだなー、と思いまして」

「は、はぁ……?」

 

 

 なお、この部屋の主である琥珀さんは、ソファーに座るなりアルトリアをまじまじと見詰めたあと、大きくため息を吐いていたのだった。

 

 ……彼女は元々、『逆憑依』の研究をしていた人物である。

 その研究の中で、人工的な『逆憑依』──今で言うところの【継ぎ接ぎ】を見付けたわけなのだが。

 以前彼女が話していた通り、その研究時に被験者となっていたのは、彼女を含む()()の人々。

 特定の『逆憑依』に対して【継ぎ接ぎ】を施すことは勿論、【顕象】に至ってはその存在を知らないか、知っていたとしても研究の糧になるとは思っていなかったはず。

 

 故に、その両者への【継ぎ接ぎ】の影響、というものについては、色々と憶測で語っている面が多かった……というわけで。

 

 

「思っていたよりも、結構融通が利く感じですかね?念能力で言うところの、メモリ的な?」*1

「許容量があって、そこまでなら継ぎ足せる……みたいな?」

「そうそうそれです。まぁ、入れ換えもできるみたいなので、正確には念能力もちょっと例えとしては間違い……という感じになるわけなのですが!」

 

 

 彼女曰く、普通の人に新しく【継ぎ接ぎ】する場合、その人の許容量の内の使()()()()()()()()──即ち余裕のある部分にくっつける形になるのだが、この『余裕』というものが、普通の人には存在しない・もしくは雀の涙程の容量しかないのだという。

 故に、そもそも【継ぎ接ぎ】という液を注いでも、器に入りきらずに溢れるだけで、なにも起きない。

 

 数少ない成功例達は、基本的に『性質・性格の近似』を条件としていたが、これはつまり()()()()()()()()()に相当するらしい。

 こちらは……例えばパフェがあるとして、中のフルーツをイチゴからオレンジに入れ換えても、()()()()()()()()()()……みたいな感じというか。

 反対に失敗例だと、たい焼きの中身をアンコじゃなくてイチゴにしようとしているだとか、はたまた、たい焼きではなくてクレープにしようとしているだとか。

 そんな風に、カテゴリごと変えようとしているようなものだったわけで、そりゃ成功するわけないわな……みたいな感じというか。

 

 では、『逆憑依』はどうなのか、と言うと。

 これはどうやら、()()()()()()()という風に見ることができるらしい。

 存在の重ねあわせやら内包やら、真面目に語るともうちょっとややこしくなるのだが、その辺りは割愛。

 重要なのは【継ぎ接ぎ】をする際に、『逆憑依』組はその器が普通の人よりも大きいという扱いになること、それと中身を入れ換えられる()()()()()()()ことの二点。

 

 前者は文字通り、入れ換えを起こさずとも何かしらの【継ぎ接ぎ】(追加要素)を受け入れる余地がある、ということ。

 二次創作における性格改変みたいなものだとも言え、これによってある程度、性質として元のもの(原作)から外れていても、多少であれば環境の違いなどの理屈を付けて納得させられる。

 

 後者はカテゴリの範囲が広くなることで、例えば通常は猫であれば猫同士──即ち『ネコ科』の中でしか変化出来なかったものが、『哺乳類』まで範囲が広がることで、猫から犬、イルカやネズミなどにも変化できるようになる……というもの。

 近似と扱うモノが増えるため、【継ぎ接ぎ】の成功率が飛躍的に上昇するのである。

 

 その辺りを踏まえ、現在では【継ぎ接ぎ】は起こしやすいもの……という風に認識されるようになった、というわけだ。

 まぁ、ゆかりんみたいな()()()()()()()()副作用が出るパターンも中にはあるわけなのだが……そちらもなんとなくではあるものの、原因は特定済み。

 あれは()()()()()()()()()()()()()()だけれど、性格とかの部分で差異があるため、入れ換えが一部に留まってしまう……というのが原因だと推測されている。

 

 要するに、海面から飛び出した氷山のようなものだ。

 全体の容積の内、海面より飛び出している部分が()()()()()()()()()()という風に解釈することができる。

 器から飛び出してしまっているので、結果として不調を来すわけである。

 雑に言ってしまうと、キャパシティオーバー、ということ。

 失敗するはずのものを、根幹の同一性で無理矢理保持しているのに等しいため、土台部分にもダメージが入る……というようなことなのだろうと言うのが、琥珀さんの見解である。

 まぁ、この辺りは実際に眼に見えるものでもないので、正解かどうか微妙に断言しきれないのが問題といえば問題、なのだろうか?

 

 あと、私にとってのキリアは、わりと以前の説明文のままというか。

 本来であればオリジナル同士、綺麗に入れ換えられるはずが、後から属性が更に【継ぎ接ぎ】された形になるため、口調とか性格面で補正が入るようになるのが影響、という感じ?

 

 それと、タマモに関してだけど──これは【顕象】組と合わせて解説した方がわかりやすい、かも?

 

 

「アルトリアさんは、無数のアルトリアの集合とのことでしたが──言ってしまえば文字通りの集合体。【複合憑依】に性質としては限りなく近く、それでいて別物と言うのが正しい感じですかね?」

 

 

 そう言いながら琥珀さんが、アルトリア以下三名の状態について、推測を交えながら話を始める。

 

 まずはアルトリア。

 彼女はアンリエッタという少女の器に、アルトリアの要素を集合させた存在だというのは、マーリンの言から確定している情報である。

 それをどうやってやったのか、という部分は一先ず置いておいて……彼女のあり方というのは、【顕象】というよりも【複合憑依】の方が近い。

 無数のアルトリアの集合なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 ここで問題なのは、【顕象】と【複合憑依】は明確に別物、だということ。

 

 まず【複合憑依】とは、『逆憑依』してくる対象が、一つの器に無理矢理押し込められたものである。

 それ故に肉体の切り替えという一種の変身機能を有し、また人格としても多重人格に近い記憶の共有などを経ているため、元のそれと同一とは言い難い、別種のモノに変質していると考えられる。

 ……そもそも【複合憑依】の対象者が少なく、その研究も進んでいるとは言い難いため、確たる証拠を以て断言することはできないが……、存在そのものが不安定、というのはまず間違いない。

 

 対して【顕象】、特にこちらと会話を出来るような者は──安定し切っている。

 暴走していたノッブのような例もあるが、基本的には不安定さの欠片も見られない。場合によっては、複数の要素をその身に内包するにも関わらず、である。

 

 

「予想になりますが、【顕象】が己の性質に見合ったモノを収集している……というのはほぼ確定。そうして集まったモノが()()()()()()()()()を、【顕象】として成立した時に顕現させているのではないでしょうか?」

 

 

 通常の【継ぎ接ぎ】や、【複合憑依】のような()()()()ではなく、純粋に全ての性質を()()()()()()()()──。

 それが、琥珀さんの出した【顕象】の特異性である。

 

 アルトリアが安定しているのは当たり前。

 それは、そもそものアンリエッタという器が、アルトリア達を受け入れるに足る器の大きさに()()()()()()()から、という考え方だ。

 

 この辺りは、フレイムヘイズの器についての考え方が近いだろうか。

 紅世の王達はその力を奮うに際し、器の大きさをなによりも必要としている。そしてその器の大きさとは、器となった人物の歴史への影響力……その可能性の多寡により変動する。

 ──逆にいえば、その可能性の多寡を操作できるのであれば、器の大きさは変動させられるとも言える。多分、普通の『逆憑依』の再現度や人気度も、器の大小に関わっているんじゃないか、とは琥珀さんの言。

 

 だが、再現度や人気度というのは、中身(被憑依者)あってのもの。

 器を別のモノで満たす【顕象】の場合、器の大小を決めるのは()()()()()()()()に見合ったモノとなる……というのが、今回の考察の答えというわけだ。

 

 

「それと、成立時点で()()()()()()()()()……つまりこれが完成形であると定められているため、アルトリアさんは無秩序な成長を引き起こさない……のかもしれませんね」

「なるほど……わかったような、わからないような」

「ですよねー。言ってる私も、ちょっとよくわかってないですし」

「おい」

「あははー☆」

 

 

 ……まぁ、詳しい検証をするための設備もないし、あくまで考察の末の結論なので、信憑性はないんですけどー、と彼女は自身の語りの締めとしたわけなのだが。

 

 うん、そこまで外れてもないんじゃないかなー、と私は思うわけで。

 限りなく成長(収集)しようとする【顕象】に、ここで終わりという区切りを付与(【継ぎ接ぎ】)する。

 そんな感じなのだろうなというのは、その後の二人──ハクさんとビワの存在から、なんとなく確信できなくもないのだから。

 

 

「……我か?」

「【顕象】に対して【継ぎ接ぎ】したのって、ここにいる二人が確認できる実例なわけだけど。……実際、成立にあたって性質を継ぎ足した結果、存在としては安定しているわけで。多分だけど、【顕象】そのものは限りなく大きくなっていくのが本質だけど、そこになにかを加える(【継ぎ接ぎ】する)と、その時点で完成形になるんじゃないかな?」

「ふむ……?」

 

 

 わかりやすいのはビワの方。

 本来の彼女は、際限なく負念を集めていく『白面の者』の尾の一つであったが、外からの押し付け(【継ぎ接ぎ】)によりケルヌンノスと化し、更にそこからビワハヤヒデ(たぬき)に変化した。

 そしてその中で、負念の吸収機能は失われている。──成長(収集)の余地が無くなっているのである。

 

 恐らく、【顕象】相手に付与する【継ぎ接ぎ】は、一種の安全弁のような役割を果たす……ということなのではないだろうか?

 まぁ、性質の近似とかの普通の【継ぎ接ぎ】の制約はそのままなので、言うほど簡単に付与できるものではないのかもしれないが。

 実際、ノッブに安全弁とか付けようにも、ノッブ自体がフリー素材*2なので、なにを止めればいいのかわからんし。

 

 

「じゃあ、タマモさんは?」

「そっちは成立時点で【顕象】と【逆憑依】の中間みたいになっちゃったんじゃないかな、【継ぎ接ぎ】が割り込んできたせいで、その部分を込みで一つの器と認識された、みたいな」

 

 

 【顕象】と【逆憑依】が本質的には同じ、というのは前述した通り。

 故に、タマモの状態については次のように考えられる。

 【顕象】として成立しかけているところに、【逆憑依】の条件に見合う器が見付かり、かつそれと同じタイミングで【継ぎ接ぎ】が起こり、結果として胡乱以外の何者でもない『謎のタマモX』になってしまった、と。

 

 

「……幸運のランクがE-、ということか?」

「そうかもしれないけど、酷い結論だなぁ」

 

 

 やっぱりよくわからなかったのか、ハクさんが呟いたその言葉に、私は小さく苦笑を返すしかないのであったとさ。

 

 

*1
『HUNTER×HUNTER』より、念能力と、それに伴う容量。『自身の得意系統以外を伸ばすのはメモリの無駄』という表現があるが、感覚的にはゲームのステ振りみたいなもの、というのが近いのかもしれない。違うかもしれない。少なくとも、覚えられる念能力……『発』には限りがある、というのは確かなようである。なお、作った発は消せない、みたいな風に解釈されることが多い

*2
ドイツとノッブは創作界隈では設定やら実力やらを盛られる傾向にある。要するに、【継ぎ接ぎ】されること自体が自身に含まれている、と見ることができる



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時の階段登っても、そこには誰も居なかった

「まぁ、難しい話はそのくらいにしましてー……」

 

 

 手を叩き、皆の視線を自身に集中させる琥珀さん。

 この辺りの話は世間話みたいなもの、今回は三人が身体的・精神的に健康であるかを確認することが主な目的。

 なので、ちゃんとやることやりましょう、という彼女からの提案というわけである。

 まぁ、あれこれと思索するのが楽しいというのもわかるけど、というやつだ。

 

 

「……主にその辺りを楽しんでおったのは、どちらかといえば汝らの方だと思うがの」

「アーアー聞こえなーい」*1

 

 

 ハクさんからの呆れたような視線と言葉は、耳を塞いでスルー。……自覚があるんだろうって言われそうだけども、とりあえず形として否定はしておこう、みたいな奴である。

 

 

「とりあえず、前回のタマモさんと同じ方法ということで宜しいですか?」

「へ、変身ですかっ!?」

「……いや、あれはタマモさんの特異性もあったので、今回は単にこちらを握って貰えるだけで構いませんよー。……勝手に変身させると後が怖いですし

 

 

 なお、検査については前回使った『マジカルルビー・ツヴァイ』による同調によって行われる。

 これは、細胞レベルで異常を探知するのに、これが一番簡単だから、というところが大きい。

 ……体内にはたらく細胞*2的なモノが居るとかでもない限り、人というのは己の体の子細を知ることはできないものである。

 というか、プランク長*3より小さな世界は認知のしようがない辺り、『極小』というものも人間にとっては手に余るもの、というのは覆しようがないわけで。*4

 そこら辺を突き詰めると、大きいも小さいもわからないのが人間である、という元も子もない*5結論が飛んでくるというかなんというか。

 

 ……また盛大に話がずれたような気がするけれども、つまり『細かい部分を(つまび)らかにするのは難しいのだから、それをザックリとでも認知できるやり方があるのなら、使わないのは勿体ない』ということが言いたいわけで。

 それが、『ツヴァイを通じての同調』となるわけである。

 まぁ、アルトリアの心配ももっともな話ではあるのだけれど。だってこの人、魔法少女大好き人間だからね!

 

 ただ、本人の言う通り、あれはタマモが特殊だったから、というところも大きい。

 彼女は自身に付与されていた【継ぎ接ぎ】をどうにかしたいと申告していたが、タイミング的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状態だったため、それを転換するきっかけとして、魔法少女システムを【継ぎ接ぎ】する必要性があった。

 

 変身ヒロインというのは、一種の二面性として扱える。

 ──変身してない時と、変身した後。単純な区分ではあるが、単純だからこそ付与はしやすく、方向性の誘導も行いやすい。

 有るものをその有るがままに別のモノへと変じさせる時に、()()()()()()()姿()()()と定義するのは、とても使いやすい対処なわけだ。

 

 結果として、健康診断の同調を変身のためのプロセスとして馴染ませ、最終的に『謎のタマモXはタマモクロスが変身した姿である』と分離──【継ぎ接ぎ】することに成功した、と。

 

 ……正直『逆憑依』うんぬんよりも【継ぎ接ぎ】の方がよっぽど意味不明な気がしないでもないが、今のところ問題になるようなこともなく、寧ろあれこれと役に立っている面しか見えてこないので、細かいことは言いっこなし……みたいなところもなくはないような?

 この辺りをもうちょっと研究すれば、色々と応用が利くようになるのかもしれないけれど……、その結果として見えてくるのが『人工逆憑依』なので、あんまり深掘りするのもなぁ……と琥珀さんに視線を向ける羽目になるのでした、というか。

 

 話を戻して。

 このまま『ツヴァイ』に触れさせて、なにか悪影響はないのか……ということについてだけど。

 彼女の本質である【顕象】は、普通よりも【継ぎ接ぎ】との馴染み方が強いような気がしないでもない……というのは散々語った通り。……罷り間違って本当に変身させてしまった時が怖いので、彼女達に触れさせる分には、同調以外の機能については意図的にカットされている。

 杖を持った結果、テンション上がって魔法少女の真似をし始めたーとかでもない限り、外的な要因で魔法少女に変化する……ということはないはずである。

 まぁ、アルトリアに関してはそもそもアンリエッタ……即ち魔法使い(マジックユーザー)なので、そこまで警戒する必要もないはずだが。

 

 

「まぁ、変な化学反応起こしてスペース・アルトリア・キャスター……なーんて胡乱物体に変化する可能性が無いでもないですから、出来得る限り迅速に終わらせて頂きますけどねー☆」

「す、(スペース)(アルトリア)(キャスター)?」

「ユニヴァース属性かー……」

 

 

 なお、彼女に含まれていないアルトリア・キャスターの要素が、『魔法少女の杖』という存在と反応して()()()()()……という可能性もなくはないため、検査に関しては迅速丁寧慎重に行うようにする、と予め約束して貰っていたり。

 ……なまじ『マジカルルビー』系列であるため、【継ぎ接ぎ】の効きが変に作用してしまう可能性は……低いとは言え、なくはないわけで。

 物事において百パーセントなんてものはない、とは常日頃から言われること、警戒も相応にしているので大丈夫……と言った感じなわけである。

 

 

「【顕象】相手の【継ぎ接ぎ】に関しては、『逆憑依』相手の()()よりも憶測で語っている面が強いですからねー。そういうの大丈夫だったと知れたのなら、もう少し子細に調べたりとかテストとかしたかったところですが!今回は琥珀さん、自重致します」

「は、はぁ……」

 

 

 そんな感じに、残念そうなため息を深く、深く吐きながら。

 琥珀さんは、計測のための計器を弄り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「んー、こういう言い方で良いのかわかりませんが……至って健康体ですね、お三方とも」

「……あー、前例として【顕象】の状態を確認したことがないから、普通の人の()()と比べて良いのかわからない、みたいな?」

「そうそう、それです。……健常者のそれと同じバイタルデータと言えそうですが、それが彼女達にとってもベストなのか?……私としては、ちょっと断言しかねる感じですね」

 

 

 短いながらも濃厚?な検査も終わり、一先ず三人を外に出して、検査結果を聞いていた私。

 測定結果としては、特に病気とか疲労とか、そういうモノを検出することは出来なかったとのことだった。

 ……ただ、それを素直に喜べないのが、彼女達の本質。

 つまるところ【顕象】には()()()()()()()()()()()()、という性質もあるため、計器類を騙して()()()()()()()()()()()()()()()()可能性もゼロではなく、そもそもに彼女達は『事象の具現化』に近い存在であるため、()()()()()()()()と照らし合わせるのが本当に正解なのかわからない……という問題もある。

 まぁ、その問題については『わかっててなおやった』という面もなくはないので、あんまり言い募っても仕方のない話ではあるのだけれど。

 

 

「まぁ、比較対象三例がそれぞれ人としての健康体を示している以上、()()()()()()だと納得するほうが良いのでしょう、多分」

「……個人的には、ビワが()()()()健康体ってのが、ちょっと引っ掛からなくもないんだけど」

「それはまぁ、彼女自体は元々巫女──橋姫からの派生ですから。その(なり)こそたぬきですけど、本質的にはウマ娘に寄っている……ということなのかもしれませんね」

「……八頭身化するションボリルドルフみたいになるとか?」

「いや、なんてもの想像させるんですかキーアさん」

 

 

 ともあれ、元気だと言うのなら問題はない。

 人としての健康体に近いということは、下手すると人に対しての感染症にも感染する可能性があるということでもあるので、これから空気が乾燥して、インフルエンザとかに感染しやすくなるかも……みたいな、別方面の心配事が増えたりはしたのだけれども……まぁ、それくらいならば些事、というやつだろう。

 

 

「全ては些事、ですか?」

「そうそう、些事些事。……()()って言えば、沙慈君の事だけど」

「……?はい、タマモさんのトレーナーさんでしたっけ?」

 

 

 そんな事を会話する中で、思い出した一つのこと。

 大したことではないのだけれど、と前置いて、私は彼が呟いていたことを口に出す。

 

 

()()()()()()()って彼が言ってたんですけど、なんのことだかわかります?」

「ふむ……?いえちょっと、私も彼と会話したのは彼処が始めてですし、ちょっとわからないですね。……なんです、怪獣が目覚めてないとか、そういうあれですか?」

「あはは、幾らなりきり郷が並行世界と繋がってるらしいと言っても、流石に怪獣が平然と闊歩してそうな世界とは繋がってないですよー」

「そうですよねー☆」

 

 

 まぁ、試しに聞いてみた程度のものでしかないので、別に答えが出ずとも構わないのだが。

 そんな風に会話を締めたあと、あれこれと細かいことを確認したりして。

 大体十分ほど経って、こちらに手を振る琥珀さんに手を振り返しながら、研究室から外に出る。

 

 

「あ、キーア。終わりましたか?」

「んー、一応診断書的なモノも貰ったし、あとはこれをゆかりんに投げ付けたら終わりかなー」

「なるほど、それなら私に任せてくれ」

「うわびっくりした!?……ってオグリか。なんでこんなところに?」

「アルトに呼ばれてな。話し相手をしていたんだ」

「なるほど。……あれ、ハクさんは?」

「私と一緒に来ていたタマに、あれこれと稽古をしているぞ?」

「……は?稽古?」

 

 

 彼女の研究室は、周囲に民家などのない、森の手前にある。

 ……ぶっちゃけてしまうと、地下千階にある隔離塔……その近くにある森の前というのが、今私達が居る現在地。

 その森の近くで、リスやウサギと戯れるアルトリアの姿があった。

 

 こちらに気付くなり、動物達に断りを入れて、こちらに小走りに近寄ってくるアルトリア。……その背を見送る動物達は、どことなく物寂しげに見えた。

 ……まぁ、ここにいる動物が普通の動物なのかと言われると、なんとも断言しかねるため、あんまり見た目通りのファンシー状態かどうかは、議論の余地があるわけなのだが。……もし仮に何かしらのなりきりだったら、獣とはいえ容赦せんぞ私は(粉かけに来たんとちゃうやろな)

 ……というような思いを乗せて睨んでいたら、動物達は散り散りに逃げてしまった。……()()()だろうなぁ、これ。

 

 ともあれ、用事も終わったので、あとは報告をしておしまい……だと思っていたら、アルトリアが呼んだらしいオグリと、それについてきたタマモの内、後者の方がハクさんになにやら稽古を受けているとかなんとか。

 

 なんのこっちゃ、と思いながら二人を探したところ。

 

 

「ほれ、威勢が弱くなっておるぞ、もっと気張らぬか」

「な、なんでウチがこんな眼に……」

「仮にも狐種の名を背負うものであろうが、根性が足りんわ」

「せやから、ウチのこれは、タマモ違いやって……」*6

「……?だから、タマモナインの番外なのであろう?」

「ちーがーうー!!!」

 

 

 ビワを背負って走るタマモと、それを鬼コーチのように見守るハクさんという謎の光景を見付けることとなったのだった。

 ……なにこれ?

 

 

*1
顔文字『(∩゚д゚)アーアーきこえなーい』から。元ネタは不明だが、恐らくはチャットなどで生まれたモノと推測される。都合の悪いことは聞こえません、という拒絶の言葉という面も持つため、多用すると雰囲気を悪くするかもしれないので、使用には注意が必要

*2
清水茜氏による、体内細胞擬人化アニメのこと。人の体内で起こっていることを、細胞達の日常として描く。……もし細胞達が彼等のように話をしてくれるのなら、医学の発展に多大な貢献をもたらしそうだが……同時に、うるさすぎて何も出来なくなりそうだったりもするので、難しいなぁと思わなくもない

*3
『プランクスケール』と呼ばれるものの一つ。『プランク長』の場合は、1.616×10-35m(メートル)くらい

*4
『プランク長』より短いモノというのは、人間にとって現状確認のしようがない領域である。理由としては『量子力学における重力の影響部分について解明しきれていないから(=大統一理論が完成していないから)』などがあるが、難しい話になるので割愛。一応、これより小さいものを現行の粒子観測器で見ようとすると、そのためのエネルギー精製の時点でブラックホールが生まれる(正確には、そのエネルギーで粒子を観測対象にぶつけた時点で発生する)……などの理由があったりする。こっちも重力が絡むので、ミクロの世界における重力というものは、殊更に面倒なものと考えることができるかもしれない

*5
元手/元金の『元』と、利子の『子』を合わせた言葉。当初の目的や意義・失う必要のないモノまで失うことを指す

*6
タマモクロスの『タマモ』は、『高松城』の別名『玉藻城』から来ているものであり、この玉藻の方も『玉藻よし』──万葉集で柿本人麿が、讃岐の国の枕詞に『玉藻よし 讃岐の国は 国柄か 見れども 飽かぬ』と詠んだことに由来する。『美しい海藻が取れる場所』で『玉藻よし』であり、『藻女という幼名に玉という敬称が付いた』形になる『玉藻の前』とは、意味合いが違うわけである



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師走に走るタマモクロス、彼女こそ東方不敗!(※違います)

「あ、あかん……もうダメ……」

「大丈夫かタマ、卵食べるか?」

「なんで卵やねん……」

「むぅ、ツッコミにキレがない。本格的に疲れているようだ」

「……いやまぁ、見りゃわかるというか……」

 

 

 近くの切り株にへたり込むタマモと、その背を擦りながら、何故か茹で卵を薦めるオグリ。

 まぁ、運動直後の脱水気味な状態で、口の中がパサパサする感じになる卵は好まれなかったようで。

 彼女の差し出した卵は、案の定やんわりと押し返されていたのだが。

 

 そんな二人の姿を横目にしながら、今回の下手人であるハクさんに視線を戻す私。

 視線を受けた彼女は悪びれた様子もなく、逆にこちらへと首を捻る様子まで見せているのだった。

 

 

「いやそもそも、我闇の化身じゃし。誰かの越えるべき障害として立ち塞がるとか、寧ろ誉れじゃしー、みたいな?」

「時と場合と程度を考えてください。どこぞの『人間の苦行見るの大好きおばあちゃん』じゃないんですから」

「……いや、寧ろ居るのか、今の我に似たような方向性のキャラクター」

 

 

 まぁ、それでもこちらの叱責の内容には、目を白黒させていたわけなのだが。

 

 ……神話内でも普通にトップクラスに区分される実力を持つ魔性(ましょう)が、自身を越えるべき壁と定め積極的に立ち塞がってくる……とか、あんまり想像したくない状況なのは、わからないでもないけど。

 当のおばあちゃん(ヴリトラさん)、場合によっては相手の後方で観客面してわえわえしていることさえあるので、多分今想像している内容の三倍くらい傍迷惑なんじゃないかなー、というか。*1

 ……類似例のアマッカス?あれは倍とかそういう次元の迷惑さじゃないです。*2

 

 ええ……なにそいつら……。

 と、自身を棚上げにして引き気味になるハクさんに苦笑しつつ、改めて今回の凶行についての、弁解というか弁明というかを尋ねる私。

 

 

「……汝らが自身を自身と思えぬように、我も今の我を定義しきれぬところがある。中身を持たぬ故に、より元の我等に近いのが【顕象】というものなのかもしれぬが……結局のところ、そこまで述べても気休めにしかなりはせんのだ」

「【継ぎ接ぎ】されているから、とかそういうことではなく?」

それ(【継ぎ接ぎ】)がなくとも、我が我であるかは微妙であろう?……まぁ、そうだとしても気が急いていたのは事実。──許せタマ」

 

「なるほどなぁ、レゾンデートル(存在証明)に悩んどったと。ほならしょうがないなぁ……ってなるかボケーッ!!誰がサスケや!!」

「ちっ、しんみりした空気と、小難しいことを言っとけば騙されるかと思ったが、甘かったか!!」

「当たり前じゃー!!ウチをなんだと思っとるんやー!!」

 

 

 ……えー、結果としましては、タマモに対してデコに指をトンとするやつ(イタチのあれ)をしていたため、徹頭徹尾ふざけ倒してただけだと思われる、と判断しておこうと思います、まる。*3

 

 

 

 

 

 

「わけわからん、なんでみんなしてウチに変な絡みばっかしてくるんや……?」

「関西弁系キャラには積極的にネタ振りしていけと、私のゴーストが……」

「やかましいわっ、そんなゴーストは掃除機にでも吸わせとけっ!!」*4

 

 

 実は現在私の周囲に居る人物の中では唯一、関西弁を使うキャラであるタマモクロス。*5

 ちゃんとした関西弁、という括りになると難しいだろうけれど、なんとなくそれっぽく聞こえる『なんちゃって関西弁』*6としては、十二分にそこに求められている役割を果たせる彼女の存在というものは。

 ……なんというかこう、新しい風をこのなりきり郷に運んでくれる、期待の星とかうんぬんかんぬん。

 

 みたいなことを聞かせてみたところ、彼女が返してきたのは名状しがたい表情。

 ……なんというかこう、『なに言っとんねんこいつ』という感情が、これでもかとばかり込められた顔……みたいな?

 まぁとりあえず、女の子がしちゃいけない顔だ、と言うのは確かだと思います。

 

 

「やかましいっ、ウチになにを期待しとるんかと思うたら、それ結局他の関西弁キャラでも、十分に代役が務まるやつやんか!」

「んー、そだねー。はやてはりんちゃんだったし、他の関西弁系キャラとは出会ったことないし。つまり今のタマモのポジションは、とにかく危険域ってことだね」

「なるほどなぁ、ウチ以外に関西弁キャラはおらんから、ウチ以外の関西弁キャラは、ここに来たそばから全部蹴落とす勢いやないとあかんってことやね。……ってちゃう!!」

「おお、ノリツッコミ」

「喧しいっ、こんなん別に関西弁系キャラでなくともツッコむわーっ!!」

 

 

 そもそもウチは香川出身やー!

 と声を上げるタマモであるが、そんな彼女の今日の昼食は、出身地に因んでということなのか、きつねうどんであった。*7

 ……なるほど、タマモクロスは実は勇者だったんですね?クロスは即ち胸に輝く勇者の証、と。*8

 

 

「咲かんわっ!別に星座の化けもん殴り倒したりもせぇへんわっ!!」

「……白い稲妻が?」

「僕を責める~♪……やらすなっ!!」*9

 

 

 ……うーむ、打てば響くこの感覚。

 彼女は我がなりきり郷に必要な人材だ、というのは間違いなさそうだ。……主にる!のサンダルフォン的な意味で。*10

 

 

「……別にウチはコーヒーに煩かったりせぇへんよ?」

「そこで冷静になられても困るんだけど?」

「そか。ほな、昼飯さっさと食べよか」

「せやなー」*11

 

 

 ……とまぁ、こんな感じに話を終えて、食事に戻ろうとしたところ。

 なんというかこう、周囲からの視線が妙な感じになっているような……?

 怪訝に思いながら目線を横に向ければ、ジトーっとした視線をこちらに向ける、ハクさんの姿が目に入った。

 ……ふむ。

 

 

「行くでタマ、ワイらのワイルドワイバーンで、あのキツネをこゃんこゃん言わしたるんや!」*12

「がってん承知の助や!ウチの逆撫でヒーコラ言わしたるでぇ!!」*13

「いや待ていや待て、増えるな合わせるなこっちに来るな!というかさっきまでの空気と違いすぎるじゃろ汝ら!?」

 

 

 無意味に決めポーズを取ってみながら、ジリジリと二人で彼女ににじり寄って見たところ、滅茶苦茶怖がられてしまった。

 失敬な、ノリには全力で乗るのが芸人魂やで(?)

 みたいなことを、タマモの方に向いて述べてみれば、彼女はせやせやと大きく頷いている。

 これには周囲も苦笑い。なんでって?さっきまでのやり取りが険悪に見えてたからだよジョニー。*14

 

 

「誰が真紅の稲妻やねん」*15

「おっと、こりゃ失敬。赤と白で縁起が良いかと思いまして」

「年末やからな、新年に向けて運気を上げんとあかんしな」

「そうそう。そういうわけでご用意致しました、紅白饅頭」

「ほぉー、そらまたええかんじやね。ところで、赤い方には中になに入っとん?」

「キャロライナ・リーパーですね」*16

「……白い方の形が変なんは?」

「シモ・ヘイヘを象りました」*17

「どっちも死神やんけ!縁起悪いわ!!……ども、ありがとうございましたー」

 

「……はっ!?いつの間に漫才に……っ!?」

「わりと始めからやで?」

 

 

 思わず箸が止まっていたオグリが、思わずとばかりに声を上げれば、さっさとうどんを食べるのに戻ったタマモが、まるで何もなかったかのように答えを返す。

 皆がなんとも言えない空気に包まれる中、やはりタマモクロスこそなりきり郷希望の星……!

 と、謎の確信を得る私が一人。

 

 

「……えと、とりあえず食べ終わってからにしませんか?」

「う、うむ。そうしよう……」

 

 

 なお、その場の変な硬直は、アルトリアの鶴の一声により弛緩するのでしたとさ。

 

 

*1
『fate/grand_order』より、星5(SSR)ランサー。インド神話における敵方なのだが……カルデア内における彼女は、ヤバい試練を持ってきて『がんばれ♡がんばれ♡』してくるおばあちゃんである。多分勇者モノとか好き。『苦難の果てに乗り越え何かを掴む』瞬間を見るのが好きなので、そのためならば幾らでもエグい試練を引っ張ってくるタイプ。根本的には自分が楽しみたいだけなので、そこには甘さや優しさはほぼない

*2
上記のヴリトラが優しく見えるような超スパルタ系男子、甘粕正彦。出身は『戦神館』シリーズ。なおヴリトラさんは神にも試練を強いる系(甘粕は人の可能性が見たい系)なので、どっちがマシかはケースバイケースと思われる

*3
『NARUTO』より、うちはイタチがうちはサスケに対してよく謝罪と共に行っていた行動。後にサスケも使うようになった。()()に指を()()っと置くため、『デコ遁』などと呼ばれることもあるとかないとか

*4
囁くゴーストは『攻殻機動隊』より。掃除機に吸わせろ云々は洋画『ゴーストバスターズ』、及びそれをオマージュしている『ルイージマンション』シリーズより。『ルイージマンション』の方の『オバキューム』は正しく掃除機だが、『ゴーストバスターズ』の方の『プロトンパック』は撮影機材として掃除機を改造しただけで、設定上は小型原子炉(!?)である。そこからビームを発射して、幽霊を弱らせるのが目的のアイテムなのだとか

*5
正確には『近畿方言』と呼ばれるもの。四国の一部も同系統の方言を話す人が居るらしく、そういう意味では香川出身のタマモクロスが関西弁を使うのはおかしくない……のかも?大阪弁・神戸弁・京言葉なども広義では『関西弁』になるため、『ちゃんとした関西弁』というものがどこの言葉を指すのかは、意外と難しいようだ

*6
アニメ・漫画などの関西出身キャラクターが喋る言葉、及びそれによって求められているキャラクター性。芸人気質であることを望まれることがほとんど

*7
前回出てきたきつねうどんも、ある意味タマモクロスネタだった、というお話(タマモ(きつね)うどん(香川の名物))。ついでに言うならたぬきネタもなくはない(たぬき動画で最初の流行になったのは『ヒガシマルのうどんスープ』、歌詞の中でうどんの種類を述べている(『うどんかぞえうた』より))

*8
『結城友奈は勇者である』と『勇者シリーズ』より。『ゆゆゆ』の方は舞台が香川県(正確には四国)であるため、登場人物のほとんどが好物にうどんを上げている。後者は『勇者王ガオガイガー』などの、胸に動物の顔があるようなロボ達のこと。機能的には特に意味がないが、カッコいいからついている……なんてこともある

*9
SMAPの楽曲『青いイナズマ』の歌詞の一部から。1996年の楽曲であるため、かなり古い。無論稲妻繋がり

*10
『ぐらぶる!』のサンダルフォンのポジションから。要するにツッコミ役・苦労人属性。あっちと違って、タマモクロスには付き合う義理も義務もないが。なお、彼はコーヒーが好きという特徴を持っている

*11
ウチはおらんけどウチのネタは出るでー。無論ウチこと『琴葉茜』の口癖からやでー。あとそれを元にした楽曲『何でも言うことを聞いてくれるアカネチャン』とか、謎の生命『セヤナー』みたいなんもおるでー

*12
『爆球連発!!スーパービーダマン』より、ビーダマンの一つ『ワイルドワイバーン』と、それを扱う西部丸馬より。『ワイのワイルドワイバーンや!』なる『言ってない台詞』が有名。後半の『こゃん』は狐の鳴き声を擬音化したもの

*13
『BLEACH』より、平子真子とその斬魄刀『逆撫』から。上のワイルドワイバーン云々と合わせて、どちらも関西弁キャラクターの持ち物と、そのキャラをネタにしたもの

*14
アメリカ系の通販番組でよく見るやり取り。大体女性はキャシー、男性はジョニーだったりする

*15
稲妻繋がりネタ再び。『機動戦士ガンダム』シリーズより、『真紅の稲妻』ことジョニー・ライデンのこと。パーソナルカラーがクリムゾンレッド(真紅)であったため、同じ赤系統を使っているシャア・アズナブルと勘違いされていたらしい、という悲運の人

*16
その形が『鎌を持った死神』を連想させることからその名がついたとされる、唐辛子の一種。世界一辛いと認定されたこともある劇物

*17
第二次世界大戦期にフィンランドで伝説的な活躍をした兵士の一人。上のキャラロイナ・リーパーと合わせて、赤と白の()()繋がり




今年はありがとうございました。
来年もまた宜しくお願い致します。


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新年明けましておめでたい奴らだ!

バルバトスだ、狩れ!(挨拶)

タイミングいいなぁ、などと思いつつ、新年のご挨拶を申し上げます。


「……おかしい、我の方が精神的有利に立っていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転している……だと?」

「そりゃ両サイドに変なんおったら、幾らなんでも負けるやろ、ふつー」

「つまり今のハクさんは『黒面の者』ってことですね、わかります」*1

「……誰かー!?誰か我と変わってくれぬかー!?後生じゃからー!!ちょっと調子乗ってたのは認めるから、誰か助けよー!!」

「……すまないハク、ここは黙って贄になってくれ」

「ノーコメントでお願いします」

「薄情ものか主ら!!?」

 

 

 ご飯を食べ終え、外に出てきた私達。

 なにやら後ろでごちゃごちゃ言ってるけども、気にしない気にしない。

 わいきゃい騒いでいる三人を尻目に、相変わらずラーメンとか肉まんとか、どこから出したのかよくわからないものを食べている*2ビワを抱えて、待つこと数分。

 

 

「せーんーぱーいー!おーまーたーせーしーまーしーたー!!」

「お、来た来た」

 

 

 こちらに走ってくるのは、防寒着を着込んでもこもこになったマシュと、その能力ゆえのものか、マフラーくらいしか追加防寒具の装備が存在していないシャナ。

 それと、近場にいたために一緒に来たらしいアル君の三名。……アル君に関しては、そのままだと鎧が冷たくなってしまうためか、鎧の上からもこもこのコートを着用している……という、ちょっと珍しい格好になっていた。

 

 

「気持ちの上では全然寒くないんだけど、実質的な表面温度とかは、すっごく下がっちゃうから……」

「迂闊に素手で触れると引っ付くわよ」*3

「そりゃエグい……」

 

 

 防寒着というのは、本来人の体温を外に逃がさないようにするものであるため、金属の体を持つアル君には無意味なのでは、と思わなくもなかったのだが。*4

 ……なるほど、他者が不用意に触れた時、金属部分に素手で触れると皮膚がくっついてしまう可能性があるから、それを防ぐためだったと。そう言われてみれと、納得の理由だ。

 

 ……さて、ここで三人が……もっと言えばシャナとマシュが合流したのにはわけがある。

 私は当初、()()使()()()三人の検査をする、と述べていた。

 その言葉に嘘偽りがないとすれば、琥珀さんのところで半日も経過していないというのは、どうにもおかしい話だ……と言うことになるわけで。

 その答え、というのが……。

 

 

「体力測定、のぅ?我とアルトリアはともかく、ビワには必要ないのではないか、それ?」

「まぁ、一応ね?ビワのためだけに、試験場では良い感じの相手が待ってるらしいしさ」

「いい感じ……のぅ?誰が待っておるのやら」

 

 

 身体検査とはまた別に、運動能力などの検査を別の場所で行うから、なのであった。

 

 

 

 

 

 

「それで?馬鹿正直に戦力測定だと、能力行使に規模的な問題等が出てくるから、ここで各種運動をすることになった……と?」

「以前アル君とシャナがテニヌしてたじゃないですか?あんな感じのことを行うのなら、スポーツであっても戦闘みたいなもんだと言い張れるから、戦力測定扱いで記録しても問題ない……みたいな返事が戻ってきたって言ってましたよ?」

「……ふっ。どうやら八雲の奴も、随分と苦労しているみたいだな」

 

 

 改めて、降りてきました地下千階。

 皆を引き連れ向かった先は、以前シャナがリハビリと称して、アル君とテニスをやっていた特設コート。

 耐久性に優れ、かつ多種多様なスポーツを行うことのできるこの施設ならば、三人の運動能力の検証にはうってつけ……ということで、今回試験先として選ばれたわけなのでございます。

 

 なお、ここの管理者はブラック・ジャックさんなので、こうして挨拶に伺った、というわけなのでしたとさ。

 まぁ、あんまり興味なさそうな感じだったのだけれど。……壊したりしなきゃなんでもいい、みたいな?

 

 あと、検査と言っても数値を測って云々、というわけではなく。

 通常の『逆憑依』と比べてどれくらい動けるのか、さらに『レベル5』と比べるとどうなのか……みたいな、相対評価に終始する形になるとかどうとか。

 

 雑に言えば『とりあえず凄いところを見せてくれ』、みたいな?

 まぁ、下手に戦力測定にすると、最近大人しくなってた急進派の人が荒ぶるかも?……みたいな懸念もなくはないみたいだったけれど、そこは私がどうこうすべきところじゃないので知らなーい。

 

 

「まぁ、小難しいことは考えず、存分にテニヌったりバヌケったり超次元サッカーしたりしてくれればいいよ、みたいな感じだから。とりあえずは体を動かそう、ね?」

「うむ。我もどこまで動けるのか、ちょっと試してみたいと思っておったところだしの」

「……うん?もしかしてこれ、ウチも巻き込まれた感じ?」

「丁度いいので、一般役として比較させて貰うんだわ」

「なるほど?……ウチって一般判定でええんか?」

「『謎のタマモX』状態ならいざ知らず、今のタマモなら普通に一般の『逆憑依』扱いだから大丈夫」

「そーか。……いや一般の『逆憑依』ってなんやねん?」

「さぁ?」

 

 

 ともあれ、唐突に年末の大運動会開催のお知らせ、みたいなのは確かな話。

 どうせなのでその時の焼き増しめいた種目も突っ込んどく?

 みたいな悪ノリを発揮しながら、彼女達の体力測定は始まったのだった。

 

 

「食らえ必殺!『九つに増える魔球』!!」

「魔球ってか、そもそもホントに九個分の玉を飛ばしとるだけやんかこれっ!?」

「なるほど、尻尾を使ってのラケット保持……そういう手もありますか。では私はこちらを」

「……って『風王結界』で全ての玉を引き寄せて打ち返したー!?」

「ぬぅ、手塚ゾーンならぬアルトリアゾーン……」*5

 

 

 最初の種目はテニス。

 無論、宣言していた通りのなんでもありルールだったため、隠し腕*6みたいに、唐突に背後から生やした尾でラケットを持ち、そのまま尻尾の数だけ玉をサーブしてくるハクさんと。

 それらの飛んできた玉を、全て『風王結界』で集めて打ち返すアルトリア……みたいな、障害沙汰になってないだけで、普通にテニスじゃない(テニヌ)の試合になっていたわけなのだが。

 まぁ、期待されていた通りの展開なので、別に問題はないのだけれど……、こうなってくると普通のスポーツを行うとか、夢のまた夢なんだろうなぁ……と変に実感しないでもないというか。

 

 ……ともあれ、記録係としてはでき得る限り迫力満点・外連味さえ感じられるほど、ダァイナミィックに玉の動きを追うのみである。

 その過程で私がゲル化しても、なんの問題もナイナイ。

 

 

「ゲルキーア、だと……?!」

「どっちかっつーと怒りに燃えるバイオキーア、みたいなやつなんとちゃう?」

「足音ギュピギュピさせてたもんな、うんうん」

「……あの、皆さん脳内に思い浮かべているものが別なのでは……?」

 

 

 なお、そんな私の姿にみんなが返してきた反応は、大体そんな感じ。

 マシュの言う通り、みんなゲルしぃにバイオライダーにブロリーにと、どう考えても別なものを思い浮かべている感じだった。*7

 ……主体は私じゃなくて【顕象】組なので、できればスルーでお願いします。……え、ダメ?そんなー。*8

 

 

「じゃあとりあえず……錬金!」

「あ、ずるい!階段作るんは反則やろ!!」

「迂闊にダンクのために飛び込んで、ゴールごと倒壊させるよりはマシなのではないでしょうか……?あ、スリーポイント決めますね?」

「マシュの点取り力がおかしい件について」

「コート全てが射程範囲ですので!」

「いやどこのキセキの世代の緑色やねん」*9

「我らが不慣れなのもあるとはいえ、生半(なまなか)な妨害ではピクリとも動揺を誘えぬのはおかしくないか!?」

「マシュも時々おかしくなりますよね……」

「あ、あれ?なんで私が変なもの扱いされる流れになっているのでしょう?……せ、せんぱい?!やめてくださいやめてください!わざわざ別口でさっきの発言をリピートするのはやめてください!!?」

 

 

 体が暖まってきたので、次はバスケ。

 エアウォークならぬエアダンク?……錬金術で直接ボールを投げ込めるような階段を作り上げて、そこを走っていくアル君とか、反対側(自陣)のゴールからロングシュートを決めてくる、ヤバげな特技を見せ付けたマシュとかが目立っていた感じで、さっきとは反対に【顕象】組は苦戦しているようだった。

 

 これに関しては、ゴールを守るアル君が錬金術で的確に妨害してくるのと、取った傍からスリーポイントを量産するマシュが強すぎるから、というのが大きい感じというか。

 

 なお私は思い付きでヘリコプターに変身して、ドローンみたいに空から撮影をしていたのだが、その姿を見たみんなにはスッゴい引かれるはめになった。

 ……一応、緑の恐竜(ヨッシー)の真似でしかないんだけど、ご覧の通りウケはよろしくないみたい。*10

 中に乗ってるビワだけが、楽しそうにバタバタしていたのが印象的だった。

 

 

「……ゲル化の時点で大概だけど。貴方、自分が人間だって自覚ある?」

「人間云々の前に私はキルフィッシュ・アーティレイヤーなので、魔王なので。なのでこの通り、一人でトゥインロードも撃てる!」

「いや、それ冥王やんけ!しかもグレートの方!」*11

「バレたか」

 

 

 なお、シャナから呆れ顔でツッコミを入れられたが……人間云々の前に、私は魔王を僭称せしキルフィッシュ・アーティレイヤーの姿を持つもの。

 自身の姿に拘泥するようでは勤まらぬもの、故に我は個にして群とかなんとかかんとか。*12

 まぁともかく、変身くらいなら自己を見失うこともねーや、とあれこれ解禁したのが今の私なのである。

 そもそも、変身とか第二形態とかある時点で大概だしね!

 

 ……それはそれとして、タマモの中の人とは趣味があいそうだなー、と関係のないことを考える私なのでありました。

 

 

*1
オセロのルールより。『()面の者』が両サイドを意味不明なもの()に挟まれた、の意。朱に交われば朱くなる、黒に挟まれれば黒くなる……

*2
ションボリルドルフのモーションネタから。ビワハヤヒデにはそのモーションは存在してないが、多分誰かが夜なべしたのだろう、多分

*3
零度以下になっている金属に迂闊に触れるとくっついてしまうのは、表皮の湿り気が瞬時に凍り付き、接着されたような状態になってしまうから。こうなってしまうと、下手に剥がそうとすると皮膚ごと剥がれるのでとても不味い。世の中には、冷たい鉄の柱を舌で舐めた結果、舌が外れなくなっ(凍っ)た人も居るというのだから、なんというか世界は広いと遠い目をしてしまう……

*4
金属が勝手に熱を持つなどということは普通ない。なので、金属に布を被せても暖かくはならない。寧ろ冷たかったりすれば、その冷たさを保持する役目を果たしたりする(夏場の水筒など)

*5
『テニスの王子様』より、手塚国光の使う技の一つ。元々は一応理屈のある技術系の技だった(ボールの回転を意図して変化させ、相手が打ち返したものが自身の手元に戻ってくるように調整していた)。最終的にボールの回転云々では説明がつかないレベルで手元に戻ってくるようになったため、立派なテニヌ技と化した

*6
『機動戦士Ζガンダム』の登場メカ、ジ・Oに搭載されたものが元祖とされる武装。基本的には相手の意表を突くためのものとされる

*7
それぞれ『Steins;Gate』『仮面ライダーBLACKRX』『ドラゴンボール』より。多分一番戦力的にヤバいのはバイオライダーである。一応火に弱いらしいが、普通に避けられそうなのは酷いと思う

*8
『ファンタジーアースゼロ』、通称『FAZ』の掲示板で発生した『らん豚』と呼ばれる、クソゲーを憎む豚(という設定)の発する言葉が元ネタとされる。『出荷よー』『そんなー』の流れは阿吽の呼吸、なのだとか。

*9
『黒子のバスケ』より、多分一番ぶっ壊れな人、緑間真太郎のこと。『コートの中であれば、例え自陣のゴール下からでさえもシュートを決められる』という、文字だけだと地味な能力を持つ。……無論、文字から感じる印象よりも遥かにヤバい技能だったりする。『邪魔さえされなければ』絶対シュートを決められるというのは、簡単に言えば他の人が普通に戦っている中で、一人だけ即死技をすぐに出せるようなもの。遊戯王で言えば常に手札にエグゾディアが四枚揃っていて、ドロー妨害しなければ必ずドローフェイズに最後の一枚を引ける、というようなもの。そうでなくとも『どこからでもシュートを決められる』時点で大概おかしい。『緑間が居るチームが負けたのなら、それは慢心故のものでしかない』と言えてしまえるくらいの性能なので、正直幾ら『バヌケ』と揶揄される『黒子のバスケ』であっても、彼の存在を考えればまだ甘いと言わざるを得ない……。少なくとも、他所のバスケ漫画には出せるはずもないキャラクター

*10
『ヨッシーアイランド』などより、ヨッシーの変身した姿。中にはベビーマリオなどが乗り込む

*11
『冥王計画ゼオライマー』より、グレートゼオライマーのこと。世に実際に知られる切っ掛けとなったのは『スーパーロボット大戦J』の隠し機体として。敵方のロボである『八卦ロボ』の内、『天のゼオライマー』以外の機体全ての武装を集結させた機体。そもそも素体が当の『ゼオライマー』なので、ある意味では『八卦ロボ』全ての合体ロボとも言える。『トゥインロード』は『八卦ロボ』の内『火のブライスト』『水のガロウィン』の二体が協力して放つ技なのだが、グレートゼオライマーはそれを()()()()一人でやる。そんな感じのことを『八卦ロボ』それぞれの得意技でやらかすので、一応隠し機体・かつ原作再現終了後にしか出てこれないとはいえ、やりすぎの部類としか言いようがなかったりするのだった

*12
『fate/zero』より、百貌のハサンの台詞『我ら群にして個、個にして群』から



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戦闘力5……に0がたくさん?……ははは(震え声)

「前回より引き続きまして、リハビリセンターよりお送り致します」

「……いや、誰に話しかけとるんじゃお主?」

「シュマちゃんとかデップーが見てるもの」*1

「お、俺ちゃん出番だったりする?」

「貴方がデップーか、歩いてお帰り」

「んー、熱烈歓迎に俺ちゃん大泣きしそう!」

「いや、なんじゃ今の」

「ちくわ大明神とか?」

「それもわけわからんのじゃが!?」

 

 

 なんかノイズ的なものが入った気がするけど、君は何も見なかった。いいね?

 それと、ハクさんのキャラがいつの間にかぶれぶれである。君、何時から釘宮ボイスが出せるようになったんだい?

 

 ……とまぁ、とにもかくにも相も変わらず、体力測定中の私達なのでございますが。

 今の彼等が行っている競技は綱引き。

 別に腕力自慢なキャラクターが居るというわけでもないので、普通に良い勝負になるかと思われたのだけれど……。

 

 

「せんぱいの!前で!無様な結果は見せられません!!ふんっ……ぬらばぁっ!!」*2

「ぬぉわぁっ!!?おかしいじゃろこれぇぇぇぇぇぇ……」

「大雪山おろし、だと……っ!!?」*3

 

 

 なんか知らんけど、マシュのおめめがぐるぐるしていらっしゃるのでしたとさ。誰かー、ゲッター線吸収装置持ってないー?

 

 冗談はさておき、なんだか雲行きが怪しくなってきたのは確かなようだと言うか?

 変に張り切ってるマシュが【顕象】なぞ如何するものぞ、とばかりに千切っては投げ、千切っては投げを繰り返している今の状況。

 なにかしらの対処をした方がいいかと、ちょっと思わなくもないのだけれど……。

 ……まぁ、いいか!(思考放棄)

 

 

「待て待て待てーぃ!!アンタが諦めてどうすんねん!!」

「いやだって、別にどっちかが圧勝したり辛勝したり引き分けたりとか、記録の上では関係ないって聞いたし……」

「限度があるやろ限度がっ!!?」

「ある意味見せ物なんだし、こういう展開も好まれると思うよ?」

「見せ物である前に参考資料でもあるやろがいっ!!」

 

 

 ……なお、思考放棄した途端に、タマモに胸ぐらを掴まれて、前後に頭を揺さぶられるはめになったわけなのですが。

 彼女は最近ここに加わったわりに、ずっと昔からここに居たかのように馴染んでるなぁ、よきかなよきかな。

 

 

「誤魔化されるわけないやろがーい!!」

「まぁまぁ、そのくらいにしておきたまえよタマモクロス。キーアも久しぶりのマシュの暴走に、ちょっと現実逃避をしているだけなんだからさ」

「ああん?!……って、ライネスやん。なんでまたここに?」

 

 

 まぁ、この対応はまさに火に油。

 タマモは更にヒートアップしてしまったわけなのですが。

 でも、しょうがないじゃないか。*4私にもできることとできないことごあるんやで?

 みたいな弁解をしようとしたところ、背後から聞こえてきたのはライネスの声。

 ピカチュウ(トリムマウ)随伴でやってきた彼女は、相変わらずニヤニヤと愉しげに笑っていたのだが……。

 

 

「ほら、あっち」

「……ビワとピカチュウがバトルしとる」

「ピカ様張りにエレキネットを駆使して、縦横無尽に空間を跳び跳ねるその様は正に変態……」*5

「ぴっかっ!?」*6

「いや、あの跳ね方は七夜オマージュと見たで、ウチは」*7

「ぴっぴかぴーっ!!」*8

「……なんや、なに言っとるかわからんけど、文句言われてるんはなんとなくわかるな」

()()()ーとか、普通に言ってることわかるしねぇ」

「……いや、その例えは違うんじゃないかな?」

 

 

 生憎と今回のライネスに関しては逆。

 ピカチュウの随伴に彼女が居る、というのが正解なので、今回の彼女は脇役みたいなものなのである。

 ……まぁ、そこを突っ込んだところで、別にニヤニヤ笑いを崩したりすることはできないだろうけども。

 

 まぁ、そこは置いといて。

 今回の主役……というと語弊があるけれど、まぁ主賓?の一人であるビワのための対戦相手として呼ばれた彼は、現在アニメ版のピカ様張りの、高機動戦闘を行っているわけでして。

 コットンガード?*9的なモコモコで防御するビワ側は、防戦一方と言った様相であったりするのだった。

 ……いや、戦闘って言うけどピカチュウの方は、威力の籠ってないへにゃへにゃパンチしかしてないんですけどね?

 メガトンパンチならぬ()(てん)パンチ、みたいな?……いや、メガテン(女神転生)パンチでもメガンテ(自爆)パンチでもないぞ、一応。

 

 

「ぴー、ぴかぴかちゅー」*10

「……なんとなく調子に乗ってるな、ってのは伝わったで」

「ぴかぴかっ!!?」*11

 

 

 なお、ピカチュウ側は珍しく目立てているからか、ちょっと調子に乗っているような気がしないでもない。

 ふーむ。調子に乗っている奴は足元を掬われる、という奴じゃなこれは?……ってことで一言。

 

 

「……ビワー、仲間を呼べー」*12

「ぴっかっ!!?」*13

 

 

 なんかいつの間にかトレーナー?的な扱いにされていたらしく、こちらの言うことをよく聞いてくれるビワ。

 なので、ちょっとばかし指示をしてみると……さっきまでの非積極性はどこへやら、もこもこ(けるぬんのす)モードから通常(たぬき)モードに移行、すかさずよくわからない声をあげて、仲間を呼び寄せ始めた。……フォルムチェンジかな?*14

 

 

「ゆるされよ ゆるされよ われらがつみを ゆるされよ」

「ぴーかっ!?ぴっぴかちゅー!?」*15

「ははは、なに言ってるかわーかんねー」

「ぴかーっ!!」*16

 

 

 あれまあれまと言う間にたぬき達が周囲から現れ、出来上がったのはたぬきてぃっくふぃーるど、すなわち決戦のバトル・フィールド!(推奨BGM:BOSS3)*17

 これによりダメージ値は唐突にインフレ化!謎のピエロっぽいものがチェーンソー振り回したり、はたまた「ヤメテクレェー!」とか叫びながら爆散すること、必至にして必須!……え、グロいのはダメ?ですよねー。

 

 

「ぴっか!ぴっぴかちゅー!!」*18

「トリムマウは生命活動を停止……死んだのだ」

「ぴかー!!!」*19

「おお、なんやよーわからんけど、あのピカチュウが必死にツッコミを入れとるのはわかるで!」

「まぁ、あれだとぼこぼこにされるのは時間の問題、というやつだねぇ。戻れトリムマウ」

「ぴかー!」*20

「いけ、トリムマウ」

「ぴかーっ!!?」*21

 

 

 なお、ドSなライネスにより、モンスターボールに戻されたあと、そのまま再度戦場に送り込まれるピカチュウの姿があったとさ。……いやまぁ、位置変更できてるから、無意味ってことも無いみたいだけどね?

 それでもこう、たぬき達に囲まれそうになるという数の暴力からは、そうそう逃げられそうもないのだけれど。

 

 

「うおーっ!!せーんーぱーいーっ!!貴方の後輩、マシュ・キリエライトはがーんばーってまーすよーっ!!!」

「ところであれ、放置でええんか?」

「いやもう、そろそろ終わるみたいだしいいかなって」

 

 

 なお、背後では余計に酷いことになっていたみたいだけれど……。

 ……うん、知ーらねっ!!(現実逃避)

 

 

 

 

 

 

「ぬぉぉおおぉっ!!!流石に、走りではっ!!負けられへんでぇぇぇえぇぇっ!!!」

「おお、流石タマ。早いな……私も負けていられないな」

「おや、私の事は無視ですか、オグリ?」

「アルトリアか。……いや、誰も無視なんてしてないさ。ただ今は、とにかく楽しくて仕方がないんだ……っ!!」

「私もですよ、オグリ……!!」

「……だーっ!!!なんやのん!?なんでこの二人イチャイチャしとるんや!!?」

 

「……さーすがにウマ娘組ははっやいねー」

「わ、我はもう限界ぞ……。人の体、走り辛すぎじゃろ……」

「おや、へばるのが早いね、闇の化身どの?」

「……流石に従者の上に乗って、楽をしておる奴には言われたくないのぅ」

「楽だなんてそんな。今回の私はあくまでもトリムマウの付添人、競う主体ではない以上、愛すべき従者の成長の糧になろうと努めているだけのことさ」

「……ものは言い様すぎんか、それ?」

「ぴ、ぴーか……」*22

「潰れたカエルみたいな声になってるみたいだけど?」

「がんばれ♡がんばれ♡トリムマウ、私はお前がもっとできる奴だって信じているぞ?」

「ぴかー!!!」*23

 

 

 綱引きの結果からは目を逸らしつつ、競技を移してラストは単純な走りでの競争……なのだが。

 流石は走ることに命を掛ける気概のウマ娘組というか、タマモとオグリの二人がトップ集団を形成している。

 それに続いて走るのが、騎士王としての能力全開で疾走するアルトリア。

 魔力放出でのかっ飛びこそ今は使用していないが、それでもなおウマ娘組に追い付ける辺り、龍の因子を持つものの面目躍如ということか。

 

 なお、マシュは今回休みである。……綱引きで張り切ったあと、ふと我に返って羞恥心から地に沈んだから、だったりするのだが。

 私は走るってより()()方だから遠慮しておくわ、とベンチに下がったシャナが見てくれているけれど、あれは復帰してくるのに丸一日掛かる奴だと思われる。

 ……というかシャナがわりと目立たないように立ち回っている気がするんだけど、気のせいかね?

 

 ともあれ、先頭組はデッドヒートの様相だけど、下位集団に関しては話が別。

 ビワはそもそも歩幅が小さすぎるため、ウマ属性があっても競争にはならず。

 ピカチュウはその背にライネスを背負うという謎のハンデを負っているため、普通に走るのがやっと。……ロリライネスだからどうにかなってるだけで、半分くらい罰ゲームみたいなもんだと思う。

 ハクさんはご覧の通り、早々にへばってしまったため競争どころの話ではなく、アル君に至っては……うん。

 

 

「疲れたりはしないんだけど、そもそも走るのが特別早いってわけでもないからね」

 

 

 と彼が言う通り、鎧が走ってると考えると十分に速いのだけれど、正直ウマ娘組とかとは比べるべくもない速度しか出ていないのでしたとさ。……いやまぁ、それでも普通の人よりは速そうなだけ、大したもんだと思うわけだけど。

 

 え、私?どっちかと言うと持久走の方が好きなんで、今回は流す感じですね、はい。

 

 なお、最終的にタマモがユニヴァースパワーを、オグリが王の友を、アルトリアが魔力放出を解禁したため、危うく競技場が崩壊しかけたことをここに記しておきます。

 

 

*1
『第四の壁』の向こう側のこと。幾らでも『壁の向こう』を拡張できる考え方であるため、あんまり気にしすぎると狂う可能性もあったりする、わりと危険な概念

*2
『アイシールド21』より、栗田良寛が気合いを入れる時に言う口癖、特に意味があるわけではない単なる掛け声。『まちカドまぞく』や『Dr.STONE』などでも登場した事があったりする台詞

*3
『ゲッターロボ』シリーズに登場する投げ技の一つ。掴んだ相手を自身も回転しながら振り回して遠心力をかけつつ、上方向に投げ飛ばす。一応生身でもできる技

*4
『渡る世間は鬼ばかり』より、小島眞役のえなりかずき氏が()()()()()()台詞。ホリ氏のモノマネネタが初出。正確に表記すると『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』となる。あまりに有名になった為に公式LINEスタンプにまでなった、正に言ってない台詞界の金字塔のような存在

*5
『ポケットモンスター』の技の一つ。初登場は『ポケットモンスター・ブラック/ホワイト』。電気を帯びた網で相手を攻撃し、たまに素早さを下げる技。……なのだが、アニメ版では攻撃・デバフだけではなく、自身の周りに展開して防御に使ったり、はたまた足場にして移動に使ったりと、とかく汎用性が高い技となっている

*6
変態扱いは酷くね!?

*7
七夜志貴。元々の初出は『月姫』(旧作)のファンディスクである『歌月十夜』で、主人公・遠野志貴の『とある不安』が形を持った存在。大体『MELTY BLOOD』での活躍が目立つ彼だが、『歌月』の七夜とは厳密には別人なので、結構ややこしい。最新版である『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』には現状存在しないが、フラグだけは立っている様子

*8
(われ)は面影糸を巣と張る蜘蛛……って言わすなー!

*9
『ポケットモンスター』の技の一つ、初出は『エレキネット』と同じ『ポケットモンスター・ブラック/ホワイト』。ふわふわの綿毛などで自身を包み、防御力をぐぐーん(三段階)と上げる

*10
こう見えても俺、それなりにやれる方なんで!手加減しないとね!

*11
なんでさっ!!?

*12
『ポケットモンスター』『ドラゴンクエスト』などに登場。モンスターが仲間を呼ぶ。基本的にはこちらにとって良くない状況に見えるが、呼ばれた仲間が大したことない場合は経験値稼ぎの糧となり、はたまたポケモン側のように固定値や色違い発生率などが『仲間を呼ぶ』度に上がる場合、一転して単なる狩り場と化す

*13
まじでっ!!?

*14
『ポケットモンスター』内の用語。初出は『ポケットモンスター・ルビー/サファイア/エメラルド』の幻のポケモン・デオキシスから。通常時から姿が変わるという意味では、メガシンカやゲンシカイキ・キョダイマックスなども類似例と言えなくもないが、そちらはバトル中に()()()()、かつ能動的に変化すると言う違いがある。幻のポケモンや伝説のポケモンなどが持っていることが多いが、普通のポケモンで持っている者も居る

*15
ねぇ!?これ本当に鳴き声なの!?

*16
嘘つけーっ!!

*17
『高橋邦子』シリーズより。BGMの方は『RPGツクール2000』の収録曲。以降の台詞も全て『高橋邦子』シリーズの特徴から

*18
これポケスペじゃないんで!そんな簡単に爆散したりとかしないでいいです!!

*19
勝手に殺すなー!!

*20
やったー!

*21
なんでさーっ!!?

*22
重くはないけど……キツいっす……

*23
世界一嬉しくないASMRだーっ!!



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りんご飴とかチョコバナナとか、串ものがとかく多いよね

「いやはや、年末は凄いことになってたねぇ」

「八雲さんも相当おかんむりでした、見たこともないような剣幕になって……」

「まぁ、言ってる内容としては『ちゃんとみんなの監督しなさいよもー!!』って、至極普通のことだったんだけどね」

 

 

 新年が開けて、初日の出も無事に見終わって。

 久々に郷の外に出てきていた私達は、さっくりと初詣を済ませたのち、境内の出店を回っている最中なのであった。

 ……無論、なんの対処もなしに単純に外に出ていると、いつぞやかみたいに人波に揉まれて酷い目にあうのでー。

 

 

『最近のせんぱい……私の扱い方が、結構雑になってきていませんかぁ?』

「そんなことないぞー。とても優秀で可愛くて頼れる私の自慢の後輩だと思ってるぞー」

『えっ!!……そそそ、そんな大胆な口説き文句……もう、せんぱいったら、このすけこましっ♪』*1

「……BBさんと、随分と仲が宜しいのでしゅね、せんぱい」

「んー?マシュも可愛い後輩だって思ってるよ?」

「……むぅ、せんぱいはズルいです……

 

 

 こうして、いつかの遠出の時のように、BBちゃんフラッシュによる認識阻害で、ごにょごにょとしているわけである。

 

 その際、BBちゃんから不満の声が上がっていたのだが……、そもそもBBちゃんってば、私の端末(スマホ)生息域(ホーム)にしてるくせに、頻繁に居なくなってるもんだから、構うもなにもないと言うか?

 まぁ、別に彼女の行動を逐一確認しようー、とか考えてもいないし、居ないことに関してなにか文句があったりするわけでもないんだけどさ。

 もう一人の後輩であるマシュにしたって、別に私が行動を管理しているわけじゃないし。

 なので、頼りにしてるよーと声を掛けるくらいの労いはしておりますよー、とアピールしておくのである。……誰に?さぁ?

 

 ……ところで、時々光(の後輩)と闇(の後輩)のEndlessbattle(エンドレスバトォゥ)……が始まるのは、一体どういう理屈なんなんでしょうね?

 それを当事者二人に尋ねると、凄い白けた顔を返されるんで、初回以降尋ねたことはないんだけども。……私あの顔怖い(震え声)

 

 

「ひょっとして、それ本気で言ってたりする?いやー、引くわー」

「……五条さんはホンット、最近キャラが原作に近付いてきたよね」

「一応聞いておくけど、褒め言葉だよね、それ?」

 

 

 そんな風に小さく唸っていると、背後から声を掛けられた。

 その声に若干の気後れというか辟易というか、そういったモノを感じながら振り返ってみれば、案の定そこにいたのは五条さんだった。

 

 今は以前私が渡したサングラス(色付き眼鏡)ではなく、いつもの眼帯を装着していたのだけれど……出会った頃の彼と比べると、随分と五条悟みが出てきたような気がしないでもない。

 

 いやまぁ、元々再現度が足りてないってだけで、ここにいる彼は最初っから『五条悟』その人で間違いないんだけども。

 ……あとから再現度は上げられるって最近わかった事実を考慮すると、その事例の実例として、わりと重要人物化してるような気がしないでもなく。

 そういう『重要度』って面からも、彼の()()()()()()()再現度が補強されてるんじゃないかなー、とか思ったり思わなかったりするキーアさんなのでした。

 

 で、そんな重要人物である五条さんが、何故こんなところにいるのかというと……。

 

 

「みんなの護衛兼いつものお仕事、って奴だね」

「もう止めたのかと思ってたよ、スカウト業」

「いやいや。僕のキャラ的にも向いてる仕事だし、あっち(呪術界)と違って上司が糞ってこともないし。結構天職だと思うんだよねー」

 

 

 まさかの、元旦からお仕事のため……なのであった。社畜かなにか?

 こっちでの彼は、原作のような使命感から仕事をこなしている……わけではないと思うのだけれど、それでも自分からあれこれ手を出し始めた辺り、これは……。

 

 

()()()()()()()()()()()()()ら、楽しくなってきた……みたいな?」

「ご明察!いやー、最初は流行り廃りで選んだだけだったんだけど、こうして長く付き合ってみると愛着がわくというか、まともにやれるようになると楽しくなってきたというか!こういうの、充実感って言うのかもね」

「はぁ、なるほど?」

 

 

 低再現度だから戦闘なんてもってのほかだった彼が、今となっては普通に戦えるようになっている……。

 それゆえに、原作で反転術式に目覚めた時のような、ある種のハイな状態になっているという風に思うのが正解……なのだろうか?

 まぁ、あの時の彼と違って、興奮から来る悦楽というよりは、失くしていたモノを取り戻して喜んでいる……という方が近いのだろうけれども。

 

 まぁ、個人的には彼が楽しそうなのはいいことだと思うので、特になにか文句があったりはしないわけなのだが。……ちょっとキャラがウザくなったなー、と感じたりもするけど、許容範囲である。

 

 

「……キーアさんって、歯に(きぬ)着せぬ物言いが凄いよね、改めて聞いてると」*2

「そりゃまぁ魔王ですし。いい子ちゃんってわけでもないしねー」

「ふーん?」

 

 

 みたいな感じで彼と話していると、先に屋台を巡っていたオグリとタマが、こちらに戻ってくるのが見えた。

 タマに抱えられたビワと三人で、大量の焼きそばやらわたあめやらを、もぐもぐと食べながら歩いている姿が、私達から少し遠くの位置にある。

 ……普段なら行儀が悪いって言われそうなものだけど、今のこの場所は祭りのようなもの。

 周囲にその行為を咎めるような人物はいない……のは確かなんだけども。

 

 

「……いや、買いすぎでしょ。ウマ娘がよく食べるってのは聞いてたから知ってるけど、それにしたって限度とかないわけ?」

「ん?ゴジョーさんか。大丈夫だ、これでもいつもの半分にしておいたんだぞ」

「その量で!?」

「ウチはこれでいっぱいやな。……なんちゅーか、ウチに関しては(アプリの私)より食べる量減ってる気がするで」

「だから、その量でっ!?」

「ゆるされよ ゆるされよ われらのしょうしょく ゆるされよ」

「……いや、マジかよ」

 

 

 彼女達が抱えている食べ物の量に、五条さんが珍しく絶句している。

 なにせ、両手に抱えられるだけ袋を抱えて、更にそれらがぎゅうぎゅうに食べ物で膨らんでいる()()に、さらに別個で焼きそばを持ち、あまつさえそれを食べているというのだから、最早食べ物で着膨れしているようなもの……と言っても過言ではないというか。

 そのせいかBBちゃんの視線誘導も、微妙に効きが悪くなっているみたいだし。

 周囲からは「え、マジであんなに食べるの?あんな可愛い子が?」とか、「……なんか、誰かに似てない?」とか、そんな声がちらほら上がっているのが聞こえてくる。

 ……うむ。

 

 

「即席錬金、四次元エコバッグ~」

「青狸じゃん、それも古い方」

 

 

 こちらを揶揄してくる五条さんはスルーして、どこからともなく取り出したるは、見た目は普通のエコバッグ。

 無論ただのエコバッグなどではなく、どこぞのドラちゃんのポケットと同じく、四次元収納ができてしまう無限容量エコバッグなのである。悪用は厳禁な!

 

 そうしてこれを、こうして……こうじゃ!!

 

 

「おお、さっきよりも遥かに軽いぞ」

「はぁー、これ凄いなキーア。あの量のもんが全部、一つのバッグに入ってしもたで」

『ついでにBBちゃんフラッシュ!……で、改めて周囲の視線を散らしておきました!』

「でかした!」*3

「む、むー!せんぱいっ!!私も、私もなにか手伝わせてください!!」

「んー?今はマシュに手伝って貰えるようなことはないかなぁ」

「そんなぁ」

 

 

 大量の食料達をエコバッグの中にぽぽぽぽーい!……ぽぽぽ?春風でも吹きましたか?*4

 そういやあの桃色玉も四次元収納めいた胃袋してたなぁ、的な横道に逸れたことを考えつつ、見た目的にエグいことになっていた食べ物達を、せっせっとしまいこむこと数分間。

 なんということでしょう、まるで肉襦袢のように彼女達の姿を覆い隠していたビニール袋が、今ではたった一つのエコバッグに纏まってしまったではありませんか。

 無機質なビニール袋に隠れてしまっていた彼女達の着物も、こうして衆目を浴びることに成功したのであります。

 

 

「……うんうん。可愛い子が並んでるってのは、絵になるねぇ」

「ほうほう、ゴジョーお兄さんも見る目があるというわけですなー。ところで、ゴジョーお兄さん的には、どの子がタイプぅ?」

「んー?……そうだなぁ、こういうのって選ぶという行為の時点で、後からボコられるのが決まっているようなものだし。……よし、答えは沈黙!」

「それが正しい答えって?」*5

「そうそう。……ところでキーアさん?この手はなんでしょう?」

「選ばないのも失礼だと思わない?」

「……みんな揃ってから、ってことで」

「宜しい。ならば三分間だけ()ってやる」

「ああ、そうして貰えるとありがた……今ニュアンスおかしくなかった?」

「ほっほ~い♪」

「あ、間違ってないわこれ。普通に舞ってるわ」

 

 

 なお、男性陣におかれましては、誰が一番とか選ぶのはダメでしょ……とか腑抜けたことを仰っていらっしゃる方が一人いらっしゃいましたので、責任を持って選択させることをここに宣言致します。

 ……全員揃ったら、とかふざけたことを言っていたので、無難にゆかりんを選んで逃げそうだな……と思ったことも付け加えておきます。

 

 それはおいといて。

 とりあえず他の面々が集まってくるまで暇、というのも確かな話。

 仕方ないので……踊るか!とばかりに、しんちゃんと一緒にレッツダンス!チュー、チュー!*6

 

 

「はー、挨拶回りも終わったし、これでやっと普通に楽しめるわね……って、ナニコレ!!?」

「張り切りすぎた、今は反省している」

 

 

 なお、さそうおどり*7的な効果を発揮したのか、いつの間にかインド映画張りに踊る人達でいっぱいになってしまった*8ため、止め時が見付からずに困った、ということも付記しておきます。

 ……てへ。

 

 

*1
女性を誑かすのがうまい人、ないし誑かすことそのものを差す言葉。スラングではなく本来の意味での香具師(的屋(てきや))の使っていた言葉が由来とされる

*2
物事を隠したりごまかしたりせずに話すこと。『歯を(衣で)隠さない』ことの比喩から来ており、『衣』の部分を『絹』にしたり『ころも』と読んだりするのは誤り。反対の意味として使う場合、『奥歯に衣着せる』と書く

*3
『彼岸島』より、誰かを褒める時の汎用台詞。ただの言葉なのに、どことなく笑いを誘うのは何故なのか

*4
「星のカービィ」の開発時のコードネーム『はるかぜポポポ』(後に『ティンクル☆ポポ』になり、そこから更に『星のカービィ』へと変化した)及び『日本公共広告機構(ACジャパン)』のCM『あいさつの魔法。』内で使われた台詞『ポポポポーン』から。八尺様の鳴き声?ではない

*5
『HUNTER×HUNTER』内のとあるやり取りから。二つの選びがたい選択を突き付けられた時、敢えてどちらも選ばないのも一つの選択である、と示した。なお、アドベンチャーゲームなどには、時間経過で選択肢が増えるなどの派生パターンも存在する

*6
セガのアクションでシューティングで音ゲーなダンスゲーム『スペースチャンネル5』に登場する台詞。ネズミの鳴き声ではない。ビーム発射を意味する掛け声

*7
『ドラゴンクエスト』シリーズより、特技の一つ。踊り子系の味方キャラが覚えることもあるが、基本的にはモンスター専用の特技といった趣が強い。自身が踊る代わりに、相手一人も踊らせる。妨害用の技としては結構嫌なタイプの技。ゲームによっては、専用の踊りモーションで踊りに誘われたりすることも

*8
『ラブシーンを極力避けるため』『多言語国家なので見るだけでわかるダンスが重宝される』『そもそもダンスが大好き』などの理由から、インド映画においてダンスは欠かせないものとなっている



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一富士二鷹三茄子、つまり踊れと?

「目立つなって言ったじゃないのよ私……」

『大丈夫です、周囲の人には一般のインド系ダンサーだと誤認させておきましたから!』

「それのどこが大丈夫なのよ!?ってか一般のインド系ダンサーってなに!?」

「あっはっはっはっ。いやー、三分どころの話じゃなくなっちゃったねぇ?」

「反省はしている、後悔はしていない。どっちかと言うとインド人繁栄ダンスまで繋ぎたかった」*1

「止めなさいよ!!?それ変な効き方して妖精さん湧いてくるやつでしょ!!?」*2

(・ワ・)「われらはゆるされるのです?」

「うわ妖精繋がり……ってうひゃあっ!!?」

「今度は何っ?!」

「ビワの顔が妖精さんに!!」

「これは妖精さんが一人(1f)カウントでいいのでしょうか……?」*3

「……は!?つまりこの状況下で演説すれば、信者ガッポガッポなのでは!?」

「それだと妖精さんの周波数(1/f)……なるものが存在することになっちゃうじゃないの!」*4

「あっはっはっはっ。早速収拾が付かなくなってるねぇ」

「笑い事じゃないわよーっ!!?」

 

 

 集まりに集まった人の塊から離れ、ようやっと今回のメンバーが全員揃った状態になった私達。そんな外出メンバーを紹介するぜ!

 私!マシュ!BBちゃん!五条さん!オグリ!タマモ!ビワ!しんちゃん!ゆかりん!以上だ!

 

 メンバー選出に関しては……始めに私がゆかりんから誘いを受け、帰って後輩二人を誘い。

 マシュがラットハウス組を誘ったものの、彼等は今回の正月は郷でゆっくりすると言っていたため断念し。

 そこでたまたま昼食を摂っていたオグリ&タマモペアが、今の姿になってからはまだ外に出たことがないから、と立候補し。

 オグリちゃんとタマちゃんをお守りするゾ!……とばかりにしんちゃんが主張してきて、それを聞いた五条さんが「ん、じゃあ僕も同行しようかな」と手を挙げた……みたいな感じである。

 

 ……え?その話だとビワが入ってない?っていうかビワが居るんなら他の【顕象】組はどうしたって?

 そこに関しては【顕象】組を外に出すのは時期尚早だって話と、ウマ娘組が外に出るのなら、ビワは連れていってもいいんじゃないか?……という話の折衷案の結果、というやつである。

 基本的に同じ動きでバタバタしているだけだから、ダンシング人形*5としてごまかしやすく、かつウマ娘の格好をしている人物が抱いていても、別におかしくないから……ということで、ビワだけが外に出る権利を勝ち取った、というわけである。

 

 ……いやまぁ、外に出たがったのがビワだけだった、というのも理由の一つではあるのだが。

 他二人に関しては、アルトリアが遠慮して(「いえ、遠慮しておきます」)ハクさんは面倒くさがった(「嫌じゃ、外になど出とうない」)……という形である。

 ……寧ろなんでビワだけが、外に出たがったんだろうね?

 

 

「元々その子って呪霊みたいなもの、なんでしょ?だったら今回僕が会いに行く相手のことを、なんとなーく察知したのかもしれないね」

「……え、五条さんのお仕事の方、今回厄介事なの?」

「いやいや。普通にいつも通りのスカウトだよ?」

「……呪霊を?」

「そ。正確には、()()()()()()()()を、だけどね」

 

 

 そんなこちらの疑問には、横から首を突っ込んできた五条さんが答えてくれた。

 なんでも今日彼が会いに行く相手は、カテゴリ的には怨霊とか呪霊とか、そういう負の存在的なものなのだという。

 ……勢い余って退治したりしないだろうな、とちょっと不安になる私だが、以前の落ち着きのない彼ならばともかく、今の彼ならまぁ……多分大丈夫……だよね?

 

 

「まぁ、その辺り気になるからこそ、私も一緒に出てきたわけなんだけどね?」

 

 

 とウインクするゆかりんは、久しぶりに大きい姿になっている。

 境界を弄っての大人化には、相応の負担が掛かる……ということで、今回のゆかりんは別の方法で、大きい姿に()()している。

 ……うん、お察しの通り魔法少女……熟女?状態と言うわけだ。

 いやまぁ、正確には熟女なんて年齢でもないけども、妙齢の女性を言い表す二文字の熟語って、すぐにすぐ思い付かなくない?淑女でいいの?

 

 ともあれ、アイテム型変身はアイテム側が負担軽減の役目を果たしてくれるため【継ぎ接ぎ】と相性が良いと判明してから、琥珀さんが夜なべして作った新アイテムが、ゆかりん専用の変身アイテム『マジカルアメジスト』である。*6

 原作に存在しない、新型マジカルルビー系列のこのアイテム。

 琥珀さん的にはAIとか搭載したかったみたいだけれど、特に参考にすべき人格パターンが見付からなかったためか、今のところ単なる変身アイテムに留まっている。

 

 ……現代のAI技術では、ルビーやサファイアのような人工知能は作り出せないだろうし、仕方ないと言えば仕方なく、あの傍迷惑精霊共が増えたりしないのは良いことだ、と言えないこともなく。

 まぁ、なんか最近彼女の研究室から、夜な夜な奇っ怪な笑い声が響いている……とかいうことを風の噂に聞いたりもするので、油断ならない状況であることも間違いないのだろうけれども。

 

 さておき、以前みたく変化後に寝込むようなこともなくなったゆかりんは、結構気軽に大人形態を見せるようになった、というわけである。

 ただ、原作通りの胡散臭い空気を出しすぎると、結局体調不良に繋がるらしいのでー。

 

 

()が大きくなった、みたいな気分でいる感じかしらねー」

「だから甘酒に引き寄せられてしまうと?」

「お酒があったら飲む!それが今ここにいる八雲紫のアイデンティティよ!」

「はいはい、仕事終わってからねー」

「やー!!今回は仕事終わったら直帰だから、お酒飲む暇なんてないのー!!今飲ませてー!!」

「だーめーでーすー!」

「そんなー!!」

 

「……うーん、キーアさんの方が小さいままだから、ダメな母親としっかり者の娘、みたいな感じになってるねぇ」

「うんうん、家族仲がいいのは良いことだ」

「……いや、あくまでそう見えるってだけやからな、オグリ」

「ダメだゾゴジョーお兄さん。こういう時は虞美人姉妹って言ってあげないと」

「おしい、虞はいらないかなー」

「なによ、また虞美人差別?」

「え?……うわ出た!?」

 

 

 酒飲みゆかりんが大きくなった、みたいな方向で調整しているらしく、屋台で販売している甘酒に興味深々な、端から見れば大きな子供みたいなゆかりんの姿がそこにはあったのだった。

 

 ジェレミアさんにゆかりんが羽目を外しすぎないように、と言付かっている私としましては、彼女をキチンと監督する義務があるわけでして。

 わがままを言う子供以外の何者でもない、彼女の姿に若干呆れつつ。

 折角の着物が着崩れしないように注意を払いながら、彼女を屋台から引き剥がす……という地味に高度な作業を行っていたわけなのでございます。

 

 ……なお、いつの間にか現れていた虞っちゃんパイセンに関しては、ノーコメントでお願いします、はい。

 

 

 

 

 

 

「新年を祝う、ねぇ。私からすれば、毎年の明けごときを祝う必要性、っていうものを見出だせないわけだけど」

「不死者だもんねぇ、君。確か未来も過去も現在も、感覚の上では等価なんだっけ?」

「そうね、永遠が永遠に続くのなら、そこに前後の違いなんて意味がないもの」

……なに言ってるかわかるか、タマ

ぜんぜん。うちら言うて走る速度早いだけの、一般人みたいなもんやからなぁ

「ゆるされよ ゆるされよ われらのむちを ゆるされよ」

 

 

 一向にパイセンを加えた私達は、変わらず屋台を巡回中。

 ……なのだけれども、パイセンが時折見せる知性の煌めきにより、ウマ娘ーズが遠い目をしながらイカ焼きを貪るだけの機械?みたいな状態になっており、早急に対策を練らねばならないような気がしないでもないような。

 

 

「CQCQ、楽しい話題を振って欲しい、オーバー?」*7

「え、えっと……そ、そそそそういえば皆さん、初夢はなにをご覧になりましたか!?」

 

 

 なのでマシュに助言をお願いしたのだけれども……初夢、初夢かぁ。

 

 

「……覚えてねぇ」

「え゛」

『初手から違う意味でヘビィですねぇ……』

「私も覚えてないわね……」

「ええっ!?」

『おっと雲行きが怪しい予感!因みにBBちゃんは眠ったりしませんので、夢とか見る余地がありませ~ん!!』

「ちょっ、BBさんっ!?」

「あ、僕は見たよ、初夢」

「ご、五条さん……!!」

「まぁ、獄門彊の中に閉じ込められてる状態で、外から何か固いものがぶつかる音とか、はたまたレーザー的なものが照射されてる音とか、あとご機嫌な歌声が聞こえてきたりとか、そんな感じの夢だったけどね」*8

「五゛条゛さ゛ん゛っ!!!」

「どう考えても悪夢じゃん……」

 

 

 寝付きが良かったのか悪かったのか、見た夢の内容がすっぽり抜け落ちているため、話題にできそうもないという身も蓋もない感想がでてきてしまい、大層困る羽目になる私である。

 なにが悲しいって、そこから私も含めて三連『初夢見てない勢』が続くって言うね。

 まぁ、見てる人が出たはいいけど、トップバッターの五条さんがどう考えても悪夢としか呼べないモノを出してきたせいで、マシュがorzの体勢に伏せってしまったりもしたのだけれど。

 

 

「お、落ち着きぃなマシュ。ウチはほら、レースで一番になる夢とか見てたから、な?」

「……実はそのレースが、四つ葉のクローバー達に追い掛けられるものだったりは……」*9

「せぇへんよっ!!?ってかなんで四つ葉のクローバー!?」

「グラス*10が食べるのは……タンポポだったな。……クローバーって美味しいんだろうか?」*11

「居ないもんをネタにすんのはやめーや!!ってか食おうとすな、縁起もんなんやから保管せぇ!!」

 

 

 それで変な方にスイッチが入ったのか、頓珍漢なことを言い始めるマシュに、タマモがたじたじになっていた。

 ついでにオグリの食欲はいつも通りだった。

 ゆるされよ、ゆるされよ。おなかがすくのはゆるされよ。

 

 

(・ワ・)「せりふとられたです?」

「……もしかしてビワ、それ気に入ったの?」

(・ワ・)「ようせいつながりゆえー」

「おお、また妖精密度があがってしまいましたなー」

「ん、妖精?たまーに纏わりつかれて困るのよね、あれ」

(・ワ・)「ぐびじんはようせいのおやだまのようなものですのでー。ゆるされよーゆるされよー、まわりにつどうのゆるされよー」

「……いやまぁ、嫌とは言ってないけど」

(パイセンがデレた!?)

(なるほど、こんな感じに周囲の人を狂わせていくわけですね!)

 

 

 なお、たぬき形態に妖精さんの顔は、なんか収まりが良すぎるなぁ……なんて関係ない感想を抱いたことを、ここに記しておきます。

 

 

*1
インド映画のダンスシーンと、田中ロミオ氏のライトノベル『人類は衰退しました』のアニメ版オープニング『リアルワールド』を合わせたmad動画のこと。『ナンとカレーな踊り』とか『ナンにでも合う』などと言われるように、キレのあるインドダンスは結構な楽曲と噛み合うため、動画も多く作られていた

*2
『人類は衰退しました』に出てくる不思議生物、妖精さん。(・ワ・)みたいな顔が特徴の、小さな小人のような生き物。いっぱい居ると不思議なことが起こる。居ないと現実は非情になる。お菓子が大好きで、舌足らずな話し方をする(文の上ではひらがな多めの言葉遣いになる)

*3
妖精さんのカウントの仕方。特定の環境内で妖精さんに一人出会うような状況を『1f』(fはfairy(フェアリー)の頭文字からだと思われる)と呼称する。以下、人数が増える毎にカウントが増え、マックスは15体を表す『15f』。それ以上は『F』(大文字のエフ)になり、とにかくいっぱいいる、という扱いをされる。(・ワ・)われらはちにふえ、としをつくり、うみをわたり、そらをさきましたからなー

*4
1/f(エフ分のいち)ゆらぎ』と呼ばれるもののこと。電車の音などが代表例。規則的な流れの中に不規則な流れの混じるゆらぎ、などと言われるが正直言葉で説明するのは難しいので、『なんとなく聞き心地のよいもの』だと思っておくとよい。相手をリラックスさせる効果があるため、このゆらぎを内包する声を持つものは、扇動者に向いている、なんて話もあったりする(アドルフ・ヒトラーが該当した、と言われている)。因みにこの場合の『f』は周波数を指す『Frequency』から

*5
中に機械が入っていて、スイッチを入れたりすると踊り始める人形の総称。デキによっては微妙に気味の悪いモノになったりする

*6
紫水晶。二月の誕生石としても有名。酔いを防ぐ効果があると信じられていた時代がある。加工によっては、黄色(シトリン)緑色(プラジオライト)になることも。(ルビー)(サファイア)からの、かなり安直な名前

*7
『CQ』は『call to quaters』の略称。無線通信で不特定の誰かを呼び出す為のコールサイン。雑に訳すなら『誰か居ないか!』というような感じだろうか?オーバーの方は、通信終了、もしくは『こっちは話終えたのでそちらに会話の主導権を渡します』の意。無線通信は双方向に送受信ができなかったので、このような挨拶が生まれたのだと思われる(聞いて→話すという形になるため)

*8
『僕とロボ子』と『呪術廻戦』のコラボPV『TVアニメ「呪術廻戦」EDテーマ踊ってみた』内での描写から。中から見てたら確かに悪夢かもしれない

*9
タマモクロスと声が同じキャラクター、『アイドルマスターシンデレラガールズ』の緒方智絵里の趣味『四つ葉のクローバー集め』から

*10
『ウマ娘』のキャラクター、グラスワンダーのこと。元ネタの馬がタンポポを食べるのが大好きな為、彼女もタンポポを食べると思われている節がある(とりあえず、今のところアプリ側でそんな様子はない)

*11
美味しいかどうかはともかくとして、あんまり食べるのは推奨されていないのは確かなようだ。食べるとしても、少量が限度とされる



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墓場で運動会してるんだからこうもなる

「はい、そういうわけで。屋台巡りも終わりまして、こうして普通の服に着替えたわけなのですが……」

 

 

 誰に説明するでもなく呟いて、ちょいと後ろを振り返る。

 辺りはすっかりと暗くなり、幽霊やら妖怪やらのような、なにかしらの怖ーいものが出てきても、一切おかしくなさそうな雰囲気と変わり果てていた。

 ちょっとした好奇心から付いてきた非戦闘組……ぶっちゃけてしまえばウマ娘の二人は、その表情を青く染めつつ、余裕ぶろうとしながらカタカタ震える……などという、わりと典型的な怯えの態度を取っていたのでありましたとさ。

 

 

「ふふふふふんんんんんここここんなんここここわくなんかなななないわわわわわ」

「タマ苦しい、襟はやめて欲しい襟は」

「ここここ怖がってなんかないわぁっ!!」

『おやおや、お二人とも面白いくらいにビビっていますねぇ』

「ゆるされよ ゆるされよ めちゃくちゃビビるのゆるされよ」

「……ビワがわりと喋るようになったのはいいんだけど、巫女構文になるのはどうにかならないのかな?」

(・ワ・)「ゆるされたです?」

「あー、うん。こっち(巫女)じゃないならそっち(妖精さん)になるのかー……」

 

 

 元の存在が元であるだけに、ビワの方は特に怖がっていないようだけど。

 代わりにタマモの方は、見てて不安になるくらいにガッタガタと震えている。

 そんな彼女に振り回されているオグリも、本質的にはビビっているらしいが、相方の方がよっぽど怯えているため、比較的冷静になっているようだ。

 ……まぁ、現状の二人を引き剥がして一人にすると、多分オグリの方もガッタガタになるとは思うんだけども。

 基本的には二人とも一般人なので、仕方ないとは思うんだけどね。

 

 

「対霊装備は必要がない、とのことでしたが……本当に準備をしなくても大丈夫なのですか、五条さん?」

「大丈夫大丈夫。僕最強だし……とは()()言えないけど、今回は別に討伐が目的とかじゃないしね。……いやまぁ、手合わせくらいは発生するかもだけど、()()()()()()()ってだけなら、今回は戦力過多もいいとこでしょ?」

「……まぁ、それはそうですが」

 

 

 反対側では、珍しく鎧と盾で完全武装しているマシュが、五条さんに今回の件についての確認を取っている。

 彼の言うところによれば、そう荒事にはならないらしい。

 仮にそういうことになっても、守りに関してはマシュを筆頭として、境界を弄っての防御もできるゆかりん・問答無用の私が同行しているため、特に問題はない……との見解を示されたわけなのだけれど。

 ……うーむ、はたしてそんなに上手く行くのだろうか?

 

 

「やけに心配してるわね、お前」

「いやー、自分が五条さんの代わりに外に出て、あれこれとやってた時のことを思うと、こう……なんというか……」

「私は報告書を流し読みしただけだけど、それでもトラブルの連続だったってすぐに理解できたしねぇ」

変なもの(CP君とか)を見付ける切っ掛けにもなったりしてるし、正直不安要素しかない……」

「なるほどね。……まぁ、最悪私が自爆すればいいでしょ」

「いややめて、気軽にヤバめの呪詛ばら蒔こうとするのやめてパイセン!?」

(・ワ・)「そうなったらじっしつせかいのおわりですなー」

 

 

 そんな風にむむむと唸っていると、パイセンが呆れたような声をあげながら近付いてくる。

 案外面倒見のよい彼女のことなので、純粋に心配してくれたのかもしれないが……彼女も大概トラブルメイカー、頼りすぎるのは宜しくない類いの人だ。

 彼女が暴走しないことを祈りつつ、そのまま歩くこと暫し。

 

 

「お、ついたついた。おーい、居るかーい?」

「ついたって……なんにもないじゃない?」

 

 

 たどり着いたのは、少し開けた森の中の広場……とでも呼べそうな場所。

 無論、ゆかりんの言う通り単に周囲が開けているというだけで、特に誰か人が居るわけでも、はたまたなにか目につくようなモノが置いてあるわけでもない。

 本当に、単なる広場としか言い様のない場所だった。

 ……そもそもに()場って言うほどに広くもないし。精々、学校の教室くらいの広さだろうか?

 

 そんななにもない場所に立ち止まった五条さんは、辺りに大声で呼び掛けを行っている。

 そうして響いた声は、暫く辺りを反響したのち、次の瞬間。

 

 

「あ、五条。こっちこっち」

「……おぉっ、きたちゃ~ん!おひさしぶりぶり~、イワシの塩焼き~」

「あれ、しんちゃんも来てたのかい?いやまぁ、君なら特に問題はないだろうけど」

 

 

 近くの木陰から広場に歩み出て来たのは、片方の目が髪で隠れていて、黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこを着た少年。

 ───すなわち、ゲゲゲの鬼太郎その人なのであった。*1

 

 

 

 

 

 

「……あれ、鬼太郎?彼ってヘンダーランドのエキストラに居なかったっけ?」

「おや?初めて見る人だけど……君は僕のことを知ってるのかい?」

 

 

 現れた人物に見覚えが──キャラクターとしてという意味ではなく、文字通りに()()()()()()()という意味で──あるような気がした私が声を漏らすと、彼……鬼太郎は、不思議そうな様子でこちらを見返してくる。

 ……人に対する隔意が薄そうなので、最新作の彼ではないのだろうか?*2

 

 

「ああ、違う違う。迎えに来たのは彼じゃなくて、別の人だよ。彼に関しては、単なる協力者」

「協力者?」

 

 

 なんて風に首を傾げていたら、後ろから首を出してきた五条さんに、探しに来たのは彼ではない、と指摘されることに。

 ……んー、つまり彼は、あの時の彼……ヘンダーランドのエキストラをやってた彼と同じ、ってことでいいのかな?

 そんな風に質問してみれば。

 

 

「そうだね、向こうではあの二人の所にお世話になっているから、時々ああして手伝いをしているんだ。それじゃあ改めて……墓場鬼太郎だ、よろしくね」

「おおっと、これはこれはご丁寧に……」

「……いや、政治家かなんかかいっ」

 

 

 紳士的に右手を差し出してくる彼の姿に、内心ちょっと驚きつつ、その手を握り返す私。

 ……鬼太郎というキャラクターは、アニメの世代によっては結構キャラの性格とかが違う。

 それが個人的なイメージとちょっとずれていたのが、こうして困惑してしまった理由だったりするのだが……。

 それを置いてもなお、違和感が残るような?

 

 

「ああ、僕はちょっと複雑でね。見た目はいわゆるパチスロ版*3、中身はいわゆる四期の僕に近い……って感じかな?」

「……なんでまた、そんなちぐはぐなことに?」

「敢えて言うなら趣味、かな?『カッコいい鬼太郎』を見せたいって思ったからか、見た目的に一番大人びているこの姿と、人との距離感が近すぎず遠すぎない四期の性格になった……と言うか」

「なるほど……?」

 

 

 そう説明する彼の背丈は、私よりもそれなりに高いもの。

 基本的な鬼太郎の背丈というものが、私よりも低いのがほとんどであることを思えば、外見のイメージが結構違うという感覚も、なんとなーくわかって貰えるかもしれない。

 

 

「彼はこっちの区分だと【継ぎ接ぎ】に分類されるみたいだからね。ちぐはぐって言う割には結構強いよ?」

「ほうほう。弱いきたちゃんってのも、なんだか変な感じだもんね」

「個人的にはしんちゃんの方が怖いけどね、僕は」

「お?オラいつの間にか『イシュタル神殿』しちゃった?」

「……しんちゃんの再現度が低いようには思えませんしね……それとしんちゃん、多分イシュタルさんの神殿ではなく、『異世界転生』では?」

「おー、そーともゆー」

 

 

 なお、彼はしんちゃんともちょっと遊んだりする仲、なのだとか。

 鬼太郎はバージョンによって女性に弱かったりするし、意外と気があうのかもしれない。……それと、しんちゃんが意外と怖いというのは同意。

 彼の場合は再現度が上がると『埼玉のセイヴァー』としてのスペックを存分に発揮し始めそうで、下手な戦闘キャラより厄介さは上かもしれないから。

 

 閑話休題。

 妖怪に関する専門家と呼べるであろう鬼太郎に、呪霊に対しての専門家である五条さん。

 ──この二人が一緒にいるというのは、警戒心を煽るには十分な理由だと思いません?

 

 

「不穏なこと言うのやめーや!!」

「だからタマ、私にすがり付くのは止めてくれ……」

 

 

 ……ということを、わざわざタマモに近付いて話したところ、返ってきたのは予想通りのビビり姿。

 そこまで怖いのなら帰れば良いとも思う(帰り道が暗くて怖いのなら、ゆかりんにスキマで送って貰えばいい)のだけど、なんというかプライド?的な問題から、ここから尻尾を巻いて逃げるのはノー!らしく。

 

 

『ではでは、怖くなくなるようにBBちゃん予防注射、受けときます?』

「……それを受けるとどうなるんや?」

『幽霊なんて目じゃないモノが見えるようになって、結果として幽霊が怖くなくなります!』

「節子それ予防注射やない、単にSAN値が全損しただけや」

 

 

 なので、BBちゃんがとある提案をしたのだけれど……まぁ、案の定却下されたわけでして。

 なにがあれって、元のBBちゃんと違って()()の提案は、本当に善意からのもの……というのがね。いやまぁ、元のBBちゃんも一応善意から動いてはいる?のかもしれないけれども。

 

 

『……なんだかせんぱいから視線を感じますね。……はっ!?もしかして優秀にして可愛いBBちゃんの魅力に、遅まきながら気付いてしまったとか?!ですがご安心を。私は貴方の後輩BBちゃん。いつでもどこでも、貴方の後輩であることに変わりはありませんので!』

「せ、せんぱい!マシュ・キリエライトも!貴方の後輩マシュ・キリエライトも居ますからね!?」

「いや、そのEndlessbattle(エンドレス・バトゥ)はいいから」

 

 

 なお、そうしてジト目で見詰めていたら、またもや光と闇の洗礼を受ける羽目になってしまった。なしてや!

 

 

「……五条、また変な人を連れてきたんだね?」

「あっはっはっはっ、おかしいなー、否定できないや」

「そこは嘘でも否定してくれないかな!?」

 

 

 ついでに、鬼太郎からの視線の温度も下がった気がしました。

 だから、なしてや!!?

 

 

*1
『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公。本名は『墓場鬼太郎』だが、そちらの名前で呼ばれることは少ない(逆にその名前を主題にすることで、本来の作風に寄った話が展開されることもある)。身長は約130cmとされ、キーアと並ぶと本来ならばちょっとだけ背が低い

*2
アニメ化自体も結構な回数されている為、結構性格などに差異がある彼、鬼太郎。現状の最新シーズンとなる6期では、人とは一定の距離を置いたスタンスを取っている。猫娘ばかり話題になるが、彼も変化はしているというお話

*3
『ゲゲゲの鬼太郎 ブラック鬼太郎の野望』における鬼太郎の容姿。普段の彼より頭一つ分ほど背が高く、普段よりも男前な感じ



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これが、心か

「で、これからどうするのよ、お前達」

「せ、仙人!?……いや、仙女?なんにせよ、なんだか凄そうな人だ……」

「ん、見ただけで私のことがわかるとは、中々の後輩力ね。いいわ、思う存分崇め奉りなさい」

 

 

 こちらがあれこれとしている間に、いつの間にやら鬼太郎君を後輩扱いし始めたパイセンと、それを半笑いで見詰める五条さんという、なにがなにやらよくわからない光景が出来上がっていたが……うん、しーらね。

 とりあえずスルーして、改めて今回の目的を確認する私達。

 

 

「霊的ななりきりの方をお迎えする、ということなのですよね?」

「うん、マシュちゃんの言う通り。今回迎えに来たのは霊体に分類される存在だ」

「霊体……ふーむ、パッと思い付かないけど……」

「というか、霊体が逆憑依してくるって、わりと意味不明なことになってない?」

 

 

 マシュが尋ねたことに対しての返答からするに、今回の相手は八九寺真宵とか本間芽衣子*1とか、そういった幽霊キャラに分類される相手、らしい。

 荒事になる可能性が微塵にでもある以上、前者二人のようなタイプではなく、どちらかと言えば怨霊に寄るようなタイプのキャラのようではあるが。……パチスロ?あっちに行ったら悪霊化するのはみんな同じだから……司令だってただのギャンブル好きのおっさんと化してたし……。*2

 

 ともあれ、なるかも?という彼の言葉からして、怨霊としてもそこまで悪質なものというわけではないのだろう、多分。

 控えているのが対呪霊トップの五条さんと、対妖怪トップの鬼太郎君なのが不安を煽るけど、怯えて縮こまるよりは当たって砕けた方がマシである(震え声)

 

 

「いや玉砕はすな!相手を粉砕せぇ!!」

「粉砕・玉砕・大喝采!!」*3

「いや社長はええわ、あんなん幾ら余裕があっても相手しきれへんわ」

「ふぅん、流石は白い稲妻、タマモクロスの慧眼と言ったところか……」

「いや、普通に物真似上手いなキミ!?」

「おーい、漫才してなくていいから、さっさと行くよー」

 

 

 なお、関西弁キャラとしての血が騒ぐのか、はたまた面倒見のよい性格に引っ掛かるのか。

 タマモだけが私の言葉に律儀に反応してくれましたが、他のみんなはこっちのことはスルーして、そのまま先に進んでいたのでしたとさ。……マシュまでスルーするんだよ、酷くない?

 

 

「あっ、いえその、無視したとかそういうわけではなくてですねっ?これからお会いする方がどういう人物なのか、考察していたらつい周りが見えていなかった、と言いますか……」

『さっすがマシュさん、いつにも増して生真面目さがアップ!もしかして、ちょっと怖かったりしますぅ~?』

「ち、ちちち違います誤解です!そもそもにサーヴァントの皆さんは高位の霊体とも言えますので、慣れていない方がおかしいと言うかですね?!」

「──なるほど、中の人()が怖がってるのか」

「……っ!!?せ、せせせせせんぱいっ!!?」

 

 

 などとブーたれていたら、なんと実はマシュが怖がっていたことが判明。

 原作のマシュに幽霊が怖い、なんて設定あったっけ?と思っていたのだが……そういえば我々はなりきり、中の人が居る存在。

 そうして視点を変えてみた時、彼女の中の人である楯の方は、幽霊とかゾンビとか苦手だったな、ということを思い出したのだった。

 

 基本的に中の人は記憶や記録の参照先であり、意思表明をすることなんてないと思っていたのだけれど……いやはや、()()()()()()()であるならば、憑依した側にも影響を及ぼすことがある……というわけか、なるほどなるほど。

 

 

「まぁ良いと思うよ?レオニダスさんだって幽霊は苦手だー、って言ってたし」*4

「それとこれとは話がちがっ、というかレオニダスさんを例に挙げるのは止めてくださいせんぱい!」

「はっはっはっ。なるほどなるほど、フル武装なのは怖かったからってことね。いつにも増して張り切ってるなーと思ってたら、実態はそういうことだった、と」

「……うぅー、穴があったら入りたいでしゅ……

「マシュが盾を被ってしゃがんでしまったぞ」

「ああもう、弄りすぎよ貴方達」

 

 

 まぁ、からかいすぎて暫く機能不全状態になっちゃったんだけどね!!失敗失敗。

 

 

 

 

 

 

「では、参りましょうか。マシュ、大丈夫ですか?」

「は、はい!大丈夫ですせんぱいっ!!」

 

 

 マシュの機嫌を損ねてしまったため、彼女のご機嫌取りをする羽目になってしまった私は、彼女の望むがままに変身──キリアの姿に変化していた。

 変身ポーズまでご丁寧に指定されながらのそれを見たマシュは、漸く機嫌を直してくれたわけなのだけれども。……代わりに私の方が疲労困憊である。

 

 

「いやー、初めて見たけど凄いね、キーアさん?……おっと、今はキリアさんでいいんだっけ?」

「……よくも大笑いして下さいましたねゴジョー、後で怖いですよ」

「いやー、ホントに怖いんでやめて欲しいかなー。ね、鬼太郎?」

え、なんでそこで僕に振るんだ……い、いや、綺麗で良いと思いますよ?はい」

(・ワ・)「あるいみきょうふのごんげですなー」

「……いえ、この姿で当たり散らすような真似をするつもりはありませんが」

 

 

 理由は無論、周囲の反応によるもの。

 衆人環視の中での変身に、周りの反応は様々。

 オグリは何故かお腹を押さえて踞っていた(「スケート……会長……う、お腹が」)し、タマモはマジでか、みたいな顔だったし。

 五条さんは予想通りに大笑いしてたし、鬼太郎君は僅かに目を見開いていたし。……まぁ、そんな反応に晒されて、色々と心労が酷かったというわけである。

 

 

「……項羽様、変身とかしたら喜んでくれるかしら……?」

 

 

 なお、パイセンはパイセンだった()。

 いや、あの人喜ぶかなぁ……?喜ぶなぁ……?

 

 なお、この場にCP君が居ないのに変身できた理由は、いつの間にやら彼女と琥珀さんが共謀して作成された変身アイテムを(無理矢理)渡されていたから、である。

 望んで作って貰った形になるゆかりんとは違い、私に関しては完全にとばっちりである。……変身したらその情報がCP君に発信されるようになっているため、帰ったら根掘り葉掘り*5聞かれることは確定なので、そういう意味でも心労が酷い……。

 

 

「まぁ、なんだか今のキリアさんは正の力に溢れているみたいだし、結果オーライなんじゃない?」

「仮にそうだとしても、貴方に言われるのは納得行きません」

「おお、怖い怖い。さ、もうすぐ着くよ、みんな」

 

 

 からからと笑う五条さんの背を追って歩くこと暫し。

 先ほどの広場から数分ほど、なにもない場所を抜けた瞬間に、

 

 

「……!景色が変わった?!」

「え、ホントに?……ってうわ、ホントだわ!?」

 

 

 先ほどまで森だった場所が、突然に白い砂に覆われた大地へと変化する。

 辺りには砂以外のなにもない、ただただ広い空間へと突然迷い出てしまったわけである。しかも、一歩下がると景色が元の森の中に戻るというおまけ付きだ。

 

 

「転移?いえ、これは……」

「近いもので言えば帳とか封絶とか、あとは固有結界とかかな?この場所の位相に重なるように展開された、彼の居城だよ」

「彼……?いえ、そもそも……()?」

 

 

 変わらない様子で答える五条さんに、若干の不審を抱きつつ。

 砂を踏み締め、更に歩くこと数分。

 進む度にどことなく空気が重くなるのを感じつつ、チラリと後ろを振り返ってみると、

 

 

「……なんや、神秘的やなー」

「ああ、綺麗な夜空だ」

 

 

 怖がっていたはずのウマ娘達は、突然に開けた夜空に輝く星々に目を輝かせていた。

 確かに、なにもない砂漠の真っ只中で見上げる夜空は、その輝きを邪魔するような地上の光もなく、その美しさを存分に見せ付けているような気がする。

 少し気になることがあるとすれば……なんとなく()()()()()()()、ということだろうか?

 

 

「違和感……ですか?」

「……本来この場所には星は輝かないはず……という感じでしょうか」

「星が……輝かない?」

「その口ぶりだと、キリアさんは気付いた感じかな?」

「誰が居るのかは別として、()()()()来るのかはなんとなく」

「さっすが」

 

 

 首を捻るマシュ──すっかり様子は平時のモノに戻っている──に答えを返せば、五条さんが愉しげに声をあげる。

 その様子に内心「なに考えてんだろこの人」と眉を顰めてしまうのは……()()()()()()()()()()という言葉が、嘘だと半ば確信し始めているからなのだが。

 とはいえ、その感覚が正解とも言い辛い面もあるので、彼が完璧に嘘を言っているとも断言はできないのだけれど。

 この辺りは再現度やらなにやらのせいで、相手の精神状態やこちらへの対応が変わってくるから……というのが大きいせいなのだが。

 

 そんな、微妙な空気の悪さを覚えつつ。

 代わり映えのしない砂漠の景色を、夜空の星を見ることでごまかしながら進むこと更に数分。

 

 

「──と、言うわけで。今回僕が迎えに来たのは彼だよ、皆」

「───────、」

 

 

 張り詰めた空気、どこからともなく体に掛かってくる圧力。

 それらを発するのは、恐らく五条さんが指し示す先に居る人物。

 (砂漠)(夜空)の境目で、なによりも白き()のような白。

 

 

「──そうか。お前達が、俺の迎えか」

 

 

 表情に色はなく、その言葉に熱さはなく。

 そこにある虚無のようなその男は、睥睨するようにこちらを見渡しており。

 その視線に思わずとばかりに身震いをすれば、私の背後にいるメンバー達も、各々が動揺したような声や動きをしたことが窺えて。

 故に、やはり荒事になんかならない、だなんて嘘じゃんか……という批難の視線を五条さんに向けて。

 ……彼が、楽しそうにとある方に指を差していることに気が付いた。

 

 一体なにを?と疑問に思いつつ、その指の先を追ってみると……。

 

 

「……先に一つ、言っておく」

 

 

「…………助けてくれ」

 

 

 彼……ウルキオラ・シファーの表情が、こちらを睥睨するものではなく。*6

 自身ではどうしようもない事態に困惑しきった、憔悴した顔であることに気が付いて。

 え、なにそれ、と呆けた時に、視界のピントがずれて。

 彼の背後に焦点を結び、漸く()()に気付く。

 そこに居たのは──。

 

 

「ふ、ふふふふっ、」

「フレディだわっ!!?」*7

「ぎゃあっ!!?貞子もおるで!?」*8

「お、怨霊のオンパレード……っ!?」

「あっはっはっはっ。あれ全部悪い方の【顕象】だから、頑張って撃退しようね☆」

「はぁっ!?」

「それからウルキオラ君はかったいだけの戦力外だからー。彼は要保護対象でかつ怨霊誘引体質だからー。そこまで気を使わなくてもいいけど、不用意に近付かないようにー。取り憑かれるからねー」

「おお、これはへんたいな戦いですなぁ」

「それを言うなら大変、よぉっ!!」

「おお、そーともゆー」

 

 

 彼の背後に大挙する、怨霊達の群、群、群!

 思っていたのとは別種の状況に、思わず素で叫びつつ。

 私達は、思わぬ大混戦に突入することになったのだった。

 

 

*1
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のヒロインであり、かつ主人公とも呼べる少女、通称『めんま』。幽霊であるため、見た目がそれなりに成長しているにも関わらず、内面的には子供っぽいところが強い。霊体ながら物理的干渉ができるほどの力を持っていたりする

*2
『あの花』及び『シンフォギア』から。パチスロの題材に選ばれると、作中の台詞をオマージュした宣伝台詞がポスターに添えられることがあるのだが、その台詞がめんまの場合は『ギャンブルに引きずり込もうとする』ように見える為に悪霊化したと言われ、司令……風鳴弦十郎の場合『飯食ってパチンコして寝る』という、まるでダメなおっさんのようなことを言い始めることになってしまったのだった。なお、その場合の司令はパチプロとして大成すると思われる(彼の鍛練法が『飯食って映画見て寝る』であり、それで作中の生身の人間の中ではトップクラスの戦力となっているため。見取り稽古にしても限度がある)

*3
『遊☆戯☆王GX』より、正義の味方カイバーマンの台詞。声が同じでも海馬瀬人の台詞ではない。後の『ふぅん』は海馬の方の口癖

*4
『fate/grand_order』のコラボイベント『空の境界/the Garden of Order』内での描写より。スパルタの勇士・レオニダス一世が、幽霊が苦手なことが判明するシーン。それと一緒に、マシュが盾使いに敬意を示していることが知れるシーンでもある

*5
簡単に言えば『少しずつ物事を調べていき、最終的に子細まで明かすこと』という意味の言葉。根掘りが『話の根本を掘り起こす』ことを意味し、葉掘りの方は語呂合わせで『根から葉っぱに至るまでの全て』を示すために『葉』という言葉を用いた、という形。なので葉を()()という部分に、どこかの暗殺チームの眼鏡担当(ギアッチョ)のようにキレ散らかしても、特に得られるものはない

*6
『BLEACH』における第4十刃(クアトロ・エスパーダ)、『破面(アランカル)』の一人。生誕部分に謎が多く、後に再登場なりする可能性も拭えない存在

*7
『エルム街の悪夢』における殺人鬼、悪霊。系統としては夢魔に近く、夢の中ではほぼ無敵。また、周囲の自身への恐怖を力にしている。……現実世界ではほぼ無力

*8
『リング』シリーズにおける怨霊。正式な名前は『山村貞子』。日本のホラー界においてはスター級の人物。なので野球の始球式もやる。……いいのか?ついでに呪いのビデオという前時代の遺物から、颯爽と動画投稿サイトにその活躍の場を移したりもしている。……だから、いいのか?



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特殊勝利条件は悪い文明……

「殴れば倒せるゆーても、こんなんキリが無いんと違うん?」

 

 

 タマモの言葉が響く、虚夜宮(ラスノーチェス)を模した、星空を抱く砂漠の中。

 

 その量と内容に初見こそびっくりしたものの、実際の質としては『殴れば倒せる』という、お前ら幽霊としてどうなん?みたいな怨霊達でしかなかったので、千切っては投げ千切っては投げ……を繰り返していたわけなのだけれども。

 ……なんというかこう、終わりが見えねぇ!!

 さっき夜空の星にしてやった貞子が、再び戦列に加わってる……っていうか、そもそも複数人居るんだけど!?*1

 とかなんとか、さっきから文句しか浮かんでこない様相なのであります、はい。

 

 最初は周囲の怨霊達にビビり散らしていたタマモも、目の前でB級ホラーの無双場面*2かの如く軽々しく吹っ飛ばされていく怨霊達には、恐怖心を徐々に解されていったようで。

 

 今では「とりあえず蹴ったら祓えてしまうんと(ちゃ)うやろか……」みたいなノリで蹴っ飛ばしたところ、実際に特撮の雑魚戦闘員みたいに楽に倒せてしまったため、普通にこちらの戦列に加わってしまっている始末である。

 

 ……が、それでもなお相手の増える?数の方が多いのか、戦闘が一向に終わらない!!

 思っていたのとは方向の違う戦闘から来る疲れに襲われつつ、これって一体なにが勝利条件なのか、と五条さんに尋ねてみたところ、

 

 

「残念ながらこれ、耐久戦なんだよねー。悪いんだけど、もうちょっと持たして貰える?」

「ふざけんなー!鬼ー!悪魔ー!ちひろー!!」*3

「訴訟も辞さない」

「今の誰っ!?」

「鬼か悪魔でしょ」

 

 

 などという返答が戻ってきたのだった。救いはないのですか!?*4

 

 

 

 

 

 

「いやー、お見事お見事。ホントは用事が済み次第撤収のつもりだったんだけど、まさか全部成仏させちゃうとはねー」

「そりゃ、やれそうならやるでしょ。どうなってるのかとか、なに待ちなのかとか、何時終わるのかとか、そういうの全然わかんなかったから様子見してたけど」

 

 

 結局、こうして口にした通り、何を目的にした戦闘行動だったのかがわからなかったため、防衛に徹していた私だったわけなのですが。

 なんとなーく相手の正体とかが掴めたあとは、まさに一転攻勢。

 

 周囲に被害がでないように、あれこれとパラメーターを弄った極小ブラックホールをぶん投げ、怨霊達を一塊にしたのちに爆散させる……という、わりとヤバめな技により殲滅したのでありましたとさ。*5

 ……いやまぁ、相手方はバイバインみたいな性質?だったようだし、それくらいしか対処法がなかった……っていうのもあったりはするんだけども。

 

 

「おっ、『バインバイン』?」

「おっとしんちゃん、喧嘩売ってるなら買うけど?」

「お、おぉぅ……聞き間違えちゃっただけだから、そんなに怒らないで欲しいんだゾ……」

「ふふふ、いいかいしんちゃん?私の前で胸の話をするやつは、なんであれ敵……kill them all(キルゼムオール)なんだよ」

「い、以後気を付けるんだゾ……」

「よろしい。……まぁ、紛らわしい台詞を吐いたのも事実だから、一応こっちからもごめんとは言っておくけどね」

「ほーい。……で、結局『バイバイン』ってな~に~?」

 

 

 なお、途中でしんちゃんが盛大に聞き間違えたため、話がストップしましたがなにも問題はありません。ないったらないです。

 

 

「ドラえもんに出てくるひみつ道具の一種ですね。増やしたいモノに一滴垂らすことにより、五分ごとに数が二倍になる……という薬品です」

「お?ということは~、チョコビに垂らせばチョコビ食べ放題ってこと~?」

「はい、しんちゃんの言う通り。そういうことになりますね」

「おお~、ふともも~!」

「それを言うなら太っ腹、や。……ところで、話に聞くだけやったら随分と便利な道具に聞こえるけど、どうせヤバいやつなんやろ?ひみつ道具やし」

「タマモさんの反応には、思うところがなくもありませんが……そうですね。ドラえもんの作中において、モノを増やすという機能を持つひみつ道具は、多数存在しますが……()()()()()()()()()()()()()という点においては、欠陥品という評価を下されても仕方ないのではないか?……と私は考えます」

 

 

 大まかな解説はマシュがしてくれたが、こちらでも補足を。

 

 ドラえもんにおいては『フエルミラー』『まほうのかがみ』『レプリコッコ』などなど。

 なんで同一の用途なのにも関わらず、類似品がいっぱいあるんだろう?

 ……という疑問を抱かざるを得ないくらい、似たような役割を持つ道具というものが溢れている。*6

 

 これはまぁ、ドラえもんという作品が一話完結型の作風であり、以前使ったものを使い回すのでは新鮮味がない……などの作劇的理由を含むものだろうとは思うけど。

 ともあれ、近似に互換、どこぞのSCP紛いのモノなどなど。

 ひみつ道具というものが、物語を作る種の結晶のようなものである、というのは間違いでもないだろう。

 

 と、言うような前ふりをした上で、バイバインについてのお話。

 類似品達が増殖を人の手で行う必要があるのに対し、この薬品は()()()()()()()()()()()()勝手に増える、という違いがある。*7

 一応、この薬品にも効果時間というものがあるらしいのだが……仮に一日放置した場合、一日に増える回数は(24(時間)×60(分))÷5(増えるのに掛かる時間、単位・分)となって、その数は288回になる。

 

 これがそのまま指数となるため、倍率は2288となり、これによればなんと、一日放置しただけで宇宙が埋まるような事態になるのだとか。*8

 作中描写からして効果時間が一時間そこら、ということも考え辛いため、これは別に大袈裟でもなんでもない宇宙の危機……ということになるわけだ。

 

 ドラえもんは『それこそ一日で、地球が栗饅頭の底に埋まる』というようなことを述べていたそうだが、これを正確に直すと『それこそ一日で、地球は()()()()()()()()()()()宇宙の海の底に沈む』となるだろう。

 ……ドラえもんのひみつ道具は、子供の思い付きをそのまま叶えたかのようなものも多いため、真面目に考えると訳のわからないことになる……という好例である。*9

 

 

「……澗?」

「十進数で三十七桁ほどの数値の事ですが、この場合ですと無量大数のあとに現れているため、いわゆる二週目となりますね」

「漢数字表記って二週目とかあるんか!?」

「命数法的には仕方のないことですので……」*10

「仏教での数詞使っていいなら、もっと大きいのもあるよー、不可説不可説転とか」*11

「……完全にピンとこないのだが」

「一応107×2122くらいだね」

「いや聞いてもワケわからんのやけど!?」

「まぁ、それより大きい数もあるけどね」*12

「ゆるされよ ゆるされよ すうじがにがてなのをゆるされよ」

 

 

 なお、大きい数字……巨大数というものは、奥が深すぎて説明してると日が暮れるどころの話ではないので、今回は割愛。

 そもそもの話、性質がバイバインに近いというだけで、怨霊達が天文学的な数になるというわけでもないから、余談の域を出ないわけだし。

 

 

「そ、それはよかった。正直ちょっと話に付いていけなくなっていたところだったんだ」

「そりゃまたご苦労様と言うか。……まぁ、上限が決まってるみたいで、その数までは指数的に増える相手だった、ってことを言いたいだけだったんだけどね」

 

 

 オグリの様子に、頭を掻きながら声を返す私。

 どれほど減らしても、必ず一定数まで増える相手。その増え方が倍々であったために、バイバインの話を思い付いた……というだけの話なので、頭から煙がでるほど悩む必要性はないんじゃないかなー、と思わなくもないのでした。

 

 

*1
ダビングとか関係なく、貞子は増えることができる。まさにSDK(サダコ)48……

*2
ホラー系の映画でたまにある展開。こちらを追い詰めていた相手に対して、何かしらの反撃手段を得た主人公側が、さっきまでのビビりはどこへやらとばかりに幽霊やら怪異やらを吹っ飛ばしていくもの。その性質上、大体ギャグめいたノリになるため、普通のホラー作品で見ることは(それが主題だったりしない限り)あんまりない

*3
『アイドルマスター シンデレラガールズ』における事務員、千川ちひろの(非公式的な)イメージから来る扱い。元々は、いわゆるポイント競争形式のイベントで、効率的なポイント獲得のためのアイテムが売り出されたことが切っ掛け(古いモバイルゲームによくあった形式)。課金を煽る存在、すなわち運営の刺客とみなされた彼女は、いつしか鬼や悪魔と同列に並べられるような存在と化してしまっていたのだった……。アイテム販売所に特定のキャラが常勤している場合、似たような扱いをされることがある(例:鬼!悪魔!ダヴィンチちゃん!など)鬼や悪魔はモンスターとして出てくる場合はともかく、地獄の獄卒をしていたり契約に従順だったりするため、『流石にあの女のような血も涙もない集金はしない』と言った風に揶揄されることがある

*4
アニメ『ウマ娘プリティーダービー』に登場するキャラクター、メイショウドトウの台詞。救いはない()ですか、だと別のネタになるので注意。……地味に変な風評被害を受けているような気がするが、大丈夫なのだろうか?

*5
これもちょっとした虚無魔法の応用です

*6
前者二つは鏡、後者一つはニワトリ型の機械。『フエルミラー』は鏡に写ったものを中から取り出すことで増やすタイプの道具。鏡なので作りや向きが反転してしまうが、機械類などは問題なく使用できる。人をコピーすると反逆される恐れがあったりする。『まほうのかがみ』は『フエルミラー』の完全上位互換のひみつ道具で、左右反転しないし人をコピーしても反逆してこない。『レプリコッコ』は見せたものを複製(産卵)することで増やす。卵から生まれるという仕様上、本来の物品より小さくなるが、機能面では問題が一切ない。フィギュア向けのミニチュア家具作成とかに向いているかも知れない。また、間接的に見せたモノであっても複製できる(テレビに写った怪獣など)。恐らく特撮かアニメかなにかの映像だと思われるが、実在しないものを増やせているあたり、わりとヤバいアイテムなのかもしれない……ひみつ道具は全般的に危ない?それはそう

*7
増えたモノにオリジナルの概念はないらしく、一つでも完全な状態のモノが残っていれば、そこからまた増えていくことになる。食品の場合は食べることで、そうでなくとも壊れてしまえば増えなくなる、らしい

*8
10進数で80桁くらいの数値になる。参考までに、『吸血鬼すぐ死ぬ』における天文学的数値が飛び交う人気投票の総投票数は、約20澗無量大数(10進数で100桁ほど)

*9
『十円なんでもストア』などが分かりやすい。専用の『かんばん用紙』に店の名前を記載することにより、用紙一枚につき一品限り、()()()()10円で買うことができるという、わりと意味不明なアイテム。用紙がべらぼうに高く、そちらの単価で利益を得ているのかとも思えなくもないのだが、作中のドラえもんは高々数百円程度のどら焼きの購入の為に、特に躊躇した様子もなくこのひみつ道具を使っているため、一回の使用単価が高いとも思い辛い。つまり『なんでも10円で買えたらいいな』という子供の夢をそのまま叶えたような道具であり、正直こんなものが跋扈している未来世界とはなんなのか、と戦慄を覚えざるを得ないわけだったりする

*10
無量大数以上の数を命数法的に表記しようとすると、どうしても下の桁を使い回すしかなくなるため。巨大数ともなればそれでも足りなくなるので、大体10n桁という風に表記されるようになる

*11
仏教の数詞としては最大の数値。大体10の37澗乗くらいの数字

*12
グーゴルプレックスなど。こちらは1010100。Googleという名前の由来でもある



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誰そ彼彼は誰、明けの星

「……で、結局さっきのあれこれって、なんのための行動だったの?」

 

 

 束の間の歓談タイムも終わり、改めて虚夜宮擬きを離れた私達は、途中で集まっていたあのなにもない広場へと、再びたどり着いていたのだった。

 各々が適当に休息を取る中、改めて先ほどの戦闘がなんだったのかを、五条さんに問い掛けてみた私だったのだが……

 

 

「あれねぇ、ウルキオラ君が地縛霊的なモノになってたんだよね。だからそれの解消とかの為の時間稼ぎ……ってのが正解かな」

「……は?地縛霊?」*1

 

 

 なんというか、微妙にイメージに合わないような言葉が返ってきて、思わず困惑する羽目になるのだった。

 いや……地縛霊?霊的なモノの中でも怨霊の極み的な系統に分類される(ホロウ)、その中でも圧倒的な戦力を誇る破面(アランカル)の、更に精鋭である十刃(エスパーダ)の四番手に選ばれるほどの──二段階変身持ちなので、実際は席次ももうちょっと上かもしれない──実力者であるはずのウルキオラ・シファーが……吹けば飛ぶような木っ端の幽霊達と同ランクみたいな扱いの、地縛霊になっていた?……いや木っ端は言い過ぎか。*2

 

 ともかく、本来の彼の実力的にはあり得ない状態、というのはまず間違いないわけで。

 そうなってくるとまぁ、後の展開もうっすら見えてくるわけだけど……、一応確認のために、五条さんに続きを促す。

 

 

「まぁ、お察しの通り。『初心者か、さもなくば荒らし』ってね?」

「ご、ごごご五条さんっ!?」

「え、なしてマシュが慌てとるん?」

「今の台詞、昔のにわか五条さんにマシュが言った台詞なんだよね……」

「なるほど、失言やな」

「たたたタマモさん!?せんぱいまでっ!?」

「ゆるされよ ゆるされよ よげんのこのつみをゆるされよ さもなくば──」

(・ワ・)「どくはいぱーてぃ、かいまくです?」

「ビワさんんんんんんっ!!?」

「ビワが言うと洒落になってないな……」*3

 

 

 結果は予想通り。このウルキオラ君は、初期の五条さんのようなモノ──再現度最低レベル、キャラクターとしての性質はにわか知識によって辛うじて装丁された、まさにはりぼての如き存在なのであった。

 ……その事実が明かされた時に、一悶着あったけど……まぁ、うん。口は災いの元、ということで……。

 

 

 

 

 

 

「改めて、ウルキオラ・シファーだ、よろしく」

「げ、原作からは想像もできない満面の笑み……だと……っ!?」*4

「!す、すまない。気を付ける」

「……キリッとしたで」

『さっきまでのは睨んでたんじゃなくて、ちゃんとしようとして顔が強ばってただけ、だったんですねぇ』*5

 

 

 改めて、今回迎えに来た相手──ウルキオラ君との会話に移行したわけなのだけれども。

 ……本当なら絶対にしないような、あまりにも眩しい『陽』の笑みを返されて、困惑っていうか言葉を失うっていうか、ともかく変な空気になったのは確か、というか。

 なりきるなりきらない云々の前に、これは『うるきおら・しふぁー』みたいな、なにか別の生き物なのではないかと疑ってしまいそうになる。

 それくらい、外と中の気質が合ってないと断言できてしまうような人物が、今私達の目の前に居るわけなのだった。

 

 

「……えっと、五条さん?」

「ダメね、さっきからずっとああだもの」

「いっそこっちも笑えてくるくらいに、大笑いしているな……」

 

 

 なお、今回のあれこれの主体であるはずの五条さんはと言うと、なんというか見ていてちょっとイラッとしてくるくらいに大笑いしていた。

 ……どうにも、ツボに入ってしまったらしい。これでは収まるのは大分先になってしまうだろう。

 となると、ウルキオラ君本人に、知っていることを尋ねるしかなくなるのだけれど……。

 

 

「……すまない、俺もよく分からないところが多い」

「でしょうねー。……いやまぁ、なんとなく理由を考察することはできるけども」

「なんやて工藤!?」*6

「誰が工藤じゃ、誰が。……まぁ、考察って言っても簡単なモノだけどね」

 

 

 本人の言うところによれば、気が付いたら周囲になにもない、星の瞬く夜空と白い砂の大地に放り出されていたとのこと。

 自身の持つウルキオラとしての知識から、ここが虚夜宮のようなもの、という予想こそ付いたが、それ以外はさっぱり。

 単なる記憶としては、自身(ウルキオラ)の今際の際まで全てを思い出せるが、どこか今の自分とは結び付かないような、なんともえない違和感に思考の海に潜り──。

 気が付いたら、さっきのように怨霊達にわらわらと群がられている……という奇妙な状況へと、更に変化していたのだという。

 

 聞いているだけで宇宙猫パワーが脳内で瞳を開きそうなくらいに貯まってくるけど、そこで思考を止めては五条さんの二の舞、頭を振って気を取り直した私は、とりあえずさっきの怨霊達の理由くらいは察せられるな、と口を開いたのでした。

 

 

「初心者とかにわかとか言われてた五条さんであっても、『六眼』に関しては使えてたでしょ?多分再現度が低かろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に関しては、最低限の装備として用意されているんじゃないかなーって」

「ふむふむ。私だったらスキマとか?」

「さぁ?この辺りはにわかレベルの人達を集めて検証する、とかしないとはっきりとはしないと思うから、なんとも。……ただまぁ、例えばウルキオラ君だとか、あと居るのか知らないけどみょん──魂魄妖夢とかに関しては、結構わかりやすいんじゃないかな?」

「妖夢が?」*7

 

 

 話す内容は、逆憑依において、最低限保障されるモノについて。

 実際にこちら(現実)に現れるにあたって、誰もが必ず恩恵を受けているはずのモノについての話だった。

 最低限の、と銘打っている通り、能力面に関してはとりあえず脇に置いたもの、ということになる。

 そういう意味では、シャナやマシュ、ウマ娘組なんかもわかりやすいかもしれない。

 

 

「私達が?」

「ああ、なるほどね。じゃあ、私もわかりやすい側ってことね?」

「ですねー。パイセンは特に、そこを抜かすとパイセンとしての根幹が崩れますから」

「????」

 

 

 オグリは首を傾げ、むむむと唸っている。しんちゃんもその横で、同じ様に首を傾げていた。

 そんな二人の様子と似たような感じの者達もチラホラ見えるので、勿体ぶらずに答えを言おうと口を開いて、

 

 

「──種族だよ、恐らくは何に置いても、一番最初に再現されるもの。生まれついての性質、という風に見方を拡大するなら、僕の『六眼』も扱いとしては等価になるはずだね」

「『六眼』を生まれついて持っている男、()()()()()()()()()()()()……とでも言うべき?私の場合は生まれついての精霊だとか、仙女だとか……まぁ、不死者であるというところはまず違えない、ってところかしら?」

「……私の台詞取らないで欲しいんだけど」

 

 

 大笑い状態から復帰してきた五条さんが、こちらの会話に割り込んできて、その言葉にパイセンまで相槌を打ってきたため、私の発言権は綺麗に掠め取られたのでした。

 ……いやまぁ、説明してくれるんなら、願ったり叶ったりだけども。

 

 

「ごめんごめん。……で、そこの彼──ウルキオラ君に関して、最低限再現されたのはその種族──怨霊の一種である虚であること、だったってこと」

「なるほど。俺が俺であることは、最初から保証されていたというわけか」

 

 

 五条さんやパイセンが言う通り。

 逆憑依という事例において、一番優先されるのは恐らく種族──性格面を除いた、その人がその人足り得るパーソナリティの根幹、だと思われる。

 ハーマイオニー・グレンジャーの人種が、唐突に黄色人種や黒人種になったりしたら、誰だって困惑するだろう。*8

 同様に、ドクター・ドリトル*9が突然白人になったりとか、ナポレオンの身長が高いとか。*10

 そういった、元々の身体的特徴を大きく逸脱してしまったモノを、元のそれと同一の存在として見ることは難しいことだと言えるはずだ。

 

 それと似たようなもので、逆憑依と言う事例において、一番最初に再現されるのはそのキャラクターの身体的特徴──すなわち器なのではないか?

 というのが、今回私が話そうとしたことである。

 そこから考えるに、このウルキオラ君は、まず虚であることから構築されていると推測しても差し支えないはず。

 

 

「つまり、兆しとしてのラベルは『虚』──すなわち怨霊であり、それを制御するためにウルキオラ・シファーという殻が用意された……みたいな?ただまぁ、そこで突っ込まれた中身が再現度が低い人だったせいで……」

「負の念が内に籠り切らずに、漏れ出す形となった。それがあの虚夜宮──特殊な場であり、彼を閉じ込める第二の殻だった、ってこと」

「ほうほう。つまりー、お風呂のお湯がいっぱいになって溢れちゃって、お風呂場までお湯まみれになっちゃってたんですな~」

「おー、意外とわかりやすい」

「いや~、それほどでも~」

 

 

 怨霊になるために集められた負念は、本来ウルキオラ君の中に全て収まるはずだったのだが。

 そうはならずに彼の周囲に停滞し、その記憶からあの世界を形作った。

 そして彼をそこに縛り付け、更には他の負念を集める場所として機能していた……すなわち、先日の『白面の者』とかと似たような状態だった、というわけである。

 

 で、さっきまでしていたのは彼と場を切り離すための準備とか、はたまた集まってきた負念が形を持たずに霧散するようにする仕掛けだとか、そういったことだったのだ。

 ……時間が掛かるからその間邪魔されないように護ってね、みたいなノリでもあるはず。

 

 なので、半ば偶然とはいえキリアになったのは、わりと渡りに船だったと言えなくもなかったりするらしい。

 

 

「お陰で幾つか行程を飛ばせたからね。そういう意味では、今回のキーアさんは功労者と言えなくもないかも?」

「……うん、役に立ったのなら、変身した甲斐もあったかな……」

「彼女は何故落ち込んでいる?」

「感謝されたのが、自分にとってはあんまりやりたくないことだったから」

「なるほど、深いな」

 

 

 なお、それで私に振り掛かった心労に関しては考慮しないものとする。……うん、まぁ、うん。

 

 

*1
何かしらの理由で、特定の場所に縛られた霊のこと。自爆でも自縛でもない。基本的に土地に縛られる理由が強い未練などによるモノである事がほとんどなので、色々と良くないものを引き寄せやすいとされている

*2
地縛霊そのものはそこまで霊的に強くない、ということも少なくはない。彼らが危ないのは、彼らによって死を迎えると彼ら(地縛霊)のようになる、というところにある。強い未練はそれそのものが悪しきもの、というわけではなく、それによって周囲を巻き込む可能性があるからこそ。地縛霊そのものはそこまで悪いものではないと言えなくもないという話。……そもそもの話、近付かなければ無害みたいなものでもあるのだし

*3
見た目こそビワハヤヒデ(たぬき)だが、内容物的にはケルヌンノス(fate)が混じっているため。許されよ、許されよ。始まりの六人の罪を、許されよ

*4
同作における『井上織姫』ばりに笑みを浮かべたウルキオラを想像して貰えれば、その衝撃が理解できるかもしれない

*5
無愛想キャラなどにままあること。真面目な顔をすると怒っているように見える、というある意味でのデバフ

*6
『名探偵コナン』シリーズより、服部平次の台詞。あまりにも工藤工藤と呼ぶものだから、言ってない台詞まで捏造されている(せやかて工藤)

*7
『東方project』シリーズより、半人半霊の少女。みょんと言うのは彼女のとある会話における、一つの台詞からきたあだ名。初登場は『東方妖々夢』。最近の人気投票では、大体一位になっているくらいに人気な女の子

*8
舞台『ハリーポッターと呪いの子』において実際に起きた問題。作中に人種を指定する文章はなかったので、別に演じる人物の人種に問題はなかったはずなのだが……。映画でのハーマイオニーとは印象が真反対に近い人物が演じることとなったため、違和感を覚えた人がそれなりに居たらしい

*9
自身の名前を冠した映画の主人公。元々は児童文学作品。動物の声が聞こえる医者が活躍するコメディ映画

*10
無論『fgo』でのナポレオンのこと。ライダーだと史実通りの背丈になると言われているため、風評の良い面を取り入れた姿というのが正解



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ともあれ君はここにいて

「と、そんなことを言ってる内に最後の後片付けも終わったし、あとはちょっと観光でもして帰ろうか?」

「あ、私は酒蔵とか見に行きたい……」

「残念ながらゆかりんはお帰りのお時間でーす」

「やだー!!お酒ぇぇぇえぇぇぇ……」

「……アイツがスキマに落ちていく、ってのはちょっと珍しい光景よね」

「下手人は私だ」

「でしょうね」

 

 

 そんな風に話をしている間にも、諸々の後始末は進んでいたらしく。

 にっこりと笑みを浮かべた五条さんが軽く手を叩くと、なんとなーく()()()が消えたような感覚がしたのだった。……多分、場として固定されていた虚夜宮擬きが破砕されたのだろう、遠隔で。

 ……もうここまで来ると、能力的には原作と似たようなモノ、と言ってしまっても差し支えないような気がしないでもない。

 まぁ、領域展開*1はまだできないらしいので、本当の意味では追い付いていないらしいのだけれども。

 

 

「寧ろそこまで出来とるのに、まだ伸び代あるんか……」

「そりゃまぁ、マシュちゃんを見てればわかるけど、普通に城建て(宝具使っ)たりも出来るのが僕達(なりきり)の最終形だからね」

「いや、なりきりそのものが誤解されるようなこと言うの止めない?」

「なるほどね……日夜情報の海の中で、密やかに行われる魂の練磨──その果てに人間は、あらゆる異端を暴き食らうってわけね」

「パイセン?貴重なシリアスモードをこんな与太噺に使うの止めません?」

『……はっ!?つまりBBちゃんは、そんな人間達の愚行の果てに生まれた、世界を救う安寧の光ってことですか?いやーん、人類の皆さんったら全くもって救えなーい!』

「BBちゃんも悪ノリするの止めて!?」

 

 

 なお、型月組は平常運転なのであった。……こうなってしまうと、基本的に純朴なマシュだけが癒しである。

 そんなたった一人の常識人、マシュが今一体なにをしているのかと言うと……。

 

 

「なるほど、鬼太郎さんも五条さんと同じお仕事をされていたのですね……」

「う、うん。この間のハロウィンとかは、妖怪達も出てきていたみたいだし。クリスマスもクリスマスで、白面が暴れだすようなら駆り出される予定だったし……みたいな感じかな」

「わぁ……!流石妖怪の専門家、鬼太郎さんですね!」

うっ……いやその、それほどでも?というか……」

「あー!きたちゃんがオラの台詞を使って、マシュちゃんにデレデレしてるゾ!これは許されませんな~」

「う、うわわわわっ!?ししししんのすけ、いきなりなにを言い出すんだっ!?」

「……?鬼太郎さんは、照れていらっしゃるのですか?」

「……………いやその、えっと

「もー、きたちゃんってば()()()なんだからぁ~」*2

「……それを言うなら、()だと思う」

「おお、オグリちゃーん。そうそう、そーともゆー」

 

 

 五条さんが目立っていたために裏方に回った形となった、何気ない功労者鬼太郎君への労い……もとい、楽しく?会話をしていたわけでして。

 ……しんちゃんの言う通り、バージョンによる差こそあれど、鬼太郎というキャラクターは基本的に美女に弱い。

 そんな彼がマシュなどという美少女に近寄られてしまえば、気持ちの上ではどうあれ、行動がぎこちなくなるのは仕方のない話。

 結果として、あんな感じのたじたじ鬼太郎君、などというモノが生まれたわけなのだった。

 

 

「ふむ、右の目隠れ(マシュ)左の目隠れ(鬼太郎)の交流*3……これほど心洗われる光景があるだろうか?いやないな。今ほどカメラを持っていないということを、呪う日もないだろう……ああ、脳裏に焼き付けなければ、この尊い光景を……!!」

「そう、どうでもいい*4……なんて言うと思ったか!!?者共敵襲ー!!敵襲ー!!」

「うわぁっ!!?特級呪霊やっ、目隠れクレクレや!!?」

「はっはっはっ。──さらば!」

「逃げたっ!?」

「奴を追えーっ!!逃がすなーっ!!」

 

 

 ……なお、突然現れた目隠れ大好き海賊のせいで、そんなのほほんとした空気は崩れることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

「結局逃げられたし……」

(せ、せんぱいがションボリしすぎて等身が……?!)

(・ワ・)「おそろいというやつですなー」

「競馬ファンの世代が世代だから、たぬき動画って大体ノスタルジックよね」

「わからないものが多すぎる……」*5

 

 

 結局、なりきりなのかその他のモノなのか、よく分からない『特級呪霊・隠れ目』もといバソに逃げられてしまった私達は、なんとも言えない気分になりながら、麓の町まで帰って来ていた。

 ……そう、町。あれこれとしている内に、すっかり朝になってしまったが、戻ってきたのはまだ明かりすら灯っていない、人気の薄い町なのである。

 その前に居た場所が結構大きめの神社だったこともあり、人口密集度的な意味で、落差が酷いことになっていると言えなくもない。

 

 

「ああ、お客さん方。大丈夫でしたかい?」

「はい、滞りなく。『森の砂漠』はご相談の通りに片付きましたので、ご安心頂ければ」

「そうかそうか。いや、森が騒がしかったのもこれで落ち着くでしょう」

 

 

 そんな中、五条さんはこの町の町長とでも言うべき人と、事後報告のための会話を交わしていた。

 ……なんとまぁ、今回のあれこれは()()()()()()()()()だったらしい。

 

 

「森の中に突然開けた砂漠がある──そんな見出しで、いわゆるホラースポットとしてネットでまことしやかに噂になっていたのが、さっきの場所でね。夜な夜な遠方から肝試しにやってくる人達のせいで、森がうるさくてかなわない……みたいな話になっていたそうだよ」

「まさかの騒音被害」

「まぁ、それが単なる怪奇現象なら、僕達もここまで首を突っ込もうとはしなかったんだろうけど。……『砂漠の中で白い男を見た』みたいな話が結構な頻度で見付かるものだから、ちょっとゆかりんに確認お願いして、そっから予言者組に話が行ってー」

「……そしたらこっちの管轄(なりきり関係)の案件だった、と?」

「そーいうこと」

 

 

 つまり、今回のあれこれはこういうことらしい。

 とある閑静な田舎町で、偶然森に迷い込んだ人が、さっきの虚夜宮擬きに遭遇し。

 おっかなびっくり出口を探して彷徨う内に、身動きが取れなくなって立ち往生していたウルキオラ君に出会い、彼の威圧感(単なる勘違い)に肝を潰し、慌てて逃げ帰り。

 その時の経験をネット……SNSに上げた所、知る人ぞ知るホラースポット、みたいな広がり方をしてしまった。

 

 結果として、面白いもの見たさ半分怖いもの見たさ半分……みたいなノリで、全国から人が集まるようになってしまったので、それを解消したいと町長さんが思っていたところに、風の噂にそういうオカルトとか不思議現象の専門家が居る……みたいな話を聞いて、藁にもすがる思いで連絡を取ってきた、と。

 

 

「綿貫さんとかみたいに、外でそういうのの話を集めてくる人ってのが居てね。そこからこう、タイミングよくこっちに連絡が来たってわけ」

「無関係なモノも多いが、変な事が起きているのなら私達に関わりがあるもの、だと推測するのは普通のことだろう?」

「なるほど……時々情報源がよくわかんないなー、って思ってたけど、政府から聞いてたのね。……ところで」

 

 

 なるほど、綿貫さん以降見掛けたことはないが、政府側でそういうのの探索は変わらず行っていた、と。

 予言者組が情報の精査を行ったのと同じくらいのタイミングで、政府からの情報提供も重なり、結果として五条さんに話が回ってきた……ということになるようだ。

 手数さえ足りていれば、五条さんでなくとも調査自体はできたかもしれないけれど。

 事態の解決を望むのであれば、ある程度能力のある人物を派遣しなければいけない案件だったのも確か。

 結果として、こうしてみんなでぞろぞろやって来た甲斐はあった、というわけである。

 

 降って湧いたような事件だったが、解決できてよかったよかった。

 ……みたいな感じで、話の締めに入ろうとした私なわけなのだけれども。……うん、うん?

 

 

「……なんで居んの、バッソ」

「私は特級呪霊ではなく、普通になりきり組──それも外回り組の一人だからね。こうしてご一緒することもあるというわけさ」

「ま、幻とかやなかったんか、あれ……」

 

 

 いつの間にやら、五条さんの隣に立つのは軽妙洒脱*6な伊達男。

 ……特に捻りもなくバーソロミュー・ロバーツその人なのだが、さっきは逃げてたのになんで戻ってきてるの?……っていうか、普通になりきり組なんかいっ。*7

 

 

「ははは。いやなに、貴女のように麗しい女性に対して挨拶をするのであれば、それなりの下準備というものが必要だろう?」

「はぁ……?え、麗しい?ソイツが?」

「……パイセン?貴方、私をなんだと思ってるので?」

「え、珍獣でしょ?」

「それパイセンにだけは言われたくないんですがーっ!?」

「お、落ち着いてくださいせんぱいっ!!」

「ははは。元気なことは良いことだ。ところで、マシュ嬢と鬼太郎君という二大天使に囲まれている君がここの王様だ、と見るのは決して間違いではないと思うのだが、その辺りどうかな?」

「メカクレ基準で語るのやめーや!!」

 

 

 にわかに騒がしくなった私達の様子に、町長さんが目を丸くしている。

 ……早朝にこんなバカ騒ぎしてたら、肝試しに来た他の奴らと変わらへん!……という、大変もっともな指摘がタマモから上がったため、別れの挨拶もそこそこに町を離れる私達。

 ゆかりんが残っていれば、スキマで郷に直帰してもよかったのだが、生憎と彼女は既に向こうに戻り、あれこれと報告書やらを纏めた後、そのままベッドにインしているはずである。

 ……要するに今はぐっすりと寝ているはずなので、起こすのは忍びない、ということ。

 なので私達は、ちょっと途中で観光やらなんやらしながらゆっくりと帰ろう、という感じのことを話し合うのであった。

 ……え?今さっきお前スキマ使ってなかったかって?こまけぇこたぁいいんだよ!*8

 

 

「ははは、自己弁護の得意なお嬢さんだ。では、私達はこの辺で」

「お、もうお別れ~?」

「私は鬼太郎君の相方でもあるからね、彼の健康には気を遣わなければいけないのさ」

「……バソを、目隠れと一緒に行動させている……だと……?」

『これは成人指定(R-18)のよかーん!いけませんいけません、なりきりは健全なのが売りですよー!?』

「いや、普通にバソさんはよくしてくれてるよ?」

「それが怖いんだよ!」

 

 

 なお、バソと鬼太郎君は別行動だと言うのだが……目隠れならなんでもいいバソの生態的に、ちょっと不安になったのは仕方ないと思う。

 

 

*1
『呪術廻戦』での用語。自身の内部に存在する『生得領域(しょうとくりょういき)』(=心の中。型月的に言うのなら心象風景だろうか)を呪力によって体外に展開する結界術(より正確に言えば、生得領域を呪力で具現化し、そこに生得術式を付与するもの、だとか)。なので固有結界に近いが、『閉じ込める』性質と『術式が必殺必中になる』という性質が領域展開には存在するため、あくまで似ているだけだと言える。……よく似ているので、二次創作ではクロスオーバーされやすいものでもある

*2
『ドラゴンボール』のキャラクターの一人、ウーブのこと。作中のとある人物の生まれ変わりであり、潜在能力は随一。悟空が身内以外で初めて弟子にした人物としても何気に有名

*3
どちらの目が隠れているのからという言葉。マシュは右目が、鬼太郎は左目が隠れている。二人あわせてパーフェクト目隠れとなるのか、はたまた目隠れが相殺されてしまうのかは定かではない……(宇宙猫)

*4
『ペルソナ3』より、主人公の口癖。区分的には『いいえ』などの意味に当たる言葉。主人公の愛称がキタロー(由来は鬼太郎から。見た目と関係者の声、それから彼のとある事情が噛み合った結果のあだ名)であることからの繋がり

*5
いわゆる『たぬき動画』の特徴。作っている人が人なので、ネタが古いものが多い。新しいものもそれなりにはあるが……時々『なんなんすかねこれ』みたいになるのはご愛敬、ということか

*6
軽やかで洒落ていること、爽やかで洗練されていること。もしくは、それらの性質を携えた人物を称する言葉

*7
『fate/grand_order』より、初にして現在(2022年1月)唯一の星1(C)ライダー。海賊でありながら、紳士的な振る舞いをする伊達男。なお目隠れに対する態度()

*8
アスキーアートの一種、言葉通りに話をうやむやにするのに使われる。元ネタは漫画『ブラック・エンジェルズ』での台詞『いんだよ、細けえ事は』だとされていたりするが、詳細は不明。アスキーアートとしては2008年頃が生誕年だとされる




次回からは幕間になります。


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幕間・雑煮の作り方で出身地がわかるとかなんとか

 仕事が終わり、フリーになった私達がすることと言えば、なんだかわかるかな?

 そう、粛清だn()……って違う違う。

 別に三分解説をしてるというわけでもないので、そーいうのはよいのです、いらないのです。*1

 

 

「んーしかし、こうして私もお呼ばれしてしまったわけですし、そういう方向性でも良いのでは?サバゲーとかやります?」

「(郷に帰ったら似たようなことは幾らでもできるので)いいです」

「なんと、そういう血生臭いのはノーセンキューだと?」

「うむり。*2今回はいい旅・夢気分*3的なあれなので」

(・ワ・)「きのうきょうあーすー、というやつですなー」*4

「……いや、混じりすぎでしょ、幾らなんでも」

 

 

 折角の遠出なのだから、とばかりに早朝にも関わらず呼び出した二人……ゆかりさんとシャナと会話をしながら、駅の構内の売店で買ってきたおにぎりを一囓りする私。

 

 

「……パクパクですわ!」*5

「いや、キミ別にウマ並の食欲ってわけでもないやろ」

「あなたとっても、ウマナミジャナイノネー……ということですか」*6

「そもそもにそれ、マックイーンの台詞じゃないでしょ」

「そこはかと無く漂う似非お嬢様感……でもそれがないならやきうのお姉ちゃんだし、どっちがマシなのやら」*7

「呼んだー?」*8

「呼んでな……今どこからでてきたの貴方」

 

 

 お嬢様口調でパクパクだと、どっちかと言うと妖精騎士の方を思い出してしまう私ですが、流石にそっちは茶化せないので口にはしないのでございました。*9

 ……考えてる時点でアウト?だよねー。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、先に皆さんがお参りに行ったのは、あの有名な……」

「そうあの有名な。そっちは郷の中で神社に行ったとかなんとか?」

「人語を喋る熊が居るのを見て、別の人語を喋る牛が驚いてましたね」*10

「……後半の人は本人なので?」

「さぁ?そもそもなりきりだとしても、人選が謎だと思いますが」

「だよねぇ……」

 

 

 ウルキオラ君とかを連れて、そのまま郷に戻る事にした五条さん達と入れ替わりに、こちらにスキマ送りされてきたのが、此処に居るゆかりさんとシャナである。

 なので現在のメンバーは、私とマシュとBBちゃん・ビワとタマモとオグリ(ウマ娘組)シャナとゆかりさん(追加組)と言った感じ。

 なおパイセンに関しては「項羽様のお声がっ!?」とかなんとか言いながら、何処かへと走り去ってしまったのでおりませぬ。……新年早々いつも通り過ぎるお方である。

 

 ともあれ、ここで郷に直帰したところで、待っているのは寝正月。……正確には寝三が日ってことになるんだろうか?*11

 まぁともかく、帰っても怠惰に過ごすだけ、ということになるのは確実。

 だったらまぁ、徹夜明けテンションで遊びに繰り出すのだって十二分にありだろう、と思う私なのであった。

 

 

「それで、どこに向かう予定なのですか?」

「決めてないから、案を募りたい。とりあえず今は都心部に向かってる感じだけど」

「はい」

「ん、オグリどうぞ」

「食べ歩きがしたい」

「朝から重いわ、やるんなら午後からね」

 

 

 そんなわけで、メンバー達に希望を募っていく私。

 一番最初に発言をしたのはオグリだったが……朝から食べ歩きというのはちょっとアレなので、やるにしても午後からの方がいいだろう……という言葉を返すと、彼女はちょっとだけションボリとしていた。

 代わりと言ってはなんだが、朝御飯のお弁当の中に人参が入っていたので、それをそっ……と差し出したら、大喜びでモグモグと食べていたのだった。

 端から見たら食べられない人参を、食べられる大人に渡している幼女の姿にしか見えない……ということに目を瞑れば、彼女の機嫌を直せた分良い行動だった、と言えないこともなくもないような。

 ……まぁ、私に風評被害が付いて回る、だなんてのは今更なので気にしない。横のゆかりさんがにこにこしているけれども、私は気にしない。……次だ次っ!

 

 

「ん」

「はいシャナ」

「とりあえず服でも見ない?私達、キャラの外見的な記号性の保持の意味あいで、イベント事でもないと服を変える機会、あまりないわけだし」

「なるほど、晴れ着シャナとな?」

「……いや、流石にそこまではいいわよ」

「えー、君ら追加組以外は着てるのにー?新春晴れ着ピックアップしようぜー?」

「どういうノリよそれは……」

「あれですか、着物のスキマにお年玉挟めばいいですか?」

『ゆかりさんの発想が前時代的過ぎます!ところで、私もお着替え、した方がいいですかぁ?』

「BBちゃんのDVDとな?」*12

『せんぱいの発想も大概でしたね☆』

「うるせー薄い本の女王」*13

『その称号は鹿島さんにお譲りしまーす』*14

「そんなものを投げ合わないでください!?」

 

 

 次に手を上げたのは、こういうイベント事で積極的に発言してくるのは珍しい気がするシャナだった。

 内容は、折角だから着飾りたいというもの。

 

 ……彼女の言う通り、作画上の都合だったり描写の簡略化だったりの影響で、アニメや漫画のキャラクターというものは、その服装が大きく変化することはほとんどない。

 ビジュアルから感じるイメージというのは、意外とバカにならないものである。

 学生服を着ているのなら学生なんだろうと思われるだろうし、スーツを着ているのなら社会人なのだろう、と思われることは容易に想像できる。

 ……実際には、学生服やスーツを着ていたとしても、連想する役職や職業に就いている、という保証はないわけだが。

 

 ともあれ、制服と言う形でイメージが固まっている面がある、というのも事実。

 特にシャナはデフォルトだと学生服に黒いコート、というあまり可愛らしくない姿をしている。

 ……どうせなら綺麗に着飾りたいと思う女心は、まぁなんとなくわからないでもない。セクシーかキュートかで迷う、みたいな?クールとパッションを加えても良いぞ。*15

 

 ただ、朝から空いている服屋があるのか、という疑問も無くはないので、やるとしてもちょっと時間が経ってからという結論に至り、そのまま次の提案を待つ私。

 

 

「は、はいっ!」

「はいマシュ、要望をどうぞ」

「えっと、そのですね?」

 

 

 そうして、次に手を上げたマシュが提案したのは──。

 

 

 

 

 

 

「凧揚げ飛んだー、屋根まで飛んだー」

「それだと壊れて落ちてしまいますよ、せんぱい」

「んー、じゃあ屋根よーりーたーかーいー、凧揚ーげーだー」

「キミ二つも三つも凧揚げしてへんやろ」

「むー、好きにやらせてくれないー?」

「突っ込まれるようなことを言ってる方が悪い、ってだけでしょ」

「……ぬぐぐ、なんだこの扱い……」*16

 

 

 公園の一角、空に泳ぐ凧を糸で操りながら、ああでもないこうでもないと話続ける私達。

 マシュが提案したのは、『正月にするべきことをしたい』というものだった。無論、あくまで日本での行事に限るという形ではあるが。

 

 彼女自身は日本の出身ではなく、かつその文化に触れる機会というものも少なかっただろうが、原作において彼女の先輩となる人物は、極東の出身。

 そんな彼/彼女と一緒に行動する内に、日本様式の祝い事やらなにやらを知識の上で網羅してしまった彼女は、いつかそれを試してみたいと思っていた、らしい。

 礼装やら何やらで着物を着たり羽根つきをやったりしていたような気がするが、それはあくまでも()()に近いものであり、実際にやったことにはなっていないのだとか。

 ……中身的には普通に日本人であっても、そちらも今の彼女には記録でしかなく。

 故に、改めて日本文化としての正月を、楽しんでみたくなったのだという。

 

 そんなわけで、他の店があくまでの時間潰しの意味も兼ねて、凧揚げやら羽根つきやら、そういった正月にする遊びをやっていこう、という話になったのだった。

 なお、道具は私が造りました。

 

 

『ごまかす方の身にもなってくださーい!どうして一般人の目の前で『錬金っ!』とかやっちゃうんですかぁ!?』

「ガイアが私にもっと輝けと言っていたので……」*17

「なるほど、つまり……こうだな!」

「いや、固有発動すな。……いや、そもそも今どうやったんそれ?」

「気合いだ、この前悟空に教わった」

「なに教えとんねんあの戦闘狂……」

「名実ともにスーパーサイヤウマ娘と化した、というわけですね」

「気が高ぶり過ぎてサルになったわね……」*18

「勝手に優勝するのもやめてください、せんぱい」

 

 

 なお、会話はいつもの如くぐだぐだである。

 意外と高く揚げるのが難しいとされる凧揚げだが、此処に居る面々は風を読むくらいはお手のものであるため、早々落っことすこともないため、余裕が有り余っているのである。

 そうなると、最早立ち話のついでに凧揚げをしているかのような状態になるわけで……。

 

 

「……なんか、やけに見られてるね」

『そりゃまぁ、一応周囲の皆さんへの違和感は消していますが……そもそもの()()()()()()()()()()()()()()()という奇異さはごまかしきれませんから。いわゆる必要経費と思って、思う存分衆目に晒されてくださいね?』

「言い方ぁ」

 

 

 なんというか、次第にいたたまれなくなったので、早々に凧揚げは切り上げて羽根つきに移る。こっちは寧ろ、女子がやってる姿の方が印象的な気がしないでもないので、変に衆目を集めることもないだろう。

 そんなことを考えつつ、()()()()()()()()にょっきりと羽子板を取り出す私。

 

 

『だからぁっ!せんぱいは目立ちたいのか目立ちたくないのかどっちなんですかぁ!?』

「BBちゃんを困らせたい方」

「まさかの第三の選択肢……」

「平常運転ね。で、負けたら顔に墨で落書きについては、するの?しないの?」

「んー、ホントはするべきだけど、昼になったらすぐ動く予定だし、今回は無しで」

「はいはい。トーナメントでいい?」

「……なんだか、シャナさんが心なしか張り切っているような?」

「……はっ!?まさか羽根つきで攻撃しようと……っ!?」

「違うわよ、単に勝負に手加減をするつもりはないってだけ。……そもそも、羽をぶつけたところで怪我なんてするわけないでしょ?」

「えっ?」

「……えっ?」*19

 

 

 どうにも互いの間に、拭いきれない認識の差があるような気がしないでもないけども……うん、まぁテニヌじゃないんだから、そんか気軽に人死になんてでないだろう、と自分に言い聞かせておく。

 比較対象があれなのはいつものこと、とみんなで納得して、始まった羽根つきは……。

 

 

(・ワ・)「むよくのこころのしょうりですなー」

「い、意外と強い……っ!?」

 

 

 その身近な手足にも関わらず、機敏に動き続けたビワが勝利したのだった。……意外な伏兵っ!

 

 

*1
とある失敗国家を三分で解説する動画シリーズより。別に失敗国家でなくとも、クーデターに成功したのならば、以前の施政者達は粛清してしまう方が楽だったりするが、それはそれというやつである。『そうだね、粛清だね』『んーしかし』などはこの動画での語録の一種。なお、今回動画系のネタが多いのは、その筋では有名(主に読み上げで)なゆかりさんが居るからである

*2
とある解説動画でのゆかりさんの口癖。うむり助かる。ここではキーアが言っているので、違法うむりと言ったところだろうか?なお、脱法うむりだの違法うむりだのジェネリックうむりだのになると、また別の人の動画になる。動画投稿者は意外と他者の動画を見ているものだ、ということだろう、ふむり。

*3
テレビ東京系列で水曜の夜に放送していた旅番組の名前。レギュラー放送が終了した今でも、時々特番枠で放送されていることがあるため、名前だけは聞いたことがある人も居るかもしれない

*4
谷村新司氏の楽曲『三都物語』のサビの一フレーズから。京都・大阪・神戸への旅行客誘致の為のJR西日本のCMで使われていたため、旅行繋がりで口にしたという形

*5
スーパー万代(まんだい)の店内POPに書かれていた宣伝文(※関西弁)が元ネタ。昔から関西弁とお嬢様言葉は似ている、というネタが存在しており、その流れで生まれたもの。『パクパクですわ』の場合はヤマザキの『ちょいパクラスク』のPOPが元ネタ。これにウマ娘のメジロマックイーンが合わさり、完全なネットミームと化したようだ

*6
アニメ『みどりのマキバオー』のエンディング曲、MEN'S5の『とってもウマナミ』の一フレーズから。そっちは『ウマナミナノネー』。歌詞的にはカタカナ表記が正解らしい。タマモクロス(馬の方)がマキバオーの元ネタの内の一頭、とされることがあるという繋がりでもある

*7
ウマ娘としてのメジロマックイーンの好きなものに、野球が存在していることから。やきうという呼び方は、とある掲示板固有のもの

*8
やきうのお姉ちゃん、繋がりで『姫川友紀』。ユッキ、という間に『ッ』を付ける呼び方も、実際はとある掲示板ネタである

*9
『fate/grand_order』より、星4(SR)セイバー、妖精騎士ガウェインのこと。彼女が()()()()()()()()がモノだけに、『お嬢様口調で』『パクパクしちゃう』のがどうにもお労しすぎることになっている、という話

*10
『くまみこ』のナツと、『百姓貴族』の主人公のこと。ナツの種族はヒグマだそうなので、あの人も油断したりはしないだろう……

*11
本来正月は元旦のみを指す言葉だが、最近は7日くらいまでは普通に正月扱いされる事が多い

*12
D・V・D!D・V・D!……とは、とある成年漫画(無論18禁)でのやり取りがネタとなったもの。弟が友人のDVDを壊してしまったので、姉が代わりに……という状況で、その友人が囃し立てている時の台詞。なお、地味に鬱っぽい展開のせいか、鬱フラグブレイカー(コブラ)ネタに繋がることも

*13
水着BBちゃんが初登場したイベント以降、彼女の薄い本が増えた、というお話。琴線に触れたのだろう、多分

*14
薄い本が多いキャラクター繋がり、『艦隊これくしょん-艦これ-』の香取型練習巡洋艦二番艦、鹿島のこと

*15
松浦亜弥氏の楽曲『ね~え?』の一フレーズと、キュート繋がりの『アイドルマスターシンデレラガールズ』のタイプ分け二種から

*16
童謡『シャボン玉』および『こいのぼり』の歌詞からのネタ

*17
雑誌『メンズナックル』内でのキャッチコピーの一つ。全体的に理解不能なフレーズが多い中、殊更にわからないキャッチコピー

*18
とある動画投稿者のネタ、『美味すぎて馬になったわね』から。有名になった結果本家の声優さんにも認知された人物の一人。今日も明日も優勝だ

*19
例:『テイルズオブザレイズ』でのベルベット・クラウの魔鏡技『カタストロフィ・スマッシュ』は、羽を相手にぶつけて攻撃する技。『古より伝わりし玩具で放つ一撃で破滅を引き起こす』とかすさまじく物騒な事が説明文には書かれている……



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幕間・お年玉幾つ貰った?

「いやはや、大番狂わせだった……」

(・ワ・)「がんばりましたー」

「手も足も出ないってほどではなかったですが、だからこそ玄人感というものが凄かったですね……」

 

 

 羽根つきを終えたら大体お昼前だったため、そのまま公園を離れて街の中心部へと歩いてきた私達。

 三が日ということもあり、殊更に多い人の波を掻き分けて進みながら、どこで昼食を摂ろうかと相談していたのだけれど……。

 

 

「ハンバーグが食べたい」

「私は和食がいいわね」

「どうせなら中華とかどうですか?」

「みんなバラバラやん。いっそファミレスでも行った方がええ流れとちゃう?」

「それだと郷にいる時と変わらんじゃんか!却下じゃ却下!!」

『BBちゃんはお昼の必要がありませんので、完全な部外者目線での言葉になりますが……それ、多分お店が見付からずに困るパターンでは?』

 

 

 ふーむ、みんなの食べたいものが別れてしまい、店選びに難航している……というのが正直なところなのだった。

 なので、さっきまでの羽根つきの感想を語りつつ、適当に街を歩き回っている……という状況なわけである。

 歩いている内になんかこう、ティン(ピーン)とくる店があるかもしれないしね。*1

 まぁBBちゃんの言う通り、ある程度以上時間が掛かるようだったら、諦めてファミレスとかに向かう方が良い……と思うところも無くはないのだけれど。

 

 ともあれ、適度に会話を挟みつつ、道の両サイドにある店々を眺める私達である。

 

 

「ふぅん、小さいのに意外とやるのね、お前」

「ゆるされよ ゆるされよ いがいなふくへいゆるされよ」

「……いつの間にか戻ってきているパイセンはまぁ置いとくとして、ビワもキャラが安定しないねぇ。妖精さんモードの方が扱いやすいというか、安心感があるのは確かだけれど」

(・ワ・)「ふえますかー?ふえませんかー?」*2

「増えるのは勘弁してほしいかなー……」

(・ワ・)「それはざんねんですなー」

 

 

 胸元からこちらを見上げて声を掛けてくるビワの頭を撫でつつ、そもそもに妖精さんモードだと作画が変わる……もといバタバタしないので、抱いて歩く身としても安心感が違う……みたいな言葉を返す私。

 対するビワは「なるほどなー」と頷いたあと、再びバタバタし始めたのだった。……こっちからは見えないけど、今顔が変わったというのはよく分かる。

 ともあれ、項羽様探索紀行(山ちゃんボイス狩り)から帰って来たパイセンもメンバーに加えて、街中を歩くこと暫し。

 

 

「おじゃましまーす」

「はいいらっしゃい、何名様かな?」

「えっと……ひーふーみーの……七、いや八人ですかね?」

 

 

 途中で私達が見付けたのは、山小屋っぽい外観の喫茶店。*3

 偶然目に入った店の名前が、不自然に認識できなかったのが気になって、休みの日なのにも関わらず(半分仕事気分で)注視していたわけなのだが……。

 それを目敏く見付けたマシュに、ここに入りたいのかと勘違いをされた結果、弁明する間もなく皆で入店する羽目になってしまった……というような感じである。

 

 まぁその時点で、他の人達には『看板が認識できない』というような異常は起きていないか、もしくはそもそもに『見えないことに違和感を抱けていない』状態になっている、みたいな疑惑が持ち上がってしまったため、実情がどうあれここに入ることは決まっていた……みたいなところもなくはないのだけれど。

 

 ただ……なんだろう、なんだかイヤーな予感(シリアス方面ではなくギャグ方面で)がするというのも確かなわけで。

 試しにこの店の名前を他の皆に聞いてみたのだけれど、

 

 

「えっ?表に書いてあったじゃないですか。ほら、喫茶「バルドング(Waldung)」」

「そうよ、寝ぼけてんのお前?喫茶「コリンヌ(colline)」って、ここにも書いてあるじゃない」

「喫茶「プラーノ(Plano)」……お洒落な名前ですね、せんぱいっ!」

「これはまさか……スタンド攻撃を受けているッ!?」*4

『……?どうしたんですかせんぱい、実は眠気の余り、ちょっと混乱していらっしゃったり?』

 

 

 みたいな反応が返ってきたうえ、みんな互いの発言を聞いても、なにか疑問を感じるよう素振りもない。

 全員で共謀してこちらをからかっている、という可能性もなくはないが、そもそもパイセンにさっき差し出されたメニューにしても、店の名前が靄がかって見えないのは表の看板と同じ状態なので、そこの説明が付かない以上は誰かがからかっている、という線は薄いだろう。

 ……私一人だけ視点が違うとか、唐突にコズミックホラー*5めいたシチュエーションにして来るのやめて貰えませんかね……?

 

 ともあれ、周囲には一般の人も居るし、異常に関してもあくまで店の名前についてのみ。

 店内の様子が殊更におかしいといったこともないため、一先ず料理を頼んでみてから考えようか、と一旦問題を棚上げにする私なのであった。……お腹が空いたっていうのも、本当の事だし。

 なので渡されたメニューから、適当に昼食を頼もうとしたわけなのだけれど……。

 

 

「…………」

「どしたん?なんか名状しがたいものを見たような感じになっとるみたいやけど?」

「……いやその、メニューが……」

「メニュー?……なにかおかしいところがあるのか?」

「ん……至って普通のメニューみたいだけれど?」

「アッハイ、ナンデモナイデス……」

「何故にカタコト?」

「心なしか目が死んでるけど、大丈夫?」

 

 

 まぁその、うん。

 メニューが『strawberry spaghetti』とか『sweet maccha ogura spaghetti』とか、なにが書いてあるのか全然読めない字で書いてあるように見えてね?

 ……いやその、どうしろと?

 流石に私も、正体不明のモノを頼むほどチャレンジャーじゃn()のりこめー^^*6

 

 

「じゃあすみません、この一番上のをお一つ」

「!?」

「なん……やと……!?」

「ちょっ、正気ですかキーアさん!?」

『流石のBBちゃんもドン引きでーす!』

「考え直しなさい、死ぬわよっ!?」

「一品頼んだだけでえらい言われようである」

 

 

 ふふふ、へただなぁ世界……へたっぴさ……!*7

 私に対するネタの振り方がへた……っ!!

 そんな小手先の小細工(メニュー隠し)を使わなくても、私は地雷メニューがあればいの一番*8に突っ込む女……!!

 どこぞの変な飲み物大好きな図書館探検部の少女とは、盟友となれるだろう逸材こそが私……!*9

 例えメニューが読めずとも、変な料理があれば……そしてそれが致命的に食べられないモノ*10でさえないのなら、私が全ツッパするのは自明の理……っ!!

 

 周囲の反応が割りとあれ(一般のお客さんまでこっちを驚愕の表情で見ている)なのはちょっと気になるけど、我が人生は死地に飛び込んでこそ輝くもの……そう、狂気の沙汰こそ面白い……っ!!

 

 

「なので私は止まらぬ!さぁ、このメニューの一番上を早く(ハリー)早く(ハリー)早く(ハリー)!!早く(ハリー)早く(ハリー)早く(ハリー)!!!」*11

「店員さんを脅すのは止めてくださいせんぱい!?」

 

 

 見た目ロリが早く(ハリー)などと言うものだから、周囲が若干ざわついていたりしたが些細なこと。……ワンワンワーンとか言っといた方が良かったりする?*12

 

 ともあれ、賽は投げられた……もとい(スプーン)が投げられた。

 喫茶店の主人である老人が厨房に消えていくのを見送りつつ、両手を付いて待っていると。

 

 

「その……せんぱい?考え直したりは……」

「くどい!なにが来ようがどんな味だろうが構わぬ!最後に全て食せばよい!」

「……今、フラグが立ったな」

「ゆるされよ ゆるされよ わかりやすいふらぐをゆるされよ」*13

 

 

 むぅ、周囲がやけにうるさい。

 というか、うるさいと言うよりはホントに心配している……?

 

 ……………。

 今更になってなんというか震えが来たけど、武者震いだと自分をごまかしつつ待ち続ける私。

 顔青くなっとるで、と言うタマモからの指摘にも強張った笑みを返す私は……そして後悔したのだった。

 

 

「……じ、地獄の大釜……」

「キャロライナ・リーパーをふんだんに使った特製カレー……」

「その、ホントに大丈夫ですかせんぱい……?」

「……大丈夫だよ、マシュ。わたしもこれから、頑張っていくから」

「ダメなやつやなこれ」

「おっと心は硝子だぞ」

「砕けても溶かしてもう一回成形しなおせばいいわね」

「砕けるのをまず止めてくれないかな!?」

 

 

 私の前に現れたのは、ぐつぐつと音を立てる真っ赤な物体。

 ……スパイス代わりにキャロライナ・リーパー(基本的に食べるものではない)が使われている、特製のカレーだというそれが、メニューの一番上に鎮座していたものだった。

 量こそ普通だが、その赤さは異常も異常。

 近付いただけで襲い来るその圧迫感は、まるで野生の虎でも目の前にしたかのよう。……『虎くらいなら仕留められるだろお前ら』?そういう危機感をぶん投げる台詞はよろしくないと思います(白目)

 

 

「……思ってたのと違う。山小屋風だからいちごスパゲッティとかが出てくると思ってたのに……」

「え?」

「えっ」

 

 

 店の名前がわからずとも、外観に見覚えがあったからこその突撃だったというのに。……思っていたものと反対の料理が出て来てしまい、おもわず困惑する私だったのだが……。

 思わず溢した言葉に反応したオグリは、なんだか緑色のスパゲッティに挑戦していたわけで。あれは……抹茶じゃな?

 

 

「……絶望したっ!!罠を飛び越えたと思ったら、飛び越えた先こそが穴だったことに気が付いて絶望したっ!!」*14

「自業自得ね。次回からはよく考えて選びなさいな」

「よく考えて選べなかったんだよぉっ!!」

 

 

 メニューには合ったのに、選べなかっただけ──。

 あまりに残酷な現実に気付いて声を上げる私と、普通の洋食のランチを食べながら呟くシャナ。

 周囲の人達の憐れむような視線を受けながら、半泣きでカレーに立ち向かう私なのであった。

 

 

*1
『THE IDOLM@STER』より、高木社長の台詞。ルビの通り本当は『ピーン』と言っているのだが、どうにも『ティン』としか聞こえないというネタ。そこから、『ピンときた』の言い換えとして流行ったようだ

*2
漫画『Rozen(ローゼン) Maiden(メイデン)』より、作中でのある選択のパロディ。なお、『まいてはいけない』だとギャグになる

*3
『山小屋』『喫茶店』の時点で気付く人は気付くが、一応そこそのものではない、念のため。なので登山ではない()

*4
『ジョジョの奇妙な冒険』の岸辺露伴の台詞『ひょっとすると何者かに『スタンド攻撃』を受けてるのかもしれん』から

*5
『宇宙的恐怖』の意味。基本的にはクトゥルフ神話に纏わる言葉だが、『宇宙からやってくる未知の恐怖』という性質に近いものであれば、なんにでも使われる言葉になっていたりもする

*6
元々はとあるサイトで流行った言葉。のちにそこから流出し、『どこかに突撃する』ような状態を示す言葉になった。なんとなく何にも考えていない感じが伴う言葉

*7
以降『賭博黙示録カイジ』の大槻の台詞の捩り

*8
『一番最初』の意味。『いろは歌』の最初の文字である『い』のことを強調したものであるとか、建築用語で『縦をいろは、横を漢数字』で示した為、一番最初に建てる柱が『い』の『一』番だったから、という説がある

*9
『魔法先生ネギま!』より、綾瀬夕映のこと。トマトミルクだの抹茶コーラだの、変な飲み物をよく飲んでいる少女。頭は良いのに勉強が嫌いなので成績が悪い、というちょっと不思議な少女でもある

*10
貝類がダメなのでそれ以外、の意

*11
『HELLSING』より、アーカードの台詞から。お楽しみは、これからだ!

*12
同じく『HELLSING』より、アーカードの形態の一つ。外見は美少女、声は元と同じ(中の人(声優)に合わせてお譲さんなどと呼ばれている)。そんな彼女が言った台詞、『あ、ひょっとして犬語じゃないとダメかな?キミ。ワンワン、ワーン』が今回の元ネタ

*13
キーアの台詞は『北斗の拳』のラオウの台詞から。フラグ云々は格闘ゲームでのラオウが負けた時に原作再現として『我が生涯に一片の悔いなし』の流れを行うのだが、大体動画で見掛けるのはTAS染みた動きでぼこぼこにされ、膝を付く間もなく倒されるラオウであることがほとんどであるため、『悔いがないのはおかしい』的な意味で『悔いろ』と言われることがある、というものから。発言タイミングによっては勝ちフラグにもなるだろうが、今回に関しては完全に負けフラグである

*14
『さよなら絶望先生』に登場する主人公、糸色望(いとしきのぞむ)の口癖。余りにも頻繁に口にする為、若干絶望感が足りないような気がしないでもない



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幕間・中旬は流石に正月じゃない

「死ぬかと思った……っていうか、多分死んでたよ私」

「いや、アナザーやないから死んでへんよ」*1

「いいや死んだんだよぉっ!!私は死んだんだー!!君達の愛したキーアは死んだ!何故だ!」*2

「バカだからでしょ」

「大正解ですよパイセンんんんっ!!!」

「おおお落ち着いてくださいせんぱいっ!!?」

 

 

 辛いものそこまで得意でもないのに、無策で突撃するバカなやつが居ると聞いて。……アタシだよっ!!*3

 まぁともあれ、年の初めの三が日から、残機を減らしてる感ありありの私でございますが、今日も一日頑張っていきまっしょい。*4

 

 

「そこは『ぞい』ではないんだな」*5

「まぁ、どっちにしろ古いって言うね」

「やかましいわ!アンタ達だってどっちも元ネタ的には古い方でしょうがっ!そんな奴らに古いとかなんとか言う資格はありませぇええん!!」

「なんやとぉ……」*6

「せんぱい、その辺りを突っ込むのは止めましょう、死人が出ます」

 

 

 なお、構成メンバー的に新しい世代、と言えそうなのが実はゆかりさんとマシュくらいしか居ないので、年月云々は触らないように。

 ……とお叱りを受けることにもなったけども、それはそれ。

 会話の内容なんてものは無いようなもの、特に今回みたいなパターンではな……とごまかし、ぐだぐだと管を巻く日々なのでございます(適当)。

 

 ……ウマ娘組?彼女らは元ネタが実在の競走馬なので、彼らの生誕年月日を基準にしておりますので、はい。

 それとパイセンは、キャラクターとしての成立は結構新しいけど、キャラクターの()()としてはかなりアレなので、私と一緒で特別枠です、はい。

 

 

「……アンタと一緒?なんでまたそんなことに」

「先輩、私が貴方より歳食ってるって言ったら、驚いてくれますか?」*7

「!?」

 

 

 なお、キャラの年齢という部分で区分けすると(中身は別として)私が一番年上、というのは覆しようがないので、実はパイセンは先輩じゃない、というとある後輩キャラ(マシュ)の境遇と被ったりするのですが、まぁ些細なことだと思います。

 

 

 

 

 

 

「そういうわけで、午後になりましたのでシャナとオグリの要望に従って、街を歩くことになったわけなのですが……」

「……?どうかしたキーア?なんだかまた死んだような目になってるけど」

「いやその、寧ろ貴方がどうしたんです?」

「どうって……折角だから、色々着てみただけだけど?」

 

 

 山小屋風の喫茶店を後にした私達は、朝の内に希望を取った時に発言をした残り二人──シャナの『服を見て回りたい』というものと、オグリの『食べ歩きをしたい』という要望にしたがって、初売りで福袋を購入したりしつつ、あちこちの店を見て回っていたのだけれど……。

 

 その、なんと言えばいいのか。

 彼女の中の人……声優である釘宮さんのやったことのあるキャラクター達のコスプレというか、モチーフというか。

 そういうものを中心とした、普段のシャナなら絶対に着ないようなモノをあれこれと試着しまくっており、最早ひっちゃかめっちゃかになっているのである。

 

 始まりは、たまたま売れ残っていたピカチュウの耳が付いた帽子。

 それをじっ……と見詰めていた彼女は、なにを思ったのか徐にそれを頭に被り、

 

 

「……めっちーっ!!」*8

「!?」

 

 

 と叫びだしたのである。……気のせいでなければ、ちょっと電気っぽいものを発しながら。

 普段の彼女なら絶対しないような奇行に、みんながビックリとする中。彼女は小さく首を捻って、帽子を元の場所に戻すと。

 

 

「うむ、儂こそが第六天魔王、織田信長であるっ!」

Σ´川ヮ○)「ノブブブブッ!!?」

「せんぱいのお顔が突然ぐだぐだしたものにっ!?」

「いや、突っ込むべきとこ絶対そこちゃうてマシュ」

 

 

 別の場所にあった軍帽を被り、そんな風に堂々と宣言したのである。……是非もないカナ!?

 以後、立て続けに繰り出されていくのは、釘宮キャラクター達の物真似?のオンパレード。

 

 

「この変態!ド変態!der(デア)変態!変態大人(ターレン)EL(エル)変態!The() Hentai(ヘンタイ)de(ドゥ)変態!IL(イル)変態!」

 

 

 という、真っ先に人死にが出そうなものから始まり、*9

 

 

「ダ・ン・ナ・さ・ま♡」

 

 

 みたいな、多分知ってる人居ないんじゃないかなぁ、みたいな甘々な台詞が飛び出し、*10

 

 

「おいらはトカゲじゃねぇ!」

「ビィくぅぅぅううん!!」

「げぇっ!?」

 

 

 終いには逆に自爆してるのでは、みたいな声を発し、街中に飛び出す始末。

 どこかよその世界(具体的にはハルケギニア)からの電波でも受け取っているのか?と心配しそうになるそれらは、周囲からの、

 

 

「なんか、どこかで聞いたことあるような声が……」

「くぎゅうううううっ!!!」

「お、おいお前大丈夫かっ!?」

「これは……くっ、急性釘宮中毒だっ!!」

「バカなっ!?アレはもう何年も前に駆逐されたはずじゃあ?!」

「そうだ、だが俺達は忘れてたんだ……百年釘宮病が現れなかったとして、今日釘宮病に罹患しない保証なんて、どこにもなかったってことを……」

「お、おい待て、お前!?」

「生きろ、俺達は、生きて明日に進まなきゃいけなくぎゅうううううう!!」

「うわぁぁあああ嘘だぁぁあああ持ってかれたぁぁああ」

 

 

 などという、なんというかノリが良い奴が多いもとい、BBちゃんの偽装工作を貫通しているかのような反応により、余りにも危険極まりないモノとして認知され、即座に対処策が承認されたわけである。*11

 ……なんか小難しいこと言ってるが、要するに逃げるが勝ち(スタコラサッサ)*12だ。

 

 

「ふーむ。なるほどね」

「なにを一人で納得してるのか知らないけどさぁっ!?対処するこっちの身にもなってよねぇっ!?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと確認を、ね」

「なんのぉっ?!例えなりきりであろうとも、周囲に感染を広げるクラスターにはなれる的なアレかなぁ?!」

「だから、謝ってるでしょ?……それよりも、あれ。あっちはいいの?」

「あっちィ?なにを言うとるんか知らんけど、ウチは騙されh()神は死んだっ!!」

「うわビックリした、急に叫ばないでよタマモ」

 

 

 そうして御輿のように担ぎ上げたシャナは、何事かを納得するかのように頷いていたのだが……なんというか、騒動を急に起こすのはやめてほしいと伝えたい感じである。

 

 比較的常識人に区分される彼女ではあるが、その実態はなりきりにおける狂信的な再現度の高さを示す『レベル5』を冠する、ある種の狂人と言っても過言ではない類いの人種。

 突拍子もなく問題を引き起こす懸念……というものを、本来常に受け続けるはずの人物、というわけである。

 その辺りの問題点というやつを、現在むざむざと見せ付けられたようなところがあるわけで、こちらの口調もどことなく刺々しいものに変わってしまうが……対する彼女は暖簾に腕押しの様子。

 

 言葉の上でこそ反省しているように聞こえるが、はたしてそれがどこまで本心なのやら。

 そんな疑いが浮かび上がるようなあっけらかんとした様子に辟易していたところ、彼女の言葉を受けたタマモクロスが、指し示す先に視線を向け……ながら、膝から崩れ落ちた。

 その際に彼女が発した叫び声に思わず驚きつつ、担ぎ上げていたシャナを地面に下ろして、先程彼女が指差していた方に、タマモと同じように視線を向ける私達。

 そこで私達が目にしたモノは……

 

 

みんな(ハムッ)この辺りの屋台(ハフハフッ)全部美味しいぞ(ハフッ!!)*13

「──食べながら喋るなぁっ!!?」

「突っ込むとこそこちゃうやろっ!!?なんやオグリお前どんだけ食べとんねんっ!!?」

(´^`)「ゆるされよ ゆるされよ ぼういんぼうしょくゆるされよ」

「ああっ、ビワさんが見たこともないほどショボショボにっ!?」

衛生兵(メディーック)!?衛生兵(メディーック)!!なんでこんなことになってるんですかパイセン(メディーック)!!?」

「なによ、食べたいって言ってるんだから幾らでも食べればいいじゃない。金なら出すわよ」

「うわぁ太っ腹~……じゃなくてぇっ!!限度があるでしょうが限度がぁっ!!?」

 

 

 そう。現れたのは、見掛ける屋台見掛ける屋台、その全ての食料を貪り食らうの厄災』……もといオグリの姿だったのである。

 加減をして食べている、とかなんとかいう以前の彼女の主張はまさに是、今の彼女は檻から解き放たれた、飢えたコモドドラゴンのようなもの……。*14

 迂闊に近付けばまるでヤミーが空倉町で魂吸(ゴンズイ)*15を仕掛けたかの如く、一瞬でその口腔に吸い込まれ……。

 

 

「っておかしいおかしい!!」

「……?なにふぁふぁ(なにがだ)?」

「そんなどこかの星の戦士みたいな食事速度ではなかったでしょ貴方!?っていうか皿は?!今皿ごと吸ったよね!?」

「もぐもぐ……ごっくん。うん、私の胃袋は宇宙なので大丈夫だぞ」

「君の胃袋の心配をしているわけじゃないんだよなぁっ!!?」

「いや、そこは体調の心配もしてあげましょうよ……」

 

 

 目の前で皿ごと料理を丸のみする奴が居たら、誰だって視線が向くんだよなぁっ!?

 なんだか久しぶりに周囲に振り回されている感があるが、そもそも好きで振り回されているわけではない身としては、面倒ごとはノーサンキュー!

 なので……こうじゃ!!

 

 

「──カモンBBちゃん!」

『はーい♡ではせんぱいの熱烈なラブコールに答えまして、BBちゃんフルパワー、です♪それではー……後輩(光子)力ビィィィームッ!!』

「BBちゃんが目からビームをっ!?」

「真の後輩は目で殺す、です♪」*16

「む、むむむ!私も、私もやれますよせんぱいっ!!」

「いや、マシュはそのままのマシュで居て。BBちゃんならまだしも、マシュの目からビームは色んな意味で立ち直れないから」

『ちょっとぉっ!?折角せんぱいのためにがんばったのに、その扱いはないんじゃないですかぁっ!?』

「いやー、BBちゃんがビームを出すのは今更だし……」

 

 

 自身のスマホをクルクルシュピンッ*17、てな感じに取り出して、天に翳しながら叫ぶこと暫し。

 唐突に空間投影されたビッグボディBBちゃんがその瞳を妖しげに光らせると、そこから周囲一体に桜色のビームが乱発射され、周囲の人々の認知を改変し始める。

 ……演出と規模が、どこぞのZEROなおじいちゃんを思い起こさせるものだったことに、若干の不安を感じつつ。*18

 人々が再びこちらの奇行に気付く前に、そそくさとその場を後にする私達なのであった……。

 

 

*1
綾辻行人氏原作の作品である『Another』に纏わるネタ。他の作品群なら怪我をする、もしくは怪我すらしないようなちょっとした行動が、『Another』の中では死亡フラグになる、というもの。そこから、例えば何もないところで転けたり、はたまた木から落ちたりした時に、単なる怪我で済んだことを『Anotherなら死んでた』と揶揄するようになった。似たような『死亡フラグの成立が軽すぎる』作品には、アメリカの映画である『ファイナル・デスティネーション』シリーズなどが存在する(こちらはこちらで『死のピタゴラスイッチ』などと呼ばれたりもするが)

*2
『遊☆戯☆王』より海馬瀬人(実際は彼のふりをしている死のモノマネ師)の台詞『俺は死んだんだー!』及び『機動戦士ガンダム』よりギレン・ザビの台詞『諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ。何故だ!?』から。下の虞美人の台詞は、その演説を聞いていたシャアが言った台詞『坊やだからさ』の捩りである

*3
お笑いタレントにしおかすみこ氏の持ちネタの一つ。その他にも『自分であることを主張する』言葉として、色んな場所で使われている

*4
敷村涼子氏の小説、及びそれを原作とした映画・ドラマのタイトル『がんばっていきまっしょい』、もしくはモーニング娘。のコンサート前の気合いをいれるための掛け声が有名な言葉

*5
『NEW GAME!』主人公の涼風青葉の台詞『今日も一日がんばるぞい』から。間違っても『ポプテピピック』のポプ子の台詞ではない。一応、頑張る繋がりのネタ

*6
漫画『淫獄団地』の原作者である搾精研究所が作っているとある成人向けゲーム内での特徴的なやり取りから。有名なのは『とにかく・・学会への提出は認めん・・ 病院のブランドに傷がつくからな・・』『こんなジジババのたまり場に権威なんてありませぇええん!!』『なんだとぉ・・』の流れか。五十歩百歩な存在に対してのツッコミとして使えるのと、前述の『淫獄団地』がまさかの非成人向けであることからか、ちょくちょく広がっている気がしないでもない台詞群であったり。なお、原作では三点リーダ()ではなく中点/中黒(・。読み方はなかてん/なかぐろ)を使っている

*7
『劇場版Fate/stay night[Heaven's Feel]』での間桐桜の台詞『もし、私が悪い子になったら先輩は叱ってくれますか?』から。──善と悪は表裏一体。どちらかを選べば、それは容易く反転する

*8
『真・女神転生 デビチル デビルチルドレン』における登場悪魔の一体、メッチーのこと。見た目は『黄色いカービィに耳が付いている』ような感じ。電気を使うマスコット枠のキャラ、という意味ではピカチュウともろ被りしていたりもする。アニメでの声優が釘宮氏であること繋がり

*9
『THE IDOLM@STER』シリーズより、水瀬伊織にパイタッチした時にプロデューサーに返ってくる罵声。釘宮氏の本領発揮

*10
スギサキユキル(杉崎ゆきる)氏の漫画、及びそれを原作とするアニメ『りぜるまいん』のヒロインである岩城 りぜるの台詞から。この時期はまだツンデレ(が有名な)声優ではないので、台詞は普通に甘々である

*11
『釘宮病』は、釘宮理恵氏がツンデレ声優として飛躍した後に生まれた架空の傷病。基本的には『くぎゅうううううう!!』と叫ぶものがほとんど。まれに気絶などの症状を引き起こすこともあったり

*12
元々は『すたこら』と『さっさ』という別の単語だったものが、一つになったもの……などと言われているが詳細不明。一応、童謡『森のくまさん』にも登場していたりする(語源かどうかは不明)

*13
とある掲示板で登場した、炊きたてのご飯を食べる時の擬音。登場当初は気持ち悪がられていたが、最早今となっては単なるネタである。……擬音的に熱さを感じながらそれを逃がすように口半開きで食べているようなので、行儀が悪いのも確かである

*14
『コモドドラゴンを放てッ』は猿渡哲也氏の漫画『Runin(ルーニン)』で登場したシーンが元ネタ。『TOUGH(タフ)』の方ではないので注意。まぁ、鳴り物入りで登場したコモドドラゴンも、そんなに見せ場もなく退場したんやけどなブヘヘヘ

*15
『BLEACH』にて登場する……技?周囲の魂魄を思いっきり吸い込むという単純明快な技法。基本的にスペイン語が使われる破面組の中で、唯一日本語なので微妙に仲間外れ感がある。まぁ格下にしか効かないから仕方ないのかもしれないが……

*16
『Fate/EXTRA CCC』より、カルナの台詞『武具など無粋。真の英雄は眼で殺す……!』から。眼力が物理的な力を持って敵を焼く。実は『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』という歴とした宝具

*17
戸田泰成氏の漫画「ASTRAY R」の巻末おまけ外伝で、叢雲劾が名乗りを上げた時に行った動き(の、擬音)。クルクル回りながら相手をシュピンッ、と指差すその姿はシュールの極み。後に『Gジェネレーションクロスレイズ』のガンダムアストレイブルーフレームDの技、『シペールソード』の決めポーズに採用されたりもした

*18
『真マジンガーZERO』より、マジンガーZEROの放つ光子力ビームの演出。光子力ビームの演出(と威力)がおかしなことになってきたのは『真マジンガー 衝撃!Z編』からだが、ZEROの光子力ビームは更におかしなことになっている(ビームの雨で大地が穴だらけになる)



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幕間・新年の抱負はしっかりと

「ああ、酷い目にあった……」

「むぅ、もっと食べたかった……」

「まだ食べる気なの!?あんだけ食べて?!」

「そういえば、私も結局服を買ったりはしなかったわね……」

 

 

 騒ぎが起きた場所から急いで離れた私達は、肩で息をしつつ*1呼吸を整えている真っ最中。

 こんなことになった原因である二人は、特に反省した様子もなかったが……そもそも彼女達にやりたいことを聞いたのは、私の方である。

 故に深掘りすると、責任がこっちに飛んできそうな感じがしないでもないので、とりあえず有耶無耶にしてしまおう……と画策する私なのであった。

 

 なので、彼女達への視線を一先ず逸らして、周囲を眺めてみると。

 私達が逃げてきた場所は、街の中心部から少し離れた位置にある、ちょっと寂れた感じのする下町風のところであることが窺えた。

 なんとなく懐かしい感じのする場所に、思わずほうと吐息を吐いていると。

 

 

「あれ?お姉さん達、(うち)になんかようなん?」

「おっと、ごめんなさいね。たまたま通り掛かっただけだから、邪魔なら退けるわよ?」

「そうだったんなー。ウチ、こんなところまで来る人が居るなんて、初めて見たん」

 

 

 背後──具体的にはちょっと下目──から響いてくる声に、苦笑を浮かべながら振り返る。

 どうにも、ここは誰かの家の玄関先だったらしい。

 そこに戻ってきた……声からして子供とおぼしき少女の、通行の邪魔になっていたようなので、道を開けるために移動する。

 そうして振り返った先に居たのは、

 

 

「……な、なんなん?うちの顔に何かついてるん?」

「いや、別に、なんにも?……とりあえず、にゃんぱすー?」*2

「……?にゃん?ぱす?……猫の鳴き声なん?それとも、猫をパスすればいいん?」

「……いや、そういうわけじゃないんだけど」

 

 

 ()()()()()の宮内れんげ、みたいな風貌の少女が、こちらを訝しむように見上げていたのだった。*3

 

 

 

 

 

 

「かようちゃん、ねぇ?」*4

「そうなん、それがうちの名前なん」

 

 

 真っ黒いれんげ、みたいな感じの彼女の名前は、どうやら『かよう』というらしい。

 あんまり聞いたことのない、珍しい名前だと思う。

 あと、他のみんなにも一応確認を取ってみたけれど、彼女に感じた第一印象は私と同じ、『黒い宮内れんげ』というものだった。*5

 

 ただ、それと同時に()()()()()()()()()()()()*6、ということも感じたらしい。

 よく似た双子というか、たまたま姿形が似通っているというか、さもなくば自己像……他者像?幻視というか。

 ともかく、逆憑依だとか【顕象】だとか、そういうオカルトめいたものではなさそうだ、というのは共通認識で間違いないようであった。

 

 

「……せやけど、よー似とるなぁ。なんちゅーかこう、雰囲気?みたいなんが」

「そうだねぇ。私はのんのんびよりにはそこまで詳しくないけれど、それでもパッと見た時に『れんちょんだ』って思うくらいには、空気感が似てる感じだよねぇ」

「……にわかの語る『似てる』ほど、信憑性のないものも無いのでは?」

「ははっ、そりゃそうだ」

 

 

 彼女の家だという、古い家屋に招かれた私達は、その家の縁側に腰掛け、彼女が庭で遊ぶ姿を眺めている。

 

 

「あの子の親は忙しくてね。私に預けて、そのまま仕事に帰ってしまったのさ」

 

 

 ……とは、この家の持ち主である、彼女の祖母の言葉である。

 見知らぬ人間をそのまま招くのは無用心じゃないか、と思わなくもなかったのだが、「孫に話し相手ができるんなら大歓迎だよ」などと言われてしまえば、どうにも指摘する気にもなれなくなるというか。

 

 まぁそんな感じで、庭の砂場でお城を作って遊ぶかようちゃんとオグリ(!)を見守っているのだった。

 ……いやまぁ、うん。「ダートじゃないから大丈夫」などというお告げを受けたとかなんとかで、真っ先にかようちゃんに「遊ぼう!」と彼女が声を掛けた結果、なわけなのだが。

 ……地方で砂遊び(ダートレース)、言葉通りすぎて皮肉にしかなってないのはなんなのか。*7

 

 

「いやまぁ、そんなこと全然気にしてへんとは思うけど」

「天然でやってる分質悪いのでは?……いやまぁ、本ウマはここにはいないわけだけども」

「……?お二人は一体何を仰っているのですか?」

『『ウマ娘 シンデレラグレイ』は五巻まで好評発売中*8ってことですよマシュさん!』

「は、はい?何故いきなり単行本の宣伝を……?」

 

 

 まぁともあれ、見ているだけと言うのも勿体無い話。

 見たところ用意された砂の量は十分、なればいつぞやかのチェイテピラミッド姫路カンタムの扉(NGDSLJ天然理心流~愛・おぼえていますか~)を越える逸材を作り上げることも可能なはず。

 

 

「者共、左官屋の意地を見せたるでぇ!」*9

「いつから左官屋になったのよ、私達」

「いいから、イクゾー!」

「デッデッデデデデ!」<!

「カーンが入ってな……カーンが入ってる!?」<ガビ

「そんな驚くような事なんかそれ……」*10

 

 

 縁側で座っているより、彼女達と一緒になって遊んでいる方が良いだろう、ということで皆を促してかようちゃん達の元へ突撃ー!これより大要塞建築の儀に入る!*11

 

 

「ダメや!」

「ダメかー」

「お、お二人だけでわかるネタで話を進めるのはどうかと!」

「えー?じゃあマシュ、この台詞言って貰える?」

「え、あ、はい。……ええと、敵の潜水艦を発見!」

「ダメだ!」

「ダメや!」

Negative(ダメでーす)!』

Nein(ダメよ)!」

不行(ダメね)!」

「え、ちょっ、なんなんですかこれっ!?」

「うち、なんだかよくわからないけど……、お姉さん、大変なんなー」

「え、えっその、はい……」

 

 

 まぁ、そんな感じに和気藹々としつつ、しばらく砂遊びを続けた結果、出来上がったのは……。

 

 

「うーむやり過ぎた。マスドライバーとかそんな類いでは?これ」

「いいや、これはエ・テメン・アン・キや!!」*12

「どっちかと言えばカ・ディンギルじゃない?」*13

「え?至高の財を持ってウルクの守りを見せればいいの?」*14

「遠きウルクの民達も、何千年も経って自分達の言語がこんなに使われてるところを見たら、ビックリするでしょうね……」

 

 

 なんというかこう、まさに聳え立つと言うに相応しい威容の……塔?的なモノができあがっていたわけで。

 ……うん、やっちゃったんだぜ☆

 

 

「すごい高さなん、しかも登れてしまうん」

「しっかりと固めたからねぇ、でも危ないから登るのはやめようねー」

「はーいなん」

「こ、こりゃまたえらく高いモノを作ったもんだねアンタ方……」

「あ、おばあちゃん。うちも頑張ったん!」

「はっはっはっ。……えと、後で戻しときますんで」

「あー、そうだねぇ。勿体無いけど、こんなに目立ってると色々言われそうだし、そうして貰えると助かるよ」

「えー?折角作ったのに、崩すん?」

 

 

 その高さ、なんと五メートル。エンパイアステートビルの高さだぜぇ?!……いやんなわけあるか(真顔)*15

 いかんな、MADに脳を侵され過ぎている……キョンも言ってるではないか、『MAD作成はほどほどにね!』と。……私達の生活なんて大体MADみたいなもんだけど!*16

 

 ともあれ、二階建てのかようちゃんの祖母の家より、高い建造物になってしまっているので、勿体無くとも壊してしまった方が良いのは確かな話。

 名残惜しいが、他所に迷惑をかけない内に取り壊してしまおう。……と、解体工事に取りかかろうとしたところで、

 

 

「す、すげー!なんだこれ!?」

「これ、うち達が作ったん!」

「マジかよ、スゲーなお前!」

 

「……おや?」

「せんぱい、周囲の住人が、この塔を見て集まってきているようです」

「ありゃ、ちょっと遅かったか」

 

 

 かようちゃんが近付いて行ったのは、どうやら地元に住んでいる子供達。

 街の中に突然現れた大きな物体(と、それを作る大人達)を目敏く見付け、集まってきたらしい。

 周囲に見えるのは子供達だけなので、特に騒ぎが広がったりしているわけではないようだが……。

 

 

「……もうちょっと、取り壊すのはやめておきましょうか?」

「……そうだねぇ。あの子に友達ができそうだから、もう少し……かねぇ」

 

 

 一人寂しそうに遊んでいたかようちゃんに、友達ができるかどうかという状況に。

 その立役者である大きな塔を、崩すのはちょっと先送りにしよう──と、私はそう頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

「じゃーなー!また明日も遊ぼうなー!」

「ばいばいなーん、また明日も宜しくなーん!」

 

 

 結局、彼女達が遊ぶ姿を眺めていたら、すっかり時間が過ぎてしまっていた。

 辺りは薄暗くなり、子供達は自分の家へと帰っていく。

 そんな彼らの後ろ姿に手を振りながら、また明日と声をあげるかようちゃん。……うん。

 

 

もはやこ*17

「せんぱい落ち着いてください、これはのんのんではありません!」

『そういうマシュさんも、ちょっと影響されていらっしゃいますよ?』

「えっ、あっ」

「日常系作品を見終わると、なんとも言えん無情感に包まれるんよな、わかるわかる」

 

 

 なんというかこう、日曜の終わりにサザエさんを見終わった時のような、なんともいえない脱力感というか無力感というか、とにかく気が抜けた感じがしてしまったというか。

 そうして漏れた言葉がもはやこであるが、なんというか……うん、言葉通りとしか言いようがねぇ!!

 まぁ私達はこれから帰るところなので、もはやこれまでなんて言ってもいられないんだがな!

 

 

「おや、今からお帰りかい?」

「ええまぁ、流石に帰らないと私達も明日は朝が早いので」

「ええー、お姉さん達、帰ってしまうん?」

「はい、すみませんかようさん。ですが、機会があればまた必ず来ますので」

「……ん、わかったん。お姉さん達を困らせたりはしないん」

 

 

 しょんぼりするかようちゃんに、マシュがしゃがみ込んで右手の小指を立てながら、彼女の前に差し出す。

 最初はよくわかっていない様子のかようちゃんだったが、すぐにマシュがなにをしようとしているのかに気付いて、同じように右手の小指を立てながら、マシュの前に差し出した。

 お互いが、指を絡めるようにして。

 

 

「「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきったっ」」*18

 

 

 と、約束を交わしていた。……なんともまぁ、微笑ましい光景である。

 

 

「じゃあ、またねかようちゃん」

「ばいばいなん、キーアお姉さん」

 

 

 それから、他の人達も挨拶をして。

 そのまま、駅まで歩こうと一歩を踏み出して。

 

 

 

 ───視界(世界)が、反転(一巡)した。

 

 

 

 

 

 

「むぅ、もっと食べたかった……」

「まだ食べる気なの!?あんだけ食べて?!」

「そういえば、私も結局服を買ったりはしなかったわね……」

「………?」

 

 

 思考の途切れ、意識の断絶。

 不可解な認知の差異と、俄に香る違和感。

 思わず目蓋を瞬かせていると、マシュが心配そうにこちらを覗き込んでくる。

 

 

「せんぱい?お顔が少し青いようですが、どうかされましたか?」

「え、いや、なんでも、ない……?」

「なんで疑問系?」

 

 

 他のみんなは、なにかを疑問に思うような素振りもない。

 今私達が居る場所は、街の中心部から少し離れた位置にある、ちょっと寂れた感じのする下町のようなところ。

 どこかで嗅いだような匂いのする場所に、思わず首を傾げていると。

 

 

「あれ?お姉さん達、(うち)になんかようなん?」

「……おっと、ごめんなさいね。たまたま通り掛かったってだけだから、すぐに退けるわね?」

「そうだったんなー。ウチ、こんなところまで来る人が居るなんて、初めて見たん」

 

 

 背後──具体的にはちょっと下目──から響いてくる声に、どことなく既視感を覚えながら振り返る。

 どうにも、ここは■■■ちゃんの祖母(誰か)の家の玄関先だったらしい。

 そこに戻ってきた……声からして子供とおぼしき少女の、通行の邪魔になっていたようなので、道を開けるために移動する。

 そうして振り返った先に居たのは、

 

 

「……な、なんなん?うちの顔に何かついてるん?」

「えっと……にゃんぱすー?」

「……?お姉さん、なんでその挨拶知ってるん?」

 

 

 ()()()()()のツインテールの少女が、こちらを訝しむように見上げていたのだった。

 

 

*1
肩を上下させ、苦しそうに呼吸をしている姿から取られた言葉。意味合いとしても(まさ)しく『苦しそうに呼吸をしている』ことを指す。別に肩で息を吸ったり吐いたりしているわけではない

*2
『のんのんびより』に登場する挨拶。特定の意味が込められているわけではない、どんな時でも使える挨拶なんなー。

*3
『のんのんびより』の主人公、小学一年生の少女。紫色のツインテールに黄色いリボンがチャームポイント。いわゆる『ジト目(廿⊿廿)』がデフォルトなタイプの子供だが、別に無愛想という事はない。……若干不思議系ではあるが。なお、そすんすの使い手(そすんさー)としても有名。……そすんす?

*4
漢字で書くと『荷葉』

*5
黒いツインテと青いリボンの少女、といった外見

*6
(無言の腹パン構文)

*7
『ウマ娘 シンデレラグレイ』におけるオグリキャップとブラッキーエールのやり取り。その中でのブラッキーエールの皮肉(オグリの地方(カサマツ)での12戦10勝という成績を『田舎の砂遊び』と称した)に対しての、オグリの(天然の)返し『あの砂はダートといって砂遊びをする為のものじゃないんだ』から。なお、雑誌掲載の時はあおり文まで煽っていた(◆知らなかったのか?)。この状況では、地方にやって来て文字通り砂遊びをしているオグリなので、ブラッキーさんもなんともいえない顔をしてくれることだろう

*8
2022年1月現在

*9
壁などに土や砂などで作った特殊な壁材を塗る事を生業とする職業のこと。建築において、骨組みなどを作る大工を『右官』と呼んだことから、壁を塗って仕上げる彼らを左官と呼んだのが由来とされる

*10
『ガビーン』は、ショックを受けた時の擬音。また、ショックを受けたことを口で示す時にも使われたりする。『ガーン』と意味合いとしてはほぼ同じだが、『ガビーン』の方がどちらかと言えばネタっぽさ・余裕があるような感じがあるとかないとか。なお、『ガビーン』に関してはほぼ死語である

*11
以下、『万歳エディション』などと呼ばれる動画の空気を多量に含む。主に『突撃ー!』『ダメだ!』『敵の潜水艦を発見!』など。『BF1942』『RisingStorm』『IL-2』『S2TW』などの作品で登場する日本兵の台詞を使った、異様な程にテンションの高い作風が特徴

*12
『バベルの塔』のモチーフになったとされる、メソポタミア文明・新バビロニア王国時代のネブカドネザル二世王の時に完成したとされる、マルドゥク神殿の中心部に築かれた聖塔(ジグラット)のこと。わりとマイナーな部類のはずだが、最近では結構知名度が上がってきているような。これには英雄王も大笑い

*13
『戦姫絶唱シンフォギア』より、物語の鍵を握るエレベーターシャフトに偽装された荷電粒子砲。また、メソポタミアの都市・バビロン市をシュメル語で呼んだ時の名前ともされる。意味合いとしては『神の門』。アッカド語での表記『バーブ・イリ』がヘブライ語の『混乱(バラル)』と混同され、バベルの塔の逸話に繋がったとかなんとか。なお、ギルガメッシュの宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を開くための鍵『王律鍵(おうりつけん)バヴ=イル』も、名前の元ネタとしては同じものであり、ある意味ではこの宝具は『神の門を開くもの』とも呼べたりするとかなんとか

*14
ギルガメッシュ(キャスター)の宝具、『王の号砲(メラム・ディンギル)』のこと。因みに『メラム』は『神が身に付けていた高貴な力』『光輝』などと訳される。その為、『メラム・ディンギル』で『神の輝き』だとか『神の高貴な力』というような意味になるそうな。ギルガメッシュが神の力や名を借りたりするとは思えないので、恐らくはここで言う『神』は『(ギルガメッシュ)』のことなのだろうと思われる

*15
『ジョジョの奇妙な冒険』第二部(Part02)『戦闘潮流』におけるジョセフ・ジョースターの台詞。エイジャの赤石が転がり落ちていく先に聳えていた、崖の深さを彼が目算で述べたもの(大体2~300メートルと予測した。実際は175メートルほどだったようだが)。MAD動画では何かの高さを述べる時に頻繁に使われる。そもそもに目算を見誤っていたので、間違っているのがデフォである

*16
『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』のエンディングテーマ『あとがきのようなもの』の歌詞?の一文。キョンが喋る台詞だが、ハルヒちゃんのキョンは中の人成分が濃すぎるため、(キョン)本人と言い張っていいのかは謎である

*17
アニメ『のんのんびより』のエンディングの最初に流れるミニアニメで表示される言葉、『今回はここまで』を捩ったもの。日常系作品の緩やかな世界から、現実世界へと一気に引き戻される視聴者達の苦悶の叫び、かもしれない

*18
嘘を付いたらその指を切り、拳骨を一万回落とし、更に針を千本飲ませるぞ、という恐ろしすぎる約束の台詞。『指切り』が吉原の遊女が行った客への愛情の証の小指の譲渡、というのは最早有名になりすぎている感じがしなくもない……が、実際に自分の指を切ることは少なかったとかなんとか(死体の指を渡して、自分の小指は包帯を巻いて隠していたとか)。なんにせよ、約束を破ると酷い目に合わせるぞ、という意味は変わっていないようである



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幕間・夢の中で夢を見て

「はぁ?この展開を、さっき見たぁ?」

「あー、うん。説明が難しいんだけど……」

 

 

 彼女──()()()ちゃんの祖母の家だというその縁側に座り、頭痛を堪えるように唸る私と、それに訝しげな視線を向けてくるパイセン。

 違和感と既視感。

 これらが実際にあったものだというのならば、そういう干渉系に強そうなパイセンなら、なにかわかるのではないか……と思ったのだけれど。

 

 

「……いや、ちょっとわからないわね。仮にあの時計の女(ミランダ)の話みたいな感じなら、私にわからないって事はないと思うけど」

「えっと……、『D.Gray-man』だっけ?」

「そう、『巻き戻しの街』。ああいうタイプなら、私が認知できないなんてこともないはずだけど……少なくとも、今現在私が何かしらの干渉を受けている、って感じはしないわね」

「なるほど……」*1

 

 

 生憎、パイセンにはよくわからないとのこと。

 ……違和感を覚えているのが私だけというあたり、実は気のせいかなにかなのではないか、と思わなくもないのだけれど……。

 さっきの喫茶店といい、今のこの場所といい。

 ここに来てから、他のみんなが気付かないものに私だけが気付いている……というのも確かな話。

 となれば、なにかが起きている……と仮定して動いた方が良いだろう、と思わなくもないというか。

 

 

「ふーん、流石はなりきり郷随一の実力者、ってところやな」

「……茶化さないで頂戴。そっちは認識してないから問題ないんだろうけど、これが仮にエンドレスエイトみたいな奴だったとしら、一人で長門ちゃんみたいなことしなくちゃいけないのよ、私」*2

「お、おう……それはいややなぁ」

 

 

 他者が認知できず、自分だけが世界の謎に気付いている……。

 そんな状況に取り残されてしまったとしたら、並みの精神では発狂しかねないだろう。

 というか、発狂すると精神が均一化され、永遠に続くループに気付くこともないままに、延々と同じ時間を繰り返す……なんておぞましいことになる可能性もなくはないわけで。

 ──哲学的ゾンビの話と同じ。*3

 他者の思考が正常なものであるのか、なんて他人にはわからないのだから、今の『異常を認識できていない』他のみんなが、既にSAN値が0になった結果である……だなんて見解も、できなくはないのだ。

 

 

「いや怖っ!!?おっそろしいこと言うの止めてーや!」

「ふふふ、私の感じている怖さの一割でも思いしるがいいわ~」

「真夏の怪談じゃないんですから、無駄に怖がらせないで下さいよキーアさん……」

「おっと、ごめんよゆかりさん」

「ウチにも謝って欲しいんやけどー!?」

「タマモはダメ」

「ぐぬっ、からかったのは謝るから……」

「じゃあおあいこってことで」

「……まぁ、ええやろ」

(……上手いこと誤魔化されたわね、コイツ)

 

 

 タマモに対して生温い視線を送るパイセンに苦笑しつつ、こういうのが得意そうなもう一人──シャナの方に視線を向けてみる。

 彼女の持つ大太刀『贄殿遮那』は、自在法を含むあらゆる力の干渉を拒否する不壊の宝具である。

 その性質を持ち主に伝播することこそ叶わないが、その大太刀を以てしての斬撃は、容易く結界のような異界を切り裂くことができる、ある意味斬撃版の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』とでも言うべき性能を発揮するものだ。

 

 なので、静かに精神を統一し、大太刀を構える彼女を神妙な面持ちで眺めていたのだけれど……。

 

 

「……ダメ。()()は斬れないわ」

「その言いぶり的に……()()()はある、ってことでいいの?」

 

 

 大きく息を吐いて、構えていた大太刀を下ろすシャナ。

 その表情は険しいモノで、溢れた言葉には悔しさが滲んでいた。……ただ、その発言からするに『なにか』があることは確定的だったため、そこを尋ねてみたところ。

 

 

「ええ、太刀に絡まる()()()があるのは分かった。……けど、それだけ。()()()()()()()って確信が脳裏を離れなくて、太刀を振り下ろそうって気になれないの」

「……そりゃまた、なんとも。思考に干渉してる……みたいな?」

「干渉って言うより忌避って言うべきかしら。()()()()()()()()()()()()って教えてくれている、って感じというか……」

「ふむ……?」

 

 

 続く言葉は、現状についての疑問を加速させるものだった。

 言うなれば、力業で解決するべきではない……みたいな?

 そんな助言とでも言うべきものが、この異変を断ち切ることを躊躇わせているらしい。

 ……こういう予感とか予言というか、そういうものを無視するとろくなことにならないというのは、色んなオカルト系の話でもよく言われることである。

 なので、ここは素直に周囲を探索するのが正解、ということになるのだろう。

 

 

「……ふーむ、脱出系のフリゲみたいな感じかな?」*4

「む、つまりこの家を探索すると?」

「ゲームやないんやで?勝手に家捜ししたら怒られるやろ」*5

「……いや、その心配はなさそうだぞ」

「?どこ見てるんですか、オグリさ……あれ?」

 

 

 現状、一番怪しいのは()()()()()()()()()()()()──すなわち、現在れんげちゃんになっている彼女だが、どうにも言動はれんちょんそのままであるため、彼女に話を聞いても得られる情報は少なそうである。

 なので、次点であるこの家──再スタートの起点となっている彼女の祖母の家を探索するのが、今現在私達がするべきことだろう。

 しかし、まさか祖母が見ている前で家の中に勝手に入るとか、はたまた中を見る許可を取るとか。

 そういうことをする余裕とでも言うべきものが、現状あるのかと思っていたのだけれど……。

 

 小さな声でこちらに静かにするように促しながら、とある場所を指差すオグリ。

 その指の先にあったのは……こっくりこっくりと船を漕ぐ、*6少女の祖母の姿だった。……いや、都合が良すぎやしないかい、この展開?

 

 

「……っ、この香り……」

「香り?……そう言えば、なんだか花の香りがしたような……?」

「なるほど、あの裏方胡散臭夢魔ヤローの差し金ってことね」

 

 

 そんな風に訝しんでいると、ふと鼻腔を擽る甘い香り。

 ……どう考えてもグランドロクデナシ(マーリン)の花の香りである。

 どうやら、ここを探索することをおすすめしている上に、サポートしてくれるらしい。

 

 

(うち)の中、探検するん?」

「そうだね。ちょっと見て回ってもいいかな?」

「大丈夫なん!でも、鍵がないと開かないとことかあるん!」

「うーむ、本格的に脱出ゲーム感が増してきたような……」

「とりあえず、手分けして中を探索しましょう。そんなに広そうでもないですし、その方が早く済むでしょうから」

「はーい」

 

 

 しゅぴっ、とばかりに手を上げるれんちょんに御伺いを立てた後、皆で中を探索することにした私達。

 縁側から靴を脱いで、そのままぞろぞろと中に入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──そうして、日が暮れた。

 

 

「……おかしくない!?外観と内観が全然一致してないんだけど!?」

「まさかバイオめいた洋館だったとは……」*7

「おかしない?ウチ下に降りたはずなんやけど、なんで別の家から出てくる羽目になるん?しかも玄関から」

「……凄く長い廊下を、ずっと走らされたんだが」

「アンタ達なんてマシな方よ!私なんか何故かカラスに集られたんだけど!?地味に痛いし!ムカついたから爆散しといたけど!!」

「ピアノを引いていたら突然壁から虞美人さんが出てきて、『ゆかり、私死んだわ』と言われた時には、心臓が飛び出るかと思いましたよ……」

 

 

 息も絶え絶え縁側に戻ってきた私達は、皆一様にボロボロになっていた。

 襲われた感じなのはパイセンだけだが、他の面々も外観とは全く一致しない感じの場所を歩き回らされた挙げ句、特に何も見付けられないまま変な場所に放り出される……みたいな展開を繰り返していたらしい。

 疲労困憊と言った感じで、皆が膝を付いたりしているのが窺えた。

 

 

「……上から天井が迫ってきた時は、潰されるかと思った……」

「マシュがたまたま通り掛かってくれなかったら、二人で潰れた煎餅みたいになるところだったわ……」

「いや、そもそもどうなってたんですかあの部屋?なんで天井が迫ってくるなんてことに……?」

「うーん、バイオ1……いや、私はなんか大きな動く豆腐とか見掛けたけども」

「動く豆腐っ?!」

「誰かクリアしとるやんかっ!!」*8

 

 

 構造的にどうなってるのかよくわからない部屋とか、変な位置に繋がっている扉とか。

 仮にバイオが元ネタだとしても、ちょっと意味がわからないモノも多かったため、なんというか屋敷系の色んな逸話とかが混じってるんじゃないかなーと思いつつ、一息をつく。

 

 周囲を見渡せば、離れた時と同じように居眠りを続ける祖母の姿が見える。

 このあたりは流石マーリン、という感じだろうか。

 まぁ、ヒントとか一切くれないので、片手落ち感半端ないのだけれど!

 

 

「……?」

「どうされました、せんぱい?」

「いや、なんか忘れているような……?」

「なによ、アンタまで忘れたとか、流石に洒落にならないから止めなさいよ」

「うーん、なんだろなぁ……なんか忘れてる気がするけど……」

 

 

 なにかが足りていないような感覚があるのだけれど、どうにも思い出せない。

 喉に骨が引っ掛かったような、なんとも言えない不快感に顔をしかめつつ、とりあえず喉が乾いたのでれんちょんに貰ったお茶を飲む私。

 この内装が無茶苦茶な家の中で唯一、台所だけは普通にたどり着けるので、そこの冷蔵庫に入っていたモノを貰った感じになるのだが……。

 これは後から内装が変になった、という証左なのだろうか?

 

 

「さぁね。明らかに空間が歪んでいる中で、あの場所だけが普通なのは確かだけれど」

「うーん。わかんないことだらけでなにを探せばいいのかもわからないから、広さも相まって余計に時間を使わされた感があるよね……」

 

 

 シャナの言葉に、むむむと唸る私。

 探索するにしても、とりあえずしらみ潰しに探すことを目的にしていたため、かえって無駄に時間を浪費してしまったような感じがある。

 このノリだと、どれだけ時間を掛けても無駄足にしかならない……という確信めいたモノを感じざるを得ない。

 

 そうしてため息を吐いて。

 ──また視界(世界)が、反転(一巡)した。

 

 

 

 

 

 

「むぅ、もっと食べたかった……」

『まだ食べる気なんですかぁ!?幾らなんでも暴飲暴食過ぎでーす!!』

「そういえば、私も結局服を買ったりはしなかったわね……」

「……………?」

 

 

 思考の不自然な陥穽、意識の急速な覚醒。

 前後不覚となる自身の状態と、脳裏に残る映像。

 なんとも言い難い気持ち悪さを感じていると、()()()()()()心配そうにこちらに声を掛けてくる。

 

 

『おやぁ~?どうしましたかせんぱい、なんだか頭痛が痛いとか言い出しそうな顔をしていらっしゃいますけど?』

「あーうん、頭が痛いのは確かかな……」

「珍しいわね、アンタが頭痛を訴えるだとか」

 

 

 他のみんなは、()()()()()()()なにかを疑問に思うような素振りはない。

 今私達が居る場所は、街の中心部から少し離れた位置にある、ちょっと寂れた感じのする下町のようなところ。

 強烈な既視感に、思わず目頭を押さえていると。

 

 

「あれ?お姉さん達、(うち)になんかようなん?」

「……にゃんぱすー」

「にゃんぱすー。……あれ?ウチ、この挨拶教えたことないん。なんでお姉さんは知ってるん?」

 

 

 振り返った先には、()()()()──宮内れんげが、不思議そうにこちらを見詰める姿があったのだった。

 

 

*1
『D.Gray-man』より、エピソードの一つ。一日を何度も繰り返す街に纏わる物語。外部との整合性を取っていないため、内部の出来事はある意味では、機械的に同じ事を繰り返しているようなものとも言える

*2
『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズのエピソードの一つ。8月17日~8月31日の2週間のループから脱しようとするお話。ハルヒが『やり残したこと』を終えるまで、実に15500回程のループが行われた(と、言う風に設定されている)。作中人物の中では、そのループの全貌を覚えていたのは長門有希ただ一人。彼女の精神構造とか正体が正体だけに無事だったが、まともな人間が正気でいられるようなものではないのは確か。まぁ、ループものは大体そういう目に合うのがお約束、みたいなところはあるが(例:岡部倫太郎、マスターテリオンなど)。なお、アニメ化した際にはわざわざ八回撮り直した(!)ものを放送する、という狂気の沙汰を行っていたりする。視聴者まで巻き込まなくていいから……

*3
心の哲学における思考実験で語られる存在。人間と組成や行動が同じだが、実際は主観的な意識やクオリアを持たないモノ。雑に言うと『猿がシェイクスピアの戯曲を書く(無限の猿定理)』において常にクリティカル(決定的成功)を繰り返し続けるようなもの。……わかり辛い?そもそもに意識がないのに動くもの、というのが想像し辛いので仕方ない。人の意識というものは、外からそれの実在を証明することはできない(外からでは物理的な電気信号などしか観測できない。それが『熱い』とか『冷たい』などの主観的なもののうち、どれを示しているのかについては、あくまで推測しかできない)。故に、もし仮に『意識はないけど物理的には人と同じ動きをしているよ』というようなモノが存在する場合、それを他人が『そうである』と認識することは難しい……みたいな考え方。なお、あくまで思考実験であることは留意されたし

*4
閉じ込められた状況から、外に脱出することを目的とするゲームの総称。現実でもそういった催しが存在する。謎解きの一種でもあり、難しい操作などを(基本的に)必要としないため、結構な人気がある。……まぁ、難易度が高いものだと高い教養を求められたりするのだが

*5
RPGなどで主人公が勝手に人の家のタンスなどを漁っていることに対して、時々突っ込まれること。たまにそこを逆手に取って、勝手に家捜しすると怒られたり戦闘になったりするゲームもあったりする

*6
船を漕ぐ時のようにゆっくりと体を前後させている姿から、居眠りを指す言葉。『こっくりこっくり』の方は、浅い眠りや眠る間際などの頭が上下に動いている姿を指す擬音

*7
『バイオハザード』シリーズの建物によくあること。一つの扉を開くだけなのに、西に東に走り回されたりだとか、謎のメダルを集めさせられたりだとかする。なんならピアノで特定の曲を弾く必要があることも

*8
『バイオハザード2』のおまけ要素、『The 豆腐 Survivor』の主人公。関西弁を喋る豆腐という不思議な存在。元々は当たり判定の確認用の四角いポリゴンを白くしたもの



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幕間・万華鏡のように、潮騒のように

『ふむふむ、つまり……同じ時間を繰り返していると?』

「……多分」

 

 

 ()()()()()()()BBちゃんが、腕を組んでむむむと唸っている。

 その姿は可愛らしいが……なんというか、いつも通りの破廉恥寸前の姿(わりと際どいレオタード)であるため、れんちょんの教育に悪い気がしないでもない。*1

 まぁ、そんなことを気にするBBちゃんならば、そもそもそんな格好をする筈もないのだが。なので突っ込むだけムダ、というやつである。

 

 

「ふーむ、世界の繰り返し……ねぇ?つまり局所的なタイムループが起きてるってこと?」

『おや?そういう世界出身の身としては、ちょっと一家言ある感じだったりしますかクリスさん?』

「まぁ、ちょっとはね。そもそも、ループものと言ったら少なくない作品で題材にあげられている、わりとポピュラーなモチーフでしょうし」

「流石はクリスティーナ、解決の糸口とかすぐ見付け出せそうでよいぞよいぞ!」

「クリスティーナって言うなっ」

 

 

 白衣を着た少女、クリスティーナもとい牧瀬紅莉栖*2が、こちらの呼び掛けに少し怒ったように声をあげる。

 彼女はこちらに来てから出会った『逆憑依』の少女であり、向こう()に行く前に一緒に遊ばないかと声を掛けたところ、快く承諾を返されたために私達に同行している……という経緯があったりする。

 

 

「まさかの妖怪血塗れ女、だもんね。確かに、クリスってば血の海に沈んでるのが似合う系美少女だけども」

「そんな美少女区分あるわけないだろうがっ!……そもそも、その辺りはネタバレもネタバレの話なんだから、あんまり語るものでもないでしょう?」

「うーん、流石の今井さんボイス。クリス可愛いよクリス」*3

「茶化すなっ。……まぁ、可愛いって言われるのは、満更でもないわけだが

「牧瀬氏ツンデレ乙」*4

「誰がツンデレだ、誰がっ。っていうか、ダルか己はっ」*5

「どうどう、落ち着いてください牧瀬さん」

 

 

 キャラクター的に、からかわれている時が一番輝いている気がしないでもない彼女なので、どうにもこちらも一言余計な言葉が増えているような気がする。

 鳳凰院凶真*6の気持ちも、なんとなく理解できる気がするぞ、今ならば。

 

 

「そんなもの理解せんでもいいわっ。というか、そうじゃなくて!」

「繰り返しの世界、って話でしょ?少なくとも、なにかが起きてるのは確かみたいよ。変な感覚、してるし」

 

 

 わちゃわちゃと戯れる私達の隣では、シャナが首を傾げながら、『贄殿遮那』を下ろす姿がある。

 世界がおかしいのなら斬ればいいだろう、と試してみるようにお願いしたものの、どうにも止めておいた方がいいという予感を覚えたため、諦めたとのこと。

 

 

「……ふーむ、その辺りも、なんか覚えがあるような……?」

『なるほどなるほど。となると、調べるべきなのは『家の中』と『れんげさん』というわけですね?』

「多分……ただ、家の中を探すのはよく考えた方がいい、かも?」

「考えた方がいいとは、一体どういうことなのですか?」

 

 

 マシュの言葉に、微かな記憶を手繰り寄せつつ言葉を紡ぐ。

 実は家の中は空間が歪んでおり、闇雲に探しても無駄足を踏まされるだけになる可能性が高い……というようなことを実体験したような……?

 

 

「はぁ?なにそれ脱出ゲームか?」

「クリスさん、キャラがおかしくなってますよ」

「いや、コレが文句を言わずにいられるかってのっ。そうなるとこの家、【顕象】とか兆しとか、そういうモノの起点になってるってことでしょう?」

「あー、なるほど。言われてみれば確かに……」

 

 

 クリスの言葉に、小さく頷きを返す。

 おぼろ気な記憶の中には、すれ違う大きな豆腐の姿がある。

 あれがなんなのかは現状不明だが、そういう不可思議なものが跋扈する場所であることが確か。

 であるならば、警戒はするに越したことはない……というわけだ。

 

 

「じゃあ、全員で手分けして……ってのは止めた方が良いかもね。何人かはここに残して、残りで中を探索するって形にする?外から見てたら、なにかわかるかも知れないし」

『じゃあ、ここは私ことBBちゃんと、クリスさんが居残りしましょう!』

「……そうね。分析役としては、他の皆は頼りなさそうだし」

 

 

 真っ先に挙手したBBちゃんと、彼女の言葉に小さく頷くクリス。

 確かに、他のメンバーはオグリとパイセンとマシュ、それからシャナだが、皆分析が得意というわけではないだろう。

 かろうじて、マシュが二人の手伝いをできそうかなー、と言った感じだ。

 ……シャナの『審判』?あれも視界の起点を完全な外側に置けないのなら、ちょっと意味がないかなー。

 

 

「だから、マシュも二人と一緒に残って貰える?」

「はい、お任せを。BBさんがいれば安心なような気もしますが、れんげさんのことも見ていなければいけませんし」

「マシュお姉さんは、中には入らないん?」

「はい、ですので二人で砂のお城を作りましょうか?」

「わーいなん!すっごいお城作るん!」

「ふふふ。はい、せんぱい達が戻ってきた時に、驚いてひっくり返ってしまうようなモノを作りましょう!」

「楽しみなんなー」

 

 

 結果、分析役としてはBBちゃんとクリスの二人が、れんちょんにはマシュが当たることになり、残りのメンバーで家の中を探索することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──そうして、()()日が暮れた。

 

 

「……なんか、変な犬にすっごい追っ掛けられたんだけど!?なによあれ!無駄に痛いし!腹が立ったから爆発しといたけど!」

「突然地面から虞美人さんが生えてきたんだが」

『滅茶苦茶ビビってましたね、クリスさん』

「あんなのビビるなって方が無理なんだがっ!?」

「突然落とし穴に落とされたりしたわね……」

「上からシャナが降ってきた。バイオだったら死んでた」

「……それ、遠回しに死んだって言ってないか?」

「そうだよ首がグキッて言ったよ!私多分残機減ったよ!!」

『いやーん、せんぱいの胡乱さが虞美人さんと同レベル~!』

「泣いていいのかな、それ」

 

 

 相も変わらず、特になにかを見付けられたような感じもなく。

 外から見ていた二人も、突然地面から現れたパイセンに驚いたくらいで、特に変化を見付けることはできなかったらしい。

 そうなると、あくまでおかしいのは部屋の中……ということになるわけだが。

 

 

「そう言えば……」

「どうしたの、マシュ?」

「いえ、こちらは普通に、れんげさんと一緒に砂のお城を作っていた筈なのですが……」

「……ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか、完成度たけーなおい」

「いや、これマスドライバーでは?」

「張り切りすぎじゃないか、マシュ?」

「ち、違うんです!作っていたら何故かこの形になっていたんです!本当です信じてください!!」

 

 

 慌てるマシュの背後に聳えるのは、家の外観を優に越す高さの、塔のような砂の建造物。

 余程張り切らなければ作れないような大きさのそれに、思わず信じられないモノを見るように彼女を見詰めてしまうが……彼女の言を信じるのであれば、これは作ろうとしてこうなったのではなく、勝手にこの形になってしまった、というのが近いらしい。

 

 

「ここまでのモノを作ってしまうとは、うちはうちの才能が怖いん……」

『いやまぁ、ホントにいつの間にか組み上がっていた感じなので、れんげさんの才能と言うのはちょっと違うような気がしますけどね☆』

「……BBお姉ちゃんは厳しいんな」

『人間には厳しいのがデフォルトな、可愛い可愛いBBちゃんなのでした☆』

 

 

 なんやかやでちゃんと見張ってくれていたBBちゃんの証言により、作っている最中にいきなりこの姿になった、ということが判明。

 なので、別にれんげちゃんが芸術家の才能に目覚めた、とかではないらしい。

 いやまぁ、それはそれで『いつの間にか塔になってた』ってことになるんで、わかんないことが一つ増えた形にはなるのだけれども。

 

 

「んー、となると……ちょっと不味いかなー」

「なによ、なにかあるわけ?」

「いや、もう日が暮れてるでしょ?なんか、日が暮れると不味い……みたいな記憶があるというか」

「ふむ……宵闇を起点に、時間が遡ると?」

「遡る……んんー?」

 

 

 どうにも、このままだと解決の糸口も見えないままに、また繰り返すような予感があるというか。

 そんなことを口にすれば、クリスからは『日が暮れる』ことを起点にしたループなのでは、という考察が飛び出したのだった。

 けど……んー。なんというか、なんというか……。

 

 

「なんとなく、遡ってる……わけではないような……?」

「はぁ?」

「時間が遡っているわけではないのに、同じ日を繰り返しているのですか?」

「んー、ホント感覚の問題なんだけど……」

 

 

 微かに残る最後の記憶。

 そこで自身に残ったのは、視界が反転した……否、世界が一巡したような感覚だった気が……。

 

 

「……!」

「そう、そういうことね」

「え、なによアンタ達?いきなり笑い出して。ちょっと怖いんだけど?」

「私が此処にいること!それから、ループしてないのにループしたような感覚!だったら答えは端から見えてるってこと!」

「マーリンが絡んでるってんだから、()()()()()()なんだろうね、これ」

 

 

 クリスと顔を見合わせ、二人で笑い合う。

 ループものにも種類がある。同じ時間を繰り返すもの。それから、()()()()()()()()()()()()()()

 後者のループの実例として引き合いに出されるのは、例えば『魔法少女まどか☆マギカ』。

 時間遡行の魔法によって世界を繰り返している、と捉えられているあの作品であるが、それにしては、まどかに対して以前の時間軸の因果が絡み、その力を強大なものにしている……など、単純な時間の巻き戻しと見るには、少しばかり奇異な面が存在していたりする。

 真に世界が巻き戻ったのであれば、起きた物事は()()()()()()()()となり、その因果もまた無にほどかれるはず。

 その原因が、自身が糸を持っている(以前のループを記憶している)せいであることに気がつかないまま、彼女は何度も世界を繰り返していたわけだが……それに付随して、少し別の見方をすることができる。

 

 

「それが、世界線。無数の選択の内、選んだ物によって収束した世界の形」

「Dメールを用いての過去干渉。意識を飛ばすことによるタイムリープ。それに似たようなことが起きていると見るのが、現状一番自然なんじゃない?」

 

 

 すなわち、過去に戻っているのではなく、別の世界に移動している(世界線の移動)という考え方だ。

 

 

*1
『廉恥を破る』で破廉恥(ハレンチ)。ちなみに『廉恥』とは心が清らかで、恥を知る心が強いことを指す言葉。まぁ、『廉恥』単体で使うことはほとんどないだろうが

*2
『Steins;Gate』のメインヒロインの内の一人。アメリカのヴィクトル・コンドリア大学脳科学研究所の研究員で、専門は脳科学だが他の部門にも博識さを見せる才媛。実は普段着は女子校の制服を改造したものなのだとか。重度のねらー(作中の掲示板『@ちゃんねる』の重度の利用者。ねらーとは『チャンネラー(掲示板利用者)』を縮めたもの)であり、油断するとネットスラングが飛び出すが、本人は関与を否定している(『隠れねらー』)

*3
『BLAZBLUE』の公式WEBラジオ番組『ぶるらじ』が発端と言われる今井麻美氏弄りの一環。可愛いと言われなれてないのか、はたまた褒められると恥ずかしいのか、とても良い反応を返してくれる彼女の姿に、視聴者は『ミンゴスかわいいよミンゴス』と心を一にするのだった……。クリスの中の人ネタの一種

*4
『乙』とはネット用語で『お疲れ様』の略。もしくはポニーテール(アスキーアートに乙をくっつけ、『これは乙じゃなくてポニーテールなんだからねっ』とツンデレるお約束ネタがあったりした)

*5
『Steins;Gate』のキャラクターの一人、橋田至(はしだいたる)のあだ名。キャラとしては、見た目は一昔前の典型的なオタクタイプ、かつ技術面に飛び抜けた人物。ある意味、彼がいなければ物語は始まらないと言えるほど(作中の未来ガジェットの作成は基本的に彼が行っているため)。あと重度のねらーにしてhentai(ヘンタイ)

*6
「ふぅむ、この名の真実を知りたいと?ぬぅあらば絶讚発売中の『Steins;Gate』をプレイするかもしくはアニメを見るのだな!フゥーハハハ!!」「まーたオカリンの中二病が始まった件について、と」(カチャカチャカチャ……ッターン!)「ぬわっ!?やめろダル、スレ立てなぞするなっ!!」



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幕間・その猫箱に絶え間なき喝采を

「……なるほど、つまり既視感混じりの頭痛は、リーディング・シュタイナーが起きてるってことね?」

「り、りーでんしゅたん?」

「『運命探知の魔眼(リーディング・シュタイナー)』。Steins;Gateで登場した、世界線移動前の世界を認識できる特殊能力ですね」*1

 

 

 パイセンが発した言葉に、首を傾げるれんちょん。

 それをマシュが説明するが……うん、わかってはいなさそう。

 

 タイムリープと、リーディング・シュタイナー。

 どちらも、Steins;Gateにて登場し、その中核を為したワードだ。

 タイムリープは、時間跳躍と和訳されるSFの用語であり、『自身の意識のみが過去や未来の自身に乗り移る』ものとされる。

 タイムスリップと違い、いわゆる『親殺しのパラドックス』を回避することができるとされているが……。まぁ、そっちはそっちで『そんなの起きない』みたいな話も最近は出ているので、ちょっと長くなるからスルー。*2

 ここで重要なのは、タイムリープが『意識を飛ばす』技術であることだ。

 

 

「……それの何が重要なの?」

「意識の実在は物理的には証明できない、みたいな話したでしょ?……つまり意識を時間移動させても、()()()()()()()()()()()()()のよ」

「タイムパラドックスというのは、その時に()()()()()()()()()()によって引き起こされるものです。ですが、()()()()()()()()()()()()()意識というものは、逆にそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──すなわち、今という式を崩さずにいられる唯一の手段だとも考えられているのです」

「わ、わかったような、わからないような……」

 

 

 首を捻るシャナに苦笑しつつ、改めて今回の事象に思考を戻してみる。

 

 

「ループ範囲はこの家に来てから、日が暮れて暫く経つまで。外的要因によって定まっているとするなら、世界線移動そのものと完全な同一視はできないけれど……でも、思考の補助にはなるはずよ」

「そもそもの話、ここで世界線の話を持ち出したのが、()()()()()()()()()()()んじゃないかと推測したから、わかりやすさを前提にしたものだったりするしね」

「わかりやすさ……なにか、他にも思い出したことが?」

 

 

 オグリの言葉に、小さく頷く私。

 世界線移動は、他の世界に移動するようなもの。平行世界移動とは違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……正確な話をすると、可能性に戻るというだけなのだが、わかりにくいのでとりあえずこう述べておく。*3

 

 過去干渉の時点で世界が切り替わり、今や未来が過去に合わせた形に変化する……というのが世界線の変動に伴う変化だが、それにより現在では男性だったはずの人物が女性になったり、死んでいたはずの人が生きていたりなど、()()()()()()()()()()()のなら、どんな滑稽な状況にも変動するのである。*4

 

 

「観測していなければ他の世界はあくまで可能性。波動関数の収束みたいなもの、ってわけ?」*5

「まぁ、うん。重ね合わせの理論も混じってるし、似たようなものかも。……まぁともかく、前の世界を覚えていないのなら、なにも違和感を感じないんだろうけど。世界線移動による世界の変動ってのは、単純な平行世界移動より奇妙な結果をもたらしやすい、ってのがここで言いたいことかな」

「奇妙な結果?」

 

 

 何故わざわざ世界線の話を持ち出したのか。

 それは、平行世界の概念は可能性の過多を基盤とするものであるが、それゆえに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということにある。

 普通の平行世界の考え方は、微細な変化ごとに別の世界がある──すなわち()()()()()()()()()、とするものである。

 

 要するに、他の世界は本当に()()()()()()()ため、目的とする一つの世界に移動するためには、かなり入念な下調べや計測・移動のために必要なエネルギーの試算などをする必要があるのだ。

 それは何故かと言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから、というところに理由の一端がある。

 

 『自身の求める世界』への到達のために行われる平行世界移動において、過去干渉とは求める世界を作る・ないし求めるための手段にすぎない。

 そこにたどり着くためには、別途平行世界移動のための技能が必要となる。

 普通の過去干渉の場合は、タイムマシンなどを用いて行われるため、それがそのまま平行世界移動のためのツールとして扱われるわけなのだが……。

 先ほど述べた通り、タイムリープのような『意識の遡行』は物理的な変化をもたらさない以上、他の平行世界を生むような結果にはならないはずなのである。

 いわゆる歴史の修正力というものによって、本来の自身が居た時間軸においては、微細な変化(意識による改変)は(それが余程短期間に大きく変化したとかでない限りは)平均化され元に戻ってしまっているはずだ。

 

 つまり、実際にその身を以て時間移動でもしない限り、人が為し得る平行世界への移動というものは、あくまで微細な差異に収まる場所にしか到達し得ないのである。

 ──そこに目的とする場所の予想図(移動するための地図)と、それを為す能力・機械(乗り物)が存在しない以上は。

 

 

「その点、世界線移動は干渉と移動が結果的にワンセットになっている。望んだ結果にたどり着くのに掛かる労力の点では、普通の平行世界移動と大差ない……どころか多いように見えるけど。その実、()()()()()()()()()()()()()()()()()()においては、通常の平行世界移動よりも遥かに高度な移動をしている……という風にみることもできる」

「……話がよくわからなくなってきたんだが、つまりなにが言いたいんだ?」

 

 

 首を傾げるオグリに、私は小さく笑みを返す。

 長々と語ったが、結局言いたいことは一つだけ。

 これを語るだけで、今起きている異常というものはすぐに理解ができる。……理解するための前段階として、さっきまでの話が必要だったという面もなくはないのだが。

 

 ともかく、私はその重要な一言を、ゆっくりと自身の口から吐き出すのであった。

 

 

「いるはずの人間が、いない。いないはずの人間が、いる。……メンバーがおかしくなってるのよ、今の私達」*6

 

 

 

 

 

 

「……はぁ?」

「本来ここに居たのは、私・マシュ・BBちゃん・オグリ・タマモ・パイセン・シャナ・ゆかりさん。今ここに居るクリスに関しては、いつの間にか増えていた」

「ふむ……それはまた、お誂え向きというか」

「まぁ、皮肉感はあるよね。クリスの居る居ないが話に組み込まれてるってのは」

 

 

 困惑の言葉を漏らすパイセンに、指折り数えながら、本来ここに居るべき存在を口に出していく私。

 現状と照らし合わせるのなら、タマモとゆかりさんが居ないということになり、その代わりにクリスがいる、という形になる。

 そして、そのことに皆は気付いていない。

 

 ……これが、今の状況が『世界線の移動』に近いものだとする理由の一つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 実際、私も違和感を覚えていなければわからなかっただろう。

 

 

「えと、せんぱいはリーディング・シュタイナー持ちだったと?」

「あれは普通の人でも起こり得るみたいな話だったけど……私の場合は種族特性、かな?まぁ、そのあたりはややこしいんで単にリーディング・シュタイナー持ちだった、ってことで納得してくれてもいいけど。実際、今は理由に気付いたから思い出せてるけど、さっきまでなんとなーくぼんやりとしか、前の状態のことは認識できてなかったし」

「は、はぁ……?」

 

 

 このあたり、パイセンも認識できても良さそうなのだが……単純な時間()軸の移動ではなく、違う世界()への移動も含まれた形だったのが、彼女の認知の外に外れた原因だろう。

 彼女は過去と未来を問わない存在だが、流石に隣の世界には歩いては行けないタイプの人だし。

 

 

「多分だけど、このあたり一帯がなにかしらの結界みたいなのに覆われていて、その中だけ猫箱みたいになってる(可能性の数が異常になっている)んじゃないかな?で、その可能性の間で求める結果──正解にたどり付かない場合に、意識などを全部リセットして他の可能性世界にピントを合わせ直している、みたいな」*7

「……抽象的すぎて全くわからないんだけど?」

「あー、マシュはわかる?」

「えっと、つまりこの場所では正解ルートにたどり着くために、何者かがずっとセーブのロードとリセットを繰り返している、みたいな感じでしょうか?」

「付け加えるのなら、望む結果にたどり着くために、リセットの度に前提条件──交遊関係・パーティメンバーなんかも毎回シャッフルしてる……ってところかしら」

 

 

 マシュは相変わらず理解力が素晴らしいなぁ、などと思いつつ、改めて情報を整理してみる。

 

 起点は私達がここに来てから。より明確にするのなら、れんげちゃん及び()()()()()()()()()()()()()との出会いだろう。

 そこから、なにかしらのクリア条件が達成されなかった場合に、日が暮れたタイミングで全部のリセットが掛かる。

 

 この()()というのが曲者で、文字通り全部リセットされているらしい。

 時間の経過までリセットしているのでわかり辛いが、恐らくは結界内の因果は重ね合わせ──観測が確定するまで因果として決定していない状態になっているのだと思われる。

 ()()()()()()()ため、時間の流れも特定条件で巻き戻せてしまう、という感じだろう。

 物理法則の上では無茶にも程がある話だが、波動関数が収束しない(可能性が無限大)のであるとすれば、できないこともあるまい。

 

 

「いや、それどんだけの力が必要なのよ。無理があるでしょ無理が」

「私達が箱の中に居るからややこしいことになってるけど、単に『プレゼントボックスの中身は、確かめるまでなにが入っているかわからない』を前提とするのなら、そんなに無茶苦茶な話でもないんだよ、これ」

「さっきの猫箱──シュレディンガーの話ね。観測者が実際に確かめるまで、中身の状態は確定していないとみなすこともできる……っていう」

「……うみねことかひぐらしっぽい話になってきたな」

 

 

 なお、掛かる労力が大きすぎるという面から、パイセンのツッコミが飛んできたが……今この場所での行動が、因果的にはまだ確定していない状況になっているのだと仮定すれば、そこまで労力は掛からないと見積もることができるので、多分想像してるほど無茶苦茶な話でもないはず……と私は声を返す。

 言ってしまえば、現状はまだ()()()()なのである。それを外界に漏らさない限り、それは物理的な変化をもたらさない。

 もうちょっとわかりやすく言うのなら……遊戯王の対象を取る・取らないみたいな感じかな?

 

 『対象を取る効果』は、発動時点でなにを対象にするのかを決める必要があり、それゆえに対象が居なくなると効果が不発になる。

 つまり、結果を先に決めて動くせいで、結果を覆されると発動したこと自体が無効化される。

 対し、『対象を取らない効果』は、発動時点ではなにを対象にするのかは決まっていない。

 ゆえに、なんとなく頭の中では、なにに対して効果を発動するかを決めていたとしても。仮決めの対象がいなくなった時には、それを確認してから他の対象を選択しなおすことができる。

 

 『手札を一枚捨てさせる』ことを目的とする場合、例えば前者は左端のカードを選択した時点で、それ以外のカードを選択することは出来なくなっており、故に左端のカードが(なんらかの手段で)先になくなってしまうと、『手札を一枚捨てさせる』という目的を果たせなくなる。

 どうしても手札を一枚捨てさせたいのなら、また新しいカードを使う必要があるだろう。

 

 後者の場合、決まっているのは『カードを一枚捨てさせる』ことだけであり、ゆえに最初に左端のカードを選び、それが他の手段によって手札からなくなったとしても、改めて別のカードを捨てさせるように選ぶことができる。

 

 今の状況は、まさに後者。

 対象を取らない(可能性が無数にある)ために、目的を達するために必要なカード(労力)一枚(少ないもの)で済む。

 対象を取る(まともな方法)では、似たような状況を作り出すのに必要な手札(労力)というものは、莫大な数になっていくだろうが。

 猫箱の中──可能性が無数にあり、一つに収束していない状況下であれば、それを維持するのに必要な労力というものは、少なく済んでしまうのである。

 

 ……まぁ、現実では猫箱を用意することができないので、机上の空論以外のなにものでもないのだが。

 

 

「まぁ、それがわかったところで、なんか今が凄いことになってる、みたいな感想しか抱けない訳なんだけどね」

 

 

 あと、理由がわかったところで答えに繋がるわけではないです、と言ったらみんながずっこけた。

 ……まぁ、仕方ないね。

 

 

*1
『Steins;Gate』内での用語。綴りは『Reading Steiner』であり、英語の『読み取る』とドイツ語の『石をするもの(Stein + er)』。英語とドイツ語が混じっていることからわかる通り、完全な造語。世界線の移動が起きた際に、以前の世界線を記憶しておける技能(正確には、本来上書きされるのが普通である記憶がちゃんと上書きされない、という疾患にあたる)

*2
近年の研究結果では、仮に過去に戻って親を殺そうとしても、さまざまな要因によって『結局死なない』とされる。感覚的には『ジョジョの奇妙な冒険』の第五部のボスが、ポルナレフを殺そうとして失敗している……みたいなものが近いだろうか(実際に死んでいるようにしか見えない状態にまでは追い込めるが、その実死んではいない……みたいな感じに乗り切られるとかなんとか。そうでなくともそもそも危害を加えられない、などの妨害が発生するだろうとされている)

*3
『Steins;Gate』における世界線の考え方は、可能性が重ね合わせの状態で存在しているが、あくまで可能性であり実際に観測されているメインの世界以外はそもそも存在していない、というもの

*4
例はどちらも『Steins;Gate』の作中の描写から。誰がそうなったのかは、一応ネタバレなので伏せておく

*5
『波動関数の収縮』と呼ばれるもの。昔は収束と表記されていたような気がするのだが、今は収縮で統一されているようだ。基本的には量子力学の用語。『電子や原子の位置は、観測するまで確率として示される』という形で使用される波動関数が、観測と同時に値が一つに定まる(=収縮する)ことを指す言葉。創作では基本的に確率が一つの答えに纏まる、というような意味で使われる

*6
『ひぐらしのなく頃に』の紹介文に使われているフレーズから。作中ではホラーめいた描写をされているが、実際はほとんど人為的なものであった

*7
『うみねこのなく頃に』などで登場する単語。シュレディンガーの猫の思考実験において、猫が入れられている『外からでは中身を観測できない箱』のこと。外から観測できないため、中身がどうなっているかは未知数となる



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幕間・(千里から)みつめてナイト

「……さっきまでの長い解説の意味はっ!?」

「いやー、情報整理のため以上の意味はない、というか?」

 

 

 世にも珍しい、ギャグっぽい顔で迫ってくるシャナという不思議物体を宥め賺しつつ、苦笑を浮かべる私。

 小難しい理論とか話とか、あれこれ語ったけれども。

 まぁ、毎度の如く現状の理解に役立ったというだけで、現状の解決の方には至らないというかなんというか。

 

 

「そもそもの話、『運命探知擬き(デミ・リーディング・シュタイナー)』が現在使えるのが私だけ、って時点で……ねぇ?」

「それが使える理由は種族特性的なもの、って言ってたっけ?……つまり、大前提として今の状況を作った何者かは、この状態の解決を望んではいない……ってことになるものね」

「……む?何故そうなるんだ?」

 

 

 私とクリスの言葉に、オグリが首を傾げる。

 まぁ、理屈の面での話はさっきまで散々していたが、理由についての面は然程重視していなかったので、仕方ないといえば仕方ないのだが。

 なので、二人で顔を見合わせたあと、そのあたりの説明に移るのだった。

 

 

「箱の内部でならなんでもできる、とは言うけれど。それでも、箱の創造者の()()()()()()()()()はあるのよ」*1

「文字通りの無限の可能性を発揮できるのなら、それこそ一発で求める答えにたどり着くはずだからね」

『なるほど、月での私みたいなもの、ということですね?』

「つ、月?」

「BBさんは元々月の管理AIのお一人でしたから。そこでのご活躍?……を、今回は仰っているのだと思われます」

『ん、んー。マシュさんにそのあたりを語られるのはむず痒いのですが……まぁつまり、仮に無限の試行回数を、時間の軛から逃れた場所で奮えるとしたら。それはつまり、外から見ると一回で成功した、というのと近しい結果になるのです。ですから、それは因果となり、決定事項となり、覆すことのできない未来となる。変えられるのは、それが過ぎ去った後のことだけ、ということになるわけなのです!』

「う、うん……?」

『……ぶっちゃけると、やり方と目的地が見付かっているのなら、たどり着けないはずがない、みたいな感じですね。もはや急行で直行、みたいな?』

「練習で二キロ走るのと競馬場で二キロ走るのの違い、みたいな感じかしら?前者はコースの内容が無数に考えられるけど、後者はコースに関しては予め決まってるでしょ?……条件を付け加えるとしたら、『特定の行程を含むコースを走りなさい』と言われて、特定のコースを走るまでを競う状況……みたいな?」

 

 

 みんながどうにかしてオグリに理解させようと頑張っているのを見て、思わず苦笑する。

 

 クリスの例を元にするのなら、『一つのコースの中で二度進行方向を反転させ、かつスタートとゴールが同じになるように走れ』、みたいな指令を与えられたとして、それを満たせる場所を探すと考える時の話……ということになるだろうか。

 

 普通の試行作業では、まず条件に見合う場所を探すことから始めることになるが、無限の試行回数を行使できる状況では、要するに『考え付くすべてのコースのレイアウト』が、最初から頭の中にあるもの……として扱うことができる。

 前者は指令が指しているものの具体例がわからないので、虱潰しに条件を満たせる場所を探す羽目になるが、後者はそれが競馬場のような、なにかしらのレースのトラックを指していると()()()()()()()()()()()理解することができる。

 ゆえに、後者はまるで()()()()()()()()()()()()()()振る舞うことができる。……実際には、()()()()()()()()()()()選択肢を例示されて、その中から選んでいるだけに過ぎないのだが。

 

 なお、この例で言うと『選択肢も無い状態から、なんにも見ないで答えを当てる』ようなもの達が、アンサートーカーのようないわゆる看破系──()()()()()()()()()タイプの能力者達である。*2

 

 

「……普通にクイズ番組で答えを探す時に、問題について詳しくないのが通常の試行作業、詳しいのが無限の試行作業って説明じゃダメなの?」

「その場合だと無限の方は『アカシックレコード並になんでも知ってる』って風になるかな。単なる知識自慢は、言ってしまえば通常の試行作業の延長でしかないしね」*3

「……無限ってめんどくさいわね」

 

 

 こちらの解説に、シャナがうんざりしたような声をあげる。

 ……まぁ、無限という概念がめんどくさい、というのは同意。

 根本的に数字ではないので、そこら辺の論理を適応するとわけわからないことになるし。*4

 

 

「到達不能基数とかまで行くと、最早なにがなにやらって感じになるしね」

「……それは一体なんなの?」

「無限を無限個集めても到達しない大きすぎる数」

「!?」

 

 

 なお、BBちゃんが月で行った所業は、単純な加算ではたどり着けないこの到達不能基数にたどり着いた、みたいな感じだったりする。まぁ、厳密には違うけど。*5

 

 

 

 

 

 

「えーと、無限云々の話はこれくらいにして。さっきの例で言うなら、例え無限の選択肢を集めても、()()()()()()()()()()()()()()()答えにはたどり着けない。ゆえに、答えを持つものを外から招き入れている……って風に考えられるってのが、普通の考え」

「……まぁ、道理よね。無限に繰り返してたどり着けないのなら、別のやり方を試す必要があるっていうのは」

「そう、その考え方が間違いなんだよ」

「……は?」

 

 

 改めて話を戻し。

 何故、この現象を起こしている人物が、この現象の解決を願っていないのか、という部分に話は戻る。

 先ほどから述べている通り、無限回試行作業ができるのなら、本来ゴールにはたどり着けていない方がおかしい。

 ゆえに、その試行作業の中にゴールが含まれておらず、だから外からゴールを知っているもの・ゴールに届き得るものを招き入れた……というのが、当初の予測であった。

 が、だとするとおかしい点が存在する。

 

 

()()()()()()()()()()()、中に居る者達の記憶や状態は、ループの度にリセット──正確には再構築されている」

「……あ、なるほど!()()()()()()()()()()()()()というのが正常な挙動である以上、そもそもに現状を打破するという目的意識自体が、()()()()()()()()()()()()のですね!?」

「マシュビンゴ!」

 

 

 クリスからの再三の確認により、ついにマシュがそこに気付いたため、内心で喝采をあげる私。やはり……天才か。*6

 

 彼女の言う通り、この場所ではループしていることに()()()()()()のが、普通の挙動なのである。

 ……構成メンバーが変動していることにすら気付かないレベルの、あまりにも粛然としたリセット作業。

 仮に、この現象を解決して欲しいと願っているのなら、これはあまりにもおかしい。

 バグってループから抜け出せなくなったどこかの村*7じゃないんだから、普通は抜け出せるように前のループの記憶を保持できるようにするとか、誰かにそこら辺を思い出せるような仕掛けをするとか、そういう補助を差し込んでしかるべきなのだ、本来であれば。

 

 なお、現実は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私が、些細な違和感からそこに気が付いた……という形になっている。

 ループさせる技能だけを持っている……みたいなパターンでもない限り、ここから導き出される、この異変の首謀者の考えは一つきりだろう。

 

 

「──端から解決させる気がない。ループさせることが主目的であって、ループから解放するつもりがない、って風に考えるのが自然ってわけ」

「なん……だと……?」

 

 

 私の言葉に、オグリが唖然としたような声をあげる。

 他のみんなも、険しい表情をしたものがほとんど。……なにせ、彼女達はあくまで『私からその可能性を聞いただけ』。

 ループしている実感もない以上、現状がその予測通りであった時に、手の出しようがないことに気付いてしまったからだ。

 

 

「……そういえば、シャナは『ここは断ち切るべきではない』と言っていたな?」

「ええ、そうね。──脅迫ではなく、助言。さっきのキーアの台詞がホントなら、これはおかしいんじゃない?」

 

 

 そんな中、オグリが思い出したようにシャナの方を見詰め、声をあげた。

 内容は、シャナが贄殿遮那を使おうとして、結局それを止めた時の話。

 この異変の首謀者が解決を望んでいないのであれば、そこにはある程度の悪意が混じっていて然るべきだが……。

 

 

「それについてなんだけど……多分、ループさせてる人物と、この結界を作った人物は別、なんじゃないかなって」

「はぁ?」

 

 

 それに関しては、この異変が()()()()()()()のではないか、と考えることで解決できる。

 唐突に現れた複数犯説に、パイセンがわけがわからない、とばかりに声をあげるが……。

 

 

「……なるほど、そこで私の存在、ってわけね?」

「それと家の中かな。現状の首謀者の動機を考えるに、必要性が薄いし」

「いや、二人で納得してなくていいから、話しなさいよ!」

「あ、ごめんごめん」

 

 

 視線を動かした先にいるのは、クリス。

 記憶を精査した結果、途中からいきなり加わっていた人物が彼女である。

 途中から加わったのだから、私達に不和でも起こさせるための人員かと思わなくもないのだが……実際は、彼女は原作の彼女と同じように*8、事態の解決に手を貸してくれる人物となっている。

 

 

「ここから察するに、彼女はいわゆるお助けキャラみたいなもんでしょう。……突然出てきた理由とかには一考の余地があるけど、ともかくこちらの味方、というのは間違いないと思う」

「だからこそ、私の存在自体が複数の人間の関与を示してる、ってわけ。だって、さっきの話を真実と仮定するのなら、事態の収拾なんて求めるはずがないんだから」

「同じ要領で、家の中の迷宮染みたモノも、多分別人の関与だと思う。だって、ほっとけばなんにも疑問に思わないまま、ずっと永遠の一日に囚われてくれるのに、わざわざ疑念を抱くようなモノを設置する意味なんてないんだし」

 

 

 思い起こすのは、自身の記憶の内で現状一番古いもの。

 子細なやり取りはちょっと思い出せないものの、特に異変も起きることなく、単に遊んで単に帰ろうとしていたような気がする。

 その時は家の中には踏み込んでいないため、中がどうなっていたのかはわからないが……もし仮に、中の様子が今と同じだったとするのなら……その時点で、私達はこの場所の異様さに気付いていたことだろう。

 

 つまり、この閉鎖環境の中でループし続けるのにあたり、あのバイオめいた家の中の様相は、正直言って邪魔以外の何物でもないのである。

 ほっとけば永遠ときらら枠みたいになっている*9ところを、わざわざホラーとかグロとか突っ込んで『いなかぐらし!』みたいな感じにする必要は、一切無いのである。*10

 

 

「そもそもに、マーリンが手助けしてくれてるしね。複数人関与なのは、最初っから決まってたんだよ」

「……そういえば、なんでアイツここにも干渉できてんの?ここ、可能性の坩堝(るつぼ)的な場所なんでしょ?」

 

 

 ついでに、お節介焼きの夢魔が手伝ってくれていることを告げると、パイセンから怪訝そうな声が返ってきた。

 確かに、この場所は(予想が正しければ)猫箱の中。

 可能性が渾然と漂っており、本来であれば手助けなんてできるはずもないのだけれど……。

 

 

「マーリンの千里眼は()()()()()()()()()()()。要するに、今のこの場所は複数の世界が重なって見えてる(うわぁ、なんだかすごいことになってるぞ)んじゃないかな。……で、仕方ないから『おばあちゃんは家捜しする時必ず眠る』みたいな条件で、かなり大雑把な手助けに留まっている……と」

「な、なるほど……」

 

 

 それ以上の大がかりな干渉は、下手すると世界線の固定を招きかねないだろうし……と、今も理想郷からこちらを覗いているのだろう、暇な大魔術師の思考を予測する私なのであった。

 

 

*1
なんでも叶える願望機(聖杯)も、あくまで実現の為の過程を省略するだけであり、そこにたどり着く為の地図に関してはこちらで用意しなければならない、という考え方。『fate/zero』での衛宮切嗣や、『fate/apocrypha』のシロウ・コトミネなどが同じ問題に直面した。あくまで『物事を叶える力』でしかない聖杯だからこその問題であり、『ドラゴンボール』の神龍などでは起こり得ない問題ではある……が、あちらはあちらで『神龍自身の力が及ぶ範囲』という限界があるため、どちらがマシかは叶える願いにもよると思われる

*2
『金色のガッシュ!!』に登場する能力、『答えを出す者』とも表記される。所有者は主人公である高嶺清麿、及びデュフォー。答えが存在するモノであれば、なんでも答えを出すことができる異能。……一応、自身の能力によって出せる答えに限界があるらしいので、本当の意味で万能、というわけではない。所持者達の基礎能力の高さが、この能力を万能足らしめているわけである。……なお、誰かの行動を読む場合、その行動を取る理由、及び過程については察せられない。あくまで答えがわかるだけなので、場合によっては片手落ちになる可能性もある。能力の組み立て方的に、『予測』の未来視に近いとも言える

*3
『アカシャ年代記』などとも呼ばれる、万象が記されているとされる世界記録の概念。近代神智学の祖、ブラヴァツキー夫人が口にした『アーカーシャーの記録』が世界で一番最初にこの概念に触れたものである、などと言われている。近似概念は様々な創作に登場する為、聞いたことのある人は多いのではないだろうか

*4
わかりやすいのはゼロ除算。本来割り算をする時、数値が小さければ小さいほど答えは大きな数になる……が、これを踏まえてゼロ除算をした時の答えが無限になる(『1÷0=∞』)、とすると、逆数の法則により『0×∞=1』が成り立ってしまう。これを発展させると『(0×∞)+(0×∞)=2』となり、式を整理すると『(0+0)×∞=2』→『0×∞=2』になる。カズガフエテル!?因みに、計算の手法を変えると『0=∞』なんて意☆味☆不☆明な答えも出てきたりする。なので、『0÷0=X』は答え()定まらず(不定)、『N÷0=X』は答えを出せない(不能)、ということになる。無限を使った計算の時も似たようなことになる(無限は(濃度の概念を導入しない限り)全て等価であるため、∞=2×∞なども成り立つため、下手に数式に組み込むと破綻する)

*5
『到達不能基数』とは、単純な集合演算ではたどり着けない巨大数のこと。意味がわからない?基本的には単純な計算ではたどり着かない数、とでも思えばよろしい。なお、この『到達不能基数』にも『弱到達不能基数』と『強到達不能基数』という区分があったりする。基本的に『無限を無限個集めて』の論理を応用してさらに巨大数が作れてしまうため、数学においてはこれ以上の数値を論議するのはナンセンス、ということになっているが、『強到達不能基数を強到達不能基数個集めた数より大きく、かつそれではたどり着けない数』というモノも考えられはする(証明できるかは別)。BBちゃんがやったのは、この『単純な加算ではたどり着けない』はずの場所に、無茶苦茶やってたどり着いた、という風にも言うことができるため、似ていると表記

*6
元々は『テニスの王子様』での不二周助に対しての批評。それを『NARUTO』のペイン天道が発した台詞としてコラにしたものが広まり、有名になったという形。なので本来は『言ってない台詞』の区分なのだが、公式LINEスタンプに採用されたりしているため、『NARUTO』そのもののコラ適性の高さを感じざるを得なかったり。似たようなものに、『パズル&ドラゴンズ』の『BLEACH』コラボに登場した石田雨竜のリーダースキル名『クラスのみんなには内緒だよ』(本来は『魔法少女まどか☆マギカ』の鹿目まどかの台詞、後に修正)、『Jスターズビクトリーバーサス』のギャラリーモードで収録された『ONE PIECE』モンキー・D・ルフィの台詞『何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ!』(本来は『ツギハギ漂流作家』の主人公・吉備真備の台詞。後のアップデートで削除)などがあげられる。……ジャンプ作品ばっかりなのは何故なのか

*7
『ひぐらしのなく頃に』……ではなく、『うみねこのなく頃に』の方。とある存在がある少女をロジックエラーを起こしたゲームに放置した、という話から。結果、その少女は奇跡のような出目を求めてひたすらにそのゲームを繰り返し、結果としてその奇跡を掴み──奇跡の魔女、『フレデリカ・ベルンカステル』となった

*8
『Steins;Gate』での彼女の中盤の役割。もう一人のヒロインの死……という結末を回避するために、彼女は主人公である岡部倫太郎に力を貸すのだが……その果てに、岡部はとある現実に直面することになるのだった

*9
いわゆる『日常系』の呼び方の一つ。『まんがタイムきらら』系列出身のアニメが、主に少女達の日常を描くものであったことから、癒しを求める者達に挙って支持された。なお、時々罠が居たりする(後述の『がっこうぐらし!』など)

*10
『まんがタイムきららフォワード』で連載されていた『がっこうぐらし!』を元ネタとしたもの。きらら連載枠であり、キャラデザも可愛らしいため、日常系を求めた者達が集まってきたのだが……燦然と輝く『原作:海法紀光(()()()()()())』(『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本・原作者の一人である虚淵玄(うろぶちげん)が取締役をやっている会社)の文字に、色々と察したとか



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幕間・できることとできないこと

「複数人の関与がほぼ確定的となった訳ですが……これから、どうされるのですか?」

「うーん、話してる内にそろそろタイムリミットだろうし、今回は行動目標を立てただけで終わり、かなぁ」

 

 

 長々とした話も終わり、マシュが小走りに近寄ってくる。

 日が暮れてどれくらいでループの終端となるのか、今のところはっきりとしたことはわからないが。

 とりあえず、あと何時間も猶予がある……というようなことがないのは確かだろう。

 

 今回の議論の内容などは、あくまで私の脳内にしか残らないが、だからこそ忘れないように気を付けなければなるまい。

 

 

「……?全部覚えてるってわけじゃないの?」

擬き(デミ)って言ったでしょ。あっち(本物)はその世界線の記憶を参照できない代わりに、前の世界のことを覚えてるけど。私の場合はそこら辺、新しい世界の方の知識もキチンと保持してるから、前の世界を()()()()のにちょっと手間が掛かるのよ」

「……貴方がどういう生態なのか、ちょっと気になってきたんだが?」

「恐怖のマッドサイエンティスト的な面を発揮しなくていいから……」

「だだだ誰が岡部好き好き愛してるだあっ!!?」

「誰もそこまで言ってねぇ!!」

 

 

 自爆すな、とツッコミを返せば、冷静になったクリスは顔を赤くして俯いてしまった。……照れるなら自身の言動にもうちょっと気を付ければいいのに……。

 なんて、そんなことをぐだぐだ言っている内に、世界(視界)はまた反転(一巡)するのだった。

 

 

 

 

 

 

「なるほどなるほど。せやから、なんやいきなり機嫌悪うなったんやね、キミ」

「話が早くて助かりまーす」

 

 

 と、そんな感じのことを、今回のメンバー達にさっくりと共有した私である。……え、やり方?そりゃ勿論、言葉で説明してる暇が惜しいから、こう脳に直接ぷすっと、ね?

 

 

「……いきなりわけのわからない糸をぶっ刺すのはやめなさいよ、お前」

「糸じゃなくてエーテライト*1ですよ、パイセン。ついでに言うのなら、刺したのは()()()()()ですし」

 

 

 なお、補足を入れるならば、あくまで私の方に刺して、みんなに情報を読み取らせた、という方が正解である。

 突然自分の頭に極細の糸を突き刺し、その反対側をみんなに持たせようとしてくるのだから、正直恐怖映像感はなくもないなぁ……とは思ったけど、ついやっちゃったんだぜ☆

 

 

「ま、まぁそのおかげで、手間を省略できたんだからヨシとしませんか?」

「……まぁ、あれだけのことを口頭で、ってなると時間が掛かるのはわかるけど。だからって、唐突に奇行を見せられる方の身にもなってほしいんだが?」

「あっはっはっはっ。ごめんごめん。でもまぁ、話の信憑性の問題とかもあったしさ?」

「そりゃまぁ、そうだけど……」

 

 

 ぶちぶちと文句を言うクリスに、まぁまぁと宥めるように声を掛けるのは、さっきは居なかったゆかりさんである。

 ……同じように居なかったタマモも今は居るので、ちょうど姿が見えなくなった二人──オグリとBBちゃん(生身)と入れ替わり、ということなのだろうか。

 というか一切疑問に思ってなかったけど、さりげなくBBちゃん生身だったなアレ?

 

 

「ゆくゆくは電子の世界から物質化することを目標にしている……とは仰っていましたが、今はまだそのあたりの技術は確立していない、とも仰っていましたね」

「完成すればアグモンとか侑子も外に出られるようになるし、早めにお願いしたいところだね。……まぁ、侑子は外に出す時にはちょっと確認とかいるだろうけども」

 

 

 完成していないはずの技術が完成していた……という世界線に切り替わっていたのだろうか。

 今の私のスマホの中に、彼女の姿はないが……ふぅむ、居ないメンバーがどうなっているのか、というのはよくよく考えていかなければならないのかもしれない。

 

 

「と、言いますと?」

「完全に居ないのか、はたまたあっち()のどこかに閉じ込められているのか。……前者の場合、そのままの状態で脱出条件を満たすと、居ない人が()()()()()()()()……なんて弊害を起こしたりしそうだな、というか」

「それは……なんともゾッとしない話ですね」

「可能性の隙間に取り残されて消滅する……ってことになるからね」

 

 

 見ている限り、私とマシュ・パイセンとシャナに関しては変動がない感じだが……。

 それ以外のメンバーである、オグリとタマモ・ゆかりさんとBBちゃんに関しては、周回時に居なくなるパターンを確認している。

 認識している回数が少ないので、これから繰り返す度にメンバーの変動が激しくなる可能性もなくはないが……。

 この()()()()()、というものの範囲次第では、想定しているよりもめんどくさいことになりかねないわけである。

 

 全員がちゃんと揃った状態以外で、脱出に成功する……くらいならまぁ、最悪中に戻ればいいだけなので、まだ取り戻せる範囲だろうけども。

 仮に、このループの解消条件を満たしての脱出を行った時に、全員が揃っていないだなんてことになると……。

 猫箱の中である、というある種の万能性を捨てることになり、そのタイミングでのメンバーが世界に()()()()()()()()()()()()()()()と認識され、残された者は二度と会うことの叶わない相手になる……なんて可能性もあり得るわけで。

 そうなると、最早間接的な殺人である。検挙も立証もできない、完全犯罪の出来上がりだ。

 

 

「だからまぁ、家捜しの時には誰か閉じ込められてないか、逐一確認した方が良いって話になるわけ」

「……仮に見つからなかったら?」

「全員揃うまでリセマラです」*2

「うわぁ」

 

 

 ゆかりさんが、顔を青くして呟く。

 自身の意思とは無関係の場所で、いつの間にやら断頭台に立たされていたと知ったのだから、その恐ろしさはいかほどか。

 ……なお、その事をずっと()()()()()()()()()()()状態でループすると、もれなくほむらちゃんとか岡部とかの仲間入りである。そっちはそっちでご勘弁願いたい……。

 

 

「まぁともかく。やるべきことについてもわかってないし、とにかく手当たり次第に手掛かりを探していこう」

「では、引き続き家の中の探索、叶うのであれば他の方々の捜索。それから、れんげさんのお相手というわけですね」

「……それ、ほっとくわけにはいかないの?今のところ、なにか問題の起点になってるとは思えないんだけど」

 

 

 ともかく、使える時間はおよそ六時間前後。

 単に家捜しするのなら余裕があるはずだけど、生憎と探すのはバイオめいた仕掛けまみれの場所。

 全貌も明らかになっていない以上、RTAやTASのような華麗な攻略は不可能に近い。

 襲ってくる相手がいない……というわけではないみたいだけれど、それに関してはパイセンに引き寄せられていくみたいなので、心配は必要ないのだが、それを差し引いても中々にギリギリの時間設定だと思われる。

 なので、れんげちゃんの相手は別に構わないのでは?……という声がシャナからあがったのだけれど……。

 

 

()()()()()()()()()のなら、れんげちゃんは攻略条件の一つだと思う。彼女自身がなにも知らなくても、彼女の周りになにかあるって可能性は高いから、放置はちょっと悪手かな」

「……まぁ、ちゃんと考えてるっていうのなら、私から言うべきことはもうないわ。それで、私は探索側でいいの?」

「……んー。そこに関してはノー、かなぁ」

「はぁ?」

 

 

 れんげちゃんがこの異変の中心部に居るのは、ほぼ間違いないと思われる。

 ……それを踏まえると、彼女から()()()()()()()()()()()()()()シャナは、前回と違って残って貰った方がいい、ということになるわけで。

 なので、彼女には居残りして貰いたいと遠回しに伝えたところ、彼女は突然しどろもどろになって、首を左右に振り始めたのだった。

 

 

「む、むむむむ無理!絶対無理!!」

「おや、子供は苦手かね?」

「そうよ悪いっ?!……いやその、これはシャナ()がそうだってことじゃなくて……」

「ほう、珍しいな炎の娘。お前にも、苦手と言うものがあったのか」

「シャナとしてじゃないって言ってるでしょっ!?」

 

 

 珍しく取り乱すシャナと、珍しくニヤニヤ笑っているパイセン。

 ……キャラが近しい二人だが、こうなると似ているとはとても言えたものではない感じである。

 

 ともあれ、シャナが子供が苦手、というのはちょっと意外と言うか。

 原作にはそういう描写は無かった……というか、そもそも子供と関わる場面自体がほとんど無かったような気がするので、珍しいことにこれは彼女の中の人の反応、ということになるのだろう。

 基本的に中の人が見えることのない、レベル5区分の彼女の意外な姿に、ちょっと呆気に取られてしまうが……うーむ、そうなると困ってしまう。

 

 

「シャナって先代の『騎士団(ナイツ)』って使えないよね?」*3

「そ、そりゃ使えないけど……」

「じゃあうん、無理だわ」

「なんで!?」

「だって、シャナのポジションを代替できるの私だけだけど、シャナは私の代替できないんだもの」

「はぁ!?喧嘩売ってるんなら買うけど!?」

「売ってない売ってない……私は基本運用がコピー能力者のそれだから、誰のポジションでも……効率は落ちるとしても代わったりできるけど、他の人が私の代わりをしようとすると、やらなきゃいけないことが多過ぎて持たんのよ。今回だと探索時に私、多重影分身とか使ってるからね?」

「……なん……ですって……!?」

 

 

 私の技能は、()()()()()コピーに留まる。

 再現度の仕様からして、投影みたいにランクダウンするから組み合わせて使っている……というのが基本で、例に出した多重影分身だって、純粋にそれだけを使用しているわけではなく、似たような分身技能を重ねて使う……という形で無理矢理実用圏内に押し上げているものである。

 ……いやまぁ、組み合わせてであれ、実用範囲に持ってこれてるあたり、大概おかしいのは百も承知だけども。

 ともあれ、実際に私が支払っている労力の面を無視すれば、基本的に万能プレイヤー扱い、というのが私のポジションとなる。

 

 なので、普通の……っていうと語弊があるけど、言ってしまえば一つのキャラに特化し(なりきっ)ている他の人が、私の役割を務めようとすると、手数とかの面から無理が出てくるのである。

 今回に関しては、彼女が先代『炎髪灼眼の討ち手』の固有の自在法『騎士団(ナイツ)』を使えるのであれば、容易に代わりが務まる分、わりと簡単な案件だったのだが……まぁ、無い物ねだりをしても仕方ないと言うか。

 

 

「器用貧乏の凄いやつ……ってのが私だからね。だから、別に喧嘩とか売ってるわけじゃないんだよ、ホント」

「ぬ、ぬぐぐぐぐ……」

 

 

 そう語ったところ、シャナはなんとも言えない表情で唸っていた。

 今回の場合、必要なのは『れんげちゃんから目を離さない』ことと、『家捜しのための人手の確保』。

 前者はシャナの『審判』で賄えるが、後者はシャナの取れる手段だと天目一個の召喚くらい。*4

 ……下手すると、彼の顕現そのものがこの結界の破綻を招きかねないので、あまり取りたい手でもない。

 

 ゆえに、シャナにはれんげちゃんを見ていてほしい、ということになるのだった。……それに関しても、私を除けばシャナにしかできないからね。

 

 

「まぁ、私も残ってやるわよ。子供の相手くらいなら、別に問題もないでしょうし」

「おー、ぐっちゃんが残ってくれるん?」

「そうよ、せいぜい敬いなさい子供」

 

「……不安はなくもないけど、まぁパイセンは面倒見もいいし、大丈夫かな?」

「では、代わりに私が探索に同行するということで宜しいでしょうか?」

「私は変わらず居残りね。探索とかみたいな力仕事には向いてないし」

「じゃあ、ウチは探索やな。なんや襲ってきても、ウマの足に追い付けるようなものもおらんやろ」

「私も探索ですかね。最悪ゾンビ相手ならチェーンソーでも使えばいいですし」

(持ってるんだ、チェーンソー……)*5

 

 

 結果、パイセンとシャナ、それからクリスを残し、他のみんなで家の中を探すことになったのだった。

 

 そうして中に入り、いざ探索を始めようと分身しようとして、

 

 

「──後輩、私死んだわ」

「…………は?」

 

 

 いきなり地面から生えてきたパイセンの姿を見て、また視界(世界)一巡(反転)した。

 

 

*1
『MELTY BLOOD』より、キャラクターの一人であるシオン・エルトナム・アトラシアの使う糸のようなアイテム。エーテルで作られた特殊なモノフィラメント、疑似神経であり、武器に使ったり相手の脳に刺してその情報を読み取ったりなど、様々な用途に使える彼女の武装。なお、相手の脳の情報を読み取る為には高度な取り扱いが必要となるため、これさえあれば誰でも真似できる技術、というわけではない。fgoのシオンは、これを使わなかったことも一因として、他の作品の彼女と性格がかなり違ったものになっているのだとか

*2
『リセットマラソン』の略。ソーシャルゲームは基本無料を謳っているが、原則的には課金しなければ手に入らないキャラなどの存在により、最終的に課金をさせようとしてくる。それと合わせ、ゲームを始めたばかりの初心者には、ある程度ゲームを楽しむ──トップ層に追い付けるように、有料キャラを無料で手に入れる機会を用意していることがある。これを利用して、出来うる限り有利な状況でゲームを開始できるように、無料で貰えるガチャを何度も引き直す……ために、アカウントを削除するなどして初心者ガチャを回し続けること。文字通り、ゲームを()()()()して、目的のキャラやアイテムを手に入れるまで同じ作業を()()()()のように続ける、という意味。なお、初心者ガチャが豪華すぎると、リアルマネートレード業者の標的にされることもあるため、意外と調整の難しい部分だったりする

*3
『灼眼のシャナ』における先代の『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメールの得意とする自在法の名前。紅蓮の焔で構成された軍隊を顕現させる、とても強力な技能。軍隊とは言うものの、獣や武器だけ、はたまた破城槌まで顕現させられる上、そもそも軍隊状態でも一体一体が並のフレイムヘイズと同等とかいう、無茶苦茶な性能と汎用性を誇る

*4
『灼眼のシャナ』におけるミステスと呼ばれる存在の一つ。『史上最悪の“ミステス”』『化け物トーチ』『“紅世”に仇なすモノ』等と呼ばれ恐れられた存在。贄殿遮那を造り上げた鍛治士が変じたものであり、そちらの特性(自在法無効)を引き継いだ上に気配を持たず、自身に最低限の封絶を貼った上で戒禁まで掛かっている為、『物理でしか勝てない物理最強』みたいな災害染みた存在として世界を彷徨っていた。最終的にシャナの武器となるが、贄殿遮那の中に彼は未だ存在しているらしく、彼女の求めに応じて顕現したこともあった

*5
初音ミクにとってのネギのような、結月ゆかりの持ち物として有名なアイテム。和田たけあき氏の楽曲『サヨナラチェーンソー』がその元ネタとされる



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幕間・あちらを立てればこちらが立たず

「………は?」

「せ、せんぱい?いきなりどうなされたのですか?」

 

 

 意識が回帰したのを認識すると同時、その状況の意味不明さに思わず声が漏れた。

 想像以上に不機嫌めいた声だったらしく、傍らのマシュがこちらを心配そうに覗き込んでくるのだが……いやいや、いやいやいや?

 

 

「……わけがわからねぇ……」

「せんぱい!?しっかりしてくださいせんぱい!!」

 

 

 またなんか変なパターン引いたんだけど!?……と膝から崩れ落ちる私に、マシュの混乱は最高潮になっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「……そう。死んだのね、私」

「死んだのね、じゃないですよォーッ!!?理由は察せられなくもないですけど、こっちは頭ん中疑問符まみれだったんすよォーッ!!?」

 

 

 こちらからの解説を受けたにも関わらず、あんまりにもさっぱりとしたパイセンの様子に、思わず大声をあげてしまう私。

 対する他のみんな(今回はシャナとタマモが居なかった)も、反応としては困惑を感じている者がほとんどだった。

 そりゃまぁ、そうなるだろうなとしか言えないわけだが。

 普通は死んだら終わりでその先はなし。……にも関わらず、平気でドカンドカンと爆散する彼女の気持ちなど、一般人にはわかるわきゃねーのである。

 

 ともあれ、文句を言いたいのは彼女に対してもだが……ここに居ない二人、特にシャナに対しても(半ば理不尽だけど)言いたいことがあるというのは否めないだろう。

 なにせ、ループし(こうなっ)た理由は(なんとなく)わかるけど、今ここに彼女が居ないせいで、完全に同じ状況で確認できないのがとても痛いのだから!

 

 

「って言うと……同じ人員を、同じ場所に配置したかった……ってこと?」

「その通り。……シャナが居ないから今回は捨て周回だよ、ちくせう……」*1

「え、えと。何故今回は、捨て周回ということになるのでしょうか?」

 

 

 勝手に話を進めていく私とクリスの様子に、おずおずと右手を上げながら、マシュが控えめな質問を繰り出してくる。

 ……んー、マシュ相手にこれを言うのはとても憚られるのだけれど……まぁ、仕方ないか。

 密かに意を決しつつ、努めて軽い調子で、私はこれからの予定を彼女に告げる。

 

 

「マシュ」

「は、はい!」

「──私、死ぬわ」

「はい!…………はい?」

「正確には()()()()()()()()()、って感じだけど。十中八九、私も死んでループすると思う」

「は、はぁ!?ななななんでそんなことになるんですかっ!?」

「いやまぁ、確かめた結果、疑惑が確かなものとして確定したら話すけど。……今のところは99.9%そうなる、ってことで納得しといて」*2

「えええええ!?」

 

 

 ……うん、こうなるから言いたくなかったんだけど。

 

 案の定、マシュはこちらの宣言に大慌て。

 自殺というか他殺というか、ともかく自身の死をとてつもなく軽ーく告げる私の姿というのは、守護を司るシールダーである彼女にとって、とてもじゃないが看過できる話ではないことだろう。

 ……その姿を見ていると、つくづく()()()()については隠していて良かった、という気持ちにならざるを得ない。

 

 まぁ、その話は置いといて。

 これから起こることに対して、彼女の(余計な)介入があると、ちゃんとした確証や情報を得ることが叶わなくなる。なーのーでー。

 

 

「BBちゃん、後は頼んだ!」

『……はぁー。BBちゃんはぁー?別に都合の良い女、っていうわけではないんですけどぉー?』

「ぬぐっ、……う、埋め合わせはするから!この(とぉー)り!」

『───はぁい♡しっかり言質は取らさせて頂きましたので、覚悟しておいてくださいね、せ・ん・ぱ・い♡』

(……あ、やべ。早まったかも)

 

 

 こんな時は頼れるもう一人の後輩、BBちゃんに相談だー♪*3

 ……みたいな感じに、今回はスマホの中にいらっしゃったBBちゃんに救援を頼んだのだけれど。

 あれ、もしかしてまたやらかした感じかな、これ?

 

 ……虚数使いである彼女は、無かったことになったモノ(虚数事象)を記憶しておける可能性がある。*4

 それがつまりなにを意味するかと言うと、かの有名な、事象の狭間に立ち消えとなった『逆令プ事件』*5と違い、有耶無耶にすることができない相手かもしれない、ということで。

 

 

「……な、()()()()()()()()()()()ので、お手柔らかにお願いします……」

「ふふふふふ♡」

「意味深に笑うの止めてくんない!?」

 

 

 まぁ、うん。

 ───死んだな、私。(残念でもないし当然である)*6

 

 

 

 

 

 

 一時的なマインドコントロールを施すことで、マシュを連れていったBBちゃん。

 普通ならそういうの弾いてしまいそうなものだが、そこは流石の月の上級AI、上手いこと精神防御などの防壁を、躱し誤魔化しやり過ごして、見事にマシュの瞳から光を失わせることに成功したのだった。

 ……意志が消えてる、ないし封じられている時の目のハイライトが消えるって表現、一体誰がやりだしたんだろうね?*7

 こっちとしては、外部からも相手の状態がわかるので、ありがたい方ではあるのだけれども。

 

 ともあれ、『せんぱーい、行ってきますね~☆』とマシュの行動を操りながら、その左手に携えられたスマホから手を振ってくるBBちゃんと、それにドン引きしたような顔をしつつ付いていくオグリとゆかりさんを見送る私達。

 家の中に彼女達が消えていくのを最後まで眺めたのち、これから起こるであろうことに対し、一つ気合を入れる。

 

 

「おお、すごい気合なのん。お姉ちゃんからすさまじい力を感じるん」

「私も認識の上ではあったばかりだから、詳しいことはよく知らないんだけど。キーアさんって、結構強かったり?」

「強さを詐称してる、ってのが正解だよ、私の場合は。……依り集まって、自身を大きく見せる──スイミーみたいなもんさね」*8

「……今の子達、わかるのかしらね、それ」

「え、わかんねぇの今の子達!?ポケモンにもこれを元ネタにしたやついるじゃん!(いわし)モチーフの!」*9

「種類も豊富で栄養価も高いイワシが、魚偏に弱いなわけないでしょ。強いに書き直しなさい」

「どこの血を吸わない吸血鬼の閣下かな!?」*10

 

 

 なお、気合を入れようとしてぐだぐだしたのはご愛敬。

 精神コマンド一つ使うのに、SP消費が上昇しているかのような有り様ではあるが、これもまぁ私のさだめ、みたいなものなのだろう。*11

 

 

「おお……思わずむせてしまうのん」

「……え、最低野郎(ボトムズ)だったのれんげちゃん?」*12

「なにを言ってるんだこの幼女二人」

「お前も大概意味不明よ、中二病ツンデレ」

「私は中二病ではないんだが!?」

 

 

 なお、れんげちゃんも大概不思議ちゃんだったため、やっぱり最後まで締まらない状態だったのでした、まる。

 

 

 

 

 

 

「……こんな記憶を見せられて、私達はどういう反応をすればいいわけ?」

「笑えばいいんじゃないかな?」

「なんにも笑えないんだけど!?」

 

 

 ……とまぁ、それが前回の捨て周回から得られた記憶である。

 その後急に地面から生えてきたゾンビ達にがぶーとされて、私達は哀れにも死んでしまったのでしたとさ。

 

 

「おおキーアよ、死んでしまうとは情けない」

「仕方ねーでしょうよ、あれってあのサマーキャンプみたいな概念貫通即死っぽいから、対処のしようがないし」

「う、うちも死んでしまったん……?がぶっとされて、ゾンビィになってしまったん……?」

「多分ね……って、なんでちょくちょくれんげちゃんから、胡乱な発言が飛び出してるんです?」*13

「繰り返す度に色々付け加えられてる、とかなんじゃない?」

「思ったより事態が深刻なんだけど!?」

 

 

 いつも通りの手っ取り早い情報共有により、みんなと記憶を共有したわけなのだけれど。

 ……うん、これ半分くらい詰んでね?

 

 

「と、言いますと?」

「今までのループを思い返す限り、一定時間経つとパイセンの周囲に死亡フラグが沸くんじゃないかな。カラスとか犬に攻撃されたみたいなことを言ってたけど、別にそれはあの家の中がバイオっぽいからってだけじゃなくて、パイセンに引き寄せられてる死の概念的なものが、場所に合わせた形を取ってるだけなんじゃないかな、というか」

 

 

 一つ目は、パイセンに対しての攻撃……というよりは、パイセンという存在自体がこの場所との相性により、死亡フラグを顕在化させるスイッチみたいになっているのではないか、という話。

 要するに、あくまでバイオっぽいところだったからカラスと犬だったというだけで、彼女が例えば水場に居たとしたら、そこの蛇口から鮫が飛び出してくる*14……みたいなパターンもあり得るのではないか、という話である。

 これを是とする場合、パイセンの配置位置は限られてくるということになる。

 

 

「ふむ?その心は?」

「家の中でのパイセン死亡時は、そのまま夜になるまでループしなかったのに、家の外での死亡時はループしたってところ。……多分、パイセンそのものの死がトリガーなんじゃなくて、それに巻き込まれた誰かの死がトリガーなんじゃないかな?」

「……なるほど。だからこそ、同じメンバーで同じようになるかを確認してから、条件の確認に移りたかったということですね?」

「そーいうこと。……パイセンが直接の原因ではないのは分かってるけど、それにしたって『家の外で死人が出たら』ってパターンだったら、誰が死んでも同じってことになるし」

「……まぁ、そこはそもそも『誰も死なせない』が前提条件だったし、虞美人を家の中の探索に当てれば済むって話じゃないの?」

 

 

 こちらの言葉に、シャナが軽い調子で口を挟んでくるが……すまん、ここでの問題点は君にもあるんだよ。

 

 

「んー、そうなるとれんげちゃんの確認がなぁ」

「あー、シャナが外に居るのが前提になるから、それの補助がいるのね」

「う゛」

 

 

 そう、現状『れんげちゃんの周囲に、なにかおかしなことが起こったりしていないか』ということを、オカルト方面から調べられるのはシャナ(と私)だけなのである。

 私が基本的に家の中に行くことが決まっている以上、シャナは自動的に外になってしまうわけだが……子供が苦手、という彼女の事情は、一朝一夕で治るモノではないだろう。

 故に、ループという()()()()()()()()()()()()環境下では、彼女の欠点の克服は望むべくもない、ということになる。

 記憶の引き継ぎに関しても、あくまで私の見た記憶を他の人に開示する、という形でしかないので、根本的な解決にはならないだろうし。

 

 

「前述の問題点から、パイセンを外に出せないとなると……クリスには分析をお願いしたい感じだから、ゆかりさんかオグリ、タマモかマシュに頼む感じになるわけだけど……」

「家の中が想像以上に広いから、走りが速いウマ娘組は探索範囲の拡大の面から、できれば中に入ってほしい……って感じになって。結果、候補として残るのは結月かマシュ……ってわけね?」

「うん、そうなんだけど……」

 

 

 二人でチラリ、と今回のメンバーを見る。

 ……うん、今回はタマモとゆかりさんが居ない。

 ここまで言えばわかると思うが、ゆかりさんおよびウマ娘組は、初期配置に居ないことが多い上、その中でもゆかりさんはその確率が比較的高いのである。

 つまり、必然的にマシュを外に置いておかなければいけなくなる、ということになるのだ。

 拠点防衛という点から見れば、彼女が外に居るのは大変喜ばしいことなのだろうが……。

 

 

「なりきり郷随一の盾と矛を拠点防衛に回すとか、正気か?……って言われても仕方ないと思うのですよ、私」

 

 

 特に、今回みたいになにがあるかわからない環境では。

 そう、言外に告げる私の姿に、皆が閉口するのであった。

 

 

*1
ちくしょう(畜生)の歴史的仮名遣いでの表記。せうゆ=しょうゆ(醤油)などが類似の例として有名。『とある』シリーズの主人公、上条当麻の口癖の一つとしても有名(正確には、『~しょう』を『~せう』と読み替える事がある、という感じか。基本的にはギャグパートでしか発生しない)

*2
ほぼ確実、というような意味。()()という通り、時々外れる。『日本の刑事裁判での有罪率は99.9%』という言葉があり、そこからドラマのタイトルに採用されたことも

*3
中央酪農会議が、若年層の牛乳消費拡大を狙ったキャンペーンの名前、及びキャッチコピーである『牛乳に相談だ。』から。基本的には2005年から2010年までの活動だったが、同一の牛乳消費拡大キャンペーンそのものは、現在も形を変えて続いている……

*4
型月作品での用語。詳しい解説をされたことはないが、基本的には無かったことにされたもの、だと思っておけばよい。なお、無かったことにはなっていても()()()()()()()()にはなっていないようで、参照先や対象の存在の性質によっては、子細はわからずとも『何かをやった』という事実に関しては参照できたりする、らしい。消えた作品のタイトルはわかる、みたいな感じだろうか

*5
『fate/grand_order』のイベントの一つ、『虚数大海戦イマジナリ・スクランブル ~ノーチラス浮上せよ~』において刑部姫が述べた単語『逆令呪プレイ』を省略したもの。相手に命令(お願い)してこちらに命令さ(令呪を使わ)せる、という倒錯極まりない遊び。省略した時の呼び方まで危ない感じなので、無かったことにされて良かったと言っておくべきだろう。fgoは健全な作品なので(震え)

*6
『残当』というネットスラングの読み方の一つ。もともとはとある掲示板の野球専門のスレで書き込まれたもの。そちらは『残念だが当然』だが、フェイクニュースの面も持っているので扱いには注意(ある人物が言った台詞として投稿されたが、そんなことは言ってなかったのだとか)

*7
『レイプ目』などと呼ばれる表現。目に光がない状態が、生気を失っているということを示しているとして、言われるようになった……が、表現的に嫌がられる場合もあるため、『虚ろ目』や『マグロ目』、負の面がない単なるハイライトのない瞳を示す場合は『ベタ目』などと呼ばれることが最近は推奨されていたりするらしい。まぁ、騒ぐ人が居れば宜なるかな、というか……

*8
オランダの作家、レオ=レオニ氏が作った絵本の主人公である小さな魚の名前、およびその作品のタイトル。小さな魚が依り集まって、大きな魚に擬態して敵を撃退するまでを描いた作品。……だが、その部分はあくまで結果であり、そこに至るまでの海の中での出会いの方が、扱いとしては大きい

*9
『ポケットモンスター』におけるポケモンの一匹、ヨワシのこと。鰯とスイミーをモチーフにしていると思わしい生態をしている(その名前と、ピンチになると仲間を呼び、大きな姿に擬態するという特性『ぎょぐん』)

*10
『魔界戦記ディスガイア4』の主人公、ヴァルバトーゼのこと。イワシに対しての拘りや、閣下と呼ばれるほどの高潔な精神性などが特徴

*11
『スーパーロボット大戦』シリーズの精神コマンドの一つ『気合』(気力を上昇させる。基本的には10)と、幾つかのゲームで散見される『技や能力の為に消費するポイントを上昇させることで、威力や効果を上昇させる』技能(『白猫プロジェクト』などで見ることができる)、それと『装甲騎兵ボトムズ』の主題歌『炎のさだめ』から

*12
『炎のさだめ』の歌詞、および『装甲騎兵ボトムズ』での人型機動兵器アーマードトルーパー(AT)乗りの呼び方である『最低野郎(ボトムズ)』から

*13
アニメ『ゾンビランドサガ』におけるゾンビの呼び方。普通のゾンビ(普通のゾンビとは?)と違い、わりと高性能

*14
鮫映画でたまには見られる鮫の特徴。水があればどこからでも出てくる。もはや鮫みたいな姿をした化物の類いでしかない。鮫映画であれば、どこでも死亡フラグが経つという話



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幕間・地道なマッピングは冒険者の嗜み

「あー、いっそ全員で家の中に突撃する、というのは……?」

「多分、外で城を作るっていうか、砂遊びするってのも必要条件に含まれてるんじゃないかなーって思ってるから、それはおすすめしないかな。条件が全部出揃って、砂遊びは一切関係ない、ってなったのなら、無視して突撃してもいいかも知れないけれど」

「んー、全部が全部、一度に確かめようとするからこうなってる、ってことでいいのよね?だったら一つずつ確実に確かめていくってのは……」

「地道に見つけて行く……マップ埋めみたいで、楽しそうなん!うち、地図いっぱい書くん!」

「……この通り、れんげちゃんがマッパーに変貌していく姿に耐えられると言うのなら」*1

「んんんんんん……!」

 

 

 あれこれとみんなで意見を出しあってみるものの、どうにも纏まらない。

 単純に繰り返している、と説明しているものの。

 可能性の中での有限ループである、というパターンも考慮しなければならず、わりと時間とか人とかがカツカツになってしまい、運用に関して難しいところが出て来てしまっているから仕方ないのだが。

 

 

「さっきはリソース足りてるって言ってたじゃないの、お前」

「多分、って言ってたじゃないですか。箱の中に居るからこそ見えることもあるけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ?」

「めんどくさいわねぇ……」

 

 

 パイセンが顔を顰めているが……確かに、現状がめんどくさいというのは確かだろう。

 

 ループっぽいものである、というのは間違いない。

 ループの癖に、本来であれば記憶の引き継ぎもない……というのも間違いないだろう。

 が、逆に言うと明確なのはその二つだけ、なのである。

 似たような状況を繰り返している、ということだけが確定的で、それ以外の全ては、あくまでも状況証拠からの推察でしかないのだ。

 

 今この状況に対して考えていること、思っていること、わかっていると()()()()()()()こと。

 それらは全て、後の情報入手の際に、印象ごとひっくり返る可能性のあるもの、でしかないのである。

 

 

「そこまで卑屈にならなくてもいいんじゃない?」

「まぁ、これが最悪のパターンを予想した結果、ってのは間違いないけども。……取れる手段が限られている以上、悲観したくなるのも間違いないと言うかね?」

 

 

 クリスからは嗜めるような言葉が返ってくるが……、あまり楽観視していられない理由がこっちにある以上、ちょーっと焦燥感が沸いてきたりしちゃったりするわけでですね?

 

 

「と、言いますと?」

「……私が何回覚えてられるかわからん」

「あー、なるほど。私達はあくまでも貴方の記憶を覗き見て、今までのことを理解しているだけだから、脳への負担はほとんどないけれど。貴方の場合は純粋に過去(今まで)の記憶と(これから)の記憶、二つを保持し続けているから……」

「あっ、つつつつまり、周回を繰り返す度に、せんぱいの記憶は嵩み続けていくと……!?」*2

 

 

 どこぞのインデックスさんの話じゃないが、大体人の記憶と言うのは大体1ペタバイトほどだとかで、そうそう埋まるものではない……はずなのだが。*3

 繰り返し、という一種の特殊な環境下において、何回繰り返せるのかと言われると……正直よくわからん、としか言いようがないわけで。

 

 つまり、いきなりやってくるオーバーフロー*4、なんて可能性もあるということになり、ちょっとビクビクするのも仕方ないんじゃないかなー、なんて私は思ってしまうわけなのです、はい。

 

 

「私のリミットに場所のリミット、それかられんげちゃんが変化していく可能性(のリミット)……っていう、限度を定めるものが幾つか散見されてるから。……あんまり余裕がないって気分にされちゃってるわけなのですよ、はい」

 

 

 しょっぱい気分でそう告げる私に、皆の反応は微妙に消沈したものになっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、来るかどうかもわからないタイムリミットに怯えてても仕方ない……ってことで、探索を再開しない?」

「あー、うん。結局目星も大してついてないし、暫く探索を続けなきゃいけないのは本当なんだよねぇ……」

 

 

 沈んだ空気を破ったのは、またしてもクリスであった。

 こういう状況には一番適性がある、ということなのか、はたまた単に割り切っているだけなのか。

 ともあれ、彼女の言葉を聞いて、皆がやる気を取り戻したのは確かだろう。

 

 

「じゃあ、こうしよう。今までは、探索にも今一身が入っていなかった。だがこれからは、粉骨砕身・死ななきゃ安い*5の精神で探索するんだ、特にキーア以外は次回に持ち越せるモノなんてないんだから」

「んんんんん!?」

 

 

 まぁ、やる気を取り戻した結果、オグリがなにやら燃え始めたことにはビックリしたわけだが。

 まさか死ななきゃ安いなんて言葉を、現実で聞くはめになるとは思わなかったぞ……。

 

 

「いや、なにもそこまで張り切らずとも……」

「なにを言う、私達の疲労とかは持ち越さないのだから、のように働いても問題ないだろう?」*6

「私の気持ちが咎めるんだよぉ!!」

 

 

 そんな社畜みたいなこと言われても、こっちとしては困るだけなんだよなぁ!?

 ……でもまぁ、現状としてはそれが一番というのも、確かな話。

 手数が足りないのであれば、それを補うために死力を振り絞るというのは、一番簡単な対処の方法である。

 ……常態化しまくって組織が回らなくなる理由になるモノでもあるので、できれば勘弁してほしい対処法でもあるのだが(白目)。*7

 

 

「とりあえず、この一回がどうなるかを確かめてから……って話でもいいんじゃない?」

「そ、そうですね!流石にこの一回がラストチャンス、というわけでもないでしょうし!」

 

 

 なお、真面目組二人(マシュとクリス)の鶴の一声により、社会の歯車作戦は阻止されることとなった。

 これには私もスタンディングオベーション*8である。

 

 

「と、言うわけで。今回はマシュとシャナ、頼んだ!」

「はい、お任せ下さい!」

「まぁ、うん。多分大丈夫よ、うん」

「うちに任せるん、シャナお姉ちゃんのことは、うちがよく見とくん!」

「……おかしくない?なんで私の方が、面倒見られる側みたいになってるわけ?」

「自分の胸に聞いてみなさいよ、胸に」

「ぬぐぐぐぐ……」

 

 

 と、いうわけで。

 家の外に残るのは三人、全体的な分析役のクリスと、れんげちゃんの周囲を見極めるためにシャナ、それから二人の補助にマシュ。

 ……れんげちゃんが張り切っているが、彼女はあくまでも観察される側。例え立場が逆転しているように見えても、戦力扱いできるのはシャナの方なので、人数カウントとしては三人になる。

 

 それから、家の中に入るのは私とオグリ、それからパイセンの三人。

 ……さっき居ないのは二人と言ったが、よく見たらBBちゃんも居なかったため、建物の中に囚われているのは推定三人、ということになる。

 BBちゃんを内部探索に連れていけるのなら、もうちょっと家探しも楽になりそうなのだが……まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがない。

 次回以降BBちゃんが初期メンバーに居ることを祈って☆4を付けつつ、居残り組に見送られながら私達は家の中に踏み込んで行くのだった。*9

 

 

 

 

 

 

 ──そして、()()日が暮れた。

 

 

「あ、お帰りなさいせんぱ……せんぱい?!」

「ただいま……」

「そ、想定以上に皆さんボロボロじゃないですか!?」

「虞美人が一回こっちにリポップしたあと、また突撃したのは見てたけど……なにがあったの?」

「話せば長ーくなるのですが……」

 

 

 戻ってきた私達を見て、一番始めにマシュがしたことは驚き口元を押さえること。

 怪我こそしていないものの、みんな服がボロボロ……具体的には大破したみたいになっていたため、その反応もわからなくはないのだが。*10

 ともあれ、これまでとはちょっと違う展開になったため、情報の共有が必要となった次第、というわけである。

 

 

「今回、ちょっと探索の手法を変えてみたのよね」

「手法を?一体どんな風に変更したのでしょうか?」

「これまでは、探索範囲を増やすために手分けをして探す……という方式を取っていたんだが、今回はパーティを組んでみたんだ」

 

 

 今回行ったことは、手分けをして探す……具体的には私×三(私と分身二人)と他の二人の計五つの探索チーム、という形ではなく。

 私とパイセンとオグリのチーム一つと、分身二人が一人ずつの計三チームにわける、という方法だった。

 これはまぁ、一つのチームにある程度の戦力を結集させることで、なにかしらの変化がないか調べる、という目的があったわけなのだが……。

 

 

「見たことのない扉を見つけた?」

「なんというか、すっごい大きい扉だった。キーアが押しても引いても叩いても、まるでびくともしないんだ」

「それは……気になりますね」

 

 

 その三人で探索を初めてほどなく、今まで見たこともない謎の大扉を発見することになったのである。

 

 それは、扉の周囲で四つの色違いの石板が存在感を主張する、あまりにも怪しい扉だった。

 そのため、オグリが言う通りにあれこれと試してみたのだが……扉が開く様子は一切なし。

 周囲の石板の内、左上の石板だけが黒く輝いていたが、わかったことはそれくらい。

 条件を満たさなければ開かない系統の扉だと判断して、とりあえず他の場所を探すために、そこを離れようとしたのだが……。

 

 

「そこでパイセンの死亡フラグがオンになったらしくてね……」

「周囲が大広間みたいな場所だったせいか、骨でできたカマキリみたいなやつが、天井から降ってきたのよ……」

「……は?」

「その衝撃で虞美人は一乙*11。以降彼女が戻ってくるまで、私が速度で撹乱し続けたんだが……」

「向こうの動きも大概速いわ威力高いわで、こっちが悠長に反撃を準備する暇もなくてね……」

「結果として、そこに戻った私が爆発して痛み分け、ってわけ」

「え、ええー……」

 

 

 突然、こちらの虚を付くようにして降ってきた謎の化物……見た目的にはSAOのスカルリーパー*12みたいな見た目の、謎の生き物に邪魔をされる羽目になった、というわけである。

 多分あれそのものよりは鈍重で火力も低いのだろうが、それでもなんの準備もなく相手をするような敵ではなく、結果としてパイセンのだいばくはつで相討ちする、という形で逃げてきた、というわけなのだった。

 

 

「パイセンの死亡フラグが時間カウント性だったとすれば、あそこで暫くぐずぐずしてなかったら、エンカしなかったんじゃないかなーあれ……」

「どうかしらね、あそこ以外だとまた面倒なモノになっていたかもしれないわよ?」

「うわー、想像したくなーい」

 

 

 大広間、なんてお誂え向きの場所で死亡フラグが発動したから、あんな大物になったのだとすれば、謎解きに掛ける時間を少なくすれば避けられる部類なんじゃないかなー、とは思うものの。

 未だここでの法則についてはわからないことが多いため、対処が裏目になる可能性もある……とパイセンに言われ、むむむと唸る羽目になる私である。

 

 なお、この報告を聞いたクリスは、頭痛からか頭を抱えて踞ってしまい、それを宥めるように周囲で慌てるマシュの姿が、ちょっと可愛かったなー、なんて現実逃避をすることになったりもしたのでした。

 

 

*1
ゲーム用語の一つ。地図を自分で書く必要があるゲームにおいて、それを任された人物の呼び方、もしくは地図を書くこと自体を楽しむ者達の総称。TRPGや、『世界樹の迷宮』シリーズなどで散見される。普通のRPGでは、マップは特に何をせずとも確認できる場合が多いため、特定のゲームを楽しむ時でもなければ出会うことは無いかもしれない

*2
簡単に言うと、繰り返す度に過去の記憶『A』は現在の記憶『B』を含むモノに変化し続けていく(一周前の記憶の総量を『a』とするなら、周回する度に『A』に『a'』を代入し続ける形になる)

*3
最近の研究での脳の総容量の数値。ちなみにペタ(P)は1015倍のこと。記号的にはテラ(T)の一つ上

*4
流れ(flow)越える(over)で、つまり溢れることを示す言葉。IT用語としては、数字の桁などが扱える範囲を越えてしまう(桁あふれ)ことを指す。これが起きると、処理の限界を越えてしまっているためにシステムが停止したりすることになる

*5
元々は格闘ゲーム『ギルティギア』のキャラクター、チップを使うプレイヤーが言った言葉である『このコンボ七割しか減らないのか、安いな』から来た言葉。チップというキャラクターは体力が低く(正確には防御が低く、受けるダメージが他のキャラより多い)、簡単に倒されてしまうキャラクターである。一つのミスから一気に敗北まで行くこともままあった為、倒すまで行かないコンボなんて気持ちの上では食らっていないようなものだ、という励ましの言葉だった(実際七割はとても痛い)。……のだが、お互いに即死コンボやら即死技やらが飛び交う場所では意味が一転、本当に『死んでないんだから逆転できる(=支払う代償としては安い)』という感覚が浸透し、結果として言葉の意味も『まだ倒れてないんだから逆転できるぞ』というポジティブなものに変化していった

*6
元々馬車を牽く馬は、自身の走る道以外によそ見をしないように、左右に目隠しをしていた。そこから、目的以外の行動が取れないようにされて働かされている……一つの仕事をずっと倒れるまでやらされている姿を、馬車馬のように働く、と称するようになった。……のだが、そもそも馬は長時間全力で走ることはできない生き物である。ちゃんとペース配分を考えて運用しなければ成り立たない(=酷使はできない)生き物なので、現実にこの言葉が使われるような環境下は、馬よりも遥かに劣悪な労働環境のことがほとんどである

*7
人件費は簡単な経費削減の財源ではないぞ、という話。上からすれば数字だけで判断するからそうなるのだろうが、現場的には本来一人足りないのを無理をして成り立たせているだけなので、それを基準にされても人が居なくなるだけ、という話。……まぁ、止めても次が無い人はそれを飲み込むしかないので、結果として労働環境は劣悪さを極めて行くわけなのだが……

*8
立ち上がり盛大な拍手を送ること。英単語そのものの意味も、立ち上がって(standing)拍手喝采を送る(ovation)である

*9
レビューサイトなどでたまに見られる、地味に役に立たない批評。期待などを込めることで、実際の評価よりも良い評価を付けるという形であるために、現在の評判を知りたい時には邪魔でしかなかったりする

*10
『艦隊これくしょん-艦これ-』などで見られる、ちょっとしたサービス?要素。敵からのダメージが一定量を越えると、武装や服などが欠損する、というシステム。これだけだとマイナス要素でしかないが、これらのゲームはその時に、服の下にある肌や下着などが露出する、という一種のお色気要素となっていることがある。ダメージを受ける、という不快要素を少しでも軽減するための策、と見なすこともできるが……見慣れてくるとご褒美感もなくなってくる為、嬉しいのは最初だけだと思われる(艦これACを除く(破損状態は別種のカードが排出されるため))。なお、服装の変化は中破の時点で起きるため、大破状態でゲームを進める利点はない……どころが、ブラウザ版だと大破状態で作戦を進めてしまうと、轟沈(ロスト)(=永久消失。二度と同じキャラは使えなくなる(正確にはもう一度手に入れる必要が出てくる、の意味)。艦これACのみ復帰手段あり。お金が掛かってるからね、仕方ないね)する可能性があるため、まさしく百害あって一理なしとなる

*11
元々はモンスターハンターから広がった要素。死亡時のペナルティが比較的重め(他の似たようなアクションゲームは、他者が蘇生させる手段が存在したりしているため、討伐速度に差が出るものの、そこまで重いものというわけでもない。……全滅するとダメ、というものが多いので、歓迎されないのも確かなのだが。代わりに、モンハンは全体で三回死亡するとクエストが失敗する。他のゲームの場合、死亡時のペナルティはあくまでもその人の報酬のみ(=個人の責任)に収まることが多い中、全体に迷惑を掛ける可能性があるため嫌がられる)であることから、特に死亡することを乙った(恐らくはお疲れさまでした=仕事終わりの挨拶=ゲームが終わった=負けた、の連想ではないかと思われる。海外ではゲームオーバーはゲームをクリアした時の言葉だったが、日本ではゲームが終わってしまった時の挨拶なので、そういう感覚が強いのかも)と呼ぶようになった。三乙すると(相手によっては)酷いことになる

*12
『ソードアート・オンライン』の75層のボス、ザ・スカルリーパーのこと。クォーターポイントと呼ばれる25層ごとの特殊な階層を守るボスであり、それまでの階層のボスとは比較にならない戦力を誇る。なお、このボスに対してすら体力を一定以下まで減らすことが無かったとある人物が、キリトに怪しまれる契機を作ることにもなった



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幕間・束の間の考察タイム

「でもまぁ、多分複数人で進むってのは、結構いい線行ってると思うんだよね」

「まぁ、確かに。今まで無かったものが見えた以上、あの家の中が協力プレイ想定のもの……ってのはまず間違いなさそうだし」

「きょうりょくぷれー?」

「皆さんで協力して進める形のプレイスタイルのことですよ、れんげさん」*1

「なるほどなん、うちも協力してるん!」

 

 

 相も変わらず特に変化のない台所から、飲み物と食べ物を拝借してきた私達は、それを飲み食いしながら、あれこれと反省会を行っていたのだった。

 

 これは、どうせ周回時に消費した食べ物も元に戻るから、という理由もあるのだが……食べる・飲むという行為が、なにかしらの展開のキーになっていないか?……ということを確かめるためのモノでもあったりする。

 他所がおかしくなっている中、あからさまに台所だけがなにもないので、実はなにか隠されているんじゃないか?……という疑いからの行動というわけだ。

 ……まぁ、今のところはれんげちゃんのおばあちゃんが作った、お手製のおはぎがおいしい……ってことくらいしか、わかることはないわけなのだけれども。*2

 

 そんな風に、皆が和気藹々とお茶会に勤しむ中。

 少し離れた位置に座っているパイセンは、おはぎを左手に持ったまま、右手を顎に置いて難しい顔をしているのだった。

 そうやって彼女が考え込んでいる姿、と言うものが珍しい気がした私は、淹れたての緑茶を片手に、彼女の隣へと腰を下ろす。

 

 余程真剣に考えごとをしていたらしいパイセンは、自分の隣に人の気配が増えたことで、漸く思考の海から上がってきた様子。

 こちらに「なんでわざわざ私の隣に」みたいな、若干迷惑そうな視線を送ってきたため、私が「随分と真剣に考察してるみたいだったので」と返すと。

 彼女は小さく嘆息を溢して、纏まりきっていないながらもぽつぽつと、自身の考察を述べ始めるのだった。

 

 

「これ、複数の思惑が絡んでる……みたいな話をしてたでしょ?」

「ああ、してましたね。ループの内容的に解決させるつもりがなさそうなのに、実際には鍵と思わしいものが散見されるから……みたいな話だったはずですけど」

()()なのよ」

()()?」

 

 

 彼女が考えていたのは、この異変には()()()()()()()()()()()()という部分。

 ループの存続を求めるモノと、その解消を求めるモノ。

 ……少なくとも、その二つが確実にあるだろう、と思われている陣営なわけだが……。

 

 

()()()()()()()()()()()、って手段が取られていない辺り、その両者の実力は互角か、もしくは存続派の方が優勢……ってことになるわよね?」

「まぁ、そうですね。無理矢理解消してしまうのが宜しくない・または好ましくないので、解決派が手心を加えている……という可能性も、なくはないでしょうけど」

 

 

 彼女の言葉を聞きつつ、こちらの意見を返す。……個人的には、後者を推している私である。

 

 ループによる全体リセットまでできる首謀者が、横から付け加えられた程度の勝利条件を、無理矢理変更できないはずもないだろう……という考えからの予測である。

 ……まぁ、派閥がお互いに完全に互角、それでいてお互いに利のある契約を交わしているので、互いに出し抜かれないように牽制しあっている……みたいなパターンもあり得なくはないので、こちらの推測はどこまで行っても推論でしかないわけなのだけれども。

 ただ、パイセンはそこからもう少し踏み込んだところを考えていた様子。

 

 

「つまり、勝利条件を後から付け加えた方(解決派)は、別にそれ(勝利条件)にたどり着けるように、状況を整えたりはしていない・もしくは出来てないってことになると思わない?」

「……えっと、つまり……?」

 

 

 そうして、彼女がなにを言いたいのか、薄々ながら気付いてしまったために、ちょっと及び腰になってしまう私。

 ……いやねぇ?だって、彼女の考察が間違ってないとすると……。

 

 

「つまり、あの家を攻略した後、表に戻ってきて砂の城を作るって言うのが正解ルート……ってパターンもあるんじゃないのか?って思ったのよ」

 

 

 RTA張りにギリギリの攻略を強いられているんだ!*3……ってことに他ならないからだ。

 

 

 

 

 

 

「えっと、虞美人さん。一応、根拠をお伺いしても?」

「そこの子供よ、一つ目は」

「ん?うちがどうかしたんぐっちゃん?」

「ぐ、ぐっちゃ……?」

 

 

 マジかー、みたいな顔でちょっと絶望している私に代わり、マシュがパイセンにその考察の根拠を問い掛ける。

 そして返ってきたのは、彼女が指差す先に居る少女、れんげちゃんについての話(なおその時に彼女からぐっちゃんと呼ばれて、パイセンはちょっと狼狽していた)。

 

 

「業腹ではあるけど、少なくとも私が死ぬことが何かのトリガーになっている、という可能性は低いわ。見た限り私の死よりも後にループは発生してるし、そもそも家の中でなら結構爆発してるみたいだし、私」

「……というか、そんなにボカンボカンと爆発しても大丈夫なものなの、貴方?」

「クリスクリス、パイセンに常識を語るのは止めといた方がいいよ。この人非常識の塊みたいなもんだから」

「やかましいわよそこの二人、特にキーア。お前にだけは非常識だなんだのと言われたくはないわ。……ともあれ、誰かの死がトリガーであったとしても、それが私ではないってのは確実なわけ。……じゃあ、途中でループしたタイミングでは、誰が死んで条件を満たしたのか?」

「……れんげちゃん?」

「恐らくはね。そもそも回を追う毎に微細ながら変化がある辺り、どこぞの魔法少女(magica)と照応するのはそう変な話でもないでしょう?」

 

 

 彼女が言っているのは……恐らくまどマギの鹿目まどかの魔法少女の素質が、どうして神になるほどのモノになったのか、という話だろう。

 

 暁美ほむらの繰り返したループは、まどかを中心としたもの。

 ──それは見方を変えれば、彼女に対して何度も何度も糸を掛け続けるようなモノでもある。

 因果を糸と見なすのなら、そうして多量の因果を持つに至った彼女が、大きな力を持つのは道理であろう。

 

 ともあれ、明確に回を増す毎に変化を続ける彼女(れんげちゃん)が、今回のループの中心であるということは、想像だに難くない。

 ──故に。彼女の喪失は、即ち()()()()()()()()()()()と同じ。

 だからこそ、この場所で一番保護されていると言えるのは、恐らく彼女だということになるわけである。

 

 

「つまり、こいつをどうにかするってのが、恐らくは第一条件。今のところはあの砂の塔が、それだと思われてるわけだけど……」

「単に砂の塔を建てるってだけなら、何回もやってる……っていうか、勝手に大物が出来上がったりしてるわけで」

 

 

 単純な塔の建築だけなら、今までもそれなりの回数こなしている。……単に建てるだけでは足りないのかもしれないし、それ以外の条件があるのかもしれない。

 なにせ、れんげちゃんの手伝いを誰もしない場合、()()()()()()のだから。

 

 

「え、そうなの?!」

「うん、改めて思い返して見ると、塔については建ったり建たなかったりまちまちで、建った時には決まって()()()()()()()()()()()()んだよね」

「そうなん?うち、砂のお城は作れないん?」

「いや、お城だったら一人で作ってるみたい。……ただまぁ、誰かの手伝いがない限りは、あくまで普通のサイズに収まるみたいだけど」

 

 

 嫌が応にも視界に入ってくる巨大な砂の塔の場合を除き、庭の片隅で常識の範疇に収まる砂の城が建造されていたとしても、こちらに訴えかけてくる力は少ない。

 

 つまり、目立たないのでスルーされていただけで、砂のお城自体は(途中でループしたパターンを除き)毎回作成はされていたわけである。

 ……そこを改めて考慮すると、出来上がった砂の塔自体の観察も、次回からはしっかりしておいた方がいいかもしれない。

 

 なお、今回に関してはれんげちゃんがシャナのお世話をするん!……と張り切ってしまったため、砂のお城は出来上がっていない……という、レアパターンとなっていたりするのだった。

 

 

「まぁ、これはこれで城が完全に無い時に何か起こるのか、って検証ができるから問題はないんだけど」

「な、なるほどなん。うちが城を作らないのも、計算のうちだったん……!」

(……絶対そこまで考えてなかったわね、こいつ)

 

 

 こちらを興奮した様子で見てくるれんげちゃんをほどほどに嗜めていると、パイセンからの冷ややかな視線が飛んできた。

 ……はい、その通りですけど口には出しません()。

 

 まぁ、とにかくそれが一つ目。

 二つ目は無論、家の中にある迷宮めいたものについての話である。

 

 

「そいつが起点だとするのなら、それとは全く関係ないあっち(迷宮)が、ループを解消したい奴の作ったモノで間違いないでしょう。だから、あれは一番目を満たすためのなにかしらの補助である、って見るべき」

 

 

 パイセンが言いたいのは、恐らく鍵と鍵穴の話だろう。

 れんげちゃん関連の話は、つまり()()()()()()()()()のもの。出口と直結した、最終的にたどり着かなければならない場所の話。

 そして家の中は、()()()()()()()()のもの。閉ざされた出口を開くために、必要なモノを見付けるための場所の話だ。

 

 

「複数人でなければ現れない扉、これ見よがしに設置された四つの石板。……多分あれ、必要な人数を示してるのよね」

「人数ってことは……四人?」

「お誂え向きでしょ、そういう場所で集まる人数が四人一組(フォーマンセル)ってのは」*4

 

 

 そのまま、扉に付いての考察に移る。

 四つの石板の内、一つだけが輝いていたのは……素直に受け取るのなら、その場に条件を満たしている人物が一人しか居なかったから、だろう。

 つまり、四人の条件に見合った存在が、あの場所に向かうことで扉は開かれ……んん?

 

 

「……気付いたみたいだけど、続けるわよ。必要な人数が揃っていない場合は、そもそもあの部屋は出てこない。出てきたとしても、条件を満たしていなければ開かない。そして光っていたのは左上の黒い石板だけ──」

「えっと、他の石板は確か……」

「赤と白と青、だと思う」

「……それって、基本色彩語に含まれる色じゃなかったかしら?」

「きほん、しきさいご?」

 

 

 クリスの発した言葉に、れんげちゃんが小首を傾げながら聞き返す。

 基本色彩語というのは、人類全体に共通する()()()()()()()()()()()()()()()()のこと。

 赤には熱さに纏わるようなイメージがあったり、青であれば冷たいイメージがあったり……というような、文化も言語も違うはずなのに、特定の色に似たような印象を抱く傾向がある、とする研究があるらしく、そこで人類には基本とする色彩がある、という風にみなす研究が生まれたとかなんとか。*5

 

 だがまぁ、今回はそこまで小難しい話をする必要はない。

 一応、四神のイメージカラーと同一である、という風に見ることもできるが……恐らくはそこまで重要でもないだろう。

 何故ならば……。

 

 

「これ、髪の毛の色を指定してるんじゃないか、って思うわけ」

 

 

 恐らく、四人組であることを指定する、という以上の意味は()()()だからだ。

 

 

*1
なお対義語は対戦プレイとなるが……協力型であってもレイドボスのような形であれば、対戦形式みたいなものになる……というのはソシャゲプレイヤーならよくご存じのはず

*2
おはぎの語源は、見た目が『萩の花』に似ているから。ぼた餅の方も、牡丹の花に似ているから、という理由が説としては主流。なお、本来は作る季節が違ったり、形が微妙に違ったりするのだが、最近ではあまりわけて考えられてはいない様子である

*3
『機動戦士ガンダムAGE』より、イワーク・ブライアの台詞。本来はわりとシリアスなシーンなのだが、唐突に集中線で強調された彼の激昂した顔と共にこの台詞が放たれたため、妙に記憶に残る者が多発。結果ネタとして愛されるようになった

*4
英語で書くとfour man cell。4人で一つの(cell)の意味

*5
とあるアメリカの人類学者が、世界の言語を調べていく内にたどり着いた、色の名前のルーツとなるもの。彼等の言によれば、それは『(ホワイト)(ブラック)(レッド)(グリーン)(イエロー)(ブルー)(ブラウン)(パープル)(ピンク)(オレンジ)(グレイ)』になるという。なお、四神に割り振られる色はそれぞれ白虎()武・()青龍。青春という言葉もこの四色と関連したものであり、他には朱夏、白秋、玄冬が存在する。詳しくは古代中国の五行思想を調べてみると良いだろう



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幕間・今回はここまで、と何度でも

「か、髪の毛の色?」

「そ。あの場所に居た人物の髪の毛の色は、黒・白・ピンクの三色。……けど、条件が髪の色のことだとするなら、黒が光っているのに白が光らない、なんてことになるはずがない」

「……そうだな。私の髪の毛の色は白系列に区分されるのだから、髪の色だけが条件だとすれば光らないのはおかしい」

「でも、実際に光ってたのは黒い石板だけ。……要するにあれ、上から別の色のテスクチャを被せてただけなのよ、いわゆる目眩ましって奴。だから、あの場で本当に必要だった色は、黒・茶・紫・橙ってところなんじゃない?……まぁ、紫に関しては正確には銀で、それでもなおオグリが外れ判定されたのは……その色に相当する人物は()()()()()()()()()()から、って感じ?」

「……ちょ、ちょっと待ってください虞美人さん!その色は……!」

 

 

 語られる内容を聞いていく内、遅ればせながら誰を・なにが述べられているのかに気が付いたマシュが、まさかと驚いたような声をあげる。

 途中で気付いた私も、彼女と同じくちょっと信じられない気持ちでいっぱいなのだが……確かに、()()を外に出すか、出さないかの話なのだから、当の本人が話の中心に関わってこないのは、おかしな話だと言えないこともない。

 つまり、パイセンが言っていることとは……。

 

 

「紫、ないし銀。そこに当てはまるのはお前よ、宮内れんげ」*1

「う、うちが選ばれし者だったん……!」

 

 

 そう。その四色とは、のんのんびよりのメインキャラクター達の髪の色を示していたのだ!!

 ……れんげちゃんがちょっと嬉しそうでなによりです。

 

 

 

 

 

 

「……っていうと、つまり?」

 

 

 ババーン、って感じに宣言したパイセンに対し、シャナが疑問の声をあげる。

 そんな彼女に対し、パイセンは腕を組みながら一つ一つ例をあげ返していく。

 

 

「ここに居る人物の中で、あの作品の登場人物達と髪の毛の色が一致する者が、あの扉に向かわなきゃいけない人物ってことよ。黒なら私か……シャナ?」

 

 

 一つ目は黒髪について。

 のんのんびよりでの黒髪担当は、確か一条蛍とか言う子だったか。*2

 基本的には大人しく、見た目通りの清純な子のはずだけど……。

 

 

「なるほどなん。ほたるんの代わりは、ぐっちゃんにしかできないん!」

「……それ、褒めてるのよね?」

「……黙秘するん」

 

 

 彼女もまた、時々奇っ怪な暴走をしたりする人物*3であるようなので、シャナを据えるよりかはパイセンを据えた方が、適任だと言えるのかもしれない。

 ……まぁ、黒髪ならなんでもいいのか*4の確認のために、一回シャナを連れていくっていうのは有りだと思うけども。

 なお、当の黒担当(パイセン)は、そっぽを向くれんげちゃんの視線の先に回り込み続ける、地味に大人げない行動を周囲に見せていたのだった。

 

 

「茶色はクリスかな、もしくは橙担当?」

「あー……そういえば今ここに居る茶髪って、私だけなのね……」

 

 

 続く茶髪(こまちゃん)、もしくは橙髪(なっつん)に当たるのはクリスだろう。*5

 

 彼女の髪の色は、作品によっては暗めになったり、反対に明るめになったりするが、基本的な色のパターンとしては、そう外れた人選ではないはず。

 ただ彼女の言う通り、今回のメンバーには茶・橙系の髪の色をしている人物はクリスしかいない。

 一応、パイセンは黒めの茶色と言う方が近いだろうが……、石板での色の扱われ方からして、普通に黒扱いだろうから代わりにはなるまい。

 

 同じようにシャナは赤と黒の可変、マシュはピンクとか紫だし、ゆかりさんやBBちゃんも似たようなもの。

 オグリとタマモはお互いに色味の違う銀髪だろうし……ってなると、なんというか銀系に区分される髪の毛の色の人物ばっかりだなここ?……ということに気付くだろう。

 

 そのポジションがれんげちゃんで埋まってしまっている以上、要するに髪の色を揃える、という面では役立たずまみれな私達なのであった。

 

 

「……え、不味いんじゃ?どう考えても頭数が揃わないわよねこれ?」

「任せろ!そこら辺は最悪私がカバーする!」

「だ、大丈夫なんでしょうか……」

 

 

 なので、クリスがどっちに区分されるかを確認してから、私が髪の毛の色を変化させる……という裏技で対処するしかないだろう。

 そこら辺は器用貧乏万歳、というやつである。

 

 というか、鬼太郎君でも居てくれたのなら話は早かったのだろうけど。

 無い物ねだりをしても仕方な……なんか今回、無い物ねだり多くない?さっきもしてたような気がするんだけど?

 

 

「というか、そもそもの話として基本的に居ないパターンがない、れんげちゃんとクリスで人員を埋めるのが一番安定するって面もあるから、そうなると引率をパイセン一人に押し付ける形になるのがね……心配しかないから私が付いてくのはほぼ確定、というか」

「まぁ、否定はしないわ。多分二人を巻き込んで爆発するだろうし」

「二人を爆風から庇える人が居れば良かったんだけど、それだとマシュくらいしか居ないし……」

「私は今回選外ですから、そうなるとポジション決めが難航するわけですね……」

 

 

 三人でむむむ、と唸るが、別に事態は好転しない。

 なおここでシャナが引率に選ばれないのは、さっきのシャナ&パイセン組での庭勤務中に、ループ条件が満たされてしまっているため。

 要するにシャナは庇うのに向いてないので、必然的に二人は組ませてはいけない、ということになるのである。

 ……別にシャナが悪いってわけではないのだが、なんともめんどくさいメンバー制限だな、と思わなくもない。

 

 ……まぁ、そう言うわけで。

 今ここに、この迷宮を攻略するためのメンバーが確定した。

 まずは一人目、彼女が居なければ始まらない、宮内れんげ・紫髪担当!

 

 

「うちが願うことなら、全ては現実になるん……!」

「どこの天の道を行き総てを司る男よ、どこの」*6

 

 

 続いて二人目、同じくここに来てからの追加メンバー、牧瀬紅莉栖・茶髪担当!

 

 

「え、もしかしてこの名乗り毎回やるの?え、えーっと……ふ、ふぅーはははー!!」*7

「照れが見える、やり直し」

「鬼か貴様はっ!!?」

 

 

 そして三人目、どっちかと言えばトラブルメイカー、虞美人・黒髪担当!

 

 

「まぁ、反応してたんだから黒なんでしょ、私が」

「アジアンビューティ的な?」

「……お前は私の扱いをどうしたいわけ?」

「いやだなぁ、尊敬してますよ?」<ジャ!

「せんぱいが銅鑼を!?」

 

 

 そしてラスト、最後に残るのがこの私!

 

 

「──死神代行、黒崎一護。特技、幽霊が見える!」*8

ツッコミ役(タマモ)が居ないから、私が代わりに言うけど。──いやなんでよ」

「橙髪って言われて思い付いたのがチャン一だった!」

 

 

 ついでに言うとストロベリー*9繋がりである。

 とまぁ、そんなわけで実験的に髪の色を橙色に変化させてみた私でございまする。

 ……単なる色変更だと認識されない可能性があるので、変身を応用してのカラーチェンジである。つまりキーア2Pカラー!*10

 

 

「ひ、瞳までお黒いので、ちょっと印象が違いますね……」

「単に髪だけでいいのかちょっとわかんなかったので、雰囲気寄せに行きました」

「でもそれだと、なっつんって言うよりこまちゃんって感じなん!」

「む、確かに。夏海ちゃんはセミロングって感じだから、私の髪の長さだと小鞠ちゃんの方が近くなるか。じゃあ……これでどう?」

「なるほど、ポニーテールにするわけですね」

 

 

 なお、れんげちゃんからのダメ出しにより、髪型はポニテに固定となります。……ヘアアレンジはあんまりしない方なので、ちょっと新鮮。

 

 

「……とまぁ、そんな感じになったわけなのです、はい」

「流れるように周回を跨いだ件」

 

 

 なお、解説している内にタイムリミットが来てしまったため、実は次の周回に突入していたりする。具体的には一つ目の場面転換辺りで(超メタ発言)。

 

 今回はオグリとタマモ・ゆかりさんが居ないらしい。

 マシュは基本的に居なくならない辺り、固定メンバーなのかなーと思わなくもないが、同格のシャナが居なくなるパターンがある以上は楽観視もできないだろう。

 ……パイセンは居なくなったとしても、最悪爆発してしまえば戻ってこれそうな気がするので、そこら辺を考えると完全に固定だと言えるのはパイセン・れんげちゃん・クリスになるのだろうか?

 

 私?私は……どうだろうね?

 今のところどっかに行くこともなく、基本的にこっち側にいるわけだけども……。

 

 

「まぁともかく。この四人であの扉まで突っ込んでみよう、という話になるわけなのですが……」

「既に何度か言われてたみたいだけど、不安しかないわね」

 

 

 まぁ、起きてないパターンについて、あれこれ考えても仕方ない。

 なので気持ちを切り替えて、これからの話をしようとしたわけなのだけれど。……うん、ポツポツツッコミを入れていたけれども、このメンバーだと非戦闘員が二人もいるので、ちょっと不安がなくもない。

 

 新メンバー二人が率先して動かないとダメそう、という可能性に思い至ったからこその、かなり大胆な人員の選出になるわけだが……ちょっと早まったのでは?なんて気持ちも沸かないでもなく。

 まぁ、虎穴に入らずんば虎児を得ず*11とも言うし、やるしかないんだろうけどさー。

 

 

「でもパイセンが居る以上は、どこかで戦闘挟むだろうってのが容易に想像できるし、クリスにちょっと重火器とかでも持たせとこうかなぁ……」

「ちょっ、やめなさいよ!銃とか火器とか渡されても、使えないわよ私?!」

「えー?バイオめいた迷宮に向かう()()()なんだし、ちょっと補正とかあるかもよー?」*12

「それ私が筋肉モリモリ、マッチョマンの変態になる奴でしょうがっ!!」*13

「ん、変態(hentai)?……ふっ、繋がったな」*14

「なんも繋がっとらんわ!!」

「あいたっ、いたたたっ!冗談!冗談だから地味につつくの止めて!」

「あ、あれはそすんすなん!」

「いやそんなバカな……」

 

 

 なお、その際にクリスに拳銃とか持たせようとしたら、私はレッドフィールドでもないわっ!と怒られる羽目になったのだった。解せぬ……。

 

 

*1
アニメ・漫画共にカラーリングとしては薄い紫が使われているが、設定上は銀髪なのだそうで。銀と言う色は意外と表現が難しく、似たような白系列の色でも影が青かったり、灰色だったり、はたまたれんげのように紫だったりしても、作者が銀髪と言えば銀髪になるのだそうな

*2
『のんのんびより』のキャラクターの一人。あだ名は『ほたるん』。東京から引っ越してきた小学五年生の少女で、その年齢に見合わない背格好をしている(具体的には164cm。平均身長という形だと、どの年代をも上回ってしまうくらいの背丈)せいか、近所の知り合いの女性からお見合い写真を渡されることもあったりとか。背丈や見た目相応の落ち着きを持っているため、格好をキチンとすると本当に大人にしか見えなくなる。そのせいか、(一年間の間に急速に成長した、という事実も踏まえて)自身の背丈には若干の隔意があるようだ。なお、年相応の部分も普通に存在し、友達である小鞠が好きすぎてぬいぐるみを作っていたりもする。……メカこまぐるみとは?

*3
前述のこまぐるみなど。小学生のすること、と考えればかわいいものだが。なおパニクると奇行をしてしまうタイプでもある

*4
これを葦毛にすると競走馬『ジャスタウェイ』になる。ウマ娘への実装は何時でしょうね?

*5
それぞれ越谷小鞠、及び越谷夏海のこと。小鞠の方が姉、夏海の方が妹(と、言っても一年差だが)。……わざわざ注釈することからわかるように、姉の方は蛍と反対に小さい。どれくらい小さいかって?キーアの身長(138cm)より小さいぞ!(恐らく130cm前後)中学二年生らしからぬ身長である上、性格も子供っぽいところがあるために、蛍からはちょっぴり重めの愛情を受けているようだ。なお、反対に妹の夏海はトラブルメイカーの気質こそあるものの、四人の中では一番確り者だったりもする

*6
『仮面ライダーカブト』の主題歌『NEXT LEVEL』の歌詞の一部から。主人公の天道総司にピッタリ過ぎる歌詞として有名。その後の『天の道を~』も、彼が自分のことを説明する時に多用する言葉である。おばあちゃんは言っていた、俺の先にこそ活路は開き、故に俺の後には道が残るのだと

*7
岡部倫太郎……もとい、狂気のマッドサイエンティスト・鳳凰院凶真の特徴的な笑い方。中の人(声優)も手伝って、とにかく耳に残る

*8
『BLEACH』第一話、主人公黒崎一護のモノローグより。因みに下記の『チャン一』は二枚屋王悦からの彼の呼び名。要するにラッパー風の呼び方である

*9
この場合は一護(いちご)の名前と、キーアの髪の色(=ストロベリー・ブロンド)のこと

*10
格闘ゲームなどで出てくる用語。基礎のカラーリングの他に、全体のカラーパターンを変化させたもの。元々はドット絵などの、外見の変化を付け辛い環境でどちらが自分が操作するキャラなのかを、簡単に見分ける為に生まれたものだとされる。分かりやすいのは初期のマリオ・ルイージなどだろうか(最初期は背丈なども同じで、色以外の差異は存在しなかった)

*11
『後漢書─班超伝』における班超の台詞を元とする故事成語。虎の巣に入らなければ虎の子を捕まえることはできないと言うことから、危険を犯さなければ大業を果たすことはできない、という意味となった

*12
『バイオハザード』シリーズの主人公の一人、クリス・レッドフィールドのこと。元々単なる軍人だったのだが、ゾンビ関連の事件に巻き込まれる内に、いつの間にかあだ名がゴリス(ゴリラ+クリス)になるほどにムキムキになっていった

*13
洋画『コマンドー』の名訳の一つ。原文は『He's one gigantic motherfucker』。単純に訳すなら『バカデカイクソヤロウ』、みたいな感じだろうか。他人に言うとまず殴られるスラング(『motherfucker』)が入っているので、他人に言うのは止めましょう

*14
ダルのことを変態と言う割に、クリス本人もちょっと頭がピンクなことから。つまりお前もhentaiというわけだ、クリスティーナ!



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幕間・ダンジョンを駆け抜けろ!

「じゃあ、イクゾー!」

「うち、迷宮探検は初めてなん!」

「でしょうね。はぐれないように、手とか繋ぎましょうか?」

「大丈夫なん。クリスお姉さんは、転けたりしないように気をつけて欲しいん」

「ふむ、それもそうね。オッケー、任せておいて」

 

 

 と、言うわけで。

 即席の四人一組(フォーマンセル)となった私達は、心配そうにこちらを見詰めるマシュなどの視線をその背に受けながら、家の中へと足を踏み入れたわけなのですが。

 

 

「……え、いきなり全然違うんだけど」

「あれー!?」

 

 

 後ろ手に窓を閉めた途端に、周囲の景色が一変したため、パイセンが思わずと言った風に言葉を溢し、それを受けた私もまた、あまりにも違いすぎるその状況に、思わず大声をあげてしまったわけなのでございます。

 具体的に言うと、(トンネル)潜る(抜ける)とそこはド田舎(雪国)でした、状態。……あ、一応言っとくけど雪景色ではないです、単なるネタ、ネタだからね?*1

 

 まぁともかく、さっきまでの道のりが薄暗い廊下だったとするのなら、現在私達が立つのは田舎の畦道(あぜみち)*2、左右に広がるのは青々とした田園風景。

 ……現代日本人が忘れてしまった、ある意味典型的な田舎のド真ん中に突然放り出された、というわけである。

 そりゃまぁ、なんじゃこりゃって感想が出てくるのも仕方な……!?

 

 

「どうしたのよキーア、いつものアホ面が更に間抜けになってるけど」

て、てれれてってれ~、普通の手鏡~

「……いや、震えすぎでしょ声……って、は?」

 

 

 辺りを見渡すためにちょっと視線を右に向け、その後左に戻した、そんな一瞬の出来事だったのだが……いや、驚かないで欲しいのだけれど……。

 

 

「……なんか私、背が伸びてない……?」

「おー、ほたるんと同じくらいになってるん。服装も、さっきのぐっちゃんと比べるとすっごい普通なん」

「あらホントね。さっきの痴女以外の何物でもない服に比べたら、いかにも普通の格好っていうか」

「……そういうクリスは、滅茶苦茶身長縮んでるけど」

「はっはっはっ。そんなバカな……バカだ!?」

「こっちはこまちゃんなん!みんなうちの友達みたいになってるん!」

「こまちゃん言うな!……はっ!?」*3

「あ、あー。一時的な【継ぎ接ぎ】みたいな感じ……?」

 

 

 なんとまぁ、みんなして服装とか背丈とかが、のんのんびよりの四人組に近いものにチェンジされているのである。

 

 パイセンは背丈こそちょっと伸びた程度で済んでいるが、服装が普通なものに変化していた。

 ……あの露出過多状態から考えると、あまりにも大きな変化である。蘭陵王*4が見たらちょっと感動してしまうかもしれない。主のまともな服装を見れた、とかみたいな感じで。

 

 で、打って変わってれんげちゃんに関しては、変化ゼロ。

 ここがのんのんびよりを意識した場所だとするのなら、そりゃ当たり前というものであるが。……こうも変化無しだと、それはそれでちょっと警戒してしまうところがなくもなく。

 

 最後に、クリスなのだけれど。

 元々はパイセンと全く同じ身長*5の彼女は、およそ二十センチ以上の大幅な減量となり、もはや子供以外の何者でもない見た目に変化していたのだった。

 ……ロリクリスとは、またニッチ*6な話である。

 

 なお、私は背丈が伸びました。……キリアモードほどじゃないけどね。

 

 

「……これ、着替えられないのかしら」

「流石にその格好から前の格好に戻るのはどうかと……」

「動き辛いんだけど」

「我慢してください」

「……むぅ」

 

 

 そんなわけで、似非のんのんガールズと化した私達は、周囲になにか無いかを確認しつつ、畦道を歩いている。

 随分悠長な感じだが、それもそのはず。

 

 

「……太陽、動いてないわねここ」

「ずっと同じ場所で輝いてるん、ぽかぽか陽気なん」

「夏とかじゃなくて良かったわね。……いや、稲の成長状態からすると、本当なら夏場のはずだけど」*7

 

 

 どうも、この場所は時間が止まっているようなのである。

 ……いや、止まっているというよりは、()()()()()()という感じだが。

 どっちでも同じでは?と思うかもしれないが、実際は微妙に違う。

 

 止まっているというのは、例えば『星の白金(スタープラチナ)』や『世界(ザ・ワールド)』のように*8、その世界に適応(入門)していなければ動くことの叶わない状態のことである。

 空間の停止も結果として引き起こすため、本来であればそもそも思考は出来たとしても、動くことはできないはずの場所でもある。*9

 

 対し進んでいないというのは、端的にはサザエさん時空のようなモノを言う。

 物は止まらず、生き物は生を謳歌し、時間は確かに時を刻む。

 ──しかし、その時の刻みは決して未来にはたどり着くことはない。いつの間にか始まりに戻り、同じ時を刻み続ける。

 要するに、()()()()()()という環境下では、一応時間経過の概念は存在するのである。──一定以上の時間軸に()()()()、というだけで。

 

 ここは、まさにそれを体現する場所。

 風は吹いている、日は照り付けている、稲はそよそよと揺れ動き、影は私達に付いて回る。

 ──けれどそれだけ。

 それは限られた時間の中を繰り返すようなもの。

 ごく自然に終端と始点が繋がっているせいで気付けないが、ただひたすらにゼロと一を繰り返すだけの、余りに歪な平穏を紡ぐモノでしかないのである。

 

 

「……とまぁ、散々不安を煽ってみたけれど。……基本的にはのどかな田舎町でしかないよね、ここ」

「うちの住んでたところとは違うみたいなん、でも良いところだと思うん」

「ふーむ、別にのんのんびよりの原作の地、というわけでもない……と」

「じゃあ、私達なんのためにこの姿にされたわけ?」

「さぁ、この道の先に答えがあるんじゃない?」

 

 

 なお、あくまで繰り返しの世界である、ということがわかっただけで、寧ろ危険とか一切飛んでこない分、さっきまでより快適ですらあったりするのだが……まぁ、些細なことだろう。

 ごく短期間のループを、それを気付かぬままに横断し続けている……みたいな感じになっているらしく、ちょっとした入門気分だったりもする。

 

 地面のアリが三歩ほど進んで、三歩ほど後退りしたりしているのを眺めつつ、木陰で一休みしながら、あれこれと考察する私達。

 畦道はいつの間にか地面の色が見える道に変わり、それはまだまだ先へと続いている。

 眺める道の先は山の中へと続いていて、いかにもなにかあると主張しているかのようだった。

 

 

「……まぁ、まだ歩き疲れるってほどでもないし。さくさく歩こっか」

「はーいなん」

「……歩幅が狭くなって、ちょっと歩くのダルいんだが?」

「文句言うんじゃないわよ、私だって服が鬱陶しいの我慢してるんだから。……っていうか、他の人間に会いそうもないんだし脱いでも「ダメです」ぬぅー……」

 

 

 なので、スカートに付いた葉っぱを払い落としながら立ち上がった私は、他のみんなに手を貸して立ち上がらせながら、まだ見ぬ目的地に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

「凄い長さの階段なん!鳥居もいっぱいなん!」

「まぁ、なんというかお誂え向きっていうか……鬼太郎君が居たら、どういう感じの場所かわかったのかなぁ?」

「千本鳥居って奴よね、これ。有名なのは京都のだけど……」

「どこがモデル、ってことでもないんじゃないの。そもそも、あそこは周囲が田んぼってわけでもないし」

 

 

 砂利道は山のふもとに至り、そのまま山の頂上へと、石造りの階段に姿を変えて続いていく。

 

 雰囲気重視なのか、はたまたなにか深い意味があるのか。

 まるで京都の千本鳥居のように、階段と寄り添うように立ち並ぶ鳥居の姿は、ちょっとの畏れと、れんげちゃんの言うような不思議なわくわくをもたらしてくる。

 

 歩いた時間はここまでで一時間ほど、細かな休憩も挟んでいるので、疲れもほとんどない。

 なので、そのまま階段に足を掛け、私達は先に進み始めたのだが……。

 

 

「……ループしてない?」

「かもしれないわね。どうする?鳥居の裏側に護符とか貼ってないか確認しておく?」

「そんな修学旅行・京都編じゃないんだから……「あ、あったん」あるんだ!?」*10

 

 

 周囲の景色がほぼ代わり映えしないことから、途中まで気付かなかったが、どうやら途中でループに閉じ込められていたらしい。

 さりげなく目印を付けておいた鳥居を通りすぎたあと、下からその鳥居を潜る……という現象を目の当たりにした私達は、ループの原因を探し始めるのだった。

 

 なお、原因そのものはすぐに見付かった。

 なんというか、馬みたいな見た目の護符?が、鳥居の額束の後ろに隠されていたのである。

 うっすら光輝いていたため、まず間違いなくこれが原因だと思うのだが……。

 

 

「……ダメだ、なんもでねぇ!」

「参ったわね、まさかキーアが、一般人とさほど変わらない状態になっているだなんて……」

「不味いわ後輩!私も爆発できなさそう!」

「出来たとしてもしなくていいですからね?どう考えても巻き込まれるし庇えないし」

 

 

 上から【継ぎ接ぎ】としてのんのんガールズの属性を付与されているせいなのか、魔法とか気とかのような、不思議系の能力が一切使えなくなっていたのである。

 パイセンも自爆不能(しめりけ)になっているあたり、結構困ったことになったというか、なんというか。*11

 幸いにして、ループに気付いた場所は自販機がある踊り場のような場所だったため、喉の乾きを癒すのに苦労はしなさそうだが……。

 

 

「うーん、空き缶でも投げ付けてみる?」

「今の私の力で、あそこまで届く気がしない件」

「ってことは私?……いや待ちなさい、無理言うんじゃないわよ爆発するわよ?」

「あー、服が気になって、まともに投げられない……ってことかな、これ?」

「ぐっちゃんはわがままなん」

「喧しいわよ、そもそもあんな小さいのに狙って当てるとか、普通の時でも無理だっての」

 

 

 こちとらみんなして能力制限中みたいなもので、普通に投げるのでさえ蛍ちゃん扱いのパイセン、次点でなっつんになってる私がどうにかなるかな?って感じなのだけれど。

 それにしたって、あの高さの位置のあの小ささのモノに当てるのは、普通の時でもそれなりに苦労しそうだということを考えると、無謀以外の何物でもないというか。

 

 端的に言うと、今の私達着ぐるみを着ているようなものだからね。どこぞの緑の怪獣じゃないんだから、動きが悪くなるのは仕方ないのであります、はい。*12

 

 はてさてどうしたものか。

 貧弱ボディとなった私達は、あれこれと考えを巡らせるのでした。

 

 

*1
川端康成氏著作の『雪国』の冒頭文『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』より。『トンネルのむこうは、不思議の町でした』という、『千と千尋の神隠し』のキャッチコピーも有名か。どちらにせよ、トンネルを潜るという動作の間に、境界を踏み越えるということの比喩が含まれているのは間違いないだろう。なお、『トンネルを抜けると()()()~』と言う形で覚えられて居ることが多い(BBちゃんもそちらを元にした台詞を喋っていたりする(『トンネルを抜けるとそこは邪悪なBBスタジオだった』))が、上を読めばわかるように本来『そこは』は入っていない。初稿版ではそもそも『雪国~』辺りが存在しなかっただとか、はたまた後に映像化された時に増えただとか、ドリフがこれを元ネタにしたコントを披露した時に増えただとか、様々な説があるが詳細は不明

*2
田んぼと田んぼをしきるように盛られた土が、そのまま道となっているもの。……細いものでも(しきるという用途を満たしているから)畦ではあるので、人が通れる幅があるとか、踏み出しても下の土が崩れないとか、そういう感じの特徴が加わったものだと思っておけば、そう間違いではない

*3
要するに、『◯◯言うな!』繋がり

*4
『fate/grand_order』より、星4(SR)セイバー。絶世の美男子と呼ぶに相応しい美貌を持つ男性。なので基本的に仮面を被ってその顔を隠している。……宝具はその顔を仮面を外して見せる、というどこのフェイスフラッシュ(キン肉マン)だ、みたいな感じのもの。霊衣だと代わりにサングラスを外すのだが、たまにたはは、って感じの苦笑顔になる。その笑みは世のマスターの性癖をねじ曲げたとかなんとか。虞美人のことは、とある縁から(主人みたいなものとして)よく気に掛けている。主大好き系従者でもある

*5
両者とも160cm。なお体重に関しては、虞美人の方が4キロほど重い設定になっている

*6
『niche』。隙間やくぼみなどを意味する言葉で、その意味の通り、好む者が少数しか居ないような商品や、それを扱う産業などを示す言葉。要するに、隙間産業

*7
『水田(すいでん/みずた)』は夏の季語であるように、基本的には青々とした田園風景というのは、夏に見られる風景である

*8
どちらも『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(part03)『スターダストクルセイダース』に登場するスタンドの名前。どちらも成長性が高く、最終到達点は共にスタンドという能力の枠組みを越えかねないものとなっている(『アイズオブヘブン』におけるスタープラチナ・オーバーヘブンなど)。また、『世界』の方は後の時間系能力者に多大な(イメージ上の)影響を与えている、とも言われている。なお、後の文の『入門』という表現も、同じくこの作品からのもの

*9
先の『思考は物理的には証明できない』云々の話より。停止した時間に実際に人を放り込むことはできないので、確かめる術はないが

*10
『ネギま!』でのエピソードの一つ、『京都修学旅行編』より。大体の二次創作はこの辺りを越えるとエタるので、ある意味一番印象に残る場所でもある

*11
『ポケットモンスター』のとくせいの一つ。爆発系の技が全て使えなくなる。なお、基本的にはハズレとくせい(爆発系の技の採用率が下がった為)。頻繁に自爆したりする野生ポケモンの捕獲には役立つ

*12
ガチャピンのこと。『着ぐるみを着て専門分野を行える』人が早々見付からないという理由から、中の人は基本的には同一人物が務めているのだとか。無論、例外はあるそうだが



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幕間・色々わかればどうにかなるか?

「ここはやっぱりパチンコを使うしかないん!」*1

「え?男の修行は飯食ってパチンコして寝るに限る?」

「暗黒進化*2以外の何物でもない話するのやめなさいよ……」

 

 

 暫くあーでもないこーでもないと考えを巡らせた結果、れんげちゃんから提案されたのは、パチンコ(飛ばす方)による狙撃であった。

 実際、手が届かない位置にあるあの護符をどうにかしようとするのであれば、なにかを飛ばすという方法しかないのは確かな話。

 その発言によって横合いからクリスが提示したのは、髪留めのゴムを使うかなり簡易的なパチンコだったのだが……まぁ、現状で用意できるものとしては、最上級のモノと言えなくもないだろう。

 

 と、言うわけで。

 道中の山の中、そこに生えた木々の中から、手頃な枝をへし折ってきて、自身の髪を留めていたゴムと上手いことクラフトし、即席のパチンコを作り上げた私である。*3

 

 強度は……子供の腕力で扱うことを考えれば、まぁこんなものかな?……といった感じ。早々壊れることはない、というのは間違いないと思う。

 弾に関しては、そこらに転がってる小石を使えばいいとして……問題は、誰が射手を務めるのかということになるが……。

 

 

「……いや、私は無理よ?そういうので遊んだことないし」

「私もパス。この四人の中だと一番力強いってことになるんでしょうけど、その分壊しそうだし、細かい狙いを付けるとか無理があるし」

「ということは、私かれんげちゃんか……別に弾に限りがあるわけでもないし、失敗とかもそこまで気にするわけじゃないから……」

「じゃあ、うちがやるん!ウソハナ張りのパチンコ捌きを見せるん!」

「ウソハナ?……ってああ、ウソップね」*4

 

 

 他二人が拒否の姿勢を示す中、元気よく立候補したのがれんげちゃんだった。

 

 ……今回のあれこれが、彼女に纏わるものであるのなら。

 彼女が活躍する方が、最終的によい結果をもたらすだろうという思惑もあり、持っていたパチンコを渡す私。

 無論、ゴム部分が千切れたりしなければ、最悪他の部分は替えが利くものでしかないので、ある程度色々試すつもりだから、という面もなくはないのだけれど。

 

 ともあれ、彼女は気合い十分の様子。

 某海賊団の狙撃手に任せるような気持ちで頼るといい、みたいなことを彼女は告げていたけど……。

 流石に、遠く離れた風見鶏になんなく当てちゃうような、意味不明な腕前の狙撃手と張り合うのはどうかなー?……とは口にしないでおいた。*5

 折角やる気なのに、その気合を削ぐ意味があんまりないからね。

 

 まぁそんな感じに、れんげちゃんに護符を打ち落とす役割を任せた私達は。

 特になにか手伝えることがある……というわけでもないので、彼女を囲んで応援することにしたのでした。

 

 

「がんばえーれんちょーん」

「貴方ならやれるわ、頑張ってー」

「どうせなら鳥居ごとぶっ壊しちゃいなさーい」

「お姉さん達、応援下手くそなん……」

 

 

 なお、当のれんげちゃんからは大不評でしたとさ、解せぬ。

 

 

 

 

 

 

「やったん!遂にうちは成し遂げたん!」

「十分くらい?意外と早かったわね」

 

 

 それからおおよそ十分ほど。

 最初の内はそもそも前に飛ばない・飛距離が足りない・狙った所に当たらない……などの問題を抱えていたが、無理をせず回数を重ねることを重視するように伝えた結果、地道に扱い方や狙い方を修正していったれんげちゃんは、遂に護符を打ち落とすことに成功したのだった。

 

 これが遅いのか早いのかはよくわからないが、今の彼女が私達の中で一番パチンコを上手く扱える、というのは間違いないだろう。

 短い間に酷使された即席パチンコ君にも、惜しみない称賛を贈りたいところである。

 

 

「それにしても……馬は馬なんだけど、なんだか変な形じゃない?」

「……む?変とは?」

 

 

 そうしてれんげちゃんの両サイドから彼女に抱きついて、ひたすらになでなでする作業を敢行していた私とクリスだったのだが……、地面に落ちてきた護符を拾い上げたパイセンが、小さく首を捻りながら声をあげた。

 内容は、馬のようなその護符の形について。

 馬の頭、馬の体、馬の尻尾。それらは全て、私達のよく知るサラブレッドのそれだったのだが……。

 

 

「ほら、これ」

「……二本足?」

「走ってる最中、偶然この形になることもあるかもしれないでしょうけど。……わざわざそこを切り取る必要はないとは思わない?」

「まぁ、確かに。これだと()っていうよりは()……あ」

「いやなによ、急にワケわかんないこと言われても、こっちにはなにも伝わらないわよ」

 

 

 足の形だけ、前後一本ずつに見えるような状態になっていたのだった。

 要するに、左右の足が横から見た時にほぼ重なっているわけなのだが、普通馬を象る時は足が四つ見えるようにすることがほとんどであるため、このように『馬』を知らない人が見たら勘違いをしそうな形になっている、というのは幾ばくかの疑問を抱かざるを得ないわけで……みたいなことを考えていた私は、そこで雷に打たれたような衝撃を受けたのだった。

 それこそ、『』という文字がどこで生まれたものか、ということを考えればすぐに気が付く話だったのだが、()()()私はその疑問につい先ほどまで気付いていなかった。

 

 

「……なるほど、解けたで工藤!」

「誰が工藤だ、誰が。……で、なにが解けたのよ?」

「少なくとも、この場所を作ったのが誰か、ってことが解けたのよ」

「なんと?」

 

 

 したり顔で呟く私に、クリスがツッコミを入れてくるが、こちらとしてはそれどころではない。

 何故ならば、この田舎の風景を作り出した者が誰なのか、なんとなく予測が付いたからである。

 二本足の馬、という護符が示すものは、今この場においては一つしかない。

 そして、それに関連する者の内、ここまで大掛かりなことに関わることができそうな存在は、更に限られている。

 

 今の今まで、彼女の存在を思い出せなかったのは……なにかしら理由があるのだろうが、今のところは全て推測にしかならないので、ここで語ることはしない。

 

 

「どこの探偵の勿体ぶり方よ、それ」

「まぁまぁ。とりあえず、先に進めるようになったみたいだし、さっさと進みましょうよ」

 

 

 こちらに不満を溢してくるパイセンには、ループの解消された山道を示すことで答えとする。──どっちにしろ、推測が当たっているかどうかは、この道を進めば自ずとわかるのだ。

 

 そんな風に彼女を宥めて、自販機のあった踊り場を離れ、再び階段を登り始める私達。

 木々の間から差し込んでくる日差しの眩しさに目を細めつつ、石階段を進んでいき──、

 

 

「あ、頂上なん!」

「あ、ちょっと!急に走ると危ないわよ!」

 

 

 階段の終わりが見えたため、階段を登るペースを速めたれんげちゃんに、慌ててクリスが付いて行き。

 そのまま、

 

 

「あっ」

「危ないん!」

 

 

 急いだせいか、階段に足を引っ掛けてしまったクリスが、体勢を崩し、倒れそうになりながら階段の向こうに消える姿を見た私とパイセンは、慌てて二人の後を追う。

 登りきった先で、私達が目にしたのは……。

 

 

「ふぅ、危なかったな。これに懲りたら、境内を走り回るのは止めるんだぞ」

「は、はい、今後気を付けます……」

「すっごい速さで駆け付けたん!まるで王子様みたいだったん!」

「ちょっ、恥ずかしいからやめてってば!」

 

 

 ()()()()()()()()に、倒れそうになったところを助けられたと思わしき、クリスの姿がそこにあったのだった。

 なお、現在の彼女はお姫様抱っこ状態なので、凄まじく照れていたりする。

 ……なお、なんとなく気付いているかもしれないが。

 

 

「……オグリ」

「ん?私を知っているのか?……んん?なんだか見覚えがあるような……?」

 

 

 クリスを助けた白い髪の彼女。

 それは、今回表の方には居なかった、オグリキャップその人なのであった。

 

 

 

 

 

 

「なる……ほど?私はいつの間にかここに居た、という記憶しかないが、そっちはそっちで大変だったんだな」

「大変……うんまぁ、大変かな……」

「……?なんだか歯切れが悪いな?」

「まぁ、色々あったのよ」

 

 

 巫女姿のオグリの後ろを付いて歩きながら、これまでのことを説明する私達。

 服装こそちょっと見慣れない感じだが、このオグリは私達の知るオグリで間違いないらしい。

 ()()、というところにちょっと思うところがなくもないが、この分だと私の予想はほぼ当たり、ということで良さそうだ。

 

 

「もしかして、タマモもここに?」

「ああ、いるぞ。私と一緒に巫女修行だ」

「巫女修行?滝に当たったりするん?」

「あれって冬にやるもんでしょ?この気温じゃ、単なる水浴びにしかならないんじゃない?」

「そうだな、そういう修行ではないぞ。大体境内の掃除をしたりするのが主だ。参拝客は来ないがな」

 

 

 オグリとタマモは、どうやらこの神社──上に登った時点ですぐに確認できる、それなりの大きさの建物──で巫女をしているらしい。

 今のところタマモの姿は確認できないが、多分境内のどこかで掃除をしたりしているのだろう。

 ……正月ピックアップかな、とは言わないでおく。

 なお、参拝客云々は……そもそもこの場所の中で動いているのが私達と、それから彼女達くらいのものだろうと思われるので、そりゃそうだろうとしか言えなかったりする。

 

 ……というか、もしかして向こうに居なかった場合の彼女達は、基本的にこの田舎に飛ばされていたのだろうか?

 そうだとすれば……なんというかご苦労様、としかこっちには言えない感じである。

 

 そもそもにここに来たのが今回初ということは、毎度毎度たどり着きもしない相手を、掃除をしながら気長に待ち続ける二人……いや三人?まぁその時々によってメンバーの人数が違うだろうが、ともかくひたすらに待ちぼうけを受けていた、ということは間違いなく。

 ……()()()()()が恐らく全てを記憶していると思われることを考慮すると、お労しやなんて言葉が飛び出すこと受け合いである。

 

 そんなことを話しながら、私達はその神社……()()神社の奥へと進んでいくのだった。

 

 

*1
正式名称スリングショット。Y字型の棹にゴム紐を張り、弾と紐を同時に引っ張り・離すことで、遠くへと飛ばす道具。大型になればカタパルト、小型の玩具であればパチンコなどと呼ばれる。パチンコ玉を飛ばしていたからパチンコと呼ばれている、という説があるが、詳しいことは不明。なお、平均的なスリングショットの有効射程は10m前後となる

*2
『デジタルモンスター』シリーズの内、主にアニメシリーズでの用語。パートナーの負の感情を起因とした間違った進化、というのがほとんど。大体ワクチン種やデータ種などが、ウイルス種に進化することが多く、基本的には闇堕ちと同義であるとも言える

*3
アドベンチャー系のゲームに存在する要素。複数の物品を組み合わせ、新しいアイテムを作る。ゲームによっては『そうはならんやろ』みたいなモノができあがることも。アイデアと工夫がモノを言うシステムだが、時々余計なモノを作ると攻略用のアイテムが作れない(=素材が足りない)、という詰みを発生させてくるゲームも存在する

*4
『ONE PIECE』より、長い鼻が特徴的な少年。嘘をよくつく人物であるが、基本的には善人気質。海賊団の中では実力的に下に見られがちだが、狙撃の能力やモノ作りの才能には目を見張るものがある

*5
アニメのローグタウン編でのオリジナルストーリーより。ウソップがゴーグルを入手する話なのだが、漫画でのそれよりも話が大事になっている。なお、どう考えてもパチンコで届かない位置(正確な距離は不明)にある風見鶏を撃ち抜いているため、この時からわりと意味不明な狙撃の腕だった、と言える



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幕間・ここはのどかな田舎町……ではない!

「……まぁご立派なお社だこと」

 

 

 神社の中に入った私達は、その内装に驚いていた。なにせ、外観と内観が明らかに違う。

 外側が普通の神社だとするのなら、中はまるで薄暗い洞穴のよう。

 とてもじゃないが、人工物だとは思えないような内観が中にそびえていたのである。

 

 そんな洞穴の奥の部分に静かに鎮座しているのは、真っ白なモコモコの物体。

 大きさとしては──大体、私達の一人と半分(1.5倍)くらいの高さ。大きいと言えば大きいが、巨大かと言われればまた違うだろう。

 抱きついてそのふさふさの毛並みに体を埋めたら、気持ちよさに溶けてしまいそうな気がひしひしと伝わってくる感じの体型でもあったが。……人をダメにする神様、みたいな?*1

 

 ──そう、()()

 周囲に注連縄*2っぽいものがあったり、それ(毛玉)が鎮座する場所が、周囲より一段高くなっていたりなど。

 明らかにその白い物体を奉っている……ということが見て取れるようになっていたのである。

 

 外観が神社であった以上、中に奉られているものなんて、御神体以外の何物でもないだろう。……ここでご立派様*3とかが出てきたら色々と正気を疑っていたところだが、あくまでも出てきたのは白い毛の塊。

 とある漫画では似たような白い毛玉の妖怪『ケセランパサラン』が善の究極妖怪だなんて呼ばれていたりするし、白い毛玉が良いものだ、というのは昔から変わらない真実なのだと思われる。*4

 

 話が横に逸れたので元に戻して。

 鎮座する毛玉は、身動ぎ一つせずそこに佇んでいる。私達が近付いても、暫くはちょっとした反応すら見せなかった。

 ……これが予想通りのモノであれば、私達が目の前に現れた時点で反応を返してきそうなものなのだが。

 

 

「……動かないね」

「む?おかしいな、いつもならすぐに反応を返してくるんだが。おーい、もしもーし?」

 

 

 困惑混じりにそう呟けば、ちょっと離れた位置で別の用事を行っていたオグリが、動かない白い塊に一度首を捻った後、起きろとばかりにその毛玉をぽすぽすと叩き始めた。

 流石にぎょっとする私だが……、うん、これだけ叩いても反応無し。よもや寝てるのだろうか、と思い始めて更に暫し。

 

 

『……む、むむ。……おお、ようやくここまで来たか若いの』

「…………?!」

 

 

 もそりもそりと白い塊が動きだし、その姿を変える。そうして現れたのは、()()()()()()姿()()()()存在だった。

 

 

『我輩は琵琶蚕護神(びわのかいこもりのかみ)。まぁマイナー神なので知らんとは思うが』*5

「ダレーーーーッ!!?」*6

 

 

 現れたのは……巨大な白い猫だったのだ!

 

 

 

 

 

 

 

『ああ、ビワなら我輩に実体を貸してくれておるでな。ある意味上に被さっておるのが我輩、ということになるかの』

「……えっと、【継ぎ接ぎ】的な?」

『半分は当たっている、耳が痛い』*7

「はん……ぶん……?」

 

 

 巨大なでっかい猫──見た目的にはあやトラの『シロガネ』を、デフォルメのまま大きくしたような感じ。白いニャンコ先生、みたいな風でもある──である琵琶神様は、この辺りの民間伝承に伝わっている、かなりマイナーな神格だそうで。*8

 ()()()()()のために協力者を探していたところ、この領域に祭神(ケルヌンノス)の要素を持つビワが現れ、力を貸してくれたのだとか。

 なお、元々は小指ほどの小ささだったという。

 ……信仰が神々の力の源だというのなら、マイナー神が大した能力を持たないというのは道理だが……。

 

 

「ええと、ここを維持してるあたり、貴方は()()()()()()ってことでいいのよね?」

『むぅ、難しい問いであるな。我輩がここを維持しているのは、とある目的のため。それをお主達が果たしてくれるというのであれば、喜んで協力するが──』

「そうじゃないなら敵対する、と?」

『お主達がどう見るかだ、まだまだ心眼が足らぬ』

「……あの、ちょくちょくサム八混ぜるのやめて貰えませんか?」

『む、これは失礼。我輩どうにも『勇』を失いやすいようでな、誠に済まぬ』

(わざとなのかなこれ……)*9

 

 

 なお、何故かサム八語録を多用してくるので、ちょっと会話がイラッとする。*10

 ……いやまぁ、どうにも聞いている限り、勝手に語録が混じってくる感じのようだけど。……シロガネとかニャンコ先生だと思っていたけれど、実際は彼のガワは達麻(だるま)が主体、ってことなのかもしれない。*11

 

 ともあれ、この猫神様がなにかしらの目的を持って、この場所を維持しているのは間違いないようだ。

 ウマ娘組がちょくちょく消えるのも、恐らくは彼の元に呼び出せるのが下敷きになっているビワの属性に縛られるから、ということだろう。

 ……そうなると、同じくよく消えるゆかりさんは、同じボカロ……ってよりはボイロ系列の誰かに呼ばれている、ということになるのだろうか?

 いやでも、それだとたまに消えるシャナの説明が付かないか……。

 

 まぁ、ともかく。

 このループの世界の原因の一端である彼。

 その彼の願いを果たすことが、ここからの脱出に必要なことであるというのは明白。

 ゆえに、我々は彼の要望を聞き、それを叶える努力をせねばならないということになる。

 

 

『む、良いのか?そんなに安請け合いして?』

「安請け合いもなにも、やらなきゃ帰れないので……」

『それもそうか。……とはいえ、お主にできることはそうないからのう』

「私に?……ってことはやっぱり」

『お主は物事をあせりすぎる*12。まぁ、ここでは外の時間経過は一切起きぬ。暫し休んでいくと良かろう』

「休めって……」

「いやまぁ、ループまで猶予がある、ってなら文句はないけど」

「ちょっ、キーア?!」

「いいから、とりあえず今は休んでいよう」

 

 

 ……ほんとちょくちょく挟まるな、語録……。

 そんな感想を押し込めつつ、皆を促して洞窟内の探検に出かける私達。

 クリスからは疑問の声があがるが……そこは口元で人差し指を立てる(しーっ)ことで文句を封殺。

 実際、彼はあくまでここを維持しているだけで、しなければいけないことは私達が直接なんとかできるもの、というわけでもない。

 なので、今できることはここに居なかったタマモの方に向かうこと、だろう。

 

 なので、一つ挨拶を置いて皆で社の外に出る。

 空模様は変わらず晴れ、天気が崩れるような予兆はなし。いわゆるぴーかん晴れ、などと呼ばれるような天気である。*13

 

 

「ぴーかん?ピカチュウがカンカンなん?」

「そうだとするなら今は青天の霹靂になってなきゃおかしいねぇ」*14

「……?」

「おっとこっちも通じねぇ!?」

「そりゃ、普通に暮らしてたら霹靂なんて言葉も聞かないでしょうよ。……で?ここからどうするの?」

 

 

 なお、ジェネレーションギャップ的なやつなのか、れんげちゃんは首を傾げていた。……霹靂も通じないのかー、なんて風にショックを受けていると、横からパイセンが口を挟んでくる。

 声こそ出してないものの、クリスの方も不満げな様子。……いやまぁ、ここで完全に不満だけを抱えているのは、恐らくクリスの方だろうけども。パイセンは薄々気付いていそうだし。

 

 

「……え、もしかして理由があるの?」

「ありますよそりゃ。私は別に考え無しに動いてるわけじゃないですよ?」

「えー……?」

「……おかしい、なんか知らんけどクリスからの信頼度が足りてないような……?」

「寧ろどこで稼いだってのよ、ほぼほぼニュートラルでしょ今」

「……相変わらずだな、お前達は」

 

 

 なお、このようにクリスからは不思議そうな顔を返されたわけなのだが。……いやまぁ、確かに説明とかせずに動いてたわけだから、仕方ないところもあるけれども。

 横からオグリが呆れたような声を挟んでくるあたり、いつも通り感が強いのも意味わからんし。

 

 納得しきれない微妙な空気に首を捻りつつ、タマモを探して東奔西走。

 結果行き着いたのは、社の後ろにあった竹林の中だったのだが……。

 

 

「ふっ!ぬっ!はぁっ!でぇい!!」

「……あの、あの子は一体なにをしているの?」

「修行だ」

「修行……」

 

 

 目の前で行われる修行とやらに、クリスがなんとも言えない表情を向けている。

 隣のオグリは至って普通の様子だが、これに関してはクリスが正しいとしか言えない。なにせ、彼女がやっていたのは。

 

 

「ミンナニハナイショダヨ!キシンリュウオウギ!エックスキックッ!!」

「……どう見てもユニバースね」

「いやキャッスルヴァニアでは?」

「凄いん!ばばばっと飛び回って、ヒーローみたいなん!」

「えっ?!……ってヌォワァーーッ!!?」

「えっちょっ!?」

「タマモクロス、死亡確認!」*15

「確認すな!……って、そんなこと言ってる場合じゃないわよ!大丈夫ですかー!?」

 

 

 しなる竹を足場にして、視界の中を所狭しと跳び跳ねるという、なにを想定したのかよくわからない修行だったのだ。……台詞的に、彼女の中のユニバース要素が増幅された結果、なのかもしれないが。

 なお、横でその修行を眺めている者が居ることに遅ればせながら気付いた彼女は、余所見をした結果足を滑らせ、そのまま反動で竹林の奥の方に吹っ飛ばされて行くのだった。無茶しやがって……。

 

 

*1
無印良品が販売する『体にフィットするソファ』に座った者達が、このソファを称える為に発した言葉。元々はSNS発祥。倒れ込むと沈むように体にフィットするのだが、それが起き上がろうという気力を奪っていく気持ち良さであるため、人をダメにするという評価を与えられた。似たように、ぼすっと顔を埋めると沈み込んで行くような柔らかさを持つクッションなどを『人をダメにする○○』と呼ぶようになったとかなんとか

*2
神域とその他の場所を分ける為の縄。占める縄、が変化したものとされる

*3
『女神転生』シリーズより、悪魔の一柱にして魔王の一人『魔羅(マーラ)』の呼び方の一つ。見た目がとても卑猥、しかして凄いのでご立派様と呼ばれる。……なお、お釈迦様の悟りを妨害した強大な魔王でもあるため、実力そのものはとても高い。見た目で侮ると酷い目にあうので気を付けよう。なお、『ペルソナ3』でのみ『マララギダイン』という火炎系の専用技を覚える。あと覚える技があまりにも卑猥なことが多い。煩悩の化身なので仕方ないのかもしれないが

*4
『地獄先生ぬーべー』でのケセランパサランの扱い。なお、実際の『ケセランパサラン』はちょっとしたラッキーアイテムのような存在。他人にバレたりバラしたりすると逃げるらしく、一応生き物?らしい。なお、ぬーべーにおいては願いが叶うという性質が拡大解釈されたのか、周囲の戦いの為の武器を朽ちさせたり争う気力を失わせたり怪我を一瞬で治したりなどの、『善の究極妖怪』の名に恥じぬ実力を発揮した。ある意味いい方向にしか使えない聖杯、みたいなものだろうか

*5
一応注釈を入れておくと、オリジナルの神様です

*6
『金色のガッシュ!』のとあるコマのコラ画像から。物語の最終章・最終決戦の場に、かつて出会った魔物の子達が力を貸すために現れる……という展開の中で、その先鋒として現れたダニーというキャラが、ガッシュの肩に手を置いて頑張れと檄を送り、それに対しガッシュが彼の名を呼んで感激に涙を流す……という感動のシーンなのだが。彼の名前とこの場面の構図が、突然背後に現れてこちらを呼ぶ見知らぬ人(ダレー)、というネタをコラ作成人に思い付かせてしまうのだった……

*7
『サムライ8 八丸伝』で登場した台詞の一つ。別にこれそのものはそこまで変な台詞ではないのだが、作品そのもののネタ性によりこんな扱いになっている。問答無用でこちら側に掛かる精神的ダメージを半分に削る、使い勝手の良い台詞(?)

*8
それぞれ『あやかしトライアングル』および『夏目友人帳』に登場する猫系のキャラクターのこと。ぷくぷくとした太っちょの猫みたいな見た目。どちらも本当は実力者、という点で繋がりが無くもない

*9
『サムライ8 八丸伝』より『どう見えるかだ、まだまだ心眼が足らぬ』及び『【勇】を失ったな』より。前者は武神の台詞、後者は達麻の台詞。作中に登場する『サムライ』はサイボーグであり、自身の決めた義に反することを行ったり、はたまた負けを悟ると勇を失い、散体する。なお、散体そのものはより強くなるために必要なことだったりして、ちょっとややこしい。感覚的にはお釈迦様が死を受け入れたようなもの、なのだろうか?なお、一応前者は視野が狭いことを示したもの(見えるものしか見えていない、見えないものを見よ(心眼を鍛えよ))なので、変な台詞ではないのだが……タイミングと話のわかりにくさゆえに、単なるはぐらかしの言葉と化している(似ているのは『お前がそう思うんならそうなんだろう お前の中ではな』だろうか?)

*10
『サムライ8 八丸伝』における、どこか遠回しな勿体ぶった空気を持つ台詞群のこと。話を誤魔化すのに長ける。……というのは、話に奥行きを持たせようとしたのが、単なるはぐらかしに見えたからだろうか?

*11
『サムライ8 八丸伝』における師匠キャラ、猫のような姿の存在。一応本体は人型

*12
同じく達麻の台詞。正確には『……お前は物事をあせりすぎる』。ネットでは何故か『お前は結論を急ぎすぎる』という形で伝播している。相手を嗜める為の言葉……のはず

*13
語源不明の言葉の一つ。雲一つ無いような快晴を示す言葉だが、語源とされる説が多く、その実態は不明。『ぴーかん照り』もしくは単に『ぴーかん』とも

*14
雲一つ無い青空なのに突然霹靂()が落ちてくるということから、突然の出来事に大変驚いたことを示す言葉。霹も靂も共に雷を示す言葉であり、特に激しい雷を意味している。近年では『鬼滅の刃』の我妻善逸(あがつまぜんいつ)の技、『霹靂一閃』が有名だろうか。なので、()()()()()()()耳にはしたことがあるはずである

*15
漫画『魁!!男塾』より、生存フラグの一つ。王大人(わんたーれん)の死亡確認は、明らかに死んだような者に対して行われるのだが、実際は誰一人死んでいなかった為、あてにならないモノとしていつの間にか生存フラグ扱いされるようになった、というもの。似たような者に川に落ちるなどがある。なお、作中では王大人は死亡確認を三回しか行っていないそうで、世間のイメージほど言っているわけでもないそうな



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幕間・そろそろ本気で走り始めようか

「……見とったんなら声掛けんかいっ!!」

「いや、これは私が悪いのか……?」

「悪いわダアホッ!!」

 

 

 どこから出したのかよくわからないハリセンで、スパーンッ!!……と叩かれるオグリを、なんとも言えない目で見つめつつ。

 竹林から出てきた私達は、所々に絆創膏を貼っているタマモを連れだって、近くの川原に腰を下ろしていたのでした。

 

 聞くところによれば、彼女の先程までの奇っ怪な行動は『修行ってなにしたらええんやろか』と悩んだタマモが、突然の天啓を受けて考案したモノなのだという。

 どう考えても電波を受信している(ユニバース案件)としか思えない所業だが、天啓を受けた当時のタマモは正気を失っていたらしく、そのまま採用、アンドトライ。

 

 結果、お前さんどこのイナガミだよ?*1……みたいな動きをマスターすることに成功したのだという。

 いやまぁ、本当にあれみたいな動きができるようになったとすると、突然竹を生やせるようになったことになってしまうため、実際はしなる竹を使っての高速移動を覚えた、というだけの話なのだろうが。

 

 ……え?その時点で大概意味がわからない?セイバー忍法なら仕方ない。*2……ウマ(ライダー)忍者(アサシン)セイバー(ユニバース)という、言葉上での意味不明さがおぞましいが気にしてはいけない。

 

 ともあれ、こうして合流したタマモも、いつものタマモで間違いなさそうだ。ユニバース案件混じりのタマモなんて早々居ないだろうし、間違いない間違いない(慢心)。

 

 

「せやけど……ふーむ。繰り返す日々なぁ。今一実感が沸かんと言うか……」

「まぁ、記憶ごとリセットされてるみたいだし、仕方ないわよ。あの神様は、ここでは時間経過は起きないって言ってたから、猶予はまだあるんでしょうけど……」

「最終的に条件を満たさないことには、結局ループにまっ逆さまってわけでしょう?……そのあたり、気付いている奴にいい加減説明して貰いたいところなんだけど?」

 

 

 タマモが頭をぽりぽりと掻き、クリスが嘆息を返し。

 最後に、パイセンがこちらを見てくる。……知ってること全部吐け、みたいな感じのお顔ですね、はい。

 

 まぁ、確かに?なんとなーくここでするべきこと……正確には()()()()()()()()()()()()については、目星がついているわけなのだけれど。

 ……それを私達が口に出したところで、彼女の成長に繋がるか?と言えばノーと言いますか……。

 

 

「……彼女?成長?」

「そ。……思い出して欲しいんだけど、のんのんびよりってどういう作品だった?」

「へ?……えっと、田舎でのほのぼのライフやっけ?」

「公式的には『脱力系田舎ライフコメディ』って書いてあったぞ」*3

 

 

 クリスの言葉に、小さく頷き。

 今回の案件に深く関わっていると思わしい『のんのんびより』という作品が、どういう描写をしていた作品だったかを問い返す私。

 タマモやオグリからは、田舎町を舞台にしたコメディ作品である、という旨の返答が戻ってきたが……もう一つ、この作品を語るのに必要な要素がある。

 

 

()()()()()()()()()()、ってこと。一年の経過を描くけど、実際には次の年にはならず、作中人物達も歳を取らない。……コメディ作品にはよくある話だけどね」*4

「……そうなの?」

「あ、もしかしてアニメ組だったり?……原作では、普通にサザエさん時空の描き方だったんだよ」

 

 

 それが、『のんのんびより』という作品は()()()()()()()()()()()()()()()、すなわち『サザエさん時空』だったということである。

 なお、アニメでは一クールが一年、という描き方を一期の時に行っていたため、原作のそれ以降のエピソードは『以前語られなかった部分』という形で二期以降に回されたのだとか。

 なので、アニメだけを見ていると、ループ感はなかったりするかもしれない。*5

 

 ともあれ、『のんのんびより』という作品が(かなり乱暴な見方だけど)一種のループモノとして扱うことができる、というのはなんとなくわかって貰えたと思う。

 そしてその上で──この作品が今のループに関わった理由、その一端が次の話になる。

 

 

「漫画だとわかりやすいけど……『のんのんびより』って、最終的にはループから離れるんだよ」*6

「……なるほど?ループを打ち破ることが最終目標ってわけね?」

「いやまぁそんな大層な話じゃないんですけどね……?」

 

 

 ──最終話。

 そこで、作中人物達は卒業したり、妹が産まれたり、はたまた一年生になったりなど、明確な時間の経過を体験する。

 

 そう、物語の針が、一年の壁の向こう側に進むのである。

 それはある意味で、最終話だからこそ許されたことなのだろうが……原作において『閉ざされた時間の先に進んだ』という実績があるというのは、私達なりきり組に対しては大きな意味を持つ。

 すなわち、成長の先にまだ見ぬモノがある、ということを指し示すものなのだ。

 言ってしまえば半オリジナルへの扉である。……結論のせいで台無し?いやいや、これって凄いことなのよ?

 

 

「元がサザエさん時空の場合、ループに見合わないような展開は受け入れられにくいけど、そこから脱する過程までがあるのなら、作中人物が成長した姿を想像するのも、また意味が違ってくる。──要するに、()()()成長した姿を提示して貰える可能性がある、ってことだからね」

「……そのあたりの利点についてはよくわからないけど。それと今の状況が、どう結び付くのよ?」

「おっと失礼。勝手に興奮してすまないすまない」

 

 

 なお、熱く語っていたらパイセンに白い目で見られることになるのだった。なんでや!

 ……まぁ、話がずれていたのは確かなので、軌道修正感謝感激雨霰ではあるのだけれども。

 

 とにかく、『のんのんびより』がループ系でありつつも、最終的にはループから離れる作品として見ることができる、というのはわかって貰えたと思う。

 それを踏まえた上で、ここでしなければいけないこととは……。

 

 

「──()()()()()()()()()。それが、このループの解除条件ってわけ」

 

 

 ──物語の終わりに、たどり着くことだ。

 

 

 

 

 

 

「……穏やかじゃないわね」

「どう見るかですよ、終わりを新たな旅立ちと見るか、はたまた単なる断絶と見るか。……いやまぁ、パイセン的にわかり辛いってのもわかりますけど」

 

 

 不機嫌そうな顔を向けてくるパイセンと、その視線を真っ向から受ける私。

 ここ最近の彼女は先輩力が上がっているため、こちらが言外に述べていることに気付いているようだが……だからと言って、こっちも意見を曲げるわけにはいかない。

 心愛ちゃんの時から、なんとなく()()()()話だと思っていたことの実例が目の前に居る以上、私はその結末を見届けなければいけないのだから。

 

 そんな私達の突然の険悪な雰囲気に、周囲は何事かと右往左往。──ただ一人を除いて。

 

 

「……うちは」

「おおっと、別に口に出さなくてもいいよ、れんげちゃん。……貴方の状況が特殊だってことは、なんとなく気付いていたし」

「いや、勝手に納得して話を続けないで欲しいんだが?」

「おっとゴメンよクリス。……簡単に説明すると、ループの脱出条件は、れんげちゃんの成長にこそあるのよ」

「……れんげの成長?どういうことだ?」

「どうもこうも、そもそものこのループの起点は、れんげちゃんだってこと」

「……なん、やと……?!」

 

 

 俯いていたのは、さっきから声を発していなかったれんげちゃん。

 『のんのんびより』に纏わる話が多かったことからわかるように、このループの起点となったのは彼女である。

 ……まぁ、イコール彼女が黒幕ってわけでもないのだけれど。

 

 

「……どういうことだ?」

「燃料というか、場所というか。……ともかく、彼女の意思で起きたことじゃなくて、彼女を触媒・もしくは切っ掛けとして起きたのがこのループだってこと!黒幕って呼ぶべき存在は別に居るのよ」

 

 

 つまり、ループの動機となったのがれんげちゃんであり、ループの実行者がまだ見ぬ人物で、ループの解消のための手段を残したのが猫神様、ということになるわけだ。……雑に言うと、三つの勢力が存在したという話になる。

 

 理由については……まぁ落ち着いてから考えるとして。

 恐らくは砂の塔の方に関わっているのが、ループ存続派であり、そこにいる誰かを倒す・ないし納得させるのが、ここでの最終目標になるわけなのだが。

 その前段階として、中立ではあるもののループの存続派に近い立ち位置であるれんげちゃんが、ループから抜けようという意思を持つように成長しなければならない……というのが、今回この神社でやらなければいけないこと、ということになるのである。

 

 私達にできることがないと言ったのは、ここで必要なのがあくまでも()()()()()()()()()()()()だから。

 彼女がループを止めようと思えない限り、私達は単なる賑やかしにしか過ぎない、というわけなのである。

 

 ……と言ったようなことを、皆に説明したところ。

 それぞれの反応は、なんともまちまちなモノだった。

 

 

「よし、そうと決まれば走るでれんげ!」

「のん!?」

「走れば難しいこと全部吹っ飛ぶ!走り抜けたあとなら、なんもくよくよすることもあらへんわ!」

「お、おおお……、ででできればほどほどにしてほしいん、うち走るのは嫌いじゃないけど、モンモンについていくのは無理があるん……!」

「……モンモン?」*7

「タマモンモン、って感じじゃないか?それとタマモ、無理強いは良くないぞ」

「あいたっ!?」

 

 

 ウマ娘組は、すさまじく体育会系な結論を出したタマモが、れんげちゃんに向かってレースのお誘いをしていた。

 まぁ、ウマ娘とヒト娘のレースなどという、結果が見えてるものに付き合わされる方の身としては、堪ったものではない……とは言えずに、ガタガタと震えるれんげちゃんと、それを見てタマモの後頭部にチョップ(ツッコミ)を入れるオグリ、という感じに収まったわけなのだが。

 

 

「……ふーむ、やっぱり私がここにいる理由って、そういうことなのかしら……」

 

 

 クリスの方は、小さな声で何事かをぶつぶつと呟いている。

 大方現状把握のための独り言なのだろうが、その真剣さから彼女に近付くものはいない。

 で、残ったパイセンはと言うと。

 

 

「……寝るッ!用事があるなら適当に起こしなさい」

「あっ、ちょっ……行っちゃった」

 

 

 彼女は不機嫌そうな顔をしたまま、神社の方に歩いて行ってしまうのだった。

 ……『虞美人』としてのあり方的に、このあたりが落とし処ということなのだろう。

 彼女には最後に声を掛けるとして、今ここで私がするべきことは、っと……。

 

 

「よし、私が足になるぞれんげちゃん。風になれば思考も纏まるさ」

「キーアお姉さんがうちの足になるん?」

「そういうこった!負けねぇぜタマモ!」

「いや待ちーな!金色に光るな金色にッ!!」

 

 

 迷いを見せるれんげちゃんに、とりあえず考える時間を与えることであろう。

 というわけで、彼女を肩車して、そのままタマモとの競争に出掛ける私なのであった。

 

 

*1
『モンスターハンターフロンティア』に存在した古龍種の一体。別名は『雅翁龍(がおうりゅう)』という、和風な見た目の牙獣種のような存在。なお、モーション的にはキリンの仲間。名前も中国地方での方言である『いながみ』(馬のたてがみの意味)から来ている為、根本的には馬系なのかもしれない。竹林に住んでいるが、彼の古龍としての能力もこの竹に纏わるものであり、なんと自在に竹を地面から生やすことができる。そのまま竹槍のように獲物に向けて地面から飛び出させたり、はたまた太い竹を咥えて周囲を薙ぎ払ったりと、中々にスタイリッシュな戦闘方法を持っている

*2
『fgo』のキャラクター、『謎のヒロインX』が使う謎の技術。セイバー(剣士)は忍法なんて使わねぇだろ、などとは言ってはいけない。仮に言った場合、貴方の後ろにミンナニハナイショダヨ、エックスカリバー!!

*3
公式での『のんのんびより』のキャッチコピーの一つ。『脱力系ド田舎ライフコメディ』などの表記揺れあり

*4
コメディ・ギャグ系の作品において、時間経過は余分なノイズになりやすいため、敢えて時間経過を無視する、ということがままある。その為、結果として『サザエさん時空』のような描写になるというわけである。なお、『クレヨンしんちゃん』のように、作中で時間が進んでいないとおかしい(ひまわりの誕生、家の焼失など)があってもなお、『サザエさん時空』として続いていく作品も存在する。時間は積み重ならないが、歴史は積み重なっていくため、『蓄積型サザエさん時空』などと言う呼び方もあるとかなんとか

*5
一年単位の物語であったとしても、その中の全ての日を描くことはほとんどないからこその、ある意味での荒業とも呼べるやり方。四月の上旬を一期でやったのなら、四月の中旬を二期で、四月の下旬を三期で描く……みたいな感じのやり方である(実際には、二期の四月は漫画では二度めの四月だし、三期の四月は漫画では三度めの四月である、という組み込み方をしているようなものと言える)

*6
アニメのラストシーズンでも、漫画の最終話と同じ場面を描いていた。なお、先述の通りアニメはエピソードを合間合間に差し込む形にしていた為、新作を作ろうと思えば作れないこともない構造にはなっている(漫画はループを抜けたので、完全な新作を作るしかないが)

*7
『ゼロの使い魔』のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシのあだ名……ではない



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幕間・巡る時の中で、ただ一歩を

 時間の経過がない、と猫神様が言ったように、お天道様(てんとさま)は中天から動かず、ただ大地を照らしている。*1

 ただ、それでも私達の体の方は、生理現象*2に忠実なようで。

 

 

「……お腹空いたん……」

「確かに。多分六時間くらい経ってるから、そろそろ夕食を食べたい気分だよね」

 

 

 景色的には真っ昼間でも、体内時計的には夕方六時くらい。*3

 そりゃまぁ、お腹も空いてくるってもので。

 延々と野山を駆け回っていた私達は、腹ペコ状態で神社まで戻ってきていたのでありました。

 

 

「……姿が変わったわりには元気だな?」

「私は体型的には成長した方だからね。これが研究者としての貧弱そうな肉体から、更に虚弱そうになったクリスとかだったら、走る云々の前に盛大に転けてそうだけど」

「ああ、確かに。また境内の何も無いところですっ転んでいたからな」

「ちょっ、オグリさん!?それ言わないでって約束っ!!」

「はははっ、すまない。つい口が滑ってしまった」

 

 

 階段を登ってすぐの場所で、オグリが箒で掃き掃除をしていたので声を掛ける。

 どうやら、こちらが見ていない間に、クリスがまたハプニングを起こしていたらしい。……当事者である彼女の反応を見るに、恐らくはまたオグリに助けられたのだろう、という予測も付いた。

 ……なんだろうね?キマシタワーとでも言っとけばいいのかな、こういうの。*4

 

 

「違うわっ!申し訳なさで真っ赤ってだけよっ!!……ってあ、ちが、その違うの」

「言うに事欠いて自爆しておる。これが天才少女の姿か、嘆かわしい」

「@#%&♯☆ッ!!」

「どうどう、抑えろ抑えろ。なに言ってるのかまるでわからんぞ。それとキーアも、不用意に挑発するんじゃない」

 

 

 なお、そのあたりのことを口にしたところ、ものの見事に自爆したクリスなのであった。……私達を嗜めるオグリの方が、よっぽど大人だと言えよう。

 

 まぁ、今のクリスは小鞠(こまちゃん)ポジションになっているため、どことなく子供っぽくなっているという面もあるのだろう。

 とやかく言うのは良くないというのは確かなので、素直に引き下がることにするキーアさんである。

 ……まぁ、その丈にあってない白衣を止めればいいのでは?とは言っておくが。脱がない理由もわかっているけども。

 

 

「……キーアも大概影響されてるんじゃないのか?」

「かもねー」

 

 

 からかいぐせが付いたというか?まさにからかい上手のキーアさんだな!*5

 などと適当なことを述べつつ、こちらに向けて真っ赤な顔で意味不明な言語を叫びながら、脇目も振らずに突進してきたクリスの頭を押さえて止める私と。

 そんな私達の姿を見て、呆れたような声をあげるオグリなのでした。

 

 

 

 

 

 

「サンマの塩焼き……味噌汁……五穀米……ご機嫌な夕飯(ゆうめし)だ……」

「THE・和食って感じね。いいんじゃない?」

「…………」

「……いや、なによそのしょぼくれた顔は」

「ツッコミの入らんネタほど寒いもんもないからな。上手いカウンターやね。さっきの仕返し?」

「え?は?」

「……単純に知らなかっただけみたいだな」*6

 

 

 神社の別室、和室っぽい場所に用意されていた夕食は、サンマと味噌汁、それから五穀米というそれなりに豪勢なものだった。

 個人的には山盛りのキャベツとベーコンエッグもあれば、(ネタとして)完璧だなーと思いながら声をあげたのだが……うん、クリスには通じませんでしたとさ。悲しみ。

 

 気を取り直して、両手を合わせて挨拶をしたのち、料理に箸を伸ばす。

 味噌汁は具が豆腐と揚げだけの、オーソドックスなタイプで、啜っているとどことなく安心してくる、柔らかい味の一品だった。

 サンマの方は塩加減が絶妙で、油の乗ったその白身を噛み締める度、幸福を実感してしまうような感じ。

 誰が作ったのかはわからないが、満点をあげたい気分である。

 

 

『作ったのは我輩じゃよ』

「なん……だと……!?」

「猫のキッチンなん、包丁さばきがすごいん!」

「ん?見てないのに何故凄いと……ああ、猫の手か」*7

 

 

 そんな風に料理に舌鼓を打っていたら、横から告げられたのはこれを作ったのが猫神様である、という事実。

 

 ……でも、言われてみればそりゃそうだ、となってくる。

 だって、オグリもタマモも、さっきまで他のことをしていたのだから、彼女達が夕食の準備をする暇なんてないのだ。

 だから、この中で唯一手が空いていた人物……猫神様が準備をした、と考えるのは本来自然な流れのはずなのである。

 まぁ、外見がトトロ*8めいたこの神様に、料理ができるとは思っていなかった、という気持ちがあったことは否定しないが。

 

 

『因みに師はかの有名な御仁、天照玉藻之前猫被殿である』

「アマテラスタマモノマエネコカブリ……?」

 

 

 なお、彼の口から告げられた料理の師であるという人物の名前には、皆揃って宇宙猫顔を晒すことになったのだが。

 アマテラス?タマモノマエ??ネコカブリ……???

 ……我輩で猫キャラって()()()()()()なのだろうか?

 

 

「……そう言えば、アイツらに会ったことあるのは私とお前だけ、だったかしらね」

「ソウデシタネー……」

「……どうした二人とも?なんだか元気がないみたいだが」

「「なんでもないわ」」

「お、おう……?」

 

 

 他のメンバーが、あくまでも名前の意味不明さに困惑する中、その師というのが誰なのか、この猫神様が誰の影響を受けているのか……ということに気付いた私とパイセンだけは、乾いた笑みを浮かべていたのでした。

 

 

 

 

 

 

「露天風呂まであるとか、致せり尽くせりだねぇ」

「でも景色は昼間なん」

「そうだねぇ……」

 

 

 夕食を食べたあとは、そのまま風呂に入ると良いと猫神様に言われ、一同は神社から少し離れた位置にある露天風呂に足を運んでいた。

 

 山と川とを一望するその露天風呂は、秋頃ならば紅葉を視界いっぱいに楽しめる絶景だろうな、という感想を思い浮かばせるような良いお風呂だった。

 まぁ、今は秋ではないので、あくまで視界に入るのは青々とした山々なのだが。……これはこれで絶景だと思うが、正直にお風呂に入って楽しむというのなら、秋に来た方が楽しいと思います。

 

 

「やけに秋推しね?」

「サンマと言えば秋、秋と言えば紅葉。……みたいな気分なのです、はい」*9

「設定されているのは夏、求められているのは秋、実際の季節は冬……季節があやふやすぎないか?」

「気にしない気にしない。そもそもの話、気温的には昼間なのにお風呂に入っても熱すぎない夏、って時点で狂ってんだから気にしたら負けよ負け」

「適当やなぁ」

 

 

 ぐだぐだと会話をしながら、湯船に浸かる。

 そもそもの話、あのサンマはそこの川で獲れたものらしいので、旬だとかなんだとかは全く関係なかったりする。

 海魚が川で獲れる時点で、真面目に考えるだけ無駄……ということだ。*10

 

 なので、季節設定的には真夏だとしても、真っ昼間(みたいな天気の中)風呂に入っていたとしても、特に問題はないのである。……普通はやらんだろうがな!

 

 まぁ、そこら辺の話はおいといて。

 これからどうするかについて、ぽつぽつと話し始める私達。

 基本的にはれんげちゃんがどうするか、という部分に問題は集約されるため、私達にできることは彼女のお手伝い、ということになるが……。

 

 

「それをこの子に直接聞くのはアウト、ってこと?」

「そーいうことー。必要なのは彼女が自発的に先に進む(成長する)こと。立ち止まっている理由を聞かれたら、彼女はそれを答えなければいけなくなるけど……」

「周囲が聞いたら、必ず急かされるような内容だということか?」

「……急かすかどうかは別として、『それは良くない』とは言うんじゃないかね、皆」

 

 

 まぁ、あくまで私が思っている通りの理由なら、という注釈が付くわけだけども。

 そんな私の言葉に、皆が難しい顔で考え込み始めるが……その中で一人、クリスだけが「やっぱり」という顔を見せていた。

 

 

()()()()()()、ってことよね?」

「まぁ、多分ね」

「ふーん、お姉さん達も大変なんなー」

「ははは、そうそう大変なの……総員警戒ーッ!!」

 

 

 クリスからの()()()()()()()ような言葉に、小さく頷き。こういうのって対応難しいよなー、なんて風にむむむと唸っていたところ。

 突然に増えた謎の声に、皆へと警戒を促す。……まぁ、あくまで流れ的に促したというだけで、別にそこまで警戒する必要はないのだけれども。

 

 さて、私達のすぐそばに突然現れたのは。

 

 

「……かようちゃん」

「そう、うちだようち。かわいいかわいい、かようちゃんだよー?」

 

 

 真っ黒なれんげちゃんと言うべき容姿の少女。

 一番最初に出会ったはずの少女、かようちゃんだったのだ。

 あまりにも突然に現れた彼女は、最初の時の印象とはまた違った姿をこちらに見せてくる。それは、

 

 

「んー」

「な、なんなん?なんでうちを見詰め……ひぃっ!?突っつくのはやめるん!」

「やーかーまーしーいーわー!!ええい勝手にあれこれやっちゃって!このっ!このこのっ!!」

「ひぃっ!?助けてほしいんキーアお姉さん!」

「ははは。素直に受けなさい、それが君のするべきことだよ」

「そんな馬鹿なっ!?なん!」

「あっはっはっはっ、待て待て待てー!」

 

「……え、なんやのこの状況?」

「わからん……なんもわからん……」

 

 

 れんげちゃんに対し、執拗なそすんすを繰り返すかようちゃん。……いや当たってるみたいだからそすんすではないか。

 ともかく、つんつんつんっとれんげちゃんの柔肌に突っつき攻撃を繰り返しながら、彼女を追い掛けるかようちゃんに、出会った当初のような彼女(れんげちゃん)との類似性を見出だすことはできない。

 

 どっちかと言えば悪戯っ子めいたその姿に苦笑いを浮かべつつ、れんげちゃんに助けを求められた私はそれを華麗にスルー。

 悲痛な声をあげたれんげちゃんは、容赦のない突っつき攻撃から、湯船をばしゃはしゃと波立てながら逃げ回っていく。

 反対にかようちゃんは、どちらかと言えば悪ガキ感を迸らせながら彼女の背を追っていった。

 

 そんな、突然の大騒ぎを目の前にしたオグリとタマモの唖然とした声を聞き流し、私は隣のクリスに声を掛ける。

 

 

「……役者は揃ったみたいだねぇ?」

「そうね。……ただまぁ、これからのことを考えると頭が痛いけど」

「確かに」

 

 

 そう言葉を交わしながら、二人で空を眺めるが。

 雲すら流れてこない青空は相も変わらず、地上の喧騒など知らぬとばかりに太陽が輝いているだけ。

 

 結局、騒ぎを聞き付けた猫神様に『お風呂で騒いではいけないぞ』と注意されるまで、双子のような見た目の、二人のおいかけっこは続いたのだった。

 

 

*1
太陽の呼び方の一つ。『おてんとうさま』とも。『てんとう虫』の名前も、この天道に関わっている

*2
生きているなら必ず起きる体の反応のこと。あくびやげっぷのようなものや、排泄系の現象、月経などの性に関わるものなど、その範囲は多岐に及ぶ。基本的には『起きない方が問題』なものなので、他者のそれをからかうことは良くないと覚えておこう。髪が抜けるのも、生理現象だぞ

*3
南極や北極では一日中太陽が空に有り続ける日があり、これを白夜と言うが、その反対に常に日が登って来ない日もあり、こちらは極夜と言う。どちらにせよ、該当地域に住んでいる人は、体内時計の調整に苦労しそうだというのは確かだろう

*4
『ストロベリー・パニック』のキャラクター、涼水玉青(すずみたまお)の発言を元にしたもの。正確な発言は『キマシタワー!!!』。この手のモノによくある話ではあるが、原作(アニメ)ではこの発言は一度きり、ついでにテンションは低め。タワー()みたいな扱いをされているが、そもそもは単なる語尾である(要するにお嬢様言葉的なもの)。百合のような展開が巻き起こった時に周囲が書き込む、ないし呟く言葉。百合の塔などとも。間違っても『キシマタワー』などと空目してはいけない……

*5
『からかい上手の高木さん』のタイトルより。□□な◯◯さん、というタイトルの火付け役のような気がする作品。『□□』は性質を、『◯◯』は名前を入れるのが普通。作品説明がタイトルに含まれている、という意味ではなろう系の作品のネーミング法則に近いところがある、かも?

*6
『バキ』シリーズのとある1シーンより。正確には『範馬刃牙』第207話 "家庭料理"内の描写。ご機嫌な朝飯、と呼ばれるもの。内容はベーコンエッグ・ワカメの味噌汁・サンマの塩焼き・山盛りのキャベツと白いご飯。普通の人が食べようとすると、朝食としては重いと思われる

*7
料理をする時、包丁の扱い方として例に出される言葉。包丁を持った手とは反対側、包丁に添える手の形を示したもの。いわゆる軽く握った拳のことなのだが、中指の第一間接を包丁の側面に当てることで、包丁が意図しない方に動かないようにするガイドの役目を果たすものであり、下の材料が動かないようにする為のものでもある。何故こうするのかと言うと、仮に材料を握りながら切る、ということになった場合、誤って指を切り落としてしまうかもしれないから。なので指が切れるような手の添え方(中指の第一間接より前に親指が出てしまっているなど)はNG

*8
ジブリ映画『となりのトトロ』に出てくる不思議な生き物の通称。裏設定的には、『もののけ姫』のコダマが成長するとトトロになる、らしい。その為、種族は森の精。魔法が使えたり、はたまた駒に乗って空を飛んだりなど、とにかく不思議な生き物

*9
なお、北海道で獲れるサンマに関しては、夏が旬なのだとか。そちらは他ではあまり見ない『サンマのお刺身』などがおすすめだという

*10
淡水魚と海水魚の主な違いは、体内の浸透圧の調整の仕方による。淡水魚の場合は普通に泳いでいると水分過多になる(周囲より浸透圧(塩分濃度)が高い為、体内に水分が入ってくる)ので、体内の余分な水分を尿として大量に放出する機能をもっている。反対に海水魚の場合、普通に泳いでいると水分不足になる(周囲より浸透圧(塩分濃度)が低い為、体内から水分が逃げていく)ので、海水を大量に飲み、海水中の塩分をエラから排出する、という形で水分を補給している。基本的に魚はこれらの調節機能の内片方しか持たない為、自身の生息域以外の場所では暮らせない、ということになる(淡水魚が海に行くと、必要以上に水分を放出してしまい脱水になる。反対に海水魚は、必要以上に水分を補給してしまう)。因みに鮭はどっちも持っているため、川で生まれて海に行き、栄養を蓄えた後に川に戻って産卵する、というサイクルを取ることができるのだとか。なお、人間が海水を飲んではいけない理由も、浸透圧にある(塩分濃度が高いことと浸透圧が高いことはほぼイコールであるため、血中の塩分濃度が上がると細胞から水分が失われていき、最終的に脱水症状になる)



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幕間・引き止めるのは

「というわけで、かようでーす。あ、漢字は荷物(にもつ)の『荷』に『葉』っぱね」*1

「……なぁキーア、聞いてた話と随分キャラ違うんやけど?」

「だねぇ。なんでだろうねぇ」

「……なんやその返事、実は知っとるんやろ自分?」

「ふははは黙秘!」

「そんなん答えを言うとるようなもんやないかい!」

 

 

 感覚的には夜(なお外は変わらず真っ昼間)なので、取り敢えず寝ますかとばかりに日の入らない部屋へ案内して貰った私達は、そこで改めて、再び私達の前に現れた黒いれんげちゃん……もとい、荷葉ちゃんの自己紹介を聞いていたのだった。

 まぁ、私が皆に教えていた人物像とは全然違ったため、案の定他のメンバーから質問責めに合うことになったわけなのだが。

 無論、私がその理由を知るわけなどない。

 ……タマモの言う通り、なんとなくの理由については、予想もできていたりするけども。

 

 

「……予兆?」

「そ。あの時皆に確認したけど、荷葉ちゃんは【逆憑依(なりきり)】でも【顕象】でもないって結論を出したんだよね。……だけど今の彼女、どう見てもこっちのことを理解したうえで喋っているでしょう?」

「【逆憑依】について知っている、と?」

「そういうこと。()()()()()()()()()()こっちを知ってるってことは、『予兆』の段階でも知識の参照はできる、ってことなんでしょう、多分」

「ふーむ。……いや待った、彼女はあくまで予兆なんだよな?じゃあ、れんげちゃんとの関係は……?」

「あ、それは簡単だよ。私に憑依し損ねたから、この子は【顕象】になっちゃったみたい」

「……はぁ?!」

 

 

 推測を並べる内に、荷葉ちゃんが横から話に突っ込んで来たわけだが……その内容はまぁ、予想通りというかなんというか。

 

 要するに、【逆憑依】として成立する際になんらかのアクシデントがあり、中途半端にれんげちゃん化した荷葉ちゃんと、【顕象】として成立したれんげちゃんに別れてしまった、ということだったらしい。……すなわち、魂の双子状態!*2

 

 

「もしかしたら、頑張れば合体とかできるんじゃないかな?」

「が、合体?」

「か、軽いわね、色々と……」

「そうなん!もっと深刻に考えるん!」

「ん、んん……?れんげ、どうしたんや?」

 

 

 当事者の一人である荷葉ちゃんは、何故かケラケラと笑っているが……それを受けた周囲は、一部を除いて微妙な顔。

 そもそもに【逆憑依】が失敗する、という状況自体が初耳なこともあって、皆どういう反応を取っていいのか、判断に困っているようだった。

 

 そんな中、微妙な顔をしていない人物(その一部)に含まれる内の一人──れんげちゃんが、普段の彼女らしからぬ真剣な表情で、荷葉ちゃんに対して怒りを見せていた。

 内容は、荷葉ちゃんが()()()()()()()()()()()について、余りにも楽観視し過ぎている──というような内容のもの。

 恐らくは【顕象】だと思わしき彼女が告げる言葉であるがゆえに、【逆憑依】の失敗にはとんでもない事態を引き起こすなにかがあるのでは、というような緊張感が皆の間に走ったわけなのだが……。

 

 

「あんたは!深刻に!考えすぎなのよ!」

「痛っ!?痛たっ?!や、止めるん!地味に痛いん!!」

 

 

 その言葉を受けた方の荷葉ちゃんは、逆にれんげちゃんに怒り返す始末。

 結果、さっきの露天風呂でのそれと同じように、二人のよく似た少女達の、おいかけっこが再び始まってしまう。

 

 これにはこちらの緊張感も毒気(どっき)*3も抜かれてしまうというもの。

 そうして、周囲の視線がこちらに(この状況の説明を求めて)向くのを感じた私は、返答代わりに肩を竦めて首を横に振る。

 言外に処置なし、と告げる私の様子に、皆は小さくため息を吐いて。

 部屋の中を駆け回る二人を、ボーッと眺めるはめになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのまま騒ぎ疲れた二人が泥のように眠るのを見て、私達も床につき。

 時間は流れて次の日?の()。『起きるのである』という猫神様の声と、開け放たれた襖から燦々と照り込む日光に、寝惚け眼を擦りながら外に出てきた私達は。

 

 

「あ、おそよう皆。ご飯できてるよー」

「……?はい、おそようございます……?」

 

 

 何故か割烹着*4を着ている荷葉ちゃんの姿に、思わず首を捻りつつ。

 昨日夕食を食べた部屋に向かって、皆で歩き始めたわけなのだが……。

 

 

「……あの、こちらはどなた様がお作りになられたので?」

「私だけど?……あ、久しぶりだから変だったらごめんね?」

「なん……だと……」

 

 

 そこに用意されていたのは、白菜の浅漬けや茄子のお味噌汁、鰆の西京焼き*5にだし巻き卵などなどの、余りにも完璧な和の朝食だったのだ。

 昨日の夕食よりも更に洗練されたそれを作ったのは、なんとそこにいらっしゃる荷葉ちゃんだという。

 ……見た目小学生にしか見えないんだけど、この朝食の出来映えはなんというか、思わず唸らざるをえないというか……。

 

 

「……白菜美味しい……っ!」

「おかわりもあるからね。たんと食べてね!」

「おかんや、ロリおかんがおるで……っ!!」

「ろ、ロリおかん?なにそれ?」

「今の君だよ!」*6

 

 

 そもそもの話、私達より早く寝て早く起きて、そこから料理を行っているという辺りが、既におかん(ちから)アゲアゲである(?)。*7

 見た目はれんげちゃんとほぼ同じだというのに……荷葉ちゃん、おそろしい子!*8

 

 

「ん、んー?よくわかんないけど、褒められてるんだよね?」

「うん、褒めてる褒めてる」

「ならいいや。ほられんげも、たくさん食べて食べて!」

「う、うん。頂きますなん」

 

 

 こちらの言葉に、小さく首を捻る荷葉ちゃん。

 ……ジェネレーションギャップ的なあれなのか、ガラスの仮面はよく知らないらしい。*9

 そのまま、複雑そうな表情を浮かべたれんげちゃんに声を掛け、お茶を注いだり味噌汁のお代わりをよそったりしている。

 

 そんな彼女のある種甲斐甲斐しい姿を横目に、茄子の味噌汁を啜る私。

 ……関係性的には、彼女の方が姉のようなもの、ということなのだろうか。

 構われることにちょっと遠慮というか、隔意というかをほんのりと漂わせるれんげちゃんの様子を目に焼き付けながら、朝食の時間は過ぎていった。

 

 

『片付けば我輩がやっておくから、皆で川にでも行くと良いのである』

「あ、ちょっ!私がやるってばー!……もう!善意の押し売り禁止だぞー!」

「ははは。まぁいいじゃないか。小さい子に任せっぱなしというのは、猫神様も気に病むのだろう」

「もー、別にいいのに」

 

 

 そうして朝食が終われば、そのまま片付けに移ろうとした荷葉ちゃんの背を押して、遊んでこいとばかりに外に放り出す猫神様。

 当の荷葉ちゃんは不満げな様子だが、周囲からしてみれば小さい子供が背伸びをしているようにしか見えないので、あの猫神様の対応も仕方ないというか。

 ……まぁ、下手すると私よりも料理が得意そうなあたり、あんまり歳上ぶるのもどうかとは思うのだけれど。

 

 

「ふーん、アンタ一応料理できるのね?」

「大体マシュがやってることが多いですけど、一応私もできなくはないですよ?……まぁ、あくまでもできなくもない、って程度ですけど」

「へー、ってことは男の料理、みたいなやつってこと?」

「……そこまで雑ではないかなぁ」

「男の料理が雑、って言うんも先入観やけどな。……で、このまま川に行くんでええんか?他にしたいこととかは?」*10

「う、うちはやっぱり……」

「はいはいはーい!行きます行きますれんげが言うことは無視でお願いしまーす!」

「ちょっ?!」

「おー、積極的」

 

 

 かと思えばこの通り。

 れんげちゃんが尻込みする……というか遠慮する時には、彼女がそれを叩っ切る感じらしい。

 遠慮の理由が()()()()なら、彼女がそういう行動を示すのは必然なわけだけど……。

 

 

「……すっかり、キャラが変わっちゃったわね、れんげちゃんも」

「んー、積極性が抜けたというか。……憑依のし損ねのせい、ってところもあるのかな?」

「さぁね。……ともあれ、ここからなんでしょ?」

「多分。……まぁ、悪いことにはならないと思いたいところだけど」

「そこ二人、なにコソコソやってんのよ」

「おっとパイセン。いやいや、ちょっとお手伝いをね?」*11

「胡散臭っ」

「ひでぇ」

 

 

 なお、クリスと二人であれこれ話していたら、パイセンからは胡散臭いと呆れられてしまった。なんでー?

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?せんぱいがお戻りになりました?」

「え、早くない?確か十分も経ってないわよね?」

 

 

 それから暫くして。

 中であれこれと過ごした私達は、何故か家の玄関から外に戻って来ることに成功していた。

 ……やけに長いトンネルを潜らされたと思ったら、繋がっていたのは外への扉だったわけである。

 

 ともあれ、収穫はあった。

 あとは、それを成果として周囲に見せつけるだけだ。……が、その前に。

 

 

「マシュー、おばあちゃんはまだ寝てるー?」

「え、あ、はい。まだ縁側で寝ていらっしゃるかと」

「そっか。じゃあちょっと失礼して」

「……?台所になにかあるの?」

 

 

 マシュにこの家の持ち主である、おばあちゃんがまだ眠っているかの確認を取り、返事を聞き終わる前に再び家の中へ。

 迷宮状態は解消されたため、入り直した玄関はごくごく普通の姿を私に見せる。

 そのまま、目的地である台所に向かい、そこにあるはずのものを探す。

 

 果たして、それは数分も掛からずに見付けることができた。

 あくまで確認することが主目的だったので、特に()()に対してはなにもせず……あいや、手だけは合わせて。

 

 そのまま縁側から外に飛び出し、先程新しく加わったばかりの荷葉ちゃんが、他の皆と挨拶をしている輪の中に参加する。

 

 

「あ、あのせんぱい?これは一体……?」

「説明はあとあと。こっからは時間との勝負だから、さっさと砂の塔を作るよー」

「ええっ!?」

 

 

 同一人物、もしくは憑依前と憑依後の関係だと思っていたのが、何故か別々に──何故かれんげちゃんがしょんぼりとしている──姿に困惑するマシュだが、一々説明しているような時間はないので彼女を急かす。

 なにせ、砂の塔の建造から先、必要なのはマシュの頑張りなのだから。

 

 

「え、ええ?!どういうことなのですか?!」

「はっはっはっ。……とにかく、イクゾー!」<!

「いや、どういうことなのよ……」

「いいから!早くしないと皆呑み込まれるわよ!」

「はっ?……って、なにあれ!?」

 

 

 疑問を溢すシャナに、クリスがいいから早く、と声を掛ける。

 呑み込まれる、という単語に、彼女が意味がわからないと周囲を見回して。

 

 ──夕暮れの空が、ひび割れていくのをその視界に収めるのだった。

 

 

*1
『荷葉』は、ハスの葉のこと

*2
血の繋がりがないのにも関わらず、双子のような仲の良さや相性の良さを見せる間柄の人のこと。『ツインソウル』や『ツインレイ』などと呼ばれるモノとも。なお、正確にはそちらは『双子の魂』と和訳されるようだ

*3
人に対して害を与えるような感情、もしくは悪意のこと。これが抜かれた、ということで、気負っていた気持ちをはぐらかされたこと、もしくは呆然とさせられたことを示す

*4
和製のエプロン、とでも言うべきモノ。基本的には白い。エプロンそのものと違い、基本的には肩から袖口まで覆っている為、腕の汚れも防いでくれる

*5
米麹を多く使った甘みのある白味噌を、みりんや酒でのばした漬け床に、軽く塩をした魚の切り身を漬けたものである『西京漬』を焼いたものが『西京焼き』である。雑に言ってしまえば、魚の味噌漬けを焼いたものとなる。……無論、こんな覚え方をしていたら怒られること請け合いだが

*6
『彼女は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!』とはどこぞの赤い彗星の言。幼い少女に母性を求めるのは何故なのだろうか、疑問は尽きない……

*7
『◯◯(ちから)』という読み方は、『伝説巨神イデオン』が元ネタ。そちらは『無限(ちから)』。富野由悠季(とみのよしゆき)氏の独特な言語センスがよく現れているネーミング

*8
少女漫画『ガラスの仮面』より、月影千草の名台詞の一つ。伝説の大女優である彼女が、主人公である平凡な少女・北島マヤが秘めた演劇の才能に気付き、それに驚嘆した時に述べた台詞

*9
美内すずえ氏による少女漫画。実はスポ根的な演劇漫画である。白目を剥いて驚愕するなどの表現は、この作品が祖になったものとされていたりする。名言も多いため、どこかで知らずに触れていることもあるだろう。なお、連載開始は1976年だが、間に休載を挟みつつも2022年1月現在未だ未完である

*10
男性の料理はワイルドである、という一種のステレオタイプ。よく考えれば分かる話だが、フランス料理のシェフなども普通に男性が勤めていたりするため、完全に単なるイメージだけの話である

*11
『アーマード・コアⅤ』に登場するとある人物が発した台詞。仲間外れはよくないなぁ?



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幕間・終わる世界をただ君と

「え、なにあれっ!?どうなってるの!?」

()()()()()()()()から、この場での結論が確定しかかってんのよ!あれに捕まったら私達、存在を無かったことにされるわよ!」

「はぁーっ!?」

 

 

 徐々に空を伝わってくる亀裂。

 それは、この閉じられた世界が壊れようとしている兆しである。

 それに巻き込まれたが最後、繰り返された『ある』と『ない』の狭間に取り残され、私達は()()()()()()()()()へと追放されることになるだろう。

 

 そうなってしまえば最後、二度とこの世に戻ることは叶わない。

 ()()()()()()()()()()にされて、あとには塵一つすら残らないのである。

 ……よく知ってるなって?猫神様が『針を進めるのであれば、色々気を付けるのだポッター』とばかりに教えてくれたからね!*1

 

 ともあれ、現状がヤバめ、というのは間違いないわけで。

 

 

「いやいや恐ろしすぎるでしょそれ!?……っていうか、その説明とこの砂の塔に、一体なんの関係があるのよ?!」

()()()()でしょ!!()()()()()()また来るって!!」

「え……あ、ああーっ!!?そうです、私にその記憶はありませんが、確かに過去の私が、荷葉さんと再会の約束をしています!」

「は、はぁっ!?じゃあなに、もしかして()()以降に()()()()()()()から、今まで時間を繰り返してたってこと!?」

「厳密には違うけど、概ね正解!」

 

 

 エーテライトを介しての記憶の共有により、自身が過去?に行っていた荷葉ちゃんとの約束を思い出したマシュと、そんなバカなと大声をあげるシャナ。

 

 今回の一連の異変は、色んなモノが複雑に絡んだ結果、悪性腫瘍のような変貌を遂げたようなモノ。……すなわち、ある意味では()()が引き起こした不幸な事故、と呼べる事態だったのである。

 そしてその原因の一つになっていたのが、先述したマシュが荷葉ちゃん(仮)と交わした口約束。──『機会があればまた遊びに来る』という言葉だったのだ。

 

 なので、事件解決のための鍵の一つには、その約束を()()する……という選択肢が示されているわけである。

 

 

「……破棄するしか、ないのか?」

「するしかないの!まぁ、オグリはもうその理由についてはわかってると思うけど!」

「そう、か。……いや、そうだな。私達に、選ぶ権利なんてない、か」

「いやちょっと、勝手に納得しないでよそっちだけで!」

 

 

 その選択肢を思い、オグリが沈痛な面持ちで声をあげる。

 口にこそ出さなかったが、家から出てきた他のみんなも、大抵が暗い顔をしていた。

 だがそれは、あくまでも家の中で起きた出来事が理由のもの。

 家の中で起きたことなど、現状ではまだ知り得ないシャナは、勝手に納得するなとこちらに怒鳴り声を向けてくるのだが……。

 

 

「話はあとあと!!取り敢えず塔を作ったら、みんなで突入するよ!」

「あとって……って、突入する!!?えっ、入れるのあれ?!」

「入れるのっ、言ってしまえばダンジョンだから!」*2

「ダンジョン!?あれも!?」

 

 

 さっきから何度も言っている通り、悠長に話しているような余裕はない。

 猫神様の話が間違っていなければ、塔の中もまた時間が停滞しているはずなので、詳しい説明は中に入ってからの方がいいはずだ。

 

 その旨を伝えたところ、わけがわからないなりに砂を運び、固めて高く伸ばしていってくれる二人。

 その周りでせっせと塔が崩れないよう、てきぱきと補強していく私達。

 ……ここまで必死になって砂の塔を作る機会なんて、一生に一度あるかないかだろう。

 変な巡り合わせに思わず苦笑を浮かべながら、砂を掬ってはマシュに渡し、シャナが伸ばした壁面を固めに固め。

 

 

「……本当に、これでいいん?かーちゃんは、それでいいん?」

「別にいいよ。そもそも、そういうもんでしょ?ホントなら」

 

 

 背後の少女二人が交わす言葉に耳を傾けながら、ひたすらに砂を盛って……。

 

 

「よっしゃできた!乗り込むでみんな!」

「おうっ!!」

「おうって一体どうや……ってぬぉわぁー!!?」

 

 

 そうして出来上がった塔は、今までの記憶の中のそれと同じように、天高く伸びている。

 ──それは、届かぬ場所に届けと伸びた遥かな禁忌の塔を、密かに模したもの。

 時々勝手に組上がっていたのは、それが彼女達の迷いを示していたがゆえ。

 約束という呪いによって、それ以上を諦めきれなくなった……いわば祈りの形なのである。

 

 ……などとまぁ、ちょっとばかり意味深な言葉を脳裏に浮かべつつ。

 出来上がった塔が、音もなくその()を開き。

 私達をその内部に吸い込んでいくのを、どこか他人事のように眺めている私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「え、なにこれ。なんで砂の中がこんなことになってるのよ!?」

 

 

 中に吸い込まれた私達が乱雑に放り出されたのは、図書館のような見た目の一室だった。……ような、と言うのは、本以外にも色んなモノが床に散乱したり、棚に収められたりしているから、なのだが。

 

 試しに床に転がっているモノのうち、近くにあった写真を一つ、手に取って眺めてみる。

 そこに写っているのは、長い黒髪の少女。

 ()()()()()()()()写真に写っていた人物と、恐らくは同一人物だと思われる少女だった。

 え、なんで同じ人だってわかったかって?そりゃ勿論……。

 

 

「あ、懐かしー。これ、私の七五三の写真だね」*3

「え?……あ、あれ?荷葉さん?」

「ん、どうしたのマシュさん?……ってああ、見た目が元に戻ってたりするのかな?自分じゃよくわかんないけど」

 

 

 今まさに、私達の前に()()()()()()()()()()()()()()()()()がいるから、に他ならない。

 

 先程までは黒いれんげちゃん、という感じの見た目だった彼女だが、現在は普通の──単なる黒髪の少女に、姿を変じさせていた。

 写真の中の日本人形みたいな少女と、同じ笑みを浮かべた彼女は。

 マシュとシャナの驚愕の視線を受け流しつつ、図書館のような見た目のこの部屋の中を、くるりと見渡している。

 

 

「んー、ここも懐かしい……かな?元気だった頃には、よく本を借りに来てたっけ」

「っていうと、市立の?」

「多分ねー。……いやー、もう二年くらい前になるのかな?」

「……話が、見えないのだけれど?」

「そうだね。時間に余裕も出来たし。てれれてってれー、エーテライトお味噌味ぃ~」

「ああなるほどエーテライト……って、お味噌味!?」*4

 

 

 心底懐かしそうな声をあげる荷葉ちゃんの様子に、困惑が限界に達したとばかりの空気を見せるシャナ。

 口にこそ出していないが、マシュにも似たような空気を感じたため、ここぞとばかりに説明タイムに入る私である。……まぁ、口で説明するのはちょっと冗長になるので、相も変わらずエーテライトによる直接の記憶受け渡し、なのだが。

 

 お決まりのネタなのに驚いたシャナに、ちょっとだけ苦笑しつつ。

 ぷすっと刺して手渡して、さっくり情報共有。その結果……。

 

 

「……ああ、なるほど。無くはないわね、確かに」

「そうそう。起きたことと、どうしてそれが起きたのかってところを考えれば、極々自然な結果になって……()()()()()()()と思ってしまったからこうなった、ってところよね」

「……そんな。どうにか、ならないのですか?」

「ならないね。だからまぁ、こうするしかないんだよ」

「…………」

 

 

 その事実を知り、マシュやシャナもまた、いたたまれないような空気を醸し出し始めたのだった。

 ……私が伝えたせいとは言え、なんとも気不味い空気である。

 

 

「ああもう、そんなに湿っぽくならなくていいよ。向こうで貰えるだけ貰ったし、結局のところ、私の我が儘にみんなを付き合わせただけなんだから」

「ち、違うん!我が儘を言ったのはうちなん!……うちが、悪いん」

「……ああもう。どっちも悪くなんてないわよ、責任の奪い合いをするんじゃないっての!」

「わぷっ!ちょっ、虞美人さんっ?!」

「わわわっ!乱暴!乱暴なん!」

「喧しい、素直に撫でられてなさい」

 

 

 そんな空気を打ち破ったのは、そういうのに敏感なパイセンだった。

 二人の頭を乱雑に撫で回し、うだうだと責任の奪い合いなどするな、と声をあげる彼女の様子に、最初のうちは気不味そうだった二人も、やがて小さく笑みを浮かべるまでに戻っていたのだった。

 ……年長者の面目躍如、ということだろうか?

 

 

「撫でられたいんなら言いなさい、頭がもげるほどに撫でてやるわ」

「それ撫でるって言いませんからねパイセン?」

「別にこっちはナデボしてもいいのよ?」

「ナデボってなに……?」*5

 

 

 まぁ、代わりに空気が弛緩しまくったわけなのですが。

 変にシリアスな空気になるよりかは気が楽だが、はたして最終決戦前にこんなゆるゆるな空気でいいのか、とちょっと疑問を覚えないでもない。

 

 そんな風に和気藹々と声を交わしていると。

 

 

『お間抜けな人々に、あんまりな結論。バッドエンド症候群に罹患した人類の皆様に、最高にハッピーな結末をお届けしようとお邪魔をしてみれば。……なんともまぁ、勝手に落ち込んで勝手に立ち直る、人類特有の自傷癖からの立ち直りを目の当たりにした、ちょっと引き気味のBBちゃんなのでした☆』<BBチャ!

「うおっ!?簡略化バージョンBBチャンネル!?」

『今話題の0.2秒バージョンです☆いい悪夢(ユメ)は見れましたか?せ・ん・ぱ・い?』*6

「はっ、BBさん?!こちらにいらしたのですか?!」

 

 

 天井裏からひょっこりと、こちらを呆れたように見つめている、何時も通りなBBちゃんに出会うのだった。

 

 

 

 

*1
『ハリー・ポッター』シリーズの名前を呼んではいけないあの人(ヴォルデモート)の台詞、『お辞儀をするのだポッター』より。原文は『We bow to each other. Harry,』。『ポッター』と呼んではいないようだが、現状はこの形で広まっている。この台詞が登場した『炎のゴブレット』では、彼は復活を果たして絶好調の状態であり、擬似的な不死であることも手伝い、ハリーに対して(かなり見下した状態で)形式的な決闘を申し込む……もとい強制している。状況的には万に一つも負けるはずのない場面であり、彼がポッターを馬鹿にしていることを端的に示すために、『お辞儀』という訳を取った、などと言われている。なお、『お辞儀』に相当する単語である『bow』は、他に『礼』などと訳すこともできる。決闘の礼儀としての互いの礼、を意識したものであるので、『お辞儀』という訳文に違和感を抱いた人も多かったようだ

*2
元々は『地下牢(dungeon)』を意味する言葉。そこから転じて、地下に伸びる迷宮を示す言葉となった。なので、原義的には天井のない迷宮はダンジョンではない、ということになる。……まぁ、最近では迷宮は全てダンジョンと呼ぶようだが。……そもそもの語源を紐解くのであれば、ラテン語の『君主(dominus)』に由来する古フランス語で、それは元々天守のことを意味しており、城の中で一番頑丈なそこが牢屋として使われていたことから牢の意味を持つようになり、時代が下って天守から地下に牢屋が移った結果、言葉が指す場所も移り変わっていった……みたいなところもあるので、あまり細かく言うのも野暮というやつなのだろう

*3
その名前の通り、7歳・5歳・3歳の子供の成長を祝う行事。元々は三つの別々の行事(3歳の『髪置』──男の子であれば髷を結うために、女の子であればきちんと伸ばす為に髪を整える儀式──と5歳の『袴着』──男の子が初めて袴を着ることで、幼児期から少年期に移ったことを示す儀式──、それから7歳の『帯解』──ひもを縫い付けた簡易な着物を着るのを止め、大人と同じように帯を結んで着物を着ることを祝う儀式。元々は男女ともに9歳時に行うものだったが、江戸時代に男子は5歳、女子は7歳に行うように変化した)だったものを纏めたもので、地域によってはどれか一つがことさらに大きな祝い事になっている、ということもある。『七歳までは神の子』という言葉があったように、子供の成長というのは昔だと今以上に大事だったので、こうして祝い事をする風習が根付いたのだと思われる。なお、7歳は大体小学一年生くらい

*4
『ドラえもん』ネタの一つ。元々の発言は『ほんやくコンニャクお味噌味』。基本的にバリエーションのないものが多いひみつどうぐの中で、数少ない実例がほんやくコンニャクである。そのせいなのかなんなのか、やけに耳に残るらしくなんでもかんでもお味噌味、と付けるネタが生まれたとかなんとか。なお、現在では更にバリエーションが増え、アイス味や醤油味なども登場している。他にも豊富な種類があるらしいのだが、味付きは高いから滅多に買えないのだそうな

*5
ナデポ(なでぽ)』(『撫でられてポッと頬を染める』の意味。要するにチョロインのこと、もしくは相手をそういう風にしてしまうキャラへの揶揄の台詞)ではなく『ナデボ(なでぼ)』。『撫でた時の摩擦で頭にボッと火が着く』の意味。発案者はどこぞのオリーシュである。ルルーシュでもないしオリ主でもない

*6
『呪術廻戦』及び『GetBackers-奪還屋-』より。前者は『領域展開』をごく短期間行うもの。他者に対してできうる限り影響を与えないように配慮したもの、とも言える。後者は主人公格の一人、美堂蛮が邪眼によって一分間の夢を見せたあと、キメ台詞として言う言葉『ジャスト1分だ、いい悪夢(ユメ)見れたかよ?』から



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幕間・言葉に意味を『重ね』ながら

「まさか、BBが向こうの手先になったってこと?」

『なるほどセンチネルー♪*1……いえ、そんなことあるはずないんですけどね、本来なら。まぁ、向こうのお手伝いをさせられている、ということは否定しませんけど。ある意味同族のよしみ、とでも言いますか……』

「同族……?どういうことよ?」

『おっと、BBちゃん失言です♪失言なので忘れてくださいねー、忘れろビーム☆』*2

「ちょっ危なっ!?」

 

 

 シャナが警戒の声をあげるが、対するBBちゃんは微妙な顔。

 ポジション的には敵?になるのだとしても、肝心の彼女自身にその気があるかは別の話、ということらしい。

 端的に言ってしまえば、やる気がない・もしくはでないと言うことのようだ。

 ……忘れろビーム?それは単なるじゃれあいです(This is a pen.)*3

 

 

『他所のBBちゃん()がどうなのかは知りませんが、少なくとも今ここにいる私には、繰り返す世界の中でもがく無様な人間を、愉しく愉しく観察するような愉悦趣味はありませんので。そうなって来ますと、こちらの方との相性は宜しくない(最悪)、ということになってしまうわけなのです!……いえ、彼女が愉悦趣味かと言われると、それはそれでノーだと思うんですけどね?』*4

「……えっとつまり、こちらと敵対するような意思はないと?」

『ええ、積極的にはしませんよ。……消極的には、敵対しちゃいますけどね☆』

「なんで……?」

 

 

 なお、気分が乗らないから最低限の仕事しかしない、というだけのことであって、別に敵対自体をしないわけではないとのこと。

 ……相性が悪いとか、ループものは趣味ではないなどと言いつつも、そちら側であることに彼女が甘んじているのは、ここでは所属陣営に帰属することへの強制力が強いからなのか、はたまた実際は彼女とこちら側の()のあり方が──。

 

 

『ちょっとせんぱーい、余計な考察はノー!ですよ?いいから早く先に進んで下さーい!』

「え、先?図書館(ここ)で終わりって訳じゃなくて、別のゴールがあるの?」

 

 

 なんて風に考え込んでいると、いつの間にやら目の前に来ていたBBちゃんが、こちらを覗き込んで不満げな声をあげた。

 

 こちらの思考を邪魔するあたり、私の考えを読んでいるのか、不味い*5……みたいな空気に一瞬なりかけたが、発言の内容をよくよく思い返してみると、この図書館が終着点ではない(からもう一人の黒幕もここにはいない)と言外に述べている、ということに気付く。

 つまり、彼女はここで無為に時間を使うのは得策ではない、と教えてくれているわけである。

 

 とはいえ、見渡す限りそもそもこの図書館、出入り口というものがない。およそ扉と呼べるようなモノが、一つとして存在しないのである。

 なので単に先に進め、と言われても、道がわからない以上はどうしようもない、というのが実状なのだが……。

 

 

『ここは図書館なんですよ?ちょっと考えれば、すぐにわかると思いますけどぉ~?』

「……あっ、せんぱい。もしかしてどこかに隠し扉があるのではないでしょうか?」

「なるほど、飛び出した本を押し込むと棚が動いたり、行き止まりに見えるが実際はホログラムで道が隠されていたり……みたいな奴ということだな?」

「なんでちょっと嬉しそうなんやオグリ……」

「ゆるされよ ゆるされよ 謎解きわくわくゆるされよ」

 

 

 などと考えていたところ、BBちゃんの告げたヒントにより、マシュがこれからするべきことを思い付くことに成功する。

 

 確かに、ここが図書館だと──特に物語の中で登場する、意味深な図書館であるのだとすれば。どこかに仕掛けがあって、それを解くことにより新しい道が開かれる……みたいな、一種のダンジョン構造になっている可能性は、大いにあり得る話だと言えるだろう。 

 

 何故か謎解きが始まると知った途端に興奮し始めたオグリにちょっと驚きつつ、皆で手分けして図書館の中を探し始めると……。

 

 

「……七つの謎を解いた先に現れたのは、八つ目の謎だった……ってところかしらね?」

「天空に伸びる螺旋階段……もしかしてこれを登る感じなんか……?」

 

 

 結果として七つの謎を発見した私達は、それぞれが知恵を絞ってそれらを解き明かすことに成功。

 そうして謎を解き明かしていった結果、図書館の中央部に突然半透明の螺旋階段が出現したのを確認した、というわけである。

 

 下から現れ、徐々に螺旋を描きながら伸びていったその階段は、天井があった場所さえも越えて、遥かその先へと伸びている。

 いつの間にか階段の通り道にあたる部分だけ、天井にくり貫かれたような穴が空いているあたり、これからの目的地は上……ということになるらしい。

 外観は塔なので、その面目躍如ということなのだろうか。

 

 ところで、図書館から螺旋階段を登って行く、というシチュエーションにちょっと見覚えがあるような気がしたが、どこで見たんだろうか?

 暫し思い出そうと記憶を洗ってみるものの、記憶にはうっすらと靄が掛かっているかのようで、どうにもそれを思い出すことは叶わない。

 ……なにか干渉をされている、というわけではなく単に自分が思い出せないだけ、というのがなんともむず痒いところであるが……。

 

 

「まぁ、思い出せないんならそれはそれでいっか!」

「なにを一人でぶつぶつ言ってんのよお前。さっさと上に行くわよ」

「へ?……ってあ、もうみんな登ってやがる!置いてくんじゃねー!」

 

 

 引っ掛かるところが無いわけではないが、思い出せない以上は仕方ない。

 と、このことは一端横に置いておこう、と下げていた視線を上げると、いつの間にやらみんなは階段を登ってしまっていて、殿(しんがり)役のパイセンが、半ば呆れたようにこちらを見ている姿だけが残されていた。

 

 やだ恥ずかしい、完全に出遅れてるじゃん……とちょっと顔を赤くしつつ、急かすパイセンに言葉を返しながら、私も螺旋階段を登り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「手すりが無いのって、地味に怖いわね……」

「だからこそ安定を取ってゆっくり登ってるんでしょ。最悪落っこちたら私が拾ってあげるわよ」

「……!?シャナお姉ちゃん、お空を飛べるん!?」

「え?……ああうん、飛べるわよ?」

「すごいん!天使様なん!」

「て、天使?!ちょっ、止めて!そういうのじゃないんだってば!っていうか他のみんなも!笑ってなくていいから!」

 

 

 天に伸びる螺旋階段は、それがどこまで続いているのかも見渡せない。……正確には、()()()()()()()()()()

 恐らくはゴールまでどれくらいの距離なのか、ということを悟らせないようにすることで、焦りや恐れを生じさせようとしているのだと思われる。

 

 実際、手すりもなにもない、中空に浮いたただの光る板……としか呼べないこの螺旋階段は、単に次の段に上がるだけでも、気の弱い人や高所が怖い人ならば簡単に足が竦んで動けなくなってしまいかねない……そんな、欠陥構造になっているわけで。

 型月に詳しい人ならば、『スパイラル・ラダー』と言えばわかるだろうか。……え、ネタバレ?そこだけお出しされてもなんのこっちゃって感じだろうから大丈夫大丈夫(震え声)。*6

 

 ともかく、こんな階段を急いで駆け登る、なんてのは以ての他だろう。

 一歩一歩、いきなり抜け落ちたりしないかどうか慎重に確かめながら、着実に踏破を進めている、というのが現状である。

 

 ……まぁ、()()()()()って行為にも、なんとなく引っ掛かりを覚えているのだが。

 そもそもここまでの道中でゆかりさんに出会ってない、というのも問題だし。

 最上階、この階段を登り切った先に居ると言うのなら問題はないのだが、実は途中のどこかにさっきの図書館と同じような仕掛けがあって、そこから連れ出さなければいけない……とかになると、どこまで登ったのかわからないこの階段を下らなければならない、なんてことにもなりかねないわけで。

 そうならないように、必要以上に周囲を確認しながら、かなりゆっくりと登っているのだった。

 

 その中で、クリスがポツリと呟いたのが、さっきの『手すりが無いから怖い』という言葉だったわけだ。

 ただまぁ、さっきの猫神様の世界ならいざ知らず、今の私達は元の姿に戻っている。

 なので、仮に落ちそうになったとしても、私が『ねんりき』を使って助けてもいいし、シャナの言った通りに彼女が紅蓮の双翼……もとい『真紅』で空を駆けてもよい。

 この場所ではそのあたりの能力制限は掛かっていないようなので、落っこちる心配自体はそこまででもないのだった。

 

 ……だったらさっさと飛んでいけばいいじゃないか、と言われそうな話なのだが。

 試しに私が錬金でドローンを作成し、螺旋階段の中心を上に向けて飛ばして見たところ。

 とある場所で見えなくなった後に、下から飛び出して来たのである。

 なお、試しにそのまま下に飛ばしてみたら、そちらは途中で電波が途切れてロスト。

 それならばと螺旋階段の上を、階段そのものにぶつからないように注意しながら道に沿って飛ばしてみるも、こっちもある程度進んだところ──中心部を飛ばした時に、ちょうど下にワープしたあたり──で反応がロスト。

 

 結果、この螺旋階段は……見える範囲内であれば自由に動けるが、それ以上先に進むのであれば、ちゃんと階段を登らなければいけない……ということがわかったのだった。

 さっき、ゆっくり登っている理由には危ないから、というものがあったが。この『見える範囲内』というのがどういう意味なのかわからないので、現状一番足が遅い人物──れんげちゃんの進行速度に合わせている、という部分もあったりする。

 

 なのでまぁ、さっきのやり取りはれんげちゃんの気分を上向かせるための、シャナなりのおどけた態度、なのかもしれない。……素かもしれない。本人の名誉的に、わざとだとしておくが。

 

 

「それにしても……なんかやけに光ってるよね、この階段」

「そうだねぇ。大体どれも青色に光ってるけど、時々紫色のがあったりするのが、ちょっと気になるけど」

『…………』

「……?BBさん、どうされましたか?ちらちらとせんぱいを窺っていらっしゃいますが……」

『ななななんでもありませーん!別にヒントとか教えちゃおうかなーとか、一切これっぽっちも思っていませーん!』

「は、はい?」

 

 

 そうしてちょっとみんなの空気が緩んだ中で、荷葉ちゃんが足元の階段──複数の板が連続して空に伸びている──についての感想を述べる。

 うっすらと光るこの階段は、くらいこの空間の中で、唯一の光源となっていた。

 それゆえ、時々混ざる()()()()には、なんとなく違和感を持っていたのだった。

 

 と、そんなことを話していると、突然挙動不審になるBBちゃん。……ヒント?なんのこっちゃと首を捻るキーアにその時電流走る!*7

 

 

「む、紫の板……まさか、ゆかりさん!?」

「ええーっ!?」

 

 

 そう、露骨なBBちゃんの視線は、私ではなくその下。

 今現在私が立っている、ちょうど紫に光っている板にこそ注がれているのではないかと、私は気がついたのだった!

 

 

*1
監視員(sentinel )』を意味する単語。ここでは『fate/Extra CCC』にてBBがサクラ迷宮を守る門番として用意したモノ達のことを指す

*2
『ダンガンロンパ』より、登場人物の一人である石丸清多夏が放った台詞。生真面目な彼が突然放った冗談なのだが、アニメにて振り付け付きで放たれた結果、妙な人気を獲得することに。なおあくまで冗談なので、本当にビームが出たりはしない

*3
『これはペンです』という意味の英文。英語教育において一番始めに習う文章の代名詞的な存在だが、実際にこの一文から英語教育を始めることは現代ではあり得なかったりする(実際にこの文が使われていたのは1949-1961年の間だけ)。ゆえに、基本的にはネタ台詞。また、小説のタイトルになったり、ロックバンドの名前になったりもしている

*4
『愉悦』とは、心から喜び楽しむこと。別に言葉そのものに悪い意味はないのだが……一部の人には他者の不幸などを見て喜びを覚える、というような言葉として捉えられたりもしている。どう考えてもどこぞの愉悦部のせいである

*5
『鬼滅の刃』の下弦の陸、釜鵺の台詞。脳内で『そんなこと俺たちに言われても……』と思っていたことを無惨に読み取られ、焦った彼が再び脳内で思った言葉より。パワハラ会議というか、単なる粛清というか

*6
『fate/hollow ataraxia』に出てくる天へと登る階段と、それを登る二人のシーンの名前

*7
福本伸行氏の漫画で頻出する台詞。『アカギ~闇に降り立った天才~』の第7話「間隙」にて登場した『しかし矢木に電流走るーー!』が初出だが、同時期に『天 天和通りの快男児』の第53話「窮地に立つ天」にも『天に電流走る…!』という形で登場している為、人によってはどっちを思い浮かべるかに違いがあるかもしれない。なお、アニメのアカギの方ではナレーションがアムロ・レイ役の古谷徹氏であるため、この『電流走る』が嫌な予感によるものである、という意味でガンダムネタのような気がしてくる、という話もあったりするとかなんとか



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幕間・それは板というにはあまりに分厚すぎた

「そ、そんなまさか、ゆかりさんが……ゆかりさんが……まな板に!?」

「そんなわけないじゃないですかー!!」

「あ、ゆかりさん。お帰りー」

「お帰りーじゃないですよ!なんなんですか訴えますよ!?」

「まぁまぁ落ち着いて。板仲間として仲良くしましょう?」

「煽ってるんですかそれ!?……あ、いや。本気ですね、本気で言ってますねそれ?」

「ははは、板が云々言った後に、自分にも突き刺さることに気が付きましたので。罵倒は甘んじて受けます、はい」

「そ、そんな風に体を張る必要はあるのでしょうか……?」

 

 

 まさか大奥の如く、ゆかりさんが床材に変化させられてしまったのでは?!*1

 ……みたいな戯れ言を述べていたところ、ちょうど私達の横のあたりに空間の裂け目が現れ、そこから大層憤慨したゆかりさんが現れたわけなのだが。

 

 どうやらこの床板が関わっていた、ということは間違いなかったが、それは彼女が床板にされたということを意味するわけではなく。

 床板について意識を向けると、彼女の出現フラグが立つ……みたいな感じだったらしい。

 彼女が顔を出してきたところも、私達の横……すなわち紫の板に隣接した場所からだったし。

 

 まぁ、本気でゆかりさんが板になっただなんて、最初っからこれっぽっちも思っていなかったんですけどね?

 だってそこから元に戻すためのあれこれを、悠長に探している暇があるとも思えなかったし。

 

 なのでノーメリハリボディ仲間としては、できれば穏便にことを済ませたいわけなのです、はい。

 

 

『……はっ!?その時BBちゃんに電流走る!せんぱいの後輩二人、どちらもナイスバディだということに!』

「ちょっ、BBさん!?話がややこしくなるのでそういうのはちょっと……!」

「ふははは()りますよゆかりさん!」

「よくってよキーアさん!」

 

 

 なお、空気が緩んだタイミングを見計らって、BBちゃんが唐突に爆弾発言を放り込んできたため、あわや血で血を洗う大決戦の幕開けとなりかけたが……。

 パイセンの「喧しい」の鶴の一声(またの名を実力行使)により、それらの流れは全て墓地送りになるのでした。*2

 

 

「なにも殴らなくてもいいじゃないですか……」

「悪ノリの極みみたいなもんなんだから、これくらいでちょうどいいのよ。それより、アンタはなんだって今、このタイミングで出てきたわけ?」

 

 

 狭い板の上で、隣同士正座で反省をする私とゆかりさん。

 現在、主にパイセンの尋問を受けているのは、ゆかりさんのほうだが。……話が終わったらこっちの方にも矛先が向きそうだな、などと思いつつ逃走経路の確認をする私である。*3

 いっそ「視覚範囲外の探索に行ってくる」とか言っておけば、いきなり飛び出しても許されるんじゃないかな……?*4

 

 そんな内心はおくびにも出さず、二人の話を素直に聞いてみると。……なんというか、思いの外真面目な話をしていることに気付いたのだった。

 こっちに来てから暫く、パイセンの株価がストップ高にも程があるのではないだろうか?*5

 

 ともあれ、その話の内容は確かに気になる部分だった。

 出てきたタイミングについては、確かに床板の違いに気付いたから、だと状況証拠から言えなくもないだろうが。

 単に違いに気付いたというだけならば、さっきからちょくちょく板の色が違う……ということ自体には気付いていたため、今このタイミングで出てきた理由としては薄いように思えてくる。

 

 ……つまり、まな板ネタで無理やり引っ張り出されただけなのでは?という予想が立てられなくもないというわけで。

 

 

…………((;「「))

「滅茶苦茶図星の顔しとる!?」

「よっぽど気に障ったんだな……ある意味キーアのお手柄なんじゃないか?」

「なんも嬉しくないんですがそれは」

 

 

 それは要するに、実際はもうちょっと複雑な仕掛けがあったにも関わらず、煽られたと思ったから短絡的な憤慨で飛び出してきた、ということになり。

 そうなってくると、向こう側(黒幕)の思惑としては、一時の感情で計画を邪魔された、ということになるわけで。

 ……彼女が本当に悪の組織の一員だったとすれば、首どころか命まで危ないような失態、だったのかもしれない。

 なに一つとして笑えない状況なのが、物悲しさを誘うところだが。

 

 

──いえ、それで怒るのは仕方ないので、こちらも殊更に罰したりはしません──

「なるほど。つまり向こうもこちら()側だったと。……敵襲ーっ!!!」

 

 

 とまぁ、だいぶ気の抜けた会話をしていたところ、突如脳内に響いてくるのは、どこか機械めいた少女の声。

 話す内容はちょっとアレだが、今回の黒幕──結末にたどり着くことを善しとしなかった方の神のおでましに、自然と皆の緊張感が高まっていく。

 

 そんな中、私達の前に姿を見せたのは……。

 

 

──終わりを嘆くのであれば、たどり付かなければ良い。永遠に、永久に、優しい夢の中で微睡み続ければいい。何故、ただそれだけのことを許容できないのですか、貴方達は──

「……初音、ミク?」

 

 

 ──電子の歌姫。

 そう呼ばれた少女の似姿が、その半透明な姿をこちらに見せていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 初音ミク。

 それは、『VOCALOID』と呼ばれるボーカル音源ソフトの二番目として、電子の歌声をクリエイター達に選択肢として示した、偉大なる存在の一つである。*6

 元祖というわけではないが『VOCALOID』と言えば初音ミク、と言われるほどの知名度を持つ彼女は、それゆえに人々の様々な祈りや想いを受け止めてきた。*7

 ゆえに、神の似姿として選ばれるだけの格、というものを端から持ち合わせているのである。

 

 

「……まぁ、最初にナイムネ同盟に同調してた時点で、威厳もへったくれもないんだけど」

「ちょっ、パイセン?!」

──……──

 

 

 まぁ、どことなく神聖な空気を醸し出していた彼女も、パイセンの言葉にはこめかみのあたりをひくひくさせていたのだが。

 ……ミクさんと言えばちっぱい、というのはお約束だから仕方ないね!

 なお、そんな様子はすぐに消え、神らしい神々しさを再び発し始めたのだけれど。

 

 

「せやけど……なんで初音ミクなんや?」

「さぁね。()()()()()()なら、理由は荷葉ちゃんにあるんだろうけど」

「……うん、歌の得意な女神様。猫の神様と一緒に書いてたから、よく覚えてるよ」

 

 

 ただ、何故初音ミクの姿なのか?という疑問は残る。

 BBちゃんとゆかりさんがこちらに呼ばれていた理由は、種族(電子生命体)繋がりと役割(機械の声)繋がりと言うのはなんとなくわかるが。

 だが、あくまでもそれは二人がここにいる理由。

 彼女の根幹となる神が、初音ミクの姿を取った理由にはならない。

 ゆえに、それは荷葉ちゃんの()()()()に関係がある、ということになるわけだが……やはり猫神様と同じ理由、らしい。

 

 

──ええ。私も被造神であることに変わりはありません。彼……猫神と同じく、私も元はこの地の弱き神の一柱。それが、その少女の祈り(落書き)と結び付いたもの。それこそが私という神、絹産姫神(きぬうみのひめのかみ)が今生にて与えられた役割なのです──*8

 

 

 そう、それは彼女が描いた夢──いつか帰りたいと願った場所の形。

 ()()()()()()()()()()()()()()、という思いの結晶。

 その夢にこの地のマイナーな神格が結び付き、その願いを叶えたもの。それこそが、彼らの正体なのである。

 

 優しく歌を歌ってくれる母親(女神)と、それを護ってくれる父親(男神)

 当時幼稚園児だった彼女が、図書館で見た絵本を元に作り上げた、優しい神様(友達)

 そんな少女の無垢な祈りが、この土地に起きたとある異変によって呼び起こされ、このあたり一帯をループの中に巻き込んだ、というわけなのだ。

 

 思えば、あの山登り……もとい喫茶店も大概おかしかった。

 メニューが読めないとか、名前が変化しているとか。そんな風に明らかにおかしい場所に、私以外の誰もが気付いていない。

 

 要するに、あの時点で私達はこの異変に巻き込まれる前提条件を、知らず知らずの内に満たしていたのである。──そう、街の中に踏み込むという、前提条件を。

 満たしていたがゆえに、異変に気付けなかったのである。

 そういうものに対して耐性……というと語弊があるが、とにかくそれらをある程度緩和できる性質を持っている私だけが、細かな違和感に気付くことができた、というわけだ。

 

 

「そして、ループの成立条件は()()()()()()()と約束をすること。()()()()()()()のにも関わらず、無策にも約束をしてしまった者を、その腹の裡に取り込むもの。……最初っから中に取り込むことしか想定していなかったから、そもそもに外に出るための出口というものがなかった。それは、さながら自然界で生きることの叶わない、大事な大事な蚕を保護して飼育するかのようなもので───」

それ()を護る猫神は、されど時にはそれ()を食うモノでもある。……すなわち、唯一この世界を壊す理由があるモノ、だと言えるってわけね」*9

 

 

 閉ざされた猫箱、とはよく言ったもの。

 中に居たのは猫ではなく、猫が守るもの。そして、その猫箱を壊すのもまた、猫であったと言うわけだ。

 

 とはいえ、お互いに神と言えども、その力はマイナー神相応のもの。

 本来であれば、ここまで大きなことは起こせなかったはず。

 それがここまでの大事になったのは──。

 

 

「兆しに選ばれた少女が、その力を受け取ることが叶わなかったから。本来結実するはずの『逆憑依』は、周辺に漂う力としてその場に残った。──そう、ちょうどちょっと前に私達が遭遇していた()()()()()()()()()と、同じように」

 

 

 荷葉ちゃんが【逆憑依】にならなかったから。

 だから兆しに惹かれて集まってきた気質が、この場に留まった。そうして、その周囲にあった祈りを叶えていった。

 

 

──そう。始まりは一つの夢物語。一人の少女が願ったそれを、ある種の童話として叶えたもの。その子を護ることが出来なかったから、せめてその願いだけは叶えようとしたもの。それこそが──

「……それが、うちなん。──『誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)』。トミーサムの可愛い絵本。マザーグースのさいしょのカタチ。──一人ぼっちのアナタ(かよう)に、届かなかったうち(れんげ)。最期の望みを、叶えましょう」

 

 

 そう、『永久機関(クイーンズ)()少女帝国(グラスゲーム)』。*10

 かつてとある少女(ありす)のために持たされた奇跡。

 彼女(ありす)と同じ境遇にあった彼女(かよう)のために、彼女(れんげ)が用意した閉ざされた箱だったのだ。

 

 

*1
『fgo』のイベントの一つ『徳川廻天迷宮 大奥』でのとある描写。初手でほぼ詰みにまで持っていったにも関わらず、ビーストとしての羽化条件故に、逆転の余地を残してしまったとある彼女が為した所業。ちょっと変な性癖に目覚める人も居たとかなんとか

*2
『墓地に送る』と『捨てる』の違いがよくわからないと言われることがあるが、基本的には『墓地に送る』の中に『捨てる』区分があると覚えるように教わる?はず。なので逆は成立しない(墓地に送る必要がある効果の為に、カードを墓地に捨てた場合は効果が成立するが、墓地へ捨てる必要がある効果の為に、カードを墓地に送っても効果は成立しない)。これだけ見ると『捨てる』の利点がないように見えるが、実際は『コストとして』墓地に送る場合、墓地に送ることができない状況では効果が使えない(というか、そもそも発動できない)となる。これは、『墓地に送る』のが最終的に『墓地に置かれるまで』を含んだものである、と考えるとなんとなくわかるかもしれない(墓地に置けないのだから成立しない、ということ。『捨てる』は最終的に『墓地に置かれる』のは同じだが、捨てた結果自動的にそこに置かれるというだけで、『墓地に置くこと』を重要視しているわけではない)。……コンマイ語は難しいですね……

*3
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』でのDIOの台詞『かかったな!承太郎ッ!これが我が『逃走経路』だ……きさまはこのDIOとの知恵比べに負けたのだッ!』より。逃げ道の確認は重要、間違いない

*4
死亡フラグ。『嵐の日の中で田んぼを見に行く』ようなもの。こちら(視聴者)が見えない位置に行くというのは、そこで何が起きてもおかしくない、ということでもある

*5
株の用語の一つ。前日の終値に対し、株価の上昇値が値幅制限の上限に到達し、それ以上株価が上がらなくなった状態のこと。対義語はストップ安で、こっちは下限に到達した場合。やり取りされる金額が多い株取引において、必要以上の混乱をもたらさないようにする為の措置の一つ

*6
『VOCALOID』シリーズの一つ。緑色のツインテールが特徴的な少女。一番最初に日本で発売された『MEIKO』のパッケージが、いわゆるアメリカ風のポップなキャラデザインだったのとは違い、こちらは最初から日本向けの美少女キャラのデザインラインで生み出されている。1000本売れればヒットだと言われているバーチャル楽器カテゴリのソフトの中で、『MEIKO』自体も3000本のヒットとなっているのだが、初音ミクの場合はそれすら霞んで見えるメガヒットとなっている(発売後一年間で40000本)。以後、VOCALOIDは基本的に二次元キャラのヴィジュアルも重視されるようになったとかなんとか。未だに新曲が作られ続けているあたり、電子の歌姫の名は伊達ではない

*7
作られた様々な楽曲のこと。泣き歌に楽しい歌、ロックにポップなどなど、とにかく多様な曲が彼女の声を使って作られている。『きっと君の力になれる』と言うだけはある、ということだろうか

*8
こちらも勿論オリジナルの神様。なお、あちらとは蚕であるこちらと、それを食べる鼠を狩る猫……という繋がりになっている

*9
鼠が蚕を食べてしまうから、それを駆除する猫を神として奉った、という伝承が存在するが、猫は別に意識して蚕を護っているわけではないので、下手に近付ければ猫も蚕を襲うのは間違いないだろう。猫の場合は蚕を飼っている部屋から出せばいいので、勝手に壁に穴を開けて入ってくる鼠に比べれば共存できる方ではあるが

*10
『fate/extra』より、ナーサリー・ライムのゲーム上での宝具。あくまでもシステム上で宝具になっているだけで、実際は彼女の固有の宝具、というわけではない。とある少女の為に用意された『彼女の為の物語』。──物語は永遠に続く。か細い指を一頁目に戻すように。あるいは、二巻目を手に取るように。……その読み手が、現実を拒み続ける限り──



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幕間・繰り返される少女の夢

「ナーサリーさん、だったのですね」

「童話は全て子供達のためのものなん。だからうちは、かようのためにやってきたん」

 

 

 見た目こそれんげちゃんのままだが、その内面は微妙に違う。

 元々はナーサリー・ライムではなかったのかもしれないが、荷葉ちゃんの事情により『逆憑依』が不成立となり、少女の夢を兆しとして現れた彼女は、その夢を感じ取って姿を作り変えて行った。

 結果、『れんげちゃんの姿になったナーサリー・ライム』という、ある種の歪みを抱えた存在になってしまったのである。

 

 

「……可能なのか?それは」

「ナーサリーの言う童話の区分ってかなり広いらしくてね。子供が願う夢であるのならば、実際に叶えられてもおかしくはないんだ」*1

 

 

 ナーサリー・ライムの本質は、マスターとなった人物の心を反映し、その望みの通りの形となるものである。

 ゆえに、既存の童話に含まれないモノであっても、それがマスターの望むモノであれば変化は可能なのだ。

 ……ただ、恐らくだが。

 彼女は『逆憑依』という、英霊召喚とは別口で呼ばれた存在であるため、素直に荷葉ちゃんの思い浮かべた姿(オリジナル)にはなれなかったのであろう。

 

 結果として、彼女の名前(荷葉)から類似する名前(蓮華)を持つ創作物のキャラクターを選定し、それにマスター……もとい憑依者を近付ける、という形で自身との繋がりにしたのだと思われる。

 これがきちんと『逆憑依』として成立していたのなら、彼女は単に『アリス』……もとい、『fgo』などで見られるナーサリー・ライムの姿として現れていたのだろうが、ここではそれに失敗したため、こんな迂遠なやり方になったのではないだろうか。

 

 ──じゃあ、なんで憑依に失敗したのか、とか。

 憑依も出来ていないのに、荷葉ちゃんの姿を変えられたのは何故なのか、とか。

 その理由に当たるのが、今ここにいる荷葉ちゃんが幽霊──すなわち、霊魂だけの存在であるということになるわけである。

 

 

──肉体というくさびを持たない彼女に、核となる力は無かった。故に、その祈りは破却され、周囲を漂う力場となった──

「無垢なる力、ってわけでもなく。既に少女の祈りを受けてその方向性を変えた後だったから、周辺地域を巻き込んで帰らずの街と化していた、ってわけね」

 

 

 肉体を持たなければ、彼ら(憑依者)を現世に繋ぎ止める楔とはなれない。

 そんな理由から、荷葉ちゃんへの『逆憑依』は不成立。

 結果として、彼女は兆しから形を得る途中の中途半端な状態で、その場に捨て置かれることになってしまった。

 無論、他の【顕象】などと同じく、一度現れた兆しは自然に立ち消えたりはしないため、その場に残された彼女の原型は()()()()()()()()()()周辺から『祈り(気質)』を集めて【顕象】として成立しようとし、結果としてこの場所に()()()()()()()()、という形での閉ざされた空間を作り上げてしまった。

 

 だが、それによって事態はややこしくなってしまう。

 閉ざされた世界となってしまったがために、内部の時間の流れがあやふやになってしまったのである。

 

 それにより、本来は霊魂となり、いつしか霧散するはずだった荷葉ちゃんは『死の直前』を永遠に引き伸ばしたような状態となり、結果として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()身となってしまった。

 つまり、半分だけ『逆憑依』の条件が成立してしまったわけである。

 

 その結果、彼女の元に集っていた気質は『【顕象】として成立しようとしているモノ』と『【逆憑依】として成立したモノ』の二つに別れてしまった。

 その内の【顕象】の方が、あっちの猫神様やこっちのミクさんであり、【逆憑依】側がれんげちゃんと荷葉ちゃんの二人、というわけである。

 

 

「魂の双子、ってのはここに関わっていた元凶全員に言えたこと、だったと言うわけね」

「……?とすると、クリスは?どういう扱いなの貴方?」

 

 

 この前れんげちゃんと荷葉ちゃんの二人を称して述べた『魂の双子』という単語が、猫神様とミクさん、それからそもそもの成り立ち自体にも当てはまる、という指摘をするクリスと、今の説明には含まれて居なかった彼女が一体なんなのか、ということを疑問に思ったシャナが声をあげる。

 

 ……それに関しては、もっと簡単である。

 

 

「──貴方達の一つ前。この子達をどうにかできないかな、って無謀にもこの場所に突っ込んだお馬鹿さん。……ってところかしら」

 

 

 私達が来るよりも前から、この場所が繰り返しを続けていたのだとすれば。

 当然、異変に気付いて調査しようとする者も居るだろう。

 中身を観測できないのだとしても、外見は幾らでも目に付くはずなのだから、私達とは別口で探索に来た人が居てもおかしくはない。

 その内の一人が、クリスだったと言うだけの話なのだ。

 

 

「まぁ、元々『逆憑依』でもなんでもなかったんだけどね」

「え、そうなのですか?」

「ええ、元々は単なる研究員。……ちょっと頭のおかしい上司に『あー、すみませんがちょーっとお仕事をお願いしたいんですけどいいですか?いいですよね?よぉし言質取りました!ではレッツラゴーですよモンブランさん!……え、違う?私はそんな甘そうな名前じゃない?いいじゃないですか細かいことは!ささっ、他所の方々に見付かる前に、パパっと行ってきてささっと帰って来てください!サンプルは忘れずにお願いしますね!』……とかなんとか言われて放り出されたってだけだから」

「ウワー、スゴイキキオボエガアルシャベリカタダー、イッタイダレダロウナー」

「せんぱいの目が虚ろなものに!?」

『あー、どう考えてもあの人ですもんねぇ……』

「え、なんやなんや、いきなりどうしたんや三人共?」

「タマ、あの人だあの人。健康診断の」

「……あー……」

 

 

 なお、彼女の話した内容により、空気は瞬く間に弛緩。

 ラストバトル直前の緊張感は薄れ去り、あたりに漂うのはぐだぐだした空気となっていた。

 ……琥珀さん、貴方はド畜生だ。*2

 

 ともあれ、種明かしとしてはほぼ終了。

 この場所でのあれこれは、全て少女の今際の際に間に合わなかった『逆憑依』が、それゆえに暴走したもの。

 悪意で編まれた檻ではなく、善意で作られた揺りかごだった。

 ただ、そこの中心部──荷葉ちゃんの願いを半ば無視したモノだった、という点を除けばだが。

 

 

──その口ぶりからすると、彼女はもう決めてしまったのですね──

「そうだよ。……うん。またお父さんとお母さんと、一緒に暮らしたかったって願いは否定しない。けど、だから()()()()()()()()()()ずっと同じ日を繰り返す、っていうのは違う。二人に届くまで、ずっと手を伸ばし続けるのは違うんだ」

 

 

 厳かな声で告げるミクさんに対し、荷葉ちゃんが決意を抱いた瞳で以て彼女を見返している。

 

 これは、猫神様のところでも行われたやりとりだ。

 また家族で暮らしたいと願ったことは否定しない。けど、そのために周囲の人々を巻き込んでいくのはよくない。

 れんげちゃんは、それ(世界の拡大)を止めた時にこの世界が崩れ去ることを薄々知っていたから、今の状況がよくないことだと思っていても止められなかった……いや、彼女のナーサリーとしての力の大半はミクさんが持っているから、そもそも止めようが無かったわけだけれど。

 ともかく、止めるに止められなかったわけで。

 それはこの世界の終わりが、荷葉ちゃんの命の終わりと同じだからだけど、それを本人は構わないと笑って見せた。

 

 最後に貴方に見付けて貰えたのだから、その時点で私の祈りは叶っていたようなものだったのだ、と。

 

 それをわかって貰うために、都合一年近い時間を、あの時の止まった世界で過ごしたのだ。

 時には桜の木を眺めながらお団子を食べて、時には夏の川をみんなで泳いで、秋には紅葉を眺めながらお風呂に浸かり、冬には真っ白になった竹林を駆け回った。

 

 止まっていながら動き出した季節を、皆で過ごし。

 その思い出を作るためだけに無理をする猫神様を労りながら、そうしてれんげちゃんを説得した私達は。

 こうして今、止まっていた世界を先に進めるために、ここにいる。

 

 

──命の終わりを嘆くことを、止めたと言うのですか──

「そうなん。いつかは失うって知ってるから、当たり前の日々は美しい……うちは、かようが居なくなるんが良くないって思ってたん。けど、お別れは誰にだってあるん。またね、って、言わなきゃいけないん!」

──それでも、涙は変わらない。落ちる悲しみは終わらない。だからこそ、私は何度でも言いましょう。もう一回、もう一回と──*3

「……!対象の存在規模、増大!対象クラス解析……クラス・ビースト?!」*4

()()ってことでしょ!()()()()()()()()()、十分その素質はある!*5そもそもここはなんでもありの猫箱の中、外に出ないのなら無茶苦茶だって通るわよ!」

「無茶苦茶過ぎやろそれぇっ!?」

 

 

 そうしてれんげちゃんが答えを告げるも、ミクさん側の頑なさは変わらない。

 

 それは、彼女がここで母の役割を被せられたが故のもの。

 子に求められ、彼らを庇護するモノとしての属性を得たがゆえのもの。

 それは、電子の歌姫──すなわち彼女の歌を聞いたモノ達のある種の信仰を、今この場にて無理やりに纏め上げた器。

 

 そう、初音ミク……電子の歌姫など単なる外殻。

 其は一人の少女の夢想を核とした、たった一人を護り育てる揺りかご。

 子の意思など無視して、永遠に安穏たる世界に閉じ込めるエゴの塊。

 その名をビーストⅡ・イマジナリィ()

 七つの人類悪を騙るモノ、今ここだけの限定霊基。

 ()()の祈りの、最悪の暴走の()である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1/1

 

   

 

 

 

*1
『fgo』では基本的にアリスの姿であるナーサリー・ライムだが、本来であれば呼び出した人間によってその姿を変えるものである(第5.5部『地獄界曼荼羅 轟雷一閃』におけるとある人物に呼ばれたナーサリーが、実際に通常時とは違う姿になっている)

*2
『ギャラクシーエンジェル』のアニメ版にのみ存在するキャラクター、ノーマッドが自身の持ち主であるヴァニラ・(アッシュ)に対しての感嘆の台詞として喋る言葉、『ヴァニラさん、貴方は天使だ』という言葉から派生したもの。『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』で登場したキャラクター、ヴァニラ・アイスの台詞である『蹴り殺してやるッ!このド畜生がァーーーーーーッ』と混ざったもの。なので基本的にはヴァニラ・アイスに向けて使う台詞

*3
『ローリンガール』の歌詞より。私は今日も転がりますと、少女は言う

*4
『fate』シリーズより、人類悪に認定された存在がカテゴライズされるクラス。人類悪がそのままクラス・ビーストというわけではなく、人類悪の先にクラス・ビーストに認定される可能性がある、という形である。基本的に不死のモノ達ばかりであり、彼等の不死性を突破するか、単なる戦闘以外の解決法を模索しない限り勝つことはできない

*5
作中のとあるビーストの成立条件『自分以外を人だと思っていないので、自分を愛していれば人類悪の定義に当てはまる』というものから。類似する愛(全ての人を価値がないと思っているが、たった一人だけ愛している)を抱える少女が関連作に存在する為、いつかビーストとして現れるのではないかとマスター達は気が気ではない……



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幕間・その愛は声のように

「対象、ビーストⅡi!戦闘を開始します!」*1

「まさか過ぎるわね、こんなところで人類悪との戦いになるとか!」

 

 

 黒い翼を翻し、私達の前に降り立ったミクさん……もといビーストⅡi。

 この閉じられた世界の中でだけ成立するものだとはいえ、その威圧感はビーストを僭称するだけのことはあると言える。

 ──要するに、全うに戦っても勝ち目はない相手、ということだ!

 

 

「っていうか、向こうもナーサリーの性質を持っているって言うのなら、彼女(初音ミク)の歌を実現化する……みたいなわけのわかんないことをしてくる可能性もあるんじゃないの!?」

「それだけど、多分もうやられてる!」

「はぁ?」

「この階段!シチュエーションも含めて、どこかで見たことがあるとずっと思ってたんだ!──これ、ローリンガールだよ!Project DIVAの!」

「あ、なるほど演出か!」

 

 

 とりあえず体勢を整えるために、距離を取ろうと階段を駆け始めた私達だが、なんとなく無駄だろうなとも思っていた。

 何故かって?図書館……もとい()()()から伸びる、宙に浮いた階段を登っていく(駆け上がる)……というシチュエーションが、彼女(初音ミク)の歌のために用意された、とある映像と一致していたからだ。*2

 

 その歌こそが『ローリンガール』。届かない夢を見て、何度も転がり続ける少女の歌。

 ある意味、届かないモノに手を伸ばし続けている彼女達には、ぴったり過ぎて怖いくらいの歌だ。*3

 

 

「って、ちょっと待ちなさい、それだと」

「これから落ちます!」

「マジかー!!?」

 

 

 なので、その映像と同じシチュエーションである今のこの状況は、上を目指して走り続けることしか出来ないくせに、必ず底にまっ逆さまに落ちるもの、と言えるわけで。

 そこに言及した途端、階段は先ほどまでの様子が嘘のように、宙から剥がれるように崩壊していく。

 

 一応向こう側判定になっているBBちゃんとゆかりさんの二人は、なにかよくわからない力で宙に浮いているけれど、こっちはそういうのは無いので、重力に引かれて落っこちるしかない。なので、

 

 

「即席!ラスボスシューティング仕様!」

「うちとかようとキーアお姉ちゃんで、今日はトリプルライダーなん!」*4

「なんでライダー?っていうかお姉ちゃん飛べたんだね?」

 

 

 近くに居た幼女二人を引き寄せて、そのまま変身(トランス)*5

 背中から妖精の羽を生やして飛ぶことにより、自由落下から逃れることに成功する。字面的には虚+双、みたいな?*6

 

 そんな感じに私が対処したように、シャナはマシュを抱えて翼で飛び、タマモがユニバースパワーで空を駆け、オグリは『限界を超える……!』などと言い出したかと思ったら、『王の友』と『勝利の鼓動(スーパーサイヤ人)』の同時発動という、どこのスーパーサイヤ人ブルー界王拳だよと言いたくなるような強化形態を発動することにより、空を駆け始めることで対応していた。

 ……『王の馬』の恐怖再び?多分負担というか反動というかが凄いだろうから、あながちそうでもないと思います。

 あとまたしてもクリスがお姫様抱っこされてるんだけど、なんだろう『王の友(サー・ランスロット)』だから、女性に対して紳士的になる……みたいな隠された効果があるんだろうか?

 

 なお、パイセンは即座に爆発&再構成により子供形態に変化、その状態でビワの背に乗ることで対処している。

 ……ビワ?なんか飛んでますね、しっぽくるくるしながら。*7

 

 

「ビワはなんでとぶのんー?」

「たぬきですけどー」*8

「気が抜けるなぁ……」

「仕方ない。これが私達、というわけだ。……今回は勝利条件も見えているしな」

「あん?ビースト相手って、基本勝てるもんとちゃうんやないんか?」

 

 

 みんな飛べるのは良いと思うのだけれど、代わりに緊張感がどこかへ行ってしまったような?

 まぁ、徹頭徹尾シリアスできるような人種でもなし、そのあたりはよしとして進むけども。

 

 とにかく、崩れる足場から全員が脱出し、ここからが本格的な対ビースト戦闘となる。

 擬態に近いとはいえクラス・ビーストが相手、本来であればこちらに対抗手段などないはずなのだが……。

 彼女の現在の在り方、それがすなわち彼女の弱点となっているので、現状でも光明はある。

 

 

「あの子は、ナーサリー(うち)の中の力の方なん。だからうちが触れれば、それで終わるん」

「なるほど、CCCでのキアラさんと同じ、ということですね?」*9

「あっちは正確にはビーストじゃないけど……自己愛の中に紛れ込んだ他者愛によって、彼女の自己愛の完全性が崩れたように。こっちは狭まった他者愛を拡大できる自己があるから、それによって絶対性を打ち崩せる、と」

「まぁ、向こうもそんなことわかってるから、こうして足場を崩したりしてきたわけなんだけどね」

 

 

 そう、結局のところこの攻防は、一人の人間の脳内で理性と衝動がぶつかり合っているようなもの。

 外からの刺激でどちらかが優勢になることはあっても、最終的には本人が決断を下すものである。

 

 ゆえに、彼女のそれ()は他ならぬ自分自身である、れんげちゃんには通用しない。

 

 自己愛(キアラ)ではなく、たった一人に向けた他者愛の化身である彼女の天敵が、彼女(キアラ)の対となる(カーマ/マーラ)、その異名と同じ名を持つ、とある自己愛の化身(波旬)への特攻となりうる人物(坂上覇吐)に近い立ち位置に居る……ということにちょっと複雑な因果を感じざるを得ないが、まぁそれも抑止力なんでしょう、多分。*10

 

 

「雑!」

「だって、そういう検証は、全部終わったあとですればいいし。今必要なのは、れんげちゃんを相手に触れさせられれば勝ち、ってことだけなんだから」

「……それもそうね」

「そういうこと。んじゃま、戦闘開始!」

 

 

 あれこれと考えるのは後だ、と皆に告げ、全員が行動を開始。

 積極的に敵対するつもりはない、と言っていたBBちゃん達も、流石にこの状況では場の強制力に従うしかないのか、こちらに向けて散発的に攻撃を仕掛けてくる。

 ……BBちゃんも大概この状況では向こうの敗北フラグである、ということにビースト側が気付いていないということも無さそうなのだが、それを押してでも手数が欲しい、相手が攻撃を躊躇するような状態にしたい、みたいなことなのかもしれない。

 だが……。

 

 

「甘かったですねビーストⅡi!私とBBさんは、互いに殴っ血kill間柄ですので!ぼこぼこにすることになんの良心も咎めません!」

『あれ?ちょっとマシュさーん?おかしくないですか?貴方そんな風に血気盛んな子ではなかったはずですよー?もしもーし?』

「……正気に戻ってくださいBBさん!」

『正気に戻るべきなのはそっちだと思うんですけど!?……ってひぇっ!?本気で殴りに来てるんですけどこの人!?』

「避けないでください当たりません!」

『避けますよこんなの!?』

「……その、マシュ?ちょっと落ち着いた方が「シャナさんはそのままサポートをお願いします!」……是非もないわね……」

 

 

 うーん、敵対したBBちゃんには、真っ先にマシュが突っ込んで行き、その盾を振りかぶっていたため、躊躇うとかそんなことが起きそうな予感は一切しない。

 ……流石に手加減はしてると思いたいけれど、あの調子だとBBちゃんがこっちに邪魔をしに来ることはないだろう。

 なので反対側、チェーンソー片手に突っ込んできたゆかりさんに対処している、ビワ&パイセンの方に視線を移す。

 

 

「……許せねぇよなぁ……許せねぇよなぁ……お前あんなにナイスバディだったのに、そんなロリにもなれるだなんて……ふざけるなよなぁ!!なぁぁぁ!!許せねぇなぁぁ!!」

「えっ」

「ゆるされよ ゆるされよ 無自覚グラマーゆるさ「お前もなんだよなぁぁ!!?」ぴっ!?」

「知ってんだよなぁぁ、ビワハヤヒデ自体も結構おっきいってのはなぁぁ……?そんでケルヌンノスとしても、殻になってるのはおっきな女の子……羨ましいなぁぁ……妬ましいよなぁぁ……どぉして世界は平等じゃねぇんだろぉなぁぁぁぁ!!?」

「なにあれこわっ!?」

 

 

 ……何故か妓夫太郎みたいになってるゆかりさんが居たけれど、私はなにも見ませんでした。*11

 持たざるモノの悲哀を知る仲間として、ここは見なかった振りをするのが正解なのです、多分。

 どっちかというとこっち(ナイムネ)側のクリスもまた、ゆかりさんの醜態にはなにも口を出すことはなかった。……悲しい友情、というやつである。

 

 ところで、どいつもこいつも私情で戦いすぎじゃないですかね、仮にもラストバトルなのに……。

 

 

「気持ちの入ったよい攻撃だ。あれならそうそう負けることはないだろう」

「いや、頷いとる場合かいなオグリ。これ下手すると向こうの精神干渉かもしれんのやで?」

「なにっ、それは本当かタマ!」

「お、おう。……えっとやな、向こうって初音ミクなわけやろ?せやから、色んなネタ曲も網羅してるわけでな?」

「ふむふむ?」

 

 

 そんな中、私達に付いてきているタマモとオグリが、後ろでなにやら会話をしていた。

 内容は、周囲のちょっとおかしな状況が、ビーストⅡiの精神干渉によるものなのではないか、ということについて。

 

 確かに、歌を武器とする彼女であるのならば、そういったことも可能かもしれない。……が、彼女が言いたいのはそういうことではないらしく。

 

 

「……探せば貧乳の悲哀を歌うような曲もあるし、恋敵にあれこれしようみたいな歌もある。要するに、負のバサラみたいなもんなんとちゃうやろか、あれ」*12

「バサラ?……よくわからないが、みんな大変なんだな……」

 

 

 数多ある曲のレパートリーより、その場にあったモノを選ぶことで周囲に影響を与える。

 さながらネガ・シンガー……状況を歌うのではなく()()()()()()()、みたいなものだろうか。

 

 まぁ、あくまでもこの世界の中でしか使えない、あまりにも限定されたネガスキルではあるのだが、実際にこうして相対する身ともなれば、そんな呑気なことも言っていられない。

 れんげちゃんと……荷葉ちゃんには効かないだろうが、それ以外のメンバーには普通に効くはず。

 

 私はまぁ、どうにかなるとしても。

 下手すると後ろの二人も、周囲のように訳のわからない状態に放り込まれる可能性は多大にあるわけで。

 

 

「こりゃ、短期決戦がベストってやつかな……?」

 

 

 思っていた以上に厄介そうな状況に、思わずそう漏らしてしまう私なのであった。

 

 

*1
imaginary(イマジナリー)』とは、実在しないこと、架空であることを示す英単語。虚数の単位として使われる『i』は、ラテン語でほぼ同じ意味を持っている言葉『imaginarius』の頭文字から取られている

*2
ここでの映像は『初音ミク -Project DIVA- extend』での演出のこと。ピアノを弾くミクの姿から始まり、普段の彼女のイメージとは違った『反抗期になったミクさん』みたいな姿を見せてくれる。その中で、図書室に飛び込んだあと階段を登り出す、というシーンがある。坂を転がる歌で道を駆け上がる姿を見せるあたり、中々解釈のしがいのある映像だと言える

*3
現実逃避PことWowaka氏の楽曲。転がる話と作曲者が述べる通り、歌詞は基本的に転がり続ける少女のことを綴り続けている。転がり続ける、ということでループものにもどことなくマッチするため、負の未来を変えるために、何度も何度も繰り返す(転がり続ける)ようなキャラクター達に対して、彼らを使った動画が作成されたりしていた

*4
漫画『仮面ライダーSPIRITS』の第1話「摩天楼の疾風」で、本郷猛が滝和也に言った台詞『今夜はお前と俺でダブルライダーだからな』より。特別な力を持たない男が、その正義の心によって、お前もまたライダーだと認められた熱いシーン

*5
『BLACK CAT』のキャラクターの一人、イヴの使う力のこと。ナノマシンで構築された彼女は、それを使った変身・変形技能を持つ。翼を生やしたり人魚になったり、応用力は幅広い。なお、スターシステムである金色の闇(『Toloveる』)の方が知名度が高いため、そっちのイメージの方が強い人も多いかもしれない

*6
『星のカービィ64』ラストステージでの特殊コピーの呼び方の一つ。同作では下のライフバー部分をある程度カスタムできるのだが、その中に漢字を使うものがあり、それに変更すると能力名などが漢字で表示されるようになる。その状態でラスボス戦に突入する時に表示されるのが『妖+晶』(妖精+結晶、だと思われる)。こちらは『虚無+双子』、といったところだろうか?

*7
虞美人に関しては彼女のマテリアルより。爆発して再構築する時に、わりといい加減なので体型が変わることがあるそうな。ビワの方はションボリリドルフのモーションの一つから。『スーパーマリオブラザーズ3』のしっぽマリオの飛行モーションを元にしたもので、しっぽをくるくるさせながら両手を左右に伸ばして飛ぶ

*8
『あずまんが大王』より、大阪さん(春日歩)が見た夢の中で、彼女が美浜ちよと交わしたやりとりから。ちよちゃんは十歳ながら飛び級で高校に通うほどの天才少女だが、その飛び級、という部分に対して夢の中特有の不思議解釈が混ざり、彼女が空を飛ぶという事態に繋がり、それに対して大阪さんが『ちよちゃんはなんでとぶのんー』(どうしてちよちゃんは飛び級してきたの?)という形になったんじゃ……ないかなぁ?なお、夢の中なのでまともな答えは帰ってこなかった(『十歳ですけどー』と述べながら、ちよちゃんはツインテールをぱたぱたさせながら飛んでいった)

*9
『fate/Extra CCC』でのキアラさんの敗因。全ての人類に対しての特攻性能を得た彼女だが、その力を発揮するための根幹であるとあるアイテムには、主人公を思う一人の少女がいた為、愛は恋の前に無力となった。なお、その時の彼女はビーストではない

*10
fgoのカーマが持つもう一つの面、獣としての名である『マーラ』は、第六天魔王波旬と統一視される。また、『神咒神威神楽』における『第六天魔王(マーラ)』である波旬は、自身が唯一認められる他人、ある意味で自分自身でもある坂上覇吐に対してだけは、自身の絶対性を打ち崩される関係にある

*11
『鬼滅の刃』の遊郭編におけるボス、上弦の陸のこと。初見殺しの死亡条件もさることながら、そもそもに下弦の鬼達とは文字通り格が違う。その為、主人公達は大いに苦戦する羽目になったのだった。……なお、そんな彼がとある人物が嫁を三人も迎えていることを聞いた時、ここでのゆかりさんのように滅茶苦茶ぶちギレていたりもした

*12
『マクロス7』シリーズより、熱気バサラのこと。歌で世界を救った男だが、基本的には単なる歌バカ。歌で奇跡を起こすことでよく知られている



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幕間・そして、届かぬ未来へと

──Aaaaーーー──

「っ、ソニックブームまで使えるとは、厄介な!」

 

 

 短期決着を目指し、ビーストⅡiに向けて接近を開始した私達だったが、思いの外苦戦を強いられていた。

 ネガ・シンガーだけが彼女の攻撃方法だと思っていたのだが、なんとまぁ声による音波攻撃……もとい衝撃波までも使ってきたのである。

 

 

「……厳密には初音ミクそのものではないから、彼女に掛かっている制限(戦闘不可)も存在しない……と言うことなのかしら?」

「もしくは彼女自身はあくまで歌っているだけで、こっちに出ている影響は()()()()()()()()()()()()()()扱いされているか、かな?……なんにせよ、見た目ほど与しやすい相手って訳じゃあなさそうね」

 

 

 オグリに抱えられたままのクリスが呟いた言葉に、小さく相槌を打つ。

 ナーサリー()がその力のみで再現した初音ミク(肉体)……に、神と母のエッセンス(精神)が混じったもの。

 それが今のビーストⅡiであるため、本来であればなりきりの原則──そのキャラが絶対にできないとされている行為は、なりきり(『逆憑依』/【顕象】)も同じようにできないはずのところを、他のキャラを混ぜることによって回避している……と考えられるわけだ。

 

 初音ミクは、あくまでも歌姫である。

 ゆえに、基本的には彼女が直接的な戦闘を行うことは、少なくとも公式には認められていない。

 たまーに戦闘しているものもあったりするが、そういうのは『初音ミク本人』ではなく、彼女をモチーフにした別キャラ、ということがほとんどである。

 ……見た目が初音ミクそのままなキャラが思いっきり殴りに言っている作品もあったりするが、多分あれも本人じゃないから大丈夫なんです。

 え、バーチャロン?ありゃナイアさん乙、ってことで。*1

 

 ともあれ、だからこそ今ここにいる彼女も、あくまでも『ナーサリーがその姿を模したもの』としてここにあるからこそ、こうしてこちらに攻撃を仕掛けてくることができている、のだろう。

 

 なので、どうにかしてそれを崩すことができれば、彼女の唯一の武器(牙/歌)を奪うことに繋がると思われる。

 ……のだけれど、どうにかしようにも近付けないのであれば無理だし、そもそも近付けている時点でれんげちゃんにタッチさせれば良いということになるので、どうにも案の浮かばない状況になっているのだった。

 

 

「……なるほど、じゃあ仕方ないわね」

「ん、クリス?」

 

 

 そんな中、クリスが小さく溜め息を吐きながら、自身の白衣の中に手を突っ込んだ。

 暫くなにかを探すように内部をまさぐったのち、取り出したのは……赤い携帯電話?*2

 

 

「あんまり使いたくなかったんだけど、こんな状況じゃそうも言ってられないわよね……」

 

 

 かこかこ、と懐かしい音を響かせながら、彼女が携帯を操作している。……ええと、クリスと携帯電話、と言うと……。

 

 

「これで……!」

──させると思っていたのですか?──

「あっ!?」

 

 

 その行動の意味を思い出す前に、ピンポイントで響いてきた音波が、クリスの手から携帯電話を弾き飛ばす。

 ()()()()()()()()()は、そのまま奈落の底へと堕ちていく。

 そこまでを見詰めたあとで、ようやく私は今さっきの行動がなんなのかに気が付いた。

 

 

「あっ、Dメール!」*3

「ご明察。……止められちゃったけどね」

──この状況で過去改変を行う意義は見出だせませんが……何れにせよ、私の場で好き勝手できると思わないで下さい──

「なるほど、全部お見通しってわけね。……ところで、これは独り言なんだけど。……貴方、記憶の方は()()()()()()()()()のかしら?」

──何を……?──

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()に気が付き、密かに両脇の二人に声を掛ける。

 ──勝負は、次の一瞬で決まる。

 そう確信しながら、クリスの言葉に皆で耳を傾ける。

 

 

「だって、ねぇ?Dメール……過去改変についての知識はあるみたいだけど。()()()()()()()()()()()()()については、知らないみたいだから。ねぇ、みんな?」*4

──……?──

 

 

 朗々と語るクリスの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべるビースト。

 そんな彼女に対し、私達は()()()()()()()()()()を静かに返答していく。

 

 

「クリスの携帯は赤い()()()()()の携帯だ。さっき落ちていった携帯みたいな形ではないはずだ」

「あれはどっちかというと……()()()()()()()()、だよね?」

──………!──

「気付いた?けどもう遅いんじゃないかしら。……『Steins;Gate』という作品は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を描いた作品、という風にも見ることができる。その作品の象徴──岡部の携帯を()()()ってことが、どういう意味を持つのか。……なんとなく、わかってきたんじゃない?」

 

 

 こちらの言葉に、クリスがなにを言いたいのかを察したビーストは、血相を変えて奈落に降下(飛翔)を始めた。

 無論、こちらもそれを追い掛けるために高速で落下(追走)を始めるが、その中でもクリスの語りは止まらない。

 

 

タイムマシンによる繰り返し(ループによる成長)。そしてその果てに、タイムマシンを捨てるという物語。──牧瀬紅莉栖()の役割は、繰り返す世界(ループ)を止めさせること。その果てにあるのが、例え自身の死であるのだとしても。彼を想い、彼に想われたからこそ、それを止めさせるもの。──そんな私が、彼の携帯を捨てるっていうのは。……()()()()()()()()()と思わない?」

──貴方は、死ぬ気なのですか!?私を倒すためだけに……!!──

「ビーストが相手なんですもの。一人の犠牲くらいは、覚悟しないとね?」

──っ!!!──

 

 

 高速で飛翔する私達だが、流石にビーストの方が速い。

 じりじりと離されていくのを見詰めながら、それでもクリスの語りは続いている。

 

 

「『訣別の時きたれり(アルス)()其は世界を手放すもの(ノヴァ)』だったかしら。……岡部が好きそうな名前よね。だからまぁ、そこに肖らせて貰おうかしら」*5

「──ラボメンNo.004、牧瀬紅莉栖の名において。時を翔ける為の翼を、今天に返上仕る。……それは人が追い求める夢そのものだけれど。今はまだ、夢のままでいて頂戴。……第一宝具、解放」

 

「『黎明の時きたれり(コーリング)()其は願いを手放すもの(アマデウス)』──」*6

 

──あ、ああああぁぁぁあっ!!!!──

 

 

 告げられた宝具の名に、ビーストが雄叫びをあげ。

 そして、彼女はどうにか携帯(それ)を手にした。

 仄かに喜色を浮かべるも、自身にそれを砕くほどの握力は(そもそも壊してはいけ)ないことに気が付いた彼女は、ゆえに、とりあえず電源を落とそうとして。

 

 ──その画面を、視界に入れた。

 

 

 

圏外
 

 

 新規メール作成

 

 宛先:ビーストⅡi

───────────────────────

 Cc/Bcc

───────────────────────

 件名:うそです

───────────────────────

 ヽ(*゚д゚)ノカイバー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめる メニュー 添付 送信

 

 

──は?──*7

 

 

 唖然とする彼女の頭上から、声が降ってくる。

 

 

「そりゃそうでしょ、こちとらただの人間だっての。──宝具なんて使えるわけないって、始めに気付いておくべきじゃない?」

──なん──

「やっと……」

──あ──

「──追い付いたん!」

 

 

 攻撃することも忘れ、こちらに向かっている者がいることも忘れ。

 呆然自失となった彼女の目と鼻の先に、高速で飛翔する私達が居ることを、今更になって認識する!

 

 

「この距離なら、音波は使えないよね!」*8

──ぐ、ううぅっ!!──

 

 

 この距離での音波攻撃は、自身をも巻き込む自爆攻撃になる。

 また、呆然として固まっていたため、ここから離れるにも一手遅い。

 つまり、こちらの作戦にまんまと嵌まってしまった彼女は、詰みの状況に追い込まれていたのだ。

 

 

「これで、終わりなん!」

──ダメ、まだ、終わっては──

「前に進むん!その先が、なんにもない暗闇でも!もう、立ち止まっちゃいけないん!」

「だから、もう止まって!」

──あ、あああ……──

 

 

 二人の手が彼女に触れるまで、あと3、2、1……。

 

 

W螺煌斬(よっしゃあああッッ THE ENDォオ)!!」*9

──へぶぅっ!?──

「えっちょ、キーアお姉さん?!」

「あっ」

「あっ、ってちょっとぉーっ!?」

 

 

 なお、ラストシーンかつ二人で攻撃(タッチ)、というシチュエーションゆえに、思わず手が勝手に動いてしまったのだった。

 ち、違う!ネタが勝手に(しまらないなぁ……)*10

 

 

*1
意外と色んなゲームに登場しているミクさんだが、あくまでも見た目を真似しただけ(プレイヤーのアバターに着せられる服扱い)だったりとか、もしくは初音ミクを元にした別のキャラクターだったり(白猫プロジェクトなど)することがほとんどであり、ミク本人という設定でもサポーターとしての参加、というものであることが普通。なお、最後のバーチャロン云々はフェイ・イェンHD……正式名称『VR-014 フェイ・イェン with Heart of Diva』のこと。『電脳戦機バーチャロン』における歌姫『フェイ・イェン』と、『初音ミク』がコラボした存在。『スーパーロボット大戦UX』においては、とある人物の陰謀を文字通り木っ端微塵に砕いたりもした

*2
ここでの携帯電話とはいわゆるガラケー、『ガラパゴス携帯』のこと。世界の基準からは外れた独自の発展を遂げたテンキータイプの携帯は、『ガラパゴス諸島』の生物のようにその場所以外では流行ら(生息でき)ないもの、などと揶揄されていた。現在ではそういった流れは見られなくなっているが、モノ作りにおいては変な拘りを持つ日本人のことなので、その内またとんでもないモノを作るかもしれない……

*3
『Steins;Gate』の用語。過去に送れるメール。これにより過去改変を起こすことにより、世界線の移動を行う

*4
彼女の携帯は()()()()()()()()()()のガラケーである

*5
とある人物の宝具。自身の全てを『もはややり残しはない』と手放す宝具。基本的には自爆でしかないが……

*6
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大捕捉:1人

彼が繰り返しを終え、一人の少女を救うことを諦めた状況を再現する宝具。彼女のあとにはアマデウスが現れる。それを呼ぶための儀式。繰り返しを含む世界を強制終了させる、別れの宝具

*7
この顔文字は、クリスが自分を示すために使ったもの。実際はまつげを付けるので二行必要。件名の通り、前述の宝具はうそである。圏外だからDメールも送れないゾ☆

*8
『仮面ライダー剣』より、橘朔也の台詞『この距離ならバリアは張れないな!』から。彼の変身する『仮面ライダーギャレン』は、基本的に銃撃を主体にして戦うライダーなのだが、この台詞の時に戦っていた相手はバリアによって銃撃を弾き続けていた。そうして追い詰められた彼が岩肌に叩きつけられた後に、余裕綽々で止めを刺しに来た相手を捕まえ、ほぼゼロ距離射撃によって相手に致命傷を与えることに成功する。その射撃の前に述べたのが、前述の台詞。『仮面ライダー剣』屈指の名場面として、今でもファンに語り継がれている

*9
『タカヤ―夜明けの炎刃王―』での最終話より。元々は学園バトルもの(『タカヤ -閃武学園激闘伝-』名義。こちらは全五巻)だったのが、唐突に異世界転移ファンタジーと化した作品が、最後に見せたもの。テコ入れにミスって打ち切られたようにしか見えないのが凄まじい。いやまぁ、裏で何があったのかなど読者にはわからないのだが。なお、タカヤ自体はわりと色んなネタを後世に残していたりする(あててんのよなど)

*10
『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』の武藤遊戯の台詞『あっ、違う!クリボーが勝手に!』より。アニメオリジナルエピソードである乃亜編において、デッキのモンスターを一体選んでデッキマスターにする、というシステムの中で、文字通りクリボーが勝手に出て来てデッキマスターになってしまった時に彼が放った台詞。なお、勝手に出て来てくれたお陰で、(そのデッキマスター効果により)後々助かっていたりする



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幕間・お別れのあとには

 手癖でぶっ飛ばしてしまったモノの、確りと二人の手が彼女に触れたことは間違いなく。

 初音ミクの姿を象っていた彼女は、その体を端から粒子へと変えていっている。

 

 ──単なる力へと還元され、れんげちゃんの中に戻っているのだ。

 

 

──本当に、これで良かったのですか──

「しつこいなぁ。……いいんだよ。元々終わってたんだから、こうしてあれこれとできただけで十分。それに──思い出は全部、れんげが持ってってくれるって約束したから」

──そう、なのですか?──

 

 

 砕けていく彼女に近付く二人。

 私達が落ちていたはずの空間は、いつの間にか元の家に戻っていて、砂場に倒れた形になっている彼女(ビースト)の周りに、私達は無造作に放り出されていた。

 その時にネガ・シンガーも力を失ったのか、特に暴走していた二人──マシュとゆかりさんは、周囲を見渡して目を白黒させている。

 

 その様子になんとなく苦笑を浮かべながら、三人が別れの言葉を交わすのを、邪魔にならないように観察する私。

 彼女達は猫神様のところでも、似たようなやりとりを行っていた。

 彼は役割としては父親だったから、その背を快く押していたけれど、ここにいる彼女は母親──子に対する情の深い人を模しているからか、この先に……命の先に向かおうとする彼女に、悲しげに顔を歪めていた。

 

 けれど、その顔を見ても、二人の決意は変わらない。

 終わってしまっていた少女(荷葉)は、その思いを少女(蓮華)に託すことを決めたのだから。

 

 

「……そうなん。この騒動が終わったら、うちは他のナーサリー(うち)のように、この想いを抱えて生きていくつもりなん。それが、間に合わなかったうちが、やるべきことなん」

──その辛さを背負って、彼女の祈りを背負って行くと、そう仰るのですか──

 

 

 何度も繰り返し尋ねてくる彼女(ビースト)に、少女(蓮華)は小さく頷きを返す。

 失われたものが、失われていないものを引き摺り込むのは違う。彼女達はそれを自覚して、無自覚に祈った願いを手放すことを決めた。

 

 だから──優しい童話の時間はおしまい。

 辛くても、苦しくても、隣に居て欲しかった人が居なくなったとしても。

 それでも、彼女(蓮華/ナーサリー)は進んでいく。

 

 その決意を聞いて……子を思う母たる彼女は。

 

 

──ああ、まったく。わがままな、娘達だこと──

 

 

 静かに目を閉じて、その姿を四散させた。

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、そろそろ私もお別れ、かな」

「…………」

「そんな顔しないでよ。……泣きたくなってくるじゃない」

 

 

 粒子となって四散した彼女は、そのままれんげちゃんの中に吸い込まれていった。

 それにより、彼女の存在規模が増したのを感じる。

 ……とはいっても、流石にビースト時のような無茶苦茶な状態とは、比較できるようなモノでもないが。

 ともあれ、これで別たれたナーサリー・ライムとしての欠片は全て揃ったので、彼女は元通り、普通のナーサリーとしての顕現も果たすことができる。

 

 ……まぁ、それを選ぶわけがないのが、ナーサリー・ライムという存在なのだが。

 曲がってしまっているとしても、彼女の根幹は子供達の味方、幼き夢を実現するもの。

 その対象たるお友達(荷葉ちゃん)が願っている以上、彼女はその姿を変えることはないだろう。

 少なくとも、彼女(れんげちゃん)がこの世界から居なくなる時までは。

 

 そんな、お友達である少女──荷葉ちゃんの足は、先の方から徐々に薄れ始めている。

 世界を無理矢理にループ・及び維持していたビーストⅡiが消え、猫箱が開こうとしているのである。

 それにより、本来であればとっくに成仏していたはずの彼女は、世界の定めるままに、その命の終わりを向かえようとしていたのだった。

 

 いつの間にか私の隣にやって来ていたマシュが、思わずとばかりに手を伸ばしかけ、そしてそれを降ろす。

 例え引き留めたとしても、彼女を現世に留める手段がない以上、それを口にするのはあまりにも残酷だと、気付いたからだろう。

 

 そりゃあ、誰だって消えたくはない。死にたくはない。

 もっと遊びたかったし、もっと色んなモノを見たかったし、いつか夢が叶う時を見たかったはずだ。

 ──けど、その時はもう来ない。

 失われたものは二度と戻らない。時は遡らず、壊れたものは壊れたまま。

 

 だから、彼女は託すことを選んだ。

 自分が見たかった夢を、祈りを、願いを。

 わざわざ自分のために、どこからかやって来てくれた──物好きな絵本に託すことを決めたのだ。

 そして、その想いを──何度も繰り返して、彼女(れんげちゃん)は受け取った。

 楽しい日々を一緒に体験して、彼女のことをちゃんと知って。

 永遠に思える一年を過ごし、永遠に届かぬ明日を夢見て、永遠に戻らぬ昨日を越えてきた。

 

 

「だから、またね、って言うん。いつかどこかで、また会おうって言うん」

「……そうね。だから、こう言うんでしょ?──今回はここまで、って」

 

 

 今回は、と強調するその言葉。

 それは、また次の機会があると約束する言葉。

 悲しい別れではなく、いつかまた訪れる、再会を願うもの。

 

 少女達は指切りをして、涙でぐちゃぐちゃになった顔でどうにか笑って。

 そうして──一つ、手を振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はー、なるほどなるほど。僕らが帰った後に、そんなことになっていたとはねぇ」

 

 

 なりきり郷、ゆかりんルーム。

 今回の報告書を持ってそこに訪れた私は、なにやらソファーで寛いでいる五条さんと顔を合わせていた。

 どうやらまたお仕事のために外に出るようで、その説明を受けるためにここに足を運んでいたらしい。

 

 なので、彼は私が報告する内容を、横からずーっと聞いていたのだった。

 

 

「『巻き戻しの街』ならぬ、『時の陥穽(かんせい)』ねぇ。結界内の繰り返しにより成長の兆しを内側に留め、それが解放された時に一気に拡大して、世界を覆う……良くできてるね、これ。閉鎖空間内で繰り返してるから、外に自身の所在や、その危険性を知らさずに事を進められるし。仮に中に入って止めようとしても、特別な素養がないと、そもそも繰り返していること自体に気が付けない。……牧瀬ちゃんだっけ?彼女が彼処に入ったのは、一応調査の為だったようだけど。元々この結界自体が他者の目に付き辛い上に、中に入った時点で外との因果関係が断ち切れるのも相まって、そもそも調査に向かわせたこと自体、あの研究者さんも()()()()()()()()みたいだし」

「あー、つまりは外からの救援は、最初から望めなかったってこと?」

「そーいうこと。性質としては帷とか封絶が近いのかな?張られてることに気付けるのは関係者だけで、かつ中に入れば、外にいる関係者もそれを忘れてしまう」

「中は中でループしてる上に記憶リセット付きだから、ほぼ確実に彼女はビーストとして羽化してたって?……ゾッとしかしないんだけどそれ……」

 

 

 聞いた報告から、あれこれと五条さんが予測を立てていく。

 本来であればあからさまな空間の異常、ゆえにそこに()()()()と気付けるもののはずなのだが。

 

 完全に中を観測できない仕様になっていたこと・及びそれにより起きる明らかな異常を、そもそも五分前仮説の如く()()()()()()()()()()と世界に誤認させることにより、周囲に何も気取らせなかったこと……という、わりと意味不明な結界だったために、彼女は周囲に気取られることなく、繰り返しを続けることができたというわけだ。*1

 

 結界には、周囲にその存在を知らしめてしまうものは二流、という不文律がある。*2

 そういう意味で、あの結界は充分に一流と呼べるものだと言えたのだった。

 ……まぁ、()()()()()()、だったのだけれど。

 

 

「あー、ゆかりんゆかりん。多分だけど、そういうことにはなってなかったと思うよ?」

「……?え、でもここには短期決戦を仕掛けた、ってあるけど」

「それは別の理由。……相対した時点で気付いてたけど、あのビーストもどきはそもそもに自己矛盾を起こしてたから、私達がなにかしなくても、その内勝手に崩壊してたと思う」

「……は?」

 

 

 なので、ゆかりんの勘違いを訂正する私。

 あのビーストはイマジナリィ……架空の名の通り、あくまでも空想の中でのみ成立しうるものである。

 それが何故かと言えば、その本質がどこまで行っても『子供達の味方だから』。

 子供の夢から生まれたものであるがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 なので、仮にビーストとして羽化したとしても、その力を外で使えるのはほんの一瞬。

 外に居るはずの荷葉ちゃんの父と母に触れて──それでおしまい。

 なんの被害も出さず、なんにも変えられもせず、ただ立ち消えて終わりである。

 彼女()の方が繰り返しを望んでいたことが、その証明だと言えるだろう。

 

 まぁ、繰り返しを続けることで結界を維持し、いつの日か荷葉ちゃんの父と母があの場所を訪れることを待っていた、という見方もできるだろうが。

 とはいえ、それも気の遠くなるような話。私達が触れずとも、何かの切っ掛けで繰り返しを止めようとする可能性は、充分にあると言えるだろう。

 

 

「ん、んー?ちょっと待って整理させて……えーと、中でのループは世界線の移動タイプで?外の時間経過とは完全に切り離されてて?外からの観測をシャットアウトすることで、擬似的な猫箱と化していて?」

「それでもなお、望むものには届かなかったから、外への門戸を開いた。……逆に言うと、単に中でループさせるだけだったら、もしかしたら周囲への違和感も全て消し去った上で、ずっと展開し続けられたのかもしれない……ってことだよねぇ?」

「そうだね、門戸を開かなかったら永遠に回せたのかもしれないんだから、ある意味では永久機関みたいなもの……だったのかも?」*3

「……あー、それがなんで、破綻前提なの?」

「それこそ、答え(救い)を求めたから、かな?」

「救い?」

 

 

 首を傾げるゆかりんに、小さく頷きを返す。

 そもそもの話、ナーサリー・ライムは『逆憑依』のためにあの場に現れた。

 それが失敗したからこそ、次善の策──すなわち、彼女(荷葉ちゃん)の保護に踏み切った。

 

 本来、外からの観測を、完全にシャットアウトすることはできない。

 それは、『その場所が見ることができない』という違和感によって、間接的に観測されてしまうから。

 要するに、観測と非観測の境界が、外からの視線がある限り削れ続けていくのである。

 

 ゆえに、単に維持するだけではじり貧でしかなく、それ(維持)を続けるには、そもそもに外部からの干渉を一切断ち切るよりほかないのだが……。

 何度も繰り返すように、観察とは意識するだけでも成立するもの。

 そもそも周囲に意識されない結界、という形になるのは必然であり、それゆえに成立したその結界は猫箱と化し、付随して中身が不確定になるという、副次的な恩恵をも与えることとなった。

 

 そうするとどうなるのか。

 ……要するに、余裕ができてしまったのである。

 本来起こり得ない出来事により、結界という箱の中は想定以上に安定──不安定(不確定)すぎるがゆえに逆に安定した形となったが、だからこそその保護した魂──荷葉ちゃんの祈りに、耳を傾ける余裕ができてしまったのだ。

 

 そうなれば、ナーサリー・ライムとしての本能──子供達の味方である、という部分は抑えきれなくなり。

 

 

「結果として、その体を三つに分けることになった。寄り添う友(れんげちゃん)と、見守る母(ミクさん)と、背を押す父(猫神様)の三つにね」

 

 

 ナーサリー・ライムとしての構成要素が、彼女の祈り(落書き)と、その地の土着神と結び付き。

 結果として、その身を三つにわける切っ掛けとなってしまった。

 

 あとはまぁ、報告書に記した通り。

 子供の祈りを叶えようとすれば(外界に門戸を開けば)その子供を守らない結果となり(子供の命は失われ)

 子供を守れば(固く世界を閉じれば)その願いは叶わぬモノとなる(命は守られる)

 その自己矛盾により、彼女(ミクさん)は結果として停滞──猫箱の中の不確定状態を利用した、他の答えを探すという現実逃避──を選んだ。

 そう、彼女は端から矛盾していた、破綻していたのである。

 

 

「だから、ほっといてもその内進退極まって、勝手に瓦解してたはずなのよ。そもそも、ビーストになることを選んだの自体、その自己矛盾の結果として、閉じたままで良いはずの世界に他人を呼んだっていう、自分の失態から生じた苦し紛れの一手なんだから」

「なるほど。彼女の願い(親に会いたい)彼女を危険に晒さ(彼女の保持を諦め)なければ叶わないって、勝手に思い詰めて自爆した結果がキーアさん達の来訪だった……と」

「そーいうこと」

 

 

 まぁ、つまり。

 完全なロジックエラーに嵌まっていたのが、あの時の彼女の状態なのだと言えるのだった。

 

 

*1
『世界五分前仮説』のこと。文字通り、『世界は五分前に突然生み出されたものである』とする仮説。バートランド・ラッセル氏により提唱された思考実験の一つであり、証明も否定もできないもの。それは、この仮説の前提条件が『それができるもの()がやった』ことである為。要するに神の実在に関して語るものになってしまうので、説の是非を問う意味があまりないのである。その為、この説は基本的に、人の知識というものへの問題定義のための序文として語られる。なお、非常に中二心を擽るモノでもあるため、言葉通りのモノとして取り扱う作品もちらほら存在する

*2
前述した『呪術廻戦』の帷や、『灼眼のシャナ』の封絶などは、『中にあるものを隠す』性質の結界としては最高峰にあたる。それは、忌避型の結界だと『そこにこちらを近寄らせまいとする何かがある』という違和感になり、そこから気付かれる可能性があるため。なので、見えているはずなのに見えない、もしくは意識できないという隠蔽型の結界の方が、結界本来の性質である『中にあるものを隠す』という点では優れている、となるのである。まぁ、最近は自分に有利なフィールドにする、という形の結界も増えてきているので一概には言えないのだが

*3
『外部からエネルギーを受け取ることなく、仕事を行い続ける装置』のこと。第一種の場合、外部からのエネルギー供給どころか熱すら受け取らない真の意味での永久機関(無から有を生み出している)であり、熱力学第一法則に反するため実現はしない(エネルギー保存の法則により、外に仕事が取り出せる時点で、仕事を行うためのエネルギーが増えていることになる為)。第二種は熱の仕事への100%変換を前提とするが(正確には装置内に仕事を行う部分も組み込み、発生する熱をエネルギー源として回収する、というもの)、熱力学第二法則(エントロピー増大の原理)により、エネルギーは高い状態から低い状態に変化するのが自然であり、その逆を行うには別のエネルギーが必要である為、否定された(仕事を続ける限り、熱源(高い方)から装置(低い方)へと熱は移動していく。やがてそれらは平均化されてしまうが、それを覆そうとすると装置(低い方)から熱源(高い方)に熱を移動するための別のエネルギーが必要になる、ということ)



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幕間・もはや、これまで。

「あー、うん?とりあえず自己矛盾を起こしていた、ってことはわかったんだけど……それがなんで、ビーストとしては成立しないことに繋がるわけ?」

 

 

 一度に難しい話をし過ぎたのか、頭からぷすぷすと煙を吐き出しているゆかりん。*1

 ……まぁ、言ってるこっちもちょっと混乱しそうなので、宜なるかな。

 

 ともあれ、報告書としては一番重要な場所なのも確かなので、しっかりと解説していきたい所存である。

 

 

「んっと、ミクさんが保守派、ってのはわかるよね?」

「そうね、ナーサリーの子供の味方という部分と結び付いた母の愛情の結果として、基本的には保護を主体としていた……ってのはなんとなく」

「けど、一緒に母としての役割も与えられていたからこそ、()()()()()()()()()()()っていう感覚もあった。……それ故に、子を守りたいって気持ちと、子の願いを叶えてあげたいって言う気持ちの二つを、同じ様に抱くことになった」

「で、それらは前提からして対立するものである。守ることを優先するのなら、願いは捨て去るべきだし。願いを叶えてやろうとするのなら、守ることについては諦めなくてはいけない。その二律背反を解消するためにやったのが……」*2

 

 

 偶然を装って、外から来訪者を招くこと……というわけである。

 言ってしまえば、自分が自発的にやったことではなく、あくまで周囲が勝手にやって来たので、それを利用するのは問題ないとする……という、結構無理のある論理だ。

 

 

「え、ええー……」

「まぁ、そんな反応になるよね。本来ならしっかり戸締まりしてなきゃいけない所を、凄くわざとらしく開け放って、誰かが入って来るのを待ってようなものなんだから」

 

 

 ただまぁ、なりきりに関係があるか、オカルトに造詣が深いとかでもない限りは気付けない場所であり、かつ中に引き込みさえすれば記憶も外との繋がりも奪えてしまうので、結果として問題はなかった……ように見えたのだが。

 ここにもまた、思わぬ落とし穴が存在したのである。

 

 

「と、言うと?」

「招き入れるに当たって、彼女は子供と見なすものの範囲を広げた……もとい、()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

「……えーと?」

 

 

 こちらの言葉の意味がよくわからないのか、目をぱちぱちとさせているゆかりん。

 そんなちょっとおとぼけな彼女に苦笑しつつ、この行為の問題点を私は口にする。

 

 

()()()()()()()()に、他人を招くにはどうすればいいのか。──答えは単純、その他人もその(我が)子だと思い込めばいい」

「……はい?」

「要するに、ナーサリーの『子供の味方』っていう性質が、ミクさんの場合は『荷葉ちゃんの味方』って風に変わっていたところを。『子供=荷葉ちゃん』……すなわち、誰も彼も荷葉ちゃんなんだ、って認識に更に歪めてたってこと」

「……は、はぁっ!?なにそれっ!?」

 

 

 彼女のそれは、たった一人の少女のために向けられる愛だった。

 だからこそ、ビーストにも変貌しうる絶対性を持っていたのだが……()()()()()()()()()()()()、その愛は単体で完結してしまい、外にはなにも漏らさなかったのである。

 それでは、彼女のために外へ救いを求める、ということができない。

 

 それを解消する手段が、彼女の根幹──子供達の味方という性質の改造。

 すなわち『荷葉ちゃんは子供である』という考え方をひっくり返し、『子供であるならば荷葉ちゃんである』とできるようにすること、である。

 

 この論理が真であるならば、外からやって来るのも『荷葉ちゃん(子供)』であるため、『荷葉ちゃん(子供)』を守るという彼女の目的と反発を起こさない。

 どころか、『荷葉ちゃん(子供)』の願いを叶えるための最短距離を詰めるためのもの、として自身の行為を補強することすらできてしまうのだ。

 

 まさに一石二鳥、こんなに利口な考え方は他にあるまい……と自画自賛しかねないほどの、起死回生の一手だと言えるだろう。

 ……まぁ、嘘だけど。

 

 

「えっちょっ、」

「自己矛盾、って最初から言ってるでしょ?……要するに、本人(ミクさん)としても『無理がある』って気付きながら、目を逸らして無理矢理自分に言い聞かせてたのよ、子供はみんな荷葉ちゃんだ……ってね。で、ビーストとしての性質、そして成立条件も、この無茶苦茶な見立ての上で成り立ってるから……ネガ・シンガーの発動条件、多分だけど『荷葉ちゃん(子供)』に対してじゃないと発動できないのにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()……みたいな、かなりわけのわかんないことになってるんじゃないかな?」

「い、意味わかんなーい……」

 

 

 遊戯王的に言うのなら、誰も彼も『荷葉ちゃん』という名前を持つものとして扱うけれど、元々の名前が『荷葉ちゃん』である相手には効かない……みたいな感じだろうか?*3

 まぁ、そんな矛盾の塊であったために、彼女に待っていたのはどう足掻いても崩壊の末路、だったということなのだった。

 

 

「……あれ?じゃあ、時間との勝負云々ってのは?」

「それはこっち。おーい」

「こっち?こっちってなに……なんです?」

 

 

 そこまで説明したところで、じゃあ短期決戦を求めた理由とはなんなのか、というところに話が及んでくる。

 

 ほっとけば勝手に倒れていた、というのが真実であるならば、要するにループに耐えてればその内解放されていた、ということでもあるわけで。

 ……まぁ、実際にはその方法だと、途中で私が(長男じゃないので)耐えられなくなってしまう可能性があった、というところが問題になったため、選択しなかったという理由もあるのだが。*4

 それとは別──わざわざ短期間での決着を求めた理由とは、すなわち今私が呼んだ相手にある。

 

 部屋の外に待機させていた人物を、声を掛けて中に招き入れる。そうしてやって来た人物を見て、ゆかりんは唖然としたような声をあげた。

 隣の五条さんも、僅かに驚いたような顔をしている。

 

 そう、驚愕する二人の前に現れたのは……。

 

 

 

 

 

 

「感動のお別れしてるところ悪いんだけど……」

「……?キーアお姉さん、どうしたん?」

「あ、待っててくれたんだ。……で、改まってなに?」

 

 

 少女二人が涙の別れを終え、もう思い残すことはないと荷葉ちゃんが目蓋を閉じようとしたところで、おずおずと声をあげる私。

 二人からは怪訝な視線が、周囲からはここでなにかちょっかいを掛けるのか、という非難っぽい視線が向けられてきたが……。

 私は挫けない、何故なら私は魔王だから!

 

 

「ま、魔王?……お姉さん、中二病は早めに卒業した方がいいよ?」

「うーんぐだぐだ。さっきまで涙目だったのに、切り換えが半端無さすぎる……けどあれだ、私は中二病ではありません。さっき実際に飛んでたでしょ?」

「え?……うーん、確かに実際に凄い力が使えるのなら、病気ってわけじゃないのかな……?」

「え、そんなことうちに聞かれてもわからないん……」

 

 

 なお、そこまで告げても、返ってくるのは冷たい視線。

 ……一応、色々やって見せたはずだから、ある程度は普通の人じゃないってこと、理解して貰えてるものだと思ってたんだけど……この分だと、微妙なのかもしれない。

 まぁ、お別れに突然水を差した形になってるのは確かなので、詰められるのも仕方ないところはあるのだけれど。

 

 ともあれ、私としてもしなきゃいけないことがある……上に、それは時間を掛けると成功しなくなる可能性が高いものでもあるので、できれば早急に処置に移りたいわけで。

 

 

「……処置?」

「覚悟に待ったを掛けるようで悪いんだけども。……荷葉ちゃんは、できるものならまだ今を生きていたい……んだよね?」

「……いや、それは無理だし、周りに迷惑は……」

「周りとかどうでもいいから、貴方の本当の気持ちを聞かせて?」

「…………」

「……っ、なにを考えてるのよお前は、そいつの覚悟は聞いたでしょう?」

 

 

 彼女の……荷葉ちゃんの意思を、もう一度確かめる私。

 そんな私の姿に、パイセンから届く声は、苛立ちを伴ったものだった。

 彼女の顔はこちらからは見えないが……多分、凄く怒っているのだろう。

 そりゃそうだ。猫神様にミクさん、その双方に『諦めること』を告げた彼女(荷葉ちゃん)が、どれほどの思い(悔しさ)を抱えているかなど、そんなものはわからない方がおかしい。

 

 ──だからこそ、私は聞くのを止めない。

 ()()()()、改めて彼女の意思を確認しなければいけないのだ。

 だから、虞美人(パイセン)の怒りなど知ったこっちゃない。

 それが彼女の優しさだと知っているから、私もまた優しさ(身勝手)をぶつけるだけなのだ。

 

 

「……は?いやお前、なにを……」

「どうなの荷葉ちゃん?貴方はこのままあの世に行くことをよしとするの?それとも、()()()()()()()()()()()()()()()の?」

「私、は……」

 

 

 ことここに至って、漸く周囲もおかしいということに気が付いたらしい。

 だって、本来ならばこの問答には意味がない。

 彼女を引き留める術はなく、ゆえにこの問答は、ただ彼女の覚悟を揺らがせ、死出の旅路に向かう彼女に、無用な恐怖を生むものでしかない。

 

 なのにも関わらず、彼女の気持ちを明らかにしようとする私。

 時間が無いと急かし、求めるものが彼女の意思一つ。

 そこまでやって、クリスがあっ、と声をあげた。

 

 

「……開きかかっているとはいえ、この場はまだ猫箱の中……なのよね?」

「……そのはず、だけど」

「猫箱の中では、全ての物事は起こり得るものとして、その可能性を潜在化させ続けている。……それを起こすための切っ掛けを、待ち続けている」

 

 

 その言葉を聞いて、今度はマシュが声をあげる。

 そう、私はこう言っていたはずである。塔の建造より先、()()()()()()()()()()()()だと。

 

 思い出して貰いたい。

 彼女はあの後、頑張っていただろうか?……いやまぁ、実際に頑張っていたとは思うけど。

 ──違うのだ、彼女が頑張らなければいけないのは、これから。

 ……まぁ、正確には()()()()()()()()、近くにいて貰う必要がある……という感じなのだけれど。

 けどそれも、彼女が彼女(マシュ)に限りなく近しい、という前提があってこそ。

 

 

「獣は見事打ち倒された。世界を脅かす驚異は祓われ、私達の行く先には、輝かしい未来が待っている。──なら、もうちょっとくらい良いことがあっても、別に悪いことじゃないとは思わない?」

「……っ!荷葉さん!願ってください!生きたいと、明日を迎えたいと!」

「ま、マシュお姉さん?」

 

 

 それに気が付いた彼女は、先程は伸ばせなかったその手を、今度は確りと伸ばす。

 その手を向けられた荷葉ちゃんは、目を白黒させていたけれど。

 

 

「なんでとか、どうしてとか!今は全然わかりません!でも、これだけは言える!……諦めないで、どうか、手を伸ばして!その悔しさを、胸の内にしまいこまないで!」

「……あっ、いいの?私は、手を伸ばしても……」

 

 

 マシュの声に、先程までのものとは別種の涙を浮かべる荷葉ちゃん。

 

 ──そう、ビーストは打ち倒され、その魔力は本体たる彼女(れんげちゃん)へと還元された。

 それは、彼女を元に戻す(ナーサリーに戻る)に足る量のもの。──それを彼女は破棄した以上、その魔力は()()()()()()()()()()()()()()()()でもある。

 

 ビーストを見事打ち倒し。

 手元には使い道のない膨大なリソースがあり。

 あやふやなこの世界では、現実はまだ今に追い付いていない(全てはまだ決まっていない)

 

 その状況を、彼女(マシュ)という存在によって整える。

 ──()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無論、普通ならそんなことはできるはずがない。

 力に場、状況に再現性。そこまで揃えてもなお、着火材が存在しない以上は成立しない。

 

 

「だから、私の出番だ。──キルフィッシュ・アーティレイヤーが魔王を名乗るのは、怒りも喜びも悲しみも、あらゆる全てを背負うと願ったがゆえ。我が儘に、気儘に、全てを好き勝手に変えて、その咎を自分が背負うため。──一流のバッドエンドなんてクソくらいやがれ。三流のハッピーエンドを望んだ、望み続けたのがキーアの魔王としての矜持だ!」*5

 

「だったら、彼女を名乗る俺が、それを出来なくてどうするんだ!!伸ばせ、手を!掴め、希望を!()が、それを肯定する!!」

「……生きたいっ、私、生きたいよ……っ!!」

「かよう……」

 

 

 声を張り上げた荷葉ちゃんと、それを呆然と見詰めるれんげちゃん。

 けど、それも一瞬。彼女の願いを聞いたれんげちゃんは、嬉しそうに微笑んで。

 

 

「──うん。一緒に、行くん!」

 

 

 そして、世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「にゃんぱすー」

「にゃんぱすー!……ところで、これってどういう意味なの?」

「……にゃんぱすーは、にゃんぱすーなん」

「あ、ごり押すのね、なるほどなるほど」

 

 

 そうして、唖然とする二人の前に現れたのは。

 白い()と大きな()を連れた、二人のよく似た姿の少女だった。

 

 

*1
自身の処理能力を越えた状況に直面し、脳が理解を放棄した状態を示す表現。昔の創作において、処理能力を越えた機械類が煙を吹く表現があったが、そこから生まれたものらしい……のだが、詳しい起源は不明

*2
ドイツ語で『アンチノミー』と呼ばれる概念。根拠や合理性を充分に持ち合わせているにも関わらず、片方を満たすともう片方の命題が成立しなくなるもののこと。『あちらを立てればこちらが立たず』というのが近い。矛盾とは違い、論理そのものには破綻はない。一つの物事に対して二通りの解釈を立てることができ、かつ片方を満たすともう片方が満たせなくなる、という状況にのみ使われる

*3
なお、この名称関連のあれこれにより、悲しみを背負ったとあるアトランティス()(戦士)が存在する。『元々の名前』指定は、効果によって名前が変わった時にしか使えないらしく。『伝説の都 アトランティス()』は効果として扱われない(効果外テキスト)によって名前が変化している為、テキストに書かれている名前を指定している彼は、本来そのカードを呼び込むことができないはず、なのである。けれど実際には彼はその都を発見できる。戦士と書いてあるにも関わらず水族なのも相まって、妙にネタにされる彼なのであった……

*4
『俺は長男だから我慢できた』は、『鬼滅の刃』竈門炭治郎の台詞。鼓の鬼・響凱と戦っている時のモノローグであり、以前受けた傷が治っていない状況で、それでも痛みを堪えて戦いに向かったことを示す言葉。『長男』という部分に様々な解釈が付随することはあるが、基本的に炭治郎本人は『長男だから我慢できる』と特に根拠もなく思っているだけである。まぁ、可愛い妹の手前、意地を張り通している……とも言えるわけだが

*5
小説版『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』での作者の後書き『一流の悲劇を三流の喜劇に改悪した行為だが、これで一流の悲劇を見た後のやるせなさを少しでも癒して欲しい』が元ネタとされる。バッドエンド派とハッピーエンド派の溝は深い……



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幕間・君と、一緒に

「……ええと、えっと?待って、ちょっと私のキャパ越えてるわこの状況……」

「がんばりましたー!」*1

「頑張ったとかってレベルじゃないわよねこれ?!」

 

 

 額を抑え、意味がわからないとばかりに困惑するゆかりんと、とにかく頑張ったのだと主張する私。

 

 時間神殿の再現──命の終わりにたどり着いたマシュが、打ち倒したとある獣から報酬を受け取った逸話……その再現。

 現実の時間軸とは切り離されていたあの空間だからこそ、場所の条件を満たすに至り。

 もどきとはいえ獣であったものを打ち倒したという事実と、何度も繰り返し続けたことによって、ある意味では聖杯に等しい域のモノとなっていた、いずれ霧散するリソース(魔力)

 

 それらの前提条件が揃っていたからこその、正しく奇跡とでも呼ぶべきモノ。

 その結果こそが、今ここにいる二人なのであった。

 

 ……いやまぁ大前提として、生き物として一番重要な部分である魂が、成仏しかけとはいえまだ現世に残っていたから……もとい、彼女(ビーストⅡi)が失いたくないと維持し続けていたからこそ、錬金術の論理を応用できた……ってところが一番大きいのだけれど。

 ついでに『継ぎ接ぎ』。【顕象】相手には馴染み易すぎるこれもまた、彼女達の存在を安定させるために、大きな一助となっていた。

 

 それらの複数の奇跡の果てに、彼女達は()()・それから二人の双子のような少女達の組み合わせ……という形で、世界に安定して存在することになったというわけだ。

 

 

「いや、いやいやいや?!そもそも現世に留める楔は?!それがなかったからこそ、ビーストも繰り返しを続けていたんじゃないの?!」

「そこはほら、れんげちゃんと荷葉ちゃんの存在を、量子もつれ*2の如く相互関係にして、そこに補強の神二柱を莫大な魔力で無理矢理くっつけてだね?……まぁ要するに今のこの子達、みんな合わせて一つの生き物、みたいな反応になってるわけでね?」

「いやもう聞いてるだけで!貴方の話を聞いてるだけで、血を吐いてぶっ倒れそうなんだけど私!!?」

「あっはははー。……()()()と思ったからやってみたらホントにできた、ってところもあったりするんだけどねー」

「ぶっつけ本番んんんんっ!!」

 

 

 なお、それらの解説中、ゆかりんはずっと頭を掻きむしり続けており、それを傍らから見ていた五条さんは、ずっと腹を抱えて笑っておりましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、また迂闊に外に出せない子が増えた、ってことでいいのよねこれ?」

「んー、そうでもないんじゃない?成立するのに必要な限定条件が多過ぎるし、そもそもやったこと自体、アルフォンス君の魂を鎧に固定化したエドワード君の真似事*3──現代科学では観測こそできたとしても、自然に失われていってしまう死後の魂を、現世に完全な形で留めることが出来ないから、結局死者蘇生*4の真似事に近いモノになってしまうし……って感じで、再現性の一切ない、本気で一度限りの奇跡でしかないもん」

「例え二度目が無理だったとしても!一度奇跡が起きたって時点で大概だ、って言ってるのよ私はーっ!!」

「ひーっひひっ!!はら、腹が捩れるっ!……はーっ、無茶苦茶だ滅茶苦茶だってずっと言ってたけど、ここまで破天荒だともはや笑うしかないね!」

「……キャラが崩れるくらい大ウケしてくれてありがとう」

 

 

 入ってきた二人は、ジェレミアさんに対応をお願いし、こちらは引き続き報告の続きである。

 彼お手製のオレンジアイスを頬張る二人に思わずほっこりしつつ、反対側で机に突っ伏しているもう一人の幼女……もといゆかりんを宥めに掛かる私。

 

 いやまぁ、キレ散らかす理由は私にあるので、怒られることそのものには特に問題はないのだけれど。

 彼女達が変に行動を制限される、というのは私の本意ではないので、できればそこら辺は勝ち取っておきたい……というのもまぁ、こちらの本音ではあるのだ。

 

 なので、どうにかして彼女のご機嫌取りをしなければならないんだけれど……んー、無理じゃないかなこれ?

 

 

(*`・∀・´*)「お話は聞かせて貰いました、なりきり郷は崩壊します!」<バ!

「貴方が予言者か、歩いてお帰り」*5

「えっ」

「えっ?」

「……なるほど、こっちでもこうなのね、貴方達」

「あ、クリス。朝方ぶりー」

 

 

 とまぁ、そうやってわちゃわちゃしている内に、今回の案件で重要な役割を果たしていたもう一人……クリスが桃香さんを伴ってやって来た。

 

 なんで桃香さんなのかって?今日この時間帯に手が空いている人が彼女しかいなかったのと、「私も出番が欲しいです!」などという謎のお告げ(メタ台詞)と共ににゅるっと現れたからである。

 いやまぁ、彼女にとってのある意味での上司にあたる、あの花の魔術師の関わっている案件だから気になった……というところが、一番大きいのだろうけれども。

 

 ともあれ、新参者であるクリスの検査、及び彼女の上司であろう琥珀さんへの面通しは無事に終わった、と見ていいのだろう。

 ……それにしては、ちょっと彼女の表情が硬いことが気になるが、今はれんげちゃんと荷葉ちゃんの話の最中だからか、彼女がその理由を話す雰囲気は一切ない感じ。

 

 なのでまぁ、引き続き話すことは少女達二人について、である。

 

 

「じゃあもうこの子達も、キーアちゃんが保護者ってことで。それが一番面倒がないし、それでいいわよねそっちの二人も」

「キーアお姉さんと一緒なん!」

「そうですね、それでいいと思いますよ」

「……ワーイ、ウレシイナー」

(本当は嬉しくないけど、二人の手前言えない奴だこれ)

(お二人の生存そのものは嬉しいこと、というのが複雑なところですね……)

(なるほど、面倒ごと誘引体質なのねキーアって)

 

 

 まぁ、早々に私預かりにするってことで、会議は終結してしまったわけなのですが。

 わーい、お仕事増えて楽しいなー……。

 ……それと周囲の三人よ、こっちを珍獣を見るような目で見るのは止めれ、マジで。

 

 まぁ、問題が片付いたのも確かなので、話は彼女達についてのものから、次第に別の話題へと移っていく。

 

 

「今回の案件、幾つかよくわからないところがあるのだけれど」

「どこのあたりが?」

「マーリンの干渉についてとか?これ、こっち(なりきり)側の方じゃなくて、本人だって書いてあるんだけど……」

「ああ、大雑把とはいえあの猫箱を観測できてた辺り、以前説明した論理に沿うのなら、妖精郷の本人じゃなきゃ全体観測と遠隔サポートなんて出来ないだろうしね」

「……それ、なんで彼はこっちの手助けを?」

 

 

 話題に上がったのは、なんでマーリンが手助けをしてくれたのか、ということについて。

 それは、彼がこちらを手助けする理由があったから、と考えるのが普通だが……。

 

 

「大前提として、彼はハッピーエンドを望む人……ってことに反論はないよね?」

「そうね。……ってあ、もしかしてそういうこと?」

「まぁ、理由の一つではあると思うよ?この結果を望んでいたってのは間違いないだろうし。……ただもう一つ、事態の解決まで周囲に隠しておきたいことがあったから、ってのも理由なんじゃないかなーというか」

「……隠しておきたいこと?」

 

 

 マーリンがハッピーエンド厨である、というのはよく知られた特徴だろう。

 なので、今回のあれこれも千里眼で見た結果として、こちらを手助けすることが彼の楽しみのための利になる、ということで手を貸してくれた……と考えるのは、そう間違いでもないはずだ。

 状況の奇跡的な整い方を見ても、誰かが私にれんげちゃん達を()()()()()()()()、という作為めいたものがあったということは、なんとなく察せられるわけなのだし。

 

 ともあれ、わざわざ彼が()()を眠らせたのは、手助けは手助けでも事態をややこしくしないため、というところが大きいようで。

 

 

「台所で写真を見た、って書いてたでしょ?」

「……そうね、()()に写真が飾ってあったって、書いて……書いて?」

「ん?どうしたのゆかりん、なんか気付いた感じ?」

「……ねぇ、五条さん?仏壇に飾られてる写真って」

「……なるほど、そりゃおかしいね」

 

 

 あの時、私は確認のために台所に赴き、そこにあった仏壇に飾られている()()()()()()()()を見ていた。

 

 が、それはおかしいのである。

 だって、おばあちゃんの認識では、孫は生きていた。

 繰り返しの中の認識改変があるから、記憶については整合性のために弄られていた、という解釈もできるけれど……。

 

 それでも、台所はあの世界の中で、唯一特別な手が加えられていなかった場所だ。

 なら、それはこうだとも解釈できないだろうか。

 

 ──今回のループの、本当の起点はあの台所だったのだ……と。

 

 

「複数の世界線、それを束ねる大本の大本。……枝分かれする前の起点だからこそ、それが同一空間上に複数重なることで、書き換えの叶わないほどの強固な場所となっていた……ってわけね」

「おばあちゃんが途中からずっと眠っていたのは、実際は毎回別人だったことに気付かれないようにするため、だったんだろうなっていうか」

「別人、というと……」

「荷葉ちゃんが亡くなってから、既に何年も経っている状況のおばあちゃんとか、はたまた、まだ彼女が元気に遊び回っていた頃のおばあちゃんとか。……話をすれば、すぐにれんげちゃんについての違和感に気付いてしまうから、そこを先伸ばしにしたかったんだと思う」

 

 

 クリスの説明に頷きを返しながら、マーリンが行ったことについて考察を進めていく。

 

 要するに、おばあちゃんが起きたままだと、荷葉ちゃんのあれこれに気付くタイミングが変わってしまうため、それを調整する目的でずっと眠らせていた……というのがこちらの予想である。

 

 

「……確認して見たんだけど。あの琥珀さん、私の上司ではなかったわ。正確には、私の知ってる彼女ではなかった、って感じだけど」

「おおう……」

 

 

 その予想を裏付けるように、クリスが自身がさっき会いに行ってきた琥珀さん(上司)が、彼女の知る相手ではなかったということが示される。

 

 ……なるほど、さっき表情が硬かったのはそのせいか。

 帰って来たと喜び勇んで報告に行った相手が、自分の知っている相手ではなかった時の彼女の思いは、想像するより他ないが……。

 

 

「それはその、御愁傷様というか……」

「気にしてないわよ、向こうもこっちも対して変わんなかったし。……モンブランじゃないと言っとろうに、どっちも間違えるんだから、もう」

 

 

 彼女の様子を見る限り、大してダメージを受けているわけではなさそうなのは、よかったと言うべきなのだろうか。

 

 ともあれ、これではっきりしたことがある。

 あの場所は、世界線移動の際に平行世界からの可能性の取得を行っていたのだ、ということが。

 そして恐らく、荷葉ちゃんが生きていた世界と、今彼女がいる世界は別物だろうということもまた、確証は無いがまず間違いないだろう。

 

 

「そりゃまた、なんで?」

「毎回ちゃんと確認してたわけじゃないけど、きちんと確認しに行った最後の一回以外、仏壇はあったりなかったり、写真も飾られてないことの方が多かったりしてたから。あそこの切り換えが世界の切り換えになってたんだろうな、というか」

「少なくとも一番最初の荷葉ちゃん(仮)と遊んでた世界では、おばあちゃんの反応を見る限り、彼女はまだ生きている世界だったみたいだしね」

 

 

 五条さんからの疑問に、クリスの補足も交えながら答えていく。

 そのまま、他の疑問点についても解消していくことで、時間は瞬く間に過ぎ去っていくのだった……。

 

 

*1
『fgo』の徐福ちゃんのイメージ。単に『頑張ります』だと、『アイドルマスターシンデレラガールズ』の島村卯月などになる

*2
二つの量子ビットが強い相互関係になっている状態のこと。物理的な繋がりがないにも関わらず、片方の量子ビットを観測で値を確定させると、もう片方の量子の状態も決まってしまう、という奇妙な関係。普通の物理学的に考えると理解不能な現象だが、量子もつれそのものは実際に存在する現象であり、これを利用した通信手段なども研究されている

*3
『鋼の錬金術師』より。死者の蘇生は叶わずとも、まだ失われていない魂を別のモノに写し変える、ということは可能であり、その事が主人公であるエドワード・エルリックに、とあることを気付かせる切っ掛けともなった

*4
完全に死した存在を現世に呼び戻すというのは、とにかく難しいものである。『ウィザードリィ』シリーズでは蘇生に失敗すると遺体が灰に、灰からの蘇生も失敗すると完全に死亡(ロスト)してしまうが、ここでいう死者蘇生とは即ちロスト状態からの復帰である。簡単に蘇生が叶う世界というのは、命の完全な喪失までが遠い、という風にも考えられるだろう

*5
顔文字の元ネタは『東方project』シリーズより、東風谷早苗の『常識にとらわれない顔』。『この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!』という台詞と、その自信満々の表情は印象に残りやすく、彼女の代名詞的な言葉として認識されている。ちなみに台詞の登場場所は『東方地霊殿』EX面・中ボス戦



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幕間・迎えた明日を、ただ噛み締めて

「……あー、終わった終わった。長かったー!」

「はい、お疲れさま。この後の予定は……みんなで集まって打ち上げ、だったかしら?」

「そうだね、喫茶店(ラットハウス)に集まって歓迎会だね。……君らになりきり郷各所の紹介もしなきゃいけないし、今日寝る部屋の準備もしなきゃいけないけど……それよりもなによりも、まずは歓迎会だ……ってゆかりんが」

 

 

 長い説明やらもようやく終わった私達は、ゆかりんルームを飛び出したその足で、一路ラットハウスを目指して歩いていた。

 新しくなりきり郷に加わる三人(+二匹)の歓迎会を行おう、とゆかりんが言い出したからである。

 こちらとしてもその提案には反対する理由がなく、夕食をラットハウスで摂る……という予定になっているのだった。

 

 なおさっきまでの話の結果として、我が家にはれんげちゃんと荷葉ちゃん、それから微妙に行き場のなくなってしまったクリスの三人が、新たに加わることになっている。

 拡張型の家屋を使っているし、なにより三人共面識がある私が面倒を見るのが(ストレスやら対応の早さやらの面で)良いだろう、というゆかりんからの通達によるものだ。

 まぁ、もうめんどうみきれよう*1……みたいななげやりな部分もなくはないのだろうが。

 

 ……ただ、なりきり郷という区分の中で、更にキーア組とか言う枠組みになりそうな勢いで人数が増えて行っている……というのは、保安とかの観点からしてどうなのだろう?と思わなくもなかったり。

 

 いやまぁ、別にお上に反逆しようとか、なりきり郷を足掛かりに世界を征服しようだとか、そういう不穏なことは一切考えちゃあいないのだけれど。

 でもなんにも知らない人達から見たら、私達の集まりって危険分子以外の何者でもないんじゃないかなー、と考えてしまうというか。

 

 

「いや、そのあたりは大丈夫でしょ。そもそもの話、キーアさんってば自分で思ってるより、ずっと郷の中での知名度高いし」

「……知名度が?なんか目立つようなことしたっけ私?」

「いや、惚けられても困るんだけど?よーく胸に手を当てて考えてごらんよ」

「んー?」

 

 

 そんな風にむむむと唸っていると、横から五条さんのツッコミが、笑みと共に割り込んでくる。

 それは、私が今までこの場所でやって来たことを思い返してみろ、というものだったのだが……。

 

 ふむ……。*2

 

 

「……うん、これはひどい」*3

「でしょ?っていうか運動会の時点で、普通に一般(モブ)層からの知名度上がってたし。なりきり郷の中でキーアさんを知らないって人探すの、結構骨が折れるー、だなんて話じゃないと思うよ?」

 

 

 思い返してみたあれこれは、確かに私達の一般?的な知名度を、ごりごりと上昇させるものが複数含まれていた。

 そんな行動の結果……特に意識してやったわけではないけれど、基本的には郷の為になるような作業がほとんどであったことも幸い?し、住民達からの私達の評価は、基本的によい評判ばかりになっているのだという。

 

 なので、今の私達がどれほど勢力を拡大するような行動をしようとも、周囲からは「まーたあの人問題事を抱え込んでるよ……」くらいにしか思われない……らしい。

 ……無意味に疑われないのは、有り難いといえば有り難いのだが。その結果として私に付与される評判が苦労人、というものなのは、果たして喜んでいいものなのか否か……。

 

 まぁ、別に誰かのために嫌々やってるって訳ではなく、あくまでも私がやりたいようにやった結果として、周囲からの評価が苦労人になったというのなら。

 ……気持ちはどうあれ、素直に受け取って置くべき……というのも確かな話。

 微妙な居心地の悪さというか、むずむず感こそあれど、特に厭う必要もないと自身に言い聞かせ、止まっていた足を再びラットハウスに向けて動かす私。

 

 

「……あれ、もしかしてキーアさん、照れたりとかしちゃったり?」

「うるさいわね……別に照れてなんかないわよ、子供じゃないんだから。……ただその、このままダラダラしてるといつまで経ってもラットハウスに付かないから、きっちりと気持ちの区切りを付けたってだけ」

「あーはいはい。そういうことにしときますよっと。……じゃあまぁ、とりあえず齷齪(あくせく)と足を動かしますか?」

 

 

 ……こっちがちょっと顔が赤いのを見て、にやにやと笑っている五条くんの鼻先に、パンチをしてやりたい欲求に抗いつつ。*4

 彼がこちらに付いてこようとしていることに気が付いて、はて?と首を捻る。

 

 

「……五条さんも参加するの?」

 

 

 彼がゆかりんの部屋に居たのは、仕事の説明のためだったはず。

 と言うことは、彼はそのまま仕事に行くのかと思っていたのだが……?

 

 

「あっちでずっと繰り返してたせいで、実感ないのかもしれないけれど。……今日って一応、()()()()()()()()()()()()()()()()だからね?」

「え?……うわホントだっ!?」

 

 

 そんな私の言葉に返ってくるのは、苦笑とスマホの画面。

 そこに記されていた日付は……自分の記憶に間違いがなければ、確かにウルキオラ君を迎えに行ったあの日から、二日しか経っていないことを示していた。

 

 こっちの体感時間的には、とうに一年以上経過しているつもりだったけど。

 実際にはその百分の一程度も過ぎていないと示され、ちょっとばかり時差ボケ?を起こしていたことに、今更ながらに気が付く私。

 

 ループものの主人公達が、いつの間にやら老成してしまう……その理由を実際に体感してしまったことに、なんとも言えない気分に陥りつつ。

 変わらずこちらをからかってくる五条さんを追い掛けて、走り出す私と。

 それを更に追い掛ける、新しく仲間に加わったれんげちゃん達なのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

「どうしたん?クリスお姉さん?」

「いや、なんだか花の香りがしたような……?」

「花の香り?……ここ、花瓶も無いよ?香水の香りと勘違いしたとかじゃない?」

「……いや、誰ともすれ違ってないのに、香水の香りってのも……んんー?」

「どうしたの三人ともー!早くしないと置いてくよー?」

「あ、五条お兄さん待ってほしいん!ほら、クリスお姉さんも!」

「わわっ!?わかったから、引っ張らないで!?」

「んー、れんげのパワーがすごーい。後遺症、的なやつなのかな?」

 

 

 

 

 

 

「──ふむ、どうやら上手く行ったらしい。やれやれ、これでまた一つ、心配ごとが片付いたかな」

 

 

 遥か遠く、此方ではなく彼方でもなく、誰にも辿り着く事の叶わぬ理想郷。

 その物見の(うてな)にて、不可思議な空気を纏う一人の()()が、どこかを見詰めながら小さく声を吐いた。

 その姿は美しく、それを見たものは誰であれ心を奪われ座するだろう──そんなことを確信させるほどの美貌を持った女性であった。

 そんな彼女が、遠くを物憂げに見ていたが──やがて、仄かな喜色をその顔に浮かべ、小さくガッツポーズを取っていた。

 見た目の神秘的な感じからすると、どうにも俗っぽい動きである。

 まぁ、それだけ嬉しいものが見えた、と言うことなのだろうが。

 

 女性は一頻り何かを眺めたあと、小さく頷きを残して視線を()に戻した。

 彼女がいる場所は、ある種の監獄。

 常に花咲くその世界は、しかし彼女以外の誰も居ない場所であり、故に彼女はずっと()を眺めている。

 

 

「……ん?ふんふん、……それは手厳しい。お前は私には特に手厳しいが、彼女達への感想もとかく手厳しいねぇ。……それだけ期待している、ということの現れなのかな?……あいたたたっ!?」

 

 

 そんな中、彼女は己以外の唯一の生き物──いや、影と会話を交わしていた。

 その黒い影は小さく、しかしてもふもふな、謎の獣である。

 その獣が何事かを話すのを、彼女は時々相槌を返しながら聞いていた。……時折、余計なことを言って反撃を受けたりもしていたが。

 

 ともあれ、影の獣は大層厳しい性格のようで。

 彼女が見ていたものを、散々に扱き下ろしていたらしい。……無論、彼女も彼らの手際には少し言いたいことがないわけでもないが……、結果として彼らは成功し続けている。

 こちらの手伝いもあってこそ、というのは確かだが、彼らが成功し続けている以上は、殊更に彼らを責める気がないのが、ここにいる彼女なのだった。

 

 

「……よぉしよくわかったぞぅ!そこまで言うのなら、お前が直接見て来なさい!私はここからは動かないからね、ここから出たら酷い目にあいそうだから、その辺りの監督はお前に任せた!……え?()()()はどうしたって?彼は別件に掛かりきりだから、私の一存では動かせないよ。それに──」

 

 

 その言い争いの結果、彼女は黒い獣を送り出すことを決めたらしい。

 獣の方は何事かを捲し立てているが、彼女に聞く耳はない。

 そもそもの話、この物見の台は彼女の為の幽閉塔。──獣が間借りをする理由は、かつて関わっていた者としての恩情、みたいなものでしかない。

 まぁ、それを口に出した時点でまた獣に噛まれるだろうから、彼女はそれを口に出すことはないのだが。

 

 とにかく、獣の旅の開始は決定事項。

 塔から放り出す、というような真似は流石にしないが、獣を理想郷の出口にテレポートさせる、くらいのことはしてやっていた。

 その移動の最中、彼女は獣に対し、とあることを告げる。

 

 それを告げられた方の獣は、しぶしぶといった様子で出口に近付き、そのまま消えていった。

 獣がしっかりと外に出ていったことを確認し、女性は小さくため息を吐く。

 元となった存在が存在だけに、あの獣の旅立ちには随分と時間を要してしまったが……これでまた、彼女の肩の荷が降りたことになる。

 その事を思って小さく息を吐き──重荷をわざわざ背負っていた自分に気が付き、小さく笑みを浮かべた。

 

 

「私もまた、ここでは単なる役者……ということか。ともあれ、彼らもまた、この世界の意味に気付き始めたことだろう。それがより良い結果をもたらすことを、僕は願い続けている。それが、僕が此処に居る理由なのだから」

 

 

 ()()()()()理想郷より、遥か遠く……かの魔王の居る地を望む。

 哀しみの全てを背負い、業火に焼かれて果てることを望む、小さな小さな魔王。

 

 ()が望んで、望みに望み抜いて見付け出した光。

 それが、確かな兆しとなることを願い。彼女()は窓の縁に腰掛けながら、遠き未来を望み続けるのだった。

 

 

*1
チートバグ動画の投稿者、ヒテッマン氏の作品にて飛び出した文章の一つ。『ジャンボ尾崎のホールイン・ワン・プロフェッショナル』というゲームにおいて、『もうめんどうみきれないよ。でも あきらめちゃだめだぞ。』とジャンボ尾崎が話すのがバグったもの。面倒見れるのか見れないのか、いまいちわからない文言。なんとなく呆れている感じもする

*2
一章:基本的には単になりきり郷にやって来ただけ。なおマーリン

二章:マシュがカードゲーム大会で優勝。隔離塔のことを知る

三章:オンラインゲームにダイブ、そこから大企業とのパイプ?ができる。みんなでちょっと海水浴にも行った

四章:五条さんの代わりにお仕事で外へ。神様の姿を象った存在について知る

五章:魔法少女になる。あとハロウィン案件をみんなで解決する

六章:唐突に異世界へ。さらにはそこから異国の姫様を連れてくる暴挙

七章:異国のお姫様にこちらのあれこれをご紹介。ついでに運動会にて無茶苦茶やる()

八章:お姫様にお友達を作る。あと、郷の責任者であるゆかりんに休みを取らせる

九章:クリスマス案件勃発。敵側として登場、色々とみんなの成長をお助け。タマモがやって来るが、異様に馴染む

十章:ご覧の通り。九章が長いって自分で言っておきながら、更に長くなる暴挙。違うのです、語るべきことを語ろうとしたら、予想以上に間延びしただけなのです……

*3
表現としてはそれこそ結構昔から使われているので、元ネタを定めようとすると意外と難しい言葉。ネタとして有名なのは『大冒険セントエルモスの奇跡』の冒頭で村人が発した台詞(及び同ゲームがあまりにも酷い出来だったことの合わせ技)や、NHK教育でお姉さんがあまりにも酷い料理を作った時にニャンちゅうが放った台詞、などだろうか

*4
関係ない話だが、そのものズバリ『顔面ぱんち』というタイトルの歌が存在していたりする(クサカンムリ氏の曲。『Pia・キャロットへようこそ!!G.P.』というゲームのオープニング)。内容は、いわゆる暴力系(手が出やすい)女子のやきもきを歌い上げたもの。ツンデレらしいな、とちょっと微笑ましくなる曲




幕間のはずが本編みたいな長さになっている(白目)
違うのですよ、十章が一月の話だから纏めたらこうなっただけなのですよ……。

ともあれ、次回からは次の章になります……。


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十一章 バレンタイン急行殺人事件~愛、そこにないなら無いですね~
バレンタインもまた誰かの陰謀


「いやー、気が付けば今年も既に一月が経過!個人的には既に一年分経過しちゃったような気分だけど、どっちにしろ時の流れが早い早い!」

「……ふーん。キーアさん達は、相変わらず色々と忙しそうっすね?」

 

 

 とあるよく晴れた日の昼下がり。

 郷の中でいつもよりもちょっと遠出をしていた私は、たまたま人の居るところ()までブラブラと散歩に来ていたあさひさんに出会い、奇遇なのでと一緒に買い物などを楽しんでいたのでございます。

 

 まぁ最初の内は、彼女の中身が中身(ミラルーツ)なだけに、はたしてまともな買い物になるのだろうかと、ちょっとだけ戦々恐々としたりもしていたのだけれど……。

 そんな事前予想に反して、彼女が買っていくものはシャンプーや食材など、意外と普通のものばかり。

 フィルムケース*1を買い漁るのが、はたして普通の買い物なのかといわれると、ちょっと疑問に思う部分もなくはないが……まぁ、少なくとも生態系の頂点に君臨する龍種がする買い物としては、穏当にもほどがあるものだというのも、別に間違いじゃないだろう。

 ……大量のフィルムケースで一体なにをするつもりなのか、と問い掛けたら『空を作るんっすよー』なんて意味不明な理由が返ってきたため、納得できるかどうかだと疑問符が付く結果になったわけでもあるが。

 

 ともあれ、そうして彼女の買い物にも付き合いつつ、私もまた彼女を買い物に付き合わせる形となり。

 そんなこんなで街を回る内に、時間帯が正午に差し掛かったため、一度買い物を切り上げて二人で近くのハンバーガーショップに入った……というわけなのである。

 

 

「そういえば、もうすぐっすねー」

「もうすぐ……って言うと、なにかあったっけ?……あ、そういえば私あとちょっとすると誕生日だわ」

「おや、誕生日。それは一体()()()の誕生日なのでしょうか?」

「いやどちらって……ああそうか、憑依されてる側(中身)憑依している側(外身)で、誕生日が別になってる方が普通なんだっけ……」

「その言いぶりだと、キーアさんはどっちも同じなんすか?」

 

 

 そうしてハンバーガー(挟まっているのはエビフィレオ*2。タルタルソースとの相性がバッチリ)にかぶりついていたところ、あさひさんから振られた話題が、二月の行事についてのものだったのだ。

 

 中の人()の誕生日が今月なので、真っ先に思い付いたのはそれについてだったが……そもそもマシュ()にも誕生日を教えた覚えはないので、この場で話題に上がるハズがないだろうと考え直した結果、改めてあさひさんがなにを話題にしようとしたのか、じっくりと考えてみようとした。

 

 ……のだが、横合いから挟まってきた別の質問によって、その思考は中断されてしまうのだった。

 仕方ないのでそりゃ勿論私と俺の……と答えを返そうとし、はたと気付く。

 ──なりきり郷にいる『逆憑依』組は、原則なにかしらの原作を持つ者達であり、それゆえに奇跡的な確率でもなければ、誕生日が二つとも被るなどということはないはずだ……という事実に。

 

 ちょっと真面目に考えてみれば、そりゃそうか……となる話なのだが、自分のポジションについて失念していたのもまた事実。

 口を開くときは、もうちょっと考えてからにしよう……と心の中に戒めとして留め置いて、改めて口を開き答えを返す。

 

 

キーア()の方は、仮決めみたいなもんだけど。一応、俺も私も誕生日は今月の十九日だね。ついでに言うと閏年生まれだから、ちょっとずれてたら年齢が四分の一になってたかも?」*3

「なるほど、閏年!そう考えてみると、二月って意外と特別な感じがありますよね♪」

「そうっすねー。四年に一回だけ一日増えるとか、恋人達が盛り上がったりとか」

「……恋人?盛り上がる?」

「……あ、あれ?どうしたんですかキーアさん、そんなに首を捻って」

 

 

 なお、そうして返した私の誕生日については、軽くスルーされたようである。……いやまぁ、いい歳して誕生日云々かんぬんと拗ねるつもりはないけども、聞いておきながらスルーは宜しくないんでないかね?

 まぁ、そんなこちらの微妙な不満など露知らず、いつの間にか隣の席に座って会話に混ざっていた桃香さんとあさひさんが、ガールズトーク?っぽいものに花を咲かせているわけなのですが。……仕方ないので、ストローからシェイクを貪り吸いつつ、二人の様子を眺める私なのでございます。

 

 そうして会話を流し聞く中で、あさひさんの口から飛び出したとある単語に、私は妙な引っ掛かりを覚えたわけでして。

 ……恋人達が、盛り上がる?

 なんだっけ、喉元まで答えが出掛かっているような……?

 

 こちらを怪訝そうに見詰めてくる桃香さんを無視しながら、むむむと唸る私。……数秒後、記憶の彼方に消えていたとある行事を思い出した私は、思わずポンと手を打っていた。

 

 

「ああ、バレンタイン!誕生日とよくごっちゃにされるから、記憶の片隅にすら存在してなかったや!」

「え、ええー……」

「キーアさん、悲しい子……」

「……え、いやその、そんな可哀想なモノを見る目でこっちを見ないで頂戴な!」

 

 

 なお、発言の内容が非リア過ぎたため、二人からは憐れみの視線を向けられることになるのだった。解せぬ……。

 

 

 

 

 

 

「……記念日系に近い誕生日の人って、一纏めにされがちですよね、お祝いとかを……」

「キルフィッシュ・アーティレイヤーに悲しい過去、ってやつっす」

「やめない?ねぇやめない?労ってるつもりで人の心の柔いところを、ザクザクと傷付けようとするのやめない?」

 

 

 いやまぁ、言うほど傷付いてもないけども。

 

 明らかに悪ノリしている二人にツッコミを入れる私だが、バレンタインを忘れていたというのは半分嘘である。

 ……いやねぇ?なりきりなんてやってるのに、バレンタインを知らないとかありえないから……ねぇ?

 

 

「あー、確かに。言われてみればそうですね。スレの中で名無し達にチョコを配る……だなんて、女性キャラならば普通にやっているはずのことですもんね……」

「へー、そうなんっすか?」

「え?あさひさんも自分のところでやってたんじゃ……あ」

「はい、私の本体は龍っすからね。バレンタインとか……関係……ない……っすよ?」

 

 

 こちらの言葉に、女性キャラならやっているハズだよね、と小さく頷く桃香さん。その流れであさひさんが首を傾げたため、少し不思議そうな顔をしていたが……()()()()()()としてという意味でなら、あさひさんは元がミラルーツなので知るはずも無い、という話になったりする。……え?フロンティアでのバレンタインイベント?知らんなぁ、なんのことやら……。

 

 まぁ、なりきりとしてこちらに『逆憑依』してきた時点で、持っている知識には現代のものが含まれているハズ。

 そういう意味で、全く一切これっぽっちもバレンタインを知らない……というような人はいないだろう、多分。

 

 

「じゃあ、なんでまた知らないふりなんて行動を?」

「戦争が起きる」

「はい?」

「今、なにが起きるって言ったっすか?」

大惨事(第三次)大戦だ」

「……いや、遊んでなくていいですから」

 

 

 では何故、私がバレンタインについて意識的に記憶の中から外していたのか、というと。

 ……まかり間違って手作りチョコでも拵えた日には、なりきり郷全土を巻き込んだ戦争がおきかねないから、だったりする。

 

 わけがわからないと思うので、順を追って説明していこう。

 キーアというキャラクターは……まぁ、料理の腕前に関しては普通な方だと思う。

 決して食べられないものを作るようなことはないが、逆に取り立てて美味しいと言えるようなものが作れるわけでもない、ある意味ではキーアという万能キャラに見合わぬほどの、あまりにも普通な料理スキルしか持ち合わせていないのが、今の私の状態である。

 

 いやまぁね?いつものように模倣技能を使い、漫画・アニメ・小説などの作品に登場する、いわゆるトップクラスの料理人達の腕前をコピーする……みたいなことも、一応できなくはないと思うんだけど……。

 

 

「本当の意味での本人(キーア)ならいざ知らず、あくまでなりきりでしかない私だと、模倣技能に関しては実は三割から五割くらいまでしか再現できなくってね……」

「なるほど。複数の能力を組み合わせて使っているのは、そうしなければ能力強度が足りないから……という面もあるわけですか」

 

 

 桃香さんの言う通り、私の能力コピーは決して完全に相手をコピーするようなものではなく、結構な劣化を前提とするものである。

 それゆえ、性能を実戦の域にまで高めるには、半ば必然的に能力の組み合わせを行う必要がある……という面もなくもないのだ。

 

 ……え?お前って確かマシュやシャナと同じく、再現度方式で評価すると、最大値として認識される存在じゃなかったか、ですって?

 

 

「キーアってキャラに関しては、必要なのは再現度より出力の方なんだよね」

「……よくわかんないっすけど、本人そのものに近かったとしても、本人の力を使っているわけではない……と言うことっすか?」

「ああうん、ちょっと詳しい説明はできないけど、まぁそんな感じ」

 

 

 このあたりは()()()()に関わってくる話なので、こちらとしてもあまり話題にあげたくはない。

 ともあれ、単に『キーア』という存在に近付くだけでは、彼女が本来持っている能力の半分も使えない、と言うのは間違いではなく。結果として、模倣技能の完成度も半分くらいになる、というわけなのでございます。

 

 で、それらを踏まえた上で、料理の腕前の話に戻ると。

 本来のキーアであるのならば、他者の料理スキルごと模倣することにより、例え満漢全席だろうがフランス料理のフルコースだろうが、ちょちょいのちょいっと作ることができるのだけれど……。

 

 

「私の場合は模倣技能の性能上、他の料理人のスキルを組み合わせて代用する、って形でしか賄えない。無論、そんな無茶苦茶なことをしたら、船が山を登るのは当たり前って話なわけでして……」*4

「えっと、つまりは下手に能力を使わない方が美味しく作れる……と?」

「……まぁ、そういうこと」

 

 

 チームで作る料理というのも多数存在するけど、私のやり方(組み合わせての模倣)はスキルを合成するというのが近しいもの。……要するに、料理スキル同士が喧嘩をしてしまうのだ。

 これが戦闘用の技能であるならば、無理矢理くっつけて体裁を整えるということもできるのだけど。……こと料理についての話となると、そんな無理を通せば結果として不味い料理(道理が引っ込む)、という形でこっちに返ってきてしまうのでございます。

 

 結果、素直に元々の自分自身の料理スキルを駆使して作った方が、遥かに美味しい料理が作れてしまう……などという、若干本末転倒気味な事態に陥ってしまうわけなのでしたとさ。

 

 

「……ええと、キーアさんがお料理についてはあまり上手ではない、という理由はわかったのですが。……それが戦争云々という話と、どう繋がって来るのでしょうか……?」

 

 

 とまぁ、ここまで私の料理スキルについて、あれこれと解説してきたわけなのだが。

 桃香さんの言う通り、これだけではなんで()()()()()()などという発言に繋がるのかがわからない。

 なのでここで一つ、考え方を少し()()()()みることにする。

 

 

「ずらす、っすか?」

「そ。……今の私がどうかってのは置いといて、基本なんでもできるって人が、なにか一つ苦手なことがある……っていうの、ちょっとエモかったりするよね?」

「はい?……ええと、まぁわからなくもないですが……」

「私の場合は料理が得意じゃない、ってのは事実。……そんな人が、例えば一生懸命チョコを手作りして、あまつさえ誰かに贈るだなんてことになったとしたら。……()()()()()二人、どうなると思う?」

「あー……」

 

 

 ──要するに。

 日頃から慕っている先輩が、苦手(当社比)な料理を頑張って作ったチョコレート、なるものが目前にあったとして。

 あの光と闇の後輩達が、なんのリアクションも起こさないだろうか?……いや、どう考えても酷いことになるだろう。

 基本的に渡すのならば義理で済ませてしまう系の人物像なのも相まって、私が手作りしたチョコなるモノの価値というのは……世間一般的にどうかは別として、少なくともあの二人にとっては聖杯よりも価値がある、などと言い出しかねないのである。……っていうか、実際似たようなこと言ってるのを、たまたま耳にしたんです、はい(白目)

 

 

「ええ……」

「なので、学生時代の時と同じ様に、誕生日祝いのあれこれとごっちゃにして、なあなあに済ませてしまおう……というのが、今回の私の考えだったのです。バレンタイン云々をスルーしようとしてたのは、下手に襤褸がでないように普段から習慣付けてた(忘れるようにしていた)から、ってこと」

「……まぁ、祝い事で滅び掛けるっていうのは、あるあるっすしね」

「そんなのどこぞの人理継続保障機関(カルデア)だけで間に合ってますよ!?」

 

 

 なお、話を聞いた二人の反応はご覧の通り。

 まぁ、是非もないよネ!

 

 

*1
カメラのフィルムを入れるためのケース。カメラのフィルム自体が使われなくなるにつれ、徐々に必要性を失っていったもの。蓋を閉められる円筒型のケースであるため、小物入れなどに活用する人も居る

*2
元々はフィレ・オ・フィッシュの略称。フィレ自体はフランス語で切り身だとか魚の片身などを意味する言葉。その為、元々は『魚の切り身(を揚げたもの)』を示す言葉みたいな感じだったのだとか。その後、フィレオそのものに揚げ物の意味が付随したらしく、魚以外のものにも商品名として定着していくこととなった。なお、ヒレ肉の『ヒレ』は同じ言葉(フィレ)の読み違いである

*3
暦の上での季節と実際の季節のずれを補正する為に、二月が一日増えたり月が一つ増えたりするもの。太陽暦の場合は四年に一度二月が一日増え、太陰太陽暦の場合は三年に一度などの頻度で月が一つ増える。なお、法律上は前日の24時に年齢が加算されるため、実際にはちゃんと歳は取る

*4
『船頭多くして船山に登る』ということわざより。英語だと『料理人が多いと(Too many cooks )スープが不味くなる(spoil the broth.)』。船頭……すなわち船長が複数いると、彼等同士の意見が纏まらずに、船はまともに運行できなくなって山さえ登ってしまう……ということから、監督者・現場支持者は必要以上に居ても無駄な混乱を生むだけ、みたいな意味。因みに、中国から伝わってきた言葉ではない(そちらでは『一个和尚挑水吃、两个和尚抬水吃、三个和尚没水吃』。『和尚が一人なら水を担いで飲むし、二人なら協力して水を汲んで飲むが、三人いると意見が纏まらずに水も飲めなくなる』というような意味)



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心を込めて、ポッキーゲーム

「まぁ、はい。理由はわかりました。キーアさんにチョコを作らせてはいけないということは、ええ、はっきりと」

「いやまぁ、最初から作る気はなかったけどね?贈る相手居ないし」

「でしょうね。そもそもキーアさん、中身的には男性でしょう?」

「……?いや、最近は男性側からもチョコ贈るんでしょ?」*1

「え?……あ、そういえばそうでした。私は銀さんにチョコをせびられているので、ちょっとそのあたりの可能性を思考から外してましたね」

銀ちゃん……

 

 

 私が迂闊にチョコを作ると、酷いことになる──。

 字面からは想像できないくらい、わりと理由のある崩壊理由にちょっと苦笑を交わしつつ。

 そもそも最初から、チョコの手作りなんてする気はない、と訂正を入れておく。

 

 いやまぁ、特に問題なく手渡しして終了……というのなら、別に後輩二人に作ってもいいかとは思うのだけれど。

 前にそんな感じのことを彼女達の前で述べたところ、『作るのなら、どちらか一方の後輩にだけお願いします』などという、なんだかよくわからない約束を、凄まじい剣幕でさせられてしまっていたのである。

 ……いや、そんなことしたら君ら喧嘩するじゃん、とも言い出せなかった私は、仕方なくその辺りのことも、記憶の奥底に封印する(忘れる)ことにしたのだった。

 

 ……みたいな話はまぁ、私の胸の中に留めて、口には出さなかったけど。

 代わりに、贈る相手が居ません……という返答を口に出したのである。……日頃の感謝にしろ、愛の告白にしろ。今の私に該当する相手はおらず、ゆえにチョコを作ることはない……という感じの言葉だったのだが、桃香さんは後者の部分に注目した様子。

 

 日本ではまだまだ、バレンタインに男性から贈り物をする……という文化が根付いてない以上、仕方のない話なのかもしれないが。

 世の中のお料理男子達は、普通にお菓子やらなにやらを手作りして、意中の彼女達の胃袋を掴んだりしているはず。

 ……というようなことを述べたところ、彼女から返ってきたのは小さな困惑。

 理由を聞けば、銀ちゃんからチョコをせびられている……らしい。

 恐らく、特に甘酸っぱい理由とかもなく、単にただで甘いものが食べられる……くらいにしか認識してないのだろうな、銀ちゃん……みたいなことが如実に感じられて、思わずちょっと涙してしまう。

 

 桃香さん、銀ちゃんへの好感度は意外と高そうだし、そう考えてみるとくっつく……とまではいかずとも、自身に気を向けてくれている女性の思いを無視して、彼女の体(料理人の腕的な意味で)だけを目的にしている、とんだプレイボーイと化しているような気がする……ような……?

 

 人聞きの悪ぃこと言うんじゃねぇよ、という銀ちゃんのツッコミが聞こえてきた気がしたが、華麗にスルー。

 女の子の純情を弄ぶダメ男の主張なぞ、聞く耳なぞ持たぬわたわけ!

 

 ……というか、どうせXちゃんにも似たようにチョコをせびっているのだろう、あの甘味王子は。*2

 そうなると、ちょっとばかりお灸を据えてあげる必要がある、ということになるはず。ビワもそう言っています。*3

 

 

「え?いやその、キーアさん?大事にする必要はなくてですね……?」

「ふーむ……あ、そういえば」

「え、あのー?お願いですから、私の話を聞いてもらえませんかー!?」

 

 

 脳内(イマジナリー)ビワハヤヒデ(橋姫)からの言質も取れたので、これからの方針を仮決め。

 ちょっとばかりモテるからと言って、乙女の純情を弄ぶ無味蒙昧の銀髪侍を、懲らしめねばならぬとキーアは誓った。

 

 つまりこれより来ませりは、あのダメ男の矯正計画!

 甘味にしか目のいかぬ、そのお子ちゃまな思考回路を俺が破壊する!そう、俺が……キューピッド(ガンダム)だ!*4

 

 

「相変わらずワケわかんない論理の飛躍っすね」

「何を言いますやらあさひさん!貴方も手伝うんですよ!」

「……あれー?」

 

 

 なお、我関せず……とばかりにシェイクを啜っていたあさひさんだが、無論彼女も強制参加である。

 

 

 

 

 

 

「……なるほどなるほど。で、銀さんのお子様な思考回路をどうにか強制しよう、と計画を立ち上げて。で、それの成就のために、この列車にやってきた……と」

「そーいうこと。いやはや、まさかこんなところで一緒になるなんてねー」

「ははは……(こっちとしては、これからの面倒事が半ば確約されたようなもんだから、ひとっつも笑えない状況なんだがな……)」

 

 

 そんな話をしていたのが、大体三日前。

 今私達が居るのは郷の外、鹿児島から北海道までを横断する超長距離列車『バレンタイン特別運行寝台列車・エメ(Aimer)』の中。*5

 予約しておいた客室に荷物を置き、ちょっと車内の探索でもしてみるかな……と思い立った私達が、車内の食堂に足を運んだところ……、そこで優雅に朝食を取っているコナン君達に出会った、というわけなのである。

 

 で、そうなれば向こうとこちら、お互いに『なんでここに?』と言う疑問が出るのは当然、というわけで。

 先程まで、互いの此処に来るまでの軌跡について、詳しく話をしていたのだった。

 

 

「なるほど……坂田さんが……でも、こっちも安心しちゃいました」

「……?なにか私達が居て、良いこととかあったかな?デートなんでしょ、これ?」

「あ、はい。一応、デートみたいなものなんですけど……」

 

 

 そんな中、蘭さんが控えめな笑みを浮かべながら、良かったと声をあげる。

 ……二人っきりでイチャイチャ……は、一般人もいる状況では、中々できたモノではないだろうけども。

 それでも、知り合いの目があるところよりは、ないところの方が気が休めそうな気がしたのだが。……この二人の場合、話はそう簡単なことでもないらしい。

 

 

「……えっと、八雲さんにお休みを頂いたってところまでは、良かったんですけど……」

「妙な噂があるってんで、デートついでにちょっと見てきて……って、軽いノリで頼まれたんだよ。まぁ、八雲社長が働いてるのに、私だけ休むのも……っていう、蘭の遠慮を却下するための理由付け、って面もあったんだろうが」

「ちょっ、コナン君言葉遣い……!」

「おっといけね。……うん、だから僕達、今日は仕事の面もあるんだ」

(……中身についてバレてるのに、外だから小学生らしくしなきゃいけないの、それはそれで大変そうだなぁ)

 

 

 とまぁ、こんな感じ。

 ゆかりん的には部下にお休みと、それから恋人と一緒に過ごす時間を与えるための妙案……くらいのものなのだろう。

 見た目とか能力だけなら、普通に外に居ても目立たないふたりである。郷の中に居ると蘭さんが仕事を気にしてしまうから、体よく外に放り出す……というのも、中々気が利いていると言える。……角に関してはスルー。

 

 とはいえ、それは彼等が本当に普通の人なら……の話なのだが。

 

 

「けどほら、僕達って()()出身(探偵もの)でしょ?」

「だから、オラたちがおふたりをおたすけするために、こうしてお呼ばれしたんだゾ!」

「あー、マイナスを圧倒的なプラスで掻き消す……みたいな?」

 

 

 コナン君は……そこまで要素(再現度)()くないとはいえ、探偵ものの登場人物である。

 彼が歩けば事件に当たる、とは彼のことを知るものであれば誰もが思い至ることであり、それの対策として複数の人員が抜擢されたのだった。

 その栄えある?一人目が、『埼玉のセイヴァー』こと野原しんのすけ、というわけである。……『嵐を呼ぶ五歳児』でもあるので、事件が起きた時に余計に問題を肥大化させる可能性も有るわけだが。

 

 

「で、その対処と、それから彼等彼女等では対処できないオカルト方面の問題が発生した時に、その対処を行う役として僕も選ばれた……ってわけ」

「因みに私は保護者だよ。なんだかんだ言って、社交的な紳士としても有名だからね、私は」

「そうだね、メカクレさえ関わらなければわりとまともな人だよね……根が海賊だから、普通に荒事もこなせるし

 

 

 そのあたりもひっくるめて対処できる人員として、鬼太郎君とバソが加わった、という形になるようだ。

 ……バソもメカクレ関連だと暴走する側だけど、逆に言うとそこが関わらなければ海賊紳士の異名の通り、わりとリーダーシップもあるし、戦闘力も相応にあるし……と、意外に頼りになる人物であるというのも間違いなく。

 

 

「で、私が哀ちゃんポジションとして参加した、というわけさ」

「……本当は?」

「おや、信じていない?……冗談冗談、怖い顔をするなよキーア。まぁ、探偵役は別に二人居てもいいだろう、ということさ」

 

 

 それから最後に、男女比とかの『周囲からの印象』の調整役として、ライネスが加わったという形らしい。

 まぁ、彼女に関しては多分『面白そうだったから』というのが、一番の理由なのだろうが。

 参加できる人数に余りがあり、丁度予定が空いてるのが彼女しか居なかったから……という面もありそうだけど。*6

 

 ともあれ、こうして此処に揃った子供達四人こそが、

 

 

「臨時少年探偵団、ってか?」

「おおっ、なりきり防衛隊でもいいとオラは思うゾ!」

「因みにキーアもお仲間だね、こうして出会ったんだから」

「ええー……」

 

 

 いつもの彼等の仲間達の代わり、みたいな感じになるようだ。……身長的に子供枠になるからって、私まで巻き込もうとするのやめない?

 

 

「はぁ、なるほど?今回は子供(ガキ)の引率ってわけか」

「ちょっと銀さん?そのだらしない銀髪が見えてしまいますから、帽子は外しちゃダメって言ったじゃないですか。それからサングラスも外しちゃダメですよー、その腐った魚のような目を衆目に晒したら、どう考えても通報待ったなしなんですから」

「……ねぇ?なんで俺出先でまでダメ出し食らってんの?っていうかおかしくね?こんな格好で居る方が不審者だよね?列車の中でまで帽子にマスクにサングラスって、どう考えてもこれから犯人になるか、もしくは遺体になるかのどっちかしかないやつだよね、構成メンバー的に?」

「もう、言わなきゃわからないんですか銀さん。いいからそのまま、大人しく待てをしていてくださいね♡」

「おっかしーなー、可愛くお願いされてるはずなのに、なんだか命の危機を感じるんだけど、俺の耳の方がおかしーのかなぁぁぁぁ!?」

「うるさいですよ、銀時君。いいからそこに座って、チョコケーキの前で大人しく手も出さずに座っていて下さい」

「なにぃ?!なんなのぉっ!?なんで今回こいつらこんな感じなのぉぉぉぉっ!?単純にこえーんだけどぉぉぉぉっ!?」

「お客様ぁぁぁぁ食堂ではお静かにぃぃぃぃ」

「いやおめぇーもうるせーから!!ってかなんなんだよ今回!嫌な予感しかしねーんですけどぉぉぉぉっ!!?」

「僕アルバイトォォォォ!!」*7

「うべふっ!?」

 

 

 なお、別席でこちらの話を聞いていた銀ちゃん一行のうちとりわけ煩かった銀ちゃんは、食堂でバイトをしていたメガネの青年にハリセンでぶっ叩かれ、静かにすることを強制されていたのだった。

 ……初っぱなから収拾つかねーなこれ!

 

 

*1
最早常識染みた話。一説によれば、神戸のチョコレートメーカー『モロゾフ』が、1936年の外国人向けの新聞に『貴方のバレンタインにチョコレートを贈りましょう』という広告を掲載したのが、日本での一番最初のバレンタインの起こり、なのだとか

*2
○○王子とは、斎藤佑樹氏の愛称である『ハンカチ王子』という呼び名から端を発する、男性の呼び方の一つ。ルックスの良さと何かの行動や特徴などを組み合わせた呼び方。明確な元祖という意味では、実はもっと古い人物が存在するが……そちらは、基本的には話題にあがることはない。どこかの国の王の子息としての『王子』とは用法が違う

*3
ゴジラシリーズの映画『三大怪獣 地球最大の決戦』より、ラドンの台詞を訳した小美人の台詞『ラドンも『そうだそうだ』と言っています』より。キングギドラに対抗する為、モスラがゴジラとラドンを説得して居た時に、ゴジラの態度にラドンが賛同したもの。その後、ラドンには腰巾着属性が付与されていくことになる……

*4
『機動戦士ガンダム00』より、刹那・F・セイエイの台詞『俺がガンダムだ』より。これだけだと意味がよく分からないが、『ガンダム=救世主』だと考えると、なんとなく彼の心情が見えてくるようになっている

*5
『Aimer』は、『~を愛する』という意味のフランス語。同名の歌手が特に有名か。寝台特急、ないし寝台列車は、文字通り『列車内で寝る為の設備がある』車両のこと。夜間に日付を跨いで運行される『夜行列車』の一区分。食堂などの娯楽系の車両が併設されているものもあり、ある意味では移動式のホテルなどと呼べるかもしれない。単純な夜間運行の面では、バスや飛行機などの方が利便性が上であるため、現在通常運行している『寝台列車』は一つしかない。また食堂車自体も、新幹線の高速化などにより列車内での食事の必要性が薄まり、現在ではほとんど見られなくなっている。なお、上記の説明からわかる通り、今回彼等が乗っているのは、正確には寝台列車ではなく『クルーズトレイン』。寝台列車と銘打っているのは、その方が通りが良いから、みたいな感じ

*6
なお心愛は姉と一緒に過ごしている為ここには不在

*7
2008年の春頃に起きたとあるコンビニへの強盗事件の際、アルバイトである55歳の男性が叫んだ言葉。その剣幕に犯人はびびり、何も取らずに逃げていった。防犯カメラに残っていたその映像が、ネットに拡散した結果として有名になった、という形



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苦味と甘味は事件の味

「ひでー目にあった」

「……そういう台詞は、自分の顔についたチョコレートを舐めるだなんて、みっともない真似を止めてからにしなさいよ」

「おおっと、わりーわりー」

「……いや、味わうのを止めて、一気に舐め取れって意味じゃなくてね?」

 

 

 店員?からのツッコミにより、往年のコメディの如く、顔面からチョコケーキに突っ込んで行った銀ちゃんが再起動を果たし。

 それから、顔中に塗りたくられた形となったチョコを、べろんべろんと舐め取る彼の姿に、周囲が若干引いているのを見つつ。

 近付きたくないなぁ……なんていう内心を抑えに抑え、彼に話し掛けることに成功した私である。

 

 ……叩かれてからチョコケーキに顔を突っ込むまでの短い間に、マスクを外して準備万端になっていたあたり、彼もまたギャグ漫画の住人なんだなぁ、などとよく分からない感慨を浮かべつつ。

 汚いので止めなさいと言い置いて、彼の顔についている、残ったチョコを拭き取ってやる。……まぁ、大体舐め終わってしまったあとなので、拭いたのはほとんど彼の唾液なのだが。千年の恋も冷めそうなほどの意地汚さである。*1

 

 数分後、すっかり綺麗になった顔を外気に晒しながら、彼は小さくため息をついた。

 

 

「甘いもの食い放題の言葉に誘われて来てみりゃ、待ってたのはこの仕打ちだよ。……銀さんの気持ち、わかって貰える?」

「ははは、男友達としての(よし)みだ、ちゃんと答えてあげよう。──来世からやり直せよ、お前」*2

「まさかの今世は手遅れ宣言?!」

 

 

 ふぅ、と被害者めいた言葉を呟く銀ちゃんだが、元はと言えば彼がラブコメ漫画の主人公達みたいな鈍感力……いやさ、ハーレムゲーの主人公のような鬼畜力を発揮したのが原因である。

 なので、彼の親友ポジションA的な立ち位置の私としましては、『もげろ』と返す以外にないわけでしてね?

 

 

「人聞きの悪いこと言うの止めて貰えますぅー?!銀さんはなぁ、ただ甘いものに向かって前進しているだけなんだよ。進撃せよ(アヘッド)進撃せよ(アヘッド)進撃せよ(ゴーアヘッド)*3……ってな風にな」

「頭進撃かよ、まずは止まれよ、んでもって周囲を省みろ、禍根はいつまでも残るんだよ、微妙に後ろ髪引かれてんじゃねーよ」*4

「いやあの、キーアさん?多分話がずれていらっしゃいますよね、それ」

「おっと失敬。ついつい老婆心が」*5

「キーアさん中身二十代でしたよね?!」

「なにを言いますやら桃香さん。二十代にもなれば身長が伸びるし、判断がシビアになるし、なんだったら宇宙から来た前世からの宿業と、超☆融合だってするってもんですよ?」*6

「ぜっ……たい話がずれてますよねそれ!?」

 

 

 なお、男友達的な変な距離感により、いつも通り会話は明後日の方向*7に転がっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 数分後、そもそもここが一般人も普通に居る、寝台列車の食堂車だったことを思いだし、しゅんとなる私。……電車旅行とか初めてだから、意外と舞い上がっていたのかもしれない、猛省である。

 ……え?銀ちゃん?相変わらず反省の色が見られなかったから、Xちゃんによる百トンハンマー*8の刑に処されてますよ?

 

 

「……いてててて、首が変な方向に……」

「あれを受けて首が変になった、で済んでるのは、銀ちゃんが凄いのかはたまたXちゃんが手加減をしたのか。……どっちだと思うコナン君?」

「あ、あはははは……僕子供だからよくわかんないや……(いや、俺に振るんじゃねーよ……)」

 

 

 椅子に座り直し、首を擦る銀ちゃん。

 ギャグ漫画の住人特有の頑丈さなのか、はたまたXちゃんが単なるギャグ表現に済ましたのか。

 どっちが主体だろうなぁ、という思いと共にコナン君に問い掛けたのだけど、彼から返ってきたのはお決まりの台詞。*9

 

 ……めんどくさがってるだけなのは一目瞭然だが、流石にもう一度周囲の晒し者になるのもあれかと思い直して、追求するのは中止。

 謎の寒気に身震いを感じ、困惑の表情を見せたコナン君に満足しつつ、改めて話を戻す。

 

 

「で、さっきは聞きそびれたんですけど、()って?」

「それなんですけど……」

 

 

 さっきの話の中で、彼女達は今回()()()()()()此処にいる、というようなことを言っていた。

 なりきり組が駆り出される時点で、厄介事の匂いがする以上、情報共有は必要だろうと話を聞いたのだが……。

 その最中、外──正確には食堂車と他の車両を繋ぐ扉の向こうが、なにやら騒がしくなっていることに気が付いた。

 

 

「だーかーらー!儂は()()鈴木財閥の副会長だぞ?VIP待遇で迎え入れるのが普通だろう?!」

「いえ、ですからお客様、お食事でしたらお部屋までお運びしますので……」

「シャラップ!話にならん!!この食堂車が、お前のところの旅行会社オススメのスポットだろうが!だったら儂がそこに向かうのは必然必須必死であろうが!」

「え、ええと……」

「申し訳ありませぬ麗しき貴婦人。この男、原則人の話を聞き申さぬ愚人故」

「は、はぁ……?」

「お主は相変わらず儂に対しての敬意が足らんな!?」

「一昨日来やがれハゲ頭。七光りを自ら放つバカが何処に居る」

「儂が親なんだが!?」

「そうか、御愁傷様だドラ親父」

「ぐぬぬぬぬ……ああ言えばこういう……!」

(だ、誰か助けてぇー……)

 

「……なんだありゃ?」

「鈴木財閥?妙だな……」*10

「えっと、最近日本で勢力を伸ばしている金融関連の財閥……だったはずです。『tri-qualia』の制作会社への出資を行っているのも、鈴木財閥なのだとか」

「へぇ、あの会社にねぇ……」

 

 

 現れたのは、落語家のように着物と羽織を纏った、恰幅の良い(登頂部の寂しい)男性と、それに付き従う美人だけど性格のキツそうな秘書っぽい人の二人と、恐らくはこの列車の車掌と思わしき人の計三人。

 マシュの言によれば、CP君のアニメへの出資を行っていた場所と同一。

 いつの間にやら勢力を拡大し、日本有数の財閥と化していたのが、彼等の言う鈴木財閥なのだという。

 

 ……コナン君がいつもの(疑い)癖を発揮するのも仕方のない話。なにせ、()()財閥である。

 名探偵コナンという作品には、準レギュラーとして『鈴木』の名字を持つ人物が存在する。

 

 ──それが、鈴木園子。

 毛利蘭の親友であり、毛利小五郎が居ない状況下において、彼の代わりに眠りの探偵(コナン君の代弁者)となる存在。

 そんな彼女は、日本でも有数の財閥のご令嬢でもある。

 ……故に、二人が訝しげというか、ちょっと驚いた顔というか。そういう、違和感を覚えた表情をするのというのも、仕方のない話なのだった。

 

 

「……雰囲気的には、園子のおじいちゃんに似てるね」

「ああ、けどあの人は副会長。園子の爺さんは相談役だから、全く同じって訳でもねー。……気になるな」

「……ええっと、あっちも気になるっちゃぁ気になるけど、できれば噂の方の詳細を聞きたいかなー、と言うか……」

「あっ、ごごごめんねキーアさん!ついうっかりしてて……」

 

 

 ……まぁ、突然の訪問者のせいで、話が逸れてしまったってことの方が、私にとっては大事なのだけれど。

 

 こちらの言葉に、あたふたとした様子を見せる蘭さん。

 横のコナン君が微妙な顔をしているのに対し、『コナン君も同罪だからね』とデコピンによる制裁が発動し、彼が痛みに翻筋斗(もんどり)打つ中、彼女はぽつりぽつりと噂について話を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「『幽霊列車』?」

 

 

 こちらの聞き返した言葉に、蘭さんは小さく頷きを返す。

 なんでも、この先のとある場所でカーブに差し掛かった時、本来ならば運行していないはずの対向車が、時々すれ違うという目撃証言があるのだという。

 

 最初の内は、単なる見間違いだと思われていたのだけれど、日が経つごとにその見間違いの頻度は増していったのだという。

 そしてつい先日、この列車とはまた別の列車が件の列車とすれ違った時、無線で聞こえてくる声があったのだという。……だというだという言い過ぎだという()

 

 

「『バレンタイン……急行……死……』みたいな音声だったそうで。不気味に思った車掌さんが上司に報告した結果、紆余曲折あって私達の所に話が転がってきた……みたいな感じらしくて」 

「ええ……どう考えてもオカルトじゃん……ってあ、だから鬼太郎君なのか」

「そういうこと」

 

 

 ともあれ、噂の内容を聞いて『これは探偵が出張るような話ではないのでは?』と首を捻った私だったのだが。……よくよく考えたら此処に居ましたよ、オカルトのスペシャリスト。

 こちらの視線を受けた鬼太郎君は、照れ臭そうに頭を掻いていた。

 

 

「まぁ噂が幽霊だからと言って、実際にはなりきり関連の話である……ってパターンもあり得るわけだろう?──単なるオカルトでは片付けられない話であるのなら、別の手が必要になる。……というわけで、私達も同乗を願い出たっていうわけさ」

「なるほど、適当な寄せ集めメンバーなのかとちょっと疑ってたけど、一応考えがあっての人選だったんだね」

 

 

 横合いからライネスが発した言葉に、むむむと唸る私。

 確かに、すれ違う列車が本当に幽霊列車ならば、鬼太郎君をサポートするだけで話は解決するだろう。

 が、これがなんらかの手段を持って、列車を半実体にしているのだとすると話が違ってくる。

 オカルトはオカルトでも霊的なモノではなく、超科学や超能力に端を発するモノであるのならば、鬼太郎君には荷が重い。

 そういうものを判別するために、魔術的な知識を持っているライネスも参加した……というわけのようだ。

 

 ついでに舞台が列車の中……すなわち密室であるため、普通に事件が起きる可能性も考慮した探偵達が、事態が悪い方向に転がり切らないように、物事の方向性をギャグに持っていけるしんちゃんを同行させるように進言した……と。

 ……前回も似たようなことを言ってた?ちゃんと理解できたからもう一度確認した、って面もあるんだよ!

 

 ともあれ、意外と考え抜かれた人選だったことに思わず唸ってしまった私。

 そうなると、『幽霊列車』の正体は未だわからずとも、やるべきことは自然と定まってきたように思えてくる。

 

 

「と、言うと?」

「銀ちゃん達よろず屋も巻き込んでの大捕物ってことよ。ついでに銀ちゃん矯正大作戦もスタートだ」

「……きょ、矯正?」

「ははは……(なんか、また意味のわかんねーことになってんな……)」

 

 

 事件を解決し、銀ちゃんの鈍感さも矯正する。

 どっちもやらなきゃいけないのが辛いとこだな。覚悟はいいか、私はできてる。*11

 

 ……みたいな、謎の決意を漲らせ。

 私達は、ついにバレンタインの旅をスタートさせるのだった。

 

 

*1
『百年の恋も一時に冷める』とも。昔の人々は『人間五十年』などと言うように、今よりも寿命が短かった。その為、百年というのは人の感性からすると『永遠』のようなものであり、つまり『百年の恋も冷める』とは、『命尽きるまで続くかと思われた恋も、相手の悪いところを知ってしまえば一瞬で冷めてしまう』というような意味となる。なお、千年と言い表す人がいる理由は不明。百年を千年に変えることで、『より長く続くと思っていた』恋が終わった、ということを表しているのかもしれない

*2
『MELTY BLOOD』より、七夜志貴の勝利デモの台詞から。正確には『話にならん。来世からやり直せよ、オマエ』

*3
『終わりのクロニクル』シリーズの主人公、佐山・御言の名言から

*4
『進撃の巨人』主人公、エレン・イェーガーへの愚痴……みたいなもの。作中の『マーレ人』が、ある意味では『仮面ライダーアマゾンズ』の千翼と同じ様な扱いであるからこそ、そんな彼等の自由を得る為にはああするしか無かった……というのは分かるのだが。それでも、進み続ける彼の旅路が正しかったとは、手放しでは言えない話だろう。……例えそれが、似たような決意を抱いたどこかの魔王(ルルーシュ)と同じ道であったのだとしても

*5
仏様の言葉が語源と言われている(『老婆心切』)。年老いた女性は、必要以上に相手に世話心を発揮してしまう……というような意味。なので、自分から使う場合は『お節介かもしれないけれど』と前置く形として使うことができる。基本的には他人に向かって使うものではない。また、性別に問わず使える言葉でもある

*6
『遊☆戯☆王GX』より、三期終盤以降の遊城十代を指す言葉。彼の名前が十代……すなわち()()を指していること、及び三期終盤のある出来事により、彼が大人に(正確には擦れて)しまったことから、歳を重ねたと見なして名前に掛けて二十代、と呼ぶようになった。わりと(中二的な意味ではなく)見ていて痛々しい感じでもあるので、最終話にて彼が『ワクワクを思い出した』時には、視聴者はほっと胸を撫で下ろしたとか

*7
正確な語源は不明ながら、『今日は予想が付き、明日もなんとなくわかるが、更にその明日である明後日は見当が付かない』というような感じで、『全く予想外の方向』という意味になったのではないか、と言われている

*8
漫画『シティーハンター』などで見られるギャグ表現。ある意味では暴力系ヒロインの興り、とも見れなくもない。主人公に叩かれる理由があるので、さほど不快感はないとされているが。本当に百トンなわけないのだが、ギャグ表現なので真偽は不明だったりする

*9
コナン君のお決まりのごまかし台詞。都合の良い時だけ子供のフリをするので、時々周囲からは怪しまれている。……まぁ、高校生が小学生にまで縮んでいる、という方が信じられない話なので、大抵はちょっと背伸びした子供扱いで済むのだが

*10
コナン君の口癖その2。端から見るとすさまじく言い掛かりにしか聞こえないが、警察が怪しい人を発見する時の勘と似たようなもので、正解率はそれなり

*11
『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(Part05)『黄金の風』ブローノ・ブチャラティの台詞『『任務は遂行する』『部下も守る』「両方」やらなくっちゃあならないってのが「幹部」のつらいところだな 覚悟はいいか?オレはできてる』より



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足で稼ぐ地道なポイント

「とりあえず、まずは情報収集に勤しむとしよう。私はここの車掌さんが『幽霊列車』について知ってるか、聞き込みしてくる」

「じゃあ、私達は他の乗客の人達に噂を聞いたことがあるか、確かめてみます」

 

 

 とりあえず最初にするべきなのは、件の噂が何処まで広まっているのかを確かめることだろう。

 

 なにせ、現時点ではあくまで噂である。……もしかしたら誰かの悪戯だったり、はたまたなにかを勘違いした結果だったりする可能性もあるわけだ。

 なので、噂そのものの広がり・及びその信憑性について聞き込みをしよう……という話になったのだった。

 

 なお、銀ちゃんの矯正については、そもそも最初から一日で終わるものでもなし。

 準備については進めつつ、今は蘭さんの仕事のお手伝いを優先しよう……という形で話は纏まっていた。

 仕事が終わってイチャついている二人を見れば、銀ちゃんにもちょっとは自覚ができるかもしれないしね。

 

 

「……その、実は面白がってたりします?」

「ハハハナンノコトヤラ。老婆心デスヨ老婆心……」

(……絶対面白がってやがるなこいつ)

 

 

 蘭さんからの言葉を、笑って返す私。

 コナン君からの視線が、いつの間にかジトーッとしたものになってるけど、キーアんは全然気にしない!何故なら私は魔王だから!……そろそろ魔王万能論の使いすぎで、他の魔王から怒られそうである。他の魔王、と言われても現状だと波旬君くらいしか知らんけども。

 

 ともあれ、聞き込みそのものは恙無くスタートした。

 

 現実で探偵にあれこれ聞かれる……というシチュエーション自体が功を奏した*1のか、意外と周囲の人々の口は軽かった。正直拍子抜けである。

 ……いやまぁ、探偵なのはあくまでコナン君(とライネス)であって、付属品に近い私らは、別に探偵でもなんでもないんですけどね?

 

 

「なるほど、虎の威をカルカン・飛んで火に入る油揚げ、というやつでありんすな」*2

「……その、この人はいつもこんな感じなので?」

「気にせんでくれ。海外の出身なんだが、言語を覚えるのに使った教材が偏っとったようでな……」

 

 

 で、今の私は件の鈴木財閥の副会長さん、鈴木黒雲斎さんに話を窺っている最中である。

 

 ……自己紹介された時、あまりにも古めかしい名前にちょっと面食らったりもしたが、さっきの騒いでいた時の様子とは違い、普通に話せる人だったため、聞き取りそのものはスムーズに進んでいた。

 

 

「ふぅむ噂、しかも『幽霊列車』と来たか。……そういうのは、船の上で起こるものではないのか?」

「あー、幽霊船ですか?……いやそれだとうちの(バソ)が気付かないのもおかしい話だしなぁ

「……なにか言うたか?」

「いえいえなにも。私達もあくまで噂として把握してるだけなので、真偽はよくわかってないんですよ」

 

 

 まぁ、彼から返ってきたのは、噂を知っているという肯定ではなく、幽霊云々とすれ違うのなら普通は海の上ではないのか、という疑問だったのだが。

 ……幽霊列車自体は、昔からよく偽汽車として、狸や狐の仕業だと語られてきたらしいが、この分だと彼は、そういう噂とは無縁な生活をしていたのかもしれない。*3

 

 ともあれ、この分だと彼は普通に観光にやって来た一般?人だろう。

 別に財閥の人と繋がりを持ちたいというわけでもないので、軽く感謝の意を述べて席を立とうとする私。

 

 

「ところで、そちらが探偵であることを見込んで、一つ頼み事をしたいんだが……構わんかね?」

「……はい?頼み事?」

 

 

 ──だったのだけれど。

 椅子から腰を浮かせるか浮かせないかの瀬戸際くらいのタイミングで、黒雲斎さんから別件の話が飛んできたため、已む無く席に座り直す羽目になるのだった。……気のせいじゃなければ、この人こちらが席を立つタイミングを見計らっていたような?

 そんな彼の行動に、些細な違和感を覚えつつ。改めて席に座り直した私は、彼に続きを話すように促し──。

 

 

「……怪盗?予告状?」

「うん。なんでも、彼が今回この列車に乗ったのは……観光のためもあるけど、とある宝石を本社に持ち帰るためでもあるんだって」

 

 

 三十分ほど経って、情報収集の結果を共有するために、私達に割り当てられた部屋に集まった一同は、私の言葉になんとも言えない表情を浮かべていた。

 

 その理由は、黒雲斎さんが述べた依頼の内容にある。

 そう、彼がこちらにしてきた頼み事とは、彼が本社まで運んでいる最中のとある宝石──エクラ(Eclat)(d')アムール(amour)の警護、及びそれを狙ってやってくる怪盗の捕縛……だったのだ。

 

 

「……鈴木財閥の副会長が?宝石の運搬をしていて?更には怪盗からの予告状まで来てる?……んだそりゃ、役満かなんかかよ」*4

「こ、コナン君……」

 

 

 ジト目が固定化されてしまいそうな様子のコナン君に、蘭さんが小さく苦笑を浮かべているが……まぁ、彼の気持ちもわからないでもない。

 鈴木財閥と怪盗──もっと言えば、有名な宝石を狙う怪盗というだけで、彼からしてみれば嫌な予感を感じざるを得ないのだろうから。

 

 

「……怪盗キッド、ってわけじゃねーんだな?」

「予告状には犯人の名前は無かったって。……だからまぁ、可能性としてなくはない、かな?」

「マジかよ……」

 

 

 そう。名探偵コナンにおける、鈴木財閥の相談役である鈴木次郎吉。

 彼が顔見せする時と言うのは、基本的にとある怪盗の出番を示唆するものなのである。

 

 ──怪盗キッド。

 青山氏の代表作の一つ『まじっく快斗』の主人公であり、世界観を同じくするコナンの世界においても、とある宝石を求めて怪盗業を行っている青年。

 彼の盗む宝石は……コナン側で描かれる都合上なのか、結構な頻度で次郎吉氏が関わるものだ。

 それゆえ、コナン君は次郎吉氏と似ていると感じた黒雲斎さんが、怪盗の話を持ち出したことに不信感を抱いている……というわけなのだった。

 

 

「いやまぁ、不信感ってほど重篤なもんじゃねーけどよ……」

「似たようなもんでしょ。再現度が低いって言っても、探偵役の人物が違和感を抱いたって言うんだから、なにかあるって備えといた方が後々問題が起きても対処しやすいでしょ?」

「……そりゃまぁ、そうなんだが」

 

 

 なんとも煮え切らない様子のコナン君である。

 だがまぁ、その態度も致し方なし。『逆憑依』における再現度は、あとから上昇させることができるものである……というのは、五条さんという実例により証明済み。

 ゆえに、彼も()()()()()()()()()()()()()再現度が上がる、という可能性は十二分にあるわけで。

 

 再現度が低くて良かった、と言っていた彼としては、あまりそこら辺が上昇してしまうようなことは起きて欲しくない……というのが本音なのだろう。

 再現度が上がった結果、周囲で殺人事件が頻発するようになったりでもしたら、彼が気に病むことは間違いないわけなのだから。

 

 

「その姿で毛利ちゃんとイチャイチャしてたの、実は再現度下げの一環でもあるってホントっすか?」

「……まぁ、そういう面が一つもない、って言ったら嘘になるけどよ……」

「えー、そういうの良くないと思うっすよ?……不誠実?っていうか」

「あの、あさひさん。私も納得の上での話ですから、あまり追求しないで貰えると……」

「──ふーん、了解っす」

 

 

 探偵の真似事はパスっすー、と部屋に居残っていたあさひさんから、コナン君へのダメ出しが飛ぶが……まぁ、話が話なだけに、既に当事者同士で折り合いは付けているらしく。

 その片割れである蘭さんからの擁護の言葉に、あさひさんは渋々といった感じで、ソファーに戻っていった。

 ……列車に乗る前は渋っていたわりに、わりと(恋愛事に首を突っ込むことに)ノリノリなあさひさんである。

 

 まぁともかく。

 今回の噂が幽霊……探偵の話とは微妙にピントがずれる話だからこそ、外に出ることも許容した二人だが。

 それに普通の探偵業にあたる(と言えなくもない)怪盗の捕縛も関わってくるのだとすれば、できれば関わらずに帰りたい……と言外に告げてくるのもわからなくもない、というわけで。

 

 

「だから、こっち(怪盗)の話は銀ちゃん達よろず屋預かり、ってことでいいかな?」

「……すまねぇ、世話掛ける」

「気にすんなよ、困った時はお互い様って言うだろ?……だからー、あー、なんだ。後で弁護とかなんとか、そういうの俺が有利になるように助けて貰えると嬉しいなー、というかだな……

「ぷっ、なんだよそれ。わりーけど、痴情の縺れは専門外だぜ?」

「いやいやそこをそう言わず!なんとか!」

 

 

 結果、よろず屋組が怪盗の対処に当たる、という方向で話が纏まったのだった。

 ……私に話が来た時点で、断れれば良かったのだけれど。

 金にモノを言わせられるタイプの人間相手だったので、できれば断って余計な面倒を起こさせたくない……みたいな面が強かったから、先んじて相手に話をされた時点で、こっちには逃げようが無かったというか。

 

 BBちゃんに記憶置換を行って貰うことも一瞬考えたんだけど、彼女の()()はあくまでも()()()()()()()()()()()のもの。

 ……事態を解決してしまう、という訳ではないので、仮に記憶を弄ったとしても『怪盗に狙われている』という状態の解消にはならず、()()を擁するこちらが列車に乗っている限り、何度でも依頼の話が来る可能性が高かった……という点から、結果として断念することになったのだった。

 

 こうなってしまうと、巡り合わせが悪かった……と思って諦めるしかあるまい。

 誰が悪いと言うわけでもなく、状況が()()()()()()()なっていただけ。

 そう納得を残して、改めて情報交換に戻る私達。

 

 

「他の乗客の人にも聞いてみたけど……やっぱり、それなりに有名な噂になってるみたい」

「噂を聞き付けて、わざわざ高い金を払ってこの列車に乗った物好きもちらほら居たよ。オカ研みたいな集まりも、それなりに居たね」

「ふぅむ。となると『幽霊列車』に相当するモノは、確かに存在するものだって感じか……」

 

 

 蘭さんとライネスの話によれば、噂を聞き付けて列車に乗ったのだと言う人物も、それなりに居たらしい。

 その中には、爺さん口調のロリっ子も居たらしいとのことだったのだが……なんでみんなして、私の方を見るんです?

 

 

「いや、お爺さんではないけど、今日はずっと老婆心って言ってたから……」

「いつの間にか君が噂になっていたんじゃないか、とちょっと疑ってるのさ」

「……いやまぁ、確かに爺臭いこと言ってたけども。だからってそれが私ってことはないでしょ……?確かに私も、他の乗客に話を聞く時には『幽霊列車』の話をしてたけども」

 

 

 みんなが私を見ていたのは、話が拗れていつの間にか、(キーア)自体も噂になっていたのでは?……という疑いからのもの。

 ……いやまぁ、見た目にそぐわぬ喋り方で、他の乗客に話を聞いていたってのは確かだけどもさ。

 だからと言って、こんな短期間で噂になるようなことはないっていうか、そもそも私爺さん口調でもなんでもないっていうか。

 

 

「……そうじゃなかったら、この列車にはもう一人キーアさんみたいな人が居るってことになる……って言いたいんじゃないっすか?」

「……おお」

 

 

 なお、なんでそこまで頑なに、私が噂になっているんじゃないか……と主張され続けていたのかと言うと。

 

 そうじゃなかった場合に、私みたいな容姿で、かつ爺さん口調で話す人物が()()()()……という、ある意味で別の面倒事がまだ眠っているという証左になるため、それを認めたくない一心である意味祈りみたいなものだった……とあさひさんに説明され、そりゃ確かにと私も頷かざるを得なくなるのでしたとさ。

 

 

*1
『功績を君主に奏上(そうじょう)(君主に申し上げるの意)する』という意味の言葉。『奏功する』とも。『奏す』自体が『言う』の謙譲語である為、そこから発生した言い回しだとされる。『()を奏す』と表記するのは間違いだとも、別の表記の仕方であるとも言われるが、その辺りはちゃんと明確にはされていない為、無用な混乱を避ける為に『功を奏す』と表記するのが無難だと思われる

*2
『虎の威を借る狐』及び『飛んで火に入る夏の虫』ということわざから。前者は『他者の権威を笠に着て、威張り散らす小者』のこと(戦国策―楚策より)。後者は『夏場の夜、燃える火の中に自分から飛んでいく虫達のように、進んで危険に飛び込んでいくこと』、及びその人物を指す言葉。またカルカンとはキャットフードのブランドの一つ、もしくは(ひらがな表記の場合)鹿児島銘菓の一つである、棒羊羹の形をした和菓子のこと

*3
日本に蒸気機関車が普及し始めた頃から広まっていたとされる噂話・都市伝説。線路の上の撥ね飛ばされた狸や狐の死体に対しての、もっともらしい噂だとも。汽車に化けられても、その速度までは真似できないので、その内後続の他の汽車に撥ね飛ばされる為、結果として線路に死体が残る……みたいなことのようだ

*4
『役満貫』の略。麻雀用語。成立させるのが特に難しい役の総称、及びそれによって得られる点数そのものを指す言葉。麻雀をやったことがない人でも聞いたことがありそうな、『国士無双』や『九蓮宝燈』などが含まれる



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お得セットのように、はたまたフルコースのように

「うーん……『幽霊列車』に『怪盗』、それから『爺さん口調のロリっ子』……」

 

 

 情報の整理のために紙に書いた言葉達を、矯めつ眇めつ眺めつつ、むむむと唸る私。

 

 当初の私達がこの列車に乗り込んだ目的──銀ちゃんの恋愛観の矯正についてや、黒雲斎さん達鈴木財閥について感じている怪しさなども含めてしまうと、現状私達に降り掛かっている問題は合計五つとなる。

 ……いつの間にやら、問題事の坩堝に放り込まれていたということに気付いた私は、思わず唸らざるを得ない心境に陥っていた……という感じなわけである。

 

 

「……というか、この間からずっと唸ってる気がする……!」

「ああ、この間と言うと……ウルキオラ君の話のあと、これまた厄介な案件に巻き込まれたとかなんとか聞いたが、それかい?」

 

 

 思わず机にライト()ポーズ*1で突っ伏す私と、ドリンクバーからホットココアを持ってきてくれたバソ。

 彼の行為に感謝を一言伝え、受け取ったココアをちびちびと啜り始める私。……紅茶が混じっているタイプなのか、わりと飲みやすい。*2

 ココア単品だと甘過ぎたりするので、これは中々気が利いていると言えるだろう。

 

 

「私が何かをしたというわけではなく、最初からショコラティーだったようだけどね。バレンタイン特別運行の名に偽りはなく、チョコ関連についてはあれこれと手は尽くしてある……ということらしい」

「ふぅむ。……そういえば、この列車自体も問題と言えば問題か……」

「……?この列車が?あくまでもこの列車は、バレンタインの為の特別運行車両……というだけのものではないのかね?」

 

 

 まぁ、飲み物そのものが最初からバレンタイン向けに調整されていたものだった、と彼本人から明かされたわけなのだが。自身の功績でもないのに褒められるのはちょっと、みたいな感じだろうか?

 ……まぁそれはそれで、この列車にも問題点がある……ということを浮き彫りにしてしまうわけで、正直悩みの種が増えたような気分になってしまうのですがね。

 

 といった私の言葉を聞いて、バソが首を傾げる。

 ……まぁ確かに、ドリンクバーにショコラティーがあったと言うだけの話で、なにがどういう変遷を辿れば、この列車の問題点を洗い出すという結果に繋がるのか……と言われれば、確かに意味がわからないと困惑を返されるのも仕方のない、とんでもない論理の飛躍にしか見えないかもしれない。

 が、これについてはそう難しい話でもないのである。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。──さて問題です、前編・後編。それから上中下。……先の列車の特徴と、これらの言葉を組み合わせて導きだされる答えは?」

「……あー、なるほど。いわゆる二時間(映画)枠だったり、特番枠だったりするということだね?」

 

 

 こちらが提示した言葉によって、バソは答えに理解が及んだらしく。彼は得心したように、小さく頷いていた。

 

 そう。さっきの問題点の中には、含まれていなかったもの。

 それは『コナン君と列車』──すなわち殺人事件や列車ジャックなど、ちょっとした特番から劇場版まで。あらゆるエピソードにおいて、この走る鉄の密室(列車)というものは、事件の舞台として余りにも適し過ぎている……ということである。

 特に、キッドまで出てくる可能性を示唆されている今の状況は、原作における『ベルツリー急行』の話を彷彿とさせることだろう。*3

 

 

「……なるほど。かの少年探偵君の再現度が低いからこそ、()()なにも起こってはいないが。もし仮にこの先、彼の再現度が上がるようなことがあれば……」

「真っ先に、この列車に纏わる事件が起きる……って私は睨んでるってわけ。それが誰かに対しての密室殺人なのか、はたまた列車をジャックされるのかはわからないけど。ともあれ、『コナン君の乗った列車』が無事に済むとは思えない。……だからまぁ、結果論的には()()()()()()()()()()()ってことになるってわけ。イベントごと(バレンタイン)が重なっている今回の列車だと、()()()()()()()()()()()()ってレベルでフラグが積み重なってるとも考えられるわけだしね」

 

 

 正月、バレンタイン、ひな祭り、入学式。

 そういったなにかしらのイベントごとと、コナン君の組み合わせというのは。

 最早()()()()()()()と、神様が予告しているのにも等しいと言える。

 

 ゆえに、彼の再現度が上がる可能性が高い今回の案件において、一応ここは()()()()()ということを、思考の隅にでも置いておくべきだ……と言う話になるわけなのだった。

 

 

 

 

 

 

 今回私達が乗り込んだ『バレンタイン特別運行寝台列車・エメ』は、鹿児島から北海道までを繋ぐという、最早日本横断に近い距離を旅する、かなり特殊な車両である。*4

 各所の絶景を列車の上から楽しみつつ、北海道に到着する日である十四日までの間をゆったりと過ごす……。

 単純な旅行プランとして見ても中々のものだが、この列車の一番の目的は、先ほどから何度も示している通り『バレンタイン』についてのもの。

 すなわち、『チョコを渡す時のシチュエーション』についても、プランの中に組み込まれているというわけで……。

 

 

「『食堂車でのチョコ作り指南も随時行っております』って……なんつーか、すっげー力入ってんだな……」

「まぁ、バレンタイン特別運行って銘打ってる以上、チョコ作りを支援するのも仕事の内……ってことなんだろうねぇ」

 

 

 どことなくセレブリティな感じのする少女や淑女達が、食堂車に集まっているのを、ちょっと離れた位置から眺めている私とコナン君。

 

 時刻は大体三時頃。

 お昼のちょっと豪勢なランチも終え、とりあえず客室に戻っていた私達は、車内アナウンスにより食堂車での催しがあることを知り、こうして代表者を選出して、ちょっと観察?にやって来ていたのだった。

 

 甘味的な意味で真っ先に立候補しそうな銀ちゃんが、此処にいないのは。……あわよくば少女達の試作したチョコの味見役に収まろう……という彼の魂胆が目に見えたから、だったりする(なお彼に下心はない。食い意地は張っているかもしれないが。なお、実際に食べられる確率)。

 

 ただでさえその両脇を、こわーい女子二人に固められているというにも関わらず、ただ一時の甘味を手に入れるためだけに、更なるフラグまで踏み抜きにいこうとするその無謀な発言には、基本動じないあさひさんも、開いた口が塞がらない……みたいな顔をしていたのだった。

 

 ……いやまぁ、あさひさんのそれは多分、そこまでびっくりしたというわけでもなく。

 単に銀ちゃんの無謀っぷりをわかりやすくするためのもの、くらいのノリでしかなかっただろうけども。

 

 なお、銀ちゃんへの矯正プログラムが、二段階ほど厳しくなったようだが。それは私の預かり知らぬ話である。

 

 ともあれ、見た目が子供でしかない私とコナン君ならば、乗客の子供がチョコの匂いに釣られてやって来ただけだと誤解して貰えそうだ……という打算も含めた結果として、こうして食堂車の隅で椅子に座っているわけなのだが。

 その目論見通り、今のところ周囲から怪しまれている様子はなさそうだ。

 

 ……え?怪しまれないようにしている理由?

 子供が聞き込みしてると『なに?少年探偵団なの?』と聞き返されてしまうからです……(一敗)。

 

 真似事で済んでいる内はいいのだけれど、本当に少年探偵団だと思われてしまうと、思わぬ事件が舞い込んでくる可能性があるとさっきの黒雲斎さんの件で思い知ったので、できうる限り目立たないように立ち回ろうと方針変更を行った結果、というやつである。

 ……まぁ、状況的に意味はもうないかも知れないが。

 気持ちの上では『対処してても舞い込んできたのだから、仕方ない』と納得できるからいいんです、多分。

 

 まぁ、ともかく。

 この列車そのものがトラブルの温床かもしれない以上、イベントごとには目を通しておこう……という意味も含めて、誰かが見に行くのは必然だったわけで。

 再現度を上げたくないと言いつつ、コナン君が立候補した理由は私にはわからないが、突発的な事態にも対処しやすい私が同行を願い出るのは、そう変な話でもないのです、……多分。

 

 多分多分言いすぎだろう、というツッコミを脳内で想起しつつ、改めて旅のパンフレットに同封されていた、この催しについてのチラシを眺める私達。

 

 

「……『有名パティシエが教えます、お菓子作りが初めてでも御安心下さい』……ねぇ?」

「最近テレビによく出てる人、らしいね。……なりきり郷だと普通の民放を見ることがほとんどないから、こっちでの知名度はあんまりないと思うけど」

 

 

 今回のこのチョコ作り教室だが、講師となる人物が最近よく料理番組などに出演しているらしく、彼の姿を見ることを一つの目的にして、この列車に乗ったという人もそれなりに多いのだという。

 食堂車に向かう途中、まさにそれを目的としてこの旅行に申し込んだのだという人が居たうえ、彼女に道すがらあれこれと説明されたため、なんとなくはわかる。

 ……いやまぁ、それでもその人の説明以上のことは、なんにも知らんわけなのだけれども。

 

 そもそもなりきり郷に居ると、テレビで見れるものが基本郷での特別番組になってるし。ニュースとかは流石に、外の話も入ってくるけども。

 ……え?『マジカル聖裁キリアちゃん』?あれだけ全国放送なんだよなぁなんでかなァ!*5

 

 

「こんにちわ、講師の平川です。チョコ作りが初めてという方も多いと思います。簡単なモノから初めていきますので、決して投げ出したりせず、しっかりと付いてきて下さいね」

「……ふーむ。下手なアイドルよりイケメンかもねぇ」

「そうだな。……犯人だったり被害者だったりしなきゃいいんだが」

 

 

 そんなこちらの内心での叫びなど露知らず、眼前で話は進んでいく。

 

 車内の椅子や机を動かして、普通のお料理教室のような配置になったその場所の、講師用と思われる机の前に立ったのが、噂のパティシエだろう。

 自身の美的感覚が、周囲とずれていないことを前提とするのならば、確かに女性達がきゃいきゃい言うのもわからないでもない、美形と称して間違いない面構えをした人物である。

 まぁ、単にイケメンであることのみを競うのであれば、普通にバソの方がイケメンではあるだろうが。……え?海賊紳士とも呼ばれる二次創作のキャラと比べるのは止せって?

 

 ともかく、目の前で行われる料理教室を眺める私達は。

 ──翌日、この講師があんな姿で発見されるとは、今はまだ露ほどにも思っていないのだった。

 

 

*1
『DEATH NOTE』での夜神月のリアクションの一つ。『くそっ やられた』の動きと言えばわかりやすいか。他にも月は大袈裟なモーションを取ることが多いため、結構な頻度でネタにされている

*2
『チョコレートティー』とも。紅茶にチョコの味を足した場合も、紅茶の香り付けにチョコを使う場合も該当する。ココアそのものだと飲みづらい、という人も安心

*3
『名探偵コナン』のエピソードの一つ、『漆黒の特急(ミステリートレイン)』に登場する列車の名前。漫画では78巻に、アニメとしては701~704話の五話分のエピソードとして展開されている。重要な展開が複数含まれているため、ここでは仔細を紹介することはしない

*4
ちなみに、鹿児島~北海道の距離は直線にしておおよそ2000kmほど。クルーズトレインの最高速度は110km/hほどのモノもあるため、仮に最高速で駆け抜けるのなら丸一日ほどの列車の旅、ということになる。無論、この列車の場合はもう少しゆったりと進むので、ある程度日数が掛かるが

*5
『fate/grand_order』における星5(SSR)ライダー、太公望の台詞より。リカバリが上手いだけになおのことポカが目立つ



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おむすびではなくチョコが転がる

「……知らん天井だ」

 

 

 寝ぼけ眼でそう呟いた私は、暫く無地の天井を眺めたのち、漸く立ち上がったキーア.OS*1により、現在自分がどこに居るのかを思い出した。

 そうだったそうだった、今私達は列車旅の途中だったんだ。家のベッドよりふかふかな布団だったものだから、色々と前後不覚になってたんだわ。

 ……今度、他の人の分も含めて布団を新調しようかなぁ。

 

 

「せんぱい、おはようございます。聞いた話によりますと、食堂車ではビュッフェ形式の朝食が用意されているようですよ?」

「うーん、元義通り*2……とりあえず、おはようマシュ」

「はい♪」

 

 

 帰宅後にするべきこととして、布団についてのあれこれを心に書き留めつつ。

 こちらを覗き込むようにしながら、私を揺すっていたマシュに軽く挨拶を返し、そのまま上半身を起こして周囲を眺める。

 

 二人分のベッドが並べられた客室は、列車の中だとは思えないほどにしっかりとした造りになっていて、思わず異世界(ハルケギニア)でのあれこれを思い出してしまう。

 向こうに残ったルイズ達は元気だろうか?……なんていう感傷が胸を過るので、ちょっと苦笑してしまったり。

 

 ともあれ、旅行は一日目の行程を終え、二日目の朝を迎えていた。

 現在のこの列車は、最寄りの駅に停車して点検や補給を行っており、再出発を待つ乗客達はそれぞれ食堂車に向かったり、はたまた朝の内から空いている駅近くの店に立ち寄ったりするなどして、各々好きに朝食を摂っている最中……らしい。

 なお、今回の私達は列車の外に出るつもりはないので、これから向かうのは食堂車……ということになる。

 

 いつかのように着替えを手渡してくるマシュに、彼女も向こうでの生活を思い出したりしているのかな、なんて感想を覚えつつ。

 手早く着替えを終えた私は、そのまま隣の客室に泊まっている銀ちゃん達に、扉の外から声を掛けた。

 

 

「おーい、一緒に朝飯行こうぜー。ラ・フランスのジュース飲みまくろうぜー」

「おー、いいなラ・フランス。そんな名前なのに日本にしか現存してないのもいいよな」*3

「喜び方が斜め上~」

 

 

 こちらの誘いの言葉に、数秒もしない内に飛び出してくる銀ちゃん。……きっちり着替えは終わっている辺り、実はもう起きていてこちらの誘いを待っていたのか、はたまたホントに数秒で支度したのか。

 甘いものが関わっている時の銀ちゃんなら、後者も十分あり得るな……なんて感想は口にしないまま、他の二人が出てくるのを待つ私。

 

 ……男女混合で同じ部屋に居たのこの人達?みたいな疑問を抱く人も居るかもしれないが、そもそも我等はなりきり組。

 そこら辺は気にしないみたいな話は、以前の海水浴の時に述べた通りである。なのでまぁ、問題はないです。

 ……え?『お前今回この列車に乗った目的を思い出してみろよ』?私なんのことだかわかんなーい。

 

 

「欺瞞ですねおはようございます!」

「はい、おはようXちゃん。桃香さんは?」

「髪型が決まらないとのことで、先に食堂車に向かって構わないとのことです」

「なるほど。私は毎回マシュ任せだからなぁ」

「……いや、そこは自分でやりましょうよ?」

「めんどい眠いわからんダルい!」

「まさかの即答」

 

 

 こちらの言葉に反応して、客室から現れたのはXちゃん。

 その格好は、なりきり郷での普段着──要するにシンフォギアめいた部分アーマーではなく、いわゆるセイバーさんの普段着である、白いブラウスと青いスカートという出で立ちであった。

 

 真面目な顔をしていれば、ちょっと背丈(と一部)が大きいだけのセイバーさんにしか見えない感じの姿である。

 実際、聞き込みの最中は言葉の通じなさそうな外国のお嬢様、みたいに思われていたような節があったりしたので、周囲からの印象はそう間違ってもいないだろう。

 

 

「……あれ?待っていて下さったんですか?先に行っても構わなかったのに」

「能動的に待ったというよりは、なし崩し的に待った形かな……」

「なる、ほど?」

 

 

 続いて出てきたのは桃香さん。

 郷の中では改造チャイナ服、みたいな原作の彼女ともまた違う服を着ている彼女だが、今回は地味めの色の服で纏めた、比較的大人しい姿となっている。

 ……髪の結い方がルーズサイドテール(死ぬ母親キャラの髪型)なせいで、なんか未亡人感が漂ってくる感じになってるけど。*4

 元の彼女と比べると落ち着きに満ちているのもあって、なんだか歳上感が凄い。

 

 

「うふふ、十七歳です♡」

「おいおい」*5

「……今の奴に通じんのか、それ」

 

 

 あらあらうふふまで完備している桃香さんに、戦慄を覚えつつ。ボソッと呟いた銀ちゃんが、腕ひしぎ逆十字*6を極められているのを流して、そのまま食堂車に向かう私達。

 後ろでなんか首を絞められた鶏のような絶叫が上がっていたが、私からはナニモイウコトハナイ……。

 

 

「……いや、なんだ今の声?」

「気にしないでコナン君。郷でなら変な声とか、日常茶飯事でしょ?」

「そう……だったか……?」

 

 

 なお、途中で合流したコナン君は、頻りに後ろを気にしていたのだった、優しいね♡

 

 

 

 

 

 

「焼きたてのクロワッサンに切れ目をいれて、そこにポテサラを挟むッ」

「あ、美味しそう。私もなにか挟んでみようかな……?」

 

 

 朝の食堂車はどうにも人気がないのか、私達以外に人の姿は見当たらなかった。

 

 ……まぁ、一週間近く列車に乗りっぱなしになることもあり、外に出られる時には外に出たい、という人が多いのかもしれない。

 そこら辺は運営側も織り込み済みなのか、用意されている料理も、量はそこまで多くはない感じだった。

 種類は普通に多いので、選ぶ楽しみは存分にあるわけなのだけれど。

 選んだ結果、こうして組み合わせ(クラフト)するのもありなわk()クロワッサンうめぇ!

 

 

「ふむ。ところで昨日の話、検討はして貰えたかな?」

「まぁ、気が向いたらってことで。安売りはしないよー?」

「なんと。……いやいや、前向きに検討して貰えるだけでも、私にとっては有難いことだよ」

 

 

 そうして焼きたてクロワッサンに舌鼓を打っていると、対面に座ってスープを啜っていたバソから、昨日彼と話した件について返事を求められる。

 特に断る理由もなかったため、検討させて貰います*7と返してあげると、彼は嬉しそうな空気を滲ませながら、残りのスープを優雅に飲み干していた。

 ……え、なに銀ちゃん。隣のマシュが凄い顔をしてる?ってうわマシュ目怖っ!?

 

 

「あーいやマシュ?別に変な話じゃなくてね。バソからメカクレウィッグ付けてみないか、ってお誘いを受けたってだけでだね?」

「ぶぉぉぉぉぉっ!!ぶぉぉぉぉぉっ!!」

「サイレンならぬ法螺貝警報!?いや待って流石に盾で物理はダメだって!」

 

 

 こちらの解説を聞いたマシュは、即座に盾を顕現させてバソに殴り掛かろうとした。

 別に彼が悪い訳でもないので必死で止める私と、微妙な顔でこちらを見詰める銀ちゃん。

 

 幸いにして、朝で人が少ない時間帯だったこともあり、特に周囲に見咎められることもなかったが……なんというか、マシュらしからぬ暴走である。

 今回BBちゃんは居ないのだから、あまり危ない橋を渡るのは止めてほしいところなのだが……。

 

 

「で、ですがせんぱいっ!?」

「だーかーらー、変な話じゃないんだってば。さっきはバソから誘われたみたいな言い方したけど、実際には趣味の話になった時に、流れで目隠れってどんな感じなのかな、って聞いてみた結果だし」

 

 

 心血を注いで趣味に邁進するバソの姿に、ちょっとばかり興味を抱いた私が、彼に『そんなに目隠れって良いものなの?』って聞いた結果、『体験してみるかい?わかるかもしれないよ、秘境に挑む私の気持ちが……ね?』と誘われたので、その返事を今したというだけの話なのである。

 感覚的にはこっちからお願いしたようなもの……なので、それが原因でバソがぼこぼこになるのは、流石に気が咎めるのである。

 

 

「はっはっはっ。だからあれだろう?今この場でそこの銀髪パーマ君にメカクレをお薦めすると、漏れなく君に血祭りに上げられるってことだろう?」

「私がやらずとも他二人にやられると思うけどね」

「はっはっはっ。見えてる地雷だなぁ」

 

 

 なので、私以外の誰かに彼がいつも(原作)通りに目隠れを薦め出した場合、保証の対象外になるわけでして。

 というようなことを説明したところ、漸くマシュは落ち着きを取り戻すのだった。

 

 

「……いや、騒ぎすぎだろ」

「そうだね、反省してます……。それにしても、ホントに人居ないんだねぇ」

 

 

 呆れたような声をあげるコナン君に小さく謝罪の言葉を返し、改めて食堂車の中を眺める私。

 結構な騒ぎだったと思うのだが、生憎と他の誰かから文句を言われる……というようなことにはなっていない。

 車掌とかシェフとかすら現れないあたり、文字通り現在食堂車には人が居ないのかも?

 

 

「……妙だな」

「おっと再びの『妙だなカウント』。やっぱり人が居ないってのは気になる感じ?」

 

 

 そんな感じのことを口にしたところ、彼から返ってきたのは『妙だな』の一言。

 ……順調にコナン君力を高めているその姿に、思わず軽口を叩いてしまうが。それを聞いた彼は、料理を指差しながら口を開いた。

 

 

「料理、出来立てだろ?」

「ん?……そうだね、クロワッサンとかカリフワアッチッチ、って感じだったし」

「……その擬音はどうでもいいとして。量を多めに作っていない以上、粗熱が取れるまではそんなに時間が掛からないはずだ。だけど」

 

 

 彼が指差しているのは、スープカレーの入った鍋。

 その鍋の大きさは業務用のそれではなく、精々が家庭で使うような、ちょっとだけ大きいくらいのサイズのもの。

 ……一般に、モノが冷める時に一番影響が大きいのは、気化熱と外気との温度差による熱の移動だとされる。

 

 大きな風呂になるとボイラーによる加熱が必要になる……というのは、空気に触れる水面が広くなることで、それらの熱が奪われる速度が上昇するため。

 なので、蓋を閉めた鍋というのは……蒸気の逃げ場がなくなることによって、鍋の中の僅かな隙間では飽和水蒸気量にその内引っ掛かってしまうため、結果として外気との温度差による熱の放射が、冷める時の一番の要因……ということになる。

 

 また、液体のような流動性のある物体の場合は中で対流が起きるため、冷えた部分は下に・熱い部分は上にという風に、自然にかき混ぜられることとなる。

 コーヒーなどをかき混ぜると冷めるのが早いのは、空気の方が温度が低いのが普通であるから。

 

 容器から逃げる熱よりも、水面から逃げる熱の方が総量が多いのが普通であるため、結果としてその()()()()()()()が小さく、かつ総量の多い鍋になるほどに、蓋を閉めている時に冷めにくくなるというわけである。

 

 なので、私達が来る前から()()()()()()()この鍋というのは、本来ならもうちょっと冷めていないとおかしいのだ。

 下がIHのコンロというわけでもないのだから、この鍋は本当にただ外気に晒されているだけであり、蓋も空いている以上は少なくとも、息を吹き掛けて冷まさなければならないような熱さでい続けるためには、本当に()()()()でなければおかしい……ということになるわけだ。

 

 ……説明が長い?じゃあ、結論だけ。

 

 

「……シェフが近くに居ないのはおかしい、ってこと?」

「そういうこと。食堂車は一番最後尾の車両だ。更に、この車両そのものからホームに降りられる出口は一ヶ所、キッチン側にある勝手口のみ。さっきからホームを見てたが、シェフらしき人間がホームを歩く姿は見られなかった」

「ホームの方も出口が食堂車とは離れた位置にありますから、私達に見られずに移動するのは不可能……というわけですね?」

 

 

 要するに、料理を用意したシェフが居なくなるための時間が、まったく足りていないのである。

 

 あれだけ大声で騒いでいたのだから、食堂車内に居るのであればなにかしらの反応を示すのが普通だろう。

 だが、先ほどから今に至るまで、シェフが反応を示してくることはなかった。

 

 じゃあ、もう中には居ないのでは、という話になるのだが……コナン君や桃香さんの言う通り、私達の視界に入らず移動する、というのはほぼ不可能。

 すなわち、ここで導き出される答えとは。

 

 皆で顔を見合わせるのは、なんとなくこれからの展開が思い浮かんでしまったため。

 気不味い空気を滲ませながら、全員でキッチン──食堂部分とは壁と扉で隔てられているその場所に移動する。

 そうして、私達が目にしたのは。

 

 

「そ、そんな……平川さん……」

 

 

 大きなチョコケーキに顔を突っ込み、微動だにしない男性──パティシエの平川さんの姿だったのだ。

 

 

*1
オペレーション(operation)システム(system)』の頭文字を取ったもの。電子機器を動かすために必要な根幹部分。今の人にはちょっとわからないかもしれないが、昔の電子機器(特にパソコン)は、電源をオンにしてから実際に操作できるようになるまで、結構な時間を要していた。その辺りを、寝起きの未覚醒状態の脳に準えたもの

*2
元々はフランス語で『立食形式の食事(buffet)』を指す言葉であり、更に元を辿れば『飾り棚』の意味となる。列車や劇場内に併設された『飾り棚のように並べられた料理から好きなものを選ぶ』形式の簡易食堂が、後にビュッフェと呼ばれるようになり、そこから今日での『立って食べる食事』形式をも言い表すようになった……という流れであるため、列車内での立食形式の食事というものが『元々の意味』に近いものになっている、という話になるわけである

*3
フランス原産の西洋梨の品種の一つ。元々は1800年代にフランスで発見された品種だが、他の洋梨の品種に比べて生育に手間が掛かる為、名前と違いフランス本土では絶滅種である(一度日本から苗を譲ったそうだが、気候が合わないこともあり現在生産しているかは不明。フランス原産なのに日本の気候が合っている、という不思議な品種)。日本以外での生産もほぼされていない為、世界のラ・フランスの約八割は山形県産、ということになる。なので冗談めかして山形はフランス、などと呼ばれることも

*4
後ろ髪を束ねて肩から前に垂らす結び方。おさげなどの変形に近い髪型だが、『サイドテール』やそれらの髪型と違い、髪を結ぶ位置は肩の前から移動しないようにする意図もあってか、基本的に毛先に近い位置となる。異名の通り、この髪型をした母親キャラは死ぬイメージが強い(棺に入れた時、髪を背に敷かないように肩の上に出すこととの連想が指摘されているが、詳細は不明)為、この髪型をしているキャラを好きになった人々は、日々キャラが居なくなる恐怖と戦う羽目になるとかなんとか

*5
声優の井上喜久子氏の持ちネタ、いわゆる『17歳教』より。17歳を自称する彼女に対し、周囲が『おいおい』とツッコミを入れるところまでを含めたネタ。なお、あくまでもネタであり、本当に17歳だと主張しているわけではない。まぁ、普通に若々しい姿をしていらっしゃるのだが

*6
プロレスや柔道の技の一つ。相手の上腕部を自分の両脚で挟んで固定し、同時に親指が天井に向くような形で相手の手首を掴みながら自身の体に密着させ、そのまま骨盤のあたりを支点に相手の腕を無理やり反らせるもの。肘関節が可動域を越えて(逆方向に)伸ばされる為、『逆間接を極める』という意味から逆という文字が付随した、という説がある。そこからわかる通り、技そのものは『腕ひしぎ十字固め』となんら変わらない。基本的にはプロレスでだけ使われる呼称ということになるらしい

*7
一般的には断りの意味合いが強めな言葉。考えるだけなので、いい返事が貰えるとは思うなよ……的な意味合いが含まれるとかなんとか




そういえばいつの間にか200話到達しました。
今後もお付き合い頂ければ幸いです。


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事件は現場で起きている

被害者(ガイシャ)*1の名前は平川明弘。最近テレビなどに多数出演していたことから、全国的に有名になってきたパティシエで、今回はチョコレートの制作指導のため、この列車に同乗していたとのことです」

「ふぅむ、なるほどなるほど。……で、この人達が彼を発見したという?」

 

 

 無惨な姿を晒した平川さんが、私達に発見されてから大体十分ほど。

 地元の警察が通報によって呼び寄せられ、車内の検分を進めている中、私達は今回の事件の担当だという警部さんから、事情聴取を受けようとしている最中なのであった。

 

 

「はい、彼等は今回のツアーの参加者で、皆が皆顔見知り、かつ唯一今日の朝食堂車を利用していた方々となります」

「ふぅむ。なら怨恨などの可能性は薄いか。……皆さん、ご職業などはなにを?」

「ライン商事*2で会社務めなどを。宜しければ、社員証を提示しましょうか?」

「ああ、あの。……確かエネルギー開発関連の会社、でしたかな?一応、拝見させて頂きます」

 

 

 なので、流れるように偽造社員証を取り出す私である。

 ……偽造っつっても、お国の承認は貰っている、正真正銘の正規発行品だけどね!

 そこに書いてある名前とか経歴とかが、実際のそれとは違って偽証だ、というだけで。

 

 ともあれ、手渡した社員証に書いてある『八雲ライン商事』の名前を見た警部さんは、記憶を探るように視線を頭上に向けたあと、得心がいったように両手を一つポン、と打っていた。

 

 なお『八雲ライン商事』とは、世間向けに私達『逆憑依(なりきり)』組を紹介する時に、所属する組織がないと説明し辛いだろう……ということで最近新設された会社の名前である。

 前々からお国向けに営業していた名も無き会社を、一般向けにも業務を拡大する際に正式に会社として登録したものだとかなんとか。

 いやまぁ、一般向けにやってるのはほぼほぼエネルギー供給関係の仕事だけ……らしいけど、そのあたりはゆかりんとその上司さんの管轄なので、私はよく知らんというか。

 

 ただ、以前はるかさんに自己紹介した時の、私の『秘書』の肩書き。

 あれは今も有効らしいので、現在の私の役職は『ライン商事社長付き秘書』という、やけにエリートっぽいモノになってしまったりしているのだった。

 そこも踏まえた結果なのか、社員証を検分した警部さんからの視線が、若干困惑混じりのモノに変化したのを私は見逃さない。

 

 

「……あー、気を悪くされたら済まないのですが、お宅成人していらっしゃる……?」

「そこに書いてある通り、社長秘書の一人ですので。……まぁ、見た目が頼りない、と思われてしまうのは重々承知ですが」

「いやいや、そいつはとんだ失礼を。改めまして、日暮修治(ひぐれしゅうじ)と申します。今回は操作のご協力のほど、宜しくお願いします」

(……見た目で怪しいと思ってたが、こっちの関係者じゃねーのかこの人……?)

 

 

 なお、こちらへの謝罪と共に告げられた彼の名前に、コナン君がすっごい微妙そうな顔をしていた。

 ……まぁ、わからないでもない。

 その恰幅のよい体格や喋り方から、彼──江戸川コナンのよく知る人物、目暮警部を思い出すのは仕方のない話なのだから。

 まぁ、彼本人とは違って服の色が黒いため、どちらかというとウォッカの方を思い出さなくもないのだけど。*3

 

 まぁ、琥珀さんみたいに、たまーにいるそっくりさん?だろう。こちらが怪しんでも仕方ないので、素直に取り調べを受ける私達である。

 

 

「では、発見当時の状況について、詳しくお聞かせ願えますかな?」

「はい、それでは僭越ながら私が」

「……ええと、君は?」

「あ、申し遅れました。私はマシュー・ポプキンスと言います、ミスター・ヒグレ」*4

「……ええっと、海外の方で?」

「生まれも育ちも日本です!……ご覧の通り、親の血筋に関しては海外になりますが」

「なるほど。……ええと、そちらの銀髪の男性も、海外の?」

「いや、俺は普通に日本人だ。ハーフでもねーぞ」

「なる、ほど?……ええと、お名前をお伺いしても?」

「ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」*5

「日本人要素はどこに!?」

「冗談だ冗談。俺は堺 銀次郎ってんだ、宜しく」

 

 

 なお、他のみんなも名乗るのは偽名である。

 創作物のキャラクターの名前を言われても、変に疑われるだけだからね、仕方ないね。

 というわけで、以下みんなの名乗りである。

 

 

「ほっほーい、オラ野口しんたろう!しんちゃん、って呼んでねぇん」

「は、はぁ……?」

「もー、警部さんってばノリが悪いゾー!」

 

「ライラック・エルフリーデだ。リラで構わないよ」

「り、リラ?」

「ムラサキハシドイのフランスでの呼び方ですよ、警部」

「な、なるほど。ということはフランス出身だったり?」

「いや?生まれも育ちもイギリスだが?」

「なんで!?」

「警部、そもそもエルフリーデ自体がドイツ語での女性名です、妖精とか不思議な力って意味の」

「なんだねそれは?ってことは偽名では?!」

「おや、どうも警部殿の知識の中には含まれていなかったようだ。ライラック・エルフリーデは作家としてのペンネームでね。本名はマリア・エルリッヒという」

「……作家?」

「『コーヒー探偵はティーブレイクに微睡む』などの作品を発表している女流作家ですね。いやー、まさかこんなに小さなレディが、あれほどの名作を書いているとは思わなかったなー」

「……やけに詳しいな、君」

「警部の方が疎いんですよ」

 

「私はそこの堺さんの恋人の(リウ) 桃香(タオシャン)です。日本語読みで『トウカ』でもいいですよ?」

「こ、今度は中国の人?国際色豊か過ぎないかね君達?」

「『ライン商事』は、グローバル(グッロォーバル)イノベーション(イノベィィション)コネクティング(コォネクティーング)している会社でございますので」

「……?????」

「警部、からかわれてますよ」

「な、か、からかわれてるだってぇ?!」

「あーと、次は私が自己紹介をしても?」

「え、ああええとはい、お願いします……」

「では。私はアルトリア・イーストウッド。そこの堺さんの恋人です」

「……??????????」

「おい、変なこと言ってんじゃねーよお前ら。警部さん困ってんだろうが」

「えー?でもこの旅が銀ちゃんの思いを確かめるモノ、というのは間違いないじゃないですかー?」

「そうですそうです。はっきりさせますからそのつもりでっ」

(……警部さんの目が、ゴミを見るような目になってるな……)

 

「ええと、そちらの方は……」

「(すっかり疲れてんな、この人……)僕、土居 乱太郎だよ、警部さん」*6

「私は土居 蘭です。この子の姉になります」

「ほっ……(良かった、普通の人だ)」

(……とか思ってんだろうなー)

 

 

 とまぁ、こんな感じ。

 紹介作業だけで三十分ほど使ってしまったあたり、向こうも情報の洪水に翻弄されていたのだろう。お疲れさま、というやつである。

 

 

「……ええと、自己紹介の方が終わったので、話を進めたいと思うのですが、構いませんね?」

「はい、大丈夫ですよ。彼を発見するまでの行動とかを話せば宜しいですか?」

「……あ、はい。宜しくお願いします……」

 

 

 まぁ、こちらもこれ以上長い間拘束されたくないので、そんなお疲れの警部さんのことを、慮るようなことは一切しないけれども。

 こちらが自身の聞きたいことを先んじて口にしたため、出鼻を挫かれたような顔をする警部さんの顔が、なんとも哀愁を誘う中。

 私達は、朝の出来事を子細に話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ、つまり朝食が温かいにも関わらず、料理人の姿が見えなかったためにキッチンに向かった、と?」

「乱太郎君が不思議そうにしていたので、私達も気になってしまって。そうしたら、平川さんがあんなことになっている現場を見付けてしまって……」

 

 

 朝に起きたこと……とは言っても、三十分も掛からないような内容しかなかったそれを話し終えた私達は、小さく唸る警部さんの様子に苦笑を浮かべていた。

 聞いたことを総括する限り、今回の()()は事故だとしか思えない、と言うことに気がついてしまったからだろう。

 

 

「あのチョコケーキ自体も、ほぼ出来立てでした。要するに、完成直後に何かが起きた結果、顔面からケーキに突っ込む形になったのだ、と」

「ただ、キーアさん達の話を総括するに、キッチンからの大きな物音というのはあがっていない。……足を滑らせて自分から突っ込んだ、という風に見るのが普通でしょう。……ただ」

「そうなると、()()()()()()()()()()()()()()と?」

 

 

 こちらの言葉に、日暮さんが頷きを返してくる。

 あのあと、チョコケーキから引っ張り出された平川さんは、白目を向いて()()()()()()

 どこかを強く打ったのかとも思われたが、病院での検査結果では打撲すら見付からず、心因性の気絶だと判定されていたのである。

 

 例えば、アレルギーなどによって呼吸困難に陥り、そこから脳に酸素が送られなくなって気絶したのでは、などという仮説も持ち上がったのだが……そうだとすれば、単に()()()()()()()彼の状況と噛み合わないのである。

 

 ──まるで、なにか恐ろしいモノに出会って、()()に魂を囚われたままだから眠り続けている……という風に見た方が、よっぽど納得が行くかのように。

 

 取り調べがこんなに緩いのも道理。

 なにせ、警察側は基本的に事故だと思っているが、被害者である平川さんの容態がおかしいために追加で捜査をしているだけ、なのだから。

 そもそも取り調べを受けている私達も、容疑者などではないのである。

 

 

「……まぁ、平川さんが目を覚ませば済むんですが。どうにも眠り続けている理由がわからん以上、こちらもどうしていいやらと言うわけでして」

「なるほど。……ところで警部さんは、この路線に纏わる怪談話に聞き覚えは?」

「はい?怪談話?」

 

 

 なので、目下この状況に一番関わりが深そうだと思われる『幽霊列車』について、警部さんにも話を聞いてみるが。

 反応から察するに、彼はこの話は知らない様子。

 

 

「ああ、この先のトンネルですれ違う奴ですね」

「……トンネル?」

 

 

 が、代わりに彼の同行者、部下と思わしき男性の方から声があがる。

 ……あがるのはいいのだけれど、その内容は私達が聞いていたものとは別のモノだったため、こちらも困惑する羽目になるのだが。

 それを口にした男性はと言えば、頭を掻きながら『あれ、違いました?』と首を捻っている。

 

 

「『幽霊列車』ですよね?この線路ができてから、ずっと噂になっているという」

「……ずっと?」

 

 

 そうして、私達は新たな情報に、頭を悩ませることになるのだった。

 

 

*1
警察関連組織で使われる隠語で、事件の被害者になった者に使われる呼び方。事件を起こした相手、犯人のことを『被疑者(ヒギシャ)』と呼ぶが、響きが近い為区別するのに使われるようになったもの、だとされる。なお、『マル害』とも言われるようだ

*2
『東方project』シリーズの二次創作ネタである『ボーダー商事』の名前から

*3
『名探偵コナン』シリーズのキャラクターの一人。作中で一番出番がある警察関係の人。生真面目すぎるきらいがあるが、同時にコメディな面も併せ持つ。なお、本名は目暮十三であり、ここにいる日暮警部の名前は彼の名前を由来としているのは、一目瞭然である。『ウォッカ』の方は、同じく『名探偵コナン』のキャラクターの一人で、黒の組織の構成員の一人。無論偽名。目暮警部と比べるとかなりガタイがよいので、見間違えることはほぼないだろう。帽子キャラ繋がりではあるのだが

*4
『fate/grand_order』より、『異端なるセイレム』に登場したキャラクター、マシュー・ホプキンスより。名前が似ているせいで、一時期やけに人気だったりした

*5
『BLAZBLUE』の主人公、死神の通り名を持つSS級の重犯罪者。銀ちゃんとは名前と髪の色繋がり

*6
偽名の由来は『江戸川乱歩』と『コナン・ドイル』から。コナン君の名前とは名付け方が逆(ドイル=土居、乱歩=乱太郎)。また、乱太郎という名前はコナン君と声が同じ『忍たま乱太郎』の主人公、猪名寺乱太郎の名前から



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愛を囁くこともなく

「うーむ……」

「せんぱい、やはり気になりますか?」

「うーん、そうだねぇ……」

 

 

 取り調べも終わり、今の時刻はお昼前。

 警部さん達が現場の検分を終えて、署に戻っていくのをみんなで見送りつつ。

 私達は食堂車を後にし……ようとしていたのを一旦取り止めて、改めて席に座り直していた。

 色々な事情から一時姿を隠していた鬼太郎君とバソも、今は合流して他のみんなと同じように席に座っている。

 

 無論、こうして集まったのは他でもない。

 さっき日暮警部の部下と思われる人が口にした、『幽霊列車』についての新情報を、改めて考察するためである。

 

 

「私達が事前に聞いていた噂話だと、『幽霊列車』はカーブ付近ですれ違うモノだった。……けど、あの刑事さんが言ってたのは、そもそもにこの路線自体が『幽霊列車』と関わりが深いものだということだった……」

 

 

 得られた情報を、再び紙に書き記していく私。

 そうして私が書き記していくのを、他の皆が覗き込んでいるわけなのだが……。

 

 ともあれ、新たに記すことはそう多くない。

 コナン君達が最初に聞き及んでいた噂、『この先のカーブで『幽霊列車』にすれ違い、それがなにかしらの警句のようなものを発していた』というモノが。

 その先のトンネルでも、同じような目撃情報がある……どころか、更にその先──話に間違いがないのならば、終点である北海道までずっと──『幽霊列車』との接触は可能性として残り続ける……という形になっただけなのだから。

 

 だけ、とは言うものの、その話から涌き出る疑問というものは多岐に渡る。

 

 

「ええと……この路線って、どういう経路を走るんだっけ?」

「そうですね……観光用の特殊編成・かつ特定の期間のみ走る列車であるため、線路を新設するのは費用対効果*1的にも得策ではない……ということで、従来線の線路を借用することを前提に、運用計画がスタートされていたらしいのですが……」

「その方式だと、風景を楽しむクルーズトレインとしての用を果たせない……ってんで、全国各所の廃線になった線路を譲って貰って、それを清掃・補修して特定期間だけ使える限定路線として復活させた……とかなんとか書いてあったな」

 

 

 マシュやコナン君の説明(主にこの列車の運行会社のホームページやパンフレットに記載された情報)によれば。

 

 このバレンタイン特別運行を企画した会社は、全国各所の廃線となった線路を、許可を得て補修・清掃・点検などを行うことで、臨時で使える特殊路線として多数保有している……らしい。

 今みたいに列車そのものの点検を行う際などには、最寄りの鉄道会社が運営している駅などに停車するが、一度そこから離れれば基本的に独自確保している線路を走り、乗客の目を楽しませるクルーズトレインとしての役目を果たすのだそうだ。

 

 まぁその独自路線を使う前に、政令指定都市などの近くでは市内観光を踏まえた運行を行うらしく、旅のスタートしたばかりの一日目では……その自慢の独自路線とやらには、まだ差し掛かってすらいないわけなのだが。

 

 で、件のカーブやトンネルというのは、その独自路線側にあるもの、なのだという。

 ……そりゃまぁ、なんか出るわけである。だって、使われなくなった廃線を再利用してるんでしょ?

 人が長い間寄り付かなくなっていたところだというのなら、なにか良くない気が集まっていてもおかしくはない。

 その結果として、『幽霊列車』というものが現れたというのなら、一応の話の筋は通るわけである。

 

 

「そういえば、他の車両の車掌さんが気味悪がってたー、とかなんとか言ってたけど、それは?噂のカーブが廃線の方にあるって言うなら、そうそう話題になるものでもないと思うんだけど……?」

 

 

 ただ、廃線側で目撃情報があったのだとするのなら、この列車内の乗客達に、それなりに噂が広がっている……というのもおかしな話である。

 

 なにせ、今回私達が乗っているのはバレンタイン限定の車両。かつ、廃線を利用した特殊な運行形式のものである。

 そもそもにこの列車以外の列車が、同じ道を通ることがあるのか?……という疑問が生まれてしまうため、噂の信憑性に疑問符が付随してしまうわけなのだが……。

 

 

「それについては簡単さ、バレンタイン以外にもクリスマスに花見観光、紅葉に夏の避暑地巡り……今回限定の路線というわけではなく、他のイベントの時にも名前を変えて運行してるんだよ、線路全体の維持費の問題からしても、たった一度のイベントで運営費を賄えるわけがないのだからね」

「なんと」

 

 

 そこに関しては、他の季節のイベントでも、名前を変えて同じ列車が運行しているから……という説明が付いたことで氷解した。

 ……まぁ、言われてみれば確かに。

 複数の廃線が利用できるとポジティブに認識したものの、鉄道会社がそれらの線路を廃線にしたのは。

 老朽化の問題もあるだろうが、一番はそのまま運行を続けても採算が取れない場所だったから、というところにあるだろう。

 安く買い付けたのだとしても、運用を間違えれば維持費は嵩むばかり。それなら他の季節のイベントでも、順路を変えて新たな路線として活用するのが、一番の活用法だと言えるはずだ。

 

 ──つまり、それらの別の機会(イベント)に同じ路線に乗り、そこで『幽霊列車』にすれ違ったという経験が、結果として今の噂の形成に繋がった……ということになるのだろう。

 それならば、路線そのものに纏わる噂話、と刑事さんが言ったことにも一応の説明がつく。……のだが。

 

 

「それじゃあ、他の乗客達はなんで『この先のカーブでの噂』しか知らなかったんだろう……?」

「ふむ。単純に思い付く理由としては、この列車か噂そのものに、認識阻害の魔術や妖術などが施されている……というパターンかな?」

 

 

 そうなってくると、昨日の情報収集の際に、他の乗客達がカーブ以外の噂に付いて、一切言及しなかったことが気になってくる。

 特にオカ研の人々がなにも言わなかった、というのが気になる。

 好奇心や探求心から来る高揚で目が曇っている(超失礼)な彼等が、他の噂に付いて匂わせすらしない……というのは、逆に奇っ怪なわけで。

 

 そんな思いから私が溢した言葉には、魔術師としての見地からライネスが一つの考えを述べてくる。

 確かに、乗客達がみんなで示し合わせている……というわけでもない限り、なにかしらの認識阻害をされている、という風に見るのが、少なくとも私達に取っては普通だろう。

 ()()()()()()()()()と知っている以上、そしてこれがオカルト関係の話である以上、その可能性を疑うのは間違いではないはず。

 ただ、それはそれで疑問が残る。

 

 

「外から来た刑事さんが、普通に噂に付いて知ってたあたり、影響範囲が狭すぎるというか……」

「確かに。列車内だけ阻害されているのだとしても、少なくとも私達は後から知ることができた……すなわち、認識阻害が仮に機能しているのだとしても、あくまで初期に知っている噂の量、についてしか縛っていないということになる」

「ふーむ……?」

 

 

 調べればすぐにわかるという点からしても、阻害するにしてはどうにも片手落ち感が酷いのである。

 まるで、後から知ることに問題はなく、あくまでカーブの噂から、もっと言えば()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような……。

 そっちの案を採用するのなら、噂を流した相手は阻害しているのではなく、知る順番を誘導しているということになるが、それもそれで理由がよくわからない。……百物語の再現でもしているとか?*2

 

 

「それっていわゆる夏のイベントってやつだろう?……というか、それもツアープランに実在しているよ、ほら」

「……ホントだ、じゃあ違うかな……」

 

 

 なお、その呟きはバソが提示したチラシによって、即座に否定される。……夏の暑い頃、そのものバッチリ『百物語』をテーマにしたツアーが、普通に企画されていたからだ。

 仮に『百物語』に関連する話なのだとすれば、普通に夏にやった方が成功率は上がるだろう、再現度的にも。

 

 とまぁ、話はふりだしに戻ってくるわけで。

 

 

「……とりあえず、午後からはまた他の乗客に話を聞いてみる?カーブ以外の噂話についても添えて」

「それで反応が以前と変わらなければ、何者かの介入があるってことで」

「逆に反応が変われば、記憶になにかしらのロックが掛かっているということになるわけか」

「後者に関しては、私達にも掛かってた可能性がでてくるけどね……」

 

 

 とりあえず、また聞き込みをしてみることとなった。

 もしかしたら、以前とは違う反応が返ってくるかもしれない。……また同じ反応が返ってくるかもしれない。

 どちらにせよ、考察材料にはなる。そう結論付けて、私達は席を立った。

 

 ……なお、銀ちゃんは途中から寝ていたので、両隣から二人にハリセンでぶっ叩かれていた。

 

 

 

 

 

 

 そうして、食堂車から部屋に戻る途中。

 ホームに市内観光から戻ってくる最中の、他の乗客達の姿を見ることができた。……のだが、なんだかその人数が多いような気が?

 

 

「ああ、途中から乗車してくる人も、少なからず居るようだよ。その逆に、途中で下車する人も居るようだ」

「一応ツアーなのに?」

「まぁ日程が長いわりに、船の上のように常に擬似的な密室、というわけでもないからね。……いやまぁ、船の上もずっと離れられない場所、というわけでもないのだが」

「ふーん……」

 

 

 横合いからバソが言うには、このツアーは途中参加も途中離脱も認められている、らしい。

 無論、事前に届け出る必要はあるものの、途中参加及び途中離脱の場合、掛かる費用は『自身が乗った区間』のみになるのだという。

 そのため、ちょっとした記念に乗ってみる……という人も多いのだとか。また、その形式のために乗車料金などは、降りた時に纏めて徴収する形になっているらしい。

 基本的に事前予約かつ事前支払いが殆どの列車にしては、珍しい運営形態である。*3

 

 そんな話をしながら、新たに乗り込んでくる客達の姿を眺める私達。

 その中で、一人の人物が視界に入った途端、

 

 

「ぶふっ!!?」

「わっ!?せせせ、せんぱい大丈夫ですか!?」

 

 

 私は思わず大きくむせてしまっていた。

 突然咳き込み始めた私に、マシュが慌てて背中を擦ってくれるが、こちらとしてはそれどころではない。

 

 私が視界に入れたモノ。

 それは──堂◯剛に似ているような、はたまた松◯潤や亀◯和也、山◯涼介にも似ているような絶妙なイケメン。

 IQが百八十ありそうな、彼の名は……!

 

 

「……この列車、谷底に落ちるかも」

「はははは。……帰りたくなってきた」

 

 

 ──金田一一(きんだいちはじめ)

 現代に名高い名探偵の一人、それによく似た人物を見付けてしまった私は、隣のバソと乾いた笑みを交わし合うのだった。*4

 

 

*1
コストパフォーマンスとも。ある施策に対して費やした金額に対し、どれだけの効果を上げることができたのか、ということを示すもの。費用に対して効果が高い場合、『費用対効果が大きい』ということになる。利益を上げる際には気にしておくべきモノだが、これを気にしすぎると『無駄を削ぐ』事にのみ、意識が行きがちになるので注意が必要である

*2
日本の伝統的な怪談会の形式の一つ。集まった人員達で怪談話をしていき、それが百を迎えると新しい怪談話が生まれる……というもの。由来は不明だが、怪談話をして楽しむという文化そのものは、室町時代の時点で成立していたとか。なお、百物語の結果として生まれる怪異は、必ずしも人に害を与えるものだけではないらしい。なお、怪談話が夏の季語になっているのは、お盆の風習によるものでもあるが、同時に歌舞伎の夏の演目に『涼み芝居』というものがあり、そこで演じられていた物が幽霊に纏わるような『肝を冷やすもの』だったから……という説がある

*3
利用料金が大きくなりやすい業務形態の場合、『それを利用できる金額を最初から持ち合わせていますよ』という証明を含めて、『前払い』ないし『事前払い』になっているものが多いらしい。逆に発生する金額が安い場合は、サービスを受けた後に払う『後払い』になることが多いのだとか。まぁ、サッと利用してサッと退出する──すなわち退出時の支払いに時間を取られたくない場合に、『前払い』や『事前払い』が選択されることも多いようだが

*4
実写版『金田一少年の事件簿』および外伝である『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』での描写より。金田一一の知能指数は180である。また、実写版は何度か撮影されており、その度に主演が変わっている。そこから外伝である『犯人たちの事件簿』において、金田一の容姿を見たとある犯人が、彼の見た目を『形容しがたいイケメン』と表現したネタ



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龍虎相打つ?

「もうダメだ、おしまいだ……こんなのどうしようもない、奴は伝説の名探偵(死神)なんだど~!!」*1

「お、落ち着いてくださいせんぱい!まだきっと、まだきっとなんとかなります!」

「ははははー、俺はもうダメだと思うー」

「コナン君しっかりして!?」

 

 

 慌てて部屋に戻った私達は、しっかりと部屋の施錠をしたのちに、各々が思い思いに意気消沈していた。

 

 膝から崩れ落ちる者・もうダメだと嘆く者・他の皆に声を掛けてどうにか立ち直らせようとするも、内心では多分ダメだろうなと諦める者。

 反応はそれぞれだが、言いたいことは共通している。……要するに、この列車はもうダメだということだ。

 

 彼が単なる他人の空似であるのならば、まだどうにかなるだろう。だが、例えば琥珀さん達のような……のちに『彼』を迎え入れることが決定しているようなタイプだったり、はたまた実際に『彼』本人だった場合、私達に待っているのは確実な破滅である。

 

 知っているだろうか?かつて、そこにいる子供姿の名探偵(コナン君)と、名探偵の孫である名探偵(金田一少年)がコラボしたゲームが、存在していたということを。

 知っているだろうか?そのゲームでは、作中においておよそ三十人ほどの死者がでたことを。*2

 

 爆発炎上なんのその、怪盗・マフィアに突拍子もない犯人。とかく事件のバリエーションに事欠かないコナン君と。

 身内バリアも関係無し、死ぬときゃ死ぬとばかりにバサバサ人が死んでいく金田一少年。

 この二人の探偵が揃った時、私達にできるのは、ただ巻き込まれないように祈ること……だけなのである。*3

 

 ……え?そいつらから逃げるんじゃダメなのか、ですって?

 はっはっはっ、遠景で爆破されるビルとかタワーに巻き込まれる可能性を思えば、単に逃げただけじゃなんともならんのは自明の理なのですよ(白目)

 爆発などによって広域に被害をもたらすコナン君と、身内だから安心なんて油断を狩り取る金田一少年の組み合わせは、遠近両方に対応しているため逃げ場などないのです……つまり、少年よ、これが絶望だ。*4

 

 下手すりゃ地球の反対側に居たとしても、事件の導入のためにあぼーん*5する可能性があるというのだから、正直対処法と言ったら二人を同じ空間に揃えないこと……くらいしかないのである。

 

 

「なのになんで、よりによって向こうから列車に乗り込んでくるのですか……っ」

 

 

 なおお察しの通り、現在私達が居るのは列車の中。

 ……走る密室、逃げ場はどこにもなし。迫る両雄、迫る列車崩壊の危機。

 たった一つの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人。その名は、名探偵コナン!

 

 

「せんぱい!現実逃避をしている場合ではありません!とりあえず降りましょう!早急に、大至急!」

「恋はスリリング・ショッキング・サスペンス……」

「せんぱい!?J◯SRACに配慮とかしてなくて良いですからせんぱい!?」*6

 

 

 マシュに両肩を捕まれ前後に揺すられるが、正直どうにでもなーれーとしか言えねー。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、一通り嘆き尽くしたところで、対策を練ろう」

「あ、あれ?」

「どうしたのマシュ?」

「え、いや、あの、さっきまでの混乱は……?」

「いいかいマシュ、こういうのは切り替えが大事なんだぞ」

「あ、はい。そういえば私達は、そういう感じの集まりでしたね……」

 

 

 一通り絶望したあと、ピタッとそれを止めて居住まいを正す私達。

 マシュだけちょっとさっきの混乱が尾を引いていたが、すぐに気を取り直していた。……そうそう、立ち直りの速さが私達の取り柄なのです。

 

 ともあれ、状況はあまり芳しくない……ということは変わらない。

 ライネスもポジション的には探偵を名乗っていたが、彼女の出身作的には彼女の義理の兄の方が、探偵役として相応しいだろう。

 なので、()()()()()()()()()()()()というごまかしも効かないわけで。

 

 

「……えっと、何故この場でごまかしの話が出てくるのでしょうか?」

「場のこじつけ、という奴だよマシュ」

「は、はい?こじつけ?」

 

 

 その会話の内容に、マシュが首を傾げていたため、ライネスからの補足が入る。

 

 そもそもの話、『探偵が二人揃ったら不味い』というのは、私達が『創作物が現実に出てきている存在(なりきり)』であるから。

 言ってしまえば私達それぞれが、現実の法則を()()()()()()()()を持っているからこそ、不用意に変なフラグを踏むな……という話になるわけで。

 逆に言うと、予め穏当なフラグを踏んで、再現の芽を摘んでおけば、不要なトラブルは起きないかも知れない……というわけでもある。

 

 今回の場合、『本来交わらないはずの探偵が二人揃う』という状況が、お互いの作風──コナン君側であれば、(端から見ている分には)エンタメ性の高い事件が起きやすいとか。

 金田一少年側であれば、(トリックが力業であることを除けば)割りと現実味のある事件が多い(ので創作物的な登場人物の保護が働かない)だとか。

 

 そういう、互いの作品においての『お約束』が、本来交わらないはずのものなのにも関わらず、同じ画面に写ってしまうことにより、その空間内において両方の『お約束』が適用されてしまう……という、ある種の地獄を産み出してしまう可能性こそが問題なわけである。

 

 だから──例えば『異世界かるてっと』*7のように、互いの作品の『お約束』は一時棚上げにして、あくまでその舞台のために新たに用意された『お約束』に従って現在は動いていますよ、という風に状況を操作できれば、例え二人の探偵が揃おうとも殺人事件の幕は上がらないはず……という理論が成り立つわけだ。

 

 

「な、なるほど?筋は通っているような、通っていないような……?」

「雑に言ってしまえば、この空間内の()()に対して【継ぎ接ぎ】をしようとしている、という風にも言えるだろうね。……いやまぁ、実際に【継ぎ接ぎ】が発生するというわけではないけども」

 

 

 こちらの説明に、小さく首を傾げつつも納得を見せるマシュ。

 続くライネスの解説により、よりその理解は深まっていく。

 

 そう、そういう世界観ですよ、と予め【継ぎ接ぎ】できるのであれば、さっきまでの問題は全て杞憂と化していたはず、だったのである。

 ……まぁ実際には、ライネスの探偵という肩書きは、あくまでも『自称』という前置きが付くもの。

 現状の打破には繋がらないだろう、と結論付けられた……というわけなのだが。

 

 なので、対処法としては別の方向に持っていくしかない、ということになる。

 

 

「コナン君がコナン君らしくなるのを出来得る限り阻止するのは大前提として……」

「問題はあっち、金田一の方か……」

 

 

 コナン君については、彼が探偵っぽいことをなるべく避けるようにして、再現度の上昇を少しでも遅らせる……というのがベストだろう。

 どこまでその遅延策が持つものか、正直疑問視しないでもないが、やらないよりはやるべきということで、以降の聞き込みなどもコナン君は外して行う……ということが決定した。

 それと、そうは言っても巻き込まれる可能性は零ではないので、そこの対処のために基本私が付いて回る……ということも一緒に決定。

 

 本当なら蘭さんと一緒に回って頂きたいところなのだけれど、コナンワールド的な属性からすると、蘭さんは事件を()()()()()()()ことには向いていない。事件が起きたあとに、力ずくで解決するのは得意だけども。

 コナン君にそもそも()()()()()()()()()という点においては、現状私以上の適任者が居ないので仕方ない処置、というわけである。……ゆかりんには後で二人のために、食事の予約でも入れて貰おう。

 

 とまぁ、こちらの問題に関してはそんな感じで、もう一方の金田一少年の対策について、なのだが……。

 とりあえずやらなければいけないことは、彼が本当に『金田一少年なのか』の確認だろう。

 

 

「見た目のせいで半ば盲目的に確信しちゃってたけど……一応、他人の空似の可能性は残ってるわけで」

「こちらの思い過ごしなら、問題はない。けれど、もし本当に『兆し』だったり、罷り間違って『逆憑依』だったりしたら……」

「警戒態勢は更に強化、最悪の場合無理にでもこの列車を止めて、他の乗客達を逃がす……」

「別に決戦が始まるわけでもないのに、随分と大袈裟な対応しかできないのだね?」

「相手と戦うんじゃなくて、相手の背負う空気と戦う形だからね……ある意味では世界との戦いみたいなもんだから、余計な負担は減らしときたいってわけよ」

「……違いない」

 

 

 あれこれと語ったものの、相手が単なるそっくりさんだったら、私達の心配は無意味なものになる。

 ……個人的には無意味になってほしいものだが、可能性としては五分五分だろう。寧ろ、今ここに『逆憑依』組が複数居る時点で、どちらかと言えば悪い可能性に傾いていると思っておく方がいいはずだ。

 

 なので、これからの私達の行動方針を定めるためにも、ここはあの金田一少年(仮)が、果たしてどういった人物なのかを確かめなければなるまい。

 ……流石に近付いただけで事件が起きたりはしないだろうが、一応安定を取ってなにが起きても対応できる私と、幼女(姿)が一人だけでうろちょろしているのも変なフラグが立ちそうなので、保護者役としてバソも同行することとなった。

 

 

「では、大船に乗ったつもりで任せてくれたまえマシュ。君のせんぱいには、傷一つ付けさせやしないさ」

「いえその……バーソロミューさんがなにか騒動を起こさないかの方が、心配だと言いますか……」

「ははは、ちょっと傷付くなぁ……」

「諦めたまえ、日頃の行動の結果という奴だ」

 

 

 コナン君の警護を頼みつつ、後ろ手に戸を閉める。

 ふと見上げたバソは、なんとも落ち着いた表情を浮かべていた、正に余裕綽々といった風情である。

 ……が、その右手を見ると、じんわりと汗が滲んでいるのがわかる。

 

 まぁ、気持ちはわからないでもない。

 仮に彼が本当に金田一少年であった場合、その周囲は『探偵もののお約束』という法則によって、通常の現実とは些か違うモノになっている可能性があるからだ。

 その場合、海賊である彼がどんな目に遭うのか、想像すら困難である。

 その恐怖を押してまで、彼は同行を願い出てくれたのだ。……メカクレするのも吝かではあるまい。

 

 

「はは、それはどうも。ともあれ、彼が居るのは恐らく食堂車だろう。客室に案内されるまで、途中乗車した者はそこに集められるようになっているらしいからね」

「なるほど。んじゃま、気を引き締めて行きますか」

 

 

 そうして、気を引き締めて直した私達は。

 

 

「へぇー、観光を、一人で?そりゃまた楽しそうな……」

「そういうお主も一人旅であろう?まぁ、ここであったのもなにかの縁。気軽に頼るとよいぞ。わし、お主より歳上じゃからな」

「またまたぁ~」

 

「……なにあれ」

 

 

 食堂車で同席になった少女と駄弁る金田一少年、という光景を見ることになるのだった。

 

 

*1
いわゆる一つの因果の逆転。探偵の行くところ事件あり、ならば事件あるところ探偵の影あり。探偵という存在そのものが、事件を引き寄せているのだとすれば。まさしく、探偵とは死神と等価ではないか……とする考え方

*2
ニンテンドーDS専用ソフト『名探偵コナン&金田一少年の事件簿 めぐりあう2人の名探偵』のこと。元々は『週刊少年サンデー』および『週刊少年マガジン』の創刊50周年を祝う為に生まれた作品の一つ。とある孤島を舞台にした物語であり、彼等が事件に関わる以前の死者も含めると、おおよそ三十人の死者がでていることになる、わりと意味不明な事件(彼等が来てから発生した死者は9~14人)。因みにシナリオライターは『ダンガンロンパ』シリーズの産みの親、小高 和剛氏である

*3
金田一側は、知り合い・友人が犯人というパターンが多く、その為彼のもっとも身近な存在である深雪以外には、ある意味で常に死亡フラグが立ち続けている形になる。また、コナン側は映画などで容赦なく建物が爆☆発させられる為、被害が尋常ではない。グラブルコラボのように、オカルトやファンタジー関連に踏み込むこともある

*4
『遊☆戯☆王5D's』より、アポリアの台詞。因みに141話『絶望のデュエル!機動要塞フォルテシモ!』での発言。なお、この話は年末のものであった為、視聴者(デュエリスト)達は年の瀬に絶望させられる羽目になったとかなんとか

*5
(a bone)』もしくは漫画『稲中卓球部』での描写からくる言葉。特定の掲示板でレスが削除された時に表示される言葉。そこから、遠回しに『消された(死んだ)』ということを示すのに使われたりするようになった

*6
前者は愛内里菜氏の楽曲『恋はスリル、ショック、サスペンス』の歌詞より。コナン君がパラパラを無表情で踊る時の楽曲……と言って、最近の人はわかるのだろうか……?後者は日本音楽著作権協会のこと。楽曲の無断使用を防ぐ為の協会であり、昔は歌詞を迂闊に書くと『JASRACのものですが』等といった形で、著作権使用料を払うように言われたり、投稿を削除するように迫られたりしていた。現在では、ハーメルンなどの認可サイトであれば、予め作品コードを掲載することで歌詞を文中に使うことができるようになった(限度はあるが)。その辺りが曖昧だった時代は、歌詞の引用はしていないという体で、伏せ字にしたりすることで記載していた人も居たようだが。なお、替え歌は意外と著作権的に厳しいらしいので、歌う場合は注意が必要である。……引用自体も、どこからが引用かとかが難しいらしいので、迷ったら(少なくともハーメルンでは)作品コードを記載しておくのがよいだろう

*7
ラノベ出版時、ないしアニメ化の際にKADOKAWAが関わっている四作品『オーバーロード』『この素晴らしい世界に祝福を!』『Re:ゼロから始める異世界生活』『幼女戦記』のキャラクター達が、プチキャラになってクロスオーバーするアニメ。こういうクロスオーバーのアニメというのは珍しい為、非常に話題になった。各作品の世界観はとりあえず棚上げにしている為、キャラによっては本編より幸せそうなことも。なお、のちに更に作品を追加(『盾の勇者の成り上がり』)して二期が放送、更に映画化も決まっていたりする



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問題は積み上がっていくもの

「……バソ、あれ金田一君だよね?間違いないよね?」

「ああ、彼がついさっき新しくこの列車に乗車した人物、ということは間違いないだろう。……だが、あちらの少女は……」

 

 

 食堂車の入り口近くの壁に体を隠して、こそこそと中を窺う私達。

 

 平川さんの代わりのパティシエも配置し直されたその場所では、ちょうどお昼前の時間ということもあり、少しずつ賑わいが溢れ始めていたが。

 件の人物……金田一(なにがし)の周りだけは、いっそ奇妙なほどに人の波が少なくなっていたのだった。

 ……いや、その理由は彼ではなく、その彼の連れ──話を聞く限り、たまたま相席になっただけと思わしい少女の方にあるわけなのだが。

 

 彼の相席となったその少女の見た目は、あまりにも可憐で。身に纏う服もまた、キラキラと輝く可愛らしいもので。

 鮮やかな銀髪を棚引かせ微笑むその姿は、男女の区別なく、誰しもの視線を釘付けにする……のにも関わらず。

 

 

「うぅむ甘い!もう一杯!」*1

「……いや、飲み過ぎじゃないかお嬢さん。そういうの、後に引くぜ?」

「ふははは、甘いものは別腹じゃよ別腹!アップル・オ・レやストロベリー・オ・レなどがないのは業腹(マイナス)じゃが、このラ・フランスのドリンクも中々美味よな!」

……子供舌ー

「なにか言うたかの?」

「いや、なにもー?」

 

 

 彼女の口から飛び出すのは、老人のような言葉遣い。

 不思議と似合っているが、周囲に困惑を与えるのも確かな話で。

 ……というか、あれだよね。これ、ちょっと前に話題になってた噂『一人称が儂の美少女(爺さん口調のロリっ子)』だよね?

 

 こちらの困惑を他所に、少女はドリンクバーから注いできたラ・フランスのドリンクに口を付けては、美味い美味いと声をあげており、それを間近で見ている金田一(仮)は、微妙に呆れたような視線を彼女に向けていた。

 

 ……うん。これは……ネタ空間じゃな?

 

 

「君まで老人口調にならずともいいだろうに……」

「いや、私のこれはネタだし、あっちみたく普段使いしてるわけじゃないし……ともあれ、こうなると声を掛けたり近付いたりもし辛いなぁ」

「……ん?なんでだい?別に普通に近付いて、堂々と話し掛ければいいのでは?」

 

 

 思わず溢れた私の言葉に、バソが微妙な声をあげるが、視線の先の銀髪美少女と違い、私の爺口調はあくまでネタの範疇。

 それによって食っている(が持ちネタって)わけでもないので、突っ込まれても困るのである。……みたいなことを返しつつ、現状の膠着状態を嘆く。

 バソは現状が膠着状態であることがわからず、困惑の声をあげたが……よく考えて頂きたい。

 

 今のあの二人は、片方が超絶美少女(わしかわ)であるため、周囲からの視線が集まっている。

 必然、あの二人に話し掛けようとすると、周囲の視線を私達も集めてしまうわけである。

 

 ……いやまぁ、それだけならまだマシなのだが。

 そうして目立った結果、ここから離れない限りは周囲の人が私達の話に聞き耳を立てにくる……ということになるのは、ほぼ間違いないわけで。

 そうなると聞きたいことの半分も聞けない上に、仮にどこかに移動して……という話になってしまうと、今度は金田一(仮)とコナン君が遭遇してしまう可能性の方が高まってしまう。

 周囲に聞き耳を立てられないように、ということを気にする場合、どうしても客室に移動するしかないからだ。……よもや、列車の上に飛び出すわけにもいくまい。

 

 現在列車は、次の目的地に向けて運行中。

 件のカーブはその駅の次に見えるというので、時間的余裕もそう多いわけでもない。

 だからといって、この場所から迂闊に近付くのも宜しくない。

 あの美少女が予想通りの人物であるのならば、至近距離に近付き過ぎると警戒される恐れがあるからだ。

 

 

「……ふむ?その言いぶりだと、君は彼女の正体を知っていると?」

「まぁ、銀髪美少女って情報だけだと、ちょっと判別が難しいけど。流石にあの一人称に該当する人物は限られてくるからね。……だからこそ、下手に近付くと警戒されると思うんだよね、普通に気配とか探れるタイプのキャラだから、彼女」

「ふぅむ?……む?いや、()()()()()()()ことがバレるのが不味いのかね?単に近付くだけなのに?」

「良くない良くない。だって、相手はファンタジー世界の住人だよ?私達みたいな怪しいのが近付いて行って、最初から友好的に話が進むはずなんてナイナイ」*2

「……それはそれで偏見だと思うのだが。まぁ、周囲から好奇の視線が向く状況下では、下手に不穏な空気を滲ませるのは得策ではない……というのも道理ではある、か」

 

 

 あれこれと述べたものの、()一番の問題なのは現在地だろう。

 

 食堂車がお昼時(書き入れ時)*3に差し掛かって人の往来が増えている以上、そこで目立っている相手に話し掛ければ、その会話の内容は自ずと周囲の注目を引いてしまう。

 相手の経歴やら内面やらを探ろうとしているこの状況において、そういった周囲の視線が気になるような状態と言うのは、相手が素直に喋る可能性を削るモノでしかない。

 

 なので、二人には早急に食事を終えて、外に出て来て欲しいわけなのだが……。

 

 

「これ、そこのシェフよ。このラ・フランスのドリンクは、客車に持ち帰りとかは出来んのかのぅ?」

「はい?……ああ、客室での飲料用に、ということですね。そうですね……食堂車の外に車内購買がございますので、そちらに恐らく取り揃えておりますかと」

「ほほぅ!それはそれは……ところで、そこにはアップル・オ・レなんかは、置いていないのかのぅ?」

「んー……どうでしょうか……。色々と取り揃えているはずですが、生憎向こうの品揃えについてまではちょっと……」

「ふぅむ……まぁ、シェフと売店では管轄が違うのも道理か。うむ、時間を取らせて済まなかったのぅ」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 

 近くを通り掛かったシェフに、何事かを聞いている銀髪美少女。

 生憎とここからではなにを話しているのかは聞き取れないが、外に出てくるかどうかはよくわからな……殺気!

 

 

「おっぶぇ!?いきなりなにを……」

しーっ!なんか知らんけど突然こっちを見てきたから隠れて!

「なぬっ……り、了解

 

(売店は外にある、などと言うておったのぅ。……ここからでは見えぬが、こやつが食い終わったら覗いてみるかの。……それにしてもこやつ……なんともえげつのない運命を背負っておるのぅ。興味半分で覗くんじゃなかったわい)

「……そんなに見詰められると、流石に照れるんだけど」

「おおっと、あい済まぬ。他人を不躾に眺めるのは、些か礼を欠く行為じゃったの。……とはいえ、美少女に見詰められるというのは役得じゃろう?」

「ははは、お嬢さんは確かに見た目は美少女だけど、不思議と嬉しくはないかなー」

「はっはっはっ、失礼なやつめ」

 

 

 突然こちらに視線が飛んできたため、慌ててバソの頭をひっ掴んで壁の内側に引っ込めさせる私と、それによって髪を引っ張られたために、若干痛そうな顔をしたバソ。……一応、小さく謝罪を入れておく。

 ともあれ、幸いにしてこちらに気付かれたりはしていないようだが。突然の彼女の行動には、思わず肝を潰しそうになった感じである。

 

 そーっ、と壁から顔を覗かせて再度確認すると、彼女は変わらず金田一(仮)と楽しげに話を続けていた。……席を立ちそうには思えない。

 

 

「……ぬぅ、こういう時BBちゃんが居てくれれば……」

「無い物ねだり、という奴だね。……というか、こうして隠れている時点で、随分と衆目を集めているような気がするのだが……」

「ぬ、それもそうか。……んー、気は進まないんだけど、近付くしかないかぁ」

 

 

 思い通りに行かない状況に、思わず歯噛みする私だが、バソからの言葉によって、漸く周囲から見詰められていることに気が付いた。

 

 場所が場所だけに、向こうに気付かれるような事態には陥っていないが……このままここに留まり続けるのであれば、向こうにバレるのも時間の問題だろう。

 なにせ、時折食堂車に入っていく人々が、こっちを見て立ち止まるのである。

 

 ……向こうの銀髪美少女ばかり槍玉にあげていたが、そもそも私も絶世の美少女(自画自賛)、衆目を引くのは向こうと同じ。

 ついでに言えば、横のバソも浅黒の美丈夫。

 金田一(仮)も美形だが、それを上回る美形である彼が私の横に居るというのは、周囲からの視線を余計に集める理由としては上々……というわけで。

 要するに、ここで留まれば留まるだけ、こちらの思惑の外で相手に見つかる可能性が増える……というわけなのである。

 

 そうなると、いっそこちらから相手に近付いてしまう方が、遥かに話を進めやすい、ということになるのだが……個人的には、私が彼女に顔を見せるのは躊躇われるので、あまり取りたくない選択肢だったりする。

 

 とはいえ、最早それ以外に選択肢がないのも事実。

 良くないことが起きそうな予感はあるけれど、そのあたりを向こうが感付いてくれる可能性に賭け、意を決して壁から離れる私。

 

 

「……いや、待ちたまえレディ。先ほどから君は、一体なにを警戒しているのかね?……って、ちょっと?」

 

 

 そんな私の背に声を掛けながら、慌ててこちらを追ってくるバソ。

 けど、彼に構っている余裕はない。

 正直こちらは心臓バクバクなのである、()()()()()()この時点で、列車が真っ二つになることが確定するのだから。

 内心の震えを外に出さないように注意しつつ、努めて友好的な笑みを浮かべながら、件の二人のテーブルに近付いていく。

 

 ……さて、ではここで。

 私が一体なにに対して、一番頭を悩ませていたのか……ということを開示しよう。

 それは、私の──キルフィッシュ・アーティレイヤーに定められた()()が関係していた。

 

 実際の中身がどうであれ、キーアという存在に付与されている設定は、私が『魔王』──すなわち()()の一種であることを示している。

 魔族、それは大半の作品において、人類種の敵対者として定められている種族。

 作品によっては、単なる一種族として扱われていることもあるが。……基本的には、世界から悪役として定められているモノだと言える。

 

 さて、目前の銀髪美少女。

 私の推測に間違いがなければ、彼女の出身世界においても、他のファンタジー作品群の例に漏れず、魔族は人類の敵対者として設定されていたはずだ。

 ……作中においては一応絶滅している、みたいな話があったような気がするが、時折ふらりと現れては、強力な敵として彼女らと対峙していたはずなので、あんまり信憑性はないだろう。

 

 一応彼女の能力的に、単に『生体感知』するだけでは、相手の種族まで調べることはできないはずだが。

 ……そもそもの話。その手の作品に共通の()()()()()()()()的なモノは持ち合わせているはずなので、それで目の前の相手を調べられてしまうと、こちらの情報はすぐに判明してしまう。*4

 

 彼女の持っている解析系のスキルが、どのくらいの深度までの情報を得られるものなのかはわからないが。

 仮に相手の所属や、原作なども調べられるようになっていた場合。

 ()()()()()()()()()()()()()()()が相手だったと知れば、不用意な敵対行動を取る確率は減るはずだ……と言えるだろう。

 例えば出身が『魔界戦記ディスガイア』で、名前が『ロザリンド』だった場合、とりあえず迂闊に殴り掛かるような真似は控えるはずだ。……彼女の出自を知っているのなら特に。*5

 そうでなくとも、創作のキャラクターが現実になっているのであれば、おおよそ自身と同じ存在(なりきり)であると悟って、先ずは対話から……という心境になるのが普通である。

 

 ──さて、そこまで語ってからのクイズです。

 

 目の前に突然現れた、ピンクブロンドの謎の少女(私ことキーア)

 その常人離れした容姿を見て、思わず()()()()手癖で相手を解析したところ。

 そうして得られた目の前の少女の種族は、まさかの魔王・すなわち人類の敵対者の極みであるという事実。

 思わずギョッとして、そのまま相手がなんの作品出身かまでを確かめたところ、解析結果に踊るのは『オリジナル』の五文字。

 

 ……『逆憑依』という現象において、『オリジナル』という区分が与えられるのは(キーア)だけ。

 他は半分オリジナルみたいな【顕象】組であったとしても、大本の作品名が記されるはずである。

 ゆえに、『オリジナル』という区分が存在すること自体、彼女は()()()()()()()()()()、ということになるわけで。

 というか、下手すると他の一般人も彼女の解析では『オリジナル(現実)』に区分される*6、なんていうややこしい仕様になっている可能性も否定できないわけで。

 

 つまり。

 今目の前にいる少女(キーア)は、この現実に現れて色々な事態を裏から操っている黒幕であり。

 自身の前に姿を現したのは、自分を抹殺するため……という風に()()()をしてもおかしくない、ということになる。

 

 ──以上、目の前で百面相をする銀髪美少女が、内心で思っていそうなことをアテレコ*7したわけなのですが。

 これ、正解カナー?不正解カナー?

 

 

「……逃げよ金田(かねだ)(はじめ)!ここはわしがなんとかするっ!!」

「えっ、ちょっ!?」

「【仙術歩法:縮地】!!」

「ワーッ!!*8やっぱりこうなったーっ!!」

 

 

 ──結果は大正解!

 滅茶苦茶深刻な表情を浮かべた銀髪美少女により、私は食堂車の天井をぶち破る形で、車外に連れ出されましたとさちくしょーめっ!!

 

 

*1
『キューサイ』の青汁のキャッチコピー『まずい、もう一杯!』より。1990年代に放送されたCMであり、この台詞を述べているのは元・プロ野球選手で現・俳優の八名信夫氏。最初のCM撮影の時、『本当にまずい』と彼が本音を口にしたところ、それが周囲にウケた為に採用された、という逸話がある。『良薬口に苦し』という言葉もある通り、基本的に健康の為の飲料である青汁には『まずい』というフレーズが似合っていた、ということもあるのかもしれない。なお、最近の青汁は普通に美味しいものが大半である

*2
初見で『ディテクトマジック』とか『開心術』とか掛けられる可能性がなくもないからね、とは某所の(キーア)さんの言。なお、いわゆる鑑定スキル系は魔法とかとは別枠なので、他所の世界の人物が弾くにはそれなりの準備が必要

*3
『書き入れ時』とは、商売が軌道に乗りに乗って、最も利益が出る時の事。帳簿に()()()()()のが忙しくなる(=売上が多くなる)時、の意味。()き入れ時は間違い

*4
わりとぽんぽん使ってくる者が多いが、鑑定系スキルは大概チートである。普通、どんなものであれその子細を調べようとするのならば、相応の負担(お金や時間)というものが掛かる。それらを全て無視して、一瞬で全てを暴き立てる鑑定系スキル。……もし仮に現実で鑑定スキルを使えたとするのならば、それだけで一財を築く事ができるようなものだ……ということは覚えておくとよいと思われる

*5
『魔界戦記ディスガイア2』のヒロイン。……ヒロインだが、迂闊に追い詰めるのは良くない相手。少なくとも、ワールドエンド系の攻撃を防げるようになっておくこと、憑依耐性を限界まで上げておくことが、敵対する上での最低限の準備となるだろう。別に話の通じない相手でもないので、最初から敵対するのを避けるのが一番だと思うが。そういった感じに、『売らなくていい喧嘩を売る可能性』を下げるという意味では、相手の原作を知るというのは必要事項だと言えるだろう。……ハゲ頭のヒーロー(ハゲマント)相手に殴り掛かるような、命知らずのバカになりたくないのであれば、特に

*6
どちらも表示の上では『オリジナル』だが、前者は本当にオリジナル、後者は『現実である』ことの言い換えに過ぎない、というパターン

*7
映画やアニメなどの映像作品において、その映像に合わせて声を()()()こと。役者と声優が別である時に使われる。……のだが、最近は『アフレコ』(アフターレコーディング。出来上がった映像に()()()声を付ける行為。因みに先に音声を録ってから映像を撮る『プレスコ』ないし『プリレコ』というものもある)と呼ばれることの方が多いとか。『アフレコ』の中の一区分が『アテレコ』なので、ある意味仕方がないのだが

*8
『ちいかわ』でよく出る叫び声。似たようなタイトルの曲も存在する(トータス松本氏の『わーっ!』)



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これはお前が選んだ道(キャラ)だろ

「……なるほど、失念していた……!」

 

 

 突然けたたましい轟音が鳴り響いたかと思ったら、天井に穴が空いていることに気付き、彼女が何を警戒していたのかを、遅蒔きながらに理解する美丈夫──バーソロミュー・ロバーツ。

 

 予め上から話を聞いていたからこそ、自分達は彼女を()()()()受け入れていたが。

 そういうものが一切ない、在野の人間が彼女を見た時──それも、昨今の作品群に溢れる『解析系』の技能を標準装備している者達が彼女を見た時に、どういう反応をするのか。

 改めて思い起こせば、()()なる可能性は非常に高い……ということに気付けたはずだった。

 

 基本的に他者に頼み事をしない彼女が、そのまま一人で解決しようと動くのも予想できたことだった以上、これはある意味で彼の失態だとも言える。

 上司から()()()()()()()()()()、と言うことは予め聞いていたのだから尚更のことだ。

 

 とはいえ、今それを嘆いてもしょうがない。

 自身は今何をすべきか、それを思考する為に周囲をチラリと窺って。

 

 ──彼は、その異常に気が付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「よもや魔王とはのぅ!!わしも年貢の納め時*1かもしれんな!」

「ふふふふ話を聞いて欲しいんだけどー?」

「ともあれ、ただでは殺られぬぞ!貴様の目的、せめてそこまでは口を割って貰う!!」

「聞いてねー!!」

 

 

 ふへへへ……状況は最悪の一言、思わず笑うしかねぇ。

 

 こっちの種族がなまじ『魔王』などという、『魔族』として最高位に当たる種族なものだからか、彼女ってばこっちの話に一切聞く耳持たないでやんの。*2

 いやまぁね?私も出自不明(オリジナル)の魔王と相対するなんてことがあれば、向こうと似たような反応を取るとは思うんだけどさ!

 それにしたってなんというかこう、もうちっと取りつく島とかあってもいいんでないかな!?

 

 そうして嘆く間にも、あれこれと対話のルートを探すが、どうにも上手くいかない。

 相手が『逆憑依』であることが災いして、彼女の助言者である『精霊王』の加護が付いてきていないのも、事態を悪化させている要因だと言えた。*3

 

 シャナにとってのアラストールのように、特定のキャラに付随・ないし助言する別の存在というのは、再現の枠組みからは外れるらしく、同行しない(付いてこない)ことがほとんどである。

 仮に同行していたとしても、変則的な【継ぎ接ぎ】になるか【複合憑依】として纏められるかがほとんどであり、その場合は別の視点を持った別の存在としてではなく、あくまでも同じ人間に仲良く『逆憑依』した、ある意味での同一存在にしかなりえない。

 ……有り体に言えば、その両者の会話は単なる脳内会議以上のものになり得ないのである。

 

 ゆえに、一度なにかに対して悪感情を持ってしまうと、それらの人格同士が仲が悪いとかでもない限り、全ての人格が一様に対象への悪感情を持つことになり、それによって相手への印象が凝り固まってしまうのである。

 結果、少なくとも悪感情を持たれている側から、その悪感情を是正することはほぼ不可能……ということになってしまうのだ。

 

 そういう意味で、あくまでも彼女単体に敵対行動を取られている今の状況は、まだマシな方でもあるとも言えるのだが……。

 同時に、彼女が『精霊王』の加護を持ち合わせていた(の声が聞こえる状態だった)場合、こちらがそちら(精霊王)に働き掛けられる存在であることをアピールできれば、単なる『魔族』ではないことを示唆することにも繋がっていたはずなので、正直プラマイ0・寧ろマイナス寄りって感じの状況なのでありましたとさ。

 

 単なる魔の者が、善の極致たる『精霊王』に思念だけとはいえ、なんの準備もなしに触れられるはずがない。

 なので、それができる者であるという事実さえあれば、向こうの警戒を解くには十分な説得力を持っていたはず、だったのだが……まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがない。

 

 とはいえ、そこを思考から外したとして、状況は好転しない。

 なにせ相手は所属作品内でのトップクラスの存在(プレイヤー)、こちらも変に出し惜しみをしていると、うっかりピチュりかねない*4わけで。

 口調と見た目からするに、相手の再現度は高い部類だろう。

 旅好き*5の彼女に倣って列車に乗っている辺り、最早生粋のなりきりであることは疑いようがない。つまり……。

 

 

「出し惜しみは、無しじゃ!【召喚術:ホーリーナイト】!【召喚術:ダークナイト】!ついでにダメ押しの、【仙術奥義:開眼】【秘匿仙術:魔眼解禁】!!」*6

「ゲェーッ!!?」*7

 

 

 それ『精霊王』の加護無しだと、ほぼ全力みたいなもんじゃん!

 というこちらの嘆きが届いたかはわからないけど、向こうは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 彼女の戦闘スタイルは、【召喚術】スキルによる豊富な手札と数での圧倒、および迂闊に近接戦を挑む者に対しての、最高位に近い(扱いとしてはサブ職業)【仙術】スキルによる迎撃が基本である。

 

 この内彼女がもっとも得意とするのは【召喚術】だが、『逆憑依』という状況においては、そのスキルの練度(レベル)は下がっている……と見ておくのが良いだろう。

 何故かと言えば、召喚系の技能は基本的に()()()()()()()()()()()()()()()だからである。

 要するに、自分単体で済むはずの再現度の軛の外に飛び出してしまうため、呼び出したモノに意思が付随しない(なんらかの代替存在になってしまう)、などの欠陥が発生してしまうのである。

 

 

(ぬ、やはり反応が鈍いか。やはりナイト達には妨害役に撤して貰い、わしが攻めるしかないか)

 

 

 結果、原作のような高度な連携を取るのは難しくなっている、というわけである。……初っぱなから【仙術奥義】まで使ってるあたり、本体が攻めの起点を受け持つ気でいるのは間違いなさそうだ。

 

 ……ただまぁ、だからといってこちらが迂闊に迎撃するのも、うーん?

 ()()()()()()()()()()()()、下手に戦闘状態に縺れ込んでしまうのはアウト。

 最悪の場合、説明の(いとま)なく撤退されてしまう可能性があるため、できればどうにかして止めておきたいというのが本音。

 だがご覧の通り、こちらの言葉が届く可能性はほぼゼロ、どうにかしたいのであれば別の手段を講じる必要があるだろう。

 

 

(……ん、なんじゃ?難しい顔をして唸っておるが……もしや、こちらの戦力に怖じ気付いておるのか?……魔王が?)

 

 

 ぬ、ぬぐぐぐ……!

 背に、背に腹は代えられん……!*8ここは、こうするしかないんや……!!

 正直自分一人でどうにかしたかったところだけど、事此処に至っては最早達成不可能なのは一目瞭然!

 自身の不甲斐なさを胸に刻みつつ、現状一番最良であると思われる選択をする!

 そうそれは、右手の甲を相手に向けながら、天に翳すこと。

 

 

「(……この魔力の流れは)いかん!」

 

 

 こちらがなにかをしようとしていることに気が付いた少女が、慌てたように飛び込んでくるが──一手遅い!

 後ろに飛び退きながら、私はその言葉を告げる!

 

 

「──来い、シールダーッ!!」

 

 

 天に翳した右手に輝くは、赤い特徴的な紋様。

 ──令呪の機能の一部のみを再現したそれは、その機能……従者(サーヴァント)を自身の元に呼び寄せる役目を、見事果たし。

 

 

「──はぁっ!!」

「ぬぅっ!!?」

 

 

 私の首元数センチにまで伸びた、彼女からの攻撃の全てを、見事に弾き返し。

 振り切った盾を改めて自身の横に下ろしつつ、彼女はこちらに声を掛けてきた。

 

 

「ご無事ですか、せんぱい」

 

 

 ──そう、頼れる後輩(マシュ)のエントリーだ!*9

 

 

 

 

 

 

「うん、大丈夫。それと急に呼んでごめんね?」

「いえ、問題ありません。せんぱいの為ならば、例え火の中・水の中・草の中であっても、私は至急駆け付ける所存ですので」*10

「……頼もしいはずなんだけど、なーんか不安が残るなぁ」

「せんぱいっ!?」

 

 

 目の前の魔族──否、魔王が話す相手を見て、少女は驚愕の表情を浮かべていた。

 何故ならば、彼女が親しげに話す相手──見間違えでなければ清廉なる盾の騎士の後継、マシュ・キリエライトという人物は、()()()()()に現れるはずのない人物だったからだ。

 

 ()()()()()()()()()によれば、その少女はかの円卓の逸話においてもっとも高潔にして公正なる盾の騎士、その意思を受け継ぐ者であるという。

 故に、魔王などと言う邪悪の極みに対し、まるで親しきモノに話し掛けられたような態度を取る……という状況が、彼女に取っては意味不明の極み以外の、何物でもなかったのだ。

 

 故に──この意識の空白を以て漸く、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()

 己が巻き込まれたものが、一体なんであるのかを理解したのだ。

 そして、現状を正しく認識した彼女が一番始めにしたことがなんだったのか、と言うと。

 

 

「す、すすすすすまぬっ!!!」

 

 

 二人に向けての、盛大な土下座だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「え、ええっ!?どどどどうされたのですか!?なにかしてしまったでしょうか私!?」

「まぁ、攻撃を防いだねぇ」

「せんぱいっ!?いいいえ、それはその、せんぱいに傷を付けられてしまうような事態になってしまえば、私は自ら縛り首か切腹かを選ばなければいけないわけでですね?!」

「大袈裟ー。……いやまぁ、()()()()()()()()()のは流石なんだけど」

 

 

 突然こちらに土下座をして、そのまま微動だにしなくなった少女を見て、マシュが大慌てをしている。

 ……個人的には、彼女が盾使い(シールダー)であることに感謝頻りなのだけれど、ここで彼女にそれを言っても更に困惑するだけなのだろうから、今は口にしない。

 

 ……あのタイミングで、魔王である私がどういう対応を取っても、目の前の銀髪美少女の意思を固くする以外の結果には及ばなかっただろう。

 回避・防御・迎撃etc。そのどれを選択しても、こうして戦闘を止める……という結果には至らなかったはずだ。

 だからこそ、その意識の外──私と相手、そのどちらでもない人物の介入が必要だった、ということになるわけである。

 

 そして、その介入も誰でもいい、というわけではない。

 少しでも悪人属性を持っているものが割ってきたのならば、単純に魔王の仲間だと思われてしまうだけ。

 かといって聖人系の人を呼び寄せたとしても、それは戦闘を止める理由にはならない。

 ()()()()()()()()の聖職者は、魔なるモノの側に付いているのだ……という誤解を生むだけだからだ。

 

 ──だからこその、盾使い(シールダー)

 積極的に攻撃するのではなく、守りたいモノの為に動く彼女のあり方というのは、敵対者さえも積極的に傷付けるモノではない……ということを証明するものでもある。

 

 要するに、害意がないのだ。彼女のあり方というものには。

 だからこそ、彼女が守っているモノが、はたして単に邪悪なだけのモノなのか?という気付きを促すものとなり。

 それによって、目の前の少女の視界を塞いでいたベールは取り除かれた、というわけである。

 

 ──え?そのベールって一体なんなのか、ですって?

 

 

「よもや、この『知識』が本物だとは思わなんだ……」

「は、はい?知識?」

 

 

 それは、彼女の勘違い。

 ──自分は、転生したのだという思い違いこそが、彼女の視界を遮るベールだったのだよ、ワトソン君。

 

 

*1
基本的には悪人が自身の罪に対し、それに対する罰を年貢(いわゆる昔の税金)に見立て、それを払わなければならない……すなわち罪の清算をしなければならないと諦めた状況を指す言葉。翻って、何かしらの避けられない局面に差し掛かった事を示すのにも使われる。どうにかして逃れようとしても、年貢は必ず払わなければならなかったことから、罪に対しての罰の取り立てを天が行うと見立てたもの、とも言えるかもしれない

*2
一応、彼女の出身世界に『魔王』そのものが居るのかは不明。遥か昔に見たこともない魔物を引き連れた存在がいた、ということはわかっている

*3
作中暫くして彼女が受ける加護。繋ぐ力とも呼ばれるものであり、相反する存在を合体させたりすることができる。彼の加護を得たのは彼女が二人目であり、先代は英雄王とも呼ばれた傑物である

*4
『東方Project』の用語。同ゲームシリーズにて、弾に接触した(要するに死んだ)自機が発する特徴的な音から、その音をさせる=負けたというような意味で使われるようになったもの

*5
正確には好奇心が強い。自身の知らないモノに対しての探求心が強く、時には自身の羞恥すら忘れて学に励むこともある

*6
それぞれ彼女の持つスキル。【召喚術】は文字通り、自身の契約した存在を呼び寄せる術。呼び寄せるまで、呼ばれる相手は普通の生活を続けているようだ。ダークナイトは戦いの武具精霊、ホーリーナイトは守りの武具精霊。本来は下級の存在なのだが、彼女の扱うこの二機は上級レベルの強化が施されている。【仙術】スキルは、仙術と付く割りにはどちらかと言えば直接戦闘向きのスキルが多い。仙人は中国系の存在である為、そこから拳法的な要素が混ざったのではないかと思われる。【仙術奥義:開眼】は仙術の秘伝、真眼を開くもの。発動時には瞳が空よりも透き通った蒼に染まり、効果時間中は自身の全能力向上、かつ仙術スキルの強化が施される。【秘匿仙術:魔眼解禁】の方は、仙術スキルに含まれる『魔眼』系スキルの解禁用のもの。発動時には右の瞳が黒く・瞳孔は金に染まる。作中では大体【仙瞳術:痺命之魔視】の発動の前フリ

*7
『キン肉マン』において頻出する驚きを表す叫び声

*8
『背に腹は代えられない』。事態が逼迫している状況下においては、一番重要なモノを守るために、他のモノを犠牲にすることがやむを得ない状況もある、という言葉。不本意であっても、それ以外の選択肢が無いことを強調する意味もある。五臓六腑の収まる腹の部分は、背中と比べると重要度が段違いである。故に腹を斬られるということは、そのまま死に繋がるものであり、それ故に『本当はどちらも斬られたくないが、腹を守るために背を斬られることは仕方がない』というような言葉として成立した、らしい。その為、正確な由来は不明

*9
忍殺語の一つ『殺戮者のエントリーだ!』より。いわゆる合いの手

*10
『めざせポケモンマスター』の歌詞より。とにかくあちこち探し回る、という意味だが今だとあれこれ言われそうな表現が含まれているので、なんとなく不安が残る……というキーアの台詞に繋がる



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転生モノではありません

「……ええと、つまり?貴方は今の自分が、この世界の誰かに憑依するという形で転生してきたのだと思っていた、と言うことですか?」

「ぬぐっ……そ、そういうことに、なるかのぅ」

 

 

 土下座を止めた少女は、それでも正座を維持したまま、マシュからの質問に受け答えしている。

 先ほどまで彼女が召喚していた二つの騎士も、今は送還され姿形もなく、その瞳もまた普通の彼女の瞳の色(ただの青)に戻っていた。

 まぁ、話し合いをするのに武器を向けたまま、というのは礼を欠くのというのも確かなので、彼女なりの誠意というやつなのかもしれないが。

 ……今の自分は丸腰だ、と見た目で示す意味もあるのかもしれない。

 

 さて、改めて彼女がなにを勘違いしていたのか、という話に戻ると。

 

 私達なりきり組に降り掛かっている現象の名前は『逆憑依』。

 現実世界に存在する人物に、創作世界の存在がその意識ごと上書きされる……という形で成立する、謎の多い現象。

 まぁ、憶測でモノを語っている部分が多く、その全容は未だ解明されていないわけなのだが。……先の説明にしろ、本当にそういうモノなのかは、はっきりとはわかっていないわけだし。

 恐らくこの日本、どころか世界で一番『逆憑依』というものに造詣が深いと思われるなりきり郷ですら、その程度の知識しか持っていないのが、『逆憑依』という現象なのである。

 

 ──と、なれば。

 詳しい現状説明を誰かにされることもなく、在野で一人自身の状況に疑念を抱きつつ、普通の生活を送っていた者が居たとして。

 その人物が、自身の現状の考察の結果として思い至るもの……というと、一体なんになるだろうか?

 

 ──答えは単純。今流行りの()()()()()だと思う、である。*1

 

 私達の中身の人格は、憑依してきた存在の人格(それ)に覆い隠されてしまっており、基本的に表層に浮上することはない。

 ゆえに、基本的にはその人格の持つ知識だけが、憑依してきた側にもたらされている……という風に認識されている。

 

 その様が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()『憑依』という現象の逆。

 創作から現実世界に放り込まれ、そこにいる何者かを内に呑み込んで、自身の存在を安定させている……という形に見えるからこそ、この現象は『逆憑依(手順が逆の憑依)』という名を与えられている……というわけなのであるが。

 

 それを踏まえると、創作世界の時点で既に憑依や転生を行っている人物達──言い方は悪いが敢えてこう纏めよう。

 いわゆるなろう系の主人公*2と呼ばれる人物達が、仮にこの『逆憑依』という現象に巻き込まれた時、かつ近くに詳細な説明をしてくれる誰かが居なかった時。

 彼らが現状の考察のために参考にするのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になる、というわけだ。

 

 それにより『なりきり(ごっこ遊び)』というある種の儀式を以て、自分達を呼び寄せた者の人格を塗り潰して憑依したのが今の自分……という認識になり。

 結果として彼らは、微妙に別ジャンルである『現代入り』*3と混同した形で現状を理解してしまう、という事態に陥ってしまうのである。

 

 この認知の差、というものは意外と大きいもので。

 自分達が『逆憑依』──すなわち現状が、単に誰かの居場所を間借りしているだけに過ぎない……ということを正しく認識しているのであれば。

 元々ここにいるはずの誰かの迷惑になるようなことは、極力しないようにと自重することを考えられるかもしれないが。

 

 自分達が『現代入り』のようなもの──すなわち、本来ここにいた誰かは、既にもういない誰かである……という認知である場合。

 俗にいう『現代入り』とは、異世界の人物達がその思考のギャップを以て、現実を引っ掻き回すことを主体とするジャンル。*4

 ゆえに、本来の誰かを押し退けて、ここにいる自分に望まれていることとは。

 この世界で彼らの代わりに好きに生きることだ……なんて、とんでもない思い違いをしてしまう可能性は、否定しきれないはずだ。

 結果として、周囲にとんでもない禍根をもたらすことだって、ないとは言い切れないだろう。*5

 

 ……まぁ、そういう意味では、ここにいる彼女は随分とマシな方だったわけなのだが。

 いわゆるざまぁ系*6の作品の主人公とかが、罷り間違って同じような状況に放り込まれ、同じような勘違いをした場合。

 彼らが自身の中に知識として存在する人物──すなわち本来現実で生きている彼らの意思を汲んで、自身と同じようにざまぁを仕掛けていく……なんて、目も当てられないような事態に陥ってしまっていたかもしれないのだから。

 

 とはいえ、本来はこんなことにはならないはずなのである。

 この『逆憑依』という現象は、どこまで行っても再現度との戦いを避けられないもの。

 すなわち普通のなりきり組は、どこかで()()()()()()()()()という認知を抱くはずなのである。完全に元の自分(原作)を再現できる者なんて、いるはずがないのだから。*7

 その自己の不一致こそが、これが『現代入り』であるという認識を阻むのが普通であり、事実今まで出会ってきた人々は、大なり小なりその認識を抱えた者ばかりだった。

 

 ……なにが言いたいのかと言うと。

 彼女の再現度がある程度高かったからこそ、彼女がそもそも転生や転移のような事態に関わったことがあったからこそ。*8

 彼女は自分の現状を、転生や憑依の際の一時的な不調と捉え、そこに付随するこちら側(現実)の知識を、さほど重要視しなかった。

 結果、彼女は白昼夢を見続けているような状態になっていた、というわけである。

 自分が主人公で、周囲は自分を中心にして回っているのだと。……雑に言うのなら『強くてニューゲーム』である。*9

 

 

「ぬあああ……わしと、わしとしたことがこんな、こんなこっ恥ずかしい勘違いをするなど、ぬ、ぬぐぐぐ……ぬああああっ!!」

「わ、わわわわっ!?おおお落ち着いてください!額を列車の天井に打ち付けるのは止めて下さい!?」

 

 

 要するに自分に酔っていたようなものなので、そりゃまぁ厚顔無恥*10とは行かず。

 こうして彼女は、羞恥から地面に頭を打ち続けて記憶を失おうとする、という奇っ怪な行動を取り始めたわけなのでした☆

 ……どうしたもんかね、これ?

 

 

*1
文字通り『異世界に転生する』もの。だが、大枠のジャンルとしては『転移』なども含む。『現実での知識を、他世界に持ち込む』ことで何かしらの成功を掴む、というパターンが比較的多く散見される為、とも。無論、その知識こそが失敗を生むパターンも存在はするが。流行の起源を辿れば『ゼロの使い魔』の二次創作に至るとか、元祖を探ると『聖戦士ダンバイン』やら『天空戦士シュラト』になるとか、深く探ってみると意外と奥深かったりする。昔話などの『外から来た人間が何かしらの恵みをそこにもたらす』ようなモノも、分類としては転移に近いとも言えなくもないわけなのだし

*2
ここでは『異世界転生』系のキャラ、の意味。なろう系と揶揄されるのは、そのサイトでの小説の大半が『異世界転生』系列だから。その為、厳密にはそこ出身でなくとも『なろう系』という風に括られることがある。最早ジャンルだと言うことか

*3
元々は『東方Project』シリーズの用語。そちらの世界に他作品やオリジナルのキャラクターを投入することを『幻想入り』と言うが、それの反対のパターン……すなわち『東方Project』のキャラクターを現代に持ってくるもの、というタイプの作品のことをこう呼ぶ。『東方Project』の根幹設定として、妖怪達は現代においてはまさしく『幻想』、消えるしかない存在である為、どれほど強大な存在であれ、外では等しく弱体化するのが普通?であるので、大体彼女達は元の幻想郷に戻る為に悪戦苦闘することになる、というような話が基本。なお、そこから『創作世界の人物が、現代にやってくること』を『現代入り』と呼ぶこともあるとかないとか(このサイトにも『東方Project』以外の『現代入り』作品が何点か存在する)。一応作品の区分としては『異世界転移』にも含まれていると言える

*4
元義である『東方Project』のものではなく、それ以外の作品で使われる時の話の流れ。郷に入っては郷に従えと言うが、生活習慣などのギャップは意外と馬鹿にしたモノではない、とも言えるか。基本的に元の世界に戻る為に悪戦苦闘するのは同じだが、その過程で価値観の違いなどから騒動を起こす、というパターンも多い

*5
一度『転生』や『転移』を経験してしまうと、次も()()なる可能性を思考してしまう、というもの。要するに一回神様とかに会っている為に、悪い意味で自分が創作のキャラである、という自覚を持ってしまうということでもある。反逆者気質なら無茶苦茶やり始めるし、従順な気質でも居もしない神の思惑通りに動く、などの事態に陥りかねないという懸念とも。どちらにせよ、生に対して若干いい加減になる可能性は否定できない

*6
他者を見返す、という行為に特化した作品ジャンル。『追放系』などもこのジャンルの一種になるだろう。他者の悪意に対して悪意を以て返すという形からして、復讐譚の一種とも言えるだろうが、正当な復讐であれやり過ぎれば周囲から忌避される……という復讐の悲嘆を描かないものが多い為、人によっては違和感を覚える場合もあったり。──一線を越えた(新たな知識を得た)ものが、また一線を越えないとは限らない。無関係の他者からはその線引きがわからない以上、些細な間違いで復讐される(また一線を越える)可能性は常に付き纏う。その恐ろしさから、復讐が過激であったのならばあっただけ、周囲から排斥される可能性は高まっていく……ということでもある。復讐譚はあくまでも離れて見るからこそ楽しんでいられるわけで、身近で起きたのであれば人間の恐ろしさを実感するだけだ、とも。まぁ、全ての作品がそういうもの、というわけでもないのだが

*7
例え原作者であっても、人である以上はいつまでも同じではない。故に、最初に書いたキャラと最後の方のキャラが違う、ということは往々にして起きることである。そもそもキャラが成長するのも道理である為、『原作が解釈違い』などという意味不明な事になったりするわけである。ある意味、『原作者が書いているのだから間違いない』という風に見るのが普通だ、という受け取り方もできなくもない

*8
なお、厳密には彼女の場合は『ゲーム世界に入り込む』タイプであり、『転生』や『転移』とは微妙に違ったりする

*9
RPGなどにおいて、ゲームクリア時の能力を引き継いで物語を最初から始められる機能。物語の進行と同期してキャラを成長させて行くRPGにおいては、序盤の敵はなんであれ弱く、後半につれて強くなっていく……という形になっているのが普通である。その為、序盤で勝てない敵に当たったとしても、設定された能力としては終盤の敵よりも弱い、ということもザラにあるわけで。……結果、終盤まで進んだキャラで最初からやり直すと、そこら辺のストーリー展開を無視したりできるようになるわけである。ゲームによっては、そうして無理矢理勝つことで新しいルートが開けるモノもあったりする

*10
要するに恥知らず。面の皮が厚いので顔色が変わらない、という意味も含む



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落ち着いて話せば大体通じる

「……落ち着いたので、離して貰えると助かるのじゃが……」

「ダメです、大人しくしていてください」

「ぬぅ、子供扱いされておるような気がする……」

 

 

 マシュに背後から羽交い締めにされ、漸く落ち着いた銀髪美少女。額がうっすら赤いが、怪我をしたりはしていないようである。よかったよかった(?)

 

 ともあれ、これでまともに話ができる、というのも確かなわけで。

 羞恥に染まったわけでも、敵愾心に染まったわけでもないフラットな精神状態であれば、元々賢者とも称えられる彼女のこと、冷静な判断は容易に叶う。

 ──すなわち、こちらの言いたいことくらいは簡単に察してくれる、というわけだ。

 

 

「あー、そのじゃな?」

「はい、なんでしょうか?」

「わ、わしは……」

「わしは?」

「ぬ、ぬぐぐぐ!わ、わしはーっ!!」

「はい、わしは?」

「……リゼ・ヘルエスタである!!」

「はいはいミラさんで……ってあれ?」*1

 

 

 なお、そんな賢者の弟子を名乗る賢者さんは、とても往生際が悪かったのでございましたとさ。……そこで逃げるのは良くないと思います。

 

 

『それは許されませんよぉぉぉぉおぉぉおぉおおおぉぉっ!!!!!!!』
<ガシャ

「ぬぉわっ!?なんだなんだっ!?」

 

 

 思わずちょっと呆れ顔を晒してしまったところ、足下──具体的には右側下の方から、突然なにか固いものが割れるような音と(最後のガラスをぶち破れー)、それに負けない音量の叫び声が聞こえて来たため、目を白黒させる私。*2

 それと時を同じくして、下から上に飛び出してくる桃色の閃光、すなわちそれは!

 

 

『みなさま~(古今東西)本日はお日柄もよく、絶好のいい日旅立ち夢気分、冒険は始まり埴輪は割れる晴天の中、私周央ゴコにつきましては、お仲間の気配を感じ取りシュビビンっと参上したわけなのでございますが~』

「な、なんじゃこやつ!?」*3

『そこのお仲間の貴女様!そう、今自分のことをリゼ皇女殿下と詐称した貴女様に、私一つご忠告とツッコミと助言を持って参りました次第でございますぅ~』

「ぬ、ぬぅっ!?」

 

 

 突然現れた周央ゴコは、こちらの展開やら空気やら知ったこっちゃねぇ、とばかりに高速で捲し立てていく。

 その剣幕に、銀髪美少女は思わずたじたじになっていくのであった!

 

 

『いいですか~(威嚇)私達はあくまでもなりきり、更にはVの者という扱いの難しいclass(クラス)。その後塵を託されたかもしれないそうじゃないかもしれない私達、故にこそどこまでも謙虚に清く正しく選手宣誓をし続ける必要があるわけなのでございますぅ~』

「え、いや、そのじゃな?」

『それをあろうことかそこまで雑に、そう雑に終わらせてしまうとは不届き千万!ええいそこに直れ、私が叩っ斬ってくれるわ!というような憤怒を抱き、私よもや覇道神に至りかねないほどの怒髪天なのでございますぅ~』

「た、助けてくれ!こやつ話が通じぬ!?」*4

「諦めたら?」*5

「そんな殺生な!?」

 

 

 なお、このタイミングでごまかすことを選んでしまった、彼女の自業自得以外の何物でもないので、こちらに彼女を助けるような意図は一切ございません。

 慎んで、その旨ご報告させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 時間にして都合五分も掛かっていないと思うが、高速であれこれと銀髪美少女に捲し立てて行くゴコちゃんの迫力と来たら、まるで丸一日滾々とお経を聞かされるかのような、精神的過大ダメージを彼女に与えていたわけなのでございますが。

 

 

「待てーっ!!」

『……おおっと、どうやら時間切れのようでございます。皆様、皆様~。私周央ゴコは、清く正しくこのなりきり生活を送ることを誓っておりますが、それはそれとしてポチャッコ、ポチャッコのご愛顧の程、どうか重ねてお願い致します。……では。とぉぉ↑おう↓』

 

 

 階下へ……この場合()下なのかな?

 ……ええと、要するに真下。

 食堂車の中から響いてきた聞いたことのない男性の言葉に、彼女は一瞬表情を無にしたあと、色々と後ろ髪を引かれるような空気を残しながら、こちらに挨拶を残し。

 あっと声をあげる間もなく、彼女は走る列車の上から飛び降りて行ったのであります。

 

 いやそんな無茶な、と私達が身を乗り出して彼女の行方を追うと、彼女はどうやら柔らかい地面に、上手いこと受け身を取りながら着地していたようで、

 

『あばよ~とっつぁ~ん』

 

 ……などという、お前どこの世界的に有名な怪盗だよ*6、という捨て台詞をドップラー効果*7で響かせながら、遥か彼方に走り去って行くのだった。……いや、どういうこっちゃ?

 

 

「……正直、もう戻って寝たいんじゃが」

「うんうん気持ちはよくわかる。だけどここでは敢えてこう言いましょう。──知らなかったのか、大魔王からは逃げられない……っ!」

「……ノリが良いのぅ、お主」

 

 

 心底うんざり、といった感じの表情を見せる銀髪美少女さんだが、残念ながらお話はまだ終わってねーのです。

 こちらの笑みを見て、小さくため息を吐く彼女と一緒に、天井の大穴から下に戻る私達。

 いきなりこんな大穴が空いたのだから、さぞや大騒ぎになっているのだろうと思っていたのだけれど……。

 

 

「……あれ?」

「ふむ……?」

 

 

 下に降りてもなお、周囲の視線がこちらに向くということもなく。

 どころか車内の乗客達は、仲間内で会話することに夢中になっているかのように、天井にすら興味を示していない。

 ……というか、話の流れで視線が天井に向いたとしても、()()()()()()()()()()とばかりに無視していくのである。

 

 その異様な光景に、私達は思わずダイスロールを……。

 

 

「やらぬわっ!一時的発狂などせぬわっ!!」

「えー?でもゴコちゃんに会った時はリアル(急性)Vtuberショック(中毒)になってたじゃん?」*8

「あれはあやつがおかしいだけじゃろうが!……ええぃ、とにかく金田じゃ!奴はどこに……」

「おーい、こっちこっちー」

「……ぬ?」

 

 

 ……しようとしたら、横の銀髪美少女にツッコミを入れられてしまった。

 中身と外身のずれが是正されたのか、ノリが良くなっているような気がしないでもない。

 

 そのことに密かに安堵を深めつつ、ツッコミを返せば。

 彼女はこちらに小さく憤慨したのち、さっきまでの連れ──金田一少年のそっくりさん?を探し始めるのだった。

 まぁ、探し始めた途端に彼の声が返ってきたため、所要時間としては一秒も掛からなかったのだが。

 

 声に視線を向ければ、先ほどとは違う席に件の金田一(仮)が手を振る姿と、その対面に座っているこちらの連れ(バソ)の姿が見える。

 ……男二人でなにを話していたのだろう。

 意外と真面目なバソのことだし、あれこれと彼から情報を引き出そうとしていたりしたのだろうか?

 

 そんなことを考えつつ、隣の彼女と連れ立って二人の座る席に向かう私達。

 その間に周囲から向けられる視線も、あくまで『美少女が居るな』という好奇からのもののみ。

 天井から降りてきた、という非常識な部分については、会話に持ち上がってすらいないことを、聞き耳を立てていた私は確認している。

 無論、精神的にフラットな今の彼女もまた、周囲の会話が()()()()()ことについては気付いているようで。

 

 

「……さて、では改めて自己紹介するかの」

 

 

 どうにも自分一人の手に負える状況ではない、と悟った彼女は、席に着くなりそう口を開く。

 そうして彼女から告げられた名前は、こちらの予想を裏切らないものだったのでした。

 

 

「わしはミラじゃ。……その、()()()()()()()()なりきりじゃった、ということかの?」*9

 

 

 

 

 

 

「再現度的にはどれくらいだろうね、マシュ?」

「え?えっと、スカウターのようなものがあるわけでもないので、推測になりますが……それなりにお高い方なのではないでしょうか?」

「……わし的には、今の状況が転生ではない、と言うのが未だに信じられんのじゃがな。『逆憑依』と言うたか?改めて解説をされてもなお、意味のわからん部分が多すぎるのじゃが」

「それはこっちも同じなので……」

「ふむ、難儀じゃのぅ……」

 

 

 改めて自己紹介をして、それから情報交換の時間となったわけなのですが。

 一応、自身がどういう存在なのかはわかったらしいが、それはそれとして疑問が残る……と、難しい顔をしている銀髪美少女、もといミラさん。……ちゃん?

 まぁ呼び方はどうでもいいとして、あれほど悶えに悶えて、結果として一度納得したはずなのにも関わらず。

 こうしてまた、こちらに疑いの目を向けてきているあたり、なんというかちょっと私達とは感覚がずれているんじゃないかなー、と思わなくもないというか。

 

 

「つまり、彼女自体が特殊な例だと?」

「はっきりとは言えないけどね。……こっち(なりきり郷)に集まってる方が特殊、って可能性もなくはないけど」

 

 

 隣のバソからの言葉に、小さく頷きを返す私。

 今まで私達が出会ってきたなりきり組達は、寧ろこちらが説明する前から、自身の状況に納得している者が殆どだった。

 自分から封印を願い出たシャナでさえ、自分は自分ではないという確信を持っていたわけである。

 

 それと比べると──今のミラちゃんは、『自分が自分ではない』という疑いには至ったものの、未だ半信半疑である。……いやまぁ、こちらに謝罪を入れているあたり、信か疑では信の方に傾いてはいるのだろうけれど。じゃなきゃ、謝罪などせずに逃げているだろうし。

 要するに、事実を知ってなおそれを()()()()()()()()()()()()を、彼女が持っているのだと見る方が余程自然なのだ。

 

 そんな私の言葉に、彼女は暫し瞑目したのち。

 小さく息を吐いて、こちらにその()()の一端を口にした。

 

 

「……そうじゃな。わしらはわしらで、別の()()に保護されておったからの。そちらの言説に染まっておる可能性に関しては、生憎わしには否定しきれぬよ」

「……別の組織?」

「うむ。わしらが保護されておったその場所。──その名は『新秩序互助会(Now Law)』。古き世に新しき(のり)を敷く、新人類達の集う組織じゃよ」

「しんちつじょごじょかい」

 

 

 なお、彼女の口から飛び出した言葉を、まるで幼女のように反芻したため、ちょっとだけ心配される羽目になったが、些細な話である。

 

 

*1
デザインコンセプトが近く、作者が同一である場合に、全く別の作品なのにも関わらず、姉妹や兄弟と見間違えるようなキャラが生まれることがあるが、そうしたことを揶揄したもの。この場合は『賢者の弟子を名乗る賢者』のミラと、にじさんじ所属のVtuber『リゼ・ヘルエスタ』の外見がとてもよく似ている、ということを指す(どちらも藤ちょこ氏のデザインした銀髪系のキャラ。一応瞳の色とか結構違いはある)。似たようなものに、凪白みと氏の江風(かわかぜ)(『アズールレーン』の駆逐艦の一機)とVtuberの白上フブキ(こちらはホロライブ所属)などがある。アズレンではホロライブコラボでフブキが登場している為、微妙にややこしいことになっている

*2
アンティック-珈琲店-の楽曲『覚醒ヒロイズム』の歌い出し部分の歌詞。アニメ『DARKER THAN BLACK -黒の契約者-』のオープニング楽曲だが、その曲調(なんか明るい)と、作品の空気(基本的には暗い)が絶妙に噛み合わず、またその歌詞も意☆味☆不☆明な単語が飛び交う為、若干ネタ扱いされていたり。最後のガラスとは一体なんなのだろうか……?

*3
以前解説した『いい旅・夢気分』に、日本国有鉄道がかつて行っていた旅行誘致キャンペーンの名称であり、そのキャンペーンソングとして作成された『いい日旅立ち』(1978年11月リリース)を合わせたもの、および『黄金勇者ゴルドラン』のオープニングテーマであるA-mi氏の『僕らの冒険』の歌い出し『冒険が始まる』と、作中でそのオープニングをパロった敵が埴輪系のキャラだったこと、および『マリオストーリー』のカメキの技『シュビビンコウラ』から。一瞬でネタを突っ込みすぎである

*4
『神座シリーズ』より、覇道神。求道神と対になる神格であり、己の渇望を世界に法則として外界に流出させる存在。流出させるという部分にのみ着目している為、彼女が本当に覇道神になり得る器であるというわけではない。ほぼ勢いのみの発言

*5
漫画『SLAM DUNK』における安西先生の台詞『諦めたらそこで試合終了ですよ?』をコラに変えたもの。あまりにもすっぱりと切り捨てるその有り様は、中々にインパクトがある

*6
『ルパン三世』より、ルパンが銭形のとっつぁんから逃げる時に言う言葉

*7
移動する音源が発する音が、止まっている観測者に対して周波数が変化する、という効果。前方から来た救急車が後方に去っていく時に、音の高さなどが変化する時に起こっているもの、というとわかりやすいか

*8
『ニンジャスレイヤー』より、急性ニンジャリアリティショックを元ネタにしたもの。ニンスレ世界においてニンジャとは神話生物と同じ、『アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?』と叫んで失禁するならまだ可愛い方、最悪本当に発狂(ショック)死することも。無論、今回はそんなことにはなっていない

*9
『賢者の弟子を名乗る賢者』の主人公。見た目は銀髪青眼の美少女。どこぞの社長が見たら『青眼の白龍』の化身と思うかも知れない。老人口調なのは、彼女が元々は『ダンブルフ・ガンダドア』という老人キャラだった為。また、そちらもそちらで単なるロールプレイであり、本名は咲森鑑という28歳の男性がリアルでの彼女である。そこからわかる通り、ミラという名前は本名からの連想である(鑑→かがみ→ミラー)。自身の理想を具現化したのがミラという少女の見た目である為、割りとナルシストな部分がある(わし、かわいいもある意味自画自賛)



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久しぶりに作品のタイトルを思い出す回←

なんか変な部屋に突然放り出されたんじゃが……

 

1:[sage] 20XX/X/X XX:XX

ここに来るまでの前後が不覚じゃし、狭い部屋にぽつねんと端末だけおいてあるし、召喚術は使い辛いし……と言うた感じで、仕方なしにパソコン弄っとるんじゃけど、これは一体どうなっとるんかのぅ……?

 

 

2:[age] 20XX/X/X XX:XX

前後不覚だとしても目の前にパソコンがあればスレを立ててしまうのは、現代人の性なのかなんなのか()

 

 

3:[age] 20XX/X/X XX:XX

それが私達の性分ですもの、仕方ないわ←

とりあえず、新人さんいらっしゃーい

 

 

4:[age] 20XX/X/X XX:XX

歓迎しよう、盛大にな!

 

 

5:[age] 20XX/X/X XX:XX

久しぶりの新人だー囲え囲えー

 

 

6:[age] 20XX/X/X XX:XX

お、おう……歓迎されておる、ということでいいのかの?

あとじゃな、そもそもこのパソコンスレ立て以外できぬでな?

 

 

7:管理者:骨の人 20XX/X/X XX:XX

うぅむ、この時期に見えることになるとはな……ともあれ、新たな仲間が現れたというのであれば、私が顔を見せぬ訳にも行くまい

 

 

8:[age] 20XX/X/X XX:XX

げぇ!?ギルマス!?

 

 

9:[age] 20XX/X/X XX:XX

えらいこっちゃやでこれは……(ガクブル)

 

 

10:[age] 20XX/X/X XX:XX

やるんだな団長、今ここで!

 

 

11:管理者:骨の人 20XX/X/X XX:XX

……いや、寧ろ私に何をやらせるつもりなんだお前達は。やらんぞ、少なくとも今はまだ。

 

ともかくだ、ようこそ新たなる来訪者よ。

我等が新秩序互助会──通称『Now Law』は、君の参加を歓迎しよう。

 

 

12:[sage] 20XX/X/X XX:XX

な、なうろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、その時より管理者(ギルドマスター)殿にはお世話になっておってな。その()()()()()()優しき対応に、わしも次第に絆されていったというわけじゃよ」

ツッコミどころしかねぇー(ぐえー)!」

「せんぱいー!?」*1

 

 

 とまぁ、彼女が話す内容を最後まで聞いた結果として、見事に机に突っ伏(撃沈)した私。

 名称の時点で嫌な予感しかしなかったけど、敢えてこう言わせて貰おう。……面倒事の気配しかしねぇ!!

 

 っていうか骨の人?!『なろう(Now Law)』で()って言ったかこの人?!あの人がギルマスなのにも関わらず、()()()()じゃないんだ!?もうその時点でヤバくないですかねぇ!?

 みたいな疑問も吹き出してはいるものの、逆に彼女があそこまで頑なだった理由にも納得がいった。……似たような境遇の人物達が集まっている場所に在籍していたと言うのなら、そりゃ勘違いも加速してしまうってモノですよねぇ!?

 

 賛同者のみで集まってしまうと、意見が先鋭化してしまう*2……というのはよく言われている話だが、そりゃ転生とか転移とか実体験として知ってる人達が集まってるなら、自然と答えはそっち(転生とかの)方面に片寄るよね!道理過ぎてなんも言えないわちくしょう!

 

 

「……今回のあれこれが終わってからの方がツラいことが確定して、もう既に投げ出したい……」

「お、お気を確かにせんぱい!書類作業でしたら、手伝えますので!」

 

 

 滂沱の涙を机に垂れ流しつつ、今回の一件についての報告やらなにやらで既に頭が痛くなってきている私に、マシュがあたふたと声を掛けてくる。

 

 前回はすんなり許可が取れたものの、基本的には郷からの外出許可を取るのが難しいマシュ。*3

 そんな彼女は、原作のようにこちらを後方からサポートしてみせます……と張り切っているが、正直彼女には郷で大人しく待っていて頂きたいところがなくもないというか。

 彼女が郷で守りを固めてくれているおかげで、前線に向かう者達は後顧の憂いを断つことができる、という部分もあるのだから尚更のこと。

 ……いやまぁ、そのあたりを素直に伝えてしまうと、張り切っていた彼女が一転して涙目になってしまうのも目に見えているので、基本的に口には出さないのだけれども。

 

 ともあれ、ここで未来のことを嘆いていても仕方がない、というのは確かな話。

 新たな仕事に付いては未来の私に任せ、今は目の前の問題を片付けていく、という方向にシフトすることにする。

 ……その前に、一応確認だけ。

 

 

「もう一度確認しておきたいのだけれど、今回の貴方はオフでここにいるってことでいいんだよね?」

「うむ。わしも向こうではそれなりの地位に着いておるが、今回は単なる趣味の範疇じゃよ。……わしがそういうのが好きなのは、知っておるのじゃろう?」

「まぁ、それなりには……」

 

 

 未知の組織である『Now Law』の一員であるという彼女が、この列車に乗り込んだ理由。

 それは単に、彼女の余暇の過ごし方の一つによるものでしかない……と、彼女は主張している。

 それを額面通りに受け取って*4いいのか、少しばかり疑問に思わないでもないが……。

 正直、そこを疑っても仕方がない、というのも確かな話。

 なので、とりあえず()()()()()()、ということで納得しておくことにする。

 

 

「……となれば、話は()()()か。一応、わしもこやつとはたまたま相席になったというところじゃから、詳しい話はできぬが……」

「あー、いいよいいよそこからは俺が言うから。ええと一応自己紹介しておくと、俺の名前は金田一(かねだはじめ)。しがない普通の大学生、って奴だ」

 

 

 なので、ようやっと話は最初の議題……金田一某によく似た姿をしている、彼についてのものへと戻ってくるわけである。

 ──金田 一。()()()()()()()()彼は、一応は単なる一般人、らしい。

 

 

「むぅ、妖怪一足りない……」*5

「TRPGネタが多いの?……まぁわしも、最初にこやつの名前を聞いた時には似たようなことを思うたが」

 

 

 そんな彼の名前に思わずむむむと唸る私と、それを聞いて小さくため息を吐くミラちゃん。

 なんでも、彼女的には転生者だと思って話し掛けたため『え?本人じゃないの?』みたいな困惑を抱いたとか抱かなかったとか。……向こう(Now Law)にも『兆し』的なモノは居たらしく、すぐにそちらと同じタイプかと納得したそうだが。

 

 

「仲間の一人が『多分そうだと思う』だのなんだの言って、暫く深入りしていた相手がおったらしくてな。……そっちはなにやら紆余曲折あったあと連絡が取れんようになっていたようだが、暫くしたあとに再会した時には、すっかりキャラが変わってしもうただのなんだのと嘆いておったのぅ……」

「いきなり機密っぽいものを、滔々と垂れ流さないでほしいんですがそれは」

「機密?いやいや単なる世間話じゃよ?」

 

 

 なお、会話の内容そのものが、微妙にこちらが聞いていいものかどうか悩ましいものだったため、微妙に困る羽目になったりもした。……ぼかされてはいるので、別に大した話ではないのかもしれないが。

 ただこう、聞いているとなんだか妙な既視感?を覚えるため、多分これ後で『あーっ!?』ってなるやつだなー、とも思っていたりするのだけれど。

 

 まぁともかく。

 見た目があらゆる実写金田一を連想させるものである以上、まさか全く無関係ということもあるまい……と認識した彼女は、それとなく探りを入れるために彼に近付いた、ということらしい。

 休暇中なのにも関わらず、随分と仕事熱心なことである。

 

 

「そうは言うがの?目の前に金田一が居るとすれば、普通は確認を取るじゃろ?本当に本人じゃったとしたら、この列車内でなにかしら事件が起きるのは明確、というわけじゃし」

「ははは確かに。……ところでこれは親切心なのですが」

「……な、なんじゃ改まって。嫌な予感しかせんのじゃが?」

「見た目は子供、頭脳は大人な探偵君がこちら側の同行者にいらっしゃいます」

「え゛」

 

 

 そんな私の言葉に、彼女は小さく頭を掻きながら答えを返してくる。

 ……恐らくだが、普段の彼女の仕事は原作の彼女と同じく、全国各所を回ることなのだろう。

 探すのは九賢者ではなく、自身と同じように転生(逆憑依)してきた他の人々。……こっちで同じポジションの人物を宛がうとしたら、五条さんになるのだろうか?

 

 ゆえに例え休みであったとしても、いつも探している相手を見付けてしまえば、関わりに行かざるを得なかった、と。

 まぁ、相手が相手(金田一某)だったため、望む望まないに関わらず、関わる以外の選択肢がなかった、ということもあるのだろうけれども。

 実際に私達がそんな感じで近付いたわけだし。

 

 そんな苦労人感を醸し出している彼女に、私は一つ親切心からとある事実を教えてあげることにする。……愉悦とかではないですよ?

 なにせ……一応金田君が本人ではないと言っているのに対して、こちらのコナン君は間違いなくコナン君なのである。

 再現度の関係上、本来であればコナン君であっても事件を招き止せる、だなんてことはないはずなのだが……。

 

 

「この列車自体が怪しいのは目に見えてるし、これでなにも起きなかったら逆にビックリだよ……」

 

 

 天井に穴が空いても、気にすらしない乗客達。

 路線そのものに関わるという怪異の影。

 そして、揃ったのは半端な名探偵達。

 

 なにが起きようとしているのかはわからないが、ろくなことにはならないことだけは予感できて、思わず深々とため息を吐いてしまう私なのでありましたとさ。

 

 

 

*1
アニメ『機動戦士ガンダム00』の同人誌の一つである『私立トレミー学園 the Movie 侵略!ELS学園』でのミハエル・トリニティの台詞が元ネタ。その時の彼の表情自体は、作中で彼が撃ち殺された時のモノである為、ネットでネタとして広まるうちに混じったらしい。マシュの台詞もそこでのネーナ・トリニティの台詞『ミハ(にぃ)ー!!』が元ネタ。なお、ネットでよく認知されている、このやり取りの前に差し込まれるサーシェスの台詞『こんな風にな』は、実は『第2次スーパーロボット大戦Z破界篇』で増えた台詞なので、やり取りの全てが原作に存在しない流れだったりする

*2
エコーチェンバー(反響室)現象』、または『サイバーカスケード』と呼ばれるもの。自身と同じ意見のみを聞くことで歪んだ肯定感を得た結果、意見がより先鋭化していく現象。ネットという多種多様な意見の集まる場所であるにも関わらずにこれが発生するのは、根本的に少数派である意見は賛同を集め辛いはずにも関わらず、ネット上ではそれが容易くできる為に、結果として少数が団結しやすくなっているからだ、などという言説もあったりする。何にせよ、反証や否定的な意見を無視し過ぎるのもよくない、ということだろう

*3
再現度最高域の彼女達は、本来重要人物である為。……その割には遊んでた?五条さんとキーアの二人に笑顔で許可を求められたら、断れるわけがないというか……。また、密かに桃香から『外に出した方が今回は良いと思いますよー』みたいな助言を受けていたことも理由ではあるとかなんとか。創作物における『試作機だとか特別な血を引く誰かだとかのような、特殊な存在が動かないと解決できない事態が頻発する』というお約束に理解のある人が上司だから、というところもなくはないだろう。今回も桃香(予知能力者)からの推薦があった為、マシュの同行が叶った……という面もあるようだ。……前日はそこまで大事にしなくても、と言っていた彼女が、次の日には一転して『やりましょう』と言い出した時のキーアの心境は如何に

*4
元々は有価証券や貨幣などに書かれている金額そのまま、の意味。そこから、書いてあることをそのままの意味として受け取る、という意味となった

*5
後述の通り、TRPGネタの一つ。何かしらの判定などを行う時にダイスを振るのがTRPGでの基本であり、その数値が目標値を越えた場合に成功した、という風に判定されるわけだが、この目標値に一つだけ数値が足りない、ということがTRPGをしていると結構頻発する。余りにも頻発するものだから、これは妖怪がダイスの出目を弄っているのだ、と冗漫混じりに言い始めたものが最初だとかなんだとか



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バレンタイン過ぎてますけどまーだ時間掛かりそうですかねぇ?

「ううむ、探偵と妖怪……?なんじゃ、今までの事件で関わった者共が化けて出たとでも?」

「あー、転生のイメージが強いとそういう考え方になるんだね。……ってことは、【顕象】に対しての扱いもこっちとは違うのかな?」

「むぅ、【顕象】?なんじゃそれは」

「……あれ、知らない?そっちで言うんなら、転生じゃない天然の異能者……って感じになるんじゃないかと思うんだけど」

「ふむ、【鏡像(ドッペル)】か。……いやまぁ、わしもあまりよくは知らんのじゃが」*1

「ふぅん……?」

 

 

 話している内にお昼になってしまったため、各々が頼んだ昼食に舌鼓を打ちながら、話を続けている私達。

 

 現状わかっているのは、この列車には奇妙な噂が付き纏っているということと、偶然か必然か、引き寄せられるようにしてここに集った探偵擬き達が居る、ということ。

 ……そういえば、宝石を狙う怪盗も居るんだっけ?

 単なるバレンタインの話だったはずなのに、なんというかあれこれとトラブルが集中しすぎである。

 

 まぁ、金田君が一応一般人である以上、ミステリ的な異変に関しては最悪この列車が止まれなくなるとか、はたまた爆発するかもとかについてだけ注意していればいい、ということになったので多少はマシになったわけなのだけれど。*2

 

 

「……いや、俺が言うのもなんだけど、それってなに一つマシになってないんじゃないか……?」

「はっはっはっ。金田君、わかっていても見たくないモノってのはあるもんなんだよ」

「あ、はい」

 

 

 ……まぁ、金田君の言う通り、実際は欠片もマシになんてなってないわけなのですが。

 コナン君を部屋に待機させる、という方法もどこまで有効だかわからん以上、早急な事態の解決を目指さなければいけないのはわかりきったことなわけだけど……。

 いや、これって確か例のカーブより先にも、他のトラブル(怪異)が待ってるんでしょ?……早期解決とか無理の礫*3では?

 

 というかだね、見た目が複数の該当人物(役者)を想起させるって時点で、現状は一般人であったとしても、いつの間にか金田一少年に変貌し(逆憑依され)ている……なんて事態も起きかねない以上、金田君もできればコナン君と同じように、自身の部屋でじっとしてて欲しかったりもするし、正直手が足りてない感ががが。

 

 

「……ぬぐぅ、仕方ない。とりあえず増えるしかないか……」

「ほうほう増えるとな。……いや待て、増える?増えると言うたかお主?」

「えっ?」
「えっ?」
     

「紛うことなく瞬きの間に増えておる!?」

 

 

 仕方ないので、ここで多重影分身の術再び。

 脈絡もなく二人に増えた私は、通常の私が赤系なのに対して、向こうは青系。……図らずもミラちゃんに似たようなキャラになってしまったが、些細なことである。

 

 

「つまり、私の方は金田さんの護衛を務めれば良いというわけですね?」

「うむ、頼んだマイマイン(my mine)*4。金田君は、ご飯食べ終わったらこっちの私を連れてってね」

「へ?あ、いや……はい?」

「こやつ凄まじく雑に増えおったんじゃが……」

 

 

 なお、私の奇行に慣れていない二人は、完全に宇宙猫状態に陥ってしまった。

 すっかり慣れてしまったマシュ、及び私について聞き及んでいるバソはさしたる動揺もなく、普通に料理を口に運び続けている。

 なお、増えた方の私はキリアの人格ベースで動いているため、呆然としている二人を見てちょっとわたわたしていた。

 

 

「お、落ち着きましょうお二方。ほら深呼吸を。ひっひっふー、ひっひっふー」*5

「う、うむすまぬ……ってまともそうに見えてそっちもネタ要因ではないか!」

「あ、バレちゃいましたか?」

「て、てへぺろじゃと!?こやつあざといぞ!」

「……いや、そのキャパオーバーなんで。静かにして貰えると……」

「金田ー?!しっかりしろ金田ーっ!!」

 

 

 ……まぁご覧の通り、明確にキリア(成長)状態って訳でもないので、あっちほど四角四面*6なキャラでもないのだけれどね!

 

 

 

 

 

 

「……というか、あれはお主と思考のリンクなどはしておらぬのか?」

「テレパシー的なのはあるけど、普段は切ってるよ。流石に分割思考とかマルチタスクとかは一般人には負担が大きいからね」*7

「一般人……?」

 

 

 お昼を食べ終わり、自身の部屋に戻っていく金田君と、それに付いていくキリアを見送る私達。

 そうして小さく手を振る私とキリアを見て、なんとも微妙な表情を浮かべたミラちゃんが尋ねてかけてくるのだった。

 

 一応、元が多重影分身であるため、知識の共有などは行えるものの、中身が一般人である私だと常時リンク(共有)しっぱなしは思考がこんがらがるので、緊急時以外は切るようにしている。

 なんというのか、自我の境界があやふやになって、そのうち世界とは……宇宙とは……とか言いそうになるので、ちょっと怖いというか。

 

 みたいなことを述べたところ、彼女から返ってきたのは凄く胡散臭そうな表情と言葉だった。あれー、彼女の前ではそんなに変なことしてないはずなのになー?

 

 

「いやまぁ、うちにも蜘蛛子がおるゆえ、単に増える分にはそこまで珍しくもないのじゃがのぅ」*8

「ぶふっ!!?」

 

 

 そうして、彼女の言葉にちょっと憤慨していた私は、続く彼女の言葉にそんな気分の全てを吹っ飛ばされる羽目になる。

 ……あー、はいはい。そりゃあの骨の人がいらっしゃるんですから、蜘蛛の子だって居てもおかしくないですね。……神は死んだ!!

 

 

「やはりこう、人型の存在がぬるりと増えるのは、視覚的にも精神的にもインパクト絶大と言うかじゃな?……いやまぁ、お主魔王じゃからそこまでと言うわけでも……おい?どうしたキーア?」

「もうやだおうちかえるぅ……」*9

「本当にどうした!?」

 

 

 あれこれと喋っていたミラちゃんが、こちらの様子に気付いて声を掛けてくるが、正直精神の均衡を欠いている今の私には、彼女を慮るような余裕はない。

 名前からして既に危険な団体扱いしてたけど、悉くヤベーイ*10奴等が出てくるものだから、正直危険度判定爆増中だよ!

 これで万能回復使いとかありふれた錬金術師とか出てきたら、真剣に滅ぼすことを前提に考慮し始めるからね私!*11

 

 

「あー、うむ。言わんとすることはわからんでもない。人間性という意味では、わしらはネジの外れたモノが多いのは確かじゃからの」

「ふむ、だがそれは今さらではないかね?」

「む?一体なにを……ってああ、そう言えばお主海賊じゃったな」

 

 

 なんて、魔王っぽい?ことを考えていた私の耳に、ミラちゃんとバソの会話が飛び込んでくる。ふむ……?

 

 

「そっか、バソがありなら問題ないか」

「……まぁ、事前に戦争の芽を摘めたようでなによりだよ」

 

 

 メカクレに命を燃やし、メカクレに死す──。

 海賊と言う人でなしである以前に、そもそもメカクレ狂い以外の何者でもない(バソ)の存在が許されるというのなら、単なる悪人とか中二病なんて可愛いもの。

 そんな確信を抱いた私が深く頷くと、功労者たるバソは曖昧な笑みを浮かべていたのだった。

 

 

「ええと、話が脱線していますので、そろそろ戻しませんか……?」

「おおっと、ごめんごめん。……で、なんの話だっけ?ミラちゃんが未知のスキルに興味を示してないのはなんでだろうなー、って話だっけ?」

「そんな話じゃったかのぅ……?」

 

 

 とまぁ、あんまりにも無関係な話をしていたため、マシュから軌道修正のツッコミが入ったので、妙に弛緩した空気は崩されてしまうわけなのですが。

 とまれ、話題を戻すとすれば、ミラちゃんが多重影分身を見ても『覚えたい!知りたい!』みたいな好奇心を発揮しなかったのはなんでだろう、ということだろうか。

 

 本人は微妙な顔をしているが、ミラちゃんと言えばとかく知識に貪欲なイメージのある私としては、彼女が見たことのないはずの技術に対し、探求より先にツッコミが出てくるのはちょっと違和感があるのも確かなわけで。

 ……まぁ、これに関しては単純に別所で似たようなスキルを見ていたから、という説明が付いてしまったわけなのだが。*12

 

 

「さて、となると……今後の活動方針についてかな。ミラちゃんはどうする?一応休暇中なんでしょ?」

「……話を聞く限り、それはお主らも同じじゃと思うんじゃがな。まぁ、乗り掛かった船じゃ。終点まで付き合うのも吝かではないのぅ」

 

 

 まぁ、まだ見ぬなろう主人公達の話は脇に置いておいて。

 そもそもの話、私達はたまたま出先で変な噂に遭遇したからこそ、場当たり的に解決に動き出しただけであって。

 部外者のミラちゃんを拘束したりとか勧誘したりとか、はたまたこちらを手伝うように要請するつもりは一切ないわけで。

 

 なので、言外に手を引くなら今だよ、と示したのだけど……返ってきたのは小さな嘆息と苦笑。

 まぁ、探索担当みたいなことを自分でも言っていた以上、ここで手を引くだろうとは一切思っていなかったけれども。

 

 ともあれ、ここに同盟は締結。

 近い将来どうなるかはわからないものの、謎の組織『新秩序互助会(Now Law)』との共同作戦がここにスタートしたのだった!

 

 

「じゃあまぁ、うちのメンバーの紹介もしようかと思っ……あさひさん?」

「ぬ?」

「やほーっす。あんまりにも遅いんで、私が代表して見に来たっすけど……また現地妻を増やしたんすかキーアさん?」*13

「……!?げ、げんち……?!」

「人聞きがすっごく悪いんですけどォ!?」

 

 

 というわけで、とりあえずはこちらのメンバーの自己紹介から始めようか、と食堂車から出たところ。

 外にある購買に居た目立つ少女……特に捻りもなくあさひさんだったわけだが、そんな彼女がこちらを見付けて、てててって感じに近寄って来た。

 

 どうにも、こちらの帰りが遅いので見に来たらしい。

 ……なんとなくお昼まで食べてしまったけれど、そういえば一時間以上、向こうに連絡を入れずにいたのも確かな話。

 更にはマシュをこっちに令呪で呼び出したりもしているため、なにもわからない向こうからすれば、色々とやきもきしていたはずである。

 

 だからまぁ、向こうから偵察部隊が派遣されてくること自体には、特に文句はないのだけれど。

 それでも唐突に投げ込まれた爆弾については、ちょっと擁護ができねぇですよ!?

 

 ジトー((ーωー))っとした視線をこちらに向けながら、あさひさんの口から放たれた現地妻の一言。

 いや、私はどこぞの英国の秘密エージェントかっつーの!……あ、ポジション的にはそんなに違和感ないわ。*14

 

 

「でもでも、現地妻云々には抗議します!私はノーマルだよ!」

「……?中身が男性なのだから、相手が女性なのは普通なのでは?」

「……あれっ?そうなるのかな?」

「キーアさんはいつも通りっすねー」

 

 

 なので、一応抗議の声をあげたのだけれど……横のバソの言葉に、微妙に気勢を削がれることになるのでしたとさ。

 

 

*1
ゲーム『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』に出てくるとある存在とは関係ない、多分(フラグだけ投げていくスタイル)

*2
コナン世界にて舞台となったモノの末路より。爆発物が積まれており一定速度以下に減速できなくなるとか、文字通りに爆☆発させられるか、大体二つに一つである

*3
正確には『梨の(つぶて)』。投げた礫は返ってこないことから、音信不通であることや、音沙汰が無いことを示す。梨は『無し』の語呂合わせ。なお、ここでは『無理』になっている為、どんな案を投げても意味がない(手応えがない)ことから『どう足掻いても無理』の意味となっている。たまーに存在する彼女(キーア)特有の言い回しの一つ

*4
直訳すると私の鉱山とかになるが、無論違う。雑に訳すのなら私の私、とかだろうか(文法的におかしいのは別として)。どことなく『ポケットモンスター』のマルマインのような響き

*5
呼吸法の一つ『ラマーズ法』より。1951年頃にフェルナン・ラマーズ氏が体系化した無痛分娩法のことで、陣痛に合わせて呼吸を変えるのが特徴。有名な『ひっひっふー』以外にも幾つかの呼吸法がある

*6
元々は正方形のことで、そこから生真面目・几帳面で面白味の無いことを指す言葉となった

*7
『分割思考』は型月世界観の技能の一つ。自身の思考を複数に分け、それぞれで計算等をする技能。基本的には錬金術師のみが使えるある種の魔術回路のようなもの。『マルチタスク』の方は、ここでは『リリカルなのは』世界での技能のこと。魔法とかではない単なる技術の一つであり、複数の物事を同時に考えたりすることが可能となる。現実にも似たような思考法が存在するが、そちらは高速で思考を切り換えていることがほとんどなのだとか

*8
『蜘蛛ですが、なにか?』の主人公の愛称

*9
元ネタは不明。有名なのはゆずソフト製作のゲーム『サノバウィッチ Sabbat of The Witch』(※R18)のキャラクター、綾地寧々の台詞だろうか。なお、可哀想だから彼女の名前を動詞として使うのは止めてあげよう

*10
『仮面ライダービルド』におけるハザードフォーム変身時に鳴る音声の一部。文字通りにヤバい暴走フォーム。『ビルド』以降の暴走フォームを見た時に視聴者達が『ヤベーイ!』と叫ぶことも多くなった

*11
『回復術士のやり直し』および『ありふれた職業で世界最強』のそれぞれの主人公のこと。自身の作品内でならいざ知らず、クロスオーバーでは要注意人物以外の何者でもない二人。彼等が真っ当で居られるかは、それぞれの二次創作の作者の腕に掛かっている……

*12
スピンオフ作品『蜘蛛ですが、なにか? 蜘蛛子四姉妹の日常』の描写から

*13
旅先、出先においてのみ成立する妻。要するに愛人。そこから転じて、映画などでその場限りのヒロインが登場する場合、それらを現地妻と揶揄するようになった。そういう意味では、しんちゃんやのび太君も現地妻持ちと言えなくもない。ネガティブイメージが強いので、普通に語るのならば劇場版ヒロイン辺りが表現としては無難だと思われる

*14
『007』シリーズの主人公、ジェームズ・ボンドのこと。ボンドガールという限定ヒロイン(現地妻)が多数存在している。なお最近ボンドウーマンと呼称が改められた



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列車が走る、どこを走る?

「……ええと、なにやら真剣に悩み始めたキーアは放っておくこととして、じゃな。そっちはシャニマスの芹沢あさひ……ということで、間違いないのかの?」

「いや、間違いっすよ」

「うんうん間違いな……なんと?」

 

 

 キーアが自身のあれこれについて唸り始めたのを横目に、他の面々は自己紹介を行っていた……のだが。

 突然現れた少女……見た()的に芹沢あさひ以外の何者でもない彼女は、ミラからの確認の言葉に小さく首を振った。

 

 これには思わず困惑してしまうミラである。

 だがそれも無理はない。()()()()()から、彼女達の属する『新秩序互助会(Now Law)』には、【継ぎ接ぎ】というものが存在しない……正確には()()()()()()()()のだから。()()()()()()()()()()()()()()、などという考えに、思い至らないのだ。

 だからこそ、先の金田青年が本人では(今のところ)無いことにも困惑したし、彼女の正体にも困惑することになる。

 

 

「この名はミラボレアス。原初を語る、始祖の龍。その意思を宿し世界を歩く、無垢なる人の似姿って奴っす」*1

「……??????????」

 

 

 故に、困惑しすぎた結果宇宙を見た。

 

 

 

 

 

 

 話を進めていた中心人物二人が、揃って意識を別世界に飛ばしてから数分後。

 ようやく意識を取り戻した私は、何故か隣で虚空を眺めていたミラちゃんの肩を揺すって、その正気を取り戻すことに成功したのだった。

 

 

「……ふうむ。で、彼女が件の?」

「ああうん、『突然現れた金田一少年は、本当に金田一少年なのか』説を確認しに行ったところで出会った、余所からのお客様です」

「なんで○曜日の○ウン○ウン風……?」*2

 

 

 で、いの一番に声をあげたのがライネス。

 彼女は椅子に座っているミラちゃんの周囲をくるくると回りながら、しげしげと彼女の姿を観察している。

 その様子に複雑そうな空気を醸し出しながら、ミラちゃんがこちらを見てくるのだが……見世物にでもなった気分、とでも言いたいのだろうか?

 

 

「ふむふむ。特に私達と違いがある、というわけでもなさそうだ」

「……そりゃどうも」

「不貞腐れるなよ、他人からの視線なんて慣れっこのはずだろう、君。その見た目で他者からの衆目を集めないだなんてこと、あるわけないんだから」

「……いやまぁ、そりゃそうじゃがのぅ」

「ふふっ、冗談だよ冗談。ちょっとからかっただけさ。改めて、私はライネス・エルメロイ・アーチゾルデだ。親しみを込めて『チノちゃん』と、呼んでも構わないよ?」

「…………」

「……あ、あれ?おーい、もしもーし?」

 

 

 まぁ、ライネスはいつも通り相手を観察していただけ、なのだけれど。弄りやすい人物かどうかの見定め、とも言えなくもない。

 ともあれ、時間としては数分にも満たないそれは呆気なく終わり、彼女の自己紹介へと話は流れていく。

 ……行ったのだけれど。ライネスが冗談めかして告げた言葉に、ミラちゃんの目が死んだのを見て、私達は首を捻ることになる。

 

 いやその、お茶目な冗談ですよミラちゃん?

 確かにこのライネスはちっこいけど、少なくともチノちゃんじゃないってことは、その姿を見ればわかることでしょう?

 ……みたいなことを述べつつ、彼女の肩を揺すってみるものの、ミラちゃんは「こわい……なりきり郷こわい……」と譫言(うわごと)*3のように呟くのみ。

 

 なんか変なスイッチを押しちゃったんだな、ということしかわからなかった私達は、仕方ないので先に昼食を食べたメンバーがここに残って彼女の様子を見る……という取り決めをしたのち、一時解散することになるのだった。

 無論、外に出ていった面々は遅めの昼食タイムである、暫くは帰ってこないだろう。

 

 ……なーのーでー、

 

 

「なんでそうなる……わしらか?わしらの方が変なのか……?」

「そうか、なりきりとは、逆憑依とは……!そうかそうか、世界とはこんなにも簡単じゃったのじゃな」

「いや待て、ではあれがこれでこうしてそうなって……」

 

 

 的なことを延々と繰り返し呟き続ける彼女を横に、マシュやバソとこの列車についての話をしていたわけなのでありましたとさ。

 途中であれこれと挟まって話が二転三転したけれど、元はと言えばこの列車に纏わる怪異について調べる、というのが現状の目的だったはずなので、漸くそこまで話が戻ってきた形になる。……いやまぁ、ホントの大本を語るんならバレンタインについて、だけどさ?それはまぁ今は棚上げ、ということで。

 

 

「次の駅に着くのが一時半頃、だったっけ?」

「はい。駅に到着後暫く停車して、会社所有の路線への切り換え作業を行い、その後件のカーブがある方へと向かうそうです」

「ええと確か……なんちゃら岬、だったっけ?」

間波(かんぱ)岬ですね。日本海を一望できるその岬を左手に、大きなカーブを描きながら線路を進んでいくそうです」

 

 

 マシュに手渡されたパンフレットに載っているその岬は、確かに左手側が大きく開けており、日本海を一望できるようになっていた。

 

 元々はもう少し内陸側に走っていた線路を、会社所有した時に国の許可を得て改装し、海沿いの崖を走るようなルートにしたのだという。

 結果、母なる海の威容を、視界の隅々まで堪能できるようになった……と。

 確かに、この大きな窓いっぱいに広がる海、というのは見応えがあるだろう。

 

 ……とまぁ、そこまで説明された結果として、一つ気になることが出てくる。

 

 

「はい?どうされましたか、せんぱい?」

「いやね?この線路、()()しかなくない?」

「……言われてみれば、そうですね」

 

 

 小首を傾げるマシュに示して見せるのは、パンフレットに載っている一枚の写真。

 

 この列車が件の間波岬を通るところを、ドローン*4かなにかで上空から撮ったものだ。

 それをよーく確認してみると、この路線にはどうにも()()()()線路が走っていないのである。……ここで言いたいのは、往路については考慮してあるが、復路については考慮されていない……とかいう単純な話ではなく。

 

 

「これ、そもそも他の列車とすれ違えなくない?」

「あ!た、確かに」

 

 

 そう、線路が一つしかないということは、すなわち列車は一つしかこの路線に入ることができない、ということでもある。

 他のページを捲る限り、あくまで幾つかの箇所で線路が一つになることがある……みたいな感じであり、運行そのものに問題が出ることはないようにしてあるみたいだが……。

 

 

「ふむ、だから『幽霊列車』なのか。本来自分達以外に列車が走っているはずなどないから、すれ違ったのは見間違いか、はたまた幽霊か……ということになると」

「でしょうね。ほら見てよこれ」

「トンネル……ですね」

「ああ、あの刑事が言っていた奴か。……ふむ、こちらも線路は一つきり……すなわち、こうして線路が一つになる場所全てが、『幽霊列車』とすれ違う可能性がある場所……だと?」

「多分ね。で、丁寧にもそういう箇所には、なにかしらの絶景が合わさっている……と」

 

 

 バソが得心したように声を漏らしたので、それに頷きつつ。線路が一つになる場所を、一つ一つピックアップしていく。

 

 トンネルだけちょっと他と趣が違うように思えるが、これもまた明治だか大正だかに使われた鉱山用のトンネルが、列車運行用に転用されたものだと横に記載されていたので、歴史的文化財として名所である……ということだと言えなくもないだろう。

 ……みたいな感じに印を付けていったところ。

 線路が一つになる場所は、いずれもなにかしらの見応えのある景色がセットになっている、というのが明らかになっていったのだった。

 

 恐らくだが、クルーズトレインが通る場所として買い取ったモノであるため、すれ違う列車を気にすることがないように・かつ絶景のみに気を向けられるようにと、線路が一つしか存在しない場所を作った……ということなのだろう。

 よくよく写真を見ると、トンネルなどの幾つかの線路に関しては、二つあった線路を一つに改装した跡、のようなものが残っていたりするし。

 

 と、言うことは。

 すれ違う『幽霊列車』とは、廃線になる以前にその路線を走っていた列車が、なんらかの理由によってその記録を現実空間に投影したモノ……なのではないだろうか?

 そして、それをたまたま見掛けた他の車掌や乗客達が、『あれは幽霊だ』と喧伝したのではないだろうか。

 

 以前ならオカルト以外の何物でもないと切って捨てる所だが、今の私達は『逆憑依』された身。……こういう意味のわからない現象を起こすモノには、心当たりがある。

 

 

「となると……【顕象】、もしくは以前報告されていた迷い家のような()か」

「どっちにしろ、なんのためにこんなことをしているのかはわかんないけどね」

 

 

 思い当たる節としてバソが呟いた言葉に、小さく頷きを返す。

 特殊な()や、存在そのものがある意味荒御霊のようなモノである天然の【顕象】達。

 なんらかの目的を持ったものなのか、たまたま偶発的に発生し、ただ赴くままに以前の線路を走り続けているのか。

 いずれにせよ、周囲に悪戯に噂を振り撒いているというのであれば、こちらとしてはそれを確保・収用・保護せねばなるまい。……財団員かな?

 

 そんな感じに、改めてこの事態の解決を誓いつつ、もう一つ気になったことを口に出す私である。

 

 

「はい?」

「いや、蘭さんが言ってたじゃん?『幽霊列車から無線が返ってきた』って」

「……そういえば」

 

 

 それは、カーブで出会う『幽霊列車』にのみ付随していた、『バレンタイン』『急行』『死』という、無線から聞こえてくる音声。

 刑事さんに聞いた噂話では……そこまで子細はわからなかったものの、あくまで()()()()ことについてしか言及されていなかった。

 すなわち、向こうから反応が返ってくる可能性については、なにも言っていなかったのである。

 これは単なる彼の伝え忘れなのか、はたまたカーブで出会う『幽霊列車』だけ、なにかが違うのか。

 

 

「……うーむ、わからん」

「私達はまだ、実際にその『幽霊列車』を見てもいないですしね……」

 

 

 ……まぁ、最終的に『全部憶測で語っているからよくわからない』という、いつもの結論に至ってしまうのだが。

 場当たり対応だけ上手くなっているような気がして、大変複雑な気持ちになってしまうわけなのです、はい。

 

 

*1
炎の厄災(ALBION)』になりきっていたことが後を引く台詞。妖精騎士メリュジーヌ(第三再臨)の宝具台詞『この名はアルビオン。境界を拓く、最後の竜』より。後半部分の『無垢なる人の似姿』も、微妙に彼女を意識しているとも言えなくもない

*2
『伏せ字で隠してもわかる人にはわかる』説~。……いや、そもそも相手に通じないと話にならないわけなのだが

*3
熱などによって正気ではない時に呟く言葉のこと。そこから、筋の通らない言葉として戯言(たわごと)と同じ意味も持つ

*4
構造上人が乗れず、かつ遠隔操縦や自動操縦ができる航空機……すなわち無人航空機のこと。飛行時のプロペラの音が、雄バチ(Drone)が飛ぶ音に似ている為この名が付いたとか、はたまた第二次世界大戦時にイギリスで使われていた射撃訓練用の標的飛行機『クイーン・ビー(女王バチ)』に形が似ていた為に雄バチと呼ばれただとかの説がある。一般的な航空機よりも遥かに飛ばしやすい為、撮影機材を積んで航空映像を撮るのにも使われたりする。無論、飛行させる時には許可が居る場所もある(そもそも禁止されている場所もある)ので、勝手に飛ばしてはいけないが



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波を捕まえ、先に行く

「そうこうしている内に、次の駅に到着っと」

 

 

 長い間列車の中で座ったまま……というわけではないが、車内に居続けると気が滅入るでしょう、と車掌さんに促された私達は、駅の構内で売店を覗いたりしながら時間を潰していた。*1

 

 出発はこの駅に到着してから三十分後……それまでに戻ってきて下さいね、と笑顔で送り出してくれた車掌さんへ担保代わりの手荷物を一部預けた私達が、この駅に降り立って早五分。

 昼食は既に食べ終えているため、買い食いをしようという気分ではない……なぁんてことは一切なく、ここの名物だというあんずソフトクリームとやらに舌鼓を打つ、私とミラちゃんである。

 あ、ミラちゃんはあれから暫くして『よし……見なかったことにしよう』みたいな感じに立ち直りました。……それ立ち直ってないやんってツッコミは禁止で。

 

 

「甘いものー、甘いものを脳が欲しとるんじゃー、脳を酷使しすぎたんじゃー」

「いや、脳を酷使してなくても、いつでも甘いものにまっしぐらじゃんミラちゃんって」

「ぬ。……むぅ、これでも自重しとるんじゃがのぅ」

「どこが?」

 

 

 こちらの言葉に、はて?とばかりに首を傾げるミラちゃんだが。

 私としては、彼女が両手左右に持った袋の中に、詰めるだけ詰め込まれた多くの甘いもの達を見て、流石にちょっと胸焼けがしてきたりしているわけで。

  ……いやまぁ?私も今の姿だと、味覚に関してはお子ちゃまな方だけどもさ?……流石に、ミラちゃんほど甘味に命を掛けているわけではないというか。

 

 というかミラちゃんって、別に甘いものだけに目を輝かせるような人……ってわけでもなかったような気がするんだけどなぁ?

 確か大きな列車に乗る時に、オススメの駅弁とか買ってたような気がするし。……いやまぁ、ベリー・オ・レとかを大人買いしていたような記憶もあるけども。

 

 ともあれ、そんな愉快なやり取りを経てもなお、出発までにはまだ時間がある。

 部屋から外に出れない(出せれない)探偵二人に対してのお土産に、マグネット式のオセロとかどうだろうと言ってみたモノの、二人を引き合わせるわけにもいかない以上、最悪一人寂しくオセロをする……などという悲しすぎる状況が発生する可能性を指摘されたため、流石に止めておいたりしつつ。

 

 そうして駅の構内を歩く中で、ふとすれ違った人物に目を惹かれたのだった。

 

 

「……?せんぱい、どうなされましたか?」

「いや、なーんか気になったというか……」

 

 

 隣を歩いていたマシュから声を掛けられるが、私は謎の既視感に襲われていたため、生返事を返してしまう。

 

 髪の一部だけが、メッシュになっている若い女性。

 言ってしまえばそれだけしか目立つところのない、普通の女性だったのだが。

 なんというかこう、視線を引っ張られたのである、そうなんとなく。

 

 

「いや、幾らなんでも説明が抽象的過ぎやしないか?」

「そうは言われても、実際になんとなーく目を惹かれたってだけだから、説明しろと言われても……ってひぃっ!?マシュの目付き怖っ!」

「メッシュ……私もちょっと染めたりした方が良いのでしょうか……」

「YA☆ME☆TE!?マシュはマシュのまんまが一番だから!変わらないで!!」

「なんと!?ありのままの私が一番だとっ!?」

「なんか誤解されてるような気がしないでもないけど、そのままのマシュが一番素敵だと思うな私は!」

 

 

 なお、なんか要らぬ誤解をマシュに与えてしまったようで、彼女を宥めている内に出発の時間になったということを、ここに記しておきます。

 

 

 

 

 

 

「……いよいよ噂のコーナーが近付いてきたわけか」

 

 

 横のバソの言葉に、小さく頷く私達。

 線路の切り換えも無事に終わり、会社所有の独自路線に無事突入した列車は、緩やかな速度で件のカーブまでの道を進んでいた。

 

 あたりの風景は木々が多かったものから、次第にそれらが疎らになっていき、ちらちらと青い景色が見え始めている。

 窓を開ければ潮風が吹き込んでくるのだろうが──生憎と今の季節は冬。寒い空気に当てられて震える羽目になるだけなので、流石に窓を開放するような真似はしない。

 ……まぁ、景色を楽しむだけならこの大きな窓からでも十分だし、そこまで気にするようなモノでもないのだが。

 

 さて、ここでちょっと私達が乗っているこの列車『Aimer(エメ)』についての解説をしておこう。

 

 描写が無かったのでわからないと思うが、この列車何気に二階建てである。

 一般的な寝台特急の場合、寝る場所の確保のために客室が左右どちらかに偏っている、というのが普通だ。

 左右に最低限の寝るスペースだけを確保して、中央に通路が走るタイプの個室型……というのも存在するが、クルーズトレインを名乗る以上は最低限寛げるスペースというのも必要となるため、結果として通路を左右のどちらか一方に設け、空いた二席分のスペースを一つの部屋として纏める……という形式を取っていることがほとんどである。

 ……いやまぁ、稀に一車両丸々一部屋分、という豪快かつ豪勢なクルーズトレインというものも存在したりするが。*2

 ともあれ、そんな構造ゆえに窓というものは通路の反対側──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが普通だ。

 

 日本における列車の車体の幅の限界値は、在来線が大体三メートルほどで、新幹線だと三.五メートルほど。高さになると在来線四メートルに対して新幹線が四.五メートルが、それぞれの最大値となる。

 なので、ミラちゃんの原作(『賢者の弟子を名乗る賢者』)で出てきたような、三階建てかつ客室として充分な広さを持った個室を()()()()()()弩級の列車、というものは日本では作ることができない。

 どう足掻いても、普通の線路を走れないからである。重さとか、広さとかの面で。

 

 また普通の列車に関しても、トンネルの大きさや他の線路との間隔など、車体の造りが例え限界値ギリギリであったとしても、他の車両や沿線の建造物との接触事故を起こさないような設計になっているが。

 そうして設計上の余裕があるからと言って、その限界値目一杯まで車体を大きく作るようなことは、普通はしないだろう。

 車体が大きければ風を受けて左右に揺れやすくもなるし、カーブで車体が外に引っ張られる力も強くなる。

 安全を取って更に余裕を空けておく、というのは一つの事故が大惨事になりやすい運搬系の車両にとっては、必須の勘案事項と言ってもいいはずだ。

 

 ……ここまで言えばなんとなくわかって貰えるだろうが、この列車はなんと、その限界値目一杯の大きさとなっている。

 何故そんなことをする必要があるのか。

 その答えが、いわゆるスイートルーム*3に区分される、二階部分の部屋にあった。

 

 そう、クルーズトレインとは、旅を楽しむための列車。

 旅というものにおいて、景色というものは特に大きな楽しみでもある。

 それが、従来の寝台車では、左右どちらかの景色しか楽しむことができなかった。

 最近は二階部分を展望車とすることで、その問題を解決した車両も存在するが、どうせなら一人占め・ないし親しい者達とその景色を楽しみたい、という意見もあるはずだ。

 

 それを叶えるための設計思想。

 それが、二階部分を一部屋としてしまう、という考え方なのであった。

 

 一つの車両につき三部屋あるそのスイートルームは、一階部分の客室の間にある扉、更にその奥にある階段を上った先にある部屋であり、内装としては()()()()()()()部屋となっている。

 各部屋を繋ぐ通路を一階部分に集めることで、二階部分をほぼ丸々部屋として使えるようにした、と言えばわかりやすいだろうか。

 普通の客室よりも更に広いその部屋は、揺れさえなければホテルのスイートルームとなんら変わらないもの、と言っても良いような設備を備えている。

 

 正直、こんな上等すぎる部屋に泊まって良いものか、とちょっと不安になったりもしたのだが。

 ゆかりんから『いいのいいの。たまには羽伸ばしなさいよ』とおすすめして貰ったため、ありがたく泊まらせて頂いている次第なのであった。……まぁ、土産話に期待をされている、というところもあるのだろうけど。

 

 なお、ゆかりんからの紹介でこの列車を予約した私達と違い、自分で予約して自分のお金でこの列車に乗っているコナン君達と金田君は、一階の普通客室に寝泊まりしているらしい。

 

 コナン君達に関してはなんで?と思うかも知れないが、彼等は()()()()()()()()()()()()()()()()()()上に、この列車のスイートルームは定員二~三名であるため、()人一度には泊まれないとなった結果、こんなことになったらしい。

 私達と銀ちゃん達みたいに、二部屋取ればよかったのでは?という問いには、『それだと生々しすぎる』という蘭さんからの言葉が返ってきたが……今の普通客室二つ分も大概なのでは……?

 いやまぁ、男女別々に寝泊まりしているようなので、『生々しさ』はないのだろうけども。……戦力バランス的にも、男女で均衡が取れてるような気がしなくもないし。

 

 まぁつまるところ、この一行と一緒になったのは偶然以外の何物でもないわけで。なんというか変な巡り合わせだなぁ、と困惑するほかない次第なのでありましたとさ。

 

 なお、ミラちゃんは原作での旅好きを大いに発揮した結果、普通に一人でスイートルームに泊まっているらしい。

 基本的に娯楽には金に糸目を付けない*4人物なので、らしいと言えばらしいか。

 

 長々と語ったけど、この『Aimer(エメ)』が風景を楽しむことを重視している、というのはなんとなくわかって貰えたと思う。

 線路に対して左右どちらに名所があったとしても、二階のスイートルームに泊まる限りはわざわざ一階に降りたり、はたまた展望室がある車両に移る必要もない。

 贅沢極まりないそれは、ある意味で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という風にも受け取れる。

 一階にある扉を施錠してしまえば、外界に繋がるのはこの大きな窓だけ。無論それに関しても、遮光カーテンが各部屋に備え付けられているため、室内を外界から隠すことは、あまりにも簡単にできてしまう。

 

 だからこそ、探偵達には探偵力を発揮しないようにして貰いたい、ということになるわけだ。

 彼等の法則が火を吹いたが最後、どう考えても密室殺人事件の開幕にしかならないのだから。

 

 ……というような注意をしたのは、みんなが集まった昨日だったか。

 え?なんで今さらそんなことを言い始めたのかって?そりゃもう勿論、単純に()()()()以外の何物でもないわけでですね?

 

 遠い目で見詰める先にあるのは、さっきから散々話題に上がっている大きな窓。

 丁度木々の間を抜けたその先には、本来ならば雄大な日本海が映る……はずなのだけれど。

 

 気のせいかな?空中にレールが伸びて、その上を走る新幹線が見えるような気がするんだ。

 

 

「気のせいではありませんせんぱい!!実際に(ちゅう)を列車が走ってます!」

「いやだー!!現実なんてみたくなーい!!幻想もみたくなーい!!やめろー!面倒事をもってくんなー!ぶっとばすぞぉ~!!」*5

 

 

 マシュが現実を見るように迫ってくるが……そんな非現実的なもん、できれば見たくないわ!!と嫌がる私なのであった……。

 

 

*1
『エコノミークラス症候群』とは、長時間同じ姿勢で居たり、水分補給を怠ったりすることにより、血流が悪くなって血管中に血栓ができる症状のこと。血が固まりやすい状態(肥満・妊婦・何かしらの大きな手術をしたあと)では発生しやすくなる為、特に注意が必要となる。なお、長時間同じ姿勢で居ることで、血流が停滞し血栓ができやすくなるという病気なので、寝ている時に一切寝返りが打てない……すなわち寝たきり状態などでも発症することもある。特に大きな手術をしたあとの患者と言うのは、血が止まりやすくなる(手術痕が早く塞がる)ような薬を処方されていることが多い為、注意が必要。なので、例え外に出るのが億劫でも、何時間かに一度は体を動かすようにするべきである

*2
内部を二階にわけ、一階をリビング・二階を寝室という形にしているもの等が存在する。贅を尽くす場合、やりすぎと言うことはないのである

*3
『Suite-room』。意味としては『ひと続きの部屋』となる。『甘い部屋(Sweet-room)』ではない。居間や寝室が繋がっている、などのように二つ以上の部屋が繋がっている(=扉などで区切られていない)モノの事を言う。因みに『ロイヤルスイートルーム』の『ロイヤル』は『royal(高貴な/王の)』の方。『loyal(忠誠な)』の方ではない

*4
目的を達する為に金銭に対する執着がない・故に幾らでもお金を使う人のこと、もしくはその行為そのものを指す。糸目とは、凧に付いている姿勢制御用の糸のこと。凧が風を受ける時に、それを均一にして安定させる為のものであり、それがない凧が風を受ければ、好き勝手に明後日の方向に飛んで行くことになる。そこから、お金があちこちに飛んで行く(を使う)ことを躊躇しないことを示すようになった、とされる

*5
『やめろ、ジョッカー!!ぶっとばすぞー!!』は『仮面ノリダー』の主人公、木梨猛の台詞。『とんねるずのみなさんのおかげです』というバラエティ番組で放送されていた、仮面ライダーのパロディ作品。パロディながら、当時の大人も子供も楽しく見ていたという異色の作品。元々は無許可で撮影していた為、令和の今になっても映像ソフト化はされていない(後に許可を貰いに行った為、放送自体は結構続いている)。『No() Rider(リダー)』とも読めなくもないその名前が、後に大きな意味を持つことになるとは当時の関係者も思っていなかったことだろう……



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立ち位置はくるくる変わる

『そこの列車~!!今すぐ止まりやがれぇぇ!!止まんねぇと実力行使すっぞぉ~っ!?』

「うう、ついに幻聴まで聞こえてきた……もうダメだマシュ、私もう眠いんだ……」*1

「午睡の時間はとうに終わりましたよせんぱい!!ほら、しゃんとしてください!」

「ぬぐぅ、マシュがスパルタだぁ……」

「それは勿論、尊敬していますので!」*2

「そういう意味じゃなーい……」

 

 

 どことなく聞いたことがあるような声が、脳内に響いてくる。

 これは夢だ、なにかの間違いだ……とばかりに現実逃避をする私だが、マシュは許してくれない。『頼む……静かに……(ライナー構文)*3も効きそうにないし、やはり真面目に対応せねばならないのだろうか?

 正直面倒事以外の何物でもなさそうなので、対応とか全部投げてしまいたい気分なのだが。

 

 窓の外に見える、宙を走る新幹線。それは運転席部分が仮面にも見える、独特な形をしたもので。

 ……うん、勿体ぶるのもあれなので明言してしまうと、どっからどう見ても()()()()()()以外の何物でもない新幹線が、窓の外に見えているわけなのである。*4

 

 ……この時点で厄介事でしかない(所持品制限どこ行ったな)のだけれど。

 それを差し引いてもなお、脳内に響いてくるこの声は、聞き間違い……脳内に響いているのは聞き間違いでいいのか?……まぁともかく、勘違いじゃなければあの()()()のものだろう、というのも確かなわけで。

 ライダーまで混ぜる気ですか、ふざけるななのですが()

 

 

「んも~!モモちゃんそんなんじゃダメだゾ!向こうには魔王なキーアお姉さんが居るんだから、もっとド派手に行かないと!」

『ん、そ、そそそうなのか?……んじゃまぁ、もうちっとド派手に……』

「……ってうぇ?!しんちゃん?しんちゃんナンデ?!」*5

 

 

 とまぁ、こちらが心労云々から遠い目をしている中で、響いてくる別の声は……しんちゃん?

 あれ、なんで向こうからしんちゃんの声が?

 

 そう疑問を抱きながらよーく視線を凝らせば、窓の外を走るデンライナーのコクピット部分には、こちらに手を振るしんちゃんの姿が。

 今はまだ離れた位置にあるデンライナーだけれども、流石にあの特徴的なシルエットをした人物を、見間違えるはずがない。……ということは、向こうにはしんちゃんが居る……?

 

 こちらの困惑を余所に、しんちゃんを乗せたデンライナーはこちらとは反対方向に向かって進んでおり、あと数分もしない内にこの列車とすれ違うことになるだろう。

 頭に響いてくる言葉の意味は()()()()()()()()、向こうがなにかをこちらに伝えようとしているのはなんとなく……なんとなく……?

 

 

「…………っ!!」

「え、せんぱい?一体どうされましたか?」

「ミラちゃん、確か貴方空中とか走れたよね?!」

「む?なんじゃ藪から棒に。いやまぁ、仙術を使えばできんことはないが……」

「じゃあ何人か頼んだ!──みんな、すぐに飛び降りるよ!」

「はぁっ?!」

 

 

 考えている最中に、とある事実に気が付いた私は、思わず顔を青白くする。

 それから、部屋の中にいる人物達の数を数えて、自身の確信が間違いでないことを察し。

 先ほどまでは開ける気のなかった窓を、大きく開く。

 

 途端、室内は外からの風に、酷く晒されることになるが──そのお陰で、()()()()()()()()()()()()は霧散する。

 

 先ほどからその甘い匂いに晒され続けていた私達は、冷たさとそこに混じった潮風により()()()()()()()()が……ここに残り続けるのなら、何時また正気を奪われるかわかったものではない。

 そのことを感じ取った全員が、向かってくるデンライナーに向かって、

 

 

「アーイキャーンフラーイ!!」

「無茶苦茶かよォォォォッ!!!」

 

 

 叫ぶ銀ちゃんの声をBGMに、皆が窓から外へと身を投げ出していく。

 空中で行動できる者は限られているため、ミラちゃんが何人かの首根っこを捕まえたのを見つつ、私は大声をあげた。

 

 

「あーさーひーさーんー!!!」

『──はいはーい。()()()()()出番っすねー』

 

 

 瞬間、私達をその背に乗せて飛翔するのは、ほどほどの大きさの純白の龍。

 ……通常モンスターサイズのミラボレアス(あさひさん)の上で風に吹かれながら、私達はカーブを抜けて消えていく『エメ』を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ちっ、止められなかったか」

「どんべえどんべえだゾ、モモちゃん。キーアお姉さん達はお助けできたから、ひとまずはクリボーだゾ」

「……それを言うなら『ドンマイ』と『クリアー』でしょ」

「おおっ、キーアお姉さん~。そーともゆー」

 

 

 束の間の遊覧飛行を終えた私達は、近くの砂浜に停車していたデンライナーの近くに降り立った。

 先ほどまで小さいミラボレアスの姿だったあさひさんは、私達が背から降りて程なく、その姿を芹沢あさひのモノに戻している。

 そんな彼女も引き連れ向かった先では、しんちゃんと()()()()が赤いメッシュになっている少女が、何事かを話している姿を見ることができた。

 ……この少女、恐らくだけれど──。

 

 

「ん、言ってる内にお出ましだぜしんのすけ。なにか言うこととかあるんじゃねーのか?」

「おおっ、そーだったそーだった。……んもー、()()()()()()()()とは不届き千万ハリファイバーなんだゾ!」

「……その言葉の意味はよくわかんないけど。とりあえずありがとしんちゃん、こっちに声を掛けてくれたから違和感に気付けたよ」

 

 

 一先ず少女のことは棚上げして、こちらにぷんぷんと擬音が付きそうな憤慨を見せるしんちゃんに、小さく感謝の言葉をなげる私。

 ──先ほど気付いたこと。それは、私達もあの食堂車の人々のように、()()()()()()()()()()()()()についてだった。

 

 つい先ほど、私は脳内での現実逃避の際、自然とコナン君達を五人組と称していた。

 おかしな話である。蘭さんにコナン君、鬼太郎君にバソ、それからライネス……。

 そう、しんちゃんのことが、すっぽりと抜け落ちていたのである。

 それに、あさひさんについても。

 時折思い出したように会話に加わってくるものの、彼女がどこに寝泊まりしているのかについて、私は一切意識していなかった。

 ついでに、駅に降りてから二人が居なくなっていたことにも、全然気が付いていなかったのである。

 

 

「二人が列車に置いていかれてしまった(乗り遅れた)から記憶から抜けたのか、はたまたなにか別の要因か。……よくわからないけど、二人の所在についていつの間にかあやふやになっていた……ってのは確かだよね」

 

 

 というか、そもそもの話をしてしまうと、ゴコちゃんあたりもおかしいのだ。

 あまりにも登場が突然、かつ唐突に消えていった彼女は、はたして本当にあの列車に乗り込んでいたのか。

 もしかすると、あれも思考誘導による幻覚を見ていただけなのでは……?

 

 

「……あー、そのだな。詳しい話をするってんなら、とりあえず乗らねぇか?」

「おおっと、こりゃ失礼。……一応、そっちの名前を伺っても?」

「んあ?……ああ、そりゃそうか。この姿じゃあ、なんのこったかわかったもんじゃねーよな」

 

 

 そうして思考を続ける中、恐る恐るといった様子で声をあげる、赤メッシュの少女。

 その口から飛び出してくる声は、少女の可愛らしいものではなく、男性の低い声。

 どこのジョージボイスのアイドルだよ……と思わなくもないが、少なくとも前例がある時点でわりとあれである。……という話は置いといて。*6

 

 平凡そうなその少女は、こちらに勝ち気な表情を向けていた……のが、今は『あー』だのなんだの呟きながら、呑気に頭を掻いている。

 赤メッシュと、その態度。

 それを除けば恐らくは気弱な方だろう、と確信できる顔の造りの少女は、恐らくは単に巻き込まれただけの一般人だろう。……()が予想通りの存在であるのならば、そういうことが出来てもおかしくはないのだし。

 ……まぁ、それが確かだとすると、色々ややこしいことになりそうだなぁと思わなくもないのだが。

 

 ともあれ、こちらとしては確認のために、彼女──もとい、彼の名前を聞く必要性がある。

 そんなこちらの言葉に彼女は一瞬呆けた表情を見せたあと、自分が今どんな姿をしているのか……ということに気が付いて、小さく頷いた。

 それから、何事かをしようと手を上げ、直前でなにかに気付いたように手を止め、一つ息を吐いたあとにその手を下げる。

 

 ……なんというかこう、気になること有りまくりの行動だが、現状の知り合ったばかりの状況では、聞けることでもないだろう。

 そう納得して、彼女の次の動きを待つ。

 そんなこちらの態度を見ながら、少女は小さく笑みを溢し、自身が何者であるのかを告げるのだった。

 

 

「俺はモモタロス。*7……なんでこんなことになってんのかとか、なんのためにあの列車を追ってたのかとか。気になることは有るだろうが……まぁ、なんだ。取り敢えず乗れや。そっちの方が早いってのは、なんとなく見当ついてんだろ?」

「……そうだね。じゃあまぁ、お邪魔させて貰うよ」

 

 

 彼女の口から飛び出した、予想通りの名前に一つ頷きを返して。

 私達は、彼女が操る時の列車、デンライナーへと乗り込んでいく。

 内装は……特におかしいところはなし。至って普通のデンライナーだ。

 敢えておかしいところを告げるとすれば、車内に私達以外の誰の姿も見えない……ということだろうか。

 

 

「姿形はデンライナーそのものだが、性能云々については格段に下だ。自由に時間を行き来する、とかは出来ないんで注意してくれよ」

「それってデンライナーなの……?」

「言うんじゃねぇよ!こっちだって気にしてんだよっ!……ったく」

 

 

 一番最後に中に入ってきたモモタロス……モモちゃん?が後ろ手に戸を閉めると、デンライナーは勝手に動き始める。

 自動操縦ができるというのは中々に凄いような気がするのだが、代わりにというか時を遡ったり未来へ跳んだり、という機能はオミットされているらしい。

 

 それってはたしてデンライナーと呼べるんだろうか、というこちらの疑問に、彼女は声を荒げながら乱雑に席に腰掛けることで答えとするのだった。……余裕がないというか、なんというか。

 

 ともあれ、話が次に進んだ、というのは確かなようである。

 そのことを踏まえて、一つ言っておきたいことがあります(震え声)

 

 

「あ?なんだ改まって」

「……コナン君と蘭さん、それから金田君置いてきちゃった……」

「あ゛」

 

 

 ……別室待機お願いしてた人達のこと、すっかり忘れてました!!(涙)

 ちくしょう思考誘導!!

 

 

*1
アニメ『フランダースの犬』より、最終話の主人公ネロの台詞『なんだか、とても眠いんだ……』から。原作小説とアニメで描写が違う、というのはこの手の作品にはよくある話。なお、天使達に連れられて昇天する、というシーンはアニメで追加されたものだったりするそうな

*2
『fate/grand_order』のレオニダス一世はスパルタ出身の人物、現在のスパルタという言葉も、語源を紐解けばその国での教育方式を元とする……などの理由からアンジャッシュ状態(いわゆるすれ違いネタ)の言葉

*3
『進撃の巨人』より、ライナー・ブラウンに纏わるあれこれ。主人公がラスボス化する中、作者の歪んだ寵愛を受けて主人公のような扱いをされていくライナー。作者からの愛がキャラにとって嬉しいものなのかどうか、それは本人でもわかるまい……

*4
『仮面ライダー電王』における乗り物の一つ。時の運行を守る鉄道車両型タイムマシンであり、これが無くては電王の話は始まらない

*5
コラボしたことある繋がり。しんちゃんは他にも『仮面ライダーフォーゼ』や『仮面ライダーキバ』ともコラボしている

*6
『青空アンダーガールズ』のキャラクターの一人、火神栞歩(かがみしほ)のこと。眼鏡を掛けている間は井口祐香氏の声で、眼鏡を外すと目付きが悪くなった上で、声が中田譲治氏の声になる。ついでにガラも悪くなる。衝撃的過ぎるキャラ付けの為、一時期話題になった。……まぁ、『あおガル』は既に配信終了しているのだが……

*7
『仮面ライダー電王』のキャラクターの一人。種族はイマジン、モチーフは桃太郎(の赤鬼)。仮面ライダーシリーズではかなりの人気を誇った作品出身(かつ、基礎フォームという主人公ポジション)だからなのか、他のお祭り系作品だと異様に目立つことがある



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誰がミステリだと言った、ホラーだよ!(※確証はない)

「そ、そそそそういえば!先ほど集まっていたのは私とせんぱい、ライネスさんにバーソロミューさん、鬼太郎さんにミラさんと、坂田さん達以下三名!江戸川さんと毛利さん、それから金田さんに関しては、各々のお部屋にて待機……と言う形になっていたのでした!?」

「うん、説明ありがとマシュ」

 

 

 半ば逃げるように行われたあの列車からの退去。

 突発的な行動だったがゆえに、現状確認とかほとんどしないままに行われたそれは、その場に居なかった者をある意味では捨て置くような行動だった。

 ……緊急時・かつ正気じゃなかったその行為は、結果として仲間を見捨てたようなものとなっていたのである。

 

 

「マジか。あの列車の中、まだ無事な奴がいんのか……」

「おいィ?こんな状況下で気になるようなことを呟かないで欲しいんだが?」

 

 

 そんなこちらの言葉を聞いたモモちゃんの反応は、冷や汗をたらりと垂らすもの。

 

 ……あのですねぇ、カーブで出会う『幽霊列車』が文字通りデンライナーのことなら、無線で聞こえてたっていう『バレンタイン』『急行』『死』って言葉の危険度が跳ね上がるわけでですね?

 もうその時点で嫌な予感しかしないので、不安を後乗せしていくのやめて欲しいんですよこっちはね???

 

 

「おお~、後乗せさくさくぅ~」*1

「言うとる場合かっ。……して、モモノスケとやr()「オイコラ、小僧と混ぜてんじゃねぇ!俺はモモタロスだっての!」……小僧?ええと、ともかくモモタロスとやら」*2

「おう、なんだ若作り」

「……ほぅ?わしが本当はイケてるナイスミドルと知っての台詞かの?」

「あ、ああ?なに言って……「ほっほっほっ。よいよい、飴ちゃんやろうか?」いらねぇっての!?オイ、なんなんだこいつイカれてんのか?

いや、なんで私に聞いてきたし。というか、そもそも貴方がなんなのかはわかったけど、それでも色々わかんないことも多いわけよ、こっちは。だーかーらー……」

「お、おう……(なんかこいつ、コハナを思い出すような……)」*3

 

 

 まぁ、そのあたりを聞こうと思ったら、いつも通りにぐだぐだしてしまったわけなのだけれど。……しんちゃんとの相性は言わずもがな、ミラちゃんとも案外波長が合うというか、変に噛み合ったというか。

 

 ともかく、話が変な方向に進んでいきそうだったので、何故かこちらにヒソヒソと声を掛けてきた彼に、ズビシと人指し指を向けて。

 目を白黒させる彼女──彼?に、ちょっと自己紹介と行きましょうと提案をする私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「あー、ちょっと待て。整理すっぞ?」

 

 

 暫しの自己紹介を経て、モモちゃんは微妙に頭の痛そうな顔をしながら、確認するように指を折っていく。

 

 

若作り(ミラ)だろ?片目(鬼太郎)だろ?メカクレマニア(バーソロミュー)ちまガキ(ライネス)眼鏡(マシュ)パーマ(銀時)中華(桃香)宇宙(謎のヒロインX)と……」

「全部あだ名なのisなに」*4

「うるせーやベーの(いち)、俺はこっちのが覚えやすいの」

「やべーのいち……?」

「な、なんだよ、文句でもあるってのかよっ」

 

 

 彼特有の謎あだ名に置き換えられた名前を、全員が呼ばれていたわけなのだけれど。……寧ろ覚え辛くないかなぁそれ?

 因みに、しんちゃんに関してはじゃがいも、あさひさんに関してはやべーの()のあだ名が与えられていた。やべーのて。(いち)()て。……雑過ぎなのでは?

 

 ともあれ、彼なりに状況の整理はできたようで。

 小さく息を吐いたあと、頭を書きながら彼は現在の状況について語り始めたのだった。

 

 

「あー、ことの起こり?は大体二ヶ月前……」

「ごめんなさい大体察したので言わなくても大丈夫です」

「あ?……いや、なんでお前が謝るんだよ?」

「時期的に心当たりが有りすぎるのでいやほんと済んませんっしたァっ!!」

「……なんのこっちゃ?」

 

 

 が、彼の口から漏れた語り出しの部分で、こちらの有罪(ギルティ)は決まったようなもの!

 初手から土下座外交を推し進めて行く他なくなったわけなのですよチクチョウァッ!!!

 

 流れるようにジャンピング土下座をした私だが、やられた方のモモちゃんは困惑顔。

 すまんな、私は大体こんなノリなんだ。蜂にでも刺されたと思って諦めてくれ。

 

 

「いや、結構大事じゃねぇかそれ」

「そうだよ根本原因にこっちの事情が絡んでそうだからアナキラフィシーだよ*5!ごめんね!」

「え、あ、あー……許す?」

「よし許された。じゃあ続きをどうぞ」

「えー……」

 

 

 いや、ホントに許されたとは微塵も思ってないけど。

 一応の確認と、それから実態の確認のため、大丈夫と断ったけどやっぱり聞いといた方がいいかなー?というか。

 

 こちらのテンションが乱高下*6していることに、モモちゃんは困惑頻りだが、それでもコホンと一つ咳を吐くと、気を取り直して続きの話を始めるのだった。

 そうして紡がれた言葉を纏めると、こうだ。

 

 事の起こりは今から二ヶ月前……大体十二月の半ば頃。

 とある旅行会社が、経営難から倒産を余儀なくされたのだという。

 

 理由としては、その無茶な運営形態にあった。

 後払い式のそれは、一応の担保を預かるモノではあったが、それでも無賃乗車は無くならず。

 また会社で線路を所有するというのも、維持費やそもそもの購入費などからして……始まった当初はまだ良かったものの、倒産直前あたりの懐事情では、悪戯に事業を圧迫するものにしかなっておらず。

 そしてそもそもの車両自体も、特注も特注であったがために整備性に難があり、結果として運行を続ける内にどんどん車両は傷付き・古ぼけて行き、それが遠因となり──。

 

 とまぁ、全てが悪循環を形成していたその会社は、まさしく潰れるべくして潰れてしまった、ということだったようだ。

 クルーズトレイン自体が、その割高な料金設定から富裕層向けのサービスである以上、品質を高い水準で維持し続けられなくなった時点で、その寿命は尽きていたのだ……とも言えなくもないのかもしれない。

 

 ……まぁ、それだけなら悲しいけれどもよくある、単なる会社倒産の話……ということになるのだが。

 なんとまぁ、そのクルーズトレインの最終運行日に、車内で首吊り自殺が起きてしまうのである。

 

 自殺したのはその会社の社長。

 経営難からの鬱や、家族との離散に耐えきれず、列車の最後の日を自分の最期の日にした……というような内容の遺書が見付かったという。

 ……のだけれど。

 ()()()()()が遺体から見付かった結果、それは自殺ではなかったのではないか?……という疑いが警察内で持ち上がることになる。

 

 

「ふむ、首吊りで他殺を疑う原因……となれば、吉川線が見付かった、ということかね?」

「お?ヨッシー?」

「吉川線というのは、突然首を絞められた被害者が、抵抗した結果として自身の首に出来てしまう傷のことですよ、しんのすけさん」*7

「おー、マシュちゃん物知り~」

 

 

 ……とまぁ、ライネスやしんちゃんの言う通り。

 社長の首元──縄の痕である索条痕*8と共に、ファンデーションで巧妙に隠された、吉川線が見付かったのである。

 それにより、事態は急変。結果として、妻に依頼された愛人の男性が彼を殺害し、それを自殺と見せ掛けて車内に設置した……という事実が判明した。

 調べによれば、倒産間近となってもなお、社長はどうにかしてクルーズトレインを存続させようと、あちこちを東奔西走していたのだという。

 その、夢見がちとも言える行為に疲れ果てた妻が、縁を切るために計画された犯行だった……と、警察の調書では〆られている。

 

 ……悲しい事件、と言ってしまえばそれだけの話なのだが。

 問題はこれから。そう、クルーズトレインの最終運行日こそが悪かった。

 

 その日は、クリスマスイブ。

 そう、なりきり郷でのサンタクロース騒動が、解決する少し前のこと。

 要するに、闇の化身であるハクさん……いや、ここでは敢えてこう呼ぼう。

 大妖・白面の者の顕現を間近に控えたその日であったということが、この事件を悪化させることとなったのである。

 

 

「留置所にぶち込まれていた元妻と、実行者の間男。……その両方が、突然姿を消したらしい」

 

 

 一番最初にその被害にあったのは、犯人である二人。

 検察官への引き渡しのため、一時留置所に勾留されることになった両名は──ほんの少し、刑事が目を離した隙に、忽然と姿を消した。

 物音はなかった、牢屋の鍵も開いていなかった。

 ただ、そこにあるべき二人の姿だけが、まるで魔法のように消え失せていたのである。

 

 警察も必死の捜索を行ったものの、そもそもに逃げられるハズのない場所から忽然と姿を消したこともあり、痕跡すら見付からずにお手上げになったのだそうだ。

 

 そして、そこから広まる一つの噂。

 会社が倒産し、整備する者もおらず。

 倉庫にて、解体される時を待ち続けるクルーズトレインが一つ、姿を消したという語りから始まる噂だ。

 

 車内で無念の死を迎えた社長の意思を継ぎ、彼を殺した二人をその身に呑み込んで。

 世の悪人共を、ひたすらに巻き添えにしながら運行する地獄の列車。

 ──『幽霊列車』が、悪人を裁きに行くぞという噂だ。

 

 

「……ああくそ、思い出して来たぞ。僕とバーソロミューさんは、元々あの列車を調べるために来たんだ……!」

 

 

 忌々しげに吐き捨てるのは、鬼太郎君。

 元々彼とバソは、噂の真偽を確かめるためにあの列車を調査していたらしい。

 それがどういうことか、彼等はコナン君達と一緒に旅行を始めた、という風に意識改変されていたわけである。

 

 

「……あー、私も思い出して来たぞ。確か八雲のに頼まれて、噂の調査に来たんじゃなかったか……?」

「そうだゾ!オラは、ライネスちゃんのお助け役だったんだゾ!」

 

 

 更に、ライネスとしんちゃんもまた、別口での調査部隊だったようだ。

 鬼太郎君達は独自調査の上で、ライネス達はゆかりんからの依頼で、それぞれあの列車に近付いたらしい。

 だが、あの列車を調べようとしたところ、列車からの思考誘導により、それらの目的を忘れてあの列車に乗り込んでしまった……ということだったようだ。

 

 更に、それらの情報は向こうに利用され、蘭さん達が列車に乗り込んだ切っ掛けとして再利用されていたのである。

 一番最初、蘭さんにあの列車に乗っている理由云々の話を聞いた際に、彼女が説明していたのはライネス側の理由が混じったものだった……というわけだ。

 二度目の説明の際に、『ゆかりんには行き先を伝えていない』などという話が飛び出したのも、思考誘導で自分のモノではない理由を自身のモノだと洗脳されていたから、というわけらしい。

 

 ……そう、よくよく考えてみると、結構なボロが出ている今回のあれこれ。

 それら全てをカバーしているのが、件の洗脳能力。……いや、敢えてこう言おう。

 

 

「精神汚染を発生させる異常列車……それこそが、あの『幽霊列車』なんだよ!」

「「「「「「「「な、なんだってー!!?」」」」」」」」

 

 

 ……うん、いつも通り良い反応ありがとう。

 それと新入り二人、変なものを見る目でこっちを見んな。

 

 

*1
『どん兵衛天ぷらそば』のキャッチコピー。中の天ぷらを出来上がった(三分経った)あとに乗せるとさくさくで食べられるよ、というような助言の意味もある。因みに、こちらのパッケージは赤色。緑色の天ぷらそばは、マルちゃんでお馴染みの東洋水産が製造販売している『緑のたぬき』である。どん兵衛は緑だときつねうどんに、東洋水産だと『赤いきつね』となる……

*2
ここでの『モモノスケ』は『ONE PIECE』の光月モモの助のこと。また、モモタロスの言う『小僧』とは『仮面ライダー電王』のリュウタロスのあだ名。モモタロスとは『モモ』の字繋がり、リュウタロスとは『竜と関連が深い』繋がり。その為、二人を混ぜると『モモノスケ』になる、という意味合いで怒ったという話

*3
諸事情から小さくなった『仮面ライダー電王』のヒロインの呼び方。『コハナクソ女』などと呼ぶこともあるが、その度に制裁を受けている

*4
『○○is何』は、SNSなどが発祥と思われるスラングの一つ。文字通り『これはなんですか?』と問い掛けるモノだが、英語と日本語が混ざることにより強く発言者の困惑を示している、ともとれなくもない。関係ないかもしれない

*5
『アナフィラキシーショック』のこと。アレルギーを起こす原因物質(アレルゲン)が体内に入り、急激なアレルギー反応が起きること。蜂によるものが有名だが、それ以外にも何かしらのアレルギー症状を持っていれば、起こる可能性は普通にある。最悪の場合はショック死すら起こることがあるので、普通の好き嫌いと混同しないようにする必要がある(特にアレルギーに対して理解のない相手が近くにいる時など)

*6
読みは『らんこう()』。『らんこう()』ではないので注意。元は相場の動きが激しいことを指す言葉。そこから、上下に大きく変動するモノに対しても使われるようになった

*7
鑑識課長・吉川澄一氏が調査等を行い、学会に発表したのが名前の由来。首に巻き付いたひも等を取ろうともがく中で、首回りにできる引っ掻き傷などの総称。一応、自殺の場合でも付くことはある(首吊りが失敗した時など。普通はすぐに意識を失うが、場所が悪いと酷く苦しむことになる)が、逆に言うと抵抗される可能性の高い他殺においてはほぼ必ず付いている傷、ということでもある

*8
『さくじょうこん』。ワイヤロープを意味する『索条』の痕、の意味



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噂の対象がこっち側だった、というのもよくある話

「まさか私達が乗ってた方が『幽霊列車』だったとは……」

「更には洗脳能力(ミーム汚染)持ちだ、財団員みたいって言ったのもフラグだったわけだな、ガハハ」*1

「全てを諦めたかのような、空虚すぎる笑いじゃのぅ……」

 

 

 列車の近くに居ると、その意識を操作される──。

 単純ながらも強力なその特性により、乗客達は意識を強く誘導されている。

 そんな可能性を示された私としては、もはや乾いた笑いしか出てこねーですよちくしょーめ。

 

 というか、だ。

 基本的には楽しい列車旅行、ということになるように意識を誘導させられているわけなのだけれど、はたして本当に()()()()で済んでいるのだろうか?

 

 

「と、言いますと?」

「あの乗客、実体があるの(本物)は何人居たのかな……って」

「お、おいおいおい……まさか中に幽霊でも居た、って言うんじゃねぇだろうなぁ!?」

「幽霊というか、眷属ぅ*2と言うか……」

 

 

 こちらの言葉に、微妙に上擦った声をあげるモモちゃん。

 ……鬼なのに幽霊とか怖いんだろうか、と問い掛けたら「こっここここ怖くなんかねえっての!つーか俺は鬼じゃねーの!」などと寝言をほざき始めたので、一体どうしてくれようかこの赤鬼などと思案中で……え、なにマシュ?

 ふんふん、ふむふむ。……はぁ、なるほど?

 

 

「な、なんだよその目は……」

「いやいやなんでもございませぬよ?やっぱり幽霊は嫌なんだなって思っただけだから

 

 

 現在の彼は──大本はモモタロスだが、憑依しているのが少女であること、それからそもそも『憑依』という行為がこの世界ではちょっと別の意味を持つことから、どうにも存在が不安定になっているのではないか、というのがマシュの考察である。

 つまり、今のモモタロスは文字通りモモちゃん(女の子)として、常の彼とは様々な面で差異があるのではないか?……という話になるわけで。

 

 

「だからまぁ、女の子らしく『幽霊こわーい』とか言い出しても……ええ、そんな可愛らしいことを言い出しても、私達はちゃんと受け入ぺっ」

「ざけんなっ!!」

 

 

 説明している最中に顔面にシュークリーム投げるの止めない?

 ……という私の抗議は華麗にスルーされ、彼……もとい彼女は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。むぅ、バッドコミュニケーション……。*3

 それと銀ちゃん、君はなんでちょっと羨ましそうな顔をしてるんです?……え?糖分が切れた?シュガードープ*4か貴様は。

 

 ともあれ、からかったこっちの自業自得の面も無くはないため、マシュがこちらの顔を拭こうとしてくるのをやんわりと断りつつ、自分で顔面に飛び散ったクリームを拭き取る私である。

 

 

……つーか、そもそも幽霊列車だって二回目だし。怖くなんかねーし。俺の必殺技パート999(スリーナイン)でスパッとやってやるし……*5

「はいはい、こっちが悪かったから機嫌直して頂戴な」

 

 

 そっぽを向いた彼女は、小声で何事かを捲し立てているが……聞こえているとなると余計に拗れそうなので、ここは一切内容を聞かずに、ただ謝罪だけを投げる。

 こちらが真剣に謝っていることを感じ取ったのか、彼女は『プリン・ア・ラ・モードで許してやる』という感じのことを返してくるのだった。……あらどーも、なんちて。*6

 

 

 

 

 

 

「しかしー、うーむ……」

 

 

 デンライナーの車内で揺られながら、考え込むこと暫し。

 いつかは乗ってみたいな、的なことを言った覚えがあるけれど、まさか本当に乗ることになるとは思わなんだ……みたいな感想もちょっと無くはないのだが、それはそれとして。

 

 『電王』の方でも『幽霊列車』の話はあった、ということを聞いた私は、今回のあれこれが予想以上に根が深いモノなのではないのかと、ちょっと疑い始めていたのだった。

 

 

「あん?なんだ、前回ってーと……ユウキ、だったか?あれがまた関わってるとでも?」

「さぁね。……ただね、中で会った人に『そういうの(無機物の幽霊)の』は船の方が一般的じゃないのか、とか言われてたからさ」

「……ふーん?」

 

 

 モモちゃんの溢した名前にちょっと()()嫌な予感を覚えつつ、あくまで予感なので口には出さずにただ頷く私。

 

 ユウキ……すなわち『仮面ライダー幽汽』とは、『電王』で登場したライダーであり、そのモチーフに『海賊』を含むモノでもある。*7

 ついでに言えば……まぁ、こちらは偶然に近いが。向こうに、人質めいたモノを取られている……というのも確かなのである。

 

 

「……いやその、せんぱい?その理屈で言いますと、蘭さんが怖いのですが?」

「…………」

「せんぱい!?こちらを見てくださいせんぱい!?」

 

 

 ……うん。

 『幽霊汽車(幽汽)』という意味で被りに被っているこの状況、またしても【継ぎ接ぎ】に【継ぎ接ぎ】が重なった、かなり頭の悪い案件である可能性が捨て切れないわけで。

 というか、先ほどまでの話は基本的には噂、あの列車が本当に『悪人を食らう魔の幽霊列車』であるかどうかは不明。

 ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()がわからない以上、想定できるものは全て想定しておく必要があるわけでして。

 

 ……具体的に言うと、謎の仮面とか被った蘭さんが出てくる可能性とか、わりと考慮しとかなきゃなー、というか?

 クリスマスから繋がってる(ウチもやったんだからさ)案件っぽいから*8、余計のこと闇堕ち蘭さんの成立確率を無視できねーというか……。

 

 そんな感じのことを述べたところ、涙目のマシュに詰め寄られてしまった、というわけである。

 ……いやまぁ、うん。推理もの特有の実力行使枠*9だからなのか、蘭さんって戦闘力高いからなぁ……。

 

 というか、よくよく考えてみると蘭さんが再現度が高いのかどうか、私達は一切知らないわけで。

 ゆかりんの護衛役も兼ねてるあたり、少なくともそんじょそこらの人よりは強いんだろうし、最悪『藍』扱いだから、なにか強化とかされてる可能性も否定できないし……というわけで、例えマシュほどの実力者であっても、正面戦闘は避けたくなる……という気持ちもわからないでもない、というか。

 

 

「まぁ、最悪洗脳されてても『幽霊列車』の方を止めれば、多分どうにかなると思うけど……」

「ああ、なるほど。だからこそ『動機』に間違いがないか、というところが気になったと」

「そーいうこと」

 

 

 バソの言葉に頷きを返す私。

 今回の案件がイマジン絡み……という私の判断は、そう間違ってないと思われる。【顕象】は決して無秩序なモノではなく、ゆえに状況証拠が揃うのなら、ほぼ間違いはないはずである。

 ただ、契約者候補が()()居るため、そのどちらが契約者なのかによって、あの『幽霊列車』が求めているモノは大きく変わるだろう。

 ちゃんと相手の動機を読めていればいいが、もし仮に読み間違えた場合は……。

 

 

「どうなるか、というのはあんまり言わせないでほしい。……よくない結果になる、ってことだけは確かだけど」

 

 

 私の言葉に、皆がしんと静まり返る。

 ……この場合の良くない結果、というと、三人が戻ってこない可能性……とかだろうか?

 無論、そんなことにならないように善処はするが、読み間違えて対処をミスり、結果として取り返しのつかないことになる、というのは極力避けたいところ。

 

 

「……そういえば、怪盗は?」

「え?」

「は?」

「あれ?」

「お?」

 

「……んん?」

 

 

 そんな中、ポツリと鬼太郎君が呟いた言葉に、皆の自然が彼に集中する。

 あれ、僕おかしいこと言ったかな……みたいな曖昧な表情で、頭を掻いている鬼太郎君だが……。

 

 

「……すっかり頭から抜け落ちてたね。そういえば黒雲斎さんも居たんだっけ……」

「怪盗に狙われているという宝石も、外から持ち込まれたモノのはずです。物に関しては記憶操作(思考誘導)が効かないのだとすれば、そこに付随する情報も曲げられない、とするのが正解ではないでしょうか?」

 

 

 こちらとしては、すっかり頭から抜け落ちていた話だっただけに、思い出させてくれてありがとう、と言いたいくらいの気持ちである。

 

 そう、黒雲斎さんは『宝石を怪盗から守るために』あの列車に乗り込んだのだと言っていた。

 最悪、『宝石を守るために』という部分が捏造された記憶だったとしても、実際に宝石があったということは事実。

 

 すなわち、こちらの案件とはまた別個の問題として、怪盗がやってくる可能性自体は潰えていない……ということだ。

 

 

「ふむ、わしはその二人にあっておらぬので、迂闊なことは言えぬが……おるのか?怪盗なぞ」

「なにを言いますやらミラちゃん。これに関してはそっち案件なんだぞ?」

「……む、わし案件?」

 

 

 そんな私達の話に、一人だけ首を傾げている者がいる。

 そう、私達と一緒にあれこれと問題を解決したわけではない二人のうち、一人だけ完全に別組織所属のミラちゃんである。

 ……モモちゃん?彼女はどうにも在野の一般?なりきりのようなので、扱いとしては保護前のキリトちゃんとかと一緒である。……なんか、図らずしもTS系キャラの名前ばっかり上がったな今?

 

 ともあれ、ミラちゃんの所属が『新秩序互助会』という、胡散臭さMAXのところだと言うのは間違いない。

 そして、そこに居る者達が、自分を『転生者だと思っている』ということもまた、彼女自身がそう述べていたようなものなので、ほぼ確実だろう。

 

 なりきり郷に所属する人々は、原則として外には出てこない。例外は、私達のような許可を得た者達だけ。

 ……つまり、こちら側から怪盗なんかが外に出る、ということはほぼあり得ないはずなのだ。

 それは裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということでもある。

 

 

「……いやいや、理由としては薄過ぎるじゃろう、それ」

「でも、自分が転生者で、この世界は自分達のための遊び場だ、みたいな考え方をしている人が現れやすいのって、そっちじゃない?」

「……む」

 

 

 こちらの勝手な予測に、軽く呆れたような声をあげるミラちゃんだが……。

 

 考えてもみてほしい。

 人の良識とは、環境によって育つもの。

 いわゆる『異世界転生』系の作品で、主人公達が好き勝手し始めるのは、転生してきた世界を下位世界──すなわち自分のための遊び場(創作のもの)だと思っているから。

 

 それらを考慮するに……『新秩序互助会』は、その設立の目的がどうであれ、勘違いを加速させる坩堝の役割を果たしてしまっている……ということに、言い逃れが利きそうにないモノだと私達には認識されているし、事実ちょっと前までのミラちゃんの思想は──危険でこそなかったものの、実際にその勘違いを否定できるようなものでもなかった。

 

 すなわち。

 いわゆる劇場型犯罪*10の典型である怪盗。それが身を潜める場所があるとすれば、それは在野か・はたまた『新秩序互助会』か。

 ……というような予測を立てるのは、ある意味自然な流れなのである。

 

 

「まぁ、こっち側で愉快犯がいる、という可能性も捨てきれないけども」

 

 

 まぁ、最後に今までの話を、全部ひっくり返すようなことも挟んでおくのが私、なのだが。

 そんなこちらの言葉を聞いたミラちゃんは、なんとも言えない表情で固まり、モモちゃんもまた『こいつめんどくせぇ……』みたいな顔をしていたのでした。

 

 ……しゃーないやんけ、単なる予測なんやし。

 

 

*1
どちらも『scp』関連の用語。『scp』は元々海外のシェアード・ワールドに登場する物・人・現象などの総称。『ミーム汚染』の方は、元々『遺伝子(gene)』から生まれた造語であり、『情報や文化の最小単位』とされることから『模倣子』とも呼ばれている(こちらも『遺伝子』の捩り)。そこから、特定の場所でのみ通用する文化のことを『ミーム(meme)』と呼ぶようになった。ネットなどで見掛ける『ミーム』は基本的にそっち(インターネット・ミーム)。ミーム汚染の場合、『ミームという最小単位が改変され、周囲の常識が変わってしまう』という意味でも、『特徴的なインターネット・ミームが流行することにより、本来の意味が見えなくなる』という意味でも適合する。『scp』的には前者、と言ったところだろうか

*2
某も眷属ぅ!……サイゲームスの作るゲーム作品に登場するキャラクター、ヴァンピィの発する台詞から。彼女は吸血鬼であるため、今風に言うのなら『お前も鬼にならないか?』とかだろうか?まぁ、あちらよりは軽い言い口だし、何よりヴァンピィは美少女なのだが。声優が釘宮理恵氏なのも相まって、一部の人々に深刻なパンデミックを引き起こしたとか、してないとか

*3
『意志疎通に失敗した』の意味。……だが、サブカルチャーに染まった者は大体『THE IDOLM@STER』シリーズでの単語を思い出すことだろう(人によってはB'zの楽曲を思い出すかもしれない)。選択肢においてミスをした時に出てくる文字なので、意味としては然程変わりはない

*4
ドープ(dope)』は、英単語の一つ。麻薬やコーラなどを意味する単語であり、そこから『病みつき』『(病みつきになるほど)カッコいい・凄い』という意味のスラングとしても使われる。なので、ここでの意味としては『砂糖中毒』と言ったところだろうか。なお、同名のヒーローが『僕のヒーローアカデミア』に存在する

*5
必殺技の番号は『銀河鉄道999』より。いわゆる電車繋がり

*6
『プリン・ア・ラ・モード』とは、和製洋食・洋菓子の一つ。プリンの周りに多種多様な甘味を飾り立てたもの。ホテルニューグランド『ザ・カフェ』が考案したメニューだとされている。『ア・ラ・モード』はフランス語で、『最新の流行の』と言ったような意味。『今時流行りのプリン』くらいのイメージだろうか?モモタロスはプリンが好物なので、『高いプリンくれたら許してやるよ』というような意味となる。後半の『アラモード』に対しての『あらどーも』は駄洒落の一種だが、同時に『東京ミュウミュウ』のエンディングテーマ『恋はア・ラ・モード』の歌詞の一部でもある。2022年7月からリメイクが放送されるらしいが、はたしてどうなることやら(前述したエンディングテーマは2002年にアニメ化した時のもの)

*7
『劇場版 さらば仮面ライダー電王 ファイナル・カウントダウン』で登場した敵ライダー、及びそのフォームチェンジ(スカルフォーム)のこと。変身者はなんとテレビ版の主人公、野上良太郎である。『幽霊列車』『クリスマスで黒化してたキーア(主人公なのに敵側になっていた)』などのフラグが立っている……

*8
一種の同調圧力ってやつやなー。よくあるやん?ほならね理論。これって実際に相手にやられたら困るよなー、みたいな?まぁ、圧力ってゆーとる時点であれなんやけどね。琴葉茜(ウチ)が何かやってる、みたいな設定の動画でよー見る言い回しやでー

*9
探偵ものの大家である『シャーロック・ホームズ』でさえ、有事の時には実力行使(バリツ)を辞さないのだから、そりゃあまぁ後世の人々もやるよね、みたいな話。金田一少年の事件簿では実力行使枠が居なかったことで、犯人の目的を阻止しきれなかったこともあるのだし……

*10
見せ物としての意味合いも持つ犯罪のこと。犯人が主役、警察や探偵が敵役となり、その対立を周囲のマスメディアや野次馬達観客に見せる、という形になるものが基本



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やっぱり暴走特急じゃないか!

「まぁ、とりあえず予想外の事態が起こる可能性も含めて、警戒を怠らないように……ということが言いたいんだろう、キーア?」

「そうそうそれそれ。口下手でごめんねー」

 

 

 横合いからこちらの発言にフォローを入れてくれたライネスに感謝しつつ、改めて今回の案件について纏めてみる。

 

 目標となるのは、今現在追い掛けている『幽霊列車』。

 こちらが向こうから離脱してすぐ、あちらは唐突に速度を上げ、遥か前方に走り去ってしまった。

 デンライナーは暫く砂浜に停車していたため、その時間分距離を離された、ということになる。

 

 ……え?デンライナーは新幹線なのだから、一応は単なる在来線であるはずの『エメ』には簡単に追い付けるんじゃないのか、ですって?*1

 それがまぁうまく行かないことに、向こうはこちらより微妙に速いらしく。

 向こうは既に次のチェックポイント……もとい、噂となっていたトンネルにまで到達してしまっているとかなんとか。……え?なんで向こうの位置がわかるのか、ですって?

 ふふふ、舐めて貰っては困りますよ。(わたくし)、腐っても魔王ですのよ?

 

 

「大言壮語*2は自身を安っぽくするだけだよ、キーア。……いやまぁ、本当はできるのにやってないだけなんじゃ、という疑いもなくはないけども。……今回のは、そういう話ではないのだろう?」

「むぅ、ライネスは遊びがないねぇ。……いやまぁ、確かに今回のに関しては私の手柄でもなんでもないけども」

 

 

 ……まぁ、ライネスの言う通り。

 別に私が探知とか千里眼とかを使っているわけではなく、琥珀さん(コハッキー)謹製探偵アイテム『DBバッジ』をコナン君が持っているから、その電波を探知している……というだけなのだが。

 更に言えば、『犯人追跡メガネ』的な機能を発揮しているのも、マシュが掛けている眼鏡の方だし。*3

 

 

「……これも一種の科学と魔術の交差、というものなのでしょうか?」*4

 

 

 そうぼやくマシュの眼鏡の大体数センチほど前に、投影型モニタのようにレーダーが写し出されており、それをマシュが確認している……というのが現在の私達の状況である。

 こっちも琥珀さん謹製だが、それゆえに型月魔術的なアプローチが加わったものであるため、そういうものに慣れ親しみかつ詳しそうなマシュに、道具の扱いは任せっきりな状況なのだった。

 

 ……なお、あくまでもマシュが使う方が魔術要素を含むというだけで、コナン君が使っている方は普通にただの科学技術の結晶である。……まぁ、端的に言えば発信器と受信機ってだけだし、そこまで大層なモノでもないわけなのだが。スマートグラス*5とかのあたりに機能を追加したもの、と考えれば普通に出回っているものと代わりはないわけだし。

 

 ……え?それでもやっぱり投影用の筐体が眼鏡サイズで、かつ触れる空中ディスプレイはおかしい?そっちの方がカッコいいから是非もないよネ!*6

 

 

「……いや、お主らそんなわけのわからんもん作っとるんかい……」

「え?なんでミラちゃんが驚くの?使うでしょ、投影メニュー」

「ありゃわしらに付随する能力というか設定じゃろうに。実際に作ってみる奴があるかっ」

「それはほら、お国に文句を言ってほしいというか……」

「おのれジャパニーズ……!」

 

 

 なお、ミラちゃんは何故か嘆息していた。

 元がゲーム系の作品のキャラ達なら、空間投影ディスプレイなんて、慣れ親しみ過ぎて見飽きているかと思ったのだけれど。

 あくまでもゲーム世界で見ていたモノだからかなのか、驚きとか呆れの方が強いらしい。

 厳密にはあれらはVRじゃなくてARだから、ということなのだろうか?*7

 

 よくわからないが、『新秩序互助会』がなりきり郷みたいな運営形式ではない、というのは間違いなさそうである。……横の繋がりが薄そう、というか?

 

 ともあれ、探偵(DB)バッジを持っているコナン君の現在地は、私達よりも遥か前方。

 自動操縦のデンライナーで追い付くのは、事実上不可能そうである。なーのーでー。

 

 

「はい、モモちゃんのー、ちょっと良いとこ見てみたい!」*8

「いや、なんなんだよいきなりお前は。……言われなくても運転するっつーの」

「え、その格好で?」

「……お、おう」

 

 

 このデンライナーがどういう理屈でここに有るのかはわからないが、確か操縦権限を持ってないと動かせないはずのモノなのも確かなので、速度を上げようとするのならばモモちゃんに頼むしかあるまい。*9

 そのあたりを踏まえて、彼女の活躍を見てみたい、みたいなことを主張したのだけれど……あれ?変身しないの?

 こちらの疑念を込めた視線を受けたモモちゃんは、殊更に困惑した様子を見せている。しどろもどろと言うか、はたまたなにかを誤魔化すような動きと言うか。

 

 ……んー?

 そもそもさっき、運転席に居たよねモモちゃん?しんちゃんと一緒に。

 

 シルエットだったからあくまで人がいる、ということしかわからなかったけど、それでも小さい影と(比較的)大きい影が並んでいたのは、はっきりと視認している。

 だから、彼女がこのデンライナーを運転できない、ということはないはずなのだけれど。それにしては、なんというか躊躇っているように見えると言うか……?

 

 ますます疑念を深めていく私の視線が、徐々に鋭くなる中。

 モモちゃんは、いつの間にやら冷や汗を滝のように掻き(ダラダラ)、目は左右に忙しなく泳ぎ(キョロキョロ)……という風に、どんどんと余裕のない状態に陥っていく。

 

 ……なんでこう、私が彼女を虐めている……みたいなことになってるのだろう?

 単に『仮面ライダー電王』としての活躍が見たい、と言っているだけのはずなのだが。

 

 

「……!は、はわわ……?!」

「突然どうしたのライネス、お兄さんみたいなことをいきなり口走って」

(孔明)違いだよそれは*10。……じゃなくて、わわわ私はちょっと具合が悪くなったので休ませて貰おう「……仕方ねぇ!やってやらぁ!」ひぃっ!?フラグを立てるのは止めてくれないかっ!?」

「フラグ?」

 

 

 そんなやり取りをしていた最中、突如奇妙な声をあげたライネス。

 それ君のキャラ(司馬懿)と違うやん、的なツッコミを入れたところ、唐突に体調不良を訴え始めたのだが……はて?

 

 彼女の言葉を遮るように、なにか重大な決心をしたかのような悲壮な表情で立ち上がるモモちゃんと、それに殊更に怯えるような態度を見せるライネス。

 全くもって意味がわからないが、どうやらライネスにはここから起きることが予測できている、ということらしく。

 それが何らかの悪影響を及ぼすのではないか、と彼女は警戒し、恐れているということのようだ。

 

 ──ふぅむ?ライネスが借りてきた猫のような状態になる、彼女が恐れるもの……?……って、あ。

 

 私がライネスの怯えの理由に思い当たるのとほぼ同時、深く息を吸い、深く息を吐きながら精神統一を済ませたモモちゃんは、どこからともなく変身アイテム(ライダーパス)を取り出した。……何故か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それを。

 

 

「──変身!」

 

 

 独特なポーズと共に放たれた言葉。それをトリガーとして、ライダーパスが光を放つ。

 

 本来ならば『電王』の変身は、ベルトの中央部に──あたかも改札を通るかのように、ライダーパスを翳すことで行われる。

 が、今ここで行われているそれは、全くの別物。

 ライダーパスそのものが輝きを放ち、そこから溢れた光の帯が、彼女の体を包むようにして行われている。──そう、それは奇しくも、『ライダーシリーズ』が放映されているのと近い時間帯に放映されている、少年向けと言うよりは少女向けの番組で見られるような光景で──。

 

 彼女の体を包む光の帯と、謎発光。

 見ているとこっちの心胆をも寒からしめるその光景は、そういうのを初めて見たらしきミラちゃんには、唖然と困惑を与え。

 そういうのに覚えがあるなりきり郷出身の者達は、あっという呟きと目を逸らす時間を生み。

 結果、私達の前には、髪の毛の赤いメッシュがその全体に広がり、かつライダースーツを元にしたのではないかと思われる、少女らしさが全身に見え隠れする独特な衣装に身を包んだ少女──モモちゃんの姿が現れたのであった。

 

 

()()、参上!!」

 

 

 自身の呼び名まで変わってしまったモモちゃんの姿を見て、思わず遠い目をしてしまう私と、部屋の隅に逃げ込んでガタガタ震えているライネス。

 ……うん。どっちかーつーとライダーってよりはプリキュア(魔法少女)ですね、これ。敢えて名付けるとしたら『ライドオン(Ride on……)☆プリキュア』とかカナー(ヤケクソ)*11

 

 

「…………」(プルプル)

「……うん。ごめんねモモちゃん、すごく酷なこと言ってたんだね私は……」

「謝らないでよ!?余計に惨めになるでしょうが!!」

プリズマは嫌だプリズマは嫌だプリズマは嫌だプリズマは嫌だプリズマは嫌だプリズマは嫌だ……

「ら、ライネスさんが壊れたラジオのように……っ!」

「いやー……いやー?わしも流石にあのバンクをさせられるのは嫌じゃのぅ……」

「わー!!もうやだーーーっ!!!」

 

 

 この混乱が収まるまでは、おおよそ二十分ほどの時間が必要となると予測されます。

 周囲の方々は、申し訳ございませんが白線の外側でお待ちくださいませ。

 繰り返しお伝え申し上げます、本日はデンライナー・日本の夜明け行きにご搭乗下さいまして、まことにありがとうございます。

 当列車は現在運行を見合わせております。

 この混乱が収まるまでは……。*12

 

 

 

 

 

 

「酷い話だった……」

 

 

 混乱が収まったのは、それから数分後。

 皆のダイヤ調整能力(建て直し力)に驚きつつ、可愛らしいふりふりの服を着たキュアピーチ*13……もとい、モモちゃんが泣きながら運転席に走っていくのを見送った私達は、現在手持ち無沙汰のため窓から外を眺めている最中。

 

 ……イマジンと『逆憑依』の相性が良すぎることもあり、他のモノを【継ぎ接ぎ】しないと現在憑依している一般人の子に宜しくない影響が出る……ということを彼が意識したのかは定かではないが。

 少なくとも、原作主人公である良太郎以外に憑依することが、あまり良い影響を及ぼすとは思えない……くらいのことを無意識に思ったらしく、結果として彼は同じニチアサ組*14であるプリキュアの要素を、知らずの内に組み込んでしまっていたらしい。

 

 これがまぁ、憑依されている側の意識がしっかり出てくるタイプならば、あくまで恥ずかしいのは中の人だけ。

 モモタロスとしては単に冷やかすだけで済んでいた、のかもしれなかったのだが……。

 

 結果はご覧の通り、『逆憑依』においては意識の主体は憑依してきた側にあること、及びイマジン自体が他者の意識を乗っとるものであること、その二点が上手いこと噛み合い、現状恥ずかしいのはあくまでもモモタロス、もといモモちゃんだけ……ということになっているのだった。

 多分、魔法少女モノのマスコットの要素も混じっているのだと思われる。

 

 そうして、自身の意識まで変革する()()という要素も手伝って、彼は現在新米プリキュアとして電車を運転している、というかなり珍妙なことになっているのだった。

 ……出力不足(再現度足らず)、恐るべし。

 

 

*1
参考までに、JRの在来線における最高速度は130km/h。新幹線の最高速度は320km/h

*2
大袈裟に(大言)威勢のいいこと(壮語)を言う』ことを意味する言葉。自身の実力に見合わない物言いや、威勢だけがよく中身の伴わないホラ話という意味でも使われる。中国の故事成語……ではなく、『大言』と『壮語』の二つの言葉が合わさってできた言葉。『大言』の意味を『壮語』で強調している四字熟語だと言える

*3
どちらも『名探偵コナン』にて登場するツール。探偵バッジもとい『DBバッジ』は、『Detective Boys(少年探偵団)』の頭文字からのネーミングで、江戸川乱歩氏作の『少年探偵団』が持っていた『BDバッジ(DBバッジと名前の由来は同じ)』が元ネタとなる。単なるバッジではなく、様々な活用法があったようだ(いざという時の武器・居場所を伝える為の証代わりなど)。コナン側の方はトランシーバー機能、及び発信器としての機能にのみ用途が絞られている

*4
『とある』シリーズのキャッチコピー、『魔術と科学が交差するとき、物語は始まる──!』より。『fgo』におけるカルデアも、『魔術と科学の交差』によるものなので、よく話題に上げられたりする

*5
眼鏡型のウェアラブル端末のこと。基本的には眼鏡のレンズ部分に画像を表示する形式のモノが多いが、場合によっては眼鏡のように耳に掛けるだけで、ガラス部分は存在しないという、音声再生にのみ使われるようなタイプのものも存在する

*6
現状の主流は透過型と網膜投影型。空中投影型は(多分)眼鏡タイプでは存在しないと思われる。できないというよりは、プライバシー保護や周囲の迷惑にならないように、という部分の方が大きそうだが。なお、空中投影かつ触れる(正確には本当に触っているわけではないが)タイプのディスプレイ自体は既に実用化されているが、小型化の面においては流石にスマートグラスサイズにまで小さくする、というところまでは進んでいない

*7
ヴァーチャル()リアリティ()』・仮想現実に対して、『オーグメンティド()リアリティ()』・拡張現実と呼ばれるもの。現実世界に特定のデバイスを介して情報を投影することで、現実世界を()()する技術。『ポケモンGO』や『ドラゴンクエストウォーク』などがARを使ったゲームとして有名

*8
元々はバブル期に飲み会で流行ったイッキ飲みコールが元ネタ、らしいが詳細は不明。『HUNTER×HUNTER』のゲンスルーの台詞としても有名だが、少なくともそれより前から存在する言い回しであるのだとか

*9
基本的にはオーナーが運転を管理しているが、彼から許可を得た一部の者達も、運転を行うことが可能。但しオーナー以外には利用期限が設けられており、あくまで運転はさせて貰っている……すなわち貸与に近い扱いのようだ

*10
『恋姫』シリーズにおける孔明の口癖から。そのせいで彼女は『はわわ軍師』等とも呼ばれている。『スーパーロボット大戦UX』でもネタにされていた為、意外と知名度は高いのかもしれない……。ライネスの義兄が諸葛亮孔明の疑似サーヴァントであることからのネタ

*11
『プリキュア』シリーズと、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』のオルガの台詞(正確には空耳。実際にはライド・マッスを呼ぶ声。それが『Ride on(ライドォン)……』と聞こえるというもの)から。また、『プリキュア』とは『プリティ&キュア(可愛く癒す)』という意味の造語である

*12
電車の上での事故なので、そういう感じの台詞

*13
同名のキャラクターが『フレッシュ!プリキュア』に存在する。まさかの桃被り

*14
『日曜日の朝』の意味。その時間帯に放送されている子供向け番組の集まり『ニチアサキッズタイム』のことでもある。この呼び方そのものは現在使われていないが、愛称として『ニチアサ』と呼ぶ習慣が残っているようだ



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いくらでも、どこまでも、線路は続く

「さて、たった一人の尊い犠牲によって、私達は件の『幽霊列車』へと接近を続けているわけなのですが……」

「せんぱい、モモタロスさんはまだ亡くなってはいらっしゃいませんよ。社会的には……その、微妙な塩梅(あんばい)*1かもしれませんが」

「マシュも時々妙に辛辣だよね……」

 

 

 どうして魔法少女(イレギュラー)なくならない(発生する)んだろう?*2

 ……みたいな、胡乱なことをぼやきつつデンライナーに揺られる私達。

 悲しみの慟哭が、何処からともなく聞こえてくるような気がしないでもないが……多分それ、幻聴です。

 

 ともあれ、操縦者が舵を取ったことにより、デンライナーは更に加速。

 道なき道を踏破するその車体は、遂に地面を離れて宙を闊歩するのだ!……闊歩しているだけだと案外有り難みが薄い、とか言ってはいけない。

 

 そのまま地上からおよそ五十メートルほどの高さまで上昇したデンライナーは、まるで猛禽(もうきん)*3が地上の獲物を狙うが如く、ともすれば流星とでも間違われそうな速度で、目標へと突っ込んでいく。

 ……この速度ならば、相手に振り切られるなんてことはもうないハズ!

 

 

「……そういうことするなら、先に言って欲しかったかなぁ!!」

『あ、わりぃわりぃ』

 

 

 ……お陰さまで中に乗っている私達は、車体に揺さぶられてすっごいことになったんだけどね!!

 

 あまりにも急に上に登って、そこから更にジェットコースターのような速度で下に落ちていくモノだから、周囲に掴まる準備すらしていなかった私達は、まるでシェイカーにでもぶちこまれたかの如く、上下にびったんびったんし(ぶつかり)かけたのだった。

 まぁ、上に登ってる途中で嫌な予感がしたので、向こうの電車から飛び降りた時のように、ミラちゃんにも手伝って貰いつつ。

 車内で宙に浮く(逃げる)という対処をしていたから、あくまでぶつかり()()()だけ、だったのだけども。

 

 ともあれ、それが必要な以上は危険運転をするな、とは言わないが。

 一人で乗っているわけではなく、他にも乗客は居るのだから、ちゃんとこっちに予め確認は取って下さい……ということを注意すると、運転席からの車内放送で『ごめんなさい』というモモちゃんの謝罪が返ってくるのでした。

 うむ、わかればよろしい。

 

 現在のデンライナーは、未だ地上に向けて疾走中。

 ……もう暫くしたら着地の衝撃が襲ってくるはずなので、こちらはそのまま宙に浮きっぱなしの方がいいかもしれないと判断し、周囲の様子を窺う私。

 

 

「……わりと真面目に、生きた心地がしなかったぞ」

「あー、ごめんごめん。一人だけ隅っこで震えてたから、助けに入るのがちょっと遅れちゃって……」

「いやまぁ、助けて貰っている身で文句とか、言うつもりは無いのだけどね?」

 

 

 その中の一人、逆さまのまま宙に浮いているライネスが、小さくため息を吐いていた。

 

 彼女は先ほどの魔法少女云々の流れのまま、変わらずに隅っこでガタガタ震えていたので、こちらが助けに入るのが少し遅れてしまったのである。

 その結果、彼女だけが空中での急制動により、綺麗にひっくり返ってしまったため、床にぶつかる前に慌てて遠隔で宙に浮かせた、というわけなのだった。……彼女だけ逆さまなのは、そういう理由。

 

 

「いや、別に構わないのだけどね?……とりあえず、下ろして貰えないだろうか?多分引力か重力かの操作で浮いているのだろうから、頭に血が上りそうな感じは今のところないけれど。……こう、視界が何時までも逆さま、というのは落ち着かなくてだね?」

「おっと、ごめんごめん。ほいっ」

 

 

 なお、一応女の子なのでスカートとかが捲れたりしないように、全体を引力操作で浮かせていたのだけど。

 それはそれで視界が気持ち悪い、と言われたため、さっさと元に戻しましたとさ。

 

 

 

 

 

 

『おぉい、テメェラ!もうすぐ着くぞ、掴まれぇ!』

「うぉっとぉ、了解っ!」

 

 

 そうしてみんなが体勢を立て直して間もなく、再び運転席より響いてくるモモちゃんの声。

 チラリと窓から外を窺えば、青かった景色はいつの間にやら地上付近にまで近付いた結果緑が多くなっており、その森の中心を『エメ』が走り抜けているのが、少し遠方に窺うことができた……って。

 

 

「……えっちょっ、もしかして直接ぶつかる気?!」

「え゛」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相手と並走するのならば、高さ的にはまだ向こうの車両は見えないはず。そうでなくとも、こちらの車体に対して垂直に近いような位置付けになるはずがない。

 そんな疑問を脳裏に浮かべた私は、デンライナーが一度『エメ』を追い越し、そこから進路を大きく変えて、向こうと正面衝突しようとしているのではないか?……ということに気付いてしまう。

 

 

『今度こそ逃がさねぇぞ、『幽霊列車』ぁっ!!』

 

 

 車内放送で聞こえてくるモモちゃんの声は、こちらの言葉など一切聞こえていないかのような荒々しいもの。

 ……彼女が『幽霊列車』を止めようとしたのが、今回が初ではないのだとすると。

 今まで何度も相手に逃げられ、並走して止めるのは無理だと結論付けている可能性がある。

 

 ──ゆえに正面衝突。

 車体が大破してしまえば止まるより他ないだろうという、あまりにも脳筋過ぎる解決法。

 

 ……向こうに誰も乗っていないというのなら。

 デンライナーが壊れることはないだろうという推測と、周囲が単なる森であるため、被害を出すことなく止められそうだということから、ある意味では仕方のない判断だと納得できたかも知れないのだが……。

 

 

「向こうには人が残ってるって言ってるでしょうがー!」

 

 

 生憎、今回やらなければいけないことは、向こうの車両を()()()止めること。

 乗客の全てが幻である、というのはあくまでも予想でしかないし、例え仮に乗客の大半が、本当に幻であったとしても、中に蘭さんやコナン君達が残っていることに間違いはないわけで。

 

 ──魔法少女への変身を皆に見られた絶望、何時まで経っても『幽霊列車』を止められない絶望、それらが終わっても自分の居場所があるかわからない絶望……。*4

 みたいな、半分以上自身の状況に自棄っぱち状態になっているとしか思えないモモちゃんの行動に、止めろと大きく叫んでみるものの、スピーカーの向こうから響いてくるのは、正気を失ったかのような笑い声のみ。

 ……なんか、他のモノも混じってないかなこれ?!*5

 

 

「ええい仕方ない!マシュ、行くよ!」

「え、あ、はい!マシュ・キリエライト、目標を制圧します!」

 

 

 こうなりゃぶつかる前にどっちも止めるしかねぇ!

 そんな結論と共に、マシュに声を掛けながら出入口を開く私。

 デンライナーは最早トップスピードであり、あと数十秒もしない内に向こうと衝突するだろう。

 躊躇っている暇などないと互いに頷いて、そのまま外へと飛び出す私達。

 

 

「マシュはデンライナーを!私はあっちを止めるから!」

「はい、せんぱい!御武運を!」

 

 

 マシュをデンライナーの上に投げ飛ばしながら、私は宙を駆け抜け『エメ』へと向かう。

 

 向こうは最悪、マシュの盾で空中に逸らせばどうにかなるだろうが、こっちは正面から止めるしかないだろう。

 相手が『幽霊列車』なので、すり抜けてしまう可能性も考慮し、霊体干渉などのスキルを重ね掛け、更に電車を正面から止めたことのあるキャラクター達の逸話も重ね掛け!

 気分はテリーマン、向かってくるなら受けて立つ!*6

 

 ……みたいな感じに空を駆けていた私は。

 向こうに近付くにつれ、あちらの列車の様子がおかしいことに気が付いた。

 ……いや、なんだろう。なんか姿が二つにぶれて見えるような……?

 クルーズトレインとしての立派な外装と、それとは別のなにかが上に被さっているかのような、不思議な光景。

 思わずちょっと観察に回ってしまった私の前で、

 

 

「えっ、ちょっ、のわぁーっ!?」

 

 

 上に覆い被さっていた方──半透明の列車が、こちらに突撃して来るではないか!

 思わず止めようとしたが、どう見ても止められるような速度ではなかったため、慌てて横に飛び退く私。

 そうしてさっきまで私がいた場所を、半透明だった列車が通り過ぎていく。

 

 見れば、先ほどまで爆走していた『エメ』は、その様子が嘘のように静まり返り、線路の上で止まっている。

 対し、代わりに抜けていった列車は──今やその姿をハッキリとした形あるモノへと変え、まるでデンライナーに相対する龍の如く、天を駆け抜けている。

 

 

『へっ、いよいよお出ましってか?『幽霊列車』……いや、『魔列車』!』

「……ええっ!?」

 

 

 その列車──いや、もう正確に呼んだ方がいいだろう。

 どうみても蒸気機関車以外の何物でもないその『幽霊列車』は、モモちゃんの言葉が正しければ『魔列車』なのだという。

 

 ──魔列車。

 それは、ファイナルファンタジーシリーズに登場する、死者をあの世へと送る列車。

 魔と付いているものの、決して邪悪なものではなく。

 彷徨える魂達を、あの世へと無事に送り届けるためのものだという。

 ……まぁ、一度乗り込んだ乗客は、例えまだ命のある者であったとしても、問答無用であの世に連れていってしまう、融通の利かなさも持ち合わせているのだが。

 

 ともあれ、何故に魔列車がここにあるのか、何故に魔列車が敵対しているのか、という問い掛けには誰も答えてはくれない。

 なにせ、私が地上でポカンと空を見上げる中、二つの列車は天を駆けながら、互いに激しい攻防を繰り広げていて、こちらのことなど一切気にしていないからだ。

 

 

「……電王じゃん!」*7

「なにを唐突に叫んでおるんじゃお主……」

「あ、ミラちゃん」

 

 

 思わず叫んだ私に声を掛けてくるのは、激しく空を飛び回られる前に、デンライナーから飛び降りてきたミラちゃん。

 彼女の背後には、同じように地上に降りてきたとおぼしい、他の面々の姿も見える。

 

 

「あっちは任せておいて良いじゃろう。とりあえず、残された方の列車を確認せぬか?」

「ああ、うん。中に無事な人が居るかもしれないしね」

 

 

 近付いてきた彼女に促され、私達は地上に残っている『エメ』の方に向かう。

 ……最初に乗り込んだ時のような、思考を誘導される感覚はない。となれば、それらの要素はあの『魔列車』のもの、ということなのだろうか?……魔列車に洗脳能力なんてあったっけ……?

 

 首を捻りつつ、車内に乗り込む私達。

 そこで私達が目にしたのは、内装も壁もなにもない、広いだけの空間と。

 そこに倒れている、コナン君達の姿だった。

 

 

*1
塩と梅酢の量による味加減が語源。そこから、物事の度合いや具合を指す言葉となった

*2
ゲーム『ロックマンX』のリメイクである『イレギュラーハンターX』に収録されているムービー『The day of Σ』にてエックスが呟いた言葉『どうしてイレギュラーは発生するんだろう?』より。以前解説した『~いわばツケだな』に対しての質問側に当たる言葉

*3
猛禽類。鋭い爪や嘴を持ち、他の動物を捕食する鳥類の一区分。タカ・ハヤブサ・フクロウなどが含まれる

*4
『遊☆戯☆王5D's』より、アポリアの台詞、及び彼が経験した三つの絶望の数から。因みに彼が感じた絶望はそれぞれ『愛してくれる者(両親)を失った絶望』『愛すべき者(恋人)がいなくなった絶望』『愛さえ要らなくなっ(人類滅亡を見届け)た絶望』

*5
モモタロスとの声繋がりで、『冥王計画ゼオライマー』の木原マサキのような笑い声をあげている

*6
『キン肉マン』のテリーマンは、子犬を助けるために在来線や新幹線を止めたことがある

*7
『電王』以降、巨大な乗り物などが戦闘を行うということも増えた。一応、単に巨大な人物が戦うというだけならば、『仮面ライダーJ』なども存在するが



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願いはいつも一つとは限らない

「ちょっ、大丈夫コナン君?!」

「……んあっ?あれ、キーア?ってか、ここは?」

「『エメ』の中だよ、私達の勘違いじゃなければね」

 

 

 倒れていたコナン君達に、慌てて駆け寄る私達。

 ざっと見たところ、外傷とかがあるようには見えないが、ならば何故彼らは倒れていたのだろう……なんて風に彼らの状態を確かめている内に、倒れていた者達が意識を取り戻し始める。

 その内の一人であるコナン君は小さく頭を振ったあと、周囲を見渡して小さく「上手く行ったか……」と呟いた。

 ……彼の口振りからするに、この内装の状態は彼らがなにかを解決したから、ということのようだ。

 

 ゆえに、その内容について問い掛けたところ、コナン君は微妙に渋い顔をしながら、これまでのことをこちらに説明し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……キーア達、遅いな」

「そうだね。もう噂のカーブも過ぎちゃったけど……」

 

 

 時間は遡り、キーア達がクルーズトレイン『エメ』から飛び降りて、少し時間が経った時のこと。

 探偵力の高まりを抑えるために、部屋に閉じ籠っていたコナンと蘭は、噂となっていたカーブを過ぎてもなお、他のメンバーが戻ってこないことに、若干の不安を抱き始めていた。

 

 彼女達が戻ってきたら、蘭はキーアと交代で外に出ることになっている。

 狭い部屋の中だとお互いに意識してしまう……というのもあるが、そもそもに()()()()()()()列車の中で、『毛利蘭』と『江戸川コナン』が一緒にいる……という状況自体が(二人の内心に関わらず)コナンの()()()()()()()再現度の上昇に寄与してしまうため、できることなら離れていたいという部分が大きかったりする。

 

 ……とまぁ、ここまで思考していたコナンは、とある疑問を脳裏に浮かべることとなった。

 そう、郷の中でも(特定のタイミングを除いて)二人きりになることは避けている自分達が、なんで『噂付きの列車』などという、どう考えても劇場版かスペシャルエピソードかの舞台にしかならないような場所に居るのか。

 

 恋人であるという繋がりを前面に押し出したとしても、舞台の持つ空気の方が強固であれば、そちらが優先される──。

 何時だったか、琥珀という科学者が「多分そうなんじゃないでしょうか?」と示してみせた、再現度上昇の優先度。

 特に『探偵』という事件──舞台と密接に関わる存在であるコナンは、状況による再現度の加算値は高いはず。

 

 ゆえに、()()()()で塗り潰せるような存在が一緒に居ない限り、外には出ない方がいいだろうとまで忠告されていたコナンが、どうして外に居るのだろうか……という疑問が吹き上がってきたのだ。

 

 

「え?いやコナン君、忘れちゃったの?これは八雲さんからのお願いで……」

「五条さんの変化にため息を吐いていた八雲さんが、()()()()()を本当に俺達に頼むのか?」

「……あ、あれ?」

 

 

 そう、蘭も今首を捻ったように、無秩序な再現度の上昇を()()()()()()()()()()

 五条悟の再現度の上昇による変化に頭を痛め、仮に再現度を上げる機会に恵まれたとしても、それらは慎重に行うように……というお触れ*1を出したのは、紛れもない彼女なのである。

 そんな彼女が、彼らに『噂付きの列車』の調査など、本当に頼むのだろうか?

 

 確かに、現状の同行者にはしんのすけという、他の世界のお約束(ルール)ごと塗り替えてしまいそうな人物も存在してはいる。

 だがしかし、考えてもみてほしい。……彼もまた()()()という特殊な状況を、呼び込む余地を持ち合わせた存在であるということを。

 

 

「……最悪、最終的に生きてた……って扱いで、殺人事件みたいなものが起きてもおかしくない。人的被害が出ないって点では、問題ないかもしれねーけど……種明かしするまではこっち(コナン世界)の作風に寄る可能性の方が高いはず。……要するに、今が良くても後に響きかねない」*2

 

 

 再現度とは、後から減らせるものではない。

 だからこそ『レベル4』以上の者達は、解決策が見えるまで封印を選ぶ者もいたのだ。

 

 即ち、幾ら結末がギャグオチであったとしても、その過程の中で再現度が上がるような状況が頻出すれば、その分彼のコナンとしての完成度は上がっていく。

 ──つまり、正真正銘の事件を引き寄せる災禍(探偵という舞台装置)となる可能性が高まっていくのである。

 

 そうなってしまえば、本来のコナンが持ち合わせない『その姿のままでの蘭との交際』という裏技も、()()()()()()()()()()()()()()という可能性を引き寄せるものでしか無くなってしまう。*3

 

 そこまでたどり着いてしまえば、最早止める手段は存在しない。

 より多くの法則を含むがゆえに、ただ一つの法則に染まりきることのないなりきり郷以外に、彼が安息を得る場所は無くなってしまうだろう。

 

 だからこそ、今ここに自分(コナン)が居る理由が、『なにかおかしい』と思い至ったのだ。

 

 

「なるほど……」

「さっきキーアが食堂車で天井に穴が空いたことに、乗客が一切反応を示さなかったって言ってただろ?……多分、俺達の認識も弄られてるんだよ、これ」

 

 

 例え日頃の労いとはいえ、八雲紫が外出を薦めるのなら、それはもっと大人数で行うことになるはず。

 後からキーア達が乗ってきたことで、大人数と呼べるほどにはなったものの、逆に言うと五人かそこらなら()()()()()()()のである。

 どころか、しんのすけが言っていたように『かすかべ防衛隊』とか、こちら(コナン)側の子供達の集まりである『少年探偵団』としての性質の方が高まるだけとなるだろう。

 

 ゆえに、この時点で『噂を調べるためにデートと称して二人を乗り込ませた』などという、二人の間にある共通認識は、何者かによって思考を誘導された結果のものなのではないか?……という推論が立つのであった。

 

 

「……じゃあ、私達はなんのために、この列車に乗り込んだんだろう……?」

「そこなんだよな……」

 

 

 まぁ、そこまで思考を巡らせたところで、今度は『じゃあなんで自分達はここに居るのか』という疑問にぶち当たってしまうのだが。

 

 先ほどまでの推論により、自分達が郷の外に出るということは、ほぼあり得ないことだというのがわかる。

 ……だが、現実には自分達はこうして外に居て、なおかつ列車の中に乗り込んでいる。これは、一体どういうことなのだろうか?

 

 むむむ、と唸りながら理由を考察する二人。

 そうして頭を捻る中、ころりと蘭の服の胸ポケットから転がり落ちたのは、コナンが彼女にクリスマスプレゼントとして送った指輪。

 安物の宝石が付いたそれは、しかしそれでも彼女を喜ばせ──。

 

 

「……いや、()()?」

「どうしたのコナン君?……ってあ、いけない。落としちゃったのね」

 

 

 転がり落ちた指輪を拾い、そのまま薬指に付ける蘭。

 どうにも、洗顔などの際に付けていたモノを外していたのを、忘れたまま胸ポケットに入れていたらしい。

 先ほど考え事をする中で、前傾姿勢になった拍子に零れ落ちたのだろう。

 

 そんな理由がコナンの脳裏に思い浮かぶが……現状、大事なのはそちらではない。

 

 

「……そうか、そういうことだったのか!」

「えっ、ちょっ、コナン君?」

 

 

 思わず『わかったぜ、この事件の真相が……!』とか言い出しそうなコナンの様子に、慌てるのは蘭だ。*4

 何故ならば、その姿はどう考えても探偵(コナン)らしすぎるもの。

 迂闊な再現度上昇を厭う彼が取るべきではない、丸っきり原作に近付いた行動だったのだから。

 

 だが、対するコナンの方はと言うと、その指摘を受けてもなおその笑みを崩さない。

 どういうこと?と蘭が首を捻ると同時、彼は静かに口を開き、こう告げたのだ。

 

 

「いいんだよ、これで」

「いいって……コナン君は、死神とかみたいに呼ばれたくなかったんじゃ……?」

「ああ、言いたい奴には言わせておけばいい。……なにせ今回のあれこれは、初めから()()()()()()()()()()()()ものだったんだからな」

「え?」

 

 

 彼が告げるのは、彼の再現度の上昇は望まれたものであった、というもの。

 そんなバカな、と驚愕する彼女の前で、彼は自分達が失っていた理由──即ち、この列車に乗った真の目的を口にする。

 

 

「今回の事件には、主に三つの思惑が絡んでいたんだ」

 

「一つ目は坂田さん達のあれこれ。──そう、全うなバレンタインのイベントとしての面。坂田さん達はあくまでそれらの代表ってだけで、この列車に引き寄せられる人々が求めていたのは、基本的には()()だった」

 

 

 初めに口にするのは、この列車がバレンタインを祝うためのものだった、という事実。

 乗客の中でその空気を特に強調していたのは、後から乗り込んできたキーアと銀時の一団だ。

 彼らはいっそ見事なまでに、バレンタインだけを目的としてこの列車に乗り込んでいる。

 つまり、バレンタインの話が一番()()となっているのだと言えるだろう。

 

 

「二つ目。『幽霊列車』に代表される、オカルトめいた噂達。始点から終点まで、ずっと続いているハプニング──すなわち、いわゆる物語のスパイスとなるモノ」

 

 

 次に口にするのは、現在一番大きな扱いとなっている『幽霊列車』周辺のあれこれ。

 複数のお約束(ルール)を持つ人々の交差──すなわちクロスオーバーとしての体裁を整えるための、ある意味では()()()()と呼べるモノ達。

 各作品のスケールを揃え、同じ方向を見るようにと誂えられた導。

 ──そう、それはある意味では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()モノ、という風に受けとることもできる。

 その実態がどうであれ、物語の流れとしては一番外様、後から被せられた『尤もらしい理由』だとも言える事件達。

 それが、『幽霊列車』回りの話なのだ。

 

 

「……つ、つまりそれって」

「──三つ目。途中で話題にあがったのにも関わらず、ここまで不自然なほどに本題に関わって来なかったもの」

 

 

 そうして口にするのは、三つ目の思惑。

 バレンタインイベントである、という土台を作り上げた一つ目の思惑。

 話を転がす理由として求められた、『幽霊列車』とそれに纏わるあれこれを指し示す二つ目の思惑。

 

 ──そして、三つ目の思惑とは、最後の最後……物語の〆として、更には複数の物語を繋げる鍵として。

 その生誕を望まれ、ひたすらに息を潜めていたもの。

 そして、自分(コナン)達がこの列車に乗り込んだ、一番の理由。

 

 

「俺達は、()()()()()()()()()()この列車に乗ったんだ。──違いますか、鈴木黒雲斎さん。……いや、この列車の本当の持ち主である社長さん?」

「……なるほど。自分で蒔いた種とはいえ、こうも尾を引くとはなぁ」

「え?し、社長さん?」

 

 

 自分達は、『怪盗』という偶像を生み出そうとしていたのだと、そう告げたコナン達の前に。

 苦虫を噛み潰したような表情を見せながら現れたのは、自身を鈴木財閥の副社長だと述べていた男、鈴木黒雲斎だった。

 

 

*1
『多くの人に触れて回る』ことから、役所などの偉い人達から、庶民に向けて発表された命令や通達のこと

*2
ギャグ漫画などでたまに見掛ける殺人現場詐欺のこと。大体足を滑らせたりして、勝手に気絶していることが多い

*3
コナンという作品の終わりに辺り、彼が元に戻るのか、はたまたコナンのままなのかはわからないが、彼がコナンとして完成に近付くと、それが真実であるかは別として、彼の行為自体が原作にあるものだと()()()()()かもしれない、という話。基本的には杞憂

*4
CMの前か、前後編における前編の終わり辺りか。どちらにせよ、事件の真相がわかった為に閃き顔を晒すコナン君の姿は、よく想像できるはずだ



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丘には届かず、願いは潰え

「え、ど、どういうことなのコナン君?」

「……事の起こりはクリスマスよりも前。とある(つて)から、空想そのものの存在が闊歩している場所──なりきり郷の存在を知ったこの人は、その場所の長である八雲さんにとあるお願いをしたんだ。それが『自分の会社が運行するクルーズトレインに、イベントの一環として怪盗を派遣して貰えないか』というものだった」

 

 

 当時、経営難からあらゆる手を模索していた、社長であるかの男性は、藁にもすがる思いでなりきり郷の存在を嗅ぎ付けた。

 

 曰く、創作の世界の人物達が、堂々と闊歩する異界。

 今の日本において、少しずつ影響力を持ち始めているその場所は、言うなればお宝の山。

 それゆえに関わり合いになるには、厳しい検査などを受ける必要があったが、元より善人気質の彼にとってそれらの項目はさしたる障害とは成り得なかった。

 

 それもそのはず、彼は金儲けがしたいのではなく、家族の思い出を守りたかっただけだったのだから。

 

 

「……思い出?」

「そう。彼が赤字を推してまでクルーズトレインという、金食い虫とも言われかねない事業を続けていたのは、それが祖父から続く思い出の場所だったからだったんだ。……例え彼方に至る倒産という着地点から変わらずとも、『良い思い出だった』と終わらせたかったからこそ、彼は郷での調査に対して『問題なし』という太鼓判を得ることができたんだ」

 

 

 祖父の代より引き継いできた、クルーズトレインという事業。

 元々は単なる寝台特急だったそれを、時代のニーズに合わせて旅行プランとして確立して行き、その結果として一財を築き上げた彼の父。

 そしてそれを更に受け継いだ男性は……それでも、この事業が徐々に小さくなっていかざるをえないものだということを、薄々と感じていた。

 

 富裕層向けに考案される旅行プランというものには、それに見合った質や格と言うものが求められる。

 そしてその質や格を維持するために、相応の時間や費用を必要とするものでもある。……庶民に手の届かない商売と言うのは、それだけ儲けに関してはシビアと成らざるを得ないのだ。*1

 結果、どこかで些細なつまづきを迎えた途端に、経営は火の車となっていったのだろう。バブル期が終わり、中間層が娯楽への出費を削り始めたことも、一種の向かい風として働いたはずだ。

 

 けれど、それは時代の流れゆえに仕方のないこと。

 終わらないモノなどありはしないのだから、せめて思い出は綺麗なままにしておきたい……と、彼が最後に向けて準備するのもまた、ある意味では必然だったのである。

 

 そのための最後のイベントとなるのが『怪盗』。

 クルーズトレインは経営難から廃業になるのではなく、『怪盗』という存在によって奪われていったのだ……ということにしてしまうことで、せめて人々の記憶の中にだけでも残そうとしたのだ。

 

 

「八雲さんがその話を受けた時、丁度アルトリアさんが居たらしいんだよ」

「ああ、なるほどね。彼女自身が体験したことではないとは言っても、その境遇には思うところがあったんだ……」

 

 

 そしてその話を八雲が聞いていた時、たまたまアルトリアが同席していたのだという。

 

 彼女は本来であればアンリエッタという別人である(アルトリア本人ではない)のだが、同時に彼女は複数のアルトリアの知識や記憶を受け継ぐ者でもある。

 ゆえに彼の境遇には共感を抱く部分があり*2、八雲に対して彼の手伝いをできないだろうか?……と、ある種の懇願(おねだり)をすることとなったのだ。

 

 社長自身の人柄の良さもあり、八雲はアルトリアのその願いを受諾。

 クルーズトレインの最後の運行には、こちらからできうる限りのお手伝いをします……という約束を両者は交わすこととなる。

 ──その約束で定められた日というのが、バレンタイン。

 そう、すなわちこの列車が運行する時のことを、約束していたわけだ。

 

 

「だが、その約束を交わしたあとに事件が起きた。……会社の経営の悪化が思ったより早く、倒産が二ヶ月ほど前倒しになったんだ」

 

 

 最後の時を迎えるために、各地を奔走した男性。

 しかし、その願いも空しく、会社の経営は急悪化を続け。

 約束の期限となるバレンタインには、遥かに届かない十二月。そこで、彼の会社は倒産を迎えることとなり、同時にクルーズトレインの最終運行日も、予定よりも遥かに前倒しされた、クリスマスイブの日になってしまった。

 

 ……が、その事を八雲に伝えようとした彼は、クリスマスという日がなりきり郷の中でも特に忙しい日だということを知らず、結果としてその報告は八雲の耳に入ることなく、時間の経過と諸々の事件によって忘却されてしまったのだった。

 

 ゆえに、八雲達はその男性が、今から()()()()()()()()()()()()ことに気付かずに、彼の再びの来訪を迎えることとなる。

 

 

「亡くなった、って……」

「前倒しされたクルーズトレインの最終運行日の当日。彼は、いつの間にか愛の冷めてしまっていた妻によって殺害されている。……実行したのは、彼女の愛人だったそうだけど」

 

 

 恐らく、倒産が決まってもなお軟着陸を願い続けた彼と、その妻との間では、余程の軋轢があったのだろう。

 こんなことになる(倒産する)前に事業を売り払ってしまえば、もう少し楽だったのではないか、とか。

 今まで散々贅沢に暮らしてきた癖に、こっちの願いは聞かないのかとか。

 

 二人の間にどんなやり取りがあったのか、それを知らない第三者には想像するより他ないが。

 目に見える結果として、妻が夫を自殺に見せ掛けて殺したのは事実。

 男は偽物の遺書と共に、彼が父や祖父との思い出の場所と語っていた客室の一室にて、首を吊った状態で発見されることとなる。

 

 ……それだけならば、言い方は悪いがコナンや金田一などで描かれる一エピソードと、大した差はなかっただろう。

 

 だが、その日はクリスマスイブ。

 丁度なりきり郷においては、『白面の者』の顕現が差し迫ったタイミング。

 ゆえに、無念の想いは形を以て、報復の刃を彼らに届かせることとなる。

 

 

「実行犯である愛人と、妻。……その二人の魂を生け贄にして、『幽霊列車』は形を持った。そして、その()()を果たすために行動を始めた……違いますか?」

「……いやはや。見事な推理です。それを私の列車でやって貰えれば、きっとよい思い出となったでしょうに」

 

 

 聞き返したコナンの目の前に居たのは、恰幅の良い男性(鈴木黒雲斎)ではない。痩せぎす*3で表情に覇気のない、一人の男性だった。

 

 

「えっ!?ど、どういうことなのコナン君!この人、さっきと姿が……!」

「こっちが本当の姿なんだよ。……さっきのは、この『幽霊列車』が辻褄を合わせるために彼に被せたアバターだったんだ」

「……そっちの小さな探偵さんの言う通り。私は彼の姿を被せられ、宝石を運ぶ者として扱われていた」

 

 

 そう、彼こそが八雲に『怪盗の派遣』を頼んだ張本人。

 このクルーズトレイン『エメ』の本当の所有者である男性だ。

 

 彼がバレンタインに想定していたのは、()()の鈴木黒雲斎に借り受けた宝石を使っての、一種のパフォーマンス。

 なりきり郷から派遣された『怪盗』による、会社の終わりを華やかに盛り上げる、最後の大花火。

 そう、先ほどまでの彼は、その筋書きをなぞっていただけに過ぎないのである。

 

 

「……あれ?でもちょっと待ってコナン君、確かなりきり郷には、()()()()()()()()はずじゃ?それに私達も、さっきまでの理由だとここにいる必要性がないんじゃ……」

「発想の転換だよ、蘭。さっき、()()()()()()()()()()()()()()って言ってただろ?」

「う、うん。そんな感じのことを言ってたよね。……って、もしかして……?」

 

 

 そこで疑念となるのが、『怪盗』の所在。

 そう、なりきり郷には怪盗が居ない。正確には、こういった場所で派手な演出を交えられて、かつ殊更に悪人ではないタイプの怪盗──例えば怪盗キッドや、かのルパン三世*4のような者は存在しない。

 それなのに何故、八雲紫は彼の話を承諾し、その手伝いをしようとしたのか。

 

 ──その答えこそが、とある科学者(琥珀)の発したとある疑問だったのだ。

 

 

『後から再現度が上げられると言っても、それには限度があるのではないか』。

 

 

 元となるのが【顕象】のような、端から無限の成長性を持つものならばいざ知らず。

 器の大小に左右されると思わしき普通の『逆憑依』において、彼らの成長(再現度の上昇)に限度がないなどと、本当にあり得るのだろうか?

 

 また、場面による成長にしても、どこまで上げられたものかわかったものではないはず。

 なにせ、()()度である。……なりきりである以上、どこまで行っても再現性は百パーセントにはならない。そしてそれは状況にしても同じこと。

 完全に同じ場面など、どう足掻いても用意することはできない。つまり、こちらにも限度はあるはずである。

 

 それらの不可解な要素を、確かめる手段はないだろうか?

 そう考えた彼女の前に、転がり込んできた絶好の機会。臨時の上司(八雲紫)の人の良さ*5に付け込んで、それを掴んだ彼女。

 

 そうして検証しようと張り切ったのが、『再現度が上がった際に、本当に場面の変化を引き起こすのか否か』。

 ()()()()に居るのならば、事件は起きるのか。()()の近くに()()があれば、本当に()()()()()()()()

 再現度の上昇による世界法則のねじ曲げは、起こりうるものであるのか否か。

 

 相手方がそれ(怪盗)を望んでいることと、こちらもそれを確認したいということ。

 双方の利害が一致した結果、小さな名探偵(コナン)の派遣が決定した、というわけなのである。

 無論、危なくなりそうならすぐに止めるからね?という、八雲紫からの忠告付きではあったが。

 

 ──すなわち。

 コナンがこの列車に居るのは、そもそもに()()()()()()()()()

 再現度の上昇を確認することで、後々同一の現象が起きた時に対処する手段を研究するため……という、とある科学者(琥珀)の願いも含めたものだった、というわけなのである。

 

 

「俺がコナンらしくなって怪盗の一人でも呼べれば儲けもの。人為的に【兆し】を発生させられたってことで、後の研究にも繋がる。……ついでに、なにかしらパラメーターの変化を観測できたなら、『逆憑依』をひっぺがす方法だって見付かるかも知れない……みたいなことを、琥珀さんは言ってたっけな」

「あ、あー!思い出した!なんだかすっごい危ないことしてるって、私心配になって!それで、ライネスちゃん達を連れて、慌てて追い掛けて来たんだ!」

 

 

 コナンの言葉に蘭が思い出した、とばかりに大声を出す。

 勝手に危険なことを始めたコナンに、憤りながらその後を追い掛ける──。

 そんなやり取りを交わしたことを、今更になって記憶の底から掘り当てたのである。

 

 そして、それに驚いたような表情を向けた人物が一人──。

 

 

「……社長さんは、別に犯人でもなんでもない。彼はどこまで行っても被害者だ。けれど、彼が交わした約束を果たすため、彼の無念を晴らすため。()()()()、動ける人がいた」

 

 

 静かなコナンの言葉に、諦めたように眉根を下げる一人──彼の隣で秘書の姿をしていた()は、深く深くため息を吐くのだった。

 

 

*1
庶民に物を売る時は、大体が『薄利多売』──薄い利益を販売数の多さで賄う形となるが、逆に富裕層に向けて売る場合は『厚利少売(こうりしょうばい)』──少ない販売数でも一つ一つの利益が厚い、という形で行われることが多い。しかし、厚い利益を生むモノというのは得てして生産コストの高いもの。売れている内はいいが、客がほぼ固定となることも相まって、一度売れなくなると巻き返すのが非常に難しいモノでもある。値段帯的に『利は厚いが、その利を食い潰すくらいコストも高い』というパターンも多く、値下げもできないので金食い虫と化す、なんてことも

*2
本来のアーサー王がどうであるかは別として、型月世界でのアーサー王は、滅びの決まっている土地に安らかな眠りを与えるために戦っていた

*3
『痩せ()ぎ』ではない。痩せて骨張っている・痩せてぎすぎすしていること・人。単純な体重の現象を示す『痩せすぎ』に対し、どことなく見た目の不快感などを示す感がある(ぎすぎすしている、という言葉の意味などから)。不健康さが際立っている、という風に見てもいいかもしれない

*4
ルパンが悪人かどうかの議論は横に置いておいて下さい

*5
「いやー、特に不満はないんですけどたまには森以外のものも見たいですねー、もしくは何かしらの実証とか☆」的な、ゆかりんの弱みを刺激する感じの文言を少々



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送り火を天に、稀人はただ軽やかに

「娘……さん?」

「本来、死人が『逆憑依』などの依代になることはあり得ない。……それは、彼らが現世に楔として立ち続けることができないからだ」

 

 

 今回の騒動の犯人(発端)とでも言うべき相手を指差し、コナンは種明かしを続けていく。

 

 死人は本来『逆憑依』の対象足り得ない、というのはつい先日キーア達が体験した事件などから判明した、比較的新しい情報である。

 

 発生した【兆し】の中に埋め込まれるのは、肉体を持つ人間か、はたまた周囲より依り集められし想念か。

 いずれにせよ、『逆憑依』と呼ばれる存在達が、その中身に()()()()()()()を収めている、ということに変わりはない。

 ゆえに、肉を持たぬ魂だけの存在では、その外側に投影される異界の稀人──創作物のキャラクター達を宿すことはできないのである。

 

 では、同じ【兆し】より発生するモノであるところの、【顕象】はどうなのか。

 こちらは周囲より集められた形のない想念を、器に合わせて圧し固めていく……という言い方が近いものだが──ゆえにこそ、その成立には酷く不安定な部分がある。

 

 先ほども述べた通り、とある科学者(琥珀)はそれを無限の成長性と一先ず結論付けたが……否。

 それは成長などでは決してない。

 絶えずひたすらに想念を纏め続け、至らぬ(100%)に手を伸ばし続けるモノ。──伸ばし続けなければ、成立できないもの。

 それこそが、本来の【顕象】というものなのである。*1

 

 それは、栓の無い湯船と同じ。

 ひたすらに次の水を注ぎ続けなければ、やがては中身が枯渇し空となるはずのもの。

 敢えて類似例達と違う点をあげるとすれば……排水口から抜けた水も、【顕象】が成立している間はずっと()()()()()()()()()()()()、ということだろうか。

 

 彼らの体を湯船そのものではなく、流れた水が川に至り・そこから海へと合流し蒸発して空に登り・雨水となって川に流れ・最終的に蛇口に戻ってくる──という、一連のサイクルそのものである、と考えればわかりやすいだろうか。

 そこまで肥大化する前に対処されることがほとんどであるとは言うものの、最終的に至るのは循環系*2というシステムそのものである可能性が高いと思われる。

 

 要するに、底の抜けた湯船として見るなら危なっかしいが、やがて自然のシステムそのものにまで至るものであると見れば、それがどれだけ規格外のモノなのかがわかる、ということだ。

 ……まぁ、このあたりもとある科学者(琥珀)の推論でしかないので、詳しい解説は次の機会に回すとして。

 

 重要なのは、【顕象】というシステムがなにかを()()という行為に対して、殊更に強い面があるということだ。

 

 以前、キーアは自身の力を使い、とある少女の蘇生という奇跡を起こして見せた。

 様々な要因からの、本当に奇跡としか言い様のない出来事であったが……その被験者である荷葉という少女は、現在『逆憑依』という存在ではない。

 彼女の今の状態を一言で纏めるのなら、【顕象】であるとするのが正しい。

 ──そう、彼女の現在の主体はもう一人の少女、れんげの方にこそある。

 

 では何故、そんなことになったのか、そんなことができたのか。

 それは【顕象】による魂の保存……いや魂の拡散の阻止が行われていたから、というのが一番の理由となる。

 

 あの場所の【兆し】は、始めに荷葉と言う少女を核として成立するはずのモノであった。

 それが機を逃したことにより、『逆憑依』ではなく【顕象】へと成立の方向性がずれたわけである。

 ……が、あまりにもそのタイミングが悪すぎたために、一つのモノとして成立するはずだったそれらは、四つの別々の存在に割れてしまった。

 

 その四つを元に戻すことにより、一つの存在として確立させた。……細かな部分を無視すれば、彼女達に起こったことはこのように一言で纏めてしまえるわけである。

 無論、別たれた当初ならばいざ知らず、それなりの時間経過を経ていた彼女達がもし仮に猫箱の外に居たのならば、あのような奇跡は起こりえなかっただろうが。

 

 閑話休題。

 ここで重要なのは『逆憑依』として成り立たずとも、【顕象】にスライドすることは可能である、もしくは可能なのではないかと推測できる、という点。

 

 死を迎えた男の魂を、【顕象】の性質による拡散阻止によって現世に留め置いた……留め置いて欲しいと願った者がいたとすれば。

 彼が死を迎えてなお、こうしてコナン達の前に姿を見せることが、可能となった理由になるのではないだろうか?

 そして『お父さんの無念を晴らしてあげたい』と願ったのが、彼の娘であったとするのならば。

 すなわち、今回の事件の首謀者が娘である、という風に言うことも可能なのではないだろうか?

 

 

「……ふぅ。ご明察よ、探偵さん。流石は江戸川コナン、日本で知らぬ者の居ない名探偵、ってところかしら?」

「……!秘書さんの姿も……」

 

 

 あれこれと語って見せたコナン達の前で、社長の横に立っていた秘書の姿もまた、その形を蜃気楼*3のように掠れさせたのち、全く別の……高校生くらいの少女のモノへと変じさせていた。

 

 恐らくは、これが彼女の本来の姿。

 思春期真っ盛り・親にも反抗期真っ盛りな、ふてぶてしい少女が一人。静かに、こちらを見据えるようにして立っているのだった。

 

 

 

 

 

 

「……父さんが、綺麗に終わらせようと頑張ってたのは知ってる。それが避けられないってことに、ずっと母さんが不満を抱えてたのも知ってる。……でも、だからって父さんがあんなことになる理由にはならないはずよ」

 

 

 彼女は酷く疲れたようなため息を吐きながら、静かに列車の天井を眺めている。

 そこに込められた思いが、どれほどのモノなのかはコナンには想像するより他ないが……。

 

 

「……俺は、今回の一件が貴方の私怨から来るものだと思っていた。ただ、だとすると解せないことが幾つかある」

「……と、言うと?」

()()()()姿()だよ。確かに他人の姿を被っていた貴方達だけど、それでも鈴木黒雲斎もその秘書も、()()()()()()()()()だ。……なりきりには、確かに実在の人物を模倣するものもあるけれど。それでも、貴方の父親が黒雲斎氏の真似をしていたとは思えない」

 

 

 模倣とは、本来相手への敬意を殊更に必要とするものである。

 直接顔をあわせるわけでもない普通のなりきりではなく、取引先として顔を突き合わせる必要のある相手の真似をするなど、全うな感性をしていれば早々選ぶことのできない行動だろう。

 であるならば、彼らの姿は恐らく……。

 

 

「……そっちもご明察。私達の姿は、()()()()()()()()与えられたもの。父さんの願いを叶えるために、それに必要な役割を被せられていたってわけ」

「……じゃ、じゃあ、もしかして……?」

 

 

 娘さんの言葉に、蘭がなにかに気付いたような声をあげる。それに小さく頷きを返し、コナンもまた天井を見上げる。

 ──いや、正確には天井を見上げているのではない。

 彼は空を仰ぐように、天を仰ぐように、()()()()()()()()()()()だけだ。

 

 

「【顕象】が楔を必要としないというのは本当だろう。だけど、それが内側に()()()()()()()()()()()という証拠にはならない。──()()()()。それこそが、今回の事件を()()()()()()()引き起こした真犯人だ……!!」

 

 

 突き付けるようなコナンの言葉は、車内を静かに響き渡り。

 ──次の瞬間、けたたましい汽笛の音に、四人は耳を塞ぐこととなった。

 

 

「お、怒ってるのこれ?!」

「違う、単純に暴走してる!ここで俺達が理由に触れたから、怪盗の発生(求めるもの)にたどり着かない可能性に気付いて、こっちを排除しようとしてるんだ!」

 

 

 動揺する蘭に、コナンは鋭い声を投げ掛ける。

 この列車……いや、ここは敢えてこう呼ぶとしよう。この『幽霊列車』は、社長親子の祈りを叶えるために生まれた【顕象】だ。

 それゆえに、その祈りの成就(父親の無念の払拭)のために必要なこと──すなわち『怪盗』を発生させるのに、コナン達に対しての執着が一際強かった。

 途中まで『再現度を上げたくないのに何故この列車に乗っているのか』という疑問をコナン達が一切抱いていなかったあたり、彼らに対しての精神操作は、結構な強度のモノだったのだと思われる。

 

 が、現状コナン達は記憶を取り戻し、彼らの祈りが叶えられる機会は失われてしまった。

 何故か?それは恐らく──。

 

 

「幾ら俺の再現度が上がり、江戸川コナンとして完成して行こうとも……『怪盗』が現れることは、無かったからだ」

「え?」

 

 

 八雲紫が、初めからコナンの再現度の上昇によって『怪盗』が現れることはないだろうと、知っていたからだ。

 

 確かに、コナン達のような事件に巻き込まれることを主題としたキャラクター達は、その性質上再現度が高ければ事件を引き寄せる者と化す恐れがある。

 ……が、それはあくまでも()()()()()者であって、事件を自ら()()()()者ではない。

 彼らは紛れもなく善なる人々であり、ゆえに彼らの存在が事件や悪人を引き寄せるのだとしても、それがイコール悪を生むもの(諸悪の根元)であるということに繋がるわけではない。

 

 ──つまり。

 例え彼らが、真に創作の探偵達そのものにまで至ったとしても、それで起きるのは騒動の発生確率が上がる、というだけのこと。

 今回の社長親子が望んだような、『怪盗』を生み出すことは叶わないのである。……まぁ、世間に隠れている普通の『怪盗』をこの場に引き寄せることは叶うかもしれないが。

 

 だがしかし──例えば今現在この世界には居ないはずの『怪盗キッド』や、『ルパン三世』をこの場に降臨させる……ということは、コナン達が成長したとしても起きないことなのである。

 仮に後々彼らが現れたとしても、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「え、じゃあなんで八雲さんは、社長さんの話を受けたの……?」

「琥珀さんの不満の声を聞き入れたってのが一つ。それから……最終的には()()()怪盗役をすれば良いって思ってたんだろうってのが一つ、かな」

 

 

 コナンの想像通り、八雲紫は最終的にこのクルーズトレインをスキマで郷に持ち帰ろうとしていた。

 

 マジックにおける種とは、確かに存在しているものの、それを周囲に巧妙に隠すことで成り立っている。*4

 そう、奇術(マジック)魔術(マジック)で行っても、それは周囲から見ればわからないのである。どっちにしろ、種は見えないのだから。

 ……無論、彼女が使うのは魔術ではなく『程度の能力』ではあるが、それを知らない人間からしてみれば、さほど大きな違いはない。

 

 ゆえに、『怪盗』の好みそうな大掛かりな奇術(マジック)により、クルーズトレインの最後を奪ってしまえば。

 それは紛れもなく『怪盗』の所業であると言えてしまうという、わりと脳筋な解決策を八雲紫は画策していたのだった。

 

 つまり、今回の事件はそもそも発端の時点で破綻していたのである。

 幾ら【顕象】が周囲から想念を集め、肥大化していくのだとしても、それは己に定められた【兆し】に沿ったもの。

 生まれた【兆し】は最初から『怪盗』を生むものではなく、ゆえに彼らの願いは外からでしか叶えられない。

 

 ──内に全てを巻き込んでいくこの『幽霊列車』は、ただ終点にたどり着くまで全てを留め置くだけの、それだけの存在でしかなかったのだ。

 

 

「そうだろう?乗せた乗客をあの世に連れていく、そのためだけにここにある列車──『魔列車』さんよ!」

 

 

 ……そう。

 始まりは単なる祈り。

 無念を晴らしたい。そして、心安らかに成仏してほしい。

 そんな善なる願いを受け、【兆し】が固めた死出の旅路をなぞる『幽霊列車』。

 

 その真なる姿は、『エメ』という列車に覆い被さった、願いを叶えるもの(イマジン)の暴走体だったのだ。

 

 

*1
『私、以前彼らにとっての【継ぎ接ぎ】は成長の限界(リミット)、蓋だと申し上げましたが。……もしかするとですよ?実際は底にある排水口を閉じるための栓、なのかもしれません』とはとある科学者の弁

*2
本来は生物の体内における、体液を身体中に巡らせる器官を含む系のこと。この場合の系とは体系、すなわちシステムを指す言葉である。星を一つの生命と見る場合、水の移り変わりはまさに生物にとっての循環系を構築していると言える

*3
『蜃が吐く気によって作られし楼閣』の意。自然現象の一種。温度が違う二種類以上の大気を光が進む場合、それらは密度が違う為に複雑な屈折を起こす。結果として、本来見えない位置にある建物などが見えてしまうことにより、幻像が浮かび上がるという仕組み。水気のある場所で起きやすい為、蜃という伝説上の存在が起こすものだと思われていた

*4
奇術も魔術も昔は同じものだった、という話。種を見せない奇術のあり方を、『本当に種などない』と見たのが魔術であるとも言えるかもしれない。その為、魔術が一般的な世界で奇術を見せると、()()()使()()()()()()()()()()()可能性があったりする



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天に走れ幽冥の鉄馬

 さて、それが自身を自覚したのはいつの時だったか。

 彼が無念に沈んだ時だったか。はたまた、彼女が生まれた時だっただろうか?……いや、それらよりもっと昔のことだったような気がする。

 そう、例えば──。

 

 

「お祖父様!」

 

 

 彼が、その人の笑みと、その場所を愛した瞬間……だったような。

 

 

 

 

 

 

わかりませんわかりませんなぜですかどうしてですかなぜわたしのじゃまをするのですか

「ぐっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 

 相手が何者であるのかを指摘した途端、脳内に響いて来るのはあまりに甲高く、意味を理解することの叶わない謎の言語。

 この列車が意思を持ってこちらに話し掛けているのだ、ということはわかる。わかるが、なにを主張しているのかまではわからない。

 

 とはいえ、相手が暴走している【顕象】であるのならば、それ相応の対処をせねばならぬというのも確かな話。

 特に、この列車が『魔列車』の性質を得ているのであるとするならば、それはすなわち無関係の乗客をも巻き込み兼ねない、死の逃避行を敢行しかねない状態であるということでもある。

 もし仮にその仮説が真実であるならば、是が非でも止めなければならないと言えるだろう。

 

 

「えっ!?ど、どういうことコナン君!」

「『魔列車』ってのは、死者をあの世に連れていく霊柩車でもあるんだ!それゆえに、本来なら死者しか乗ることができないんだよ!」

「ええっ?!」

 

 

 コナンがこの『幽霊列車』の正体と見込んだ『魔列車』とは、ファイナルファンタジーⅥが初出とされる存在である。

 冥界へと死者の魂を送り届ける役割を持つこの列車には、本来であれば()()()()()()()()()()()()()

 

 恐らくは娘の願いを聞き入れた、この列車の元となったイマジンが、その『願いを叶えるモノ』という性質があまりにも【兆し】(逆憑依/顕象)という概念に合致し過ぎていたがために、姿どころか性質までも変質し、彼女の祈りを叶えるのに一番適した形──依代である列車であり、死者を冥界へと送るモノでもある『魔列車』の形へと変じたのだろう。

 

 もはやその意識はイマジンとしてではなく、『魔列車』そのものと化しているが……それゆえに、融通が一切利かなくなっているのだと思わしい。

 再現度(過程)云々をすっ飛ばして、どこぞの小聖杯のように願いを叶える存在と化したイマジンが、その全てを『魔列車』として振る舞うことに注いでいる──。*1

 

 結果、この列車は原作のそれと同じ制約を、己に敷いている可能性があるのだ。

 本来は死者しか乗り込むことができないからこそ、乗り込んだ者が例え死者ではなかったとしても、それらも含めて全てを冥界に送り届けよう(引きずり込もう)とする……という制約を。

 

 

「そ、それじゃあ私達、冥界に向かってるの!?」

「これからそうなるかもしれない、ってこと!単純に『魔列車』をなぞっているにしては変なところが多いから、もしかしたらもうちょっと複雑な理由かもしれないけれど!」

 

 

 よもや現在の自分達が生か死かの境目に立っているとは思いもよらず、微かに震えた声をあげる蘭。

 動揺しながらも社長親子から警戒を外さないのは流石だが、現状注意するべき相手としては、ちょっとずれているとも言えなくもない。

 

 今回の事件において、彼らは被害者としての面の方が強い。

 幾つもの偶然が噛み合ってここに立っているという方が正しく、ゆえに彼らを警戒しても、こちらに対して悪意あるリアクションを起こしてくることはまずないだろう。

 ……そう、今彼らがここにいるのは、寧ろこちらを逃がすためなのだ。

 そのような感じのことを、コナンは蘭に説明する。

 

 

「えっ?!」

「……その通りですよ。私は、確かに無念を抱きました。ですがそれは死したことにではなく、この列車を静かに終わらせることができなかった、ということについて。……こんな形で周囲を巻き込むつもりは、私には一切なかったのですから」

「え、じゃあなんで貴方は、鈴木さんの真似を……?」

()()()()()()()()()()()()()だよ。娘さんの願いを聞き入れたこの列車がしようとしたことは、彼をあの世に送り届けること。──彼の成仏のために、現世への未練を断つこと。だから、未練となる妻と愛人を真っ先にあの世送りにして、それから残った彼の未練──列車の終わりと、一人残されるはずの娘を引き込んだ」

 

 

 そう、彼らは貴賓(きひん)*2であると同時に、ある種の舞台装置でもあった。

 

 役割を被せられた彼らは、その役割から外れた行動を行うことは出来なかったのである。

 それが、なんらかの理由によって(ほつ)れを見せた。──結果、彼らは巻き込んでしまったこちらを救助することを最優先に、コナン達の元にやってきたのである。

 

 

「で、でもそれだと、この二人が!」

「私達については、お構いなく。……私に関しては、そもそもに死人です。娘も、不可抗力とはいえ妻を手に掛けたようなもの。お咎めなしとはいかないでしょう?」

「そ、それは……」

「話は後だ、蘭!とりあえず、外に出ないと!」

 

 

 蘭は目の前の二人を気にしているが、コナンとしてはそれよりもまず脱出を先に考えるべきだと彼女を諭す。

 この列車が暴走を始めた、というのは最初に示した通り。──その暴走が、終点までの急行だとするのであれば、こうして悠長に話している時間はないはずなのである。

 

 

「そ、それならそう言ってよ!」

「悪いな蘭。……言わなかった理由があるんだけど、聞く?」

「え、なによその、含みのある言い方……」

 

 

 要するに、バイオの終盤でよくあるタイマー始動状態*3が現状だ、というようなことを説明されて、顔を真っ赤にして怒り始める蘭だが……。

 対するコナンは苦い顔をしながら、辺りを見渡していた。

 ……そう、現状は爆発し始めた施設の中に居るようなもので、一刻も早い外への脱出が推奨される状況である。あるのだが……。

 

 

「……出られるのか、これ」

 

 

 思わず口をついて出てきたのは、脱出口が見付からないということについてのもの。

 そう、先ほどまで外の景色を写していたはずの窓ガラスは、今や黒い靄に覆われ外界を見ることは叶わない。

 要するに、単純に窓をぶち破ったところで、外に出られる保証がないのである。

 

 かといって、無闇に先頭車両を目指したところで、本質が『幽霊』であるこの列車に、こちらの攻撃が通用するかはわからない。

 最悪、再び思考誘導でもされて、なにも知らないままにあの世行き……なんて可能性もあり得るだろう。

 

 要するに、現在コナンは必死にこの状況の打開方法を、脳内で演算中なのである。演算して、それでも見付けられていないのである。

 

 

「……あーくそっ!こうなりゃ一か八かだ!」*4

「えっ、ちょっ、コナン君?!」

 

 

 乱雑に頭を掻き毟ったコナンは、突然地面にしゃがみこんだ。

 なにをするつもりなのかはわからないが、なんとなく宜しくないことが起きそうだと思った蘭が声をあげるが……対するコナンは止まらない。

 考えすぎでちょっと頭に血が上ってしまった彼は、最早この列車を笑うことができないくらいの暴走列車と化しているのである。

 

 

「社長さん!ちょっと荒っぽくなるけど許してね!」

「──ええ。構いませんよ」

 

 

 なにをするつもりなのかは知りませんが、と嘯く社長だが、彼はなんとなく、現状を打破する一番の方法に気付いていた。……自分からそれを言い出したくはなかったので、決して口にはしなかったが。

 コナンが今から行おうとしているのは、恐らく彼が思っていることと同じだろう。ゆえに彼は娘を手招きして、コナンの背後へと退避する。

 そんな彼の行動に、コナンがなにをしようとしているのかを察した蘭は、慌てて彼の後を追ってコナンの背後に回る。

 

 そんな周囲の状況など露知らず、思考のし過ぎでオーバーヒートし始めたコナンは、しゃがんだ体勢で足下──正確には、自身の履いているスニーカーに手を伸ばしていた。

 

 

(元々は単なる形だけのアイテムだったけど。……タイミングが良いというか、だからこそここに居るというか)

「なんにせよ、使わせて貰うぜ琥珀さん!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()を回し、更にベルトのバックル上部にあるスイッチを押し込む。

 そうしてバックル部分から射出されるのは、圧縮されていたサッカーボール。

 そう、『どこでもボール射出ベルト』と『キック力増強シューズ』。とある科学者(琥珀)が再現したそれを、彼はこの列車に向けて使おうとしているのである。*5

 

 もし、()()()()()()()()()()

 時間は掛かるが、これが一番の方法であることに疑いはない。

 故に、彼はダイヤルを()()にしたスニーカーでボールを蹴ろうとして。

 

 

〈ブレード・シューティングスターモードへ移行〉

「……ゑ?」*6

 

 

 スニーカーから響いてきた無機質な音声に、思わず時が止まった。……止まったと感じたのはコナン達だけで、音声は無情に進み続けているのだが。

 

 

〈エネルギーライン、全段直結〉

〈イマジナリ・アセンション、正常実行〉

〈概念保護、物理保護、オールクリア〉

〈モーションアシスト、開始〉

 

「えっちょっ、ま、待って!ホントに待って!!?」

 

 

 先ほどまでの熱狂はどこへやら、本気で焦り始めるコナンと、よくわからないけどヤバそうだと感じた蘭が、社長親子をその背後に庇いながら。

 やがて機械音声は、決定的なその一言を告げた。

 

 

〈──発射します〉

「待っ」

 

 

 コナンの意思とは裏腹に、体は勝手に動く。

 それは彼女(琥珀)の研究の成果の一つ。SAOのモーションアシストを独自再現した、現実で()()()()()使()()ためのモノ。

 

 現状できる全てを注ぎ込み、()()()()()()()の技を扱えるようにした夢のアイテム。

 すなわち、『イナイレシューズ』。

 

 ブレード・シューティングスター(流星ブレード)を期せずして選んでしまったコナンは、宇宙(そら)を幻視させるその輝きの中に、車内の全てを巻き込みながら消えていくのだった──。

 

 

*1
元々イマジンとは他者の願いを叶えることで、自分の望み(時間遡行)をも叶えようとするタイプの怪人である。【顕象】もまた、周囲の想念を【兆し】に見合った形で吸い上げるモノである為、ある意味その乱暴さが近しいと言えなくもない(イマジンの願いの叶え方は、基本的に物理である)。また、『逆憑依』はその憑依の仕方自体に類似性がある(自分を他者に憑依させ、主体は自分)為、殊更に相性がよく、そのせいで再現度の値が変な方向に振り切れる。結果、こんな訳のわからないことになる。なので、『他者を強制変身させられる』マジカルルビーは、わりと危うい存在だったり

*2
身分の高い客・敬って迎えるべき大切な客のこと

*3
別にBIOHAZARDに限らないが、物語の終盤のマップがボスの撃破と同時に自爆のカウントを始める、という展開を指してのもの。物語は家に戻るまでが物語です

*4
運に任せて行動を起こすこと。『一か罰か』が訛ったものだとか、『丁半』の一部(旧字体の『半』は上の部分が『ソ』ではなく『八』、すなわち向きが逆だった)を取ったものが語源だとか言われている

*5
どちらも『名探偵コナン』作中において登場するツール。戦闘能力の低いコナンの貴重な攻撃手段

*6
以下、『ANUBIS ZONE OF THE ENDERS』に登場する『ベクターキャノン(空間圧縮破砕砲)』の発射シークエンスより。また、それを聞いてコナンが発した言葉は、わ行の『え』。『うぇ』に近い発音だったらしいが、現代では基本的に使われなくなっている。『ヱビスビール』『ヱヴァンゲリヲン』等の名前に使われているので、忘れられてはいないはずだが。なお、コナンにやらせようとしているのは『迫り来る股間』……もとい、『イナズマイレブン』における技の一つ、『流星ブレード』。ゲームではそこまででもないが、アニメにおいては特に猛威を奮った技。まぁ、流石に話が進むと別の技に取って変わられて行くのだが……



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はりきれ!モモちゃん

「──ってわけで、車内の全てを薙ぎ払いながらボールは進んでいき、気が付いたら俺達は倒れてたってわけさ」

「いや、そんなのただの自殺志願者じゃん……」

 

 

 起き上がったコナン君から、彼らがこれまでなにをしていたのかの状況報告を受けていた私は、思わずそんな言葉を口から漏らしていたのだった。

 

 ……いや冗談でもなんでもなくて、イナイレとかテニヌみたいなおかしい威力の(スポーツ選手の戦い方じゃない)*1をこんな閉鎖空間で使うとか、よく死人が出なかったな本当に、みたいな気分にしかならなくてですね?*2

 というか琥珀さんの技術力も意☆味☆不☆明なことになってるし、私に一体どうしろと言うんです……?

 

 郷に帰ってからの仕事が、更に増えたことに内心でため息を吐きつつ、とりあえず無事……無事?でよかったとコナン君を慰める私。

 

 彼の証言に間違いがないのであれば、車内の椅子やら机やら壁やらを流星ブレードで一掃した結果、中で暴れられるのを嫌った『魔列車』が、依代である『エメ』から分離した……という風に見るのが正しいのだろう。

 すなわち、現在のあれは本当の意味で『幽霊列車』になっている、ということ。

 中になにも居ないのであれば、それこそフェニックスの尾*3でも投げ付けてやりたい気分なのだが……。

 

 

「一応聞いておくけど、金田君は見てないんだよね?」

「ああ、俺達のところに来たのは社長さん達だけ。こっちとは別室で待機していたはずの金田については、ちょっとわからないかな」

 

 

 こちらからの問い掛けに、言葉そのものの軽さとは正反対の、深刻な表情を浮かべるコナン君。

 

 それもそのはず、彼らとは別室で待機していたはずの金田君の姿が、車内のどこにも見当たらないのである。

 よもや流星ブレードによって、調度品達と諸共に薙ぎ払ってしまったのでは?……と一瞬震えが走ったものの、そもそも彼にはキリア()が一緒に付いている。

 彼女からこちらへの救援要請などが無い以上、一応は無事ではあるはず。……もし仮に吹っ飛ばされ(消え)ているのなら、本体である私に記憶やら魔力やらが還元されているはずだけど、それも今のところないし。

 

 つまり、状況証拠から判断するならば。

 キリアと金田君は、未だあの『魔列車』の内部に取り残されていると判断するのが正しい、ということになるわけで。

 

 ……乗客が居る状態で迂闊に成仏とかさせた日には、中身ごとあの世送りになりそうな悪寒がするので、『ゾンビに聖水』作戦は取り止め無期延期である。

 まぁ、仮にその作戦を実行しようにも、今現在フェニックスの尾も聖水も持ってないし。聖属性の魔法を使うにしても、そっち担当のキリアは向こうなので、ここに居る私にはどうしようもないんだがね!

 

 

「……えっ、使えねーの?」

「うむ、そうなのだ。私が使ってるのは単なる多重影分身じゃなくて、自分の要素(属性)を核にして分身してる感じだから……要するに今の私は、大雑把に闇属性なのじゃよ」

「いや、不思議生命体過ぎるじゃろお主……」

 

 

 なお、コナン君達からはなんで使えないの?……みたいな顔を向けられたわけなのだが。

 私の使ってる影分身が『属性分身』みたいなものだから、現在聖属性適正が無いのです……というだけの、とても単純な話だったりするため、そんな顔で見られても困るというかなんというか。

 あとミラちゃん、もののけ扱いは止めてくれんかね?

 

 

 

 

 

 

『──なかなかやるじゃねぇか!』

 

 

 そうして若干ぐだついた私達が話を切り上げ、外に飛び出した結果目にしたのは。

 天空を駆けながら、何度もぶつかるように交差し続けている二つの龍……もとい、二つの列車の姿。

 無論改めて確認するまでもなく、その二つの龍とはデンライナーと『魔列車』のこと。彼らが怪獣映画さながらに、何度も互いの車体をぶつけ合っている光景が、現在私達の目の前で繰り広げられているものだというわけなのですが……。

 

 

「モモちゃん、加減して加減!多分、中に人がまだ居るから!」

『……ああ?んなこと言ってる場合か、よっ!』

 

 

 ほぼ確実に金田君(と、(キリア))が中に閉じ込められたままだと思われる『魔列車』は、このままだとモモちゃんの『()の必殺技』*4でドカーンと爆☆殺される運命。

 それが大変よろしくない展開であることは、皆様お察しの通り。

 ゆえに、モモちゃんには多少の手加減をして欲しい旨を、叫んで伝えたわけなのだが、結果はご覧の通り。こちらの発言は暖簾に腕押し、糠に釘。*5現状、こちらの忠告通りに彼が手を緩める様子は見られない。

 

 ……口調が先ほどまでのキャルちゃん*6っぽいものではなく、普通のモモタロスのものに戻っているのは、周囲が彼の姿を認識できない状況においては、彼の外見は『シュレディンガーのモモタロス』状態になっているからだとかなんだとか言っていたが。

 その辺りから察するに、現在の彼はあまり精神的に余裕がない……ということになるのだろう。

 

 魔法少女(変身)状態でなければデンライナーは動かせず、戦いが長引けば長引くだけ、自身のアイデンティティ(俺は男なの!)にヒビが入る。

 ゆえに、さっさと雌雄を決してしまいたいモモちゃんは、常よりも更に過激にファイヤーしている、というわけなのだった。

 

 

「ふむ、()()を気にするがゆえに……とな?」*7

「……いや、別に洒落を言ったわけじゃないんですけど?」

 

 

 なお、中身的には男性区分のハズのミラちゃんはというと、この通り自分から『わしかわ』とか言っちゃうタイプの人なので、モモちゃんの焦りとかについては、今一ピンと来ていらっしゃらないご様子。

 ……『逆憑依』の仕様上、モモちゃんの現状に()()()()()()共感できそうなのは彼女一人。

 他の面々の自意識は憑依している方にあるので、(他者に逆)憑依して更に(イマジンの能力的な)憑依をしているモモちゃんは、ある意味孤独な戦士なのだった。

 

 

『ちちちげーし!別にさっさとこの服から着替えたいとか思ってねーし!』

「はいはい。……モモちゃんに手加減を期待するのは無理があるみたいだし、あさひさんお願いできます?」

「思ったより龍使いが荒いっすね?……後が怖いっすよ?」

「……お手柔らかにお願いします」

「あいあいー」*8

 

 

 まぁ、モモちゃんに手加減を期待出来ないというのなら、こっちが動くしかないだろうというのも道理。

 

 キリアに関しては最悪分身を解除すればいいとして……金田君を連れて帰る必要があるということを踏まえ、ここはあさひさんもといミラルーツさんの力を再び借りる必要があるだろう。

 ……あくまで()()()、なので後でなにかしら法外な請求をされる可能性が高いけども、流石に人命には代えられまい。

 

 龍種の要求って地味に怖いよなー、なんてことをぼやきながら、再び大きめのワイバーンくらいのサイズに変化した彼女の背に跨がり、一路空へ。

 真横を仙術を用いて付いてくるミラちゃんと一緒に、いざ『魔列車』内部!……とばかりに突っ込んで行った私達は。

 

 

「……すり抜けたぁっ!?」

「あれーっ!!?」

 

 

 入り口に突っ込んだにも関わらず、中に入ることができないことに、思わず困惑することになるのだった。

 

 

 

 

 

 

『だから言ってんだろうが!んな暇はねぇってよぉっ!!』

 

 

 モモちゃんの言葉と共に、再びデンライナーは『魔列車』との衝突……もとい、接触を繰り返す。

 

 ……よくよく考えてみると、デンライナーには先頭車両が()()車両に変形するギミックが備わっていたはず。

 何故変形しないのだろうと思っていたのだが、もしやこちらが勝手にモモちゃんの精神状態を察したつもりになっていただけで、最初から手加減をした上で戦っていたのだろうか……?

 

 

『……そ、そそそそうだよ手加減してたんだよ!』

(……嘘だな)

(あからさまに嘘じゃな)

(わかりやすすぎますよモモタロスさん……)

『な、なんだよテメーら!手加減してたんだって!ホントに!』

 

 

 ……などというこちらの推測は、次の瞬間モモちゃん自身の言葉によって否定されたわけなのであった。わかりやす過ぎるでしょ貴方……。

 

 まぁ、要するに。

 このデンライナーは見掛けこそデンライナーゴウカ(普通のデンライナー)*9だが、実際はモモタロスの変容に合わせて、武装やらが細かく変化しているらしい。

 そう、現在の彼の状態に合わせ、内蔵武装が全て()()()()()()()()()に換装されているのだそうだ。

 

 つまり、それを使用すると言うことは、同時に中に乗っている存在の属性を示すことにも繋がるわけで。

 ……端的に言ってしまえば、『シュレディンガーのモモタロス』状態が崩れてしまうらしい。

 その結果、口調という抵抗すら奪われた彼は、戦闘という本来ハイテンションで行えるはずの行為すら、だだ下がった気分で行わなければならなくなるというわけである。

 

 切り札(ジョーカー)な後輩*10ほどではないにせよ、テンションで戦力が変わっている印象もなくもないモモタロスにとって、そのマイナス要素は思ったよりも厳しいものらしく。

 結果として、デンライナーのほとんどの機能を自分から縛る形になっている、というわけなのだった。

 

 つまり、手加減なんてしたくないけど、手加減しないとうまく戦えない、というのが真実らしい。……なんとも悲しい話である。

 

 で、手加減云々はとりあえず置いといて(置いとくんじゃねぇという文句は無視)

 

 現在の『魔列車』は、依代を離れた霊体状態。

 そもそもに、その中になにかを積むことはできないはず、なのだという。

 つまり、本来居た場所に居ないのであれば、それは積み荷の方が動いたということ。

 

 つまり、金田君達の方が勝手にどこかに行った、ということになるわけだ。……と、モモちゃんが説明をしてくれた。意外とよく見ていらっしゃる……。

 

 ともあれ、彼の見立てでは手加減など必要なく、そのままこの『魔列車』をぶん殴るのが一番手っ取り早いとのこと。

 問題があるとすれば、前述の通り彼には本気を出したくても出せない事情がある、ということだろうか?

 

 

「……ぬぅ、これは困った」

 

 

 この報告には、キーアさんも困り者。

 実は、キリアによる聖属性魔法をあてにしていた部分が、結構大きかったのである。

 どっこい、彼女が居るはずだった場所はもぬけの殻。

 先ほどまで念話が繋がらないのは、『魔列車』による妨害だと思っていたのだが、実際は向こうが着信拒否していただけだったわけで。

 

 こうなってしまうと、微妙に対処に困ってしまう私なのだった。

 ……軽く言ってるけど、これって結構ピンチなのでは?

 

 

*1
『Ghost of Tsushima』より、主人公である境井仁が助けた村人から言われた台詞『お侍様の戦い方じゃない…』を使って、『イナズマイレブン』『テニスの王子様』などの超次元なスポーツ達を揶揄したモノ。真似できなくもない技もありはするが、大体『君達バトル漫画と出るとこ間違ってない?』みたいな威力の技を使いまくるのでさもありなん……一応フォローしておくが、勝つ為に非情な手段も必要だ、という価値観自体は悪くはない。出るとこを間違っているようにしか見えないから、あれこれ言われるのである

*2
基本的に衝撃波の逃げ場のない閉所の方が、被害は大きくなることから。また、建物の倒壊などによる二次災害にも繋がりやすいので、閉鎖環境での危険物の取り扱いには注意が必要である。……危険物扱いされるスポーツは、はたしてスポーツと呼べるのだろうか……?

*3
ファイナルファンタジーシリーズに登場するアイテムの一つ。基本的には死亡状態の味方を復活させる効果を持つ。名前の類似例としては『東方project』の藤原妹紅の使うスペルカード【不滅「フェニックスの尾」】が、効果の類似例としてはドラゴンクエストシリーズの『世界樹の葉』などがあげられるか。相手に使える場合、アンデッド系のモンスターを即死(蘇生?)させることができたりもする。()()()()()()()()()というのも変な話なので、多分アンデッドとして成立する要素を浄化している、とかなのだろう。なお、基本的に味方への仕様の場合は瀕死状態(体力半分以下、基本的には四分の一より更に下の体力)で蘇生されることがほとんど。『世界樹の葉』が完全回復なことを思えば、ちょっと頼りない……ように思えるが、『世界樹の葉』がほとんど手に入らず、そもそも一つしか持てない場合があることを思えば、作品によっては店でも買えるこちらの方が汎用性は上、と言えなくもないかもしれない。まぁ、どちらの作品も蘇生系の魔法を覚えると無用の長物となりかねないわけだが(作品によっては、アイテムである方が使い勝手が良い時もある)

*4
本当は『エクストリームスラッシュ』という技名なのだそうだが、作中でそう呼ばれたことはない。電王の武器である『デンガッシャー』の刀身にエネルギーを溜めて斬る技で、刃先を飛ばしたり伸ばしたりそのままだったりなどの派生が多数存在する

*5
どちらも手応えがないことを示すことわざ。他にも似たような言葉に『豆腐に(かすがい)』(鎹=二つの材木を繋ぎ止める為に打つコの字型の釘)がある。なお、『馬の耳に念仏』『猫に小判』は微妙に意味が違う(なんらかの物品や行為に対して、相手がその()()()()()()()()ので意味がない、という状態を指す為。一応、どれも『効果がない』という部分では一致する)

*6
『プリンセスコネクト!Re:Dive』のキャラクターの一人。育ちが良くないので口が悪い(『ぶっ殺すわよ!』とかよく言う)が、基本的にはツンデレ気質

*7
中国の『史記・項羽本紀』に記されている『願わくは漢王との戦いを挑み、雌雄を決せん』という言葉が語源とされている表現・故事成語。『雄の方が雌より強い』という感覚を元とした言葉なので、現代では単純に『勝敗を決める』などの別の言葉に言い換えられることもある。……キーアの言う通り、別にモモタロスが雌雄を気にしていることと掛けているわけではない()

*8
『はいはい』が訛ったもの、『はいよー』が変化したもの、『アイアイサー』が短くなったもの……などなど、色んな語源を例示されるが、特にどれが元とも言い辛い単なる挨拶。砕けた間柄でしか使われないのは間違いない

*9
デンライナーと言われて一番最初に例示されるもの。先頭車両の外見が『電王ソードフォーム』に近いもののこと。他の車両にも名前が付いているが、詳しくない人は全部で『デンライナー』という名前だと思っているかも知れない……

*10
仮面ライダージョーカー(仮面ライダーWにおける左翔太郎単独での変身形態)のこと。スペック的には大したことがないのだが、ジョーカーメモリの能力『使用者の感情エネルギーにより、スペックの上限を越えた力が発揮できる』により、基本的に白星が多い。無論、テンション降下中は急激に弱体化することもある



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光と闇が交わらない

「うーむ、こんなところで分身のデメリットが効いてくるとは……」

「どういうことじゃ?」

 

 

 対処が思い付かず小さく唸る私に、隣に降り立ったミラちゃんから声が飛んでくるが……。

 どうもこうもない、先ほど言った通り私の分身は、属性を核としての分割という条件を含んでいる。*1

 要するに、従来の万能性能を文字通りに二つに割っているため、わけた方の属性は逆立ちしても使えないのだ。*2

 

 霊体に対しての特攻となる聖属性の魔法や技などは、今の私には一切使えない。

 すなわち、現状の私には『魔列車(アレ)』を滅ぼしきる火力が足りてないのである。

 

 

「単純に私達の火力を総動員するのではダメなのかい?」

「んー……どうだろ。とりあえず、鬼太郎君は倒せそうだと思う?あれ」

「えっ?……あーいや、どうかな……」

 

 

 その発言に、近くに居たバソから質問が飛んでくるが……それをそのまま横に居た鬼太郎君にパス。

 

 ここに居る面々の中では唯一、そもそもに霊体関連に一家言あると思われる系列の存在である鬼太郎君に対し、周囲からは期待の視線が向けられるが……それを向けられた当人は、眉尻の下がった困り顔を浮かべている。

 

 それもそのはず、相手は確かに『魔列車』──すなわち『幽霊列車』ではあるが、同時に『イマジン』でもある。

 問答無用で成仏させる『ターン・アンデッド』*3などが使えるのならばいざ知らず、彼が行うのは基本的には物理(霊体)である。

 お経を唱えてなんやかや……とかではないため、彼が有利に立てるのはあくまでも『幽霊列車』である間だけ。

 それ以降は、普通の戦力としてしか扱えないのである。

 

 そういう意味では、対イマジン戦闘のエキスパートと言えなくもないモモちゃんに後半を任せる、という戦術の組み立てをするのが普通なのだろうが……。

 

 

「なにか、問題でも?」

「……イマジン自体が【継ぎ接ぎ】と相性が良すぎるから、向こうの『魔列車』っていう擬態を迂闊に剥がすと、こっちに有利な別の姿に変化しそうな気がするというか……」

「なん……だと……?」

 

 

 パズル&ドラゴンズ*4という作品を知っているだろうか?

 インフレが進んで様々なギミックが生まれていった結果、それに対処できなければ死ね!……とかされるゲームである。

 

 これが言い過ぎでもなんでもなく、飛んでくる妨害を素直に耐えてる(妨害が消えるまで耐久する)と即死*5、敵を一撃で倒せなかったら即死*6、ギミックの対処をすると即死*7、特定のリーダーだと即死*8、パズルをし過ぎると即死*9……などなど、相手の行動パターンを完全に把握していないと、大体の状況で即死させられるのが、今のパズドラなわけで。*10

 まぁ勿論、あくまで難易度高いところがそうなっているだけであって、普通のダンジョンは普通にパズルをしているだけでクリアできるわけなのだが、今回はそんなパズドラが面白いか面白くないかとかは関係なくて。

 パズドラという作品に存在するギミックの一つ、『超根性』を今回の説明のために引用させて頂きたいと思い、話題にあげた次第でございます。

 

 で、すさまじく雑に言うと『超根性』とは、『絶対に一撃死しない』耐性である。

 自身の体力の最大値を越えるダメージであろうが、設定された値よりも下には絶対に体力が減らない……という、かなり強力な耐性だ。……『超』って付いているように、元々あった『根性』という耐性の強化版なのだが、そこは割愛。*11

 

 ここで問題なのは、『相手になにもさせずに一撃死』させることができない以上、()()()()()()()()()()()()()()、ということにある。*12

 

 ロールプレイングにしろカードゲームにしろ格闘ゲームにしろ、勝つために一番楽なのは、相手になにをさせる暇も与えないことである。*13

 当たり前の話だが、殴りあい──すなわち相手に反撃のチャンスを与えるということは、例え数パーセントであろうとも相手に勝ちの目を与える*14、ということでもある。

 

 残り体力が一ドット、単なるガードですら削り倒されるという状況において、敵の攻撃の全てを受け流し(ブロッキング)て逆に相手を倒した格闘ゲーマーが居たように。*15

 特殊召喚も通常召喚も封じ、妨害も複数立てたのにも関わらず、耐性の隙間を縫われて逆転を許してしまうことがあるように。

 耐性やら強化やらを積みまくって相手の攻撃では死ななくなったのにも関わらず、強化を全て消すスキルを使われて唖然としたり。

 

 まぁ、要するに。

 相手に動く機会を与えるということは、例えそれが蜘蛛の糸のような細い可能性であったとしても、逆転のチャンスを相手に与えてしまう、ということでもある。

 

 この辺りは最近の遊戯王をやっていれば、なんとなくわかるだろう。

 例え封殺した気になっていても、相手の動きがこちらの妨害回数より上になってしまえば、その時点でこちらは相手の動きを見ているだけの結果となる。*16

 一枚であれこれ動けるような相手であれば、たった一枚でも自由にしただけで逆転の可能性ははね上がり、結果として優勢だったはずが負けてしまった、ということも少なくないはずだ。

 

 ……勝利こそをリスペクトする(嫌だ、俺は……負けたくないぃぃ!!)*17のであれば、先行で完全に制圧することを目指す者がいるというのも、なんとなく理解はできるのではないだろうか?……まぁ、誘発なし先行のみドライトロンとかは、同じドライトロン使いとしても許せんけど。後攻でも諦めずに殴っていけ?*18

 

 ……こほん。閑話休題。

 ともあれ、対戦相手に動く機会を与えてしまうというのが、勝利を目指す場合にとても恐ろしい選択である、というのはなんとなくわかって貰えたと思う。

 その上で、先ほどの『超根性』というモノに話を戻して行こう。

 

 この耐性は、どんなに相手の火力が高かろうと、絶対に死なない能力である。

 パズドラは相手ターンに動ける手段がプレイヤー側には存在しない*19ため、先の遊戯王の例えで言うのなら『必ず一回、無効にもされない魔法や罠・モンスター効果を、フィールドの状態を無視して発動できる』能力なのだと思って貰えれば、なんとなくその恐ろしさがわかるかもしれない。

 素材八枚積みのロンゴミが怪獣で生け贄に(リリース)されたりとか、B装備のアルデクが効果発動さえできずにブラックホールで墓地に行くだとか……まぁそんな感じ。*20

 

 正しく『インチキ効果もいい加減にしろ!』*21というやつで、これを実装するのなら、向こう(ボス)がしてくることは理不尽なものであってはいけない、と普通は自重するはずのものである。

 自重しなかった場合には難易度が上がりすぎて、一部の対応できる人々以外は攻略を投げ出す結果になってしまうからだ。*22

 

 ……お察しの通り。

 それが実装された当初は、そこまで問題でもなかったのだが。

 後に超根性で耐えた後に即死攻撃とか、超根性で耐えたあとこっちのスキルチャージを戻すとか、思わず『なんで?』と困惑するような行動をしてくる敵が現れたのであったとさ。……まぁ、威嚇による行動遅延が効く場合もあるのだが、それはそれでこちらの手札を縛る結果になるので、『抜け道はありますよ』と言われても納得できるかは別の話。*23

 

 ともあれ、相手の情報無しには攻略できなくなるという意味で、一定よりも下の層……要するに中堅層とかが最新ダンジョンの攻略を諦めた、というのは確かな話。実際にデータとして公式が出しているので、そこは間違いないだろう。*24

 

 ……話が脱線したが、そんなギミック『超根性』による相手の行動の一つに、『一定回数『超根性』が発動するまで体力全回復』というものがある。

 字面の時点でなに言ってるんだこいつ感が強いが、『根性』系の特性の一つに『設定体力を下回っている間無効化される』というものがあることを知っていると、意味が見えてくるかもしれない。

 

 そう、悪名高き『以上吸収』や『コンボ吸収』、『属性吸収』などにより体力が規定値よりも回復すると、『超根性』は再び効力を発揮するのである。*25

 中でも『コンボ吸収』は無効化手段が存在しないため、コンボできない人間には一生突破できないという、凄まじいまでの壁として立ち塞がることになる。

 ……すなわち、先ほどのパターンは『相手の行動を必ず何度か許してしまう』ものである、と言えるわけである。

 で、このタイプのものとセットになっていることが多いのが、『自身の属性変更』である。

 

 これはいわゆる『無効パ』というものが流行った後から増え始めた(一応流行る前から存在はしていたが、明確に増えたのは無効パがとあるダンジョンをクリアしてから)ものだが、文字通り『自身の属性を変える』ものである。*26

 それだけ?と思われそうだが、パズドラにおいて弱点と耐性はとかく強い意味を持つもの。

 相手を一撃死させるのが重要なこのゲームにおいて、ダメージが二倍か半分かになるというのは、特に重たい意味を持つのである。

 

 要するに、変化前の属性なら二倍ダメージになるので倒せたはずが、変化後の属性では単純に四倍の火力がいる……ということになった場合、待ち受けるのは倒しきれずに即死、という未来だろう。

 ……まぁ、カンストによるダメージ制限もあるので、大体半分しか削れずに詰む、ということの方が多いだろうが。

 

 ともあれ、弱点の変化というのは、口で説明するよりも遥かにめんどくさいのである。

 

 ここまで説明して、ようやく『魔列車』の話に戻ってくるが。

 相手の『魔列車』状態をダメージを与えて解除する場合、その性質は『超根性』に近いものだと思われる。

 要するに、()()()()()()()()()()。そのため、相手に行動する隙を与えてしまう。

 これがまぁ、単なる敵なら良かったのだが……相手は超強化イマジン、すなわち一撃で倒さないとなにをしてくるかわからない相手。

 結果、変に殴り倒すのはよくない……という、なんの嫌がらせだその性質、みたいなツッコミを入れざるを得ない状況になっている、というわけなのだった。

 

 

「……いや、それじゃと当初の予定とやらも微妙なのではないか?」

「『超根性』にもなにもさせずに倒す手段があるように、あの『魔列車』も強制成仏ならどうにかなってたと思うんだよね……」*27

「なんと?」

 

 

 なお、その説明に対してミラちゃんからのツッコミが入ったが……。

 もし仮にキリアによる聖属性攻撃を行えた場合、耐性を無視して『幽霊』属性のまま相手を倒す……などという手段も取れたと思われる旨を話すと、彼女は驚いたような表情を浮かべていた。

 ……まぁ、うん。()()()()()()時点で成仏効果には弱いと思われるからこその特攻だったので、無い物ねだり以外の何物でもないんだけどね!

 

 

*1
『私は闇の私』『私は光の私』『『最終的には一つになって、スダ・ドアカワールドを駆け巡るぞ!』』『……それ、わかる奴おるんかのぅ』

*2
無限を÷2しても無限だろう、とは言わない約束。そもそも『()()の無限を合計して零にしている』のがキーアなので、属性分割はわりと相性が()()()()のだ

*3
死者(アンデッド)』を『送り還す(ターン)』魔法。初出は恐らく『ダンジョン&ドラゴンズ』。クレリック(聖職者)がレベル2で覚える魔法で、アンデッドを追い払う・ないし破壊することができる。そこから、創作における聖職者達も、この魔法の類似魔法などを覚えるようになったようだ。近年では『この素晴らしき世界に祝福を!』のアクア様などが使っていらっしゃる

*4
ソーシャルゲーム黎明期に現れたパズルロールプレイングゲーム。その付近のソシャゲ達が射幸心を煽ったり、はたまた他者との競いあいを主体としたモノだったのに対し、ガチャの確率は緩く、それでいてパズルを楽しむことを主体としたモノだった為、大多数のユーザーから少額の課金を得る、という形で運営できていたすごい奴。ソシャゲの理想のような存在だったが、流石に十年も経つとガタが来ていると言わざるを得ないだろう。ユーザーが強くなる度に、それを潰すようなギミックを生むことでも有名

*5
初期の妨害はその妨害を耐えることでも対処できたが、現在は基本的に『持続が999ターンあるので、耐えるのは現実的ではない』『持続ターンは少ないのだが、倒さずに耐久するとこちらのスキル効果を解除した上で即死級ダメージを与えてくる』ことがほとんどとなっている

*6
文字通り。類似パターンに『特定の体力まで減らすと今までの行動から変化して、毎ターン即死攻撃をしてくる』がある

*7
盤面変化系の行動を敵がしてきた時に、それをこちらの耐性で防ぐと直後の行動が大ダメージや即死級ダメージになる、などのパターンのこと。単体であるならば耐性への対策を減らすなどで対処できるが、『耐性による対処なしでは攻略が困難』なタイプの敵が前後に混ざっているダンジョンだと、それはもう酷いことになる

*8
一時期『7×6リーダー』(通常6×5の盤面であるダンジョンを、リーダーにすることで7×6盤面にすることができるリーダーのこと)に対して行われたもので、対象のリーダーだと覚醒スキル無効にした上で、対処の難しい妨害を仕掛けてくる……などのパターンがある。もっと遡るのであれば、覚醒スキルがなかった頃の『超ファイアバインド』も含むか(火属性キャラを10ターンスタンさせる。覚醒スキルが無かった時期なので回避しようがなかった)。『7×6リーダー』に対してのものは、前述の『ギミック対処すると即死』に近いものも存在する(敵の行動で『7×6』盤面にする、というものがあり、それを阻害したという扱いで行動が変化する)

*9
これに関しては後述

*10
さながら『ペルソナ』シリーズの裏ボスである。パズルという不確定要素が無ければ、まだマシだったのかもしれないが……

*11
ダメージがインフレし始めた時に現れた耐性の一つ。『ダメージを与えすぎると即死』に近いもの。どんな攻撃でも必ず体力が1残る。一応、特定の体力よりも現体力が下回れば解除されるが、裏を返せばそこまで殴りあいをしろ、ということでもある。火力の調整が利き辛いパーティの場合、コンボし過ぎると相手の根性発動を誘引し、結果として即死させられるなんてこともあった。後に『追い討ち』という追加要素を手に入れたことで、対処は容易くなった……が、一撃で倒さなければ面倒なことに変わりはなかったりする

*12
カードゲームなどではこれを『対話』などと呼ぶが、インフレが極まった環境だと相手の話を聞くことイコール即死だったりするので、正直単なる戦争では?となることも

*13
いわゆる『制圧』。やられている側からすれば何一つ面白くないが、環境如何によっては『制圧しないとこっちが殺られる』ことも少なくなく、正直どっちもどっちでは?……と第三者視点では思われていることが多いような気がする。特に即死コンボのある格闘ゲームの場合、やってる側は必死にコンボしているのに対し、やられている側は呑気にスマホを見ている(=妨害できるタイミングまで暇)なんてことも

*14
『勝ち目』で勝つ見込みのこと。そちらの言葉がある為、『勝ちの目~』は誤りに見えるが、『目がない』(この場合は可能性がない、の意味)という別の言葉がある為、明確に間違いかは微妙なところ。口に出した時の語感を重視するのならば、使ってもよいかもしれない

*15
『ストリートファイターⅢ』のとある大会での出来事。その見事な逆転劇には一見の価値有り

*16
結構な頻度で相手ターンにも動けるカードゲームである遊戯王だが、それもその手段があるからこそ。妨害札が尽きれば、無論相手ターンは相手ターン。こちらが動ける道理もなし、というわけである

*17
『遊☆戯☆王GX』より、丸藤亮がとある場所で発した台詞。それまでは相手をリスペクトしていた彼が、それ以降は勝利をリスペクトするようになった。……対戦を行う上では、別に変でもなんでもない考え方。だがしかし、そういう感覚が何よりも優先されるようになると、その場所は蠱毒と化すので注意が必要

*18
『遊☆戯☆王』におけるカードカテゴリの一つ。機械族かつ儀式を主体とする結構珍しいテーマ。切り札となる大型モンスターがとてもカッコいい……のだが、儀式魔法がカテゴリ外のモンスターも召喚できる汎用タイプであったこと、及び今までの儀式と異なり『攻撃力』を参照するものであったことが作用し、『ドライトロン』とは名ばかりの『宣告者』デッキと化した。……なお、悪いのはどう考えても『イーバ』(墓地に送られると墓地の光属性・天使族を最大二枚除外して、デッキからレベル2以下の光属性・天使族を除外した枚数分手札に加える効果を持つ。『タイミングを逃さない』上に『どこから墓地に送っても効果が発動できる』為に、『宣告者』デッキの安定性を飛躍的に高めている。そのせいなのか、海外では禁止カード。……まぁ、海外はドロー効果を持つカードが露骨にレアリティが上がる(≒ドロー効果に厳しい。『増殖するG』も禁止)ので、一概に『宣告者』のせいなのかと言われるとちょっと微妙なのだが。因みに海外の高レアリティは文字通りの高レアリティであり、シークレットしか存在しない(=とにかく高い)カードなどもザラにある)なのだが

*19
一応、反撃系スキルなどは相手ターンに動いていると言えなくもないか

*20
前者は相手に『通常・特殊召喚をさせない』効果を持ち、その効果を無視してリリースしてくる、ということ。後者は『Bーバスター・ドレイク』を装備した『崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)』のこと。相手のカード効果を手札の天使を一枚捨てることで無効にできる『アルデク』に、装備モンスターに魔法耐性を付与する『バスタードレイク』を装備した状態にも関わらず、魔法カードである『ブラック・ホール』で破壊してくる……みたいな感じ。どちらもやられている側としては完璧な対処をしているにも関わらず、全部無視して盤面を無茶苦茶にしてくるのだから堪ったものではない、というイメージ

*21
『遊☆戯☆王5D's』より、クロウ・ホーガンの台詞。相手が使用したカードの効果が強すぎた為に、それの抗議として放たれた言葉……なのだが、当時の環境では彼の使うデッキも大概インチキ効果だったので、視聴者からはツッコミが相次いだ

*22
似たようなパズドラ内のギミックに『覚醒無効からのバインドorスキル封印』がある。十年経っても『覚醒無効』に対しては事前対処ができないので、この行動を起こす相手がいる場合は必ず対処する必要がある

*23
スキルに関してはいつでも使えるわけではなく、スキルのチャージが必要。そしてそのチャージとは、原則ターンの経過が必要となる。……要するに、()()()()()()()()()()()相手が動くのを許さなければいけない、ということになったりすることがある

*24
『獄練の闘技場』のクリア率だという『1.62%』より。因みに対象のダンジョンは最新ダンジョンではない。対策を覚えれば誰でも勝てるくらいのものだったりするが、その対策というのが『特定のモンスターの入手』なので、めんどくさいと放置している人も多いのだと思われる。中堅層よりも下、初心者にも被るカジュアル層は、めんどくさいダンジョンなんか触りもしないのだ

*25
『以上吸収』は、正確には『ダメージ吸収』と言う。特定のダメージより上のダメージを吸収(回復)するという、正に何を言っているのかわからない耐性。無効化スキルや覚醒スキルによる対処も存在しなかった時代には、コンボのし過ぎで死ぬということもザラにあった。『コンボ吸収』は、特定以下のコンボ数の攻撃を吸収する耐性。これだけコンボを規定数以上行う、という以外の対処が存在しない為、場合によっては初心者の足切り要素となる。一応、特定の行動をするとコンボ数が増える、などのリーダースキルなどで対処できなくもない。『属性吸収』は文字通り特定の属性の攻撃を吸収する耐性。無効化スキルによる対処以外は対象の属性キャラをパーティに入れない、くらいしか存在しない。一応、覚醒スキルでも対処できるが、あまり現実的ではない

*26
特定の属性からのダメージを完全に無効化して進むというのが、『無効パ』である。それだけだと単に死に辛いだけなので、『相手の属性を強制的に変化させる』スキルや、『相手の体力を全体値の割合で削る』スキルなどで倒していくことになる。……それでも時間が掛かるので、短い属性変更行動を行うことで『無効パ』潰しをしてきたことがあった

*27
『割合ダメージ』や『ドロップリフレッシュ』などが該当。前者はスキル発動中はこちらの手番であることを踏まえた対処で、『超根性』が発動しない体力まで相手の体力を削ってしまう、もしくはそのままスキルで倒しきるやり方。後者は、『ドロリフ』の特殊な仕様により、『ドロリフ』による攻撃は『根性』系の耐性を無視するので、対策に使えなくもないという話。無論、『ドロリフ』は現在の盤面をリセットし、新しい盤面を引き込むもの。そこでドロップが揃わなければ攻撃も発生しないので、言うほど確実な対処と言うわけでもないのだが……




パズドラの解説に終始しているさまに、どこかの話で似たようなことをしていたような気がしてくる今日この頃。
解説文書いている時にイキイキしているのは恐らく勘違いじゃないです()


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銀河を駆ける少年

「ともかく、現状こっちが取れる手段なんてそう多くはないんだし、とりあえず近付こう!近くで観察したら、なにか上手い手が見付かるかもしれない!」

「……んー、確かに。今の状況じゃあ四の五の言ってる*1暇はないか……よし、じゃあこの中で一番移動速度の遅いコナン君と蘭さんは、あさひさんの背に乗せて貰うってことでいいかな?」

『あれ、赤き竜(タクシー)かなにかと勘違いされてないっすか私?』*2

 

 

 あれこれ相手を倒せなくね?と唸っていた私に、とりあえず両者が争っている近くまで向かおう、と声を掛けてくるコナン君。

 

 確かに、私達がこうして地上であれこれ話していたとしても、状況が好転するわけではない。寧ろ、無為に時間が流れていくだけだろう。

 それならば、一人で頑張っているモモちゃんを援護するためにも、彼の近くに向かうのが先決と言うものだ。

 

 彼の発言を聞いてそう決心した私は、現在のメンバーの中で足が遅い二人を、あさひさんにお願いすることにする。

 コナン君を戦力扱いはでき……ない?が、それでも彼の観察力が優れているのは事実。

 特に、今は状況を積み重ねた結果として本来の『江戸川コナン』へと、知力が近付いている状態。

 僅かな隙でも見逃したくない現状、連れていかないという選択肢はあるまい。

 

 それと、社長さんと娘さんに関しては──申し訳ないのだけれどここに放置させて貰う。

 こちらとは敵であるとも、味方であるとも言い辛いこの二人のために、気を取られるのも宜しくない。

 最終的には彼らの元に『魔列車』は戻ってくるだろう、という事実を顧みても、彼らを連れていくメリットはないだろう。

 離れた位置で大人しくしていてくれるのならば、それが一番である。……盾にしたらどうかって?それ向こうの逆鱗に触れて手が付けられなくなるフラグぅー。

 

 とまぁ、そこまで思考を終えた私達は、いつの間にやら随分と距離を離されてしまった両者に、全速力で追い付くための準備を始め。

 

 

『ぬぉぉわあぁぁっ!?』

「へっ?……ほぎゃあっ!!?」

 

 

 モモちゃんの叫び声が周囲に響き渡ったことにより、思わず視線をそちらに向け。

 ……結果として、『魔列車』が周囲に無差別に()()()*3を発射している光景を、目撃することになったのでございます。

 

 ──何の光!?

 

 

 

 

 

 

「……まともに動けねぇ」

 

 綺麗に出鼻を挫かれた私達は、そのまま逃げるようにして列車の中へと戻っていた。

 不思議と?攻撃対象に含まれていないらしい列車(エメ)の中以外は、先ほどからビームの雨に晒され続けているためである。

 流石にビームの雨は……傘じゃ防げないかな……。

 

 

「この列車が顕現のための依代だったから?……いや、元々願いを叶えるために現れたんだから、その願いの基幹となるこの列車には、相手は攻撃できない、とか……?」

「これキーアよ、そうやって理由を考えても答えにはたどり着けぬじゃろう。それよりもどうやってここから出て、あの『魔列車』を打ち倒すかを考える方が先決ではないかの?」

「……むむぅ」

 

 

 一応相手の動きの考察をしてみるものの、こちら側が相手について知っている情報が足りなさすぎるため、明確な答えにはたどり着けそうもない。

 そこをわかっているからか、隣のミラちゃんからの反応はこちらを急かすようなモノだった。

 考えるよりも動け、というありがたーい忠告である。

 

 ……とはいえ、現状こちらが取れそうな行動というと、マシュに防御して貰いながら無理矢理に相手側に突っ込む、くらいしかないだろう。

 そうしてビームの雨を凌ぎつつ、デンライナーに飛び乗るのが現状の最善だと思われる。……まぁ、その手段を取ると、以降の戦闘はデンライナーの内蔵武器任せになってしまうわけだが。

 

 それ以外では、マシュの宝具である【いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)】のカテゴリは対悪宝具。……すなわち一種の聖属性武器であるとも言えるわけで、その盾でぶん殴るのが一番効きそうだ、というのも決して間違いではあるまい。

 ……問題があるとすれば、彼女の()()はあくまでも盾であり、そもそも相手を攻撃することには向いていない、ということだろうか。

 

 

「何故じゃ?シールドバッシュやらシールドブーメランやら、盾で攻撃する技なぞ幾らでもあると思うが?」*4

()()()()()()()()()()ってことと、()()()()()()()()()()ってのはまた別の話だよミラちゃん。確かにマシュの盾の属性は『聖』になるんだろうけど、それは守護のために使ってこそ。()()()()()()()()()()とは言えないんだよ」

「むぅ、融通が効かんのぅ……」*5

 

 

 盾を使っての戦闘術なんて、それこそ幾らでもあるのではないか?というミラちゃんの反論については……聖なる盾で殴ったからといって、聖属性攻撃にはならないだろうという言葉を返す。

 

 基本的に、聖属性というのは()()()()()()()()()()であることが多い。一見攻撃に見えるような技や魔法であっても、()()()()()()()()()()()()そのまま相手の肉体にもダメージが入る……という風に考えるのならば、その原理に反していないとも言える。

 特に聖なる盾ともなれば、その盾に秘められた聖属性は他者を護るときにこそ発揮されるもの、という風に定義されていてもおかしくないだろう。

 どこぞの聖職者ちゃんの『聖なる壁(プロテクション)』を使っての攻撃……みたいなことをした日には、下手すると聖属性の剥奪なんてこと起こりかねないわけである。……え?それは浄化の方?*6

 

 ともあれ、その辺りの属性の発揮条件を考慮せずに聖盾で殴ったとしても、それは単に()()()()()という判定にしかならない……すなわち攻撃には聖属性が乗らない、なんて可能性の方が大きいわけで。

 

 敵の攻撃は防げるが、同時にこちらの攻撃も決定打にはなり得ないというのであれば、肉ある人間であるこちらの方が、スタミナなどの面からして不利である。

 

 相手側のエネルギー枯渇を待つというのも、盾役も攻撃役もマシュという形では無理があるだろう。

 あさひさんが区分としては雷使いになるので、一か八か神鳴り(聖属性)扱いされることに期待して突っ込む……とかの方がまだ勝算がありそうである。……まぁ、さっきの突進がすり抜けた時点で、多分上手くはいかないのだろうけど。

 

 まぁ、そんな感じなわけで。

 窓の外で雨あられと降り注ぐビームの洪水を横目にしつつ、微妙に打つ手がないなー、とため息を吐いた私は。

 

 

「……どうしたの、コナン君?」

「あ?……ああいや、ダイヤルを最大にしたからあんなことになったのか、それともそもそもにイナイレなりきりグッズみたいなものだったのか、ちょっと気になってな……」

「……なりきり、って付くと途端にヤバいモノに見えてくるよね、今の状況だと」

「……否定はしない」

 

 

 少し離れた位置で、コナン君が履いていた琥珀さん謹製のスニーカーについての話を、二人が喋っているところを目にするのだった。

 ……イナイレ……技……なりきり……。

 

 

「──それだぁっ!!」

「ぬわっ!?ななななんなんだよいきなり!?」

「あるじゃん聖属性攻撃!そうだよイナイレ!超次元サッカー!どんだけ再現できてるのかわかんないけど、流星ブレードが行けるなら、琥珀さんなら必ず作ってるはずだよ!」

「ちょちょちょ待て待て前後に首を揺らすのは止めてくれぇっ!?」

「わわわ、ちょっとキーアさん落ち着いて!」

 

「……のぅ、こやついつもこんな感じなのか?」

「あ、あはは……」

 

 

 この状況を打破する()を、彼が持っていることに気が付いた私は、大層興奮しつつ彼の襟元を掴んで前後に揺らしていた。

 気分は正にエウレーカ(最高だ)、こりゃあノーベル賞は私んモンだぜ~、と言った感じである。*7

 

 振り回されているコナン君が真っ青になりつつあるが、そんなもん誤差だよ誤差!

 

 

 

 

 

 

「……はい、キーアさん反省してます。ちょっと思考が煮詰まってたので無茶苦茶しました、すみません」

「わかればいいんですよ、わかれば」

 

 

 あのあと、暴走していた私を止めたのは蘭さんの空手チョップであった。……きゅうしょに あたった !

 

 頭蓋骨が陥没するかと思うかのような衝撃に、浮かれていた私のテンションは急降下。

 こうして、蘭さんの前で正座をして反省をしていたわけなのでございます。……いやまぁ、悪いのは私なので仕方ないんだけども。魔王より魔王らしい笑みを浮かべた蘭さんは、正直夜眠れなくなる怖さだったというかですね?

 

 ともあれ、冷静になってから、改めて先ほど思い付いた作戦について、それが本当に実行できるかどうかを考えていたのだけれど……。

 

 

「な、なんだよ」

「……ふむふむ。解析終了、かな」

「は?……えっと、なにを解析してたんだ?」

 

 

 突然向けられた視線と言葉に、先ほどの事件を思い出したのか、露骨に警戒を見せてくるコナン君。……さっきのはわざとじゃないよー、と微笑みを返しつつ、指差すのは彼の足元。

 

 

「……もしかして、このスニーカーか?」

「大当たり。それって琥珀さんが作ってくれたって言ってたよね?」

「ああ、『江戸川コナンにはこれ、ですよねー』って言葉と一緒に渡されたけど……」

「で、普通に使おうとしたら、何故かモーションアシスト付きで流星ブレードを使う羽目になった、と」

「……そうだな」

 

 

 そうして私が確認を取ったのは、先ほど彼が話したことについて。

 この列車から『魔列車』を追い出すことを目的として、内装を破壊することを選んだ彼は。

 普通にサッカーボールを蹴りまくることを選んだはずが、超次元サッカーな技を発動する羽目になり、結果として内装は粉々に砕けて散った……それが、彼が先ほど行ったことである。

 

 

「じゃあ、今度はそれを『魔列車(アレ)』にぶつけてやろう!……あ、いや。この場合はこういうべきかな?──おれたちのこの怒りはボールにぶつけよう……ってね」*8

「……は?」

 

 

 改めて彼のしたことを確認した私は。

 今度はそれを、あの『魔列車』にぶつけてやれ……と、そう宣言したのだった。

 それを受けた彼は、呆けたような声をあげるのだった──。

 

 

*1
江戸時代辺りに生まれた表現で、『あれこれと文句を言う』というような意味。『即座に』を意味する『一も二もない』から、『四や五を言うほどに時間を取っている』という意味になったのだとか、はたまたサイコロ賭博において()が出るか()が出るか迷うことから生まれた……だとか、由来は詳しくはわかっていないらしい

*2
『遊☆戯☆王5D's』より、作中における重要な存在『シグナー』達に力を貸し与えている存在。アステカ神話の蛇神『ケツァルコアトル』がモデルに含まれているとされる。タクシー呼ばわりは、赤き竜が時間や空間の移動が必要な時に、主人公達に力を貸してくれることがあるため。終わればちゃんと元の場所に戻してくれる親切さも持つ

*3
言葉の元の意味としては、光の束のこと。懐中電灯の光も、暗闇の中で見ればビームの一種と言えなくもない。漫画やアニメのような破壊力を伴ったビームを実際に作る場合、空気中での減衰や必要な電力の大きさから、武器としては運用できるものではないとされている(作れないことはないらしい)

*4
それぞれ盾で殴る、盾を投げるという攻撃方法だが、そもそも武器ではない盾には、これ以外の攻撃手段はほとんどないだろう。あるとすれば、盾そのものの属性などを使っての攻撃、という形になると思われる(反射など)

*5
ゲームシステム的に防御技である『バリアー』などを攻撃に転用することはできない、というような考え方。より正確に言うのであれば、『シールドアタック』が存在したとしても、『ホーリーシールドアタック』はないだろう、という感じか。『ホーリーシールド』で『アタック』しているのだとしても、それがイコール『ホーリーシールドアタック』になるわけではない、ということ。武器属性がなんであれ、技の属性には影響しない作品である……とも言えなくはないか。逆に武器属性が技に影響する場合、氷属性の武器で『火炎斬り』をすると蒸気が発生する、ということになる。現実的ではあるが、ゲーム的には二属性を使い分けたりできなくなるので、あまり嬉しい状況とは言えないだろう

*6
『ゴブリンスレイヤー』より、女神官ちゃんがやったこと。『聖壁(プロテクション)』でゴブリンロードを挟み込み、身動きを取れなくした。……だけなのだが、『ヴァルキリーアナトミア -ジ・オリジン』とのコラボ時には、思いっきり相手を挟み潰す技となっていた。また、原作の方では汚れを綺麗にする『浄化(ピュリファイ)』をゴブリンの血に対して使う、という恐ろしい使用法を生み出し、女神に『次やったら奇跡取り上げます』とまで言われてしまった

*7
エウレカ(Eureka)とも。ギリシャ語に由来する感嘆詞。何かを発見・発明した時に使われるものであり、かのアルキメデスが叫んだ言葉として有名。後者は『チェンソーマン』にて登場した台詞『これでノーベル賞は俺んモンだぜ~!!』から。かの作品がどういう系列の作品なのかを端的に表した名文(?)

*8
『キャプテン翼』より、Jr.ユース選手権の準決勝『vs.フランス』において翼君が発した台詞。審判の無茶苦茶な誤審が続いた結果、苛立ったチームメイト達に翼君が掛けた言葉である。相手のゴールキーパーが自らの力で一切ゴールを守れていない、とも言われるある意味酷い試合だった



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奴は大変なものを盗んでいきました

「よぉし、マシュ!コナン君!準備はいい?」

「問題ありません!マシュ・キリエライト、いつでも出られます!」

「……いや、その。……マジで言ってる?」

「どうしたー、コナン。まるで俺みたいなテンションだけど」

「銀時?いやアンタ、さっきまでどこに……」

「ん、後ろの乗客達を最寄りの駅まで送ってた。Xが居れば、輸送手段には困らねぇしな」

「……銀時君は私のことを、なんだと思っているんです?」

「え?フレームアームズ」*1

「そこはせめてメガミデバイスとか、アリス・ギア・アイギスとか言って貰えませんかっ!?なんでそっちなんですか!ガール付いてないし!」*2

「いや、だって『飛行中は危ないので!』ってフルフェイス状態だったじゃん、お前」

「ぐぬっ、安全基準を守ったことが仇となりましたかっ!」

 

 

 わちゃわちゃと、全員集合!

 ……を果たした私達は、客車の出入り口の手前で、突撃の瞬間を今か今かと待ち続けていた。

 

 車内に残っていた他の乗客達に関しては、ずっと別行動を取っていたネオニューよろず屋*3達の活躍により、巻き込まれないような場所まで退避済み。

 ……その最中、空を翔る女性型ロボット(Xちゃん)が撮影されたとか録画されたとか、そんな噂が立ってたらしいけど知らぬ。

 多分郷の方でゆかりんが、隠蔽工作とかカバーストーリーとかの作成に全力を尽くしてくれているだろうから問題はなし。……ヨシ!

 

 

「愚痴フラグ、というやつだね。帰ってから絡まれても知らないよ?」

「おっとライネス。そっちの方はどうだった?」

「うむ、手懸かりはまったくなし。痕跡の欠片ほども見付けられなかったよ」

「マジでかー……」

「オラも張り切って探したけど、髪の毛一本見付からなかったんだゾ……」

「むぅ、しんちゃんでも見付けられないなら、テレポートでもしたのかな……?」

「いやナチュラルに話を進めるでないわ。……よもやとは思うが、その格好をすると目が良くなる、みたいな話ではあるまいな、お主」

「……そんなの当たり前では?」

「ほっほーい、今のオラは空を飛ぶ鷹!小さいものも見逃さないんだゾ~」

「ええ……?」

 

 

 郷の方で「なんでよー!」と泣き叫んでそうなゆかりんのことは置いといて、別行動から戻ってきていたライネスから、調査報告を受けたわけなのですが。

 ……結果は芳しくなく、しんちゃんのコスプレモードでも見付からなかったとのこと。

 魔術と物理、両方使って見付からなかったのであれば、あっち(キリア)は別口で避難した、とかかもしれない。まぁ、そうだとするとこっちに連絡(念話)の一つも無いのが引っ掛かるのだけど。

 

 ……とまぁ、そのような即席報告会を行っていたところ、横のミラちゃんから飛び出したのは、しんちゃんの格好についての疑問。

 今のしんちゃんは鷹の着ぐるみを身に纏っている状態。

 その姿だと目が良くなる効果があり、彼はそれを使って、キリアなり金田君なりの痕跡を探してくれていたわけなのである。

 

 と、言うような説明をした結果、ミラちゃんから返ってきたのは疑いの眼差し。

 ……しんちゃんのスキルについて知ってれば、わりと不思議でもなんでもないはずなのだが、どうにも未だに転生者気分が抜けきっていないらしく、彼のことをただの幼稚園児だと思っているらしい。

 いやまぁ、転生者気分が抜けきってないにしても、『野原しんのすけ』を見てただの子供と侮るとか、単なる死亡フラグでしかないような気がするけども。

 

 

「オラは鷹!むん!」

「と、飛んだぁぁぁぁ!!?」*4

「そりゃ飛ぶでしょ、鶏でも飛ぶんだし。ありゃ正確には滑空だけれども」

「ええええええ」

 

 

 そんな彼女の前で、しんちゃんは手に持った翼を羽ばたかせ、宙に舞う。

 驚愕する彼女の前で、優雅に旋回したりターンを決めたりする姿は正に鷹の如し。……うん、凄いんだけどさ、狭い客車の中で飛び回るのは止めようね。『あいあむざぼーんおぶまいそーど!』*5とか言ってなくていいから。

 

 

「いやおかしいじゃろ!?スキルもなしに飛びおったぞこやつ!?」

「しんちゃんはね、飛ぶんだよ」

「お、おぅ……」

 

 

 そんな決定的な状況を目にしてもなお、しんちゃんのスペックの高さについて認識しきれていない様子のミラちゃん。

 

 ……あのねミラちゃん。私らなりきりなんですよ。

 本人様の複製なのかなんなのかはよくわからないけども、とにかく彼らが逆憑依してきた結果として、成り立ってる存在なんですよ。

 つまりはだね、派生だろうがなんだろうが、どっかで描写されたことがあれば、それは全て()()()()()()()()なんですよ。

 

 

「ぬ、ぬぅ?」

「しんちゃんが猿の格好をすると木登りが上手くなるのも、しんちゃんが蜂の格好をすると空を飛べるようになるのも、アクション仮面の格好をすればアクションビームが撃てるのも。全部ちゃんと公式からお出しされたものなんだから、なにも問題はないの。おわかり?」*6

「い、いや、前者はまだしも後者二つはおかしい……「お・わ・か・り?」ぬ、ぬぅ……」

 

 

 しんちゃんが作中において才能の塊であることは、周知の事実。その才能の中に含まれているコスプレ服の作成技術は、彼が大きくなったのならば、どこかで着せ替え人形と恋をしていてもおかしくないレベル。*7

 それほどの才あれば、作ったものに魂が込められ、結果としてコスプレの範疇を越えたモノになったとしても、なにもおかしくないのである(ぐるぐるおめめ)。*8

 

 そう、まさしくしんちゃんこそ救世主!

 祝え!数多の苦難を乗り越えし、嵐を呼ぶ幼稚園児!その名も野原しんのすけ!あらゆる困難を笑いに変える、天下無敵の救世主である!*9

 

 

「おちつけ」

「……殴る必要性はないんじゃないかなライネス」

「おお……げんこつ……」*10

 

 

 ……なお、ちょっとヒートアップし過ぎたせいで、ライネスに拳骨を落とされる羽目になる私なのであった。なにゆえ。

 

 

 

 

 

 

「3・2・1……ゴーゴーゴー!!」

「やっぱりテンションおかしくないかお主?」

 

 

 外のビームの雨が比較的修まったタイミングを見計らい、外へと飛び出す私達。

 先頭を行くのはマシュ、そのラウンドシールドで背中を追うみんなを守護する役割だ。

 続くのはコナン君を抱えた蘭さん。ポジション的に一番安全な二人は、今回の作戦の要である。

 その更に後ろには鬼太郎君。今回はバソは待機しているため彼一人、曲がるビームとか飛んできていたので、ちゃんちゃんこで跳ね返す役割が主体となる。*11

 そして最後尾は、私とミラちゃん。二人とも空が飛べるので、臨機応変に状況に対処することが求められる。

 

 その他の面々は、みんな列車内で待機。

 大勢で向かっても的になるだけなので、少数メンバーでの攻略となる。

 ……え?大体五人なのにインペリアル・クロスじゃないのかって?相手の攻撃範囲的にあれじゃあコナン君を守り切れないので仕方なし。

 

 ともかく、勢いよく列車を飛び出した私達は、そのまま一目散に『魔列車』の方へと駆け抜けていく。

 

 

『おい、危ねぇぞテメェら!』

「百も承知!こっちに構わず、そっちはそっちで頑張って!」

『……ちっ、どうなっても知らねぇぞ!』

 

 

 こちらを視認したらしいモモちゃんが、デンライナーから音声を飛ばしてくるが……決め手に欠けるこの膠着状態を打ち崩すためにも、こちらが動かなければならないのは道理。

 彼にはそのまま怪獣大決戦を続けて貰うとして、こちらはこちらのやることをやる……ということを伝えると、彼は小さく舌打ちをしたのち、再びデンライナーで『魔列車』への突撃を敢行していた、

 

 東洋龍同士のぶつかり合いのような、デンライナーと『魔列車』の対決であるが、その実周辺への被害は驚くほどに少ない。

 それもそのはず。互いにぶつかり合ってはいるものの、両方の属性が微妙にずれているせいで、扱いとしては単なる接触……という形に留まってしまっているのである。

 

 スパロボで実体剣とビームソードで切り払いが発生しているような状態、とでも言おうか。

 本来であれば、ビームの刃を実体剣で受け止めることは不可能である。

 形のないビームは……現実に即して考えるのならば、実体剣をバターのように切り裂くか、はたまたビームを形成している粒子が遮られて、傍目には折れたように見えるかのどちらかになると思われる。

 

 前者は勝ち、後者は負け。

 要するに、引き分け(鍔迫り合い)が発生する余地がないのだ、本来ならば。

 それでは困るため創作における鍔迫り合いは、互いの獲物が実体・非実体のどちらであっても起こりうるものとなっていることが多い。

 今回の場合、互いに実体と幽体の存在であるが、【兆し】から生まれたという共通常識を持つがゆえに接触はできる、という形になっているのだろう。

 ただ、それ以上を望むのであれば、必要なのは更なる火力。

 相手側はビームを発射することでその条件を満たしたようだが、デンライナー側は武装縛り状態なので単純な突撃しかできない。

 魔法少女属性を持つがゆえに魔力防御を行っているようだが、それもいつまで持つものやら。

 そもそもビームを発射し始めたのも、『魔列車』がイマジン──願いを叶える存在であることが作用して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性の方が高いのだし。

 

 

「……なるほど、責任重大だな」

「そういうこと!見た感じ大丈夫そうだし、任せたからね!?」

「コナン君……」

 

 

 なので、これ以上相手に対応する時間を与える前に、相手を文字通り一撃死させる必要性がある。

 その立役者となりうるのが、コナン君……もとい、彼の履いているスニーカー、というわけである。

 

 いやまぁ、彼のスニーカーの大きさだと、彼以外に履くことができる人間が居なかったので、結局のところ彼自身が作戦の鍵……というのも間違いではないのだけれども。あんまりその辺りを深掘りして、彼に要らぬ緊張感を与えるのもなー、と思わなくもないキーアさんなのだった。

 

 

「いーや、()()()()()()として期待されるってのは悪くない。そりゃ、相手を傷付けるための行動ってとこに、ちょっと思うところが無いわけでもないが……そんなの、日常茶飯事だろ?()()()()()()なら、さ」

「……それもそうだ」

 

 

 まぁ、不敵な笑みを見せるコナン君の言葉に、要らぬ心配だったかと苦笑する羽目になったわけなのだけれど。

 ……蘭さんにお姫様抱っこされてる状況でそれを言えるんだから、大したもんだよ全く。

 

 

「……思い出させないでくれよ……」

「あれー!?」

 

 

 なお、「」(カッコ)つけてたコナン君は、私の言葉によって思考から外していた自身の現状を思い出し、静かに悶絶していたのだった。*12

 

 

*1
コトブキヤが販売しているロボットプラモデルのブランドの一つ。『フレームアーキテクト』という共通素体に外装を取り付けるタイプのプラモデル。換装のしやすさからオリジナルのロボットを作るのが簡単なのが特徴。また、『外装を取り付ける』という方式であることから、共通素体を()()()に変更した別シリーズ『フレームアームズ・ガール』が存在している

*2
『メガミデバイス』もコトブキヤのプラモデルシリーズの一つ。『フレームアームズ・ガール』が『フレームアームズ』の外伝であるのに対し、こちらは最初から『少女×メカ』のコンセプトで製作されている。『アリス・ギア・アイギス』はピラミッドとコロプラが配信しているソシャゲの一つ。コラボの一環として、作内の登場人物を『メガミデバイス』として販売していたりする。中でも『兼志谷シタラ Ver.ガネーシャ』は『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』における『デンドロビウム』を思い出させる巨大さで有名だったり

*3
『遊☆戯☆王Arc-V』より、沢渡シンゴが再々登場時に名乗った名前『ネオ・ニュー沢渡』より。ネオとニューで意味がダブっている

*4
元ネタはアニメ『ワルキューレロマンツェ』のオープニングでの視聴者コメント。オープニングアニメはわりとカッとんだ表現をするアニメが多いが、このアニメは『馬上槍試合(ジョスト)』について真面目に解説するコーナーもあるなど、手堅い作りの作品だった為、オープニングの表現が浮いた、という形。結果、『馬が飛ぶわけないだろ!』→『飛んだぁぁぁぁ!!!』のやりとりが定着した。なお、その後とりあえず飛んだり浮いたりするオープニングアニメに対し、『◯◯が飛ぶわけないだろ』の前フリとして定着した様子

*5
『鷹の目』ということで、『fate/EXTRA CCC』より、隠しボスとして現れた遠坂凛&アーチャーコンビが、宝具発動可能状態になった時に行うやりとりから。全文は『アーチャー、あれやって、あれ!あいあむざぼーんおぶまいそーど!』『ハァ……急激にやる気がなくなったのだがね』

*6
ゲームボーイアドバンスなどで発売されたクレヨンしんちゃんのゲーム内での表現、及びアニメ内での表現より。そもそもしんちゃんはコスプレせずとも垂直な壁を素手で登れたりする(みさえからはゴキブリみたいだと言われた)為、単純にスペックがおかしいのである。……まぁ、それを除いてもゲームのしんちゃんはおかしいのだが

*7
『その着せ替え人形は恋をする』のこと。コスプレをきっかけに二人の仲が近付いていく……みたいなタイプの作品

*8
『ゲッターロボ』シリーズなどで散見される表現のモノはある意味発狂状態を示し、それ以外の作品のものでは混乱状態を示す。両方混じる場合もある

*9
『仮面ライダージオウ』より、ウォズの口上から。あまりにしつこく祝おうとするので他の人物から怒られることも

*10
げん

こつ

*11
鬼太郎の着けているちゃんちゃんこは、万能アイテムである。攻撃防御に移動と様々な用途で役に立つ為、彼を倒したいのならばまずはちゃんちゃんこを脱がせることから始めるべきである。……え?鬼太郎本人を倒しても、ちゃんちゃんこが残ってれば復活するって?

*12
『めだかボックス』より、球磨川禊が行っていたこと。台詞に常に鉤括弧(『』)が付いていた球磨川君は、常に括弧(格好)を付けていた、という話。それを外した彼の台詞は、わりと熱いモノだったが……さて?



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束ねるは──

「敵性体『魔列車』、こちらに反応!これより本格戦闘に移ります!」

「了解!みんな、左右からのビームに注意して!」

 

 

 なんでビームが曲がるんですか?(真顔)*1

 ……というツッコミは一先ず置いといて、列車に逃げ込んだ私達へと暫く攻撃をしていた『魔列車』。

 こちらが出てこないことを悟ったために、攻撃目標をデンライナーに移した結果弱まっていた、周囲への牽制も含めたのであろうビームの雨が、再び強くなり始めたことにより。

 こちらへのターゲティングが、再び復活したことを悟る私達。

 

 こうなれば最早立ち止まる暇はなし、準備を整えるためにも相手のヘイト*2を上手いこと散らさねばなるまい。

 

 

「こういう時、キリトちゃんがリアルで戦えたら楽だったんだろうなぁ!」

「レイドボス扱いかい?まぁ、間違ってはいない、かな!──行けっ、リモコン下駄!」*3

「まずは手筈通り、というわけじゃな!では行くぞ、【召喚術:ホーリーナイト】【召喚術:ダークナイト】!」

「それではこちらもチンカラホイ、ゆけ!今週のおっかなびっくりロボ!」*4

「……マジで出しおった!?」

 

 

 そういうわけで、とにかく相手の攻撃対象を散らすため、とにかく数を増やす作戦である。

 ある程度耐久なり回避なりができて、とにかく数を増やせるモノ……というような条件付けにより選抜された面もある面々が、それぞれ飛び回るリモコン下駄やら、白黒の二つの騎士による突撃陣形だとか、はたまたどこからともなく小さいロボキーア(!)を召喚してみたりだとか、とにかく撹乱するために全力というわけである。

 

 ……まぁ、私のやったことに対しては、ミラちゃんから驚愕のお声が飛んできたわけなのですが。さっき口で説明したにも関わらず、微妙に信じてなかったらしい。

 他の面々が『まぁ、キーアだし……』みたいなテンションでスルーしてくれているのとは大違いである。

 

 

「む?寧ろこうして驚いてくれる方が、新鮮味があって良いのでは……?」

「せんぱい!いいから集中してください!」

「はいはーい。……さぁてと、いけよ!ファング!」*5

「絶対違うじゃろそれ!?」

「ミラさんも!せんぱいのやることにツッコミを入れるのは後にしてください!」

「わしなにも悪くないことないかのぅ!?」

 

 

 なお、そういう反応の方が有り難みがあるのでは?……という私の気付きは、向かってくるビームの大半をガードしている、恐らくは現状一番忙しいマシュからの叱責で流されるのであった。

 後輩はなにも間違ってないからね、仕方ないね。……続けてロボキーアを宙に浮かせて突撃させたら、またもやミラちゃんからのツッコミが飛んだけど、今度は向こうがマシュに怒られていたのだった。

 

 ともあれ、作戦の第一段階である『飽和攻撃』はクリアー。

 ダメージが与えられずとも、こうして相手の攻撃の行く先が本命から逸れてくれれば儲けモノ、マシュの負担も減るというモノである。

 

 

「コナン君、行けそう?」

「ちょっと待ってくれ……まさかのコマンド式なんだよこれ……ええと、左に八メモリ、一回ボタンを押してから右に十一メモリ、またボタンを押して左に十メモリ……」

「……みんな、ごめんなさい!もう少し頑張って下さい!」

 

 

 まぁ、守られている当人であるコナン君の方は、ちょっとばかり時間が掛かりそうなのだが。

 よりにもよってコマンド式の解除技なのは、琥珀さんのこだわり故か、はてさて。

 

 

『なにしようとしてんのか知らねぇけど、立ち止まってっと蜂の巣にされっぞ!』

「いえ、させません!『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

『おおっ!?』

 

 

 モモちゃんからの忠告と同時、『魔列車』から放たれる極太のビーム(ゲロビ)*6

 ……さっきから思ってたんだけど、なんでこの『魔列車』はいわゆる普通のビームばっかり撃ってきてるのだろう?いや、セイントビーム*7とかされても困るけども。

 

 ともかく、サテライトキャノン*8かなにかかと見紛うような極光が放たれ、辺りが一面白に染まる。

 そんな中、マシュが選択したのは受け止めること。鉄壁の守りを誇る彼女ならではの選択肢であり、同時に、この程度の攻撃であるならば仮想展開で十分、という彼女の自信の現れでもあった。

 

 

「あ、いえ、その、そういうことではなくてですね?!単純に魔力の節約だとか、そういうことでですね!?」

「マシュがなにを慌ててるのかは知らないけど、向こうはチャージに入ったみたいだから、もう宝具は解いてもいいと思うよ?」

「あ、はい……」

 

 

 若干空回り気味のマシュを慰めつつ、宙を舞うロボキーアの軌道を操る私。

 先頭車両が顔に相当するのかはわからないけど、とりあえずその辺りを集中的に飛ぶようにコントロールし、残りは後ろの車両から飛んでくるビームに対しての盾代わりに使い潰していく。

 ……え?使い潰していいのかって?どうせおもちゃみたいなもんでしかないんだからへーきへーき。

 

 

「ああっ、またせんぱいが戦闘中行方不明(MIA)に……っ」

「……おーい、あれはおもちゃだからねー。中々意味不明なこと言ってるってことに気付こうねー?」

 

 

 ……一つ落ちる度に、マシュの反応がよくわからんことになっているわけなのだが。

 最近人体構造を無視した変身とか変化とか多用していたから、マシュの中での『先輩許容度』が意味不明なことになっているのかもしれない。流石に自重するべきかなー……。

 

 ともあれ、戦局は膠着状態を維持している。

 このままではこちらのリソースが尽きる方が早いだろう。ゆえに、コナン君には頑張って欲しいところだが……。

 

 

「……右に八メモリ回してスイッチ、もいっちょ右に五メモリ回してスイッチ……これで!」

〈エクストラシーケンスへ移行〉

「──よしっ!みんな、射線を開けてくれ!」

「!了解!吹き荒れろ、ローゼスハリケーン!」*9

「あああ、せんぱいー!」

 

 

 待望のコナン君の発言に、皆の間に緊張が走る。

 これで上手くいかなきゃ撤退する他ないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 ともあれ、彼の準備ができたと言うのなら遠慮は無用。『魔列車』の周りを旋回させていたロボキーアに指示を出し、その回転を早める私。

 結果、それは巨大な渦巻きとなり、『魔列車』を閉じ込めることに成功する。……まぁ、相手のビームを巻き込んでいるからこそ封じ込められているだけで、その内竜巻の起点となっているロボキーアが壊れて解除されるのが関の山、だったりするのだが。

 なお、さっきからのマシュの変な動きが更に加速したけど、それに関しては知らない。

 

 また、ミラちゃんや鬼太郎君達も、巻き込まれては叶わないと攻撃を止め、こちらに戻ってきている。モモちゃんはなにが起きても対応できるように、ゆっくりと空を走っている。……あの高さならば、少なくとも巻き込まれることはないだろう。

 

 そうして皆の注目が集まる中、コナン君は蘭さんに地面に下ろして貰い、しっかりと『魔列車』の方を見つめていた。

 

 

「お前がどうしたかったのか、俺にはわからねーけど。……止めなきゃなんねーってんなら、止めてやるよ!」

 

 

 そうして彼は、ベルトからボールを射出すると同時、空中にジャンプし前に一回転。剣を構えるが如く右足を天に伸ばし、そこに現れた魔方陣ごと踵落としの要領で……要領で?*10

 

 

「あれ?」

「え?」

 

 

 皆の間に動揺が走る中、コナン君はそのまま着地。

 タイミングを失ったボールはぽてんと地面に落ち、コロコロと転がっていく。

 ……いやその、技は?

 

 そんな周囲の視線を受けたコナン君はといえば、「え、なに、なんなんだ一体?」と周囲の二倍くらい困惑していた。

 ──そんな中。

 

 

『おい、なにをやっている!』

「ら、ライネス?いやその、こっちにもなにがなんだか……」

『違う!()()()()()()()()()()()()()!それは本当に単なるサッカーの技か!?』

「……へ?」

 

 

 飛んできたのは、ライネスからの念話。

 こちらの混乱を見て声を掛けてきたのだと思われたそれは、実際には彼女がこちらに起きているある()()に気付いたから行われたものだった。

 ええと、魔力?

 そう困惑する私達の前で、コナン君の足元が輝き始めた。

 

 

「……ゑ?」*11

〈──十三拘束解放(シール・サーティーン)円卓議決開始(ディシジョン・スタート)

「ゑ゛」

「あ(察し)」

「あっ、てなんだよ察しってなんだよ!?」

「ふふふ。──是は、己より強大な者との戦いである

〈──アーティレイヤー、承認〉

 

 

 続いて放たれた音声が、()()()()()()()()()()()ことに気付いた私は、なにが起こっているのかを遅蒔きながらに理解。

 困惑するコナン君に微笑みを返しながら、自分がするべきこと……すなわち承認を済ませておく。

 この時点で、周囲もなにが起きているのかを察したらしい。

 気の毒そうな表情を浮かべながら、皆が次々に言葉を告げていく。

 

 

「あー、共に戦う者は、憑依者(勇者)である?」

〈──鬼太郎、承認〉

「な、なるほど?是は、精霊との戦いではない

〈──ダンブルフ、承認〉

「……えっと、頑張ってコナン君。是は、生きるための戦いである

〈──蘭、承認〉

「え、ええと……是は、私欲なき戦いである

〈──ギャラハッド、承認〉

『……なるほどそういうことか。なら、おまけに持ってけぇ!是は、最高にカッコいい(誉れある)戦いである!!』

〈──モモタロス、承認〉

「え。……え゛」

 

 

 皆の言葉が響く度、コナン君の足元からは色鮮やかな輝きが溢れ出す。

 それらは全て混じりあい、解放の時を今か今かと待ち構えていた。

 またしてもなにも知らないコナン君、一人だけ置いてけぼりである。……恨むんなら、琥珀さんを恨むんだな……。

 

 

「ほら、そろそろ向こうの拘束も解けちゃう!ヒーローの必殺技(拘束してぶった斬る)バリにやっちゃって!!」*12

「ふ、ふふふふ、ふざけんなぁっ!!?どう考えてもヤベー奴じゃねぇかこれ!?」

()()()()()()には十分だよねぇ。いやはや、わざわざアルトリアに音声収録まで頼む琥珀さんのはりきりようにはビックリだよ。とんだハリキリ☆ガールですわ、はっはっはっ」

「笑ってんじゃねぇーっ!!」

「ははは。ほらほら、早く早くっ」

「くそっ、くそっ!後で覚えてろよお前らっ!!……あーもう!!是は、世界を救う戦いである!!」

〈──コナン、承認〉

 

 

 最後の一押し、コナン君の言葉によって始動条件は完全に満たされ、後は彼が技を放つのみ。

 モーションアシストが最後まで補助してくれない辺り、琥珀さんの要らぬ気遣いが身に染みるところ。

 ともあれ、なんで隠しコマンドなんて設定してるんだろう?というこちらの疑問も晴れたところで、コナン君には今回のお話のけりを、文字通り()()で付けて貰うこととしよう。

 

 

約束された(エクス)──

 

 

 後ろに大きく右足を振りかぶったそれは、最初に放とうとした技よりも、()の動きに近いとも言えなくはないだろう。

 ゆえにこそこの技は成立し、相手を打ち砕く聖剣となる。

 見よ、今や彼の少年の右足は黄金の如く光輝き、敵対者を丸ごとこの世界から消し去るほどの威力を発揮せんと、ごうごうと唸りをあげているのだ!

 

 

──勝利の剣(カリバー)!!

 

 

 叫びと共に放たれた蹴りは、ボールを綺麗に蹴りあげ──そのボールを媒介にして、黄金の斬撃を生み出す。

 膨大な魔力の奔流となったそれは、違えることなく『魔列車』が拘束されていた竜巻に命中し。

 

 

わからないわからないどうしてなぜいやだつれていかないで

 

 

 断末魔の声を響かせながら、『魔列車』は光の爆発の中に消えていくのだった──。

 

 

*1
単純に相手の死角からビームが飛んでくる……すなわちなにか専用の設備を用いて、発射口の向きとは別の方向に流れを変える……というのであれば、『宇宙戦艦ヤマト』におけるガミラス帝国の兵器『反射衛星砲』辺りが初出となるのかもしれないが、ビームそのものが曲がる、という形のモノの元祖となると『COBRA』におけるサイコガン辺りが初出となるのだろうか。ただ、コブラのそれは目標に対してホーミングする為に曲がる、という形式だったりはするが。ともあれ、本来直進するはずのビームが曲がると非常に危ない兵器となる、というのは間違いないだろう。……現実におけるレーザーなどは磁力で簡単に曲がる、というのは内緒

*2
英語で『hate』、基本的には『大嫌い』の意味。そこから、ネット用語で『敵意』を示すものとなった。『ヘイトを集める』は『他者から攻撃的な行為を受けている』意味となり、自分からヘイトを集める行為はすなわち『攻撃の的を自分に集める』行為だとも言える。現実での使用も多くなって来たが、オンラインゲームなどでボスキャラクターの『敵意(ヘイト)』を壁役が集める、という風に使われることもまだまだ多い

*3
鬼太郎の武器の一つ。脳波コントロールできる下駄。こちらもわりと高性能で、虹の橋を渡って夢の世界に行き来する、なんてことも可能

*4
『チンカラホイ』は『ドラえもん のび太の魔界大冒険』で登場した呪文。物体を浮かせる魔法であり、魔法初心者でも使える辺り初級呪文らしい。『今週のおっかなびっくりロボ』は『ヤッターマン』……ではなく、『GUILTY GEAR』シリーズに登場するロボカイの一撃必殺技の時の台詞。技の演出自体の元ネタは『ヤッターマン』で間違いはなかったり

*5
『機動戦士ガンダム00』より、無線誘導兵器の一つ。正式名称は『GNファング』。同作に登場する『GNビット』と比べ、ファングそのものによる刺突攻撃を前提としている部分が多い。また、基本的には敵方の無線誘導兵器に『ファング』と付いていることがほとんどである

*6
口から吐き出すようにして飛んでくるビームなので、ゲロビーム、略してゲロビ。そこから、『ガンダムVS』シリーズにおいて一定時間照射され続けるタイプのビームを『ゲロビ』と呼ぶ文化が生まれたらしい(ゲーム内の照射ビームの元祖『ビグ・ザム』のメガ粒子砲が口から発射しているように見えた為、と言われている)

*7
『魔列車』の専用技の一つ。後作においては専用技ではなくなっている。聖属性の全体攻撃魔法。敵にスポットライトが当たってダメージ、みたいな見た目の技。聖属性の使えるアンデッド、という辺りが『魔列車』が悪い相手ではない、ということを示しているのかもしれない

*8
『機動新世紀ガンダムX』に登場する架空兵器。月の発電施設から受信したスーパーマイクロウェーブで充填したエネルギーをそのまま発射する戦略級兵器。モビルスーツ一機が出せる火力としてはオーバースペックもいいところ。なお、これを元ネタにしたのが遊戯王の『サテライト・キャノン』である

*9
『機動武闘伝Gガンダム』より、ガンダムローズの使う技の一つ。『ローズビット』を敵の周囲を高速で飛び回らせることにより、ビームの竜巻を発生させて相手を閉じ込める技。なお、ビットと付いている通り無線誘導兵器である『ローゼスビット』だが、パイロットのジョルジュ・ド・サンドがニュータイプである、というような設定はない。単純な無線誘導であれだけのことができる辺り、わりとおかしな人物だと言えなくもない

*10
やろうとしたのは『イナズマイレブン』の必殺技の一つ、エクスカリバー。他にも類似技に『ソード・エクスカリバー』(化身・『聖騎士アーサー』の技)や、『王の(つるぎ)』(アーサー王とのミキシマックス時の必殺技)などがある

*11
以下、『fate/prototype』の主人公であるアーサー・ペンドラゴンの宝具発動時のやり取りから。?『ふふふのふ~☆折角ですから、あれこれ詰め込んじゃいましょうかねぇ~☆』

*12
『勇者ロボ』シリーズなどで見られるもの。竜巻だとか稲妻だとか、とにかく相手に回避を許さない状況に追い込んでから必殺技を叩き込む。たまーに迎撃に成功する奴もいる



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もうじきホワイトデーなんですがそれは

「……なぁにこれぇ」

「なにって、報告書だけど?」

 

 

 騒動まみれのバレンタインから、暫く経ったある日のこと。

 

 いつもの通りゆかりんルームでお茶を飲んでいた私は、手渡しされた報告書を読み進める度に、わなわなと震える回数が増えていくゆかりんに対し「疲れてるんだろうなぁ」なんて適当な感想を、脳内で垂れ流していたのだった。

 ……()()()()調()()()()()()()以上、私の反応が雑なのは仕方ないとして……ともあれ、そんな言葉(なぁにこれぇ)が出てくるような、意味のわからない報告書にはしていなかったはずだけどなー、と首を捻る。

 

 今回の報告書に関しては、その作成にマシュやライネスなどの手も借りているため、文章が変とか読み辛いとか、そういう書式からして意☆味☆不☆明、なんてことにはなっていないはずなのだけれど……。

 

 

「貴方の()()()()に関しても、色々と言いたいことはあるけれど。それよりも、こっちよこっち!!『アーサーの方のエクスカリバー』ぶっぱなんて暴挙に及んでおきながら、相手方に()()()()()ってどういうことよ!?」

「あ、あー。それはねー……」

 

 

 そうしてよくよく話を聞いてみたところによると、彼女がわけわからんと爆発しているのは報告書の最後の部分、この世界からの消滅、だなんて物騒な性質を持つ方のエクスカリバー*1で強制成仏を試みたモノの、相手方には逃げられてしまったという部分についてらしい。

 ……まぁ、うん。そこに関しては、こっちとしても話をする準備ができていないと言いますか……。

 

 

「え、ちょっと待って。私の勘違いであることを切に願うのだけれど……え、もしかしてこの報告書、書いてないことがあるの?!」

「ははははー。……聞きたい?」

「やーめーてー!!絶対面倒事でしょ!?このタイミングで隠してることとか、絶対面倒事でしょ!?いやよ私、散々今回のあれこれで方々(ほうぼう)を駆け回ったのよ!?別にお遍路巡りしてるわけじゃないのよ私!?」*2

「ははは。……さて、エクスカリバーの着弾により、爆散したかに思われた『魔列車』だったのですが……」

「やめろー!話すなって言ってるでしょー!!?せめて私にも心の準備をさせてー!!」

 

 

 まぁ、上司から責任説明の義務を果たせ、と言われればこなすより他ないんですけどね☆

 と、言うわけで。

 私はあの騒動の結末部分を、改めて脳裏に思い起こしながら、彼女に語り聞かせて行くのだった──。

 

 

 

 

 

 

「やったか!?」

「おいバカやめろ!」*3

 

 

 爆煙の向こうに消えた(生存フラグ)『魔列車』に対し、思わず口走った言葉に遠くから銀ちゃんのツッコミが飛んでくる。

 今回の彼は直接戦闘要因ではなかったものの、これ以上長引くのなら引き摺り出されていただろうから、その反応もさもありなん。

 ……いやまぁ、Xちゃんが本格参戦してくるきっかけにもなりかねないので、こちらとしても彼の参戦は丁寧にお断りしたいところではあるのだけれど。

 

 

「……いや、ですから皆さん、私のことなんだと思ってるんです?」

「ヤバい槍ぶん回す人」

「セイバーに頓着しない分行動が読めない人」

「ちくわ大明神」

「いや意味わかりませんからね!?」

 

 

 誰だ今の。

 ……冗談は置いといて、彼女が真面目に戦線に加わり始めるのは終わりの始まり感が凄いので、『使われないままの奥の手』としてベンチを温め続けて欲しいという感じでして。

 そのようなことを述べましたところ、彼女からはスッゴい渋い顔を返されたわけなのでございましたとさ。……恨むんなら自分のキャラのギャグ属性を恨んでください。

 

 話を戻して。

 若干茶化してしまったけれど、先ほどの聖剣の輝きが相手を討ち漏らすとは考え辛い。

 サッカーで死人が出そうな辺りは意味不明感が凄まじい*4が、それはそれとしてあれで無事だなんてことになられても困る……こま……?

 

 

「いやー、危ないところだった危ないところだった。まさかそんな隠し玉があるとは、コナン君も隅に置けないなぁ」

「……?!」

 

 

 晴れ始める爆煙の向こう、大小二つの人影がそこに立っているのが窺えた。

 聞こえてくる声には微妙に聞き覚えがあり、それがこちらに驚愕をもたらしている。

 ……そう、何故ならばその影とは。

 

 

()()()()()()が間に合わなかったら、君達殺人犯だぜ?……ああいや、()()()()()()()()()んだし、幽霊を成仏させるって点では、別に人殺し云々にはならないのかもしれないけども、さ」

「か、金田さん?」

 

 

 呆然としたような声をあげる蘭さん。

 それもそのはず、私達の前に爆煙の向こうから現れたのは、先ほどから連絡の取れなくなっていた二人、金田君と()()()の二人だったのだから。

 

 

 

 

 

「私より私へ。話を合わせるように、オーバー?」

「……回収は終わりました。このまま帰投するべきでは?」

「いやいや、よくないよキリアちゃん。俺達は今唐突に現れて、唐突に状況を引っ掻き回しているんだ。──ヒントくらいは、与えておかないとね?」

「……お好きにどうぞ。私は関与しませんので」

 

 

 いつの間にそんなに仲良くなったのか、そんな疑問を感じさせる二人のやり取りに、困惑する私達。まぁ、私は察したけど

 そうしてそっぽを向いたキリアの手には、小さな鉄道模型が鎮座している。……いや違う、あれは単なるおもちゃではない。

 

「あー、潜入捜査的な?オーバー?」

「それは、まさか……」

「そのまさかだよ。これは君達が、さっきまで必死になって倒そうとしていた『魔列車』。それを()()()()()だ」

「……!」

 

 

 こちらの呟きを聞いて、楽しそうに声をあげる金田君。

 その様子は『金田一一』としては不自然極まりないもので、ゆえにこちらが思い違いをしていたことを理解する。

 

「上から他のガワを被るのは反則ですよねぇ」

「その通りです、()()()()よ。彼は金田一少年の【兆し】などではない。複数の()()と姿が似通うだなんてこと、普通はありえるはずがない。類似例(荷葉)に惑わされた、ということです。……いえ、私が賢しらに語るのも変な話ではありますが」

「……なるほど。その姿は変装だ、ってことか」

 

 

 状況の複雑さをいち早く見抜いたコナン君が、小さく声をあげる。

 

 そう、目の前に居る(金田)は、決して『金田一一』の【兆し】などではない。

 前例として姿が変貌していた荷葉ちゃんを知っていたからこそ、その勘違いは強固なモノとなっていたが……、【兆し】になっただけで姿が変わるなど、本当はあるわけがないのだ。

 その辺りは、マントを被ってその下の人物を不確定にしていた桃香さんが、ある意味で証明している話でもある。

 

 

「姿の変化はそれが許される状況(猫箱という場)があってこそ。……逆に言えば、姿が変わっているのに『逆憑依』でも【顕象】でもないのはおかしい、ということですね?」

「正解正解。……いやはや、あそこを解決したって聞いた時にはビックリしたものだけど、おかげ様でこうして労せずこれ(『魔列車』)を手に入れられたんだから、こちらとしてはお礼の一つでも言ってあげたい気分だよ」

「……『魔列車』が目的……?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()……だなんて、どう考えてもおかしな存在である。

 それを疑問に思わなかったのは、繰り返しの中で姿を変じさせて行った、荷葉ちゃんという前例を見ていたから。

 ……思えば、()()()()の影響が垣間見えていた時点で、あそこでの出来事を調査している別の誰かが居た、ということには気付いて然るべきだったのだ。

 

 

「あの人物って?」

天照玉藻之前猫被(アマテラスタマモノマエネコカブリ)

「あ、あま……なんだって?」

「天照玉藻之前猫被。……()()()()()()()だなんて、ここらでの該当例は一つしかないでしょ?」

「……あっ、()()()()()()()さん!?」

「正解ー。……ふふ、いやはや。奇縁もここまでくれば良縁、ということかな?」

 

 

 おちゃらけたような喋り方をする彼は、こちらの視線を受けながら周囲をてくてくと歩いている。

 余程楽しいのか、はたまた()()()()()()()()()()()()()()()()()のか、どちらにせよこちらから微妙に手の届かない位置を歩いている彼は、一頻り歩き終えたと思ったら、徐にキリアの手の内にあった鉄道模型を掴み上げていた。

 

 

聖なる攻撃(聖属性)を扱える()()()()()……すなわち()()。遠路はるばるこうしてやってきたんだ、お土産の一つくらいは貰って置かないとわりに合わない、という奴でね」

「……言っておきますが、胸焼けがしても知りませんからね」

「大丈夫大丈夫。()()()()()()()()()()()()()*5

「……!そいつを止めろ!」

 

 

 コナン君の鋭い声が飛ぶが、間に合わない。

 ()は、掴み上げた鉄道模型を、()()()()()餅でも捏ねるかのように小さく丸めて、そのまま口元に持っていき。

 

 ()()()、と。

 彼は、それを嚥下した。

 

 

……あっま()っ!!?

「だから言ったじゃないですか……」

 

 

 練乳に蜂蜜をぶっかけ、それにバターを混ぜて更に砂糖大盛り、そのまま型に流し込んで冷やして固めたのち、衣に包んで揚げたかのような甘すぎる味。*6

 そんなものを感じたような声をあげた彼は、顔を歪めて小さく嘔吐(えず)いていた。

 

 ……その姿を、私達は知っている。

 ()()()()()()()()を、友だと言った人を知っている。

 

 

「……夏油(げとう)(すぐる)……?!」

「……ま、ここまでやれば流石にわかるか。──正解だよ、私は夏油傑。『新秩序互助会(Now Law)』の幹部の一人、という奴さ」

 

 

 金田一少年の姿を被った彼は、おどけたようにそう語るのだった。*7

 

 

 

 

 

 

ああああああああもうやだああああああ!!!

「もちつけ」

「これが落ち着いてられるかぁぁぁぁっ!!!なぁぁんでこんなヤバいことを隠してたのよもぉぉぉぉっ!!!!?」

「いやほら、『マジカル聖裁キリアちゃん』としての生まれ変わり(転生)?的な覚醒しちゃった分身の一体が離反しましたー、って報告も一緒にしなきゃいけなかったので、ちょっと気が重かったといいますか」「実際はそういう体の潜入任務なんだけどネ」

「あああもぉぉぉおおおおっ!!!!」

 

 

 話を聞かされたゆかりんはと言うと、完全に発狂状態。

 こりゃ落ち着くまでなーんも話できんなぁ、なんて風に思う私なのでございます。

 

 

「……それだけ、というわけではないのでございましょう?」

「……あー、わかります?」

 

 

 とはいえ、彼女の優秀な副官でもあるジェレミアさんには、何故私がこの辺りのことを報告書に書かなかったのか、というのがわかってしまったようだったが。

 

 報告書というものは、当たり前だが誰かに読ませるために作るものである。

 特にこういう重要案件の場合、所属する全ての人間が一律に閲覧権を持つものとして扱われる。

 

 

「……()が読むことを避けたい、と?」

「どういう反応するかが全く読めないですし。……『逆憑依(なりきり)』においてライバルとか親友とか、そういう原作での繋がりがある相手ってのは劇物みたいなモノですし」

「確かに。私ももし、今この場にルルーシュ様が現れたとしたのならば、色々と揺れるでしょうから」

「……ですよねぇ」

 

 

 それはすなわち、例えば憑依関連の有効活用を謳う急進派の目にも入るということでもあるし、なにより()に動く理由を与えてしまうことでもある。

 今の私達は所詮『逆憑依』であるが、『逆憑依』であるからこそ彼が()()()()()()()()()()()がわからないのだ。

 

 その辺りの確証もないまま、悪戯に話を広めるのはやめて置きたい。……()()()()()()離反なんだし。

 

 

「……おや?」

「おっと口が滑った。……このことは内密にお願いしますね」

「おやおや。魔王らしく、裏で暗躍……ということですかな?」

「はははー。……今日のおやつはなんです?」

「今日はじゃがいものガレットですよ、毛利が焼いたモノですね」

「ほほう、それはなんとも。コナン君に自慢せねば」

「こらぁー!!ほのぼのしてんじゃないわよーっ!!!」

 

 

 なんにせよ、午後の時間は過ぎていく。

 波乱の予感を振り撒きながら、それでも時間は先に進んでいくのだった。

 

 

*1
ローマ皇帝『ルキウス・ヒベリウス』についての話から。相手が魔剣の限定解除までした結果、エクスカリバー側も拘束が解除されたらしく、その光に呑まれた彼は歴史からも消え去ってしまった。『アーサー王伝説』における架空のローマ皇帝である彼を、型月的な解釈に当てはめたらこうなった、という話。その辺りが詳しく描かれているのが『prototype』側だけなので微妙ではあるが、一応アルトリア側にもルキウスは居たらしい、ということはちょくちょく語られている。あちらと同じように聖剣の輝きに呑まれて架空の皇帝となったのか、はたまた架空の皇帝扱いされているが実際は居たのか、その辺りは未だ不明である

*2
四国に存在する空海ゆかりの八十八箇所の仏教寺院を巡る旅のこと、及びそれを行う人のこと。基本的に徒歩で行う為、日程的にも体力的にもとにかくキツい。細々としたルールやマナーもある為、気楽に行うようなものではない

*3
『生存フラグ』の一つ。必殺技などをぶち当てることで、相手の状況が一時的に見えなくなっている時に使われる。それこそ煙の向こうは猫箱のようなもの(結果があやふや)で、作者が描きたいことによっては最強技であろうとも耐えられる羽目になる

*4
だからって鉄骨を降らされても困るが。本格的なラフプレーもノーサンキューである

*5
人の悪意より生まれた『呪霊』は、大体不味いらしい。吐瀉物を処理したあとの雑巾のよう、という大変食欲を減衰させる評を()は残している

*6
『揚げコーラ』のコーラ部分を練乳と蜂蜜と大量の砂糖に変えたようなもの。カロリーの暴力、どう考えても寿命が縮む味

*7
ある意味『キッショ』のオマージュ




おしまいですので次は幕間ですよ。


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幕間・それはそれとしてリザルトを開始する!

「なるほどなるほど~、そのような事が。それは大変お気の毒にと申しましょうか、はたまた良い体験を致しましたね、と申しましょうか?」

「……そういう台詞を言える辺りが、流石琥珀さんと言うか……」

「いやですねぇキーアさん。そんなに褒めてもなにも出ませんよ?」

「いや別に褒めてはないですね」

「ありゃりゃ?」

 

 

 和やかに会話を交わす相手は、今回の立役者でもある琥珀さん。

 彼女が『キック力増強シューズ』にあれこれと細工を仕掛けてくれていなければ、こちらとしては手詰まりになっていたところだろう。

 そういう意味で、彼女を讃える意図がないわけでもない。ないのだが……。

 

 

「なぁんで私、杖状態で吊るされているんでしょう?というか下に油鍋って、もしかして五右衛門風呂ですかぁ~ッ!?」

理由は(yes,)自分の胸に(yes,)聞いてみろ(yes)!」*1

 

 

 今回は功罪のうちの罪が大きいんだよ!!

 そもそも今回話がややこしくなったことの一因は、琥珀さんがゆかりんにお話し(脅迫)したことにあるわけで、そうなると彼女の戦犯度はドドンと二倍だドン!(?)

 

 

「そうよそうよ!悪いのは琥珀さんなのよ!……だから下ろしてぇ~っ!!」

「絶対にノゥ(No)!」

「ノーとしか言わない女、ってわけでもないでしょ貴方ーっ!!」*2

 

 

 なお、その隣にはゆかりんが、同じように天井から吊るされているのだった。

 だって特に議論する余地もなくゆかりんも悪いからね、仕方ないね!

 

 

「なんでよー!私二人に遊んでおいでって言っただけなのにぃ~っ!!」

「クリスマス前の約束」

……((;「「))

「おいこら視線を逸らすな、現実を見ろ!ゆかりんが忘れてなければ、もうちょっとやりようがあった話でしょうがこれ!」

「あー!!やめて揺らさないでー!!落ちるぅ~っ!!!」

 

「……ええと、どういう状況なんじゃこれ?」

「あ、助けてハクー!!殺されるぅーっ!!」

「いや、我に助けを求めるのは、流石にちょっとどうかと思う」

「そんなー!」

 

 

 元はと言えば、ゆかりんが社長さんからの手紙をちゃんと読んでなかったのが原因でもある、今回のあれこれ。

 トップ偏重の運営形式ゆえ仕方ないところもあるが、それならもうちょっと責任やらなにやらを分散させろ、という奴である。

 

 八雲一家の形式に拘らず、もうちょっと役員を充実させなさい……的なことを、彼女を吊るしている紐を揺らしながら滾々とお説教していると、たまたまやって来たハクさんにゆかりんが助けを求めていた。

 ……まぁ、彼女は区分的には悪役側。

 助けを求めるにはちょっと向いてないだろう、ということで彼女はその言葉をスルーして、そのまま奥の方に歩いていったのだが。……面倒くさがった、とも言う。

 

 

「おやおや?ハクさんはこちらに一体なにをしにいらしたんです?」

「ああ、VRやりに来たんだよあの人。正確には、アグモンに会いに行ったというか」

「ふむふむ?……いや、どういう繋がりなんですか、それ?」

「さあ?いつの間にか仲良くなってたみたいだし、私からはなんとも」

 

 

 なお、彼女が向かったのは、ゆかりんルーム併設の娯楽室。

 空間拡張によって新たに作られたものであるそれは、色々な計測器なども備えられた特別な場所と化している。

 完成したのはつい最近で、時々居なくなっていたBBちゃんは、こちらの調整に掛かりきりになっていたのだとかなんとか。

 

 ……まぁ、あれこれと怪しいところの多いあのゲームに対して、専用の解析設備を用意した方がいいんじゃないのか?……という私からの提案あってのもの、でもあるらしいのだけれど。

 こっちとしてはすっかり忘れてたので、『褒めてくださいせんぱ~い♡』などと言いながらスマホの中で踊るBBちゃんに、なんのこっちゃ?と首を捻ることになったりもしたが。

 

 

「その言いぶりですと、キーアさんは直接設計などには関わっていらっしゃらないので?」

「まーねー。私はデジタル系は門外漢だし」*3

 

 

 琥珀さんが杖の体をハテナの形にくねらせ、こちらに質問を投げ掛けてくる。

 そもそもの話、あのゲームを研究するならそれくらいした方がいいよ、と言い出したのは結構前の話だ。

 今になって完成したことに、なにか意味があるのかはわからないが。なんというかタイミングがいいなぁ……と、ちょっと懐疑的になっているのも確かなわけで。

 

 

「『新秩序互助会』、でしたっけ?どうやら『tri-qualia』の運営とは、繋がりがあるとかないとか?」

「あーうん。向こうの幹部にタマモキャットやらドクター・ウエストが居る、ってわけではないと思うけど」

「ほほう。それで、その心は?」

「あの二人が内部にいて、まともに纏まるわけがないでしょ?」

「……んー、まさに!正論!ですね☆」*4

「ちょっとー!!?駄弁るんなら下ろしてよー!」

「ダメです」

「そんなー!!」

 

 

 なお、二人の吊り下げそのものは、大体十分ほど続きましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。それはまた災難だったわね」

「いやホント。ゆかりんがちゃんと覚えててくれれば、もうちょっと警戒とか対処とかも上手くできたと思うんだけどなぁ」

 

 

 ──『tri-qualia』内部、侑子のミセ。

 久しぶりの訪問は、そんな感じの愚痴りから始まったのだった。

 

 扱いとしてはあくまでハクさんの付き添い、といった感じだが、中々『tri-qualia』(こちら)に来る時間の取れなかった私としては、よい切っ掛けになったとも言えなくもなかったりする。……丁度、確認しておきたいこともあったし。

 

 

()()()()、今はどんな感じ?」

「今のところは一切変化無しね。データの世界で石化してるからか、特に命に別状もないみたいだけれど」

「ふぅむ、なるほどねぇ……」

 

 

 侑子に問い掛けるのは、先日このミセに増えた()()()()()の様子について。

 問い掛けた結果は芳しくなく、それが現状維持を続けていることが果たして喜ばしいことなのか、はたまた悲しむべきことなのかもわからないままなのだった。

 

 性質的に類似例となる荷葉ちゃん達でも連れてくれば、もしかしたらなにかわかるのかも知れないが……。

 

 

「んー、あの子達を『tri-qualia』(ここ)に連れてくるのは、なーんか嫌な予感がするんだよねぇ……」

「……そうね、やめておいた方が無難だと思うわよ?」

「やっぱりぃー?」

 

 

 ()()()()()()()()と同じく、どうにもこの世界とは相性が悪い……否や()()()()気がするため、そもそも知らせてすらいないのが現状である。

 いやまぁ、いきなり話してもなんのこっちゃ、としかならなさそうだけども。

 

 そうしてため息を吐きながら、見詰める先にあるもの。

 それは、あの列車(エメ)の所有者であった、二人の親子。

 それが物言わぬ石像と化して、ミセの中に鎮座している光景……というものなのであった。

 

 

 

 

 

 

 自身の所属と正体を明らかにした夏油君は、その技能(呪霊操術)によって『魔列車』を取り込むと、そのままキリアに目配せをして、あの場から逃げて行った。

 

 それを()()()()()()のちに追い掛けていったミラちゃんを止めようとした私達が出くわしたのが、謎のオーロラ現象である。

 突然目の前に、カーテンの如く現れたそれにこちらが驚いている間に、相手側はまんまと逃げおおせていたというわけだ。

 

 で、その謎のオーロラカーテンは、私達を煙に巻くように現れたかと思ったら、背後で固まっていた社長親子達を巻き込んでいったのである。

 え?とこちらが困惑すると同時、巻き込まれた二人は姿を消していた。……そう、忽然と居なくなってしまったのである。

 

 状況の移り変わりの速さに呆気に取られていた私達は、もはやなにかをすることもできず、そのままゆかりんに連絡を取って、スキマで郷に帰ることになったのだった。

 一応、残された『エメ』に関してはお国の管轄になったようだが……既に廃線になっているものだ、処分に関してもこちら(なりきり郷)に任されることになるかもしれない。

 

 ともあれ、デンライナーに乗ってスキマを通った私達に、ゆかりんが腰を抜かしたのも今は昔。

 モモちゃんはよろず屋預かりとなり、現在は銀ちゃんと意気投合したりしながら過ごしているらしい。……後ろに居た二人(Xちゃんと桃香さん)がスッゴい顔してたので、そのうち『中に誰も居ませんよ?』されるかも知れないけど、私は知らない。

 深掘りするとこっちにも飛び火するので、話題に触れるのも怖いし。

 

 まぁともあれ、そうして郷に帰った私に対して、侑子から突然の連絡が飛んできたわけである。

 その内容というのが──、

 

 

「突然石像が送られて来たんだもの。貴方の差し金*5だって思うのは仕方がないと思わないかしら?」

「……いや、流石にそこまで私もわけわかんなくはないと言うか」

 

 

 彼女のミセに、突然一組の石像が現れた……というものだったわけである。

 てっきりなにかの対価かと思ったという、彼女からのメールに同封されていた画像データ(写真)

 そこに写っていた石像の顔が、丸っきり社長親子の物だったために、私は慌てて『tri-qualia』にログインを行うことになったのだった。

 

 

「いやホント。あの時は頭の中クエスチョンマークだらけだったからね?消えたと思ってたら電子の世界に居るってんだから。それも石化っていうおまけ付き!」

「まぁ、そうね。私も貴方に言われて初めて確認して、これが非破壊オブジェクト(石像)じゃなくてPCの石化状態だって気付いたんだもの」

 

 

 お互いに小さくため息を吐きながら、飲み物に口を付ける。

 

 ……あの二人は、あのままでは消えるしかなかったはずだった。

 父親に関しては言わずもがな、娘に関しても願いを叶えるイマジンとの契約により、その命を散らす寸前だった。……聖杯もどきとは言ったものの、その魔力の供給源は彼女だったのである。

 

 それが、呪霊操術により『呪霊である』という更なる概念の上書きを受け、イマジンと彼女との繋がりは分断された。

 結果、互いに繋がりを保持することで保たれていた存在のバランスは崩壊し、彼女達はこの世から消える以外の選択肢を奪われていた……はずだったのである。

 

 まぁなんの因果か、今の彼女達はこうしてこの『tri-qualia』の世界にあるわけなのだが。

 石化状態が無事か?……と言われると、なんとも承服し難い部分もあるけど……少なくとも電子の世界でならば問題は無いだろう。

 ()()()()()()ことに、幾らか引っ掛かりは覚えるものの。……それが彼女達の存在保護に、一番適しているのだと判断されているのだとすれば、こちらからできることは無いだろうし。

 

 ……ここまでされると、この世界のキナ臭さが増してきたような気がしてくる。

 こちらの手が間に合わないのが確定的だった二人を助けた、という意味ではありがたくもあるのだけれども。

 

 

「……ややこしいもの転がり過ぎでしょ、ホント」

「そうね。でも、そういうものでしょ?」

 

 

 こちらの小さな愚痴に、侑子は静かに微笑んで見せる。

 遠くで楽しげに笑うハクさんとアグモンの声を聞きながら、時間はゆっくりと過ぎていくのだった──。

 

 

*1
『油鍋』云々は、世紀の大泥棒『石川五右衛門』が受けたとされる刑罰『釜茹での刑』から。大きな釜で罪人を茹でる、という罰で、最初は水から始まり、最終的には油を注いでいくのだとか。また、最初から油で茹でる場合もあるようだ。どちらにせよエグい罰。後者の『yes,yes,yes!』は、『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』において、館の執事テレンス・T・ダービーのスタンド『アトゥム神』が『相手の行動をYesかNoで見透かす』能力で承太郎を見た時のモノ。『もしかしてオラオラですかーッ!?』に繋がる流れの一つ

*2
漫画版『スクライド』より、主人公・カズマの台詞。敵であるマーティン・ジグマールからの誘いを断った際のモノであり、反逆者(トリーズナー)である彼はノーとしか言わない男、とまで自身のことを主張したりもした。……まぁそのあと『この1000人の能力者たちに君は勝てるかな?』と問われて『イエス』と返していたりするのだが。『ノーとしか言わないはず……!?』などと驚愕するジグマールの姿は、ちょっと腹筋に悪かったり

*3
『五灯会元』の巻六『天竺證悟法師』内の文章が由来とされる言葉。物事を学ぶには誰かに師事を受けねばならないが、その門の外に居る(学び場に居ない)人間には学を得ることはできない……ということから、特定の分野に精通していないこと、または直接関わりを持たないことを意味する言葉となった

*4
『fate/grand_order』より、とある人物が発した言葉。認めるのかよ、と思ったマスター多数な発言

*5
陰で人を唆し操ること、及びその行為。歌舞伎の小道具、もしくは人形浄瑠璃の棒などの名前が由来とされる



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十二章 ピクニック(潜入)にダンボールは何枚まで持ち込んでいいですか?
潜入任務だ!ダンボールに隠れろ!


 さて視点は移りまして、()は彼等のアジトへと向かっているわけなのでございますが。

 そんな私の目の前には、なりきり郷とはまた違った趣の、明らかに秘密基地とでも言うべき空気を醸し出す入り口が*1

 その先にあるのは、自身に起きた事象を『憑依』ではなく『転生』であると解釈した者達の楽園──。

 

 

「ようこそ、キリアちゃん。これが私達『新秩序互助会』の居城、ターミナルドグマだ」

「『終わりの教義(ターミナルドグマ)』、ですか。……リリスでも眠っているのですか?」

「まさか、単なる肖りだよ。そういうのが好きな者が集まっている、ということを否定するつもりはないけどね」*2

 

 

 地下に伸びるエレベーターに乗り込み、深く深い場所へと下っていく私達。

 ミラさんの挙動が怪しい気がするのは……彼女の心情が揺れているから、ということなのでしょうか?

 

 ともあれ、隣の金田さん……もとい夏油さんは、呑気に自身の顔を剥いでいる真っ最中。

 いきなりの行動に少しギョッとしましたが、彼のそれが特殊メイクの類いだというのは、予め言っていらっしゃいましたし、いきなり頭蓋骨を持ち上げるよりはマシだと思いましょう。*3

 

 

「……あー、なるほど。()()()()()()というのが当たり前なのだったか。なんだか恥ずかしいな、自らの汚点を皆が知っている……というのは」

「汚点……ですか?」

「ああ、汚点だよ。若気の至りと言い換えてもいい。……私は思考を狭めていた、故にその行為には常に傲りが付きまとっていたのだからね」

「言い切りますね?」

「ああ、言うとも。だって私は、ここに来て答えを得たのだから」

「──答え?」

 

 

 降りていくエレベーターから、外を眺める私達。

 場の静寂を嫌ってか、はたまたこちらに気を遣っているのか、夏油さんは先ほどから、ずっとこちらに話し掛けて来ていらっしゃいます。

 その瞳には理性の光が見え、とてもではありませんが非術師を『猿』と呼んだ、彼の苛烈さは感じられません。*4

 そのことを口にすれば、彼は非常にバツの悪そうな表情を浮かべながら、頬をポリポリと掻いていらっしゃったのでした。

 

 

「……まぁ、その辺りはうちのリーダーを見て貰えれば、自ずと理解できると思うよ。──とはいえ彼は多忙の身。実際に謁見を許されるのは、それなりに後のことになるだろうけどね」

「……なるほど。では、その間に心の準備を済ませておくことに致しましょう」

「それがいい。そうでなくとも、ここには様々な人間達が集まっているんだ。心の準備というのは、幾らしていても足りないというものさ」

「なるほど。()()()も大概でしたが、こちらも一筋縄ではいきそうもないですね」

「……あちら、か。確か、私達とは別の答えを得た者達の集い……だったかな?」

「あれを答えだと言うのは、世の宗教家に対しての侮辱以外の何物でもないと思いますが」

「ははは。辛辣だねぇ」

 

 

 私の言葉に、和やかな笑みを見せる夏油さんですが……まぁその、実際に目にした時に笑っていられるか、わりと見物のような気もしますね。

 そんな感じに、微妙にすれ違った会話を続ける私達から離れた位置で、ミラさんは変わらず逡巡を繰り返していました。

 なにかを言おうとして、それを止めて、また言おうとして……。

 

 余りにも挙動不審なその姿に、流石の夏油さんもスルーしかねたらしく。

 

 

「……大丈夫かい、ミラ君」

「ほわっ!?なななななんでもない!なんでもないぞ!」

「……いや、その様子でなにもない、という方が嘘だと思うのだが」

 

 

 努めて軽い調子で声を掛けた夏油さんですが、対するミラさんは更に挙動不審に。……これでは例え鈍感主人公並の鈍さであっても、なにかあると気付いてしまうことでしょう。

 すなわち──()()()()()()()()()()()()()、というわけですね。

 

 

「ミラく「ところで夏油さん、あちらの方は大丈夫なのでしょうか?」……ん?なにかあったか……あー……」

 

 

 ミラさんに近付いて、彼女の様子を確かめようとしていた夏油さんの背中に、小さく声を掛ける私。

 行動を邪魔された夏油さんは、特に気にした様子もなくこちらに視線を向け、そのまま私の指差している先に視線を移して行き──そこで起きていることを見た瞬間、僅かに天を仰いだのち、疲れたようなため息を吐いたのでした。

 

 さて、夏油さんが思わずため息を吐くような面倒事とは?

 

 

「おい、テメェ……覚悟は出来てんのか?」

「……は?そっちこそ何様のつもりだ?」

 

 

 ……そのものズバリ、誰かの諍いなのでした。

 私の視線の先では、()()()()()()()をした筋骨隆々の男性と、()()()()()()が目立つ少年の二人が、今にも殴り合いでも始めそうな様相で対峙していたのです。

 見ただけでどなた様なのかわかってしまったのですが、ここってこんな方ばっかりいらっしゃるんです……?(死んだ目)*5

 

 思わず精神が死にかけましたが、お二人により近い立ち位置である夏油さんは、小さく頭を振ったのち、そのままふわりと浮くように彼等の方へと向かって行きました。

 言い忘れていましたが、私達が乗っていたのは斜行エレベーター。バイオハザード2の終盤の方でレオンさんが乗っていたタイプのやつだったりするので、途中で降りることも一応は可能だったりします。*6

 

 ともあれ、こうして夏油さんが二人の仲裁に向かった以上、ミラさんへの追求は暫くお預け、ということになるでしょう。

 彼女には、その間に精神の均衡を取り戻して頂かなければ。

 

 

「なにをいけしゃあしゃあと!元はと言えば、お主のせいじゃろうが!」

「おやおや、なんのことやら。私()()()ですので、貴方の思考を乱すような約束事などした覚えがありませんが?」

「ふ、ふふふ、ふざけるでないわーっ!!!」

「おおっと、大声はノーですよミラさん?」

「ぬぐぐぐ……」

 

 

 まぁ、彼女はこちらが落ち着かせようとする度に、烈火の如く気炎を上げているわけなのですが。

 はてさて、どうしてミラさんがここまで怒っているのか。

 それを説明するために、少し時を巻き戻してみることと致しましょう──。

 

 

 

 

 

 

「──『新秩序互助会』に連れていってほしい、とな?」

 

 

 こちらの言葉を鸚鵡返しのように投げ返して来たミラちゃんに、小さく頷き返す私。

 

 タイミングとしては、『エメ』から飛び降りるよりも前。

 具体的には、駅の構内で土産を探したり、買い食いをしたりしていた辺りのこと。

 駅構内にあるコンビニのイートイン*7で、目ぼしいコンビニスイーツを突っつきながら、私はミラちゃんにとあるお願いをしていたのだった。

 

 

「そうそう。正確にはキリアの方を連れてって欲しいんだけども」

「はぁ、それはまぁ、なんというか……別に構わぬが、なんで()()()なんじゃ?」

「いや、説明がめんどくさくないでしょ、キリアだと」

「んん?……あー、そういえばあやつ、確かアニメが存在しておったな……」

 

 

 そのお願いと言うのが、『新秩序互助会』への橋渡しだったわけである。

 聞いているだけで頭の痛くなってくる組織だが、確認の一つもしないことにはおちおち寝てもいられない。

 あくまで今回の一件が片付いたあとの話にはなるが、ちょっとしたスパイ活動の予定を入れておく……というわけだ。

 

 なお、それを聞いたミラちゃんは、最初はちょっと渋っていた。

 どうやら自身の所属組織がわりと危険物である……という自覚はあったらしい。

 まぁ、基本的に多少の危険ならどうにでもなる、と過去の経験をあげ連ねていったら、最終的には了承してくれたのだけれど。

 

 ともあれ、そこから話はトントン拍子*8に進み、彼女にフォローして貰っての潜入任務が決まったわけなのだけれども……。

 

 

「よもや、金田の奴が夏油だったとは思わなんだぞ……」

「そのせいで色々作戦変更ですからね。本来なら貴方の紹介でここに来るつもりでしたが、あれこれとカバーストーリーを付与した結果、私自身の中で仲間割れした、なんて扱いにすることになりましたし」

「自分同士の戦い、というのは琴線に触れやすいからのぅ、特にわしらみたいなのには」

 

 

 まさかまさかの金田君が『新秩序互助会』のメンバーだった、などという横紙破り*9を受けてしまったため、仕方なく向こうへ行く流れを変更することとなったのだった。

 キーアが意味不明な存在であること自体は彼にバレてしまっていたため、下手な芝居は打てなくなっていた……というのも事情には含まれているわけなのだが。

 

 ただまぁ、転んでもただでは起きないのが私。

 そこから話を発展させて、『キーア』は『マジカル聖裁キリアちゃん』で後々登場するラスボス(もう一人の私)なのです、と言うことにしたのである。

 で、それと敵対している(キリア)は、彼女との来るべき対決のために出奔する隙を伺っていた……という話になったのだった。

 

 ちょっと誤算があるとすれば、夏油君も『マジカル聖裁キリアちゃん』を見ていた、ということだろうか。……下手な嘘は通じない感じだったので、極秘資料という体でCP君から預かっていた資料まで晒す羽目になったりしたのだった。……やめろー!黒歴史を呼ぶんじゃない!*10

 

 ともあれ、こうして私はここに居るわけで。

 あとは上手いことここの状況を調べ上げて、調書にまとめて終わり!

 

 ……え?口調が変わってる?

 ふふふのふ……!

 

 

「待たせたな」(小声)*11

「小声で叫ぶとはまた器用なことを……」

 

 

 おいアンタ、キャスリングって知ってるか?*12

 チェスにおける特殊な手の名前でね。こいつを使うと、たったの一手でキングとルークの位置を動かすことができるんだ。

 そしてその位置関係は、()()()()()()()()()()()。キングが左・ルークが右ならその逆──キングは右、ルークは左、という風に。

 

 もうお気付きだろう。

 今ここに居るのは、カルマ値が極善であるキリアではない!カルマ値はその反対、極悪人(魔王)キーアのお出ましってわけさ!

 

 ふはははは!!……ふぅ。

 まぁ一通り高笑いを上げたところで、改めまして。

 

 

「こちらキーア、『新秩序互助会』に潜入した。大佐、指示を頼む」

「ああもう、どうなっても知らんぞ……」

 

 

 頭を抱えるミラちゃんと、ウキウキわくわくしている私。

 ここに、世紀の大ミッションが始まったのだった!(アニメ映画の宣伝風な表現)*13

 

 

*1
具体的には何にもない広場に土管が三本。その背後に地下への入り口が!……ドラえもんかな?

*2
『エヴァンゲリオン』シリーズに登場する施設の名前。ジオフロントの最深部にあり、そこには()()使()()()()()が幽閉されている。新劇場版ではセントラルドグマと位置関係が入れ替わっているのだとか(旧作ではセントラルドグマが中心部)

*3
前々回の『キッショ』のこと。『呪術廻戦』においてのわりと衝撃的なシーン。なお、ここに居るのはちゃんと『夏油傑』である

*4
余談だが、彼の熱心な(リアルでの)ファンは『猿からの贈り物です』というような文面で、バレンタインのチョコを贈ったりしていたのだそうな

*5
『背徳の炎』と『ありふれた錬成師』と言えばわかるだろうか。詳細な解説はまた次の機会に

*6
エレベーターの中でも、斜めに上り下りをするもの。普通のエレベーターと同じく箱形のモノも存在するが、ロボットの搬送や施設の深部に移動する時にその全景を見せる……という役割を果たす為に、台座のみのタイプのモノも創作物の中では頻出する

*7
和製英語。食料品を販売している店舗に併設されている、その場で(買ってすぐ)食事をする為の場所のこと。購入したモノを持ち帰って食べる『テイクアウト』の対義語として生まれた。英語圏で『イートイン(Eat in)』と言うと、基本的には『自宅で食べる』と言う風に捉えられるらしいので注意

*8
舞台にて師匠の手拍子に合わせて踊る時、上達すると床を踏む音が『とんとん』と調子が良くなる……ということが由来とされる言葉。そこから、物事が順調に進むことを示すようになった

*9
和紙は縦に漉き目が通っている為、横には破りにくい。にも関わらず、それを横に破る……ということから、我を通すこと・常識や慣例に反して自分の意思を押し通すことの意味。道理を介さないという意味も持ち、今回はそちらの意味。そこは金田一じゃないんかい、というツッコミである

*10
『∀ガンダム』における用語『黒歴史』と、主人公・ロラン・セアックの台詞『月光蝶を呼ぶんじゃない!』より

*11
『METAL GEAR』シリーズにおけるソリッド・スネークの台詞として有名

*12
チェスにおける特殊ルールの一つ。『王の入城』と訳されるそれは、キングとルークを動かしていない……などの複数の条件を満たしている時に、いつでも試合中一回だけ使えるものである。キングを守りつつ、ルークを攻撃に参加させやすくする為の手

*13
ボイスのイメージは山寺宏一氏。パイセン辺りは映画を見るたびに『項羽様ー!?』と叫んでいるかもしれない……



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スネーク・ミッション(仮)

「まぁ、とは言っても暫くは様子見なのですが」

「まぁ、リーダーも居らぬしのぅ」

 

 

 張りきって潜入ミッションをこなしていこー。

 ……ってなばかりに閧の声*1を上げた私なのですが、本格的な探索に関してはまだまだ先。

 不発爆弾みたいな人物マシマシのこの魔境を、無闇矢鱈に闊歩するような命知らずではございませんので、暫くはキリアとして過ごすつもりなのでございましたとさ。

 

 ……え?キリアとして闊歩とはどういうことなのか、ですって?

 そりゃ勿論、前回は入れ替わりと言ったけど、実際には再融合って奴でしてね?

 

 

「極善も極悪も、共に他者と関わり合うには不適……ということですね」

「あー、まぁ確かに。極端な正義も極端な悪も、共に他者を蔑ろにしておるという面では、大差ないかもしれぬのう」

 

 

 私の呟きに、ミラちゃんがうんうんと頷いている。

 ロウもカオスも、共にそれと決めたらまっしぐらな奴らばかりだ。

 そしてそれゆえに、それらの主張には折り合いと言うものが付けられない。

 どちらか一方が完全に折れるまで止まらないそれは、他者との距離感の調整を完全に放棄したものであるとも言える。

 これからなるべく騒ぎを起こさずに立ち回ろう、としている最中では、単なる火種にしかならないわけである。

 

 そのため、両者を足してプラマイゼロにした基本型キーアさんとして出張る必要性があった……というわけなのでございます。

 ……え?ニュートラルだとどっちも滅ぼしに掛かるだろうって?知らんなぁ……。*2

 

 ともあれ、中立を保つのはとても大事。

 片方に肩入れせず、物事をフラットに見るというのは、実は処世術としては微妙なのだけれど、それでも暴走した善意や悪意、そのどちらにも待ったを掛けられるポジションというのは、結構重要なのですよ。

 理想主義者(ロマンチスト)じゃ国は動かせないけど、現実主義者(リアリスト)じゃ人は動かせない。どちらもあってこそ、世界は動かせるのです……なんちゃって。*3

 

 

「まぁ、普通はどっちも一人で担当する、なんてことはしないのですが」

「……話がずれておらんかの?」

「おおっと」

 

 

 ぐだぐだと管を巻いていたところ、いい加減に動かぬか?……とのミラちゃんからのお言葉が。

 

 確かに、エレベーターは目的地に到着し、その動きを止めている。『新秩序互助会』の一日の活動内容がどうなっているのかはわからないが、このままエレベーター内に居ると、再び地上の入り口部分に戻ってしまうことになるだろう。

 それでは意味がないので、慌てず騒がずエレベーターから降りる私。……一応キリアのフリ、ということでおしとやかにするのも忘れずに。

 

 横のミラちゃんが微妙な顔をしてこちらを見てきているけれど、できれば慣れて頂きたい。……少なくとも、この場所を離れて向こうに戻るまでは、私がキリアのフリを続けるのは確定なのだし。

 

 

「……まぁ、良いが。おーい夏油、こやつを部屋に案内するが、なにか他に伝えておくことはあるかの?」

「ん?ああちょっと待ってくれないか。もうちょっとしたら終わるから」

まぁ(うわぁ)……」

 

 

 色々と見て見ぬフリを決め込んだらしいミラちゃんは、視線を私から移して夏油君の方に声を掛ける。

 先ほど喧嘩の仲裁に向かった彼は、あれこれと騒いでいた二人──ソル=バッドガイらしき人物と、南雲ハジメらしき人物の両名を()()()で縛りあげたのち、天井から逆さまに吊るしていたのだった。*4

 

 ……思わず素が漏れ掛けたが、なんとも意味のわからない光景である。

 確かに夏油君は汎用性の塊、手札が多ければ多いほど強くなるタイプの人物であるため、その両名に勝つ可能性は決してゼロではないだろうが……。*5

 彼らは曲がりなりにも『背徳の炎』と『魔王』である。……場所が場所なら、設定がーとか戦力差がーとか言われそうな光景であった。

 

 

「ああ、彼らは覚醒度合い(レベル)が低いからね。そして私の覚醒度合い(レベル)は高い。単純な基礎値(ステータス)の差の暴力、ということさ」

「レベル……ですか?」

 

 

 そうして疑問に思っていることを感じ取ったのか、夏油君から簡単な説明が入る。

 曰く、この二人は自分よりも元の自分との剥離が激しい(レベルが低い)

 そのため、自分でも抑えられる程度の戦力になっているのだ、と。

 

 ……こちらでの考え方では、私達は『憑依者』ではなく『転生者』だとされている。

 そのため、向こうでの『再現度』という言葉が『覚醒度』という単語に置き換わっているみたいだ。

 

 要するに、彼ら二人は再現度(覚醒度)的に足りていない、ということになるらしい。……向こうでは最近実例が生まれたばかりの『再現度の後天的上昇』も、こちらは『覚醒度の上昇』という形ですでに把握している、的な発言に聞こえるんですけど気のせいですよね(白目)。

 

 わー、なんかもうすでにあたまがいたいぞー。

 ……とばかりに額を押さえたくなってきた私ですが、とりあえずは自重。

 

 説明する彼の背後に視線を向ければ、猿轡変わりに謎の生き物を口に突っ込まれた二人が、もがもが言いながら藻掻いているのが見える。

 その内の一人──ソル君と視線があった私は、とりあえず曖昧な笑みを返しておいた。ダイジョウブ、ワタシテキジャナイヨー。

 

 そんな感じに友好的な感情を込めた笑みだったのだが……返ってきたのは鬼のような眼光だった。……怖いんでやめて貰えますか()

 場所柄なのかなんなのか、好戦的な輩が多いことに先が思いやられる感じである。

 

 

「おおっと失礼。女性にそういう扱いは良くないぞ君達ー?」

ふはっへぇ(うざってぇ)……」

ふーははれはよほいふ(つーかだれだよそいつ)

「おや、リーダーから通達が来てなかったかい?」

 

 

 なお、そうしてガン付けて来ていることがバレた彼は、縛っている縄?のキツさが上がったらしく、小さく呻いていた。

 ……()()()()()扱いなのかよくわからないが、下手に関わるのはやめておいた方がいいかもしれない。

 

 ともあれ、吊り下げられたもう一人──ハジメ君が聞き取れない言葉で喋っているのを耳聡く聞き付けた夏油君は、朗々と私の設定について語り始めたのだった。

 その語り様は、まるでどこぞの花の魔術師のよう。……そんなによく見てるんだ、『マジカル聖裁キリアちゃん』。

 

 まぁ、こちらの情報を知るのに都合がいい……ということで流し見している可能性も否めないが、他者との交流に際して『貴方のことは知っていますよ』と主張しておくのは、円滑な関係構築の手段としては中々手慣れている、と評価せざるを得ないだろう。

 ただ一つ、惜しむことがあるとすれば……。

 

 

「……おい、夏油」

「ん、どうしたのかな、ミラ君。彼等に聞かせて置くべき話はまだまだ尽きないのだが……」

「その辺で勘弁してやってくれ、死ぬほど恥ずかしがっておる」*6

「ん?……おや」

 

 

 キリアの話はほぼほぼ黒歴史なので、楽しげに語られても私のメンタルへのダメージが嵩むだけ、ってことかなー!

 

 プルプルと顔を真っ赤にして震える私の姿を見て、夏油君は『あれ?もしかしてやらかした?』みたいな苦笑いを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ。これが『新秩序互助会』のかわいがり、ということですか。新人に対しての熱い洗礼恐悦至極ですよ、ふふふ……」

「いかん、超目が死んでおる……」

 

 

 施設内をミラちゃんに先導して貰いながら、てこてこと歩く私。

 あのあと気不味くなった空気の中、夏油君は縛られた二人を連れてそそくさとどこかへ行ってしまった。……なにか説明することがあるような雰囲気だったが、いたたまれなくなったので後回しにされたのかもしれない。

 

 なので、今現在はこれから私が寝泊まりすることになる部屋へと案内されている途中、というわけである。

 こちらはあちら()と違い、どこでも好きな場所に家を構えられたりだとかはしないそうで、所属メンバーは基本的に寮生活のような感じで暮らしているのだという。

 

 一番上位の存在であるリーダーを頂点として、その下に幹部やその候補生達が連なり、更にその下には『覚醒度』の低い面々が並ぶ……という形の、ピラミッド型の権力構造をしているこの組織。

 住居の自由も、その権力に沿う形で増していくとのことで、一応下っぱにあたる私もまた、他の『転生者(なりきり組)』との相部屋になるのだそうだ。

 

 

「わしが同じ部屋じゃったら、ある程度融通も利いたのじゃが……」

「ミラさんは幹部候補生でしたか。随分とエリートでいらっしゃったのですね?」

「覚醒度が低いと、そもそも生前(原作)の術式どころか、その人物としての体裁すら保てん……ということもザラじゃからのぅ。さっきの二人もその辺りの補強も兼ねて、あのような喧嘩っ早い人物となっておるようじゃし……まぁ、中々難しいんじゃよ」

「なるほど……」

 

 

 ミラちゃんの解説に、なるほどと一つ頷きを返す私。

 原作の彼等と比べても、おっかなさが一段階くらい上だったような気がしていたが、彼らが彼ららしさを出すために、特徴を強調していた結果……だったらしい。

 演じる時にはちょっと大袈裟な方がウケがいい……みたいな感じ、ということだろう。中々に涙ぐましい努力である。

 

 

「オルガをやるのであれば、とりあえずは射たれておけ……という感じですね?」

「それはMADのお約束じゃしのぅ……」*7

 

 

 思い付いた例を口にしてみたが、ミラちゃんからの反応はいまいち。……むぅ、良い例だと思ったのだけれど。

 

 とまぁ、そんな感じに会話を続けながら、歩くことおよそ五分ほど。

 性別による区分けは見た目に従う、但し問題を起こした場合は相応の対処を取る……ということで、リーダーの定めたというルールに従い、私に振り分けられた居住地。

 ……端的に言ってしまえば女子寮。

 その一区画にたどり着いた私は、現在とある部屋の扉の前に立っていたのだった。

 

 

「つかぬことをお伺いするのですが」

「む、なんじゃ?」

「……中に入ったらいきなり木刀で殴られる、といったようなことがあったりは……?」

「どこの暴力系幼馴染みじゃ、どこの*8。……ここでの私闘は禁じられておる。元がそういうタイプの人物であれ、ここではそういうことは起こらぬよ」

「なるほど。それを聞いて安心しました。では──南無三!」*9

「それは安心してない時の掛け声ではないかのぅ!?」

 

 

 実はルームメイトが居るらしいと聞いていた私は、内心ちょっとドキドキなのであった。

 

 なにせ、こっちの人々は自分のことを転生者だと思っている人々である。……作中の描写に準ずる行動をしてくる人物、というものが溢れているわけで、こうして警戒心を抱いてしまうのは仕方のないこと。

 

 ゆえに、予めミラちゃんに確認を取っておいたのだが…少なくとも、私のルームメイトが箒ちゃんだったりはしない様子である。……いやまぁ、別に私は一夏君ってわけでもないので、例え彼女がルームメイトでも木刀の洗礼を受けたりはしないだろうけど。見た目は同性だし余計に。*10

 

 ともあれ、不安点は出来うる限り潰しておく、というのはこういう状況では大事なことである。

 お墨付きを貰えた以上は躊躇っていても仕方ないので、清水の舞台から飛び降りるような心境で、思い切って戸を開ける私。……背後から飛んでくるミラちゃんのツッコミはスルー。

 

 そうして、部屋の中に一歩足を踏み入れた私は。

 

 

「貴方が新しく入ってきた子ね。私はアスナ、結城 明日奈よ。宜しくね」

「……よ、宜しくおねがいします」

 

 

 ()()()の強い少女に出会い、思わずちょっと呆けてしまうのだった。

 

 

*1
戦場で味方を鼓舞する為にあげる声。『うおおーっ!』とか、そういうの。勝った時にあげる『勝鬨』なども含む

*2
『女神転生』シリーズでよくあること。カオスは好き勝手やりたいから無茶苦茶するし、ロウは規則正しくさせたいから無茶苦茶する。そして中道(ニュートラル)は、どっちも迷惑なので無茶苦茶する。……全部無茶苦茶じゃねーか!ともあれ、その道を選ばされる主人公達からしてみれば、堪ったものではないというのも確かな話

*3
たまに『理想論しか語れない甘ちゃんが』みたいなツッコミが入れられていることがあるが、逆。極論を言うならばこの世の全てはいつか失われるもの、すなわち極まった現実主義を引っ張り出すと『この世の全ては無価値』となる為、考え方の偏りを中和する為にも『理想論』はなくてはならないものである。無論、『理想』で作られた城は幻、そこには誰も住めやしない……ということも念頭に置いておく必要はあるが

*4
『GUILTY GEAR』シリーズの主人公・ソル=バッドガイは、その筋骨隆々な見た目に反し、かなり優秀(超一流)な科学者としての顔を持っている。『ありふれた職業で世界最強』の主人公である南雲ハジメもまた、『魔王』と呼ばれるような戦闘力を持ちつつも、その本質は『造るもの』である。……両名ともガラが悪く、我を押し通す面があるのも、仲の悪い理由かもしれない(一応両名とも悪人ではない。二次創作では仲間には甘いという面がクローズアップされて、大体好き勝手していることが多いのも共通点か)

*5
ここで二人の仲裁を五条さんがやっているのなら、素直に『あー』と納得できるかも、の意。夏油も弱いわけではない(寧ろ強い方)だが、その強さは所有している呪霊の強さによって変動する為、単純なスペックで二人を押さえ付けているのはちょっと驚いた、の意味でもある

*6
洋画『コマンドー』より、『連れを起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる』。要するに恥ずかしくて既に死んでいる、ということ

*7
いわゆる『キボウノハナー』のこと。ネタとして扱われているのは良いことなのか、はたまた悪いことなのか……

*8
『IS〈インフィニット・ストラトス〉』のヒロインの一人、ファースト幼馴染みこと『篠ノ之箒』のこと。前時代的暴力系ヒロインなので、読者からの好き嫌いが激しい人物。一応、そうなる理由は語られている方ではあるが、暴力系である時点でマイナス評価されることも多い

*9
『南無三宝』の略。元々は仏に帰依を誓って救いを求めること。そこから、驚きやしくじりの時にあげる言葉として使われるようになった(英語での『OH MY GOD』に近いか)。更にそこから、何かに挑む際の、覚悟を決めたことを示す掛け声としても使われるようになっていった。そういう意味での初出は『聖戦士ダンバイン』、ということになるのだろうか?

*10
『IS〈インフィニット・ストラトス〉』において、主人公の織斑一夏が受けた扱い。いわゆるラッキースケベに対する制裁だが、木刀な辺りが引っ掛かった人がいた模様。とはいえ叫ばれるよりはマシな気もしないでもない(周囲が女子まみれの環境で、叫ばれるというのがどういうことになるのか、という点も踏まえて)。……社会的に死ぬか物理的に死ぬか、の二択というのも酷い話だが



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回収回収~、フラグを回収~!

「……えっと、そんなに見詰められると、流石に恥ずかしいかな?」

「……あっ、そ、その。すみません」

「ううん、いいよいいよ。こっちもちょっと見惚れてたし」

 

 

 軽い口調でこちらに挨拶と冗談を返してくる少女、結城 明日奈。

 彼女は『ソードアート・オンライン』シリーズのヒロインである。メインヒロインであり、かつ多数のヒロインが新たにポップするタイプの作品にしては珍しく、わりと不動の人気を誇るタイプのキャラでもある。

 

 他のヒロイン達が魅力的ではない……かというとそういうことではなく、それでいてなお人気投票をすれば上位に居る、というのだから名実共にメインヒロインであると断言してもいいくらいのキャラなのが、アスナと言う人物なのである。*1

 そんな彼女が目の前に居るのだから、一時的に固まってしまうのもおかしくない……というわけではなく。

 私が彼女を見て固まったのは、()()()()()()()()()()()()のせいなのであった。

 

 

「な、ナーヴギアですか、それ?」

「うん、そうだよ。こっちにはSAOもALOもGGOもないけど、代わりに『tri-qualia』があるからね。──血盟騎士団副団長・閃光のアスナとしては、色々と確認しておかなきゃ。……でしょ?」

「ソウデスネー……」

 

 

 出迎えてくれた彼女が居たのは、部屋の中に備えられたベッドの上。

 先ほどまで寝転がっていたのであろう彼女が、ノックの音に反応して半身を起こしていた、という形となっている。

 そしてその頭部に被っていたのが、濃いグレーのヘルメット型のVRデバイス。……そう、あの悪名高きナーヴギアだったのである。

 

 もうこの時点で『あれー?』って感じだが、確認を取った私に対して返ってくるのは、彼女がそれを使って遊んでいたモノについて。

 ……『tri-qualia』ユーザーであるアスナの姿をした人物、という時点で嫌な予感がフルパワーである。

 

 ほら、『tri-qualia』内で『フラッシング・ペネトレイター』を再現したってユーザー、居たじゃん?……実はそのあと『マザーズ・ロザリオ』も再現したって話じゃん?

 ついでに言うならこの前の『tri-qualia』の『ティアマト襲来』イベントでさらっとランキング上位に入ってて、声繋がりなのかなんなのか大きな金剛杵を貰って話もあったわけで。

 

 ……うん、なにが言いたいかと言うとね?

 

 

(……あのアスナさんじゃんこの人!)

「……?どうかした?私の顔をずっと見詰めてるけど」

「イエ、ナンデモナイノデス。オキヅカイナク」

「???」

 

 

 この人、キリトちゃんのお友達の、アスナのアバター使ってた人じゃん!

 

 そんな内心の驚愕を表に出さないようにしつつ、彼女の使っていない方のベッドにそそくさと腰を下ろす私。

 いやー。……いやー?

 な ん で 彼 女 が ル ー ム メ イ ト な ん で す か ?

 ……って、思わず脳内で疑問文が闊歩するこの状況。

 

 あれか、キーアとキリアはルーツの同一である存在、キーアの方とゲーム仲間として親しい仲であるアスナさんであれば、あれこれとキリアから聞き出せるモノがあるのではないか、的な人選なの?

 いやでもそもそもこっち(キリア)と彼女には面識ないし、そもそも彼女が実は『転生者(憑依者)』だとか今知ったばっかりだし……という感じに、彼女を私に宛がう意味がないというかだね?

 

 みたいな感じに、内心で百面相をしていると。

 

 

「ところで、キリアちゃんって()()キリアちゃんなんだよね?」

「……そうですね。全国ネットで現在好評放映中、前代未聞のクロスオーバー活劇『マジカル聖裁キリアちゃん』の主人公、基本的にはサポート専門のキリアですがなにか?」

「あ、あはは……色々と思いのこもった言葉だね……」

 

 

 ずずいっと近寄ってきた彼女に聞かれたのは、目下のところ(キリア)の原作となっている作品、『マジカル聖裁キリアちゃん』について。

 他の作品のキャラクター達をゲストに迎え、私の方がFFR*2していくストーリーとなっているアニメである。

 クロスオーバーする時のオリジナルキャラは、基本的に作品間の潤滑剤として動くべき……というのは、ミストさんと一鷹君の話からしても学べるはず。……多分。*3

 

 そんな大原則を守りながら生まれた『マジカル聖裁キリアちゃん』であるが、今の私の容姿とはちょっと異なっている。

 あちらは変身後での活動がほとんど、ということもあるのだが……。

 

 

「へー、そっか。なるほどなるほど。()()()()ってそういう意味だったんだね」

「……いやその、ええと……なんでもないです……」

 

 

 うんうんと頷くアスナさんに対し、なにか反論をしようかと思った私だったが……やめる。

 劇中のキリアよりも背丈の低い今の(キリア)について、うまく説明できる気がしなかったからだ。

 

 とは言ってもそれほど背丈が違う、というわけでもないのだが、アニメの中のキリアが女騎士然としたキャラであることから、見た目以上に『できる女性』というオーラを発しているのも事実。

 その辺りを劇中設定に抵触せずに説明できる気がしなかったので、『マジカル聖裁キリアちゃん』が往年の魔法少女もののプロットをなぞっている……という体にしてしまう方が良いだろう、という判断になったのでありましたとさ。

 

 結果、こうしてアスナさんにいい子いい子、とばかりに頭を撫でられているわけなのでございます。

 ──見えなかった、このキーアの目をもってしても、彼女が私を膝枕した瞬間が!*4

 

 な、なんだ?なんで私は愛おしげに頭を撫でられている?

 彼女の右手にあるものはなんだ?どうして彼女の背後に、微笑みに母性を感じさせるウマ娘のスタンドが見えるんだッ!?*5

 

 

「よしよし。母はちゃあんと見ていますよ」*6

「お、オレのそばに近寄るなあああーッ!!」*7

「……やっぱり。貴方、キーアさんでしょ?」

「……ナンノコトデショウカ。ワタシは全国区デ大人気ノキリアチャンデスヨ?キリアチャンカワイイヤッター!」*8

「……ふふふ。母に隠し事はダメですよ?」

「あ、はい。すみません。貴方様の友人のキーアで間違いないです、はい」

「はい、よくできました♪」

「この人怖い……」

 

 

 母性を最大限発揮した彼女に、私の抵抗など無意味。

 結果、奮闘も空しく私の秘密は瞬く間に暴かれていくのであった。……なしてや!

 

 

「ふふふ。キリトちゃんをこっちに引っ張ってこようと思ってたのに。横からかっ浚って行ったキーアさんには、お仕置きが必要だよね?」

「えっちょっ、待ってこの人ヤバい!新秩序互助会(こっち)所属なのになりきり郷(あっち)の住民の香りがする!助けてミラちゃんー!ウチは子供にされてしまうー!!」

「……いや、なに遊んどるんじゃお主ら」

 

 

 なお、最初っからミラちゃんが見ていたことからわかる通り、ここまで全部テンプレ、ここから先もテンプレなのであったとさ。*9

 ……彼女が『逆憑依』だって知ったのは、本当に今さっきだけどね!

 

*1
複数ヒロイン作品において、読者人気というのは大体メインヒロインの次、二番手に出てきたキャラが一番高い、ということが多い。この辺りは皆が論じていることなので、大体の人がなんとなくそういうものだ、という風に納得していることが多いはず。理由としてよくあげられるのは、メインヒロインは無難なキャラ付けをしていることが多いのに対し、サブヒロインはある程度王道から外れたキャラ付けになっていることが多い、というもの。日常と非日常を並べた時、目に付くのは非日常の方……というのと考え方としては類似するか。なので、例えば『Re:ゼロから始める異世界生活』のレムや、『この素晴らしい世界に祝福を!』のめぐみんなどのように、作中の登場順で数えて二番目のヒロインが人気だ、という作品はそれこそ山のようにあるのである。……『このすば』のアクア様がヒロインかどうかには、一考の余地がある?アニメの一話とか普通にヒロインしてただろ!いい加減にしろ!……ともあれ、この二作はいわゆるメインヒロインポジションの人物が、物語の起点であるという共通点も持っている。起点系ヒロインをあまり奇抜な性格にしてしまうと、読者がブラバ(※ブラウザバックの略。要するに読むのを止める、ということ)する確率を飛躍的に上昇させてしまう為、結果として無難なキャラになる……ということも少なくないようだ。まぁ、アクア様のような『主人公を騒動に突き落とす』タイプの起点キャラは、例え女性であってもヒロイン扱いする必要がない時もあるが(邪神タイプだと余計に)

*2
『ファイナルフォームライド』の略称。仮面ライダーディケイドの用語であり、そっちではゲストの方が変形する。こっちはキリアの方が変形、というかゲストの武器とかに憑依する形になっている

*3
それぞれ『スーパーロボット大戦K』と『スーパーロボット大戦L』の主人公、ミスト・レックスと南雲一鷹のこと。空気の読めない系主人公であるミストさんは『嫌な主人公』の代表格であり、一鷹君は良いやつ過ぎて若干『影が薄い主人公』である。クロスオーバー作品の主人公の役回りとして正しいのは一鷹君だが、あまり潤滑剤に徹しすぎるとオリジナル主人公をわざわざ用意する意味が微妙になる(最悪版権キャラの中から一人、主軸になる人物を選出すればよい)為、個性の出し方は難しいのだな、と考えさせてくれるキャラでもある。……一応補足しておくと、一鷹君が悪いキャラだということではない。複数の作品を交差させるクロスオーバーという作品ジャンルにおいて、オリジナル主人公の是非を語るのにミストさんという悪例と共に上がりやすい、というだけのことである(ミストさんの反省からか薄味になった、という風にも受け取れるという意味も含めて)

*4
『北斗の拳』より、海のリハクの台詞『読めなかった このリハクの目をもってしても!!』。ネットでは節穴の代名詞

*5
『ウマ娘 プリティダービー』より、スーパークリークのこと。得意なことが『お世話』であり、誰かを甘やかすのが好きという性格も相まって母性溢れるキャラとして認識されている。二次創作では大体タマモクロスがその餌食に合い、子供扱いされていることが多い。因みに、今のアスナさんが右手に持っているのは、赤ん坊をあやす為のガラガラである

*6
声の同じキャラである『fate/grand_order』の星5(SSR)バーサーカー、源頼光みたいな状態。fateでは『よりみつ』ではなく『らいこう』と呼び、更には雷使いでもある。金剛杵云々は彼女の水着の時の宝具のこと。坂田金時というほぼ人外(雑に言うと(山姥)(赤龍)の子供)である人物を立派な侍に育て上げている辺り、実は母親として結構凄い人

*7
『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(Part05)『黄金の風』におけるとある人物の台詞。見るもの全てが死亡フラグに見える為、近寄らないでくれと怯え叫んでいる状態

*8
『カワイイヤッター!』は、忍殺語の一つ。オイランロイドのアイドルデュオ『ネコネコカワイイ』を讃える言葉が元ネタ

*9
インターネットスラングの一つ。テンプレート(『雛型/鋳型』)の名前の通り、物語や話の展開においての一種のお約束のようなものを揶揄した台詞



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顔見知りの犯行というやつ

「じゃあ、改めてまして。私は結城 明日奈、貴方が『tri-qualia』で出会ったアスナとは、同一人物で間違いないわ」

「あ、はい、これはこれはご丁寧に……こちらこそ、宜しくおねがいします。……それと一つ質問なんですけど、()()()()?」

「それは、私が何時から(アスナ)だったか……っていう質問で間違いない?」

 

 

 改めてベッドに腰を掛け直した私(と、その横に立ってるミラちゃん)は、向かいに座るアスナさんと情報交換を行っていた。

 

 もろっそ*1バレとるやん的なところもあり、口調のごまかしもやめてしまっているわけなのだが、この状況で余所様に見付かってしまうと大変ややこしいことになるため、現在この部屋には周囲の認識から外れる(帷とか封絶的な)結界を張らせて貰っている。

 ……で、アスナさんはなんで、こっちにそんなことをさせるのを許しているのかというと。

 

 

「……よもや、何時か(キーア)をここに連れてくるつもりだったから、とはねぇ」

「あはは。……まぁ、言い出す機会もなかったから、何時かタイミングが合えば……みたいな、気の長い話だったんだけどね?」

 

 

 彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、と言うのが理由となる。

 

 電脳空間での感覚というものは、例え疑似フルダイブ状態とはいえども、現実空間で感じるそれとは明確に違うもの。

 例え現実で鋭敏な感覚を持っていたとしても、それがそのまま電脳空間での察知スキルになるかと言われれば、それは違うわけで。

 ……要するに、ゲームシステム的に最初から用意されているわけではない、電脳空間由来の察知技能を──それを持たない人間が認識することは難しい、というわけで。

 

 雑に言ってしまうと、以前『tri-qualia』内で食べる時のモーションが変わった云々の話をしていた時に、彼女は密かにこちらへと解析系のスキルを使用しており、私が『転生者(憑依者)』だということはその時点で知っていた、のだという。

 で、その仕様外スキルの補助をこなしていたのが……。

 

 

「……その、ナーヴギアだったと?」

「まぁ、そうなるのかな?このナーヴギアは、私という存在に付随して現れたものだから、他のデジタル系列の存在には、結構強気に出られるみたい」

 

 

 彼女が膝の上に乗せている、灰色のヘルメット……もといナーヴギアは、彼女・結城 明日奈がアスナとして成立するための、最低条件として同時に顕現したものなのだという。

 

 この世界において唯一のアーキタイプ(原型)・デバイスだとも呼べるそれは、それゆえに現行の科学よりも遥かに進んだものである……という、付与概念が働いているのだそうで。

 結果、現実にあるVRデバイスに『逆憑依』が親和する……という形式であの世界に触れていた私たちよりも、遥かに電脳世界に適応した形で能力を行使できるのだとか。……スーパーアカウントかなにか?*2

 

 ……小難しい話を抜きにして言うと、電脳空間において彼女に勝つのは(あらゆる面で)難しい、ということになるようだ。

 例え電子の妖精BBちゃんであれ、現在の彼女と真っ向勝負をするのは分が悪いかも……という話には、ちょっと眉唾な空気を抑えきれなかったけども……。

 

 

「まぁ、とにかく。私が向こうで鑑定とか解析を使っても、大体の人に気付かれない……って言うのは間違いないかな」

「はぁ、なるほど。……ってことは、キリトちゃんになる前の彼と一緒に居たのも……?」

「ううん、それは逆。普通に遊んでいる仲間の一人に、やけにキリト君ぶってる人がいるなーって思っていたら、いつの間にか解析結果が変わってた……って感じかな。……そういう例も知ってたから、結構前から自分が『転生者』ではないってことには気付いてたんだ」

「はー、なるほど」

 

 

 ともあれ、この場の彼女がこちらを拘束したり、はたまた上司に報告をしようという素振りがないのは、そもそもに彼女がこの場所の理念に対して、既に疑いを持っていたがため。

 

 自分達は『転生者』である、という前提を既に捨て去っているのだから、とっくに『新秩序互助会』に対する義理立てを失っていたというわけなのである。

 まぁ、居住地に関しての問題があるため、積極的な敵対を選ぶつもりもないらしいのだけれど。

 

 さて、話を戻して。

 何故、()()()()()()()()()()()()()()()()、というのはわりと大きな問題だろう。

 似たような出身となるキリトちゃんとハセヲ君は、両名とも現実に存在するVR端末を利用して、『tri-qualia』を遊んでいる。

 

 私達が『逆憑依』であること、及び彼らの原作が電脳空間を舞台にしたものであること。その二点が相乗効果を生み出し、彼らはトッププレイヤーとしてのスペックを発揮できるようになっているわけだが。

 単純な出力面では、その二人よりも遥かに強いらしい彼女の、その理由となるナーヴギア。これは、こちらで作られたモノではなく、向こう(原作)から持ち込んだと形容するべきモノである。

 

 ──何故、彼女なのか。何故、彼女だけなのか。

 その理由が、彼女が()()()()()()()()()()()()()()、という部分にあるのだった。

 

 

「……おおぅ、原作に『テイルズ オブ ザ レイズ』がある……」*3

「キリト君は見た目がGGO基準、かつ女の子になってるからちょっと事情が違って。ハセヲ君の方も原作が『G.U.』だけ……現実世界でその(PXZとか)力を発揮した(レイズとかの)時の記録*4を持っていないから、お互いに普通の『転生者(憑依者)』があのゲームをプレイした時の状態より、ちょっとだけ強化されたくらいのレベルになってるんじゃないかな?」

「はへー……」

 

 

 見せて貰った()()()()()()()()()()

 そこにある『原作』のタブには、堂々とした様子で『ソードアート・オンライン』と併記されている『テイルズ オブ ザ レイズ』の文字があった。

 ……要するに彼女の現在の状態は、『結城 明日奈』の『転生者(憑依者)』としてだけではなく、『閃光のアスナ』としての『転生者(憑依者)』としての性質も強く持ち合わせている……ということになるらしい。

 

 結果、このナーヴギアは『閃光のアスナ』としての力を発揮するための、一種の変身アイテムとしての用途も持ち合わせることになったようだ。……脳チン物騒アイテム*5からの、まさかのランクアップである。

 まぁ、これの一番の利点というか恐ろしい点は、『閃光のアスナ』としてのスペックを変身という形で、現実に持ち出せてしまうということにあるのだろうが。

 

 

「ほら、うちのリーダーって『ゲーム世界から異世界転生』した人でしょ?……私みたいなのって、彼の論説の補強になっちゃうんだよね」

「あー……」

 

 

 苦笑するアスナさんに、こちらも思わず苦笑を返す。

 伝え聞くここのリーダー、もといギルドオーナーは、自身が遊んでいたゲームの終末を眺め、そのまま異世界に送り出された人物である。

 

 現状のアスナさんの状態は、ある意味その彼の境遇に近いものがある。

 ゆえに、彼の論説と思わしき『我々は転生者である』という言葉の、有用な生き証人となっている彼女は。

 役職としてはヒラになるのにも関わらず、わりと自由な環境を与えられているのだった。

 

 私がここに来るまで、彼女が二人部屋を一人で使っていたのも、その権利の延長線上にあったらしい。

 

 

「他の人が血気盛んなのも相まって、私に調停者の役割も与えたかったみたいだけど……それは流石に遠慮させて貰っちゃった」

「なんかさっきから、随分と世知辛い話を聞かされている気がする……」

「組織運営なんてそんなもんじゃろ」

 

 

 いつの間にやらどこからか持ってきたらしい、アップル・オ・レをストローから啜っているミラちゃんと、その横で大層疲れたような気分になっている私。

 

 単なる『結城 明日奈』なら、もう少し責任感が強いのだろうけど。

 なまじ『本人そのものではない』と明言されている『ザレイズ』の要素が混じっているからか、わりと緩い部分のある彼女の様子に、これから先の波乱の予感を感じざるを得ない私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあとりあえずお昼にしよっか?」

「ん?……あ、ほんとだ。もうお昼時だわ」

 

 

 あれから他にも色々なことを聞き・話した私達。

 そうしている間に、時刻は流れてお昼時となっていたため、アスナさんから食堂に向かおう、という提案が飛んできたのだった。

 

 所属する人員全てが寮生活をしている、と言い換えてもよいような運営形式の『新秩序互助会』では、食事の提供される時間が明確に決まっているらしい。

 我の強い人物の多そうなこの場所で、そんな規律がキチンと守られているのか甚だ疑問だったのだが……。

 

 

「嘘でしょ、サウザーがトレイ持って並んでる……」*6

「ああ、サウザーさんは目立つよね。……最初の内は、色々と揉めたらしいけど。我が強い人が多いからこそ、ルールはちゃんと守るようにってリーダーが徹底させたらしいよ?」

「うーむ、中々の経営手腕……」

 

 

 案内された食堂で目にしたのは、皆が規則正しくトレイを持って、配膳を受けるために並んでいる姿。

 

 あまりに規則正しくならず者達が並んでいるものだから、一瞬刑務所かなにかかと錯覚したが……実際は揉め事こそ起こさないものの、皆好き勝手に周りと喋ったりしていたため、どっちかというと男子の学生寮のような雰囲気だな……と考え直すこととなったのだった。

 

 で、話に上がったサウザーさんはと言うと、楽しそうに高笑いしながら、大人しくトレイを持って並んでいる。

 そんな彼が、話し掛けている相手はと言うと……。

 

 

「諸星の!今日も貴様は元気そうだな!」

「そういうサウザーちゃんもー、今日もハピハピそうだにぃ☆」

「ふははは!貴様のそれには負けるがな!」

 

「……も、諸星のきらり……!?」

「言うと思うたわ」*7

「まぁ、そうなるよね……」

 

 

 彼よりも身長が高くて、それでいて可愛らしいという不思議なアイドル、諸星きらりだったのだ!

 

 

「……ん?あー!キリアちゃんだー!初めましてだにぃ☆」

「ふぇっ!?えあっちょ、ふふふふりまわさないでくださいーっ!?」

「あ、ごめんなさいなんだにぃ。杏ちゃんを思い出して、ついやっちゃった☆」

「謝る前に下ろしてやれ、きらり。目を回しているぞ、そいつ」

「え?……わぁっ!?だだだ大丈夫キリアちゃん!?」

「大丈夫じゃ、ないです……がくり」

 

 

 なお、突然目線の合った彼女に捕まったかと思えば、まるで彼女の相方である、飴好き少女代わりと言わんばかりに振り回されたため、私は暫くグロッキーになるのであったとさ。

 

 

*1
たまに出てくるキーア語の一つ。『もろくそ』(『くそ』が接頭辞となる場合に『すごく』という意味になるが、その更に頭に『もろに』を付けて縮めたモノだと思われる。多分方言。意味の強調が主な役目である為、簡単に訳すのであれば『とてもすごく』とかだろうか)が訛ったものと思わしい。『くそ』と言わない辺りに乙女心が垣間見える、かもしれない

*2
『ソードアート・オンライン』のアリシゼーション編において登場した単語。上位アカウント、という扱いだとするのであれば、ALOにおけるヒースクリフも似たようなモノだと言えなくもない。雑に言ってしまえば、通常のアカウントよりも強い権限を持つアカウントのこと。とはいえ無敵ではないので、これ一つで全ての事態を収めるといったことはできない

*3
以前ちょっと話題にあげたことがあるが、『テイルズ オブ ザ レイズ』は『ソードアート・オンライン』や『.hack//G.U.』、『銀魂』などともコラボをしている。そして、基本的にそれらのコラボキャラや、その他のテイルズキャラ達も、本人がやって来ているわけではなく、鏡映点と呼ばれる本人の写し身である。……まぁ、ハセヲに関してはちょっとややこしいのだが。その辺りの詳しいことはコラボイベント『.hack//G.U. Glorious Unreality 輝かしキ虚構』をチェックしてくれ!(唐突な宣伝)

*4
3DSソフト『PROJECT X ZONE 2:BRAVE NEW WORLD』においての話。声がアトリと同じである『サモンナイト3』のアティ先生と会話したりしながら、彼は現実世界で戦っていた。どこかで見たことがある()気のする人物、カイトと共に。色々とややこしいが、正史に組み込まれているとかなんとか

*5
『ソードアート・オンライン』の作中の描写から。『脳をレンジでチン』の略。正確にはレンジではなく電磁パルスで脳を破壊するのだが、詳しくない人にはこう言った方が分かりやすい、という話

*6
例のピラミッドで倒された後の彼が、どこかの誰かに憑依したのか。はたまた、それとは別に新しく現れたのか。それはまだ、誰も知らない……(多分次回解説される)

*7
『アイドルマスターシンデレラガールズ』のアイドルの一人、諸星きらりのこと。初期の身長182cm、そこから成長して186cmという高身長を持つ彼女は、『北斗の拳』における『南斗六聖拳』と呼ばれる、星の称号を持つもの達と何の因果か響きが似ている(例としては、仁星のシュウなど)こと、及び彼らよりも背丈が高いことからネタにされることがある。スピンオフ(いちご味)の方なら、彼女もハピハピできるかもしれない……



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お前にも見えるだろう、あの星が

「いや、無事でなにより。お主なら大丈夫じゃと思っておったぞ

「……ミラさん?」

 

 

 ある程度調子を取り戻した私に、掛けられる労い?の言葉。

 もしかして以前はミラちゃんが、彼女(きらり)に振り回されていたのだろうか?……そんな思いを込めた、ジトーっとした視線を彼女に送りつつ、現状について思考を巡らせる私。

 

 先ほどのちょっとした騒動のあと、なんやかんやで同じテーブルに着くことになった私達一向。

 日替わり定食・AとかBとかZ*1とかを頼んだ私達は、それぞれに好き勝手なモノを口に運びながら、自己紹介を交わしていたのだった。

 

 

「じゃあ、改めまして。にゃっほーい、私は諸星きらり!アイドルやってる十七歳☆皆をきらきらハピハピにするために、日夜頑張ってるんだにぃ☆」*2

「俺はサウザーだ。聖帝と呼ぶも、将星と呼ぶも、どちらでも好きにするがいい」*3

「これはご丁寧に。お二方ともご存知かもしれませんが、私はキリアと申します。新参者ゆえ失礼なことをしてしまうかもしれませんが、その時は知らせて頂ければ幸いです。……あの、どうかしましたか?」

 

 

 初対面である二人からの自己紹介に、こちらも丁寧な自己紹介を返したのだが、相手から返ってきたのは感心したような、はたまた驚いたような、間の抜けた表情だった。

 ……ん?間違ったかな?*4なんて内心を表に出さぬように努めつつ、暫く二人の様子を眺めていたのだけれど……。

 

 

「うーん、杏ちゃんみたいだって思ってたんだけど、キリアちゃんはどっちかとゆーと、ありすちゃんみたいだね☆」*5

「随分と礼儀正しい子供よな。もう少しわがままであってもよい時分だと思うのだが……」

「……その、子供扱いしないでくださいますか?」

「そうそう、その意気よその意気!子供というものはそうでなくてはな!はっはっはっ!」

ええ……?

 

 

 彼らから返ってきた反応に、思わずわけがわからないよ、と言いそうになったが自重する私。

 

 サウザー氏が元気な子供を見て満足げに頷いている、という状況の意味不明さは確かに凄いが、子供扱いされているのが私だとなれば、むっとするのも仕方なし。

 ……で、その態度にまた子供らしさを感じたとかで、向こうが呵呵大笑し始めるのもまたお決まりの(テンプレ)展開、というわけで。

 

 

「むぅ……」

「……ふむ、まぁ見た目通りの歳というわけでもない、というやつか。──いや、すまんな。この場所では珍しい、随分と素直な奴だ……と、少なからず好ましく思ったというだけでな。悪気はなかった、許せ」

「……いえ、こちらも条件反射で否定してしまいましたし、子供扱いされるのも致し方ないかと思います」

「……ふっ。気骨があるというのは、悪いことではあるまい。……ともあれ、これから宜しく頼む」

「はい、宜しくお願いしますね、サウザーさん」

 

 

 言い返せば余計に子供扱いされるだけなので、とりあえず小さく唸るだけに留めていると、サウザーさんはそんなこちらの様子に思うことがあったのか、小さく頭を下げてくる。

 ……そういうことされると、こっちの小物感が引き立ってしまうので止めてほしいでござる……。

 まぁ、引き延ばしてもいいことないし、ここらで手打ちにするというのは賛成なのだが。

 

 そんなわけで、机の上で互いに握手を交わした私とサウザーさんなのであった。……のだけど、それを横から羨ましそうに見ている人が一人。

 

 

「サウザーちゃんずるぅーい!一人だけキリアちゃんと仲良くなるとか酷ぉーい!」

「ははは。なに、こういうものは早い者勝ちというやつよ。悔しかったら、お前も仲良くなればよいではないか」

「そうすゆー!キリアちゃん、きらりとも握手、しよ?」

「えっ、あ、はい……って、いたたたっ!?」

「ああっ!?ごめんねキリアちゃん!ちょっと力加減間違っちゃった☆」

 

 

 でっかわいい系アイドル、きらりちゃんは目をきらきらさせ、こちらにずずいっと近寄ってくる。

 

 そのテンションに若干ビビる私だが、友好を求めている相手を追い返すような真似もできず、彼女の望むまま握手をして、そのまま右手を握り潰されそうになるのであった。

 ……サウザーさんと絡んでるからか、わりと身体能力高かったりするのかもしれない。

 

 なお、一緒に来ていた二人──ミラちゃんとアスナさんはというと、定食に箸を伸ばしつつ、今日の焼き鮭は塩加減がいいだとか、今日のお味噌汁はお袋の味がするだとか、かなり他愛のない話に花を咲かせていた。

 ……いや、こっちの話の輪に入れし。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、他の部署の人とは余り話さないのが普通、だと?」

「『新秩序互助会(ここ)』に居るものは、中々に喧嘩っ早い者が多いからのぅ。余計なトラブルにならぬように、用事のない時には積極的に関わることはせんのじゃよ。……まぁ、食事の席が一緒になった時に世間話をするくらいの愛想は、あるかもしれぬが」

おぃィ?

 

 

 昼食を食べ進めながら、改めてミラちゃんに話を聞いたところ。

 

 この『新秩序互助会』に集まっている人間には、割と血の気の多い者が多く、それゆえに昔は施設内での私闘も多くあったのだ……みたいなことは、繰り返し話の流れで出てきているわけなのだが。

 それを憂慮した()リーダーが、現在のルールを制定した際に『喧嘩になりそうな相手を挑発しないこと』みたいな注意をしたのだという。

 その結果、自身の所属する部署以外の人との交流は、極力少なくするようになっていったのだとか。

 

 ……なんとなーく、そのリーダーさんが望んだこととは、話がずれてしまっているような気がするのだけれども*6、さっきのソル君とハジメ君みたいな、一触即発の状態を生むよりはマシ……と思っている人が大半なのだそうで。

 結果として今の私達みたいに、部署違いの面々が楽しくお喋りをしている……という状況は、ちょっと珍しいものになってしまった、とのことだった。

 

 

「そういう意味で、お前の振る舞いは俺達から見て面白い(奇異な)ものであった、というわけよ。──聞けばここ以外にも、俺達のような『転生者』が集まる場所があるという。そこの出身でもあるらしいお前のことは、ここにいる皆が注目しているだろうな」

「……さっきからやけに周囲から見られている気がしていましたが、なるほどそういうことでしたか」

 

 

 サウザーさんの言葉を受けて、チラリと周囲を見渡して見ると、そそくさと視線を外す者が幾つか、気付かれて手を振り返す者が幾つか、関係なしとばかりに食事を続けている者が幾つか……といった感じに、結構な頻度で観察されていたことに気が付く。

 

 ……ふむ。

 友達(同僚)との会話は弾むけど、それ以外の他者との会話には、ちょっとした躊躇が絡む……という感じだろうか?

 

 本心は別として、言葉が足りないがゆえに喧嘩を売っていると捉えられやすい、どこぞのインド英霊の姿も見える辺り、確かにここでの他人との会話は難しそうだな、と頷かざるを得ない。

 ……それはそれとして、関係ないとばかりにカレーを食べ続ける件の英霊(カルナ)さんの姿には、ちょっとばかり目眩を覚えたけれども。……いやまぁ、一番目眩を覚えたのは、更にその奥に居る二人の男性に対してなのだけれどね?……()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの二人。*7

 

 そんな感じに、奥の方の隅っこの席で、何故かジャンボパフェを二人で突っつきながら大笑いしている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()から視線を外す私。

 同じ席の面々から『見なかったことにしろ』という無言の圧力を感じつつ、そのまま話を戻す。

 

 

「とはいえ、あちら()も問題が起きなかったわけではありませんよ?単純に土地が広いので、喧嘩しそうな面々はそもそも顔を合わせる機会がなかった、という部分もあったみたいですし」

「ふむ。仲良し子好し*8、というわけではないと?」

「年に一度、互いの技をぶつけ合う武闘会みたいなものもありますし、そもそも血気盛んな方々は、それぞれで集って喧嘩したりもしているみたいですからね」

「ほう?なるほど、それはそれは……」

 

 

 望まれているのは向こうでの生活についてだろうな、と思いつつ、喜ばれそうな話をピックアップしていく。

 

 空間拡張技術の進み具合が遅いのか、はたまた各部署の連携が取れてない弊害なのか。

 ともかく、『新秩序互助会』があくまで実在の施設を利用している、というのは間違いなく。まるで寮生活のような暮らしをしているのも、根本的には()()()()()()()()()というのが真相だろう。

 

 その結果、住まいを破壊しかねない私闘の厳禁、というルールが出来上がり、私闘を引き起こす原因となる、他者との諍いを避けるようになり……といった感じで、一見無関係な話が、全てこの組織の危うさに繋がっている、というのは間違いないと思われる。

 ……要するに、気分転換が足りていないのだ、この組織には。

 

 なので、そういった物事を解消してくれそうな情報を持っている可能性が高い、キリアという外からの異物に対して、皆の注目が集まった結果、私は針の筵となっているわけなのであった。

 ……一応こちらの情報を知っているはずのミラちゃんまで、目を輝かせながらこちらの話を聞いている辺りが正にそれ、というか。

 

 

「……おほん。情報として知っているのと、本人から実際に聞くのとでは色々と違う、ということじゃよ」

「なるほど?……ところで、ミラさんの素直なお気持ちを聞かせて頂けるのでしたら、こちらの()()()()()がミスター・ダンブルドアとあった時の話なども提供できますが……」

「わし、キリアちゃんの話に興味深々じゃわい☆」

「落ち着いてミラちゃん、キャラが崩壊してるわ!」

「ぬぉおぉ離せアスナ!わしの憧れわしの理想!その根源の内の一人の話が聞けるとあらば、わしは悪魔にでも魂を売る覚悟じゃぞー!!」*9

 

「……お、おお。こんなキャラだったのか、こいつ(ミラ)は」

「ハピハピしてるミラちゃん、とぉってもかわゆーい!」

 

 

 なお、ミラちゃんが自身の欲望に素直じゃなかったので、ちょっとせっついてみたら凄いことになりました。

 ……流石名前に使われている一人、食い付きが半端ないんだぜ……。

 

 

*1
日本においては、一日三食その全てが昨日の献立とは違う……というのはよくあることだが、海外においては毎日同じものを食べている(流石に朝昼晩では違う)、ということも珍しくないらしい。その辺りが『日本人は食にうるさい』というイメージの元にもなっているとかいないとか。なので、『日替わり定食』というのも、海外からするとちょっと珍しいものになるのだとか

*2
『アイドルマスターシンデレラガールズ』に登場する高身長アイドル。背丈こそ高いが、内面は普通に乙女。また、かわいいものが好きで自身の言動や服装などにも、彼女の思う『かわいい』が反映されている。なお、スタイルは欧米のモデル並みであり、ちょっと真面目にすればそっち方面もやれたりする。戦闘の心得はないものの、割と怪力である描写が散見されたり(同僚アイドルの双葉杏を軽々と抱えたり、など)、彼女モチーフのロボット(きらりんロボ)が存在したりなど、戦闘力がないわけでもなさそうな感じだったり。……アイマスのアイドルは戦えて当然?そうだな!(関連作の他のアイドル達を見ながら)

*3
実は『いちご味』の方のサウザー。その為、ちょっと親しみやすさがアップしている

*4
『北斗の拳』より、トキの偽物であるアミバの台詞。原作では『ん!?まちがったかな……』表記。老人に対して生兵法で秘孔治療を施した結果、苦しむ様子を見ての一言であり、彼の外道の性質が見え隠れしている。……模倣の才能やらちょっと調子に乗りやすい性格など、好きな人は結構好きなタイプの悪役

*5
『双葉杏』と『橘ありす』のこと。どちらも『アイドルマスターシンデレラガールズ』のキャラクター。ぐうたらニート系アイドルのあんずと、生真面目系のありす。両方とも背丈は低いが、キャラとしては正反対とも言える。……実際は杏の方が結構切れ者なのに対し、ありすの方は大人になりたいお年頃、という辺りも正反対っぽい二人である。「まぁ、杏の方が年上だし。そりゃあね?」

*6
『流石は■■■■様。我々には及びも付かぬような、深謀遠慮の策を巡らせているとは……』的なことを言った者が居るかは定かではない

*7
前者のインド英霊は『fate』シリーズのキャラクターの一人、カルナのこと。自身では要らぬことを言い過ぎると思っているが、実際は言葉が足りていないタイプの人。率直な言葉・かつ物言いが足りていない為、割と喧嘩腰に聞こえるタイプ。後者の二人は『神座』シリーズのキャラクターの一人、水銀こと『メルクリウス』と、『デモンベイン』シリーズより『マスターテリオン』の二人。どちらも既視感まみれの世界を生きる超越者。水銀さん的には『毎ループ未知の動きを見せる変な科学者』はどう映るのだろうか……?

*8
とある人物やグループの空気や関係が和やかで良好であることを示す言葉。『子好し』の方は強調の意味合いの言葉であり、語感を整える為のモノでもある

*9
『賢者の弟子を名乗る賢者』の主人公、ミラの元々の姿である老魔術師『ダンブルフ・ガンダドア』。その名前の由来は、中の人である『咲森 鑑』が好きなキャラクターであった『ハリーポッター』シリーズのアルバス・ダンブルドアと、『指輪物語』シリーズのガンダルフの名前から付けられている。……そういう意味で、ミラは彼らの系譜に当たるキャラだとも言えなくもないのかも?なお、ドラマCDの時のミラの声を担当していたのは丹下桜氏だった為、『悪魔に魂を売る』云々はちょっと洒落になってなかったり(黙示録の獣(ネロちゃま)的な意味で)



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お前もまた強敵だった……

 よし、楽しくお喋りできたな!*1

 

 ……という冗談はおいといて。食堂での雑談の結果、周囲からの反応がとくに強かったのは、やはり『武闘会』についてのものだった。

 郷の方には内部での戦闘行為によるダメージを、非殺傷規模にまでスケールダウンさせる結界が存在するため、結果として私闘などの戦闘行為は厳禁されていない……というのは、こちらに住んでいる人達からすると、結構衝撃的な話だったようで。

 

 

「お前もまた、武を競う者なのか?」

「……え、えーと、どうでしょう?ご存知か知りませんが、私は原則サポート要員となっておりますので……」

「……なるほど。お前はトンビになりたいのだな、小さきモノよ」

「……?!」

 

 

 自身の食事終わりにスッ、と近寄ってきたカルナさんからの問い掛けに、少しばかりドキドキする羽目になったりした、というわけなのである。

 

 やだ……この人多分()()()()()()見抜いてる……貧者の見識怖い……。*2

 まぁ、彼の言葉が足りていないお陰で、周囲には『鷹を産むトンビになりたい(バッファーとして大成したい)*3という風に言ったのだと捉えられていたけど。……どっちにしろ、彼の発言には要注意である。

 

 そんなトラブルも重なり、私達が昼食を食べきるのに、それなりの時間を要することになったのだが。

 ……その結果、()()()()()というわけである。

 

 

「……ふむ。食事における会話というのは、ある意味ではスパイスの一種だとも言えるだろう。仲の良い相手、初めて会う誰か。それらと会話を交わし、共に食事を摂る時間というのは、何物にも代え難い彩りというものを、食事の席に添えるモノだと言えるハズだ。……とはいえ、あまり会話に掛かりきりになるというのも、宜しくはないな。特にこの食堂では、明確に食事を摂る時間というものが決められている。──その時間をオーバーすれば、このようにペナルティも課せられるというわけだ。食事と会話のペース配分を違えることの無いよう、次回より注意したまえ」

「はい、仰る通りです……肝に銘じておきます……」*4

 

 

 くどくどと……と言うほとではないものの、それなりに長い時間注意を受けていた私は、大人しく謝罪の意味も込めて頭を下げている。

 それを受けた彼は、仕方がないなと言わんばかりに小さくため息を吐くと、こちらの頭をぽんぽんと撫でたのち、厨房の奥の方に消えていったのだった。

 

 この食堂にて厨房を預かる人物の一人である、とある赤い外套を纏ったアーチャーから、ありがたーいお言葉(説教)を頂いた私達一向。

 

 ……『武闘会』周りの話は、本当に周囲の食い付きが強く。

 訓しい話をとせがまれ続けたがために、私が食べ物を口に入れるタイミングが、ほとんどなかったのである。

 更には現在の私の姿──キリアの姿では、キーアの時のようにご飯を急いで掻き込む、といったことは(イメージ的な問題で)行えず。

 それらが積み重なった結果、私がご飯を食べ終えたのは……食堂が夕食の仕込みのために一度閉まるタイミングの、ほんの少し前。

 

 ……食堂内の清掃をする時間を逼迫(ひっぱく)する結果となることから、時間内に食事を摂り終えられなかった者に与えられる罰とは、厨房職員の代わりとして食堂内の清掃を行うこと。

 単純に手が足りていない以上、円滑な仕事の遂行を妨げるようなことをするのであれば、その尻拭いは罰を犯した者が行うべき……的な考えから生まれたそのペナルティを、先ほどまで私達はこなしていたというわけである。

 

 いやまぁ、正確には食事を時間内に終えられなかったのは、ずっと話し続けていた私だけであって、手伝ってくれている面々はあくまで善意で手を貸してくれている……という話なのだけれど。

 ……興味無さげに自身の食事を進めていた面々以外、大体の人が手伝ってくれたので、さほど時間を掛けずに終われたのは上々というやつだろうか?

 

 まぁ、それに胡座をかいて、次回も同じようにルールを破り、同じように清掃をしていたら、しこたま*5怒られる羽目になるのだろうけど。

 結果が同じだからと言って、過程を尊重しないのは間違っている……というやつである。……あれ、違う?

 

 ともあれ、そうして清掃が終わったことの報告に向かった先で、さっきのアーチャー……もとい、エミヤさんに軽い小言を頂いていた、というわけなのでありましたとさ。*6

 

 

「相変わらず、エミヤさんは生真面目ですわね。これがタケシさんやアキトさんならば、もう少し優しい言い方になるのでしょうけど」*7

「まぁ、ルールを破ってしまった以上は、お咎めなしともいきませんし。エミヤさんの注意は悪意からではなく、相手を思いやる善意から来るもの。……素直に受け取らない方が、良くないことだと思いませんか?」

「貴方も大概、生真面目な人ですわね……」

「あはは……ともかく、ありがとうございました。最後まで手伝って貰ってしまって」

「いえ、お気になさらず。私と致しましても、話題の新人の人となりを確かめるチャンスだったので、恥ずかしげもなく近付いてみた……という、ある種の下心ゆえの施し……みたいなものですから」

「それでもです。貴方も自身のするべきことがあるでしょうに、それを一時棚上げまでして手伝ってくださったのですから、私としては感謝の念を抱かざるをえないのです」

……ふぅむ、本当にあの人から別たれた人物、なのでしょうか?……良い子過ぎるのではありませんこと?

「……?どうかしましたか、()()()()?」

「いえ、なんでも。……それと、別に呼び捨てで構いませんわよ。礼儀だなんだのと、そういったことを殊更に主張するつもりもありませんし」

「いえ、これは私の()のようなものなので、お気になさらず。それに、黒子さんという響き、貴方によく似合っていると思いますから」

「……実は揶揄(からか)っていらっしゃいますわね?」*8

「あ、バレちゃいました?」

 

「……あやつら、一体なにをイチャイチャしておるんじゃ?」

「イチャイチャかなぁ、あれ。表面上は二人とも笑顔だけど、その実裏では色々と探りあってるみたいよ?」

「それはイチャイチャで間違いないじゃろ、いわゆる喧嘩ップルというやつじゃな!」

「……貴様、結論へ至る過程が雑すぎるのではないか?」

 

 

 そうして奥に去っていくエミヤさんを見送っていると、食堂内の清掃を手伝ってくれた、とある少女がこちらに声を掛けてくる。

 茶髪のような、ストロベリーブロンドのようなその髪を、柔らかなウェーブ掛かったツインテールにしている、特徴的な声をしている美少女。

 ……そう、『とある』シリーズの変態淑女こと、白井黒子。*9

 その彼女が、先ほどまで私達の清掃活動を手伝ってくれていたわけなのである。……御坂さんもいないので、単なる善意から。

 

 まぁ、彼女が口にしている通り、彼女は私のことを探りに来たのだ、というのも間違いではないのだろうけど。

 すでに報告書なりなんなりで、『キーア』と『キリア』という存在を知っては居るはず。……問題があるとすれば、この彼女が()()白井黒子なのか、ということである。

 

 ここにいる人は、原則自身を『転生者』だと思っているはず。

 ゆえに、彼女もまたいわゆる『前世(憑依される前の記憶)』については、扱いが雑になっている可能性はある。

 ついでに言うのなら、()()()()()()()彼女ではない可能性もある。

 ……あるのだが。それらをこちらから言い出して確認するのは、正しく愚の骨頂。小声で何事か喋っていた辺り、怪しさとしては八十パーセント前後、隙を見せた方の負けだというのは確定的に明らか!

 

 なのでこう、上手いことボロを出してくれないかなー、と和やかな会話を続けているのだけれど……。

 元々御坂さんが絡まなければ普通に優秀な彼女、現状の対話では尻尾を掴むどころか尻尾を見付けられる気がしないという始末。

 

 なので、明確に()()()()()()()ことを示しつつ、牽制を行うに留めているのであった。

 その結果が、この腹の読めない会話の応酬……というわけである。

 

 

(多分、祭で会った黒子ちゃんだと思うんだけどなー)

(恐らく、祭で会ったあの方、なのでしょうが……)

 

((……決め手に欠ける!))

 

「むぅ、熱く見詰めあっておる……これはまさか……恋?!」

「ねぇミラちゃん、一回お部屋で休んだ方がいいんじゃない?多分貴方、憧れの人の話を聞いたせいでテンションおかしくなってるのよ」

モルダー、貴方疲れてるのよ(いいからとっとと布団に入って寝ろ)……というやつか」*10

「いや古いわっ!?というか病人扱いするでないわ!」

「んにゅぅ?もしかしてミラちゃん、お熱でフラフラなの?たぁいへ~ん!!大至急でベッドにゴー!しないと~!」

「へ?あっちょっ、待てきらり!話せばわかる、だからやめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……

 

 

 多分、私が知ってる黒子ちゃんだと思うんだけどなー。

 そんな内心を隠しつつ、小さく微笑みを向ければ。向こうから返ってくるのも、完璧な淑女の微笑み。

 

 ……後ろで騒いでいる面々をスルーしつつ、私達の静かな睨み合いは暫くの間続くのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「結果として決着付かず(No Contest)、全員食堂から叩き出されたわけなのですが……」

「まぁ、用事も終わったんだから、そこは仕方ないね」

 

 

 まだ残っていたのかね君達、話がしたいのならばどこか他所でやりたまえ──。

 そんなエミヤさんからのお言葉と共に、ポイポイっと食堂の外に放り出された私達。

 

 そのまま第二ラウンド突入か、と思っていたのだけれど。

 黒子ちゃんの方は、用事があったことを思い出したらしく、そそくさとその場から去っていってしまったのだった。

 

 で、張り切っていた私の気力は行き場を失って霧消し、こうしてとぼとぼと歩いているわけなのでございましたとさ。

 

 そんな私の横を歩いているのは、アスナさん。

 他の面々も黒子ちゃんと同じく用事があるとかで、さっさと解散してしまった次第である。

 ルームメイトであるアスナさんは、このあとは特に用事も無いらしく。そのまま日課の『tri-qualia』へのダイヴに専念するとのことだ。

 

 

「私にとっては向こうでの鍛錬もこっちでの鍛錬も、どっちもそう変わらないから。場所を取らない分、電脳世界の方が勝手がいいでしょ?」

「確かに。……まぁ、私はデバイスを持っていないので、同伴とかはできないのですが」

「え?なんで?……って、そっか。持ってるのは『キーア』の方なんだっけ」

 

 

 電脳世界での自分(アスナ)を、そのまま現実世界にも持ち込める彼女に取って、物理的なスペースを必要としない『tri-qualia』は、格好の鍛錬場所となる──。

 そのようなことを笑顔で話す彼女に、ちょっと羨ましい思いを浮かべないでもない私。

 

 なにせ、今の私は着の身着のままでやってきた()()()()()

 向こうでいつも使ってるデバイスも手元にはないし、仮にあったとしても『キリア』が使うのはよろしくない。

 

 食堂に居た面々を見る限り、さっきの結界も迂闊に使わない方がいいだろう。

 ()()()()()()()()()()()という違和感を頼りに結界の有無についてバレかねないので、今後は緊急時を除いて極力使用禁止である。

 

 なので、彼女が部屋でゲームしているというのなら、私にできることは特にない……ということになるのだった。

 

 

「……んー。じゃあ、『tri-qualia』は止めておこうかな」

「……止めるのですか?」

「うん。それよりも、貴方に『新秩序互助会』の施設についての解説をする方がいいかなって」

「……なるほど、それは願ったりです。子細な説明については、後回しにされていましたから」

 

 

 詳しい案内はまた別の者に。

 ……そんな話を夏油君からは聞いていたが、それを待つのも時間が掛かりそうである。

 アスナさんが案内してくれると言うのなら、彼的にも文句はないだろう。

 じゃあ、一回戻って準備しよっか。という彼女の言葉に頷きつつ、部屋に戻った私達は。

 

 

「ふぉう、ふふぉう」

「えっと……黒い、フォウ君……?」

 

 

 部屋の前にちょこんと座っている、黒いモフモフに出会ったのであった。

 

 

*1
『アイドルマスターシャイニーカラーズ』のプロデューサーの台詞、『よし、楽しく話せたな』より。正確には心の声。いわゆる『パーフェクトコミュニケーション』を達成した時に出る台詞であり、例え無茶苦茶な話の流れになっていたとしても、この台詞が出た時点で全ては上手く行っていることになる……という、恐ろしい言葉。……かもしれない

*2
カルナの保有スキルの一つ。貧しき者としての見識により、相手の欺瞞や嘘を見抜く眼力のこと。余分なものがない(清貧である)が故に、相手の余分を見抜く事ができる……といった感じだろうか?

*3
ことわざ『トンビが鷹を産む』より。トンビは『(とび)』とも。平凡な親から、優れた子供が生まれること。鳶は鷹科の鳥だが、鷹よりも劣るものとして扱われている。そこから、大した事のない者から素晴らしい人が産まれる……という意味になったとされる。相手を下に見る面が無くもないので、言うタイミングには気を付けた方がよい

*4
『肝に銘じる』は、忘れないように心に深く刻み付ける、の意味。古代中国の医学思想『五臓六腑』に端を発するとされる。後ろの部分は『命令する(命じる)』ではなく『刻み付ける(銘じる)』と覚えると良い

*5
たくさん、どっさりの意味。上方語(江戸時代辺りで京都・大阪で使われていた方言)の『しこためる』(どっさりと貯める、の意)が訛ったもの・九州の方言である『しかため』(これ()()ない+()()りの合成語)が訛ったものなどの説があるが、詳細は不明

*6
すっかり本名で呼ばれるようになった『fate/stay_night』初出のアーチャーのこと。凄まじいネタバレネームなので、人によってはこう呼ぶことを嫌がることもある

*7
それぞれ『ポケットモンスター』のタケシと、『機動戦艦ナデシコ』のテンカワ・アキトのこと。両者共料理人系統の人物。ついでに言うと両者とも声が同じ

*8
エミヤの台詞、『ああ、この響きは実に君によく似合っている』より。本人は至って真面目だが、あまりにも気障な台詞

*9
『とある』シリーズの風紀委員(ジャッジメント)の一員である中学一年生の少女。同シリーズのキャラクター、御坂美琴に対しての変態的アプローチがよく話題になる彼女だが、その実かなり正義感の強い人物であり、例え最愛のお姉様である御坂であっても、それが悪人となるのであれば自分の手で捕まえる……とまで行ってのける女傑でもある。あと、百合系キャラにしては珍しく、男性を毛嫌いするタイプではない(上条さんに手厳しいのは、彼が御坂の好きな相手だから)

*10
外国のドラマ『Xファイル』シリーズにおいて、主人公モルダーに対し、相棒のスカリーがよく発する台詞。『Xファイル』シリーズはいわゆる怪奇現象(オカルト)関連の事件を扱うSF作品であり、常識人であるスカリーは度々モルダーの正気を疑うことがある。その結果が、この台詞というわけである。日本においては珍しいことに、地上波で放送していた海外ドラマだったので、それなりにファンが多い



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色々と要素は絡む

 ええと、シャドウフォウ君?*1

 顔とかが確認し辛い感じの、真っ黒なフォウ君とでも呼ぶべき小さな獣が、私達の部屋の前にちょこんと座っている。

 

 ちらり、とアスナさんの方を伺ってみるものの、彼女の反応は芳しくない。

 

 なんでフォウ君がここに?……というような、私とそう変わりない困惑の感情が見え隠れしていたため、彼女の関係者であるという線はここで消える。

 それと同時に、私の関係者だというのも違うだろう、と断言してしまえる。

 ここにいるのがマシュであるとか、はたまた私の姿がキーアである時ならば、もしかしてマーリン関連でやって来たのかな?……という予想も付けられるのだが、生憎と現在の私の姿はキリアの方である。

 

 隣にいる人物も違う上に、私が居る場所も郷の方ではないのだから、フォウ君がここに訪ねてくる理由がないのだ。

 

 ゆえに、今現在私達の部屋の前に佇むフォウ君を、近くの柱からこそこそ窺う私とアスナさん……という、不審者以外の何物でもない状況が繰り広げられているのだった。

 

 

「……なんで私達、こんなところに隠れてるんだっけ?」

「なんでって、あのシャドウフォウ君がなんなのかわからないから、とりあえず観察に回っているのではないですか。……聞いたことありません?フォウ君が他の世界(作品)でどういう名前で呼ばれているのかー、とか」

「えっと……プライミッツ・マーダーだっけ?」

 

 

 そんな中、なんで私達は物影に隠れて、謎の小動物の一挙手一投足を窺うようなことになっているのだろう?……という疑問が、アスナさんから発せられる。

 

 ふむ、彼女は型月作品には詳しくない方、ということなのだろうか?

 まぁ、他の型月作品を知らずとも、作中で『ビースト(フォー)』の幼体であるという話は出てきているため、単純に彼女がfate系の作品を知らない・もしくは見たことがない……という方が近いのかも知れないが。

 

 ともあれ、設定語りはオタクの(さが)*2

 できる限り簡略化しながら、彼女に対してフォウ君の危険性と言うものを伝えていくことにする。

 

 フォウ君の呼び方として、一番最初に列挙されるのは『キャスパリーグ』というものだろう。

 アーサー王伝説に登場する怪猫である彼は、同じくアーサー王伝説に登場する伝説の雌豚・ヘンウェン(『老白』の意)から生まれたとされる。

 

 このヘンウェン、蜜蜂と穀物をもたらす豊穣神の性質を持つが、同時にその子供がブリテンに不幸を招くとされ、国を追われる羽目になっていたりするし、産まれた子猫も海に投げ捨てられたあと、奇跡的に生還して戻ってきていたりする。*3

 ……同じくブリテンを滅ぼす宿命を持っていたモードレッドといい、島流しが結果的に悪手となっているのは、なにかの符号なのだろうか?*4

 

 ともあれ、かの怪猫が生き延び、ケイ卿と戦う前に百八十人の兵士達を食らっただとか、エクスカリバーでもろくにダメージが与えられなかっただとか、鏡の盾に写った自分に戸惑っている内に倒されただとか、そういう話がアーサー王伝説の中で語られているのは事実。*5

 エクスカリバーが効かない、とかいう時点で割とその危険性が感じられるが、彼の恐ろしさはそれだけに留まらない。

 

 次なる彼の御名、ビーストⅣ。

 人類愛より産まれし人類悪、その頂であるビーストクラスの、四番目に座る権利を持つ獣。

 

 後にその席に座ろうとしたとある獣は、武力にて打ち倒そうとすれば必ず互いを滅ぼすという、相殺の性質を併せ持ったモノであったが、恐らくはそれがフォウ君であっても同じこと。

 彼は()()によって成長する魔獣であり、『戦って優劣を決める』というのは、正しく『比較』の一形態だと言える。

 それゆえに、争うという手段では決して勝てない存在なのだろう、というのが彼の性質を知る者達の共通認識である。*6

 

 そして、その論を補強する、彼の最後の名前。

 それが、かつて旧作の方の『月姫』において死徒二十七祖・第一位の座に在りしガイアの怪物、プライミッツ・マーダーである。

 別名である『霊長の殺人者』の名の通り、相手が霊長──すなわち人であるならば、問答無用で殺戮する『権利』を持っているとされ、その速度は型月世界最強に数えられる『ORT』*7にすら匹敵すると言われている。

 

 ……結構専門用語が多かったが、ともかくフォウ君が危険物だというのは間違いなく。

 fgoの二次創作を作る時、開き直ってオリ主に好き勝手させる作者が多いのは、ある意味彼をどうにかできる気がしない(本編が奇跡的過ぎる)からだ、などという冗談とも本気とも付かない説が飛んでくる辺り、見るからにわかりやすい地雷だとしか言いようがないのが、フォウ君という小動物なのである。*8

 

 

「……とりあえず、危ないんだなーってことは伝わったかな?」

「まぁ、『月姫』の方の彼は設定で語られただけ、実際の描写は存在しないので、どれくらい危険なのかという危険度予測には、想像が多分に含まれているというのも確かです。……それでも、とりあえずティアマト神などと比べられる獣の一角、という時点で警戒に足る情報ではありますよね?」*9

「……それはまぁ、うん」

 

 

 私の言葉に、曖昧な頷きを返してくるアスナさん。

 ……まぁ、イメージしろと言われてイメージできるのなら、世の中もっと単純だというのもわからないでもなく。*10

 

 ともかく、警戒を怠ることだけは止めよう、とだけ言い置いて、彼女に向けていた視線を手前に戻し。

 

 

「ふぉう、ふぉふぉうふぉう」*11

「っ!?」

 

 

 こちらの目前に浮かんでいた黒フォウ君に、思わず泡を食ったように慌てる羽目になる私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぉうー、ふぉふぉう、ふぉうふぉうふぉう」*12

「……なんだか、凄く胡乱なことを言われているような気がするのですが」

 

 

 突然目の前に飛んできた黒フォウ君に、完全に憔悴させられた私はというと。

 

 何故かそこから肩に飛び乗ってきて、耳元で何事かをふぉうふぉう喋っている彼から感じられる、謎の悪寒にちょっと身を震わせつつ。

 アスナさんが外行きの服に着替えるのを、ひたすら待ち続けていたのだった。

 

 なにがなんだかよくわからないが、この黒フォウ君は私以外に自身を触らせるつもりがないらしく。

 肩乗りフォウ君に真っ先に食い付き、その手の甲をぺしんと叩かれて涙目になったアスナさんを筆頭に、部屋の外で彼女を待ち続けているために、その付近を通った人々達が立ち止まって、彼に伸ばしてくる手の全てを、引っ掻いたり噛んだり蹴ったりしているのだった。

 

 ……周囲から羨望の眼差しが飛んでくるが、私としては彼を単なる小動物としてモフモフするような気分にはなれず、どうにも居心地の悪い思いをしているのである。

 

 というかこのフォウ君、なんで黒いんだろう?

 シャドウサーヴァントみたいな模倣品というか影というか、そういう本人以外のなにかだと思っていたのだけれど、よくよく確かめてみると、単に毛そのものが真っ黒だった……というだけだったし。……二号カラー?

 

 

「ふぉうっ」

「あいたっ!?……ええと、二号扱いしてごめんなさい……?」

「ふぉう~」

 

 

 なんてことを考えていたら、黒フォウ君から飛んでくる肉球ぱんち。……痛くはないが、明らかに抗議されていることはわかったため、素直に謝罪を投げると、彼は満足したように小さく鳴くのだった。

 

 ……端から見れば小動物とロリの戯れ、なのだろうが。

 こちらとしてはちょっと命の危機を感じないでもなく、とりあえず早くアスナさん出てこないかなー、などと思っている真っ最中。

 じみーに精神を削られるため、正直生きた心地がしない感じである。

 

 

「ふぉふぉうっ」*13

「うわっぷ、連続肉球ぱんちは止めてくださいぃ~」

「はい、お待たせキリアちゃん……って、なにしてるの?」

「丁度いいところに。すみませんちょっとこのフォウ君引き剥がして貰えますか」

「ええ……?」

 

 

 先ほどよりも激しくなった、肉球百裂拳*14にほっぺをむにむにされている私と、中から出て来てこちらを見て、そのままぽかんとしているアスナさん。

 周囲から飛んでくる好奇の視線を受け流しつつ、彼女に黒フォウ君を一時預かりして貰ってから暫し。

 

 

「……さっきは抱っこもさせてくれなかったのに、なんで今はいいの?」

「ふぉふぉうっ」

「うーん、わかんないかな。……この子、多分知能は高めなんだよね?」

「姿通りの存在だとすれば、知識レベルが上がるごとに危険度が増していきますね」

「ふぅん?」

 

 

 さっきまでの熱烈拒絶はなんだったのか、現在は大人しくアスナさんの肩の上に座っている黒フォウ君。

 ……いざ居なくなると、ちょっと寂しい……なんてことはなく。いつ突然暴れだすかわからないため、常に彼らの行動に注目し続ける羽目になっている私である。

 これなら、自分の肩に乗せたままにしておけばよかった……という悔いは後に立たず。

 

 とまれ、時間を無駄にすることはできないとそのまま案内の旅に繰り出した私達。

 道行く人々はアスナさんの肩に(黒いけど)フォウ君が居ることが珍しいのか、ちょくちょく立ち止まってはこちらに視線を送ってくる者が居るのだった。

 

 で、何故かその度に黒フォウ君はドヤ顔。

 ……目立ちたがりやなのか、はたまたなにか変なことでも考えているのか。

 

 生憎と動物と会話をするためのスキルを持ってない、現状のキリアでは判別が付かないが。

 ……なんとなーく変なことを言っているのだろうなー、という感覚は未だに続いているため、そっちの意味での監視作業も加わり、始まったばかりなのに既に帰りたい気分でいっぱいの私である。

 

 

「あ、あはは……とりあえず、色々と案内したいところもあるし、サクサク行こっか?」

「お任せ致します。……いえ、こう述べておきましょう。──よしなに」*15

「ふぉう、ふぉふぉう」*16

「あ、今のは私にもわかったよ。『ガンダムにお髭はありますか?ありません!』だよね?」

 

 

 ……ネタの反応速度はそこそこだし、まだ頑張ろうかな……などという現金な感想を抱いたりもしたけど私は元気です。

 

 

*1
シャドウとは影のことだが、ここでは『fate/grand_order』における敵性存在『シャドウサーヴァント』のことを指す。サーヴァントの残留霊基、もしくはなりそこないなどと呼ばれるそれは、サーヴァントの退去時などに残った霊基残った残滓が、周囲の魔力や()()と結び付いたことで発生する、とされている。また、主人公が戦闘時に使役しているのも、基本的にはこのシャドウサーヴァントに類するモノ、とされている。敵方の影鯖が宝具を基本的には使ってこないのに対し、主人公が使うそれは宝具を使える為、何かしらの違いがあるのは間違いないだろう

*2
オタクにはウケが良いが、一般人には全く響かないモノの代表のようなもの。細かく伏線を張り巡らせても、それを真面目に紐解こうとするのは一部の読者のみ……と嘆く創作者も少なくない。この辺りは、娯楽に『頭を使うこと』を求めているかどうか、というのも関わってくるのだと思われる

*3
『ほら、キャスパリーグはこうして大本の原作でも放り投げられているだろう?……場所の違いこそあれ、彼が放り投げられるのは半ば必然、ということさ!』『マーリンシスベシフォーウ!!』『ドフォーウッ!!?』……などというやり取りがあったとか、なかったとか

*4
因みにこの『島流しをした子が、後にそれを行った者に復讐する』というのは日本にも実例が存在し、それが『源頼朝』である。こちらは『子供を殺すのは忍びない』という理由から島流しにされた為、厳密には経緯が異なるが、それでも後に自らに災いをもたらす者を島流しにした結果、自身の滅亡を招いてしまったという点では、類似していると言えなくはないだろう

*5
上記の逸話の内、『鏡の盾』の逸話は彼の司る理『比較』にも関連していると思われる

*6
遊戯王プレイヤー的には『邪神アバター』で通じると思われる(必ず相手よりも攻撃力が100高くなる効果を持つ。戦闘で撃破するのは至難の技。それを達成できるうちの一枚が『銀幕の()壁』なのは、ちょっと面白くもあり)

*7
型月世界において最強の一つに数えられる地球外生命体。それが『ORT』なのだが、どの作品においても子細が明らかになっていなかった。ところが、『fgo』のとある場面において、彼の出身地に対する言及があり、それが『オールトの雲より飛来した、極限の単独種(アルテミット・ワン)』である。それにより、『水星』からやって来たと言われていた彼は、実際は太陽系の外に存在する『彗星』のうちの一つだった、ということが明らかになったのだった

*8
真面目に考えると詰みポイントが多すぎる上、一部での被害だけを考慮すると二部で詰みそう、というハッピーエンド(とにかく人死にを減らす方向)を目指す二次創作者には、結構辛い構造をしている『fgo』。その最たるものが、『カルデアの善き人々』によって倒されたと告げてきたフォウ君である。彼の覚醒がどのくらいの状況で起きるものなのか、というのがわからない為、二次創作では敢えて彼の状態を気にされないことも多い(嫉妬や憎しみは、彼をビーストとして覚醒させる要素であるらしいので、それが発生する状況が続くとどうなるか、という話。基本的には彼もビーストになりたくはないらしいので、条件が揃いそうになったら自発的に居なくなるとは思われるのだが、そうなると今度は()()()()()の死亡が確定する。……この時点で二部が詰みである)

*9
ビーストⅡである原初の母のこと。雑に言うと『バブみ(回帰)』の極致。なのでアーケードで子供化するのもある意味当然、だったのかもしれない。……どこぞの赤い人が興奮するかもしれない。しないかもしれない

*10
『想像力が足りないよ』。……平行世界のことまで考えろというのも、ちょっと無理があると思われるが。なお、ポケモンRSEシリーズのとある二次創作では、実際に隕石による被害を多大に受けた世界が描かれていた為、ちょっと話題になったとかなんとか。無論、あくまでも二次創作での話だったので、一部で話題になっただけではあるが

*11
特別意訳:やっとこっち向いたよこいつ。やっほー、お世話になりに来たぜー

*12
特別意訳:何が良いってまずこのなだらかなカーブだよね。幼さはすなわち純粋さ、作られたものであったとしても、作られたものであるからこその美しさ……というやつだ。込められた願いはそもそも尊いモノだし、それに見合った器というやつだね。どこかの月の王様は、とある白い巨神を滑り台に見立てたというけど、その大胆不適さは見習わないと。……ってわけで、滑ってもいーい?

*13
特別意訳:嘘付け~

*14
『ひゃくれつ肉球』だと、『妖怪ウォッチ』のジバニャンの技名になる。そのモデルとなっている『北斗の拳』の『北斗百裂拳』に寄ったネーミング

*15
『∀ガンダム』より、月の女王ディアナ・ソレルの発言として有名。この後の『ガンダムにお髭は~』も彼女の発言

*16
特別意訳:ガンダムに髭はないぞー



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案内人が居ても迷う時は迷う

「じゃあ、とりあえずはここから。さっきも来たけど、ここは食堂だよ」

「先ほどはあまり気にして見ていませんでしたが、本当に学生寮の食堂のような造りなのですね?」

「内装とかは、他の場所からそのまま貰ってきてたりするからね」

 

 

 気を取り直した私達が、一番最初に向かったのは食堂。

 先ほどは食事と会話に気を取られていたため、あまりちゃんと確認していなかったけれど……。

 食券を売っている自販機があったり、食器を返すための棚が置いてあったりと、どことなく学校の食堂を思い出すような造りになっていることが窺えた。

 

 それもそのはず、ここの設備は他の場所で使われなくなったモノを、そのまま譲り受けて使っているもの。

 食堂の場合はその設備の大半が、廃校になったとある高校からの譲渡品であるらしく、学校っぽさが滲むのは半ば必然的なものだったのだ。

 わりと好き勝手にあれこれ作ったりしている向こう()と比べると、なんというか経営に苦慮していることが感じられてしまうというか……。

 

 

「ふぉふぉう、ふぉーう」

「あいたたたっ?!……勝手に哀れむな、とでも仰っていらっしゃいます?」

「ふぉうっ」

「ふふっ、当たりみたいだね?」

「むぅ……」

 

 

 そんな風に、周囲を腕を組みながら確認していると、唐突に飛んでくる黒フォウ君からのドリルダイブ。*1

 偉そうに余所様を哀れむんじゃねぇ、的なツッコミだと解釈した私は、華麗に着地した黒フォウ君がアスナさんの肩に戻っていくのを、無言で眺めていたのだった。

 

 ……いやまぁ、彼に謝るのも違うだろうし、ねぇ?

 

 

「まぁ、『新秩序互助会』があれこれとやりくりしている、っていうのは間違いじゃないし。変に話題にあげなければ、それでいいんじゃないかな?」

「そうします。……()がこれからどうするつもりなのかわかりませんが、結末が良いものになるようにしていかなければ」

「……あ、そこからシリアスに行くんだ」

「いや、その……茶化すのは止めて頂ければと……」

「ふぉーぅ……」

 

 

 そんな風にむっとした表情を浮かべていた私だけど、そこから話の軌道を修正しようとしたら、アスナさんから返ってきたのはそんな反応。

 ……おかしーなー、一応キリアちゃんは生真面目系キャラのはずなんだけどなー?

 

 首を捻る私に向けられるアスナさんからの微笑みに、どうにも釈然としないモノを感じつつ。

 そのまま、食堂内の別区画──厨房の方へと足を向ける。

 

 

「……ふむ?君は先ほどの……今度は一体なんの用かね?」

「こんにちわ、エミヤさん。今は施設の案内をして貰っている途中です」

「……なるほど。確か君は今日ここに来たばかり、だったか。ではそうだな……お祝いも兼ねて、こちらを贈ることとしよう」

「……?これは……?」

 

 

 中に居たのは、先ほどと同じくエミヤさん。

 他にも数人の人間が、材料に包丁を入れたり食材を煮込んだりしていたが、こちらに気付いたのは彼が一番最初であった。

 で、その彼はというと、一度怪訝そうな表情を浮かべたあと、近くの流しで手を洗ったのち、こちらに近付いてくる。

 

 食事は終わっただろうに、食堂になんの用かね?

 ……というような疑問を含んだ彼の問いには、私が今日ここに来たばかりであることを理由として返す。

 その言葉に、小さく頷きを返した彼は、近くの業務用の冷蔵庫の前まで駆けていったかと思えば、そこから一つの皿を取り出して、こちらに差し出してくるのだった。

 

 その皿の上に鎮座していたのは……。

 

 

「こういう場所では、食事の楽しみというものは殊の他比重の大きいものだ。……となれば、こういうメニューの一つや二つ、増やしていくのも急務でね。試作品で済まないが、少し味見役を頼まれて貰えないだろうか?」

「なんと、エミヤさんのチーズケーキですと……!?」

「苦いものは大丈夫かね?であれば、コーヒーも一緒に付けておくが」

「あ、はい。大丈夫ですっ」

 

 

 まさかのエミヤ氏謹製のチーズケーキ!*2

 突然の自身の好物登場に、ちょっと興奮を抑えきれない私である。

 

 コーヒーは実はそこまで好きではないのだけれど、このチーズケーキを楽しむために彼が用意してくれるのだとしたら、それは美味しさに微笑むこと間違いない類いのものだろう。

 

 なので若干食い気味に了承の意を伝えつつ、これまた用意して貰った折り畳みの椅子に座る私である。

 ……そこまでやって、アスナさんがくすくす笑っていることに漸く気付いたのだった。

 

 

「あ゛。……いやその、ちが、違うんですよ?折角試食をさせて頂くのですから、気合いを入れねばと思った次第でしてですね?」

「ふふっ……そうだね。エミヤさんのごはんは美味しいから、張り切っちゃうのも仕方ないよね?」

ソウデスシカタナインデス……

「……こら、アスナ君。からかうのもそれくらいにしてあげたまえ」

「はい、これくらいにしておきますね」

 

 

 ……うん、ケーキを出されて大喜びする幼女、以外の何物でもないですネ……。

 微笑ましいものを見た、とばかりにニコニコしているアスナさんと、小さくため息を吐きつつも、その口元は小さく弧の字になっているエミヤさん。

 

 ここから名誉挽回(子供扱いからの脱却)は……出来そうもありませんね……。

 そうぼやきながら項垂れる私なのであった……。

 

 

 

 

 

 

「……はい、ご馳走さまでした」

「ああ、お粗末様。感想は……まぁ、聞かずともわかるかな」

「まぁ、はい。文句の付けようのない美味しさでした」

 

 

 数分後、お祝いを兼ねたチーズケーキの試食会は、アスナさんにも同じようにチーズケーキが提供されながら、滞りなく進み。

 フォークを置いた私は、口元を拭いつつ味の感想を彼に伝えていた。

 

 ……まぁ、どこぞでも厨房を任されている彼の料理である、文句の付け所なんてなかったわけなのだが。

 自身の好物であるという贔屓目を差し引いても、普通に専門店で出て来てもおかしくない出来映えのチーズケーキであった。

 これなら、チーズケーキが苦手という人以外、ほとんどの人が美味しいと太鼓判を押すことだろう。

 

 

「ふむ、予想以上の好評価を貰えたようでなによりだよ」

「……?その口ぶりですと、褒められるとは思っていなかったのですか?」

 

 

 そんな風に思っていた私なのだけれど、当のエミヤさんの反応は、思いの外安心したようなものだった。

 それはなんとなくだが、料理に対してちょっと自身がなかった、みたいな態度に思えて、私は思わず首を捻ってしまう。

 そんなこちらの疑問を感じ取ったらしいエミヤさんは、小さく苦笑を浮かべながら次の言葉を紡ぐのだった。

 

 

「試食、と言っただろう?……私達は皆『転生』の際に、自身の技能のレベルダウンを経験している。そのレベルダウンしたスキルというのは、なにも戦闘用の技能だけに留まらないわけでね」

「……あー、なるほど。調理技能にも不調が見られた、と?」

 

 

 彼がなにを言いたいのかを察した私が、その答えを提示すると。

 エミヤさんは小さく頷いて、こちらの言葉を肯定してくる。

 

 ここにいる人々は、原則自分の身に起こったことを『転生』だと認識している。

 ……こちらに産まれた時の記憶は、あくまでも記録でしかなく。そこに実感はないのだから、どちらかと言えば『転移』の方が近いのかもしれないけれど……ともかく、ここの人々が『原作の自分達』を強く意識している、というのは間違いないはずだ。

 

 その結果、『覚醒度』という評価を持ち出さなければならないほどの、元々の自分(原作)との乖離(かいり)*3を起こしているという事実に、皆が戸惑いを覚えることになったわけである。

 

 

「『覚醒度』などという大仰な名前こそ付いているが、その実それは、己の不甲斐なさを示すものでもある。……かつての己はどこへやら。今の自分は、無謀にも太陽に挑んだ蝋の翼の勇者のよう……などという、些か詩的に過ぎる思いを抱えている者達も多くてね」*4

「……エミヤさんにも、そういう部分が?」

「否定はしない。錆び付いた剣など、折れて砕けるのみ。──腐る(オルタ)でもなく、別道を行ったわけ(村正)でもなく。こうして静かに錆び付いた自分を、不甲斐ないと思わなかった日などないさ」

(……思った以上に真剣に捉えていらっしゃる……!?)

 

 

 そうして語られた、エミヤさんの心情。

 ……思わず白目を剥いて驚いてしまった(ガラスの仮面的な)が、そうしてちょっと茶化さなければ、ちょっと重た過ぎる区分の話だった。

 よもや間食(おやつ)時間みたいなタイミングで、そんな話をされるとは思わないじゃないですか……。

 

 そんな風に、泡を食ったような態度となった私に、エミヤさんはむっとしていた表情を崩して、ふっと笑みを浮かべた。

 ……ちょっと違うけど、『答えを得た』時のような彼の笑みに、思わず慌てていたことも忘れて呆けてしまう私。

 

 

「──確かに。今の私は守護者などと言うのも烏滸がましい、もはや亡霊と相違ない存在なのかもしれない。……だが、それはそれでどこか清々しくもあるんだ。答えを得たと言っても、歩んできた道を間違えたのだと感じたことが、なかったことになるわけでもない。そんな私が、こうしてなんの因果か、新しく自分を始める権利を得たのだ。……で、あれば。目指す頂は以前の自身の向こう側。長らく己自身との戦いを続けていた私だ、今度はしっかりと越えてやるつもりなのさ」

 

 

 まずは、料理の分野でね──。

 そんな風なことを、綺麗な笑みで語り続けるエミヤさん。……聞いているこっちとしては、あまりにもポジティブ過ぎる結論で、思わず眩しさに目を(しか)めていたのだった。

 

 ……うん。こんなのエミヤさんじゃねぇ!!爽やかすぎるわ!!

 自身を『転生者』だと認識することによる、思いがけない弊害に閉口しつつ、夕食の準備に戻るという彼に別れを告げ、食堂そのものから外に出た私達。

 

 

「ふぉう、ふぉふぉふぉ?」

「……私、ここで上手くやっていけるのでしょうか……?」

「えっ?……あ、あはは。大丈夫だよ、多分」

「多分?!」

 

 

 一応、ここを収めるリーダーとの面会こそがゴール、それ以降ここに残るようなことはないはずだけれど。

 そもそもそこにたどり着くまでに、私はどれくらいの精神的ダメージに耐えなければいけないのだろう?

 

 脳裏に浮かぶ、爽やかスマイルエミヤさんになんとも言えない思いを刺激されつつ、私は小さくため息を吐くのだった──。

 

 

*1
アニメ『fate/grand_order -絶対魔獣戦線バビロニア-』においてフォウ君が見せた動きから。名前は『ポケモンカードゲーム』の『わるいオニドリル』の技から。マーリンシスベシフォーウ!

*2
その名の通り、チーズを使ったケーキのこと。蒸し焼きのスフレチーズケーキ、オーブンで焼き上げるベイクドチーズケーキ、冷やして固めるタイプのレアチーズケーキに大別される。使うチーズによっても風味が変わる為、意外と奥深い一品

*3
本来一致している方が望ましいものが、離れ離れになってしまっていること。同音異義語である『解離』に比べると、離れてしまっているということそのものに、否定的な意味が付随する形となる。それ故なのか、『解離性障害』とは書いても『乖離性障害』とは書かない(解離すること自体は別に悪いことではないから?)。特に必要性がないのであれば、『解離』と記す方が無難だと思われる

*4
ギリシャ神話、イカロスの逸話より。蝋の翼を得て、自由に空を飛ぶ力を得た青年・イカロスが、傲慢にも太陽の元にまで飛んでいこうとしたが為に、蝋が溶けて地面に墜落死した、というもの。人間の傲慢さとテクノロジーの発展についての批判の為に、引き合いに出されることが多い話でもある



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星は砕けても星?

「爽やかだけならまだしも、『転生』ってところをすっごく重く捉えてる辺り、これって結構根深い話だよねぇ……」

「……そうだね。私は比較的早い内に自分が『転生者』じゃないって気付いたけど、ここに長く居る人は、それだけ転生者であるという自覚(自分の思想)に凝り固まってると思うから」

「……迂闊にその辺りの話をしない方が無難、かなぁ……?」

 

 

 周囲の目から隠れるようにしながら、次なる施設へ向けて足を進めている私達。

 周りの目がないので、私もキリアとしての口調を崩しているが……そうして得られた解放感は、口にしている話題によって、ほぼ相殺されてしまっていたのだった。

 

 先ほどのエミヤさんが語った、自身への不満と、それをバネにして前へ進もうとするポジティブさ。

 ……どちらも原作の彼からすると、ちょっとずれた方向性の思考であるのだが、本人はそれを()()()()という認識によって肯定してしまっている。

 

 普通なら、そういう原作(キャラ)の枠の外に出るような思考をした時点で、自分がどういう存在なのかという部分に、考えがおよぶはずなのだけれど……。

 そこに『自分は転生者である』という認識が挟まることにより、自身の存在に隠された異常性(おかしさ)に気付けなくなってしまっている……。

 

 今まで出会ってきた人達が、郷の人々──自身の特異性について、真っ先に気付いていた人達だったからこそ、ちょっと思い違いをしていたけれど。

 先の事件の時のミラちゃんのように、『逆憑依』という言葉を文字通り逆に憑依したと(そのまま)捉えているような思考を持つ人々にとって、己が模造品(本体からのコピー)……ある種の偽物とでも呼ぶべき存在である、ということはまず思い至らない類いのものであるらしい。*1

 今でこそ彼女(ミラちゃん)も、自身が本人そのものとは言い難い存在だ、ということを理解しているようだけれど、それは彼女の物分かりが良かった、と言うだけのことに過ぎないのだ。

 ゆえに、

 

 

「……その辺りのことを、私が彼らに説明したとしても。一笑に付されるか、最悪の場合は自身の認識との齟齬ゆえに、暴走する可能性がある……ということですよね、これ?」

「んー、そうだね。そういうことになっちゃう……かも?……ところで、なんで口調を戻したの……って、ああ。なるほどね」

 

 

 そんなバカな、と笑われるのならまだマシで、最悪のパターンだとそんなことあるわけないだろ、とぶちギレられる可能性があるわけである。……迂闊に話をふれないなぁ、これ。*2

 

 そうして突然口調を戻した私に、アスナさんが一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが……、話に夢中になっていた結果、いつの間にか人の多い場所に差し掛かっていたことに遅蒔きながら気が付いた彼女は、得心したように一つ頷くのだった。

 

 ともあれ、状況としてはあまり宜しくない状態である。

 まだ理性的なエミヤさんですら、あんな感じなのだ。……ここに多数在籍しているとされる、いわゆる『なろう』な感じの人々に同じ話をした時、返ってくるのは一体どんな反応なのだろうか?

 ミラちゃんと同じように、怪訝そうな顔をする?

 それとも、そんな訳のわからないことを言う奴は敵だ、と攻撃される?

 

 そんな不安を抱きながら、一歩踏み出した私は。

 

 

「ふみゅっ!?」

「あっ」

 

 

 前方不注意により、見知らぬ誰かに激突。勢い余って尻餅をつく羽目になったのだった。

 痛みから思わず鼻頭を擦る私の前に、差し出されるのはぶつかった相手の右手。どうやら、こちらが立ち上がるのを手助けしてくれるらしい。

 ぶつかってしまったのはこちらだと言うのに、優しい人だな……。

 なんて思いをお礼と共に告げながらその手を取り、立ち上がらせて貰った私は。そこで漸く、天井の明かりによって逆光になり、認識できなかった相手の顔を視界に収め。

 

 

「……おう。大丈夫か?」

「アッアッアッ……ダダダダイジョブデスヨ?」

「……いや、全然大丈夫そうには見えねぇんだが?」

 

 

 その特徴的な()()()()を視界に入れ、大いにフリーズする羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、ここの案内……ねぇ」

「ソウナノデスヨ。ワタシハシンジンナノデ、ハヤクココノコトヲオボエタイノデス」

「……いや、そのだな?」

「ハイ,ナンデショウカナグモサン?」

「頼むから普通に話してくれ……」

 

 

 あのあと、こちらの手を引っ張ってくれた相手の向かう先と、私達の向かう先が同じだったため、道中を共にすることになったわけなのだけれど。

 

 その相手が相手だっただけに、私はこんな感じにカタコト状態に陥っていたのだった。

 ……それもそのはず、私がぶつかった相手と言うのは、ここに来て一番最初に他者と争っているのを見た、二人の男性のうちの片割れ……そう、ある意味話題に上っていた人物の一人、南雲ハジメだったのだから。

 

 ──南雲ハジメ。

 彼は『ありふれた職業で世界最強』の主人公である少年で、元々は単なるオタク趣味の少年である。

 それがなんの因果か、とある事件を切っ掛けに今の彼の──言い方は悪いが中二病っぽい姿へと変貌を遂げることとなった。

 

 話の造りに微量ながら追放系の要素が含まれる*3ものの、基本的には普通の異世界転生系の作品であるのだが……。

 主人公であるハジメ君は、今の姿になる過程で経験した出来事により、とにかく性格が苛烈になってしまっている。

 その姿は、最終的に本当に人類種の天敵*4にまで発展しそうな危うさを持つが……まぁ、その辺りは今はあまり関係あるまい。

 

 ここで問題なのは、彼が()()()()()()()()()()()()()()タイプだ、ということである。

 別に私がボロ雑巾になるのは()()()()()()のだけれど、現在の私は潜入任務の真っ最中。……下手な騒ぎを起こして任務失敗、だなんてことになれば、そっちの方が大問題なのである。

 

 なので、こうして彼の癪に触らないように、極力平身低頭の姿勢を崩していない私なのだけれど……彼から返ってくるのは、若干の鬱陶しそうな空気と、それから何故か申し訳なさそうな空気なのであった。

 ……ふむ?返ってくるのなら、鬱陶しそうという空気だけだと思っていたのだけれど。

 

 

「では、お言葉に甘えさせて頂きます。そちらは南雲ハジメさん、でお間違いないでしょうか?」

「……俺のこと知ってんのか。まぁ、こっちもそっちについては知ってるけどよ」

「……いや、なんでそんなに知名度高いんですか私……」

 

 

 彼の言葉に甘え、片言状態を解除する私。

 そのまま自己紹介に移るも、互いに互いを知っていたため省略。……確かに全国ネットで放送してるって聞いてたけど、それにしたって『マジカル聖裁キリアちゃん』の知名度おかしくない?

 そんな疑問に内心首を捻りつつ、とりあえず差し出された右手を握って握手を交わす私達。

 こういう(友好的な)行為をやってくれる、という時点でわりと違和感マシマシなのだけれど、こちらの手を握ったあとの彼の反応も、言い様のない違和感を醸し出していた。

 

 

「…………」

「……あの、南雲さん?」

「っ、いや、なんでもねぇ。……それと、別に畏まらなくてもいいぞ」

「……では、ハジメさんと呼んでも?」

「ああ、構わねぇ」

 

 

 彼は私と握手した右手を無言で眺め、何事かを考えていた。……感じ入る、とでも言うのだろうか。高々小娘一人と握手したにしては、どうにも変な反応だった。

 

 ……んー?

 なんだろうか、こちらのイメージと随分反応が違うような……?

 違和感だけが積み重なるけれど、なにが理由でそうなっているのかがわからないので、あくまでも積み重なっていくだけ。

 解消できないその違和感に、少なからず不快感を覚えつつ。それでも、歩を進める私達。

 

 そうして、お互いの目的地にたどり着いた私達は、その扉の上にあるプレートを眺めていた。

 

 

「トレーニングルーム、ですか」

「外では荒事になることもあるしね。あと、単純に体を動かすのが好きって人も多いから、そういう人達を中心によく利用してるみたい」

 

 

 私は汗を掻くのはそんなに好きじゃないから、あんまり使わないけどね。

 ……というアスナさんの言葉を聞きながら、廊下の窓から中を覗き見る私。

 

 内部は普通のフィットネスジムと言った感じで、ウォーキングマシンとかダンベル、それから簡易的なリングなどが備え付けられているのが見え、それを使う人々も見覚えのあるキャラクター達ばかりで、ちょっと目眩がしてきそうになる。

 ……というかサウザーさん、何故か知らないけどきらりさんとスパーリングしてない?しかもきらりさんが()()()()()()()()()()ように見えるんだけど気のせい?*5

 

 

「きらりさんが、捕まえて……きらりさんが、画面端……?!」*6

「相変わらず綺麗なループコン*7だな。つーか元々戦闘系の作品でもないのに、よくやるわ」

 

 

 窓に張り付いて中を覗き見る私と、いつの間にか横に来て、中の様子を実況し始めるハジメ君。……ノリがいいのかなんなのか。

 ともあれ、近付いてきたアスナさんも加え、三人で二人の対戦を眺める。

 トレーニングルームの中の人達も、いつの間にやらリングの方に視線を向けており、ある種の試合観戦の様相を呈しはじめていた。

 

 

「きらりんビーム、相手は死ぬ……」

「途中で切り返したのは流石だが、愛されボディ*8には敵わなかったな」

「当たり判定とかどうなってるんだろうね、あれ」

 

 

 最終的な結果は、きらりさんが北斗有情破顔拳(きらりんビーム)を発動しての一撃死(FATAL K.O.)*9

 ……いや死んでないけども。ともかく、諸星のきらりが勝利を収めたのは確かな話。模擬戦とはいえ、高度な戦いであった。

 その見ごたえの良さは他の観客も認めるところであり、外にいる私達にもわかるくらいの歓声が、中で響いていることが窺えた。

 

 ……さて、ここまでの一連の流れを見て、私からの一言。

 

 

「ウソでしょ……」*10

「いや、ツッコむタイミング遅ぇよ」

 

 

 思わずそう呟いた私に、横のハジメ君が呆れたような声をあげるのだった。

 

 

*1
俗に言う『スワンプマン問題』に近いか。これは1987年にアメリカの哲学者であるドナルド・デイヴィッドソン氏が考案した思考実験であり、自身と全く同じ組成・性格・体格などを持つ存在が突然現れたとして、それは元の人物と同一と呼べるだろうか?というようなもの。この思考実験に端を発し、同じ名前を持つ存在が様々な物語りにおいて登場している。突然、というようにスワンプマンは『来歴』だけを持ち合わせない存在である。その『来歴』をどこまで重く見るか、という風にも解釈できる存在。『死者蘇生』に関する話にも、微妙に関わらないでもない

*2
スワンプマンというタイトルでなくとも、似たような『偽物達の物語』は多数存在している。そういう作品で偽物とされた者達は、大概本物と呼ばれる者に対して反逆を企てている。……常に目覚めているのは一人、という前提があるにしても、その辺りの問題にけりを付けているとも言える、どこぞの()()()()()さんの恐ろしさがわかろうと言うもの「たわけ」

*3
『ありふれた職業で』の部分。無能だと思われていた者が後々凄いことをしてみせる、という点が類似していると言えなくもない

*4
『アーマード・コア フォーアンサー』における主人公の異名の一つ。この名で呼ばれるのはとあるエンディング一つだけだが、割りと意味不明なあれ。fate的には人類悪……ではないと思われる。なのにあれ。あまりにも意味がわからない。なのでそういう意味ではハジメ君はまだまだ引き返せると思います。まだ理解できるし

*5
『諸星のきらり』呼ばわりなのに使ってるのが北斗とはこれいかに

*6
とある格闘ゲームプレイヤーを実況した、とある人の言葉。実況者って口が回らないと勤まらないよなぁ、ということを実感する、語彙力に圧倒される感じの台詞群

*7
格闘ゲームなどの用語の一つ。特定の動作(コンボ)繰り返す(ループさせる)もののこと。なお、別に無限コンボでなくとも『一定回数繰り返す』のならループコンボと呼ぶ

*8
格闘ゲームの用語。この場合は『製作チームに』愛されている、の意味。見た目に対して当たり判定が小さいなどの理由により、攻撃側のコンボが途切れやすいキャラのこと。有名なのは『AC北斗の拳』のトキであり、彼の場合は喰らい状態(ダメージを受けて仰け反っている状態)に膝よりしたの当たり判定が()()という、意味のわからないことになっている

*9
きらりんビーム以外は全て『AC北斗の拳』より。それぞれ、絶命を向かえる際に苦しみではなく幸福を感じるが為に『情が有る』とされる謎ビーム一撃必殺技『北斗有情破顔拳』(この技の場合、先の効果の上に更に死の前に笑顔になる(破顔する)という効果がある。コワイ!)と、『AC北斗の拳』で一撃必殺技で勝負を決めた際に表示される文字のこと。……有情とは?

*10
『ウマ娘 プリティダービー』において、サイレンスズカがよく口にする言葉。困惑したり落胆したり驚愕したりした時に軽率に飛び出してくる



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泥の中にも華は咲き

「意味がわからなさすぎて困惑しっぱなしですよ私」

「ん~?あ、キリアちゃんだ!こんちゃ~☆」

「む?……おお、先ほどぶりだな、娘よ」

「ああはい、お疲れ様ですお二方」

 

 

 トレーニングルームの中に足を踏み入れた私達一行。

 周囲から微妙に突き刺さってくる視線をスルーしつつ、観客達の()けたリングに近付けば、先ほどまで熱い?戦いを繰り広げていた二人が、こちらに手を振る姿が見えた。

 きらりちゃんの方はともかく、サウザーさんの方はあれだけボコボコにされていた割には元気そうである。

 

 

「ああ、きらりの使う拳法は、他者を痛め付けるモノではないからな。形式上殴られ続けてはいたが、内部的には治療行為のようなもの、というわけよ」

「ちりょう……?」

「そうだにぃ☆きらりんの発する、ハピハピ☆ぱわぁ~を相手にちゅにゅーすることで、みんなを元気にしちゃうんだぞ☆」

「言葉だけ聞いてると危ないモノにしか聞こえないんですがそれは」

 

 

 真顔で放った私の言葉に、「えー、危なくないよー」ときらりちゃんはぶーぶー(文句を)言っていたが、正直どこぞの『スマイル・ワールド』とかを思い出してしまうような内容であっため、あまり印象はよくないのは致し方ないというか。*1

 

 ……いやまぁ、よく言われる「捨ててしまった」*2にしても、自身の心情と深く結び付いているものを、メンタルが不安定な時に捨ててしまったという話なので、視聴者が思う以上に精神的ダメージが大きかったんだというのは、わからない話でもないのだけれども。

 ハピハピとかスマイルとか、そういう正の方向の感情は己の裡から発生させないと、若干?胡散臭くなるのは仕方ないのである。……ある種の宗教に見える、というか?*3

 

 

「……あ、あー、宗教。よくねぇよな、宗教。うんうん、わかるわかる」

「……そう言えば、ハジメさんはエヒトという一神教の神を討ち滅ぼしたんでしたっけ」

「そ、そうだけど……なんだよ?」

「いえ、特にはなにも。……神様が神様らしく振る舞うと大体邪神になる、というのはどこぞの緑色っぽい(翡翠)地方のお陰でよーく理解していますので、大変だなぁと思った次第です」*4

「はぁ……?」

 

 

 なお、宗教みたいと口にした時点で、ハジメ君が話に混じって来たりもしたわけなのだが。……内容は彼のところのラスボスポジションの神様についてだったけど……どことなく目が泳いでいる気がするのは、一体なんなのだろうか?

 他の三人にチラリと視線を向けてみるも、返ってくるのはわからん、という意味の左右への首振りのみ。

 

 ……まぁ、特に追及するつもりもないので、どこぞの鬼!悪魔!アルセウス!*5……な地方の名前を出して、有耶無耶にしておく私である。残念ながら通じなかったけどね!……テレビは見れるのに、なんでゲームの方は通じないんです……?

 

 ともあれ、ジャージでスパーリングを行っていた二人が、着替えるために更衣室へ向かったのを見送りつつ、改めて周囲を見渡してみる私。

 トレーニングルームを利用しているのは、主に男性。

 少ないながら女性も居るには居るが、私やアスナさんみたいな、線の細いタイプの女性の姿は更に少ないモノとなっている。

 

 

「……えと、なにか私の顔に付いているかしら?」

「いえなにも。──不肖キリア、思わず感服致しました次第にございます」

「は、はぁ、感服……?」

 

 

 例えば、近くのルームランナーで軽快に走りながら汗を掻いているのは、格闘ゲームプレイヤーなら一度は見たことがあるだろう、バキバキおみ足のチャイナポリスさんだったりしたし。*6

 

 

「チュンリーよ、この間は色々とすまなかったな」

「あら、さくらちゃん。いいのいいの、女の子なんだし、たまには可愛いモノだって着てみたい、っていう気持ちはよーくわかるから」

「……かたじけない。ただその……あのようなスリットは我、どうかと思うぞ」

「いいじゃないいいじゃない。女の太ももなんて、見せ付けてなんぼなのよ!」

(……さくら違いだし……)

 

 

 一時休憩として汗をタオルで拭っていた彼女に声を掛けたのが、さくらはさくらでも()()()()()()()()の方のさくらだったりもしたし。*7

 ……照れてる姿がちょっと可愛かった。

 

 

「……なんで私、こんなところでベンチプレスなんてやってるんだろ」

「行き場がない、みたいな顔してたでしょ?……そういう時は、体を動かしてればどうにかなるものよ」

「そういうもの……なのかな?」

 

 

 チャイナポリスな彼女が気に掛けている少女が、死人に死の恐怖を叩き込む系女子*8のような気がして、思わずちょっと宇宙猫になったりもした。

 ……まぁそんな感じで、数少ない女子の面子ですら、割りと濃ゆい感じのモノを醸し出しているわけなのだけれど。

 

 

「サウザー、次は俺とやれ」

「む、庵か。……でもなー。貴様わりと痛くするからなー。……優しくしてくれるのなら、構わんぞ?」

「気色の悪い言い方をするな、ふざけているのか貴様っ」

「ふははははっ、戦いと言うのは始まる前から始まっている……と何度も俺が口にしているというのに、いつまで経っても学習せぬ貴様が悪いという奴だ」

「ちっ、減らず口を……その口、即刻閉じさせてやる」

「むぅ、相変わらず血の気の多い男よなぁ」

「ぬかせっ」

 

 

 私達が居る位置とは反対側からリングに近付き、着替えを終えて休んでいたサウザーさんに声を掛けてくる、赤髪の男性。

 ……異世界転移したあと、こちらに戻ってきていそうな感じその男性*9に模擬戦を申し込まれ、渋々といった表情でそれを受けるサウザーさん。

 彼らが再び更衣室へと向かったのを確認しつつ、戻ってきていたきらりさんを伴って少し離れた位置──窓際の方に移動し、そこにあった椅子に座る私達。

 

 

「おう、見ねぇ顔だが……新入りか?」

「あ、はい。キリアと申します。そちらはえーと……」

「ああ、俺はアリューゼってんだ。ここは結構長いから、聞きたいことがあればいつでも話しかけてくれていいぜ」*10

「……ハイ,キカイガアレバヨロシクオネガイシマス」

「……?この嬢ちゃん、どうしたんだ?」

「あはは……まぁその、アリューゼさんがいることにビックリしたんじゃないかな……」

「はぁ……?」

 

 

 その近くの壁に背を預けて水を飲んでいたのは、特徴的なアーマーを付けていないので、一瞬わからなかった大剣使いの人。

 なんか気さくすぎる気がしないでもないけど、傭兵やってないのならこんなものなのだろうか。

 

 ……まぁ、そんな感じで、色んな人達に巡りあった私はと言いますとですね?

 

 

「…………」

「え、えっと……その、大丈夫?」

「なに一つとして大丈夫な要素がないです……」

「あっ、はい」

 

 

 リングの上で全力を出しきったかのように、真っ白に燃え尽きている私。*11……実際は、次から次に襲い来る情報にキャパオーバーを起こしただけなので、なに一つ充実感などないわけなのだけれど。

 

 いやね、よく考えて頂きたい。

 これから来る嵐を予感させたミラちゃんとの出会いに始まり、金田一君に変装していた夏油君に、睨みあうソルさんとハジメ君。

 貧者の見識バリバリなカルナさんに、やベーの二人組と向こうでは見ることの無かった『とある』系のキャラである黒子ちゃん。

 それからイチゴ味なサウザーさんと、ハピハピしているきらりちゃん。

 んでもって黒いフォウ君に、それからさっきまでの面々。

 

 ……この中で特にツッコミが必要なのは、黒子ちゃん・眞姫那ちゃん・アリューゼさん達三人だろう。……やベーの二人は除外。

 夏油君も怪しいと言えば怪しいけど、こっちの常識的に意味がわからないのは彼ら三人である。

 

 向こうでは一切見たことがないため、『逆憑依』の対象になっていないのではないか?……なんて風にも思われていた『とある』シリーズ。

 そこからの憑依者である黒子ちゃんの存在は、こっちの常識とかを大きく塗り替える可能性のある存在である。

 ……いやまぁ、当初の予想とか想像とか、大体穴ぼこになってしまっていてほぼ原型無いけども。

 

 それよりもヤバいわよ!*12……なのが、後者の二人。

 この二人、作中に生前の姿が描かれているとはいえ、その活躍の大部分は『死んだあと』にあるタイプのキャラなのである。

 ……いや、どういうことになってるのこの二人?

 転移転生系のキャラ達も大概意味不明だけど、この二人に関しては輪を掛けて意味不明である。

 

 琥珀さんが居ればわかるのかもしれないけれど、流石にここに彼女を突っ込むのは気が引ける。……主に『新秩序互助会』(こっち)が無茶苦茶にされるかもしれない、的な意味で。

 

 別の意味で信頼されていますねぇ、なんて風に笑う琥珀さんが脳裏に閃くが、頭を振って追い払う。

 ともあれ、一応は普通に過ごしているにも関わらず、次から次へと問題が飛んでくる辺り、こちらも大概ヤバいなぁ、なんて風にため息を吐いて。

 

 

「──え、えと。なにかご用でしょうか……?」

「…………」

 

 

 ──悲鳴を上げなかった私を褒めてほしい。

 俯かせていた顔を上にあげ、正面を向いた私の視界の全てを覆うかのような、とある人物の満面の笑み。

 肩に乗っていた黒フォウ君が無茶苦茶威嚇しているけれど、そんなことは気にしたことではないとばかりに、吐息が直に触れそうな位置にまで近付いてきているとある男性。

 

 ……見た目だけならイケメン以外の何者でもないのに、威嚇しているかのような笑みを浮かべているせいで、そんな感想はどこかに吹き飛んでしまう彼は。

 

 

「……ふむ。なるほどなるほど」

「……その、勝手に納得する前に、離れて頂きたいのですが」

 

 

 その後ろに、()()()()()()()()()()()()()()金髪金瞳の青年を連れ、私を検分している。

 ……どう考えても厄介ごとでしかないこの状況に、思わず助けを求めて周囲に視線を向けてみるも、みんな露骨に視線を逸らしていく始末。

 私だってこの状況で部外者だったらそうするけどさぁっ!!……とは言い出せず、大人しく彼の視線を受け続ける私。

 

 

「……では()よ、私と一曲踊って頂けるかな?」

「マジですか……」

 

 

 数分後、満足したのか顔を離した彼は、こちらに張り付いた笑みを浮かべたまま、リングに上がれと遠回しに告げてくるのだった。……ええ……。

 

 

*1
『遊☆戯☆王ARC-V』におけるキーカード。作中のキーワードである『笑顔』に纏わるモノであり、彼がこれを『捨てる』と大抵良くないことが起きる。単なるカードの筈なのだが、想像以上に彼の支柱となっている節があり、結果として()()()()()になるのだった。『笑顔』に執着しているようにすら見えるその姿に、視聴者は『危ないモノなのでは?』と思ったりしたとかなんとか

*2
先述した『ヤバいものをキメている』ように見える状況。元々ラスボスが四つに別たれた内の一人である遊矢が、自身の正気を保つ為に父から与えられた『エンタメデュエル』、ひいてはそれを象徴する『敵味方関係なく笑顔にする』効果を持つ『スマイル・ワールド』に傾倒していたことから起きたもの。『エンタメデュエル』をしなければならない状況で、『エンタメデュエル』の象徴であるこのカードを捨てる、という状況が、彼の不安定な精神を倒壊させるきっかけになってしまった

*3
新興宗教などでよくある話。幸福とは人それぞれ違う形であり、それを一纏めに叶えるなんてことができるわけがない。故に、『信じれば救われる』というのは大抵嘘っぱち、ということになる

*4
『Pokémon LEGENDS アルセウス』の舞台の名前、後のシンオウ地方。『ポケットモンスターSpecial』が原作者の描きたかった世界だと言われていたことがあるが、そういう意味では原点に立ち返ったと言えなくもない作品。可愛くてもポケモンはポケモンだぞ

*5
創造ポケモンと呼ばれる幻のポケモン。あらゆる全てを作ったなどとも言われている、ポケモン内でも規格外の存在。いわゆる神様らしい視点を持っている為、邪神扱いされることも

*6
『ストリートファイター』シリーズより、春麗(チュンリー)のこと。日本語読みすると『ハルウララ』になるが、競走馬でもウマ娘でもない。格闘ゲームにおける女性キャラクターとしては、トップクラスの知名度を持つ存在。足技が多い為か、太ももが凄い。?『太いね♡』

*7
『ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生』における登場キャラの一人。見た目は『ストリートファイター』の豪鬼などと同類にしか見えないが、性別は女性。中学生時代は普通に美少女だった。姿形こそ修羅の如く変貌したが、中身は普通に乙女なところも。その為普通に人気は高い。『大神』で『さくら』だが『サクラ大戦』とは関係ない

*8
『屍姫』より、星村眞姫那。とある事情により生きる屍『屍姫』となった少女。基本的には普通の少女だが、屍──特に彼女の追うとある一族に対しては、時に苛烈な面を見せることも

*9
『THE KING OF FIGHTERS』より、八神庵。昔のパンクバンドのメンバーみたいな服装が特徴の男性。粗暴ながら嫌いなものは『暴力』であり、弱者をいたぶる趣味は一切ない。その為、まさかの異世界転移をやらされることになったりも

*10
『ヴァルキリープロファイル』シリーズの登場人物の一人。基本的にはただの人間だが、ヴァルキリーとの関わりが深い人物。見た目に反してわりと努力の人。粗暴ではあるものの面倒見はよく、仲間からは頼られ、敵方からは死神とまで恐れられる実力者。決め技の時の台詞『てめぇの顔も見飽きたぜ』は、作中何度も聞く羽目になる(彼の性能が比較的高めの為)ことから、次第に『てめぇ(アリューゼ)の技も見飽きたぜ』となることも。元ネタは『ベルセルク』のガッツだと言われているが、何の因果かとあるソシャゲ(※終了済)ではストーリーなどは無いものの、結果として共演することになったりもした

*11
ボクシング漫画『あしたのジョー』の最終話より、主人公の矢吹丈が全力を出し切り、満足した顔でリングの隅の椅子の上で座っている、というもの。『燃え尽きたぜ……真っ白にな……』という言葉と共に、この場面をパロディした作品は数多く存在する

*12
『プリンセスコネクト! Re:Dive』より、作中キャラクターの一人であるキャルの台詞。元々は2018年の年末にプリコネのCMにおいてサイゲでよくあること(毎日無料10連ガチャ)を宣伝した時のもの。そこから彼女の代表的な台詞として認知されるようになった。……なお、ゲーム本編ではそこまで頻繁には言ってない



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跪く無限、風に揺れる華

「どうしてこんなことになってしまったのでしょうか……」

「ふぉーう!ふぉふぉーう!」

 

 

 突然やって来たコズミック変態……もといメルクリウスさんにより、半ば強制的に模擬戦を組まされてしまった私。

 彼の覚醒度がどれほどなのかはわからないものの、規模の大きすぎる能力持ちは、そもそも再現しきれないと言われている以上、そこまで戦力的な脅威はないのかもしれないけど……。

 

 

(それは私の方にも言えるんだよなぁ)

 

 

 根本的に、ここにいるのは『キリア』の方。

 キーアの方がヤバい、みたいな話はこっちにも伝わっているかもしれないが、対するキリアのイメージはアニメのそれ……すなわち補助タイプというものだろう。

 ……例え弱体化していたとしても、他所の世界ではその全てを支配するとまでされている*1彼と、戦闘と呼べるようなものが行えるわけがないのだけれど、なんで私模擬戦なんてものに誘われてるんです……?

 まさか彼にも私が、実際はキーアの方だって見抜かれてるの?なんなのバトルジャンキーなの?

 

 ……いやまぁ、そもそもここにいる彼が、彼の根本的行動原理である彼女(マリィ)と出会っておらず、かつこれから出会う運命にもないので適当なことをし(半ば自棄になっ)ている……という可能性も無くはないだろうけども。*2

 

 

「……む?運命……?」

 

 

 と、適当にぼやいている内に、気付いたとある事実。

 ……ふぅむ?

 

 

「おーい、いい加減着替え終わったかー?」

「あ、はい。すぐ出まーす」

 

 

 むむむ、と考え事をしている間に、結構な時間が経過していたらしい。

 外からこちらを呼ぶアリューゼさんの声に、慌てて返事を述べた私は、小さく息を吐いた。

 ……先ほどの気付きが本当だとすれば、私はしっかりと()()を見極めなければならない。

 

 そう小さく決意をして、私は更衣室の扉を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「しっかしまぁ、嬢ちゃんも災難だねぇ」

「……アリューゼさんは、あの人達と会話をしたことが?」

「いや、特に親しいってわけでもねぇさ。……ただまぁ、あの二人が()()()()()俺達なんぞ塵のように、簡単に吹き飛ばしちまえる奴だ……ってことは知ってるさ」

「…………」

 

 

 リングの上で試合開始の合図を待つ少女(キリア)を横目に、アスナはセコンド役を勝って出た男性──アリューゼに声を掛ける。

 彼はここでは古株に当たる人物であり、それなりに事情通でもある。

 故に、『新秩序互助会(ここ)』での彼等──【水銀の蛇(メルクリウス)】【背徳の獣(マスターテリオン)】の両名が、如何なる目的を持って怠惰を貪っているのか、その理由の一端でも知り得ているのではないか──そんな希望と共に、彼女は彼へと声を掛けたのだが。

 返ってきたのは、彼等が本来の力を()()発揮できていないだろう、という当たり前にすぎる言葉(事実)だった。

 

 ──ここにいる彼等は、『転生者』などではない。

 その事を自覚できている者はほとんど居らず、故にここに居る者達はそのほとんどが、転生によって自身の性能(レベル)がダウンしている、という形で自身の現状を認識している。

 だがしかし、目の前の二人──永遠を貪るこの両名に関しては、些か事情が異なってくる。

 

 彼等は共に、無限に等しいどころか無限そのものの生を、飽きを抱えながら生き続けていた者達である。

 原作が原作故に、ルート次第ではその永遠を終わらせることもあるが……同時に、その精強さには彼等が過ごしている無限の生が、強い関わりを持っている……というのも事実。

 

 要するに、彼等は本来()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 この一件を『転生』であると見なすのであれば、それは自身が今まで経験してきた永遠と、露程も変わらないモノであるはず。

 にも関わらず、自身の身に起きた変化を見て、彼等がそれをそのまま受け入れている……という状況自体が奇異でしかないのだ。

 

 特に、【水銀の蛇】の方。

 彼は、とある人物に()()()()()()()()を己に課した存在である。そんな彼が、彼女に出会えない生などと言うものに、価値を見出だすはずがない。

 

 で、あれば。

 ああしてリングの上で、ニヤニヤとした笑みを浮かべていること自体が、あまりにも薄気味が悪いのである。

 そもそもに何を考えているのか分かり辛い人物であるが、現在はそれに輪を掛けて何を考えているのか、全くわからないのであった。*3

 

 

「……わからないと言えば、なんでキリアちゃんに絡んだのかもわからないんですよね」

「ん?見知らぬ新人に興味を抱いた、ってだけじゃねぇのか?アイツら基本的には()()()()()()()だろう?」

「そんな言葉で彼等を定義するのは、貴方くらいのモノですよ……」

 

 

 思わず口に出した、もう一つの疑問。

 なんでわざわざ、彼等はキリアという新参者の少女に、ちょっかいを掛けようと思ったのか。

 アリューゼの言う通り、彼等が『生に飽いた』者達である以上、初めて目にする相手に興味を抱く……というのはわからない話でもない。

 

 ……だが、【水銀の蛇】の方は基本的には『彼女(マリィ)』を通しての興味しか持っていないようなものだし、【背徳の獣】の方も、珍しいとは言っても身に纏う空気が、どちらかと言えば弱者のそれである彼女(キリア)に対し、必要以上の興味を抱くとも考え辛い。

 

 わざわざ二人でやって来て、その両方が一人の少女に興味を抱くなど、どこぞの()()()()でもないのだから、早々あるわけが……。

 などと考えた彼女は、ここで(変な)結論に至った。

 

 

「……え、まさか、そんな?」

「…………なにがなんだかよくわからねぇが。アスナの嬢ちゃん、多分思考が明後日の方向に飛んでるから軌道修正した方が……って、聞いちゃいねぇな、こりゃ」

「ふぉう。ふぉふぉふぉーう」*4

 

 

 横合いからツッコミが入るものの、当のアスナは完全に自分の世界に入ってしまって、こちらの言葉に聞く耳を持たない。

 

 

「そ、そそそ、そんな破廉恥な!は、母はっ!許しませんよーっ!!!」

「どわっ!?暴走し始めやがった!!誰か、止めるの手伝えっ!!」

「んー、アスナちゃんは時々機関車みたいになっちゃうのがー、玉に傷かなぁー?」

「下手に覚醒度が高いモノですから、止めるにも一苦労……というわけですわね」

 

 

 錯乱状態でリングに飛び乗ろうとした彼女を集団で抑え込みつつ、彼等はリングから離れていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、無粋な喧騒はこれにて(つい)えたか。水銀よ、覚悟は出来ているか?」

「誰にモノを言っている背徳の。私は常に覚悟を持ち、冷静にここに立ち続けている。──求めるものが手に入らずとも、それ故にこそ私はあり続けるのだからね」

「…………」

 

 

 背後でわちゃわちゃしていたのを聞き流しつつ、私は前方を睨み続けている。

 

 ジャージ姿の水銀、などというちょっと意味のわからないものを見せ付けられている私は、更にその隣──何故かハゲのカツラと眼帯を装着したマステリさん*5、という意味不明なモノまで見せ付けられているわけである。

 そもそも律儀に着替えているメルクリウスも意味がわからないし、それに合わせてセコンドスタイルのマステリさんも意味がわからない。

 

 ……一体私に、どういう反応を期待しているのだろうか。

 正直まっっったくわからないのだけれど、一応はスパーリングの形式を守るつもりらしいので、突然隕石が降ってきたりブラックホール創造してきたりとかはしなさそうである。*6

 ……かといって、普通に殴りかかって来られても困るのだけれど。

 

 ともあれ、なんだかちょっとイラッ、とした表情を浮かべた気のするマステリさんが、景気付けにメルクリさんの背中をバシンと叩いたのを皮切りに、模擬戦は開幕のベルを鳴らすのだった。

 

 

(──早っ!?)

 

 

 そしてそれと同時、油断していたこちらの虚を突くかのように、メルクリウスはこちらに急接近。

 慌ててガードをした私の腕を、グローブをしたその手で思い切り殴り付けて来て、

 

 

「ぐっ!?」

「……なるほどなるほど。こうして拳を交えてみれば、やはりと言ったところ……かな」

「……」

 

 

 体重の軽い私はそのまま吹っ飛ばされて、ロープに背中を強かに打ち付けることになる。

 追撃が来るかと思われたが、彼は腕を振り抜いた態勢のまま、何事かをぶつぶつと呟いていて。

 

 

「──無限の寵姫よ。我らは貴方を待っていた」

「──はい?」

 

 

 構えを解いた彼は、いつの間にかその手に持っていた花束を手に、私の前に(かしず)いていたのだった。

 差し出された花束に、困惑を浮かべた私は。

 ……次の彼の言葉に『うわこれめんどくさい話になった』と確信する。

 なにせ、

 

 

「あなたに恋をした()よォォォ!」

「うわっ」*7

 

 

 どう考えても、完全にネタ以外の何物でもない台詞だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 遠くの方でアスナさんが『ご禁制~!!』と叫んでいるのを聞いて、思わず額を押さえる私。

 その両サイドには、さっきリングの上で向かい合っていたはずの二人。

 半ば連行されるような形で彼等に同行している私は、とある一つの部屋へと足を踏み入れてようとしていた。

 

 

『──合言葉は』

「メルクリウス超うぜぇ」*8

『よし。……毎回思うんだが、自分で言ってて悲しくならないか、それ?』

「何を言う。()()()彼ほどのウザさを、私ごときが発揮できるわけがないだろう。──精々が真似事、精々が負け犬の遠吠えというもの。磨けども届かぬその頂に、私はいつも敬意を払っているというだけのことだよ」

「いいからさっさと入れ、メルクリウス。後がつっかえるだろうが」

「……さっきも思っていたのだけどね、マスターテリオン。君は一々私に当たりが強すぎやしないかね?」

「やかましい、コズミック変態*9を尊敬している時点で、貴様も大概変態だ。……外では仕方なく仲良くしているが、できれば余はお前とは距離を置きたいんだ」

「何をぅ!?元はといえば君が()なんて自称しているから、私と組まされることになったんだろうが?!」*10

「はー!?それを言うなら、貴様が水銀なんてやってるからだろうが!」

「いやあの、いいからさっさと入って下さいよ」

「「あ、すみません」」

 

 

 入り口付近で言い争いを始める二人に、思わず呆れたような視線を向けてしまう私。

 一応、入り口付近では既に視線避けの魔術なりなんなりが、機能しているのは認識していたけれど、それでも周囲にバレる危険を減らすように動いた方がいい、というのは確かだろう。

 

 そんな思いを込めた私の視線は、正しくその意図を果たし。

 言い争っていた二人はすごすごと頭を下げ、大人しく中に入っていった。

 

 それを見送って、私は一つ深呼吸をする。

 ……どうにも、ここからが本番だぞ、と。

 

 私が見上げた先、扉の上に掲げられたプレートには、『目覚め』なる言葉が刻まれていたのであった。

 

 

*1
『Dies irae』での彼は、文字通りの神様である。占星術()を使って、流星群を引き起こしたり超新星爆発を発生させたり、はたまた平行世界規模のグランドクロスを発生させたりするぞ。……占いとは?

*2
彼が神として渇望するもの。それには、とある一人の少女の存在が関わっている。彼女が居ない世界があったとして、彼はその世界に興味を持つだろうか……?

*3
凄まじく酷い言われようだが、既知を嫌う癖に彼女に会えなくなるのは嫌だから既知を見続ける……といった事を繰り返しているのでさもありなん。純情は純情、というか

*4
特別意訳:こいつも大概アレだったんだね

*5
具体的には『あしたのジョー』の名セコンド、丹下段平の格好。彼の台詞『立て、立つんだジョー!』はあまりにも有名

*6
メルクリウスの操るトンデモ占星術のこと。星を()()()()術以外の何物でもない……

*7
『シルヴァリオ・ヴェンデッタ』においてヒロイン・ヴェンデッタに対してルシード・グランセニックが言った台詞から。正確には『己が身体をもって、女神の休息を支える幸せ……嗚呼、言葉にできない。生きててよかった。あなたに恋をした花よォォォ!』。この台詞の元ネタが、メルクリウスのとある台詞である為発したモノ。『花』と『華』の違いとか、わざわざパロった方の台詞を言うとか、色んな意味で『あー』と納得を生む……かもしれない

*8
『dies irae』の読者・作中人物・原作者全ての総意。どんだけウザがられてるんですかねぇ(白目)なお、ウザがられつつも愛されてはいるらしい

*9
メルクリウスのあだ名の一つ。宇宙的な変態、の意味。ある意味存在がクトゥルフの邪神みたいなものだからこその名前

*10
数少ないメルクリウスの親友()の一人であるラインハルト・ハイドリヒは、彼から『獣殿』と呼ばれている(なお、リアルのファンからも『獣殿』と呼ばれている)



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存在規模が違いすぎて、消し飛ばされなくて良かったね

「まぁ、既に予想は付いているかと思うが。水銀──メルクリウスの()()()()をしていた者だ。宜しく頼むよ」

「余の方も似たようなモノ。マスターテリオンの()()()()をしていた者だ、宜しく」

「ああはい、宜しくお願いします……」

 

 

 サクッと告げられた言葉に、半ば拍子抜けのような感想を抱く私。

 それもそのはず、危険人物だと思っていた二人こそが、この場所では一番頼りになる人物だったのだから。……アスナさん?あの人時々暴走するし……。

 

 ねーねーわしはー?*1という幻聴を聞き流しつつ、改めて室内を見渡してみる。

 場所としては、とてもホコリっぽい……多分元々は倉庫かなにかだった場所だろうか?

 薄暗いその場所に、先の二人がダンボールを椅子にして座っているわけである。……違和感凄いなこの光景。

 

 想像してみて頂きたい。

 ここにいる二人は、共にラスボス級の強者(の、姿をしている者)である。

 仮に彼等が腰を下ろしている姿を描くのであれば、それは豪奢で華美な椅子に頬杖を付いて座る……とかのような、その威風を強調するようなモノが普通だろう。

 

 対し、ここにいる二人。……ダンボールに座ってこちらを不思議そうに見ている。『座らないの?』とでも言いたげなその表情は、ギャグ空間ですら早々御目にかかれそうにないモノだ。

 そりゃまぁ、なんというか最初からクライマックス*2、疲労値の加算速度二倍……みたいなテンションに、こちらがなってしまうのも仕方ないというか。

 

 

「言われているぞ、背徳の」

「それは貴様の方だろう、水銀の」

 

 

 それと、外に居た時とは違い、露骨に仲が悪そうなのも胃に悪いというか。

 ……会話の内容がどうであれ、見た目は『コズミックラスボス*3達が、バチバチと睨みあっている』以外の何物でもないため、非常に心臓に悪いのである、複数の意味で。*4

 なので、できればやめて貰おうと思い、声を出そうとした私は。

 

 

「──止めんか、小童(こわっぱ)共」

「……君に言われたのならば、仕方ないな」

「貴様の言に頷くのは癪だが……まぁ、仕方あるまい」

「まったく……すまんの、お若いの」

 

 

 部屋の奥──暗くて見えないその場所から、別の男性の声が聞こえたことでそれを中断する。

 

 声の主は二人を窘め、渋々ながらも彼等はその忠告を受け入れ、居住まいを正した。

 その流れに、ここの主が誰であるのか、なんとなく察した私だが……聞こえてきた声が、()()()()()()()()を察したがために、思わず背筋が凍る羽目になったのだった。いやまぁ、()()()()()()()()()()のかもしれないけれども。

 

 脳内で漏らした軽口に、小さく口元を歪ませるものの、頬を滑り落ちる冷や汗はごまかせない。

 相対する闇の向こう、こちらを静かに見据えるその人物の、あまりにも鋭い眼光。

 ごくりと生唾を飲む私の前で、件の声の主はゆっくりと、その姿を暗がりから現していく。

 

 

「──自己紹介が、まだじゃったな。儂は山本元柳斎重國。宜しく頼む」*5

「アッハイ,ヨロシクオネガイシマス」

 

 

 現れたその人物の姿を見て、気絶しなかった自分を褒めたくなった私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「ここはいわば、儂らのような『事実』を知ったものの溜まり場、のようなモノと言うわけじゃ。……まぁ、自ずからそこにたどり着いたわけではなく、半ば強制的にそれを知らされた、という方が近いようじゃが」

「はぁ、なるほど?」

 

 

 ダンボールの椅子とダンボールの机。

 そこにちょこんと着席した私は、山本元柳斎重國──もとい、山じいより進められた緑茶と羊羮に、手を付けるに付けられないまま彼等の話に耳を傾けていた。

 

 ここにいる彼等は、とある共通点を持つ者達である。

 その共通点というのが、言動や見た目こそなにかしらの創作物のキャラクターの姿を模しているが、その実内面は()()()()()()()ということ。

 ──正しく『なりきり』であるのが、ここにいる者達なのだ。*6

 

 

「『その姿は君に貸すが、それ以上は自分でやりたまえ』……まぁ、その様な感じの言葉を投げられたのだったかな?気が付けば私は、この姿と幾ばくかの力を得て、この世界に意識を表出させていた」

「余も似たようなモノ。『盤外の視界か。稀人としてその地を眺むるも、中々に興味をそそる道程ではあるが──止めておこう。そちらには余が真に求めるモノは、どうやら有り得ぬようであるからな』という言葉と共に、余はこの世界に放り出されていたのだ」

「……ウワー,タイヘンデスネー」

「……ふむ。ちと休憩とするかのう。この娘にも、情報を整理する時間が必要じゃろう」

「ふむ、それもそうか」

 

 

 情報の洪水で溺れている私を気遣って、山じいが暫しの休憩を告げるものの……こちらとしては休憩なんぞしている暇はないわけで。

 

 以前、タマモや沙慈君の話題に上がった、()()()()()()人物。

 それと類似した事例となるのが、ここにいる人物達ということになるらしい。

 

 本来『逆憑依』というものは、特定のキャラクターを複写し、それを型の上に投射する……というような方式で形成されていると思わしい。

 ()人形(肉体)、それから設定(精神)と考えれば分かりやすいか。

 

 服だけあっても、それを着せる人形が無ければ意味がなく。

 服を着せた人形があっても、それを動かす誰かが居なければ、それは単なる『服を着た人形』でしかない。

 その人形にどういう役割を持たせるのか、という()()がなければ、人形に命を吹き込むことはできはしない。

 

 今までの事例は、三つの要素がしっかり満たされている『逆憑依』・人形()が無いので他のモノで代用した【顕象】が主であったが、ここに来て『(憑依者)がない』パターンが発生した、というわけである。*7

 

 とはいえ、人形を動かすための『設定』だけは存在しているため、最低限体裁を整えることだけはできている。

 結果、凄まじく()()()()()()なりきり、としか言い様のないものになっているのが、ここにいる人々なわけだ。

 姿形が同じで、かつ本物と同じように振る舞うのであれば、それは偽物と言い切れるのか否か……という、スワンプマンと似たような意義を抱えた者達……。

 

 

「さながら【泥身(ザ・ヴァニティ)】、と言ったところでしょうか?」

「……ふぅむ?」

「ひゃわっ!?ややや、山本さん!?……あ、今のなし!今のなしです!呼び方として酷すぎるので!!」

 

 

 思わずとばかりに呟いた言葉は、いつの間にか隣に立っていた山じいの耳に入ってしまったらしく。

 こちらが適当に付けた名前に、彼は少なくない共感を得たようで。

 

 

「いや、それが良かろう。儂らはこれ以上の成長を為せぬ者。自身が生まれた沼地に、留まり続けることしか出来ぬ者。──我等を言い表すに、これ以上のモノもあるまい」

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

 

 こちらの悲鳴などお構い無し、山じいは勝手に自身達を【泥身】と自称するようになってしまうのだった。……口は災いの元ぉーっ!!

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、過ぎたことを気にしすぎても仕方がないので、別の話をしましょう」

「それでこそ我が華。君は苦難を乗り越える姿こそ美しい……」

「……マスターテリオンさん、さっきから思っていたのですが、なんでこの人私のことを『華』扱いしてくるのですか?……ニュアンスがどことなく違う気がするので、『彼女(マリィ)』扱いしているわけではないのはわかるのですが」

 

 

 私の口がトラブルメイカーなのは今に始まったことではないため、気持ちを切り替えて別の話をすることに。……しようと思った矢先、メルクリウスさんから飛んできた言葉に、思わず眉を顰める私。

 

 ドラマCDなどでの暴挙から、彼が『コズミック変態』などと呼ばれているのは知っているが、その対象はあくまでもただ一人。

 それ以外は有象無象、例外たる獣殿以外に、彼が執着を見せることなど無いはずなのだが……。

 

 そんな疑問を込めてマスターテリオンさんの方に声を掛けて見たところ、返ってきたのは至極単純な答えであった。

 

 

「なに、単純なこと。余達は本人ではないが、本人であることを定められたもの。それゆえにその行動原理もまた、違えず引き継いでいるというわけだ」

「ええと……彼が永き生を歩んだのは、全て愛しき『彼女(マリィ)』のためだった。その目的を彼もまた引き継いでいる……と?」

「然り。されども余達は本人ならざる者。……で、あるならば、その目的を()()()()()()()()()()()()……というわけだ」

「えーと……?」

「小難しい言い方をするでないわ、この(わっぱ)めが。……つまりはな、こう言いたいのじゃよ。──『同担拒否』、とな」*8

「えぇ……」

 

 

 メルクリウスという存在にとって、ある一人の少女への恋心は、その存在を支える支柱ですらある。

 ゆえに、メルクリウスである限り、その愛は必ず抱え続けなければならない業、のようなモノだとも言えてしまう。

 即ち、『メルクリウスであるならば、『彼女(マリィ)』を愛していなければならない』のだ。

 

 出会えないルート(世界)なんて選ばないし作らせない……というレベルで執着しているのだから、それは半ば因果の逆転のようなモノですらあるわけで。

 それは『逆憑依』にしても同じこと。『彼女』に出会えないのであれば、例えそれが座の強制であっても拒否するし、従う以外に無かったとしても、絶対に彼から進んで首を縦に振ることはあるまい。

 

 その結果が、【泥身】となってここにいるメルクリウスさん、というわけである。

 ……のだが。『彼女』がこの世界に居るのならばいざ知らず、確実に居ないことが分かっている世界で『彼女』を愛することを……例え姿形、そのあり方に至るまで近似するとはいえ、一度自身から切り離した者にそれを認めるほど、()が聞き分けが良いのかと言われれば疑問視する他無く。

 

 息子はオッケーだったじゃん*9、という不満は聞き入れられず。

 結果としてここのメルクリウスさんは、『彼女:なし』という、なんとも言えない状況で日々を過ごしていたらしい。

 

 そこに現れたのが──。

 

 

「そう、君だ我が華よ。『花』と述べるは叶わずとも、『華』と愛でるは叶う君。我が愛の全てを受け、そして彼方の『彼女』のように()()()()()()()()()()()を持つ我が華よ。嗚呼、私は万感の思いを込め、敢えてこう告げよう。──時よ止まれ、お前は美しいむぎゅ」*10

「怒られなさい!なんというか、もう、その、色んな人に怒られなさい!!」

「まさかのふみふみ……ふ、ふふふ。昂って来た、昂って来たぞぉ……!!」*11

「ひぃっ!!?対応間違えたっ!?」

「……やれやれ」

 

 

 こちらに傅き、まるで美術品でも触っているかのように、恭しく私の足の裏を持って、頭上へと掲げ始めるメルクリウスさん。……思わず総毛立った私は、彼の口走った言葉にツッコミを入れつつ、その脳天を上から踏みつけた……のだけれど。

 対する彼は恍惚の笑みを浮かべて、気のせいか存在感が高まっていく始末。

 

 やべぇやらかした、と私がビビると同時、山じいの拳骨が落ちたメルクリウスさんは、そのまま地面に沈むのであった。

 ……なぁにこれぇ?

 

 

*1
ミラちゃんは戦力的には頼りになるけど、精神的にはちょっとなー。原作よりぽんこつっぽいからなー。とはキーアの言

*2
有名なのは、『仮面ライダー電王』のモモタロスの台詞『俺は最初からクライマックスだぜ!』。初出かどうかは不明。始まりの時点で最高潮、というような感じの言葉であり、動画などに使われている場合は最初から盛り上がるようなものが多い

*3
コズミック(cosmic)とは、『宇宙の』の意味。18禁(エロ)ゲー系統のラスボスは普通に宇宙規模の攻撃を繰り出す事が多い為、そういう意味での『宇宙(コズミック)』と言えなくもないが、この二人の場合はどちらかと言えば『地球外』といった趣の方が強いと思われる

*4
とかくインフレしやすい系統の彼等が真っ向からぶつかり合うとか、強さ議論的にもよろしくない……の意。基本的に文章表現の方が、戦力規模が大きくなりやすい(絵で表現するのは難しいが、言葉でならどんな荒唐無稽なモノでもとりあえず口にすることはできる)為、視聴者側は雰囲気で楽しんでいることもしばしば……

*5
『BLEACH』の登場キャラクターの一人。作中描写を見るに、恐らくは単純火力なら最強の人。性格が丸くなって、周囲への被害を気にするようになったからこそ勝機が見えたが、そうでなければとりあえず全部『燃やす』で勝ててたかもしれないとも。……え?続編が出るならこの人、完全に敵かも知れないんです……?

*6
基本的に『キャラクター』に中の人の知識を補強したのが『逆憑依』だが、彼等は『キャラクター』を中の人の知識で()()()()()()()()()()という方が近い

*7
正確には、服の型紙だけ渡されたようなもの。普通の『逆憑依』がオリジナルの服を見て複製した服を渡されたとするのなら、こちらはオリジナルの服を見て作った型紙をPON☆と渡されたような感じ

*8
元々はジャニーズのファンの間で使われていた言葉。アイドルグループには複数のメンバーが属していることがほとんどであり、そのメンバーの中でどの人物のファンなのか、ということ示すのに『○○担当』という言葉が存在していた。ある意味では自身がそのメンバーの事を支えている──マネージャーのように担当している、ということを示しているとも言え、そこから同じアイドルを推していることを『同担』と呼ぶようになり、様々な感情から『同じ人物を推している相手への拒否反応』として『同担拒否』というものが生まれたらしい。ある意味では独占欲とも言えなくもない

*9
彼の原作での行動。お父さん気持ち悪ーい……だなんて生易しい反応ではないのは確か

*10
件の息子さんの台詞。喧嘩売ってると見なされても仕方がない暴挙

*11
シルヴァリオ・ヴェンデッタ(お隣さん)』の変態の台詞。輸入仕返し、特許料は踏み倒した()。ところで、なんか乗り移ってませんか……?なお、『踏み踏み』なので、どこぞのアイドル(鷺沢文香)の愛称ではない



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目と目と歯と歯、量刑は難しく

「ある程度の実力を持った変態とか、もはやどうしようもない奴ですよね……」

「……否定はせぬ。こいつの場合は自身の時に変態とまで評される行動力によって、その存在の強さを確固たる物にした類いの者であるのだからな」

「うーん覇道神……」

 

 

 完全に気絶してしまったメルクリウスさんを、近くのダンボールの上に寝かせつつ、改めて話をするために、ダンボールに座り直した私。

 ……ダンボールの活用度が高すぎる……。

 

 

「ダンボールは戦士の必需品だ、古来より数多の戦士がダンボールに命を救われている。ダンボールをどう活用するか。それこそが任務の達成率を左右すると言っても過言ではない」*1

「……!?」

「ダンボールは建築材としてもすぐれておる。これをうまく活かせば、東京スカイツリーだって建設できるじゃろうな」*2

「山本さん!?山本さん!!よくわからないけれど他にも誰か居ませんかここっ!!?」

「ああ、無害なダンボールの妖精じゃ。気にせぬように」

「ダンボールの妖精!?」

 

 

 まぁ、こんな感じに謎の幻聴が聞こえてきて、思わず山じいに詰め寄る羽目になったけども些細な話。

 あれこれと話を聞いた結果、ここでの彼等がどういう活動を行っているのかの一端を、窺い知ることができたのだった。

 

 

「では、皆さんは別にこの組織の転覆を狙っている……というようなことはないと?」

「うむ。ここ以外の安息の地があるということを知れたものの、そちらに全ての責を投げるような無責任は出来ぬ。──我等のような半端者、彼奴等(きゃつら)のような尖り者。それを悪戯に放逐するのは、最早単なる災厄でしかなかろうて」

「はぁ、まぁ、確かに……?」

 

 

 吐き出すような彼の言葉に、納得できるような微妙なような、どっち付かずの返事を呟く私。……いやまぁ、向こうも大概アレだし……ね?

 

 ともあれ、少なくとも彼等がこの組織を転覆させて、自分達がその舵を握ろう……というような思想は持ち合わせていないということは確からしい。

 一般的な『逆憑依』と違い、大本の存在達が強大無比である彼等は、再現度の仕様(比率型)的にそれ以上成長(覚醒)をしない代わりに、最初からそれなりの戦闘力を得ているため、ここで下克上を目指すこと自体はそう難しくもないらしいのだが。

 

 

「先のビジョンを確りと見据えている、現リーダーであれば問題はない」

 

 

 とのことで、基本的には現状に甘んじるつもりであるとのことだった。

 じゃあ、この集まりはなんのためにあるのだろう?……と疑問に思ったのだけれど。

 それに関しては、先代のリーダーに問題があったのだそうだ。

 

 

「うむ。典型的な覚醒者……もしくは狂信者か。少なくとも、彼奴がこの組織の頭であり続けていたのであれば、この日の本の国は瞬く間に修羅の国と化していたであろうよ」

「……それはまた、なんとも物騒な話ですね」

 

 

 鷹揚に頷く山じいの言によれば、この組織の創設者たるその人物は、典型的な『なろう系の主人公』気質の人物だったのだという。

 

 自身を転生者だと思っていることの弊害──器となった人物の抱えていた鬱屈との共鳴により、そのエゴを肥大化させたその人物は、甘言と謀りを巧みに使い、在野に隠れていた転生者達を掻き集め、この組織の雛形となるものを作り上げた。

 

 その目的は、表向きには転生者達の保護であったが……無論、それは耳障りのよい単なる方便に過ぎず。

 ゆくゆくは今の政府を打倒して、転生者達による『正しい統治』を目指していた……というのが実情らしい。

 

 実際、自身を転生者だと思っているこちらの者達は、向こう()の憑依者達に比べて戦力的な意味での能力値の質が、若干高いように思われる。

 そんな者達が、徒党を組んでいるのだ。

 確かに、甘言を耳元で囁かれて道を踏み外してしまえば、自分達こそがこの世界の支配者だ……なんて勘違いを起こしても、仕方のない話なのかもしれない。

 

 世に出回る『なろう系の主人公』達は──強さを誇示する者は特に、転生した世界での『神』とでも呼べるような存在へと、鍛練を続け邁進することが多い。

 基本的にはそのまま異世界に残り、そこで神として世界を眺め続ける者が大半だが……時にその力を持ったまま、元の世界に戻ってくる者もいたりする。

 その辺りが、ある意味問題の一因となっているのだろう。

 

 人間というものは、基本的には未知を恐れるものである。

 わからないもの、得体の知れないもの。それらを自身の尺度に貶め、理解した気にならなければ安心できない生き物であるとも言える。*3

 

 ゆえに、もし仮にそうして、異世界から現実に舞い戻った存在がいたとして──その彼に待っているのは、ほとんどが()()という対応だろう。

 

 復讐譚を面白いものと定めつつ、仮に自身の近くに復讐犯が居た時に、その正当性に関わらず彼等が排斥されるのは、それが()()()()()()()だ。

 復讐をしたことのない人間にとって、復讐をしたことのある人間の思考回路とは、『よくわからないもの』以外の何物でもないのである。……まぁ、これに関しては別に復讐に限らず、あらゆる物事において『自分が経験していないこと』を経験した相手の心情など、経験していない人間にとっては想像でしか語れないのだが。

 

 ともあれ、感情論による行為の是非を認めてしまうのであれば、そこに善悪の区分は必要なくなってしまう。自身に()()をしてくる者は全て悪、という論理が罷り通るからだ。

 

 例え相手がどれほどの悪人であれ、彼等が家族や友人を持つことそのものが『悪』になることはない。

 そしてそれらの親しいものが、彼等『悪』と称される者達を愛することもまた、それ自体が『悪』にはなることはない。

 ゆえに、例え相手が悪人であれ、勝手にそれを排除するのは、その周囲の者達の『益を奪う』ことにも繋がるわけである。

 

 それぞれの人物の善悪を別として、行動の是非のみを問う場合、悪いのはやはり『奪った側』になるのだ。……例え奪った側が、既に奪われた側であっても。*4

 無論、世間はそうとは思わないだろう。被害者が加害者を加害したところで、自業自得だとしか思わないはずだ。

 

 ──が。それを法を通さず判断するのであれば、話が違う。

 行動の是非だけで言えば悪になる行為を、それが『そうされても仕方なかった』から許してしまうのであれば、その果てに待つのは末法の世だ。*5

 

 人の感情によって、加害の是非が決まってしまうのであれば、必要なのは周囲を味方に付ける背景(事情)、ということになる。

 本当は悪いのはこちら側なのに、相手を悪者に仕立て上げれば、こちらの加害は善となる。

 それが罷り通るのであれば、復讐は全て『是』となるはずだ。*6

 

 それを踏まえて──もし仮に、以前正当な復讐を果たした者が居たとして、その者がまた復讐に手を染めた時、周囲の人は彼のことをどう思うのだろうか。

 恐らくは、また彼に対して不当な行為を働いた者が居たのだろう、と思い至ることだろう。

 

 ──実際は、とても些細な行き違いで、彼の側が必要以上の加害を加えたのだとしても。

 それを知り得ぬ状況下では、周囲は彼が正しいことをしたのだ、と思い込むことだろう。

 

 一種の正常性バイアス*7とでも言うべきか。

 ともあれ、『普通の人』は復讐なんてしない*8という原則を忘れてしまうと、人の認知は容易く歪んでしまうのである。

 ()()()しないはずのことを、実際にやってしまった時点で、その人は最早『普通の人』からしてみれば『未知の存在』に成り果てているというのに。*9

 

 だから、一般的な感性を持つ人々は、例えそれが正当な行為だったとしても、自分の手を汚した復讐者を排斥するのである。

 ──その()()()()()が、いつ自分に牙を剥くかわからないから。*10

 

 その辺りも踏まえ、国はそれらの『罪に対しての罰』を当人達から取り上げる、という対処を行っているわけである。

 少しでも情があれば、行為の悪は状況の善に流されてしまうことを知っているがゆえに。*11

 

 纏めると、今の世界から排斥され、外の世界に放り出された転生者達は、もし仮に元の世界に戻ってきたのなら、無自覚に復讐を行う可能性が高く。

 それ故に、そもそもの『他世界帰還者という未知』と『復讐をする者の精神構造という未知』が重なり、世界からもう一度排斥される可能性が高くなり。

 それゆえに彼等は正当性を得て、更なる復讐の輩と化す可能性が高い……ということだろうか。

 

 小難しいことを抜きにすれば、基本的には復讐に正当性なんてないぞ*12、なのだけれど。

 そんなことを怒りや憎しみに目が曇った者達が、理解してくれるはずもなく。

 

 転生者に対しての排斥、転生する前の排斥……。

 それらが一種の正当性と化し、その前リーダーは暴走を続けていた、ということになるようだ。

 

 

「その暴走を止めたのが、現リーダーというわけじゃ」

「……一応聞いておきますが、言葉で止めたわけではない……のですよね?」

「まぁ、それはの。……言葉で止められるのであれば、もっと早い時点で止められておる。──現リーダーは力で捩じ伏せた。貴様のそれは単なるわがままだ……と見せ付けたと言うべきか」

 

 

 そして、その前リーダーの邁進を止めたのが、現在この『新秩序互助会』を取り仕切るリーダーであるところの、例の骨の人ということになるらしい。

 ……キャラクターのイメージ的に、そういうまともなことをできるような人には思えないのだけれど、そこら辺にもなにか秘密があるのだろうか?

 

 そんな私の疑問は、毎度「会えばわかる」と流されてしまうわけなのですが。

 ……だから、会えるの何時だよぉ!!

 

 

 

*1
そのままではないものの、概ね『METAL GEAR』シリーズの主人公・スネークの台詞。ダンボール一つあれば潜入も工作もできちまうんだ!

*2
『魔人探偵脳噛ネウロ』より、本城二三男。ダンボールで家から戦車まで、なんでも作り出せるタイプの人。『ダンボール戦機』における強化ダンボールを渡したら、下手すると宇宙船まで作れるようになるかも……?

*3
『病魔』が原因のわからない謎の病を『未知』にしない為に生まれたもの、と言うのは有名か。妖怪なんかも、基本的には『わからないもの』に対しての説明・人格付与に当たる。『言葉がわからない』ので天狗にされた外国人なども類例か

*4
感情論を抜きにした場合、『復讐』は犯罪である為、やった側も罰せられることになる。よく復讐関連の話で引き合いに出される『ハンムラビ法典』も、あくまでやったことと同じことを返す(目には目を、歯には歯を)だけであり、その本質は『必要以上の罰を与えない』ことにある。ここで考えなければいけないのは、『罪に見合った罰』を与えるというのが実際には難しいということ。誰かを殺害したので犯人を殺します、というのは『犯人が死を恐れていない』場合に等価とは言い辛くなる。また、親しい者が殺傷された時、被害者側が望むのは『実際に被害者が受けた傷と相応の罰』……()()()()()、それを見聞きして傷付いた遺族や親類達の心の傷を含めたモノ、ということになる。当事者のみでの話ではなくなっている為、必要以上に加害者側へ希求される罰が大きくなっている、ということは頭の片隅に置いておくとよい。これを認知していないと、加害者だけでなくその周囲の人物達への攻撃、という形に波及する可能性があるからだ。要するに、やりすぎるというわけである

*5
『殺さなければ止められなかった』というような相手が居たとして、それを当事者だけの視点で決めてはいけない、ということ。第三者が挟まればあっさりと片付くこともあるし、第三者を挟むことができない・許されないこともある。特に殺害にまで至ると取り返しがつかない為、本来人殺しの汚名を被る必要性が無かったのにも関わらず、その汚名を得たことで別の事件の引き金になった……という負の連鎖を起こすことも少なくはない。無論、だからといって我慢していればよかった等と言うのも無責任であり、故に司法としては『悪いことは悪い』としか言えないのである

*6
大前提として、復讐はそれをするに至った理由が存在する為。理由のない復讐は単なる暴挙である。なお、『理由が有ればいい』とする場合、どんなに些細なことであっても『理由にはなる』という屁理屈が存在することに留意すべき。きっかけに大小や正当性などを言い始めたらキリがない、とも

*7
予期しない状況に出くわした時に、それを『ありえない』と否定して自身の平常心を保つ認知バイアス(先入観)の一種。基本的にはいわゆる『天災』に相当する出来事に遭遇した時に起こるもの。悪いことが起きるのには悪い理由があるはずなのに、それらを無視して唐突に起こる災害……それに対して『そんなはずはない』とする心の防御機構。悪因なしに悪果が起こるのであれば、善因を積む意味がないじゃないか、というような心の動きが関係しているとも

*8
選択肢として存在しないものは選べない、の意味。学校の授業が『選択肢を増やす為のもの』と言われることがあるが、基本的にはそれと同一。『やり返された』経験あってこそ、『やり返す』選択肢が取れるということか

*9
聞いたことのない職業の人が居たとして、話を聞かなければその人が何をしているのかはわからない。先の学校の話の通り、『職業』と『選択肢』は類似している為、その選択肢(職業)を知らない人からしてみれば、それを選んだ人もまた『未知』なのである

*10
ここでの未知は、正確には『相手の許容範囲』について。どこまでが許されて、どこからがキレられるポイントなのか。普通の人間関係でもそこを探るのは変わらないが、相手が『復讐者』である場合、地雷を踏んだ時に返ってくるのは……と考えた時に、『関わりたくない』となる……という話

*11
本人達の手から問題を取り上げることで、そこに掛かっている『感情論』を一端取り払う、という効果が期待される。……うまくいっているとは言えないかもしれない。ともあれ、罪に対しての罰も、『死刑』のような場合は『罰を行うことの罪』が生まれる為、その所在を一般市民から切り離す、という意味では必要不可欠なわけなのだが

*12
ちょっとした嫌がらせくらいならアレだが、大体何かしらの犯罪に引っ掛かる方法での復讐が主である為、気持ちの問題は別としてやっていることそのものに正当性はないぞ、の意



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一日目が終わらない

「む、なんじゃなんじゃ。相当にお疲れのようじゃのぅ」

「一応まだ一日目のはずなのに、色々とイベントが起こりすぎなんですよ……」

 

 

 山じい達との会話を終え、彼等の居住地を後にした私。

 

 彼等は基本的には普通に過ごしつつ、不穏分子が再び現れないように内部を見張っているのだという。

 新人に当たる私に声を掛けてきたのも、一応はその辺りの確認の面が強かったようだ。

 まぁ、こことは別の場所を知っているため、そこの情報を知りたかった……という部分も少なからずあったようだが。……メルクリウスさんの場合はやる気の補充、というところもなくはなかったようだけど。

 

 ともあれ、これからもある程度の連絡を取り合うことを約束した私は、他の人に見付からないように外に出て、他の人に見付からないように部屋にまで戻ってきた……というわけなのである。

 一応その辺りの隠蔽については、あれこれと配慮されているらしいとは聞いたけれど、やらないよりはやっといた方が気分的にマシ……というか。

 

 とにかく、無事に万魔殿*1より帰還を果たした私が目にしたのは、ベッドでナーヴギアを被り横になっているアスナさんと、その隣で椅子に腰掛け、フォウくんと戯れるミラちゃんの姿なのであった。

 先の彼女の言葉は、部屋の中に入ってきた私の顔を見た時のものだった、というわけだ。

 

 現在の時刻は、既に日は沈んでしまっているくらい。

 要するに、暫くすると夕食の呼び出しが掛かるくらいのタイミング……ということになる。

 

 

「……これはあれでしょうか、『アスナー、もうすぐご飯よー』という母親風(ははおやかぜ)を吹かせる場面なのでは?」*2

「いや、何故に母親?……そもそもお主、そっちの喋り方はもう良いのではないか?誰もおらんのじゃし」

「いえ、何故かはわからないのですが、口調を解くべきではないという謎の予感がですね?」

「なんじゃその予感は……」

 

 

 呆れたようにこちらを見つめるミラちゃんに、小さく肩を竦める私。

 確かに意味はわからないかもしれないが、こういう時の予感に逆らうと、大抵良くないことが起きる……というのも、今までの経験上よくわかっているため、残念だが慣れて頂きたい。

 

 それはともかくとして、もうじき夕食の時間であり、それは昼食と同じく『時間を遵守すべきものである』というのが事実である以上、アスナさんにその辺りの注意を促した方がいいのは確かな話。

 

 ……なのだけれど、私達が使っていたただのVR機器と違って、彼女のそれはナーヴギア……疑似ダイブではなく、歴としたフルダイブタイプの機器である。

 外からの刺激も認知したままでいられるこっちと違い、確か脳内の電気信号をジャックして、五感を誤認させる……という形式の装置だったような気がする*3ので、はたして外から声掛けをしたとして聞こえるのだろうか、という疑問がなくもないというか。

 

 それと、ナーヴギア自体が迂闊に触るとレンチンしそうで怖い(小並感)……という面もあり、ちょっとばかり対応に困る感じである。

 というか、フルダイブ系の機械ってなんか悪用されているイメージしかない(主に薄い本のせいで)ので、今一信用度に欠けるというか。*4

 ゲーム体験としては確かに最高峰なのだろうけど、その行き着く先がデジタルドラッグだの昏睡だの洗脳だのだと、負の面が目立つのはどうにかならないのだろうか……?

 

 

「……ちょっと気が早いんじゃないかな、その辺りを心配するのは」

「おおっと、おはようございますアスナさん。ご飯になさいますか?それとも、ご飯になさいますか?それとも……ご・は・ん?」*5

「ふぉふぉーうっ!!」

「全部ご飯ではないか。腹ペコキャラかなにかかお主」

 

 

 そんなことをうだうだと考えていたら、いつの間にやら起きていたアスナさんが、ナーヴギアを外しながらこちらに苦笑を向けてきていた。

 仕方がないのでお決まりの文句を述べてみたものの、周囲からの反応はよろしくない。……むぅ。これがマシュだと、喜んで食事の準備を手伝ってくれるんだけどなー。

 

 他者とのコミュニケーションって難しいなー、とため息を吐きつつ、二人+一匹に声を掛ける。

 

 

「腹ペコキャラでも構いませんので、さっさと出ましょう。……余裕、あまり有りませんよ?」

「ぬ?……ぬぉっ!?結構時間が経過しておる!?」

「あっ、ごごごごめんなさい!すぐ準備するわ!」

「ふぉふぉーう」

「やれやれ……」

 

 

 なんやかやと話していたため、意外と時間が経過していたことを示せば、二人は慌てて食堂に向かう準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ウサ耳……」

「ぬ?どうしたキリア、誰かを見つめておったようじゃが……」

「……いえ、ちょっと、気になる人が居たもので」

「ふむ?……ああなるほど、無口組じゃな」

「幾らなんでもそのまますぎませんかその呼び方……」

「わしが決めたわけじゃないわっ」

 

 

 夕食をトレーに乗せ、食事スペースへと運ぶ最中。

 視界の端を過った一人の少女に思わず視線を引き付けられた私を、怪訝そうな声で引き戻すミラちゃん。

 

 不思議そうな顔をしている彼女に返したのは、チラリと写った少女の姿が、旧版の方だな……なんて感想を抱いたという話だったのだが、彼女はそちらには気付かず、少女が駆けていった先──同席する他の少女達もまた、気質的に近い者達で集まっているという事実の方を返してくるのだった。

 

 なお、最初に視界に入ったのは社霞で、彼女が向かった先に居たのはホシノ・ルリと綾波レイだった。……私の知ってる方のタバサは混ざれなさそう。*6

 

 

「貴方の交遊関係も大概謎だけど……あの子達は止めておいた方がいいわよ、会話が続かないし」

「続かないというか、どちらかと言えばテレパスしてませんか彼女達?」

「……ああうん、そうかもしれないわね……」

 

 

 アスナさんは一度会話をしようとして撃沈した記憶でもあるのか、微妙に苦い顔を浮かべていたが……、そもそも霞ちゃんが超能力者だった気がする*7し、無口組にのみ伝わる、謎の意志疎通手段を発揮している可能性もなくはない。

 

 基本的には他者との交流とかを進めていくのが、現状の基本方針である私としましては、とりあえずいきなり戦闘とかになりそうもなければ、積極的に声を掛けに行かなければならないわけでですね?(典型的トラブルメイカーの思考)

 そんな謎の言い訳で論理武装しつつ、彼女達の席に近付く私。

 

 

「その、ご一緒しても?」

「……構いません。楽しい話題は提供できないかもしれませんが、それでも良ければ」

「大丈夫です。──皆さんは、いつも一緒に?」

「そうですね。行動的な(たち)ではありませんので、同じような気質の方と一緒だと落ち着くといいますか」

「なるほど……」

 

 

 最初に声を掛けた霞ちゃんの方は、特に大きな反応も示さず、そのまま席を横にずらした。……私の座る場所を開けてくれたらしい。

 それに小さく頭を下げつつ、滑るように座った私。

 所在なさげに片手をあげていたアスナさんには目で謝罪をして、そのまま次の相手に声を掛ける。

 次の相手……ルリちゃんはと言うと、いわゆる綾波系の中でも殊更に無口なタイプというわけでもなく、それゆえに返ってくる反応は至って普通のモノだった。

 

 なので、この組み合わせの問題は、恐らく彼女──綾波レイにあるのだろう。

 彼女はと言うと、他の二人が会話しているにも関わらず、特に視線を向けることもなく、黙々と食事を食べ進めていた。

 ……我関せず、という感じだろうか?

 

 他二人がちょっと気不味そうな空気を醸し出している辺り、どうやらいつものことらしい。

 別に嫌々一緒に居るわけではなさそうなので、反応が悪いだけであって、殊更に人嫌いを発症しているわけではない……と思うのだが。

 

 

「……その、レイちゃん?」

「なに」

「えっと、新人の……」

「知ってる」

「……あがー」

「これはひどい」

(そりゃ私の台詞だよ……)

 

 

 そんな風に静観していた私の目の前で行われたのは、あまりにもサツバツ!*8……としたやりとり。

 ……よもやリアルで霞ちゃんの『あがー』に遭遇するとは思わなかった*9が、その喜びもどこかに吹き飛ぶほどの、取り付く島のなさっぷりである。

 横のルリちゃんがマイペースなのもあって、涙目の霞ちゃんの可哀想度数が酷いことになっているような気がするでござる。

 

 

「綾波レイ」

「……なに」

「他者との関わりに忌避を抱いたところで、お前の世界には何の影響ももたらさない」

「……そう」

 

 

 そんな風に微妙な空気が流れていたのだけれど、なんと横からカルナさんが口を挟んでくる、という謎のイベントが!

 ……カルナさんも口の少ないタイプなので、なにかしら共感するところでもあったのだろうか……?

 

 ともあれ、いつも通りなにか足りてない感じのする彼の言葉に、綾波さんは持っていたスプーンを机に置いて。

 

 

「──綾波レイ。宜しく」

「……あ、はい。宜しくお願いします……?」

 

 

 突然に私に自己紹介をしたかと思えば、そのまま食事に戻ってしまったのだった。……いやコミュニケーション下手くそかっ!!

 

 

*1
旧約聖書『創世記』の第三章の挿話である『失楽園(パラダイス・ロスト)』に登場する地獄の首都『パンデモニウム』の訳名の一つ。中国の伝奇小説『水滸伝』に登場する、魔王を封じた建物『伏魔殿』と意味としてはほぼ同じ(パンデモニウムの訳としてそちらが使われることもある)。その為か、基本的には『伏魔殿』の方が使われることの方が多い。なお、遊戯王OCGではどちらの名前も、別のカードとして採用されていたりする(『伏魔殿ー悪魔の迷宮ー』『万魔殿ー悪魔の巣窟ー』)

*2
『◯◯風を吹かす』とは、『◯◯』に入る言葉(基本的には名詞)のようにふるまう、の意味。今回の場合は『母親ぶる』となる。基本的にはちょっと威張っているというか上から目線気味なことを示している為、あまりよいニュアンスの言葉ではない。相手が子供っぽいことを示している、とも取れる。……自分から言った場合についてはノーコメント

*3
現実において想定されているフルダイブ機器も、基本的にはこのタイプである。……のだが、完全なフルダイブ型の機器は脳の電気信号の読み取り(アウトプット)書き込み(インプット)が必要となる為、現状では脳への電極の埋め込みが必須になる。ナーヴギアのような『被るだけ』タイプの実現は、中々に難しいと言えるだろう

*4
現実の五感を遮断し、VR世界の五感を代わりに体感させる……という形式上、ゲームのプレイ中はどうしても現実世界の出来事に対応するのが遅れてしまう……という問題点からのあれこれ。別に薄い本案件でなくとも、例えば地震が起きた時に避難が遅れる……などの可能性も指摘されていたりはする

*5
夫婦円満な家庭で流行っていたとされる、夫婦間のやり取り『お風呂にする?それともご飯にする?それとも……わ・た・し?』から。文面には多少の違いあり。なお、女性が家に居る事を前提としたモノと言えなくもない為、場合によっては嫌がられる表現だとも言えなくもないかもしれない。……まぁ、主夫側が言ってもいいとは思うが。今回の場合はそれを捩ったネタ台詞。場合によっては全部風呂になったり、全部私になったりする。選ばせる気がない……

*6
それぞれ『マブラヴ』シリーズ『機動戦艦ナデシコ』『エヴァンゲリオン』シリーズのキャラクター。青系統の髪、比較的無口なキャラクターなど、典型的な『綾波系』のキャラクター達。ここにいる三人は意外と感情豊かである為、ある意味本当の意味での『綾波系』なのかもしれない。……本人が居るのにこう呼ぶのもアレだが

*7
原作では他者の思考を読み取る『リーディング』能力を使用している

*8
『殺伐』(殺気が感じられるような状況、温かみや潤いのない状況を指す言葉)のニンジャスレイヤー的表現。普通に『殺伐』と表記するより、どことなく場が軽くなるような、そうでもないような

*9
『マブラヴ オルタネイティヴ』において、主人公の白銀 武から彼女が教わった、痛い時にあげる声。何も言わずに無言で耐えるよりは、ある程度気が紛れるぞ……的な気遣いも無くはないと思われるが、正直女の子に『あがー』はどうかと思う



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単なる無口ではこの先は勝てないぞ、遊星!

 引き続き、微妙に空気の悪い食卓よりお届け致します。

 ……うんまぁ、食事中に食べること以外で口を開くのはマナーが悪いと言えなくもないし、別に構わないんだけどさ?

 

 

「……その、綾波さん?」

「なに?」

「嫌いというか苦手なのは知っていますが……だからといって、私の皿にお肉を積み上げていくのは止めて下さいよ!」*1

「……プレゼント。お近づきの印」

「言い訳が雑ですねぇ、実に雑ぅ!!」*2

「!……怖い、近寄らないで」

「こっちからしてみれば、貴方のその反応の方がよっぽど怖いですよっ!!無茶苦茶してるのそっちですからね!?」

 

 

 だからって人の皿に、無言で自分の嫌いなモノ(お肉)を積み上げていくのはどうかと思うんですよねぇ!?

 

 そう憤る私の皿の上には、彼女がカレーライスの中からちまちまと取り除いていった結果である、鶏肉達の塊が。

 ……そもそもの話、肉嫌いなのになんで最初から野菜カレーとかにしなかったんですかねぇ!?っていうか、エミヤさん辺りに言えば普通に肉抜きにして貰えたでしょう?!

 

 そんなこっちの反応に対しても、彼女は至ってマイペース。

 名前を名乗ったのでもう友達……とでも思っているのかと勘違いしそうになるくらいの無遠慮っぷりである。……誰だよこの子のこと無口系だって言ったやつ。

 確かに口数は少ない方だけど、やってることだいぶ無茶苦茶だよこの子!

 

 

「えっと、すみません。その、レイはちょっと遠慮がないと言うかですね……?」

「無いのは本当に遠慮だけですか……?」

…………((;「「))

「露骨に視線を逸らさないで下さいよ!?」

 

 

 そんな彼女の蛮行に対し、フォローを入れてくるのはルリちゃんである。

 なんやかやでこの面子の中では一番コミュ力が高い方になるからか、彼女が纏め役的なモノをしているらしい……というのは会話の端々から感じられた。……纏めきれているかと問われると、ちょっと首を捻ってしまうわけなのだけれども。

 

 因みにここにいるもう一人──ウサ耳カチューシャが特徴的な霞ちゃんはと言えば、さっきの轟沈後はずっと、トボトボとした様子でシチューを口に運んでいる。

 本来は綾波さんとどっこいレベルの取っつきにくさを持つ人物のはずだが、ここでの彼女は妹みが強いらしく、ちょっとぽややんとした感じになっているようだ。

 その結果として、わりと親しみやすい性格に変化しているようなので、特に問題はないとは思うけど。……親しみやすくなった代わりに、精神的に打たれ弱くなってそう?それはそう。

 

 

「葛藤を後回しにする愚行だな、それは」

「……ん、気を付ける」

(一言足りない言葉を理解している……だと……?!)

 

 

 それはそれとして、黙々とチキンカレー(チキン抜き)を食していた綾波さんに、再びカルナさんが声を掛けていたわけなのだが。

 ……多分色々と抜けてしまっているのだろう、煽り以外の何物にも聞こえないそれを、綾波さんは素直に頷いて受け止めている。……やっぱりこの人達、なにかこっちに通じない意志疎通手段持ってない……?

 

 プルプルと震えながら、取り除こうとしていた鶏肉の欠片を口に運び、なんとも言えない表情を浮かべる綾波さんと。*3

 それを見て小さく、それでいてどこか満足そうに頷くカルナさん*4を前に、私は『声を掛けるのは早まったかなー』という後悔を、少なからず感じ始めていたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、必然的にゲーム転生系の方が多くなるので、システム的な調整役が必要になることが多い……と言うことですね?」

「はい。私は博士の補助をしていた記憶もありますので、多少はそちらのお手伝いもできます。ですので、そちら方面で活用して頂いている次第です」

「私の場合は、そもそも『電子の妖精』*5なんて風にも呼ばれていましたので。……テッサさんやかなめさんが居てくだされば、もうちょっと楽ができるとは思うのですが」

「天下の『ウィスパード』を、IT仕事のヘルプのノリで呼ぼうとするのは止めません……?」*6

 

 

 一緒に食事を摂っていれば、ある程度は仲も深まるというもので。

 同じ釜云々*7、というほどではないだろうが、それなりには会話も弾むようになった私達。

 そうして現在は、彼女達がここでなにを担当に仕事をしているのか、ということに耳を傾けている最中なのだった。

 

 なおそうして会話をしている私達に対して綾波さんはというと、黙々とカレーを食べ続けていたため、いつの間にか食器を片付けるところまで終わってしまっていたのだった。

 ……そのまま部屋に帰らずに元の席に戻ってきている辺り、彼女達と仲が良いのだろうというこちらの予想は、そう間違ったモノでもなかったようではあるが。

 

 ともあれ、適度に食事を口に運びつつ、彼女達の話に時折相槌を打つ私。

 この分なら食堂の稼働時間を大幅にオーバーする……という、昼間みたいなミスを犯すこともないだろう。

 そう胸を撫で下ろしつつ、改めて彼女達からこれまでに聞いた話を、豚カツを一切れ口の中に運びながら、脳内で反芻してみる。

 

 なんでも、霞ちゃんとルリちゃんの二人は、この『新秩序互助会』において、電子機器関連の仕事を任されているのだという。

 

 ルリちゃんに関しては言わずもがな、霞ちゃんに関しても電子機器には強い部類の人物であるため、結果として異なるフォーマットのゲーム世界を由来とする、覚醒者間の調停役としての役割も担っているのだとか。

 

 ……本来なら、アスナさんに投げられていたはずの仕事であるせいなのか、こちらがチラリと向けた視線に対してアスナさんは、そっとそっぽを向いていたのだった。……そのナーヴギアが使えたら楽だったろうに、ねぇ?

 まぁ、彼女の所持品判定をされているナーヴギアが、現代科学的にはブラックボックスの塊であるというのも事実。

 そのままでは複製も量産もままならない以上、負担は全て彼女に降り掛かる形になってしまうので、彼女がそれを断るのは仕方のない話でもある。

 なので殊更に責めるようなことはせず、チラリと視線を送るだけに留めておく私であった。

 

 ……琥珀さんに投げたら、どうにかなるような気がする?

 実際にどうにかなったとして、そこからやらなきゃいけないことが多すぎるのでとりあえずは保留です()。

 

 そんな感じに、なんだかんだで和やかな空気を醸し出していた私達だったのですが。

 

 

「……おっと、もうこんな時間ですか」

「あ、本当ですね。そろそろ外に出ないと怒られてしまいます」

 

 

 お喋りというものは、ついつい長くしてしまうもの。

 いつの間にか食堂の閉鎖時間が近付いてきていることに気が付いた私達は、残っていた僅かな食べ残しを綺麗に平らげて、少し急かされるように返却口にトレイを差し出し、そのまま食堂の外に出る。

 

 深夜には夜食用に縮小営業をするらしいが……それまではまた、食堂は一時閉鎖となる。

 その辺りも関連しているのか、チラリと見えた厨房内は、あれこれと忙しそうな雰囲気となっていた。

 この状況下で食器を返却するとか、ちょっと睨まれても仕方ないので、小さく断りを入れながら食器を置いて、逃げるように外に出ることになったわけなのだが……。

 

 

「……絶対エミヤさんには顔を覚えられてしまいましたよね、悪い意味で」

「今日二度目、なんでしたっけ?御愁傷様です」

「ぬぐぅ、なにか名誉挽回策を考えなければ……」

「返上?」

「挽回です。なんでそんな不思議な聞き間違いしてるんですか」

「……さっきまでのやり取り。貴方に挽回するような名誉があるとは思えなかった」

「とんでもなく失礼だこの人!?……いや褒めてませんよ照れないで下さい!」

 

 

 そうして食器を渡した相手が、よりにもよってエミヤさんだったため、恐らくというかきっとというか確実にというか、ともかく彼に悪い意味で顔を売る結果になった……というのは間違いなさそうというか。

 浮かべていたのは苦笑だったので、どっちかといえば手の焼ける問題児、くらいの印象で留まっているのだろうけど……。

 

 食堂という、三大欲求のうちの『食』を司る場所の人間に悪い印象を与えたまま、というのは非常に宜しくないので、どうにかしてその印象を拭い去らねばなるまい。

 その方法について小さく頭を悩ませる私に対し、綾波さんからの反応は変わらず遠慮がない。……こっちもわりと言葉を選ばないツッコミを繰り返していたため、その反応も仕方なくはあるわけだが。

 

 そんなやり取りを見たその他二人はと言うと、ちょっと驚いたような表情をしていた。……珍しいものを見た、とでも言うかのような表情である。

 

 

「その、実際に珍しいものを見ましたので……」

「レイが楽しそうな顔をするのは、中々ありませんので。……実はキリアさん、レイの生き別れの妹だったり?」

「いや、なんでナチュラルに妹なんですか。あれですか、惚けた姉と確り者の妹だとでもいいたいのですか?」

「妹を名乗る不審者。怖い」*8

「私から名乗ったわけじゃありませんよね今の!?」

 

 

 内容は、このように会話が弾む綾波さんは珍しい、というもの。……基本的にこっちがレシーブを受け続けている感じなのだが、それでもまずレシーブを打ってくること自体が稀であり、それを受けられる時点で、わりと寄特な人物扱いになっているらしい。

 褒め言葉なのかは微妙なところだが、友人としては認められているようなので結果オーライ……なのだろうか?

 

 

「おや、認めてしまわれるんですね?」

「元々『仲良くなりたい』という下心ありありで近寄ってますし。その辺りも踏まえて受け入れて頂いているようなので、口ではどうあれそこまで気にしている訳でもないんですよ」

「そう。マゾなのね、貴方」

「前言撤回この人やっぱり性格悪いですよね!?」

「……ふ、ふふふっ」

 

 

 無口系と揶揄される彼女達が、小さく笑みを浮かべ始めたのを見て。

 漫才染みた先ほどまでのやりとりも、決して無駄ではなかったのだな、などと感慨深くなってしまう私である。

 

 まぁ、綾波さんが無口系ってより不思議系に片足突っ込んでるため、心労は倍になった気がしないでもないけど。……お前が言うな?ですよねー。

 

 

「では、今日はこの辺りで」

「はい、お休みなさいお三方。またお話しましょうね」

 

 

 そのまま、これから仕事があるという三人に別れを告げて、部屋に戻った私。

 中では何故かトランプをしているアスナさんとミラちゃんの姿があって。

 

 

『──はい、こちらマシュです』

「はい、一日の終わりの報告ですよー」

 

 

 それを横目にしながら、私は郷への報告のための連絡を取り始めるのだった──。

 

 

*1
彼女の嫌いなもの。特に設定として意味があるわけではない(監督の『肉嫌い』が彼女にも反映されているだけ)だが、『ニンニクラーメンチャーシュー抜き』などの台詞を生み出していたりもする

*2
『Fate/EXTELLA』シリーズに登場するサーヴァント、アルキメデスの台詞の一つ。ゲームの発売前からPVでこの台詞を喋っていた為、多分真っ当なキャラではないだろうなーと思われていたとかなんとか

*3
※嫌いなものを頑張って食べようとする少女の図

*4
※好き嫌いせずにちゃんと食べられたのでやったな、と後方兄貴面で頷く青年の図

*5
『雪風』ではない。親しい人ではなく、彼女から少し離れた位置の人々が呼んでいた名前。彼女名義のCDアルバムのタイトルでもある

*6
『フルメタル・パニック!』シリーズの登場人物であるテレサ・テスタロッサと千鳥かなめ、及び両名を示す名でもある『囁かれるもの(Whispered)』のこと

*7
『同じ釜の飯を食う』の略。共同生活においては同じ釜で炊いたご飯を食べる、ということから特定の共同体に所属すること、ないしその所属意識を持つことを指す

*8
押し掛け妹も押し掛け姉も、創作界隈ではよく居る属性である。不審者力の差、というものはあるだろうが



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一日の計は朝、早く起きて三文投げよ

「……ん、……リア……ん、……きて」

「……んん、あと二分待って……」

 

 

 微睡みの中で微かに聞こえる声。

 いつものように寝ぼけ眼で、もう少し待って欲しいと声をあげる私と、微かに揺らされる体。

 軽やかな少女の声……()()()()、バリトン*1のきいた逞しい声と、それと反するような柔らかい催促に、私の目覚めは更に遠ざかりそうに……遠ざかりそうに……?

 

 

「どなた様っ!?」

「ぬぉっ!?……お、おお。噂には聞いていたが、ここまでとは。……先が思いやられるというか、なんというか

「……えっと、どちら様でしょうか?」

 

 

 がばりと布団を吹っ飛ばしながら起き上がった私は、ベッドの傍らに居た人影……特徴のあまりない、普通の人としか言い様のない人物の姿に気が付いた。

 乙女の寝室に忍び込むとは、曲者!……的な気分も無くはなかったのだけど、隣のベッドにアスナさんの姿は見えず。

 ……つまり、ここに乙女は居ないということになるな!

 

 

「なぁんだ、じゃあ変質者ではないですね。良かった良かった」

……えっ、これツッコミ入れた方がいいのか……?……あ、あー、おほんおほん。話をしたいのだが、構わないかね?」

「あ、はい。朝も早くからご苦労様です。紅茶飲みますか?」

「は?……あー、いや。私は()()()()、単なる使いのモノなので。そういう配慮は不要だ」

「ふむ?……あ~、ホントだ~。足透けてるやひゃっひゃっひゃっ!」

ね、寝ぼけているのか……!?

 

 

 不届き者ではない事がわかったので、露骨に気を抜く私である。

 それならば朝はバナナ、朝食抜きは五輪燕。*2

 モーニングにティーをしばいて*3清々しい朝を迎えようではないか!……的なノリで声を掛けたのだけれど、お相手さんは足が透けてて、飲み物は飲めないとのこと。

 

 えー、でもさっき私を揺すってたじゃーん。有り金寄越せって言ってたじゃーん。……その()()()じゃない?あっはっはっはっ似たようなもん似たようなもん。

 

 すかすかと当たらない右手で、相手の背中を気分だけぶっ叩きつつ、私は上機嫌で笑い続け。

 

 

「……きゅう」

「寝たぁーっ!!?」

 

 

 男性の驚愕の声を子守唄にしながら、そのままベッドに倒れ込むのだった。

 

 

 

 

 

 

「ツッコミどころしかないのじゃが、わしはどこから説明を求めればよいのかのぅ……?」

「確かに寝起きが酷いとは聞いてたけど、そんなに酷いだなんて……」

「仕方ないでしょう、低血圧なんですよ私はっ」

「低血圧で寝起きが悪くなることの、医学的根拠はないはずじゃが……」*4

「あー!あー!うるさいですうるさいです!朝は苦手なんですよ文句ありますかっ!」

「逆ギレしおったぞこいつ……」

 

 

 それから暫くして、どうにかこうにかベッドから起きてきた私は、枕元に謎の封筒が置かれていたことに気付き、その中身を読んだわけなのだが……それによりさっきまでのあれこれが、夢の中の出来事ではなかったと気付き、思わず悶絶していたわけである。

 で、それを朝の日課(ランニング)をこなして戻ってきたアスナさんやミラちゃんに見付かり、ことの次第を説明していた……というわけなのだった。

 

 その結果、ミラちゃんからは呆れの視線を、アスナさんからは哀れみの視線を向けられることとなったのでしたとさ。

 ……特にアスナさんに関しては、昨日の夜に「私、朝がとても弱いので、できれば起こして頂けると有難いです」と言い置いていたため、謝罪的な空気も混ざって非常に居た堪れないことになっている。

 

 ……いや、ちゃうねん。

 アスナさんにモーニングコールをお願いしてたから、それが睡眠中の脳に影響を及ぼして、変な夢を見たんだなって思ってただけやねん。

 よもや全部リアルに喋ってたとか思わへんやん。恥の上塗り建築株式会社になってるとは思わへんやん。

 

 

「せやからうちは悪くねぇ!」*5

「落ち着け、わけわからんことになっておるぞ」

 

 

 そうした思いの丈を言葉に乗せて投げてみるものの、ミラちゃんにはハイハイとスルーされる始末。……私の扱いが上手くなってきてるなこの人……。

 

 

「えと……とりあえず、朝御飯食べに行かない?余裕があんまりあるわけでもないし……ね?」

「……そうですね。私の恥など常のこと。今さら話題にあげるまでもないのです、はい」

「開き直るのはどうかと思うが……まぁ、朝はしっかり摂るべき、というのも確かな話ではあるのぅ」*6

 

 

 そんな私達に、おずおずと声を掛けてくるのはアスナさんである。昨日の夜とは違い、彼女がこちら側に注意を促してくる立場になっていることに、若干の面白さを感じつつ。

 そのまま、着替えなどの準備を経て食堂へと向かう。

 

 朝に関しては食べない人もそれなりにいるからなのか、食堂の賑わいはほどほど、といった感じだった。

 そのせいなのか、朝の厨房担当も昼や夜とは違うようで。

 

 

「おや、あんたが噂の新人かい?」

「あ、はい。キリアと申します。えっと、そちらは……」

「ああ、ごめんねぇ。私には名乗るほどの名前がないんだよ。だから私のことは『食堂のおばちゃん』とでも呼んでおくれ?」*7

「アッハイ,ヨロシクオネガイシマス」

「……?この子、どうしたんだい?」

「行く先々で同じような反応を示しておるでな、あまり気にせずともよい」

「はぁ、なるほど?……まぁ、私から言えることは一つだけだよ。お残しは、許しまへんでー!」

 

 

 昼や夜よりも少ない厨房内の面々の中で特に目立っていたのは、恰幅のよい割烹着姿の妙齢の女性。

 頭のはちまきがトレードマークのその女性に、ここに来て何度目かわからない片言対応で挨拶を返しつつ、彼女のお決まりの台詞を背に朝食のトレーを受け取って席に向かう。

 

 

「エミヤさんが居ることにも驚きましたが……あの方もいらっしゃるのですね」

「お主の驚き方からすると、向こう()に居ない系列の人物も多い、ということになるのか?」

「ええまぁ。お食事処の概念の結晶とか、料理人的な技が多かったから本当に料理屋をやっている呪霊の王とか、はたまたスピンオフでカレー作りが趣味になっていたからそのままカレーショップを経営している第六天魔王とか、そんな方しかいらっしゃいませんし……」

「……いや待て。ちょっと発言内容が理解できんのじゃが、なんて???」

 

 

 向こう()では見たことのない作品の人々も、多く在籍するこの『新秩序互助会』のメンバーの豊富さに、少しばかり目眩を覚えていると。

 ミラちゃんから告げられたのは、正にその辺りの話についてだった。

 なので、片手で指折り数えつつ、自身のよく知る料理人達を数えていったわけなのだが……。……波旬君とこっちのメルクリウスさんを引き合わせると、やっぱり殴りあいになるんだろうか……なんて、しょーもないことしか思い付かない私なのであった。

 

 ……え?下手すりゃ殺しあいになるのでは、ですって?

 どうなんだろ?こっちのメルクリウスさんは、一応本編を基盤とした感じのタイプだけど。

 向こうの波旬君は、大まかに言えばスピンオフとなる、ドラマCDの方の彼を基準にしたタイプの人物である。

 

 メルクリウスさんが本人の近似、ということも相まって、精々彼の側が殴り掛かる程度で終わるんじゃないかなー、と思うんだけど……。

 いや、これがメルクリウスさんが【泥身】じゃないとか、波旬君が確り原作の方だったとか、そういうことになるのであれば、どう足掻いてもSEKAI NO OWARI(ガメオベラ)なのだけど。*8

 

 実際は微妙に食い違っている以上、メルクリウスさん側がちょっと過激な行動を起こすだけで済むんじゃないかなー、と思う私なのでした。

 まー、この二人に関しては枝違いの画面違い、例え原作準拠でも大したことにはならないかもしれないんだけども。

 

 

「……よくわからないけど、とりあえずすぐにすぐ問題はない、ってこと?」

「『覚醒者』全般に言えますが、世界観規模の能力者がその力を十全に奮えるのであれば、その時点で時間の壁は破壊されるはずです。……その兆候がない以上、本人そのものと呼べるほどにまで程度(レベル)が上がる可能性がある、とは考えにくいんですよ」

「……???」

「あー、つまりは水銀(メルクリウス)のような世界そのもの、神以外の何者でもない存在が、その力を原作(オリジナル)と同等にまで高めることのできる()()()()()()()()()、最早それは今の世界の掌握・塗り替えを達していることと等価である、と?」

「説明が煩雑になってしまうのは仕方ありませんが……概ねそんな感じかと。未来で神様になっているのであれば、彼のようなタイプの能力者は現時点(人の姿)で神と化している、と言い換えてもそう間違いではないですから」

 

 

 首を傾げるアスナさんに、心配がないという理由を述べていく私達。

 メルクリウスさんの場合は【泥身】である以前に、そもそもこちらに『神座』のシステムがないであろう*9ことから、達成できるレベルそのものに上限が定められているはず……という理由もあるわけだが……。

 

 そこら辺を抜かしても、因果律に干渉できるような存在が、そのままこちらに現れるというのは考えにくい。

 程度の差はあるとは言え、因果律(そこ)に干渉できる人物は、基本的に『神』と呼び変えてもよい存在であり、それゆえに時間軸の流れに反抗できる可能性がある、ということになる。

 時間の流れを無視できるということは、なにかしらの行動を達成した時点で、過去からそこに至るまでの流れを掌握できる、ということでもある。

 

 すなわち、未来に神になっているのだから、過去の時点で彼が神であるということになっていても、別におかしくはないのだ。

 刻が未来に進むと決めたのが神であるのならば、神はそれを無視してもおかしくはない。

 なので、今神となる兆候のない者は、()()()()()()()()()()()()

 

 屁理屈染みた話だが、それゆえにある程度気を抜いて動いている、というのも確かな話なわけで。

 

 

(……ん?神……?)

 

 

 そうして話をする中で、浮かび上がる一つの影。

 そういえば、最終到達点がそこ()になる人物と、ここに来てすぐの時に出会っていたような?

 

 

「……おい」

「はい?なんでしょ……ぶふっ!!?」

「ぬぉわっ!?」

 

 

 そうして思考の海に潜っていきそうになった私に、掛けられる声。

 振り向いた私はその声の主を目にして、思わず噴き出してしまう。

 

 そう、そこにいたのは。

 先ほど思い浮かべた、最終到達点が『神』に等しい存在となる者達。

 ハジメ君と、ソルさんという二人の姿だったのだから。

 

 

*1
男性の声の高さを示す言葉。テノールより低く、バスよりは高い声のこと。テノールが男性の中での高音を、バスが同じように低音を示す為、必然的に中音域ということになる。男性の声の中では特に魅力的、とされることが多い

*2
『五輪燕』は、『メイドさんと大きな剣』における必殺技『メイドのミヤゲ』の一つ。宮本武蔵の『五輪の書』に対抗できる『燕返し』の意味を持ち、五つの斬撃を『同時に』放つ技、とされている。魔力とか気とかがある世界での『同時』なので、恐らくはどこぞの農民の『燕返し』よりは原理的にわかりやすい技、だと思われる(そもそも他の人物の使う技に斬撃の先行予約(セルリアン・エンゲージ)などもあったりするので、余計に)。恐らくは『早起きは三文の得』が寝惚けた為に変なことになった結果出てきた言葉

*3
この場合の『しばく』は、関西弁の一つである『~へ行く』という意味のもの。『叩く』という意味ではない。語源はよくわからないが、広めたのは上方芸人だとされている

*4
生活リズムなど、他の要因が絡んでいるとされる。なお、寝ている状態から立ち上がることで起きる『起立性低血圧』という、微妙に因果が逆転しているような症状も存在していたりはする

*5
『テイルズ オブ ジ アビス』において登場するとある人物の台詞『俺は悪くねぇ!』から。この台詞が登場するシーンは、ファンからも賛否両論だったりする。……言った人物がお労しいことになるので、余計に

*6
人によって『朝食は必要ない』という人も居るだろうが、基本的に朝食を抜くと太りやすくなる、というのは確かな話であるらしいので、体重を気にするのであれば、適度に朝食を摂っておく方がよいと思われる。……食べてないのに太るのか、という理不尽感は、よくある食事制限ダイエットに効果がない……というのに近いのだろう、多分

*7
『忍たま乱太郎』に登場するキャラクターの一人。原作である『落第忍者乱太郎』ではちょい役だが、アニメの方では準レギュラー。彼女の台詞『お残しは、許しまへんでー!』はとても有名

*8
『SEKAI NO OWARI』は、日本のバンドグループの名前。またルビの『ガメオベラ』は、『ゲームセンターCX』の有野課長が『game over』を読み間違えたもの。二つ合わせて『どう足掻いても絶望』の意味

*9
『神座』シリーズの冠名となっているもののこと。これを巡る世界の話が、『神座』シリーズの基盤となっている。最近その真実の一端が明らかになった為、ハッピーエンドこそバッドエンドだった、という恐ろしい事実が判明したりしてファンは阿鼻叫喚する羽目になったとか、ならなかったとか



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想像するのは常に最強の自分

「……なんでこんなことになってしまったのでしょうか……」

 

 

 思わず、といったばかりにぼやいてしまう私と、そんな私の両サイドに立つ二人の男性。

 両者の間に会話はなく、その間に挟まれてしまった私としては、思わずため息をついてしまう次第である。

 

 さて、なんでこんなことになってしまったのか。

 その一端となる出来事は、今日の朝食の席に始まっていたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「ええと……お二人揃って、私になん用でしょうか……?」

 

 

 朝食のメザシ*1を対面のミラちゃんに噴き出す、という珍事(謝罪代わりにデザートを一品奢っておいた)を経て、冷静さを取り戻し……取り戻せてないけども、とりあえず形だけは繕った私は、対面から隣に移ってきたミラちゃんに肘で小突かれつつ、彼女が退けた位置に座った二人の人物──ハジメ君とソルさんに、一体何用かと声を掛けていたわけなのですが。

 

 

「「………………」」

「えーと……?」

 

 

 人一人分のスペースを開けて座っている彼等は、見ただけでわかるくらいにイライラしている様子で。

 ……ここに来たばかりの時に、彼等が一触即発の関係だというのは知っていたが、同時にそれが『キャラとしての体裁を保つ』ために半ば強制されているものだ、ということも、後々の話でなんとなーく理解はしている。

 ……しているので、彼等が揃って私に話し掛けてくるという状況そのものは、起こりうることだろうと納得はできるのだけど。

 そのあとの話が続かないのは、まっったく想定していないんだよなぁ……。

 

 そんなこちらの微妙な空気を知ってか知らずか、ソルさんが小さく舌打ちをしながら口を開いた。

 

 

「……挨拶が、まだだったな。俺はソルだ、好きに呼べ」

「あ、はい。ではフレデリックと……」*2

あ゛あ゛?

なんでもないです……

 

 

 内容は呼び方は好きにしろ、というものだったので、ちょっと場を和ませるために彼の本名を呼んだのだけれど……そんなにキレなくてもいいじゃないですか……。

 

 思わず涙声になりながら、苦笑いを返す私。

 対するソルさんはと言えば、再度小さく舌打ちをしたあと、「……好きにしろ」と小さく言ってきたのだった。……泣き落としが成功したわけではないにしても、随分とあっさり引き下がった感じである。

 もしくは名前の件はあくまでも些事、それよりも優先すべき事柄があるため、そちらの話に早急に移りたいから……か。

 

 なんでそう思ったかと言うのは、とても単純。

 好きにしろと言ったあとの彼が、明らかに次の話題について、『言いたくないけど言わなきゃいけない』的な逡巡を繰り返しているのが窺えたからだ。

 筋肉モリモリのマッチョ科学者が、こちらの見ている前で(全体的に渋い感じが多いとはいえ)百面相をしているというのだから、寧ろ気付かない方がビックリするというか。

 

 対し、話し掛けてきた方のもう一人──ハジメ君の方はというと。

 そんな感じで慌てているようにも思えるソルさんを、嘲笑するかのような冷たい視線を向けている……なんてことはなく。

 

 

「……おい、南雲の」

「っ、な、なんだよ」

「……それ、塩じゃぞ」*3

「は?……ってしょっぺえっ!!?」

 

 

 朝食(ここのおばちゃんは洋食も作れるらしい)についてきたブラックコーヒーに、砂糖と間違って大量の塩を入れるという、ある意味典型的な緊張状態を示す行動を見せていたのだった。

 

 無論、塩を大量にぶち込んだからといって、おばちゃんにお残し(廃棄)を許されるはずもなく。

 泣く泣く、新しくコーヒーを貰ってきて、薄めながら飲む……という、なんとも悲しい状況に陥ることとなったのである。

 ……まぁ、あんまりにも可哀想だったので、近くに居た黒子ちゃんにコーヒーと塩の分離(テレポート)を頼むことになったのだけれど。

 

 

「と、言われましても。私、自身に触れた物しか移動は出来ませんわよ?」*4

「それに関してはお任せを。私を誰だと思っていらっしゃいます?」

「誰って、キリアさん……って、あ」

 

 

 そうして頼まれた黒子ちゃんはと言うと、彼女の能力である『空間移動(テレポート)』は、自身が触れた物しか移動できないため、コーヒーの場合はカップしか動かせないし、そもそも液体中に混ざり込んだ塩のみを飛ばすのは──実際(原作)の彼女がどうなのかはいざ知らず、ここにいる自分ではレベルが足りない……と断る気配を見せていたのだけれど。

 そこで『私がどういう人物なのか』ということを尋ねてみると、彼女は信じられないとでも言いたげな表情で、こちらを見詰めてくるのだった。……よせやい、照れるだろ?

 

 

「え、いえでも、確かにアニメでは多種多様、魔術だろうと科学だろうとお構いなしに強化していらっしゃいましたが……ホントに?」

「お任せあれ、です。今回必要なのは、『接触対象の範囲拡大』と『溶液内の個体の分別』ですね?」

「え、あ、はい」

「では、そちらの観測と貴方に対しての感覚の変換器の役をしますので、黒子さんはそれを使って塩だけを取り除いてください」

「う、承りましたわ……」

 

 

 未だに驚愕の表情が抜けない彼女に、思わず苦笑をしつつ。

 改めて、自身が現在『キリア』であることを意識する。……自身の組成というか、霊的な感覚というかが組み変わったことを認知しつつ、そのままコーヒーへと意識を向ける。

 

 その内に溶けた塩の粒子を『掴んだ』私は、視線を逸らさぬままに黒子ちゃんに手を伸ばした。

 アニメでの()()と同じ行為に、やるべきことを悟った黒子ちゃんが、小さく頷いて。

 

 

「……できましたわ」

 

 

 呆けたような彼女の言葉と共に、いつの間にやらこちらに視線を向けていたらしい、周囲からの歓声が重なる。

 彼女の視線の先には、テーブルの上のティッシュに、山のようにこんもりと盛られている塩の塊が。

 

 つまり、彼女は直接触れていない液体内から、特定の物質のみを個別に移動させることに成功した、というわけである。

 ……うんうん。私は黒子ちゃんはやればできる子だと思ってたよ?

 

 

「……なるほど。これは確かに、大変な能力ですわね」

「そう?誰かを助けるだけの能力だし、そう凄いモノでもないと思うんだけど……」

「……はぁ。当の本人がこれでは、周囲の苦労が偲ばれますわね……」

「……???」

 

 

 そうしてうんうんと頷いていたら、黒子ちゃんから返ってきたのは呆れたような顔。……あれー?やったー、って反応が返ってくるのならわかるんだけど、そこでそんな残念な生き物を見るような視線が飛んでくるとは思ってなかったなー?

 

 

「当たり前でしょうに。……人型の『幻想御手(レベルアッパー)*5……いえ、副作用がないのですからそれ以上。先ほどの感覚は、私の限度を超えたモノだった──ともすれば、これの為だけに貴方を囲いこみたい、という誘惑をもたらすほどに」

「……はえ?」

「わかりませんの?……貴方を巡って戦争が起きかねない、と申したんですのよ、私」

「え゛」

 

 

 ところが、彼女が続けて述べた言葉に、私は思わず驚愕する羽目になったのである。

 その内容とは、下手するとここで私を巡っての聖杯戦争が勃発するかも、というもの。

 

 ここにいる面々は、自身の『覚醒度』に困窮している者が多い。

 それゆえに、自身の能力を高めることに、わりと積極的なのである。……ハジメ君やソルさんの態度も、その鍛練の内の一つであるそうだし。

 

 そんな状況下で、単に触れるだけで能力を──しかも魔力や気、科学や超能力の区別なしに強化できる存在が居たとして。

 それが争いの火種にならないはずがない、と彼女は告げているのだった。……要するに平和ボケしてるぞお前、ということである。

 

 

「……その、さっきまでの行為を無かったことには……?」

「無理ですわね。皆さん確りと見ていらっしゃいますし」

「……ぬ、ぬぐぐぐ!仕方ありません、この手は使いたくなかったのですが……平和に過ごすには、仕方ありません!」

「……え?ちょ、キリアさん?一体何をするおつもりなので……」

助けてメルクリウス(カモンバーニィ)!」*6

「え゛」

「ふははははお呼びかな我が華!」<ガシャ

「窓ガラスがっ!?」

 

 

 進退窮まった私は、仕方がないので苦渋の選択でどうしようもないので唯一最後の選びたくない対処法を、この期に及んで躊躇しつつも選び取る。

 黒子ちゃんは私がなにをしようとしているのかわからないため、困惑と共に声をあげていたけど。……食堂の窓ガラスを砕き(最後のガラスをぶち破れー)ながらシュタッ、と着地したとある人物の姿を見て、思わずといった風に眉を顰めていた。

 

 ……そう、私が選んだ対処法とは、既に私は傅かれていますよー、と示すことだったのだ!(ヤケクソ)

 

 

「その通り。我が華に謁見を望むことは、私の屍を越えることと同義と理解するがいい。──無論、兄等にそれが叶うのであれば、という注釈は付くがね」

 

 

 バチコーン、という擬音が付きそうな感じのウインクをこちらに飛ばしてくるメルクリウスさんに、引き攣った笑みを返しつつ。

 どうしようもないので、彼の背に隠れるような位置に移動する私である。

 ついでに、そっと彼の背に触れて彼の威圧感を嵩増しすることも忘れない。……よもや身の危険を別の方面で感じる羽目になるとは思わなかったのだ、背に腹は代えられまい。

 

 

……ふむ、我が華はやはり……

 

 

 あと基礎スペック的にこっちの事情見通してるっぽいメルクリウスさんは、やっぱりヤベーやつなので今後この手は使わないでいたいと強く願う次第である。……どうせならマステリさんの方を呼べば良かったかもしれない。

 

 ともあれ、単純スペックのみなら現リーダーすら凌ぎ得る、とされるメルクリウスさんの威容に、瞳の中に危険な光を宿し始めていた者達も、こりゃ無理だと諦め始めていたので、対処法としては正解だった、と言うしかないだろう。

 ……問題があるとすれば、

 

 

「……知るかよ。テメェの骸を越えろ、だぁ?……上等だ、消し炭にしてやる」

「……ほう?吼えたな残り火風情が」

「え、ちょっ!メルクリウスさん!ストップストップ!!」

「む?……まぁ、我が華に言われては仕方ない」

 

 

 その剣呑なやり取りを求める者の内に、対面の席の二人が含まれていた、ということだろう。

 

 そのまま戦闘が始まりそうになったのを、どうにか収め。

 改めて、なにかを言いたげにしている二人に視線を合わせる。

 

 そうして、犬猿の仲である二人は、その異なる口で、同じ言葉を発したのだった。

 そう、『自分を鍛えてほしい』と──。

 

 

*1
干物の一種。イワシ類の小魚を塩漬けにしたあと、目から下顎へ串や藁を通して数匹纏め、そのまま乾燥させたもの。すなわち『目刺』である。基本的には焼いて食べる

*2
ソルの本名は、フレデリック=バルサラ。基本的にはそちらの名前で呼ぶのはごく少数、彼と親しい間柄の人物のみ。名前の元ネタは、英国のロックバンド『queen』のヴォーカリスト『フレディ・マーキュリー』及び彼の本名『ファルーク・バルサラ』から

*3
ごくごく稀にある間違い。一応、一般的な上白糖と塩であれば、塩の方が粒子が大きいらしい……が、味見をせずに見分けるのは、意外と困難である。なので、容器にラベルを貼るなどしてキチンと区別して置かないと、意外と頻発する間違いになったりもする

*4
『空間移動』系の能力の場合、自身に触れていないモノも動かせるようになると、レベル的には『5』相当になるのだとか(他にも条件はあるが)。『とある』シリーズ作中にも該当する人物は存在するが、トラウマから全力を出せない為レベル4に甘んじている。仮に全力を出せた場合、地球規模での能力行使ができるようになる可能性があるとかなんとか

*5
『とある科学の超電磁砲』に登場したアイテム。能力者のレベルを上げるとされるもので、実際に使用者は無能力者が能力を使えるようになったり、自身のレベル以上の現象を起こせるようになったりした。……その分、デメリットがキツかったが。なお、名前の似たアイテムに『巨乳御手(バストアッパー)』が存在する。元々は同作の佐天涙子が原作では控えめな体型だったのが、アニメになって大きくなったことに対してのネタのような言葉だったのだけれど……?こちらの方の類語には、『BLAZBLUE』発の『夢盛り』が存在する

*6
『カモンバーニィ』は、『スターオーシャン』シリーズに登場する特技の一つ。謎の生物『バーニィ』を呼び出し、その背に乗る。ワールドマップでしか使えないが、乗っている間はエンカウントが発生しない・移動速度が上がるなどの恩恵がある



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強くなれる理由を知っている

「えーと、つまり……お二人が今日話し掛けてきたのは、そもそもに私に協力を取り付けるため、だったんですか?」

「まぁ、そういうことになるか」

 

 

 あわや大惨事、という状況から数分後。

 メルクリウスさんがいると、和やかな会話とはならないのは目に見えていたため、あとで構ってあげますからと言いくるめ*1て部屋に戻したあと。

 改めて座り直した私達は、彼等が今日声を掛けてきた目的について、あれこれと話を聞いていたのだけれど……。

 

 その内容は、先ほどの黒子ちゃんが言っていたこととそう大差の無い、『自身の覚醒度の底上げ』──そのための仕事のお誘い、といった感じのモノだった。

 さっきのあれこれを見る前にやって来ていた辺り、アニメの方の『マジカル聖裁キリアちゃん』をよく知っている人物がいる、ということで間違いなさそうである。……切腹していいカナ?

 

 

「落ち着かぬか!そもそもどこから出したその匕首(ドス)!」*2

「止めないで下さいミラさん!我が恥は末代なれば、ここにて禊ぐが定めなのです!」

「キャラまで意味不明になっておるじゃと!?」

 

 

 黒歴史以外の何物でもないというのに、現在進行形で増え続ける『キリアちゃん』のあれこれ。

 最近映画化まで決まったとか言ってた気がするし、これ以上積み重なる前に終わらせなければならないのかもしれない……!

 

 そんな私とミラちゃんの楽しいやりとりを見て、二人はポカンとした間抜けな表情を晒していたのでしたとさ。

 

 

「……あー、話を続けてもいいか?」

「はい、構いませんよ。あの二人のあれは、一種のじゃれあいのようなモノですから」

 

 

 なお、アスナさんからの扱いはご覧の通りである。……やっぱりこの人、向こう()の方が性にあっているタイプでは……?

 

 

 

 

 

 

「え゛、お二方はチームなのですか?」

「そうだが……なんか文句でも?」

「……上司の方(オーディン)は一体なにを考えていらっしゃるんです……?」*3

「……今、なんかニュアンスがおかしくなかったか?」

「其奴の戯言を一々気にしておると、胃が持たぬぞ」

「……そういうもんなのか?なんか、イメージと違うような……?

 

 

 改めて二人から話を聞く内に、彼等がチームであることを知った私。

 犬猿の仲、もしくは竜虎のような間柄*4の二人を、同一の集団に入れる……という現リーダーの采配に、思わず首を捻ってしまうわけなのだが。

 その片割れであるハジメ君はと言えば、何故かこちらを見ながら、時折眉根を寄せているのだった。……えっと、またなにかやっちゃいましたかね、私。

 

 そんな風に、暫し見つめ合う二人。

 

 

「……目と目が合う」

……瞬間好きだと気付いた……?……って、あ

「…………」*5

 

 

 ……あー、うん。

 あからさまにしまった、という顔をするハジメ君と、そんな彼の様子に気付かず、これからの行動について話を続けているソルさん他二人。

 他には気付かれていない、ということを確認した私は、視線で彼に「話に戻りましょう」と告げ、それを受けた彼は、不承不承といった様子で一つ頷いてくる。

 

 どうにも、彼は私が『キリアじゃないんじゃないか?』という疑念を抱いていたらしい。

 アニメの中の生真面目なキリアしか知らなかった彼は、幾分フランクな今のキリア()を見て、少なくない違和感を覚えていた……と。

 その結果が先ほどまでの行動であり、それをやった結果として──、

 

 

(……このハジメ君、()()()()()()な)

 

 

 こちらにも、()()()()を悟るきっかけを与えてしまった、と。

 ちょくちょく変だな、と思う点はあったものの、姿形が変貌したあとの彼の姿だったので、そこまで深く追及はしていなかったのだけれど。

 変貌後の彼に、アニメや漫画を積極的に楽しむようなイメージはない。そんなことをしている暇があるのなら、自身の戦力アップに努めるなり、嫁達に貪られるなり、もっと別のことをしていることだろう。

 ……つまり。今の私に違和感を覚えるほどに、()()()()()()()()()()()ということは──。

 

 

(……【継ぎ接ぎ】、かな?)

 

 

 例えば五条君のような、あとから()()()()()()()()()()タイプである、という可能性がある。

 すなわち、今の彼は。

 変貌前の彼に、変貌後の姿を被せた存在……だということになるのだろう。

 こちらに違和感を覚えていたのも、彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()?……と疑っていたからなのだと思われる。

 

 そうなると、彼が私に接触を求めてきた理由は、わりと切実なものになるのかもしれない。……と、隣で熱く議論を続けているもう一人、ソルさんの方に視線を向ける。

 

 ソル=バッドガイは、その名に反して別に悪人(バッドガイ)というわけではない。どちらかと言えばダークヒーロー寄りの、己の意思を貫くことを是とするタイプの人物である。

 圧倒的な火力を持ち、敵対者を焼滅する……というイメージが付き纏うが、根が科学者であるためか、実は戦闘センスが高い訳ではないらしい。

 それゆえに、()()()()()が敵対者に対しては情け容赦がなく、自身が彼の敵対者と同じ系列の存在であることが知れた場合、どうなることやらと密かに恐れていたこともあった*6……など、近年ではわりと親しみやすい面も描かれていた。

 

 ()()()()()()、ここにいるソルさんは、どちらかと言えば一昔前のユーザーのイメージ……絡んでくる相手全てに「うぜぇ」と言い、全部殴り倒してきた初期の彼に近い存在だった。……と、思われていた。

 

 今の彼を見て貰えればわかるが、こうしてあれこれと会話をしている今の彼に、さっきまでの苛烈さは見えない。

 科学者としての知性は見えるかもしれないが、話も聞かずに全部燃やせばしまいだろ、とでも言いそうな部分は、少なくとも見えてこない。

 

 と、なれば。

 この二人がチームを組んでいるのは、()()()()()()()()()()()()()、なのかもしれない。*7

 色んな意味で、似た者同士。鏡の如く互いを写すことで、自身の問題点に気付かせようとした、みたいな?

 

 まぁ、お察しの通り、その企みが上手くいっているとは、現状言えないわけなのだけれど。

 

 

「おい、ふざけんなソル。そりゃ俺の領分だ」

「あ?……うざってぇ。だったらどっちが上か、今の内にはっきりさせとくか?」

「……上等だ、表出ろこの燃えカス野郎」

「……泣かす」

 

 

 ……ハリネズミのジレンマかな?*8

 いや、この場合の針は防御(自己肯定)手段でもあるし攻撃(会話)手段でもあるから、原義からすると微妙かなー。

 

 端から見ればまさに売り言葉に買い言葉、一触即発の光景にしか見えないそれに、周囲が慌てふためいているけれど。

 よーく会話を観察してみると、所々に数瞬、言い淀んだあとが窺える。……己の存在を確固足るものにするために、攻撃的な言葉を使わなければならないけれど。本当は、そこまで他者を攻撃したいわけでもない……。

 

 まさしくジレンマ、というやつになるのだろうか。

 ここまでわかってて一緒のグループにしたというのなら、そのあとのアフターケアも確りして欲しい、と愚痴りたくなるレベルである。

 

 ともあれ、二人が内心では「もうちょっと歩み寄りたい」と思っているのは、ほぼ間違いないだろう。

 なので、ここで私が取るべき行動は……。

 

 

「……はぁ。わかりました。お二方の仕事への同行、でしたよね?──お受け致します。それが貴方方の成長の糧となるのなら、喜んで力をお貸ししましょう」

「……随分と急な心変わりだな」

「自身の使命を思い出しただけです。ですから、お二方は席にお戻りになってくださいな」

「……ちっ」

「お、おお……一時はどうなることかと……」

 

 

 今にも外へ飛び出し、殴り合いでも始めそうな二人の背に、声を掛けること。

 元々、彼等が言い争う結果になったのは、私が彼等への同行を渋った……というと語弊があるが、暫くそれを熟考していたがためである。

 その結果、あれこれと彼等がこちらの気を引くような案を出し始め、それが互いの不和を呼んだ……という、まさしく『私のために争わないで(私のせい)』案件になった、ということになる。……マッチポンプみたいなことになっているため、正直気が滅茶苦茶咎めるのだが……まぁ、喧嘩にならなかったのであればそれでよし。

 

 ともあれ、私が彼等への同行を表明したことにより、言い争う必要のなくなった二人は、渋々といった様子で席に戻ってきた。……表情こそ不満げだが、なんとなく嬉しそうな気配がある辺り、やはりこの二人、外見はともかく内面的にはそこまで好戦的な人物、というわけではなさそうである。

 

 まぁそうなると、ハジメ君が変貌前のモノだとするなら、ソルさんの方がどうなっているのか?……という疑問が浮かび上がらないでもないのだが……。

 こっちには居ないのではないか、と思っていた【継ぎ接ぎ】らしき人物が居る以上、()()()()()()()()()であるという可能性は、十分にあるだろう。

 

 

「その場合の問題は……()()()()()()()()()()、かなぁ」

「……?なにか言ったか?」

「いえ、単なる独り言です。お気になさらず」

「……まぁ、いい。で、だ。同行を願いたい案件についてだが……」

 

 

 こちらの呟きに、ソルさんが小さく眉根を寄せるが、なんでもないとごまかして、話の先を促す。

 暫し怪訝そうな表情を浮かべていたソルさんは、小さく舌打ちをしたのちに、話の続きを述べ始めた。

 

 そんな彼の話を聞きながら、私は隣のミラちゃんの脇腹を小突く。突然の衝撃に軽く跳び跳ねたミラちゃんが、恨めしそうな視線をこちらに向けてくるが……すまんなミラちゃん。恨むんなら恨んでくれてよいぞ。

 突然にこやかな笑みを浮かべた私に、ミラちゃんが怪訝そうな表情を向けてくるが……もう遅い!

 

 

「ところで、同行するにあたって一つ、お願いがあるのですが……」

「……なんだ、なにかあんのか?」

「はい。私一人ではお二方のサポートをするには不十分かと思います。ですので、」

「ぬ?」

「あ?」

 

 

 ソルさんに意見を告げながら、するりとミラちゃんの右手を掴み、それを天に掲げさせる。

 ……端的に言うのであれば、挙手させた。

 

 

「彼女の同行も、許してくださいね?」

「は?」

「……好きにしろ」

「ありがとうございます。……一緒に頑張りましょうね、ミラさん?」

「……は?」

 

 

 究極的には、自分は部外者である。

 ……そんなスタンスでいたはずなのに、いつの間にか騒動の渦中に放り込まれていたミラちゃんはといえば。

 暫くの間、「は?」と言い続ける機械となっていたのだった。

 ……悪いなミラちゃん。一緒に地獄に落ちてくれ……!

 

 

*1
『言いくるめ』の初期値は5%もある、いけるな!……かーらーのー、相手の持ってる技能『信奉者』の効果により自動成功。まさかのGMからの『お前にダイスは振らせてやらねぇ!』宣言である

*2
合口(あいくち)、ひしゅとも。鍔の無い短刀のこと。懐などに忍ばせやすい為か、日本では刃渡りに関わらず所持は違法となっている(銃刀法違反になる)

*3
『ヴァルキリー・プロファイル』より、不死者の王・ブラムスの戦闘終了時の台詞『つまらぬ……オーディンは一体何を考えているのだ!?』から。味方側以外の立ち位置から、組織のトップが何を考えているのかわからない、と告げているという形

*4
『犬猿の仲』は相容れない間柄を、『竜虎』の方は実力の近しい者が二人居る、ということを示す言葉。『竜虎』に関しては、中国の陰陽思想に基づくモノだとする説(陽竜(ヤンロン)陰虎(インフー))、『易経』内の文章『龍吟雲起(りゅうぎんずればくもおこり) 虎嘯風生(とらうそぶけばかぜしょうず)』『雲従竜(くもはりゅうにしたがい)風従虎(かぜはとらにしたがう)』に由来する説、などがある

*5
『THE IDOLM@STER』シリーズのキャラクター、如月千早の楽曲『目が逢う瞬間(とき)』の歌詞の一説。目と目が合った時によく使われる楽曲。恋が始まるのか、()が始まるのかはその時の状況次第

*6
『ギルティギア』のキャラクター、カイ=キスクのこと。ぶっきらぼうなソルに対し、四角四面な騎士様といった風貌の青年。実際に礼儀正しく、正々堂々と戦うタイプの人物……なのだが、それはあくまでも『試合』での話。敵対者である『ギア』との戦い──『聖戦』の時には、目潰し不意打ちなどなど、汚い手であろうが勝つ為ならなんでも使うタイプの人間であったことが明かされている。それに対してのソルの感想は『まるで屠殺場の機械』。カイがソルに始めて勝負を挑んで来た時には『こいつは俺の正体に気付いていて、それ故に処分しに来たんじゃないかと震えた』というような旨の事を思われていたという始末。一応、カイ側は単なる人間()()()ので、本当に本気でやり合えばソルの方が強いのだが、その本気を出す前に相手が本気だったら普通に殺されている可能性すらあった、とまで言われている(実際カイ側に本気を出させたパターンにおいては、カイはほぼ無傷でソルを制圧してみせた)。綺麗事を標榜しつつも汚い手段も取れる、というわりと真面目にヤバい存在、というのが最近のカイの評価である

*7
『流石は○○○○様!』

*8
ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアー氏が提唱した『ヤマアラシのジレンマ』(自身の針が相手を傷付けること・相手の針で自身を傷付けられること、それから相手に近付こうとしたのが寒さを凌ぐため、という状況から、寒くも痛くもない立ち位置を見つけるまでの過程を、人と人が適切な距離感を保つまでのあれこれと関連付けた思考実験。ヤマアラシの針は背中方向に付いている為、実際に暖を取り合う際にはこのような事にはならない、というのはちょっとした笑いのポイント)から派生したもの。元々は『エヴァンゲリオン』シリーズで生み出されたもので、ヤマアラシの針は攻撃用(なので、実際に触れあう時には問題にならない)のに対し、ハリネズミの針は防御用──すなわち、ヤマアラシのそれよりも触れあう難易度が上がっている、という風に捉えることができる。……なお、『エヴァンゲリオン』内では『ハリネズミのジレンマ』という台詞は出てこない。第4話『雨、逃げ出した後』のサブタイトルが『Hedgehog’s Dilemma』だったことで生まれたネット用語、ということになるようだ(ヤマアラシもハリネズミも『Hedgehog』なのだが、ヤマアラシに関しては『Porcupine』とも表記する為、そこから勘違いが広まったようだ)



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出張先でさらに出張とか怒られるやつ

「解せぬ……」

「それ、サウザーさんの台詞では?」*1

「喧しい!こんな単純な文章にまであれこれ言われては堪らぬわ!……って、そういうことではなくてじゃのぅ!!」

「まぁまぁ、落ち着いてください。そんなに怒っては折角の可愛い顔が台無しですよ?」

「むぅ、わしかわわしかわ……って、そうでもないわ!」

「もー、ああ言えばこういうんですから」

「誰のせいじゃ誰のっ!!」

 

 

 初っぱなから言い争っている(正確には一方だけが捲し立てている)状況に、気のせいか二人が唖然としているような気がしないでもない今日この頃。皆様如何お過ごしでしょうか?

 

 二人の仕事だという外への出向に、ミラちゃんを交えて付いていくことになった私。

 唯一ハブられる形になったアスナさんからの見送りを背に、私達は意気揚々?と『新秩序互助会』の施設から外へと出たわけなのですが……。

 

 

「冷静に考えると、土管の裏からこんな格好の人物達が出てくるとか、ヤバい案件以外の何物でもないと思いませんか?」

「……気にすんな。この辺りには予め、認識阻害の結界を張ってある」

「寧ろ張ってない方があり得ないですからね?防犯意識どうこう以前の問題です」

 

 

 立地が立地(空き地の土管の裏)なだけに、出てくる時の姿を周辺住民に見られてしまったら、とんでもない騒ぎになるだろうなぁ……と苦笑してしまう私である。

 

 変な格好の人物達という時点で大概だが、それに加えてなんの変哲もない土管の裏から、人がわらわらと飛び出してくるのである。……一体その土管の裏はどうなっているんだ、と気になってしまうのが普通だろう。

 いやまぁソルさんの言う通り、認識阻害などの対策はしっかりと行っているのだろうけども。

 

 

「世の中には見えないからこそ見える、とかいう訳のわからない勘を持つ人もいらっしゃいますし。警戒はもっと厳にすべきだ、と思わなくもないんですよね」*2

「……その分の人員が足りてねぇ」

「積極的にやりたがる奴もいねぇしな」

「あー、なるほど。マンパワーの不足……」*3

 

 

 もしもの時のために、入り口付近に緊急用の詰め所でも作っておいた方がいいんじゃないかな?……なんて風にも思わないでもなく。

 その辺り、関係者以外はそもそも立ち入れないような造りになっている*4向こう()とは違うんだなー、と思わざるを得ないというか。……意外と資金的には潤沢だよね、なりきり郷。

 

 そんな些細な差異を確認しつつ、二人の背中を追って歩き始める私と、ぶつぶつとなにかしら呟きながら付いてくるミラちゃん。

 

 

「まぁまぁ、ほらこれあげますから、いい加減機嫌を直してくださいな」

「……お主、わしのことを幼女かなにかと思っておらぬか?」

「……?○ピコ好きですよね?え、もしかして嫌いでした?」*5

「答えになっとらんのじゃがのぅ……まぁ、貰うが」

 

 

 仕方ないので、御機嫌取りに懐に忍ばせていた、わけあえるアイスを片方差し出しておく。

 どうやって保存しとったんじゃそれ、という疑問には「禁則事項です♡」と返しておきつつ、蓋を千切って中身を吸い始める私であった。

 

 ……なお、前方を歩いていたハジメ君が、こっちを見て『やっぱり』みたいな顔をしていたが……食べ歩きするのはキリアのイメージではない(イメ損)*6、とでも思っているのだろうか。

 まぁ、そうやってこちらのことを気にしている辺り、順調に墓穴を掘っているようなものだとも言えるため、私としては特に気にすることもないのだが。

 

 そんな感じで歩きながら、二人の背を付いて歩くこと暫し。

 人気のない場所から、徐々に人気の多い場所へと移動している私達だけれど……。

 

 

「ふむ、これに関しては羨ましい限り……ですね」

「仕事の時でもないと借りれないんじゃがの」

「……それはまたなんとも」

 

 

 時折周囲の人達がこちらに視線を向けた来たりするものの、特に興味を持たれた様子もなく、それゆえに騒がれることもない。

 ……コスプレイヤーだとすら言われない辺り、中々に高性能なアイテムだ、と舌を巻かざるを得ないだろう。

 

 そう思いながら見つめる先にあるのは、自身の胸元に飾り付けられた一つのブローチ。

 

 これは、対象範囲はそれを身に付けている当人のみ……と極短距離ながら、BBちゃんのごまかしに勝るとも劣らない隠蔽性能を持つ、高性能ジャミング機器なのである。

 その辺りのごまかしに関してはBBちゃん頼りのこちらとしては、わりと喉から手が出そう*7な感じの便利アイテム、と言えなくもないだろう。

 

 ただ、ミラちゃんの言うようにそもそもの総数が少ないらしく、たまの休暇に外に出る……というような用途では、貸し出しをして貰えないとのこと。

 それゆえ、前回の列車云々の時にミラちゃんは、こちらに自身が何者であるかをということを、そのまま晒す結果になってしまったのだとか。

 

 

「夏油さんの変装は、これ以外の方法も使われていたので?」

「恐らくはのぅ。わしを含めて『新秩序互助会(あそこ)』の面々は、()()()()について随分と疎い。……ゆえに、お主達からしてみれば瞭然のものであったとしても、わしらに取っては未知のモノ……ということも頻発するでな」

 

 

 なお、夏油さんの場合はこれを使っていたかはよくわからない、とのこと。

 このブローチにあるのは、自身の姿をごく普通の一般人のモノに偽装する、という機能のみ。

 姿形、その触感に至るまで偽装していた彼の場合、単純になにかしらの変装・変身系の異能なりなんなりが関わっていると思われるのだが、それを誰が施したのかまではわからない……とのことだった。

 

 一応は特殊メイクだったのだから、全部自分でやったんじゃ?……という予想もないではないが、あのレベルになるとそれ専門の人物が手を貸したと考える方が普通。

 そして、変身したと誤認するレベルの特殊メイク使い、となれば知っているキャラである可能性が上がるわけで、そういう意味でもちょっと気にならなくもなかったのだが……。*8

 どうにも『新秩序互助会』に所属する面々は、自身が今の姿になる前……彼等で言うところの『転生前』の知識に関して、思い出せない・ないし思い出そうとしない人物が多いらしく。

 

 結果、自分と同じ世界観の人物でもない限り、どれほど世界的に有名なキャラクターであれど、一目見ただけではわからない……というようなことが頻発するようになっていた、とのことだった。

 これは、『新秩序互助会』でやけに『マジカル聖裁キリアちゃん』の知名度が高いことにも関係しているらしく……。

 

 

「──知識の補填のために?」

「アベンジャーズシリーズ*9と似たようなもんだな。複数作品のキャラクターが、基本的にそのままの性質・性格で登場するってんだから、とにかく人相を覚えたいって奴にはもってこいなんだよ」

 

 

 態度こそ素っ気ないが、口調の方はわりと熱い感じでそう語ってくれたのが、なにを隠そうちょっと目が輝いているハジメ君である。

 ()()()()()()、という以上は記憶は自身の中にある*10わけで、それを思い出すのに複数の作品が登場するクロスオーバー作品、というのは色々と都合が良いものらしく。

 

 積極的に思い出そうとしない人物も多いため、その対処として『新秩序互助会』では件のアニメが、ヘビーローテ*11でずっと放送され続けているチャンネルを用意する……という、暴挙以外の何物でもない行為が罷り通っているのだという。

 

 なので、自分がキリアをよく知っているのはおかしくないんだよ、というのがハジメ君の主張なわけだが……、ミラちゃんがその話を知らなかった辺り、彼が積極的にアニメを見ていた、ということの否定にはならないわけで。

 幾分片手落ち感のする言い訳だな、としか思えないのであった。

 

 ……ところで、やっぱりこの潜入任務、私を恥ずかし殺すためのモノなんじゃないかな?

 つい先ほどの食堂のあれこれもそうだが、予想以上にこちらでの知名度が高い理由を知った私は、頭を抱えたくなる気持ちを抑えつつ、ハジメ君をからかい続けているのだった。

 

 

*1
『AC北斗の拳』におけるサウザーの勝利ボイスの一つに該当。が、別に彼が発祥というわけでもない

*2
『空の境界』黒桐幹也など。違和感がないことが違和感、なんて意味のわからない理由で見破ってくる者も居るので、結界術に妥協点なぞ存在しないことを教えてくれる

*3
何事もそれをやる人員が居なければなりたたない、という話。最近は機械化が進んで必要な人員も少なくなってきているが、それが『0』になることは恐らくないだろう。限りなく『0』に近付くことはあるだろうが

*4
エントランスは普通の雑居ビル。正面ロビーから各階に移動する際、許可のない人物は『雑居ビル内にしか』入れないようになっている(雑居ビル部分は名目上の会社が居を構えており、そちらへのアクセスは普通にできる。無論、その会社は国の機関)

*5
『パピコ』は、『江崎グリコ』が1974年から発売しているチューブ型氷菓の名前。冷蔵庫で固めてもシャーベット状になるだけである為、基本的には冷やして食べるのが一般的。二本一セットである為、他者とわけあうことも多い。……同じく二つしか入っていない『雪見だいふく』に対し、わけあうことへの抵抗感が薄い気がするのは、そもそも一本でもわりと満足できる量があるから、なのだろうか?

*6
『イメージを著しく損なう表現』の略。『イ著損』とも。元は『ウマ娘』関連のネットスラング。実在の競走馬をモチーフにしている為、それらの競走馬のイメージに被害を与えるような表現(主にR18)を『イメ損』と表して注意していたのが始まりだと言われている。……公式が一番損なっているのでは?とか言ってはいけない

*7
飢餓状態が由来とされる言葉。喉から手が出るほどに空腹である、腹が減りすぎて手でモノを持って食べる手間すら惜しい、といったような状況からのものだとされるが、詳細な由来は不明。『衣食足りて礼節を知る』という言葉があるように、礼儀やマナーを気にできるのは余裕があってこそ、というのも確かではある。同時に空腹に耐え兼ね犬食いをする人がいても、おかしくはなかったのだろう。そんな感じに、由来を考えるとちょっと闇深かもしれない表現

*8
因みに、特殊メイクを主題とした作品、というものも幾つか存在している。例としては『週刊ヤングジャンプ』にて連載していた、原作・金成陽三郎氏、作画・薮口黒子氏の『ギミック!』や、高岡佳史氏の『倉本さんはどうして死体をつくるのか?』など。作品単位でなく作中に登場しただけ、となれば該当作品はさらに増える為、ちょっと気にして読んでみるのも面白いかもしれない

*9
『マーベル・コミック』にて連載されている、複数のスーパーヒーロー作品の主人公達が一同に介したクロスオーバー作品。その中でも、今日に至るまで映像作品などが発信され続けているものの一つ。実際はクロスオーバー作品である、ということを知らないと、よく分からない設定なども数多い。映像化されているものに関しては基本シリアスだが、作品によってはヒーローとヴィランの立ち位置が入れ替わったもの(『アベンジャーズ&X-MEN:アクシス』)、敵味方の区別なくゾンビになってしまったもの(『マーベル・ゾンビーズ』)など、結構はっちゃけた作品も多かったりする

*10
『知らない』のではなく『思い出せない』のであれば、その記憶は脳のどこかに眠っているだけだ、というお話。記憶と言うものは消した(忘れた)つもりでも『それを記憶した時と同じ状況を整える』ことなどによって、思い出せることがある。その記憶を保持している脳細胞が物理的に失われた(例:『とある』シリーズの上条当麻など)わけでもないのなら、記憶はどこかに残っているわけである

*11
『ヘビーローテーション』の略。特定かつ単一の作品を繰り返し長時間視聴すること、及びそうなるように何度も繰り返し放送すること



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N極同士を無理にくっつけようとするかのような

 以前の夏油君のあれこれが、いわゆる任務の一つだった……ということが明らかになった以上、この二人のお仕事とやらも似たようなものだろう、と思いながらホイホイと付いてきた私は。

 

 

「……なんでこんなことになってしまったのでしょうか……」

 

 

 という、心からのぼやきを吐き出していたのだった。

 

 なんでこんなことになったのか?……というと、そもそも二人に付いてきたから()()()()()、としか言えないわけなのだが。

 それはそれとして、生けn()……道連r()……げふんげふん。

 ……頼りになって優秀で可愛くて頼れる(重要なことなので以下略*1)、素敵で無敵で愛しい愛しい私の賢者さま*2……もといミラちゃんには、この二人の会話の橋渡しをして欲しかったのだけれど。

 

 

「……よもや出向先への許可申請の方に、彼女を割り振らなければならないことになるとは、思ってもみませんでしたよ……」

 

 

 私達が立っている位置から、少し離れた場所にある施設。……そこで、現在相手先と雑多な折衝を行っているミラちゃんに思いを馳せつつ、小さくため息を吐く私。

 

 ……視線があうと(見つめあうと)喧嘩になってしまう(素直になれない)二人*3は、訪問先が立ち入りなどに許可を取る必要性のある場所の場合、その交渉中に意図せずして相手方を威圧してしまう……という悪癖があり。

 それゆえ同行者がいる場合はその人物が、それらの手続きを彼等に代わって率先して行わなければならない……という不文律があるのだそうで。

 

 ……企業人としてどうなんだーとか、夏油君に外出申請しに行った時に、やけに素直に(かつ笑顔で)受理されたのはこのせいだったのかーとか、思うことは幾つかあるけれど。

 ここで私が一番ぼやきたいのは、この二人が仕事で外に出る時、こうした手続きは全て同行者の仕事になる……という事実を知っていて、その辺りを一切口にしなかったミラちゃんの行動についてなわけで。

 

 ……なにが言いたいのかって?

 つまりだね、『新秩序互助会』の一員になってから日の浅いキリア()では、出向先との雑多な許可やら交渉やらは、基本的に任せられないって判断になるわけで。

 その結果として、この四人で仕事に当たるのならば必然的に、彼女が交渉役に収まるのが普通……という処理になるのを、ミラちゃんは知ってて黙ってたってことでね?

 

 ──野郎、貧乏くじ引いたと見せ掛けて、もっと面倒なことからは華麗に逃げやがった!

 ……的な恨み節を、先ほどからぶつぶつと呟いている私、というわけなのでしたとさ。……自業自得?デスヨネー。

 

 ともあれ、お互いに歩み寄る気があるのかないのか、現状ではいまいち不明な二人に挟まれた私としましては、なにか話題を振るべきなのか振らずに静観すべきなのか、ちょっと判断に困っているわけでしてね?

 その結果、こうして気まずい沈黙に身を委ねつつ、ミラちゃんの帰りを無言で待っている、というわけなのでございます。

 

 ……そもそもの話として『新秩序互助会』には、その名前(Now Law)的になろう系に属するようなキャラが多いっぽいのだけれど。

 その割り振りに属する人物達は、得てして対人能力が偏っている……というイメージがあるわけでして。……そういう人達は、こういう交渉事とかの対人系のあれこれを、もしかして全部できる人へ対処を投げたりしているのだろうか……?

 

 ……いやまぁ、今のところ私が出会ってきた『新秩序互助会』のメンバー内において、殊更に対人能力に難がありそうな人物と言っても、精々ここにいるこの二人と……それから居丈高*4な感じがデフォなメルクリウスさんとマステリさんくらいのもの……ということになるわけなのだけれど。

 

 後者二人に関しては本人そのものの思考ではなく、それ(原典)に準拠した形で変換されたものでしかないため、どうにかして表現の抜け道を捻り出し、できうる限り円滑に会話を進めるように努力をする……みたいなこともできなくはないんだろうとは思うのだけども。

 前者二人に対しては、()()()()()()()()()()()限りは対人能力の向上の目が一切ない、とまで言い切ってしまえそうな空気がなくもないわけで……。

 

 ハジメ君に関しては中身が本当は変貌前、という予想に間違いがなければ、その辺りを周囲に開示できるようになればまだどうにかなるかなー、とも思わなくもないのだけど。

 ソルさんの方に関しては、彼がなにかと混ざっているのか・そもそも本当になにかが混ざっているのか?……という部分が現状不明であるため、改善の余地があるのかどうかすらもわからない状態である。

 

 ……行動を見ている限り、争うのは本意ではなさそうな空気が所々に見えるが……それがこちらの勘違い、と言われてしまえば反論の余地は今のところなく。

 それゆえ、仮に今の状態で『実はハジメ君はとっても良い子なんですよー』みたいなことを言ったとしても、ソルさん側にそれを信用させることもできないし、そもそも信用されたとしても、ソルさん側がそれを考慮する必要性がない……正確には、彼がハジメ君の弱い部分の吐露に付き合う必要性がないため、ハジメ君側が一方的に立場が弱くなる……という結果にしかならないわけで。

 

 そのため、彼等の関係を取り持つことを考えるのであれば、それはソルさんの弱みを握ってから、ということになってしまうのであった。

 で、今のところ彼の弱み、というものに対しての取っ掛かりは、彼が恐らく【複合憑依(混ざりもの)】であるというなんとなくの()、しかないので、こちらとしても動くに動けない……という感じになっているわけである。

 

 こんな状態で話題を振ったところで、彼等の関係性の是正には繋がらないということも先に述べた理由に重なり、余計に会話が減っているというわけなのだが……。

 

 

(……私の頭上で視線の火花を散らすのは止めて欲しいなぁ)

 

 

 私の気まずさを、彼等が考慮してくれるかと言えば別の話。

 

 歩み寄りの切っ掛けがない以上は、彼等は常の通りに不倶戴天*5・相容れぬ間柄のようにメンチバトル*6をおっ始めてしまうわけで。

 ……気が咎めるんならやらなきゃいいのに、とりあえずそれくらいしかできないからやっておく、みたいな惰性感マシマシのものだけど、純粋に外から見れば一触即発以外の何物でもないわけで。

 

 

「……はぁ。お二人とも、手隙なんでしたら先に現場に向かいますか?ここでのお仕事は別に初めてでもないみたいですし、相手方もそう問題にはしないでしょうから」

「……ああ」

「わかった」

 

 

 一応、姿形は偽装しているにも関わらず、ギスギスとした空気を張り巡らせているために、周囲の一般人からのなんとも言えない視線を向けられていた私達は。

 ともすれば殺しあいでも始めるんじゃないか、みたいな深刻そうな顔まで向けられ始めていたことを考慮して、先に現場に向かうことにしたのだった。

 

 ……これが、今回が初の仕事場だったりすると、ミラちゃんが戻ってくる前──正確には、許可がキチンと出ていることを確認する前に動く、だなんて無理はできないのだろうけども。

 この場所に関しては『新秩序互助会』としてもお得意様、向こうもこの二人が問題児であることは承知の上であるため、ちょっと独断専行したとしても大きな問題にはならない……と見越しての行動なのであった。

 ……まぁそもそも、この二人が素直に依頼を聞いて仕事をこなす、という時点で違和感バリバリなのだし、こちらの内情にも通じているらしい依頼者としては、承知の上だろう。

 

 で、そもそもの話。

 この場所での仕事とは、一体なんなのか?……ということが疑問に上がってくるわけなのだが。

 それに関してはとても単純で、()()()()()()()()に頼むのが、ある意味納得できる仕事となっている。

 

 

「イノシシ猟とはまぁ、ある意味お誂え向きと言いましょうか……」

「……まぁ、現代で戦闘関連のあれこれ、ってなると狩猟が一番身近なのは確かだろうな」

 

 

 施設──自然保護に関しての国の役所であるそれを横目に、目的地である山の入り口へと歩き始める私達。

 そう、今回のお仕事と言うのは、地域貢献の一種なのであった。

 

 

 

 

 

 

 皆さんは狩猟という行為に、どんな印象を抱いているだろうか?

 野蛮な行為?それとも、必要な行為?*7

 ……個々人の思いはどうあれ、狩猟というのは歴とした職業の一つである。

 

 無計画・無秩序な狩猟を抑制するために、狩猟免許や狩猟者登録なども必要であり、また使用する猟具によっては、銃砲所持許可申請なども行わなければならなかったりもするし、更に更に、一年の内に定められている可猟期間以外での狩猟は原則害獣駆除となり、そこで狩猟した獲物は金銭への換金はほぼできず、それゆえにハンターとしての活動のみで生活することは困難……だとか。*8

 色々とまぁ、それを取り巻く問題は山積みながら。居なくなると居なくなるで困るもの……それが、ハンター(狩猟者)という職業である。

 

 そんな彼等が日本において、一番駆り出されるであろう相手。*9それが、イノシシとなるわけである。*10

 

 イノシシとは、哺乳綱偶蹄目イノシシ科の動物であり、家畜である豚の原種であるとされる生き物である。

 豚と聞いて、幾人かは弱い生き物だと勘違いしてしまうかもしれないが……とんでもない。*11

 神話においては、度々英雄達を脅かす脅威として現れる*12ことからもわかる通り、彼等は普通に人間にとって脅威となる生き物である。

 ……まぁ、そもそも野生動物はそのほとんどが、人間一人程度なら殺傷できる実力を持つモノがほとんど*13なわけだが、それは置いといて。

 

 ともかく、彼等が人間との関わりにおいて、殊更に害獣扱いされるのには理由がある。

 それは彼等が雑食性であり、()()()()()()()()()()()()()()()という習性がある……ということに尽きるだろう。*14

 

 彼等はどうにも選り好みをしているらしく、例え山中に彼等が好物とするミミズや木の根のような食物が沢山あったとしても、人間が農作物を育てていたり、はたまたお弁当のようなモノを持っている場合は、積極的にそちらを摂食しようとしてくるのである。

 後者の場合は、時によっては人に攻撃してくるパターンさえあるというのだから、姿形こそ違えど、暴徒化した猿の群れを思い出すような有り様だと言えるだろう。

 

 それゆえ、国は増えすぎた彼等の数を是正するため、積極的な駆除活動を促進しようとしているらしく……。*15

 

 

「その流れで、俺達にも仕事が回ってきたってわけだな」

 

 

 ハジメ君が小さく呟くのを聞きながら、山中を歩いていく私達。

 

 本来であれば必要な雑多な免許や手続きなどは、私達が真っ当な戸籍を持っていないことから、あれこれと裏道的な対策を取られているらしく。

 

 結果、役所に申請をするだけで、狩猟行為を始めることができる、というある種の特権的なモノを私達は得ているのだった。

 ……まぁ、狩猟後には詳細な測定やら報告書やらが必要らしいので、言葉ほど単純な話でもないようだけど。……でもまぁ、本来なら必要な『銃砲所持許可申請』なども略式でパスできるようなので、一般的なハンターに比べれば手続きなどが簡略化されている、というのは確かだといえるはずだ。

 

 ……ところで、話を聞く限り国からの援助というか補助というか、結構がっちりやって貰ってるみたいだけど。

 こうして接触するまで、こんなことやってる団体が居るって話、()()どこからも聞いた覚えがないんだけど、お偉いさん方その辺りの説明どうなってるんです?

 

 ……という私の疑問は、今のところ答えてくれる人間がいないために、保留されているわけなのですが。

 これ、向こう()に帰ってからも一騒動ありそうだなぁ、と今から胃が痛い私なのでした。

 

 

*1
小林製薬の『タフデント』のCMにて、みのもんた氏が述べた台詞『大事なことなので二度いいましたよ』が元ネタとして有力視されている言葉。重要な物事を強調するように二度言うことを指すが、まれに単なる間違いで同じ事を二度言った場合にも使われる

*2
『素敵で無敵』は種村有菜氏の漫画『神風怪盗ジャンヌ』における主人公・ジャンヌの台詞『強気に本気、無敵に素敵、もひとつおまけに元気に勇気』より。いわゆる韻を踏んだ台詞。後者の『私の賢者さま』は、水無月すう氏の漫画『私の救世主(メシア)さま』のタイトルから。オタク的には『聖逆十字反天雷烈波(クロス=クルセイドリバースデリンジャー)』の元ネタ、というとわかりやすいだろうか?

*3
サザンオールスターズの楽曲『TSUNAMI』の歌詞から。正確には()()()()()()()()()()なる

*4
座高が高い、ということから、座っている状態で相手よりも視線が上にある=見下ろしている、という風に解釈をされ、結果として『相手を威圧すること、その態度』を意味する言葉となった。玉座に座って他者を睥睨している感のある二人には、ある意味ぴったりの表現

*5
中国の戦国時代に著された『礼記(らいき)・典礼上』が由来とされる言葉。『父の(あだ)(とも)に天を(いただ)かず』と読む。雑に言うなら『お前のことは同じ空の下に居ると言うだけで虫酸が走るくらいに憎んでいる』となるか

*6
ゲーム『喧嘩番長』シリーズより、ヤンキー達がメンチビーム(『メンチを切る』=『睨む』。その時の視線を光線のように表現する漫画技法があるが、それに名前を付けたものとも呼べるのがメンチビーム。要するに視線の可視化。実際にビームが出ているわけではない)を交わした後、そこから言葉による応酬(=啖呵(たんか)バトル)を行い、そこから実際の喧嘩に至るまでの流れを指す言葉。要するに単なるヤンキーの日常である

*7
生き物を殺す、という時点で忌避されやすい狩猟であるが、特定種類の動物のみが増え続けている環境、というものが良くないというのは、常日頃『人間は増えすぎた!』とか言っている人にとってはとても分かりやすい話だろう。人間と違い、獣達は基本的に生存を目的として増えるものである為、そこに遠慮というものは存在しない。やらなきゃ死ぬが根底にある為、彼等の行動は彼等に取って常に『善』である。……その結果として、特定地域の植物を全て食い尽くす、などの行為をするのであるわけだから、特定種族に取っての善が全体の善にはならない、というのは一目瞭然だろう。その為、自然の調和を目的としての狩猟は許されて然るべき、というのが世のハンター達の主張である。故に、必要以上の狩猟は彼等も許していないし、そもそもそこに罪悪感がないわけでもない。その辺りはしっかりと認識すべきことだと言えるだろう

*8
ハンターのみで食べていけるのは、いわゆる違法狩猟者のみ、というのがハンターの数を減少させる一因になっている、というのは間違いないだろう。報酬も少ない上に、知りもしない他人から『血も涙もない殺戮者』などと責められることもあるというのだから、そりゃやりたくないとなるのが人情である。……その結果として市街地にまでイノシシやクマが出没するようになっているというのだから、堪ったものではない

*9
平成30年のデータになるが、単純な狩猟数では僅か(およそ600頭)な差でニホンジカの方が多いものの、狩猟以外の捕獲数なども含めるとイノシシが一番多い(イノシシ・60万5千に対し、ニホンジカ・57万2千(※農林水産省調べ)。クマが1万9千なのと比べれば、その多さは一目瞭然である)

*10
クマの方が強いのでは?と思うだろうが、単純な農作物の被害に話を絞ると、イノシシが約46億円であるのに対し、クマに関しては約5億となっている(両方とも令和2年のデータ・農林水産省調べ。なお、単純な被害総額だと鹿の方がヤバい(約56億円))。クマは人を積極的に襲わず、また人の居るところにも降りてくることは滅多にない(かつ、降りてきたら確実に何らかの対処がされる)のに対し、イノシシは積極的に街に降りてくる(また、降りてきても単に山に戻される確率が高い)為、というのが理由の一つにあげられる。何故彼等が街に降りてくるようになったのか、というと、彼等が人間の食べ物の味を覚えてしまったこと、及びクマに比べると一度の被害が軽い(=ので、その対処としての駆除が、クマに比べると非推奨気味である)為、だとされている。狩猟者の高齢化・減少傾向や、吐き違えた動物愛護なども重なり、彼等は人間が恐ろしくない生き物だと思ってしまっている。その為、『美味しいものを持っている人間達は、ちょっと小突いただけで餌をくれる生き物』だと認識されているわけである。似たような状況になっている存在には、皆さんご存じの『猿』が存在する

*11
とりあえず離れた島に泳いでいくような体力なども持っている為、生息していないところを探す方が難しかったりする

*12
有名処としてはケルト神話におけるディルムッド・オディナの死因となった魔猪や、ギリシャ神話のカリュドーンの猪などか

*13
犬猫もやろうと思えば殺れます。やる気がない・やる意味がないからやらないだけで

*14
この習性を持つ野生動物は、総じて『駆除』以外の手段が効果を持たない、という点で問題視される。山に返せば良いじゃない、が実質無意味と化す為である。人が居る限り人に寄ってくる、という点で人間という存在の被害者とも言えるのが、更に話をややこしくさせるわけだ

*15
2023年迄に、ニホンジカとイノシシの生息数を半減させるように動いている



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ギルドシステムは実際よくできている

 さて、話は前回から引き続き、山に入ってイノシシ狩りをしよう、ということになった場面からとなるわけなのですが。

 

 私達みたいな、いわゆる『転生者』と呼ばれる存在に、こういう仕事が回ってきた理由の一つに、狩猟者の数が年々減ってきている……というものがある。

 理由としては狩猟者の高齢化や、『狩猟』という行為そのもののイメージの悪化などがあるが……、なにより一番大きな理由が、いわゆる『ジビエ』*1と呼ばれるモノが美味しくない……というよりは、それらを食用に加工する際の手間暇が多すぎる、というのが大きいだろう。

 

 具体例としてウサギについての話をすると、彼等は肉の熟成期間が必要になるタイプのジビエになる。

 腹部を冷やしながら三日ほど置いておかないと、ガスが発生して肉に匂いが付いてしまうのである。食肉加工に共通となる血抜き工程を怠っても、肉が獣臭くなってしまうというのだから、中々辛いものがあると言えるだろう。

 

 更に、ウサギの場合はその見た目の愛らしさから、食用に殺傷することを殊更に厭う、という人も多い。

 また、適切な処理を行ったとしても、その肉の味には癖があるとされている。

 それらの諸問題から、仮にウサギを狩ったとしても、それを食肉として売る……というような工程にまで至らない狩猟者というのは、それなりに多いだろう。

 結果として、自身の家族や親しい人間にわける程度の量しか狩猟しない、ということになるわけである。

 

 ここでは例としてウサギの話をあげたが、対象がイノシシやシカになったとしても、そこに発生する問題というものに大差はない。

 山中を駆け回る類いの動物であれば、毛にマダニが付いていてることもあり、それらに噛まれれば重篤な感染症を罹患することもあるし、そもそもに衛生管理されている家畜とは違って、寄生虫などの問題も強く関わってくる。

 

 また、雑食・肉食性の動物の肉には独特の臭みがあることが多く、それらの適切な処理法を知っていない場合、とてもではないが食べられたモノではない……というものになってしまうこともしばしば発生する上、更には獲物の成長具合によっては、肉が固くてろくに食べられる部分がない……なんてことも起こりうる。

 

 そうしたジビエというものの処理の難しさ、野生動物であるがゆえの個体差や寄生虫・病気の有無、動物を殺傷するという行為に対しての、一般層からのイメージ……。

 それらのマイナス要素が重なり、狩猟した生き物を売って生計を立てる、というのは難しくなっていったわけで。

 結果、狩猟という職は、半ば趣味に近いものとして認知されるようになったのだった。

 

 で、そうして狩猟が年々行われなくなっていった結果、三十年の間にイノシシはおよそ四倍、シカに至ってはおよそ八倍にまで増加、などという事態を招いてしまったわけである。

 ……そもそもそうして雑食・ないし草食動物が増えた理由は、彼等を狩る肉食動物がいないから、というところに行き着くし、じゃあなんでオオカミに代表される肉食動物が居ないのかとなれば、家畜を守るために彼等を駆逐したから……という、ある意味人間の自業自得論に帰ってくるわけなのだけれど、その辺りは更に長くなるので割愛。*2

 

 端的に言ってしまえば、すでに自然界のバランスは崩れてしまっているのだから、そこら辺の調整にちゃんと手を掛けなさい、ということになるのだろうか。*3

 野生動物は所詮野生動物、人間が完全な形で寄り添うことはできないのだから、その距離感に関してはちゃんと考えるべき、というか。

 

 

「……そういう意味でも、私達はわりと都合がよいのですよね」

「……なんか言ったか?」

「あとで慰霊碑に手を合わせましょうね、と」

「……ああ、そうだな」

 

 

 イノシシを追い掛けながらポツリと呟いた言葉を、ソルさんが耳聡く聞き付けたようだが。

 あとで山の麓にある慰霊碑に参拝しておきましょう、とごまかして、そのまま前を向かせる。

 

 単純な狩猟の問題点に関しては、先の説明の通りだが。

 こと、イノシシやクマなどの大型の動物に関しての場合、より問題となるのは彼等が思った以上にタフである、ということに尽きるだろう。

 

 イノシシの場合、例え七十キロ近く体重があったとしても、その最高速度は時速にして五十キロほどになるというし、クマに至ってはそれよりも重い上にそれよりも速いとされている。

 そんな速度で動けるということは、オス同士の戦いもそれを前提としている、ということになり。……結果として、車とぶつかっても()()()()大破する、なんてこともあるほどに、彼等の耐久力というのは高いのである。

 

 頭を撃ち抜いても一発では仕留めきれなかった、なんて話もあるのだから、彼等を相手取るのがどれほど危険かわかるというものだろう。

 それゆえに、基本クマやイノシシ相手の狩猟の場合、罠を仕掛けるか複数人で対応するか、というのが普通のこととなる。

 全体数が少ないにも関わらず、それでいて複数で当たらなければならないというのは、狩猟をする側としても中々難しい話で。

 結果として、本来必要だとされる七割程度の駆除に届かず、じりじりと個体総数が増えてしまうことになったのだとか。

 

 七割、というのがどこ調べなのかがよくわからないので、本当に単に聞き齧っただけの感想になるのだが……軍隊的にはほぼ壊滅状態*4に追い込まなければ、持ち直してくる可能性がある……というのは、彼等の生殖能力の高さを感じざるを得ない、とでもいうか。

 

 話を戻して。

 クマより難度は落ちるけれど、それでも相当数の駆除を行わなければ、街や人・農作物への被害を抑えられないイノシシという生き物。

 その駆除の難しさは、彼等がうり坊などの可愛らしいイメージに反し、驚くほどにタフで繁殖力が高いことにあるわけだが。

 その辺りの問題を、『転生者』達はほとんど無視してしまえるのである。

 

 単純なタフさに関しては、そのほとんどがクマを殴り倒せるような個人戦力を持つ私達には、基本的に問題にはならず。

 速力や攻撃力の高さに関しても、それより速い者や強い者・そもそも彼等に反撃や逃走を許さないような対処を取れる者も多く。

 一般層からの風聞に関しても、世俗から切り離されている私達には、さほど問題にはならない。……いやまぁ、正義の味方とか美少女戦士とか、その辺りの人物がイノシシ駆除とかしてたら、弱いものイジメ感がでなくもないかもしれないけども。

 その辺りに関しても、認識阻害などの対応が取れてしまう以上、大きな問題にはなり辛いだろう。

 

 そう、狩猟の許可とかの問題を抜きにすれば、私達みたいなのはこういう仕事にうってつけの人材だ、と言えてしまえるのである。……創作物でとりあえず冒険者、という職業に付く者が多いのも納得である。腕っぷしさえ強ければどうにかなるのだから、これほど楽なものもないだろう。

 

 敢えて問題点をあげるとすれば、一般の狩猟者と違い、大概の手段が過剰火力になる、ということだろうか?

 

 ……というようなことを、草むらから飛び出したイノシシを、グランドヴァイパーで宙に打ち上げるソルさんの姿を見ながら、漠然と思う私である。

 多分手加減とかはしてると思うんだけど、それにしたって成人男性と同じくらいの重さの生き物を、軽々と宙に打ち上げる彼のパンチ力には、思わず舌を巻かざるをえないというか。

 

 なお、綺麗に顎にアッパーが入ったからなのか、気絶した状態で吹っ飛ばされたイノシシはというと。

 そのまま放置すると、地面に激突して真っ赤な花を咲かせる羽目になってしまうため、追い付いてきたミラちゃんが召喚したダークナイトやホーリーナイト達が、せっせとキャッチして用意した檻へと放り投げているのだった。

 ……なんというか、内容は別として、絵面がちょっとギャグめいてる感すらあるような?

 

 

「ドンナー*5をぶっぱなすわけにもいかねぇ、ってのはわかるんだけどよ……」

「はい、口を動かす前に手を動かしましょう南雲さん。具体的には親玉が出てくるまでハンティングですよ?」

「マジかよ……」

 

 

 流石に火力が高過ぎるのと音まではごまかせない、とのことから、いつもの大火力砲(ドンナー)は封印状態のハジメ君は、なんとも微妙な表情を浮かべながら、イノシシ達の顎を義手の方の腕で殴っている。

 私はと言えば、彼が殴りやすいように周囲のイノシシ達の足を止める、という補助を行っているのだった。……翼さん直伝『影縫い』である。*6

 

 

「一応は単なる技術であること、それから直接的に相手を傷付ける技でもないことから、アニメ作中にて風鳴翼に教わった技……じゃったかの?」

「まぁ、そうなりますね」

 

 

 ミラちゃんの言葉に頷きつつ、手の内のそれ──数本の釘を弄びながら、小さく言葉を返す。

 

 アニメ『マジカル聖裁キリアちゃん』において、主役であるキリア()は基本的に自分から攻撃する手段を持っていない。

 基本的にクロスオーバー作品であることから、主人公でありながら補助に回ることがほとんどのキリア()は、仮に戦闘に参加しても、その回のゲストキャラクターに華を持たせるように立ち回る、というのがほとんどである。

 

 そんなキリア()が、ゲストとして登場した翼さんに補助技を教わる、というのはある意味自然な流れであり、結果としてキリア()が使える単純な技術として、ゲストの翼さんと別れたあとも、彼女の得意技として活躍しているのだった。

 ……という話があったことを思い出したことによる、唐突な新技?である。なお、実際にキーア()の方が『影縫い』を教わった、というような事実はありません。……あとで使用料取られそう。

 

 まぁ、ともかく。

 相手が動き回らない以上、手加減をするのも楽になっている、というのは確かなようで。……その手応えのなさが、余計にハジメ君の虚無感を増加させているというのだから、なんともままならない話だなー、なんて風に思ってしまう私である。

 

 ともあれ、こうして基本的に気絶で済ませつつ、イノシシ達をボコっているのにはわけがある。

 ここに来た理由は、イノシシの駆除。

 とはいえ、それだけならば彼等二人が顔……というか態度?を知られるほどに、依頼者と馴染み深くなる、というのもおかしな話。

 と、なれば。彼等がここに()()()やってくる理由、というものがあるはず。その理由が……、

 

 

「……いよいよお出ましか」

「ちっ、手間を掛けさせやがって」

「……有名なイノシシについて、ちょっと思いを馳せたりもしましたが……」

「全く……つくづく面倒な話よな、この手の存在というのは、のぅ!」

 

 

 山の奥より、響いてくる地響きのような足音。

 気絶させられたイノシシ達の主、その登場を悟った私達は、それぞれ思い思いに準備をし、その相手を待ち構える。

 

 駆除しても駆除しても、一向に減る気配のないイノシシ達。

 それを引き起こしていた元凶──久方ぶりの敵対的な【顕象】の出現に、小さく気を引き締める私なのであった。

 

 

*1
フランス語で『gibier』。日本語に訳すと『野生鳥獣肉』となる。畜産の対義となる、狩猟肉のこと。その定義上、魚類は含まれない

*2
人間がモノを作る際に掛かっている労力というものを、自然の動物達は一切考慮をしない。結果、野山を駆け回るシカやイノシシよりも、人間が特定の場所に集めて育てている畜産物達の方が狩りやすい……ということで、彼等肉食動物は畜産物達を襲うようになった、という話。生きることに必死である以上、より労力を必要としない獲物が居ればそちらに狙いを定めるのはごく自然な行動であり、それを防ごうにも人間側からすれば余計な労力を増やされるだけであるため、結果として捕食者に対しての苛烈な駆除が始まった、という流れになる。一応、駆除以外にも西洋犬から病気を移されたとか、住処が開発によって失われていったなどの理由もあるが、突き詰めればそれらが人間のせい、ということになるのもまた自明なので……

*3
かわいそうだから、で家に猫を保護し続けた結果、かえって猫達を餓死させたり病気にさせたりした人が居たが、規模が大きくなっただけで野生動物も本質は同じである。繁栄は度が過ぎれば朽ち始めるもの。それを調整するのもまた、自然の調整者(頂点捕食者)を絶滅させてしまった人間に課せられた罰なのかもしれない、などと述べておく

*4
戦闘員の損耗が80%ほど、全体として五割ほどが戦闘不能になった状態のこと。全滅より酷い状態

*5
北欧神話における雷神トールのドイツ語読み。この場合は南雲ハジメの作った大型のリボルバー式拳銃の名前。レールガンを発射できる拳銃、というと『BLACK CAT』を思い出さないでもない

*6
敵の影に小刀を打ち込み、身動きをとれなくする忍術。一応、単なる技術にあたる為、相応の訓練こそ必要だが誰にでも使えるモノだと思われる。……翼さん基準で三ヶ月習得に掛かっていることを考慮に入れる必要はあるが



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ブ◯ファンゴが 現れた !

 山が哭いている、とでも言うかのような木々のざわめきを耳にしつつ、揺れる地面の先……木陰に隠れた巨大な何者かの姿を見つめる私達。

 暫しの時の後、地響きと共に私達の目の前に姿を現したのは……。

 

 

「なるほどのぅ。……こやつが山の主、というわけか」

「言ってる場合か。想像以上にデカイぞ、コイツ」

「なんだ、怖じ気づいたのか?」

「──誰がっ!」

「はっ、そんだけ吼えられるなら上等だ。──来るぞ」

 

 

 単純な体高*1にして三メートル級、重さにして二トンに迫るだろうかという、巨大なイノシシなのであった。

 

 その真っ白な姿には、もののけ姫の乙事主(おっことぬし)を思い浮かべそうになる*2が……彼のどこか人間味を感じさせる佇まいと違い、目の前の巨大イノシシには知性の輝きと言うものを感じ取ることはできない。

 私達に認知できるのは、同族を痛め付けた敵対者に対しての限りない憎悪に染まった、深紅の瞳のみ。

 

 ……どう考えても正気ではないが、仮に正気だったとしても近隣の田畑などを荒らしていたイノシシの元締めが、このデカブツであることに間違いないはずで。

 ゆえに、こちらが取る対応も、端から決まっている。

 

 ──近隣住民の間でまことしやかに囁かれていた、『白き神』のウワサ。*3

 既に神威(しんい)失われた現代に現れし、猛る荒御魂との戦いの火蓋が、今切って落とされるのだった。

 

 

 

 

 

 

「──っ、やはり止めきれませんか!」

 

 

 とりあえずとばかりに放った『影縫い』だが、どうにもこの巨大イノシシには効き目が薄いようで。

 

 影を縫い止めていた釘達は暫し拮抗したかと思えば、カタカタと震えたのちに粉々に砕けてしまった。

 ……勢い余って引っこ抜かれるとかではなく、バラバラに砕け散ってしまった辺り、このイノシシは最初に感じた印象──乙事主のようという感想そのままに、その身に神秘でも纏っているのかもしれない。……聖属性のボスとなると、今の状態(キリア)では相性が良いとは言えないだろう。

 

 ともかく。こうも簡単に拘束から逃れられてしまうと、キリアとして行えることは、原則目眩ましに程度に限られてしまう私としては、打つ手がほぼないと言い換えてしまってもたいして問題がないわけで。

 

 

「……仕方ないですね、私は()()()()()()()()皆さんの補助に回ります!」

「はっ、アニメみたいなことになってきたな!」

「しゃらくせぇ、とにかくぶっ飛ばせばいいんだr()「ソルさんが()()を倒そうとする場合、恐らく山ごと焼くことになると思われますので、申し訳ありませんが遊撃に回って下さい!」……うざってぇ……」

「まぁまぁ、落ち着くがよいぞソル。お主はなにも突撃するだけが能の男では……ない?はずじゃぞ?」

「おい、なんだ今の間は」

「漫才してなくていいですから!突撃来ますよ!」

「……やれやれだぜ」*4

 

 

 仕方がないので、アニメでの彼女(キリア)のように、主役となりうる他三人の補助に回ることに専念する。……さっきまでが妨害役(デバッファー)だとすれば、ここからは補助役(バッファー)として動く、ということだ。

 

 こちらの宣言に小さく笑みを溢したハジメ君と、その背後からイノシシに向かって飛び掛かろうとしていた(バンディットブリンガー)*5ソルさん。

 ……ソルさんの攻撃()だと山を丸裸にしてしまいかねないため、その発言を遮るようにして彼に自重を要請すれば、止められた当人は渋い顔をしながら、技の発動を取り止めた(ロマキャンした)*6のだった。

 

 その際にミラちゃんから微妙な慰め?をされていたが……効果があったかと言われれば、微妙なところだと言えるだろう。

 

 ともかく、こちらにがむしゃらな突進を繰り返しているイノシシを、ある程度の距離を保ちながら迎え撃っているのが現状だ。

 まともに当たってしまえば、私達でもただでは済まないだろう……と感じさせるだけのモノがある突進だが、迫力こそあるものの思ったよりも速度がないため、まともに直撃する可能性はほぼゼロだと言ってしまってもいいかもしれなかったりする。

 ……まぁ、そうして()()()()()()()()()()()()()()()()()である可能性もなくはないため、言うほど楽観視はしていないわけなのだが。

 

 ともあれ、ソルさんをアタッカーに据えるのは過剰火力であるため、残った二人のどちらかにアタッカーを務めて貰いたいわけなのだけれど……。

 

 

「わしは補助に回った方がよいじゃろ?」

「このメンバーの中で、数を用意できるのは貴方だけですからね。……となると、南雲さん!貴方がメインです!」

「……なるほどな、つまりはコイツのd()「あ、ドンナーは引き続きダメです。頑張って殴り倒してください、グーで」……俺のことサイタマ*7かなんかと勘違いしてねぇかテメェ!?」

 

 

 一人で三人分以上の撹乱が行えるミラちゃんには、どちらかと言えば引き続き、ターゲットを分散する役目をこなして貰いたい。……いざという時に相手の突進を受け止めることも、ダークとホーリーの二騎のナイトの力を合わせれば、問題なく行えるだろうし。

 なにより、わざわざ生身の人間を危険に晒す必要性から解放される……という時点で、彼女が補助役から外される可能性は低いわけで。

 

 これで、原作と同じく精霊王の加護も持ちあわせていれば、もはや『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?』*8……という言葉が飛び出していてもおかしくはなかったが。

 残念ながらここのミラちゃんが使えるのは、原作開始時点で使えた術式がほとんど。

 ……精霊王の加護(繋ぐ力)を必要とする『灰色騎士』に関してはそもそも召喚できないし、それなりに『覚醒』している方に区分されるとはいえ、原作のようにナイト達を千騎以上召喚して軍勢とする……という無茶苦茶は──個々のレベルを下げればできなくもないらしいのだが。

 代わりに、その下げたレベルに合わせて、騎兵達の大きさまで小さくなってしまう……とのことなので、実際に取れる戦略とは言い辛いのだった。

 絵面的にも、おもちゃの兵隊を指揮しているようにしか見えなくなるらしいので、手数補充をどうしても優先したい、という場合でもなければ選ぶことはないだろう。

 

 ……それぞれ一体に絞って召喚する分には問題がないらしいのと、現状の魔力……召喚容量?的な問題からして、前回彼女が見せた二騎召喚+仙術使用が、ここのミラちゃんの最強形態になるらしい。

 一応、部分召喚(フレーム)による本体強化もできなくはないとのことだが、手数とか受けの面とかを考えれば、あのスリーマンセル状態が一番強い……ということになるようだ。

 

 (キリア)の強化では()()()()()()()()()()()()こともあり、彼女をメインアタッカーに据えるのは非推奨。

 それらの情報を加味した結果、残ったハジメ君の方を補助するという話に、自然と纏まっていくわけなのだが……。

 

 そちらはそちらで、ドンナーを強化するのはやり過ぎかつ騒音をごまかし切れない……などの問題が予測されるため、結果として彼の素殴りを強化することになったのだった。

 目指せサイタマ先生ばりのワンパン、というわけである。……いや、ホントに彼レベルになられても、それはそれで過剰火力なのだけれども。

 

 

「ではとりあえず、前準備を。──『ガード・レインフォース』!『マイト・レインフォース』!『レデュース・パワー』!『レデュース・ガード』!も一つおまけに──『シールド・クリティカル』!

「……なんでヴァルプロ?!」*9

「え?お好きかと思ったのですが……」

「なに言ってんのか全然わかんねぇけど、とにかく補助ありがとよ!」

(……ごまかしたなこいつ……)

 

 

 ともあれ、メインアタッカーが決まったのならば、こちらがするべき行動も自ずと決まってくる。

 手始めに、こちらへのバフと相手へのデバフを一息にこなす……ものの、特殊攻撃の封印(シールド・クリティカル)に関してはさっくりと弾かれてしまった。流石にそこまで簡単にはいかないらしい。……有水無空の印とかの方が良かっただろうか?……え?属性相性的にはシルバーレイクの方がいい?そっちはもろに闇属性だから今の姿(キリア)だと使えませんね……。*10

 

 そんな戯れ言は置いておくとして、とりあえずの下準備は整ったわけなのだが、それらのバフ・デバフの付与を見ていたハジメ君からは、なんでその魔法達なのか?……という疑問が飛んでくる。

 

 なんでって、そりゃ中二b()……げふんげふん。ヴァルキリー・プロファイルを嫌いなオタクはそうそう存在しないから、という個人的なあれなだけですよ?*11

 まさかまさか、ハジメ君の興味を引きそうな類いのモノだなー、とかそんなこと一切これっぽっちも思ってませんよ?

 

 そもそも新作が出るとは言え、第一作目は今から二十年以上前が発売日。

 最近の若い人が知っているかどうかは……スマホゲーも合ったしコラボもしてたし、案外知ってる人もいるかもしれないけれども、それでもそこまで有名かと言われれば微妙なところだし。

 区分的には若い人に含まれるだろうハジメ君が、そわそわした感じに話を聞いてくることを想定していたとか、そんなことは臍で茶を沸かす*12くらいにありえないことなのでございます。

 

 ……え?なんかどこかから頼れる後輩の『……せんぱい、以前『見てみてマシュー!臍で茶を沸かせたよー!』とかなんとか言って、お臍の上で沸かしたお湯でお茶を入れてくださったことがあったような……?』みたいな台詞が聞こえてくる?

 ……今の私(キリア)には後輩とか居ないので知りませーん。キリアとキーアは敵対者なので、相手方の親しい人物とか知りませーん。

 

 欺瞞にも程があるでしょ、というどこかから聞こえてきた隙間女(ゆかりん)のツッコミも華麗にスルーしつつ、表面上は惚けたような表情を浮かべ、ハジメ君の疑問にこてんと首を傾げる私。

 対するハジメ君はと言えば、自分が余計な反応を見せたことには気が付いたのか、殊更に平静を装いながら、バフの効果によって輝き始めた義手を振りかぶりつつ*13、イノシシへと突撃していくのだった。

 

 ……ハジメ君の勇気が、世界を救うと信じて!ご愛読、ありがとうございました!*14

 と、ボソッと呟いてみたら、「勝手に終わらすな!」という言葉が返ってきたが。……正直そこまでやっといてごまかせてると判断するのは、ちょっとどうかと思うキリアさんなのでした。

 

 

*1
動物の体のうち、垂直方向の長さを示したもの。四つ足を着いた状態で、地面から背中辺りまでの高さを指す。頭を含めないのは、恐らく四足歩行動物の首は可動域が広いから、だろうと思われる(=ケージを作る際に、立ったままで自然に居られる高さが肩までの高さで十分だから、だと思われる。馬などが顕著だが、彼等は首より先を肩よりも下の位置に移動できる。頭の天辺までを高さとしてしまうと、キリンなどは縦方向に高くなりすぎてしまう、というのもあるのかもしれない。なお、正確な由来を調べられたわけではないので、話し半分で聞いて頂けると有り難い)

*2
白く巨大な猪神。同作において『黙れ小僧』の台詞で有名な犬神・モロの君とはかつて恋仲だったとされる。……犬と猪で?と思われるかもしれないが、彼等は『神』なのでその辺りは些細なことなのだと思われる。作中では人への憎しみにより、最終的にタタリ神に変じかけたところを、シシ神によって命を奪われた

*3
この場合の白き神は、『モンスターハンター』シリーズに登場するモンスター、崩竜ウカムルバスのこと。その名前そのものが、作中の言語で『白き神』の意味を持つ。後ろ部分の『ウワサ』は、『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』に登場する敵のこと。噂が本当になるように動く、謎の存在。同作の魔女とはまた別のものだとされている

*4
ソルの口癖の一つだが、元々は『ジョジョの奇妙な冒険』の第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』主人公、空条承太郎の口癖をオマージュしたものだとされる。ついでに言えば、ソルのもう一つの口癖である『へヴィだぜ……』と似たような言葉をオマージュ仕返したことがある、という噂もある(第六部での彼の台詞『やれやれだ……へヴィすぎるぞ!』)

*5
空中に飛び上がりながら、斜め下に向かって強烈なパンチを叩き込む技。相手にバウンドやスライドダウンを強制する

*6
『GUILTY GEAR』シリーズの共通システム。攻撃の途中やヒット時、特定のタイミングなどで技の動きをキャンセルし、立ち状態(ニュートラル)に戻るもの。ゲージを消費することがほとんどだが、代わりに本来コンボにならないような攻撃を、連続して敵に当てたりすることができるようになる。『ストリートファイター』シリーズの『スーパーキャンセル』(通常技や必殺技をゲージ技でキャンセル(隙を消す)する)とは違い、ゲージがあればほぼどのタイミング・どの技でもキャンセルできる

*7
『ワンパンマン』の主人公。タイトル通りに敵をワンパン(一回殴っただけ)で倒してしまうのが特徴。たまにワンパンじゃない時もあるが、大抵彼が本気でやってないから、というのが理由だったりする

*8
漫画版の『仮面ライダーBLACK RX』のコラ画像が元ネタとされる台詞。本来の台詞は『ここはRXに任せよう』で、意味がちょっと投げやりになっている

*9
全て『ヴァルキリープロファイル』シリーズの魔法。順番に、味方の防御力をアップ・味方の攻撃力をアップ・敵の攻撃力をダウン・敵の防御力をダウン・成功時に敵の特殊攻撃を封印、の効果

*10
こちらは『グランブルーファンタジー』の技の名前。それぞれフォリアとオリヴィエの使う技であり、弱体判定に成功すると相手の特殊技・特殊行動を封じるデバフを付与することができる。グラブル的には有利属性の方が弱体成功率が上がる為、()属性らしきこのイノシシには闇属性の技である『シルバーレイク』の方がいいだろう、の意

*11
このゲームの魔法の詠唱を覚えた、という人は少なくないはず。『汝、その諷意なる封印の中で 安息を得るだろう 永遠に儚く』など、とにかく小難しい感じの詠唱文は、当時のプレイヤー達の中二心を擽ったのだ

*12
多くは嘲ったような意味で、『ばかばかしいこと』『おかしくてたまらないこと』を指す言葉。なお、何故かここでは『本当に臍で茶を沸かせるか』というような意味で使われている。元々の意味とずれて使われるのはギャグならでは、ということか

*13
フフフ……デッドエンドフフフ……

*14
『ギャグマンガ日和』内の作中作『ソードマスターヤマト』の最終話のあおり文。超展開で作中の伏線を全て回収し、ラスボスとの決戦途中で話を終える……という、いわゆる打ち切り展開をネタにしたもの。これとほぼ同じ展開をリアルでやった漫画があるというのだから、これもまた現実が創作を越えた話の一つ、なのかもしれない……



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まっくのうち!まっくのうち!

「これ、で、どうだぁ!!」

「ぬぅ、意外と重いのが入っているはずなんじゃが……想像以上にタフじゃのう」

 

 

 都合何度めかのストレートがイノシシに命中するのを眺めながら、ミラちゃんがポツリとぼやきを漏らす。

 

 戦闘開始から五分ほど経過したが、相手が倒れる気配はまるでない。

 純粋な生き物であれば、執拗な顎狙いの攻撃は脳を揺らし、その行動を強制的にキャンセルさせたりできるものなのだが*1……見た目ほどクリーンヒット*2していないのか、はたまた別の要因か。

 ともかく、相手のイノシシは未だ健在。倒れるような気配は、今のところ見られないのであった。

 

 

「ゲームだったら、体力の減り具合もわかるんですけどね。そういうもののない現実ですと、相手が気迫で立っているだけなのか、実は全然ダメージが入っていないのかがわからないと言いますか……」

「……やっぱり、全部焼いちまった方がはえーんじゃねぇか?」

「……ソルさんはなんで科学者なのに、解決方法が全部物理なんです?」*3

「んなもん、ある程度考えて『殴った方が早い』って結論付けてるに決まってんだろうが」

「熟考した結果脳筋に至る、というお約束のパターンじゃな」*4

「後ろであーだこーだ言ってんじゃねぇよテメェら!!真面目にやれっ!」

 

 

 まぁ、メインアタッカーはハジメ君一人。

 彼の隙をフォローするのに専念している私達は、大して疲れてもいないため、わりと余裕がある感じなのだけれど。

 相手がボスとはいえたった一体、数の暴力には敵わないのである。*5

 無論、ずっと矢面に立たされ続けているハジメ君からは、次第に苛立ちと疲れが見えてきたわけなのだが。

 

 ……うーむ、相手の撃破フラグも立っていないうちに、こちら側の切り札を切るのは余り良くないのだけれど。*6

 このまま泥試合*7を続けていては、その内ハジメ君がキレて()()()ハジメ君になってしまいかねないと言うのも事実。

 そうなると魔王一直線なので、できればそのフラグはへし折っておきたいところである。

 

 

「……仕方ありません。向こうの切り札より先にこちらの切り札を切るのは、できれば避けたかったのですが……」

「え?……あ゛っ、ちょ、ちょっと待てキリア。気が変わった、もう少し様子を見よう!なっ!?」

「いいえ、南雲さんの身体的疲労も恐らくはピーク。……これ以上の様子見は互いのためになりません。──行きますよ、南雲さん」

「話を聞けぇっ!?って、うおわっ!?」

 

 

 敵方にこちらの切り札を破られてしまうフラグも立っているような気がするが、逆に言うとそのフラグを踏まない限り、この膠着状態は進展しない……ということでもある。*8

 であるならば、そのフラグのあとに逆転へのフラグが待っていることを信じて、ここは臆せず攻めざるを得ないのだ。

 

 ……というような理由より、ハジメ君の制止を意図的に無視して、彼の隣に近付く私。

 こちらに声を向ける彼を横目に、その義手に自身の手を添える。……恋愛経験のない男性みたいな驚き方してるんですけど、その見た目で純情なのはわりとあれでは?みたいな内心を押し隠しつつ、そのまま彼の義手に意識を向け続ける。

 ──前に言っていた、『キリアの方がFFR』である。

 

 

──【過剰黎明(アストラライズ・エヴォケーション)】!さぁ、行きますよ南雲さん!』

「ちょっと待て!これ過剰火力だろどう考えても!」

『出力調整はこちらでしますので、南雲さんは単に思いっきり殴って頂くだけで大丈夫です!』

「本当だな!?信じていいんだな!?」

 

 

 彼の義手と一体化した私は、そのまま義手の構成概念を上書き・成長させ、黄金に輝くモノへと変じさせる。……アガートラムとかヒートエンドとかできそうな感じ*9のその輝きに、ハジメ君は焦ったような声をあげるが……、出力調整は私が行うため、彼には難しいことを考えずに相手を殴ることだけを要求しておく。

 

 その言葉を反芻しながら、彼はイノシシへと向けて歩み始める。その速度は次第に増し、歩きから走りへ、走りから疾走へと変わっていき。

 

 

「いい加減、くたばりやがれぇぇぇえっ!!!」

 

 

 大きく振りかぶった拳は、そのままイノシシの鼻っ面に向けて突き進み。

 ──謎の光の壁のようなものに、甲高い音を立ててぶつかることになるのだった。

 

 

「んなっ!?」

『これ、はっ!南雲さん、下がって!』

 

 

 殴り付けたハジメ君はわからないのかもしれないが、義手に憑依している私には、この光の壁がなんなのかすぐに理解できた。──そして、次に起こる現象も。

 

 ゆえに、彼に退避を推奨するも……忠告が遅すぎた(もう遅い)

 神秘による反応装甲*10とでも呼ぶべきそれは、こちらの物理攻撃を受け、活性化し。

 圧倒的な暴威(閃光と爆風)を以て、私達を吹き飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

「キリア、南雲!双方無事か!?」

「吹き飛ばされる直前で防御壁(バリアー)を張りましたのでなんとか。……とはいえ、こうなってしまうと攻め辛さが跳ね上がってしまいますね……」

 

 

 後ろに控えていた他二人の元まで吹き飛ばされてきた私達だったが、その派手な爆発によって憑依こそ解除させられたものの、ダメージ自体はさほど受けていなかった。

 

 それもそのはず。憑依して全力全開……とでも言う風に振る舞っていたものの、殴りの威力自体は先ほどまでの──ハジメ君の普通の殴りと同程度に抑えていたため、本来相手が想定していたであろう威力の、半分にも満たない爆発になっていたのだから。

 向こうはこちらの切り札に対し、後出しで切り札を撃ってくるだろう……という、事前の予想通りになった結果、上手くあしらうことができたというわけなのだった。

 

 そしてそうして相手の反応を誘うことで、相手がなにを切り札にしていたのかについても、なんとなく予想が付いたわけで。

 

 

「と、言うと?」

「さっきの光の壁、私が触れていたので解析が叶いましたが……恐らくですが、()()()()()()()()()()()の合わせ技です」

「……ふむ?」

 

 

 ミラちゃんからの問い掛けに、自身が先ほど光の壁に義手と一緒になって触れた時、感じ取った情報を伝える。……あの光の壁は物理衝撃を受け止め(リフレクター)、削られた耐久値を倍にして相手に返す(カウンター)、一種の反応装甲である可能性が高い……ということを。*11

 

 告げられた二つの単語に、ミラちゃんは訝しげな色をその顔に浮かべる。

 それもそのはず、その単語が二つ並ぶと言うことは……。

 

 

「お察しの通りですよ。……恐らくですが、あのイノシシには()()()()混じって(【継ぎ接ぎ】されて)います」

「それは……なんとも厄介な」

 

 

 結論を述べた私に、ミラちゃんは露骨に嫌そうな表情になった。

 今回はそうでもないが、『神』『ポケモン』が一緒に語られる状況と言うのは、本来あまり宜しくない状況なのだから、彼女の反応ももっともである。

 

 創作界隈において、『神』という言葉はわりと色々なところで頻出するものである。

 本来の『神』──一神教のそれだとか、はたまた神道などにおける八百万の神々だとか、そういう超常のモノ以外でも、単に凄い力を持つ者に対する称賛としても使われるのが『神』という単語だが。

 その実、『神』という呼び方で本当にヤバいモノ、というのは意外と少ないものである。

 

 本来のそれら()は人の手の届かぬモノ。

 概念だとか現象だとか、人が幾ら集まっても変えられないようなモノであるのが本当の『神』であり、数々の創作のそれら()のような、打倒することは勿論、殺害することなど本来できるはずもないのが普通なのである。

 

 ……が、例えばハジメ君のところの神と呼ばれたモノのように、創作界隈に登場する『神』というものは、基本的に(たゆまぬ努力や相応の力量は必要だとはいえ)倒せるモノ、殺せるモノであることが多い。

 雑に言ってしまえば、神として()()()()のである。

 

 ところが、ポケモン世界の『神』というのは──作中の描写からすると、その本来の『神』に近しい存在だと思われるモノが存在しているわけで。

 それが、『神』と『ポケモン』という単語が一緒に語られると、なんとも嫌な気分になる理由の一因……ということになるのだった。

 

 ……一因ってことは、他にもあるのかって?勿論、創造神(アルセウス)英雄(レジギガス)を解放しろ、とか色々言いたいことはありますが?*12

 

 ともあれ、目の前のイノシシが神の因子を持っていても、あの創造神とは別物であるのは見ればわかる。

 混ざっているのは……うり坊からマンモスに進化するアイツだろう。*13

 

 そう確認しながら、これからどう対処していくかを話し合う私達なのであった。

 

 

*1
いわゆる脳震盪。脳に外部から力が加わった結果、一時的な意識障害などを発症した状態のこと。顎を殴るとテコの原理で脳が大きく揺れて頭蓋骨に衝突する為、より脳震盪になりやすい。頭を直接殴っても頭蓋骨に阻まれるが、顎による脳震盪は寧ろその頭蓋骨こそがダメージの元になる、という話

*2
野球や商売、ボクシングなどの用語。基本的には『上手くいった』ことを指し、それが使われる状況によって、意味が少しずつ変わる、といった形になっている

*3
ソルはそもそもとある場所で研究員をしていたが、その頃からマッシヴな肉体を持っていた。いわゆるインテリマッチョ、というやつである。そのわりには解決方法が大抵『ぶん殴る』である為、周囲から突っ込まれることもしばしば

*4
『何事も暴力で解決するのが一番だ』(ニンジャスレイヤー・レッドゴリラ)というわけではないが、解決手段として力業に出るのがある程度有効、という状況は少なくない。とはいえ、それで()()()()()()()()()()()()()()()ということは覚えておくべきである。考えた結果として殴った方がいい、というのはそこまで間違いとも言い切れない、という話

*5
多数決の暴力、という言葉もあるように、徒党を組むというのはそれだけでも、ある程度の抑止力などを発揮するものである。少数精鋭で相手を打ち倒す、というのは相手に隙があるからこそできること、という話

*6
『幽々白書』の蔵馬の台詞『切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て』など、色んな作品で述べられているもの。作劇的にも、逆境を打ち破る姿を書く方が人気を得やすい為、『先に優位に立った者ほど負けやすい』というのは確かな話。また、切り札を切って勝ちきれなかった時(の、勝てなかったという精神状態や疲労状態で)、返しの相手側の切り札を凌ぎきれるか、という問題もあり、それらを総合すると『切り札は出し惜しんだ方が良い』という話になる。無論、確実に相手を倒しきれる切り札を持つようなキャラも居たりはするし、それを出されないようにする、という形での駆け引きもありはする

*7
元々は歌舞伎用語だとされる(舞台に泥田を作り、その上で立ち回りを演じることから。次第に泥塗れになって行く姿を『醜く争う』ことに見立てたのだとされる)言葉で、綴りは『泥仕合』。本来の争点を忘れ、互いに相手の秘密や欠点を指摘しながら醜く争うこと、及びその争いそのものを指す。なので、この場での『色々とぐだぐだとした争い』を指す場合は、本来『泥臭い試合』などと記載するのが正しいと思われる。なお、最近はこの『色々とぐだぐだとした争い』を『泥試合』と表記することも増えてきているようだ(実際に『泥塗れになった試合』を『泥試合』と呼ぶこともあるようである)

*8
いわゆる新必殺技フラグ。旧来の必殺技が通用しない敵に出会し、それに対抗して新しい技を作る……という一連の流れのこと。『昔の技が敗れる』ことが次のフラグのトリガーになっている為、踏まずに進むことはできないものであると言える

*9
前者は『fate/grand_order』に登場する宝具の一つ『剣を摂れ(スイッチオン)銀色の腕(アガートラム)』、後者は『機動武闘伝Gガンダム』における主役機・ゴッドガンダムの必殺技『ゴッドフィンガー』の締めの台詞。両者とも腕が金色に光り輝くのが特徴

*10
リアクティヴ・アーマーと呼ばれる追加装甲の一つ。砲弾などを受けることで爆発し、弾を横合いから爆風で殴りつけて無力化する、というもの。装甲の内側に衝撃やダメージを通さないようにする目的の為に増設されるもので、簡易なわりに効果は結構高いのが特徴。ただし、内部は無事でも外部に爆風を撒き散らすのは確かな為、場合によっては味方に被害をもたらすことも

*11
どちらも『ポケットモンスター』の技の一つ。『リフレクター』は物理ダメージを半減し、『カウンター』は受けた物理ダメージを倍にして相手に返す。なので、一緒に使うのは実は微妙だったりする(受ける(基準の)ダメージが半減するので、与える(反射)ダメージも半減する)

*12
『Pokémon LEGENDS アルセウス』での描写より。同作では第一世代・ピカブイと同じくポケモンの『とくせい』がオミットされているが、何故かレジギガスのみ彼のとくせい『スロースタート』が状態異常扱いで再現されている、という謎の待遇を受けている。……これまでの作品内で、アルセウスがレジギガスの仲間達である他の巨人達を倒し、その体を使ってプレートを作った、というような話が昔話として語られており、アルセウス(シンオウ様)と戦った古代の英雄、という形で語られるレジギガスは、アルセウスから歪んだ愛情を持たれているのでは?(類似例・ライナー)という予想が立ったことからのネタ。今作では『神』っぽさ全開で動いているアルセウスなので、それに立ち向かったというレジギガスの株が勝手に上がった、という形でもある。なお、レジギガスは登場作品のほぼ全てにおいて、人間の味方として描かれていたりもする

*13
ウリムーとマンムーのこと。鉄砲魚(テッポウオ)からタコ(オクタン)に進化するのに比べれば、まだわからないでもないが、どっちにせよイノシシからマンモスに進化している為、意味がわからないのは一緒だろう。その巨体の理由の一つとして、因子が【継ぎ接ぎ】されているようだ



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バリアに閉じ込もって出てこないボスはクソボス

「あの光の壁が向こうの切り札であるとするのなら、そう一筋縄ではいかないでしょうね」*1

 

 

 こちらを悠然と見下ろしている相手を前に、ヒソヒソと会話を続ける私達。

 

 その態度は余裕の現れ、ということなのだろうが……確かに、先ほどまでのタフさが、こちらの火力の低さに依るものだとすると。有効打をカウンターで封じる……というその行動方針は、確かに隙の見え辛いものだと言えるだろう。

 

 ソルさんは『全部燃やしちまえば手っ取り早い』と言っていたが、恐らくは向こうに有効打を与えることを優先するのなら、それくらいのつもりでなければ無理があるのだと思われる。

 何度殴っても効いた素振りがなかった理由が、例えば回復系の技能によるものだった場合。

 それをどうにかするためには、相手の回復技能を封じるか、その回復速度を上回る攻撃を叩き込む、というのが正答となる。

 実際、相手はダメージを与えられそうな状態に変化した途端に、カウンターという切り札を切ってきた。

 

 雑に言ってしまえば大ダメージ無効。

 小さなダメージでは意味がないのに、大きなダメージも別の手段で対策している……という隙のないその姿勢には、思わず舌を巻かざるを得ないだろう。

 ……怒りに猛り狂っているように見せておいて、意外と強かな行動をしてきていると言うべきか。

 

 ともかく、あのカウンターバリアをどうにかしないことには、こちらが相手を打倒することは叶わないだろう。

 一番簡単な対処は、あのバリアの適用外となる攻撃……魔法などで攻撃する、ということになるのだろうが……。

 

 

「ミラさん、魔封爆石はお持ちですか?」

「持っとるわけないじゃろうが、こっちじゃと一個作るのにどれほどの金額を持っていかれると思っておる……。よもやどこぞの宝石魔術師のような苦労を負う羽目になるとは、思ってもおらなんだぞ」*2

「ですよねぇ……」

 

 

 一番そういうのを持ってそうなミラちゃんからの返答は、今回はその類いのモノを持ってきていない、というものだった。

 

 彼女が修めている技術は、主に召喚術系統と仙術系統。

 それとは別に、生産系技能として【精錬】という技術を彼女は修めている。

 物質に宿る属性力や補正力といったモノを抽出・融合・定着させる、言ってしまえばゲームなどでよく目にする『錬金術』系統の技術だ。*3

 

 これにより、彼女は作中において複数の宝石を合成し、『精錬石』と呼ばれる、形のない力をより多く蓄えることのできるアイテムを作っていた。

 

 この『精錬石』に属性力を封じれば『魔封石』に、そこに爆発する機能を付け加えれば『魔封爆石』となる。

 この『魔封爆石』は、簡単に言ってしまえば『属性付き手榴弾』と呼べるようなものであり、属性相性をしっかり見極めれば、丸腰の人間でも遥かに格上の存在にも一矢報いることができるくらい、結構な威力を兼ね備えたアイテムである。

 

 召喚術は……特に初契約がそうなのだが、契約する対象となる相手を打倒し、自身の力を認めさせる必要があるのだそうで。

 なんの力もない・武器もないようなひよっこ召喚士が、初契約を成功させるのは至難の技。

 そこでこの『魔封爆石』と、それから特別な防具を貸し出すことで、一番始めの契約を手助けする……というやり方を、ミラちゃん……もとい、ダンブルフが考案したのだとか。

 

 まぁ、その辺りの詳しい話は、彼女の原作を読んでいただくとして……。

 この【精錬】という技術、先述の通り()()を加工する、というのが主な用途だと言えるモノである。

 武具などから属性力などを抽出して、他の宝石に移し替える……みたいなこともできるようだが、基本的には『精錬石』に対してあれこれする、というのが主要な使い道だろう。

 

 ……と、なると。

 これを現実で使う時に問題になるのが、()()()調()()()、ということになるわけで。

 

 ゲーム的な世界観ではよくあることだが、いわゆる宝石類は──確かにそれなりに値が張るものの、あくまで()()()()ということが多い。*4

 場合によってはモンスターを倒したらドロップする……なんて作品もある辺り、宝石というものはこちらの想像以上に、生活に紐付いている物品だと言えるだろう。

 

 中には高い宝石というものも存在するが──そういうものは、こちらで言うところの『ピジョン・ブラッド』とか『ホープ・ダイヤモンド』のような、特殊な産地や謂れを持つものが高いだけであり。*5同種の宝石そのものは──少なくとも屋敷が買える値段、なんてことには早々ならないはずだ。

 

 どうしてそんなことになるのか?といえば、ゲームシステム的な問題とかシナリオ的な問題とか、色々理由はあげられるのだろうけども今は置いておいて。

 ここで重要なのは、ゲームや漫画などの創作界隈において、宝石というのは多少高額ながら使()()()()()()()()()()()()()物品だ、ということである。

 

 ……結論を言ってしまえば、例え【精錬】や【錬金術】のような技能を持ち合わせていたとしても、現実でそれを活かすのはとても難しい、ということだ。

 ざっと思い付くだけでも、材料調達の難や技術を知られた時の命の危険など、ぽんぽん問題点が出てくる辺り、現実世界において『宝石』とか『貴金属』を扱う技能というのは、下手に強いだけの技能よりもよっぽど扱いに困るものだと言えてしまうわけで。*6

 

 結果として、ここのミラちゃんもそれらの例に漏れず、【精錬】技能に関しては若干持て余している、ということになってしまっているのだった。

 

 ……まぁ、単なる爆弾一つにうん十万とか、下手をするとうん百・うん千万掛かるかもしれない……なんて言われたら、とりあえずそこら辺のコストが掛からない技術の方を優先するよな、というのはわからないでもないというか。

 現状的には、相手への攻撃手段のあてが外れたってことで、できれば納得したくないところなんだけどね!クソァッ!!

 

 ……召喚術の方に関しても、白黒騎士以外は召喚不可っぽい辺り、結構縛りがキツそうなミラちゃんである。

 仙術は問題無く使えてそうな辺り、初期の方で言っていた『召喚術より仙術の方が目立っとるんじゃが!?』的なことが、こちらでもあったのかもしれないと察してしまう、その哀愁漂う背中になんとも言えない気分を感じる私であった。*7

 

 

「……とはいえ、仙術も効くかと言われると微妙ですよね……」

「……まぁ、基本的にはモンク系、打撃主体じゃしのぅ」

 

 

 察しつつも、思考は止めないわけだが。

 魔力爆弾(魔封爆石)がダメなら仙術()で攻撃だ──と言うことで、そっち方面でどうにかなるかを考えてみたのだが。

 

 彼女の扱う【仙術】系技能は、言うなればモンク系……打撃戦を主体とするものである。

 一応【仙術・天】という遠距離系の派生もあることはあるようだが……それらは基本的に、衝撃波を発生させて攻撃するもの。

 神秘性を伴っている(単純な物理じゃない)かどうかは、微妙なところだと言えるだろう。

 ……要するに、あのバリアをすり抜けられるかは微妙、ということになる。

 

 

「……と、なると。ソルさんに法術を使って貰う、というのが最良なのかもしれませんが……」

 

 

 次いで、対抗手段となりうるのはソルさんの使う法術、ということになるのだが……。

 

 最初から彼の火力は高過ぎるという話をしていた以上、ここで彼に前線に立って貰うのはオーバーキル、やり過ぎとしか言えないだろう。

 ……いやまぁ、やり過ぎくらいじゃないとダメージが与えられない、みたいな話をしているのだから、彼を駆り出すのが一番だとは思うのだが……。

 その結果が一山全焼、などというのは笑い話ではない。

 所詮は潜入しているだけの私であるが、変に問題を起こさせたいわけでもない。

 避けられるトラブルなら避けて置きたいのが、人情と言うものだろう。

 

 それに、そもそも物理を回避したからといって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけなのだし。

 

 

 

「……神を気取る奴が、そっち(神秘)方面の対策をしていないはずがない、ってことか?」

「実際に彼自身が自分を神と自称したわけではないので、あくまでもこちらの想像の結果にはなりますが。……魔力だろうが気だろうが、別の手段で反射してくる可能性は十分にあると思います。()()()()()を覚えているのなら、()()()()()()を使えてもおかしくないはずですし」

 

 

 ハジメ君の言葉に、さっきまでの話を無為にしかねない答えを述べる私。

 先ほどの解析の結果、相手が使っているのは『リフレクター』と『カウンター』だった。どちらも物理技を対象としたものであり、それゆえにそれをすり抜けるなら特殊技を使うべきだ、という話になっていたわけだが……。

 これらの技には、対となる『特殊技』対応バージョンのモノも存在している。『ひかりのかべ』と『ミラーコート』だ。

 なんだったら状態異常跳ね返しの『マジックコート』なるモノも存在している。*8

 

 全ての技に対応していないからこそ、読みあいを生むために許されている反射系の技能。

 それらをもし、自由自在に使えるのであれば……。

 

 

「……いや、どこの一方通行(アクセラレータ)だよ、どこの」

「まぁ、ポケモンって恐ろしい生き物ですので。ゴーストタイプとか殺意に満ち溢れていますよ?」

「向こうの人間が殊更頑丈なのでは、と言われる理由の一つじゃな」*9

 

 

 自由自在に反射技を使う姿を想像してしまったのか、ハジメ君がげんなりとした表情でぼやき声をあげた。……例えにその人が出てくる辺り、疲れているせいか本性を隠せなくなっている気がしないでもないが、そこはスルーして。

 確かに、反射云々で一番にあがるくらい、一方通行の知名度と言うのは高いと言えるだろう。……まぁ、一方通行さんは初期状態だと魔術とか反射できないので、反射技能のみに絞れば、目の前のイノシシの方が危険度は高いわけなのだが。

 

 こちらの会話する姿を畏れているとでも思っているのか、相手のイノシシは泰然と構えたまま、こちらを攻撃してくる気配すらない。

 ……その余裕から察するに、やっぱり魔法系統も反射すると考えておいた方が良いだろう。

 

 先ほどまでの散発的な突進も、あくまでこちらの出方を伺うためのもの。

 こちらが引くのであれば、それ以上追うつもりはない……という、ある種の傲慢さを発揮しているのかもしれない。

 

 

「……気に食わねぇな」

「奇遇だな、俺も今そう思っていたところだ」

 

 

 と、そうして冷静に現状を分析していた私の横で、ギリッ、という音が発せられる。

 恐る恐る横を向けば、ハジメ君が視線で人を殺せそうな形相で、イノシシを睨み付けているのが見えた。……魔王フラグやんけ!?

 その更に横では、ソルさんが腕をこきゃこきゃ言わせながら、これまたおぞましい笑みを浮かべ、イノシシを見つめ続けている。

 

 ……わぁい、二人が仲良くなれたぞー、嬉しいなー。

 なんて乾いた笑いすら浮かべられない状況に、思わず現実逃避をしそうになった私だったが。

 

 

「……!ミラさん、ホーリーロードは召喚できますか?」

「ぬ?まぁ、できぬこともないが。……いや待て、お主良からぬことを考えておらぬか?!」

「いえ、そんなことはありませんよ?ただ──」

 

 

 私も大概、負けず嫌いですので──。

 そんな私の言葉を聞いたミラちゃんは、思わず天を仰いでいたのだった。

 

 

*1
普通のやり方・想定される手段では上手くいかないだろう、と予測する言葉。『一筋縄』とは一本の縄のことを指し、そこから縄が一本あればできる仕事、ということで単純な作業・普通の作業を示す言葉となった。それを否定する形になっているので、普通の手段ではない、単純な仕事ではない……という意味になる。なお、基本的には『一筋縄』という単語のみでは使われない

*2
どこぞの宝石魔術師とは、『fate/stay_night』のヒロインの一人、遠坂凛のこと。二次創作で守銭奴扱いされることがあるが、あくまでも『宝石魔術』にお金が掛かる、というだけで普通の暮らしは問題がない、ということは覚えておくと良い。『宝石魔術』にとって必要となる宝石は、基本的に高いものしかない、というのが守銭奴っぽくなっている理由。その原因を探ると、どこぞの外道神父が顔を出してくる。珍しく善意でやってるので、とても質が悪い

*3
ゲーム的によく見かける『強化』系のシステムとも言えるか。……これを開発したのが彼女、もといダンブルフだと言うのだから、作中での貢献度は計り知れないものがあるだろう。武器に属性を付与したり、はたまた強化ポイント(多分補正力)を割り振れるようにした、とも言える為だ

*4
『テイルズオブ』シリーズなどが分かりやすい。装飾品として頻繁に登場するが、買値は万を越えないことがほとんど。モンスターが落とすこともあるからか、供給量が多いのが理由だと思われる。……というのは、作中設定での話。ゲーム的には強化手段にもなるアイテム(場合によっては『錬金術』系の技能で消費することもある)を、あまり高値にして手に入り辛くしては、単にゲームが苦痛になるだけだから、というところが大きいだろう

*5
『ピジョン・ブラッド』は、ルビーの種類の一つ。特定の産地で採ることのできる、最高品質のルビー。『鳩の血』という名前の通り、鮮やかな深い赤色をしているのが特徴。『ホープ・ダイヤモンド』は、呪われているとも言われている有名なダイヤモンドのこと。ブルー・ダイヤモンドと呼ばれる青系統の色を持つダイヤモンドの一つであり、持ち主に不幸をもたらし続けてきた為、呪われたダイヤとも呼ばれている。呪われているのに『ホープ(希望)』とは?と思われるかもしれないが、これは持ち主の一人の名字から取られたものだったりする

*6
宝石のクズを寄せ集めて大粒の宝石に合成する、というようなことができる者も居るが、そういう技能が周囲にバレた時、どうなるかというのは火を見るより明らかだろう。くず石や原石と言った形で販売されているモノが、異様な値上がりを起こす可能性も否定はできない。その反対に、供給量が増えることで宝石全体の価値が下がる、なんてこともあり得なくはないはず。どちらにせよ、その身柄と命を狙われる羽目になるのは、想像に難くない。これは、対象が貴金属になっても同じことである……というか、装飾品ではなく触媒として使われる貴金属の方が、その重要度は高いかもしれない

*7
彼女の原作で起きたこと。作中では『召喚術』は一度廃れ掛かっており、その結果として分かりやすく派手な『仙術』の方が目立つ、なんてことがままあった

*8
全部ポケモンの技。追加効果として『カウンター』『ミラーコート』は必ず後攻に、『マジックコート』は必ず先攻になる。全反射じゃないこと、及び四つしかない技の枠を反撃専用技に割くという仕様上、そこまで採用されやすい技でもないが、ゲーム以外なら技の数の制限もない為、普通に驚異となる

*9
『Pokémon LEGENDS アルセウス』『ポケットモンスターSpecial』などで顕著だが、ポケモン達は明らかに人よりも強い生物ばかりであり、下手をすれば普通に命を失いかねない危ない生き物達でもある。……あるのだが、図鑑説明に雪合戦ならぬイシツブテ合戦を行うことが記されていたり、設定的にはどう考えても持てない重さのポケモンを軽々抱えていたりなど、ポケモン世界の人間が普通の人間と同じか?……と言われると、ちょっと疑問を感じることも。『モンスターハンター』世界の人間とも、意外と張り合えそうな気がする頑丈さである



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仲の悪い二人の共闘なんてこんなもの

「作戦は先ほど伝えた通り。ちょっとでも加減を間違えると全部パァなので、しっかりお願いしますね」

「ああ、問題はねぇ。……一体どういう風の吹き回しかと思ったが、嬢ちゃんも大概イカれてやがるな?」

「……いや、一応私聖女なんですけど。イカれてるってのは、酷くありませんか?」

「いーや、適切な評価だよ、実際」

「……お主ら、唐突に意気投合し過ぎじゃろ……」

 

 

 悠然と構えるイノシシを前に、最後の確認をする私達。

 作戦を伝えた二人は、最初こそ驚いていたものの……その内容を聞いていく内に、次第に獰猛な笑みを浮かべ、こちらに了承の意を示してくるのだった。

 隣のミラちゃんだけ、ちょっと胃痛を感じていそうな感じの表情をしていたが……相手に一泡吹かせる、という方針そのものに不満は無いようで、あくまでちょっと小言を口にするだけで済んでいた。

 

 ともあれ、やるべきことを決めた以上、あとは成功することを信じて、全力を出しきるだけのこと。

 最悪の事態にならぬように最善を尽くすことを次いでに誓い、そのまま最初の時の印象とは違う、不気味なくらいに静かなイノシシの神の前に立ち並ぶ私達。

 

 ──さあ、戦闘を始めるとしよう(Heaven or hell, Let's rock!)*1

 

 

 

 

 

 

 ──気に喰わないとは、思っていた。

 目の前のクソイノシシだけにではない、何かと目障りな()にもだ。

 俺は──成りこそこんな感じだが、半端者だ。

 ()()()()()()と定め付けられ、()()()()()()行動している。

 

 そこに自由意思があるかと言われれば……ああ、これを自由だと言うのは大間違い、というやつだろう。

 一挙手一投足、()()()()と願われ続けるこれは──俺を縛る鎖としか言い様がない。

 

 ──ああ、()()()()()

 そうだ、鬱陶しい。そうしろだとか、ああしろだとか、こうなれだとか、こうあれだとか。

 んなもん、知ったことか。

 俺は俺だ、俺以外の何者でもない。……本当は、そう叫んでやりたいんだが。

 

 生憎と、俺の根幹はそういう風にはできていないらしい。

 名前に込められた()()()()()()()()が、俺にこうすることを余儀なくさせる。

 

 だから──強さを求めた。

 そんな縛りなんざないものとできる、()()()()()()()に相応しい()()()()()()()()()

 

 それを叶える為ならば──俺は喜んで、神だろうがなんだろうが、その全てを消し炭にしてやろう。

 

 

「──これは、その最初の一歩って奴だ……!!」

 

 

 眼前に迫る決着の時を前に、俺は()()()()()()()()()()()()獰猛な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

「まずは、こうします!──勝者は絶えず、前を見続ける者なれば。【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】!!

「ぬぉっ!?なんだこりゃ!?」

 

 

 初手は私から。

 特殊なバフスキルを発動し、全体のステータスを向上させる。

 無理をしてパーティ全体を対象としたため、効果時間がかなり少なくなっているが……問題ない。

 作戦が上手くいけば、効果時間は寧ろ余るはずなのだから。

 

 続いて、上昇したステータスによる……、

 

 

「人使いと精霊使いが悪いのぅ!じゃが、限界を攻めるというのは嫌いではないぞ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 今の彼女では、本来その能力値を半減して召喚する、という形でしか行えないはずのそれを、ブーストしたスペックで無理矢理に行う。

 さっきも言っていたように、(キリア)の補助によって彼女の戦力を向上させるのは、本来であれば無理があるのだが。

 その辺りすら加味した、かなり無茶な補助……補強?であるため、このままだと彼女の負担はかなりのモノになってしまう。

 

 

「なるほどのぅ、このバフはなんとも()()()()!こんなもんポンポン渡されたら堪ったものではないわ!」

「特別出血大サービスということです!では、お二方!いきますよ──【|双天・過剰黎明《ツインド・アストラライズ・エヴォケーション》】!!」*2

「無茶苦茶だな、本当にっ!」

 

 

 だがしかし、それをなんとかするのが先ほどのバフスキル。

 ()()()()()()()()()()その効果により、彼女が潰れることはない。それを確認しつつ、左右に別れて走り出した二人に対して憑依合体(オーバーソウル)……もとい、【過剰黎明(アストラライズ・エヴォケーション)】を発動。

 ソルさんの方は封炎剣に、ハジメ君の方は先ほどと同じく義手に強化を施し、更にその速力にも補助を与える。

 

 ここまでこちらが動いてもなお、相手のイノシシに動きはない。どこまでも悠然と・泰然と、こちらを睥睨するのみ。

 

 

「そうかよ。……じゃあ、そのままでいろ」

「お望み通り、抗ってやるよ!!」

 

 

 走る二人はその姿を睨み付けながら、そのまま自身の指定された位置へと走っていく。

 それを追うかのように、召喚されたホーリーナイト二騎もまた、果敢な前進を行っていく。

 

 その結果、イノシシを中心にしてその後方にソルさんが、前方にはハジメ君、左右にホーリーナイト……という形で、それぞれの配置が終了するのだった。

 なにをするつもりなのか、とでも言いたげなイノシシに対し、こちらは笑みを溢しながら答えを発する。

 

 

「さぁ、弾けるもんなら、」

「弾いてみせな!!」

『──?!』

 

 

 動揺は、それが無策にしか見えない突撃だったからか。……言葉にすれば『なにしてんだこいつら』、だろうか。

 四方に配置された者達は、そのまま遮二無二とイノシシへと向かって走り始める。

 

 反射されることはわかっているだろうに、それでもなお『知るか』とばかりに走ってくるその姿に、イノシシは一瞬虚を突かれたように、呆けた視線をこちらに向けてきた。

 ……とはいえ、別にそれで反射が緩まる、などとは思ってはいない。

 

 全く動かない以上、それは()()()()()()()ということでもある。

 ただそこに立っているだけで、相手は自身になにをすることもできずに往生する──。

 その神らしい傲慢さは、その反射能力が破られないことを確信しているから、できることでもある。

 つまり、ちょっと意識が他のモノに向いたからといって、その反射技能が正常に働かない、などということにはならないはずだ。

 

 ──つまり、この無謀にも見える突撃には、別の狙いがある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()二人よりも先に、イノシシに触れられそうな位置にまで、ホーリーナイトが走り寄る。

 そのまま攻撃しても、恐らくは弾かれるだけだろうが……。

 

 

「端から、()()()()()()()()()()()()()()()わっ!!【召喚術・変異:ホーリーロード】!!」

 

 

 盾を振り被った二騎のナイトに対し、ミラちゃんが号令を与える。

 それに呼応するように、二騎のナイトは眩い輝きに包まれ……その輝きが晴れた時、その二騎の姿は大きく様変わりしていた。

 重厚だった鎧は更に重厚なモノへと変化し、剣と盾を構えていたはずの両手には、それぞれ城壁と見紛うばかりの巨大な盾を携えている。

 ──ホーリーナイトの変異召喚、ホーリーロードの姿がそこにあった。

 

 守護を得意とする武具精霊を、更に防御に特化させた存在。

 その防御力は圧巻の一言であるが、同時に余りにも防御に特化しているため、比較的鈍重になってしまうという欠点がある。

 その欠点を、敵の目の前で変異させることでカバーした、というわけだ。

 

 二騎のホーリーロードは、主の命じるままにその巨大な盾を地面に振り下ろす。

 土煙と衝撃を発生させながら地面に叩き落とされた巨大な盾は、イノシシが左右に逃げることを封じるかのように、ただ悠然とその場に佇んでいた。

 

 目の前で謎の行為をした挙げ句、やることが左右への逃避の阻害。

 ……意味がわからない、とでも言いたげなイノシシは、左右に向けていた視線を元に戻し。

 ──先よりも更に獰猛な笑みを宿した、二人の人間の姿に気が付いた。

 

 緩慢な歩みは速度を増し、その笑みは嬉々として輝き、その拳は、不穏な轟きを伴って振りかぶられている。

 

 

「いい加減にぃ……っ」

「タイラン……っ」

 

 

 ──わけがわからない。

 何故この人間達は攻撃モーションを取っている?

 弾かれることはわかっているはず。更には、攻撃が反射されることもわかっているはず。

 だというのに何故、この二人は躊躇するでもなく、こちらに向かってきているのか?

 

 そんな困惑が見えるその姿に、私は思わず失笑を──間違った意味の方のそれを浮かべてしまう。*3

 

 

『その慢心が、命取りですよ?』

 

 

 ハジメ君の義手は、先ほどとは違い漆黒の闇を集めたかのような、真っ黒な輝きを放っている。

 対しソルさんの腕は、灼熱のマグマの如き赤さを以て、敵対者を地に沈めんと唸りをあげている。

 

 それはどちらも、目の前の敵をぶん殴るためのもので。

 

 

「沈めぇえぇっっ!!!」

「レェイブッ!!!!」

 

 

 その挟撃は、全く同時にそのバリアへと叩き付けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──物事に、絶対というものは有り得ません。

 普く全てを反射する、などと。そんなものが許されるのであれば、そこにあるのは絶対なる無。*4

 かの一方通行殿も仰っていたでしょう?普通は、反射するものを選んでいるだけなのだと。

 もし仮に、そういう形での運用を行っていなかったとしても。

 自身の生命維持などのために、いわゆる通気孔とでも呼ぶべきものがあるはず。*5

 

 そういった形で、何かしらの穴はあるはず。……というのが、普通のバリアのお話。

 そこに神威を重ねる場合、起きることは即ちそれらの穴の抹消。

 有り得るはずの欠陥を、無いものとしてしまえるのが神、というものの理不尽なのです──。

 

 

(──確か、んなことを言ってやがったんだったか)

 

 

 バリアに拳を叩き付けながら、彼はそう述懐する。

 本来であれば、なにかしらの穴があるはずのもの。……それを、神という理不尽は閉じてしまう。

 先の話であれば、本当に全てを反射し、かつ中の相手は『神』であるがゆえに、生命維持の必要を持たない。

 すなわち、全てを反射していたとしても、なにも問題がない。

 

 それは即ち、人の身では絶対に届かない、ということを示しているとも言えるわけで。

 

 

(──だから、どうした)

 

 

 故に、彼は笑みを深くする。

 それは、自身が望んだことだ。()()()()()()、理不尽に逆らうこと。

 己の限界を超越し、真にあるべき姿へ至る為の道程。

 

 分かりやすく立ち塞がってくれた神擬きには、感謝しかない。

 

 

「ああぁぁあぁぁあああっっ!!!」

「おぉぉおおぉぉぉおっっ!!!!」

 

 

 目の前で同じように吼え立てる相手を見ながら、ニヤリと笑う。

 神を挟んで、向き合う二人。

 ある意味、互いに殴りあっているかのようなその姿。

 互いに、負けられないモノがあることを悟りながら。

 

 

「「」」

 

 

 パリン、となにかが砕ける音を聞きながら。

 二人は、その拳を振り抜いて見せたのだった。

 

 

*1
『GUILTY GEAR』シリーズのラウンドコールより。『勝てば天国負ければ地獄、さあ、派手にキメろ!』くらいのノリ

*2
『出血大サービス』とは、販売業などで使われるキャッチコピーの一つ。いわゆる『赤字』を『血液』に見立て、『店が出血多量(大赤字)になるくらいサービスをしている』ということを示すもの。本当に出血するわけでもないし、店によっては赤字にすらなってないことすらあるが、なんとなく耳に残るので宣伝効果は十二分にあると言えるだろう

*3
相手を嘲る意味で『笑いも出ない(笑いを失う)程に呆れる』という使われ方をすることがある『失笑』だが、本来の意味は『笑ってはいけない場面・場所で笑ってしまう』というもの。先の意味として正しいのは『冷笑(冷たい笑み。見下したような笑い方)』『嘲笑(嘲った笑み。小馬鹿にした笑い方)』となる。『失笑』の『失』は、『失言』などと同じく『誤って出してしまう』という意味のもの。それ故、『笑っちゃいけないところで笑ってしまった』という意味になるのである

*4
本当に何もかも反射・遮断しているのなら、光などの形の無いものも同じようにしているはず、という考え方。反射なら真っ白に発光しているかもしれないし、遮断なら真っ黒で何も見えないかもしれない。実際には、大体のバリアや反射系技能は、向こう側が透けて見える。この時点で、明確に『光』やそれに類するモノは、反射や遮断の対象外となっている、と言える。これは、似たような在り方となる五条悟の場合でも同じ。『無限』によって全てが彼に触れ得ないのであれば、それは『遮断』と同じく黒くて何も見えない、という形となるはず。それが無い以上、彼は光に関しては素通ししている、ということになるのである

*5
『アルドノア・ゼロ』に登場したロボット(カタフラクト)『ニロケラス』は、次元バリアという触れたらなんでも削り飛ばすという極悪性能のバリアを持っていたが、本当になんでも(三次元空間にあるものを多次元に飛ばす、という形式だった為)削り飛ばすが故に、バリアを展開中は周囲の確認ができない、という構造上の欠点を持っていた。それを補う為に、特殊な無線機との通信用の穴を意図的に設けていたのだが、作中ではこの機体を海に誘い込むことでその穴を物理的に見えるようにする、という形で把握され、そこに攻撃を受けて沈黙することになった



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今回のリザルト~牡丹鍋を添えて~

「……死ぬかとおもったんじゃけど!?」

「あはは……でも、死んでないでしょう?」

 

 

 煤まみれになった顔を見合わせながら、ミラちゃんと会話をする私。

 作戦は見事に成功、()()()()()()()()()()()()()攻撃を叩き付けられたバリアは、ものの見事に砕け。

 その中に居たイノシシはといえば、現在私達の前で光の粒子となって、足下から消滅している最中なのであった。

 

 今回私達がやったことは、言葉にすればとても単純なものになる。

 要するに、弾き返せない位の超々々大火力をぶつける、というものだ。

 大火力は反射するとは言うものの、それが際限無しだというのは考え辛い。

 それゆえに、その許容量よりも遥か上の火力で、無理矢理押し通ってしまおうというのが、今回の作戦の概要となる。

 

 ……まぁ、言うは易し行うは難し*1、その作戦には幾つかの問題点があったわけなのだが。

 

 まず第一に、どれくらいの高火力なら突破できるのか、という目安が一切無いという点。

 耐久値を大きく上回る攻撃で無理矢理突破する……というのは、古今東西様々な創作で試みられて来ている手段の一つだが。

 今回の場合、その耐久値は向こう側の神性的なもので底上げされている状態。……人が神を打倒することの難しさは言うに及ばず、こちら側が出せる最大値がそこに足りるのか、という問題は常に付き纏っていた。

 

 第二に、そんな大火力を、周囲に被害無く発揮できる気がしない、という点。

 想定されるのは、山を丸々()()()焼き焦がすレベルの火力。そんなものをたった一柱の相手に向けなければならない……という時点で無謀感漂うし、そもそもそれを使うための場所が用意できないだろう。

 

 そして最後に、例え相手に通用する攻撃が用意できても、相手に避けられては意味がないという点。

 大火力攻撃というのは、得てして放つための隙や前準備が多いもの。それを黙って待ってて貰わなければならない、という点で無理があったわけである。

 

 そんな、三つの課題。

 ──それを私達は、見事に成功させていった、というわけなのであった。

 

 

「神の傲慢さと慢心から、相手はそもそも避けるという手段を判断の内に持っておらんかった。……その後詰めにわしのホーリーロードを使う……というのは、些かわしへの負担が大きすぎるような気もするが、のぅ?」

「……あとでなにか奢りますよ」

「ほう?悪いのぅ悪いのぅ!タルトとか頼んでもいいかの?」

「好きにしてください……」

 

 

 相手の回避云々については、そもそも相手がカウンター……動くことを必要としない戦闘スタイルだったこともあって、軽々とパスすることができた。

 一応の後詰めとして、ミラちゃんに左右を固めて貰ったりもしたが……これに関してはどちらかといえばついでのもの。

 本来の仕事は別のところとなるため、あくまで保険以上の意味はない。

 

 次に、火力が足りるのか、という部分についてだが……。

 

 

「ふぅむ……あの呪文、わしにも覚えられるかのぅ?」

「基本的に私の特異性に頼ったモノですので、他の方の習得は難しいかと。……あとで筋肉痛とか頭痛とか、色んな慢性疲労に襲われる羽目にもなりますし、オススメはしませんね」

「ぬぅ、それはまたなんとも……覚えられずに惜しいと言うべきか、覚えられなくて良かったと言うべきか迷うところじゃのぅ……」

 

 

 スキルマニアなところのあるミラちゃんが、さっきの呪文が自分にも覚えられないか?というような質問をしてくるが……。

 件の呪文、【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】は()()()()私専用の魔法の一つ。

 その強力さゆえのデメリットがエグいこともあり、例え覚えられたとしてもオススメはしない、という言葉を返すのに留める私である。……実際、今は動くのも億劫だし。

 

 火力問題を解決した、【誂えよ、凱旋の外套を】。

 その効果とは、一定時間呪文の対象となった相手に『オーバーグロウ』状態、というものを付与するスキルとなっている。

 

 なんだその、『オーバーグロウ』状態*2って?……みたいなことを思う、騎空士やマスターの方々もいらっしゃるだろうが、そこに関しての詳しい説明は各々()()()()()()()()()ってことにして。

 

 まぁともかく、このバフにより極短期間だが、対象の火力は『無限』に到達する。……なにかしらの数式に『無限』を突っ込んだ時に起こる異常現象については、以前どこかで説明した通り。

 まぁつまり、相手の数式(防御方法)に無限が含まれて無いのであれば、こちらの攻撃は必ず貫通する……という風に言えてしまうわけで。

 よって、ここに火力問題は解決した、ということになるわけである。

 

 そして最後、そんな無茶苦茶な火力を扱うための場所。

 それは、今回各自に指定されたフォーメーションに秘密があった。

 

 

「左右に抜ける衝撃は精霊共で押し留め、前後から全く同じ火力を同じタイミングで一点にぶつけることで、その衝撃を相殺する……一時はどうなることかと思ったが、まぁなんだ。……よくやったな、南雲」

「どわっぷっ!?テメッ、ソル!髪をぐしゃぐしゃにすんじゃねぇ!!」

 

 

 粒子になって空に消えていくイノシシを眺めながら、ソルさんがポツリと呟く。……呟きながら、傍らのハジメ君の頭を乱暴に撫でていた。……なんというか、生意気な子供とヤンキーな親父、みたいな空気になっているような?

 

 まぁ、そこは置いといて。

 彼らが呟いていた通り、最後の問題である『周囲への被害』は、同じ衝撃を反転方向からぶつけることで相殺させる、という形で解決を試みたわけである。

 

 失敗すればお互いに大爆死、下手すりゃイノシシの一人勝ち……みたいな危険性もなくはなかったが、その辺りは二人の武器に【過剰黎明】していた(キリア)渾身の調整により、寸分の狂い無く込める力の総量を均一化していたため、二人の息があうか否か、というところが最大のポイントとなっていた。

 

 結果はまぁ、ご覧の通り。

 左右に無駄な力を逃すことも殆ど無く、イノシシに対して完全に真反対から撃ち込まれた挟撃は、イノシシの体を粉砕しながら相殺され、結果として昼間なのに花火が上がったかのような、轟音と閃光を響かせて終わった……というわけである。

 

 震源地に居た私達は、漏れなく吹っ飛ばされたけども。

 本来であれば大炎上、辺り一面燃えカスだけが残る……なんて光景が広がっていたはずなので、ちょっと強風に煽られて木々が歪んでいる、くらいで済んでいる今の現状は、どう考えてもマシな方だとしか言えないのであった。

 

 

「……しっかし……なんだったんだ?あのイノシシは?」

「さてな。……そいつはなんか知ってるようだから、なにか理由のあるモノだとは思うが」

「あははは……そのうちお教えします、そのうち」

「はぁ……?」

 

 

 そうして見送りを続けながら、ポツリとハジメ君が声をあげる。

 

 ……こちらでは【顕象】についての理解が、どこまで進んでいるのかはわからないが。

 容赦なくぶっ潰していた辺り、少なくともそれを討滅することに、なにかしらの忌避を抱くようなことはないのだろう。

 構成員メンバー的(異世界転生者特有の感覚的)に、魔物とか悪魔とか、そういった良くないモノの一種だと思われているのかもしれない。

 まぁ、神を僭称する悪魔って認識だとすると、その内東京受胎するんじゃないかと余計な心配をして、変な暴走を招きかねないのが問題といえば問題か。*3

 

 ともあれ、そこら辺の事情はこっちに来てから日の浅い私では判別が付かないため、説明云々に関してはぼかす形にしかできないのでしたとさ。

 ……なのでこう、ハジメ君や。訝しげにこっちを見るのは止めて貰えると助かります。

 

 ともかく。

 今回の私達の仕事である『山に異常増殖したイノシシの駆除』は、これにて契約満了。

 役所の人に檻いっぱいのイノシシ達を引き渡した私達は、その返礼としての牡丹肉をお土産として、悠々と『新秩序互助会』の施設へと凱旋したのでありました。

 

 

「……なるほど。だから今日の夕食は、みんな牡丹鍋だったのね」

「向こうも引き取りきれないくらい、異常なほどに繁殖してたからねー。……餌とかどう考えても足りてなかったと思うんだけど、その辺りもあの猪神様が補填していたのかもしれないねー」

 

 

 有色を終えて自室に戻ってきていた私は、唯一の居残り組だったアスナさんに、今回の出来事を語り聞かせていた。

 通信機越しにこちらの話に耳を傾けているマシュ達もあわせ、夜の連絡会開催のお知らせ……というやつである。

 

 

『牡丹鍋とは、確か……イノシシを使った鍋、でしたね。元々は『獅子と牡丹』──百獣の王と百華の王と呼ばれるその二種を並べた、縁起の良い図柄のことを指し、その獅子の部分をイノ()()と当て、そこから牡丹肉と呼ぶようになった……という説があるのだそうです』

「他にも煮たり並べたりすると、牡丹の花によく似ていたからそう呼ばれただとか、花札の絵柄から来ているだとか、色々由来はあるみたいね」

「……んー。前も思ったけど、この時間ってカルデアの報告風景みたいだよね。マシュが留守番の時の」

 

 

 会話内容はすでに報告を終えたため、今日の夕食についての話に移っていたが……。

 その和やかさと聞こえてくる声ゆえに、どうにもfgo感が高まっている気がしないでもない私である。

 

 

『そちらには確か、エミヤさんもいらっしゃるのでしたよね?アスナさんが頼光さんのように立ち回るのであれば、これは確かにカルデアキッチン結成のお知らせをしても良いのではないかとっ』

「あはは……まぁ、アスナとしても料理はそれなりにできるつもりだけど、とりあえず台所に立つ予定はないかな。料理ができる人も、結構飽和しているみたいだし」

「確かに。おばちゃんもいるんだし、過剰戦力かもねー」

『……その、ところで……なのですが。せんぱいは、どうしてその口調なのに、声色とか声の高さがキリアさんのままなのでしょうか……?』

「さっきの報告から抜粋すると……それも後遺症の一つ、ってこと?」

「まーそんな感じー。ちょっと気を張るのがキツいのでぐぅ。」

『せ、せんぱいが突然寝落ちを?!』

「あー、うん。本当に疲れてるみたい。このまま寝させてあげた方がいいかも」

『なるほど……ではせんぱい、おやすみなさい。──どうか、良い夢を』

 

 

 疲れからか持ち上がり切らない目蓋を、そのまま落として。

 二人の声を聞きながら、私は微睡みの中に沈んでいくのだった……。

 

 

*1
中国前漢の『塩鉄論』利議篇に記されている『言者不必有徳 何者 言之易而行之難』という言葉を由来とするもの。口にするのは簡単だが、行動するのは難しい、ということ。口だけ達者な相手を諌める為のものであり、『言うのは簡単だから言うだけ言ってみよう』というような意味で使うのは誤用となる

*2
『over glow』。限界突破、超臨界状態。上限突破および原型保護により、際限の無い成長状態とする。……わかり辛いと思うので、ゲーム的に説明し直すと『特定の期間、n1秒毎に対象のステータスをn2倍する』状態を付与&『効果時間中はゲーム的な能力値の限界を無視する』状態を付与&『増加した能力による身体機能などの阻害を無効化する(=意識の変性や身体機能の喪失を発生させない)』状態を付与、といった感じのもの。型月的には『ヒュージスケール』と『グロウアップグロウ』をデメリット無しで付与する、というとわかりやすいか。無論、本当に制限が無いわけではなく、あくまでも呪文の効果が有効な時間の中で、倍々式に能力が上昇する……という形式である為、時間切れになれば能力値は元に戻るし、そもそも元の能力値が低ければ求める値になるまでに効果が切れる、なんてことも起こり得る。また、()()()()()ならば必要の無い『呪文使用後の体調へのダメージ』まであるので、基本的には滅多に使用されないスキルでもある。とはいえ、こんなもの持って来られたらどんなゲームでもぶっ壊れ間違いなし、周回漬けの日々が待っている為、そもそもこんなスキルを持っていることそのものを隠したい、という気持ちも無くはなかったようだが

*3
『女神転生』シリーズなどで有名な『ATLUS』作品でよくあること。東京を何しても良い場所だと思っている節がある為、大体とんでもないことになる。そこに影響されたのか、他の無関係な作品でも、東京が酷いことになるのはお約束だったり




十二章終わり、閉廷!


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幕間・ちょっと遠い時間の話・一

「マスター、少しいいだろうか?」

「おや、エミヤさん。なにかご用ですか?……って、マスターはやめてください、って言ってるじゃないですか」

「おっとすまない。半ば癖、というやつでね」

 

 

 ある休みの日のこと。

 もはや(キーア)の姿で歩くのにも慣れてしまった『新秩序互助会』の施設内において、横合いから掛けられた声に立ち止まった私。

 そうして視線を向けた先には、常とは違いラフな格好をしたエミヤさん*1が、こちらに向かって手をあげている姿があったのだった。

 

 彼は立ち止まった私に近付きながら、申し訳なさそうに頭を掻いている。……()()()()()()()師匠(マスター)扱いをされている私は、その呼び方が別の意味(主人の方)に被るため、できればやめてほしいと何度か彼に注意をしているのだが……。

 彼自身、マスターという呼び掛け方に幾分慣れがあるためか、どうにもそう呼び掛ける癖、とでもいうものが抜けないとのことなのだった。……まぁ、人理焼却世界(fgo)での記憶もあるらしいので、余計に『マスター(主人/師匠)』呼びがごっちゃになる、というところもあるのかもしれない。

 

 ともあれ、話し掛けて来た以上はなにかがあるのだろう、ということで彼の話に耳を傾けていたわけなのだけれど……。

 

 

「視線を感じる……って、ストーカーってことです?」

「ああいや、そういう邪なものではないというか、そもそも私をストーキングしても仕方がないだろう?」

「…………?」

「そこで不思議そうな顔を返されても困るのだがね……」

 

 

 彼の発言を聞いて、思わず首を傾げる私である。

 え、だって『可愛い子なら誰でも好き』なんでしょう?*2……どこぞの湖の騎士みたいに、エミヤさんにその気はなくても面倒な娘側にその気を起こさせた、なんてことは多々ありそうだけれども。

 

 

「かの湖の騎士(ランスロット卿)と並び称されるのは、些か畏れ多いわけだが……ともかく、私にはそういう甘い話はないよ」

(……朴念仁かなにかかな?)

 

 

 そんな私の言葉に返ってくる、彼お決まりの台詞。

 視線がジトッ、としたものになるのは仕方ないと思う。……まぁ本人が認めない以上、そこを話題にし続けてもなんの進展もしないだろうし、ここで追求するのは止めておくことにするけども。

 

 ともあれ、彼が最近誰かの視線を感じる……ということは確からしい。ふとした時に見られていることに気付くのだが、その視線の持ち主を見付けることは叶わなかったのだ……とも。

 ……エミヤさんの鷹の目を掻い潜る誰かが、彼を見ていた……ということになるのだろうか?

 

 

「うーん、例えば……メルクリウスさん……とか?」

「彼が?……確かに、時折妙な視線を向けられることはあるが……」

「あ、あるんだ。当てずっぽうだったのに

「……私は真面目な話をしているのだがね……」

 

 

 彼のそれ(鷹の目)は、弓兵として一番重要なものになるからなのか。五条さんの『六眼』のように、優先して再現されている技能の一つである。……『逆憑依』においては、個々の特殊能力よりも身体技能の再現が優先されるきらいがある*3し、そういう意味で彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()というのなら、それ相応の実力者が彼を見ていた……とするのが普通だろう。

 

 そんな思いから、とりあえず適当に人物を例にあげてみたわけなのだけれど。……エミヤさんから返ってきた反応に、思わず『マジかー』と呟いてしまう私なのであった。……半眼になったエミヤさんに睨まれたため、小さく舌を出してごまかしておく。

 それを受けたエミヤさんは、小さくため息をついていたが、やがて諦めたように話を戻すのだった。

 

 まぁ、それはそれとして。

 先の発言を翻すようで悪いのだけれど、メルクリウスさんがエミヤさんを気に掛ける……ということには、一応理由めいたモノを考察できなくもないため、言葉とは裏腹にそこまで当てずっぽう、というわけでもなかったりする。

 

 

「彼が私を気にする理由……?……ああ、そういえば彼が御執心の人物の内の一人が、私と声が同じ人物なのだったか」

「そうそう。獣殿──もとい、ラインハルトさんは、その声がエミヤさんと同じなんだよね。向こうに居る人だと……宿儺君も同じ声かな」

「両面宿儺か……確か、向こうの彼は料理屋を営んでいる……と聞いたが?」

「そうだね。彼の使う術式と、その声繋がりって感じで始めたみたい」

「……改めて聞いてみると、まったく意味がわからないな、向こうの人々は」

 

 

 そう、メルクリウスさんが、エミヤさんを気にする理由。

 それは、彼の声がメルクリウスさんの親友にして主と従、敵対者であり自滅因子でもある存在──ラインハルト・ハイドリヒと同じものである、ということにある。*4

 彼は正確には()()()()()()()()()()ではないため、あくまでも『ちょっと気にしている』程度の興味ではあるだろうが。それでも、友と同じ声を全く意識せずに過ごす、というのも()()()()()であるため、ちょくちょくちょっかいを掛けているのではないか?……と思っての例示だった、というわけなのでしたとさ。

 

 まぁ、その論理が罷り通るなら、向こうに行ったメルクリウスさんは自分から不倶戴天の敵(波旬君)とエンカウントしかねない、ということにも繋がるので、あんまり嬉しくない事実だったりするわけなのだが。……波旬君が微妙に世界線違いであることを理解して、下手なことを取り止めてくれるのが一番なのだけれども。

 

 そんな愚痴は、とりあえず脇に置いておくとして。

 話を戻すと、エミヤさんの視線を逃れられるような実力者であり、かつ彼に対して殊更に興味を抱きそうな人物……と言う点から、即座に浮かんだのがメルクリウスさんだったわけだが。

 できるかどうかはともかくとして、実際に彼がそんなこと(ストーカー)をするかどうかに関しては微妙だ。……と、自分から例示しておきながらも否定するしかないというのも、また事実だと言えるだろう。

 

 

「……ふむ?その心は?」

「最大の執着対象である、マリィさんに対してならばいざ知らず。獣殿に関しては、そこまで過干渉していたわけでもないですし。ストーカー云々についても、マリィさん相手なら頼まれずともやるでしょうけど、獣殿に同じことをすることはないでしょうし、況してや声が同じというだけの赤の他人に対して、そこまでの情熱を傾けることもないでしょう。……精々、近くに居たら視線がそちらの方になんとなく向いてしまう、くらいの関心だと思います」

「……どことなく実感がこもっているような気がするのは、私の気のせいかね?」

「キノセイデスネーキノセイキノセイ」

「ああうん、もはやなにも言うまい……」

 

 

 ()()()()がストーカー的な監視行為を行っていたのは、彼が殊更に執着していた敬愛対象(マリィ)に対してのみ。

 獣殿については……確かに親友と称するほどの仲ではあるけれども、その行動を逐一確かめるような真似はしていなかった。……どころか、基本的には利用しているだけ、というスタンスを見せていたこともあり、一見しただけではわかりにくい間柄だったりもするわけで。

 

 ここに居るメルクリウスさんは、あくまでその『大本のメルクリウス』を規範として動いている存在であるため、元の彼の行動全てに縛られているわけではないが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが彼に課せられた縛りの一種でもあるため、エミヤさんに対してのそれは『視界に入っていたらそれを追ってしまう』以上のものではないだろう。

 ゆえに、状況的には彼が犯人っぽいけど、犯人だと確信するには彼の心情が足りてない……ということになるのである。

 

 ……あとはまぁ、実際に見られ……げふんげふん。

 彼の視野の広さに付いてはよーく知っているため、仮に見ているのだとしても、気配が感じられるほどの近くには居ないだろう……という確証があるから、彼を犯人だと断定するにはちょっと証拠が弱い、という結論を出したところもあったりするわけで。

 いやまぁ、別に見られたくない時には、こっちでシャットアウトできるからいいんだけどね?そこら辺わかってて、こっちに甘えてるところもあるのかな?……って思わなくもないんだけどね?

 ……スペックが下がっているとはいえ、神クラスの権能でストーカーする……っていうのは、ちょっとご勘弁願いたいところがあるといいますか。

 スキルにしたら『ストーキング:A+++』*5とかになりそうなのは、流石にどうかと思うのですよ、私。

 

 ……早くも愚痴で会話が埋まりそうなので、話を戻して。

 ともかく、第一候補としてあげたメルクリウスさんだけれど、彼が犯人だと断定できるような証拠はない。

 あるのは『多分やろうと思えばできるよね?』というこちらのイメージくらいのものであり、それらを盾に彼を糾弾するというのは、単なる冤罪行為以外の何物でもないと言えるだろう。

 

 よって、限りなく怪しいけれど犯人ではない……という微妙な立ち位置に、メルクリウスさんは据え置かれることとなったのだった。

 

 

「ふむ。となれば……他の相手が行っている、と見るのが正解か……」

「今のところはね。……それで、一応聞いておくんだけど。今、その視線って感じてる?」

「む?……そうだな、今のところは感じていない。朝の内、部屋から出た辺りでは、首の後ろ辺りに刺さる視線を感じていたのだが……」

「ふむ。ってことは……私と合流したから撤退した、とかかな?」

 

 

 で、歩きながらエミヤさんに、今もその『見られている感覚』はあるのか?……と尋ねてみたわけなのだけれど。

 彼から返ってきた答えは、『ここに来るまでは、控えめながら視線を感じていた』というものだった。

 

 ──それはつまり、()()()()()()()()()()()()追うことを諦めた、という風にも読み取れる。

 

 

「……む?」

「エミヤさんのそれ(鷹の目)は身体機能ですから、物理的にも能力的にも簡単に遮断が叶いますけど。私の場合は俯瞰処理(千里眼擬き)も一応使えますので、その辺りを知っている人物が犯人かも?……という風に予測ができる、というわけなのです」

「俯瞰視点だと?……それはつまり、ゲームのマッピングのように上空からの空間の把握ができる、ということで間違いないかね?」

「そうですね。壁の向こう側も筒抜け、みたいなこともできますよ?」*6

「……それはまた、なんとも恐ろしい話だな。君には不意打ちの類いは効果がない、ということか」

 

 

 エミヤさんに説明するのは、私なら隠れている相手も見付けられるだろう、という事実について。

 ()()()()()()()()()のなら、サイコメトリー系も使えなくはないため、単純な尾行犯ならすぐに捕まえることができる……と説明したことにより、エミヤさんは静かに冷や汗を拭っていたのだった。

 ……まぁうん、私がチート臭いのは今更なので、これから慣れて貰うとして。

 

 これを知っていて、相手が離れたのだとすると。

 要するに、私をよく知っている人物が犯人……という予測が立てられるわけである。

 幾らサイコメトリーをするとしても、一日に何度も使えるわけでもないし、読み取る範囲が広いわけでもない。

 あくまで模倣(コピー)でしかないサイコメトリーは、精度はそこそこで使えるタイミングにも限りがある……ということを知っていれば、一応回避はできなくもなかったりするわけで。

 

 ただ、その辺りの私の模倣についての制限は、こちら側(新秩序互助会)で知っている人物、というのは数少なく。

 ──ならば、今回私達が追っている犯人は、向こう側(なりきり郷)の住人である、と考えるのが自然となるわけである。

 

 

「なるほど。君の古巣であれば、君の死角を知る者も多い、というわけか」

「そういうことです。……まぁ、だとすると犯人候補が一気に増えるので、逆に捜査は振り出しに戻った、ということにもなっちゃうんですけどね?」

「……なん……だと……?」

 

 

 まぁ、犯人がなりきり郷の住人だと絞られたとしても。

 単純にそれができる人物、となると数が絞りきれないため、結果として犯人捜しは暗礁に乗り上げた形になるわけなのだけれども。

 そう言って肩を竦める私に、エミヤさんはお決まりの台詞で、その驚きを端的に示してくれるのだった。

 

 

*1
fgoでの霊衣『サマーカジュアル』のこと。上着を羽織っているので一瞬わかり辛いが、中に着ているのはタンクトップタイプのインナー。……(筋肉)を見せたい欲でもあるのだろうか?まぁ、よく似た別人(無銘)?の着ていた『クール&ワイルド』に比べれば、幾分普通の服に見えなくもない訳だが

*2
正確にはよく似た別人?(無銘)の方の台詞。『可愛い子なら誰でも好きだよ、オレは』という、『stay_night』の方のエミヤからは想像もできないような台詞。一応根は同じらしいので、エミヤ側も同じ様なことを言う可能性は大いにある。そもそも士郎自体、合コンが割りと好きだったりするのだし(なお好きなのは配膳作業と楽しそうなその空気)

*3
『嫌いがある』は、主に何かしらの出来事などに対し『好ましくない傾向がある』と述べたい時に使われる言い回し。単純な嫌悪とは少し違った意味合いであるからか、基本的にはひらがなで表記される

*4
同名の史実の人物をモチーフにした『神座』シリーズのキャラクターの一人。黄金の獣、などとも称される金髪金眼のイケメン。傲岸不遜ではあるが、自身に否があれば認めるし、他者の研鑽を褒め称えたりもする。カリスマ性が高く、彼を崇敬する者も数多いが……?なお、彼のボイスはエミヤや宿儺と同じ諏訪部順一氏が担当している。即ち彼も『魔法使いサリー』を歌えるというk()( 'д'⊂彡☆))Д´) パーン

*5
清姫で『B』クラスなのを考えても、かなり驚異的なストーキング技術である()

*6
ゲームによくある『壁の向こう側に居る人物がうっすらと見える』もの。もし仮に現実で同じことができたのなら、飛び出し系の事故も大幅に減ることだろう。それくらい、物理的な死角というのは恐ろしいものなのである



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幕間・ちょっと遠い時間の話・二

「そんなわけで、ちょっと向こうから救援を呼んできたわけなのでございますが……」

 

 

 場所を廊下から私の部屋に移し、再びの作戦会議。

 丸椅子に座ったエミヤさんは、なんとも居心地の悪そうな表情を浮かべている。……それもそのはず、

 

 

「ふぅーん?なるほどなるほど。……へーぇ、ほぉー?」

「……その、マス……キーア」

「なんですかエミヤさん?」

「……君は私に、一体何の恨みがあると言うんだ……」

 

 

 カジュアルな格好をした彼の周囲を、興味深そうに眺めながら動き回る少女が一人。

 ()()()()()()とは別人、されどその姿には大いに心を揺さぶられ兼ねない、そんな人物。

 

 ……ぶっちゃけて言えば。

 魔法少女な方の凛ちゃん(新魔法少女りん)を、今回の一件に対してのアドバイザーの一人として招き入れた……という形なのだが。

 当の彼女はと言えば、本来であれば彼女とはなんの関わりもないハズの(エミヤ)の姿を見て、ニヤニヤ笑いをしながらその格好を検分し始めた……というわけなのであった。流石の私もこれには苦笑い。

 

 

「なるほどなるほど。これはこれで良いものね、エミヤ()()()()?」

「……勘弁してくれ……」

 

 

 そうして、一通り彼の姿を確認し終えた凛ちゃんは、『あくまのえみ』*1としか言い様のない、とても良い笑顔でこちらにサムズアップ*2を返してくる。

 

 無論、そんな彼女の様子にエミヤさんはタジタジ。

 顔を両手で覆って、椅子の上で項垂れるその姿には、なんというか面白……悲痛なモノを感じざるをえない。

 なんか睨まれてるような気がするけど、別にこの人選とか時間とかが無意味なわけではないので、そこは勘違いしないで欲しい私である。

 

 

「……面白がっている以外に、どんな理由があると?」

「いやね?エミヤさんに関心を持っているとなると、やっぱり原作が同じとか、声が知り合いに似ているとか……そういう、なにかしらの繋がりがある人の仕業、って可能性が高いわけでしょ?だったらエミヤさん……もとい、アーチャーと一番関わりの深い凛ちゃんを連れてくれば、なにかしらのアクションが見られるんじゃないかなーって」

「探しているのは貴方のストーカー、なんでしょう?生憎と私は貴方の知っている『遠坂凛』じゃないけれど、それでも姿形の似通っている人物が貴方の隣に立っていたら、向こうの気が気じゃなくなる……なんて可能性は高いと思わない?」

「……まぁ、それはそうだが」

 

 

 私達の言葉に、渋々と頷くエミヤさん。

 エミヤ……もとい、アーチャーという存在にとって、遠坂凛という人物は特に大きい意味を持つ人物である。

 彼を召喚するための触媒として、彼女の持っていた赤い宝石がよく取り沙汰されるように。

 その道が交わるにしろ離れるにしろ、エミヤと言う英霊にとっての遠坂凛とは、まさにターニングポイントの一つとも言える存在なのである。*3

 

 それゆえに、彼の隣に凛ちゃんを置いておけば、探している(ストーカー)相手からの顕著な反応を掴むことができるのではないか?……というのが、今回彼女をわざわざ呼び寄せた理由の一つなのであった。

 ……もう一つの理由?見た目がロリに近い凛ちゃんが隣に居ることに、『アーチャーさん、血迷ったんですか!?』みたいな反応を示しながら相手が出てくるんじゃないかなー、って思っちゃったというかね??

 

 

遠坂凛(かつてのパートナー)に思いを馳せる余りに、よく似た姿の美少女を拉致ってきた……とでも誤認して貰えれば儲けものよね。失望にしろ義憤にしろ、向こうから飛び出してくる可能性が増えるわけだし」

「……小さかろうと別世界の住人だろうと、凛はやはり凛なのだな……」

 

 

 にしし、と笑う凛ちゃんに対し、エミヤさんは沈痛な面持ちのまま、小さくため息を吐いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふーん……特に反応はなかったみたいね?単純にここの人達に群がられたりはしたけど」

「まぁ、普通はびっくりするさ!*4……ってやつかな。……アーチャーの隣に遠坂凛が居るのは許容できても、その凛ちゃんが小さいことについては、一瞬現実として許容できないだろうし」

 

 

 午前の間、施設の中を連れ立って練り歩いた(私だけちょっと遠巻きにしていたけど)私達であったが。

 件の視線の主とやらの姿は、何時まで立っても見受けることができず。

 代わりに、エミヤさんが『凛ちゃんによく似た小さい子を連れて歩いている』という、ある意味不名誉の極みな噂のみが施設内を駆け巡り、結果としてエミヤさんはたどり着いた食堂において、精神的に疲れ果てて机にダウンしてしまっているのだった。

 基本的にキリッとしている彼にしては、とても珍しい姿だと言えるだろう。

 

 ……まぁ一応、()()()()()になるように仕向けることを目的としていたところもあるので、彼の様子そのものについては予想の範囲内なのだけれども。

 本来ならば、この騒ぎによってストーカー犯が炙り出されていたハズ……だったのにも関わらず、そっちに関しては影も形も無い状態のままであるため、結果として骨折り損のくたびれ儲け*5以外の何物でもない状態となってしまっているのだった。

 そりゃまぁ、彼がグロッキー*6になるのも宜なるかな、というか。

 

 

「ふーむ……私がイリヤっぽい格好をして、凛ちゃんと二人で両サイドからエミヤさんを挟み込む……とかしてればよかったのかな?」

「……勘弁してくれ。私はロリコンでもなんでもないんだぞ……」

「……え?『イリヤに一番ドキドキした』って言ってなかったです?」*7

「…………おのれエミヤシロウ!貴様のせいで私の世界(イメージ)も破壊されてしまった!」*8

「周年記念かなにか?……ともあれ、私達がもっとイチャイチャしたとしても、相手が表に出てくるとは限らない……ってことになるのよね?これって」

 

 

 もしかして、ラブコメ力が足りてなかったのかな?

 なんてことを思いつつ、私と凛ちゃんでエミヤさんをサンドすれば良かったのかも?……という(半分冗談の)提案をしてみるも、当のエミヤさんは机に突っ伏したまま、否定の言葉を投げ掛けてくる。

 

 ……厳密には原作のイリヤスフィールは彼よりも歳上──区分としては義理の姉になるとは言え、見た目がロリっ子以外の何者でもない彼女相手に『一番ドキドキした』と言ってのけたのは、なにを隠そう紛れもない彼自身(衛宮士郎)であったことに間違いはなく。

 結果として彼はなんとも微妙な恨み節を、ここではないどこかへとぶちまけていたのだった。

 

 ともあれ、凛ちゃんの言う通り、こっちがイチャイチャすることで、嫉妬した犯人を炙り出す……というやり方は、ちょっと難しいのかもしれない。

 

 件のストーカー行為がの発端が、エミヤさんに対しての好意から来たものであるとすると、横に居る誰かと彼がイチャイチャしている……というのは、目障り以外の何物でもないハズ……という理論から、導きだされた今回の作戦だが。

 さっきまでの二人の夫婦漫才のようなやり取りを見て、それでもなおなんのリアクションも返ってこない辺り、前提条件が間違っている……と考えた方が良い気がしてくるのである。

 

 即ち件のストーカー犯は、単純な恋慕の感情からストーカー行為を行っているわけではない……という予測だ。

 

 

「恋慕ではない?……いやしかし、動機が思慕の方からだというのであれば、影からこそこそとこちらを窺う必要はないのではないかね?」

「単純な思慕なら、そうなるかもしれませんね」

「……()()()()()?」

 

 

 私の言葉に、エミヤさんが困惑の声をあげる。

 彼からしてみれば、誰かをストーカーする理由とは恋慕か、はたまたなにかしらの事件の目撃者の抹殺、というのがほとんどの印象なのだろう。

 それゆえに、単純な思慕でないのであれば、姿を隠す必要性が生まれる……というところにまで、思考が及んでいない様子である。

 

 

「エミヤさん。……憧れとは、理解から最も遠い感情なんですよ?」

「何故いきなり眼鏡を割りそうな台詞になったのかは知らないが……ふむ、君が言いたいのは、相手が抱いているのは私に対しての()()だ、と言うわけか」

そのとおりでございます(Exactly)*9

 

 

 まぁ、そんなエミヤさんでも有名な一文を引用したら、得心したように小さく頷いていたわけなのだけれど。

 

 そう、憧れの人。尊敬が行き過ぎて、単に会うことにすら畏れを抱くほどまでに、思いの丈を募らせ過ぎた者。

 相手がその類いだとすれば、恋愛関係の釣り餌に引っ掛からないのも納得であるし、影からこそこそと相手を窺う……という行動も、いざ顔を見せようとするとテンパってしまう──即ち恥ずかしくなって逃げてしまう、という風に解釈することができる。

 

 ゆえにこその台詞だったわけだが。

 エミヤさんは頷いたのは頷いたのだが、暫くして微妙そうな表情でこちらを見てきたのだった。

 

 

「……いや待てキーア。よくよく考えたらおかしいぞ、その理論は」

「なにがです?ストーカー染みた行為をする人の感情なんて、基本的には執着を元にしたもの。その執着を生むのは基本的に、好きとか興味とか恨みとか憎しみとか、そういった類いのものしかないはずですが?」

「いや、おかしいだろう。()()()()()()()()()()()()。正義の味方のなりそこない……とまで自分を卑下するつもりはもうないが、それを含めても私個人に思慕を向ける余地はないはずだ」

「……はい?」

 

 

 首を傾げる私に、彼は次のようなことを説明してくる。

 確かに、ストーカー行為の原因となる感情なんて、好意か敬意、憎悪か嫉妬によるものが大半を占めるだろう。

 その内後者の二つに関しては、視線に悪意が見受けられなかったため除外。

 残った二つに関しても、凛ちゃんを導入してなおなんのリアクションも見受けられない以上、好意の方は今回は対象外だと考えるのが正解だろうし。

 敬意に関しても、正義の味方としては切り捨てるやり方しか出来なかった自分には、少しばかり荷の重い感情だ。

 

 そもそもに、自分は敬意を抱かれるような人間ではないのだから、思慕で相手が動いていると断定するのは時期尚早、もう少し情報を集めるべきでは?……というような、怒涛の説明を彼は一息に発してみせたのだった。

 ふむ……?

 

 

「え、もしかしてエミヤお兄さん、照れてるの?」

ばっ、ふざけたことを言うな凛。誰が照れているなどと……」

「うわっ、なんだこの露骨な照れ方。あざといなぁ」

「だからっ、照れてなどいないと……」

「なるほどなるほど。へーぇ、ふーん?……意外と可愛いところもあるじゃない、ねぇ?」

「ねー」

「二人とも、話を聞きたまえ!」

 

 

 こちらからの指摘に、ほんのりと頬を染めるエミヤさん。

 誰かに尊敬されているかもしれない……という情報は、彼にとっては新鮮なものだったらしく。

 慌てている彼の姿を見て、私と凛ちゃんは顔を見合わせ、思わず破顔してしまうのでした。

 

 

*1
『fate/stay_night』より、遠坂凛の異名『あかいあくま』より。ひらがな表記で恐怖による語彙力ダウンを表しているとも取れる、アーチャーの天敵の一人。『天使のような、悪魔の笑顔』……だと、別の話になる

*2
親指(thumbs)を立てた、いわゆるグッドサイン。なお、文化圏によっては侮辱表現だったり猥褻表現だったりもする。正確な由来は不明だが、古代ローマの剣闘士の試合が決着した時、敗者の処遇を観客に委ねたことがその起源ではないか?という説が一番有名なのだとか(『敗者を許せ(サムズアップ)』/『敗者を殺せ(サムズダウン)』の二択での多数決を行った、とされる)

*3
あとは()()違いのクーフー()()もまた、彼の根幹に関わる存在だと言えるだろうか。……"りん"の多い生涯を送ってきました、みたいな?

*4
漫画作品である『新世紀エヴァンゲリオン ピコピコ中学生伝説』の渚カヲルの台詞より。ATフィールドの説明の際に飛び出した台詞であり、同作での彼が他の原作の彼と『なんか違う……』と思わせるのに十分なインパクトを持つ台詞だとも。心の壁であるATフィールドを破るのに、相手を驚愕させるのはわりと効果的、という意味でもわりと印象に残る台詞でもある

*5
骨を折るような苦労したにも関わらず、得られたものはただの疲労感……という状況を示した言葉。利益の伴わない無駄な努力、という意味で使われる。由来はとあるこんにゃく屋が利益を出すためにこんにゃくを大きくして売ったが、誤って価格を元のままにしていた為に単に忙しいだけだった……という話だとされている

*6
何かしらの要因によって、立っても居られないほどにふらふらになっていること、及びその状態。元々は水割りのラム酒『グログ(grog)』を飲んで酔っ払った状態であるgroggy(グロッギー)が、それによく似た状態である『パンチを受けてヘロヘロになった状態』に転用され、読みが訛ってグロッキーになった、とされる

*7
『Fate/hollowataraxia』における衛宮士郎の台詞。正確には『……イリヤには、一番ドキドキした』。プールで彼女の水着姿を見た彼が、思わず見惚れてしまったことを素直に述べたもの

*8
『仮面ライダーディケイド』より、鳴滝がよく言っている台詞『おのれディケイド!お前のせいでこの世界もまた破壊されてしまった!』から。文章は子細が違うかもしれないが、言いたいことは大体同じ。アーチャー(エミヤ)が衛宮士郎を嫌っているのは原作通りなので、それも踏まえた台詞と言える。後の凛ちゃんの台詞『周年記念かなにか?』も、ディケイドが『平成ライダー10周年記念作品』だったことから来ている

*9
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』の登場人物『テレンス・T・ダービー』の台詞。慇懃無礼ながら妙に記憶に残る台詞であり、色んなところで使われている



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幕間・ちょっと遠い時間の話・三

「それで、ここまでの会話から、犯人がエミヤお兄さんに尊敬の念を抱いている人物なんじゃないか?……って結論を出したわけなんだけど。……その言いぶり的に貴方、もう犯人の目星は付いてるんじゃない?」

「なんだと?それは本当かね、キーア?」

「あー、んー……凛ちゃんは流石に目敏い、っていうか……まぁ、うん。なんとなーく予想は付いてるよ。……その予想があってると仮定すると、相手を捕まえるのは難しいだろうなーって推測もできちゃったりするわけだけど」

「……ふぅん?貴方がそう言うってことは、もしかして私も知ってる人だったり?」

「えーと、どうだろ?向こう(なりきり郷)の人だってのは確かだけど……」

「なんだか、どうにも煮え切らない感じね……?」

 

 

 一通りエミヤさんの恥ずかしがる姿を楽しんだ後、目尻に溜まった涙を拭いながら、凛ちゃんがこちらへと質問を投げ掛けてくる。

 

 その内容は、既に私が犯人の当たりを付けているのではないか、というもので。……特に否定する理由もなかったので、小さく頷きつつ答える私。

 さっきまでおもちゃにされていたエミヤさんも、そのやり取りを聞いて、こちらに確認を取るような言葉を投げ掛けてくるのだった。

 

 ──エミヤさんに敬意……尊敬の念を抱きつつ、その上で彼の鷹の目から逃れられるだけの実力を持ち合わせる人物。

 ……という風に犯人を定義した時に、捜査線上に浮かび上がる人物を一人、私は知っているわけで。……今回の事件に特に捻りがないのであれば、()()が犯人だと見てまず間違いないだろう。

 ただ一つ、その仮定に問題があるとすれば。

 その予想が正しい時に、件の犯人を取っ捕まえるのは至難の技……場合によってはかなりの長丁場になる可能性がある、ということだろうか。

 

 私の発言をここまで聞いても、当該の人物にピンと来ていなさそうな辺り、凛ちゃんが()()と面識があるかは微妙。……もし仮に面識があったとしても、彼女の事情について凛ちゃんは深い部分を知り得ていない……と判断することができるわけで。

 

 ……まぁ、相手(犯人)側の気持ちも、なんとなく理解はできる。

 一応は別世界の、姿が似ているだけの別人。

 ……エミヤさんと関わりがあるかどうか、微妙に判断し辛い立ち位置にいるこの凛ちゃんだけれども。*1

 それでも彼女と同じ顔・同じ輝きを持つ人物が、英霊エミヤという存在にとって、とても重要な存在だというのも事実。

 そこまで関わりの深い相手に、彼女が()()()()()を明かすというのは。……とても、勇気のいる行動だと言えるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうし。

 

 ゆえに、凛ちゃんが彼女の事情を知らないというのは、別に彼女の怠慢だとか薄情者だとか、そういう悪評に繋がるようなことはありえない……ということになる。

 ……まぁそれはそれで、今回の事態の解決の難易度が上がってしまった……という風にも取れてしまうわけなのだが。

 

 

「……んん?どういうこと?」

「ここにいる凛ちゃんにとっての原典とでも言うべきものは、言っちゃあ悪いけどマイナーもマイナー、知ってる人が珍しいくらいのもの。*2そもそもその作品以外に出てきたこともないし、表面上の設定以外はとてもあやふや……って言葉が飛び出すくらいに、キャラとしては不明点の多いタイプでもあるけど。……それでも私の予想している相手が、凛ちゃん(貴方)のことを全く知らない、なんてことはあり得ないと思う。つまり……」

「あー、なるほど。情報アドバンテージ的に、既にこっちが不利ってことね?」

「そういうこと」

 

 

 こちらの言葉に、なるほどと小さく頷く凛ちゃん。

 ()()()()()が事情なだけに、こちらは互いの『相手への知識』という面で、既に負けていると言ってしまってもいいくらいの差がある。

 

 それはマイナーな出身であるがゆえに、本来ならば相手に自らの情報をほぼ与えない……どころか、姿が同じ『別の遠坂凛』が有名過ぎるがゆえに、そちらと混同される……という形での情報の誤認すら引き起こせてしまうという、かなり特殊な立ち位置にいる凛ちゃん(彼女)の存在を以てしてなお、()()()()()()()()()()()と評価するより他ない相手なわけで。

 

 そんな私の言葉になにかを気付いたのか、凛ちゃんは苦い顔をしていた。

 

 ……まぁ、うん。()()()()()()()()()()()()()()モノでもあるし、その話題のセンセーションさから彼女も耳にしたことがある……などの事実から、彼女も大まかな相手の事情に気が付いた、とかが理由だろうとは思うけど。

 ともあれ。そんな彼女の様子に、エミヤさんの方も遅まきながら、今回の相手がどういう存在なのか?……ということに気が付いたようで。

 彼は微妙そうな表情で、こちらに確認の言葉を投げ掛けてくる。

 

 

「……あー、つまり。……相手は決して()()()()()()()()()()()()()、と言うことだと?」

「そうだねぇ。端的に言えば二次創作(クロスオーバー)組になるのかな?」

「……なるほど。それは確かに、こちらが情報戦で負けるのも致し方ないな」

 

 

 こちらの言葉に、揃って額を押さえる主従二人。

 

 例えるのなら、ゆかりんのような。……(原作)の彼らに、なにか他の要素を足したような存在。

 こちら(『新秩序互助会』)においては珍しすぎるその存在が──つい最近まで自分達のような存在は、全て『転生者』だと勘違いしていた彼らにとって、未知との遭遇以外の何者でもないその存在が犯人である……という予想を聞いて。

 思わず頭痛を感じて、苦い顔をするエミヤさんと。

 これからが大変であるということを、改めて強く実感した凛ちゃん。

 そうして二人が浮かべたのが、ある意味そっくりな苦渋の表情だった、というわけで。

 

 そんな姿を見た私ができることといえば、小さく肩を竦めるくらいなのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけで。相手方に対処をするために、更に色々呼んでみました~」

「いやちょっと待ちたまえ」

『おやおやぁ~?アーチャーさんはどうやら、気まずさが天元突破*3している御様子!……まぁ、全員よく知ってる人とは別人、という辺り閉口してしまう気持ちもわからなくはないのですが!ところで、その格好は浮かれた気分の表れかなにかなんですかぁ?』

「……だから、君達は私になんの恨みがあると言うんだ!?」

 

 

 相手を捕まえるのに、とてつもない労力が掛かることを理解したところで。

 それをどうにかするために、向こうから更なる援軍を呼び寄せた私。……だったのですが。

 そうして呼ばれた面々を見て、エミヤさんは思わずとばかりに絶叫していたのでした。

 

 その慌てぶりは、常日頃冷静沈着な彼にしては珍しすぎるくらいの、その表情まで崩れてしまうようなもので。

 思わず笑っ……お労しい気持ちでいっぱいになる私である。……まぁ凛ちゃんの方も、集まった面々にちょっと微妙な顔をしていたのだけれど。

 

 それもそのはず、凛ちゃんは確かに私の知り合いではあるけど、別に常日頃一緒に居るタイプの人物ではない。

 それゆえに、()()()()()()とは面識がない、ということも多々あるわけで。……正に『貴方の友達と私は友達じゃないけど』というやつである。……え?その歌は『私と貴方は友達じゃないけど』だろうって?*4

 

 ともあれ。

 今回新しく呼び寄せたのは、都合三名。

 その内の一人──私のスマホからホログラフとして飛び出しているBBちゃんは、阿鼻叫喚?な二人の様子を見て、邪悪な笑みを浮かべているのだった。

 まさに悪魔的後輩、というやつである。

 

 

「BB、二人をからかうのはそれくらいにしておきませんか?……私達はあくまでも補充要因、即ち添え物。今回の事件の主体となるのは、どこまでも彼等自身でしかないのですから」

『アルトリアさんは、いつも通りお堅いですねぇ~。こういうのは、ちょっとぐいぐい行くくらいで丁度いいんですよ?』

「……いやもうホントに勘弁してくれ……」

 

 

 で、そんな彼女の露悪的行動を嗜めているのが、追加メンバーのもう一人。

 トリステインの王女であるアンリエッタ……もとい、騎士王アルトリアなのであった。

 その姿形がリリィの方なこともあって、弓主従二人の反応はとても面白……困惑したものとなっている。

 

 

「顔だけstay_nightってわけか。……いや、俺場違いじゃね?この同窓会に参加してるのはおかしくね?」

「それを言い出したら、正真正銘のオリキャラな私とかどうなるのよ、って話でしょ?いいからどーんと構えてなさいな秘密兵器?」

「えー……いつの間にか銀さん秘密兵器になってるんだけど……期待が重くて帰りたい気分しか湧かねーんだけど……」

「事態の解決の暁には、エミヤさんから報酬が出るって言っても?」

「誠心誠意努めさせて頂きます」

あまりにも綺麗な(45°の)お辞儀!?」*5

 

 

 そんな彼らの様子を見て、最後の一人──坂田の銀ちゃんが、なんだか感慨深そうに頷きながら声をあげていたのだった。

 

 まぁ確かに、姿や背格好・その背景から目を背ければ、属性的にはstay_night主人公とヒロイン達の邂逅と言えなくもないわけで。

 なりきりと『逆憑依』の仕様上、これほどまでに出身作が近い人物達が揃うのも中々珍しいので、思わず感嘆の息が漏れるのも宜なるかな、というやつである。

 

 ……おかげさまで、型月関連ではない私達は、微妙に疎外感を覚えることになったわけなのだが。

 帰りたいとぼやくよろず屋(銀ちゃん)に、頑張れば甘いものとかエミヤさんに作って貰えるかもよ?……と囁くことで、どうにかやる気を取り戻させつつ。

 改めて、完全に初対面であろう面々が挨拶を交わし始める。

 

 

「君が坂田銀時か。噂のよろず屋の力、この目で確かめさせて貰お……なにかね、その視線は?」

 

 

 そんな中、唯一の男性(の見た目)同士のエミヤさんと銀ちゃんの挨拶のタイミングで、差し出された右手を取るでもなく、相手をじーっと見つめる銀ちゃんという、なんとも言えない空気が発生することとなった。

 単に見つめているというよりは、穴が空くほどに睨んでいるとでも言えそうなそれに、エミヤさんが微妙な顔をしているが。

 私にはわかる、銀ちゃんのあの目は──、

 

 

「……誰かに負けるのはいい。けど、お前にだけは負けられない──!!」*6

「……何故そうなる!?」

 

 

 ここはネタの振り所だと、確信した時の目だ。

 案の定飛び出したネタに、思わずツッコミをしてしまうエミヤさん。

 そんな彼に「いや、冗談だよ冗談」と返した銀ちゃんは、後れ馳せながらその手を取って、彼と挨拶を交わしていたのだった。

 

 

*1
当該作品(ティンクル☆くるせいだーす STARLIT BRAVE!!)において、彼女のBGMとなっているのは『エミヤ -SB Mix-』。エミヤの影も形もないはずなのにも関わらず(そもそもこの彼女が契約しているのはセイバーの方)、何故か彼女のBGMとなっている辺り、設定の上ではもしかしたら関わりがあるのかもしれない、ということから。『プリズマ☆イリヤ』シリーズにおける『EMIYA』のアレンジ楽曲『少女進化!』に対してのご先祖様みたいな曲調をしていたりもする

*2
一時期は型月民すらほとんど知らない、なんてこともあったそうな。先述の『EMIYA』アレンジの存在から彼女を知った、なんて人も居たとかなんとか

*3
『天元突破グレンラガン』のタイトルより。現在では限界を超えた凄いもの、というような意味として扱われる言葉だが、実は造語。『天元(=囲碁盤の中心を意味する言葉)』と『突破』という別々の単語を組み合わせたものであり、元の言葉の意味だけを知っていると意味不明な言葉に聞こえなくもないかもしれない。なお、先述の通り造語なので、この言葉が出てくる世界には『グレンラガンが作品として存在している』という見方をすることも可能だったり(『ウマ娘』のアグネスデジタルが使っていた為、一部で話題になったり。……あの作品のウマ面のガンメン(メズー)は、向こうだとどういう扱いなのだろうか……?)

*4
アニメ『ギャグマンガ日和』のオープニング『アタック!ギャグマンガ日和』の歌詞から

*5
お辞儀はその腰の曲げる角度により、相手への敬意の表し方が変わる、という話から。単なる挨拶なら15°、敬礼ならば30°、そして相手を最も敬って行う最敬礼では45から90°に腰を曲げるのが正しい、とされている

*6
『fate/stay_night』における衛宮士郎の台詞、正確には『────おまえには負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない───!』。アニメだと『~自分にだけは~』になる



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幕間・ちょっと遠い時間の話・四

「……で?相手が潜んでいるだろう場所の目星とか、もうついてんのか?」

「え?寧ろそれは、銀ちゃんがさっさと見付け出すところでしょ?」

「なんでいきなり俺に全投げしようとしてるのこの人!?」

 

 

 挨拶を終えた私達は、早速犯人捜索のために動き出したわけなのですが。

 

 そうしててくてくと歩き始めて暫く。

 端から見れば闇雲に動き回っているとしか思えない状況に、我慢できなくなったと言った感じに声をあげた銀ちゃん。……なのですが、私からしてみれば『なに言ってるのこの人?』以外の感想が浮かばなかったため、そのまま質問を投げ返すことになったのでした。

 

 そうして思いがけず返ってきた質問に、銀ちゃんは大層驚いたような感じの表情をしていたわけなのですが……驚きたいのは寧ろこっちの方である。……っていうか、最初に『秘密兵器』*1って言ったじゃん私。

 

 

「え、あれってネタではなく……?」

「なんであそこでふざけなきゃいけないのよ。型月同窓会に銀ちゃん(別のキャラ)を突っ込むとか、ネタでも早々やらないよ。……っていうか自分で言ってたじゃん、その辺り」

「あれー?」

 

 

 別に伊達や酔狂*2で発した言葉じゃないぞ、という私の台詞に、銀ちゃんは首を捻っている。……いや、もしかしてだけども。

 

 

「え、銀ちゃんってば、なんで自分がここに呼ばれたのかわかってないの?」

「え?いやだから、いわゆる賑やかし……いやいや違う違う!言葉の綾!綾だから!だからその顔で右手を構えるの止めろって!頭陥没すんだろ!」

「斜め四十五度から殴ってほしいのかと……」

「電化製品じゃねえっての!*3つーか、お前の攻撃力でそれをやったら死ぬわ!……いやちがっ、フリじゃなうぼげぇっ!?」

『……殺られるってわかってるのに言っちゃうのは、いわゆるギャグ漫画世界出身者の悲しき習性……ってやつなんでしょうかねぇ?』

「まぁ実際、陥没しても三コマ分くらい経てば治っていますし、問題ないのでは?」

「私には問題しかないように思えるのだが……」

「ギャグ空間を真面目に考察し始めたら死ぬわよ、適当に流しときなさい。気分はカルデアでのハロウィンとかその辺りよ、その辺りっ」

「それはそれで問題だと思うのだがね……」

 

 

 口は災いの元、というのはどこに行っても共通真理。

 迂闊な発言をした銀ちゃんは、右四十五度・左四十五度の綺麗なクロスチョップを受け、顔面陥没(前が見えねェ)状態*4に陥ったのでありました。

 ……まぁ、周囲の言う通り、大体三コマ分(三十秒)くらい立つと、元の姿に戻っているので、意味があるかは微妙なわけなのですが。ギャグ時空を物理で突破するのは難しいからね、仕方ないね。

 

 ともあれ、自身の呼ばれた意味、というものを今一理解していない様子の銀ちゃんへの抗議も終わったため、改めて彼にその辺りを尋ね直してみたわけなのですが……。

 

 

「いや、よろず屋としての販路の拡大のため、とかじゃねーの?……って言おうとしてたんだけど、その様子だと違うみたいデスネ……?」

「なんで私が職業斡旋みたいなことせにゃならんのですか」(怒)

「き、キレんなよマジで……」

 

 

 彼の口から飛び出したのは、よろず屋稼業の促進のため、というもので。……そんなん勝手にやりなさいよ、という至極もっともな反論をぶつけられた銀ちゃんは、こじんまりと隅っこに縮こまってしまうのだった。

 

 

「あー、もう。そもそもここまで人が揃ってて、なーんで気付かないのよ銀ちゃんは。薄情者、って言われても仕方ないわよこれ?」

「……へ?薄情者?」

 

 

 とはいえ彼がこの状況を見て、一番に()()()()()()()()()()()モノが、今回の肝であるということも事実。

 そりゃまぁ、不甲斐ないというか情けないというか、そんな気分になるのも仕方ないというわけで。

 そんなわけなので、半ば呆れたように、私はもう一つだけ彼へのヒントを与えるのでありました。

 

 

「はい、ほら今の話数から百二十七ほど遡って!その時やってたことを思い出しなさいほら早く!」

「……彼女は一体なにを言っているのかね?」

「気にしちゃダメよエミヤお兄さん。キーアは時々ここじゃないところ(第四の壁)を見ちゃうタイプの人なんだから」

「そうそう、そういうの気にしてたらハゲるぜ、正義の味方の兄ちゃん?」

「なるほどな……。……いやちょっと待て、なんだ今の赤い奴は!?」

「そっちも気にしちゃダメよ、触ると喜んじゃうから」

「いやん♡凛ちゃんってばど・え・す♡」

「……壮絶に頭が痛くなってきた気がする……っ」

 

 

 外野がなんだか騒々しいが、今は銀ちゃんに思い出させる方が先!……というわけで、具体的には四ヶ月ほど前、内部的には○ヶ月前の、大体十二月くらいのことを思い出すように、銀ちゃんに強要する私である。

 

 

「十二月ぅ?……ってーとあれか、クリスマスだから……クリスマスだから……?」

 

 

 そうして彼は、徐々にその顔を青白く染めていく。

 ……まぁ、うん。この面々を見て、揃っている面子を見て。

 そこまでしておいて、クリスマスでの出来事──クリスマスそのものではなく、その日付近に彼に起こったこと──を思い出せなかった、などという事実を()()が知ったらどうなるか。

 

 そりゃまぁ、見るも無惨なことになるのは間違いないわけで。

 表情が青褪めるのも宜なるかな、この事実を知られる訳にはいかないが、現在彼の目の前に居るのは私他数名。……こういうことに関しては、特に口の軽いタイプの人間達である。

 

 

「……あのー、そのー。ええと、黙ってて貰えたりは……?」

「それはこれからの君の働き次第だねぇ。……返事は?」

誠心誠意努めさせて頂きます(Aye aye ma'am)!」*5

 

 

 結果、銀ちゃんはいつもの死んだ魚のような目を強ばらせ、必死で働く羽目になったのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……それはひどい」

「だよねー」

 

 

 そんなやり取りから数十分後。

 文字通り馬車馬の如く働き切った銀ちゃんは、床に大の字で転がって荒くなった息を整えている。

 

 ……まぁ、取れる手段を全て使い、犯人を見事追い詰めて見せたのだからさもありなん。

 彼にとっての本当の地獄が『新秩序互助会(ここ)』から帰ってから訪れる……という事実も含め、今は回復に努める以外の選択肢はない、というやつだろう。

 

 一応、さっきの『クリスマス辺りでの一件』云々の話は暈してあげたので、そこを回避できるかは彼の頑張り次第。

 私達がその過程を見ることはないだろうが、とりあえず『うまく行きますように』と手を合わせるくらいはしておいてあげようとは思う。……別に成仏できますように、って意味じゃないよ?

 

 ともあれ、今回の事件──『エミヤさんストーカー被害に遭遇』事件の犯人となる人物は、見事に捕縛されたわけで。

 あとはまぁ、細々とした種明かしを残すのみ。……といった気分で、相手と改めて向き合ったわけなのですが……。

 

 

「……なんで紙袋を被ってるんです?」

「いやその、ええと、心の準備が出来ていないと言いましょうか……」

「ここまで来て!?」

 

 

 驚きの声をあげる私に対し、目の前の──紙袋を被った女性は、二つ空いた穴から申し訳なさそうな視線をこちらに寄越しつつ、小さく頭を振るのであった。

 

 どう見ても不審人物以外の何者でもない彼女こそ、今回の一件の犯人なわけなのだが。……どうにもこっちに来てからずっと、この紙袋を被ったまま行動をしていたらしい。

 警戒心が強いと見るべきか、バカなんじゃないの?と笑うべきなのか、どうにも判断に困る感じである。

 

 と、言うかだ。

 どう見ても目立つこの格好で、先ほどまで一切周囲に見付からなかったとはどういう隠密技能だ?……とツッコミを入れたいところなのだがどうだろう?……いやこの場合は寧ろ、こっちの人達に『なんでこんなあからさまに怪しい人を放置してたの?!』と問い詰めるべきだったり?

 

 

「あ、いえ。その辺りはダンボールに潜んでいましたので、周囲の方々が気付かないのも仕方がないのではないかと」

「なぁんだ、ダンボールか。それじゃあ仕方ないね」

「ダンボールを笑う者、ダンボールに死す……という奴だな。中々見所のあるお嬢さん方だ」

 

 

 そんな疑問は、彼女が潜入に最適なアイテム、ダンボールを有効活用していた……ということで氷解するわけなのだが。

 横の()さんと共に、納得しきりとばかりに頷き合う私達を、エミヤさんただ一人がなんとも言えない表情で見つめているが……、まぁあれだ。これくらいは笑って流せないと、この先上手くやっていけないぞ?……とだけ。

 

 一頻りダンボール会話に花を咲かせたのち、何処かへと去っていく蛇さんの背を見送って、改めて向かい合う私達。

 相手方の方は先ほどまでの会話で、ある程度緊張が解れたようではあるが、それでも紙袋を外そうとはしない。

 

 よっぽど恥ずかしいらしいが、彼女の顔を見せないことには、エミヤさんへの説明ができないというのも事実。……いやまぁ、深い部分の事情を知らないのであれば、顔を見せられてもよくはわからないだろうけども。

 

 ともあれ、話をするのに顔を隠したまま、というのが失礼だということもまた事実。

 その辺りをチクチクと(具体的には『その格好のまま話をするのはスゴクシツレイ!』とか、『感謝の言葉とか、色々言いたいことはあるんでしょ~?』とか、そんな感じ)言葉責めした結果、ついに彼女は根負けして、その紙袋に手を掛けたのだった。

 

 

「……ええとその、初めまして。……それと、事情だのなんだのの難しい話は一先ず抜きにして、とにかく貴方に感謝を。私がここに在るのは、偏に貴方が答えを得たがゆえ。その道程、その挫折、その意思……。貴方の全てが私を助け、導き、繋いでくれた。──ですから、ただ感謝を。私、()()()桃香は……貴方を、言葉にできないほどに尊敬させて頂いております」

「……?……!?」

『あ、アーチャーさんってば怒涛の感謝の言葉にバグっちゃいましたね?』

「素直な感謝──それも未熟な時期まで含めて、自身の全てに対しての感謝。……まぁ、気持ちはわからないでもないですね」

「紅茶なんてあだ名があるけど、それにピッタリの赤さね」

「なんでさっ?!」

 

 

 紙袋の下から出てきたのは、彼にとっては全く見知らぬ人物。

 けれど、彼女からしてみれば(エミヤ)という人物は、あまりに大きなもので。

 その思いから彼女──劉備(桃香)の口から飛び出した深い感謝の言葉に。エミヤさんは、今まで見たことがないくらいに狼狽していたのだった。

 

 

*1
秘密裏に製造された兵器、もしくはいざという時の切り札のこと。今回の意味は後者。いわゆる『こんなこともあろうかと』というやつ。状況の先読みが出来ているか、もしくは兵器そのものが超高性能とかでもない限り、実際は状況を好転させるには足りなかったりする(史実でいう戦艦大和など。隠し過ぎて有効なタイミングを逃した、という形)

*2
『伊達』の方は『伊達男』などと同じで外見を飾り付けたり粋を見せたりなどの『格好を付ける』ことを、『酔狂』の方は酔っぱらっておかしなことをしているさま、及びそこから酔わなければやらないようなことを『好奇心からやって見せること』を示しており、二つ合わせて『ふざけて・面白半分で』などの不真面目な態度を指す言葉となる。つまり、『伊達や酔狂ではない』とは『遊びでやってんじゃないんだよ!』ということ

*3
古いテレビなどは、叩くと一時的に故障が直ることがあった。理由としては、古い機械類は造りが今の機械類に比べ単純かつ雑であり、今の機械ではほぼ起きない部品の剥離などの接触不良が起きやすかった、ということにある。つまり、外れた配線や部品が叩くことによって一時的に再接触し、結果として電気が流れるようになるから直ったように見える、というわけである。無論、ちゃんと部品などを接着しなおしているわけではない為、その内再発する。今の機械類は部品が外れたらまず電気が流れないようになっている為、叩いても直ることはまずない。なお、角度が45°な理由は不明。漫画『ドラえもん』においてのび太の母が、調子の悪いテレビを60°の角度からチョップして直す、というシーンがあるが、それよりも古い由来があるのかも不明

*4
初期の方の『クレヨンしんちゃん』のネタ。給食当番となったしんちゃんが、熱いシチューの入った鍋を運ぶことになった際、『熱いので気を付けて下さい』という調理のおばちゃんの言葉に対し、彼女の足の裏を直接鍋に当てて『あっちゃーっ』という反応を引き出した(その反応を見てしんちゃんは『ほんとだ』ととても素っ気ない反応を返した)結果、彼の顔がぼこぼこになってしまい、その時に発した言葉。一応、直接的に殴られたシーンはないので、実際にぼこぼこにしたのがおばちゃんでない可能性はなくもない。……初期の『クレヨンしんちゃん』の方向性を端的に説明できるシーンの一つ

*5
『Aye』は、スコットランドやアイルランド・北イングランドなどで使われる『yes』が訛ったもの。なので意味としては『賛成』となる。二回繰り返すのは、相手の発言を確かに聞いた、ということを示す為。よって、全体としては『かしこまりました』などの、敬意を示した台詞となる。『ma'am』は『madam』の省略形であり、目上の女性に対して使われる表現。意味としては奥様とかお嬢様、といった感じになる



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幕間・ちょっと遠い時間の話・五

 ──劉備玄徳。

 三国志における蜀漢の初代王であり、本来は男性。

 桃色の髪を持つ彼女は、『恋姫†夢想』においての彼の立場にあたる人物であり、その来歴からわかる通り、英霊エミヤシロウとはなんの関わりもないはずの人物である。

 

 

「……元々の作品(無印)では、劉備のポジションには男の主人公が居て。そのせいで、三国志においては主役級の人物であるにも関わらず、実質的な追加キャラとなっているという、ちょっと不遇な面もある人物……だからこそ、本来居ないはずの無印の方に、設定を盛り込んで突っ込んで見た、なんて二次創作も作られる余地があった……っていう、説明そのものはまぁ、理解できなくもないんだけど……」

「それがなりきりとして成立する……というのは、ちょっとよく分からない感じがしますね」

「我がことながら、なんとも言い辛い話ではあるのですが……はい、まぁその、仰る通りでございまして……」

 

 

 左右をstay_nightヒロインズ(の、そっくりさん)に挟まれ、なんとも恐縮した様子を見せる桃香さん。

 

 以前──クリスマス前に彼女が姿を見せた時に、その口から語られていた通り。

 彼女は、基本的にゆるーい感じの『なりきり郷』において、唐突に過ぎるくらい重い背景を持った人物である。

 

 これはまぁ、元々の桃香という人物自体が、人によっては偽善者だとかなんだとかと言われやすいところがあった、という話にも繋がるのだろうが……。ともあれ、彼女が恋姫系の創作においてヘイトを受けやすかった、というのは一つの事実。*1

 

 その反論、ということなのか。この彼女は『エミヤ』の生涯を見知っているがゆえに、正義の味方の末路*2をもまた知り得ており、それゆえに原作の彼女よりも幾分かシビアというか、現実主義というか……ともかく、かなり特殊な生い立ちの人物の『逆憑依』という、正直意味不明以外の何物でもない存在なのであった。

 

 ……まぁ、正義の味方系のキャラにエミヤの情報をインストールする……というのは、二次創作においてはさして珍しくもないクロスオーバーであるため、二次創作を漁っている人間からすれば「はいはいまたいつものねー」くらいの感想しか湧かないものでしかなかったりもするわけだが。『アーチャー』とか『エミヤシロウ』辺りで検索するとわんさか出てくると思います。……え?その場合はエミヤ転移とかエミヤ転生とかの方が多い?*3

 

 ともあれ、この桃香さんが普通の恋姫の劉備とは違う、ということに間違いはなく。……尊敬の度合いがもうちょっと違っていれば、英霊エミヤに対しての恋心とかに発展していてもおかしくなさそう……なんて判断を、他所からされていても仕方がない立場と言えなくもないわけで。

 

 

「……ああ、なるほど。だからこそ余計に私達には話せなかった、ってわけね?」

「そうですね。厳密には皆さん別人ですから、そこまで気にせずともよいのかも知れませんが……その、エミヤさんについては()()()見てしまっている私としては、余計のこと話辛く……」

『まぁ、元を辿ればこちらもアダルティ(R18)なものですからねぇ。最近ではすっかり全年齢、という顔をしていますが!』*4

「全年齢……?CCCは全年齢でいいの……?」

『おっとせんぱい、()()についてツッコミを入れるのはNGですよ?』

()()?……ああ、()()ね……」

「いや、型月組で勝手に納得すんのやめねー?」

 

 

 要するに、原作のヒロイン達には恋敵扱いされそうな予感もあるし、そもそも英霊エミヤの生涯を()()()()()見知っているがために、彼の情事*5を意図せず知ってしまっている……ということもあって、そもそもヒロイン達の顔をまともに見辛い……というような事情が重なり、余計のこと声を掛けにくくなっていたのだそうで。

 

 彼女もまた、元を正せば成人向け作品出身者であるため、その辺りの話を『不潔です』とか言うことこそないものの。

 余所の世界では恋仲にもなる恋姫の主人公とは、どうにも反りが合わなかったとかなんとかとの話もあり、そっち(R18)方面の話への耐性は、恐らく元の彼女(桃香)よりも低いらしく。

 

 その辺りの話が重なった結果、エミヤに感謝を伝えたくても伝えられない……という、一見すればストーカー以外の何者でもないムーブに繋がったのだという。……なんというか、原作の彼女からしてみれば予想も付かない変貌っぷりである。

 まぁ、多感な少女時代にエミヤの生涯インストール、なんてことをされているのだから、それもしょうがないのかもしれないが。……え?彼女の場合はそもそも『千里眼』の方があれだろうって?

 

 ともかく、なりきりをやる際のフレーバーのはずのそれらの出来事が、自身の経験した出来事として認識されている……という、じみーに怖い状態でここにいる彼女は、トラブルメイカー気質なところもあれど、基本的には善人に区分される存在。

 であれば、エミヤさんが邪険にすることはまずあり得ず。

 結果、身に覚えはないものの、彼女の感謝を素直に受け取ることとなったのだった。

 

 ……そんな感じで二人の話が纏まった横で、BBちゃんが自身の原作を揶揄し始めたのだけれど。まぁ、それが新たな問題の始まりだったわけで。

 

 今ほど気軽に作品を発表できなかった昔の日本において、『原則として一番規制が厳しい成年向け区分は、逆を言えばほぼなにをしてもいい場所』という扱いをされていたことがあり。*6

 それゆえに成年向け要素がほぼ添え物で、本筋自体はいわゆるエッチな話とは全く無関係……なんて作品も数多く生まれていた。

 

 時代が進み、作品の発表が簡単になったり、はたまた全年齢で書ける話題が広がる、などの変革が起こり。

 その結果、各社の据え置き機や携帯ゲーム機などに、成年向け要素を抜いた形での作品の移植が盛んに行われるようになり、結果としてそれらが一般層に好評を博した……みたいなことも多くなってきたわけである。

 

 真月譚(真ゲッター)*7はまぁ、一先ず置いておくとして。

 いわゆるDEEN版と呼ばれる方──一番最初の『stay_night』のアニメ化は、一部の描写に非難が向けられることこそあれ、マシュの原型となる人物やアーチャーのオーバーエッジなど、後作に繋がる要素を生み出した点に置いて、十二分に成功したと言える作品の一つだろう。*8

 実際に人気が爆発するのは『zero』からだろうが、メディアミックスにおいて型月が比較的恵まれている方、というのはまず間違いないはずである。

 

 ……まぁ、そんな昔語り──当事者的な人達からすると昔語りなのか微妙な気もするが、ともかく懐かしいとか良かったねとか、そんな話題で終始できれば良かったのだが。

 

 途中で話題に出た、とある作品(CCC)……いや、正確に言おう。『fate/EXTRA_CCC』における、とあるキャラクターの使う奥の手……あの時点では英霊ではないのだから、宝具というのはおかしい気もするのだが、作中においてはそう呼ばれているので、それに倣うとして。

 

 彼女のパートナーがその宝具に付けた、ある名称。

 ──それを口に出したのが、不幸の始まりだったのだ。

 

 元々の成人向けだったゆえか、はたまた作品のテーマから触らずにいられなかったのか。

 ともかく、当時の拙いCGですら『これはアカンやろ』と思わされる、とんでもない宝具。

 なんでこれが『CERO C』なんだと、誰もが首を捻ったその宝具。

 言葉で説明することが憚られ、それゆえに仕方なく、銀ちゃんへの説明のためにわざわざ(ピー)(ピー)まで引っ張り出してきて、彼に映像を見せることになった()()

 

 

「……?……????」

 

 

 演出を見た結果、見事な宇宙猫顔を披露した銀ちゃんに対し、思わず苦笑を浮かべる中で。

 不意に、視線を少し離れた位置へと向けた時。──その暗がりの奥に、

 

 

「ふふふ……ソワカソワカ」

 

 

 静かに舌舐めずりしながら、上気した表情でこちらを見つめるとある尼僧の姿があったことに、背筋を凍らせた私は。

 

 

「気を付けろっ、最低最悪の宝具が来るぞっ!!」

「え?いきなりなに言って……ひぃっ!!?なんかいるぅぅっ!??」

『え、コレもしかして私のせいですかぁっ!?』

「うぎゃあぁあああああでたぁぁあああぁぁああ」

 

 

 思わず、大声で叫ぶ羽目になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なんで八月でもないのに、背筋が凍らなきゃいけないのよ!?」

「ンンン、被害総額的に見ても背筋が凍りますぞ」

「は?……ってひぃっ!!?桁がエグいっ!?」

 

 

 こっち(なりきり郷)に戻って、あれこれと報告をゆかりんにしていた時のこと。

 その報告を聞き終わった彼女は、寒さを堪えるかのように自身の体を掻き抱いていたのだが……私が取り出した領収書には、目玉が飛び出るくらいの驚きを見せていた。

 まぁうん、向こうの施設は丸ごと消し飛んだから、被害総額としてはエグいことになるよねー、というか。……まぁ、やったのは私なので全部自分で直したし、事が事だったので向こうのリーダーさんも許してくれたのだけれど。

 

 

「いやー、やっぱり【万色悠滞】はヤバイねー。向こうのリーダーさんは精神耐性あるから大丈夫かと思ったんだけど、作中描写が『沈静化』だったせいか貫通されちゃってさー。危うく飲み込まれちゃうところだったよー」

「ねぇ待って?話を聞いてるとビースト顕現してない?!ヤバイものとやりあってない?!」

「ビーストも二戦目だねー」

「そんな軽いノリで話すようなものじゃないわよねぇそれぇ!?」

 

 

 あはは、と笑う私。……いやまぁ、ビーストって言っても前と同じく擬き。完全顕現なら貫通で済まずにそのまま飲み込まれてた可能性も無くはないので、そう考えてみたら普通に耐えられていた辺り、まだまだ余裕はあったんじゃないかなー、というか。

 ……私?私は耐える耐えないの話じゃない(耐えられるわけないじゃんな)のでお気になさらず。

 

 ともあれ、唐突なビーストⅢi/Rとの戦闘はなし崩し的に始まり*9、結果向こう一帯を更地にすることで終わった、というわけである。

 ……更地になっただけで済んで良かったと見るべきか、単なる反響()みたいなものでここまで酷いことになる辺りに、恐ろしさを覚えればいいのか。

 

 ……まぁ、つられて他の人がはっちゃけたりしなかったのは、良かったのではないだろうか。

 向こうの人は血の気の多いのがいっぱいいるし、そこら辺大乱闘にならずに済んで良かった、と思うべきなんじゃないかなーって感じ?

 

 

「あとねー、やっぱり口は災いの元だって、みんなにちゃんと言っとくべきだって深く実感したよ」

「でしょうねぇ!!」

 

 

 頭を抱えて悶絶するゆかりんに、私は頬をぽりぽり掻きながら苦笑いを返すのだった。

 

 

*1
ある意味『僕のヒーローアカデミア』のヴィランの一人、ステインの思想(滅私奉公)に近いようなことを言う人が多い、というべきか。善を語るものは、常にその全てを公共の利益の為に捧げなければならない……みたいなことを語る者が一定数居る為に、理想を掲げるキャラに対しての過剰なヘイト創作が行われている、と見なせる時があると言うか。まぁ、善意が被害を広げることもあるし、その論説そのものには間違いはないだろうが、そのあり方を続けられる人物はある種の壊れた存在のみ、そしてそれすらも、時には他者を害しうるモノとなるのだから、正直画一的な答えはない、としか言えないというか。そういう意味でも、『エミヤシロウ』の在り方が語り口になるのには理由がある、と思うべきなのかもしれない。……それはそれとして、原作の彼女はさほど武に秀でていないこともあり、『守られ系ヒロイン』としての性質も持ち合わせていた為、一概にあーだこーだとは言い辛いところもあったりはする

*2
画一的な正しさ、というものは存在しない。あらゆる物事には複数の理由があり、それぞれに必要とされる『正しさ』が違う。それゆえに、どれか一つだけの正しさに傾注すれば、その先にあるのは他の正しさからの排斥であり、全ての正義に追従するのであれば、その先にあるのは八方美人と言われ切り捨てられる未来である。……という、正義を悲観的に見すぎた故の考え方

*3
一時期『EMIYA』なる呼ばれ方をしていたエミヤさんの(ある意味)黒歴史。『約束された勝利の剣』などを投影して無双していく最強系オリ主と化したエミヤさんの場合もあれば、色々と工夫して余所で頑張るエミヤさんもいる

*4
最近の作品しか知らない人は、元々成年向けの作品だったことを知って驚く人もいる……というのだから、世の中というのは不思議なものである。まぁ、最近の作品が直接的に描写してないだけで、わりと書いてることは成年向けと大差ない……なんてこともある為、正直そこまで気にする必要もないような気がしないでもないわけだが

*5
男女間の情愛にまつわるあれこれのこと。?「フフフ、S○X!」?「止めないか!」

*6
昔のPCエロゲーは、とりあえず出せば売れるレベルのものだったらしく。本来そんな要素はなくても、とりあえず濡れ場を入れておこう……という、今回語っているモノとは逆パターンの作品もあったのだとか。ともあれ、エロに関する規制が一番厳しい、というのは事実。他の要素はいわゆる『Z区分(グロやゴア表現)』ですら規制の面では下な辺り、販路的には何を題材にしても構わなかった、と受け取られていたわけである。まぁ、その辺りの層は時が進むに連れ、普通の界隈に散っていったわけなのだが

*7
アニメ版『真月譚 月姫』のこと。ゲーム版の方のファン達が、『こんなもの月姫じゃねぇ!』と響き(しんげったん、と読む)のよく似た『真ゲッター』版だ、と言い出したという話からの蔑称。なお、当時の成人向け原作アニメとしては普通に良作(昔のアニメは原作があってもオリジナル要素を注ぎ込まれることがあった、という話を前提とすれば、だが)。名称的に巻き込まれた形になる『真ゲッター』(本家)にとっては、実に傍迷惑な話だとも言える

*8
一応、マシュの本当の原点は原作stay_night時点で構想はされている。そこからアニメ化に際して設定が纏め直されたものの、結局日の目を浴びることはなかった。それを更に設定を変えて再利用したのがマシュである。エミヤのオーバーエッジも、初出はDEEN版。その時は名前が『スーパー干将・莫耶』だったのだとか

*9
実はゲーティア(ビーストⅠ)に共感できる人物(桃香)が居るところでビーストⅢ(キアラ)の話をしたから影が呼び寄せられた、という繋がりだったり。ⅠのせいでⅢが出る、という辺りに再現力が働いているとも



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十三章 春の新生活、心機一転と行けるか否か
新生活開始から早何日


 こちら(『新秩序互助会』)での生活にも慣れた、ある春の日のこと。

 相も変わらず都合が付かず、ここのリーダーさんとやらには顔通しが済んではいないが……それでもまぁ、一月近くも滞在していれば、そこの住人達に顔を覚えられるのは当然、というもので。

 

 

「なるほど。それでいつの間にか、他のみんなから妹扱いされていた……と?」

「そうなんです……感覚的には近所の憧れのお兄さんお姉さんポジションを気取られている、とでも言うんでしょうか……」

「ははは……そりゃまぁ、なんとも。なんの少女漫画だ、ってツッコミを入れたらいいのかな?」*1

 

 

 部屋のベッドの上で、シャドフォ(シャドウフォウの略)君をもふもふしながら、小さくため息を吐く私。

 それを聞いている相手の男性は、椅子に腰掛けたまま小さく苦笑いを浮かべていたのだった。

 

 ……とまぁ、ある意味では最近の私の日常、みたいな光景がここにあるわけなのだけれど。

 多分よく分からないことが幾つかあると思われるので、さっくりと説明を入れていこうと思う。

 

 まず始めに、シャドフォ君について。

 アニメの方を見て貰えればわかるのだが、元々のフォウ君の大きさというのは、大体栗鼠(りす)と同じくらいのもの。

 皆が初めて彼の姿を(絵だけ)見た時に、なんとなく想像していただろう大きさ──大体猫とか小型犬くらいのものとは、かなり異なった大きさをしている。*2

 

 要するに肩に乗れてしまうくらいの大きさが、彼の設定的な体長であり、『盾のどこに隠れているんだろう?』みたいな疑問も、それなりのスペースで十分隠れられることに納得したりだとか、まぁ色々とマスター達に衝撃をもたらしたと思うのだけれどそれはそれとして。

 ともかく、膝の上に乗っけてもふもふするには、本来のフォウ君はボリュームが足りていないのである。

 

 で、その辺りを踏まえて、私の太ももの上を見て頂きたい。……小型犬くらいの大きさになった、黒っぽいフォウ君が見えますね?

 ……まぁ、うん。このシャドフォ君ね、どうやら大きさが自由自在みたいでね?……厄ネタの香りしかしねぇ!!

 

 いやまぁ、今のところ「ふぉうふぉふぉう」*3とか言ってるだけの、人畜無害なマスコットでしかないわけだけれども。……それでもまぁ、別世界ではプラ犬*4だなんて呼ばれている彼が、こうして小型犬並の大きさに変化したりしているのは、正直恐ろしさを感じざるを得ないわけでして。

 

 いやまぁ、例えば『銀魂』の定春くらいまで大きくなるのなら、最早諦めも付くのだけれど。

 中途半端に大きくなった今の状態だと、どこまで警戒していいものか判断に困ってしまうわけなのです。……とりあえず、彼の前ではレアのステーキとかは絶対食べないぞ……と誓う私である。*5

 

 ともあれ、現状特に問題が起きていない、というのも確かな話。

 なのでこうして手持ち無沙汰の時には、シャドフォ君を思う存分もふらせて貰っている、というわけなのであった。……仕方ねぇなぁ、的な視線を向けられるのには納得いかないが、このもふもふには勝てねぇんだ……。

 

 そんな感じで付き合いを続けているシャドフォ君に続けて、説明するのは目の前の男性について。

 特に暈す必要もないので結論に移るが、彼は以前私が朝っぱらに寝惚けていた時に部屋にやって来ていた、特徴がなく目立たない感じで普通の人認識されていた、あの人物である。

 

 あれから何度か顔を合わせる(ついでに『あれやっぱり夢じゃなかった!?』と再確認した)内に、畏まったというか尊大というかな喋り方も普通のモノになった彼は、変わらず()()の使いの者として、時々部屋に顔を見せに来るようになったのである。

 まぁ、他の人が居ない時にしか来ないので、今のところ私の妄想上の人物扱いされているんですけどね!

 

 

「ははは……まぁ、他の人に顔を見せるつもりはないからなぁ」

「ふむ?美男美女達に囲まれると恐縮するから、みたいな感じですか?」

「だったら君の前にも来ないよ」

「おやおや御上手ですね。それから生意気です。最初のうちは、もうちょっと純情な素振りを見せていらっしゃったと思うのですが」

「そんな純情な一般人相手に、嬉々としてメスガキ*6ムーブを仕掛けてきたのはどっちかな?」

「なにを仰いますやら。足が透けていらっしゃるので地縛霊かなにかですか?……といった感じで、ちょっと未練の解消をお手伝いしようと思っただけですよ?」

「なんでその判断からメスガキムーブになるのか、俺には意味がわからないよ……いやまぁ、最近流行りの口調が生意気なだけの、ほぼほぼオカンムーブだったわけだけど」*7

「男の人は雑魚(ざーこ♡)煽りされると、元気になるって聞きました!(棒読み)……まぁそれは冗談としまして。私も人間ですので、生真面目な態度に疲れる時もあるのですよ」

「へーぇ……?」

 

 

 ……信用してねぇなこいつ。

 男性から飛んでくる不信感マシマシの視線を、ぺしぺしと払いつつ、小さく笑う私。

 

 実際、あの小馬鹿にしている感じの言動は、やってみるとこれが意外に楽しいのである。……頭の中でムーブの参考にしたのがBBちゃんだったので、正確には違う気がしないでもないけども。

 ともあれ、ストレス解消ついでに彼のお悩み相談なんかもしていた私は、いつの間にか彼に対してこちらの愚痴も溢すようになっていた、というわけなのでありましたとさ。

 

 

「……おっと、そろそろお時間のようですね」

「ありゃ、もうそんな時間か。じゃ、そろそろ俺も戻ろうかな」

「はい、お疲れさまでした。それじゃあまた来週、ということで」

「ふぉふぉーぅ」

 

 

 そうして会話を続けるうちに、予定の時間に差し掛かっていたことに気が付いた私達は、軽く別れの挨拶をする。

 男性はゆっくりと薄れていき、やがて見えなくなってしまう。……彼の仕事、とやらに戻ったらしい。

 それを見送り終わった私は、小さく頷いて。

 

 

「──よし、行きますかフォウ君」

「ふぉう!」

 

 

 抱いていたシャドフォ君に声を掛け、部屋から飛び出して行くのだった。

 

 

 

 

 

 

「メスガキ……のぅ?あれじゃろ、ざーこざーこ言っとけば良い、とか言うやつじゃったか?」

「知識が偏り過ぎてませんかそれ……?今のメスガキは、煽っているような感じで相手を褒めるのが主流なんですよ?」

「朝っぱらからなんて話してるの二人共……ご禁制、ご禁制ですよ!」

「ぬわっ!?単なる注意如きで雷を降らすでないわっ!」

「地震・雷・火事・アスナさん、というわけですね!」(ドヤ顔)*8

「なんで得意気なんじゃお主……」

 

 

 朝のやり取りをミラちゃんに説明しつつ、トレーを持って席へと向かう私達。

 すっかり雷まで自在に扱えるようになってしまったアスナさんに、若干辟易しつつ。そのままてくてくと歩いて席に向かえば、いつものメンバー達がこちらに気付いて、各々が声を掛けてくるのだった。

 

 

「タイミング良かった!キリア、きらりの相手任せた!」

「もぉー!キリアちゃん、ハジメちゃんを捕まえてー!ハジメちゃんってばぁ、好き嫌いばっかりすゆの~!」

「おやおやハジメさん。きらりお姉さんを困らせてはいけませんよ?」

「やかましい!今更好き嫌いを直したところで、なにかが変わるわけじゃねえっての!!」

「……変わる、と言ったら?」

「なん……だと……」

「……相変わらず坊やだな」

「ふははは!好き嫌いとは全く子供よな!……む、なんだ貴様ら、俺の顔を穴が空くほどに見つめて」

(その皿に分けられたニンジンは)

(好き嫌いじゃねぇのか……?)

 

 

 わいわいと騒いでいるのは、サウザーさんときらりん、ソルさんとハジメ君達の四人。

 

 朝からとても元気な彼らは、最近……というか、こっちに来てからずっと、あれこれと絡むことの多い面々だと言えるだろう。……まぁ、ちょっと離れた位置でこちらを伺いつつ、コーヒーを飲んでいるメルクリウスさんとかも居るには居るけども、基本的にこっちの輪には入ってこないため無視である。

 

 その他にも幾人のメンバーから、挨拶を投げられたりしながら朝食の時間が進んでいく……というのが、ここ最近のルーティンワークとなっているわけなのだが。

 その理由は、私がカウンセラーの真似事のようなことを始めたから、というのも一因にあるのだと思われる。

 

 以前ミラちゃんが言っていた通り、この『新秩序互助会』に所属している面々は、どうにも喧嘩っ早い人物が多く。

 それゆえに必要のない会話はあまり行わない、という暗黙の了解が住民達に広がっていた。

 

 確かに、トラブルを避けるために端から距離を置く、というのも対処の一つだろう。……とはいえ、それで施設内の空気がちょっと淀んでいた、というのも事実。

 積極的な関わりを嫌うようなタイプもいる以上、それが一番当たり障りがないのだから、その対処にどうこう言うのもあれかと思ったのだけれど……。

 

 

「そんな状態では、余計に殺伐するだけだ……などと言いながら、突然カウンセリングを始めた時にはどうなることかと思ったが……まぁ、うまく行ったのであれば良かったのではないか?」

「私の力を頼って……みたいな下心持ちの方もいらっしゃいましたが、今では普通に話してくださるようになりましたし、良かったです」

 

 

 そんなストレス環境で、まともな成長ができるかと言えば否。

 そう考えた私は、ある意味時の人*9であった自身の特異性を生かして、住民達の話を聞く仕事?を始めたのである。

 疑問系なのは、この行為に対して、特に報酬を貰ったりしてはいないため。……要するにボランティアである。

 

 

「まぁ、金銭が発生していないというだけで、色々と面白い話を聞かせて貰ったりだとか、出先でお土産を買ってきて貰ったりだとか、別の形での報酬は頂いているわけなのですが」

「まぁ、じゃなきゃリーダーも許可してなかっただろうしね」

 

 

 無論、本当に無償だと良くない*10……ということで、なにかしらの噂話を教えて貰ったりだとか、仕事で外に出た時にお土産を頼んだりとかしていたわけなのだが。

 

 そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にかみんなから妹扱いされるようになった、というわけなのである。……聖女キャラだと寧ろ話辛いだろうと思って、ちょっと親しみやすい感じに話し方を変えた結果だろうけども、なんともままならぬ話である。

 ……まぁ、代わりに施設内の空気がちょっと明るくなったので、決して『やらなきゃ良かった』とは思わないわけなのだけれども。

 

 

 そんな感じで、出会った人に気安く頭を撫でられたり肩をポンっと叩かれたりしながら、朝食を楽しむ私達なのでありましたとさ。

 

 

*1
一部の少女漫画に見られる特徴。大体高校生か大学生辺りの男性が近い場所に存在することが多く、その人物に対して主人公の少女が憧れを抱いている……というパターンが散見される。なお、憧れは憧れで終わり、メインの相手は歳の近い人物……ということも少なくはない

*2
アニメでフォウ君が描写された時、幾つかのプレイヤーが『あれ?小さくね?』と思ったという話がある。一応、作中の描写をしっかり見ていくと、そんなに大きくはないということはわかるのだが、何故か『もっと大きい』と思っていた人がそれなりに居たらしい

*3
特別意訳:マシュにも会いたいなぁ、でもまだ掛かるんだろうなぁ

*4
『プライミッツ・マーダー』の数少ない既知の情報が、『犬系の生き物』だった為に生まれたあだ名。主食は人肉か麺類(ベトナムの麺料理に『フォー』というものがある)なのだとか

*5
元々死徒(≒型月世界での吸血鬼)ではないのだが、主人の真似をして血を飲むようになったので死徒二十七祖になった、という話がある。リメイクで設定が変わった為、プラ犬は二十七祖ではなくなっている

*6
(メス)』の『子供(ガキ)』の意味。『ガキ』自体に『生意気な子供』の意味がある為、ここでは『生意気な女の子』といった感じの意味となる。基本的には蔑称に近いものだったのだが、いつの間にか萌え属性みたいになっていた。『大人をからかう小さな女の子』というキャラを端的に示す言葉であり、該当者を別の言葉で説明しようとすると意外と難しかったりする

*7
ある意味ではバブみ系の派生とも言えなくもないもの。該当者は『アズールレーン』のバッチなど。小生意気な言動をするが、本質的には相手を思いやっている……と言った感じのキャラクター性に、母性を見出だしたものが言い出したとかなんとか。雑に見ると小生意気な発言で『発破を掛ける』タイプと言えなくもないか

*8
本来は『地震・雷・火事・親父』。世の中の怖いものを順番に並べ、語感よく述べたもの。昔の父親というのは基本的に恐ろしいものであった、ということから来る言葉でもある。『親父』は本当は『大山嵐(おおやまじ)』という言葉が訛ったのだ、とする説があるが、その根拠と言うものは現在見付かっておらず、基本的には俗説とされる

*9
時め(トキメ)いている人、羽振りのよい人などの意味を持つ言葉。使い方としては『今をときめく』とかと同じ

*10
色んなところで言われる話。無償の物品・サービスというものは、提供する側も享受する側も次第にいい加減になっていく、という話。人の善性のみに頼った運用は基本的に失敗する、というようなことは、かのナイチンゲールも述べている。漫画『ラーメン才遊記』にも『金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる』という言葉があるし、ソシャゲにおける特定の『無課金層』の『課金者が得をするのはズルい』という言説もまた、有名なモノだと言える



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少○寺を習わされた人は結構多い

「では、皆さん構えてくださーい!」

 

 

 体育館のような広い空間内に集った人々に、拡声器*1を使いながら指示をする私。

 その指示を聞いた面々はそれぞれに礼をしたのち、各々思い思いの構えを取り始めた。

 

 カウンセリング擬きのことを行っていて、やっぱりよく耳にするのが「強くなりたい」とか、それに類するような話。

 本来は彼らも『逆憑依』のはずなのだが、それを自覚していないここの彼らは、原作の自分というものにどこか執着している節がある。

 そのせいなのか、走ったりとか打ち合いをしたりだとかの、いわゆる鍛練系の行為に積極的な人が、向こうと比べて比較的多いのが特徴と言えなくもないのだった。

 ……いやまぁ、そういうのとは関係なしに、激流に同化しているきらりんも居るんだけども。……アイマスなら仕方ない?せやな!*2

 

 まぁともかく。

 そういう自身の成長に貪欲な姿勢を示す人が多い以上、それを個別に対応していたのでは、体が幾つあっても足りやしない。

 ……というか、誰か一人だけを特別扱いもできないし、やっちゃいけないので、必然的に全員の面倒を見なければならなくなってしまったわけで。

 結果、こうして一つ場所を借りて、稽古の真似事をすることになったのでしたとさ。

 

 以前黒子ちゃんが言っていたが、私の補助は『幻想御手(レベルアッパー)』に近いのだと言う。

 原作のそれは、なにかと悪い面ばかりが取り沙汰されていたが。

 自身の能力を自覚し、使い方の取っ掛かりを実体験する……すなわち未来の先取りをしているような面もあったため、事件後にレベルが上がったという人も多くいたらしい。

 

 なんの取っ掛かりもない、周囲になにもない大海原に放り込む時に、地図やコンパスがあった方が迷わないというのは当たり前のこと。

 終点だけ知っていて経路を知らない彼らに、その道案内をするという意味で、私が適任だというのもまた間違いなく。

 ゆえにこうして、全体の様子を見ながら指導をするのが公平であり、効率的であるという判断になったわけである。

 

 

「……要らぬ苦労を背負い込んでいるのではありませんこと?」

「一日一時間程度ですし、言うほど大変でもありませんよ。終着点に引っ張るのではなく、道筋を教えて背を押すのが私の役目ですし」

「なるほど。文字通り崖から突き落としている、と」

「……人聞きが悪くはないですか、それ?」

 

 

 そんな私を補助してくれているのが、図らずしも()()()()()になってしまった黒子ちゃん。

 

 どうやらルームメイトに『ずるいずるい』と連呼されたらしく、今回のあれそれには『反対だけど賛成』という、結構めんどくさい位置に立たされているらしい。

 そのせいなのか、はたまた別の理由なのか。

 彼女はこうして指示を手伝ってくれているものの、どこが態度が刺々しいのだった。……いやまぁ、手とかはちゃんと動かしてくれているから、特に不満はないんだけどね?

 

 

(……まぁ、相変わらず私が別人格じゃなくて、キーアそのものだと疑って掛かってるみたいでもあるんだけども)

「……?その、なにか指示でもおありなので?先程から私を、穴が空くほどに見つめていらっしゃいますが」

「いえ別に。前評判通り、特定の人物(御坂美琴)さえ関わらなければ、仕事のできる頼れる人……という印象から、さほど逸脱しないんだなーと思っていただけですよ?」

「……口説いているのでしたら殴りますが?」

「いや、なんでそうなるんですか……?」

 

 

 不満げとまではいかないものの、どこか無理をしている感じのある彼女を見つめながら、小さくため息を吐く。

 

 元を正せば、彼女がこうして私を手伝うことになったのは、彼女が密かに()()()()()()()()()()()()()()。……そのせいで必然的に近くに居ることが多くなっていたため、『そういえば黒子ちゃんってばテレポーターじゃん』という軽いノリで、私に声を掛けられることになったわけである。

 

 ……逆恨みっぽい感じではあるが、それが(キーア)のせいと言えなくもない以上、彼女の心象が悪いのは最早仕方のないこと。

 若干自棄っぱちに、こちらの正体探りにのめり込んでいる節があるので、そのうちなにかしらの詫びを送りたいなー……と思っている私なのであった。

 

 

「……()()()()さんが居るとすれば、黒子さんは会いたいですか?」*3

「いらっしゃるんですの?!」

「ええまぁ、はい。()()()()さんは居ますね、あちらには。……まぁ、すぐにすぐ向こうには会いに行けませんが」

「なるほど……連れていって欲しいのであれば、この仕事を完璧にやり遂げろと、そう仰るのですわね?」

「理解が早くてなによりです」

 

 

 なので、現状のギクシャクした関係の修正のため、という理由も含め、彼女に『ビリビリさん』を紹介することを約束する私。

 それを受けた黒子ちゃんは、以後素直にこちらの手伝いをしてくれるようになったわけだが……。

 この時点で未来になにが起こるのか、決まってしまったようなものだというのは黙っておこう。

 

 ともあれ、教師間の不仲も解消され、生徒達への指導も順調に進み始めたわけなのですが……。

 

 

「ふーむ……」

「え、えっと……?」

 

 

 そうして面倒を見ていたうちの一人。

 全体的に緑っぽいその女性への指示に、ちょっとばかり問題を感じる羽目になった私。

 

 さて、この緑っぽい彼女。

 あくまで『ぽい』だけであり、本当に全身が緑色、というわけではないのだが、ふと目にした時に『緑!』という印象が強く浮かんでくることには間違いなく。

 それゆえ、多分緑系の誰かなんだろうなー、と思いながら指導を始めたわけなのですが。……いやそのですね?

 

 

「じーっ……」

「く、口でじーって言ってるんですけどこの子……!?」

「結構お惚けなところがありますからね、この人は。……で、キリアさんは一体なにを、そんなに気にされているのです?」

「いえ、ちょっとこの人だけ個別指導が要りそうだなぁ、と思っただけなのですよ?」

「こここ、個別指導ぅっ?!」

「……なるほど?」

 

 

 気になることがあったため、彼女にだけ居残りを指示することになったのでした。

 

 

 

 

 

 

「……で、そこからどうなったのじゃ?」

「それがですね……」

 

 

 午前の仕事が終わり、再びの食堂。

 ミラちゃんとサウザーさんと一緒にお昼の定食を突っつきながら、あれこれと会話をする私である。

 まぁ、私達は定食だけど、サウザーさんはカレーを食べていたのだが。*4

 ……そんなに頻繁にカレーを食べていると、飽きてしまう気がするのだけど。一応、毎度毎度全部種類の違うカレーなので、そういった心配は必要ない……と返されたり。

 

 ともあれ、互いに昼前までなにをしていたのか、ということを語りながら、昼食を食べていたわけなのだが。

 

 

「午後の仕事の手伝い、ですか?」

「うむ。俺がここで主に請け負っているのは、土木関係の工事なのだがな?地下を掘り進めていくうちに、よく分からないモノにぶち当たったのだ」

「よくわからないもの……?」

 

 

 トンカツ*5に齧り付く直前で、それを止めて話を聞く体制になった私。その姿を見たサウザーさんは、腕組みをしながらむむむと唸っていた。

 

 内容は、彼の仕事──この施設の拡張工事について。

 この『新秩序互助会』は『なりきり郷』とは違い、空間拡張系の技術がさほど発展していない……というような話は、以前ちょっと触れたと思う。

 それゆえに、施設の拡張はとても物理的なものになるのが、ある意味で問題となっていたのだった。

 ……まぁ地下数千階、とかいう意味不明な敷地面積が必要な向こうとは違い、こっちは構成人員数的には中学校一つ分くらいのものであるため、そこまで広大な土地を必要とするわけではないが。

 それでも、人が増えればスペースが必要になる、ということに違いはなく。

 結果として、近隣の人々の邪魔にならないように、地下深くに施設を拡張する、という方式を取ってきたのだそうだ。

 

 エレベーターシャフトが縦にどーんと一本、その底にあたる部分から施設が広がっている……という形になっているのも、できうる限り周囲への影響を抑えることを意識した結果、というのは言うまでもない。

 下方向に進むにしても限度があるため、幾らか横にも広がっているが……とりあえず入り口となっている地上の空き地の面積から大きく逸脱しないようには気を付けているとかなんとか。

 勝手に地下を掘ってたら取っ捕まるので、地下鉄工事とかなんとかの名目で許可も取っているらしい。……まぁ、ほぼペーパープラン、何年も完成しない上に()()()()()()()()()()()()()()案件、ということになっているとも聞いたが。

 

 まぁ、その辺りの詳しい話は、機会があればやるとして。

 ともかく、そうして地下方向に施設を進める作業、その陣頭指揮をしているのがサウザーさんなのだそうだ。……けっして聖帝十字陵ではない。*6

 

 ともあれ、そうして地下を掘り進める中で、どうやら変なものを見付けてしまい、その扱いに困っている……というのが、今回の話の肝のようで。

 色々な作品を聞き齧っている私なら、その謎の物体の正体を明かせるのではないか?……とのことから、彼は私に仕事の手伝いを依頼してきたのだということだった。

 

 事情はわかったが、今の時点ではなんともいえない。

 彼の口をついて出てくる説明は要領を得ず、場合によっては認識阻害でも発生している可能性があるからだ。

 その状況下で『私なら大丈夫』と豪語するのは、よっぽどの自信家だけだろう。

 そのため、微妙に承服し辛いことになっていたわけなのだが……。

 

 

「……そんな目で見ずとも、付き合ってやるとも」

「わぁ、有り難うございますミラさん。持つべきものは、やはり理解ある友人ですね♪」

「よく言うわ。手伝わねば手伝わぬで、あれこれと吹っ掛けて来る気じゃった癖に」

「おや人聞きの悪い。手伝って頂ければ、あれこれと都合の付けられるモノもあるかもしれませんよ?……と、お願いをしようと思っただけですのに」

「それ選択肢がはいとイエスのやつじゃろうに……まぁよいわ。わしも午後は特に用事がなかったし、暇潰しにはなるじゃろう」

「いや、一応俺にとっては普通に仕事なのだが?」

「おおっと、すまぬすまぬ」

 

 

 隣で我関せず、とばかりにプリンを一掬い口に入れようとしていたミラちゃんに、なにかを訴え掛ける視線を向ければ。

 彼女は小さくため息をついて、こちらの要求を承諾してくれるのだった。

 流石はミラちゃん、人が良い。まぁ、悪人ってわけでもないので、丁寧に頼めば普通に手伝ってくれたとは思うが。

 

 ともあれ、道連……頼もしい相棒を引き込んだ以上、この事件も解決秒読み。

 さくっと終わらせて勝利の美酒でも嗜みましょう……みたいな、ちょっと慢心した感じの言葉を投げつつ、改めて昼食を食べるのに戻る私。

 無論、予め慢心していることをアピールしておいて、そのフラグを叩き折るための高度な作戦だったのだが……。

 

 

「……なんで!?」

 

 

 思わず素で叫ぶ私が居るように、簡単に行かないいつものアレ、なのであったとさ。

 

 

*1
声を大きくして、遠くに届くようにした器具のこと。起源はかなり古く、機械式のものでなければ少なくとも法螺貝や角笛と同時期には生まれていた、とされる。現在の機械式のものを発明したのはイングランドの発明家『サミュエル・モーランド』とドイツの学者『アタナシウス・キルヒャー』のどちらかだとされるが、どっちが先に発明したのかは定かではない。ただ、今日にまで親しまれている『メガホン(Megaphone)』の名前を生み出したのはトーマス・エジソン。その時は聴覚障害者の為に製作されたそうだが、器具が大きすぎた為にその用途では普及しなかったのだとか

*2
『~なら仕方ない』は、一瞬おかしいと思われるようなことも、○○が関わっているなら仕方ない、そうなるな……と言うような納得を示す言葉。元々はアニメ『撲殺天使ドクロちゃん』のオープニング曲の一節『でもそれって 僕の愛なの』に対してのコメント。それが定着したのは同曲を使ったアイマスのMADかららしいので、ある意味ではアイマスネタと言えなくもない。『アイマスなら仕方ない』は、『アイマスではよくあること』の変形。二次創作作品では異世界転移したり事件に見舞われたり、とにかく非常識や理不尽に直面するアイドル達が数多く、そこから『アイマスの(二次創作では)よくあること』と言われるようになった。……なお、公式に逆輸入でもされたのか、異世界転移だの殺人事件に巻き込まれるだの、そういう非常識な事態は『(公式的にも)アイマスではよくあること』になっていたりする。初代の時点で明らかに瞬間移動している人が居るので、今更感はなくもないが(765プロではよくあること)。……え?それも元は二次創作ネタ?

*3
『とある』シリーズにおける御坂美琴のあだ名のようなもの。とはいえ、()()()()()()()()

*4
『北斗の拳 イチゴ味』での彼の好物。土日はカレー、らしい。夕食がカレーじゃないと露骨に機嫌が悪くなる。……こっちのサウザー、悪化してない?

*5
豚のカツレツのこと。カツレツとは、フランス料理の『コートレット』を日本風にアレンジしたもののこと。その為、いわゆる和風洋食にあたるものになる。『コットレト(Cutlet)』が訛ってカツレツになったのだとか。他の和風洋食の例に漏れず、元の洋食とはかけ離れてしまっている為、海外の人に説明する時には『コートレット』の話をするよりも、そのまま『カツレツ』という名前を出した方が通じるのだとか

*6
彼が今回土木担当になっている理由。原作においてサウザーが、奴隷として招集した子供達に作らせていた、ピラミッド型の建造物。『陵』(≒みささぎ。天皇や皇后などの墓のこと)と付いていることからわかるように、その本質はとある人物の為の墓である



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玉手箱、玉じゃなくても玉手箱

「わからん…まったくわからん……」

 

 

 思わずそう溢す私を、サウザーさんが心配そうな顔で見ているが……、正直そっちに構っている余裕がない。

 いやだって、ねぇ?()()()()()を見せられたら、誰だって余裕を無くすのが普通だと思うわけで。

 

 目の前に鎮座するその物体を横目で見つつ、私達はなんとも言えない緊張感に包まれているのだった──。

 

 

 

 

 

 

 昼食も終わり、食べ終えた皿も厨房に戻し。

 長話を怒られることもなく、無事に食堂から外に出た私達。

 今は着替えのために部屋に戻ったサウザーさんを廊下で待ちながら、ミラちゃんと件の物体について、あれこれと予想を話し合っているのだった。

 

 

「変なものって、一体なんでしょうねぇ?」

「さてのぅ。面白いものじゃったらよいのじゃが」

「……止めてくださいよ、そういうのって大概こっちが酷い目に合うんですよ?」

「なんか、随分と実感の籠った台詞じゃのぅ」

 

 

 ミラちゃんの主張としては、なにか面白いものが出て来ることを期待しているようだが……、こういう状況で出てくる『面白いもの』とやらが、数々の創作において、周囲に迷惑をもたらさないものであった試しがないと思っている私としては、どうにも渋い顔になってしまう。

 よく言われている徳川の埋蔵金*1……とかですら、それを巡っての骨肉の争いを招く可能性を鑑みるに、どこぞのラインの黄金*2のような厄物扱いをされても文句を言えないわけで。

 

 なので個人的には、どうか大したことのないものでありますように……と願わざるをえないのであった。

 要領を得ないサウザーさんの説明だけでは、発掘物の全容は判別できない以上、警戒はし過ぎるに越したことはない……ということでもある。

 まぁ、こうして杞憂であるというフラグを積み立て、安全性を高めているという風にも言えなくはないわけだが。口は災いの元の反対、というやつである。

 

 

「……それを口にしては台無し、というやつではないのかのぅ?」

「…………」

 

 

 なお、横のミラちゃんにツッコまれたが、視線を逸らしてスルーする私なのであった。

 

 ともかく、着替えから戻ってきた(いつものタンクトップっぽいやつではなく、ちゃんとした作業着になっていた。筋肉ではち切れそう)サウザーさんの後ろを、カルガモの親子のようについて回ること暫し。

 建築途中なので通路が整備されていない凸凹道を、えっちらおっちら*3と歩きながら、彼の話に耳を傾ける私達である。

 

 

「日本の法において、土地の所有権における『上下の限界』は定められていない……という話は知っているか?」*4

「ええと確か……民法においては、土地の所有権は上空と地下にも及ぶ……と記されてはいるものの、その厳密な範囲については書かれていないのでしたか?」

「うむ、その通りだ。……まぁ常識的に考えて、遥か上空を飛ぶ民間の飛行機にまで、領空に侵入した云々の文句を言う奴は居ないとは思うが。地下にしても、幾ら真下にあるとはいえ、真反対のブラジルにまで所有権を主張する者はいまい」

「そんな奴が居たとしたら、迷惑防止条例違反としか言えぬのぅ」

 

 

 地下に降りるまでの暇潰し、といった感じの会話の内容は、土地の所有権とその範囲について。

 

 建築基準法や景観法、それから大深度地下使用法などの法律によって、結果として限度が定まっていることこそあるものの。*5

 基本的に土地の所有権とは、その土地の上下の全てに及んでいるとされる。

 なので、一応は勝手に地下室を増設したとしても、民法的には問題はなかったりするわけである。……まぁ、建築基準法とか固定資産税とかの別口で引っ掛かるので、結果的には違法になるのだろうけど。*6

 

 ともあれ、『新秩序互助会』の場合はさっき話していた通り、公共の施設(地下鉄の工事)としての工事の許可を得ている。

 公共の施設扱いの場合、さっきちょっと話題に出ていた『大深度地下使用法』により、地下四十メートル以深で作業をすることが条件となるものの、周囲の土地所有権を気にすることなく作業を行うことができるのだそうだ。

 

 まぁ法律的に問題はなくても、目立つと余計なトラブルを招くのは目に見えているので、できうる限り周囲への影響を抑えるように立ち回っているとも言っていたが。……そもそもの話、書類の上では現在工事は『近隣住民の抗議』によりストップ中、という建前なのだし。

 

 そんな地下拡張工事だが、やはりとても重労働なようで。

 いつもの(『逆憑依』における優先再現)によって屈強な肉体を持つ男達が、率先して作業を行っているようだが。

 大型の機械は周囲へのごまかしを考えると使用できない、ということもあり、基本的には手作業になる。

 ……そりゃまぁ、普通の人に工事を頼むよりは早いだろうが、それでも生身の人間が行うモノである以上、迂闊なこともできないようで。

 

 

「よもや技や武器などで、無理に切り開くわけにもいくまい?」

「まぁ、そうですね。下手なことをすると上層ごと崩落しますし、慎重にならざるを得ないのは仕方のないことではないかと」

 

 

 ため息を吐きながら呟かれたサウザーさんの言葉に、小さく頷く私。

 

 地下への拡張工事となれば、地上部分が崩れ落ちて来ないようにしなければいけない、というのは当たり前のこと。

 なし崩し的に現場監督となっているサウザーさんは、その辺りの勉強も平行して部下達に教えているらしく、わりと忙しい区分の人なのだそうだ。

 

 そんな状況下で、見付かった謎の物体。

 見れば不発弾だとか鉱石だとか、そういうわかりやすいものではなかったらしいのだが、だからこそ安全を確認できるまでは工事を中止する、という判断を取らざるを得なかったそうで。

 意外と真面目に仕事してるんだなぁ、なんてちょっと失礼な感想を抱きつつ、丁度話が終わるくらいで私達は目的の場所にたどり着いた。

 

 そこはまさに採掘現場、といった風情の場所。

 地下の作業において一番気にするべきであること……換気のために稼働するファンと風管を脇に、露出した茶色の地面と、その傍らに置かれたピッケルやスコップ達。

 視界の確保のために天井に据え付けられた明かりが、ほのかに空間を照らすそんな場所で、件の物体はその空間の中心部に、まるで安置するかのように佇んでいたのだった。

 

 ──それは、確かに説明の難しいものだった。

 ()()()()で作られたかのような、奇妙な輝きを持った謎の塊。人一人分くらいの大きさのそれは、まるで脈動するかのように輝きを時に強め、時に弱めている。

 

 話によれば触った感触は固く、そして軽いのだそうで。

 いきなり土の中から現れたこの謎の物体を見付けた者達は、とりあえず掘り起こして地面に置いたあと、現場監督であるサウザーさんに指示を求めて来たのだという。……まぁ、それを話に来た数名は、『よくわからないものに迂闊に触るんじゃない』と怒られたそうなのだが。

 

 確かに、()()()()()になんの対処もなしに触れるのは、よくないということだというのは確かだろう。

 見ただけではすぐに判別できないこれが、人にとって良くないなにかを発している可能性は、十分にある。

 特に虹色に輝くモノなんて、自然界では鉱石だとかオーロラだとか、ごく限られたものしか存在しない。

 輝くという部分に目を瞑ったとしても、一部の樹木がカラフルな色の樹皮をしている……とかの、よっぽど限定された状況でしか発生しない色。それが、自然界における()というカラーリングなわけで。

 

 人と同じくらいの大きさなのに明らかに軽くて固く、その上虹色に輝いて糸っぽいものが集まってできている物体……なんて、どう考えても危険物、良くて意味不明な物品(オーパーツ)だろう。

 そんなものをあまつさえ素手で触れて移動させた、というのだから、それを初めて聞いた時のサウザーさんの驚きは幾ばくのものか。

 

 

「うむ。生憎とこうして相対してもなお、これがなんなのかは皆目見当も付かぬが……わからぬものであれば危険なもの、と判断するのは普通であろう?」

「ああはい、そうですね。未知を恐れ、それを警戒する……とても正しい行動だと思います」

「……褒めているにしては、やけに口調が重くないか?」

「そりゃそうですよ。確かに、未知を恐れ警戒するという、その判断は間違っていませんが。──警戒の具合がまるで足りていません、最早極刑すら考えるレベルです」

「ぬ、ぬぁにぃ~っ?!」

 

 

 だからまぁ、彼の判断そのものは、私は褒めたいと思う。……思うけど、同時に彼を怒りたくもなっていた。

 なんでこんなものを、そのまま放置していたのか。どうして、これがなんであるのかを気が付けなかったのか。どうして、見付けてすぐに私に知らせてくれなかったのか。

 

 多重の意味でふつふつと沸き上がる、怒りというか困惑というか焦燥というか、そういった感情に心を乱されつつ、思わず右手で髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしってしまう私。

 

 そんな私の行動に、流石の二人もただ事ではないと気が付いたのか、表情を引き締めたわけなのだが……。

 正直、目の前に鎮座するこれが、もし私の想像通りのものだとすれば。……彼らはなんの役にも立たないだろう、文字通りの役立たずである。

 

 

「……それはまた、なんとも穏やかではないな。仮にもこの聖帝サウザーを捕まえておいて、雑兵にすら劣るとそう言うのか?」

「別に喧嘩を売るわけでは無いのですが……正直、これに関してはそう断言せざるを得ません。……というか、(キリア)でも無理です。できる限り早急に、この星からの退去をおすすめしたいところです」

「……ぬ?()()()()退()()?」

 

 

 その役立たず発言を受けた二人は、露骨に機嫌が悪くなっていたが……とんでもない。これがなんなのか、その予想(とはいえ、ほぼ断定に近いのだが)を聞けば、二人も尻尾を巻いて逃げ出すことを優先するだろう。

 唯一、なんで()()()()()()()()?……という疑問こそあるが、見た目と性質から判断するに、ほぼ確定しているようなものであるがため、些細な話である。

 

 ……勿体付けてなくていいからさっさと答えを言えって?

 じゃあ、端的に答えを。──これは、()である。

 

 

「……繭?」

「……なんで!?()()()()()なんてもんが出てくるんですかねぇ!?」

「……げぇ!?(ターンエー)!?」

 

 

 私の言葉に、流石に理解したのか驚愕の表情を見せる二人。

 そうして騒ぐ私達の前で、月の繭は静かに脈動を続けていたのだった。

 

 

*1
江戸幕府が大政奉還の折に、どこかに埋蔵したとされる幕府再興の為の軍資金。金塊・もしくは貨幣だとされる。明治政府が無血開城した江戸城を調べた時、金蔵が空っぽであったことから、それらの資金を秘密裏にどこかへ隠したのではないか?……と疑ったことが起源とされる。無いものの証明は難しい為、未だに探している人も居るのだとか

*2
『ニーベルンゲンの歌』……ではなく、リヒャルト・ワーグナーの歌劇『ニーベルングの指環』に登場する呪われし黄金のこと。正確には『指環に加工すると、無限の富と権力を手にすることができる』とされる赤い黄金であり、所持すると呪いに見舞われるというのは、この黄金を指環に加工した人物が指環に呪いを掛けたことで付与された、後天的なもの

*3
辛そうに歩くこと、重い荷物などによって歩くのもやっとな姿を示す言葉。えっさらおっさらとも

*4
民法207条『土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ』というもの。法令の制限内とある通り、実際には無限ではない。ともあれ、航空法や景観法などの他の法令により、結果として土地の所有権の限界は、実質的に定まっていたりするわけなのだが

*5
『建築基準法』は、文字通り建築物についての基準を定めた法律。行政によって『ここは家屋を立てる為の区域なので工場や商業施設は建設できない』などと定める為の用途地域や、周辺の建物を影で包んでしまわないようにする日影規制などが含まれている。『景観法』もまた、文字通り景観に関する法律。景観地区などの文化保護を目的とした場所などにおいて、その景観を崩すような建造物の建築を規制するなどの役割を持つ。『大深度地下使用法』は、大都市圏における地下の公共的有効活用の為に制定された法律。正式な名称は『大深度地下の公共的使用に関する特別措置法』と言う。大都市において土地の所有者に対し、多額の地上権設定料(≒他人の土地の地下部分を利用するための使用料)を払っていたのでは資金が幾らあっても足りない上、それを避けて地下施設を建築すると、公道の下にしか作れない……などの問題点から生まれたもので、土地の所有者がまず活用しないであろう地下40mよりも深い部分(=大深度地下)を、公的な目的であれば所有者の許可を得ずに使用できるようにした。なお、施行から遡って有効になったりはしない為、制定より前に建造された建物に関しては対象外となっている

*6
地下に新しく部屋を作る場合、基礎の部分を新たに作り直すなどの必要がある上、居住できる場所として運用する際はそれに見合った基準を守る必要性もある。固定資産税は地下室の天井の位置などで変わってくる為、ここでは割愛。なお隠れて地下室を作った場合、その部分の固定資産税を払っていないと扱いとしては脱税になったりすることも



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春は蝶が飛び回るもの(白目)

 ──月光蝶。

 宇宙世紀における一つの到達点、∀ガンダムに搭載されたシステムであるそれは、ナノマシンによって構成された、虹色に輝く蝶の羽である。

 

 文明の全てを砂に返すとされるその翼は、あらゆる人工物を『黒歴史』として塵に返してきたというが……作中のそれは、本来のスペック的には全力を出せては居なかったのだという。

 ──派生作である『Gジェネレーション』シリーズ。

 その作品の一部において、ラスボスを務めたとある機体がいる。

 虹色の繭に包まれたその機体は、その繭より解き放たれた時、真なる姿を見せるという……それこそが、

 

 

「『System-∀99』!ファンからは∀ガンダム・黒歴史なんて呼ばれる機体!そいつが最初繭に籠っている時と、同じ姿をしているんだよこいつはなぁ~!!」*1

「……そ、そそそ総員退避ィ~!!」

「も、もうダメじゃおしまいじゃ~っ!!?」

 

 

 目の前に鎮座する虹色の繭を指差して、堂々と叫んだ私。

 その内容が内容だっただけに、ミラちゃんとサウザーさんは大パニック。

 慌ててそこから逃げ去り、近くの柱の影まで後退することとなるのだった。

 ……いやまぁ、もうちょっと遠くへと逃げるべきな気もしなくはないのだが、そもそも向こうが本格稼働した時点でゲームオーバー、最早どうしようもないというのも確かなので、実際は何処へ逃げても同じ……と、若干自棄っぱちになっているのかもしれなくもなかったり。

 

 ともあれ、影からそーっと顔だけを出して繭の方を窺ってみるものの、件の繭は先ほどまでと同じく、静かに明滅と脈動を続けるのみ。

 今の所は中から∀がこんにちわ、というような気配はなさげなのであった。

 

 そのことに一先ず胸を撫で下ろしつつ、改めて円陣を組んで、作戦会議を始める私達である。

 

 

「……ぶっちゃけて聞くが、あれは本当に∀なのか?実はなにか違うものだったりとかは?」

「明らかにサイズが小さいってことが気にはなるけど、見た限り他に該当するモノはほとんどないよ」

「ほとんど……というと、一応他のモノの可能性もあると?」

「……その場合はモスラとかが生まれるんじゃないかな?」*2

「よし!どちらにしても大事だと言うことだな!泣きたい!」

 

 

 サウザーさんからは改めてあれが∀の繭なのか、という疑問をぶつけられたが……違ったとしても『繭』である以上、中になにかが潜んでいるということは確定的。

 一応一例として、あれがモスラのものである可能性をあげたが……私が思い付かないだけで『繭』から羽化してくるヤバイもの、なんて他にも幾つかあるかもしれないわけで。

 そういう意味で、警戒を解く理由にはならないと告げるより他なかったのであった。

 ……まぁ、解析した感じ『ナノマシン』で作られた繭であることはほぼ確実だったので、∀以外である確率はガチャで星5引くよりも低いだろう、とも言っておくことになったわけだが。

 

 そうしてぎゃあ、と叫び声をあげるサウザーさんを横目に、次いでミラちゃんが口を開いた。

 

 

「キリアじゃダメ、と言うておったが、あっち(キーア)ならやれるのか?」

「……試したくはないけど、多分なんとか」

「行けるのか……」

 

 

 彼女が発したのは、私が先ほど口にしたことについての確認。

 対処できるか否かについては……第二形態を使うのなら、多分どうにかなると思うけど。

 そもそもの話、こちらが第二形態を使わされている時点で、実質負けのようなもの。……勝った方が私達の敵になるだけです*3案件以外の何物でもないので、正直おすすめはしない。

 

 あとは一応、対人工物特化*4なのが月光蝶システムの特性なので、魔法とかで攻めればもしかしたらどうにかなるかもしれないが。

 ……作中描写的にはビームという、形の無いものを吸収していたりもしていた上、月光蝶システムとDG細胞の類似性*5──そこから両者が同じ性質を持っている可能性を考慮すると、魔法で対処する内にそれに適応進化する……などという、悪夢以外の何物でもない事態を引き起こす可能性もあるため、あまり試したい手段だとは言えなかったりする。

 ……最終的に物理も魔法も効かない、パーフェクト∀とかになられても困るのだ。*6

 

 まぁそんな感じで、周辺に相手を刺激しないように結界でも張って、見なかったことにする……というのが意外と無難なんじゃないかなー、とちょっと現実逃避したくなるのが現状なのでありましたとさ。

 ……それだと問題の先延ばしでしかないため、結局どこかで封印を解いて相対する羽目になってしまうわけでもあるのだけれど。一応、『なりきり郷(向こう)』から空間拡張技術を教えて貰って、次元の狭間に放り投げるという最終手段もなくはないが。

 

 ともあれ、現在こちら側に取れる対処が少ない、というのは確かな話だろう。

 

 

「……しかし、何故人間大サイズなのだ?∀ガンダムと言えば、それなりの大きさのお髭のガンダム、という奴だろう?」

「そこはなんとも。構成物質的には∀以外の選択肢がありませんので、半ば状況証拠からの断定でしかありませんし。中がどうなっているかとかは、実際に確かめないことには……」

「……確かめるのはちょっと遠慮したいなぁ」

(……口調を戻したと言うことは、余裕が出てきたと言うことかのぅ)

 

 

 そんな感じで、ミラちゃんからの生暖かい視線を受け流しつつ、サウザーさんの質問に答えを返していく私。

 

 あの繭を形作っている糸は、複数のナノマシンが依り集まってできているものだった。

 あの大きさで軽々と持ち上げられるほどに軽いのも、更には繭なのにも関わらず意外と固いのも、それらがナノマシンを有効活用した上でのモノだと言うのであれば、それを行える者が中にいる……という風に判断するのが普通だろう。

 

 それだけだとイヴちゃんとかヤミちゃんとか、ナノマシン使い系のキャラが候補に上がらないわけでもないのだが……。*7

 

 

「意味がわからない話ではありますが、あれもまた転生者であると見るのが正しいはず。……その二人が発掘される、というのは意味がわからないので、状況だけを見るのなら∀説の方が強いんですよね……」

「……お主はなにを言っておるのじゃ?」

 

 

 おかしなものを見るような顔をしているミラちゃんに、事実ですよと返しながら例をあげて説明をしていく。

 

 基本的に、『逆憑依』という事例においてロボット類は持ち込めない、というのが一般認識である。

 これは、いわゆる『再現度』方式ではロボットのガワは再現できても、その中身を再現しきることができないから……などの理由がよく言われているが……。

 そこをもう少し突っ込むと、複雑な機械類は『完全な再現以外では機能しないから』というのが、ここでの本当の理由ということになる。

 

 一般的な『逆憑依』勢は、大体本物の一割から五割程度の再現度であるのが普通なのだという。……どういう基準で一割だの五割だの言っているのかは、これを提唱していた琥珀さんに聞かないとわからないだろうが……。

 ともかく、単に人を再現対象とする場合、その『再現度』は結構ファジーというか、かなり雑な状態でも機能はする、というのは確かなことであるらしい。

 そのせいで変なことになっている人もいるので、あまり良いとも言えないわけだが……中途半端な再現でも生活に支障はない、というのは押さえておくべきポイントだと言えるだろう。

 

 対して、機械類というものは──電気を使用しない、単なる金属製の物体であるならばまだどうにかなるのだろうが、電気を使用するということはすなわち制御システムを必要とする、ということ。

 それは物理的な(ハード)面も必要としているし、内部的な(ソフト)面をも必要としているということであり、そしてそれらはちゃんと作られ(完成し)ていなければ機能はしない。

 姿形だけは似せられても、その機能そのものは曖昧な再現度では機能しないのである。

 必然的に完全な再現を行えない『逆憑依』において、機械類は再現の仕様外になってしまうのは、ある意味仕方のないことなのだ。

 

 ……まぁ、アスナさんのように何故か『再現の難しいはずの機械類』を、持ち合わせている人も居るわけなのだが……。

 これに関しては再現しているのではなく、それが存在している世界から実物を持ってきているのではないか……という予想がされているらしい。

 再現に使われるはずの労力を、それらのアイテムを持ってくるために回しているという考え方だ。……こっちの予想もアスナさん相手だと、微妙に例外感漂うのがなんとも言えない話ではあるが。

 

 ともあれ、それらの『機械類は殊更に再現し辛い』ということを念頭に置くと、付属物としてのロボットというものがとにかく扱い辛い、というのはなんとなく理解できるかもしれない。

 単なる電子機械でも難しいが、創作世界のロボットはその動力源に至るまで不可思議なものである、といえことも珍しくないからだ。

 現代においては、核融合炉*8ですらもまだ研究段階のものであるし、エネルギーそのものが意味不明なタイプの、ゲッターとかマジンガーに至っては、そもそも製作することすら不可能である。*9

 

 これらのものを仮に『再現度』形式で実現しようとする場合、そのエンジンを再現した時点で残り容量が尽きる、なんてことになりかねないわけで。

 だったらロボットは端から再現せず、乗り手のみを再現する……という形になるのは当たり前だろう。

 

 結果、以前のシュウさんのように、グランゾン(ロボット)のないパイロットだけがこちらに放り出される、ということになったりしていたわけなのだった。

 なお、モモちゃんは多分『どっかから持ってきた』パターンだと思われる。性能が低かったのは再現度の問題ではなく、そもそもあのデンライナーが量産品だった、という考え方だ。

 

 長々と語ったけど、再現度云々の話からロボットは持ち込みがとにかく難しい、というのはなんとなくわかって貰えたと思う。

 その上で、改めて向こうを見てみよう。……うん、ナノマシンで虹の糸を作り、それで更に繭を作る……だなんて、どう考えても再現度の限界を超過している(モノホンそのまんまじゃない?)としか言えないわけで。

 こうなってくると、今までの例とは少し違うものだと判断するしかないのだ。

 

 まず、個人の特殊能力として、ナノマシン生成能力を再現しているとするならば……五条さんの優先技能が六眼だったように、先程例にあげたイヴちゃんやヤミちゃんなら該当していると言えるが、同時にそうだとするのなら地面に埋まっていた意味がわからない。

 

 彼女達はナノマシンによる変身技能こそ持っているものの、普通に食事や睡眠も必要とするタイプの存在である。

 つまり、その肉体を細かいナノマシンの欠片に分離して量子化回避、みたいなことはできないわけで。

 そうなると、あの繭の異常な軽さが説明できなくなってしまうのだ。

 同時に、地面に埋まってるなら息ができないだろう、という話にも繋がってくる。

 

 休眠状態になっているので呼吸は必要ない……という考え方もできるかもしれないが、それでも呼吸が()()()()()()というわけでもないはず。*10

 あの繭には換気の穴は空いておらず、明滅して鼓動をしているように見えるものの、実際に息を吸っているわけではない。

 

 それらの情報を総合するに、あの繭は何者かではあるものの、その中身は本当の繭のように形の無いものである、と考えた方が自然だと言えるのである。

 それゆえに、中身が呼吸を必要としないロボットであると考えるのもまたおかしな話ではなくなり、ロボットでナノマシン使いという指定により、∀である可能性が高まるというわけなのだ。

 

 ……え?よくわからない?

 じゃあまぁ、どろどろに溶けてるイヴちゃんとか誰が喜ぶんだよ、と思っとけばいいよ。一部の特殊思考の人は喜びそうだけど、そういう人には怒りの王子(バイオライダー)の方を送るのでそのつもりで。

 

 なお、この話をしている最中、サウザーさんは意味がわからないとばかりに、頭から煙を吹き出していたのだった。

 

 

*1
概ね文中で語られている通り。中にロランが乗っている方とは違い、凄まじく好戦的。本来『System-∀99』とは∀ガンダムの形式番号なのだが、この場合は制御システムの名前としても使われている。『EXAMシステム』とか『NT-Dシステム』を彷彿とさせる、真っ赤なツインアイがチャームポイント(?)

*2
大怪獣の一匹。基本的には人間の味方。なので、なんでサウザーが泣きたくなっているのか一瞬わからないかもしれないが……よく考えて頂きたい。繭に包まれた状態で発掘されるモスラ、なんてものを見付けた時に、我々はどういうことを思うのかということを。……どう考えても映画の冒頭部分である。キングギドラでも出てくるのかな?(白目)

*3
『ゴジラvsビオランテ』における黒木翔三等特佐の台詞『勝った方が我々の敵になるだけです』より。一応、発言された時の彼の心境的には『どっちが敵になっても勝つつもりではいる』為、よく使われているネガティブな意味合いは少なかったりはするが。ともあれ、現在では基本的に圧倒的な力を持つ存在が争っている最中、その間で荒波に揉まれているかのような状況に陥っている哀れな弱者の台詞……としての使われ方の方が多い。気分的には『共倒れしてくれ』、という感じだろうか?

*4
とりあえず、作中描写的には人が浴びても特に問題はないらしい。……服が分解される辺り、髪の毛とか本当に無事なのだろうか、という疑問も湧かなくはないが

*5
『∀ガンダム』作中において、ターンXがシャイニングフィンガーを使っていたこと、及び両者のシステムがナノ領域に関しての技術であることからの説。公式な話ではないのだが、DG細胞を平和的に利用できるように開発を進めた結果、∀のナノマシンが生まれたという説がある。もし仮にそれが本当だとすると、平和利用の為に制限されていた自己修復・自己進化・自己増殖の三大理論を再び使えるようになっていてもおかしくない、と言えなくもない(∀ガンダム(黒歴史)は、基本的には∀ガンダムのフルスペック状態として扱われている為)

*6
月光蝶は基本的には分解機能しか持たない(一応ビーム吸収もできる)が、それがリミッターによるものだった場合、前述の三大理論により他のこともできるようになる可能性がある、という話。イヴちゃんやヤミのように武器を作り始めたり、はたまた魔法のシステムを学習して放てるようにでもなった日には、まさに大惨事としか言えないことになる

*7
前者は『BLACK CAT』の、後者は『To LOVEる』シリーズのキャラクター。いわゆるスターシステムであり、原案は『BLACK CAT』の方。ナノマシン生成器官を体内に持ち、それを利用して体を作り変える『トランス能力』を持つ。なお、『ゼノギアス』のキャラクターであるエメラダが、ナノマシンによる変身能力を持つことから彼女達の元ネタなのではないか、と語られる事がある(一応、エメラダは全身ナノマシンで構成されている為、一応肉の体を持っているイヴ達とはちょっと違うが)

*8
原子核同士を融合させることで、強いエネルギーを発生させる『核融合』を利用した発電システムのこと。現在使われている原子炉は、基本的に『核分裂(=原子核を分裂させる)』を利用したモノだが、そちらに比べて制御が容易などの利点がある。ただ、研究途中と言うように実現そのものが難しい、という難点がある(比較的容易に起こすことができる核分裂に対し、そもそも核融合を起こすための条件である超高温・超高真空を実現する為には、現行の科学では巨大な設備と膨大な費用が掛かる。人工的に地上で太陽を作る、と言えばなんとなく難しさがわかるだろうか)

*9
因みに、スパロボ設定ではあるが、∀はゲッター線を月光蝶で分解したことがある

*10
乾眠状態のクマムシが呼吸を行っていないことは有名だが、それでも彼らがその状態を、いつまでも維持できるわけではない。完全なナノマシンの体を持つエメラダならばやれるかもしれないが、生体部分のあるイヴ達には難しいのではないだろうか。まぁ、全身金属化という手段もあるので、できなくは無いかもしれないが、それならそれで軽い理由が説明できなくなる



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掘り起こしたものは箱の底の

 先ほどと同じく、物影から繭の様子を窺う私達。

 とはいえ、相手は変わらず明滅と脈動を繰り返すのみで、周囲になにかをしようという素振りは見えない。……ちょっとだけ徒労感が襲ってくるが、頭を振って監視に戻る。

 

 中身が人であるという可能性は限りなく低く、その繭の性質などから恐らく小型の∀(!?)でも飛び出してくるのではないか、と考えている私であるが、先ほどまでの説明を聞いてもなお、ミラちゃんは納得できないとでも言うように、小さく首を捻っていたのだった。

 

 

「……そんなに納得できませんかね?」

「いや、そりゃそうじゃろう……金色(こんじき)のが出てくるとかはまぁ、納得ができるやも知れぬが。……中から小さい∀が出てくるとか、最早意味不明を通り越してギャグではないか」

向こう(なりきり郷)には全身が鎧しかない人も居ますよ?」

「ぬ、アルフォンスとやらか……」

 

 

 彼女はどうやら、ロボットが転生者(憑依者)として成立する、ということが信じられない様子。

 確かに、付属物としてロボットの持ち込みができないと散々説明していたにも関わらず、それがロボットの()であれば問題がない……というのは、一見すると意味不明な話に聞こえるかもしれない。

 

 が、先ほどから何度か口にしているように、ことそれが『身体機能』と見なされる場合、先の制限云々はかなり緩いものとなるのである。

 その実例が中身のない鎧の少年、アルフォンス・エルリック。

 なりきり郷に在籍している彼は、原作の彼と同じように鎧の体と、その体に魂を定着させるための錬成陣を刻まれた存在である。

 先のロボット云々の話と照らし合わせるなら、動力源と機体については再現度の基準をクリアしている、という風に言えなくもないだろう。……再現度基準で容量を計算するのであれば、どう考えても足りていなさそうであるにも関わらず、である。

 

 要するに、その人を構成する最低限の要素と見なされれば、例えそれが本来再現の難しいものであっても、優先して処理が行われると見るのが正しいのだと思われるわけで。

 その例を元に考えれば、例えばイヴちゃんやヤミちゃんが仮に『逆憑依』対象に選ばれたとしても、恐らくは問題なくトランス能力を使える存在として現れることだろう。

 

 そして、そう推測できるがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という更なる推測を行うことができる。

 

 彼女(イヴ)は全身の金属化こそ作中でやって見せたりもしたものの、同時にどこぞの太陽の子のような、全身の液状化までは行ったことはなかった。*1

 人一人の力で、頭上にまで持ち上げられるほどの軽さだった……というあの繭の重量は、彼女達が肉体を保ったままでは達成できない軽さであるし。

 さっきも言っていた通り、そもそも地面の下に長期間埋まりっぱなし、というのにも無理がある。

 

 そうなると、あの繭の中にいるのはアルくんのような、睡眠も食事も必要のない体を持つものである……と考える方が自然となるのだ。

 

 そしてそれらの条件を満たしつつ、あの虹の繭を作ることができる存在というと、正直∀ガンダムくらいしか思い浮かばないわけで。

 ……()()()()()()()()()()()というシチュエーション自体が、中身が∀ガンダムである可能性を補強している*2というところもあり、寧ろこれで中身が別物だったらそっちの方が驚きでしかない、なんて決め打ち*3に近い思いもなくはなかったりするが。

 

 とまぁ、そこまでの話を再度言い聞かせてみたわけなのだが、それでもまだ、どこか納得できない部分がある様子のミラちゃんである。

 ……一体なにがそこまで、彼女の喉に引っ掛かっているのだろうか?

 

 

「いや、そもそもじゃな?……ロボということはAIなのじゃろう?それは、人だと言えるのか?」

「……む、自己認識の問題、ということですか……」

 

 

 そんな私の疑問に、彼女が返してきたのは魂の在処について、という風に言い換えられるもの。

 転生だというのなら、生身の肉体を持っていなければならない……と言うような感じの主張なのだった。

 とはいえ、その辺りは個人的には()()()()()()()としか思えないわけなのだが。

 

 

「む?」

「AIを魂を持たぬ単なるプログラムである、とする主張は、現実世界の拙いそれらならともかく、創作世界のそれらについては当てはまらないだろう、ということです。……自己矛盾に苦しむ、なんてことができるモノが大多数である以上、私達が知っているAIとは、根本的に完成度が違いますからね」

 

 

 ミラちゃんの疑念には、こう答えるのが良いだろう。

 プログラムは、エラーを起こせば止まるだけ。フリーズせずに問題に取り掛かれる時点で、私達の知るAIとは技術的にも別物なのだと。*4

 

 どこぞの人から生まれた呪霊*5の言葉でないが、AI達の悩む様が心を、ひいては魂を持つことの証左でないというのであれば、それはすなわち人の心とやらもまた、無為であり無価値であるということに他ならない。

 悩みながらも歩み続けることこそ人の条件、と思っている私としては、この辺りはわりと譲れない部分なのであった。*6

 

 

「へぇー……なんだかお姉さん達、とっても小難しい話をしているのねぇ」

「まぁ、存在の意味だとか意思の在処だとか、先人達がその生涯を賭して考え続けた話ですし、印象的に難しいように思えるのは仕方ありませんね」

「お主、時々話好きになることがあるのぅ……」

「それは、オタクなら誰だってそんなものでしょう。……そこで相手の気分とかに気付かずに話続けると、コミュ障とかになるわけですが」*7

「ぬわー!!やめんか胸が痛くなる!!」

「わぁ、よくわからないけど大丈夫?」

「ああうん、大丈夫大丈夫。言うほど傷付いて居るわけではないのでな。……ところで」

「?」

「……総員退避ーっ!!」

zzZ……ぬぉわっ!?なんだなんだ、敵襲かっ!?」

 

 

 そうしてあれこれと話を続けていた私達は、いつの間にか会話に加わっていた()()に気付き、思わず大声をあげる。

 小難しい話になっていたがために、ふと気が付けば舟を漕いでいたサウザーさんが、その大声にビクッとなっているのを半ば無視して、その首根っこを掴んで引き下がる私達。

 

 え、なになになんなのだ!?……と困惑する彼と共に少し距離を取ったのを、首を傾げて不思議そうに見ている相手。

 

 ……それは、おおよそ子供くらいの大きさの存在だった。

 角張った体をしているそれは、基本的には全身真っ白な姿をしていて、胸に当たる部分などのごく一部のみ、青や赤・黄色などの別の色が使われている。

 

 口に当たる部分は見受けられず、代わりに鼻だと思われる赤いパーツの横から、天へと向かって三日月を切り取ったかのようなパーツが伸びている。……それが左右にあるので、全体として見れば口の代わりに三日月がくっついている、という風にも言えなくもないかもしれない。

 

 瞳に当たる部分は……元々ちょっと人相の悪い感じのする元のそれと違い、黒い目がどことなく親しみ易さを醸し出している。

 わかる人向けに説明するのであれば、それは俗に『SDガンダムの特徴』とされるものと同じモノであると言えば良いのだろうか?

 

 ……流石にここまで説明すれば、わかってしまうことと思うが。

 改めて、私の口から答えを述べようと思う。

 私達の目の前に居るそれ、子供くらいの大きさのそれ。

 それは、すなわち──。

 

 

「はんなまー」*8

「……半生?」

 

 

 変な挨拶に、思わず首を傾げる私。

 あれ、おかしかったかしら?などと困惑した表情を見せる彼は、敢えて言葉にするのならば、『SDの∀ガンダム』と呼ぶべき存在なのだった──。

 

 

 

 

 

 

「うーん、通じると思ったのだけれど。なんだかちょっと間違えちゃったみたい」

「……よくわからぬが、話は通じると言うことでよいのか?」

 

 

 とりあえず言葉は通じている……ということで、半ば逃げ腰になっていたのを止めて、彼に近付いた私達。

 当の彼──とりあえずターンエー、と呼ぶことにする──はと言えば、むむむと小さく唸ったあと、何事かを納得するかのように一つ頷き、その雰囲気を明るいものに変えながらこちらに挨拶をしてくる。

 

 

「はろー、お姉さん達。ぼくはターンエーだよ」

「……ええと、これはご丁寧にどうも……?……えと、キリアと申します」

「わしはミラじゃ」

「俺はサウザーだ。聖帝とでもサウザーとでも、好きに呼ぶが良い」

「……?ええと、ミラお姉さんとサウザーおじさんと……?」

「……?私に、なにか?」

 

 

 そんな感じに明るく挨拶をして来ていた彼は、私の名乗りを聞いて再び首を捻っていた。……なにか気になることがあるみたいだったが、それを問い掛けた私の言葉に彼は「ううん、気のせいみたい」と答えるのみ。

 

 気になる反応だが、今の段階では詳しく聞くわけにもいかないだろう。なにせ、一応普通に話しているように見えるものの、今の私達はある意味で、地雷除去(マインスイーパー)*9のようなことを行っているに等しいのだから。

 

 

……SDの∀なぞおったか?

一応GジェネはSD組ですが……目のあるタイプは、ちょっと覚えがありませんね

「?」

 

 

 こちらのこそこそ話に、目の前の彼はきょとんとした様子を向けてきているが……。

 正直なところ、この∀の出典がわからない私達としては、微妙に警戒を解き切れずにいるわけで。

 

 口調からは、何処と無くボイジャー君のようなほわほわとした感じを周囲に与える彼だが、その姿形はデフォルメされているとはいえ、どう考えても∀のもの。

 文明の一つを容易く灰塵に帰す力を持つ∀と同じ姿をしている以上、警戒は幾つしても足りないはず(実際、先述の黒歴史版はSDが初出であるし)なのだが、その警戒を揺らがせてしまう理由が、彼の瞳が黒目を持つものであるということにある。

 

 それは、俗に『SDガンダム』シリーズとも呼ばれる、意思持ったガンダム達に共通するシンボル。

 ……なのだが。この『瞳入りの∀』というのが、とても厄介なのだ。

 試しに検索して貰いたいのだが、SD系作品における∀と言う機体はほぼ出てこない上に、出てきても誰かの乗機であることがほとんどなのである。*10

 一応、かのフルカラー劇場に居ることは居るようではあるが……おっとり具合こそ近いものの、ちょっとキャラが違うような気がするし、その他でほぼ唯一と思わしき目ありのSDタイプである『冥光騎士ターンエーガンダム』とも、どうやら彼とキャラが違う様子。*11

 

 要するに、どこ出典なのかがわからないのである。

 下手をすれば【継ぎ接ぎ】であるとする方が、よっぽど説明が出来てしまいそうなほどに。

 

 さて、そんな話題の的となっている彼はと言うと。

 

 

「ふわぁ……おやすみー」

「寝たー!?」

 

 

 こちらの視線や疑問などお構い無しに、繭に戻って眠り始めるのだった。……いや自由か!

 

 

*1
作中描写より。全身の金属化が出来ている時点で、最早あとは本人の気持ちの持ちようのような気がしないでもない

*2
『∀ガンダム』作中の描写より。兵器類は基本的にマウンテン・サイクル(ナノマシンで形成された特殊な土壌が積み重なった山。その特殊性から、埋もれている機械類の経年劣化を防いでいる)から出土する形になっている

*3
物事の着地点等を予め定めておいて、そこに到達できるように行動すること。狙い打ちとも

*4
思考が堂々巡りをする、ということが人間にはあるが、プログラムの場合はそれは単純にエラー処理される、という話。ループの終了条件を定めていない場合、瞬間的に異常な桁数の試行回数を達成してしまう為である。現行のプログラムは自己の機能を拡張することはできない為、それらの問題が起きた時に自力で対処することもできない

*5
『呪術廻戦』の敵の一人、真人のこと。ここであげているのは彼の『人間の喜怒哀楽や感情は全て魂の代謝物にすぎず~』という台詞

*6
人の苦悩とは神からの試練ではなく、神からの贈り物であるとする考え方。悩みのない人生とは、究極的には停滞であるという考えから生み出されたもの。先に進み、問題(悩み)を乗り越え続けてくれることを期待したものであるとも

*7
オタクがよくやらかすこと。自身の興味の対象には饒舌になるが、大体『アイツ○○の話になると早口になるの気持ち悪いよな』『やめなよ』と言われて凹むのである。会話とは基本的に言葉を投げ合うもの、一方的に投げ付けるのは一人テニスと大差ないのである

*8
fgoのイベント『水怪クライシス 無垢なる者たちの浮島』で登場した挨拶。『()ロー』『こ()にちわ』『()()ステ』が混じった結果生まれた挨拶。日本語では半生と聞こえなくもないが、海外翻訳する時どうするんだろう、と思わなくもないもの。なお、この話の中ではまだ()()()()である為、キーア達はよく知らない

*9
実際の地雷除去ではなく、ゲームの方のマインスイーパーのこと。相手との会話において地雷点を探しているだけでなく、安全な場所から更に安全な場所を探そうとしているという点で、ゲームっぽさの方が勝っていることからの例え

*10
武者ターンエーガンダム(SDガンダム ムシャジェネレーション/搭乗者は侶蘭(ロラン))、及び光霊機ターンエーガンダム(SDガンダム英雄伝/搭乗者はヒム・サークリット・ザード29世)など。こちらはSD系列ではあるものの、中に人が乗るタイプ

*11
前者はあずま勇輝氏の『SDガンダムフルカラー劇場』のこと。主にSDガンダム達が登場するギャグ作品。後者は『新約SDガンダム外伝 救世騎士伝承』における『もう一つの聖杯編』に登場した冥府の門番の一人であり、冥府神の核でもある存在



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泣く子と虎の尾は踏むな

「……ええと、どうしましょうかこれ……」

「ぬぅ、まさかこのまま放置するわけにもいかぬしのぅ……」

 

 

 マイペースに眠り始めてしまった∀を前に、困惑する私達三人。

 彼の子細について確かめられていない以上、彼が不穏分子であるという説は、未だ翻されていないわけで。そうなってしまうと、彼?をここに放置することも躊躇われてしまう。

 

 ……これが、仮になりきり郷で見付けた相手だったとすれば、とりあえずゆかりんに投げて後は知らね、ということもできるのだが(遠くから「なんでよー!?」という叫びが聞こえた気がするけど放置)。

 生憎と、現在の私が居る場所は『新秩序互助会』の方。……放置するにはリスクが大きすぎる、というか。

 

 そもそもの話、リーダーとの顔合わせが済んでいない以上、ここの経営理念的なものは想像で語らざるを得ず。……この前の幽霊列車や、猪神(いのがみ)への対処などなど、基本的には世の混乱を鎮めるような行動を取っているが、それがイコールこの組織が善のモノである、ということには繋がらないわけで。

 

 ……基本的には大丈夫だと思うのだが、それでも目の届かない位置に地球破壊爆弾を放置するようなものである以上、私がお目付け役になるしかないというのも確かな話。

 

 

「……はぁ。今度は文明崩壊の危機、というわけですか。……願わくば、混ざりが強すぎて羽化はできない(月光蝶は使えない)、とかであって欲しいですね……」

「……とりあえず、繭ごと持っていくか?」

 

 

 深々とため息を吐いて、サウザーさんの提案に頷く私。

 彼は軽々と──実際に軽いわけだが──繭とその中で眠りこける∀を持ち上げると、そのまま出口の方に向かって歩き始める。

 

 その背を追いながら、ふと繭が置かれていた場所を見る私。

 なにもなくなったその場所は、少し寂しげな空気を滲ませていたのだった──。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど?だから、一旦こっちに戻ってきたと?」

「まぁ、流石にあの子は放置できなくてねー……」

 

 

 そんなことがあった週の土曜日。

 向こう(『新秩序互助会』)の方には分身状態のキリア達だけを置いて、久しぶりに里帰り?を果たした私。

 大体一月ぶりに実際に顔を合わせたマシュからは、色々と言いたげな視線を投げられたが……すまんね、まだ終わりそうにないんだ。

 そんな感じに謝罪をすれば、彼女は諦めたように小さく息を吐いていたのだった。

 

 ともあれ、こっちに戻ってきたその足でゆかりんルームに突撃した私は、かなり無理を言って休みの日の琥珀さんを呼び付けて貰ったのである。……なんだかんだで、すっかりなりきり郷専属の研究者として定着した琥珀さんは、呼びつけられたことに怒るでもなく、にこにこと笑っていた。

 

 

「わりと充実してますからねー。古巣では足りなかったデータがザクザク集まるとか、実際に必要な検証を実地で行えたりだとか。とにかくさほど制限無く色々できるので、下手をすると現役時代より生活に張りがある気がするんでよねー」

「これで三徹目だって言うんだから、琥珀ちゃんも大概元気よねぇ」

「……いや、それは寝なさいよ、マジで」

 

 

 私達の目の前で、琥珀さんはあれこれと忙しなく機材間を動き回っている。

 そしてその中心に居るのは、今話題にあがっていた人物である、エーくんこと∀。……今回の帰郷は、主に彼の精密検査のためのモノである。

 

 なお、エーくんという愛称であるが……彼があまりにも純粋無垢なショタっぽい言動をしていたがゆえに、いつの間にやら呼ぶようになっていた名前である。……なんというか、世のショタコンの方々の気持ちに賛同してしまうくらいに、彼はあれこれと構いたくなる空気を纏っていたので仕方なかったのだ。*1

 ……見た目はSDガンダムなんだけどねぇ。

 

 

「……あの、せんぱい?何故ちょっと距離を取っていらっしゃるのでしょうか……?」

「エーくんの教育に悪影響かもしれない、ってちょっと警戒中」

「それは中の人の性癖では!?」*2

 

 

 その空気感は、暫く彼と話をしていただけで『どけ!俺はお兄ちゃんだぞ!』と言いたくなるほどのもの。*3

 あまりにも強いショタパワーは、マシュの中の眠れる獣(ブケファラス)を呼び起こしかねないため、ちょっと警戒してしまう私なのであった。*4……いやまぁ、中の人とマシュはイコールではない以上、余計な心配だって怒られちゃったんだけどね?

 でもほら、構って欲しそうな顔してたし。……そういう構われ方は嬉しくない?ですよねー。

 

 

「……でも確かに、どうしてエーさんは、ボイジャーさんを彷彿とさせるような口調なのでしょうか……?」

「なんでだろう?ぼくもよくはわからないんだ」

「それは原作の∀が、フォーリナーのような一面を持つから……なのかもしれないな」

「フォーリナー?∀が?」

 

 

 ともあれ、彼の口調や性格がこんな感じである理由は不明。

 ゆえにそこにマシュが疑問を持つのも必然で──その疑問に対し、今回たまたまついてきていたブラックジャック先生が、小さく口を挟んだのだった。

 

 彼が言うところによれば、そもそも∀とは外宇宙から飛来した()()()()()を参考に製作された、『対外宇宙決戦兵器』とでも言うべき機体なのだという。*5

 そして、型月世界においては人の活動域よりも外の宇宙は外宇宙扱いされ、そこに起源を持つものは雑にフォーリナーに分類される、という話がある。

 

 ──ターンXという、外より飛来した脅威(異端)に。そこから、外の世界を病的なまでに敵視して(によって)作られたとされる∀……。

 ある意味では、その成立過程自体がフォーリナーのそれに近いものであるからこそ、そこから性格付けの参考として、同じく機械仕掛けのフォーリナーを模されたのではないか?……というのが、彼の主張である。

 

 

「まぁ、確かにこの子にはなにかが混じっている、という感じはなさそうですしねぇ。……言動とか経歴とか、これほどまでに混ざりものっぽい感じなのにも関わらず、特に混じったという痕跡や確証が見えない辺り、ちょっと不思議な感じでもありますが」

「その辺りは私は専門外だ、素直に専門家に任せるさ」

 

 

 無論、いつも通り状況証拠からの推測でしかないので、これが当たりである保証もないわけだが……と彼は言葉を締め括る。

 

 琥珀さんからの賛同めいた言葉も、小さく肩を竦めるだけで流し、彼はそのまま近くの壁に背を預け、黙り込むのだった。

 彼が今回ここにいるのは、エーくんの素性を確かめるため()()()()ので、その辺りの話への興味は周囲より一段落ちるのだろう。……ちょっと素っ気ない態度になるのも、ある意味では仕方ないのかもしれない。

 

 じゃあ、なんで彼がここにいるのか、という話になるのだが……その前に、エーくんの素性について話を戻そう。

 

 ブラックジャック先生は、エーくんの性格の参考にボイジャー君が使われているのでは?……というようなことを述べていたが。

 だとすれば、彼は【顕象】なのではと彼が予測している、という風にも言えるだろう。『逆憑依』の方であるのなら、中身(公式的な性格設定)があるかどうかもわからないSDの∀なんて、()()()()()()()()()()()()()()のがほとんどなのだし。

 

 

「んー……でもこの数値は、どちらかと言えば『逆憑依』の時のモノに近いような……?」

「む、そうなのか?」

「ええ、はい。【顕象】だとこの数値がこうなるのが一般的?なのですが、ほらエーさんの数値は……」

「……ふむ、確かに。だとすると……」

 

 

 が、データを取っていた琥珀さんからは、エーくんは【顕象】ではなさそうだという言葉が。……話している内容は専門用語が多くてよくわからないが、とりあえずは彼が【顕象】である確率はかなり低いらしい。

 ということは、彼は『逆憑依』だと言うことになるのだが……。

 

 

「……本当に混ざってないんです?」

「んー……確かに、今までの常識だと混ざりものであるはず、と言うのも確かなんですよねぇ……」

「……ぼく、なにかおかしいのかしら?」

「いやどうでしょうねぇ。人間なんて千差万別、私もそこまでデータを取り尽くせているわけでもないですし、単なる例外という可能性もなくはない、かも?」

「ふぅん?」

 

 

 何度か話題にあがっているが、基本的に『逆憑依』とは素体(憑依者)ガワ(キャラ)を張り付けるような形で成立しているとされる。

 キャラの性格設定は基本的にガワのものであるため、ガワにそれらの設定が付与されていないものが『逆憑依』してきた時にどうなるのか、というのは案外話題に上ったことがなかったわけで。

 

 結果、今回のエーくんのパターンにより、例外を示されてしまって困惑している……というわけである。

 一応、例の『フルカラー劇場』であれば、SDな∀の性格参照先としては十分に機能するわけだが……。

 

 

「……なんでも埋めたくなる、ってのは当てはまってないしなぁ」

「ぼく、埋まるのは好きだよ?」

「埋めるのは好きじゃないでしょ?」

「……そうだねぇ。勝手に埋めるのは、よくないと思うの」

 

 

 エーくんの言葉に、小さくため息を吐く私。

 彼は確かに、向こうの∀のように地面に埋まるのが好きなようだが……同時に、向こうの∀のように他者を埋めることは好きではない、という違いがある。*6

 この性格の違いは、細かいようでいてとても大きい。

 彼が『逆憑依』にも関わらず、素体(憑依者)の記憶を参照できないことも合わせて、彼が普通の『逆憑依』ではないと示すには、十分な証拠だとも言えてしまう。

 

 それらを見ている限り、やっぱりそのあり方は【顕象】の方がよっぽど近い気がするのだが……。

 

 

「うーん……何度確認してもダメです。エーさんは【顕象】ではない。……少なくとも、これはほぼ確定した情報として扱ってよいでしょう」

「りょっかー。ぼくは例外、ってことだねー」

「……旅禍(りょか)?」*7

 

 

 時折飛び出す、彼独特の謎言語に首を捻りつつ。

 一先ずはその辺りの謎を放り投げることにする、私達なのであった。……まぁ、元々別の要件のついでだからね、仕方ないね。

 

 なお、後日始まったFGOのイベントにおいて、件の挨拶達が飛び出したことにより、別の問題が発生することになるのだが……それはまぁ、また別の話である。

 

 

「……埋まってるのが好き、だと……?」

「?……どうしたのキーアお姉ちゃん?」

 

 

*1
『正太郎コンプレックス』の略。横山光輝氏の漫画『鉄人28号』の主人公・金田正太郎に萌えを見出だした人が居たことから生まれた言葉だとされる。元々はアニメ雑誌『ふぁんろーど』の編集長が、ロリコンの対義語として1981年、放送していたアニメ版の『鉄人28号』の主人公を指して、『彼のような少年を愛する人』というようなことを言ったのが最初なのだとか。時が流れ、可愛い少年キャラをショタと呼称することになり、ことばの意味が変動していることが窺える。なお、海外では性別で言葉を分けず『ペドフィリア』と呼ぶとかなんとか(性愛を()()()()のことを指す為、実際に手を出す者のことは『チャイルド・マレスター』と呼び分けるようだ。なお『ペドフィリア』の場合は性的な興味を主とした感情である為、実はロリコンやショタコンとは微妙に違うもの扱いされていたりする)

*2
マシュの中の人(声優の方)の性癖。女性が声を当てているタイプのショタが好きなのだとか

*3
正確な表記は『どけ!!!俺はお兄ちゃんだぞ!!!』。呪術廻戦において、ちょっと前まで敵側だったはずの人物、脹相が発したパワーワード。当時は背景事情がわかっていなかったこともあり、『存在しない記憶』による洗脳の結果、などという風評被害を生み出したりもした。なお、fgoプレイヤー的にはとあるイベントで弟役になったボイジャーに対して、この言葉を発した者が多かったことでも有名。兄を名乗る不審者……

*4
マシュの中の人の暴走の結果、生まれたあだ名『ブケファラス高橋』より。主にアレキサンダーに対してあれこれやらかしまくった結果、彼の愛馬であるブケファラスの名前が贈られた。ブケファラスからしてみれば巻き込み事故にも程がある

*5
そのとある機体はオリジナルのターンXとも言われるのだが、詳細は不明。ともかく、外宇宙からやって来た脅威に対して、それを殲滅する為に色々なストッパーを無視して建造したのが∀だとされている。まぁ、結果としては外宇宙に対してではなく、既存宇宙のリセット要因となってしまったわけだが

*6
『SDガンダムフルカラー劇場』での∀の性格付けより。とりあえず悪気なく相手を埋めるし、自身も埋まる。ここの彼は、『自分が埋まるのが好き』という面だけ共通する。……はて?

*7
『BLEACH』で、尸魂界に潜入した主人公達が死神側から呼ばれていた名前。単純に言うのなら不法侵入者のこと



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ナノテクを活用してできること

 はてさて、久方ぶりになりきり郷に戻ってきた私は、エーくんの体調やらなにやらの検査を、琥珀さんにお願いしていたわけなのですが……。

 

 

「……はい、結論から言いますと……恐らくは使えますね、『月光蝶』」

「まーじですかー……」

「大マジです。というか、ぶっちゃけて言いますと『Iフィールドビーム駆動(IFBD)』で動いていらっしゃるようですので、文字通り()()()()()()()()()と考えた方が良いのかもしれません」*1

「ゲェーッ!!?」

 

 

 琥珀さんの口から飛び出した言葉に、思わず叫んでしまう私。

 だってそうだろう。つまりここにいるエーくんは、それこそアルくんと同じような状態だと証明されてしまったわけなのだから。

 

 Iフィールドビーム駆動(IFBD)とは、『∀ガンダム』の世界におけるモビルスーツ達に普遍的に使われていた駆動システムであり、その性質を大雑把に言ってしまえば『不可視のビームによる操り人形』である。

 どういうこっちゃ、と思われるかもしれないが、ここではとりあえず『∀は中身がある程度スカスカである』ということにだけ注目しておいて欲しい。

 

 ……要するに、鎧だけで動いているアルくんと、エーくんはそこまで違いのない人物だということで。

 アルくんも大概おかしいのだが、それと同じようにおかしいのがエーくんであるわけで……なんだか混乱してきたぞ?

 

 まぁともかく、普通のSD組のように『人種違いであって区分上は人である』というわけでも無さそうだという彼の存在が、かなり特異であることが証明されたと言えなくもないこの状況。*2

 ……もし仮に、彼の内部構造が流出した日には……。

 

 

「現実にはミノフスキー粒子*3がありませんので、そこまで大袈裟なことにはならない……とは、言い切れないんですよねぇ」

「ナノマシン……」

 

 

 難しい顔で小さく唸る琥珀さん。

 

 彼女の言う通り、現実世界にはミノフスキー粒子と言うものは存在しない。

 いやそもそもの話、特定の──現実には存在しない()()()を前提とした技術というのは、こちら(現実)に持ち込んでもその人(持ち込んだ人)にしか扱えないものでしかなく、現実世界を発展させるに足る技術にはなりえないものである。

 

 ……が、しかし。

 ここにいるエーくんが、生身の人間(普通のSD組)ではなく本来の∀のダウンサイジング版に近いのだと言うのであれば、話は異なってくる。

 もし仮にである、彼の持つナノマシンの生成機構が、自身の保持以外の目的──必要なモノを作るための生産機構として転用できたとすれば。

 それはすなわち、現実世界にミノフスキードライブを持ち込むことも──ひいてはミノフスキー粒子を現実世界に持ち出すことすら可能になる……かもしれない、ということになるわけで。

 

 魔法少女のための変身アイテムとかは、結局のところ本人の素質を前提とするモノであるがゆえ、仮に作れたとしても(実際に作っている人が居ても)そこまで普及するものでもない。

 が、純粋には技術でしかないミノフスキー粒子が普及する、というのはそれらとはわけが違う。

 下手に普及してしまえば、そこに待っているのは宇宙世紀の再現……かもしれない。

 どこかの天才がサイコフレームでも作った日には、ボッシュみたいになる人*4が量産されるかもしれない……!

 

 

「……いやあの、着地点おかしくないです?」

「うるせー!真面目に考えると頭おかしくなるんじゃーい!!」

「──まぁ、レーダーだの弾道ミサイルだのの機能が、大幅に阻害されるわけだからな。もし仮にミノフスキー粒子が普及なぞすれば、世界の勢力図は大きく変化することとなるのは、目に見えていると言えるだろう」

「わー!わー!口にしないで災いになるぅー!!」

「わー、キーアちゃんが大騒ぎしてるー……ふふふー」

「八雲さんまでおかしく!?」

 

 

 ゆかりん含めてテンションがおかしい人が多く発生しているが、それも無理はない。

 ロボット系列がほぼ持ち込まれていない、という話をした通り、基本的にお偉いさんが研究に熱をあげていた『創作由来の技術』というものは、そのほとんどが応用の効き辛い『術者の素養を必要とする技術』であった。

 

 魔法少女にしろ、ライダーにしろ、錬金術師にしろ。

 それらは根本的に、『逆憑依』の対象になった者か、よっぽどそれらの技術と相性のよい人物にしか、扱えないものだったのである。

 この間のデンライナーにしたって、元の()()よりはスペックがダウンしている上、そもそもにモモちゃんにしか扱えないという制限が掛かっていたこともあり、科学技術の粋みたいなモノなのにも関わらず、他の技術に転用することはできそうもないモノとして扱われていた。……一応、時間遡行関連の技術の取っ掛かりになりそうなのにも関わらず、である。

 

 結界擬きを発生させる呪符や、空間投影モニターなどなど、使用者を限定しないモノであれば、ある程度応用も進んでいるようだが。

 この間のコナン君のキック力増強シューズのようなモノは──使用者が『逆憑依』や【顕象】であることを前提とした造りとなっているらしく、一般に普及する予定は一切無いのだそうで。……いやまぁ、琥珀さんが趣味で作っているようなものなので、端から量産とかは一切考えていないんだろうけども。

 

 

「ともあれ、彼のナノマシンが破壊ではなく、物の製造のために転用できるとしたら……今まで加工技術や必要な素材、その他色々な面から再現を諦めていた物品達も、続々と実用可能になる可能性は、十二分にあると言えなくもない……というか、その辺りは()()()調()()()()()()()()()()けど、ほぼ確実と言っちゃってもいいんじゃないでしょうか?」

「ああぁあああもぉおおおおおおっ!!」

 

 

 ∀に搭載されたシステム、月光蝶が文明のリセットを主目的としたナノマシンによるもの、というのは以前述べた通りだが。

 もし仮に、地球から木星までを覆うほどの出力を持つとされる*5それらのナノマシンが、プログラムの変更によって破壊ではなく創造を行えるようになったとしたら。そしてそれが、デビルガンダムのように三大理論を備えているのだとしたら。

 

 それはすなわち、人類があらゆるモノを作り出す力を得た、ということに等しい。

 錬金術というのは、現代においては空想の産物であり、実現の余地はない……などと思われているが、その実原子の定義というものが、内部の陽子と中性子の個数によって決まっていることが明らかになってからは、『陽子の数』さえ変化させられるなら、鉛を金にすることだって可能だと言うことは、理論的には判明しているのである。*6

 

 問題があるとすれば、それを行うには超高温であったりだとか超高圧であったりだとか、とにかくそれが成立する状況に持っていくために、膨大なエネルギーが必要だと言うこと。

 ……なのだが、それもエーくんが∀のダウンサイジング版であるのなら解決してしまえる。何故なら彼は、

 

 

「──縮退炉。それも二基も搭載しているとなれば、世界が彼を巡って争いを始める……だなんてことも、大袈裟な予想とは言えないかもしれませんねぇ」

「ぬわっ!?びび、びっくりした……なんで居るんですか、シュウさん」

「なに、グランゾンの力を持ってすれば容易いこと……というのは冗談として。彼に少し興味があったので、無理を言って入れて貰ったと言うだけのことですよ、フフフ……」

(う、胡散臭ぇ~!)

 

 

 突然現れた黒幕……もとい、シュウ・シラカワさんの意味深な笑みに、思わず後ずさってしまう私。

 相変わらず胡散臭いが、一応は単なる興味心で来ただけ、というのも間違いはないだろうから、とりあえず無用な警戒は止めておく。……疲れるだけだし。

 

 ともあれ彼の言う通り、∀とは超小型ブラックホールエンジン……もとい、縮退炉を二基積み込んだスーパーマシンである。

 もし仮に、ここにいるエーくんの主動力も同じであるとすれば……使えるエネルギーはほぼ無尽蔵、本来であれば使用するエネルギーと対価が釣り合っていないがために、有効活用されていない元素変換も、半ば無理矢理押し通ることができてしまうというわけで。

 

 結果、もし仮に彼のナノマシンを生産目的で活用できるのであれば、それこそミノフスキー粒子だけでなく、科学的な再現性を持っているはずの様々な創作技術を、全て実現することが可能になると言えてしまうかもしれない。

 ……琥珀さんが調()()()()()()()()と言葉を濁した理由も察せられるくらい、大層酷いことになるのは目に見えている。

 

 

「……早急に向こうのリーダーと話をしたい気分になってきたよ……微妙にお国の支援を受けてそうな気がすることも踏まえて、裏取りとか確り取っとかないと安心できない……」

 

 

 なりきり郷は、一応国の機関の一つである。

 公的な面を持っている以上、所属人員の報告は半ば義務であり、それゆえにこちら側でエーくんを保護する、というのはあまり宜しくない。

 報告書を作って提出する必要がある以上、子細を上に知られてしまうことになるし……その結果として、急進派達の目にも入るだろう。

 そうなればどうなるかは、火を見るより明らか。

 ナノマシンを有効活用し、あらゆる科学技術を発展させ──どこかで必ず、他の国との争いになるはずだ。

 

 ミノフスキー粒子の時点で、現代戦におけるほとんどの対抗手段を封じるのである。

 その他の戦闘に転用できる技術達も、本当に再現できてしまえばヤバイことにしかならないだろう。

 日本は積極的な戦争はしないから大丈夫……なんて、そんな阿呆みたいなことも言ってられない。

 余所の国にそれらの技術が露見した時点で、よくないことに発展するのは目に見えている。

 その結果として、日本側が戦争という対処を取らざるをえない状況に追い込まれる可能性も、十二分にある。

 

 そういった良くない未来を未然に防ぐには、エーくんの存在を公表しないのが一番だろうが。

 そうするためには、『新秩序互助会』が国の関連組織ではない、という確証が必要となる。

 要するに、向こうに匿って貰うのが現状を考えると一番マシだが、同時に向こうの背景がわからない以上、迂闊に任せると更に酷いことになる可能性があるということ。

 それと──恐らくはないと思うが、向こうの人員の内、エーくんの能力を悪用しようと言う者が居ないとも限らない、ということ。

 

 悪用とは言わずとも、ハジメ君辺りは新しい武器を作るのに、未知の金属を求めることもあるかもしれない。

 そこで『いいよー』とでも言わんばかりに、エーくんがサクラダイトとかヴィブラニウムとか*7を作り始めたらどうなるか。……笑い話にもならないので想像したくないが、周囲からあれこれと頼まれることになるのは間違いなく。

 

 

「……嫌な予感しかしねぇ……」

 

 

 久方ぶりの大問題に、思わず頭を抱える私なのであった。

 

 

 

*1
『∀ガンダム』内における技術の一つ。Iフィールドによる機体制御システムであり、機体表面に不可視のビームを張り巡らせることで、それを制御することで機体を動かす、という方式。内部のモーターなどを必要としない為に、機体構造の簡略化や軽量化などをはたしたとされ、黒歴史下においてはかなり多用されていたとも伝わる。ミノフスキードライブなどが粒子の()()()()というような形式なのに対し、こちらは粒子の()()()()()()()()()()()()という風に形容される為、操り人形のようだと言われるらしい。様々な面で画期的なシステムではあるが、Iフィールドの精密な制御を必要とする為、実現難度は結構高い

*2
SDガンダム系のシリーズにおいて、彼らは区分の上では人間になっていることがある。それらの作品では、彼等は怪我をすれば血を流すなどの『肉ある生き物』としての性質を持っている。単なる機械の体ではないのである

*3
ガンダム世界における特殊な粒子。戦艦による散布などができることからわかるように、作中世界においては精製は比較的容易。電波妨害や大規模集積回路(ICチップ)の機能の阻害なども行える為、レーダー網の妨害やミサイルの電子制御を不全にさせるなどの行為も行える。更にはハードディスクなども機能不全にさせるらしく、作中の科学力が一部後退しているように見えるのは、ミノフスキー粒子のせいなのだとか。……まぁそもそも、集めると空を飛べたりバリアになったりするトンデモ粒子が『ミノフスキー粒子』なので、細かいところに疑念を抱いても仕方のない面はあるのだが。なお、名前は監督である富野由悠季氏の名前から付けられたモノなのだとか(トミノスキ(富野好き)ー)

*4
『機動戦士ガンダムF90』などに登場する人物、『ボッシュ・ウェラー』のこと。アムロと一緒に戦って『人の心の光』まで見たはずの彼が、何故ガンダムを求めてジオンに与することとなったのか……などの矛盾点を抱えていた為、単なる情けない悪役だと思われていた彼だが、後に『機動戦士ガンダムF90FF』において、彼が読者の想定よりも遥かに長くアムロと共に戦ってきた戦友であることが判明(一応後付け設定……なのだが、その後付けが上手すぎた)し、色々と評価がひっくり返ることとなった。なので、すさまじく雑に言ってしまえば『アムロと言う光に焼かれた人』ということになる

*5
小説版『∀ガンダム』における、月光蝶の最大出力時の射程範囲。直線距離で7.8億kmほど、地球を円の中心として木星まで届く……という風に考えるのなら、更にその倍。……ちょっと意味がわからない()

*6
陽子の数が一つ違う水銀(陽子の数は80。金は79)の同位体(中性子の数が違うパターン。質量が異なるが、基本的に通常の原子と性質は同じ)の一部は、核分裂を促せば金に変化するとされる。……が、この金は放射性物質である為、金としての用途には基本的に使えないとのこと(装飾品など)

*7
前者は『コードギアス』シリーズに登場する鉱物。常温で超伝導状態(電気抵抗が0になる状態。電気をロスなく遠方に送電できるようになる他、非常に強力な磁場を発生させることができる為、これを実用可能にすることが『核融合』などの技術に必要だとされている。基本的には低温下でしか超伝導状態にならないことがほとんどであり、最近見付かった室温超伝導体も、超高圧下でなければならず実用にはまだまだ課題が残る)になるレアメタル。後者はマーベル・ユニバース作品に登場する特殊な鉱物。キャプテン・アメリカの盾などにも使われている



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武器転用の方が珍しくね?

「兵器としての面はよくわかった。それで琥珀、あっちの方は……?」

「おおっと、そうでしたそうでした。そっちの方は……ええと、こんな感じですね。傷に対してのナノマシンによるかさぶたの生成も見受けられました*1ので、()()()()()への転用は、特になんの問題もなく進められるのではないでしょうか?いやまぁ、他者に適用できるものなのか、とかについては、これから調べていかないといけないんですけどね?」

「……なにをこそこそと話していらっしゃるんです?」

 

 

 暫く頭を抱えていた私だが、ブラックジャック先生と琥珀さんが、なにやらこそこそと話をしているのが見えたため、とりあえず確認のために割り込むことに。

 別に二人を信用していないわけではないが、つい先ほどエーくんの現状の危険性について話があったところ。

 ……()()()()()、なんて話を聞けば確かめざるをえないのである。

 

 

「ああ、ナノマシンと言えばもう一つ、創作界隈において特に活用されている分野があるだろう?」

「有効活用……?……あ、医療用!」

「その通り」

 

 

 ……そういえばそうだった。

 先生の言葉に、そもそも彼が何故今回エーくんの検査に立ち会ったのか、という理由を思い出した私。

 ナノマシンには、兵器への転用目的よりも遥かに多く、語られている用途がある。

 

 ──それこそが、医療用ナノマシン。*2

 血管などを通り、体の隅々を巡り、白血球のように病気と戦う……そんなスーパーマシンである。……個人的に、もし仮に『はたらく細胞』に登場したらどんな感じになるのかなー、とちょっと気になっているものだったりもする。*3

 

 ナノマシンと言うものの構想は比較的新しく、一九五九年にカルフォルニア工科大学で物理学者であるリチャード・P・ファインマン氏が講演した『原子レベルには発展の余地がある (There's Plenty of Room at the Bottom)』というものが最初だと言われている。

 

 この時の講演は、大雑把に言えば『今使っている工具よりも小さい工具を作る行程を繰り返すことで、原子サイズレベルでの技術を扱えるのではないか?』といった感じのモノだったわけだが……原子サイズレベル(ミクロ)の世界になると、現実(マクロ)の世界での常識はそのほとんどが役に立たなくなることが明らかになるにつれ、そのままの理論では実現はできないものである……という結論が出されている。

 現実(マクロ)の世界では精々コップになみなみと入った水が、中々零れない……くらいの印象しかない表面張力も、ミクロの世界では決して無視できない巨大な力となるからだ。*4

 

 ともあれ、その後一九八六年に出版された『創造する機械―(Engines of Creation: The)ナノテクノロジー(Coming Era of Nanotechnology)』によって一般的な知名度が高まるなどして、ナノマシンという技術は人々の間に広まったわけである。

 その流れの中で生まれたのが、ナノマシンの医療目的への転用だ。

 

 人の体には、そもそも白血球という病気に対しての免疫機能があるというのに、何故ナノマシンを転用しよう……などと言う考えが生まれたのか。

 それは、生来の免疫機能は薬を危険物であると勘違いすることがあったり、ガン細胞のような機能の穴を突くような病気が存在したからだともされるし、肉体の衰えによるそれらの免疫機能の低下を代替するためだったからともされるが……詳しいことはよく分からない。

 

 ともあれ、人間の持つ免疫機能というものが、意外と穴があるものだというのは事実。

 それらを代替し、かつ(元の臓器に比べれば)手軽に交換できるナノマシンや機械由来の臓器というものが、永遠を約束する夢のアイテムとして人々の想像を盛んにしたのだろう。

 

 まぁ、そんな感じで。

 ナノマシンを使う際に、それをどう活用するのか?……という話をすると、必ず話題にあがるもの。

 医療目的のナノマシンというものは、仮に現実化するのであれば誰もが欲しがる技術だというのは間違いないだろう。

 

 ∀のナノマシンと言えば、ロボットなのにも関わらずかさぶたを作ることでも有名である。

 もし仮に、このナノマシンを他人にも使えるようにできたのなら……。

 医療関係者である先生としては、真っ先に気になることだと思われるのも納得だろう。

 

 

「ああ、そうだな。……特に、彼のナノマシンは環境復帰を目的としたものだという話もある。……天災が病気となったもの、だなんて風にも呼ばれる鉱石病(オリパシー)の患者達。──彼等にとっては、特効薬に等しいものかもしれないのでな」*5

「……あー、そういえば先生ってばアークナイツ組も受け持ちなんだっけ……」

 

 

 月光蝶によって塵になった大地は、新たな命を育む場所となる──。

 そんなような話があったことを思い出した私は、先生の言葉に小さく頷きを返す。

 

 確かに、アークナイツの世界観において一番重要なものである病気……『鉱石病』は、天災の後に現れるとも、そもそもにそれこそが天災を引き寄せているのだとも言われている鉱物、『源石(オリジニウム)』によって引き起こされるものである。

 感染の仕方、鉱物由来のウイルスめいた挙動などから、『鉱石病』もまたナノマシンのようなモノなのではないか?……などと語られることもあり、∀の月光蝶が彼等の治療に有効である可能性は、十二分にあると言えるだろう。*6

 

 ……まぁその場合、彼等の体内の源石全てを排除することにも繋がるだろうから、結果として単なる一般人になる者も多いだろうが。

 ともあれ、こっちの世界では今のところ、源石に頼るような事態にもなっていない。

 であれば、それらの厄介事が片付けられる目処が立つのであれば、じゃんじゃん解決して行って貰いたいものである。……友人も居ることだし。

 

 

「……ほう?いつの間に。基本的には彼処は外部者は立ち入り禁止のはずなんだが」

「そりゃまぁ、ネットでって奴ですよ。……よっぽど暇だったのかなんなのか、元とキャラ違いすぎてビックリしましたけど」

 

 

 こちらの言葉に、小さく興味を示す先生。

 私の言う友人とは……今いるアークナイツ組では恐らく唯一、()()()()()()外出できるタイプの人間である。

 色々と厄い背景を持っているために、自分から引きこもっている節があるが……まぁ、基本的にはいい人だ。……元々『ダーッ、ドーン、パパッ』とか言ってたのが、更に変な方向に行ってる節はあるけど。名前が似てるからって()()()の真似とかしなくていいから()*7

 

 まぁともかく。

 彼女も他の人達が『鉱石病』から解放されたのなら、ちょっとは外に出てくる気にもなるだろう。

 その辺りの期待も踏まえるのなら、エーくんのナノマシン云々の話は、わりとプラス寄りに考えられるかもしれない。

 無論、兵器転用だけはさせないように、あれこれと報告書をでっち上げなければならないかもしれないけれども。

 

 そんな感じで、彼のナノマシン云々の話をしていた私達は。

 

 

「あー、キーアお姉ちゃんみてみてー、かたぐるまー」

「フフフ、これもまたちょっとした()の応用、というやつです」

「シュウさんがエーくんを肩車してるっ!?」

 

 

 何故かエーくんを肩車しているシュウさんという、なんとも言い難い場面に出くわして、呆気にとられる羽目になるのでした。

 

 

 

 

 

 

「……それで、一先ずはこの部屋で匿うことにしたってわけね?」

「そういうことになりますね。サンプルとしてエーくんのかさぶたを置いてきたので、そこからナノマシン技術の解析が進む……ということになるんだと思います」

 

 

 さて、再びの『新秩序互助会』。

 戻ってきた私はと言うと、施設の近くでキリアを呼び寄せて超☆融☆合。光と闇が合わさり最強に見える状態になった(単に元に戻った)のち、エーくんに認識阻害魔法を掛けて悠々と施設内に入り、そのまま自室に直行していたのだった。

 で、一応は存在について説明していたアスナさんに、改めてエーくんを紹介しているというわけである。

 

 

「はんなまー」

「は、はんなま?……その、キリアちゃん?はんなまって、なに……?

私にもよくは……どうやら挨拶?ではあるようなのですが……

挨拶?挨拶なんだこれ……でも、

 

 

 で、エーくんはと言えばいつも通り、謎の挨拶である()()?を炸裂させていて、それを受け取ったアスナさんは当初困惑していたのだけれど……。

 

 

「……もー!かーわーいーいー!!」

「わぁ、スイングバイ*8しそうなすごいパワーだ。アスナお姉ちゃんは、力持ちなんだなー」

「……ああはい、そうなると思いました」

 

 

 意外と可愛いもの好き?な面もある彼女は、すぐに彼の純朴な性格の虜となり、彼を抱いてくるくる回るなどして、たくさん構い倒していたのだった。

 ……これならまぁ、彼もストレスなく過ごせることだろう。構われ過ぎてストレスになるかもしれないけれど。

 

 ともあれ、そんな二人の微笑ましいやり取りを眺めつつ、あっちでの出来事を語る私である。

 

 

「へぇ、アークナイツの人達も居るんだ。……そういうのって、一般の人は大丈夫なの?」

「今のところ、一般の人への感染などの可能性はない、ということになっていますね。なりきりの付属物扱いされているらしく、余程それらの病気と相性が良い……というのも変ですが、それらに感染する素質とでも呼ぶべきモノがなければ、人から人への一次感染は発生しないようです。……ただまぁ、感染した人からの感染である二次感染については、確かめるのも不可能なのでとりあえず警戒をする、という形で進んでいるそうですが」

「……現実の人に感染したら、それはもう現実の病気になってしまうから?」

「まぁ、概ねそんな感じの懸念ですね」

 

 

 話題は、アークナイツ出身の人々について。

 彼等のアイデンティティともなっている『鉱石病』、それらが一般の人に感染するのかどうか、という話だった。

 一応、その辺りはブラックジャック先生が体当たりで確かめてくれたとかで、憑依者同士ならいざ知らず、憑依者から一般の人への感染は、宝くじに当たるくらいの低確率であると確認されたそうだ。

 

 これは、元となる病気が感染率の高いモノであっても変わらないらしく、そういう意味では現状の隔離のみで事足りている、ということになるらしい。

 各感染者は病気ごとに居住区も違うので、憑依者同士の感染もほぼ起こるものではないし、仮に感染が起きても初期症状などであれば、ゆかりんなんかに頼んで無理矢理ひっぺがすこともできる。

 ……まぁ、その無理矢理ひっぺがすのを利用して、色んな病気の知見を得まくっていた、危ないお医者様が居たらしいのだが。

 

 

「アークナイツ組から()()()()呼ばわりされているブラックジャック先生は、ちょっとだけ面白かったですね」*9

「そ、それはちょっと見たいかも……」

 

 

 そんな危ないお医者様(ブラックジャック先生)は、アークナイツ組からドクターと呼ばれて「あんな危険人物と一緒にしないでくれ」と言っていたらしく。

 それを聞いたアスナさんは、思わずとばかりに吹き出していたのだった。

 

 

*1
『∀ガンダム』内の描写より。一種の自己修復機能である『ナノスキン』により、破損箇所をナノマシンで生成されたかさぶたで覆って修復する、といったことが行われる。繭の方も、基本的にはこのナノスキンによるものだとされる

*2
血管などよりも遥かに小さいナノマシンは、人間の体内であっても宿主の邪魔をせずに活動をできることから考案された利用法。後述するように、身体の免疫機能の穴を埋めるような形で運用することが想定されている。特に薬の運搬に関しては、患部に確実に・かつ必要量のみを届ける手段として期待されている

*3
メカ白血球みたいな感じになるのか、はたまたもっと無機質な見た目になるのか。興味は尽きない

*4
『表面張力』とは、液体や気体等が()に触れている面積を極力小さくしようとする現象のことで、界面張力の一つ。原理的には、分子の間では互いに引っ張りあう力が働いていること・異種の分子間ではこの力は働かないことなどが理由としてあげられる。要するに、分子はとりあえず塊になろうと動くので、結果として球状になるというもの。なので、それらの力を保てなくなれば(=重力などの別の力が強くなれば)容易に瓦解する。逆に言えば、それらの別の力が働かない環境では、液体類はずっと球体のままである(無重力状態など)

*5
『アークナイツ』作中の描写より。この世界の天災とは、現実世界のそれよりも遥かに影響の大きいものである。全部が全部現実世界での最大警戒レベルの天災ばかり、と思っても特に間違いではないだろう。それらの天災による破壊活動の後、そこには源石が現れるのだとか。それ故、『天災がもたらした恵み』とも『天災を引き寄せた疫病神』とも言われているらしい。なお、長期間触れ続けていると『鉱石病』を発症する以上、厄の方が多い気がするのも間違いではないだろう

*6
こちらもまた作中描写から。感染者の最後は菌糸類が繁殖を行う姿にも似ている為、同様の増え方を行えるウイルス類、ひいては鉱石由来である為に機械生命体なのではないか、なんて風に考察されることがあるようだ。故に、天災──自然の声より生まれたそれらに対し、自然環境の再生の意味合いも持つとされる、月光蝶由来のナノマシンは特効なのでは?……という話に繋がっていく

*7
『ダーッと行って、ドンッと倒して、パパッと片付ける……覚えたわ。』という、とある人物の台詞より。なおこちらでは、()()()()()で変な電波を受信したらしく、ちょっと師匠ぶってたりアイス大好きだったりする。……向こう(fgo)基準だとフォーリナーめいているし、どっちがマシかはなんとも言えない

*8
かすめ飛行、天体重力推進などと呼ばれる宇宙機の運動ベクトルを変換する技術。天体をかすめるように飛行することにより、宇宙機を加速させるというものだが、その原理は天体の引力……ではなく、公転を利用したものだとされる。引力は中心点に向かって行く力である為、近寄る時には加速の力となるが、離れる時は減速の力となってしまい、このままでは単に宇宙機の推進方向を変化させただけになってしまう。だが、天体とは基本的に公転を行っている。要するに、中心点は常に動いているのである。その為、公転の進行方向から見て背後から天体に近付く場合、天体から離れる時には進行方向側に()()()()()()()()()()()()()()形になる。これにより、宇宙機は加速することができるのである(逆に天体の前方から接近すれば、機体の減速もできる)。なお、スイングバイはその原理上、天体の公転速度を自身の加減速に利用している為、エネルギー保存則によって天体の公転速度を僅かに低下させたり増加させたりしている(相手が大きすぎる為、ほとんど無視される。逆に言うと、小型の機体でなければ天体の公転に影響を与える航行方法であるとも言える)

*9
『アークナイツ』の主人公、プレイヤーのキャラクター側からの呼び方。物語の始めの方で記憶喪失になっており、基本的には善人なのだが……色々と問題行動が見え隠れする為、一緒扱いは確かに嫌かもしれない。尊敬されているのも確かなのだが



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ダーツとサイコロ、どっちがいい?

 さてはて、唐突な文明崩壊の危機より暫く経ち。

 

 件の彼(エーくん)の言動が、その当時配信されていなかったとあるゲームのイベントキャラに、なんらかの影響を受けていると思しきモノであったことを知って、ちょっと一悶着あったりしたものの。

 基本的には平穏に、かつ平和に日々を過ごしていた私なのでありましたが……。

 

 

「……幾らなんでも、長すぎるのではないでしょうか?」

「なんじゃいきなり?藪から棒にどうした?」

 

 

 ベッドに腰掛けて雑誌を読んでいた私は、それを乱雑に閉じて隣に投げながら、一つ声をあげるのだった。

 そんな突然の奇行に、最近ずっと私達の部屋(うち)に入り浸っているミラちゃんが、胡乱げな視線をこちらに向けてくるのだが……。

 

 

「どうもこうもありませんよ!幾らなんでもここのリーダーさん、不在期間が長過ぎます!」

「うむぅ、不在期間とな?……ふぅむ、今日で確かー……大体五ヶ月目くらいじゃったか?お主がこっちに来てからとなれば、大体一月と半月ほど──……なんじゃ、まだまだ余裕があるではないか。焦るのならば、不在が半年を過ぎてから焦るが良いぞ?」

「ごかっ……?!いやそもそも半年!?……ええい、このまま座して待っていては、すっかりこっちの子になってしまいます!」

「……その、それに関しては今更じゃないかな?キリアちゃんってば最近はずっと、エミヤさんのデザート開発に付き合ったりしてるみたいだし……」

「……ぎゃふんっ」

「令和の世にもなって『ぎゃふん』、なぞと言う奴がまだ残っておった、じゃと……?!」*1

「お、喧嘩を売ってますか?売ってますね?買いますよ言い値の三割増しで。どうぞどうぞ言い値を吹っ掛けて来てくださいよええ」

「いやちょっ、やめいやめい!言葉の綾じゃ!水を得た魚*2のように絡んでくるでないわっ!」

 

 

 こっちの口が荒くなるのも宜なるかな。

 彼女の言う通り、私がここに来てから経過したのは、大体一月と半月(15日)ほど。

 それでもなお、件のリーダーさんについては、未だ影すら見えていない状況である。

 

 彼との話し合いを主目的と定めてここにいる私は、このまま無為に彼の帰還を待っていると、ずるずるとこっちに居続けることになってしまう。

 そうなってしまうと、そのうち向こう(なりきり郷)の魑魅魍魎達がこっちに突撃してくる、だなんて事態にもなりかねないのだ。

 ……私がこっちに拉致られてるんじゃないかって心配よりも、これだけの長期間私がこっちに居るんだから、なにか楽しいことでも起きてるんじゃないか……という興味と好奇だけの突飛な行動の結果として、その暴挙が起こりうるのである。

 

 そんなことを許してしまえば、恐らくは目も当てられないような大惨事が、この『新秩序互助会』の施設の中で引き起こされてしまうことになるだろう。

 ……ある意味では純粋無垢とも言えてしまうここの人達に、向こうのノリとテンションを持ち込むということは、最早コウノトリ云々*3とか真面目な空気の作品にボーボボを持ち込むとか、そういう酷いことにしかなりえないわけで……。

 

 そんな悲惨な事態はなんとしても避けたい私としては、どうにかしてリーダーさんと面会を果たし、話し合いを粛々と終わらせたいわけなのです。

 ……え?心配するところがおかしい?向こう(なりきり郷)が単なる武力でどうにかなる所なら、端からもっと世紀末な世界でおかしくないんだよなぁ……。

 そもそもの話、向こうは施設ごと()()()()()が施されているわけで。……その技術を転用できるのなら、最早全ての争いは単なる意地の張り合い、迷いも多いこっちの人達に対抗できるかは微妙なところがあるというか。

 

 それと、そろそろ()()()()()()()かも?

 ……的なことをゆかりんが言っていたため、できればそっち方面でもとっととオサラバしたいというか。

 現実で死滅回遊*4擬きなんてやろうとしなくていいから、ね?

 

 ……まぁともあれ、現状のなんの準備もできていない状況での第一種接近遭遇*5は、両組織に要らぬ不和をもたらすというのは確かな話。

 なので早急に、なんならテレビ電話とかでもいいので、直接言葉を交わしたいと思っている私なわけなのですが……。

 

 

「とは言っても……のぅ?あやつが今ここに居らぬ、というのはどうしようもない事実。基本的には下の者に行き先を伝える……ということも無いようじゃし……」

「ぬぐぐ、初手から行き詰まってるじゃないですか……っ!」

「なぁに?キリアお姉ちゃんはお困りなのかい?」

 

 

 ミラちゃんの言うところによれば、リーダーさんは部下達に行き先を告げる、ということはほとんどしないらしい。

 ……件のリーダーさんが、予想通りにあの骨の人だというのであれば、部下に行き先を告げずにどこかへ向かおうとする理由については、なんとなく察せられる。

 

 とはいえ、彼のここでの部下と言えば、幹部級は夏油君とかアスナさん、普通の部下であればミラちゃんとかハジメ君……。

 

 ……うん、別の意味で心休まらねぇな!

 ともあれ、原作の方の骨の人なら、部下からの過剰な敬愛に嫌気を指して、ちょっと一人になりたくなる……みたいなのもまぁ、わからなくもないのだけれど。

 こっちの幹部級二人は、その優秀さに関しては普通に良好な部類ではあるものの、かつての彼の部下のような過剰な敬愛を示す彼に示す……というようなことはないだろう。

 

 さっきのミラちゃんが発した随分と気安い台詞などの、施設内に漂う空気を見るに……、彼等からの扱いは、どちらかと言えば親しみのある近所のおじさん、くらいのモノであるような気がするし、それゆえに上に立つもののプレッシャーで胃を痛めている、というようなパターンではなさそうな予感がする。

 

 若干の問題児気質を持つアスナさんにしたって、これでも血盟騎士団副団長を務めたという記憶を持つ人物、真面目なところではしっかり締めるタイプの人である。

 相手を敬ったりそれを緩めるタイミングについても、勿論心得ているはずだろう。

 

 すなわち、自身より頭脳明晰な相手に傅かれることに辟易している……という可能性は限りなく低いと言える。

 ならば何故、彼は部下の一人にすら行き先を告げずに、長期間施設を留守にするなどという行動をしているのだろうか?

 

 山じいの話によれば、元々彼は前任のリーダーを打ち倒して、ここのリーダーとなったのだという。

 それがいつ頃の話なのかはわからないが、例えばその前任者が諦めておらず、どこかに隠れて再起を図っていて、その対処のために方々を駆け回っている、とかだったりするのであれば、一応は説明が付くが……。

 

 

「……ただでさえこっち(新秩序互助会)についてお国からは知らされていなかったのに、その上更なる火種が転がっている、ですって……!?」

「……キリアお姉ちゃんが怖い……!?」

「ぬぅ?どうしたエーよ……ってぬぉわっ!?キリア顔!顔!」

「え?……あ、これは失礼」

 

 

 また貴様らの仕業か急進派ぁっ!!

 ……的な怒りが漏れていたのか、膝上で抱えていたエーくんに酷く怯えられた私は、ミラちゃんの言葉で表情が凄いことになっていたことに気が付く。

 まるでどこぞの優しい王様のパートナーがぶち切れた時のような形相であったため、周囲に怯えられたらしい。*6

 

 小さくため息をついて、自身の顔を揉み解した私は。

 

 

「……とりあえず甘いものでも食べてきます……」

「お、おう。気を付けて行くんじゃぞ……?」

 

 

 困惑するミラちゃんにエーくんを任せて、ふらふらと部屋の外に出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「……それで儂らの元に来るのも、どうかと思うがの」

「他に落ち着ける場所が思い付かなかったんですよ……食堂だと、他の人に迷惑でしょうし」

「ふぅむ、それもそうか」

 

 

 そうしてたどり着いたのは『目覚め』……もとい、こっちの失言により呼び名の変わってしまった『泥の底』の部屋。

 

 何度か止めましょうと諫言したものの、聞き入れて貰えなかったので諦めたわけだが……なんやかんやと入り浸るうちに、こっちはこっちで落ち着ける場所となっていたのであった。最初のうちは山じいにビビってたのに、ねぇ?

 

 

「……どの口が言うのか。貴様はほぼ最初から、泰然と立っていたではないか」

「おっとマステリさん。テリチキ*7要ります?」

「……()()繋がりとでも言いたいのか?まぁ、貰うが」

 

 

 こっちに来る前にエミヤさんに作って貰ったお昼ご飯を、奥からぬっと現れたマステリさんに渡しつつ、包みを剥がして中のハンバーガーを一口。

 ……ううむ、酸味と旨味のバランスのよいタルタルソースに、ぷりぷりの身がたくさん詰まった海老カツ。さすがはエミヤさん、ジャンクフードとはいえ全力ですな。

 

 うまうまとハンバーガーを貪っていると、なにか言いたげだったマステリさんが、小さくため息を吐いたのちに隣のダンボールに腰を下ろした。

 

 

「……ああ、エミヤさんにジャンクを作らせた手練手管(てだれくだれ)についてですか?最近の世の中は高級志向のジャンクフードもありますよ、って言ったら渋々ながらに作ってくれました!」

「……いや、聞きたいのはそういうことではなかったのだが。……そもそもそれを余が聞いたところで、試す機会がないと思うのだが?」

「……?普通に自分の食べたいものを頼むのに、使えばよいのでは?言い方は尊大な感じで。エミヤさんfgoでの経験もありますし、尊大な物言いもそこまで気にしないと思いますよ?」

「それもそうか……ってそうではなく」

 

 

 わかっているだろうに、話を逸らすな……とでも言いたげな彼の視線に、小さくそっぽを向く私。

 この微妙な空気は、先ほどから会話に加わっていないもう一人に理由がある。

 

 

「……我が華……我が愛しの君……どうして……何故……」

「ええい、いつまでもめそめそしておるでないわっ!」

「君にはわからないだろうさ山本元柳斎!私の愛はただ一人のためのもの!芳しくも清らかな一人の聖女にのみ捧げられるもの!今の彼女では……ないのだ……ッ!!」

「……歯を食い縛るほどに嫌なのか……」

「知りません。ええ私は知りませんとも」

「おのれ悪鬼!我が愛を愚弄するかぁ!」

(……めんどくさいが面白いな、水銀の)

 

 

 その理由……メルクリウスさんは、淀んだ表情でダンボールに腰を掛けている。

 いつもの鬱陶しさはなりを顰め……顰めてないな別方向になってるだけだわ。ともあれ、常とは違う面倒臭さを彼が発揮している理由は、私が『泥の底』にいる間はキリアの喋り方を止めていることにある。

 

 なんでも、彼の言うところによれば彼が華として愛でているのは、あの喋り方を含めたキリアであって、今の楽にしている状態ではないのだという。

 結果、姿形こそ華そのものである今の私を、否定したいような否定したくないような、なんとも面倒臭い気分になっているのだそうで。

 

 こっちで楽にしていると毎回こんな感じなので、最早私も慣れきってしまっているというわけである。……いやまぁ、同居人二人にしてみれば、彼が毎回毎回ぐちぐちぶちぶち鬱状態になるため、できればなんとかして欲しいというのが本音らしいのだが……。

 

 

「その場合、私は山じいの秘密をバラすことになりますが……」

「この話は他言無用!以後、口にすることを禁ずる!」

「山じい……」

 

 

 長く入り浸れば、秘密の一つや二つ知りもするというもの。

 孫に甘いお爺ちゃんのようになった山じいの姿に、マステリさんがホロリと涙を流していたのだった。

 

 

*1
元は『ぎょふん』だったとされる。この場合の『ぎょ』は『ぎゃ』と同じ感動詞であるとされ(恐らくは『ぎょっとする』の『ぎょ』と同じ)、『ふん』の方は『ふむ』と同じ承諾の言葉だったとされる。合わせて『言い負かされて言葉もでない様』を指す言葉。『ぎゃふんと言わせてやった』と言う形で使うことがほとんどだが、実際に『ぎゃふん』ないし『ぎょふん』という言葉を口に出させているわけではない。江戸時代くらいからある、結構古い言葉

*2
元々は三國志における『蜀書 諸葛亮伝』にて、蜀の劉備が孔明を手厚く扱ったことに対し、嫉妬した関羽や張飛に向かって、その嫉妬を解す為に述べた話が元だとされる(いわゆる『水魚の交わり』。魚は水の中でしか生きることができない、切っても切り離せない間柄であることから、殊更にに親密な間柄を示す言葉として使われる)。そちらの『仲が良い』ことを示す言葉としては『魚の水を得たるが如し』があるが、『水を~』の方も元の意味は同じだった(いわゆる語源が同じ)。時代を下るに連れ、『自身の能力を活かすことのできる職場や場面にであって活躍する』というような意味になっていったようだ。なお、元が故事成語である為、『水を得た魚』の『魚』の正しい読み方は『ウオ』となる

*3
『幽々白書』より、とある人物の言葉。ある意味では性癖暴露。ジャンプは時々ヤベー奴を生むなぁ、と思わせてくれる言葉

*4
『呪術廻戦』の用語。とある人物が仕掛けたデスゲーム。名前の由来は自身の生息域から流されてしまい、全く異なる環境に適応できずに死亡するという『死滅回遊魚』だとされている

*5
アメリカの天文学者ジョーゼフ・アレン・ハイネック氏の提唱したUFOとの接触段階の定義から。第一種接近遭遇の場合、相手UFOの仔細を確認できる程に近付いた事を表す

*6
『金色のガッシュ!』より、俗に言う鬼麿。ぶちギレて鬼か羅刹か修羅か、と言わんばかりに表情を変じさせた清麿君のこと

*7
()()焼き()()ンのこと。ここではハンバーガーだが、単品でもテリチキはテリチキである



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アドレス交換は嗜みの一つ?

「それで?貴様のことだ。単に休憩に来ただけ……というわけでもないのだろう?」

「おや鋭い。流石はマステリさんですね」

 

 

 メルクリウスさんがふて寝してしまったのを見届け、半ば諦めたように息を吐き、手に持っていたテリチキにかぶり付いたマステリさん。

 そっち(テリチキ)も流石のエミヤ製ということなのか、一口含んだ彼は眉をピクリと動かすと、一心不乱にそれを食べ始めるのだった。

 そうして無言で食べ続けること暫く、彼は残った包み紙をくしゃくしゃに丸めてくずかごにシュートしたのち(行儀が悪い、と山じいが怒っていた)、改めてこちらに声を掛けてくる。

 ……私?私はまだ食べてるよ。口小さいしね。

 

 まぁそんな感じで話し掛けられた私は、先ほどの自室での出来事を、もう一度話すことになったわけなのだけど……。

 

 

「ふぅむ、連絡手段か……『伝言(メッセージ)』とやらが使えれば、それがよいのじゃろうが……」*1

「一度でも見ていれば使えるかも知れませんが、今の状況だと取っ掛かりもないので……」

 

 

 山じいの口から溢れたのは、リーダー()の原作で使われていた連絡手段を利用すれば良いのではないか、というもの。

 

 確かに、使えるのならばそれが一番早いだろうとは思うのだが……私が模倣(コピー)をするには、その技術を一度見ていなければならない、という制約がある。

 いつぞやかに使っていた『ハマノツルギ』なんかは、こっち(現実)では見たことはないけども、なりきりをしていた時(向こう)見た(使った)ことがあるモノだからこそ再現できたわけで。それ以外の、今のところ見たこともない技術に関しては──一度それを使っているところを見る、という行程が必要なのである。その辺りはまぁ、()だからこその制限な所もあるが……。

 

 ともあれ、現状では知識外のモノとなる『伝言』は、私にとっては模倣はできないもの、というのは間違いないだろう。……まぁそもそもの話、仮に一度見るという行程をクリアできたとしても、今度は『伝言』を送る相手のアドレスがわからない……という問題にぶち当たるわけだが。

 あれは一応、ネットゲームの連絡手段が転じたモノ(魔法)である。それゆえ、相手の居場所(アドレス)がわからない現状で使おうとしても、いわゆる広域メッセージ……いつぞやかの全体フレコ送信、みたいなことしかできないわけで。*2

 既読無視なのかを確認することもできない以上、相手が反応を返してこなかったらそこでおしまい、以後素直に待ち続けるのみというやつである。

 

 

「ふむ、ダメか。うまく行くと思ったのじゃが」

「こうなれば最終手段、予知系とか遠視系技能で探知を……ってあ、そういえばあの人探知対策とかしてたような……?」*3

「流石にそれは切っているのではないか?」

「……いや、仮に切ってたとしても攻撃連動部分だけ、探知に対しての逆探知は残してると思うから、場合によっては喧嘩を売ったと見なされたりするんじゃ……?」

「そこまで警戒せずともよい、と思うがのう」

 

 

 相手に直接『伝言』するのが無理そうだとなると……あとはもう、向こう(なりきり郷)に帰って探知系技能持ちに探して貰うくらいしか思い付かなかったのだが。それはそれで、確か原作での彼が常に逆探知を仕掛けていたことを思い出してしまい、即座に頓挫してしまう。

 マステリさんの言う通り、オートで攻撃魔法によるカウンターを仕掛ける……という形の対策は、恐らくオフにしているとは思うのだが。

 逆に言えば、探知に対しての逆探知に関してはオフにする必要が見受けられないため、そのまま使っている可能性が高い。

 

 と、なれば。

 迂闊に覗き見をすればいわゆる『ガンを付けた』こととなり、敵対行動と見なされて、会話をすることもままならなくなるかもしれない。

 そうなってしまえば、私としては非常に困ったことになる。基本的にはこことは良好な関係を築きたいと思っているので、変に敵対的な状態になられるのは困るのである。……え?幽霊列車での一件?あれは直接戦ったりとかはしてないので……。

 

 まぁともあれ、魔法とかスキルで見付け出そうとするのは、現状良い行動だと言えないのは間違いないだろう。

 そうなってくると……。

 

 

「うーむ、衛星でもハックしてそっから確かめる……いや、バレないかもしれないけど砂漠でダイヤ探すようなことになるかぁ……」

「……貴様、サラッととんでもないことを言っていないか……?」

「ぬぅ、この童女こそ騒動の発端だったか……?」

「うぇ?……あ、ああ。やだなぁ、G◯◯gleマップとか使おうとしてるだけですよ?あははは……」

 

 

 高高度から、機械の目を使って探すのが一番なのでは?

 ……と一瞬考えたものの、探す相手はただ一人。それを行き先の目星すら付いていない状態で探すのは、砂漠に落ちたダイヤを探すよりも困難なことだと思い直し断念。

 ……そもそもの話、ダイヤが落ちたのが砂漠なのか・はたまた大海原や雪原なのかすらもわかっていない現状で、機械に頼った捜索を行うにはちょっと無理があるだろう。……ルリちゃん辺りに手伝って貰って処理速度を上げる、とかの対策も思い付かなくはないけれど、それにしたって無謀にもほどがある話だし。

 

 なお、そうしてポツリと呟いた言葉に、周囲二人から危険物を見る目を向けられたが……一応、言葉の綾だと言うことにしておいた。

 ラスボス然としているが、この二人(+一人)は本人そのものではない人物。……基本的には良心に従って行動しているので、度を越した行為だと判断されれば、普通に敵対されかねない。

 

 彼等の前では、法とか人道に触れるような真似は控えよう……そう誓う私なのであった。……まぁほら、こっちの姿になってからはわりと傍若無人なところがあったし、自分を見つめ直す良い機会だったということで……。

 

 

「……サヨナラッ!!」

「あ、逃げたぞ!」

「こらっ、待たぬか悪ガキが!」

 

 

 そんな自己弁護は通じなかったため、慌てて逃げ帰ることになる私なのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

「うーむ、あの分だと暫く顔を見せない方がよいでしょうねぇ……」

 

 

 命からがら……とまでは行かないものの、わりと真面目に流刃若火(杖モード)を脳天に叩き落としそうな空気を纏った山じいから逃げおおせた私は、走り回った結果として自室からは離れた場所にたどり着いていた。

 外に飛び出して口調を戻した途端に「ははは、行くがいい我が華!ここは私が任された!」とかなんとか元気を取り戻したメルクリウスさんが、こちらに『先に行けムーブ』をしてくれなかったら危なかったかもしれない……なんてぼやきつつ、額の汗を拭う。

 

 とはいえ、逃げてきたこちら側から自室に戻ろうとすれば、彼等の部屋の近くを通らなければいけないこともあり、暫くはこっちで時間を潰さなければならないだろうが。

 そうして周囲を見渡せば、そこは地下ながらに緑が見える場所で。

 

 確か、日の当たらない地下で滅入ることのないように……とかなんとかの理由で作られたのだという、地下庭園の入り口に私は逃げてきたようだ。

 ……まぁ、落ち着いたところでちょっと考えを纏めたい、と思っていたのも確かな話。

 そうして一つ頷いた私は、どことなくお嬢様とかが御茶を楽しみ遊ばされていそうなその庭園へと足を踏み入れ。

 

 

「……どうして……やはり予祝……」

「うわぁ」

 

 

 庭園のお洒落なテラス席で、紅茶片手にうわ言のようにぶつぶつと呟きをあげる(FXで有り金全部溶かした顔をしている)*4メジロマックイーンに出くわすのであった。*5

 

 彼女はまぁ、向こう(なりきり郷)でも珍しかったウマ娘、その都合(私が出会った順でカウントして)三人目となる人物であり、ここに来て暫くしてから顔をあわせ、仲良くなった人物なのだが……。

 彼女もまた、純正のウマ娘とは言い難い性格をしており。

 

 

「今シーズンはおしまいですわぁ~~っ!!」

「いやその、勝負は時の運と言いますし……」

「このまま進むと自力V消滅ですのよ!?あんまりですわぁ~~っ!!」

「ああはい、落ち着いてくださいよ……」

 

 

 ……ご覧の通り、ネットでのマックイーンネタの殆どが組み込まれた存在なのである。

 チョコをパクパクと食べるし、食べすぎでちょっと太りやすかったりするし、猛虎魂を持っていたりするし。*6

 

 そんな感じで、純正のマックイーンに比べるとネタ要素が大きいのが、ここにいるメジロマックイーンなのである。……え?アプリとかアニメでもわりと変な面を見せてた?

 

 まぁともかく。

 存在自体が珍しいウマ娘であることも手伝って、色々と交流を持つことになったのだが。

 向こうのオグリとタマもわりと意味不明な生態をしている、ということを知った時には、彼女もまた少々間抜けな顔を見せていたのは記憶に新しい。……いやまぁ、さっきのFX顔もどうかとは思うけども。

 

 

「こうなれば自棄食いですわ!パクパクですわ!」

「……別に自棄じゃなくても、それなりに食べるじゃないですかマッキーは」

「……その、何度も言っていると思うのですが。マッキーは止めてくださいませ!別の人にしか聞こえませんわ?!」

「……アグニカ・カイエルの魂?」

「集いませんからね!?」*7

 

 

 まぁ、彼女とはわりと仲が良い方だとは思う。

 こうして変な話をできるくらいなので、こちらの事情を知らない相手としては上位に入るくらいの仲の良さだろう。

 なのでまぁ、こっちの事情を察する力も大きいわけで……。

 

 

「まぁ、トレーナーさんと?」

「ええ、はぁ、まぁ…………んん?トレーナー?」

 

 

 微妙に沈んでいるというか、困っているというか。

 そういったこちらの心情を察した彼女に促され、事情を話したところ。

 彼女は腕組みをしながら、うんうんと小さく唸っていた……のだけれど。……今、微妙に聞き捨てのならない単語が聞こえたような?

 

 

「え?……ああ、はい。ここのリーダーさんは、私のトレーナーも兼業されていますのよ?」

「……あの人が?!」

「うわっちょっ、おち、落ち着いてキリア!溢れ、紅茶が溢れてしまいますわ!」

「あ、ごめんなさい……」

 

 

 そんな私の疑問に返ってくるのは、間違いなく彼が──アインズ・ウール・ゴウンことモモンガさんが、彼女ことメジロマックイーンのトレーナーを担当しているという話。*8

 ……どういう繋がり!?と驚く私を嗜めるように、彼女は小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 

*1
『オーバーロード』に登場する魔法の一つ。ハンズフリーの携帯電話、といった類いのモノで、感覚的には相手に糸を繋げるように感じるのだとか。ゲーム世界では本当に単なる連絡手段だが、転移後の世界ではこれを過信しすぎて情報が錯綜し、一つの国が滅んだことがある為なのか、信憑性が低いもの扱いされている。その為、結局直接転移して言葉を伝える、等の手間を掛けさせられるモモンガさんが居たとかなんとか。なお、金属の部屋に閉じ籠るとこの連絡手段を遮断できるのだとか

*2
『オーバーロード』作中において、メッセージが送れるようになる条件は不明。その為、単に相手の顔を知っていれば使えるのかも、何かしらの契約的なものがいるのかも不明である。なお、この作品に限って言えば、実際に会って相手のことを認識する必要がある為、現状使えないのは間違いではない

*3
『オーバーロード』作中の描写より。探知系の技能を行ってきた相手に、予め設定しておいた魔法を自動で発動する(探知を逆探知して術者に直接攻撃する)という魔法なのかスキルなのか不明な技能を使用している描写がある。ゲーム世界では特に問題は無かったが、転移後は見ているのが味方であっても発動するようになった(フレンドリーファイア)為、基本的に自動カウンター部分はオフにされている

*4
2022年4月現在のとある野球の球団の状況と、ちょぼらうにょぽみ氏の漫画作品『あいまいみー』に登場したとある人物の表情から。前者は割愛()するとして、後者は文字通り『FX(=外国為替(Foreign eXchange)取引のこと。現在では外国為替証拠金取引のことも含む。両者の違いについては割愛)』で大量の金を失った時に、その人物が浮かべた表情のことであり、別名『ぬとねの区別がつかなそうな顔』とも呼ばれる。『FXはギャンブルではない』、ということを覚えておかないと似たようなことになるから注意だ

*5
『ウマ娘 プリティダービー』より、同名の競走馬をモチーフにしたキャラクター。お嬢様然とした風貌と性格をしているが、意外と愉快な面も持ち合わせている

*6
以前解説した通り、『パクパクですわ!』はマックイーンとは無関係……だったのだが、お嬢様口調と関西弁は局所的に似ている、という事で食べ物ネタと共に取り入れられたようだ。猛虎魂は、作中では直接的な明言はないものの、状況証拠的にとある球団を応援していそうだと思われた為のネタ。野球好きなのは間違いないので、『やきう』に関しては風評被害ではない

*7
『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』より、マクギリス・ファリドのこと。一期は底知れなさがあったが、二期ですっかりバエルおじさんと化した彼のあだ名。?『皆、バエルの元へ集え!』

*8
『オーバーロード』の主人公、鈴木悟のアバター。見た目は骨だが、その威圧感は半端ではない



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とりあえずフラグを撒いていくスタイル

「えっと……そもそもマッキーは前リーダーをトレーナーにしていたと……?」

「まぁ、そうなりますわね。……今にして思えば、ウマ娘としての身体スペックとそのアイドル性、その両方を彼が欲した結果なのでしょうが……」

 

 

 改めて紅茶などの飲み物を頼み、詳しい会話をすることとなった私達。

 

 その中で彼女が一番最初に語ったのは、メジロマックイーンという存在がこの組織の中でも、古参に分類される存在だと言うことだった。

 ……というか、そもそもの話『前リーダー』とやらが一番最初にこの組織に招き入れたのが、今私の目の前にいるメジロマックイーンなのだという。……ちょっと衝撃的な事実過ぎて、脳みそが付いていけてないんだけど???

 いやだって、マッキーだよ?……ええ……?

 

 

「……貴方、私のことをなんだと思っていらっしゃるので?」

「え?……えっと、やきうのおウマさんでは?」*1

「ん゛ん゛っ、ごほんごほん。ええと確か……前リーダーの話でしたわね?」

(すっごい露骨に話題を逸らした!?)

 

 

 そうして困惑していると、彼女から若干不機嫌そうな視線を向けられたわけなのだが……こちらからの返しの発言を聞いた彼女は、露骨に咳き込みながら話題を修正し、その辺りのことを有耶無耶にしようとしていたのだった。……いやまぁ、いいけどね?

 

 ともあれ、彼女が語るところによれば。

 このメジロマックイーンは、現在ここに所属している転生者(なりきり)の中では最古参にあたり、その在籍期間だけを見れば、山じいさえも頭が上がらないかもしれないような人物……なのだという。

 そんな相手に気安く話し掛けて良かったのだろうか、と今更になってちょっと心配になってきたが、『キリアさんはそのままでいてくださいな、畏まられるだけというのは、辛いのですわよ?』と、ちょっと寂しげに言われてしまえば黙る他なく。

 まぁそんな感じで、言葉使いを直す機会は、永遠に失われたのだった。

 

 

「ええと、それで……ああ、前リーダーですわね。……不思議と()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、基本的には人当たりの良い人物だった、ということはよく覚えています」

「……まぁ、ここの人達を曲がりなりにも纏めていらっしゃったと聞きますし、少なくとも外面が良かったのは想像できますが」

「ええ、その通り。彼がそのカリスマ性を持って、本来であれば纏まらなかったであろう人々を、見事に纏め上げたのは確かなのです」

 

 

 そうして話は戻り、前リーダーについて。

 

 色んなところで伝え聞いていた通り、彼は人当たりがよく。皆の話をよく聞き、よく纏めた人物だったのだという。

 それは一種のカリスマと言い換えてもよく、彼の背を追った者達は皆一様に『彼の元でなら凄いことができる』と、半ば妄信的な確信を抱いていたのだそうだ。

 

 ──それが、ある日を境に変わっていったのだという。

 

 

「まさしく()()()()()()、というべきでしょうか?……いえ、態度そのものは変わっていなかったのですが。周囲の言葉をよく聞き、それを纏めてちゃんとした方針に変える……その有能さは変わらないままに、ちょっとずつ目指す場所が不穏なモノになっていった、というべきでしょうね」

「不穏……というと、国家転覆のような?」*2

「はっきりと口に出したことはなかったように思いますが、概ね似たようなことを述べていたような気は致しますわね」

 

 

 小さく嘆息しながら、マッキーが紅茶に口を付ける。

 淹れた人間はエミヤさんではなかったモノの、そちらと甲乙付けがたいほどの芳醇な香りを醸し出す、恐らくは計算し尽くされた淹れ方をされた紅茶であった。

 誰が給仕したのかはわからないが、恐らくはとても有能な執事(バトラー)だろう。……なんだか寒気というか怖気がした気がするのは、なんなんだろうね?……見たらすぐにわかる系の執事だったりするとか?

 

 ……まぁ、そんな私の予感は置いておいて。

 紅茶の香りと味に心を落ち着けつつ、話は続いていく。

 

 前のリーダーとやらは表にその野望を見せることなく、表面上は今まで通りに周囲を導き、良き指導者として慕われていたらしい。

 鋭い者──山じいだとかは、仄かに香る不穏さに眉を顰めたりもしていたようだが。幾ら火のない所に煙は立たず*3と言えど、火種すら見えていない状況下で、傍目からは良き指導者以外の何者でもない彼を糾弾することはできず。

 

 時折小言を挟みつつも、それでも組織は順調に回っていたらしい。

 所属人員のストレス解消も、外の世界での異常──荒ぶる神としての【顕象】達の討伐などの体を動かす仕事によりまかない。

 転生者と自認している者達特有の向上心も満たしながら、徐々に組織は大きくなっていき……、

 

 

「そして彼は弾けた、のですわ」

「……脳内での前リーダーさんのイメージが、某サティスファクションなリーダーさんに固定されてしまったのですが?」*4

「まぁ、私達も顔を覚えていませんし。……()()()()()()()()()を思うに、強ち的外れということもないのではないかしら?」

「……いやまぁ、それはそうなんですが……」

 

 

 とあるきっかけにより、『新秩序互助会』は組織を二分するほどの、大騒動に見舞われることになったのだった。

 ……それはいいのだけれど、彼女の語り口のせいで『満足性の違い』で解散した*5、みたいな印象が付いてしまったのはどうしてくれるのか?

 そんな私の文句には、マッキーは静かに微笑みを返してくるだけ。……()()()()については無視かと思えばちゃんと把握している辺り、彼女の言う通り大まかな人物像としては間違いでもないのかもしれないが、それはそれとして真面目な話中にネタを投げるのは止めるべきじゃないかなー、というか。

 

 

「…………」

「どの口が言ってるんですか、みたいな視線を向けてこないで下さい」

「どの口が……」

「実際に発言しろ、とも言っていませんからね!?」

 

 

 ……まぁ、その辺りのツッコミはまさしくブーメラン。マッキーからはなに言ってんのこいつ、とでも言わんばかりの視線を返されたわけなのだが。……私は悪くねぇ!

 

 

 

 

 

 

「相手がどこかに潜伏している、という可能性はあるものの、『前リーダー』の影響はすでにこの組織には残っていない……と?」

「まぁ、それがトレーナーさんの望みのようでしたし。私も、微力ながらにお手伝いさせて頂きましたわ」

 

 

 それから語られた内容は、内戦の様相を呈してきた一連の騒動の中で、現リーダーである骨の人……もとい、アインズさんがめきめきと頭角を現して来たことや、その流れが続くうちにリーダー同士の一騎討ちに発展していったことなどに飛び火していき。

 結果として、結構な時間を単なる昔話で消費してしまうことになってしまっていたのだった。……いやまぁ、興味深い話ではあったけどね?

 

 それと、彼女がアインズさんを手伝った手段、とやらについても詳しい解説があった。

 どうやら彼女、ある意味では洗脳に近い影響力を持っていた、前リーダーの思想を施設の中から払拭するために、皆の前で華麗な()()()()()をして見せたのだという。*6

 うちのウマ娘二人はその辺り(歌って踊ること)には興味が無さげな様子であるため、そういう意味ではこっちの人々がちょっと羨ましいような気がしないでもない。

 ……もし仮に、向こうに彼女が行く時があるのであれば、その時は他の二人も巻き込んで、存分にうまぴょいして貰おうと密かに決心する私である。

 

 そんな謎の決意を内心で抱きつつ、話は佳境へ。

 

 彼の決め台詞(?)である『時間対策は必須なのだがな』*7などの言葉も飛び出したりしながら、最終的に彼は見事に前リーダーを打ち倒した。

 

 そうして敗れた前リーダーの、その後の行方だが……そちらについても彼女達はよく覚えていないらしい。いやまぁ、顔も覚えていないのにその末路だけ知っていたら、それはそれでなんか不気味なのでアレだが。

 ともあれ、話を聞くに『前リーダー』の存在というものが、不自然なほどにメンバーの記憶の中で曖昧なものになっている、というのは確かな話。

 

 それがなにを意味しているのかは、今はまだわからないが。……用心しておくに越したことはない、と心に刻み付け、彼女に話の続きを促す私である。

 

 

「そうですわね……前リーダーの息の掛かっていた人物には、積極的なカウンセリングを実施し、彼が密かに進めていた計画についても、その全貌を探って協力者を割り出し……そういった雑多な事後処理を全て終えたあと、トレーナーさんはちょっと長い休暇を取っていたわけなのですが……」

「この時点で結構お腹いっぱいなのですが、まだ続きがあるのですか……?」

「あるのですわ。まずはこちらをご覧あそばせ」

「はい?……ええとこれは、手帳?」

「ええ、トレーナーさんの予定を記した、スケジュール帳ですわ」

「……ウマ娘側のスケジュール帳ではなく?」

「私の?……って、違いますわ。そういうのではなくてですね、これは()()()()()()()()予定帳ですの」

「……いきなり証拠物件渡すの心臓に悪いので止めませんかっ?!」

 

 

 彼女から渡されたのは、一冊の手帳。

 パラパラと捲ってみれば、几帳面そうな文字がびっしりと書き込まれていることが目に付いた。

 

 彼女の言うところによれば、これは前リーダーが自身の予定を書き記していたものなのだという。

 ざっと流し見したのちに彼女に返し、これが今までの話にどう関係して来るのか、ということを視線で尋ねる私と、慌てない慌てないとでも言うように、長話で乾いた喉を潤すかのように紅茶に口を付ける彼女。

 

 カップをテーブルに置いた彼女は、一拍を置いて再び口を開く。

 

 

「基本的に悪事というものを行う場合、人目に付かないように行動する……というのが一般的ですわね?」

「……ええ、まぁ。白昼堂々と犯行を行う方もいらっしゃいますけど、それでもその準備というものまで表で行う、ということは早々ないのではないでしょうか?大掛かりな話になればなるほど、早期に露見して止められる可能性が高まりますし」

「ええ、その通り。彼もまた、自身の野望については私達の目の届かない場所で準備を進めていたのだと思われます。……日本という国において、他者の目から隔絶する……というのは、意外と難しい話だということはご存じですわね?」

「村社会と言うように、余所者の動向には常に警戒を張り巡らせているから、ですよね?」

 

 

 こちらの返答に、彼女は満足げに首肯を返してくる。

 日本人が殊更に余所者を警戒するタイプである……というのはまぁ、よく言われている話である。

 人種の坩堝であるアメリカならばいざ知らず、日本という国においては基本的に自身の生活圏、その内容物というものは早々変化しない。

 これは田舎になるほど顕著になり、それゆえに『人の口に戸は立てられない』という言葉を実感することになるわけなのだが……それが、今の話となんの繋がりがあるのだろう?

 

 そんなこちらの困惑に微笑みを返しながら、彼女は次の言葉を紡ぐのだった。

 

 

「──謀は密やかに。そうして選ばれた秘め事の地は、創作においても何度も取り沙汰されてきたとある場所。……()()()()()。それが、今トレーナーさんがいらっしゃる場所に間違いないでしょう」

「……はい?」

 

 

*1
現実にも自身の寝言で起きる人、というのは居るらしいが、彼女の場合は自身の『かっとばせ』という寝言で起きることがあるらしい。正にやきうのおウマさん……

*2
日本国憲法的には『内乱罪』もしくは『内乱予備・陰謀罪』にあたる。国家の秩序を転覆させるような犯罪は、それが目論見を果たした時点で『勝てば官軍』となる為、準備や示唆をした時点で刑罰の対象となる。基本的に、首謀者は死刑もしくは無期禁固刑に課せられる。因みに似たようなモノに『外患罪(誘致・援助の二種およびその未遂・予備・陰謀を含む)』と言うものがあり、これは簡単に言えば『余所の国に日本国を攻めるように教唆する』ことによる罪。こちらも基本的には首謀者の死刑を持って罪を灌ぐ事となる。余りに重たい罪である為、基本的に裁判の場でこの罪を持ち出されることはない、らしい(未遂ですら処罰されるので、冤罪や恣意的利用を防ぐ為と思われる)

*3
由来などは以前語った通り。火の気の無いところに煙はでないと言うが、例えばその火が()()()()()()()()()()()()()()であっても、第三者に見えるのは煙がそこにあるという事実だけ、ということはよくよく考えておかなければならない。不審火なのか、自然発火なのか、はたまた自分で燃やしたのか。煙そのものは変わらずとも、その発生理由には多彩さが見えるぞ、というお話

*4
『遊☆戯☆王5d's』の登場人物、鬼柳京介のこと。サティスファクションとは『満足(satisfaction)』といった感じの意味であり、やたらと満足満足言う為なのか彼の治めることとなった街の名前も『サティスファクションタウン』になっていた。『サティスファクションタウン編』とは、彼が不満足状態から満足を取り戻す過程を描いた物語である……?『ダークシグナーだった頃のお前はもっと輝いていたぞ!』

*5
バンドが解散する時に諸々の理由を覆い隠す形で使われる理由『音楽性の違い』を捩ったもの。似たようなモノに『音楽性の不一致』がある。特定の感性が食い違ったことを示すものである為、『音楽』の部分を入れ換えることで様々な状況に対処することができる

*6
『ウマ娘 プリティダービー』のイメージソング『うまぴょい伝説』のタイトルにも使われている謎の言葉。『電波具合が足りない』というオーダーを受けた作曲家が『こうなったら(酒を)飲むしかねぇ!』と一念発起して生まれたとされる電波曲。『魔力供給(意味深)』などと同単語扱いされることもあれば、うまぴょい伝説を歌って踊る場面まで育成を進めた、ということで一種のゲームクリアの意味を持っていたりもするが、基本的には意味不明な単語である。なお、うまぴょいの方はそんな感じに意味が定まって行ったが、曲内に含まれる他の謎単語(『うまだっち』とか『うまぽい』とか)は、未だに謎言語のままである

*7
名言であると同時に迷言でもある『オーバーロード』内のアインズ様の台詞。時間停止は実際他の作品でも、出てくれば真っ先に対策を考える必要のある技能であるし、『オーバーロード』内のゲーム『ユグドラシル』においてもプレイヤー間では『時間停止対策』をしていないのはナメプと言われても仕方のない行為だと認識されていた。……無論、そんなもの(時間停止)は初めて見た現地民からしてみれば『そんなこと言われても』というやつではあるのだが



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ロボットか秘密結社か、大体何か隠れている

 衝撃的……というほどのモノではないが、ともあれこちらの思考を一瞬停止させるには十分な言葉に、思わず私が呆けてから暫く。

 ようやく再起動を果たした私は、彼女に対して再度の確認を取るのだった。

 

 

「ええと、そのトレーナーさんというのは、今の方の?」

「そうですわ。……お休みに入られた彼が、前リーダーの使っていた居室をなんとなく家捜ししてみた結果、この手帳を見付けたのがきっかけなのですわ」

 

 

 彼女の語るところによれば、アインズさんは諸々の事後処理を終えたのち、暫くの休暇を取ることにしたそうなのだが。

 

 彼の部屋は向こうのゆかりんルーム的なもの──すなわち社長室に相当するものである。そのため、前リーダーが使用していた部屋を、そのまま彼が利用する形になっていたのだという。

 その部屋に備え付けられていた、大層立派な机。

 その引き出しの中の一つ、正面から見て右上にあるそれが二重底になっていて、そこに隠されていたのがさっきの手帳であったのだそうだ。

 

 

「デスノート的な隠し方*1だったそうですわ。……なんとなく試してみたくなるのもまぁ、納得ですわよね?」

「あ、あー……」

 

 

 紅茶を飲みながら小さく嘆息するマッキーに、思わず首肯してしまう私。

 

 なんでも鍵の掛かっていた引き出しの底に、上からではわからない不自然な穴が空いていたのだという。……そりゃまぁ、なんとなーくボールペンの芯を刺してみたくなるというのも、わからないでもないというか。

 まぁ、その結果として折角の休みを返上する羽目になっているというのは、正直好奇心の対価としては重すぎる気がしないでもないが。

 

 ともあれ、前リーダーの隠していた手帳を図らずしも見付けてしまった彼は、その内容を(これまた好奇心から)読み進め……。

 

 

()()()()()()()()()()()()*2、ということを読み解いたトレーナーさんは、私にこの手帳を渡したのちに引き留める間もなく出ていってしまわれた、というわけなのですわ」

「……話を聞いている限り、モモンガとして使える魔法はそれなりに使えるようですから……転移(テレポーテーション)で移動を?」*3

「あ、いえ。それに関しては具体的な位置がわからなかったみたいですから、普通にタクシーを捕まえてそれに乗って……と言った感じですわね」

「……骨のままの姿で?」

「流石にそこら辺はごまかすに決まっていますわ……」

 

 

 手帳の中に記されていた言葉『富士の麓』を頼りにして、こちらの止める間もなく飛び出して行ったのだという。……転移も使わずに?とか、ごまかすってまさかモモンさん*4じゃないよね?とか、色々ツッコミどころはなくもなかったが……ともあれ確かなのは、彼が富士山に向けてここを出発したということ。

 

 都合半年近く戻ってきていない辺り、余程捜索が難航しているのか、はたまた……。

 そんな風に考え込む私に、マッキーは小さく微笑みを浮かべながら声を掛けてくる。

 

 

「まぁ、トレーナーさんの実力については疑う余地もありませんし、余程捜索に難航している……というのが正解だとは思いますが」

「……まぁ、時間停止ができることは確定の様ですし、そう考えると手こずる方がありえませんか……」

 

 

 彼女の言う通り現リーダーことアインズさんは、話を聞く限りは早々誰かにヤられてしまうような、柔な存在では無いように思われる。

 なりきり(『逆憑依』)の仕様上、本人(原作)とは比べ物にならないくらいに弱体化はしているだろうが……それでもまぁ、例の台詞(時間対策云々)を言える以上は時間停止は使える、と見ていいだろう。

 その時点で攻撃はともかく防御に関してはほぼ完璧……みたいなものなので、単純に捜索範囲が広すぎて難航しているとかの方が、予想としては正しいというのは確か。

 

 ……まぁ、それをあとから追っ掛けて見付けようとしている、こっち側の難易度も相応に上がっているような気がしないでもないわけだが!

 

 

「……どうやら、お役に立てたようですわね。その手帳はお渡ししますわ、私が持っていても仕方ないですし」

「……?リーダーさんから預かっておいてくれ、とか言われたわけではないのですか?」

「慌てて走り去っていく最中、トレーナーさんが落としたのを拾ったというだけですもの。もしかしたら向こうで『あれ!?落っことした?!』とかなんとか騒いでいらっしゃるかもしれませんし、ついでに届けてくださいますか?」

「え、ええー……」

 

 

 なお、件の手帳はそのまま私預かりとなった。……なんかアインズさんちょっとポンコツ感漂ってない……?

 誰かがどこかでくしゃみをしているような気配を感じつつ、私は小さくため息を吐くのだった──。

 

 

 

 

 

 

 団長を迎えに行くの?じゃあ、私も付いていこうかな──。

 

 部屋に戻った私が出掛けることを知らせると、そんな言葉を紡ぎながら準備を始めたアスナさん。

 今回はパス……と言って部屋を後にしようとしたミラちゃんの首根っこをひっ掴み、悠々と歩く彼女の背をなんとも言えない気分で眺めつつ、出口へと向かっていた私達は。

 

 

「ふははは!下郎の皆さんお疲れ様です(闇に呑まれよ)!……ぞろ雁首を揃えて、どこかに出掛ける予定か?」*5

「あ、お疲れ様ですサウザーさん。……なんで熊本弁なんですか?」

「ふっ、勘違いするでないわ。俺の挨拶は()まれよ。奴のは()まれよだから、これは俺のオリジナルだ」

「……発音だけじゃわからない話をするの止めません?」

 

 

 その途中、トレーニングルームから戻ってきたサウザーさんにばったりと出くわしていた。

 程よく汗を掻いたという彼はこれからシャワーを浴びに行くとかで、ちょっとルンルンとしていた。……イチゴ味出身だからか、原作の彼からは想像できない空気である。

 

 

「私達は、今からちょっと外に」

「ほう?なにかしらの仕事と言うわけか。……ではそうだな、一つ頼みたいことがあるのだが……」

 

 

 そんな彼がこちらの行動を見て頼み込んで来たのは、外に出るのならついでにとあるものを買ってきてほしいというもの。

 その頼んだモノというのも、別に重かったり変なものでもなかったので、断る理由もなく承諾することになったのだが……これがちょっとした騒動の火種になることを、今の私達は知らないのであった。

 

 ともあれ、未来のことなど露知らぬ私達は、シャワー室に向かうサウザーさんに別れを告げ、そのまま地上に出たわけなのだが……。

 

 

「……アスナさん、それはどうにかならなかったんです……?」

「あー、うん。端的に言っちゃうと私にとっては変身アイテムみたいなものだから、持っていかないっていう選択肢がなくって……」

「一応は単なるヘルメットに見えるように、認識阻害はしておいたが……それはそれでヘルメットを持って歩く不審者としか言えぬし、周囲の視線はいかんともし難いのぅ」

 

 

 周囲から向けられる好奇の視線に、若干辟易としつつ。

 タクシー乗り場で車を待つ私達は、ひそひそと視線を動かさずに会話をしていたのだった。

 

 基本的にはアインズさんの足跡を辿る、という目的も含むためにタクシー乗り場にやって来ていた私達だが。

 ミラちゃんの魔法によって、なにかのキャラクターだとは認識されないようになっていたとしても、それでもそもそもの見た目が目を引くモノである……ということまではごまかせないため、相も変わらず野次馬達を引き寄せてしまっている感じである。

 仕事扱いされなかったので『認識阻害ブローチ』を貸して貰えなかったのも、問題の一因になっているのは間違いないだろう。

 

 一度、認識阻害の効果を強めて、例えば──誰でもモブ顔に見えるような効果にしてしまえばよいのでは?……という風に提案したことがあるのだけれど。

 なにかしらの創作のキャラクターである、という事実をごまかすことはできても、その見た目を悪い方向に大きく誤認させるというのは、どうにもコストが掛かりすぎる……ということが判明したため、以後は諦めたという話があったりする。*6

 

 原理はよくはわからないのだが、どうにも『見た目の大きな変化』はそれが実体であれ非実体であれ、【継ぎ接ぎ】に近い判定をされるらしく。

 試しに無理矢理誤認させるように魔法を施したところ、顔が元に戻らなくなる……なんていう悪影響を引き起こしたのである。

 その時はまぁ、対象が私だったので無理矢理戻したけども。何気なく使っていたあのブローチや、BBちゃんの認識阻害がいかに凄いのか、ということを思い知らされた私なのであった。

 

 ……いやまぁ、多分ちゃんと姿までごまかせる方の手段は、その対象が私達ではなく、周囲の方になっているんだろうとは思うんだけどね?……夏油君がわざわざ特殊メイクを使っていた理由に、全く無関係の所から思い至ってしまったことに気付いた時には、ちょっとだけ唖然としたものだけれど。

 まぁ、姿の誤認はやりやすい人とやりにくい人も居るらしいし、単純な言葉では語り尽くせないというのも確かな話なわけで。

 

 ……閑話休題。

 そんな話は、野次馬達には関係がなく。

 仕方がなしに写真は止めてください、とやんわりと周囲に注意しながら車を待つこと暫し。やっとやって来たタクシーに半ば逃げ込むように乗り込んだ私達は、運転手さんに行き先を伝えて席に沈むように凭れ掛かり、ようやく気を緩めることに成功したのだった。

 

 

「……仕事申請はキチッとせねば、のぅ」

「おのれ夏油傑……っ!」

「いや、夏油さんは普通に仕事をしただけだからね?」

 

 

 この苦労も、今回の一件が仕事の一環だと認められていれば、味わう必要のないモノだったことを思い、思わず恨み節を漏らす私とミラちゃんだが。

 アスナさんの言う通り、夏油君は自身の職務を果たしただけ。恨むのは筋違いというのも間違いではないため、私とミラちゃんは互いに顔を見合わせたのち、深々とため息を吐くのだった。

 

 

「……これも一種の余所者監視、というやつなのでしょうか……」

「さてのぅ。……ところでなんじゃが、流石にもうその口調は止めてもよいのではないか?」

「……すっかり癖になっていました……!?」

「そ、そこまで驚愕せんでも……」

 

 

 そうして、野次馬が集まってくるのも一種の余所者への警戒の現れなのだろうか、というちょっと胡乱な結論を述べた私は。そこでようやく、キリアとしての体裁を保ち続ける必要がなくなったことにミラちゃんからの指摘で気付き。

 余りに長期間、キリアとして過ごしてきた為に、思わず口調が固定化されかけていたことに、戦々恐々とした思いを抱える羽目になるのだった。……習慣って怖いね!

 

 

*1
底からボールペンの芯を、ペン先ではなく反対側から刺して板を押し上げるタイプの隠し底。底板には絶縁体が取り付けられており、隠し底のスペース内に設置された装置を物理的に断線させている。その断線状態を保つ為に、電気を通さないプラスチックのボールペンの芯が必要となる、という仕組み。断線状態が解かれると内部の装置に電気が流れ、内部のガソリン入りの袋に火花が散るのだと思われる。わりと単純な造りであり、作るのはそこまで難しくはなさそうだが、瞬間的にノートを燃やす為に必要だとはいえ、机の中にガソリンを仕込まなければならない、などの部分がシリアスな笑いを誘う一品。なお、二重底を開くのも面倒だが、それを元に戻すのも(装置の仕組み的に)面倒臭そうだったり

*2
富士山の麓にある『青木ヶ原樹海』のこと。樹海としてはわりと若い(1200年ほど)のだとか。国の天然記念物や、特別保護地区に含まれている。とあるテレビドラマで取り上げられた噂『富士の樹海は自殺の名所』により、他の森よりも自殺者が多いことでも有名。なお、遊歩道などはしっかりと整備されている為、一般的に『富士の樹海』といった時に連想されるような薄暗さとは無縁だったりもする。容易には出られないなどのイメージや、木々が色々なモノを隠すなどの事実から、『樹海には秘密結社の基地がある』といった噂が出回ることがある。なお、『富士の樹海』の場合は不気味さが先立つのか、ホラー的な扱いをされることも多かった(最近は『ゆるキャン△』などでキャンプ先に選ばれたりもしている。……え?その回はホラーだったろうって?)

*3
『オーバーロード』作中の魔法の一つ。第五位階な辺り、わりと高等技術。上位版の『グレーター・テレポーテーション』も存在するが、その差ははっきりとは不明

*4
冒険者としてのモモンガの姿の名前。全身鎧姿なので、どっちにしろ現代では悪目立ちする

*5
『アイドルマスター シンデレラガールズ』より、中二病な女の子・神崎蘭子の特徴的な挨拶の一つ。……は、『闇に飲まれよ(お疲れ様です)』。漢字が違うので俺のオリジナル、などと言い出すサウザーさんなのであった。なお、蘭子の特徴的な台詞は彼女の出身地に準えて『熊本弁』と呼ばれている。深刻な風評被害!

*6
『クトゥルフ神話TRPG』の技能の一つ、『変装』を例に出すとわかりやすいか。この技能は特定の状態に姿を変えるモノであるが、APP(外見)の値が高い人物がそれを更に高くしようとしたり殊更に低くしようとする場合、成功確率が減少するようになっている。創作のキャラクターなんて大体app15以上、普通に18の人物も多いだろうから、それが一般人に化けようとするなら難易度は如何(いか)ほどか、という話



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敵のお膝元ならトラブルは承知の助

 はてさて、タクシー移動と言うものには『高い』というイメージが付きまとっているものだが。その辺りは『サービスを受ける側』の感覚が、必要以上に高いものだと()()()()()()部分がなくもない。

 

 よく海外のタクシーは安いぞ、みたいな声が上がったりもするが、それらはそもそもの物価が違ったりだとか、チップ文化*1により実際の支払い金額は高いとか、こちら側が見落としているものが多くあることにより、実際は当てにならないものである。

 

 タクシー業務を行う側から見てみても、朝から晩までひっきりなしに人を乗せ続けられれば、確かに結構な稼ぎになるものの。実際にそれを行うには、運転手の体力や都合よく客が乗ってくれるなどの運の要素まで絡むため、実際に稼げる金額というのはそこそこ……ということも少なくない。*2

 低価格にしたからといって利用客が増えるわけでもない*3、といった実際の経験談もあり、タクシー料金というものは『高い』のではなく、それを高いと思う人には『必要ない』タイプのモノなのだろうな……なんてことをぼんやり考えている私。

 

 なんでそんなことを考えていたのか、というと。

 ……目の前で運賃を示すメーターが、ちょっと見たことのない数字になっているからだったりする。

 いやまぁ、払えないわけじゃないんだけどね?……なにかの番組の企画じゃないんだから、こんな長距離走らされたら運転手さんも迷惑だよね?*4とかなんとかちょっと目が泳いでいるというか。

 ……いや、ごまかすのはよそう。

 タクシーの料金だとか、運転手さんも大変だよねーとか、そんなことは単なる現実逃避でしかない。

 じゃあなんで、そんなことになってしまったのか。それは、

 

 

「嘘でしょぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!?」*5

「ぬぉわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 

 ──私達の乗ったのが、イカれた(クレイジー)タクシーだったからだ!*6

 

 富士山の麓までは結構距離があり、そこまでタクシーで向かうのはどうなのだろう?……と思った私は、迂闊にも運転手さんにこう聞いてしまったのである。『長距離ですけど大丈夫ですか?』と。

 その言葉が彼のハートに火を付けてしまったのか、運転手さんは帽子の位置を直しながら、こう言ったのである。『お任せください。三十分で着いて見せますよ』と。

 

 思わずこちらが『へ?』と間抜けな顔を晒すと同時、彼はハンドル中央部のスイッチを押下。

 するとどうしたことでしょう、車体から不気味な音が響いたと思った次の瞬間、トランク部分から飛び出してくるのはまさかのロケットエンジン。意味がわからないとこっちが固まっている内に、車体の外側にも防護用のガラスが張り巡らされていき。

 次になにが起こるのかを薄々察した瞬間、私達は星になったのだった。

 

 ……いやまぁ、爆発的な加速で飛び出した、というだけなのだけれど。ワイ◯ピかなんかかよ、とこちらがツッコミを入れる暇もなく、変形したロケットタクシーは富士山までの道のりを走破していき。

 それと同時、カーブをマグナムトルネード*7したり、はたまた車体の下の方からウイングを展開して滑空したり……そんな無茶苦茶をする度に、料金メーターがチャリンチャリンと加算されていくのを見て『やっぱりクレタクじゃないですかやだー!』と泣き喚いたりしつつ。

 

 そうしてきっかり三十分後、私達は富士山の麓にまで辿り着いていたのだった、有言実行である。……ついでに言うと料金メーターはわけのわからない数字になっており、これ払うの?……とちょっと絶望したりもしたのだが。

 

 

「おっと、黙ってておくんなまし。お代は結構ですんで」

 

 

 という運転手さんの言葉によりチャラになり、なんだったんだ今のは……という若干の徒労感を残すのみとなったのだった。

 ……というか黙っててって、やっぱり取っ捕まるやつじゃんあれ!*8

 

 

「わしらはなにも見なかった、いいね?」

「あっはい」

 

 

 ミラちゃんの言葉とその迫力に、思わず頷きながら走り去っていくタクシーを見送る私達。

 ……なにが恐ろしいって、あの人『逆憑依』でもなんでもないんだよなぁ。

 タクシーそのものはある程度の技術力があれば、ロケットエンジンを積み込むだけで再現できなくもない辺り、単なる市井のヤベー人だったということを解析した結果知った私は、それを告げた時の二人の『マジで?!』という反応に、乾いた笑みを浮かべる他なかったのだった……。

 

 

 

 

 

 

「富士の樹海と言えば、入れば二度と戻ってこられない……なんて噂があるけど……」

「基本的には誇張表現って話だね。方位磁石は確かに狂うけど、それもちょっと周囲の磁場に引っ張られるだけって話で、よく創作とかで見られるような『方位磁石がくるくる回って使い物にならなくなる』みたいなことはないらしいよ?」*9

「ふぅむ、夢が無いというべきか、面倒事にならずに済んで良かったというべきか……」

 

 

 樹海の入り口からしばらく遊歩道*10を道なりに進み、周囲に手掛かりでもないか探していた私達は。

 富士の樹海に纏わる噂話をあれこれとあげながら、無聊(ぶりょう)の慰め*11としていたのだった。

 

 いやまぁ、一般的に思い浮かべられる『樹海』のイメージと比べれば、驚くほどに明るいしおどろおどろしい雰囲気もないのだけれど、同時に後ろ暗いモノも見えてこないため、結果として森林浴しているだけ……とでも言うような状態に陥っており、若干気が滅入って来ているのである。

 幾ら明るいとはいえ、視界に入るのが木々ばかりと言うのも、その状態に拍車を掛けていた。

 

 

「でもまぁ、遊歩道をちょっと外れて森の深い部分に入ると、普通に迷ったりするらしいけど」

「だよねぇ……で、恐らくは私達の探し物も……」

「そっちの方にある、ということになるのぅ」

 

 

 三人で顔を見合わせ、深い森の奥に視線を向ける。

 ……いやまぁ、流石に遭難とかはしないだろうとは思うのだけど。周囲に見付からないことを優先するのであれば、目的地が森の奥にある可能性は非常に高い。

 そして、富士の樹海はそれなりに大きいモノである。それゆえに、探索しなければならない範囲と言うのも膨大になる。……輪形彷徨(リングワンダリング)*12を注意する必要もあり、今の時間からでは日が暮れてしまいそうな予感が、ビンビンしているわけで。

 

 

「……んー、今日は近くの宿で一休み、する?」

「できればさっさと見付けて帰りたかったんだけど……まぁ、仕方ないか」

「空から探すにしても、限度があるしのぅ」

 

 

 困ったような笑みを浮かべるアスナさんに同意すれば、ミラちゃんが周囲を見渡したのちに小さくため息を吐いた。

 

 さっきも少し触れていたが、『富士の樹海』に纏わる噂話というのは、大抵が尾ひれのついたモノであり、事実無根とは言い難いものの、イメージ上でのそれらよりは遥かに安穏としたものであるといえる。

 ……それがどういうことに繋がるのか、というと。()()()と言った通り、普通に観光客が居るのである。

 

 森に入るために必要な装備をしっかりと準備し、森林浴を楽しんでいる観光客達だが。対して私達は、ほぼいつもの格好。

 それだけでも目立つのに、例えば遊歩道から外れて森の深い方に向かえば、ほぼ確実に周囲から引き止められるだろう。空を飛んで探すという方法も、まず間違いなく写真やらなにやら撮られて大事になることは想像だに難くない。

 

 最終的にはまぁ、お国がどうにかしてごまかすのかもしれないが、余計な手間を取らせるなとか怒られるのは目に見えてるわけで。

 そうなってくると今日一日は様子見として流し、明日の早朝の人の居ない時間帯に周囲に見付からないように探索を開始する、というのが一番良いように思われてくるわけなのである。

 

 実際、一瞬周囲の視線をごまかすことはできても、そのあと『さっきまでそこにいた女の子達が居なくなった』という事実までは消せない。

 そうなれば、『富士の樹海』の噂話の中でも一番大きいもの──『自殺の名所』という噂から、捜索隊が結成されるのは必至。

 

 周囲に迷惑を掛けたいわけではない以上、そういった余計な心配事は発生させないように立ち回らなければならない、というわけだ。

 

 

「そういうわけだから、今日は諦めよう?」

「だねぇ。帰ればまた来られるんだし」

「となれば、どこに泊まるかじゃが……って、ん?」

 

 

 そうして一先ず引き返すことを決めた私達は、そのまま踵を返そうとしたのだが……その最中、ミラちゃんが眉を顰めて森の奥を見つめ始めたのである。

 ……なにかを見付けたのだろうか?そんな感じに彼女の視線を追った私とアスナさんは。

 

 

「人……?」

「森の奥に入っていくね……?」

 

 

 周囲に気取られないように、森の奥へと進んでいく人影を見付けることとなったのだった。

 ……『富士の樹海』で周囲に見付からないように、その奥へと歩を進めていく人影となると……。

 

 

「えっ、ちょっと待って?……もしかして、()()()()こと?」

「わからんが、あとを追った方が良いかも知れぬのぅ」

「と、とりあえず警察!警察呼ぼう!」

 

 

 この樹海が『自殺の名所』と呼ばれていることは、先ほど述べた通り。

 件の人物が()()を行おうとしている確率は、それなりに高いと言える。

 ゆえに、私達は三者三様に慌て始めたわけで。『逆憑依』絡みの事件ならともかく、そういったものが一切関係なさげなことに関しては、ちょっと後手になりやすいというか。

 

 ともあれ、人命に関わる話なので慌て続けるわけにもいかず、とりあえずアスナさんが、近くの人へ警察に通報するようにお願いをしに行き、相手に関してはミラちゃんが追い掛けることになった。

 残った私はというと、ここに留まり位置を覚えておく係である。……私が追い掛ける役でも良かったのだが、ミラちゃんから『お主はここで位置を覚えておくように。最悪、ここからでもこちらの位置は把握できるじゃろう?』と言われ、そのままそれを受諾した形だ。

 

 実際、念話とか探知などの面でどちらが残るべきか、と言われれば私の方になるだろう。

 なりふり構わなければ相手にもすぐ追い付けるだろうが、それはそれで相手を驚かせるだけだし、単純なコミュ力という点ではミラちゃんの方が高いのも確かな話。

 場合によっては相手に思いとどまるように説得する必要もあるのだから、カテゴリ的に『魔王』──悪いものになる私よりも『賢者』である彼女の方が、相手の緊張を解きやすいのはまちがいあるまい。……いやまぁ、どっちも見た目幼女なので、どっこいどっこいのような気がしないでもないが。

 

 ともあれ、役割分担も決まり、それぞれが動き出したわけなのだが……。

 

 

「……なんでぇ!?」

 

 

 結構な時間が経過しても戻ってこない二人に、私は大いに困惑することになったのだった。

 

 

*1
規定の料金とは別に、サービスを受けたことに対して支払うもの。極論払わなくてもいいように思えるが、これを払わないということは『最低限の仕事だけでよい』ということになる為、荷物の運搬だとすれば中身の状態を気にしない扱われ方をしたり、ホテルでの荷物の持ち運びを(それが幾ら重かろうが)手伝ってもらえなくなる、などの行為を受ける可能性を、ある意味では許容しているとも言えてしまう。日本では『サービス』はして当たり前、といったイメージがある為、よくトラブルになることがあるようだ。国によって相場が決まっていたり、それを食い扶持にしている人も多い為、ある程度の下調べをしておくべきだろう。因みに、タクシーに乗る時に『お釣りはいらない』と多めに金額を渡すのは『チップ』と同じ扱いになる為、タクシー業は日本では数少ない『チップ文化のある仕事』だったりする

*2
大人数を運ぶバスや電車と違い、タクシーに乗せられるのは多くて四人。その人数で、場合によってはバスの運行区間並に距離を走らされることもあり、客の占有率としては結構高いものとなる。個人タクシーでないのなら運賃は会社に取られてしまうこともあり、見た目の金額より稼ぎは少ない……ということは往々にして起こり得る事態である

*3
タクシーが必要となるのは、公共の移動手段では移動を賄えない時に……ということがほとんど。その為、料金が安くなってもそこまで利用率に変化がない、ということになるらしい。また、先述の通り客の占有率が高いので、料金が安くなればなるだけ多くの客を乗せなければならないが、そもそもに乗せるだけの時間や体力が続かない……ということにもなりうる

*4
往路は良いが、復路で客を乗せられなかった場合、元の勤務地に戻る為の諸費用は運転手負担になる為。より正確に言えば、その諸費用を客を乗せた時の運賃で賄えなくなる、というべきか

*5
『ウマ娘 プリティダービー』より、サイレンスズカが困惑した時に言う言葉『ウソでしょ』が最近では有名か。何かと困惑しているイメージがなくもない

*6
SEGAのゲーム『クレイジータクシー』のこと。略称は『クレタク』。アクロバティックな走法で安全に(哲学)客を送り届けると、多量のチップ(特典)が貰える為、ゲームプレイ時は車をジャンプさせたり曲芸走行をしたりなどの風景が日常茶飯事となっている。まさにクレ~ジ~だぜ……

*7
ミニ四駆アニメ『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』に登場する走法の一つ。速度重視のミニ四駆ではカーブでコースアウトしてしまう、ということを逆手に取り、わざとコースアウトさせたミニ四駆を銃弾のように回転させ、姿勢を安定させたのちにカーブ先のコースに着地させる……という、意味不明な技。また、そこから車を題材にしたゲームで似たような動きをする場合にも使われるようになった。やってみれば(?!)わかるが、普通は天井から地面にぶつかったり無事に着地してもそのまま弾みで再度コースアウトしたり、字面ほど簡単な技術ではない

*8
法廷速度とか不正改造とかで捕まります

*9
溶岩は冷えて固まる時に地球の磁場の影響を受けて磁石になるが、それでも方位磁石があちこちを指して使い物にならなくなる……というほどの磁場を発生させることは(少なくとも富士の樹海では)ないそうな。それでも多少はコンパスが狂う為、これらの噂を知っていた人が必要以上に怯えるなどして、噂に尾ひれを付けることとなったとされる。なお、GPSは低性能のモノが木陰で遮られるならまだしも、高性能のものが使えなくなるということはないとのこと

*10
遊歩の為に作られた道のこと。大雑把に言えば、散歩の為の道

*11
『無聊(=退屈や悩みごとによって心が落ち込んでいる状態のこと)』を紛らわせる(慰める)という意味の言葉。中国由来の言葉であり、『聊』に楽しいことという意味がある為、それがない=『楽しくない、くだらない』という意味で使われるようだ

*12
周囲に自身の位置を明確にする目印(ランドマーク)がない場合に陥るもの。その名前の通り、何かしらの要因によって同じ場所をぐるぐる回ってしまうことを示す和製英語。自身の居場所がわからない時に起こるモノなので、方向音痴な人だと都市部でも起こり得るモノだったりする。……まぁ、滅多にないとは思うが



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『そういうこと』だとは限らない

「いや、おかしいでしょ。アスナさんは警察への連絡を頼みに行ったけど、樹海だと電波が飛び辛いにしたって長過ぎる。……いやそもそも、『樹海で電波が入らない』ってのも尾ひれのついた噂話だったような……?」

 

 

 ぶつぶつと呟きながら、現状の考察をする私。

 警察への連絡を頼みに行ったアスナさんは、言い換えれば他の観光客を探しに行ったのと同じ。

 周囲から見られていたということは近くに人がいたということでもあり、そこまで長い時間が掛かる理由が思い付かない。

 自分のスマホで連絡すればいいじゃん、といった風に断られた可能性もなくはないだろうが……それにしたって、アスナさんなら上手いこと言いくるめられるだろう。そもそもに普通のスマホを持っていないことは、持ち物を見せればわかることだし。

 

 次にミラちゃんの方だが……なにかあったら念話を使うように、と言い含めてあったにも関わらず、その様子はない。

 単純にそれができる状況にないのか、はたまたなにかしらの要因によって念話を妨害されているのか。

 どちらにせよ、こちらに連絡できない状況にあると判断するのが正解だろう。となれば、優先度が高いのはミラちゃんの方、ということになるのだが……。

 

 

「……なーんか、嫌な予感がする」

 

 

 自身の勘とでも言うものが、このままミラちゃん側に行くことを制止しているのである。

 それは、私がここに()()()()()()()()()()()()()()()()、という感じなのだが……。

 それは要するに、分身状態ではどうにもならないものが、この先に待っている可能性を示すものである。

 

 全力で当たらねばならない……という自身の勘が示す通りに、このまま森の中へと進んでいきたいのは山々だが、それではアスナさんを放置することになってしまう。

 GPSが狂ったりはしないとは言ったものの、ここの三人は私以外スマホを持ってきていない。……念話で賄えるからどうにでもなる、みたいな油断が仇となった形だ。

 

 一応、アスナさんはヘルメット……もといナーヴギアを被れば通信はできるが、流石にそれを一般人の前で被って見せるのは、色々と問題があるためできない行為だろう。

 他者を呼びに行ったのにも等しいのだから、現状彼女とスマホで連絡を取ることは……って、あ。

 

 

「……アスナさん側には普通に念話すればいいじゃん……」

 

 

 キーア、痛恨のミス。

 念話が届かなさそうなミラちゃんはともかく、普通に森の外に向かって行ったアスナさんには、念話が届かないなんてことはないはず。『伝言』と違って声を出す必要性もないのだし、一般人に囲まれていても問題はないだろう。

 状況が状況だけに、気が動転していたのだろう……と内心羞恥で頭を掻きむしりつつ、アスナさんへと念話を飛ばそうとして。

 

 ──森の方から聞こえる、僅かな爆発音に目線を奪われた。

 

 

 

 

 

 

「……な、なんだあれ、えっぐい爆発だけど……」

 

 

 音こそ微かなものだったが、吹き上がる土煙は遥か上空へと舞い上がっていたため、ここからでも確認することができた。

 それから察するに、結構な衝撃・ないし爆発があったことは確かだが……。

 そんな風に、呆気に取られていたのが悪かったのか。

 ──土煙に紛れて、空に墨汁を垂らしたような黒い染みが広がり始めたことに、気が付くのが遅れてしまう。

 

 

「……えっ?!えっ、ちょっ、なにあれ?!……あっ、()!?アイエエエ帳!?帳ナンデ!?」

 

 

 どろりと広がるそれは、夜の闇を押し固めたような色合いをしている。

 その広がる様を見て、急性ジュジュツ(J)リアリティ(R)ショック(S)を思わず発症してしまった私は、頭を振って走り始めた。

 あれが予想通りに帳であるというのなら、中に入り損ねれば外からの干渉は非常に困難になるからである。*1

 

 アスナさんに連絡を取る、ということも忘れて走り始めた私は、速度的に足りないと空を飛び、──樹海ゆえの木々の多さに(ほぞ)を噛んだ。*2

 木々を粉砕しながら飛ぶのならいざ知らず、それらを避けて進むのであれば、それは地上を走るのと速度的には大差ない。

 幼女の歩幅と比べれば遥かに速いとはいえ、帳が降り切る前に辿り着くことは困難を極めるだろう。

 とはいえ、木々を薙ぎ倒すのは気が咎めるし……と私が脳裏であれこれと思考をしていると。

 

 

「──キリアちゃん!」

「アスナさん!?」

 

 

 背後から、先ほどまで待ち続けていた人物──アスナさんの声が。

 僅かに振り返ったその先では、普段着ではなく血盟騎士団副長としての鎧を身に纏った、彼女の姿が見受けられた。

 周囲に他の人物の姿はないため、何故彼女がその姿なのかについてはわからない状態だったが……彼女は一度表情を引き締めたあと、こちらに向けて叫び声をあげた。

 

 

「そのまま飛んでて!すぐに、追い付くから!」

「……えっ、ちょっ、なにをする気です!?」

 

 

 その気迫の凄まじさに、思わず私が焦って声をあげるも、彼女はそれを聞こえぬとばかりに走り始め。

 

 

「『フラッシング・ペネトレイター』!!」

「やっぱり!!」

 

 

 十分な助走を持って放たれたその技(ソードスキル)は、文字通りの流星の如き速度を見せ。

 森林破壊は気持ちいいZOY!*3……なんて冗談も言えぬままにその首根っこを捕まれた私は、その背後に高速で消えていく、吹き飛ばされた木々を見ながら、報告書になんて書こう……と遠い目をするのだった。

 

 

 

 

 

 

「間に──合った!!」

「ぐえー!?」

「あっ、ごごごめんねキリアちゃん!大丈夫?」

「……顔面紅葉おろし*4になったけど大丈夫」

「それ大丈夫じゃないよね!?」

 

 

 こちらの言葉にアスナさんが慌てて近付いてくるが、一応顔面からスライディングしただけなので命に別状はない。

 顔の傷も放っておけば治るので、彼女の心配は無用の長物なのだが……それをここで言ったところで『大丈夫なわけないじゃない!』と返されるだけなので、大人しく彼女の手当てを受ける私である。

 

 ともあれ、彼女の頑張りによって、帳が降り切る前に中に入ることができた。

 なにが起こったのかまでは不明だが、あの状況で突然に発生した帳だ、まさか無関係ということもないだろう。

 なので、これ以降については実地で探索するとして……。

 

 

「……アスナさん、さっきまでなにしてたんですか?随分遅かったですけど」

「あ、あはは……えっとキリアちゃん、口調」

「む?……いや、ごまかされないからね?」

「あはは……ダメ?」

「ダメです」

 

 

 いきなり現れたアスナさんが、さっきまでなにをしていたのか?……というのは当然の疑問であり、それを私が尋ねるのもまた当然なのだが……聞かれた方の彼女は視線を泳がせ、私の口調の指摘をしてごまかそうとする始末。

 なにかを隠しているのは間違いないようだが……むぅ。様子から察するに、なにか悪いことがあったとか彼女が黒幕だとかではなく、単になにかしょーもない失敗をして、それを隠しているだけ……といった感じか。

 

 

「……うん、今回だけですよ?」

「あ、あははは……今度から気を付けるから許してね……」

 

 

 ……ミスなんて誰にでもあるから仕方ないな!(目逸らし)

 内心ちょっとドキドキしつつ、表面上は仕方ないなぁとばかりにアスナさんを許す私。……無論、私もさっきミスしてたので、どの口案件なのだがこれ以上触れないから問題なし!閉廷!*5

 

 そんな感じに確認を終えて、改めて周囲を見渡してみる私達。

 帳だという予想は的中していたようで、外と内とを切り分ける壁らしき部分は、触れるものの外に出ることは難しそうだった。

 

 

「……よくわかんないけど、『逆憑依』は通れない、とかかな?」

「そっか……じゃあ、先に進むしかないってことだね?」

「そうだね。……この場合、これを張った呪術組が()()ってのがポイントだろうけど……」

 

 

 壁から手を離し、アスナさんに声を掛けて奥に進む。

 

 状況的に、誰かが縛りを設けて帳を展開したのだと思われる。

 私が外に出られなかった辺り、一応その縛りには複数のパターンが予測されるが……、帳を使ったのが同じ『逆憑依』ないし【顕象】であることに疑いはない以上、それらの干渉を断ったと見るのが普通だろう。

 

 疑問点があるとすれば、さっきまでの念話妨害。

 ()()()()()()よりも前にそれが起きていたということは、最悪この帳はミラちゃんとは無関係である、という可能性もあったのだが……。

 

 

『……おお、やっと通じたか!』

「ミラちゃん?今どこに……」

『連絡早々悪いのじゃが、撤退・もしくは退避じゃ!()()は割に合わん!』

「は?えっちょ、ミラちゃん!?一体なに……切れたし」

 

 

 歩きだしてから間もなく、彼女からの念話が飛んできたためにその可能性は零となる。

 ようやくの無事確認に、密かに胸を撫で下ろした私だが……様子がおかしい。

 

 スマホなどの通信と違い、念話の場合は後ろの音声までは聞こえてこない。

 それゆえこちらにわかるのは、彼女が切羽詰まった声色をしているということだけ。

 思わず首を傾げる私だが、ミラちゃんは言いたいことを言い切ったのち、そのまま念話を切ってしまった。……感覚としては先ほどのものと同じそれは、さっきまでのそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを、肯定するものにも思えるが……?

 

 

「……?」

「どうしたのキリアちゃん?さっきから百面相してるけど」

「いや……ミラちゃんから連絡があったんだけど、なんか緊急事態っぽいと言うか……」

「……まさか、敵!?」

「わからん……とりあえず撤退を提案されたけど、逃げるにしてもミラちゃんが居ないことには……って、ん?」

 

 

 こちらの様子を怪訝に思ったのか、アスナさんが声を掛けてくる。

 それに私は、先ほどまでのミラちゃんとの念話の内容を開示することで答えるが……正直、先ほどまでの会話だけでは、彼女になにが起こっているのかを正確に察知することは不可能だろう。

 

 なので一先ずは、恐らくは走り回っているのであろう、ミラちゃんを探すことから始めるべきだ……と提案しようとして。

 

 

「……ぬぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!?」

「えっ、ミラちゃ……ってひぃっ!?」

「え、なにな……ナニアレ!?」

 

 

 あまりに都合よく……というかタイミングよくというか。

 森の奥から爆走してくるのは、件のミラちゃん。必死の形相で走ってくるその姿に、思わずちょっと逃げ腰になった私は──その背後で巻き起こる、破壊の嵐に目を剥くことになった。

 

 地面ごと掘り起こされた木々が舞い、それが頭上で爆ぜるように燃え上がる。

 見えない攻撃が飛び交ったかと思えば、辺り一帯を紫電が照らす。

 

 文字通りの破壊行為に、それから逃げるミラちゃんを迎えた私達は。

 

 

「撤退!てったいー!」

「ひえええっ!!」

 

 

 一も二もなく、その場からの退避を強制させられるのだった。

 

 

*1
『呪術廻戦』より、結界術の一つ。創作に付き物な『一般人に異常を漏らさない』為のもの。現代において情報というものの拡散速度はとかく早く、かつ隠蔽が難しいものである。そういう意味で、『興味を持たせない』性質はわりと必須のモノだといえる。他作品の似たような結界に比べ、細かな調整を施している印象が強いことも特徴(これもまた呪術の一種である為、そちらと同じく縛りを設けることで効果を強めることができる)

*2
故事成語の一つ。『春秋左伝 荘公六年』の『亡鄧国者、必此人也、若不早図、後君噬斉』という文章が由来だとされる。臍とはへそのこと。自身のへそを自分で噛むことはできかいが、それでも噛もうとしてしまうほどに残念でイライラしてしまうことから、後悔すること・どうにもならなくなってしまったことを悔やむこと。悔しがるという意味で使われたりもするが、そちらは誤用

*3
アニメ『星のカービィ』より、デデデ大王の台詞の一つ『環境破壊は気持ちいいZOY!』から。アニメ版共通のブラックな感じが滲む台詞(デデデ大王はこの言葉と共にウイスピー・ウッズを切り倒し、自身の名前を冠したゴルフ場を作ろうとしていた)

*4
大根おろしのバリエーションの一つ。主に唐辛子などが一緒に入っている為に赤色になっている。なお、人間に向けて使われる場合、地面や壁などに擦り付けられるなどして酷いことになっている状態を指す。顔面から盛大に転んで暫く滑った、というのが一番わかりやすいか。無論、攻撃などで能動的にやられた場合も含む。基本的にはモザイクが必要な状態になる

*5
元の台詞は『終わり!閉廷!以上!みんな解散!』。()()()()()に数えられているが、本来の元ネタは別のものというちょっと不思議な言葉。……まぁ、そっちはそっちで普通のR18(AV)らしいのだが。勢いと汎用性から巻き込まれた、ということらしい



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夜の帳は何を隠す

「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ……いや、なに、あれ……」

「げほっ、ごほっ、ごほっ……」

「大丈夫ミラちゃん?はい、お水」

「……いや、寧ろ……なんでアスナは、無事そうなんじゃ……?」

「え?いやその、あ、あはは……」

(格好だけ真似てるのかと思ったけど、もしかしてフィジカル*1も頼光さんめいてるのかなこの人……)

 

 

 唐突に巻き起こった破壊の嵐から、命からがら逃げ延びた私達。

 手頃な切り株やら小さな崖やらに腰掛けた私とミラちゃんは、アスナさんがどこからか取り出したペットボトルの水をがぶ飲みしながら、荒くなった息を整えていた。

 アスナさんだけ全然平気そうなのは……まぁ深くは考えないことにして。

 

 ともあれ、ようやくミラちゃんと合流できたのだから、ここは彼女の話を聞くのが最優先だろう。

 息を整え終えた私達は向き合って、その辺りを話し始めたのだけれど……。

 

 

「……不審者に追っかけ回されたぁ?」

「うむ……よくは見えなかったのじゃが、目線の追えぬ何者かにのぅ」

「目線が追えない……?」

「眼帯してたとか?」

 

 

 彼女の言うところによれば、森の奥へと進む人物を追い掛け始めてほどなく、ミラちゃん自身が何者かにあとをつけられていたのだという。

 

 暫くは気のせいかと思っていたのだけれど、自身の土を踏む音に重なる微かな靴の音に気付き、わざと地面を踏む直前で止まることで、後ろにいる誰かに気付かれないように、踏み出すタイミングを誤るよう誘導して……明確に増えた足音に背後の人物の実在を確信した途端、殺気を感じたミラちゃんは、そこからずっと逃走劇を続けてきたのだとか。

 ただ、その攻撃の激しさゆえに、追跡者の顔を確認することは叶わなかったのだそうだ。

 

 唯一わかったことといえば、幾ら薄暗い森の中とはいえ眼光が全く見えなくなるということはないだろう……ということから推測できる『相手が目の辺りをなにかで隠している』可能性だった……。

 そこまで話し終えたミラちゃんは、疲れたように大きくため息を吐いた。

 生憎とどれくらい時間が経過しているのかはわからないが、それでも一時間そこらということはない。……それだけの時間を、姿の見えぬ追跡者に追われ続けたというのだから、その心労は推して知るべしということだろう。

 

 アスナさんと顔を見合わせた私は、ミラちゃんの肩をぽんぽんと叩いて労いつつ、改めて現状の整理を始める。

 

 

「とりあえずー……ここにはモモンガさんが居るはずだけど、今のところ見付かってはいない……」

「痕跡も見付かってないね。人の姿に化けてるって言うなら、余計のことわからないだろうし」

「……鈴木悟の時の姿の詳細って、どっかで出てたっけなぁ……?」

 

 

 今回の私達の目的は、基本的に『新秩序互助会』のリーダーであるアインズ・ウール・ゴウン……もとい、モモンガさんの捜索である。

 よもやオーバロード(アンデッド)姿だとか、はたまた漆黒の英雄(モモン)姿ということはないだろう。どちらにせよ現代日本では目立ち過ぎるし、ごまかすにしてもハロウィンはまだ先である。

 日本においての仮装の立ち位置なんて、テレビの企画かオタクの集まりかハロウィンでやるもの、というイメージがほとんどであるだろうから、人目を避けたいなら余計のこと原作の姿をそのまま使う、ということは考えられない。

 

 じゃあ、問題無さそうな転移前……鈴木悟の姿をしているのではないか?と思ったものの、そっちはそっちでよくわからないため、仮にそっち(人間)の姿を選んでいても、探す側からしてみれば単に『わからない』のと差はないとも言える。

 

 なので、逆説的に『森の中でなにかを探している人物が居れば彼なのでは?』という感じに探してみようか、ということになっていたのだが……。

 

 

「その結果がこれ、じゃしのぅ」

「……迂闊だったなぁ、そりゃまぁ、人目を気にするなら後ろ暗いこと、ってのは普通なわけだし……」

 

 

 大慌てで逃げた結果、現在位置もよくわからなくなってしまったことに大きくため息を吐き、頭を掻きながら空を仰ぐ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──。

 頭の中では確かに考慮していたはずなのだが、実際にそれと出会すとは思っていなかった私達は、揃ってポンコツ行動を起こしてしまったわけである。……そもそもの話、始めから私が分身して片方で追い掛け、残った方は二人と警察を呼びに行けば良かったのであるが、その対処がすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 その理由が『普通に事件が起きるとは思っていなかった』な辺り、三人とも気が緩んでいたと言われても仕方のない失態である。……というか、その人見失ってるし。

 

 

「まぁでも、森の中でどかんどかんと爆発してたら、自殺しようって気にはならないんじゃないかなー……」

「あー、うん。死ぬ気でいたのに周囲が騒がしかったら、逆に文句の一つでも言いに行きそう」

 

 

 文字通りの死ぬ気なのだから、怖いものなんてないだろう的な意味で。……笑えないブラックジョークで気を紛らわせつつ、次の話題へ。……気にはなるけども、こっちもこっちで命の危機なので、申し訳ないのだが二の次というやつである。警察への連絡そのものは終わってるみたいだし、そちらが間に合ってくれるのを祈るしかないだろう。

 

 ともあれ次の話題は、謎の追跡者についてである。

 

 

「さっきパッと見ただけだったけど……あれ、最低でも二人居なかった?」

「……ぬ?二人?」

「えっと、なんでそう思ったの?」

「……炎とか雷とか舞ってたけど、そうだとするとこの、」

「上?」

「……あっ、帳!」

 

 

 上を指差しながらの私の言葉に、ミラちゃんが首を傾げる傍ら、一緒にここに突入したアスナさんは、それがなにを意味しているのかを知っているため、すぐに答えを言ってくれる。

 

 そう、帳。

 これは『呪術廻戦』における結界術であるのだが……すなわち、これを使われていると言うことは、今回の件には呪術師・呪詛師・呪霊のうちのいずれかが関わってきているということになる。

 そして彼らの攻撃方法と言うのは──突飛なものこそあれ、基本的には属性のようなポピュラーなものを、複数扱うようなモノではない。

 

 区分的に近いように思える陰陽師と違い、彼らのそれは『呪い』を媒介としたモノであるため、仮に炎を扱うモノが居ても、一緒に雷まで扱えるということはほとんどないのである。……いやまぁ、火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)辺りが呪霊になっていたら使えるかもしれない*2けれど、原作にカグツチは出ていない以上はオリジナル扱いだろうから、ここで出てくることはほぼ有り得ない。

 

 つまり火と雷、それから衝撃波とかが飛び交っていた以上、それをやるのには呪術系のキャラ単体では無理がある、ということになるのである。……例外的に、ここに夏油君が居たのだとすればできなくもないだろうが……。

 

 

「そっちはそっちでミラちゃんを追い掛け回す理由がない、ってわけだね」

「実は中身がラスボス(羂索)の方だった……ってなったとしても、呪術系じゃないミラちゃんを追い回す必要性がないからねぇ。それに、さっきの攻撃は()()()()()()()。……ミラちゃんに対して直接放たれたモノじゃなかったみたいだし、それなら誰かと誰かが攻撃を撃ち合っている、と見る方が自然でしょ?」

「むぅ……それは確かに……」

 

 

 できる人間が必ず犯人だ、というのは暴論にもほどがあるだろう。

 それに、攻撃がミラちゃんに直接向けられていなかったというのも、判断の材料の一つである。

 彼女がたまたま誰かの攻撃の範囲に入ってしまった、くらいの方がまだ信憑性があるのだ。

 

 

「……む?わしが追い掛けられるうちに、あの攻撃が始まったのじゃが……?」

「うん、だから多分だけど……さっきの攻撃の片割れ、アインズさんだと思う」

「「!?」」

 

 

 そんな私の言葉に首を捻ったミラちゃんは、次の言葉を聞いてアスナさんと一緒に驚愕の表情を見せていた。……まぁ、単純な推理である。

 

 

「この帳を下ろした人が、ミラちゃんの連絡を妨害してたんじゃないかな。で、その人はイコールミラちゃんを追跡してた人」

「……根拠は?」

()()()()()()()みたいなこと言ってたでしょ?つまり、ミラちゃんはそれなりにこちらへの連絡を試していた。けれど、私の元にはそんな気配は一切来ていなかった。……帳が使えるなら、通信手段の遮断くらいはできてもおかしくはない。基本的には狙って電波妨害をすることはできないらしいけど、念話なら──それが常道の手段じゃない以上、遮断できても変じゃあない」

「……つまり、わしの後ろに居たのは呪術系の人物じゃったと?」

「確証はない……って言いたいんだけど。さっきから嫌な予感が凄いから、多分十割がたそう」

「十割!?」

 

 

 こちらの推論に、驚いたような表情を見せるミラちゃん。

 ……それもそのはず、ある意味では自信満々に語っているようなものである今の私は、次第に目から光が失われている最中。何事か、と警戒を交えて驚いてしまうのも無理はない、というわけである。

 

 まぁでも……うん。私がなにを警戒しているのかを知ったら、きっと二人も頷いてくれれれれれ

 

 

「なに……!?」

「意味不明な呪文を唱え始めたわ!?」*3

 

 

 突然壊れたおもちゃのようにガタガタ言い始めた私に、二人が困惑の表情を見せるが、私の手がゆっくりと持ち上がっていくのを視線で追い、それがなにかを指差していることに気が付いて、その先を追って……。

 

 

「──へぇ、なるほどなるほど。関係者が三人、こりゃまた結構大きなヤマだった、ってことかな」

「……っ!」

 

 

 指差した先。

 暗がりからゆっくりと、余裕に溢れた表情と言葉を溢しながら現れるその人物に、二人が驚愕を隠しきれない表情で、こちらと相手に視線を行ったり来たりさせている。

 口をパクパクさせながら、けれどなにも言い出せないその様にはちょっと笑いを覚えないでもないが……状況としては全く笑えない。

 

 ──そりゃそうだ。

 ()はすっかり現世を謳歌していて、基本的には好きに生きてる感じだけど──それでも、責任感というものを持っていないわけでもない。

 なにかが起きていると言うのなら、そしてそれを知ったというのなら。率先して、事態を解決させようと出張ってくるだろう。

 

 ……問題があるとすれば、今回私達が探している相手の属性。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンといえば、基本的には*4悪の巣窟とされる極悪ギルドである。

 その所業というのは、転移後の世界ではわりと洒落にならないことになっており……というのはまぁ、原作でも読んで貰えばわかるから割愛するとして。

 

 そんな(アインズさん)が、もし仮に目の前の人物と相対したのであれば。──真っ先に、どう思われるだろうか?

 

 

「──連続失踪事件。さっきの骨の彼も合わせて、一網打尽にさせて貰おうかな」

「「──ご、五条悟ぅっ!?」」

 

 

 ──質の悪い呪霊だと思われるのが、関の山だろう。

 冷や汗と苦笑いを浮かべる私と、驚愕の声をあげる二人。

 それらを楽しげに眺めた彼は、眼帯を押し上げながら、小さく笑うのだった。

 

 

*1
英語では『physical』。スポーツなどで『メンタル(精神的)』という言葉と対比されるように、意味合いとしては『身体的、肉体的』もしくは『肉体面』という意味で使われる言葉。単純に言えば物理。レベルを上げて物理で殴ればいい

*2
日本の神の一柱。イザナミとイザナギの子の一人であり、生まれた時から火の神であった為、母親であるイザナミの母胎を焼いてしまい、その火傷が遠因となって彼女は死んでしまうこととなった。それによってイザナギは怒り狂い、彼の首をアメノハバキリで断ち斬って殺してしまう。その死体と血からは、実に様々な神が産まれたとされるが──その一柱には雷神である『タケミカヅチ』が存在する。それゆえ、自然界的には順序が逆(雷が枯れ木などに落ちて山火事をもたらす)だが、神話的には雷は火から生まれたもの……という風にこじつけることも、決して不可能ではない

*3
漫画『遊☆戯☆王』より、『孔雀舞VS闇マリク』戦での杏子達の台詞。有名な舞の台詞『わからない……テキストの意味を理解できない……』も同じデュエル中のもの。『ラーの翼神竜』の効果欄に書かれた意味不明の(ヒエラティック)テキストを返しのターンで闇マリクが読んで見せたことにより、ラーは舞の場から離れ闇マリクの元に従った。インチキ効果も大概にしろ!なお、この時漫画版で書かれている象形文字は、読める人からするとわりと意味が通ったものになっているとかいないとか。……寧ろ読める人が居ることにビックリである

*4
構成メンバーのカルマ値が基本的にマイナス。一部プラスの人も居て、よりにもよってその内の一人がモモンガにとっての恩人である為、彼がもし転移して来たのなら……その時が彼の終わりだろう、と言った風に目されたりもしている




書きながら『悟VS悟、最強の悟決定戦!』(半ギレ)というワードが頭を過りました。


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これはひどい勘違い(棒読み)

「五条悟と言えば、そっちの管轄じゃないのかのぅ!?」

「おあいにくですが、向こうの人が全員私のやってることを知ってる、ってわけじゃないんですよ!五条さんに至っては、わりと郷を留守にすることも多いですし!」

「ちょちょっ、二人ともそんなこと言ってる場合じゃないってば!来る、もう来るって!!」

 

 

 ひそひそこそこそ話す私達をニコニコと眺めながら、彼は泰然とそこに立ち続けている。……今の五条さんからしてみれば、大抵の相手は雑魚みたいなものゆえ、仕方がないと言えば仕方がないのだが……。

 ともあれ、ミラちゃんがこちらを頼りたくなるのもわからないでもない。知り合いなのだから止められるでしょう、というのは(成功するかはともかくとして)すがりたくもなる話だろうし。

 

 どっこい、そうは問屋が卸さない。

 今の私の姿は、変わらずキリアのまま。……ゆかりんとかであるのならばいざ知らず、わりと郷を開けていることの多い五条さんが、私が(名目上の)潜入任務を行っていることを知っているかというのは、半ば賭けになるのである。

 で、もし仮に、彼がその辺りのことを知らなかった場合は……。

 

 

「し、知らなかった場合は……?」

「『主人格から離反しただけに飽き足らず、僕まで騙そうって?あっはははー。……潰すよ?』」

「ヒュッ(過呼吸)」

「うわぁっ!?おち、落ち着いてミラちゃんっ!?」

 

 

 固唾を呑みながら問い掛けてきたミラちゃんは、次の私の言葉に過呼吸を起こして卒倒しかけてしまう。*1……まぁうん、事実上の死刑宣告?みたいなものなのだから、仕方ないことではあるのだが。

 ……いやまぁ、仮にもここは現実世界。呪術廻戦(創作)の世界と言うわけでもないのだし、やるとしても半殺し*2とかではあるだろうが。……どっちにしろ酷い目にあうことに変わりはない?それはそう。

 

 

「──さて、そろそろ作戦タイムも終わりかな?」

「ぴぃっ!?」

「僕も暇じゃあないんだ。できれば抵抗とかしないで──って、早いな」

「えっ、ってきゃあ!?」

 

 

 敵前というのにどこか気の抜けている感じのしないでもない相手に、和やかに声を掛けているように見える五条さんだが……その実、よくよく観察すればそこまで余裕があるわけでもなさそうである。

 それは恐らく──と考察に入る前に、彼の振り向いた先から飛んでくるのは、飛ぶ斬撃。……この状況ではさすがに間違えない、これは(まさ)しく、

 

 

魔法二重(ツイン)最強化(マキシマイズ・マジック)、《現断(リアリティ・スラッシュ)》!!」*3

「──無駄だって言ってるのに、君も中々懲りないねぇ」

 

 

 聞こえて来た声は予想通りのモノであり、それに対する五条さんの反応も、ある意味では予想通りのものであった。

 

 その魔法の名前は、『現断』。

 魔法的な防御のほぼ全てを無効化し、相手を切り裂くとされる第十位階最強の魔法だが……そもそもの話、五条さんは防御をしているわけではない。彼我(ひが)の距離を無限にして、永遠に当たらないようにしているだけである。

 それゆえ、単純に防御を無効にしようとしても破るべき壁が多すぎるため、相手に届くことがないのだ。

 

 とはいえ、彼の意識がそっちに逸れたのは確かな話。

 それを確認した私達は急いで五条さんから離れ、発生した土煙の向こうに居るはずの相手に視線を向けた。

 

 

「無駄、とは随分な言い草だな。──種は割れた。次は届かせるぞ、敵対者」

「──へぇ?」

 

 

 土煙が晴れた先。

 魔法を放った体勢のまま、五条さんと相対するのは、一人のスケルトン。……いや、スケルトンなどと比べるのは烏滸がましい。

 総身から死の主の気配を立ち上らせ、自身に立ち塞がる者を油断なく睨み付けるその姿は、単なる骸骨のお化けとは格が違う。

 

 ──その者、【死の支配者(オーバーロード)】。

 どこかの世界では世界を支配する者として立つ彼は、己が纏うローブをボロボロにしながらも、悠然とそこに立ち続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 わぁ、とっても絵になる対峙だこと。

 ……なんて風に茶化せればよかったのだが、状況はとても宜しくない。

 なにせ、現在対峙しているのは『呪術廻戦』における最強の一人・五条悟と、『オーバーロード』の主人公にして死者の王であるモモンガことアインズ・ウール・ゴウン。

 アライメント的には善側と悪側、対決は必至なカード*4なわけで。

 

 事実、二人の間に流れる空気は殊更に重く、迂闊に動けばこちらも被害を受けるだろうことは間違いない、と断言できるような状態だ。

 モモンガさん側からの挑発めいた言葉に、五条さんは面白そうに笑っているし、正直どうしたらいいのかわからん(白目)

 

 

「いやそこで諦めるでないわっ!止めぬか!酷いことになるぞ?!」

「あれを止めようとした私の方も酷いことになりますが!?」

「ふ、二人とも落ち着いて……」

 

 

 思わず思考停止した私にミラちゃんが叱責を飛ばしてくるが……正直一触即発という言葉でも足りないような空気感のあの二人の間に割り込んで、その激突を止めるだとか……単なる自殺志願者では?としか思えない以上、動きたくねぇとしか言いようがないというか。

 

 そうして私達三人が慌てる間も、状況は止まることなく進む。

 くいくい、と人差し指を動かして挑発する五条さんに対し、モモンガさんの方も答えるように持っていた杖をくるりと手の内で一回転させ、

 

 

魔法効果範囲拡大(ワイデン)二重(ツイン)最強化(マキシマイズ・マジック)、《(リアリティ・)──(──)(スラッシュ)》ッ!!」

「っ!」

 

 

 唱えられた呪文には、『範囲拡大』の効果が付与されていた。

 無限の距離によって届かなくされているのであれば、その距離をそのまま越えてしまおう……ということなのだろう。

 

 実際にその原理でいけるのかとか、『現断』の魔法無効で無理矢理呪術への対処を行っているのだろうかとか、色々疑問は無くもないが……。少なくとも、その呪文を聞いた五条さんが、その場から引くことを選んだということだけは確かだった。

 

 

「──へぇ、短い間によく……」

「PvPでは相手のビルドを読み解くのも必須の能力だからな*5。……避けたということはやはり、()()は距離を弄るモノだ、ということだな?」

「さて、どうだろうねぇ?なんとなーく移動したくなっただけかもよ?……そっちもそっちで、やけに固いけど──なにかしてたり?」

「素直に話すと思うか?」

「だねぇ。……じゃあまぁ、第二ラウンドと行こうか!」

 

 

 互いに挑発を繰り返す二人は、そのまま攻撃を繰り返し始める。

 蒼での引き寄せを警戒していたらしいモモンガさんに対し、不意打ちで赫を使い弾き飛ばして距離を取り、そのまま茈を発動しようとする五条さんに対し。

 予想していたモノとは違う衝撃に一瞬目を細めながら、ここで距離を離れさせる意味を理解して上位転移(グレーター・テレポーテーション)を使って彼の背後に回るモモンガさん。

 

 攻守が頻繁に入れ代わりながら、それでも決定打は出しきれずに攻撃を続ける二人の姿は、まるで踊っているかのようだが……。

 

 

「周囲の被害を考えてくれませんかね!?」

「あっははは。大丈夫大丈夫、帳の外に攻撃は漏れないようになってるから」

「そういう問題じゃねーんですよー!」

 

 

 それらの破壊の余波から逃げる私達からしてみれば、決して見惚れているような暇はなく。

 どっちかに加勢をするにしても、互いに自分一人しか守る必要性のない動きをすることで他者の干渉を拒否してるし、そもそもこの二人この戦闘を楽しんでいる節があるので、変に手伝うとあとで恨まれそうなのである。

 

 

「……は?楽しんでる?」

「お互いに奥の手まで使ってないから、ってこと?」

「その暇がない、ということもあるのでしょうが……実際使えたとしても使う気はないんじゃないでしょうか?」

 

 

 え、戦闘狂?

 ……とでも言いたげなミラちゃんの声に対し、アスナさんが答えを述べる。……『狂』とまでは行かずとも、わりとバトルジャンキーな気質がなくもない気がするミラちゃんがそれを言うのか、という気分は無くもなかったが、とりあえずそれは心中に押し止め。

 

 アスナさんの言う通り、現状の二人は互いの切り札──モモンガさんであれば『The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)』、五条さんであれば『領域展開【無量空処】』──を、切る気配が一切ない。*6

 双方共にそれらを使えるだけの再現(覚醒)度を持たないという可能性もなくはないが……どちらかといえば、使えば容易く決着が付いてしまうことを知っているから、敢えて使っていない……という方が正しいように思う。

 もしくは、先に切り札を見せた方がそれを止められる側になる……みたいな懸念を持っている可能性もあるが。

 

 ともあれ、現状の闘争が容易く終わるものではない、というのは確かだろう。……やっぱり間に挟まらないとダメ、だったり?

 

「悟達の間に挟まる奴絶対殺すウーマンとか出てきません……?」

「なんじゃその胡乱過ぎる生き物」

「……よ、よくわからないけど大丈夫だよ、きっと」

「実行役じゃないからって、二人して反応が雑すぎでは?」

 

 

 止めなきゃいけないことはわかっているものの、流石に彼処の二人と比べられると再現度(レベル)が足りないと言わざるを得ない二人は、私に対して期待の眼差しのようなモノを向けてくるわけなのだが……。

 ……ええい、あとで恨むぞ二人とも!

 

 若干悲愴感漂う言葉を吐きながら、改めて一つ頬を叩いて気合いを入れる。

 ……本当なら、この状況下でキーアの姿を晒すのは、後々のモモンガさんとの交渉の上でマイナスにしかならないのだが……背に腹はなんとやら、若干自棄っぱちな気分で飛び出そうとして。

 

 ──視界の端に、とあるものを見付けた。

 

 それは、私達がこんなことになってしまった理由の一つ。

 森に立ち入るきっかけとなった自殺志願者が、草むらの中に倒れている姿で。

 なんでこんなところに?と疑念を抱いた私が、反射的に彼を解析して──その首元に、奇妙な紋様が浮かんでいることに気が付いた。

 

 それは、()()()()()()()()を組み合わせたような、奇妙な形のモノで。

 それがナニを意味するのかに気が付いた次の瞬間、

 

 

「もぉなんなのよあんたたち!」

「「!?」」

 

 

 甲高い声と共に、二人の間に巨大な剣が振り下ろされた!

 

 

 

*1
『過換気症候群』とも。不安や緊張・ストレスなどによって呼吸のリズムが乱れることにより、血中の酸素と二酸化炭素のバランスが崩れ、息を幾ら吸っても酸素が足りずに息苦しい、と感じる状態。……という真面目な解説は置いといて、創作においては強烈なストレスが掛かった際の比喩表現としても使われる(例・命の危険を感じている、など)。ストレス自体には悪い意味はない(あくまで外からの刺激によって緊張していることを示すものである)為、例えば『推しが尊い』時の過呼吸も意味合いとしては同じ()

*2
徳島県や群馬県などにおいて、ぼたもちやおはぎに使われている米・あんこの状態を示す言葉。『大体元の粒の半分くらいが潰れている』状態を指し、しっかり全て潰してあると『全殺し』と呼ぶことも。……え?そっちじゃない?

*3
魔法を二回発動し(魔法二重化)魔法の威力を最大化する(魔法最強化)、の意味。『現断』の方は第十位階の魔法の中でも最強の威力を誇るが、似たような効果を持つスキル『次元断切(ワールドブレイク)』と比べると劣る、とされる。どう劣るのかは不明。魔法的防御をほぼ無効化するとされる為、クロスオーバーさせる際は『魔法的』の区分に『呪術』が含まれるかどうか、ということが争点になるのではないだろうか?なお、魔力(MP)消費がバカにならないほど高いとも言われている

*4
この場合は物理的なカードのことではなく、『対戦すること』そのものの比喩。『対戦カード』の略であるとされるが、その由来がどこにあるのかなどは不明

*5
モモンガさんの特徴。勝つ為ならば数回の負けも許容するタイプの情報収集家。最終的に立っていればよい、とばかりのその貪欲な情報収集力により、PvPでの勝率は五割を誇るという

*6
モモンガさんの方は『耐性貫通即死付与』、五条さんの方は『耐性貫通無限遅延』。奇しくも両者耐性貫通系のものである



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陸の歌姫、その声は誰の為に

「……これは……」

「できれば穏便に終わらせたかったのだが……仕方ない」

「あっよけたなこいつぅ!」

 

 

 地面を叩き割るかのような轟音と、それに伴って巻き上げられる地面。

 土煙が周囲に立ち込める中、仲良く喧嘩していた二人はその素振りすら潜め、こちらに後退して来ていた。

 

 とはいえ、それを指摘するような暇はない。

 隣で大口を開けて間抜けな顔を晒している(それでもかわいいけど)ミラちゃんはアスナさんに任せるとして……、小さく冷や汗を拭って、目の前に現れた新たな(ちん)入者に視線を向ける。*1

 

 それは、なんとも形容しがたい姿をしていた。

 少なくとも、まっとうな生物には見えないだろう。

 

 三つ目の西洋風の鉄兜に大きな襟とピンクのリボン、翻すマントと、下半身の魚体。

 鎧の腕に携える大きな剣を含めれば、余りにちぐはぐな印象を与えるそれは、しかしどことなくハートの女王……そう、女性をイメージさせる姿をしていた。

 

 ……遠回しな言い方を止めるのであれば。

 私達の目の前に居るのは、魔女。『魔法少女まどか☆マギカ』における、とある人物の末路の姿──『Oktavia(オクタヴィア)von(フォン)Seckendorff(ゼッケンドルフ)』、別名人魚の魔女と呼ばれるモノ。

 それが今、私達の目の前に立っている存在なのだった。

 

 

「ん?あっ、このこみたことある!きりあちゃんだっけ?」

「……っ、頭に響くな、こいつの声は……っ!」

 

 

 こちらに視線を向け、何事かを叫ぶ魔女。

 しかしそれはミラちゃんの言う通り、私達に取っては意味のない、耳障りな高音のなにかとしてしか認識できない。

 唯一わかることは、彼女に見られているというだけで悪寒が止まらない……ということだろうか?一応はキリアの姿である私も、どちらかと言えば不快感の方が強いように思ってしまうあたり、他のみんながどう感じているかはお察しあれ、ということだろう。

 

 

「あれ?なんかけんあくなくうき?ちょっとうるさいからちゅうさいしただけなんだけど、もしかしてよくなかった?」

「……ええぃっ!キンキン煩いわっ!」

 

 

 両耳を塞ぎながら声を荒げるミラちゃんだが、相手にその言葉が通じているかは未知数。……目の前にいる魔女が原作通りの存在であるのなら、そもそもコミュニケーションの取れる相手ではないはず。

 こちらに向けてなにかを話しているように見えても、それは無意味な音を溢しているだけのはずだ。

 

 ゆえに、彼女の抗議には意味がないわけで。

 そんな彼女の様子を横目に、先ほどまで争っていた二人が示し合わせたかのように動き始める。

 

 

「……一応聞いとくけど、お仲間とかでは?」

「バカか貴様は。さっき私も攻撃されていただろうが」

「いやいや。区分的には似たようなモンでしょ、君達」

「……どうやら貴様とは、あとでしっかりと話し合う必要があるようだな」

「ははは、だねぇ。──ま、そういうのはとりあえず、」

 

 

「「こいつを片付けてからだ!!」」

 

 

「……さっきまで争ってたのに、もう息ぴったりなんだけど」

「えなにそれ!にたいいちとかひきょうだぞ!」

「……心なしか魔女が怒っているような気がしますね」

「なんでもよいわ!とりあえず黙らせんことには、おちおち話しもできぬ!」

 

 

 さっきまでの戦闘はなんだったのやら、まるで長年連れ添った相棒かのように連携を始めるモモンガさんと五条さんに呆れつつ、とりあえず後方支援でもしようかなぁ、と一瞬思った私だったが。……そういえば『魔女の口づけ』を受けていると思わしき人が居たことを思い出し、そちらの救助を優先することにする。

 

 そのことを伝えたアスナさんは手伝おうか?と言ってくれたが……パッと見た感じ単に倒れているだけのようだったし、一人でもなんとかできるだろうと判断してその申し出を断る。

 ……相手が人魚の魔女である以上、周囲への車輪を使った攻撃をしてくる可能性もある。

 そうなると治療中の私では患者を庇うくらいしかできないので、その辺りの露払いをお願いしたいことを伝え直せば、彼女は確かにと頷いて相手の魔女を油断なく見つめ始めるのだった。

 

 そうして彼女が警戒を始めてほどなく、流石に一対四は無理があると判断した人魚の魔女が、車輪による攻撃を交え始めたため、アスナさんは一瞬だけこちらにサムズアップをして、私の近くから離れていったわけだが……。

 まぁ、これで倒れていた人の容態の確認に集中できる、というのも確かな話。

 小さく感謝の意味を示しつつ、小走りに私は倒れている人の元に駆けていくのだった。

 

 そうして患者の元にたどり着いた私は、改めてその人物がミラちゃんが最初に見付けた人物──この慌ただしい流れの発端になった、森の中へと進んでいた観光客であることを確認したわけで。

 なるほど、先ほど五条さんが口走っていた『連続失踪事件』とやらは、恐らく『魔女の口づけ』による自殺幇助(ほうじょ)*2だったのだな、ということを確信……しようと……?

 

 

「…………?」

 

 

 患者の首元に付いているマークを、改めて確認する。

 それは『魔法少女まどか☆マギカ』の作中において、人魚の魔女のマークとして扱われていたモノ──五線譜と五本の剣をモチーフにしたモノであったのだが、確かにそこから感じるのは淀んだ魔力だというにも関わらず……。

 

 

「……生命力が、減ってない……?」

 

 

 いっそ不自然なほどに、患者の体力などが減っていない。

 ともすれば、()()()()()()()()()()()()()なほどに、患者には外傷もなければ極度の疲労なども見られなかった。……一応、長時間森の中を歩いていたことによる軽めの疲労こそ見えるが、一般的に『魔女の口づけ』を受けた人間に共通の──死へと向かう方向性とでも言うものが、感じられない。

 いや寧ろ、これは……!

 

 思わず嫌な予感がした私は、患者に向けていた視線を上に向け。

 ──モモンガさんの背に浮かぶ、巨大な時計の姿をその目に映すのだった。*3

 

 

 

 

 

 

「もう、ちょっとくらいひとのはなしききなさいよ!」

「ええいお喋りな!いい加減にぃ、せぬかっ!!」

「えっうそぉおっ!?」

 

 

 大振りに剣を振る人魚の魔女に対し、ミラはその剣筋を見切って下に潜り込んだのち、【仙術奥義:開眼】によって跳ね上がった身体能力を生かしてそれを上空にカチ上げる。

 よもやこんな小柄な少女に自身の武器を吹き飛ばされるとは思っていなかったのか、魔女が奇っ怪な叫び声をあげるが……その隙を見逃す周囲ではない。

 

 

「……これなら、どうかな?──【虚式『茈』】」

「こいつも持っていけ!魔法二重(ツイン)最強化(マキシマイズ・マジック)、《現断(リアリティ・スラッシュ)》!」

 

 

 手始めに仕掛けたのは五条悟であり、架空の質量を打ち出す『茈』は魔女の胴体に的中、更にその上からダメ押しの二重斬撃が飛ぶ。

 そして、それが着弾するのを見計らうように、一人の影が躍り出て、

 

 

「──『マザーズ・ロザリオ』!!」

 

 

 アスナの放った片手剣系ソードスキル・驚異の十一連撃である『マザーズ・ロザリオ』が先の連携の上から叩き込まれる。*4

 

 最強二人の攻撃の上に、彼らには及ばずとも強者の一人である少女の攻撃まで叩き込まれた魔女は、断末魔の叫びを──、

 

 

「もう!びっくりするでしょ!」

 

 

 ──あげてはおらず、未だ健在。

 これは、キリアが治療に専念したあたりから変わらずに続いている光景であり、すなわち彼らは攻め(あぐ)ねている最中なのだった。

 

 彼等の攻撃によって起きた爆発に隠れるようにして、魔女から離れた四人。

 華麗なバックステップで後退した五条は、軽口を叩くように口を開いた。

 

 

「あー、なんだっけ。あれだよあれ。遊戯王みたいな……」

「……No.(ナンバーズ)No.(ナンバーズ)でなければ倒せない、というやつか?」*5

「そうそうそれそれ。確か魔女って、魔法少女じゃなきゃ倒せない……みたいなのあったよね?」

「……あった……かな?*6……よくわからないけど、もし彼女がその法則をしっかりと受け継いでいるのなら……」

「わしらの攻撃は千日手、ということか?」

「多分だけど……」

「ふぅん、そりゃ厄介だ」

 

 

 先ほどまでは敵対者も混ざっていた……ということすら忘れたかのように、目の前の驚異を前に当たり前のように言葉を交わす彼等に、思わずとばかりにモモンガは目を細めるが……、

 

 

「じゃあ骨の君。──そろそろ終わらせる?」

「……まぁ、それが良いか。私達ではそれ以外の対処も無理なようだし、な」

「え、なになに?なんかいやなよかんがするんだけど?っていうかわたしのはなしきいてくれない!?」

 

 

 先ほどまでの敵──特徴的な眼帯を付けた彼の言葉に、仕方がないと小さくため息を吐く。

 相手が特殊な耐性によって絶対の守りを敷いている以上、そしてそれを破る手段を模索するには時間が足りない以上──現状こちらが取れる手段は、あらゆる耐性を突破する()()()を解禁する他あるまい。

 

 先ほどまで敵対していた彼に、こちらの手札を開示するというのは些か業腹だが……文句は言えまい。

 前リーダーが残したという、()()()()()

 その一つと思われるものが目の前にある以上、それを放置して撤退するというのは考えられない。

 奥の手一つで解決できるというのなら、それに越したことはない。そう自分を言い聞かせ、先ほどまでの好敵手に、彼はこう告げた。

 

 

「──()()()()。持たせられるか?」

 

 

 彼の()()は、発動までに時間を要するモノである。

 それゆえに、彼は五条に対してその時間を稼げるのか、と問い掛けたのだが。……対する五条は、その言葉を挑発と捉えたかのように獰猛な笑みを見せ。

 

 

「誰に物言ってるのかな?──時間なんて、幾らでも稼いでやるよ」

 

 

 右手で独特な印を結び、付けていた眼帯を外しながら。

 ──彼は、その名を告げた。

 

 

「領域展開──『無量空処』」

 

 

 

 

 

 

(──っ、いやほんとどこまで強くなる気なのあの人!?)

 

 

 現状を把握した私は、半ば弾かれるようにして走り始める。

 とはいえ、それが意味を為すものかと問われれば、ノーだとしか言いようがないだろう。

 

 

(──流石に、本物よりは強制力が落ちてるんだろうけどっ)

 

 

 領域展開『無量空処』。

 つまるところそれは、相手に対してその行為の全てに無限回の試行回数を付与するというものだ。

 

 あらゆる行動が永遠に引き伸ばされ、決してたどり着けなくなるこれは、その中で自由に動ける五条さん以外の全てを、永続スタンにするモノだとも言えなくもない。

 一般人相手に使えば、その脳への負荷により廃人化は避けられないとまで言われ、ゆえに彼は『0.2秒の領域展開』などという曲芸まで見せることになるのだが……。

 

 流石に、ここの五条さんが使う『無量空処』に、それほどの絶対性はない。

 とはいえ、仮にも『領域展開』を名乗る以上、それが無様な術式であるということもない。

 じゃあ、なにが違うのかと言えば……原作のそれが無限の引き伸ばしによって、ほぼ止められているように見えるのと違い、彼のそれは『特定の時間単位を無限に割ったもの』に近い。

 

 ……意味がわからない?とりあえず、例え百年に一ミリ・千年に一ミリのような低速であれ、進み続けているのならいつかどこかにはたどり着くはず、というのが近いだろうか。

 要するに、彼のそれは確かに『無限回の試行回数』を相手に付与するモノだが、同時に『無限回こなせば確かに進む』のである。

 原作のそれが『無限に無限をぶつける』ことで相殺できるか微妙なのに対し、彼の場合のそれは明確に無限をぶつけられるのなら、確かに前に進むことができるものなのである。

 

 それゆえ、そもそもに無限使いでもあるキーアならば、一応は先に進むことができるのである。

 ……まぁ、正しく牛歩の歩み*7、これではどう考えても間にあいやしないとしか言えないわけなのだが。

 

 なにせ、モモンガさんの背後に『時計(それ)』が浮かんでいる以上、時間的猶予は無いに等しいのだから。

 

 ……突然に降って沸いた絶望的展開に、ワタシノカラダハボドボドダ!!(悲鳴)

 ……いや、ホントにどうしよう……?

 

 

*1
『闖入者』とは、断りもなく突然入り込んでくる人を指す言葉。『侵入』との大きな違いは、『侵入』の方が領分の侵犯という強引な意味合いを持ち、また『突然・いきなり』というタイミングの指定を持たないというところにある

*2
『幇助』とは、わきから手を添えて手助けをすること。似たようなモノには、教えて(そそのか)す『教唆(きょうさ)』が存在する。基本的には実際に犯行を行った人と同じ刑罰を受けることになる(刑法61条(教唆)『人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する』)

*3
モモンガのスキル『The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)』発動時に現れる荘厳な姿をした時計。初期状態では真上(ⅩⅡ)を指しており、一秒経過するごとに針が一時間分進む。なお、時間経過の条件としてスキルの使用後に即死系効果を含むスキルや魔法を発動する、というものがある。このスキル発動後に使用したそれらの即死系技能は即時発動せず、後ろの時計が再び真上を指した時に発動するようになっている。それだけだと単なる遅延発動だが、このスキルの効果を受けた技能による即死は、あらゆる耐性を完全に貫通するようになる。対処手段として、12秒経つまでに復活系の技能を使っておく……というものがあるが、彼が『真なる死(トゥルー・デス)』を使っている場合は高位の蘇生術でなければ復活できない為、実質的な詰みに陥ることも

*4
『ソードアート・オンライン』においてオリジナル・ソードスキル(OSS)と呼ばれる区分のモノの一つ。エピソードタイトルの一つでもある。五連撃と五連撃の突きで十字を描き、最後にその中央部に渾身の突きを叩き込むという技で、『OSS』の制約内では最高粋の連撃数を誇る

*5
『遊☆戯☆王ZEXAL』に登場する特殊なカード群、『No.(ナンバーズ)』に共通する効果のこと。『No.モンスターはNo.モンスターとの戦闘以外では戦闘破壊されない』と言うもので、単純な戦闘においては結構な耐性とも言える……のだが、あくまで戦闘破壊にしか耐性がないこと、そもそも効果扱いなので無効にできることなどが重なり、実際にはそこまで強い耐性ではないようだ

*6
ないです(クソデカ文字)正確には、魔女の結界が一般人には見えないというのとごっちゃになっている形。……ほむらが重火器で戦っている為、物理がまったく効かないということはないはず。一応、魔法少女が使うものには魔法が施される、みたいな可能性もなくはないが。……要するに、実際は不明だったりするようだ

*7
『蝸牛の歩み』と『牛歩』が混じったと思わしき間違い言葉。『頭痛が痛い』的な意味被りをしているので、パッと見の間違いはわかりやすい方か。なお、『蝸牛の歩み』も『牛歩』も共に進行速度が遅いことを指す言葉



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それは■■の底より来るモノ

 引き続き五条さんの発動した『無量空処』によって、永遠と錯覚してしまうほどの感覚の間延び、とでも言うべきものを感じさせられているキリアがお送りします。

 

 ……いやまぁ、そんな冗談というか軽口というかを飛ばしているような余裕というものは、本来ならば全然ないのだけれど。

 正直今の私にできることと言えば、粘度の高い水みたいになっているこの空間を、必死の形相で掻き分けながら『びそくぜんしんっ!』*1……もとい、微速前進で進むことくらいしかないわけで。

 そりゃまぁ、思考くらいしか自由にできてないのだから、脳内で軽口飛ばすくらいしてないとやってられないというか?

 

 ともあれ、なんか他に対処はないのかと思わないでもないのだが、この『無量空処』が若干無理矢理に……言い換えれば完成度の低い状態で発動されているせいで、本来ならば自由に動き回れるはずの五条さんが、その場に張り付けにされているような状態になっているため、彼に『気付いてー!』と主張することもできないのである。……位置的に私の居るのが彼の背後、と言うのもバッドポイント。

 

 現在の彼は領域展開の維持そのものに、相当数の意識を割ききってしまっている。

 そのため、本来のアドバンテージである『一方的な攻撃の可否』が抜け落ちているというのは重大な欠点と言えるが……。

 それは裏を返せば術式そのものの殺意が薄まっているという風にも受け取れるため、現状を思えばわりと歓迎できる部分だったりもする。……のだけど、ここにいる()()()()がその欠点を補ってしまっているため、結局八方塞がりやんけと匙を投げたくなっているというか。

 

 

(……いや、匙は投げるなし)*2

 

 

 まぁ勿論、ここで諦めるという選択肢がないということは、私もよくわかっているので、例え無駄だとしても足掻くしかないのだが。

 

 こちらの予想が正しいのであれば、あの人魚の魔女をそのまま倒してしまう……というのは、非常に宜しくない選択だと言える。

 突然この場に現れたアレが、前リーダーの隠していた『ナニカ』だというのは半ば確定的だが──同時に例え悪性のモノであったとしても、それが単に『存在している』だけで迫害される謂れである、とは言えないわけで。

 

 私達は相手が魔女──人間の敵対者としての姿であるがゆえに、そこに会話や共存の余地はないと判断してしまったけれど。

 もし彼女が本来の魔女と違い、会話ができるだけの知性があるのだとすれば。

 もし彼女がここに現れた理由が、()()()()()()()()()()()()()()とするのなら。

 

 ……この戦いは、まったくの無意味なものであると言うことになる。

 

 

(……っていうか多分それが正解なんだよなぁ!)

 

 

 変わらず宇宙遊泳擬きを続けながら、私は内心で声をあげる。

 

 魔女という存在である事実は覆せずとも、その存在が周囲に害のみをもたらすモノである、という事実は覆せるかもしれない。

 先の被害者らしき人物の容態を確認することで、その可能性に気付いてしまった私は、それを確認することなくあの魔女を撃破する……ということを、許すわけにはいかなくなってしまったわけで。

 

 結果、今の私に残された選択肢は二つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのどちらの選択も──本来ならば選びたくない、使いたくない類いのモノではあるが、状況が状況だけに最早四の五の言っているような暇もなく。

 

 

(……ええい、居るんなら恨むぞ神様!)

 

 

 もしや、私にこの選択を突き付けるためだけに、この二人を用意したのではあるまいな?

 ……と、見えもしない神とやらに愚痴を投げ付けつつ、私は迷いに迷った末に()()()()を選んだのだった。

 

 

 

 

 

 

(……まさか、無傷で稼ぎ切るとはな)

 

 

 内心でそう()ちる彼は、眼帯の彼が繰り出した術式に、惜しみ無い称賛とほんの少しの畏れを滲ませていた。

 

 時間停止対策は必須と述べたこともある彼だが、しかしこの術式は単なる時間停止などとは格が違う。

 自身の耐性を以てしても完全には防ぎきれないそれを、周囲一帯に張り巡らせる結界術──そういう風に彼は認識したが、その異様な性能には舌を巻くほかない。

 

 

(気を抜くと思考が鈍るな……)

 

 

 今のところは、意識して思考を保つことでどうにかなっているが。未完成と思わしきこれが、もし真に完成を見ることがあるとすれば……なるほど、先ほど対峙していた時に感じていた仄かな悪寒というのも、あながち間違いだとは言い切れないだろう。

 

 引き伸ばされた体感時間の中では、目に映る全てがゆっくりと流されていく。

 自身にそのような負荷を強いてくるあたり、これを対策しようとするのにはさぞ骨が折れることだろう。

 先ほどの戦闘の中で()()を使われなかったことを喜ぶべきか、今こうして使ってくれたことをこそ喜ぶべきか。そんな思考を浮かべながら、彼は心の中で苦笑を溢す。

 

 ──そう、既に彼は先ほどまでの敵対者、眼帯の彼が()()()()()()()()ということには気付いている。

 所属組織の違いがどうということではなく、彼自体があくまでも闘争を()()と捉えていること、どうして自身との敵対を()()()()()()()()()()を踏まえて、だ。

 

 見るからに自由奔放、それでいて実力は遥かに高く、気ままで自分勝手……そのような彼の性格をこの短い交戦期間で察した彼は、思わず相手の所属する組織の長の心労を思って涙しそうになったくらいだ。*3

 

 ともあれ、今は味方でよかったと喜ぶのみに止め。

 改めて、今現在彼等が敵対しているモノへと視線を移す。

 

 それは、彼もまた()()()()()存在であった。

 ──魔女。とある作品における魔法少女の成れの果ての姿であり……同時に()()()()、と言うように根本的に人類とは相容れない存在である。

 自身もまた、『死の支配者(オーバロード)』という人類の敵対者……アンデッドの王とでも呼ぶべき存在であるが、しかして自身にはそうではない(相手とは違う)と確信するだけの理由がある。

 

 ゆえに、彼は人を守るために動くことに、些かの疑問も持っていないのだが……。

 

 

(…………む?)

 

 

 そこまで思考して、彼は小さな違和感を抱いた。

 ──もしかして自分は、とんでもない思い違いをしているのではないか?……と。

 

 確かに、この戦闘は相手(魔女)から攻撃を受けたからこそ始まったものであり、そういう意味では()()が安全なモノであるという証明にはなりえないが……。

 同時に、相手が()()()()()()()()()()()()()()()こともまた、明確な事実である。

 

 

(……え、マジで?)

 

 

 ここに来て、ようやく彼に焦りが見えた。

 偉大なる死の支配者を()()()()()のが(ほど)かれ、その素の部分が顕になる。

 そうして顕になった素の部分は──現状が非常に不味いということに、すぐに気が付いた。

 

 なにせ、背後の時計は既にカウント終了まで二秒。

 時間感覚が引き伸ばされているため、感覚上ではまだ二十秒とか二分とか、それなりの時間が残っているように思えるが……この結界内では、実際に経過する時間までが引き伸ばされているわけではない。

 つまり、物理的にはちゃんと『二秒しか残っていない』わけで。

 

 要するに、スキルをキャンセルするために口を開く暇もなければ、相手に蘇生魔法を掛けて対処をする暇もない上に、そもそもに強烈な処理の遅延を食らっている状態なので、実際に動き出せるのはどう足掻いても二秒経ってから。

 ……端的に言わせて貰えれば、いわゆる詰みの状態なのであった。

 

 

(──い、いやいやいや!まだだなんとかなる!アイツに気付いて貰ってどうにかするとか……あっダメだ!余裕全然無さそう!滅茶苦茶不敵に笑ってるけど、頬がぴくぴくしてる!)

 

 

 それでもリーダーたる彼の矜持として、最後の最後まで諦めるつもりはなく。

 視線の端に映る眼帯の彼に、どうにかしてこちらの懸念を伝えようとした彼は、しかして当の本人がこちらを見るような余裕が一切ないことに気が付く。

 

 己にここまでの負荷を強いるこの術式は、どうやら術者本人にも相当の負担を強いるモノであるらしい。

 見た目こそイケメンさを崩さずに笑っているだけ思えるが、その実やせ我慢にやせ我慢を重ねている状態であるため、周囲に気を配る余裕は一切ないのだ。

 

 ここでの不幸は、彼──モモンガの奥の手が、遅延発動するものであったこと。それから、彼──五条悟の奥の手が(本物がどうなのかは別として)時間に直接干渉するものではなかった、ということ。

 

 強力な効果を持つが遅延発動になってしまうモモンガのそれと、本物と違って本人が動けないがゆえに、術式の対象外となる無機物などでの攻撃を予め行っている必要が生じてしまった五条のそれ。

 その二つが噛み合った結果、ある意味で必殺のコンビネーションとなったわけだが……同時に、途中で止めることが実質不可能になってしまったわけでもあり。

 

 

(う、うそだろ……)

 

 

 最早、内心でそうぼやくことしかできなくなった彼は。

 ──今までに感じたことのない、おぞましい気配を感じ取った。

 

 

「──っ!?」

 

 

 死の支配者たる自身に、まるでその肩書きすら嘲笑うかのような、余りにおぞましき死の気配。

 

 足元から蟻の大軍が上ってくるかのような怖気にも似たそれは、彼の背後から迫ってくる。

 それは単なる先触れであり、あくまでも主菜に対する前菜のようなもの。

 それにも関わらず、思わず震えてしまいそうになるその気配に、振り返りたいような、振り返りたくないような思いを持て余すことになって。

 

 

(……なんだ、これは)

 

 

 そうして一周回って冷静になった彼は、この気配の持ち主こそが魔女なのでは?……と思ってしまう。それくらいに異質のそれは、しかし目の前の魔女から漏れだしたものではなく。

 もしや、一体ではなく二体、いやそれ以上にいるのだろうか……と半ば混乱した状態で思考を進める彼は、

 

 

「……っ?!なっ!?」

「えっ?!」

「ぬぉっ!?」

「……はぁああぁっ!!?」

 

 

 思考の停滞が突然解かれたこと、周囲が困惑の声をあげたこと、それから──自身の背後にあった黄金の時計が、影形すらなくなってしまったことに、誰よりも大きな声をあげ。

 

 

「だすけてぇ……

「「「「!?」」」」

 

 

 それから、しくしくと泣きながら助けを乞う見知らぬ少女の姿を見て、四人揃って驚愕する羽目になるのだった。

 

 

*1
『アズールレーン』の公式四コマ漫画のこと。フレーズが同じだととりあえず口にしてしまうのはオタクの悪い癖……

*2
『匙』はスプーンの一種。基本的には調剤用などに使われる小さなモノを指し、それを投げ出すということは医者が薬を作るのを諦めた、と解釈することができる。そこから、見たまま『医者が治療を諦める』こと、および何かしらの専門家が、特定の物事について『自身の手に負えないと悟って諦める』ことを示す言葉となった

*3
「なんか知らないけど胃がっ!?」「大丈夫ですか紫様?」



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月の聖邪を語るように

 勝ちました!……負けました。

 一行で矛盾すんな、と誰かに言われそうな気がしないでもないけど、正直言葉通りとしか言えないので、それ以外に形容しようがないというか。

 

 ともあれ、あの状況下で()()()()()()()()()()ことを選択した私は、とりあえずキリアへの変装を止めてキーアに戻り。

 それから奥の手──噂の第二形態の半歩手前、感覚的には1.5形態的なモノを起動して、()()()()()()使()()()()()()()()を無理矢理に使用した、というわけなのですが……。

 

 

「自身のキャパを越えたもんを、軽々(けいけい)につかっちゃダメってやつっすね……」

 

 

 やせ我慢的に笑みを浮かべながら、そうぼやく私。

 その言葉ほど軽々しく*1使ったわけではないのだけれども、結果として全身を『筋肉痛のもっとエグい版』みたいなものに襲われる始末となっているのはご覧の通り。……あんまりにも痛いもんだから目線くらいしか動かせねぇ!

 

 事態の解決後、糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた私は、運悪くうつ伏せ状態で横になってしまったため、森の中を元気に這っていく蟻やらムカデやらに顔を這われ、声にならない悲鳴をあげることになりながら、しくしくと涙を流しつつ誰かの救助を待っていたのでありましたとさ。

 

 で、そんな私をひっくり返して、顔やら頭やらを這っていた虫達を払ってくれたのが、現在私をお姫様抱っこしていらっしゃるモモンガさんというわけでして。

 いやほんと……余計な手間をお掛けしてすみません……。

 

 

「ふっ、気にするな。()()()()()ということは、こちらも同じようだからな」

「ええまぁ、はい。話が早くてホント助かります……それはそれとして、ていっ」

「あ痛ぁっ!?ちょっ、キーアさんってばいきなり攻撃は酷くない?」

「やかましいわこの五条(バカ)!助けもせんと散々大笑いしおってからに!っていうかさっきまでの敵対行動もわざとやろ貴様ぁっ!!」

「……~♪」

「目を逸らすな口笛吹くなぁ!」

「いてててて!軽率に無限抜くの止めない?!」

「ええ……?」

 

 

 謙遜した声を掛けてくるモモンガさんに目礼を返しつつ、そのまま念動力で五条さんの頭に はたく こうげき!

 

 なんで突然そんな暴挙に及んだかって?さっきからこの人、こっちを指差して「うぎゃあっ!」とか「のわっ、ちょ、ムカデは止めて!昔耳に入られそうになったことあるから怖……ひぎゃぁっ!?」*2とか言ってた私を大笑いしてたからだよ!!

 

 要するに性格の悪さまで、原作の五条さんに近付けなくていいから、という苛立ちを思いっきりぶつけた次第と言うわけである。……確かに体は動かせんけど、だからってこっちに攻撃手段がないってわけやないんぞ!

 まぁ、どつき漫才的(ハリセンで叩くくらい)な威力しか出せてないので、口では痛いと言いつつも全然効いてる感じはないわけなのだが。

 

 なお、そんな風に五条さんとあれこれしているのが仲良さげに見えたのか、ミラちゃんが変なものを見る目でこちらを見ていたのだが……ちゃうねん、五条さんがワルガキなだけやねん。

 

 

「いや、そうじゃなくて……いやもうよいわ、ツッコミを入れるのも疲れる……」

「なんかたいへんそうだねー」

「……なにを言うておるのかはわからんが、とりあえず同情されておるのは伝わったぞ……」

 

 

 こちらの弁明を切って捨てたミラちゃんは、その肩をぽんぽんと優しく叩く人魚の魔女を見て、最早全ての理解を諦めたような目をしながら、大きくため息を吐いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……あー、こんな格好で申し訳ないんですけど、とりあえず司会進行役をやらさせて貰いますね」

「うむ、任せた」

「意義なーし」

 

 

 いつまでもモモンガさんに支えて貰っていては申し訳ない……ということで、自分の体を念動力で操り人形のように動かす、という方式を採用して一人で立つことに成功した私は、そのまま『今回の勘違いを正す会』とでも呼ぶべきモノの開催を宣言。

 上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)でモモンガさんが作った椅子に皆が着席するのを確認しつつ、私もまた同じように椅子に座らせて貰う。……視界の端でちょこん、と大きめの椅子に座る人魚の魔女の姿に、なんとも言えない気分になりつつ、私は口を開いた。

 

 

「とりあえず、改めて自己紹介を。私はキーア、正式名称は『キルフィッシュ・アーティレイヤー』。しがないオリキャラ、というやつでございます」

「……ふむ、オリキャラ……?確か君は、『マジカル聖裁キリアちゃん』における敵方ではなかったか?」

「──その辺りは詳しく話すと長くなるので、また今度説明しますね☆」

「……あ、ああ(……一瞬、心臓もないのに『心臓掌握(グラスプ・ハート)』を受けたかのような怖気を感じたような……)」*3

 

 

 まず最初にしたのは、自己紹介。

 基本的に初対面となるモモンガさんには、私が誰なのかをいの一番に示す必要があったためだ。……『例のアレ(キリアちゃん)』に関してはスルーだ、スルー!

 小さく首を捻るモモンガさんになんとも言えない気分を感じつつ、次に話題にあげるのは無論、さっきからなにかを言いたげにもじもじしている人魚の魔女について。

 

 

「先ほどキリアとして倒れていた人を看病しましたが……軽度の疲労こそ見えたものの、栄養失調もなければ外傷もなし。魔女に引き寄せられた(魔女の口づけを受けた)にしては、異様なほどに健康な状態でした」

「やはりか……そうなると、あそこでソワソワしている彼女には、こちらへの敵対の意思は……」

「多分ないんじゃないでしょうか?……生憎と魔女語はわかりませんが、恐らくは当たり障りのないことを喋っているのではないかと」

「あたりさわりどころか、ふつうのことしかしゃべってないよー!あ、もしかして」

 

 

 こちらが考えていたこと(キラは……もとい魔女は敵じゃない)*4については、別口から辿り着いていたらしいモモンガさんが、頻りに小さく頷いている。

 そうして話題の的となっている人魚の魔女はといえば、皆の視線が自身に向いていることに対して、なにがしかの言葉を発していた……が、相変わらずキンキンしているその声は、なにかを言っているのだとしてもこちらには認識できず。

 

 はて、どうしたものかとこちらが思っていると、彼女はなにかに気付いたようにぽんっと両手を合わせ、徐に自身の頭部──三つ目の兜にその手を掛け、

 

 

「──ぷはっ!……あー、あー、うん。……えっと、これで通じる?」

「……親方!(魔女の)中から女の子が!?」*5

「はーい残念、かわいいさやかちゃんでしたー♡」*6

「あ゛?」

「……そ、そんなドスの効いた声とか出さなくてもよくない?!」

 

 

 持ち上げられたその兜の下にあったのは、ちょっと目が白黒反転しているものの、紛れもない人魚の魔女の生前の姿──美樹さやかの顔だった。……なにこのアンバランス状態!?

 

 

 

 

 

 

「いやー、なーんか話が通じてないなー、とは思ってたんだよねー」

「え、ええー……」

 

 

 さっきからミラちゃん、「ええー」しか言ってないな?

 なんて現実逃避めいた思考が浮かんでくるが、それも仕方ないと私は苦笑する。

 

 想像してみて頂きたい。顔以外の全てが人魚の魔女そのものだというのに、顔だけがさやかちゃんのまま、という状態を。……どこの走るガンガー*7だよ、という言葉が思い浮かぶのも仕方がないと思わないだろうか?……上半身云々言い出さないだけまだ自重しているくらいである。

 

 そんな、幾らなんでも肩幅立派すぎ状態のさやかちゃんだが、一応人間に戻ったとかではなく、魔女のままではあるらしい。

 

 

「っていうか、そもそも私人魚の魔女(オクタヴィア)の方のなりきりだしねー」

「マジかよ」

「流石にわけがわからないよ」

「……世の中って広いんだね」

「見事にみんなのSAN値が削れてる……っ!?」

 

 

 そうして彼女の口から明かされた、衝撃の事実。

 ここにいる彼女は、美樹さやかが『逆憑依』をした結果として、魔力(グリーフシード)の補給ができずに魔女に成り果てた姿……なのではなく、そもそもに『人魚の魔女』の方が『逆憑依』してきた存在なのだという。

 

 

「あー、それだと語弊があるかも。だって私、自分が『逆憑依』だって気付いたの、()()()()()()()だもん」

「ちょっと待て、もうこの時点でお腹いっぱいなんじゃけど……」

「諦めようミラちゃん、胃薬はあるから」

「……ぽんぽん痛い……」

 

 

 ……訂正。

 ちょっとややこしいが、彼女が『自分が美樹さやかだけど美樹さやかじゃない』と気が付いたのは、あくまでも魔女化してからのこと。

 それに気付く前──すなわちここに来る前については、おぼろげながら自身を『美樹さやか』だと確信して過ごしていた、らしい。

 

 わりと常識人なミラちゃんは、彼女の発言に現状の理解を放棄。お腹を押さえながら机に突っ伏してしまった。

 他の人も、程度の差こそあれど似たような感じ。一番反応の軽い五条さんでさえ、「えー、そういうのアリなんだ?」と驚きの表情を見せており、モモンガさんに至っては額をその骨の指で押さえながら天を仰いでいる始末。

 どちらかと言えば(感性は)常識人な方のアスナさんは、これまた見事な宇宙猫顔を披露していた。

 

 ……このままだと会議が停滞し続けるので、意を決してさやかちゃん?に続きをお願いする。

 

 

「?なんでそこで名前を言い淀むのさ?……ってああ、今の私って人魚の魔女だから、そっちで呼ぶべきかどうか迷ったってこと?いいよいいよ、好きに呼んで。どっちでも別に構わないし」

「……あー、じゃあさやかちゃんで」

「はーい。……で、なにを話せばいいかな?」

「とりあえず、なんでここにいるのか、からかな」

「ここにいる理由?……んー、ここに()()()()理由は簡単だけど、ここにいる理由の方かー。……んー、簡単に言うのなら……『キョウスケ』に頼まれたから、かな?」

「……んん?」

 

 

 なお、続いて飛び出した彼女の言葉に、私もまた思考停止に陥る羽目になったのだけど。

 ……居続ける理由?いやそもそも、なんでここで『キョウスケ』って名前が……?

 

 彼女の口から飛び出す『キョウスケ』と言えば、そりゃ勿論彼女の原作での思い人『上条恭介』なわけなのだが……。

 そうして首を捻る私に、彼女はとんでもない爆弾を落としてくれるのでした。

 

 

「あれ?聞いてない?リーダーの名前だよ、『キョウスケ』って」

「…………はぁ?」

 

 

 ……どういうこと???

 

 

*1
『軽々』は読み方が三通り存在し、その内二つは意味が同じで片方が古い読み方だったりする。『けいけい』『きょうきょう』と読む場合は『慎重さがない、軽い気持ちで』という意味となり、ほぼ『軽率』の同じ用例となる。『かるがる』の場合は『簡単に』という意味で使うことが多いが、送り仮名が『~しい』の系列になる場合はほぼ『軽率』と同じ意味になる

*2
知人の体験談より。夜に座敷で寝ていたところ、耳元でカサカサするのでなにかなー、と思って手で払ったら耳たぶを噛まれ、痛みと困惑と怒り混じりに周囲を見渡すと、小さなムカデが布団の上を這っていた、というお話。山地で立地が悪いと家の中にムカデが入ってくるので気を付けよう、ということらしい。なお彼は『山のGは滑空しない、普通に飛ぶ』などの知りたくもない事実を教えてくれた。多分種類が違うとかなのだろうが、どっちにしろ怖いことには変わりない

*3
『オーバーロード』の魔法の一つ。相手の心臓を握り潰す。抵抗されて心臓を握り潰せずとも、相手を朦朧状態にする追加効果がある

*4
『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』におけるアスラン・ザラの台詞。迷言扱いされるものの、基本的には悩める青年である彼の立場とか状況をちゃんと整理してみると、そこまで変なことを言っているわけでもなかったりする。見た目にわかり辛いアスランは、とかく勘違いされやすいというべきか。ともあれ頼りないと言われるのは仕方なくもあり、子供と大人の境目に当たる彼等が色々背負わないと滅びの道を辿りかねない『SEED世界』の歪さも見えなくはないというか……

*5
『天空の城ラピュタ』より、パズーの台詞『親方!空から女の子が!』。空とは言わずとも上から降ってくる誰かが物語の始点となる、という形式のいわゆる『落ちものヒロイン』の走りとされる

*6
『可愛い女の子かと思った?残念!さやかちゃんでした!』という定型で始まるネット上での釣りネタから。てめぇさやかちゃんが可愛くねぇってのかよ、というさやかファンからの抗議が巻き起こりそうだが、その辺りはこれを最初にやった誰かに言って貰いたい。……なお、元ネタを探そうとすると意外と難航し、明確な起源を辿ることはできないとされている

*7
アニメ『アストロガンガー』の25話において、やけにぬるぬると動く主人公・ガンガーをネタにしたもの。肩幅が頭に対して異様に広いのは、彼がロボットだからだとされる……けど、それにしたって広すぎる。必然、これを元ネタにした画像は肩幅が広くなってしまうのだった



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そろそろリザルトのお時間です

 人類とは決して相容れない存在だと思われた魔女。

 しかしてその正体が、当初の予想であった【顕象】ではなく『逆憑依』の方であったことに困惑していた私達であったが。

 当の彼女──人魚の魔女こと美樹さやかが口にしたとある事実は、私達を更なる混迷の渦に放り込むことになったのだった。

 

 

「……あれー?君達あれだよね?『新秩序互助会』の人達なんだよね?」

「正確には僕とそこのキーアさんは違うけど……まぁ、概ねそうだね」

「え、他所の組織の人とかいるんだ?……へー、私は暫く閉じ籠ってたからよく知らないけど、いつの間にか色々出来てたんだねぇ」

「……あー、うん。色々と聞きたいことはあるけど、とりあえず一つだけ。……『メジロマックイーン』って知ってる?」

「あ、メジロさん?なぁんだ、知ってる人居るじゃーん。いやー、最初はなんのキャラなんだろって思ってたんだけど、なーんか暫くしてアニメが始まって『あ、このキャラかぁ!』ってなったんだよねー。……そういえば、『ウマ娘』ってアプリ始まったの?私が向こうに居た時は、まだ始まってなかったみたいだけど」

「待って待って情報が多い多い」

 

 

 不思議そうに首を傾げた彼女が尋ねてきたのは、こちらの所属について。……いち早く困惑から回復した五条さんが率先して答えていたが、どうにも彼女は『新秩序互助会』における古参に分類される方の人物、ということになるらしい。

 

 もうその時点でわりとキャパオーバーなのだけれど、同じく古参であるマッキーを話題に出した結果、更なる新情報が飛び出してきた。その内容によれば……『新秩序互助会』、向こう(なりきり郷)より古いのではないか、という疑惑ががが。

 

 彼女の言葉が真実であるのなら、彼女が『新秩序互助会』に所属していたのは今から四(2018)年よりも前。

 アニメの『ウマ娘』一期の放送がその辺りである以上、彼女の発言に間違いがないと仮定するのであれば、マッキーを見て『誰?』と言えるのはアプリの制作が発表された(2016)年より後、それからアニメが始まるよりも前、ということになる。*1

 

 その前後で『新秩序互助会』としての雛形が出来ていたと仮定するのであれば、この組織の年齢は五歳前後ということになるわけで。……一応創立三周年とかその辺りだったはずの向こうと比べれば、些細な違いではあれどこっちの方が先輩……ということになるわけだ。

 

 

「あ、後追い、だと……!?」

「……え?……えっと、この子は一体なにに驚いてるの……?」

「あー、気にしないで気にしないで。この人、ちょっと大袈裟に驚いちゃうタイプの人だから」

「ふぅん……?……あ、そういえば君って、ちょっと前に漫画が始まったヤツのなりきりだったり?ほら、ジャンプのー、ええっとなんて言ったっけ……」*2

「……ああうん、そうそう。君が思ってるので間違いないと思うよ?……まぁ、最近って言ってもー……もう四年も前の話になるけどね」

「え、四年?……はーなるほど、時間感覚麻痺ってたかー。そりゃまぁ、()の私も絶望しちゃうわけだわ、わはははー!」

「……ごめん、ちょっと横になります……頭がパンクしそう」

「はいはい。んじゃま、ちょっと休憩しますか」

 

 

 ……なんかもう、ちょっと休ませて欲しい。

 さやかちゃんから飛び出すワードが、全て爆弾でしかないことに気が付いた私は、そう五条さんにぼやいて思考を放棄。

 暫く脳の休息に努めることにするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 で、そうやって暫く休憩をした私達はと言うと。

 

 休んでいる内に日が暮れ始めたため、樹海近くのホテルにまでみんなで移動して来ていたのだった。……え、モモンガさんとさやかちゃんは、そのままの姿だと騒ぎになるんじゃないのかって?

 いやまぁ、その辺りの問題がどうにもならないのであれば、そもそも場所を移そうだなんて考えにならないでしょって言うかだね?

 

 

「……なるほど、どうもご協力ありがとうございました」

「はーい、警察さんもお仕事頑張ってくださいねー。……いやー、倒れてた人、特に問題とか無さそうで良かったよ。キーアちゃんも、色々とありがとねー」

「ああはい、簡単な処置でどうにかなったのは幸いです、ホント」

 

 

 こちらに帽子を脱いで小さく礼をしたのち、パトカーへと戻っていく警察官へと二人で手を振りつつ、彼等がホテルの敷地から出ていくのを見送る。

 遠くへと消えていくパトランプの明かりを目で追いながら、隣のさやかちゃんがこちらへと礼を言ってくるのを受け取りつつ、改めて彼女の姿を見る私。

 

 なんと現在の彼女は、普通の人間の姿……もとい、美樹さやかとしての姿になっていた。

 てっきり元には戻れないのかと思っていたのだが、彼女の言うところによれば『やってみたら戻れた』のだとか。

 ……『叛逆の物語』*3も混ざっているのかも、とかなんとか考えつつも、彼女の軽い言葉に思わず気の抜ける思いのした私は……人間体になった彼女の瞳だけが、さっきまでと変わらずに白黒反転していることに気が付いて、慌ててそれをごまかすためにコンタクトレンズを作り出して渡したのだった。

 

 まぁそれだけじゃなくて、彼女がその総身から仄かに立ち上らせていた『魔女の気配』とでも言うものを、その体の中に封じ込めるためのアイテムを(即興で)作ったりもしたのだけれど。

 彼女の首もとで揺れているネックレスがそれである。

 作る時に形の要望はないか聞いたところ、『ソウルジェム』が良いと言われたために彼女のそれは卵のような形をしているが……これ、CP君が見たらどういう反応をするのだろう?

 

 なんてことをぼんやりと思いながら、ホテルのカウンターの方へと視線を向ける私。

 

 そこでは、大家族の父親……という(てい)で必要事項を記入している、どこかで見たことがあるような男性の姿がある。

 そう、それは私が『新秩序互助会』で愚痴を溢していた、見た目に特徴のない普通の男性だった。……ここまで言えばわかると思うが、私が向こうでそれなりに仲良くなっていたあの男性は、実はモモンガさんの変装した姿だったのだ!

 

 ……いやまぁ、正確には向こうで会っていたのは単なる思念体で、ここにいるのは実際にモモンガさんが変装した姿なわけなのだけども。

 多分、どの媒体でも直接的に描写されたことのない『鈴木悟』を彼なりに再現したもの、ということになりそうというか。

 

 そんな感じで色々と衝撃の展開が続いたわけなのだが、話としてはこれからが本番。

 先ほどの『キョウスケ』とやらの詳しい話も含め、このまま森の中で続けるのは無理がある……みたいな感じで、場所を移すことになったわけだけど……。

 

 

「結果的に……なんだか旅行に来た、みたいなことになってるよね」

「このホテルも、結構高そうだしね……」

 

 

 ホテルの入り口付近にまで戻ってきた私は、所在なさげに立っていたアスナさんと小さく苦笑を交わしあう。

 ともすれば奥さん、と勘違いされそうになっていた彼女は、それを否定するために変な労力を使ったばかり。

 モモンガさんが『娘です』と主張することでどうにか収まったものの、そりゃまぁお疲れなのは仕方がないというか。

 

 まぁ、それ以外にもモモンガさんがポンっと代金を払ってくれたとはいえ、結構高そうなホテルに来ていることもあり、変に緊張してしまっているということもあるだろう。

 正直このテンションでまっとうな話し合いとかできるんだろうか、と思わなくもないのだが……。

 

 

「やらねば寝れぬ、というヤツじゃな」

「だよねー……」

 

 

 末の妹役を押し付けられて、若干不満そうにしているミラちゃんの言葉に頷きつつ、こちらに手招きをするモモンガさんの元へと歩き始める私達なのであった。

 

 

 

 

 

 

「で、だ。できれば夕食の前に話を終えておきたいわけだが……」

「どこまで話してたんだっけ?」

「えーっと、前のリーダーさんの名前について、くらいかな?」

「そうだったそうだった。『キョウスケ』の話をすればいいんだよね?」

 

 

 大部屋を借りた私達は、室内のテーブルを囲うように座り、向かい合っていた。

 暫くすれば夕食に呼ばれるらしいので、それまでに話を詰めておきたいというモモンガさんの言葉により、先ほどまでの話が再開されるわけなのだが……。

 そもそもの話、彼女の言う『キョウスケ』とは一体誰のことなのだろうか?

 

 元々人当たりがよくて、突然豹変したとされる件の『キョウスケ』なる人物。

 腹に一物というか隠し事をしているということであれば、『リトルバスターズ!』の棗 恭介*4とかが思い浮かぶが……、彼のそれは悪人のそれではなく、大切な人を思うがゆえのもの。

 組織のみんなから聞いたイメージ像とは、微妙にずれている気がするので違うと思われる。……いやまぁ、カリスマ性とかの点だけ抜き出せば、結構あってるような気がしないでもないけど。

 

 それから……そういえば『5D's』の鬼柳さんも『キョウスケ(京介)』だったか。

 

 マッキーとの会話の中で思い浮かべてしまったように、豹変したとかリーダーシップがあったとか、細かい点を見ていけば彼が該当する、という風に見てもよさそうな気はするが……。

 仮にそれが正解だとしても、そこまで具体例が出ているのにも関わらずマッキーが『思い出せなかった』辺りに疑問点が残る。

 

 彼女はあの時『強ち的外れということもない』みたいなことを言っていたが、仮に前リーダーが本当に鬼柳さんなら、その時点で思い出せていてもいいはず。

 余程強力な忘却系の技能が使われていて、実際に顔を合わせるでもしなければ思い出せない……みたいなことでもない限り、鬼柳さんが前リーダーというのはまずあり得ない話だろう。

 

 それから、『まどマギ』の上条恭介という線も基本的にはない。

 それならもうちょっと、さやかちゃんからの反応があって然るべきである。……恨み言とか惚気とか、思わず漏れてもおかしくないわけだし。なので彼の可能性はほぼない。

 

 他にもちょくちょく『キョウスケ』というキャラには覚えがあるが……どいつもこいつもリーダーシップとかカリスマ性とかはあるものの、決定的な証拠とでも言うべきものに行き当たらない。

 唯一、『絶対可憐チルドレン』の兵部京介(ひょうぶきょうすけ)が国家転覆とか狙いそう、という面では候補にあがるが……超能力者(エスパー)以外に興味を持つかなぁ、彼。

 いやまぁ、『転生者(憑依者)』は大抵能力持ちなので、大雑把に見れば超能力者の括りにいれられなくもないかも知れないけれども……。*5

 

 そうしてあれこれと考えていた私は。

 さやかちゃんから件の『キョウスケ』とやらの子細を聞いていく内に、それが誰なのかに気付いてしまって。

 

 

「……()()()()()()じゃねーか!」

「べ、べーおうるふ?」

 

 

 と毒づく羽目になるのだった。……絶対諦めてねーじゃんそれぇ!!

 

 

*1
アプリの配信は2021年2月24日から、またアプリ制作そのものの始動の宣言は2016年3月26日の『AnimeJapan2016』にて。実に五年掛けて作られたということになるが、発表当初は今のアプリとは色々と違うところがあった

*2
『呪術廻戦』の連載開始は2018年3月5日から、『ウマ娘』のアニメ一期の放送は2018年4月2日 から。意外と時期が近い

*3
映画『魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』のこと。この作品でのさやかは魔女としての姿であるオクタヴィアを、自由に召喚したりしている。ある意味では『マギアレコード』でのドッペルの元ネタ、とも言えるのかも知れない

*4
作中では、とある理由からある意味でラスボスポジションになる人物。……なお、ファンからはそれだけではなくメインヒロインであり主人公でもある、という扱いをされている。人気投票も一位だ

*5
同作の大ボスクラスの人物。自身を主役とした外伝アニメまで存在する辺り、人気は相応に高い。見た目は若いけど実は……?悪戯好きで身勝手な部分もあるが、組織の仲間のことは家族のように愛している。基本的にはエスパー達の為に動いているので、一般人(ノーマル)に対しては敵対的



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キョウスケって名前には意外とリーダーが多い

 話はちょっと遡り、さやかちゃんが『キョウスケ』についての話を始めたところから。

 

 

「んー、最初はね?『キョウスケ』繋がりで着いてった感じなんだよね。ほら、二次創作とかでよくあるじゃん?」

「あー、上条繋がりでそげぶするやつとかもあったねー。*1……つまりはそういう流れ、ってことでしょ?」

「うんうん。こっちには『恭介』は居なさそうだったしね。……でもまぁ、今こうして思い返してみると、『キョウスケ』繋がりとは言ってもタイプが全然違う感じだったなー」

 

 

 しみじみと語る彼女は、どうやら件の人物(キョウスケ)との出会いの瞬間を思い出している様子。

 ぶっきらぼうというか言葉少ないというか、ともかく不器用な感じのする彼に、名前繋がりからくる興味と放っておけなさを感じて、彼女は彼に着いていくことにしたらしい。

 

 ……この時点で『ん?』って思った私なのだけれど、その違和感は話を聞き進める度に大きくなっていって。

 

 

「馬の擬人化だっていうメジロちゃんに、『お前には逃げとかがあってるんじゃないか?(貫け、奴よりも速く)』みたいなアドバイスしてたっけ。*2実際メジロちゃんって、先行する方が得意みたいだったから、そのアドバイスは結構役に立ったとか言ってたなー」

「……へ、へー」

 

 

 さやかちゃんの語る彼の言葉が、なーんか変なルビが振ってあるような気がしつつ、それでもまだ確定じゃないのでそのまま話を続けさせ。

 

 

「そうそう、『キョウスケ』って結構勝負事好きだったんだよねー。それと最終的な勝ち負けは置いといて、一つのところに大賭するのも好きだったかな?なんていうかハイリスクハイリターンが好き(分の悪い賭けは嫌いじゃない)、っていうか」*3

「…………」

 

 

 すでに情報として与えられていた前リーダーの名前と、次から次へと出てくるエピソード。

 それらを組み合わせる度に、なんとなーくそれが誰なのか、ということに近付いていくわけなんだけど……いやいや、マッキーはなんか愛想は良かったとかなんとか言ってたから。()()()だったら愛想はあんまり良くない感じだから……と、自身の中に生まれた考えを否定する羽目になる私。*4

 

 ……それが正解だった時に、『豹変』の意味が()()()()になりかねない相手であるからこそ、ある意味では逃避以外の何物でもない思考だったわけなのだけれど……それもまぁ、次の彼女の言葉で水泡と帰すことになる。それが、

 

 

「あとねー、()()()()って言うんだっけ?たまーにゲームとかやると、毎回そういうの使ってたかなー。『どんな装甲だろうと、撃ち貫くのみ』って言ってさー」*5

「はいアウトー!!やっぱりベーオウルフじゃねーか!」

「へ?べ、べーおうるふ?……ってなに?」

 

 

 彼の代名詞、とっつき……もとい()()()()*6

 それから、合わせて添えられた台詞である『どんな装甲だろうと』云々。

 ……はい、勘違いの可能性もなくキョウスケ・ナンブさんですねー、本当にありがとうございました。*7……クソァ!!

 

 ばたーっ、と机に突っ伏した私に、さやかちゃんは困惑しながら首を傾げていたけれど……。これはあれかな、そもそもさやかちゃんが件の『キョウスケ』の出身作品を知らなかったとか、そういう話かな?

 その辺りを彼女に問い掛けてみたところ、返ってきたのは次のような反応だった。

 

 

「えー?いやいや流石に知ってるよー?『インパクト』でしょ?本人から聞いたし、実際に見たもん。最後までがスッゴい長いって話も聞いたし*8……あ、あれ?みんななんでそんな沈痛そうな表情に……?」

「あー、うむ。……わかりやすいアニメのキャラも居ない、オリジナルだけの作品には目は向きにくいよな、特にファンでもない人には」

「え?なに?なんの話?!」

 

 

 モモンガさんが頭痛を堪えるように額に手を当てため息を吐く。

 ……この様子だと、彼も前リーダーのことを忘れていた、もしくは()()()()()()()()()ということだろうか?

 ともあれ、この会話の流れで思い出したのは、まず間違いなさそうで。彼は小さく頭を掻いたのち、決定的なその言葉を告げるのだった。

 

 

「ああ、間違いない。『新秩序互助会』における前リーダー、それは『キョウスケ・ナンブ』。……豹変し、国どころか世界を滅ぼそうとした人物だ」

「やっぱりベーオウルフじゃないですかやだー!!」

 

 

 ……うん、私が絶叫するのも仕方ないよね?

 

 

 

 

 

 

「さっきからずっと言ってるけど、ベーオウルフってなに?……あ、待って思い出した!BGMの名前だよね!なんだっけ、鋼鉄……だっけ?」

「──『鋼鉄の孤狼(ベーオウルフ)』。まぁ君の言う通り、彼の戦闘BGMの名前だね」

「あ、やった!大当たり!……でも、戦闘BGMになんの関係が?」

 

 

 一応彼の登場作品を知っていたさやかちゃんが、『ベーオウルフ』が彼のBGMであることを思い出していたが……、まぁうん、派生作品(OG系)を知らなければそんな感想にもなろうもの、というか。

 

 

「えっとね、さやかちゃん。……ベーオウルフってね、平行世界でのキョウスケさんの異名なの」

「へ?平行世界?……なんかすっごい嫌な予感がするんだけど、その平行世界のベーオウルフ、さん?って、どういう人なのかなー……?」

「……現行生命は失敗作。自らが新たなる種となることを画策する破綻者……って感じかな?」

「……ボスじゃん!それも単なるボスじゃなくてラスボスとかの類いじゃん!」

 

 

 周囲の人達から説明され、思わず悲鳴をあげるさやかちゃん。

 ……ベーオウルフとは、アスナさんの言う通り『平行世界のキョウスケ・ナンブ』に与えられた異名である。

 スーパーロボット大戦シリーズに登場するオリジナルの主人公達、それらを集めて展開される『OriginalGeneration』シリーズ。

 そこに彼が出演することになった時、新たに加えられた設定の一つであるそれは、当時の人気キャラの一人である『アクセル・アルマー』の設定にも関わるものであり、それなりに賛否を呼んだモノでもあったが*9……まぁ、その辺りは置いておいて。

 

 このベーオウルフ、端的に言うと同『OG』シリーズの二作目におけるラスボス枠と区分的には同一となる存在で、実際にアニメだとラスボスとして登場したりもした人物である。

 そんな彼は、現在の霊長は失敗作であり、自身が新たなる霊長を作る・もしくは霊長となる的なことを主張しながら、全てを破壊し尽くすヤバい奴である。

 

 それもそのはず、彼が同格となっている存在は、原作においては『創造主』の一画と言っても遜色ない存在。それが永き時と人の愚かな行為を見て狂った存在だというのだから、そりゃもう厄ネタも厄ネタな存在なのだ。

 

 豹変した、という評がもし()()()()だとするのであれば、その創造主──『アインスト』の存在まで示唆する形となるため、できれば間違ってて欲しい……だなんて後ろ向きな言葉が飛び出していたわけなのだった。……まぁ、後の祭りだったんだけどね!!

 

 

「……この世界、呪われてるのでは……?」

「否定はできんな。次から次へと問題が沸いてくるさまは、正直『日刊地球の危機』と揶揄されても仕方がないだろう」

 

 

 モモンガさんは、小さくため息を吐いている。

 ……こうして言葉を交わすまでは、彼の存在もまた『地球の危機』の一端と思われていた、というのも頭の痛いポイントだろうか。

 いやまぁ、あれこれ話すうちにこのモモンガさんはちょっと違うなー、と思うことになったわけなのだが。

 

 

「そりゃあ、まぁ。私はアインズよりも鈴木悟としての自意識が強い存在だ。……恐らくはだが、原作の私よりも人としての部分が多いから、なのだろうな」

「あー、『転生者(憑依者)』だからか……」

 

 

 彼が異形種としての精神に傾いていないのは、『逆憑依(転生)』という現象が『人の体に人を降ろす』という形に解釈できるからかもしれない、と彼は言う。

 

 素体となる人の体と、そもそも持っている人としての魂。

 原作では異形の体と人の魂──すなわち一対一で比重が決まっていたがために、より存在の重い異形としての価値観が人としてのそれを侵していったが、ここにいる彼の場合は一対二……どちらが重いかと言われればまだ異形としてのそれの方だろうが、ここにいる彼は原作での精神汚染のようなモノについては知識がある。

 結果として、異形として振る舞うことにブレーキが掛かり、総じて人間味のある人物として成立しているのではないか?……と言うのが、彼の主張なのであった。

 

 それが正解なのかはわからないが、ここにいる彼が自身の古巣にさほど執着していないというのは確かな話。

 山じいとかが彼をリーダーに推すのもわかるくらい、立派な人物としてそこにあるのだった。……ただ……。

 

 

「今回、こうして前リーダーのことを思い出すに当たって……どうにも不安点とでも言うべきものが、出てきてしまったような気はするな」

「……原作にある変化なら、後から付け加えやすい……みたいな?」

「同一人物同士の【継ぎ接ぎ】は馴染みやすい、ってのは僕が実例みたいなもんだしね。まぁ、注意するのは間違いじゃないと思うよ?」

 

 

 彼等の言う通り、原作で『変わった』ことが描写されている人物には、異様なまでに【継ぎ接ぎ】が馴染みやすいらしい、というのも事実っぽいわけで。

 ……ゲームから異世界への転移の際、異形の心に囚われたモモンガさん。

 それが、今なお起こり得る事態である……とでも示唆するかのような、前リーダー・キョウスケ氏の突然の変貌。

 

 話を聞いている限り、元からアインスケ*10だったというわけではないだろう。

 ならば、どこかのタイミングでアインストと接触してしまい、それに侵食されてしまったと見るのが正しいように思われる。

 

 本来【継ぎ接ぎ】というのは、本人から遠く離れたモノには変化しないはずなのだが、彼等のようなタイプはそもそもに原作で()()()()()()ため、それらの変化に影響されやすい可能性がある。

 それがもし仮に本当であるのならば……。

 

 

「……琥珀さんに【継ぎ接ぎ】防止装置でも作って貰う、とか?」

「いや、幾らなんでもそれはあの人を過大評価し過ぎじゃない?」

「すでに【継ぎ接ぎ】を応用しての変身アイテムっぽいの作ってるのに?」

「……俺がいない間になにがあったし」

 

 

 もしかしたら、あのマッドサイエンティスト・琥珀さんこそが希望の星なのかもしれない。

 そんな世迷い言を口走りながら、話し合いは続いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──そういえば、と彼女は振り返る。

 

 彼に「ここに居るように」と願われ、その言葉に従ってそこに居続けた彼女は。

 いつの間にか絶望……もしくは魔力切れを起こし、魔女に変貌した。

 

 そこで自我を得て、「このまま外に出たら不味いことになるよなー」となんとなーく思い浮かべ。

 微妙な空腹感を気のせい気のせいとごまかしながら、部屋の中で縮こまっていた日々。

 

 そこでは音はなく、光はなく、あるのは自身の脳内に映し出される想像の世界だけだったが──、

 

 

(──あの声。()()()()()()()()()は、一体なんだったんだろう?)

 

 

 そんな世界に突如紛れ込んで来た、可愛らしい小動物の声。

 子猫でも迷い込んだのかと思った彼女が、実に四年越しに部屋の外へと赴き。

 そこで、争う人の姿を見付け、その仲裁をしようとした結果、自分は今ここにいるわけだが。

 

 ──あの小動物は、はたして無事に逃げおおせたのだろうか?

 

 

「あれ、どうかした?さやかちゃん」

「んー?いやなんでもないよ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()それを想いながら、彼女は四年ぶりの食事を楽しむために、部屋の外へと飛び出して行くのだった。

 

 

*1
ここでの『上条繋がり』とは、『とあるシリーズ』の主人公・上条当麻と上条恭介のこと。二次創作ではあるが、恭介の方に『幻想御手(イマジンブレイカー)』を持たせてハッピーエンドにする、なんて話もあったりした。……実際にはできなさそう、というのは内緒

*2
実際には『OG』でのライバル役、アクセル・アルマーの台詞。アニメやゲームでの話のタイトルになったことも。メジロマックイーンが『逃げ・先行が得意』ということもあり、そこから(相手より先に、という意味で)彼の台詞を思い出したのだと思われる

*3
初出である『compact2』では無かった設定。初期の方の作品であることもあり、主人公のキャラが薄かったとか。リメイクである『impact』において現在にまで続く様々な設定(分の悪い賭けうんぬんなど)が追加されたとのこと

*4
初出の『compact2』だと敬語キャラだったのだとか。戦闘中は普通に『撃ち貫くのみ』とか言ってるので、元来の性格は変わってないのかもしれないが。ともあれ、『impact』以降は『内に秘めるタイプ』になったのは確かである

*5
彼のキメ台詞。重装甲だろうがなんだろうが、驚異的な速度で近付いて行ってぶち抜く。その潔さとでも言うものが好かれている部分とも

*6
『とっつき』は、『アーマード・コア』シリーズでの『射突型ブレード』、及びその武器の機構からパイルバンカー全般の呼び方として使われるもの。元々は誤読なのだとか。『ステーク』の方は『アルトアイゼン』の武装の一つ、『リボルビング・ステーク』のこと。実は詳細な設定が決まったのは結構後(2021年12月発売の『HGアルトアイゼン』に合わせて設定を整理した)とのことで、暫くは『実はパイルバンカーではないかもしれない』装備だったのだとか。今はちゃんとパイルバンカー的な装備となっている

*7
『スーパーロボット大戦』シリーズのオリジナル主人公の一人。『分の悪い賭け~』という台詞は、形や意味を変えて後の主人公達にも受け継がれていたりする

*8
『impact』は元々三部に別れていた物語(compact2)を一つに纏めている為、なんと一周するのに100話近くのステージをクリアする必要性がある。慣れた人でも150時間くらい掛かると言えば、その長さもわかろうというもの

*9
『スパロボA』の主人公でもあるアクセル・アルマーは、ゲーム序盤では記憶喪失になっており、三枚目的な性格になっていた。『OG版』では記憶喪失前のキャラをベースにしている為、その辺りで賛否を呼んだとのこと。なお、その記憶喪失中の彼(俗称アホセル)は、派生作品の『無限のフロンティア』シリーズにて登場し、その作品の主人公との関係性も合わせて話題を呼んだ

*10
ベーオウルフさんの俗称。『アインストのキョウスケ』で、縮めてアインスケ。……そんな気安いキャラではないような?




十三章はこれにて終わりなので、お次はいつものです。


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幕間・初夏を待つ長い一日・①

 はてさて、色々あった『新秩序互助会』での生活も今は昔……って言ってもそこまで時間が経過したわけじゃないけれど。

 

 ともあれ、モモンガさんとゆかりんの会談をセッティングして、互いの組織が持つ情報とか技術とかの交換会も企画して、それからやっぱり向こうの設立に急進派辺りが噛んでたので、改めて『おはなし』*1をしに行ったりして……などなど、あれこれと忙しい毎日を終えたとある日のこと。

 

 

「「…………」」

「……え、えーっと……」

 

 

 休日であるその日、何故か私は近くの公園に居て。

 そこで対峙する二人……否や三人?の集まりを前に、ちょっと反応に困っている最中なのだった。

 

 

「……にゃんぱすー」

「はんなまー」

「「…………」」

「「……はんにゃすー」」

「混ざった!?」

「……なにこれ」

 

 

 驚愕の声をあげる少女……もとい荷葉ちゃんを横目にしつつ、謎の挨拶融合を起こした二人……エーくんとれんげちゃんの意気投合っぷりに、思わずため息を吐くことになったというわけなのでした。

 ……いやなんだこれ。

 

 

 

 

 

 

「暑いのか寒いのかどっちかにして欲しい、切に」

「あ、あはは……そうですね、ちょっと前までは暑いくらいだったというのに、今は少し肌寒く感じるくらいの気温です。春先の気温に戻った、ということなのかもしれませんが……」

「どちらにせよ、服装に困ると言うのは確かな話ですね」

 

 

 つい数日前に炬燵をしまったというのに、今は半袖だと寒いくらいという気温のその日。

 

 雨が降り続いたかと思えばピタッと止むし、なんというか令和の気候は相変わらずわかり辛いとしか言いようがない感じだねぇ……といったようなことを愚痴る私に対し、久しぶりに生で顔を合わせることとなったマシュは、小さく苦笑いを浮かべていた。

 その隣でこれまた久しぶりとなるアルトリアは、温かいお茶を啜りながら視線を窓の外に向けている。

 

 ──今日の天気は見事なまでの晴天。

 だからというわけではないが、この家の居候達は大半がお出掛け中。

 ハクさんは変わらず遊戯室に入り浸っているようだし、CP君は黒フォウ君と何事かを話しながら出掛けていったし、カブト君はいつも通り水槽で元気に泳いでいる。

 

 ……カブト君だけちょっとおかしい気がするが、それは置いといて。

 大半の面子が元気に外へ遊びに出掛けてしまっている中、私達だけが部屋の中であーでもないこーでもない、と駄弁っているのだった。

 いやまぁ、アルトリアに関してはもう暫くすれば出掛ける予定があるらしいし、マシュも今日は午後から用事があるらしいとのことなので、最終的には私とカブト君、それから……。

 

 

「はんなまー、キーア。今日はいい天気だねぇ」

「はいはんなま、エーくん。布団とかは大丈夫だった?」

「うん、問題なしさ」

 

 

 こうしてうちの居候に加わった、エーくんこと∀くらいのもの、ということになる。

 

 ……色々ややこしい話もあったのだけれど、幾ら指導者同士が交流を得たからと言って、下の者まですぐにすぐ迎合できるかと言えば微妙な話。

 いやまぁ、こちら(なりきり郷)の毒に染まられても困るので、呼ぶ人を選んでいるという面もなくはないけど……ともあれ、向こうがどちらかと言えば武闘派、血の気の多い人が多いというのも変わらないわけで。

 

 そういうところに置いとくよりかは、まだ安全……安全?だろうという指導者同士の話し合いにより、彼は私の家預かりの存在となっていたのだった。

 ……面倒事を放り投げられているだけのような気もしなくはないが、まぁそういうのも含めて私の仕事、みたいなところもあるので仕方がないというか。

 向こうからこっちに遊びに来る人も、大体私のところに挨拶に来るしねぇ。……別に私は、相談窓口とか外交官とかでもないんだけど。

 

 ともあれ、存在そのものがわりと厄物である以上、変に自由にさせるのもどうか?……という面も手伝った結果として、彼はこの家の居候になったというわけである。……それが決まったのが、大体三日ほど前のこと。

 

 アル君と違って普通に夜は眠る彼用に寝具を揃えるのは、それなりに苦労したが……寝心地が良かったのであれば、頑張った甲斐があったと言うものである。……え?実際に用意してくれたのは、銀河アマゾヌへの連絡手段を持っていたXちゃんだろうって?知らんなぁ。

 

 まぁ、そんな感じで朝の挨拶を交わしていたわけなのだけれど……他二人は、その挨拶に微妙な顔を返していた。……もう三日目になるのだし、いい加減慣れて欲しいものなのだが。

 そんな私の言葉に、二人は困ったような笑みを浮かべている。

 

 

「……いえ、その挨拶の成立過程などについては、既に聞き及んでいますが……だからといって驚かないでいられるかと言えば、それはまた別の話なわけでですね?」

「はい、アルトリアさんの仰る通りです。……仮にも調理関係の仕事に携わっている以上、どうしてもぎょっとしてしまうと言いますか……」

「マシュがエミヤんみたいなこと言うてはる……」

 

 

 元ネタ(fgo)でもルーム会話で突っ込まれていた辺り、やはりはんなま(半生)というのは、挨拶としては異質感の付きまとうモノであるらしい。

 エーくんは『太歳星君』でもないし、余計のことその異質感が目立つということでもあるのかも。

 

 ……まぁ、向こうでもエミヤん相手にこの挨拶をして、血相を変えた彼が飛び出してきたりもしていたから、更に付き合いの薄い二人が慣れるには、もう暫く掛かると見といた方がいいのかもしれないが。

 そう納得しつつ、とてとてと歩いてきたエーくんを膝の上に座らせる。

 

 メカ系のキャラなのだから、そんなことしたら足が痛くなりそうに思えるかも知れないが……このエーくん、詳しい原理などは不明だが、その体はもちもちなのだ。

 最初のうちはそうじゃなかった気がするので、どこかのタイミングで材質……っていうと変だけど、ともかく固い体から柔らかい体へと変化したのだと思われる。

 

 その辺り、SDガンダムだけどコン感があるとでもいうか。……挨拶も『はんなまー』だし。

 まぁ、仮にコンっぽくなっているというのなら、既にアレなのにも関わらず色々混ざりすぎ、とも言わざるをえないわけなのだが。

 

 

「……まぁ、エーくんさんの摩訶不思議さに関しては、もはやそういうものだと納得するよりほかありませんが……今日はせんぱいは、一日中家にいらっしゃる予定なのですか?」

「んー……散歩くらいには行こうかなー。あれこれと動き回ってたし、暫くはゆっくりしたいけど……」

「なるほど……では、エーくんさんと一緒に出掛ける、というのはいかがでしょう?エーくんさんはしっかりしていらっしゃいますが、お一人で留守番というのはちょっと寂しいでしょうし」

「……む?」

「わぁ、お出掛けかぁ……」

 

 

 そうして彼をもちもちしていると、マシュからの提案が。

 ……部屋の中に籠りきりというのは良くないし、ちょっと散歩に行こうかと思っていたが……確かに、そこまで遠出するつもりはないとは言えど、エーくんを一人で置いとくのは可哀想ではある。

 戸締まりとかは結構頑丈にできるようにしてあるし、実際彼一人で留守番はできると思うが……まぁ手間と言うわけでもないし、ちょっと近所を一緒に出歩くくらいなら問題はない……かな?

 

 まぁ、そんな感じのやり取りの結果、私とエーくんは近くの公園に遊びに来ることになったというわけで。

 

 

「で、私達にあったと。……新しい人が来たって話は聞いてたけど、そっかー、ロボットかー……」

「すごくかっこいいん。エーくんとなら、二人でだぶるひーろーなん!」

「うわぁ、それはかっこいいなぁ……」

 

 

 近くのベンチに座り直した私達は、近くの屋台からアイスクリームを購入して、それを舐めながら話をしている。……どうでもいい話だけど、ヘスティア様のアイスクリームって名前、若干いかがわしくない……?

 

 ともあれ、子供組が仲良さげに話をしているのは、前述した通り。

 そこに疑問の余地はないように思えるかもしれないが……一応、補足しておくことがある。それが、

 

 

「あ、いたいた。二人とも、先々行かないでって言ったでしょ……って、キーアじゃない。戻ってきてたのね」

「はいよー、お久しぶりクリス。そっちはそっちで新生活はどんな感じ?」

「どんなもなにも、特に滞りなく暮らしてるわよ。……二人の検査の付き添いって名目だけど、この分なら今月中には戻れるんじゃないかしら」

「なるほど。……もしかしたら入れ替わりでもう一人頼むかもしれないから宜しく」

「はぁ?……ってああ、なるほど。そっちの子が噂の……」

「はんにゃすー」

「……はんにゃす?」

 

 

 こちらの姿を見て、驚いたような声をあげる女性は、みんなご存じ牧瀬紅莉栖。

 

 うちで居候している組の一人であるはずの彼女が、何故久しぶりに出会ったような顔をしているのか。……いやそもそもの話、荷葉ちゃんやれんげちゃんも、お前のところの居候ではなかったか?……というような言葉が聞こえてきそうだが、それに関しては単純である。

 こっちの生活に慣れたところを見計らって、本格的な検査や調査をスタートしたために三人は現在うちにはおらず、基本的には琥珀さんの研究施設に缶詰め状態になっているのだ。

 

 それに関しては私が出張的なモノを始めるちょっと前くらいに始まったモノで、彼女の言葉を信じるのならもうそろそろ終わりが近い、ということになるらしい。

 それが終われば二人はまたうちの居候に戻るわけだが……そうなったらそうなったでエーくんの検査が始まるだろうから、クリスは再び缶詰めコースになることは必至。

 

 その辺りのことを口にすれば、彼女は得心したように頷いたのち、がっくりと肩を落としたのだった。

 

 

「ううー、マシュのご飯が恋しい……」

「あれ、琥珀さんって料理下手なんだっけ?」

「下手ではないわよ?……ただその、典型的な科学者タイプだから……その、ビーカーでコーヒーを出されたりするのよね……」

「あー……」

 

 

 ぽつりとぼやくクリスの言葉に、琥珀さんって()()琥珀さんだから、料理とかは得意なはずだけど……と聞き返したのだが、返ってきたのはここの琥珀さんはマッド気質の方が強い、という答え。

 さすがにそれ専用……実験で使ったモノを使い回しているわけではないものの、料理の入れ物が実験器具だったりするため、味は良くても気分が滅入るのだとか。

 

 ……わざわざ別で用意している辺り、単にクリスをからかっているだけのような気もするが……まぁ、その辺りには触れないでおく私なのであった。

 

 

*1
俗に言う『高町式交渉術』のこと。元ネタは全体的に話を聞いてくれない相手が多い『リリカルなのは』シリーズにおいて、やむにやまれず相手を打ち倒すことになる高町なのはの姿を別解釈したもの。単純な暴力外交ではなく、先手必勝で極大火力を撃ち込み相手の抵抗の気概を削ぐもの、とされる。sts辺りではこれと合わせて魔王扱いされることもあったなのはさんだが、無論そんな無茶苦茶なキャラではない



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幕間・初夏を待つ長い一日・②

「ほうほう、それはそれは。クリスおねいさんもなかなか大変ですな~」

「肩でも揉むー?お姉さんにはこれからお世話になるみたいだから」

「あー……うん、そういうのはいいわ。別に上下関係を築きたいってわけでもないし。……いやまぁ、単なる学術的な興味の一つとして、その手で肩揉みされるとどんな感じなのか……とかが気にならないってわけではないわけだが」

「……一応言っとくけど、普通の子供の手と変わんないわよ」

「それはそれでおかしくないか?」

 

 

 いつの間にやら近くに寄ってきていた、複数の子供達と和気藹々としつつ。クリスとあれやこれやと会話を行う私。

 

 その中で、さっきの私達の話を聞いていたらしいエーくんが、クリスと友好的な関係を築くために声を掛けたりしていたが……そういうのは子供が気にすることではないと一蹴する彼女は、なんだかんだ言ってお姉さん……年長者としての風格とでも呼ぶべきモノを醸し出していたのだった。

 まぁそのあとすぐに、自身の興味を優先した言葉も告げていたわけなのだが。……頼りになるのかならないのか、どっちかにして欲しいものである。

 

 そんな感じのやり取りをぐだぐだと行いつつ、彼女達が何故こんなところにいるのか、ということを聞いてみたところ。

 それに対して返ってきたのは、午前の検査が終わったので外で昼食を摂ろうと思って……という、至極普通の理由なのだった。

 

 ……さっきも言っていた通り、琥珀さんは(『月姫』での彼女は料理担当の使用人であるので)*1料理の腕こそ中々のモノなのだが、本来は純粋な『逆憑依』ではないことも手伝ってなのか、中の人……すなわち元々の『研究者としての彼女』が持つズボラ*2というか変な几帳面さというか、ともかくその辺りの性格的なものが関係して『使う食器に頓着しない』という、変な化学反応を起こしているようで。

 

 物珍しさ(それと、ちゃんと料理用の器具(食器)を別に用意していること)から、最初の一週間くらいはクリス達も楽しんでいたらしいのだが……流石にそれが一月単位で続くとなると、愉快さよりも忌避感の方が強くなってしまったとのことで。

 結果、こうして時間的な余裕のある時には、外に出て昼食を摂ることが半ば習慣のようになってしまったのだという。

 

 ……まぁ郷の内部にある飲食店は、基本的にここ(なりきり郷)に所属している人間ならば代金が無料になるため、家計を圧迫しないという点から見れば、毎日利用することに特段問題があるとは言えないわけなのだが……、それ、琥珀さん的には悲しくなったりしないのだろうか……?

 

 

「そういう感傷からは程遠い人だと思うけど……まぁ、基本的には外に食べに行くのはお昼だけで夜は普通に付き合ってるし、問題はないんじゃないかしら?」

「まぁわざわざこれ見よがしに、近くにウォーターサーバー置きながら『今日はハンバーグですよー☆』……ってしたりするのはどうかと思うけどねー」

「いや趣味悪っ」

 

 

 それ人によってはトラウマモノじゃないですかねぇ?!*3

 

 荷葉ちゃんの言葉から判明した琥珀さんの行動に、実は結構怒ってるんじゃないか、と思わないでもない私。……いやまぁ、別の世界での部下だったというクリスとの関わり方に苦慮した結果、というやつなのかもしれないけども。

 ……それにしたって露悪的*4過ぎる気がするので、やっぱり不機嫌なんじゃないかなとも思うわけだが。

 

 それとなんで荷葉ちゃんはアマゾンズネタ知ってるんです……?

 見たの?あのライダーの中でもスプラッタかつ陰鬱な、あの作品を?

 

 

「見てないよー。れんげと私は二人で一つだから、私も『兆し』の恩恵を受けてるってだけ」

「あーなるほど、基本知識の一つとしてってことね。……小学生にそんな知識与えんなって、神様にキレて殴りかかっとけばいい?」

「貴方が言うと冗談に聞こえないんだが……」

「キーアおねいさんは、いつでも本気だもんね~」

「わぁ、流石はキーア。いつもパワフルだなぁ」

「……これ、褒められてるの……?」

「さぁ、どうでしょうね」

 

 

 やはり神は害悪、討ち滅ぼさねばならぬ……。

 純粋無垢な子供にトラウマになりそうな知識与えてんじゃねーですよ、とばかりに打倒神を誓う私に対し、皆からの反応は大体似たようなもの。……君ら幾らなんでも慣れすぎとちゃう?

 

 ともあれ彼女達が昼食を食べに行く、というのであれば付き合うのもやぶさかではない。

 そんなことを伝えた私は、クリス達のあとを追い掛けるようにベンチから立ち上がるのであった。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりの顔ばかりのようだけど、息災そうならなにより……ってやつだよ」

 

 

 そんな感じのライネスの言葉に、該当者達が各々挨拶を返しながら、そのまま席に着く。

 ……うんすまない、なんの捻りもなくまたラットハウスなんだ。*5

 

 

「だが、君達もここに来た時、なんとも言えない『懐かしさ』とでも言うものを感じてくれたと思う。……では、注文を聞こうか」

「……いや、ウッドロウさんのノリが、思った以上に良すぎなんだが?」

「なに、気にすることはない」

「サービス精神旺盛過ぎなんだが!?」

 

 

 そんなこちらの言葉に反応して、ウッドロウさんがネタに乗ってくれたわけなのだが……無駄にいい声で言われるものだから、なんというかネタ感が薄いような気も?

 まぁ、ある意味では持ちネタ扱いになりそうな例の台詞(川´_ゝ`))にクリスが興奮しているし、結果的には問題はなかったってことでいいんじゃないかな?

 

 

「よくわかんないけど……とりあえず、このおすすめランチをお願いしまーす」

「うちもかようと同じのがいいん、ふわとろは正義なん」

「あっ、ウッちゃんウッちゃん!オラのオムライスには~、旗をしっかり立ててねぇ~ん」

「ああ、承った」

「旗……お子さまランチ……絶対の意志……うっ、頭が」*6

「不穏なフラグ立てんなっ」

 

 

 まぁ、子供達はこっちの話など知ったことか、といった感じに好き勝手料理を頼んでいたのだが。

 ……おすすめランチのオムライスばっかり頼まれる状況と言うのは、はたして料理人的にはどうなのだろう?

 それとしんちゃん、旗集めは止めようね?イヤーな予感しかしないから。

 

 

「まぁなんでもいいや。私はマーボーカレーお願いしまーす」

「うーん……今日はパスタの気分かしら……」

 

 

 そんな感じで会話をしつつ、同じものばかり頼むのもなぁ……と思った私はもう一つのおすすめ・マーボーカレーの方を頼むことに決める。

 対面のクリスはといえば、メニュー一面に並ぶ多種多様なパスタの中から、どれを食べようかと悩んでいて。

 

 そんな中、彼女の隣に座っていたエーくんは、所在なさげに左右を見渡していたのだった。

 

 

「……?あら、エーくんご飯食べられるのよね?だったら好きなモノを頼んでいいのよ?」

「え、いいのかい?」

「お?エーちゃんってば、ご飯食べられるタイプだったんだ」

「ふーん、私達と同じって言ってたけど……ホントに同じなんだねぇ」

「……えっと、どうやって食べるん?」

「口元に持っていくとこう……ひゅっ、って感じ?」

「いや摩訶不思議過ぎるでしょそれ……」

 

 

 話題の中心になったエーくんは、恥ずかしそうに頬を染めている。

 

 姿形こそSDなガンダムであるエーくんだが、その属している種族は人間──敢えて述べるのならガンダム族とでも言うべきものであり、食事も睡眠も普通に必要とするタイプの存在でもある。

 食べるものに関しても、二次創作などでボーキサイトや重油などを飲み食いする艦娘などとは違い*7、普通の食事が基本……というか、普通の食べ物以外は寧ろ食べられなかったりするようで。

 

 食べ方は特徴的なれど、美味しい美味しいと喜んでくれるエーくんの姿に、マシュがちょっと張り切っていたりもしたっけな……なんてことを思い出しながら、エーくんが料理を頼み始めるのを横目で見る私。

 

 ……いや、ホントに。

 

 

外食にお金掛かんなくて良かった(ボソッ)

「……なんか今、凄まじく不穏なこと口走らなかった?」

「ははは。……見てりゃわかるよ」

「え?……って、ウワーッ!?」*8

 

 

 思わずぽつりと呟いた私の言葉に、クリスが耳聡く食い付いてくるが……特に私が話すまでもなく、エーくんの姿を見ていればわかることなので、特に説明することはしない。

 

 そんな私の様子に、彼女は一瞬怪訝そうな視線を向けてきたが……その視線をエーくんの方へと向けた途端、得心したように驚愕の声を漏らすのだった。

 

 

「えっと、このメニューのここからここまでと、それからこのページのここからここまでと……」

「……マシュー!?マシュー!!君、同居人なんだからこれ知ってただろう!?なんで先に言わないんだ君はー!?」

「すみませんすみません!でもエーくんさんが幸せそうならOKだと思われます!」*9

「そういう問題じゃないだろー!?」

「なに、気にすることはない」

「寧ろ気にしろ君は!?作るの君だぞ!?」

「ふむ、腕が鳴る……というやつだな」

「なんでちょっと楽しそうなんだ君は!?」

 

 

 厨房の奥の方から、ライネスの悲鳴が聞こえてくるが……まぁうん、この注文の量では他の客に構っている暇がなくなるだろうから、そりゃ悲鳴もあげるわなというか。……え?他の客なんてほとんど居ないだろうって?今日はたまたま居ないだけなんだよなぁ。

 

 ともあれ、現在エーくんが行っているのは、まさかのメニュー全制覇。

 

 先ほど区分的には人間である、と述べたが。

 ……どこぞのサイヤ人とかウマ娘とか、そういう人種達と同じで、ガンダム族というのはどうやら食事量が多いものであるらしく。

 ……いやまぁ、他のガンダム族なるものには出会ったこともないし、もしかしたらエーくんが特別食べる方なだけなのかも知れないけれど。

 ともあれ、彼の食事量がオグリとか悟空とかとタメを張るものである、という事実に間違いはなく。

 先ほどの所在なさげな態度には、若干ながら食事量への遠慮も含まれていた……というわけなのであった。

 

 なお、マシュはその洗礼を先に受けていたため、この状況については予測できたはずなのだが……、声的な意味での中の人の趣味が滲んで来ているのか、美味しそうにご飯を食べるエーくんに対して甘々の甘な態度を取ってしまうため、実は一切役に立たない存在になりさがっていたり。

 

 ……まぁうん、頭を撫でたくなる可愛さなのは確かだし、気持ちはわかるから私も怒ったりはしないけど。

 

 そんな感じで、ラットハウスは俄に騒がしさを増していくことになるのだった。

 

 

*1
『月姫』での彼女は財務と庭の管理、それから料理を担当しており、双子の妹である『翡翠』が掃除の担当となっている。……なお、互いの担当を入れ換えると酷いことになる為、試してはいけない。ここの琥珀さんは『逆憑依』としても異端である為、特に掃除が下手とか言うことはないらしい

*2
行動や態度がきちんとしていないこと、及びそのさまを表す言葉。近世の上方の方言が語源とされており、そちらは『つるつるしている』『のっぺりしている』というような意味だったそうな

*3
『仮面ライダーアマゾンズ』より。単なるハンバーグに見えるが……?シチュエーションに違いはあれど、藤竜版『封神演義』の『私はハンバーグが大好物なのだ』も似たようなものか。……ハクがここに居たのなら、とても渋い顔をしていたことだろう

*4
()骨に()であることをアピールこと。悪を露出させる傾向のこと。趣味が悪いとも言われたり

*5
以下、バーボンハウスネタ。いわゆる釣りネタの一つであり、興味をひくようなスレタイで人を誘き寄せ、『やあ(´・ω・`)』から始まる種明かしが続く、という形式

*6
『ひぐらしのなく頃に』より、とある少女の願掛けの一種。『お子様ランチの旗を20本集めると願い事がかなう』というモノであり、それそのものは可愛らしいとしか言い様が無いものなのだが……?ある意味では、彼女の『物事を諦めない資質』の発露と呼べなくもないかもしれない

*7
一応、基本的には艦娘の食事は普通の人間が食べるものと同じ。アニメなどでボーキサイトを食べてるっぽい台詞があるものの、その辺りの詳細はぼかされている。その為、ここでは一応二次創作での扱い、という説明になっている

*8
大元の元ネタは以前(※116話参照)語った通りだが、最近はウマ娘のウオッカが『言ってない台詞』として有名なようだ。その他にも『ちいかわ』や『ルパパト』ネタとしても使われているとかなんとか。『ウワーッ!俺そんな台詞言ってない!でもウワッ!とは言ってる!』『ウオッカが悪いんだよ』『誰!?』

*9
とある街頭インタビューで一人の男性が発した言葉『でも幸せならOKです』から。ある意味ファンの鑑とでも言うべき態度には、お茶の間が沸いたとかなんとか



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幕間・初夏を待つ長い一日・③

「酷い目にあった……」

「まぁ、フードファイターもかくや、って感じの食べっぷりだったしねぇ」

「オグリさんや悟空さん用のマニュアルが、とても役に立ちましたね……」

「うち、一応軽食系のはずなんだがねぇ……」

「なに、気にすることはない」

「君はもう少し気にしろ!……ったく」

 

 

 怒涛の如きエーくんの食事が終わり、裏から店員達がぞろぞろと出てくる。

 

 ……無論ガーデンオブぞろぞろしているわけではなく、単に彼等も昼休憩になったというだけなのだが、それにしたってライネスの醸し出す疲労感は中々のものだった。

 まぁそもそもの体躯が小さいので、動き回れば相応に疲れもする……というだけの話なのだが。

 

 

「小さい云々は君だってそうだろうに。……ああ全く、せめて今日ココアが休みじゃなければなぁ」

「あれ、そういや顔を見ないと思ったけど、ココアちゃんってば今日お休みだったんだ?」

 

 

 そんな中ライネスの言葉によって、こういう状況でなら『(0言0́*)<ヴェアアアアアアアア』*1とか言ってそうなココアちゃんの姿が見えないことに気が付く私。

 いつもの遅刻云々とかではなく、単純に休みだとのことだが……?

 

 

「ああ、彼女ならはるか君と一緒に墓参りだそうだよ。……決心が付いたとかなんとか、言ってたみたいだが」

「墓参り?……そういえば、不自然なくらいに両親の話を聞いた覚えがないけれど……」

「まぁ、そういうことだね。……姉一人で妹の面倒を見ていたというのなら、あの溺愛っぷりも納得と言うものだ」

「ココアお姉ちゃん、意外とたいへんだったんなー」

 

 

 そうして首を捻る私にウッドロウさんから告げられたのは、彼女が姉であるはるかさんと一緒に、地元へ墓参りに向かったというもの。

 

 ……護衛役として五条さんが付いていったらしいが、それにしたってなんというか、ココアちゃんの中の人の背景が、嫌に重いというか……。

 いやまぁ、そこで「たいへんだったんなー」とか言ってるれんげちゃん&荷葉ちゃんコンビも、大概重たい背景持ちなわけだが。……お辛い案件多すぎじゃない?

 

 

「なに、今が幸せであるのなら問題はないだろう」

「そんなもんですかいねぇ……」

 

 

 ウッドロウさんの言葉に、なんとも言えない気分になってしまう私。

 そんな、雰囲気が暗くなってしまったラットハウスを後にした私達は、気分を入れ換えるためにちょっと遊びに行くことにしたのだった。

 

 

「で、一応なにがしたいかとか聞いとこうと思うんだけど……」

「はい、かくれんぼがしたいん!」

「なんとなーくだけど変なフラグが立ちそうだから却下」

「乗馬体験とか……?」

「それ遊びか?ってツッコミもなくはないけど、なんとなくそれもそれであれだから却下」

「も~、さっきからキーアおねいさん、却下としか言ってないゾ!」

「おおっと、ごめんごめん。……ただその、提案される遊びが健全すぎるのも問題だと思うわけよ」

「……お?」

 

 

 ……が、なにをして遊ぶのか、という部分でまた議論が紛糾。

 いやまぁ、しんちゃんの言う通り、却下しているのは私なわけなのだが……。

 森からも遠い建物のど真ん中、そこで出される提案が全部自然の中での遊び……というのは、なんというかこう『自分達のいる場所思い出せよ』って気分にならざるをえないわけでですね?

 

 こちらの言葉に首を傾げるしんちゃんだが、代わりにクリスがなにかに気付いたような顔をしながら、こちらに声を掛けてくるのだった。

 

 

「つまりこう言いたいわけね?……たまにはゲーセンにでも行かないか、って」

「そういうことー」

 

 

 

 

 

 

 と、言うわけで。

 クリス以外全て子供にしか見えない私達がやって来たのは、もし仮に今が夜であるのなら入っちゃダメ*2、とか言われそうなゲームセンター。……いわゆるラ○ンド○ン的なお店である。*3

 

 

「……バラン・ドバン?」

「鉄球とかは置いてないわよ」*4

 

 

 ボウリングの玉はあるでしょうけど。

 とまぁ、道中変な聞き間違いもされたが……それは置いといて。

 

 先ほど料理店では料金が無料になる、みたいな話をしていたが、その『無料になる』という制度が適用されるのは、あくまでも生活必需品に連なるモノや、それらを販売している場所のみ。

 娯楽系の施設に関しては普通にお金が掛かることもあり、彼等が遊び場として提案しなかったのは、そういう面もあるのかもしれない。

 

 

「まぁ、今回に関しちゃ私の奢りだから、気にせず遊んで欲しいわけだが」

「なんと?」

「先日のあれこれで結構なお給料を貰ってね……」

 

 

 とはいえ、こうしてゲーセンで遊ぼうと提案したのは私。であるのならば、その辺りの費用を受け持つのもまぁ、やぶさかではない。

 そんな感じのことを呟けば、財布の中を確認していたクリスがこちらを驚いたように見詰めてくる。

 

 ……琥珀さんのところ、給料が少ないとかみたいな話を聞いた覚えはないし、クリス自体が浪費家な面がある……ということなのだろうか?

 というかよくよく考えてみると、このクリスは元々こっち側の世界の人間ではなく、あの時の特殊な場によって、他の世界からやって来た異邦人(ストレンジャー)である。

 

 今の彼女の姿が牧瀬紅莉栖である、ということは確かな話ではあるが、同時に大元の彼女のパーソナル……ともすれば彼女が本当に『逆憑依』なのか、というのもよくわからないというのが実情だったりするわけで。

 

 

「……ああ、言われてみれば、その辺りを詳しく説明したことはないかも」

「うむ。なのであれだ、普通の『逆憑依』なのか琥珀さん(人工逆憑依)タイプなのか、そのどっちかによっては見る目を変えなければいけないと言うか……」

「いやどういう意味だそれは?あれか、私が琥珀さんと同じだったら、無責任な浪費家が元だったとでも認定するつもりか?」

「お、落ち着いてクリス。誰もそこまで言ってない……」

「遠回しに言ってるようなもんでしょうが!いやまぁ、使いすぎるのは元の私の癖なわけだが

「おいィ?」

 

 

 ……やっぱり自前じゃねーか!

 ぼそりと呟かれた彼女の言葉に、ここにいるクリスは琥珀さんパターンの人なのだと確信する私。……部下だったとかなんとかの話から、彼女の立場が本来の世界だと入れ替わってるのかも知れないな。……というかモルモット?

 ……なんて感想を抱きつつ、一応なにに使っているのかを聞いてみる私。

 

 

「いやその、……ここでは言えないようなものなので何卒……」

「腐ってやがる、早すぎたんだ」

「くくく腐ってねーし!ちょっと知的好奇心を満たしてるだけだし!」

 

 

 ……それ、語るに落ちるってやつでは?

 とは言わず、生暖かい笑みを返す私に、クリスは暫く『違うんだってばぁっ!!?』と弁明を繰り返していたのだった。

 なんでもいいけど、子供達をミミちゃんにしないようにね……?*5

 

 

 

 

 

 

 そんな感じのやり取りを終えた私達は、そのまま意気揚々と店内へと進んだわけなのだけれど。

 

 

「……うん、エーくんは出禁かもしれんね」

「もしかして僕、やり過ぎちゃったかな……?」

「いやまぁうん、その辺りの確認の意味もなくはなかったから、特にエーくんが落ち込んだりする必要はないよ」

「……そうかい?」

「そもそもエーくんのことを置いといても、大概ハイスペックばっかだからね、この集団」

 

 

 クレーンゲームなどで景品をゲットしまくるエーくんの姿に、最初は物珍しいモノを見る目だった店員さんの顔が次第に青くなっていくさまは、申し訳ないがちょっと面白……もとい気の毒な気分になりもしたが。

 これに関してはエーくんが機械類に強いのではないか?……という疑問を解消するためのモノでもあるため、そこまで問題ではない。……あとでちょっと散財すればいいわけだし、主に対戦系のゲームとかで。

 

 問題なのは他の面々。

 区分的にはおまけ組、本来の目的からは外れた……悪い言い方をすれば『ついで』扱いのメンバー達である。

 

 

「これもちょっとしたそすんすの応用?なん!」

「ねぇれんげー?これ音聞いてタッチするタイプのゲームであって、光ったところを高速で撃ち抜くゲームじゃないからねー?」

「成功すれば全部おなじなん!」

「違うからね!?」

 

 

 まず始めにれんげちゃんと荷葉ちゃんのペア。

 彼女達は音ゲーの一種である筐体に、踏み台を利用して向かい合っていたのだが……なんか変な覚醒をしたれんげちゃんが、明らかに間違った遊び方を始めていた。

 ……それそういうゲームじゃねーから!?

 なにがあれって、点数そのものは高いから周囲の人が『ナニソレ』みたいな目で見てるのがね……。

 

 ともあれ、やり方が若干間違ってるだけで、根本的には普通に遊んでいる以上、彼女達はそこまで問題というわけではない。

 問題なのはもう一組の方……いつの間にか一行に加わっていたしんちゃんの方である。

 

 

「ほっほ~い♪それそれそれ~♪」

「マジかよあの坊主、またベストレコード更新しやがったぜ?!」

「寧ろどうやって撃ってんだあれ……」

 

 

 そう、しんちゃんと言えば一種の天才としても有名である。

 そんな彼にゲーセンでゲームをさせるとどうなるのか。……答えは簡単、完全にゲーセン荒らしと化す、である。

 

 今現在の彼は、ガンシューティング系の筐体の前に立ち、ケツに挟んだガンコンで的を撃ち抜きまくっている最中。

 ……流石にのび太君ほどではないと思うが、それにしたって子供が出せるような点数ではないスコアを叩き出し、ギャラリーを沸かせている。

 

 暫くすると飽きて別のゲームに移るのだが、そこでも基本的には同じ。

 アクロバティック過ぎる動きでエクセレントな点数を稼ぎつつ、オーディエンスを沸かせ続けるその姿は、まさしくゲーセンの王とでも呼ぶべき存在で。

 ……それと同じくらい、衆目にケツを晒し続ける幼稚園児となっているのである。

 

 

「……しんちゃんならいつものこと、なんだけど。……一応公衆の面前なんだし、止めるべきだよね……?」

「基本的には素直ないい子なんだけど……舞い上がる状況でどうなるか、ってのは確かに検証したことなかったわね……」

 

 

 クリスと顔を見合わせ、ため息を吐く私。

 これが本当にしんちゃんなら問題はない……いやあるけどないわけだが、ここにいる彼はあくまでも『逆憑依』。

 今は浮かれているからいいけど、正気に戻った時に羞恥で死にそうな思いをするのは彼なのである。

 

 基本的に下ネタ的なモノを披露しない彼が、なんの間違いかケツを出して動き回っている……。

 そんな行動をあとから思い出す羽目になるとか、黒歴史間違いなしである。

 

 ……うん、止めよう。

 後々のしんちゃんの精神的平穏を守るため、私達は固い誓いを立てるのだった……。

 

 

*1
『ご注文はうさぎですか??』第9羽Bパートでのココアの魂の叫び。その叫び声は『モンスターハンター』のフルフルを思い起こさせると評判。……評判?

*2
『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』、略称『風適法』における制限のこと。16歳未満の子供は夜6(18)時以降ゲーセンに入場してはいけない、というもの。一応、保護者同伴であれば夜10(22)時までは在店できる

*3
主体はボウリングであるが、他のスポーツ系の遊戯やクレーンゲームなどのアミューズメントも併設されている複合施設。若者の遊び場として有名

*4
『スーパーロボット大戦』シリーズのキャラクターの一人。基本的にはクールなキャラが多い敵側の存在の中で、唯一の武人タイプの人。だからと言うわけではないが、後に味方化する。戦闘BGMが特徴的な為、一度聞いたら忘れられないのではないだろうか

*5
『男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの』と言った人の名前。キャラそのものよりこの言葉の方が有名かもしれない……



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幕間・初夏を待つ長い一日・④

「ひどい目に……あったゾ……」

「単なる子供のケツなら怒られて終わりだけど、しんちゃんのおケツなら記念撮影くらいされてもおかしくはないからねぇ」

「いやぁ~んっ!!キーアおねいさん思い出させないでぇ~んっ!!」

 

 

 あれから正気に戻ったしんちゃんが、自身の行動を恥じて自販機コーナーの隅っこで縮こまってしまったわけなのだが……。

 普段から下品になりすぎないように努めていた彼としては、まさしく痴態としか言いようのない状況であり、彼が復活するまでには相応の時間が掛かると思われる。

 表面上はアニメでたまに見る照れてるしんちゃん、といった感じだが。……その内面は、はたしてどうなっていることやら。

 

 予想も付かないのでとりあえずそっとしておくことにした私達は、改めて遊ぶゲームを選定し始めたのだった。

 え、薄情者?こういうのは時間による解決以外ないから仕方ないね!

 

 

「……おっ、競馬ゲームじゃん懐かしい」

「ああ、ゲーセンってよりはメダルコーナーとかによくある奴ね」*1

 

 

 そうして私達が見付けたのは、メダルゲームなんかでたまに見掛ける、簡易な競馬ゲーム。

 これは文字通りの競馬ゲームで、筐体内の馬が何着でゴールするかを当て、見事的中させればメダルが増える、というタイプのゲームなのだが……。

 

 

「……馬が全部たぬきなんだが?」*2

「みんなジタバタしてるわね……」

 

 

 その筐体内で馬の代わりに立っていたのは、こちらではビワの姿として馴染み深い、『ウマ娘(たぬき)』達。

 ……見た感じ本物(ビワ分身)とかではなく、おもちゃのたぬき達のようだが……結構上手く出来ているというか、なんかいちゃいけないハズの奴らが居るような気がするというか……。

 

 

「……聖剣(デュランダル)爆発物(ジャスタウェイ)が居る……」*3

「他はゴルシとかノーマルウィークとかだから、余計に原作(ウマ娘)にいないキャラが目立ってる感じね……」

「そうだね……いやちょっと待ったノーマルウィークisなに?」

「ほら、あれよあれ」

「……だってよスペちゃん、耳が!」

「耳くらい安いもんだったのよ、多分」

「……お姉さん達はさっきからなにを言ってるの……?」*4

 

 

 本家本元ではまだ実装予定どころか姿形すら出て来ていないハズのウマ娘達が、たぬきとして実装されているという異常。

 

 どっかから怒られたりしないだろうな……などとぼやきつつ、ジタバタしているたぬき達を見ていく中で、クリスが言葉と共に指差したのはウマ娘的な特徴(耳とかしっぽとか)全てが抜け落ちた、一見モブのヒト娘にしか見えないたぬき。

 ……元が特別(スペシャル)なんて付いているせいで、普通(ノーマル)なんて呼ばれ方をする羽目になったそのたぬきに、思わず『嘘でしょ』と言葉を溢せば。

 別のゲームをやっていたハズの荷葉ちゃんが、こちらをジトーっとした目で見ている姿があったのだった。……強いていうならロマンスドーンごっこ?*5

 

 まぁ冗談は置いといて。

 子供達にはメダルコーナーはまだ早い、ということで他のところで遊んでなさいと言っていたはずなのだが、何故荷葉ちゃんはここにいるのだろう?

 そんな私の疑問を感じ取ったのか、彼女は近くの席を指差して。

 

 

「銀ちゃんが、トイレ行くから席取りしといてって」

「子供になにやらしとんじゃァァァア!!」

「ギャァァァアッ!!?」

 

 

 筐体の上にメダルを積んで、競馬に勤しむダメなおっさん(銀ちゃん)が、トイレからタイミングよく戻ってきたのを私達に確認させるのだった。……色々とアウトだよ!!

 

 純粋無垢な子供になにさせとるんじゃい、ってな感じで席に座ろうとした彼にシャイニングウィザード*6をぶちかました私と、鼻の頭に打撃を受けて店の黒い床に崩れ落ちる銀ちゃん。

 その流れのまま彼に正座をさせた私は、銀ちゃんの言い訳に耳を傾けることに。

 

 

「いやちげーんだよ、俺もこんな駄馬はすぐに馬刺にでもなると思ってたんだけど、こうやって天下のウマ娘さんに出演するかもしないかも、なんてオファーが来るようになるとは思ってなくて……」

「誰がジャスタウェイ(Just a Way)の話をしろって言ったァァァアッ!!」*7

「ギィャァァァア折れる折れる人体は反対に曲がんねーのほれきけ人体から鳴っちゃいけない音してるゥゥゥウッ!!?」

 

 

 ……まぁ、そうして飛び出した言い訳が『彼がジャスタウェイに一点賭けしてる理由』だったため、懲りてねぇなこいつと判断せざるをえなくなったわけなのだが。

 仕方がねぇので銀ちゃんを逆エビ固めの刑に処していると、騒ぎを聞き付けたらしいれんげちゃんが彼の顔の前に陣取り。

 

 

「かように悪いことする銀ちゃんには、こうなん!」

「ぬぐぇそすんすぅ」

「……なんだその断末魔」

 

 

 唖然としたようなクリスの言葉と共に、彼はがくりと気を失うのだった。……れんげちゃん、恐ろしい子!

 

 

 

 

 

 

「くそっ、たまの休日がとんだ厄日になっちまったもんだぜ……」

「自業自得でしょ。……そういえば、他のメンバーはどうしたの?」

「今日はプライベートだっつーの!いつもいつでもアイツらの子守ばっかしてられるかっつーの!」

「まぁ切実」

 

 

 ダメージよりギャグ世界出身ゆえの超回復で立ち直った銀ちゃんは、ぶつくさ言いながら荷葉ちゃんが居た席に座り直す。

 ……そもそも席取りうんぬんもパチンコとかなら意味があるだろうけど、こういう多人数参加型のモノではあんまり意味がないのでは……?

 と思わなくもないのだが、私が知らないだけで特定の席だと当たりやすい、みたいなのはあるのかもしれない。完全な運と言うわけではなく、あくまでも電子制御のゲームなわけだし。*8

 

 まぁ、子供に席取りさせてる時点で、まるでダメなおっさん……もといマダオであるというレッテル張りからは逃れられないわけなのだが。

 そんな言葉を飲み込みつつ、そういえば今日はよろず屋メンバーがいないことに気が付く。……彼の言葉を信じるのなら、どうやらこっそりと出てきたらしい。

 ……つまり今の彼の所在を彼女達に教えれば、彼の反省を促すことができるのでは……?

 

 

「やめろっての!折角黙って出てきたってのに、アイツらが来んなら意味ねーっつーの!」

「やってみせろよ銀ちゃん!」

「なんとでもはならねぇよ!?」

「……どうでもいいけど、もう出走したわよ?」

「え、ちょっまっ、お、おおおおお曲がれぇえええええあああああ」

「コースアウトだと……!?」

 

 

 反省を促そうとしてるんだから、相手の嫌がることとか関係ねぇよなぁ?……的な感じでカボチャはないけど踊り始めた私と、そのせいで一瞬筐体から目を離してしまった銀ちゃん。

 ……途中でクリスが告げたように、彼がジャスタウェイに全賭けしたままレースは始まってしまい。

 

 慌てた彼はとりあえずジャスタウェイを応援し始めたのだが……何故かコースの外に居た芦毛のたぬき(ウマ娘)に気をひかれた彼女は、そのまましんちゃん的にやり顔を浮かべながら、曲がるべきコースを逸れて行くのだった。

 ……どこぞのダンボール馬(ハリボテエレジー)に対して叫ばれる台詞みたいなことを口走りながら、筐体の下へと崩れ落ちて行く銀ちゃんには素直に草しか生えないわけだが……残念、この草を刈る余地はないようだ。

 

 

「あ?いきなりなにを……」

「ぎーんーさーんー?」

「ひぃっ!?中には誰もいませんっ!?」

「あっはっはっはっ。銀時君は相変わらず面白くもない冗談が好きですねぇ」

「とりあえず一言だけ言わせて欲しいのだ。……なんで未来予知持ちから逃げられると思ったのだ?」

「その通りです。残念ですが私からは逃れられません……!」

「あー、わりぃ。お前抜きで遊びに行くのは嫌だ、って言われたら俺に止める余地はなくってよ……」

「モーモーターロースーぅっ!?てめぇ大丈夫って言ったじゃねぇ……あっ、やめ、はなはな話し合おう!まだ大丈夫!俺達わかりあえっ」

「対話の余地は、」

「ありませんっ!!」

「とらんざむばーすとっ!?」

 

 

 崩れ落ちていた彼を迎えるのは、相当おかんむりな様子の二人(Xちゃんと桃香さん)と、呆れた様子で言葉を溢すゴジハムくん。

 それから、申し訳なさそうに頭を掻くモモちゃんの四人。……よろず屋大集合やんけ、と私が驚く暇もなく、状況はあれよあれよと進んでいき……。

 

 結果、対話をしてもわかりあえない奴もいる、とばかりに謎の断末魔をあげる羽目になる銀ちゃんなのであった。……まぁ綺麗にクロスラリアットが決まればこうもなろうと言うか。

 でもとりあえず、子供達の前でそういう修羅場を展開するのはどうかと思います(小並感)

 

 

「銀ちゃんはマダオだったん?」

「……まぁうん、一点賭けとかしちゃう辺り、見習うべきではないタイプの人ではあるよね」

「その内四等分にされそうな辺りも、あんまり見習えないタイプであることの証左よね」

「そうそう四等ぶ……なんかおかしな人まで頭数に入ってない??」

 

 

 二人に引きずられていく気絶した銀ちゃんと、その後ろをついていく他二人。……まぁ、パパポジなのに『パパ臭い』とかされてない辺りは、まだマシなんじゃないかな……。

 ……え?あの環境でパパ呼ばわりとか、そっちの方がやべーって?

 

 そんなことをぼやいていると、横のクリスからは気になる言葉が。

 四等分って、気のせいじゃなければ──まだそういうポジションじゃねぇでしょ、というモモちゃんは置いとくとしても、ゴジハムくんも銀ちゃん争奪戦に参加しているように聞こえるというか。……え?食事的な意味で?……どっちにしろ食われるのか……。

 

 

「……?銀ちゃん天ぷらになるん?」

「聞かなかったことにしてお願いだから」

「え、よ、よくわからないけど分かったん……」

「……その迂闊な発言、キーアお姉ちゃんも人のこと言えないんじゃないの?」

「……私からすると()()()()()っぽい荷葉ちゃんの方がどうかと思うよ」

「はいはい、喧嘩両成敗。……そろそろお開きにしない?」

 

 

 れんげちゃんと荷葉ちゃんの間で、純粋さに差があるような気がする……。

 そんなことを宣いながら、荷葉ちゃんとたのしくおはなし()をしていた私は、クリスの言葉に結構時間が経過してしまっていることに気が付いたのだった。

 ……子供は家に帰る時間だな、ヨシ!

 

 

「……なにがヨシなんだい?」

「ヨシってことにしといてお願いだから」

「???」

 

 

*1
メダルを賭けて遊ぶタイプの競馬型の筐体のこと。コースを囲うように席が設けられているものや、大画面一つに対して席が並ぶ劇場型のものも存在する。単純にレースの予想を楽しむこともできるし、自身が育てた競走馬を出走させられるタイプのものもある

*2
『ウマ娘』の方のオグリの語尾として、『~だが』というものが使われることがある。無論そんなに使ってない、二次創作にありがちな特徴の誇張の一つである。プリティなんだが?

*3
トレーナー達の幻想の産物。この二人以外にもそれなりの数が存在する。特にジャスタウェイは幻想の度合いが強い

*4
『ウマ娘』のキャラクター、『スペシャルウィーク』からその特徴であるウマ耳と前髪の白い部分を抜いた存在。ウマじゃなくなっているので単に『娘』と呼ばれたり、はたまた語呂合わせで『ヒト娘』などと呼ばれたりする。なお、現実で『ノーマルウィーク』と検索すると、基本的には『ゴールデンウィークだけど仕事だ』みたいな怨嗟の声として『ノーマル(普通の)ウィーク』という意味で使われていたり。……そこからというわけではないだろうが、最近髪の毛とかが金になった『ゴールデンウィーク』なる派生キャラが誕生したとかしないとか

*5
『ONE PIECE』の第一話のタイトル『ROMANCE DAWN -冒険の夜明け-』から。同名のゲームがあったり、読み切り版のタイトルとして使われていたりなど、それなりに有名。ここでは漫画の一話のことを指し、シャンクスが腕を失った流れをスペちゃんが耳を失った流れに見立てている

*6
プロレス技の一つ。片膝立ちしている相手の膝を踏み台にして、相手の頭部・顔面に膝蹴りをぶち込む技。バリエーションが多数存在するが、プロレス技として使う場合は相手や自分に怪我をさせやすいため注意する必要がある

*7
元ネタは競走馬、及び『銀魂』の変な形の爆弾。元々は『ジャスタウェイ』を買った馬主がアニメ銀魂の脚本家・大和屋暁氏だったことからの繋がり。彼が馬に名前を付ける時に『一見カッコ良さげで、ちょっとアホくさい』モノを自身の担当作から選んだ、ということになるらしい。一応JRAには『その道(Just a Way)』が由来であると登録されているようだが、色んなところに元ネタが滲み出ているのでバレバレである。元ネタに負けず劣らず濃ゆいキャラをしている為、実装されるのを心待ちにしているトレーナーも沢山いるとか。なお『馬刺』云々は銀魂本編でのネタ。まさか世界一になるとは思っていなかった原作者からの、遠回しな祝杯と言えなくもない……か?

*8
コンピューター制御なのだから、試合を操作されていてもおかしくない……というわけではなく、以前解説した『コンピューターで扱える乱数はあくまでも擬似乱数』という話からのもの。要するに結果が片寄る可能性は幾らでもある為、特定の場所なら勝てるみたいなものも強ち錯覚ではないかも、ということ



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幕間・初夏を待つ長い一日・⑤

「んー、結局ちゃんと遊べたかと言うとどうなんだろう……?」

「うちは色々やって楽しかったん!」

「まぁ、私もれんげと同じ感想かなー。なんだかんだで、ゲーセンとか入ることないし」

 

 

 ゲーセンの出口付近で、だらだらと駄弁る私達。

 保護者役となるクリスも居るのだから、そのままもっと遅い時間まで遊んでいても良かったのだが……そちらは選ばず、私達は家に帰ることを選択していたのだった。

 

 まぁ、クリス達に関しては、琥珀さんが家で待ってるとのことだったし。

 ちょっと前に聞いた話を思い出せば、琥珀さんを放置するのは彼女達の食事環境の危機を招くものでもある……といった感じでさもありなんというか。

 

 まぁそうなると、私とエーくんに関してはちょっと手ぶらになってしまうわけなんだけど!

 

 

「あー、そういえば暫く家に誰も居ない……とか言ってたわね?」

「流石に八時くらいになれば、みんな戻ってきてるんだけどねー。今から大体二時間くらいってなると、微妙に時間潰しの手段に困るというか……」

 

 

 こちらのぼやきに、クリスが先刻の私の言葉を思い出しながら声を掛けてくる。

 

 朝の内に言っていたように、今日の居候メンバー達は大体が用事で出払っている。ビワでさえ山におわすビッグ・ビワハヤヒデ(ケルヌンノス)の元に報告と言う名の里帰り的なモノをしているというのだから、私とエーくんの『きょうはなんにもないすばらしい一日だった』*1度の高さと来たら、相当のモノだろう。

 

 

「今日って八月じゃないわよね……?」

「適当に振ったネタなのによく知ってるね?」*2

「……?なんでなんにもないのが、すばらしい一日になるの……?」

「……やめよっかこの話!」*3

 

 

 なんというかこう、今までのブラックジョークの中でも洒落にならないモノのような気がしてきて、思わずそう口に出す私と、苦笑を浮かべながら頷くクリス。

 間に挟まれた荷葉ちゃんと、その隣のれんげちゃんは、なにがなんだかわからないとでも言いたげな様子で首を傾げていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……で、特にすることもないし、夜空でも見上げながら散歩混じりに帰ろうか、ってことになったはずなんだけど……」

 

 

 あれからクリス達と別れた私とエーくんは、急いで帰っても仕方ないので夜空の星でも眺めながら、ゆっくりと帰ろうとしていたはずなのだが……。

 以前語ったことのあるように、なりきり郷は地下にあるものの、空間拡張技術により『空』がある場所となっている。

 そこに浮かぶ太陽や星は、それを管理運行する存在によって移動させられているわけなのだが……。

 

 

「よもやよもや、星が落ちてくることがあろうとは……」

「わぁ、綺麗だねぇ」

 

 

 夜空を見上げながら道を歩いていた私達は、その星の一つが不自然な動きをしたことに気付き、暫くそれを眺めていたのだが……。

 次の瞬間、その星は一度キラリと瞬いたかと思うと、私達の目と鼻の先へと墜落して来たのである。……ぶつかってたら死んでたよねこれ?!

 

 隕石の墜落?で死ぬとか洒落にもならない。

 っていうか、そもそもこの夜空の星って物理的に浮かべてたんかいっ。私はてっきり映像かなにかかと思ってたよ!

 

 

「──ああいやいや。ちょっと誤解させたようで申し訳ないけど、生憎とこれは星が落ちたわけではないんだ。……いやまぁ、()を星と間違えてくれる、というのはちょっとこそばゆくもあるんだけどね?」

「……えっと、どなた様?」

 

 

 そうして土煙に視界を塞がれた私達は、その向こうから聞こえる声──鈴の鳴るような軽やかな声に、思わず耳を傾けてしまう。

 不思議と『聞かねばならない』と思わせるその声は、しかしながらどうにも()()()()()()ような気もして……。

 そうして首を捻る内に、土煙は晴れてその向こうに居た人物の姿を暗闇の中に浮かび上がらせる。

 

 ──少なくとも、()()()()()人物だった。

 七色に輝くその髪は、まず間違いなくなにかの創作のキャラクターであることを示しているが……どうにも、該当する人物に思い当たらない。

 ここにいる人物は、基本的にはなにかしらの創作のキャラである以上、全く覚えがないというのもおかしな話なのだが……?

 

 そんなこちらの困惑を感じ取ったのか、()()は小さく笑みを浮かべながら、こう告げる。

 

 

「私のことは……そうだな、『メアリー』とでも呼んでくれたまえ。わけあって、姿を晒すわけにはいかなくてね」

「……はい?」

 

 

 ……自分のことを『出来の悪い二次創作(メアリー・スー)』って呼ばせようとするですって?

 ますます困惑する私の様子に、彼女──メアリーと名乗った彼女は、楽しげにころころと笑い声をあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、つまり?空から落ちてきたのは不幸な事故で?本当は違うところに行こうとしていた最中だった、と?」

「まぁ、そんなところだね。……私はこれでも忙しい身でね、本来ならばここでこうして油を売っている暇はないのだが……驚かせてしまった手前、なんにもなしに去るというのは私の名が廃る。……まぁこの通り、私は確かに美少女だが──生憎と物理的に渡せるモノがなくてね。申し訳ないのだが、私との会話を報酬として受け取って欲しい」

「へ、へー……」

 

 

 ……なんだろうこの、絶妙な鬱陶しさ。

 顔が良いのを良いことに、自分のしたいことをすべてやんわりと押し通して来たのだと匂わせる彼女の言動は、なんというか胡散臭いを通り越してもはや逆に信用できてしまうレベルである。

 主に『自分と話すことには、それだけの価値があると確信している』的な意味で。

 

 喉元まで出かかっている誰かの名前が、しかして性格が似ているだけなので違うのでは?……という否定を私の中で生んでいるため、滅多なことは言えないが……。

 これあれだよね、少なくともナルシストであることに間違いはないよね?

 

 

「そうだねぇ、私が無秩序にそこいらを歩けば、それだけで世界は争いあってしまうかもしれない……これは比喩でもなんでもなく、実際に起こりうることだと言えるだろう。いやまぁ、他人の醜い争いとか好きじゃないから、できれば御免被るけどね!」

「それそんな爽やかな笑顔で言うことかなー……」

「うわぁ、これは見習っちゃいけないおとなだー……」

「おおっと失礼だな君は?……いやまぁ、私を真似しても良いことはない、というのは間違いないとは思うけどね?」

(……で、ナルシストの癖にどことなく、自嘲癖っぽいのが見えるんだよなぁ)

 

 

 そんな感じで終始鬱陶しい言動のメアリーだが、言葉の節々にはなんというか自嘲的なモノを感じるため、表面的なモノが全てではないのだろうな、とも思うわけで。

 ……なんだろう、このめんどくさいタイプの人。っていうか、そもそも私はなんで彼女と世間話なんてしてるんだ……?

 

 

「ははは。……まぁ、君達が手持ち無沙汰にしていたから、この私と会話をする権利を下賜した……みたいに思って貰っていいよ?」

「なんだろう、上から目線で喋るのやめて貰っていいですか?」*4

「ははは。……いやいや、それは笑えない冗談かな?君、基本的には()()()()()()()()だろう?」

「……喧嘩売ってるなら買いますけど?」

「売ってない売ってない。私はただ事実を告げただけ、だよ」

 

 

 ……これやっぱり知ってる人じゃない?

 会話の内容から、相手がこちらについて()()()()()ことを察した私が、じろりと彼女に睨みを効かせるものの……うむ、堪えた様子なし。暖簾に腕押しというか、糠に釘というか。なんにせよ、こちらの威圧とかには効果がない、というのは間違いなさそう。

 

 ……面倒臭いのは、ここまでやっといて本当に相手側に()()()()()()()()()()()ということだろうか?……いやヘイト管理下手くそかっ。

 

 

「まぁ、そこが上手くできてるなら『メアリー』だなんて名乗らないよ」

「……」

 

 

 だから突然自虐的になるなと。

 テンションの乱高下を受けているような気分になりつつ、ため息を吐いた私は彼女に視線を向けて、とりあえず一つだけ聞いておく。

 

 

「……お望みの展開にはなってます?」

「さぁ、どうだろうねぇ。私としては、君のことはどちらでも良かったんだ。──そもそもこの世界自体が、奇縁の果てにあるもの。その奇縁の中でしか(まみ)えることのできない可能性、なんてものに全賭けするほど酔狂でもなくてね」

「……その口ぶりだと、今は違うと?」

 

 

 半ば相手の正体に気付きながら、そこを明言しないままに進められる会話。

 傍らのエーくんが頭上に『?』を浮かべまくっているのに苦笑しながら、私と彼女の会話は続いていく。

 

 ──そもそもに。

 この世界には特定のモノしか現れないはずで、その中で足掻いていた彼女にしてみれば、突然に現れた私はイレギュラー、それも彼女の求める計算結果には、関係のないものでしかなく。

 そもそもに私と言う数値は、いわゆる計算上のノイズに近いモノであり、それをあてにして動くと言うのは──言い換えれば無料ガチャで欲しいものを手に入れることを、半ば確定した事実として語るような──そんな、荒唐無稽のモノでしかない。

 

 ゆえに彼女は最初、それをどうでもよいと捨て置いたし、どう動いても気にしないつもりでいたのだけれど……。

 

 

「いやはや、見誤っていたというか、見くびっていたというか。……私達の世界とは()()()()を持つモノだった君は、今や台風の目とでも言うべき存在だ。──これから、余計に忙しくなるんじゃないかな?」

「うへぇ、勘弁して欲しいんですけど……」

「はっはっはっ。まぁ、頑張ってくれたまえ。──()も陰ながら、君のことを応援しているよ」

 

 

 頬杖をついて、大袈裟にため息を吐く私を見て、彼女は変わらず楽しげに笑みを浮かべている。……それはまるで、『楽しむ』という感情以外が欠落しているかのようにも思えるもので。

 

 無論、それは気のせいでしかない。

 幾ら彼女が()()()()()とはいえ、そこまで性根は腐っていない。……だからこそ、本来()()()()()()()姿()とはかけ離れた姿をしているのだろうが。

 

 そんなことを思いながら、正面に向けていた視線を横に動かせば。そこにいたはずの彼女の姿は、既になく。

 目を瞬かせ、彼女の姿を探すエーくんに小さく苦笑しながら、もう一度大きくため息を吐く。

 

 

「……()()()じゃない辺り、ややこしいことになってるんだろうなぁ」

 

 

 風に吹かれて夜空に舞う()()()を見ながら、束の間の会合の意味について、改めて考えさせられる羽目になる私。

 ……今日は侑子のとこに行ってやけ酒でもするかなぁ、なんてぼやけば、エーくんは意味がわからないとばかりにまた首を傾げていたのだった。

 

 

*1
ゲームソフト『ぼくのなつやすみ』におけるセーブ画面に相当するモノである『絵日記』において、複数存在するパターンのうちの一つ。その言葉の通り『丸一日なにもしなかった』時に書かれるモノであり、普通にプレイしていたら見ることは非常に稀。……なお、ゲームの最速攻略を目指すTASさんにとっては最早ルーチンワークレベルに頻出……っていうかそれしか書かないタイプのものだったりする。なお、なんにもなかったと言う割には、絵日記に描かれる絵のパターンが結構存在している。……明らかになにかありそうな絵なのにも関わらず、『なんにもない』と書かれている時もあり、仄かな恐怖を思い起こさせることも。TASさんの場合はバグ利用でこの画面を連打する為、後述の話と合わせて『真夏のホラー』扱いされることも

*2
『ぼくのなつやすみ』における有名なバグ、『八月三十二日』のこと。このバグの利用の為にはクリアデータが必要になる為、先述の『一月全部なんにもなかった』でクリアデータを作るのが一番手っ取り早い。三十二日そのものはそこまででもないのだが、日を進めるごとに……?普通に怖いので、調べる場合は心して掛かること

*3
彼女達の登場回参照。ループ世界出身だからね、仕方ないね

*4
ひろゆき氏の発言『なんだろう、嘘つくのやめて貰っていいですか?』より。いわゆる論破の前振り。この発言をした時はちゃんと論破しているので、特に問題はありません(?)。使いやすい為か、『嘘』の部分を改変して使われていたりする



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十四章 明かすものと明かされるもの
蜂の巣の駆除は梅雨に入る前に終わらせましょう


 第二形態一歩手前まで使わされたあの事件から、はや一月ほど。

 

 季節は春から夏へと移り変わる最中、梅雨らしきものが変な時期にずれたせいで、どうにも周囲の生き物達の生活リズム?的なものがずれていることを感じざるをえない、*1そんなある日。

 

 

「……蜂の巣の駆除ぉ?」

「ええまぁ、そうなるのよね……」

 

 

 これまた突然に呼び出された私は、そこでゆかりんから今回の用件について説明を受けていたのだが……。

 ええと、私の聞き間違いでなければ、害虫駆除って言いましたかこの人?

 

 怪訝な視線を向けながら問い直せば、彼女は頭を掻きながら先ほどと同じことを、もう一度私に告げてくる。

 

 

「だーかーらー、これに関しては外で起きたことだけど、うちにも関係のある話なのよっ」

「猛烈にいやな予感がしてきたんだけど帰っていい?」

「だーめーでーすー!!」

「そんなぁ」

 

 

 ……聞き間違いかなー、と思っての再度確認も、こうして無駄足に終われば肩を落とすよりほかなく。

 ……いやその、それはもしかして私が蜂嫌いなことを知っていて仰っていらっしゃる……?

 

 

「え?貴方蜂ダメなの?」

「スレでずっと言ってたじゃないですかやだー!!」

「そうだったかしら……?」

 

 

 いやだいやだと駄々を捏ねる私に対し、ゆかりんは首を捻って困惑顔。……そうだったもなにも、スレでずっと蜂はダメって言ってたじゃないですかやだー!

 

 この辺りが元ネタの存在するキャラと、存在しないオリキャラの違いと言うやつで。

 

 元ネタありきのキャラ達は、原作に描写されていたことを極端にねじ曲げて表現することは許されない……とでもいうべきか。

 ともあれ、原作で猫好きだったのに何故か猫嫌いになっている棗鈴……とかやられても、それはなりきりとしては失格も失格、なんのためになりきりやってんだテメー、となる行為なわけである。

 

 なので、実はなりきりというのは結構難しい()()のものなのだ。……まぁ、実際の彼らのそれ(なりきり)はかなーり雑なモノが多く、結果として『なりきり』という遊びそのものへの偏見とかにも繋がっているわけなのだが。

 

 まぁその辺りは置いといて。

 非オリジナルのなりきりにおいては、原作という指標をどれだけ遵守できるか、というところが上手さの争点となるわけだが、オリジナルの場合は少々毛色が違ってくる。

 なりきりを扱っているところでも、場合によっては『オリジナルはなりきりじゃない』なんて言われることもあるように、基本的な仕組みは普通のなりきりと同じながら、『守るべき設定』というのは、基本的に周囲は()()()()のが普通である。

 

 これがなにを意味するのかといえば、要するに普通のなりきりに対しての評価点となる『再現度』が、オリジナルの場合は最初っから計測されないのである。

 なにせ、その『なりきり』が元ネタに忠実かどうかは、やっている本人にしかわからないのだから。

 

 一応、スレを始める際にある程度の情報開示は行われるものの、普通のなりきりが『擬似的に二次元キャラとの会話を楽しむ』のが主体であり、それを相手に実感させるための『再現度』を求めるものであるのに対して、オリジナルのなりきりは『相手の為人(ひととなり)を会話を通して知っていく』ところに楽しみ方の重点がある、ということになるわけで。

 

 結果として、余程の設定魔でない限り……いや設定魔でもやるかな?

 ともかく、キャラの性格部分はともかく、普段の話や自身の経験の話などについては、自身──やっている本人の体験したものを主体に話す、という形になることがほとんどとなる。

 

 ……長々と語ったけど、要するに『話の流れ上で重要でない話に関しては、わりとアドリブで決めてしまうことが多い』ため、結果として一番話題の引き出しやすい『自分自身のこと』が、そのままキャラの設定になることがほとんどなんだ、と思って貰えばよい。

 この辺り、大まかな設定こそあれど基本的には中の人の主張が強くなっていく『Vtuber』とかに近いと思わなくもないわけで。……え?じゃあなんでなりきりって廃れてるのかって?そりゃまぁ、文章だと目が滑るし、そもそも場末でやってるし、トーク力とかコミュ力ある人ならそのまま『Vtuber』やった方が上手く行くし……やめよっかこの話題!

 

 ぐだぐだと語ったけど、最終的に言いたいことは一つだけ。

 ……()が、蜂嫌いなんだよっ!……ってことである。

 

 人を騙すには本当のことに少しの嘘を混ぜるのがよい*2、みたいな話があるが、全くのほら話を一から作って見せる……というのが難しいことは言うまでもない。

 ましてやそのほら話で相手を楽しませなければならないというのであれば、あからさまな作り話感というのは、それだけで興醒めするきっかけを作ってしまうモノとなりかねないわけで。

 

 毎日モノを書くのを繰り返す、となれば引き出しが潰える可能性もそれなりにある。

 ならば、自身の日常を面白おかしく脚色してしまう、というのも立派な手段になりうると思わないだろうか?

 

 ……その結果として、昔っから『お前は肌が弱いのだから、蜂なんかに刺されたら二度も待たず一度目で死ぬだろうな』などと親から脅され続けてきた()の経験というものは、確かな具体性を持つモノとして語れるということになり。

 ある時名無し達からの『嫌いなものは?』という話題提供に対し、自身の蜂嫌いを堂々と公言することになった、というわけである。

 

 この辺り、非オリジナルであれば、好き嫌いの設定は明確に定まっていることが多く。

 例えば中の人が猫が好きなのに、猫嫌いを公言するキャラクターのなりきりをして上手く行くのか?……みたいな話にも繋がってくるものだったりする。

 少なからず自身に近しい人物である方が、そのキャラを『再現しやすい』のは道理、というわけだ。……まぁ、演劇とかのその道のプロであれば、そういう『自身との不一致』もある程度はごまかせるのだろうが……それこそ蛇足というか、今語る話ではないだろう。

 

 

「……ええと、早口で捲し立てられたわけなんだけど、結局キーアちゃんはなにを言いたかったんだと思う……?」

「蜂嫌いは中の人由来なので、別にキャラクターとしてのキーアが情けないわけではない……みたいなことではないでしょうか?」

「ちょっとー!?目の前でいちゃいちゃするのやめて貰えますぅー!?」

 

 

 ……そんな私の言葉は、あまりに長かったためかほとんど聞き流されていたようで。

 なんやねんその扱いの雑さ、キーアん泣くぞちくしょう、みたいな感想を私が抱くのも仕方がないんじゃないかなー、と思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ええと、話を戻すけど……『蜂の巣の駆除』がうちと関係がある、ってのはどういうことなわけ?」

「どういうことって……発生した蜂が【顕象】だったってだけよ?」

「やっぱりいやな予感しかしないんですけど?」

 

 

 で、あれこれと話した結果として、事の子細を尋ね直してみた私なのだが。……【顕象】の蜂ってどう足掻いても厄介事じゃん、という感想しか出てこないわけで。

 

 確かに、出てきたのが普通の蜂ではなく、創作の世界にしか存在しないような蜂であるのであれば、そんなもの一般の人に駆除なんてさせられるわけがない……という理屈はわかるのだが。

 いや、なんでよりにもよってうちに案件が回ってきたんです……?

 

 

「元々は向こう(新秩序互助会)あてに届いてた依頼らしいんだけど、向こうは外に出られる人は既に出払っちゃってて、それでこっちにお鉢が回ってきたみたいよ?」

「うーん役所仕事感……」

 

 

 そんな私の疑問は、次のゆかりんの言葉であっさり氷解する。……あー、なるほど。向こうでやってた猪退治みたいなものってわけね、これ。

 

 向こう(新秩序互助会)がこっちよりも成立年が古い、というのは以前に述べた通りだが、ベーオウルフもといキョウスケさんがリーダーをしていた時代、彼らが生計を立てるために行っていたのがいわゆる『怪異退治』だったそうで。

 その流れは今の向こうでも続いているらしく、その仕事のうちの一つがあの猪狩りであった。……一応倒しきったはずだけど、あの付近では昔から巨大猪の噂が耐えなかったらしいので、倒してもそのうちリポップしてたりするのかもしれない。

 

 ただ、それらの存在は文字通りの『怪異』であり、今日本に蔓延っている『逆憑依』関連のモノではなかったとかで。相手の凶悪さというか強力さが増したのはつい最近、ということでもあるらしく。

 そういう意味で、ここ(なりきり郷)の成立がなにかの切っ掛けになったという説は、まだ崩れていない……みたいなことを琥珀さんが言っていたのだった。

 

 まぁ、その辺りのあれこれは一先ず置いておくとして。

 そんな『怪異の噂』があった場所の一角において、例年とは違う異常が立ち上ったというのが、今回の依頼の発端となったようで。

 元々そこでは他の()の噂があったらしいのだが、今年は何故かそれが異様な姿の蜂として現れたため、周辺住民達は泡を食ったように周囲へ逃げる羽目になったのだという。

 

 地元の警察が調べたものの、その蜂らしき生き物はあまりにも速く飛ぶため、本当に蜂なのかを含めて確認が取れておらず、結果とりあえず危ないので外出禁止、という状態になっているらしい。

 ……凄まじく大事になっているが、それにしては住民達は落ち着いてもいるらしく、その辺りも含めてなにかしらの異常が起きているのは間違いない……みたいなことを上司から受け取った依頼書より読み取ったゆかりんは、『私の手には負えません』とばかりに私を呼んだ、ということになるらしい。

 

 ツッコミどころしかない話だが、とりあえず一つ。

 

 

「……ハーブかなにかやっておられる?」*3

「疑うんなら私の頭じゃなく現地の常識にしてちょうだい」

「いやそうじゃなくて」

「……?なによ、なにか問題でもあった?」

「あるもなにも、これ……」

「んん?……んんん?」

 

 

 ゆかりんから受け取った依頼書の一部を指差しながら、彼女に問い掛ける。……ゆかりんはこれが他所から回ってきた仕事だと思っているようだが、厳密には違う。

 それを示すものが、そこには書かれていた。……それは、依頼者の名前……ではなく、この依頼がどこから送られてきたモノなのか、という相手の所在地の部分。

 

 指差されたそれを見たゆかりんは、最初の方は首を傾げていたが……やがてそれが()()()()()()()地名であることに気付き、変な汗を掻き始めた。

 おかしいと私が言ったのは、()()()()()()()それが見たことがある場所であることに誰も気付かなかった、という点。

 少なくとも上司さんとゆかりんは気付けておかしくないのにも関わらず、実際には私の手元に渡るまでそれらの事実は気付かれることなく進んでいた。

 

 その辺りを踏まえて、ちょっと正気じゃなかったりするのでは(ハーブかなにかやっておられる)?という言葉が飛び出したのだということを、彼女はようやく気が付いたらしい。

 そうして彼女がなにかを言おうとした瞬間、

 

 

「にゃんぱすー」

「……あれ?なにかお取り込み中?」

「……なんてタイミングなのよ……」

「「?」」

 

 

 部屋の扉を開いて、こちらに挨拶をしてくる二人の少女。

 その姿を見たゆかりんは、頭痛を堪えるように額を右手で抑えるのだった。

 

 

*1
日本に生きる生き物は、日本の気候に順応している為『その程度で済んでいる』モノも居る、という話。日本には他のスズメバチ種の中では比較的大人しい『ヒメスズメバチ』というモノが存在するが、この種は越冬の必要のない熱帯に行くと狂暴性が増す、という風に言われていることがあった。……正確には熱帯にいるのは『ネッタイヒメスズメバチ』という別種であるらしいのだが、それがわかるまでは『気候の違いが種にもたらす影響』というのは殊更大きく見られていた、ということになるわけで……

*2
色んなところで言われている上手い嘘のつき方の一つ。なおあくまでさりげなく混ぜるのがコツであり、その嘘が目立つモノであれば普通にバレる、というのはご愛敬

*3
フォビドゥン澁川氏の漫画『パープル式部』における主人公・パープル式部の台詞。正確にはスピンオフである『バーチャル式部』で登場した台詞だが、該当話は漫画化もされておらず今から確認するのは困難だったりする



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種も仕掛けも、あるんだよ

「……あ、おばあちゃん()だ」

「ほんとうなん、なにかあったん?」

「あー、うん。あったというか、起こしていたというか……」

「?」

 

 

 やってきた少女二人……もとい荷葉ちゃんとれんげちゃんをソファーに座らせ、件の依頼書を手渡す私。

 返ってきた反応はおおよそ予想通りのものであり、それを見たゆかりんは頭を抱えて唸っていたのだった。

 

 ──そう、件の依頼の場所とは、彼女達と初めて出会った場所。

 そこから察するに、以前まで噂になっていた()というのは、あそこで戦うことになった『ビーストⅡi』もとい『絹産姫神』──その大本である()のことだろう。

 

 現在の彼女(絹産姫神)は、二人の少女に寄り添う蚕と猫、その二匹のうちの片割れという形に落ち着いているが……そもそもその状態自体が、かなり無理に無理を重ねて成立させたモノでもある。そのため、あの土地自体に彼女(ビースト)残滓(ざんし)が残ってしまっていたのかもしれない。

 それを媒体にして、新しい【兆し】が生まれた……という可能性も、決して少なくはないだろう。

 

 向こう(新秩序互助会)はこっちがあそこの噂を解決した、ということは(夏油君の発言的に)知っていたはず。

 なので以前まで行っていたの警戒が緩み、なんらかの認識異常が起きていることをこの時まで認知できなかった……ということなるんじゃないだろうか?

 

 

「……まぁビースト擬き、なんてモノまで出てきたのにも関わらず、その一帯の異常が終わってない……なんて風には思わないものねぇ」

「ケルヌンノスのあとの……みたいな?」

「そうそう。あの鬼畜難易度のあとにまだ居るの!?……みたいな?」

 

 

 絶望的な戦力を持っていた相手が、あくまでも序盤や中盤の壁……大トリ*1のボスはまだ背後に控えている、というのは物語においては定番の流れだとはいえ、流石にそれをリアルでやられると始末に困るというか。

 ゆかりんと一緒にため息を吐きつつ、はてさてどうしたものかと悩む私。

 

 大トリ、という風に評したものの、相手はビースト擬きという極大容量の存在を送り出したあとの残り滓、言うなれば脅威度は低いはずのモノである。

 ……で、あるならば予想される戦力は、先のそれに比べれば遥かに弱く、特に不安を抱く必要はないように思われるが……?

 

 

「……これまた物語の定石的に、以前の失敗を糧に更なる飛躍を遂げた相手である可能性ががが……」

「あー……」

 

 

 こちらの告げた言葉に、遠い目を返してくるゆかりん。

 そうなのである、一度負けたボスが再度出てくるのであれば、それは単に『被害者の会(再生怪人)』的な扱いをされるだけで済むのだが。*2

 一度敗れた存在から、新たに別の存在が現れる……というパターンの場合、それは次なる脅威として明確に恐れられる存在になることがほぼ確定しているのである。

 

 ピッコロ大魔王を倒したあとのマジュニア*3……はまぁ、敵対云々の話だとちょっとあれだが、戦闘能力的に跳ね上がっているのは間違いないし、『エイリアンVSプレデター2』におけるプレデリアンなんかは、わかりやすく脅威的ではあるだろう。*4

 そういうのでなくても、『前回の敗北』を知って違う活路を求めた存在、というのは姿形が似通っていようが、以前の対処が通じないという時点で普通に恐ろしいものであると言えるだろう。……今回の場合は虫繋がりでしかない?細けぇことはいいんだよ!

 

 まぁともかく、ビーストという脅威のあとに現れたモノである以上、例えそれが弱くとも決して油断できる相手ではない、というのは確かなのである。

 

 

「【兆し】の性質的にはちょっと違和感があるけど……まぁ、気楽に行って棒に当たるよりはマシ、ってところかしら?」

「だねぇ。……そもそも絹産姫神自体は『逆憑依』関係なしの土着の神様だったみたいだし、彼女が自身の願いのために【兆し】を利用した──言い換えれば憑依されているのが()()()()()()()()()()パターンの『逆憑依』だった、っていう風にも見えなくもないし、【兆し】が本来指定していたモノとはちょっと違ったりしたのかも?」

「そこまで行くと穿ちすぎじゃない……?」

 

 

 ゆかりんの言葉に、首肯を返しながら私は言う。

 絹産姫神()にしろ琵琶蚕護神()にしろ、あれらはそもそもあの辺りに元々存在した土着の神達である。

 元々は荷葉ちゃんに対して『逆憑依』が行われるはずが、諸々の理由からそれが叶わず彼らが【顕象】となることになったわけだが……。

 

 そもそもの話、あの場に【兆し】として現れたモノが、なにを目的にしていたのかはわからない。

 結果として荷葉ちゃんの祈りに反応こそしていたものの、それが本命だったのかと言われれば、こちらとしては疑問符を浮かべなければならないだろう。

 それは、人一人に『逆憑依』するはずだったモノが溢れたにしては、()()()()()()()()()ということにある。

 

 桃香さんの例からわかるように、【兆し】というのはキャラとして成立していなくても、その存在が曖昧となっていさえすれば、ある程度自由に動くことのできる存在である。

 それは、それらの【兆し】に定められた方向性を満たす者を探すのに、罠を張るように一ヶ所で待ち続けるのは非効率に過ぎるから、みたいなところがあるのだろうが……ともあれ、言い方は悪いが荷葉ちゃん一人に『逆憑依』失敗したとしても、彼女だけに執心する必要は本来であればないはずなのである。

 

 と、なれば。

 あの時の状況はほぼ全てが異常であり、本来【兆し】が求めたモノとは大幅にずれている、という可能性は少なくなく。

 荷葉ちゃんのために三つの姿に別れたように、そもそも【兆し】の時点で彼女を優先するものしないもの、といった二者に別れていたとしても、なんらおかしくはないのである。

 

 それこそ、先のケルヌンノスの話と同じだ。

 外に出るための出口を塞がれ、その奥で待ち続けた存在──そのようなモノを幻視できるほどには、あの一件には色々と気になる点が多すぎる。

 だからこそ、あそこで別たれた片方に目立つ役割を押し付け、自身は地下に隠れて着々と準備を進めていた……なんて予想も出てくるわけなのだ。……いやまぁ、悪し様に考えすぎだとは私も思うんだけどね?

 

 

「まぁともかく、最近色々と緩んでいるのも確かな話。ここらでちょっとビシッと気合いを引き締め直す意味も込めて、ちょっとマジモードで挑むべきかもって言いたいわけよ、私は」

「なるほど。じゃあ行ってくれるのね?」

「いやです……」

「うわぁっ!?キーアお姉さんの顔が!?」

「行きたくないって気持ちがこれ以上ないくらいに顔に現れてるね……」

 

 

 ただでさえ最近は、あれこれと問題にぶつかってばかりな毎日。

 それらも気の緩みが引き起こしているのだとすれば、それを嗜めるは人類の敵対者を名乗る魔王としては、普通に仕事の一環だと言えなくもなく。

 

 ……みたいな気持ちの話をしたところ、ゆかりんから返ってきたのは笑顔の出動要請。

 いやまぁ、こっちの言葉だけ聞いてたら、やる気に溢れているように思えるかもしれないけれどさ?……ちゃうねん、ここはわけわからない話で煙に巻かれて、頭からプスプスと黒煙を吐くゆかりんの姿が欲しかっただけやねん……。

 

 そんなこっちの思惑は知らぬとばかりに、ゆかりんは『yes以外聞かないわよ』みたいな笑みを浮かべ続けていて。

 暫く無言で続いた闘争は、ゆかりんがいつまで経っても笑みを崩さないことに折れたこっちの負け、という形で終わりを告げ。

 

 たまたま遊びに来ただけの子供達二人は、おバカな大人二人の争いに、終始疑問符を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぬぅ、蜂の巣の駆除、蜂の巣の駆除かぁ……」

「なんでキーアお姉さんは、蜂が嫌いなん?」

「中の人云々って言っても、今のお姉ちゃんならどうにでもなるんじゃないの?」

 

 

 ゆかりんルームをあとにした私は、二人の少女を連れだって自身の家へと歩み始めていたわけなのだが。

 その帰路の中、二人から飛び出したのはそんな疑問の声だった。

 

 ……確かに、単なる人間ならばいざ知らず、今のこの身は魔王を僭称するもの。

 たかだか蜂の巣の一つや二つ、瞬きする間に片付けられそう、なんて二人の言葉もわからなくはないのだが……。

 

 

「……いやねぇ、なんというかさ?……今から現地で『死ぬがよい』って言われる予感がひしひしとして来ててね……?」*5

「……?」

「あっ、うん、そだよね知らないよねー……はぁ。同じSTG(シューティング)なんだから、ゆかりんが行けばいいのにさー」

 

 

 こちらが思わず、とばかりに溢した言葉に、二人はキョトンとした顔を返してくるのみ。……いやまぁ、確かに知らない人にはわからないだろうけども……。

 

 これが本当に単なる蜂の巣の駆除ならば、私も嫌がることは……いやまぁ嫌がるけども、ここまで拒否することはなかったはずだ。

 じゃあなんでここまで嫌がっているのかというと、これが『逆憑依』案件の話だから、ということが大きい。

 今回の場合は【顕象】の方だが──ともあれ、これがこっち方面の話である、ということは半ば確定的である。

 

 前情報としては、とにかく素早い蜂とのことだが……その姿が異形としかわからないのはともかくとして、その()()()についても現状不明、というのが引っ掛かってくるのだ。

 つまり、ここで出てくる蜂とやらが、普通に思い浮かべるスズメバチとかではなく、もっと意味のわからないものである可能性の方が遥かに高い……と言えてしまうわけで。

 

 その結果が緋色の蜂だったりした日には、私は大量の弾幕に擂り潰されて終わりである。

 グレイズ(かすり)とかできるゆかりんの方が、そのパターンではよっぽど役に立つだろう。……まぁ、絶対嫌がるだろうけど。

 

 そうでなくとも蜂系のなにか、って時点で大概である。

 例えばポケモンのスピアーとかでも、こちらに捕獲手段や対抗手段がなければ普通に無理!……ってなる類いのやつである。

 大きさ一メートル級で、かつ普通のスズメバチみたいに群れてるとか絶望しかないっすよ……。

 

 そんな感じにぼやいていた私は、家に帰ってから嫌々出掛ける準備をして、そのまま現場に向かい……。

 

 

「……キーアお姉さん、記憶喪失になっちゃった……」

「せんぱいぃぃぃぃっ!!??」

 

 

 ──こうして戻って?来た結果、なんかそういうことになったらしい。

 はぁ、なるほど?

 

 

*1
落語の舞台でもある寄席(よせ)において、最後に演目を行う人を『トリ』と呼ぶ。これは元々寄席においての興業収入が、トリを勤める真打ち──主任格の人物が一度受け取って、そこから各芸人に分配するという形だった為、演目の最後を()()、ギャラを()()などのことから付けられたものだとされる。そんな『トリ』ではあるが、後に『最後に演技をする人』の意味が強くなり、紅白歌合戦のような『それぞれのグループごとにトリがいる』パターンにおいて、『番組そのものの一番最後の演者』を表すものとして『大トリ』と呼ばれるようになったのだとされている

*2
一部のアクションゲームに見られるもの。最終ステージで簡易ボスラッシュがある『ロックマン』シリーズなどでよく言われる。強化されている場合もあるが、大体はプレイヤーを疲弊させることが目的の為、能力が以前と変わっていないということも多々あり、その為『一度負けているのに対策もなしにもう一度挑まされる』姿を見て哀れさを感じる人も少なくない。特にスピードラン的なモノであれば、ハメで倒されたり弱点武器で手も足も出ずにやられたりなど、被害者としか言い様のない状態で敗れるボスも少なくない。そりゃまぁ、被害者の会と揶揄されるのも宜なるかな、というか。なお、前述の『強化されていない』に当てはまる場合、再び被害者になることがほぼ確約される……

*3
『ドラゴンボール』シリーズより。今度の映画では強化形態が登場するようだが、そう考えるとピッコロさんは初代ピッコロ大魔王よりも、遥かに強くなったと言えるだろう

*4
同作におけるメインの敵。プレデターの遺伝子によって進化したエイリアンであり、妊婦には卵を寄生させて殺し、それ以外の奴は単純に惨殺するという、とかく危険度の高い存在

*5
弾幕系シューティングゲームの大家、CAVE(ケイブ)のゲームにおける有名なキャッチコピー。元々は『怒首領蜂(どどんぱち)』のラスボス・隠しボス面突入時のメッセージに記されていたもので、そのあとの圧倒的な弾幕と一緒に語り草になっていたのだとか



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失ったもの埋めようとして?

「イヤすみません前後が!前後の繋がりがまったく意味不明なのですが!?」

「うわぁ落ち着いてマシュお姉さん!説明、説明するから!」

 

 

 突然の爆弾発言を落とした少女──荷葉の言葉に、持っていた皿を取り落とした少女、マシュが必死の形相で詰め寄っていく。

 詰め寄られた側の荷葉は涙目になりながら、自身が経験したことをぽつぽつと喋り始めるのだった……。

 

 

 

 

 

 

「……二人が気にしてるからついていきたい?」

「えっと、ダメかなキーアお姉さん?」

 

 

 家で準備を進める中、部屋にやって来た荷葉ちゃんが言ったのは、そんな感じの言葉だった。

 

 なんでも彼女の使い魔?的な存在となった蚕と猫が、自分達の居た場所が騒動の発端となっている、ということに思うところがあるとのことで。

 それらの確認と対処のため、現地に向かいたいとテレパシー的なもので主張されたのだという。

 

 ……まぁ確かに、立つ鳥跡を濁さず*1という話が守られていないのであれば、ある程度引け目のある両者にとって居心地の悪さを覚えるものである……というのもわからなくはなく。

 とはいえ、彼女達は結構ややこしい立場の存在である。

 二匹を連れていくということは、すなわち両者とは切っても切り離せない存在となっている、荷葉ちゃんとれんげちゃんの同行をも意味するものであるわけで。……私個人の裁量では連れ出せないよなぁ、というのが正直な気持ちなのだった。

 

 

「そういうと思って、さっきのうちにゆかりんに許可は取っといたん」

「ええ、れんげちゃん(したた)かぁ……」

 

 

 なお、そんなこちらの反論は読んでいた、とばかりにれんげちゃんから差し出されたのは、ゆかりん直筆の外出許可証。

 引率者がキーアちゃんなら大丈夫大丈夫、といわんばかりのその許可証に、思わず半笑いを返してしまう私だが……。

 

 

「……まぁ、そっちの二匹は戦闘力全振りで意外と強い、ってのは最近の検査でもよくわかってるし……うん、いいよ。おばあちゃんともお話ししたいだろうしね」

「ほんと?やったぁ!」

「おでかけなん!」

 

 

 よくよく考えてみれば、その成立過程のせいなのか、二匹の戦闘力は並みのモノではない。

 彼女達を害するのは、最低でもシャナクラスでなければ難しい……なんて予想まで立つくらいなのだから、私の心配も半ば杞憂と言うものだろう。

 

 思えば荷葉ちゃんは『逆憑依』系では珍しい、変化前の人間関係が明確に残っているタイプの人物でもある。……祖母に会える機会があって、それが問題にならないというのであれば、こっちが殊更に否定する理由もないだろう。

 まぁ、彼女の知る祖母とこの世界に居る祖母が正確には別人、という可能性もなくはないが……それを踏まえてもなお、会えるのなら会っておくべきというのも確かである。

 

 そんなわけで、急遽少女三人旅となることが決定したわけなのだが。

 流石にそれだと、見た目的な意味(子供だけの行動に見えるということ)で周囲に不審がられる可能性もある。

 と、いーうーわーけーでー。

 

 

「……久しぶりに呼んだと思えば、お前は私を便利屋かなにかと勘違いしてない?」

「そんなことはとてもとても。頼りにしてますよパイセン?」

 

 

 たまたま暇だったぐっちゃんパイセンを引率として迎え、ぶちぶちと文句を言う彼女の機嫌を取りつつ、ゆかりんのスキマでさっくりと現場に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ここまでに問題点は見られませんね……」

「であるならば、やはり現場でなにかが起きた、ということでしょうか……?」

 

 

 荷葉の話には、特に不審点などは見られない。

 至って普通の──言い換えれば特にヤマもオチもない、単なる導入部分だ。

 それ故に、やはり出向先……彼女達の故郷であるその地にて、なにかがあったのだと見るべきなのだが……。

 

 

「……また居たのよ」

「虞美人さん、また……とは?」

 

 

 そうして考え込む面々に声を掛けるのは、この場にやって来ていたうちの一人、虞美人。

 不機嫌そうな彼女の言葉に、マシュが子細を聞き返せば。

 彼女は不機嫌そうな表情を更に歪めながら、忌々しげにその言葉を口に出したのだった。

 

 

「……イマジナリィ」

「え」

「ビーストⅢi/L。その名を持つに足るものが居たってのよ、あそこに」

「……は、はぁ!?」

 

 

 

 

 

 

「ここかァ、祭の場所はぁ?」*2

「なんでいきなりガラ悪くなったのお姉さん……?」

「気にしない方がいいわよ、そいついつもそんな感じだし」

 

 

 再び足を踏み入れた、彼女達の故郷。

 特に大きな変化もないそこは、変わらぬ景観を私達に見せてくれる。

 変化があるとすれば、先の警察からの警告により、蜂達を恐れて人々が外に出てこなくなっている……ということだろうか?

 

 あの時は正月近くだったこともあり、人の活気で賑わっていた商店街も、そのほとんどがシャッターを下ろして、不気味な静かさを作り出している。

 天気が曇りなこともあり、薄気味悪さを感じさせるような空気が漂っているのは間違いないだろう。

 

 

「そういえばパイセン、例のあれ、上手く行ってるみたいですね?」

「……これ付けてると体が重くなるから、あんまり使いたくはないんだけど。付けないと通れないし、ホント嫌になるわね……」

 

 

 このまま商店街を見ていても、単に気が滅入るだけだと判断した私は、私達と一緒に()()()()()()()()()パイセンに、例のブツはどんな感じかを問うことに。

 それに返ってきたのは、体調不良と引き換えであるのでめんどくさい、といった旨の言葉だった。

 

 以前、ゆかりんのスキマとパイセンの相性が悪い、という話をしたことを覚えているだろうか?

 あの時話題にあげた時の列車も、スペックダウン品とは言え乗れている辺り、そのうち銀河鉄道の方とも縁があるのだろうか……なんて話は置いとくとして。

 

 パイセンがスキマに触れると、何故かスキマが保てなくなるため彼女はスキマを通れない、みたいなことを私は言っていたはずである。

 なのに何故、彼女がこうしてスキマを利用できたのか。……その理由が、彼女の右手に嵌められたブレスレット。

 これは、パイセンの持つ特性を抑え込み、現在の肉の形を定義し直すことで、存在の揺らぎを一定に保つ……とかなんとか言う触れ込みのアイテムであり、これを装着することにより彼女とスキマとの間に起きていることを干渉を抑え、彼女がそれを利用することができるようにする……という、とても画期的な道具なのである。

 

 以前、たまたま琥珀さんに『そういえばパイセンってスキマ通れないんだよねー』と話したところ、興味を持った彼女が計測を繰り返し、最近やっとこさ完成した特注品だ。……もはや琥珀さんってよりはコハクナージって呼ぶべきでは?*3

 

 ともあれ、これによりある意味では最高戦力でもある、パイセンの長距離運用が可能となり、送られてくる問題ごとへの対処も捗るようになったわけなのだ!

 ……まぁ、一時的にとはいえ大地と彼女の繋がりを切断しているようなものでもあるらしいので、あまり長時間使うと体調不良とかを招くらしいけど。彼女の不満顔も、主にその辺りの副作用から来ているモノだし。

 

 じゃあもうスキマは通ったんだし、外せばいいのでは?……となりそうなものだが、そこはまだ完成品とはいえテストが足りてない、というやつで。

 

 

「……付けたら暫く外せない、ってのはどうにかならなかったの?」

「まぁ、試作段階だとそのうち許容量オーバーでぶっ壊れてたことを思えば、まだマシになった方じゃないです?」

 

 

 ふぅ、とため息を吐く彼女を宥めながら、改めてこの腕輪……『真祖パワー抑える君Ver.2.8』について思い起こす。

 

 これは要するに、精霊の一種である真祖──正確にはパイセンは擬きだが──のスペックの高さが、地球からのバックアップによるモノであることに注目したアイテムである。

 パイセンがスキマに触れるとそれを掻き消してしまうのは、吸血鬼自体が揺らぎを持つものであることの他に、『惑星一つをそのまま移動させようとしているのに等しい』という理由があると見た琥珀さんは、それらを一時的に無効にするという方式で試作品を作ったのだ。

 

 ……が、それに関しては大失敗。

 幻想御手(イマジンブレイカー)の弱点としてあげられる『飽和攻撃』に近いモノがあるのか*4、彼女のそれ(バックアップ)は単純に遮断しただけでは、再び繋がってしまうモノであるらしく。

 結果、暫く普通の人間スペック状態になっていたパイセンは、許容限界を超えた腕輪と一緒に爆散する羽目になったのだった。

 

 ……なんでパイセンが爆散したのかって?ホースの口を抑えていたハサミが吹っ飛べば、中の水はどうなるのか……という話である。

 要するに、普段自然に受け取っているバックアップの数十倍のパワーが突然流れ込んだため、耐えきれず水風船のように破裂した、というわけだ。

 字面だけだと笑い事のような気がしてくるが、実際は呪詛爆弾なので近くで実験を確認していた面々は阿鼻叫喚。

 暫くは除染ならぬ解呪作業に終始する羽目になったのは、記憶に新しい。

 

 

「……人が爆散したのに笑い事、ってのはどうなの?」

「まぁ普通なら人が爆ぜるってテロとかだろうから、徹頭徹尾笑い事じゃないんだけど……これ、パイセンの話だからねぇ……」

「あー……」

 

 

 なお、荷葉ちゃんからは至極まっとうなツッコミが飛んできたが……。

 これ、パイセンの話なのよね……と返せば、彼女はなんとも言えない表情で頬を掻くのだった。

 

 話を戻して、例の腕輪について。

 試作品は『バックアップを全部遮断する』方向性で作ったからこそ失敗したが、そうして爆発するまでは塞き止められていたというのもまた事実。

 そこで参考となったのが、噂の幻想御手。

 竜王の殺息(ドラゴンブレス)を消すことは叶わなかったが、似たような打ち消しきれない異能を掴んで曲げる、なんてこともしていたように、()()()()()()()()()()のなら、他の場所に受け流すこともできるのではないか?……という思想の元、生み出されたのが現行の腕輪である。

 

 ただまぁ、そこにも試行錯誤があり。

 パイセンからまったくの別人に受け流すのは無理があり、結果として腕輪そのものの強度の上昇や、それを保持するサブシステムの構築などなど……。

 色々詰め込む形となった結果、見た目はゴッドイーターの腕輪*5みたいなゴツさになり、また安全に取り外すためにクールタイムが設けられる、などの改良が加えられることになったのだった。

 

 なお、クールタイムの判断は『彼女が自力で腕輪を外せるようになるまで』。

 彼女に流入する力を絞る、という形で成立したものであるため、自力で外せるまで能力値が戻ったらそれ以上の使用は破損する危険がある、という形で装着者に知らせる形となったのでしたとさ。

 

 

「……まぁ、いいわ。とりあえず聞き込みでしょう、さっさと行くわよ後輩」

「あらほらさっさー」

「……なにその気の抜ける返事」

 

 

 そんな感じで始まった、荷葉ちゃん達の帰郷。

 しかし、その先にあんなものが待っているなんて、私達はまだ想像さえしていないのだった……。

 

 

*1
水鳥の一種である鷺が、水辺から飛び立つ時にそこを濁らせないことから生まれたとされる言葉。職を辞する時などに、前の場所に不利益や問題を残さないよう綺麗に去っていくことを言うものであり、ある意味では一種の美徳とでも呼ぶべきものでもある

*2
『仮面ライダー龍騎』より、ライダーの一人・王蛇の台詞。騒がしい場所・騒動の中心部などに乗り込む際に使われる

*3
『機動戦士ガンダム』シリーズのメカニック、アストナージに準えた呼び方。もはや一種のデウス・エクス・マキナである

*4
ここでの『飽和攻撃』は、正確には量だけではなく種類も含む。パイセンの場合、竜脈と繋がっているようなものであることなど多種多様な理由により、単なる無効化ではその内元に戻る……的な話。実際の虞美人のそれとは違う可能性もあるので注意

*5
正式名称は『アームドインプラント』。世代別にバージョンアップが繰り返されているとか。一度装着すると肉体と融合してしまう為、基本的に死ぬまで外すことは出来ない。神機を扱う為に必要な『偏食因子』や『オラクル細胞』の制御、ビーコンやターミナルへの接続機能などの多種多様な機能を持つ。……のだが、とにかくデカい。どうやって服を着ているのか疑問に思うほど大きい為、作中でも小型化を嘆願されていたりする



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かねて正気を疑いたまえ

「なるほど、事前調査というわけですね?」

「……どことなくジャパニーズホラーの空気*1を感じますが……その次はどうなったのです?」

 

 

 当初はキーアの記憶喪失の真相を探る為のものだったそれは、出てくるのがビースト擬きだということが予め明かされていることもあり、いつの間にか観賞会の様相を呈し始めていた。

 キーアの記憶喪失の理由が半ば明かされているのにも等しい(多分ビーストのせいだろう)為、とりあえず情報収集を優先したという形である。

 

 唯一、気になるところがあるとすれば。

 そんな聞き手達の態度に対して、話し手の彼女達がどこか申し訳なさげだと言うことだろうか……?

 

 

 

 

 

 

「外に出ると蜂達に拐われる、ねぇ……?」

 

 

 建物の中に閉じ籠ってしまっている住民達に、外から声を掛けるこの行為……。

 周囲の空気の暗さも相まって、なんだか獣狩りの夜にでも迷い混んでしまったのかと錯覚しそうになる私である。*2

 

 いやまぁ、向こうの人の排他的な空気と比べると、ここでの聞き込みは寧ろ、建物の中の人達に心配までされてしまうような有り様なのだが。

 見た目がよく似ているからと乗り込んだAC乗り達が、揃って困惑したというデモエクを思い出す感じというか?*3

 

 

「……デモエクってなに?」

「ブラック企業で働いていた人がホワイト企業に入って驚く、みたいな風に思っとけばいいよ」

「いや、そっちの方が子供にはわからないっての」

 

 

 なお、荷葉ちゃんは趣味がちょっと今の子とはずれているため、よくわからなかった様子で首を捻っている。……彼女の提案する主な遊びが、あやとりとかコマ回しとかのような、どことなく昭和感溢れるものであることを思えば、彼女の『最近の遊びはよくわからない』という感想もわからなくはないのだが。

 

 ともあれ、無駄話を行いつつも情報は揃っていく。

 村人達の話によれば、外に出た人間は『蜂に拐われてしまう』のだという。

 ……いきなり胡散臭さと危険度が跳ね上がったが、なんでも命からがら助かった人物が、そんな感じのことを口走っていたらしい。

 

 とはいえこれには語弊があり、例えば『巨蟲列島』や『地球防衛軍』みたいに巨大化した蜂が襲ってきた、というわけではなく。*4

 普通サイズの蜂に襲われた人が倒れたあと、それを引き摺って行く何者かの姿を見た、というのが正解なのだそうだ。

 ただまぁ、それが本当だとすると『蜂を自在に操る人がいる』というオカルト方面の話になってしまうため、警察などからの警告は単に『蜂に注意』というものになっているようで。

 蜂使いについては半信半疑でも、スズメバチが飛び回っているということならば素直に警戒するだろう……という形で、村人達にお触れが出された、というのが今の状況のようだ。

 

 ……まぁ、田舎の噂の伝播する速度*5もあって、結果的にはさっき聞いたように、『蜂に拐われる』という微妙に警察が警戒させたかったこととは違う方向の話が、周囲に広まってしまっているみたいだが。

 

 そんな警察の悲喜交々な話は置いとくとして。

 先の噂で気になるのはやはり、人の手が関わっているというところだろうか。

 

 現実において『蜂使い』を探すのは難しいだろうが、創作において『蜂使い』を探すことは、そう難しいことではない。

 単純に当てはまる人物をあげるとすれば──『HUNTER×HUNTER』のポンズだとか、『Fate/Zero』の『魔蜂使い』オッド・ボルザークなどが例示されるだろうか?

 蜂のみに限定しないのであれば、『NARUTO』の油女シノのような『虫使い』なども候補に上がってくるだろう。

 

 なので、関わっているのが『なりきり』関係だと思われる現状、犯人の具体例をあげること自体は難しくはない。

 問題があるとすれば、なんのために『人を拐っているのか?』という部分だろうか。

 

 

「……?そこは気にするべきところなの?」

「いやまぁ、単純に考えるのなら『蜂の繁殖のため』……つまりは餌にするため、ってことになるんですけど」

「うわぁ」

「は、ハチさん人を食べるん……?!」

「……こんな感じで、あまりにもショッキング過ぎる話になるというか」

「ふむ……?」

 

 

 スズメバチ類は確かに肉食の昆虫だが、主にそれに該当するのは女王蜂と幼虫のみ。

 巣の中で一番多い働き蜂は、基本的に餌を与えられた幼虫が分泌する透明な液か、さもなくば花の蜜を食べるというのが基本である。*6

 これには理由があって、単純に働き蜂は液体以外を摂取できない……というのがその理由になる。

 

 これがどういうことかというと、人の腰のくびれの綺麗さを称える言葉に『蜂腰(ほうよう)』というモノがあることからわかるように、彼らの腰の細さに答えがある。

 ……要するに、その細い腰を通って胃袋に到達するモノしか、彼らは食べられないのだ。

 その辺りは子細に語り始めると長くなるので割愛するが、ともあれ人を襲う理由が餌にするためであるとするのならば、襲われた人が無事である保障はほぼないし、どこかに大きな巣があることも察せられるだろう。

 

 ただ、この仮定には一つ問題点がある。

 これが恐らくは『なりきり』絡みの事件だ、ということだ。

 

 

「……ああ、なるほど。単純に餌として人を襲う利点がないのね」

「利点?……うーん、どういうこと?」

「現代社会において人を襲うモンスターなんて現れても、それが物理無効だとか繁殖速度が異常に速いとか、はたまた隠れるのが凄く上手いとかでもない限り確実に絶滅させられるだけ、ってこと」*7

「あー……」

 

 

 パイセンの言葉に荷葉ちゃんが首を捻るが、次の私の言葉には得心したようになんとも言えない表情を浮かべていた。

 

 これが本当に異世界から現れた存在だとかであるのならば、人間が『自身達を積極的に害そうとする生物に対し、どういう反応をするのか』を知らないだろうから、人を襲うなどという暴挙を行うのもわかるのだが。

 ここで想定されるのは【顕象】──すなわち『なりきり』関連の存在である。

 

 支配のための行動ならまだしも、相手を食べるために襲うなんて行為を犯した時に、人類がどう対処するのか……その結果としての絶滅戦争が推測できるだけの知能を持つはずの相手が、そんなことをするとは考え辛いのだ。*8

 そもそもにここにいると推測されているのは、八割方弱い方に分類される実力の【顕象】。

 タコ殴りに合うこと必至の行動など、まともな考えができるのならばやらないだろう。

 

 で、この推測は『蜂を操る者』がいることで、ほぼ間違いないモノになる。

 昆虫の思考形態であるのならば、ある程度の考えなしも許容はできる。……キラービーのように、敵対者に執着し尽くすタイプの仲間もいる蜂系の昆虫であるのならば、その許容値は更に上がるだろう。*9

 

 だがしかし、ここにいる蜂は()()()()()統制されているモノである。

 明らかに自身の不利益になるだろう行為など、普通はやらせないはずだ。

 だからこそ、街に広がる噂が『蜂に食い殺される』ではなく『蜂に拐われる』なのだろうし。

 

 

「ただまぁ、そうなると『食べるため』でない場合の、人を拐う理由ってなに?……って疑問に戻ってくることになるんだけども」

「そもそも異形の蜂、って部分も解決していないしね」

 

 

 一同揃ってため息を吐く。……議論はふりだし、というか。

 

 食糧として人を襲うのはリスキーであり、指導者がそれを知っているだろう存在である以上、それを目的に人を襲っているという線はほぼ立ち消える。

 が、そうなると今度は、わざわざ蜂の毒を使って気絶させてまで人を拐っている理由とはなにか?……という、最初の疑問に戻ってきてしまう。

 

 またパイセンの言う通り、異形の蜂というのについても解決していない。

 もしそれが特殊な蜂──すなわち創作界隈にしか存在しないようなタイプのモノを指すのであれば、恐らく【顕象】の付随物扱いにされるモノとなるため、そもそも餌自体必要ないんじゃないか?……なんて話にもなってくる。*10

 ……要するに、余計のこと人を襲う理由がわからなくなるのだ。

 

 こうなってくると、聞き込みだけでは最早判別できない、としか言い様がないだろう。

 見えない速度で飛ぶだとか、人を拐うだとか。

 それらの情報は全て口頭であり、例えばなにかしらの認識阻害によって情報が統制されている……ということになれば、容易く引っくり返されるモノでもある。

 

 

「こっちにはパイセンが居るんだ、以前みたいなトンでも結界でもない限り、大体の異変は看破できるってものよ!」

「……ねぇ、もしかしてわざとやってるのお前?」

「はい?」

「……素みたいだね」

「キーアお姉さんは時々おとぼけなん」

「え、なに、なんで私ディスられてるの?」

「自分の胸に聞いてみなさいよ」

 

 

 だが、例えそんな認識阻害が実際に行われているのだとしても、流石に現場を目撃すれば看破できようというもの。

 こっちには大地からのバックアップを受けているパイセンも居るんだ、以前みたいな失態はおかさねぇぜ~!

 

 ……みたいなことを言ったところ、周囲から返ってくるのは冷ややかな視線。

 い、いやね?前回は確かにダメだったけど、今回は予想される敵戦力は低め、流石にパイセンまで騙される……なんてことは二度もあるわきゃないって寸法でね?

 そもそも仮にパイセンがダメでも、私が見破れない方が低確率……ってのは以前のあれこれでわかってるし。

 

 だからほら、なんにも問題はないのです!

 ……ってな感じに主張してみるものの、三人からの白けた感じの視線は変わらず。

 

 

「な、なんだよぅ。これじゃあ私がポンコツみたいじゃんかよぅ!」

「……場を和ませるためのものなのかもしれないけれど、それだけフラグ立てしてたらそりゃ呆れられるわよ、当たり前でしょう?」

「げふん」

 

 

 ……はい、言葉もございません。

 暗くなってる空気をごまかすために、変なフラグを立てているのでは世話がない……。

 口は災いの元と常々言っているのはお前の方だろう、などと言われてしまえば、私も流石に黙るしかないのでしたとさ。

 気持ちはありがたいけど、と添えられた言葉に苦笑しつつ、いい加減ぐだぐだしているのを止め、真面目モードに切り換える。

 

 人が拐われている……というのは、恐らくは本当だろう。

 それを指示する何者かが居る、というのも事実。……だとすれば、その人物を探すのが今回の目標になるはずだ。

 そして、今の私達はこの街で唯一外に出ている存在。……待ち伏せしていれば、その目標は向こうからやってくるだろう。

 

 

「そういうわけなんで、二人にも警戒するように……って、既にしてるか」

「うん、なんか嫌な感じ……って言ってるかな?」

 

 

 つまり、ここからはほぼノンストップだ。

 そのことを告げれば、他の面々は小さく頷きを返してくるのだった。

 

 

*1
文字通り『日本のホラー』のこと。海外のそれがパニックホラーやモンスターホラーから端を発するのに対し、日本のそれは怪談などの発展である為、恐怖の質が違う、などという風に言われることがある。この辺りはその国の死生感が関係しているとされるので、調べて見ると面白いかも?なお、別に海外のホラーだからといってパニック系だけなわけでもないし、日本のホラーだからといってメンタル面に訴えかけてくるタイプのものばかり、というわけではないので注意。……余談だが、この辺りの『未知に対する感覚』的なモノが、日本人にクトゥルフ系がウケた理由なんじゃないかなー、と思わなくもない

*2
FromSoftwareのゲーム作品『Bloodborne』のこと。血に狂いし獣達の跋扈する世界を生きる狩人達の物語

*3
マーベラス/First Studio制作のゲームソフト、『デモンエクスマキナ』のこと。直訳するのであれば『機械仕掛けの悪魔』と言ったところだろうか?『アーマード・コア』シリーズの制作スタッフが関わっていること、ロボットをカスタマイズして戦うタイプのゲームであることが切っ掛けとなり、新作に飢えていたACファンタジーアースゼロ達を中心に話題が広がって行ったのだが……そこでプレイヤー達を待ち受けていたのは、騙して悪いがもしない、改造されても普通に人に戻れる、想定外の敵がいたら増援が来る……などなど、余りにもまっとうな扱いだったのだ!……驚き方がブラック企業(鬼畜世界観)に染まりすぎた人である

*4
前者は原作・藤見泰高氏、作画・廣瀬周氏の漫画作品、後者はD3パブリッシャーのゲーム作品。どちらにも(若干語弊はあるが)巨大化した昆虫が出てくる、という共通点がある

*5
『悪事千里を走る』ということわざがあるが、田舎においては吉事でも千里を走ることがほとんど。それが良いのか悪いのかは、その時の状況によるだろう

*6
なおこれが蜜蜂の場合は、肉の代わりに花粉を食べる

*7
例えオークが現代に現れても、それが人食いタイプだったりすれば確実に滅ぼしに掛かるだろう、という話。この辺りは家畜に被害を出した為に滅ぼされた狼や、病気の原因だった為に絶滅させられたミヤイリガイ(正確には日本住血吸虫に感染しているもの。海外には残っているし日本国内にも未感染個体や研究用個体が残っているので、微妙に例としては正しくないが)などのように、人に不利益を与える生き物に対し、人というのは結構容赦がないのである。それが例えばザハンナのライオンのように、生息域を離すことで解決できるようなものでもないのであれば、人はわりと残酷なことをするぞ、ということでもある

*8
異世界からの侵略者が『こちらの法則による攻撃は効かない』なんてことにされている理由の一つ。なりふり構わなくなった人間ほど恐ろしいものはない、という話。証拠隠滅の意味が大きいとは言え、バイオハザードを起こした都市を核で焼き払う、とかするんだから然もありなんである。……え?それはどこぞの傘のマークの会社のせい?

*9
アフリカナイズドミツバチのこと。アフリカミツバチとセイヨウミツバチの交雑種。偶発的に生まれた種であるが、その狂暴性はスズメバチに匹敵するほどのもの。縄張りの判定が広く、敵と判断するまでの時間が一秒に満たなかったり、敵を()()()()撃退したとみなすまでどこまでも追ってくるし、更には超大群でそれを行う……などなど、とかく厄介な存在。けれど所詮はミツバチ。オオスズメバチからしてみれば雑魚みたいなもの(対応手段がない)なので、一時期キラービー撲滅の為にオオスズメバチの導入の話も持ち上がったりしたそうだ。……結果?シミュレーションの時点で『オオスズメバチの方が厄介』となって頓挫しましたがなにか?なお、現在は大人しい性格のセイヨウミツバチとの交雑が進み、気性は徐々に大人しくなりつつあるのだとか

*10
指導者がいる以上は、その人物の能力扱いとなるだろうから、ということ



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ひたひた迫る足音の

「……来ないわね」

「あれー!?」

 

 

 先ほどまでの緊張感はどこへやら。

 数分もしないうちにやって来るだろうと思われていた襲撃は、それから何分経ってもやってくることはなく。

 最初はビシッと構えて待ち受ける姿勢を見せていた荷葉ちゃん達も、今は気の抜けた感じですっかり構えを解いてしまっている。

 

 そうして緊張感が失われたタイミングで、仕掛けてくるのでは?……なんて風に密かに警戒していたのだけれど、実際にはそれすらもなく。

 結果私達は渋々といった感じに、当初の予定通り荷葉ちゃんのおばあちゃんの家へと向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、蜂……ねぇ?向こうの方ではそんなことになってるのかい?」

「あれー?!」

 

 

 で、やって来たのが荷葉ちゃんのおばあちゃんの家。

 以前と変わらぬ様子で佇むその家屋に入った私達は、元気そうに暮らしていたおばあちゃんに、街に広がっている噂について尋ねてみたわけなのだけれど……返ってきたのはそんな感じの、あまりにも予想外な反応なのであった。

 ……ええと、噂の広まってる範囲が結構狭い……ってことなんです?

 

 

「もしくは狂言か*1、ってところだけど……まぁ、住民達の様子からするとそれはないわね」

「それこそ催眠を受けてる、とかでもないとあの切羽詰まった感じは出ないよね……」

 

 

 反論としてパイセンが告げた言葉も、そのまま本人に否定されるように論拠としては弱い。

 実行犯と市民がグルである……というような迂遠な予想にしかならないため、今一信憑性が足りないのである。

 

 特に、街の中心部から離れた場所に住んでいるとはいえ、同じ住民には変わりがないはずの荷葉ちゃんのおばあちゃんが()()()()()()、というのが問題だ。

 なにせここは前回の異変の中心部、であるならば彼女(ビーストⅡi)の残り香と言うべきものが一番強いのは、ここのはずなのだから。

 

 

「……()()()()()()のでなければ、噂の発信源はこの付近になるのが道理。であるにも関わらず、そこの女が噂を知らないのであれば、色々と推理をやり直す必要がある……ってことね?」

「まぁ、そうなりますねぇ」

 

 

 パイセンの仰る通りなので頷く私。

 噂の場所が場所なだけに、以前の騒動から繋がる話なのだろうと決めうちをしてきた私達だが。……ここに来て、それが崩れようとしている。

 

 となれば、相手が『比較的弱い』モノであるという予想すらも覆されかねないわけで。

 こうなってくるとどっちか(郷か互助会か)に援軍を要請せねばならないかもしれない、ということにもなってくる。

 

 この面々だけで対処しようとするのは、ちょっと早まったかな?……なんて空気が私達の間に広まり掛けた時、()()は家の外から聞こえてきたのだった。

 

 

「……悲鳴?」

「外からだね、距離はよくわかんないけど……」

「とりあえず外に出よう、探してる相手かも知れないし」

 

 

 それは、いわゆる絹を裂くような悲鳴*2と言われるもので。

 聞こえ方から察するに、発生源はここから少し離れた位置。現場に向かうにしても、ある程度急がねば間に合わなくなるだろう。

 現状ではやっと見付けた貴重な手掛かりである、絶対に捕まえなければ……!

 というような気持ちを抱きながら、現場に向かった私達は。

 

 

「ウェヒヒヒwwいきなり秘密がバレちゃったねww」*3

「……はい?」

 

 

 その現場に居た少女──桃色(ピンク)の髪をツインテールにした、少し笑い方の特徴的な少女の姿に、意味がわからないと困惑することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

「その特徴的な笑い方は……」

「マシュにはその人物に心当たりがあるのですか?」

「え、ええ。恐らくは最近検査の為にこちらにいらっしゃっていた、美樹さやかさんのご友人であり。彼女の登場する作品の主人公でもある人物……鹿目(かなめ)まどかさんだと思われます。……ですが……」*4

「まどかちゃんに蜂を操れるような逸話はない。このタイミングで出てくる人物としては、関連性が見当たらない……ということね?」

「や、八雲さん!?いきなり出てこないでください!」

 

 

 荷葉の話を聞いていたマシュは、その特徴的な笑い方から現れた人物を推測してみせる。

 こちら(現実)の事情にはまだまだ疎い所のあるアンリエッタ……もといアルトリアは、それが誰なのかを問い掛けるが……。

 その答えに被せるように声を上げながら、空間を割き現れる少女が一人。

 

 このなりきり郷の管理者足る存在である少女・八雲紫は、いつものちょっと緩んだ空気を感じさせないような、キリリとした表情を浮かべ。

 マシュからの抗議の声を、軽く受け流していたのだった。

 

 

「とりあえず、そのまま話を続けて貰える?今回はちょっと気になることがあるから、確かめておきたいの」

「……まぁ、話すけどね?」

 

 

 それが今の私には求められているんだろうし、と半ば投げやりに告げながら、荷葉は話の続きを紡ぎ始めるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 ……え、なんでまどかちゃん?

 目の前に現れた予想外の人物に、思わず唖然とする私達。

 

 今そこにいるのは、ほぼ間違いなく鹿目まどか──つい最近向こう(新秩序互助会)に復帰した少女、美樹さやかにとっての親友と呼べる存在である。

 一つ、おかしい点があるとすれば。その腰辺りから半透明の羽が四枚広がっている……ということになるのだろうか。……正確には下二枚の羽は、リボンのような質感になっているわけだが。

 

 ともあれ、外見上の違いはその程度のもの。

 それ以外はほぼ間違いなく、魔法少女であるはずの鹿目まどかのものとしか言い様がなく……いや訂正、笑い方がなんか『ネットのまどか』めいてる気がする!

 どうにもこっちを煽ってるように聞こえるというか!*5

 

 

「そんなことないよww私はいつだって、みんなのことを考えてるよww」

「……ねぇ後輩、これは爆散していいところなのよね?」

「お、落ち着いてパイセン!流石にパイセンの爆発は不味い!っていうかまだ制限時間終わってないでしょうに!」

「……ちっ!」

 

 

 その微細な不快感とでも言うものは、パイセンも同じように感じていたらしく。

 こちらに青筋を立てながら問い掛けてくるその姿は、ここで止めなければ確実に(諸共の自爆を)実行していただろう……と推測できるほどの苛立ちを、こちらに感じさせてくるのだった。……いやまぁ気持ちはわかるけどもね!

 

 ともあれ、彼女はこっちに来てから始めて出会った手掛かりでもある。

 そして会話ができる相手である以上、まずは口で情報を集めようとするのが道理というものだろう。

 そう結論付けながら、こちらが口を開こうとすれば。

 

 

「クラスのみんなには──内緒だよっww」*6

「ぬぉわぁっ!?」

 

 

 先んじて返ってきたのは、相手からの攻撃。

 弓ではなく彼女の周囲の蜂達を突進させる、という形で行われたそれを、私達は散開することで避けたのだが……いや口封じかよ!?

 ダイナミック口封じ的なその行動に驚く間にも、相手の行動は止まらない。……前言撤回、話し合いの余地なしだこれ!?

 

 

「ちょっ、ストップ!話し合おう!平和的に!」

「希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくないww」

「おいこら、名言で煽ってくるんじゃねぇ!?」

 

 

 蜂達の突進を避けながら声を掛けるも、相手はこちらの言葉を聞く気が一切見えない。……それどころか明らかに半笑いで台詞を述べているため、煽っているだけでしかなさそうだ。

 これ【顕象】は【顕象】でも、以前見えたノッブとかと同じで倒すしかない奴なのでは?……なんて風に思い始めてしまう始末である。

 

 ……いやまぁ、正確には名言を垂れ流しているだけ、というわけではなさそうな辺り、会話そのものの余地はまだ失われたわけではなさそうなのだけれども……。

 

 

「ホントに?!ホントにそう思ってるのキーアお姉さん!?」

「……いやその、一応バーサクしてるわけでもなさそう*7な知性のある相手を、そのままぶっ倒すのは気が引けるというか……」

「今更なに言ってんのよお前!?いつも平気でぶっ倒して……いや待ちなさい、お前……?」

「あ、隙見っけwwおーきろーwwww」

「……っち、鬱陶しい!」

 

 

 そんな私の言葉に正気か?と尋ねてくる荷葉ちゃんとパイセン。……まぁうん、わりと敵対者には容赦なく攻撃を仕掛けてきた私が、今日に限って様子がおかしいというのは、流石の二人にもバレてしまったようで。

 言ってしまえば単なる体調不良なのだが、これがまたなんとも言い難いことに、()()()調子が狂うタイプなものなせいで、だね?

 

 

「……今更こんなに気持ち悪い、って感覚が来るとは思ってなかったから、正常な判断ががが」

「ええと、よくわからないけど、キーアお姉さんピンチなん?」

「そうみたいね!……一時下がるわよ、いいわね!」

「わかった!ごめん二人とも、お願い!」

 

 

 急激によわよわになった私を見て、パイセンが荷葉ちゃんに告げる。

 それを受けた彼女は二人──蚕と猫に向かって指示を出す。

 待ってましたとばかりに飛び出した二人は、そのまま飛んでくる蜂達を羽で叩き落としたり、はたまた爪で引き裂いたりと獅子奮迅の活躍を見せ始めた。

 

 

「あ、あれwww意外と強い、のかなwww」

「……ええぃ、イラつくわねお前!あとで覚えてなさい、きっちりかっちり滅ぼしてやるわ!」

 

 

 そんな二人の活躍には、流石の相手も肝を冷やしたのか。

 半笑いの口調こそ変わらぬものの、まどかの言葉はどことなく驚きが混じったものになっていた。……まぁ、パイセンは変わらずイライラしていたわけなのだが……。

 

 

「うえぇ……気持ち悪い……」

「た、大変なん!キーアお姉さんが死にかけなん!」

「えええ!?なんでいきなりそんなことに!?」

「……ああもう、時間稼ぎはこれくらいでいいでしょう!とりあえず一旦家に……」

 

 

「───いや、お前達はここまでだ」

 

 

「……!?」

 

 

 状況は目まぐるしく動いていく。

 私が完全にグロッキーになって地面にへたり込み、それを周囲が異常だと感じて撤退を急ぐ中。

 

 ──その流星は、文字通りの音速でその戦場に突っ込んできたのだった。

 間一髪、気配に気付いたパイセンが私達を掴まえて飛び退くが……その代償は彼女の右足一本。

 宙を舞う彼女の右足を見た子供達二人が息を呑む中、現れた流星はまどかの隣へと音もなく降り立ち、こちらにその得物──刀を向け、こう告げるのだった。

 

 

「──新選組一番隊隊長、沖田総司。御用改めである、神妙にお縄に付くがいい」

「お、沖田総司、だと……!?」

 

 

 痛みに顔を顰めながら、パイセンが言う。

 まどかの隣に降り立った少女──沖田総司は、熱のない視線でこちらを見下ろしながら、その()()()()をこちらに見せ付けているのだった。……ツッコミが追い付かないんですけど!?

 

 

*1
この場合は『仕組んで偽ること』の意味。他にも能楽の合間に入る古典的な喜劇や、歌舞伎での出し物の種類、戯れで口にする道理に合わない言葉……などの意味もある

*2
非常に甲高い声を指す言葉。絹を裂く時に出る音が『高く鋭い』ものであることが由来だとされる

*3
彼女の特徴的な笑い方。本人は別に人を煽るようなタイプではない。なお、彼女とパイセンには変則的すぎる繋がりがあったりする(パイセンの登場章の担当作家が虚淵玄(うろぶちげん)氏、かつその章の事前特番でゲストとして呼ばれた人物が彼女の中の人で、最悪『死ぬか神になる』みたいな警告()を受けた。結果はご覧の通り)

*4
『魔法少女まどか☆マギカ』の主人公である少女。魔法少女モノなのに主人公がちゃんと変身するのは最終話のみ……など、他の魔法少女ものに比べると差異が多いのも特徴。本人は至って平凡?な女子中学生である

*5
言葉の後ろに付いている『w』は、元々語尾に付けることで笑うことを示していた『(笑)』が変化したモノだとされる(『笑』が『warai』になり、頭文字の『w』だけが残った、という形。なおそのあと『w』が大量に並ぶ様が『草』に見えたことからそう呼ばれ始め、『草生える』という言葉が生まれ、そこから生えるものとして『苔』や『森』などに派生していったらしい)

*6
『BLEACH』の石田雨竜の台詞……ではない。とあるパズルゲームが一時間違って採用してしまったことがあり、話題になったりもした

*7
『ファイナルファンタジー』シリーズに登場する状態異常の一つ。いわゆる『混乱』系のモノであり、対象を狂戦士状態にする。敵味方関係なく殴り始めるようになる為、場合によってはパーティ壊滅の危険すらあったりする、結構危ない状態異常



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真偽を騙るはなんのため?

「……?……?????」

「ええと、マシュが完全にフリーズしてしまっているので、代わりに私が尋ねますが……その、間違いないのですか?現れたのが……ええと、ジェットを付けた方の沖田総司(オキタ・J・ソウジ)だった、というのは?」*1

「……まぁうん、そういう反応になるのは仕方ないよね。……でも出てきたのがその人だったっていうのは本当。格好がふざけているわりに、わけのわかんない強さだったのも本当だよ」

「そうなのよねぇ、ぐだぐだ組ってギャグでごまかしてるけど、大概エグいのよねぇ……」*2

 

 

 飛び出してきた人物の名前に、マシュは機能不全を起こし。代わりに尋ね返したアルトリアもまた、神妙な表情で考え込んでしまい。

 話した方の荷葉も困惑するのを、紫が仕方がないと息を吐きながら手を叩く。

 

 

「とはいえ、話はまだ続くのでしょう?」

「ああうん。……って言っても、ここから先はキーアお姉さんが拐われちゃうって話になるんだけど……」

「は?」「は??」「はぁぁああっ!??」「ひっ」

「ハァハァ三兄弟じゃないんだから、怖がらせるのは止めなさいよお前達……」*3

「あ、すみません。……ってそうではなく!さささ拐われた!?せんぱいが!?」

「そ、そうなるんだけど……」

 

 

 が、その次に荷葉の口から飛び出した言葉に、三人は揃って驚愕の声をあげることになるのだった。

 

 なにせ、キーアが拐われたというその言葉は、彼女達にとってみればあり得ないとしか言い様のないものだったのだから。

 今そこにキーアが居る以上は、最終的には戻ってきたということなのだろうが……ともあれ、三人に少なくない驚きをもたらしたことは間違いない。

 

 そんな微妙な空気の中、彼女の話は再開されるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 ……絵面の温度差が激しすぎるんですが、これはどうしたらいいんですかねぇ!?

 

 少女達の前で鮮血を晒しながらくるくると吹っ飛んでいったパイセンの右足は、下手なスプラッタよりもエグいものだったし。

 かといって目の前の二人……特にジェット装着状態の沖田さんなんかは、最早存在そのものがギャグみたいなものだし。

 え、目の前の彼女は第二だからシリアス分マシマシだろうって?……お前ジェットパック装備で・黒いダンダラ羽織を纏って・真面目な顔してるビキニな沖田さんが真面目だって本当に思ってるの……?(困惑)

 ユニバース分も混じってるんだからこんなもん胡乱100%、思わずSAN値チェックがいるラインだっつーの!

 

 ……まぁ、今の私はそんなツッコミを入れられるような体調じゃないし、足を吹っ飛ばされた方のパイセンもそんな余裕は無さそうなわけだが。……例の腕輪の制限時間がまだ終わってないのが、ここに来て仇になったというか。

 

 

「えっ、その、足……っ」

「気にするんじゃないわよ、そのうち生えるわ」

「生えるの!?」

「なんだったら爆散したら元通りよ。……ちっ、予定じゃ当に終わってるはずなのに、なんだってこんな時に……」

 

 

 心配する荷葉ちゃんに、パイセンは苦笑いを浮かべながら声を返す。

 ……何故か腕輪の解除時間が伸びていることに触れつつ、彼女は相手を睨み付けたが……。

 

 

「聞いていますかまどか、手を抜くなと言ったはずですが?」

「ウェヒヒヒwwだってそんなの可哀想じゃないwww」

「……はぁ。まぁいいです」

 

 

 向こうも向こうで会話をしていたらしく、沖田さんに責められるまどかちゃん、という不思議な光景が展開されていた。

 

 ……しかしこの二人、どういう繋がりなのだろうか?

 強いて言えば()()()()だが、それでも二人して蜂の軍団を引き連れているのは、奇異にしか思えない。

 沖田さんの方は単なる水着の方かと思っていたのだが、よく見たら背中のジェットの造形が違うみたいだし。

 

 そんな束の間の考察タイムは、彼女が自身の得物を構え直す音によって打ち切られる。

 ……こっちは役立たず二人(私とパイセン)、実質的に戦えるのは荷葉ちゃん達の連れている蚕と猫だけ。

 ただ、相手が増えてしまった以上、先ほどのように凌ぐのは難しいだろう。特にパイセンはすぐには動けないだろうし、彼女を狙われるのはまず間違いない。

 

 今の弱体化状態のパイセンが、仮に死亡するレベルの傷を受けた時にどうなるかもわからない以上、それは避けたい状況だと言えるだろう。……彼女の口調的には問題無さそうな気もするが、それでもである。

 ……となると。

 

 

「……お前、大丈夫なのか?」

「あははー、全然。……でもまぁ、相手に隙を作るくらいはできるから、それでどうにかしますよ」

「……待って、なにするつもりなのキーアお姉さん?」

「そ、そういうのよくないん!」

 

 

 無理矢理体に力を込めて、立ち上がる。

 ……予想通りというかなんというか、こちらの言うことの半分も聞いてくれない自身の体に苦笑しつつ、改めて腹を括る。

 ──なるべくしてそうなったのだ、最早わがままは言うまい。

 

 自身の体調不良がなにを意味するのか、このあとなにが起こるのか。

 全てを薄々察しつつ、私は構えを作る。

 

 

「今から貴方達の退避の時間を稼ぐけど──」

「別に、アレを倒してしまっても、構わないんでしょう?」*4

「……アンタ、最後まで締まらないわね。──肩貸しなさい荷葉。逃げるわよ」

「で、でも……っ」

「残念だけど、今の私達は足手まといよ。……こいつ(腕輪)ひっぺがしたら、すぐに戻るわ。それまで無様な姿、晒すんじゃないわよ」

「はは……善処します」

 

 

 こちらの言葉に根負けしたようにため息を吐いたパイセンは、一つ指を鳴らす。

 それは離れた位置にあった彼女の右足を爆散させ、それに反応した二人へ向けて私は突撃する。

 

 背後の三人が移動を始めたのを背中越しに感じながら、いつものように虚空から取り出した大ハリセン(ハマノツルギ)で相手に斬り掛かり、

 

 

「……その覚悟に免じて、他は見逃しましょう」

「オキタちゃんも大概独断で動き過ぎじゃない?www」

 

 

 いつものキレがない私の攻撃はあっさりと防がれ、首元の鋭い痛みと共に私の意識は遠退いて行くのだった──。

 

 

 

 

 

 

「そ、その続きはどうなったのですか?!」

「……わかんない」

「ええ?!」

 

 

 彼女を囮に逃げ出した、というところで終わってしまった話に、マシュは当然のようにその続きを促したのだが……返ってきたのは、申し訳なさそうな荷葉の声。

 思わず困惑の声を漏らせば、続いて返ってきたのは「そうして撤退したあと、増援を祖母の家で待つ内にふらりと彼女(キーア)が帰って来た」という言葉。

 要するに、彼女達は救出行動などは行えていない、というものだった。

 

 

「色々とツッコミどころが多いけど……とりあえず虞美人、貴方足は問題ないの?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()紫が、虞美人の様子を確認する為に口を開く。対する彼女は「腕輪が外れればこんなもんよ」と言いながら、無事な右足を衆目に晒して見せた。……どんな体をしているんだと平時なら驚かれそうな話だが、現状は違う。

 

 話の中では、彼女達は両組織からの救援を待つ為に祖母の家に向かっていた。

 ならば、その連絡の時に傷だとか状況だとかについては、よくよく知らされているはずなのである。

 

 にも関わらず、紫は彼女が怪我一つない無事な姿であることを確認し、安堵の吐息を漏らした。

 ……これが意味することとはただ一つ。

 

 

「……せ、せんぱいは体調不良だったにも関わらず、相手を殲滅して戻ってきたということなのですか?!」

「いや、そもそも相手がビーストだった、という話はどこに行ったのです?それと記憶喪失云々も」

「それは……」

 

 

 彼女(キーア)は、その身一つで相手を打ち倒し、ここに戻ってきたのだということだ。

 

 だがそうなると、先のビースト云々の話がよくわからなくなる。

 彼女達はそれと遭遇していない以上、その情報源がどこなのか、という話になってくるわけだが……。

 

 

「あー、ちょっといい?」

「え?」

 

 

 俄に騒がしくなり始めたその会話に、おずおずと口を挟む声が一つ。

 思わず若干間の抜けた感じのする声を漏らした、マシュの視線の先に居たのは。

 

 

「ビースト云々の話をしたのは私で、それを倒したのも私。……って言えば、わかって貰えるかしら?」

「……せん、ぱい?」

 

 

 ()()()()()()()、彼女の先輩なのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、つまりビースト云々の話をしたのは、荷葉ちゃんの祖母の家にやってきた貴方だった、と?」

「まぁ、そうなるわね。そこで起きたことを簡単に説明したのも私だし」

 

 

 改めて各々座り直した彼女達は、件の彼女──キルフィッシュ・アーティレイヤーの姿をした()()()の話を聞いていた。

 なんでも彼女の言うところによれば、噂の元凶であったビーストⅢi/L──『声』と『蜂の集団』という【継ぎ接ぎ】を施されていた機械仕掛けの少女、『陽蜂』を打ち倒したのち、こうして荷葉達に連れだってこちらにやって来たのだとか。

 

 既に意味がわからないが、順に話していこう。

 

 

「マシュ、陽蜂というのは?」

「……株式会社ケイブのシューティングゲーム、『怒首領蜂最大往生』における()の隠しボスとされる人物です。同製作会社にはお馴染みの『ヒバチ』の名を冠するボスであり、その声は鹿目さんや沖田さんと同じものであるのですが……」

「まぁ、ビーストⅢ/L──カーマと同じような感じって言えばわかるかしら?『陽蜂』という存在はそもそも人のために人を滅ぼす【人類悪】の要項を満たす存在だったけど、所詮は一個体。他者愛はあれどそれが無限、だなんてことはなかった。──それを補うために、彼女には()()()()()()()と、()()()()()()()()が付与されていた」

「……聞きたくないけど、続きを言って貰ってもいい?」

「まぁ、気分のいい話ではないかな。……拐われていた人は、『彼女(陽蜂)』にされていた。雑に言うと、さっきの鹿目まどかも沖田総司も、その姿を被せら(継ぎ接ぎさ)れた現地住民だったのよ」

「うへぇ……」

 

 

 現れた災厄(ビースト)、その名は陽蜂。

 人を助ける為に生み出された彼女は、原作ではとある存在の入れ知恵によって『人を人でなくする』という形での救済を目指すものとなっていた。

 故に、その行為そのものが【人類悪】に類されるものであるのは明白なのだが。

 それが『他者愛』から生まれたものであれど、その出力が足りないのであれば『獣』足りえず。*5

 ──それを埋める()()()を、この世界でも誰かが行っていた、ということらしい。

 

 結果、後天的ながら無限の自分──雑に言えば声の同じキャラクター達という可能性を得た彼女は、己の望むままに人類を救う為の行動を開始した、ということになるようだ。

 それが『全てを私にする』などという破綻したモノであったが故に、彼女は仮想獣(ビースト・イマジナリィ)の資格を得た。

 そして、それを打ち倒したのが……。

 

 

「改めて名乗らせて貰うわね。私はキリア、ただのキリア。()()()()()()()()()()()()()()の縁を辿り、この世界に現れた異邦人(ストレンジャー)……って感じかしら?」

 

 

 いつか彼女(キーア)が名乗った別名と同じ名前(キリア)を名乗りながら、彼女は朗らかに微笑むのだった。

 

 

*1
『Fate/grand_order』に登場する星4(SR)アサシンの一人。沖田総司としては最適正クラスであるアサシンで現れた彼女は、なんと水着姿だったのだ!……後ろにジェットパック付きの。…………なんて?(難聴)

*2
設定担当の経験値氏が『まともな話をすると恥ずかしがる』タイプだから、ということもあるのだろうが……あははと笑っているわりに、設定面では結構お労しいキャラが多い。ついでに血の気も多い()

*3
漫画『アイシールド21』における元不良組・十文字一輝、黒木浩二、戸叶庄三の三人を示す言葉。相手の(主に気に食わない)発言に対して『ハ?』『はぁ!?』『はぁぁあああ?』と聞き返す様を見たヒル魔が名付けたもの

*4
『Fate/stay_night』におけるとあるルートでのアーチャーの台詞。Fate関連の作品が増える度、この発言の(色んな意味での)凄さは年々上がり続けている。基本的には死亡フラグ

*5
?『ンンンンン!魂なき機械仕掛けでさえ、愛あれば獣の資格を得られるというのか!愛とはなんぞや!?獣とはなんぞや!!おのれ晴明、おのれ人類史!!!ンンンンンンンン!!!!拙僧苛付き度ムカ着火インフェェェルノォウゥですぞぉおぉぉぉっ!!!』



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卵が先か鶏が先か

「キリア、ですか」

「そう、キリア。……あー、この子(キーア)が名乗ってた光のこの子(キリア)とはまた別……っていうか、そもそも私の方がオリジナルというべきか……うーん、どう説明したものかしらねぇ?」

 

 

 アルトリアの呟きのような言葉に頷き返しながら、彼女は少し悩むように首を傾げる。

 その所作は、キーアのそれと比べると、格段に女性らしいもので。

 姿は全く同じなのにも関わらず、見るものに小さくない違和感を抱かせる。

 

 それは記憶喪失*1などというものとは、全く違うものに見え。

 話が違うのでは?……というような抗議を含めた視線をマシュから受け取った荷葉は、小さく背筋を震わせて怯えていた。

 それを横目にしながら、彼女は小さく苦笑を浮かべる。

 

 

「その子の名誉の為に言っておくけど……ズルして色々見てはいるけど、彼女(キーア)の事情はほとんど知らないの、私。……彼女の体で話しているのに、彼女のことをほとんど知らない。ほら、これって記憶喪失とほとんど同じじゃない?」

「……それは流石に、詭弁にもほどがあるんじゃないかしら?」

「あらやだ怖い。笑顔が笑顔じゃなくなってるわよ、楽園の管理人」

「……私は確かに八雲紫だけど、そう呼ばれることはないわよ」

「ふむ?……なるほど、ご免なさいね八雲さん?」

 

(いきなり空気が悪くなったんだけど!?)

(大人の争いは怖いん……)

 

 

 言ってしまえばここにいる彼女は、キーアの姿をしてはいるものの中身は別人。

 そうなった理由がわからない以上、紫の反応が厳しいモノになるのは、半ば必定。

 

 故にその言動は些か刺々しいものになるし──それを見た彼女(キリア)が、面白そうに笑みを浮かべるのもまた既定路線だと言えるわけなのだが。……それを周囲が心静かに見られるかと言えば、それはまた別の話。

 

 話の渦中にありながらも微妙に蚊帳の外、みたいな状態になってしまった少女二人は、涙目でお互いをこそこそと見合いながら、ボソボソと話をしているのだった。

 

 

「……とりあえず、お聞かせ下さいキリアさん。──せんぱいは、無事なのですか?そもそも、何故貴方がせんぱいの体を使っているのですか?」

「──ふむ」

「え、えと、あの?」

 

 

 可哀想な少女二人については、一先ず置いておいて。

 

 敬愛するせんぱいが、何者かに憑依されている……とでも言うべき状態にあるのだと理解したマシュは、仄かな警戒を滲ませながら彼女へと問い掛ける。

 代表して声をあげたのが彼女と言うだけで、他の面々も似たようなことを聞きたがってはいただろう。

 

 だから彼女の言葉は、相手にも予想できて然るべきものだったのだが。

 問われた方の彼女はといえば、改めて視線をマシュに向けたのち、物珍しげな表情を浮かべながら、彼女の周囲を観察するように回り始めるのだった。

 

 突然の奇行にマシュが困惑すること暫し。

 満足したのか元の席に戻った彼女は、小さく頷きながら空気感を──ほんのりと柔らかいモノに変え。

 人好きのする笑みを浮かべながら、口を開く。

 

 

「なるほどねー。よくわからない繋がりだなー、って思ってたけど。……この世界、随分とややこしいことになってるみたいねー。この子(キーア)が殊更に私の到来を厭うわけだわ、端から見たら()()()()()()()()()()()()()()ようにしか見えないもの」

「……なにを仰りたいのかわかりませんが、質問のこt()

「質問の答えはノー、それからイエス。……それなりにややこしいけど、聞く気はあるかしら?」

「……お願いします」

「そ。じゃあまぁ、長くなるし──」

 

 

 なにかを納得したのか、染々と呟かれるその言葉は、彼女の求めたモノではなく。

 故に少々苛立ちながらマシュは声をあげようとしたのだが……彼女はそれを煙に巻くような、答えになっていない物言いをして。

 更に苛立ちを募らせるマシュ達を微笑ましげに眺めながら、一つ軽く指を鳴らす。

 

 

「───!?」

「好きなもの取っていいわよ?全部私のお手製だから、味には自信があるわ。……あ、毒とかは入ってないから心配しないでね?毒入りの方が良いってことなら、一応別で用意もするけど」

「え、は、え?」

「空間転移……?いや、空間の創造……?!」

「いやいや、いやいやいや……」

 

 

 呆然とするマシュと、周囲を見渡し考察を述べるアルトリア。

 境界を操る紫だけは、()()()()()()()()を正確に察したのか、小さく額を抑えて呻いている。

 

 

「あ、じゃあこのチーズケーキ貰いまーす」

「はいどうぞ。れんげちゃんは飲み物梅昆布茶だから──煎餅とかにしとく?」*2

「ありがとなん、キリアん」

「───ぷっ。……ふふっ、懐かしい名前ね。こんなところで呼ばれるだなんて思ってなかったけど……懐かしついでに、羊羮もサービスしちゃう」

「わーいなん!」

「……はぁ。とりあえず、アンタ達も選びなさい。こうなるとホントに長いわよ」

 

 

 そんな中、この状況に出会すのは()()()な三人だけは、勝手知ったるとばかりにそこらに用意されたお菓子達を選び始めていて。

 

 星の海を空に望む、そよそよと風がそよぐ草原。

 そこに無数に備えられた、机と椅子とティーセット。

 明らかに先程まで居た場所とは違う場所に招かれた彼女達は、それぞれに困惑し、それぞれに動き始めていたのだった──。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあまぁ、改めまして。『キルフィッシュ・アーティレイヤー』というキャラクター像の元となったオリジナル(原型)。それがキリアという存在……ってことになるのかしらね」

「え、ええと……色々聞きたいことはあるのでしゅが、まずは一つ。……その、原型というのは……?」

 

 

 最早意味がわからない(もうめんどうみきれよう)

 そんな感情を、顔面にこれでもかと塗りたくったマシュは、半ば諦めの気持ちを抱きながら周囲のティーセットからショートケーキを一つ選び、席に戻ってきていた。……一口食べて「お、美味しい……っ」と驚愕もしていたが。

 

 対するキリアは最初から変わらず、椅子に座ったまま笑みを浮かべている。

 その表情に対しての既視感が、友達を家に連れてきた時の母親を見た時のものとそっくりだと気付いたマシュは、とりあえず無意味に警戒を続けるのを止めるのだった。……どういう反応をしても、微笑ましげに見つめられるだけだとわかったからである。

 

 それでもまぁ、自身のせんぱいがどうなっているのか、というのは不明である以上、そこを尋ねないわけにはいかない……ということで、とりあえず彼女のことを知ろうとしたわけなのだが……。

 返ってきた言葉に、彼女は困惑を深めることになる。

 

 彼女のせんぱい、『キルフィッシュ・アーティレイヤー』はオリジナルなキャラクターであるはずだ。

 で、あるならば。普通の『なりきり』のような、元ネタ(オリジナル)となる相手は居ないはずだと思っていたのだが……。

 

 

「彼の思考の中では、という注釈は付くけれど。私というキャラクターを作ったのちに、それを()()()()()()()()()()()()()のが彼女(キーア)、ということになるのかしら。……ええと、大雑把に言えば(キリア)は彼の書いた()()の主人公、ってことになるのよね」

「……あ、あー!!そういえばそんなことを言ってたわキーアちゃん!」

「ちょっ、八雲さん!?なんでそんな重要なことを黙っていらっしゃったのですか?!」

「え、だってまさか重要な話だとは思ってなかったというか……」

 

 

 彼女の話を要約すると、元々『キリア』というのは彼が昔書いていた小説の主人公の名前、だったのだという。

 

 言うなれば、彼女(キリア)は原液であり、キーアはそれを人に見せるために設定などをマイルドにした(薄めた)もの。

 故に彼女はキーアの元ネタとなった存在であり、表に出てはいないものの彼女(キーア)は原作の存在するなりきりだった、とも言えることになるわけで。

 

 その辺りが彼女が唯一『オリジナル』であるにも関わらず、彼女がこの『逆憑依』に巻き込まれる要因になったのではないか?……というようなことも、合わせて説明されたのだった。

 

 で、それを聞いた紫は、食べていたイチゴのムースを口からポロポロ溢しながら、何かを思い出したように大声をあげる。

 

 それは、今聞いたこととほぼ同じ内容の話を、掲示板でのなりきりの時に聞いた覚えがある、というもので。

 要するに、紫はこの辺りの騒動の原因となるモノを予め知っていた、という風にも言えてしまうわけで、マシュがそれに食い付かないわけもなく。

 

 キリアが穏やかに仲裁の言葉を挟むまで、二人はトムとジェリー*3のように追いかけっこをすることになるのだった。

 

 

「もうなにもありませんね八雲さん!?」

「ないないないですぅ!仮にあったとしても私は聞いたことないですぅ!!」

「うーん、こうしてみるとマシュはマシュでも、元の彼女(マシュ)とは結構違う感じねぇ」

「……あっ、すみませんキリアさん!えっと、続きを!続きをお願い致します!」

「はーい。……ええと、とりあえず挨拶をしたところ、だったかしら?」

 

 

 仕切り直しとなった会話は、再び彼女の子細についてのものへと移っていく。

 マイルドにした、というように。キーアの元となる彼女は、色々と濃ゆいモノを持っている。

 先程の空間転移?もそうだろう。あの規模のモノをキーアが行うには、それなりに準備をする必要がある。

 

 しかしそのオリジナルであるキリアはどうか。

 ご覧の通り、指を鳴らすという一手順のみ──型月的に言うのであれば一工程*4で世界を塗り替えた彼女は、明らかにキーアよりも強化されていると言えるだろう。それもそのはず、

 

 

「ええと、記憶を探るに第二形態がー、とか言ってたみたいね、彼女。……それ、簡単に言えば(キリア)()()モノなのよ」

「……はい?」

 

 

 文字通り、彼女(キリア)彼女(キーア)の奥の手だったのだから。

 そんなことを述べた彼女に対し、周囲は呆然と言葉を吐くのだった。

 

 

*1
医学的には『健忘(症)』。宣言的(陳述)記憶(言語で表現できるエピソード記憶や意味記憶のことを指す言葉)に何らかの障害が出ている状態

*2
宮内れんげの好きなもの。カレーと梅昆布茶が好物で、反対に嫌いなものはピーマン。カレーはともかく、梅昆布茶については好みが渋いというか

*3
アメリカのアニメ作品の一つ。猫のトムとネズミのジェリーのドタバタ劇を描くもので、日本では1964年にテレビ放送されて以来、人気シリーズの一つとなっている。主題歌のフレーズ『仲良く喧嘩しな』はとても有名。また、普段はいがみ合っていても、いざとなれば協力して事態の解決に当たれる……という関係性もまた有名

*4
型月作品での魔術の区分の仕方の一つ。魔力を通すだけで魔術を起動させるもので、代表的なモノはガンド・魔眼など。基本的には簡易的なものしか発動できないのが普通(例外に高速神言持ちのメディアがいる。彼女の場合、本来一小節に当たる詠唱を一工程に縮め、かつ五小節相当の魔術を使うことができる)。なので作中で『魔法級』だと言われている空間転移を一工程で行っている彼女は、最早意味不明。空間創造なら更に意味不明。世界観が違うとはいえ、最早単なるメアリー・スーである



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勘違いを正すのはそれなりに難しい

「……ええと、つまり今の貴方はせんぱいが変身した姿、ということになるのですか……?」

「厳密には違うんだけど……まぁ、概ねその認識でいいと思うわ。向こう(キーア)()()()不可逆*1な変化だ、って思ってるってことも合わせて覚えておいて貰えると、こっちとしては助かるかしらね?」

「えっと、と言うことは……?」

「……さっきの質問の答えになるけど。ある意味では乗っ取りみたいなものだから、彼女は決して無事じゃあない。けれど、戻ろうと思えば戻れるのだから、そういう意味では影響は軽微だとも言える……ってところかしら」

「は、はぁ……」

 

 

 ことのほか軽いキリアの言葉を聞きながら、マシュは小さく安堵の息を吐いた。

 

 気になることはまだまだあれど、元に戻れることが明言されたのならば、不安は一つ解消されたと言って差し支えあるまい。

 そんな思いから溢れたマシュのため息を聞きながら、キリアは「愛されてるわねぇ」と小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

「……一つ、いいかしら?」

「あら、考え事は終わった感じ?」

 

 

 そうしてマシュを微笑ましげに眺めていたキリアに、横合いから声が掛けられる。

 

 声を発したのは、先程までうんうんと唸っていた紫。聞くべきことが纏まったらしく、故に改めて発言した形である。

 それに一つ返事をして、キリアは彼女の質問を待ち受けていたのだが……。

 

 

「キーアちゃんは、自分の事を最弱の魔王だと言っていた。……その奥の手たる貴方は、()()()なの?」

「……あー」

 

 

 ある意味で核心を突くその疑問に、思わず彼女は返答に迷う羽目になるのだった。

 

 

「彼女は──あれだけ色々できる癖に、自身を最弱であると言って憚らなかった。そこにはなにかしらの根拠のようなものが見え隠れしていたけど……貴方というオリジナルの存在が明らかになった以上、その根拠は貴方にあると見るのが普通。けれど貴方は──さっき、余りにも容易く()()()()()()()()()()。決して転移じゃないわ、どっちかと言えば固有結界の方。……これは、明らかに強くなっているって言えてしまえるわよね?」

「……え、えええ?!」

「うーむ、流石は境界を操る者。よく見てるわねぇ」

 

 

 ついで飛び出すのは、彼女(キリア)が先程行った行為についての疑問。

 

 アルトリアも考察していたが、それは転移か創造か?……と判断するのが普通であると思われるほどの、明らかなオーバースペック技能だった。

 そこまでやっておいて、まだ自分は弱いのだと宣うのであれば。……それが一体()()()()()()()()()()()()、気になるのは決しておかしいことではないだろう。

 

 ただ、それを聞かれた方のキリアはといえば。

 どこか気まずそうに、小さく頬を掻くのみ。……あまり語りたくない、と言外に述べているかのような態度だった。

 とはいえ、語らねば話が進まないとも思っていたらしく。小さくため息を吐いた彼女は、渋々ながらに話を始めていく。

 

 

「──鶏が先か、卵が先か。……って話は聞いたことあるわよね?」*2

「……はい?」

 

 

 ただ、その語り出しは、まったく関係無さそうなモノから始まったのだった

 

 

 

 

 

 

 ──鶏が先か、卵が先か。

 

 いわゆるパラドックス(矛盾)の一つであるそれは、言うなれば『どちらが先にこの世界に生まれたのか?』ということを問い掛けるモノである。

 一見バカバカしい問答にも思えるが、これがまた難しい。

 

 進化論的に言えば、これは卵が先となる。

 何故かと言えば、『やがて鶏になる卵を産んだのは、決して最初から鶏だった種ではない』という、突然変異による変化を根拠としているものだからだ。

 いきなりどこかから成体の鶏が生えてくるわけではない以上、鶏という種の誕生は他の鳥類からの突然変異によるもの、だとするのが普通である。

 

 故に、鶏という種の誕生は卵から雛が顔を出した瞬間、すなわち『卵が先にあって、そこから鶏が生まれた』ということになるのである。

 

 が、これには反論があり。

 鶏の卵の殻を形成する為の一部のたんぱく質は、他の鳥類は持っておらず、成体の鶏にしか持っていないという研究結果があるのだ。……故に、『やがて鶏となる卵を産めるのは、端から鶏である種類だけ』という論説を作ることができてしまうのである。

 ……まぁ、これはあくまでもそういう風に反論できる、というだけの話であり、実際にそんな反論をした人は居ないとも聞くが。

 

 その他宗教的な話をするのであれば、例えば基督教では神が最初から鶏という種を作り出していたりするし、はたまた他の宗教では『世界は卵から産まれて』いたりもする。

 単純そうな議題でありながらも、実はそれらの論争には(いとま)がないのだ。

 

 ともあれここで重要なのは、その言葉を()()()()()()()()設問ではなく。

 

 

「彼は私を小説のキャラクターとして作ったわけだけど。……同時にその時定めた一つの設定によって、先の鶏卵のパラドックスのようなモノを生む可能性を作り出してしまっていた」

「そ、それは一体……」

「よく創作者は世界を作っているのか、はたまた他の世界を見ているのかわからない……なんて話があるけれど、まさにその通り。彼は私を()()()()()()()()()として定義した。……【平行】*3【並立】*4【壁差】*5【累計】*6──ありとあらゆる見方からしてどこにでもあり、かつ一人だけのもの。感覚としてはどこぞのトリックスター*7みたいなものというか……」

「すみません!いきなり専門用語を混ぜるのはやめて頂けませんか!?」

「ありゃ、こりゃ失敬。詳しくは枠外を見てね☆」

「わく、がい……?」

「まともに取り合わない方がいいわよ、どこぞの赤いの(デッドプール)と同じ視点の持ち主みたいだし」

「は、はぁ……?」

 

 

 突然の専門用語の連発に、マシュは思わずと言ったばかりに声をあげる。……こちらの常識的にはキーアの中の人の黒歴史(いわゆるオリジナル設定)となるので、敢えて適当に流したキリアだったのだが……。

 とはいえ説明しないのもわかり辛いか、と思い直して声をあげる。……あげた途端にそれらの言葉の意味を流し込まれた三人は、情報の奔流に揃って呻き声をあげていたのだが。他の面々は既に同じ事をされている為、ここでは免除である。

 

 

「え、ええと。とりあえず、貴方が本来はマーリンさんのような、単独顕現持ちのようなものだというのはわかりました。それが、鶏と卵の話にどう繋がってくるのですか?」

「あら、薄々気付いているんじゃない?──キーアのそれは、キリアをわかりやすくしたもの。……言い換えれば、私を()()()()()()だとも呼べる。それと、創造者の被造物云々の話を合わせれば……」

「──貴方は文字通り、()()()()()()()()()()()……ということですね?」

 

 

 マシュの結論に、彼女は良くできましたと拍手を送る。

 

 創作者が物語を作る時、それがフィクション(作り物)なのかノンフィクション(作り物ではない)なのか、それを外から判別するのは難しいという話がある。

 

 文体が幾ら稚拙で荒唐無稽であれど、実際に体験したことを書いている時はあるし。

 同じように臨場感に溢れ、リアルだとしか思えない物語であれど、それら全てが豊富な創造力によって生み出された虚構であるということも、同じようにあり得る話である。

 

 そして、これがことファンタジーなどの『非現実的な話』になると、それを『夢かなにかで見ていた』としても、ファンタジーの世界に実際に行くことのできない人々にとっては、それを判別することが殊更に難しくなってしまうのだ。

 

 これが意味するのは、『自身が創造した』と思っていた世界が、実際は並行世界のどこかにあるものをたまたま何かで認知してしまっただけのものである、という可能性を零にできなくなるということ。

 すなわち、滅多には起きずともどこかで起きてしまう可能性を、少なからず生み出してしまうということである。

 

 あとはまぁ、キーアが()()使()()存在なのかを思い出せばいい。

 ──結論を言おう。キーアはキーアとしてこの世界に現れた時点で、キリアの実在を半ば証明してしまっていたのである。

 

 

「だから、私は『逆憑依』とかじゃなくて、本人。世界のどこかに居た、本物のキリアという存在なのよ」

「……もうめんどうみきれよう」

「八雲さーん!?!?」

「……完全にキャパオーバーしたわね」

 

 

 創作の存在が何らかの手段によって顕現した存在ではなく、文字通りこの広い宇宙のどこかに居た彼女を呼び寄せた状態。

 それが、今ここにいる彼女であると告げられて、八雲紫は思考を手放した。完全にキャパオーバー、というやつである。

 

 それもそのはず、彼女は単にキリアが『最弱の魔王』なのかを確認しようとしただけ。

 だが返ってきたのは、彼女がわけのわからない存在である、という証明の為の言葉。……付き合いきれるか、と思考を放り投げるのも仕方ない話である。

 

 何が酷いって、彼女は紫の聞きたいことを意図的に避けている。……要するに、彼女は言外に『これだけできるけど私は確かに最弱の魔王だよ』と告げているのだ。

 それを明言することに、何らかの制約があるのだと匂わせながら、である。

 

 クトゥルフ神話の神々が、型月世界では偶然類似したものを明記してしまった、一人の作家によって現実との繋がりを得た……みたいな話があったが、ここにいるキリアはまさにその類い。

 であるならば、他のオリジナルな面々もいずれ発生しうると述べているようなものであり、彼女の質問を胃のダメージは限界を越え始め──、

 

 

「あ、そこは誤解されそうだから()()明言するわね。私がここにいるのは、あくまでも私が『()()の魔王』だから。他のオリジナルな面々は、まずこっちには来られないわよ?」*8

「……は?」

 

 ──ようとしたタイミングで、キリアからの注釈が告げられる。

 その内容に反応した紫は、殊更に間抜けた声をあげるのだった……。

 

 

*1
一度変化を起こした場合、元の状態には戻らない・戻せないこと、及びその変化。水を冷やせば氷になるが、そこに熱を与えてやれば氷は水に戻る。そんな感じのモノが『可逆的』であり、生肉を加熱すると肉は焼けるが、これを冷やしても(=熱を奪っても)生肉には戻らない……みたいなモノを『不可逆的』という

*2
因果性のジレンマと呼ばれるもの。鶏と卵だとちょっと正確ではないので、『ある現象Xの発生には現象Yが必要だが、現象Yの発生にも現象Xが必要である』と前置いて、『このような関係の中で、先に発生したのはどちらか?』という風に言い換えられることがある。原因と結果が循環する場合、それの始点を論ずることの無意味さを述べる例えとしても使われる

*3
『平行世界』のこと。次の言葉との兼ね合いにより、いわゆる『ユニバース』単位の世界内でのモノを言う

*4
『並立世界』のこと。この作品でのオリジナルな考え方……とはいってもそこまで難しいものではない。一つの世界を『大きな一つの樹』として捉えた時、それらが無数に立ち並ぶような状態を指す。ここでの一つの樹木とは『ユニバース』相当のもの。要するに、『作者(創造神)の違う作品』が並んでいるような状態を言う。なので、『並び立つ世界』。『平行世界』よりも行き来が難しい(メタ的なことを言えば、作者()同士でクロスオーバーの許可をしなければならないからだが)

*5
『壁差世界』のこと。いわゆるメタ視点の延長。この作品のみでのオリジナルな用語であり、その原義には『第四の壁』が密接に関わってくる。『第四の壁』とは虚構と現実を分ける壁だが、その壁は外へ外へと幾らでも追加していくことができる。【平行】【並立】が壁の向こうで左右に移動していると見るのであれば、これは前後に移動しているとも言える。それをして『壁の差を見る世界』と呼ぶわけである。雑に言えば『無限の入れ子構造』

*6
『累計世界』のこと。左右と前後が出たので、こちらは上下移動。なので、ぶっちゃけてしまうと『次元』のことである。『三次元』や『四次元』のような次元移動を『累ね計る世界』と見たもの

*7
ここではみんな大好き『ナイアルラトホテップ』のこと。デフォで『単独顕現』持ってそうな奴

*8
『うみねこのなく頃に』より、『赤き真実』。他にも『青き真実』『黄金の真実』『紫の発言』などが存在する。『真実』と付くが、本当に真実なのかは実はちょっと色々とややこしい点があったりする。解釈次第のモノもあったりするので



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塵も積もればなんとやら

「……ええと、つまりはどういうことなの?」

「確かに、今ここにいる私は()()()キリアだけど、同時にそれが許されているのは私の持つ特殊性ゆえ。他の面々の場合は──そうね、素直に『再現度の壁』に阻まれて、兆しすら生まれずに終わるんじゃないかしら?」

「…………????」

「長い、三行で」*1

「ワタシ

 再現度いらない……

 弱いね……」*2

「何この人、顔の横に吹き出し作ってまで三行で説明したんだけど!?」

「えー、やれって言ったのそっちじゃーん」

 

 

 長い会話でシリアスを維持するのに疲れたのか、段々所作が雑になってきたキリア。……あの子(キーア)にしてこの親(キリア)あり*3ということか、気の抜きかたはとてもよく似ていると言えるだろう。

 ……それ故に周囲は調子を崩されているわけなので、決して良い話ではないのだが。

 

 ともあれ、彼女の説明を聞いた紫はといえば、結局よくわからないのか首を傾げている。

 でもそれも当たり前である。そもそもの話、キリアは一番重要な部分を話さないままに、自身のことを説明しようとしているのだから。

 

 

「……えー、でもなー。この子(キーア)が説明したくない理由もわかるからなー。説明すると余計なプレッシャー掛けちゃうだろうしなー」

「ええと、それほどまでに説明したくない()()がおありなのですか?」

 

 

 とはいえ、それに触れると言うことは──彼女にしてみれば、余計な心労をこの世界の人々に与えるモノにしか思えず。

 既に『逆憑依』という驚異に晒されているこの世界に、新たな問題を引き込むのもなー……なんてぼやきながら、小さく頭を掻いているのだった。……いわゆる()()相当の人物に、余計な警戒をさせたくないという思いもなくはなかったが。

 

 ともあれ、ここまで話したのならもういいか、なんて気分が湧いてくるのも事実。

 後でこの子(キーア)がどうにかするでしょう、という凄まじいまでの雑な放り投げを決め込んだ彼女は、あっさりとそれを話すことにしたのだった。

 

 

「私が()()()()()ってことはね、その世界の滅びが近いってことと同義なのよ」

「……は?」

 

 

 そう、まるで明日の天気を話すかのような気軽さで放たれたその言葉は、まさに戦略核*4の如き衝撃を周囲にもたらしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……は?いや、は??」

「彼女が私を呼びたくなかった理由もよく分かるわよねー。だって()()()()()()()()()第二形態(キリアになる)ってのはどこぞの()()()()()の偏屈共と似たようなことをしている、ってことになるんだから」

「いやその!!説明!ちゃんと説明してください!!」

 

 

 周囲は正に大混乱。

 ある程度先に話を聞いていた三人にしても、そこに関しては初耳だった為唖然とした顔を晒しているし、その他の面々も程度の違いこそあれど似たようなもの。

 そんな中、次いで放たれた言葉にマシュは涙目になりながら説明を要求。……薄々何を言っているのかはわかっていたが、それでも否定材料が欲しくて相手の説明を求めてしまう辺り、重症である。

 無論、最弱の魔王様(キリア)はその辺りを一切気にもせず、確りと答えを述べてしまうわけなのだが。

 

 

「ほら、アトラス院。あそこって世界の滅びを覆す為に、更なる滅びを生み出してしまうタイプのところでしょう?*5……少なくとも、キーアの認識上では()()()()()()()()()()()()()()ってのはそれと同義。だって、私がこうして()()姿()()()()()()()()世界っていうのは、最早滅びかけの虫の息、なんで生きてるのかわからない……まるで鋼の大地*6の地球のようだ、ってことを示すものなんですから」

「…………」<ブブブブ

「紫が白目を剥いて泡を吹いてる!?」

「わー!?」

 

 

 真面目にヤバい話だった為、紫は死んだ。……無論比喩表現だが、実際心臓が止まってもおかしくない衝撃だったことは確かである。

 

 気になることは多数あれど、よもや世界の滅びを告げる使者だったとは。

 そんな困惑を隠しきれないまま、マシュは更なる説明を要求する。……こうなったら『毒を食らわば皿まで』*7というやつである。

 

 

「そうねぇ……彼がキーアになった時、少なくとも彼の認識上では()()()()()()ってことになってる、ってところから話す?」

「」<ブブブブ

「マシュが死んだ!?」

「この人でなしー!!」*8

 

 

 なお、与えられた衝撃は更に大きく。マシュは一度三途の川を見る羽目になるのだった。

 

 数分後、漸く告げられた言葉の衝撃から立ち直る一同。

 ……何度も何度も『認識上では』と前置かれている辺り、誇張表現の可能性があることに気が付いたからだ。

 

 

「そうねぇ、まぁ幾つかは認識に間違いがある、ってのは確かね。その辺りも踏まえて──いい加減、私がなんなのかを話しておきましょうか」

「はい、よろしくお願いします……」

 

 

 さっきまで泡を吹いていた二人に、周囲からの視線が突き刺さるが……両者は大丈夫、という風に小さく笑って、彼女の言葉を待っている。

 それを見たキリアは小さく苦笑すると同時、自身が一体どういうものなのかを話し始めるのだった。

 

 

「『都市世界シリーズ』って知ってる?」

「え?……ええと、川上稔氏の執筆した小説群の総称、ですよね?」*9

「ああ、あの辞書みたいな太さのラノベね」

「それが、この話になんの関係が?」

「いやまぁ、これだけが関係ある、って話じゃないんだけど。──この作品群には、流体(エーテル)*10ってものがあるのよね。それから……『ゼロの使い魔』なら虚無によって操作されているらしい小さな粒とか?……まぁそういう風に、世の中には殊更に小さいもの、っていうのを定義したりしている話があるのよね」

 

 

 彼女が話し始めたのは、万物を構成する原子──それよりも小さいものについて定義した数々の作品達のこと。

 現実においても、原子内の陽子の数を変化させられるのなら、あらゆるモノが作れるかもしれない……なんて話をキーアがしていた通り、もしも殊更に小さい世界を自由自在に操れるのなら……それは想像以上に、恐ろしいことができてしまう証左になるのかもしれない。

 

 

「……いや待ちなさい、もしかしてお前……」

「その中でも『流体』の考え方にはちょっと驚いたんじゃないかしらね、だって彼はその作品をさほど見ていなかったけど。──()()()()()()()()()()()()()人が居たって、後から気付くことになったのだから」

「同じようなこと……?」

 

 

 そして話題は最初にあげた例──『流体』についてのものに戻る。

 これは、ありとあらゆるモノ──それこそ単純な物体に止まらず、光や闇・時間や空間に至るまで、その全てを構成するとされる最小の物質である。

 物質だけでなく非物質──特に時間という形のない概念的なモノをも構成している、という辺りに現実との大きな差異を認めざるを得ないが──しかし、現実でも似たような議論というものはされている。

 

 超弦理論*11と呼ばれるそれは、自然界に存在する四つの力──すなわち【電磁気力】【弱い相互作用】【強い相互作用】【重力】の四つを一つの記述に纏めようとする『万物の理論』の証明候補となるとされているものである。

 詳しく語るとまたスペースを圧迫するので、端的に述べるのなら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだと言えるだろう。

 

 

「ところで、話を戻すのだけれど。──もし仮に、絶対に誰にも勝てないモノがあるとして。それって、どういうものだと思う?」

「え?ええと……」

 

 

 そして、話は元に戻ってくる。

 

 最弱とは、どういうことか。

 あらゆる状況、あらゆる場所、あらゆる相手に対して、必ず負けるものがあると定義する時。それをもっとも単純に満たしうるモノとは、一体なんなのか。

 答えはとても簡単。──()()()()()()()()()である。

 

 

「先の『流体』で言うのなら、それを構成する数千億の素詞達。それは『流体』の性質を決めるものだけれど──逆に言えば、()()は『流体』という形に()()()()()()と見ることもできる。そんな感じで、構成要素となる小さなモノ達が、全て隷属して(負けて)いると仮定し続け、ひたすらに小さなモノを求め続け──」

 

 

 その果てに存在しうる、殊更に小さなモノ。

 ひたすらに割断を続け、小さく小さく負け続け。

 どんなものにでも、必ず()()と──含まれ(隷属し)ていると言い張れるほどに微細となったもの。

 

 その果てを指して彼は、こう名付けた。

 

 

「──【虚無(Forfeiture)】。*12星を砕いた(スターダスト)その先に、現れし虚ろの根源。ありとあらゆるモノを無に帰せし、呆気ない終わりの形。それが私という魔王の真の姿、ってことになるのかな」

 

 

 

 

 

 

「……中二病以外の何物でもない」

「ちょ、八雲さん!?」

「あっはっはっ!だよねー、黒歴史まっ逆さまだよねー!」

「ええっ!?」

 

 

 大真面目に語られた妄言に、紫は半ば死んだような目で返答を溢し。

 それを受けたキリアは、腹を抱えて大笑いをしている。

 間に挟まれたマシュはと言えば、わけがわからず困惑するばかりだ。

 

 そんな中、虞美人だけはその言葉の意味を察し、小さく考え込んでいたのだった。

 

 

「……あらゆる全てを纏めたが故に虚無と化した、とか言う話は?」

「あ、それ聞いてたんだ。……そうねぇ。(虚無)を見つける為の実験……みたいなものかな?あらゆる全ての構成要素を一つに纏め、それらを使いこなすモノを作ろうとしたどこかのバカ()が、大ポカをやった結果……というか?」

「……ああ、なるほど。さっきの鶏卵の話繋がりで、お前を産んだ誰かに付いてもキーアは書いていたのか」

「そういうこと♪まぁ、フレーバーみたいなものだから適当に流しておいてー」

「もう何一つとしてよくわからないんだけど……つまりどういうことなの?」

 

 

 そうして彼女が尋ねたのは、以前キーアが語っていた彼女の能力の説明について。──それもまたキリアからキーアにする時に設定を簡略化した結果のもの、と答えを返された虞美人は、小さく頷きを返すのだった。

 

 ともあれ、口頭での説明が専門用語やら中二病的言葉やらが混ざる為に、わけがわからないモノになっている……というのは、紫の反応からしてもよくわかるわけで。

 そんな彼女の憮然とした様子を見たキリアは一つ頷いて、わかりやすい例を一つ見せることにするのだった。

 

 

「『今貴方の口を私で上書きしたけど、どう?』……ってなにこれ!?」

「なんにでも含まれている、って言ったでしょ?──私が居るってことは、そんな風に()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性を産む、ってことでもある。……もうこの時点でSK-クラスとかNK-クラスとかの世界終焉シナリオ*13感あるでしょ?……まぁ、実際には私が滅ぼすんじゃなくて、私が出てくるほど現実が曖昧になってる……ってことの方が重要って話なんだけど」

「……もういっぱいいっぱいなんだけど、まだ何かあるわけ?」

 

 

 その例と言うのは、紫の口を勝手に動かすというもの。

 彼女はありとあらゆるモノに負けている為、ありとあらゆるモノに含まれていると言える。*14

 それ故、こんな風に唐突に相手を操ることもできるのである。

 最弱とはなんなのか、一体どういう原理で操ってるのか?……疑問は尽きもしないが、話は更に先がある。

 

 

「さっきも言ってたでしょ?世界の滅びかけ云々って。……砕かれた星は、新たな星の種となる。雑に言えば、私って言うのは()()()()なのよ。新世界のね」

「はぁ???」

 

 

 いよいよもって、紫達の困惑はピークを迎えるのだった。

 

 

*1
遥か昔のネット黎明期から続く、長文への返し文句。他には『三行でおk』『今北産業』(=()スレに来た()ばかりなので三行(産業)で流れを説明して欲しい、の略)などが類似の言葉か。なお、日本人の五割ほどは五行以上の文章は読まない、なんて噂があったりする。長い文を要約する技能にも関わってくるので、三行に纏めるのは意外と難度が高い

*2
ヤンマガの下品な漫画(どれだ……?)『サタノファニ』より、フロイド・キングの台詞。調べる時は(結構下品なので)気を付けよう!……なお、このとにかく下品下品と言う流れ、ヤングマガジンの漫画を語る時にはわりとテンプレートな語り出しだったりする(『ヤングマガジンはそろそろあの下品な漫画を打ち切るべき』『どれのことだ……?』というお約束めいた流れがある。まぁ比較的?表に出しやすいのでも『彼岸島』とかなので然もありなん)。なおこの台詞、コラで『進撃の巨人』のライナーが、原作者の諫山創氏に捕まっているモノが有名だったりする(こっちは『ワタシ原作者……強いね……』となっている。そりゃ強かろうよ……)

*3
元の故事成語は『この親にしてこの子あり』。『孔叢子(くぞうし)』の居衛篇内の文章『子思曰、有此父、斯有此子、道之常也』が由来とされる。元々は『このような立派な親だからこそ、このような立派な子が生まれるのだ』という良い意味の言葉だったのだが、日本で使われるうちに『このような親だから、子もこのようになってしまうのだ』という悪い意味も含まれるようになっていった。現代日本で使う場合は、似た意味の『蛙の子は蛙』等と共に、基本的に悪い意味としての使用が多くなるようだ。ここでは順番がひっくり返っている為、子供の態度を見れば親の性質も自ずと見えてくる、的な意味になるだろう

*4
核兵器の中でも、戦略的目標に対して使われる(もしくはそれを想定した)威力のもの。戦術核よりも威力が高いと覚えておくとわかりやすい

*5
型月世界に存在する組織の一つ。魔術協会の三大部門の一角であり、主に穴蔵の中で錬金術を主体に扱うとされる場所。『世界の滅び』に対する研究をしているのだが、一つの滅びを覆す為にそれよりもヤバいモノで吹っ飛ばす、みたいな脳筋行為しかできないヤバいところでもある。仮にどこぞの財団があったのなら、絶対キレ散らかしていることだろう

*6
奈須きのこ氏の小説の一つ……だが、実際は作品としては発表されてはおらず、その設定やエピソードなどが断片的に語られるのみとなっている作品。星が滅びたにも関わらず、その地表で足掻き続ける人類に対して降りかかる、様々な災厄が主な主題となっている

*7
江戸時代には『毒食わば皿()ぶれ』という表記だったとされる。一度悪事に手を染めてしまったのならもう後戻りはできないのだから、最後まで徹底的にやるべきだ、という意味の言葉。そこから、『乗りかかった船』と同じく『一度関わった物事を、最後までやり通す』という意味が加わったらしい。その場合『毒を~』の方はどちらかと言えば、やけっぱち感が付き纏う感じがある

*8
海外アニメ『サウスパーク』で頻出するやり取り、およびそれを元ネタとした『カーニバル・ファンタズム』での『ランサーが死んだ!?』『この人でなしー!』から。死ぬということが異様に軽い場所だからこそ、飛び出す台詞とも言えなくもない……かも?

*9
『境界線上のホライゾン』『終わりのクロニクル』なども含まれる川上稔氏の作品群のこと。全体でどれくらいの長さになるのかとか考えてはいけない()

*10
『A・TELL』。ただ語るもの、などと呼ばれるもの。作中世界のありとあらゆるモノを構成している最小物質。音律による変化を産んだ為、こう名付けられたのだとか

*11
『超ひも理論』とも。物質の最小構成単位を素粒子──(零次元)ではなく、(一次元)として捉えるもの。なおそれだけだと『弦理論』なので、そこに『超対称性』(ボソンとフェルミオンの入れ換えを可能とする理論)を加えたモノが『超ひも理論』となる。何故そんなことが必要なのかと言えば、素粒子には大きさが存在しない為。正確にはわからない(計測できない)ので零として扱っている(実際その扱いで大体の計算には影響が無かったりする)なのだが、これをそのまま重力関係の話に突っ込んでしまうと『大きさがゼロなのに質量がある』となり、たちまちブラックホールになってしまうのである。これが今ある理論の問題点であり、それを解消する為に『紐だから長さがある』としたのが『弦理論』というわけだ

*12
英語の意味は『放棄・紛失・没収』など。『あらゆるモノを纏めた結果、失った』という事を指してのネーミング

*13
『SCP財団』で語られる世界の終わりの(K-クラス)シナリオのこと。前者は支配シフト、後者はグレイ・グーなどとも呼ばれている

*14
さっきの理論から。なお『負けてるのになんで好き勝手出来てるの?』という部分には答えていない



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頂点を目指すのは疲れませんか

「もう驚き過ぎてどうしようもない感じなんだけど、なんですって?」

「簡単に説明すると、私が顕現するということはすなわち、今の世界が終わりかけているってことを示すものなのよ。──現行の物理法則によって支えられている世界が終わり、私という新しい法則を中心に据えた次の世界が産まれようとしているってことの証左だ、っていう話ね」

「ねぇ?あの子そんなの書いてたの?そんなの見付けちゃったの?本当にどこぞの狂気作家と一緒じゃないのそれぇ!???」

「おおおゆかりんストップストップ、揺れる揺れるぅぅうぅ」

「お、落ち着いてください八雲さん!」

 

 

 そろそろ驚き過ぎて思考停止、暫く寝込みたい衝動に抗えなくなってきた紫だが、ここまでわけのわからない話をされれば、最早相手の襟首を掴んで前後に揺らすくらいしかできず。

 基本的にはスペック弱者であるキリアは目を回し、慌ててマシュが止めに入る羽目になるのだった。

 

 そんな些細な諍いより数分後。

 とかくセンセーションな物言い*1を恥じたキリアが、まともに話をすることを約束し。

 それを周囲が受け入れた後、再び話が再開されたわけなのだが……。

 

 

「ええと、話を纏めると……貴方は砕かれた星(スター・ダスト)って区分の能力者で?そのスター・ダストってのは基本的に小さいもの──先の理論的に言うのであれば、なんにでも含まれている可能性のあるもので?そういう意味ではオカルト方面ではなく科学方面の存在なんだ、ってことを言ってるわけよね?」

「そうそう。さっきの紐云々の話での『紐』が私、って思っておくとわかりやすいんじゃないかしら」

 

 

 先程まで聞いていた話を纏めつつ喋る紫と、星の海を眺めながら、紅茶に口を付けつつ述べるキリア。

 

 正確には私はその紐よりも更に細かいものなんだけど、まぁわかりにくいだろうからその認識で良いと思うわ──なんて風に添えられた言葉に頭を痛めながら、紫は彼女の正体とでも呼ぶべきものに思考を巡らせる。

 

 彼女の正体と言うのは、本当は微細な粒なのだという。

 さっきの『最小単位が粒だとすると、量子力学的にブラックホールになってしまう』という現実の物理法則に沿っている為、この場では『紐』と言い換えても良いようだが……。

 ともあれ、彼女という存在が科学の果ての果て──限りなくゼロに近付いていく極小の世界の住人、ということに間違いはないようで。

 

 ここで問題となるのが、真実今の世界において、極小の世界は未知の場所であるということ。

 以前キーアも述べていたことがあるが、現代の科学で作成できるミクロの世界を紐解く機械というのは、おおよそ粒子加速器のことになる。

 

 これは文字通り粒子を加速させる機械なのだが、量子の世界では粒子とは波でもある。

 すなわち、粒子を加速させて打ち出すというのは、過大な運動エネルギーを粒子に与えることと同じであり、同時にその粒子が波である時、その波長の間隔を短くするものとも言えるわけだ。*2

 小さいものを観測する時は、その物体の全長と同じかそれよりも短い波長の波を当てる必要がある。

 これは、大きい波ではその波長の間隔に、観測しようとしているものが綺麗に収まってしまう可能性があるからなのだが。それゆえにミクロの世界の観測には、強力な粒子加速器が必要となってくるとも言えるわけで。

 まぁ、それが故に変な陰謀論なども招くことになるのだが……今は割愛。*3

 

 ともあれ、小さい世界を観測するのには膨大なエネルギーがいる、というのは確かな話だ。が、ここで問題になるのが『E=mc2』──エネルギーと質量の関係を示す法則である。

 この式の示す通り、大きな質量を持つものは、それ相応のエネルギーを持っていると言えるわけだが──それは順番をひっくり返しても同じ。

 大きなエネルギーを持っているものは、より大きな質量を持っていることと同義になるのだ。

 

 あとはまぁ、簡単な話。

 粒子という微細なモノに、余りにも大きなエネルギーを加えると、質量が増大したのと同じ扱いになり、結果としてブラックホールと化すわけである。

 こうなってしまうと小さいものの観測、だなんて悠長なことは言っていられなくなってしまう。

 結果、粒子加速器どころか、短い波長の波を観測物に当ててそれを観測する……というやり方には、どう足掻いても越えられない壁と言うものがあると判明してしまったわけだ。……もっとも、そこまで小さいものだと大抵の計算には関わってこないので、特に問題はないと捉えられているわけなのだが。

 

 ところが、ここにいるキリアという存在は、その限界の長さ──プランク長さよりもミクロな世界にあるものを、その由来としているのだという。

 それは科学の面に立ちながらも、現行の科学ではどう足掻いても確かめようのない場所にあるもの。

 確かめられない以上は『あり得ない』と言いきれない彼女は、それ故に悪魔の証明を引き起こしている。*4

 

 

「けどまぁ、現代の科学には『予測』というものがある。……計算とかちゃんとした結果、プランク長さよりも小さい世界ってのは()()()()()()()()って風に認められてるのよね。──つまり、私という存在が現実に出てくることはありえない。──それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」

「……なるほど、だからこそ貴方が現れる、ということが世界の滅びと結び付くわけですか」

「どういうこと……?」

()()()()()と証明されているモノを()()()()モノにしようとするのなら、一番手っ取り早いのはその証明の根拠となるものをひっくり返すことでしょう?──雑に言えば光の速さを歪めるとか、質量とエネルギーの関係を弄るとか。そういう今の常識(物理法則)が無茶苦茶になった状態でなら、こいつの存在も認められてしまうってことよ」

 

 

 無いものの証明はできない、という意味で使われがちな『悪魔の証明』だが、それは同時に()()()()()()()()()()()()モノであることは意識されないことが多い。

 歴とした証拠があるのなら、単に証明すればよい。

 それができないからこそ悪魔という架空の存在まで持ち出しているのだから、結局は議論をうやむやにする為の詭弁にしか過ぎないのだ。

 

 例え本当に全てのモノに含まれているのだとしても、それが表に出ないのなら無いのも同じ。

 証明ができない世界にあるものなのだから、結局は架空でしかない彼女は、現行の物理法則が健在な間は、表に出てくることはありえない。

 ──故に、今の世界が滅びようとしている時──彼女の存在をあやふやにしている軛が壊れた時、彼女は大手を振って外に出てくることができるようになる。

 

 つまり。彼女が現れる時世界は滅ぶというのは、実は逆。

 彼女が現れることができるくらい、今の世界の基盤が壊れてしまっているというのが、彼女の出現に纏わる話の真実なのだった。

 

 

「まぁ、そんな風に書いた(見た)ものだから、実際に私に連なるモノであるあの子(キーア)になった時に、彼女は色々と悟ることになったんでしょうけど。……でもまぁ、完全に認めちゃうと今の世界ヤバくね?……ってなるから、目を逸らしてた部分もあるんでしょうけどねぇ?」

「……創作物が本物だった時の対処法、的なものがあったら食い付いてたでしょうね、多分」

 

 

 まぁ、そんな方法があったら私達も食い付いてたでしょうけど、と虞美人は嘯き、その言葉にキリアはカラカラと笑みを返す。

 ともあれ、彼女がとんだ厄物だという話はわかったわけだが、しかしてまだ明かされていないことがある。──何故、彼女が最弱を標榜しながらも、明らかに何でもできているのかだ。

 

 が、これに関してはマシュはなんとなく答えを見出だしつつあった。ヒントは『何にでも含まれている』『基本的に彼女は物理法則が健在な間は出てこない』だ。

 

 

「……ええと……?」

「ありとあらゆるモノに()()()為に、とかく小さなモノを求めた結果がキリアさんという存在です。──ですがどうでしょう?その言葉とは裏腹に、ここにいるキリアさんは普通の少女の姿をしている。……とてもではありませんが、()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。それから、先程の八雲さんへのちょっかい……それらが示す答えは、ただ一つです」

「そ、それは……!?」

 

 

 彼女があげていく一つ一つの事例に、次第に紫も真相に近付いていく。

 それはマシュの推理を聞く周囲も同じであり、固唾を飲んで見守る周囲と、その中心で話す彼女の姿は、ともすれば推理モノの終盤を見るようですらあり……。

 それを楽しげに見ながら、キリアはその答えを待つ。

 

 

「彼女は、本当に何にでも含まれている。個人を覆う物理法則──心の壁、ATフィールドとでも呼ぶべきモノ*5が正常に機能している間は、決して目覚めもしませんが──それでも、その由来が素粒子よりも小さいのであれば、含まれないモノを見付けることすら困難。これは比喩でもなんでもなく──細胞の一つ一つに、彼女という存在を構成する最小単位が含まれていても、なんらおかしくはないのです。その存在を、否定しきれない以上は」

「──うん、大正解!今ここにいる私は、それこそ数多の世界、その中に含まれる星の数よりも多くの()が集まったようなものでもある。……つまりは世界の内包者。()(キリア)という形を取れるほど集まれるっていうのも、さっきの世界の滅び云々の条件とも言えるわね」

 

 

 告げられた答えに、彼女は満足げに笑う。

 全身をナノマシンで構成したエメラダというキャラがいるが、彼女はそれを更に推し進めたような存在。

 

 砕けた星(プランク長さよりも小さい者達)の中でも、その入れ子構造を繰り返しに繰り返して至った下限──の、一歩手前。

 細胞一つ埋めるのにすら、無限を集めてもなお足りぬ数をかき集める必要があるのにも関わらず、それを人の姿……三十七兆個程とされるそれ*6を纏めあげたもの。

 

 その莫大な数により、その内側に世界を──数多の平行・並立・壁差に至るほどの長大なるモノを納めるのに至った者。

 既にその裡に、数多の命を抱くに至った者。*7

 

 それが、魔王・キリアに与えられたものなのだと、彼女は薄く笑うのだった。

 

 

*1
『sensation』。世間の目や耳を自身に集めるような、大きな事件や事柄を指す言葉だが、この場合は『周囲の耳目を引くために殊更に強調された物言い』のことを指す。英語の『センセーショナル(sensational)』(=人騒がせな、興味本意の)とほぼ同じ

*2
E=hc/λという式から。それぞれEはエネルギー、hはプランク定数、cは光速、それからλは波長の間隔を指す。hとcは定数であり変化しない為、エネルギーの総量が増すほど波長は短くなる、ということになる

*3
『Steins;Gate』の敵方組織『SERN(セルン)』の元ネタである現実の組織『CERN』のこと。『欧州原子核研究機構』の略称を冠するこの組織は、素粒子物理学の研究所としては世界最大規模であるとされる。さっきから述べている通り、素粒子を観測しようとする・および新しい原子を作り出そうとする時には必須の機械である粒子加速器も(世界最大規模のものを)この組織は持ち合わせているのだが、後に述べる通り粒子加速器は、地球上でブラックホールを生成するのに一番向いている機械とも言える。その為、『Steins;Gate』のネタに使われたようだ。なお、当の『CERN』は『Steins;Gate』のことを知っており、作者との対談というファンサービスをしたこともある

*4
証明することが困難な物事を悪魔に例えた言葉。中世ヨーロッパの法学者達が、土地の所有権の帰属を過去に遡って証明することは難しい、ということを説明する為に用いたのが最初だとされる。『無いことの証明は難しい』が主題であり、『無いことを証明することはできないのだから、あると扱ってもよい』とか『(◯◯はないと)議題を出した側が、相手に無いことの証明を求められる』などの意味ではない

*5
『エヴァンゲリオン』シリーズより。人の形を保たせているとされる心の壁。これがほどかれると、人は単なる(LCL)になってしまう

*6
成人の人間を形作るとされる細胞の数。昔は60兆個だと言われていたが、根拠も何もないかなりアバウトな試算だった模様

*7
錬金術的な感覚『一は全、全は一』から。また、図形の一部を切り出した時、その形が全体の形と相似するという『フラクタル』という数学的概念にも通じる。自身の姿を宇宙と例えるが故に、実際にはどうあれ宇宙をその身に抱いているのと同じような状態になっている、の意味。どこぞのコズミック変態さんが興味を抱いたのはこのせい



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設定の開示!!本気だね……

「極小の宇宙のモデルケース……」

「そうそう、極小ってのは忘れないでねー。それないと無闇にヤバい奴に思われるから」

「今のでも十分大概でしょ、お前」

 

 

 その存在のでたらめさ加減に、痛む頭もなくなってきたと苦笑いする紫。なお、少女組二人に関してはもう話に付いていけていない為、話を無視して草原で追いかけっこをしている。

 

 満天の星空を写しながら、周囲は昼間のように明るいという謎空間。

 その場所を改めて見渡してみれば、それはどうやら小さな星のようなものであるらしく。

 駆け回る彼女達はまるでドラクエか何かかのように、右に走っていったかと思えば左から現れたりしている。*1

 そんな姿を眺めながら現実逃避をしている紫の肩を、マシュが小さく揺すっているのだった。

 

 

「気持ちはわかりますが、そろそろ話も終点です。気力を振り絞ってください八雲さん」

「……私これ報告書に纏められる気がしないんだけど……特に世界がヤバいの辺り……」

「ああ、大丈夫大丈夫。この辺りの話、全部()()()()()()()()()()()()

「……はい?」

 

 

 そうして再度話に戻った彼女は、キリアからのいきなりのちゃぶ台返し*2に固まり、唖然とした声を漏らすのだった。

 無論、横で聞いていた他の面々も(荷葉達以外)、似たような表情と声を晒していたわけなのだが。

 

 

「だーかーらー、最初に黒歴史だって言ったでしょ?……あの子は上を目指し続けることに疑問を抱いて、その設定を作ったみたいだけど──律儀に私がそれを遵守する必要はないわけだし」

「……あ、あははは……なるほど、それはそうよね。幾らなんでも現れただけで世界がヤバいとかナイナイ……ん?()()?」

 

 

 あははと笑いながらさっきまでの話を軽率に放り投げる彼女に、思わず安堵する紫。よかった、可哀想な賢者はいなかったんですね*3、というやつである。……不穏な台詞?知らんな、そんなことは俺の管轄外だ。*4

 

 ともあれ、ある程度彼女(キリア)という存在・及びそこから生まれたキーアについても知れた、というのは確かだろう。

 最弱を標榜し続けるのも、その存在のスケールの小ささを由来とするものなのはわかったわけなのだし。

 ただまぁ──、

 

 

(負けを殊更に強調する彼女が、それを元にしたせんぱいが。──()()()()()()()、というところについてはついぞ口にされませんでしたが)

 

 

 マシュは一人、内心でそうごちる。*5

 

 ──無限。彼女(キーア)が己について語る時、頻繁に飛び出していた単語である。

 それを彼女(キリア)は『彼の作った設定だ』とごまかしてはいたが──今までの話がもし真実であるのならば、無限という言葉を出すのは何もおかしい話ではない。

 単純にその総数を思うのであれば、それは確かに感覚的な無限、としか言い様がないからだ。

 ただ、マシュはなんとなく、この()()という言葉には何か別の側面を隠す目的あるのではないか?……という疑いも持っていたわけなのだが。

 

 話す気がないのか、はたまた話すこと自体が何か宜しくないのか。

 ともあれ、どことなく避けているような気がするその話題に、彼女は何らかの意味があるのだろうと察したものの──。

 

 

(……いえ、追求するのはやめておきましょう)

 

 

 そこを追求する意味が今はない、と思考を切り替える。

 彼女(キリア)彼女(キーア)が変じたモノである。

 長々と彼女達についての説明を受けたものの、結局重要なのはその一点のみ。

 ──不可逆ではないと示されているのであれば、彼女がするべきことは一つなのだ。

 

 

「……一回死んでる、ってのは冗談でもなんでもなくて、今まで貴方がせんぱいと慕った人は、既に貴方の知る人じゃないのかもしれないけど、それはいいの?」

「ご冗談を。──せんぱいはせんぱいです。泥人(スワンプマン)の話を持ち出すまでもなく、私はそう決めていますから」

「……まぁ、いいんならいいけど」

 

 

 微細な粒子が集まって人の姿となっている彼女(キリア)は、すなわちその本質はその微粒子である。

 ──で、あるならば。そこから生まれたキーアもまた、その本質は微粒子ということになるのだろう。

 

 再現度がいらないとは、そういうこと。

 再現するまでもなく、森羅万象は須く彼女を含む。そこにあるだけで、彼女(粒子)である最低条件は満たされる。

 故に必要なのは、どれだけの彼女(粒子)を動員できるのか……という出力の問題のみ。

 キーアの言っていた事の真意を、遅まきながらに理解しながら。それでも、マシュは毅然とした態度で答えを述べる。

 

 例えそれが、まやかしや既に失われたものなのだとしても。

 自身のせんぱいとして振る舞い続ける彼女を、偽物だと笑うつもりはないと。

 そんな言葉を告げながら、彼女はキリアに笑みを見せる。

 

 ……強すぎない?この子。

 なんて感想を彼女が抱いたかは不明だが、ともかくマシュの言葉を受けたキリアは肩を竦めた後、次の話題を口にするのだった。

 

 

「ええと、とりあえずは元に戻すにはどうしたらいいの?」

「……端的に言うと、彼女の認識を()()()()()必要があるわね」*6

「ほう、なるほど叩いて砕く……ってん?」

 

 

 その内容は、キーアに戻って貰うにはどうすればいいのか、というもの。

 彼女(キリア)の言によれば、キーアの言っていた『第二形態』というのは、彼女を生け贄──呼び水にして、本体となるキリアをこの世界に呼び寄せる、というものであるのだという。

 

 キーアという存在が成立する事自体が、キリアという存在の実在を証明してしまうモノでもある為、例え再現度という『逆憑依』の壁が立ち塞がろうとも、キリア(粒子)の顕現自体は問題なく行える──そしてそれが上手く行くのであれば、例え風が吹けば消えるような種火ほどのきっかけであれど、キリアという存在がこちらに完全に現れることは容易。

 

 何故なら彼女は万物に含まれるモノである。

 目覚めた彼女が一つあれば、他のモノから彼女を目覚めさせることは息をするよりも容易く。

 結果として細胞片から完全に復活したセル*7のように、彼女(キリア)はその姿をこちらに顕現させることができる。

 

 ……元を正せば設定魔なところのある彼が、調子にのって設定を盛りに持った結果のモノでもあるわけだが。

 逆に言えば、そうして『自身が作ったものが、実在した』という驚きに一番染まっているのは彼自身でもある、と言えてしまうわけで。

 

 

「たった一つの命を捨てて、生まれ変わったのは自身の作った物語のキャラクター。設定したことが実際にできてしまった以上、自身の現状に抱く思いと言うのは、ある意味で重すぎて理解を拒むようなモノ。──自分の妄想を自分の行動で否定できないのなら、それは最早何よりも強固なリアルでしかない。故に、自分で決めた設定に何よりも縛られてるのは彼自身、ってこと」*8

「……ええと、一応聞いておきたいのだけれど。その説明は素なの?それともからかってるの?」

「……?いや、そんなこと私が説明しなくてもわかるでしょ?」

「ああなるほど、素なのn()「無論全力でからかってますが?」ああもう悪い予感ばっかり的中するぅ!!」

 

 

 つまり、彼自身が『自分は生け贄になったので戻れません』と()()()している以上、それを正さない限り戻ることはできない……ということを彼女は述べているわけなのだが。

 ……ところどころに何やらふざけている(ネタの)気配を感じた紫は、半目で彼女を睨みながら問い掛ける。

 返ってきたのは、そんなこと言わなくてもわかるでしょ?──もとい、基本ふざけているキーアの元ネタなのだから、私がふざけてないわけないでしょう、という言葉。

 

 ……あの子の時点で時々頭痛いのに、この人それに輪を掛けてめんどくさい奴ね!?と紫が叫ぶのを見ながら、彼女は愉しげに笑う。

 ほんのり愉悦部*9の空気を滲ませるその姿に、それを見たマシュはと言うと。

 

 

「……なるほど魔王……」

「ねぇ、アンタの感想それでいいの……?」

 

 

 隣の虞美人の呆れたような声も聞こえていないのか、彼女は真剣そうな表情でそう頷いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

『あー、そういえばちょっとだけ、小耳に挟んだ覚えがあるかも知れませんねー。せんぱいの小説、実際に見たわけではありませんが……だーいぶわけのわからないモノが並んでいたような?』

「……絶対ありえないようなモノだったからこそ、その一端であるキーアになってしまったことに、必要以上に動揺してたってこと?」

『かも知れませんね。有り得ないことが有り得てしまった時、それに抱く印象というのは必要以上に大きくなるモノですし』*10

 

 

 現実空間に戻ってきた一行は、時間が先程から一秒たりとも動いていないことに小さく驚愕しつつ。

 改めて、キーアにどうやって戻って貰うかを話し合う為、一路ラットハウスに向かったのだった。

 

 そこでいつもの面々──ライネスやらウッドロウやらと合流した彼女達は、ココアと一緒に遊んでいたBBが『おや、どこかで見たようなお姿の方が?』と述べたのを皮切りに、彼女から話を聞いていたのだが……。

 

 

「……ほら、元気だしなさいよ。設定とかネタとか、他人には話さないなんてことは幾らでもあるわけなんだし」

「…………でもBBさんには話してました…………」

『いやその、私もたまたませんぱいのノートを見付けて、ちょっとだけ話を聞いたってだけですよ?詳しい内容とか、そこまで聞いてないですし』

「…………でもBBさんには話してました…………」

「完全に拗ねちゃったわねぇ」

 

 

 カラカラ笑うキリアの視線の先、部屋の隅で『の』の字を地面に描くのは、どんよりとした空気を纏ったマシュ。

 BBが僅かとはいえ、せんぱいから自身の創作物の設定を聞いていた、ということに驚き傷付きふて寝した、その結果の姿である。

 

 初めは「ラットハウス?ラビットじゃなくて?」なんて事を言っていたキリアは、すっかり場の空気に慣れてコーヒーを嗜む始末。

 しんちゃんも居るんだ、なんて風にしんのすけに声を掛けながら、時折マシュをからかうように声をあげている。

 

 

「……キリアお姉さん、趣味が悪いゾ……」

「私ってば魔王ですもの。恨まれるのが仕事、憎まれるのが仕事。その末で私を()()()()倒してくれるのなら、それ以上望むものはないわね」

「めんどくさい人、ってことはよくわかったゾ……」

「褒め言葉ね、ありがたく受け取っておくわ」

 

 

 傍らのしんのすけは、疲れたように息を吐く。

 堅苦しい話も終わった為か、徐々にギアの上がってきたキリアなのであった。

 

 

*1
上下と左右が無限に繋がっているタイプのマップのこと。実際に作るとドーナツ型になるとか

*2
目上の人間が、その気分などによって纏まり掛けていた話を白紙に戻す様などを表す言葉。ちゃぶ台とは、丸・ないし方形の四本足の机のこと。名前の由来は正確には不明だが、ともかくそのちゃぶ台を上に乗っているモノごとひっくり返す様を、年長者の癇癪によって物事がご破談になることに例えたものだとされる。なお、元祖ちゃぶ台返しとも言われる『巨人の星』の星一徹だが、実際には『ちゃぶ台返し』でイメージされる両手でちゃぶ台をひっくり返す、という行為は行っていない。息子の星飛雄馬(ひゅうま)を叱りつける際、勢い余ってちゃぶ台もひっくり返ったというのが正解であり、それすら作中では一回しかやっていない。EDで毎回そのシーンが流れた為、イメージとして視聴者に焼き付いてしまったようだ

*3
元ネタはウイスキーの一種『ジョニー・ウォーカー 黒ラベル』のCMでの台詞『良かった、病気の子供はいないんだ』から。女性にお金を騙し取られた友人に対し、『お前だまされたな。病気の子供なんていないんだぜ』と述べたところ、その友人が微笑みながら返した言葉。印象に残る為か、色んな所でリスペクトされたりしている(例:『ONE PIECE』のDr.ヒルルクの最後など)

*4
『遊☆戯☆王ZEXAL』より、天城カイトの台詞『知らん、そんな事は俺の管轄外だ』から。知ら管と略されることも。作中のキーアイテム『No.』は、主人公のパートナーであるアストラルでなければ、安全に相手から回収することはできない。その為、ナンバーズハンターを自称するカイトは、相手の『魂ごと』No.を狩る、という行為を行っている。それに対しての説明を求めた際に返されたのがこの言葉。無責任というか非道というか……

*5
独り言を言う、という意味の古い言葉『(ひと)()つ』が変化して『ひとりごちる』になり、そこから『ごちる』のみが独立した言葉。なので単独としては『言う』くらいの意味となる。間違ってもモノを奢る、という意味の『ゴチる』ではない(こちらは『ご馳走(ちそう)になる』の短縮形)

*6
タツノコプロのアニメ『新造人間キャシャーン』のオープニングナレーション『たった一つの命を捨てて~』から。『ここすき』とか『たぁーっ!!』とかを連想する人はMAD動画の見過ぎである

*7
『ドラゴンボール』より、人造人間・セルのこと。核となる部分が残っていた為、自爆したにも関わらず復活したことがある

*8
『たった一つの~』は先程説明した通り『新造人間キャシャーン』から。『重すぎて理解を拒む』は『機動戦士ガンダム00』2ndシーズンの前期オープニング『儚くも永久のカナシ』の歌詞から。キーアが大概ネタキャラなのに、その元であるキリアがネタキャラじゃないわけないだろ、という話。会話はネタでできている……

*9
『Fate/Zero』から生まれた二次創作の一つ。この世の愉悦を楽しむ為の部活動だとかなんだとか。ルールを守って楽しく愉悦!

*10
宗教などに騙される人のパターンの一つ。それまでの価値観が崩された時、想定以上にその価値観を崩したモノにのめり込む様。意外と人って騙されたり思い込んだりしやすい、という話



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サクリファイス・エスケープ

「……で?結局のところ、何をどうすればゴールにたどり着くんだい?」

「うーん?そうねぇ、彼女(キーア)に『うるせェ!行こう!』ってできたらゴール?」*1

「いや、どうやって聞かせるのよそれ……」

 

 

 こっちも元と変わらず閑散としてるのねぇ、なんて結構失礼な言葉を吐きながら、キリアは頼んだナポリタンをくるくるとフォークで巻いている。

 それを「おおー、華麗なフォーク捌き……っ!」などと感動しながら見ているココアとか、はたまた「うちもスパゲッティ食べたいん」「じゃあお昼はそれにしよっか」などと仲睦まじくお昼ご飯の相談をしている荷葉とれんげの二人はまぁ、置いておくとして。

 

 とりあえずの目標として、リリースして特殊召喚……いや寧ろ重ねてエクシーズか。*2

 ともかく、世界から消えてしまった(フィールドに居ない扱いの)キーア*3をこちらに呼び戻すことを目標と定めた一行だが、その進退は最初から窮まっているのだった。*4

 

 

「……アンタが無理矢理連れ戻せば早いんじゃないの?」

「そりゃまぁ、早いかもしれないけれど。……それって死者蘇生の時の『それ本当に本人?』問題を解決できないから、正直おすすめはしないわよ?」

「むぅ……」

 

 

 ここでもどこかでもない場所で、ただ漂う存在となっている現在のキーア。

 しかしてそのような状態であれ、ここにいるキリアならば呼び戻せる、ということは確かだろう。与えられている設定が全て真であるのならば、それくらいできてもおかしくはない。

 

 が、それに対して彼女が口にするのは、死者蘇生というものの難しさについて。──この場合はあくまでも臨死であり、本当に死んでいるわけではないものの。一つ対応を間違えれば、そのまま黄泉の国に落ちていってしまうような場所に、現在の彼女があることは間違いなく。

 で、あるならば。それを呼び戻すという行為が、例えばイザナギだったりオルフェウスだったりの『黄泉返り』の逸話に近しいものであると考えるのは、決しておかしい話ではない。

 

 故にこそ、彼女はそれを指して、完全な死者蘇生の難しさを口にするのだ。

 一度完全に断たれたモノは、例え同じ地点から再開しようとも『一度途切れた』というラベルを貼られてしまう。

 それはすなわち、その断絶の前後が、本当に同一のモノであるのかを疑問視させるものだ。

 もし、蘇生のあとにふと『人が変わった』と感じることがあったとして。──それを、『蘇生のせい』ではないと言い切れる者が、どれほど居るだろうか。

 

 故に、細い繋がりすら残されておらず、完全に途切れたモノを再度呼び戻す──完全な死者蘇生というものに、彼女は疑問を提起するのである。

 

 

「仮に本当にそれ(死者蘇生)できたとしても、些細な違和感で不和を呼ぶものにしかならないのは明白。名称ターン(いち)じゃないなら、墓地に行ったモンスターを蘇生して再度効果が使えるように。確かに同じもの(カード)なのにも関わらず、蘇生前後で違うもの(カード)と扱われることは幾らでも類例を出せるもの。……そういう違和感に付き纏われ続けても良いって言うなら、私が全部やってもいいけど……」

「……いやその、恐らくはこちらに発破を掛けるための言葉なのでしょうが……何故例に出されるのがデュエルモンスターズなのですか……?」*5

 

 

 まぁ、彼女が説明に使うもの(カード)のせいで、今一会話が引き締まりきらないわけなのだが。

 

 マシュからの困惑混じりの苦言に、キリアは首を傾げながら答えを返す。

 

 

「……?えっと、デュエマとかマジックとかの方が良かった?私そっちは履修してないから、調べながらの説明になるけど……」*6

「いや説明に使うものの問題ではなくてですね?」

 

 

 世界は一枚のカードの表と裏から始まった、*7なんて話もあるくらいだし、説明するにはピッタリだと思ったんだけど。

 ……などという、ずれにずれまくった返答に気概を根こそぎ抜かれつつ、マシュは小さくため息を吐く。

 

 ともあれ、仮に全て一人で解決できたとしても、彼女を頼る……というのは難色を示されるものである、ということはわかったのだから、ここはもう彼女に関しては単なる賑やかしだと思っておく方がいいだろう。

 そんなことを周囲に話しながら(当の本人(キリア)はそれを聞いて、ケラケラ笑っていた)マシュは椅子から立ち上がる。

 自身に集まる視線を受け止めながら、マシュはキリリとした顔で宣言するのだった。

 

 

「せんぱい天岩戸作戦です!」*8

「……なんて???」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、キーアの奴が?手違いというか勘違いというかで?自分を死んだと勘違いしてこの世ならざる場所に閉じ籠ったから?外で楽しそうにすることで引っ張り出す?……わりぃ、俺の頭じゃ何言ってんだかさっぱりだわ」

「なるほど、なりきり郷では常識に云々、というわけですね!」

「……いや、なんでその結論?」

 

 

 マシュから事情を説明された銀時は、常と変わらぬ死んだ魚のような瞳を、僅かに困惑に染めながらそう答えるのだった。

 

 場所は変わらずラットハウスだが、あれこれと人が呼ばれた為、その店内は想像以上に賑やかなモノになっている。

 呼ばれた人達はキーアとそれなりに関わりの深かった人達ばかり。それ故、ある意味では同窓会みたいな空気になっているわけなのだが……。

 

 

「ふーん、なるほどねぇ。……正直頭が痛いって思いの方が強いんだけど、まぁキーアを呼び戻すのには手を貸すわ。ここで借りを作っておくの、後々のあれこれ的にも良さそうだし」

「凛ちゃん、それ魔法少女らしからぬ理由じゃないかな……?」

「正しさばかりでは物事は立ち行かぬ、ということだな。……一応行っておくが、私は打算なしに手伝うつもりではあるわよ?」

「ああはい、宜しくお願いしますねチーム魔法少女の皆さん」

 

 

 キリアとキーアの設定について説明された結果、理解を放棄してとりあえず恩を売り付けることに決めた凛と、それに苦笑を溢すなのはや、小さく頷く翼。

 少し離れた位置では琥珀が何やら機械を弄っているし、更にその奥ではその機械を物珍しげに眺めるさやかの姿も見えた。

 

 

「ふむ……なるほど、言いたいことは山程あるが、今は置いておくとしよう」

「そいつはどうも、水の神様(メルクリウス)さん?……そういうとこ、本人(原作)からすると取っ付きやすくていいと思うわよ?」

「はははは獣のこれは喧嘩を売られていると見ていいのかなはははは」

「……やめよ、このような場所で戦端を開こうとするな、水銀の」

 

 

 そのまた向こうでは、なんとも言えない不快感を覚えるのか、とはいえ彼の『華』の(意味合い的には)母になる相手だから殊更に厭うこともできないのか、なんとも言えない小競り合いを続ける水銀とキリア、それからその二人を宥めるマスターテリオンの姿がある。

 どこからともなく話を聞き付けてやってきた、とのことだが……全てを抱き締めるモノであるとはいえ、その肩書き(魔王)通りの人物であることやら、その肩書き(魔王)から感じる印象などから、なんとも微妙な空気になってしまっているようである。

 

 まぁ、厨房で料理をしている魔王(波旬)に出会う方が、酷いことになるのは目に見えているので、ある意味まだマシな光景なのかもしれないわけだが。

 

 

「……うちのメンバーが苦労を掛けるな」

「ははは……大丈夫、まだ耐えられますわ」

「そ、そうか……」

 

 

 そことは別のテーブルでは、粗相をしそうになっている仲間にハラハラしているアインズと、その横で(そもそもこの座っている位置自体が胃痛の原因なんだってば)とでも言いたげな紫が、表面上は仲良さげに会話をしている姿も見える。

 ……粗相云々については、そのまた別の席で『キーリートーくーんー?』『げぇ?!アスナ!!?』している二人組を筆頭に、結構わちゃわちゃしているのでアインズが心配するのも然もありなん、と言ったところではあるわけだが。

 

 ともあれ、ラットハウスが騒がしくなっていることは確かな話。

 そんな店内を水銀から離れ、楽しげに眺めるキリアは。

 

 

「……ふふっ、まぁいいんじゃないかしらねぇ」

 

 

 と呟きながら、手にしていたカップを傾けるのだった。

 

 

*1
『ONE PIECE』より、チョッパー勧誘時のルフィの台詞。ゾロからは『うるせェって勧誘があるかよ』と言われたりもした

*2
『遊☆戯☆王OCG』より、諸悪の根源()の一つ。特定のモンスターに対し、それに重ねることで特殊召喚できるタイプのエクシーズモンスターのこと。召喚条件が緩すぎるって言ってるでしょうが()

*3
エクシーズモンスターの素材となったカードは、その間フィールドには『カードとしては』存在していない扱いになっている。その為、そのカードの持つ効果などは発揮されず、またフィールドには居ない扱いなので『フィールドから墓地に行った時』などの条件を満たすこともできない。……『フィールドから』と書いていない、単なる『墓地に行った場合』などの表記であれば、それらの効果は発動する。お前のことだよイーバ()

*4
『進退窮まる』とは、中国最古の詩集『詩経』内の一文『人また言あり、進退(これ)(きわ)まる』を由来とする言葉。前にも後ろにも進めず、どうにもできないことを指すもの

*5
名称ターン一とは、『遊☆戯☆王OCG』における『名前を指定してある状態で一ターンに一度の制限のある効果』のこと。ループの原因になるような効果だったり、そもそもに強すぎる効果などに課せられる制限の一つ。現在は『このカード名の~』から始まるが、昔は直接そのカード名が書かれていたりした。名前を指定している為、同名の別カード(いわゆる二枚目)であっても一度効果を使っている場合は同一ターンにその効果を使うことはできない。逆に名称指定がない場合、一度墓地や手札・山札に戻った同一カードであっても、再度効果を発動することができる。その様を『一度非公開情報になった為、同一性と連続性を失った』という例としてあげている、という話

*6
前者は『デュエル・マスターズ』、後者は『マジック・ザ・ギャザリング』のこと。両者ともカードゲームの名前

*7
『遊☆戯☆王GX』の最後の方で唐突に明かされた真実。カードゲームが主体の世界は、そもそもカードから生まれた世界だった……!?

*8
日本神話における一エピソード、及びその舞台の名前。日本の最高神である天照大神がこの洞窟に隠れた為、世界が闇に包まれる『岩戸隠れ』が起きた



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騒げ遊べ天に届け

「どうですかキリアさん!こちらの様子は、せんぱいに届いていますでしょうか!?」

「うーん、どうかしらねぇ?もうちょっと派手にやる(もっと腕にシルバー巻く)といいんじゃないかしら」*1

「もっと派手にですね、了解です!ではココアさん、ここはデュエルを申し込みます!」

「え、いきなりデュエル?マシュちゃんのテンションがよくわからないよー!」

 

「……収拾がつかねぇやつじゃねぇか、これ?」

「いつものことだろう?今更ぼやくことじゃあ、無いんじゃないか?」

 

 

 天岩戸とはよく言ったもので、ラットハウスの中は今やちょっとした宴会の様相を呈し始めている。

 

 その様は、異変解決後の神社でのお祭り*2を彷彿とさせるものでもあるからか、当初は渋い顔をしていた紫もいつの間にか酒飲みテンション(一応勤務時間中なので飲んでない)になってしまい。

 隣に座っていたアインズは、基本的に彼の前では『幻想郷の賢者・八雲紫』のキャラクターを崩さなかった彼女のあまりの変貌ぶりに、思わず目を白黒させていたのだった。

 

 まぁすぐさま沈静化が働いたのか、はたまた程度は違えど羽目を外す面々を知っていたからか、静かに動向を見守り始めたのだが。

 諦めて放り投げたとも言う。

 

 

「……話に聞いていたところでは、彼はアンデッドの王を名乗るに相応しい、残酷非道な性格をしているとのことでしたが……はて?」

「いやアルトリア、それどこで聞いたんや……?元ネタの方は……まぁ、外伝でもあらへんと取っ付き辛いんは確かやろうけど。*3少なくともこっちのあの人は、中身の主体が人だった時の方やからそこまで警戒せんでもええ、てキーアが言うとったやん」

「……?寧ろタマモは、それをどこで聞いたんだ?私は初耳なんだが」

「あ、あれ?なんでウチが変なこと言うた、みたいな空気に……?」

タマモさんタマモさん、その話は向こう(新秩序互助会)でしていたものですわ

「……あー、そっち行った時に聞いたんやっけ。そら知らんわな、すまん二人とも」

「むぐむぐ、気にしてないから大丈夫だ」

「はい、無用な警戒であるのならば、それに越したことはありませんからね、はぐはぐ」

「ああ、おおきに。……ところで二人とも、いつまで食べる気なんや……?」

「「無論、死ぬまで」」*4

「いやそれはおかしいやろがいっ!?ってかハモんな!」*5

「え、ええと。私も『パクパクですわ!』と仲間に入った方が宜しかったりしますか……?」

「やめーやマックイーン、アンタまで混じったら収拾つかへんやろ!?」

 

 

 そんな彼を見つめながら、アンリエッタ……もといアルトリアがふむ、と小さく息を吐く。

 

 アインズ・ウール・ゴウンと言えば、極悪非道のオーバーロード(アンデッド)……というような謳い文句を誰かから聞いていた彼女は、実際の彼が思った以上に取っ付きやすく親しみやすい人物であったことに、少なからず驚きを見せていたのだった。

 

 まぁ、事前にキーアから『あの人は大丈夫だよー』と聞いていたタマモ(クロス)は、そんな彼女の警戒を大袈裟な、と笑っていたわけなのだが。……が、横合いからのオグリの言葉に、あれ?と首を捻ることになる。

 

 キーアは暫く向こう(新秩序互助会)にいた為、アインズの人となりについてもそれなりに把握している。

 その彼女からの忠告と言うか諫言というか、とにかくありがたいアドバイスだったことを覚えていたが為に、彼女はアルトリアの対応を笑ったわけだが……それが自身の聞き間違いとかだとすると──ユニバースなんて胡乱なものに関わってしまっている彼女としては、どうにも背筋が寒くなってしまうわけで。……フォースの導き*6だったりしないだろうな、というか。

 

 そんな、真夏の怪談には早すぎる恐怖体験は、同じ机に集まっていた数少ないウマ娘勢の一人・メジロマックイーンの言葉によって氷解する。

 ……まぁなんというか、タマモだけそっち(新秩序互助会)に行く機会があった為、そのタイミングで聞いたというのが真相だったようだ。

 

 思わずほっ、と胸を撫で下ろした彼女は、惚けた発言をする他三名にいつものようにツッコミを入れる為、小さく席から腰を浮かせるのだった。

 

 

「……なるほど、マーボーカレー。単なる好事家共の道楽かと思っていたが、これは中々……」

「良ければレシピを持って帰るかい?」

「……!構わないのかね?」

「ああ、気にすることはない。君のような料理人に教えるのであれば、このレシピも私に文句を言うことはないだろう。遠慮せずに受け取ってくれたまえ」

「ああ、それではありがたく頂戴しよう。……今日の夜は、早速試すとするか」

「カレーなら単品が良いと思っていたが、これも中々上手いよな!」

「あ、ああ、そうだな。……ドラマCD基準だとは事前に聞いていたが、なんとも心臓に悪い顔だな……

 

 

 厨房に目を向ければ、未だ表に並べる料理を作る為に腕を振るい続けている、数名の料理人達の姿が見える。

 その内の一人であるエミヤはと言うと、ウッドロウが作った本家本元とでも呼ぶべき『マーボーカレー』を一口味見して、その美味しさに感銘を受けていた。

 

 麻婆豆腐とカレーを混ぜた、というところに型月関連キャラの端くれとしては思うところがないわけではない*7が、それが美味であるのならば些細な話。

 同じく厨房に立っていた波旬になんとも言えない視線を向けながらも、ウッドロウから渡されたレシピのメモを大切そうに懐にしまうエミヤなのであった。

 

 

「……一時はどうなることか、などと気を揉んだものじゃが。意外となんとかなるものじゃのう」

「まぁ、そもそもこっちに来れる人員自体、ある程度弁えられる人物に限られているからねぇ。然もありなん、という奴さ」

「……水銀って奴は、弁えられてるのか、あれ」

「あれは例外だろ。変に押さえ付けて反発されても困る。とりあえずはちっさい方のキリアを与ときゃ、基本的には無害だしな」

「……それ、キリアが生け贄にされてる、ってだけじゃねぇのか?」

「平和の為の礎というやつじゃな。あやつもきっと草葉の影から笑っておることじゃろう」

「……いや、死んでねぇっつーかそっから呼び戻す為に、こうやって騒いでんだからな?間違ってもマシュの前で言うなよ、それ」

「いや、キーアの事じゃから雑な扱いをされればツッコミに戻ってくるじゃろう、と踏んでのことだったんじゃが……」

「あん?」

「ワンパターンな呼び戻し方じゃあ、それが間違いだった時にリカバリーに追われることになるだろう?私達は敢えて泥を被ろうとしている、というわけさ」

(……言ってることは間違ってねぇはずなのに、なんでこう胡散臭ぇんだろうな、こいつら)

(俺に聞くんじゃねぇよハセヲ、んなことわかるわけねぇだろうが)

 

 

 店内を見渡しながら呟くのは、久方ぶりの穏やかな時間に骨を休めているミラと、そんな彼女にベリージュースの類いを渡すライネス、それから引っ張られてきたハセヲとハジメ達。

 

 老人のようなことを呟くミラと、それに相槌を打つライネス。

 それから、それらの発言に律儀にツッコミを入れるハセヲと、若干のうんざりしたような表情を浮かべるハジメ。

 口の悪い男子ということもあり、話が合うんじゃないかというどこかの誰かのお節介によりセットにされた二人だったわけだが。

 ハセヲの方はと言えば、相手の口の悪さが()()()()()ものであることに薄々気が付きつつ、それを指摘するような真似はしないでいる。

 基本的に空気の読める彼なので、その辺りは配慮が勝ったということだろう。……誤算があるとすれば、向こうはどちらかと言えばそれを指摘してほしい、と思っていなくもないということか。

 

 

(……一言『それ、ダルくねぇか?』とでも言って貰えれば、こっちも口調を崩せるのに……とか思ってそうな顔じゃのぅ)

(まぁ、私達は指摘するつもりはないんだけどね?)

 

 

 によによ笑う少女二人。

 その笑みを後ろを向いていたハジメは見ることは無かったが……突然背筋に走った謎の悪寒に周囲を見渡していた辺り、彼の前途は多難そうなことだけは確かだろう。

 

 

「あ、エーくんはんにゃすー」

「はんにゃすー、れんげ。なんだか久しぶりな気がするねぇ」

 

 

 そことはまた別のテーブルでは、お昼ご飯を食べるれんげと荷葉に声を掛ける∀の姿があった。

 今回の彼は先に昼食を済ませていたようだが──所詮は腹八分目だったのか、その手には近くの大皿から山のように盛られた数々の料理達の姿がある。

 付き添いで一緒にやって来たクリスはもういつものことだ、とばかりに気にしていなかったが……。

 

 

「……ホントにたくさん食べるのね、貴方」

「?シャナは食べないのー?」

「あーうん、今はいいかな……ちょっと胸焼けしてきたというか」

「僕は食べられないからあれだけど……君が結構な大食いだ、というのはよくわかったよ」

「そうかなー?僕まだまだ食べられるよー?」

「……エーくんは燃費悪すぎじゃない?」

「いっぱい食べたら、もしかしたら大きくなるかもしれないん!」

「SDからリアル形態に*8、って?……あ、割りと否定できないんじゃないの、これ?」

「うわぁ……うわぁ……」

「未だ成長期、ってこと?……ゾッとしない話ね」

 

 

 一緒にやって来ていたシャナとアルフォンスは、揃って微妙な顔。

 それもそのはず、彼女達はあくまで風の噂に『∀はたくさん食べるタイプ』と聞いていただけで、実際にその食事風景を見るのは今回が初めてだったのだから。

 まるでワドルディの食事風景のように、吸い込まれたわけでも飲み込まれたわけでもないのにどこかへと消えていく食事達は、特にシャナに対して少なくない胸焼けを覚えさせたわけで。

 ……あとで(ブラック・ジャック)に胃薬でも貰おう、なんてことを内心で思いながら、彼女達もテーブルに着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな、多種多様な人々の騒がしくも楽しいやり取りを眺めながら、マシュはポツリと声を溢す。

 

 

「──せんぱい。せんぱい?これは貴方が勝ち取ったもの、貴方がやって来た事の成果。見えていますか、届いていますか?貴方はいつも自分を卑下するけれど──それでも、確かに救われたものはあるのです」

 

 

 優しげな声音で溢れ落ちていくそれは、彼女のせんぱいに対してのもの。

 もっと上手くできたんじゃないか、とか。

 もっと別の手段があったんじゃないか、とか。

 そうして悔やんで悩む彼女の背を、見ていた彼女だからこそ。

 それを赦すように落とされる言葉には、確かな慈愛があり。

 

 

「ですから、せんぱい。──貴方は、ここにいていいのです。ここに、居てください、せんぱい──」

 

 

 祈るように、願うように。

 真摯な言葉は、確かにその胸に届き。

 

 

「…………恥ずかしい台詞禁止!」

「……!せんぱ……せんぱい?」

 

 

 照れ臭そうに声をあげながら、彼女は帰ってくる。

 その懐かしい声に、彼女は喜色を浮かべながら声の方に視線を向けて。

 その姿に、思わず声を漏らした。

 

 

「せ、せんぱいが……」

「「「「「「小さくなってるーっ!!?」」」」」」

「ちっちゃくないよ!」

 

 

 そう、現れた彼女は──人形サイズにまで縮んでいたのだ!

 

 

*1
初代『遊☆戯☆王』より、王様の迷言の一つ『もっと腕にシルバー巻くとかさ!』から。漫画版だと『もっと腕とかにシルバー巻くとかよ!』とちょっと違っている。どちらにせよ、王様のエジプトセンスが爆発した台詞であることに違いはない

*2
酒が飲めるぞ~♪……何かにつけて騒ぎたがる幻想郷の面々が異変終了後に行うこと。見た目少女達が酒を飲んで騒いでいることを突っ込んではいけない

*3
『異世界かるてっと』などのこと。少なくとも本編のテンションで他の作品の面々達と普通に会話できるとは思えない

*4
漫画『るろうに剣心』のキャラクター、斎藤一が自身の信念を貫き通す決意を示した言葉

*5
『ハモる』とは、英語の『ハーモニー(harmony)』を動詞化したもの。ギリシャ神話の女神『ハルモニア』を語源とする為、意味合いとしては『調和する・させる』となるか

*6
映画『スター・ウォーズ』シリーズに登場する言葉。銀河を繋ぐ大いなる力であるフォースは、ある意味では運命を司るモノとも言える。なお、フォースを使う為には特定の微生物が体内に共生している必要があり、強大なフォースをあやつれる者はより多くの微生物と共生していることになるのだとか

*7
外道神父(言峰)カレー聖職者(シエル)のこと。多分両者共にマーボーカレーには良い顔をしないような気がする……

*8
一部のSDガンダムに備わっている機能。パーツを組み換えることで、普通のガンプラと同じ等身になることができる



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帰ってくれウル○ラマン

「も、戻ってきたと思ったら、に、人形サイズになってるとか……っひーっ!ひーっ!笑い死ぬーっ!」

「うるせー!笑うんじゃねぇこのーっ!このーっ!」

いひゃいいひゃい(痛い痛い)やめへっへはひひは(やめてってばキリア)

「君がッ泣くまで、口を引っ張るのを止めないッ!!」*1

「あ、あわわわ、どどどどうすればよいのでしょう!?」

「落ち着きなさいよマシュ……それにしても、小さくなったとはねぇ」

 

 

 一応は当初の目的を達成した為、現地解散した者達を除いた、数名の人々。

 彼らは変わらずラットハウスに居て、目の前で起きている事態に頭痛を堪えるような姿を見せていた。

 

 問題となっているのは二名。

 涙まで流して腹を抱えながら大笑いしているキリアと、その口をぐにぐにと引っ張り続ける──人形サイズとなってしまったキーア。「せんぱいがスケールフィギュアになってしまわれました!?」*2などと頓珍漢な事をマシュが述べていたのも、まだ記憶に新しい。

 

 ともあれ、世界から霧散していた彼女が、辛うじて体を取り戻した結果がこれ、ということはなんとなくわかるわけだが……。

 

 

「ぐぬぬぬ、黒歴史まで開帳されるし体は小さくなるし、踏んだり蹴ったりじゃんこんなの……っ!」

「まぁ、私が居る状況下じゃあ、簡単に元には戻れないわよねぇ」

「……?ええと、キリアさんが居てはダメ、なのですか?」

 

 

 悔しげに顔を歪めるキーアと、その頬をツンツンと突っつきながらニヤニヤと笑うキリア。……そうして突っつき過ぎたが故に、キリアはキーアに指をがぶりと噛まれていたが。痛がってはいるものの、実際には然程堪えている様子はなく。

 効果がないことをその目で確かめることとなったキーアは、小さく悪態を吐きながら彼女の指から離れるのだった。

 

 ……端から見ている分には、単にじゃれあっているようにしか見えないそのやり取りだが、実際には色々とややこしいところがあるらしい。

 

 

「根本的に、キーアは私の上位互換(アップグレード)……そっちの感覚で言うと下位互換(ダウングレード)だから、基本的に優先度の高い方にあれこれと引っ張られちゃうのよねー」*3

「…………??????」

「あー、マシュ?……私達みたいなのは、雑に言うと『弱い方が凄い』のよ」

「なる、ほど?」

 

 

 彼女達が話すのは、今までの話からの発展系。

 

 彼女達は『星の欠片(スター・ダスト)』という能力──正確には能力ではないらしいが、便宜的に能力と記す──を持つ者なのだが、その能力の持つ法則というのは、基本的には今ある物理法則と相反するものである。

 

 普通の技能達が、積み重ねる事──能力を高めることに重きを置くものであるならば、彼女達のそれは能力を細分化し、卑小化して行くことにこそ価値を置くもの。

 つまり、ポケモンで言うところの常時トリックルーム(遅い方が速い)とか常時さかさバトル(弱点と耐性が入れ替わる)を極めようとするもの、というのが感覚的には近いわけである。

 

 正確には、もっとややこしい性質なのだが……それを語るには長くなる為割愛。

 ともあれ、少なくとも彼女達の間にある相性という意味では、原案──より小さい(土台となる)モノであるキリアの方が、影響力が強いということになるのだった。

 

 

「だから、キリアがこうして顕現してる間は、本来私は現実世界には出てこられないのよ。……無理した結果こんなことになった、ってことでもあるってわけ」

「……あれ?ということは、今までキリアさんが煽っていらっしゃったのは……?」

「別に意地悪してたわけじゃないわよ?私がこっちに居るまま、彼女がどこかに行ったまま。……その状態が続くってことは、その内私がこっちに定着してしまう理由にもなるし。そうなったらもう二度と、キーアはこっちには戻ってこられなかった。──無理矢理にでも呼び戻すべきだった理由としては、とてもわかりやすいでしょ?」

「な、なるほど……」

 

 

 それを聞いたマシュは、先にキリアを元いた場所に追い返さなければ、そもそもキーアを元に戻すことはできないのでは?

 即ち、今までの行動は彼女の手の上で操られていただけなのでは?……という疑問を得てしまったのだが。

 それだと私を追い返す前に彼女消えてたわよ?……と言われれば、決して悪意を以てこちらを煽動していたわけではない、と押し黙る他なく。

 

 とはいえ、彼女の浮かべる笑みから察するに。

 決してそういう(愉悦的な)感情を抱かずに、こちらの行動をコントロールしていたわけではないだろう……という、何とも言えない確信を得ることにもなったのだが。

 

 

「あらやだ心外。私ってば皆のことをちゃーんと愛してるのに、ねぇ?」

「……その愛ってのは、善も悪も老いも若いも男も女も関係なしに、ただ人であるのならばその全てが()い、とかそういう類いのものでしょうに」

「おやおや流石は作者様、私の事をよーくご存知で」

「……うがーっ!!もーやだこいつぅ……っ!!」

 

 

 なお、マシュの呆れたような反応に彼女が返すのは、私ほど博愛精神に溢れた者も居ないのに、という言葉。……直ぐ様横の作者(キーア)に苦言を呈されていたが、それすら軽く笑って流す彼女に、キーアは頭を掻きむしりながら転げ回るのだった。

 

 

「……なんかこう、オーバーリアクションじゃない?今日のキーアちゃん」

「ああそれはね?(キリア)っていうのは、確かに世界の何処かに実在したモノが、現実に呼び出されたモノではあるけど。それはそれとして、彼女の認識に被るような、『自分が作ったキャラクター』を思い起こさせるようなモノでもあるから。……こっちがそれを認識し、かつからかってくることになるわけだから、そっちの感覚で言うのなら『黒歴史が実体を持って目の前で動いているようなもの』になるのよ」

「うわぁ」

「ひ、ひどい……(むご)すぎる……」

 

 

 そんな彼女の様子が、今までよりも余裕がないモノに見えた紫が、小さく疑問の声をあげる。

 それを耳聡く聞き付けたキリアは、キーアにとって自分が(その実在の可否は別として)生きた黒歴史のようなものなのだ、と笑顔で告げた。……聞いた方の紫は小さく呻く他ない。他の面々の反応も似たようなものである。

 

 創作物を書いた時に、『く~疲れましたw』とか後書きに書いてしまったようなものだ。*4

 目の前で動くのは、自身が昔書いたことのある小説のキャラクター。しかしてそれは、自身が被造物であることを知りながらも、それを元にメタ発言をかまし続けるのだ。

 

 それがどれほどの精神負担をもたらすのか。……それはまぁ、目の前でごろごろと頭を抱えながら転げ回る彼女(キーア)が示しているわけで。

 質が悪いことに、この二人は『負けることに意味を見出だした』存在である。……即ち、悪し様に罵られようが、全く堪えないのだ。

 そういう意味では、彼女(キリア)を源流にして、周囲に馴染みやすいようにキャラを作り替えたとはいえ、持ち合わせる性質的にはダメージ耐性の高いはずのキーアなのだが。

 それはあくまでも肉体的なスーパーアーマーであり、精神面の防御が高いわけではない。

 

 ……結果、こうして実在している以上は、殊更に作者面をするわけにもいかず。

 かといって目を逸らし続けるには、自身の羞恥心を刺激して止まない……という、真実彼女(キーア)特攻となってしまっているキリアとの対面というのは、顔を合わせるだけでその精神を削り続けるモノと言えてしまうわけで。

 ──外野としては、最早御愁傷様としか言い様がない。

 

 

「……というか、話だけを聞いていると彼女、いわゆる人類悪めいてすらいないか……?」

「善人悪人その他諸々、個々人が持ち合わせているモノに関わらず、人の為す事であるならば祝福し応援する……それは言葉だけを聞けばとても良いものにも思えるが、その実態は戦争だろうが貿易だろうが恋愛だろうが殺人だろうが、人が行う活動であれば()()()()()()を支持する、というものなのだろう?──正気の沙汰ではない、というのは確かだな」

「おおっと、もしかしてやぶ蛇だったかなー?」

 

 

 そんな中、恐る恐ると言った風にアインズが口を開く。

 先ほど彼女が軽く触れたそれ──正負を問わず、人の行う活動であるのならばその全てを支持する、という彼女の主張。

 それは、全てを肯定するが故に全ての滅びを──自業自得のそれまでを言祝(ことほ)ぐ、という事と同じであり。

 

 それは人()滅ぼす悪である『ビースト()』の愛と、然程変わらないものではないのか?……そんな疑問を持ってしまうのは半ば必然であり。

 いきなり風向きが変わったことに、キリアは小さく動揺したような顔を浮かべている。

 

 

「……なぁにが、やぶ蛇じゃーっ!!『気付かないかなー?いつ気付くかなー?』なんて内心うきうきしてた癖にー!!」

「ははは。やっぱり作者様が居ると、話が早くていいわねぇ」

「あ゛ー!!もうやだホントにやだーっ!!!」

「せ、せんぱいが駄々っ子に!?」

 

 

 ……無論、それすらいわゆる『誘い受け』でしかないことは、その性格を作った(正確には観測した)者であるキーアにはお見通し、というわけで。

 根本的には自身を倒されるべきもの(魔王)として定義し、それを打ち倒す勇者を愛いと笑いながら待ち続ける者である彼女は、なんなら『今からここにいる人全員で襲い掛かって来てくれてもいいのよ?』……とかなんとか(たわ)けたことを思っている、と言うことをキーアは理解している。

 

 ……理解しているからこそ、彼女はずっとこんな感じで私の精神を削り続けるのだろう、ということもわかってしまうわけで。

 つまりは何をしても彼女の掌の上。ビーストⅢはもう間に合ってるよ!……なんて冗談すら言い出せず、頭を掻きむしる羽目になるのだった。

 

 

「えー?でも内心貴方も思ってるでしょ?源流は同じなんだから、『私に乱暴するつもりでしょう?エロ同人みたいに!』とかなんとか、言ってみたくなったりとかさ?」*5

「わ゛ーーーーーーー!!!!!!止めろめろめろキリアめろ!!!」*6

「せんぱいが今まで見たことないほどの荒ぶりをっ!?」

 

 

 ……そうして耳元で自身の性癖(ソフトM)的なモノを暴露されれば、最早爆発する他なく。

 暫くの間、ラットハウスは喧騒に包まれ続けることになるのだった……。

 

 

*1
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(Part01)『ファントムブラッド』に登場する主人公、ジョナサン・ジョースターがディオ・ブランドーを文字通り泣くまで殴った時に言った台詞。温厚な人ほど怒らせてはいけない、というある意味での見本

*2
元となるキャラクターに実際に設定されているデータを元に、縮小した形で作られているフィギュアのこと。対義語は『ノンスケールフィギュア』で、こちらはねんどろいどのようなデフォルメ体型のようなものも含む。いわゆる『何分の一』のような表記のあるフィギュアのことであり、設定に忠実な分クオリティが高めになる傾向がある

*3
ソフトウェアの用語。等級(グレード)上げる(アップ)、ないし下げる(ダウン)こと。ソフトウェア的には、オペレーションシステムを更新する、または前の物に戻すことを指す

*4
とあるSSスレに投下された怪文書。……と書くとあれだが、要は後書きのこと。作中の人物が後書きに出てくる・作者が作中の人物と会話するなど、いわゆる地雷要素の典型例としてもあげられる。──昔のライトノベルの後書きでは、わりと頻発していたらしいことは内緒。言ってしまえば時代の流れで消えていったもの、とも呼べるかもしれない

*5
機動戦士ガンダム00の同人誌『私立トレミー学園 炎のKAINYU転校生 セカンドシーズン』におけるマリナ・イスマイールの台詞を、『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』のコマに当てはめたコラ画像が元ネタ。なお正確には『やめて!私に乱暴する気でしょう?エロ同人みたいに エロ同人みたいに』という台詞。勘の良い読者ならわかるかもしれないが、正真正銘全年齢作品が元ネタである

*6
『NARUTO』のネット上でのコラ『ナルトス』シリーズより。いわゆるうちはラップ。なお、『ナルトス』とは『ナルトスレ』の短縮形。ネタの元となったコラを排出していた掲示板の仕様上、一覧では五文字目以降が省略されてしまう為、結果として残った四文字(ナルトス)がこれらのコラを示す言葉となって行ったとかなんとか




小さくなったキーアは果たして元に戻れるのか!
……次章へ続きます()


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幕間・それは遠くて近いもの

「おはよーマシュ」

「あ、はいせんぱい。おはようございます。今日はお早いのですね?……それから、その格好は一体……?」

 

 

 あれこれと長かった喧騒も、遠い向こう側(過去)へと消え去ったある日の朝のこと。……いやまぁ、あれから一週間も経ってないわけだが。

 

 台所で朝食の用意をしていたマシュは、珍しく一人で──というと語弊があるが、ともあれ周囲に苦手だと公言している朝なのにも関わらず、眠気を感じさせないスッキリとした顔を見せながら起きてきたキーアの姿に、小さく驚きの表情を見せていたのだった。

 無論、ちゃんと起きられたんだね?……的な、小さい子に対するような驚きだけではなく、当のキーアが纏っていた服装に対しても、同じように驚きを覚えていたわけなのだが。

 

 というのも現在の彼女の格好、何故か『魔法少女リリカルなのは』シリーズのキャラクターの一人、リインフォース(ツヴァイ)のバリアジャケット姿だったのである。*1

 いやまぁ、現在の彼女の小ささも相まって、割りと似合っているのは確かなのだが。……何故いきなり、それも早朝からコスプレを?とマシュが思うのも仕方がないと言えるわけで。

 

 そんな風に彼女が困惑している間に、キリアの(いわゆる大きい)方もあくびを噛み殺しながら台所に現れる。

 

 彼女は室内で困惑した様子を見せているマシュを確認したのち、暫くは首を捻っていたのだが。ふよふよと宙に浮いているキーア……そして彼女の服装を見た途端、何かに気付いたように目を輝かせ。

 その様子に不穏なものを感じたマシュが止める間もなく、キリアにキーアと目配せをしたあと、彼女と同じ大きさに変化(!)して、

 

 

「フュ───」

「フュ───」

 

「「ジョンッ!!」」

 

「「ハーッ!!!」」

 

「!?」

 

 

 謎の躍りと共に指を突き合わせた二人は、突然爆発!

 いきなりの爆風(演出用、破壊力はない)に目を白黒させるマシュの前では、二人の姿を隠すように煙が視界を奪っていて。──その煙の中から、二人の声が重なって聞こえてくる。

 

 

『私はキリアでもキーアでもない』
 
『私はキリアでもキーアでもない』
                 

『───私は、お前を倒す者だ!』
 
『───私は、お前を倒す者だ!』
                     

 

「ぶふぅっ!!?」

 

 

 煙が晴れた結果現れたのは、白目を剥いてどこか迫力のある表情をした、キーアでもキリアでもない謎の少女。

 ……事前に行っていた動き(フュージョンダンス)から、これが何をリスペクトした結果のモノなのかに気付いてしまったマシュはと言えば、思わずといった風に綺麗に吹き出していたのだった。*2

 ……他の面々が起きてくるまで彼女が咳き込み続けていたことは、言うまでもないことだろう。

 

 

 

 

 

 

「生憎と私にはあの二人(シャルルとジョゼフ)以外の元ネタ?とやらはよくわかりませんが……その姿だと、何か特別なことができるようになったりするのですか?」

『くしゃみが出そうで出ない魔法とか?』
 
『くしゃみが出そうで出ない魔法とか?』
                     

「……ぜっったいに使わないで下さいねその魔法っ?!」

 

 

 人生長く生きていれば、色んなことがある……というわけで、ここぞとばかりに再現ネタに走った私である。

 なお、件の魔法については別にフュージョンしなくても使える。この辺りはチートキャラの面目躍如、というやつじゃな()

 

 

「……まぁでも、一時期あのキャラ(オリーシュ)を元ネタにした三次創作とか結構あったし、真似できる機会があるならやってみたいって気持ちは、別にわからなくもないわね……」*3

「でしょでしょー?ナデボとかチャーハンメテオとか、意味もなく小説の中で使いたくなったものよ……」*4

「やられる方はとんだ迷惑だと思うけどね、あれ」

 

 

 クリスの言葉に相槌を打ちながら、しみじみと頷く私である。

 あの時期は二次創作にオリ主が氾濫した時代だったが、それに対して色々と違う感じのキャラクター性をしていたあのキャラは、意外と色んなところで流行ったモノであった。*5

 ……まぁ安易な物真似は上手くいかないのが世の常というやつで、数々のエタり作品を生み出してきたのも確かなわけなのだが。

 

 確かに端から見れば、単なる迷惑感溢れる行動も多かった彼だけど、一応相手の本気で嫌がりそうなことはしない、というのも彼の基本であったため、その辺りのトレースの難しさも他の三次創作達が長続きしなかった理由であったりしたのかもしれない、なんて風にも思ったり。

 ……なんで私は、他所様の二次創作の話を、朝っぱらから真面目な顔でしているんだろうね?

 

 ともあれ、流石にあのままフュージョンを続けるのはめんど……もとい疲れるので解除した私達は、今は普通に席に着いている。

 

 思えば唐突に始まったビースト戦からこっち、わりとドタバタし続けていたこともあり。こうして落ち着いて過ごせる朝というのは、意外と久しぶりのような気がしないでもない私なのだった。

 と、言うのも……。

 

 

「はぁ、こちらから居なくなっている間に、貴方は再びハルケギニアの地を踏んでいた……と?」

「そうそう。なんか久しぶりにルイズとかサイトとかにも出会ったりしてさー。二人とも元気そうだったよー」

「それはなによりですね。……ところで、私について何か言っていたりだとかはしましたか……?」

「んー、『姫さま頑張ってー』とか、そういうことなら聞いたかな」

「なるほど……彼女達の信に応えられるよう、より精進せねばなりませんね」

 

 

 こっちに居なかった暫くの間、私の魂?的なものは、こことは違う別世界・ハルケギニアへと飛ばされていたのである。

 

 私の感覚的には、ビースト相手に自爆特攻しようと思ったら、いつの間にか向こうの遥か上空に飛ばされていた……ということになるわけで。

 困惑しながら落下する私を、いち早く見付けたタバサ&シルフィに助けられ、そのまま魔法学院に向かった私は。

 そこで初めて、私に憑依されていない素の状態のキーアちゃんと、顔を合わせることになったりしたのだった。……こいつここ最近、自分と同じ顔とばかり出会ってんな?

 

 まぁそんな感じで向こうに出現した私は、そのまま向こうで起きた細々とした面倒事を解決していたわけなのである。

 ……なのでまぁ、死にかけてたみたいな扱いのわりに、結構忙しくしていたりもしたのだった。

 

 

「……爆発に転移……もしかしてハルケギニアって、バイストン・ウェルと同じ扱いだったり……?」*6

「なるほど、だから私も妖精みたいに小さく……って喧しいわっ」*7

「耳元で怒鳴るな?」*8

「耳元でドナルド?」

「「らんらんるー♪」」*9

「……ええと、収拾が付かないので、とりあえず食べませんか……?」

「「はーい」」

 

 

 そんな私の体験談を聞いたクリスは、自爆特攻で別の世界に転移、というところに既視感を覚えたらしい。……具体的にはスパロボUX。

 

 まぁ確かに?聖戦士ショウ=コハ=ザマとか、生存ルートだと原作通りに自爆特攻して?それから異世界転移で凄腕戦士になったとかいう、ある意味でなろうみたいなことしてたわけだけどさ?*10

 

 だからって私までそういうことになってる、ってわけでもなかろうよ。……みたいなツッコミは、一応させて頂きたいというか。

 今の私のサイズが妖精めいている、というのは間違いではないけども。こんなところでも変なフラグ(オベロン役的な意味で)が成立してたのか、という感じもなくはないけども。

 

 まぁそんなことを呟きながら、唐突に謎の躍りを舞い始めた私とキリアを、困ったような笑顔で注意するマシュの言葉に頷きを返しつつ、私達は朝食を食べ進めていた……わけなのだけど。

 

 

「……こう、この歳にもなってお人形遊びめいたことをすることになるとは、思ってもいなかったといいますか……」

「Y○UTUBE探すと、ミニチュアサイズの料理作っている人とか意外といるから、それを参考にすることになったんだっけ?」

「そうですね。……まさかの活用法ですけど」

 

 

 私が食べているご飯は、私のサイズに合わせたモノになっている。……バレンタインがやって来るごとに料理技能が上がっていることの証左とでも言うのか、これらはマシュが動画サイトを参考にしながら拵えたモノである。

 その出来映えは、他の面々の食事をそのまま縮小したかのような、とても見事なもので。……『うちの後輩の料理スキルの上がり幅が天井知らずな件について』とかなんとかスレ立てしたくなるほどの衝撃であった。

 

 ただまぁ、それだけならば「うちの後輩すごーい!」くらいで終わる話だったのだが。……今までとは違い、ここには一人招かれざる存在がいるわけで。

 

 

「いやいや、愛されてるねぇ~」

「……抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイボルク)!!」

「なんの熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

「わっ!?どどどどうされましたかお二人とも?!」

「止めるなマシュ、こいつはここで息の根を止めなきゃいけないんだーッ!!」

「ふははは笑わせる!お前も所詮は私なんだよーッ!!」

「……ええと、木原マサキごっこ?」*11

 

 

 にやにや笑いながら、こちらに耳打ちをするキリア。

 ……キーアは激怒した、必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の魔王を除かなければならぬと決意した。……的な衝動を持ってしまうのは、最早自明の理であり。

 

 ある意味では同一人物でもある以上、クリスのツッコミもそう間違いではないと脳裏で相槌を打ちながら、今度エミヤさんに対自分の極意的なモノを教わろうと決心する私なのであった……。

 

 

*1
『魔法少女リリカルなのはStrikerS』のキャラクターの一人、正確な初登場は『魔法少女リリカルなのはA'S』最終話。『ツヴァイ』の名の通り、闇の書もとい夜天の書の管制人格・リインフォースを元として生まれた存在。クールなリインフォースと比べ、末っ子扱いな事もありちょっとお転婆感がある。とはいえ普通に魔導師ランクは古代ベルカ式総合A+であるので、甘く見ていると痛い目を見ることに……。なお、いずれ成長すれば現在の妖精サイズではなく、普通のサイズになるのだとか

*2
紐と糸と日記なあれ。いわゆる『計都羅喉剣(けいとらごうけん)』君であ……そもそも本名言われてもわからない上に、最初しかあってない?まぁ、オリーシュの方が通りが良いのは確かだろうが

*3
『オリジナル主人公』の略が『オリ主』であり、『オリーシュ』という表記は件の作品のオリジナルであると言える。なので『オリーシュ』という名前を使っていた作品は、あの作品以外は全て三次創作、と言えなくもない。……名前の元ネタは無論『コードギアス』の主人公、ルルーシュ・ランペルージではあるわけだが。それと『合衆国ニッポンポン』で有名なMAD動画も含まれる……?

*4
『ナデボ』については以前解説したので省略。『チャーハンメテオ』の方は、炒飯(チャーハン)をフライパンから放り投げて相手の頭上に降り注がせる(隕石を落とす)、という行為を指したもの。元々はアスキーアート『チャーハン作るよ!』から派生したもの。作ったチャーハンを何かしらの要因でフライパンから溢してしまう、という姿が古典的なギャグである『不特定の誰かの頭に落としてしまう』と混ざったモノ。実際には熱くなかろうが、「あっちゃぁっ!!?」などと叫んで貰うことでギャグになる。なお彼がメテオするのは作りたてである()

*5
チートオリジナル主人公疲れ、的なモノから流行った時期があった。流石に最近は見掛けないが、その内また流行るかもしれない……

*6
『聖戦士ダンバイン』より、作中の舞台となる世界。海と陸の間にある、人の心のふるさとだとされる。名前は造語で、意味としては『異世界に繋がる井戸(by stone well)』だとか。スパロボオリジナルである『サイバスター』との関連性が時折話題になるが、一応元ネタだったりはしないそうな

*7
バイストン・ウェルに住まう種族の一つ・フェラリオのこと。見た目はまんま妖精

*8
『聖戦士ダンバイン』の主人公、ショウ・ザマが耳元で騒ぐチャムというキャラに対してよく言っている台詞。バリエーションとして『耳元で騒ぐな!』もある

*9
マクドナルドのマスコットキャラクター、ドナルド・マクドナルドが嬉しくなるとついやっちゃう動きと、それに付随する言葉。それ以外の意味はないが、とても耳に残る為中毒になっている人もいるとかなんとか

*10
そもそも『聖戦士ダンバイン』自体が、なろうの元祖みたいなものなところがあったり(確認できる中ではかなり古い異世界モノである)。なお主人公のショウ・ザマと似たような響きに名前を分解できるとある一人の少女は、スパロボUXでの活躍もあり『凄腕聖戦士』として崇められている……

*11
『冥王計画ゼオライマー』より、主人公にしてラスボスな人物。作中で敵対する人物の大半が彼の……だったり



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幕間・ややこしいのはお互い様

そういえば300話ですね。
……300話……?(宇宙猫)


「はぁ、なるほど?我も大概アレな方だとは思うておるが、それに輪をかけてわけのわからぬモノが出てくるとは……世も末*1、というやつか?」

「へーい、アレなやつでーす。宜しくね☆」

「……もうこの一瞬で付いていける気が失せたのだが、我はどうすればよい?」

「あれー?」

 

 

 顔合わせの済んでいなかった、前日別所に泊まり込んでいた一人──ハクさんとキリアの初対面は、こんな感じで始まった。

 一応性質的には似ていなくもない両者だが、キリアの方が意味わからん度が高いのでさもありなん。……いやまぁ、白面+妲妃なハクさんの方も、意味不明感は結構なものではあるのだけれども。

 

 

(・ヮ・)「まおうちがいというやつですなー」

「……ビワのその顔も、なんかスッゴい久しぶりな気分がするよ……」

(・ヮ・)「わちゃわちゃせかいのへいがいゆえー」

 

 

 変なテンションのキリアにたじたじとなるハクさんを見ながら、ビワの頭を撫でる私。

 膝の上にはエーくんもいるため、ここだけ癒し空間というわけである。

 癒されなきゃやってられないとも言う。

 

 

「……あ、あれ?せんぱいの大きさが元にお戻りに?」

『あ、違うんですよマシュさん。それ、電子世界から容量引っ張ってきて無理やりごまかしてるだけですから、実際のせんぱいに戻るには全然足りてないんです』

「……ええと、色々とツッコミ所しかないのですが……もう一度説明お願いできますか、BBさん?」

『え?あ、はい。ええと、せんぱいの本質が微粒子──限りなく小さいものである、というのはご存じですよね?』

「ええまぁ、はい。以前キリアさんからもお伺いしましたし……」

 

 

 そうしていつの間にか大きくなっていた私に、マシュが困惑の声をあげる。

 そりゃそうだ、小さくなっちゃった!……と慌てていたはずなのに、しれっと元のサイズに戻っているのだから、彼女の困惑は当たり前のモノだと言えるだろう。

 

 なので、これはあくまでも体裁を整えたものでしかない。

 

 

『お二方が持つ技能は、基本的には『小さくなるほど優れているとされるモノ』です。そういう風にせんぱいが定めたからそうなのか、はたまた極小の世界の果てには、本当にそんな感じの世界が待ち受けているのか……今の私達の科学では到底わからない話ではありますが、せんぱいの定めた設定というものが、彼らを読み解くのに有意義なモノである……というのは覆しようのない明確な事実であることは確かです』

「……そうですね。卵が先か、鶏が先か。観測者と創作者が表裏一体である時、その筆が描き出すモノは、神の描く()()と然程変わらないものであるとも言える……ゆえにせんぱいが作った設定が、今のところせんぱい達を理解するのに一番役に立つ、というのは確かな話なのでしょう」

「げふっ!」

「……?キーアは一体どうしちゃったんだい?」

(・-・)「ゆるされよ ゆるされよ かこのじぶんをゆるされよ」

「……よくわからないけど『じごうじとく』ってやつなのかな?」

『……外野がわちゃこちゃうるさいのは、放っておくと致しまして。まぁ要するに設定ノートをちゃんと読み込む、というのが現状を打開する鍵になりうるというのは確かな話。──そこで私は、見付けてしまったのです!』

「い、一体何を見付けてしまわれたのですか……?!」

 

 

 なんで私の姿が大きくなっているのか。

 その理由を説明するBBちゃんと、それを大真面目な顔で聞いているマシュなわけだが。……その内容が『自身の書き綴った設定集について』というのが、なんとも私の胃を攻撃してくるわけでして。

 膝の上のエーくんに心配されたり、何故か黒歴史的な感覚を理解してくれるビワ達に囲まれながら、私は素直にそこに座っているのだった。……どっかに行く気力がなくなったとも言う。

 

 

『それはですねー……』

「ああ、()()()についてね」

「わっ、キリアさん!?……って、『あの方』?」

 

 

 そんな二人の会話に割り込んでいくのは、話をしていたハクさんをまんまと宇宙猫状態に追い込んだキリア。……注意してなかったからなんとも言えないが、一体何を吹き込んだのだろうかこの人……?

 こちらの怪訝そうな視線に気付いた風もなく──もしくは気付きつつも意図的に無視しながら、彼女はBBちゃんが設定集から見付けたとある()()について、意気揚々と解説を始めていく。

 

 

「私達『星の欠片(スター・ダスト)』は、限りなく小さな世界を目指し研鑽するモノ。だから、というわけじゃないけれど。目指す場所には必ず()()がある。──その研鑽の果て、より小さくあることを求め続けた者達の祈りの先。アルファ(α)からオメガ(ω)まで*2、始まりと終わりの全てを科学の面から証明して見せたモノ。──それこそが、『あの方』と呼ばれる人よ。いと低き場所におわすお方──そっちの感覚で言うのなら最高神、とかかしら?」

「は、はぁ。……アルファからオメガまで、というと……?」

「例の宗教がインスピレーションに含まれていた、ってのは間違いないでしょうね。……まぁ難しく考えずに『最初から最後まで』って受け取り方でいいと思うわよ?……まぁ、彼女のそれは下に突き抜け(アンダーフローし)たからこそのバグ、みたいなものでもあるのだけれど」*3

 

 

 今語られているのは、私が昔作った設定の内の一つ──()()()()()()についての話だ。

 凄いもの、というととてもあやふやだが……これは『強い』という表記を嫌った結果のモノであり、本質的にはずっと口にしている『弱いモノ』──それも彼女の場合は『誰よりも弱いモノ(最弱)』を意味しているものだと言える。

 

 ……この時点で私が常々口にしていた『最弱』云々の話は嘘になってしまうわけだが、そもそも『星の欠片』の強弱は語る意味が薄い*4ため問題はない()

 

 ……まぁともかく。

 私の作った設定の中で、一番凄いもの──それより小さいものが存在しない相手、というのが件の彼女。いわゆる『名前を言ってはいけないあの人』*5なのである。……畏れ多いから名前を呼べないというだけではなく、不用意に呼べば彼女の目覚めの条件を満たしかねないから、というところもなくはない。

 で、その彼女がどういうものなのか、というのが……。

 

 

「電子の世界の零と一……?」

『いわゆる二進数*6ですね。件の彼女とやらは、物質世界を零と一で構成・分解できてしまう存在なのだそうですよ?』

「それよりも小さいものがない、という点から電子世界を構築する二進数を現実にも当てはめる、って案を思い付いたんだってさ。()()()()()()()()()()()()()()()、文字通りなんだって作ってしまえるのが電子の世界の零と一だから。現実においても、何もかもよりも小さいもの──何もかもを構成できる単位として、零と一をモチーフにしたそれを生み出した、というのは幾分わかりやすい話よねぇ?」

「こっちに話を振るんじゃないってのっ!!」

「おー、怖い怖い」

 

 

 こちらに振り返りながらウインクをしてくるキリアに、がるるると唸りながら答える私。

 

 ……自身の元となっている人物だから、根本的には相性は良いはずなのだけれど。こっちの遠慮とかを見越してからかってくるため、結局苦手なタイプの相手になっているわけで。

 なんというか、こういうキャラだっけこの人?というか、実在してるんだから、そういうこともあるだろう……というか。

 なんにせよ調子を崩される相手である、ということに間違いはないだろう。

 

 そんな私達のやり取りを見ていたマシュが、おずおずと手をあげている。

 

 

「ええと、もしかしてなのですが。……同じ存在である以上、両立させるのには相応の手間がいる。──それ故に、片方をより低いもので代用しようとしている、ということなのでしょうか……?」

「そうそう、大正解。私は設定的には結構な下位存在だから、そこから自分の分を持ってくる……ってのは結構無理があるのよ。だから、性質的には同一となるモノ──現実の零と一ではなく、電子の世界の零と一で体を補ってみている……ってわけ」

「微粒子としてのあり方が、件の作品の『素詞』に近いものだからこその荒業だけどね。……実際、こうして大きくなれてはいるけど四肢の感覚が微妙だし、時間制限もあるしで散々だし。……まぁ、そこの魔王を撃破するつもりがないなら、こっち方面から進めないとなんにもならないってのも確かなんだけど」

「ん?挑戦ならいつでも受け付けてるけど?」

「喧しいわよ!千日手ならまだしも、下手したら消え失せるでしょうが私がっ」

 

 

 彼女が発言したのは、私の現在の体を補填している容量が、電子の世界からもたらされているということの理由についてのもの。

 性質が似通っているのなら、代替できるかもと試すのはよくある話。……今回の場合は、私よりも確実に小さい構成要素である『零と一』──『零弌概念』に近いモノである電子の世界、その容量を私の体の構築に使うという荒業を行った結果がこれ、ということである。

 これを応用できるのなら、本当の意味でのフルダイブ形式のゲームも作れるかもしれないが……わりと真面目に霊子ダイブとかの方に発展することになってしまうため、特にどこかに研究させるようなつもりはない。

 そういう方面で使うのなら、ネットワーク世界にヤバい案件が起こった時くらいになるだろう。

 ……なんか変なフラグが立った気がする?気にするないつものことです(白目)

 

 まぁともかく、今の私が『私』という核に電子の鎧を纏っているようなもの、というのは確かな話。

 それが短時間のモノとはいえ、今の私は明確に()()()()()()()()()()()()()()()()()わけで。

 

 

「……っ!だ、だだだダメですせんぱい!そのやり方は承服しかねましゅ!!」

『おやおやマシュさん?そうなると長期間せんぱいは小さいまま、ということになりますが~?』

「問題ありません!私が面倒を見ますので!!」

『!?』

 

 

 ……こうして後輩達が争い始めるのも、ある意味予定調和なのだった。

 …………だからこっちを面白そうに見つめるんじゃねぇってんですよキリア!

 

 

*1
元々は仏教における『末法思想』から生まれた言葉。釈迦の入滅後2000~10000年を指し、『釈迦の教えが忘れられようとしている』時代であることを言う。そこから発展したモノだとされ、普通に使う場合は『世界の終わり』的な意味となる

*2
とある宗教の経典内に登場する言葉。ギリシャ文字の最初であるアルファと、最後であるオメガ。その両方であることから、『始まりと終わりである』と主張するもの

*3
上限を突破する『オーバーフロー』に対して、下限を突破するのが『アンダーフロー』。基本的には『0に近付き過ぎた数が表記できなくなる』ことで発生する(小数点以下の数が表示最大数を越える)。なおマイナス方面に限界を突破した場合は、正確には『負のオーバーフロー』と呼ばれるが、時折『マイナス方面のオーバーフロー』を『アンダーフロー』と呼んでいる人がいたりする

*4
より弱い方が構成要素として土台になる、という行為の繰り返しであるため、『BよりAが弱い』が真であったとしても『BはAの集合体である』もまた真となるので『Aがたくさん含まれている方が強いのは当たり前では?』と自分同士の比較にしてしまえる。その為、少なくとも彼らの法則で勝敗を決めようとするのは無意味なものとなる

*5
『ハリー・ポッター』シリーズの『例のあの人』とは別なのは言うまでもない

*6
数を書き記す方法、『数記法』の一つ。桁の繰り上がる条件が『数値が2になった時』なので、『()で次に()()』となる。他、有名なものには普段使われている『十進数』、プログラムなどでよく使われる『十六進数』、時間や角度に使われる『六十進数』がある



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幕間・それでも騒がしいのは誰だ

「ぬぐぅ、げんこつするとか酷い……娘にもやられたことないのに……」

「喧しいわどこのアムロじゃ!そもそもその話をするのなら、あの子は私にとっても娘みたいなもんでしょうが!」

「すいませんせんぱい?ちょっとその話詳しく」

 

 

 こちらにニヨニヨした笑いを向け続けるキリアに堪忍袋の緒の切れた私は、自身の体を変化させてマスターハンド*1化したあと、彼女の脳天に特攻!

 見事その頭頂部に、たんこぶを作らせることに成功したのだった。

 

 その時、彼女がどこかの凄腕パイロットみたいなこと*2を言い出したものだから、こっちからも一つ罵倒を返しておいたのだけれど……。

 違うからねマシュ、ここでいう『娘』ってのはいつぞやかに言ってた、スレでできた娘のことでね?

 

 知り合いに『なりきりやりたい』って人が居たから、その人にネタを提供したんだけど。

 それが元々は『キリアの義理の娘』って設定で作ったものだったから、そこから設定を作り直した時に『キーアの娘』って形になっててね?

 そのせいというかなんというか、ともかくどっちにとっても娘みたいなものになっちゃってる、ってだけの話でね?別に私とキリアがなのはちゃんとフェイトちゃんみたいになってる、ってわけじゃなくてね?

 

 ……んん?こうしてキリアが実在しているのだから、もしかしてあの子も実在してる……???実在してるのなら、逆憑依してくる可能性もある……?

 ──やべーな、変なフラグ立てたかも?

 

 

『それよりもせんぱい、やり返すための変身で死にかけてたら、意味ないと思うんですけどぉ!?』

「いやー面目ない面目ない。まさかこの状態での変化が、ここまで負担がでるものだとは思ってなくてさー……」

「先程の話が真実であるのなら、そうして大きくなっているのも、あくまで別所からの補填あってこそのものなのでしょう?……自身の体を変化させるのであれば、無論使えるのは自身の体そのもののみ。──それでは体調を崩すのも仕方のない話、予め予想できて然るべきことだと存じ上げますが?」

「ぐうの音もでないっす」

 

 

 まぁそんなこと言ってる間に?キラキラと輝きを放ちながら、そのまま足元から消えそうになったんだけどね!わたしゃサーヴァントかっつーの。*3

 ……けどまぁ、ただでさえ消耗してるのにそんな軽口叩いていれば、残りのエネルギーはどんどん目減りするわけでして。

 

 

「あれ、なんだか眠くなってきちゃったよネロ……」

「それは台詞が逆、というやつだぞキーアよ!」*4

「え?……いや、どこから出てきたのですかネロさん!?」

「うむ、余は高いところが好きだ!一望するのはやはり心地が良い!」

『全然答えになっていないんですがー!?』

 

 

 キラキラはせずともげっそりとした私は、いつの間にか部屋の中に入ってきていたネロちゃまに驚くみんなを見つめながら、その意識を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

「おや、お目覚めかい?」

「……ん、んん?あれ、CP君おはよう?」

「もう昼前だよ、寝ぼけすぎじゃないかい?」

 

 

 そうして次に目覚めた時、私はCP君の背中……背中?に背負われて居たのだった。

 

 なんでそんなところに?と混乱している私に彼女が説明したところによれば、ネロちゃまが乱入して来た結果として部屋の中は大混乱に陥り、その喧騒から逃れる為に彼女が私を外に連れ出してくれた、ということになるらしい。

 登場初期以降あまり有効に使われていなかった、ステルス能力の活用……というやつである。

 

 

「なるほどなるほど、そりゃお手数お掛け致しましたねぇ」

「別に構わないさ。君と僕との仲だろう?」

「そいつはどうも。……ところで、ステルス能力持ちの陰謀家って敵対フラグ凄くない?」

「はっはっはっ。……君のような勘のいい云々、って言っておこうか?」

「……うん、洒落にならないからやめよっか、この話」

「それがいい」

 

 

 なんだか久々な感じのする軽口トークを交わしつつ、街を歩く私達。

 無論、単純に地面を歩いていると蹴飛ばされかねないので、近くの手すりとかの上に飛び乗りながら、である。

 

 

「どうせならカブト君も連れてくればよかったねぇ」

「あー、なんか最近進化しそうだから外に出たくない、とか言ってたような?」

「……色々ツッコミたいところなんだけど、とりあえず一つだけ。……なんでレベル上がってんの、あの子」

「なりきり郷は広いから、敵対的な【顕象(モンスター)】もそれなりに沸いてくるし、多分そういうことじゃないかな?」

「オラリオかっつーの、ヘスティア様崇めればいいの?紐神様~って」

「……久しぶりに見掛けたと思ったら、君は相変わらず意味不明だな」

「おっ、噂をすれば影?*5ってかなんで見えてらっしゃるので?」

子供(人間)達のやることはまるっとお見通し*6……って、そういうの、そっちの方がくわしいんじゃないのかい?」

 

 

 そうして街を歩きながら思うのは、今ここにはいないポケモン組のもう一人、カブト君について。

 

 最近は水槽の中でちゃぷちゃぷしていることの多い彼なのだが、その理由はCP君曰く『進化したくないから』なのだという。……いつの間に進化できるレベルまで成長してたんだとか、そもそも『逆憑依』でも進化すんの!?とか、言いたいことはなくもないが……。

 

 CP君の言う通り、広いなりきり郷の中には立ち入り禁止になるような危険区域も存在している。……正確には『戦えないのなら』立ち入るな、なんだけども。

 ともあれ、その先がいわゆるダンジョン化しているのは間違いではなく。それなりの頻度で中にいる危険生物を駆逐している、というのも周知の事実。

 結果、カブト君がこちらの知らぬ間に、それらの作業に参加していたとしても、なんらおかしいことはない。……ちいかわ的なあれかもしれないし。*7

 それと進化云々も、例のアインスケとかさやかちゃんとかのことを思えば、起こったとしてもおかしなことではないわけで。

 

 なるほど確かに、彼が水の中に引きこもってしまうのも、一理あるかもしれないと思ってしまう私なのであった。……かわらずの石*8でも探しておこうかな……?

 

 それはそれとして、モンスターもとい【顕象】がポップしてくる環境、というものがダンまちを思い起こさせるモノというのも間違いではなく。

 

 そうして思わず口走った言葉に、返ってくる反応。

 現在の私達は見えなくなっているはずなのに、なぜに?……という疑問は、その声が正に今噂していた相手・ヘスティア様だったと認識することで、あっさりと解決するのであった。

 まぁなんのことはない、『ステルス』という機能が見た目をごまかすモノ──嘘だと解釈されたことにより、()の嘘を見抜くというダンまち神様の共通技能に引っ掛かった、というだけの話なのだった。

 

 ともあれ、このままこちらが姿を隠したままだと、ヘスティア様が虚空に話し掛ける可哀想な人になってしまう。

 それは可哀想なので、私達はあっさりとステルスを解除するのであった。……まぁ、ヘスティア様からは抗議を受けることとなったのだが。

 

 

「まったく……ところで、君達はどこへ向かっているんだい?目的もなく歩いていた、というわけじゃなさそうだけど」

「はい?……ああそうそう。ちょっと探し物をしてるんですよ」

「探し物……?」

 

 

 そうして彼女の肩の上に場所を移動した私とCP君。

 そうなれば自然と、私達がどこへ向かっていたのか?……ということに話題は移っていくことになる。

 今はヘスティア様の肩に乗り、彼女の行動に付き合っているものの。──その視線が時折街の中を彷徨っている、というのは別に嘘を見抜けずとも、すぐにわかってしまうことだからだ。

 

 なのでまぁ、特に隠し立てもせず、素直に目的を答える私である。無論、持って回ったような言い方*9になってしまったため、彼女から返ってきたのは首を捻る行動、だったわけなのだが。

 

 ……まぁ、別に彼女に目的を隠す必要性は、あまりないわけなのだが。

 今回の私の探し物というのは、できれば周囲に話を広めないうちに終わらせておきたい類いのものでもある。

 迂闊に口に出せばゆかりんにバレるような、こんな天下の往来では話せない……みたいな事情もなくはないというわけでして。

 なので、こんな感じの少しぼかした言い方になってしまっているのでしたとさ。

 

 

「……んん?もしかして悪巧みなのかい、それ?」

「見ようによってはそうかもしれないですけど、見ようによってはそうではないかもしれないですね」

「……なんだいその、『どう見るかだ』みたいな台詞」

「……っ!?ヘスティア様がサム8ワードを……?!」

「いや別にそこ驚くところじゃないから!?」

 

 

 そんな私の物言いに対してのヘスティア様の反応は、こんな感じ。……よもや彼女の口からそんな台詞が出てくるとは思わなかったが、これも色んな人と関わるようになったおかげ、というやつなのかもしれない。

 そんな感じでしみじみと頷く私と、詳細を話す気が一切ない私の姿にため息を吐くヘスティア様。

 

 蚊帳の外のCP君だけが、やれやれとばかりに首を左右に振っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、話す気がないのはわかったよ。それはそれとして、僕の肩の上からでも探せるものなのかは、聞かせてほしいんだけど?」

「あ、そこは問題ないです。私が探しているのは()なので」

「……はぁ?猫?猫って、あの?」

 

 

 こちらの態度に折れたヘスティア様が、それでもなおこちらに話を聞こうとしてくる。……単純に心配されているのだろうと感じた私は、特に当たり障りのない事実──猫を探しているのだ、ということを彼女に伝える。

 

 

「まぁ、ヘスティア様が思い浮かべている猫と、私が思い浮かべている猫が別物な可能性はなくもないかもしれないですけど。……そうです、あの猫です」

「だからその不安になる言い方止めないか?!君が言うと精神汚染してきそうなやつしか思い浮かばないんだよう!」

「それは流石に穿ち過ぎですよ……そんなのだったら秘密裏に解決ー、なんてせずに普通にゆかりんに話しますし」

 

 

 探し物があまりにも意外だったのか、余計な心配をし始めるヘスティア様に、私は小さく苦笑を返す。

 

 私がこっちに居ない間に、ゆかりんの『滞空回線(アンダーライン)』的なものが強化されているかもしれない……というのが、今回直接的な目的を口に出さないでいる理由である。

 そんなポンポンレベルアップするか?という話でもあるのだが、直近で五条さんに酷い目に合わされた私としては、警戒するのも仕方のない話でして。

 

 いやまぁ、別に彼女に不利益になることをしようとしているわけではなく、耳に入ったら余計に胃を痛める結果になるだろうから、知らぬ間に解決してましたー、ってことにしといた方がいいかなー、と言いますか?

 

 

「……そのちっこい体で、解決するつもりなのかい?」

「まぁ、これに関しては見付ければ終わるので。──ところでヘスティア様、現在地わかってます?」

「へ?何を言って……ってあれ!?どこだここ!?」

 

 

 君達めんどくさいな、みたいな空気を隠さなくなったヘスティア様に、私は小さく笑みを浮かべながら周囲を確認するように促す。

 その言葉に怪訝そうな表情を浮かべた彼女は、さっきまで大通りを歩いていたはずなのに、よくわからない路地裏のような場所に迷い込んでいたことに、小さく驚きの声をあげるのだった。

 

 

*1
『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズに登場するキャラクターの一人。見た目は白い右手で、初代ではマリオの右手をイメージさせるような手袋っぽい見た目をしていた。カービィシリーズでは中ボスとしても登場しているが、その本質はスマブラ世界の神様である

*2
『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイの有名な台詞の一つ『親父にもぶたれたことないのに』から。その後にブライトさんが『殴られもせずに一人前になったヤツがどこにいるものか』と言っていたように、ここでは『甘やかされて育った』ことを示すような台詞だといえる。……今だと家庭内暴力とか言われそうな演出でもある

*3
『fate/grand_order』における退場演出のこと。最近では退場演出も増えてきたが(例:黒い塊になった後に塵のように風に吹かれて散っていく)、サーヴァントが退場する時は基本この演出が使われ続けている。それを元としたネタもあったりする

*4
『フランダースの犬』より。『何だか眠いんだ』と言うのはネロの方だが、この言い方だと犬であるパトラッシュ側から言っているように聞こえる、ということ。無論ネロが出てきたのは単なる名前繋がりである

*5
江戸時代後期の戯作者・十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の滑稽本『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』内の文章が由来とされる言葉。なお『戯作者』及び『滑稽本』とは、前者は戯作と呼ばれる『戯れに書かれたモノ』、即ち大衆向けの小説などを専門に扱う小説家のことで、後者はそういった小説の一ジャンル、主に日常における滑稽な話を主題としたモノの事を言う。言葉の意味としては、他人の噂をしているとその本人が何故か現れる、なんてこともあるので、そういった行為はほどほどにしようと嗜めるモノ。世界各地に似たようなことわざがあり、中国だと『曹操の話をすると曹操が現れる(説着曹操、曹操就到)』、フランスなら『人が狼について話をすると、人はその尻尾を見る(Quand on parle du loup, on en voit la queue.)』となる

*6
『まるっと』とは愛知県瀬戸市で使われている方言の一つで、意味としては『全部、まるごと』となる。映画『TRICK』で仲間由紀恵演じる主人公・山田奈緒子の決め台詞『まるっとお見通しだ!』が有名となり、そこから全国に広まったとされる

*7
『ちいかわ』内での描写から。『ちいさくてかわいい』という割に、どこか薄暗い雰囲気が見え隠れすることもあるこの作品、何故かモンスターハンター的な職業が存在する……ちいかわとは?(哲学)

*8
『ポケットモンスター』シリーズのアイテムの一つ。持たせるとポケモンが進化しなくなる。特定の世代ではアイテム進化はさせられたりもするが、現在ではごく一部(ユンゲラー)を除いて全ての進化を起こらなくさせることができる。他にもいくつかの効果があるとか?

*9
必要以上に遠回しな言い方をすること、を意味する言葉



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幕間・何?カード名が同じなら、同じカードなのではないのか!?

「……いや、ホントにどこなんだいここ?僕達さっきまで、普通になりきり郷を歩いていたはずだよね……?」

「転移スイッチでも踏んだのかい?」

「いやいやそんなバカな!っていうか流石に気付くよそれだと!」

 

 

 辺りを見回しながら、困惑したような声をあげるヘスティア様と、私の反対側の肩の上から、彼女に確認を取るCP君。

 いきなり周囲の風景が変わったわりに、CP君の反応はとても薄いモノだったが……そもそもこれが彼女のデフォルトなので、然もありなん。

 

 そんな中私はと言えば、周囲に漂う空気感から、ここが目的地であることを確信。

 それを確認したのち、彼女の肩の上から飛び降りるのだった。

 

 

「へ?いやちょっと何処へ行くのさキーア……ってあれぇ?!」

「どうしましたかヘスティア様?鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして?」

「それ僕達が出会った時の台詞ぅー!ってそうじゃなくて、大きさ!でっかくなってるけど君、戻れないんじゃなかったのかい?!……いや元よりデカいな!?」

 

 

 そうして飛び降りた私を、引き留めるような声をあげようとしたヘスティア様は──代わりに私の姿を見て、驚きの声をあげるのだった。

 

 まぁ、それもそのはず。

 色々な事情から、元の大きさには戻れないはずの私が、今はこうして彼女と同じ……どころか、彼女の頭二つ分くらい大きくなっているのである。そりゃまぁ、ビックリするのが筋というものか。

 なお、これはさっきの『電子世界からの容量の融通』などではなく、一応私が自由に動かせる体である。背丈が高いのはちょっと慣れないが、まぁ行動しやすくなるのはありがたい。

 

 

「……ふーん?なるほどなるほど、そういうことか」

「え、ちょっとなんでキミは何かを納得したように頷いてるのさ?僕にはちっともわからないんだけど?!」

「そりゃまぁ、そうだろうね。ボクは()()()()()()()()()()()()から、なんとなく正体を考察できるけれど。君にはそういうのはないんだから、わからないのも仕方のない話さ」

「ん、んん?キャタピー何某が得意なもの?……ってあ、魔法少女?!」

 

 

 なお、今の私の姿がどういう状態なのか、CP君は真っ先にピンと来た様子。

 そりゃそうだ、私の()()は、元々彼女が提供したモノ。で、あるならば、その元締めである彼女が気付かないわけがない。

 ……とまぁ、ここまで言えばわかると思うが、現在の私は変身状態なのである。いわゆる『マジカル聖裁キリアちゃん』モード、というわけだ。

 ヘスティア様が最初それに気が付かなかったのは、一般的なアニメでのその状態よりも更に背丈が伸び、かつ服装がより『女騎士』感を強くしたモノになっていたからに他ならない。

 

 

「……い、いや、そもそもそれで大きくなれるんなら、最初っからやっておけばよかったんじゃないのか?!」

「いやいやヘスティア様。よーく考えて下さいよ、声繋がり・見た目繋がり・年齢繋がり。そんな雑な繋がりで纏められてしまうこともある『逆憑依』において、今の私がどうなるのか……なんて、すぐにわかる話でしょう?」

「え?……ってあーっ!!?名前!?」

「その通りでーす」

 

 

 無論、そんな風に大きくなれるのなら、最初からやっておけば良かったじゃないか……なんて風にヘスティア様に言われるのは折り込み済み。

 予めその反論を読んでいた私は、更なる反論を彼女にぶつける。──そう、この姿の私は……ちょっと大きくなってはいるものの、()()()である。

 

 ……あとは簡単な話。

 存在の優先度の高い、別のキリア……【虚無姫】キリアが既にいる状態で、私が同じ名前(キリア)を冠する存在に変身した時、どうなるのか。

 答えは単純、キーアでいる時よりも遥かに強く早く、優先度の高い【虚無姫(キリア)】の方に統合される……で、ある。

 

 大雑把に言えば、対策なしに『キリア』に変身した時点で、『逆憑依』回りの雑な分類に引っ掛かって変身先が【虚無姫(キリア)】に書き換えられてしまう、ということ。

 まさにデストラップ、仮にも希望とか光とか守ってそうな魔法少女への変身が、明日への絶望を語るものになるとはこれ如何に。……え、いつものこと?

 

 そんなわけで、さっきまで『変身して大きくなる』という手段は取れずにいたのだった。

 

 ……なお、もし【虚無姫(キリア)】がおらず、かつキーアのままだと存在が霧散する……みたいな状況に陥ったのであれば、彼女が言う通りさっさと『キリア』に変身した方が良かった、というのは事実だったりする。

 キーアとキリアは別人、両津勘吉と浅草一郎の関係*1みたいなもので、例えキーアを呪ってもキリアに、キリアを呪ってもキーアに変身すれば、対象不在で呪いは解除されてしまうのである。

 ……どこの遊戯王かアンデッドアンラックか、という話だが。

 そういうものだと納得してもらうのが、一番わかりやすいだろう。

 

 となると、(キーア)と【虚無姫(キリア)】はどうなのか?ってことになるのだが。

 一番わかりやすいのは、ロアとシエル先輩の関係だろう。*2効果で名前が変わっている時の遊戯王カードの扱い、とかでもいい。

 

 シエル先輩はロアとは別人だが、その転生体だったこともあり魂のラベルには『ロア』の名前が刻まれている。

 言うなれば『プロト・サイバー・ドラゴン』などと同じだ。このカードはフィールド上にある限り『サイバー・ドラゴン』として扱うが、逆に言えばフィールド上にいる限りは『プロト・サイバー・ドラゴン』としては扱われない。*3

 

 それ故に、『プロト・サイバー・ドラゴン』を指定する効果は意味をなさないのである。*4

 これは、魂のラベルが『ロア』になっているせいで、『シエル』という存在に対しての破壊行為が意味をなさないシエル先輩とよく似ているとも言える。……なんて話はまぁ、型月民かつ遊戯王プレイヤーならよく言っている話なので割愛するとして。

 

 今の私の状態、というのもそれに近いのである。

 私は確かに『キーア』という存在だが、その元となっているのは『キリア』の設定である。

 つまり、先の例で言うのであれば私の魂のラベルは『キリア』──フィールド上(現実)ではキリアとして扱われる存在なのである。

 そのため、他の『キリア』が居るとそっちに引っ張られてしまう、なんてことが起きてしまうのだ。……『キリア』と名の付くモンスターはフィールド上に一枚しか存在できない、的なやつだ。

 

 じゃあ、『キリア』に変身するのはどうなのか?と言うと。

 既に【虚無姫(キリア)】が居る状態での『キリア』への変身というのは、言い換えれば『元々の名前をキリアとして扱う』というものに近い。

 要するに先の例よりも遥かに影響力が濃くなってしまうため、変身しただけで即お陀仏、なんて羽目になってしまうわけである。

 なので、私は『キリア』に変身して大きくなる……みたいな対処を今まで取れずにいたのだ……ということを、ヘスティア様に語って見せたわけなのだけれど。

 

 

「うーんうーんコンマイ語難しい……」

「……あれー?」

 

 

 デュエリストじゃない彼女には、却ってわかり辛かったようで。

 頭を抱えて唸る彼女を前に、私は首を傾げることになるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 ──数分後。

 どうにかこうにか説明を呑み込んだらしいヘスティア様は、思い浮かんだらしい質問を私に投げ掛けてくる。

 

 

「その説明だと、今そうして変身していることに色々疑問が湧くんだけど?」

「良い質問ですね。ご褒美代わりにもう一つ情報を付け加えますと、さっきの説明とは別の問題もあったりしますよ?」

「は?べ、別?」

「あれだろう?変身とは言うものの、君のそれは自身の能力の別解釈のようなもの。──世の魔法少女達のように、()()()()()()()()()モノではないってところが問題なんだろう?」

「流石はCP君、専門家は違うねぇ」

 

 

 彼女から飛んできた疑問は、『さっきの説明を鵜呑みにするのなら、今変身しているのはおかしい』というもの。

 

 確かに、なんの対処もなしに変身すれば、待っているのはデッドエンド……と最初に言ったのは私の方である。

 その癖して、今の私はこうして変身中。……危機管理能力が足りてないとか能天気だとか、散々な言われようをしてもおかしくない暴挙にも見えるはずだ。

 

 事実、その見方は間違いではない。

 そのことを示すように、私は彼女に『それとは別に、キリアへと変身するには問題がある』ということを伝える。

 問題点を嵩増しするその行為に困惑するヘスティア様を余所に、CP君からは鋭い意見が飛んでくる。……まぁ、そもそも私に変身道具を渡したのは彼女なので、気付かない方がおかしいのだが。

 

 ともあれ、彼女の言う通り。

 私の変身というのは、変身という体裁を取っているだけで、その実『キーアとしての力の発露』を別の形に変化させたモノに過ぎない。

 世に溢れる他の魔法少女達のように、()()()()()()()()()、その儀式としての変身ではないのである。

 そう、それは即ち。

 

 

「変身しても、使っているのはそもそもの私の力。──要するに、あの虚弱状態のミニマムキーアから変身しようとしても、そもそも不発になるかそのまま残り少ないパワーを無駄遣いして霧散するか、そのどっちかしかないんですよ」

「え、ええっ!?ででででも、キミは今こうして大きくなってるじゃないか!?」

「はい、そうなのです。いやー、なんででしょうねぇ~?(棒)」

「なんだいそのわかりやすすぎる棒読みはっ!?」

 

 

 ──変身しても、別に強くはならない。

 それが、私の持つ変身手段の問題点。変身と言っときつつ、その主用途は『変装』だからこその欠点である。

 

 これにより、そもそも【虚無姫(キリア)】が居る状況では変身は非推奨となる上、変身しようとしてもそもそも魔力(MP)が足りない、という二重苦になってしまっているのだった。

 

 つまり、今の状況の謎とは、変身できない&するべきではない状況で、なんで変身できてるのか?というところに集約されるわけである。

 ……まぁ、その辺りはとても単純なことが答えなのだが。

 

 

「た、単純な答え?それって一体……」

「しっ、聞こえませんかヘスティア様。このお声が」

「こ、声?」

 

 

 こちらの言葉に更なる疑問を溢すヘスティア様に、静かにするようにジェスチャーを向ける私。

 その言葉に彼女は周囲を見渡し、そして()()を見る。

 

 路地の暗がりと、そこで輝く無数の双眸(そうぼう)

 いつの間にか周囲を取り囲んでいたそれらは、こちらを爛々とした眼で見つめている。

 思わず、とばかりに後退りしたヘスティア様は、その耳に響くとある声に気付くのだった。

 

 

「ぷいにゅー」

「……あれー?」

 

 

 ……まぁ、思っていたような声じゃなかったので、ちょっと呆気に取られてもいたのだが。

 

 

*1
『こち亀』より。そうなるまでには色々と事情があるのだが、ともかく二重戸籍というやつである。警察官……というより公務員は基本的には副業を行えない為、その辺りを躱す為にこうなっている部分もある。なお、公務員の副業は近年部分的に認められるようになったが、基準が不明瞭なところもあって中々難しいようだ

*2
『ロア』と『シエル』は月姫の登場人物。旧作のロアは人気投票で0票なんて不名誉な記録を持っているが、リメイクではそれなりに見せ場を貰っている為、その汚名は返上できるかもしれない。シエルの方も旧作からヒロイン力が上がっている為、二人ともリメイクで得をしているタイプかもしれない……

*3
両方とも『遊☆戯☆王GX』の時代に生まれたカード。特に『サイバー・ドラゴン』の方は当時においては強カードの一角。下位のモンスターは攻撃力1800前後が実質的な最大値(それより高いものは何かしらのデメリットがあるものがほとんど)だった時代に、相手フィールド上に()()モンスターがいる、という条件こそあれ手札から攻撃力2100のモンスターが脈絡もなく現れる、というのは衝撃的であった。また、このモンスターを素材とした融合モンスターも当時としてはかなりのパワーカードであり、その融合条件が『サイバー・ドラゴン』×N体、というものであったこともあり、それらのカードにできうる限り影響を与えず、『サイバー・ドラゴン』を制限する為に名前が同じとなる『プロト・サイバー・ドラゴン』が生まれた、という側面もあったりする。なお流石に今では制限は掛けられておらず、単に『サイバー・ドラゴン』扱いできる『プロト・サイバー・ドラゴン』の採用率は少なくなっている

*4
逆に名前が『サイバー・ドラゴン』になることで、『機械複製術』を効果的に扱えるようになったりもしている(このカードは『攻撃力500以下の機械族モンスター』を選択し、その同名モンスターをデッキから二枚まで特殊召喚する効果を持つが、後半部分には『同名カード』という縛りしかない。その為、『攻撃力500以下のプロト・サイバー・ドラゴン』を対象にすると、デッキから『同名扱いのサイバー・ドラゴン(攻撃力2100)』を呼び出すことができる)



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幕間・繋ぐ扉はどこにでも~猫SFは難しい~

「……ええと、こいつは一体……?」

「火星猫、ってやつですね。漫画『ARIA』などに登場する猫的な生物の一種で、一応猫に区分されるけれども、普通の猫みたいににゃあとはほとんど言わないというか」

「か、火星?ってことはここ、火星なのかい?!」

 

 

 私達を取り囲む双眸、その内の一組がこちらへと進み出でてくるのだが。

 それを見たヘスティア様の反応は困惑。……さっきの鳴き声と合わせて、おおよそこの状況で現れるはずの存在──言ってしまえば普通の()とはどう見ても違うその存在に、思わず首を傾げていらっしゃる。

 

 とはいえ、それは()()()()()というだけのこと。

 彼等は火星猫。文字通り火星に住まう猫であり、人語を解すると明言されている通り、普通の猫よりも頭がいい……いいのか?

 ……まぁともかく、多種多様な──それこそ小さなパンダ(熊猫)みたいな姿の者もいるが、基本的には猫の仲間なのである。

 さっきの鳴き声を聞けばわかる通り、普通の猫みたいに『にゃあ』となく個体は(少なくとも作中においては)少なかったわけだけども。*1

 

 ともあれ、こちらの説明を聞いたヘスティア様が、真っ先に食い付いたのは彼等の生態……ではなく、名前に冠されている『火星』の文字。

 彼等の種族名が生息地から来ているのであれば、確かに現在地は火星、ということになってしまうだろう。

 

 が、しかしだ。よーく考えて頂きたい。

 確かに彼等は火星猫、本来であれば火星に住まうのが筋、というものである。

 だが私達の世界──現実において、火星に住まうなど夢のまた夢、まだテラフォーミングすら開始しておらず、火星には水の都どころか、魔法世界もなければテラフォーマーだって居ないのである。*2

 で、あるのならば。

 

 

「……ボク達がいる場所が火星であるという推測は、そもそも彼等の種族名からのもの。ゆえに、ここが火星であるとする理由としては弱い、ということだね?」

「まぁ、もし仮にここが火星だとするのなら、現実の火星じゃなく異世界の火星、って思う方が自然だろうね」

「ん、んん?……いや、結局ここは火星なのかい?そうじゃないのかい?」

「どちらとも言える、まだまだ心眼が足りん」

「だから、なんで君までサム8語使ってるんだよ……」

 

 

 普通に考えるのなら、火星猫達が生息しているけど実際は地球上だとか、仮に火星だとしても現実のモノではないとか、そういう答えになるだろう。

 なりきり、ひいては『逆憑依』に纏わるあれこれというのは、結構オカルトな事態を引き起こすものではあるが──流石に、遠く離れた火星にまで影響を及ぼすようなモノだとは思えない。

 

 いやまぁ、例えばセーラー服な美少女戦士がいるだとか、キリトちゃんがリアルで能力を使えるようになって、例の服装(イシュタルの服)スペシャルアタック(宝具)を使えるようになるだとかすれば、遠い星に対しても干渉とかできるようになるかもしれないけども。

 今のところ月に代わってお仕置きされるような気配はないし、キリトちゃんが星の王の位を冠しそうな気配もない。

 その辺りは心配するにはまだ早い、というのは確かだろう。

 

 まぁ、そこまで言っておいてなんなのだけれど。

 わざわざサム8語で答えたように、ここが火星であるかどうか、というのは見方次第なところがある……というのも確かなわけでして。

 

 

「……どういうことだい?」

 

 

 そんなこちらの言葉を耳聡く聞き付けたCP君が、こちらに尋ね返して来る。横のヘスティア様も怪訝そうな顔をしているので、答えないわけにもいかないだろう。

 ……まぁ、()()姿()になれている以上、隠す意味がないのもまた事実。

 なので私は、素直にここがどこかなのを口にするのだった。

 

 

「ここはね、()()()()()()なんですよ」

「「……は?」」

 

 

 返ってきたのは、綺麗なまでの異口同音だった。

 

 

 

 

 

 

「ええと、ちょっと待ってくれ?確かそれって、君が最近魂だけになって行ってたとかなんとかっていう、あの?」

「そうそうあれです。──そこまで聞いたのなら、私がなんで大きくなれたのか、とかもわかるんじゃないです?」

 

 

 混乱するヘスティア様を横目にしつつ、私は足元にすり寄ってきた一匹の火星猫──白くてもちもちした姿の、さっき真っ先に鳴いていた一匹──をそっと抱き上げる。

 

 先日と変わらず『ぷいにゅー』と鳴くその姿に、こちらへの確かな信頼を感じつつ。私は彼に「先日ぶりですね、アリア社長」と挨拶を返す。

 人語を解す猫である彼は、そんなこちらの言葉に『ぷいっ!』と右手をあげながら返してくれるのだった。

 ……うむ。

 

 

「あーもぅアリア社長はかわいいですねぇ~!」

「ぷいぷいっ」

「え、気分がいいからなでなでしていい?よっ、社長!商売上手!うりうりうりうり~」

「ぷっぷぃ~」

 

「……なぁ、キャタピー何某。あの崩れに崩れまくったキーアの姿、ほっといていいと思う?」

「写真に納めようとかしなければ大丈夫だと思うよ」

「……なんだいその、微妙に実感の籠った言葉は?」

「似たような状況下で写真取ろうとしたら、カメラぶっ壊されたことがあるんだよね……」

「まさかの体験談だった」

 

 

 そんな感じでアリア社長との交流を楽しんでいる内に、二人の困惑は解消されたらしい。

 抱き上げていたアリア社長を地面に下ろし、そのまま彼の先導に沿って歩き始める私達である。

 

 さて、さっきの質問の答えだが。

 それはとても単純な話。【虚無姫(キリア)】が居る状況下での変身が自殺行為だと言うのであれば、()()()()()()()()()()()()()()

 ……この場合の『彼女の居ない場所』というのは、()()()()()()()()()()()()を指す。『星の欠片』の性質上、彼女が()()()()()()()場所はないわけだが、名前やら存在やらの被りで存在の統合が始まる、というのはあくまでも彼女が世界に現れている(目覚めている)時限定の話。

 それ以外の場所であれば、()()()()()()()()さえあれば私も自由に動ける、というわけなのである。

 

 ……え?わかり辛い?じゃあ簡潔に。

 キリアが居なくて、かつ魔力が空気中に芳醇に溢れているハルケギニア。ここでは私も変身用の魔力を空気中の魔力……いわゆるマナから補填することで、元の姿に限りなく近い状態に変化できる、ってこと。

 あくまで『近い』なのは、普通にキーアに戻るとこっちにいる『キーア・ビジュー』の方との存在被りを起こすため。

 

 なので、今ここに居る私はキーアでもなければキリアでもない。

 こっちでの役割を新たに設定し直した、キーア・ビジューの専属騎士──シルファ・リスティなのである!……なおこの名前も昔の設定ノートから引っ張ってきたモノの捩りである。お前そればっかだな、というツッコミは甘んじて受けたい所存だ。

 

 

「……ええと、とりあえず今の君は安定している、ってことでいいのかい?」

「まぁ、そうなりますね。キーアでもキリアでもないので、どっちの状態にも左右されないですし。……まぁ代わりに出来ることがちょっと減ってますが」

「はぁ、よくわからないけど大丈夫そうならいいよ。……それで?僕達は一体どこに向かっているんだい?」

「ええと、以前私達がハルケギニアに行った時の話って、どれくらい聞いたことがあります?」

「んん?」

 

 

 そんな事を道中話しながら歩いていたわけなのだが、ヘスティア様はわかったようなわからなかったような、微妙な表情を浮かべていた。

 ……まぁ、ポンポン新しいキャラを付け加えているようなものなので然もありなん。

 とはいえ中身は変わっていないので、『シャア・アズナブル』と『クワトロ・バジーナ』と『キャスバル・レム・ダイクン』との違い、くらいに思って貰うのが一番わかりやすいだろう。……え?余計にわからん?*3

 

 ともあれ、こっちでは色々なしがらみから解放されて、わりと自由に動けるというのは事実。

 特に用事もなくこっちに来たくなる、なんて気持ちも少なくはないが……今回のあれこれは、別に私が望んで起こしたこと、というわけではない。

 

 さっきまでの行動を思い返して貰えればわかると思うが、私達はあくまでも街の中をあてもなく散策していた、というのが正解。

 ここに辿り着く為にあるものを探していた、というのは確かだが、それを狙って起こしたわけではないというのは留意して頂きたい。

 

 それを念頭に置いて貰った上で、改めてヘスティア様に質問を飛ばす。

 それは、私達──キーアとマシュが、あの草原からハルケギニアへと飛ばされ、そこからアンリエッタと妖精マーリンを連れ帰った時の話。

 

 私達は異世界であるハルケギニアにおいて、色々な出会いと別れを経験する、大スペクタクル巨編?を送ったわけなのだが。

 その中の一つ、王都トリスタニアは元々の『ゼロの使い魔』に対して、明確に変わっている点が存在していた。

 それを知っているのであれば、現状がどうなっているのかというのはすぐにわかるわけなのだが……生憎とヘスティア様は、その辺りの子細は聞いていないらしい。

 こてん、と首を傾げるその姿は可愛らしいが、話を進める上では面倒な状態、であることは間違いなく。

 

 小さくため息を吐いた私は、いつの間にか路地裏を抜けようとしていたことに気付き、見て貰った方が早いと一人頷く。

 

 

「まぁ、ややこしいことは抜きにして──ようこそヘスティア様、水の都・王都トリスタニアへ。ARIAカンパニー一同、貴方様のご来訪を、心より歓迎いたしますよ。……ね、アリア社長?」

「ぷいにゅっ!」

「へ、あ、えええええーっ!!?」

 

 

 路地裏から抜けたそこは、まさに別世界。

 白い壁と張り巡らされた水路が美しい、異世界の王都・トリスタニア。

 その一画に居を構える、水先案内人(ウンディーネ)達の集まる社屋──ARIAカンパニー。

 

 原作と同じように、水辺に面したその場所でこちらに手を振る面々達にこちらも手を振り返しながら、私は驚くヘスティア様の手を引いて、彼女達の元へと歩き始めるのだった。

 

 

*1
『ARIA』『AQUA』シリーズに登場する生き物。アニメ版ではアクア猫とも呼ばれる。人語を解すると明記されているように、言葉として喋ることこそ出来ないものの、その言葉の意味などは確りと理解しており、タイプライターを使って文章を作ることさえもできる。スマートな体型の地球猫と比べ、全体的にぽっちゃりした体型のモノが多いのも特徴。他にも独特な鳴き声や、成長すると人間の子供サイズになることもある・寿命が地球猫と比べて長め、などの違いを持つ……が、普通に近縁種なのか、はたまたドラえもん的なあれなのか、恋をする相手は種族を問わないようである

*2
水の都云々は『ARIA』『AQUA』、魔法世界は『魔法先生ネギま!』、テラフォーマーは『テラフォーマーズ』のこと。全て火星を舞台にしている、もしくは火星に関わりの深い話がある作品。この他にも『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』など、『第二の地球』になり得るとされる火星を舞台にした作品、というのは挙げようと思えば幾らでも挙げられたりする

*3
全て同一人物。『フル・フロンタル』は別人なので注意だ



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幕間・水の都の守り神、その名は猫の神

「こんにちわ、遠い場所からお越しくださった異郷の神様。私はアリシアと申します。本日は観光でございましょうか?」

「アリシア、ヘスティア様が混乱してるから、からかうのはそれくらいにして貰える?」

「あらあら、うふふ。……ええ、シルの言う通りね。折角のお客さんを困らせても仕方がないし、とりあえず中に入っちゃいましょうか?」

 

 

 路地裏から出てきたこちらを迎えてくれたのは、長い金の髪と青い瞳が殊更に目を惹く、たおやかな笑みを浮かべた一人の女性。

 

 彼女の名前はアリシア。『ARIA』シリーズにおいては『フローレンス』の姓を持っている彼女は、こちらではただ(平民)のアリシアとして、水先案内人(ウンディーネ)達が集うこの会社・ARIAカンパニーを経営している人物でもある。

 ……個人的には、その声がとある人物を思い起こさせたりもする……っていうか、アリシアさんってば結構な呑兵衛なんだよね。──彼女(侑子)を思い出すのは、仕方のないことだと思わない?*1

 

 まぁ、それが理由……というわけじゃないけれど。

 アリシアとはそれなりに、仲良くさせて貰っている私なのであった。

 

 

「ええと、キーア?」

「こちらではシルファでお願いしますね、ヘスティア様」

「……ええと、シルファ?彼女はその、僕達と同じ(逆憑依)モノ……だったりするのかい?」

「いいえ?彼女はどちらかと言えばアルトリアと同じ方(【顕象】)ですね」

「ってことは、こっちでの一般人(NPC)ってことか。……それにしては、なんだか仲が良さげに見えるけど?」

「この姿であれこれしてた時に、色々と助けて貰いましたので。その時の縁……と言うやつですね」

 

 

 そんな私達の間の空気感を訝しんだヘスティア様が、怪訝そうな顔をしながらこちらに質問をしてくる。

 

 ──原作ゼロの使い魔において、王女アンリエッタから申し渡された、ルイズ達の城下町への潜入任務。

 それに近い話がこちらでも起きた結果として、私と数名の仲間達はチクトンネ街にある酒場・『魅惑の妖精』亭へと、平民に扮して雇われることとなり。

 

 その任務の中で、実は酒豪・かつ『魅惑の妖精』亭の主人と同じく平民出身であり、その縁から彼とも仲の良いアリシアが、仕事終わりにお酒を飲んでいるところに出会(でくわ)し。

 そこから一悶着あった結果、こうして名前で呼びあうほどに仲良くなった……というのが、私とアリシアの関係の簡単な略歴となる。

 

 ……こっちのハルケギニア、基本的には平和な世界だったのでは?……とか思われるかも知れないが、それは世界に一切悪人がいない、と言うような話では決してなく。

 そもそもの話として、人間種ではない亜人達による被害というモノも確かに存在しているし、なんならいつぞやかの『我らが一つに』みたいなドラゴン種──いわゆる魔獣系統に属する存在による被害というのも、実際にはそれなりの頻度で発生している。

 

 それらの事情もあり、わりと平和な方に分類されるこのハルケギニアであっても、個人なり国家なりの武力というのは、それなりに必要とされているモノだったりするのでしたとさ。

 

 

「はぁ、なるほど。……ええと、よくわからないんだけどさ?」

「はい、なんでしょうかヘスティア様?」

「……結局、僕達がここに居る理由ってなんなんだい?」

 

 

 そんな内容のモノを、通された応接間でお茶を飲みながら、彼女達に対して話していたわけなのだけれど。

 

 その結果として、部屋の奥に消えたアリシアを待っている間、手持ち無沙汰になってしまったヘスティア様から。

 ──何故私達がここにいるのか?……という根本的な部分が解消していない、と疑問を呈されることになったのである。

 

 とはいえ、ここまでくればなんとなく、その理由についてもわかってきているはずだとは思うのだが……。

 口にせねばわからぬこともある、というのも確かな話。なので私は、その答えを彼女に教えるのだった。

 

 

「まぁ単純に言えば──ゲートの安定化のため、ですね」

「……んん?ゲートの安定化?」

 

 

 こちらが口に出した答えに、小さく首を傾げるヘスティア様。

 

 ここで言うゲートとは、他の世界同士を繋ぐ扉……的なもののことを言う。

 例としてあげるのであれば、原作『ゼロの使い魔』での重要(キー)魔法である『世界扉(ワールド・ドア)』とか、ああいうモノのことになるか。

 それを無闇矢鱈に発生しないようにすること──それこそが、今回私達がここにやって来た理由ということになる。

 

 で、先程の彼女の質問への答えを、もう少し詳しく述べるのであれば、次のようになる。

 

 

「……なりきり郷の中に現れたゲートを探していた、だって?」

「そういうことになりますね。……向こうで郷内のあちこちに視線を向けていたのは、時空の歪みとでもいうべきそれ(ゲート)を見逃すまいと探していたから。体よく()()をヘスティア様が踏んだことで、私達はあの路地裏へと飛ばされていた……というわけなのですよ」

「は、はぁ。わかったような、わからないような……」

 

 

 小難しく言うのなら、次元境界線の歪曲──雑に言えばワープゲートの探索。

 

 世界間移動を意図せず引き起こすそれを、どうにか安定させようと(ランダム発生させないように)している……というのが今回の私の目的であり。

 それを遂行するには、向こう側に居る状態の私では力が足りていない……もといゆかりんに協力を頼むしかないので、こうしてわざわざハルケギニア側にワープしてきた、という事情もあったりするわけだ。

 

 

「……んん?その言い方だと、八雲のに任せれば問題はなかった、ってことになるのかい?」

()()()()()()()なら、確かに紫に任せるのが一番だと思いますよ?」

「……なんだか含みがあるなぁ。その解決方法は望ましくなかったりするのかい?」

「まぁ、そうですね。……紫に任せるやり方だと、こっちへの転移は二度と叶わなくなる、というのは確かだと思います。いつかこちらに戻るかもしれないアルトリアのためにも、あまり選びたい手段ではないですね」

「わりと大事(おおごと)だった!?」

 

 

 こちらの述べた答えに、ヘスティア様は露骨に驚きを見せる。

 

 確かに、ゆかりんはその能力の応用範囲の広さゆえに、大体の事態を解決できるだけの汎用性を持っている、というのは確かだろう。

 けれどそれは普通の解(better)であって、最良の解(best)ではない。

 今回の場合で言うのなら、彼女はゲートという転移窓を閉じることはできるだろうが、それを再利用できるようにすることはできない。──無理矢理に閉じて、それで終わりである。

 

 一応、こっちに渡ってきて、詳細な状況を確認した上で(のぞ)むのであれば、ちゃんと再利用もできるように事態を解決できるかもしれないけれど。

 それをするには、彼女の立場というものが引っ掛かってくる。

 

 彼女はなりきり郷の代表者であるため、あそこから長く離れることは叶わない。……時間の流れがこちらと向こうでは違うため、一見するとどうにかなるようにも思えるが……この事件を解決するというのは、即ちそれらの()()を直すことにも繋がっている。

 一昼夜で終わるような問題でもない以上、結果として彼女の長期不在を前提としてしまう形になる、彼女を主体とした事態の解決というのは認められない可能性が高い。

 

 それらの理由も手伝って、彼女に協力を仰ぐのは非推奨……というのが、今回私が出した結論なのであった。

 

 

「それと先に言ってしまいますと、今回の事件って言うのはこっちの私……もといビジュー嬢が、以前の一件以降高まり過ぎてしまった虚無の力を、どうにも持て余してしまった結果……みたいなところもありますから。その辺りの解決を見ないままに単純にゲートの安定化だけを行うと、ゲートの作成者であるビジュー嬢が、その名前ゆえの(私と同じキーアである)強制力に引っ張られて【虚無姫(キリア)】に統合されてしまう……なんて事態にもなりかねないので。……こうして現地に行って、あれこれ解決する必要があるってわけなんですよ」

「……やっぱり、予想以上に大事じゃないかいそれ?」

 

 

 私の説明に、微妙に引き気味な表情で呟くヘスティア様。

 

 より正確に言うのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだけれど。

 その辺りは事態の解決を図る内に一緒に解決できるもの、程度の問題であることも確かなので、ここでわざわざ述べるようなことはしない。

 ……一度にあれこれ説明しても、彼女に余計な心労を掛けることになるのは、今の反応でわかっていることだし。

 

 

「あら、二人でこそこそと何のお話?」

「午後からの予定を少し、ね?──ビジュー様は、宮殿の方に?」

「ええ、ずっと仕事で詰めていらっしゃるみたい。貴方のことを恋しそうにしていたから、一目見たら元気になっちゃうかも……ね?」

「ははは、それは従者冥利に尽きるね。──ではヘスティア様、行きましょうか」

「んむ、行くってどこに?」

 

 

 そうして話を終えたタイミングで、準備を終えたアリシアが部屋の奥から戻ってくる。

 私はカップに残っていた紅茶をぐい、と飲み干すと、ちびちびとカップを傾けていたヘスティア様に声を掛けた。

 彼女は不思議そうな顔で、こちらを見上げていたが……この状況で向かう先なんて決まっている。

 

 

「何処って、王宮ですよ、王宮。我が主であるビジュー様が、仕事で缶詰になっていらっしゃいますので、迎えに行かないと」

「……ええと、どこからツッコミを入れればいいのかなこれは?」

 

 

 当たり前でしょう、みたいな気分でそう告げたら、ヘスティア様からはジトッとした視線を向けられることになった。……何故に?

 

 なお、こっちに来てアリシアに出会ってから、一切口を開かないでいるCP君だが。

 彼女は『流石に人語を話す虫は混乱しか生まないだろう』、と判断して自重していたため、口を挟むことをしなかったのだということをここに記しておく。

 

 

「ぷい?ぷい、ぷいぷいっ?」

「…………(助けてくれ、の視線)」

「あら、アリア社長。ダメですよ、お客様のお連れ様を困らせちゃ。貴方も、私に遠慮せずに動いてくださって構いませんからね?」

「ぷいにゅー?」

 

 

 ……まぁ、そんなこと知ったことか、とばかりにアリア社長に絡まれていたのだが。彼に心配されていた、ともいう。

 虫が得意な女性、っていうのも中々いないモノだし、彼女のその行動自体は、決して間違っているモノじゃないとは思うけどね?

 

 でもまぁ、ここのアリシアは平民出身なので。

 虫に対しての耐性は普通に強い方だった、というのは彼女の誤算になるのだろう……と、彼女に頭を撫でられているCP君を見ながら、しみじみと頷く私なのであった。

 

 

*1
『ARIA』『AQUA』シリーズにおける登場人物の一人。主人公である水無灯里(みずなしあかり)の上司に当たる人物であり、その操舵技術は並み居る水先案内人(ウンディーネ)の中でもトップクラスだとされる。プリマとしての通り名は『白き妖精(スノーホワイト)』。口癖はあらあら、もしくはうふふ。それだけで会話を成り立たせてしまうこともしばしば。また、この作品内でも述べている通り、かなりの酒豪。それからアニメでの担当声優が大原さやか氏であることもあり、キーアは侑子の事を思い出すのだった



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幕間・それなりに長くなることを悟った時の顔

「うわぁ、こりゃすごいや。ゴンドラそのものは乗ったことも無くはないけど、こんなに揺れもしないしすいすい進むのは、もしかしたら生まれて初めてかも」

「ですよねですよね!アリシアさんのゴンドラ捌きは私達水先案内人(ウンディーネ)の中でも、トップクラスの腕前に数えられてるんですよ!」*1

「もう、アカリちゃん?嬉しいのはわかるけど、お客様を困らせちゃダメよ?」

「は、はひ。ごめんなさいアリシアさん……お客様も、失礼致しました……」

「いやいや、別に構わないよ。最初に気楽に話し掛けてくれ、って言ったのは僕の方だしね」

 

 

 アリシアが操舵を行う、ゴンドラの上。

 

 以前トリスタニアに来た時に、私もといビジューちゃん達を乗せてくれていたアカリちゃんは、今回は単なる同乗者である。

 これは、彼女達の原作である『ARIA』での水先案内人(ウンディーネ)としてのランクが、こちらでは少し違ったモノになっているから……というところが大きい。

 

 原作において水先案内人(ウンディーネ)のランク付けと言うのは、その両手に付けている手袋によって定められていた。

 これは恐らく、ゴンドラの行き先を決める道具である(オール)を扱うに際し、それらの手袋が不馴れな操舵から彼女達の手を保護する役割も持ち合わせているから、だと思われる。

 

 見習いは、ペア。

 両手に手袋をしていることを示すそれは、その操舵がたどたどしく、まだ人を乗せる様なものではないことを示すモノ。

 

 半人前は、シングル。

 片手──基本的には利き手──にのみ手袋をして、その操舵がそれなりのものになってきたことを示すモノ。

 単なるトラジット……渡し船としてなら、お客を乗せられるようになった証でもある。

 

 それから、一人前であるプリマ。

 もう片方の手袋すら取り払われ、その素肌を晒すこととなるモノ。

 それは即ち、手を痛めるなどの怪我などをすれば、すぐに周囲に知られてしまう……ということにも繋がるモノである。

 そうしてできた傷は、水先案内人(ウンディーネ)としての力量の不足を示すものともなりうるわけで。

 仮にもプリマに数えられる者が、そんなみっともないミスをすればどうなるのか。……待ち受けるのは、周囲からの嘲笑の視線だろう。

 故に、半人前(シングル)以下の着用する手袋が守っているのは、なにも彼女達の腕だけではない……というような話が、原作に存在していたりもしたのだった。

 

 で、その辺りのランク付けの大まかなところは、こちらでも変わりはない。

 が、それに加えて別の側面とでもいうのが存在している。──それが()()()()()()について、だ。

 

 以前、私達はアカリちゃんの漕ぐゴンドラに乗って武器屋に向かい、そこで()()デルフに出会ったりしたわけだが……この時点でわかる通り、単なる渡し船(トラジット)としてならば、半人前(シングル)であろうと客を──それが貴族であっても乗せることができるというのは、なんとなくわかる話だろう。……おすすめ(水水肉)の紹介?あれはサービス(世間話)ってことで。*2

 

 ともあれ、貴族を乗せるのに制限が存在しないのであれば、結局原作と変わりがないように見えてくるわけなのだが。

 実はここに、『水先案内人(ウンディーネ)』としてでなければ──という注釈が含まれているのである。

 

 要するに、水先案内人(ウンディーネ)として貴族を客に取ろうとする場合、最低でもプリマでなければそれを行うことは許されていない……という取り決めになっているのだ。

 

 単なる渡し船としての利用ならばその限りではないが、そうでないのならば、貴族が乗るのはプリマの操舵するゴンドラのみ。

 逆に言うと、客が平民であるのならば、片手袋(シングル)であっても水先案内人(ウンディーネ)として仕事をできたりするわけなのだが……。

 ともあれ、それがこのハルケギニアでの水先案内人(ウンディーネ)に付随する、ランク付けのもう一つの側面というわけである。*3

 

 それと、更に一つ。

 これは先のランク付けとは、微妙に違うところの話になるのだが──アリシアを含む、プリマの中でも指折りの存在。

 俗にトップ・ウンディーネと呼ばれる、彼女達にのみ許された仕事がある。それが、

 

 

「見えて来ましたよ、あれが我が国が誇る白亜の宮殿です」

「おおー、綺麗なお城だぁ」

 

 

 宮殿に直接乗り付けられる、王族やそれに連なる貴族達御用達の水先案内人(ウンディーネ)──というモノだ。

 

 

 

 

 

 

「アンリエッタ様をお乗せしたこともあるのよ、私」

 

 

 そう笑うアリシアは、トップ・ウンディーネとして王候達を何度もゴンドラに乗せている、歴戦の強者?である。

 

 このハルケギニアでは流石に原作みたいな、貴族が平民に対し横柄な態度を取ることはそうないものの。

 それでもまぁ、気位の高い諸国の貴族等を頻繁に運ぶことになる彼女の立場というのは、心臓に毛が生えている*4ような人物でなければ、足が震えてしまってもおかしくないような職場環境だと言えてしまうわけで。

 

 それをあくまで軽やかに、それでいて優雅にこなす彼女の姿と言うのは、同じ水先案内人(ウンディーネ)達だけでなく、平民達全般に憧れられる存在だと言えるだろう。

 

 

……だからこそ、原作みたいに寿退社……なんてことになったとしたら、どれだけの規模の暴動が起こることやら、って心配になっちゃうんだけどね……*5

「……?シル、なにか言った?」

「いいえ、なんにも。それよりありがとうね、アリシア。用事が終わったら、また一緒に飲みましょう?」

「ええ、喜んで。晃ちゃんも寂しそうにしてたから、できれば近い内に、ね?」

 

 

 波すら立てず、静かに王宮併設の船着き場にゴンドラを停めたアリシアを、それとはなしに見つめてしまう私。

 

 ……ここの彼女達はなりきり(逆憑依)とかではないが、それゆえにその人生がどうなるのか、というのはわからない。

 だからまぁ、彼女が結婚するのだとしても、それはまだまだ先の話。

 私が心配することでは、ないのかもしれないのだが。

 

 ……原作でも作中リアル含めて結構紛糾していたというのに、こっちで同じ事態になった時にどうなることか、ちょっとわからないなぁなんて風に戦々恐々としてしまうのも、宜なるかなと思わなくもなく。

 無論、そんなことを彼女に聞かせても仕方ないので、私の胸の内に秘めておくだけにしとくのだけれども。……どうにも視線がジトッとしたモノになるのは止められない、というか。

 

 ともあれ、ここで一先ずアリシアとアカリちゃんとは、お別れとなる。

 アカリちゃんの操舵練習に付き合うとのことで、船着き場から優雅に離れていくアリシア達に手を振りつつ。

 王宮に降り立った私達は、改めてその白亜の城を見上げてみる。

 

 巨大な湖の上に浮く白く大きな城、といった感じのビジュアルとなっているトリステイン王宮は、その立地ゆえに要塞としての機能を持ち合わせている。

 

 基本的には船での乗り付けしかできないようになっているため、陸路から攻めることは叶わず。

 空路に関しても、原作のような悲劇が起こってないために職務に忠実な、ワルド子爵の率いるグリフォン隊による警備が常に行き渡っている。

 

 水路に関しては言わずもがな、そもそもトップ・ウンディーネでなければ城の近くには寄ることができない──彼女達のゴンドラにだけ施された特殊な魔法によってのみ、城に近寄る許可が降りる形になっているため、無理矢理に彼女達の船を奪うとかでもしない限り、そちらもまた難しいと言わざるをえないだろう。

 

 ……と、言うかだ。

 そんな乱暴な真似をしたが最後、ともすれば平民貴族問わず周囲の──彼女達のファンによるフルボッコの憂き目に合うというのは、最早目に見えている惨事でしかなく。

 そのため、いわゆる船のジャックをするというのは、水先案内人(ウンディーネ)という職業の意味を知らないような人物でもなければ、まず試そうともしない手段だったりするのだった。

 

 まぁそんな感じで、陸海空……正確には海ではないが、城に繋がる全ての道に対し、鉄壁の防御を誇るのがこのトリステイン王宮なのである。

 で、そんな王宮で我が主・ビジューちゃんがなにをしているのかというと……。

 

 

「……シル!!」

「ああ、ビジュー様。数日ぶりになりますね、お体にお変わりはありませんか?」

「ええ、大丈夫。……それとシル、ここにはマザリーニ卿はいらっしゃらないから、普通にして大丈夫ですよ?」

「ふむ?……ではお言葉に甘えて……うん、思ったよりは元気そうでなにより、ビジュー」

「……うん、変に畏まられるより、そっちの方が貴方らしいですよ、シル」

 

 

 噂をすれば影、ということで。

 こちらに声を掛けながら、走り寄ってくる小柄な少女。

 こちらの胸元に飛び込むように駆けてきた彼女を抱き止めながら、その息災を喜ぶ私。……勢いを殺すためにターンしたけど、この動きどことなく芝居掛かってる気がするな?

 

 まぁ、このトリステインだとそういう大袈裟な所作の方が、貴族達からのウケはいいのだが。

 ……なんて打算を織り込みつつ、改めて彼女と視線を合わせる。

 

 そこに居たのは、あの時私が憑依していた人物。

 ()()ハルケギニアにおいては、原作のルイズ──虚無の魔法使いの立ち位置にいる、ある意味ではオリジナル主人公とでも呼ぶべき相手。

 ──キーア・ビジュー・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。

 憑依していた時に強制されていた、敬語混じりの言葉のままに。彼女は私への親愛を紡ぎ、それからちょっとだけ悪戯っぽく笑みを浮かべるのだった。

 

 ……なお私の方だが、彼女の言葉によって肩肘を張る必要がなくなったため、騎士めいた口調を雑に崩したため、ヘスティア様からは呆れられることになったりしていた。

 いや、マザリーニ卿が居ると色々とですね?

 

 

「そのマザリーニ何某のことを僕はよく知らないけど。君がその人に迷惑を掛けている、ってのは今のやり取りでなんとなーく理解したよ」

「……解せぬ」

 

 

 ……なんか、次第に私の扱いが雑になっている気がする……。

 

 

*1
水先案内人(ウンディーネ)を評価する際にその争点となるのが『操舵』『接客』『舟謳(カンツォーネ)』の三つの技術。アリシアは公式ファンブックにおいて、『操舵』と『接客』がトップクラスにある人物とされている。『舟謳』だけワンランク落ちるが、決して音痴というわけではない。トップが別格なだけである(作中での『舟謳』トップクラスに値する人物は、オペラ歌手になれるレベルなので)

*2
渡し船は文字通りに人を()()だけのものなので、そこに『接客』にあたるような名産品の紹介などを挟むのは、本来ルール違反だよ、というお話。本来の水先案内人──地球でのゴンドリエーレというのは、基本的に男性が就く職業である。そこを女性のみに限定している時点で、ある程度は見世物として売っている部分は少なからず存在している。それを『常に周囲からの評価の視線が向けられている』と解釈するのであれば、半人前がトップの真似事をして業界の評価を下げる、という形になりかねないのもまた確かな話。その辺りが、半人前が人を乗せられない理由なのだろう

*3
実際には、片手袋(シングル)の中でランクが別れている、というのが正解。そちらは大まかに二つに別れていて、下の方は平民も乗せてはいけない文字通りの半人前、上の方は平民であれば水先案内人(ウンディーネ)としての運行をしても構わない、いわゆる一人前一歩手前……といった感じのモノとなっている

*4
元々は『肝に毛が生える』で、そこから心臓へと該当する部位が変化した形。意味としては厚かましい、ずうずうしいなどの悪い意味もあるが、度胸がある・物怖じしないなどの良い意味も持ち合わせている

*5
原作終盤のエピソード。主人公・水無灯里のプリマ昇格と期を同じくして、恋人と結婚したアリシアが水先案内人(ウンディーネ)の職を辞す、というもの。普通に人気の高い人物であった彼女の結婚というイベントに、ファンやオタク達は驚きと怒りに包まれたとかなんとか……。お相手の顔は出ないが、幸せそうな結婚生活を送っているのは確かなようである



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幕間・私が私を見つめているのだから鏡みたいなもの

「それで、そちらの方は……?」

「ああ、こちらはヘスティア様。別世界の女神様ってところかな」

「なんと、女神様?!んんっ、失礼致しました。私はキーア、キーア・ビジュー・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌと申します。どうか宜しくお願い致しますね、ヘスティア様?」

「うぇ?!……え、ええと、宜しく……?」

 

 

 私とビジューちゃんの感動?の再会もそこそこに、彼女からは私が連れてきた二人……正確には一柱と一匹の紹介を求められる。

 

 CP君については、どうにもこちらでは喋る気がなさそうなので置いておくとして。

 もう片方、ヘスティア様に関しては特に話すことに問題があるわけでもないため、そのまま彼女の素性を説明する私。

 ……()()ハルケギニアにおいては異教の弾圧、みたいなことは起きていないため、ビジューちゃんは特に変な反応をすることもなく、異郷の神だというヘスティア様に対して、改めて畏まった対応をしていたのだった。

 

 これに微妙な態度を返していたのが、そうして挨拶をされた側のヘスティア様である。

 どうにも無図痒いのか、はたまた照れ臭いのか。

 ともかく様付けまでされて畏まられるのが、些か居心地が悪い様子で。

 彼女は暫しプルプルと震えていたかと思うと、その後にアカリちゃんにもやっていたこと──もっと砕けた口調で話してくれて構わないという『お願い』を、同じようにビジューちゃんにもしていたのだった。

 

 

「はぁ、ヘスティア様がそれで構わないのでしたら、こちらも特に対応を変えることは吝かではありませんけど……ええと、シル?不敬な対応、ということで後で外交問題になったりだとかは……?」

「ご心配無く。そもそもその論法で言うのであれば、私が一番外交問題誘発存在ですので」

「……ああ、それはなるほどですね」

「いやその納得の仕方はどうかと思うんだけど!?」

 

 

 なおその時ビジューちゃんからは、この対応の変更が後々外交問題を引き起こすようなことはないだろうな?(異郷の神様への不敬な態度云々で)……というような疑問をぶつけられたわけなのだが。

 そこが問題になるのなら、そもそもここにいる私が一番問題児でしょうと返せば、彼女は納得したように頷いていたのだった。……ヘスティア様からの抗議は華麗にスルーである。

 

 まぁ、そんな感じで話をしたのち。

 私達は宮殿の中を、目的地に向かって歩き始めたわけなのだが。……その城の中は、どこか騒がしく。

 

 

「ええと、この騒がしさはいつものことなのかい?」

「いいえ、ヘスティア様。この忙しさは今の時期だからこそ、と言う方が正しいかと。何せ今は、アクア・アルタに向けての対策と対処に追われていますので」

「あくああるた?……ってなんだい?」

 

 

 貴族も平民もなく、慌ただしく駆けていくその姿を見て、ヘスティア様がビジューちゃんに疑問を溢す。

 

 それを受けた彼女は、その問いに対しての答えを端的に述べるのだが……ヘスティア様はアクア・アルタについてはご存知無かった様子。

 一応、現実にも存在する現象なのだが……まぁ、海外に興味がないのであれば、知らないのは無理もないか。

 

 ビジューちゃんからの視線(説明してあげなさいという無言の圧力)を受け流しつつ、私はヘスティア様へアクア・アルタという自然現象についての説明を始めるのだった。

 

 

「ええとヘスティア様。このトリスタニアが『ネオ・ヴェネツィア』と混ざっている、というのは理解されていらっしゃいますよね?」

「ん?いやまぁ、さっきまで乗ってたゴンドラとか、それを漕いでいたアリシアとか、本来はそっちの人なんだろう?そういう意味でいいなら、ある程度は理解してると思うけど」

「……聞き方が悪かったですね。『AQUA』とか『ARIA』とかをお読みになったことは?」

「んん?……いや、無いかな。知識としてはゴンドラ乗りの女の子達の話、ってくらいしか知らないと思うけど……それが?」

「なるほど……。ええとですね?それらの作品の舞台は、本来火星なわけなのですが。それは単に火星をテラフォーミングしたというだけの話ではなく、その過程で地表の約九割が海に覆われてしまったため、結果として()()()()()()()()()()()()()()が話の中心になっているんです。……言い方を変えると、モデルとなる現実の場所、というものがあるんですよ」*1

「んー?……あー、()()か」

 

 

 こちらの言葉に、ヘスティア様はポンっと手を打つ。

 

 彼女の言う通り、『AQUA』『ARIA』の舞台となる火星──その地表の九割が海に覆われているがゆえに『アクア』の名前を持つその星は、地球において特に海と関わりの深い場所……イタリア北部にある百を越える島々からなる州都・ヴェネツィアをモチーフとした都市を中心として、どこか牧羊的な空気を醸し出しながら四季を過ごしている。*2

 

 この作品内の地球では、本来のヴェネツィアなどは気候変動などの影響から既に水没してしまっており、そこにあった数々の建造物などを人為的に移動させていたりもするのだが……。*3

 その一環なのかなんなのか、はたまた単に発生条件が整っているだけなのか。

 

 ともあれ、現実のヴェネツィアでも起きていた自然現象が、ネオ・ヴェネツィアでも起こるものになっていたりするのである。

 その内の一つが、アクア・アルタ──元々はイタリア語で『満潮』を意味する言葉だったのが、ヴェネツィア付近で定期的に発生する異常潮位現象を指す言葉になった、という謂れを持つ自然現象だ。

 

 これはその名の通り、周囲の水位が高くなるというモノなのだが、街の至るところに水路の張り巡らされたヴェネツィアでは、ともすれば死活問題ともなる現象だとも言える。

 なにせこのアクア・アルタ、水位の上昇は九十センチ以上になった時にしかそう呼ばれないこともあり、起きた場合には一階部分の浸水はほぼ免れない上、場合によっては二階まで水没しかける、なんてこともあるのだ。

 

 公的な記録としては一メートル九十四センチが最高水位とされるが、調査によって過去には二百五十四センチ以上の水位変動があった可能性も示唆されており、このアクア・アルタが単なる高潮でないことは、なんとなくわかって貰えるだろう。

 ワンピースに登場する大津波『アクア・ラグナ』のモチーフであるというのも、納得の水位変動である。

 

 この他にも、単なる水位変動ならまだしも水路の底の汚れごと競り上がって来るため、終わったあとの掃除が大変などの問題もなくはないが……まぁ、その辺りは今回のあれこれには関係ないので割愛。

 改めて、ネオ・ヴェネツィアでのアクア・アルタについての話に移ると。

 

 水位の上昇は、ヴェネツィアでのそれに比べれば遥かに低く、それでいて海が汚れていないこともあり、上がってくる水も綺麗なモノで。

 結果として、確かに一階部分が浸水することはあるものの、それでも現実のアクア・アルタに比べれば、休むための理由に使われるくらいの行事でしかない……というのが、ネオ・ヴェネツィアでのアクア・アルタである。

 

 水位が上がる関係でゴンドラなどの運行は基本禁止となっているが、作中においてはアリシアのような操舵技術の高い人物であれば、特に問題はないようでもあるので、厳密に禁止されているわけではないのだろう……というようなことを読み取れるくらいで、本格的な夏の到来を告げるためのモノ、という側面の方が強いことは否めないだろう。

 

 ここまで聞いて、ヘスティア様は小さく首を傾げた。

 ……ビジューちゃんの話ぶり的に、アクア・アルタという現象はこのトリスタニアでは有名なモノである、と読み取れたからだ。

 そして、それにしてはやけに周囲の雰囲気が、切羽詰まっているようにも思えるな……とも。

 

 ここでもう一つ説明すると──アクア・アルタとは()()()()である。

 潮の満ち引き、風の影響、気圧の変化……。

 そういった様々な要因が重なり、結果として水位が上がるという自然現象なわけだが。──大前提として、これらは海に面しているからこそ起きることでもある。

 

 基本的に満潮・干潮というのは、主に月の引力によって引き起こされるモノである。

 故に、湖や池のような小さな水辺であっても、その影響自体は受けている。これが満潮や干潮のような大きな変化を起こさないのは、単にそれらの水の総量が少ないから。

 ──海は地球上どこに行っても繋がっているため、結果としてどこかの海が月に引っ張られれば、他方はその分量が減る。

 その規模が大きいからこそ、水面が大きく変動するということになるのである。

 

 で、あるならば。

 所詮は海にも繋がっていない、単に国に張り巡らされただけの水路が、何故その水位を上げるなどと言うことになるのか?

 その答えになりうるモノが、『ゼロの使い魔』の世界には存在しているわけで。

 

 

「……海から遠く離れた、トリスタニアに水の都を作るに際し、それを賄うに適したモノといえば、ただ一つ」

「……ええと、ゼロ使の方もよく知らないんだけど、それって?」

「──ラグドリアン湖に住まう、水の精霊。誓約を司るとされる彼の精霊との約定により、このトリスタニアは水の都となったのですよ」

 

 

 ビジューちゃんはそう告げながら、目的地──会議室への扉を開き、その中へと進んでいく。

 ヘスティア様からの「え、僕たちも入るのかい?」という視線に笑みを返しながら、私は彼女の手を引いてビジューちゃんの背を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

「静粛に!シルが戻りました、改めて対策を練り直します、宜しいですね!?」

「おお、シル殿。ようやっと戻られましたか」

「ああはい、この通りにございます。……マザリーニ殿も、お変わりなく」

「ははは、皮肉であれば後にして頂きたい!水精霊とまともに交渉できるのはシル殿だけなのだ、ほら早く!」

「うわっとと!?……あー、ヘスティア様はビジュー様に着いていて頂ければ!」

「うぇ!?え、ちょっ、シルー!?……行っちゃった」

 

 

 部屋の中に入ったビジューが行っていたのは、てんやわんやと騒ぎ続ける貴族達を静粛にさせる為の一喝であった。

 

 その声に真っ先に反応したのは、頭髪も真っ白で老人に見えるような細さの男性。

 彼は度々話題に出ていたマザリーニ卿であり、シルの姿を見た途端に彼女の腕を引き、そのまま会議室から出ていってしまう。

 

 これに慌てるのはヘスティアである。

 完全に部外者な彼女は、一人(正確には肩にはキャタピーが居る)で放り出されて、完全に困惑しきっている。

 そんな彼女の様子に、ビジューは小さく苦笑を溢したのち、彼女を手招きしながらこう告げるのだった。

 

 

「ヘスティア様は、どうぞこちらに。どうにも長い話になりそうですから」

 

 

 そんな彼女の言葉に、ヘスティアは小さく頭を掻きながら頷くのであった。

 

 

*1
海と陸地の比率は、地球においては7:3。火星(アクア)は9:1だというのだから、その名前も納得のモノだと言えるだろう

*2
公転周期が地球の二倍である24か月である為、火星の四季と言うものは基本的に二倍になっているらしい。なお、この公転周期はあくまでも『AQUA』『ARIA』での話。実際の火星の公転周期は686日と、50日ほど短い

*3
水面が上昇してしまっている為、ヴェネツィアだけでなく日本なども一部が沈没してしまっているとか



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幕間・イルルクゥのなく頃に(※指定名に意味はありません)

 ヘスティアは部屋の片隅に用意された椅子に座り、所在なさげに視線を惑わせていた。

 

 彼女をここに連れてきたシル……もといキーアに関しては、先程マザリーニに連れられて外に出ていったきり、未だに戻ってきていない。

 彼女をここに座らせたビジューにしても、他の貴族達と話を続けているため、こちらに戻ってくる気配はない。

 

 そうなれば部外者であるヘスティアが、手持ち無沙汰になるのは半ば必然。

 現状においては何をできるわけでもない彼女は、仕方なしに人々の喧騒を眺めているのだった。

 

 ……とはいえ、彼女はこれでも神様である。

 単に人々の様子を眺めているだけであれど、彼等の発言から現状がどのような状況なのか、それを見極めることは特に難しい話でもなく。

 そうして一通りの情報を脳内で纏め終えた彼女は、傍らの一匹の大きな芋虫──もといキャタピーへと、周囲に聞こえない程度の声量で話しかけるのだった。

 

 

「……さっきキーアは、ビジューの能力の暴走云々で起きた事態の解決の為に、こっちに来ようとしていた……みたいなことを言っていただろう?」

「そうだね。今の状況との繋がりだとか、肝心の彼女(ビジュー)が能力を暴走させている様子がないとか、色々と気になることはあるけど」

「それだよ、それとなくさっきさ、ビジューに体調について訪ねてみたんだけど──()()()()って言われたんだよ。……どうにも彼女は嘘を付いていないみたいなんだけど、さっきの暴走云々の時のキーアの方も、別に嘘は付いていなかったんだ」

「へぇ?……ってことは、本人は気付いてないってパターンかな?」

「多分ね。図らずしも『心理学の避け方』、みたいなことになっているのには、ちょっと文句がないわけでもないけどさ」

 

 

 話す内容は、キーアがこちら(ハルケギニア)を目指していた理由──ゲートとやらの暴走について。

 

 彼女はそれを、こちらの世界でルイズの代わりに虚無に目覚めた、ビジューの力が暴走しているから……という風に自分達に説明していたが、ヘスティアが聞く限りその言葉に()()()()()()

 そしてそれを真実だとするのならば、傍目には暴走している気配のないビジューの姿は、どうにも奇妙に思えてしまう。

 

 現状、このトリスタニアで一番問題となっているのは、アクア・アルタ──ラグドリアン湖からトリスタニアに豊富な水量を供給しているのだという、水の精霊の動きの方だ。

 件のビジューはそれの解決に追われる立場であり、彼女が原因だとは一切思われていないし、そもそも原因である水の精霊のなにかしらに繋がる気がしない。

 無論、このアクア・アルタとゲートの暴走には関係性がないのであれば、それで終わる話でもあるのだが……。

 

 

「それにしては、キーアが素直にあのマザリーニ?って人に付いていったのが腑に落ちないんだよ」*1

「無関係なら放置する……ってのはまぁ、キーアの性格的にあり得ないけど。それならそれで、ちょっとは抵抗しようとしそうなもの……ってことかい?」

「そうそう」

 

 

 自身の言葉に望む返答が返ってきた為、首を縦に振るヘスティア。

 

 キャタピーの言う通り、先程のキーアは大した抵抗も見せず、そのままマザリーニに連れられて外に出ていってしまったわけだが。

 そこにほとんど抵抗の意志が見られなかった辺り、どうにも『アクア・アルタ』と『虚無の暴走』、その両者には何らかの繋がりがあるように思えてならないのである。

 

 

「たださ……ゼロの使い魔での虚無って、どっちかというと破壊方面に強いモノなんだろう?」

「イリュージョンとか世界扉(ワールド・ドア)とか、戦闘向けじゃないモノも普通にあるけど──初歩の初歩の初歩とされる魔法が爆発(エクスプロージョン)な辺り、基本的には古典的魔法使いの役目──固定砲台の極致、みたいな感じはあるね」

「だろう?……だからまぁ、水の精霊?とやらの行動に繋がるだろう理由ってやつが、皆目検討もつかないんだよ」

 

 

 だが、そこまで語ったところで、ヘスティアは体をぐでっ、と背もたれに倒して塞ぎこんでしまう。

 

 関係性がある、というのは自身の勘であり、そこに外れはないとは踏んでいるものの。……その勘を真実だと謳うには、どうにも物証が足りていないのである。

 虚無の魔法に、もっと直接的に洗脳する技能とかでもあるのなら楽なのだろうが。……ヘスティアの知る限り、虚無の魔法はどちらかといえば戦闘向けのモノであり、ゼロの使い魔についてそれなりに詳しいキャタピーからしてみても、洗脳のような技能はどちらかといえば『水』の領分。──水の精霊相手に効くのか、と言われると疑問符を浮かべてしまうところである。*2

 

 つまりは八方塞がり。得られた情報を元に推理してみたものの、どうにも手詰まり感が見えてしまった為、ヘスティアはこうしてぐでっとしているわけである。

 ……結局のところ、暇を持て余して推理し始めた面も少なくないので、端からどこかで行き止まる可能性は十分にあったわけだが。

 

 そうしてぐだぐだし始めたヘスティアに苦笑を返したキャタピーは、そのまま思考の海へと潜る。

 

 

(──ラグドリアン湖に住まう水の精霊。彼が水位を増やす……というと一つ、思い当たるイベントがある)

 

 

 ヘスティアよりはゼロの使い魔に詳しい彼女は、原作の流れを現状に照らし合わせながら、その原因を探っていく。

 

 以前キーアから聞いていた通り、このハルケギニアは()()()()()()()()()()()()()が、原作である『ゼロの使い魔』の舞台である()()と明確に同じであるかと言われれば、ノーと言わざるを得ない場所でもある。

 何せ、この世界には『ゼロの使い魔』序盤の敵役であるレコンキスタ*3……及びその背後にて糸を引く無能王ジョゼフ、という構図自体が存在していない。

 

 無能と蔑まれたジョゼフは居らず、また作中にて既に故人であるはずの弟シャルルも存命。

 なんかフュージョンしたりしてる……とかいうのはノイズだから置いておくとしても、このハルケギニアを覆うはずの戦乱の気配……というものは、現時点でその一切が見受けられないわけで。

 と、なれば。レコンキスタが無い以上、その首領に祭り上げられた者も居らず。

 その首領の指に填められているはずの指輪も──アンドバリの指輪*4と呼ばれるその秘宝も、元あった場所から移動していないはず。

 

 これが何を意味するのかと言えば……。

 

 

(……この世界でのアクア・アルタの原因となっている、水の精霊による水位の嵩増し。……その理由が、よくわからないということになる)

 

 

 キャタピーはそう脳内で呟く。

 ゼロの使い魔原作において、水の精霊がその水位を増していたのは、自身の元より失われた秘宝・アンドバリの指輪を取り戻す為。

 その為に自身の体でもある湖を徐々に徐々に肥大化させ、いずれハルケギニア全土をも覆い尽くそうとしていた……というのが、水の精霊のしようとしていたことである。

 とはいえ増える水量はさほど多いわけではなく、全てが飲み込まれる前に人は別の場所にでも逃げられるだろうが……それにしたって気の長い話であるし、その上でおぞましい話でもある。

 

 何せ、この水の精霊。原作ではサイト(ガンダールヴ)が取り戻すと約束するまで、その侵攻を止める気は一切無かったのだから。

 ラグドリアン湖はガリアにも面している為、その行為がタバサの動く理由にもなっていたりする辺りもまた、なんとも言えない気分を醸し出させるだろう。*5

 

 ともあれ、かの水の精霊がその水位を上げるというのであれば、こちらからしてみれば気の遠くなるような、なんらかの意図を持ったものであるとするのが普通であり。

 しかして彼が動く理由など──それこそアンドバリの指輪の紛失くらいしかなく、さりとてこのハルケギニアにその原因となるレコンキスタはいない……という感じで、この世界におけるアクア・アルタの理由である水の精霊、その行動の理由を推測することが、殊更に難しくなってしまっているのである。

 

 だからこそ──()()()()()()()()()()()()()()*6

 要は、こちらの視点……迂闊に原作を知っているからこそ、思考の陥穽に嵌まっている所もあるわけなのだから、水の精霊の立場になって改めて考えてみれば良いのである。

 

 さて、そうして彼の立場になって考えてみるのであれば──小難しいことを考える必要はなく、答えはただ一つとなる。

 

 

(アクア・アルタが毎年起きるものなのであれば、それは恐らくそれで届く範囲に()()()()()()()があるということ。そして今回のそれが、例年のそれよりも深刻であるとするのなら──)

 

 

 ──それこそ、今年が特別だというだけのこと。

 恐らくは、アンドバリの指輪が無くなってしまった……というのが正解だろう。

 

 原作において、アンドバリの指輪は奪われてしまっている。

 であるならば、秘宝と称する割には管理は杜撰、というのはなんとなく想像が付く。

 また、指輪に到達するまで、自身の水位を嵩増しする……などという迂遠な方法を取っている辺り、彼の動きが緩慢なものである、というのもまた想像が付く。

 もし機敏に動けるのであれば、そもそも最初の盗難時にすぐさま取り返せていたはずだ。エルフ達の言う『精霊』とはまた別種らしいとの話ではあるが、それでも精霊は精霊。普通の魔法使いとの戦力差というのは、恐らくこちらが思うよりも大きいはずだ。

 

 そこから察するに、水の精霊は戦力値は高いものの、敏捷などはそこまで高くないのだと思われる。故に、咄嗟の出来事に対する対処力というのもまた、同じく高くはないと見積ることができる。

 

 で、あるならば、後は簡単。

 水の精霊の秘宝が、突然失われたとするのであれば。

 それを為すのに丁度よく向いている現象を、キーアは追っているし知っている。

 ……それが是であるのならば、なるほど確かに無視はできまい。

 何せそれは彼女の今の主が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるのだから。

 

 

『……どうだろうキーア?ボクとしては、結構上手く推理できたんじゃないかなー、と思うんだけど?』

『……あー、うん。詳細な事情を知らない割に、よくそこまで推理したもんだねっていうか……まぁ、抜けてるところもあるけど、大体間違ってないよ。──今回のこれはね、いわゆる歴史の修正力ってやつなのさ』*7

 

 

 そんな感じのことを、念話でキーアに語って見せたキャタピーは。彼女から返ってきた言葉にやはり、と小さく頷くのであった。

 

 

*1
『腑』とは、はらわた・臓腑のことであり、また『腑』は心や考えを司る場所という意味がある。つまり『腑に落ちない』とは、()の底に受けた言葉や考えが落ちてこない=納得ができない、という意味の言葉なのだと言える

*2
ギアス(制約)などの魔法は水属性に振り分けられている。なお少し横に逸れるが、『とある』シリーズにおける精神操作系の超能力(レベル5)心理掌握(メンタルアウト)もその原理としては『水流操作(水属性)』だったりする。……精神に関わるモノは水、という何かしらの元ネタがあるのかもしれない

*3
元々は、複数のキリスト教国家によるイベリア半島の再征服行為の総称。スペイン語で文字通り『再征服』の意味を持つ言葉。なお、本来であれば『レ・コンキスタ』と区切るのが正解なのだが、ゼロの使い魔においては『レコン・キスタ』と区切られていた。ゼロの使い魔本編における、序盤の敵対組織。『聖地』奪還を掲げる革命軍であるが、その構成員には不自然に寝返った貴族達が多く含まれているという……

*4
ゼロの使い魔作中に登場したマジックアイテムの一つ。洗脳・疑似蘇生などの効果を持つ指輪。水の精霊が護っていたとされる秘宝でもある

*5
サイト達はとある理由から水の精霊より『精霊の涙』を手に入れようとするのだが、最初に水の精霊から求められた条件が『襲撃者の撃退』であった。そしてその襲撃者というのが、領民から水位が上がって困っているという依頼を受けて、水の精霊を撃退しようとしたタバサ達であった……というエピソードがある

*6
『うみねこのなく頃に』の登場人物、右代宮霧絵及び右代宮戦人の台詞。チェス盤の立ち位置をひっくり返す……つまり敵側の視点に立って考えることで、相手が何を思って行動したのかを推測する思考方法

*7
過去改変などで付きまとう概念。決まっている筈の物事を覆そうとする時に起こる、不自然なまでの『事態の軌道修正』とでも呼ぶべきもの。本来人の視点から感じ取ることはできないモノであるため、あくまでも机上の論理ではある



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幕間・ウンディーネとオンディーヌ

『とりあえず、水の精霊が毎年この時期になると水位を増す、ってのは正解。その理由がアンドバリ*1とは関係ないってのは──半分正解・半分不正解って感じかな』

『ふむふむ?ってことはやっぱり、今年のアクア・アルタはいつものモノとは違う、ってことでいいのかい?』

『うん、それでいいと思うよ。……ネオ・ヴェネツィアが混じっている上に特定の現象(アクア・アルタ)の名前を与えられている関係から、水位が上がるとしても精々膝上くらいまでの浸水がほとんど……っていうのが、トリスタニアにおけるアクア・アルタの概要でね?』

 

 

 念話を続けながら、周囲の様子を観察するキャタピー。

 

 貴族達に混ざって平民達もあちらこちらに動いている……というのは最初の方に述べた通りだが、その服装は軽装のモノが多く、彼等が軍属ではないことを知らせてくれている。

 緊急時とは言え、兵士でもない存在が宮廷内を闊歩している……というところに、少し思うところがないでもないが……。

 

 

『まぁ、()()()()()()()()()だから。ちょっと()()()()()()()()()()んだよ』

『……んん?』

 

 

 そうして返ってきた、どこか含みのあるキーアからの念話に、キャタピーは小さく唸る。……どうにも、何かややこしい事情が隠れていそうだ、と彼女が察するには余りあり。

 けれど一先ずは、その事情がこちらに何か不利益をもたらすことはない……ということも彼女の言い方から察して、今のところは後回しにすることに決める。

 ここで必要なのは、結局のところ()()()()()()()()()()()()()、ということに集約されるのだから。

 

 

『まぁ、お察しの通り。──ビジューちゃんの虚無の暴走ってのは、彼女の意識していないところで起きているものでね?』

『ああうん、つまりはあれだろう?……彼女の扱える力の範囲というのは、君が憑依する前のモノから比べても徐々に大きくなって(成長して)はいるものの。……それでも、君の広げた器に見合うような状態にまでは至っていないから、その支配範囲から漏れ出た力は、勝手に虚無を発動させてしまっている。……水の精霊の護る秘宝の近くに、()()()()()()()()世界扉(虚無魔法)によって、その指輪はハルケギニアのどこかに飛ばされてしまい。それを探す為に、水の精霊は自身の水位を上げている……というわけなんだろう?』

『んー……不正解のような、正解のような……』

『あれー?』

 

 

 なので、まずはビジューと水の精霊の間にある問題について、答えだと思われる推論を口にしたキャタピーだったのだが。

 

 その推論を聞いたキーアから返ってきた反応は、どうにも中途半端なもの。……先程も口にしていた『半分正解であり半分不正解』というその言葉に、キャタピーは思わず首を傾げてしまう(念話をしていないヘスティアに不思議そうな顔を向けられた為、ごまかすのに少し時間を要した)。

 間違いであるとも、正解であるとも言い切らない彼女の様子的に、一部は合っていて一部は間違っている……ということなのだろうが。

 

 そうして首を捻るこちらの様子に、苦笑のような声を返してきながら。キーアは続けてこう告げるのだった。

 

 

『ああうん。ハルケギニアにおける、アクア・アルタには別の名前が合ってね?それが──』

 

 

 そして、この世界でのアクア・アルタに与えられた、もう一つの名前を聞いたキャタピーは。その名前が示すものに、納得したように一つ頷くことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 念話越しにCP君の疑問に答えつつ、リアルの方ではマザリーニ卿に連れられて、とある場所へと向かっている私。

 

 城内の地下、薄明かりが照らす暗渠*2とでも呼ぶべきそれは、遠く離れた位置にあるラグドリアン湖より、水の精霊が意志疎通のために顔を見せる──いわゆる連絡路とでも呼ぶべき場所である。

 

 

『久方ぶりだな、【矮小にして無量なる同胞】よ』

「その節はどうも。……それで、なんだけど。例のアレ、もうしばらく待って貰うことは可能?」

『それはそちら次第だ。我を『誓約』の精霊として定めたのは、我らではなく単なる者達自身なのだから』

(遠回しに約束守れ、って言われてるんですけどー!?)

 

 

 その暗渠の中心部……溜め池のようなその場所から、こちらに現れたのは水の塊のような生命体。──水の精霊は、私の姿を見付けると同時に、こちらに話し掛けてくる。

 

 ……色々な作品で『人を視る』者として扱われていた存在だからなのか、はたまたそもそもに視え方が違うのか。

 ともあれ、こちらのことを正確に把握したような言葉には舌を巻かざるを得ないが、そもそもその発言の強硬さ自体も舌を巻くレベルである。

 ……要するに、こちらは人間達のあれこれに合わせてやっているのだから、その結果としての自身の行動も守られて然るべきだ、みたいな?

 

 いやまぁ、アクア・アルタとそれに纏わる()()()()()は、このトリスタニアにとっては最早切っても切り離せないモノであるのは(マザリーニ卿に、耳にタコができる*3ほどに聞かされているから)よーく知っているが……。

 こういう時、アルトリアもといアンリエッタが居れば楽だったのだろうな、と苦々しい気分を抑えられない私である。

 

 アンリエッタ(原作の彼女)としてならば、そこまででもないのだろうが。……アルトリア(騎士王)としての要素を持つ彼女は、水の精霊には最早『愛されている』と言ってもおかしくない程の加護を受けている。*4

 ゆえに、この状況でも彼女が鶴の一声をあげるだけで、水の精霊は素直に待ってくれるはずなのだ。……まぁ、アルトリアとしては修行が終わるまでこっちに戻ってくる気はないだろうから、これもまた机上の空論でしかないわけだが。

 

 まぁ、愚痴を言っても仕方ない。

 ()()()()()()()()()とも言えてしまう以上、この事態を見過ごすのはあり得ない。

 で、あるならば。

 

 

「……はぁ。わかりました、ではあと三日下さい。それで全てを片付けてご覧にいれましょう」

『承った。待っているぞ、【矮小にして無量なる同胞】よ』

 

 

 ぐにゃぐにゃと形を変えながら、水の中へと沈んでいく精霊を見つめつつ、深くため息を吐く。

 ……こうなってしまっては仕方ない。早急にビジューちゃんの成長フラグを立てねばっ。

 

 

「そういうわけですので、戻りますよマザリーニ卿。それから、聖エイジス三十二世及びジョゼフ王に、取り急ぎ連絡をお願いします」

「シル殿はどちらに?」

「魔法学院へ。ティファニアを連れてきます」

 

 

 そうして私は、再び四の四を集めるために行動を始めるのだった──。

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ、その辺りは融通が効かんのだな、水精霊(オンディーヌ)殿は」*5

「融通が効かないというよりは、役割に忠実なのでしょう。何せ彼の水精霊に誓約の任を与えたのは、遥か昔のトリスタニア王だと聞いております」

「……なるほど、長くその役割を押し付けられて来たのだから、今更それを変えるつもりはない……ってことだね?」

 

「……あの、お三方?世間話も程々にしませんか?」

 

 

 数時間後。

 あらゆる手段を駆使して各国に連絡を取った私は、虚無の魔法使い達を召集。

 集まった彼等はどこか呑気な空気を醸し出しながら、トリスタニアに訪れたアクア・アルタについての話を交わしていたのだが……。

 比較的真面目・かつ王侯でもないティファニアがおずおずと声をあげ、漸く彼等は姿勢を正し始めるのだった。……マザリーニ卿が胃の辺りを押さえてるけど、私は知らない。

 

 ともあれ、こうして再び揃った四の四。

 面子としては私が抜けてビジューちゃんが加わる形になっているが、ともあれ彼等が今回のキーであることに変わりはない。

 

 

「……じゃあなんで、私まで連れて来られたわけ?」

「こっちを見て薄く微笑んで(はしたなくも大笑いして)いらっしゃいました、姫君の御友人を久方ぶりに城へとお招きした……というだけのことでございますが?ティファニア殿も、学友が居る方が御安心なさるでしょうし」

「いけしゃあしゃあと……」

 

 

 なお、私の傍らでぐぬぬと唸っているルイズに関しては、ほぼ延べている通り。……面倒事にまた巻き込まれてやんの、とばかりに大笑いしていた彼女を、そのまま引きずり込んだ形である。

 隣のサイトが苦笑している辺り、なんともいつも通りな感じの空気である。……まぁ、今の私はシルファなので、他の人の目のある現状では他人行儀を貫くことになるんだがね!

 

 閑話休題。

 今回の主題──その中心となるビジューちゃんは、他の面々の前でガチガチに緊張した状態で立っている。

 まぁ、然もありなん。

 現状アルトリアが居ないからこそ、虚無の魔法使いである彼女が代わりに公務を行っている……という形である以上、彼女はどこまでも名代(みょうだい)である。

 ガリアの双王に、ロマリアの教皇。……ティファニアに関してはまぁ、あくまでも学友だろうが。

 

 ともあれ、目の前に居る人物が、本来自身がお目にかかることができる人物だとは思えないのは無理もなく。

 それゆえにガッチガチに緊張して、笑顔が引き攣ってしまっているのは、最早当たり前としか言いようがないのである。

 ……その繋がりの元を正せば、自分ではない自分──私が憑依して居た時のものである、というのも気の引けてしまう理由だろう。

 

 なので、彼女がこちらに向けてくるのは、言外に『助けて』と言っているような視線なわけなのだが。

 そこで私がどうこうするのであれば、彼女の成長は望むべくもなく。

 可哀想な気がしないでもないが、ここは心を鬼にする私である。

 

 

「ビジュー様、どうかご健闘のほどを」

「無茶言わないで下さいシア!……あっ、いえその、教皇様方に何か問題があるというわけでは、決して!」

 

 

 ……なお、涙目でわたわたと言い訳を述べる彼女の姿に、ちょっとだけ嗜虐心を刺激された、というのはここだけの秘密である。

 

 

*1
なおこのアンドバリの指輪、名前の元となるのは北欧神話のドワーフ『アンドヴァリ』だと思われる。その為、この指輪のモチーフには彼の所有していた富をもたらす魔法の指輪『アンドヴァラナウト』も含まれていると思われる。なおこの指輪、北欧神話に深く関わりのある『ニーベルングの指輪』における指輪と『ラインの黄金』の元ネタと思われる部分がある(アンドヴァリ以外に使えないように、手に入れたモノに破滅をもたらす呪いが掛けられている)

*2
地下に設けられた水路のこと。蓋をして外からわからないようにしてある水路も、同じく暗渠と呼ぶ。排水用の水路が一般的だが、熱帯地域で蒸発を防ぐために水路を地下に埋める、というパターンも暗渠の一つではある

*3
この場合のタコとは生き物のことではなく、ペンダコに代表されるような、何かしらの行為によって角質化してしまった厚い皮膚──いわゆる『胼胝(たこ)』のこと。要するに同じ事を聞きすぎて耳が固くなってしまうほどになった、ということを示すモノ

*4
原作におけるアルトリアは、湖の精霊の加護を受けており、水の上に立つことも、そのまま走ることさえもできる。なお、別に水の中に入れないわけではない

*5
四大精霊の一つ、ウンディーネはドイツ語での呼び方。フランスでは『オンディーヌ』と呼ばれる。因みに英語だと『アンディーン』というのが正解



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幕間・水の精霊との婚礼

「さて、此度の我々の最終目標は、一体どうなっているのでしょうか?」

 

 

 ロマリア教皇、聖エイジス三十二世……もとい、ヴィットーリオ氏からの言葉を受けた私は、ハルケギニアの地図を広げながら彼等に答えを返す。

 

 

「ハルケギニア各地に散った、『精霊との結婚』のための指輪の回収というのが、今回の目標となります。……折しも今年のアクア・アルタの前に世界扉(ワールド・ドア)が、()()()()()()()()()()()()()を呑み込んでしまったのです」

「『精霊との結婚』──ネオ・ヴェネツィアでの『海との結婚』が、ハルケギニアナイズされたもの……だったか?」

「そうですね。水先案内人(ウンディーネ)達が男性から贈られた指輪を投げ入れ、海上都市であるネオ・ヴェネツィアと海との永遠の愛──その繋がりを誓うという祭事。それが『ARIA』での『海との結婚』と呼ばれるモノになります」*1

 

「……なんだか、ちょっとばかし席を外したくなったんだが、ダメか?maître(メートル)

「ダメに決まってるでしょ、ご主人様をこんなところにほっぽりだすつもり?!……でも、なんでサイトがちょっと申し訳なさそうなの?」

「ああいや、『海との結婚』ってのは、実際のヴェネツィアでも行われていた行事でな?」

「ふむふむ、それで?」

「……()()()()()()()()()()は、千七百九十八年にヴェネツィア共和国を滅ぼすんだが」

「み゛」

「その時に『海との結婚』に使われていたガレー船も、合わせて破壊しているわけだ。……『海との結婚』という祭事が再建されたのは、千九百六十五年と聞く。となれば、当事者(ナポレオン)の意識を持つ俺が気まずい気分になる……というのも、なんとなく理解できる話だろう?」*2

「……よくよく考えてみたら、ハルケギニアにナポレオンってわりと劇物なのね……」

「お前さんの名前の元ネタにしろ、ゼロの使い魔の全体的なオマージュ元(ダルタニアン物語)にしろ、基本的にはフランスを意識した話だからな」

 

 

 今回の私達の目的について、他の面々に説明する中。

 どこか気まずげな顔をしているサイトとルイズが、なにやらヒソヒソと話をしている姿が視界の端に見える。

 ……まぁ大方、本来ならイタリアに相当するロマリアで行うべき『海との結婚』が、なんでフランス相当のトリステインで行われているんだ?……みたいな話だろうとは思うが。

 

 実際、ロマリアには実際のイタリアにある都市・アクイレイアと同じ名前を持つ、水の都と呼ばれるような場所もあるわけなので、そっちでやればいいんじゃないか?という質問には、『確かに』としか答えられないわけなのだが。

 ……え?こっちのそれはヴェネツィアと混じってるけど、実際の両都市は結構離れてる?……まぁ、創作物で色々混ざる、ってのはよくある話なわけで……。*3

 

 そもそもそのアクイレイア、アニメではラスボスであるエンシェント・ドラゴンに派手にぶっ壊されたりしているため、どうにも扱いが悪い感が拭えなくもなく。

 というかこっちでもエンシェント・ドラゴン相当の存在は出て来ていた以上、下手すれば水先案内人(ウンディーネ)の皆さんごと滅んでたかも、となればこっちでよかった……なんて不謹慎な感想も出てこないわけではなく。

 ……うん、語れば語るだけボロが出そうなので、とりあえずこの辺りで切ろう!

 

 ともあれ、今回私達がやるべきことは、とてもシンプル。

 

 ネオ・ヴェネツィアでの行事が、形を変えてハルケギニアでも定着したもの──そう捉えるべきものの一つ、『海との結婚』……もとい、『精霊との結婚』。

 

 元を辿れば、()()()()()()悲しむ水の精霊に対して、彼の精霊の恩恵を受けている者達が、その代わりになればと指輪を贈ったことが発端とされるこの行事は。

 今日においては、彼の精霊と同じく『水の精霊(ウンディーネ)』の名を持つゴンドリエーレ達の祭事となり、こうしてネオ・ヴェネツィアにおけるそれに近しい方式に変化して行ったのだとされる。

 

 つまりは、この祭事の目的は『トリステイン』と『水の精霊』との友好を示す為のもの。いわば国と精霊との婚姻、というわけなのである。

 ……まぁ、あの水の精霊がそこまで考えて、この行事をしているのかは謎な部分もあるが。

 ともあれ、毎年アクア・アルタ──国を迎えに来る、という行為を見せているのは確かな話。

 それを求婚と見なすのであれば、なるほど指輪を投げ入れるのは、一種の返答だと言えなくもないだろう。──貴方の愛を受け入れます、という返答に。

 

 長く続けばそれもまた伝統となり、伝統となれば破ることは難しくなる。

 結果として、一連の行為がきちんと解決しない場合、水の精霊はわりと強固な態度を取ることがある……という今の状況に繋がるわけで。

 

 ……まぁ雑に言ってしまえば、投げ入れられた指輪を数えながら、次の『精霊との結婚(アクア・アルタ)』を待っていた水の精霊が。

 数えていたモノがなくなったので、どうにかしろと言っているのが、今のトリステインに起きている問題……というわけである。……一気に気が抜けた?知らんがな。

 

 裏事情やらを見ていけば、確かに気の抜ける話ではあるが。

 こと、水の都となっているトリステインとしては、わりと死活問題であることも事実。

 ……実際には先に述べた理由()()()()、何かしらの要素があるらしいこの『精霊との結婚』は、とにもかくにも指輪を集めなおさないことには、トリステインの水没すら勘定に入れなければならない事態……ということになるわけで。

 

 

「……一応聞いてみるのですが、いっそ水の精霊を滅ぼすというのは?」

「一欠片でも残ってれば復活する上に、そもそも虚無以外で倒せるのか甚だ不明な相手を、怒らせることの意味を天秤に掛けた上でそれでも実行するのであれば──まず無理、とだけお返しします」

「ですよねぇ」

 

 

 笑いながら質問してくるヴィットーリオ氏に冷や汗を掻きつつ、答えを返す私。

 

 ……いやまぁ、そもそもの話として、この『精霊との結婚』を今の祭事の形に纏めたのは人間側であり、それをこちらの勝手な都合で打ち切るのは道理に合わない。

 仮に相手を滅ぼすとしても、その豊富な水によって支えられている今のトリステインが、その水源を失った結果どうなるか?……なんてのは、わりと想像しやすいモノでしかなく。*4

 とりあえず提案してみた、程度のヴィットーリオ氏には悪いのだが、案として勘案すること自体が馬鹿げているとしか言い様のないモノなのは明白……というか。

 

 ……っていうか、こっちはそっちが敵対の意思がないことを知ってるから、こうして笑って流せるけど。

 そういうの微妙に知らない感じの人物とか、胃を痛めても仕方のない話だというかだね?……いやまぁマザリーニ卿のことなんだけども。

 

 まぁ、彼のことは置いておくにしても、表面上の不穏さの演出は()()()()()()()()()()()()()なのか……。

 そんな疑問を脳裏に描いたりもしつつ、そのまま相談を続ける私である。

 

 

「先に今年度の『精霊との結婚』を済ませてしまう、というのは?」

「残念ながら、その対応は難しいかと。この祭事が始まった頃ならばいざ知らず、今の『精霊との結婚』においては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という形になっておりますので」

「……運動会かなにかか?」

「まぁ、毎年やっていれば際限なく指輪が増えて行きますし、年に一度は行いたいとした当時の人々の交渉の結果、というところもありますし……」

 

 

 続いてジョゼフから提案されたのは、今年の『精霊との結婚』を繰り上げで済ませるべきでは?というもの。

 確かに、祭事とセットでやってくるアクア・アルタが一番の問題点なのだから、それをどうにかしようというのは、考え方としては間違いではない。

 無論それは、こちらが毎年新しい指輪を贈っているのであれば、の話なのだが。

 

 この祭事において使われる指輪と言うのは、以前水の精霊に贈った指輪の一部──現状の水先案内人(ウンディーネ)達の総数と同じ数──を返還して貰い、それを職人達の手で綺麗にしたり新しく彫金しなおしたりしたあと、彼女達にとって大切な人物となる男性に渡し。

 そこから、普通の『海との結婚』と同じように男性から女性へ、そして女性から海──ここでは精霊に対して贈る、という形で使われるモノなのである。

 

 そのため、返して貰う分の指輪がない現状で、新しく指輪を作ることになってしまうその対処は、単純に言って時間が掛かりすぎる。

 更には、水の精霊の手元に残る指輪の数も減ってしまうため、彼が指輪を数える時間もまた減り、結果として次の『精霊との結婚』までの期間が短くなってしまう。

 無論、その内今までと同じ期間にまで伸びることはあるだろうが……それまでにトリステインが持つかと言われれば、甚だ疑問だろう。

 相手はよく言えば厳格な、悪く言えば融通が効かない頑固者である。……こちらの限界が来る方が先、というのは間違いあるまい。

 

 なので、ジョゼフの出した案も、現状としては却下。

 当初の予定通り、ビジューちゃんに虚無の力を扱えるようになって貰い、それによって全ての飛び散った指輪を回収する……というのが、現状としては最善であると、改めて議論が纏まるのであった。

 

 

「あ、あばばばばば……」

 

 

 なお、自分を蚊帳の外にして全てが決まってしまった、当のビジューちゃんはと言うと。

 見ているこっちが憐れになるくらいに、緊張やらなにやらでガタガタ震えていたのだった。……お労しや、ビジュー様。

 

 

*1
アニメと漫画の双方で話題に上がるものの、そこで描かれるモノは違う……という特殊なエピソード。漫画の方では、上記の説明で相違ない。男性から贈られた指輪とあるが、基本的には『父親』から贈られたモノを使うことが大半らしい。……大半、という通り、意中の男性から貰った指輪でも構わないというか、そちらの方が本来は望ましいのだとか。なお、アニメ版では火星を訪れた老夫婦に纏わる話になっている

*2
現実での『海との結婚』は、サイトの言う通りナポレオンの手において一度断絶している。これは、当時の『海との結婚』がヴェネツィアの『海での覇権』を周囲に喧伝する目的のモノでもあったから、というところも関係しているのかもしれない。無論、現代のモノもネオ・ヴェネツィアでのモノも、その辺りの意味合いはもう存在してはいないが

*3
どちらもイタリアの都市ではあるが、結構距離が離れている。張り巡らされた水路や海上都市であること・かつ水の都の呼び名などからして、『ゼロの使い魔』でのアクイレイアがヴェネツィアと混ざっている、というのは確かだと思われるのだが(現在のアクイレイアは、海岸線の移動により内陸に寄っている。もともとはアドリア海の畔の街だったそうな。現在は世界遺産『アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバシリカ』が有名)。なお、二次創作ではよく『アク()レイア』と名前を間違えられていることがある

*4
水路の循環や濾過なども水の精霊が賄ってくれている為、彼が居なくなるようなことがあればどうなるか、というのは火を見るより明らかである



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幕間・リングからは降りられない

 そこから先は、まさに怒涛の一言であった。

 

 原作において一番最初に『世界扉(ワールド・ドア)』を使用した人物である、ヴィットーリオ氏が中心となり。

 ビジューちゃんに扉の開き方、それから閉じ方などを原作知識を用いて()()()()()指導し。(余りにも感覚的な指導(「いいですか、バーッでビューッです」)彼女は悲鳴をあげていた(「全くわからないのですが教皇猊下!?」))*1

 

 虚無発現に必要な強い感情の発露は、ジョゼフとシャルル両名の体を張ったあれこれで踏破し。(フュージョン以外の彼等の特技(『さぁ、お前の魔法を数えろ!』)彼女は思わず吹き出していた(「双王様が縦に真っ二つに!?」))*2

 

 心が挫けそうになった時には、学友であるティファニアやルイズ達からの強い励ましの言葉を受け。(温かい学友達からの言葉(『頑張れ頑張れできるでき(ry)』)に、彼女は静かに涙していた(「なんですかその大合唱!?」))*3

 

 そんな苦難を乗り越えながら、ビジューちゃんは虚無をモノにしようと必死に訓練を続けていた。……え?所々なんか変なモノが聞こえた?知らんなぁ……。

 まぁともかく、彼女はその身命を賭して、己の更なる成長へと邁進していたわけなのである。わけなのであるのだが……。

 

 

「」

「おお、こりゃまた真っ白に燃え尽きておる……」

 

 

 三日漬けどころか一夜漬け。*4

 あまりにもハードスケジュール過ぎるその修行は、彼女の心体に過大な負担を強いるものであり。

 結果、日が明けるのを待たずに真っ白に燃え尽きて椅子に座る、ビジューちゃんの姿がそこにできあがったのだった。……これは ひどい。

 

 

「……流石にこの有り様は気の毒ね……キーア、なんとかならないの?」

「と申されましてもねぇ……、今の私はシルファ・リスティ。ビジュー様の使い魔兼護衛としてここにいる、単なる一介の平民ですし」

「おいこら、どの口で平民だなんだと宣ってんのよアンタ」

 

 

 そんな彼女の様子を見たルイズが、とても気の毒そうな様子でこちらに声を掛けてくる。

 

 本来であれば虚無の魔法使いとして、自分がその位置にいるはずだった……という罪悪感的な意識も少なくないからか、同じ境遇の(今はビジューではない)私になんとかならないか、と聞いているのだろうが……。

 そうは言われても現状の私は『シルファ・リスティ』という、ビジューちゃんとは別個の存在である。

 

 例えば前回と同じく私が彼女に憑依しているとか、はたまたここにいる私がシルファでないとかであるのならば、一応彼女を手伝うこともできただろうが。

 生憎とここにいる私は、シルファという器に押し込められている──正確には逃げ込んでいる──ようなモノでもある。……そもそもに技能の大半が封印されている状態、とも言えるわけで。

 

 となれば勿論、虚無を扱うなど夢のまた夢。

 私の虚無はこちら(ゼロの使い魔)の虚無とは趣の違うモノでもあるため、助言も難しい。

 一応、私の場合の虚無の動かし方、というものを教えることはできるだろうが……その場合、車を運転するのにどこぞのルルーシュ専用KMF(ナイトメアフレーム)の操作機構を詰め込むようなモノになるので、余計に負担が増すことは間違いなく。*5

 

 その辺りも手伝って、私はビジューちゃんを応援するくらいしかできないでいる、ということをルイズに伝えたところ、凄まじく怪訝そうな視線を向けられることになったのだった。

 

 

「……信じてない?」

「いやだって、虚無は虚無でしょ?」

「……言っとくけど、私のそれ(虚無)は一応科学の延長線上のもの。区分的には『とある』の超能力とかと同一なんだからね?」

「貴方がそんなに頭が良いようには思えないんだけど?」

「ぬぐっ……いいですか、私は脳内で演算を行う領域を、個別に確保しているんです。五条さんがずーっと無下限術式を回しているのと、似たようなモノですね。これは私自体の計算力を補うモノではなく、あくまで虚無を扱う際に起こる煩雑過ぎる処理を、極めて簡略化するためのもの。……普段の私の行動に伴わないのは道理なのです」

「ふーん……参考までに聞いておくけど、その計算ってどれくらいややこしいの?」

「普通に計算してたら一生掛かっても足りないくらい、ですね」

「……は?」

「貴方には言ってませんでしたけど、私の虚無は『一の中に無限を見る』……その行為をそれこそ無限回繰り返した果てに、ようやく届くかも知れない微小領域を扱うもの。こちらの虚無も万物の中の小さな粒を扱うモノなので、多少の応用は効きますが……それでも、それを普通の人が真似するのには少々無理があるのですよ」

 

 

 話している途中で、よくよく考えたらルイズには私の『虚無』がどういうものなのかを話していなかったことに気が付き、思わず丁寧語になりながら説明することになったが……。

 私がなんでもできるように見えるのは、なにもかも『手間の掛かかり過ぎる模倣で、実際にできるまで繰り返しているもの』だからでもある。*6

 

 万物に敗北しうる、何物よりも小さい世界の粒──翻って、何に対しても含まれているとされる私の『虚無』は、なるほどその性質だけを見れば『ゼロの使い魔』で言われている小さな粒……『虚無』と同じものだと見なせるだろう。

 だがしかし、私の虚無はその性質上『ゼロの使い魔』での虚無の微細な粒よりも、遥かに小さいものなのである。

 

 人を細かく見ていけば細胞が見え、細胞を細かく見ていけば分子が見え、分子には原子が、原子には陽子や中性子・電子が見えるというように。

 もし何もかもが分けることができると仮定する時、何よりも小さく何物にも含まれている微細粒子とは、一体どんなものになるのか。……それはつまり、全てを作る材料である、ということになる。

 

 電子の世界での『零と一』がわかりやすい。

 電子の世界にある全ては、零と一で作られているモノである。どんなに複雑なモノであれ、それを細分化していけば必ず零と一に突き当たる。

 

 私の虚無とは、そういうもの。

 人の認識の果てにある、いつかたどり着く最小単位。

 

 そして、全てを構成するための材料であるがゆえに、その組み合わせを伸長していくことで、あらゆる全てを再現できる。

 ……わけなのだが、これは言うなれば『どんな膨大な数でも、最悪一を永遠と足していけば到達する』というような、凄まじく頭の悪く運用効率も悪いモノで。

 

 数学者であれば、まず間違いなくもっと簡便でわかりやすい式に書き換えてしまうような式を、無理矢理数で押して使っているようなものなので、少なくとも私よりも遥かに大きい力である『ゼロの使い魔』の虚無を動かすために使うには、非常に効率が悪いのである。

 ついでに言うのなら、算数を習う一番最初の時に、変な計算の癖を付けてしまうようなものでもあるので、できれば真似して欲しくないところが大きく。

 

 それらの色んな事情を加味した結果、私はビジューちゃんを応援するだけに留めていた、というわけなのだった。

 ……まぁ、この説明を聞いたルイズは、その意味を理解するのに暫く時間が掛かっていたわけなのだが。

 

 

「……ええと、要するに凄まじく迂遠で稚拙で処理の膨大なやり方をしているから、師事する相手としては向いてない……ってことよね?」

「ああはい、そうなりますね。ついでに言うなら先程申しました通り、計算に関しては自動化しておりますので、言語で説明すると先程のヴィットーリオ氏のモノよりも、更に抽象的な説明になりますよ?」

「あれよりも!?」

「ええあれよりも。言ってしまえば本来どこぞの一方通行さんラインの計算が必要なものを、全部オートメーション化して音声認識だけで済むようにしているようなものなので。結果として別ラインとなる通常思考の私が、計算だけしている私の説明をするなら、ドガーッとかバーッとかジャーッみたいな擬音になりますし、仮に計算だけしている私に説明させるなら、大学の授業を百倍速で説明してもまだ足りないような、金切り声染みたモノになるでしょう。……どっちも大概抽象的、でしょう?」

「……貴方の頭、一体どうなってるのよ……?」

「はてさて、どうなっていることやら」

 

 

 意味のわからないものを見るような目でこちらを見てくるルイズに苦笑を返し、改めて我が主──ビジューちゃんの方を見れば。

 

 

「では次はこちらを覚えましょう」

「お待ち下さい教皇猊下!?それは今回のあれこれとは別件では?!」

「何を仰いますやら。この問題が片付いたとて、貴方の成長が足りていなければまた新たな火種を呼び込むことは必至。であるならば、覚えられるモノは全て覚えるべきでしょう」

「……き、休憩っ!!一先ず朝食休憩です!!」

 

 

 教育熱心なヴィットーリオ氏に迫られて、たじたじとなっている彼女の姿を見ることができたのだった。……うん、まぁ、頑張れ?

 

 

*1
『猊下』とは、一つの宗派・宗教における最高指導者に対して付ける敬称。『猊』とは獅子の別名であり、かつての仏陀の説法が獅子が吼えるかの如く、あまねく衆生をひれ伏させるモノだったからそう呼ばれるようになった、とされる。この場合のひれ伏すとは、強い威嚇でひれ伏させることではなく、百獣の王・獅子のように、相手方が自然とひれ伏してしまうようなカリスマ性のあるものであった、ということを示している。本来は仏教系の最高指導者にのみ使われる敬称であり、基督教系の最高指導者なら『聖下』とするのがよいとかなんとか。他にも『台下』という敬称もあるが、慣例的に『猊下』と呼ばれることも少なくない

*2
『仮面ライダーW』より、主役ライダーであるWの見た目から。あしゅら男爵(マジンガーシリーズ、左右が男女になっている)などと呼ばれたことも

*3
炎の妖精などの呼び声も高い松岡修造氏の名言から。全文は『頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る北京だって頑張ってるんだから!』。なお何故北京なのかと言えば、当時(2008年)は北京オリンピックの開催年だった為、らしい

*4
前半の『三日漬け』は漬け物の話。後半の『一夜漬け』は勉強の仕方の話。とはいえ『一夜漬け』の方も由来は漬け物から来ているのだが

*5
『コードギアス』より、ルルーシュ専用のKMFである蜃気楼、及びそれに積み込まれている『ドルイドシステム』……の、操作の為に使われているキーボード型コンソールのこと。『ドルイドシステム』とはいわば電子解析システムなのだが、蜃気楼では多数の武装を管制する情報解析システムとして使用されている。それを使って各種武装を使用する際、単なる操縦桿では細かな調整ができないなどの理由から、この入力方式が用いられているのだが……ぶっちゃけてしまうと常人に使えるようなモノではない。端から見れば『カチャカチャターンッ』とカッコよくキーボードを叩いているだけに見えるが、実際は高度な情報処理能力などを必要とする為、実質ルルーシュにしか扱えないシステムになっている。とはいえ、単純に機体を動かすだけなら無駄だらけなのも確かな話。この操縦機構を無理矢理自動車に乗っけて使っているようなモノなのが、キーアの『虚無』による模倣である、という例え話である

*6
いつぞやの『試行回数無限なら、必ず成功する』より。総当たりで答えを探している、とも言い換えられる



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幕間・マルチロックしてフルバースト

 まぁ、朝食に逃げたところで話が終わるか、といえばそういうわけでもなく。

 

 朝食が終わればそのまま再び缶詰め、昼食に出てきたあとに缶詰め、夕食食べて缶詰め風呂に入って缶詰め……というような感じで、ほぼほぼ缶詰め状態で二日目は終わり、早くも期限となる三日目である。*1

 ……いやまぁ、残り時間があと二十四時間を切ったというだけで、正確には四日目の正午までが期限なのだが。

 

 で、肝心のビジューちゃんの成長度合いはと言うと……。

 

 

「──ええ、これならば問題はないでしょう。できるのならばもう少し応用等も仕込んでおきたかったところですが……時間もありません。ここからは実際に指輪を探すことを優先致しましょう」

「ご、ご指導ありがとうございました……」

 

 

 ヴィットーリオ氏の言葉に、膝から崩れ落ちるビジューちゃんを、地面にキスする前に抱き止める私。

 気を失っているものの、その表情は実に安らかなもので。

 視線を上げた先の教皇様は、満足げに頷いていたのだった。……うん、まぁ満足そうなのはいいんだけどさ?

 

 

「随分スパルタでしたね……」

「呼ばれた以上は務めを果たさねば、というところですよ。そもそもに私達がこうして集まるのも、随分と久しぶりのところがありますし」

 

 

 想像以上に厳しめなその教育方針は、流石の私も身を震わせるものであった。……いやまぁ、持たされている力に対して、成長率が全然足りてない以上、仕方のない措置だってのもわかるんだけどさ?

 その原因となった私が言うことではないのだが、なんというかもうちょっと穏便なやり方でもよかったんじゃないかなー、というか。

 

 まぁ、ヴィットーリオ氏が言っていた通り、この問題が片付いても別の問題がやってくることは目に見えている……というか下手すると既に迫っている可能性はあるわけで、あまり悠長なことを言ってられない、って部分もあるんだろうけど。

 

 などと脳内でぼやきつつ、ビジューちゃんをお姫様抱っこしなおしていると。*2

 

 

「おーいシル、修行が終わったって聞いたけど?」

「おおっとヘスティア様、丁度よいところに。ビジュー様をお部屋にお送りしますので、そのあとの様子を見て頂いても?」

「ん?そりゃまぁ別に構わないけど……君が直接見ないってことは、なにか他に用事があるのかい?」

「ええ、ちょっとこれから皆さんと会議を」

「ふーん……?」

 

 

 部屋の扉を開いて、中を覗き込むヘスティア様の姿を発見したため、これ幸いとビジューちゃんが起きるまで様子を見て貰うように頼む私。

 その流れで「なんで自分でやらないのか?」というようなことを聞かれたが……答えとしては単純明快、このあともまだ私達は仕事が残っているからという、ただそれだけのことである。

 

 その言葉を聞いたヘスティア様は、一瞬こちらをジーッと眺めていたが……そこに嘘がないことを悟ると、小さく笑みを浮かべながらこちらを急かすのだった。

 

 

「そういえば、CP君は大人しくしてますか?城のメイドに迷惑を掛けたりとかは?」

「心配しなくても、あの子は部屋で大人しくしてるよ。見た目大きな芋虫だから、周囲に怖がられるかも……みたいな懸念もあったみたいだけど、どっちかと言うと珍しい生き物扱いで、他所に引っ張られることを気にしてたらしいし」

「……ああ、確かに。極力念話を使っていたのも、周囲に人語を解する存在だと言うことを知らせないため、ってことでしたしね」

 

 

 そうしてビジューちゃんを部屋へと送るために歩きながら、世間話程度の気楽さでヘスティア様にCP君の近況を尋ねてみる私。

 

 CP君とヘスティア様は、今回に限ってはほぼ巻き込まれただけの部外者であるため、基本的にはこちらの修行には加わらずに自由行動となっている。

 なのでまぁ、私が居ない間になにか変なことにでも巻き込まれていないだろうな?……具体的にはアリア社長辺りに連れられて、どこかに行ったりとかしてないだろうな?

 みたいなことを問い掛けたわけなのだけれど。……ヘスティア様の様子を見る限り、その心配は杞憂のようである。

 

 ただ、CP君が部屋に籠っている代わりに、ヘスティア様は結構自由に城の外に出ているようなので、その辺りがちょっと心配だったりするが……。

 

 

「まぁ、アカリちゃんと一緒に遊んでる、とかでもなければ大丈夫でしょう」

「ん?なにか言ったかいシル?」

「ええ、ヘスティア様の交遊関係についての心配を少し。嘘を見抜けるので大丈夫だとは思いますが、大丈夫だと思っている者ほど騙しやすいというのもまた真理ですので」*3

「……いや、君は僕のことを一体なんだと思っているんだい?」

「そりゃ勿論、薄い本で危ない目に合いやすいキャラだと……」

「その辺りを突っ込むのは止めてくれないかな!?」*4

 

 

 まぁ、現状そっち方面で危険人物である、アカリちゃんと一緒に遊んでいるとかでもなければ、特に問題はないだろう。*5……という感じに、無駄にフラグを立てておく私。

 こうして予めフラグを立てたことを明言することで、フラグの成立を阻止するフラグブレイク作戦、というわけである(適当)。

 

 ……続けて私が述べた通り、下手に嘘を見抜けてしまうために、実際は相手の言葉を探ることがおざなりになっている感じがあるのが、ここのヘスティア様の悪い特徴である。

 いわゆる心理学避けのやり方(しか)り、今の私の『嘘は言っていない』返答然り。

 嘘を見抜けるだけなら、それを抜く方法というのは幾らでも転がっているモノである。

 

 その辺りのエキスパート(嘘は言わず、真実も告げない)な所があるキュゥべえ、その因子を持つCP君は、わりと彼女の補助としてはベストな所があるのだが……。

 現状では彼女が動くこと自体がリスクのようなので、ヘスティア様の補助というのは難しいかもしれない。

 浸父モードなら戦闘能力も多少は付くものの、それはそれで周囲への精神汚染が酷いし、いざという時にしか使えないだろう。……なんなら、今心配している問題の根本原因に、変な警戒をさせることにも繋がりかねない……という懸念もある。

 

 

(CP君は『ARIA』知ってるはずだから、その辺りもジッとしてる理由かもなぁ)

「……君はさっきから何を一人で百面相してるんだい?」

「いえね、この世界って問題だらけだなー、と悩んでいたのですよ」

「あー……最初に君達がここに来た時にはドラゴンが、今回は水の精霊が……って話だけど、それ以外にも?」

「ええまぁ。……二次創作での『ゼロの使い魔』の話も混ざっているようなので、その辺りも心配なところですね」

「?二次創作が混じってると、なにか問題でもあるのかい?」

 

 

 無論、そんな風にむむむと唸っていれば、傍らのヘスティア様に心配されるのは半ば必然。

 流石に貴方のことで悩んでいますとは言えなかったので、代わりにこのハルケギニアがどれほど不安定なのか、ということを説明する私。

 

 ゼロの使い魔は、途中で作者が亡くなってしまったために絶筆と()()()()()作品である。*6

 ()()()()()という通り、現在では一応の完結を見ているが、それは作者が生前に残していたプロットを元に、作者自身に残りの執筆を託された人物によって、代筆されたモノである。

 

 そのため、現実時間ではおよそ五年ほど『ゼロの使い魔』の真相というものがわからないままだった時期があるのだ。

 これがなにを意味するのかと言うと、刊行が止まっていた二十巻以前とそれ以降、設定の齟齬が生まれたために更新を停止した作品がそれなりに存在する、ということである。

 

 最後の使い魔である『リーヴスラシル』についての仔細や、『聖地』についての真相。──そう、何故聖地を目指すのか?ということは、ゼロの使い魔における最大の謎でもあったわけで。

 ゆえに、そこを二次創作者達は、それぞれの捉え方で描いていたわけなのであるが。

 ラスト二巻、そこに記された真相によって、その辺りが瓦解する羽目になった作者は、それこそ腐るほどに居たのだった……というのが今回の問題。

 

 なんでそれが問題になるのか?と言えば、それはこのハルケギニアが『二次創作で書かれていたようなモノも混ざっている』ことにそこある。

 

 これは一時期の『ネギま!』などがわかりやすいのだが……ストーリーラインの違う、原作を一にする作品が存在する時、それらの設定を取捨選択して作品を作る、というのは二次創作においてはわりとよくある話だったりする。

 

 先の『ネギま!』の場合、いわゆる本家である普通の『魔法先生ネギま!』に対し、アニメである『ネギま!?』から派生した漫画作品『ネギま!?neo』の設定を引っ張ってきた作品、というものが存在していた。*7

 なんでそんなことに?と思われるかもしれないが……当時の本家連載時にはまだ敵であった『フェイト・アーウェルンクス』が、『ネギま!?neo』の方ではちょっと扱いが違ったのである。

 詳細は省くとして……彼の設定を『neo』側にすると、メインヒロインである明日菜を()()()()()()()()()()()、というのが二次創作では結構重宝するものだった、というのは確かな話。

 

 そんな感じで、欲しい設定だけ他所から引っ張ってくる、というのは二次創作においては日常茶飯事。

 それで後々致命的な設定の齟齬が生まれた場合は、そのままエタる……というのもまた、二次創作においては日常茶飯事だったわけで。

 

 改めて『ゼロの使い魔』に話を戻すと。

 この世界においては、作中の悪役に分類される二人──ヴィットーリオ氏とジョゼフ氏の両名は、普通に味方枠の存在となっている。

 まぁ、彼等は『逆憑依』なので当たり前と言えば当たり前なのだが……そうなると困ったことが出てくる。そう、設定の齟齬だ。

 

 特にヴィットーリオ氏に関しては、ゼロの使い魔が『聖地』とその奪還、及びその先にあるものを主軸とした話だったため、彼が敵でないというのは大きな変更点となる。

 その齟齬を解決するに辺り、設定として組み込まれそうなモノこそが。

 

 

「『聖地』を目指す理由として、当初語られていた──後に否定された『聖地』にあるという魔法装置。それがこの世界では実際に存在する可能性が高いんですよね……」

「……はい?」

 

 

 私の言葉に、ヘスティア様はよくわからない、とばかりに首を傾げていた。……まぁ、ヘスティア様は『ゼロの使い魔』よく知らないらしいから、仕方ないね!

 

 

*1
この場合の『缶詰め』とは食べ物の入っているあの『缶詰め』を『特定の環境に閉じ込められている』と見立てたもの。小説家などがよくされているあれである

*2
相手を横向きに抱き上げる抱え方。相手をお姫様のように大切に扱う抱き方、と言ったところか。今だとポリコレ的にあれこれ言われそうな表現だが、そもそもにこの呼び方が新しい表現である為、実際は言い換えが難しかったりする(『横抱き』という表現もあるが、こちらは『小脇に抱える』場合も含むより広範な表現である為、『お姫様抱っこ』が示すような抱き方を呼ぶには若干相応しくなく、かつ海外ではこの概念を表す言葉が存在しない為、そちらで代用することも不可能)

*3
嘘を一切付かずに相手を騙す、ということもできるのが話術である。世の中の『絶対』ほど脆いモノもない、ということか。この辺りは『宗教なんて』とか言っている人ほど、宗教にハマりやすいというところにも繋がるかもしれない

*4
ヘスティアの元ネタはギリシャ神話となるが、そこには好色家で有名な主神ゼウスがいる。そんな彼が手を出さずに純潔であることを許し、それを脅かす者は容赦しないとまでされているのが『処女神』ヘスティアである為、その辺りが薄い本のネタにされることも多い。……例の紐?いやまぁそれもフェチ的な需要はあるだろうけども

*5
『ARIA』世界で、一番不思議な現象に近いところに居るのは彼女である。それなりに危ない目にあっていることもあるので、実際に付き合う上ではわりと危険人物。本人にそのつもりは全くないし、別に彼女が悪いわけでもないが

*6
『絶筆』とは、作中で述べている通り作者が死亡したことにより、作品が終わってしまったことを指す言葉。作者死亡でなくても使われることもある(=作者が続きを書くことはない、と明言したパターンなど)が、基本的には作者の死亡を前提としている事の多い表現

*7
アニメ二期の設定を元にして作られた作品が『ネギま!?neo』。絵を書いている人も別人(藤真拓哉(ふじまたくや)氏。他に『魔法少女リリカルなのはViVid』等も担当)で、内容にも結構な差異がある(フェイトの扱いだけでなく、明日菜が二段階変身するなど)



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幕間・つまりハルケギニアは滅亡するんだよ!

「……魔法装置、本当にあると思います?」

「いやー、どうだろうなぁ?確かにある方が、話としての収まりがよいというのは確かだが……」

「そんなものはどこにもなくて、ビジュー嬢に『拡散する虚無!』みたいなことを、やって貰う必要もあったりするかもねぇ」*1

「今思えば、キーアちゃんがエンシェントドラゴンを倒しちゃったの、わりと問題だったのかも知れませんね……問題の押し付け先がなくなった、という意味で」

「「「あー……」」」

「……人が居ない間に、随分と楽しそうな話をしていますね、皆様方?いえ、私はシルファ・リスティですので、キーアとか言う人の悪評とか、特に思うところはありませんがっ」

「……語るに落ちてはおらんか?」*2

 

 

 ビジューちゃんを部屋のベッドに寝かしつけて、会議室に戻ってきた私が見たのは、机を囲んでむむむと唸る虚無の使い手+α達の姿。

 

 他の面々と違い『逆憑依』でもなんでもないジュリオ君は、他の面々へと紅茶や軽食などを提供しながら、戻ってきた私に助けを求めるような視線を向けてきていたが。

 済まんね、君にはまだまだ心労を掛けることになりそうだ……と小さく頭を下げると、彼は絶望したような表情を見せていたのだった。……そんな状態でもしっかり給仕はこなしている辺り、流石は虚無の使い魔だと褒めてあげたいところだけど。

 

 ともあれ、本格的な会議はこれから。

 周囲の面々と同じように椅子に座った私は、彼等を見渡しながら口を開く。

 

 

「じゃあこれから思う存分、ハルケギニアの未来を憂うことと致しましょう」

 

 

 

 

 

 

「……んー、やっぱり大隆起そのものは起きる、ってことでみんな見解は同じなんだね?」

「ええ、数ある二次創作においては、確かにそれ(大隆起)が起こらずに終わるものもありましたが──その場合の結びとなりうるエンシェントドラゴンが中ボス扱いされていた以上、最終的には精霊石の破壊・ないし幻の魔法装置が実在する……とする方が現実的だと言えるでしょう」

「……まぁ、まさか地下の風石全てを虚無で消し飛ばす、という対処を取るわけにもいかんしのぅ。幾らなんでも負担をビジュー嬢一人に押し付けすぎだ」

「まぁ、今回の騒動で得た経験を糧にすれば、やってやれないことはないでしょうけどね、風石全ての破壊という方法も」

「あー、『世界扉』の同時展開でもしないと間に合わないでしょうしね、指輪の回収……」

「ええ、そういうことです」

 

 

 虚無組であれこれと語ること、およそ一時間ほど。

 地下に埋没している風石──風の精霊力を封じたそれらが飽和し、上にある陸地ごと剥離するモノ。

 大いなる災厄とも呼ばれる大隆起とは、おおよそそのような原理で起こる現象である。

 

 ハルケギニアの空を行く、アルビオン浮遊大陸もこの大隆起の名残だと言うのだから、風石の持つ力の強さがどれほどのモノなのか、察することはそう難しくないはずだ。

 

 で、そうして空を飛んでいるアルビオンが現実として存在している以上、ハルケギニアの大陸の地下に風石溜まりができている……ということは、半ば確定的であり。

 その風石達の大本──核とでも呼ぶべき『大いなる意志(巨大な精霊石)』がエルフ達の国にある、というのも確定的な話なのである。……まぁ、ビダーシャルさんが『ある』って言っていたので、寧ろ無い方がおかしいのだが。

 

 一応、ビダーシャルさんが頑張ってエルフ達を説得しているらしく、原作ほど人間とエルフとの間の関係が冷えきっている、ということは無いそうだが……それでも、過去のブリミルの悲劇──六千年前の大災厄は起きてしまっているし、大半のエルフが人間を見下している、ということも変わらない。

 

 ……一回こう、天下一武道会でも開いてエルフ側をぼっこぼこにしてやれば、その変なプライドも折れてマトモになるかも?*3……みたいなことをビダーシャルさんが言っていたが、それにしたって現状エルフに勝てる人間、というのが極少数な時点で難しいだろう。フュージョンしたジョルル氏が、相手のエルフを岩盤する(動詞)*4のを見たいか見たくないか?……で言えば、見たいのは確かだけど。

 

 まぁつまり何が言いたいかと言うと、彼等(エルフ)が崇める神のようなモノ──『大いなる意志』と同一視している山脈(巨大な精霊石)、これを破壊することは困難を極めるだろう、ということだ。

 

 

「だからまぁ、仮に風石を除去する魔法装置が聖地に眠っているとするのであれば、そっちの方が都合が良いわけだが……」

「問題があるとすれば、使い方がわからないということですね……」

「ですよねー」

 

 

 皆が一様にため息を吐く。

 そもそもに巨大すぎる『大いなる意志』、纏めて消し飛ばそうとすれば必要な威力は相応のモノとなる。

 完全な状態の『大いなる意志』であれば、リーヴスラシルとなっていた初代ガンダールヴの命、その全てを虚無の最大魔法『生命』に注ぎ込んで、ようやっと破壊できるとされていたわけなのだから、その規模は推して知るべしというやつである。

 

 と、なれば。

 聖地の付近に住んでいるエルフ達が、虚無の爆発に巻き込まれる可能性はとても高く(そもそも六千年前に虚無の爆発に巻き込まれたのが、エルフと人間の軋轢の根本原因である)、それによって余計に両種族の関係を拗らせることになれば、それこそ目が当てられないような事態に陥ること必至なわけで。

 

 ならまぁ、端から虚無での解決を考えず、聖地にあるという魔法装置をあてにするのは、そうおかしな選択ではないわけなのだが……。

 仮に聖地に魔法装置があるとして、それがどんなもので、どういう風に使うのかが、私達にはわからないのである。

 それは何故かと言えば、『そんなもの(魔法装置)は原作にはないから』、この一言に尽きる。

 

 ……さっきの『二次創作』云々の話を思い出して欲しい。

 最終巻の刊行がずれ込んだ事で、二次創作者達はそれぞれの選択を迫られた。

 絶筆であったため、そのままエタるもの。

 どうにかして、結末を書き上げたもの。

 

 今回の『魔法装置』の出所というのは、後者の『どうにかして結末まで二次創作を書ききった』モノにある。

 つまり、原作とは全く関係ない、オリジナル展開ということになるわけだが。

 ……生憎と、私達の脳内にある記憶というのは、原作の展開──暫く時間が経って、代筆によって完結した物語の方である。

 

 それがなにを意味するのかと言えば、私達は実際に魔法装置を目の前にするまで、それが一体どういうモノなのかを窺い知ることができない、ということ。

 ──ぶっつけ本番で装置を動かすしかない、ということになるのである。

 

 

「……聖地に無理矢理押し通るのは」

「多分エルフの猛反発を受けますね」

「前もって装置の検分をするとかは」

「最初にそういうものがある、と知っている風に振る舞っていたのに、何をしているんだと不審に思われるでしょうね」

「……詰んどらんか!?」

 

 

 ジョゼフさんが叫ぶのも無理はない。

 エルフ達にとって聖地とは『悪魔(シャイターン)の門』、過去の悲劇から人間が近付くことを、なにより忌避している場所である。

 で、あるならば。例えビダーシャルさんが交渉を取り持つとしても、エルフ側から同行者が──それもバランスを取るために、人間に対して不信感を抱いているような人物が選ばれることは必至。

 

 つまり、『聖地に世界を救う装置がある』と述べながら、その使い方を知らないなんて姿を見せた場合。

 最悪の場合は相手の無用な反発を招き、装置の破壊までされてしまう可能性があるわけで。

 

 なんやこのクソゲー、と色々投げてしまいたくなる気持ちは、よーくわかってしまう私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「……うーん。魔法装置があるのであれば、その解説的なモノをブリミル様が残していてもよいはず。そちらの文献を探して、予め復習しておく……というのが、現状の一番の対処と言うことになるでしょうか……?」

「となれば、ロマリアの書庫をひっくり返す必要があるのぅ」

「こっちからも捜索用の人員を送りたいところだけど……名目はどうしようか?あまり直接的に名付けるのもちょっとアレかな、って思うんだけど?」

「?どうしてですか?」

「敬虔なブリミル教信者であれば、聖地を目指すは当たり前のこと。そこに『世界を救うためのなにか』がある、なんてことを知られれば、強硬派が勢い付く可能性は大いにあるからね」

聖エイジス(教皇)としての立場から言わせて頂ければ、強硬派の行動を強く嗜めるのは難しい、と私も言わざるを得ませんしね。ただでさえ現状、彼等の突出を抑えているわけですし」

「……政治とか宗教とかって、とっても面倒くさいですね!」

「わぁ不敬」

 

 

 それからも会議を続けてみた結果、魔法装置が『ある』世界であるのならば、それを作ったのはブリミル・もしくは彼の関係者である可能性が高く、そうであるならば魔法装置の説明書的なモノくらい、どこかにあってもおかしくないだろう……。

 ということで一度議会はお開きになった。……まぁ、議論がほぼほぼ煮詰まってしまっていたので、然もありなん。

 ただまぁ、説明書もあると仮定するのであれば、始祖の祈祷書にいつものノリで載っている、という可能性もなくはないのだが、そこについては誰も触れることはなかった。

 

 ……問題の解決に繋がらないどころか、ぶっつけ本番を推奨する感じの『必要な時だけ読めるようになる』タイプの啓示であるそれが、現状一番可能性が高いことを認めたくなかった、というところも大きいわけだが。

 そもそもに始祖の祈祷書自体、トリステイン王家秘蔵の書であることもあり、姫様の居ない現状では貸し出しが難しい……というのが一番の問題だろう。

 

 なにせこの国、王の崩御後に王妃が喪に伏せたまま、というのは原作と変わらないのだから。

 

 

「……まぁ姫様が原作と違って、端から王としての資質を開花しているので、国の行く末そのものはそう悲観するモノでもないとは思いますが」

 

 

 ポツリとぼやく私。

 そう、アルトリアが戻ってくるのなら、トリステインそのものが滅びる、ということはないだろう。

 ここはブリテンとは違い、理不尽な滅亡を定められた場所ではない。妖精の方のマーリンも、二度同じようなバッドエンドを見るのは御免だろうから、積極的に協力することは間違いない。

 なのでまぁ、国の心配事と言うのであれば……。

 

 

「ビジューちゃんが今回の案件を解決できるか、それに全ては掛かっているってことになるのかなー」

 

 

 彼女の力が安定し、かつ水の精霊との交渉を見事成功させること。

 ……結局、最初のこの問題に戻ってきてしまうのだなぁ、と私は苦笑するのだった。

 

 

*1
アニメ『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』より、魔法カード『拡散する波動』。正確にはMAD動画で音声として使われるモノのことで、その場合は大体『拡散するシルバー!』などという謎単語になっていることがほとんど。カードとしての効果は、そのターン対象のモンスターでしか攻撃できない・発動時にライフを1000払うというコストの代わりに、相手フィールド場の全てのモンスターに魔法使い族・レベル7のモンスターで攻撃()()()()()()()()()というもの。破壊時に相手モンスターの効果を無効にし、かつ発動もできなくする為わりと強い方のカードだが、『しなければならない』という制約である為自爆特攻になったり破壊しなくないモンスターにも攻撃しなければならない、などのデメリットも存在する

*2
元々は『問うに落ちず語るに落ちる』ということわざだったものが、前半が略された結果の言葉。『こちらから問い掛けても用心して中々白状しないが、相手から話す時は油断して色々と喋ってしまう』という意味で、そこから『聞いてもいないのに勝手に色々と白状する』、というような意味で使われるようになった。誤用が多い言葉でもある(後半部分のみで使われること、および『落ちる』の意味を取り違えている為に、語る意味の無い・つまらないという意味で使われることがある)

*3
ファンタジー系の作品において、エルフというのは排他的・かつ高慢であることがほとんど。人間を見下すわりに人間と似たようなことをしている辺りに、ちょっと思うところが無いでもない。無論、良いエルフというのも数多の作品を探せば幾らでも出てくるわけではあるのだが

*4
『ドラゴンボール』におけるMAD動画の区分、ブロリーMADで頻発するもの。ブロリーがベジータを捕まえて、岩盤に叩き付ける流れ。直前のベジータの情けない声と相まって、ツッコミやらオチやら色んなところに使われている。なお、ジョゼフとシャルルがフュージョンできるのは、彼等の出身となる二次創作が『ドラゴンボール』とのクロスオーバーだったから、である。まさに悪魔たん(シャイターン)……



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幕間・時間は飛んで結果だけ残る

「……ええまぁ、はい。今更貴方の独断専行をあれこれ言うつもりはないけど……それで?」

「えっと、そのあとは目が覚めたビジューちゃんが──周囲の補助を受けながら世界扉連続層写(ワールド・ドア・フルオープン)*1して、どうにか指輪を集めきって。水の精霊は戻ってきた指輪を受け取って、大人しくラグドリアン湖に戻って……くれれば良かったんだけど」

「その言い方だと、素直に戻らなかったってこと?」

「うん、まぁ……ここにきてあそこがネオ・ヴェネツィアが混じった世界だった、ということが引っ掛かって来てね?……彼が言うところによれば『我等と名前を一にする者達を、不埒にも浚おうとする者あり。至急討滅されたし』ってことらしくってね?しょうがないから私達は、みんなで城下町の路地裏を探索して──」

 

 

 場面は移って、なりきり郷のいつもの場所(ゆかりんroom)

 こめかみをひくひくさせながら、眉根は下がり泣きそうな顔……という、お前どこの自動装置(ブギーポップ)*2だよ、みたいな表情をしているゆかりんに、ハルケギニアで起きたことを説明している私である。

 

 既に事後──過ぎ去ってしまったことであるとはいえ、だからと言って内容についての報告が必要ないわけではない以上、こうして彼女に資料を渡し、合わせて説明をする……というのは重要なことなわけなのだが。

 一組織の長としては単に報告を受けるだけではなく、勝手な行動を叱ったりする必要もあるのは事実。それゆえに今回のゆかりんの態度は、基本お怒りモードなのだけれど。

 同時に、事前に今回のあれこれについて知らされていたとしても、自分にはどうにもできない案件だった……というのもひしひしと感じているらしく。

 結果、その複雑な感情が表情に出てしまっている……というのが、今の彼女の自動的(半怒り半泣き)な表情の理由、ということになるようだ。

 

 まぁつまりは、あとで愚痴られるのは既定路線だということ。その辺りは甘んじて受けることを、内心で承服しつつ。

 

 アカリちゃんが変なものに巻き込まれやすい体質であること、今回もそのせいで悪霊的なモノを引き寄せてしまっていたこと。

 それを水の精霊が(役職名繋がりで)心配していたこと、および私達が見付けた彼女が、既に悪霊に引かれて水底に落ちるところだったこと。

 ──そうして沈んでいく彼女を、大きな猫のような()()が助けたことを、矢継ぎ早に伝えていけば。

 ゆかりんは頭を抱えながら、机に突っ伏してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ええと、何故そんなことに……?」

「最初に私が言った、ハルケギニアに行くことになった理由。……覚えてる?」

「え?ええと……ゲートが不安定だから、だったでしょうか?」

 

 

 機能停止中のゆかりんは一先ず置いておいて。

 一緒に報告を聞いていたマシュが、なんでそんな事態になったのかと問い掛けてきたため、その理由を解説する私である。

 

 最初に述べた通り、私が改めてハルケギニアを目指したのは、ビジューちゃんの力が不安定であるがゆえに、虚無が暴走して無差別に開いてしまっていた世界扉(ワールド・ドア)を、安定させるためというものだった。

 ……が、途中で臭わせていた通り、今回のあれこれの原因というのは、彼女だけに責の全てが及ぶものではない。

 じゃあなにが理由だったのか?と言うと、トリスタニアがネオ・ヴェネツィアとの混ざりものだった、というところが大きい。

 

 私達が最初にたどり着いたのは、トリスタニアの路地裏だったが──あそこは正確には()()()()()()()()だったのである。

 

 

「……はい?」

「正確には『アクア(火星)』の路地裏、かな。元々がファンタジー世界だからわかりにくいけど、あの路地裏はハルケギニアとは別の法則が支配している世界だったんだよ」

 

 

 言うなれば、トリスタニアの中にアクアがある、ということになるか。

 なんでそんなことになっているのか、というのは不明であるが、ともかくあの場所には本来交わらない二つの世界の法則が流れていた、ということは事実。

 結果、土地の縁として『アクアに関わりがあるもの』を引き寄せていた、ということになるらしく。

 逆に言えば、あの路地裏は路地裏になる前から、火星の土地であったらしい。

 

 

「……ええと、よくわからないのですが。つまり、トリスタニアは後から上に書き加えられたもの、だったということですか?」

「テスクチャ的な考え方をするなら、そうなるんだろうね。……いやまぁ、その辺りを厳密に説明するなら、ハルケギニアの土地の上にアクアの土地、更にその上にトリスタニア……って感じになるんだろうけど」

「……不可思議な世界過ぎではないでしょうか?」

「まぁ、二次創作も混じってる世界、って時点でマトモじゃないよねぇ」

 

 

 困惑するマシュに、嘆息を返す私。

 私もまぁ、最初は単に世界観が混じっているだけだと思っていたから、その気持ちは良くわかる。

 

 幾重にも世界の法則が折り重なっているせいで、起きるイベントのフラグが多重化している──。

 その事実に気付いたからこそわかった真実であるし、そもそもそれを知ったからといってなにができるわけでもない。

 精々、今回の世界扉があちこちに開いている理由が、そもそも次元境界線が不安定な状態で安定しているから*3、ということであると気付くきっかけになるくらいのものでしかないし。

 

 

「安定させるのが端から無理というか、繋がることを抑制はできないというか。……だからまぁ、今回の最終的な対処に繋がる、ってわけなんだよね」

 

 

 巨大な猫の王──ケット・シー*4が居たのも、大本を正せばあそこがアクアだったから。

 水底にアカリちゃんを連れていこうとしていたのは、どうにも漆黒の君ではなかったようだが……どちらにせよ、彼女が正邪問わず人以外のモノを引き寄せる質、というのは間違いでもなさそうだし、それがあの土地の縁によるもの、というのであればどうにかする手段というのはほぼ無いとも言える。

 

 ……いやだって、ねぇ?

 私達が見たのは、ケット・シーに助けられてゴンドラの上にそっと寝かされていたアカリちゃんの姿だけど、そのあと私達が彼女を見付けるまで、他の危ないものから彼女を守っていたのは、他ならぬ水の精霊(不思議存在)だったわけだし。

 現れた私達に『遅いぞ、単なる者達よ。九命の隠者*5はもう立ち去ったあとだ』などと不満げな態度を取ってくる水の精霊とか、正直意味わかんないし。

 

 まぁともかく、『ARIA』の主人公である、灯里ちゃんの同位体?とでも呼ぶべきアカリちゃんの存在、それそのものもまたあの不安定な世界の証明である以上、放置することはできず。

 結果として、不安定な世界に楔を打つことになった、というわけなのでありましたとさ。

 

 その成果?とでも呼ぶべきものが、次に紹介するモノである。

 

 

「……だからって、世界扉に固定化まで掛けたモノをクローゼットに設置、って!ナルニア国じゃないのよいい加減にしなさいよもー!!」*6

「だってやりたかったんだもん!クローゼットじゃなくて机の引き出しにする案もあったけど、そっちは引き出しぶち壊しそうだから嫌だったんだもん!」*7

 

 

 そう、ゆかりんの言う通り、ハルケギニアに続く世界扉。それを、私の部屋のクローゼットの奥に設置したのである。

 

 あの辺り(ハルケギニア)が不安定なのは、きっちりと混ざらぬまま、中途半端に両立している世界があるからこそ。

 ゆえに、それを更なる混沌であるなりきり郷の場所効果で肯定してやる、というのが今回思い付いた対処法なのであった。

 

 これは、『ゼロの使い魔』における最終目標──サイトの地球への帰還を、虚無やらなにやらの運命から引き剥がす……という目的も含まれている。

 要するに、聖地奪還どころか新天地への交通手段を既に確保してます、という事実を上から追加することにより、不安定な世界を物語終了後の世界に塗り替える、というものだとも言えるだろう。

 

 これにより、わざわざ聖地に近付いてエルフ達を刺激する必要もなくなり、更には大隆起もこっちから戦力を送って無理矢理平定する、ということも可能になったわけなのだ。

 

 

「……そんなことが可能なのですか?」

「雑に時間系の技能とかで風石の成長を止める、とかでも時間は稼げるしね。そもそも例え精霊石を破壊しても、数万年後?とかには再び大隆起の可能性はあるらしいし、それならあの世界を別の法則で塗り潰す方向であれこれ考えた方がいいんじゃないかなー、というか」

 

 

 マシュからの疑問にそう答える私。

 ゼロの使い魔における最終局面において精霊石は破壊され、大隆起の危険は去ったが……さらりと『いつか再び起こる』と明記されていた辺り、どうにも自然現象として地下に風石が溜まる、という状況は覆せるモノではないらしい。

 ならば、既に『ARIA』の世界法則が混じっている現状、更に他の法則を混ぜて風石溜まりができないようにするのが健全、というものだろう。

 

 あとはまぁ、立派になるまで戻る気は無さげだったアルトリアに、一度トリステインに戻って貰おう、という意図もなくはない。……継承権の関係上、彼女が不在時にはどうしてもビジューちゃんに負担が集中するため、その辺りの緩和を狙ったものとも言えなくはないか。

 

 それから、ルイズやサイト達にこっちのことを知って貰ういい機会にもなるかなー、と思っていたりするし。前述のアカリちゃんの保護というか検査というか、そういうのもしておきたいところもある。

 ……そんな感じに色々と理由はあるのだが、一番大きい理由はやはり、()()()()()()()()だろう。

 

 

「ええと……いつもより背が大きいのは、せんぱいがまだシルファさんのままだから……ということで宜しいのでしょうか?」

「そうそう。……キリアは確かに(キーア)の元となった存在だけど。キリアの成立過程には虚無の魔法使いとして、ルイズの存在も含まれている。……要するに、ルイズとキリアが両方いる状態だと、キーアに対しての強制力は半分に割られるのよ。結果として、私もそれなりに好きにできるようになる、ってわけ」

 

 

 今回の旅の目的として、私が大きくなるための下準備……という面が大きかったことは否定しない。

 

 私とキリアはニアイコールなので、両者が同じ世界にいる場合存在の場所を食いあってしまうが。*8

 ルイズは私達にとっては、いわば母親のようなもの。彼女が居る環境において、私達は共に派生キャラとしてしか扱われなくなるのである。

 

 まぁ、ここにいるキリアは作り物ではなく、どこかにいる本人がたまたま現れたものなので、その辺りの影響を実際には受けないが。

 存在として不安定な私の方は、それらの影響をもろに受ける。

 結果、キリア登場によって勝手に弱っていた私は、ルイズ登場によって勝手に復活することと相成ったわけである。

 ……まぁ、まだ完全に馴染んではいないので、今のところはシルファの姿でないと前よりは大きいものの、幼稚園児みたいな身長になってしまうわけなのだが。

 

 ともあれ、ちゃんとした目線であれこれできるのは、とてもありがたい。……最終的にこの形に持っていくのが理想で、かつ下準備なしでやろうとすればビジューちゃんが酷いことになっていたのは確実だったので、今回みたいなとても迂遠なやり方になっていたわけだが……ともあれ、上手くいってよかった、というやつである。

 

 

「その結果として私は突然増えた異世界についての説明を上司にしなくちゃいけなくなったんですがー!?」

 

 

 ……ゆかりんの嘆きはスルーである。

 愚痴は聞くので頑張って欲しい。

 

 彼女の悲鳴を聞きながら、これからどうしたものかとあれこれ思考を巡らせる私なのであった──。

 

 

*1
『fate/stay_night』より、『全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)』。対ギルガメッシュ戦で登場したモノであり、射出されたものを解析して投影する、という通常の手段では間に合わないからこそ使われたモノでもある。解析した投影を設計図の状態で待機しておき、合図に合わせ具現化させ射出する。士郎版の『王の財宝』、とも呼べるかもしれない

*2
『ブギーポップ』シリーズの主人公。世界の敵の敵、とも呼ばれる一種の抑止力。その性質上、クロスオーバーになると戦闘力がヤバいことになる(原作の時点でわりとチート、というのは言わない約束)。左右非対称の表情と、本来口笛で吹くようなモノではない曲(ニュルンベルクのマイスタージンガー)は彼のトレードマーク

*3
『扉が開くきっかけがあちこちに散乱している』状態で世界として成立している、の意。虚無はあくまでも、それらの穴を広げただけに過ぎない

*4
アイルランドやハイランドの伝説に登場する猫の妖精(ケットは猫、シーは妖精の意味)、それを元ネタとするアクアに住まう猫の王。『ARIA』における不思議の象徴とも言えるが、普通にカーニヴァルでカサノヴァをやっていたりする為、意外と見知っている人は多い

*5
『猫は九つの命を持つ』ということわざから。何故九つなのか、というと古代エジプト人にとって、三位一体の神が更に三組揃うことで現れる『九』という数字は神聖なものであり、猫の神『バステト』などの存在から、猫を神の化身として大切に扱っていた結果、というのが有力な説の一つとして挙げられている。なお、何故神の化身として扱われる(そんな)ことになったのか、という理由の一つとして『猫は高所を自由に行き来できる(=高いところから飛び降りても死なない)』のが、人知ならざる力を持っている証拠として捉えられていたから、という説がある

*6
小説および同名の映画『ナルニア国物語』シリーズより。クローゼットの奥がファンタジーな異世界に繋がっている、というのは子供心を擽る設定だろう

*7
引き出し云々は、『ドラえもん』のタイムマシーンの置き場所の話。引き出しの縁に手を掛けて飛び降りたりしているが、ともすれば壊れそうな気がしないでもない(特に多人数で詰まっている時など)。タイムマシーンなら引き出しの中から外に出るまで、質量が四次元的空間にあれこれしている、という言い訳も付くかもしれないが、異世界へのゲートとなればそうもいかないだろうから諦めた、ということでもある

*8
ガラス玉一つ落っこちて、日溜まりからもう一つを弾き出した……みたいな感じ(BUMP OF CHICKENの楽曲『カルマ』より)



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十五章 夏の準備特大号~多分やってる内に夏に突入するスペシャル~
そろそろ夏が近付いて参りました


「ふぅむ……」

「……なんですか、キリア。貴方がいると口調を()()()にしないといけませんから、できればまだ離れていて欲しいのですが」

 

 

 ハルケギニアでのあれこれやら、新しく増えた異世界やら。その辺りの事情からもたらされる興奮から、冷めやらぬままのある日のこと。

 自室で椅子に(もた)れながら読み物をしていた私は、唐突に部屋に入ってきたキリアに対し、彼女に向かって振り返りながら声を掛けたのだった。

 

 今の私の姿は、ハルケギニアでのそれ──シルファ・リスティのもの。

 変身したキリア(魔法少女の方)よりも更に背が高いが、基本的な造形は同じ。……なので、横にビジューちゃんやキリアを置くと、姉妹か親子か?……くらいの身長差に見えたりもする。

 それと最初にこの姿になった時に言っていた通り、雰囲気とかも騎士感が強くなっているため──見ようによっては男装の麗人、というような評価を貰うこともあるかもしれない。

 

 ──そのせいということなのか、はたまたなにかの運命の悪戯か。

 ともかく、キリア的には今の私の姿に()()()を覚えてしまう、ということになるらしい。

 

 

「……その耳がうちの娘に似ている……」*1

「雰囲気だけでしょうが!?そもそもあの子は俺っ子系、口調も態度も私とは別物でしょう?!」

「いやー、一応私の分化?分身?化身?みたいなものなわけじゃない?キーアってば。だからこう、対面してると弄りたくなるところが大きかったんだけど……今の貴方を見ていると、母性がひしひしと沸いてくるというか──ね?」

「なにが『ね?』……ですか、正座して膝をぽんぽんと叩いて、そこに寝転がれと主張するのは止めなさい!」*2

 

 

 その結果として、最近の彼女は母親スイッチがオンになってしまっているらしく。……隙あらばこうして、人を猫可愛がりしてこようとするのである。

 

 これならばまだ、通常時のからかってくる方がマシというもの。

 ガシガシと頭を掻いた私は、そのまま椅子から立ち上がり、部屋を出ていく。

 背中に掛けられる『夕飯までには帰ってくるのよー』の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔になりながら、私は家の外へと飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「……で?うちに来たってのか」

「ぬぐぅ、まさかこんなことになるとは思ってなかったというか……」

 

 

 で、そうしてやって来ましたのは、お隣さんであるよろず屋銀ちゃん。

 机に肩肘を付きながら、イチゴオレをストローからずずず、と啜る銀ちゃんに愚痴を溢しつつ、ソファーに横になっている私である。

 

 ……いやまぁ、その内元の場所に帰るだろうから、それまでの辛抱だと自分に言い聞かせていたのだけれど。……ここまでキリアにクリティカルするとは思っていなかったので、正直対応に困っているのだ。

 

 

「……帰るってーと」

「元の場所に。……そもそもあの人、今のところ()()()()()()()()からどうにかなってるけど、本来なら()()()()()()()で世界を破滅させうる終末装置の化身、みたいな人だからね?……本人も言ってる通り、倒されて新たな大地(法則)になることを願ってもいるから、正確には新秩序降臨装置(ティアマトとかガイアみたいなもの)、って言った方がいいんだろうけど」

「……いやまぁ、その辺の話はよくわかんねーから、どーでもいいけどよぉ」

「よーくーなーいー!!なんで帰るのか、ってのが『自分が居るだけで世界は滅ぶが道理、ゆえに自分の性質に自分をぶつけて相殺してる』ってのが今キリアがここにいられる理由なんだから、ぜーんぜん関係なくないしどうでもよくないー!」

「いや、設定云々を知ってるのはお前だけなんだから、結局俺らにゃ大して意味ある話でもねーよ。今世界が滅んでない、ってことは変わんねーわけだし」

「ぬぐぐぐ……」

 

 

 彼女は本来、そこにあるだけで今ある世界の法則を無為に落とし、新たなる世界の秩序を紡ぎ始める者である。

 

 ゆえに、彼女がその辺りの危機的状況を一切発生させず、単なる人のように振る舞っていること自体が、結構驚愕の状況なのだが……この辺りの設定は私が観測(作成)したものであって、他者に共有されているものではない。

 それゆえ、その辺りの危機感的なものは、他の面々にはわかって貰いにくいモノとなっているのだった。……銀ちゃんの言う通り、現状世界が滅んでいない、ということは事実なわけなのだし。

 でもまぁ、いつか彼女は帰るだろう……という理由がそこにある、ということくらいは理解して欲しい私である。

 

 

「ふむ、察するに──滅ぼす気ならとうにやっている。今彼女が無害な姿を晒しているのは、偏にこの世界で確かめたい何かがあるからだ……とか、そういうことで間違いないでしょうか?」

「そう!その通りXちゃん!流石宇宙刑事!」

「振り向かないことは若さの証ですからね!」*3

 

 

 そんな中、こちらの言いたいことを正確に理解してくれるのは、こっちの世界では意外と常識人なXちゃん。

 普段着が通常Xちゃんなせいで常にパツパツ、という世の青少年達の教育に悪そうな見た目をしている辺り、本当に常識人なのかは怪しかったりもするが!

 

 

「そこ突っ込まないでくださいますか!?私だってもうちょっとおしとやかな服とか着たいんですよ?だけどあのアンリエッタ(アルトリア)さんがいる以上、色物属性の濃ゆい私は服装の自由が(色んな意味で)無いんですよぉ!!」

「お、落ち着いてXちゃん!悪かった!私が悪かったから頭を前後に揺らすのはやめてぇえ~~~」

「……なにやってんだよお前ら……」

 

 

 なお、私の横に並ぶと胸囲の格差社会となるため、実はあんまり隣に立ちたくなかったりもする。

 その辺りの話を指摘すると、こうして酷い目にあうんだがねおろろろろ。

 

 口から垂れ流された虹色のブツを片付けつつ、改めて話を戻す私。

 

 キリアがいずれここからいなくなるだろう、というのは、彼女が自身の性質を抑えているから。……現れた理由が自身のやれること・すべきこと(世界征服?)のためではない、ということが明白である以上、彼女がここに現れた目的というのは別のもの、ということになる。

 ゆえに、その用事が片付けば、彼女がここにいる理由はなくなり。彼女がここからいなくなれば、私が存在の基盤を乱される、ということもなくなる。

 今の私の姿は、一種の避難所的なものでしかないので、キリアがいなくなったのならばわざわざ維持する必要もなくなる、というわけなのである。

 

 だからまぁ、こうして私がシルファとしての姿になれるようになった以上、あとは普通に彼女の帰還を待つだけで事は済む、と思っていたわけなのだが……結果としてはこの通り。いつの間にやらホームシックを患っていたのか、私を義理の娘と勘違いする始末なのであった。

 ……いやまぁ、当の義理の娘は男勝りなタイプの人物であったため、細かい要素を箇条書きにすれば、今の私と似ているところもなくはない……というのはわからない話でもないのだけれど。

 

 

「めんどくせぇな、別にいいじゃねぇか。精々膝枕されて、いい子ですねーとかされるだけなんだろ?」

「あめぇよ、チョコラテよりあめぇよ銀ちゃん」

 

 

 そんな私の様子に、うんざりしたような声を漏らす銀ちゃん。

 とはいえこれは、彼女が『母親モード』になっていることがどういうことなのか、ということを彼が知らないからこその認識の食い違い。

 言うなれば『うちは赤ちゃんにされてしまう……』と戦くタマモクロスに対し、『所詮はごっこ遊びかなにかだろう?』と言葉を返すようなもの。

 当事者と傍観者の間での認識違いは必定、ゆえにそこを懇切丁寧に解説せねばならない、ということなのである。

 

 なのでまずは銀ちゃんのランクをニーニョ(坊や)とし、これから襲い来るであろう母の恐怖、というものを彼に教えねばならないのだ……っ!!

 なお当の銀ちゃんは『チョコラテ……?』と首を傾げていた。

 

 

「聞き捨てならないわね、キーアちゃん!」

「そ、その声はーっ!?」

「……いや待てって、ここよろず屋。わかる?お前らのための舞台ってわけじゃなくてね?」

「母がどうのと言われたのなら、私が来ないわけには行かないじゃない!」

「げぇっ、アスナ!」<ジャーンジャーン

「いや、人の話聞いてくれるー?銀ちゃん今結構大切な話してるからねー?」

 

 

 で、私が母親モードのキリアの恐ろしさ、というものを彼に教えようとした、まさにその瞬間。──奴は、まるで一筋の突風のように、部屋の中に自身の声を響かせたのです。

 そう、奴こそは母親の因子をその身に受けたもの。全てを賭けて子を愛す女!すなわち、アスナマーン!……女の子やぞ?じゃあアスナウーマン?語呂悪くね?*4

 

 まぁともかく。

 声繋がりで頼光さん要素を持ち合わせる彼女は、確かに母力(ははぢから)の高い方の人物だと言えるだろう。……歳上というか権力的に上と言うか、そんな感じに『目上の女性』に弱い感じのあるキリトちゃんを骨抜きにして、膝枕であやしてたみたいだし。実績はある、と言い張ってもいいかもしれない。

 

 

「母が敵だと言うのであれば、同じく母が迎え撃ちましょう。──任せてキーアちゃん、私立派に貴方の母親になってみせるから!」

「はははなんだろうなぁ心強い味方ができたはずなのになんか退路をごりごりに崩されてる気がするのは!」

「き、気を確かにキーア!ここで負けては母達の思う壺ですよ!」

「『母達』って時点で大概パワーワードなんだよなぁ!?」

 

 

 まぁ、なんというか『勝った方が我々の()になるだけです』ってワードが頭に浮かんできちゃったんだけどね!!……姉にしろ母にしろ、目上の女性の親類系、ヤベーもの増えすぎじゃないですかね……?

 そんな風に遠い目をしてしまう私の横で、Xちゃんは精一杯の応援をしてくれるのでしたとさ。

 

 ……銀ちゃん?やっこさん一足先に赤ちゃんにされちまったよ。見ろよあのおしゃぶりを咥えさせられて、ピカピカの眼差しを周囲に見せてる銀ちゃん。

 未来の希望に溢れた、輝くような目をしているだろう?あれ成長した(現実を思い出した)あと瞬時に濁るんだぜ……?

 

 そんな感じのちょっとした騒動は、買い物から帰って来た桃香さんに「皆さんなにされてるんです……?」とドン引いた声を掛けられるまで続くのでしたとさ。

 

 

*1
『北斗の拳』よりジャギの台詞『その耳が弟に似ている』から。いわゆる難癖の一種

*2
いわゆる膝枕。どういうパターンにおいても、されている側としている側のある種の仲の良さ、を主張するモノとも言えなくもない、かも

*3
『宇宙刑事ギャバン』のオープニング曲である同名の楽曲の歌詞から。他には『愛は躊躇わないこと』とも続く

*4
アニメの方の『デビルマン』のオープニングから。及びそれを使ったMAD動画『ジャガーマンシリーズ』に対してのコメントからも抜粋(『女の子やぞ』云々)



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夏の麦茶はよく冷えている

「さぁ私と母親力バトルよキリアさあああ私は赤ちゃん!」

「アスナさんーっ!!??」

「マジかよ、秒で負けたぞアイツ」

 

 

 さて話は戻って。

 どちらが真の母親なのか、世界に見せ付けてあげるわ!……とかなんとかいう、謎のはりきりを見せていたアスナさんなのであったが。

 家の中に入ってキリアと対面した途端、彼女はそのまま流れるように負けを認めてしまったのであった。

 唖然とする銀ちゃん他数名の前で、アスナさんはキリアの膝枕の上で優しく頭を撫でられながら、至福の笑みを浮かべている。

 

 

「はい、はい。母親として頑張るのもいいけれど、時には貴方も他人に甘えたりしなさいな。今日は何が食べたい?私が好きなものを作ってあげましょうね」

「ママー!」

「……これはひどい」

「それさっきまで赤ちゃんだった銀ちゃんが言う?」

 

 

 見た目だけならば、小学生前後の少女にしか見えないキリア。

 それゆえということなのか、今の彼女はバブみオーラを全身に展開している状態。

 もし仮にどこぞのファミコン赤い彗星*1がこの場に居たのなら、高速でスライディングしながらおしゃぶり装備して甘えに来るだろう、という推測ができるほどのバブみオーラであった。……イメ損にもほどがあるなその予想図。

 

 まぁともかく、アスナさんが大敗を喫したのはご覧の通り。

 よもや背中にクリークが見えるほどの、母オーラを持つアスナさんが負けるとは思わなんだが……でもまぁ、それも当たり前の話なのであった。

 

 

「って、言うと?」

「ちょっと前に話題に出しましたけど……キリアが真っ当に自身の役目を遂行する場合、その果てに待つのはティアマト神やガイア神などと同じ『新たな大地となる』という結末。……言い換えれば、彼女は最新の大地母神となりうる者なのです」

「あーなるほど。持っている母パワーの規模的に、どう足掻いても勝つのは無理だった……ということになるわけですね?」

「そういうことになりますね」

「……当たり前に言ってますけど、母パワーってなんなんです……?」

「おいしっかりしろ桃香、お前にまで離脱されると、ツッコミの負担が全部俺に振り掛かる羽目になるんだよっ!!頑張れマジで頑張れ!」

「いやちょっと銀さん、私には無理ですよこれ……」

「桃香ーっ!?」

 

 

 先述した通り、彼女は新たな秩序を生む糧となるタイプの存在である。……いやまぁ、『星の欠片(スター・ダスト)』自体が全部大地母神系列の技能なので、当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 その中でも殊更に()──彼女(キリア)よりも低い位置に居るのは、ただ一人だけであるという特殊性と。

 そもそも件の『一人』は原則的に表には出てこないので、実質的に彼女が一番下……いわゆる首領格みたいなところも合わさって、彼女は母としての性質を色濃く持つモノでもあるというわけで。

 

 基本的には魔王として振る舞うから、その辺りを実感することはほぼない(一応、凄まじく面倒見がいいので、その辺りから感じ取れるかもしれないが)のだけど……、何の因果かこうして母性的な部分が表に出てしまうと、闇属性というものが持つ本質……原初の混沌的な性質も相まって、結果としてダダ甘な母と化してしまうのである。

 

 

「闇属性の持つ本質……?」

「光と闇っていうのは、そもそも善悪とは別種のモノである……という話ですね。言うなれば世の中には『良い闇』や『悪い光』みたいなものも存在している……ということになるのでしょうか?」

 

 

 私の言葉に桃香さんが不思議そうな顔をしていたので、あわせてそちらの説明もしていく私である。

 

 悪を許さないというのは、正義・ないし善性からの行動ということになるだろう。

 が、例え相手が悪であろうとも、与えるべき罰というものには程度がある。──例え相手が極悪人であろうとも、なんでもしていいわけではない。

 これは、『善』というものが『正しければなにをしてもいい』という免罪符ではなく、あくまでも『己を律し、間違ったことをしないようにする』ための指針でしかないこと、および他者に向ける正義とは、本来のその道を正すためのモノである……という事実に基づくモノだが。

 それをキチンと理解せず、悪であれば全て滅ぼす……みたいな過激派思想となる者は、それなりに存在しているわけで。

 

 今この話を聞いて、視線を逸らしている当の桃香さんが良い例である。

 彼女は『未来を視る』力を与えられた結果、人の所業に絶望し『人間は全て悪であり、それらは正さなければならない』……なんて祈りを抱いたことがある……もとい、()()()()()()を持っている人物だが。

 

 例え人間の本質が悪であれ、彼らが全て悪行のみを犯すわけでもなく、また悪行のあとに()()()()()()()相手ばかり、というわけでもない。

 反省すれば全てが許されるわけではないが、かといって反省したことが情状酌量の余地を生まないわけでもない。

 罪に対して罰は必要であれど、それを同じ人間が定めようとすればどうしても主観が混じり、正しく()()()罰とはなり辛い。

 

 人が人を裁くことの無意味とは、結局のところそれらの疑問点がもたらす『相手を裁くことすらも罪である』という結論に回帰していくものであるが……まぁ、その辺りは置いておくとして。

 

 悪い光とはまぁ、そういうこと。

 正しさばかりを押し付けて、それがなにをもたらすのかをわかっていない者達。

 恵みの雨も無しに日光だけを与え続けても、植物はただ枯れていくということを理解できない者達……とでも言うべきか。

 もっと雑に言うのであれば──ずっと世界が明るいままならば、人は眠りという休みを取ることすらままならない。それは決して、()()ことではない……ということになるだろうか。

 

 対して良い闇、というのは──人の眠りをもたらすもの、人が休むための理由になるもの……という説明が一番わかりやすいと思われる。

 

 人は明るい内に動いて、暗くなれば家や安全な場所に戻り、そのまま睡眠を取ったり休暇を取ったりするものだ。

 これは言い換えれば、夜の闇とは『人に休暇を進言するもの』でもある、という風に呼べる。

 まぁ、夜中に動く生き物(猛獣)がいたりだとか、はたまた人は夜目が利かないので足元が覚束ないだとか、休まざるを得ない理由としての意味合いも大きいわけだが……そういうのも引っくるめて『夜は人を休ませるためのものである』とすることができる、という話なわけで。

 

 実際、ずーっと明るい場所に居ると、人というのは時間感覚などが狂い、その内体調不良になってしまったりする。

 無理にでも眠ればよいのではないか、という話でもあるのだが……その場合、睡眠中に周囲が明るいと体に様々な悪影響がある、という研究結果があることを留意しなければならなくなる。

 

 ──結局のところ、人には『闇』が必要不可欠なものなのだ。

 休む、という行為の理由としても必要だし、()()()()()()という感覚・慎重さを養うためにも必要だろう。

 

 そういうものが、良い闇。

 様々な立場から、人を嗜め足を踏み留まらせるモノ。

 無謀な前進は自身だけではなく、周囲の者をも巻き込むものであることを知らせてくれるもの……というわけである。

 

 そして、その『良い闇』というものこそが、本来の『闇』というものの本質である……というのが、キリアの持つ性質に関わってくる話なわけだ。

 

 

「要するに、愛し子達のための揺りかご……ってことになるわけですね。──夜の闇は、一日の終わり。疲れを癒し、明日への気力を養うために眠る人々。それらを守護し、優しく包む宵闇──それが、彼女の司る『母たる闇』とでも呼ぶべき性質、というわけなのです」

「……えーと、『陰』の気は『女性』的なモノとして扱われる……みたいなことでいいんでしょうか?」

「……まぁ、そんな感じでいいと思いますよ?」

 

 

 こちらの説明をなんとなーく理解したのか、おずおずと声を返してくる桃香さん。

 

 彼女の言う通り、陰陽的な考え方では『陰』の気を女性的なもの、『陽』の気を男性的なモノとして扱っている。

 母を闇、父を光と呼ぶ風潮は、遥か昔から存在していたわけである。……まぁ、初期も初期の『母たる闇』としての性質を忘却し、単に闇は恐ろしいもの……という風に伝えている今があるからこそ、陰は悪く闇は悪く黒は悪い……みたいなイメージが先行してしまっているわけなのだが。

 

 まぁ、その辺りは今回の話には関係ないので投げるとして、改めてキリアの話に戻ると。

 そもそもに大地母神系列の技能である『星の欠片(スター・ダスト)』、その中でも明確に彼女よりも下──言い換えれば彼女の『母』となる人物は一人しかおらず。

 それゆえ、潜在的に母としての素養を持つ彼女は、こうして箍が外れると母パワーが暴走し、周囲全てを慈しみ・包容し・愛してしまう……というわけなのである。

 

 ……え?わかり辛い?

 んじゃまぁ、基本的に抗うの無理……ダイスロールで100D100──百面ダイスを百個振って合計値百以下を出さないと発狂します──みたいな感じのノリで、相手を赤ちゃんにしてしまうのが今のキリア、ということです。

 

 

「……いや待て、それほぼ発狂確定じゃねーか!?」

「頑張って全部一出せば回避できますね。一を百回、という時点で最早奇跡的な確率でしょうが」*2

「死ねと言ってらっしゃる!?」

「赤ちゃんになれと言ってますが?」

 

 

 銀ちゃんが叫び声をあげたため、小さく苦笑を返す私である。

 なにせこれは序の口。強制赤ちゃん状態を回避したところで、そもそもキリアはティアマト神のような結末を()とするもの。……彼女を母と認めず反逆することは、寧ろ彼女にとっては望むところであるため、こちらの対応は全て肯定されてしまうのだから。

 ……どこまで行っても母の手の上、とかなんとか言われてしまいそうなそのあり方は、とりあえず逃げを主張するのが一番、と言ってしまっても過言ではないあり方であり。

 

 

「そういうわけなので、撤退、撤退ー!」

「アスナは?!」

「同じように赤ちゃんにされたいならどうぞ!」

「……すまんアスナ、お前の犠牲は忘れああああ俺は赤ちゃん!」

「銀ちゃーん!!?」

 

 

 とりあえず尻尾を巻いて逃げるか、と決心した途端に引き摺り込まれた銀ちゃんに、絶叫する羽目になる私達なのでありましたとさ。……ゲームオーバーかな?

 

 

*1
『機動戦士ガンダム』シリーズより、シャアのこと。ロリコンマザコン扱いされることの多い彼だが、本質的には家族を求めている……というような指摘をしている作品が存在する

*2
純粋に考えるのなら100^100分の1、ということになるか



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夏にはそうめんだが、夏バテしてない人には物足りない

「……はっ?!俺は一体なにを……!?」

「あ、キリアさん銀さん起きましたよ」

「そっ。それならまぁ、さっさとお昼にしましょうか」

 

 

 赤ちゃんにされてから数分後。

 意識の断絶から復帰した銀時が目にしたのは、ガラスのボールに入ったそうめん*1を机の上に置くキリアと、それらの準備を手伝うようにして動き回る他の面々の姿であった。

 

 その姿は母親を手伝う子供達、という風にも見えなくもなく……。

 

 

「……ふっ、そうか。ここが家族の団欒、ってわけか……」

「いやなに言ってるのよアンタ、気持ち悪いわね……」

「あれー?!!」

 

 

 我々は家族という絆を手に入れたのだな……。

 言うなれば運命共同体。

 互いに助け、互いに励まし、互いに思いあう。

 家族は一人のために、一人は家族のために。*2

 そんな絆を手に入れられた(洗脳とルビを振ろう)のだと思っていた銀時に叩き付けられたのは、『嘘だっ!』という意味合いの言葉だった。

 これには漢銀時、むせるより他なしである。

 

 

「あー、キリアなら母親モードはもう解除されてるわよ?」

「ええ……さっきまでのあれこれはなんだったんだよ……いやまて、なんでお前さんまた人形サイズに?」

「今回のあれこれの元凶が、私のサイズの問題だったからよ……」

「あー……」

 

 

 そんな彼に元気を出せ、と声を掛けてくるのはキーア。

 ……なのだが、本来ならもう少しハスキーな、もといシルファとしての声が返ってくるはずのそれは、何故かキーア自身の少し高めのものだった。

 何故に?と疑問の声をあげる銀時に対し、キーアが述べたのは『キリアを正気に戻すため』という言葉。

 ……つまるところ、キーアの身長と雰囲気がキリアの郷愁を誘う……というのが、彼女が母力を発揮した理由であるため、その理由を取り除けば元に戻るのでは?……という予想が当たった、というそれだけの話なのである。話なのだが……。

 

 

「……なんか、色んなもんを犠牲にしてねぇか……?」

「仕方ないでしょう、こんなことになるとは思ってなかったんだもの……」

 

 

 つるつるとガラスの食器からそうめんを啜る、キーアの顔は暗い。

 

 背丈が小さいと困る・存在の確立をしないと困る……などなどの理由から、わざわざ大きくなる方法を見付け出して来たというのに、それが無意味に近かったのだと言われればそうもなろう、という話である。

 まぁ、一応『存在の確立』という意味では全く無意味だった、ということはなかったので、やらないよりもやった方が良いことであったのは間違いではないのだが。

 

 ハルケギニアに迫っていた危機を放置するのも、寝覚めが悪かったろうし。

 結果としては万々歳である……と自分を慰めるキーアは、小さな体でそうめんに悪戦苦闘しているのだった……。

 

 

 

 

 

 

「……んで?なんか流れで昼飯にお邪魔しちまったけど、俺らはこのまま解散でもいいのか?」

「んー?……あー、じゃあまぁお手伝いでもして貰おうかな?ホントなら一人でできたんだけど、今の私じゃモノを運ぶのとかは辛いところがあるし」

 

 

 昼食のそうめんを食べ終えた銀ちゃんから、そんな感じの疑問が私に飛んでくる。

 

 今こっちの家に来ているのは、銀ちゃんと桃香さんにXちゃんの三人。ゴジハム君はさっき向こうで見た限りは家に居なかったので、買い物とかにでも出掛けていたのかもしれない。

 

 そうなると、家に戻れば彼の用意した昼食が待ち構えているのでは?……と思わなくもなかったのだが、その辺りはこっちでお昼を頂く、という流れになった時点で桃香さんが連絡を入れていたそうなので、特に問題は無いようだった。

 ……前々から思っていたけれど彼女、本来の桃香──恋姫の劉備らしからぬ有能さである。

 ポジショニング的には、新八くんも兼ねてますので!……などと言いながら眼鏡を掛けている桃香さんは、その辺りの眼鏡スキーのハートを鷲掴みしそうな可愛さを誇っていたが……まぁ、今回の話には関係ないので放置。

 そんなー!と喚く彼女を置いて、銀ちゃんからの質問に改めて答える私なのであった。

 

 なお、途中で『一人でできた』に耳をピクッ、とさせていたどこぞのバカ(キリア)が居たみたいだが、視線を合わせると赤ちゃんにされるので皆そっちを見ないようにしていた、ということを合わせて記しておく。*3

 

 ともあれ、仕事の話である。

 折角大きくなったのだから……とばかりに、色々と仕事を終わらせる予定だったのだが、生憎と今の私は妖精サイズ。

 幼児体型にすらなれない状態(外で変身するにしても、こっちの世界では準備に時間が掛かる)なので、手を貸してくれるというのなら喜んで借りたいところなのである。……まぁ、当の銀ちゃんは『やぶ蛇だったか』みたいな顔をしていたわけなのだが。

 

 

「いやだってよぉ、まさかこのタイミングで頼まれごとが来るとは思ってなかったと言うか……」

「報酬の方なんですけど、こんな感じになりますが?」

「…………我らよろず屋、この依頼謹んでお受けいたしましょう」

「いや早っ」

 

 

 なお、『えー、やだ銀時仕事したくなーい』みたいな顔をしていた銀ちゃんはというと、こちらが提示した報酬の桁を見た途端に、わかりやすいくらいに目の色を変えていたのだった。

 ……別に守銭奴というほどではなかったはずなのだけれど、目の前で大量に積まれた現金には逆らえなかったらしい。

 まぁ、そういう扱いやすいところは嫌いじゃないけどね(暗黒微笑)

 

 

「いやあの、銀さん?依頼を受けるにしても、もう少し考えてから受けた方が……」

「いやいや大丈夫だって桃香!こっちにゃ百万馬力のXだって居るんだぜ?生半可な重さの物体ならパパッ、と片付けておしまいって寸法よ!」

「おや、銀時君が私をそんなに頼りにしてくれているとは。──ふふふ、これはひさびさに腕が鳴る、というものですね!」

「よっ!X、総大将!ちょー期待してるぜー!!」

「ふっはっはっはっ!お任せをーっ!!」

 

「……はぁ。キーアさん、詳しい内容を教えて頂けますか?」

 

 

 なお、よろず屋メンバーの中では一人、桃香さんだけがなにか不穏な空気を感じ取っていたようだが……、その辺りは残りの二人にはわからなかったようで。

 纏め役としての役割も兼任する彼女は、密かに私へと業務内容を尋ねて来るのでしたとさ。

 ……確認したあと、微妙な顔で「……んー、いやできなくもない……?今月わりと厳しいしなぁ……」とかなんとか呟いていたわけなのですが。……なにに使うためのお金を稼いでるんだろうね?食費とか掛からないはずなのに。

 

 まぁそんなこんなで、よろず屋一行を引き連れて仕事場に向かった私達なのですが。

 

 

「「………………」」

「おっ、やっと来たっすねー。今回は銀時さん達っすか、宜しくお願いするっすね」

 

 

 ()()()()()()()()あさひさんの言葉を耳にしながら、その場に佇む私達。

 しかして私達の間に言葉はなく、重苦しい空気だけが漂っている(主に銀ちゃんとXちゃんの間)。……それもそのはず。今回の仕事というのは……。

 

 

「じゃあしっかり洗ってほしいっす。……変なところとか、見たり触ったりしちゃ嫌っすよ?」

「ドラゴンウォッシングゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 その頬をポッ、と仄かに染めた巨体のドラゴン──もとい、ミラルーツの前で突っ立っていた私達一行。

 ()()()()()の仕事というのは、本格的な夏を迎える前にさっぱりしたい……というあさひさんもといミラルーツさんの鱗磨き、ということになっている。

 

 なのでまぁ、銀ちゃん達にはそれを手伝って貰うところから始めようと思っていたわけなのですが。……なにやら不満でもあるのか、持たされていたデッキブラシを地面に放り投げる銀ちゃんの姿が、そこにはあったのでしたとさ。

 

 

「あーもうなにするんすか。別にタダじゃないんっすよ、それ」

「ああいやすまん……ってそうじゃなくて!!物運びは!?」

「え、洗剤とか結構な数運ぶことになるけど……?」

「なるほどねぇ!!で、この仄かにバチバチしてんのはっ!?」

「あー、すみませんっす。これでも結構抑えてる方なんすよ?」

「抑えてるわりにはー、俺手が痺れて動かないんだけどぉーっ!?」

 

 

 無論、そんなことをすればあさひさんに怒られるのは当たり前。

 ほんのり辺りを漂った龍種の怒気に若干怯みつつ、それでも銀ちゃんの勢いは止まらない。

 

 物運び云々は──今ある洗剤では確実に足りないので、所定の場所からそれを持ってくる必要があったりするし、流したあとの水が環境に悪影響を及ぼさないように処理する必要もあるので、その辺りの準備のために穴……というか水路を掘る必要もある。

 なのでまぁ、水と洗剤と土を運ぶのが、ここでの主な仕事となるのだろうか。……と述べたところ、一応納得したのか彼は次の疑問を呈示する。

 

 そっちは電気系の痺れを併発している、というものだが……ううむ、特注のゴム手袋なのだがまだ足りなかったか。

 あさひさんもでき得る限り辺りに電気を漏らさないようにしている以上、これ以上の対処は難しいだろう。……電気耐性を上げる魔法でも掛けようかな?一応、それくらいなら今の私でもできそうだし……。

 

 みたいなことを述べていけば、彼は「ちーがーうー!!」と大声をあげていたのだった。

 

 

「ええ……違うって、なにが?」

「俺はね!?ウー○ーイーツとか出○館とかアー○引っ越し○ンターとか、そういうのを予想していたわけ!!で、実際にお出しされたのは『ドキドキ!?ミラルーツとのふれあいツアー』だったわけ!!?わかる!?心労とか疲労とか倍以上違うのわかる!?」

「いやわかるもなにも、桃香さんの制止を振り切って欲に目が眩んだのはそっちじゃん……」

「いえあの、私も巨大動物の清掃?くらいは入っててもおかしくはないかなー、とは思っていましたが。……初手からラスボスぶち込んで来るのは違うのではないかなー、と思いますと言いますか……」

「……ラスボス?難易度的に言うなら一面ボスですよこれ?」

「聞かなきゃ良かった!!」

 

 

 だから言ったじゃないですか、とでも言わんばかりな桃香さんの前で、あわわわと声を震わせているXちゃん。

 ……そもそもの話、あの金額が一日に稼げるという時点で、ちょっとは疑ったりするべきだったというか。

 

 ダークネス人事じゃないですかヤダー!と喚く二人を連れながら、私達はあさひさんの鱗を磨き始めるのでしたとさ。

 

 

*1
小麦で作る細い乾麺のこと。元々の名前は『索麺(さくめん)』(古代中国での読み方)だったのが、『索』の字を崩して書く内に『素』になり、そこからそうめんと呼ばれるようになったのだとか。なお、そうめんだけで食事を済ませる、という人も居るが、栄養バランス的には良くないので、何か付け合わせなりなんなりを一緒に食べることをおすすめするものでもあったり(特にそうめんのみの場合は太りやすい。できれば野菜なども一緒に摂ろうとよく言われている)

*2
アニメ『装甲騎兵ボトムズ』のシリーズの一つ、『ペールゼン・ファイルズ』の第2巻のPVおよび第3話『分隊』の予告に登場するとある文から。戦場における仲間とは運命共同体である……というような語り口から始まり、後半にかけてそれらを全て切り捨てるような言葉に変化していく。『俺の為に死ねっ!』はとても有名な台詞。……なお、戦場は生き物のようなもの。周囲の全てを切り捨てることが正解な時もあれば、周囲と協力して戦うことが正解のこともある。それらを時に切り替えて生きていくようなやり方は、周囲からは八方美人(蝙蝠)としてしか認識されないものである……というようなことも覚えておかなければいけなかったりする。生き死にに貴賤はない。最後に生き伸びたものが勝者だとでも、お前は嗤うつもりか

*3
1991年4月1日から2006年3月31日まで、NHK教育テレビで放送されていた低学年の女児の為の番組、『ひとりでできるもん!』のこと。料理を基準として、様々な家事を教えるモノとして放送されていた(のはあくまでも一時期の話。基本的には料理番組である)



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夏なら水撒き水を浴び

「……単純に辛ぇんだけど!!?」

「ミラルーツって、結構大きいタイプのドラゴンだもんねぇ」

 

 

 ガシガシと鱗を磨きながら、銀ちゃんがうがーっ、と声をあげる。

 

 お昼のあとから始めたこのドラゴン磨きであるが、みんな頑張ってはいるものの、中々終わる気配は見えてこない。

 それもそのはず、あさひさんの本体である龍体とは、すなわちミラルーツ。……西洋の竜としての恵体(けいたい)を持つ彼女は、普通に考えて巨大すぎるのである。

 

 背中に乗ったり翼を磨いたりするのは相応の重労働、細かいところの手入れも更なる重労働。

 幾らユニバースな能力持ちで飛び回れるXちゃんが居るとはいえ、単純に考えて手数がまったく足りていないのであった。

 

 

「いや寧ろこれ、どうやって終わらせる気だったわけぇ!?どう考えても他の仕事する余裕ないよねぇ!?」

「おっ?その言葉が出てくるということは、つまり銀ちゃんは他の仕事もちゃんとやろうとしているってことでいいのかな?かな?」

「ぬぉわっ!?こえぇよ止めろよ、そのノリでゆらゆら近付いてくんの!?」

「えー?RFI(レナフラッシュインパクト)も使ってないんだから、まだまだぜんぜん怖くないよー?」

「初手から『れなぱん』ですらねぇ!?」*1

 

 

 なのでまぁ、銀ちゃんから弱音が飛び出すのは想定内。

 だってどう考えても、他の仕事に対して手が回らないからね!

 

 無論人材をざかざかと贅沢に投入しまくれば、一先ずここでの仕事は終わるだろうけども。今回に関しては、そもそも()()()()複数の仕事を終わらせようとしていた、ということを念頭に置く必要性がある。

 ……要するに、周囲の人々にこちらを手伝うような手隙があるか、と問われればノーとしか言い様がない状態というわけで。

 

 そうなってくると、どうやってこの大量の仕事達を片付ける気だったのか?……なんて疑問が浮かんでくるわけだけれど。

 そんなもの、私が居るんだからやることは決まっている……という風に返すのが礼儀、ってもんなわけでもあるのです。

 

 ヌルフフフ*2と笑みを浮かべる私の姿を見て、銀ちゃんは冷や汗を一筋流しながら、ザリ……と後退りをしている。

 その後退の理由は一体なんなのかと言うと──さっきの擬音からわかる通り、彼から見た私の笑みが()()()()()()()()()()()()()()ということに他ならないだろう。

 

 ゆえに銀ちゃんは、助けを求めるように周囲を見渡すわけなのだけれど。

 ここに集合している彼以外のよろず屋メンバーは、露骨に彼から目を逸らしており、決して彼と視線を合わせようとはしない。

 ──助けに入れば最後、自分もまた魔王の愉悦の毒牙にかかってしまうことが、目に見えきっているからだ。

 

 そして、そうやって彼が助けを請おうと手間取っている間に、私は『かなかな』言いながら銀ちゃんに近付いているのかな?かな?……もとい、じりじりと近付いているわけで。

 

 

「み、みぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……

 

 

 銀ちゃんの絹を裂くような悲鳴が青空に響くまで、そう長くは掛からなかったのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふっ、に、似合ってますよ、銀時くn()ふふっ」

「か、可愛くなり、ましたね銀さん……ふふっ」

「……てめぇら、どうせ笑うんならもっと大笑いしやがれってんだちくしょう……」

 

 

 わなわなと震える銀ちゃんと、そんな彼の姿を見てぷるぷると笑いを堪える、残りのよろず屋メンバーの二人。

 

 私は一仕事を終えて満足……もとい、これから一仕事が始まるわけなので張り切っている最中。

 仕掛けは上々、とくと我が策ご(ろう)じろ……とまぁ、ライネスっぽい言葉*3も飛び出すほどの上機嫌というやつである。

 

 はてさて、現在の私達がどうなっているのか、と言うと。

 

 

「それにしても……確かに、変身機能が既にアンロックされているのであれば、魔法少女らしく分身するのは理に(かな)っていると言えますね」

「魔法少女は分身するもの、っていう感覚はよくわからないけど……でもうん、最初から()()()()()()()()()()()()っていうのは、言われてみれば確かにって感じだよね」

 

 

 寧ろそれ以外で間に合わないよね、なんてことを言い合う二人の姿に、うんうんと頷く私。

 

 そう、彼女達が言っている通り、私()は現在複数人に増えているのである。

 これが、今回の多すぎる仕事を片付けるための策その一、『影分身』!

 ……いやまぁ、例によっていつもの如く、魔法少女としての変身機能に分身機構を混ぜ込んだ形になっているから、正確には幻影とかミラージュとか、そんな感じのファンタジックな呼び方にするのが正解だとは思うけども。

 

 ともあれ、分身技能が使えるのなら仕事の効率は倍。……どころか、きちんと的確に人員を分配できるのであれば、その効率は何十倍以上にも跳ね上がっていくわけで。

 まさに人海戦術、まさに数の利、まさに多数決の暴力!……最後は違うか。

 

 まぁともかく、『戦争は数だよ兄貴』*4は古今東西あらゆる場所で言われている真理。

 仕事についてもそれは同じこと。手数が足りないのなら増やしてやればいい、人員が足りないのであれば増えればいい、という脳筋的な解決法が、今回私達が選んだ答えなのでありました。

 

 ……ただまぁ、そんな素敵な理論にも、穴はあるというもの。

 具体的には現状の私は『自分自身を増やせない』ため、それをクリアするには一手間二手間必要だったわけで。

 キリアがいる環境下でキーアを増やすのは自殺行為。ゆえにこそ、シルファとしてここにあることで、あれやこれやと色々裏道とか使いまくって影分身……みたいなことを画策していたわけなのですが。

 ……お察しの通り、シルファ状態でいるのは暫く止めといた方がよい、という結論に至ったわけで。

 

 一応、キリアが居ないところでシルファに戻る……という手段もなくはないのだけれど、これには一度ハルケギニアパワー(正確には向こうのマナ)を集め、そこから変身……という手順を踏む必要がある。

 ……ぶっちゃけると咄嗟には変身できないし、現在ハルケギニアとのゲート(世界扉)が私の部屋のクローゼットに設置されている関係上、どうしても変身後に彼女(キリア)の目を盗んで外に出る必要がある……という、ここに来るまでの行程に踏破不可能な難題が一つ、横たわったままという問題が浮上するわけで。

 

 ……わざわざ妖精サイズに戻ったのは、それ(シルファの姿)が彼女を母として起動させてしまうがゆえ。

 要するに、外に出たいのならシルファの姿ではダメなのに、外ではシルファの姿を求められている……というロジックエラーが起きてしまうことになっている、ということになり。

 結果、シルファの姿でなければできない『影分身』も、自動的に『現状では選べない選択肢』と化してしまったわけなのでございました。

 

 ……え?じゃあ今はどうしているのか、って?

 よくぞ聞いてくださいました、この問題の解決には、『シルファ』自体も『変身の産物』という事実が、ふかーく関わってくるわけなのでございます。

 ……話が長い?いいから結論を話せ?まったくお客様方はせっかちで困る。いいですか、こうして話を長くながーく引き伸ばすことにより、とある人物の羞恥心を多量に煽ることができるわけでですね?

 

 

「喧しいわっ!!いいからさっさと進めろこのバカ妖精!!」

「おおっとこれは失礼しました銀ちゃん……もとい()さん!いやー、銀髪プラス魔法少女がこうなるとは。あれですかね、既に似たような属性のチノちゃんがロリライネスで埋まってるから、変な風に世界が配慮してくれたとかですかね?」

「喧しいんだよ、いいからさっさと進めろぉっ!!なんか知らねぇけど、この姿だと俺が俺じゃなくなっていく気がして怖ぇんだよぉっ!!?」

「ほうほう、女体化特有の精神の変化と言うやつですね?……いやでも銀ちゃんって、本編でもわりとぽんぽんTSしてませんでした?ほらショートカットのあれとか。……あ、こっちは半ば【継ぎ接ぎ】が混じってるから、その辺りも普通のとは違うんですかねぇ?……TS先輩のキリトちゃん、呼びます?それともウォッカ飲みます?」

「うぜぇぇぇぇえっ!!!なんでこいつこんなテンションアゲ()アゲ()なんだよ、最早気持ち悪いわっ!!?」

「おや言ってませんでしたっけ?私ってばTSジャンルでは『徐々に女性メンタルに染まっていく男性萌え』なのですが」

「誰もテメェの性癖の開示なんぞ求めてねぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 私達のやりとりに、ついには大爆笑して腹を押さえ始める女性陣二人。

 

 それもそのはず、私が今肩に乗っている相手は、『艦これ』の駆逐艦・暁型の二番艦である『響』そっくりの少女だったのだから。

 無論、これは別にどこからか響を呼んできた、というわけではなく。画風の変化などからわかる通り、これの中身は銀ちゃんなのである。

 

 話せば長くなるのだが……短く説明しろ、と言われた気がするので簡略化して説明すると、私の『シルファへの変身技能』の基幹にもなっているとある技能──『魔法少女への変身技能』を、ちょちょいっと範囲と方向性を弄って、銀ちゃんもその範囲に含めたのが、この事態の理由。

 

 すなわち、ここにいるのは『魔法艦載少女・銀時』!……響の顔で汚いツッコミすんな、とかなんとか言われそうだが、その内ウォッカ引っ掛けながらスパシーバとか言い始めるので問題はないはず。*5……『響だよ』?『こいつは3getロボ』?……うっ、頭が……!*6

 

 まぁ冗談はさておき。

 手数が足りないので増える必要がある、というのは先述の通り。

 とはいえ私は増えることはできないので、どうしたものか……という問題を解決するために今回行ったのが、私が魔法少女のマスコット役にスライドして、他の誰かを変身させてしまう……という方法である。

 この方法は今の私にも行える──やることは周囲のマナを使って相手を変身させるだけ──ということもあり、次善の策としてはかなり有効な手であったため、今回こうして採用された次第である。

 

 

「おかしくねぇぇぇぇっ!?別に俺が変身する必要性なくねぇぇぇぇっ!!?」

「なにを言いますやら銀時さん。私は別に琥珀さんじゃないので、誰でも彼でも変身させられるわけじゃないんですよ?」

「別にあの人も、誰彼構わず変身はさせられなかったよね?!……いや待てなんで目を逸らした!?」

「えーと、私の手による他者の変身は、言うなれば上から服を投影しているってのが近いわけよ」

「聞けよっ!?」

「うっさい銀ちゃん」

「ほげぇっ!?」

「あっ」

「ぎ、銀時くーん?!」

「ぎ、銀さんしっかりしてください!?」

 

 

 なお、人が折角説明してあげようとしているのにも関わらず、こちらの話を遮り続ける銀ちゃんにちょっとお灸を据えたのだけれど……。

 ちょっとやり過ぎたらしく、銀ちゃんはそのまま地面に沈んでしまうのであった。

 

 

「……私は放置っすか?」

 

 

 倒れてしまった銀ちゃんの周りで慌てふためく私達を見ながら、あさひさんはぽつりとそう呟くのでしたとさ。

 

 

*1
『かな?かな?』と繰り返す語尾、『RFI』に『れなぱん』……。これらは全て『ひぐらしのなく頃に』竜宮レナに纏わるワード。なお、『かなかな』は『ひぐらし』の鳴き声の擬音。他、沙都子の『にーにー』は『ニイニイゼミ』、魅音の『くっくっくっ』は『ツクツクボウシ』、梨花の『みぃー』は『アブラゼミ』の鳴き声をモチーフにしている、という話がある

*2
松井優征氏の作品『暗殺教室』のキャラクター、殺せんせーの笑い方。なおこの笑い方の時の殺せんせーが浮かべる笑みは、相手を舐めきった感じのものである

*3
fgoにおける司馬懿としての宝具台詞から。正確には『渾沌に七穴(しちけつ)、英傑に毒婦。落ちぬ日はなく、月もなし。とくと我が策御覧(ごろう)じろ、【混元一陣(かたらずのじん)】!』

*4
『機動戦士ガンダム』ドズル・ザビの台詞。劇場版である『めぐりあい宇宙』から追加された言葉で、たった一機のモビルアーマーしか自身に寄越さなかった、兄であるギレンに対して彼が憤りと共に述べた台詞である。なお、最初は一機だけしかないことに腹を立てていたドズルだが、そのモビルアーマーがビグ・ザムだったこと、およびその機体性能を目にしたことにより、一転して喝采したりもしている。ともあれ、戦いにおいて数が重要、というのは自明の理。昨今においても名台詞として、様々な場所で使われている……

*5
響のもう一つの顔、ヴェールヌイはロシアに賠償艦として引き渡された駆逐艦・響が、そちらで名前を付けられた結果としてできあがった姿。ロシアみ溢れるキャラと化している為、二次創作などではよくウォッカを飲んでいる

*6
『フリーダム響』および『3getロボ』から。『響だよ』そのものは、彼女の自己紹介文である『響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ』の手前部分でしかないのだが、後に『響だよ』と言いながら無茶苦茶し始めたり、はたまた『○○だよ』などとモノの解説をするフリーダムな響が現れ始めたのだった。『3getロボ』は自動で掲示板の『>>3』をゲットしてくれるすごいやつ。添えられている文章が『3ゲットロボだよ 自動で3ゲットしてくれるすごいやつだよ』と響の口調によく似ている為、どこかで混ざったりしたのかもしれない……



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夏だから海辺で涼んだり

「いい加減落ち着きました?」

「……おかげさまで落ち着いたよ。でも、正直これはダメだと思うんだ……」

 

 

 数分後、あさひさんがその龍体を動かして作ってくれた小影の下で、両手で顔を覆いながらさめざめと涙を流す少女が一人。

 一度倒れて意識が途切れたせいなのか、変身状態での精神が実際の人格としっかり接続された形となった銀ちゃん……もとい響ちゃんである。

 

 まぁ勿論、本人的にはこういうの(バベルの崩壊)*1まったく嬉しくないわけで、このように沈みまくっているわけなのですが。……深海少女まだまだ沈む?*2

 

 

「……この姿で『深海』とか『沈む』とか云々は、色々と洒落にならないんじゃないかな?」

「む、それもそうだね。……じゃあとりあえず浮上しよう浮上!面舵いっぱーい!」*3

「適当な掛け声をあげるのは、止めた方がいいと思うけどね。……どうでもよくないけど、元々の私とキャラ違いすぎじゃないかな今?」

「それが変身、それがTSF*4の醍醐味というものだよチミィ」

「……君も大概おかしくなってないかい?」

「そりゃまぁ、マスコットキャラクターだからね、今の私!」

 

 

 こちらに呆れたような声を返してくる響ちゃんだが……それも仕方のない話。今の私は無理矢理にバイパスを繋いで、銀ちゃんを響ちゃんに変身させている状態!

 そんな無茶をやっているのだから、私の人格にも多少悪影響はあるってもんさ!

 

 なお、その辺りの悪影響云々の話を聞いた他二人が、凄まじく動揺していたが……最早後の祭りである。

 まぁ、今回の仕事達が終わるくらいまでの時間なら、どうにか銀ちゃんの方の変な影響を抜くのは問題ないだろうとは思う。……つまりなにが言いたいのかって?それはね?

 

 

「みんな!!!"仕事(ヤク)"キメろォォ!!!」*5

「「!?」」

「ハラショー。*6やってやろうじゃないか(ヤケクソ)」

 

 

 制限時間なんてあってないようなもの、さっさと仕事を終わらせちまうんだよぉ!!

 

 ってなわけで、魔法少女的分身……もとい、艦娘的多重展開(要するに建造)により響の群れと化した私達*7は、そのままミラルーツの体に群がって行くのでありましたとさ。

 私達の鱗磨きテクが明日を救うと信じて、ご愛読ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

「……嘘まで付いての発破掛け、ご苦労様っす」

「あ、バレました?」

 

 

 まぁ無論、八割くらい嘘なわけなのですが。

 

 眼下で「「銀(時君/さん)のバベルを守れぇぇぇっ!!!」」とかなんとか叫んでいる女性陣二人を眺めつつ、日傘を差してルーツさんの頭上に陣取っているのは、増えた私達のうちの一組。

 休憩中とでも言わんばかりのその私達は、龍の頭の上に佇んだまま、あさひさんと会話を続けていたのだった。

 

 

「嘘っていうと、別に私は問題なく戻れる……ってことかい?」

「戻るだけなら特には。……あっ、また変身したいってことなら、いつでもさせてあげるけど?……今回のはまぁ、単なる確認とか実験とかの意味合いが強いんだよね」

「確認……?」

 

 

 日傘を持っている響ちゃん……もとい銀ちゃんが、彼女の頭の上で座っている私に声を掛けてくる。

 その言葉を聞きながら私は小さく頷いて、今回の目的をぽつぽつと話し始めるのだった。

 と言っても、別に難しい話ではない。

 

 

「変身した時のデータが欲しかったんだよね、元々魔法少女みたいな変身技能を持ってないような人の。特に性別違いのやつが一番重要、というか。変化の規模としてはかなり大きいし」

「……それは私じゃなきゃダメだったのかい?」

「いんや別に?……いや怒らんといて。男性から女性だけじゃなくて、女性から男性への変化も確かめたかったから、よろず屋メンバーが丁度良かったんだよ……銀ちゃんは特に、原作で性転換したことある人だから私が変身させるのも楽だったし、他二名もよろず屋メンバーの因子が含まれているから、多分変身対象としては向いているだろうし……って感じで」*8

 

 

 ドラゴン磨きと銘打った今回のお仕事だが、実際は真夏前の健康診断も兼ねており。

 掃除している間の面々を、遠隔で体調確認したりするついでに、予測や推測から得られた情報を元にした『性転換実験』も今回の仕事に含んでおいた、というのがここまでの話。

 

 ついさっきは【継ぎ接ぎ】混じりなので悪影響があるかも、なんて風に脅しを掛けたけど。データを確認してくれている琥珀さんからの言葉によれば、それらの影響はほんの軽微なもの。

 少なくとも、変身を解除したあとに変な後遺症が残るような気配は、今のところ見られないとのことだった。

 ……まぁさっきも口にしていた通り、こっちから好き勝手変身させられるわけでもないので、原作で変身した逸話のある人が好ましかった、というところもなくはないのだが。

 

 

「なんでまたそんなことを……」

「銀ちゃんが響ちゃんになっていることからわかる通り、【継ぎ接ぎ】関連の技術は思ったよりも危ない、ってことはわかるよね?」

「……ちょっと前から色々調べてるみたいだ、というのは聞いているよ」

 

 

 首を捻る響ちゃんに説明するのは、【継ぎ接ぎ】という現象の持つ危険性。

 

 今回は『変身』という法則性を与えることで、技術の拡張を行っているが……逆に言えば、なにかしらの『道』──方向性を与えれば、【継ぎ接ぎ】は本当に()()()()()()()()技術になる可能性があるわけで。

 最近起きた色々な事件のせいで、その辺りを再び洗い直す必要が出てきたのである。

 

 

()()()()の社会復帰のテストケースとしても重要だし、例の彼──アインスケが()()()()()()()()()()()()()()()()のモデルケースにもなる。……【継ぎ接ぎ】をそのまま施すとひっぺがせなくなる可能性もそれなりにあるから、私が補助に入る自然な理由として、変身云々の話が必要だったってところはあるかな?」

「例の人達、というと──ああ、彼らのことか」

 

 

 上に被せられた響ちゃんの性格に引っ張られているのか、いつもよりも理知的な感じのする銀ちゃん。

 その辺りもデータとして収集しつつ、話は続いていく。

 

 今回彼らに予め話をしておかなかったのは、相手の同意や意識が向いていなくても、【継ぎ接ぎ】による変化は深部にまで行き渡るのか、みたいなところもなくはない。

 まぁ、銀ちゃんが響ちゃんになっているのは、半ば偶然的なものがあるのだが。

 

 

「……と、いうと?」

「二次創作における響のドランカー要素が、銀ちゃんの甘いもの中毒に変換されたんじゃないかなー、というか」

「……私が言うことじゃないけど、普通そういうのって男女が逆なんじゃないかい……?」

「いやだって、銀ちゃんってば酒は確かに飲む方だけど、甘いものの方がイメージ強いじゃん。ついでに響ちゃんも、甘いものも食べるけどウォッカ飲んでるイメージが強いから、ひっくり返したら似てる似てる」

「……そういえば【継ぎ接ぎ】って、結構いい加減だったんだっけね」

 

 

 こちらの言葉に半目になりながら、そう声を溢す響ちゃん。……うん、まぁなんというか。

 

 

「……すっかり慣れちゃったね、艦娘のか・ら・だ♡」

「っ、そういうの言うの止めないかい?!折角意識から外してたのに!」

 

 

 坂田銀時分が削ぎ落とされ、すっかり駆逐艦・響と化している彼の姿に、思わずにししと笑ってしまう私。

 そんなこちらの様子に、彼女は響らしからぬ声をあげていたのだった。……ふむ、気が昂ると地が出てくる、と。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、なるほどなるほど。色々言ってはいるけれど、結局のところは彼らの救助のためということか。──なら私に否定意見はないな。存分に私の体、彼らのために役立ててくれ!」

「アッハイ。……ねぇ響ちゃん、誰これ?

私と同じように変身させたXだろう?……いや、まさか私と違って『謎のヒーローX』になるとは思わなかったけど

 

 

 ヒソヒソと会話を続ける私と響ちゃんの前で、爽やかな笑みを浮かべているのは彼女と同じように変身したXちゃん。

 ……なのだが、【継ぎ接ぎ】の効き方が変な方向に行ったのか、現れたのはアーサー王……もとい、プロトセイバーっぽい感じになった、ジャージ姿の好青年だった。

 

 まさかの『謎のヒーローX』の登場に目を点にした私達は、彼女の性格の変化に更に目を点にする羽目になったわけなのだが……問題はこれだけにとどまらない。

 

 

「……ん?今俺と目があったな!これでお前とも縁ができた!」

「ひぇっ」

なんで桃香はドンモモタロウに……ってあ、桃繋がり……?

「モモタロスが既に埋まってるからか……っ!!」

 

 

 私達の目の前で、こちらを覗き込むようにして見ているのは、いわゆる戦隊もののヒーローの一人。……まぁ言うまでもなくドンモモタロウなわけだが*9、こっちはこっちで凄まじく雑な『桃』繋がりと、それからネットミーム的な『縁結び』属性が殊更に強い状態になってしまっており、正直意志疎通すら困難となってしまっている。

 

 せめてモモタロスだったのなら、もう少し会話のしようもあったのかも知れないが……今日はよろず屋に居なかっただけで、そもそもモモタロスの席は埋まってしまっている。

 彼……彼女?自体は今回のあれこれには(その性質的に)向いてないこともあり、家に居なかったことを殊更には気にしていなかったが……、こんなことになるなら呼んでおけばよかったかもしれない。

 

 

「……とりあえず、男女一例ずつ検証できればいいということで、桃香さんは戻そう。これは流石にめんどうみきれよう(無理がある)だよ……」

「……妖怪縁結びだよ。どんな相手とも目があっただけで縁を結んでしまえるすごいやつだよ」

「響ちゃん!?」

 

 

 なお、こんな状況の最中、いわゆる意趣返しだとでもいうのか。

 響ちゃんが唐突に解説を始めたため、それに反応する桃香さんもといドンモモタロウをどうにかするのに、それなりの時間を浪費する羽目になったことをあわせてここに記しておきます……。

 

 

*1
『銀魂』における隠語。もろに下ネタ。そちらでの正式名称は『汚れたバベルの塔』。作中キャラクターの一人、柳生九兵衛こと九ちゃんに建つだの建たないだののとても酷い下ネタ話が展開したことがある。……男の本質(下ネタ好き)ってやつは、石器時代から進歩していないのさ……とは誰の言葉やら

*2
ゆうゆ氏の楽曲、『深海少女』のこと。また、『艦これ』における敵対勢力である『深海棲艦』、及びそれらと『艦娘』は根本的には同じもの──彼女(艦娘)達が水底に『沈んだ』時、それは深海棲艦になるのではないか?……という裏設定を交えた言葉でもある。なお、『深海少女』そのものは一度悲劇に打ちのめされた少女が、眩しい『あの人』に手を引かれて、哀しみの水底から飛び出していく……というものなので、単純に『艦娘』と親和性が良かったり

*3
『面舵いっぱい』とは、船の舵を右方向に目一杯取ることで、船の進行方向を全力で右に向けることを示す言葉。反対の左に向ける時は『取り舵いっぱい』。なお、何故『面舵』『取り舵』なのかと言えば、一説によれば方角を十二支に分けた時に、()(西)にそれぞれ当てはまるのが『()』と『(とり)』だった為、『取り舵』の方はそのまま『酉(の方に切る)舵』、『面舵』の方は『卯の(方に切る)舵』が訛っていった結果『うのかじ』が『おもかじ』になった、のだとされている。なお、この辺りの話は『昔の日本は裏針などと呼ばれる、文字の順番が反時計回りになっている羅針盤を使っていた』『その時の船はまだ舵輪ではなく舵柄を使っており、船を右に曲げるのなら舵柄を左に、左に曲げるのなら舵柄を右に向ける必要があった』『なので、本来面舵取り舵とは裏針で左右逆になっている、()()の方角に舵柄を動かすことを差していたが、船の進行方向そのものは(船を曲げたい方向は)現在の舵輪と同じだった為、由来としては気にされなくなっていた』という話が加えられることもある。『裏針』回りの話がわかりにくいと思うので、気になる方は調べて頂ければ幸いである

*4
『トランスジェンダー・フィクション』のこと。異性への性転換を主題とした作品のジャンル区分。なお略称の『TSF』は、正確には『トランスセクシャル・フィクション』もしくは『~ファンタジー』の頭文字を集めた頭字語。日本における正式な呼称は定まっておらず、みんな好き勝手に呼んでいるのが現状だったりする

*5
『忍者と極道』のキャラクター、夢澤(ゆざわ) 恒星(こうせい)の台詞であり、同作品を象徴する台詞でもある『みんな!!!"麻薬(ヤク)"キメろォォ!!!』から。独特な読み方(ルビ)は周囲に驚愕(おどろき)を以て迎えられたとかなんとか。なお後の二人の反応は不良漫画『特攻(ぶっこみ)の拓』において頻出した驚愕表現(!?)が元ネタなのは言うまでもない

*6
『Хорошо』。ロシア語で『素晴らしい、良い』などの感動を示すための言葉。ここでのこの言葉は半分皮肉であるのは言うまでもない

*7
『艦これ』などの建造タイプのゲームでは、同じキャラが複数並ぶことは日常茶飯事。艦種なども重要となるゲームなので、同一艦を複数持っておくことはある程度意味があったりもする。なので同じ顔で軍港が埋まっていてもまったく問題ありません!()

*8
いわゆる『銀子さん』。作中では都合二回(『モンハン篇』『性別逆転篇』)登場し、アニメではその度に女性声優を当てられている気合いの入りっぷり。なお、『銀子』と呼ばれる銀時をそのまま性転換したような姿の他に、『時子』という阿澄佳奈ボイスのツインテ少女版も存在している。こちらは『けいおん!』パロディの『放課後ハッピーアワー』などのアニメスタッフの暴走が特徴。そういう意味で、響みたいなパターンの性転換は銀時的にはちょっと珍しいもの、だったりするのかもしれない。……性転換がよくあることとはどう言うことだ?(困惑)

*9
『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』におけるレッドポジションのキャラクター。キャラクターが濃すぎて扱い切れる気がしないので、彼の出番は今回だけn()ん?今この解説を見たな?これでお前とも縁ができた!!



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夏の乙女はかしまし乙女

「さて、あさひさんのダイナマイッ☆……な玉体を磨くお仕事は、無事に終わりを告げたわけなのですが……」

「その言い方、どことなくいかがわしいから止めないかい?」

 

 

 あの後、ドンモモタロウ状態の桃香さんを、どうにか正気に戻した私達。

 

 結果としては響になった銀ちゃんと、X()になったXちゃんの二人の力で一つ目の仕事を終え、意気揚々と次の仕事場に向かっていたわけなのだけれど。

 分身による効率的な作業分担が求められていた先程の仕事に対し、次の仕事は単純な速力を必要とする作業となる。と、言うのも。

 

 

「あー、すみません。次はそことそこを繋いで貰えますか?それとその次はそっちをー」

「反復横飛びかな、構わないとも!」

「まるで分身しているかのような高速機動……」

「そもそもの話、実際に分身するんじゃダメなのかい?」

「そんなことするともれなく床が抜けます」

「まさかの重量制限?!」

 

 

 琥珀さんからの指示を受け、ケーブル類を抱え上げながら、手早く繋ぎ換えていくX君。

 

 次なるお仕事は、琥珀さんの研究のお手伝い。……気になるその内容はというと、なにかのミニゲームとかでしかお目にかかれないような、コンピューターの配線を手早く繋ぎ換える仕事、というものなのだった!

 ……無駄に洗練された無駄のない無駄な動き*1の極みじゃないですこれ?

 

 実際、ケーブルを高速で繋ぎ換えるだなんて作業、どういう職種なら出てくる作業なのか?……という疑問もあり、響ちゃんからは疑惑の視線を向けられ続けていたわけなのですが。

 ……なんか無駄に好青年化しているX君には、その辺りの胡散臭さは関係ないようで。

 彼は嬉々として琥珀さんの言葉に従い、機械の間を行ったり来たりしているのだった。……なんか、プーサー状態満喫してないあの人?

 

 

「……琥珀、とりあえず一応聞いておくんだけど……これって無意味な行動、ってわけではないんだよね?」

「はい?……ああええと、一応今回の仕事の裏というか、そういうものについてはもう聞いていらっしゃるんですよね?」

「え?ええと……健康診断も兼ねているとか、そういう話でいいのかい?」

「それですそれそれ。で、ですね?この持ち上げるのにも嵌め込むのにも、それなりに力の必要な大型ケーブル。……実は色ごとに、重さとか長さとか変えてありましてですね?」

「……もしかしてこれ、ダンベル代わりだったのかい?!」

「その通りでーす。なのでまぁ、本当にミニゲームみたいなもの、なんですよね☆」

 

 

 とはいえ、琥珀さんの言葉を盲目的にこなしているのは、あくまでもX君だけ。

 

 先述した通り懐疑的な感情を滲ませていた響ちゃんは、琥珀さんに『この一見無意味な行動には、一体なんの意味があるのか?』……ということを尋ねに行って。

 返答として『そもそもこの施設自体が健康診断用の設備なので、作業そのものはさして意味のない行動ですよ?』……なんていう言葉を聞かされ、唖然とした姿を見せていたのだった。

 

 

「……ええと、ホントにこの作業には意味とかないんですか、キーアさん?」

「なんで私に聞くんです?……いやまぁ、意味がないと言えばないし、あると言えばあるって感じなんですけども」

「ええ……なんなんですか、その中途半端な返事……」

 

 

 そうして響ちゃんと琥珀さんがあれこれと話している中、桃香さんがこちらにそっと耳打ちをしてくる。……さっきの仕事が鱗磨きに健康診断が混じっていたこともあり、こちらの仕事も健康診断以外の他の作業が含まれているのではないか、と疑っているらしい。

 響ちゃんが既に目の前で、ここの主任的な相手に尋ねているにも関わらず、なんというかとても熱心な探り具合というか……。

 思わずちょっと苦笑いしてしまうものの、言葉を濁した通りこれに関してはなんとも言えない私である。

 

 一応、名目としては『重量上げ』や『反復横飛び』など、身体測定を作業内容に盛り込んだ結果として生まれたのが、この『高速ケーブル接続』だと琥珀さんから提出された仕様書には記されていたわけなのですが。

 ……取り扱っているケーブルから、ほんのり魔力っぽいものが漏れている辺り、なにかしら他の実験をついでに進めている……という可能性は過分にあるわけでして。

 

 

「……じゃあやっぱり、裏でなにかやってるんじゃないですか?」

「ただねぇ、ほんのり漏れてるってだけだし、そもそもこの量でなにかできるかと言うととても微妙、と言うかね……」

「むむぅ……」

 

 

 ただ、この作業がなにかしらの実験の手伝いの一環である、とすると。

 ……ケーブルの大きさに対して、流れている魔力が少なすぎるし、第一ゆかりんに黙って実験するとか、あとでしこたま怒られるに決まっている、という問題のクリア方法がないということもある。

 要するに『なにかある』と断言するには、ちょっとばかり証拠が足りてない感じがあるのだ。……無論、本当になんにもやってないとは思わないけれども……。

 

 

「後々行う予定の、別の実験の予行練習だけしてる……って風に見た方がいいかなーというか。実際、今あれこれやってるX君に、悪影響とかはなさそうだしね」

「はぁ、なるほど。……悪影響、本当にないんでしょうか、あれ」

 

「良いかい銀時君。今の君はか弱い少女の姿なんだ、危ないことは僕に任せてくれればいいんだ、わかるかい?」

「……まぁ、うん。君がそれでいいんならいいよ、うん」

 

「あー……いやまぁ、プーサー的な好青年力が溢れて仕方ない、ってだけだろうし……ってうわぁっ!?どしたの桃香さん!?後ろになんか見えるんだけど!?」

「──光帯を回します。我らの三千年の研鑽に、確かな答えを見いださなければ」

「なんかゲーティアみたいなこと言ってる!?」

 

 

 とはいえ、実際に今琥珀さんの実験を手伝っているX君に、変な影響とかは見られない。……いやまぁ、なんか王子様気質が行き過ぎて変なことにはなってるけども。

 でもそれは、あくまでもX君そのものが変だ、というだけの話。……変身したことだけを理由にするにしても、ちょっとおかしいところはあるが……この実験が彼女に変化をもたらした、ということではないはずである。

 

 なのでまぁ、なにかこう()()()()()()()()()()()ような実験の予行演習として、今回の実験をサンプルケースにしている……くらいに思って置くのがいいのだろうと結論付けた私は。

 視線を桃香さんに戻した時、その背後に異形のトナカイの化物(ゲーティア)みたいな陽炎が見えたことに驚愕する羽目になったのだった。

 ……あかん、なんか知らんけど嫉妬の炎が燃え上がっておるー!?

 

 

 

 

 

 

「……あー、あの言葉って予想以上に気にしてたんだね……」

 

 

 唐突なジェラシーストームに慌てふためく羽目となった私は、とにかく原因を断つために一度X君を響ちゃんから引き離し、彼女の話を聞いていたのだが。

 やけにプーサー感マシマシになっているなーと思ったら、ちょっと前に彼女が口にしていたこと──アンリエッタ(アルトリア)のキャラクター性というものが、予想以上に彼女に焦りを生んでいたことを思い知らされるのだった。

 

 まぁつまり、どういうことか雑に言わせて頂きますと。……獅子王とかも混じってるあのアンリエッタに、そのうちお色気路線すら奪われるんじゃねーかという焦りである。

 

 

「……単純に清純派としても勝ち目はなく、かといって威厳を出すには、ユニバース産であることが足を引っ張る。……その上あの成長の仕方、師匠を気取るにも無理があるというわけさ」

「だからこう、いい機会だからいっそ男性バージョンで売り出そうと?」

「言い方はあれだけど、まぁ概ね間違いはないかな」

 

 

 キャラ被りの恐怖、というものには理解はある方だと思う私である。

 遠い目をしながらふっ、と笑うX君の姿に、思わずなにも言えなくなってしまうのだが……。

 

 

「──くだらないね(くだらねぇな)

「……その言い草は、あんまりじゃないかな?」

 

 

 そんな彼女の言葉を聞いた響ちゃん……もとい銀ちゃんから返ってきたのは、鼻で笑うような言葉だった。

 その態度には流石のX君もカチンと来ていたようだが……。

 

 

生憎と(生憎と)私の仲間のアルトリアは君だけだ(俺の仲間のXはお前だけだ)他所の王様がどうだとか(他所の騎士王がどうだとか)最初っから気にしてないよ(ハナっから気にしてねぇよ)

「──銀時君……」

 

 

 続いて放たれた言葉に、彼女は雷に撃たれたかのような衝撃を受けていたのだった。

 ──ちょっと照れながら言われたその言葉は、つまりなんであれ自分を求めている、という意味合いの言葉で。

 つまらないことで悩むなよ、お前はいつだってお前だろう?……そんなことを告げる彼の姿に、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 

結局のところ(結局んところ)大事なのはここ(大事なのは心)だろう(だろ)だったらほら(だったらほら)前を向いて歩こうじゃないか(前向いて歩こうじゃねぇか)

「……銀時君……!」

「あー!あー!恥ずかしい台詞禁止ですー!*2っていうか私も同じ事を言おうとしてましたのでー!だから特別とかそういうんじゃないんですよXちゃん!銀さんにそんな甲斐性ないですからー!」

「桃香さん……(ため息)」

 

 

 座り込んでいた彼女に手を差し出す銀ちゃん。

 その傍らではさっきからなんか残念になってしまった桃香さんが、あれこれと言葉を重ねているが……。

 思わずため息を吐いてしまう私とは違い、X君はなにやらニコリ、と彼女に笑みを向けて。

 

 

「桃香もありがとう、僕に発破をかけてくれたんだろう?」

「え?あその、そういう面もなくはないですけど……」

「ああ、ありがとう、桃香」

「───っ!!?」

 

 

 するりと桃香さんに近付いた彼女が行ったのは、その姿に見合った気障すぎる行動──手の甲へのキスで。*3

 

 そんなことをされると思ってなかった桃香さんは、途端に茹でダコになって口をパクパクさせていたわけなのだけれど、口許に人差し指を当てながら、こちらにしか見えないようにウインクをしてくる彼女の姿を見ていれば、それが色々とわざとである、と言うのは直ぐ様理解できてしまうわけで。

 

 思わず半笑いを溢す私を見て、響ちゃんが小さく苦笑をし。

 な、なんなんですかもー!と叫ぶ桃香さんを囲んで、暫く笑い合うことになるのだった。

 

 

「うんうん、青春ですねー☆」

「わぎゃあっ!?ななななんで録画してるんですかー!?」

 

 

 なお、さっきから空気になっていた琥珀さんは、密かに一連の騒動を動画に収めていたのでしたとさ☆

 

 

*1
大別すれば『無駄』な動きのこと。しかしてその動きには洗練されたある種の格と、同時に動きそのものには必要性のないモノがない──すなわち無駄のない動きで構成されている。その様は、単なる無駄と切って捨てるには惜しい……そんな思いを余人に抱かせるものだと言えるだろう。……まぁ、無駄は無駄なのだが

*2
漫画『ARIA』の登場人物である藍華・S・グランチェスタの口癖『恥ずかしい台詞禁止!』から。主人公である灯里が度々述べる、ポエミィな感想に彼女がツッコミを入れる時の、お約束みたいな言葉。たまーに言い返されることもある

*3
いわゆる王子様ムーブ。イケメンにしか許されない……



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夏には魅惑のマーメイド?

「なんでからかわれてるんですかね、私……」

「桃香さんの反応が面白いからではむぎゅ」

「ええいうるさいですうるさいです、そんなこと言うキーアさんなんてこうしてやりますー!」

 

 

 暫くして、無駄に洗練された無駄のない無駄な仕事に戻ったX君と、それの手伝いをし始めた響ちゃんを他所に。

 一先ず手持ち無沙汰になった私と桃香さんは、琥珀さんの指示で計器の確認などの手伝いを行っていたわけなのですが。

 周囲からからかわれ続けていた桃香さんは、ご覧のようにすっかりご機嫌斜めに。

 しまいには「恥ずかしい台詞禁止ー!」などと叫びながら、私の頬をぐにぐに引っ張ってくる始末となってしまったのでした。……なんというか、わりと珍しい姿ですね?

 

 

「ハァ……ハァ……め、珍しい?」*1

「ええと、その敗北者みたいな呼吸については置いとくとして……まぁ、はい。わりと余裕綽々というか、泰然自若というか*2……桃香さんに対しては、わりとどっしりとしているイメージがなくもないというかですね?」

 

 

 変に息を切らす彼女に、声を掛ける私。

 ……原作からしてみればおかしな話だが、ここに所属している桃香さんというのは、ドジっぽいところとか天然っぽいところとか、そういう原作での彼女の気質とは無縁な感じの──どちらかと言えばクール系の類いの性格、という印象の人である。

 まぁ、キャラクター構成の部分に皮肉屋のエミヤだとか、はたまた憐憫のゲーティアだとかが混ざっているのだから、それなのに原作と同じキャラクター性(天然系)だったら、それはそれで怖いわけだが。

 

 ともあれ、こうして感情に振り回されている彼女の姿というのは、なりきり郷での普段の彼女を見ていると、わりと珍しいもののような気がする……というのは確かなのであった。

 そもそもの話、彼女はそれらの自身に纏わるあれこれを、あくまでも『設定である』と距離を置いているようにも見えるし。

 

 

「……むー、まぁその、基本的には冷静沈着であることを心掛けてはいますけど……別に冷血漢(れいけつかん)*3とか、そういうことではないんですよ?」

 

 

 と言うような、私の考えを述べたところ。

 彼女から返ってきたのは──ある意味では珍しく、ある意味では見慣れたもののような──そんな感じのへにゃっ、とした言葉なのだった。

 ……具体的に言うのであれば、恋姫の劉備らしいへにゃっと感というか。

 ともあれ、彼女が言いたいことを纏めるのであれば、次のようなことになる。

 

 原作の彼ら彼女らとは性格が違うけれど、模しているキャラはその人物以外の何者でもない──というタイプの『逆憑依』は、なりきり郷と言わず新秩序互助会にすら多数存在する、いわばスタンダードなタイプのなりきりだと言える。

 それに対して桃香さんというのは、最初から再現(なりきり)先が()()()()()()()()()()タイプのモノだと言えるだろう。

 

 半オリジナル、とでも呼ぶべき彼女のようなタイプというのは、『逆憑依』という現象の中ではかなり珍しいタイプの存在でもある。

 原典とのキャラの違いという点では、似たような例としてゆかりんなどがあげられるが……彼女の場合は桃香さんとは違い、再現しているのはあくまでも『原作の八雲紫』を前提としたもの──既にある原型の上に、新しく性格を盛り付けている……という認識が正しい。

 対して桃香さんの場合、冷静沈着であるだとか悪を憎む性質だとかのパーソナリティは、()()()()()()()()()()()──即ち、後から付け加えられたモノではなく、それこそが原作と呼ぶべき形のモノである。

 

 両者は一見似ているように見えるが、その実拡張性の差などの観点から見れば、かなりの差異があることがわかる。

 

 ゆかりんのそれ(性格)は付随物──言い換えれば余分なものだ。前提条件で性格を明記しているわけではないので、極論あの陽気な性格でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 変身という行程を踏む必要こそあれ、原義に近い『黒幕系八雲紫』もこなせてしまう辺り、その汎用性というのは目を見張るモノがあるだろう。

 

 これに対して桃香さんの場合は──『冷静沈着な桃香』というパッケージングが最初からされているため、そこから大きく逸脱した性格には──少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()変更できない、という制約になってしまっている。

 原作のような、いわゆるあざとい系や天然系の行動を彼女が取ろうとしても──大本が冷静沈着で固定されているために、どうしても『計算して動いている』ようなものになってしまう。

 

 普通のなりきり組と違い、彼女に対して計測される『再現度』とは、あくまでも『二次創作としての桃香』であるため、原作の彼女とは逸脱した存在になってしまうのだ。

 なので──彼女は意図的に、『桃香を演じることを止めている』時があるのだという。

 

 

「お恥ずかしい話なのですが……私は未だ、己の業とでも呼ぶべきものとの折り合いを付けきれておりません。この胸の裡で燻る、不徳への憎悪とでも呼ぶべき激情──『劉備になれなかった桃香』の抱えるこれを、己のモノとして抱くにはまだまだ心構えが足りぬのです」

 

 

 静かに語る彼女は、遠回しに自身が危険物であることを告げていた。

 

 然もありなん、彼女は()()()()()()()()()()()()ビーストⅠ──憐憫の獣(ゲーティア)と同じ嘆きを抱く存在である。

 力の大小の関係上、彼女が彼と同じになることはないだろうが、それでも組み込まれている要素(エミヤ)の存在上、()()()()()()()()()()似たような現象を起こすことは、不可能ではないように思える。

 

 言ってしまえばイマジナリィとしての潜在要素は常に持ち続けている、ということであり。

 それゆえ、彼女が様々な場面で遠慮していた、というのは確かな話なのであった。

 

 ……無論、こうしてここで述べている通り、それはあくまでも今までの話、なのだが。

 

 

「キーアさんは、擬獣達を次々と調伏(ちょうぶく)していらっしゃるでしょう?……ならば、私がもし暴走しても、止めてくれる可能性は高い。……だったら、もう少し私自身に寄り添ってもいいのではないか?……そう思ったのです。そしたら──なんといいますか、ちょっとだけ()()桃香の部分も出せるようになった、ということでですね?」

 

 

 こちらに現れて暫く。

 彼女はマーリンに見いだされ、こちらの補助をするために私達に接触したわけだが。

 ……当のマーリンは自身を送り出したのち、特にこちらに接触を図ることもなく、こちらに任せきりの放任主義者と化している。

 

 当初は己を危険物として定め、必要以上に触れ合うことを避けるべきかと思っていた彼女は、そのままでは己に求められる役割が果たせないと判断。

 結果、元々の予定であった『協力者として一歩引いた立ち位置を維持する』というモノはご破談と化し、改めてこちらとの関わり方について、試行錯誤を重ねる羽目になったのだった。

 そしてその流れの中で──自分の抱えるモノ(獣性)くらいなら、意外と軽いのではないかと思い至ったわけである。

 

 じゃあまぁ、ある程度は適当でいいのでは?

 真面目に『千里眼を持った桃香』として気を張りつめ続ける必要は、ないのでは?

 ……そんな心境の変化と共に、彼女は『二次創作の桃香』としての属性が少し薄れ、薄れたところに『原作の桃香』の成分が滲み出てきた、ということになるらしい。

 

 大雑把に言えば、ちょっとアホになった。

 それが、今現在の彼女は表立って見えるになっただけのこと。……というのが、今回彼女が述べていたことなのだった。

 

 

「お恥ずかしい話ですが、ある意味では恋愛脳?的なモノのおかげ、というわけでですね?」

「あー、ってことは今回のあれこれ、あんまり嬉しくなかったり?」

「……男の人は女の人と恋愛をするべきだ、なんてことを言うわけではないのですが──やはり、『恋姫』世界の人物であるという性質が表に来たのであれば、恋をすべきはご主人様……というような感覚は少なからずあるわけでですね?」

 

 

 でもまぁ、『二次創作の桃香』であることは消えませんので、原作のご主人様──劉備の立ち位置に居た彼(北郷一刀)を好きになれるとは思いませんが、なんて悪戯っぽく笑う彼女の姿に、思わず苦笑する私である。

 

 ……遠回しに響ちゃんのままは嫌です(銀ちゃんがいいです)、と言われれば苦笑いにもなろうというか。

 それから、張り合い的な意味でもXちゃんはXちゃんがいい、とも述べているわけなのだから、実は怒られてるんじゃないかと思わなくもないというか。……いやまぁ、別に怒ってはいないのだろうけども。

 

 ともあれ、彼女が言いたかったのは概ねそんなところ。

 やることなすこと未来を見据えている──事態の解決を願っての行動であることはわかるけど、できれば事前に説明とかちゃんとしてね?……という、遠回しな釘刺し行為でもある、盛大な愚痴大会だったというわけである。

 

 ……まぁ、その辺りは甘んじて受けるとしよう。

 主導は琥珀さんとはいえ、その行動を止めなかったのは私でもあるのだし。

 無論、上に被せられたモノを取り除くための実験として、端から戻す気はあったわけだが。

 この仕事が終わって次の場所に向かうまでに、二人の姿を戻すことは確約しておこう……と思う私なのであった。

 

 

「あ、あれ?そこまで深刻な話じゃない……というか、言いたいことは別にあってですね?」

「みなまで言うな!よもや桃香さんが『天才たち』と『恋愛頭脳戦』に、そこまで思い入れがあるとは思っていなかったんだ……!!」*4

「何の話ですか!?」

 

 

 なお、桃香さんはこちらの結論になにか不満があったようだが……その辺りについては、また今度時間のある時に聞かせて頂きたい。なんとなーくだけど、厄介ごとの匂いがプンプンするんでね!

 

 

「……なにやってるんだろうね、あの二人」

「さぁ?仲が良さそうなのはいいことだと思うけど」

「お二方ー、それを繋げたら終わりですので戻ってくださいねー」

「「はーい」」

 

 

 そんな風にわちゃわちゃしている私達の横では、琥珀さんが他二名に対してここでの仕事の終了を告げているのだった……。

 

 

*1
『ONE PIECE』より、とある場所でのポートガス・D・エースの呼吸の仕方。正確には『ハァ……ハァ……()()()……?』。言った本人からしてみればかなり苦し紛れの台詞だが、エースに取ってはクリティカルヒットだった為こんなことになった……という状況を示すモノだが、人によってはあまり評判が良くなかったりもする

*2
『余裕綽々』は中国の思想書『孟子(もうし)』内の言葉『豈不綽綽然(あにしゃくしゃくぜんとして)有餘裕拿哉(よゆうあらざらんや)』から来た言葉。意味合いとしては『自分の立場は誰に指図されるものでもなく、自分で自由に決められる』というものだが、そこから『ゆったりと落ち着き払っている様子』『心に余裕がある様子』という意味の言葉として使われるようになった。『泰然自若』の方は特に由来を持たないが、『泰然』の方が物事に動じず悠然としている様・『自若』の方がどんな状況でも落ち着いている様を示す為、あわせて『心に余裕がある様子』という、『余裕綽々』と同じ意味合いで使われる言葉となっている

*3
冷たい血の(おとこ)と書いて、『心が冷たい人・薄情者』などの意味で使われる。対義語は『熱血漢』。『血が通う』という言葉がある通り、血と心を関係付ける言葉というものは多い

*4
『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』のタイトルから。話が進むうちに、天才っぽさも頭脳戦っぽさも失われていったことから生まれた一種のヤジ。無論本当に責めているわけではない



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夏に暑いのは当たり前だと言えればいいな?

「謎のヒロインX、完全復活です!」

「わーわー!」

「ひゅーひゅー!」

「いやはや、どうもどうも。あんな風にくよくよしてるのとか、私らしくもないですよね!……途中なにか電波を受信したりもしましたが、ともかく復活のXです!」

「え?謎のサーヴァントX爆誕?」*1

「別に夏映画ではないですね……」

 

 

 次の現場に向かう前に、変身状態を解かれた二人。

 数時間ぶりの元の体に、銀ちゃんは小さく息を吐き。Xちゃんはむん、と気合いを入れていたわけなのだが。

 ……こうなってくると、これから先の仕事に関しては適当でもいいんじゃないかなー、というような気持ちになってくる私である。

 

 

「……んだよ、なにか問題でもあんのかよ?」

「いやねー?さっきはあとで聞くだろうから、ってことで聞いてなかったけど。普段とは違う体だから違和感があるとか、動かしにくいところがあるとか。……そういう話をするような場所っていうのも、これから先の現場にはあったわけでねー?」

「……ってことはなにか、単なる仕事だけじゃなくて観測的なモンも含まれた仕事がまだまだ続くってのか……?!」

「あくまでもついでの聴取、だけどね。肉体が精神に与える影響って意味では、私達はちょっと微妙な立ち位置にいるわけだから」

 

 

 思わずげんなり、としたような顔を見せる銀ちゃんに、こちらも苦笑を返す。

 

 私達なりきり勢は、『逆憑依』という現象により『元々の人間の上に、創作物のキャラクター達が被さっている』もの、という風に認識されている。

 無論、単にキャラクターが覆い被さっているわけではなく、その性質やら性能やらに関わる別の要素──『名無し』という存在についても仄めかされているわけだが……それらは個別に干渉しあっているわけではなく、全てが()()()()()()()今の人格を作っている、というのが現在の通説である。

 

 なにが言いたいのかと言うと。私達の今の人格というのは、あくまでも()()()()()ということ。

 性質的な部分にだけ絞って見る場合、大本の人格が憑依によって変貌したモノでは()()、というのが現状の私達の人格についての結論、ということになっているのだ。

 なので、肉体の変化が精神に変化を及ぼす可能性……というもののモデルケースとして、私達は実は不的確だったりするのである。

 

 

「なんでまぁ、本当はこれから先、一緒に精神面での影響とかも調べたかったらしいんだけど……Xちゃんが結構気にしてたとかの話もあって、その辺りの検証は一先ず置いとこう……って感じになったってわけ」

「なるほどなぁ……んじゃあ一応聞いとくけど、次の仕事ってのはなにと兼ね合わせる予定のもんだったんだ?」

「それはねー……」

 

 

 

 

 

 

「新作水着のモデル……ねぇ」

 

 

 椅子に座って膝に肘をつきながら、ポツリとぼやく銀ちゃんの言葉を遠くに聞き流しつつ。あれやこれやとポーズを取り、写真を撮られている女性組一同。

 

 次の職場は、服飾関連の場所。

 以前シャナも言っていた通り、なりきりというモノがキャラに『なりきる』ことを主体とするものである以上、大抵の場合において服装の変化というものは意識されない……正確に言えば『服装は変えない』というのが普通だったわけなのだが……。【継ぎ接ぎ】の成立条件があまりにも緩いことなどを鑑みて、単なる服装の変化が私達にもたらす影響、というものを本格的に調べる必要がでてきたわけなのである。

 まぁ、雑に言うのであれば『季節系の限定キャラ』の影響範囲の考察、とでも呼ぶべきか。

 

 単純に見た目の変化にとどまるような、スキン系の服装変化を導入している作品ばかりなら良いのだが。

 世の中には水着ガチャや晴れ着ガチャなど、元のキャラクターとは性能が違う……だけにとどまらず、レアリティの増加や性能の向上など、実質的なマイナーチェンジの手段としてそれらを活用している作品が、数多く存在するわけで。*2

 服が違うと性格が違う、なんて作品も世の中には存在するわけなのだから、服装による影響を調べる必要が強い、というのは誰しにも頷ける話だと言えるだろう。

 

 今回の場合は、それに加えて性別がひっくり返った状態での、その性別として正しい服装──肉体的ではなく精神的な面での異性装が、実際にどれくらい当人の性的な意識に影響を与えるのか?みたいなところも調べたかったようだが……まぁ、今となっては無い物ねだりである。

 

 よもや銀ちゃんに、響ちゃんに着せる予定だった水着を着せるわけにもいかんだろうし。……え、パー子?そういうのええから。スク水パー子とか一部の人しか喜ばんわ。

 

 

「……いや、つーかそもそも響にゃ夏季限定グラフィックはねもがっ!?」*3

「はいはーい、銀さんはですねー、余計な火種を巻くようなことを口走るのは、いい加減止めましょうねー?」

「いやそもそも今ここにいるメンバーだと、水着云々で性能うんたらかんたらとかXにしか関係なうごげぇっ!?」

「あーりーまーすー!私とは同姓同名の別人みたいな感じだけど、一応『桃香』にも水着バージョンはあーりーまーすー!!」

「でもその作品F○NZ○だしこの前サ終しぐえーっ!?」

「なんでわざわざそっちなんですか!?普通にG○EEとかモ○ゲーの方ですー!!」

「いやそっちも終わってぎゃあああ!?」*4

「なにやってんの二人とも……?」

 

 

 なお、余計なことを言っていた銀ちゃんは、桃香さんに拳で沈められていた。素直に女性陣の水着を見て目の保養にしてれば良いのに……というやつである。

 

 っていうかそもそもの話、去年の夏に遊びに行った面々からあぶれているのは、今この場では参入時期がクリスマスである桃香さん一人だけ。

 ……性能変化云々の意味合いがしっかりと発揮されるのは彼女だけなので、端から論理が破綻しているのは当たり前なのであった。

 

 

「まぁ、XとXXは別物──成長前と成長後では別キャラクターである……なんて話を持ち出された場合、『謎の水着ヒロインX』などという胡乱存在が生み出される可能性は十二分にあるわけなのですが」

「流石に横暴が過ぎるでしょ!?縛りはどうなってんのよ同キャラ縛りは!」*5

「アルトリア属にルールは無用でしょう?」

「いい加減にしろよぶっ飛ばすぞ武内ィッ!?」

 

 

 なお、こっちはこっちで『アルトリア属が増える可能性は幾らでもある』という話を出されたため、ちょっと混乱する羽目になったりしていたのだった。

 

 ……まぁ、ただでさえ青と黒、Xに青槍まで水着版があるのだから、一応若い頃扱いの白に、黒槍の水着化はありえない話ではなく。

 そして白が許されるのなら、青と青槍が別枠になっているように、XとXXが実は別枠だった……なんて屁理屈が飛んできてもおかしくはないわけで。

 

 一応はギャグっぽく言っているのに、実際はあまり笑えない話になっていることに、思わずツッコミを入れずにはいられない私なのであった。

 

 まぁそんな胡乱な話は、一先ず脇に置いておくとして。

 今回は服飾関係の仕事ということで、誰が担当をしているのかなーと、ちょっと気にしていたりもしたわけなのですが……。

 

 

「……五条君はまぁわかるとしても、まさかマクモ君が居るとはねー……」

「名字被りもありますし、別に新菜(わかな)でいいですよ?」

「なりきりって自分のやりたいものやるもんだろー?そりゃまぁ、オレの場合はドラマCDしか声付きはないから、ちょっと珍しいかも知れないけどなー」

 

 

 次から次へと新しい水着を持ってくる人の中で、目立つのは二人。……その二人以外は『逆憑依』ではない、という点も踏まえて語るのであれば──服飾系でわかりやすいキャラと、奇をてらったキャラの二人、ということになるのだろうか。

 まぁ、本人達にはそんな感覚はないとは思うのだけれど。

 

 ともあれ、ハベニャンとかミス・クレーンとかではなく、『着せ恋』と『仕立屋工房』からのキャラクター、という辺りに驚きを感じたというのは間違いでもない。*6

 ただ、その辺りにはどうにもちょっとした理由、というものがあるらしい。

 

 

「なるほど、他の面々は出払ってたと」

「それから、八雲さんから『キーアちゃん達相手ならある程度粗相しても問題ないわよー』ってお墨付きを貰った、ってところもあるな」

「……おのれゆかりん……いやまぁ、確かにちょっとした問題なら気にしないけども……」

 

 

 マクモ君の言葉に、遠い目をしてしまう私。

 

 時期的な問題というか、そもそも服飾関連が最近まで発達していなかった弊害というか。

 ともあれ、服に関するキャラクターが今のなりきり郷に不足している、というのは間違いではなく。

 その中でも腕の良いキャラクター……先述したハベニャンのような服飾系の人物は、現在他の仕事に回されているようで。

 今回のこの仕事には──言い方は悪いが、マクモ君達のような再現度の低い面々が回された、ということになるらしい。

 

 そもそもの話、五条君はあくまでもアマチュアだし、マクモ君の方もキャラとしてはプロの仕立屋だが、センスが壊滅的という欠点を持っている人物である。

 なのでちゃんと再現度が高かったとしても、問題が起きる可能性はそれなりにある……と言えるわけで。

 ならばまぁ、モデルをしてくれる人間側に、ある程度の問題対処能力を求めるのはわからないでもない。

 

 ……一つ盲点があったとすれば。

 再現度が高くないがゆえに、寧ろ普通の服飾能力を発揮できているマクモ君の存在ということになるのだろうか。

 

 

「あー、まぁ確かに。天選(マスターピース)としての力がないのと、再現度が高くないこと。……二つ合わせると、普通に服を作るのには逆に向いているって風になるわけか」

 

 

 ううむ、と唸るマクモ君。

 彼は天選という特殊な職業の人物だが……その能力は、自身の作り出したものに特殊な効果を付与する、というものである。

 仕立屋である彼の場合、作り出した服に特殊な効果が付与されるわけで。

 

 能力を上手く使えない可能性のある今の彼の場合、下手に天選としての力が使えた場合、逆に問題を起こしてしまう可能性が高い。

 ならば再現度足らずで、その辺りのあれこれがそもそも発生しない今の方がマシ、とも言えなくもないわけである。

 

 なお、この点に関しては五条君の方も同じ。

 再現度の高い五条君とはイコールアマチュアになってしまうため、単に服を作るという点においては、今の方が腕が良いという変な逆転現象を起こしているのだった。

 

 

「良いか悪いかを聞かれると、どうにも困惑してしまいますけどね」

 

 

 自身の現状に対し、たははと笑みを浮かべる五条君。

 その笑みに同調しつつ、私は頬を掻くのであった。

 

 ……え?男性なのに女性の水着を作ってるのかって?そもそもこの二人中身女性だけど?

 

 

*1
アニメ『ポケットモンスター』の映画第二弾、『幻のポケモン ルギア爆誕』の初報時のタイトル『幻のポケモン X爆誕』から。映画作成時には名前が決まっておらず、そもそも後に本編ゲームに登場する時には、幻のポケモンではなく伝説のポケモンである……などなど、わりとツッコミ所の多いタイトル

*2
中華系のソシャゲは、主に単なる服装の変化という形である場合が多く、またキャラそのものが獲得しやすい場合、服装そのものに課金要素がある、という昔ながらのDLCタイプになっているものが多い。日本系であれば服装違いは別キャラクター、というものが多くなる。なお、最近のソシャゲはどっちもある、というパターンも多い(グラブル・FGOなど)

*3
響・およびヴェールヌイの季節限定グラフィックは、2022年6月現在『秋刀魚漁』用の秋服のみ。……見た目的にはわかさぎ釣りをしそうな感じにしか見えないが、一応秋刀魚漁用である

*4
前者の『F○NZ○』の方は『真・恋姫†夢想~天下統一伝~』、『G○EEとかモ○ゲー』の方は『真・恋姫†夢想~乙女乱舞~』。2022年6月現在、どちらもサービス終了(サ終)済み

*5
『FINAL FANTASY Ⅹ』より、ワッカの台詞である『教えはどうなってんだ 教えは!』から。雑に元ネタを説明すると、教義的に使用を許されていない機械が寺院に設置されていたことによる、彼の憤りの台詞となる

*6
『その着せ替え人形は恋をする』および『仕立屋工房 Artelier Collection』のこと、およびそれぞれの作品の主人公、五条新菜(ごじょうわかな)とマクモのこと



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夏に懐いな夏の空

 それから、幾つかの仕事を順当にこなしていった私達。

 山あり谷あり、正に語るに難き難業を踏破していった私達は。

 

 

「……なんでわざわざ、ここに集まってだらけてるのよ!?」

「仕事終わりの報告会といえば、ゆかりんルームが定位置でしょー?」

「そーだそーだ、かてぇこと言うなよゆかもん。……あっ、ジェレミーも食いもんとかあんがとなー」

「ジェレミー……?」(宇宙猫)

「ゆかもん……?」(宇宙猫)

「……同じ顔をして、なにを呼ぶ気なんですか二人とも」*1

 

 

 ──仕事終わりの報告に(かこ)つけて、ゆかりんルームで飲めや歌えやの大騒ぎをしていたのだった。

 

 いやまぁね?一応時間帯はまだ夕方だから、飲んでるのはジュースとかのノンアルコールだし、食べているものもジェレミアさんお手製のお菓子とかの、至ってオシャンティー*2なものばかりなわけだけど。

 ……それにしても、新作のアプリでは大活躍だそうだし、流石という他ないジェレミアさんである。*3

 

 

「はっはっはっ。……持て囃された結果やることが、グラスゴーに乗って出撃を繰り返す……というのは、いかがなものなのでしょうな」*4

「『真銀斬しろ』とか『十万石くれ』とか、そういうこと言われない辺りはマシなんじゃねーの?」*5

「ジェレミアさんの場合は、命令されたらやれそうなのが怖いんだよなぁ……」

「はっはっはっ」

「笑ってごまかしてやがる……」

 

 

 なお、その辺りのことを彼に聞いても、こんな感じの反応が返ってくるだけだったりする。……マシュの例を見ればわかる通り、なにかしら公式で動きがあると『知識の更新』が起きる……というのは、『逆憑依』では周知の事実なわけだが。

 かといって、アプリでの扱いについての見解とかを求められても困る……というのも確かな話のようで。

 ほぼほぼ出し得テンニンカ系キャラになったことには、なんとも言えない気分を抱いているらしい。そんなジェレミアさんなのでありましたとさ。

 

 まぁ、よもやコードギアスの新作アプリが、アークナイツに代表されるようなタワーディフェンス系のゲームになる……とは思ってなかっただろうし。

 その中で自分が即時コスト獲得系キャラになることも、更には所属とか軍属とかすらも無視して、あらゆるキャラクター達が戦場を乱舞することになるとも、更には『黒の騎士団』なのに純血派とかブリタニア軍のキャラばかりが立ち並ぶ、半ば内輪揉めみたいな状況になるとも思っていなかっただろうから、仕方のない話ではあるのだけれども。

 

 ……でも今の状況で、ジェレミアさんに銀ちゃん達みたく性転換変身を適用したならば、恐らくテンニンカになるのだろうな……ということはよーくわかるぞぅ。

 その場合は中の人が中の人(ジェレミアさん)なので、本気で真銀斬したり十万石持ってくるテンニンカになったりしそうだ、ということもわかるぞぅ。*6

 

 

「……まるでピクニックだな」*7

「は?ピクニック?」

「……いんや、なんでもない」

 

 

 実際に撃てても大して役には立たないだろう、なんて言われる『真銀斬テンニンカ』だが、中身がジェレミアさんだとなんとかしそうなのが恐ろしい。

 そんな思いが思わず口に出てしまったわけだが……まぁ、大して意味があるわけでもないので流して頂きたい。

 例の隊長の中の人は、まだアークナイツにはいないなー、とかも関係はない。

 

 

「なるほど、つまりはあれだな。オレが! ここに! いるぜ!

「流せっつってるでしょうが!!」

 

 

 なお、頼りになる云々の話を耳聡く聞き付けたサイトが、以前の召喚時のようにアピールしていたが……こっちはしっかり後頭部をしばいておいた。空気読め!

 

 

 

 

 

 

「頼りになるといえばこの俺、ナポレオンだと思ったんだが……」

「貴方はナポレオンである前に、平賀才人の方が主体でしょうが……」

「む。……それもそうだ」

 

 

 後頭部を掻きながらぼやくサイトに、思わずツッコミを入れる私。

 その言葉を聞いた彼は暫し呆けたあと、確かにと呟いてソファーに背を預けた。

 

 さて、場所は変わらずゆかりんルームなわけだが、サイトが何故ここにいるのか、という疑問を抱いている人も少なくないだろう。

 以前、私の部屋のクローゼットがハルケギニアへの扉となった、ということは説明したと思う。更には、ハルケギニア組の身体検査なども行った方がいい、というようなこともあわせて述べていたはずである。……え?その時はアカリちゃんのことが重点的だった?

 

 

「あーっと、ごめんなさいねアカリちゃん。うちってば大体こんな感じで騒がしいモノだから……」

「は、はひ……その、お気使いなく……」

「……スッゴいガチガチに緊張してるわね」

「そりゃそうだろう。彼女は水無灯里を元にして生まれた存在だが、本人そのものとはまた言い辛い。ハルケギニアの法則に従って生まれた人物である以上、貴族みたいなもんには少しばかり緊張が先行する……ってのもわからん話でもないさ」

「貴族相手に緊張してるって言うより、綺麗な人に緊張してるってだけだと思うんだけど……」

「……まぁ、それはそれってやつだ、うん」

 

 

 ──ご覧の通り、アカリちゃんもそこにいますがなにか?

 

 思い出して頂きたい。今回の銀ちゃん達に向けた仕事には、なにが付随していたのかを。……そう、健康診断である。

 つまり、今回のあれこれの裏では、彼女達の健康診断も同時進行していたのだ!

 

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、アカリさん!」

「あ、あああアンリエッタ様!?あば、あばばばばっ?!」

「……あ、あれ?逆効果だったりします?」

 

 

 なお、ハルケギニアの住民であるということもあって、アルトリアもこの場には同行しているわけなのだが。……リリィモードで話しかけることで、できうる限り親しみやすくしてはいるものの。だからといって一国の姫とそこいらの平民、両者が歩み寄れるのかと言えば別の話というわけで。

 

 

「きゅう~……」

「ぬわっ、アカリが気絶したっ!?」

衛生兵(メディーック)衛生兵(メディーック)!」

「いや、まず囲ってあげるのやめなさいよ……」

 

 

 畏れ多くも王姫の前に居ることに、灯里力より平民力が勝ってしまったのか、そのまま目を回してしまうアカリちゃんなのであった。

 ……いやまぁ、そこまでは想像できたから、そんなに驚くようなことではないのだけれども。そのあと当の気絶理由(アルトリア)が率先して、彼女を助け起こしに行くとは思わなかったよ……。

 止めたげなさいよ、気絶から起きたと思ったらまた気絶する羽目になるわよそれ?

 

 とまぁ、そんなやり取りもあり、一足先にダウンしたアカリちゃんを、ジェレミアさんが別室へと運び。

 残った面々で、再びお話もとい茶会の続き……というわけである。

 

 

「え、これお茶会だったの?」

「まぁねぇ。サイトに試してみてほしいこともあったし、単なる宴会ではないわね。酒も入ってないし」

「……言っときますけど、私まだ仕事中ですからね!?」

「仕事ぉ?なにそれ、今定時☆」

「……なんとなくだが、それは俺の台詞というやつじゃないか?」

「おおっと、そっち方面は洒落にならないから止めるんDA☆」

 

 

 ぐだぐだと会話を続けながら、話は本題──サイトの健康診断、そのついでの確認の部分に移っていく。

 

 

「……ん?俺か?ルイズではなく?」

「今ここに居ない相手のことを話しても、仕方ないでしょうに……とりあえず今回は、貴方の話よ貴方の話」

「ふむ……?」

 

 

 こちらの言葉に、小さく首を傾げるサイト。

 まぁ確かに、普通に考えて『ハルケギニアからの来訪者』という属性から注目を浴びるのは、さっきのアカリちゃんかルイズかのどちらか、ということがほとんどだろう。

 が、このサイトに関しては、特に注目すべきことが一つある。

 

 

()()()()()()()()でしょう?それも【複合憑依(トライアド)】じゃなくて、【継ぎ接ぎ(パッチワーク)】型の」

「あ、あー……?」

 

 

 その特異性というのは、彼が【継ぎ接ぎ】によって大きく変化している存在である、ということにある。

 

 確かに【継ぎ接ぎ】は発生の緩さや変化の方向性から、様々な例が存在するタイプのモノだが……。とはいえ、彼のように()()()()という緩さでここまで大きな変化を受けているのは、かなり特殊な例だと言えるだろう。

 

 これが【複合憑依】であるのならば、これほどの大きな変化になるというのも納得できるのだが……彼のそれはあくまでも【継ぎ接ぎ】によるもの。【継ぎ接ぎ】としては最大級の例であるハクさんやアルトリアでさえ、あくまでも自身の属性や身体的な特長、それらが重なる相手を継ぎ接ぎしている……という共通点がある。

 

 それを元に考えるのであれば、サイトとナポレオンの繋がりというのは、その声が同じということしか存在しないのだ。

 キャラクターとしてのあり方にしても、サイトはいわゆる勇者タイプ。ナポレオンの方は英雄タイプで、似ているようで微妙に違う相手だろう。

 なので、今までの常識からすれば、サイトとナポレオンを一つに纏めるのであれば、もう一人誰かを巻き込んで【複合憑依】として成立させる……というのが普通の考え方になるのである。

 

 

「だから、そういうの無しで()()()()()()()()サイトの姿ってのは、結構珍しいわけなのよ」

「はぁ、なるほど。つまりはキメラみたいなもんだから注目されている、ってわけか」

「……そうだけど言い方ぁ」

 

 

 それからもう一つ。幾ら【継ぎ接ぎ】とは言えど、サイトのように首から上と首から下が別人、みたいなパターンは他に存在していない。

 

 両者の性質が加算されるという形か、そもそも判別がつかないほど混ざり合うことがほとんどである【継ぎ接ぎ】。

 その一般例からしてみても、一目見ただけで混ざっているものが見分けられるほどに別れている……というのはおかしすぎるわけで。

 

 言い方は悪いが、彼の言う通りにキメラと呼ぶ方が正しいのが、今の彼の状態なのであり。

 それを詳しく検分する、というのは【継ぎ接ぎ】というものを理解する上で、とても重要なことだと言えるだろう。

 

 結果、彼には普通の健康診断以外に、別途追加で検証をお願いしたい……という話になるわけなのである。

 

 

「まぁ、構わんが。で、俺は一体なにをすればいいんだ?」

「とりあえずは、()()()()()()()()()()かなって」

「なるほど、俺に戻ると。……ん?」

 

 

 それらの話を聞いたサイトは、快く話を受けてくれたわけなのだが……その内容を聞いて、小さく首を傾げていたのだった。

 

 

*1
同じ顔が二人、来るぞ蘭!……無論『遊☆戯☆王ZEXAL』のアストラルのエクシーズモンスター警戒の台詞

*2
お洒落な人・モノのことを示す言葉。『おしゃれ+ティー』という造語。流行ったのは2011年付近なので、ほぼ死語である

*3
『コードギアス 反逆のルルーシュ ロストストーリーズ』のこと。主人公が狂犬すぎて有名

*4
上記のゲームに登場する星3突撃タイプのキャラクター、『ジェレミア(忠義厚き純血派)』は、フィールドに配置した時にコストを回復する効果、及び再配置を短縮する効果を持つ。タワーディフェンス系のゲームにおいて、コスト管理は死活問題。それを出てくるだけで回復するという彼の効果は、寧ろ使わない理由がないほどのぶっ壊れキャラとして、彼の立ち位置を確定させたのだった。なお『グラスゴー』云々はKFMの名前であり、この場合は特に星4のカレン入手時に一緒に貰える『グラスゴー(カレン機)』のことを指す。何故これなのかというと、このグラスゴーを強化するとコストが0になる、というところに理由がある。『ロススト』は他のタワーディフェンス系のゲームと違い、パイロットとKFMの合計コストがキャラクターのコストになること、及び配置しているキャラクターを撤退させてもコストの一部返還がない、という特長がある。……要するに、ジェレミアのコストをできうる限り少なくして、獲得できるコストを最大限利用する為の処置、ということ

*5
『アークナイツ』のキャラクター、星4先鋒テンニンカに纏わるネットミームのこと。テンニンカはレアリティが低め(アークナイツにおいて最大レアは星6)でありながら、コスト回収や先鋒としての防御役、更には回復も行えるという便利キャラである。その為、アプリ内での高難易度イベント『危機契約』において必須級の扱いをされるキャラとなった。……その結果、高火力広範囲の必殺技『真銀斬』を扱えるキャラクター、シルバーアッシュと一緒に使われることが多くなり、リアルストラテジーであることから出撃タイミングやらなにやらで口惜しい思いをするドクター(プレイヤー)が増え……結果、無茶振りをされるようになったらしい

*6
テンニンカへの無茶振りの数々。『真銀斬』云々は上記で語った通り、色々できるんだから攻撃役もやってよ、みたいなドクターからの無茶振りである。他にも色んな技を使ってくれといわれるが、彼女はあくまでも先鋒なので、例え使えても戦局をひっくり返すのは難しいだろう。『十万石』云々は、その無茶振りがグラブルでのとあるイベントと混ざった結果のもの。別にグラブル側に悪意を持って生まれたネタではないが、『石10万』が当時のソシャゲ界にどれほどの衝撃をもたらしたのか、というのは考慮に値するだろう。なお、『石10万』は多いように見えるが、当のグラブルだと天井一回分。集める武器の多さなどを考えると、実際はわりと焼け石に水だったりする(複数本並べる必要があることがほとんどの為。天井以外では確実に入手できず、複数本並べる場合は限界突破アイテムだけでは賄いきれない)

*7
『GOD EATER 2』より、ジュリウス・ヴィスコンティの台詞。ミッションを余裕を持ってクリアした時の台詞がこれ。その為『ピクニック隊長』なるあだ名を持つ。なお、声優である浪川大輔氏は2022年6月現在、アークナイツにはまだ担当キャラが居ない



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夏に備えて色々と処理を

「ええと……(サイト)に戻るっていうのは、どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だよ。……えーと、ナポレオン要素を一回取り外そうとしてる、って言えばわかる?」

「ああなるほど。……って、外せるのか?外せないから困ってるって話だったように思えるんだが」

「おっとごめん、言い方が悪かったね。()()()()()()()()()()、って言い方のほうが近いかな?」

「……そこはかとなく怖いんだが?」

「大丈夫大丈夫、そもそも今現在のサイトの姿の方が怖いからね!」

「……そこらの住人に怖がられていたのはそれか……!」

 

 

 私の発した言葉に、首を傾げていたサイト。

 

 まぁ確かに『自分に戻る』だなんて言葉は、平時であれば単なる哲学とか自己研鑽の言葉としてしか聞こえないだろう。

 が、そこは我ら『逆憑依』。

 上に被さっているモノを取り除こうとしている、という風に受けとることもできるはず、というのは言うまでもない。……まぁ彼の言う通り、大本の『逆憑依』そのものは言わずもがな、【継ぎ接ぎ】の方も容易に引き剥がすことは叶わない……ということはわかっているため、そういう風に受けとることは(今更)ない、というのも確かな話なのだが。

 

 なので、彼からそういうツッコミが返ってくるのも当たり前なわけで。……言い方を間違えたな、と反省した私は別の言い方をしてみたわけなのだけれど……いや、これもこれで誤解を招くな?

 身体的な機能を不全にする……という風にも受けとれるため、彼がちょっと引き気味になるのも仕方ない言い方だったと反省。

 ……反省ばかりで身に付いていないのでは?というゆかりんからの非難の視線を受け流しつつ、怖い云々についてはサイトの今の姿の方が怖いよ、と話を逸らす私なのであった。

 

 見て貰えればわかるけれど、現在のサイトの姿というのは顔がサイト、首から下がナポレオンというもの。……ここでいうナポレオンが普通のナポレオン……身長のさほど高くない、史実ベースの彼ならばそこまでおかしくなかったのかもしれないけれど。

 生憎と彼のボディになっているのは筋肉モリモリ、マッチョマンなわけで。

 ……DIO様も満足できるかもしれない*1恵体(ボディ)に、それらとは全く釣り合わない童顔気味なサイトの顔が乗っかっているとなれば、そりゃまぁ周囲がふと目にした時にびくっ、となるのは仕方のない話。

 

 結果、今のところ彼のあだ名は『平賀街雄(まちお)』だったりするのだった。*2

 

 

「……サイドチェストなんざ、した覚えはないんだがな」

「ナポレオン要素だけならチャックボーンならぬボタンボーンなんだろうけど、本来のそれと違って顔と体が釣り合ってないからね。街尾さん扱いは想定の範囲内だと思うよ?」

「まぁ、最初にアンタも言ってたしなぁ」

 

 

 微妙そうな表情で、頬をポリポリと掻くサイト。

 顔と体が釣り合ってないというツッコミは、向こうで初めて出会った時にもやったけど。

 それでもまぁ、長く付き合っていれば『慣れ』というものは生まれるもの。

 そうしてサイトも住人達も慣れきってしまい、彼の容姿が『変』ではなくなってきて、その反応が当たり前になって……その流れのまま、彼はこちらに来てしまったわけである。

 

 そりゃまぁ、今さら容姿云々で驚くのか、みたいな気分に彼が陥ってしまうのも宜なるかな、というわけなのだった。……互いに認識がずれているわけだしね。

 

 

「ええと、話が脱線しているようですが……」

「おおっと、ごめんごめん。ありがとうねアルトリア」

「いえ、サイトさんはルイズの大切な方ですから。私が心配するのは当然、というものです」

 

 

 そんな感じにむぅ、と二人で唸っていると。アルトリアから話が変な方向に飛んでしまっている、とのツッコミが。

 出会った当時のほわほわ感に比べると、しっかりとした空気を纏うようになったなぁ……なんてしみじみとしつつ、私はつい、と手を振る。

 

 その動きに合わせ宙には燐光が舞い、思わず周囲がそれに視線を奪われる中、光が形作った光輪──いわゆる簡易ワープゲートから、重力に引かれるようにしてとある物体が落ちてくる。

 おっと、なんて言葉と共にそれをキャッチしたサイトが、それを明かりに翳せば。

 

 

「……ブレスレット?」

「うむ、琥珀さん謹製変身ブレスレットであるっ!」

「なんで貴方がちょっと得意げなのよ……」

 

 

 戦隊ものとかで見掛けるような、特徴的な形の腕輪であることがわかるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……変身ネタはまだ続くのな」

「【継ぎ接ぎ】の安定利用ってなると、やっぱり変身システムに組み合わせるのが安全だからねぇ。……朝起きたら私は毒虫になっていた*3、とか嫌でしょ?」

「あー、安定してないと変な姿になるかもしれないし、区切りがあるものじゃないと、その姿と一生付き合わなきゃいけなくなるし、ってことか」

「そーいうこと」

 

 

 渡された腕輪をあれこれと検分するサイトを横目に、銀ちゃんがぽつりと呟く。

 今回は変身──【継ぎ接ぎ】についての話が多くなっているが、それも元を正せば()()()()()のため。

 可及的速やかに【継ぎ接ぎ】の影響をどうにかする必要に迫られた結果が、今回のあれこれと忙しかった仕事の理由、というわけである。

 

 そもそもの話、【継ぎ接ぎ】の大規模なものが『逆憑依』であるとも考えられる以上、それらの事態の解決には【継ぎ接ぎ】を調べることが一番の近道……というのは、ある意味では周知の事実であった。

 じゃあなんで今まで、その辺りの研究が進んでいなかったのか?……といえば、単純に取っ掛かりがなかったということが大きいだろう。

 

 

「取っ掛かり?」

「琥珀さんにしても、偶然自分自身の【継ぎ接ぎ】が成功したから、その経験を生かしてあれこれ研究しているわけだけど……そんな彼女でも、実際に『逆憑依』の人々に出会うまで、大した研究はできていなかったわけだよ。……いやまぁ、研究初めて三ヶ月で【継ぎ接ぎ】見付けてるんだから、あの人も大抵おかしいんだけども」

 

 

 現状の【継ぎ接ぎ】の研究というものは、基本的に琥珀さんがその全てを切り開いてきたものである。

 

 一応、お国の方には勝手にあれこれするなよ、と釘を刺してはいるものの……それでもなお(実は隠れて研究していたなどの理由で)琥珀さん以外から【継ぎ接ぎ】関連の研究成果を聞いたり見せられたりした、という話はトンと聞かない。それは新秩序互助会の方でも同じである。

 こちらよりも早い時期から存在していた新秩序互助会の方でもそうなのだから、結局のところ琥珀さんが【継ぎ接ぎ】研究の最先端である、という事実は変わらない。

 

 じゃあなんでそんなことになったのか、と言えば──純粋に【継ぎ接ぎ】が研究し辛いから、ということに他ならない。

 

 

「……ん、んん?なんかおかしくねーか?【継ぎ接ぎ】は発生しやすい、起こしやすいのがウリなんだろ?研究なんざ幾らでもできそうなもんだが……」

「銀ちゃん、大切なことを見落としてるよ。……【継ぎ接ぎ】は、あくまでも『逆憑依』だと起こしやすいってことを」

「……あー?」

 

 

 散々【継ぎ接ぎ】は発生しやすいだのなんだの言っておいて、研究し辛いという言葉はおかしいのではないか?……そんな銀ちゃんの言葉であったが、なにもおかしいことはない。【継ぎ接ぎ】とは『逆憑依』や【顕象】にとっては非常に起こりやすいモノであるが、同時に()()()()()()()()()()()()()モノでもある。

 更に、琥珀さんが『失敗例だが成功例』と呼ばれていた通り、仮に発生させられても酷く中途半端なモノにしかなり得ないものでもある。

 

 要するに、別に私がお国に『早まったことするなよ?』と脅しを仕掛けずとも、そもそも研究したくてもできない可能性の方が高いのである。『逆憑依』の保護を、積極的に行っている組織がある以上は。

 

 

「……あー、うちと向こうか」

「私はてっきり向こうで急進派がなにかしてるんじゃないか、なんて思ってたけど……見てる限りそんな気配はなし。ってことは、人工的に『逆憑依』を生み出そう、なんて研究は琥珀さんの元居た場所だけがやっていて──」

「成果が出なかったからもう研究もしてない、って?」

「その理由は、そもそもどうすれば『逆憑依』になるのか、【継ぎ接ぎ】が起こせるのかわからなかったから……ってことになるってわけ」

 

 

 私の言葉に、小さく鼻を鳴らす銀ちゃん。

 今でこそ琥珀さんはすっかり琥珀さんだが、最初の内はもう少し分別がある人だったように思う。

 ……言ってしまえば、そのキャラらしい行動──それが二次創作的な誇張であっても構わない──により、被っている(キャラ)と本人の気質が重なり合う度、再現度が高まるということなのかもしれないが……別に、それだけが全てと言うわけでもない。

 大きくなったゆかりんなどがわかりやすいが、変身という形式で八雲紫を【継ぎ接ぎ】する、というその再現度の増やし方は、決して本人の演技が上手くなったとかそういう話ではないだろう。

 五条さんもそうだが、それらの場合は『全体におけるキャラの割合が増えた』という風に見た方が、遥かに近いように思えるわけだし。

 

 そんな感じで、そもそも火種を生み出すことも、その火種を炎にすることすら全て手探りとなるのが、【継ぎ接ぎ】というものの研究の真実である。

 研究というものに対し、些か厳しいところのある我が日本*4において、目に見えて成果の出ない事業がどうなるのか……というのは火を見るより明らかだろう。

 

 結果、【継ぎ接ぎ】というものの研究は琥珀さんが見付け、琥珀さんが探すままに任せられている……という現状に繋がるのだった。……まぁ、一応成果があったのに三ヶ月で見限ってるのはどうかなー、と思わなくもないけども。

 

 

「最近はなんもかんもサイクルが短いしなー」

「流行り廃りとかねー。国民的なあれ、ってことなのかなぁ?」

 

 

 銀ちゃんと二人、深々とため息を吐く。

 基本的には益をもたらしてくれているという認識だからこそ、研究そのものはおざなりになっているのかもしれないが……擬獣みたいなものが現れ始めた辺り、もう少し危機感とかを持ってほしいと思わなくもない。

 

 まぁ、そんなことを言ってもお国は変わらないのだろうなぁ、なんて諦感を覚えつつ、いい加減腕輪の説明をして欲しそうにしているサイトの元に向かう私達なのであった。

 

 

*1
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(part01)『ファントムブラッド』終盤の展開から。そこから続く、ディオとジョジョとの奇妙な関係の発端とも。首から上が別人……?!

*2
名字と名字が被っている?気にしてはいけない。こういう時に付く名前というのは、わかりやすさ重視なのだから

*3
フランツ・カフカ氏の中編小説『変身』のこと。とある男性がある朝起きてみると、突然毒虫(ここの訳文は害虫だったり芋虫するが、原文は『Ungeziefer(ウンゲツィーファー)』……ドイツ語で『害獣』であり、作中描写的には実はどのような生き物なのかは明記されていない。少なくとも、天井などを這い回れることだけは確か)になってしまった。そんな彼に振り掛かる理不尽が主題となっている

*4
日本で研究者が育たない理由。とある議員の『二位じゃダメなんですか?』などが顕著だが、研究というものはすぐにすぐ成果がでるものではなく、更にはとある何かを見付ける為に、その時点での最高技術を贅沢に投入してなお見付かるかは五分、どころかそれより低い……なんてことも多い。自身の研究が金の鉱脈なのかどうか、というのは研究時点では確かめようがないことがほとんどであり、それゆえ『成果主義』を投入すると目先のことしかできなくなってしまう。それでは研究なんて発展しようがない、という話



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夏と言えばスーパー映画タイム

「んで、結局のところ俺はどうすればいいんだ?」

「そりゃあもう、盛大にポージングを決めて変身して貰えれば」

「……マジで言ってる?」

「大マジです。うまく行けば万々歳、失敗してもちょっとアフロになるだけ*1って話だから。ほら、気軽に気軽に」

「いや、ホント気軽に言ってくれるなぁ……」

 

 

 そんなこんなで、改めて銀ちゃんと共にサイトに近付いたところ、これからどうすればいいのか?……という至極当たり前の疑問を彼からぶつけられたわけなのですが。

 それに対するこちらからの返答は、『そのブレスレットを作っているのが琥珀さんである以上、素直に変身ポーズを取る以外の選択肢はないよ』というものなのでございましたとさ。

 

 見た目戦隊モノ系の変身ブレスレットなので、なんかこうバババッとポーズを取ってシャキーンと構えれば、良い感じに変身できるはず……という、結構いい加減な助言である。

 まぁ別に、ライダー系の変身ポーズを意識してみたとしても、なんら問題はないとも思うのだけれども。

 あの人、ルビーちゃんが【継ぎ接ぎ】されてるから魔法少女専門の人に見えるけど、実際は特に分け隔てなく全部嗜んでるタイプの人だからね。……一番好きなのは魔法少女、ってのも間違いではないみたいだけど。

 

 ただ一つ問題があるとするのであれば、サイトが持っているそのブレスレットもまた、いわゆる一つの試作品であるということだろうか。

 どういう原理で変身させようとしているのか?……とか、その辺りの詳しいことを私は聞いていないため、やっちゃダメなこととかについての助言はできないと申しますか。

 

 まぁ琥珀さんのことなので、エネルギーの流れる経路についてはしっかり設計しているだろうし、暴走した時の安全装置(フェイルセーフ)*2についてもきっちり設置しているだろうから、仮に爆発しても頭がアフロになるくらいで済むだろう……ということもまた予測できるわけなのだが。

 

 その辺りのお約束(爆発してアフロ)については抜かりがないのもまた琥珀さんの特徴なので、安心してデッドオアアライブ*3して頂きたい。

 ……というような助言を述べたところ、サイトは常のナポレオンっぽい口調を崩してしまうほどに、辟易した姿をこちらに見せたのだった。端的に言うのであれば、実にサイトっぽい普通の少年染みた喋り方というか?

 

 ともあれ、今回のあれこれに関しては、頑張るのはあくまでもサイト自身。

 私は精々マスコットくらいにしかなれやしないので、精一杯応援させて貰うことで彼の無聊(ぶりょう)を慰めるとしよう。

 

 

「サイト、今すぐそのハッピーブレスレットで変身だっピ!」

「なんだか猛烈に変身したくなくなってきたんだが!?──とりあえずキーア、説明書とか出して!」

「わ、わかんないっピ……」*4

「……やべぇ、爆発オチしか見えなくなってきた……!!」

 

 

 おおっと、間違えたかな?(棒)

 近頃のマスコットキャラは、どいつもこいつもやんちゃで困る。*5

 

 ……とかなんとかごまかしつつ、改めてサイトを促す私。

 彼はこちらの言葉に露骨に嫌な顔をしていたが……やがて諦めたようにため息を一つ吐くと、カチャリと音を立てながら変身待機ポーズに移るのだった。

 

 

「……ええと、初代で良いと思うか?」

「ベルトじゃないしなぁ……豪快(ゴーカイ)に行くとかどう?」

「俺は海賊じゃないんだがなぁ……まぁいいか。ゴーカイチェンジ!」

 

 

 ……まぁ、変身待機したあとにまた一悶着あったんですけどね!

 ブレスレット型なんだから、ポージングも腕回りを意識したモノの方が見映えが良い、ってのは少し考えればわかりそうなもんだけどなぁ……。っていうか初代(1号)って。マニアックですねとでも言えばいいのか……?*6

 

 ともあれ変身である。

 実際にはヒーロー的な意味での変身ではなく、一時的にナポレオン分を別の状態で上書きする──広義の方(姿を変える)の意味での変身、という形なのだが。

 合わせて、今回の対処法が()()()()()()()()()()()()()()()()()モノであるということもまた、改めて明記して置かなければならない事実だろう。

 

 ゼロの使い魔の二次創作が、今日における『なろう系』の原型になったという話はどこかでしたと思う。……してなくてもその前提で聞いて貰いたい。*7

 

 それらの二次創作とは、本当に様々なバリエーションの存在するモノであった。

 基本的にはサイトの代わりに誰か他の版権キャラが召喚されるだとか*8、もしくはルイズ側になにかしらの変化がある*9という作風が多かったが──それらには及ばずとも、バリエーションの豊富なパターンが存在していた。

 それが、『サイトの背景が特殊なパターン』である。*10

 

 それは言わば、彼自身も可能性の光*11──様々な起こり得る可能性というものを、内包する存在であることの証左であり。

 ある意味では、声以外での『ナポレオンと彼との共通点』ということにもなるわけだが……ともかく、彼が二次創作において自由な描かれ方をしていた人物である、ということに違いはなく。

 

 そしてそれが、ある意味ではのちに続く『異世界もの(なろう系)』の礎になったという見方もできる以上──、

 

 

「お、おおお?!なんだこれは!?」

「お前が神の左手(ガンダールヴ)*12だというのなら──世界を救って見せろ、ナポレオォォン(ユニコォォン)!!」*13

「いやかなり混ざってないかその台詞!?」

 

 

 変身ポーズを決めた彼が、緑色の輝きに包まれていくのは半ば必然、というわけでして。

 ──可能性に殺されないように、頑張れサイト!*14

 

 

「……ええぃ、よくわからんが、こう言うしかあるまい!オレが! ここに! いるぜぇぇぇ!

 

 

 そんなこちらの応援を受けた彼が、声を張り上げた時。

 ──世界は、目映い光の中に呑まれていったのだった。

 

 

 

 

 

 

「目が、目がぁ~!?」

「また典型的な台詞だね、銀ちゃん」*15

 

 

 実は光るだろうなと予測していたため、しっかりサングラスを装備していた私と、そんなこと聞いてなかったため、あの極光をもろに浴びて網膜を焼かれた銀ちゃん。

 可能性の光とかなんだとか言ってたのだから、予測はできたはずなのにまだまだ甘いな……なんてことを宣えば、銀ちゃんは「ふざけんな、可能性に殺されるぞ!」なんて風に怒っていたのだった。それ わたしが もう言った。

 

 

「くそぅ天丼だと?!」

「ギャグって繰り返してこそ、ってところあるよね」

 

 

 基本的にはギャグキャラである銀ちゃん。

 ボケは先手を打ちたい、というところもあるのかもしれないな、なんて適当なことをぼやいていた私達は。

 

 

「……おいおい、どういうことだこいつは?」

 

 

 光と一緒に発生した煙の向こうから響く、サイトの言葉を聞いて眉を顰めることになるのだった。

 ……んん?台詞的には、なにか問題があった感じかな?

 個人的には、彼の声が高いことが気になるんですがね(震え声)

 

 そうして煙の晴れた先。そこにいたのは……。

 

 

「平賀才人ぉ?誰それ、俺ベクター☆……なんてやってた罰、ってわけかよこりゃ」

「し、真月だぁーっ!!?」

 

 

 遊戯王視聴者の悉くを地獄に叩き落としたという、魔の少年──真月零となったサイトの姿が、そこにあったのだった。

 ……変身ブレスレットがデュエルディスクになっている、というおまけ付きで。

 

 

*1
爆発によって髪がアフロになる、という表現の元祖はドリフターズのコントだと言われている。爆発がギャグ表現になる、というのもよくよく考えると意味がわからない話だが。なお、爆発オチに対して返されるコメント『爆発オチなんてサイテー!』は、fate/stay_nightのバッドエンド救済コーナー『タイガー道場』でのロリブルマ(ブルマなイリヤ)の台詞が元ネタとされている

*2
『fail safe』。失敗時に安全な方に、の言葉通り、故障した時に周囲の人間を危険に晒さないようにする、という思想の安全設計のこと。何かしらの要因で操作ができなくなった時、安全な状態で静止するというパターンも含む。代表的なものでは、地震発生時に自動鎮火する電気ストーブ、故障・電源供給のない状態では自重で下に降り、線路内に人を入れないようにする遮断機などがある

*3
元々は賞金首に対して『生死を問わず』捕まえたらこの金額を渡す、というような意思表示をする為の言葉であったが、時代が下る内に『生きるか死ぬか』という意味も加わった言葉。本来であれば『死んでも良い』『寧ろ殺せ』くらいのおっかないニュアンスの言葉である

*4
『タコピーの原罪』より、タコピー。ハッピー星からやってきた、ハッピーを伝える為に旅をしている宇宙人。見た目はピンク色の小さなタコ型といった感じで、語尾には『~っピ』と付ける。ハッピー道具でみんなを幸せにしようとしている。なお、『◯◯出して』『わ、わかんないっピ……』は作中のやり取りの一つ

*5
それぞれ『北斗の拳』のトキの偽物(ということにされた)アミバの台詞『ん!?まちがったかな……』、格闘ゲーム『カイザーナックル』の隠しボス、ジェネラルの台詞『女性の身で戦いとは、感心しませんな。近頃の女性はやんちゃで困る』より

*6
それぞれ初代『仮面ライダー』および『海賊戦隊ゴーカイジャー』から。初代ライダーを変身ポーズと言われて思い出す辺りがサイトの中の人の年齢を物語っているのかも……え?最近はどのライダーも映画ででずっぱりだから、どこから入ったのかなんてわかりゃしないだろうって?……なお、ゴーカイジャーもそういうの(昔懐かし系)の元凶だったりする。戦隊モノの変身ポーズは、何かしら手に持ったモノを使うことが多い……というネタでもある

*7
一応72話の注釈で触れている

*8
『あの作品のキャラがルイズに召喚されました』という括りで纏めているサイトなどが存在する。なお以前語った通り、大体の二次創作がギーシュ戦・もしくはアルビオン行きでエタることがほとんどであった

*9
召喚したものが能力や武器(例:ペルソナや聖剣(『聖剣伝説』のものなど、多数))であるが為に、ルイズがそれらの影響を受けたパターンや、そもそもに何かしらの要因でルイズの性格が違う(こちらは使い魔はサイトのままのことが多い)パターンなどが存在する

*10
ルイズが色々あるのだから、サイトだって色々あっても良いだろう、みたいなパターン。サイト側が成年になっていたりだとか、何かしらの戦闘技術を納めているだとかのパターンがある

*11
fgoにおいてナポレオンが所持しているスキル。『星の開拓者』や『無辜の怪物』などと類似するスキルであり、実際にはやったことのないことであっても、それを信じる者達によって『成し遂げた』と背負う、人間の可能性を示すかのようなスキル。彼は人の願いの結晶であり、願う誰かがいる限りその輝きに翳りが起きることはない

*12
※ガンダールヴと素直に読まず、『ガンダールヴ()』みたいな感じで読もう

*13
『機動戦士ガンダム00』の刹那・F・セイエイ、『∀ガンダム』のロラン・セアック、『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』のバナージ・リンクスをイメージした台詞。それぞれ『刹那のガンダム至上主義』『ロランの台詞である「人の英知が生み出したものなら、人を救ってみせろ!」』『バナージの叫び』が混ざっている

*14
緑色の光も『可能性に殺される』云々も、どちらも『機動戦士ガンダムUC』からの台詞

*15
『天空の城ラピュタ』より、ムスカがとある状態に陥った時の台詞。目が見えなくなった時に使う



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夏には劇場版限定フォームもお披露目だ

「うむむむ……困りました。なんでこんなことになったのか、ルビーちゃん皆目見当も付きません……」

「ええ~、流石にそれは困りますよぉ~。ルイズだって、今の俺の姿を見たら困惑するに決まってるじゃないですかぁ~?なんとかならないんですか、琥珀さ~ん?」

「う、うわぁ胡散臭い……中身がサイトさんなんだから、本当はそんなこと一切ないはずですというのに、全体的な空気感とでもいうものが胡散臭いの化身です……」*1

「あ゛あ゛?!誰のせいだと思ってやがんだ誰のっ!こりゃあポイントが加算されちまうなぁ~、じゃんじゃかじゃんじゃか貯まっちまうってもんだよなぁ~!?」*2

「いや怖いんですけどー!?ベクターさんモードを気楽に使うのはやめてくださいましー!」

「おおっとごめんごめん。なんつーかこの姿だと、どうにも感情的になっちまうというか……」

 

 

 ……なんだこれ?

 サイトに起きたとんでもない事態に、思わず責任者もとい琥珀さんを現場に呼び出すことに相成ったわけなのだけれども。……普通に話しているはずなのに、サイトもとい真月の当たりが強い気がするというか。……え?いきなり胡散臭いの化身にされればそうもなる?それはそう。*3

 

 とりあえずこれが『変身』であることに間違いはなく、なのでそのうち戻るはず……というのが琥珀さんの当初の予想だったらしいのだが、どうやら今回は変な混線でも起こしているらしく。

 ゆえに自然に元に戻るという可能性は低く見積もられる結果となり、どうにかして元に戻そうと悪戦苦闘しているわけなのだが……ご覧の通り、その作業は難航しているのだった。

 

 ……こんな状況下で更にバリアルフォーゼ(変身)*4した日にはどうなるのか、ちょっと気にならないでもない私であるが。

 やった瞬間戻れなくなる可能性も大なので、絶対にやらないでくださいね煽らないで下さいね……と琥珀さんから、本人周囲共に釘を刺されていたりもしているため断念している。

 まぁ、この真月の中身はサイトなので、そんなことをするつもりは最初からサラサラないだろうけども。

 

 ともあれ、本来であれば首から下がサイトに上書きされ、少なくとも見た目だけは元に戻るはずだった、今回の実験。

 現状は何故か全身が真月になる、という意味不明な状況に陥っているわけなのであった……。

 

 

「ふむ……?」

「アルトリア、なにか気になることでも?」

「いえ、大したことではないのですが……あのデュエルデュエル、光ってはいませんか?」

「光ってる……?……ってあ、ホントだ、うっすらと光ってる」

 

 

 そうして皆があれやこれやとてんやわんやしている中、サイトの姿を見ながら顎に手を置き、ふむと小さく声をあげるアルトリアが一人。

 その声に反応した私が声を掛けると、彼女はスッととある一点を──彼の腕に装着されている、変化してしまったブレスレットを指差すのであった。

 

 変身ブレスレットから変形したそれは、見た感じZEXAL時代の……それこそ真月零が付けていたものと同じ形のデュエルディスクとなっており、今は収納形態となって彼の腕に収まっている。

 で、その内の一部分──言うなれば墓地に相当するスリットが、内側から仄かに光っていることを確認することができたのである。……ええと、わかりやすく説明すると──墓地効果が発動しようとしている、みたいな感じ?もしくは墓地からカードを手札に加えようとしている時、みたいな。

 

 

「あ、あぁ?なんだこれ、墓地からなにが来やがるってん……」

 

 

 こちらの言葉に気が付いたサイトが、スリット部分に手を翳すと、こちらの想像通り墓地からカードが一枚、外に向けて飛び出してくる。

 それを手に取ったサイトは「うげ……」と言えば、こちらにもわかるくらいに露骨に嫌な顔を浮かべたのだった。

 

 ……なんだろう、すっごいいやな予感がするんだけど。

 そんなこちらの思考を感じ取ったのか、助けを求めるような視線をこちらに向けてくるサイトだが……生憎と私はデュエリストではない。

 そして相手は、この状況の謎を解く鍵とおぼしき、自己主張してくるカードである。……諦めて召喚してみて欲しい。

 

 大丈夫大丈夫、ここはゆかりんルーム。

 最悪ゆかりんがなんとかしてくれるSA☆……というこちらの思考が伝わったのかは定かではないが、サイトは「……ポイント十万点……」とかなんとか呟きながら、渋々デュエルディスクを展開し、そのモンスターゾーンにカードをセットするのだった。

 ……どうでもいいけど、そのデュエルディスクってエクストラモンスターゾーンはないんだね?*5

 

 

「ええい、やかましいってんだよテメェは!?静かに待ってろ!!」

「わぁ、サイトがすっかりベクターに。これはルイズに教えてあげないと」

「ぬ、ぬぐぐぐ……!」

「はいはい、変な喧嘩しないの。……ところで、私からは絵柄とかは見えなかったけど、なんのカードだったの、それ?」

「ああ?んなもん、これから召喚されるモンスターを見りゃわかr()

 

 

 こちらからの些細なからかいに、過剰なまでに反応するサイト。……うーん、この分だとちょっとしたことで、すぐに一億ポイント貯まりそうな感じだね?

 

 まぁともかく、ゆかりんが横から仲裁と、それからサイトが墓地から引き抜いたカードについて聞くために声をあげていたが。

 彼はそれに見りゃわかんだろ、という風に答えようとして。──デュエルディスクが異常な発光を始めたため、発言を途中で取り止めることになったのだった。

 

 光の発生源は、先ほどセットされたカード。恐らくは正常な操作に従ってフィールドに召喚されようとしているのだろうが……ソリッドビジョン*6云々の演出にしては、光の発生の仕方がおかしいような?

 その輝きは先ほどのサイトのそれと同じく、辺りを染め上げるほどの強い輝きへと変化していき。

 それを受けた銀ちゃんがまたもや「目が、目がぁ~!?」と呻き始め。そして次の瞬間、

 

 

「んな、ズァーク!?」

 

 

 私達の前に姿を現したのは、巨大な龍──『覇王龍ズァーク』。『遊☆戯☆王ARC-V』におけるラスボスであり、かつてハルケギニアにおいてエンシェント・ドラゴンと同一視され、私もといビジューちゃんが相対することとなった存在。

 そんな存在が、サイトのデュエルディスクから現れ、静かにこちらを睥睨していたのだった。

 

 これには先ほどまで緩い空気だった他の面々も、瞬時に緊張感に包まれ。

 今は佇むだけの彼が、これからどう動くのかをつぶさに観察して……ん、なんだあの米粒みたいなの?

 

 警戒する皆をよそに、私の視界に映ったのは──謎の白い……白い?粒のようなもの。

 疑問形なのは、それが小さ過ぎるために色がきちんと確認できず、結果として白く見えているだけなのではないか……と思ったからなのだが。

 

 ともあれ、巨体を誇るズァークからしてみれば、それこそ米粒と変わらない大きさのそれは、彼の龍の胸元──コアのような場所へと飛来していき。

 

 

 

(仁王立ちしてるズァークの図)

 

 

(コアになにか当たって、四天の龍に分かれていくズァークの図)

 

 

チャーチャララララララーラーララーラーラーーーーララッラーラーー

パラパパーパーラパパパパーパーパパーパーパーパーパー

デデデデドン!

 

 

 

「……は?」*7

 

 

 謎の壮大な音楽と共に、コアになにかしらの衝撃を受けたズァークは、四天の龍へと分裂。

 脳内に流れる『わたしがやりました』とか『THE END』の文字に困惑する私達の前で、彼らは淡い光に呑まれていき……。

 

 

「……え、ここどこ?!ってあれ、八雲さん?!」

「え、榊君?!」

 

 

 光が晴れた時そこに居たのは、四枚の龍のカードを持った榊遊矢君、その人なのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ええとつまり、ギャラクティック・ノヴァ*8が破壊される時の音楽と共に、突然現れたズァークは四天の龍に分離していって。その四体が輝きに包まれ、それが晴れると……」

「そこに榊君が居た、ってわけ」

「……ええと、とりあえずレディエンしとけばよかったりする?」

「ノーでお願いしますわ、特にカルタの用事もないし」*9

「そりゃまたなんともつれない話ですね……ってそうじゃなく」

 

 

 謎の儀式?的なものの混乱から覚めた私達がまず行ったことは、ここに突然現れた榊君が、私達の知っている榊君なのかどうかを確かめることであった。

 基本『逆憑依』関連の事件において、既に居る存在が重複するということはなかったが……まぁ一応、念のためというやつである。

 

 その結果、この場に突然現れた榊君は、以前運動会などで司会をしていた彼と同一人物であることが判明……したのはいいのだが。

 それはそれとして、突然彼がテレポートしてきた……という新たな謎を生み出すこととなったのは間違いないわけで。

 

 

「……うーん、単純に考えればズァークと榊君だから、ってことなんでしょうけど」

「何故今なのか、何故サイトのデュエルディスクから現れたのか……疑問は尽きないわね」

 

 

 むむむ、と唸る私達。

 原作的なモノを考えれば、ズァークが別たれたあとに榊君が出てくる、というのは別段おかしな話ではない。

 あそこまで『ラスボス倒しましたー!』みたいな演出だった以上、分裂してはいたけれど扱いとしては『ARC-V』終盤のそれと同じ、と見てもいいはずだ。

 ……はずなのだが。それはあくまでも、榊君が()()()()()()()()()()の話。ここにいる彼が、以前からなりきり郷で活動していた彼である以上、ズァークから別たれたと言い張るには、少し根拠が薄いというか。

 

 

「……いや、この状況に彼を突っ込むことで、【継ぎ接ぎ】によって彼の中に他の三人を追加しようとしている……?」

「いやキーアさん、しれっと怖いこと言わないで下さいよ!確かにこう、四天の龍とか持たされてますけど!ほらご覧の通り、私めにはなんの弊害も……弊害も……」

「……なんとなく予想できたけど、なにがあったの?」

 

 

 その中で思い付いたのは、一連の流れに彼を放り込むことで、なし崩し的(【継ぎ接ぎ】)に自身の分体を榊君に定着させようとしているという、半ば寄生じみた行動なのでは?……という予想だったのだが。

 勝手に乗り移られようとしているとか、本人からしてみればおぞましいことに変わりなく。

 ゆえに彼は今の自分に他三人の気配はない、と否定しようとして……エクストラデッキにいつの間にか追加されていた『黒竜』『紫竜』『白竜』の覇王竜を見付け、その顔面を青白く染めるのであった。

 

 

*1
漫画版『Fate/Grand Order -Epic of Remnant- 亜種特異点EX 深海電脳楽土 SE.RA.PH』において、カルデアのスタッフが初めて見たBBちゃんに対して述べた感想『胡散臭いの化身かよ!』から。そのパワーワードっぷりには、BBちゃんも思わずおこ、です☆ですので作者の西出ケンゴローさんは、BBちゃんに保健室へ呼び出しを受けてしまうのでした☆

*2
『遊☆戯☆王ZEXAL』内において、ベクターが述べた言葉『ポイント制』から。とある人物に対するイライラを我慢する度にポイントを1加算していき、それが1億ポイント貯まったので我慢を止めてぶっ殺すに至った……という、気の長すぎる行動。卑怯者なのに努力家、という彼の精神の一端を示しているのかもしれない……

*3
真月零は作中での行動から、現在ではほぼ胡散臭い存在として認識されている。放送当初ならまだしも、全てを明かされている今彼を純粋に見ることができるかと言えば、それはノーだと言わざるを得ないだろう。……一応、原作終了後設定ならその辺りはマシにはなる

*4
『遊☆戯☆王ZEXAL』において、バリアン七皇達が行う変身のこと。敵も味方も変身するのが『ZEXAL』である

*5
『遊☆戯☆王VRAINS』編以降、新マスタールールから増えたゾーン。その為『遊☆戯☆王ARC-V』よりも前の作品には存在しない。このゾーンそのものよりも、それに伴って制定された新ルールの方が話題性が強かった。当時は本気で『遊戯王OCG』そのものの存続が危ぶまれたというのだから、その影響は推して知るべし

*6
『立体幻像』。カードに描かれたモンスター達を現実に投影する技術。『遊☆戯☆王ARC-V』以外では実体を持たないが、それでもダメージを受けた時に衝撃を受ける、というようなことは標準機能らしい

*7
『星のカービィ スーパーデラックス』及び『ウルトラデラックス』におけるゲームモードの一つ、『銀河にねがいを』のクリア時の演出から。俗に言う『ノヴァ破壊シリーズ』。いわゆる爆発オチの一種であり、カービィが『わたしがやりました』とばかりに画面を飛び回り、結果なんだかいい感じに『THE END』する。上の半角カナは、その時に流れる音を文章にしたもの

*8
『銀河にねがいを』において願う相手。『ドラゴンボール』などで言うところの『神龍』や『fate』シリーズでの『聖杯』などと同一の存在。上記のミームからよく破壊されているが、本当の意味で破壊することはできておらず、条件が整えば再び現れるらしい……

*9
『カルタ』は、『遊☆戯☆王ARC-V』の終盤の流れを皮肉ったもの。デュエルの決着が同作を象徴する『アクションカード』の取り合いになることが多いこと、及びそれが最後のデュエルでも主体となったことから言われるようになった。……まぁ、『5D's』以降試みられ続けてきた『デュエル中突っ立っている』ことの解消、及び『ターン中に動ける範囲が増えたことによる、手札補充手段』の捻出などの答えが『アクションデュエル』だった以上、それが受け入れられずとも最後まで貫き通すしかなかったということなのだろうが(特に手札補充に関しては、『強欲な壺』のようなドローカードばかりになることをどうにかしたかった、というスタッフ側の苦悩が窺える。この辺りは続く『VRAINS』でも解消できず、結果としてOCGのアニメは終わりを告げることとなった。1ターンが長過ぎること、及びドローカード以外でのカードの捻出(要するにワンパターン防止策)が解決できない限り、OCGのアニメが再び放送することはないだろうと思われる)




一つ区切りとしまして、次回からは幕間となります。


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幕間・なりたいものになれるよう

 吾輩はスライムである。名前はまだない。*1

 ……いや嘘付いた、俺の名前はリムル=テンペスト。『転生したらスライムだった件』*2の主人公である。……いやまぁ、覚醒度が足りてないのか、はたまた何かしら問題でも起きているのか、大賢者は居ないしヴェルドラとも繋がってないし人型にもなれないのだが。*3

 

 

「……んー?リムるんどうしたの、突然黄昏ちゃって」

「いや、なんというか……これでいいのかなー、というか」

「あー、私達スペックチョーダウンしてるもんねぇ」

 

 

 そんな風に思考に耽っている俺に、声を掛けてくるのは大きな蜘蛛。……こっちは『蜘蛛ですが、なにか?』*4の主人公なわけだが……うん、こっちもこっちで今の蜘蛛の姿以外にはなれないこともあって、なんというか呼び方が難しい。

 本人は「蜘蛛子でいいよー?」と言うのだが、それは正直名前じゃないよな、っていうか。

 ……まぁ、勝手に名前を呼んでしまうと名付けとか発生してしまいそう*5だし、結局は蜘蛛子って呼ぶことになるんだけども。

 

 さて、俺達がのんべんだらりと怠惰な日々を送っているのは、新秩序互助会のとある一室。

 雑に言ってしまえば、ルームメイトである蜘蛛子と一緒におやつをポリポリ食べながら、何をするでもなく駄弁っている……と言うのが、今の俺の状況である。

 

 だからまぁ、このままの生活じゃダメなんじゃないか、なんて風にも思ったりしているのだが……。

 

 

「……ふむ、察するにレベルアップに邁進するのは気が引ける、というところかの?」

「……まぁ、そんなところかな」

 

 

 この部屋にいたもう一人──『賢者の弟子を名乗る賢者』の主人公であるミラが、そんな言葉を口にする。

 

 彼女はまぁ……ちょっとした相談に乗って貰う為に部屋に呼んだのだが。他の転生者達が俺達を少し遠巻きに見ているのに対し、特に気にすることなく話し掛けてくれる……その姿に少し甘えてしまっているような気がして、どうにも気が滅入ったりもする。

 

 とはいえ、俺達だけで考えていても、答えが纏まるはずもなく。だからこうして、恥を忍んで彼女に頼み込んでいるのだった。

 

 

「なぁ、お願いだ。どうか、キリアさんに取り次いで貰えないだろうか?」

 

 

 

 

 

 

「はぁ、リムルさんと蜘蛛子さんが、ねぇ?」

「うむ。今向こうにおる者の中では、色々と深刻な……と言うと少し大袈裟かもしれぬが、どちらにしろ気が参っておるというのは確かなようでのぅ」

 

 

 ある休みの日の朝。

 これまた突然訪問してきたミラちゃんが告げたのは、とある二人組の様子を見てやってほしい、という依頼だった。

 

 その二人というのが、リムルさんと蜘蛛子さん──いわゆる人外系なろう主人公達だったというわけで。

 どうしたものか、とため息を吐くミラちゃんに同調するように、私も小さく頬を掻く。

 

 なろう系の作品というのは、そのほとんどが『異世界転生』系の作品である。

 テンプレート的なものがあり、読者達に対して基本的な説明を省くことができるからこその、ある意味での流行り……とでも呼ぶべきようなものなのだが……それゆえに、作者達はなにかしらの独自性を付与することに邁進しているわけで。

 

 その中で先の二名は『人ではないモノに転生した』という共通点を持つ主人公である。*6……そしてそれゆえにもう一つ、少しばかり深刻な共通点というものを持っている。それが、

 

 

「捕食系のレベルアップが主体……ってところが引っ掛かってる、ってわけなんだよね?」

「うむ。わしらは──特に向こう(新秩序互助会)の面々は、自身を転生者だと思っておるものが大半じゃが……だからといって精神的に転生前──原作と同じである、という保証もなくてのぅ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という成長スタイルである。

 ……いやまぁ、単に『食べて強くなる』というだけなら、トリコとかも該当するわけだけど。この二人に関しては、もう少し踏み込んだ話になるわけで。

 

 

「レベルアップのために相手を捕食し、その性質を獲得したり能力を奪ったりする──言うなれば弱肉強食の理に偏重してるから、原作の彼らと違って()()()()()()()今の彼らだと、成長することに躊躇が生まれる……と」

「うむ……特に今生──この世界には彼らの原作と違い、断りもなしに食べてもよい相手──単純な敵というものが基本存在せぬ。必然的に食らう相手は【顕象】だけとなり、そもそもにレベル不足の彼らには荷が重い、ということにも繋がるわけでじゃな?」

 

 

 彼らは異形であるがゆえに、他者を害することにあまり躊躇がない存在である。*7

 少しばかり考えればわかる話であるが、現代において普通の生活を送る場合()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼らの世界(原作)はファンタジーな世界であることが普通であり、現代のように原則戦闘行為を行う必要がない、なんてことはない。

 言うなれば物理的な弱肉強食の世界であり、そんな世界であるがゆえに敵対者に容赦をしないのは、寧ろ当たり前のことなわけだが。

 それを現代に持ち込めば、()()()()()()()()()()()()()()というのは、考えなければならないことだと言えるだろう。

 

 どんな存在であれ、それが現実であるならば、母も父もなく生まれてくることはあり得ない。

 それはすなわち、どんな存在であれそれを想う者がいる、ということに繋がる。

 その人物の所業如何によって見放され、結果として想う者が居なくなるというようなことはあるが……ともあれ、過去現在未来の全てにおいて、誰からも想いを向けられていない存在を見付けることは、とかく難しいことだろう。

 

 それがなにを意味するのかと言えば、例え相手が極悪人であれ、それを害するのであれば必ず報復の口実を与えてしまう、ということ。

 復讐の連鎖を止めるのは難しいと言うが、正にそれ。

 相手を殺しているのであれば尚更、その誰かを大切に想う誰かは、必ずこちらを害そうとしてくるだろう。

 そしてその誰かにも、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──つまりは、だ。

 敵対者に容赦なく、その全てを殲滅するというのは。

 極論、自分以外の全てを──ともすれば、自分自身をも滅ぼさなければならないかもしれない、そんな愚行なのである。誰かを大切に想う誰か、という連鎖が止まらない限りは。*8

 

 ゆえに現代において、迂闊に相手を殺すことは非推奨となっている。

 例え恨みがあれ、憎しみがあれ。その手に掛けてしまえば、それは(えん)となり(えん)となる。

 その繋がりは、いつか必ず己を殺す。そしてそれは、今生の話ではないかもしれないのである。……というような話は、少しばかり脱線しているので置いておくとして。*9

 

 まぁともかく、彼らのレベルアップ手段である捕食という行動が、それが確実な相手の死を伴うものである以上、推奨されざる行為であることは確かな話。

 そして、彼らが本当は『逆憑依』である以上、まっとうな人としての感性が捕食という行為に忌避感を抱かせるというのも、決してわからない話でもないわけなのである。

 

 ……【顕象】相手なら別にいいんじゃないのか、と言われそうだが。実は、ここにも落とし穴がある。

 その落とし穴とは、彼らの自己認識。……自身を『逆憑依』──なりきりだと自覚していない彼らにとって、『逆憑依』と【顕象】の見分けは付かないのである。

 

 

「そうでなくとも、アルトリアみたいなパターンはまず捕食できないしね」

「うむ、彼女に関してはほぼ生きた人と同じ存在。……原作のあやつらならば、状況次第で選ばなくもない選択肢かもしれぬが。現状のあやつらでは、まず選ぶことはあり得ぬと断言できるじゃろうな」

 

 

 つまり、彼らが【顕象】を捕食しようとする時、その認識は人を食べようとしているというものと、大して変わりがないというわけで。

 ……そりゃまぁ、自身を転生者だと思う割に、成長に対して消極的になるわけである。

 

 特に彼らは、初期状態では貧弱過ぎる存在。*10

 本来なら持ち合わせている各種チートスキルも機能していないというのだから、色々とやる気が失せてしまうのは仕方ないとしか言いようがない。

 

 ……というか、仮にやる気になったとしても、仮に【顕象】を捕食することを許容できたとしても。

 その先に待っているのは、どうにかして捕食できるようになるまで相手を弱らさなければならないという、至極当然の帰結──戦闘行為の必要性である。

 

 彼らは転生者(という自己認識)であり、その成長には余念がない。

 ……つまりは他者の手を借りることは絶望的、どう足掻いても加算できる手札は己ともう一人、同じ悩みを持つ相手だけ。

 それにしたって、仲良く半分こできればいいが……もし仮に、きちんと一体まるごと捕食しなければレベルの足しにはならない……なんてことになってしまえば、目も当てられない事態に陥ってしまう可能性が非常に高い。

 

 結果、危ない橋過ぎて触りたくない、なんてことになってしまっているのだった。

 

 

「……だからお主──正確にはキリアの()()を見た時、天啓のようなものを受けたとしてもおかしくはないというわけでな?」

「ああうん、普通の成長手段とは別な──それも誰かを傷付けることのない手段があるとすれば、それこそ藁をも掴む気持ちで声を掛けようとするのはわからないでもないね……」

 

 

 そんな状況下で、黒子ちゃんの能力を強化して見せたキリアの姿と言うのは、福音だとか祝福だとか、そういう神の恵み的なモノに見えたとしてもおかしくはない。

 そりゃまぁ、死に物狂い……ってのは大袈裟だけど、どうにかして接点を持とうとするのはわからないでもない。わからないでもないのだが……、

 

 

「……なんで今なの?」

「さてのぅ、こればっかりは二人に聞いてみぬことにはなんとも……」

 

 

 ……その奇跡とでも呼ぶべき事態を起こしたのは、最早三ヶ月以上前のこと。

 なんで今更コンタクトを取ろうとしたのか、その理由が今一把握できないのである。いやまぁ、単に話し掛ける切っ掛けがなかったのだと言われれば、納得する他ないのも確かなのだけれど。

 

 

「まぁ、確かにのぅ。お主が向こうにおったのはそれなりの期間じゃが……その間に話し掛ける暇があったかと問われれば、微妙と言う他ないしのぅ」

「うむ、大体仕事ばっかりしてたからねぇ」

 

 

 ミラちゃんの言葉に、小さく頷く私。

 彼女の言う通り、向こうでの私は基本的に仕事に次ぐ仕事、忙しさに殺されかねないほどのハードワークであった。

 なのでまぁ、話し掛ける暇が無かったという主張は、素直に受け入れざるを得ないのである。無論、それにしたってもう少し早い時期に言い出してもいいのではないか、というツッコミを入れられないこともないわけだが。

 

 

「……まぁ、困ってるなら話くらいは、聞いてあげたいところなんだけど……」

「ぬ、その言いぶりだと、なにか問題でもあるのかのぅ?」

「……いや、見りゃわかるでしょう」

「…………うむ、小さいのぅ」

 

 

 まぁそもそもの話、今の私は妖精サイズ。

 話を聞くのも一苦労、っていう問題があるんですけどね!

 ……と口を開けば、ミラちゃんは曖昧な表情で沈黙しているのだった。*11

 

 

*1
夏目漱石氏の小説『吾輩は猫である』における序文から。とても有名な作品である為、様々なオマージュやパロディが存在する

*2
伏瀬氏による小説作品。タイトル通り、スライムに転生してしまったとある男性を主人公とした作品

*3
それぞれ彼のできること・持ち合わせている能力・繋がっている存在。スキルも発動していないので、ほぼ単なるスライム状態である

*4
馬場翁氏の小説作品。こちらは蜘蛛に転生してしまった女子高生の話、ということになっている

*5
他者に名前を付けること。名を知るということは呪術的にも意味があることだし、名を付けるともなれば魔術的な繋がりを生むことにも繋がる。『転スラ』においては名付けとは魂の回廊を築き、それにより魂の系譜を広げるものとされる。なお、名付けには魔素を消費し、魔素は魔物達の生命力でもある為、迂闊な名付けは魔物自身の大幅な弱体化を招くことになる為、本来であれば原作のリムルのような大量の名付けは行えないはずだったりする

*6
最初は人外だが、後に人型になれるようになる……という共通点も持つ。なおこの『人外転生したが後に人型になる』パターン、人によっては蛇蝎の如く嫌う人も居たりする(最終的に人の姿になるのであれば、人外になる必要性はないのではないか?……みたいな文句を言われることが多い)

*7
人外系主人公の面白みでもある部分。要するに『普通ではできないことをする存在』としての人気とでもいうもの

*8
限度がどこにあるのかわからない、と思われてしまった場合、味方側からも排斥される理由となりうる。この辺りはセイギノミカタとして邁進した結果、友人だと思っていた相手に裏切られて処刑されたエミヤなどがわかりやすいか。復讐を成し遂げた場合もそうだが、きっかけがあったとはいえ()()()()()()()()()()()を選んだ、という事実はとても重いのである

*9
国が死刑を執り行うのも、極論は復讐の連鎖を止めるためである(個人の問題ではなくさせることで、無理矢理にでも納得させるモノとしての面もある)。情が混ざらずに他者の罪を量る、なんてことはほぼ不可能なのはご存知の通り。故に個人に任せた断罪は必ず極論となるので、それを防ぐ目的もある

*10
リムルに関しては微妙では?と思われそうだが、ここでの『初期状態』とはあくまでもこの作品での初期状態を指す。『捕食者』しか持っていないので、そもそもレベルアップするのにも苦労するのは間違いないだろう

*11
fgoの初代クリスマスイベント『ほぼ週間 サンタオルタさん』における、とある場面でのエミヤの台詞『─────(曖昧な表情で沈黙している)』から。復刻が2016年と古く、知らないという人も多いかもしれないイベント。配布サーヴァントである『サンタオルタ』が欲しい、という人も多いかもしれない……



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幕間・早く大人になりたいな?

「……その、変身して大きくなるとかは」

「生憎と下手に大きくなると、今の私ってば死ぬっていうか消滅する可能性が大なわけでして」

「ぬぐぅ……噂の大魔王、というやつか!」

「そのとーり。いやはや、ホントにどうしようかねぇ?」

 

 

 ミラちゃんからの言葉を、ざっくりと切って捨てる私。

 そんな対応を受けた彼女は小さく呻いたのち、机に踞ってぐぬぬと唸り初めてしまった。

 

 今回の案件において、求められているのは聖女キリアちゃんの方であり、罷り間違っても魔王・キーアの方ではないだろう。……が、属性こそ聖女()魔王()で正反対ではあるものの、名前が(キーア)の元ネタである彼女(キリア)と丸かぶりになっている……というのもまた紛れもない事実。

 なので現状キリアへの変身は非推奨状態、迂闊に破れば以前の死にかけ・消滅しかけ状態に逆戻り……というわけでして。

 

 いやはや困った困った。いっそのこと、この妖精モードのまま助言でもしに行こうかな?とか思ってしまうような始末である。

 

 

「……いやな予感がするが、一応聞いておこう。その場合は二人になんと言うつもりじゃ?」

「そりゃ勿論、キングメイカーな()()()()()()()()()()()に肖った助言をだね?」

「却下じゃ却下……いや、意外とちゃんと助言しそうな気もするが、どちらにせよ却下じゃっ!」

「えー?」

 

 

 まぁ、妖精サイズの助言する人……という扱いだと、今の私はどこぞのマーリンを連想してしまうため、彼らの助言の仕方もそっちに肖ったものになりそうだな、とも思うわけなのですが。

 そんなこちらの言葉を聞いたミラちゃんは、やめいとばかりにツッコミを入れてくるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、冗談はこのくらいにしておくとして……実際どうしようか?リモート*1で顔は隠して声だけで助言する、とかにしてみる?」

「いや、遠隔強化できるのならまだしも、そうでないのなら不満を抱かれるだけじゃろうそれは……」

「ふぅむ、そんなもんか」

 

 

 おふざけはここまでにして、と前置いて。

 実際どうするべきなのか、ということを話し合う私とミラちゃんである。あるのだが……実際、彼らが求めているのは直接会話をして、自分達の状態を確認して貰って、それに見合った対応をして貰うこと……だと思われる。

 つまり、顔を見せずに声だけで対応する……なんて手段は愚の骨頂。*2下手をすると、詰め寄られて文句言われて終わりである。いやまぁ、素直に今はそういうの受け付けてません、という形で断ってもいいとは思うのだけど……。

 

 

「そもそもの話、キリアの能力向上って(キリア)増幅器(アンプリファイア)*3にして出力を増大させている……って形だってことはみんなには伝えてるし、それに幾ら忙しそうにしてたって言っても、その中で他の人の悩み相談とかもしてたんだから、向こうに話す気があれば普通に話せてたはずだろうし……って感じで、色々と疑問点が多いんだよねー」

「むぅ、確かに。ともすれば──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……などという疑いを持たれてもおかしくはないのぅ?」*4

「でしょー?」

 

 

 どうにもこう、彼らが()その話を持ってきた理由、というものが気になってしまうのである。

 

 確かに向こうでの私は忙しくしていたものの、その中で構成員達の悩みを聞く、カウンセリングのようなことも行っていたし。

 能力の向上云々についても、単純に彼らの技能を引き上げるのではなく、補強して『いつかたどり着く場所を体に認識させる』……くらいの用法のものでしかない。

 

 いやまぁ前者に関しては、彼らが人外系の存在であったがゆえに、他者の目の多い場所にいることが大半であった私に相談を持ちかけるには、色々としがらみが多かった……と言うことで納得はできるし。

 後者にしても、無秩序にただ利用しているだけの能力を、ある程度整理するなどして本来の力を発揮できるように整えている部分もあるので、能力の成長に全く寄与していないかと言われると、無論ノーとなるわけなのだが。

 実際、向こうでの鍛練とかはそれらの成長の土台をキチンと固める……という部分も大きかったわけだし。

 

 ただ、こうやって諸々の理由を並べ立てて無理矢理納得するにしても……やはりこの話を()持ってくる理由、というものについては首を捻らざるを得ない。

 そして首を捻らざるを得ないがゆえに、受けないという選択肢が消滅してしまっているわけなのである。

 

 

「門戸は開いていたけれど、それを叩く気のなかっただろう二人の心変わり。……なにがあったのか、って気にするのはおかしくない話でしょ?」

「まぁ、確かに。なろう組が色々と気になる存在……だというのはそう間違いでもないからのう」

 

 

 わしも含めて、の。

 そんな風に笑みを浮かべるミラちゃんに、思わず苦笑を返す私。

 

 なろう系の主人公が、いわゆる『もう遅い』とか『俺tuee』のようなタイプが多い、というのは周知の事実。

 彼ら(リムルさんと蜘蛛子さん)がそうというわけでもないだろうが、ともあれなにを思って話を持ってきたのか?……ということが気になることもまた事実。

 なので、感覚的には二人の要望に答えるのが正しい、ということになるわけなのだが……。

 

 

「……キリアじゃないんだよなぁ」

「結局そこに戻ってくることになるのぅ……」

 

 

 ここで話は振り出しに戻る。

 彼らが求めているのは聖女・キリア。ここでこうしてうんうん唸っている、妖精サイズの魔王さまではないのである。

 ……うーむ仕方ない。背に腹は代えられぬと言うし、ここは恥を偲んで頼むしかないか。

 

 

「む?なにか妙案でもあるのかの?」

「まぁ、うん。結局のところ、今回の相談で一番問題になっていることって、私が()()()()()()()()()ってことになるんだよね?」

「……う、うむ。そういうことに……なるのかのぅ?」

 

 

 重々しくため息を吐いた私に、ミラちゃんが意外そうな顔で問い掛けてくる。

 確かに、先ほどから散々『無理』と訴えていたのに、一転してどうにかなると言い始めたようなものなのだから、その反応も無理はない。

 

 が、初めから私は同じことしか言っていない。

 結局のところ、この問題の解消を妨げているのは、()()()()()()()()()()()()()()……それだけだということを。

 

 ここまで言えば、流石に彼女も気付いたようで。

 一体なにをする気なのかと目線で問い掛けてくる彼女に、私は更に陰鬱とする気持ちを体の節々から醸し出しながら、対応策を呟くのだった……。

 

 

 

 

 

 

「え、体貸して?いいわよー」

「軽っ!?」

 

 

 はてさて、場所は移動して私の家……の中の、とある人物の部屋。

 ……いやまぁ、ぼかす必要性も薄いのでさっさと白状するけど、そこはキリアの部屋である。……件の人物とは、まさしくこのオリジナル様のこと、というわけで。

 言ってしまえば同じ存在が同一世界に居るから、存在が霧散しかけているというのが現状。……つまり、()()()()()として融合してしまえば問題はなし、ということになるわけなのである。

 

 ……正直なに言ってんだこいつ、感が凄いが。

 キリアはそもそもに()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()存在。……言うなれば、例え粉々に──原子よりも遥かに小さい状態になっても、その気になれば元に戻れるタイプの存在である。

 ついでに言うのであれば、彼女は全てのモノに予め含まれている存在。……雑に言えば、不滅の存在なのである。

 

 通常状態において、目覚めていない状態──単なる物言わぬ分子や原子のようになっているのが普通である彼女にとって、自身の意識の連続性は自身の同一性になんら寄与しないのである。*5

 

 ……なに言ってるかわからない?じゃあまぁ、今の私は彼女に『私に吸収されろ』と言っているようなものだと思って貰えれば。

 それが一般的には臨死に近いものであり、それを彼女が厭うこともない……というのもまぁ、一応覚えておいてもいいかもしれない。

 

 その辺りのことを、なんとなーく知らされていたために、ミラちゃんは先ほどの「軽っ!?」という言葉を漏らした、というわけなのであった。

 ……まぁ私としては、多分断られることはないだろうなー、とも思っていたので特段驚いてはいないのだが。

 

 

「え、ええー……?いや、それが罷り通るのであれば、最初から()()それで終わっておったのではないのか?」

「甘いねミラちゃん。()()()()()()()()()って言ったでしょ?それは逆に言えば、この方法では()()()()()()()()()()()()()ってことでもあるんだよ」

「おっ、ミストさん?」*6

「ちゃうわいっ!ややこしいからちょっと黙ってて!」

「はーい。キリア母さん口閉じまーす」

「母さんでもな……ああはいはい、あとでやってあげるからっ」

 

 

 そんな話を聞けば、最初からそれをやっておけば──そもそもの問題である、『同じ存在が同一世界にある』という問題も解決できるのではないか?……というようなことを言いたげにしていたミラちゃんだが。

 そんなうまい話は転がっていない、というのが今回の話のキモなのである。

 

 今回のこれは──いわば()()()

 彼女に近しく、ある意味では娘のような存在である私からの、一種のわがままとして処理されているのだ。

 ……なので、大魔王として【事態の解決】を自身の討伐判定にしている、現在のキリアが引き下がる理由にはならないのである。

 一端除外はできるが、結局は戻ってくるぞ……みたいな話と言うか。

 

 一応、彼女が自身の存在を一時放棄することで、私は以前のようにキーアとしてキリアとして、万全……かどうかは知らないが、とりあえず力を奮うに問題のない状態にはなれるものの。

 それはあくまでも、時間制限付きのパワーアップのようなもの。……事態解決の暁にはこの妖精ボディに戻らなきゃいけないし、()()()()()()()()()()()()()として、彼女のわがままに付き合わなければならない……という代償を背負う必要もある。

 

 今回の場合は『娘として可愛がらせてほしい』という、前回のあれを引き摺った形のお願い(わがまま)で済んでいるが……あまり濫用すればとんでもないわがまま(お願い)が飛んでくる可能性もある。

 ……流石に人の生死に関わるような話は飛んで来ないとは思うけど……相手は大魔王。人の行く先を見守るモノとはいえ、基本的には頼る相手ではない。『皆に成長が見られないから、ちょっとスパルタで行くね~☆』なんてやられた日には、死ぬより酷い目に合うこと必至なのだ。

 

 そういう意味でも、できれば使いたくなかったのが、今回の『融合』依頼……『我らが一つに』案件なのであった。

 

 なお、そのネーミングからミラちゃんのツッコミが入ったことは言うまでもない。

 

 

*1
『remote』。隔たった、遠いという意味の言葉で、『遠隔』という風に訳されることがほとんど。また、『リモートワーク』などの言葉の短縮形として使われることも。なお、『オンライン』は常にネットワークに繋がっていることを指すが、『リモート』の場合は必ずしもネットワークに繋がっている状態を指すわけではない、という違いがある

*2
『骨頂』とは元々『骨張る』の漢字部分の音読みから来ているとされ、そちらは『意地を張る』の意味。それが『骨頂』と漢字を変え、『愚の骨頂』になった結果『愚かさの頂点』というような意味になった、とされる。なお、『真骨頂』はこの変化した言葉から更に発展したもの、とされることが多い

*3
電圧や電流を文字通り増幅させる機械。特に、それら単体では非常に小さな電流()しか発することのできない、エレキギターのような楽器にセットで使われるモノが有名

*4
無論彼等はそんなことはしないだろうとは二人は思っているが、何も知らない他人から見ればリムル達が捕食者であることは確かな話。──変な噂も付き物、となる

*5
どこぞの人形師とは逆。連続してれば全部自分、ではなく全部自分なのだから連続していなくても構わない、というノリ

*6
『でもそれって根本的な解決にはなりませんよね?』



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幕間・過去と未来の私が一つに!?(違います)

「そういうわけで……今回は宜しくお願いしますね、お二人とも」

「お、おう。……ところでその、肩に乗ってる目玉は一体……?」

「母です、お気遣いなく」<デ

「はぁ、なるほど母……って母ぁっ!?」

 

 

 数日後。

 切りたくもない切り札を切ったことで、どうにかキリアになれるようになった私は、久方ぶりに新秩序互助会の施設の土を踏んでいたわけなのですが。

 神妙な面持ち……面持ち?スライムなので表情のわかり辛いリムルさんと、蜘蛛だけど表情のわかりやすい蜘蛛子さんを前に、一端自己紹介などを行っていたのでございます。

 ……え、肩の目玉?(キリア)ですが、なにか?*1

 

 突然沸いて出た、聖女の母という目玉。

 その存在に困惑する二人を見ながら、はてさてどうしたものかとこっそりため息を吐く私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、私の母については一先ず横に置いておくとしまして……まずは現在のお二方の実力を調べる、ということでよろしいでしょうか?」<?

「え、あ、ああ。宜しく頼む」

「はーい、宜しくお願いしまーす」

(……なんか軽いな?)

 

 

 一先ず色々横において、二人の実力を確かめることにした私なのだが。……リムルさんの方はまだしも、蜘蛛子さんのテンションが若干おかしいような気が?

 

 むぅ、そういえば蜘蛛子さんと言えば中の人(声優)は悠木碧さんだったはず。……ということは、以前のビーストⅢi/L『陽蜂』の【侵食憑依】*2の条件を満たしている、というわけで。

 

 ──もしかしてこの人、実はヤバい人なのでは?

 などという予想が、一瞬脳裏を掠めたのだけれど。

 

 

(……うん、ないな)

 

 

 自分で予想しときながらアレだが、『ないな』と首を振る私である。

 ……いやまぁ、なんというかそもそもの話として時期が合わないし。残党かも?みたいな予想も、正直キリアが相手にしていた時点で、狩り残しとか期待できないし……といった感じで、すぐさま否定される程度のモノなのであった。

 

 ……まぁ、悠木さんは売れっ子だし、声被りは仕方ないってやつだよね、多分。

 蜘蛛子さんにしては高い気のするテンションも、スピンオフ成分が強いとかの理由である可能性が高いだろう。

 

 そんなわけで、無駄な警戒を投げ捨てようとした私なのですが。

 

 

「じゃあなにをするんですかハチ。とりあえず反復横飛びでもしますかハチ

「……なんですかその語尾……」<

「?語尾とは一体なんのことでしょう?ハチ

(う、胡散臭ぇ~っ!?)

 

 

 ……なんでそうやって投げ捨てようとした途端に、変な語尾を突っ込んでくるのかな!?

 

 聞き取り辛い小さな声ではあったものの、彼女の言葉に付随している語尾は明らかに『ハチ』と述べていた。……どんな語尾だよ、どこの大臣だよ……*3というツッコミをしなかっただけ、褒めてほしいくらいである。

 

 ……いやいや、もしかしたらその辺りのネタを知っていて、わざとこっちに聞かせているのかもしれない。

 だったら素直に『まもの』って付ければいいじゃねえかとか、語尾がハチとか意味不明ザウルス*4とか色々言いたいことはあるけど、ほらアレだ、ギャグ担当が喋ってるとかかもしれないし!……ギャグ担当ってなんだよ?*5

 

 

「……?お、おい、大丈夫か?なんか体調悪そうだけど……」

「……つかぬことをお伺いしますが、蜘蛛子さんとはそれなりに長いお付き合いなのでしょうか?」<?

「いつから?……えーと、梅雨になった辺りだったっけか……?」

「そうだねー。その辺りくらいだねーハチ

(だから露骨ぅ!!)

 

 

 なので、こちらの百面相を心配して声を掛けてきたリムルさんに、逆に蜘蛛子さんとは長い付き合いなのかを尋ねてみたのだけれど。……アウトカウント貯まってきちゃったんですけどォ!?

 

 例のアレ(ビースト)との対峙があったのは、大体五月くらいのこと。雨が多く降っていたため、梅雨が前倒しになったんじゃないかと勘違いしてしまったりしていた時期だ。

 まぁ、梅雨そのものはそのあと六月になってからちゃんと訪れていたし、蜂の巣を駆除するのなら作り始めである梅雨前がいい*6……みたいな話もあったため、こちらが記憶違いで覚えている、という可能性は限りなく少ない。

 

 と、なると。

 ……私に出会った途端、露骨に語尾にハチハチ付け始めた蜘蛛子さんが、なにかしらその辺りのことを匂わせている……というのはほぼ確定。……っていうか、蜘蛛子さんってば確か蜂嫌いというか蜂が苦手(倒せないわけではない)だったはず*7なので、わざわざ蜂を匂わせる言葉を呟くこと自体、わりと変なのである。

 

 ということは、彼女はその語尾(小さくてリムルさんには聞こえていないらしい)によって、こちらとなんらかのコンタクトを取ろうとしている、ということに……?

 

 

(……いやいや?そもそもの話、キーアとキリアが同一人物ってのは親しい人しか知らない話のはず……)

 

 

 どっこい、現在の私こと聖女キリアと、魔王キーアは名目上とは言え別人、というのが新秩序互助会での常識のはず。

 そこら辺の詳しい事情を知っているのは、精々がアインズさんくらいのはずだ。

 

 彼女が例え『陽蜂』の残党であったとしても、(キリア)に対して主張してくるのは意味がわからない。

 キーア(魔王)キリア(聖女)は敵対関係なので、諭して相討ちにさせようとしている……みたいな胡乱なことでも考えていなければ、そうそう出てくるはずのない選択肢……って、ん?

 

 

(蜘蛛子さんから送られてくるキラキラとした視線)

 

 

 ……な、なんか知らんけど期待されている眼差し……?!

 

 ここまでされてしまえば、流石のこちらも事情を把握するというもの。少なくとも、蜘蛛子さんに関しては(キリア)を仲間に率いれようとしている、ということは半ば確定である。

 同時に、彼女が『陽蜂』の残党であるという予想も、半ば確定したと言っていいだろう。どうやってキリアの攻撃から逃げたんだ、とかツッコミどころは幾つかあるが……。

 

 

(こちらの視線から逃れるように、あらぬ方向(大体右上)を見ている肩乗り目玉(キリア))

 

 

 ……わざとだなこいつ!

 

 魔王らしく試練を残したのか、はたまた人類の未来に彼女(『陽蜂』の残党)を残しておくことに意味があったのか、理由はわからないものの。

 彼女が意図的に取り零しを発生させていたというのは、その態度からほぼ確定。

 

 あとで問い詰めなければなるまい、と内心で決心した私だったが、それはそれとして疑問は残る。そう、リムルさんの方である。

 彼は声が悠木さんってわけでもないから、『陽蜂』の件とは無関係だろう。ならば彼の場合は純粋に『自身の成長のため』にやって来た、ということになりそうなのだが……。

 

 

「……まぁ、とりあえずは置いておきましょう。生憎と私は戦闘力は皆無ですので、お二人で模擬戦を行っていただく、という形でよろしいでしょうか?」

「え゛」

「はい……って、蜘蛛子?どうした変な声出して?」

「ななななんでもないよー。模擬戦、模擬戦だよね、はいはいりょうかーい」

(……あ、諦めたなこいつ)

 

 

 まぁ、こうして考察を続けても問題解決には至るまい。……ということで、とりあえず先ほど言っていた通り、二人の実力を確かめるために模擬戦を行って貰うことにしたのだけれど。

 

 ……うん、なんか露骨に態度が変わったな、この蜘蛛子さん。『陽蜂』が大魔王(キリア)をどういう認識で見ていたのかはわからないけど、多分キーアの強化形態的な扱いだと解釈していたのだと思われる。

 つまりはキーアと(大魔王の方の)キリアはイコールで、魔王(キーア)聖女(キリア)は一人の人物が別れた存在、として認識しているのでニアイコール。

 ……要するに、大魔王の方と同じく、大聖女的な強化形態があると思っていたんじゃないか?……と思われるわけで。

 

 うーむ、あんまりちゃんとアニメを見てなかったんだろうなー(死んだ瞳)。

 ちゃんと見てれば、聖女の方のキリアがクソザコナメクジなのはすぐにわかるはずなのになー(乾いた笑い)。

 ……喜んでいいのか悲しめばいいのか、なんとも微妙な気分になってきたけど、その辺りの私の気分は脇に退けるとして。

 

 多分、聖属性の相手を騙すのなんて余裕だし、同格相手ならどうにかなるはずだし……みたいな気分でここに来たのだろう。

 結果はご覧の通り、作戦の変更を余儀なくされる哀れな蜘蛛子さんが一匹、ということになっているわけなのだが。

 

 まぁ幸い?そもそも(聖女)(魔王)が同一人物だということには、まだ気が付いていないようだし?

 ならば精々、裏にまだ誰か隠れていたりしないかどうか、思う存分探らさせて頂くとしましょう。……と、若干投げやりな気分で決心する私である。……投げやりな気分の理由?横の母が黒幕みたいなモノだからですね。

 

 心の中でため息を吐きつつ、蜘蛛子さんへの警戒度を下げる。

 そんなところまでビーストⅢ(カーマちゃん)みたいな間抜けさを発揮しないでもいいのに、みたいなところが大きい今回の判断だが……まぁ多分大丈夫だろう。

 

 ──なので、ここからはリムルさんに集中する。

 時間はあったはずなのに、タイミングはあったはずなのに。何故かこんな時期外れになってから声を掛けた来た彼。

 蜘蛛子さんに煽動されてそれに乗っかった、というだけの可能性もあるが……だからこそ、変に気を抜くことはしない。

 

 わざわざついて来たがったキリアのこともある、用心し過ぎても問題はないだろう。杞憂に過ぎなかったとしても、支払うのは自身の徒労感だけ、なのだから。

 

 ──そう、これから始まるのは頭脳戦。

 腹のうちを明かさぬモノ同士の、高度でハイレベルな探りあい。

 ──キリアちゃんは喋らせたい~チート同士の頭脳戦~、開幕である!*8

 

 

(……タイトルからしてフラグしか見えないわねー)

 

 

 そんな風に決心する私の横で、キリアだけがしらーっとした視線を向けていることに、だーれも気付いていないのだった……。

 

 

*1
『ゲゲゲの鬼太郎』より、目玉おやじをモチーフにしたもの。睫毛とか付いてる。なお、別に聖女キリアが隻眼になっている、というわけではない。ついでに言うなら、目玉のおやじも鬼太郎の目、というわけではない。それから、『母ですが、なにか?』は勿論『蜘蛛ですが、なにか?』のオマージュ

*2
他者に無理矢理【継ぎ接ぎ】をけしかけるモノをちょっと『』(カッコ)よさげに言ったもの。相手との相性を無視して【継ぎ接ぎ】を発生させられている辺りはビーストの面目躍如、と言ったところか

*3
『魔法陣グルグル』より、コパール王国の大臣の特徴。魔物に取り憑かれていた彼は、目を開けたまま眠る・くしゃみや大笑いのあとなど、注意力が散漫になったタイミングで語尾に『まもの』と付く……などの変な癖から、姫にその素性を怪しまれていた

*4
創作界隈でも有数の意味不明語尾、『遊☆戯☆王GX』ティラノ剣山の『ザウルス』のこと。他にも『~だドン』など、恐竜っぽい感じの語尾を多用する……が、遊戯王世界においてその程度の語尾では地味すぎるくらいだZE☆もっと腕にシルバー巻くとかSA!……みたいな感じで、存在感はそこまで強いわけではない。空気(三沢)に比べればマシだろうが……

*5
『蜘蛛ですが、なにか?』より、『(蜘蛛子)』がスキル『並列思考』にて作り上げた別人格、『体担当』および『魔法担当1号』『魔法担当2号』達のこと。因みに本体は『情報担当』。スピンオフ『蜘蛛ですが、なにか?蜘蛛子四姉妹の日常』では皆実体化して適当に過ごしている……。逆に言うと、みんなギャグ担当みたいなもの()

*6
基本的に、ほとんどの蜂は梅雨を過ぎた辺りから狂暴性が増し始め、秋頃にそのピークを迎える。その為、駆除をするのであれば巣が大きくなる前……梅雨に入る前がベスト、ということになる。なお、梅雨明けすぐに駆除をする……というのはあまりベストではない。梅雨の間に蛹が羽化して、成虫になって巣に待機している可能性がそれなりにあるから、である。なので、もし個人で駆除するのであれば、梅雨の最中に行うのが最後のチャンス、ということになる(虫は雨が降っていると動きが悪くなるので)。とは言っても、ある程度大きくなっているだとか、巣が雨の当たらない軒先にあるだとかの場合は、素直に業者に頼んだ方が良いのだが

*7
初期の方の描写から。種族的なあれなのか、蜂型のモンスターに後ろを取られる、ということが頻発した。別に勝てないわけでもないし、食べないわけでもない。なんかやけにバックアタックを受けることがあった、というだけの話である

*8
無論『かぐや様は告らせたい~天才達の恋愛頭脳戦~』からのオマージュ



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幕間・駆け引きは、同じレベルの者同士でしか成立しない

 ここに集いしモノ達は、皆音に聞こえしチート達。

 それらが互いに干戈を交え*1、覇を競いあうのであるからして、その見ごたえは如何ほどのものか。

 

 さあ、者共よ。いざ集いて勝鬨をあげよ。

 凱旋の歌を歌い、勝者を讃える準備をせよ。

 

 ──チート達の頭脳戦、開幕である!あるある……(エコー)

 

 

(……なんと欺瞞に満ちたタイトルコール。おおブッダよ、眠っているのですか?)*2

「……どうしましたか母様?どうにも心ここにあらず、と言った感じですが」

<デ

「???……まぁ、問題がないのであれば、私としては別に構いませんが」

 

 

 どこかここではない場所を見つめるような態度を見せる目玉な母は、こちらの言葉にどこか含みのあるような様子を見せつつ、それでもなお特になにかを言うことはなかった。

 ……そこはかとなく不穏ではあるが、なんでもないと言われてしまえばこちらに追及の余地はなく。

 仕方がないので、模擬戦を行っている二人の方に視線を戻す。

 

 蜘蛛子さんの方が実際にはどうなのか、というのはわからないが。

 少なくとも、リムルさんの方がRPGで言うところのレベル1状態、というのは間違いがないはず。また、彼等の使える技のうち『捕食』は自動的な縛り技になってしまっているため……。

 

 

「あっ、ずるいぞ蜘蛛子!『ひっかく』は反則だって!」

「ふははー、なんとでも言うがいいー。……っていうかそっちだってスライムだから『ちいさくなる』とか使ってるじゃん!初期戦闘から回避技積むのは卑怯じゃないんですかー!?」

「そうでもしないと勝てないだろー!?」

「そりゃそうだー!」

 

「ええ……」(困惑)

 

 

 ……うん、なんと言えばいいのか。

 ゲームの方のポケモンの最初の方。

 博士から貰ったばかりのポケモンで、ライバルとバトルを行う時と同じような感じ……とでも言えばいいのか。

 お互いに使える技は『たいあたり』とか、その辺りの低級技のみ。それゆえに、絵面としては凄まじく地味な戦いが繰り広げられている……といった状況になっていた。

 ……のだが、その状況の膠着にいい加減焦れて来たのか、互いに『たいあたり』以外の技も持ち出し始めたのが今の状況……というわけなのである。

 

 いやまぁ、蜘蛛子さん側は自身の腕を使っての『ひっかく』を使い始めた、というだけだし。

 リムルさんの方も、『ちいさくなる』を使って回避率を高め始めた、という見た目の地味さには然程の変化のない、些細な戦法変化だったんだけどね?

 

 というか、互いに『きりさく』『いあいぎり』、『とける』『たくわえる』『はきだす』とか使わない辺り、加減とかもしているのだろうし。*3

 とはいえそれはそれで、問題というか疑問点というかがあるわけでですね?

 

 

「……もう見た目的に完っ全にポケモンバトルじゃないですか。こんなのイトマルとメタモンのバトルでしかないじゃないですか、もう」*4

「……メタモンは『へんしん』しかできないでしょうに」

「いやまぁ、それはそうなんですg()母様が普通に喋った!?」

「いや、別にそこは驚かなくていいから」

 

 

 なんで尋常にポケモンバトルしてるんだこいつら、感がツッコミ所として噴出しているわけでですね?……いやほんとに。

 メタモンは『へんしん』しか使えないだろ、というツッコミがキリアから飛んできたけど、それを踏まえてすらやっぱりポケモンバトルに見えるというか。

 

 使う技もポケモン的なものばかり。『捕食』が使えないとはいえ、こんなに空気感が片寄るものなのかと、ちょっと首を捻ってしまう私なのでございます。

 

 

「……彼等はいわゆる『なろう系』なのでしょう?その一番の特徴と言えば、属する作品が設定部分をテンプレート化するという形で共有することにより、読者への煩雑な世界説明を省くこと。……今回で言うのであれば、戦闘のテンプレートを『ポケモンバトル』を使うことで簡略化し、周囲にわかりやすくしているというだけのことでしょう」

「は、はぁ、なるほど?……ええと、つまりはこういうことですか?本来、幾らテンプレートに従うとはいえ、個々の個性を見せるのはどんな作品でも常識のこと。ゆえに、同じ『なろう系』のミラさんやアインズさんは、自身の世界法則に添った技能を使えているのに、彼等がそれを行えない理由とは──それは、今の彼等が凡百の作品に堕ちている……即ちレベル(再現度)が足りていないから、だということですか?」

 

 

 そうして不思議そうにしていた私に、キリアが告げたこと。

 それは、『なろう系』におけるテンプレート化とは、作品の取っ付き易さに関与するモノであるということ。

 だが同時に、取っ付き易さとは()()()()()()()()()()()()()。『なろう系』の中でも人気作とされる彼等の出身作は、ステータス表記などのテンプレートを利用していたものの、そこから独自性を見せていった作品達でもある。

 

 そんな彼等が、今は『ポケモンバトル』というテンプレートに頼っている……それが意味することとは即ち、彼等が彼等の世界の法則を発揮できていない、ということに他ならないのだということだった。……端的に言えば最後の言葉通り、再現度(レベル)が足りない、である。

 レベル(再現度)が足りているミラちゃんやアインズさんが、自身の能力を存分に発揮している辺り……『捕食』関連が使えないとはいえ、その身体的特性のみを生かした行動しかできていない彼等が、レベル足らずなのは自明の理というわけだ。

 

 ……いやまぁ、彼等のレベルアップ手段である『捕食』が使えない・使いにくい現状、レベルが高いはずもないというのは最初からわかっていたのだが。

 それでもまぁ、ここまで『そのキャラであること』に疑問が付くような状態だとは思わなかったというか。……蜘蛛子さんの方は、半ばわざとそうしているような気も()()()()のだが。

 

 彼女は恐らく、『陽蜂』によって眷属(けんぞくぅ)にされたモノの生き残りである……というのが、現状の私の予測である。

 それが正しい場合、その中身には生身の人が──なりきりとは関係のない一般人が含まれている、ということになるはずだ。

 これがなにを意味するのかと言えば──あの時出会った『鹿目まどか』や『沖田総司』がそうであったように、彼女もまた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ。

 全体的な構成こそ『人の上に創作物がペーストされている』ということで、一般的な『逆憑依』と同一に見えるが。その本質は『【顕象】の中に人が呑まれている』という方が正しい。

 

 本来であれば無秩序に自己の拡大・成長・進化を求める【顕象】に、その存在の楔を与えることで制御する……という、ビーストⅢi/Lの卑劣な術(要するに穢土転生みたいなもの)なわけだが……。*5

 それを是とする時、ここにいる彼女はわざと実力を低く見せかけている、ということになるはずなのである。……はずなのである。

 

 ……なんで二回言ったのかは、皆さんお気付きの通り。

 彼女がビーストⅢi/Lの眷属であるとするのなら、レベルの制約はあってないようなもの。

 にも関わらず、彼女は聖女キリアをあてにするような行動を行っていたのである。わざわざ語尾までご丁寧に変えて、だ。

 どういうこっちゃ、と私が警戒する理由もわかって貰えるはずだ。

 

 更に、この模擬戦にはリムルさんの実力を測るついでに、蜘蛛子さんの隠している実力を見抜くためのモノという意味合いも含まれていた。

 ……そうして見抜いた彼女の実力は、なんと()()()()()()()()()()。……要するにクソザコナメクジだったのである、嘘偽りなく、能ある鷹とかでもなく。*6

 

 これには聖女キリアちゃんも困惑顔、「ん!?まちがったかな……」と首を捻る始末。

 

 いやだって、ねぇ?

 最初からその気配はあったとはいえ、まさか本当によわよわ蜘蛛子さんだとは思わないじゃん……?

 こうなるとなにか私には窺い知れないような変な理由で、彼女がこちらの協力を求めていたのだ……という風に解釈する他ないと言うか。

 

 ……まぁ、蜘蛛子ちゃんの正体については、一先ず横に置いておくとして。今度はリムルさんの方である。

 

 こっちに関しては当初の事前申告通り、ほぼほぼドラクエの序盤敵のスライムと大差のない戦闘力……といった印象。

 一応、その体を生かして相手を窒息させるとか、鎧の間に入り込んで相手を溶かすとか。そういう『強敵としてのスライム』の動きはできなくもなさそうではある。……できなくもなさそうと言うように、その選択肢を彼が選べるかと言えば、思わず脳裏に疑問符を浮かべてしまうわけだが。

 

 体質変化がスキル判定されるのであれば、例えば毒の体になるだとか、体の一部を硬化させ細く鋭くして針になる……だとか、そういう攻撃方法は今の彼には行えない手段だろうし。

 さっきの戦闘でも初期技に『ちいさくなる』を使っていたように、どうにも『攻撃すること』それ自体に忌避感が見えるような気がする……というか。

 確かに『たいあたり』はしていたけれど……あの速度なら避けることは難しくはない。それは逆に言えば、()()()()()()()()()()()()という風に見ることもできるわけで……。

 

 あそこで『たくわえる』からの『はきだす』くらいしていれば、『捕食』でのレベルアップを嫌っているくらいの印象で済んだのだが。

 スライムとしての基本技能、『体内になにかを取り込む』すら攻撃に活かさなかったその姿には、色々と思うところを抱えてしまう私なのであった。

 

 

「……おーい、もう模擬戦はいいのかー?」

「ああはい、模擬戦はその程度で大丈夫です。……気になることができましたので、続けてその確認のための訓練も行いましょうか」

「?なんだかよくわからないけど、はーい」

 

 

 突然黙り込んで考え事を始めた私に、二人が近寄ってくる。

 そんな二人に次の訓練について声を掛けながら、私は今回の案件が一筋縄ではいかないことを、改めて認識し直すのであった。

 

 ……ところで蜘蛛子さんや。最早その返事というか空気感は、蜘蛛子さんのものではないと思うんですよ、私。

 

 

*1
それぞれ(たて)(ほこ)のことを指し、そこから武器全般を指す。それらをぶつけ合う(交わす)ということで、『交戦する』という意味となる

*2
『欺瞞に満ちた』とは、嘘や騙しあいといったモノが溢れていることを指す言葉。『欺瞞』が騙す・欺くという意味なので、それが周囲に満ちている状態。『おおブッダよ、眠っているのですか?』は、いわゆる忍殺語。正確には『ブッダよ、あなたは今も寝ているのですか!』。涅槃像と呼ばれる仏陀が入滅する(死んだ)際の姿が、横たわっている姿である為、それを『寝ている』と解釈したもの。雑に言えば『なんてことだ(OH MY GOD)』と同一の言葉。理不尽なことが起きた際に叫ぶモノである

*3
全てポケモンの技。『たいあたり』は基本的な技であり、特定の世代までは威力が低く・命中が100ではなかったりする。その為、それらの世代では威力が少し高く・命中も100の『ひっかく』の方が強かったりする。『ちいさくなる』は変化技の一つ。特定の世代までは『かげぶんしん』と同じ効果だが、最近の世代では回避率が二段階上がる技となっている。物理的に小さくなっているからか、ダメージが倍になる特攻技が存在する(『ふみつけ』など。特定の世代からは必ず命中するようになっている)。『きりさく』は『ひっかく』の上位技。急所に当たりやすく、初代では特に猛威を奮った。『いあいぎり』は秘伝技で、フィールドの木や草むらを斬るのに使われる。なお、戦闘では命中が100じゃない・『きりさく』よりも威力が低いなどの理由から、基本的に使われることのない不遇な技だったりもする。『サン・ムーン(第七世代)』以降からは秘伝技が消滅した為、この技も消えてしまった。『とける』は変化系の技。文字通り『溶ける』技だが、上がる能力は防御。しかもぐーんと(二段階)上がる。『たくわえる』『はきだす』は関係性のある技、もう一つ『のみこむ』が存在する。『たくわえる』そのものは防御・特防を一段階上げる技で、最大三回蓄えられる。『はきだす』は蓄えたモノを文字通り吐き出す技で、『のみこむ』は蓄えたモノを文字通り飲み込む技。それぞれ攻撃・回復技で、蓄えている数によって効果が上昇する

*4
それぞれポケモンの一種。『イトマル』はいとはきポケモンと呼ばれる種類で、見たまま蜘蛛系のポケモン。ポケモンには他にも蜘蛛系の種類がそれなりに存在するが、一番スタンダードな姿の蜘蛛タイプのポケモンはイトマルだろう。『メタモン』は名前の由来が『変身(メタモルフォーゼ)』であることからわかる通り、相手に変身するタイプのポケモンで、寧ろ『へんしん』しかできない。見た目はピンク色のスライム、といった感じ。なおちょっとした豆知識として、色違いのメタモンが変身しても、変身したポケモンの色違いになるわけではないというものがある

*5
『NARUTO』における卑劣な術、『口寄せ・穢土転生』のこと。なお『卑劣な術』という呼び方は、作中で二代目土影・(ムウ)が発したもの。死者を浄土(あの世)から穢土(この世)に呼び出す術であり、術者が死者を縛るという形で操作することができる。言ってしまえばゾンビやキョンシーなどと同じ。なお、作中では呼び出された側が強すぎるなどの理由で酷いことになる、というリスクがあったが……それは、本来の使用法からしてみれば穴の有りすぎるモノなのだった……。生者に別の誰かを無理矢理憑依させる、という形式である為似ていると言えなくもないだろう

*6
『能ある鷹は爪を隠す』。優れた能力を持つ人は、それをひけらかしたりしないという意味の言葉。……なのだが、行き過ぎるといわゆる『もう遅い』(実は凄い)系になるという危険性がある。あくまでひけらかしたりしないのであり、必要な時はキチンと使うことでそれらの非難は回避できるだろう



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幕間・その感謝は音を置き去りにした

 二人の疑問点・問題点になんとなく気が付き始めた私。

 その点をより明らかするため、それなりの数の訓練やら鍛練やらを彼等に施した私はというと。

 

 

(……ああうん、最初の気付きで間違いなかったみたいですね)

 

 

 と一人、内心でそう頷いていたのだった。

 というのも、リムルさんについては攻撃への忌避──もっと言えば、()()()()()()()()()のようなものを感じ取ったし。

 蜘蛛子さんについては、少なくとも()()姿()()()実力は見たまんま、ということを確認しきれたのである。

 

 順を追って説明しよう。

 

 先ずはリムルさんの方の、攻撃の忌避──および、そこから推測される成長への恐れ、という見解。

 今回の訓練などのあれこれは、彼等が成長するためのモノだ……という前置きに関しては、少しばかり忘れて貰うとして。

 訓練内においてリムルさんの動きが良かったのは、主に防御・回避面に関して。反対に攻撃に関することに関しては、露骨なまでにダメダメなのであった。

 

 これだけなら、単に攻撃が苦手だと言うことにしか聞こえないが……それらを点数で表した時、()()()()()()()()()()()()()と聞けば、なんとなくおかしいということがわかるのではないだろうか?

 防御や回避で見せた動きから、彼の現在のレベルを予想した時、それに比べるとあまりにもお粗末な動きだった……という風に言い換えてもいい。

 

 つまり、攻撃の時だけ意図的に・もしくは無意識に加減・ないし動きが緩慢になってしまっていたのである。

 そこまで露骨な差が出ているのだから、『攻撃はしたくない』と考えていると見てもそう間違いではない……とは思わないだろうか?

 

 これに関しては『捕食』を嫌っていることから、その要因をなんとなく読み取ることができる。……端的に言えば、()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 リムル=テンペストとは、スライム型の魔物である。……ではあるが、彼の最終到達点とはそこではない。

 これに関しては、現在彼の相方ポジションに収まっている蜘蛛子さんについても言えることだが──彼等の最終的な到達点は『神』である。*1それも形而上的*2それ()ではなく、実体を持つ存在としてのそれ()、だ。

 

 この辺りもまぁ、なろう系ではよくある話ではある。

 強さを追い求め、何者にも侵害されぬ場所を求めていくに従い、人が辿り着く答えなどそう大差ない……ということなのか。

 それなりに連載が続くなろう系において、主人公が神に等しい・ないし神を越える存在となるということは、そう珍しい話でもない。

 

 彼等二人以外にも、例えばハジメ君は肩書きこそ魔王だが、その実『神』を倒しているため先の例に当てはまるし。

 アインズさんに関しても、彼の前の【プレイヤー】が神として崇められているのを見るに、その到達点の一つとして『神』がある……というのはそう見当違いの話でもあるまい。

 

 これは、『神』を語る時に形而上のそれと形而下*3のそれをごっちゃにして語っているから、という理由もあるのだが……まぁ、それは置いておいて。

 この『成長の結果として神になる』というパターン自体は、なにもなろう系だけの特徴と言うわけではない。『まどか☆マギカ』がわかりやすいように、『人の想像できる最大存在』としての神は、至るところにて頻出するモチーフでもある。

 

 ──だが、だからといってそれらが身近な存在であるかと言われれば、それはノーだと言えるだろう。*4

 

 神とは、人とは違う視点を持つ存在である。

 とある書物によれば、悪魔の奪った命よりも神の奪った命の方が多い……なんてことも言われてしまうような存在だ。

 それが何故かと言われれば──彼等のそれは、正しさの上に成り立つモノだから。彼等は人の視点よりも大きな視点で世界を見て、より良い場所を選べる存在だからだ。

 

 例え無意味な虐殺に見えても、それが数年・数十年・数百年数千年……いつかどこかで実を結ぶのであれば、容易く選ぶことのできる存在──それが、彼等『神』と呼ばれる存在である。

 いわば正しさの化身。彼等の為すことは必ず正義となり、誰もが頭を垂れることになるのである。*5

 

 ──というのはまぁ、想像上・物語の中の彼等のお話。

 彼等の『正しさ』を担保するのは、その実作者──より高次の『神』と呼ぶべきモノであり、実際は彼等が『ただそこにあるだけで正しい』ことを示しているわけではない。

 これは現実の宗教でも変わらない。ただその場合は、正しさを担保するのが作者ではなく読者──信者達に変わるというだけのこと。

 

 ……まぁ、その辺りは詳しく語って蛇を出す*6のもあれなので、それなりにして切り上げるけども。

 ともあれ、物語の中の『神』の正しさを証明してくれるのは、結局のところそれを描く『作者』である……ということに関してはそう間違いではない。

 

 では、それを踏まえた上で。──現実に現れた創作の神。

 そんな彼等の()()()()()()()()()()()()()()?ということについて問い掛けたいと思う。

 

 作者がそれを証明する、とは言い辛いだろう。

 そも、現実に現れたのであれば、作者と創作の神は立ち位置が同じ……立っている次元が同じモノになってしまっている。

 被造神の正しさとは、即ち(作者)──目上のモノから与えられた勲章のようなもの。互いに同じ立場の相手が勲章を贈りあっても、それは友愛の証にこそなれ正しさの証明にはなり得まい。

 

 ならば、神である自分自身がそれを証明する、という形にするしかないのだが……それも不可能だと言わざるを得まい。

 現実において、()()()()()()()()()()()()()()()などというモノはありえない。仮にそういうモノに見えたとしても、それはあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()だけのこと。万人全てに響く絶対の価値、というわけでは決してない。

 

 つまり、現代に実体を持って現れてしまった神と言うのは、極論を言ってしまえば『単に不思議な力を持っているだけの存在』でしかないのである。

 無論、その力を奮って周囲から畏敬を集める……ということはできるだろうが。

 

 ではこれが、リムルさん達になんの関係があるのかと言うと。

 単純に、原作で彼等のしてきたことが現代でも認められるか、という部分に繋がってくる。

 ここにいる二人は──理由こそあれど、原作において()()()()()()()()()()()。無論、それには前述した通りに様々な理由あってこそのものなわけだが──その理由による虐殺を、現代で同じように繰り返したとして。()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 

 自らの仲間を虐殺したのだから、こちらも虐殺し返してもいい。自身に命の危険を味合わせたのだから、こちらも同じようにしてもいい……。

 確かに、目には目を・歯には歯をの論理*7で言うのであれば、それらは仕方のないことだと言えるかもしれない。

 ──だがそれは物語の時とは違い、現実では手離しに称賛されるような類いのものでは決してない。*8

 

 生存競争に善悪はない。一方的に責められる謂れなどない。*9

 ゆえにこそ、その争いには必ず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 生きるためにそれをねじ伏せることは、決して悪ではない。

 だが、人としての感性は時に、その行為を悪だと感じてしまうものだ。──ゆえにこそ、誰かに責められる可能性というものは常に存在する。

 

 現代において、他者を害する難しさとはここにある。

 生きるために・死にたくないからと悪逆非道に手を染めること、それそのものに間違いがあるとは言い辛いだろう。

 どんなに綺麗事を言い募ろうと、そもそもに綺麗事を選べない・端から選択肢にない者だって存在するのだから。

 

 それでもなお、悪逆を犯した者は中傷を受ける。 

 それしか選べるモノが無かったから、弱いからそれしかできないのだ──なんてことを嘯いたノーブルレッドが、それを殊更に非難され続けていたように。*10

 同じように傷付け、相手を屠殺した者であれど──相手が悪人であれば、反対に称賛され受け入れられるように。

 けれどそれすら、時には非難を受けるように。

 

 ……まぁ、言ってしまえば好き嫌いの問題、という面もなくはないのだが、そこはともかくとして。

 

 ともあれ、理由があれど人を殺すのは良くない、というのは間違いではなく。

 同じように、理由があるのだからそうされる方が悪い、という考え方も決して間違いではない。

 それは、人が決して正解だけを選ぶ生き物ではないから起きる齟齬、みたいなものなわけなのだが……それらを踏まえて、改めてリムルさんの考えを読み解いてみよう。

 

 人間であるならば、人殺しを躊躇するというのは普通のこと。

 例え相手が憎い相手であれ、それが殺意にまで発展するかは場合による。

 だが、『捕食』という行為は──それを積極的に使うことを是とする場合、自らの身勝手な理由で相手を殺傷する手段となりうるモノである。

 そしてそれは彼の場合──()()()()()()()、その一点で許されかねないモノでもあると言える。

 

 いつかより多くを救うのだから、今の犠牲は多めに見ろ──。

 そんな傲慢にすら解釈できてしまうそれを、真っ当な感性を持つ人が受け入れられるだろうか?

 

 無論、それに生存競争が関わるのであれば、善悪に関わらず選ばなければならない……ということも起こりうるだろうが。

 今の彼は少なくとも、単に生きるだけならば他者を積極的に害する必要のない状態である。

 ならば、人としての良心に従って、それらを選ばない・選べないでいても、そうおかしな話ではないと言えるだろう。

 

 それらを総合するに──踏ん切りを付けたかったのかもしれないというのが、現時点での私が考える『彼が私に助けを求めた理由』なのであった。

 

 

「……その心は?」

「私は聖女です。それも魔王と対立しているという生粋の。……先の『正しさの担保』云々の話からしてみれば、これほど頼りになる相手もいないでしょう?」

「ああまぁ、確かにねぇ」

 

 

 二人には聞こえないように、ひそひそとキリアと話す私。

 

 今現在の私の肩書きは聖女。言うなれば()()()()()()()()()()()()だ。

 それに、先の黒子ちゃんの一件から、『捕食』以外の別の道を示してくれる可能性のある相手でもある。

 

 それらを総合すると、彼が求めていたのは自身の裁定。

 今の自分が、このままで居ていいのか。原作のようなモノ()にはなるべきではないのか。しかしてその道は本当に選べるのか。自身が転生者であるのならば、そもそもあの道(原作)しか選べないのではないのか……。

 

 そんな、様々な苦悩を告解しに来たというのが、今回彼の姿を見て私が至った彼の理由、というわけである。

 到達する最後の形が、神であるからこその悩み……ということになるか。

 

 

「ふーん。()()()()()だから、なんとも言えないけど……大変ね、こっちはこっちで」

「生真面目なのでしょうね。……いえまぁ、犠牲前提の成長とか、唐突に提示されれば戸惑うのも無理はないですが」

 

 

 特に、その犠牲が後から免除されると言われれば、尚更のこと。

 そんなことを嘯きながら、中々難しい案件だとため息を吐き出す私なのであった……。

 

 

*1
詳しくはそれぞれの原作を読んで貰うとして、彼等の成長先が神に類するモノである、ということに間違いはない。なろう系キャラ同士で戦力の過多を語り始めると、酷いことになる理由の一つ。……え?強さ議論で変なことになるのは別になろう系に限ったことじゃないだろうって?

*2
形のないもの、有形の世界の奥に有るとされる究極的なもののこと。言うなれば想像上の存在。実際に数値として測ることができないモノである以上、神という存在を置くにはとても丁度良い概念

*3
形のあるもの、感覚で理解できるもの。元々は『易経』内の『繋辞上伝』に記されている『形而上者謂之道(形より上なるもの、これを道といい) 形而下者謂之器(形より下なるもの、これを器という)』から生まれた言葉だとされる

*4
日本人的感覚としては『八百万の神』という形で身近に感じるもの、というツッコミはスルーして頂きたい

*5
これは逆に言えば、正しさを前提とすればどれほどの悪逆であれ、許されうる所業となるということでもある。先の『悪魔より神の方が~』云々も、ある意味ではこの論理に近い(今生の生死よりも、いつかの救われる日を重視しているとも言える)

*6
ことわざ『藪をつついて蛇を出す』より。余計なことをして恐ろしい目にあうことの例え

*7
バビロニアにおける『ハンムラビ法典』が由来とされる。……ことが多いが、『旧約聖書』において語られたモノが初、ともされる。やられたらやり返せ、という報復律として扱われることが多いが、本来は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味のモノだったとされる。『目を潰されたのであれば目だけを潰しなさい』『歯を折られたのならば歯を折るだけにしなさい』──復讐そのものを否定することはしないが、被害者感情に任せれば必ず必要以上の報復になることも確かなので、それを縛る……そういう意味合いもあるのだとか

*8
復讐譚はすっきりすると言うが、同時にそれがやり過ぎに思える域に至れば、困惑したり嫌ったりする人もいる。誰もが手離しに褒めることなんてありえない、という話

*9
生きることに善悪があるのであれば、悪であれば滅ぼしてもいい、なんて話になる。言うなれば存在罪の肯定のようなものなので、早々認めてはいけないことはわかるはずだ。善悪を誰が決めるのかという点もあわせて、酷いことになる可能性しか想像できないことは言うまでもない

*10
『戦姫絶唱シンフォギアXV』に登場するグループ。敵対者であり、戦力的な脅威度は今までの敵の中でも最弱。──望んでそこに堕ちた訳でもない彼女達は、だからこそ非道に手を染めることを厭わなかった。いわゆる『悲しい過去持ちの敵』。作中で起こしたことも含め、蛇蝎の如く嫌う人も多いが──『誰にだって手を伸ばす』立花響に対してぶつける敵キャラとしては、実はこれ以上ない相手だったりもする



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幕間・一寸の虫にも五分の魂と言いまして

 ……思いの外リムルさんに対する考察が長くなってしまったが、気を取り直してお次は蜘蛛子さんについての考察である。

 とは言っても、これに関しては前述していた通り()()()()()()()()ことがわかった、というだけの話でしかなかったりする。

 

 蜘蛛子さんの見た目と言うものは、子供よりも大きいサイズの蜘蛛*1……という、かなりインパクト溢れるモノとなっている。

 外骨格タイプの生き物が人間サイズになると、自重で潰れるのがオチ……みたいな話がある中で、現実でも実際に原作と同じ姿をしている辺り、それだけでわりと凄いことのはずなのだけれど……言ってしまえばそれだけ。

 雑に見繕うと多分……子供でも倒せてしまえると思われるのが、現在の蜘蛛子さんの実力なのである。

 

 と、言うのも。

 模擬戦を何度か繰り返して貰う内にわかったのだが、なんと攻撃力皆無・防御力皆無なのであるこの人。……いや流石に零ではないけども。

 それでも、生まれたての小鹿*2でもこんなに軟弱ではないぞ……と思ってしまうほどのその脆弱さは、寧ろなんで普通に立っていられるんだろう?と首を捻ってしまうレベルであることは確かなのであった。

 

 話を巻き戻す*3ようで悪いのだが……外骨格タイプの生き物というのは、内部に骨を持たない存在である。

 なにを当たり前のことを……と思うかも知れないが、これがとても重要なことなのだ。

 

 フィギュアを作る動画などにおいて、針金に粘土やパテを盛っていく……という姿を見たことはないだろうか?

 アレは成形のしやすさの面から使われている手法であり、極論今の粘土やパテならば、中に芯が無くてもフィギュアは作れるらしいのだが……昔の粘土は強度が足りておらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 わかりにくいのなら、子供の時の図画工作の時間に、粘土でなにかを作った時のことを思い出して貰いたい。

 一生懸命にかわいいウサギだったり、カッコいい恐竜だったりを作ったのにも関わらず、暫く時間が経つと重さに負けて手が折れたり、ずるずると背丈が縮んで行ったり……と言った経験をした人というのは、決して少なくないはずである。

 あれは粘土が、それらの形を保つための強度を持ち合わせていないがために起こる現象だが──外骨格の生き物が大きくなった時に起こることというのも、それによく似ているのだ。

 

 外骨格に対して肉が張り付いていないわけではないので、それらが内部構造を支えているというのは確かな話。

 だがしかし。徐々に体を大きくしていくと仮定して──中心部分の構造を支えるための力が、自重に負けないでいられるのはどれくらいの大きさになるのだろうか?

 極論を言えば先の粘土の例のように、特定の大きさになった時点で内部の肉が中で垂れていく……という、なんとも言えない状態に陥るのが関の山だと思われる。

 その状態で跳び跳ねでもしたら、内臓がどうなることか気が気ではないことだろう。

 

 まぁ実際には大昔、今とは比較にならない巨大なトンボが飛んでいた、とも言うし。

 外骨格が自重による制限を受けるのは、もっと大きくなってからの話であり。

 虫達が大きくならないのは、寧ろその体内の呼吸器官にこそ理由がある……などの話もあるが、今は関係ないので割愛。*4

 

 ともあれ、本来であれば蜘蛛子さんサイズの虫、というのは居たとしても古代・少なくとも現代において成立するようなモノではない……というのは確かな話。

 ゆえに、それらを可能にするだけのスペックを持ち合わせている、という風に考えるのが自然なわけなのである。

 具体的には、魔力による補強などを行っており、自重なんかには負けやしない……とかね?

 

 で、もしそれらの補強があるのであれば、『人間サイズの昆虫は恐ろしい力を発揮する』という説があるように、彼女も普通の人には早々負けないだけのスペックを、天然で持ち合わせていてもおかしくないわけなのですが。

 

 ……うん、さっきから何度も口に出しているように、そんなことは一切ない、というわけでございまして。

 

 

「見るがいい、この私のパゥワー!」

「……握力五キロ……!?」

「やらせといてなんですけど、それ握力でいいんです?」

(握力計を上から爪で押してる、ってことでいいのかしら、これ)

 

「この蜘蛛子さんの、華麗なる神速の動きを見るがいいッスー!」

「……二十秒……」

「小学生より遅いんですがそれは」

(五十メートル走でその記録は、中々出ないんじゃないかしら……)

 

「反復横飛びって、一体なんのためにあるんッスかね……」

「お、終わらない……っ」

「計測不能、っと。もう小学生以下、ってことでよいのでは?」

(うーん、キーアちゃんが匙を投げ始めちゃったわ……)

 

 

 ご覧の通り、計測記録の悉くが小学生の平均未満、という『なんやこのよわよわっぷり、レッサー(劣る/小さい)言うても限度があるやろ限度が』とぼやきたくなる結果を、私達に見せ付けて来たのでございました。

 ……うん、自然界じゃ絶対生きていけないですね、これは。

 

 

 

 

 

 

「なんだよぅなんだよぅ、みんなして蜘蛛子さんを寄って集って苛めて!訴えてやるぅ、厚生労働省とか内閣総理大臣とかに訴えてやるぅ!」

「ええと、蜘蛛子さんの意味不明な発言は、一先ず置いておくと致しまして……」

「まさかの堂々スルー宣言!?この人聖女かと思ったけど、凄女の方なんスかもしかして!?」

「……いいですか蜘蛛子さん。ちょっと黙っててください、じゃないと()()()()()()()()

「ヒエッ」

 

 

 みんなから(悪気はないとは言え)雑魚雑魚言われ続けたことに、拗ねたようにツーンとそっぽを向く蜘蛛子さん。

 ……なのだが、彼女が()()()()()()()()()なんとなく理解した私は、それを華麗にスルー。

 まともに取り合っていると話が進まないので、次の議題に進もうとしたのですが……。

 

 ……うん、なんとなく効くかなー、と思った()()()がしっかりと効力を発したことに内心苦笑いしつつ、改めてこれからの予定について話し始めるのだった。

 

 

「お二方の訓練を観察させて頂いたことにより、それぞれの課題も大まかに見えてきました。これからはそれに合わせたトレーニングを行う、という形に移って行きますが……なにか質問などはありますでしょうか?」

「じゃあ、はい」

「はいリムルさん。なんでしょう?」

「トレーニングって言うけど、具体的にはなにをしていくつもりなんだ?」

「そうですね……とりあえずリムルさんには『集気法』を覚えて貰うことから始めようかと」

「ほうほうなるほどなるほど、『集気法』を……って、ん?『集気法』?」

 

 

 まずはリムルさんについて。

 彼に関してはとりあえず『集気法』を覚えて貰うことから始めようと思う。……と告げると、彼は訝しげな顔……顔?でこちらを見つめていたのだった。

 

 

「どうされましたか、リムルさん?」

「ええと、『集気法』って、あの『集気法』?」

「はい、『ロマンシング・サガ』シリーズや『テイルズオブ』シリーズに登場する技。──大本を辿れば、中国における()()()()()()()()技術ですね」*5

「……あー、もしかしてミラか?」

「察しがいいですね、その通りです。私一人でお二人を相手する、というのはどうにも難しいことが今の訓練でわかりましたので、ミラさんにもお手伝い頂こうかと思うのです」

 

 

 集気法とは、読んで字の如く『気を集める』法のこと。

 ここでは先に示した二作におけるそれ──周囲の気を集め、それによって体力を回復する技術のことを指す。

 で、この『周囲から気を集め自身のモノとする』という技術、元を辿れば仙術──その前段階である内丹術に端を発する技術なのである。

 ……いやまぁ、正確には技の発想の元として仙人の扱う()()が使われている、と言うべきだろうが。

 

 少し前に『形而上』『形而下』の話をした時に、『道』という単語が登場したと思う。この『道』は『みち』とは読まず『タオ』と読み、道術などに繋がる概念のことを指す。

 そして、内丹術とは万物の構成要素である『気』を養うことで、心身を変容させ『(タオ)』との合一を目指す修行体系であり──その目指す先は正しく仙人、言ってしまえば『神』なのである。……まぁ、向こうの人に『仙人=神』なんて言ったら微妙な顔をされるかもしれないが。

 

 ともあれ、仙人も神も共に形而上の存在であることに代わりはなく。それでいて仙人側は、世俗の全てから解放されているとされる存在である。*6

 ──即ち、『他者を害する可能性』という世俗での悩みに捕らわれている今のリムルさんにとって、最終的な到達点が『神』であるリムルさんにとって、『仙人になるための修行』というのはとても都合のよいものなのである。

 ……まぁ、実際に仙人になれるかどうかは別の話なので、ここでは心身を鍛えるという面に着目するべきではあるが。

 

 で、生憎と聖女キリアちゃんは仙術の心得はないので、そこをカバーして貰うのにミラちゃんを呼ぼう、ということになるのであった。

 ……気を扱えるようになるということは、『捕食』のあり方を変えることにも繋がるわけなので、そこら辺も考えた人選なのです。

 

 

「な、なるほど……仙人、仙人かぁ……」

「中国系の作品が広く日本に入ってくるようになって、仙術も随分と身近になりましたからね。学ぼうと思えば意外と門戸は開かれていると思いますよ」

「なろう系とは実はそれなりに相性もいいしね」

「……ん、なにか言ったかキリア?」

「いいえなにも?リムルさんに関してはそのような感じなので、これからは別れての指導となりますが、大丈夫ですか?」

「ああうん、多分石の上に何年……みたいな鍛練から始めることなるんだろう?ちょっと気が重いけど、変に戦うよりかは気が楽だからまぁいいさ」

「そうですか。ではミラさんへの連絡は済ませてありますので、迎えに行って貰っても構いませんか?」

「え、いつの間に?……ってああ、念話とかそういうのか。……成長したら、そういうのも使えるんだなぁ」

 

 

 トレーニングが仙術関係のもの、と聞かされたリムルさんは、ふむりと考え込むような動きを見せる。……まぁ、仙人ってなんとなく凄い感じがする、というのはわからないでもない。

 ただまぁ、本場中国だとわりと扱いは雑……というか、下手するとこっちのなろう系みたいなもの……ということをキリアがボソッと呟いていたため、ごまかす羽目になったのは苦笑ポイントだろうか。*7

 

 ともあれ、ミラちゃんの出迎えと、そのまま次のトレーニングに移る形となったリムルさんを見送りつつ。

 

 

「──さて」

「ひえっ、見つかったッス!?」

 

 

 そろりそろりと、ここから逃げ出そうとしていた蜘蛛子さんに影縫いを仕掛けつつ、私は嫣然(にっこり)*8と笑みを向けるのだった……。

 

 

*1
B級ホラーなどで出てきそうなサイズ感。なお、昔の映画と比べれば、最近の映像技術は遥かに高度になっている為、普通に見れるモノがほとんど……だが、迫力だけでごまかしているモノも多かったりする

*2
本来は足が震えて上手く立てない状態を指す言葉。生まれたての小鹿や子馬は、自力で上手く立てないことから生まれたとされる

*3
巻いて戻す。元々は磁気テープ類に対して使われる言葉で、巻き取って元の状態に戻すことを指す。再生機器においては音や映像を『戻す』行為に繋がる為、そのまま『映像や音を戻す』ことを『巻き戻す』と言うようになった。今は巻いて戻すモノがない為、若い人には通じず『早戻し』という表現が用いられている

*4
現在の地球において、昆虫が大きくならない理由として語られるモノの一つに『酸素濃度』が存在する。昆虫の呼吸は人や動物のそれとは違い、『気管』によって酸素と二酸化炭素を直接交換する、という方式を取っている。この方式は体が小さい内はいいのだが、体が大きくなると()()()()()()()()為、酸素濃度の高かった昔ならいざ知らず、現在の酸素濃度では足りない……という説が存在している。……なお、これも微妙に反論や異説が存在し、『昆虫は酸素濃度が高い状態で体が小さいと、幼虫の時に水棲である昆虫達はそのままだと酸素に殺されてしまうので、必然的に大きくなった』(例として挙げられているトンボは幼虫の時水棲生物である)、『酸素濃度が下がった結果、巨大な昆虫達は空を飛ぶ鳥やその祖先達に狩られるようになってしまった』(動きが緩慢になっている&大きくて捕まえやすく、優先的に狩られた)などが存在する

*5
回復技の一つ。大体大気の中に漂う気を吸収して体力を回復する、というような説明文が添えられている。気で回復する、という考え方自体が東洋のものなのは間違いあるまい

*6
悪く言うと世捨て人だが、その実『宿命や運命などの世界の流れからも解き放たれた存在』というのが、仙人達なのだそうだ。食事を必要としない・寿命がないなどの特性も、元を正せば『俗世のあらゆるモノから解放されている』ことを示すモノ、なのである

*7
中国で『俺TUEE』系が流行る理由。『自分勝手に生きる』ことは見方を変えれば『世俗に縛られず、自由に生きている』こととも言える為、中国の仙人思想的には理解しやすいモノなのである。日本人的には『世俗に縛られない(関わる気がない)んなら、大人しく隠居してろ』みたいな感覚も沸いてくる為、今一理解しにくいらしいが

*8
『えんぜん』とも。にっこりと艶やかに笑う様子。その為読み方に『にっこり』が存在する



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幕間・お前の中にお前を見たぞ

「ひえーっ!私を一体どうするつもりッスか!?別に食べても美味しくないッスよー!なんてったって私、凄まじく苦いッスからね!」*1

「いや食べませんよ。っていうかそちらの感性でこちらを測らないでくださいよ……そもそも私、聖女なんですよ?」

「あ、そうだったこの人聖女だった」

「……もうやだこの人……」

 

 

 徐々に徐々に、化けの皮*2が剥がれてきたのだと思われる蜘蛛子さん。そんな彼女の今の喋り方はとあるキャラ──()()()()()()()()()()*3

 ……まぁ、陰キャを標榜していた蜘蛛子さんなので、その喋り方自体は問題ではないかもしれない。*4

 だが、彼女の抱える()()を思えば──それは問題以外の、何物でもないのかもしれない。

 

 

「……蜘蛛子さんと言えば、先のリムルさんと同じく最終的な到達点は神。……とはいえ、そのランクだけで言うのであれば、恐らくは蜘蛛子さんの方が下、というのは間違いないはず。なにせ、彼の最終地点はそちらの世界で言うところの『D』達と同じ。──作中においては神としては新参者であった蜘蛛子さんが、彼と同格であると言い張るには少しばかり無理がある……と言えなくもないでしょう」

「お、おう?なんで唐突に私の話を?……それとその、口調というか声音というかが、随分とお変わりになっているのではありませんこと?」

 

 

 ため息を吐きながら語るのは、彼女についてのこと。

 

 傲慢な部分も多く、ともすれば犠牲も厭わぬ面も多いゆえに根っからの善人、とは言えないものの──人に関わってくる異形としてはまだマシな方、という面もなくはない彼女。*5

 とはいえ異形は異形、人の命を奪うことに忌避のない彼女が、なにかを踏み間違えれば災厄と化していた可能性──というのは、彼女の眷属達が起こした事件を見れば、なんとなく察することはできるはずだ。*6

 

 ……まぁ本人が()()()()って言っていた通り、その可能性は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あり得ないことでもあるわけなのだが。……こういうキャラに共通する『自分の自由意思に干渉する相手に容赦しない』性質も持ち合わせていることだし。

 

 ともあれ、弱い存在から神にまで成り上がる──初期状態の弱さに意味のあるタイプとしての彼女は。

 確かに、誰かに負けたあとの再興を目指すための()としては、最良のモノだと言える存在だろう。

 ──再誕のその直前に見たものが、彼女(キリア)ではなかったのならの話だが。

 

 

「……えと、なんの話……」

「敗北した相手に次は勝つ……そう願って次の機会を待つ。それはまぁ、間違いではない話だけど──でも、それは()()()()()()()()()()、の話。複数の概念(同一の『声』の眷属)を含む存在であったビーストⅢi/Lは、それゆえに対処の手段も多く取れる。だから、負けた相手──大魔王(キリア)に対しての有効なモノを生み出そうとした」

「…………」

 

 

 彼女(ビーストⅢi/L)が負けた相手は、とてもおかしな存在であった。

 

 本来であれば自身に勝った相手に対して、()()()()()()()()()()()()()『再誕』の権能とでも呼ぶべきそれ。

 それを発動した相手は──彼女(ビーストⅢi/L)の常識からは外れた存在であった。

 彼女(キリア)の『虚無』とは、数多を纏めあげたがゆえに()に至ったモノである。……それは彼女(キリア)の本質を語るものではなく、それゆえに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女(蜘蛛子さん)は、

 

 

「生まれるモノの原型として、弱きモノを。弱いだけでは足りないから、そこから強くなるモノを。それゆえに形は蜘蛛子さんのそれを。更には参考にした大魔王(キリア)を元に、自身の因子を可能な限り放り込んだ(数多を纏めあげるモノを作ろうとした)結果──生まれたのは本来の長所が全て潰しあった存在。()()()()()()()()()()からこそ、それは成功だったけど。……それの運用方法を知らない以上、成功はしたけど失敗作であるとしか言い様がなく。()()()()()()()()()()()()自我……ただの人であるそれ・ジナコ=カリギリの自我に従って動き始めたのだった。……まぁ、おおよそそんなところなんじゃないですか?」

「……いやどんだけー。今までのあれこれでそこまで理解したんスか、聖女ってみんな看破持ちなんスか?」

 

 

 詰め込まれた数多の能力(キャラクター達)が対消滅を起こしまくり、結果として器と、消えなかった自我だけが残った存在……蜘蛛子(クモコ)=カリギリとして新生したのである。まさかの クモコが 本名。

 ジナコと蜘蛛子で韻でも踏んだのかという話だが、ある意味ではそれは偶然の結果。()()()()()()()()()()()()()、という自己矛盾によりビーストとしての自覚すら喪失!……したかどうかはともかく。

 

 ともあれ、元の彼女(陽蜂)からは比べ物にならないくらいに弱体化した存在。それが、今のクモコさんなのであった。

 

 そんな推論を述べたところ、彼女から返ってきたのは称賛を交えた拍手。マジかよーみたいな表情付きなので、素直に驚いているらしい。

 ……が、すまないなクモコさん。

 私は今から、君にとてもかわいそうになることをしなければならないんだ(棒)。

 

 

「……え、なんスかいきなり。そこはかとなく不安なんスけど……」

「……聖女キリアとは世を忍ぶ仮の姿。しかしてその本性は、即ち魔王・キーアなりて」

「え゛」

「更に更に、ここに御座(おわ)すは我が母君。なれどその本質、それだけに止まらず」

「え゛ちょストップ、ストッププリーズキリアさん!なんか知らないけど悪寒が!魂に刻まれたトラウマが警鐘を鳴らしてるッス!?」

 

 

 明かすのは私──キリア(聖女)キーア(魔王)は別たれた別人格ではなく、真に同一である存在であるということ。

 彼女の目の前で変身して見せることでそれを証明した私は、その流れのまま、メインディッシュを彼女の前に用意して見せる。

 

 肩に乗っていた目玉の母さん──キリアはすくっ、と立ち上がるとババッ、と飛び上がり。

 私が光に包まれ、代わりに妖精サイズに縮むと同時。その少女は、大地をその両足でしっかりと踏みしめる。

 

 

「そう、ここに御座すは大魔王・キリアなれば!再び見えしこの奇縁、なんと言祝いで見せようか!」

「じゃーん。……来ちゃった♡」

「にぎゃぁぁああああでたぁぁぁぁぁぁあぁあっ!!!?」

 

 

 ──突然現れた魂からのトラウマ対象に、クモコさんは穴という穴から液体を垂れ流しながら泣き叫ぶのだった。

 なお、影縫いはまだ続いているので逃げられません。酷いな誰がこんなことを(棒)。

 

 

 

 

 

 

「はひゅっ、はひゅっ……」

「はいはーい、深呼吸してー、吸ってー、吐いてー」

「……し、死ぬかと思ったッス……」

 

 

 感動の再会(笑)より数分後。

 姿は蜘蛛のままだが、先ほどよりも自然な立ち姿となったクモコさんは、もはや最後の体裁すら投げ捨てて『殺さないでくださいぃぃぃぃ!!?』と猛虎落地勢(もうこらくちせい)、ないし平身低頭覇(へいしんていとうは)を繰り出していたのだった。……え、世代がバレる?クモコさんが自分で言ってたんで私の台詞じゃないんだよなぁ……。*7

 

 まぁともかく、単に(色んな意味で)感動のご対面をやりたかっただけなので、特にこちらに敵対の意思はないですよ、と伝えたところ。

 暫くの間過呼吸を繰り返していたクモコさんは、ようやく人心地付いた様子で一息吐いていたのでありました。

 

 

「いやもう、ホントにここで終わりかと……()()()()()()()()()()んでアレッスけど、マジで背筋から凍る思いだったんッスからね……?」

「ああはい、ごめんなさいです。ちょっとからかってみたくなったと言いますか?」

「なんで疑問系……?この人聖女でも魔王でもなく小悪魔系だったんスか……?」

「いえ、何故かはわかりませんが、クモコさん相手だと虐めたくなると言いますか」

「まさかの私に対してだけのドS!?」

 

 

 なお、どことなく彼女()遊んでいる節があるのは、彼女の声が弄りたくなるタイプのモノであるがゆえ。これで酒呑とか伊吹系の声だったのなら、ここまでからかおうとは思わなかっただろう……とは一応言い置いておくとする。

 

 閑話休題。

 落ち着いた彼女に改めて問い掛けたところ、やはり彼女はビーストⅢi/Lの残滓とでも呼ぶべき存在であった。まぁ、本人にはあまりその辺りの記憶は残っていないそうだが。

 

 

「んー、多分その辺りはアレッスね。『蜘蛛子』っていう素体を選んだのが結果として良くなかったんじゃないかと」

「あー……そもそも蜘蛛子さんってば()()()()()()

「そッスね。そもそもの『蜘蛛子』自体の出生がアレなんで、本体への反逆?みたいなのは既定路線と言うか」

 

 

 その辺りの理由は、彼女が語る通りの理由・そもそも上位者の思惑から外れやすい存在であることと……。

 

 

「それとまぁ、模倣としての数値に大魔王(キリア)を選んだこと、だよね。だって『蜘蛛子』と『星の欠片(私達)』、正反対だから相性悪すぎるんだもの」

「はぁ、正反対?……ええと、本体の記憶がないんで変なこと聞くかも知れないッスけど、それってどういう……?」

「どうもこうも、『蜘蛛子』って()()()()()()()()()()()()存在でしょ、端的に言うと。──私達はその反対、強さなんて目指してないもの」

「はぁ?」

 

 

 生き物として、真っ当に天辺を目指した彼女のあり方では、私達のような最弱──底の底を目指したモノとはあり方が正反対だから、というところが大きいだろう。

 改めて説明することでもないので、こちらでは省略するが……詳細を聞かされたクモコさんは、そこから暫しこちらにドン引きした視線を向け続けて来るのだった。

 

 

「いやいや、意味わかんないッス。ジナコ分が多いのもあって、記録としてどこぞの聖女(ルーラー)さん達の記憶とかもあるッスけど……大差ないじゃないッスか、その目標」

「流石にフランスの聖女辺りと比較されるのは、ちょっとどうかと思うな私……」

 

 

 なお、そんな会話を聞いていた(キリア)はと言うと、楽しげに頭……目玉?を上下させていたのだった。……笑ってるけど、一番言われてるのアンタだからなアンタ。

 

 

*1
『蜘蛛ですが、なにか?』内での描写から。とある事情から同種の蜘蛛を食べる羽目になった蜘蛛子さんだが、その味はとても苦かった。まぁ、オオツチグモ類みたいにチョコの味がされても困っただろうが(積極的に『血縁喰らい』しかねない的な意味で)

*2
化けている皮、化ける為の皮。自身の本当の姿を覆い隠す為の何かしらの工夫を行っていることを比喩する言葉であり、物理的に何かを被っていなくても該当する。一部のゲームプレイヤー(ポケモントレーナー)は見るだけで動悸・息切れ・目眩がして来るかも

*3
『ジナコ=カリギリ』。『fate/extra』に登場するキャラの一人。見た目はぽっちゃりな感じの女性。しかしてその実態は……?声優が悠木さんだった為に話題になったことも

*4
これまた作中の描写より。……彼女の元となった相手を思うと、『陰……キャ……?』と首を捻りたくなるかもしれない

*5
なろう系主人公に多いタイプである『身内に優しい』系。敵対者に対し苛烈である面も踏まえ、美点であるかは微妙なところ

*6
作中で蜘蛛子さんがアラクネに進化したあと起きた事件から。『禁忌に触れたこと』『作中でも殊更に人を憎んでいた存在を捕食したこと』などから、人族への積極的な敵対行動を取る分割思考達が現れた。なお本体が『本末転倒』と語る通り、『一人を救う為に他者を全て犠牲にする形になる』『救われたその一人は、その選択を喜ばない』『世界は確かに救われるが、知的生命体の愚かさを克服させられていない為、いつかの未来で必ず繰り返す羽目になる』などの点から悪手も悪手である。特に最後が一番よくない。知的生命体にとっての『知』の難しさというのは、かの巨匠手塚治虫氏も書いているもの(『火の鳥・未来編』におけるナメクジ人間)。単純に解決できるモノではない、というのはよくわかる話だろう

*7
両方とも『土下座』のことであり、それぞれ前者が『らんま1/2』で後者が『アクエリオンEVOL』。さらに後者の方はルビが本来は『DOGEZA』で下には土下座を意味するアスキーアート『orz』までくっついている



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幕間・何も無いとは何も無いことではない(哲学)

 蜘蛛子さんもといクモコさんに隠された真実を暴き、その謎を白日の元に晒した私達。

 そんな中、次に目指すこととは即ち──。

 

 

「はぁ、結局私も鍛練はするんスか?」

「そだねー。健全な精神は健全な肉体に宿る、とも言うし」

「……あ、誤用の方を積極的に採用していく感じなんスね……」

 

 

 ──そう、クモコさん育成計画だね。別に改造計画でも可。

 

 なんやかんやで現在は脅威度の低いクモコさんだが、それでもなろう系主人公を核にした存在である、ということに変わりはない。

 原作において彼女が本気で強くなることを目指したのは、彼女の持っていたスキル『禁忌』の影響が大きかったが……。*1

 

 

「いや、今持ってないモノに拘泥するつもりは、クモコさんサラサラないッスよ?……まぁ別に、現状が禁忌カンスト状態だったとしてもクモコさん、特に変わんなかったとは思うッスけど」

「おや意外。なにかそれなりのリアクションがあると思ってたんだけど……?」

 

 

 こちらのクモコさんには、その辺りの気持ちは一切ない様子。……いやまぁ、最初に聖女(キリア)に話を持ってこようとしていた時点で、その予兆はあったわけだけど。実際に彼女の口から聞かされると、ちょっと拍子抜けしてしまうと言うかですね?

 

 でもまぁ、それも仕方のない話。

 原作の『蜘蛛子』と違い、彼女はビースト──人類悪の欠片から生まれた存在である。

 自業自得の面も強かった『蜘蛛ですが』世界における人間達を、それでも愛していると語った女神のようなもの。……愛してるとまでは言ってない?細かいことはいいの。*2

 

 ともかく、人類愛から零れ落ちた存在である彼女は、名前こそ『クモコ』と類似しているモノの。……似ているのはあくまでも、その()()()()なのである。

 

 

「妖精国の話とか見たあとだと、記憶にない前世の罪まで背負わされ続けるあの世界の人間を、こっちがあれこれ言うのもなんかなー……と思っちゃうんスよねー。清く正しく間違いを犯さない者でなければ解放されない……とか、それ『鍵はあるから出られるよね?』って屋上に閉じ込めた相手に、地上に投げた鍵を指差しながら言うようなもんじゃないッスか?」

「うーん、そこはかとなく邪神()めいた台詞。誠意があるからまだマシ、なんて言われる辺りにあの世界の詰みっぷりを思ってしまいますね……」

 

 

 クモコさんの言葉に、思わず苦笑いをしてしまう私。

 神の視点で『なんでできないんだ』と語る彼らは、ともすれば『ヴァルゼライド閣下ならできたぞ?』と語る糞眼鏡*3のような……いや、流石にアレと比べるのは失礼か。

 

 まぁともかく。

 魔科学によって世界を支える大樹・世界樹が枯れかけていた『テイルズオブファンタジア』のような感じで、過去に滅びを迎えていた世界……というのが、『蜘蛛ですが』世界の異世界であり。*4

 そしてその世界で今稼働しているシステムは、『FGO』における妖精国のような、人が罰を受け続けるためのモノだったりするわけなのだが……。*5

 

 そもそもの話、七大罪だけではなく七美徳の方も管理者スキルになっている辺り、真っ当に救う気ゼロとしか言いようがない……っていうか、『貯めると救われる』とかいう触れ込みの浄罪ポイント、それを一定値獲得することで習得するスキル……という体で支配者スキル【救恤(きゅうじゅつ)】が紛れ込んでる時点で、罠以外の何物でもないって言うかね?*6

 

 これ、素直に輪廻から解き放ってやる気ないよね。ギュリエディストディエスさん、その辺り見もせずに『浄罪システムで救われた奴が~』云々のことをWEB版では言ってたんです?ってなるというか。*7

 少なくとも『禁忌』はカンスト時点で持ち主発狂するし、死んだりしたらシステムに従ってスキル回収&原則記憶没収、ついでに無理矢理のスキル回収によって魂の磨耗まで発生するんですが。

 ねぇねぇ、これでどうやって()()()()贖わせる気なの?ってツッコミたくなるというか。

 

 いやだって、ねぇ?

 人間の特徴とは、その千差万別さにこそある。

 素晴らしい人もいれば、とかく酷い者もいる。老若男女の違いがあり、抱える夢に違いがあり、目指す先にも違いがある。

 人の命の尊さと言うのは、結局のところその玉虫色の輝きが、一つとして同じではないところにこそある。

 

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と読み取れてしまうようなシステムとか。──なんだろう、逆に滅ぼされたいのかな、このたかが人外風情共が……ってなるというか?

 

 ……ああうん。まぁそういう(キリア)の感覚は置いとくとして。

 

 ともかく、あの世界が人に対して『ご都合悪い』感のある世界だった、というのは間違いないだろう。人は正しくないんだ、みたいな空気があったというか。

 ……それを()()()()()()()()()、とかは一先ず置いておくとして。*8

 

 最終的にはあの世界は、蜘蛛子さんの犠牲によって救われたが……そうでなかった場合、人類の約半数を犠牲にすることで救われる形になるはずだった、と言われている。

 それは、システムの目的・およびそれを失わせることこそがあの世界の救いであり、その付随として起きる惨事だったわけだが……それが嫌だと言われるのは、事前にアベンジャーズでも見ておけば自然と想像できる話だろう。*9

 

 ()()()()()()()()()()()──即ち、人類の絶滅が待っているのだと言われても。

 ──その半数の中に自身の親しき人がいるのであれば、その犠牲を許容することを簡単にはできなくなるはずだ。

 

 生憎と、あの世界の勇者はアベンジャーズ達のように、その事を声高に叫ぶことはできなかった。……そこにもまた、Dの悪趣味が関わっているのがなんとも言えないわけだが。

 さっきのRPG云々の話に『テイルズオブシンフォニア』──一人(女神)の犠牲と世界とを天秤に掛ける……という話まで持ち込んでいる*10辺り、この物語にもし完璧な正解があったのであれば、それは文字通り全てを救える者だけだった……ということになるのが悪辣極まりない。ゲーム好きにも限度があるわい、と言うか?

 

 だからまぁ、『ご都合悪い主義』なのである。*11

 

 ──人族は端から詰んでいる。過去の罪は贖うこともできず、魔王は人を憎み続け。天座す神は、その諍いこそを望み。そうして疲弊し、魂はいつか消え失せる。……入滅したのです、と嘯いていないとやってられないレベルのクソゲーだろう。

 救いの道に見える浄罪システムも、禁忌によって『贖え』ループされるんだから、もはやコントローラーぶん投げが正規ルートのような気がしてくる始末。

 

 ──罰を与えるだけではなく、罪を許すシステムを。*12

 妖精国での彼女の言葉ではないが、そもそも許す気のない罰はもはや罰ではない、としか言いようがない。

 それを反省しろと言われて反省できるのは、本当に限られた一部の人だけ。生まれた事が罪(存在罪)だなどと言われて、はいそうですかと納得できる人間など存在しないのだ。*13

 

 ……だからまぁ、あの世界はああいう風に終わるしかなかったのだろうな、とも思う私である。

 

 とまぁ、ちょっと長くなったけど、あの世界の構造そのものへの愚痴はこれでおしまい。*14

 ここからはその世界を下地にしつつも、別の価値観で綴られた形となっているクモコさんの話、ということになるのだが……。

 

 

「確かに、全然別人って感じだけど……ビースト由来ってのが、どうにもアレな感じでねぇ……」

「ああはい、言いたいことはわかるッスよ。保護観察処分中みたいなもの、ってことッスよね?」

 

 

 小さくため息を吐く私に、クモコさんは苦笑を交えながらそう答えてくる。

 ……彼女の言う通り、ここにいる彼女は『蜘蛛子』とは厳密には別人に当たるため、そちらの問題点を気にする必要は薄い。

 が、代わりにビーストから生まれた存在であるため、その影響を気にする必要があるのである。スキルシステム的に述べるのであれば、『禁忌』の代わりに『獣の権能』がくっついている感じ、というか?

 成長するスキルとして『獣の権能』がくっついているとか、そんなのどこぞのラケルさんを警戒せざるを得ないというかですね?

 

 

「……こうして考えてみると、同じ声の人にヤベー人多すぎやしないッスか?」

「ラケル先生は見えてる地雷だけど、そうじゃなくてもビッキーとかも変な方向に誘導できたらヤバそうだしね……」*15

 

 

 そうでなくともクモコさん、中の人が売れっ子さんなのも相まって、その可能性──変貌しうる形にバリエーションがありすぎるのである。

 キリアを参考にして生まれたのが彼女である以上、例え形や力を失っても因子はその中に残っている、と見るのが正解。それは即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに他ならない。

 

 ……つまり現状でこちらの見える範囲から外すのは論外、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、ある程度の成長を見届けなければならないのだ。

 

 

「……一応発言させて貰うッスけど、別に今までのまま現状維持、ってパターンもあると思うッスよ?」

「元々貴方が(聖女)を頼りにされていたのは確かな話。──理由に関しては自身の獣性を切り離して欲しいとか、そういう方面の話だったと予測しますが……ともあれ、そこまで頼られていたのであれば、最後まで面倒を見るのは聖女の誉れ。私もその役目を果たすことを約束致しましょう」

「あやべっ、墓穴掘ってたッスか自分!?」

「……頑張りましょうね、クモコさん?」

「いやッスー!いやッスー!!自分死にたくないッスー!!!実力行使(BUSTER)はもうこりごりッスー!!!!」

 

 

 そんなことを述べた私に対し、クモコさんは死にとうない、と首を左右に振っていたが……。

 大丈夫だよクモコさん、死ぬ死ぬ言っている元気があるうちは、死ぬことなんてまずないからね。

 それとさっきから言っている通り、貴方は成長パターンを間違えるととても厄介なので、その心身の健やかな成長を見届けるのは、聖女としての私の職務なのですよ。

 ですから、文句なんて言ってなくていいからさっさとやれ(突然の豹変)。

 

 やっぱり凄女じゃないッスかー!……と泣き叫ぶ彼女の背を押しながら、彼女の鍛練を始めるために移動する私達なのであった……。

 

 

*1
『禁忌』とは『蜘蛛ですが、なにか?』の世界に存在するスキルの一つ。『禁忌を犯した者が得るスキル』であるが、その為七美徳の一つ『慈悲』に関しては凄まじいまでのトラップが仕掛けられている

*2
とはいえ、天使としての理解なのでやっぱり上位者目線なのだが

*3
『シルヴァリオ』シリーズのキャラクター、ギルベルト・ハーヴェスおよびその台詞。俗に『光の奴隷』などと呼ばれる者の中でも特級にヤバい人物。この作品での『無限を持ち出せば大概のことはどうにかなる』理論を、努力に置き換えた上で万民に唱える……みたいな無茶苦茶を行っている

*4
この『特殊なエネルギーの使用により、星が滅び掛けている』というストーリーラインは様々な作品で見られる(『FINAL FANTASY Ⅶ』における『魔晄』など)モノであるが、そのアーキタイプは恐らく『高度経済成長期の環境破壊』だと思われる

*5
上記の『星を滅ぼした人間の愚行』に対しての罰。永遠の煉獄での輪廻転生・およびスキルシステムによる人間の燃料化を指す。本来であればそれをとある神の犠牲で越えようとしていた、ということも述べておくべきか

*6
ここでの言葉の意味は『一般的に美徳とされる行動を行うことにより、支配者スキルに至るということは、即ち浄罪システムによる救済を受けられるような人間は『慈悲』などの使用を躊躇わない可能性が高い』ということ。どこかで『禁忌』スキルの獲得条件に引っ掛かる可能性が高い、ということでもある

*7
『蜘蛛ですが、なにか?』に登場する管理者、神の一人。『浄罪システム』云々の台詞は、作中で酒を飲んだ時に述べた愚痴。とはいえ、正直『浄罪ポイント幾つ貯めれば輪廻から解放されるの?』という疑問的に、微妙な台詞としか言いようがない。途中で【救恤】を獲得することが目に見えている時点で余計のこと。真っ当にそれを獲得する人物であれば、ほぼ確実に戦場に行くか、巻き込まれることになるのは目に見えており、その中で死を迎えるのもほぼ確定事項だろう

*8
創作の神の権威を証明するのは作者・および読者だが、創作の民衆達の性質を左右するのもまた作者・読者である

*9
どこぞのゴリラがやったこと。無作為に宇宙から半数の命を消す、という暴挙にはヒーロー達も憤る他なかった

*10
現行のシステム成立の為に、一人の天使がその生け贄となっている。人類の半分を犠牲にしないのであれば、彼女はそのまま命を落とす

*11
『負のご都合主義』のこと。『ご都合主義』が主人公達にとって都合のよい事ばかりが起きる・ないし起きているように()()()()()()ことを指すのに対し、こちらはその逆で都合の悪い事ばかりが起きてしまう・()()()()()()()()()()()()()()状況のこと。両者とも読者の主観に左右される面も少なくない

*12
犯した罪を許されないということは、逆に言えば開き直りを生む可能性がある、ということでもある。いわゆる『無敵の人』など、『どうしようもないのだからどうにでもしてやる』という人間を生まない為にも、罪を許される何かを用意することは大切なのである。無論、それが『死という慈悲』となることもあるかもしれないわけだが

*13
一人の犠牲の上に生きている、というがそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもある。遠い国の誰かの事まで気に病んでいるような人は、そもそも普通の暮らしすら覚束ないことだろう。そういう意味で、少々自罰的というか悲観的というか、とにかく思い詰め過ぎなのである

*14
『邪神Dを殴り倒せる選択肢が端からない時点でアレだと思います。え、願われたから助けただけで恨まれる筋合いはない?喧しいどこぞのトリックスターみたいなクソ邪神。寧ろ殴りに来るやつが居たら面白がってただろうがテメー』『人側の視点こそあれど、目の前の対処にか掛かりきりな状態で、世界がどうたらなんて考えられるやつの方が少ないっての。人があれこれと思索に時間を割くことができるようになるには『豊かさ』がいる、とは言うけども、それって『より良い豊かさを求めている』時点で厳密には()()()()()()ってことを理解してないやつの発言ぞ?』とは彼女の言

*15
それぞれ『GOD EATER 2』のラケル・クラウディウス、『戦姫絶唱シンフォギア』シリーズの立花響のこと。声優は両者とも同じであり、前者はラスボス・後者は主人公



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幕間・それでも世はなべてこともなし

 ──クモコさん育成計画。

 それは、ビーストだったり軍人だったり死ぬがよいだったり、様々な進化プランを持ち合わせる彼女を、できうる限り真っ当な道に送り出すための計画である。

 まぁ誤解を恐れずに言うのであれば、彼女のそれは普通の人と同じ……先の展望に無限の可能性を持っているだけ、とも言えるのだが。

 根本の部分に『獣の子』という性質が埋まっている以上、その生育には慎重さを要されることもまた必然、というわけなのだった。

 

 ……小難しく語ってみたが、つまりはこういうことである。

 

 

「ファ○コンウォーズを知ってるかーい!」*1

「ふぁ、ファ○コンウォーズを知ってるか~い……」

「声が小さーい!もう一回!ファ○コンウォーズを知ってるかーい!」

「ひえ~!もう勘弁して欲しいッスー!!?」

 

 

 ──軍隊式こそ育成の花!これぞ天下の名トレーナーってやつよ!

 

 ってのはまぁ、冗談として。

 ともあれ、肉体面だけではなく精神面の育成も平行して行っていくというのが、今回のクモコさんのトレーニングに必要なこと……ということになる。となれば、驕りや増長している部分を叩き直すのに軍隊式は打ってつけ。

 それは本人もなんとなーく自覚しているためか、文句は言いつつもトレーニングを投げ出すことだけはしていない……というのが、今の状況なのであった。

 

 ……まぁ、あんまり訓練漬けにするとどこぞの軍人殿、ターニャ・デグレチャフさんみたいなキャラになりかねないので、ほどほどに休憩も挟んでいくわけなのであるが。*2

 訓練が行き過ぎると、出世して安全な後方勤務でエリートコースに乗りたい……とか言ってる人になるってのも変な話だけども。性格はあとから付いてきて、属性だけで進化先が決定する……みたいな感じなのかもしれない。

 

 なお、その進化方法が確かであるのならば、彼女をリムルさんとずーっと模擬戦をさせていたら、アズサ・アイザワさんになるかもしれない……なんて懸念もあったりする。*3

 ……いやまぁ、クモコさんからの進化先としては、アズサさんは結構安牌な方だとは思うけどね?なろう系きららみたいな作風だし。

 

 ともあれ、彼女がこれからどうなっていくのか、というのは未知数。

 なので、できうる限り人と仲良くなれるようなキャラになって欲しいなー……なんて思いを込めつつ、愛の鞭を振っている私なのでございましたとさ。

 

 

「……後学のために一応聞いておくんッスけど、もし仮にクモコさんが人類に敵対するー、とか言い出したらどうするおつもりなんでしょう……?」

「はい?ええとそうですね……言い出しただけならば、こちらも弁舌を以て応対することになるのではないかと。──人は愚かで救いようがない……くらいならまぁ、別にそこまでおかしい話でもないですから」

 

 

 さて、休憩を宣言したため、クモコさんが近くの木陰に避難しながら、こちらに声を掛けてきたわけなのですが。

 その内容というのは『自分が人間に敵対し始めたらどうするのか?』という、一種の仮定からくる疑問。

 ……この訓練の必要性の部分に関わることなので、真面目に答えを返すことにする私なのでした。

 

 とはいえ、人間を『愚かだ』とか『救えない』だとか思うこと自体は、別におかしくもない……というか思ってしまっても仕方のないことだと私達自身も思っていることなので、そこに関してこちらが怒りを示すようなことはない。

 淡々と反論などを返し、相手の心変わりを期待することになるというだけのことだろう……と答えを返す。

 

 

「……ええと、さっきまでの話だと、キーアさん達って人間の守護者というか、人間最優先……みたいな感じの人だと思ってたんッスけど、実は違うんッスか?」

「いえ?違いませんよ?人間至上主義者ですよ、特にキリアは。ただまぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()ですね」

「……???ええと、よくわからないんッスけど……?」

 

 

 そんなこちらの言葉に、首を捻ってむむむと唸るクモコさん。

 こちらの発言だけを聞いていると、人間のやることなすこと全てに手を貸すくらいの過保護、という風に思えていたらしいが……別にそういうわけではない。

 最後に立ちはだかることを目的としている、というキリア(大魔王)から派生している私達は、その本質としては人の全てを肯定するものである。

 

 

「つまり、人の愚かしさを否定するつもりはないのですよ。愚かだから、弱いからこそ見えるものもある以上、人の全ては肯定されて然るべきなのです。無論、その愚かさが破滅へと繋がるのであれば、私達もそれなりに苦言を呈することはありますけどね」

「……人のことビースト云々言うわりには、キーアさん達も大概人類悪ッスよね……」

「褒め言葉ですね、ありがたく受け取っておきます」

「ええー……?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()*4

 そう思う私達は、人のあらゆる罪禍を否定しない。

 間違いの積み重ねの果てに、その糧を活かす道を生み出すことを願うがゆえに。その取っ掛かりのため、立ちはだかる壁となることを望む……というのが、私達が魔王を僭称する理由でもある。

 なのでまぁ、別に間違えたことそのものを責めるつもりも、間違って迷走することを否定するつもりもないのであった。

 ……まぁ、立ちふさがる壁であることを願う以上は、別に甘やかすつもりもないわけなのだが。

 

 それはそれとして人外達に甘くしてやる理由はないので、基本的に彼らに対しては塩対応なのも確かなのだけど。

 

 

「……ええと、人外だからクモコさんにも塩対応、ってことッスか?」

「人に寄り添う者であるならば、人を無闇に傷付けぬ者であるならば──そういう相手に対しては、私達側に敵対の意思はありませんよ?無論、そうでないのならば、生まれてきたことを後悔させてあげますが」

「……この人、大概ヤベー奴なんじゃないッスか……?」

「失礼な。ヤベー奴だと理解しているから、こうして一歩引いてるんじゃないですか」

「これで!?」

 

 

 なお、そうやってあれこれ話している内に休憩時間が終わったため、クモコさんは再びトレーニングのために走りだすことになるのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「お、お帰りキリア。そっちはどんな感じだ?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくださいましたリムルさん。クモコさんのこの勇姿をご覧下さい!」

(……なんかテンション高いな?それとなんか蜘蛛子のニュアンス変じゃね?……あと、この音は一体……)

 

 

 訓練一日目の終わりの時。

 集合場所に戻ってみると、リムルさんとミラちゃんが楽しげに会話をしているのが見えた。……どうやら向こうはいい感じにトレーニングを行えたらしい。

 トレーナーとウマ娘……じゃなかった、トレーナーとスライムっ子のコミュニケーションは、確りと取れているようである。

 ならばこちらも、確りと連携やらコミュやらが築けていることを証明せねばなるまい。……と、言うような対抗心?から、パチンと指を鳴らす私である。

 リムルさんは相変わらず怪訝そうな?空気を滲ませた顔をしていたが……まぁ静かに聞きたまえよ。

 

 そう私が目で語る中、周囲に流れる音は次のような感じ。

 

 

 ♪ブゥーチッブゥーチッ、ブゥーチッブゥーチッ*5

 

 

 リムルさんは更に首を捻っていたけれど、ミラちゃんはなにかを察したのか遠い目。

 とはいえここまでやっておいて残りをやらない、というのもあれなので、そのまま続行する私。

 音が聞こえているのは、私の背後。なにやら黒いセットが、こちらにゆっくりと近付いているのが見えている。

 

 私は彼らの視界の邪魔にならないように、その手前からスッと横に退け。……ゆっくり回転しているお立ち台のようなものに、彼らの視線を集める。

 さて、露になったお立ち台の上に立っていたのは……?

 

 

 ♪ペーペケッペッペ ペーペーペペ ペーペケッペッペ ペーペーペペ

 

 

「oh、モーレツ♡」*6

「ぶふっ!?」

 

 

 そう、結果にコミットしたクモコさん!

 スカートを履いて、下からの突風にいやーん♡とばかりにしなを作る*7彼女の姿なのであった!

 ……え、どの辺りが結果にコミット*8したのかわからない?スカート作れるようになったんだよ、糸の使い方上手くなったんだよ。

 

 

「そこかよ!?」

「そこッスよ?糸の使えないクモコさんなんて、クモコさんの風上にもおけないッスからね!」

「いやそりゃそうだけどさぁ?!」

 

 

 なおご覧の通り、リムルさんからはツッコミの嵐なのであった。なんでだろうねー(棒)

 

 

 

*1
任天堂より発売されていたウォー・シミュレーションゲーム『ファミコンウォーズ』のCMでの台詞から。なお、この台詞が登場するのはゲームボーイ版『ゲームボーイウォーズ』。初代などでの台詞は『ファミコンウォーズが出るぞ(もしくは出たぞ)』。なおこの軍人が掛け声を上げながらランニングをしている、という描写は1987年公開の映画『フルメタル・ジャケット』が、更にそちらは伝統的な軍の訓練およびその時の歌『ミリタリー・ケイデンス』が元となっている。また、『○○を知ってるかい』『母ちゃん達には内緒だぞ』となる場合の歌詞はORANGE RANGEの楽曲『ビバ★ロック』(2003年発売)が元ネタだと思われる(前述した『ファミコンウォーズ』において、『知ってるかい』と『母ちゃん』が一緒になる歌が存在しない為)

*2
『幼女戦記』の主人公。色んな要素から他人の感情が理解できないサイコパス、なんて言われることもある苦労人。でもその行動は戦場狂いにしか見えないですよ、ターニャさん……

*3
こちらは『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』の主人公。タイトル通りのキャラクターであり、方向性的には私TUEE系だが女の子達が続々集っていくスローライフの面もある為、ファンタジー系きららアニメとして見ることもできる。なお、異名である『高原の魔女』、それから外見的な問題で『魔女の旅々』の主人公・イレイナさんに似ている……なんて風に言われることもある(髪の毛が金と銀なのであくまで似ているだけ、だが)

*4
絶対に選択を間違えないということは、即ち間違いを知らないということ。失敗を知らないことと同義であり、()()()()()()()()()()()などを叩き付けられた時の対応力の欠如を招いたり、はたまた万が一に失敗してしまった時・それが小さい被害ではなく大きな被害を生み出してしまった時、必要以上に自分を責めてしまう理由にもなるなどの事から、失敗してもいい時に失敗をしておくなど、経験を増やす行為をしておいた方がよいという意味での言葉。絶対(100%)なんてあり得ないのだから備えよう、という意味でもある

*5
トレーニングジム『ライザップ』のCM音声を文字に起こしたもの。特徴的な音と、回転台に乗ったモデルのビフォーアフターが特徴的。一時期結構な頻度で流れていた為、変に話題になった。そのCMの内容が『ライザップでこんなに痩せる(要約)』だった為、その劇的な変化を指して『ライザップした』などと呼ばれることもあるのだとか

*6
1969年の『丸善ガソリン100ダッシュ』のCM内にて小川ローザ氏が述べた台詞。フレアスカートが車の風圧で捲れ上がってしまう、という今では絶対にできない表現。なおこの『風でスカートが捲れ上がる』という表現、恐らく元祖は1955年の映画『七年目の浮気』におけるマリリン・モンローの演技だと思われる。なおこちらは『ププッピドゥ(Boop Boop Bee Doop)』、直訳で『んもぅ、つまんない!』というマリリンモンローを象徴する言葉で呼ばれる事が多い

*7
品、ないし科。上品ぶる、色っぽく振る舞うといった意味の言葉

*8
『ライザップ』のキャッチコピーの一つ。『コミット(commit)』自体は『専念・委託』などの意味を持つが、この場合は商用英語でよく使われるモノをそのまま持ってきた、ビジネス英語の類いでもある。『ライザップ社は、貴方が素晴らしい体を作り上げること()献身的に身を投じます(コミットする)』と言った感じに解釈するのがよいと思われる



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幕間・そして本格的な夏に……まだ真夏じゃなかったのか!?

 苦しくも厳しいトレーニング、それを乗り越えどこかへとたどり着こうとする二人。

 そんな二人を時に献身的に、時に厳しく焚き付けてきた私達。

 

 そうして迎えた今日は、彼らの訓練最後の一日である。

 ……え?経過が全てキンクリされた?そりゃまぁ、地道な修行描写とか今時ウケないというかですね?*1

 

 

「いや、そんなところまでなろうっぽくしなくてもいいッスから。……確かに事細かに子細を書かれても困るッスけども」

「そうそう。まさか『~ッス』という語尾繋がりで、クモコさんを投げると爆発するようになるとは、こちらも想像していませんでしたからねぇ……」

「そうッスね、まさか私もそういう意味での危険物になるとは思って……って違うッス!クモコさんはペンギンじゃなくって蜘蛛ッスからね!?」*2

「え?リヴァイアサン(ペンギン)?」*3

「メイルシュトロームもリヴァイアサン・メルトパージも使えないッスからね?!」*4

 

 

 よもや口調繋がりで、プリニーみたいな性質を獲得することになるとは思わないじゃないですか。

 みたいなことを言えば、軽快にツッコミ返してくれるクモコさんである。……このノリの高さ、もはやジナコさん的な感じでもないような?……一応注釈を入れておくと、別にクモコさんを投げても爆発したりはしません。

 

 まぁともかく、彼女がバリバリ成長して行ったのは確かな話。

 戦闘方面よりかは技術方面の成長著しい感じなのは、主にそちらの育成をこちらが優先したからだが……。

 それが結果として、彼女の性格的な取っつきやすさを成長させたというのであれば、こちらの指導の甲斐があったというものであろう。

 

 

「……代わりに俺が、なんか変なことになってるんだが?」

「いやー、まさかスライムに仙人の修行をさせるとこんなことになるとは、思ってもおらぬでのぅ……」

 

 

 そんなこちらとは対称的に、微妙な顔を浮かべているのはリムルさんの方。……疑問符がついていないのは、それが確りと目で見て確認できるようになってしまったがゆえ。

 

 そう、なんとリムルさん。仙術系の修行をしていくうちに、何故か()()が生え始めたのである。こう、もじゃもじゃと。

 それと前後して明確な()まで出来上がり、その日のリムルさんは「なんじゃこりゃぁああっ!?」と大騒ぎしていたりもしたわけだが……。

 

 ともあれ、その姿がなんなのか、ということについてはなんとなく予測は付いている。……()()()()()()()()()()()という違いはあれど、彼の今の姿は『スライムジェネラル』のそれなのである。

 スライムジェネラルとは、ドラクエシリーズに存在するスライム系モンスターの一種であり、いわゆる『スライムナイト』系のモンスターの頂点、とでも呼ぶべき存在だ。『スライム』系で一番強いのは?……と聞かれると困るが、『スライムナイト』系で一番強いのは?ということであるのならば、この種族の色違いが該当するだろう、というのは想像に難くない。*5

 

 その『スライムジェネラル』の、スライム部分。上に乗っている騎士ではない方のビジュアルというのは、大きなひげを貯えたスライム、と言った感じのモノになっている。この『ひげを貯えた』という部分が、世間一般的な仙人のイメージである『長く白いひげを生やした老人』というものに合致し、遠回しな【継ぎ接ぎ】を引き起こしたのだろう……というのが、トレーナー側の予測である。

 

 単にひげ、と言うのならば『グランスライム』でも良いのではないか、上になにも乗っていないそちらの方が自然なのではないか?

 ……と言ったことが一瞬頭に過ったものの、そちらに見た目的な『仙人感』というものは見られない……というか、どっちかと言えば海の戦士であるところのヴァイキングに近い空気感のため、恐らくは変化候補から外れたのだと思われる。……公式からの扱いも悪いしね。*6

 

 まぁともかく、白いひげの青いスライムジェネラル(スライムのみ)みたいな見た目となったリムルさんはというと、なんとも微妙そうな表情でそこに立っているのだった。

 さもありなん、リムルさんと言えばスライムではあるものの、後半はほぼ人の姿で過ごしていたタイプの存在。

 唐突にこんな進化パターンが生えてくるとは、思っても見なかったことだろう。それから……。

 

 

「ところで、のぅ?人化の法とか、覚える気にはなったかのぅ?スライムとしてはそれなりに励んでおるようじゃが、やっぱり元人間としては、人型の方があれこれと逸るのではないかのぅ?」

「……ああうん、確かに。ある程度動けるようになったけど、やっぱり人の体は恋しいって思うこともなくはないかな」

「そうじゃろうそうじゃろう!ではでは、いい感じに人化をじゃな……」

「でも今はやだ」

「何故じゃあ!?」

 

 

 ちょっと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、リムルさんの周囲をごますりしながら徘徊する変態……もとい、ミラちゃんが一人。

 彼女はリムルさんに人への変化の術を覚えさせようと、ちょっと前から心血を注いで指導に当たっているのだが……結果はご覧の通り、毎度毎度すげなく断られている始末。

 ……いやまぁ、理由はすぐにわかったわけなのだが。

 

 ミラちゃんが好きなもの、と聞いてみんなはなにを思い浮かべるだろうか?甘いもの?旅行?未知の技術?

 それらも間違いではないが、もう一つ彼女にとってとても重要なモノがあることを思い出して欲しい。そう、それこそがリムルさんが彼女の指導を断り続けている理由。

 ──即ち、おじさん趣味だ!(誤解を招く発言)

 

 

「人聞きが悪いぞキリア!わしはのう、リムルが今のまま人化の法を覚えれば、それはそれはかっちょいい老齢の賢者になることは確実と思うわけでじゃな!?」

「なるほど、リムルさんおじいちゃんモードですか。……ご自身が老人に戻れないことに対する代償行為、というやつでは?」

「ちゃちゃちゃちゃうわい!見た目美少女だった原作リムルからロマンスグレー化するのは、なにやら上手く行きそうな気がするとか思っておらぬわい!」

「全部喋っちゃってるじゃないですか」

「これがホントの口は災いの元……もとい口が滑る、ってやつッスかね?」

「ぬぉわっ!?ちちち違うぞリムル!わしはお主のためを思ってじゃな!?」

「もう慣れたから気にしないよ」

「す、すっかりこなれておるじゃと……?!」

 

 

 まぁ要するに、凄まじく端的に言うのであれば、再び彼女の理想とする老人を生み出そうとしている、というだけのことであった。……この前ハルケギニアからこっちに観光しに来ていた、ダンブルドア校長と顔を合わせてしまったことにより、完全に限界オタク*7と化していた彼女は、どうにもその時に色んな枷とかがぶっ飛んでしまったらしい。

 あの時は『ビリビリに会わせる』という、かねてからの約束を果たしにやってきた、黒子ちゃんの執り成しでなんとか収まったのだが……その野望の篝火とでも言うものは、胸の裡で燻り続けていたようだ。

 反対に黒子ちゃんが暴走した時には素面っぽかったので、治ったのかと思っていたのだが……げに恐ろしきは好きなモノへの執念、ということか。

 

 

「まぁ、そんな執念が足りすぎている人のことは、一先ずおいておくと致しまして。これからお二人には卒業試験としてとあるお方と戦って頂くことになるわけなのですが、宜しいですか?」

「はいはーい、クモコさんは万事オッケーッス。できることはやって来たし、あんまりキリアさんにおんぶにだっこでも宜しくないッスからね」

「こっちも問題はない。……なんか使えるものがドラクエの呪文に偏り切ってる気がしないでもないけど、やれることはやったのは確かだからな」

 

 

 まぁ、そうして「あんまりじゃぁあああ!」と泣いているミラちゃんは放っておくとして。

 これから行うのは、彼ら二人の卒業試験。短くも濃いモノであった彼らへの訓練も二週間ほど、いい加減他の仕事も貯まってきたため、一度キリのいいところで成果を確かめておこう、ということになったために用意された、最後の障害である。

 

 

「無論、これに合格したからと言ってゴール、というわけではありません。人生とは常に学びの連続、貴方達はそのスタート地点に立とうとしているというだけのこと。ですので、心して掛かるように」

「「了解!」」

 

 

 無論、これに合格したからといって一人前、というわけではない。寧ろこれは彼らが最低限の自衛手段を得た、という証明に近い。

 彼らがこの先どのような道を選ぶのかはわからないが──その道を選ぶ手助けになる、その程度のモノでしかない。ゆえに、合格しても驕らず・自身を高めることを止めないように、と言い含めたところ。

 彼らはわかっているという様に小さく頷いて、遠くから近付いてくる最後の試験・それを執り行う相手の到来を待ち続けていたのだった。

 

 ……これならば、心配はいらないかもしれない。

 となれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼らの今の全力を量るため、小細工なしの相手を用意するのがトレーナーとしての役目となるだろう。

 

 

「……なんか、そこはかとなく嫌な予感がするんッスけど、これから試験の相手が変わったりとか……?」

「?いいえ、試験の相手は変わりませんよ。ただ、無用な手加減は不要、と伝えただけです」

「ははあ……なるほど、さてはキリアさんってバカッスね?」

「バカとはなんですかバカとは。どうでもいいですが、お相手が来ましたよ」

 

 

 ……なんで突然バカにされたし?

 よくわからないが、ジトーッ((ーωー))とした視線を向けてくるクモコさん達に指で示しつつ、前を向かせる私である。

 二人は渋々、と言った風に前を向いたのち──そのまま固まった。

 

 

「──なるほど、己の境遇に抗い、違う道を歩もうとする者達。であるならば、私がするべきことはその道程を言祝ぐこと……というわけなのですね」

 

 

 前方から歩いてきたその人物は、最初からフル武装であった。

 見た目こそ純白の──白百合を思わせる鎧姿に身を包んでいるものの、その総身から立ち昇る威圧感はその愛らしい姿には不釣り合いであり。

 されど彼女の浮かべる笑みは、正しく王者の気風を周囲に感じさせるもので。

 ──そのちぐはぐさこそが、【顕象】なのだと二人に教えているかのよう。

 

 現れた人物──アンリエッタ・ド・トリステイン、通称アルトリア。

 聖剣と聖槍の主である彼女は、その両方を携え。

 威風堂々と、二人にその覚悟を問うのであった。

 

 

「──問おう。貴方達が私の、鍛えるべき相手か」

「「違いますっ!!」」

「む?」

 

 

 なおその後、敵前逃亡しようとする二人のケツを蹴りあげ、無理矢理戦闘に入らせる少女が一人居たとのことだが、詳細は不明である。

 

 ただ、暫く時間が経ち。

 彼らが部屋に戻る度に目にする写真立て──そこに写るボロボロの二人と、彼らを祝うように囲む者達の笑顔が、その訓練は幻ではなかったと二人の背を押している、というのは間違いないようなのであった。

 

 

*1
前者は『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(Part05)『黄金の風』におけるとある人物のスタンド『キング・クリムゾン』の名前、及びその能力から『過程を省略する』ことを意味する言葉。後者については、『創作における修行編は、面白くすることが難しい』という一種のジンクス、およびなろう系作品における成長の仕方についての揶揄。なろう系作品においてはステータスなどの数値面の上昇、という形でキャラクターの成長を示すことが多いが、それは『目で見てわかりやすい』という利点も含む。先述した通り、修行などの『強くなるための努力』というものは説得力を生み出すことが難しく、かつ絵面的に地味になりやすい(新必殺技を作る、という展開になることもあるが、その場合は必殺技そのものは御披露目まで秘匿される為、期待を惹くことはできるかもしれないが、逆に言えば修行の絵面の地味さを補正するモノではない、とも言える)。文章や演出を重ねたからといって面白くなるわけでもないうえ、描写の仕方によっては作者のイメージの押し付けになることもある。なので、いつの間にか『書かない』ということが多くなったのであった

*2
『魔界戦記ディスガイア』シリーズより、プリニーのこと。見た目はペンギンみたいな感じだが、実際は着ぐるみ。中身は罪人の魂が封じられており、そのせいなのか投げ付けるとその衝撃で爆発する。語尾はジナコと同じく『~ッス』

*3
リヴァイアサン、ないしレヴィアタンは、旧約聖書における海中に住まう聖獣、ないし悪魔。本来は雌雄があったが雄は殺されている説、ベヒモスと対である為雌である説などを持つ。海を象徴するとされ、その縁から『fate』シリーズにおけるメルトリリスの構成要素の一つになっている。なお、その性質が強く出ている時の彼女の眷属は、何故かペンギン

*4
『メイルシュトローム』はノルウェー語の『malstrøm』の読み方の一つ。『Moskenstraumen(モスケンの渦潮)』の別名を持つ通り、本来はモスケネス島周辺に起こる渦潮のみを示す言葉だったが、現代では大渦潮全般を示す言葉として使われている。一部の『FINAL FANTASY』シリーズにおいて、リヴァイアサンが使う技として知られている。『リヴァイアサン・メルトパージ(大海嘯七罪悲歌)』は謎のアルターエゴ・Λの宝具の一つ。そのネーミングの性質上、彼女にはもう一度別霊基があるかもしれないと言われている

*5
ちなみに、現状スライム系として一番強いと思われているモンスターは、見た目はどう足掻いても戦隊もののヒーローにしか見えない『スライダーヒーロー』系だったりする(一応、『空の神ホアカリ』などのモンスターもいる)

*6
『グランスライム』は、スライム系のモンスターとして一番上の存在だとされてい()モンスター。登場後扱いがドンドン悪くなっていき、今となっては普通のモンスターくらいの扱いとなっている

*7
元々は自分の現状に(気持ち悪さなどから)限界を感じる、という意味で使われていた言葉。現在は感情が限界を突破してしまった、一種の発狂状態みたいなものを指す言葉として使われている。どちらにしろ『周囲から見たらヤバい』ことに違いはなかったり



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十六章 夏と花火と霊と盆
お化けより怖いものなんて幾らでもある


「……俺、もうダメかもしんない」

「おいおいおい諦めんなそこで諦めたら最後だぞ自分をしっかり持てネバー・ギブアップ!」

「サイトも自分をしっかり持とう?もうなにキャラなのか、端から見たら全然わかんないことになってるよ?」

「おおっと」

 

 

 自身に取り憑こうとしている悪霊がいる──。

 そんな感じのことを悟ってしまった榊君が、膝から崩れ落ちる姿を見た私達は、慌てて彼の周囲に駆け寄ったわけなのだが。

 ……ええと、今回みたいなパターンは初めてなので、どうしていいものやら困惑している、というか。……いや、ホントにどうすればいいので?

 ほら見なよ、サイトなんて困惑し過ぎて、サイトとしてもナポレオンとしてもベクターとしてもおかしなキャラ付けになってるじゃん。……なんでシューゾー?

 

 多分全体的な扱いとしては【顕象】の特殊なパターン……【継ぎ接ぎ】の変化系、ということになるのだと思われる今回のあれこれ、なのだけれど。

 なにぶん『意思ある相手』に対して憑依してくる『意思ある相手』、というパターンが未知のもの過ぎるため、なにをどうすればいいのかちょっと検討すらしかねている、という感じなのだった。

 

 

「思わず『対応策?そこにないならないですね』って言っちゃいそうな感じというか」*1

「洒落にならないから止めなさい……うーん、私が境界をパパっと弄る、ってのも考えたけど……変に弄ると融合が早まる、とかありそうで怖いわよね……」

「そ、そうだ融合解除!融合解除を使ってしまえば……」*2

「場に融合モンスターがまだ出てないから、使っても不発なんじゃないか?えーと、あれだ。『オーバーレイユニットはフィールド上には存在しません』的な?」*3

「おのれコンマイ語ォッ!!!」

 

 

 皆があれこれと意見を述べるものの、具体的な方案には結び付かない。

 現状が『取り憑こうとしてるかも?』という予測の段階であることもあり、榊君から出てきた案も不発。単にコンマイ語の複雑さを証明する結果に繋がっただけなのであった。

 

 

「いいや落ち着けぇ……素数だ、素数を数えるんだ。素数は自身と一以外で割れない孤独な数字。俺に勇気を与えてくれる……」*4

「一枚足りない……」*5

「最初っから素数ですらない!!?……って、あれ?」

 

 

 混迷を極める榊君は、遂には落ち着けと自身に言い聞かせ始める始末。素数数えとか擦られ過ぎて*6いて最早落ち着けないだろう、なんてことを思っていた私なのだが。

 

 突然周囲にボソッと響いた声に、皆が辺りを見回している。

 榊君は「え?キーアさんの声じゃないの今の?」みたいな視線をこちらに向けてくるが、私はぶんぶんと首を横に振って否定。

 幾ら私が空気読まない(KY)だとしても、流石にこの状況下で『妖怪一足りない』*7の真似なんてしません……というか、寧ろなにが()()()()()()んだよ、みたいな?

 

 そんな私の言葉にそれもそうか、と一つ頷いた榊君は、なにかに気付いたように再び自身のデッキを確認し、

 

 

「……『覇王烈竜』……『覇王黒竜』……『覇王白竜』……『覇王紫竜』……いや、全部あるな……」

「……あー、さっき『烈竜』だけ数えてなかったから、一枚足りないってそれのことかと思った、みたいなこと?」

「そうだけど……それをキーアさんが言うってことは、やっぱりさっきのはキーアさんの言葉じゃなかったんだね……」

 

 

 数え終えたあとに、がっくりと肩を落としたのだった。

 ……どうやら、さっきの『一枚足りない』が『烈竜が足りてない』という意味のモノだと認識していたらしい。結果はご覧の通りなわけなのだが……それが彼なりの足掻き、ということはなんとなく理解できる。いや、だってさぁ?

 

 

「……()()()()()()()()()()、物理的に見えなかったカードがあった、って笑い話で終わるけど。そうじゃないとすれば、さっきの声はやっぱり……」

「うむ、我の言葉だ」

「うぎゃあぁあああああでたぁぁあああぁぁああ!!!?」

「うるさいわ馬鹿者」

「ぶへぇっ!?」

 

 

 この状況下で、ぼそりと呟く必要のある相手などただ一人。

 それが誰なのかを薄々理解している榊君は、青かった顔を更に青くさせて、次の言葉を紡ごうとし──唐突に自身の肩に乗っていた()()()()()()()に、色々飛び出して来そうなほどに驚き戦いていたのだった。……まぁ、その後ミニズァークにべしんと頬を叩かれたため、突然の地味な痛みに目を白黒させていたりもしたわけなのだが。

 

 ともあれ、やっぱり現れたのは先ほどぶりの龍体のズァーク。……なんだけど。

 なんというかこう、ちょっとデフォルメ入ってる感じというか、マスコット感が増えているというか……ともかく、その小ささも相まって、なんか親しみやすさがアップしている感じになっているのだった。

 

 そんな風に周囲から観察されているからなのか、どこかトゥーンっぽいズァークはニヤリと笑みを浮かべたのち、こちらにこう告げてくる。

 

 

「オイラはズァーク!……だったか?」*8

「……はい?」

 

 

 突然リンゴが好きそうな感じの挨拶をされた私達は、困惑のまま宇宙に飛び立つのだった(迫真の宇宙猫)──。

 

 

 

 

 

 

「……ええと、もう一度説明して貰っても?」

「ぬぅ、物覚えが悪いな貴様。ではよーく聞くがよい。──青だ、青を作るのだ!」

「……主語を抜くのを止めて下さらない?」

 

 

 困惑の渦に叩き込まれた私達であったが、数分後再起動。

 見た目はトゥーン、でも透けてるから多分アンデット……みたいな状態のズァークを伴い、席に座り直したわけなのですが。

 そこで彼から話を聞く内に、再び軽く宇宙猫していたというわけなのでございます。

 

 と、言うのも。

 彼は先ほどから「青が必要」「青が足りない」と繰り返し喚くばかり。

 主語が抜けているため、その言葉の意味を理解するのに四苦八苦していたのである。

 ……いやまぁ、デュエリスト組が気付いてくれないとリアリスト組はなんのこっちゃ?……ってなるのは仕方ないわけでですね?

 

 

「あー、もしかしたら僕、わかっちゃったかもしれません」

「なに!?それは本当か真月!?」

「いや、一応サイトって呼んでくださいね?そこ認めちゃうと戻れなくなる気がするんで。……まぁともかく」

 

 

 そんな中、おずおずと手をあげるのは真月……もといサイト。

 すっかり今の姿も見慣れてしまった彼は、心までゲス化するつもりはない的なことをぶつぶつと呟きながら、ズァークの言いたいことを推理していく。それによると、

 

 

「多分ですが『覇王竜』に色が足りない、ということを言いたいのではないかと」

「……色が足りない?えーと青だから……リンクモンスターってこと?」

「そうそうそれです。『覇王竜』、ひいては『四天の竜』と言えば、召喚法に添ったバリエーションを持つ……というのが常識です。アドバンス、ペンデュラム、フュージョン、シンクロ、エクシーズ……。アニメで登場しなかったものも含めれば、大体の召喚法を網羅していますよね?」

「そうだねぇ。召喚法の名前が入っている、という定義だとすると範囲は狭まるけど」

 

 

 ズァークは、リンクモンスターを求めているのではないか?……というのが、彼の主張なのであった。

 

 確かに、アドバンスの方の『オッドアイズ』からの派生であると思われるモンスター達や、ペンデュラムの方の『オッドアイズ』からの派生であると思われるモンスター達など、彼らは複数の召喚法を取り込んでいるとも言えるカード群だ。

 

 最近では『ペンデュラム・儀式モンスター』まで増えている辺り、彼らの召喚方法の拡充についての執念とでも呼ぶべき情熱は、かなり熱いモノなのだと言うことが伺えるだろう。

 ……まぁ、『召喚方法の名前がモンスター名に含まれている』というネーミング法則から儀式は外れている辺り、微妙な扱いの悪さを感じないでもないが……ともかく。

 

 エクストラデッキから特殊召喚できるカード、という共通点を持つのが『四天の竜』の特徴。

 それゆえに、その内『リンク』対応のモンスターも出るのではないか?……とまことしやかに噂されていたのだが……。

 

 

「今のところそれが出てくる気配はなし。一応『魔術師』系統のカードは出ましたけど……ネーミングの仕様上、『魔術師』カテゴリには含まれないので微妙なところ……と言った感じに『榊遊矢、およびズァークに対してリンクモンスターを与える』ことにコナミがとても慎重になっている……ということは疑いはないでしょう」

「あー、確かに。なんかこう、ペンデュラムテーマとかにリンクをあげるの渋ってる感じがあるよね」

 

 

 続けてサイトが述べた通り、現在(2022年)遊矢にリンクが配られる気配はない。他の三人には配られているというのに、である。……いやまぁ、正確には『カテゴリに含まれる』形でのリンクが配られていない、ということになるわけだが。……え?ヴェルテ・アナコンダは死んだんだ?そりゃそうでしょとしか。

 

 まぁともかく、『カテゴリに属するモンスターしか特殊召喚できなくなる』という制限を持つモンスターが多く存在する以上、カテゴリに属しているかと言うのは、それだけカードの利便性に関わってくるものとなる。

 だからこそ、新マスタールールの環境下では『LINK VRAINS PACK』に選出されるかどうか、で揉めたりもしたわけなのだし。

 

 そうでなくとも二人はペンデュラム使い、再度のルール変更で苦しい思いをしているのだから、リンクが欲しいという思いは人一倍強いだろう。

 だからこその、一枚足りない。リンクをさっさと寄越せ、という怨嗟の声だとサイトは解釈したわけなのだが……。

 

 

「──間違っておらぬが間違っておる」

「あれー?」

 

 

 それを聞いたズァークから返ってきたのは、そんななんとも言えない返答。

 意味わからん、とばかりに困惑するサイトに対し、ズァークはやれやれとばかりに首を左右に振ったのち、再び自身の主張を声高に叫ぶのだった。

 

 

「仕方ないからもう一度言ってやろう。──我が求めるのは青!何故か『烈』という形で濁された、()()()の色!『赤』が無理だと言うのであれば、新しく増えた『青』で多めに見てやろう。……即ち、だ。『覇王()竜』を寄越せと言っておるのだ、我は!」

「……覇王、」

「青竜……?」

 

 

 その内容に、私達は思わず顔を見合わせることになるのだった……。

 

 

*1
接客業(特に物を売るタイプ)の店員が言いがちだとされる台詞。類似パターンに『そこに無ければ無いですね』が存在する。理路整然と並べられており、かつ客も変なところに商品を戻さない……という前提でもない限りはあまり使わない方がいい表現(思わぬところに()()可能性がある為)。ただ、店員側も『ここにないのなら、仮にあったとしてもまず見付けられない位置にある=時間の無駄』的なことを考えた上で述べていたりもする為、仮に見付けられたからと言っても店員を煽ったりするべきではない

*2
『遊☆戯☆王OCG』のカードの一つ、速攻魔法。融合モンスターを対象にし、それをエクストラデッキに戻し、()()の墓地に素材が揃っていればそれを特殊召喚する、という効果。色々とややこしい仕様がある為、詳しく知りたければwikiなどを見て貰う方がよいが──相手の融合モンスターに使えば、基本的には除去になる為、融合の多い環境では様々な使い方が検討できる、良カードであることは間違いない

*3
正確には『カードとしては存在しない』扱い。オーバーレイユニットにする時もフィールドを離れた扱いではない為、一部のカードは注意が必要だったりする

*4
『ジョジョの奇妙な冒険』第六部(Part06)『ストーンオーシャン』に登場するキャラクター、エンリコ・プッチの有名な台詞から。正確には『落ち着くんだ……『素数』を数えて落ち着くんだ……『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……わたしに勇気を与えてくれる』。元々はスティーヴン・キング氏の作品内に存在する『トイレで素数を数える習慣を持つ男』のオマージュだと言われている。その習慣の中では『13』まで数えることが普通なのだが、とある理由からそのカウントが大きく逸脱し始め、それが()()()()()()()()という表現となっている……という、ジョジョファンならなんとなく『ん?』となる話が存在している

*5
怪談の一つ、『皿屋敷』と呼ばれるものの描写から。皿が一枚足りない、ということを訴えるものだが、話の内部に幾らか矛盾点があるそうで、史実から面白おかしく話を曲解されている可能性があるのだとか。ともあれ、夏の怪談としては定番のものであることに変わりはない

*6
ネットスラングの一つ。同一の話題を何度も使っていること、それによる飽きなどを意味する言葉。由来がどこにあるのか、というのは多説あり不明(お笑い用語説やゲーマー用語説が有名)『擦れて内容が掠れてしまうほどに使い込んでいる』というような意味合いか

*7
皿屋敷の怪談から派生した妖怪、ないしネタ。何かしらの数字・枚数などが『一足りない』ことが頻発する時に現れているとされる存在。……いわゆる経験則、思い込みの一種でもあり、TRPGなどではよくお世話になる(達成値に出目が一足りない、など)

*8
『オイラはビィ!トカゲじゃねぇ!』好物はリンゴな、ビィ君のお決まりの挨拶



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本当なら紫じゃなくて赤がよかった(四季の色的な意味で)

「ええとつまり、他の三体は黒に紫に白……って感じに、色で統一されているのにも関わらず、何故か一体だけ色でもなんでもない『烈』が混じっていることに憤慨している……ってこと?」

「然り!そもそも『黒』『白』とするのであれば、あとは『赤』『青』とするのが筋であろう……みたいな気分も無いではないがな!」

「……『紫』は赤と青の混合色だから、それで間に合ってたりとかは……」

「それはそれで『烈』が気に食わぬ!……というか、その主張が通るのであれば『黒』はまだしも他二色がおかしくなるではないか!『白』は『桃』、『紫』は『赤紫』とでも呼ぶつもりか?」*1

「ぬぅ、正論のような屁理屈のような……」

 

 

 彼の言葉を聞きながら、鼻白んだ表情を晒す私達。

 凄まじく端的に言えば、彼ことズァークは派生系である『覇王竜』が(色んな意味で)中途半端であることに憤慨している、ということになるらしい。

 

 確かに、黒と白を含む四つの存在……と前置かれているのであれば、残り二つの枠に(あか)と青を混ぜたくなるというのは、創作に関わる人間としては当然のこと……と言えなくもないかもしれない。*2

 ……まぁ、その感覚の元となる四象関連の話というのも、これまた擦られ過ぎている類いのモチーフであることも確かなので、スタッフ側がちょっと外した……とかが正解なのかもしれないが。

 それはそれとして、『烈』以外は全て色で統一されているということも確かな事実。それゆえにちょっと気になってしまう……というのも仕方のない話だと言えてしまうわけだ。

 ……え?白と紫は後付けの可能性もある?ついでに言うなら後から増えた『(リンク)』はまだしも、『赤』に関してはカード色だとトラップ()くらいしかない?*3

 

 ともあれ、『烈』が黒と同じ素体からの派生・ないし発展系だとするのであれば、それは『覇王竜』というカテゴリとしては別枠のもの……と言い張ることも不可能ではないだろう。*4

 ゆえに『烈』のことは一旦脇に置いて、『青』──即ち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言ったようなことを、彼は述べていたのだった。*5

 ……つまるところオリカ*6作成の依頼、ということである。

 

 

「人聞きの悪いことを言うでないわ!我に扱われるに足る、光栄なるカードを生み出す権利を貴様らにくれてやる、と言っておるのだ!」

「そのために化けて出た、って辺りがワケわかんないんだよねー……」*7

 

 

 まぁ、当のズァーク本人はこちらのそんな発言を聞いて、地団駄を踏みながら訂正を入れていたわけなのだが。……正直、地縛霊になって化けて出ている辺り、真っ当に相手をするべきかどうか悩んでいる私達である。

 

 ──そう、化けて出ている。

 ここにいるズァークは、先ほどギャラクティック・ノヴァばりに爆発した()()()()()()が、怨霊染みた存在となって化けて出たものなのである。

 ……どうにもこのズァーク、なにかしらの切っ掛けで生まれた聖杯的な力の塊(要するに【兆し】)が意思を持った結果、抑止力的ななにかによってその力を発揮する前に爆発四散させられた存在……ということになるらしい。

 

 正直、説明しているこちらもよく事情を把握しきれていないのだが……、ズァークも元々は観客達の声に応えるもの──いわゆる()()()()()()()()であると言える。

 それにより、いつもの雑極まりない【継ぎ接ぎ】の連鎖が発生。

 聖杯的な力の塊がズァークになり、そのズァークが意思を持って動き出す前に『願いを叶えるものの破壊(ノヴァ破壊シリーズ)』の場面再現が起き、結果として()()()ミニサイズのズァークの地縛霊として成立した……ということになるのだとか。

 

 で、そんな彼が()縛霊として縛られている『土地』に当たるのが、『榊君のデュエルディスク』ということになっているようで……。

 そのことを知った時の榊君の顔は、なんとも言えない絶望にまみれていたのでした。

 こう、仮に彼が魔法少女なら、瞬時にソウルジェムが濁って魔女化しかねないレベル、というか。……虚ろな目で除霊を頼もうとする(五条さんを呼ぼうとする)彼を押し止めるのに苦労した、とも言い置いておく。

 

 ……後日、試しに五条さんに聞いてみたら「ああ、デュエリストはパース。あれ下手すると『無限にも限界があったのさ』とかなんとか言いながら、あっさり無下限越えてくる人が居たりするからねぇ」とすげなく断られてしまったので、もし仮に連絡できたとしても、彼の絶望を更に深める結果にしかならなかったかもしれない……と言っておく。

 まぁ、デュエルモンスターズってわりと意味不スペックだからねぇ……。*8

 

 ともあれ、今ここにいるズァークが怨霊の類いであり、榊君そのものではないけれどそれに近しいモノに取り憑いている、ということは事実。

 なので彼に穏便に・かつ拙速に成仏願うのが今の私達の総意、ということになるわけなのだけれど……。

 

 

「……憑依して貰って『シャイニング・ドロー』とか『リ・コントラクト・ユニバース』とか『ストーム・アクセス』とかした方が早いんじゃ……」*9

「キーアさんそれ本末転倒ってやつですからね?!」

 

 

 正味なところ、デュエリストらしく()()()()()()して貰った方が早いのでは?……みたいな意見が浮かんでくると言いますか。*10

 

 いやだって、ねぇ?

 このズァーク君が言ってることは、噛み砕いて言えば『実際のデュエルで使えるカードを作りたい』であり、単なるオリカ作成とはわけが違う。

 正規でそれを行おうとすれば、彼を引き連れてコ◯ミに向かい、ロビー辺りで『我とデュエルしろぉっ!!』もとい、お願いをしに行かなければならないということになるわけで。……いや、んなことできるかいってんですよ。

 

 その点、デュエリスト特有のカード創造系技能を使えば、デュエルディスクにも認識して貰えるカード作り放題……いや別に作り放題ってわけではないか。

 まぁともかく、ちゃんとデュエルで使えるカードを作るのであれば、今からコナミに頼みに行くよりもオカルトパワーで精製する方が早い、というのは事実。

 

 であるならば、その新カードを望んでいる本人に作らせるのが、一番手っ取り早いというのもまた事実。……なのだが、今のズァーク君は霊体のようなもの、そのままではカードを作るどころかカードに触ることすらできないのである。

 なので、榊君に憑依合体(オーバーソウル)☆……して貰うのが最短ルートになるのだ。……が、それは裏を返せば『相手に成仏して欲しいのに憑依先を提供している』という、解決する気がないのでは?……なんて苦言を呈されても仕方のない所業に見えてしまう、というわけでもありまして。

 

 まぁうん。嫌がるよね、拒否するよねっていうか?

 そんなわけでこの提案は否決、他のやり方を模索することになったのでしたとさ。

 

 そうして、他のやり方──必要そうなモノを集めて釜にぶち込み、カードを錬成する方法(なにをどう間違えたのかサファイアができた。『覇王青竜』だからと言って青いモノを中心に集めたのがよくなかったらしい)とか、はたまた地中から石板を掘り出す(そもそも存在しないカードなので、精々オベリスクが見付かったくらいだった)とか、様々な方法を試してみたのだけれど……、どれも失敗。

 正確には、別なものは出来上がるけれどカードはできない……というなんとも不可思議な事態に陥ったのだった。

 

 

「ってわけなんだけど、なにか対処法とかやり方とか知らない?」

「……突然店にやって来てなにを言うのかと思えば、君は私のことを、なんでも屋かなにかと勘違いしているんじゃないかい?」

 

 

 微妙な手詰まり感を感じた私達が、向かったのはラットハウス。そこでこちらを出迎えてくれたライネスに子細を聞かせたところ、返ってきたのはため息混じりのそんな言葉だった。……なお、この時点でズァーク君が怨霊化してからは一週間ほど経過している、ということを付け加えておく。

 

 

「ははぁ、一週間もこんなことを?……いや、なにかしら作れている辺りは、流石だって言っておきたいところだけど。……もっと早くに無駄な行動だ、って気付いたりはしなかったのかい?」

「いやー、◯ナミに頼みに行くのが無理な以上、もう手当たり次第に試してみるくらいしか思い付かなくてさー……」

「ああなるほど、一番手堅い選択肢が初期も初期に潰れていたから、当てずっぽう以外手がなかった、というわけか……」

 

 

 こちらの成果を纏めた資料を流し読みしながら、呆れたような視線を向けてくるライネス。

 まぁ確かに?作中において『デュエルモンスターズの起源は錬金術にある』みたいなことを言っていた気がしたから、そっち方面のことを色々と試していたのは事実。

 

 ……ただそれは、『コナ◯本社にズァークを連れていく』という一番確実で一番手堅い選択肢が、実際には一番選択してはいけない・選択できたモノではないやり方だったからこそ。

 そうでなければ、私もこんな成功確率一パーセント切ってそうなやり方なんて選んでないのである。

 そもそも作ろうとしているのは、新たなる『覇王竜』。……オカルト方面からのアプローチでは、常に暴走の危険が付き纏うのだから。

 

 

「……ああなるほど、だからこそ『適当にプロキシ*11でオリカを作ってそれにパワーを込める』みたいな方法を選ばなかった、ということか」

「ぜっったい『偽物だから呪いまーす』とかされるって目に見えてたしね……」

 

 

 そんなこちらの言葉に、納得の表情で一つ頷くライネス。

 ……作中でコピーした『ラーの翼神竜』を使ったら天罰が下った、みたいなことがあったが、今回のこれも同じ。*12

 幾らズァーク本人からの依頼とは言え、オカルト的なやり方ではどこに地雷が埋もれているのかわかったものではない。

 なので、やり方としてはかなり穏当な部類になる、錬金だの発掘だのの方法を試していた、というわけなのであった。

 

 ……まぁ、おかげさまでそもそも『覇王青竜』以外も成功の判定に引っ掛かってたんですが。……さっきのサファイアにしても、実際の宝石に混じって『サファイアドラゴン』とか混じってるしね、カードの。

 

 そんな感じで、時折カードも出来上がるけれどお目当てのモノじゃない、みたいなことを繰り返した結果、疲弊しきってしまったのが、店内で椅子に座って死んだように項垂れている他の人々、ということになるわけでございまして。

 ココアちゃんに大丈夫ー?と声を掛けられ、呻き声をあげる他の面々を見ながら、私はライネスと顔を見合せ苦笑するのだった。

 

 

*1
黒は何色を混ぜても黒色だが、他の色は混ぜれば混ぜただけ色が変わるだろう、の意。ここでは『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』のことを『赤』と見立てた上で話をしている(『クリアウィング・シンクロ・ドラゴン』は『白』、『スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン』は『紫』)。『覇王竜』状態で『覇王白竜』『覇王紫竜』となっている辺り、カードの色を述べているだけなので仕方ない……と見せつつ、『覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン』だけ命名法則から溢れているのでツッコミが入る、という形。……まぁそもそも『白』と『紫』は最終話でのポッと出だ、というツッコミの方が先だろうが

*2
四神、およびそれに割り振られる色のこと。()春・()龍のような形で、青・()・白・()が割り振られる。またこれらの色は、それぞれ『色名+い』でそれぞれの色を表す形容詞になる(他には『茶色い』と『黄色い』しかなく、『色』という単語無しではこの四つしかない)こと、及び単語を繰り返すことで副詞的な用法になる(『青々と』『赤々と』『白々と』『黒々と』)という共通点がある。それぞれの色は『明るい()』『暗い()』『著し()(はっきりとした、の意。読みは『しろし』)』『淡い()』が語源である、とする説があり、それによればそれぞれ対になっていたのは『赤・黒』『白・青』と、今とは違ったものだったのだとか

*3
なお、儀式はエクストラデッキに入らないからか、最初から無視されている。初代からある特殊なモンスターなのに……。まぁ、原作の方では儀式によってモンスターが変化した(何処からともなく呼び出した)、みたいな描かれ方をしている為、今の儀式モンスター自体が本来のそれからは外れている……ということなのかもしれないが

*4
実際、レイジングはリベリオンと召喚条件が同じであり、効果が強力になっている(公式でもそう言われている)辺りに異端さがある、とも言えなくもない。故に『烈』だけが法則から外れている、と見るのも不可能ではないだろう。もしかしたら、その内『白』『紫』にとってのレイジングに当たるモンスターが登場したりする、のかもしれない……

*5
なお、実際に『ペンデュラムであるリンクモンスター』を作る場合、ペンデュラムゾーンでの扱いをどうするか、という問題があったりする(元々ペンデュラムゾーンは別枠だったが、新マスタールール以降従来の魔法・罠ゾーンに統合された。結果、『リンクマーカーを持ったカードを魔法・罠ゾーンに置ける』カードとなりうる、という可能性を持つカードになっている。もし仮にペンデュラムゾーンでもリンクマーカーが有効となれば、ペンデュラムテーマの革命となるだろう。……なので、その辺りのルールの兼ね合いからか、今のところ出てくる気配はない。調整ミスしたら即刻禁止行きも見えるので仕方ないのだが)

*6
オリジナルカードの略。試しに作ってみるとわかるのだが、過去カードのプールが大きすぎる遊戯王の場合、容易にプレミを誘発する・ないし読者からプレミを指摘されうる可能性が高い。特に創作においては、その場その場で出てくるカードの選別は作者に委ねられる為、場合によっては『ご都合主義』『ご都合悪い主義』と詰られることもある

*7
『ワケワカンナイヨー!』だとウマ娘のトウカイテイオーの台詞になる。予防注射は大切だからちゃんと射ちましょう。……え?わかんないのはそっちではない?

*8
なお他のカードゲームも大体ワケわかんない模様

*9
遊戯王における半分イカサマみたいなドロー方法のこと。『リ・コントラクト・ユニバース』に至っては(本当は『元の姿に戻した』のだとは言え)カードを書き換えているのでイカサマ呼ばわりされても仕方ない。なお、この辺りの話は『遊☆戯☆王SEVENS』において【デュエル憲章第6666章第6項】『デュエリストが対処出来ない不測の事態により、デッキの内容が変更された場合でもそのデュエルは続行しなくてはならない』という形で肯定されていたりする

*10
儀式によるモンスターの降臨を、原作ではカードを生み出していた……と見る場合はみんなやってるとも言えるのがカードの創造。これができるようになればデュエリストとして一人前、なのかもしれない……

*11
『代理』という意味の言葉『proxy』から。カードゲームにおいては、特定のカードを持っていない時などに、その代わりとして投入するもの。公式戦では使えないが、友達同士や了解を得られた時、新規カードを入手する前に試しにデッキに投入してみる時などに使われる

*12
原作で起きたこと。なお、とあるデュエリストは専用のカードを作る、というやり方で回避していたりもした



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理由があって目的があるのだから劇場版

「まぁ、話はわかったよ。つまりは公式の手を借りず、自らの手でカードを精製・ないし入手したい……ということだろう?」

「別に間違ってないけど、その言い方なんか人聞きが悪くない?」*1

「いや、人聞きが悪いもなにも、実際に公式のお世話にはなれないんだろう?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 

 こちらの事情を一通り説明したところ、ライネスはふむと頷きながら軽く手を叩いた。

 地獄の亡者の如く机に沈んでいた面々は、その音を聞いて徐々に復活していく。

 彼らは一様にライネスを見つめ、一体どうするつもりなのかと問い掛けているかのよう。ズァーク君までそんな感じなので、流石のライネスも小さく苦笑を溢しているのだった。

 

 

「生憎と、私はデュエリストでもなんでもない。でもまぁ、魔術師の端くれとして、アドバイスできることというのも、多少は存在しているわけでね?」

「魔術師……?なんです、デッキから他の魔術師でも呼んできてくれるんですか?」*2

「……いや、そんなデュエリスト視点でモノを言われても、こっちとしても困るわけなんだが……おほん」

 

 

 そうして周囲の視線を集めつつ、彼女は次にするべきことをこちらに教えてくれようとしたのだが……サイトから飛び出した横やりめいた言葉に、出鼻を挫かれたような視線を向けたあと、一つため息を吐いている。

 いい加減真面目に話をしよう、ということなのか。

 そんな彼女の様子を見たサイトはといえば、肩を軽く竦めながら黙り込んでしまうのだった。

 

 ……そう言えば、サイトの真月化も解決しなければいけない事態の一つ、だったか。

 状況の流れるままにズァーク君の方を優先してしまったから、いつの間にか例のポイントが貯まり始めているのかもしれない。

 こっちもこっちで解決しなきゃなぁ、なんてことを内心でぼやきつつ、ライネスの次の言葉を待っていると。

 

 

「では次にすべきことだg()

「はいはーい!ここからは私、保登心愛がバッチリ引き継いじゃうよー!」

「……いやココア?人の台詞を遮るのは止めて欲しいんだが?」

「あ、ごめんねライネスちゃーん!嫌わないでぇ~!!」

「いや嫌わないから、だから抱きつくのはやめたまえ、暑苦しい」

「えー?少なくとも外よりは暑くないよ?なんてたって、冷房の効いてるラットハウスの中だからね!」

「そういう問題でもないんだがね……」

 

 

 突然店の奥からズザザーッ、とばかりにスライドしてきたココアちゃんが、場の空気を完全に席巻してしまう。

 

 これには話をしていたライネスも唖然……とまでは行っていない様子。空気感的に、どうにも『ライネスがココアちゃんを呼ぶ』前にココアちゃんがフライングして来た、ということになるらしい。

 つまり、タイミングこそ前後したものの、この流れそのものは予定通りのモノだと言うこと。──即ち、彼女が次なる行動指標のために呼んだのはココアちゃん、ということになるわけで。

 

 ……ええと、マジで?

 思わず口調が変なことになったが、そうなるのも仕方のない話。

 確かにココアちゃんはなんだかんだでデュエリストだが……それでも、オカルト*3方面には(多分)関係のない人物。この状況下で紹介される相手としては、不適当な人物に思えるのだが……。

 

 なんて風にこちらが思っていることを察したのか、ライネスはニヤリとした笑みをこちらに向けてくる。

 

 

「彼女は単なる取り次ぎ役、だよ。本当に紹介するべき相手は、彼女の関係者の方だ」

「ココアちゃんの関係者?って言うと……」

「こんにちはキーアさん。無論、私のことになりますよね」

「うわっ!?……ってあ、はるかさん。とてもおひさし、ぶり、ですね……?」

「なんで疑問系なんですか……いやまぁ、私もなんだかとっても久しぶりにお会いした気分でいますけど」

 

 

 でも多分、お昼とか頂く時に顔を合わせているはずですよね?……といったことをこちらに尋ねてくるのは、ココアちゃんの姉であるはるかさん。

 どうにも、ライネスが紹介したかったのは彼女の方、ということになるらしい。ってことは……。

 

 

「ええ、お察しの通りです。まさか私にまで辞令が飛んでくるとは思っていませんでしたが……ともかく、(あね)さん事件です!」*4

「え、ええ……古ぅ……フレーズしか聞いたことないネタとか飛ばされても困ります……」

「あ、あれ?……い、いえ!フレーズが古いとかはどうでも良くてですね?!」

 

 

 ……突然の発言に戸惑ったりしたものの、彼女の話を纏めると次のようになる。

 日本各地で霊の目撃情報が多発、至急対応されたし──そんな辞令が、お国から発布されていたのだ、と。

 

 

 

 

 

 

「……え、まさか日本全国各地にズァークが現れたとか……?」

「流石にそんなことになっていたら、もっと大騒ぎになっていますよ。過程こそ様々ですが、至るところでお盆が早くやってきた、みたいなことになっているそうなんです」*5

 

 

 青い顔をしながらまさか、と戦く榊君に対し、はるかさんはその発言の内容を苦笑いを浮かべながら否定する。

 

 はるかさんといえば、すっかりこっち(なりきり郷)に馴染んでしまっているが、元々はお国の公認機関?に所属する歴とした公務員である。

 なのでまぁ、古巣からヘルプが飛んでくることも、極々稀にだがあるそうで。

 

 今回のそれも、そのうちの一つ。……いつものそれ──彼女ができないと断っても、他の人員が受け持つだろうモノとは違った、という点を除けばの話だが。

 

 

「……ええと、つまりどういうことなんでしょう?」

「規模こそごまかしきれる程度の小ささですが、それが起きている範囲が広すぎるのだそうで……端的に言ってしまうと、手が全然足りていない、とのことなのだそうです」

 

 

 首を傾げる榊君に対し、小さくため息を吐きながらはるかさんが声を返す。

 

 なんでも今回のお国からの要請、実はゆかりんの方にもちゃんとした依頼として受諾されているもの、なのだそうで。

 それゆえ、五条さんを筆頭とした霊や妖怪などのオカルト関連のエキスパート達は、既に出払ってしまっているのだ。

 

 ……え?なんで私が知らなかったのかって?

 今の私は妖精サイズだから、手を借りる云々以前の問題なのですよ、はい。

 だからまぁ、ゆかりんがこちらに話を持ってくる、ということ自体が発生しなかったのです。

 まぁ、結果としてこうして別口で首を突っ込む羽目になっている辺り、ゆかりんにあれこれ聞いとけばよかったなかなー、とも思うわけなのですが。

 

 ともあれ、五条さん達を投入している以上、事態の収拾は時間の問題だ、と思われていたそうなのだが。

 結果はご覧の通り、離職に近い扱いのはるかさんに話が回ってくる程度には、事態の解決には遠い……ということになっているようで。

 

 

「で、その理由が……」

「はい。発生範囲の広さ、それから規模が小さいがゆえに()()()()()()()、ということになるのだそうで……」

 

 

 鬼太郎君に五条さんが居て、早々に片付かない事態。

 ……これだけ聞くとぬらりひょんでも復活したのか、と思ってしまう話だが。*6

 その実態はつまるところ、手数の足りなさに起因するもの……ということになる。

 

 大掛かりな存在を祓ったり倒したりする、というのであれば二人の戦力は過剰に近いが、それがちまちまとした探索なども含むものである……というのなら話は別。

 二人共『多重影分身の術』とかは使えないため、捜索範囲の広さ・存在の薄さなどを兼ね備えた今回の事件では、単なる一ユニットとしてしか扱えない……ということになっているわけで。

 

 結果、元々はなりきり郷だけの人員で行われていたこれは、今や新秩序互助会どころか、はるかさんのような人にまで救援要請が必要な事態に発展してしまったのだった。

 救いがあるとすれば、世間一般的には『幽霊の目撃情報が増えた』くらいで済んでいる、ということだろうか。

 

 

「まぁ、それはそれで一般の方が面白半分で幽霊探しを行う、というような事態を招いてしまっているわけなのですが」

「うーん夏の恒例行事。……ええとなんだっけ、まだ本格的な夏でもないのに、外はからっからの真夏日だったりするんだっけ?」

「ええ、はい。そのせい……というわけなのか、上の方からは『夏の暑さと一緒にお盆まで前倒しになった』……なんて言う冗談?まで飛び出すほどだそうで」

「ふーむ。郷の中はまだ初夏も初夏って感じだし、あんまりその辺りの感覚にダメ出しはできないけど……」

 

 

 まぁそれはそれで、普通の人が面白がって廃墟とかに幽霊探しに行ってしまう……みたいな二次被害を出しているみたいなので、あまり笑い事でもないのかもしれないが。

 

 なんでも、今年の六月は記録的な暑さなのだそうで。

 郷の中では気温が調整されており、一応今の気温は初夏の頃──大体二十五度付近になっているのだが。

 外に出ればまさに灼熱、まだ六月だというのに気温が四十度を越えたところもある、なんてことになっているのだそうだ。

 

 火山噴火のあった年は冷夏になる*7……なんて話もあるが、今年は当てはまらないとのこと。

 これから八月になっていく内に、更に気温は上がっていくだろう……なんて予測が立っているため、今から人々は戦々恐々としているのだそうだ。

 

 まぁ、そんな感じなので『夏が前倒しになった』なんて戯れ言も、笑い話としては微妙な感じとなっており。

 結果、霊の帰ってくる時期として有名なお盆も、前倒しになったのでは……なんて話が出てくるようになった、とのことであった。

 

 

「ふぅむ、お盆ねぇ……」

「これが強ち冗談とも言いきれないらしくてね?これは紫から貰ってきた資料なんだけど」

「うん?何々……『原因不明ながら、霊的な気配が増加の兆しあり』……?」

 

 

 で、この冗談、どうにも冗談で済ませていいものなのか、微妙なところがあるのだという。

 どういうことかと言うと、実際に霊的なモノの出現──この場合は【兆し】や【顕象】の発見数が増えているのだそうで。

 

 いや、さっきから言ってるじゃん?……と思う人も居るかもしれないが、さっきまでのそれは()()()()()()()()()()()()が増えたことによる、確認用の人員が必要となった……という話。

 こちらは、それらの確認作業の結果、本当に霊が発見されている、という数値上での問題の方。

 ……まぁ要するに、最初は本腰を入れていなかった調査作業(それでも最高戦力(五条さんと鬼太郎君)を投入している辺り、慢心はしていない)が、もっと真剣に考えなければならなくなったということの報告なのだ。

 

 さっきの冗談は、この報告が上がる前に言われたもの。

 ……口は災いの元、なんて風に突っ込まれても仕方のないモノ、というわけである。

 そもそも最初に二人を投入したこと自体、実際は『悪戯とか勘違いとかだろうけど、とりあえずこいつらを投入しておけば問題は解決するだろう』みたいな、結構大雑把な理由だったそうだし、なんというかもう……なんというか、だ(語彙力)。

 

 

「で、ここに来てそこのズァーク君。彼も地縛霊なのだと言うのであれば、その発生の原因はこれらの幽霊騒動に関係がある、と見てもおかしくはないんじゃないかい?」

「……ええとつまり、カード作成じゃなくて元を潰す形で成仏させる、みたいな……?」

 

 

 で、そこまで語り終えたライネスは、どうだろうとでも言うようにこちらに視線を送ってくる。

 

 ……このズァークの発生原因が、一連の幽霊騒動に関わっていて。それから、それらに黒幕が居るのだとすれば……確かに、それをどうにかすればズァーク君を満足させる必要なく、この問題を解決できるかもしれない。

 まぁ、頼み事?をスルーしてそういうことをする、ということに一抹の不安というかがないわけではないが……。

 

 

「正直手詰まりだし、ズァーク君には悪いけど君の発生理由から探ってみるとしようか」

「う、うむ?いやその、確かに我は今霊のようなものだが……」

「なんだっていい!覇王を捨てるチャンスだ!」

「霧が出ておらぬか!?」*8

 

 

 正直、暑さで茹だるのと近いような状態の、榊君をこのままにしておく方がアレである。

 そういうわけなので、私達は一度解散し、各々準備を整えることにするのだった……。

 

 

*1
()()かれたら()()噂が立つような事柄、もしくはそのさまを指す言葉

*2
『遊☆戯☆王OCG』におけるカテゴリの一つ。榊遊矢の使うカード群の一つであり、他には『EM(エンタメイト)』や『オッドアイズ』などが存在する。カテゴリ間のシナジーが強く、迂闊に強力なカードを与えるとぶっ壊れる、といった感じでコナミに恐れられているような気がする……

*3
ラテン語の『occulta』──『隠されたもの/隠された知』という意味の言葉を由来とするモノ。神秘や超自然的なもの、即ち触れられないものについて扱う。……のだが、その範囲は意外と曖昧である

*4
石ノ森章太郎氏の漫画、及びそれを元としたドラマ『HOTEL』、その中でナレーションとして有名な台詞が『(ねえ)さん、事件です』。1990年代のドラマなので、とても古い。なお、『あねさん』という呼び方は旅館や料理屋、もしくはヤクザものなどで目上の女性に対しての親しみを込めた呼び方、として使われるものである

*5
お盆とは、日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した結果生まれたとされる夏の行事の一つ。かつては旧暦の7月15日前後を中心として行われていたが、そのまま日付を新暦に合わせると農繁期(農業の忙しい時期)と重なる人が多かった為、8月15日に移動したのだとされる。元々は『盂蘭盆会(うらんぼんえ/うらぼんえ)』と呼び、これはサンスクリット語の『ウランバナ』を音訳したもの。そちらの意味は『倒懸(とうけん)』……人の手足を縛り逆さに吊るすことを指し、その罪に苛まれている相手を救うために死者()()の供養をした、という仏教上の出来事が元となっているのだそうな

*6
詳細不明の謎の妖怪。とらえどころのない存在だとされる。海坊主の一種とも言われるが、これは正確には同名の別妖怪なのだとか。いつの間にか『妖怪の総大将』の呼び方が広まっており、現代での扱いも主にそれに準じる

*7
舞い上がった火山灰などが太陽の照射を妨げる為、噴火の規模が大きければ大きいほど夏が寒くなるのだとか

*8
無論ミストさんのこと。最近は親しみを持って呼び捨てにすることすら躊躇われる、なんてキャラも増えてきた為、彼の扱いもそろそろ微妙かもしれない



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カスタムデュエルディスクなら、扇風機くらい付いてるかも

「デュエルディスクは持った?デッキの準備はオッケー?よぅし、じゃあ早速出掛けよう!……あっ、外は日差しが強いから、帽子とかは忘れずにね?えっと、日焼け止めいる?」

「こ、ココアちゃんが、頼れる姉オーラを発している……!?」

「こうして外に出ること自体、わりと珍しい方ですから。……いつもよりも多めに張り切っている、のかもしれませんね」

 

 

 なりきり郷のロビーにて、再び集合した私達。

 全員が必要なものを用意して、こうして集まり直したわけなのだが……なんだかこう、ココアちゃんが張り切っているような?

 はるかさんの言う通り、ココアちゃんが郷の外に出るということ自体がわりと珍しいことであるうえ、今回の彼女は更に珍しい『頼られる側のポジション』でもある。

 

 その結果が、この溢れ出る『姉オーラ』*1ということになるようだった。……張り切りすぎて、途中でエンスト*2とかしなければいいのだが。

 

 なお、今回の私の格好についてだが、郷の外に出るのだから大きくなっても構わないのでは?……などと思っていたのだが、キリアからはホッホッホ、DA☆ME(ダメです)の一言。*3

 ……凄まじく業腹だが、仕方ないので妖精サイズのままなのであった。無論、それだと目立つどころの話ではないので……。

 

 

「猫の着ぐるみ……いやこれは着ぐるみか?ホントに?そも我が入れる猫ってなんぞ?」*4

「剥製みたいに精巧な出来だよねぇ。まぁ、中に入って動いても変に思われないように……って話だったし、できうる限り生き物としての再現度を高めた結果、ってやつなんだろうけど」*5

 

 

 榊君の肩の上でなおなお鳴いているのは、ふてぶてしい表情をした三毛猫。

 対し私はと言えば、ココアちゃんの肩の上でみゃおみゃお鳴いている白い猫の姿。

 

 ……そう、今回の私達は猫のぬいぐるみ……着ぐるみ?を着用した上で、この外出に臨んでいるのである。

 これぞ、琥珀さん謹製猫スーツ!……着ぐるみなのかぬいぐるみなのかスーツなのか、どれなのかはっきりして欲しいという声が聞こえる気がするがスルーさせて頂く。

 

 まぁともかく、ズァーク君と私は要するにペット枠。

 肩の上で大人しくし続けることで、周囲に余計な騒ぎを広めないようにするための処置、ということになるか。

 

 個人的には、かなり遠回しとはいえ自身の成仏のための行動である、今回の外出にズァーク君が同行を申し出たことに、些か疑問を感じないわけでもないのだけれど。

 当の本人からは「ああもう、うん、なんでもよいわ」と凄まじく投げやりな言葉が返ってきたため、その辺りの追求をするのは止めたのだった。……これ、多分なんか見落としてますね……。

 

 まぁ、榊君がある程度精神を持ち直した、というところに意味があるとも言えるので、まったくの無駄足になることはないだろう。

 無論、最終的な結果として榊君の顔が曇る可能性はあるが……その時はその時、その時点での私がなんとかしてくれることでしょう。

 ……自身の今の姿()と発言で、変なフラグが立ったような気がする?なんだいつものことか。*6

 

 ともあれ、集まり直した私達は、そのまま郷の外に出ようと玄関の扉を開けて……。

 

 

「……あっつ!!?」

 

 

 外気のあまりの違いに、思わず撤退する羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

 

「え、なにこのクソ暑さ?確かまだ一応六月だよね?普通なら梅雨でじめじめが恒例行事だよね???」

「外は暑いとは聞いてたけど……まさかこんなに暑いとは……」

 

 

 扉を開けた途端に建物内に入り込んできた熱気に、たまらず退散した私達。

 ロビーに備えられたソファーに崩れ落ちるように座りながら、スマホで情報収拾をしていたのだが……。

 そこで指し示された周辺区域の現在の気温は、なんと三十六度。郷の中との温度差は驚異の十度、ロビー内の気温とならば実に十四度差である。……バカかな?

 

 

「正直舐めてたなぁ……暑いって言っても特定の場所だけだろ、って思ってたというか」

「なんか今年は高気圧が梅雨前線をどっかにやった、みたいなことになってるみたいだね、ニュースを見る限りだと」

「はぁ?……赤道直下より暑いだぁ?なんだよそのクソみてぇな天候は!あぁ、イラッとくるぜ!!」*7

「サイトも安定しないなぁ……」

 

 

 この気温差には、流石の面々もグロッキー。

 話に聞くのと実際に体感するのでは大きな差がある、ということでもあるが、それにしたって違いすぎである。……この辺りはまぁ、郷の内部が()()()()()()()()調()()()()()()()()()、というところもあるのだろうが。

 

 

「あうう~……ダメだぁ、これじゃあ私、溶けちゃうよぅ……」

「ああっ、大丈夫ココア?!お姉ちゃんアイス買ってくるから、ちょっと待っててね!」

「……こっちはこっちで溶けてるし。なんとかなりませんかキーアさん?」

「あー、うん。まぁこれは仕方ないし……テッテレー!『腕クーラー』!*8

「……さっきから何故、ドラえもん力を高めておるのだ貴様?」

 

 

 この暑さには、姉オーラを纏っていたココアちゃんも流石にダウン。そうなれば実の姉であるはるかさんが慌てふためくのもまた道理というわけで。

 これでは外でなにかをする、という話以前の問題である……と、榊君からなんとかならないか、と嘆願を向けられることになった私。

 

 ……本当は使う気は無かったのだが、仕方ない。

 彼の言葉にそうため息を返しつつ、ついと腕を振って虚空から呼び出したるは、腕時計みたいな形のアイテム。……ズァーク君が随分とフレンドリーになってきていることに、密かに面食らいつつ。

 人数分のアイテムを取り出した私は、それをみんなに配っていく。そうして全員に行き渡ったのを見届けたのち、改めて口を開いた。

 

 

「これは『腕クーラー』と言って、腕に付けるだけで涼しくなれる道具なんだ」

「だから何故、さっきから貴様はドラえもんっぽくしておるのだ?!」

「細かいこと気にしてちゃ強くはなれないんだぜ?」

「答えになっておらんわ!」

 

 

 取り出したアイテムの名前は『腕クーラー』。

 さっきからズァーク君がツッコミを入れている通り、ドラえもんのひみつ道具の一つであり、その名前の通り『腕に付けるクーラー』である。

 それだけなら、何故使うことを渋っていたのか?という疑問が湧いてくるかもしれないが……よくよく考えて頂きたい。これはひみつ道具なのである。*9

 

 

「まぁ、正確には琥珀さんが作ったモノなんだけど……これも『逆憑依』関連の技術の賜物、逆を言えば()()()()()()()()()()()()()ことを主題に作られたモノなわけでね?」

 

 

 まず以て、クーラーを腕時計サイズに縮小する……ということ自体が、現行の科学では難しいことである。*10

 無論、単にひんやりするというくらいなら、今の技術力でも出来なくもないかもしれないだろうが……これは文字通りのクーラー、周辺気温を明確に冷やしている。

 

 つまり、生半可なモノではその名前を名乗るに相応しくない、ということであり。それは裏を返せば、その名前を与えられている以上は、それをそれであると認定できるだけの性能がある、ということでもある。

 

 ……まぁ要するに、このひみつ道具もまた『再現度』に縛られている、ということ。

 実際に『腕クーラー』を名乗れている以上、そのスペックはほとんど再現されているということだ。

 

 

「ええと……?」

「雑に言えば非生物の『逆憑依(なりきり)』ってこと。……まぁ、生き物でないモノに憑依ってのもおかしいから、琥珀さんは『なりきり(ごっこ遊び)アイテム』とか呼んでるみたいだけど」

「い、一気に俗な感じの呼び方に……」

 

 

 首を傾げる榊君に、雑に説明する私である。

 なお、変身アイテム系統も『逆憑依』された人が直接持ち込んだモノ──例えばアスナさんのナーヴギアみたいなモノを除けば、全てこの『なりきりアイテム』の類いである。

 この場では……元々デュエリストではない、ココアちゃんのデュエルディスクも含まれるか。

 

 ここまで説明すればなんとなくわかるかと思うが、ココアちゃんが普通に他のデュエリスト達とデュエルできているように、これらの『なりきりアイテム』は本物?となんら遜色のない性能を持っている。……いやまぁ、彼女のデュエルディスクを作ったのは、決して琥珀さんではないけれども。

 

 ともあれ、『なりきりアイテム』の扱いはエミヤさんの投影品のようなもの。

 即ち、単に使う分には本物とさして変わらないわけで。……それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 

 

「例えばデュエルディスクなら、闇のゲームとかみたいなリアルダメージ系のルールにも対応している……みたいに、再現しなくてもいいようなものまで再現しているってわけでね?」

 

 

 これは、『なりきりアイテム』達もまた『逆憑依』カテゴリーに含まれるものだからこその問題点。

 例えば投影品なら、改造したりすることで使いやすくすることができる。それが本物だったとしても、改良するなどして欠点を改善することは可能だろう。

 

 が、『なりきりアイテム』の場合は違う。

 これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という形式のものである、と見なすのが一番近い物体。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 結果、これらの道具はそれらの致命的な欠点ごと、再現せざるを得ない状態となっており……、

 

 

「『腕クーラー』の場合だけど、ネジを回すことで涼しくできるんだけど……クーラーだけに暑くするのは無理でね?だから、変に回しすぎると凍ります」

「……一応聞いておくけど、なにが?」

()()()()()()()。……ドラえもんのひみつ道具で、涼しさを求めようとするとビジュアルを犠牲にするか(エアコンスーツ/プール服)、はたまたやりすぎで凍りつく可能性と格闘するか(エスキモー・エキス/あべこべクリーム)、二つに一つって感じなんだよね」*11

「実に極端ですねぇ……」

 

 

 今回の腕クーラーの場合、常に凍り付けになる危険と隣り合わせ、という問題があるのだった。

 いつもの琥珀さんの開発物と違い、再現を主眼に置いたアイテムなのでリミッターもない。

 つまり、使用方法を間違えると……まぁ、ね?

 

 無論、ここにいる面々が間違えることはないと思うのだが、外は異常なまでの暑さ。

 原作でネジを巻きすぎる描写がある辺り、この『腕クーラー』の温度調整というのは、かなり細かいものなのだろう。

 ……なにが言いたいのかと言うと、早く気温を下げようとして多めに回しすぎる可能性がある、ということで。

 凍り付けにまでは行かずとも、寒さで震えることになる可能性は多いにある。ゆえに、脅かしすぎなほどに注意を促している……というわけなのであった。

 

 まぁあとは、意外とこの『腕クーラー』が高いため、ミスって温度を下げすぎた時に最悪壊すしかない、というのが嫌すぎるってのもあるんですけどね。

 

 

「俗だねぇ」

「無駄に浪費するよりはいいでしょ。……まぁそんなわけだから、くれぐれもネジを回しすぎないでね」

 

 

 ポツリとぼやくサイトに苦笑を返しつつ、私は他の面々にちゃんとした使い方をレクチャーし始めるのであった。

 

 

*1
『ご注文はうさぎですか?』より、頼れる姉が発するとされる特殊な力場。母性とは違うモノだとされる。作中ではココアの姉、モカがその力を発揮し、普段のココアのそれが、所詮はまねっこであるとチノ達に印象付けたのだった……

*2
『エンジンストップ』の略称。急にエンジンが止まってしまうことから、張り切っていた人物が糸の切れたように静かになること、疲労によって黙ってしまうことなどを指す。なお、『エンジンストップ』は和製英語なので、英語としては通用しないので注意

*3
『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』より、武藤遊戯の祖父・武藤双六が海馬瀬人に『青眼の白龍』の交換を求められた際、それを断った時の台詞

*4
※無関係の人には『なーお、なお』と聞こえます

*5
※無関係の人には『みゃお、みゃーお』と聞こえます

*6
大体ドラえもんより。『その時点での私が~』は『ドラえもんだらけ』というエピソードでのドラえもんの様子から。タイムマシンで未来の自分を連れてきて宿題を手伝わせる、という手法を取った彼の結末は……?『なんだいつものことか』は『らくらく仙人コース』というエピソードにおけるドラえもんの台詞『なんだいつものパターンか。』から。のび太とのやり取りの中で発せられた言葉だが、のび太ものび太だとはいえ扱いがとても雑である

*7
前半は今年の六月時点での気温について。ナウル共和国政府観光局がツイートした所によれば、赤道直下のナウル共和国が30度だったのに対し、日本の群馬県では40度だったそうな。後半の『イラッとくるぜ!!』は『遊☆戯☆王ZEXAL』のキャラクター、ナッシュこと神代(かみしろ) 凌牙(りょうが)の台詞。彼のことが嫌いで嫌いで仕方ないというベクターの姿をしているサイトが発言している、という辺りに彼の不安定さが見える

*8
ドラえもんのひみつ道具の一つ。アニメ化はしていない為、かなりマイナーな道具。読んで字の如く、腕に付けるクーラー

*9
『危ないひみつ道具』で検索すると、幾らでも例が上がってくる程度には危険物ばかり。それがひみつ道具である。……未来の治安はホントにいいのだろうか?

*10
『腕クーラー』は原作において、装着者が凍るくらいの冷房効果を持つひみつ道具である。そんなものを腕時計サイズにまで小型化するのがどれほど難しいことなのか、説明するまでもないだろう。一応、四次元空間下に排熱装置などを折り畳めるのならば、現行の科学でも作れなくもないかも……そもそも四次元空間自体が無理?それはそう

*11
『エアコンスーツ』は『原始生活セット』に含まれるひみつ道具の一つ。原始人が着ている毛皮のような見た目の服で、着用者の周辺の気温を操作する効果がある。が、極端な環境では気温を調整しきれないという欠点がある。『プール服』はビニールのような材質の服で、中に水を入れることができる。『水が入っていてすずしい』と説明されているが、構造自体が単純すぎる為ひみつ道具感がなく、かつ水風船を着ているような見た目なのでとてもダサい。子供に着せる分にはいいかもしれない。『エスキモー・エキス』は飲むクーラーとも呼ばれるひみつ道具で、見た目は哺乳瓶内に雪が降っているというもの。飲めば『あつい』というワードを起点に体感温度を三度下げるが、途中でオンオフできないこと・他人の言葉にも反応することなどの欠点があり、実際ジャイアンとスネ夫は凍り付く羽目になった。……凍っている時点で体感温度を調整しているわけではないのでは、と思わなくもない。名前の『エスキモー』が差別用語にあたること、及び作中での使用理由が『がまんくらべ』であった為、真似する子供がでないようにという配慮なのか一度しかアニメ化したことがない。『あべこべクリーム』は、文字通り体感温度があべこべになる(ひっくり返る)ひみつ道具。体に塗布して使うが、『雪で火傷する』『熱湯で凍り付く』などのとんでもない結果をもたらすことも。一応、塗布した量で効果が変動する、みたいな描写もあるのだが、そちらは再登場時に付いた設定である。これらのものを使うくらいなら、素直に『テキオー灯』を使った方がマシだが、こちらは一日で効果が切れる為、調子に乗って効果時間を超過すると、間違いなく酷い目に合うので注意が必要……と、ひみつ道具はそのほとんどが『ルールを守ろう』みたいなところがある



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ポケットに雪女、が多分ドラえもんの道具では一番楽で涼しい

「わぁ、ホントに涼し~い、極楽だよ~う……」

「……涼しいのはいいんですがぁ~……なぁんで現在の設定温度とか見れねぇんだよ、こいつ。舐めてんのかぁ~?」

「まぁまぁ。一応補足しとくと、結構古い時期のひみつ道具だからね、これ。*1『なりきりアイテム』である以上は、追加機能とか増やせないだろうし」

「そういう意味でも使い方には注意、ってわけなんだね……」

 

 

 外に再び飛び出した私達は、『腕クーラー』の力によって暑さに打ち勝つことに成功していた。……いや、正確には打ち勝ったとは言い辛いかもしれないが。涼しさを持ち歩いているようなものなのだし。

 

 ともあれ、これでようやく目的地に向かうことができる。

 新秩序互助会から技術提供を受けて作られた『ごまかしバッジ』(命名・琥珀さん)の効果によって、周囲から容姿的な意味(具体的には変な髪の色とか)で怪訝な視線を向けられる心配もない。

 ゆえに悠々と歩き始めた私達なのであったが……それでもまぁ、さっきから言っている通りに『腕クーラー』には要注意、なのであった。

 

 そもそもの話、『腕クーラー』はアニメにもなっていない、かなりマイナーかつ古いひみつ道具である。

 使っているのがのび太ではない、という辺りも珍しい道具であるし……詳しい設定が不明、という点でも珍しい道具だと言えるだろう。

 

 それは裏を返せば、使い方はかなり探り探りになるということでもある。

 道具の使い方をミスって凍るというのは、ドラえもんにおける『涼しさ』関連のひみつ道具のお決まりのオチの一つだが。*2

 それにしたって、段階的に涼しく・もしくは寒くなっていく道具で凍ってしまう、ということ自体がわりと異常だと言えるだろう。*3

 

 なので、細心の注意を払いつつ、高度な柔軟性をうんたらかんたら。

 

 

「はいはい、キーアさんも心配するのはそれくらいにしましょう。今回の外出は長丁場、変に根を詰めていると早々にバテてしまいますよ?」*4

「ぬぅ、それもそうか……ところではるかさん」

「はい?なんでしょうか」

「ある程度の違和感はごまかせているとはいえ、流石に猫相手に話し掛けていれば目立ちますよ?」

「……そういえばそうでしたね……」

 

 

 なんて風に注意喚起を繰り返し呟いていると、はるかさんから逆に注意されてしまったのだった。……古巣からの依頼だからなのか、はるかさんもどことなく張り切っている気がするような?

 

 とはいえ、どこか抜けている感があるのもまた彼女の特徴。

 他の面々が、あくまでも前を向いたままにこちらへ声を掛けていたのに対し、彼女は現在()()()()()()()()()()()()に顔を近付けて、真剣な顔で何事かを呟いている……端的に言えば変な人、である。

 件の『ごまかしバッジ』はあくまでも『創作のキャラであることを意識させない』ことに重きを置いた道具であるため、単純に変な行動をしていれば目立つのだ。

 

 ……というようなことを注意し返したところ、彼女はほんのりと頬を染め、いそいそと元の位置に戻っていく。

 若干とぼとぼ、といった感じの歩き方になった彼女の肩を、ココアちゃんがぽんぽんと慰めるように叩いているのが、やけに目に染みる正午の一時なのであった……。

 

 

 

 

 

 

「にしても……なんというか、みんな暑そうですね」

「まぁ、実際暑いわけだしぃ~?」

 

 

 人の波……というには少し疎らなそれの間を縫うように進みながら、榊君が周囲を見回しつつそうぼやく。

 

 ここいらの現在気温は三十七度、まずまともに立っていられないような熱気となっている。

 そのため、街を行き交う人々も帽子やフードを目深に被り、日光に直接当たらないようにしながら先を急いでいるのだった。……まぁ、あまりに急ぎすぎると、それはそれで熱風に当たって暑くなるからか、速すぎず遅すぎずという、なんとも微妙な速度を維持している人もそれなりに見えたが。

 

 

「……もしこれで()()()()()()()()()()()()、体温調節も出来ずに更に死んだような状態になりそうだなぁ」

「……マスク?なんでまた唐突にマスク?」

 

 

 そんな中、ポツリとサイトが呟いたのは『こんな炎天下だと、マスクなんてしてたらそれだけで死にそうだよな』という話。

 

 あまりにも唐突な話題に、思わずみんなが首を傾げている。

 だってマスクと言えば、日本では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というイメージの方が強いものだ。*5

 この夏真っ盛りの環境で、マスクをしなければならないという状況がイメージできないのである。

 

 そんな風に皆が首を捻っていると、サイトはハッとした表情を浮かべたあと、小さく頭を振った。

 

 

「……悪ぃ、暑さで頭が茹だってたみてぇだ」

「はぁ、じゃあちょっと休憩する?クーラー使ってても熱中症にはなる……って話聞いたことあるし」*6

「いや、その必要はねぇよ。ちょっと立ちくらみがしたようなもんだ、途中でスポドリでも買えばそれで済むだろうよ」

「……まぁ、問題ないならいいけど」

 

 

 不自然な形で話題を切り上げるサイトの姿に、皆が顔を見合わせるが。

 その後、彼が『真夏のマスク』という話題を口にすることは無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

「おおっと、駅の中は冷房効いてるだろうし、一回『腕クーラー』は外した方がいいかも?」

「外気を調整してるってよりは、体感温度をマイナスするって感じの道具だから、外が冷えると俺達はもっと冷えるかも……ってことだよね?」

「そうそう、そういうこと」

 

 

 駅にたどり着いた私達は、『腕クーラー』の原理が『体感気温を下げる』モノ──周囲を特定の温度にするものではなく、外気との相対気温を下げるモノだと仮定し、一度その使用を取り止めることに。

 

 私は使ってない(猫スーツに空調機能が付いているため)が、だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っぽいことには気付いていたので、それゆえの注意というやつである。

 ……いやまぁ、本当の『腕クーラー』なら、持ち主に接触している人も温度調整の対象である、という可能性もなくはないが。*7

 

 ともあれ、効果を切るには腕から取り外すのが手っ取り早い……ということで、駅の玄関口で腕クーラーを外していく榊君達。

 外したそれらは、各々で管理して貰おうかとも思ったのだが……。

 

 

「高いんだろ、これ。じゃあキーアが保管しといてくれよ」

「私が?……いやまぁ、これくらいなら虚空に保管しとけばどうにかなるけど」

 

 

 ん、とばかりにサイトから差し出された腕クーラーを、虚空にゲートを開いて別空間に保管する私。……最初に腕クーラーを取り出した時の空間に、図らずしも再びしまい込む形となる。

 それを見た他の面々も、次々に私に腕クーラーを差し出してくる。……うぬぅ、迂闊に高いとか口を滑らせた弊害か……。

 

 ともあれ、特に労力がいるわけでもない。

 現在の私は確かに妖精サイズだが、キリアからは離れた場所に居るため、能力を使うことには然したる支障はないのだ。

 ……まぁ、一番安定している大きい姿(シルファ)の姿は(なった瞬間に母さん(キリア)が飛んでくるので)使えないし、キーアとキリアの姿は引き続き安定しないのでダメ……と、今の妖精姿以外に取れる姿がないというのはめんどくさいところだが。

 

 そんな感じにぶつくさ言いつつ、みんなの腕クーラーをしまい込んだ私と、それを確認して再び歩き始めるみんな。

 目的地に行くための電車は到着までにもう少し掛かるようだったので、そのまま駅構内のコンビニにぞろぞろと突入していくのだが……。

 

 

「……いやまぁ、そりゃそうだよな。ペットは禁止だよな……」

「ううー!キーアちゃんは大人しいんだよー!」

「幾ら大人しかったとしても、キャリーに入ってもいないのはそりゃ断られるよね、っていうか」

「我はペットではないわ!」

 

 

 駅に入るまでは良かったのだが、流石に食べ物も扱うような場所に入るには、私達ペットに見える組は許可が下りないようで。

 仕方ないので、私達を乗せていたココアちゃんと榊君は外で待機である。

 

 ……なんかすっかり私達のことを、ペット扱いしているような気がしないでもないココアちゃんに苦笑しつつ、周囲に視線を巡らせれば。

 ココアちゃんの麦わら帽子の上に私が乗っかっているからなのか、周りの人がひそひそとこちらを見ながら会話をしているのが見えた。……まぁ、ごまかしフィルターオンで見るのであれば、『美少女が頭に猫を乗っけている』となるわけなので、仕方ないと言えば仕方ないのだけど。

 

 それだけならまだ、周囲から声を掛けられたりもしたのだろうが。その隣には『肩に猫を乗せた美少年』、もとい肩にズァーク君を乗せた榊君が居るわけである。

 ともすれば美男美女カップルなわけで、周囲は畏れ多く話し掛けるも困難……みたいなことになっているようだった。

 

 

「ええっと、確か……創作物としての違和感は消せるけど、顔の美醜までとなると労力が掛かりすぎるんだっけ?」

「うむ、そこまでどうにかしようとすると、少なくともこのバッジ大の大きさにするのは無理って感じ。実現しようとすると成人男性くらいの大きさの装置になるとか」

「そ、それは現実的じゃないね……」

 

 

 周囲のひそひそ話を聞きながら、こちらもひそひそ話をする私達。

 そんな異様な光景は、他の面々がコンビニから出てくるまで続くのだった……。

 

 

*1
かつて小学館が発行していた幼児向け雑誌『よいこ』の1973年7月号に掲載されており、また『藤子・F・不二雄大全集』の第18巻に収録されてもいる。現在読みたいのであれば、後者の単行本が一番確実な手段となるだろう。なお、1973年は昭和48年、高度経済成長期を終え、バブル景気が始まる前という絶妙な時期である。クーラーが『三種の神器』と言われていた時代は当に終わりを告げているが、それでもサラリーマンの平均年収が140万ほどの時期(参考までに、令和3年の平均年収は500万くらい)に15万ほどの値段であったクーラーを、腕に付けられるモノとして漫画に登場させたことは驚嘆に値するだろう。これでデジタルメモリなんてついていたら、驚きどころでは済まなかったかもしれない

*2
この話のタイトルにもなっている、ポケットに雪女を潜ませる行動──『つめあわせオバケ』の使用が、数少ない『涼しくなったけど凍ってはいない』タイプの話である。まぁ代わりに、ジャイアンとスネ夫の二人がその心胆を寒からしめる羽目になったわけなのだが

*3
セーフティなりリミッターなりが付いていない、ということになる為。切り替えが大雑把であるならば仕方のない話だが、これらの道具は徐々に温度が変わっていくモノ。どこかで止めるようにしておくべきでは?……と疑問に思うのもまた仕方のない話、というわけである

*4
『バテる』とは、疲れはてて動けなくなることを指す言葉。そのまま『疲れはてる』の『はてる』が変化した省略説、及び競馬において疲れた馬の足が縺れ『ばたばたになる』、という言葉から変化したとされる『競馬用語説』が語源の由来として語られている

*5
風邪の時にも付けるが、それでもイメージ的に多いのはこの理由であった

*6
この辺りの勘違いは、昔『熱中症』に当たるものが『日射病』や『熱射病』と呼ばれていたことと関係していると思われる(正確には『熱中症』の中に『日射病』や『熱射病』が含まれる)。言葉のイメージ的に『日に当たって居なければ大丈夫』『熱い場所に居なければ大丈夫』という感覚があるのだろう。実際には『水分補給が適切でない』場合など、『室内熱中症』という形で起こりうるモノなので、素直にクーラーなどを使った方がよかったりする

*7
クーラーの原理は『部屋の中の温度を冷媒によって部屋の外に捨てる』というもの。冷蔵庫なども同じ原理で動くモノがほとんどであるように、現行の科学において『冷却』とは『吸熱』と『放熱』がセットのモノである。その為、原理がクーラーと一緒であると仮定するならば、()()()()()()()()()()()時点で割りと意味不明なのである(腕時計型である為、放熱する場所を前述した通り四次元空間などにしていない限り、周囲の気温は上がるはず)。最終的に凍り付いている以上、体感気温だけを下げているとは言い辛いのも確かだが……、明確に『体感気温を下げている』と言及されている『エスキモー・エキス』などでも凍り付いている以上、体感気温が実際の身体に影響する、みたいなことになっているのかもしれない。……ドラえもんのひみつ道具を真面目に考察する方が間違っている?それはそう



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ハイキングでバイキングな夏の森(謎)

「つーいーたー!!」

「森の中なら涼しいかと思ったけど……いや、普通に暑いね、ここ」

 

 

 電車に乗りバスに乗り、更には暫く徒歩で移動して……。

 そんな道程を経たのちに、ようやく目的地にたどり着いた私達。

 

 そこは、木々が鬱蒼(うっそう)*1と生い茂る森林地帯。

 木々が日光を覆い隠すため、真っ昼間でもうっすらと暗い……そんなロケーションの場所であった。そしてそれゆえに、昼間にも関わらず幽霊の目撃情報が出た場所でもあったのである。

 ……まぁ、ここなら日が照っていないから涼しいのでは?という予想の方は、見事に裏切られたのだけれど。普通にあっつい!

 

 

「うーん、如何にもと言った風情!出ますかねぇ、出てきますかねぇ?」

「さてねぇ。噂と本物(【顕象】)が混じってるって話だし……」

「しらみ潰し*2に探すのは流石に無理がありますから、なにか手掛かりでも見付かればいいですね」

 

 

 そんな暗がりを覗き込むように見ながら、サイトが興奮したようなテンションで捲し立てる。……実際は言動が真月っぽい動きに変換されているだけであって、本人的には普通に話しているのだろうが……なんともまぁ、胡散臭い動きである。

 そんな彼に一つに言葉を返せば、隣でははるかさんが疲れたように息を吐いていた。……まぁ、今回の面々の中では彼女だけが一般人なのでさもありなん。

 

 ともあれ、調査は今日だけではなく、これから暫く続いていくもの。

 はるかさんの言う通り、今日一日だけに注力するのは悪手も悪手なので、熱中症にならないように注意しながら捜索するとしよう……と、みんなに確認を取る。

 

 

「……それがなんで、腕クーラー使っちゃダメって話になるの~!?」

「幽霊が居たら背筋がゾクッとするのが普通だけど、腕クーラーを使ってると普通に見逃しちゃうからね、仕方ないね」

「それとゾクッとしたら凍るかも、って話だっけ。あれも結局、本当に気温が下がってる訳じゃないから、腕クーラーの原理と変に噛み合っちゃうかもしれないんだって」

「なにそれ~!?」

 

 

 なお、こんなにも蒸し暑いのにも関わらず、腕クーラーは使用禁止……と言われて、ココアちゃんが不満を漏らしていたりもした。

 

 理由については今語った通り、体が冷えている状態では目視以外での幽霊の確認が難しいこと、および『幽霊が居ると寒くなる(背筋が凍る)』というのもまた体感温度的なモノなので、腕クーラーの仕様と変に噛み合う可能性があるから……ということになる。……科学とオカルトが相乗効果を生む、とはこれ如何に。

 

 一応、日が隠れている分直射日光に晒されないのはいいことだと思うが、代わりに森林の内部なので湿気が多め、というところでプラスマイナスゼロになっている、という感じだろうか?

 なのでまぁ、不平不満がみんなから漏れるのは、ある意味仕方のない話でもあるのだった。

 

 

「うー、こうなったら……えーい!ドロー!」

「えっちょっ、ココアってばいきなりなにを?」

 

 

 とはいえ、その不平不満が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのもまた確かな話。

 業を煮やしたというか、はたまた不満が頂点に達したというか。ともかく、ココアちゃんが痺れを切らしてデッキに手を掛けるまで、そう長い時間は掛からなかったのでした。

 

 なお、その様子を隣で見ていたはるかさんは、この状況でデッキに手を伸ばすことの意味がわからなかったようで、頻りに困惑していた。

 また、他の面々は『その手があったか!』みたいな顔で、彼女に続いてデッキトップに手を掛けていたのであったとさ。……これだからデュエリストは……(白目)

 

 

「さいきょーデュエリストのデュエルは、全て必然!*3だからドローだってこの通り!──そんなわけで、私は手札から『ゴーストリックの雪女』を召喚!」*4

「むぅ、なるほど。リアルソリッドビジョンシステムにより、あの機械(腕クーラー)を使わずに涼を取ろうと言うわけだな」

「それができるんなら、最初っから腕クーラーいらなかったんじゃ……みたいなツッコミはしちゃダメな感じ?」

 

 

 こちらのジトッとした視線も意に介さず、ココアちゃんがデッキトップからドローし、そのまま叩き付けるように召喚したのは『ゴーストリックの雪女』。……以前の彼女が使っていたのは『メルフィー』デッキだったような気がするが、もしかして今回の仕事内容に合わせてデッキを調整したのだろうか?

 まぁ、これから幽霊を探しに行くというのに、幽霊もとい妖怪を連れてきてるのはなにかのギャグか?……と思わなくもないのだけど。*5

 

 そんなこちらの文句をよそに、カードから飛び出した『ゴーストリックの雪女』は、ココアちゃんの右肩付近でふよふよと浮いていたのだった。

 ついでに、彼女の出現と同時に、周辺気温が明らかに下がったような気もする。……やっぱりデュエリストっておかしいな?

 

 なお、突然の妹の奇行に困惑していたはるかさんは、そこから更に、単なるカードのはずの『ゴーストリックの雪女』が飛び出してきたうえ、あまつさえ周囲を涼しくしている現状に、思わず宇宙猫顔を晒していたのだった。

 ……元々そういうもの(なりきり)関係の仕事していたわりには、デュエリストに対しての耐性がない辺り、ツッコミ処しかない気がしないでもない私である。

 

 なお、そんなことをしているうちに、みんなが好き勝手氷系のモンスターを召喚し、結果として凍り付きそうなほどに寒くなったので、召喚は代表一人だけにしなさい……と怒る羽目になったこともここに記しておく。*6

 

 

 

 

 

 

「やっぱりデュエリストって、ロストロギア*7とかその辺りの、封印措置が必要なモノなんじゃないかなって」

「それを我に聞かせて、どういう反応を求めているのかは知らんが……とりあえず答えておこう。禁止制限改訂まで待て、しかして希望せよ*8

「……巌窟王!?」

「ん、なになに?新しい零児のモンスター?」

「……デデデ(ddd)大王?」

「「!?」」*9

 

 

 皆が皆好き勝手したために、危うく森林で遭難し掛けた私達。

 今はジャンケンに勝ったココアちゃんが『雪女』を侍らせ……もとい一番涼しい位置にいるわけだが、その頭の上に居る私はと言うと、隣の榊君の肩でごろごろしているズァーク君と、他愛のない世間話をしていたのだった。……『ddd大王』はペンギンとして扱う効果がありそう()

 

 なお、幽霊探しの方は難航中。

 こちらに『雪女』が居るのでつられて出てくるかと思ったのだが……この様子だと寧ろ警戒されている、というわけなのかもしれない。

 

 

「むぅ、こうなったら榊君のデュエルディスクに隠された機能・相手のカード化を乱用して、周囲の森林を丸裸にするしか……」

「いや付いてないからね!?っていうかそんなの付いてたら黒咲に腹パンされるってば!」*10

「ですよねー」

 

 

 なので、いっそのこと森を丸裸にするのが早いのでは?……みたいな冗談を述べたところ、榊君からは食い気味に否定されることになるのだった。まぁ、作中の敵キャラの所業なのでさもありなん。……あれってカード化したあとディスクにセットしたら、その人が召喚できたりするんだろうか?

 

 そんな風に話しつつ、森の中を歩いていく私達。

 森の中は来た時と変わらず、薄暗く鬱蒼としており、暑さゆえなのか生き物の気配もない。気温的にはセミがうるさいほどに鳴いていてもおかしくないのだが、それすらもない。

 ……まぁ、そっちに関しては梅雨が短すぎたせいらしいが……それでも、この気温の中で虫の声一つない……というのは、薄気味悪くすら思えるというか。

 

 

「……はっ!まさかこれこそが幽霊出現の予兆……?」

「そんなバカな……って言いたいところだけど、確かにこの静かさと薄暗さ、些細なモノを見間違えるのには、絶好のロケーション……という風に見れなくもないかもね」

「と、言うことは……ここはハズレ、ということでしょうか?」

 

 

 つまりその薄気味悪さが、枯れ木なんかを幽霊と見間違える雰囲気作りの一助となっていたんだよ!……と暑さにやられたような答えを述べたところ、これが案外みんなに好評。やベーなみんな暑さでヤバくなってる?(失礼)

 熱で意識が朦朧とすることを、昔の日本では『発狂する』なんて言っていたこともある*11し、いい加減休憩とかしろということなのかもしれない。……え?『ゴーストリックの雪女』の効果で涼しいはずじゃ、だって?

 

 まぁ暑さ云々は置いておくとしても、歩き詰めで皆が疲労感を覚え始めているのは確かであろう。

 ここは一度森を出て、近くの喫茶店にでも涼みに行くべきなのかもしれな……喫茶店だと私ら(私とズァーク君)出禁だな?

 

 むぅ、二人だけ服もとい着ぐるみに空調付いてる弊害というわけか……などと呻く私に、榊君が不思議そうな表情を向けてくるが、にゃおと鳴いてごまかす。

 ともかく、ちょっとした休憩の時間が必要だということに、間違いはないだろう。

 なので、その提案をしようと口を開き掛けた私は。

 

 

「……!あの木の後ろ、なにか走っていかなかった?」

「え、どこどこ!?」

「あっちあっち。……いや反対、ココアちゃん反対だって」

「ええー!?どこなのキーアちゃん!?」

「いや右!……いや行き過ぎ!……そう、そこ!」

「……いや、なに遊んでんの君ら」

 

 

 少し離れた木々の後ろを、カサカサと音を立てながら駆けていく影を見付け、慌ててその姿を追い掛けることになるのだった。

 

 

*1
草木が青々と生い茂る様、もしくはそれで薄暗くなっていることを表す言葉。なので『鬱蒼と生い茂る』だと本来は重複表現(頭痛が痛い、みたいなもの)だが、わりと色んなところで見掛ける表現だったりする。ともすれば『青々とした木々が鬱蒼と生い茂る』、などという重複に重複を重ねた文章が現れることも。『鬱蒼』という言葉自体に馴染みが薄いことが原因だと思われる

*2
他人の髪に付いた(しらみ)を潰すには、毛の一本一本を確かめながら根気よく行う必要があるくらいに大変……ということから、物事を端から端まで、取り逃しの無いように終わらせることを指す。虱とは人に寄生するタイプの害虫の一種であり、主に髪の毛に隠れ住むが衣服に住むモノも居る。服に付くタイプは洗濯をすればほぼ駆除でき、頭に住む方も駆除用のシャンプーを使うことで駆除可能。普通の生活をしていればほぼ駆除できる為、現代日本で見ることは少ない

*3
『遊☆戯☆王ZEXAL』における発言の一つ。ドローカードもデュエリストが創造する、ということで『シャイニング・ドロー』の意味不明さを強調する。なお、未来を見ているわけではないので、その場での最適解は引けるがデュエル全体の最適解が引けるわけではない、という弱点?がある

*4
遊☆戯☆王OCGにおけるカテゴリの一つ、『ゴーストリック』に属するカードの一種。自身を破壊したモンスターの表示形式を『裏側守備表示』に固定する、という効果を持つ

*5
『ゴーストリック』は『ゴースト+トリック(要するにハロウィン)』の名前からわかる通り、幽霊や妖怪のような存在が多く属するカテゴリーである

*6
「もっと面白いものを見せてやろうかぁ~?!」と言いながら『No.103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ』を召喚していたサイトが一番怒られた(色んな意味で)

*7
『魔法少女リリカルなのは』シリーズに登場するアイテム。いわゆる古代遺産、アーティファクトのことであり、モノによっては世界を滅ぼすような力を秘めている場合も

*8
『モンテ・クリスト伯』ないし『巌窟王』における登場人物、エドモン・ダンテスの名言『待て、しかして希望せよ(Attendre et espérer!)』のこと。アニメ『巌窟王』では次回予告の度に聞くことができた

*9
『零児』は赤馬 零児……『遊☆戯☆王ARC-V』のキャラクターのこと。『ddd』は彼の扱うモンスターのカテゴリのこと。『ディファレント・ディメンション・デーモン』の略らしいが、読みとしては『ディーディーディー』となっている。『デデデ大王』は『星のカービィ』シリーズのキャラクター。『デデデ』の部分を『ddd』と略されることがある。また、遊☆戯☆王の方の『ddd』は王と付くモンスターが多い為、その繋がりでもある。なお、デデデ大王の見た目はペンギンっぽいが、ペンギンではない(嘴っぽいのは唇らしい)

*10
作中では『デュエルアカデミア』の『オベリスク・フォース』達が多用していた

*11
昭和くらいの時代の話。流石に『発狂』という表現が宜しくない為か、今では使われない



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足跡を探るのは捜査の基本

「わーん、もー!!見失っちゃったー!!」

「うーんなんとも素早い……あれ、でもこれって、物理的に走ってったってことは、幽霊ではない……?」

「幽霊じゃなくても、妖怪とかって線もあるし。……そこら辺、わりと分けずに語る人も多いよね」*1

 

 

 慌てて謎の影を追い掛けた私達であったが、相手の逃げ足が予想以上に速く、その姿を見失ってしまう。

 まぁ、森の中なので遮蔽物が多く、目標を視認し辛い状態だったこともマイナスに影響した……といった感じではあるだろうが。

 

 生憎と相手の全貌を捉えられたわけでもないので、なにかしらの手段で追跡する、というのも難しい。

 サイトからは『なんかこう、相手をダウジングー的なことできるんじゃないのー?』*2みたいな視線を向けられているが、生憎とこのスモールサイズボディーでは無理なものは無理なのです、はい。

 

 

「えー?ちょっとキーアちゅわぁ~ん、イケてないんじゃなーい?」*3

「……サイトは元に戻りたいのか戻りたくないのか、どっちなの?馴染みすぎでしょ色々と」

「おおっと失礼失礼。どうにもこの姿だと煽りグセが出てくるっていうか」

「原作のルイズさんと鉢合わせたら、凄いことになりそうだね、それ」

 

 

 主に火山(癇癪)が爆発する的な意味で。*4

 ……というようなことを榊君から言われ、小さく苦笑を浮かべるサイトである。まぁ、こっちでの彼女(ルイズ)ならキレ散らかすまでは行かないだろう、というのは頷ける話だが。

 

 ともあれ、雑談を中断し、改めて周囲を見渡す私達。

 森の中を慌てて駆け抜けて来たせいか、辺りに見えるのは代わり映えのしない、似たような形の木々ばかり。……一瞬迷ってしまったかな、と慌てそうになるものの、よくよく考えればここは()()()森の中。

 逸話補正の掛かった樹海の中(殊更に迷いやすい場所)……というわけでもないため、普通にスマホのGPS*5を使えば問題はないだろうと言うことで、みんなに現在地を確認させようとした私は、そのまま驚愕することになる。

 

 

「え、スマホ?……いや、持ってないよ、俺。単純な連絡とかなら、デュエルディスクがあれば賄えるし」

「……そういえば俺も持ってねぇな。なんでかは知らないが、スマホを持ち出そうって気分にもならなかったっていうか……あれか、もしかしてこれがデュエリストになった弊害、ってやつなのか……?」

「え、ええー……えっと、ココアちゃんは?」

「え、私?えっと、私のはスマホじゃなくてガラケーだから……」*6

「あ、そうだホントだ!?ココアちゃんってばガラケーユーザーだった!?」

 

 

 なんとまぁ、デュエリスト二人からはスマホを持ってない、との返答が。しかもその理由は『デュエルディスクである程度賄えるから』というもの。……下手に高性能なのが仇になったか!

 そして厳密にはデュエリストではないココアちゃんはと言えば、そもそもスマホユーザーではないとの答えが。……そういえば『ごちうさ』本編でも、折り畳み式のガラケー使ってましたね!

 

 思わず『0言0́*)<ヴェアアアアアアアア』と叫び合う羽目になってしまった私達。よもやこんなところで遭難か?と絶望し掛けていたところ。

 

 

「いやその、キーアさん?それからココアも。別にガラケーでも、現在地の確認はできますよ?」

「「……ゑ?」」

「ガラケーを昔の世代の遺物、とでも思っているのかも知れませんが*7……ココアのそれは恐らく二千十年製のもの。GPSの原理自体は千九百八十年代には生まれていますから、スマホであれガラケーであれ、搭載していない方が珍しいと思いますよ?」

「「……あー、その、えーと」」

「大方『GPS』機能は送受信──見守り機能などの存在から、その位置を()()他者から確認できるのが普通、みたいな勘違いをされていたのでしょうが……携帯電話の場合は送信機能は別枠ですし、それにそもそもド○モの3G回線はまだ停波もしていませんから、そちらに関しても普通に生きています。……便利さに胡座をかいて、情報の更新を怠っているのではないですか?」*8

「「あ、あははは……面目ない……」」

 

 

 息を切らしながら現れたはるかさんに、悉く自分達の勘違いを快刀乱麻される(斬って捨てられる)羽目になったのであった。……た、頼れる大人が居ると、こういう時にとてもありがたいですね!()

 

 

 

 

 

 

「汗顔の至り*9って、こういうことを言うんだろうね……」

「うー、お姉ちゃんに情けないところ見せちゃった……」

 

 

 はるかさんのツッコミにより、思わず顔を真っ赤に染めながら、逃げるように近場の喫茶店に突入する羽目になった私(とココアちゃん)。

 なお、今の私とズァーク君は見た目が猫だから、なにかしら咎められるかと思っていたのだが……都合のよいことにそこはペット同伴可な店舗だったため、特に疑問に思われることもなく私達は席に着くことができたのだった。

 

 で、その座席に腰を下ろしたあと、私とココアちゃんは揃って頭を抱えていた、というわけなのであります。……変な勘違いをしていたため、マジで恥ずかしいというか。

 まぁ、そんな空気も注文した品が届く頃には、すっかりと霧散していたわけなのですが。いつまでもくよくよするの良くないって、ロケット団も言ってるしね!*10

 

 

「なんでロケット団?……ってああ、今キーアさん猫だからか……」

「それとココアちゃんの声繋がり(変則型)もあるね」

「あ?声繋がり……って、わかり辛ぇなその繋がり?!」

「えっと、私別に美少年好きじゃないよー?」

「美少女は?」

「……否定できないかも」

 

 

 なお、なんでロケット団?……というツッコミには、私の今の姿(ニャースポジション)ココアちゃんの声の人的なもの(fgoで武蔵ちゃんなので)の繋がり、ということで納得して貰う。……あとコジロウ役の人が居たら完璧なんだけどね。*11

 ついでにココアちゃんからちょっと抗議めいた言葉が飛んできたが、美少年はともかく美少女に関しては微妙では?……と返すとむむむ、という唸り声に変化したことをお伝えしておきます。……あくまでもそう解釈できる、ってだけで本当に美少女好き、ってわけではないだろうけどね。お姉ちゃんぶりたい、ってところの方が大きそうだし。

 

 まぁ、ココアちゃんがチノちゃん大好き、という話は横に置いとくとして。

 頼んでいたソーダフロートを、ココアちゃんがスプーンで掬って食べている姿を横目にしつつ、これからどうするかを思案する私である。

 

 

「実際どうする?もう一回森に戻って、しらみ潰しに探してみる?」

「うーん、人数的に取り零しが出そうだし、あんまり有効な手とは思えないかなぁ……」

「モンスターを召喚して戦力にする、っていうのは?」

「俺達に取れる手段としては最良だと思うけど……それ、周りに人が居ないこと前提だよね?」

「あー、基本的に人は居なさそうだったけど、まったく居ないってわけでもなさそうだったしねぇ……」

 

 

 一先ずの議題としては、先ほどの森に戻るかどうか。

 ……なのだが、あそこは意外と広いため、ここに居る面々では探しきれない場所が出る……という点でメンバーからは渋い顔。

 

 あの逃げ足の速さを見るに、出来ればしっかり囲んでおきたいわけだが、そうすると一度に探せる範囲が狭まってしまう。

 そうなるとこちらの索敵範囲の外に潜み続ける、という手を取られる可能性もまた高まってしまうため、ほぼいたちごっこの様相を呈してしまうわけである。

 相手の足がもう少し遅いのなら、狭い範囲に固まっていてもどうにかなるかもしれないが……森の中で相対するという前提から考えるに、こちらは面制圧を行う他ないわけで。

 

 それは池の底をさらう時のようなもの。網目が細かい方が魚を逃がさないが、その細かさを()()()()()()()()()()()()今の状態では、どうしても一度にさらえる範囲が狭まってしまい、さらえなかったその穴から逃げられてしまう……という事態に繋がるわけである。

 

 なので、網を広げるためにモンスターを使うのはどうか、という話になるのだが……そっちもそっちで微妙な反応。

 と、言うのも、あの時の樹海と違い、ここは普通の──なんの変哲もない普通の森なのである。

 市民に普通に解放されている場所であり、人の目を排除することは難しい。

 幽霊が出た、という噂が流れているため、普段よりは人の往来も減ってはいるのだろうが……それでも、物好きな人間が近寄ってくる可能性については否定しきれない。

 

 つまり、モンスターを召喚などしていれば、かつそれを()()()()()()()()広範囲に展開などしていれば。

 それは『そのモンスターこそが、幽霊やそれに準じる存在である』という誤解を生む可能性が非常に高くなる、ということでもあるわけで。

 

 そりゃまぁ、どちらかと言えば否定的な反応が返ってくる、というのも仕方のない話なのでありましたとさ。

 

 まぁ、そうなってくるとここは放置せざるをえない、なんて本末転倒な結論が持ち上がってくるため、ちょっと困ってしまうわけなのだが。……素直に郷とか互助会の方から、応援を送って貰うように要請すべきかとも思うのだが……。

 

 

「……現状あれが犯人、ないし参考人であるという確証もないのがねー……」

「ああなるほど、そもそも現状が網を広げた結果だから、その網目を細かくするには材料(人手)が足りてないってわけか」

「そーいうことー」

 

 

 ここで引っ掛かってくるのが、そもそも私達自体が臨時の捜索者である、という点。……要するに、増員を期待する余地がないのである。というか、下手するとここと似たような状況になっている場所、他にもあるかもしれないわけで。

 そうなれば、さっきの()()()()()()()()()()()()()、という対処が現実的になってくる。……そっちが正解ならそれでも構わないが、もしこっちが正解だった場合は大幅な事態解決の遅れが見込まれることになるだろう。

 

 で、そんなことはどこの責任者も把握済み。

 ……結果として、今の人員でどうにかしろ、というブラック企業みたいな要請が飛んでくることになるのだった。……世知辛ぇ……。

 

 

「むー、私が増えられたら一番……かと思ったけど、それはそれで他人に見付かったら変な噂になるしなぁ」

「姿をごまかすと言っても、別に他人の姿に見せているわけでもありませんしね」

 

 

 無理をして私が手数を補う、という手もないではないが、『ごまかしバッジ』は姿の違和感をごまかすモノであって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 効果範囲が違うため、もし他人に見付かってしまった時には、自分でどうにかごまかさなければいけない……ということになる。

 そもそも巨大化自体が無理をしているので、そこから更に記憶操作までとなると、手が回らない可能性が高い。

 ならばはるかさんに、いつぞやかの『人避けの札』でも使って貰えば、と思うものの……あれは配備数が少ないモノらしく、現在正規の人員とは数えられていないはるかさんは持っていない、という返答が。

 

 こうなると手詰まりとしか言い様がなく。

 私達はむむむと唸りながら、無為に時間を過ごす羽目になるのだった……。

 

 

*1
どっちもオカルト、ということで一緒くたに語る人もいる。わける必要があるかは話の内容次第、と言ったところか

*2
『ダウジング』とは、棒や振り子などを使い、地下の鉱脈や水脈を探る技法。基本的にはオカルトだが、超感覚的なものと結び付くことで信憑性を得ることも多い

*3
『遊☆戯☆王ZEXAL』作中にて、仲間であるミザエルの情けない行動を見た際にベクターが発した台詞『ミザちゅわぁ~ん、ちょっとイケてないんじゃなーい?』から。煽り台詞としては最上級、かも?

*4
虚無の魔法使いは感情の爆発により魔力の回復速度が上がる、などの描写があるが、そのせいなのか別の要因か、とにかくルイズは怒りっぽい性格である。ベクターが使い魔だったらキレ散らかすこと受け合いだろう

*5
『グローバル・ポジショニング・システム』の略。『全地球測位システム』とも。もともとはアメリカで軍事用に開発されていた技術だが、とある事件により民間にも使える技術として公開されることになった。基本的には『GPS衛星』が発した電波をキャッチし、受信機側で位置を()()()()ことで現在地を割り出している。なお、受信機そのものには自身の位置を発信する機能はなく、それはその機械が別口で行っていることだったりする(子供や老人の位置をgpsで把握する際、電源が入っていないとその位置を確認できない。それは、位置の送信に関しては携帯の発する電波に乗せて行っているから。なので電波の届かない場所・状況では位置の把握はできないということになる(なお、gpsは衛星からの電波が届けば()()()できる為、他人からはともかく自分の位置は確認できる))。なお、iPhoneは別口の方式を取っている為、gpsや電波が届かない・電源が入っていない状態でも『探す』によって端末を捜索することができるのだとか

*6
作中の描写より。なお有志の手によってどの会社の端末なのか、というのは既に判明しており、下の『2010年製のド○モのガラケー』という話はそこから来ている

*7
2022年にはガラケーを持っていた人を『ナイフを持っている』と勘違いして通報した、という話があったりするように、ガラケーは今の人には『見たことのない謎の物体』として扱われているようだ

*8
3G回線とは、通信規格の一つ。『第3世代移動通信システム』とも。主にガラケー、および初期の方のスマートフォンの通信に使われていたが、現在は停波して使えなくなっている通信会社も存在する(auが該当)。現在では『パズル&ドラゴンズ』の更新画面などで「※3G回線ではしばらく時間が掛かることがあります※」と表示されることがあるくらいのモノだろう

*9
恥ずかしさで顔に汗を掻く様から、大変に恥じ入る様子を表す言葉。『汗顔』という表現そのものは中国唐代の文人・韓愈による、同じく中国唐代の文人である柳宗元への追悼文『祭柳子厚文』内の句の一部『不善爲斲、血指汗顔』が元とされているが、そちらは『恥ずかしさで汗を掻く』の意味は薄め(無くはないだろうが、どちらかと言えば『未熟なので無駄な力を使う』という意味での汗、という面が大きいように思える。脂汗でもあると思われるので、まったく恥ずかしさがないかと言えばそれも違うのだろうが)

*10
アニメ『ポケットモンスター』の楽曲の一つ『前向きロケット団!』の歌詞の一節から。くよくよタイムなんて、五秒で十分!

*11
猫云々は置いておくとして、ココアの『声繋がり』は彼女の中の人がfgoにおいて『新免武蔵守藤原玄信』……もとい宮本武蔵の声をやっていたこと、およびポケモンにおけるロケット団のムサシとコジロウの名前は、宮本武蔵と佐々木小次郎のそれから来ていることを掛けたネタである。なお、ムサシの母親として『ミヤモト』が存在するが、逆にコジロウの関係者として『ササキ』が登場したことはない



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レディース、エーンド、ジェントルメーン!

「うーん、ここでうだうだしていても仕方ないし、とりあえず森の方に戻らない?結局、今のところ手掛かりになりそうなのって、あの足の速い誰かくらいしかないわけだし」

「あー、榊の言う通りか。ここにいても涼しい、ってことくらいしかメリットはねぇしな」

「そだねぇー……じゃあ、また『雪女』ちゃん召喚する?」

「いや、俺にちょっと考えがあるから、召喚については置いとこう。代わりに、キーアさん」

「ん?……ああ、腕クーラーね。森の前まで行ったらでいい?」

「ああ、それで大丈夫」

 

 

 結局、特に良い案も思い浮かばないまま、店を出ることになった私達。

 なお、これには『そろそろ周囲からの視線が気になり始めたから』という面もあったりする。……いやまぁ、容姿がごまかせても奇妙な行動まではごまかせない……みたいなこと、ずっと言ってきてるからわかるとは思うのだが。

 

 まぁうん、私達ってば()()()()()()()()()()()()()、にしか見えないわけでね?

 例えペット同伴可の場所と言えど、絶えず話し掛けてれば流石に『なんだこいつら』的な視線は避けられないわけでね?しかも真面目な顔で、だし。*1

 

 ──琥珀さん謹製の『ごまかしバッジ』は、主に()()()()()()効果を持つもの。

 対象からの興味を失せさせ、目の前にあるモノに注視させないようにすることで、そこにある違和感に()()()()()()()()()()()道具である。

 なにが言いたいかというと、要するに見詰め合うと素直に*2……もとい、見詰められ過ぎると効果が薄れるのである。

 

 これが意外な盲点、というやつで。

 基本的に私達は目的地にすぐに向かうなり、個室で話をするなりなど、()()()()()()()()()()()()ということはほとんどしてこなかった。

 精々が去年の夏、浜辺で無邪気に遊んでいた時が該当するくらいのものであり、それにしたってごまかし担当はBBちゃんである。

 

 それ以外は──喫茶店で駄弁るというのも、郷内部の店の中で……ということが基本だったし、電車の中でであれこれとする羽目になったバレンタインの時も、場所そのものが特別なパターンなので注視云々の話ではなかった……という感じに、人の目のあるところでなにか奇妙な行動を取った、という機会自体がとても少なかったのである。

 

 琥珀さんの道具は、今まで得られた観測結果などを元にして作られたもの。すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その結果、BBちゃんのごまかし力が()()()()()()()()()()ということに気付かず、周囲の視線を散らすだけでごまかしとしては十分だろう、と結論付けてしまったというわけなのである。……いやまぁ、姿のごまかしについても効果に含まれている以上、普通に使う分にはそれで十分だったから、問題点に気付く機会がなかった……ってところもあるんだろうけど。

 

 ちょっと長くなったけど、姿()()()なのはごまかせても()()()()なのはごまかせないため、そこから芋づる式に他の違和感に言及される可能性がある……という問題点については、なんとなく理解して貰えたと思う。

 その結果、私達は半ば追われるようにして店から出ていく必要があった……というわけなのでありました。

 

 

「まぁ、これに関しては次回のアップデートで解消されているでしょうが」

「うーん研究者の鑑。それと敵とかじゃなくて良かったなー、って感じですかね?」

「元々は敵みたいなものだったんだよなー……」

 

 

 サイトの言葉に、遠い目をしながら返す私。

 どこか遠くからくしゃみが聞こえたような気がしたが、そのまま森へと向かうことを優先してスルーするのだった……。

 

 

 

 

 

 

「で、どうするの榊君?森に着いちゃったけど」

「まぁまぁ。とりあえず、腕クーラーを装備して中に入ろう。話はそれからだ」

 

 

 特に支障もなく、森の入り口にたどり着いた私達。

 こちらの質問を彼は身振り手振りで留め、そのまま森の中に入るように促してくる。

 具体的な方策が出てこないことに、他の面々が微妙な顔をしているが……中に入ること自体には特に否定意見があるわけでもなく、渋々ながら腕クーラーを受け取って、中に進んでいく。

 榊君はそれらの一番最後尾に陣取り*3、こちらを奥へ奥へと急かしてくるのだった。

 

 そうしてたどり着いたのは、森の中の少し開けた場所。

 木々達が作る緑の天井が、くり貫かれたようにそこだけぽっかりと空いており、空からは太陽の日差しが燦々と降ってきている。

 立ち止まっていると汗だくになりそうな環境に、思わずげんなりとしていると。

 

 

「まぁ、ここがいいかな」

 

 

 最後尾に居たはずの榊君がそう呟きながら、広場の中心へと歩いていく。……なにをする気なのだろう?とこちらが小さく首を捻っていると。

 

 

「レディース・エーンド・ジェントルメーン!!!」

「ぬおっ!?」

 

 

 中心に立った彼は、周囲へ向けて恭しく礼をしたかと思うと、そのまま辺りに響く声で()()()()()()()()()()()()のである。

 

 これにはみんなが驚愕し、思わず彼に視線を集めてしまう。

 さっき散々目立つの良くない、みたいな話をしたというのに、なにしてんのこの人!?……といった感じの視線だ。

 が、それを受けても榊君の勢いは止まらない。

 寧ろ加速していくかのように、彼のテンションは跳ね上がっていく。

 

 

「本日は私のショーをご覧頂き、まことにありがとうございます!さて、これからお見せ致しますのは、世にも不思議な光のカーニバル!」

「え、ちょっ、人!人居るってばー!」

 

 

 大仰な仕草で衆目を引く彼は、森の中に居た他の一般人達からも視線を向けられ始めている。

 つまり、『ごまかしバッジ』の効果が切れ掛かっているわけなのだが……その顔には焦りもなければ、恐れすらない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()とでも言わんばかりの笑みを見せ……、

 

 

「──ああ、なるほど。確かに、それなら止める必要はないかな」

「ああん?いきなりなに言ってんだキーア?暑さで頭がやられたかぁ?」

「そんなわけないでしょ。……彼のやり方なら、()()()()()()()()()()()()って言ってんのよ」

「あん?……ってああっ、もしかして!?」

 

 

 そこで彼がなにをしようとしていたのかに気付いた私は、確かにその方法なら衆目を気にする必要はない……どころか、寧ろ集めることにこそ意味があるのだと納得する。

 なんのこっちゃ、とでも言いたげな様子だったサイトは、彼の言動が()()()()()()()()()を理解して、得心したとばかりに声をあげた。

 

 ──そう、榊君は生粋のエンターテイナーであり、そのスタイルは魔術師……すなわちマジシャンのそれである。

 

 マジックという言葉が魔術と奇術、二つの訳語を持つように、マジシャンの行うそれ(マジック)()()()()()()()()()()()()()()()()()()*4

 すなわち、彼があのスタイルを──魔術師としてのあり方を続ける限り、例え見た目がどこかで目にしたことのある(榊遊矢の)ものであったとしても、そういう格好のマジシャンである……という形で受け入れられてしまうのである。

 

 そもそもに榊遊矢が魔術師(マジシャン)型のエンターテイナーである以上、言動や姿を正確に認識されたところで、それを本物であると思われることはない。()()姿()()()()()()()()()()()()()()()という認識が優先されるのだ。

 ゆえに、周囲からの視線は違和感に対しての疑念ではなく、コスプレ少年のマジックショーを見ようというモノにしかなりえない。ちょっとした噂は立つかもしれないが、それで終わり。

 ──つまり、この状況でなら()()()()()()()()()()のである。

 

 

「それではまず、優秀なアシスタント達を呼ぶことに致しましょう!──手札から速攻魔法、『カバカーニバル』を発動!これにより、私のフィールド上にはカバトークンが三体、煙の向こうより忽然と姿を現します!」*5

 

 

 榊君は悠然と手札からカードを一枚抜き出し、それをディスクにセットする。

 同時に彼の周囲に現れるのは、サンバの衣装を身に纏った三体のカバ達。華麗に躍りながら彼の周囲を回っている彼女達の姿に、一般人達は何事かと驚きながらも、それを恐れたり気味悪がったりすることはしなかった。

 

 マジシャンはオカルトめいたことをしでかしながら、それでいて周囲から排斥されない存在である。

 それは、全てのマジックには種があるから、という前提があるからだが……ゆえにこそ、突然現れたカバ達も、周囲からは()()()()()()()()()()()()()()程度の認識で流される。

 なにを起こしても、()()()()()()()で言い逃れできるこの状況……足りない手数を補うには、持ってこいの状況だと言うわけだ。

 

 

「では、そこの可愛らしいお嬢さん。こちらを」

「え?……あ、なるほど。えっと、マジック(マジック)カード『超カバカーニバル』を、発動!」*6

 

 

 そうして巻き込まれたココアちゃんは、彼がなにをしたいのかを遅蒔きに理解。手渡されたカードを彼のディスクに差し込み、その効果を発動させる。

 

 

「このカードは、私の手札・デッキ・墓地から、相棒たるあのカードを呼び寄せるもの!それでは皆さん、ご一緒に!──来い、『EMディスカバー・ヒッポ』!」

 

 

 更に呼び出されたのは、アニメにて榊君が乗り回していたカバ、『ディスカバー・ヒッポ』。これにより素早い足を用意した、というわけだが……それだけでは終わらない。

 

 

「更に、ヒッポの特殊召喚に成功したあと!私は自身のフィールド上に、()()()()()カバトークンを特殊召喚することができる!──さて問題です、この場合の可能な限り、とはどれくらいの量になるでしょうか?」

 

 

 続く効果は、更なるカバトークンの召喚。

 しかし、それは実際のデュエルならほぼ意味のない行為。なにせ先に『カバカーニバル』によって、自身のフィールド上にはカバトークンが三体特殊召喚されている。

 

 そこにヒッポが加わっている以上、フィールドの空きは一ヶ所しかない。ゆえに召喚できるのは残り一体。しかもこのカバトークン、フィールドにある限りエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない縛りまで付いている。

 つまり、リンク素材にして場所を空ける、ということもできないはずなのだ。

 

 だがしかし、これはデュエルではなくステージ、それもマジックのステージである。──ならば、()()()()()とは。

 

 

「正解は、視界を埋め尽くすほど!さぁ、カバ達の躍りをどうぞご笑覧下さい!──カバトークンを、可能な限り特殊召喚!!」

 

 

 ──それこそ、無数に。

 デュエルディスクの効果により、実体を持って発生するカバ達。

 

 されど観客はこれをマジックだと思っているから、実体があることに疑問を抱かず。ただ、歓声をあげてそれを眺めている。

 あとは、森を埋め尽くすほどにカバ達を特殊召喚するだけ。……まぁ実は、本当に無尽蔵なわけではなく、他のデュエリスト達のフィールドも自分フィールド扱いしている、というだけなのだが。

 それでも無数のカバ達が飛び出してくる姿は壮観の一言、そして観客(一般人)達がそれに夢中になっている間に……。

 

 

「──見つけた!みんな、あっちだ!」

 

 

 カバ達は混乱し飛び出してきた影を見付け、こちらに知らせてくれるのだった。

 

 

*1
動物達は意外と人の言葉を理解している、という話があるが、それにしたって『真面目な顔で話し続ける』姿が肯定される理由になるとは言えないだろう。まぁ、猫なで声で話し続けていても肯定はされないだろうが

*2
サザンオールスターズの楽曲『TSUNAMI』の歌詞から。素直にできないのはおしゃべり

*3
元々は『陣地として場所を取る』の意。そこから、特定の位置に居座る、という意味としても使われるようになった

*4
かつて魔術と呼ばれた奇術は、されど種がある──なんら不思議なものではない技術である。できることを組み合わせて()()()()()()()()()()()()()()()()()()技術なので、見た目はオカルトめいていても原理にはオカルトはないのである。少なくとも、現代でマジシャンを名乗る以上は基本的に『凄まじいまでの技量の持ち主』という評価が正確なのは確か、という話

*5
遊☆戯☆王OCGのカードの一枚。自身のフィールド上に『攻撃を自身に限定する』カバトークンを三体特殊召喚する。カバトークンは共通して『リリースできない』効果、『このトークンが場にある限り、自身のEXデッキからの特殊召喚を封じる』効果を持つ。詳しい説明はwikiに譲るが、見た目がかなり特徴的

*6
こちらは『EMディスカバー・ヒッポ』を呼び込みつつ、カバトークンを可能な限り特殊召喚する効果。カバトークンの制限は共通なので、基本的には壁運用となる



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幽霊騒ぎがどこへいく

「ヒッポが居てくれたから追い付けたけど……」

 

 

 あのあと、大量のカバに紛れ、観客達の前から姿を消した私達。

 忽然と消えたカバ達の姿に、周囲の人達は驚きながらも大きく湧いていたことだろうが……その姿を私達が視界に納めることはなく。

 その代わりとばかりに、()()()()というカバ達からの報告を元に、件の影を追い詰めたわけなのだが……。

 

 

「……えっと、狐憑き……みたいな?」*1

「くっそー!離せよー!」

 

 

 私達の目の前に居たのは、頭頂部に耳──狐*2のそれとおぼしきモノを生やした、見たところなんの変哲もない少年であった。……ええと、この森での騒ぎの元凶?はこの子、ってことになのかな?

 

 今一断定しきれずに、私達がメンバー内で互いに顔を見合わせているのは。……それは彼が()()()()()()()()()()()()──その頭上の耳以外は至って普通の人間だから、ということに理由がある。

 ……つまるところ、現状では本当に()()()()()()()()()()()()()()()()からこそ、私達は困惑し続けているのであった。

 

 

「……うーん、誰かこの子の顔とか見た目とか、なにか見覚えあったりしない?」

「いや、ないかな。これが女の子で狐耳ーとかなら、『けものフレンズ』とかで色々と思い付くのかもしれないけど……」

「ここにいるのは男の子で耳、ですものねぇ。しかも狐耳ですし」

 

 

 むむむ、と縄で縛った少年の周りで唸っている私達。

 

 狐っ娘、というのであれば幾らでもキャラは思い浮かぶのだが、ことこれが少年……もとい男性キャラでと言うことになると、意外と思い浮かばないモノである。

 今パッと脳裏に浮かんだのは御狐神(みけつかみ)君と蔵馬、それから玉藻先生……いや、玉藻先生は人型+狐耳にはなったことはなかったっけ?*3

 

 まぁともかく、『狐系の男性キャラ』ならまだしも、『狐耳の男性キャラ』というのは意外と少ないのだ、ということは間違いない。……乙女ゲーとかそっちの方には居ると思うが、詳しくないので割愛。*4

 

 そもそもの話、この少年は……失礼な言い方になるが、()()()()である。

 説明が難しいのだが、いわゆる『逆憑依』【顕象】は一目見ただけで『あ、これは二次元から出てきたな』というのがなんとなくわかるのだ。……CG系の作品出身のキャラにも似たような感覚を抱くので、正確には『創作の世界から出てきたんだな』という感想、と言うべきかもしれないが。

 

 ともかく、『逆憑依』やそれに準ずる存在と言うのは、顔を見ればなんとなくわかってしまうものなのである。

 そういう意味で、今取っ捕まっている少年には──オーラがない。

 ディ○ニーランドでミッ○ーマウスの耳を付けて遊んでいる観光客の如く*5、彼の狐耳には『取って付けた感』が溢れんばかりに漂っている……という風に言い換えても言いかもしれない。

 

 

「この人達すっごい失礼なんだけど?!なんで本人の目の前でそんなにザクザクと貶すような言葉が出てくんの?!」

「おっと失礼、少年。思わず口に出てしまっていたようだ。──ところで君は私達の姿を見てしまったので、このままでは処分しなくてはいけないわけなんだが……」*6

「更には物騒!?ってか猫がすっごい物騒!!」

 

 

 なお、それらの会話は目の前の彼にも聞こえていたようで、彼は身動き取れないなりにじたばたしながら、こちらへ抗議の言葉を投げ掛けてくるのだった。……随分と元気な子である。あと猫が喋ってるのは気にするな。

 

 しかし──結局のところ、この子はなんなのだろうか?

 こちらが普通に走って追い付けない速度、という時点でなにかしらのオカルトめいたモノが関わっている……ということはわかるが。

 現状では『逆憑依』関連のモノである証拠が見付からず、ともすれば別口の異変なのでは?……と断定してしまいかねない状態である。

 

 そうなるとまぁ、こっちとしてもお手上げというか?

 あくまでも私達は単なるなりきり勢、本気のオカルトには手も足もでな……いかどうかはともかくとして、管轄外であることは確かな話。

 それどころか『逆憑依』絡みだと思っていた案件が……狐憑きだから妖怪?幽霊?……まぁともかく、五条さんと鬼太郎君に任せるのが無難な案件だったとなれば、各地で調査を行っている他の面々を呼び戻す必要も出てくるというか。

 

 ──確かにちょっとくらいは対抗できるかもしれないが、それでも私達はその道のエキスパートではない。

 生兵法は大怪我の(もと)*7とも言うように、下手に触ってとんでもない被害を引き起こす可能性もあるわけなのだから、素直に手を引く方が安全だろう。

 

 まぁそうなるとこの案件、片付くまでとても長引く……ということになってしまうわけなのだが。最初の方の『二人だけに任せる』っていうのが最適解、ってことになってしまうわけだし。

 

 そんな感じの話を、あーでもないこーでもないと続ける私達。

 縛られた少年はといえば、半ば放置された形になっていたため、ぶつぶつと文句を唱え始めていたのだった。

 

 

「なんなんだよ一体……突然変な半透明の狐が中に入ってきたかと思えば、『お前には堪え忍ぶ者であることを望む』……とかなんとか、どこからか変な声が聞こえてくるし。かと思えば、なんか知らないけど体が軽くなって、足が速くなって、耳がもう一つ生えてきて。……みんなの目が怖くて、ずっと森の中にいる羽目になってたと思ったら、なんか変な奴らに捕まって。……俺、なにか悪いことしたのかなぁ……単に肝試しに行っただけなのになぁ」

 

 

 涙目でそうぼやく声を聞いた私は、ふむと呟いたのち、思考の海に潜る。

 

 ──どうやら、この森での幽霊騒ぎが彼の仕業、というのは半分正解で半分間違い、ということになるらしい。

 肝試しに行った、というのはこの森であることはほぼ間違いない。で、あるならば、彼がその噂を引き継ぐ前まで、周辺住民に幽霊として騒がれていたのは彼に憑依した狐、ということになるのだろう。

 

 そして、彼が狐憑きになったことにより、彼はその姿や力が変化し、周囲から畏れられるようになった。

 その畏怖の視線から逃れるように森に逃げ込み……その結果として私達に捕まった、と。

 

 ……ふむ、()()()()()()()()()()()、ね。

 それと、謎の声とやら。『堪え忍ぶ者』というのは、恐らくそのまま『忍者(しのび)』のことだろう。

 そうなると、ここにいる彼は──、

 

 

「……()()()()()()、ってことになるのかな?」

 

 

 思わずぽつりと呟く私。

 体内に狐の化け物を宿し、それゆえに周囲から不気味がられていた忍者・うずまきナルト。*8

 狐耳、という時点で候補からは外していたが……少年で狐、という意味では確かに当てはまっていると言えなくもない。……境遇もほんのり寄せている感じになっているし。

 

 

「ナルト、ナルトかぁ……、…………っ!?」

「ん、どうしたの榊君?鳩が大砲受けたような顔になってるわよ?」

「どんな顔だよそれは……ええとなになに?ガキを見ろ、だぁ?」

 

 

 そんな私の呟きに反応した榊君が、思案するように視線を上に向けたあと、そのまま下に下ろして……どこぞの雷神(エネル)みたいな驚愕顔*9をこちらに見せてくる。

 いきなりなにさ、みたいな私の言葉に、反対側のサイトが榊君の指差す方に視線を向けて。

 

 

「……?いきなりなんだっ()()()、兄ちゃん達。俺の顔になにか付いてるかぁ?」

「な、な、」

「「ナルトだぁ!!??」」

「えっ、へっ?どーいうこと????」

 

 

 先の少年が、いつの間にかナルトになっていることに気が付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「えーっとつまり、今のは【兆し】が『逆憑依』になる瞬間を目撃した、ってこと?」

「ええと、当てはめられる現象としては、そのようになるのではないかと……」

「よくわかんねーんだけど……俺ってば、なにかやっちゃった感じ?」

「どうなんだろう……個人的には私が()()()()()()()()()んじゃないか、って気もするんだけど……」

 

 

 突然の事態に動揺しつつ、とりあえず詳しい話を聞こうと喫茶店に取って返した私達。

 捕縛状態から解放された少年……暫定ナルト君には詫び代わりになんでも食べていいよ、と言い置いておき、改めて今回のあれこれについて考察する私達である。

 

 ……まぁ、暫くろくなもの食べてなかった、というナルト君が、なんでもという言葉を額面通りに受け取った結果、店のモノを食い尽くす勢いであれこれ頼み始めたため、そう長くは留まれないだろうが。

 

 

「コスプレです、ってごまかすのにも限度があるからねぇ。……聞いてる?榊君」

「あ、あははは……いやまぁ、俺のは大丈夫だって確信してたから……ダメ?」

「ダメです。反省文お願いします」

「はーい……」

 

 

 ナルト君もまぁ、多少は大食いの気があるため、すぐにすぐは騒ぎにはならないだろうが……それでもまぁ、キャパ的な問題でいつまでも大丈夫、ということにはならない。

 

 これはさっき大活躍していた榊君にも言えること。

 確かにマジシャンには、ある程度オカルトを許容する空気があるが……それも無尽蔵、というわけではない。ましてや視界を埋め尽くすカバ、興奮しているとはいえ、あとから思い出せば『やっぱりおかしいな?』となるのは必定だと言えるだろう。

 

 ──つまり、あれは『ごまかしバッジ』の姿をごまかす機能あってのもの、だったということ。

 完全にごまかせずとも、効果がなくなるわけではないからこその応用法、とでも言うべきか。……要するに、『マジシャンだからなにをしてもおかしくない』だけではごまかしきれない違和感を、件のバッジが補助してくれていたわけである。

 なので、バッジなしに同じ事をすれば大騒ぎ間違いなし。……というか、最大効率にするためにバッジの効力ぎりぎりだったため、あともう一つカードを発動したりしていれば、そのまま『これはコスプレじゃない』と気付かれていただろう。

 

 さっきは褒めたものの、改めて考えてみると始末書ものの蛮勇だったことは間違いなく。ゆえに彼には私から、厳重注意と反省文の提出についての通達を行うことになったのだった。

 ……ゆかりんが聞いたら泡を吹くような案件だった、と理解して貰いたいところである。

 まぁ無論、褒めたことについても間違いではないのだが。……あのままだと地道にずっと探すという手段しか取れなかっただろうし。

 

 その辺りは始末書が反省文になっている辺りで察して貰うとして。

 私達は、ナルト君についての話を、改めて進めていくことになるのだった……。

 

 

*1
狐の霊に取り憑かれた人、ないしそのような精神状態の人。海外では臨床人狼病とも。狐は神の使いでもある為、狐憑きを大切に扱う文化もあったそうな

*2
哺乳綱ネコ目イヌ科イヌ亜科に属する獣の一種。イヌ亜科の中に『広義にはキツネである』属が複数存在するが、狭義としてはキツネ属、特にアカギツネのことを指す。日本における野生のキツネは、基本的にエキノコックスの宿主である為、触れることは厳禁とされている……が、野生のキツネの居る環境ではそもそも、他の哺乳類も接触厳禁だったりする(動物達は野ネズミを捕食することで感染する為)。なおエキノコックスは感染の早期発見が難しく、自覚症状が出てくる十数年の時点で致死率九割と、基本的には『感染したら死ぬ』病気である為、『キツネには触るな』と強く厳命されるようだ。なお、実は人が野ネズミに触れたり()()()()(!?)しても『エキノコックスには』感染しなかったりする。この辺り、寄生虫の不思議を感じざるをえないだろう。……他の病気に掛かる可能性があるので、結局止めといた方が無難なのは確かだが

*3
それぞれ『妖狐×僕SS』『幽々白書』『地獄先生ぬーべー』から。なお全員少年ではないので対象外、というオチだったりする

*4
男女それぞれの人気キャラを詳しく見ていくと、性別が反転しているだけで要素は同じ、ということが結構散見される。なので狐っ娘が居るのだから狐っ子も普通にいるという結論になる

*5
要するにつけ耳、ということ

*6
なおこれはfgoのキリシュタリア・ヴォーダイムがとある人物に言った無茶振りが元ネタである。?『ひどくない?やるしかないってコトじゃない?』

*7
覚えたてだったり、深いところまで理解していない知識では、反って危険なことをしたり、その結果として失敗しがちである……ということわざ

*8
『NARUTO』の主人公。体に九尾の狐を封じられた少年。狐耳は生えていないが、狐のひげのような模様はある

*9
『ONE PIECE』より。目玉の飛び出した渾身の驚愕顔



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化かされたのは誰?

「……これ、結局のところ『逆憑依』ってことでいいんだよね?」

「まぁ、姿がナルトのそれに変わっていやがるし、知識や口調についてもそっちがベースになっているみてぇだし……さっきのタイミングで『逆憑依』された、ってことでいいんじゃねぇのか?」

 

 

 相変わらずガツガツと、スパゲッティやらハンバーグやらを胃の中に納めていくナルト君に、半ば唖然としたような視線を向けつつ。

 私達は彼の正体について、あれこれと考察を重ねている最中なのであった。

 

 その姿形が『創作物のキャラクター(うずまきナルト)』である以上、彼が『逆憑依』であること、もしくはあの場でそう()()()ことはほぼ間違いないだろう。

 先ほどまでは『ちょっと違うんじゃね?』みたいな結論を出そうとしていたにも関わらず、随分と二転三転する話だが……まぁ、最終的には結果が全てと言うやつである。

 

 だかしかし、彼の正体が『逆憑依』なのだとしても、それで解決しない点というのは幾つか存在する。

 

 まず、彼の中に入った狐の幽霊と、彼が聞いたという謎の声について。

 前者についてはそれが【兆し】だったと解釈するのであれば、一応の筋は通るのだが……後者については意味がわからない。『逆憑依』は基本的に()()()()()()()()()人物に発生する現象だが、その謎の声は寧ろ()()()()()()()と言わんばかりの台詞を発していたわけなのだから。

 

 私が彼をナルト君だと思ったのも、積み重ねられた情報がフラグとなったがため。

 そうでなければ、私の認識はいつまで経っても『単なる狐憑きの少年』で止まっていたことだろう。

 

 周囲から忌避される、その体に狐を宿した少年……という事実だけでは、それをイコールナルト君だとする論拠には至らない。

 そう、そこで私が彼とナルト君を結び付けたことにすら、かの声の影響があるのだ。……すなわち、この事態そのものが()()()()()()()()()であるとする方が、幾分筋が通るのである。

 仮にこの推論に問題があるとすれば──それは誰が仕組んだのか、ということだろうか?

 

 それから、ナルト君の元となった少年についても、幾つか不明点が残る。

 ここにいるナルト君は、確かにあの少年の外側に被せられた皮のような(『逆憑依』させられた)ものなわけだが……その事実こそ覚えているものの、少年としての名前は()()()()()()と彼は言ったのである。

 それどころか、少年としての記憶も断片的にしか思い出せない、と言い出す始末。

 

 一応、自身が肝試しに行った帰り、狐に憑かれたのだというようなことは覚えていたようだが……思い出せてもそのくらいのもの。

 自身の家族や、名前や年齢。それから、自身がどこに住んでいたのかだとか。……そういった少年に紐付くパーソナリティというものは、そのほとんどが思い出せなくなっているとのことであった。

 

 それを述べた時の彼の様子は、とてもあっけらかんとしたものであったが……こうなってしまうと、最早ここにいるナルト君は『ナルト君に転生した少年』くらいに思っていた方が良いような気がする、というか?

 だってここまでの彼の言動、ほぼほぼ憑依転生とか異世界転生とか、あの辺りの作品の冒頭で『あれ、前世の自分のことが思い出せない……?』ってやってるのと同じなんだもの。*1

 原理こそ『逆憑依』だけど、別口のなにかだと解釈した方が通りがいいものに見えてしまうというか。

 

 

「……うーん。そもそもの話、『逆憑依』が発生するところに立会うってのが初めてなわけだし、『人の目があったから正常に処理が完了しなかった』みたいに、原因が私達の方にある可能性も少なからず存在するわけで……」

「ええと……本人に覚えがないと言っている以上、こちらがあれこれと考察しても結論にたどり着けるとは思えないわけですし、その辺りついては一先ず脇に置いておく……ということにしませんか?」

「むぅ、そうするしかないか……」

 

 

 これが特殊なパターンなのか、はたまた正常な処理なのか。

 例が少なすぎるために思わず唸るも、はるかさんの言葉を受けてとりあえず後回しにすることにした私である。

 実際、考えなければならないことはまだあるわけで、一つのことに(かかずら)っている*2場合ではない、というのも確かな話なのだ。

 なので、「なにか難しいこと話してるなー」みたいな顔でこちらを見ているナルト君に苦笑を返しつつ、次の議題に移っていくことにする。

 

 

「ナルト君はナルト君なんだけど……これ、いつ頃のナルト君?」

「……原作より前、くらい?」

「なんでまたそんな微妙な年齢に……」

 

 

 その議題と言うのは、変化したナルト君の容姿について。

 ……榊君が首を傾げながら答えた通り、目の前のナルト君の見た目は疾風伝よりも前……どころか、連載初期のそれよりも前のものだと思われる。

 言うなれば、元々の少年の年齢をそのまま反映したような姿、ということになるだろうか。

 アニメのエンディングとかで見掛けるくらいの背丈と言えば、わかる人にはわかると思われる。*3

 

 なにが言いたいのかと言えば、要するに()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()ということ。『逆憑依』は憑依者の知識にある程度左右される、みたいなことを述べたことがあるような気がするが、そこから考えると元々の彼は『ナルト』についてあまり知識がなかった、ということになるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。……この辺りも、ちょっとわからないことの一つと言うべきか。

 

 ともあれ、彼がこちらの保護対象になった、ということはほぼ間違いないだろう。……断言しきれないのは、彼がまだ『狐憑き』である可能性が残っているから、だったりする。

 

 

「あー、()()()()()()、ってこと?」

「保護して貰うことで郷とか互助会とかに潜り込もうとしてる、って風な予測も立てられなくはないからね。……まぁ、多分そういうんじゃないとは思うけど」

「その心は?」

「勘!」

「勘かー」

 

 

 仮に彼が『逆憑依』とは関係ない単なる怪異であった場合、これまでの言動は全てこちらを欺くもの、ということになる。

 その場合、こちらを欺く理由は組織に潜り込むため、ということになるわけだが……いやー、正直そこまでする必要性ある?っていうか、そこまでするなら普通に【顕象】とかその辺りでしょう、っていうか?

 ……まぁ、そんな感じに考慮からは早々に外しているため、実際はそこまで警戒してなかったりする。

 そもそもの話、仮に潜り込んでなにするんだ……って話だし。

 

 なのでまぁ、彼の処遇に関してはそのまま保護、という形で進めても構わないだろう。一応、周辺地域で子供の捜索願が出ていないかの確認はしておくが。

 

 

「ああなるほど、本人が覚えていなくても家族が覚えてりゃぁ、そこから探れるか」

「でしょう?だからまぁ、気になることはあるけど扱いに関しては普通でいいんじゃない?……って感じと言うか、ね?」

 

 

 こちらの言いたいことを察したサイトが、得心したように小さく頷いている。

 そんな彼に声を返しつつ、そろそろ出ようと皆に合図する私なのであった。

 

 ……なお、話が難しかったのか、はたまた実際(中身)の年齢的に波長があったのか。

 会話に入ってこないなー、と思っていたココアちゃんは、いつの間にかナルト君と意気投合し、何故か二人でデッキを弄っていたのであった。……忍者デッキでも使わせる気なんですかね。

 

 

 

 

 

 

「…………んんんん?」

「キーアちゃん、どうしたの?唸り声なんてあげちゃって」

 

 

 ナルト君を引き連れ、最寄りの警察署にまでやってきた私達。

 そこで私は、外に備え付けられている掲示板に貼り付けられた、探し人の情報を確認していたのだが……。

 

 

「いやね……ないんだよね、子供の捜索依頼」

「へ?……えっと、まだ貼られてないとかじゃないの?」

「ナルトになる前のあの子の言い方的に、結構時間は経ってると思うんだけど……もしかして、『狐憑き』になったから気味悪がって両親が警察に届けてない、とか……?」

「うーん、どうだろ。変な目で見られたとは言ってたよね、確か」

 

 

 そうして貼り付けられた張り紙達の中に、子供の捜索願は存在していない。……いや、正確にはなくもないのだが、明らかに古いもの──張り替えるのを忘れているかのような、日を浴びて印刷が薄くなっているものしか見当たらないのである。*4

 

 彼の言動的に、森の中で隠れていたのはそう長い期間ではないはず。で、あるならば、これらの古い捜索願が彼のもの、という可能性は限りなく低いだろう。

 ならば彼の両親が、突然獣の耳を生やした子供を気味悪がって、家から追いやった……という可能性が脳裏に浮かぶが、それに関しては是とも非とも言い辛い。

 少年の言動的に、周囲から奇異の視線を向けられたことは確かなのだろうが……それが彼の両親からも向けられていたモノなのか、というのは現状確認のしようがない。

 

 つまり、端的に言って彼の素性についての追跡は、暗礁に乗り上げてしまったと言わざるを得ないのだった。

 

 

「……うーん、一応中に入って聞いてみる?この掲示板が有名無実化していて、今は使ってない……って可能性もあるわけだし」

「そうですね。でしたら私が聞いてきますね、警察署も動物と一緒に……というのは、あまり良い顔をしないでしょうから」

「おっと、それもそうか。じゃあまぁ、はるかさんお願いしますね」

「はい、任されました」

 

 

 そこで唸る私達に、榊君が『この掲示板、古いポスターばっかりだし今は使ってないのかも?』と、中で聞いてみた方が良いのではないかと提案してくる。

 

 他に手掛かりもないし、そうするしかないか……と頷いた私を手で制して、代わりにはるかさんが建物の中へと進んでいった。……言われてみれば、動物同伴で建物に入るということ自体が、わりと目立つ行為だったなと反省。

 頼りになる大人が同行者だと、色々と楽だなぁと彼女の提案を了承し、その背中を見送る私達である。……見りゃわかるけど、ここの面々はるかさん以外みんなティーンエイジャーだからね。

 

 警察の方も子供の話より大人の話の方が、真面目に取り合ってくれるだろう。はるかさんは基本的にはできる社会人、という見た目なので、その方面でも安心だ(?)

 

 そんなこんなで、強い日差しを避けるように建物の影に避難しながら、彼女の帰りを待つこと暫し。

 やがて戻ってきたはるかさんは、されどどこか浮かない表情をしていて。

 

 

「……ええと、悪いニュースがあるのですが」

「はるかさんからそんな言葉が出てくるだと……!?」

 

 

 こちらを発見して、そのまま近付いてきた彼女は。深刻そうな面持ちで、そんな不安になることをこちらに告げてくるのだった……。

 

 

*1
前の世界への未練があると、異世界のことを楽しめないから……的な理由で挿入されるシーンとして有名。『転生者である』という属性だけを主張する時にも便利

*2
『関わりを持つ』という意味の言葉。基本的には『些細なことに拘る』『面倒なことに巻き込まれる』など、ネガティブな面の強い言葉。『早々に関係を断ち切りたい』というニュアンスが多分に含まれていると言える

*3
小学生くらいの見た目、の意味。人柱力の扱いがどの里も悪いのは、なにかそういう操作でもされていたのだろうか、と疑問を覚えないでもない

*4
ポスターの色褪せは、主に太陽光などに含まれる紫外線による材質の変化が原因。その為、日や光が当たらない場所に置いておくだとか、UVカット加工をするなどの行動である程度劣化を抑えることができる



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答えがあれども問題は解けず

 警察署内から戻ってきて早々、こちらが不安になるような言葉を口にするはるかさん。

 どうにも茶化せる*1ような空気でもないため、思わず息を呑む私達に対し、彼女は重々しい口調でその『悪いニュース』とやらを告げてくるのであった。

 

 

「……ええと、子供の捜索願なんですが、今は出ていないそうです」

「あ、はい」

 

 

 ……そんな重苦しい口調で告げることかな、それ?!

 

 余りにも空気が重かったため、なにかもっと恐ろしいことでも告げられるのかと思っていたのだが……返ってきた内容は、単にさっきまでの話を確信させる程度のもの。

 殊更深刻そうに言うべきモノでもないと思われたため、思わず拍子抜けして調子を崩すことになる私達なのであった。……いやまぁ、実際には重要な内容なんだけどね?

 

 さっきまでの考察で出た問題が、そのまま確定した形となる彼女の報告。

 要するに、現状では現・ナルト君な元・少年の素性は不明だ、と確定してしまったということ。

 この状態で、彼を郷に保護してしまうのはどうかと思わなくもないのだが……。

 

 

「うーん、これから新しく捜索願が出される可能性もあるし、とりあえず連れて帰る?」

「未成年略取ってことになりそうなのがなぁ……」*2

「それに関してはわりと今さらなんじゃないかなぁ」

 

 

 現状で私達にはそれ以外の対処が取れない、というのも確かな話。

 とりあえず、ゆかりんにはここいら近辺の情報を、引き続き集めて貰えるようにお願いしておくとして。ナルト君に関しては、そのまま郷に連れ帰ることになるのだった。

 

 なお、その決定に対して榊君はいいのかなぁ、と溢していたが……姿形が変わってしまっていること・国の協力があることを背景に、既に結構な数の元・少年少女達が郷に居ることを示せば、彼は確かに……と、微妙そうな表情を浮かべるのでしたとさ。

 

 

「……え、なんでみんな私の方を見てくるの?」

「だって、ねぇ……?」

 

 

 そもそもの話、故意にではないとはいえ略取されたと言っても過言ではない人が一人、目の前に居るわけですし。

 ……と、みんなからじいっと見詰められてココアちゃんは困惑し、はるかさんは複雑そうな表情で曖昧な笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃん達のとこに行くの?俺は構わないってばよ!」

「軽っ」

「こういうのあるから、本人確認ってある程度年齢を重ねてないとあてにならないんだよね……」*3

 

 

 次の行動が決まったため、ナルト君にその確認を取ったところ、彼から返ってきたのはそんな感じの軽ーい言葉。……子供の了承ほど軽いものはない、と改めて感じさせるような挨拶だが、だからといって確認が必要ないわけでもないので、一応は聞いておかなければならないジレンマというか。

 

 ともあれ、このまま問題がなければゆかりんに確認を取って、スキマでさくさくと郷に送り出すことになるはず……なのだけれど。

 

 

「……出ないわね、ゆかりん」

 

 

 私がスマホで連絡を試みたところ、電話先のゆかりんが応答する様子はないのであった。……この時間帯なら、向こうで寝ているということもないはずだが……?

 留守番電話サービスになるわけでもなく、ずーっと呼び出し音が鳴り続けている辺り、どうにも向こうは電話に出れない状況……ということになるようではあるけれども。

 

 

「ふぅむ、スキマ便が使えないとなると……普通に連れ帰る、ってことになるのかな?」

「ですが今日はそろそろ、泊まるところを探すことに切り替えた方が宜しいのでは?」

「む?……ああ確かに、そろそろ夕方かぁ……」

 

 

 こうなってくると、ナルト君を連れて郷に戻るのが確実、ということになるのだが……。

 あれこれと確認やら会話やらを続けている内に、時刻は既に午後の四時を回ってしまっていた。

 

 ここから郷に戻って……となると到着は夜になることが確実。

 向こうに戻れば手続きやらなにやらで、そこから暫く拘束されるのもまた確実だから──今から帰るのはわりに合わない、というはるかさんの主張も一理ある話だと言える。

 

 そもそもただでさえこのナルト君、元は少年である。

 その辺りの説明や調整・それから彼に書いて貰わなければならない書類の存在を思えば、彼への負担を考慮して一日置いておく……というのは至極真っ当な選択肢だとしか言えまい。

 今からスキマで直帰できるというのであれば、その辺りの書類記入も現実的な時間で終われるだろうが、という面も少なくないが。

 

 結論、今日はもう寝ようぜ、だ。*4……いやまだ寝ないけど。

 

 

「なるほどなぁ……ってことは部屋は二部屋か?」

「うん?……ええと、猫組はそれぞれ分ければいいとして……うん、女二人に男三人だから、必要な部屋は二部屋かな?」

 

 

 そうと決まればてきぱきと行動する、である。

 サイトが顎を撫でながら発言したため、改めて人数を確認する私。

 

 今回外に出てきているのは、猫になっている私とズァーク君を除けば榊君・サイト・はるかさん・ココアちゃんの四人。

 そこにナルト君が加わるわけだが……人数的にはさして多いわけでもないため、普通に男女で一部屋ずつ、計二部屋取っておけば特に問題はないだろう。

 

 姉妹水入らず*5のところにお邪魔する形になる私だけ、ちょっと気まずい気もするが……。

 

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん、今日は私のデッキ調整に付き合ってね♡」

(助けを求める眼差し)

「あー、うん。……ココアちゃん、はるかさんには報告書をお願いするつもりだから、代わりに私が手伝うよ」

「えー?……でもそっかぁ、キーアちゃんもその手じゃパソコンとか、ちゃんと使えないもんね。じゃあー、お願いしまーす」

「お願いされまーす」

(感謝しますキーアさん、の眼差し)

 

 

 ……うん、デュエリストに若干の苦手意識が生まれてしまっている今のはるかさんには、ココアちゃんの相手は荷が重いところがあるだろう……というこちらの予想は、さほど間違っていなかったみたいだ。

 必死に助けを求めるはるかさんの姿に、思わずコナン君みたいな乾いた笑みを浮かべつつ。私は彼女の代わりに、ココアちゃんのデッキ調整に付き合うことを約束するのであった。

 

 ……まぁ、先の『雪女』ちゃんみたいに、デュエリストのデッキとは、その対処手段の豊富さの源泉みたいなもの。

 しっかり調整してこれからの行動を万全にしたい、というココアちゃんのそれは、言うなれば彼女が張り切っていることの証拠でもある。

 ならば付き合わない、という選択肢は存在しないわけで、私がモルモット……人柱……もとい手伝いをすることには否はない、ということになるわけでして。

 

 代わりにはるかさんが報告書を作ってくれるというのであれば、私は喜んでこの身を炎に投げ出そう……的なアイコンタクトを行った結果が、この状況の理由というわけである。

 

 

「……キーアちゃん、私のことなんだと思ってるの?」

「え?デュエリストが変なのは間違いじゃないんでは?」

「おぃィ?俺達まで軽率に巻き込むのはどうかと思うんだが?」

 

 

 なお、ただの手伝いが非道な人体実験みたいな扱いをされていることに、ほんのりココアちゃんがむくれていたが……デュエリストって大概意味不明でしょう?と返せば、微妙に返答に困ったような顔をしていたのだった。……リアルソリッドビジョンシステムの時点でおかしいからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「ペット可のところを探すのに、こんなに手こずるとは思わなかった」

「よもやよもやだ、ってやつだよ~……」

 

 

 疲れたー、と言わんばかりの声をあげ、ベッドへと倒れ込むココアちゃんと、その頭の上でだれている私。

 そんな私達の姿をくすくすと笑いながら見ているはるかさん……というのが、今この部屋の中にいる人達の全てである。

 

 さて、今私が述べていた通り、部屋探しは意外なほどに難航していた。……それはもう、部屋探しだけで一時間消費させられたと言うほどで、このままちょっとだらけていたら、すぐさま夕食が始まるくらいの時間の浪費である。

 で、何故そうなったのかという理由が、ペット同伴可な宿泊施設が見付からなかった、ということになるわけで。……こうなってくると、私も別のごまかし方を考慮しなければならないかなー、と唸ってしまうのだった。

 

 

「まぁ、行く先々で『ペットはちょっと……』とされていましたからね」

「うーむ、飲食系以外でもお断りされるのはなんなのか……」

 

 

 苦笑いを続けているはるかさんの言葉に相槌を打ちつつ、改めて今日の行動を思い返す私。

 描写こそしていなかったが、結構な数の店や施設で『ペットお断り』されたわけで……こうなってくると地域的にペットの同伴を断る理由がある、と見た方が良いのではないかと思ってしまう。

 

 

「地域的に、ですか?」

「うん。例えばほら、北の方とか」

「あー……エキノコックス?」

「そうそう」

 

 

 思い付くのはエキノコックスのような、人獣共通感染症*6が流行している地域であるということ。

 その場合はキャリーバッグにも入れられていない猫、なんて恐ろし過ぎるのは間違いなく。そりゃまぁ、断られても仕方ないとしか言いようがないだろう。……エキノコックスでなくとも、自然界の生き物を捕食する可能性の高い猫との接触は、わりと危険が付き纏うものなわけだし。*7

 

 これならウサギとかの方がいいのかも、と思わなくもないが……肩とか頭に乗って大人しいウサギって居るのだろうか、という疑問も湧かなくもな……ティッピー……?

 

 

「アンゴラウサギは、本来頭に乗せるモノではないと思いますよ……?ココアにぴったり、というのは否定しませんが……」

「あー、うん。ぴったりすぎて『ごまかしバッジ』貫通しそうだし、ウサギは無しだね……」

「ええー!ティッピーかわいいよー?!」

 

 

 そういえば常時頭に乗っているウサギ、普通に知ってるじゃん!……と思った私だが、そもそもあれ自体が()()()()()()()()前提のものであることを思い出し断念。

 ……そもそもはるかさんの言う通り、ココアちゃんの頭上にウサギというのは色んな意味でマッチし過ぎなため、下手すると『ごまかしバッジ』のごまかし範囲外となりかねない。

 流石にチノちゃんの頭の上に置くよりはマシだろうが……渡らなくても良い危ない橋ならば、渡らない方がいいというのも確かな話。

 

 なのでええー!と愚痴るココアちゃんには悪いのだが、ウサギに変装案は見送ることにさせて貰う私なのであった。……代わりに、話は振り出しに戻ってしまうのだけれどね。

 

 

*1
『茶化す』とは、話を真面目に取り合わないこと、ないし真剣な話を冗談めかしてしまうことを意味する言葉。元々は『茶と化す』という言葉だったそれは、単純に『お茶にしよう』という意味しかなかった。が、古来お茶とは高級品、本来であれば『茶を出される』のは客としてもてなされているという意味だったのが、次第にその感覚を悪用して『とりあえず茶を出しておけば、後は杜撰な扱いでも構わないだろう』という扱い方増えてきた為、話の場に茶を出すことを『相手をバカにしている』というように捉える人が出てきて、結果として『茶化す』という表現は真面目に話をしてくれない、というような意味となったのだという説がある。無論、現代で何かしらの話をする時にお茶を出されても『バカにしている』とは思わないだろうから、あくまでも『茶化す』という表現にだけ残ったもの、とモノを言えるかもしれない

*2
『略取』とは、力ずくで奪い取ること・もしくは暴力などで脅して連れ去ることを意味する言葉。『誘拐』との違いは、『略取』が暴力などによって強制的に自身の支配下に置く(=同意があったとしても、本心から言っている訳ではないと捉えられる)のに対し、『誘拐』は何かしらの利益などを提示して相手を間接的に支配下に置く(=物につられた、など。被害者の精神状態が正常ではなかったと捉えられる)ものである、というところにある。なお、郷への保護が『傷病による隔離入院』に近いもの、というのは初期の方に話した通りである

*3
『未成年契約の取り消し』など。なお予め『親権者の同意が必要です』などの表記がある場合、取り消しを認められないこともあるので注意

*4
『ペルソナ5』より、キャラクターの一人・モルガナの台詞の一つ。夜に強制イベントがある際に挿入されるもので、これによって夜の自由行動が制限される。追加要素入りの『ペルソナ5R』では発生頻度がへっているとか

*5
『水入らず』とは、家族などの内輪の者しかいない状況を示す言葉。語源には『油の中に水が入っていない』ことを指す説と、『返杯などで自身の使った杯を水で洗う必要のない、親しい人間だけが近くにいる』ことを指す説とがある

*6
人にも獣にも感染する病気のこと。獣には意味がなく人に被害のあるモノもあるが、逆に人には意味がなく獣には被害がある、というパターンも存在する

*7
可能性は低いが、マダニに寄生されていた野良猫に噛まれることで、マダニ由来の感染症『重症熱性血小(Severe fever with )<ruby><rb>板減少症候群</rb><rp>(</rp><rt>thrombocytopenia syndrome</rt><rp>)</rp></ruby>』に感染する……ということも起こりうるため、野生の猫に触れる際には注意が必要である。無論、噛まれたり引っ掻かれたりするような行動を取らなければいい、というだけの話でもあるのだが(猫は基本的に人からは逃げる為)



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命の洗濯、あなたの選択

「……ふーむ」

「おやキーアさん、今度はどちらに?」

 

 

 通話口の向こうから聞こえ続ける呼び出し音。

 いつまで経っても鳴りやまないそれに、若干の違和感を抱きつつ。この様子ではどれだけ待っても繋がらないだろうな、と電話を切る私。

 そんな姿を見て、お風呂上がりのはるかさんがてくてくとこちらに近付いて来るのであった。

 

 時刻は大体九時くらい、あれから食事を済ませた私達は、それぞれ就寝までの時間を思い思いに過ごしていたのだった。

 で、はるかさんはココアちゃんと交代して、風呂場から戻ってきたところ……というわけなのである。

 

 現在私達が泊まっているホテルは、風呂に関しては部屋に備え付けられているモノを利用するようになっているタイプで、かつ湯船もそこまで大きなモノではない。……必然的に一人でしか入れないため、こうして代わる代わる風呂を利用しているというわけだ。

 いやまぁ、大きい風呂だとしても一緒に入るか?……と言われると微妙な気もするが。大浴場とか露天風呂とかならともかく。

 特に今は夏場、ただでさえ暑いのに人が集まったら余計に暑いだろうというか?

 

 なお、ナルト君は一人で風呂に入れないタイプの子だったため、榊君がお風呂に入れてあげたらしいということを、待機していたサイトから聞いていたりもする。

 

 閑話休題。

 お風呂から戻ってきたはるかさんはと言えば、ゆったりとした浴衣に着替えていた。

 浴衣は色々と扱いが簡単なので、一枚常備して置くと良い……みたいな話を聞いたことがあるが、彼女のそれもその類い……なのだろうか?*1

 このホテルには寝巻きの貸し出しはなかったように思うので、持ち運んでいた荷物に入れておいたと見るのが正解だろうか。……売店には寄っていないはずだし。

 

 とまぁ、そんな感じで見詰めていたところ、なにかを勘違いしたらしいはるかさんは、自身の体を隠すように両手で抱きながら、

 

 

「視線からなにやら不穏なモノを感じますが?」

「気のせいではないでしょうか?捥ぎ取ってやりたいとか考えてませんよ私?」

「不穏の意味が違った!?」

 

 

 こちらを批難するような声を掛けてくるのだった。……ふぅむ、キーアん心外。不埒な考えなんてこれっぽっちも考えてn()もいでやろうか貴様

 ……おおっと失礼、ちょっと黒いものが漏れ出したかもしれない、失敬失敬。

 

 いやー、ココアちゃんもそうだけどこの姉妹、意外とスタイルが良いからサー。*2なんというか見てると全部もぎ取ってやろうかって気持ちがふつふつと湧いてきて困るというか?

 いやー、湯上がり美人的なモノを見せ付けられても、なんというか喧嘩売ってんのか?的なことしか思い付かないの、どうにかした方が良いとは思うんだけどねーあははは(目の笑っていない笑み)

 

 

「……だから言ったのにお姉ちゃん。キーアちゃん、元は男の人って言っても普通に趣味嗜好は女の人だよ?」

「い、いえ。マシュさんと懇意にしているみたいだから、嗜好については男性的なのかなーって……」

「お生憎ですが(わたくし)、百合の気はありませんことよー!?」

「「え?」」

「え?……じゃありませんわー!?」

 

 

 なお、そんな暗黒微笑的なモノは、颯爽と別の話題によって掻き消されるのだった。……マシュとはそういうんじゃねーから!

 

 

 

 

 

 

「うーん、どうしようかなー」

「ん、どしたのココアちゃん?」

「うーんとね、今作ってるデッキにこれを入れるかどうか、迷っちゃって」

「ふーん、今なんのデッキ作ってるの?」

 

 

 しばらく経ってからのこと。

 当初の約束通り、ココアちゃんのデッキ作成の手伝いを始めた私であるが、これがまた意外と楽しい。

 

 最近復帰していた私だが、これまで使っていた某儀式機械君達が大幅……?なパワーダウンを受けたため、どうしようかなーとちょっと停滞していたのだ。

 ……まぁ、封殺の原動力になっていたのは確かだから、規制されるのは分からんでもないんだけどね。ただまぁ、デジタルの方ならいざ知らず、実物の方で制限されるのはちょっと意味わから……いや愚痴っても仕方ないか。*3

 

 まぁともかく、いわゆるマンネリ期に入っていた私的にも、人のデッキを一緒に弄るというのは、意外と刺激になっているわけなのだった。

 で、今はココアちゃんが一枚のカードとにらめっこしている最中というわけで。はてさて、一体なにを迷っているのか……?

 

 今のところ、彼女のデッキの内容は不明。

 現在デッキに入れてあるのは汎用札ばかりで、ここからどんなデッキが完成するのか、ということを予想するのは難しいと言えるだろう。

 なので、彼女が迷っているカードを確認すれば、このデッキの方向性というのも見えてくると思われる。

 

 

「えっとね、ほら?これからなにが出てくるかわかんないってことは、こっちも色々できた方が良いってことだよね?」

「うむ、そうなるねぇ」

「じゃあねじゃあね、やっぱりほら、出てくるところをバシーッと捕縛ッ!とか、かかったなッ、って感じに捕まえるとか、やってみたいと思わない?」

「ん、んん?ええと……?」

「だから私はこう思うのです。──時代はやっぱり蟲惑魔(こわくま)だと!」*4

「十万!?」

 

 

 そんなわけで、彼女の話を聞いていた私なのだけれど。……なんというかこう、聞いている内に方向性がおかしなところに向かっているような気が……?

 そんな私の不安などお構い無し、とばかりに彼女がバン☆とこちらに見せて来たのは、なんとまぁ『アルメロスの蟲惑魔』(ver.20thシークレット)。……店買いすると十万とかするやつじゃないですか!*5

 

 

「うわぁ、うわぁ……デュエリストって意外とお金持ちって聞くけど、うわぁ……まさか他のカードも高レアリティで固めてたり……!?」

「あはは、流石にこの子だけだよー。しかもたまたまパックから当たった、ってだけだし。ほら、デッキの子達も普通のでしょ?」

 

 

 カード一枚に十万とか、庶民の感覚からすればひぇーっ、としか思えないわけだが、人によってはデッキのカードを可能な限り全て高レアリティで固めている、という場合もある。*6

 なので思わず尋ねてしまったが……彼女の言う通り、デッキに既に投入されている汎用札達は普通のレアリティであった。……よかった、成金デッキが『キキィィィィィ』される心配は無かったんですね。*7

 

 

「いやいや、流石に私もそんな恐ろしいことしないよー。例えばうららちゃんとか、仮に一番高いのを使うとすると二十万円くらいするのが×(かける)三枚、とかでしょ?それは流石にちょっと……って感じだよね」

「確かに。他のカードも全部高レアリティで固めるってなったら、デッキ一つにうん百万とかになっちゃうもんね……」

「そうそう。まぁ、閃刀姫デッキを全部高レアで、とかよりはマシだと思うけどね」

「それは確かに。レイちゃんとかうららちゃんと同じくらいだもんねー」

「みんなすごい値段だよねー。……ってあれ、お姉ちゃんどうしたの?」

 

 

 そこから私達は、高額カードについての話を始めることに。

 なにかしらの限定カードというわけでもない、単なる高レアリティのカード達がエグい値段となっている……その背景にはコレクターや転売屋達の思惑が絡んでいる、とか聞いた覚えがあるが。

 なんにせよ、一般プレイヤー的には『箱買いした時に元手が帰ってくるかも』くらいの感覚でしかないのも確かな話。

 なのでまぁ、基本的には笑い話なのだが……傍で聞いていたはるかさん、もとい一般人にはそういうわけにもいかないようで。

 

 泡を食ったような状態で、「じゅっ、にじゅっ?!」みたいなことを呻く彼女の姿に、私達は慌てて彼女の介護に向かうのだった。

 ……エリアちゃんの20thシクだったら、店によっては八十万近くするって言ったら、きっとぶっ倒れるんだろうなぁ……とか思ってしまった私である。*8

 

 

 

 

 

 

 しまいには呼吸困難に陥ったはるかさんをどうにか落ち着かせ、ココアちゃんの蟲惑魔デッキをどうにか完成に導き。……あ、一応補足しとくとここのデュエリスト達、カードになんか変なパワーを注入して、ワンピースの黒刀みたいなこと*9してるから、スリーブ無しでカードをディスクにセットしても、傷とか一切付かないので『高額カードに傷がぁっ!?』みたいな心配は無用です。*10

 

 ……まぁ、その辺りは余談として。とにかく、二人は現在ベッドで就寝中。

 片や私はと言えば……。

 

 

「……うーむ」

「あれ、キーアさん。どうしたんですか、外に出て……電話?」

「おっと榊君。いやね、見た通りってわけなんだけど」

 

 

 時間帯としては深夜に当たるため、人影のない自販機付近。

 私はそこで、先と変わらず郷への連絡を取ろうとしていたのだった。

 そこに現れたのは榊君。他の客が来ていたら、騒ぎになっていたかもしれないが……近付いて来ているのが誰なのかは把握していたため、問題はない。

 

 ともあれ、喉の乾きを覚えたらしい彼が、自販機で飲み物を買っているのを横目に見つつ、私は変わらず電話を続けている。

 まぁ、さっきから呼び出し音しか聞こえてないんだけども。

 

 

「……ふーむ、これは郷でなにかあった、かな?」

「え?ってことはまだ電話には……」

「うん、誰も出ないでやんの。マシュとかジェレミアさんとか、郷に居るはずの人で私が連絡先を知っている人、全員に掛けて見たんだけど全滅でねー」

「……それって不味いんじゃ?」

 

 

 この時間帯になってまで、誰も電話に出られないのだとすると……郷の方でもなにかトラブルがあった、ということなのかもしれない。

 そんなことを口にすれば、榊君からは少し焦ったような言葉が。……が、私としてはそこまで心配しているわけでもなかったりする。

 

 

「……そうなんですか?」

「うむ。()()()()()()()だからねー」

「……あー、なるほど」

 

 

 こちらの言葉に、納得したように頷く榊君。

 私が大きくなれないまま、ということはだ。……最低でも()()()()()()()()()ということでもある。

 彼女が居る状況下で、まさか郷が壊滅……なんてことにはなるまい。無論彼女が黒幕、という場合にはその限りではないが……少なくとも彼女が今行動を起こす理由もないので、恐らくは別件でなにか問題が起きた、ということになるのだろう。

 

 

「まぁ、キリアも電話に出ない辺り、しっかり巻き込まれてるんだろうなー、とは思うんだけどねー」

「うーん、どういう問題が起きてるのかは知らないけど……御愁傷様、って言っとくべきなのかなぁ……」

 

 

 なお、キリアにも連絡を取ったが繋がらなかった、と言葉を返したところ。榊君は、居るかもしれない犯人への同情に満ちた言葉を、天を仰ぎながら溢していたのだった。

 

 

*1
人は寝ている間に350mlほどの汗をかくというが、その為に寝間着を洗い直すのも(家でならともかく)出先では無理があるだろう。その点、質素な浴衣であれば洗って干すのも簡単かつすぐに乾く為、特に海外旅行などで重宝するとされる話がある

*2
ごちうさメンバーはその絵柄からは意外かもしれないが、結構プロポーションが良い。明確にスタイルがあれなのは、チノちゃん達くらいのものである。……まぁ、そっちはそっちで小学生に見える、みたいな話もあるのだが。ココア達も中学生くらいに見えるわけだし

*3
遊戯王プレイヤーのイーバへの憎しみは強い……が、待ち受ける『もっと意味わかんないモノ』達に比べれば、イーバなんて可愛いものだったと思い知ることになるのである……

*4
遊戯王のカテゴリの一つ。『落とし穴』『ホール』などの通常罠に関わる効果を持つモンスター達で、可愛い女の子達に見えるが実際は疑似餌(『BLEACH』のグランドフィッシャーなどと同じ)。そのせいでとある漫画書きが涙を呑んだとか呑んでないとか

*5
インターネットショップ調べ。20thシークレットはその名の通り、遊戯王20th記念を祝して登場したレアリティである。要するに限定性が高く、かつ希少性も高い為、生産終了した今では値段がつり上がり続けているのである。なお、その結果として『マニア価格なら数十万はする最上級モンスター!!』という原作の台詞で有名な『真紅眼の黒竜』は、実際に数十万の価格になるレアリティが存在していたりする

*6
遊戯王OCGの場合、レギュラーパックにおけるスーパーレア以上のカードは特殊なレアリティになる余地があるが、それ以下のカードにはそのチャンスすらない……ということがある。その為、再録時にレアリティが上がると喜ばれることもあるのだとか

*7
漫画『遊☆戯☆王』のエピソードの一つ、『毒の男』から。連載当事流行っていたスポーツスニーカー『エア・マックス』をオマージュした『エア・マッスル』を主軸とする物語。なんで靴の話?と思われるかも知れないが、この『エア・マックス』、現在ではうん十万するようなプレミア付きのモノが、ごろごろしているのである。当然それを元ネタとする『エア・マッスル』も十万という高額品。高いものがあれば、それを利用して稼ごうとする者はどこにでもいる、というわけで……。『キキィィィィィ』という奇声は、作中でその『エア・マッスル』を購入した城之内君に襲い掛かった『エア・マッスル狩り』達のもの。その前に発した『イイイイイイイヤッ!!!』と合わせ、スレなどで高額カードを当てた相手に対する反応として定着していたりする。なお、見ればわかるが『グールズ』の台詞ではない。なおこの『エア・マッスル狩り』、現実で行われていたこともある(そっちは『エア・マックス狩り』)

*8
『清冽の水霊使いエリア』のこと。店売りは基本的に高くなりやすいことを考えても、かなりエグい価格である。なおいわゆる美品というやつなので、コレクター需要の値段であるのは間違いない

*9
『ONE PIECE』世界の覇気の使い方の一つ。正式な成り方は不明ながら、ゾウが踏んでも一ミリも曲がらなくなるのだとか。なおあくまで『みたい』なものなので注意。『遊☆戯☆王』作中でカードが突き刺さったり銃を止めたりする癖にビリビリ破れるところから、デュエリスト達はカードを瞬時に硬化する力を持っているのでは?……というようなネタ

*10
現実で発売されているデュエルディスクは、スリーブの着用を想定していない為、スリーブを付けたままだとカードがセットできない、という話から



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意外と長くなる旅路にお供を加え

 ──次の日の朝。

 昨日の電話により、郷の方がなにやらトラブルに見舞われていることを察知した私はと言うと。

 

 

「……はぁ、ナルト君はこちらに同行させる、と?」

「うん、向こうの厄介事がどんなものかはわからないけど、少なくとも新人の受け入れなんてやっている暇じゃ無さそう……ってのは間違いないからね」

 

 

 それらの情報をみんなに共有した上で、とりあえずナルト君に関しては暫く同行させる……という方向で進めることを提案したのだった。

 

 現在は使えないから皮算用だが、向こうが問題を解決した暁にはそのままゆかりん直通便(スキマワープ)が使用可能となるため、それによって簡単に直帰できることを考慮した上での発言……ということになる。

 まぁ、もう一つ理由があるとすれば……。

 

 

「……ん?姉ちゃん達、どうしたんだってばよ?」

「いや、まぁ、うん、ははは……」

「?変な姉ちゃん達」

 

 

 このナルト君が思いのほか問題児だったから、ということになるだろうか。

 まぁ、暴れん坊だとか聞かん坊だとか*1、そういう意味での問題児ではないのだが。……じゃあなにが問題なのか、と言うと。

 

 

「ほらナルト、人にぶつかるぞ」

「んん?あ、榊兄ちゃんありがとだってばよ」

「へいへい。いいから前見て歩けってのお前は」

「サイト兄ちゃん口悪いー」

 

 

 ……うん、見て貰えばわかるかと思うが、なんというかぽやっとしているのである、このナルト君。

 人格が内部エラーでも起こしているのか、と思いたくなるほどののほほん……ぼけー……ふんわり……まぁともかく、行動が一テンポ遅れるこの感覚。

 とてもじゃないが、一人で行動させられたものではない……というこちらの心配はわかって貰えるはずだ。

 

 ナルト君のパーソナリティーとしても、あの時の少年の様子から想定される人間性からしても、微妙に違和感を抱く彼の状態。

 これが、特殊な状況で『逆憑依』を起こしたからこその、彼だけの異変なのか。それとも、私達がその部分を覚えていない──幼少期の記憶のようなものであって、皆が皆体験していたモノなのか。*2

 生憎とよくわからないが、後者に関してはなんとなくだが『違う』と感じる以上、これが彼特有のモノであるのは確かだろう。

 

 はたしてそれは、これからもずっと続くモノなのか。はたまた、なにかしらの切っ掛けでズレが直るものなのか。

 それを見極めるための時間が欲しい……というのが、彼の同行を願い出たもう一つの理由、ということになる。

 端的に言えば、こんなぽやぽやショタをあの魔境(なりきり郷)に放り込むのは気が咎める、ということになるか。

 

 

「えー……キーアちゃんってなんで、最後にこっちがあれ?ってなるようなこと付け加えるの……?」

「定期的にふざけないと爆発するから」

「?!」

 

 

 なお、もう一つの理由の、最後の総括。

 その部分に引っ掛かりを覚えた人間が多かったのか、周囲からの視線が刺さって痛かったと述べることで、この話の締めとしたいと思う。

 

 ……あと、真面目な話をし続けると爆発する、というのは本当である。体じゃなく頭が、だが。*3

 

 

 

 

 

 

「まぁ、冗談めかして言いはしたけど……正直あのまんま放り込むのはナルト君も周囲も負担が掛かるだろうなぁ、ってのは本当だよ?」

「……まぁ、子供だからと甘く見て貰えるわけでもないですしね。しんちゃんとかも居ますし」

 

 

 駅への道をぞろぞろと歩きながら、先ほどの話の補足をしていく私。

 彼は中身も含めて子供である存在だが……見た目で言うのであればしんちゃんも子供だし、そもそも中身も外見も子供である荷葉ちゃんという子もいる。

 その中で、今のナルト君の状態は……周囲もカバーはしてくれるだろうが、『逆憑依』における子供達という視点において、言い方は悪いが劣っていると述べても間違いではないわけで。

 

 普通『逆憑依』とは、創作のキャラクターを憑依させられるもの。最低でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()モノであるため、自然と見た目が子供でも大人っぽくなるものなのである。

 まぁ、荷葉ちゃんとかは本人が大人びていた例なので、ここであげるのは少し微妙かも知れないが……ともかく、それらの人々と比べると今のナルト君は危なっかしくすらある、ということは間違いなく。

 せめて中身の少年の記憶を思い出すくらいには、その齟齬を無くしてあげたいと思う私なのです。

 

 ……あと、迂闊にマシュの周りにショタを増やすの、とっても良くないと思うの(小声)

 

 

「……そっちが本音なんじゃねーのか?」

「ははは。……いやまぁ、純粋無垢さの溢れる今のナルト君に、なりきり郷の混沌っぷりは目の毒だと思ってるのも確かデスヨ?」

「なんで片言……でもまぁそういうことなら、先にちょっとこの辺りを見て回る?もし実家とか見つけられたら、なにか思い出すかもだし」

 

 

 なお、そんな私の小声は聞こえていたようで、みんなが微妙な顔をしていたが……まぁ、なりきり郷そのものが毒みたいなもの、というのも確かな話。

 

 毒に染まりきった私達には大したことないが、このぽやっとしたナルト君に、あの空気をいきなり浴びせかけるのは、余りにもかわいそうというのも間違いではないので、こうして私達と触れ合うことである程度慣れて貰おう、という面もなくはなかったりする。

 ……え?一口に毒っていうけど、その毒が一番濃縮されてるのはお前らだろうがって?知らなーい。

 

 ともあれ、こちらの言い分に納得したらしい榊君から提案が。

 実質的な散策の提案だが、確かに悪くはない話ではある。そもそもの話、この辺りの怪談というか噂というかは、まだ残っているわけなのだし。

 

 

「……え、残ってるのに別のところ行こうとしたの?」

「いやいや、別に職務怠慢とかそういうことじゃなくてね?もう一つの噂の方は、正直偽物だろうなー感が強すぎるから、別に放っておいてもいいかなーってね?」

「偽物、ですか?」

 

 

 そんなこちらの『噂が残っている』という発言に、榊君が露骨に反応を示してくる。

 このままでは私の信用が地の底に落ちる、と判断した私はすぐさま弁解を開始。……おい誰だ、お前の信用とか端から地の底だろう、とか言った奴。

 

 まぁともかく、残っている噂が余りにも荒唐無稽*4であるため、確認するにしても後でいいだろうと判断したことを伝えると、今度ははるかさんから声があがる。

 恐らくは確かめもせずに偽物と判断したのは何故か、ということなのだろうが……逆に言えば、これに関しては()()()()()()()()()というか。

 

 そういう風に伝えたところ、みんなからの反応は困惑の混じったもの。本物だと困るという評と、確かめなくても偽物だとわかるという言葉が、微妙に噛み合わない……と言ったところだろうか?

 ともあれ、これに関しては聞けば『確かに』となるだろうことは間違いないわけで、ゆえに私は特に勿体ぶることもせず、その噂の内容を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「──宇宙人だぁ?」*5

「そうそう、宇宙人の目撃情報ってやつ」

 

 

 告げられた噂の内容に、サイトが素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげる。*6

 そう、この街にもう一つ流れていた噂というのは、宇宙人──正確には宇宙船の目撃情報があった、というものなのであった。

 

 昔は夏と言えば怪談か宇宙人か、というくらいにテレビで特集の組まれていたこの二者だが*7……今となっては技術が進み、かつて妖怪や幽霊と呼ばれたものは単なる現象に堕ち、宇宙人──この場合はUFOも、単なる勘違いか作り物か……と言った風に、その正体をほぼ看破されてしまっている。

 

 そもそもの話、宇宙において『生き物の生息できる環境』というのは──ありえなくはないが、コンタクトを取るのはまず不可能、と思われているものである。

 その理由は、太陽系内に生き物の住んでいる星が一つしかないため。……より正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ためだ。

 

 生命が住むためには、太陽やその代わりとなる恒星との距離、住もうとする惑星の大きさが主に重要となってくる。

 

 前者は惑星表面の温度に深く関わるわけだが、距離が近過ぎれば地表は灼熱と化して空気も水も蒸発するし、反対に遠すぎれば今度は地表が温められず極寒と化す。

 地表の温度に関しては、正確には惑星の大きさなども関わってくるが……ともあれ、適切な距離とでも呼ぶべきモノがある、ということは間違いではないだろう。

 

 後者に関しては引力などを決める重要な要素となるわけだが……基本的に地球型の惑星──いわゆる岩石惑星は一定量以上大きくなれないのではないか、という説が存在する。

 

 これはある程度の質量を持った時点で、水素やヘリウムなどの軽い気体元素を重力圏に捕まえてしまうためで、こうなるとガス惑星になってしまい人が住めるような星ではなくなる、みたいな話があるが……正直ややこしいので各人で調べて欲しい。

 ともあれ、小さすぎれば水や大気を地表に留めておけず、反対に大きすぎれば重力が強すぎて人が住めたモノではなくなる、というわけだ。

 

 こうした様々な問題を考慮するに辺り、太陽系内には人の住める星というものはほとんどない、とされている。無理をすれば住めなくもない、という星もなくはないが……その星では住んでいくのが手一杯、というような状況下において、星の外へと飛び立つための研究が進むだろうか?

 

 結局のところ、目先のこと以外に目を向けるには必ず(いとま)が必要となる。*8

 それゆえ、太陽系内の『住めそうな星』には知的生命体は居ないか、もしくは居たとしても星の外に飛び出すような技術力は持ち合わせていない、ということになるのである。

 

 では、太陽系を飛び出して、他の天体の星々ならどうだろうか?……こちらはこちらで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実によって、仮に実在してもわざわざ来ることはないだろう、という予測が立っている。

 

 この現実の世界において、光よりも速いものというのは存在しない。……正確には()()()より速いものはない、というのが正確だが、ともあれモノの速度に制限がある、というのは確かな話。*9

 それを踏まえた上で、この宇宙に存在する『地球から一番近い位置にある、生命が住めるような惑星』までの距離はと言うと。──有名な『ロス128b』までのそれは、およそ十一光年。()()()()()()()()()()()とされる。

 

 光速度は秒速三十万キロメートル、時速に直せば十億八千万である。その速度で一年掛かるというのだから、それがどれほど気の遠くなるような距離なのかは言うまでもないだろう。

 スペースシャトルの速度が時速三万から四万キロくらいだと言うのだから、単純計算で二万七千倍・すなわちスペースシャトルで三十万年ほど掛かる位置、ということになる。

 

 無論、創作などでよく使われている『ワープ航行』などを実現化していれば、その分掛かる時間は短くなるだろうが……そこまでして地球にやって来るだろうか?そして、そこまでの技術力を持っていて、明らかに技術力の劣る地球人に見付かるという愚を犯すだろうか?

 

 ……冷静に考えればノー、だろう。

 ゆえに検討するまでもなく、最初から『あり得ない』という評が『宇宙人』というものには付き纏うわけなのであった。

 

 

「……いやその、キーアさん?一つツッコミしていい?」

「ん?なにかある?別におかしなことは言ってない気がするんだけど」

 

 

 なお、そこまで懇切丁寧に説明したにも関わらず、榊君からは疑問の声が。……そこまで言うのであれば、納得の行く論拠を示して貰おうか、と思っていた私は。

 

 

「……いや、『逆憑依』絡みなら、普通に超科学とか出てくると思うんだけど……」

「…………ホントだ!?」

「ええ……」

 

 

 次の彼の言葉に、確かにと唸る羽目になったのでしたとさ。……そういえばそうだね!?(完全に素)

 

 

*1
それぞれ『乱暴な行いをする者』『他人のことを考慮しない者』などの意味。『聞かん坊』の『ん』は『聞かぬ』の『ぬ』の音が変化したものだが、似たような『さみしん坊』『甘えん坊』『暴れん坊』などの『ん』は、意味の強調の為に添えられたものだとされる

*2
幼児性健忘とも。思い出せる人でも大体3歳くらいまでの記憶だとされるそれらの記憶は、未熟な脳が記憶していたモノである為、成熟した脳ではアクセス手段が失われてしまっている、というのが子供の頃の記憶を思い出せない理由なのだとか。なので、仮に転生したとしても、魂と言う外付けの記憶装置に前世の記憶を保存しておかないと、幼少期の記憶と共に忘れてしまう……なんてこともあり得るのかもしれない

*3
よく『複数のことを同時にするのが苦手』という人がいるが、正確にはそれが得意な人と言うのは居ないのだそうで。『同時に見えるけれど瞬時に優先順位を切り換えている』とか『片方は無意識・すなわち慣れによってこなしている』とか、意外とからくりは単純なものである。思考のし過ぎで爆発する、というのも無理に全体を捉えようとするがゆえ。落ち着いて一つずつ、優先順位を付けて片付けて行けばいつかは終わるものである。なお、これを『時間がないから』と無理に片付けようとすると、基本的には上記二つのやり方の内どちらかで脳を酷使することになる為、最終的には脳にダメージを与えることになるのだとか。頭が爆発、というのもあながち比喩表現でもないのかもしれない

*4
思想家かつ道教の始祖の一人とされる荘子(そうし)の著書『荘子(そうじ)』に記された一文『荒唐之言』と、儒教の経典『五経』の一つ、『書教』に記された一文『無稽之言』を組み合わせて出来たとされる四字熟語。『荒唐之言』の方は大きくて掴みどころのないこと、『無稽之言』の方は根拠がなくデタラメなことを指し、二つを合わせて『言動に根拠がなく現実味がない』という意味となったとされる。なお、誰が組み合わせたのか、などは不明

*5
その名前の通り、宇宙に住まう人。外国人と同じで、他の星の人からすれば私達も宇宙人である。後述する通り、例え存在したとしても私達が遭遇することはほぼ不可能だと思われる

*6
『素っ頓狂』とは、非常に間の抜けた状態を示す言葉。その場にそぐわない調子外れな言動と言う意味の『頓狂』に、『素っ裸』などにも付いている、意味の強調となる『素っ』を組み合わせたもの

*7
平成後期辺りまではよくやっていた。今はほとんど見ることもない……

*8
戦争は技術を発展させるというが、それはあくまでも殺しの道具としてのこと。そこから別の方面に技術を伸ばすには、やはり平和な環境が必要不可欠なのである

*9
光は特定環境下で遅くなる為。それでもかなり速い為、勝てるモノは極少数となるが。なお、あくまで光そのものが遅くなるだけであり、光の最高速度(光速度)が低くなるわけではない。その為、例え水中などであっても『秒速30万km』を越えない限りは『速度限界を越えた(光よりも速い)』という扱いにはならない



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忍びと宇宙人……うっ、頭が

「つまりこの噂、ちゃんと確認しないとダメってことじゃん!あぶねー!!責任問題になってたところだった!」

「……キーアさんって、時々意味不明なポカをやらかしますよね……」

 

 

 懇切丁寧に説明した内容が、そもそも自分達の出自によってひっくり返されるこの状況。

 まさに悪夢、まさに阿鼻叫喚*1……とまではいかないものの、ともあれ変な見落としをしそうになっていたことは確かなため、思わずあぶねーと叫ぶ羽目になる私である。

 

 榊君には感謝感激雨あられ*2、あとで飴ちゃん*3を買ってやろう……などというよくわからない思考を脳内で飛ばしつつ、慌てて回れ右。

 適当にナルト君の生家を探しつつ目的地に向かおうとしていたのを、そのまま現場に直行する形に軌道修正したのだった。

 

 

「……んで?ここがその現場ってかぁ?」

「うむ、ここが噂の現場──UFOの目撃情報が頻発しているっていう、街の電気屋さんだね」

 

 

 で、そうしてたどり着いたのはとあるビルの手前。

 建物内の全てのフロアが一つの電気屋で埋まっているという、わりと珍しいタイプの電気屋さんである。

 なんでも土地の余裕がなく、結果としてこのような縦長の建物になったのだとか。

 

 

「まぁ珍しいと言いつつ、探せば意外とどこにでもあったりするかもだけど。……で、目撃情報があるのはここの屋上だね」

「はぁ、屋上。……なーんか既視感がするような?」

 

 

 なお、都心部なら普通に見付かるかもしれない、ということは一応言い置いておく。スペースが横に確保できないのなら上に伸ばす、というのは普通の対処法であることも確かだからだ。

 まぁ一応、下に伸ばすという手段も無くはないだろうが……そっちは限度がわりと近いため、そこまで期待できる対処法でもないというのも確かだったりする。

 

 その辺の話は置いとくとして、UFOの目撃情報があったというのは、現在私達がいる一階部分ではなく屋上の方。

 こちらは最近では本当に珍しい、屋上が一般客に対して開放されているタイプの遊戯コーナーであり、そこで休んでいた人達がなにかを見て……という形での噂が広がっているようだ。

 なので、現場確認の意味も込めて私達も屋上に向かおうと述べたところ、みんながとても微妙な顔をしていたのだった。……ふむ、既視感とな?

 

 電気屋で屋上に既視感?と首を捻りながら、そのままエレベーターに乗って待つこと暫し。

 そうしてたどり着いた屋上は、昭和の空気感を現代に残したままの場所であった。

 

 

「ぱ、パンダの乗り物……だと……?」

「み、ミニ観覧車がありますよ!?」

「わー、アンパンマンだー」

 

 

 私達の目の前に広がっていたのは、人工芝の上に置かれた数々の遊具達で、キャラクターを象ったものも幾つか散見される。

 

 ──それは、いわゆる『屋上遊園地』と呼ばれるもの。*4

 昭和から平成、それから令和に向かうにつれて、段々と消えていった高度経済成長期の遺産の一つ、とでも呼べるもの達なのであった。

 ……とはいえ、これらは昭和の時代からこの場所にあり続けるモノ、というわけではないらしい。

 

 

「え、そうなの?」

「そもそもこういうのが設置されてたのって、いわゆるデパートの屋上だからねー。……で、ここってなんのお店だっけ?」

「……あ、電気屋だ」

「そういうこと。だからまぁ、ここにあるのは……()()()、ってことになるんじゃないかな?」

 

 

 榊君の驚いたような声に、私はそういう風に答えを返す。

 

 屋上遊園地というのは、本来()()()()でやって来た家族達の利用を見込んだうえで作られたものである。

 それゆえに、家族みんなで来ることが予想されるデパート……百貨店と呼ばれるような、比較的大きな商業施設の屋上にあるのが普通だったものだ。

 

 昨今においては、屋外遊具の保守点検に掛かる諸費用や負担の面・それから消防法の観点などから、徐々に姿を消すこととなっていったわけだが……元々の設置された理由(子供の利用を見込んだ)と言うものを鑑みるに、電気屋のビルの屋上にこれらの遊具がある、というのは些か不可思議な光景ということになるのだ。

 ──つまり、これらの遊具は比較的最近、デパートなどに設置されたそれらとは別の思惑によって持ち込まれたモノ、ということになる。

 

 

「なんでもここのオーナーさんが、近くの商業施設の屋上に設置されていた、撤去予定のこれらの遊具を買い取ってここに置いたんだって。……勿体ないとか、懐かしいとか、色々思うところがあったんだろうね」

「なるほどねぇ……でもよぉ、消防法云々の話すんのなら、ここに置くのとか更に無理なんじゃねぇか?」

 

 

 私の説明に、サイトが周囲を見渡しながら言う。

 確かに、百貨店のような大きな建物の上にあるのなら、スペース的な問題や消防法的な問題からしても、まだ現役で動かせるかもしれないが。

 この電気屋の屋上では、それらの制限から満足に稼働させることもできないだろう……という彼の指摘に間違いはない。

 なにせこれらの遊具、基本的には()()()()のだから。

 

 

「あん?」

「基本的にこの子達は()()()()()、ってこと。遊戯コーナーは正確にはあっち──そうそう、その自販機の前のその筐体達のことでね。こっちはどっちかというと資料館、みたいな扱いなんだってさ」

「……ホントですね、よく見たら観覧車も、動かないようにしっかり固定されています」

 

 

 こちらの言葉に首を傾げるサイトだが、こちらが指で指し示した方を向いた結果、納得と困惑の混じった表情を見せてくる。

 

 さもありなん、この屋上にある遊戯コーナーとは、正確には屋上の隅の方に設置されたテントの下。

 自販機の前に広がる、これまた昭和っぽいゲーム筐体達のことを指していたのだから。……十円入れて遊ぶゲーム*5とか、今の若い子にわかるのだろうか?

 

 で、反対側のよく目立つミニ観覧車とかアンパンマンの遊具に関しては、よーく見るとボルトなどで固定され、動かないようになっていることが確認できる。

 

 要するに、これらは単なる置物である、ということ。

 そもそもの話、設置場所もできる限り隅の方に寄せられている辺り、消防法にちゃんと準拠しようという努力のあとはしっかりと見受けられるわけだし。

 

 

「でもまぁ、パンダは動くんだけどね」

「動くんだ!?わっ、ホントだ!?」

 

 

 なお、パンダだけは移動型の遊具だからなのか、普通に動かせるようである。

 なので、というわけではないだろうが。

 これから暫く調査に時間を取られる(面倒を見ている暇がなくなる)のが確定しているからか、ココアちゃんはナルト君を連れて、そのパンダに乗って遊び始めるのだった。

 

 ……はるかさん、写真を撮りたくてうずうずしているのはわかりますが、先に仕事を済ませましょうね?

 と、ココアちゃんの頭の上から彼女の肩の上に移動した私が注意したところ、はるかさんが面白いくらいに挙動不審になったりしたが……まぁ、些細なことだろう。

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、この屋上の景観とか設備とかに驚いている場合じゃない、ってのも確かだよね」

 

 

 そんな榊君の言葉により、ここに来た目的を思い出した面々。

 そういうわけで私達は、ここで噂されているというUFOの目撃情報について、詳しい調査を始めたわけなのですが……。

 

 

「……てんでバラバラ、ってやつだな」

「ふむ、こうして確かめに来たわけですが……やはりハズレ、だったということなのでしょうか?」

 

 

 屋上広場にやって来る人、店内で仕事をしている店員達、近くに住んでいるという街の人々……。

 それらの人物達に聞き込みをしてみたところ、なんとまぁ、ものの見事に話が噛み合わないのである。

 

 ある人がオーソドックスなUFOの姿を見たと言えば、またある人は飛行機のような形のモノを見たと言い。

 ある人がそれを見たのは夜だと言えば、またある人はそれを見たのは真っ昼間だったと言う。

 高速で飛行していたと聞けば、蚊の止まるほどの低速だったと聞き、全体が銀色に光っていたと言う人がいれば、いいや金色だったと言う人がいる。

 

 ──まさに支離滅裂。*6

 こうなってしまっては『実際は別の話なのではないか?』というような疑問が持ち上がってくる始末である。

 

 

「別の話、って言うと?」

「例えば、本当はUFO以外の別のものの目撃情報なんだけど、相手(UFO)側がそれをごまかしたいがために『UFOを見た』っていう情報になるように、記憶を操作しているんじゃないかー、みたいな?」

 

 

 つまりは、BBちゃんの記憶操作みたいなもの、ということ。

 仮称UFOを見た相手に記憶の置換を施し、この場所で起きた本当の出来事を隠蔽しているのではないか、という説である。

 なお、これが仮に正しいとする場合、随分と杜撰(ずさん)*7なやり方だなという評価も付き纏ってきたりするわけだが……。

 

 

「……なるほど、ここまで証言がバラバラであれば、聞き込みを続ければ必ず違和感に突き当たる。ともすれば、誰かに気付かれることを前提としているかのように……ということですね?」

「そういうことですね。各人の話す内容がバラバラである以上、それらを集めて行けば必ずこの違和感にたどり着いてしまう。であるならば、相手は杜撰なやり方をしたのか、はたまた端から気付かせるためにやったのか。……正解がどちらであるのか、それ如何によっては危険度も跳ね上がる、ということです」

「ねぇねぇキーアちゃん?」

「おおっとココアちゃん?なにか質問でも?」

 

 

 記憶の置換によって、このバラバラな証言が生じたのだとすれば、その理由は二つに一つ。よっぽど杜撰なやり方をしたのか、はたまたこの違和感を集める誰かが居ることを想定してか、である。

 もし仮に、これが後者の手によるモノであるのならば……もしかしたら私達が思っている以上の厄介事、ということになるのかもしれない。

 

 思わず緊張感の走る私達であったが、そんな空気を破ったのはココアちゃん。

 流石にパンダ一辺倒では飽きてしまったのか、若干つまらなさげなナルト君を連れた彼女は、私達の会話に割り込んでくるとこう告げるのだった。

 

 

「みんなの言ってることが、()()()()って可能性はないのかな?」

「いやココア、そりゃねぇだ「あ゛ー、その可能性もあるのかー!」……ってキーア?」

 

 

 それを聞いたサイトが否定の言葉を吐くが……この状況においては否定しきれないモノであることも確かだったため、思わず唸る私である。

 

 これが単なるUFOの目撃情報ならば、証言が全てバラバラだと言うのは見間違いの可能性を補強するだけだが。こと『逆憑依』関連の事件として見るのであれば、それは別の意味となる。

 

 ──すなわち、この場所が()()()()()()()()()()という可能性、だ。

 

 

*1
人々が嘆き苦しむような惨たらしい状態のこと。仏教における八大地獄である『阿鼻(第八)地獄』と『叫喚(第四)地獄』の名前を重ね合わせたもの

*2
感謝していることを大袈裟に言った言葉。元々は商船である『常陸丸(ひたちまる)』が日露戦争で撃沈された最後を歌ったという琵琶歌、『常陸丸』の中の歌詞『乱射乱撃雨霰』を捩ったもの、だとされる

*3
大阪などでの飴の呼び方。『さん』だと堅苦しいので『ちゃん』なのだ、などの説があるが詳しくは不明。なお何故飴なのか、については大阪が『天下の台所』と呼ばれるように食材が集まりやすく、その流れで砂糖問屋などが多かったからではないか、とする説がある

*4
デパートなどの屋上部分に存在したもの。主に乗り物系の遊具が設置されており、買い物に付いてきた子供達が飽きを見せた時などに連れていく場所、として定着していたとかいないとか。そういう意味では、デパートなどにあるゲームコーナーのご先祖様、ということになるのかも?消防法において『屋上は避難場所』として扱うことが原則基本となった為、次第に姿を消していった

*5
駄菓子屋の軒先に設置されていた、十円を入れて遊ぶゲームのこと。当たりが出ると駄菓子と交換できる景品が貰える、という形式が一般的。地方のゲームセンター(特にデパート併設タイプ)などにも存在していたりするうえ、場所によってはまだ稼働していることも。基本的には筐体に入れた十円玉がそのまま玉となる、いわゆるピンボールタイプのゲームが多い

*6
統一性がなく、バラバラの状態を指す言葉。それぞれ『支離』と『滅裂』という別の語であり、それが一つとなったもの。……既視感があるかもしれないが、これらも荘子の記した書物に登場する言葉である(支離は『内篇・人間世(じんかんせい)篇』、滅裂は『雑篇・則陽(そくよう)篇』)

*7
故事成語の一つ。中国・宋代の詩人『杜黙(ともく)』が作った詩文は定型詩の格式に合わず、いい加減なモノが多かったということから生まれた言葉。『詩を作る』という意味の漢字『(せん)』と組み合わさっている



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いつかの空は未確認飛行物体と共に

 私の発言に、みなが「え、マジで言ってる?」みたいな顔を向けてくるが……そもそもの話、私達がこの場所にわざわざ来て、UFOの目撃情報を洗っているのは──正確にはそれが『逆憑依』関連のモノである可能性があるから、である。

 

 

「つまり、メン・イン・ブラック(MIB)*1的な空気感のあるモノがここにあったとしても、本来ならおかしくはないんだよ!これが『逆憑依』関連の話だと仮定するのならね!」

「た、確かに……言われてみればそうです、普通ならおかしな話ですが、もしこれが『逆憑依』関連の話であるならば、まさに爆発律*2みたいなもの。前提がおかしいのだから、結果がおかしいのもまた自明の理……!」

 

 

 こちらの言葉にわなわなと震えるはるかさんの言葉に、みんなが徐々に動揺を伝播していく。……この状況を作り出したココアちゃんだけが、「アルくんの真似しただけなんだけどなー……」*3とぼやいていたが……まぁ、それは置いといて。

 

 可能性の過不足に関しては、結局のところ()()()()()()()()()()()()*4意味はない。数式に無限を放り込んだ時と同じで、望む結果があるのであれば()()()()()()()()()()サイコロの目は揃うもの。

 つまり、『起きないはず』の物事は()()と付いているがゆえに()()()()()のである。

 ……まぁ、あくまでも可能性として存在している、というだけであって、実際にそれらの可能性が顕在化するかどうかはその時々によるのだろうが。

 

 意味がわからないと思うので、ざっくりと説明させて貰うならば──結局のところ、選択肢とは全て同確率である……ということ。

 人の世において『選べなかった選択肢』を確認する術はなく、物事は実際に起きた時点で全て発生確率は百パーセントとなる。*5

 つまり、実際の物事において、『◯◯が起きる確率は何パーセント』と述べることは、実際にはとても滑稽であるということでもある。

 

 ……話している内に話がずれてきた気がするので結論だけ述べると、この話が単なる噂でしかない可能性も、UFOという情報はカモフラージュである可能性も、そしてこの場所がUFOの発着駅であるという可能性も、結局のところ()()()()()()()()()()()()()()、起こりうるモノでしかないということ。

 結果を知りえない私達は、全ての可能性について検証を行わなければならない……ということである。

 

 

「……また人海戦術?」

「だねぇ。……気のせいじゃなければ、さっきから人手を多く求めるモノが多いような……?」

 

 

 そこまで話し終えて、榊君から返ってきたのは徒労感混じりのそんな言葉。

 確かに、さっきのナルト君もとい狐憑きの少年の捕獲作戦といい、今回のUFO騒ぎといい、調査のためにマンパワーを要求されるモノが多い気がする、というのは間違いではないだろう。

 こうなってくると余所からの応援を願いたいところだが……当初から言っている通り、現在どの組織もマンパワーフル活用中である。……いやまぁ、正確にはそれぞれの組織の本部には人は居ると思われるが……。

 

 

「通じないしねぇ、連絡」

「あー……」

 

 

 さっき確認した通り、現在郷の方は取り込み中。

 どういう状況なのか、こちらからでは確認できないが……電話にも出られない辺り、こちらに追加要員を送るような余裕はない、と見る方がいいだろう。下手すると「寧ろ手伝いに戻って!?」とか言われかねないくらいだ。

 

 つまり、私達は孤立無援。そのくせ、必要とされるのはともかく手数、という始末。

 ……さっき神様がサイコロ云々と言っていたが、もし仮にこれらの状況が何者かの望んだモノであるというのであれば。

 私達は、その神と名乗る何者かを撃滅せねばならないと確信すること頻り、である。

 

 

「まぁ、居るかどうかもわからない、神様相手への恨み言はこの辺りにしておくとして……さて、どうしようか?このノリだと、さっきみたいに無理やり手数を増やすのが一番、ってことになりそうだけど」

「う、うーん……流石にもう一回マジシャンですってごまかすのもなぁ……」

 

 

 愚痴ばかり言っても仕方ない、という至極当たり前の結論を以てうだうだ言うのを止め、どうやって対処していくのかを検討することにした私達。

 ……とは言うものの、愚痴っていた通りやはり人海戦術が一番、というのが結論になってしまうことは避けられず、どうにも困ってしまうわけなのであった。

 

 何故この場でも人海戦術なのかというと、相手が姿をごまかしているのかいないのか、そもそも件のUFOに出会えていない私達では判断ができない、というところにその理由がある。

 ……つまり、仮に相手がなにかしらの記憶改竄手段を持っていた場合、一人で発見した場合にその違和感に気付けないのだ。

 発見者達が皆()()()()()()()()()()そのものには違和感を抱いていなかった辺り、見た目の改竄だけしているわけではないと思われる、ということでもある。

 

 UFOを見たという噂は、確かに辺りに広まってはいる。……が、それほどの発見例があるくせに、あくまで噂止まりというのはおかしい話だ。

 偽物かどうかを確認しようとする者、本物ならスクープだと寄ってくる者。……そういった、集まってきてもおかしくないはずの人間達の影がない。

 それはすなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。噂が広がっているにも関わらず、見間違いで片付けられているということである。

 

 いやまぁ、それすらも証言がバラバラだから(全部偽物だと判断されたから)必然的にそうなった、という可能性もあるわけだが……。

 しかしそれでも、証言者達が()()()()()()()()()()()()()、という事実は残る。

 ──おかしなモノを見たはずなのに、さほど混乱も感動もせず、淡々と事実を語っているだけにしか見えない……そんな彼等の姿という事実は。

 

 

「だからまぁ、記憶操作されているのは確かなんだと思うよ。それが単に見たものを不思議に思わないように(確認したのは無数のなにか)、というものなのか。はたまた、それに加えて見たものをバラバラに記憶するように(一つにたどり着けないようにごまかした)、というものなのか……みたいな差異があるだろう、って予測できるだけで」

 

 

 それゆえにできれば二人一組、もっと言えば四人一組くらいで建物内を見聞し、仮称UFOの出現を確認したい……ということになるわけなのだ。

 例え『不思議を不思議と思わない』ようにするなにかを相手が持ち合わせていたとしても、それが『見たものをバラバラに記憶させる』モノであるのなら、近くの人間と認識の差異を確認すれば違和感に気付ける。

 

 人数が多い方が良いと言うのは……もしかしたら同じタイミングで確認すると()()()()()()()()可能性があるから。

 もしその性質を持っていたならば、相互監視のようにある程度距離を離して探索することで、発見のタイミングをずらすこともできる。

 

 今現在、私達が相手について知っていることと言えば、それがなにかしらの飛行物である、ということだけ。

 暗中模索にもほどがあるため、ならばせめて網目だけは細かくしておきたい……というわりと切実な思いからの嘆願なわけだが……まぁうん、聞き届けてくれる場所があるわけでもなく。

 

 

「うーん、こんな時ミラちゃんが居てくれれば……仙術で増えるとかでき……でき?」

「ど、どうしたんですかキーアさん?突然ナルト君を凝視して……()()()君?」

 

 

 そうして、思わず口から飛び出すのは泣き言。

 

 こんな時仙術のエキスパート・ミラちゃん(あとで怒られそうな呼び方)が居てくれれば、最近影分身できるようになったとか、そこからさらに変身もできるようになったとか言う彼女さえ居てくれれば……!

 そうなれば、人数が足りないなんて問題、あっという間に解決すると言うのに……などという弱音である。

 まぁ郷の側が繋がらないのに、向こう(互助会)が繋がるとも思えないので連絡は取っていないが。そもそも既に今回の件で駆り出されてそうだし。

 

 まぁそもそも論を言えば、私が大きくなれれば一発なのだが、まさに無い物ねだりだしなー……とぼやきながら、ふと視線を上げた先に。

 こちらの話がややこしくなったのか、はたまた飽きたのか。どちらなのかはわからないが、屋上の遊戯コーナーに移動したココアちゃんと()()()君が居て。……ナルト君?

 

 こちらの呟きに、みんなが何事かと視線を向け、そこに居るナルト君に気付く。

 当のナルト君はといえば、暫くはこちらのことに気付かずにゲームを遊んでいたが……やがて視線が熱を帯び始めたのか、ふと視線を上にあげ。

 

 

「わっ!?ななな、なんだってばよ!?」

「え、どしたのナルトく……うひゃあっ!?みんな怖いよっ!?」

「おおっと」

 

 

 他の面々が、みんなで自分のことを見ていた(<●> <●>)ことに気が付き、思わずとばかりに後ずさっていたのだった。……さーせん。

 

 

 

 

 

 

「……いやでもダメだな、今のナルト君じゃ仙術は多分無理だ」

 

 

 みんなで見つめることによって、盛大にナルト君をびびらせてから暫し。

 一応検討してみたものの、これは無理だと判断する私である。

 

 

「あー、そっか。今のナルトは幼少期だから……」

「将来的に使えるようになる、つっても流石に無理があるってわけだな」

 

 

 榊君達が言う通り、今のナルト君は幼少期の彼。『逆憑依』においては、憑依された側の意識が参照可能な記憶を左右する……みたいな話があるが、それに基づくのであれば今の彼に仙術を使った記憶、というものを()()()()ことは不可能だろう。

 ……多重影分身そのものは仙術ではないが、仙術が使えるくらいの年齢に急成長でもしない限り、彼になにかを頼むというのはリスクが高過ぎる。

 

 そもそも仙術を使って欲しい、というのも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というところが大きいわけで。……仙術が使えるということは、チャクラを余所から持ってくることができるということ。

 彼の負担を考えれば、仙術が使えないのになにかを頼むことはしたくない、ということにも繋がってくる。

 

 つまりは、二重の意味で彼には頼めない、という現実が表層化しただけだった、ということ。……まさに怖がらせ損というやつである。

 

 

「むぅ、せめて手取り足取り教えられる人が居ればなぁ……」

「キーアが大きくなって……ってのは、その顔からしてダメなんだね……」

「そんな例外許してくれるわけないじゃないですか、下手すりゃ私ここから居なくなりますよ?色んな意味で」

「い、色んな意味……?」

 

 

 無論、榊君の言う通り私が大きくなって教える、という手もなくはないだろう。……が、そもそも私が大きくなっても良いのなら、私がやれば済む話である。

 結局服を買いにいく服がない状態であり、手詰まり感は否めないのだった。

 

 なので榊君が「森でのマジック、覚えている人が居なきゃいいけどなぁ」とぼやきながら、再び準備をしようとして。

 

 

「──ぬ?お主達、何故こんなところに集まっておるのだ?」

 

 

 ──私達は、救い主の声を聞いたのだった。

 

 

*1
『メン・イン・ブラック』は1997年に上映されたSFアクションコメディ映画。宇宙人達の起こす騒動や犯罪などを取り締まる秘密組織、『メン・イン・ブラック』に所属する男達の日常を描く

*2
誤った命題からはどのような答えでも導ける(Ex Falso Quodlibet)』という意味の言葉。古典論理におけるバグのようなもの、とされる。前提条件が間違っている場合、どのような結論も導きだせてしまう、というもの。たまにある『並べ直すと面積が減る三角形』なども似たようなものと言えるかもしれない

*3
『鋼の錬金術師』より、アルフォンス・エルリックがゾルフ・J・キンブリーに対して述べた台詞『あのさぁ、なんで二択なの?』から。よくある『片方しか救えない』という論理に対して、『どちらも救う』があっても良いだろうと答えたもの。なおこの場合は返しに『どちらも救えない』も加えなさい、と返された。選択肢なんて容易く増えるし、良いものだけ選べることもあれば悪いものばかり選ばなければならないこともある、というある意味では当たり前のこと

*4
現代物理学の父、アルベルト・アインシュタインが量子力学の不確定さを指して述べた言葉『神はサイコロを振らない』から。なお、ここから後の文では『神がサイコロを振るとしてもあくまでパフォーマンスであり、結局のところサイコロを振ろうが振るまいが結果は変わらない』というようなことを述べている

*5
いわゆる『波動関数の収縮』。どれほど確率的にはあり得ないモノであれ、観測した時点でそれは確定し、他の可能性は消え失せる。選べなかったモノを確認する術は人間にはないのである



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あいつこそが仙術のエキスパート様(あとで怒られる表現)

「こ、この声は……!?」

「きたのか?」

「きた!仙人きた!」

「ミラちゃんきた!」

「これで勝つる!」

 

「……いや、何故に謙虚なナイトコピペ?というかわし待ってたの?なんで?」

 

 

 思わずブロント(動詞)ってしまった私達に、呆れたような視線を向けてくる白髪の少女が一人。

 噂をすれば影、ということなのか。はたまた、これこそ天の思し召し*1というやつなのか。

 ともかく、この場において求めに求めた人物の登場に、思わず胸熱*2状態となる私達である。

 

 ──そう、私達の前に現れたのは、先ほどから話題にあげていた仙術のエキスパートである少女、ミラちゃんだったのだ!

 

 

「……帰ってよいか?」

「あー!?ごめんミラちゃんあやまるから召喚術の普及に努めるからー!」

「いやここ(現実)で広められても困るんじゃが!?というか今だとわしにもデュエリスト属性付くやつじゃろそれ!!」

「えー?上手いこと行けば『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)*3とか呼べるようになるかもしれないよー?」

「……ちょっと心惹かれるものがなくもないが、やっぱりなしじゃ、なし!」

「そんなー!神様仏様お代官様ミラさまー!*4どうか見捨てないでー!!」

「ええい、腰にしがみつくでないわ!っていうか何故に猫なんじゃお主!?」

にゃー(そんなこと)にゃにゃにゃにゃにゃー(私も知るかー)!!」

「猫語!?」

 

 

 突然の救世主の登場、これを逃してなるものかとその腰にしがみつく私である。……ついうっかり仙術の方をフィーチャーしてしまったが、彼女がこの状況を打開する鍵を握っているというのは事実。

 ゆえに全力で平身低頭*5していく私である。お望みなら靴だって磨きますぜ旦那ー!

 

 なお、それらのおべっか*6は、全てうざいと切り捨てられるのであった。ひどい。

 

 

 

 

 

 

「それで?お主らはここで一体なにをしておったのじゃ?」

「実はかくかくしかじかで……」

「まるまるうまうま*7とな?……いや、なんで通じるんじゃこれ」

「円滑な会話の進行のため、統一言語(ゴドーワード)混ぜときました☆」*8

「……そんな軽いノリで使っていいモノではなかった気がするのじゃが、それ!?」

 

 

 さて、『私が諦めるのを諦めろ』作戦*9により、どうにかこの場にミラちゃんを留め置くことに成功した私達なのですが。

 どうにも彼女がここにいる理由、私達と同じだったようで。

 

 

「なるへそ?ミラちゃんもUFOの話を確かめに来てたんだね」

「日本全国、あちこちで色んな噂が噴出しとるからのぅ。……なんというかこう、()()()()()()()なのではないかと思わなくもないが……」

「代わりねぇ……?まぁアンタの勘は置いとくとして、なにか見付かったのか?」

 

 

 むむむとぼやく彼女は、私達と同じように……というと語弊があるが、ともあれ互助会側に来た依頼によってここにやって来た、ということに間違いはないようで。

 周辺住民にあれこれと聞き込みをしてみたものの、この電気屋が噂の発生源であることは知れたけど、それ以上の進展はないままに立ち往生*10していた……とのことだった。……って、ん?

 

 

「あれ、ミラちゃんってば結構ここに滞在してる……?」

「かれこれ三日ほどになるのぅ。正直ここについては諦めようかと思っていたくらいじゃよ」

「マジでか」

 

 

 話の内容が気になって問い質してみたところ、彼女は私達よりも早くこの街に着き、それからずっと聞き込みやら捜索やらを行っていたらしい。

 それでいてなにも見付けられていないとは、手数に関しては多いはずのミラちゃんとしてはおかしいような?

 

 そんな風に私が疑問に思っていることを察したのか、彼女はバツが悪そうに頭を掻きながら、こう続ける。

 

 

「……期待しておったのなら御愁傷様なんじゃが、ここにいるわしは分身なんじゃよ」

「…………は?」

 

 

 その衝撃の言葉に、私達が固まること暫し。

 硬直から復帰した私が慌てて問い返したところ、彼女はこう返してくるのだった。

 

 

「以前のあれ(二人の修行)で、ついでにわしもそこそこレベルアップしておったじゃろ?それでまぁ、仙術側でも使えるものが増えてのぅ」

 

 

 そもそもの話として、ミラちゃんの扱う『仙術』とは、基本的には攻撃系に偏ったモノである。

 いわゆる羽化登仙*11を目指すものとは違い、どちらかと言えばモンク系に寄っているスキル群なわけだが……それでも『仙術』である。

 

 魔眼方面のスキルツリーには、自然界のマナを自分のものとする『仙呪眼』というスキルが存在しているし、そこから()()()()()別の仙術に派生させる……ということも、ここが現実──より正確に言えば、他の作品(世界)群よりも位相の高い場所であるがゆえに可能であるわけで。

 

 結果、彼女は本来召喚術で補っていた手数というものを、仙術側で代替できるようになった、というわけなのである。……ますます仙術士化が進んでいるのでは、と突っ込んだところ、言ってくれるなと涙を流されたのはよい思い出(?)だ。

 

 

身外身(しんがいしん)の法、じゃったかの?」

「ええと……孫悟空が毛を息で吹いて分身するやつだっけ?」*12

「そうそう、それじゃな。まぁ、それに似たようなモノを覚えたわけじゃよ。……それが間違いじゃった、というべきか」

「ま、間違い?」

 

 

 そんな感じで、彼女は仙術の一つである身外身の法(に、似た技)を会得したわけなのだが。……その不穏な口ぶりに、榊君が困惑の声をあげる。

 

 

「うむ。今のわしはフルパワーではないとはいえ……形を小さくすれば無数に繰り出せる『軍勢』と、自身を増やす『身外身の法』を覚えておる。()()()()()()()、最早他の追随を許さぬ域に至ったと言い換えても良いじゃろう」

「あ゛」

「……まぁ、お主(キーア)の前で手数云々を誇るのは、愚の骨頂のような気もするが……とまれ、それだけの手数を持つ存在を組織がどう扱うか?などというのは容易く予想できようもの、というわけでじゃな?」

「……あー、なるほど。今回のあれこれで、一番酷使されているのは……」

「そう、なにを隠そうわしじゃ!(死んだような目)」

「oh……」

 

 

 そうして彼女が述べたのは──ブラック派遣員・ミラちゃんの実情なのであった。……世知辛い!

 

 

 

 

 

 

「ええと、ミラさんの話を纏めますと……多数の『身外身の法』による分身と、それらに一対として派遣された白黒の騎士達。その三位一体(スリーマンセル)によって、彼女は全国で偵察業務を遂行している……と」

「……ブラック企業も真っ青な業務内容じゃねぇか、それ」

「影分身のように疲労共有がなくて良かったと思う反面、分身を解除しても情報共有できないのが微妙に面倒でのぅ……」

「なるほど、騎士には連絡要員って面もあるのか……」

 

 

 屋上内の休憩スペースに陣取り、改めてミラちゃんの話を聞いていた私達。

 その結果、私達はそのオーバーワークっぷりに戦くことになったのだった。

 ……仮に彼女が使っているのが影分身の方だったら、アインズさんへの下克上待ったなしだっただろう。まぁ、実際はアインズさん自身も『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』で各地を確認する業務に忙殺されているらしいが。

 っていうか、互助会の方は特に連絡に支障とかないのね?

 

 

「……む?支障とは?」

「いやね、郷の方はなんかトラブってるみたいで、連絡繋がんないのよね」

「……to love(トラブ)ってる?」*13

「……口頭で確認し辛いボケを投げるの止めない?ってかその場合to love(トラブ)ってるの誰よ?」

「いやまぁ、銀時めしかおらぬのではないか?」

「ここの銀時さん、ちょっとラブコメ主人公感あるもんね」

 

 

 そうして会話している内に、どうにも気の緩んできた私達。……正確には緩んでいるというよりは諦めムード、というやつなわけだが。

 ともあれ、どうにでもなーれ感が会話に漏れだしている、というのは確かな話。

 

 仕方ないのでちょっとクールダウンの時間を取ろう、ということで自販機に飲み物を買いに行く私達であった。

 

 

「……なんか、ラインナップまでレトロじゃない?」

「ビンのポカリスエットとか初めて見たんだけど……」

「それは最近復刻したらしいよ?」*14

「……新しい東京ミュウミュウといいこれといい、やっぱり今って平成なんじゃ」

「それは『お平醜』って返されるだけでは?」

 

 

 いつまでこの世の中はOver Quartzerから抜け出せないのだろうか?……なんてことをぼやきつつ、人数分の飲み物を買っていく。

 ついでにその横にあった自販機でラーメンとかうどんとかを購入し、お昼として頂くことに。なお持っていった時のみんなの反応。……こっちはどっちかと言えば昭和の残り香、だよね。*15

 

 

「うまいってばよ!」

「あー、やっぱりラーメン好きなんだねぇ」

 

 

 ラーメンを美味しそうに食べるナルト君を見つつ、私もおにぎりを一口。……今のサイズ感的に必然抱えて食べる形になるのだが、なんというか不思議な気分である。……家だとサイズに合わせた料理を、マシュが出してくれるからなぁ。

 なんというか、子供の夢みたいな『自分サイズの食べ物』を食べる、という機会は意外とないと言うか。

 

 みたいなことをぼやきつつ、改めて周囲を見渡してみる。

 ここで駄弁り始めてそれなりに時間が経過しているが、今のところUFOやそれに準じるようなものを見た者はいない。

 これが目撃者が多過ぎるせいなのか、はたまた単にタイミングの問題なのか。どちらなのかわからないせいで、微妙に動きかねている部分もなくはないというか。

 

 

「っていうか、結局手数の補充も思うようにいかないし、どうしたものかねぇ……」

「わしに声を掛けてきた理由、じゃったか。……分身から分身できればよかったんじゃが、流石に無理じゃし仮にできても魔力面で無理があるしのぅ」

 

 

 タイミングの問題であるなら、さっきの予定通りに手数を増やして見逃しをできうる限り減らす、というのが一番の対処となるのだが……。

 生憎ミラちゃんにはその辺の期待はできないわけで。……分身から分身はできる人はできるかもだが、やっぱり維持魔力的な問題で無理がある、ということになるらしい。

 現在既にかなりの分身を行っているミラちゃんではなおのこと、というやつだろう。

 一応ナルト側の仙術も派生して覚えられたらしく、それを使っての瞑想もマナ補充にあてているようだが……そこまでやってもなお、分身から分身は必要魔力が多過ぎて無理らしいし。

 

 そういうわけで、ミラちゃんの加入によって増えた人数は、あくまでも一人(+α)。人海戦術を取るには心もとない、という状況が続いているのだった。

 

 

「……それはそれとして『身外身の法』、私も使えるかどうか試してみたいんだけど」

「む?それはその姿で増えようとしている、ということか?」

「うん、この姿で仙術系が使えるなら、私も多少は戦力になるからね」

 

 

 なので、苦肉の策である。

 この姿の私は、魔法などに関してかなりの制限が掛かっている。

 だが、もし仙術による周囲からのチャクラ・マナ供給が利用できるのであれば、それによってある程度制限を無視できるようになるかもしれない。

 

 ……元の姿なら普通に使えるんじゃ、って?

 前も言ったけど、私の場合は試行回数無限(星の欠片)によって無理やり使ってるってだけで、正式に習得しているわけではないので……要するに、『虚無』を使うのならまだしも、この姿では仙術は覚えていないのです、はい。

 

 なので、大きくなれない(強く虚無に頼れない)この状況下においては、私も師に頭を垂れ教えを請う立場でしかないのですよ、ええ。

 

 まぁそんなわけで、分身ミラちゃんから術の原理とかを教わっていた私なのですが。

 

 

「ねぇねぇ、見て見て姉ちゃん!分身だってばよ!」

「ええ……?」

 

 

 ……何故か横で一緒になって聞いていたナルト君が、私よりも先に『身外身の法』を会得していたのでしたとさ。……何故に?

 

 

*1
『神の思し召し』とも。いわゆる尊敬語の一つであり、この場合は『考え・気持ち』を敬って言ったもの。もっと砕けた形にするのであれば、お考え・ご意向などになる

*2
『胸が熱くなる』を縮めたもの。何かしらの物事によって胸が熱くなるような感動を得た、の意味。元々は2007年にとある掲示板にて『初音ミク』を称賛する為に書き込んだものが始まり、だとされている。なお、『気持ちが昂る』という意味での用法であれば、それよりも昔から使われている為、本当の意味では元祖ではないのだとか

*3
『遊☆戯☆王』における象徴的なカードの一枚。攻撃力3000という基準ラインを作ったモンスターでもある。ふつくしい……

*4
日本人の宗教感が滲み出た言葉?神道・仏教に加えて現実的に偉いモノにまで拝み倒す形になっている。なお、この呼び方の形式、ルーツを辿ると『神様、仏様、稲尾様』という言葉にたどり着く。こちらは1958年、西武ライオンズに所属していた投手、稲尾和久氏のことを称えた言葉である(彼の投球は神掛かっており、神や仏と同じくらいに崇め奉られたということらしい)。ではこれが語源なのか?と思えば、そこから更に深掘りすることができ……結果として『神様、仏様、伊奈様』という言葉に行き着く。こちらは天文19(1550)年・三河国幡豆郡小島城(現在の愛知県西尾市小島町)生まれの伊奈忠次という人物を称えた言葉で、いわゆる『お代官様』である彼が民達にとても慕われていたことを思わせる言葉である。名前の響きが近い(『いなお』と『いな』)こと、および彼の役職(いわゆる代官)から考えるに、この言葉が『神様仏様◯◯様』という表現の元となったことはほぼ間違いないだろう

*5
『低頭平身』とも。ひれ伏して頭を低くすることを意味し、土下座っぽいが土下座そのもの、というわけでもないとかなんとか。そこからただひたすら謝ること、という意味も付随したとかなんとか

*6
立場が上の人間の機嫌を取ること、媚びへつらうことという意味の言葉。口のきき方・および口の上手さと言った意味の『弁口(べんこう)』に、接頭語の『お』がついた『お弁口』が変化したものだという説がある

*7
『斯々然々』。『斯々』と『然々』が組み合わせって生まれた言葉で、それぞれ『これこれ』という意味(この場合の『これこれ』は、雑に言えば『色々』くらいの意味)で、組み合わせて『色々あった』というような感じの意味として使われる。漢字からわかる通り、別に『鹿』とは関係ないわけだが……それぞれを(四)角、および鹿と捉えて、それに対応する言葉を返すという言葉遊びの要領で、返答が幾つか生まれたのだという。そのうちの一つが、『丸々馬々』──『まるまるうまうま』という返答である。その他にも、『丸々隅々(まるまるくまぐま)』(丸と熊・隅々(すみずみ)を合わせたもの)『かくかくうまうま』などの返答がある。お好みでどうぞ(どれにも特に意味はない為)

*8
(から)の境界』に登場する異能の一つ。バベルの塔の逸話を元にした『誰にでも届く言葉』。それ故に、誰もがこの言葉に抗うことができない。雑に言えば言葉でなんでもできる能力

*9
『NARUTO』より、ナルトの台詞の一つ『オレが諦めるのを──諦めろ!!!!』から。『まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ。それが俺の忍道だ!』と同じく、折れないナルトの意思を示した言葉

*10
元々は立ったまま死ぬことを意味する言葉。そこから転じて、特定の場所から進退どちらも取れずに、身動きできなくなった状態を指す言葉となった(=死んだように身動きが取れない、ということ)

*11
羽が生えて仙人になって天に昇る、の意味。そこから、酒に酔って気持ち良くなること、などの意味もあるが……ここではその言葉の元となった『羽化登仙の術』のことを指す。この場では仙人になることを目指している、というような意味

*12
『西遊記』などより。孫悟空が使う仙術の一つで、自身の体毛を千切ってそれに仙気を混ぜた息を吹き掛けることにより、自身の分身を生み出したり武器を作ったりする技

*13
『To Loveる』より。要するにラッキースケベなどを発生させる、の意味

*14
元々は1985年に発売開始されており、その時は570ml入りだった。今回(2022年)のものは『リターナブル瓶』と呼ばれるもので、250ml入り。飲んだあとは特定の回収場所に持っていくと、瓶分のお金が返ってくる(リターナブル)仕様となっている

*15
元々は1960~1980年代に設置されていたモノで、現在も一部で細々とながら続いているもの。なので完全に昭和の遺物である



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落ちこぼれと言いつつもわりとエリート、よくある属性です

「……こ、これだから天才ってやつは……っ!!」

「ナルト君と言えば元・落ちこぼれ忍者ですが……話の後半に進むに連れ血筋的にはエリートみたいなものだった、と明らかになって行くタイプのキャラでもありましたね……」*1

 

 

 無邪気に喜ぶナルト君と、そんな彼の手を取って「すごいすごーい!」と一緒になってくるくる回るココアちゃん。

 普通なら、見ているだけでほっこりしてくるような光景だが……ことこの状況においては、私に微妙な敗北感を与えるばかりの光景でもある。……べ、別に悔しくねーし。【星の欠片(スター・ダスト)】は負けてこその存在だから悔しくなんかねーし。

 

 

「嘘ですくーやーしーいー!!くそー、こんな体じゃなければ、ちくしょうっ!ちくしょうっ!」

「あー、キーアさんが地団駄*2を踏み始めちゃった……」

「見た目が猫だから、単に可愛らしいだけだけどな」

 

 

 ちくしょうこれだから血統の権化は!教えはどうなってんだ教えは!(意味不明)

 ……みたいな感じに、思わず悔しがってしまう私である。大人げない?今の私は猫だから関係ねー!

 

 ……ふぅ落ち着いた。

 私の悔しさ云々は置いとくとしても、まさか横で聞いていただけのナルト君がサクッ、と仙術を覚えてしまうとは思わなんだ。

 こちらの見間違いでなければ、しっかり周囲のマナを利用しているようだし。

 それはつまり、今の彼は自然界のエネルギーを利用できている、ということでもある。

 

 

「あれかのぅ、尾獣の中には()()()という名前のモノも居たわけじゃし……」*3

「彼がナルト君に力を貸したこともある。それゆえに、その遠縁を辿った結果が()()なのかもしれない……ということですか?」

「かもしれぬのぅ」

 

 

 名称としては同じ仙術とはいえ、実際には系統違いのそれ。

 ミラちゃんにしたって、ある程度のレベルアップを経たことにでようやっと覚える(派生させる)ことができたそれを、あまつさえ()()()()()会得したというのであれば……やはり、それは彼の持つ『縁』に理由がある……と捉えるのが普通だろう。

 ──つまり、今の彼は姿こそ幼少期のナルトのものではあるが、その身に秘められた可能性や繋いだ縁というものは、しっかりと後半まで網羅しているということである。

 姿が小さいからこそ発揮できていないというだけで、彼はしっかりと『疾風伝』辺りのナルトなのだ。

 

 

「……むぅ、となるとやっぱり、現状ではナルト君を成長させるのが、一番目的達成に近付くことができる手段……ってことになるのかな?」

「かもしれませんね。この習得速度が、彼に関わりのあるもの全てに適用されるのであれば、ボルト時代とは言わずとも仙人モードくらいまでならすぐにたどり着くかも……」

「ん?姉ちゃん達どうしたんだってばよ?」

 

 

 そうなると持ち上がってくるのが、さっき却下した『ナルト君育成計画』である。

 

 現状余所から人員を持ってくることは叶わず、かといって私が増える、というのも今の仙術会得スピードからして無理があると言える。……悠長に習得を待つ暇があるのなら、他のどうにかなる場所を優先した方が幾分かマシ、というものだろう。

 

 つまり、今この場所で都合が付きそうなのは、ナルト君に影分身もとい『身外身の法』を会得して貰うことくらいしかない、ということになる。

 ……え?今の彼は分身できてるんだから、もう覚えられているって言ってもいいんじゃないかって?

 いやいや、今のナルト君はあくまでも()()()()()()()()だけ。こちらが必要としているレベルには、まだまだ足りていないのだ。

 

 なので、これから私達がすべきことは、ナルト君に仙術方面の育成を施す、ということになるのだが……。

 

 

「……ただねー」

「うむ、あくまでも先ほどのナルトは()()()()だけ。……授業という形にした時に、真っ当に聞くかどうかと言えば……」

「多分聞かないだろうなー、ってことだよね。そもそもナルトが落ちこぼれ扱いされていたのって、里の人からの扱いに対しての反発で、授業を真面目に受けていなかったから……ってところも大きいみたいだし」

 

 

 榊君の言う通り、作品初期のナルト君はアカデミー内で落ちこぼれ扱いをされていた。その理由は、チャクラコントロールが下手だったから、などの要因も含まれている。

 だが、落ちこぼれ扱いの一番の要因となるとやはり──里の人々からの迫害めいた扱いと、それに対しての反発からくる不真面目な行動……ということになるのだろう。

 

 彼がふざけたり問題を起こしたりしていたのは、周囲の自分に対する見方を変えるための苦肉の策だが、けれどそれがまた彼の風評を悪くしていく……という風に、理由と結果が循環してしまっているのである。

 その辺り、初期の彼が置かれていた環境の闇、というものを感じざるをえないわけだが……。

 ともあれ、理由はあれども()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということは紛れもない事実である。

 

 そうなると、だ。ここにいる()()()ナルト君が、こちらが授業をしたとして。それをまともに聞いてくれるかというと……その辺には、少々首を捻る必要が出てくるわけでして……。

 

 

「……こうなったら、やるか、あれを!」

「あれ?」

「ま、まさか!」

「なに、知っているのかはるか!」

「え?あー、ええと……こんな状況でも全力でふざけ倒すのがキーアさんですから……」

「フザケテナイ、私フザケテナイ」

「……えーと、授業をしなければならない、というのはもはや確定事項なわけですよね。であるならば、できうる限り相手の興味を引くような、面白い授業をしようとするのがここでの最適解となります。……その条件で、彼女が選びそうなものとはやはり──」

 

 

 

 

 

 

「おーい、みんなあつまれー。なぜなにナデシコの時間だよー!」*4

「また唐突に始まったねおにーさん。今日はなにを解説してくれるの?」

 

 

 唐突にカウントダウンと爆発(3・2・1・どっかーん!)が発生し、出てきたのは謎のセットとその前に立つ二人の人物の姿。

 ……まぁ特に捻りもなく私と榊君なわけだが、その格好はさっきまでのモノとは全然違った。

 

 まず私の方は、猫のまま巨大化している。……一応顔は見えるようになっているわけだが、口の辺りに『猫の鼻と口』をくっ付けているような見た目にもなっているため、着ぐるみを着ている感は先ほどまでの比ではないだろう。

 お前大きくなってるやんけ、というようなツッコミが飛んできそうだが……今の私は番組進行役のおにーさんの相方・猫ちゃんでしかないので問題はないのである。……いつもの(簡易【継ぎ接ぎ】)とも言う。

 

 そしてもう一方、榊君の方はというと……まさに子供向け番組のお兄さん、と言った感じの風貌となっている。

 流石にエンターテイナー、突然の事態にも慌てず対処してくれているわけだが……これでもしその顔にどことなく覇気がなかったりしたら、どこぞの裏表のある情緒不安定な体操のお兄さんを思い出していたかもしれない。……あの人もローさんのレパートリーに入ってたりするんだろうか……?*5

 

 まぁともかく、始まりましたのは例のアレ。

 今の子供は絶対わからないだろう『なぜなにナデシコ』である。……多分普通に教育番組のなにか、と勘違いされそうだから一応説明しておくと、その教育番組を元にした、とあるアニメの作中劇?に当たるものだ。

 

 

「今回は、仙人様が使っているという不思議な術、仙術について教えて行くよー!」

「なるほど仙術。おにーさんも世の中の世知辛さに疲れ果て、霞を食べて生きられる*6ようになりたいってわけだね」

「猫ちゃんはこうやって時々毒を吐くけど、いい子のみんなは気にしないでねー」

「猫ちゃんは自分を曲げないよ!」

「それはあとで怒られた方がいいと、おにーさんは思うなー!」

 

 

 まぁ要するに、子供の目を引きそうなもので注目させ、楽しく?お勉強をしよう、みたいなアレである。

 今のところ屋上には他の人影もなく、ちょっとした無茶ならどうにかなるだろう、と判断してのモノだ。

 

 結果はわりと好感触で、ナルト君はこちらを興味深そうに窺っている。……いやまぁ、私が唐突に大きくなったことにびっくりしているだけかもしれないが、それでもまぁ見てくれるだけマシ、というものだろう。

 あとなんか知らんけど、他の面々もステージの前で体育座りして待ってた。……君らはトロワかなんかか。*7

 

 

「仙術っていうのは、文字通り仙人様が使っていると言われる術のことなんだ」

「しつもーん。仙人ってことは、一応仙女として扱われているぐっびーの使ってるのも仙術なんですかー?」

「それは型月に詳しい人に聞いてねー。それから、仙人様のイメージがおかしなことになるから、以後あの人のことは話題にださないでねー」

「おにーさんの目がこわーい。でもまぁわかったよー。じゃあ次のしつもーん。仙術ってどうやったら覚えられるのー?」

「それはねー、専門の先生がいるからそっちに聞いてみよっかー。おーい、ミラせんせー!」

「う、うむ。呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん、というやつじゃな」

「「ええ……」」

「こんな古いコーナー持ち出しておいて、その反応はなしじゃろうが……!」

 

 

 まぁともかく。

 そんな感じで面白おかしく、仙術をナルト君に学ばせていたはずの私達は。

 

 

This way(こっちだ)……」

This way(こっちだ)……」

This way(こっちだ)……」

 

「……なにこの地獄絵図」

 

 

 なんでか知らんけどゴンさんみたいになった、コピペみたいに立ち並ぶ視聴者達の姿に、困惑しきりとなるのであった。……いやホントになんで?!*8

 

 

*1
ジャンプ主人公にわりと多い属性。悟空だって下級戦士の親、と言いつつもその親がスーパーサイヤ人になったことがあったり、一護も親が死神と滅却師で……みたいな感じに、意外と血統的にはエリートになる、ということが多い。ナルトも親が火影だったりするので、普通にエリート組である

*2
悔しがって地面を踏み鳴らすこと。『駄々をこねる』も『地団駄』から転じた言葉。この言葉自体は、『踏鞴(たたら)』(金属の精錬・加工に使われる大型の送風器。足で踏んで空気を送る)を踏むことと悔しさで地面を踏み鳴らす様が似ていることから転じた言葉だと言われている(『地踏鞴(じたたら)』)

*3
四尾のこと。熔遁を得意とする、猿のような尾獣

*4
『機動戦艦ナデシコ』より、作中劇?の一つ。難解な用語が多い為、それを解説してくれるようなコーナー。見た目は教育番組のマスコットと司会進行役のお姉さん……みたいな感じ。?「なぜなにナデシコはやらないのか?」

*5
『うらみちお兄さん』の主人公、表田裏道(おもたうらみち)のこと。基本的には爽やかイケメンな体操のお兄さんだが、時々社会の荒波によって削られた、不安定な精神が顔を見せる……

*6
仙人は霞を食べて生きている、とされる。なお、『シン・ゴジラ』のゴジラは霞を食って生きているような生態である為、『やっぱり霞を食っているようなのはヤバいな』などと言われることがある

*7
さっきの『なぜなにナデシコはやらないのか?』の正体。『スーパーロボット大戦W』におけるクロスオーバー描写の一つ。『新機動戦記ガンダムW』のキャラクターの一人、トロワ・バートンが、作中において解説が始まりそうな時に述べたもの。その時は真面目にやりたい、とのことでなぜなにナデシコは始まらなかった。見た目が寡黙そうでそういうものが好きそうに見えないトロワのその言動に、プレイヤー達は大いに腹筋を破壊されるのだった……

*8
『HUNTER×HUNTER』より、主人公・ゴン=フリークスの衝撃の姿。余りにも衝撃的過ぎた為、シーン的にはシリアス一辺倒のはずなのに笑いを呼んだほど。まさにシリアスな笑い……。今の状況は、彼の見た目に近い感じになった面々が、一列に並んでいるという地獄絵図である



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なんにも解決せずとも時間は過ぎる

「なにが、なにがどうなればこんなことになるんですか……!」

「えっと、多分だけど仙人の基本・霞を食べる……もとい、自然界からのエネルギーの調達が上手く行き過ぎた、ってことなんじゃないかな?」

「……それはつまり?」

「多分だけど、時間経過で元に戻ると思うよ」

「ああ──安心した──」*1

 

 

 口々に『this way(こっちだ)*2と言いながら立ち並ぶゴンさん達に、思わず戦々恐々としつつ。なんでこんなことに……と嘆いていた私に、数少ないゴンさんになっていない面子の一人、榊君が自身の考察を披露してくれる。

 

 その内容は端的に言えば、仙術による力の過供給の結果が、今の彼らの姿の理由だろうというものだった。

 ……いわば現状の彼らは一時的に最高にハイになっている状態(いわゆる有頂天)でしかないので、放っといてもその内戻るだろう、というのが彼の見解というわけである。

 

 まぁ確かに?仙術の基礎とは自然との融和にこそある。

 大いなる自然から有り余るほどの力を供給され、ちょっと気分が高揚してしまうというのもまぁ、全くわからない話というわけではない。

 ……だからと言って、みんなの姿がゴンさんみたいになっていることの方については、一切わけわからないのだけれども。

 

 ともあれ、放置しても問題ないと言うのであれば、見ているだけでこちらの精神力をごりごり削っていく彼らの様子なんて極力見たくない、というのも確かな話。

 なので私達無事な三人は、彼らが元に戻るまでの間、飲み物を飲んだりしながら気楽に待っていたわけなのだが……。

 そうして数分後、こちらの見立て通りに元に戻った面々が口にしたのは、こちらに驚愕をもたらすとても意外な言葉なのであった。

 

 

「……え、UFOを見たぁ?」

「ええ、この目でしっかりと。……あの(ゴンさん)姿の時にこっちだ(this way)と言っていたでしょう?……あれ、『こっちにUFOが見えましたよ(こっちだ)』という意味だったんですよね、実は」

「……いや、わかんねーっすよ流石にそれは」

 

 

 それは、あの姿の時の彼女達は、こちらがずっと探していたモノ──UFOを見付けていた、という言葉。

 ……ええと、ナルト側の技術である仙人モードは、確か感知力が高くなる効果があったはずだし。

 ミラちゃんの方の仙術も、使える術の中に『生体感知』というモノがあったはずだから、そういう仙術由来系の感知術の派生で、普通なら見えないようなものが見えるようになった、ということなのだろうか……?

 

 正直話を聞いているだけのこちらとしては、それらの発言には猜疑心*3しか抱けないわけだが……彼らのその証言が、この状況では貴重な手掛かりであるというのもまた確かな話なわけで。

 なので、私達はどうにかして、彼らの話の真偽を確かめなければいけない、ということになるのだけれど……。

 

 ええともしかして、みんなにもう一回ゴンさん化して貰わなきゃ、いけなかったりするのこれ……?

 

 

「いや、そういうことならわしが『生体感知』をすればよいのではないか?」

なるほどそりゃ名案だ(なるほど完璧な作戦っスねーっ)。……ところで一つ聞くんだけど(それが既に試していないのなら)寧ろ今まで試してなかったの、それ(って話だけどよぉ~~~)?」*4

「ぬぐっ!?」

 

 

 その結論に思わず白目を剥く私に、それならわしが代わりにやれば良いのでは?とミラちゃんが声を掛けてくるが……そもそも彼女、私達よりも先にここに来てあれこれと調べごとをしていた、と自分で述べていたわけでして。

 

 彼女が調査をさぼっていないのであれば、寧ろ『生体感知』でこの場所を確かめていない、ということの方がまずおかしな話となるだろう。

 ──彼女の『生体感知』では認識できないものが、今回私達が探しているUFOだというのは少し考えればわかること。

 つまり今回のミラちゃんは、感知方面では役立たずみたいなもの、ということになるのである。

 

 ……いやまぁね?そもそも彼女の探知技術は『生体』と名前に付いている通り、本来は生きているモノを──それらが発しているマナを探知するためのもの。

 ゆえにそれに引っ掛かるモノというのは、特に断りがなければ生きているモノしかない、ということになるわけで。

 ……もし仮に『UFOが生きている』となったら、それはそれで問題以外の何物でもないというのも確かな話。ゆえに()()()()()()()()()、とも言えなくもないわけなのである。

 

 なお、「探せなくてよかった?というか、生きているUFO……?」と私の言葉にミラちゃんは首を捻っていたが……。それに『ピンク玉』の一言を添えればあら不思議。*5

 彼女は「ひぃっ!?」という言葉と共に、ガタガタと恐れ戦いていたのだった。……もし仮に()()がここにいたとしたならば、色んな意味でヤバいことになるからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここに来て目的のUFO達を確認するためには仙術が必要、みたいな話になってきたわけなのですが。

 

 ……さっきの彼女達は、何故私達を放っておいてUFOの方を追い掛けなかったのだろうか?

 ゴンさんと言えば、その身に秘められた力を限界まで引き出した状態のゴンを指す言葉。

 身体面では他の追随を許さないフィジカルモンスターであるそれを、恐らくは簡易的に【継ぎ接ぎ】していた彼らであるならば、UFOを捕まえるなど造作もないこと……のはずなのだが。

 

 ……もしかしてあのゴンさん、実際はその姿は見掛け倒しで、言うほど早くも動けないし言うほど強くもない*6、とかだったり……?

 などと私が首を捻っていると、代表してはるかさんが答えを教えてくれる。

 

 

「ああいえ、単にですね?目的のUFO達が、かなり上の方を飛んでいましたので……」

「え、単純に届かなかったってこと?……え、あの髪の毛の長さよりも高い位置にいたの?」

「……えっとキーアさん、あの髪って別に、こちらの意思で自在に動かせたりはしませんからね……?」

「なん……だと……!?」

 

 

 そうして返ってきた答えは『とてもじゃないが捕まえられる位置に相手がいなかった』という、至極単純なもの。その内容に、思わずビックリしてしまう私である。……どうしてか知らんけど、あの長い髪って自分の意思で自由自在に動かせるモノ、だと思ってたんだわさ(真顔)

 

 あー、なるほど。こちらの思っていたよりも、あの時の面子達の行動できる範囲は狭かった……ということになるのかな?

 そんな風に一人納得して──頭上?と、改めて視線を空に向けることになる私である。

 

 何の気なしに視線を空に向けてみたが……今のところそこになにかがある、ということを視認することはできない。

 

 ……本当にそこをUFOが飛んでいるのか、はたまた彼女達の見間違いなのか。

 それを確かめるためにも、私は再び彼らをゴンさんにしなければならないわけだが……。

 

 

「……気が乗らないにもほどがあるんだけど」

「ほらキーアさん、しっかりして!確かにあのコピペゴンさん軍団をもう一度見る、っていうのは俺も勘弁願いたい話だけど!!」

「もー、おにーさんが本音ばっかり漏らすー」

 

 

 そのためにやらなくてはならないこととは、すなわち『再誕のなぜなにナデシコ』である。

 なんでまたやる必要性があるんですか……って?

 そもそもの話、なんでみんながゴンさんになったのかわからないんだから、全部再現するしかないんだよなぁ……。

 

 いやまぁ、最終的な結果はわかってるよ?みんなにゴンさんをちょっと【継ぎ接ぎ】した、ってことだろうし。

 ただですね、さっきの行程のどこに【継ぎ接ぎ】になる要素があったのか、全くわからないわけでですね?

 

 ……時間帯的には、まだまだ日は暮れるということはないだろうが。同時にいつまでも屋上に居る人間が私達だけ、という状況が続くとも思えない。

 

 これでもし、屋上に他の一般人がやって来たとして。私達のやっているなぜなにナデシコを見て、他と同じようにゴンさん化したしまったりしたのなら……それこそごまかし切れないことになるし、最悪なぜなにナデシコについては封印するしかなくなるだろう。

 ついでに言えば、恐らくは簡易的な【継ぎ接ぎ】だろうとは思われるものの、それが本当かどうかもまだ確かめられてはいない。

 もしかしたらなぜなにナデシコに合わせて、誰かが遠隔で【継ぎ接ぎ】を施している……なんていう、悪意しか感じられないようなパターンの可能性もあるわけなのだ。……いや、UFO見えるようになっているのだから、実はアシストなのかもしれないけど。

 

 ともあれ、あんまり悠長にしていられないというのも確かな話。

 だから──こんな短期間で再びあの地獄絵図を再現せねばならぬのか、みたいな苦渋の思いを噛み締めつつ、私達はなぜなにナデシコをやり遂げなければならないのである……!

 ……絵面だけ見ると、ギャグ以外の何物でもないなこの葛藤。

 

 

「あれこれと難しく言っておるが、端から見れば『番組収録が嫌で駄々をこねている着ぐるみのおねーさん』以外の何物でもないからのぅ」

「なんという偏向報道……これじゃあ悪いの私みたいじゃんか……」

 

 

 科学のおねーさん枠のミラちゃんは、小さく苦笑を浮かべている。……演者側がゴンさんに変身してない辺り、あの変化は視聴者側に付与されるもの、というのはまず間違いないだろう。

 そういう意味で、ゴンさん化せずに助かったという面もある彼女は、そこまでなぜなにナデシコに嫌悪感とかは無いようだ。

 

 ……こういう言い方すると、私が嫌々着ぐるみのおねーさんをやっているように聞こえるかもしれないが、別に私は進行役をやりたくないというわけではない。

 単純に、教育テレビを見ながらそれを真似する、微笑ましい幼児達……の絵面が、幼児達が全てゴンさんに入れ替わっている、という視覚兵器になることに辟易しているだけなのである。

 

 想像してみてほしい。おにーさんの『じゃあみんなも一緒にやってみよー!』の掛け声と共に、一切変動しないあの真顔のまま、黙々とダンスを踊り続けるゴンさん達の姿を。……BGMがいつものあれ(斬り姫)*7なら、新しいMAD動画かなにかかと勘違いすることうけあいだろう。

 

 端から精神的ダメージを受けることが決まっていて、それに飛び込む度胸があるかと言えば──ないと【星の欠片(スター・ダスト)】使いとしては落第なんだよなぁ!?

 

 

「わかったよ、やってやるよ!!──キルフィッシュ・アーティレイヤー、ガンダム行きまーす!」

「何故にアムロ……?」

 

 

 やらなきゃいけないんだから、愚痴っても仕方ない。

 そんな風に自分を奮い立たせ、私は再びあの悪夢へと立ち向かうのであった。

 ……終わったら寝込んでいいですかね?

 

 

*1
『fate』シリーズにおける衛宮切嗣の台詞。託したモノは呪いだったかもしれないが、それでも彼は最後に救われたのだ

*2
なお、この『this way』という台詞、いわゆる早バレ画像が英語版だった為、その衝撃の姿と共にゴンさんの台詞として定着した、という経緯があったりする。まぁいきなりこんな姿のゴンを見たら、その気持ちもわからなくはないが

*3
相手の言動を疑うこと、その気持ち。元々『猜』の字はヤマイヌ(アカオオカミ)を示す『豺』という漢字だったのだとか。昔の人々にとって、野生のオオカミとは恐怖の対象であり、それゆえ『豺』という漢字には『ひどい悪人』というような意味も付随していた。この文字から入れ代わった『猜』の字にもその意味は受け継がれており、そこから『妬む』という意味が生まれたのだとか。なので、妬んで疑う──『猜疑心』という言葉になるわけである

*4
『ジョジョの奇妙な冒険』第四部(Part04)『ダイヤモンドは砕けない』の登場キャラクター、東方仗助の台詞『なるほど完璧な作戦っスねーーーーっ、不可能だという点に目をつぶればよぉ~~~~』から。今はまだ机上の空論である作戦を、声高に語る相手へのカウンターのようなもの

*5
ピンクのあくまがはねるとき ボスてきたちはきょうふにおののく……

*6
『BLEACH』より、市丸ギンの台詞『言うたほど長く伸びません、言うたほど(はや)く伸びません』から。なお、言うたほど長くも迅くもないのは確かだが、だからと言って短いわけでも遅いわけでもない。普通に驚異的な速度と長さを誇っている

*7
ゲーム作品『ワイルドアームズアルターコードF』に登場するキャラクター、レディ・ハーケンのテーマ曲『斬り姫』のこと。とあるMAD動画において、ゴンさんが腰を左右に振る、という動きにこの曲を合わせたところ、異様なまでに噛み合った為に『ゴンさんのテーマ』と呼ばれるようになった、という経緯がある。なお姫と付いている通り、本来のモチーフであるレディ・ハーケンは普通に華奢な女性である



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例え絵面があれでも、シリアスはシリアスである()

 半ばやけっぱちな気分で、再びなぜなにナデシコを開始した私達。

 開幕のカウントダウンからの爆発、軽妙なオープニングトーク、そこからの本題……。

 

 なんで私達は電気屋の屋上などという変な場所で、こうして本格的な教育番組めいたモノをやっているのだろう……という疑問を内心で押し殺しつつ、それでも懸命にその役目をやりきった私達は。

 

 

「……成功したんだからこういうこと言うのいやなんだけど、でも言わないと後悔するから言うよ。──だから、なんでこうなるのさ!!」

「いやほんと、なんでこうなるんだろうね……」

 

 

 思わずこうして叫んだとて、一体誰が責められよう?

 

 目の前で教育番組のエンディングに流れるような音楽*1に合わせ、腰を振りながらダンスを踊っているゴンさん達の姿*2に、膝から崩れ落ちる羽目になる私達である。

 ……いや、やっぱり地獄絵図以外の何物でもないよ、これ。

 

 

 

 

 

 

「えーと、とりあえずこれが時間制限付きの強化形態みたいなもの、ってことには間違いないわけだから……」

 

 

 そんな苦笑混じりの榊君の言葉に促され、ゴンさん達の示す方へと付いていくことにした私達、なんだけど。

 ……そこはかとなく不安になるんだけど、本当に彼らに付いていっても大丈夫なんですかね……?

 

 

「え、本当に大丈夫?このシチュエーションって、いきなりとかされたりしない……?」*3

this way(こっちだ)

「……くそう、会話が通じてるのかわからない……っ!」

 

 

 ゴンさんっぽい人に「こっちだ(this way)」とか言われて付いていくの、冷静に考えずとも死亡フラグ以外の何物でもなくない……?

 というような疑問が鎌首をもたげているが、生憎とゴンさん達からの返答はない。

 

 この状態(ゴンさんモード)では使える単語が制限されるのか、彼らが喋るのは主に、原作でゴンさんが話していた言葉ばかり。

 ……ようするに、彼らは限られた単語しか使えないということであり、そういう意味では例の『問題児』うんぬんのレベル1を思い出してしまったりもするわけでして。

 

 まぁ、問題児云々の話に関しては、その類似性について考察する度にこのまま定着するんじゃないか?……という恐怖しか感じないような結論が頭の隅を掠め始めるので、極力考えないようにしていたりもするのだが。

 ……いやだよ、この姿に変身する度に蝕まれていく(戻れなくなっていく)とか。

 

 

「ライダーの暴走フォームとかじゃねぇんだぞ……」*4

「さっきからお主は、一体なにをぶつぶつ言っておるのかのぅ……?」

 

 

 そんな胡乱なことをうんうん唸っていると、横合いからミラちゃんの呆れたような声が飛んでくる。

 ……いっそのこと私のこの悩みをぶちまけて、彼女にもこの恐怖を共有させてやろうか、という気持ちが一瞬沸き上がったが……流石に可哀想なので止めた。

 ここではその気配はないけれど、彼女ってば怖がらせるとトイレに行きたくなりそうな(尿意に関する話の多い)タイプの人でもあるわけだし。*5

 

 

「……今なにか、とても失礼なこと考えとらんかお主?」

「いえいえ?そんなことはとてもとても」

 

 

 なお、そんな失礼なことを思っていたのが顔に出ていたのか、ミラちゃんには暫く怪しまれることになる私なのでしたとさ。

 

 そんなやり取りをしながらも、ゴンさん達のあとを追い掛けていた私達はと言うと現在、建物の中を降りたり昇ったりしている最中である。……最初の内は屋上をうろちょろしていたのだが、いつの間にか建物内部に入っていた形というか。

 私達には相手が見えないのでなんとも言えないが、件のUFOが建物内に入り込んだため、それを追い掛けている……という感じなのだろうか?

 

 まぁそのわりに、どうにもゴンさん達の視線が天井付近ではなく、結構下の方に向いているような気がする……というのが気になるところでもあるのだが。

 なにせ彼らの視線を正確に追うと、単に地面すれすれを見ているとかではなく、明らかに階下──ともすれば地下の方を見ているような気がしてくるのだから。

 

 

「……ベタな話だけど、地下に秘密基地があるとか、なのかな……?」

「えー?地下は結構探してみたけど、そういうのありそうなスペースはなかったけどなぁ」

「地下とか普通に怪しすぎるからのぅ。わしも調べたが、特に気になるようなモノはなかったぞい」

 

 

 その疑念を元にして、榊君がわりとベタな考察を述べていたわけなのだが……この電気屋にある地下とは、外からも入れる単なる駐車場である。

 それも体積的には地下一階分しかない、かなりこじんまりとしたモノであったため、調査に関しては早々に済ませてしまっていたりするわけで。

 

 これはミラちゃんも「なんにもない」と太鼓判を押すほどで、仮に地下になにかあるのだとするのならば、それこそなにか()()()()()()()()()()()()ような、特殊な手段がなければ説明が付かない……と言いきってしまえるくらいの確度を持つ情報でもある。

 ……まぁ例えば超科学的な、こちらの専門であるオカルト方面ではない技術による空間拡張……とかであるのならば、今の面子には感知できない可能性は大いにあるわけなのだが。

 

 とはいえ、例え仮になにかしらの超科学が話に絡んでいるのだとしても──わざわざ屋上から店内を通って地下へ移動する、みたいなことをする意味がわからない。

 そんな無駄なことをするくらいなら、普通に屋上に拡張空間を設置した方がよくない?……という疑問が普通に出てくるというか。

 

 そういうわけなので、地下になにかある……という説に関しては、正直懐疑的になってしまう私とミラちゃんなのでありましたとさ。

 

 

「でも実際、俺達下に降りてるわけだし……」

「地下って駐車場だったでしょ?……だからそのまま外に出られるわけだし、この電気屋になにかある、とも限らないんじゃない?」

「そっちはそっちで、何故目撃情報がここの屋上に限定されていたのか、という疑問が思い浮かぶがのぅ」

 

 

 ……ただ、そうなってくると疑問なのが、ミラちゃんの言っている通りの──何故UFOの目撃情報が、この電気屋の屋上に限られていたのか?……という部分。

 件のUFO達の拠点が、仮にこの電気屋の中に無いと仮定するのであれば。今度はさっきの『地下に秘密基地はない』に対しての反論である、『無駄なこと』という言葉が跳ね返ってくるのである。

 だって、拠点も発着場所も、全て同一にした方が管理がしやすい……というのは確かなのだから。

 

 いやまぁ、このUFOとやらが本当にUFOであるのなら、中の宇宙人の身体検査は別所で行っている……みたいな感じで説明も付けられなくはないのだが。

 

 

「む、なるほど。駅と検査会場は別、というわけか」

「相手が本当に宇宙人なら、テロとか起こされないように空港は重要施設から離れた位置に建築されている……ってこともまぁ、あり得なくはないしね。……ただ、宇宙人が居るって部分はわりと信憑性薄いわけだけど」

 

 

 なお、こちらもこちらで論理に穴はある。

 それは、宇宙人の実在性に関してのもの。……ゴンさん達に見えているということは、それらは()()()()()()()()()()()()()、という風に捉えることもできる。

 その時点で超科学うんぬんの前提が崩れてしまうし、そうやって看破できる時点でこちら側(なりきり)の存在である、という予測まで立てられてしまう。

 

 日本以外の国で『逆憑依』が見つかっていない以上、それが宇宙(そら)に広がったとしても状況はさほど変わらないだろう。……いやまぁ、ハルケギニアという例がある以上、絶対に無いとは言い切れないわけだが。

 

 ともあれ、宇宙に人の住める星はさほど多くない、みたいな話と合わせるのであれば、件のUFOが本当に宇宙からやって来た、という話には信憑性がないことは明白。

 ゆえにこれは地球上の存在がなにかをしている、という風に考える方が自然なこととなるわけである。

 

 

「まぁそうなると、必然的にこれって『逆憑依』の話、ってことになるわけで……」

「……誰がなんのためにやってるのか、って話になるわけか」

 

 

 そうして出てきた結論に、私達はむぅと唸り声をあげる。

 結局のところ『逆憑依』、もしくは【顕象】が関わっているということになるわけだが。……それは単独犯なのか、はたまた複数犯なのか。

 

 忘れているかもしれないが、今回の私達は全国で起きている異変に関して、それを調査するためにここにいるわけである。

 と、なれば。

 ここでの犯人とやらが、それらに関わりがあるのかどうか?……ということが、とても重要なことだと言うことには、すぐに思い至るだろう。

 

 関係があるのであれば、この事件の解決は目前であり。

 関係がないのであれば、ここを解決したあとにも、まだ私達の出張は続くということになる。

 郷で起きていることも気になるところであるし、できればこのまま解決してくれることが望ましいわけだが……さて。

 

 

「……一つ口を挟むが」

「……ん?ズァーク君、居たんだ?」

「貴様達我のことなんだと思っているのか?我覇王ぞ?……いやまぁ、それは置いとくとして」

 

 

 そんな風にちょっとシリアス分を補給する中、ずっと沈黙を保ち続けていたズァーク君が、その重い口を開いたため、ちょっと騒然となる私達である。

 

 ……いや、ずっと喋んないから、この件には関わる気がないのかと思っていたというか、そもそも余りにも喋らないモノだから、その存在をすっかり忘れていたというか?

 榊君も肩の重みにはすっかり慣れてしまっていたようで、今ズァーク君が声を出すことでようやく彼の存在を思い出した、みたいな感じだったし。

 

 ともあれ、どういう風の吹き回しなのか、こちらに声を掛ける気になったらしい彼は、なにやってるんだコイツら?……みたいな顔を……しながら……?こちらに助言をしてくるのだった。

 疑問系の理由?いやほら、今の彼って猫だし……。どんな感情を抱いているのかは、パッと見わかんないと言うか?

 

 

()()()()()()()()揃いも揃って見えていない、ということに些かの疑問を抱く他ないわけだが……あれ、どう見ても精霊以外の何物でもなかろうに」

「……はい?」

 

 

 そうして彼が述べたのは、私達が追っているモノについてのこと。

 ──UFOだと思っていたそれが、デュエルモンスターズの精霊である、という言葉なのであった。

 

 

*1
『それじゃあみんな、お別れの時間だよー』みたいな感じで流れ出す音楽。謎のアーチを潜ったり踊ったりするアレ

*2
なお全員真顔。こえーよ!

*3
『ボ』とは『HUNTER×HUNTER』より、ゴンさんがしたこと。とある相手に対しての暴力行為であり、空中へ蹴り飛ばすことを指す

*4
『仮面ライダー』シリーズより、大抵一つはある特殊な変身形態。なお少年漫画などにも存在し、その暴走を制御・または克服することで、新しい強さの段階に到達する……というのがお約束。なお、そういう危ない形態のないライダーも少なくない

*5
『賢者の弟子を名乗る賢者』におけるミラの描写の一つ。何故かトイレに関する話が多い。……これで彼女が老人姿のままだったのなら、別の意味合いが付きかねない



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賢者は黙して語らず

「え、えーと……?」

「実際に貴様達の……ああいや、あの珍妙な姿の者達にどう見えているのかは知らぬが。我の目は誤魔化せぬ、あれは精霊共だ」

 

 

 こちらの困惑を余所に、ズァーク君は間違いないとばかりに声をあげ続ける。

 その内容は、私達が追い掛けている相手は精霊──カードの精霊達と呼ばれるモノ達が実体化した存在である、というもの。*1

 とはいえ単に実体化したという訳でもなく、その見た目や状態には、様々な偽装が施されている……とも述べていたわけなのだが。

 

 

「我の管轄外の技術が使われているようであるから、正確な出所などについてはわからんが……あれらの核となっているのは、間違いなく精霊。その外装部分にあれこれとなにかを張り付け、未確認飛行物体(UFO)に見えるという偽装を成立させている……というわけだな」

「え、えーと……じゃあなんであれ、ゴンさん達には見えてるの……?」

「知らぬ。大方使われている技術がそちら方面の──念だか仙術だかに絡むような技術である、というだけのことではないか?」

「む、むぅ……」

 

 

 とはいえ、あくまでも彼にわかるのは()()()()()()()()()()()()という事実についてだけ。

 それ以外のこと──どんな技術で隠蔽されているのかとか、本来はどんな見た目の精霊なのか……ということに関しては、全てわからぬとばかりに一蹴されてしまうのだった。

 

 ……まぁでも確かに?

 この一連の事件と、ズァーク君の降臨。その両方が同一犯によって起こされたものであるとするのならば、その裏で糸を引いている人物が精霊に関わる者──いわゆるデュエリストである、と考えるのは自然な流れである。*2

 そもそもの話、サイトが真月になったことが私達の出張の発端になったのだから、余計のこと……というやつだろう。

 

 そうすると、このままゴンさん達を追って行った先には、誰かはわからないもののデュエリストが居る可能性が高い、ということになるわけなのだが……。

 

 

「……どう思う?」

「どうって……なにを?」

「いや、この先にいる相手。想像付く?私はなんとなくこの人だろうな、って目星はついてるけど」

 

 

 そうなってくると、この事態を引き起こしたのが()()()()ということについては、なんとなく予想が付き始めてしまうのである。

 

 全国各地に霊的な騒動を起こしている、件の人物。

 それほどまでに影響力が強い相手、となればそうそう数は多くないと言える。

 さらに条件を付け加えると、既にこの現実世界に『逆憑依』しているキャラクターが、再度別の人物に『逆憑依』して現れる……という事態については、今のところ発見されていない。

 それらのことを念頭に入れれば、郷や互助会に既に在籍しているデュエリスト達は、この件の容疑からは外れるということになる。

 

 ……となれば、ここで該当するのはほぼ一人。

 広く影響力を持つデュエリストで、今回の事件を引き起こせそうな人物。そんな人物は、デュエルモンスターズの産みの親──ペガサス・J・クロフォード氏以外に存在しない。*3

 ……が、そうしてペガサス氏が犯人だと半ば確定したとしても、それでも解き明かされていない謎というものは、幾つか残ってしまっているのである。

 

 まず第一に、何故幽霊騒動なのか。

 

 ペガサス氏はカートゥーン(コミック)*4文化をこよなく愛するカードデザイナーである。*5

 ゆえに、彼個人で()()()()()()()()としてなにかを作るのであれば、それはトゥーン系のモンスターと言うことになるだろう。

 が、実際に現実で跋扈しているのは幽霊達。

 それも、別にカートゥーンめいた姿をしたモノに限られているわけでもなく、さらにこの電気屋に現れるUFO達に関して言えば、そもそも本来の姿が周囲に見えていない。

 ……わりと目立ちたがり屋のような面もあるペガサス氏が、このような(端的に言えば)つまらないモンスターを作るだろうか?

 

 第二に、能力の効果が及ぶ範囲が広すぎる。

 

 私達『逆憑依』は、再現度などの様々な要因によって、本来の本人達よりも遥かにレベルを下げられた状態で、現世に存在している。

 現行の物理法則を押し退けて、自身の世界の法則を顕現させられている時点でわりと大概なのだが……それでも、再現の限度とでもいうものは存在しているわけで。

 

 その点からこの騒動について考察してみると……日本各地で起きている幽霊騒動が全て彼のせいであるとするのならば、()()()()()()()()()()()()()と言うことがわかるだろう。

 いわゆるスタンド(幽波紋)にだって射程距離という制限があるというのに、デュエルモンスターズだけが特別……ということもないだろうに、である。

 

 無論、リアルソリッドビジョンシステムが優秀だからどこにでも派遣できる、という理屈も付けられなくはないが……『逆憑依において、ロボットは基本持ち込めない』という話があったように、日本全土にソリッドビジョンを発生させられる装置……なんてものはまず持ち込めないのが普通である。

 

 ……となれば、なにか別の方法で彼らを実体化させている、と考える方が普通だと言えるだろう。例え精霊と言えど、なんの依り代もなしに現世に顕現し続けるのは不可能なのだから、核となるなにかがあるのは間違いない……ということである。

 

 そして第三、これは第二の疑問にも関わってくるものだが……そうして精霊達を実体化させている力の源について、となる。

 

 第二の疑問の結論として、これらはリアルソリッドビジョンではないのではないか?……という答えが得られたが、仮にそうでなかったとしても、どちらにせよ必要なエネルギーをどうやって賄っているのか、という点で疑念が生じるのである。

 

 もし仮に、なんらかの手段で全国に届くリアルソリッドビジョンシステムを構築できたのだとしても──それを維持する電力というものは、考えるのも恐ろしいような桁のモノとなるだろう。

 原理的には遠隔投射になるため、例え投射したあとは精霊達に維持を移管するのだとしても、それらを遠方に送り届ける手段というものについても考えねばならないだろうし。

 

 そしてこれらが、リアルソリッドビジョンシステムによるものではなかったとしても──それが別の方法なら別の方法で、それぞれに対応したエネルギーの補給……という点での問題が持ち上がってくる。

 さらにはそもそもの話として、その場合にはペガサス氏一人でこの騒動を実行するのは無理がある、という話も出てくる。

 

 なにせ、確かに『千年アイテム』はオカルト系のアイテムに属しているが──彼の持っていた千年眼(ミレニアム・アイ)は、単に相手の思考を読むだけのもの。

 ……要するにこの事態を引き起こすのには、なんの助けにもならないアイテムだということになる。──他に協力者が居る、と考えた方が余程自然だと言えるだろう。

 

 最後に第四。精霊達に偽装を施しているという、別の力について。

 

 こちらも第三の最後の方の話と関係するが、ペガサス氏が持っているオカルト的な技能というのは、千年眼による読心術のみ。

 ゆえに、彼は実体化した精霊達の姿をごまかすような術を、そしてそれらを施すための手段を持ち合わせていない。

 ここでも他の協力者の影というものが見え隠れするわけなのだが……ペガサス氏に協力する人物、というのが中々思い付かないのだ。

 

 これは『逆憑依』関連の話なので、私達の想像の斜め上を行くような答えが待ち受けているのだろうが……それでも、全く想像せずに事態に立ち向かうのと、ある程度想定してから立ち向かうのとでは、心の余裕に違いが出てくる。

 ゆえに、私達はこの事件の首謀者に対して、その実態を想像することを止めてはいけないのだ。

 

 ……というような話を長々と説明したところ、榊君はとても微妙な顔をしていたのだった。

 

 

「いや、だってさ。……ペガサスさんが有名、ってのは知識として(中の人の記憶的な意味で)知ってるけど、俺──()()()()()()()彼との面識とか一切ないわけだから、そんな状態で『ペガサスさんはなんでこんなことをしたんだろう?』とか聞かれても、わからないよとしか答えられないと言うか……」

「……あー、なるほど。ZEXAL(ゼアル)以降のアニメは原作と地続きかどうかがあやふやだから、ペガサスさんのことについては知識の方でしか実感が湧かないのか……」

 

 

 そんな彼の微妙な表情の理由とは、ペガサス氏のことを聞かれても()()()()()()()()()わかんないし、というとても単純なもの。

 ……単純だが、だからこそ「あー……」となる答えであった。

 

 相手がなにを考えているのか、ということを想像するには、その人の人となりと言うものを予め知っている必要がある。

 ペガサス氏は遊戯王の中でも有名どころの人物であるため、その人物像についてはうっすらとでも知っている、という人の方が多数だろうが……それでも、又聞きの印象と実際に会った時の印象、というものは結構違うものである。

 

 特に、アニメや漫画・小説などの創造物というものは、基本的に作中の時間をピックアップして見せるもの。……必然的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というものが生まれてしまうのである。

 

 例をあげるのなら……鈍感系の主人公だろうか?

 このタイプの主人公は、その鈍感さゆえにヒロイン達から物理的な折檻が飛んでくることがあるわけだが……その印象ゆえに、ヒロイン側を『暴力系ヒロイン』として認識することが普通である。

 

 が、よく考えてみて頂きたい。

 私達は、作品の内部に展開されている世界というものを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは言うなれば──一種の偏向報道、という風に捉えることもできる。

 

 もし仮に、鈍感主人公の鈍感っぷりが、数十年来のモノであり。

 もし仮に、ヒロイン達の告白などは(特にそれが幼馴染みであるのならば)両手で数えきれないほど聞き流されており。

 その度にどうにかして──暴力以外の手段で気持ちを伝えようとしたが、全く効果がなかった……みたいな事情が、語られない(見れない)部分で起きていたとして。

 

 それを読者達が知ったら、本当にヒロイン側を糾弾できるだろうか?

 ……いやまぁ、結局暴力は暴力なのだから、やっぱりダメだという人も居るとは思う。……が、暴力以外の全てがダメだったのであれば、暴力に頼ってしまうことを野蛮と言うのは、ちょっと違うのではないか?……とも思ってしまうのである。

 

 まぁ、結局のところ語られていない部分でなにがあったとして、読者にはそれは伝わらないのだから、『だからどうした』という話でもあるのだが。

 

 ともあれ、重要なのはそこではない。

 語られなかった部分を知ることで、その人に対する印象が変わることは大いにあり得る、ということがここでは重要なのである。

 ……要するに、ペガサス氏に関しても、特にアニメ版は生存していることもあって、『語られていない部分』というものが極端に増えてしまっている、ということ。

 

 榊君の出身作である『ARC-V』はほぼ確実に今までの作品とは地続きではないものの、それでも『もし仮にペガサス氏が居たのなら』という可能性は、私達に見えない部分で確実に存在している。

 なので、榊君はそれらも含めて『わからない』と言ったのだ。

 もし仮に、件のペガサス氏が『ARC-V』世界の出身だったりするのであれば。

 彼の知識は、全くの無意味なモノと化すがゆえに。

 

 ……なお、そんな感じに私達がちょっとシリアスしている横で、ズァーク君はなんとも微妙そうな顔でこちらを見つめていたのであった。……言いたいことがあるのなら言ってくれません?

 

 

*1
アニメ『遊☆戯☆王』シリーズより、カードに宿るとされる精霊。元々は初代『遊☆戯☆王』におけるアニメオリジナル『ドーマ編』にて登場したとされる概念で、それから『遊☆戯☆王VRAINS』に至るまで常になんらかの形で登場していた。なおそのせいなのか、『遊☆戯☆王VRAINS』にはそれそのものが重要な意味を持つ、というような象徴的なカード(初代なら『三幻神』『伝説の竜』『三邪神』、GXなら『三幻魔』『賢者の石』『超融合』、5D'sなら『シグナーの竜』『地縛神』『三極神』、ZEXALなら『No.』モンスター全般、ARC-Vなら『四天の竜』など)が存在しない(強いて言えば『ファイアウォール・ドラゴン』だろうが、ご存じの通りアニメ放送中に禁止カードになったので……一応、初期構想では何かしらの設定があったことが、一部のキャラクターの反応から窺える)

*2
なお、デュエリストだからといって精霊が見えるわけではなく、結構特殊な素質を要求されるものでもある。……その割には二次創作には精霊が見えてるデュエリストが多い?知ら管()

*3
『遊☆戯☆王』シリーズのキャラクターの一人。原作とアニメ、ゲーム作品などで細かく扱いの違う人物。彼が生きている世界線がアニメの前提条件であった為、映画にて彼の殺害が成功した時には、初代よりも後の時間軸の作品達が消えそうになることもあった。見た目はわりとイケメンだが、典型的な『胡散臭いアメリカ人』のような喋り方をする

*4
『cartoon』。元々は油絵などを書く時の下書きのことを指す。そこから風刺画・ギャグ漫画などを経て、当時のアニメ映画の技法がカートゥーン作品に似ていたことから、アニメ映画のこともカートゥーンと呼ぶようになったのだとされる。なお、この用法の場合に『トゥーン』と縮めて呼ぶのは、ペガサスの愛読書『ファニー・ラビット』の元ネタと思われる『ロジャー・ラビット』によって広まったのだとか。『カートゥーン』作品は、基本的に特徴的なデフォルメ(頭身が低い・顔のパーツが簡略化されていたり大きかったり)を施されており、元々が風刺画から発展したものだからか、わりと過激な表現の作品が多い(『トムとジェリー』辺りの表現を思い浮かべればわかりやすい)

*5
正確にはゲームデザイナー



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問題が起きているからと言って問題とは限らない(哲学)

「……我の言葉一つで、そこまであれこれと考えられる貴様達に、少しばかり困惑していただけのことだ」

「はぁ、なるほど?」

 

 

 どうやらズァーク君は、こちらの豊かな想像力に困惑していた様子。

 ……って言われても、『逆憑依』関連の話はともすればこっちの常識をぶっちぎるのが普通、想定が甘いことなんて日常茶飯事なわけで。

 

 

「……その繰り返しが、その被害妄想めいた思考に繋がるというわけか……」

「なにを言うか、単に慎重なだけですぅー!」

 

 

 そっちは今回が初だから、色々と経験が足りていないんですぅー!……というようなやり取りを行いつつ、変わらずゴンさん達を追っている私達である。

 

 ゴンさん追っかけツアーという、追う者と追われる者がひっくり返った途端に、ホラーと化すようなおぞましいおっかけっこを続けて早数十分。

 私達は当初の予感──ゴンさん達がやけに下を見ているような──通り、電気屋の地下まで降りてきたのち、そのまま駐車場の出口を通って外に出てしまっていた。

 

 無論、このゴンさん集団を衆目に晒すことは(色んな意味で)危険であるため、私達は大いに慌てたのだが……。

 ゴンさん達を追って飛び出した駐車場の外は、私達が思っていたような風景ではなかったのだった。

 

 

「……も、森?」

 

 

 そう、私達が出てきた場所は森の中だったのである。

 それも、周囲に木々が鬱蒼と繁った、(まご)うことない中心部。先の電気屋の立地と、私達が通った経路を考えるに……()()()()()()()()()()()()()()()、と断言できるような場所だった。それはすなわち、

 

 

「……まさか、精霊世界……?」*1

 

 

 この場所が、正常な場所ではないということを示すもの、だと言えるだろう。

 思わずとばかりに呟いた私の言葉に、榊君が耳聡く反応する。

 

 

「精霊世界って言うと……デュエルモンスターズの精霊達が住んでいるとか言う、あの?」

「確証はないけどね。でもまぁ、このタイミングで出てきそうな場所なんて、そこくらいじゃない?」

「……言われてみれば、空気が澄みすぎておるような気がするのぅ。……しかしはて?どこかで見たような気もするのじゃが……」

 

 

 周囲は見渡す限りの木に囲まれ、その先を見通すことはできない。

 私達がいる場所は、比較的開けた位置にあるが……ここから森の中に入れば、太陽すら遮られて薄暗い森の中を彷徨うこととなるだろう。

 

 辺りを見回していたミラちゃんからは、この場所の空気が異常に澄んでいる、ということが情報としてもたらされる。……異様に澄んだ空気とか、もろにアレな情報じゃん……などと空笑いを浮かべていた私だが、続けて彼女が述べた内容に引っ掛かりを覚える羽目となる。

 

 ……見覚えがある場所?

 そんな言葉を聞いた上で、改めて周囲を眺めて見ると……ふむ、確かに。なんとなくだけど、既視感があるような気がしてくる。それも、わりと最近見たことがあるような?……という既視感だ。

 はて、最近見た森林と言えば、ナルト君と出会ったあの森、ということになるわけだが……。

 

 そうして思考に耽っていたのが悪かったのか、はたまた単なる偶然か。

 

 

「ぬおわっ!?」

「……ってあれ?サイトの声?」

「っていうか、ゴンさんボイスじゃなくなってる!?」

「なぬ!?もう時間切れか!?」

 

 

 いつの間にか森の中に入ってしまっていたらしいゴンさん達。

 その内の一人であるサイトが、()()()()()()で叫ぶのを聞き届けた私達は、思わず顔を見合わせてしまう。

 ……いやまぁ、正確には本当に元の声ってわけではなく、いわゆるベクターの声音だったわけだが……ともあれ、さっきまでの「こっちだ(this way)」という声とは確実に違うその声からして、彼がゴンさんではなくなったということは間違いなく。

 

 ()()()()()()()()()戻ったのか、はたまた単なる時間切れか。

 理由がわからず、かつ現在地もわからない以上、悲鳴をあげた彼を無視するという選択肢は存在しない。

 

 ゆえに私達は、彼が悲鳴をあげた方角に向けて、急いで走り始めたのだけれど……。

 

 

「待て!待ってくれ!俺だ、サイトだ!怪しいもんじゃあない!!だから攻撃を止めてくれ()()()!」

「信用できない。胡散臭すぎる、とりあえずこてんぱんにしてから捕まえる」

「きゅいきゅい!きゅきゅきゅい!!?」*2

 

 

 ……え、なにこの状況?

 真月の姿に戻ったサイトが慌てて逃げているわけだが、彼をそんな風にしているのは、()()()()()()()()()()()

 刺さったら死なないそれ?……みたいな氷柱の円舞曲(ワルツ)からひたすらに逃げる彼から視線を外し、この攻撃の発生地点を見れば、そこにいたのは小柄な魔法使い──()()()()()()()()()()()の、タバサなのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど呪い。胡散臭くなる呪いなんて、とても珍しい」

「……わかってくれてなによりだよ、全く」

 

 

 真月やベクターの喋り方だと信じて貰えない、と彼が思ったかどうかは不明だが、意識してナポレオンっぽい喋り方になるように四苦八苦していたサイトは、現在服をボロボロにした状態で引っくり返っている。

 ……満身創痍、というのが正解だと思われるその姿で、タバサの言葉に空笑いを向ける彼の姿は、なんというかお疲れさま、という言葉しか浮かんでこない憐れさなのであった。

 まぁ、そういうのええから、と言われて彼を立ち上がらせる手伝いをさせられることにもなったりしたわけなのだが。

 

 ともあれ、落ち着いて話を聞ける、というのはとてもありがたいことである。

 先ほどの予想が間違っていたことも含め、私達は理解できていないことが多い。ゆえに、まずはタバサへとあれこれ聞いてみることになったのだが……。

 

 

「……ふむ、なるほど?キュルケのフレイムがいつの間にか居なくなった、と?」

「そう。それを探して、私達はこの森まで来た」

 

 

 彼女の言葉に、サイトがむぅと小さく唸る。

 

 色々とあった結果、こちらの地球と繋がったこのハルケギニアであるが、それを知っている者・それによって影響を受けた者というのは実はそこまで多くない。

 基本的には『虚無』に関わりのある者達に限られるそれは、逆に言えば普通の人々には関係がないということ。

 タバサはポジション的には、知っていてもおかしく無さそうだが……とりあえずは知らない、というスタンスのようなのでこちらから突っ込むことはしない。

 

 まぁ、彼女が知っているか否かの話は置いておくとして。

 ともかく、地球とハルケギニアが繋がった影響、というものを受けている人間は少ないというのは確かな話。

 

 それゆえ、大半の人々は今までと同じ暮らしを過ごしている。

 それはタバサやキュルケ達も同じであり、色々あって王城に引っ張られっぱなしのキーアちゃん(ビジューちゃんの方)や、「ちょっと出掛けてくるわねー」とかなんとか言って、サイトを連れて魔法学院を飛び出したルイズと違って、彼女達は普通に学校で今も授業を受け続けているわけである。

 

 それが今の状況とどう関係するのか、って?

 ……ハルケギニアにだって()()()()()()、ってところに繋がるんだよ!

 

 つまりはこうである。

 いつもの四人組のうち、二人が欠員となってしまった彼女達は、夏季休暇に当たってタバサの家に遊びに行くことを提案。

 そうして家に帰る途中、ちょっと休憩……と立ち寄った村で、いつの間にか例のヒトカゲ(フレイム)が忽然と姿を消していたため、それを探す羽目になったのだ……と言うことだ。……いやまぁ、全部タバサから聞いたんだけども。

 

 ……ふむ、ってことはやはり、ここはハルケギニアに間違いない、ということになるわけなのだが……。

 

 

「……いや、勿体ぶることはせずに答えを言おう。恐らくはこの森、あちら(地球)の森とは『写し』の関係だろうね」*3

「あちら……って言うと、ナルトを見付けた、あの?」

「そう、あれだよ。……つまり、今回の一件に関しては、ハルケギニアにその首謀者が居た……ということになるのだろうね」

 

 

 恐らく、既視感を覚えたあの森は、この森と対となる場所──天然のゲートだったのだろう、という結論をみんなに聞かせる私である。

 

 なお、その姿は現在シルファ(大きい)もの。……ここがハルケギニアだとわかったために遠慮が必要なくなったこと、および目の前にタバサが居ることが原因である。……下手に小さい(普通のキーアの)方だと、生き別れのビジューちゃんの妹、みたいな変な勘違いをされかねないからね、仕方ないね。

 あとは、一応こっちの姿でもタバサとは面識があったため、真月姿のサイトの疑いを晴らすためのモノだった、というのも間違いではなかったり。

 

 

「……よくわからないけど、なにか問題が?」

「ああ、ちょっとね。……それでモノは相談なんだけど、そのフレイム探し、私達も一つ手伝わせて貰えないかな?」

「……?それは構わない。でも、貴方達にも用事があるのでは?」

 

 

 ともあれ、この場でするべきことがなんなのか、なんとなく察した私はタバサに同行の許可を取る。

 無論、彼女は私のことをシュヴァリエ──騎士だと思っているため、困惑を浮かべていたわけなのだが……それに関しては問題ない。

 

 

「いやなに。……困っている人がいるのなら助ける、というのは騎士として当然のこと、だからね」

 

 

 ここの彼女は、確かに北花壇騎士団に所属こそしているが──それは正式に認められた場所、というわけではない。

 原作と違い、ここのタバサは別に王女で無くなった訳でもなく、別に復讐のために生きてもいない。

 単なる父や伯父への憧れから、騎士の真似事をしているだけであり、別に騎士としての爵位を持っていない彼女にとって──、

 

 

「か、かっこいい……!!」

「ははは。では、宜しく頼む」

「──了解、こちらこそ宜しくお願いする」

(……子供の真似っこにしか見えぬのぅ)

 

 

 騎士然とした私の姿というのは、彼女にとっては憧れの対象になりうるのである。

 こいつはまたいい子を騙すようなまねを……というようなミラちゃんの視線を受け流しつつ、私達は彼女のあとを追うことになるのだった。

 

 ……恐らくは、その先に他の面々(ゴンさん達)も向かっているのだろうなという、一種の確信を抱きながら。

 

 

*1
『遊☆戯☆王』シリーズより、カードの精霊達が住まうとされる世界。登場したのは『GX』からで、精霊界とも。とはいえ出てきた、もしくは存在しているだろうと言えるのは初期三作のみであり、『ZEXAL』以降に存在しているのかは不明である(精霊界以外の別世界が存在しており、そちらが主軸になっているモノがほとんどである為)

*2
お姉さま、ちょっとは話を聞いてあげてなのねー!!?

*3
いわゆるコピーのこと。元々は書き写したモノのことを言う。ジェバンニが一晩でやってくれました



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三つ揃えればなんでもオッケー(意味不明)

「……つまり、どういうことなの?」

「難しく考えなくてもいいよ。ハルケギニア(こっち)の住民が、向こうで幽霊騒動を起こしていた犯人だった……ってだけのことだから」

 

 

 タバサの背を追って森を歩く傍ら、事情がよく飲み込めていない榊君から疑問の声があがる。

 

 現状の私達は、いつの間にかサイト以外のゴンさん達の姿を見失った状態で、それを探すでもなくタバサの手伝いをしている……という風に見える。

 無論、なんの考えもなしに彼女の手伝いをしているわけではないのだが……彼らに説明もせずに話を進めてしまったため、不満が出るというのもわからないでもない。

 

 とはいえこれに関しては、タバサ達が探しているものについての仔細を知れば、自ずと理由は見えてくるだろう。

 

 

「キュルケさんの使い魔、だっけ?確か──」

「サラマンダー、じゃろう?火竜山脈原産とかなんとかの」

「あー、それは間違っちゃいないんだが……」

 

 

 そんな私の言葉に、こちらの事情についてさほど詳しくない二人は、原作での彼女の使い魔──普通のサラマンダー(火トカゲ)であるフレイムの姿を思い出しているようだ。

 だが、それは隣のサイトがツッコミを入れているように、間違った知識である。

 

 

「彼女の使い魔はね、()()()()()()()()。リザードンに進化する方、と言えばわかるかな?」

「……ポケモン?」

「その通り」

 

 

 そう、彼女の使い魔であるサラマンダーとは、()()()()()()()()()()()()なのである。

 あの時は詳しく調べることも、調べるための時間や能力も制限されていたため、深く考えることもなく流していたが……そもそもの話、彼が『逆憑依』関連の存在であるということ自体は、あの状況でも確信はしていたわけで。

 

 そんな彼が、いつの間にか逃げ出した。

 それと時を同じくして、地球では幽霊騒動が起き始めた。

 些かこじつけに近いが、両者になんらかの関係性がある……と考えるのは、『逆憑依』関連の事件の斜め上に飛んでいく方向性を思えばそうおかしな話でもない、となるわけなのだ。

 

 

「いやでも、ペガサスさんなんでしょ?この事件の首謀者って」

「協力者も居る、って言っただろう?」

「じゃが、ヒトカゲじゃろう?……ごまかしには役に立たぬと思うのじゃが……」

「考え方が間違ってるよ、彼は恐らく()()()だ」

「は?」

 

 

 それでも、榊君達からは疑うような言葉が飛び出してくる。

 確かに、一連の事件に関係性があるとするのであれば……ペガサス氏の関与は確定的である。

 だが、だからと言ってポケモンが協力者だとダメ、という話にはなるまい。──なりきりは自由なのだから。

 

 ヒトカゲでは、精霊達に偽装を施すことは叶わない。

 確かに、ヒトカゲはあくまでもヒトカゲ、そういった偽装手段なんて……精々()()()()()()を覚える*1くらいだろう。

 エスパータイプでもないのだから、そこから自身になにかしらの偽装を加える……というのは不可能とまでは言わずとも、難しいと言うのは正解だと言える。

 

 しかし、それらの答えが()()()()()()()()()ことを否定するものとは言い辛い。

 

 

「──『()()』にとって、関係性とはいい加減でよい。似た者同士・自分が好きだから・ちょっとした類似性……ともあれ、理由は幾らでもでっち上げられる。『それ』は、そういうものだからね」

「……あ、あー?もしかして……」

 

 

 ここまで言えば、流石にみんなも察するというもの。……まぁ、()()とはあまり関わったことのないミラちゃんだけは、ちょっと微妙な顔をしていたわけなのだが……。

 ともあれ、今回の相手が何者なのか。その答えは、もう半分以上出てきているということになる。

 

 

「最後の一人がなんなのか、わからないが……まぁ、ほぼ間違いないのだろうからこう言おう。──ペガサス氏とヒトカゲは、恐らく【複合憑依】だ」

「なんじゃと……?」

 

 

 そう、三つの存在が重なりあい、生まれた存在。

 いわゆる三人【継ぎ接ぎ】した時との違いは──それらの関係性が、まったく無くても構わないというところにある。……いや、先述した通り正確にはやってる(憑依者)本人にしかわからない共通点があったりするのかもしれないが……それはまぁ置いとくとして。

 

 三つを束ね、一つとなった異端の存在、【複合憑依】。

 それこそが、今回私達が追っている首謀者の正体なのだと、私は確信を持って口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「【複合憑依】、のぅ?……わしはあまりその実態について知らぬのじゃが、どういったものなのかのぅ?」

「私達もそこまで詳しいわけではないけど……【継ぎ接ぎ】とは違って、それぞれの存在の要素を保ったまま、人格の切り替えのように姿を変えられる存在……って感じかな」

 

 

 変わらずタバサの背を追いながら、【複合憑依】について話をしていく私達。

 実際、【複合憑依】は【継ぎ接ぎ】に比べると発見例が少なく、その実態にはまだまだ不明な点が多い。……いやまぁ、【継ぎ接ぎ】や『逆憑依』に関しても、まだまだわからないことは多いわけだが……それを考えてもなお、【複合憑依】にはわからないことがまだまだ残っているのである。

 

 なにせ、こちら側で把握している【複合憑依】は例の社長・西博士と、今頃郷でカブト君やシャドフォ君とゴロゴロしているだろうCP君の二者くらいのもの。

 噂では、西博士の個人的なあれこれで、何人か【複合憑依】を囲っている……みたいな話もあるが、確証はなく。……あともう一人ほどその可能性のある人物は居るものの、そちらも実際にそれを確かめてはいない。

 

 要するに、その実態を把握するにあたって、あまりにもサンプルが少なすぎるのである。

 っていうかほぼ唯一、そこら辺を自由に検査できるCP君にしたって、出会った当初自身を『失敗作』と言っていた通り、実は研究対象としては微妙だったりするため、実際はサンプルが少ないどころか絶無……って感じだったりするわけで。

 

 ……だったら西博士を調べればいいだろう、ですって?

 あの人がこっちの思惑通りに動いてくれるわけ、ないじゃないですか(諦め)。

 

 まぁそんなわけなので、【複合憑依】に関する情報というのは、ほぼほぼ()()()()()、みたいな判断をしているところが多いのだった。

 

 

「それでもまぁ、なんとなくわかることはあるわけだけれどね。──彼らは恐らく、『掛け合い形式』と呼ばれるものの具現化だ」

「掛け合い形式、というと……」

「なりきりのやり方の一つ、ってやつだね。一人の人が、複数人を纏めてやる……って感じの」

 

 

 そんな数少ない【複合憑依】についての情報。

 その内の一つが、彼らは掛け合い形式と呼ばれるなりきりが、そのまま形になったものだろう……というもの。

 

 掛け合い形式とは、その名の通り()()()()()()()形式である。……なりきりという遊びの性質上、それらはキャラハンと名無しの掛け合いとも言えるわけだが、そういうことではなく。

 掛け合い形式において、掛け合いをするのは()()()()()()()である。言うなれば一人二役・三役ということ。

 

 一人で二人以上のキャラをやるメリットは、主に望む空気を作りやすいことにある。

 

 通常のなりきりでは、どうしても名無しに質問を投げて貰う必要があるわけだが、掛け合い形式においてはある程度自分だけで話を作ることができる。

 名無しも別に一人しかいない、というわけではなく。人によっては意地悪な質問や、不快になるような質問を投げることで、場の空気を悪いモノに変えてしまおうとする者もいるだろう。

 そういった、望まない方向への空気の変化を抑える、という面で掛け合い形式は優れているのである。……が、無論それは名無しを無視している(一人でやってるよー)とも取れるわけで。*2

 

 そうでなくとも掛け合い形式は、中の人の存在を露呈するものである。……多重人格、かつ自由にそれを切り替えられるとかでもない限り、人格とは一人に一つきり。

 つまり、掛け合いという形式そのものが、中の人がいなければ成立しないものなのである。──普通のなりきりが、ある意味では名無しにとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()モノであるがゆえに。

 ……例としてあげるのは些かあれなのだが、いわゆるコスプレモノ、*3みたいなやつということである。

 

 まぁ、なりきりという遊びをどう受け取っているのか、というのは個々人によって違うだろうから、あまり大きなことは言えないわけだが……大枠として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものであるというのは、そこまで間違ったモノではないはずだ。

 

 なので、勘違いすらさせてくれない掛け合い形式は──やってる本人はいいのだが、名無し達からはわりと不評だったりするのである。

 無論、本人の技量如何によっては、普通に人気になることもあるわけだが。……そこまでできるのであれば、普通に小説でも書いた方がいいのでは?……という気にもなるわけで。*4

 

 ともあれ、【複合憑依】がそんな『掛け合い形式』が現実になったものである、とするのであれば。

 同時に一つ、わかってくることがある。それが、

 

 

「キャラクターの選出基準は、やっている本人に委ねられるということ。……言うなれば、なにがでてきてもおかしくないということさ」

「……あー、じゃからペガサス(遊戯王)ヒトカゲ(ポケモン)でもおかしくない、と?」

「そういうこと」

 

 

 選ばれるキャラクターは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 すなわち、端から見れば選出基準が意味不明でも罷り通る、ということである。

 

 西博士達のような、どことなく香る『創る者』としての共通点や。

 CP君達のような、糸や虫・契約関連であるという共通点。

 そういう、どことなく納得できるようなモノではなく、本当に突飛な──ともすればやっている本人が好きだから、というような雑すぎる共通点で選出されることもある。

 それが、掛け合い形式におけるキャラの選出基準()()()なのだ。……一つと言うように、それが許される場所であった……などの要因も絡むため、万事が万事*5そうなるわけでもないのだが。

 

 

「あー、クロスオーバーできるところじゃないと許されないもんね、そういう選び方」

「普通なら、仮にやれたとしても、選ぶキャラクターは同作品間に絞られるだろう。……今までの【複合憑依】達を見る限り、どうにもクロスオーバースレから来たのだろうな、という者達ばかりだけどね」

 

 

 榊君の言う通り、そういう選出が許されるのは、それが許される場所でだけ。……言ってしまえば作品不問のなんでもありな場所でしか許されないため、基本的にはなりきり界隈でもかなり辺境となるわけで。

 前例である【複合憑依】達の要素を見るに、数が少ないのはそのせいもあるのではないか?……なんてことを思ってしまう私なのであった。

 

 

「……静かに。気配がある、恐らくここ」

「おっと、続きは終わってから、かな?」

 

 

 そうして話しているうちに、どうやら目的の場所にたどり着いたらしい。

 こちらに静かにするように、と伝えてくるタバサに(なら)い、話を止める私達。

 そうして静かに、音を立てぬように彼女の背を追って飛び出した私達は。

 

 

「あー!!止めろお前らこっち来んなー!!」

This way(こっちだ)……」

This way(こっちだ)……」

This way(こっちだ)……」

「……確保ーーーーっ!!!!?」

 

 

 そこにいた()()()()()に、わらわらと群がるゴンさん達の姿を確認し。彼らを慌てて止めに入ることになるのだった。

 

 

*1
『ポケットモンスター』シリーズに登場する技の一つ。『素早い動きで分身を作り、相手を惑わせて回避率をあげる』という説明文通り、実際には残像系の技で、実際に増えているわけではない。技マシンによって覚えられるため、ごく一部のポケモンを除き大体のポケモンが覚えられたりする

*2
『一人でやってるよー』とは、『遊☆戯☆王ARC-V』における原田フトシの台詞。トランプのソリティア(要するに一人遊び)のように、一人でずっとカードを回している様を称してそう述べた、いわゆる批判の台詞。ターン型のゲームには往々にして起こることだが、目の前に人が居ることを忘れたかのような、自分本意のプレイング……というものが時々横行する。これは、ゲームそのものがインフレしているほどに発生頻度が上がっていく為、それを解消するか否かはそのゲームの敷居の高さにも関わってくるものでもある(できることが増える(インフレする)ごとに、相手を封殺しなければ返しのターンで倒されてしまう可能性が高くなる為。特にこの場合、互いに実質一ターンしか使えない、というラインまでインフレしている為、余計のことである)

*3
むふふな動画のこと。漫画形式と比べ本人感は薄れているし、なんなら衣装も借り物なので最終的にはキャラクターの要素すら投げ捨てる……という、わりと本末転倒感ある代物。でも需要はあるらしい。時々(OP再現など)変な方向にクオリティが高く、ネタにされるものもある

*4
人によっては『それ、普通に小説にした方がいいのでは?』みたいな感じのモノを書く人もいる。ある意味では台本形式の類例とも呼べるかも?

*5
本来は『一事が万事』という言葉であり、一つの物事から全体を推し量ることができる、という『一を聞いて十を知る』などに近い意味の言葉。ここでの用例は『全部が全部』と言った感じだろうか?



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三位一体ならなんでもよい?

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ま、マジで殺されるかと思った……」

「いや、本当に申し訳ない。うちのものがとんだ失礼を……」

「あ、ああ、いや。こうして止めてくれたんだから、別に構いやしないよ」

 

 

 あのあと、凄まじい形相で少女の周りをぐーるぐーるしていた*1ゴンさん達を落ち着かせ、どうにか一息吐いた私(とタバサ。他は草むらで待機中)。

 

 ずっと彼らに追っかけられていたのか、はたまた単に周りをぐるぐるされるのが、余程の心労をもたらしたのか。

 ……私にはわからないしどっちをやられても嫌だが、ともあれ息を荒げる少女に平身低頭で謝罪を述べれば、彼女は気にしていないという風に右手をひらひらとさせていたのだった。

 

 そうして、ようやく落ち着いて彼女の姿を確認したわけなのだけれど。……ふむ、ふーむ?

 

 

「──ところで、付かぬことをお伺いするのですが」

「……な、なんだよ?私にまだなにか用か?」

 

 

 赤髪の少女は、()()()()()()()()()()()()()()薄茶色のローブのようなモノを羽織っている。

 ……下まできっちりボタンを閉めているため、その下に着ているだろう服装は一目見ただけではわからないが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それはそれはとても過激な(HEN-TAI)服装となっていることは間違いあるまい。*2

 

 ……いやっていうか、実際あれってどういう服装なんだろうね?

 よもやシャツの上からブラを付けてる、なんて前衛的過ぎるスタイルってことはないだろうとは思うけども。……え?一時期そういうコーデが流行ってたことがある?──マジでか、ファッションは奥が深いな……。*3

 

 ともあれ、このクソ暑い……とまではいかずとも、森の中ながらに結構暑いこの状況下で、ローブをきっちり着込んでいるのは……自身の服装からその出自を判断されないように、という考えからの行動だろう。

 ()()()()と同じ髪の色からしても、こちらの探しているものと、なにかしらの関連を疑われるのは必然。ゆえにその追及を躱すために、形振り構わず取り繕っている……とも言えるか。

 ……まぁそもそもの話として彼女(キュルケ)とは肌の色が違うので、そこら辺は普通にごまかせるような気もするわけだが。

 

 そんなことを考えつつ、口ではまったく別のことを述べる私である。

 

 

「貴方は、この近くに住んでいる人ですか?」

「……あ、ああ。そうだけど?」

「なるほど。それではついでにお伺いしたいのですが、この近くでサラマンダーを見かけませんでしたか?」

「さ、サラマンダー?……い、いや、見てないなぁ。この辺りは枯れ木もそれなりにあるし、もし仮にサラマンダーなんて出たとしたら、ボヤ騒ぎになると思うけど……」

「なるほど、それもそうですね。……ところで、暑くありませんか、それ?」

「え?い、いや。私は肌が弱くてな。こういうところだと花粉とかに反応してしまうんだ、ははは……」

「ほう、花粉。それは大変ですね」

「そ、そう。大変なんだ。ははは……あの、もう行ってもいいか?」

「おっと、これは失礼。変なことに巻き込んだ私が言うのもなんですが、どうかお気を付けて」

「あ、ああ。失礼させて貰うよ……」

 

 

 ……うーん挙動不審。

 こちらが行ってもいいよ、と言った途端に口許が綻んだ辺り、本当に隠す気あるのか甚だ疑問である。

 実質黒、犯人確定なのだが……一つ、疑問があった。

 

 

と、言うと?

あのノリで、隠蔽工作とかできる気がしない

あー……

 

 

 相手に見付からぬよう、草むらに隠れていたミラちゃんから問いかけられた私は……あのしどろもどろしている姿と、精霊達に偽装を施せるほどの術者であるというギャップが、どうにも彼女の持つものがあれで終わりであると断言できなくさせている……と溢すのだった。

 

 一応、想定されている彼女の正体は()霊使いに類する存在であるため、精霊になにかをする技能は持っていてもおかしくはない。

 ……のだが、当の本人のあのぐだぐだっぷりを見ていると、仮にそれらの技能を持っていても、上手く使えるんだろうか?……と、ちょっと首を捻らざるをえなくなるわけで。

 まぁ、そういう意味での『隠蔽とか得意じゃなさそう』という評価である。……こちらの想定に間違いがないのであれば、彼女が都合()()()となるのだからなおのことだ。

 

 それだけが、微細な違和感として喉に引っ掛かっているため、こうして泳がせている……と話を締める私である。

 単に捕まえるだけなら、さっきのゴンさん包囲網の時点でどうにでもなっただろうしね。

 ……と、そこまで言えばミラちゃんも納得したように、小さく頷いていたのだった。

 

 そんな感じで、こちらに見逃されていることを知らない、彼女はと言うと。

 頻りに周囲を気にしながら、小走りに森を駆け抜けて行く姿が見えている。……意外と機敏ですね?

 

 

「さて、見失うというのも宜しくない。静粛に大胆に、後を追いかけるとしよう」

 

 

 そんな彼女に対し、こちらもいよいよ動き始める。

 

 決定的な──ごまかしきれない場面を押さえるため、尾行開始というわけだ。……どうでもいいけど、暗闇の中で『某細かいことが気になる刑事さん』が待ち構えている……って話があったと思うけど、あれって演出的にホラー以外の何物でもなかったですよね?*4

 

 いや、なんの話をしておるのじゃ?……というミラちゃんからのツッコミを聞き流しつつ、早速行動を始める私なのであった。……あ、ゴンさん達はいつの間にか元に戻ってました。制限時間オーバーかな?

 

 

 

 

 

 

「……撒いた、か?撒いたな?」

 

 

 森を離れ、一つの小屋の前で息を整えながら、少女はそうぼやく。

 突然に自身の前に現れた、恐ろしい顔をした集団についても肝を冷やしたが……そのあとの、人好きのする笑顔を浮かべた騎士の方が、それらの何倍も恐ろしかった。

 

 あの少女(タバサ)と一緒に居るのだから、恐らくは向こう(ガリア)の騎士団とか、その辺りに所属している人物なのだろうが……その名前に聞き覚えがなかったため、モブかなにかかと思い込んでいた自分である。

 

 ──とんでもない。彼女のあの目は、獲物を徹底的に追い詰める、狩人の目をしていた。あんな目をしている人物が、ただのモブのはずがない。

 実際に真正面から対峙して、その目から感じられる恐ろしさというものを、まじまじと理解することになってしまい。こうして暑さで参るはずの空気の中、逆に肌寒さを覚えてしまっている彼女なのであった。

 ……いやまぁ、ローブの前を閉じているのはそれだけが理由、というわけではないが。

 

 ともあれ、こうして素直に解放してくれた以上、恐らくはこちらを疑っていると言っても、単に()()()()()()()なのだろう。

 ゆえに暫く()()()()姿()()()()()、こちらに向けられた疑いについては容易く晴れると思われる。──こちらの世界の人間に、向こうに行く手段はないのだから。

 

 そう自分を鼓舞しながら、小屋の入り口のノブを捻って。

 

 

「──おや、お早いお帰りですね?それにそんなに急いで。……これからどこかへ旅行、というわけですかな?」

「~~~~~ッッッッッ!!!!!?」

 

 

 ──中から出てきたその顔に、声にならない悲鳴をあげる羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ……あらやだ効果覿面。

 

 さっきの『細かいことが』云々の小話から、先回りして驚かせてやろう的なことを思い付いた私は。

 こうして、この姿ならではの身体能力(フィジカルゴリラ)を存分に発揮して、彼女の主目的地であった小屋の中で待ち構えていたわけなのだが。

 

 結果についてはご覧の通り、さっきのゴンさん達に囲まれていた時の比ではないほどの恐怖心を抱いた顔(歯をガチガチならしている姿)で、こちらを見上げながら後退りする腰の抜けた少女……という、なんとも『これはひどい』なモノが出来上がっていたのだった。……一部の人が喜びそう(小並感)。*5

 

 ともあれ、まるで死神かなにかでも見付けたかのような彼女の姿に、些か釈然としないものを感じつつ。

 私はとりあえず、彼女に声をかけようとしたのだけれど……うん?なんかくすぐったいような?っていうかなんかパリンパリンいってないこれ?

 

 

「な、なんで効かねーんだよ!!?おかしいだろあんた!?」

おや(んん)なにかしましたか(なんなんだぁ今のはぁ)?」

 

 

 恐怖に震える彼女が口走るのは、こちらになにかをしていたということを知らせる言葉。

 

 ……なるほど、恐らくは彼女、幻術とかそういう類いのものをこちらに対して使っていたらしい。

 見た目的になにも変化がないので、なにをこちらに使用していたのかはわからないが……それが拒絶(レジスト)された結果として、こちらにくすぐったい感覚をもたらしていたようだ。

 

 ……どうでもいいんだけど、なんか私が言ってないことがルビに付与されてない?向こうの恐怖心が反映されてない?

 そんな胡乱なことを考えつつ、一歩一歩、彼女に近寄っていく私である。

 

 先ほど、ちょっと彼女の構成要素について引っ掛かりを覚える、みたいなことを言ったと思うが……この幻術、術式の解明まではできずとも、それが遊戯王由来のものでも、ポケモン由来のものでもないことは流石にわかる。

 

 つまり、こちらの予想は──一部外れているということ。

 それゆえに、一切の油断なく、呵責なく、温情なく。

 

 

「──そして、命の価値に区別なく」*6

「ひぇ」

 

 

 おっと間違えた。失敗失敗☆

 ……まぁともかく、相手がなにをしてきても対応できるように、じりじりと彼女に近付いていたわけなのだが。

 それがどうにも、刻々と迫る死刑宣告にでも聞こえていたらしく。

 

 

「お、お命だけはお助けぇ~~……!!」

「へぁ!?」

 

 

 弾扱いはいやぁ(キャノソル反対)!!*7

 という彼女の叫びを聞いて、思わず目をぱちくりさせてしまう私なのであった。

 

 

*1
ゴンさん達が『かごめかごめ』してる姿と思えば宜しい。……邪教の儀式かな?

*2
『hentai』とは、海外における日本的な成人向けアニメ作品などを示す言葉。なのでこの言葉で検索すると酷いことになる()。また、そのまま『変態』という意味でも使われる。若干茶化している感あり

*3
『遊戯王OCG』より、『霊使い』カテゴリのカードの中でも『ヒータ』と付くカードに記載されているキャラクターの格好のこと。シャツの上からブラジャーを付けているように見える格好をしており、そもそもスカート丈も短くニーソックスまで履いてローブを着ているという、わりと『なんだこの子?』となるような姿の女の子。因みに勝ち気そうな顔をしている上にボクっ子(ニンテンドーDS用ソフト『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ WORLD CHAMPIONSHIP 2007』に登場した時の設定。基本的にカードの設定は語られてもキャラ達が喋ることはないので、こういう機会にキャラ付けをされると公式扱いされることが多い)。なお、『シャツの上にブラジャー』という着こなしは、時々流行ったりしているらしい……

*4
ドラマ『相棒』のseason16の19話、『少年A』内の演出より。話の内容そのものは、ネグレクトや無戸籍の子供達などの重い事態を取り扱っているのだが、その中のとある場面で、部屋の中で相手を待つ主人公・右京さんの演出がホラー以外の何物でもない。そもそも執拗に相手を追い詰めていく姿も描かれている為、該当場面は『バイオハザード』とかで追跡者に追い付かれた時並に怖い。暗闇の中に浮かぶ右京さんの顔とか、寧ろホラー感を意識してないはずがないというような演出である

*5
いわゆる『恐怖顔』ないし『怯え顔』。目元に影が差し、瞳孔が小さくなったり涙を流していたり、はたまた歪んだ笑みを浮かべていたり。一部の人が好きだったりするが、公言すると引かれる性癖でもあるので気を付けよう(何を?)

*6
『fate/grand_order』より、星1(c)キャスター・陳宮のコマンドカード・宝具カード選択時の台詞より。つまりこれから起こるのは『必要な犠牲でした』。……要するに生贄である

*7
前述の陳宮の宝具が、『モンスターを射出して相手にダメージを与える』という『遊戯王OCG』のモンスターの効果とよく似ていることから。なお、現在はモンスターの召喚だけなら1ターンに幾らでもできる関係上、ワンキルの温床になるということで射出系モンスター(『キャノン・ソルジャー』など)は基本的に禁止カードになっている。……つまり陳宮は禁止カード……?(宇宙猫)



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急転直下とはこういうことを言う

 目の前で綺麗な土下座を披露されつつ、そこから命乞いまで上乗せされてしまったのならば、こちらとしても取れる対応というものはそう多くはなく。

 

 仕方がないので、他の面々がここにやって来るまで待機することを口頭で伝えると、彼女はこちらをチラチラ確認しながら露骨にびくびくしつつ、部屋の中に備え付けられていた椅子にちょこん……と座るのだった。

 

 一連の事件の首謀者の、あまりにも呆気ない最後になんとも釈然としないものを感じつつも、一人で取り調べを始めるわけにもいかないので、大人しく他のみんなが追い付いて来るのを待つこと数分。

 やって来た面々がゴンさん達ではないことに、ほっとしたような表情をしていた彼女の様子に、さらに調子を乱されつつ……改めて、事情聴取のお時間となったわけでございます。

 ……予定だと、もっと色々推理とかして、相手を追い詰める過程が必要だったはずなんですけどねぇ……?なぁんで省略されてるんですかねぇ、不思議ですねぇ……?

 

 

「……お主、自分でそのやり方はホラー以外の何物でもない、と述べておったではないか」

「今は夏なのだから、ホラー感を演出して納涼を……というのは、あながちおかしな選択というわけでもないだろう?」

「モノは言いようだなぁ」

 

 

 なお、そんなこちらの主張は、呆れた顔をしたミラちゃん達に横からツッコミを入れられ、無事霧消するのでしたとさ。かなしみ。

 

 

 

 

 

 

「……ええと、自己紹介からした方がいいのか?」

「ああそうだね、お願いするよ」

 

 

 集まった面々のその多彩さに、改めて目を白黒させている少女。

 恐らくは地球とハルケギニアが繋がったことを知らないか、はたまた()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()か。

 ……どちらかはわからないが、ともあれ他の版権系の人物が今この場に居るということに、遅蒔きながら自身の分の悪さ……とでもいうものに気付いたような感じの表情を浮かべている少女である。

 

 まぁ、先ほど私がパリンパリン弾い(レジストし)てたあの幻術、どうにも魔法由来のモノではないみたいだったし。……魔法が絶対的な力を持つハルケギニアであれば、逆に魔法以外の力を持っていれば、ある程度好き勝手できる……みたいな自負?的なものがあったのかもしれない。……ご覧の通り、私には効かなかったがな!

 そんな感じの謎マウントを脳内で取りつつ、彼女の名前を聞いている私である。……とはいえ、流石にその姿に付随する名前、くらいはすぐにわかるわけだが……。

 

 

「私の名前は、フレイム=ヒータ・Y・クロフォード、だ」

「いやちょっと待った」

 

 

 そうして彼女が告げた名前に、思わず『待った』をしてしまう私なのであった。みんながいきなりなに?……みたいな顔をこちらに向けてくるが……冗談ではない!*1

 

 

「いや、ヒトカゲ成分は?!名前に影も形もないんだけど!?」

「あーっと、確か【複合憑依】は名前が混ざる……んだっけ?」

 

 

 彼女の名前には、自身が『サラマンダー(ポケモンのヒトカゲ)』であることを示すモノがない。略称になっている『Y』が当てはまるのでは?……と思われるかもしれないが、『ヒトカゲ』の英語名は『Charmander』、頭文字は『C』なのである。*2

 いや別に日本語でも当てはまっていないわけだが……とにかく、これはおかしい。

 

 西博士が『誰が主体かで名前が変わっていた』ように、【複合憑依】とは元々が掛け合い形式のなりきりであるからか、自身を示す時に必ず構成要素の名前を、それぞれ一文字でも含めるように定められているらしいのだ。

 実際、あとから聞いた話ではあるが、あのCP君の方も本名には他二人──浸父とキュゥべえを想起させるモノが付随しているわけで。

 

 名前とはすなわち、その人を示すラベルである。

 ゆえに、複数の存在が混じりあうわけでもなく、統合されて成立する【複合憑依】達は……それを示す名前に、自身に含まれているそれぞれの存在を記さねばならないのだろう……とは、いつもの琥珀さんの考察である。

 

 ともあれ、その法則に間違いがないのだとすれば、彼女の名前にヒトカゲを示すもの──英語名の『C』すらも含まれていない、というのはなんともおかしなことになるわけなのだ。

 ……え?『フレイム』?それはキュルケのペットとしての名前だから、彼女自身を示す名前としてはおかしいカナー。わざわざ『=』でくっ付けてる辺り、本名とはまた別口ってことなんだろうし。

 

 そんなこちらの困惑を受けた彼女は、頭をぽりぽりと掻きながら衝撃の事実をこちらに明かすのだった。

 

 

「……いやそもそもの話、()()()()()()()()

「……はい?」

 

 

 …………いや、どういうこと?

 

 

 

 

 

 

「……実はメスのヒトカゲで、今の姿はそのヒトカゲが人に変身した姿ぁ!?」*3

「そ、そうだけど……」

 

 

 騎士としての口調を取り繕うことを止めた、私の剣幕にまたまたびくびくしている少女……ヒータちゃんでいっか。

 とまれ、ヒータちゃんはおっかなびっくり、自身のことを語ってくれたわけなのであるが。……その内容は、こちらの度肝を抜くものであった。

 

 なにせ彼女、その主張に間違いがないのであれば──ヒトカゲにヒータを【継ぎ接ぎ】したもの、という方が近い存在だったのだから。

 いやまぁ、正確に言うのであれば『変身を覚えているヒトカゲ(♀)』が(たま)さか*4変身した姿がヒータだった、という設定になるらしいが……。ともあれ、そうなってくるとさっきまでのこちらの推理、ほとんど外れている可能性が高いということになるわけで。

 

 ……出てくるモノによっては、わりと綱渡り的な成功体験だったということになりかねないため、結構焦り気味の私である。

 成功したんだからいいだろうと思われるかもしれないが、迂闊なことをやっていたと知れたのたら、あとでゆかりん達になにを言われるかわかったもんじゃないのだから必死なのだ。

 

 そんな、こっちからの勝手な期待?圧力?を受けたヒータちゃんは、若干涙目になりながら自身のことをポツポツと語り始めるのだった。

 それによれば、彼女の構成要素である三人は。

 

 

「一人目が『ヒータに変身できるヒトカゲ』。ただしこれは最初からそうだったわけではなく、スレの流れの中で人に変身する必要が出てきたため、必要に迫られて追加された設定だと?」

「そ、そうだよ!悪いかよ!」

「いや悪くはないけど……」

 

 

 一人目は、先ほどから言っているようにヒトカゲ。

 ただし、覚えている技に『へんしん』などが含まれており、彼女の姿は好きなキャラクターを写し取ったもの、ということになるようだ。……ボクっ子じゃなかったのも、そもそも本人そのものでもなかったから、ということが理由になるらしい。

 

 

「まぁ、公式で既に存在しているキャラ付けがあるんだから、なりきりである以上は普通従うもんね」

「端っから従ってなかったんだから、普通のヒータじゃないってことには、いの一番に気付くべきだったってわけだなぁ?」

「むぅ、そもそも【複合憑依】に【継ぎ接ぎ】めいたモノが含まれていていい、ってのが不可思議すぎる話だよ……」

 

 

 周囲からなるほどなぁ、という声があがる度に『それがありならなんでもありやんけ』という気持ちが高まってくる私である。……そもそもの話、最初からわりとなんでもありだっただろうって?それはそう。

 

 よく考えれば【継ぎ接ぎ】も大概なのだから、【複合憑依】だって大概だわな、と勝手に納得して、改めて続きを促す私なのであった。……なお、その一連の流れにより、ちょっとヒータちゃんからの恐怖心が消えたような気がした、とも付け加えて置きます。……代わりに変なものを見るような目線になった?……いや、いつものことじゃね?

 

 ともあれ、一人目はそんな感じ。続く二人目は……。

 

 

「ハーイ、榊ボーイ。噂はかねがね……私はペガサス・JHY(ジェイエッチワイ)・クロフォード。今回の一件において、彼女の願いを叶えるために尽力した者の一人デース」

 

 

 発光と共にヒータちゃんと入れ代わったのは、こちらの予想通りの人物・ペガサス氏。

 ミドルネーム部分が増えているため、ここが他の面子の名前が加算された場所、ということになるのだろう。……『H』がヒータのことなのはわかるのだが、『Y』とは誰のことなのだろうか……?

 ……まぁ、その辺りは話を聞いていればその内わかることなので、特にこちらから問い質すようなこともないのだが。

 

 あと、一応同じ『遊☆戯☆王』キャラだからか、真っ先に反応したのが榊君だったのも、そうおかしな話ではないだろう。

 そのあとすぐに、「はい!私もっ、私もデュエリストです!」と目を輝かせて主張するココアちゃんの姿に目を白黒させたあと「オー!ファンタジスタガール!イッツクール!!」とかなんとか言いながら握手したりもしていたのだが。……()()()()()()にしちゃ、ちょっと迂遠すぎやしませんかね?*5

 

 まぁ、ペガサス氏に関しては、見た感じそこまでおかしなところはない。何故だかトゥーンになっているヒータのカードとか、同じくトゥーンになっているヒトカゲのカードなどを所持しているが……概ね、普通のペガサス氏なのであった。

 

 

「……むぅ?」

「あれ、ミラちゃんどうしたの?ペガサスさんの左目の辺りを見てるけど」

 

 

 と、こちらが結論付けるその横で、ミラちゃんが困惑の声をあげる。なんでも、彼の左目から不可思議な気の流れを感じ取ったのだとか。

 

 ……ふむ、左目?

 確か彼の左目は義眼──『千年眼』が納められていたはず。ゆえにその気配なのでは、と思ったのだが。

 

 

「こやつは原作後じゃろう?()()()()()()()()()()()()()辺り、そこに間違いはあるまいし」

「う、うん?」

 

 

 えーと……?

 ……『火霊使いヒータ』の初登場は、二千五年発売の『THE LOST MILLENNIUM』。その当時放映されていたのは『遊☆戯☆王GX』なので、OCGに存在しない『トゥーン・ヒータ』はそれよりも後に作られたもの、という扱いになるはず。*6

 ……原作と違って生き残った、GX以降のペガサス氏は左目の『千年眼』を失ったあと、その代わりの義眼を装着したりはしていないらしい。

 闇の力に溺れたことを深く悔いた彼は、自身と同じように道を踏み外しそうになっている人間に、その空虚な眼窩(がんか)を見せることで戒めとして使ったこともあると聞くが……そうなると、確かに彼の左目からなにかしらの力が感じられる、というのはおかしな話である。

 

 

「オー!ユーはとてもサギャサティ(sagacity)な女性デスネー!」*7

「……さ、さぎゃ?」

「深い知性とか、聡明とかって意味の英語だね。……それで?ペガサスさんは、その前髪の下になにを隠しているのかな?」

Hmm(フゥム)……隠し事はできマセンか。では驚かず、静かに見てくだサーイ!」

 

 

 そんな彼女の分析に、大仰に笑って見せるペガサス氏。

 続けて問いかける榊君の言葉に、観念したように肩を竦めた彼は、その前髪をかきあげて──、

 

 

「──はい?」

「えっと、なんだっけ……あー!()()()()()()、ってやつだよねそれ!」

 

 

 ()()()()()()()()()の浮かんだ、不可思議な瞳をこちらに向けてくるのだった。

 

 

*1
初代『機動戦士ガンダム』において、ズゴックに乗ったシャア・アズナブルが発した台詞。ガンダムを倒す千載一遇の好機を邪魔されたことに対する、憤りの混じった台詞とされる

*2
読み方は『チャラマンダー』。他動詞で「(火が木などを)炭にする」という意味の『char』に、『salamander(サラマンダー)』を組み合わせた名前。何故単純に『salamander』じゃダメなのかというと、これは英語では『サンショウウオ』を意味する言葉でもある為だとされる

*3
最近のポケモンはオスとメスで見た目に変化があるモノも多いが(例:ピカチュウ(♀)のハート型のしっぽ、など)、ヒトカゲにはそういう違いは(今のところ)存在しない

*4
まれであること、ひょっとしたらそうなるかもしれないこと。まれであることを示す『たまたま』と同じ語源の『たま』に、『疎か』『厳か』などと同じ『状態を示す』接尾語『()か』が付随した言葉だとされる。正確な由来は不明

*5
アニメ『アニマル横町』より、エンディング曲の一つ『ファンタジスタ☆ガール』のこと。『アニマル横町』はそのネーミング通り、動物達が主題の作品であり、メインキャラの一人にうさぎのキャラクターが存在する。……要するにうさぎ繋がりである

*6
『THE LOST MILLENNIUM』は、第四期・四番目のパック。パッケージイラストは『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』が務めている。実質的にはこのパックからGXが始まった、と言っても過言ではない(『(エレメンタル)HERO(ヒーロー)』が収録されたのもこのパック)が、そこに登場した『霊使い』シリーズも一躍脚光を浴びたのは間違いないだろう。その他、『ワイトキング』の登場もこのパック。ワイトも嬉しく思います

*7
意味は聡明・深い知性など。なお『佐賀(saga)(city)』ではない。同名の馬でもない



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なんでもありの最後の一人

「こ、別天神(ことあまつかみ)……!?」*1

 

 

 飛び出してきた瞳の、あまりの規格外さに思わず戦いてしまう私達。

 

 ペガサス氏にもヒータもといヒトカゲにも、相手を惑わすような技能はなかったはずだから、恐らくは幻術を使えるようななにかを持ちあわせている・または構成要素として誰かが居るのだろうとは思っていたが……よもや、ここでこの瞳が現れるとは思わなかった。

 

 ──『別天神』。天地開闢の時、イザナギやイザナミなどが属する神世七世(かみよななよ)よりも先に高天ヶ原(たかまがはら)に顕れたとされる、別格の神達──『別天津神(ことあまつかみ)』の名を持つそれは、相手に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という最強幻術の名前であり、それを扱うことのできる万華鏡写輪眼もまた、その瞳術の名前を以て分別される。……いや、よく防げたな私!?

 

 

「と、言うことは──最後の一人はうちはシスイ?」*2

「いえいえ、違いマース!私たち三位一体(トリニティ)の最後の一人、それは()()()()()()のデース!」

「……はい?」

 

 

 それを自在に扱うというのであれば、最後の一人はその瞳の持ち主・うちはシスイか、はたまたそれを奪った()()()()()に限定されるはずなのだが……どうやら、彼の口振りからするとそういうわけではない様子。

 いやまぁ、確かにその二人が最後の一人だとすると『Y』の意味がわからないので、違うと言われれば納得はするわけなのだが。

 

 ただ……『一人ではない』ってのは、どういうことなんです?

 そんな風に困惑する私に、彼は微笑みながら左目を手で隠し……()()

 なにかに気付きそうになったが気付けない……そんなもどかしさを抱えた私の前で、彼は朗々と自身の真名を読み上げるのだった。

 

 

「私の名前は、ペガサス・J・ヒータ・()()()()()・クロフォード。そしてこれが、隠された私のもう一つの姿デース!」*3

「……か、カラスぅ!?」

 

 

 そうして現れたのは──左目が万華鏡写輪眼になっている、一羽の()()()()姿()だったのだ!*4

 

 

 

 

 

 

「え、は、え?か、カラスぅ~!?」

 

 

 その姿を一目見た時の、皆の驚きは幾ばくのものか。

 ……いや、てっきり出てくるのは人だとばかり思っていたから、よもやさっきの『一人ではない』という言葉が()()()()()()──カウントの仕方としては『一()』が正解だった、っていう意味だとは思わないじゃないですかー!!

 

 そんな風に驚愕する私達の前に現れたカラスは、しかして普通のカラスとは言い辛い風貌をしている。

 

 左目が万華鏡写輪眼になっている、というところもそうなのだが……三つの足を持ち、燃え盛る炎を身に纏う姿は──確かに彼の告げた名前の通り、日本神話の神使・八咫烏(やたがらす)を思い出さずには居られない威光を放っているのだった。

 

 

「我 天馬 火霊使 統合」

「……え、なんかこのカラス喋ってるんだけど」

「しかも口調が凄く堅苦しい!?」

 

 

 そんな八咫烏であるが、なんと普通に喋る。……いやなんでや!確かにカラスって結構頭がいいから、覚えさせれば普通に会話できるとは聞くけど!

 ……こちらの驚愕とか納得できない感は置いといて、彼の話を纏めると次のようになる。

 

 彼の原型となっているのは、そのまま見た通りに『NARUTO』における『別天神』の万華鏡写輪眼を埋め込まれたカラスである。

 で、なんでそんなことになったのかと言うと……、先ほど私が感じた違和感──左目そのものに理由がある。

 

 そう、うちはシスイが()()()()()()()()()()()()()()()()()は左目で、万華鏡写輪眼を埋め込まれたカラスの瞳も左目。

 ──そして、ペガサス氏の所持していた『千年眼』もまた、左目に埋め込まれた義眼である。

 

 ……つまり、すさまじく端的に言ってしまえば──鬼太郎君と目玉のおやじのような間柄が二人の関係、ということ。

 ペガサス氏の伽藍の眼窩を埋めるもの。それが今はこのカラス君そのものである、というだけのことらしいのだ。

 

 正直なに言ってんだこいつ感が凄いが、【複合憑依】に合理性を求めてはいけない。

 同一事例のCP君を見ていればわかるが、切り替え可能ながらも他の要素との混成部分が存在する……というタイプも居ることは、最初から判明していた事実なのだし。

 

 で、今の彼の姿──八咫烏のような姿もまた、その『他の構成要素の発露』によるもの、ということになるようで。

 

 カラス()という素体に、神聖な存在(ペガサス)火を扱う(ヒータ)という要素が混ざりあうことで、単なるカラスではなく八咫烏という神聖な生き物になっている──というのが真相らしい。

 なので、元々のスレでの彼は普通のカラス──ポジション的には相槌を打つオウムのようなもの、だったのだとか。

 ついでにさっきのペガサスさんに関しても、左目の万華鏡写輪眼とトゥーンと化した二人のカードという形で発露している、という解釈でいいらしい。

 

 じゃあ、ヒータちゃんの時はどうなってるの?というと……、

 

 

「……まさか、今回の事件の主体がヒータちゃんの方だとは思わなかった」

「どういう意味さ!?」

 

 

 再びヒータに戻った彼女の側に、侍るように寄り添う二匹の獣達。

 特に捻りもなく、カラスとペガサスなわけだが。……うん、まんまこれが他二人の発露の仕方、ということのようで。

 先ほどこのヒータちゃんはヒトカゲが『へんしん』したもの、という話をしたが、ヒータちゃん主体だと他の二名の疑獣化?みたいなものであるこの二匹に、自身の技を『自分扱いで付与できる』のだそうで。

 

 ついでに言うと、カラスの方は──今は八咫烏状態ではないため、他の生き物の瞳に融合する……という形での変化ができるとかで。

 ……結果、巷の幽霊騒ぎの根幹である精霊達。

 それは、左目が万華鏡写輪眼になった天馬が『かげぶんしん』して賄っていた、ということになるらしいのだった。……すっげぇ力業!

 

 で、霊達の動きや力が小さい云々の話は、こっち側のミラちゃんが白黒騎士達を召喚する時に掛かっている制限と同じようなもの、ということになるようで。

 

 

「……なるほど、本体はここにいて、他は全部分身だったのか」

「ついでに言えば、捜索範囲を広げ過ぎてるもんだから、精々『別天神』での姿の偽装ぐらいしかまともに働いてなかった、と」

「……仕方ないでしょ、とにかく手数が欲しかったんだもん」

 

 

 幻想種である天馬、そしてその瞳に宿る万華鏡写輪眼。

 ……これらを保ったまま複数に分身する、というのがよっぽど負担を強いるモノであったためか、結果としてその負担を軽減するために姿形がどんどん小さくなってしまった……というのが、日本各地で()()()幽霊騒ぎばかりが起きていた理由、ということになるらしい。……よもやの相手側も手数足りずの事件だった、と。

 ……思わずなんだそれ、と呻いた私はきっと悪くない、はずだ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、どうやって騒動を起こしていたのか、ってことはわかったよ。……けど、どうやってここ・ハルケギニアから、地球に対して干渉を行っていたのか……ってところがわからないんだけど?」

 

 

 驚愕を通り越して頭が痛くなってきたものの、話を止める意味もないので引き続き事情聴取の続きである。

 

 代表してヒータちゃんに問い掛けた榊君。その内容は、このハルケギニアから地球まで、如何なる手段を以て干渉していたのか?……ということ。

 

 確かに、『別天神』は強力な幻術である。……が、あくまでも幻術であるため、これが使えたからと言って移動が楽になったり、今まで行けなかった場所に行けるようになったりするわけではない。

 例えばこれが『神威』の方の万華鏡写輪眼であったのならば、時空間を越えて別の場所に行くことも、もしかしたら可能だったのかもしれないが……それこそ、この状況下では無い物ねだり以外の何物でもないだろう。

 

 とはいえ、この疑問については、私はなんとなく理由に目星が付いている。

 

 

「え、そうなの?」

「そうなの。……タバサはわかるかな、もしかして?」

「ん。恐らくは国が未確認のゲート」

 

 

 ココアちゃんから疑問の声があがったため、そのまま(若干空気になっていた)タバサに投げる私。……かなり砕けた口調で突き進んでしまったが、とりあえずなにかを聞いてくる様子は無さそうである。

 

 ともあれ、彼女が一国の姫君であることに変わりはなく。そして先ほどスルーした──地球とハルケギニア間を繋ぐゲートのことについても、知っていない方がおかしいということもあり。

 答えはすんなりと……特に隠すこともなく告げられる。それに疑問の声をあげるのは、はるかさんだった。

 

 

「ええと、又聞きになるのでなんとも言えませんが……天然のゲート、というのはあの電気屋と繋がっていたもののこと、というわけではないのですか?」

「それだけだと、あの電気屋にしか繋がらないだろう?……UFO騒ぎの正体が空飛ぶ天馬だとしても、あそこから日本各地に送り出すだけでは時間が足りるまい。ゆえに、ゲートは一つだけではないのさ」

 

 

 その疑問は、私達がここにやって来た時のゲート、あれはこの小屋からは遠いという事実。

 ……とはいえ、これに関しても答えは簡単。そもそもこの森自体が、次元境界線が不安定なのである。つまり、ゲートがとてもできやすい状態、ということ。

 

 そして恐らく、この小屋は──それらのゲートを隠すためのもの、ということで間違いないだろう。

 そう告げれば、ヒータちゃんは観念したように肩を竦めていたのだった。

 

 

*1
『NARUTO』より、うちはシスイの持つ万華鏡写輪眼によって使用できる術の名前。由来は後述する通りで、作中においては最強の幻術とも呼ばれているが、同時に燃費が凄まじく悪い(通常ならば再度使用する為に十数年のチャクラ回復期間を必要とする)。他の術の影響下であっても、その上から命令を塗り潰し、かつそれほどまでに強力なのにも関わらず、基本的には自分で気付くことができないという厄介さを併せ持つ(普通はそれほど強力な幻術ならば、長期間効果を発揮する内に自然と違和感に気付くものだが、この術にはそれもない)

*2
『NARUTO』の登場人物の一人。過去回想にのみ登場する……わりに、ゲームなどで使用できたりはする。うちは一族の中ではかなりまともな感性を持つ人物らしく、イタチの数少ない親友でもあった

*3
日本神話に登場する神・または神の使い。大陸側の伝承である、太陽の化身・『三足烏(さんそくう)』が日本に入ってきた結果生まれた存在だとも。月の兎とは対となる金の烏であり、日本サッカー代表のユニフォームなどに使用されている

*4
『NARUTO』において、ナルトの口から吐き出されたカラス。元々イタチがサスケのことを思って仕掛けたもので、当初の予定ならばナルトとサスケが対峙した時に発動し、サスケを木の葉を守る存在に仕立て上げようとしていた。……そういうところだぞイタチぃ!



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これを追うもの、その一切を諦めよ

「さて、今回の騒動のやり方のほうについては、ほとんど全貌が判明したわけだけど……」

「これをやろうと思ったっていう動機については、まるでさっぱり……ってやつだな」

 

 

 肩を竦めるヒータちゃんの前で、榊君とサイトが言葉を交わしているが……まさしくその通り。

 ここまでの話によって、どうやって(How done it?)この事件を起こしたのか?という部分については、大まかに知ることができた。

 ……そうなれば、あとは彼女達が何故(Why done it?)この事件を起こしたのか?……というところが、これからの話の焦点となってくるわけで。

 

 ──全国各地で起きた、些細にして小さな幽霊騒動。

 されどそれらは、騒動によって世を乱そうとしたわけではない……ということはなんとなく知れている。

 幽霊騒動は起きていた範囲こそ広く、その発生数もまた多かったものの、結局その中身は……悪戯にすら満たないような、あまりにもお粗末な現象ばかりであった。

 もしもこの程度の規模のモノを使って、なにかを起こそうとしていたと言うのであれば──それこそ、それぞれの事件達がなにかしらの意図で繋がり、結果として巨大ななにかを構成していた・もしくは別の儀式の下準備*1だった……くらいの話でなければおかしいことになるだろう。

 そして今のところ、それらの騒動が別の大きな騒動を引き起こした、もしくはその導線だった……というような話も聞いてはいない。*2

 

 ゆえに、彼女達はこの事件の首謀者ではあれど、決して悪意を以てこれらの騒動を起こしたわけではない、と言うことは簡単に想像が付くのであった。

 ……と、言うような感じに彼女に問い掛けてみたところ、返ってきた答えは──これまた、こちらの想像を斜め上方向に振り切ったようなものだったのである。

 

 

「……エリアを探してるぅ?」

 

 

 こちらの聞き返すために放った言葉に、不承不承といった風に頷くヒータちゃん。

 

 彼女が説明した『今回の事件を引き起こした理由』とは、私が今しがた口にした通り()()()()()()()()()、というものだったわけなのだが……。

 ええと、この場合の『エリア』っていうのは、場所(area)とかの意味の言葉*3、ってわけではなく……?

 

 

「それって()()使()()()()()のことを指してる、ってことでいいんだよね?」*4

「……そうだよ、私()はエリアのことを、ずっと探してたんだ」

 

 

 ──彼女達、霊使いのカテゴリに含まれるカードの一つ。

 その中でも()属性を担当しているキャラクター、『水霊使いエリア』のことで間違いない……と、彼女は榊君の問い掛けに対して答えていたのであった。

 

 水霊使いエリアと言えば、リンク版の20thシクの店売り価格が八十万くらいになることもあると噂の、かなり人気のキャラクターのはずである。*5

 

 実際、霊使い系列の中でも光と闇を除く──俗に言う『四霊使い』の中において、トップを争う人気カード*6が『エリア』を名前に含むカード達であり、更には彼女と『風霊使いウィン』の二人だけが、リメイクというか派生というか……ともあれ、そういった感じの()()()()()()()が存在していることでも有名だったりする。*7

 

 ……まぁその辺りは、逆になんでヒータとアウスはリメイクカードが作られなかったんだろう?……とか。*8

 リメイク元とその相手である『ウィン』と『ウィンダ』は、関係性としては姉妹らしいという話があるが、同じような立場の『エリア』と『エリアル』の関係はどうなっているのか?……とか、色々とツッコミたいところは山ほどあるのだが……とりあえず、その辺りは脇に置くとして。

 

 ともあれ、彼女の口振りから察するに、他の二名──アウスとウィンに関しては、既に見付かっているようにも聞こえるわけで。

 そのことを私が疑問に思っていると、それを察した彼女が『今思い出した』とばかりに説明を付け加えてくる。それによると、なんとこの二人の所在は……。

 

 

「……ヴェルダンデとシルフィードがその二人ぃ!?」*9

「えっと、シルフィードって言うと……?」

「──びっくり。貴方、私に隠し事してたの?」

「きゅい、きゅいきゅい」*10

 

 

 ──()()()()()()()()()使()()()

 この二匹が、彼女の言う『他の霊使い』であるらしいとの言葉が、まるでそんなの当たり前でしょ?……と言わんばかりに返ってきたのだった。

 

 ……そういえば、この二匹についてもあまりちゃんと確認をしたことはなかったはずだし、シルフィードについては変身しても原作と同じ姿になるだけだろうと思っていたから、余計のこと特に気にもしてなかったような気がしますネ?

 

 思わずうっそだぁ、なんて言葉を呟いてしまう私の前で、これ見よがしにシルフィードが人型に変身してみせてくれたのだが……その姿は確かに、『四霊使い』の内の一人にして人気キャラの片割れ・『風霊使いウィン』のになっていたのだった。

 ……いや、原作のキャラ(イルククゥ)の雰囲気と違いすぎやしないこれ?*11なんてことを私がぼやけば、失礼しちゃうのね!という風に憤慨されてしまったのだった。

 あ、性格付けはシルフィードの方なのね、君……。ええと、【継ぎ接ぎ】系ってことなのかな、これ。

 

 そんな風に混乱していた私だが……ここで、とあることに気が付いてしまう。

 実際にシルフィードが『ウィン』だったことを見るに、ギーシュの連れているあのモグラが、変身したら意外とナイスバデー(死語)なアウスちゃんの姿になる……というのは、半ば確定事項となってしまったということに。

 

 ええ……?もしかしてあの子(ここのギーシュ)、使い魔さえもハーレム要員になってるというの……?

 どんだけラブコメ体質やねん、と思わず呆れ返ってしまう私であった。

 

 そんなことを考えたところで、確かに『ゼロの使い魔』において目立つ使い魔達と言えば、その三匹とあとはサイトくらいのものである、ということを思い出してしまう私である。

 

 ……いやまぁ、正確には()の使い魔がまだいるのだから、視点を世界全体に向ければもう少し目立っている対象、というものは増えるわけなのだけれど……それでも、非人型の使い魔において目立っているのはその三匹、という事実に変わりはない。

 一応、ギーシュの恋人であるモンモンの使い魔が、確かカエルでかつ彼女の属性的に『エリア()』のポジションに当てはめられなくもない存在なわけなのだが……。

 

 

「女の子にカエルは……ねぇ?」

「OCGだとガエルデッキとかもあるし、『美少女×カエル』って括りでも閃乱カグラとかあるけどな」

「そこははっきりと『モンモンの影が薄い』って言ってやれよ」

「……真月化してるからって、なんでもかんでも許されると思ったら間違いだよサイト」

「……オーケー、口が滑ったってことで見逃してくれないか?」

「帰ったらなにか奢りで」

「……りょーかい」

 

 

 女の子にカエル……という絵面が、一部のキャラクターを除いて不適切みたいなものであるということに気付いた私は、思わず天を仰ぐ羽目になったわけなのでしたとさ。

 ……モンモンって、原作でもあんまり扱いよくないよね……なんてことを思わなかったわけでもないが、口に出すか否かは雲泥の差。……というわけで、迂闊にも口を滑らせたサイトはあとで罰ゲームである。

 

 まぁ、ここのモンモンに関しては『ギーシュラブコメ編』のメインヒロインと化しているので、目立たないなんて評とは無縁も無縁なのだが。

 ……え?メインヒロインの金髪枠は、読者人気微妙な予感がする?いや、どこのヤクザラブコメですかねそれ。キムチはノーセンキューですよ?*12

 

 ともあれ、ここでも『四』という数字が絡んでいる辺り、どうにも『四』という数字はこのハルケギニアにおいて、治安や特定のグループにおける構成人数など、様々な場所で活用されている数字……ということになるらしい。

 

 それゆえ『四天の竜』『四つの四』『霊使い』などのように、色んな『四』を呼び寄せ、呼び寄せ……?

 突然不自然に動きを止めた私に、周囲のみんなが困惑する中。

 私は『四つの四』、というワードに意識を持っていかれていた。

 

 この『四つの四』という言葉、『ゼロの使い魔』においてはグループ内の構成アイテム・人が『四』になる項目が、四つ揃っている(4×4)……ということを示す言葉である。

 国宝である『始祖の祈祷書』などを指す『始祖の秘宝』に、『ガンダールヴ』などを含む『始祖の使い魔』。

 様々な色を持った『始祖のルビー』に、それから四人の『虚無の担い手』。

 これらの『四つの四』が揃う時、虚無は真の力を発揮する……みたいな話があるわけなのだが、わけなのだが……?

 

 

「……四天の龍、四霊使い。一つ欠けた『覇王龍』に、一人欠けた霊使い。……いやいや、いやいやいや……?」

「……え、どうしたのこの人?」

「あー、気にしないで。とりあえず色々考えている、ってだけだろうし」

 

 

 外野があれこれ言っているが、私としてはそれどころではない。

 

 以前、私が冗談めかして「私も『我らが一つに』する羽目になるんじゃ?」みたいなことを言ったことがある、ということを覚えているだろうか?

 それを踏まえて、私の周りのことを見てみると。……今の私はシルファなので現状としては外れているけれど、本来ならばキーア・ビジュー・キリアと、私と同じ顔の人物……というのは()()()()()()()()()、ということになるわけで。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()──。

 この状況の不可解さが、私の脳裏に警鐘を鳴らしている気がしてならないのである。なにか、なにかを見逃しているのではないかと。

 

 ──そう、本人に悪意はなくとも。

 それを悪用する誰かが居るのであれば、善意もまた人に牙を剥くこともある……という、一つの真理を見逃しているような──。

 

 

「えっと……シルファ、ちゃん?でいいのかな?……んもー!一人で唸ってちゃわからないよー!」

「あ、ああ。ごめんねココアちゃ」

「え、また固まっちゃった!?」

 

 

 そんな私を心配したように、ココアちゃんがこちらに声を掛けてくるのだが……私はここで、とあることに気が付いてしまうのだった。

 そう、それは。

 

 

「──ヒータちゃんっ、ペガサスさんには変身しないで」

「はい?」

 

 

 ──今この場に居る()()()()()()が、丁度三人と四人の狭間にある、ということに。

 

 

*1
『このカード名のカードは一ターンに一枚しか発動できない。①:デッキから儀式魔法カード一枚を選び、さらにその儀式魔法カードにカード名が記された儀式モンスター一体(いったい)を自分のデッキ・墓地から選ぶ。そのカード二枚を手札に加える』……え、違う?

*2
作品の作り方の一つ。小さな物事が大きな物事に発展していくという点で『セカイ系』などが近いか

*3
もしくは地域・範囲。広さに関係なく特定の区域を示す言葉、としてはもっとも一般的な語なのだとか。また、面積の意味も持っている

*4
『遊戯王OCG』のカードの一つ。いわゆる『霊使い』と呼ばれるカードの中でも、特に初期に登場した『四霊使い』(光と闇を除く、地・火・風・水の霊使いのこと)に含まれるカードの一枚で、青髪ロングの女の子。基本的には自身の属性や効果の及ぶ属性が違うだけで、効果そのものはほぼ共通というカードが多い。……多い、というように微妙に効果の違うカードも存在する(『霊媒師』系。なお2022年07月現在、風と地しか存在しておらず、そもそも風と地の登場時期におよそ二年半近いずれがある(2020年01月/2022年4月)。一番最初の『四霊使い』が同じパック出身なだけに、随分とずれたなぁと思わざるをえない。……まぁ、それに関してはリンク版の方も同じなのだが)。なお、名前の由来は『水瓶座(Aquarius)』(アク『エリア』ス。他が『ヒート(ヒータ)』『アース(アウス)』『ウインド(ウィン)』とわかりやすいのに比べて、ちょっとお洒落な感じ)

*5
347話参照。なお次点は同じ品質区分(極美品)かつ同じサイトでの『蒼翠の風霊使いウィン』で、価格は50万円ほど

*6
販売価格で見るに、人気順はエリア≒ウィン>ヒータ>アウス、と言った感じだと思われる。闇担当のダルクは男の子なので判定が難しく、光担当のライナは更に難しい(なんとなくエリアとウィンの間くらい?)。……最近地霊媒師となり、ナイスバディなスパッツ眼鏡っ娘であることが注目されたアウスも、もうちょっと人気になってもいいんじゃないかと思わないでもない

*7
『ガスタの巫女ウィンダ』及び『リチュア・エリアル』のこと。この内『エリアル』の方は、エリアとの関係がどうなっているのか、説明がされたことがない(ウィンダの方はウィンとは姉妹である、と明言されている。……それはそれで『四霊使い』達の世界が、あのとにかく滅びかけることで有名なデュエルターミナル世界と同一かも……ということを示唆することになるので、色々紛糾したみたいだが)

*8
一応、同時期の担当属性のモンスターが異形系に近い『ラヴァル』と『ジェムナイト』であった為、人型の彼らを出し辛かったという面も有るのかもしれない。……え?『ラヴァル』側は三姉妹とか普通の人っぽいのも居た?

*9
『ヴェルダンデ』はギーシュの使い魔の『ジャイアントモール(巨大モグラ)』。効果な宝石の匂いが好きなのだとか。……食べるのだろうか?

*10
別に聞かれなかったし、あの時のお姉さまにそのお話をしても、多分意味がわからないだろうと思ったから特に言わなかったのねー

*11
『ウィン』にはどことなく大人しそうなのイメージがあり、天然かつ破天荒気味なシルフィードには似合わないような、の意味。逆にいうとちょっと破天荒なウィンが生まれてしまった、ということでもある。……ん?破天荒……吹き荒れる……うっ、頭が!

*12
『ニセコイ』のこと。『キスしてもいい?』を『キムチでもいい?』と聞き間違えたという主人公の鈍感さは、これからも語り継がれていくことであろう……



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破滅はいつでもそこで手を振っている

「……あ、あぶねー!!?これ気が付かなかったら酷いことになってたやつだ!?」

「えっ、えっ」

「……シルファちゃんが壊れちゃった!?」

「さりげなくしつれーい。でもシルファん許しちゃう☆なにせココアちゃんが気付かせてくれたんだからね☆」

「……いや、ホントに大丈夫かこやつ」

 

 

 自分達が先ほどまで、破滅の一歩手前くらいの位置でタップダンス*1をしていた、ということに気が付いてしまった私はSANチェックです☆

 ……というのは半分冗談だが、ともあれ危機回避に成功した私はまさに有頂天、シルファとしての体面が思わず崩れるほどに上機嫌となっていたのであった。……まぁ、あんまりはしゃぐとあれだな、と気が付いてすぐにしゅん……、となったのだが。

 

 

「うわぁ!?急に落ち着くなぁ!?」*2

「酷い言われようである。でも君達も、私の推理を聞けば似たようなことになると思うよ?」

「は?推理?」

 

 

 とはいえ、私がこうなった理由について聞けば、恐らくみんなも似たようなテンションとなるだろうことは確実。

 ゆえに、私は特に慌てた様子もなく、自身がなにに気が付いたのかを説明するのであった。

 

 

「つまり!このまま単にエリアちゃんを見付けていた場合、世界は滅んでいたんだよ!!」

「「「な、なんだってー!?」」」

 

 

 ……みんなの反応がお約束めいたモノなのは、まぁいつものことである。

 

 

 

 

 

 

「私はそっちの事情をよく知らないから、何故そんな結論になるのかわからないけど……確証は?」

「ふむ。まずそれを語る前に、このハルケギニアに伝わる伝説のようなモノ──『四つの四』について理解する必要がある。少し長くなるぞ」

(何故にサム8……?)

 

 

 この一行の中では唯一、なりきりとはなんの関係もないタバサが、よくわからないとばかりに小首を傾げている。

 ……まぁ、他の面々は『ゼロの使い魔』という作品について知っているため、『四つのなにかが四つ揃う』という状況の意味について、なんとなくは理解してくれたわけだが……ある意味では作中人物である彼女が知らない、というのは無理もない。

 

 なので、改めて前提条件のおさらい、ということになるわけだが……。『ゼロの使い魔』という作品において、『四』という数字はとかく象徴的なものである。*3

 始祖が残した秘宝達は四つ、祈祷書・円鏡・香炉・オルゴールであるし、始祖の血から作られたというルビーも、風・水・炎・土の四種である。

 

 虚無の使い魔達も四人であるし、虚無の担い手達も始祖ブリミルの息子とその弟子の計四人、それらの血筋を引くもの達が、その資格を持っていると聞く。

 さらにさらに、それらの担い手足りうる者達が国を興したこともあり、作中において象徴的な国は四つ存在している。……まぁ、一つは作中で滅びてしまううえに、新興国などもあるので明確に四つだけが目立つ、というわけでもないのだが。

 

 それはともかくとして、魔法の系統も風・水・火・土の四種が基本であり、個人で重ねられる属性の数も四種(スクウェア)が最大値となっている……という風に、この世界には『四』に纏わる様々な物事が転がっているわけで。

 そのため、()()()()()()()()()()()()()()が、四×四という形で揃うというのは、こちらが思っている以上に意味のあるものとして、この世界では扱われてしまうのである。

 

 では、ここで話を戻して。

 先ほどの一足りない云々の話をしていこう。

 

 まず始めに、ズァーク君について。

 彼が始めにハルケギニアに現れたのは、私……もといビジューちゃんが、虚無に目覚めるための障害としてである。

 

 彼が選ばれた理由は、アニメ版でのラスボスである『エンシェント・ドラゴン』の代役、という面が強いのだろうが……それ以上に、彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()である、というその性質がこのハルケギニアにおいて強く意味を持つものであったから、ということの方が強いだろうと思われる。

 ──すなわち、この世界にとって()()()()()()()()()だったのだ、彼は。

 

 それは裏を返せば、『ゼロの使い魔』原作は一つの『四』という枠内で争っていた話だったのが、こちらでは味方側の『四』と敵側の『四』の対決となりうる可能性を示していた……ということでもある。

 まぁ、示したのはあくまでも可能性であり、その時点では結実する気配も見せていなかったわけだが……。

 

 続いて示すのは、キーアという存在について。

 ハルケギニアにキリアは来ていないものの、地球とハルケギニアが行き来可能となった以上、この世に同じ顔が三人居る……という状況になったことは間違いない。

 そして、この『同じ顔が三人居る』と言うのは、実は別の()に繋がりうるものでもある。いわゆるドッペルゲンガー……この世界に自分と同じ顔の人間は三人居る、というアレだ。*4

 これは、厳密には『自分を除いて』であるため、他者から見た場合には()()()()()()()()ということになる。……まるでズァーク君が別れた結果、遊矢・ユート・ユーゴ・ユーリと同じ顔が四つ並ぶことになったように。

 

 そして三つ目が、今私たちの前に居るヒータちゃん。……いわゆる四霊使いである。

 彼女が自分で言っていた通り、今の彼女達はエリアちゃんを欠いているため、三人しか存在していない。

 

 ──そう、ここまで言えばもうわかるだろうが。

 今の私たちの状況とは、一つ欠けた(三つある)モノが、三つ集まって(一つ欠けて)いるのである。

 

 ズァーク君が求めている、『覇王龍』幻の四番目に、同じ顔の原理において、存在してもおかしくない第四のキーア顔。

 そして、行方の知れない四霊使い最後の一人・エリアちゃん。

 もし仮に、この内の一つでも埋まる(四つ揃う)ようなことになったとすれば──。

 

 

「まるでそうなることが決まっていたかのように、他の三つも四つに埋まり、その結果として今はまだ影も形もない、()()()()()が成立させられるのかもしれない……というわけさ」

「はぁ、謎の……四番目?」

 

 

 実態の掴めない、四つ目のなにか。

 それが、こちらの意図しないままに成立する可能性というものが、私が警戒しているものの正体なのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ、とはいえ世界が滅ぶ、というのは言い過ぎというやつではないのかのぅ?」

「いいや?そうとも言いきれない。さっきも言ったが、ハルケギニアにおいて『四』という数字は、とかく意味のあるものだ。──虚無に関する『四』が善側であるとするのならば、私達が成立させかけていたモノは恐らく悪側の『四』となりうるものだろう」

「……まぁ、お誂え向きに『ズァーク』っていう、ラスボスだった奴が関わってるからなぁ」

「む、我に責任の所在を求められても困るのだが?」

「落ち着いてズァーク、誰もお前を責めたりはしてないから……」

 

 

 そこまで語ったところで、ミラちゃんから飛んで来た疑問は、『流石に滅ぶ云々は杞憂なのでは?』というもの。

 

 ……私としても、できれば杞憂であってほしいモノなのだが、これに関してはどうにも警戒は怠るべきではない、という風に自身の勘が告げているため、どうにも気を抜けない感じなのである。

 サイトが言うように、ズァーク君が関わっているというのも問題だ。……彼がラスボスだったから、というのも確かに間違いではないのだが、ここでは彼のもう一つの属性・『主人公だがラスボス』の方が問題となる。

 

 

「と、言いますと……?」

「虚無側が善だとするのならば、一人だけ悪にも善にも属しているポジションの人物が居る、ということに気が付かないかな?」

「……あー!?ビジューちゃん!?」

「その通り」

 

 

 首を傾げるはるかさんに、逆に尋ね返す私。

 その答えに気付いたのはココアちゃんの方で──彼女の発言に言う通り、ビジューちゃんはこの『四』対『四』の構図において、その双方に在籍する形となる人物になってしまっている。

 

 それはすなわち、属性的には(主人公)にして(ラスボス)と言い換えてしまっても問題ないものとも言える。……彼女の悪側の立場が、()()()()()()()()()()()()()()()()と言うものだから、なおのこと。

 さらにはその属性を、ズァーク君が肯定してしまうのだ。──同じ顔が四人揃えば、ラスボスが降臨する。しかもその四人の内の一人は、主人公なのであった……という、彼の登場作品の終盤の展開によって。

 

 これはもう、間違っても私達と同じ顔を四人にしてはいけない、という論拠の証拠と言ってもおかしくはなく。

 ゆえに、警戒のし過ぎだなんてことはあり得ない、という私の直感を信じる理由にもなってしまっているわけなのである。

 

 

「じゃあ、ヒータちゃんにペガサスさんになるのは止めた方がいい、って言ったのは……?」

「先の三つのうち、一番揃えやすいのは実際に『居る』ことが、半ば確約されているエリアちゃんだ。他の二つは、予定のない『覇王青龍』に、居るかもしれない程度の『四人目のキーア』であり、本来ならば警戒には値しない。……だがこれは、『四』という数字が殊更に力を持つこのハルケギニアにおいて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という前提によって成り立つ警戒だ。──ということは、だ。デュエリストが四人になる、は半ばこじつけの理論だが……この『四』の手前──崖の淵に手を掛けているような状況で、大枠の『四』を成立させうる状態と言うのは、小枠の『四』に連鎖しうるモノである、と考えるのはそうおかしなことではないとは思わない?」

 

 

 小さな『四』が三つ揃えば、新たに小さな『四』が一つ加算され、大きな『四』となるかもしれない……というのが、エリアちゃんを探すのは待った方がいい、という話の理由。

 そして大きな『四』が先に成立して、構成要素の小さな『四』──一つ足りないモノ達が勝手に埋まるかもしれない、と危惧したのが、ヒータちゃんをペガサス氏に変身させない方がよい、という理由となる。

 

 ……まぁ、後者に関してはヒータちゃんもデュエリストと扱えなくもない辺り、若干理由としては薄いわけだが……現状控えた方がよい、というのは確かだろう。──なにを以て『四』が四つ揃ったのか、と判断されるのかわからない以上、この場では慎重さが求められるのは間違いないのだから。

 

 そんなことを私は──ヒトカゲとヒータが重なっているために、『一と半(1.5)』人分と言い換えてもよさそうな彼女を見ながら伝えるのであった。*5

 

 

*1
靴で床を踏み鳴ら(タップ)しながら踊るダンスのこと。タップスと呼ばれる金属板を、踵と爪先に付けた靴で行うモノが正式なモノだが、単に音を出すだけなら普通の靴でもできなくはない。元々は南米に源流を持つダンスだとされる

*2
『DEATH NOTE』のコラ画像の一つ。正確には『うわぁ!いきなり落ち着くな!』。1コマめのライトが叫んでいるところは台詞のみのコラだが、真顔のライトと上記の言葉を喋っている父の二コマは、あとから付け加えられたものである。大体2008年前後に生まれたコラネタ、ということになるらしい

*3
なお象徴的な意味を持たない数字を探す方が難しい模様(一や二は言わずもがな、三賢人や四天王などなど、なにかしらの象徴となりうる数字というのは結構な数存在している)

*4
なおこの『同じ顔は三人』云々、地域差があるらしく場所によっては『七人』などの大人数になっていることもあるそうな

*5
要するにあと0.5人分揃えば『4』になりそう、の意味。他、『覇王龍』も『烈龍』が、『キーア』に関しても彼女自身が大小の変身ができるということで、『1.5』人分と言えなくもない



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一先ずの結末、続きはまた次回にて(次回っていつさ)

「で?結局ここからどうするんだ?」

「うーむ、とりあえずヒータちゃん達に関しては、エリアちゃんの捜索は一先ず諦めて貰う……ってことになるかな?」

「えーっ!?」

 

 

 特定のなにかを四つ揃える、ということがこのハルケギニアにおいては危険であるとなんとなく理解した私達は、一先ずヒータちゃんが起こしていた騒動、およびその目的については諦めて貰うしかない、ということを伝えたわけなのだが……。

 ご覧の通り、ヒータちゃんから返ってきたのは不満の言葉。……四人揃っていないと調子が狂う、みたいなところがあるというここの彼女達からしてみれば、そういった不満が出るのは仕方のないところもあるわけなのだが。

 

 

「別に貴方達も、ハルケギニアを滅ぼしてまで一緒にいたい……ってわけでもないだろう?……いやまぁ、さっきの危惧が全て本当に起こるものであるのならば、ハルケギニアどころか地球・下手すると宇宙ごと崩壊しかねないわけなのだけれども」*1

「……ぬぅ、そう言われると弱いな……」

 

 

 その思いを推し進めた先に、世界の滅びが待っているかも知れないと言われれば、流石に躊躇をしてしまうようで。

 彼女は渋々といった風に、こちらの要求を飲み込むことになったのであった。

 ……今回の『四もどき』達の中では、一番揃えられる可能性のあったものであるがゆえに、こうして(一時的な棚上げとはいえ)諦めさせることができて、ある意味ひと安心といった心境の私達である。

 

 

「……む、これはもしかして、我も『青龍』を諦めろと言われる予感……!?」

「そりゃそうでしょ」

「聞けてよかった」

「ええい、なにもよくないわ!!」*2

 

 

 その横では、今気付いたとばかりに愕然とした声をあげるズァーク君と、それをからかうように声をあげる男子二人の姿が。……当初は色々あったものの、すっかり仲良しさんな感じの三人である。

 

 

「……そういえば、サイトが真月になったのって、ヒータちゃんのせい?」

「ん、んん?……えーと、どうだろ。向こうで起こす事件に関しては、分身達に一任してたからなー」

 

 

 と、そんな三人をほのぼのと眺めていたところ、結局今回の騒動の起点の一つ──サイトの変貌を引き起こしたのが誰だったのか、という疑問を思い出してしまった私。

 とりあえず目の前のヒータちゃんに、貴方が犯人ですか?……と問いかけてみたものの、返ってきたのは微妙な反応。

 ……彼女の使っているのは、ポケモン由来の『かげぶんしん』であるため、『NARUTO』みたいに分身を解除しても知識が本体にフィードバックされたりはしないらしい。*3

 

 それゆえ、実際に分身側から報告のされていない、現地で分身達のやっていたことというのは、彼女にはわからないようで。

 ……結果、サイトの変質の原因が彼女にあるのか、という問題は有耶無耶になってしまったのだった。

 

 

「……あれ?ってことは、俺ってばずっとこのまんま……?!」

「元々サイトの上に被さってたナポレオンの要素を、どうにかして別枠にしようとしたら()()()こうなった、ってやつだからねぇ。……さらに別枠にしようとする、ってのはちょっと難しいだろうね」

 

 

 その言葉を聞いたサイトは、ズァーク君達と話していたことすら忘れて、マジかよ……みたいな表情で肩を落としている。元々彼が今回の案件に乗り気だったのも、裏を返せばもとに戻るためのものであったがゆえに、落胆も一入(ひとしお)*4、ということだろう。

 

 ……こうなると、ほぼほぼ失敗する気しかしない『バリアルフォーゼ』を試すしか……?と声をかけてみたが、『仮に成功しても、ロケットみたいな奴に変身する気しかしない』と、すげなく断られてしまうのだった。……ああうん、そういえばどっちも『変身(メタモルフォーゼ)』を捩った名前でしたね……。*5

 

 そんなこんなで、ようやっと和やかな終わりを迎えようとしていた私達であったのだが。……そういえばもう一つ、この事件に関して解決しておくべき事項があった、ということに気が付いた私である。

 

 

「と、言いますと?」

「ナルト君のこと。……これも幽霊騒動云々からの地続きの話だったとすると、ヒータちゃんがどうにかしてくれれば戻れるのかも、って話」

「……あー、そういえば今のナルトの姿はあとから変身したもんで、元々は一般人に狐耳が付いたようなもの、だったんだっけか?」

 

 

 その事項とは、ナルト君のことについて。

 彼は元々、単なる一般人の少年に狐耳が付いた状態で森を駆けていたのが、私達に捕まったことで()()()()ナルト君に変じた存在である。

 その変化の起因となった、()()()()

 これは、彼女が呼び寄せたもの、もしくは彼女の分身が変じたものだったのか?

 ……そういう疑問を、今しがた思い出したと言うわけである。

 

 なお、その問いかけに対する彼女の反応はと言うと、さっきの話からわかる通り……。

 

 

()()()()()、かぁ」

「まぁ、分身達がなにをしていたのか、まで把握していなかったからこそのあの展開規模だった……ってところもあるみたいだからねぇ」

 

 

 ──無論、わからない。

 分身達の行動は、全て現地判断に任せていたからこそ、彼女は自身に負担を持ち込ませずに今回の事態を引き起こせたわけであるのだから、勿論地球での分身達の動き、なんてものに心当たりがあるはずもなく。

 

 ……というか、一応ポケモン由来の『かげぶんしん』のはずなのに、こうして地球であれこれできていた辺り、『別天神』の性能のヤバさを感じざるを得ないというか。

 術の上から術をかけられる、って時点でおかしいのは確かなのだが、それにしたってチートだよこれ、みたいな?*6

 

 ……まぁ、本来ならバカほどチャクラを食う『別天神』を、幾ら規模が小さくなっているとはいえ数えきれないような数に発動している、という時点で意味がわからないのだが。

 と、思っていたのだが、それもまた厳密には違うようで。

 

 

「順番的には、二匹が融合して魔眼持ちペガサスになり、自分自身に『お前はNARUTOの術が使える』って『別天神』をかけて、そのあとに『かげぶんしん』を付与した、と?」

 

 

 こちらの確認の言葉に、こくりと頷く彼女。

 

 姿の偽装に『別天神』が使われていた、というのはちょっと文章がはしょられており*7、正確には『別天神』によって自身を忍者と誤認させ、さらには『かげぶんしん』を付与することでその幻覚を確かなモノとした……ということになるらしい。

 

 つまり、姿の誤認に使われていたのは、正真正銘『忍術』だった、ということになるようだ。……仙術系の技能で見破れたのも、それが自然エネルギーによる変化だったため、ということになるらしい。

 

 負担云々も、分身達には仙術的な自然エネルギーの変換能力がもたらされていたようで、つまるところこれらの規模が小さかったのは、そもそも最初に『かげぶんしん』をする前に『別天神』を使うだけのチャクラの捻出に()()()困っていたから、というところが本当のところになるようだ。

 ……まぁ、話だけ聞いていても、『かげぶんしん』に『別天神』を同時起動、の時点でチャクラ切れを起こしてもおかしくないくらいだし、さもありなん。*8

 

 

「……うーん、なんとなく私由来のような気もするし、違うような気もするような……?」

 

 

 直接ナルト君に触れて、その力の由来を辿ってみたヒータちゃんだが、出てきたのはそんな感想。……あとから変質しているせいで、大本を辿り辛くなっているということだろうか?

 まぁ、もう分身を維持する必要もないのだし、それを解除すればわかるだろう……みたいな感じで、直接確認することはすぐに諦めてしまったわけなのだが。……だいぶいい加減だな、この子。

 

 そんなこちらからの揶揄に、「うっさい」と述べた彼女は、そのまま分身を解除したらしいのだが。……うん、変化はないね、一切。

 

 

「ん、んんー?どうなんだろ、ホントに私と関係ないのかなこれ……?」

「その様子だと、ホントなら元に戻ってそうだったと?」

「多分……」

 

 

 頭を掻きながらナルト君を見つめるヒータちゃんからは、なんともいえない困惑の感情が見える。……察するに、自分に関係しているという気配はあれど、それが自分由来ではなさそう、ということに困惑している、みたいな感じだろうか?

 ともあれ、この場ではこれ以上の対処も難しい。あとは郷に戻って琥珀さんに見て貰うしか……って、

 

 

「……そういえば、郷の方の騒動はどうなったんだろう?」

「「「……あ」」」

 

 

 帰ると言うものの、そういえば郷は今、なにかしらのトラブルに巻き込まれてるんじゃ?と思い至る私達。

 

 そうして次の行動に困った私達の元に、小さな火の鳥(フォークス)が現れ。

 私達はそれに導かれるまま、魔法学院へと向かうことになるのであった。

 

 

*1
四つ揃うと滅ぶ……消える……つまり『オワニモ』ね!

*2
『FINAL FANTASY ⅩⅤ』より、例のアレ。こちらは用法的にギャグ味が強いが。……え?これでこの言葉の解説も三回目……?!

*3
以前説明したように、本来『かげぶんしん』は速度による撹乱である。寧ろそれに実体があるように見せかけて、あまつさえ報告手段まで付与している『別天神』がおかしいのである

*4
一際、一層という意味の言葉。元々は染め物を染料に浸ける回数のことで、二回浸けると『再入(ふたしお)』となる。なお、『一塩』ではない

*5
『仮面ライダーフォーゼ』のこと。高校生ライダーであり、宇宙飛行士ライダー。名前の『フォーゼ』の由来は、仮面ライダー生誕40th記念作であったことからの『フォー(4)ゼロ(0)』、ライダーベルトに4つのスイッチをセットすることからの『4つ(フォー)のスイッチ』、そしてキーアの述べている『メタモル()()()()』の言葉を由来としている、とされている

*6
『NARUTO』作中にて。『穢土転生』の上から洗脳してしまっている為、既に効力を発揮している術の上から別の術の影響を与えている、ということになる。『穢土転生』そのものに、ある程度被術者の行動を縛る効果があるので、言うなれば『洗脳の上から洗脳している』という風にも受け取れてしまう

*7
『はしょる』とは、話を省いて手短にまとめること、その行為を指す言葉で、漢字で書くと『端折る』。元々は着物の裾(≒端)を折って帯に挟み、丈を短くすることを意味する言葉。帯に挟むことから分かる通り、上着部分の着物の裾が、昔は膝辺りまで伸びていたことから生まれたモノ、だとされている(動きの阻害をするので、度々裾を捲り上げていたので、それならいっそ帯に挟んでしまえ、となったとかなんとか)

*8
正確に説明すると、①:まずペガサスとカラスが融合。左目が『万華鏡写輪眼』なペガサスになる②:そのままペガサス自身に『別天神』。『自分は忍者なので忍術やそれに由来する技能が使えますよー』と思い込ませる(この時点でバカみたいにチャクラを食う)③:本体であるヒータが、ペガサスに『かげぶんしん』の使用許可を付与。②での思い込みにより、『かげぶんしん』が『影分身』にレベルアップ(偽)④:ペガサスが『影分身』を発動。そのままゲートを使って地球に突入。姿に関しては、そのまま『忍術』で透明化。そもそもが二匹の融合状態である彼らは、そのまま目となっているカラスが『仙術チャクラ(自然エネルギー)』を練る役となり、分身の維持はそのまま分身達のエネルギーを使って行われるようになった。なお、構造に無理がある為大したチャクラは練れておらず、基本的には自身の姿の誤認・透明化と、定期連絡用の通信忍術分のチャクラ的な余裕しかない。大したことが起こせていなかったのも、基本的には『動き回る』以外の手段を取れなかった為。エリアを探すのが一番の目的であった為、それでも構わなかったという面が強い




次回から幕間いきまーす。


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幕間・一方その頃、盾の少女

 せんぱいが郷を出て、五条さん達のお手伝いを始めた初日のこと。

 私、マシュ・キリエライトは、郷の訓練施設の一画にて、シャナさんと模擬戦を行っていたのでした。

 

 

「……今日のマシュ、少しぴりぴりしてる?」

「え゛。……い、いえ。そんなことは、ありま()んよ……?」

「……言葉に動揺がでてるわよ、貴方」

 

 

 打ち合いを一時止め、話し掛けて来たシャナさんが述べたのはそんな言葉。……思わず即座に否定してしまいましたが……少しストレスを感じている、というのは決して間違いではないのです。

 

 

「ストレス?……というと、キーアのこと?」

「……今回の一件が、殊更に広範囲で騒動が起きていること。それを理由に、最高戦力としてピックアップされた私達は、郷の中での待機を命じられました」

 

 

 命じたと言いましたが、その実『お願い』という方が正しかったその辞令。……もしも八雲さんが、自身の赴いたことのある場所にしかスキマを開けないという制限がなければ、そういった要請をする必要もなかったのに……と自分自身で仰っていらっしゃった以上、私達がそれを無視するのは道理に合わず。

 結果、『お願い』でありながら相応の強制力を持ってしまったその辞令を、私達は守らざるを得ず。

 

 ……逆に言えば、私達を除く『動くことができる』人員、そのほとんどを動員して行われている今回の対処達は、なりきり郷始まって以来の大規模作戦、と言い換えてもよいものでもあったわけで。

 

 

「……で、現状最高戦力からは外れているキーアは、普通に外行き組に割り振られていた……と」

「より正確に言えば、はるかさん経由での協力要請、ですね。せんぱい自身には要請はなく、そもそもそんなものがあったこと自体をご存じではないはずですから」

「まぁ、あの小ささと、()()じゃあねぇ」

 

 

 こちらの言葉に、はぁとため息を吐くシャナさん。

 その視線を追った先にいらっしゃるのは、この模擬戦を見学したいと申し出た──、

 

 

「……おや、美少女二人が私に視線を送ってくる。これはあれかな、混ざってきゃいきゃいしろってことかな?」

「誰もそんなことは言ってません」

「わぉ、辛辣。……いや冗談だから、そんな睨まないで頂戴な」

 

 

 せんぱいと同じ顔をしているけれど、せんぱいとは別の存在。……そう、せんぱいが小さくなってしまわれた最大の理由、キリアさんの姿があったのでした。

 

 

 

 

 

 

 ふぅむ、と顎に手を置きながら、考えること数瞬。

 ……考えるまでもなく威嚇されてるなと思い至りながら、笑みを浮かべる私ことキリアなのです。

 

 思考を読んだりはしていないけれど、むっとした彼女の表情から、彼女が愛しのせんぱい(私の娘)について思いを馳せていた、というのはなんとなく察せられるわけで。

 ……果報者と呼ぶべきか、はたまた優柔不断と言うべきか。ともあれ、こうやって相手をやきもきさせるだけの時間を生み出してしまう彼女と、その理由に()()()()使()()()()()()自身の境遇に、小さく涙すること暫し。……いやまぁ、別に哀しみからの涙ではなく、『大きくなっちゃってまぁ、母ちゃん嬉しいっ』的な喜びの涙なのだけれど。

 

 ──雑に言えば面白いのでオールオッケー、ってことね。

 

 

「……なにか酷いこと考えてない?貴方」

「おや目敏い。実はエスパー?それともゲスパー?」*1

「わかったから、ゲスパーはやめて。……なりきり相手には最悪の侮辱よ、それ」

「おおっと」

 

 

 なお、そうやってニコニコしていたら、横の炎髪さん──シャナちゃんに呆れたような視線を向けられたのだけれど。

 にしても……下衆の勘繰り*2はなりきり相手にはご法度、ねぇ?

 

 

「探られたくもないのか、はたまた痛くもないのか。どっちにせよ、人格(キャラ)を纏う貴方達にとってはイヤなもの、というのはわからないでもないわねぇ」

「……貴方って、基本煙に巻こうとするわよね」

「親子揃って?」

「そうそう親子揃って……って、別に親子でもないでしょ、貴方達」

「…………?」

「そこで不思議そうな顔を返されても困るのだけれど」

 

 

 はぁ、ともう一つため息を吐くシャナちゃんである。……マシュちゃんの気分転換に付き合わされているうえ、私みたいなのにまで絡まれているのでうんざりしてる、みたいな感じなのかしら?

 

 

「なるほど、じゃあ幼年期の終わりを迎え」*3

「ないわよ、やらないわよ。……それ、要するにこの世界の終わりなんでしょ?キーアから聞いてるわよ」

「むぅ、わがままな娘達ー」

「ナチュラルに私まで娘にしようとしないでくれる?」

「…………?」

「このくだりさっきもやったんだけど!?」

 

 

 なるほど、これぞ天丼。*4

 そんなにうんざりしてるなら、私の屍を越えてくれてもいいのに*5、というこちらの主張は、あまりにすげなくシャナちゃんには断られてしまうのでしたとさ。どっとはらい。*6

 

 

 

 

 

 

「あ、シャナちゃんちょうどよかった。マシュちゃん居る……って、げっ」

「げっ、はちょっとご挨拶じゃないかしら、八雲紫さん?」

「そりゃ言うでしょ、なにが悲しくてビーストの同類に友好的にできるってのよ!」

「じゃあやっぱり私を倒すしか……」

「それも後免だって言ってるでしょうが!!」

「えー、この娘達我が儘しか言わなーい」

「……もうやだこの偽母親(バカ)……!」

 

 

 そうしてぐだぐだと話している最中に、スキマを開いて現れたのは、ここの責任者である紫ちゃん。

 こちらもこちらで、他の娘達同様にこちらへはつんけんとした*7態度を取っているけど……そこまで嫌がるのなら私の屍を云々、という話はやっぱり断られる。……おのれ我が娘一号(キーア)

 

 まぁ、今の世界を崩したくないのであれば、それもまあ已む無しでしょうけど。

 ……とけろっとした顔を見せれば、彼女達は一様に困ったような顔をするのでした。楽しみ。

 

 

「無敵なのかしらこの人……」

「負けたくて仕方がない、とのことでしたので……」

「性質が凶悪過ぎるわよ、まともに取り合うだけ損でしかないわ」

「……仲が良くて宜しいことだけれど、紫ちゃんはなにか用事があったんじゃないのかしら?」

「え?……あ、ああそうだった。ちょっとお手伝いして貰っても構わないかしら、マシュちゃん?」

「は、はい?私に……ですか?」

 

 

 ……まぁ、こうして私が空気を乱すせいで、話が滞るのもいつものこと。

 仕方ないので軌道修正のために声をかければ、紫ちゃんははっとしたようにマシュちゃんへと声をかけていたのです。で、その内容というのが……。

 

 

「実験の際に起こるかもしれない、被害の最小化のための人員……まぁ確かに、盾兵(シールダー)としては最適な仕事、というわけかもしれないわねぇ」

「……あの、何故キリアさんまで同行していらっしゃるのでしょうか……?」

「なんでって、そんなのキーアちゃんに頼まれたからに決まってるでしょう?『私の代わりに、マシュを見てて』って。可愛い娘の頼みだし、断る理由もなし……ってこと。まぁ私からしてみれば、みんな娘と息子みたいなものなのだけれどね?」

せんぱい……っ!

 

 

 道すがら、彼女の背を追うように歩きながら呟く私。

 なんでも、例の科学者さん──琥珀ちゃんがとある実験を行うので、その後詰めを任せるために彼女を呼んだ、というのが紫ちゃんの要件。

 私はといえば、それを見るために同行している……という次第。

 

 ()()()()()()()()()()、というお願いだったら、私も断っていたでしょうけど。

 キーアちゃんが頼んでいたのは、あくまでもマシュちゃんを()()()こと。……私の行動原理的にも、特に抵触しないので快く了承した、ということなのであった。

 まぁ、娘らしく可愛らしくお願いしてきたキーアちゃんがかわい……おもしろ……真剣だったから聞いてあげた、というところも大きいのだけれど。

 

 なおそのことを()()()()(大嘘)口を滑らせてマシュちゃんに教えてあげたところ、彼女はキーアちゃんからのお願いであることへの喜びと、私が付いてくるという煩わしさの間に挟まれて、幸とも苦とも付かぬ表情で苦悶していたのでした。

 ……まぁすぐに立ち直って、「その時の画像とかあれば」とこちらに声をかけてきたのだけれど。

 無論娘のお願いには弱い私なので、動画入りのUSBを渡してあげたのでしたとさ。……でもガッツポーズで喜ぶのはどうかと思うわよ、私。

 

 キャラ崩壊気味というか、二次創作の彼女みたいというか。

 まぁともかく、自身の行動が随分と()()であることに気付いた彼女は、頬を赤らめながら咳払いを一つすると、こちらへの敵愾心を抑え、別の話を切り出してきたのでした。

 

 

「ところで……琥珀さんの実験、とのことでしたが。……キリアさんはどう思われます?」

「んー、そうねぇ。……もたらされる結果は人類……は言い過ぎかどうかちょっと迷うけど、ともあれここの人達に確かな福音を与えてくれるとは思うけど。……その過程で起こることに関しては、流石の私も言葉を慎むわね」

「ですよね……」

 

 

 こちらの反応に、がくっと肩を落とすマシュちゃん。

 件の人物、琥珀ちゃんは、このなりきり郷とやらには今や無くてはならない人物となっている。……迂闊に放逐もできない、という意味も含む。

 

 そもそもの話、彼等が『逆憑依』と呼ぶそれは、ある意味で願いの結晶──いわゆる聖杯のようなものが引き起こした、一種の奇跡である。

 見た感じ、この世界の法則の一つとして、基盤の一つとして、すでに組み込まれてしまっているようだけど……それを人の身で解明しようとしている彼女は、ある意味では世界の解体者、と呼んでしまっても過言ではない域にたどり着きつつあるわけで。

 

 私はまぁ、他人事だからこうして冷静に語れるけれど。

 当事者である彼女達からしてみれば、彼女のすることが()()()()()()()()()()、気が気ではないことでしょう。

 ──迂闊に法則の基幹に触れて、世界を滅ぼしかねないと聞けばそうもなるってもの。

 

 まぁ、わりと教養とか理性とかを持っている方の人でもあるので、本当にヤバそうだったら引き返すでしょうけど……それを他人が察する、というのは難しいのも確かな話。

 ついでに言うと、『逆憑依』絡みの問題を解決しようとするのであれば、彼女の協力なしには時間がどれだけかかるのかわからない、ということも大きいでしょう。

 

 結果、彼女は飼い殺しのようにこの場所に縛られながら、それでいて誰よりも自由にこの場所で生きている、ということになるのでしたとさ。……うーん、まさに海賊王。

 

 

「そういえば、ワンピースのキャラってあんまり見ないわね、ここ」

「いきなりなにを仰っているのですか……?」

 

 

 少なくとも私はあったことないわね、とぼやいたところ、マシュちゃんからはその話題の飛びっぷりに困惑されることになるのでしたとさ。うーんいつも通り。

 

 

*1
平たく言えば『下衆の勘繰り』。言葉としての成り立ちは『下衆』と『エスパー』であり、相手の言葉を信じられず、その裏を探ってしまうことを示す言葉。なりきりにおいては、基本的にキャラクターを演じているキャラハン達の現実の姿を揶揄すること、その行為についてを指すこともある。『嘘を嘘と~』という言葉があるが、言うなればなりきりとは『嘘を楽しむ』遊び。疑うことは最初から必要性が薄く、嫌われる行為の一つとなるというわけである

*2
心の卑しい者は、相手の行動をとかく邪推すること、その行為。人の好意を受け入れるには、ある程度心の余裕が必要である、ということでもある。無論、相手の行為が本当に善意からのモノではない、ということもあるので、時と場合によるというやつなのだが

*3
アーサー・C・クラーク氏の長編小説、『幼年期の終り』のこと

*4
ご飯の上に天ぷらを乗せた、いわゆる『どんぶりもの』の一種。また、お笑い用語として『同じ話題やネタ・ボケを繰り返す』ことを意味する言葉としても使われる。天丼に乗っている海老天は基本二本だったから、という説と、浅草フランス座演芸場東洋館にて行われた舞台にて、『天丼の出前が来ない』という台詞が忘れた頃に繰り返されるネタが存在したのでそれが由来、と主張する説があるが、基本的には海老天の説の方が有名である

*5
1999年に発売されたPlayStation用RPGソフト『俺の屍を越えてゆけ』のタイトルから。内容としては朱点童子(酒呑ではない)に呪いをかけられ、わずか二年しか生きられなくなった一族が、神々の力を借りながら鬼の打倒を目指すというもの。『俺の屍』とは、すなわち短命な父のことである

*6
物語の終わりや、モノの数え終わりに述べる言葉。めでたしめでたし。元々は東北地方の方言で、『ありがたい・貴重だ』という意味の『尊かれ』という言葉が変化したものだとされる。要するに、『素晴らしい物語だった』と締める為の言葉だった、ということになるらしい

*7
不機嫌・不親切でとげとげとした態度を表す言葉



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幕間・それは長い一日の幕開け

「おや、これは珍しい。こんにちわですキリアさん」

「はい、こんにちわ琥珀ちゃん。今日はどういう実験をする予定なのかしら?」<

「……なんで私よりもワクワクしてるんです?この人」

「キリアさんからしてみれば、世界の全てが楽しいのだそうで……」

「なんて生きやすい性質(タチ)……!」

 

 

 紫ちゃんのスキマによる移動は、琥珀ちゃんの居住区である隔離塔や凍結塔のある階層(地下千階)においては、使用が制限されている……という、それ何話ぶりの設定?みたいなモノをおさらいしつつ、てくてくと徒歩移動をしていた私達。

 なんでお前がそれを知ってるの?という疑問に関しては『私だから』と答えるとして……ともあれ、今回の主役である琥珀ちゃんとのご対面である。

 

 基本的に人には鬱陶しがられる私だけれど、琥珀ちゃんにはそういうところが少ないので、実はちょっと悲しいキリアさんだったり。……それを口に出したら、「この人めんどくさいです」と真顔で返されたのだけれど。That is right(うん、その通りさ)

 

 

「なにをしても堪えないんですけどー!なんなんですかこの人、無敵なんですかー!?」

「失礼な。私よりも強い人なんて、それこそ掃いて捨てるほど居ると言うのに。無敵なんて称号、烏滸がましすぎない?」

「……自信満々で自身の弱さを主張する人、って中々意味わかんないわよね」

 

 

 まぁ、最近はそういうキャラクターも増えたけど、とため息を吐くシャナちゃんである。……失礼な、私はそんじょそこらの最弱には勝てないほどに最弱なんだぞぅ、と返せば「はいはい」と雑にあしらわれてしまう始末。解せぬ。

 ……こうして遊んでいると、いつまで経っても話が進まないので、いい加減自重する私なのでしたとさ。

 いやさ、別に私としては話が進もうが進むまいが、一向に構わないのだけれどね?

 

 

「だーめーでーすー!!」

「紫ちゃんにこう言われてしまえば、私としてはこう返すしかないわけなのです。──だが断る」

「用法違いでしょ、それ」*1

 

 

 いいえ、それはケフィアです(どっちでも私は喜ぶので間違いじゃないです)*2

 ……ともあれ、大人しく琥珀ちゃんの案内に付いていった私達は、そこで別の人達と邂逅することになるのでした。

 

 

「ええと確か……かようちゃん、で間違いなかったかしら?」

「そうですよー、こんにちわキリアさん。……ええと、キーアさんのお母さん、でいいんだっけ?」

「んまっ!この子よーくわかってるわねいい子ね!ねぇねぇマシュちゃん、この子うちの子にしてもいーい?」

「いやダメですよ!?というかいきなりなにを仰ってるんですか?!」

「ダメよと言われれば隙のうち*3、私はそれを止めません!母ビーム!母ビーム!」

「うわぁっ!?いきなりハジケリストめいたテンションになるの止めて貰えるー!?」

 

 

 そのうちの一人は、かようちゃん。

 見た目は黒い宮内れんげ……みたいな彼女は、(キリア)がこちらに来るきっかけとなった、あの事件に関わりのある人物の一人であるわけなのだけれど。

 その時色々と聞かせていたからなのか、彼女の私への認識は『キーアの母親』というイメージで、なんとなく固まっている様子。……つまりは英才教育完了、というわけね!

 

 まぁそれは裏を返せば、彼女は他の面々よりも遥かに()()への理解度が高い……ということでもあるのだけれど。大人達よりも事情通な子供とはこれ如何に。

 ともあれ、彼女が実験のお手伝いというか、実験の被験者であるというのは間違いないとのこと。……と、言うのも。

 

 

「荷葉さんは『逆憑依』という事象の根幹に、一番近い位置に居らっしゃる存在ですからねぇ」

「まぁ、そもそもそれをした時のあの子(キーア)の無茶が、こうして()()()()()()()()()でもあるのだし……道理と言えば、道理かしらねぇ」

「えーと……『第二形態』ってやつの話をしてる、ってことで間違いないかしら?」

 

 

 ──彼女という存在は、色々な無茶の上に成り立っているものであるから、というのがその理由。

 

 色々な条件──必要な力や、現世への依り代を捻出するためのあれこれ、それから場所の選定と、前例となりうるマシュちゃんの存在に……と言った感じで、本来であれば満たすことはまずできないだろう条件をクリアし。

 それでも足りない分を『第二形態』──その時使ったのは正確には『一と五分の一(1.2)形態』くらいだったらしいのだけれど。まぁともかく、この世のモノではない()()()()()()()を持ち込むことで、最後の問題をクリアした……という形のようで。

 

 ……私はまぁ、又聞きでしかその辺りのことを知らないわけだけれど。

 そのあと更に『全てに死を押し付ける(The goal of all life is death)』技能からさやかちゃんを庇うのに『一と半分(1.5)形態』まで使ったとか言ってたから、そりゃまぁ私がこっちに顔を出せる()()も生じて然るべし、という感じと言うか。……私が言うのもなんだけど、もうちょっと自分の体を労るべきじゃないのかしらね、あの子。

 

 

「……?でもキリアさんがこっちに来たの、一番の理由はビーストとのあれこれでキーアさんが『第二形態』を使ったから……なんだよね?」

「そうねぇ、それが一番の理由なんだけど……そもそもの話、()()()()()()()()()()()のよねぇ」

「は?」

「ええと、恐らくはですが……キリアさんの出現条件には、『世界が滅びかけている時』と言うものが含まれていました。【星の欠片】は錬金術の理論──全と一の関係を転用しているともお聞きしましたし、それを踏まえるのであれば……せんぱいという個人の衰弱を、せんぱいという()()()()()と捉えた……ということなのではないかと……?」

「んー、解答としては五十点だけど……まぁ、まるっきり間違いというわけでもないわねぇ」

 

 

 なお、かようちゃんからは結局『第二形態』──自身を生け贄にしての、(キリア)の強制召喚が一番の決め手だったのでは、とツッコミを入れられたのだけれど。

 ……まぁ、それが理由の全てなら、私はもっとお手軽にこっちに出てこられるわよ、としか言いようがなく。

 

 言うなれば、段階を踏まなきゃ召喚できないモンスター、というのが私なのである。

 遊戯王で言うところの『スピリッツ・オブ・ファラオ』とか、ユベル最終形態こと『ユベル─Das(ダス) Extremer(エクストレーム) Traurig(トラウリヒ) Drachen(ドラッヘ)』みたいなもの、というか。……『レベルアップ!』を使わないで出そうとする場合の『Lv.』モンスター最終形態でも可。*4

 

 とにもかくにも、私という存在が周囲に与える影響というのは甚大。正規に召喚されうる状況ならば、それはすなわち世界の終わりの時と等価でなければならないわけで。

 

 それを別口で──いわば抜け道的に召喚したのが、今の私。……すなわち、段階的に慣らすことで世界に拒絶反応を起こさせないためのアリバイ作りをした結果、ということになる。

 そういう意味で、『一と五分の一』に『一と半分』という段階を踏んだ彼女は、期せずして私が不正規召喚されうる状況を築き上げていた、というわけなのでしたとさ。……まぁ、その辺りの話は色々ややこしいので、ここで語ることはしないけれど。

 

 なお、ここまで語った結果、周囲のみんなは微妙な顔をしていた。……まぁ、言うなればオリジナルキャラのオリジナルな設定を流し聞かされていた……みたいなモノなのだから、その反応も仕方ないのでしょうけど。

 

 

「……あとでレポートにでも纏めて貰える?」

「あの子のノートでいいなら渡すけど?」

「気軽に黒歴史を開帳しようとしないでください!!?」

 

 

 それでも、この場所の長として理解しよう、という気概を見せる紫ちゃんに、私はあの子(キリア)のノートを見れば早いんじゃない?……とそれを渡そうとしたのだけれど。

 案の定というかなんというか、途中でマシュちゃんにインターセプトされてしまうのでしたとさ。……せんぱいの名誉を守る、ということなのかもしれないけれど。その気持ち、実際にモノを前にした時、いつまで保っていられるかしらねぇ……?

 

 

「未だかつてないくらい、魔王めいた顔してるわよ貴方」

「おおっと、ついよだれが」

「この人、本当に無敵なのではー?!」

 

 

 なお、そんな考えが顔に出てしまっていたのか、シャナちゃんからは呆れたようなツッコミを入れられてしまうのでしたとさ。しょんぼり。

 

 

「……うち、もう帰ってええか?」

「おおっと!すみませんでしたタマモクロスさん、いいえ謎のウマドルタマモ(クロス)さん!」

「なんで言い直した!?なぁ、なんでわざわざ言い直したんや琥珀ぅーっ!!?」

「あはははー☆軽いジョークですよー、ジョークゥー」

「おっと」

 

 

 なお、そうして好き勝手に話を続けていた結果、ここにいた被験者の片割れ──タマモクロスちゃんが、心底疲れたような顔をしてこの場を去ろうとしていたのだけれど。

 それを目敏く見付けた琥珀ちゃんに絡まれて、自身の属性の解消を行う機会が損なわれる可能性、というものに改めて気付かされ、渋々といった表情で元の場所に戻ってきたのでした。

 

 まぁそんなわけで、今回の琥珀ちゃんの実験。

 それは、【継ぎ接ぎ】という現象についての解明、ないしそれに近付けるように研究を重ねる……というものになるようだ。

 

 

「そもそもの話、キーアさん達が外に出た理由の一つに、【継ぎ接ぎ】をひっぺがすのに失敗したから……というのもあります」

「ええと確か……サイトさんのナポレオン分の分離を行おうとした結果、何故か真月さんに変じてしまった……のでしたよね?」

 

 

 何故今その実験を行おうとしたのか?

 その理由の一つに、先んじて別の実験が失敗していたから、というものがある。

 いわゆる『変身』と【継ぎ接ぎ】が相性がよい、というのはそこのタマモちゃんの例からわかることでもある。……実際紫ちゃんだとかキーアちゃんだとか、他の成功例も多数存在している、いわばポピュラーにしてベストな対処法だったわけで。

 

 それが失敗した、となれば原因の究明を行わなければならない、というのは道理。

 その為、特に【継ぎ接ぎ】と深い関わりのあるこの二名が、今回の被験者として選ばれたのだそう。

 

 

「アルトリアさんも、言うなれば【継ぎ接ぎ】の申し子のようなモノですが……あの方の場合は、それ以前に【顕象】であるということの方が大きいですから」

「あー、確か【顕象】相手だと【継ぎ接ぎ】が馴染みやすすぎるんだっけ?」

 

 

 それならば、存在そのものに【継ぎ接ぎ】が深く関わっているアルトリアちゃんや、ハクちゃん達も呼べば良かったのでは?……という疑問には、彼女達は実験結果がそのまま定着する可能性があるため、迂闊なことはできないとの返答。

 ……まぁ、【継ぎ接ぎ】は後から設定を付け加えるモノであるけれど、彼女達は存在が不安定だから、与えられたモノを全て自分のモノにしてしまうかも?……という不安は、決して行き過ぎたものだとは言えないでしょうね。

 

 ともあれ、今回の実験──【継ぎ接ぎ臨床試験】において、この二名がベストな人材である、ということは琥珀ちゃんが調べた限りでは間違いなく。

 

 そんなこんなで、実験はいっそ和やかな空気のまま、緩やかに始まるのでしたとさ。

 

 

*1
『ジョジョの奇妙な冒険』第四部(Part04)『ダイヤモンドは砕けない』より、岸辺露伴の台詞。相手側から温情を与えられるなど、自身にとって有利になるような提案を受けた時に、それをあえて断るという台詞。有り体に言えば『お前の言ってることは正しいが気にくわない』、みたいな感じか。なので単に相手の申し出を断る、というだけだと用法としては正解である。……なおこの場面での使用の場合、どう転んでもキリア的には得(≒損しない)なので、敢えて断っている

*2
2007年放送のCM、『やずやの千年ケフィア』が元ネタ。コーカサス山脈(ロシアの西の方にある山脈)近辺を指すコーカサス地方、その近辺を起源とする発酵した乳飲料がケフィアである。液内にキノコのような白い塊が浮く為、日本では『ヨーグルトきのこ』とも呼ばれていた。見た目が『白くねばつく何か』なので、そういうものが見えた時に使われるスラングとして定着後、単に『いいえ』のあとに付く意味のない枕詞としての用法も広まったとかなんとか。なので、ここでの用法は後者の方

*3
『嫌よ嫌よも好きのうち』の言い換え。『嫌よ~』の方は、江戸時代の芸者達のお囃子が由来だとされている。好意と嫌悪は根源が同じ、という意味合いでは間違いでもないが、それがひっくり返るには相応の流れが必要なので、基本的に普通に使う分には間違いなのがほとんど、という変な台詞。まぁ元ネタ的に、多少嫌がる()()をした方が男性が喜ぶから、という男性側の性質ありきの台詞だから、変な言葉になってしまっているのだろうが。ともあれ、現実で使うのはよくよく考えてからにした方がよい……というか、基本的には使える場面なんてない台詞なのも確かである

*4
それぞれ、正規に召喚するのが殊更にめんどくさいモンスター達。『スピリッツ・オブ・ファラオ』は特にめんどくさく、『第一の棺』の効果によって他二枚の『棺』を発動しなければならず、かつ出せるタイミングが『相手のエンドフェイズ』に限られている為、どうあがいても相手に二回ターンを渡さなければならない、という遅さが致命的。ついでに言うのなら召喚までフィールドに『棺』を三枚維持する必要がある(正確には、最後の一枚は発動後にそのまま『スピリッツ・オブ・ファラオ』の召喚に移行する為、そこまで維持に気を配る必要はないが)。どれか一枚でも破壊されると全て墓地送りになる為、相手の妨害を二ターンも潜り抜ける必要がある、ということでもある。さらにはそこまで苦労して出しても、攻撃力はさほど高くないというおまけつき。一応、特殊召喚の成功時に墓地のアンデット族モンスターを4体まで特殊召喚できる、という効果もあるが……こちらは対象指定が存在し、『通常モンスターかつレベル2以下』がその条件となっている。リンク素材にはできるが、それをするなら他のカードを使うだろう、というなんとも言い難い『重症』カードである。他のカードは『Lv.』モンスターは(カードによっては)怪しいが、ユベルに関してはそこまで『重症』というわけでもない。……まぁ、効果に対して耐性がないので、わりとあっさりとやられることも多いのだが




そういえばこの話で一周年となりました、ありがとうございます(?)


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幕間・チャレンジャーはどこにでも

「以前キーアさん達にもご協力を頂いたのですが、今回はそれのアップグレード版ということになりますねー」

 

 

 淡々と説明をしていく琥珀ちゃん。

 その話を要約すると、以前キーアちゃんがしていた仕事……もとい検査を改良・改定したものを二人にやって貰いたい、という内容なのであった。

 無論、キーアちゃん達用のままだと──特にかようちゃんにとっては重労働も重労働でしかないので、ある程度負荷を下げたモノになったりはしているようなのだけれど。

 

 

「別に気にしなくてもいいのに。今の私、結構力持ちだし素早いんだよー?」

「荷葉さんがよくても、こっちの体裁的にアレなんですよー!こんな場面を公権力にでも見付かったりしたら、児童虐待とかなんとか言われてしょっぴかれるに決まってますー!」

「……いや、なんの心配してるのよ、貴方」

 

 

 なお、当人からの反応はこんな感じ。……『逆憑依』としてはかなり特殊な成り立ち方をしているかようちゃんは、姿形こそ幼子のモノではあるけれど、その身体能力は並の大人を凌駕している、というのは間違いないわけで。

 ……まぁだからといって、目の前で重いもの持ったり・とにかく走ったりしている幼子を、単に見ている・見ていなければいけない琥珀ちゃんの精神的負担とかがどれくらいのものか、というのは本人でもなければ正確にはわからない、というのも確かな話。

 

 結果、シャナちゃんからの変わらぬツッコミを受けながら、彼女は心を鬼にして実験を開始することになるのでした。……まぁなにを言おうとも、実験そのものを()めることはできないものね。必要なことだし。

 

 

「それにしても……これ、具体的にはどういう実験なの?」

「はい?……えーとそうですね、【継ぎ接ぎ】による能力上昇分の子細や、どこを起点として【継ぎ接ぎ】が起きているのかなど、多角的な視野からお二方を観察しようとしているわけでですね?」

「……これが?」

「はい、これがですけど……なにか問題でも?」

 

 

 そんな言葉を交わしながら、皆が()()()()先では。かようちゃんとタマモちゃんが、崖を登ったり・浮き石を飛んで渡ったりなど、様々な運動を繰り返している姿が見える。

 

 ……見上げた云々というのは、正確には先ほどまでの二人が天井に張り巡らされた、網のようなものを掴んで向こう岸まで渡る……という、雲梯(うんてい)を使った運動のようなものを行っていたからなのだが。*1

 その渡りきったところから、更に崖を登ったり浮き石を飛んでたりしたわけでね?

 

 

「いやあの、これはもしかして『SA○UKE』というやつなのでは……?」*2

「現状、あのお二方には【継ぎ接ぎ】成分を抑える環境設定で、あの運動を行っていただいております。……まぁ先ほどの私の危惧も、言うなればこのような運動を行うことを見越した上でのこと、というわけでして。……まぁ、荷葉さんに関しては体重が軽いこともあって、今のところさほど苦にはされていないようですが……」

「琥珀さん!?こちらの疑問をスルーしないでください琥珀さん!!」

「ええい、うるさいですよマシュさん!このアスレチック施設は、実在の団体・人物・施設などとはまっったくもって関係ないったらないんですー!!」*3

「それはもはや、答えを言ってしまっているようなものなのでは!?」

 

 

 なお、そのなんとなーくどこかで見たことのあるような施設の内容に、思わずといった風にツッコミを入れてしまうマシュちゃんである。

 無論それを認めてしまうと、色々とややこしいことになるとわかっている琥珀ちゃんは、それを頑なに否定。……被験者二人をそっちのけで、二人の盛大な言い争いが始まってしまうのでした。

 

 

「なにこれ」

「なんなのかしらね……」

 

 

 そんなやり取りを遠目に見ながら頭が痛い、とばかりに額を抑える紫ちゃんと、唖然とした表情で施設を見回すシャナちゃん。

 唯一蚊帳の外の私は、これは長くなりそうだとお茶の準備を始めるのでした。

 

 

 

 

 

 

「凄く落ち着きました☆」

「右に同じく、です……」

 

 

 よくよく考えたら、ここで言い争いをしていても仕方がないことに気が付いたマシュちゃんが引くことにより、どうにか終わりを見せた言論バトル。

 

 外野がそんなことをしている内に、被験者二人は一度目の施設踏破を終え、二度目の挑戦を始めていたのだった。

 ……いやまぁ、正確には踏破できずに途中で失敗したから、そのまま舞台の設定を変えて【継ぎ接ぎ】としての身体能力を発揮できる状態での二回目に移った……というだけなのだけれど。

 

 ……え?タマモちゃんも失敗したのか、ですって?

 あーうん、彼女の方は、わりと最後の方まで行っていたのだけれどね?

 

 

「いやおかしいやろ、横から槍とか丸太とか飛んできたんやけど!?」

「そこはかとなく殺意が見え隠れしていたわね……」

 

 

 と彼女が言う通り、最後の方の難易度がどう見てもおかしかったため、あえなく*4失敗したという形なのであった。

 ……まぁ、彼女は素の身体能力がウマ娘のそれなので、指定されたコースが最初から難易度高めのモノだった……ということも理由の一つにはなるのだろうけども。

 

 

「でも、後半は私もタマモお姉さんと同じところに行くよ!」

「ほほう、それはまた大きく出たなぁ。せやったら、ウチと競争するか?」

「望むところ、だね!」

 

 

 なお、後半はこんな感じで、【継ぎ接ぎ】パワー全開の二人はゴールまでの時間を競えるくらい、余裕綽々になってしまったのだけれど。

 いやまぁ、リアルに空中で飛び跳ねられるような人達に、普通の人向けのアスレチックなんてやらせても物の数でもない、といいますか……。

 

 

「そういうと思いまして、エクストラステージをご用意していますともー!!」

「なにこれ」

「これ作る資金、どこから捻出したのよ貴方!?」

「~♪」

「口笛吹いてもごまかせないわよ!?」

 

 

 なお、そのあまりにも余裕過ぎる二人の様子に、なにか対抗心を燃やしたらしい琥珀ちゃんが、どこからか取り出したスイッチをポチッとな☆

 ……したところ、アスレチック施設は轟音をあげながら変形展開し、どう考えても人が踏破することを考えていないような、空中ダッシュ前提な感じの超難易度施設へと変貌を遂げたのだった。……いつの間にロックマンになったのかしらね、この子達。*5

 

 

「舐められたもんやなぁ、こんなん余裕やで!!」

「おー、さすがタマモお姉さん。私も負けてられない、かなっ!」

「なんですとー!?」

 

 

 まぁ、素で疾空刀勢みたいなことをできるこの二人には、それでも難易度足りてはいなかったのだけれど。……いや、タマモちゃんはわかるけど、かようちゃんがなにかおかしなことになってない、これ?

 ……という私の疑問は、「練習したからー!」という彼女からの言葉によって氷解するのでした。……そっかー、頑張ったんなら仕方ないわねー。

 

 

「……頑張る?頑張るってなんなの……?」

「しっかりしなさい紫、ここで負けてちゃ先が思いやられるわよ」

「もうゴールしてもいいんじゃないかしら……」

「私一人にツッコミの負担を置いて逃げるのは、許さないからね……!?」

「ちょっ、冗談だから!その刀しまって!!怖いから止めて!(やいば)が返してあっても怖いものは怖いのよそれ?!」*6

 

 

 そんな感じに私が納得する横で、諦めの表情で空笑いを浮かべる紫ちゃんと、そうして逃げるのは許さない……と気炎をあげるシャナちゃんの静かなバトルが繰り広げられていたけれど……まぁうん、私はなんにも見てない知らなーい。

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、なるほどなるほど……」

「琥珀お姉さん、すっかり自分の世界に入っちゃったねー」

「まぁ、データの解析にはそれなりに時間が掛かる、とも言ってたしねぇ」

 

 

 ある程度のデータ収集を終えた琥珀ちゃんは、それ以降ずっと画面とにらめっこをしている。

 

 生憎とそのデータがどういう意味があるのかとか、詳しいことは一切わからない私達としては、モニターの前で一喜一憂しているヤバい人、くらいにしか思えないわけなのだけれど……ともあれ、その作業がすぐにすぐ終わるようなモノではない、というのは流石にわかるわけで。

 

 

「解散もできないのが辛いところだねー」

「ねー」

 

 

 かようちゃんと二人、「ねー」と声を合わせる私。

 長くなりそうな琥珀ちゃんのデータ整理だが、それでも長くなりすぎる予定というわけでもないらしく。それゆえにこのあとの予定、というのも詰まっているのだそうで。

 結果、彼女達は暇なこの時間を、特になにもないこの場所で過ごすことを強要されている……というわけなのでした。

 

 タマモちゃんなんかは、さっきのアスレチック施設を使わせて貰えないか、みたいなことを暇すぎて申し出ていたけれど……。

 

 

「施設の入れ換え、なぁ」

「どこから雇ってるのかしら、あの人達……」

 

 

 モルモット君もといお手伝い君達という謎の人員達が、施設の入れ換え作業を行っているため、現在使用不可とのお達しを受け、タマモちゃんはぶすっとした表情で、肘を付いてブーたれているのでした。

 ……もう仕方ないので、さっきからトランプとかウノとかやり始める始末だったり。

 

 

「いや、わざわざ()()の止めなさいよ……」

「流石にいつでもトランプとか持ってるわけじゃないし、それでも創れるのはホントだし。……それでよくない?」

「目の前でチェレンコフ光みたいなものを、直に見せられる方の気持ちを考えて貰える?」*7

「……?いや、核融合だから間違いでもないよ?ちゃんとみんなに影響無いようにはしてたけど」*8

「マジで止めてくれない!?」

 

 

 なお、そのトランプとかに関しては、核融合による原子配列変換*9を利用して作ったモノだったり……と宣ったところ、みんなからはしこたま怒られる羽目になったのでした。……ちゃんとみんなに被害とか出ないように対処してたのに、解せぬ。

 

 

*1
『雲梯』とは、梯子(はしご)状の遊具のこと。水平、もしくは山なりに設置されており、それを懸垂──腕の力のみで自身を持ち上げながら、向こう側へと渡れるかどうかを競ったりするもの。子供向けのモノであれば、地面とはそれほど離れていないモノが普通だが、こと大人用──なにかの競技などで使用される場合は、下がプールなどになっていることも。元々は攻城用の梯子のことであり、『()に届くほどの長さの()子』からその名前が付いたとされる

*2
元々はTBS系列で放送されていたスポーツバラエティ『筋肉番付』のスペシャル企画だったもの。正式名称は『究極のサバイバルアタックSASUKE』で、様々な運動能力を必要とする、まさに究極のアスレチック。名前の由来は伝説の忍者『猿飛佐助』だとされる

*3
『実物の~』というのは、フィクション作品などで表示される注意書き。作品があくまでも架空のモノである、と予め表記しておくことで、様々なクレームなどを回避する為のモノ、という認識でほぼ間違いない。なお場合によっては、責任逃れの台詞みたいに使われることも(今の琥珀の使い方とか)

*4
『敢え無い』の活用形。期待外れ・如何ともし難い、などの意味の言葉

*5
二段ジャンプ・空中ジャンプの起源は、1985年にナムコが発売したアーケード向けアクションゲーム、『ドラゴンバスター』にあるとされている。普通の人間はまず空中で再度ジャンプなんてできないが、ゲームにおいてはごく当たり前に使うモノも多い

*6
対異端特化な贄殿遮那は、妖怪とかからしても怖い武器だ……の意味。なお『刃を返す』は、この場合峰側を向けていることを意味している。間違っても『返す刃』ではない(こちらは続けざまに攻撃すること、という意味の言葉。『刃を返す』モノも同じ意味として使われることがある)

*7
大雑把に言うと、『光よりも速い光』。正確には、特定の環境下において光の速度が落ちている時に、その速度を荷電粒子が越えている時に発生させる光のこと。以前解説したように、光の速度というのは環境によっては減速することがある(特に水中では通常の七割程度にまで減速する)。それでも通常時の光の最高速度を越えることはできないのだが、逆を言えば水中でその速度を出せるようなモノは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状況を作り出せるわけで。その結果がチェレンコフ放射、ないしチェレンコフ効果と呼ばれるモノである。原子炉の青い光はこの現象によるもので、これを直に見られるような場所に居るのは望ましくない、ということで恐れられている(≒放射線に晒される場所、ということなので)。なおチェレンコフ光そのものは放射線でもなんでもないので、場合によっては安全なモノもあるとかなんとか(要はどうにかして光よりも速い粒子を発生させればよい、というだけの現象である為。光はわりと減速するので、光が減速する環境で減速しない粒子が、その時の光の速さよりも速くなれば、安全にチェレンコフ光を見ることができる)

*8
こちらも以前述べた通り、『核融合』とは地上に太陽を発生させるようなもの。そんな気軽にやることではない

*9
『VALKYRIE PROFILE』シリーズより、いわゆる錬金術的なもの。原子の配列を操作することで、物質を別のモノに変じさせる技術。ゲーム中では、基本的に双方向に変化させられるモノがほとんど(AをBに変換できるのなら、その反対にBをAに変換することもできる、というモノがほとんど)



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幕間・そして生まれたのは一つの世界

「うむむむ、ここがこうなってこれをこうして……」

「……琥珀お姉さーん?そろそろ次の実験始めないと、時間が足りなくなるんじゃないかなー?」

「え、あ、ホントだ。……んんっ、ええと、準備は済んでいますので、お二方は準備をお願いしますね☆」

「はーい」

 

 

 暫く経っても画面とにらめっこを続けていた琥珀ちゃんは、横顔をかようちゃんに小突かれることで、ようやく予定時間をオーバーしていたことに気付いた様子。

 慌てて普段の姿を取り繕った彼女は、そのまま被験者二人に次の実験についての指示を行っていたのだけれど……。

 

 

「うーん、意外と気にしてるのかもしれないわねぇ」

「気にしてる、っていうと……」

「やはりサイトさんのこと、なのでしょうか……?」

 

 

 今のところはなにかが暴走するとかの予兆もなく、若干以上に手持ち無沙汰*1な私達は、世間話をする余裕すら持ち合わせているわけで。

 ……私のぼやきに耳聡く反応したシャナちゃんに対し、マシュちゃんが答えを述べてくれる。

 

 そもそもの話、今回の実験を半ば無理矢理にでも予定を捩じ込んで彼女が始めたのは、サイト君相手の【継ぎ接ぎ】を利用した『変身式分離術』が失敗してしまったがため。

 自身の施術にある程度責任と自負を持っていた琥珀ちゃんは、現在多少なりとも焦ってしまっている……という風に周囲が分析するのは、なんら間違っているとは思えないわけなのである。

 

 その結果、常の余裕はどこか翳りを見せ、なんとなく焦っているような空気を、こちらに見せているのだった……と。

 

 

「うーん、()()()()()()()()()()()()()()ねぇ」

「そうは言いましても、琥珀さんはこのなりきり郷において、唯一にして最高峰の科学者でもありますから……」

「……なるほど、他人に負担を分散できないのね、基本的に」

「一応、最近は新しくクリスちゃんが加わってくれたから、以前よりは労働環境も改善してるみたいだけど……」

「まぁ、立場的には彼女もまだお手伝いさん、みたいなものだしねぇ」

 

 

 思わずむぅ、と唸ってしまう私と、彼女の焦りも仕方ない……と声を揃える他の子達。

 

 確かに、最近はクリスちゃんという人員が、新たに研究者一同に加わったみたいだけど……それでも、琥珀ちゃんがこの施設における科学部門のトップである、という事実は揺るがない。

 なのでまぁ、知らず知らずのうちに色々と責任やら精神的負担やらを、その裡に抱え込んでしまっているのかも……?

 

 まぁ私から言わせて貰うと、()()()()()()()なお気にしなくてもいいのに、と伝えたいところなのですが。

 

 

「……?それはどういう……?」

「だってアレ、()()()()()()()()()()()()()()もの。……より正確に言うのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って感じかしら」

「……貴方、なにを知って」

 

 

 こちらの言葉に、小さく首を傾げるマシュちゃん。

 私はそれに「アレは琥珀ちゃんがミスしたわけではない」、と答えを告げる。

 確かにサイト君は、その声と上に付け加えら(【継ぎ接ぎ】さ)れたナポレオン君──そんな彼の初期の風評によって、少し誤解されやすい立ち位置にあったわけなのだけれど。

 だからといって、それだけの縁で彼が真月君になる……なんて結果には結び付かないのだ。

 

 なればそれは、そうなるように()()()()()()()()ということに他ならず……と言うようなことを述べようとしたところで、

 

 

「ぬわっ!?」

「ぬわー!!?」

「え、ちょっ、なになになんなの!?」

 

 

 私は突然頭上に降ってきた、コナン君に押し潰されることになるのでした。ぐえー!

 

 

 

 

 

 

「まさか空から小学生探偵が降ってくるとはね、明日は槍でも降る感じ?」*2

「意外と余裕そうね、貴方」

 

 

 首を捻ったので、患部を冷やしながらううむと呻く私と、そんなこちらにジトっとした視線を向けてくるシャナちゃん。……なんかこう、シャナちゃんの私の扱い、どんどん雑になってないかしら……?

 

 まぁともかく、実験中に突然現れたコナン君には、琥珀ちゃんもさっきまでの焦りをどこかにやって素直に驚いていたわけで。

 ……そりゃそうだ。見間違いでないのであれば、このコナン君ってばここに()()()()()して現れたのだもの。

 

 とまれ、気になることは多々あれど、今は別の実験中なので後回しである。

 

 

「いや、ホント悪ぃ……」

「あー、気にしないでちょうだい。生傷絶えないのも私達の特徴、みたいなものだから」

「それ自慢するようなことではないことない?」

「生傷……ということはせんぱいも、私が守護(まも)らなければいけないか弱い存在……?」*3

「おーいマシュちゃん、お願いだから戻ってきて~……」

 

 

 幾分か申し訳なさそうに、こちらに謝罪を述べてくるコナン君だが……私としては怪我とか傷とか、結構()()()()()なので、特に怒るようなこともない。

 だから、それが私達の普通なのだから大丈夫、と付け加えたところ、マシュちゃんがなんか変な想像を始めてしまったりもしたけれど……はい、私はなにも知らないでーす。

 

 まぁそんなこんなあって、一度施設のチェックのために休憩となった被験者二人も加え、楽しい楽しいお茶会タイムである。

 

 

「……そういえば今さらなのだけれど、この【継ぎ接ぎ】の効果を一時的に打ち消す、って一体どういう原理なの……?」

「これはですねぇ、特定の波長の電波を発生させることにより、周囲との繋がり──縁的なものを、一時的に揺るがさせることでですね……」

「あ、ごめんなさい私が悪かったわあとでレポートでお願い、レポートで!」

「むぅ、これから主要技術についての解説の予定だったのですが……」

 

 

 紫ちゃんと琥珀ちゃんは、主に先ほどのアスレチックでの設備──【継ぎ接ぎ】効果の一時的な無効化装置についての話をしていた。

 

 なんでも、【継ぎ接ぎ】とは究極的には『上に乗っかっているモノ』なので、特殊な振動波を発生させることにより、一時的にその繋がりを剥離させられる方法が見付かったとかなんとか。

 ……まぁ、あくまでも一時的な剥離であるうえに、装置の方が小型化の目処が一切立たないため、こうして特殊な施設での実験用途にくらいしか使えない……とも言っていたのだけれど。

 

 なおこれは、彼女が目指しているのがある意味で【継ぎ接ぎ】を着脱可能なスキルのようなものにすることに近いため、その研究の成果の一つということになるようである。……やっぱりわりと意味不明な科学力してるわよね、この子。

 

 

「コナンさんは、何故ここに?」

「いや、ちょっとあるものを追っかけてたら、なんでかここに落ちてきたというか……」

「ふぅん?なにを追っていたのかは知らないけど……多分、ちょっと前に噂になっていた『ゲート』とか言うのが、まだ残ってたのね」

「……あとで蘭に連絡いれなきゃなぁ」

「ああ……ここは電波が届きませんからね……」*4

 

 

 反対側では、突然現れたコナン君を交えて、シャナちゃんとマシュちゃん達があれこれと話している。

 

 今の会話内容は、コナン君がここに来る直前までなにをしていたのか、について。……流し聞くに、どうにも誰か・ないしなにかを追っていたら、いつの間にか足元に開いていたゲートに転がり込んでしまった……ということになるようだ。

 

 まるでおむすびころりんみたい*5ねぇ、なんて内心で考えつつ、そのまま次の集まりに視線を移す。

 

 

「雑巾がけ、って意外と腰に来るなぁ……」

「こう、ウマソウルから上手い四足歩行のやり方、とか出てこないの?」

「出てこーへんよんなもん。……そこら辺わかるんやったら、わざわざ『』なんて漢字できへんわ」*6

「それもそっかー」

 

 

 そちらでは被験者二人──かようちゃんとタマモちゃんが、先ほどの実験の内容について会話を続けている。

 元々キーアちゃん達がやっていた仕事を原案としているからか、その内容は実験と言いつつもどこか普通の仕事、みたいな感じのものが多いようで。

 

 床の雑巾がけに始まり、【継ぎ接ぎ】ありではそれが『壁』の雑巾がけ(壁走り)に変化したり。

 はたまた単なる反復横飛びが、実際に残像が見えるような速度まで加速を続けていったり。

 

 ……というような感じで、傍目にはギャグかなにかにすら思えるような実験が、ここまで数十度繰り返されているわけなのである。

 ここまでやってようやく半分、というのだから先が長いというか、必要なデータが多すぎるというか。

 

 ともあれ、そんな感じでみんなは和やかに、あれこれと会話を続けていたのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ようし休憩は終わりです!ここからはビシバシやっていきますよー!」

「え?ビシバシチャンプ?」*7

「お二方は現在競ってらっしゃいますので、ある意味では間違いでもないですねー」

 

 

 束の間の休息も終わり、再び実験のお時間である。

 被験者二人は競争する、という方式にすることで実験の早期終了を目指しているようだけど、それが原因でなにか問題が起きたりしないか、目を皿のようにして観察するのが私達の仕事なので……。

 

 

「……まるで運動会の応援のようですね」

「まぁ、ある意味間違ってはいないわね……」

 

 

 特に危なげもない現状、私達の態度もどこか緩いものになってしまうのは仕方の無いこと、というわけで。

 まるで小学生の子供の応援に来た家族のようなテンションになりつつ、私達は二人のことを眺めていたのでした。……もはや日曜日である(?)

 

 

「……しかしまぁ、よくあんなとこ走れるよなぁ」

「そうねぇ、昆虫達の上を跳んでるんだもんねぇ」

 

 

 そんな中、コナン君がどこか遠い目をしながら、ぽつりとぼやく。

 私達はその言葉に合わせて、二人の走っている場所を改めて確認し……。

 

 

「巨大昆虫の森とか、苦手な人やったら死ぬほど怖いんとちゃうんかこれー!?」

「わー!?カブトムシが突っ込んできたー!?」

「なにおー!!今や、インド人を右に!」

「逆だよタマモお姉さーん!!?」

「ほぎゃーっ!?」

 

「……なんでこんなことになったのかしらねー(白目)」

 

 

 いつの間にか舞台がおかしくなっていたことに、皆で途方に暮れるのだった。……いやホントになんで?

 

 

*1
することがないこと、またそれによって間が持たない状況なども示す言葉。『手持ち』と『無沙汰』の合わさった言葉で、『手持ち』とはこの場合、金品などの価値あるものを持っていることを指す言葉。いわゆる『手持ちがない』などのそれと同じ意味。『無沙汰』の方は沙汰がない……連絡したり訪ねたりする人がいないことを指し、二つを合わせて『手元になにもなく、話をする相手もいない』という意味となる。言葉の由来は江戸時代の油売りだとされ、粘度の高い油を量り売りすると、最後の一滴まで入れ終わるのにとても時間がかかる。それが、なにもしないでただ立っているだけのように見えたから、この言葉が生まれたのだとか。同じ語源の言葉に『油を売る』がある

*2
恐らくは『雨が降ろうと槍が降ろうと』ということわざから派生したと思われる言葉。前半()は起こり得ること、後半()はまず起こらないことを示しており、そこから『なにが起きても』それをやる、という強い意思を示す言葉として使われる

*3
『バキ』シリーズより、本部以蔵の台詞『俺が守護らねばならぬ』から。スラングとしては、守る必要のあるか弱い存在に対して使われる言葉でもある。

*4
地下千階、かつ地上との距離に至っては更にそれよりも長い(うえに、間にコンクリとかも大量に挟まる)為。完全に圏外である

*5
昔話の一つ。類型に『鼠浄土』『鼠の餅つき』などがある。山を転がるおむすびに関する話で、欲深い人は最終的に損をする、というような寓話の面も持ち合わせている

*6
競走馬の名前と性質を受け継ぐとはいうものの、その範囲が限られているようだ、というお話。……まぁ、完全に受け継いでしまうと、気性難の馬達がすごいことになるので……

*7
コナミが発売していたアーケードゲームのシリーズ、およびその第一弾のタイトルのこと。『マリオパーティ』のミニゲームだけを集めたようなタイプのゲームで、とにかくテンションが高いのが特徴(とりあえず その辺で だるま落しだ!……みたいなテンションがひたすら続く)



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幕間・そうら明るくなつたろう()

 その変化の発端がどこにあるのか、と問われれば──恐らくはコナン君がここに現れた時、ということになるのだろう。

 

 彼はなにかを追っていた最中、突然現れたゲートによってこの場所に飛ばされてきた、ということだったが……それはすなわち、そのタイミングでわずか一瞬のこととはいえ、この施設が()()()()()()()()()()()()()()……という風にも捉えられるわけで。

 

 

「なんなんでしょうかねー、このパラメーターの異常。あはははー、琥珀ちゃんもうお手上げでーす☆」

「ちょっ、頑張って琥珀ちゃん!?貴方が匙を投げたら、誰がこの異常事態を解決するのよ!?」

「やりました……やったんですよ!必死に!その結果がこれなんですよ!コンソールを叩いて、データとにらめっこをして、今はこうしてプログラムの海を泳いでいる。これ以上何をどうしろって言うんです?何を治せって言うんですか!」*1

「……実は余裕ある?」

「ないですー!!思わずバナージ君みたいに叫んでしまいましたけど、完全に原因不明でお手上げですー!!!」

 

 

 結果として、先ほどまでの設備は謎の巨大森林に変化。

 その巨大さに合わせたかのような、巨大な生き物達が跋扈する中を、被験者二人組はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、実験をこなしているのでありました。……いやなんで?(真顔)

 

 とりあえずこの森林に住まう巨大生物達は、こちらに敵意を向けたりはしていないようなのだけれど……だからといって近寄られても怖くないか?……と言われればノーと答えるしかないと言うか。

 いや寧ろ逆に聞くのだけど、なんであの二人平気な顔して実験続けてるの……?

 いやまぁ、巨大カブトムシが()()()()彼女達の方を目掛けて飛んでいった時には、流石にちょっと焦っていたみたいなのだけれども。

 

 

「し、死ぬかと思た……これがユニバースの洗礼、ちゅーやつなんやろか……?!」

「え、ユニバース?……タマモお姉さん、ユニバースってなに……?」

「あー?……えーと、ユニバースっちゅーのはなー……?」

(なんかいつものこと、みたいな雰囲気で流されてる……!?)

 

 

 でも、周囲が突然大きくなったことに関しては、いつものことやろ……みたいな感じで流してしまっている辺り、彼女も色々毒されてるんじゃないかなー、とキリアさんは思ってしまうのでしたとさ、まる。

 

 

 

 

 

 

「え、あれって演出っちゅーか、そういう実験やったんとちゃうんか?」

「この(おっ)きな子達、なんだかすごいなーとか思ってたんだけど……」

「いやー……流石の私でも、いきなり生き物達を巨大化ー、とかはできないですねー。……いやあの、マシュさん?何故そのような疑わしげな視線を、私に向けていらっしゃるのでしょうか……?」

(……『琥珀さん』という括りですと、あり得ないとも言い切れないのが怖いところですね)*2

 

 

 一先ずこちら側に呼び戻した二人は、わりとけろっとした表情で先ほどまでの実験内容を述懐していた。

 ……突然巨大な虫とか目の当たりにしたら、普通はビビり散らしそうなものだけれど……この二人はわりと虫とか平気な方みたい。強い(確信)

 

 ともあれあれが正常な処理ではない……と聞かされれば、流石に実験に戻る気も起きなかったようで。素直にセーフハウス*3……もとい管制室に戻ることにした二人である。

 そんな二人の決断に胸を撫で下ろしながら、琥珀ちゃんは腕組みをして、うむむと唸り始めたのでした。……疑われた件について?それはマシュちゃんが口に出さなかったからスルーですね()

 

 

「ふぅむ、どうやらこの設備に備えられた機能の一つ・フィールドチェンジの部分が、なんらかのハッキングを受けた……ということで間違いないと思っていいみたいですねー」

「フィールドチェンジ……?」

「はい、フィールドチェンジ──大雑把に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことですね」

「まさかのデュエリスト案件だった!?」

 

 

 彼女の説明を要約すると……設備の用意と言っても、毎度毎度人員を湯水のように投入して準備する……というのでは、予算が幾つあっても足りやしない。

 それを解消するために、デュエリスト技術の一つである『リアルソリッドビジョンシステム』の解析を進めていたとかで……今回の施設の用意にも、一部その機能が使われているのだそうな。

 

 ()()というのは、まだシステムの再現に成功したとは明言し辛く、更には設備の全てを『ソリッドビジョン』で賄ってしまうと、仮に深刻なエラーが発生した時に重篤な事故に繋がる可能性があるため、安全面を考えてシステムの使用を限定している……という意味で。

 先ほどのお手伝い君達が入れ換え作業を行っていたのも、そうした『システムを利用していない基幹部分の入れ換え』が主目的だったのだとか。

 

 ……まぁ要するに、現代のAR分野でよく使われている手法──オブジェクトは実際に用意し、その上に映像を貼り付けるというやり方に準拠したモノが、現状でのリアルソリッドビジョンシステムの使い方……ということになるわけだ。*4

 

 

「ですから本来ならこんな風に、元の設備とはかけ離れたわけのわかんないモノになんて、変化するはずがないのですが……」

「実際問題、実験室の中は古代林状態になってしまっている……ってわけね?」

 

 

 紫ちゃんの言葉に、こくりと頷く琥珀ちゃん。

 

 現在、強化ガラスを挟んだ向こう側に広がっているのは、ともすれば恐竜とかが闊歩していそうな感じの大森林。

 ……キャラさえ存在するのであれば、巨人とかが走り回っていてもおかしくなさそうな風景とも言えるそれ*5は、見た目だけを再現しているというには、明らかに変化が大きすぎるもので。

 

 そのためこの現状は何者かが、こちらが装置に設けていたリミッターを意図的に解除して、システムを最大稼働で悪用しているの結果なのではないか?……というのが、琥珀ちゃんの予想となるのであった。

 

 ……まぁ要するに、誰かはわからないけど(多分デュエリストな誰かが)、システムに介入してフィールド魔法*6を発動しているやつがいる……みたいな?

 結局デュエリスト案件じゃないか、とか言ってはいけない。

 

 

「つまりこれは、相手に装置を悪用された結果だから、それを停止させれば元に戻るはず……ってこと?」

「恐らくはー。……ですがですね?こっちもその対処法については早々に思い付いて、現在試している真っ最中なのですがー……」

「その様子だと、電力を落とそうにもこっちの操作を受け付けない……みたいな感じかしら?」

「その通りなんですよシャナさん。現在ソリッドビジョンシステムは独立稼働中、こちらの操作を全て弾いてしまっているのですよー……」

 

 

 とはいえ、所詮は装置を介しての行動。大本の機械を止めてしまえば、この変化も止まるだろう……と思っていたのだけれど。

 現状はこの通り、電力供給をカットしようにも、その辺りのコントロールは向こうに完全に掌握されてしまっており、もはや管制室からの操作では止めることどころか地上に助けを求めることすら儘ならない……なんてことになってしまっているらしい。

 

 ……それって遠回しに、主電源を()()()()抜いてこい、って言ってない?

 

 

「あっはっはっはっ。……気分はジュラシックパークですね☆」

「言外に『森の中へ突撃してね』って宣言したわこの子……!?」

 

 

 空笑いを浮かべながら、てへぺろして見せる琥珀ちゃん。

 その言葉の内に秘められた思いを、正確に察してみせた紫ちゃんはというと、思わずとばかりに驚愕していたのでした……。

 

 

 

*1
『機動戦士ガンダムUC』のepisode4『重力の井戸の底で』より、バナージ・リンクスの台詞。よく真似さ(パロら)れている台詞だが、その内容としてはまだ思春期の子供が、様々な使命や人の命などを背負わされて、どうすればよかったのかと迷う台詞なので普通に重い

*2
『MELTY BLOOD』シリーズの琥珀さんの発明品、『まききゅーX』のこと。生物を()()する効果を持つ薬品(巨大化じゃないので服とかも拡大される)で、服用すると『反永久的に』巨大化する。なおこの『反永久的』とは『永久的の反対』の略で、服用してもすぐ戻るの意味。初代のみの設定なので、続編からは『半永久的』になった。作中のシステムである『タタリ』による性質の補強を受けた上での発明なので、素の琥珀さんがこれだけのモノを作れる、と言うわけではない。ついでに言うのなら、そもそも格闘ゲームを作るに辺り『アポカリプス』(『X-MEN』シリーズのヴィラン。格闘ゲームとしては巨大な敵キャラとして描かれることが多い)みたいな巨大キャラがボスとして欲しい、ということで飛び出したモノなので、まともに扱っていい設定なのかも謎である。……え?続編でドットの拡大ではない『G秋葉N(ナイトメア)』が出ただろう?現行シリーズには今のところ影も形もないので……

*3
秘密基地、アジトなどの意味の言葉。諜報機関などが用意している隠れ家などもセーフハウスと呼ぶ。一般的には、ゾンビゲームなどに存在する一時的な安全地帯、というのが有名だろうか

*4
AR──拡張現実とは、あくまでも『現実を拡張する』モノであり、創造しているわけではない。なので、ARを通して見る世界はあくまでも元の世界に様々な情報が付加されたもの、という形になる。なので、アクションゲームなどをARで作る場合、実際の障害物をゲームの雰囲気にあったモノへと装飾する、という形式となることがほとんど(『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』における『オーグナー』みたいな感じ)

*5
イメージとしては『進撃の巨人』における女型の巨人との追いかけっこが近い

*6
『遊戯王OCG』におけるカード区分の一つ。魔法カードの分類であり、フィールドゾーンにセットすることで使用される。効果としてはフィールド全体に影響を及ぼすモノがほとんどで、場合によっては相手と自分・その両者が効果を利用できることも。似たような性質の永続魔法と違い、発動そのものにコストが必要ということは(基本)なく、かつ発動場所が決まっている為、張り替えによって比較的自由に墓地に送ることができるという特徴がある。またアニメなどでは、発動に合わせて周囲がそのフィールド魔法の絵柄と同じものになる、という演出がなされていたりする



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幕間・旅立ちはいつでも突然に

「……というわけで、私達の中から数名が配電室へと赴き、電源供給のカットを行うこととなったわけなのですが……」

 

 

 そう宣言するのは、あの面々の中で一番防御力の高い人物であったマシュちゃん。

 まぁ、今のところ管制室が危険に晒されている……ということもないので、彼女を前線に送り込むのはなにも間違いというわけではない。

 

 ついでにキーアちゃんからのお願いを聞いている私が、彼女に付いていくことになるのもこれまた間違いではない。……いやまぁ、ちょっとだけ「えー」みたいな顔をされたけども。

 

 

「こちらの手伝いはしてくれない、とのことでしたが……最悪、ご自身の身はご自身の力で守って頂けるのですよね?」

 

 

 ……みたいな確認をされたので、最終的には折れたのだと見ていいのでしょう、多分。

 その時の台詞はマシュちゃんらしからぬ感じだったけど、これはいわゆるツンデレというやつでいいのかしら……?

 

 

「ツンデレではありませんっ。……いえその、心構えとしてといいますか……こちらを手伝っては頂けない、と貴方自身が明言していた以上、こちらとしても一応明言しておかなければいけないといいますか……」

「真面目ねぇ。こんな口約束、その時の状況如何によっては、幾らでもねじ曲げるものなのに」

「キリアさんが不真面目なだけですよそれ……」

 

 

 ……まぁそんな感じで、ゆるーく私の同行が決まったわけなのだけれど。他の面子決めに関しては、わりと難航していたのだった。

 

 その中でも特に議論が紛糾したのが紫ちゃんなんだけど……今の状況を『ジュラシックパーク』……パニック系の作品みたいなものと考えた時、管制室に残るのと前線に出るののどちらが()()()()()()()()()?……というところの主張が、割れに割れたのです。*1

 

 

「別に紫を無能な指導者、なんて言うつもりはないわ。……けどだからこそ、管制室に残しておくと酷い目にあいかねないと思わない?」

 

 

 ……と主張したのはシャナちゃん。

 確かに、偉い人が安全な後方でふんぞり返っている……というのは、こちらが追い詰められている・攻撃されている側である、というような状況下においては、真っ先に脱落するポジションのようにも思える。

 頭を潰せば大抵の集団は烏合の衆*2と化す、というのは道理なのだから。

 これに対して反論したのが、なんとタマモちゃんだった。

 

 

「言うても紫はんって、運動に関してはなんとも言えへん感じやろ?ウチ、イメージ的にはスキマに腰掛けて眠そうにしとる……くらいのもんなんやけど」

「紫お姉さん、今は大体歩いてるけど……でも確かに。運動が得意そうな感じはないよね」

「ぬぐ、貴方達二人にそう言われると、なんだか傷付くわね……」

「「なんで?!」」

 

 

 すっかり仲良しさんな感じのタマモちゃんとかようちゃんに疑問を呈された紫ちゃんは、ぬぐぐ顔をしながらそれを肯定。……多分、体型とかが近い(ロリ仲間な)相手にダメそう、って言われたのが意外と堪えた、ということなのかしら?

 

 でも確かに。『八雲紫』というキャラクターが、走ったり跳び回ったりするようなイメージはない。

 そしてイメージがないということは、所詮はなりきり(模倣)である彼女達にとってのそれらは、伸ばし辛い・補い辛い欠点となりうる……ということでもある。

 

 勉強が苦手、というアイデンティティを抱えているのび太君をなりきりしたとして、そんな彼が周囲に望まれたとしても──テストで百点を()()()取る、みたいな行為はそうそう行えないだろう、というような話だ。

 なお、()()()()()()()()()わりと抜け道はある方のキャラでもあるので、のび太君が百点を取ったからと言って再現度が低い、ということにもならないわけなのだけれど。*3

 

 話を戻して、紫ちゃんについてだけど。

 本来の『八雲紫』は……最近は苦労人属性が付与されつつあるものの、基本的には黒幕系に分類されるキャラであり……すなわち頭脳を以て働くタイプであって、決して肉体労働をするようなタイプではない。

 彼女の持つ能力の性質上、本当なら近接戦もできなくはないとは思われるけれど──それも彼女のイメージである、淑女めいたそれからすれば……()()()()()()()()()()()()という方向性に縛られることは目に見えている。

 

 ゆえに、彼女が足を実際に動かして走る……なんてことはまずしないはず、ということになるわけで。

 もし仮に足で移動する、ということになっても『靴底の摩擦力の境界』を弄ってスケートのように滑る、というくらいが妥当なものとなるでしょう。

 さらに付け加えるのであれば、この紫ちゃんは背丈が少女──ともすれば幼女の域の存在である。……余計のこと、素の身体能力が高いとは思えない。

 

 結果、前線に連れていくには体力とかが足りていない、というタマモちゃん達の主張に繋がる……というわけなのである。

 これは、仮に走らずスキマに腰掛ける……という、本来の彼女のイメージを遵守したスタイルであったとしても、やっぱり止めといた方がいい、という発言が出てくる理由ともなる。

 

 

「あー、うん。そうね、その移動の仕方をするのであれば、変身し(大きくなら)ないとダメねぇ」

 

 

 なんて風に彼女が言う通り、小さい紫ちゃんは常時スキマを出し続ける、ということはできない。

 

 それは単純に、この姿の彼女はそれだけの時間、能力を使い続けられるだけの体力とか妖力とかが足りていない、ということ。……再現度以前の問題なので、それを補うのであれば彼女は変身するしかない、ということになるわけなのだけれど。

 以前よりは負担などについて改善されたとはいえど、彼女の変身とは自身の心身に負担を強いるもの。

 電源供給をカットすればこの異常は解決する、とは断言できない今の状況下において、早々に持ち出すには勿体なさすぎる切り札……ということになるのです。

 

 

「だったら余計のこと、戦力の揃っている前線に連れていくべきよ。仮に、適切な場所で紫の能力を使用すれば、この一件は片付く……というのが正解なのであれば、この事態を引き起こした相手が紫を放置する、なんてことはあり得ない。まず間違いなく、守護の手が薄くなった紫を行動不能にしてくるわよ」

「それは前線でも似たようなもんやろ。そもそもこれ、デュエリスト案件なんやろ?せやったら『硫酸のたまった落とし穴』とか『異次元の落とし穴』とか、こっちの対処が難しい罠とかわんさか仕掛けられてるかもしれへんで?」*4

 

 

 とまぁ、お互いが主張を示しあったわけなのだけれど。

 ……ご覧の通り、互いの意見には相応の説得力があり、どちらが正しいとも言い辛い状況。

 それにほんのりと互いにライバル視?してるような感じになっていて、余計のこと意見が纏まりそうにない感じと言うか……。

 

 こうなってしまうと最早議論だけで時間が過ぎてしまう……とこちらが危惧する前に、結論を出したのは琥珀ちゃんなのでした。

 

 

「あー、議論の最中で大変恐縮なのですが……そもそもの話、マシュさんを前線に出すという時点で、こちらの守りが手薄になる、ということについては既に考慮済みでですね?」

「……そうなの?」

「そうですよー、じゃなきゃか弱い琥珀さんがマシュさんを前線にー、なんてするわけないじゃないですかー!」

「かよ、」

「わい……?」

「そこで困惑されても困るのですがー!?」

 

 

 彼女が語った内容は、そもそもマシュちゃんという、一人いれば防御面全ての心配を投げ出せるような人員を前線に投入している時点で、ある程度管制室の防御に関しては考えている、というもの。

 実験室がデュエリスト案件な感じの技術が使われているように、この管制室に関してはまた別の技術体系を採用しているようで。

 

 

「その名も守護兵装アヴァロン!……いやー、アルトリアさんの協力あってのものとはいえ、まさかこれほどのモノが出来上がるとは私も思ってなか……いやなんですか皆さん?信じられないようなものを見たような顔をして?あ、もしかして鞘そのものと勘違いしていらっしゃいます?流石に観測もできていないような六次元以降とか、再現とか利用とか不可能なので四次元までしかシャットアウトできませんよ?」*5

「それでも大概じゃないかしらねそれ!?」

 

 

 その技術体系というのが、いわゆる型月系の技術。

 鞘の破片の一部、という聖遺物級の物品をアルトリアから提供された結果完成したそれは、流石に本物ほどの効果はなく、あくまで短時間管制室内を外界と非接続状態にする、というものらしいのだけど……これ、キーアちゃんが聞いたらあれこれとツッコミを入れていたでしょうね。

 とりあえずは『なんで鞘持ってるのよアルトリアー!?』とか、『四次元までシャットアウトとか、時間遡行とかは防げるじゃんかー!?』とか、その辺り?

 

 ともあれ、起動中はそもそもどこにも繋がっていない、という環境を用意できるそれは、マシュちゃん級とは言わずともかなり信頼性のある防御手段、ということができるでしょう。

 そんなものを持ち出されては、シャナちゃんもその主張を引っ込めざるを得ず。

 

 結果、前線に赴くのは琥珀ちゃんと紫ちゃんを除いた他の面々、ということになるのでした。

 

 

「見た目的には、かようさんもお残りになるべきなのでは、と思わなくもないのですが……」

「私結構身軽だし、タマモお姉さんも言っていた通り罠とかもあるかもだし。なにが起きるかわからないんだから、人手は多い方がいいよね?」

「実際問題、かようちゃんもタマモちゃんみたく空を跳べるタイプの人だからねぇ。滅多なことでは罠とかには捕まらないでしょうし、別にいいんじゃないかしら?」

 

 

 それになにより、本人が張り切っているみたいだし。

 そんな紫ちゃんの宣言により、かようちゃんもまた前線組となっている。……なにがあれって、この子仮にも擬獣(ビースト・イマジナリィ)に関わる存在だから、下手するとこの中で一番強いかもしれないのよねー。

 

 今はついてきていないけれど、存在が捻れている以上は他の面々──れんげちゃんや蝶と猫、それらの人員の追加もあり得なくはなく。

 そうなればもはや百人力、並大抵の相手には遅れを取らないだろう、というのはわざわざ確認するまでもないこと。

 ゆえに彼女が付いてくるのは、半ば確定事項だったわけなのです。

 

 とまぁ、そんな感じにメンバーが選定されて行き、私達は巨大な森へと足を踏み入れたわけなのだけれど。

 

 

「……たーすーけーてー」

「想像以上に罠が多いです!?」

 

 

 周囲から響くそんな声に、私は思わず天を仰ぐ羽目になるのでしたとさ。……いきなり口約束を破るしかないみたーい。

 

 

*1
『ジュラシックパーク』そのものはパニック系の作品ではないが、似たような展開にはなりやすいので挙げたもの。パニック系作品とは、何かしらの脅威的な存在により、心身を危険に晒される環境下においての人々の動きを主題とした作品のこと。こういう作品において、司令官というものはとかく死にやすい(無能だろうが有能だろうが、変わらず死亡しやすいイメージがある、の意味)

*2
カラスの集団を意味する言葉。集まったカラスは好き勝手に鳴いているように見えることから、規律や規制のない集団、秩序のない軍隊などを示す。なお、カラスにも普通にルールとかはあるので、実際のカラスの集団は烏合の衆ではない

*3
ひみつ道具を使って点を取る、などの話が存在する為。というかそもそも勉強が嫌いなだけであって、のび太そのものの頭の出来はわりと良い方だと思われる(道具の悪用法なども思い付く為)

*4
『硫酸のたまった落とし穴』は、裏側守備モンスターの守備力を参照し、それが2000以下の場合破壊する罠カード。昔のゲームでは攻撃してきたモンスターの攻撃力を参照して、3000以下の時に破壊するカードとなっている。『異次元の落とし穴』は相手が守備表示でモンスターをセットした時、自身のモンスター1体と合わせ、破壊して除外する罠カード。普通に使うとディスアドバンテージだが、自身のモンスターを破壊して除外できる点に注目すると、活かし方も見えてくるかもしれない。なお、カードの効果は別として、リアルで存在したらどちらの罠カードも、ヤバいことになるのは目に見えていたり

*5
アルトリアの宝具の一つ、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』のこと。アーサー王伝説において、アーサー王が死後に向かうとされる妖精郷の名前を冠した鞘であり、本来は名を持たぬ『エクスカリバーの鞘』でもある。持ち主を不老不死にする、なんて効果に加え、真名解放すれば六次元までの交信や物理干渉・並行世界からのトランスライナーなどをシャットアウトするという防御宝具。その効果は凄まじく、事実上個人の持てる宝具でこれより防御力の高いモノはほぼ存在しない(マシュの『いまは遥か理想の城』がどうかなー、くらいのもの)



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幕間・リバースカードオープン!

「いや、舐めとったかもしれんなこれは」

 

 

 額の汗を拭うタマモちゃん。

 その体のあちこちには、白くモチつくなにかがベッタリと。……無論怪しいもの(?)ではなく、ケフィア……もといトリモチなわけなのだけれど。*1

 よもや、外に出たその最初の一歩で、トリモチに突っ込むことになるとは思っていなかった彼女は、モノの見事に罠の餌食になっていたのです。

 そしてそれは、他の面々にしても同じこと。

 

 

「頭に血が昇るぅー……」

「わわわ、かようさん今お助けしま、きゃああああっ!?」

「うわっ、マシュお姉さんが落とし穴に?!」

「慌てて盾を壁に突き刺して止まったけど……それ、一人で出られる?」

「……救助をお願いします……」

「あーうん、先にかようの方を助けてからでもいい?」

「構いません……」

 

 

 こんな感じで、私以外のみんなは悉く罠にはまっている始末。

 今は平気そうな顔をしているシャナちゃんも、さっきは足元に仕掛けられていた縄に引っ掛かって、思いっきりこけていたし。

 幸い大した怪我とかはしていなかったみたいだけど、よもやそんな古典的な罠に引っ掛かるとは思っていなかったのか、とても恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていたりもしたわねー。

 

 ともあれ、この森に罠が仕掛けられているかも?……というタマモちゃんの主張は、こうして現実のモノとなったわけで。

 こうも罠にはまり続けている彼女達を見ていると、私も信条を曲げて手助けしてあげるべきかなー、なんて風に思ってしまうのでした。

 

 

「そりゃまた、どういう風の吹き回しなんや?」

「幾ら足元が疎かになっていた、と言ってもシャナちゃんなら顔面から地面にダイブ、なんてことには普通ならないはずでしょ?」

「ん?……んー、せやな。そないなことになったら、シャナなら飛べばええもんな」

「そうそう」

 

 

 そうして前言を撤回しようとする私に、服についていたトリモチを全て取り終えたタマモちゃんが、疑問の声をかけてくる。

 確かに、口約束なのだから幾らでも無下にする口実なんてあるわよ……なんてことを私も言いはしたけど、ここまであっさりと翻すようなものでもなかっただろう、という言い分もわからなくはない。

 

 なればその理由は、ここに仕掛けられている罠の性質にある、と言って良いでしょう。

 そうして例にあげたのは、先んじて罠にかかっていたシャナちゃんの様子。

 いっそ殺して、みたいな感じに顔を覆う彼女は一先ず置いとくとして……普段であれば、彼女がそんな罠に引っ掛かるとは思えない。仮に引っ掛かったとしても、そこから地面にキスをする羽目になる……なんてことにはならないはず。

 

 なにせ彼女は()べるのである。

 被験者二人──タマモちゃんやかようちゃんのように()んでいるわけではなく、文字通りに()()できるのが彼女なのである。

 

 彼女はレベル5なので、再現度が足りないと言うこともない。ならば何故、彼女は無様にも地面に激突する羽目になったのか。

 無論、周囲が木々に囲まれているため、炎の翼なんて出したら燃えてしまうから、という危惧もわからないではない。……が、彼女の炎は存在の力によるもの。物理的な熱量も持ち合わせているが、それを周囲に伝播させないように変じさせるのは、寧ろできて然るべきなのが彼女達フレイムヘイズなのである。*2

 

 ──要するに、周囲を気にして炎の翼を出さなかった、という考えは間違いだ、ということ。

 ならば何故、と同じ問いをもう一度繰り返し──その答えとして、こう答えよう。()()()()()()()()()()()と。

 

 

「……悪辣?」

「彼女は炎の翼を出()なかったのではなく、出()なかったんだってこと。縄に引っ掛かるつもりもなかったし、そこから顔面ダイブするつもりもなかった。なのに何故、彼女は罠に引っ掛かってしまったのか……それはつまり、この罠は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()タイプのモノなのよ」

「……なんやそのクソゲー!?」

 

 

 私の出した結論に、思わずとばかりに絶叫するタマモちゃん。

 それもそのはず、この森に仕掛けられた罠というのは、実際に引っ掛かってみるまでそれがある、ということに気付けない性質のモノだと言ったのだから。

 いわば必中の罠。避けるも躱すもできないのであれば、それはもう素直に引っ掛かるしかないということ。できる対処が常に後出しにされる、というのはあまりにも恐ろしいことだと言える。

 

 幸いにして、命を直接奪うようなモノはない……というか、仮に重症確定の罠であっても、このなりきり郷のフィールド特性……もとい、性質である非殺傷を受け継いでいるらしいのだけれど、それが朗報かどうかは微妙なところ。

 殺傷性があるのであれば、ある程度諦めて別の方法を探す、という対処を取るのが自然となるけど、この状況においては多少無理にでもゴリ押した方がよい、ということになってしまう。……死にはしないけどすっごく疲れる、というのは如何ともし難いところでしょう。

 

 あと、今のところ郷のルールに従ってくれているから、非殺傷になっているけれど。……もし向こうの支配力が高まった場合、突然殺傷力のある罠が飛んでくる、なんてことにもなりかねない。

 そうなってしまうと、必ず引っ掛かるという性質を持つこの罠達、まさに回避不可避のデストラップになってしまうわけで……うーんこれはひどいクソゲー。

 

 まぁともかく、シャナちゃんが引っ掛かってしまったのは、彼女が油断していたわけでなく、罠の方が一枚上手だったから。

 今のところは子供騙しなトラップが多いけど、それが先の方まで同じだとは限らない……というのが、今回私が言いたかったこと、ということになるのかしら。

 

 

「……こうなってくると、できうる限り地面には降りない方がいい、ってことになるのかしら?」

「んー、それもどうでしょうねぇ。足元に縄ー、みたいな感じに木々の間に縄でも張り巡らされてたら、下手すると首とか酷いことになるわよ?」

「うわっ、怖いよキリアお姉さん!?」

 

 

 ならば、罠の仕掛けられている地面に降りなければいいのでは?……とシャナちゃんが提案するけど、なにも落とし穴ばかりが罠の華、というわけでもない。

 ワイヤートラップ*3のようなモノが張り巡らされていた場合、死にはしないだろうけど……ボンレスハム*4みたいなことになるわよ、みたいな。縄が食い込んで酷いことになるわね、多分。

 

 その状況を想像してしまったのか、かようちゃんが顔を青くして叫んでいるけれど……単なるワイヤーじゃなく、クモの巣みたいなタイプでも酷いことになるわよねー、と言えばさらにキャーキャー叫んでいた。

 

 

「……ん、かようはクモ嫌いなんか?」

「嫌いというか、嫌になったというか……」

「そらまた、なんで?」

「だって、()だから……」

「あー……」

 

 

 なお、その理由は彼女の半身……もとい四身?であるうちの一人が蚕──クモに捕食される側の存在であるから、という至極真っ当なモノだったのでした。

 

 

 

 

 

 

「お相手の罠が悪辣、ということは理解できました。……ですが、それでも私達にできることは前進だけ、なのですよね?」

 

 

 落とし穴からどうにか這い上がってきたマシュちゃんが、これまでの話を踏まえたうえで声をあげる。

 確かに、彼女達の目的はこの異常の解決。それを為すためには、一先ずこの道の先にある配電室へと到達し、装置への電源供給を断つことが必要となる。

 

 ……いやまぁ、なりふり構わないのであれば、周辺施設ごと粉砕する、というのが一番早いのかもしれないけれど……それ、下手するとみんな生き埋めよね?流石に郷そのものが崩落するとは思わないけども。

 階層ごとに空間が別となっているからこそ、思い付く最後の手段というやつなのだけれど……文字通り最後の手段なうえ、それで問題が解決する保証もないのであまり取りたくない手段でもある。

 

 なのでまぁ、特に対処法が思い浮かばないのであれば、このまま罠を踏みながら先に進む、という方法以外ないわけなのだけれど……。

 

 

「……守護兵装アヴァロンの稼働時間って、どんくらいやったっけ」

「およそ一日、ですね。それ以上はシステムの冷却期間を挟むため、およそ三日ほど再起動は不可能となるはずです」

「うーん、一応まだ時間は経ってへんけど……そないに余裕があるかはわかれへんなぁ」

 

 

 マシュちゃんの言葉に、タマモちゃんが腕組みをしながら唸っている。

 例のアヴァロンの起動は私達が出立してからなので、まだ残り時間は半日以上ある。……けれど、罠に時間を取られていては、その余裕もどれほど持つものか。

 隔離から復帰したからといって、すぐにすぐ紫ちゃんが酷い目にあうとも限らないけれど……どちらにせよ可能性の話をする限り、最初から()()()()()()のが一番になる、ということに変わりはない。

 

 いやまぁ、実際に罠に引っ掛かってみて、命に危険が無いことがわかったわけだし、バリア解除後に紫ちゃんを襲うモノも、言うほど大したモノではない可能性はあるわけだけれども。

 

 

「……逆に、確実に行動不能にしてくるようななにかを用意している、という可能性もありますし」

「時間停止とか空間隔離とか、そういうこっちに対処できないようなものが使われる可能性もあるものね……」

 

 

 嘆息するシャナちゃん。……彼女の言う通り、殺傷系はどうにかなれども、封印系はどうにもならないわけで。

 単に『六芒星の呪縛』*5とかされるだけでも結構致命的なので、結局後手に回り続けるのは望ましくないのだ。

 電源を無事カットしたあとも事態が解決を見なければ、そのまま彼女達は次の場所へと向かわねばならない。

 そういう点から見ても、解決の序の口である今の状況で時間を取られるのは得策ではない。

 

 と、なれば……。

 

 

「ふぅむ……。よーし、じゃあちょっとしたゲームをしましょう。魔王の手を借りられるかどうかの、ゲームをね?」

「ゲーム、ですか?」

 

 

 足りないものは、よそから持ってくるしかない。

 この場合は、静観を決め込んでいる私から、ある程度の協力を引き出すことがそれに当たるだろう。

 

 そんなことを自分から言い出した私は──無償で手伝う気はさらさらないので、せめて私を愉しませてみなさいと、ニヤニヤ笑いながら告げるのでした。

 

 

*1
漢字では『鳥黐』。植物由来の粘着性の物質。鳥や昆虫を捕まえるのに使う。なお、『餅』の名前の由来が、トリモチの原料である『モチノキ』、およびそこから作られるトリモチから来ている……という説がある。現代において、トリモチを使っての鳥類の捕獲は禁止されており、破った場合には検挙対象となるので注意が必要だったりもする

*2
なお原理としては逆。そもそも燃えない炎(存在の炎)に、『焼却』という破壊の概念を意識して付与する……という形の方が正解

*3
基本的にはワイヤーを使った罠のこと。ワイヤーの先に爆弾が仕掛けられており、ワイヤーに当たって引っ張ることによりそれが爆発する……というタイプのものが一般的だが、ワイヤーそのものの視認性の低さを利用し、対象が高速で動くことが予測される場合、適切な位置にワイヤーを張ることで相手を切断する……なんてこともできたりする。用意が手軽なわりに殺傷力が高すぎる為、古来から戦争などで使われてきた意外と由緒正しいトラップだとも。なので調べると実際に首を切断された話、というのは意外と出てくるのである……間違ってもイタズラでピアノ線やワイヤーを張ったりしないように!

*4
『骨無しハム』のこと。いわゆる生ハムの原木のように、ハムにも骨付きのハム、というものが存在する(=ボンインハム)。それとは反対に、骨が付いていないのでボーンレスハム、ということ。ハム(ham)とは元々『動物のモモ肉』の意味であり、そこから『モモ肉の塩漬けの加工品』などを表すようになったそうなので、元の意味としては生ハム・かつその原型である生ハムの原木というものが、ハムの原義に沿ったもの……ということになる。現在では製法が近いモノは全てハム、と呼ばれるのでその種類は多岐に渡るようだ。ここで言うボンレスハムのイメージとは、縄で縛られたモノのことを指す

*5
『遊戯王OCG』の永続罠カードの一つ。選択モンスターの表示形式の変更と攻撃を制限する。逆に言うと、それ以外に制限はないので現代遊戯王においては正直使われることのないカードとなっている(リリースやエクシーズ素材にする、などの方法で容易に回避できるうえ、そうして回避された場合無意味に残り続ける為)。描かれているのは通称『ダビデの星』と呼ばれるものだが、ユダヤ教の象徴でもある為海外版では絵柄が変更されている



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幕間・さあ、ゲームを始めよう

「この状況で、ゲームと言うと……」

「まさか、闇のゲーム……!?」

「そうそう、私が貴方達をガンギマリな顔で見つめながら、『走れ走れー、迷路の出口に向かってよー!』とか言って……って、そこまで非道じゃないわよ私も!」*1

「誰もそこまで言うてへんわっ!?」

 

 

 私の口から飛び出したゲームという言葉に、一様に不安げな顔を見せるみんな。

 その態度に思わずノリノリになっちゃったけど……そういう危ないのじゃないですーと溢せば、何人かはあからさまにほっとしたような表情を浮かべていたのでした。

 ……いやまぁ、私の存在的な区分って、人類の敵対者・すなわち魔王なんだから、そういう警戒は間違いじゃないとは思うんだけどね?

 

 

「むぅー、こういう時はどっちかといえば、手伝ってくれるってところに注目して『やったー!お母さん大好きー!』とか言って貰えれば嬉しかったんだけど……」

「……ヤッターオカアサンダイスキー」

「なにその清々しいまでの棒読み!?」

「棒読みと言うよりは、トラウマを思い出して片言になった、って感じの台詞ね……」

 

 

 ここは、手伝ってくれるという優しいお母さん(二回行動とか全体攻撃とかしてくれそうなやつ)に感謝するところじゃないのかなー、と思った私なのですが。

 ……母、というワードによって、なにかトラウマスイッチ的なモノが入ったらしいタマモちゃんの様子に、そんなことを言っている場合ではなくなってしまうのでした。

 

 

 

 

 

 

「ウチは……ウチは……赤ちゃんやない……?」

「そうです、しっかりしてくださいタマモさん!!」

 

 

 ゲームをするような状況でもなく、タマモちゃんを全員で介抱すること暫し。

 虚ろな目から光を取り戻したタマモちゃんは、小さく頭を振りながら元に戻ったことをこちらに知らせてくるのでした。

 ……なお私は正座で反省させられています。なんでー?

 

 

「なんでもなにも、貴方がタマモのトラウマを刺激したからでしょ?」

「ええ……母親にトラウマとかどういうことなの……?」

 

 

 母と言えば全てを包む大地、それに恐怖を抱くとかワケわかんないのだけれど……?

 ともあれ、タマモちゃんも元に戻ったので、正座を解いてちゃんと立つ私である。……いやまぁ、浮いてたから痛かったり痺れたりとかはないんだけどね?

 

 

「むぅ、ずるいと言うべきか、そのおかげで時短できそうだからありがとうって言うべきなのか……どっちなのかなー、これ?」

「笑えばいいんじゃない?」

「え?」

「え」

(ジェネレーションギャップ、というやつですね……)

 

 

 そんな私の様子を見て、かようちゃんがむむむと唸っていたのは、偏に『私が協力した時に得られるモノ』を、端的に示していたからだろう。

 ……と、言うのも。さっきから罠にはまっているのは、()()()()()()()なのである。

 

 それもそのはず、今の私は当たり判定を消しているため、罠の起動条件を満たしていないのだ。

 ……まぁ、地面との接触判定ごと消しているため、常に空を飛び続ける必要もあるのだけど。

 重力の判定も無視しているから、実際には無重力・星の引力に引かれることはないけれど……代わりに、どこにも接触できないってことは、推力とか自分で生み出さなきゃいけない……ってことでもあるわけだし。*2

 

 まぁともかく、独特の操作感に慣れて貰う必要こそあれど、確実に罠を無視できる今の私の状態……と言うのは、今の彼女達に取っては喉から手が出るほど欲しいモノ……かどうかはまぁ微妙だけど、ともあれあって困るものではないというのは確かなわけで。

 

 

「ゆえに、私に挑んできなさい娘達!私は戦闘ではすぐ負けるし頭脳勝負でもポンコツだぞー!」

「えー……」

「……そこで嫌そうな顔をされると、キリアんちょっとへこむなー……」

「あ、母モードではなくなりました。今こそ畳み掛けましょう!」

「おー!」

「えぇ……?」

 

 

 だからこそ、心を鬼にして彼女()達の前に立ち塞がることを決めたのだけれど……いやその、露骨に嫌な顔するの良くないと思うのだけれど?別に()()()()()()とは言ってないわけだし。

 思春期の娘に嫌われるってこんな感じかなー、みたいな感想もでないではないけど、それ以上になんかしらけた*3というかなんと言うか……。

 

 そうして()に戻ってしまったことを察したのか、打って変わって突撃してくるみんなの姿に、思わず嘆息することになる私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、私を倒してもいずれ第二・第三の魔王がうんぬんかんぬん……」*4

「ほ、本当に弱い……」

「単に勝つだけならなんとでもなる、ってのは本当だったのね……」

 

 

 カードをばらまきながら地に伏せる私を前に、かようちゃんとシャナちゃんの二人が唖然としたような表情で言葉を交わしている。

 それもそのはず、時間的余裕がそこまであるわけでもない……ということで選ばれたトランプゲーム・ブラックジャックでの勝負は、全て私がバーストする……という形で決着が付いていたのだから。*5

 

 四人のうち三人が勝てばそちらの勝利、という形で始まったゲームは、最初の一・二戦こそ慎重に、カードを見極めて引いていく……という基本を守っていた彼女達だけど。

 その二戦とも勝手にバーストしていった私の姿に、以前キーアちゃんが言っていたことを思い出したのか。

 三戦目のタマモちゃんが「まさかなー」みたいな顔で初手スタンド*6をしたところ、親側のルールに則った私は綺麗にバーストしたのでありました。……もはや不戦勝みたいなモノですね(白目)

 

 まぁ、私が『協力しようかな?』って言った時点で、ある意味確定していた結末なので、こちら側に特に思うことはないわけなのですが。

 

 

「……こちらのルールとは別のルールで生きているんだ、って改めて実感させられるわね……」

「そりゃまぁ、本来ならここには居ないはずの人ですので。負けとか別に全然悔しくないいえ悔しいけどそれを呑み込むのが私達なのよ!お分かり!?」

「突然逆上しないでください!?」

 

 

 でも別に悔しくないわけじゃないから、そのうちまたリベンジしてやるからなー!覚えとけよー!!……なんて捨て台詞を吐く私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「ではお一つお立ち会い。浮きまーす」

「ああなるほど、『空を飛ぶ程度の能力』……」

 

 

 みんなの手を繋いで、能力起動。

 それがなにを元にした能力なのか気が付いたシャナちゃんが、嗚呼と声を溢していたけれど……まさしくその通り。

 

 私一人だけを対象とするのなら、他の方法もなくはないのだけれど。

 複数人を一度に対象として、効果を発揮させようと思うのであれば……既存の能力を使った方が()()()()()、というのはまさに道理なわけでして。

 特に、私とかキーアちゃんが使う『虚無』は()()()()()()()()だと、みんなに死ねと言うんじゃな!*7……みたいな感じになってしまうので、危なっかしくて使えたモノではない。

 

 なので、既存のモノで似たようなことができる技能──霊夢ちゃんが持つ『空を飛ぶ程度の能力』を間借りしている、というわけなのでありました。*8

 本人が居たらどういう反応をするか、みたいな問題はあるけれど……今のところこの世界には居ないみたいだし、大丈夫よねたぶん!

 

 

「まぁ、紫ちゃんの前で使うのは止めた方がいい……ってのは確かなんだけどねー」

「まぁ、喧嘩売ってるみたいなもんやしなー」

 

 

 みんなで空を飛びながら、ぐだぐだと管を巻く。

 今回のメンバーに、もし紫ちゃんが混じっていたのであれば、私もまた別の方法を考えたでしょう。

 ……今の彼女は本来の八雲紫とはずれているけれど、それでも大切な相手である霊夢ちゃんの能力を勝手に使った、となれば愚痴の一つや二つ、飛んできてもおかしくはないわけなのだし。

 

 まぁ本人度が高かったら、問答無用で殺しに掛かってこられてもおかしくはないのだけれど。……コピー能力系って、そういうところで恨みを買うから大変よねー。

 

 なお、後々報告の時に、仮に向かってくるなら全力でおもてなしするわよ……と言ったら、『ぜっっっったいにやんないわよっ!!?』と返されてしまった、ということもここに合わせて記しておきます。……敵対するのって難しいわねー。

 

 

*1
『遊☆戯☆王』より、初期の方の闇遊戯の台詞。一応、敵であるゾークの影響によるもの、とのことだが……どう考えても悪人である。初期の方はダークヒーローめいたキャラ付けだったから、ということも一因にあるのだろうが。なおこの台詞が出た回は、何の因果かOCG化もした『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』の登場回だったりもする(遊戯の友人がファンであるアメコミヒーロー。元は死神だが、正義の心に目覚めたダークヒーローなのだとか)

*2
無重力下においては、自身に掛かる力というものは一切ない為、移動するには自分から推力を発生させるか、はたまた何かに捕まる・引っ張って貰う必要がある。また推力に関しても、何かを放出するという形式でなければ、前後の推力が釣り合う為動かない……なんてことも多発する

*3
白くなる、面白くなくなるという意味の言葉。『明るみにでる』という意味があり、そこから『隠されていたモノが公になって、面白味がなくなる』という意味で使われるようになった、とされる

*4
悪役がやられた時のお約束の台詞。一度前例があるのだから二度めも、二度あることなら三度ある……とばかりに警鐘を鳴らす台詞。元ネタはゴジラであるとか怪人二十面相であるとか、色々言われるがあまりはっきりしない。『二度あることは三度ある』ということわざがあるように、昔から似たようなことが言われ続けているのかもしれない……

*5
トランプを使ったゲームの一つで、カードの数字の合計が21になるように揃える遊び。絵札は全て10扱い、Aは1か11として扱うなどのルールがある。また、基本的には親側は数字の合計が17を越えるまでカードを引かなければならないというルールがあり、これにより親のカードの数字が21を越えることを願わなければならない、17以下の数字でカードを引くことを止めるのは、必然的に子側の敗けを近付けることとなる為場合によっては無理をして三枚目以降を引く、なんて決断を迫られることも。また、数字が21を越えることをバースト、もしくはバストと呼ぶ

*6
専門用語で、カードを引くことを止めること、現在の手札で待つこと

*7
ゲーム『ポケットモンスター』の初代組における、主人公の名前付けとそれに対するオーキド博士の台詞から。この時オーキド博士は主人公の名前を復唱(ふむ……○○と言うんだな)してくれるのだが、名前を『わしにしね』とすると、博士に対して死ね、と言っているような台詞となる。特に意味があるわけではないが、何故か笑いを誘う台詞なので有名になった。なお、ニンテンドーSwitchにおけるリメイク作『Let's Go! ピカチュウ・イーブイ』においては、『しね』がNGワードになっているらしく弾かれてしまう

*8
『東方project』シリーズの主人公、博麗霊夢の能力。仏教における『空』の要素が混じっているらしく、本気を出すとあらゆる干渉をすり抜けるようになる、のだとか。重力から解放されている彼女は、この世のあらゆる枷からも解放されているとかなんとか



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幕間・電源施設と言えば回るピカチュウ

「ええと、予定ではそろそろ見えてくるはずなのですが……」

 

 

 相手がチートを使ってくるのなら、こっちだってチート使ったるわい!……ということなのかどうなのかはわからないけれど。

 ともあれ、当たり判定を消して突き進む……という、掟破りの横紙破りな方法を以て、罠という罠を無意味にしてきた私達である。*1

 

 そうして、結構な距離を進んできたわけなのだけれど……フィールドの書き換えにより、各所の距離やら面積やらまでもが改変されてしまっているとは言え、そろそろ目的地が見えてきてもおかしくないのでは?……というような趣旨の言葉をマシュちゃんが溢したわけでして。

 そうなると、地図もないのに何故目的地までの距離とかがわかるのか?……みたいな疑問を抱く人がいるだろうことは間違いなく。

 なのでここに関しての説明を入れておくと──まぁ要するに、それも私の手伝った結果の一つ……というわけなのでございまして。

 

 さっきのゲームでは、四人目の対戦を始めるまでもなく決着が付いてしまったわけなのだけれど。

 それではなんというか、この『頑張ろー』的な気持ちの収まりが付かない……みたいなことを言い出したかようちゃんの声を受け、これまた別のゲームで勝敗を競うこととなったわけなのです。

 で、そのゲームと言うのが……、

 

 

「……キリアお姉さん、じゃんけんも弱いんだね……」

「そりゃあもう、百戦百敗が私のモットー*2ですので」

「捨てなさいよ、そんなモットー」

 

 

 まぁ、特になんの捻りもなくじゃんけん*3だった、というわけなのです。……うんまぁ、そんなのやったら負けるよね!

 そんな十把一絡げの勝負の結果、かようちゃんが勝ち取った権利と言うのが、俯瞰*4系技能による全体マップ把握……だったわけなのでございます。

 

 

「……でもそれを、私に付与するのはどうかと思うんだキリアお姉さん……」

「いやまぁ、()()()()()()()()()()()()()()というか、私が視るのはちょっと()()()()()()()()()()というか。……ともあれ、その辺りのバランス感覚については厳しいのです、私」

「どこぞの次元の魔女さんみたいなこと言いよるな、あんさん……」

 

 

 ただ、私がマップを視て私が行き先を案内する……というのは、ちょっとばかり手伝いすぎている感じなので、あくまでも『そういう能力(俯瞰系技能)』をかようちゃんに貸してあげる、という形での補助になっているのですが。……端的に言えば安心院さんのスキル貸し出し、みたいな?

 

 そんな感じで彼女に貸し出したのは【衛星視(サテライト・ビューイング)】。簡単に説明してしまうと、いわゆるG○○gleマップみたいな見方ができるようになる技能である。

 ……え?伏せ字になってない?気にしない気にしない。*5

 

 

「いや、幾らなんでも大雑把に説明しすぎでしょ。……ほぼほぼ千里眼じゃないの、話を聞いてると」

「まぁ、建物透過とか個人を対象にしての範囲指定とか、ちょっとした追加機能はあるけれど、基本的にはそういう俯瞰視の一種でしかないからねぇ。変に高尚な能力ー、みたいな言い方をする方がアレ……みたいな?」

「……いや、そんなこと言われても、こっちには違いなんてわかんないわよ」

 

 

 まぁ、ちょっと名称を言い直すだけでファンタジー感溢れる技能になる辺り、かがくのちからってすげー!……的な気分にならなくもないわけなのだけれど。

 

 ともあれ、単純に技能を貸し出しただけなこともあり、かようちゃんは視覚から得られる情報の爆発でオーバーヒート気味に。……必要な情報の絞り方とかわからなかったようだから、さもありなん。

 というわけで、迂闊に悪魔とかそういう魔的なモノと契約を結んじゃダメよ……という教訓を与えつつ、外から能力の出力調整をしてあげることになったりもしたのでしたとさ。

 

 

「お姉さんの意地悪ぅ……」

「そりゃまぁ魔王ですし。負けたから素直に言うことを聞く、って思う方が間違いってやつよね」

「……本音は?」

「こうやって露悪的なところを見せることで、しっかりと倒すべき悪であることを認識させて、そのうちどこかで私を倒す勇士として覚醒をして欲しいな……って、なにを言わせるのよ!」

「なんやこの人、なんもかんも勝手に自爆するんやけど」

 

 

 なお、そうして原液に近い能力を与えたのは、私が魔王なのだと主張することにより、いつか私を倒すことを望むようになるように……という、ある意味光源氏*6的な計画だったことがバレたため、みんなからは呆れたような視線を向けられることとなるのでした。……あれー?

 

 

 

 

 

 

 ぐだぐだと話をしているうちに、ようやく目的地にたどり着いた私達。

 こちらの目の前に現れたのは、大きな木々とは不釣り合いな、大きな四角く白い箱のような建物であった。……人工物感マシマシで、違和感バリバリって感じというか。

 

 付近になにかしらの護衛が立っている様子もなく、周囲は至って静かなものである。

 出発前は予想されていた妨害も、今のところその類いのモノとも合っていない……あいや、一応罠とかはあったけどもそういう話ではなく。

 

 

「大きな虫とか、大きな鳥とか。……色々飛んでたけど、確かにこっちには向かってこなかったねー」

「この大きさやし、巨人とか恐竜とか出てくるやろかと思ってたんやけど、そーいうのもあらへんかったなー」

 

 

 仲良し二人組が『ねー(なー)?』と声を合わせているように、生き物による妨害……というものは一切飛んでこなかったわけで。

 ……この場所の静か過ぎる状況といい、なんとなく嫌な予感を覚えるのも仕方ないというか。

 

 

「ええと、この建物はあくまでも地下に繋がる表層部分であり、私達が目指さなければいけないのは、その道の奥の奥……というようなことが、あり得るのかもしれない……ということでよろしいでしょうか?」

「そうねぇ。普通ならあり得ない、って切って捨てるんだけど……そもそもここ、空間の広さに関しては既に広がりすぎてるくらいだからねぇ」

 

 

 マシュちゃんの言葉に、むぅと唸る私である。

 なにぶん、この森自体が本来の研究室の容積を大幅にオーバーしている以上、それが上と横方向にだけ発揮されている……という考えは、あまりにも現実が見えていないとしか言い様がなく。

 であるならば、この四角い建物が単なる地下への入り口で、さらに奥へと進む必要があるかも……なんて考えは、決して考えすぎとは言い辛いことなっているわけで。

 

 いやまぁ、本来ならこの階よりも下の階がある以上、この場所に()()()()()()()()()があるなんてことは罷り通らないわけなのだけれど……。そもそもここ、空間拡張技術をふんだんに使ってるからねぇ……。

 

 そういうわけで、目的地にたどり着いたはずが、実はまだまだ道のりは長かった……みたいな気持ちを味わってしまった私達は、暫しの間放心していた……というわけなのでした。

 まぁ、いつまでも固まっていても仕方ない、とシャナちゃんが声をあげたため、ノロノロと再起動を始めたのですが。

 

 ともあれ、これらの心配は杞憂となる可能性もある。

 今現在私達が居るのは建物の手前、中まで確認したわけではないので、ここから意外と単純な手順でことを終えられる、という可能性はなくもない。……なくもない、とか言ってる時点で信じてないだろうって?ごもっとも。

 

 

「ええい、ここでうじうじしてても仕方あらへん!ウチは行くでぇ!こうなったら一番乗りやー!」

「あ、タマモちゃん先走っちゃダメ……」

「……ああ、遅かったか」

 

 

 そんな停滞感を打ち破るように、タマモちゃんが我先にと駆け出して行ったのだけれど……まぁうん、動物の妨害は無いけど、罠が仕掛けられているのはここも同じなわけで。

 

 その辺りのことを忘れていたタマモちゃんは、うっかり私達の手を離して駆け出してしまったため、足を一歩踏み出した時点で落とし穴にボッシュート。

 ……どうにも底無し落とし穴だったようで、穴の中腹で「たぁすけぇてぇ~~」とか細い声をあげる彼女を救助するのに、ちょっとだけ時間を浪費することになるのでしたとさ。

 

 

「……いやほんま、これ攻略させる気ないやろホンマ……」

「咄嗟に壁に両手両足を打ち付けて止まれる辺りは、流石の反射神経よね、貴方」

「そないなとこで褒められても嬉しゅーないわ……」

 

 

 突然のことに宙を蹴る、ということもできなかったタマモちゃんは、咄嗟の判断で壁に四肢を打ち込むことで落下を止めたわけなのですが。……まぁうん、そりゃ止まりはするけども自力で戻ってくるのは不可能に近い、というわけでですね?

 

 結果、空を飛べるシャナちゃんに両脇から抱えられて地上に出てきた彼女は、とてもションボリとした様子でしくしくと涙を流していたのでした。……尻尾も濡れたし、みたいな?*7

 

 

「と、ともかく。ここからも慎重に、かつ迅速に行動することにしましょう!」

「そうね。そんなに時間は経っていないでしょうけど、悠長にしていてもいいって訳でもないでしょうし」

 

 

 気を取り直すように声をあげたマシュちゃん。

 その声に合わせ、改めて手を繋ぎ直した私達は、周囲を警戒しつつ建物の中に侵入したのですが。……ですが……?

 

 

「……なにこれ」

 

 

 思わず、とばかりに漏れた言葉はシャナちゃんのもの。

 しかして、その言葉はここにいるみんなが言いたいものだっただろう。その理由は……、

 

 

「ピカチュッ、ピカチュッ、ピカチュッ」

「ピー、ピカピカァ?」

「ピカッ、ピカチュピッ!」

 

 

 私達の目の前にあるのは、円形の発電機の上でせっせっと走り続ける黄色い生き物──すなわちピカチュウ達の群れと。

 その中心部、円筒型の機械の中心で光を放つ、白いカード……『スターダスト・ドラゴン』の姿。

 そう、モーメントとピカチュウ達を利用した発電機。それが、部屋の中心部に鎮座している、という意☆味☆不☆明の光景だったのだ。*8

 

 

「……いやなにこれ!?」

「ぴかー?」

 

 

*1
霊夢さんは本気を出せばグレイズ(掠り)することすらないという事実……

*2
『motto』。イタリア語、ひいてはラテン語に端を発する言葉で、意味としては標語・座右の銘となる

*3
三竦み拳、と呼ばれるモノの一つ。起源には諸説あるが、日本のそれは中国の『虫拳』が姿を変えたもの、だとされている。なおそちらは『ナメクジ』『カエル』『ヘビ』の三竦みがモチーフで、これは『NARUTO』等でも採用されている

*4
(物理的に)上から見下ろすこと。ここでは真上から見る、という意味で使われている。ゲームなどでたまにある、ワールドマップみたいな物の見方

*5
衛星写真・航空写真などを無料で見られるサービス。ストリートビューに切り替えれば、現地に居るかのように周囲を見渡すことも。そういう意味で、距離に関する『千里眼』は、現代では科学で再現できるもの、ということになる

*6
平安時代の作家・紫式部の作品である『源氏物語』の主人公、光源氏のこと。また、そんな彼の作中での行動から、幼い相手を自分好みの大人に育成する、という意味合いで『光源氏計画』という言葉が使われることも

*7
ウマ娘(たぬき)における定型文の一つ。元々の『ションボリルドルフ』が濡れた尻尾を引き摺っていたことから生まれたとかなんとか。ションボリ繋がり、というやつ

*8
アニメ『ポケットモンスター』の第二話『たいけつ!ポケモンセンター!』での描写、および『遊☆戯☆王5D's』における物語の発端であるエネルギー機関・モーメントのこと。なお、後者に関しては『スターダスト・ドラゴン』は制御装置なので、本来のそれとは色々違うようだ



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幕間・二重爆弾、解除するには?

 突如私達の目の前に現れた、意☆味☆不☆明の発電機。

 

 その異様について正確に述べるのであれば、円筒型の機械の中心に特別なカードを納めたモノ──モーメントの周りを、ピカチュウ達が練り歩いている……いやまぁ歩いているっていうか、ルームランナーみたいに走り続けている……って感じなのだけれど。

 ともあれ、一つ言いたいことがある。

 

 

「……過剰電力では!?」*1

「ツッコむところそこかいっ!?いやウチも一瞬思うたけども!」

 

 

 モーメントにしろピカチュウ発電機にしろ、一つの施設の電力を賄う、というのであればどちらか一つで十分では?……という疑問は、タマモちゃんがどこからか取り出したハリセンに(はた)かれる、という形でうやむやになるのでした。……いや、気になるじゃんやっぱり。

 

 

 

 

 

 

「え、ええと。状況の意味不明さに一瞬我を忘れてしまいましたが……この発電機を止めればいい、ということなのですよね?」

「この発電機を……」

「止める……?」

「う゛……」

 

 

 一瞬変な空気になってしまった一同だったが、気を取り直してマシュちゃんが声をあげ、軌道修正を図ろうとする。……のだけど。

 それはそれで、この異様な物体を機能停止させなければならない、ということを思い出させてしまうため、再び変な空気が戻ってくることに。

 

 なにせ、私達の目の前にあるのはまず第一にナマモノ(生き物)、なのである。……なんかお互いに会話している辺り、恐らくは普通に生きているピカチュウ達、なのである。

 ……いやその、止められますか、これ?

 

 そう疑問の籠った目で見返せば、マシュちゃんは胸を押さえて呻いていた。……まぁうん、単純にこれを止めるとなると殴って止めるってことになる*2から、そりゃ良心が咎めるよね……。

 っていうか、そもそもピカチュウ達を止めたところで、残っているモーメントの方はどうするの、というか。

 

 このモーメント、エネルギーの発生源が『スターダスト・ドラゴン』になっている時点で、どうにも元のそれとは違うように思えるけれども……だからといって、それがこの機械を()()()()()理由になるとは思えない。

 もし仮に、これが間違いなくモーメントであるとするのならば……エネルギーの発生源であると同時に制御装置である、ということになる『スターダスト・ドラゴン』を安易に外していいものなのか?……という疑問が生まれるというか。

 

 というのも、このモーメントという動力。……制御装置がないと普通に暴走する可能性のあるモノなのである。いやまぁ、世の中の発電設備のほとんどは、制御装置がないと酷いことになるモノばっかりだぞ、というツッコミは置いとくとして。

 

 ともあれ、このモーメントと呼ばれる発電設備、その初出は『遊☆戯☆王5D's』となっている。

 主人公である不動遊星の父、不動博士が発見したとされる遊星粒子*3、それをエネルギー源とする設備であり、創作において頻出する『新しいエネルギー』の中では無公害かつ半永久的に活動する、ととてもクリーンなモノに見えるエネルギー源である。*4

 

 ……無論、創作界隈における『新エネルギー』の例に漏れず、この遊星粒子、ひいてはそれを使ったエネルギー機関であるモーメントにも、相応の問題が隠れていたのだが。

 

 子細については該当作を見て貰うなり調べて貰うなりするとして……このエネルギーの問題とは、エネルギーそのものが人の意思に呼応する、というところにある。

 すなわち、良き心に触れれば良い方向に、悪しき心に触れれば悪い方向に作用するエネルギーなのだ、遊星粒子とは。

 

 原作の開始前では、この性質によって逆回転──マイナス方向にエネルギーを加速させたモーメントは、周辺区域を道連れにして爆発。作中で『ゼロ・リバース』と呼ばれる大災害を引き起こしたのである。

 ……まぁ、裏では色々な組織などの思惑やらなにやらがあったそうだが、それは置いといて。

 

 ともかく、容易にマイナス方向に突き進む可能性のあるモーメントという発電設備、そんなものが素直に止まってくれるだろうか?

 見た目的には『スターダスト・ドラゴン』からエネルギーを発しているように見えるこのモーメント、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……その辺りが引っ掛かって、微妙に対応に苦慮している感じのある彼女達である。

 

 

「……その、これの解体を手伝って貰ったりは……」

「別にいいけど、その場合()()()()私はなにも手伝わないけど、いいの?」

「あー……三度目、っちゅーことか」

 

 

 そうして対処に困ったマシュちゃんが、こちらを見つめてくるけれど……間違ってはいけないのは、この発電設備はあくまでも()()()のようなものだ、という点。

 それから、私は基本()()()()()()手伝わないわよ、という事前の約束についても、改めて周知しておく。……それらを加味した時、ここで時間を浪費しているようでは事態の解決は夢のまた夢、ということになるわけで。

 

 そういった趣旨の言葉を述べたところ、彼女達はむむむ、と唸り始めてしまったのでした。

 

 

「……なんというか、色々大変ねぇ?」

「ぴーか?」

 

 

 これは時間が掛かるなー、と()()()の私は暇潰しにピカチュウ達の方へ。

 突然近付いてきた人間に対し、ピカチュウ達は少し警戒していたのだけれど……特に危険がないことに気が付いたのか、すぐさまこちらに声を掛けてきたのでありました。

 で、その会話の内容を紐解いていくと……。

 

 

「ふむふむ。『僕らは突然呼ばれてやってきた、さすらいの発電野郎Pチーム』……ふむぅ?」*5

「えーとなになに、『僕はリーダー、ジャン=リュック。極大火力と可愛さが持ち味。僕くらいの凄腕じゃなきゃ、みんなのリーダーは務まらないのさ!』」

「『俺はマッスル、鋼の男。アイアンテールの鋭さにゃ、どいつもこいつもいちころさ!ハッタリかませば、エレキネットだってトランポリンだぜ!』」

「『私は伝令役のリリー。天使のキッスはお手のもの、紅一点だから目指すは峰不二子ね』」

「『おまたせー!俺が噂のイエローテイル!機械修理はお手のもの!静電気?ほっぺすりすり?だからなに?』」

「『鼠なのにコングってどうなんだろうね?あ、力仕事は任せてね。でも、カビゴンだけは勘弁な』」

 

 

 ……とまぁ、お前らどこの特攻野郎だよ、みたいな挨拶を返された私は、思わず渋面を作ってしまう始末。

 これ、迂闊に殴っていいものか、余計にわかんなくなったことない?中身居そう(逆憑依っぽい)というか。

 

 これは流石に教えてあげるべきか、なんてことを思いながら振り返れば、何故かマシュちゃん達が私の方を見つめている。……なによその驚愕の表情。

 

 

「……動物会話は必須スキルよね?」

「手伝ってくれないのではなかったのですか!?」

 

 

 なにをそんなに驚いているのだろう、そう思って考えてみたところ、ピカチュウ達と平気で会話していたことが引っ掛かったのかなー、と思った私は、頭を掻きながらなろうムーヴ(またなにかやっちゃいましたか)

 笑いの一つでも取れるかと思ったのだけれど、ツッコまれたのは全然別の部分で、思わずこっ恥ずかしくなってしまう私なのでした。

 ……え?手伝いは三度まで?これは私が興味本意で話を聞いて、その結果を娘達に伝えようとしているだけなのでノーカン、ノーカンです。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、こっちが頼んでもいないのに勝手にやってる分に関しては、手伝いのうちには入らないんだ……」

 

 

 そんなかようちゃんのぼやきをBGMに、ピカチュウ達との交渉を進めていく私。

 彼らはどうやら区分的には、最近噂のハルケギニアから来た顕象(NPC)に該当する存在なのだそうで。

 なのでまぁ、最悪向こうに送り返せば問題ない、とみんなに伝えれば、あとでキーアちゃんにでも頼もう……みたいな結論が可決していたのだった。……そこで私に頼まないのは成長したとみるべきか、はたまた頼られなくなって悲しいと思うべきか。

 

 

「どっちだと思う?」

「ぴーか、ぴかぴーか」

「んー、そっかー。親の元をいつかは離れるのが子供……そりゃそうだよねぇ」

 

「……あのお二人?は、先ほどからなにを話していらっしゃるのでしょうか……?」

「今キリアが抱えてるピカチュウ、子供とかがいるメスらしいわよ」

「……ああなるほど、母親会議だったのですね……」

 

 

 ……まぁ、そうやってうだうだしていても事態は好転しない、というのも確かな話。

 なのでいい加減仕事をしましょうか、とばかりに抱いていたピカチュウを下ろし、みんなのもとに戻る私なのでありました。……なんか変な目で見られてるけど気にしない気にしない。

 

 

「とは言うものの、キリアお姉さんは手伝ってはくれないんでしょ?」

「そりゃまぁ、そういうお約束ですし。……でもお膳立てはしてあげたから、頑張って倒してね☆」

「は?お膳立て?一体なにをゆーて……」

 

「──なるほど、つまりはそういうことか」

「……!?」

 

 

 まぁ戻ったら戻ったで、かようちゃんにツッコミを入れられることとなったのですが。……確かに、手伝う気もないのに戻ってきてどうするのか、と言われればぐうの音もでないわけだけど。

 自発的に手伝わないだけであって、()()()()()()()()()()()()()()みたいなパターンについては、私は関与……考慮?しないわけでして。

 

 そんな私の言葉にタマモちゃんが困惑する最中、周囲に響く一人の男性の声。

 その人物は、こつこつと足音を鳴らしながら暗がりを進み出て、そのままモーメントに設置されていたカード──『スターダスト・ドラゴン』を掴み取り、己のデッキに差し込んでいく。

 

 驚愕するみんなの前で、デュエルディスクを構え、立ちはだかったのは──、

 

 

「これが俺が呼ばれた理由だと言うのなら、喜んで相手をしよう。──さぁ、デュエルだ!」

「ゆうせぃぃぃいっ!!?」

 

 

 蟹みたいな頭が特徴の青年──不動遊星であったのだ!!

 

 

*1
『モーメント』自体が半永久的に動く為、ほぼ永久機関と呼んでも差し支えない上に、ピカチュウ一匹で『かみなり』(推定電力は200億キロワットくらいになるとか)も使える辺り、どう考えてもそんじょそこらの発電所より発電量が多い(参考までに、原子力発電所が一時間に発電する電気の量は500万キロワットほどだとされる)

*2
動物との会話能力を持たないので、の意

*3
『遊☆戯☆王5D's』の用語であり、遊星歯車と似たような性質を持つ粒子なのでその名前がつけられた、とされる。他の粒子同士を結合させる能力を持っており、また人の心を如実に写すものでもあるとされる。その為、古くから太古の神々の依り代としての面も持ち合わせていたとかなんとか

*4
見た目的にクリーンなエネルギーということならば、『光子力エネルギー』なども例にあがるか。……無論、どこぞのおじいちゃん(終焉の魔神)のことを考慮しなければ、だが

*5
以下、海外のテレビドラマ『特攻野郎Aチーム』の名乗りが元ネタ。『ジャン=リュック』だけは、ポケモンの古い漫画の一つ『電撃!ピカチュウ』のピカチュウの名前から拝借している



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幕間・mission!デュエルチャンプを倒せ!

「いやちょっ、色々待ってください!?」

「因みに元々このなりきり郷に居た人よ、タイミングとかいい感じだから呼んどきました☆」

「いきなり謎のゲートに吸い込まれた時には、一体どうなることかと思ったが……俺の力が求められているのなら、喜んで手助けしよう」

「いや意味わからへんのやけど!?」

 

 

 突如現れたデュエルチャンプ、もとい蟹……もとい不動遊星に、絶賛混乱中となる面々。

 ……そんなに驚くことかしらね?『スターダスト・ドラゴン』がそこにあるのだから、彼が出てくるのはとても自然なことだと思うのだけれど。

 

 そんなこちらの言葉に反論を述べるのは、タマモちゃんである。曰く、状況の繋がりが意味不明なのでちゃんと説明せい、とのこと。

 

 

「いや、意味不明もなにも、このモーメントと『スターダスト・ドラゴン』に関係があるのなら、もっと関係性の強い人を間に入れることで、こちらの望む方向に軌道修正を図る……っていうのは、いつもの対処法ってやつになるんじゃないの……?」

「大雑把に言ってしまえば、ここで『スターダスト・ドラゴン』を打ち負かすことで、暴走の危険を抑えよう……ということらしい」

「え、ええー……」

「まさにデュエル脳、ってやつね」*1

 

 

 この『スターダスト・ドラゴン』はこの遊星君が持っているモノではなく、どちらかと言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と捉える方が正しい。

 とはいえ、『スターダスト・ドラゴン』と聞いて他人が思い浮かべることと言えば、()()()()()使()()()()()()()()()()というものだろう。

 

 ……要するに、関係性の強度が『彼が使う』方が強いので、それによって制御システムをこっちの思う通りにしてしまおう、というのが今回の対処法である。

 

 

「ただねー、この方法には一つ問題があってねー」

「は?問題?」

 

 

 とはいえ、それだと()()()()()()()()なんて手法も取れてしまう。……そうは問屋が下ろさない、というわけで。

 こちらがなにを言おうとしているのか、薄々ながら察したマシュちゃんがカタカタと震えているけれど、それに対して遊星君は苦笑を浮かべながら、デュエルディスクの様子を確認するばかり。

 

 

「──スターダストも、俺に本気を求めている。お前が己にとっての主であると認めさせろと、俺に訴えかけて来ている。──意味は、わかるよな?」

「え、えーと。それってつまり……」

「半端な態度は許さない。例え俺とスターダストの繋がりが強固だとしても、ここにいるスターダストは()()俺のスターダストではない。──だから、俺も本気でこいつに応える。そちらも、全力で来い!」*2

「意訳すると、私と本気でデュエルしませんか、だねー」

「え、ええー!?」

 

 

 不敵に笑う遊星君は、この状況すらも楽しんでいるかのような様子なのであった。……巻き込まれた方は堪ったもんじゃない?せやねー!

 

 

 

 

 

 

「……わりと真面目に意味がわからへん」

「す、すいませんタマモさん!!もしかして、お、重かったでしょうか……?!」

「いやマシュは軽い軽い。マシュマロみたいなもんやから気にせんでええ。……いや、ウチがツッコミたいのはそこちゃうくてな?」

 

 

 周囲に響き渡るのは、バイクのエンジン音ともう一つ。

 その音を聞きながら、両者は試合開始の宣言を今か今かと待ち続けている。

 そのうちの片方──マシュちゃんは、響くタマモちゃんの言葉に、恐縮そうな様子を保ち続けているのだった。

 

 突然発生した、デュエル・チャンプである遊星君との勝負。……ここで問題となったのが、今回のメンバーの中にデュエリストがほとんど居なかったこと、なのであった。

 

 

「いや、ウチはよーわからんし……」

「私も、触りとかは知ってるけど、詳しい遊び方はなんとも」

「でゅえる?かーど?……なにそれ?」

 

 

 上から順に、タマモちゃん・シャナちゃん・かようちゃんの反応だが……うん、こんなこと言ってる相手が戦う相手ではない、というのは流石に猿でもわかる。*3

 ……そういうわけで、栄えあるデュエル・チャンプとの対戦相手に選ばれたのが……。

 

 

「え、ええ!?わわわ私ですかっ!?」

「キリエライト、聞いた話ではジャックとも、一戦と言わず交えているらしいな。話では、中々のデュエルタクティクスを持つとも聞く」

「き、恐縮です……」

 

 

 以前、遊星君のライバルでもあるデュエリスト、ジャック・アトラスともデュエルをしたことがあるというマシュ・キリエライト、その人だったのだ。

 ……まぁご覧の通り、超恐縮していたわけなのだけれど。

 

 だってそりゃそうでしょう。

 遊星君と言えば、『遊☆戯☆王5D's』の主人公であり、チーム5D'sのリーダーであり、絆の力で破滅の未来に打ち勝った人物であり、そして作中のデュエル・チャンプにしてモーメントの暴走を抑制する装置を開発した技術者である。

 基本的には真面目でありながら、直接戦闘も昇竜拳の空中キャンセルから蹴り落とし、そこから着地してのジャブ→ストレート→ハイキックのコンボを決める、などの戦闘力を誇り。*4

 作中においてはデュエルディスクであり移動の足でもある、Dホイールを一から自作する、なんて風にメカ方面にも強い。*5

 

 それでいて驕り高ぶるわけでもなく、絆を大事にする好青年だというのだから、どこのチート主人公だよとツッコミたくなることうけあいというか。

 ……そもそも遊戯王と言えば『闇落ち』なんて言われるほど、メンタル面にもあれこれダメージを与えてくる作品なのにも関わらず、少なくとも本編中には闇落ちしなかった唯一の主人公、だというのだからなおのことである。……いやまぁ、別に心の闇がなかったわけではないみたいだけども。*6

 

 ともあれ、そんな人物なのが遊星君なのである。

 アニメ放送が既に何年も前のものだというのに、未だに根強い人気を持っていることからも、彼の人望などについては疑う余地もない、というのは明らかな話だ。

 なので、そんな人物とデュエルをする……というのは、普通の一般デュエリストからしてみれば、そりゃあもう下手をすると卒倒するレベルのモノ、ということになるのであります。

 ……いやまぁ、感動で卒倒しそう、というのは他の主人公達でもそう変わらないとは思うけど。

 

 でもまぁ、初期三作の主人公達が、なんとなく別格扱いになっている……というのはたしかな話。

 そういう意味では、キーアちゃんの方の榊君なんかは、幾分気の抜ける相手である感もなくはないのかもしれないわねー。……彼自身、遊戯君辺りとのデュエルは緊張感で舌が回らなくなる、とか言ってたらしいし。

 ……そんな面々に後方師匠面で成長を見守られている人がいる?一体どのハーミーズなんだ……?

 

 冗談はともかく、彼らがマシュちゃんにとって雲の上のような人、というのは確かな話。……恐れ多い、と提案を辞退したくなる気分もまぁ、わからないでもない。

 ──が、ここでその退路を阻むのが、彼らが所詮は()()()()()()()という点。

 遊星君も「俺もまだ志半ばの身。お互いに学ぶことも多いはずだ」とかいつもの彼の調子で告げるように、そこまで恐縮する必要はない、というのは確かな話なのだ。確かに彼は不動遊星だが、しかして不動遊星である前になりきり、なのである。……え?その言い方だと別人(ZONE)と被るって?*7

 

 まぁともかく、緊張する必要はない……と彼が告げることは変わりない。なんなら、先程話題にあげていた話から膨らませて、

 

 

「……ジャックとはデュエルしたのに、俺とはデュエルしてくれないのか……」

 

 

 なんて風に言われてしまえば、思わずマシュちゃんが「う゛」と呻いてしまうのも致し方なし。……ちょっとしゅん、としているのだから破壊力は二倍、という寸法である。

 結果、そうして追い詰められたマシュちゃんは、根気負けして折れることとなったのでした。……どっちにしろ、彼女以外に対戦相手になりうる人間もいないので、半ば規定事項でもあったわけだし。

 

 ともあれ、晴れて二人のデュエルが決まったわけなのだけれど……ここで問題となるのが、どういうデュエルにするか、という部分。

 

 

「どうって……デュエルっちゅーのは、普通に座ってやるもんとちゃうんか?」

「それは初代も初代、それも最初の方だけの話よタマモちゃん。デュエリストはイメージで補う必要はないのよ?」*8

「……なんか、別の話しとらへんか?」

「おおっと」

 

 

 あまり遊戯王に詳しくないタマモちゃんからは、そんな疑問が提示されたわけなのだけれど……。

 いわゆるカードゲームとは、基本的には座ってやるものと相場が決まっている。

 それは、カードゲームは元々テーブルゲームであったがため。トレーディングカードゲームの元祖であるマジック・ザ・ギャザリングがそうであるように、基本的には卓上の遊戯なのである。

 

 その壁を打ち壊したのが、なにを隠そう遊戯王……ひいてはデュエルディスクなのだ。*9

 

 

「考え方としては、カードを固定してくれる小さな机を持ち運ぶ、って感じよね。だけどだからこそ、立ったまま遊ぶこと、絵面的には地味なカードゲームに、人の動きなどの華を持たせることができるようになった、ってわけ」

「へー……」

 

 

 日本におけるカードゲームとは、基本的に子供向けのモノである。*10最近でこそ一枚が万を越えるような高額カードも現れて来たが、基本的には()()()()()()()()()()()()()()()、というのがカードゲームだ。

 それゆえに、座ってあれこれとやるカードゲームというのは、子供にとっては精々絵柄のカッコよさが目を引く、くらいのものでしかなかった。基本的に座ってジッとできない子供達にとって、カードゲームとは楽しい遊びではなかったのである。

 

 それを遊戯王は、立って遊ぶということで子供の目を惹くものとした。

 実際にカードで遊ぶ時は座ってやるとしても、キャラクター達のなりきりアイテムとしての性質を獲得したのである。

 この『立って遊ぶ』というのはとかく画期的で、後年のカードゲーム達もその影響を如実に受けていることは確実。……敢えて座って遊ぶということが特徴になるくらい、カードゲームのアニメにおいては『立って遊ぶ』ということがスタンダード化したくらいなのだから、その影響力は推して測るべし……というやつでしょう。

 

 ……まぁ、その辺りは長くなるので置いとくとして。

 ともかく、遊戯王において座って遊ぶ、というのはナンセンス。

 そうなれば、立って遊ぶのが道理、ということになるのだけれど……。

 

 

「それもまぁ、三作目となればプレイヤーが()()()()()()()()()……という風に捉えられていた、という感じでですね?」

「一応攻撃を受けた時に吹っ飛ぶとか、リアクションは色々あったんだけどねー」

「はぁ、なるほど。つまりはマンネリ化した、っちゅーことか」

「そうそう。それでね、都合三作目──『遊☆戯☆王5D's』にて導入されたモノがね……?」

 

 

 そうして、時間は今へ戻る。

 立ったままでは見映えが悪いと言うのであれば、動かすのが一番。……そんな感じの会議があったのかは定かではないけど、ともあれ三作目になって導入されたのが、さっきから何度か話題に出ている『乗れるデュエルディスク』、すなわち、デュエル()ホイールである。

 

 これは単純なデュエルに加え、バイクによるレース要素も取り入れたモノであり、発表当初は『バイクに乗ってデュエルだと?ふざけやがって!』とばかりに非難を浴びたのだけれど……。

 

 

「最終的には『どうしてDホイールと合体しないんだ……』と言われるくらいに浸透したのよ、マジで」

「なぁ、何個か間飛ばしてへんかその説明?!」

「ソンナコトナイヨー」

「嘘つけぇ!!」

 

 

 最終的には順応力の化身であるデュエリスト達、普通に受け入れることとなったのだった。

 ……なのでまぁ、遊星君相手にデュエルを行うのであれば、Dホイールに乗ったデュエル・通称ライディングデュエルで行うのが筋、というやつだろう。

 

 ただまぁ、ここでも問題が一つ。

 マシュちゃんはデュエルディスクこそ持っているけれど、流石にDホイールまでは所持していない。これではライディングデュエルなんて夢のまた夢、なんて風に思っていたのだけれど……。

 

 

「なるほどな。確かに、()()()()()もありだろう。……ただ様式美的に、一応言わさせてくれ」

「ああはい、どうぞどうぞ」

 

 

 目の前に広がる光景。それを見た遊星君は、得心したように頷いたあと、一つの台詞を口に出した。それは、

 

 

「……馬に乗ってライディングデュエルだと、ふざけやがって!!」*11

「わぁ、闇落ちしそうな台詞」*12

「だな。……ところで、大丈夫かタマ?」

「……これが大丈夫に見えるんなら眼科行けぇー!!」

 

 

 思わず、とばかりに吠える声。

 馬の嘶きと共にあがったそれは、なにを隠そう()()()()()()タマモちゃんの魂の叫び、なのでした。……ツッコミ所満載ですね!*13

 

 

*1
『◯◯脳』は、特定の事象しか頭に入っていないかのような行動を揶揄する言葉。特に遊戯王の場合、なにもかもをデュエルで解決しようとする(例:パソコンのセキュリティ、政治の方針など)為、特に言われやすい

*2
要するに絆☆パワー。まるで意味がわからんぞ!

*3
『猿は人間に毛が三筋足らぬ』ということわざがある。これは、猿は人間と比べて毛三本ほどの違いしかないという意味と、三本の毛の分だけ劣っている、という意味がある(この三本の毛は『見分け(分別)』『情け(思いやり)』『やりとげ(最後までやること)』である、とする話もある)。そこから、少し人より劣っているような者であってもわかる、という意味で『猿でもわかる』という言葉が使われるようになった。……ただ少し相手をバカにしている面もなくはないので、余程親しい相手でも口に出すのは止めておいた方がいいかもしれない

*4
作中描写より。よく昇竜拳のあとの顔面蹴りが見逃されているが、どちらにせよお前はどこのストリートファイターだ、というような身体能力であることに違いはない。ダイナマイトで崖下まで吹っ飛ばされたのに無事、という頑丈さの方が目立つ印象でもあるが

*5
遊戯王主人公組でメカに強そうなのは、遊星とプレイメーカーこと藤木遊作、王道遊我の三人だろうか。オカルト方面で一番強いのが遊城十代である、というのは大多数の視聴者の共通認識だとは思うが

*6
初代は言うに及ばず、十代は覇王、遊馬はダークゼアル、遊矢は逆鱗状態、藤木君は最初から闇落ちみたいなもの……と、基本的になにかしら闇を見せるのが遊戯王主人公である。まぁ、遊馬に関しては若干微妙なのだが(正確には闇落ちしたのは相方の方なので)

*7
作中人物の一人。見た目は年老いた遊星、という感じで登場当初は様々な憶測を呼んだ

*8
『イメージしろ』は、『カードファイト!!ヴァンガード』で登場した台詞。作品当初は別に特殊な設定もない普通のカードゲームだった為、モンスターの戦闘シーンなどは一応イメージ映像である

*9
カードゲームに革命を起こした、とまで言われるアイテムであり、今日のカードゲームはこの画期的なアイテムに頼らずにどう魅せるか、というところが主題とされている節すらある

*10
日本においては、と前置きするように、海外では大人の遊び、という面も強い。それは、海外では『マジック・ザ・ギャザリング』がTCGの主流であるから、というのが大きいだろう

*11
漫画版『遊☆戯☆王5D's』に登場した台詞、『馬のままで決闘疾走(ライディング・デュエル)だと!?ふざけやがって!!』から。漫画の方の遊星はちょっと口が悪いところがある

*12
なお貴重な闇落ち顔の遊星君も、一ページも持たずに元に戻ったので言うほど闇落ち、ってわけでもなかったり

*13
『おおっとー!ウマ娘タマモ選手、突然謎の生物に変形したー!?』『誰やあのおっさん!?』



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幕間・とりあえず過労死で(スピード・ウォリアー)

 前回までの三つのあらすじ。

 一つ、デュエル・チャンプである不動遊星とのデュエルが決まった。

 二つ、相手に選ばれたのは円卓の騎士の末席である少女、マシュ・キリエライト。

 三つ、今回のデュエルは馬とバイクによる、変則式のライディングデュエルだ。

 

 

「……以上、プレメ君の真似おしまーい!」*1

「なるほど、突然なにを言い始めたのかと思えば、確認のための台詞だったのか」

「……すごい真面目に受け取られたのだけれど、私はどうすれば……」

「キリアがおろおろしてる……」

「なるほど、遊星お兄さんはボケ殺しなんだねー」

「……?」

 

 

 よもや遊星君にボケ殺しされるとは思わなんだ、もはや自爆するしかねぇ(挨拶)*2

 

 ……ともあれ、いよいよデュエル開始直前である。

 バイクのないマシュちゃんに対し、タマモちゃんが冗談めかして「ウチが背負おうか?」と言ったことによって発生した今回の事象。

 言うなれば自業自得的な面もなくもないそれは、タマモちゃんの見た目がウマ娘のそれからリアル馬になった、というとてもシュールな状態を前提としたものである。ネズミは付きませ……はっ、このためのピカチュウ……!?*3

 

 一応、マシュちゃん自身が馬にも乗れたので、なんとか形になっているけれど……そうでなければ馬に変身損になるところだったね、よかったよかった。

 なおこの変身は一過性のモノであり、この先ずっと馬の姿のままである、なんてことはないと保証いたしますん。*4

 

 

「どっちやー!!ウチは元に戻れるんか!?戻れへんのか?!ただでさえユニヴァース案件も背負うとるのに、更にリアル馬までとか背負いきれへんのやけどー!?」

「おおっと気性が荒い。これは騎手も大変ですねー」

「誰のせいやー!!」

「ぴか、ぴーか」

「ぬぐぅ、正論を……」

(……なんか、ナチュラルに会話してるわね……)

 

 

 タマモちゃんはどうしてこんなに、なにかを背負う姿が似合うのか。それは恐らく、彼女がツッコミ気質だからなのだろう。……あれこれ無茶振りされるのが似合っている、ともいう。

 

 なんでやねん、とノリツッコミをする彼女の姿を横目に納めつつ、遊星君は最後の確認と言うように、デュエルディスクの調子を確かめている。……もうDホイールからは降りられないので、簡易的なモノだけではあるが。

 そんな感じに、各々が心の準備を終え。

 

 

「──さぁ、突然のエクストラデュエル!相対するのはライディング・デュエルのチャンピオン!不動遊星(ふどぉ──、ゆ─せ─)!!」

「……あのおっさんMCやったんかい」

 

 

 スタートの合図を待つだけとなったそのタイミングで、さっき現れたMCさんが声をあげる。……誰が呼んだのかはわからないけど、どうやらこのデュエルを実況してくれるようだ。

 その姿に馬のタマモちゃんがひひん、と呆れたような声をあげ。それを聞き流しながら、彼は選手二名の紹介を進めていく。

 

 

「対するチャレンジャーは、以前王者ジャック・アトラスにも挑んで見せた新星、円卓の騎士マシュ・キリエライトォ────!!!さぁてぇ、勝利の女神が微笑むのはどちらになるのかぁ!!」

 

 

 その実況の間に、どこからか現れた信号がカウントを進めていく。赤、赤……。

 

 

「さぁお待ちかね!!世紀のデュエルの、スタートだぁーっ!!!!」

「「ライディング・デュエル、アクセラレーションッッ!!!」」

 

 

 ──そうして灯火が緑に変わった瞬間、我先にと前へ飛び出していく両者。それを追いかけるドローンからの映像を見ながら、私達はスタート地点で待機するのであった。

 

 

「──先行は貰う!俺の、ターン!!」

 

 

 多分今、アニメ本編なら両者の顔とカードの枚数とかの情報が表示されたんだろうな……みたいな宣言と共に、先んじた遊星君が自身の先行を宣言しながら、一枚のカードを手に取って、デュエルディスクにセットする。

 

 

「俺は、手札から魔法カード『調律』を発動!デッキから『シンクロン』チューナー1体を手札に加え、デッキをシャッフルしたのちデッキトップを墓地に送る!」

「……あ、あれ!?使われるのはスピードスペルではないのですか?!」*5

「──ふ、最初に『スピード・ワールド』、発動しなかっただろう?」

「あ、そそそそういえば!?」

「ウチルールわからへんのやけどー!?」

「タマモさんはとりあえず走ってください!デュエルに関しては、お任せを!!」

「……よーわからんけどりょーかいー!!」

 

 

 最初に使われたのは『調律』。出た、遊星さんのマジックコンボだ!!*6

 ……冗談はさておき、ライディングデュエルなのに普通の魔法を使ってもいいのか、というマシュちゃんからの疑問には、確かに形式こそバイクや馬に乗ったものであるが、実際には『スピード・ワールド』も『スピードスペル』も現物がないので、本当のライディングデュエルのようにはいかない……という、至極もっともな答えが返ってくる。

 

 ……そりゃそうだ。『スピード・ワールド』回りはカウンターの管理とか『スピードスペル』の処理とか、色々と独自のシステムが多いのだから普通に遊ぶ分には再現は投げるもの、というのはある意味()()()()()()である。*7

 え?だったら『ARC-V』の方の『スピード・ワールド-ネオ』*8とかでも発動しておけばよかったんじゃないか、ですって?……『ARC-V』時空に遊星君が居るかどうかわかんないから仕方ないね!!

 

 

「気を取り直して、行くぞ!手札から、『ジャンク・シンクロン』を召喚!」

「……これは、もしや!」

「え、なになになんなん?!なにを超速理解したんやマシュ?!」

 

 

 そうこうしているうちに、遊星君が手札からモンスターを召喚。

 フィールドに飛び出して来たのは、オレンジ色の小さなモンスター。『ジャンク・シンクロン』と呼ばれるそのモンスターは、遊星君のフェイバリットモンスターの一体として、とても有名なカードである。

 そこゆえに、彼が次になにをするつもりなのか、ということに気が付いてしまったマシュちゃんは驚愕し。対してルールとかよくわからない(またしてもなにも知らない)タマモちゃんは、なんやなんやと声をあげていた。*9

 

 

「『ジャンク・シンクロン』の効果!墓地に存在するレベル2以下のモンスターを1体、効果を無効にして俺のフィールドに特殊召喚する!来い、『スピード・ウォリアー』!!」

「やはり……っ!!」

「なんなん?!うちに説明せんまま話を進めるん止めへん!?」

「レベル2『スピード・ウォリアー』に、レベル3『ジャンク・シンクロン』をチューニング!!」

「せやから、チューニングとかなんやねんマジでー!!」

 

 

 ……タマモちゃん、少し黙らない?

 やることなすことにツッコミを入れてしまうのは、今の彼女の余裕の無さの現れなのか。

 ともあれ、実況のMCさんが声をあげる暇もないくらい、矢継ぎ早にツッコミを入れているタマモちゃんは、なんというかちょっと落ち着きなさいという感想が思い浮かぶ有り様というか。

 

 ともあれ、今起きていることはほぼいつもの(ソリティア)、というやつ。

 遊星君と言えばこれ、みたいなやり取りであるがゆえに、マシュちゃんは思わずとばかりに固唾を飲み、ここからの怒涛の展開を警戒していたわけで。

 

 

「集いし絆が、新たな地平の扉を開く。光差す道となれ!シンクロ召喚!!抜き去れ、『ジャンク・スピーダー』!!」

「……あっ」

「ん?……あ゛」

 

 

 そうして現れたのは、マフラーを棚引かせる白い機械の兵士。……壊れ効果で有名なカード、『ジャンク・スピーダー』なのであった。*10

 わぁ、容赦なーい(白目)

 

 なんとも言えない微妙な空気に包まれる私達と、遊戯王をよく知らない組との温度差を感じつつ。……その淀んだ空気(流れ)を変えるように遊星君が咳払いをして、そのままモンスターの効果を発動していく。

 

 

「『ジャンク・スピーダー』のモンスター効果!(シンクロ)召喚成功時、レベルの違う『シンクロン』チューナーを、可能な限りデッキから守備表示で特殊召喚する!俺が特殊召喚するのは、『ジェット』『サテライト』『スチーム』『スターダスト』『クイック』のシンクロン五体!更に、特殊召喚に成功した『スターダスト・シンクロン』の効果を発動!デッキから『スターダスト・ドラゴン』の名前が記された魔法・罠カードを一枚手札に加える!俺が選ぶのは『スターダスト・イルミネイト』!更に、レベル5『ジャンク・スピーダー』に、レベル3『スチーム・シンクロン』をチューニング!」

「……なんや、一人であれこれやっとるで」

「静かにして下さいタマモさん、この流れはまだまだ続きますよ」

「……集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ!

シンクロ召喚!!飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』!!」

 

 

 わぁ、手札が減ってないのにフィールドが埋まったりしている。怖いねー(他人事)*11

 まぁともかく、今回の主役である『スターダスト・ドラゴン』、早速のお出ましである。

 無論、これで展開が終わりというわけではないが……どことなく誇らしげに見えるのは、やはり遊星君に使って貰うのが嬉しいから、とかなのだろうか?

 

 

「手札から『スターダスト・イルミネイト』*12を発動!デッキから『スターダスト・ヴルム』を墓地に送る代わりに特殊召喚する!レベル1『スターダスト・ヴルム』に、レベル4『スターダスト・シンクロン』をチューニング!集いし願いが、更なる速度の地平を開く!光差す道となれ!シンクロ召喚!希望の力・シンクロチューナー、『アクセル・シンクロン』!!」

「……これ、いつまで続くんや?」

「これが不動性ソリティア理論ですよ、タマモさん」

「暗に終わらへんって言うとるやないかい!!」

 

 

 なお、この展開は最終的に1ターン目から『コズミック・ブレイザー・ドラゴン』が並ぶところまで続きましたとさ。*13……本気出しすぎじゃないですかねぇ!?

 

 

*1
『遊☆戯☆王VRAINS』の主人公である藤木遊作(Playmaker)の口癖のようなものが、物事に三つの根拠を提示する……というもの。また、『仮面ライダーオーズ』においては、『前回までのあらすじ』として三つの出来事を挙げる……という演出がある為、そちらと関連付けられることもあるようだ

*2
『ポプテピピック』のネタの一つ。『は?』と返すのがお約束。ちなみに『しゃっくりを百回出すと死んでしまう』という迷信に対しての対処法であり、しゃっくりで死にたくないから自爆する、というなんとも本末転倒なことになっている話でもある

*3
ここでは馬の方のタマモクロスの要素も持ち合わせている『みどりのマキバオー』の主人公、マキバオーとその親分であるネズミのチュウ兵衛をイメージしている

*4
古典ギャグの一つ。『ます』『ません』の複合型であり、肯定なのか否定なのかわからない……というもの。昭和の頃から使われているらしく、はっきりとした由来は不明だったり

*5
『遊☆戯☆王5D's』を象徴する物の一つ。『ライディング・デュエル』は例外なく『スピード・ワールド』並びにその関連カードが最初から発動している。そのうち、『スピード・ワールド』と『スピード・ワールド2』は普通の魔法カードを使うと2000ダメージを受ける、という制約があるため、それらのカードに対応した『Sp(スピードスペル)』と呼ばれる専用魔法が必須となっている。なおこの『スピードスペル』、言ってしまえば魔法カードのデフレ化の為のものである為、OCG化はされておらず、そういう面では不評だったり(原作再現用のカードが別物になる、などの弊害があった)

*6
『遊☆戯☆王ZEXAL』より、単に魔法カードを使っただけなのに大仰にコンボと呼ばれる、という半ばギャグめいたシーン。よもやそれを言われていた方が、人気キャラになるとは思いもしなかったわけだが……

*7
たまに自作して遊んでいる人もいる。流石にバイクには乗らない()

*8
『遊☆戯☆王ARC-V』における『スピード・ワールド』の派生カードの一つ。作品的に魔法カードが使えないととても困るからか、魔法カードの制限などは存在しない。OCGとの連動的には喜ばれた

*9
『水曜どうでしょう』のネタ、『またしても何も知らない大泉 洋さん(23)』から。いわゆるテロップ芸

*10
S召喚成功時に、可能な限りデッキから『シンクロン』チューナーを特殊召喚する効果を持つ。ここまでやっても環境トップにはなれない辺り、インフレし過ぎな遊戯王である。なお、普通の遊星ならここで召喚するのは『ジャンク・ウォリアー』の方

*11
ここまでで、最初の『ジャンク・シンクロン』以外手札が減っていない。そもそもナチュラルに『調律』の効果でデッキトップから『スピード・ウォリアー』を墓地に落としている始末

*12
本来であれば『スターダスト』モンスターをデッキから墓地に送る効果。自分フィールド上に『スターダスト・ドラゴン』ないしその名前の記されたSモンスターが存在する場合、墓地送りの代わりに特殊召喚できる。なお、『スターダスト・ドラゴン』の方は単なる名称指定なので、名前を変更すればSモンスター以外でも条件を満たせたり

*13
『遊☆戯☆王5D's』において、とある場所で名前だけが出ていたモンスター。そもそも本当に書いてあるだけだった為、カード化した際は『ここを拾うのか』とデュエリスト達に大層驚かれた



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幕間・もう二度とデュエル描写なんかやらねぇ……

「な、なんとか勝利することができました……」

「すごいな、キリエライトは。……俺も、もう少し自分を見つめ直す必要があるな」

 

 

 最初から全力全開でぐるぐるとデッキを回していた遊星君に対し、なんとかして勝利をもぎ取ったマシュちゃん。……いやまぁ、途中で遊星君の手札が事故っていたみたいなので、その隙を付いた結果どうにか勝利した……ということであって、もう一度やったら勝てるかどうかはわからない、とも言っていたけれど。実際、遊星君の再現度がもっと高かったら、恐らくは事故とかしなかっただろうし。*1

 ともあれ、恐らくは話数にして二・三話くらい掛かってそうな勝負は、こうして幕を閉じたのでありました。……え?デュエルの詳しい描写?いずれわかるさ、いずれな(意訳:流石に長いのでカットです)*2

 

 冗談はさておき、このデュエルによって『スターダスト・ドラゴン』は、勝敗はどうあれ遊星君を己の主と認めたようで、その結果として彼……彼女?を制御装置としていたモーメントは、静かにその動作を止めたのでございます。*3

 勝った!第三部完!*4……まぁ当初の予想通り、発電施設を止めても特に事態は解決しなかったんですけどね!!

 

 

「……戻りませんね」

「ウチは戻ったで!」

「いえ、それは見ればわかります」

「……ショボーン((´・ω・))

 

 

 動きを止めたモーメントをあとにして、建物から外に出た時の二人の会話である。

 ……そもそもタマモちゃんに関しては、デュエルの終了時には元に戻っていたので、これに関しては単に場を和ませようとした、というだけの言葉なのだろうけど……なんというか微妙に滑ったみたいな感じになってしまったため、ショボーンと落ち込んでしまっていたのでした。

 

 なおこのタマモちゃん、さっきのデュエルでは大活躍。『なんや、ウチの中に知らん光景が溢れてくる……これは……見えた!水の一滴!』*5とかなんとか言いながら赤く輝く流星となった彼女は、遥か手前を先行する遊星君に追い付いて見せたどころか、マシュちゃんに逆転の札を引かせたりもしていたのだから。

 

 そういう活躍を見るに、恐らくは一時的に『赤き竜』の力を授かっていた、とかが真実だと思うのだけれど……みんなはクロス・フィールだのTRANS-AM(トランザム)だの、果てには赤兎馬(レッドラ・ビット)*6だのと好き勝手に名前を付けて呼んでいたため、結果として『これ以上ウチに変な属性付与すなーっ!!』と怒られてしまったりしていたのでした。

 ……最初の時点でクリアマインドじゃなくて明鏡止水扱いしてる辺り、半ば自業自得のような気がしないでもないけど、まぁそれはそれとして。

 

 モーメントがその動きを止めたことにより、周囲を練り歩いていたピカチュウ達も行動を停止。……なんで?って問い掛けたところ、リーダー格のピカチュウ(さっきタマモちゃん達に付いていってた子)からは、『電気がいっぱいあるところではくるくる回りたくなるんだ』みたいな、なんとも言えない答えを返されることとなったのでした。……要するに、『お祭りだー!ワッショイ!』みたいな感じだったらしい。

 

 その祭りも、主役であるオンバシラ(モーメント)*7の灯が消えたため、終わりと相成った……ということのようで。

 現地解散、とばかりにぞろぞろと森の中へと消えていくピカチュウ達を見送りつつ、なんだったんだろうと首を捻ることになる私達なのでありましたとさ。

 

 

「ぴーか、ぴかぴーか」

「……いや、なんで残っとんねん自分?」

「面白そうだから付いてく、って言ってるわよ?」

「マジでか」

「うん、マジもマジ。……っていうか、さっきまで会話できてたじゃないの、貴方」

 

 

 なお、リーダー格のピカチュウだけは、面白そうとの理由でこちらへの同行を決めたようで、他のピカチュウ達を見送った後にタマモちゃんの頭の上へと駆け上がって行ったのでした。

 ついでに言うと、タマモちゃんが動物会話を獲得するのは馬モードの時のみ、という事実も明らかになったり。本人は『その姿でしかできへんことがある、言うんはそのうちまたその姿になる必要がある、言う意味やんか!』と絶望していたけど……まぁ、仕方ないね。

 

 ともあれ、とりあえず当初の目的は達成したため、紫ちゃん達の待つ管制室へと戻ることにする私達。

 

 道中の罠に関しては、どうにも仕掛けられているのが『罠カード』である、ということにタマモちゃんの頭の上のピカチュウちゃんが気付いたため、デュエリスト二人がカウンター罠で逐次破壊していく、という手段を取ることとなった。……カウンター罠限定なのは、こちらからは相手が見えないので、勝手に発動タイミングが来たら教えてくれる&スペルスピードの問題で安全に相手を無力化できるのがカウンター罠だったから……というところが大きかったり。

 

 

「場所がわかっているのなら、別にサイクロンでも破壊できるみたいなのですが……」

「こちらが相手の存在に気付けるのは、基本相手が発動して(こちらが引っ掛かって)から。……そうなると遊戯王の逆順処理の仕様上、全うに対処できるのは同じ罠カード・とりわけカウンター罠となる。特に、発動を無効にしない場合は結局引っ掛かりはする……という点が決め手だろうな」

 

 

 ここの罠達は、引っ掛かるまでその存在に気が付くことができない。ピカチュウちゃんは、静電気かなにかでそれの存在に気が付いたみたいだけど……それを人間が真似をする、というのは無理がある。

 そういう意味で、こちらができるのは基本的に事が起きたあとの対処、ということになる。……その考え方からすると、後に発動したモノが優先される、という逆順処理により、発動したという事実を無効にして破壊できるカードが望ましい。

 

 そしてこれは相手が罠カードである、ということがわかったからこその情報なのだが……仕掛けられている罠は、全てスペルスピードが『3』……すなわちカウンター罠カードなのだ。*8

 

 幸いにして、発動条件は全て『こちらが罠に触れた時』となっており、マシュちゃんの言う通り発動条件を満たし(こちらが触れ)ていない状態であれば、サイクロンなどの破壊効果で十二分に破壊できるみたいだけれど……先程から何度も言う通り、発動していない罠を見付けることは不可能に近く、相手がカウンター罠である以上、それよりもスペルスピードの低いカードでは対処ができない。

 結果として、彼女達はデッキにカウンター罠を投入しまくって、とりあえずフィールドに伏せる……という行為を繰り返していたのだった。……まぁ、進めるだけマシだけど、行きと比べると牛歩と呼ばざるをえまい。

 

 

「まぁ、私の手伝いはあくまでも行きだけ、だから仕方ないんだけどね」

「行きはよいよい帰りは怖い……ってこと?」

 

 

 なお、こんな面倒な進み方をしているのは、基本的に私が手伝うのは行きだけ、と予め伝えていたからだったり。

 帰りも手伝って欲しい場合は別口になります……と伝えてあったので、結局事態が解決しなかった今の状況でその手札を切るのは時期尚早……と判断した皆が、別の解法を探した結果がこれ、というわけなのでした。

 ……え?ピカチュウちゃんの言葉をみんなに伝え、仕掛けられているのが罠カードである、と知らせたのは手伝いじゃないのか、ですって?私はたまたま、ピカチュウちゃんの言葉を反芻しただけですので。そもそも手伝う気概があったのはピカチュウちゃん側であって、私は単に見守っているだけなのであしからず。

 

 なお、そんな私の言葉を聞いたシャナちゃんは、『詭弁過ぎるんじゃ?』と溢していたけれど……それにはこう答えて起きましょう。『父の愛からは、巣立ちするべき』だと。

 

 

「……父の愛?」

「大地を母とするのなら、神は父になる……ってこと。大地の恵み(母の愛)から自立するのは難しいけれど、庇護者からの愛(父の愛)からは寧ろ自立することを望まれる……みたいな感じかな。神は人を教え導くものだけれど、その導きに従い続けたのでは、自身の成長には繋がらない……みたいな?」

「……いきなりまともなこと言うの止めない?」

「あれー!?私今いいこと言ったはずなのに、なにその反応ー!?」

 

 

 要するに、復興支援などで『単にお金を撒くのはよくない』と言われるのと同じようなことである。

 物を与える、というのはすなわち相手を庇護すること。そして庇護とは、裏を返せば相手の成長の芽を断つ……ということにも繋がるものだ。

 

 本来、衣食住の確保や身の安全の確保というのは、その人自身が汗水を垂らして獲得すべきものである。

 それを与えてくれる相手──すなわち父長というのは、すなわち与えられる相手からしてみれば神のようなもの、と判断することもできるわけで。

 ゆえにこそ、人はいつか父の庇護から離れ、自分一人で生きていくことを求められる。──いずれ次代の子の()となり、またその次代へと道を繋いでいくために。

 

 ……みたいな、結構ためになるというか含蓄に溢れているというか、そんな感じのことを言ったはずなのにも関わらず。シャナちゃんから返ってくるのは、気味が悪いとでも言うかのような態度。『それはキリアお姉さんの積み重ねた業、ってやつじゃないかなー』とかようちゃんに告げられ、思わず膝から崩れ落ちることになる私なのでした……。

 

 

*1
レジェンドデュエリスト達によくあること。相手がどれだけ最高の盤面を揃えようが、主人公達は針の穴を通すような勝利の道筋を手繰り寄せてくる、という意味。そういう意味で、再現度の高いデュエリストに事故という言葉は存在しないモノと言えるかもしれない

*2
カードの名前が多数乱舞する上、それが文字数稼ぎに見えないようにすると、地の文の長さも相応に長くなる為。この場合一話二万文字越えとかになるかもしれないので、読者にも作者にも優しくない

*3
『スターダスト・ドラゴン』の性別はわからないが、『スターダスト・トレイル』の元となった『集いし願い』に描かれている女性が『スターダスト・ドラゴン』の擬人化なのでは?……という説があったこと、および『スターダスト・ドラゴン』そのものが女性的な印象を抱かせる姿であることから、実はメスなのでは?……という話が出たことがあったり

*4
『ジョジョの奇妙な冒険』の第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』において、奇襲により承太郎を火だるまにした(と思い込んだ)敵が述べた台詞。『第三部』という台詞自体がメタネタである為、返答もまたメタ成分を含んだ台詞だった。基本的には敗北・失敗フラグ

*5
『遊☆戯☆王5D's』における特殊能力・『クリアマインド』のこと。何物にも揺るがない境地であり、アクセルシンクロはこの状態でなければ発動できない。なお、『クリアマインド』とは『明鏡止水』の英語表記であり、遊星が黄金に光ったのも、もしかしたら同じ明鏡止水・『機動武闘伝Gガンダム』におけるそれをオマージュしたものなのかもしれない、という話がある

*6
「馬で赤い、確かに赤兎馬かもしれませんね、ヒヒン。いえ、私は一向に呂布ですが」

*7
『ミハシラ』とも。漢字では『御柱』と表記。諏訪大社にて行われる祭『御柱祭』の略称、およびその祭りでの主役であるもみの大木のこと。『東方project』のキャラクター・八坂神奈子の使う武器としても有名。方向性としては古代エジプトの『オベリスク』にも通じるかも?

*8
スペルスピードとは、『遊戯王OCG』におけるカードの速さのこと。基本的には自身よりスペルスピードの大きいカードに対して、そのカードを発動することはできない。速攻魔法以外の魔法カード・効果モンスターの大半が『1』、そこに該当しない速攻魔法・一部の効果モンスターと罠カードのほとんどが『2』、そしてカウンター罠は『3』となっており、カウンター罠に関しては発動してしまうと、基本それを妨害することはできない(同速のカウンター罠を使うか、そもそも罠が効かないカードを使うなどの対処が必要。ただ、基本的には発動条件がある為、それを満たす前に他のカードで破壊する、という対処はできる)



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幕間・はてさてここからどうするの?

「……なんか増えてる!?」

「ぴかぴかぴー」

「どうにも大変そうだからな。俺も、喜んで手伝わせて貰おう」

 

 

 管制室に戻った私達を迎えた紫ちゃんは、まず外の様子を見て事態が解決していないことを知って、少し肩を落とし。

 その次に、何故か行きの時よりもメンバーが増えていることに気が付き、なんで!?とばかりに驚愕の声をあげるのだった。……まぁ、人が増えれば増えるだけ、色々と問題が起こる可能性も増えるのだからさもありなん。

 

 とはいえ、今現在の状態で人手が足りていたか?……と言われるとノーと答えるしかなく、結局は二人の合流を喜ぶことになるのだけれど。……なお、ピカチュウちゃんの処遇。

 

 

「……ライネスちゃんのところの子とは、別の子なのよね?」

「みたいだねぇ。ほぼ野生、というべきかなー」

「ぴか、ぴかぴーか、ぴっぴかちゅー」

「……なに言うとるかわからんけど、多分ちょっと喜んどるんやろな」

「他のお仲間が居るのが知れて嬉しい、みたいな感じかなー?」

 

 

 ピカチュウちゃんを囲んで、あれこれと会話する私達。

 ……なりきり郷におけるピカチュウ、と言うと既にライネスちゃんのところのピカチュウ──もといトリムマウが居るけれど……あっちの方は中身が『逆憑依』であり、こっちの方はどこからかやってきた野生ポケモンなので、結構違うといえるだろう。

 

 

「……そもそもの話、この子の出身ってどこなの……?」

「……さあ?」

 

 

 ピカチュウちゃんの頭を撫でながら、むぅと唸る紫ちゃん。

 

 一応この森、扱いとしてはフィールド魔法によって変化したもの、ということになっているはずなのだけれど。

 さっき他のピカチュウ達が、森の中へと消えていったように。……どうにも独自の生態系が構築されているというか、こちらとはシステム(法則)的なものが違うような気というかが、ビンビンしてくるわけでして。

 ……そこら辺どうなんだろなー、という空気がみんなの間に漂い始めているのであります。

 

 だって、ねぇ?

 もし仮に、この森があくまでもソリッドビジョンでしかない、というのであれば……今ここにいるこの子もまた、虚実──作り物であるということになる。

 実はこのピカチュウちゃん、まさかまさかの精霊界の住人だったりして。ここにいるのはあくまでも、フィールド魔法の効果によって呼び出されているだけのことであって。そのフィールド魔法が効力を失えば、連鎖するように元の世界に戻っていくのだ……なんていう予想も立てられなくはないけれども。

 

 

「……それにしては、なんというかこうこっちの世界に馴染みすぎ、なのよねぇ」

「ぴかー?」

「馴染みすぎ……と、言いますと?」

「破綻がない、というべきなのかしら。……ぶっちゃけると()()()()()()()()って感じがしないというか」

 

 

 いつの間にか、ナチュラルにピカチュウちゃんを抱き抱えた紫ちゃんが、その後頭部に顔を埋めながら声をあげる。*1

 当のピカチュウちゃんは、擽ったそうに体を捩らせ喜んでいるけれど……周囲で見ている面々はどこか羨ましそうな感じ、というか。

 そんな状況で真面目な話をしているものだから、話を切り出したマシュちゃんもなんとも微妙な表情を浮かべているけれど、それに気付いた様子もなく紫ちゃんは話を続けていく。

 

 

「それって貴方の能力的な見地からの発言、ってこと?」

「んー……そんな感じ、かな。『逆憑依』達はどことなく揺らぎがあるし、【顕象】達だって似たようなもの。──そうねぇ、そこらの犬猫達に近いような、そんな感じの空気……って感じかしら」

 

 

 彼女が語るところによれば、このピカチュウちゃんには他所から来たもの特有の空気、というものが感じられないのだという。

 その空気感は寧ろ、そこらで普通に生きている野生動物達のそれに近い、とも。

 

 言うなれば、当たり前にそこにいて、当たり前に生きている者達の空気感。どこからかやってきた外来種ではなく、そこにずっといた在来種の空気。

 言うなれば、このピカチュウちゃんはそこらの原っぱで普通に遭遇してもおかしくない空気感を纏っている、ということである。

 

 

「……つまり、この世界はポケモン世界だったと言うことですか……!?」

「いや、それは流石に論理が飛躍しすぎよ……」

「あれー?」

 

 

 そんな紫ちゃんの言葉に、はっとした表情で声をあげる琥珀ちゃん。……その論理が罷り通ると、この世界にどこぞの最高()神様が存在しているということになるため、やんわりと否定する紫ちゃんである。……まぁ、出てこられても困るしねぇ、あの創造神。*2

 

 ともあれ、纏う空気が普通すぎて逆に普通じゃない……という、お前どこの似非一般人だよ、みたいなことになっているのが、このピカチュウちゃんだとのこと。*3

 ただそれが、あくまでもこのピカチュウちゃんだけが特別なのか、はたまた他のピカチュウちゃん達も特別だったのかは、直接見ていないのでわからない……という風に、彼女は言葉を締めるのでありました。

 

 

「……ふむ、となると……もう一度会いに行くしかない、ということになるんじゃないのか?」

「そうね。今のところ、こちらにこの事態を解決する手掛かりはなし。……となれば、紫の直感を信じるくらいしか、私達にできることは無いとも言えるわね」

「……あ、あれ?なんか私を外に連れていく、みたいな話になり始めてないかしら……?」

 

 

 その話を聞いて、次の行動を模索するのは遊星君とシャナちゃんである。

 

 確かに、行きも帰りも罠カードによる妨害はあったものの、逆に言えばめぼしい妨害というのは、それくらいのものでしかなかった。

 当初危惧していたような、管制室で待っていた紫ちゃんが危険な目に遭う……というようなこともなく、この事態を引き起こしたと思われる相手からのアプローチは、もはや無きに等しい。

 

 となれば、手掛かりの一つも見付かっていない現状、それを打破する鍵となりそうなのは紫ちゃんの直感──それによる違和感くらいしかない、ということになる。

 

 ……とまぁ、そこまでお膳立てされてしまえば、管制室から紫ちゃんを連れ出す、という選択肢が出てくるのは必然のこと。

 少し青い顔で『あれ?もしかして私余計なこと言った?』みたいなことを思っていそうな彼女は、ふるふると顔を左右に振りながら、じりじりと後退していくのでありました。

 ──無論、そんな風に逃げようとする彼女を、みすみす*4見逃がしてしまうような彼ら彼女らではなく。

 

 

「わ、私は地上に向かったコナン君からの連絡とかも、ほら、待ってなきゃいけないし、ね……?」

「あ、それなら私が残りますy()「申し訳ないのですが琥珀さん、貴方もデータ解析のためにご同行をお願いします」……あ、これ全員強制参加、ってやつですね」

 

 

 今ここに居ないコナン君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを利用して、地上に向かい救援を募っているはず。

 なので、そんな彼からの連絡を受ける人が残ってなければいけない……という、かなり苦しい言い訳を彼女はしていたのだけれど。

 

 どちらにせよここは地下千階。彼が連絡を寄越すには、こちらに直接赴く他無く。

 それならば、ここに書き置きの一つでも残して置けば、特に問題はないでしょう……というシャナちゃんの言葉によって、あっさりと却下されるのであった。

 ……ついでに、ちゃっかり自分だけ残ろうとしていた琥珀ちゃんの方も、マシュちゃんからの却下宣言を受け、肩を竦めて大笑いしていたり。もはやどうにでもなーれ、的な?

 

 ともあれ、会話についてはそんな感じ。

 コナン君が救援を連れて戻ってくるには、相応の時間が掛かるだろう。

 彼本人は、その身軽さと琥珀ちゃんからの道具貸し出しにより、普通に地上に向かえただろうけど……帰りは他に人が増えるということになれば、もはや行きのように簡単にはいかず、罠に引っ掛かる可能性も高くなってくることだろう。

 

 琥珀ちゃんの貸し出した道具は、あくまで対象が個人限定な『よくないことに出会わない』道具。……人が増えれば勿論無用の長物*5であるので、行きには気付かなかった罠達には、帰り際に改めて気が付く……ということになるはず。

 

 それはつまり、彼は早々戻ってこないということ。

 地下千階では転移も使えないようになっているのだから、地道に足で稼いで帰ってくるしかないとなれば、合流できるのは大分先の話となるだろう。

 

 そこまで考えれば、この管制室で無為に待ち続けるのは時間の無駄遣い、ということにもたどり着くわけで。

 

 

「き、強制労働はんたーい!!」

「喧しいわよ、素直に着いてきなさい」

「シャナちゃんが辛辣なんだけど、私なにかした!?」

 

 

 ……あわれ紫ちゃんは、過酷な肉体労働を強制されることとなるのでしたとさ。……恨まれてる云々の話?そりゃまぁ組織のトップなんだから、しがらみなんて持ってて当然なんじゃない?としか。

 

 

「そんな理不尽なー!?」

「はいはい。愚痴とかはキーアちゃんにどうぞー」

「なるほどお酒ね!ならいいわ!」

「……あれー?」

 

 

 なお、その流れ弾により、彼女の愚痴酒に付き合うことになった人が一名居たりするのだけれど……まぁ、些細なことよね!

 ……なんて、どこからか聞こえた気のするくしゃみを聞き流しながら、私達は再び森の中へと進み始めるのでした。

 

 

*1
猫吸いならぬピカ吸い。現実にピカチュウが居たらやってみたいことの一つでは?

*2
アルセウスのこと。その所業に関しては『Pokémon LEGENDS アルセウス』をご確認頂きたい。……その姿化身だったんすか(白目)

*3
例:黒桐幹也など。異常な空間で普通に過ごせる、というのはもはや普通ではない、という話。『ライオンの檻で兎が普通に暮らしていたら』みたいな話とも言えるか

*4
『目の前で対象を見ながら(~するわけなく)』ないし『他の対処法もなく(~させてしまう)』というような意味の言葉。漢字では『見す見す』と書くが、正確な語源は不明。『見す』の繰り返しによる見ていることの強調、などの意味はあると思われる(意味の方は、前者は『これだけ見ているのだから、~にはさせない』、後者は『これだけ見ているのに、~させてしまう』というような感じか)

*5
持っていても邪魔になるだけのもののこと。この場合の『長物』とは『ながもの』ではなく『ちょうぶつ』と読み、意味も『長いもの』ではなく『超えるもの』である。つまり、必要な数をオーバーした(、デッドウェイトである)ことを指す為、意味合いとしては『過ぎたるは(なお)及ばざるが如し』の方が近い。前者は仏教で出家する時の荷物の数を、後者は孔子が『論語』にて記した言葉が元となっている



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幕間・現地の研究(夏休みの宿題風味)

「いやー、さっきと比べると、行きの方も随分と楽になったものねぇ」

「え」

「いや『え』ってなによ?……言っておくけど、別に嘘を言っているわけじゃないわよ?そこいらに設置されてるのがカウンター罠だって予めわかってるから、最悪『ハリケーン』とか『大嵐』とか『ライスト』とか撃っとけばいいって話になってるんだし」

「いや、対処法全部雑ぅー!?」*1

 

 

 嫌がる紫ちゃんを担ぎ上げるようにして、外へと飛び出した私達。

 

 さっきの行きの時とは違い、帰りの時のやり方を参考にして、待ち構えている罠達を全て破壊していく……という手段を取った遊星君達デュエリスト組なわけだけど。

 こちらに自身の言葉が通じていないのがわかったのか、代わりとばかりに指差しになったピカチュウちゃんの指示により、わざわざ引っ掛かりに行かずとも、罠の位置を確認できるようになった彼らは、それを活かし魔法・罠を破壊できるカードで片っ端から罠を全部破壊する、というストロングスタイルで森を踏破して行っている。

 

 まぁ、罠とか魔法カードを破壊する効果を持つカードって()()()風関係のものが多いせいで、それらの強風に煽られた森の中の木々達が、それはもう凄いことになってるんだけどね。*2

 ……これには紫ちゃんの『雑』という評価も、妥当オブ妥当と言わざるをえまい。

 

 とはいえ、さっきまでの当たって砕けろ式罠踏破術はもうやりたくない……ということで、マシュちゃんの盾を盾にして(?)風をやり過ごすみんななのでしたとさ。

 

 

「盾を盾として使っているだけのはずなのに、疑問文になってしまうのは何故なのでしょうね……」

「マシュちゃんの場合のそれ()って、普通に攻撃手段でもあるものねぇ」

 

 

 なお、こうして疑問形になってしまった理由は、ここのマシュちゃんには原作みたいな先輩の盾役、という印象が薄いせいだったり。

 それ以外の部分では、普通に盾持ちとしては普通に働いているはずだというのに、げに恐ろしきは風評の力(いわゆる無辜の怪物的なあれ)……ということなのかしら?

 

 ともあれ、そうして罠を極力安全?に解除しながら進んで、ようやくやって来たのは、先ほどピカチュウちゃん達と別れた発電所の前。

 ここで私達は、一行を二手にわけることになるのでした。

 

 

「ええと、私の方は他のピカチュウを探す……ってことでいいのよね?」

 

 

 そんな風に声をあげるのは、紫ちゃんの方。

 

 当初の予定通り、彼女はこっちに同行しているピカチュウちゃんと、その他のピカチュウちゃん達の間に、なにか差異がないかを調べる役である。

 そんな彼女に付いていくのは、マシュちゃんとタマモちゃん、それからかようちゃんとピカチュウちゃんの三人と一匹。

 

 メンバーの選考基準としては、ここがフィールド魔法の中……デュエリスト案件の真っ只中であることを考慮し、それに対処できる人員は一つの組に纏めず、わけた方がいい……というシャナちゃんの主張により、該当者二人──マシュちゃんと遊星君を別のグループにする、ということがすんなり決まり。

 

 それから、あまり会話をしたことのない相手である遊星君()よりも、最初から顔見知りのマシュちゃん(彼女)の方が、紫ちゃん()もなにかと気が楽でしょう(だろう)……という遊星君の言葉により、紫ちゃん側にマシュちゃんを同行させるということに決まったのだった。

 

 その他はまぁ、消去法みたいなものである。

 ピカチュウちゃんは最初から同行が確定しているし、そんな彼女が懐いている相手の内の一人、タマモちゃんもそのまま同行が確定。

 で、さっきの実験の流れから、そのままかようちゃんも一緒に行くことに……というのが、向こうのメンバーの決定理由。

 

 反対にこちら側……琥珀ちゃんの方には、それらの選考から残った組であるシャナちゃんや遊星君、それから余り物の私というメンバーになったわけなのだけれど……。

 

 

「……え、もしかしてこれ、下手すると私がまとめ役しなきゃいけない感じなの……?」

「頑張ってくださいシャナさん!」

「頑張ってシャナちゃん!」

「ああ、頑張れシャナ」

「ちょっとぉ!?他二名はともかくとして、不動はまだまともな方なのに私に投げようとするの止めなさいよ!?」

「いやすまないなシャナ、この面々の中では俺は確実に若輩者だ。そんな相手の指示ではみんな不安になるだろうし、そもそも俺自身がみんなのことを理解しきれていない。それならば、最初からみんなのことを知っているお前に任せた方が確実なんだ」

「ぬぐっ、た、確かに……」

 

 

 体よく問題児(主に私、次に琥珀ちゃん)を押し付けられたことに気が付いたシャナちゃんが、悲鳴混じりの叫びをあげる。

 

 無論、そんなことをされたら、張り切って応援するのが私達。

 なので、琥珀ちゃんと手を取り合って彼女を鼓舞してあげたのだけれど……彼女からは苦虫を噛み潰したような、凄まじく苦い表情を返されてしまった。解せぬ。

 なお、その隣では何故か遊星君まで一緒になって、彼女を鼓舞していたのだけれど……シャナちゃんへの釈明の仕方から見るに、多分悪ノリですねこれ。

 

 ともあれ、突然降ってわいたリーダー役の仕事に、シャナちゃんはなんとも言えない表情で頭を抱えている。

 遊星君はともかくとして、問題児多めなのだからさもありなん。

 

 

「なんでそこで自信満々で居られるのよ?!もうちょっと自重とかして貰える!?」

「自重~?そんなもの、母上のお腹の中に置いてきた*3にきまってるじゃないですか!」

「私が自重するということは、世の中から熱がなくなるということ。エントロピーの消失(熱的死)と引き換えなわけだけれど、それでも構わないのなら自重するけど?」*4

「……あーもう!!ああ言えばこう言うんじゃないわよ!」

 

 

 なお私達からしてみると、そうして余裕のなくなっている状態が面白い()ので、彼女への弄りが加速する始末である。……雑に言うのなら「お前が落ち着け」というか?

 そんな構図を外から見ていた遊星君は、小さくため息を吐くと。とりあえず、興奮しきっているシャナちゃんを止めることに注力し始めるのでした。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり貴方がリーダーをした方がいいんじゃ」

「さっきのは外から見ていたから気付けただけだ。俺もお前の立場だったら、狼狽えているだけだっただろうさ」

「むぅ……」

 

 

 ──数分後。

 柄にもなく熱くなっていたことに気が付いたシャナちゃんは、今現在は恥ずかしさにほんのり頬を染めた状態で、遊星君と話をしている。

 

 彼女が落ち着いたのであれば、こちら側が騒ぎ立てる必要もなく。

 さっきまで騒いでいた罰として自分から正座をしていた私達は、そんな二人の様子を見ながらニヨニヨしていたのでした。

 

 

「いやー、琥珀ちゃん。若いっていいわねー」

「そうですねぇ。表面に囚われて物事をキチンと把握できていない若者が、しっかりと前を向けるようになるのはいいことですねぇ」

「……殴っていいと思う?あの二人」

「止めておけ。そうして殴り掛かってくることすら、考慮に入れているはずだからな」

「……なんでいきなり昼行灯キャラと化してるのよこの二人……!」

 

 

 リーダーとして求められるのは、基本的にいつでも動じない胆力である。

 高々問題児二人抱えたくらいで慌てているようでは、この先生き残ることはできない……!

 ……的な理屈を盾に、シャナちゃんにパワハラを仕掛けていく私達なのであった。……いやまぁ、やりすぎるとスンバラリンされるので、程々にだけどね。

 

 ともあれ、シャナちゃんの成長を喜ぶのはこれくらいにするとして。

 よっこいしょ、と正座から立ち上がった私達は、改めて動作を止めている機械──モーメントと対峙する。

 

 メンバーを二手にわけた理由……そのもう一つが、琥珀ちゃんにこのモーメントを調べて貰う、ということにある。

 何故かと言うと、そもそもこのモーメント自体が()()()が作ったもの、だからだ。

 

 

「……ふぅむ、とりあえず見たところ、普通のタワー型の機械……といった感じですねぇ」

「俺がスターダストを手に取った時点で、ほとんど動きを止めかけていたが……やはり、そういうことなのか?」

「ですねぇ。そうなると、これになんの意味があるのか、というのが一番の問題となりますが……」

 

 

 モーメントにぺたぺたと触りながら、琥珀ちゃんは小さく唸り声をあげる。

 特に調べるための機械を使っていないにも関わらず、既に問題の核心に気が付いているらしい。

 そんな彼女の近くでは、遊星君が工具などを準備しながら、彼女と話をしているわけなのだけれど……。

 

 

「……本当に昼行灯だ、とか思ってる感じね?」

「…………いつもあんな風に、真面目にしていて欲しいのだけれど?」

「それは無理な相談ねぇ」

 

 

 周囲の警戒、という体でわりと暇なシャナちゃんは、ぶすっとした表情でそれを眺めているのだった。……冷静にはなったけど、まだ拗ねているらしい。

 ともあれそれを指摘するのもあれなので、華麗にスルーする私なのですが。

 

 そんなこちらの様子に、彼女は深々とため息を吐いたのち、改めてこちらに声を掛けてくる。……その内容は、彼らの会話の意味についてだ。

 

 

「あの二人はなにを?」

「んー、あのモーメントが()()()()()()()()()()()、だねぇ」

「何処って……発電施設なんだから、このフロアに電力を供給してるんじゃ?」

「まぁねぇ。……ただ、だとすればやっばりおかしいことがあるのよねー」

「おかしいところ……?」

 

 

 あの二人は現在、モーメントの構造やらなにやらを解析するための準備をしているわけだけど……そもそもの話、このフロアの電力施設とは()()()()()()()()()()()

 

 そんな私の言葉に、なにを当たり前のことを……というような表情を浮かべるシャナちゃんだけど。

 考えても見て欲しい、例えこれがデュエリスト案件だとしても、電力供給もなしにソリッドビジョンシステムを動かし続けられるだろうか、と。

 

 今現在、発電機であるモーメントは、完全に動きを止めている。かようちゃんに貸していた千里眼によれば、この場所が元々の発電施設であるのは確か。

 それゆえ、このモーメントは()()()()()()()()()()()()()()()()姿を変えられていたもの、だと思われていたわけだけれど。

 当のモーメントと言うと、私達の前に変わらぬ姿を見せている。……つまり、()()()()()()()()()()()()()、という疑問が浮かび上がってくるのである。

 

 

「ええと……?」

「要するに、このモーメントは本当にここにあった発電施設なのか、ってこと。……元々の発電施設はもっと地下に埋没してるんじゃないかとか、色々疑わしいところがあるってわけ」

 

 

 モーメントは確かに動きを止めている。

 それはすなわち、このモーメントが電力供給源であるのならば、そしてこのモーメントの姿が、ソリッドビジョンシステムによって変化させられているものであるのならば、モーメントの停止と共に元の発電機に戻っていなければおかしい、ということ。

 

 先ほどまでのメンバーでは、十分な装備がないので調べられなかったけれど。

 こうして琥珀ちゃんを連れてきたことにより、それを調べるための準備は整った……ということである。

 

 こちらの説明になるほど、と頷くシャナちゃんを横目に、改めてモーメントの方に視線を向ける私。

 かの御柱は、何を喋るでもなく、ただそこに佇んでいるのであった……。

 

 

*1
それぞれ魔法・罠に対処するカード。『ハリケーン』はフィールド上の魔法・罠カードを全て互いの手札に戻す禁止カードで、『大嵐』は戻す代わりに破壊する禁止カード。凶悪さでは実は『ハリケーン』の方が上(自身のカードを手札に戻せるので、一度使ったカードの再利用ができる)。『ライスト』は『ライトニング・ストーム』のこと。相手の攻撃表示のモンスター、もしくは魔法・罠カードを全て破壊するが、代わりに自身のフィールド上に表側表示のモンスターが存在すると発動できない、という制約がある

*2
上記のカード以外にも、『ハーピィの羽箒』なども風系のイメージのあるカードが存在する

*3
最初から持ち合わせていない、という意味の慣用句。『生まれる前に忘れてきた』という意味だが、語源がどこにあるのかは判然としない

*4
エントロピーの飽和が行き着く先のもの。エントロピーとは『乱雑さ』を示す物理量だが、それが最大値に達すると『乱雑さ』を失ってしまう、という論法。現在では否定意見の多い概念



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幕間・事態は突然直下する

「──そういえば」

「……ん?なにかしらシャナちゃん?」

 

 

 琥珀ちゃん達が、モーメントの本格的な調査に着手してから数分ほど。

 手持ち無沙汰そうにそれを眺めていたシャナちゃんが、ふと思い出したようにこちらに声を掛けてくる。……なにに気付いたのだろう、と私が首を捻っていると。

 

 

「貴方、マシュと一緒じゃなくてもよかったの?確か、キーアにそう頼まれたって聞いたけど」

「あー、それ?……んっとね、確かにキーアちゃんにはマシュちゃんを見てて、って頼まれたけど──」

 

 次いで彼女の口から飛び出したのは、私がマシュちゃんと一緒に行動していないのはいいのか、ということについて。

 

 確かに、先ほどまでは金魚のフン*1のように、彼女に付いて回っていた私である。であるならば、それをいきなり止めたのだから気にもなる……というのは変な話でもない。

 ただまぁ、そこには少し思い違い、とでも言うべきものがあるのだが。

 

 

「私はあくまでも()()()()()()()()、ですもの。もっと重要視するべきものがあるのであれば、後回しにすることだってありえますわ」

「……なるほど。懇願ではあっても強制ではないから、その指示から外れることもある、ってわけね。……いやちょっと待って?今貴方()()って言わなかった?」

 

 

 おっと耳聡い。

 私の言葉の中にほんのりと混ぜられた事実を、敏感に気付いて見せたシャナちゃんに、思わずにんまりとしてしまう私。

 ……まぁ、その時の笑顔が怖かったのかびくっ、ってなっていた彼女の姿には、思わずこちらも反省を促されてしまったわけだけれど。

 

 ともあれ、彼女の言う通り。

 この状況下において、重要なのはこちらの方。……ピカチュウちゃん達の特異性はまぁ、この事態の核心を掴む手掛かりにはなるだろうけれど──()()()()()()()()()()()()()こちらの方が、優先度は遥かに高いのである。

 

 

「え、は、ちょ、なに、なにが来るのこっち!?」

「モーメントは、人の心を写すもの。……んー多分だけど、()()()としては単に()()()()()()()()、ってやつを辿って、()()()()()()()()()()()()()だったんだと思うんだよねー」

「なんの話ぃ?!」

「え、この事件の()()黒幕の話」

「はぁ?!」

 

 

 混乱するシャナちゃんの前では、琥珀ちゃん達がモーメントの分解に取り掛かろうとしている。……解析した結果、このモーメントは()()()()()にも繋がっている、ということが明らかになったからだ。

 それが元々の発電施設だけに繋がっているものではない、とわかった以上、経路を辿ろうとするのは当然のこと。

 現状では、それがこの事件を起こしたものに繋がる、唯一の道であることは確かだからなおのことだ。

 

 ──けれどご用心。

 この世界の繋がりというものは、とてもあやふやでいい加減なもの。

 名前繋がり、所属繋がり、カップ焼きそば現象、外の人繋がり*2……か細く小さな繋がりでさえ、()()()()()()()()()()()辿れてしまうのがこの世の縁。

 

 はて、この状況。……繋がるものはなんなりや?

 

 

「ふぉう」

 

 

 そんな、小さな獣の声と共に、それはこの世界に顕現するのであった。

 

 

 

 

 

 

「しゃ、シャドフォ君?」

「ええと、確かキーアさんのところにいつからか加わった追加メンバー、でしたっけ?」

 

 

 モーメントを分解しようという、まさにその時。

 その上に降り立ったのは、黒いフォウ(シャドフォ)君。……とある一件から、キーアちゃんが連れている小さな獣である。

 そんな相手の突然の出現に、先ほどまで混乱しきっていたシャナちゃんは、また別方向に混乱し始めているけれど……なに、難しく考える必要はない。

 

 

「──話の途中だったわよね、シャナちゃん」

「は、はい?」

「黒幕云々の話。──()は、こちらに来た時から密かに暗躍を続けていた。望む答え、望む世界、望む未来──それを実現するために、必要な措置を打ってきた」

「必要な措置、ですか?」

「そ。……小さな獣は災いをもたらすもの。その姿を持つ以上、ちょっと周囲の思考を攻撃的なモノにする……なんて、まさにお茶の子さいさい*3ってやつよね」

 

 

 思い起こすのは、()()()()を使わざるを得なかった、幾つかの状況について。その事件の影には、()()()()()()がどこからか響いていた。

 それは、彼女の成長を思ってのこと……()()()()

 彼は最初から彼女に期待しておらず、それらの行為は全て別の意味を持つものである。すなわち──、

 

 

「いい加減焦れてきた、ってことなのかしら?それとも、彼女がここ(なりきり郷)にいない時を見計らったのかしら?……なんにせよ、お望み通り話を()()()()()()いいわよ、星の獣さん?……いいえ、その()姿()よ」

「──やっぱり、君の方が適任だろうね」

「え、喋った!?」

 

 

 こちらからの問い掛けに、身を震わせ歓喜に染まったような声をあげるシャドフォ君。……けれどその声は、その姿から本来出るはずの声──アルトリアちゃんと同じ、少女の声のようなものではなく。代わりに飛び出したのは、軽やかな少年の声。

 喋った、という事実に周囲が困惑する中、彼──影のフォウ君は、くつくつと笑い声をあげている。

 

 

「いやね、僕にも準備ってものがあったんだ。──この姿は確かに便利だけど、僕本来のモノではない。何の因果か渡されたもの()、それによって写し取ったもの(姿)でしかない。……元の僕の姿を見せるには、少々準備が必要でね」

「も、元の姿……?」

 

 

 影のフォウ君の言葉に、困惑したような声をあげるシャナちゃんの前に、彼女を庇うようにして前に出る人が一人。──遊星君である。

 

 

「な、と、突然なにを……」

「──気を付けろ、シャナ。……今のアイツからは、()()()()と同じ気配が立ち昇っている」

「アイツら……?」

 

 

 シャナちゃんを背中に庇う遊星君の表情は険しく、まるで睨み付けるかのように影のフォウ君を、油断なく見つめ続けている。

 それもそのはず。姿を写し取った、と彼自身が述べたように、あのフォウ君の姿はそもそも彼本来の姿ではない。……いやまぁ、その影自体も、本当は彼の体ではないのだけれど。

 

 そんな私の言葉を聞いて、なにかに気付いた琥珀ちゃんが、慌てたように懐から一つの機械を取り出している。

 見た目的にはスマホのようなそれを、影のフォウ君に翳した彼女は、その画面を見つめながら驚愕したように声を漏らした。

 

 

「……じゃ、『邪神アバター』!?」*4

「じゃ、邪神?」

「やはり……」

 

 

 その言葉に困惑を強めるシャナちゃんとは裏腹に、遊星君は警戒を強めて呻く。

 

 恐らく、彼の言う()()()()とは『地縛神』のことだろう。モーメントが見せた人の心の闇、遥か昔から赤き竜と対立する者達。*5

 方向性としては『悪』となる彼らの気配は、確かに『邪神』のそれと似通ったものだと言えるはずだ。

 

 すなわち、今私達の目の前にいるのは、黒いフォウ君などではなく。邪神アバターがその力によって、彼を写し取ったモノ……()()()()

 

 

「……は?」

「いやはやその通り。……その見識、その力。正しく僕達が──僕が求めた理想のそれだ」

「い、いやちょっと待ちなさい!勝手にそっちだけで納得しないで!!」

 

 

 こちらの指摘に、感極まったような声をあげる黒いフォウ君。……見た目的には『フォウ君大興奮』でしかないので、ちょっと気が抜けなくもないが……挙げられているモノがモノだけに、周囲に漂う緊張感は並のものではない。

 

 そもそもの話、フォウ君自体が星の獣──ビーストになりうる個体の一つであるし、邪神アバターもまた、三幻神に対抗する存在として産み出されたモノであるがゆえに、その脅威というものは計り知れない。

 

 だというのにも関わらず、それらは目の前の彼の本性ではない、のだという。

 そうなれば、状況を理解できていないシャナちゃんが、困惑するのも無理はなく。

 けれど、相手はこちらの混乱などを気にはしない。──いいや、正確にはここに居る()()()()を除いて、そもそも眼中にない。

 

 

「そういえば、この姿の元である獣は、別の世界では誰かに付き従うモノ、だったか。……なるほど、ある意味では僕に近い、とも言えるのかもね」

「──この場所に、貴方の顕現のために必要な要素を集めた。それは()()()()()()()()、ってことでいいのよね?」

「……は?」

 

 

 その相手とは、私。

 キーアではなく、キリア。

 彼が求めたのは、似姿(キーア)ではなく大本(キリア)

 その発言に、更に困惑するシャナちゃん。……当然だろう。私の存在というのは、あくまでも彼──キーアちゃんの中の人が観測(創造)したからこそここにあるものである。

 それを求めてやって来た、というのは大概おかしいにもほどがある。……それはまるで、私がどういう存在なのかを()()()()()()()()()かのような──。

 

 

()ていた、という方が正しいのだけれどね。特に君は何処にでもあるものだ。──僕達の視界なら、寧ろ見えない方がおかしいと言えるだろう」

「……それは、千里眼でも持ってる、ってこと?」

「まぁ、似たようなモノだよ、焔の娘。──僕達はかつてそれを求めた。それを作るため、それを為すために、あらゆる垣根を越えて集ったりもした……けれどまぁ、その辺りは今は重要じゃない」

 

 

 シャナちゃんの疑問に答えた彼は、今やフォウ君の姿ですらなくなっている。

 黒い太陽──邪神アバターのそれへと姿を変えた彼は、更にそこから姿を変えようとしている。

 

 必要な要素は四つ。

 一つ、()()を立てること。()()を数える際の助数詞からわかるように、柱とはすなわち彼らと同義である。

 二つ、似姿を探すこと。彼が述べた通り、フォウ君のとある世界での姿は、確かに彼のそれに近いもの、だという風にこじつけられなくもない。

 三つ、要素を満たすこと。彼はやんごとなき存在であり、それを呼び寄せるには相応の──それこそ()()()のような、神聖な生き物を道標とする必要がある。

 

 そして四つ目──モーメントが繋がる先、その世界。

 とある数字を殊更に大切にするその世界は、その似姿の力を高めるには丁度いい。

 あとは、与えられていた土塊の体(邪神アバター)に備わっていた力で、幾つかのごまかしを起こしてやればいい。

 

 はてさて、ここまで語ればもうわかるだろう。

 比較の獣の似姿、それを語る以上。──それがなににカテゴライズされるのかなんて、最早確かめるまでもない。

 

 

「それでは改めてご挨拶を。──星の獣なぞ偽りの姿。其は道行きを示し、賢しらに諭し、多くを見せる小人の神。……我が名は『少彦名命(すくなひこなのみこと)』。哀れな人類達を導く、救世の神である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1/1

 

   

 

*1
比喩表現の一つ。金魚のフンは長く連なり、かつなかなか離れないことから、特定の人物に多くの人々が付いていく様、もしくは偉い人などに付き従う相手を揶揄する言葉として使われる

*2
後者二つは見た目の類似性に言及したもの。『外の人繋がり』はそのまま見た目がよく似通っていることを指すが、『カップ焼きそば現象』の方は、見た目は似ていても本質などに差異が見える間柄のことを指す。言うなれば『外の人繋がり』というカテゴリの中に『カップ焼きそば現象』が存在する、という形になるか

*3
とても簡単なこと。朝飯前。『お茶の子』とはお茶と一緒に出される菓子のこと、『さいさい』とは囃子詞である『のんこさいさい』を縮めたもの。言うなれば『お茶菓子なんてすぐ食べられちゃうよ、ほらほら』みたいな感じの言葉である

*4
『三邪神』と呼ばれる『遊戯王OCG』のカードの一枚。必ず相手よりも攻撃力が上になる、という効果を持ち、戦闘では無類の強さを誇る。……のだが、このモンスターの特徴はそこではなく、カードの見た目が『真っ黒な球体』である、というところにある。このモンスターは相手とそっくりになる、という性質を持っており、更には神としての格が『ラーの翼神竜』と同じ最高位である為、大半のモンスターに強気に出ることができる。因みに、召喚成功時に()()()()()()()()()2ターンの間、魔法・罠カードの発動を封じるという地味に厄介な効果も持ち合わせていたり

*5
『遊戯王OCG』のカテゴリの一つ。『ナスカの地上絵』をモチーフとしたモンスター達であり、フィールド魔法が存在しない場合に自壊する代わりに、相手への直接攻撃や様々な効果を与えられている。ダークシグナーと呼ばれる、遊星達シグナーの敵対者達が使用した



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幕間・アバターとは、化身である。──偽りの体である

「……人類、悪……!?」

「おおっと、別に君達と争うつもりはないんだ。そこのところはわかって欲しい」

 

 

 宣言と同時、小柄な少年の姿へと変じた彼の姿を見て、シャナちゃんは驚愕しながらも刀を構えようとするが……いつの間にか彼が目の前にいて、刀の柄の頭を押さえられていることに気付き、更に驚愕を深めることとなる。

 

 

(見えなかった……!?いえ、それよりも……)

「抜かないでおくれよ?僕はそこまで強い神ではないからね」

「どの口が……っ」

「いやまぁ、『少彦名命』と言えばどちらかと言えば知謀の神。他の神々と比べたら弱い、ってのは間違いじゃないと思うわよ?」*1

 

 

 ()()()()()()()()()()()自分の体の異変に呻きつつ、それでも相手を睨み付けるシャナちゃんである。

 でもまぁ、無理もない。ここにいる彼は、恐らくはなりきりでもなんでもない正真正銘の神の()御霊(みたま)*2……文字通り格が違うので、その神威(しんい)によって動けなくなるのは仕方ないのである。

 

 それは、他の面々についても同じこと。

 赤き竜という神に触れていたことのある遊星君も、その経験はここにいる彼にはフィードバックされきってはおらず、苦々しく顔を歪めるだけに留まっているし。

 普段はおちゃらけている琥珀ちゃんにしても、流石に本物の神様相手は分が悪いのか、顔を青褪めさせて尻餅をついてしまっている。

 

 ……もしこれが、本格的な対ビースト戦闘であれば、為す術もなく全滅してしまっていたところだろう。そういう意味で、彼の発言はありがたいものだとも言えるのでした。

 

 

「び、ビーストということは……」

「ああ、そこは心配しなくていい。僕のそれも、所詮はイマジナリィ……虚構の獣でしかないからね」

「……なに一つとして安心できないんだけど?」

「おおっと、これは失礼。何分こちらに出てくるために、わりと無理をしている身でね。──この獣の体も、結局はそれくらいの強度でなければ器が持たなかったから、というところも多分にあるんだ」

 

 

 変わらずくつくつと笑いながら、彼はシャナちゃんから視線を外し、こちらに歩いてくる。……私?私は別になんとも。プレッシャーとかなんとか、そんなもの()()()()()()()()のだし。

 

 

「さすがは魔王、というべきなのかな?」

「さぁてねぇ。貴方が私のことを何処まで知っているのかわからないし、私になにをさせたいのかもわからないから、どう答えるべきかも曖昧なわけだけど」

 

 

 目の前まで歩いてきた彼は、私よりも更に小さな背丈の少年である。……服装に関してはいかにも昔の日本の人、という感じの和服であるので、威圧感というか偉そう感というかは相応にあるわけだけれども。

 ともあれ、彼はこちらを眩しそうに見上げながら、楽しげに話をしている。

 

 ──仮称、ビーストⅣi。

 比較の獣、キャスパリーグの姿を借りていた彼は、しかして彼の側面を持ち合わせているわけではない。『少彦名命(すくなひこなのみこと)』、もといスクナヒコナとは天津神の一柱であり、国津神の一柱・大国主神(おおくにぬしのかみ)と共に葦原中国(あしはらのなかつくに)──今の地上世界を造ったのだとされる。

 

 いわば、国造りの神の一柱。それがスクナヒコナという神であり。そしてもう一つ、かの神には特徴的な側面……というものがある。それは、

 

 

(……クソガキ感が凄い、って言ったら怒るのかしら)

「……君、なにか変なこと考えてないかい?」

「ソンナコトナイヨー」

「……うーん、君の考えは()()()()()()()から、それがホントかウソかまではわからないなぁ」

 

 

 いわゆる悪童、そのイメージの元に成ったのではないか?……という側面である。

 別天津神・造化三神の一柱、高御産巣日神(タカミムスビノカミ)曰く。かの神は自身の千五百いる子供のうちの一柱であるが、人の話を聞かず・悪戯者であり、ある日私の指の間からこぼれ落ちたのだ……とのこと。

 

 神話の中で彼の性格に言及した箇所は少ないものの、後の童話などに語られる悪童達、そのイメージの元となったとされると言えば……現代風に解釈するとクソガキ様になる、というのはなんとなくわからないでもない。

 まぁ困ったことに、その偉そうな態度が全く間違いではないくらいに、普通に偉い神様でもあるのだが。……大国主様も『お前がいなけりゃ国造りとか無理だよぉ!』と泣きついたくらいだし(※多少脚色を含みますが大体事実です)。

 

 では何故、そんな彼がフォウ君の姿を借りていたのか?……そこを語るには、かの神が最後は常世国に帰った、というところを語らねばなるまい。

 

 常世国、ないし常世の国とは、古い日本で信仰されていた『海の向こうにある』とされる異国であり、かつて海が死と分かち難いものであった*3ように、死者の国でもあるとされる場所である。

 古く死とは穢れであり、穢れとは悪である。……言うなれば、神聖な場所でありながら闇の要素を持つ、というのが常世国であり、それはいつかに語った『母なる闇』、その考え方に近しいものだともいえる。

 

 ゆえにこそ、暗黒の太陽──アバターがその身の器として選ばれたわけである。……悪童的なイメージも、それに寄与しているのかもしれない。

 そしてフォウ君に関しては──これまた単純、彼のもしも(if)の話である姿・プライミッツ・マーダーは、とある死祖の王に付き従うモノである。*4

 

 王に従う、王よりも優れたもの……その関係性こそが、彼がフォウ君を纏うことのできた一番の理由、というわけだ。

 あとはまぁ……顕現のための力を融通するにあたり、向こうの世界──ハルケギニアにおける『四』というものの重要性を補強に使った、というのが一番大きいのでしょうけど。

 

 ともあれ、偽りの獣冠が赦されたこの世界において、彼は端から獣であることを放棄した存在である。

 自身の力で世を変えるのではなく、自身の力添えで世界を変える。──人にとってのパートナー、連れ添うものとしての顕現。

 

 

「……ふむ」

 

 

 一つ、息を吐く。

 獣であることを捨てた、と述べたが。……とんでもない。

 そのあり方は、正しく獣である。

 虎の威を借る狐……いや、虎に威を()()狐、とでも言うべきか。*5

 己は前に立たず、主を前に出し。されど願うは己の夢、己の願望。

 黒幕を気取って全てを動かす、世の全てを()()するかの如きその所業。……それが、獣のそれでなかったとすれば、なんなのだと言うのか。

 

 

(……まぁそれが、誰かに与えられた歪みなのか、はたまた彼本人が持ち合わせていた歪みなのかは、私にはわからないけれど)

 

 

 とはいえ、それがわかったところでなんと言うこともない。

 彼女本人としては()()()()()()、それを知っているのか彼もまた、その言葉には熱がない。──互いに興味が無くても、目的は達せられるとでも思っているのか、はたまたそういう関係の方がうまく行くと知っているのか。

 

 ただ一つ、誤算があるとすれば──、

 

 

「……とりあえず、一つ言っておくのだけれど」

「ん?なんだい?」

「──私、神様って無条件で嫌いなのよね。とりあえず出直して貰える?」

「……ちょっ」

 

 

 どうでもいいのは、あくまでも彼の事情であって。

 彼という存在そのものは、私にとって目障り以外の何物でもない、ということでしょう。

 

 そんな私の発言を聞いて、彼は眉根をピクリと動かすのでした。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。()()()()()情報からするに、君が神を嫌うのは仕方がない話、か」

「あら、そこまで知ってるんなら話は早いわねー。とりあえず、私が自発的に神の手伝いを赦すことなんてないから、わかったらさっさと神界でも常世国でも、好きなところに戻ってちょうだいね~」

「ちょちょちょちょっ!?なに喧嘩売ってるんですかキリアさん?!」

 

 

 私の拒絶の言葉に彼は苦笑いを溢し、琥珀ちゃんは慌てたように捲し立てている。……意外と根は一般人だったと言うべきなのかしら、この場合のこの反応。

 

 なんて胡乱なことを思いながら周囲を見渡せば、他の面々も似たような表情。

 シャナちゃんは余計なことを言うな、みたいな感じだし、遊星君の方は『なるほど、これが(騒動の)先頭の景色か』みたいな諦観の混じった表情を浮かべている。

 

 ……いやまぁ、なんとなく考えてることはわかるけど。

 

 

「言っておくけど、向こう(キーアちゃん)に聞いても同じことを言うわよ?……普通にただ過ごしているだけならいざ知らず、わざわざ過干渉してくるのなら『いい加減にしろー!』……くらいのことは言う、みたいな?」

「……それはつまり、僕に諦めろと言っている、ということかな?」

「その通りよ。……出来の良し悪しで話し掛ける相手を選んだ、みたいなことを宣った時点であれだし、大人しく向こうに居なかったのもあれ。……無理矢理追い返そうとしないだけ、随分譲歩しているのだと理解して欲しいものだわ」

「……なるほど」

 

 

 この問答に関しては、別に当事者がキーアちゃんに変わっても関係ない。……基本的には()()()()な私達ですもの、例えそれが完全な善意からのモノであれ、結構ですとお断りするのが筋ってモノなのです。

 ……まぁ、私よりもキーアちゃんの方が、時と場合によるって感じでまだ協力を取り付けやすい方でしょうけど。

 

 ともあれ、わざわざ獣冠まで装備してやって来た彼には悪いのだけれど、早々にお帰り願いたいと思う私なのでありました。……いやまぁ、勝負して決めよう、ってなったら()()()()()()()()()()()()()から、できればやめて欲しいところだけれど。

 

 

「はぁ?!」

「何度も言ってるでしょ、シャナちゃん。私達は負けてなんぼの【星の欠片】、勝負事に持ち込まれるのは願い下げ、ってわけよ」

 

 

 そんな私の言葉に焦るのはシャナちゃん。

 そりゃまぁそうでしょうね。だって相手は現状ここにいる誰よりも強い相手、なのだから。……それはつまり、手に入れるのが勝利だというのなら、彼は必ず希望のものを手にできる場所にいる、ということになるのですもの。

 

 

「……いいや、お生憎様だけれど、流石にそれは()()だ、焔の娘。この者に勝負事を仕掛けるのは、その存在の意味を理解できぬ愚か者だけだよ」

「はぁ?!」

「さっきからシャナちゃんが『はぁ?!』しか言ってない件について」

「まぁ仕方ないね。この領域(レベル)の話がわからないのは」*6

「……いやなにちょっと仲良さそうに会話してるのよ!?」

 

 

 けれど、そんなこちらの言葉に彼は首を振る。

 それは愚かな選択だ、と彼女を諭すようなその台詞に、シャナちゃんは更に困惑していたわけだけれど……そのあとの会話にも更に困惑していた。……神様だってトレンドには敏感だからね、仕方ないね。

 

 まぁともかく、彼にはこちらとの交戦意識はない、というのは最初に述べていた通り。

 ……そう、最初から彼は、こちらに協力()()()()()()と下手に出ていただけなのである。

 なので、こちらもそれをにべもなく断った、というだけのことなのだ。

 

 

「うーん、できれば君が協力してくれるのが一番楽だったんだけどなー」

「よく言うわよ。──その器、端から()()()()()だったんでしょうに」

「おや目敏い。──その割には、止めないんだね?」

「お二方だけで納得するの止めませんかー!?」

 

 

 こちらの意思を確かめた彼は、苦笑いをしながら頭を掻いている。……とはいえそこに悲壮さはなく、あくまでも()()()()()()()()()()、程度の感情しか込められてはいなかったのだけれど。

 

 それもそのはず。そもそもの話として、彼はここにこうして顕現した時点で、大体の準備は終えてしまっていたのだから。

 

 

「……と、言うと?」

「そもそも彼女は魔王──世界に対しての敵対者だ。こちらの言うことに素直に頷いてくれる、とは端から思ってないよ。──まぁ、言うなればこれからすることに対する礼儀、みたいなものだよね」

 

 

 遊星君の探るような言葉に、にこにこと笑いながら声を返すスクナヒコナ。

 それは、彼がこれから()()()()()()()()()()()()と如実に告げる言葉だが。……未だ体の動かない彼らに、それを止める術はなく。

 

 次に彼が語った言葉に、彼らは驚愕の表情を浮かべながらも、それを止められずに歯噛みすることになるのだった。

 

 

「だからまぁ──()()()()()、借りることにしよう」

 

 

*1
造化三神の一柱・高御産巣日神の息子。大国主と対になる神であり、今の地上世界である『葦原中国』を造ったこのコンビは、ある意味では『大きく力持ちの者と小さく賢い者』というコンビのテンプレートの大本である、という風に言えなくもないかもしれない

*2
神道・道教における用語の一つ。本社の祭神を別所で祀る際、その神霊を分けたもの。神は無数に分けられるとされ、本社と分社の間には本質的には上下はない、と言えなくもない(基本的には本社の方が格が高い、とされることがほとんどの用だが)

*3
船や食べ物の保存技術などが未熟な頃、海の向こうとは渡ることのできない未知の世界であったことから

*4
アルトルージュ・ブリュンスタッドのこと。姿を明かされてはいないものの、設定だけはしっかりと存在している。最近設定がアップデートされたことが判明し、昔よりも強くなってね?……と話題になったりもした。……いや、昔の設定が弱い、ってわけではないと思うが(フリーザ様みたいな二段変身ができるとかだったので)。なお、当時は死徒二十七祖の第一位であった、プライミッツ・マーダー……別の世界でのフォウ君を従えていたが、とある人物からはそっちの方を脅威に思われていた、なんて話があったりする

*5
ことわざの一つ。偉い人物・強い人物の威を借りて偉ぶる者のこと。この場合は逆であり、小さい方が大きい方を上手く動かしている、という風に見えなくもない

*6
岩明均氏の漫画作品『ヒストリエ』のキャラクター、バトの台詞『まあ……お前じゃわからないか、この領域(レベル)の話は』から。なお、この台詞を漫画版の『魔法科高校の劣等生』のお兄様に言わせたものが、コラとして広まっている



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幕間・触れてはならぬもの、そこに

「力、だけ?」

「そう、力だけ。……できれば彼女自身に手伝って欲しかったけど、協力が取り付けられなかった以上は仕方ない。次善の策を事前に用意しておくのは、智の神としては当然のこと……というわけさ」

 

 

 彼の言葉に、なにを言っているのかわからない……とばかりに困惑するシャナちゃん達。

 ……別に彼は、なにもおかしなことは言っていない。

 彼が必要としていたのは私の協力──などではなく。

 厳密には私の()だけを目当てにしていた、というだけの話なのだから。……人聞きが悪い?貴方そもそも悪童でしょうに。

 

 

「……ええと、それって確か【星の欠片】とかいう、あの?」

「そうだとも。それこそが彼女を求めた理由というわけさ。……まぁ()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()だという時点で、こういうパターンに向かってくれても構わないように、あれこれ調整はしていたわけだけれど」

「……そういえば、そんなことを言っていたような……?」

 

 

 スクナヒコナの言う通り、私とキーアちゃんの使うそれ(【星の欠片】)、固有名称『虚無』とは、なにも私達だけが使える能力というわけではない。

 本質的には科学に近いモノであるため、使()()()()()()()()()()()()誰にでも使えるモノなのである。……まぁ、誰にもその使い方とやらを教えていないので、実際には私達以外の誰にも使えないもの、ということになっているのだけれど。

 ……それだとキーアちゃんが小さくなった理由がよくわからない?そこはまぁ、色々あるんだってことで。

 

 ともあれ、彼が求めているのが【星の欠片】──『虚無』だけであるというのなら、その力のみを利用しようと考えるのはおかしなことではない。一つ問題があるとすれば……、

 

 

「……貴方達しか使い方を知らない、ってことよね?」

「さっきから何度も言ってるように、ね」

 

 

 それは、さっきも言ったように、使い方について私達しか知らないということ。……そしてこれはここで明かす新情報だけど──その使い方を教えることは、少なくともキーアちゃんにはできないのである。

 

 

「……は?」

「そこはまぁ、彼女がなりきりだから……ってことかしら。彼女(キーア)はそもそも、(キリア)を元にして生まれたもの。……私のあり方自体が『逆憑依』という現象と相性がいいから、ちゃんとした使い方なんて知らなくても使えちゃうのよね。……やり方は体に染み付いている*1、みたいな?」

 

 

 彼女(キーア)はあくまでも、私の似姿として生まれたもの。

 ……一応、創作者(観測者)としてその原理やらなにやらを、彼女──もとい彼は創作(観測)したわけだけれど、実際には()()()()()()()()()()とでも言うべきものを、成し遂げてはいない。*2

 だからこそ、彼女はそれ(【星の欠片】)を誰かに継承させることもできないし、正式な使い手とも微妙に認められていない。……それがまぁ、さっき触れた色々の内容──私がいると彼女が不調になる理由の一部。*3

 

 なので、私が協力しないことを決めた以上、彼が【星の欠片】に触れることは叶わない……はずなのだけれど。

 

 

「だからこそ、彼の()()()が重要になってくるってわけ」

「今の……」

「器……?」

 

 

 私の言葉に、首を傾げる女性二人。

 けれどもう一人の──ここにいる面々では唯一の()()()()()()である遊星君だけは、私がなにを言いたいのかを理解し、それを言葉として出力するのだった。

 

 

「……そうか、邪神のコピー能力!」

「……あ!」

「そういうこと。……まぁ、奇しくも借りていた姿も、その元となった器も、共に『比較』に関わるモノであった……という共通点があったからこその次善の策、ってことになるんだけどね」*4

 

 

 そう、今のスクナヒコナの体は、色々な要素が詰め込まれているけれど……その大本は相手の姿を写すもの、『邪神アバター』のそれなのである。

 ……彼の言う通り、フォウ君のifの姿である『プライミッツ・マーダー』のそれと同じく、()()()()()()()()()()()()()()()()()という性質を持つ──そんな『邪神アバター』の姿と同じ、だ。

 

 ……まぁ、ハルケギニアからの力の引用を成り立たせるためのビーストⅣ(フォウ君)、それから存在の類似性からの引用による『邪神アバター』……というように、その繋がりの見出だし方は、【継ぎ接ぎ】だの【複合憑依】のそれと同じようなもの……って辺りに、幾らかキナ臭さを感じるわけなのだけれど。

 だってつまり()()*5……いや、これはまぁいいか。

 

 ともあれ、スクナヒコナの言う()()()()()()()()()()、という言葉の意味はここに明らかになった。

 

 

「アバターの力で、彼女の姿を写し取(になりき)る……?!」

「そういうことさ。……彼女(キーア)姿を写す(なりきる)ことでそれを使えるというのだから、僕ができない理由もない」

 

 

 そう、キーアちゃんのそれが、なりきることで得たものなのだからこそ。……同じやり方でも、力を使うだけならば問題ないと。

 そう言いながら彼は、静かに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

「そ、そんなことできるの……?」

「まぁ、普通なら無理って言うところなんだけど……」

 

 

 理屈の方はわかったけれど、それが実際に成立するものなのか疑念を抱く……というのはわからないでもない。

 シャナちゃんのそんな言葉と共に、みんながこちらを見てくるけれど……うんまぁ、これに関しては彼の下準備が凄かった、というか?

 

 

「下準備……?」

「多分、今頃キーアちゃんが()()に行き当たってるだろうけど──『四つの四』って、聞いたことある?」

「はい?……ええと、ハルケギニアでの伝説……みたいなもの、でした……よね……?」

 

 

 こちらから返ってきた言葉に、最初は首を捻っていた琥珀ちゃんだけど──喋っている途中で気が付いたのか、顔を青褪めさせながらこちらを見つめ返してくる。……さっきから震えっぱなしね、貴方。

 

 そう、『四』という数字は、ハルケギニアにおいてとても特別な意味を持つ数字である。そしてここにいる彼は、ビースト()i。……それは偶然でもなんでもなく、ここに至る道を彼は仕組み続けていたのである。

 

 

「まぁうん、さっきも言ったように、器の強度というのは最重要課題だった。獣を気取ったのも、この世界において用意できるモノの中で、それが一番強度が高かった……というのが大きい。……まぁその甲斐あって、大抵の用途には耐えられるようになったのだけれどね?」

 

 

 軽く笑うスクナヒコナの言葉を要約すれば、次のようになる。

 

 ──『四』という数字に強い意味のあるハルケギニア。

 ()()()()()()()()()()()ことで、条件を満たす器を造るための素地を作り。

 自身という和の神を降臨しやすくするためのモノとして、八咫烏に繋がる存在を諭し……といった風に、色んな暗躍をして造ったのが、今の器。

 それは、現状この世界で用意できる、最高位の器であり──同時に、他の要素によって魔王()を写し取るのに最良のモノともなっている、と。

 

 

「邪神である、という要素は魔王たる君を写し取るのには最適だし、『比較』によって戦うことの無意味さを訴えることもできる。……力だけが欲しい、というのであればこれ以上のやり方はないのではないかな?」

 

 

 そう自慢げに語る彼に、されど油断の影はない。

 自身の知恵を総動員し、予測される妨害や罠を悉く潰し。……その上で、己の願望の通りに事態を動かす。

 まさに小さ子神。……モーメントに化けさせたとある少女(ヒータちゃん)の分身といい、それらの全てを綿密に組み上げたその手腕は、まさに驚嘆して然るべきモノだといえるだろう。

 だからまぁ──、

 

 

「……うーん、そこまでされたのなら、私としては拍手してあげるくらいしかないかなー?」

「ちょっとぉっ!?こいつが貴方の力を使ってなにをしたいのか、なんてわからないけれど、どうせろくでもないことなんでしょう!?ちょっとは抵抗しようとか思わないの!!?」

「いやー、私クソザコナメクジですので?」

「ふざけんなー!!」

 

 

 ──神様嫌いの私だけれど、事ここに至っては止める理由もない、というか?

 

 そんな私の言葉に、ついにはキャラ崩壊してしまうシャナちゃんだけど……抵抗しろとか言うけど、単に私に変身する……みたいなことを言われても、好きにしなさいとしか言えないというか?

 

 そんな私の態度に、彼女は更に烈火の如く怒っているけれど……実は、それは彼についても同じだったり。

 

 

「……言っておくけど、今の僕にできない理由はないよ?そもそも残り一つ、()()()()()()自動的に条件は満たされるのだから」*6

「いや、別にできないと疑ったりもしてないんだけど……」

 

 

 それは勿論、スクナヒコナ。

 あまりに軽い私の態度に、適当なことを述べていると思われている、とでも勘違いしたのか、彼は静かな怒気を覗かせながらこちらに声を掛けてくるけれど……滅相もない。

 

 彼はできるだろうし、やり遂げるだろう。『虚無』に触れ、夢にも手を掛けるだろう。

 そこに疑いを向ける余地はなく、私は彼が成功することを確信している。

 

 なのでまぁ、これは別に彼を舐めているのではなく──単に諦観しているだけ、という話。……()()()()()()()()()()()()()()()、と見上げ(納得し)ているだけなのだ。

 

 

「……それは、()()()()()()と言っているのと、意味合いとしては同じじゃないのかい?」

「何度も言わせないでちょうだい。──やればわかるんだから、さっさとやりなさいよ。()()()になって、見事夢に手を届かせてご覧なさいな」

 

 

 こちらの言葉に、苛立たしげな声をあげた彼は──けれど最後にはこちらの言葉を振り払うように顔をあげ。

 

 

「……僕は、君になろう」

 

 

 最後のその一言を告げ。

 次の瞬間、ただの小人になっていたのだった。

 

 

「「「……は?」」」

 

 

 ──異口同音。

 困惑混じりのその言葉は、部屋の中を谺し──、

 

 

「聞いて聞いてみんな!ここのピカチュウちゃん達、みんな変だったの……ってあれ?なにかあったのみんな?」

 

 

 そんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような言葉を述べながら、部屋に入ってきた紫ちゃんの言葉により更に加速するのであった。

 

 

*1
いわゆる反射のこと。もしくは、反射のように意識せずとも行えること、の比喩

*2
雑に言うと『ペーパードライバー』、実地をこなしていないようなもの、ということ

*3
本質的には、本体のコピーが本人の前にいる、みたいなもの。世界から優先されるのは本人の方なので、コピーであるキーアはどうにかして、本体との差異を作ろうとしている。最近は本体側が離れてくれる(主に母化したりして)為、多少は楽になった模様。結果オーライ?

*4
『プライミッツ・マーダー』は相手よりも強くなる『比較』の獣だが、『邪神アバター』もまた相手と同じ姿になって、それよりも強くなる『比較』の神……と言えなくもない

*5
()()()()と呼べなくもない、の意味。すなわち【複合憑依】とは、その成立の仕方が()()()()()()に似ている、ということでもある。厳密に同じ、というわけではないが

*6
『同じ顔四つ』の条件を満たすよ、の意味。それはつまり他の四も連鎖するということで、この場ではビーストの羽化に相当する(『四つの四』成立で生み出されるのが、成体としてのビーストⅣである、という意味でもある)



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幕間・それは最初から決まっていた幕引き

「……んー、()()()()()?仮にも神様なんだし、もうちょっと頑張って欲しかったのだけれど」

 

 

 さっきまでの緊張は何処へやら。

 こちらで起こっていたこと、その一切に気が付いていなかったかのような紫ちゃんの様子に、金縛り*1から解放された他の面々が押し寄せる中。

 私はと言うと、突然小人になった()の元へと歩み寄っていたのだった。

 

 

「……?……!?」

「混乱しているところ悪いんだけど、()()()()()()()()?」

「君は……いや、というかなんだこれは?……()()()()()?」

 

 

 こちらの言葉に、混乱したような台詞を返してくる彼。

 その姿には、先ほどまでの傲慢混じりの余裕はどこにもなく。……まるで、見知らぬ土地に突然放り出されたような、とてと不安げな表情を浮かべているのだった。

 

 ──だから私は、彼を安心させるように笑みを浮かべて。

 

 

「落ち着いて、()()()()。それからようこそ、なりきり郷へ。私共一同、心より貴方の来訪をお喜び申し上げますわ」

「う、うむ?……う、うむ。なるほど、確かに()は一寸法師で間違いないようだ」*2

 

 

 彼の名前を、教えてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……まっっっったく意味がわからないのだけれど」

「んー?具体的にはどの辺りが?」

「──全部!徹頭徹尾*3、頭から最後まで、全部よ全部!」

 

 

 紫ちゃんに詰め寄っていた面々は、逆に彼女から、

 

 

「え?私そんなに長く離れてないわよね?ね、マシュちゃん?」

「は、はい。私達がピカチュウさん達を探しに出て、まだ三分ほどのはずなのですが……はっ、もしやこれがスパルタ教育……!?」

「……ぴーか」*4

 

 

 というような反応を返され、まるで狐に化かされたような表情を浮かべていたのだった。

 ……とはいえまぁ、これに関してはとても簡単な話。

 

 

()は、時間を停滞させていたのよ。……完全な停止だと無茶が過ぎるけど、それが停滞であるならば──偽のモノとはいえ、獣冠を戴いていた彼なら十分こなせる範囲だったってこと」

「なる、ほど?」

 

 

 彼は他の誰かに邪魔をされないように、あの建物の中だけ()()()()()()()()()()……真実としては、そんな感じのとても単純な話であった。

 

 完全な停止を選ばなかったのは──流石にそれは紫ちゃんに気付かれるから、というのが大きかったのでしょう。

 別に彼の実力なら、彼女を軽くあしらうこともできたでしょうけど……それをするということは、つまりはこのなりきり郷全てを敵に回すのと同じ。

 仮にも獣を名乗ったモノである以上、仔細はどうあれ人類愛を抱いた者である彼は……必要でない犠牲を望まなかった、それだけの話だったのです。

 

 そんな私の言葉に、シャナちゃんは納得したような納得していないような、微妙な顔で首を捻りつつ、こちらに続きを促してくる。

 ……わからないのは全部、と言っていたわけだから、他の部分も順次解説していけ……ということなのだろうか?

 

 横暴だなぁなんて言葉を噛み殺しつつ、続きを話していく私はとてもお優しい人だと思います。……御託はいいからさっさと話せ?はいはい。

 

 

「で、具体的にはどこから話す?」

「……じゃあ、()()()。……一体なんなの、そいつ?」

「ぬ、私か?私は一寸法師、御伽噺(わらべうた)の一寸法師だ」

「……わ、わらべうた……?」

 

 

 次の話題となったのは、現在私の肩の上に座っている小人。

 すなわち、【顕象】である一寸法師のことについて。……彼はすなわち、()()()()()()である。

 

 

「……???」

「カーマちゃんが居るじゃない?ビーストⅢLの。彼女はカーマという存在から、その本質を辿ってマーラという獣性を発露して見せたけれど……彼の場合はその反対。スクナヒコナという獣性から、()()()()()()()()()()()()()()()ってわけ」

「ええと……スクナヒコナとは、オオクニヌシと共に日本国を作った、とされる神話の神の一柱……のことで、間違いないのですよね?」

 

 

 わかりやすい例を出して、説明してあげたつもりの私だったけど……どうにも理解できなかったのか、周囲の面々の顔にはハテナマークが張り付いている感じ。

 はてさて、どう説明したものか……と唸る私に対し、小さく手をあげながら声を出したのはマシュちゃんだった。

 

 始めに確認してきたのは、私の言う『スクナヒコナ』が自身の思っているそれと同じものか、というものだったわけなのだけれど……。

 

 

「ええ、それであってるわよ?」

「なるほど……シャナさん、一寸法師にはモデルがいる……ということをご存知ですか?」

「……ご存知じゃないわね」

「では、これを機に覚えてください。一寸法師のモデルとは、すなわちスクナヒコナ神なのです」

「……あれが?」

 

 

 それは、私の代わりに彼女が説明をする、という合図だったらしく。

 キーアちゃんも、こんな感じに彼女に説明を任せていたのか……みたいに得心しつつ、一歩下がってマシュちゃんに場所を譲る私である。

 

 

「一寸法師という物語には、元々二つのパターンが存在するのです。今の私達がよく知るもの──『御伽噺』の一寸法師と、それからもう一つ──スクナヒコナ神の神格を色濃く反映した、『御伽草子』の一寸法師というものが」

「御伽草子……?」

 

 

 では、シャナちゃん達へのわかりやすい説明は、マシュちゃんにこのまま任せるとして。

 こちらはこちらで説明をすることにしよう。

 

 スクナヒコナ神は悪童──ずる賢い人、のイメージを持つと述べたが、その性質を色濃く受け継いだとされるのが、『御伽草子』で語られるところの一寸法師である。

 

 この『御伽草子』、わかりやすく言えば初稿の『グリム童話』と現代の『グリム童話』くらいに中身が違うもので……具体的には、この一寸法師はとかくずる賢いのである。

 子宝を願った老夫婦には、いつまで経っても大きくならないので気味悪がられていたりとか。京まで士官しに行った先で宰相の娘に一目惚れしたので、一計を案じて彼女を()()させるとか。

 ……ともかく、『御伽噺』で語られる彼とは、些か趣を異にするのが『御伽草子』における一寸法師なのである。

 

 だが、最初に『初稿と現代の差』みたいなことを述べたように──『御伽噺』の一寸法師とは、『御伽草子』の彼を元にして子供向けに変化していったモノである。

 言うなれば、源流は同じ『スクナヒコナ』から派生したものだと言え……『スクナヒコナ』に近い『御伽草子』の彼から、『御伽噺』の彼に()()()()()()()()()みたいなもの……といえるのが、今ここにいる彼なのである。

 

 

「……ええと、つまりはさっきの神様と、同一人物ってこと……?」

「む、そこに関しては少し訂正を申し込みたいのだが、如何か!」

「え、あ、はい。……ど、どうぞ?」

 

 

 ゆえに、さっきの彼がこんなことになってしまった、という風に感じるのは決して間違いではないのだが……どうにもその辺りは譲れないモノがあるのか、当の一寸法師本人から「否!」の声があがることとなるのだった。

 

 

「私は子供達の憧れ(童話の英雄)としての一寸法師。さすれば、あのような卑怯な者と一緒にされるのは御免被る!」

「え、えー……?」

 

 

 それは、(一寸法師)(スクナヒコナ)と一緒にして欲しくない、というもの。*5

 ……いやまぁ、特に一目惚れした娘さんに対してのあれこれが擁護不可能だし、その気持ちはわからなくもないわけだけれど。

 なんだろう、大人ガメッシュを自分の成長した姿だと認めたくない子供ガメッシュみたいなもの……って感じなのかしら?いやまぁ、わかりやすさ重視だからまるっきり同じ、ってわけでもないでしょうけど。

 

 ともあれ、本人の主張を尊重する、という方向性で決まったその話は、あれこれと説明をするためにどんどんと長くなっていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 ──それは狭間である。

 彼らは(過去)(未来)の狭間にて無限(永遠)を廻すもの。

 なればそれは、小指の先にすら満たぬ刹那の欠片であり。

 そのような、吹けば飛ぶような世界の中に、()はいた。

 

 

「──ここは?」

 

 

 彼──スクナヒコナは、自身がどうなったのか、それに思考を巡らせる。

 準備は整えた。万が一にも失敗はないと、その綺羅星の如し頭脳にて、それを導きだしてみせた。

 ゆえにこそこれは、()()()()からこその場所、ということになり──。

 

 

「──星の内海、か?」

 

 

 伴って、自身の目前に広がる景色──星を散りばめたようなそれが、()()の言う『試練の間』なのではないか?……と当たりを付けることに成功する。

 

 星の内海とは、あくまでもとある(型月)世界での呼び方だが。……しかして呼んでみれば、なるほどこの場所は『星の内海』と呼称する他あるまい。

 目前に広がるのは、真実光を通さぬ深淵の黒。されどその黒の中で、確かに輝く星達があちこちに見える。……さながら、深海にて仄かに光る、微生物達のように。

 

 

──あら、星だなんて大層なこと──

「──、誰だ?」

 

 

 そんなことを思っていた彼の耳朶を……否、脳を揺らす軽やかな声。

 それは今まで聞いた誰の声とも当てはまらず、されど懐かしい誰かの顔を思い起こさせるような、そんなちぐはぐな声。

 突然響いたその声に、彼は周囲を見渡すが──声の主らしき姿は、どこにも見当たらない。あるのは先ほどと変わらず、黒い海で静かに輝く星達だけだ。

 

 

──視座が広すぎるのね。だから、見落としてしまう──

「……その言い種、君が試練を与えるというものなのかい?」

 

 

 この場所がなんなのか、判然とはしないが……この状況で自身に声を掛けてくる相手、というものには事前に下調べがついている。

 彼女達曰く、『あの人』。いと低き場所におわすという、【星の欠片】全ての管理者であるという──。

 

 

──あら、わざわざ私に会いに来てくれたの?嬉しいわね──

「……ああそうだ、僕は君に会いに来た。哀れな衆生を救うため、そのための術を求めてやってきた」

 

 

 彼女達の持つそれは、この世界にはない未知の法則である。

 ()()()()()()()()()()()()()()ことでも、他の世界の法則であるのなら、もしや。

 彼女達の力を知り、それを頼りにやってきた彼は──最早、藁にもすがるような心境であり。

 

 

──じゃあ、余分なモノは捨てなくちゃね──

「──あ?」

 

 

 だからこそ、その藁を掴むには()()()()()()()()()という、当たり前のことを失念していた。

 ──曰く、大死の先に大活が見えるという。

 生きながらにして世俗を捨て去り・死を見ることにより、新たな視座を得ることができるとされる。

 

 ──なれば。

 それが■を以て■を塗り潰し、■を肯定するモノであるのならば。──その先に待つ視座とは、如何ほどのモノか。

 

 

「────────っ!!!!!!!!?!?!?!?!」

 

 

 声にならない悲鳴を──瞬く間に襲いくる波濤を、絶えず浴び続ける彼は、そのような戯れ言を思い。

 

 

──そうね。貴方は神様なのだから、それこそ那由多くらいは越えないとね?大丈夫よ、()()()達もやったのだから──

 

 

 それが、本当に()()()()()()()()()()()()ことを知り、自身がなにを間違えていたのか、そのことに漸くたどり着くのだった。

 

 

 

 

 

 

──残念ね、【始終(キリア)】。この子、億も持たなかったわ──

 

 

*1
『睡眠麻痺』とも。眠る時、ないし起きた時に体が動かなくなる現象のこと。雑に言えば頭が起きているのに、体が眠っている状態。正し、実際は頭の方も半分寝ていることがほとんどなのだが。……なお、完全に起きている場合の金縛りも、原理的にはそこまで変わらないが、医学的にはストレス起因のモノとされることが大半である。元々は仏教用語『金縛法(かなしばりほう)』が名前の由来だとされている

*2
童話の名前、および同名の主人公のこと。一寸とは約3cmであり、そのくらいの小ささの青年が、決して怯まず鬼に立ち向かう姿が印象的。最終的には大きくなって幸せに暮らす……わけだが、その時に使われる道具がかの有名な『打出の小槌』である

*3
古代中国・宋代に起源を持つ故事成語の一つ。朱子の記した書物『朱子語類』に記されており、意味としては『最初から最後まで、全て』という意味となる。また、先の意味に加えて『変化がない』という意味が付随することもある

*4
※特別意訳:絶対違うと思うなー

*5
鬼を明確に倒していない、というのはどちらのパターンでも共通するが、『御伽草子』側は鬼からも気味悪がられているので、一緒にされるのは嫌というのもまぁ、わからないでもない



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幕間・それはドン引きした私だ

「まぁ、こっちはそんな感じだったわけなんだけど……顔真っ青になってるわよ、キーアちゃん?」

「──そりゃこんなの聞かされたら、顔面蒼白になるに決まってるんだよなぁ!?」

 

 

 ダンブルドア氏に呼ばれ、魔法学院へと向かった私達を待ち受けていたのは、何故か郷に居るはずのキリアで。

 そんな彼女から、そちらで起こっていたことを聞かされた私はといえば。……シルファとしての口調を意識するのも忘れ、思わずとばかりに叫んでいたのでありました。

 でも仕方ないのです、これ聞いて叫ばないとかありえねーのです。

 

 

「ええとせんぱい、一体どういう……?」

「……勝手に自滅するだろうから放置、とかなに考えてんのこの人、ってなるに決まってるでしょ!?っていうかマジで言ってるこいつ?!『あの人』のとこ行っちゃったのこの子?!大丈夫?!なんか変なスキルとか生えてない?!」

「は、生えるのか?!スキルが?!」

「自分から言い出してなんだけど、それだけだったらマシな方かなー!!」

「途端に怖くなってきたのだがー!!?」

 

 

 キリアがいる時の、今の私の姿……いわゆる小人サイズのそれと同じ大きさな相手である一寸法師君に話しかけながら、あれこれと思考する私である。

 

 今回の一件、どこまで行っても『ハルケギニアが悪用されていた』という話に落ち着くわけなのだが……これもう、逆に地球との繋がりを公表して、こっちはこっちである程度警戒してもらう……とかして頂かないとヤバいのかもしれない。

 だって、ねぇ?……よもやよもやのビーストⅣiですもの。しかもこちらの知らぬ場所での顕現、と来たもんだ。

 

 

「……しかもご丁寧に、やられ方まで元のそれに準拠してるし……」

「むぅ?先ほどまでの話を聞いておると、とてもではないが()()()()()()()()()()とは思えんのじゃがのぅ……?」*1

 

 

 額を押さえて唸る私に、横合いで同じ話を聞いていたミラちゃんが、頭に疑問符を浮かばせつつこちらに問い掛けてくる。

 まぁ確かに、子細についてはぼかされていたけど……かのスクナヒコナは、『あの人』にこてんぱん*2にやられたのだ……という風に聞こえなくもない。ただ──、

 

 

「……『あの人』はまぁ、決まりに従ってちょっと調()()()()()()()だけだから。……害意もないし敵意もない。寧ろ友好的ですらあったのに、()()()()()()()()()()()()って感じだから、最初から戦闘扱いして貰えてないんだよね……」*3

「ええ……?」

 

 

 なんとも理不尽な話だが、そもそも『あの人』はこちらから勝負を挑めるような相手ではない。……主に勝敗が(『あの人』の敗けで)決まりきっているから、的な意味で。

 

 そして今回のこれに関しては、弟子入りに向かったら採用試験の段階で心折れた……みたいなものだと考える方が近いものなので、最初から戦闘になんかなってないのである。

 ……まぁ、普通の人なら『こんなのブラック企業じゃ!』ってツッコミたくなるような採用試験なので、そういう意味ではとても可哀想なのだが。

 

 あと、彼の姿が変わってしまったのは、心折れた結果別の道を志すよう薦められたのだ……なんて風に説明できなくもないのが、余計アレだったりもする。

 

 そんな私の言葉に『なに言ってんのこいつ』みたいな顔をするミラちゃんはほっといて、次の話に。

 それは、なんでキリアまでこっち(ハルケギニア)に居るの、という疑問。……とはいえ、これに関してはなんとなく答えはわかっている。

 

 

「そりゃ勿論、彼がフィールドカードに偽装してまであの研究室に展開していたのは、こっち(ハルケギニア)の森だったんですもの」

「やっぱりかー!」

 

 

 要するに、彼女達もゲートを通ってきてしまっていた、というものだった。……またゲート(GATE)の向こうからヤバいものがやってきたんですね、ハルケギニア蹂躙劇ですねわかります。*4

 

 

 

 

 

 

「しかしまぁ、シャドフォ君がねぇ……」

 

 

 説明会が終わり、現在は地球に戻るまでの自由時間……ということで、各々が解散した結果、何故か私は一寸法師君と一緒に行動することになっていたのでした。

 他の面々は、と言うと……。

 

 

「わし、感激!」

「ふぉっふぉっ。……儂が言うのもなんじゃけど、よく飽きぬのぅお主」

「そりゃもう、憧れじゃからのぅ!」

 

 

 ダンブルドアの元へと走ったミラちゃんは、彼の姿を拝みながら虹色に光輝く『ゲーミングミラちゃん』と化していた*5し。

 

 

「マシュ!お久しぶりね!」

「あ、えと、お久しぶりですビジューさん……」

 

 

 城での缶詰状態から解放されていたらしいビジューちゃんが、マシュとの再会をとても喜んでいたり(マシュ側はどう対応していいものかちょっと迷っていたけど。暫くして普通に友人として対応することにしたようだった)。

 

 

「……な、なに?」

「んー、なんていうかこう……どうにも放っておけない気がするのは、一体なんでなのかしらねぇ……?」

「いや、知らないけど……」

 

 

 親友(ルイズ)と同じ声のシャナが、自分と同じく炎を使う者である……ということに不思議な感覚を覚えたらしいキュルケが、彼女にじりじりとにじりよってたじろがれていたり。

 

 まぁ、各々そんな感じで、適当にここでの時間を過ごしているわけなのだった。

 ……私?私はまぁ、単純に散歩に出ただけ、というか。

 一寸法師君がなにか話したそうにしていたから、そのための時間を取っただけ……というか?

 まぁともかく、特にあてもなく外に出た、ということに間違いはないわけで。

 

 

「……うむ、迷った!」

「お主、なにか目的があったから早足で進んでいた……というわけではないのか!?」

「はははは。……無性に歩きたくなる時と言うのもあるのだよ、ワトソン君」

「……う、うむ?わとそん?」

 

 

 あまりにも適当に歩きすぎて、道に迷ってしまうのも仕方のないこと、だったりするのであった。

 ……まぁ、周囲に人影もないし、聞かれたくない話をするのであればこういうところで良いと思う、みたいな?

 そんな感じのことを口に出せば、当の一寸法師君は頭を掻きつつ「見抜かれておったか」と溢すのだった。

 

 

「まずは……すまぬ。私ではない()が、そちらに大層迷惑を掛けたようだ」

「いやまぁ、実際に対処に追われたというか、対峙したのはキリアの方だし、特に私にそういう実感は無いというか……」

「そちらの騒動の首謀者・ヒトカゲ殿を誑かしたのは、他ならぬ()であったはず。……なればやはり、私が悪いというのはそう間違いでもあるまい?」

「……今の貴方には、関係なくない?」

 

 

 最初の言葉は、謝罪からであった。

 今の彼に『スクナヒコナ』としての自意識はなく、自分ではない自分がなにかをやらかした、みたいな感じになっているようだが……ともあれ、それを『二重人格みたいなもの』と認識して、自身の咎だと述べる彼は、なんとも生き辛い性格をしていると思う。

 特に、今ここにいる彼自体が、()()()()()()被害者のようなものでもあるがゆえに。

 

 なんと言えば良いのか……今の彼・一寸法師は、確かにスクナヒコナからの縁で【顕象】になった存在ではあるが……同時にあくまでも()でしかなく、実態としてはほぼ新造したようなものになっている。

 言ってしまえば生まれ変わりのようなものなので、前世の咎まで背負おうとするのは、些か責任感が強すぎるとしか言いようがない……と、思っていたのだが。

 

 

「ふぉう、ふぉうふぉう」

「……あー、なるほど。【複合憑依】も混じってるのね……」

 

 

 今目の前に居る彼は、小人ではなく()()()フォウ君の姿で。……従来のフォウ君より真っ白な辺り、純粋に彼そのものってわけではなく、()()()()()()()()()()()()結果の白化、とでも呼ぶべき状態なのだろうが……。

 ともあれ、ここにいる彼は純粋な『一寸法師』ではなく。

 件のビーストⅣi──スクナヒコナ神のスクナヒコナ成分が一寸法師に入れ替わったような存在、ということになるようだ。……そりゃまぁ、かの神の所業を自分の咎としてしまうのも宜なるかな、というか。

 

 こちらの微妙な空気を察したのか、彼は「ふぉう」と一鳴きして元の彼──小人の姿に戻る。

 神から人に生まれ変わった、という辺りに『アバター』という名前の持つ意味が存分に発揮されているなぁ、なんて戯れ言を考えながら、私は彼に声を掛ける。

 

 

「でもやっぱり、貴方が気に病む必要はないわよ。……なんだかんだ言って、事態は収束したわけだし。他の元ビーストな人々も、普通に暮らしてるし」

「ぬぅ?他にも居るのか、私みたいな者が?」

「うん、結構ね。……その内紹介するから、親睦を深めるといいわさ」

 

 

 変に罪悪感に苛まれていても、周囲に余計な気を使わせるだけだし。……なんてことを呟けば、彼は小さく苦笑いを浮かべていた。

 まぁ、当の誑かされた側であるヒータちゃんも、実はスクナヒコナ神による干渉の結果だったナルト君も、今回のことを特にあれこれ言うつもりは無いようだし、ならば特に問題はない……と言い換えてもいいわけで。

 

 

「あーでも、ヒータちゃんの話はどうしたものか」

「ああ、仲間を探しているのであったか。……ならば、地球に移って貰えば良いのでは?『四』が特別なのは、どうにもこの星の上だけのことのようであるし」

「……え゛、そうなの?」

「私が獣ではない以上、過剰に強調されていた分も元に戻ったであろうしな」

「……それも()()だったんかい」

 

 

 地球に比べて、ハルケギニアでは『四』は特別……。

 そんな『比較』がこの一件に絡んでいた、という事実を知らされた私は、マジかよという気分を押さえながら空を見上げる。

 

 夏休みである魔法学院では、とある先生が東方の技術を得て、とあるモノを再現するのに躍起になっているのだという。

 ──それは、火の技術を平和利用したもの。

 魔法というモノがあるハルケギニアにおいて、発展し辛かった『火薬』の技術が生み出した空の花。

 

 夕暮れを迎え、戻ってきたビジューちゃんを歓迎するため、急遽用意された催し物。

 

 

「まぁとりあえず、今日はゆっくり休むとしよう。難しいことは後回しで、花火でも見ながらゆっくりと……ね?」

 

 

 そろそろ始まるぞ、という空砲の音を聞きながら。

 私は一寸法師君を連れて、皆が集まっているだろう広場へと歩を進めるのだった……。

 

 

*1
『fate/grand_order』内の描写にて。『動物』『自然』をキーワードとするビーストⅣは、すなわち『応報』を司るビーストである、とも言える。良き扱いをすれば良いように、悪い扱いをすれば悪いように。それは、人の文化圏においての『善意を悪意で、悪意を善意で』返されることがある、という状態とは一線を画したもの。行ったことがそのまま自身に返ってくるそれらは、故にこそ『矛を収めることで、単純な勝ち負け以外の道を模索できた』という結末を生むこととなった

*2
『徹底的に負ける・または負かす』ことを意味する言葉。『こてこて』や『こてんこてん』などの『徹底的に』という意味を持つ言葉が派生したもの、だとされるが詳細は不明

*3
感覚としては『あ、ここから先に行くならこれが必要だね。あとこれもあった方がいいし、それからこれも持っといた方がいい。それからそれから……』『勘弁してくれよ……』みたいな感じ。善意の押し付けに音を上げたようなもの。なお『音を上げる』は、疲労などにより弱音などの感情を吐き出す、というような意味合いの言葉

*4
言わずもがな『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』のこと。蹂躙されるのがファンタジー側なのも変わらず。地球ナメんなファンタジー!……原点回帰(それゼロ魔の台詞)?それはそう

*5
『ウマ娘』……ではなく、『ウマ娘(たぬき)』の方の、デジたんことアグネスデジタルがよくやってること。推しが尊くて今日も命が軽い(ヘヴン状態)




幕間終わりですのー。


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十七章 進んだ針は元には戻らず
色々壊れたとかなんとか


「……はぁ?帰る?」

 

 

 ──夏も中頃を過ぎた頃。

 意外と深刻なものだった事件を解決した私達は、久方ぶりの日常を享受していたわけなのだけれど。

 お昼のそうめんを啜っていた私達を襲ったのは、『ちょっと帰ってくるわ』という、キリアからの衝撃の一言なのであった。

 

 

「ええとその、キリアさん?帰るとは一体どちらに……?」

「んー、里帰りみたいなもの……なのかしらね。──『あの人』から『たまには顔を見せなさい』って連絡が来てるみたいでねー」

「マジかよ……」

「ぬおっ!?大丈夫かキーア?!そうめんが鼻から出て来ておるぞ!?」

「ゆるされよ ゆるされよ 鼻からそうめん許されよ」

「おおっと、これは失礼」

 

 

 マシュは『帰ると言っても、どこに?』みたいな感じでその言葉を聞いていたけれど……私としては、寝耳に水*1と言ってもいいところ。

 ここに集まっている面々の中では、唯一『あの人』のことを知っている私としては、なんというかもう『マジかー』としか言葉が出てこなくてですね?

 

 

「……ええとその、もしかしてですがですね、キリアお母様?」

「なぁにキーアちゃん?……というか、すっかり扱いが母子になっちゃったわね、私達」

夏ですからね(とある姉妹を見ながら)*2。……いやまぁ、そんなことは今現在どうでも良くてですね?……そのー、もしかしてなのですが、その里帰りって私も同行しないと、いけなかったりするものだったりとか致しますです……?」

「おい大丈夫かキーア、先ほどから冷や汗が滝のように流れておるが」

「冷や汗云々の前に滅茶苦茶震えてるんだが。口調も無茶苦茶だし」

 

 

 思わず震える声で訪ねるのは、その里帰り、私も同行しなくちゃいけないのですか?……という疑問。

 

 他の面々──珍しく昼をみんなと一緒に(大体なんかどっかで)食べているハクさんとか、確認とか検査とか終わったのでこっちに戻ってきているクリスとかが、好き勝手な感想を述べてくるのだけど……うるせー、君達は『あの人』の子細を知らんから、そんな呑気なことを言えるんじゃい!

 

 

「キリアお姉さんが里帰り、ってことはー……その『あの人』っていうのは、お姉さん達にとってはお婆ちゃんみたいなもの、ってことになるのかな?」

「つまりはお盆なん。ウチ達も、たまには帰らなきゃいけないん」

「おぼん?それって、一体どんなものなのかしら?」

「そうですね……基本的には先祖供養のために行うモノですが、それに(かこ)つけてお孫さん達が祖父母の家に遊びに行く……という口実となる面もあるんだ、と窺いましたよ?」

「へぇー、それは楽しげだねぇ」

 

 

 テーブルの反対側では、かようちゃんやれんげちゃん、エー君にアルトリアが、わりととんでもない結論に行き着いたのち、話の華を咲かせている姿が見える。

 ……いや、お婆ちゃんて。その論理で行くと『グランドマザー(太母)*3とかになるんですけど、『あの人』の区分?

 

 

「ふむ、家族は大切にせねばならぬぞ。世の中には他の親族と不仲な者も多いと聞くが……特に理由がないのであれば、敬っておく方かよい。孝行できる内にしておくのが、一番であるからな」

「……イッスンってば、見た目は小さいのに言うことおっさん臭いってばよ」

「はっは。それはまぁ、年の功と言うやつよ」

「それはちょっと、話がずれてるんじゃないかい?」

「きゅー」

 

 

 さらにその隣では、そうめんをツルツル啜る(ラーメンの方が良いとは言い出せない空気の)ナルト君の両サイドで、がやがやと会話を続ける一寸法師ことイッスン君とCP君の姿がある。

 ついでに『僕もいるよ』みたいに声を上げるカブト君が、その足下に控えていたりもするけど……見た目的なメンバーの節操の無さは、もしかしたら随一かもしれない。

 

 ともあれ、大所帯で大人数・まさに密集地。

 これだけの人数が集まれば、各々の反応を書き出すだけで描写が埋もれてしまいそうである。

 ……場合によっては、余所から顔見せに来る人も増えると言うのだから、なんというか色々あったなぁ……と、感慨深くもなるといいますか。

 

 

「……って、違う違う。ここでしみじみと頷いている場合じゃないんだった」

「私が言うのもなんだけど、キーアちゃんってわりとマイペースよね」

そうじゃなきゃ(DATTE)やってらんないじゃん、ってだけなんだよなぁ!」*4

 

 

 まぁ、当初のマシュと二人だけの生活、というのを思い出してしみじみしている場合じゃない、とすぐに頭を振ることとなったのだけれど。

 ……食事の必要がないのでこの場に居ない、誰かさん(BBちゃん)からの電波(嫉妬)を受け取ったのかも?あっはっはっ。……無いとも言いきれねぇ(真顔)

 

 とにかく、である。

 現状問題なのは、キリアの言う『里帰り』に私が同行する必要があるのか?ということについて。

 みんなは『単なる里帰りでしょ?なにを大袈裟な……』みたいな感じに流しているけれど。

 思い出していただきたい。つい最近、『あの人』絡みのとんでも案件が勃発したばっかりだ、ということを。

 

 

「……ぬ?」

「あー、そういえばイッスン君がこんなことなったのって、その例の『あの人』(お婆ちゃん)の仕業、なんだっけ?」

「確か……大雑把に言うと『偽造免許を持って、素知らぬ顔で更新に行ったけど、偽造であることに気付かないどころか、寧ろもっと高度な感じの免許に(善意から)変更するよう薦められて、そのせいでとてもじゃないけど合格なんてできないような、そんな試験を受けさせられた』……みたいな感じだったかしら?」

「なるほど……つまりはもし、自分もキリアに付いていくことになるのだとしら、そこのイッスン君と同じような目に遭うのではないか?……と危惧しているということですね?」

「はいその通りですアルトリア!どう考えても今の私の立場、不法滞在とかそういうの(不正)の類いだと受け取られても仕方ないですからねっ!」

 

 

 流石にここまで言えば、私がなにを主張していたのかわかってくれたのか。他の面々が次々と正解を述べてくれたため、現在の私の心境がここに明らかとなる。

 

 ……そう、先の『スクナヒコナ→一寸法師』の変化を見る限り、迂闊に彼女(『あの人』)の前に出るのはまさに自殺行為。

 それこそ、本当にキリアの娘になって戻ってくる可能性もあるし、それどころか戻ってきたら『私』という個はどこにも存在しなくなっていた……なんてことにもなりかねない。

 

 だって私、単なる()()()()なんですもの!

 誰だよこんな変な設定思い付いたやつ!……私だったわ!

 そんな感じで絶賛混乱中の私ですが、こちらの様子を見ながらキリアはふっ、と笑みを浮かべて。

 

 

「おあいにくさまだけど、今回の呼び出しは私に対してだけ、よ。……わりと真面目に、久しぶりに()()()を見たから懐かしくなった、くらいの感覚でいいみたいよ?」

「…………よ、よかったぁ~……」

 

 

 こちらに対し『大丈夫、怖くないよ(呼ばれたのは自分だけ)』と、その呼び出し内容を開示してくれるのでありましたとさ。……セーフ!

 

 

 

 

 

 

「……なんかとっても久しぶりに、ちゃんとした姿になっているような気がする……」

「私も、久しぶりにせんぱいのご無事な姿を見たような気がします……具体的には三ヶ月ぶりくらい、というか」

 

 

 ちゅるりとそうめんを食べ終えたキリアが、『暫くしたら、お土産持って帰ってくるわね~』とかなんとか言いながら、何処へともなく消えてから暫く。

 今まで体に掛かっていた、重圧的なモノが消えたのを察知した私はというと、随分と久しぶりに普通の大きさ・かつただの『キーア』としての姿へと戻ることに成功していたのだった。

 

 ……つまりは今この瞬間、世界のどこにもキリアはいない……ということになるわけだけど。これはつまりアレだな、私に対するお盆休み、というやつだな?

 

 

「いや、それはちゃうやろ」

「キミは……タマモクロス」(純粋な少女のような瞳で)

「なんでどこぞの、親指なめなめ男みたいな扱いやねん!」*5

 

 

 なお、現在地はラットハウス。

 こちらもお盆休みになるとのことで、店内清掃のお手伝いにやって来た次第だったり。……飲食店は色々と湧きやすいからね、仕方ないね。*6

 

 実際問題、このなりきり郷ではバル○ンが使えない(主に非殺傷設定のせいで)ため、彼ら()の駆除にはちょっと難儀するのである。

 ……今のところは見たことないけど、もしかしたら彼らの中に『逆憑依』した人が混じっていることがあるかもしれないので、余計にやり辛いらしいというか。

 

 まぁ、もし仮に彼らの中に『逆憑依』が居たのなら、人類は彼らとのコミュニケーションの手段を得ることにもなるので、今までのように突然家の中で彼らと対峙して、恐怖を震えることもなくなったりするのかも知れなかったりするのだけれど。

 そもそも彼らのほとんどって、森の中で分解者やってるようなのだからね。*7

 

 

「一つの分解者として雇うことになるかも、みたいな話かい?」

「もし仮に話ができたなら、だけどね。……どっかの両さんがやってたこと、みたいな?」*8

 

 

 彼ら自体は綺麗好きであるので、ウイルスを媒介しないように注意を払えば、あとはわりと共存できるかもしれない。*9

 

 ……見た目の不快さは残るので、やっぱり特定の場所から出てこないようにお願いする必要はあるかもしれないけれど……食べられないモノなんて無いと言われるほどの彼らの食性*10は、上手く活かせれば多大な福音をもたらすことになるかも……とかなんとか、よくわからない擁護?的なモノを考えつつ。

 

 厨房の隅に仕掛けられた罠から、中身を出さずにそのまま外に転移させる……という、私がゆかりんくらいにしかできなさそうな対処を行っていく。

 なお、一応その時に彼らに話し掛けたりしてみているけれど、今のところ残念ながら(?)『逆憑依』らしきモノには出会えていない。 

 

 

「いやそれにしても、随分と大変そうだったみたいだねぇ」

「おおっと、ライネスも聞いてたの?」

 

 

 そんな感じに作業をこなす中、ライネスがこちらに声を掛けてくる。内容は、先日のビースト云々について。……キャラの出身としては、獣の話は気になるものらしい。

 なので、その辺りの話をしてあげようかな、と一瞬彼らから視線を逸らしたのだけれど。

 

 

「あ」

「あ、ってなに……んん?!」

 

 

 ライネスが私の背後──さっきまで私が見ていた方を指差して、唖然とした声をあげ。

 それに何事か、と振り返ろうとした私が首を動かすよりも先に、胸元に触れる何かの感触を感じ。

 

 

「………ど、どうも」

「……………痴漢でーす!!この人痴漢でーす!!!」

「ぬぉわあっ!?ちちちち違う違うこれは事故でですねぇ!!?……ふ、()()()ぁーっ!!?」

 

 

 なんぞ、と振り返った私と視線が合ったのは、さっきまでそこに居なかったはずの()()()()()()()()

 その()()が私の胸元に触れていることを確認した私は、まるで生娘のような悲鳴をあげつつ(なお別に触られても気にしていない)、周囲に謎の人物が居ることを知らせるのでした。

 

 

*1
突然の出来事に驚くこと。寝ているところに耳に水を注がれるような驚きだとか、治水の技術が未熟だった頃、寝ている時に氾濫した川の音が聞こえたので驚いただとか、語源には幾つかの説がある

*2
どこぞ(fgo)のジャンヌ達のこと。夏の暑さで思考回路がやられているとしか思えない……

*3
祖母ではなく、心理学的な用語の方。集合無意識の中に存在するという、母なるもののこと

*4
初代『ふたりはプリキュア』のエンディングテーマ『ゲッチュウ!らぶらぶぅ?!』の歌詞より。年頃の女の子には色々あるんだよ、みたいな歌

*5
『fate/grand_order』の星4(SR)ランサー、フィン・マックールのこと。親指なめなめとは彼の宝具『親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)』から。ケルトの神話に伝わる『叡知を与える鮭』の脂が散った親指は、それを舐めることで思考能力に大幅なバフ効果をもたらすのだとか。因みに、『フィンタン』も『フィネガス』も固有名(『フィンタン』は叡知の鮭の名前、『フィネガス』はフィンのドルイドとしての師の名前。言うなれば『フィネガスの鮭』という意味の言葉。間違っても『フィンたん』ではない)。なおキーアの台詞は、とあるイベントで彼に対して発せられた言葉から

*6
隙間が多い・外に繋がる場所も多い・餌も多い・基本的には常に温かい……などの理由から、飲食店は()()の殊更湧きやすい環境である。気を付けても無理があるので、業者などに頼んで駆除をすることも間々あることだったり

*7
わりと有名な話。まぁ、その一部以外とは出会うことなどほぼないのだが

*8
『こち亀』での話より。両津勘吉と彼らの因縁は、結構長きに渡っていたり……?

*9
生物として綺麗好きであることと、不衛生であることは両立するという話。考え方としては、部屋の中で靴を履きっぱなし、というのが近いか。体は確かに清潔にしているだろうが、履き物の底までは気にしていない……みたいな感じに、自身の体調に関わらない不潔さを無視する人は意外といる、ということ。ハイヒールの起源の一つと言われる『糞尿避け』辺りもわかりやすいかもしれない。今の感覚で言えば、そんなところ歩くなという感じだが……その辺りの衛生観念がなければ、とりあえず身体や服に触れなければよい、なんてことも起こり得るわけである

*10
インクも飲むし髪の毛も食べる。流石に薬物は無理があるようだが、ライフサイクルが短い種に関しては、耐性持ちが生き残って次代を残す……という形で克服することも



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マシュからの心象は最悪である()

「……不幸だ」*1

「おやおや、うら若き女性の胸に触れておいて不幸だ、なぁんて。……そんな台詞を吐けるということは、つまりはもっと()()()相手の方がよかった……とか、そういうことを言いたいのかな君は?」*2

「ぶふっ!!?ちちちちちがいますー!!上条さんはそんな変態染みた考えなんて、一切抱いていませんのことよー?!」

「……語るに落ちたとはこの事ですね、落とします

「ひぃっ!?違う違う言葉の綾!言葉の綾だって!!」

「あーはいはい、なんでもいいけどマシュは迂闊に近付かないでねー、どうなるかわかんないし。……まぁ多分大丈夫だとは思うけど

「そうですね、触れたくもないです」

「恐らくですけど言葉の意味が行き違ってますよねそれぇ!?」

 

 

 Gの除去作業中、突然厨房内に現れたツンツン髪の謎の少年。

 とはいえその身体的特徴から、謎とは言いつつもそれが誰なのか、なんとなーくわかっていたわけなのだけれど……()()()()()()()()()()が起きていないこともあり、どうにも判別しきれずにいる私達なのであった。

 

 こうなってくるともう仕方ないので、判別できる人間としておやすみ中のゆかりんと、琥珀さんの両名を呼びつけたのですが……琥珀さんに関しては住んでいる場所が場所(地下千階な)だけに、ここに来るまではもうちょっと掛かりそうな感じ。

 

 そうなってくると、今ここに居る面々で拷問……違った尋問をしていかなければならない、ということになるんだけど……。

 ……うん、私は別に気にしていないからいいんだけどさ?

 さっきの状況って『見知らぬ男が、敬愛する先輩の胸を触っていた』……という、もはや絶許案件以外の何物でもない状況だったことも相まってか、マシュの彼への視線が絶対零度級に冷えきってしまっているわけでして。

 

 その隣のライネスは、この状況を面白がって二人を煽ってばかりだし……なんというかこう、誰かどうにかしてください()って感じに、弱音を吐きたくなってくるキーアさんなのでした。

 ──そんな私の嘆きが天に届いた、ということなのか。

 

 

「なりきり郷存亡の危機と聞いて!!」

「貴方が管理者か、歩いてお帰り」

「お決まりの台詞どうも!で、件の人物は!?」

「ここです八雲さん。──現状では極刑が妥当かと思われますが、如何いたしましょう?」

「え、ええ……?……ちょっと、どうしたのよマシュちゃん?すっごい物騒(hurtful)*3なんだけど?

それはですね、私が彼にラッキースケベされたので……

「……なるほど。滅びるのは滅びるのでも、マシュちゃんの怒りに触れて滅びる(盾の厄災)……それがなりきり郷の定めだったのね……」

「いや納得しないで欲しいんだが!?哀れな上条さんと致しましては、弁解の余地を与えて頂きたい次第なのですがー?!」

「わかりました。それでは弁護人として、そちら側には白井さんをお呼びしますね?」

「それ弁護させる気がないっていうか、下手すると白井のやつにそのまま上条さんが(ピー)されるやつですよね!?」

「なにっ、(ピー)されるとな?!まさかこの人、上黒派だったのか!?」*4

「ちげぇよなんでだよ、というか上条さんにもちゃんとした味方をくださいっ!!」

 

 

 琥珀さんの小脇に抱えられながら、ババーンと扉を開いて現れたゆかりんに、思わずいつもの構文を返してしまいつつ。

 そのまま流れるように彼──()()()()君への尋問に移行する私達である。

 

 ──そう、上条当麻。

 以前どこかで話したように、もしも仮にこのなりきり郷に現れることがあれば、その右手に宿る力によってこの施設は崩壊し、私達は生きたまま生き埋め……ならばまだマシな方で、下手をすると無秩序に破壊された、次元の狭間に放逐されることになるかもしれない……なんていう話が持ち上がるような、この場所限定の次元爆弾みたいな存在である人物。

 

 それが、この世界においての上条当麻である。

 ……まぁ見ればわかる通り、今のところなりきり郷が崩落することもなく、私達は普通に生活できてしまっているわけなのですが。

 

 以前考察した話──『逆憑依』によって優先される再現とは、その人物を()()()()()()()()()()()()()()()()()……という結論が、ここに来て信憑性を失いかけている……というのは間違いではあるまい。

 いやまぁ、間違っててくれてありがとう、って感じなんだけどね、今の状況。

 

 

「あー、なるほど。今回の騒動は、つまりは()()()()()()なんですねぇ」

「おおっと琥珀さん、その口ぶりだとなにか知っていらっしゃるので?」

「知っているというかですねキーアさん。話せば長くなるんですけどー……」

 

 

 そんなこちらの疑問を知ってか知らずか、目の前で『お助け~っ!?』なんて悲鳴をあげる上条君を眺めながら、琥珀さんが一つため息を吐いていた。

 

 その口ぶりは、どうやら今現在なにが起こっているのか?……ということを少なからず理解している・もしくは取っ掛かりを知っているように思えて。

 なので、それとなく尋ねてみたところ、彼女は何事かを思い出すように天を仰ぎながら、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めるのでした……。

 

 

 

 

 

 

 それは、わりと意味不明な珍事に巻き込まれてから、それなりに日の過ぎたある日のこと。

 基本的に私の仕事はデスクワーク中心であるため、同じ姿勢を知らず知らずの内に取りっぱなしになっていることも、多々あるわけでして。

 

 その日もそんな感じでデスクにかじりついていたところ、助手であるクリスちゃんから、

 

 

「琥珀さん、いい加減体を動かした方がいいんじゃないですか?」

 

 

 なんて風に、注意を受けたことが始まりなのでした。

 

 

「……さっきの休憩から、そんなに時間は経っていませんよ?」

「いいえ、結構経過してます。……ただでさえ、貴方はオーバーワーク気味なんですから、休憩は早め早めに取ってください……って、何度も言ってるじゃないですか」

「おおぅ、まるで私のお母さんのような甲斐甲斐しい台詞……つまり私は娘だった……?」

「トチ狂ったようなこと言ってなくていいから。はよ散歩にでもいけっ、ドゥー(Do)ユー(you)アンダスターン(understand)ッ?!」

サー(sir)イエス(yes)(,)サー(sir)!」

 

 

 誰がサー(sir)だ、なんて風に怒るクリスちゃんから、逃げるように家から飛び出した私ですが。

 ……まぁはい、地下千階であるこの場所には、基本的には木々くらいしかないわけでして。

 文字通り散歩するくらいしか楽しみがない、と言い換えられなくもないわけででしてね?……あ、はい。スポーツ施設なら隔離塔まで出向けばあるでしょう、ですか?

 

 ……まぁそれは置いとくとして。

 ともかく私は、凝り固まった体を解す意味も兼ねて、木々の間を歩き始めたわけなのです。

 

 私の家は、中心部からすれば辺境と言っても過言ではない位置にありますので、適当に出歩いていても誰かとすれ違う、なんてことはほとんどないのですが……。

 

 

「……ふむ?」

 

 

 その日は、森の奥の方から金属音?的なモノが聞こえて来たのです。

 最初はまぁ、誰かが戦闘訓練でもしているのかな?……なんて思っていたのですが、よくよく考えればわざわざ地下千階まで降りてきて戦闘訓練、なんてことをする人が居るわけがない、ということに思い至りましてですね?

 ……はい?隔離塔内の人達は、たまにストレス発散のために戦闘訓練をしたりしている?……それ、塔の中での話じゃないですか。いやそうじゃなくてですね?

 

 おほん。……まぁともかく、普段は聞こえないような物音に、興味を惹かれた私はつい、その物音の方に足を向けてしまってですね?

 その結果として──見てしまったのです。

 

 

「……やっぱり、()()()()。なんでここに貴方が居るのかわからないけど……とりあえず、一緒に来て貰うわよ」

「…………」

 

 

 ──鳴り響いていたのは、武器を打ち付け合う音。

 大きな剣と、大きな刀。その姿に見合わぬ大物を振り回す二人の少女は、されど舞を踊るかの如く可憐にして流麗。

 

 片方は、赤く染まった長い髪から、火の粉のようなものを溢している少女──炎髪灼眼の討ち手、シャナ。

 そしてもう片方は──起伏のない表情で、虚ろな顔で。目の前の相手を見つめ続けている少女──黄昏の姫御子、『アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア』。

 

 互いに持つのは、他者(いのう)に犯されぬ大業物、『贄殿遮那』と『ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)』。

 束の間の休息を終え、再び得物を構え直した二人に、私は──。

 

 

「いや戦ってる場合じゃないでしょ!!?なりきり郷がー!この建物そのものがーっ!!?」

「「っ!!?」」

 

 

 思わず、地雷原でタップダンスしてんじゃねー!!

 ……とばかりに、二人の間に割り込むことになったのでした。

 

 

 

 

 

 

「いやー、あの時ばかりは私も肝を冷やしましたよー。幸いにして、単にそこにあるだけではこのなりきり郷は壊れないみたいでしたけど……いやはや。こうまで立て続けに無効系の力を持つ人が現れると、なにかあったのかと心配し……あの、皆さん?何故私のことを凝視していらっしゃるのでしょうか……?」

「……それ、報告されてないんですけど?」

「あるぇ?してませんでしたっけ?」

「一切聞いてないわー!!!」

「のわーっ!?」

 

 

 彼女の言葉を聞いて、思わず天を仰ぐ私。

 ……問題解決の糸口どころか、寧ろ問題増やしやがったんですけどこの人。いやまぁ、厳密には彼女が増やしたわけではなく、勝手に増えたみたいだけど。

 

 

「あのー……俺、帰っていいですか?」

「うふふ、DA☆ME」

「……不幸だ……っ」

 

 

 ……そんな私に声を掛けてくる上条くんは、わりと怖いもの知らずだと思います。

 

 

*1
『とある』シリーズ主人公・上条当麻の口癖。『運命の赤い糸』などという言葉があるように、幸運とは少なからず誰かの意思の介在するものである。その為なのか、彼はそういった『幸運』というものを、受けられない星のもとにあるようだ。型月的に言うのなら『幸運:EX(但し悪い意味で)』

*2
彼の女性の好みは(雑に言うと)歳上のお姉さん。……どこぞの五歳児とは気が合うかもしれない。性格的にも意外とベストコンビ、かも?

*3
相手を傷付ける、と言ったような意味を持つ言葉。読み方が『ハートフル』なので、和製英語である『heartful(ハートフル)』(意味は『優しさに溢れている』)と合わせたネタがよく使われる(例:格闘ゲーム『アルカナハート』はハートフル(hearthul)な格闘ゲームらしいが、作中のキャラクター『ゼニア・ヴァロフ』は発言がとても過激(hurtful)。『無意味な生涯に失望しながら、死ね』とか言っちゃう)

*4
伏せ字の中の言葉が入れ替わっている、の意味。前者は物騒、後者はいやらしい。なお『上黒』とは、『上条当麻と白井黒子のカップリング』の略。基本的に『ねぇよ』と言われそうな組み合わせだが、性格的な相性などはそれなりに高い為、意外と人気があったり。……まぁ、書いている人の筆力が高ければ、どんなマイナーカプでも人気になったりするものだが(上条さんと婚后さんの組み合わせとかを見ながら)



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これはひどい、ひどいですねひどいだろうの三段活用

「……えーとつまり?これはアレだね、ゼロとゼロが交わる時、物語が始まる*1……みたいなやつ、ってことだね?」

「……いやまぁ、最近無効化能力者増えてるなー感は、確かにあるけれども」

 

 

 とりあえず、いつまでも厨房で尋問してても埒が明かない……というのも確かなので、しょんぼりしている琥珀さんと上条君を連れてフロアに出た私達なのだけれど。

 そこでこちらを出待ちしていたシャナとアスナ……ちゃん?に、思わず白目を剥く羽目になったりもしていたのでした。

 

 ともあれ、問題の人物二人を席に座らせ、改めて向かい合った私達。……なのですが。

 

 

「……美味しい。もっと欲しい」

「あー、そういえばお昼がまだでしたね。マスター、麻婆カレー二つー」

「突然の注文もなに、気にすることはない」

 

 

 ……敢えて黄昏の姫御子としての名前で呼ばれていたことからもわかる通り、今この場に居る『アスナ』はいわゆる神楽坂明日菜本人とは、微妙にパーソナリティーが違うようで。*2

 まるで無口系ヒロイン、みたいな表情でご飯を食べている彼女は、なんというかこちらのペースを乱して仕方がないのでした。いやまぁ、ペースを乱してくるのは、なにも彼女だけじゃあないんだけども。

 ……でもやっぱり、お饅頭を頬張ってパァッ、と顔を輝かせている『アスナ』は、普通の神楽坂明日菜とは別人過ぎて違和感しかない、としか言いようがない。*3……見た目もツインテじゃなくて、普通のストレートだし。

 

 

「話は窺いました、なりきり郷は滅亡します!」

「話がややこしくなるから帰ってー」

「おや手厳しい。ですがこちらも手ぶらでは帰れないのです!」

 

 

 そんな中、さらに現れる闖入者。

 それはこのなりきり郷随一の預言者(?)桃香さん。

 そんな彼女は、またもやババーンって感じに扉を開けて、つかつかと店内に入ってきたのです。……流行ってるんですかね、その扉の開き方。

 

 まぁともかく、あんまりこの場に居て欲しくない人物の登場に、少なからず顔を顰めることになってしまう私と。

 目の前の相手が誰なのかわからず、困惑したようにこちらと彼女に視線を交互させる上条君。……と、やって来た麻婆カレーに目を輝かせるアスナちゃん。

 

 そんなカオスな空間を見渡した桃香さんは、一つ深呼吸をしたのちに、再びその言葉を口にするのだった。

 

 

「では改めて警句をば。──つまり、なりきり郷は滅亡するんだよ!」

「な、なんだってー↓」

「わぁ低いテンション。滅亡とかなんとか言っても、もはやいつも通り過ぎてもはやツッコむ気力もない……みたいな感じなんでしょうか?」

「……よくわかんねーけど、これだけは言える。──不幸だぁーっ!!?」

 

 

 

 

 

 

「はい掴みはバッチリ、というわけで。改めて、今回の予言についてお話しさせて頂きますね?」

 

 

 突然の滅亡宣言(通算N回目)に、店内の面々のほとんどがまたかよ、みたいな空気に包まれる中。

 そんな空気なぞ知らぬとばかりに、桃香さんはマイペースに話を進め始めるのだった。……流石は推定ビーストⅠiだった人物、余りにも傍若無人である。

 

 

「実感はありませんけどね。そもそも『兆し』だった時の話ですし」

「今の桃香さんとして成立している時点で()()()()()、とか。……わりとワケわかんないよねー」*4

「……あのー、お二方だけで話を進めるのは、やめて貰えないでせうか?」

「でた!上条さんの『せう』だ!」

「とりあえず入れておくと、台詞の上条さん度が上がるんですよね」*5

「いやなんだこの二人の一転攻勢……」

 

 

 わいのわいのと騒ぎつつ、私達のテーブルにやって来る桃香さん。

 そのまま着席して、ウッドロウさんに注文を始めてしまったわけだが……ふぅむ、つまりはお昼を食べていない……?

 

 

「……あー、もしかして今回のそれ(滅亡論)、わりと深刻だったり?」

「そうですね。……というか、私も予め()()()()()()ので申し訳ないのですが……世界終焉の引鉄(ひきがね)は少女の出逢いが引く*6……みたいな感じに、既に滅びのカウントは進んでいるみたいなんですよね」

「ええっ?!」

「あー……」

 

 

 そこから予想されるのは、彼女が私達を探して郷の中を駆けずり回ったという可能性。……彼女の予言(それ)は突然降りかかる場合もあるため、昼食前にそれを知らされ、慌てて探しにきたのだと予測されるわけである。

 そうなると、ちょっと申し訳なさを感じるのも確かな話。なので、ちょっと遠慮がちに、彼女に子細を窺ってみたのだけれど……ああうん、心当たりがスッゴいある。

 

 そんな私とは対照的に、驚きの表情を見せるゆかりん。……さもありなん、桃香さんの言葉は、ともすれば()()()()()()()()()()()()()()()と言っているようにも聞こえるのだから。

 

 

「あ、ちょっと勘違いさせているようですので訂正を。……そもそもの話、全てのモノは()()()()()()()()()()()()()()モノ。……今のはそれを改めて伝えたようなものであって、別に明日や明後日、一年や十年先に滅びが待っている……ということを肯定するモノではありませんので、あしからず」*7

「……はい?」

「まぁ同時に、明日や明後日、一年や十年後の滅びを否定しているわけでもないのですけど」

「……?????」

 

 

 けれど、実際にはそうではない。……いやまぁ、彼女の言う通り、全てのモノには必ず終わりがあるわけなので、それを否定するつもりもないわけなのだけれど。

 ……わかり辛いと思うので言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()*8くらいのモノ、というのが今回のそれ(滅亡論)なわけである。

 

 

「はぁ……?」

「どこかの国が戦争を始めたり、はたまたどこかの国が核ミサイルを作ったり。……そういう、滅びの要因が増えた時に、終末時計はその針を進めるわけだけど。あれはあくまでも予測や予想の結果であって、それそのものが終末のラッパってわけではない……って話ね。仮にこの星が滅ぶ時、あの針を零にする人間なんて()()()()()()()存在しないんだから」

「……あー、つまりはいつも通り、ってこと?」

「そこに関してはさっき言ってたでしょ。()()()()()()()って」

 

 

 ここまで聞けば、ゆかりんも流石に気付いたのか。

 今回の内容が、あくまでも()()()()()()()()()()でしかない、ということを悟り、深くため息を吐いていたのだった。

 

 

「……そういえば、さっき貴方、『あー』って言ってなかった?」

「ぎくり。……いや睨まんで頂戴。別に報告してないことがある、ってわけじゃないから」

 

 

 その後、さっきの私の発言を思い出した彼女が、こちらに詰め寄ってくる。……しまったいつもの『口は災いの元』!

 とはいえ、別に隠し事をしていたわけでもない私は、あっさりとそれを肯定。その潔さに、一瞬彼女は訝しげな表情を見せていたけど……。

 

 

「……あー、もしかして?」

「はい今ゆかりんが思ったこと大正解。……そもそもの話、真っ当に()()()()()()()()()()()、なんて言われているキリアが、敬い立てる相手──『あの人』が、厄介ごとの種でないはずがないんですよねー……」

 

 

 つい最近、私達が対面したトラブルを思い出し、まさか()()かと戦くゆかりん。……ええその通りですとも。

 その存在の顕現自体が、世界の崩壊を示唆するモノである大魔王──キリア。

 そんな彼女が敬い、自身よりも尊きものであるとする『あの人』が──単なる神のような存在、なんてはずがない。

 

 自発的に動かないからこそ、被害は基本発生しないけれど──誰かから呼ばれたのであれば、指先を動かすことくらいはするだろう。

 ……ただまぁ、文字通り『あの人』のそれは、スケールが違う。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……まぁうん。ほぼ確実に、上条さん達がここにいるのって、その理由の根源は『あの人』がこの世界を観測したから……だと思うんだよね」

「……なにその、どこぞのダイソンスフィアみたいなの」*9

「いやー、上から押し潰すんじゃなくて、下から盛り上がってくるって感じだけどね、実際は」

 

 

 今まで現れなかった異邦人(ストレンジャー)……上条君のような、無効化能力者達がこの場所に出現するようになった理由。

 それは恐らく、『あの人』に見つめられ、世界が変容したからなのだと。

 私はそう、結論付けるのであった。

 

 

*1
『とある魔術の禁書目録』のキャッチコピー『魔術と科学が交差するとき、物語は始まる』から。この場合は無効化(ゼロにする)能力者が交差した、の意味

*2
無感情系ヒロイン、と言うべきか。まぁ、環境がそうさせていただけであって、彼女はすくすくと情緒を育てていくこととなるのだが。……なお何気にオッドアイ系かつ来歴的にお姫様なので、おしとやかにしていれば普通にヒロイン力は高いと思われる。『神楽坂明日菜』がヒロイン力が低い、というわけではないが

*3
無口系・無感情系・無表情系ヒロインのテンプレートの一つ。鉄面皮としか言い様のない表情が、何かしらの結果動かされる……というのは王道の一つである

*4
彼女が【顕象】として誕生していれば、そのままビーストⅠiとなっていただろうが、当の【兆し】は与えられた千里眼により、その未来は成立しないと自ら負けを認めた。すなわち【顕象】として成立することを諦めたわけであり、それゆえ『彼女は彼女(『逆憑依』)である時点で既に負けている』ということになる。まさかの話が始まる前に負けているパターン

*5
上条さんの特徴的な言い回しの一つ。日常パートやギャグパートなどで現れる言葉。旧仮名遣いの一つであり、現代においては『しょう』に該当する。他にもこの話のタイトルである『~の三段活用』もまた、彼の特徴的な話し方の一つである

*6
PS3専用ソフト『アルトネリコ3 世界終焉の引鉄は少女の詩が弾く』から。歌と少女を主題としたゲームの、都合三作目となる作品。因みに4は存在しないが、後年に発売した『アルノサージュ』などは、この作品と繋がりのあるモノとなっている

*7
始まりがあるのであれば、必ず終わりがあるという考え方。色んな神話などでも語られる諸行無常的な感性の一つ。逆に言えば、始点のあるものは終点を定めずにはいられない、ということでもある

*8
世界終末時計のこと。アメリカ合衆国の雑誌『原子力科学者会報』 の表紙絵として使われている時計であり、実際に稼働している時計ではない。基本的には人々に警鐘を鳴らすためのモノであり、場合によっては大袈裟と切り捨てられることも

*9
『fate/grand_order』にて登場した存在、カオスのこと。恒星をエネルギー源として稼働する巨大機械であり、その実力は計り知れない



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終わる世界でも日は長く

「……よくわからないけど、その『あの人』って、凄いの?」

「んー、凄いっていうか……ヤバい?まぁともかく、一般的な尺度で測れるような相手ではないね」

 

 

 遅めの昼食*1をもぐもぐと食べているアスナちゃんからの質問に、なんとも曖昧な答えを返しつつ、はてさてどうしたものかと腕を組む私。

 

 先ほどの私の考えが間違いでないのならば……今まで現れていた【兆し】というのは、それそのものの区分は異能の類いに属するモノだったのだろう。

 ゆえにこそ、それを利用して呼び出せる──『逆憑依』させられる相手というのは、()()()()()()()()()……無効化能力者ではない人間に限られていた。

 

 ところが、今ここにいる面々はどうだろうか。

 アスナちゃんはまぁ、根本的には『魔法無効化能力者』なので、そこから外れたモノを使うことで対処できるかも知れないが……もう一人の人物である上条君の方は、そもそも神の奇跡だろうがなんだろうが、それが異能であれば無効化・かつ破壊するタイプの無効化能力者である。*2

 

 つまり、どのような奇跡が起ころうとも、本来であれば彼はここには来ることはない・来られるはずがない存在、ということになるわけなのだが……。

 

 

「いるわねぇ、彼」

「いるねぇ、彼」

「……そういえば、なにかを消しているような感覚も、一切しないな?」

 

 

 ご覧の通り、私達の目の前にいるのは怪奇・能力無効ウニ男……もとい、上条当麻君である。

 そして彼が述べたように、今現在彼は、その右手──『幻想殺し』にて()()()を打ち消しているような感覚はしていない、という。

 

 で、あるのならば考えられることは二つ。

 彼の持つ『幻想殺し』は、例えそれが神の一撃であれ、構成要素が単一であれば無効化できる。……それは裏返せば、()()()()()()()()()()()()()()()、ということでもある。*3

 すなわち、単純な量ではなく、織物の如く多重にして多彩に編まれた術式であれば、彼に某かの影響を与えられるかもしれない……というのが一つ目。

 

 そして二つ目は、『幻想殺し』の本質に絡むもの。

 ()()()()()()などと呼ばれるそれは、彼の世界の超越者達が、自らの力で歪めてしまった世界……その大本となる『歪められていない世界』を記録しておくためのもの、みたいな風に扱われている。*4

 言ってしまえば強制リセット先、スマホで言うところの工場出荷状態に初期化……みたいな感じか。*5

 ゆえに、もし仮にその()()()()()()()()()()()()()()、異能があることこそが自然であるのだと設定できるのであれば。……『幻想殺し』が力を失う、ということはあり得るかもしれない。

 

 

「……まぁ、余所とコラボした時に、ギアス(別世界の能力)とか消せていたみたいだし、『世界の基準点』説は若干微妙なところもあるけど」*6

 

 

 個人的には二つ目が正解だろうと思うのだが、同時に二つ目はあり得なくないか?……とも思わなくもない私である。

 

 世界の基準点とは、言ってしまえば()()()()()()()()()()でもある。

 ある意味では抑止力の一種でもあるということになるが、法則の違う世界でも使えてしまっている時点で、些細ながら矛盾を孕んでいると言えなくもない。……世界の基準なぞ、()()()()()()()()()()なのだからなおのことだ。

 

 まぁ、特に作者を飛び越えて行われるコラボにおいては、設定のすりあわせはあまり考えない……なんてことも多いので、反論として弱いのも確かなのだけれど。*7

 

 ともあれ、本来であれば出現しただけで、なりきり郷壊滅の危機であるはずの上条君が、こうして何事もなく存在していられるのは。……恐らくは、打ち消すべき不自然なモノなんて、ここにはない……という風に、能力の根幹を書き換えられたがため。

 

 言ってしまえば、今の彼はほぼほぼ単なる青少年、ということになる。

 

 

「……はっ!?ということはもしかして、上条さんの不幸体質も、この世界でなら治っている……?!」

「本当にそう思っているのなら、数分前の自分の言動を思い返してみなさいな」

「……不幸だ」

 

 

 なお、『幻想殺し』にとっての異端が存在しないのだから、その右手は無用の長物と化している……みたいな説明だったため、彼は勘違いをしていたけれど。

 あくまでも『逆憑依』関連のモノが対象外、というだけであって、『逆憑依』関連の人が使った異能や、はたまた彼自身に纏わる運とかは以前と同じく打ち消しているだろう……と伝えれば、彼はがくりと肩を落とすこととなるのだった。仕方ないね。

 

 ……え?それだとやっぱりなりきり郷崩壊しないか、ですって?……いやその、所詮は単なる憶測なので……。

 

 

 

 

 

 

「つまり……どういうこった?」

「『逆憑依』そのものをひっぺがして元の人に戻す、ってことはできないけど。例えばシャナちゃんが『自在法』を使った場合、それを『存在の力』として散らすことはできるだろう……みたいな感じ?……例としてあげたあとから気付いたけど、『存在の力』は例としてあげるには不適切だね」

 

 

 主に、『存在の力』自体がわりと異端のモノに見える……という点で。『存在の力』自体は、全てのモノに存在するもの。──すなわち()()()()()であるので、『自在法』という術式に添っている場合は、それを元々の『存在の力』にリセットすることはできるだろうけど。……その『存在の力』を消滅させる、というところまでは行かないだろうという話である。

 

 龍脈などに『幻想殺し』を使っても、一時的に流れを削れるだけでそのうち流れは元に戻る……という話がある辺り、恐らくはそれが正解だと思われる。

 

 ……なーんて話を、いつの間にやらやって来ていた銀ちゃんに聞かせつつ、チラリと店内を見る私。

 

 

「キリキリ働きたまえ?労働せぬもの食うべからず、だ」

「……上条さんは、ここでの労働は趣味みたいなもの……という話を聞いたわけなんですが?」

「ならばこう返そうか?……()()()()()をしていて、自堕落にその身を落とす覚悟があるのかい?……って」

「……誠心誠意勤めさせて頂きますよこんちくしょー!不幸だーっ!!」

 

 

 なんの因果か、何故かラットハウスのバイトの一員になってしまった上条君。

 そんな彼は、現在は執事っぽい感じの服に身を包み、料理を運ぶ手伝いをしていたのだった。

 

 男手、という意味ではウッドロウさんしかいなかったラットハウス。

 それが、なんということでしょう。働き盛りの青少年が一人加わることにより、重労働は全て彼の受け持ちにすることができたではありませんか。

 

 そうやって真面目な姿を見せることで、一時は地の底まで落ちていた彼の尊厳も、マシュに普通に話し掛けられる程度には回復しつつあるのです。

 

 ……うん、変なナレーションはこれくらいにして。

 ともあれ、特に行き場のない上条君が、ラットハウスの居候に決まるまでそう長い時間は必要とせず。

 職場に寝泊まりする、という形での就職が決まった彼は、現在はるかさんの指導の元、仕事を覚えていくことになったというわけなのである。

 ……え?なんでそこではるかさんが出てくるのか、ですって?

 

 

「キーアさんの言う通り、恐らくは問題ないと思いますが……万が一もあります。でしたら、完全にただの人間である私が指導をする、というのが最善なのではないかと思いまして」

「……俺としちゃあ、いつの間にかアンタまでここのバイトになっていた、ってことの方が驚きなんだが?」

()()()()()()()、上条君のお目付け役にぴったりってわけ」

「あ?……あー、なるほど。意外と生真面目、ってことか」

 

 

 理由に関しては、そんな感じ。

 性格的に相性が良いのと、この付近では唯一単なる──『逆憑依』などと関係のない人間である、という点が大きいのは、彼の──上条当麻の右手が、異能に対しての切り札(ジョーカー)であることを鑑みればすぐにたどり着く事実だろう。

 簡単に言ってしまえば、もしもを思っての人選、ということだ。……いやまぁ、ここで働いている時点であんまり意味がないかもしれないけれども。

 

 

「ぴーか?」

「……まぁ確かに、こいつに触れても戻ったりする様子はないからなぁ」

「ただまぁ、そっちのトリムマウ(ピカチュウ)は『逆憑依』だからね。……【顕象】である方のあちらのピカチュウが近付いて来ない辺り、警戒のし過ぎということもないのだろうさ」

「単に警戒されている、ってだけかもしれないけどね」

 

 

 足下に近付いてきていたトリムマウを撫でながら、小さくため息を付く上条君。

 

 自身がわりと微妙な立場にある、ということは理解したらしいが、だからと言って彼になにができるというわけでもなく。

 一先ずは経過観察、という結論を告げられた彼は、しかして迂闊に出歩くこともできず。

 

 結果、こうして出現場所であるラットハウスに縛られることとなっているのだから、ため息も吐きたくなるのは道理、ということなのだろう。……まぁそこで止まらず、なにか自分にできることはないか、とか聞いてしまう辺りは『あー主人公』って感じなのだが。

 

 閑話休題。

 頭を撫でられているトリムマウは、別に元の人間に戻る……なんてこともなく、普通にいつものピカチュウライフを満喫している。

 つい最近仲間に加わった、ハルケギニア原産の方のピカチュウは、なにやら警戒しているのか近付いて来ないが……まぁ、概ね変なことは起きていない、というのは確かだろう。

 でもまぁ、ハルケギニア産って時点で、上条さんが触って良いモノなのか判然としないので、仮に近寄ってきても触れないとは思うのだが。……え、左手で撫でろ?野生動物の急な動きに左手だけで対応するの、普通に辛くない?

 

 まぁともかく。

 暫くは慣らしの意味も兼ねて、ラットハウスでの暮らしを強要される上条君と違い。

 

 

「……マシュは料理上手?」

「ええと、それなりには……」

「そう、楽しみ」

「は、はい。お口に合うように頑張らせて頂きましゅ……」

「……地味に我が家に王族が集まり始めた件」

 

 

 アスナちゃんの方は、無効化範囲がわかりきっているために自由行動を許されている……ということに、彼が「不幸だ」と言いたくなるのを堪えている姿を見て、思わず涙ちょちょぎれそうになる私なのでありましたとさ。……お労しや、上条君。

 

 

*1
遅めの朝食・朝食を兼ねた昼食として『ブランチ』という言葉があるが、遅い昼食・昼食を兼ねた夕食を表すような英語や日本語は存在していない。これは、夕食は人によって摂る時間が大きく変動するモノであるから、という説がある

*2
一応限度はあるとのこと。なので、作中の『魔神』などには分が悪い(一応本人保護くらいはできる)

*3
『幻想殺し』対処法の一つ。単一の因子で構成されている攻撃は、『幻想殺し』の処理が追い付かなくなる量でもない限りは、触れれば打ち消せる。なので、構成因子が多数に渡り、一つ消しただけでは対処しきれない──作中における『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』などの場合、処理がしきれず打ち消せない、ということになる。……まぁこの場合は掴んで曲げる、という別軸の対処ができることもあるのだが。また、異常の核が別所にあるもの(例:ステイルの『魔女狩りの王(イノケンティウス)』。炎の巨人には核はなく、周囲に張り巡らされたルーンの方が(本体)という風にも捉えられる)にも分が悪い

*4
なお、これが正解かどうかは未だ不明である

*5
いわゆるオールリセット。内部情報を全て消去し、購入時点にまで戻す。……なお、単に消去しただけではデータ復旧の手段は残っている為、基本的にはそのあと別のデータを上書きしてもう一度消去する、という手法がデータ消去としては一般的である

*6
『スーパーロボット大戦XーΩ』のコラボイベントにて

*7
本来の設定的にはできないのが正解だが、コラボ先でいつもの展開をできないのは魅力が下がる……みたいなパターンにて起きること。今回の話を例に挙げるのであれば、コラボ先では『幻想殺し』は使えないのが正解だが、それでは上条さんにできるのは単に殴るだけ、となるので使える体で話を作る……みたいな感じになるか



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またもや居候が増えるよ!

「……またもや居候が増えた件について」

「まぁ、上条さんとは違い、アスナさんの方は普通にあの家にも出入りできるでしょうから……あとはいつものやつ(面倒事はせんぱいに投げる)、ということですね」

「うちは駆け込み寺*1じゃないんだぞ、まったく……」

 

 

 バイトの時間が終わったマシュと、物珍しげに周囲をキョロキョロと見渡すアスナちゃんを連れ、街を歩く私。

 

 帰る前に見た上条君の方はと言えば、使っていない倉庫を居住用に転用する……とのことで、そのための掃除を忙しそうにしていた。

 ……他に部屋とかないの?みたいなツッコミについては、居住区である二階部分はライネスの部屋しかなく、現状空いていると言えたのがその倉庫部分しかなかったこと。

 それから、一応男女の住む場所ははわけておいた方がいいだろう、という配慮からそうなった……みたいな感じのようで。

 

 この辺りはまぁ、元々少女ばかりが働いている原作の、それに準拠した店という属性だから仕方ない……といった風に、彼も諦めていたのだった。*2

 いやまぁ、掃除そのものが結構な重労働になりそうだったので、お決まりのように「不幸だ」とは叫んでいたけども。……うんまぁ、コーヒー豆の在庫とか置いてあったしね……。*3

 

 因みにこちらの手伝おうか?という申し出は、そもそもウッドロウさんが既に手伝っていたこと・およびはるかさんもそちらの手伝いをしていたので、あの手狭な倉庫では人手が余るくらいだった、ということからやんわりと断られることになったのだった。

 まぁ、女の子に力仕事を手伝わせるのも、みたいな意地もあったのかもしれないけれど。……彼の手伝いをする場合、私なんかは特にただの幼女みたいなものになるし、さもありなん。

 

 

「ふぅん?噂の『あの人』と同系列の技能なんだから、てっきり君も彼の無効化は効かないのかと思っていたんだけど?」

「あー、キリアくらいに能力の使い方に習熟してればあれだろうけど……私だとコントロール乱されちゃうから無理。そこら辺ブラックホールで穴ぼこまみれにしてもいいってんなら、手伝えるかもだけどさ?」

「いやサラッと恐ろしいこと言うのやめないかい?」

 

 

 ……なんてやり取りがあったように、私の使う『虚無』だと上条君の『幻想殺し』に寄り添う(能力の対象外になる)のは無理がある。

 もうちょっと能力に習熟すれば、できなくもないかもしれないけれど……まぁ、その方面で鍛えると、待っているのは母親力の向上のための訓練である。

 ……欠片も笑えないので、今のところそっち方面の強化の予定は一切ないキーアさんなのであった。

 

 

「……なんで能力を鍛えようとすると、母親になるの?」

「私の『虚無』は、結局のところはキリアのそれ(虚無)を、間借りさせて貰ってるようなモノだから。……その本質が『母なる闇』である以上、私に求められるのはあまねく全てを愛する心、ってことになるんだよね。……それってつまりママになれ、ってことだから」

「……????この人、なに言ってるの?」

「すみませんアスナさん。……その、せんぱいはとても特殊な方ですので……」

「なるほど特殊。アスナ覚えた」*4

「ぜっっっったい変な覚え方してるよねそれ?」

 

 

 まぁ、ブラックホールが発生しても、上条君に触って貰えれば消えるとは思うけど。……手伝うために余計なやり取りを増やすことになるのであれば、いっそ手伝わない方がマシ、というのも確かな話。

 

 そういうわけで、私達はアスナちゃんを連れて行くことになったのでしたとさ。……え?なんでアスナちゃんは、向こうにお邪魔しなかったのかって?

 

 

「そもそもあそこ、居住区部分はほぼ一人用だからねぇ……」

原作(ごちうさ本編)とは違って、ライネスさんの工房も兼ねていますからね……」

「ん。私が入ると壊れる。それはよくない」

 

 

 その理由は単純明快。そもそもの話、あそこにはライネスちゃん以外誰も住んでいないから、である。

 ごちうさの方では一緒に暮らしているココアちゃんも、ここでは普通に家から通ってくるタイプのバイトさんなのだ。……ちょっと前までは彼女も独り暮らしだったけど、今は姉であるはるかさんと二人暮らしでもあったり。

 

 で、彼女があの店の二階に一人で(正確にはトリムマウ(ピカチュウ)も居るけど。因みに朝御飯は彼が作っているらしい)住んでいる理由は、彼処が彼女の()()()()()()()()()でもあるから。

 ……以前ちょっと触れたように、ここの彼女は魔術師としてはそこまで優秀な方ではない(主に再現度のせいで)が、それでもライネスを名乗る以上、魔術師としての工房が必要なのは確かな話。

 そして魔術師とは、己の工房に身内以外を招くことはない……というわけで、端から居住区を増やそうという気持ちがないのであった。

 

 まぁ、工房と言っても魔術用の道具がぽつぽつ置いてあるだけで、別に結界も設置されていない、文字通り形骸的なモノでしかないらしいのだが。

 ……じゃなきゃ一階と二階とは言え、同じ屋根の下に無効化能力者(上条君)を置く、なんてことはしないだろう。

 

 なおアスナちゃんの場合、同性であることと部屋が一つしかないことから、ほぼ確実に同じ部屋で寝ることになるため却下された……といった理由になる。

 

 

「……まぁ、無防備な寝顔を見せたくない、みたいなのもあるのかもしれないけれど」

「起きている間は、私達の知るライネスさんですが……寝起きまでそうだとは限りませんものね」

「……ん、甘えん坊?」

「さぁ、ねぇ?」

 

 

 基本的にはライネスであるけれど、彼女はあのラットハウスに居る限り、常にチノちゃんとしての属性も得ているわけで。

 ……意識のあるうちはまだしも、気の張っていない状況ではそうして抑えているチノちゃん分が溢れることも、もしかしたらあるのかもしれない。

 そういった様々な理由から、『アスナは連れ帰って貰えるかい?』なんて言葉が彼女から飛び出し、私達はそれを了承することになった……というわけなのであった。

 

 ……当のアスナちゃん?徹頭徹尾ぽやっ、とした感じで流されてましたがなにか?

 

 

「ん。……ホントはどうか知らないけど。私は考えるの、あんまり得意じゃない」

「成立条件の問題、ってことなのかしらねぇ」

 

 

 その理由についてだけど……恐らくは彼女が【顕象】だから、というのが大きいだろう。

 

 てっきり普通に『逆憑依』かと思っていたのだが、なんとこのアスナちゃん、その中身は【顕象】なのだという。

 ──それはつまり、迂闊に上条君に触れさせるのは躊躇われる存在である、ということでもある。その辺りもまた、彼女をラットハウスに置いておけない理由に繋がっていた、というわけでして。

 

 いやまぁ、多分大丈夫だろうと本人(アスナちゃん)は言ってたけど、もし罷り間違って『幻想殺し』が機能してしまった場合、上条君にとって──無論、多少なりとも彼女に触れあった私達にとっても──トラウマどころの話じゃないので、余計に向こうには置いておけない、ということになったりしたわけでして。

 

 

「……しかしまぁ、また高貴な身分の人の【顕象】、かぁ……」

「これもマーリンさんの差し金、というやつなのでしょうか……?」

 

 

 そんな愚痴は、一先ず置いとくとして。

 会話が移った先は、またもや姫とかのような、身分的に高貴な人物を居候させることになったなぁ……というため息。

 既にアルトリア……もといアンリエッタを住まわせている私であるが、このアスナちゃんも姫属性高めの存在であるため、ちょっと気後れする感じがなくもなく。

 

 それ以外にも──高貴かどうかは別として、ハクさんも存在的には格の高い感じだし。『始まりの三匹』が衆合されているCP君も、格的には意外と高い方だろう。

 ビワも祭神(ケルヌンノス)が混じっている以上は言わずもがなだし、かようちゃん達やイッスン君なんかは元ビースト・ないしその関係者である。

 

 ……改めてみると、色々ヤバイもの居すぎでは?みたいな気分になるというか。……え?銀ちゃんのとこもわりとアレ?それはそう。

 

 

「要するに、別にヤバイのはうちだけではないってことか……」

「まぁ、皆さんそもそも『逆憑依』やそれに類するモノですし……」

 

 

 言外に『ここにまともなやつは居ない』みたいなことを述べてくるマシュに、ほんのり辟易しつつ。

 てきぱきと、目的のブツを集めていく私達。……世間話をしながら、私達が向かっていた場所。それは、近くのスーパーであった。

 まぁ要するに、新人さんのための歓迎会を催すのに、食材やら飲み物やらの買い出しに向かっていた……というわけである。

 

 

「時間帯的に、半額セールも始まっていますね。お惣菜売場には、近付かないようにしないとっ」

「……?お惣菜、なにか問題あるの?」

「ああいや、別に変なもの売ってるわけじゃなくてね?」

 

 

 そんな中、バイト終わりの買い出しなので、時間帯がいつもと違うことを改めて認識したらしいマシュが、むんっと一つ気合いを入れている姿を見て、アスナちゃんが小さく首を傾げていた。

 ……まぁ確かに、この言い方だと惣菜に問題があるように聞こえなくもない。

 が、問題があるのは惣菜の味や品質、というわけではなく。

 

 

「うおおお今日こそはこの半額の鮭弁をぬぉばらげぇっ!!?」

「油断大敵ぃっ!この鮭弁は頂いたぁっ!!」

「コロッケは渡しませんわよー!!!」

「おにぎりっ、おにぎりを確保だっ」

 

 

「───なにあれ」

「半額弁当を求める狼達ですね*5。……いえ、なりきり郷においては食事に金銭を掛ける必要がない以上、あれは原作ファン達のごっこ遊び……みたいなもののようですが」

「ええー……」

「たまにいるのよね、ああやって()()()()始める人達」

 

 

 惣菜売場で繰り広げられていたのは、半額のシールが貼られた弁当や惣菜達を片手に、時に拳や蹴りを繰り出し、時に能力で炎や氷が舞う……見た目だけならド派手な戦闘、その実単なる惣菜の奪い合い……という、なんとも言えないバトル。

 なりきり郷において、基本的には『安さ』に意味は無いにも関わらず、それでも戦いを繰り広げる彼らは──言ってしまえばハリボテの狼。

 

 されど、本気で弁当を追うその瞳に、決して曇りなどはなく。……ぶっちゃけてしまえば本気でバカをやっているその姿に、流石のアスナちゃんも唖然とした表情を見せていたのでした。

 

 ──なお私達は、特に関わりあいになる前に普通に食材を買って家に帰りました。巻き込まれたくないし、是非もないね☆

 

 

*1
縁切寺とも。江戸時代に夫と縁を切る為に妻が駆け込んだ寺のこと。原理としては、尼さんになると世俗から切り離される、ということを利用しての裏技みたいなもの。そこから、『困った時に助けてくれる場所』の意味を持つ言葉となった

*2
クロスオーバー系の作品でたまに見かけるもの。一つ屋根の下に、見知らぬ男を置くか?……というところを突っ込んではいけない

*3
因みに、ごちうさ1羽にてリゼが持ち上げていたコーヒー豆入りの麻袋、大きい方は60~70kg・小さい方は大体その半分くらいの重さなのだそうで。そりゃまぁ、重労働である

*4
『○○覚えた』は、CLAMP氏の漫画・アニメ作品『ちょびっツ』のキャラクター、ちぃの口癖のようなもの

*5
アサウラ氏のライトノベル・アニメ作品『ベン・トー』、およびその作中に存在する『半額弁当を求める者達』のこと。セガに対する愛のある作品でもある。因みに、アサウラ氏は最近話題の『リコリス・リコイル』の原案者だったり



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増えれば増える、そう食費

「貴方がこの度新しく加わった新人さん、ですね?私はアンリエッタ・ド・トリステイン。どうか気軽に、アルトリアとお呼びください」

「ん……、挨拶ありがとう。私はアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。呼びにくいだろうから、アスナでいい」

 

 

 ……そんな感じの、世が世であれば……もとい作品が作品であれば、もっとお姫様していてもおかしくない両者の挨拶を横目にしつつ、歓迎会の準備をしている私達。

 

 突然増えたメンバーに対し、アルトリアは最初目を白黒させて困惑していたが……すぐさま気を取り直して、さっきのように瀟洒な挨拶をしてみせたのだった。

 流石はこの家に住まう居候の中でも、わりと古参に分類される方の人物。新人への対処はバッチリ、というわけである。

 

 

「……それは、褒めているつもりなのでしょうか?」

「別にアルトリアを貶してるつもりもないし、だったら褒めてるってことでいいんじゃないかなー?」

「消去法ではないですか!まったく貴方と来たら……」

 

 

 私の発した言葉に対し、ぷんすか!と怒るアルトリア。

 そんな彼女ににごめんねーと軽く謝罪を述べつつ、マシュの手伝いをしている私である。……すまんね、ちょっと浮き足立って*1て発言が適当でさ。

 

 

「……そういえば、なんだか楽しそうですねせんぱい?」

「んー?そだねぇ……久しぶりに普通の姿で、しかも思う存分好きに動けてるから、かなぁ?」

「あー、なるほど……」

 

 

 そうして私が常にニコニコしていたため、マシュが小さく首を捻っていたが……こちらから理由を話せば、彼女は納得したように小さく頷いていたのだった。

 

 ……お察しの通り、現在この世界にキリアが居ないことにより、私はかなり久しぶりに()()()()()()()で部屋の中やら郷の中やらを歩けていた……ということになるわけなのである。

 問題はまだまだ山積みだけれど、テンションが上向きになってしまうのは仕方のないこと、みたいな感じなのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、また新しい子の歓迎会があったのね」

「そーそー。……で、これがその時作った料理。要するにマシュからのお裾分けってやつー」

「あらあら、それはどうも。……中身はおつまみ系*2が多い感じ、かしら?」

「まぁ、侑子と言えばお酒……ってイメージも強いから、ね?」

 

 

 歓迎会のあった、その次の日。

 これまた久しぶりに『Tri-qualia』へとログインを果たした私はといえば、物質変換装置を利用することでマシュの作った料理をお裾分けしに、侑子の家に出向いていたのだった。……祝い事はなるべく多くの人で、というやつである。

 

 なお、メールとか電話とかで連絡自体は取り合っていたけれども、実際に顔を付き合わせるのは最早懐かしいレベルになるので、ちょっと心配していたのだが……侑子の方には、特にこれといった変化はなく。

 

 ゆえに話をするのは、専ら私の方で起きた事件について。

 前回の訪問からこれまでに起きたこと、それらの中から幾つか気になるようなものをピックアップして、彼女との話の肴にしている次第なのであった。

 

 

「……それにしても、擬獣(ビースト・イマジナリィ)……だったかしら?随分と大層な存在と闘わされているのね、貴方達」

「あー、なんだかんだで既にⅣまで出会っちゃってる、ってことになるからねぇ……この分だと、最後までしっかり顕現してくる……ってことになるのかなぁ?」*3

 

 

 その中で特に彼女が興味を示したのは、擬獣(ビースト・イマジナリィ)と呼ばれる者達についての話。

 

 始まりのⅠこそ、成立することなく負けを認めていたわけだけれど──それ以外のナンバリングの獣達に関しては、しっかりと姿を現してこちらに様々な損害を与えてきた、というのだからたまったものではない。

 ……いやまぁ、『ビーストⅢi』に分類される二人に関しては、他の獣達と比べてもなお特殊な面があったため、余計に心労を感じさせられることになっていたわけなのだけれども。

 

 

「ええと……ビーストⅢi/Rである『殺生院キアラ』の場合、原作のビーストⅢ/Rそのままの形──言うなれば本体の影・残滓とでも言うべきものが顕現した形だった……という点が特殊な感じよね。──他の擬獣達は、原作で現れたそれらとは別人であったのにも関わらず、彼女だけは()()()()()()()()()()のだから」

 

 

 ビーストⅢiの()の方は──原作(fgo)で現れたモノと、少なくとも姿形は同じものが出現していた……という点が特殊であった。

 抱く人類愛が原作と同じ、という例ではビーストⅠなども該当するが、されどその場合の獣候補は『原罪のⅠ』とは別人である桃香さん……正確にはその成立前の【兆し】であったわけだし。

 

 同じく『回帰』──彼女の場合のそれは『庇護』とでも呼ぶべきものであったビーストⅡiもまた、候補者はミクさんにあれこれと要素を詰め込んだもの……みたいな感じの存在であった。

 それは続くビーストⅢi/LやビーストⅣに関しても同じ。

 殺生院キアラ(ビーストⅢi/R)以外の擬獣達は全て、元の候補者とは別人がその席に座っている……という形で、この世界に顕現していた。

 ……彼女の『自己愛』に該当するモノが居なかったのだとしても、その特異性は思わず目についてしまうことだろう。

 

 

「それからビーストⅢi/Lである陽蜂の場合は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という点が特殊ね」

「……そうだね。一応どうにかならないかって、色々と研究は続いているみたいだけど」

「その分だと、あんまり成果の方は芳しくない……ってところかしら?」

 

 

 そして、ビーストⅢiの()の方が持つ特殊性は──彼女の起こした事件の影響が、未だに残っているという点。

 

 他の獣達が起こした事件は、彼らの敗北と共に全て()()()()()()()()()()()()()()()()()、その影響が消失してしまっている。*4

 厄災のあとに残るモノが──かようちゃんやイッスン君のような、後継とでも呼ぶべき者が残ることは確かにあるけれども、それとはまた別の話。

 ()()()()()()()()()()()()()は、未だにその姿のままで収監……入院?を続けているのである。

 

 司令塔()となるモノが代替わりし(蜘蛛子さんになっ)たせいか、性格面に関してはそちらの能天気さに引っ張られるような、ぐだぐだとしたモノへと変じてはいるが……結局()()()()()()()()()()()()()のような被害者達は、未だに元の姿に戻ることはできていない。

 強制的に『逆憑依』を──【継ぎ接ぎ】を起こしたようなものなのだとしても、本来成立・定着しないはずの()()()()()()()()()()()()()へのそれが絶えず続いている、というのは色々と特殊過ぎるのである。

 

 

「一般人への【継ぎ接ぎ】は、余程相性が良くなければそもそも発生せず、仮に発生してもそこまで強力なモノにはなり得ない……だったかしら?」

「琥珀さんのあれ(スペック)は、半分以上本人由来のモノだからねぇ。*5……いやまぁ、それを活かすための発想とかの面で、()()()()()()()が恩恵をもたらしている面っていうのは、それなりにあるとは思うけども」

 

 

 琥珀さんが色々と凄いので忘れそうになるけど──本来であれば、素養のない(なりきりと無関係)の相手への『逆憑依』・ないし【継ぎ接ぎ】というのは、欠片たりとて成立する余地のないモノのはずなのである。

 

 仮になにか影響を与えられたとしても、それは微かな影響が一時的に焼き付いているようなもの。

 それが半永続的に効果を発揮するには、そもそもその影響(キャラクター)とのなんらかの類似性を必要とする。

 それのない──まったく繋がらない、性格的な類似点すらない二者間の【継ぎ接ぎ】は、例え一時的に効果を発揮しても、それっきり。

 抑止かなにかに阻害でもされているかのように、影響は霞の如く消え果て影すら残さない……というのが、今までの常識であった。

 

 そういう意味において、ビーストⅢi/Lが残したモノ、というのはとても大きい。

 ──それこそ、最近勢いを失っていた過激派達が、再び余計なことを考えるようになる程度には。

 

 

「だから、対象者は全て病棟に隔離……という形になっているのよね?」

「サンプルの一つも渡せないからねぇ。……向こうは小言を言ってるらしいけど、琥珀さんに突っぱねられちゃ手も出せないみたい」

 

 

 そう言いながら、はぁとため息を吐く私と、そんな私を見て苦笑を浮かべる侑子。

 

 ビースト達が起こす現象も、過激派達からしてみれば、宝の山のようにしか見えないようで。*6

 ……余計な手間を取らせないように、厳しく見ていく必要がある……なんてことを愚痴っていたどこかの隙間女さん(ゆかりん)が居たわけだが、愚痴りたいのは私も同じ。

 

 とはいえ最近は向こうも忙しいようで、互いに愚痴るタイミングもなく……結果として、侑子の前で管を巻く羽目になったわけなのだが。

 ……話を聞くところによれば侑子は、既にゆかりんからの愚痴りもとい相談も受けたあと、とのことで。

 

 

「まぁ、私は基本ここに居るだけだから。愚痴くらいなら何時でも言いに来なさいな」

「ゆ、侑子おかあちゃーん!」

「誰が母親よ、誰が」

 

 

 友達同士の適当な会話で精神をリフレッシュしつつ、再び事件の話を見繕う私なのであった。

 ……あ、マシュからのお土産は、アグモンくんも美味しいと喜んでいた、とここに記しておきます。

 

 

*1
本来は『落ち着きを無くし、今にも逃げ出しそうな様』を意味する言葉。落ち着きをウキウキと、逃げ出しそうな姿をソワソワしている……と解釈したのか、『楽しさやそれへの期待などで、心ここに有らずな状態』を示す言葉としても使われている。なお、『浮き足』とは本来つま先立ちを意味する言葉。足が地面に付いていないことから、落ち着きがない様子を示すようになったのだとか

*2
唐揚げとか枝豆とか。いわゆるパーティセット、なんて名称で惣菜コーナーなどに並んでいるもの、と思えばよい。「家庭菜園などでじゃがいもを作る場合、新じゃがだから勿体ない……などと言って、小さいものまで皮ごと揚げ物にしたりするのは止めましょうね。じゃがいもの皮に含まれる毒素であるソラニンやチャコニンは、加熱では分解されませんから」「じゃがいもの季節になると、結構『皮ごと食べたから』みたいな食中毒、多いもんねー」「……あの、二人とも誰に向かって解説しているのです……?」

*3
早くⅤの情報をだせーっ!どうなっても知らんぞーっ!※訳:司る理までオリジナルになりそうなので焦っています

*4
本来のビースト達と比べると、デフォルトで虚数案件になるような感じ。紛い物なので世界に修正されやすい、ということか

*5
設定面の便利屋・マッドサイエンティストみたいな琥珀さん像は本来『メルブラ限定』のもの、だということ。素の状態での彼女は、そこまで便利な存在というわけではない(リメイク版では、その便利な科学者ポジション?的な立ち位置に居る人物も増えたが。……痛くて効かない注射とか、選んじゃダメだぞ)

*6
現場を見ない人は、結果でしか物事を測れない為、往々にしてこういうことが起こる(例:仕事での上司からの命令が、現状には何の改善も寄与ももたらさないモノだった、など)



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確認は大事、とても大事

 はてさて、束の間の休息も過ぎ去って、そろそろ八月も終わりを迎えようという今日この頃。

 

 私達一行はと言うと、アスナちゃんに郷の内部を案内する……という名目で、彼女の無効化能力がどの範囲・どの対象に対して効果を発揮するのか?……ということを確かめるために、少し遠出をしていたのだった。

 無論、途中でラットハウスに寄って、洗い物をどこに干そうか?……と悩んでいた上条君を捕まえることも忘れない。

 

 

「いや、俺ってあんまり出歩かない方が良い……って話だったんじゃ?」

「実はねー、今の私ってばちょいとキリアに頼んで、能力補助して貰ってるんですわ。……要するに、今なら上条君の『幻想殺し』をごまかせるから、どうにかできる今のうちにあれこれ確認しとこう……って話になったのです」

「ええ……俺自身に通達もなく、色々と話が急すぎる……」

 

 

 女の子と一つ同じ屋根の下、よもや洗った下着を見える位置に干すのもな……みたいに唸っていた上条君は、現在他の問題に直面させられたために、別種の唸り声をあげている。

 

 上条君の右手、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は、その名の通りあらゆる幻想を殺すことに特化したものである。

 直接触れなければならない、という点においてはちょっと取り回しの悪さなども窺えるが……異能に頼りきり、みたいな相手にとってはこれほど脅威的な技能も早々ないと思えるような、いわゆる『切り札(ジョーカー)』的な存在だと言えるだろう。

 

 ……まぁ、逆に言うとフィジカル面で強い相手、というのにはどうしようもなかったりするのだが。

 ついでに言うのであれば、原作での『聖人』みたいな、どう考えても普通の人間ではないような存在であっても、その身体能力を無効にすることはできない……みたいな相手も居るし。

 触れた先から消していくという仕様上、原作の『魔神』みたいな無限使いには相性が悪い、なんて話もある。

 

 要するに、原作の最新話付近では今までほど『切り札』感もなくなって来ている、と言えなくもない状態になってしまっているのであった。

 ……まぁ、上条君本人に纏わる謎、というものがある以上、彼が主役から転げ落ちることはそうないとは思うのだが。『幻想殺し』の本当の役目は、そっちを封じるためのもの……なんて噂もあるわけなのだし。

 

 ともあれ、ここでの彼のそれ──『幻想殺し』は、本来のそれとはどうにも性能が違っているらしい、というのは既に判明している事実。

 その差異を(つまび)らかにし、彼の行動範囲を広げてあげる……というのも、このなりきり郷を治める者としては当然の義務……みたいなことを述べたゆかりんにより、私達は彼の処遇も面倒を見ることとなった、というわけなのであった。

 

 

「はー、見た目は小さかったけど、滅茶苦茶まともな人だったんだな、あの人。……名前からして、胡散臭いの化身かと思ってたんだが」

「スゴイ・シツレイ!……いやまぁ、特によく知らん人からのゆかりんのイメージが、『黒幕』になるってのはわからんでもないんだけどね」

「……話は変わりますが、『小さい』と形容するのは止めておいた方が宜しいかと」

「?なんでまた。別に小さくても、小萌先生*1みたいに小さくても立派な人なんて、いっぱいい居ると上条さんは思インデックスに噛まれたみたいに頭がじくじくと痛いっ!?」*2

 

 

 なお、当の上条君からは『小さいのに凄いなー』みたいな、わりと雑な感想が飛び出していたわけなのだが。

 ……まぁうん、『小さい』とか褒め言葉でもなんでもないのも、また事実。『滞空回線』もとい『八雲回線』により、郷の中での違法行為──他者への誹謗中傷など──は監視されており、即座に処罰が飛んでくるようになった今日この頃。*3……上条君がその制裁を受ける、というのは最早わかりきった結末だったようで。

 

 ある意味ではお決まりの──インなんとかさん*4に頭を噛まれる上条君、みたいな光景を見ながら、私はやれやれと首を振ることになるのでした。……いやまぁ、実際に噛みついてるのはワンワンなんだけどね?*5……いやなんで?

 

 

 

 

 

 

「酷い目にあった……」

「八割くらい自業自得だと思われる件について」

「女性の身体的特徴について触れるのは、それが褒め言葉のつもりでも一つシンキングタイムを置いてからの方がよい、ということなのかもしれませんね……」

「私にはよくわからないけど……カミジョー、わかった?」

「よくよく考えたら、周囲が女性ばかりなので完全にアウェーな件……」

 

 

 ガジガジと上条君に噛み付いていたワンワンには、どうにかお帰り願うこと暫し。

 頭から血を流していた上条君が、体調を整えるまで待機していた私達は、改めて移動を再開していたのであった。

 

 ……その中で気付いたのだけど、上条君と言えば回復系の異能が効果がない、という話があるが……どうにもその制約、こちらの世界では()()()()()に対しては発揮されないようで。

 

 どういうことかというと、さっきの『ワンワンに噛み付かれる』という事態によってできあがった傷、瞬く間に治ってしまったのである。

 それはまるで、ギャグ漫画などにおいて『二コマ目には傷が治っている』みたいな状況を思い起こさせるモノのような──。

 

 

「つまり、その場所・場面特有の変な現象に対して、ここの上条君は『幻想殺し』を発揮できていない、もしくはスルー対象になっている……ってことかな?」

「字面に反してわりと真面目な考察!?」

「確かに。普通の回復魔法(ケアルガ)など、本来の上条さんであれば弾いてしまうようなものは、こちらの上条さんもしっかりと弾いていらっしゃいました。……で、あるのならば。場の空気(フィールド・エンチャント)、とでも言うべきモノに対して『幻想殺し』の効果が発揮されていない、というのはとても不自然です」

「……あ、あれ?これはもしかして、上条さんが付いていけていないだけであって、わりとシリアスなシーンだったりするのでせうか……?」

「なるほど、カミジョーはギャグキャラ。アスナ覚えた」

「……あ、なんだやっぱりおかしいのはこの場の空気……いやちげぇ、上条さんは罷り間違ってもギャグ漫画の住人などではありませんのことよ!?」

 

 

 そこからわかるのは、ここの上条君は『場の空気を殺すことはできない』ということ。

 それが話の流れとして自然であるのならば、本来は不自然な『突然の治癒』も受け入れる、ということである。

 ……いやまぁ、ギャグ描写が単に『幻想殺し』に勝った、というだけの話である可能性もなくはないのだけれど。

 

 なお、上条君は抗議していたが……どちらにせよ『場に掛かった効果は無効化されない』というのは、このなりきり郷が崩落していないことから見ても間違いなく。

 それによって彼の行動範囲が広がるのであれば、それは寧ろ彼にとって喜ばしいことなのではないか、と思う次第である。

 

 

「……と、言うと?」

「恐らくだけど、上条君を()()()()()()()()()ためのモノ、って言うのがこの『フィールド効果スルー』だと思うのよね」

「……俺を、活かす?」

 

 

 疑念からか首を傾げる上条君に、詳しい説明を並べていく私。

 上条当麻という存在に対して、周囲の人間や観測者達が望むことは──まず間違いなく、『幻想』を『殺す』姿だろう。

 圧倒的な強さを誇る相手に対し、その強みを打ち砕くとっておきの切り札(スペードの3)で盤面をひっくり返す……そのカタルシスこそ、読者達が彼に求める役割だろう。……論破?二次創作とかだと、大抵いいことにならないので今回は除外。

 

 ともあれ、彼に求められるのが『驕り高ぶった相手の横っ面を殴り飛ばす』ことである以上、『幻想殺し』を完全に無くしてしまう……という対処は憚られるものである。

 が、しかし。もし仮に『幻想殺し』がそのカタログスペックを完全に発揮していたのであれば──このなりきり郷に使用されている『空間拡張技術』、こちらが無効化され、広がっていた世界が爆縮し押し潰される……というのは目に見えている。

 

 それでは困る、と調整された部分が、恐らくは『場の空気は殺せない』というものなのだろう。『あの人』の手が入ったのは、恐らくそこ、ということになるわけなのである。

 

 

「それと俺を活かすってのに、どういう関係が?」

「要するに、欲しいものは受けて要らないものは捨てられる……っていう、そこのアスナちゃんみたいな体質になった、ってことだよ。……いやまぁ、回復魔法とか受けられない辺り、利便性はその域には達していないみたいだけど」

「なるほど、ここで私」(ドヤッ)

「いや、なんでドヤ顔なんだよ……?」

 

 

 正確には、場の空気という抜け道ができた……と言うべきか。

 本来の上条君であれば、大怪我したら暫く入院だし、神秘の塊のような相手には容易には触れられない。

 だがしかし、今ここにいる上条君に関しては、『幻想殺し』に例外処理が含まれるようになったため、その時々の空気感にもよるが……例えば風斬氷華(かざきりひょうか)のような、本来絶対触れないような相手にも、状況次第で触れあうことができるようになる……かもしれない、ということなのである。……え?最初から右手で触れなきゃ交流はできる?

 

 ともあれ、彼がこの世界に『殺せない』モノが増えた、ということだけは確かだろう。それでいながら、基本的な彼の活躍・それを為すための道筋には瑕疵(かし)を与えない、絶妙な位置。……それが、『場の空気』というものだったのだと思われる。

 

 また、その道筋を開くために参考にされたのが、横でふふんと胸を張っているアスナちゃん、ということになるのだろう。

 彼女は『完全魔法無効化能力者』であるが、自身に益をもたらすもの──回復魔法や強化魔法などについては、しっかりと受け入れることのできる人物でもある。……まぁ、じゃなきゃ作中最高峰の強化技である『咸卦法(かんかほう)*6も使えないってことになるので仕方ないのだが。あれ、気と魔力を練り合わせるものだし。

 

 ともあれ、この分であれば、そこまで警戒する必要もないのかもしれない。

 そんなことを語りながら、私達の行動はスタートするのでありましたとさ。

 

 

*1
『とある』シリーズの登場人物、月詠小萌(つくよみこもえ)のこと。見た目は小学生低学年にしか見えないが、歴とした成人女性。酒もやるしタバコもやる(上に、両方ヘビー級)の為、見た目とのギャップが凄い

*2
余計なことを言って頭を噛まれる上条さん、というのはある意味『とある』でのお約束の一つである

*3
言葉の内容を全て盗聴しているわけではなく、いわゆる禁止ワードを感知するタイプ。なお紫に向けたものはその限りではない

*4
『とある』のヒロイン、インデックスが出番が少なかった時に言われていたモノ。元々は原作読者からの愛ある弄り……だったのが、アニメ版からの視聴者に本気で受け取られてしまったもの。なお、実際のインデックスさんは、厄介事からは遠ざけら(要するに大切にさ)れている為、本人の活躍回数は少ない。……が、活躍する時はエグいくらいに活躍する為、メインヒロインとしての格は決して低くない

*5
マリオシリーズなどに登場する生き物。基本的に犬系の生き物らしいが、見た目は鉄球に目と(鋭い牙の生えた)口がある、といった感じのシンプルさ。基本的には無敵であり、対峙したマリオは逃げる他ない

*6
『ネギま』シリーズにおいて登場する技法。本来は混ざらないモノである『気』と『魔力』を束ねて使うモノで、維持するのは難しい(=すぐにガス欠になる)が、その効果は絶大。習得がとても難しい技法の一つだが、アスナはほぼ『聞いただけ』で使えるようになった



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爆弾まみれだが気をつけて

「ふむ。それで、まずは俺の元を訪ねてみた……と?」

「そうそう。流石に【顕象】相手に色々試すのはちょっと怖いけど、その点君相手ならまぁなんとかなるかなー、みたいな?」

「……貴様、俺が元のままの性格であったのなら、そのまま首を刎ね落としていたところだぞ?……まぁ、今の俺はそこまではせんし、する気もないがな」

「わーい!宿儺君太っ腹ー!」

「喧しい、大人しく座って待っていろ」

 

 

 二人を連れて、まず始めにやって来たのは……知る人ぞ知る名店『宿儺'sキッチン(伏魔御廚子~宿儺のねこや~)』。

 

 料理の提供スピード、その味。全てにおいてレベルの高いこの店は、世が世ならばミ◯ュラン*1で三ツ星とか貰っていてもおかしくないくらいの、とても美味しい料理を出す洋食屋である。

 ……まぁ皆さんお察しの通り、店主の見た目が見た目なので、そういうものとはトンと縁がないわけなのですが。

 あと、『ねこや』の部分に該当する()が、ちょっと物騒なのもバッドポイントかも?……その看板猫、今は姿が見えないようだけども。

 

 ともあれ、彼の料理の腕がとても素晴らしいものである、ということは歴とした事実。

 最近では向こう(新秩序互助会)の方にいる同じ声の人(エミヤ)と、料理関連の話をしたりされたりしながら、切磋琢磨しているので更に腕前が上がったとかなんとか。

 ……今後の更なる飛躍に期待を込めて、今回は星四つを付けさせて頂く……といった感じだろうか?

 

 因みに、この二人はよく『居る場所が逆じゃね?』みたいなことを言われたりしているのだが……それを言った人は、大体宿儺君に()()()()()()()()()ので、命が惜しければあまり口にしない方が良かったりする。

 

 

「……いや、寧ろなんでそれで生きてるんだよアンタ」

「そう、これだよ上条君。これこそがギャグ時空の効果……というやつなのだよチミィ」

「騙されないでくださいね、上条さん。せんぱいのこれは、せんぱいが殊更におかしいというだけですのでっ」

「……あれれー?おかしいなー?何故か後輩からディスられているぞ私……?」

「その有り様で、何故マシュから擁護して貰えると思ったのだ貴様は……」

 

 

 え?一体なにが陥没させられるのか、ですって?

 ……ふっふっふっ、首を引っ込めた亀みたいなことになっている私を見れば、それが一体なにを指すのかなんて、すぐにわかることでしょうよブラザー。

 ……え?ちゃんと反省しろ?キーアんなに言ってるかわかんなーい。

 

 そんな冗談はともかく。

 

 まぁ流石に?こんな明らかに胸にめり込むレベルで、頭蓋骨陥没させられるのは?そこまでやっても死にはしない……いやまぁ、正確にはそこら辺ややこしいのだけれど……ともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っても間違いではないのだから、つまりはそういうあれがこれで……。

 

 ええいとにかく、宿儺君にここまでされるのは私くらいのもんだ、というわけで。

 他の面々が同じ事をしても、精々『あ゛?』と睨み付けられるくらいで済むだろうとは思う。……え?あの顔で睨まれるのも、大概アレ?それはそう。

 

 そんな感じにぐだぐだとしつつ、時間帯的にはまだ昼前なので、軽めの食事を頼んだ私達の前に提供されたのは。

 シンプルなサンドイッチ──具材はいわゆるベーコンレタスと卵のマヨネーズ和え──が一組。それからブラックコーヒーであった。

 

 

「HEY宿儺、ミルクと砂糖プリーズ!」

「……阿呆か貴様は。そのまま飲め、というか俺をアシスタント(下僕)扱いするな」

「えー、いけずー。……むぅ、仕方ない。こうなったら()()()()()()

「は?自分で出s()って虚空からミルクと砂糖が?!」

「おー、凄い。キーア、私にも私にも」

「へいへーい、お安いご用だぜアスナちゃん。上条君はミルクと砂糖、いる?」

「……い、いや。上条さんは、そのままのブラックコーヒーで構いませんのことよ?」

「いや、なにその変な口調?……一応言っておくけど、別に変なものとか入ってないわよ?」

 

 

 なお、別にブラックコーヒーが苦手……というわけではないし、食事と一緒に飲むのなら、甘さのない普通のコーヒーの方が合うだろう……と思っている私だけれど。

 今日は()()()()()甘いものが飲みたい気分だったので、そのまま宿儺君にミルクと砂糖を要求。

 ……したのだけれど、宿儺君はこちらを一瞥したあと、そのまま何事も無かったかのように厨房に戻ってしまったのだった。

 

 むぅ、サービスの悪い。……いやまぁ、そういうのはセルフサービス、ってことなのかもしれないけれど。

 ともあれ戻ってしまったのは仕方ないので、自前で砂糖とミルクを用意して、ちょちょいと空間を開いて投入する私である。

 

 その不思議な光景を見て、アスナちゃんも自分のカップにも入れて欲しい、と目を輝かせていたので、そのままアスナちゃんのカップにもミルクと砂糖を入れてあげていたのだけれど……なんだか上条君の様子がおかしい。

 なんというか、『マジで?』と言いたげな顔をしているような?

 ……よもや、このミルクと砂糖がいわゆる『エリート塩』*2的なモノだと勘違いしているのではなかろうな?……みたいな思いを込めて見つめてみると。

 

 

…………((;「「))

「いや図星かい」

 

 

 こちらの使っている能力──『虚無』が、あらゆる万物に含まれ、それらを構成している微細存在であるという説明を予め聞いていたからなのか、それを使って砂糖とミルクを()()()()のだと思われていたらしい。

 

 ……いや、そういうのも別にできなくはないけども。

 リアルでやるのと違って、匂いとか菌とか一切付着させずに作ったりできるから、健康被害とかも無いように配慮はできるけども。

 それ、心理的に嫌じゃん。もしくは薄い本じゃん。

 流石にやらんわっていうか、なにが悲しくて自分の成分(たいえき)で作ったものを、自分で摂取せにゃならんのかというか。

 ……みたいなことを言えば、彼は『それもそうか』と納得していたのであった。なんか知らんけど、いつの間にか私の扱いが雑になってなぁい?……え、自業自得?それはそう。

 

 

「……せ、せんぱいの……み、み……!?」

「マシュ、流石に止めよう。それはよくない、とてもよくない」

 

 

 なお、それらのやり取りを聞いていたマシュが、一時的に機能不全を起こしてしまったため、後頭部をべしんべしんと叩いて正気に戻す必要が出てきてしまったりしたが……まぁ、戻ったので問題はないだろう、たぶん。

 それはそれとして、あとで上条君にはお説教である。『なんで!?不幸だ?!』とか彼は宣っていたけれど……彼女(マシュ)にそんなことを思い付かせてしまったのは、元はと言えば君が頓珍漢なことを言ったせいなのだから仕方ないのです、はい。

 甘んじて受けやがれなのです、がじがじ。*3

 

 

 

 

 

 

「……話が随分と脱線していたようだが、もういいのか?」

「ああうん、なんとなーくは確かめられたからもういいかなーって」

「……え、なにかやってたのか今?俺達、結局サンドイッチ食ってコーヒー飲んでただけだけど」

 

 

 遅めの朝食を終えた私達。

 そうして暫くは談笑を交わしていたのだけれど……ここで確かめられることは大体確かめたので、そろそろお暇しようとしたところ、上条君から疑問の声があがることとなった。

 なるほど確かに、私達がこの店に来てしたことと言えば、朝食を食べて話をすることだけ。なにかを確認する素振りも、それを誘導する気配すらも無かったように思える。

 

 ……が、それはここが()()()()()()()()()()、の話。無論、この洋食屋は普通の店ではない。

 

 

「ここは言うなれば、俺の領域。……客共に課すことなぞ、精々()()()()()程度のモノではあるが──それでも、俺の腹の中のようなもの、と言うことに違いはない。で、あるならば、だ。……貴様のような存在が内に入れば、何事かが起きるは必至。なにせ貴様、神の奇跡すら殺す者、なのだろう?」

「……あ、あー。詳しくは知らねぇけど……もしかして、ここってわりと危ないところだったりしたんでせうか……?」

「くくっ、()()()()()()()()()()()()()()()ようだが、そもそも店に入る時点で注意が必要だ、と思い至らなかったのはそちらの落ち度、というやつだな。……まぁご覧の通り、別に()()()()()()()()()()、というやつだが」

「……最初に言ってくれよキーア……」

 

 

 呪術師達の言うところの、領域。それが、この店には仕掛けられている。

 まぁ、効能としては『店の中での荒事禁止』とか、そんな感じの些細なモノではあるだろうが……それでも、異能に準じるモノが予め設置されている、ということに違いはない。

 

 これが普通の上条君なら──入っただけで領域を破壊する、なんてこともあり得るかもしれない。

 どっこい、今ここにいる彼はと言えば、こうしてこちらから知らせるまで、この店になにかがあるということには気が付いていなかった。

 

 それはつまり、明確に異常であるモノも、ここにいる上条君は()()()()()()()()()()無効化しない、ということ。

 本来勝手に打ち壊すはずのモノでも、彼の場合は無闇矢鱈に壊したりしない、ということである。

 

 まぁ、随分と利便性が上がったモノだなぁ、と思わなくもないが……その判定基準がどこにあるのか、というのを確かめた方がいい、というのも確かな話だろう。

 

 

「……上条さんには、なにを言っているのかわかりませんのことよ?」

「問答無用じゃない・害意がなければ無効化しない……ってことは、ともすれば本来の上条君は受けないようなモノを受けてしまう可能性がある、ってこと。それを確かめないと危なっかしいってことよ」

 

 

 こちらの言葉に首を捻る上条君に、一つ苦笑を返しつつ、そのまま席を立って店の外へと向かう私達。

 次に行くべき場所は決まったなと内心で呟きながら、宿儺君に手を振れば。

 

 

「お粗末様。また顔を見せるがいい」

 

 

 と言って、彼はニヤリと笑みを見せるのだった。

 

 

*1
フランスのタイヤメーカー『ミシュラン』が発行している本『ミシュランガイド』のこと。タイヤメーカーが発行しているのは、向こうの文化に『休みの日には、田舎の隠れた名店で美味しいものを食べる』みたいなものがある為。なので、海外で美味しいものを食べたい、と言う時にはわりと重宝するのだとか(逆に、都会の名店は認定され辛いところがあるのだそうな)

*2
『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!絶対に笑ってはいけない地球防衛軍24時』にて登場したヤバい代物。端的に言うのであれば『汗から作った塩』。なお、垢とか雑菌とかが含まれる為、普通に食用には向かない(上に、匂いなどがキツイのだとか)。なお、推しの汗から作った塩ならいけるのでは?……みたいなことを考える人も居るのだとか

*3
『せ、せんぱいのがじがじ……!?お、おのれカミジョォーッ!!』『おかしくねーっ!?不幸だーっ!!?』『ここのマシュ、大概壊れてる』『かなり二次創作成分が混じってきた感じだよねー』(遠い目)



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攻撃反応型だとそれ以外に無力である

「それで?次はどうするの?」

「んー?そりゃもう、ここからやるべきことはわかってるからねー、とりあえず向かうのは下……だね」

「下?」

「そ。具体的には一キロ以上下、ってことになるけど」

「……一キロ以上……?」

 

 

 上条君の『幻想殺し』が、本来の『問答無用で異能を殺す』性能ではなくなっている……。

 そんな確証を得た私達は(以前から得てた?それはそう)、一路下の階──具体的には千階くらい下を目指してエレベーターに向かっている。*1

 

 千階と言葉にした以上、気付いている人は気付いていると思うけど……現在の目的地とは、すなわち琥珀さんのところ。

 最近ひっきりなしに働かせている感じがしなくもない琥珀さんだが、ともあれこの方面(逆憑依関連)において彼女がとても有用な人材である……ということに間違いはなく。

 必然、出番も仕事も増えていくのは仕方のない話なのであった。……誰かの悲鳴が聞こえる?いやー、嬉しい悲鳴じゃない?わりとマッドなところあるし、琥珀さん。

 

 あとはまぁ、普通の医療・異能混じりの医療について、それぞれの効き目を確認するためにも、ブラックジャック先生の所とかにも顔を出しておきたい……といったところか。

 

 そんな感じの予定を伝えれば、上条君はまずそもそもの『地下千階』という立地について、うまく理解できなかったのか見事な宇宙猫顔を晒していたのだった。

 ……まぁうん、普通ならそんな立地、まともに往復するのも一苦労だからね……。

 

 地下千階には、転移技能での直行は厳禁……という話をしたことがあると思う。

 それが禁止されている理由は、偏にその立地と防護しているモノに理由がある。

 

 空もあるし、雨も降る。川もあるし、森だってある……。

 そんな自然豊かな環境である地下千階は、されど本来は人が住むことを考慮したものではない。

 それもそのはず、元々地下千階とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。……言うなれば、それ以外の周囲の自然などは、後から付け加えられたものなのである。

 この辺りについては、まさに空間拡張系技術様々と言ったところなわけだが……ともあれ、そういう技術がふんだんに使われているなりきり郷において、上条当麻という存在の危険性と言うのは最早語るまでもない、ということにもなるわけで。

 

 ……話がずれたので元に戻すと、地下千階への転移禁止・その理由には一つ()()()()()()()()()()()というモノがある。

 

 様々な理由で、現状の郷の中心には置いておけない者達を、納得尽くで隔離するための場所……それが、元々の地下千階である。

 そういう意味で、本来の地下千階の象徴とは──以前シャナが封印されていたあの場所、凍結塔だということがわかるだろう。

 

 事実、地下千階内にある建造物の内、一番最初に建造されたのは凍結塔だったというのだから、元々のこの場所が一種の忌み場所だった、ということに相違はあるまい。

 ……まぁ、現状では二つ目の禁止理由にも繋がるであろう、()()()()()の方が重要視されているような気がしないでもないが。

 

 

「その二つ目の理由、ってのは?」

「封じ込めておくべきものと同じくらい、特定の場所から動かす必要のないものってあるでしょ?」

「あ?……えーと、それは一体?」

()()だよ。特に、誰かに渡すわけにはいかないような、重要なモノのこと」*2

 

 

 その二つ目の理由と言うのが、いわゆるアーティファクトのような遺物や、琥珀さんやブラックジャック先生のような、あまりにも重要すぎる人間の保護……ということになるわけで。

 

 こちらについてはまぁ、人間に関してはそこまで厳しく行き来を制限している、というわけではないようだが……それは逆に言うと、特に用もないのであれば千階(所定位置)から移動しないように、と厳命されていると言い換えてもおかしくはない。

 それもこれも、彼ら彼女らの能力が希少・貴重・重要であり、迂闊に外に漏らせるモノではない……というところが大きいだろう。

 

 地下千階という立地は、物理的な誘拐をほぼ確実に防ぐことができる位置であるとも言える。*3

 ……すぐ横に危険物(隔離塔)があるにも関わらず、ここは郷の中のどこよりも、ある意味では安全なのである。

 

 だからこそ、そういった人物達の居住区として、長い地下生活にストレスを感じないように……という配慮のために、地下世界は拡張を続けていったのだった。

 まぁ拡張部分に関しては、隔離塔内の人々からの『景色が殺風景過ぎる』などの嘆願を聞き入れた、という部分も過分にあるのだろうけど。

 

 ともあれ、地下千階に対しての転移が禁止されている理由、というのはなんのことはない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ためのもの、というのが大義であり。

 そしてその子細とは、危険物と宝物が共に眠る場所であるから……という、盗掘者に対する脅しのような面が強い、ということなのでもあった。

 

 ……あ、あと一つ。

 地下千階部分は次元境界面が不安定なので、外から内への転移の際に着地点となる座標が凄くぶれる、というのも理由に含まれるんじゃないかな?

 言うなれば『※いしのなかにいる※』状態になるので止めておけ、というか。……もしくは14へ行け、みたいな?

 

 

「な、なんでそんなことに……」

「地下千階って言うけど、実際にはその辺りに相当する物理的位置に、空間を仮留めしてる……みたいな感じで成立してるんだって。『ネギま』の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)*4みたいな?元々凍結塔以外なにもなかったところだから、()()()()()()()()()()()()()()()()……って感じでそうなってたらしいんだけど……この前のビーストⅣiの時の話を見るに、いい加減運用方法を変えた方が良いかもなー、ってことになってるんだってさ」

 

 

 なお、そんなことになっている理由は、そもそも地下千階とは本当に地下千階なのではなく、『凍結塔がある場所の座標が、便宜上地下千階と呼ばれていた』からなのだとか。

 

 そもそもの成立時点で、郷としては付随物の扱いであったため、現世への明確な楔を持たないのだそうな。

 ……まぁ、そのせいでハルケギニアと繋がったりしていたようなので、いい加減ちゃんとどこかに紐付けするべきかも?……とゆかりんが嘆いていたわけなのだが。

 

 話を戻して。

 まぁ要するに、地下千階という場所が重要な地点である、ということはなんとなくわかって貰えたと思う。

 ついでに言うのなら、そこへの移動もそれなりにめんどくさいモノになっている、ということも。

 

 地下千階への直通通路であるこのエレベーター、実は重力制御技術が使用されている。

 内部への転移が難しくなる前に使っていた通路を、そのままエレベーターの通り道に改造した、というのが真実らしいが……ともあれ、あれこれと階層を増やすうちに距離が物理的に伸びた、というのも確かなようで。

 

 下手に空間を弄ると通路が壊れてしまうかもしれない……という懸念から、実際にそこまでの距離を踏破するしかなくなってしまった、そんな地下千階。

 幸いにして、そんなことになったのは地下千階が拡張されたあと──アーコロジー内のアーコロジーとして確立してからのことであったため、別に千階が孤立してもすぐにすぐ問題になる、ということはなかったようだが。

 それでも、色々重要なモノが多く眠る場所であるがゆえに、連絡や確認ができなくなるのは困る……ということで、通路を歪めてしまうような交通手段は忌避され。

 

 ……結果、新幹線くらいの速度でかっ飛んでいくエレベーター、というなにか間違っているとしか言えないモノが出来上がったのであった。

 

 

「……危ねぇ!!?」

「実際最初のうちは、体が頑丈な人()しか乗れなかったらしいからねぇ。……今ではまぁ、内部の重力を制御することで、乗っている人には負担の無いようになったらしいけど」

 

 

 ……まぁ、ここまで聞けばわかると思うけど。

 わざわざ地下千階にまで降りている理由、琥珀さんに会いに行くという目的もあるけれど、それと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()どうかを確認する、という目的もあったりする。

 

 良いものは受けられるように……なんて変化が、かの『幻想殺し』にどのような影響を与えているかわかったモノではない……というところもあり、あれこれと考え付くモノは全部試している私なのであった。

 ……科学っつっても、重力制御装置とかサイエンスフィクション(SF)とかはオカルトめいている感じがあるしねー。

 

 まぁこの論理で行くと、科学の産物ながら神の叡知に手を伸ばしている『リーディング・シュタイナー』とか、『幻想殺し』的にはどっち区分なんだろうか?……みたいな疑問も浮かびかねないのだけれど。

 記憶操作は受け付けるけど、右手で触れると打ち消せる……という辺り、わりと消せてしまいそうな感じがある気もするし、記憶操作は水流操作の区分になる*5からどうにかなるだけで、そこから外れている『リーディング・シュタイナー』は対象外、なんて可能性もなくもないわけなのだけれど。

 

 ともあれ、その辺りも含めて、詳細は向こうに付いてから。

 よもや落下とかしないよな?なんて戦々恐々している上条君の様子に苦笑……しようとして、彼と一緒だとあり得なくもないな、なんて風に考え直したりしつつ。

 私達は、どうにか五体無事に千階に降り立つのだった。

 

 

*1
エレベーターの速度は大体分速50mほど。超高層ビルなどの場合、分速1kmなどの高速エレベーターも存在する。因みに仮に本当に千階移動しようとすると、その高速エレベーター(※世界最速)でも三分前後掛かることになる

*2
ダンジョンの奥深くに眠るラスボスと、そのラスボスが隠している宝物。一体どちらが重要なのか?

*3
そこまで深いと崩落の危険もある為、基本的には正規ルートを通るより他ない、ということになる

*4
『魔法先生ネギま!』における魔法使い達が住む世界。実は立地的にこの世界のハルケギニア……もとい()()()()()()()()()()()()()()()と関連性があったり

*5
『とある』シリーズにおけるレベル5・心理掌握(メンタルアウト)の動作原理から。体液(主に脳内分泌物など)を操作することで、間接的に精神に干渉しているのだとか。なお、他の精神操作系能力が同じ原理だとは限らない



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意外と思い詰める質

「はいはーい、先日ぶりですね皆さーん……」

「ど、どうも琥珀さん……その、大丈夫です……?」

「はい?……いやー、なにを言ってるんですかキーアさん。私ならほら、この通り元気元気、ですよ~?

 

 

 エレベーター区画からオートウォークに乗って、はるばる琥珀さんの居住地にまでやって来た私達。

 そこで顔を見た琥珀さんはと言うと……その、先日の彼女と比べると、かなり窶れた顔になってしまっていた(目の下の隈とか凄い)のだった。……何故に!?

 

 

「ああ、ちょうどよかった!皆からも言ってあげて!いい加減休めって!」

「い、いえいえ。琥珀さんは全然大丈夫です。まだまだ行けますよ~……コフッ!?」

「それ別キャラの台詞ぅっ!?」*1

 

 

 そんな風に困惑する私達の前で、家から慌てて飛び出してきたのはクリス。

 どうにも実験の手伝いのため、いつも通りに彼女の家に顔を出していた、ということになるようだが……なんというかこう、聞き分けのない相手になんとか言い聞かせようとするようなその言葉に、思わず顔を見合わせてしまう私達なのであった。

 

 とまぁ、そんな短いやり取りを終えて、改めて家の中に入った私達。

 あの様子ではこちらの頼み事を聞いて貰う、というのも無理があるだろうとのことから、クリスの頼み通り無理矢理琥珀さんには休んでいて貰う(縛って眠らせてベッドにIN)、ということになったのだが……。

 

 

「……これは予想外」

「す、凄いデータの山です……!」

 

 

 琥珀さんをベッドに放り込んだのち、案内された客間には……何かしらの数値やらコメントやらがびっしりと書き込まれた書類が、それこそ山のように転がっていたのだった。足の踏み場も手の置き場もない!*2

 

 その異様な光景に、冒険者一行はSANチェック……はしなかったものの、これは何事かとクリスの方に視線を集中させてしまうのは仕方のない話で。

 そうしてこちらの視線を一身に受けた彼女はと言えば、はぁ……と大きくため息を吐いたのち、私達にこの家がこんなことになっている理由、とでも言うべきものを伝えてくるのだった。それによれば──。

 

 

「……事態解決のための、データの洗い直しぃ?」

「そ。……それも一年分、自分が関わっていない案件まで含めて、全部ね」

「な、なるほど。でしたら、この量も納得です」

 

 

 こちらがあげたすっとんきょうな声に、クリスはこくりと頷きを返してくる。

 

 なんでも、ここ数日の琥珀さんはというと、まるでなにかに取り憑かれたかのように、前にも増して仕事──研究へとのめり込んでいったのだと言う。

 それは、まさに鬼気迫る*3とでもいうような、あまりにも迫真にして渾身の姿であり、当初はクリスの方も、迂闊に声も手も出せない有り様だったのだとか。

 そしてそのまま三日三晩*4、彼女は研究データの洗い出しを続けていたのである。

 

 ……とはいえ、彼女も人の子。

 後天的な『逆憑依』……もとい【継ぎ接ぎ】であるのだとしても、それによって付随された部分は、あくまでも能力・技能面のもの。……他の面々のように、身体能力が向上しているというわけではない。

 

 これが例えば、『メルブラ』の琥珀さんが『逆憑依』している、というのであれば話は違ったのだろうが……彼女のそれは『プリヤ』におけるマジカルルビー、その人格・性能が幾らか加算されている、というものが近い。

 思考・知識の面で一般人より優れているのだとしても、身体的な付加要素はほぼない。……その辺り、魔術でも使えれば話は違ったのだろうが……。

 

 

「ご存じの通り、彼女の使えるそれ(魔術)は、あくまでも他者に対して付与していくもの。……自分自身に強化を施す、っていうのは制約上難しいみたいで、そういう意味では彼女のスタミナって、一般人と大差ないって感じなのよね」*5

「あー、なるほど。……見たまんま過労ってわけね、あれ」

 

 

 彼女の場合、【継ぎ接ぎ】であることを除くとしても、そもそも憑依対象が()()()()……というと凄まじく語弊があるが、まぁ要するに本来()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということに違いはなく。

 自身の肉体を休眠状態にして、ステッキの方を動かす……みたいなことはできるけど、そのステッキを自身の肉体に持たせて、バフを重ねる……みたいな運用はできないのである。

 ……なに言ってるかわからない?

 あれだよ、元は一つだった存在が別たれたあと一つに戻ると、何故か元よりパワーアップする……みたいなやつ*6。分身とフュージョン(ドラゴンボールのやつ)する、みたいなのでも可。

 

 まぁ要するに、彼女は『逆憑依』の端くれに名を連ねるわりに、基礎的な部分はほぼ一般人と大差ない存在だ、ということ。

 通常の人と比べて、大きく上回るプラス要素がほとんど存在しない……という風に言い換えてもよい。

 

 なので、創作キャラには付き物・かつ慣れっこなオーバーワーク(過剰労働)も、彼女にとっては普通に過労として噴出してしまうもの、だったというわけで。

 ……ゆかりんとか見てると麻痺しちゃうけど、普通あんなに働いてたら労働基準法とかに引っ掛かるし、なんなら疲労が抜けきらなくて最悪お陀仏するからね、マジで。

 

 そんなわけで、文章にしてみればとても単純な話。

 いつもよりも遥かに多い仕事量を、無理をして短時間でこなしていたため、そのまま順当に体を壊した・もしくは壊す寸前だった……というのが、さっきの琥珀さんの状態だったということである。

 これにはブラックジャック先生も、思わず大爆笑である(無論、悪い意味で)

 

 

「ああそうだな。この施設の中では、一番頭のキレる人物だと思っていたんだが……いかんせん、こうまで愚かなことをされるとなると、思わず笑みも漏れると言うもの……ということだな」

「う~……面目ありませぇ~ん……」

 

 

 ……なんてやり取りが、急に呼ばれてやって来たブラックジャック先生との間に発生していたわけだが……まぁ、やらかしたのは琥珀さんなので、諦めて思う存分絞られてほしい。

 

 とはいえ、それはあくまでもブラックジャック先生が主導でやることであって、こっちがすべきこととは別の話。

 ここで重要なのは、何故琥珀さんが無理をしてまで、過去のデータの洗い直しを進めていたのか?……ということ。

 その理由がわからなければ、彼女を止めることは勿論、こちらの頼みをお願いする暇もない、ということになってしまう。

 

 なので、彼女が一体なにを焦っていたのか?……ということを探るために、近くの書類を一つ手にとって、中身を改めさせて貰ったのだけれど……。

 

 

「……読めぬ」

「まぁ、基本はカルテだから。ドイツ語とかフランス語とかラテン語とか、向こうの言葉に精通していないと、中々読み解くのは難しいでしょうね」

 

 

 手に掴んだのは、どうにも診断書だったようで。

 ……いつかのそれと同じく、内容が理解できなかったため早々に元の場所に戻すことになる私である。……大人しく尻尾ォ巻きつつ泣いて無様に元の居場所戻すしかねぇ……っ!!*7

 

 

「……なんか、変なフラグ立ててねぇか、アンタ?……いやまぁ、上条さんもこういうのはちょっと苦手なんですがっ」

「……?トーマ、おかしなこと言う。学園都市って、例え底辺でも外の世界なら天才の部類が集まってる、って聞いたけど」

「……一体どこの平行世界の話なんでせうかねそれ?少なくともここにいる上条さんは、こういうのは見てると頭が痛くなる……というのは間違いありませんのことよ!?」*8

「ま、まぁまぁお二人とも。私達があれこれ言い合っても仕方ありませんので……」

 

 

 なお、私の横ではちょっとしたトラブルが発生しかけていたが……マシュが両者を取りなすことで、なんとか回避していたようだった。

 いやまぁ、お互いにじゃれてるだけのような気も、しないでもなかったけれども。

 

 ……実際上条君って、戦闘面以外では頭がいいのか悪いのか、場所の特異性的にわかりにくいな……なんてことを思考の片隅に追いやりつつ、改めて別の書類に手を伸ばす私。

 こっちは日本語で書かれていたため、私も特に苦労することなく内容を理解することができたが……。

 

 

「……ふむ?全国の異変発生率調査……?」

「ああ、この間の幽霊事件とか、その前の過疎地での異形発見の報せとか。そういうの、お役所仕事だからまだデジタル化できてない……ってことで、こっちで纏めたりしてたから」

 

 

 クリスの説明を聞きつつ、資料を読み進めていく私。

 そこに書かれている内容は彼女の言う通り、各地で発生した異常現象についての様々なデータが、数字や所感として記されているのだった。

 続くお役所仕事の言葉通り、害獣駆除の報告書をテンプレートに、あれこれと得られた情報を盛り込んでいる……という、とても読みにくいタイプの書類である。

 

 ……こういうのを纏めてデータベースに入力したりするのも、彼女達の仕事だと言うのだから堪ったものではない。

 生データは確かに貴重だが、読むだけに一枚で四分以上掛かるようなものを、それこそ数えられないくらいに頼まれている……というのだから、そりゃまぁ過労にもなろうというものである。

 ただ、これに関しては『データベースに纏めても、有効活用できる人間が少ない』とのことで、半ば後回しになっているのだとも言っていたのだった。

 

 

「内容的に、うちの関係者以外使えないでしょ、これ。……スマホから確認できるようにするにしても、使うのは外に出てる人達ばっかり。……そこまでしても、基本的に『逆憑依』案件で必要なのは、今そこにいるのがなんなのか、っていう情報の方。……そっちはwikiでも見れば普通にヒットする、みたいなことの方が多いわけだし」

「ああうん、基本的には創作物関連だもんね……」

 

 

 クリスの嘆きに、思わず頷いてしまう私である。

 

 最近ここに加わったイッスン君なんかは、ちょっと毛色が違うけど……だとしても、彼もまた『一寸法師』という、()()()()()()()()()()()()()という点については、他の面々と大差ない。

 異質、という意味では世に出ていない作品が元である私も、色々と例外ではあるが……それでもやはり、出身が物語である、という点に違いはない。

 

 ……要するに、精々発見情報とか、見た目についての情報くらいしかないこのデータベースというのは、精々似たような事件が起きた時にその関連を疑える、くらいの利点しかないのである。

 そんなものを使うくらいならば、相手の見た目を文章化し、検索ボックスにでもぶち込んだ方が、よっぽど答えが得られるというもの。

 

 そういう意味で、件のデータベース作成に関しては、結構後回しになってしまっているのが現状、なのだそうだ。

 

 

(……まぁ、だとするとなんでここにあるのか、ってことが気になるんだけど)

 

 

 ただ、それが本当だとすると。

 琥珀さんが鬼気迫る表情で集めた資料の中に、一時見送りとなった書類が混じっている……ということにもなるため、少々首を捻らざるをえないところもあるのだが。……というのが、今の私の心境。

 

 

(……まぁ、琥珀さんが起きてから聞けばいいか)

 

 

 とはいえ、それがなんでなのか?……というのは、部外者である私達には理解できぬこと。

 それならば他の資料を漁った方がマシ、と私は他の資料に手を伸ばすのだった。

 

 

*1
『fate/grand_order』……もとい、『帝都聖杯奇譚』におけるセイバーのサーヴァント・沖田総司は、元々『琥珀さんがセイバーになったら』という設定で新キャラを作ろうとしたのが(社長(武内)の手で)ボツった結果、その原案を元に設定を膨らませたサーヴァントである、という裏話から。沖田さんの大きなリボンなどは、元々琥珀さんだった頃の名残なのだとか

*2
『足の踏み場もない』は、慣用句。床が見えないほどに物が散らかっていることを示すもので、要するに『床=足の踏み場』。なので、無理矢理進むことは可能ではある。……物の下に押しピンなどがなければ、だが

*3
恐ろしく不気味な気配・雰囲気。もしくは、見ている人を戦慄させるような表情のこと。この場合の『鬼』とは、幽霊などのおぞましいものの総称。それが近くにいる時のように、見ている側が思わず震え上がってしまうような状態、ということ

*4
三日間全て、の意味。この場合の『日』は一日中という意味ではなく、『昼』のこと。すなわち『三の昼と三の晩』の意味となる

*5
『魔法少女に使われる(もの)』としての性質が大きく、自分が魔法少女側になることはできない……の意味

*6
光と闇に別れたり、みたいな話。何故か大本の存在より遥かに弱くなっている、ということが多い(単純な分割ではない?)

*7
『とある』シリーズの一方通行(アクセラレータ)の台詞。わざわざ言い直したのは、『元に戻す』という言葉が引っ掛かった為

*8
上条当麻は作中において、高校のテストで赤点常連……と、いわゆるバカ扱いのような描写が存在するが、そのわりにアクロバイク(電動補助付き自転車。凄まじく高性能)の分厚いマニュアルを読み込んで使いこなすなど、地頭(じあたま)は普通によいと思われる部分もある。総じて、学園都市の学術レベルが、そもそも外よりも数段先のモノである為、その中の落ちこぼれも外の世界では結構な天才になるのでは?という話に繋がる、ということ



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活字の読みすぎ目が滑る

「……わからん」

「集められた資料には、統一性というものがありませんね……」

 

 

 それから数十分後。

 何故琥珀さんが、鬼気迫るような表情で仕事に没頭していたのか?……ということを推測するため。

 それから、彼女が半ば気絶するように落ちていった睡眠から、復帰する時間を待つ間の手慰みとして、私達は客間に溢れた資料達を、手分けして検分していたわけなのだけれど……。

 そうした書類達を改めれば改めるだけ、その関連性のなさ・あるいはその見えなさに、振り回される形となっていたのだった。

 

 これには一同、脳の使いすぎでぼんやり状態。こうなってしまうと、最早まともに文章を読むのも一苦労である。*1

 ……なので、ちょっと休憩にしようということになったのだった。

 

 

「……流石に、ジェレミアさんとかと比べられると困るけど……」

「いやいや十分!うまい!うまい!うまい!」

「いやなんで煉獄さん!?」*2

「すげーなこの人、テンション乱高下してるよ……」

「なるほど、それがこの土地での流儀とみた」

「いやそんなこと覚えなくていいからね?!」

 

 

 いつの間にやら、天然不思議系なアスナちゃんの御守り役になっている上条君に、この人どこ行っても変わんねーなー*3みたいな感想を抱きつつ、うまいうまいと紅茶を飲む私。

 これを淹れたのはご覧の通り、クリスだったわけなのだけど……そりゃまぁジェレミアさんのやつと比べたら、大抵の紅茶は二流品になるのは致し方なし。普通に美味しいので問題ないと答えを返せば、彼女はどこか安心したように、ほっと息を吐いていたのだった。

 

 ……たかだか紅茶如きでなんと大袈裟な、と思われそうな話だが、こと彼女にとっては別。

 クリスはいわゆる料理音痴に区分される存在であり、しかも本人がそれに気付いていないという筋金入りである。*4『逆憑依』として成立することにより、原作知識という形で『自身は料理音痴だ』と認識し、それを直そうと思い至ったようだけど……思い至ったからといって、それがうまく行く保証などどこにもなく。

 

 ゆえに、淹れた紅茶に問題がなかった、というのは彼女にとって、わりと大きめな成功体験になっているのであった。

 ……やっぱり話が大袈裟すぎる?キャラクターとしての(さが)で、余計なものぶち込もうとする肉体に反した偉大な精神……という辺りを褒めてやってください、はい。

 

 まぁそうしてうまく行った理由は、使われている食器が普通のやつではなく、ビーカー(実験器具)だったから……なんて、身も蓋もないような結論が、脳裏を過ったりもしたわけなのだけれど。

 

 飲食用に別で用意してある、ってのは本当だったんだなぁ……なんてことを口に出さずにぼやきつつ、そのままビーカーの中身の茶色い液体を嚥下する私である。

 ……こうやって言うと、謎の液体飲み干したように聞こえるね、ビーカーのせいで。

 

 

「……いい加減、ちゃんとした食器を揃えるように……って、もっと真剣に嘆願しとくべきかしら……」

「暖簾に腕押し糠に釘、琥珀さんには常識を……ってなもんで、多分無理なんじゃないかな?」

「ぬぐぅ」

 

 

 なぉ、クリスはクリスで、あくまで及第点・かつ道具に助けられた(料理認識されなかった)可能性、というものに思い至ったことで、そこら辺もうちょっと改善できないかなぁ、なんてことをぼやいていたのだけれど……まぁ多分無理でしょ、と返せば小さく項垂れてしまうのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……変な空気になっているようだが。一応、伝えておくぞ。彼女が目を覚ました」

 

 

 どことなくお通夜ムードになってしまった私達に、若干呆れたように声を掛けてくるのはブラックジャック先生。

 琥珀さんが目を覚ましたとの彼の言葉に、私達は頭を振りながら立ち上がり、直ちに彼女の眠っていた部屋まで急行するのだった。

 

 

「いやはや面目ない……皆さんには、どうにもご迷惑をお掛けしたようで……」

「そうですよ。反省してくださいね、先生」

 

 

 ベッドから半身を起こした琥珀さんは、さっきに比べれば顔色が良くなっており、束の間とはいえ休息を取らせたことが、間違いではなかったのだとこちらに伝えてくる。

 その姿に、一同安堵の息を吐きつつ……改めて、彼女がなにを焦っていたのかを問い掛ければ。

 その問いに対して返ってきたのは、わりと意外な言葉なのであった。

 

 

「……怖かった、ですか?」

 

 

 聞き返したこちらの言葉に、たははと苦笑を浮かべながら後頭部を掻いている琥珀さん。

 

 なんでも、先日目の当たりにしたビーストⅣi、それからそれに臆することなく──いや寧ろ柳に風の如く対峙して見せたキリアの姿に、言葉にならないような恐怖を抱いたのだと彼女は言うのである。

 

 

「……お恥ずかしながら、私はこの『逆憑依』という案件において、どこか部外者のような認識でことに当たっていました。【継ぎ接ぎ】という形で、皆さんの輪に入ることとなりましたが……結局のところは当事者意識、というものに欠けていたのです」

 

 

 琥珀さんがなりきり郷に留まるようになった理由。

 それは、彼女が以前人工的な『逆憑依』について研究していた人間だったから、という立場によるところが大きい。

 

 彼女の持つ知識や技術というのは、迂闊に外に出してしまえばそれ自体が新たな騒動の火種になりうるもの。……善良な科学者として、それは良くないということは理解していた彼女は、特に反対意見を述べることもなくこちらの指示に従い──そして今まで、こちら()の要望にもよく答えてくれていた。

 

 けれどそれは、言ってしまえば雇い主が変わっただけのこと。

 雇用条件に『逆憑依に関わる者』という文面が書き加えられただけのことであって、雑に言ってしまえば()()()()()だったのである。

 ……まぁ、仕事だと認識しつつ、あれこれと結構好き勝手にモノを作ったりしていたわけでもあるのだけれど……その辺りはそう、予算があるならやりたいことやったもん勝ち、ってやりたくなる科学者の性……的なものなのだそうで。*5

 

 

「実際、仕事にまっったく関係無いようなモノは作っていませんからね、私」

「まぁ変身アイテムとかも、言ってしまえば【継ぎ接ぎ】の性質解明のためのツールだしねぇ」

 

 

 なので、プレミアムバ○ダイで発売するような、超リッチかつ実際に変身できるライダーベルト*6……なんてモノを作ったとしても、それはあくまで仕事で必要だから作っただけなのである。たぶん。

 

 ……ともかく。

 彼女は好き勝手やっているように見えて、実は一歩引いた位置からこの『逆憑依』という仕事に関わっていた、というわけなのである。

 ──ゆえに、彼女の認識にはどこか甘えがあった。

 仕事で関わっているだけなのだから、そんなに重要なことには巻き込まれないだろう……みたいな、どこか楽観的な思考が。

 

 

「……いやー、ほんとビビりましたよね、あの人。……イッスンさんはまぁ、『逆憑依』としてはおかしいところもない、童話からのストレンジャーということで説明は付きますが。──その大本である『少彦名命』。あれに関しては、単なる『逆憑依』……創作世界からの侵食として見るには、異質が過ぎます」

 

 

 だから、()()に出会った時、彼女は心底から恐怖した。

 実在の証明ができない存在であったはずの、真正(真性/神聖)の神体。

 無論、その顕現原理には『逆憑依』を応用しているのではあるのだろうが……だとしても、あの場にいた『少彦名命』は、紛れもなく()であった。

 

 

「神話も無論、人の創作物であるとすることはできます。……されど、その人格とでも言うべきモノは、余り子細には語られない──ないし、語るには資料が少なすぎる。ゆえに、あの場に現れた彼の神の思考というのは、真実どこにも無いもの──言うなれば()()()()()だったのです」

 

 

 まぁ、桃香さんのようなパターン……平行世界のどこかにある創作物を原典としている、という可能性はありますが。

 そう述べる彼女は、されどそれを信じてはいない様子。

 つまりは、あの場にいた神は──その実態がどうあれ、琥珀さんにとっては真実()()()()()ということ。

 

 科学者は神を信奉する者が多いと言うが、いわばそういうことだろう。

 ……科学で解明できないモノはある。なれば、その未知を神と呼ぶことは、そうおかしなことではない……と。*7

 

 

「あ、別に神に申し立てるー、とか、そういう話ではないんですよ?……どちらかと言えば、認識が甘かった……みたいな感じと言いましょうか」

 

 

 とはいえ、これは彼女が神を信じるようになった、という話ではない。

 ここで彼女が至ったのは、『逆憑依』という現象は、ともすれば命に関わるものである……という気付きである。

 

 

「特定の人のデータなどから、『逆憑依』とはなにかを守るためのゆりかご、なのだと考えていましたが……それと同じくらい、()()()()()()()()()()()()()という願いの形なのかもしれない……そう、気付いたのです」

 

 

 研究者として関わるからこそ、見えてくるもの。

 なにか──憑依された誰かを、守るための殻なのだと彼女は考えていたが。

 それと同じくらい、その殻はどこかへと至るための船のようなモノなのではないか?

 ……と認識した彼女は、改めて『逆憑依』というものに関わる決意を決めた、ということなのだそうで。

 

 

「……その結果、ぶっ倒れるまで仕事してた、と?」

「いやはや、本当に面目ありません!私としたことが、視野狭量に陥っていたみたいです……」

 

 

 トホホ、と項垂れる琥珀さんに、鬼気迫る様子はない。……少なくとも、今焦っても仕方がないと確信できるなにかを掴んだ、ということなのだろうか?

 わからないが、とりあえず落ち着いたというのなら、それはそれでいい。……『逆憑依』の本質、というものにも興味はあるが……今は目先の危険の解消が最優先、である。

 

 

「じゃあ琥珀さん。気分転換に、ちょっと実験しませんか?」

「……はい?実験?」

 

 

 首を傾げる彼女に、指差す先は上条君。

 お、お手柔らかに……?と苦笑いをする彼を見て、琥珀さんはあー……と小さく声を漏らすのでした。……それ、どういう感情なんです?

 

 

*1
脳はブドウ糖をエネルギー源としている為、酷使すると甘いものが欲しくなる。だからといって甘いものだけ補給すると、かえって疲れやすくなるので、そういう場合は・ゆっくり食べる・果物を食べる・クエン酸と一緒に摂る、などの工夫をしよう。すぐにすぐ回復できるような方法はない・もしくはあっても脳を酷使しているだけなので、しっかり休息を取ろうと言うことでもある

*2
『鬼滅の刃』の煉獄杏寿郎が本格登場した『無限列車編』での台詞から。声がでかくインパクトも強い

*3
行く先行く先でヒロイン増やすタイプの主人公、の意味。また女の子の世話してる……

*4
『Steins;Gate』のヒロイン二人は、どちらも料理が得意という描写がない(まゆりはバイトしている場所が場所なのでできそうな気がするが、包丁の持ち方とかがヤバイので多分得意ではない)が、特にクリスの方は明確に料理音痴である。因みにレシピ通りに作らないタイプ

*5
そもそも予算を得るのが難しい、というところもあるが

*6
一つウン万円するようなベルト『COMPLETE SELECTION MODIFICATION』のこと。大人向けなりきりアイテム、とも言われるモノだが、多分子供でも普通に喜ぶと思われる

*7
ある程度以上世界が見えると、逆にどう足掻いても解明できないものがある。……そんな場所に神を見るというのも、別におかしくはない



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オーバーヒールって恐ろしい

「ふむふむ、上条さんの右手の無効化範囲が、本来のそれとは微妙に食い違っている……ということは、前回調べた時にある程度把握してはいましたが。それだけではなく、彼に対して通用する異能の種類や条件にも、ある程度の差がある……と?」

「恐らくは。だからちゃんと調べとかないと、危なっかしくて外に出せない……って感じの話になってるんだよね」

 

 

 こちらの話す内容を聞いて、ふむふむと頷いている琥珀さん。

 

 話題の中心は、先述した通り上条君。

 彼の持つ『幻想殺し』が、文字通りの『幻想殺し』ではなくなっているかも知れない……というのはまぁ、前回初対面の時にしていた簡易検査で、ある程度確認はしていたみたいだけれど。

 今回はそれとはちょっと違う部分、彼本人を対象とした異能の()()()()()()()というものも、微妙に変化しているのではないか?……という疑念の検証が主題となる。

 ……まぁ要するに、ここに来る前にあれこれ話してたやつですね、はい。

 

 

「……そいつは別にいいんだけどさ。なーんで上条さんは、ぐるぐる巻きにふん縛られてるんでせうか……?」

「おっと、迂闊に触れちゃダメだぜい上やん。そいつは上やんにいい影響を与えるものってわけじゃないから、もしかしたら触るといつも通りに壊れちまうかもしれないからにゃー」

「いや、なんで土御門みたいな喋り方……?」*1

 

 

 なお、当の上条君は現在ぐるぐる巻き状態。

 

 ……とは言っても、別に意地悪で縛り付けているというわけではなく、彼に対して発動した異能が()()()()()()()()()()()()()()()()ための補助器具……みたいな意味合いのものである。

 彼の『幻想殺し』が弱体化している……ということは、つまり場合によっては異能を中途半端に無効化()してしまうことで、元々の異能から変質させてしまうかもしれない……ということでもある。*2

 

 そうして変化してしまった異能を、迂闊にも外に放出しないようにするための措置なので、罷り間違って壊されてしまうと、また彼を縛り直すことになってしまうのです。

 ……流石に、何度も青少年を縛り付けるような趣味はお持ちではないので、終わるまでじっとしていて欲しいキーアさんなのでありました。……口調が土御門君みたいになってる理由?それは単なる気分。

 

 まぁそんな感じで、半ばぐだぐだとした空気の中で『幻想殺し性能試験』が始まったわけなのですが。

 

 

「とりあえず、現状一番ヤバイと思われる『過剰回復(オーバーヒール)』から試してみようぜい」

「土御門だった理由それかよ!?*3っていうか初手も初手から上条さんは、汗やら動悸やら震えやらが止まりませんのことよー!?!?」

「くすくす、トーマ面白い」

「別にコントとかギャグとかじゃないんですけどぉ!?」

 

 

 最初に試すことにしたのは、回復系技能。

 先述した通り、自身にプラスになるようなものは、須らく受け入れるようになっている可能性がある、今の上条君。

 そんな彼にとって今一番脅威となるのは、恐らく()()()()()()()というやつだろう。

 

 回復系技能と一口に言っても、その原理には幾つか種類がある。

 外からエネルギーを注ぎ込むタイプは、言うなれば失われたモノを補うもの。水分補給とか塩分補給とかのようなものと、考え方としては近しいと言えなくもない。

 人が生きるだけで失うものや、敵の攻撃で失ったもの。

 それらの──いわゆるHP(体力)補給する(他所から持ってくる)形式であるこの回復系技能は、仮にエネルギーそのものを四散させても、結局はエネルギーのままなので『幻想殺し』を一番すり抜けやすい形のものだとも言える。……いやまぁ、実際の『幻想殺し』は、これも無効化するのだろうけど。

 

 自然治癒力を高めるタイプは、いわば早送りのようなもの。

 被術者本人の身体機能を活性化させて治す、いわば自分の体に頑張らせる(余計なモノは使わない)ものであるため、一番拒絶反応が出にくい。

 扱いとしては一種の強化になるので、『幻想殺し』的には普通に無効化してしまう部類のものである、とも言えるだろう。

 

 傷を受ける前に戻すタイプは、いわば早戻しのようなもの。

 時間や肉体などに干渉し、()()()()()()()()()()()()()()と書き換えるものであり、その汎用性の高さからか能力によっては、過大なデメリットや制約が付与されている場合も多い。

 とある能力の場合だと、事象確定前(効果時間中)に『怪我の原因となった事象』を起こらないようにする必要があり、それに失敗すると元の怪我よりも酷くなる、なんてことも。*4

 ──『幻想殺し』的には、真っ先に無効化してしまうタイプのものだと言えるだろう。

 

 これらの回復系技能を素通しする時に、一番問題がありそうに見えるのは『早戻し』タイプだが……実際に一番問題となるのは恐らく『早送り』、もしくは『補給』タイプの方だろう。

 

 両者ともに、能力の方向性としては常にプラス方向……()()()()()()()()()()()()ものである。

 ……ゆえに、異能を全て遮断するわけではない、という状況下においては、それらのプラスが()()になる危険性を秘めている。

 

 過ぎたるはなお及ばざるが如し、薬も過ぎれば毒となる……個人の治癒力を強化するタイプの場合、その原理が『個人の細胞の分裂回数を消費している』、ということがある。*5

 本人の自然治癒力を高めているのだから、ある意味では当たり前のことなのだが……これは言い換えれば()()()()()()()()()()()という風に捉えることもできる。

 ……このタイプの回復系技能の過剰使用が、ろくなことにならないというのはなんとなく理解できるだろう。

 

 ではもう一つの方である補給タイプは、というと……許容量以上は溢れる(特に意味なし)、というタイプならいいのだが、そのまま相手の中に積み上げ続けられるものの場合、最悪肥大化したエネルギーに押し潰される、なんてことになりかねない。

 それどころか、場合によっては過剰に注ぎ込まれたエネルギーにより、暴走……なんてパターンも起こりうるだろう。

 こちらはこちらで、注ぎ込まれたエネルギーを自身のモノとして掌握する手間もあり、弱っている時には逆効果になることもある。*6

 

 ……とまぁ、できれば私ではなく、どこぞの回復術師の人に講義やらなにやらお願いしたいような話だったわけなんだけど……生憎と彼はいないので、ここらで適当に流すことにするキーアさんであった。

 ……え、聞いてる人?上条君がもがもが言いながら聞いてましたね。

 

 

「で、検証結果だけど……一応、毒になるタイミングで無効化はしてるみたいだね」

「ですねぇ」

 

 

 で、とりあえずこっちで用意できる回復系技能、それからブラックジャック先生に協力をお願いして、滋養強壮剤とかビタミン剤とかを処方したりして貰ったわけなのだけれど。

 

 そうして検証した結果、異能による回復は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということが判明した。またそれも、今までの成果ごと消えるわけではなく、あくまでも毒になった部分だけが消えるようだ。

 なので、細胞の過剰回復で急速老化とか、はたまたエネルギーの過剰供給でのダウンとかは、そうなる前にストップが掛かるということになるらしい。……便利になったものだね、ホント。

 

 なお、普通の医薬品に関しては、元の上条君と同じように素通し……というわけではなく。

 こちらもまた、毒になるレベルまで過剰供給されると、薬効を一時的に無効化するのが確認できたのだった。……要するに、()()()()()()()()()()()()()()のである。これにはブラックジャック先生もびっくり。

 

 

「……ふむ、これは私の投薬が異能扱いされているのか、はたまた本当に毒になった薬を無効にしているのか。……一見しただけでは判別しきれないな」

「すいませーん、中身がビタミン剤なのはわかってるんですが、注射持ったままぶつぶつ言うのは止めて貰えないでせうか……?」

「む、これは失礼」

 

 

 何故か、科学にまで『幻想殺し』が作用している──。

 奇妙なその実験結果に、思わず興味深いとばかりに声をあげるブラックジャック先生だが……彼の顔を至近距離で眺めている上条君には、その手にある注射器の方が危険物に見えたようで。

 

 思わず謝罪を述べながら下がる彼の姿に思わず苦笑しつつ、はてこれはどうしたものかと頭を掻く私なのであった。

 

 

*1
『とある』シリーズのキャラクターの一人、上条当麻の友人である土御門元春(つちみかどもとはる)のこと。見た目は金髪かつグラサンとアロハシャツ装備の、どう考えても変な人。性癖もロリコン、かつシスコンと危険域。……なお、『土御門』とはその祖に『安倍晴明』を据える、平安時代から天文道・陰陽道を以て朝廷に使えた一族の名字なので、勘のいい人は単なる友人枠ではない……と、最初から気付いていたとかなんとか。ほんとかにゃー?

*2
全部消すわけではないのだとすれば、特定の性質だけ殺してしまう……という可能性があることから。本来無害なモノも、『無害である理由』を殺してしまえば有害となりうる

*3
土御門の能力『肉体再生(オートリバース)』、および『とある』シリーズの設定である『超能力と魔術は一緒に使えない』から。彼の場合、その能力により無理をすれば(血反吐を吐きつつ無理矢理体を治しながら)何回か使えなくもない、のだとか

*4
因果捻転系の異能にままある制約。雑に言えば『怪我の原因となった相手を殺せ』とか、そういうタイプのもの。世界に反逆するモノでもある為、失敗するとしっぺ返しを食らうわけである

*5
人の一生の内に細胞が分裂する回数は決まっている、という話から。ヘイフリック限界とも。傷の治癒や成長など、人はあらゆる場所で細胞分裂を行っている。ゆえに寿命があるわけで、そこをどうにかできれば不老不死になれる、なんて論も存在するのだが……細胞分裂の限度が存在しないものの代表例が『癌』なので、今のところは難しいと答えるしか無いようだ(要するに、『癌』を制御できれば不老不死になれる、という話になる為)

*6
何日も食事を摂っていない相手に普通の食事は逆に毒、みたいな話と同じ。食事の場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なので、その分のエネルギーが足りていない相手に普通の食事をさせてしまうと、食事からエネルギーを得る前に体力が尽きてしまう……という本末転倒な結果になってしまうことがある。この場合、そのまま死んでしまうことが殆どなので、衰弱状態の相手には点滴などで直接エネルギーを補給する手段が用いられる。病人にはお粥等がよい、というのも同一の理由(消化吸収に掛かるエネルギーが少ない食べ物である為)



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充分に発展した科学は、魔法と変わらない

「……ふーむ、あり得る話だとは思っていたけど、やっぱりかー」

 

 

 小さくため息を吐きつつ、実験結果を改めて確認しなおす私。

 

 手元の端末に記された数々の記録達は、私の予測がほぼ真実だと述べているわけだが……だとすると、話は思ったよりもややこしいことになっている、と言うことになるのかもしれない。

 そんな風に唸る私の様子に首を傾げつつ、琥珀さんが声を掛けてくる。

 

 

「やっぱり……ということは、キーアさんはこの結果を予測されていたと?」

「まぁうん、そもそも彼がここに来れた理由を思えば、あり得ない話じゃないなーとは思っていたというか」

 

 

 んんーと唸る私と、その横であらーと苦笑する琥珀さん。

 雰囲気こそのほほんとしているが、内容としては物騒極まりない。

 世界の真実を密やかに話すかのようなそれは、されど本人達にとっては些末ごとのようで……。

 

 

「黒幕ごっことかしてなくていいから。上条さんをいい加減解放して頂きたいのですがねー!?」

「おおっと、それは出来ない相談だ。何故なら君には話を聞く義務がある」

「だったらさっさと話せー!」

「なるほど、離せと話せのダブルミーニング*1。トーマは語彙力がすごい」

「……いや、別にオヤジギャグとかじゃないからね!?」

 

 

 なお、上条君は変わらず縛られっぱなしなので、いい加減に解放してくれと騒いでいたのだった。もー、仕方ないなー当麻君はー。

 

 

 

 

 

 

「はてさて、上条君も解放したし、改めて話をしようかと思うんだけど……」

 

 

 縛られていた上条君も、データを取り終わった今となっては用済み……って言うと語弊を招きそうだが、ともあれ縛っている必要が無くなったのも事実なので、アスナちゃんに頼んで解放して貰い(なおアスナちゃんに頼んだのは、単にやること無くて暇そうにしていたから)。

 そうして自由になった彼を交え、改めてデータの検分というか、解説というかに移ったわけなのだけれど。

 

 

「──上条君達がここ(なりきり郷)に来れた理由。それを私は『あの人』が関わってるから……みたいな感じに語ったこと、覚えてる?」

「ん?……あー、俺の不運は結局直っていない、みたいなやつだっけ?」

「……間違ってはいないけど、思い出し方ぁ」

 

 

 改めて話題に出すのは『あの人』のこと。

 上条君にとっては、自身の右腕にちょっと細工をした人、みたいなイメージのようだが……私にとっては違う。

 

 彼女もまた、()創作(観測)した相手である以上、その子細というものをある程度把握している。……いやまぁ、現実世界に実在してしまっている以上、こちらの認識とはある程度のズレがある可能性もあるだろうが、それはそれとして。

 

 

「──ああなるほど、キリアさんが()()なのですから、必然それよりも立場が上の方もまた、その法則に準ずるということですね」

「……?いや、勝手に納得されても困るんだが。一体どう言うことだってばよ?」

「なんでナルト……?」

 

 

 この時点でなんとなくこちらの言いたいことを察した琥珀さんは、納得したように小さく頷いていたのだけれど。

 対する上条君はまだよくわかっていないようで、何故かナルト君みたいな口調で首を傾げていた。……本人が居るって言ったら驚くのかな?……なんて、今の話とは関係の無いことを思わずつらつらと考えつつ、改めて口を開き直す私である。

 

 

「私にしろキリアにしろ、その能力の原理は小さいもの──科学における未知、観測できない世界の中にこそある。……それこそ、科学者がそこに()を見るような場所に、ね」

 

 

 科学者はその優れた知識ゆえに、却って神を信奉しやすい……みたいな話をしたと思う。

 

 どれほど知恵を得て、どれほどの計算をこなそうと、どうしても見えてこない不明領域。

 なまじっか知恵があるからこそ、届かない場所があるということに納得の行く答えを求め──結果として、そこに神を見てしまうのだ、という話。

 

 普通それは、計算しきれないほどに遠大にして広大なるモノに対して抱くような感想なのだが──同じく未知である極小の世界にも、それ()を見ることはなにもおかしなことではない。

 

 それこそ、スクナヒコナの話と似たようなもの。

 いと小さき場所にある、知恵の宝庫。それこそが極小の世界に見いだされるべき神のあり方であり、全てを形作る微細存在の神格化としては、真っ当にしてベストなモノだとも言えるだろう。

 

 なのでまぁ、スクナヒコナ()がキリアをあてにしてやって来る、というのもまた、おかし話ではないのである。

 彼自身が神なので変な感じになっているが、言ってしまえば自身よりも立場が上の相手に、力を借りに来たというだけのことなのだから。

 まぁ、そうなると()()()()()()()()()()()()()()()?……という疑問も沸いてくるのだが。

 

 ……話がずれたので元に戻すと。

 私やキリアは極小世界を擬似的に異能として扱う者であるが、同時にそれは()()()()()()()()()()()()を使う者でもあると言える。

 あり方としては『とある』シリーズの超能力に近似している、と解釈することもできるわけだが、されども両者には決定的に違うと言える点が存在する。それは、

 

 

「私達のそれ(虚無)は、偶然(可能性)を必要としない。全て、完全な必然(確実な再現性)を以て運用されている──言うなれば、純然たる科学の結果なんだよ」

 

 

 上条君の世界の超能力とは、量子力学に端を発するモノであるのだという。

 

 本来であればまず発生しないような──確率が一パーセントを切るような事象を、人間が観測することで手繰り寄せる。

 つまりは波動関数の収縮だが、それを人為的に引き起こすがゆえにそれらは異能……すなわちおかしな現象として扱われている。

 だからこそ『幻想殺し』はそれらを殺すし、許しはしないわけなのだが……そういう観点から私達の虚無を見る時、『幻想殺し』が私達を殺せない理由というのも見えてくる。

 

 私達の言う『虚無』とは、すなわち『ありえない』を潰すもの。

 本来であれば数値として出てくるはずのない『確率百パーセント』を、その数の力で押し通すものである。

 

 言うなれば究極の力押し・物理の権化であるため、幻想でもなんでもないのだ。

 ……まぁ、観測できないミクロの世界を存在の論拠に置いているため、そっち方面から無効にされると痛いのだが。

 普通キリアは顕現しない、というのも世界(現実)がそこの不定部分を見逃さないからだし。

 

 ともあれ、これらの話は本題ではない。

 私達が()()()()()()という前提条件を語るためのものであり、重要なのは次の部分からである。

 何度か語られている『あの人』とは、キリアよりも更に小さい相手──いわゆる()に当たる存在である。それがなにを意味するのかと言うと……。

 

 

「分子に対する原子みたいなもの。私達よりも小さいということは、彼女もまた科学の延長線上にあるものだってこと。……要するに、科学にまで無効化が発動している今の『幻想殺し』とは、すなわち彼女の代行者であることを示す、全く別の存在だったんだよ!」

「……はい?」

 

 

 今、彼の右手に付いている『それ』は、『幻想殺し』でもなんでもないという事実なのであった。

 

 

 

 

 

 

「……いや、いやいやいや。ちょっと論理が飛躍しすぎなのではありませんのこと!?」

 

 

 こちらの出した結論に、思わず困惑している上条君。

 けれど、そう考えた方が幾つかの疑問に対して、納得の行く答えが出てくるのである。

 

 

「アスナちゃんはまぁ、無効化区分が魔法に限られているから、まだ言い訳はつく。……けど上条君の場合、『幻想殺し』が正常に働いているのなら、まず『逆憑依』の時点で弾かれるはず。だって『逆憑依』って現象、どう考えてもおかしなモノ(異能の区分)だからね!」

 

 

 辛うじて、洗脳などは一応効いていたことからして、脳の中身をコピーする……くらいはできるかも知れないが、その場合は右手を再現することは不可能だろう。

 だが、ここにいる上条君は事実として、『幻想殺し』()()()()()()を持ち合わせている。……と、なれば。その『幻想殺し』が怪しい、という風に思考してしまうのは仕方のないことなのである。

 

 

()()()()()()()から、一度思考から外してたけど……恐らく『あの人』なら、『幻想殺し』を一から作るとか、普通に問題ないはずだからね」

「なるほどー。キリアさんやキーアさんでは無理でも、それより更に能力の深度が増している相手であれば、それも可能になるという塩梅ですね~」

 

 

 更に言うと、私達の『虚無』では無理でも、『あの人』の()()ならば、『幻想殺し』の似姿を一から作る、と言うことも不可能ではない。

 なんにでも含まれている、という言葉に嘘偽りはないのだから、できない方が問題である。

 ついでに、彼女は明確に()であるため、私達のような()()()()()()()()すら持ち得ない。──始まりがある以上、必ず終わりはあるのだから、その終わりに該当する『あの人』は、存在の否定自体が困難にもほどがある。

 

 つまり、今ここにいる上条君は──精神などは確かに原作の彼を『逆憑依』したものだが、『幻想殺し』のみが『あの人』からの贈り物にすげ変わっているのである。

 あとはまぁ、簡単な話。『幻想殺し』……だと本家本元と混ざるので、敢えて名前を変えるとすれば……『幻想騙し(ニアイマジン・ブレイカー)』?*2

 まぁともかく、その『幻想騙し』が『あの人』製である以上、あれこれパラメーターを弄るのは容易も容易、結果としてかなり都合のいい無効化能力者と化してしまっているのであった。

 

 

「だからまぁ、もしかしたら『あの人』を敬い奉れば、上条君の不運も解消されるかも?だって今の君のそれ(右手)、運命を否定しないようにカスタマイズできるかも知れない……ってわけだし」

「……話はよくわからなかったけど、そっちは重要だ!」

 

 

 なお、最終的な結論はこうなった。……頑張れ上条君。

 口ではこう言ったけど、実際に祈りが届くかはわしにもわからんがな!

 

 

*1
『double meaning』。意味の解釈が二つ以上ある言葉のこと。もしくは、詩などで一つの単語に二つ以上の意味を持たせること

*2
『ニア』とは、近く・付近などの意味の言葉。もしくは、『ニアイコール(近似)』の略称。何かしらの単語にくっついている場合、意味としては後者の『近似』の方になっていることが多い(この場合だと『幻想殺し擬き』みたいな感じ)



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報告書を簡潔に纏める才能

「……毎度毎度、報告書を端から端まで読んでみても、よく分からないことが起こりすぎじゃない?」

「まぁ、こればっかりはねぇ」

 

 

 それから数日後の、お昼頃のこと。

 今回やった実験やらなにやらの調書をまとめ、ゆかりんに提出しに来た私はというと、そのまま彼女と一緒に昼食を摂ることになっていた。

 

 因みに今回は外に食べに行くのではなく、ジェレミアさんが用意してくれた昼食に舌鼓を打つ、という形になっていたわけなのだけれど……私の目の前では食後の紅茶を啜りつつ、いつも通りに難しい顔をしているゆかりんの姿があったのだった。

 ……まぁ、関わってこないと思っていた相手が、実はわりと積極的に介入してきてるかも?……ともなれば、それも仕方のない話ではあるのだけれど。

 

 

「……やっぱり例のノートを確n()「いやどす*1」……最後まで言わせなさいよ」

 

 

 そうしてティーカップを置いた彼女は、難しい顔をしたままこちらに声を掛けて来たのだけれど……生憎と承服(しょうふく)できるような話ではなかったので、間髪入れずに却下する私である。

 なにが悲しくて(悲しゅうて)、自身の黒歴史なぞを開帳せねばならんのか。……っていうかその流れだと、例のノートが重要参考書物としてここの蔵書にされるー……とか、そういう結末が待ってるの確定じゃんか。そんなん絶対にノゥ!……って言うに決まってますわマジで。

 

 

「というかそもそもの話、例のノートの内容が全部正解……ってわけでもないし。作った本人から見ても、所々違うところがあるなーって気分になるんだから、貴方達に迂闊にも見せた結果、変な先入観を植え付けることになって、本当にヤバいことが起きた時に対応間違える……なんてこともあるかもしれないし……」

「……言ってることは決して間違いじゃないんだけど、根本的に『嫌』って言いたいだけなのが見え見えなのよねー……」

 

 

 それと、実際にキリアに会ってから思ったことだけど……彼女に『他人をからかうような性質』を付与(観測)した覚えのない私としては、彼女は『あのノートに記されたキリア』とは近似ではあっても同一ではない……と認識しているので、同様に『あの人』も私の観測(想像)とは、別物である可能性が高いと考えている。

 ……その辺りはまぁ、里帰りしたキリアが戻ってくれば確証が取れる話だろうが……ともあれ、情報の確度が高い、と例のノートをあてにされ過ぎても困る、というのは間違いなく。

 

 なので、なんと言われようとも例のノートを提供するつもりはない……と答えれば、ゆかりんは呆れたような視線をこちらに向けてくるのだった。

 ……うっせー!ゆかりんだって例の■■■(ピー)とか■■■(ピー)とか、必要だから提供しろって言われたとしても拒否るだろうに、私だけ責めるんじゃねー!!

 

 

「……それを言い出したら戦争でしょうが!」

「うるせー!やったらー!はいだらー!」

「お二人とも、お静かに」

「「はーい」」

 

 

 なお、そうして勃発しかけた大戦争は、ジェレミアさんの鶴の一声で即座に終息するのでした。料理人を怒らせたら死が見えるからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「それで、話を戻すけど……結局彼の──」

「『幻想騙し』?」

「そうそう、それそれ。……それ、問題はないの?」

「んー……」

 

 

 キャットファイト*2にすら突入しなかった私達は、改めて対面に座り直し、話を元に戻したのだけれど……。

 ゆかりん的にはやはり、上条君の現在の右手が、郷に不利益をもたらすものではないのか?……と言うことが気になる様子。

 

 検査の終わったあの日から、彼はとりあえずの自由を得たわけなのだけれど……結局は前と変わらず、ラットハウスでの住み込みを続けているらしい。

 最近はウェイターの格好にも慣れて、それなりに仕事ができるようになったという話である。まぁ、

 

 

「なぁんでお姉様には出会えもしないどころか、その気配すら感じられませんというのに!上条さん(類人猿)の方には、こうしてあっさり出会えてしまえるんです、のっ!!」

「どわぁっ!?ででで出会い頭にドロップキックなんぞやって来るのは、常盤台のお嬢様としてはしたないにもほどがある……ってやつなんじゃないんですかねぇ!?」

(やっかま)しいですの!!いいから私のストレスの捌け口になりやがれー!ですの!!」

「のわーっ!!?」

「ぴかぴーか」*3

 

 

 ……ってな感じに、イライラMAXな黒子ちゃんに時々襲撃を受けたりしているみたいだけど。……『とある』組も今のところ二人目、中々後続が見えてこない辺り、黒子ちゃんも焦っているのかもしれない(なにを?)。

 

 まぁ、そんな話はともかくとして。

 彼がすっかり郷の一員として馴染んでいる、というのは喜ばしくもあるわけだが、同時にそんなに好きに行動させて大丈夫なのか?……という疑問もまぁ、決してわからないわけでもない。

 

 本来の『幻想殺し』であったとしても、その影響力というのは計り知れないわけだが。……今の彼の『幻想騙し』(右手)は、いわば『あの人』の影響をもろに受けるているモノ、というわけでもある。

 そんなものを野放しにして、なにか悪影響はないのか?……と疑問に思ってしまうのは、寧ろ当然のことだと言えるだろう。

 

 

「……ただねー、性格面云々は置いとくとしても、その能力……あり方?の原理は、私の観測(想像)とそう違いはないと思うから……正直、対処しようと考えるのが間違いなんだよねー……」

「……なるほど」

 

 

 ただ一つ、問題があるとすれば。

 彼女(『あの人』)は『底』の擬人化。──本来ならば観測できない極小の世界に、()()と定義された下限値である。

 私の設定(観測)の上では、彼女(『あの人』)とキリアの差は一階層分となっているが……()()()()()()()()()()()()()?……という点には、些か疑問が残ってしまう。

 

 雑に言ってしまえば、互いの位階には、思っている以上に差があるかもしれない……という懸念だ。

 彼女(『あの人』)もまた、その原理には【星の欠片】──より小さいものほど凄い、という考え方が適用されている。

 便宜上、キリアがNo.2で彼女がNo.1、ということになっているが……その実力に大きな隔たりがあるのであれば、こちらの対処は全て無意味かもしれない、ということになる。

 

 微細な粒子で網を作る、とでも思って貰えばよいか。

 それが粒子──球体である以上、それらを平面にて組み合わせていく場合、その粒子の間には必ず隙間が出来上がる。

 その隙間を網目と見立てる時、それよりも小さな粒子でなければ、その網を抜けることはできない。

 

 世の中に存在する物質とは、おおよそその原理に従って形作られている。

 鉄の鍋やビニール袋が水を貯めておくことができるのも、それらの粒子によって作られた網目が、水の粒子よりも小さいがため。

 逆にいえば、それらの隙間(網目)よりも小さい粒子というのは、それらの器をすり抜けることができるのである。*4

 

 これを、彼女(『あの人』)についても適用する時。

 彼女の小ささが、キリアの作る隙間よりも更に小さいのであれば、私達の行う対処は、網目が大きすぎてすり抜けられるモノでしかない……ということになる。

 そしてそれは、恐らく真実であるため……こちらが気にしてあれこれ準備をしていたとしても、彼女(『あの人』)はそれを無視して普通に干渉できる、ということになるのだ。

 

 これが、対処しようと考える方が間違い、という言葉の意味。

 妨害しようにも小さすぎて叩けないので、結局は場当たり的に対処するしかない、というなんとも世知辛い結論というわけである。

 

 

「……めんどくさいわね、貴方達のそれ」

「根本的には、いわゆる『最強系』のキャラクターに対するマストカウンター、みたいな考え方から生まれたものだからねー……」

 

 

 ゆかりんの口から漏れた、疲れたような言葉に同調してため息を吐く私。

 机上で考えている分には『面白い』だけで済んだが、こうして当事者になってしまうと面倒臭いという感覚の方が勝ってしまう。

 ……なまじ万能とか全能とかに対する天敵(キラー)として考えたモノだけに、余計にダルいとしかいいようがない。

 ()()()()他者に薦められるようなものでもない、というのは救いだが……結果としてNo.1とNo.2が出張ってきているので、それが本当に救いかは疑問点か。

 

 語っていないことも含め、いい加減どうにかするべきだとは思うのだが……うん、無理かなーって。

 

 

「諦めるのはやっ!」

「いやうん、人間が台風を止められるか?……とか、そういう類いの話だからこれ」

 

 

 もしくは、人間が目に見えない細菌を()()()()()()()()()()()()()?……みたいな感じと言うか。

 風邪やインフルエンザについてなら、薬や換気、手洗いうがいなどで対処できているではないか?……みたいなツッコミが来そうだが、ここでの前提は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。風邪やインフルエンザに対してのあれこれは、()()()()()()()()()()()()()()からこその対処である。

 

 ()()()、風邪のように対処し辛く、インフルエンザのように症状が重い新種の細菌が存在したとして。

 ()()()()()()()と知っていなければ、それに対しての完璧な対処と言うものは取れないだろう。

 最初から()()()()()()()()()()()()()()()と知れていたのなら話は別だが、そうでない場合人々の対処というものは、似たような性質のモノに対する手法を試してみる、というところから始まる。

 それでもし、感染やら症状やらが治まったのであれば。……奇特な人間でもない限り、()()()()()()()()()()()()()()ということにすら気が付かないだろう。

 ミクロの世界は()()()()()()()()()()()()見ることは叶わず、単に見れたからといってすぐに判別できるモノでもない。

 ──創作世界の『鑑定』のような便利なものが存在しない限り、見えないモノはわからないモノに近似するのである。

 

 それを思えば──あってもおかしくはないが、事実上観測できない位置である極小の世界の住人達が、こちらでなにかをしていたとしても。

 視点が大きすぎる私達では、そこで何が行われているのかも──それがなにをもたらすのかも、結局は事がミクロからマクロに波及するまでわからない。

 それは事後処理しかできない、ということを肯定するものでもある。……ゆえに、難しく考えるだけ無駄なのである。後悔は、先には立たないのだから。

 

 

「……とりあえず、現状維持ってことでいいのかしら?」

「まぁ、うん。……『あの人』の思惑もわからないし、今のところは見に回るべきだと思うよ」

 

 

 あれこれと話した私達は、結局議題が前に進まなかったことを嘆き、冷めかけた紅茶に手を伸ばすのだった──。

 

 

*1
京言葉の一つ。意味はそのまま『いやだ』ということを示すものだが、こんなにストレートに表現するのは稀だと思われる(いわゆる『察する』文化が強いので、凄まじく遠回しな台詞になると思われる。逆に京都の人が実際にこれを使うのなら、本気で嫌がってる可能性もなくはない)。なお京都人以外が使う場合はほぼネタみたいなものである(単なる『いやだ』の言い換えでしかない。ちょっと意味合い的に強いかも知れないが)

*2
女性同士の殴りあい・喧嘩のこと。原義的には『訓練などを行っていない、一般女性同士の戦い』を指すのだとか

*3
すまねぇな兄ちゃん、こいつは俺には止められねぇぜ……

*4
なお、ビニールなどの場合は物理的に伸ばすことで隙間が広がる、ということもある




十七章終わりですの。次は幕間です。


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幕間・夏が終われば秋がくる……けど、その前に

「……まったく、何故私が貴方なんかと……」

 

 

 夕暮れ時、肩を並べて歩く男女が一組。

 その内の片方、ぶつぶつと文句を垂れているのは、口汚く言い募りながらも、どこか気品の見える少女──白井黒子。

 

 

「まぁまぁ。折角誘って貰ったんだし、見ていかないのも勿体ないだろ?」

「でしたら、貴方お一人で行けばよろしかったのではありませんこと?……わざわざ、私を誘う必要もなかったと思うのですけれど?」

 

 

 その隣で頭を掻きながら歩いているのは、ぼさぼさな黒髪が目立つ少年──上条当麻。

 

 黒子からは(色々な事情から)一方的にライバル扱いされている上条はと言えば、今回とある人物からの誘いを受け、こうして彼女に誘いのメールを出したのであった。

 ……とはいえそれは、別になにか下心*1があっての行動……というわけではなく。

 

 

「……いや、単純にこう、心細いというかだな?」

「……まぁ確かに。どうにも集まりが悪いですものね、私達」

 

 

 思わずぼやかれた上条の言葉に、確かにと相槌を打ってしまう黒子。

 この場合の()()とは、すなわち同一作品群からの来訪者(なりきり)のこと。

 

 Type-Moon作品の人物達や、基本的に表に出てこないとはいえ一部で固まっているアークナイツ組など、同一作品群でもその数の大小、というものには結構な差がある。

 それはまぁ、当初の予測通りの『なりきる時の人気』、みたいなモノが理由にあるのだろうが……。

 

 

「……アニメの評判、あまり良くなかったですものね」

「まぁ、そこだけが全てってわけでもないだろうけどな。そっち(『超電磁砲』)の方は普通に人気だったわけだし」

「……次が出るまで、時間が掛かりすぎていましたものねぇ」

「熱も冷めるよなぁ」*2

 

 

 そもそもに、設定が複雑すぎるという点も、大きな問題となっているのだろう。

 

 彼らの出身作である、『とある』シリーズ。

 魔術や伝承、神話などの多岐に渡る情報を、うまく絡め作られていくその作品には、確かに熱狂的なファンが多い。

 ……が、同時に作品としての底が深すぎる(情報量が多すぎる)ため、なりきりのような遊びをする時には、それがネックとなってしまうのである。

 

 なりきりとは、特定のキャラになりきって会話をする遊び。ゆえに、その人気度とはイコール再現度と言うこともできる。

 この場合の人気度とは、キャラクターそのものに対するもの……()()()()()()、やっている本人……ここで言うのなら()()()()()()()()に対しての人気も含むものである。*3

 

 その辺りを考慮して、今ここにいる二人を分析してみると……。

 まず、『そのキャラをやってみたい』という動機の面で、両者共に()()()()()()()()()()()()()()()()、という点ではプラス評価となるわけだが、上条の方に関してはアニメの最新作の評判が微妙、という部分でマイナスを稼いでしまう。

 

 アニメの評価が悪かったからなんだ、と文句を言いたくなる人も居るだろうが……なりきりをするような人というのは、主に二種。

 最初からそのキャラが好きな人か、もしくは()()()()()()()()()()でそのキャラに興味を覚えた人か、そのどちらかである。

 その理由を踏まえると、いわゆる『新規層』に一番希求力のある、アニメの評判が良くない……というのは、まさに致命的なのだ。

 

 無論、もう一つの層である『以前からのファン』であるならば、アニメなぞ気にせずになりきろうとする者も居るかもしれないが……そういうのは()()()()()()()()()()()()()()()みたいなタイプがほとんどなので、横への広がりがないのである。

 

 なりきりとは、キャラになりきって()()()()()()もの。……自分以外のキャラが増えない環境で、ただただ名無しとの会話を続けるというのは……やっているキャラが特別好き、そのキャラになりきれるだけで文句はない……みたいな心境でもなければ、わりと心を病むモノで。

 結果、そういう作品のなりきりは、いつの間にか人が居なくなって消えてしまうのである。……新規の入らない作品は廃れる、というのは何処へ行っても同じということか。

 

 ……話を戻して、新規への希求力の高いアニメが微妙だと、人は増えない……というのは確かな話だが、同時に『作品の設定』が複雑すぎるのも、なりきりとしては好まれないものである。

 それは、見る(名無し)側が求めるものが自然と高レベルになるから、というところが大きいだろう。

 

 なりきりは、所詮は素人の遊びである。

 舞台役者や声優達のように、そのキャラに命を吹き込むレベルで熱を入れている、という人は多くない。……いやまぁ、たまにはそういう人も居るわけだけれども。

 ともあれ、その前提を踏まえてみると……名無し側からの要求が多く・頑なになりやすい『設定が複雑な作品』というのは、総じてなりきりをしている側にそれなりの負担を強いるもの、だということができる。

 

 ……まぁ要するに、めんどくさくなるのである、やっているうちに。

 最初は好きでやっていたことが、次第にあれこれと要求が多くなって、苦しくなって……という、よくある『嫌になる流れ』によって、なりきりに嫌気が指して止めてしまうのだ。

 酷い時には作品そのものが嫌いになる、なんてところまで行くケースもあるので、この辺りは中々根深い問題ということになるのだろう。

 

 ……Type-Moon作品も設定は複雑だろう、という意見が上がるかも知れないが……今現在Type-Moon作品で主流である『fate』シリーズは、そもそも『英霊』という、かつて実在した・ないし伝承に語られた存在達が主役となる作品である。

 それゆえ、そこから()()設定面に踏み込んでいる『とある』シリーズよりは、まだわかりやすい部類なのだ。

 

 ルーンという技術一つ取ってみても、『fate』なら一部の人が使う『なにか凄い技術』程度の理解でも特に問題はないが、『とある』シリーズならばそのルーンの意味・使われた状況・そこから導き出される解まで、あらゆる面で入念に練り上げられた描写が存在するため、適当な理解度ではボロが出るのである。……で、ボロが出れば名無しに『間違っている』と指摘される、と。

 

 これは言うなれば、『初心者歓迎の空気』と言い換えることもできるだろう。

 相対評価的にはなるが、『とある』に比べると『fate』の方が、新規はまだ入ってきやすいのだ。……まぁ、詳しいところまで調べようとすれば、どちらも必要な知識量は変わらないような気もするが。

 

 ともあれ、初心者に対する間口・その空気感が()()()()のが『fate』、ひいては『fgo』であるというのは、そう間違いではない。

 その点において、『fate』関連のなりきりが多いのは、そう変なことでもないというのは確かだろう。*4……似たように設定が煩雑なアークナイツ組に関しては、単にその時旬だった、というだけのことのような気もするわけだが。*5

 

 閑話休題。

 関連作品のキャラが身近にいない、というのはそれなりに心細くなるものである。

 

 一人でスレを回していた時のような、孤独にうちひしがれるのはいやだ……みたいな気分が上条にあったとして、誰がそれを責められようか。

 なので、黒子の方も強く否定の言葉を告げられずにいるのだった。

 

 

「……お姉さまさえ、お姉さまさえいらっしゃればっ、黒子は他にはなにも要りませんと言うのに……っ!!」

「あー、ビリビリなー。……そういえば、なんか『騙された』とかなんとか聞いたけど?」

「よくぞ聞いてくださいました!!」

「ぬぉっ!?」

 

 

 ……まぁ、そうしてうちひしがれていても仕方ないので、二人は再び歩き始めたわけなのだが。

 

 そうして歩き始めてすぐ、黒子は自身の敬愛する相手・御坂美琴が未だこの世界に居ないことを嘆き始める。

 

 白井黒子というキャラクターにとって、御坂美琴という存在はあまりにも重要。それさえ絡まなければ普通に格好いい美少女なのに、なんて評判(?)も出てくるくらい、彼女にとっては無くてはならない存在、というわけなのだが……。

 ご覧の通り、この世界に御坂美琴は居ない。気配がないというか、出てきそうにもないというか。

 

 それが()()()()()()なのかはわからずとも、なんとなく()()()と判別できてしまう辺り、そろそろこの黒子もヤバいのでは?……みたいな思考が上条の脳裏を駆け巡るが、蹴られるだけなので口にはせず。

 そんな感じで適当に相槌を打った彼は、直ぐ様自身が話題選択をミスった、ということに気が付いて汗を流す。

 

 小耳に挟んだ程度の話だが、彼女がとある口約束に騙された結果、余所の場所のお偉い様方まで巻き込んだ、大騒動を起こしたとかなんとかで、「いやー、失敗失敗☆」と笑う()()()が大損害を被ったとかなんとか。

 ……基本的には善性の存在である彼女が、そんな暴挙に及ぶ理由なんて、御坂関連以外の何物でもないだろうと当たりを付けていた彼は、ゆえに特に気を付けることもなく、その話題に触れてしまったというわけである。

 

 見た目は美少女以外の何物でもない黒子に手を握られる、というのはわりとドキドキなシチュエーションだが、同時にその相手が血走った目をしている、という辺りに別の意味でドキドキしてしまう上条。

 そんな哀れな子羊(いけにえ)は、興奮した黒子の言葉を、ひたすらに聞かされることになるのだった──。

 

 

*1
心の奥底に思っていること、もしくは心に秘めた企みごと。古くは『万葉集』にも記されている言葉であり、この場合の『下』とは内側を指す。……要するに隠されたモノ・秘めたモノのことを示し、別に悪い意味というわけではない

*2
『とある』シリーズは常に小説が刊行されていたが、活字を読まない層には希求力が低い……という話。ソシャゲや漫画など、色々やってはいるので完全に忘れられているわけではないのだが、やっぱりアニメとかの方が嬉しい……ということでもある

*3
設定の把握度がなりきりとしての人気にも繋がる、ということ

*4
そういう意味で、最悪女の子達のキャッキャウフフ、という見方のできる『超電磁砲』の方は新規が入りやすい、とも言える。……まぁ向こうも後半に行くにつれて、わりとややこしくなっていくのだが。この辺りは『プリズマイリヤ』などに近いか

*5
その時人気の作品に関しては、設定が煩雑だろうと新規は増える、ということ。今でなら『リコリス・リコイル』『ブルーアーカイブ』辺りが増えやすい作品だろうか



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幕間・怒らせちゃダメですよ?

「さぁ、以前の報酬を徴収しに参りましたわよ!」

「……あー、向こう(互助会)の方がこちらに来訪する際には、事前にビザ*1を取っていただく必要がですね……」

「そんな取り決め、私小耳にすら挟んだことがございませんけども?」

「つ、つい先日取り決めとして決定したばかりでして……」

「適当なことを仰るのはお止めなさいな!さぁ早く(ハリー)早く(ハリー)早く(ハリー)!!早く(ハリー)早く(ハリー)早く(ハリー)!!!」

 

 

 突然ババーン、と現れた闖入者──黒子ちゃんの姿に、思わず咥えていた煎餅を取り落としそうになる私。

 慌てたマシュがキャッチしてくれたお陰で、そっちの方はどうにかなったけど……もう一方の問題に関しては(当たり前だけど)対処して貰えず、内心バックバクな私なのであった。

 ……いやまぁ、こっちはマシュには対処しようのない話だから、仕方ないと言えば仕方ないんだけども。

 

 ふふん、と笑う黒子ちゃんは威風堂々としていて、語る内容に目を瞑れば、まさに天下無敵の美少女といった様相。

 作中での活躍の仕方的に、格好いい系もやれることはあるだけの、まさにパーフェクトソルジャー!……テンパってるだろうって?うん(即答)。

 

 いやねぇ、そりゃもう寝耳に水ってなもんで。

 事前のアポもなく・電話もなく突然やって来るとか、これっぽっちも一切全然思ってなかったというか。慌てふためくのも宜なるかな、というやつなのです。

 ……とはいえ、こうなってしまったのならば仕方ない。私も腹を括り、彼女の願いを叶えてやらねば!

 

 

「そうそう、隠し立てなんてしても、なんにもいいことなんてありませんのよ?」

「……ええと、話がよく見えないのですが……、黒子さんは何故、突然にこちら(なりきり郷)にお越しになられたのでしょう……?」

「それは勿論、以前からの約束を果たしに来た……というのが大部分ですの」

「約束……?」

 

 

 なんて風にこちらが気を高め……もとい、気を新たにしている最中、微妙に部外者になってしまっているマシュが、現状確認のために黒子ちゃんに声を掛けていた。

 基本的には善人側に区分される二人、特にいがみ合うこともなく普通に会話をしているわけなのだけれど……。

 

 

「……ふむ。風紀委員なマシュか。……ありだな」

「……風紀委員は風紀を守るものですわよ?」

「君がそれを言うの?」*2

 

 

 ジャッジメント(風紀委員)です、と宣言しながら降り立つマシュ……というのもわりとありかもしれない、なんて妄言をぼやく私である。そもそもが盾使い(シールダー)なのだし、鎮圧部隊としては上々なのではなかろうk()……え?それだとアンチスキル(警備員)*3だろって?

 まぁともかく、マシュはなにやらせても似合うなぁ……などという現実逃避を投げ付けつつ、改めて黒子ちゃんの『お願い』を叶えるため始動する私なのであった。

 

 

「ふ、風紀委員……!?ごごごご、ご禁制です!」

(……恐らくは薄い本みたいなことを考えていらっしゃいますわね、この人)

 

 

 なお、当のマシュは頬に手を当て首を左右に振りながらいやんいやんとしていたので、そのまま放置である。……釣った魚に餌をやれ?*4なんのことやら。

 

 

 

 

 

 

「それで?キーアさん、御姉様はどちらに?」

「まぁまぁ。()()()()()()でしょ?向こうにも準備ってもんがあるわけだから、そこは考慮してあげないと」

「お、御姉様が私を迎えるために準備を……っ!?つ、ついに長年の黒子の思いが実を結びましたのね!こうしてはいられませんの、今すぐ愛の誓いを……っ!」

「人の話を聞けですの」

痛い(視界に星が)っ!!?」

 

 

 部屋の外に出た私は、直ぐ様黒子ちゃんに詰め寄られていたわけなのだが……何事にも順序というものがある、と諭すと彼女は何故か興奮レベルがマックスと化して、暴走機関車に進化したのだった。どんだけー。*5

 

 ともあれ、そのままだとめんどくさ……周囲の迷惑になるので、後頭部に斜めからチョップを食らわせ、正気に戻しておく。

 古典的なギャグのように星が飛んでいった*6のを眺めつつ、恨みがましい視線をこちらに向けてくる黒子ちゃんに、改めて淑女のなんたるかをくどくど言い連ねていく私なのであった。

 

 

「いいですか黒子さん。愛を語るも愛に狂うも、それは貴方の勝手ですが。その愛が周囲に迷惑を掛けるものなのであれば、それは愛ではなくただの執着です。──己の愛を、己で貶めるのはお止めなさい」

「な、なんでいきなりキリアさんモードなんですの……?」

「こちらの方が、ちゃんと話を聞こうという気になるでしょう?……それから、露骨に話を逸らすのは止めなさい。更に説法が必要ですか?」

「わ、わわわかりました!大人しくしていますから、このような公衆の面前での御説教は勘弁してくださいまし!」

「ええ、わかれば宜しいのです。わかれば」

 

 

 なお、そうして説教する時は聖人モード(キリア)でやった方が効率がよいので、さっくりと口調を変えていく私なのであった。

 ……まぁ、あくまでも雰囲気だけであって、本当に姿が変わっているわけではないけども。

 

 ともあれ、こうして黒子ちゃんが落ち着いたので、改めて暇潰しの時間である。

 ()()()()()()に時間が掛かる、というのは本当のことなので、それが終わるまでブラブラしていよう……という感じだ。

 

 

「……まぁ、乙女の仕度にはとかく時間が掛かるもの。それが私のことを思ってのモノであるのならば、幾らでも待つ気が溢れてくるというものですわね」

「はっはっはっ。……まぁそんなわけだから、あれだったらこっちの案内とかするけど、どこか行きたいところとかある?」

「ふむ……」

 

 

 そういうわけなので、黒子ちゃんにどこか行きたいところ・見たいところはないかと尋ねてみたわけなのだけれど。

 彼女はそのまま腕組みをして、むむっと唸り始めてしまう。

 

 ……向こうに所属するまでの彼女の足跡、というものを私は知らないが。それでも、向こうで生まれ育ったとか、そんなレベルの人物ではないことは確かである。

 なので、未知の施設ならば多少興味が沸くような場所があってもおかしくないだろう、と思っての言葉だったのだが……これはあれかな、遠慮している……?

 

 

「ええまぁ、はい。……今でこそ、両組織は友好な関係を築いていらっしゃるようですが。それでも私が、ここの人々から見て外様の存在、ということに違いはないでしょう。……興味がないと言えば嘘になりますが、機密に触れるようなところを触るのは流石に気が咎めるというかですね?」

「なるほど。かまへんかまへん」

「軽っ」

 

 

 話を聞けば案の定、彼女は遠慮をしていたのだった。

 まぁ、元々特定の人物が絡まなければ、普通に『正義の人』って感じの人物なのが黒子ちゃんである。

 四角四面とまでは言わないが、余計なトラブルを引き起こしそうなモノには触れない……くらいの良識はあるわけで。……いやまぁ、それが非道な実験とかが絡むようなモノであれば、持ち前の正義感から首を突っ込んでくることはあるだろうけども。

 

 まぁ、うちに知られて困るようなものなんて、そんなに存在しないので問題はないのだが。

 ……というようなことを軽ーく告げれば、彼女は驚いたように目を(しばた)いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど?それで、このケーキ屋に入ってきたと」

「私としては、向こうの人間である貴方が何故、こちらで堂々とケーキを食べているのか……ということの方が気になるのですけど?」

 

 

 それじゃあまず、人々の暮らしから……。

 みたいな感じで、美味しいケーキ屋を紹介して欲しいと頼まれた私は、近くのケーキ屋に足を運んでいたわけなのだけれど。

 適当にケーキを選んできた私の前では、呆れたような視線を向ける黒子ちゃんの対面の席で、色々なケーキに舌鼓を打つミラちゃんの姿があったのだった。

 

 ケーキを口に運ぶ彼女は、とても幸せそうに笑顔を浮かべていて。……周囲の人々は思わずほっこりしているのであった。

 その結果、客足が多くなっているのはいいのか悪いのか。……別に売り上げを意識しているわけではないだろうし、その辺りは店の経営方針的なものというやつか。

 なんてことをぼやきつつ、選んできたケーキを黒子ちゃんの手前のテーブルに並べていく私である。

 

 

「とりあえず、どれが好きかとか知らないから、適当に選んできたけど……食べられないやつとかはない?」

「いいえ、特には。……ケーキ相手であれば、好き嫌いなぞ以て

の他ですわね。そういうキーアさんは、食べられないモノなどは?」

「ケーキに関しては特にないかなー。基本的に甘いもの大好きだし」

 

 

 などと適当な会話を並べ立てつつ、持ってきたケーキを一つ取る。

 ……甘いものであれば、特に好き嫌いはない私だが。好きにケーキを選べと言われれば、必ず選ぶものは一つ存在している。

 

 

「むぅ、チーズケーキか。わしも食べたいのぅ」

「……いや、自分で取ってきなさいよ。なんでわざわざ私が食べてるのを欲しそうにしてるのよ」

「人が食べているものは美味しそうにみえる、というやつじゃな」

「やかましい、一口たりとてやらんぞ私は」

「ぬぅ、ケチ臭いのぅお主……」

 

 

 しぶしぶ、と言った様子で席を立つミラちゃんを威嚇しつつ、改めてチーズケーキを楽しむ私である。

 ……いやね、フルーツケーキとかショートケーキとか、美味しいケーキは幾らでも存在するわけだけれど。ことチーズケーキに関しては、私の好物の一つなわけでして。

 

 ムースもいいし、スフレも美味しい。レアやベイクドも最高。

 そんな感じでチーズケーキを大量入荷した私は、黒子ちゃんには若干引かれることとなったのだった。……なしてや!

 

 

「……いえ、一品二品ならいざ知らず、流石にその量は胸焼けがすると言いましょうか……」

「美味しいものは別腹なんだよ!」

 

 

 みんなでわーぎゃー言いながら、束の間のケーキタイムを楽しむ私達なのでしたとさ。

 

 

*1
査証とも。ピザ(pizza)でもないしヒザ()でもない。国家が自国民以外の旅客に対し、入国の許可と旅券の正当性を証明するもの。これがないと現地に着いても送り返される羽目になる。証明範囲が決まっている為、旅行用のビザで就労することはできない……などの制約がある

*2
風紀とは、社会生活の中で守るべき規律のことで、特に男女間の交際に関するものを言うらしいのだが、学校の風紀委員はどちらかといえば校則などを取り締まる人物、という印象の方が強いように思われる

*3
『とある』シリーズにおける、文字通りの警備員。完全志願制で、基本的には教師がボランティアとして務めている。基本的には無能力者の集まりだが、装備しているのはかなり強力な武装がほとんど。組織腐敗の防止の観点から、風紀委員とは別組織となっている

*4
『釣った魚に餌はやらない』は、慣用句の一つ。多く男女間のことを指し、『親しくなったあとは殊更に機嫌を取ることをしない』という意味。釣り上げるまでは責任を持つが、それ以降は知らない……という、わりとままある対処のこと

*5
元々は新宿二丁目の特定の人々の中で使われていた言葉。タレントであるIKKO氏の口癖として、全国に広がった。『どれだけなの』というツッコミの言葉

*6
古い漫画などで、殴られた時に星が飛ぶことから。因みに実際頭部に強い衝撃を受けた時に視界に星が飛ぶ、ということはままあることだったり(眼球へのダメージによるもので、『光視症』と呼ばれる)



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幕間・この辺に、美味しいお店、あるらしいっすよ(例の読み上げボイス風に)

「ふー、堪能した堪能した。じゃあ次はどこ行こっか?」

「確か……予定の時間までは、まだ長いのですわよね?」

 

 

 心行くまでケーキを楽しんだ私達は、そのままケーキ屋をあとにしたわけなのだけれど。

 そこからは何故か付いてきたミラちゃんと一緒に、次に目指す場所を決めようと小会議をしていたのだった。

 

 

「……というか貴方、ケーキを食べに来ただけ……というわけではありませんでしたのね?」

「まぁ、有給の消化を兼ねているというのは、否定はせぬがのぅ。……今日はこのあと、別に重要な用事があるでな。その時間までの暇潰し、という意味も含まれておるのじゃよ」

「重要な用事、ねぇ?」

 

 

 なお、ミラちゃんの方も暇潰しの真っ最中だったようで。

 口では色々言いつつ、何処と無く浮わついた空気の漂う彼女は、端的にいって浮かれているとしか言い様がない状態なのだった。

 ……ふむ、ミラちゃんが幼女のようにうきうきワクワクするようなこと、ねぇ?

 

 

「幼女言うでないわ!……いやまぁ、気持ちが浮わついておることについては、特段否定はせぬが……」

「いやー、どっからどう見ても『遊園地に行くことが決まってテンションアゲアゲ状態』の小学生女子、とかにしか見えないし。今のミラちゃん」

「誰が小五ロリじゃ!!」

「なるほど賢者だけに?*1……って喧しいわっ」

 

 

 ……とまぁ、そんな感じの中身のない会話を投げ合いつつ、次の場所に向かう私達なのであった。

 え?結局何処に向かうのか決まったのかって?それは勿論……。

 

 

「図書館です」

「えー!!?」

 

 

 お金を掛けずに時間を潰す……となれば、図書館以外のモノは無かろうよ!……ということで、郷内部にある図書館にまでやって来た私達。

 なお、黒子ちゃんは色んな意味で驚いたのか、はしたない叫び声をあげ。ミラちゃんの方は「これが噂の……」みたいな感じで、腕組みをしながら図書館を見上げている。

 

 

「いや、としょか、えー!!?」

「なにを驚くことがあると言うのです。我らは全てなりきりなれば、そのキャラが一番輝く場所を用意するのは当然、というやつではありませんかな?」

「……あ、あー。言われてみれば確かに、ですわ……」

 

 

 どうにも黒子ちゃんは、目の前に突如現れた、国立レベルの図書館の威容に度肝を抜かれていたらしい。

 

 ……とはいえ、これは仕方のないこと。

 なりきりにおける図書館とは、すなわち『図書館を根城にするキャラクター達のホームグラウンド』である。

 それを考慮するとどうなるのか?……雑に言ってしまうと、それぞれのキャラクター達の分だけ、図書館そのものの広さを確保する必要が出てくるのである。

 

 図書館と銘打ってはいるものの、この施設は『書物に関わるキャラクター』達のための舞台でもある。

 なので、例えば『ビブリア古書堂の事件手帖』の主人公である篠川栞子さんだとか*2、はたまた『図書館戦争』の図書特殊部隊とかがひしめき合っているのである*3。……え?『図書館戦争』を平和な図書館に混ぜていいのかって?寧ろここ以外の何処に行かせるのかって話だから、別にいいのよ細かいことは。

 

 ……まぁ、『R.O.D -READ OR DIE-』の読子さんしかり*4、戦闘能力のある読書家、なんてものは世の中に掃いて捨てるほど居るわけだけども。*5

 総じて彼らは『本が好き』なのであって、『戦闘は二の次』という者も多い。

 ゆえに、結果として彼らが『なりきり』の次に求めるのは『本』しかないのである。

 

 ……要するに、どいつもこいつもこっちが注意しなければ、平気で本の山に埋もれているのである、マジで。

 それはアカンやろ、ということで出来上がったのが、この郷立図書館、というわけである。

 

 蔵書数はなんと世界最高峰の約三億!

 空間制御による本の劣化を防ぐ機能満載!

 読みたい本は端末検索ですぐにお手元に!

 シャワールームも完備、冷暖房も完璧!

 宿泊設備も充実、更には朝から夜までの食事もご用意!

 長時間の読書による健康への影響を考え、施設内部にスポーツ設備も用意!

 

 ……とまぁ、まさに至れり尽くせりな造りとなっております。……どこのネカフェかな?*6

 

 まぁ、過剰サービスめいてはいるものの、単に本を読む人・本に関わる仕事をする人などの需要に応えようとしたらこうなった、みたいな感じなので、特に不満が出ることもなく、今日まで営業を続けられているのだとかなんだとか。

 あとまぁ、前述の読子さんとか栞子さんとかみたいな美人さんと御近づきになりたい、みたいな人の需要もあるとかないとかげふんげふん。*7

 

 

「ふぅむ、蔵書数約三億とな?……その分じゃと、もしやいわゆる『想本』の類いもあるのではないか?」

「そ、そうほん?なんですのそれは?」

「おや黒子ちゃん、ご存じない?『空想の本』『想像の本』、略して『想本』。雑に言うと、創作の中にしか存在しない本のことだね」*8

 

 

 ところで、ミラちゃんはこの図書館を『初めて知った』という感じではなかったけど……それもそのはず、彼女は何処からか、この図書館の噂を既に聞き付けていたらしい。

 そうなれば、新しい知識に対して貪欲な彼女のこと。

 この図書館に納められている本が、ともすれば稀覯本(きこうぼん)*9どころではすまないようなモノの宝庫である……ということに気が付いてもおかしくはない。

 

 何故かって?日本で一番の蔵書数を誇る国会図書館でも、その蔵書数はおよそ一千万。世界で一番の蔵書数を誇るアメリカ議会図書館でも、その蔵書数は三千万ほど。

 無論、国ごとに納めている本は、言語や文化などの違いからして同じものではないだろうが……それらの違いの内『言語』に関しては、この『なりきり郷』において翻訳のためのあらゆる手段が整えられていることから、然程の障害とならないことは言うまでもなく。

 

 ……要するに、ここに納められている本は全てオリジナル、翻訳などされていない生のままの本(原書)、だということ。

 そうなれば蔵書数約三億、という数字がどれほど凄いことなのか、ということにもなんとなく想像が付くようになることだろう。

 なにせ、言語違いによる蔵書の水増しができない。

 更に、同じ本を複数入れる……というのも、原書を複製して貸し出す、という方式の取られているこの図書館には当てはまらない。

 

 純粋に、三億にも及ぶ本があるとするのであれば。

 ──それが例えば『霧間誠一』の『人が人を殺すとき』だとか、『岸辺露伴』の『ピンクダークの少年』だとかのような、いわゆる作中作の類いが実際に本として収蔵されている、と考えてもおかしくはないのだ。*10

 そうなれば、ビブリオマニア・ないしビブリオフィリア*11な人達のこと、挙って集まってくるのも宜なるかな、というわけで。

 

 ……ミラちゃんはまぁ、マニアでもフィリアでもないとは思うが、知識に対して貪欲なのはそう変わらず。

 機会があれば行ってみたい、くらいは思っていてもおかしくはない話なのであった。

 

 ……ここまで言えばなんとなくわかるかと思うが、この図書館、実は会員制である。

 要するに、許可のないモノは近付くことさえできないのである。理由は勿論、並みの稀覯本とは比べ物にならない貴重さを持つ想本達。

 確かに、それらの本達は、本来であれば読むことどころか目にすることすら叶わぬ、希少本の中の希少本と呼べる存在である。

 ……が、ここに私達が『なりきり』である、という問題が関係してくる。

 

 例えば『ピンクダークの少年』がここにあるとして、それを描いているのが『逆憑依(なりきり)』の『岸辺露伴』だった場合、それは真作として認められるだろうか、ということ。

 無論、私達『逆憑依』は本人を神降ろしのように引っ張ってきているものだとされる。……だがそれは、再現度によって容易く形を変えるものでもある。

 そんな人物が描いたものを、はたして真作として世に出せるだろうか?……答えはノー、岸辺露伴なら更にノー、というやつだろう。

 

 確かにそれは、自分が心血を注いで作り上げた作品である。

 されどそこにノイズがあるのであれば、それを堂々と世に送り出すのは、多少なりとも抵抗が出てくるのが普通である。

 なので、あくまでも身内の中で回し読みする、くらいの公開範囲にするため、この図書館より外に本を持ち出すことは禁止されているのだった。

 

 まぁ勿論、単純に外の世界に『ピンクダークの少年』を出すわけには行かないだろう、みたいな部分も含まれてはいるわけだけど。……もし仮にそれが作品化するのであれば、描く権利があるのは元々の作者、ということになるのだろうし。

 

 なお、描いている本人がこっちにいる、というパターンならそんな感じの理由だが、別の人間が持ち物として持ち込んだ場合などはその限りではない。

 こっちは完全無欠の真作扱いをされるため、問答無用で封印処理である。……さっきの例だと、『霧間誠一』氏の作品が該当。あんなもん普通の人に読ませられるか、的な意味も含む。*12

 

 ともあれ。

 本来であれば存在だけが確認され、その中身を見ることはできないはずの想本達。

 資料価値的にも希少価値的にも下手に外に出せないそれらの本を、厳重に管理しておくのはそうおかしな話ではない。

 ……おかしいのは、封印処理までしておきながら、それでも『読みたい』と怨嗟の叫びをあげる活字中毒どもである。

 

 その辺りの話は、機会があればするとして。

 結果としてはご覧の通り、活字中毒者達の居住区の必要性、希少本達の保管場所の必要性、そこに本があるなら、と集まってくる者達へのある程度の規制。

 それら全てを満たすものとして生まれたのが、この会員登録制図書館、というわけなのであった。

 で、会員登録制なので、ミラちゃんは噂は知っていても近付けなかった、と。

 

 まぁ仕方ない。ここの会員になるには、なりきり郷に住んでいるという住民票?的なものがいるのだから。

 

 

「まぁ、それ以外には特に必要な条件とかもないんだけどね」

「……まぁ、活字にそれほど興味があるように見えないキーアさんが持っていらっしゃるのですから、それほどキツい条件ではないと思いましたけど」

「貸出不可となれば、とにかく読み漁るしかないのぅ!!」

 

 

 無論、私がここの会員証……もとい図書カードを持っていないわけもなく。

 すんなり施設の中に入った私達は、そのまま現地解散して本を選びに掛かるのだった。……読書中は静かにしてなきゃいけないから、固まってる必要ないしね、仕方ないね。

 

 

*1
『小五ロ』を組み合わせると『悟』になり、残った『り』と合わせると『悟り』になることから。賢者は色々なことを悟った者でもあるので、その関係から出た言葉でもある

*2
三上延氏のミステリー小説、およびその主人公。古書に纏わる事件と、それを解決する美人古本屋店主が見所。ドラマ化もされているほか、作品内に出てくる古書は実在するモノの為、それらの売上が伸びるなどの影響を与えたりもした

*3
有川浩氏の小説作品、およびその中で語られる特殊部隊。稀代の悪法『メディア良化法』によって、情報の自由などが検閲されるようになった世界で巻き起こる、図書館達の自由への闘争などが見所。現実的にも『表現の自由』などが取り沙汰されるに辺り、作品としての価値が上がって来ている

*4
倉田英之氏の小説作品、およびその主人公である『読子・リードマン』のこと。紙を自在に操る彼女が、本やそれに纏わる事件に立ち向かう

*5
山形石雄氏の作品『戦う司書シリーズ』に登場する『武装司書』など。文系が弱い、なんて時代は終わったのだ

*6
ネットカフェのこと。元々は個人で所有するには色々と問題の多かったパソコンを使う為の場所、といった感じの施設だったのだが、終夜営業をしている店舗が多かったこともあり、次第にカプセルホテル的な用途としても使われるようになっていった。その為、現在では下手な宿泊施設より設備が充実している場合もある

*7
?「古本屋の美人店主なんてなぁ、居るわきゃねえだろおおおおおお!!」?「えェ!!?オイ!“美人古本屋店主“だってそうさ!!必ず存在する!!!!」

*8
造語。創作世界にしか存在しない本のこと

*9
世に出回らない希少な本のこと。古書、限定品などを含む。『シャーロック・ホームズ』シリーズの第一巻『緋色の研究』の英語版初版本などが有名(補修したものでもおよそ16万ドルほどの値が付いた)

*10
どちらも作品内の作家が作った作品。『霧間誠一』は『ブギーポップ』シリーズの、『岸辺露伴』は『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズのキャラクターであり、そのあとの名前は彼らの作品のタイトルである

*11
『~マニア』の方は正確には強迫神経症の一種なのだが、創作などでは『本好き』の延長線上にあるように語られる。普通の本好きには『~フィリア』の方が正しいのだとか

*12
彼の作品を読んだ一部の人々が、特異な能力に目覚めた為。能力者生産装置みたいなものなので、迂闊に読ませられるものではない



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幕間・文系だからって運動が必要ないというわけでもない

「時間が足りぬ……」

「自身を加速させたとしても、流石に一日やそこらで読めるような規模じゃないからねー」

 

 

 数時間の読書のあとは、適度に体を動かしましょう──。

 そんな感じの館内放送を聞いた私達は、館内のスポーツ施設に足を運んでいた。

 長時間同じ姿勢でいると血行が滞り、最悪の場合は死に至ることもあることから、それを注意するための放送だったが……実は単なる放送というわけではなく。

 

 

「なるほど、そのための複製品……という面もありますのね」

「主な理由は、やっぱり盗難防止だけどね。……でもまぁ、ほっとくと一日中本を読み続けているような人ばっかりだから、無理矢理にでも運動させてやる……っていう意地とかもあるのは確かだと思うよ」*1

 

 

 貸出される本は、全て複製品。

 そしてそれゆえに、施設側の権限で閲覧を禁止することも容易なのである。……具体的に言うと、放送に従わない場合は本にロックが掛かって読めなくなります。

 わざわざ本の形にしてあるけれど、その性質はほぼ電子機械と同じようなもの。……読ませてやっている、というのが正解なので、その閲覧権限も好きに弄れるというか。

 

 なお、その辺りを見越して自前の本を持ってきている人もいるようだが……そっちはそっちで、館内健康管理システムにより読書時間の厳正な管理がなされているので、隠れて本を読んでても治安部隊……もとい図書隊の人達に首根っこを捕まれて連行されてくる羽目になったりもする。

 ミラちゃんも似たようなことをして、首根っこを捕まれて運ばれてきたクチである。……まぁ、彼女の場合は不正コピー*2に近いこともやってたんだけど。

 

 

「失礼な!わしは単に内容を全部転写(※手書きで)して、そこからじっくり読もうとしていただけでじゃな!?」

「スペックゴリ押しの不正ですわね……」

「まぁ、写真に撮ったとかじゃなく、一言一句漏らさないように書き写したってだけなら、咎め辛いのは確かだよねー」

 

 

 頭の回るミラちゃんは、ここの書物が館外に持ち出しができないこと・一部のモノを除き書き写すことは咎められていない*3ことなどを、予め規約を読み込むことで確認し、その穴となりうるモノ──丸写しすれば特に問題はない、という事実にたどり着き、それを実行していたのであった。

 

 なお、この『書き写すことは咎められていない』という部分、ミラちゃんみたいに丸写しする人間が現れること自体は、普通に想定してあるものだったりする。

 

 そりゃそうだ。図書館に来て調べモノをして、必要な部分を書き写す……というのは、なんらおかしなところのない普通の利用法なのだから。

 無論、一言一句同じものを作り上げるのは、複製防止の観点からすれば宜しくはない行為だが……普通はそこから自分なりの言葉に書き換えるのが筋。なにかしらの不手際で資料にした文章がそのまま出てきても、()()()()なにかミスったんだろうなぁ、で終わる話である。

 

 なので、ここでは書き写すことそのものには、お咎めはない。

 そして、お咎めがない以上──自身のスペックに任せて、本来ならできないようなことをやり遂げるモノが居る、という可能性は普通に考慮している。

 それが、『館内で使用できる筆記用具の制限』である。

 

 

「ふ、ふふ。道理で書き写しておる時に皆の視線が生暖かいと思うたわ……。よもや『1st-G(ファーストギア)』の母体概念を再現しておったとはな……」

「機能するのは図書館圏内だけだけどねー」

 

 

 仄暗い笑みを浮かべているミラちゃんはとりあえず放置するとして、この図書館には『終わりのクロニクル』に登場する『1st-G』、その根幹を為すとされる母体概念『文字は力を持つ』を再現したような特殊な法則が敷かれているのである。*4……まぁ再現と言うように、母体概念そのものというわけではないようだが。

 

 この概念、()()()()言葉が力を持つ、という性質を持つのだが……これにより、館内の筆記用具は『貸出したものしか使えません』と定められている。

 そして、貸出用の筆記用具には『コピーライトが文末に付与されます』と刻まれている。

 

 コピーライト、すなわち著作権。*5

 要するに、許可されたコピーですよ、と自動的に記載してくれるわけなのだが……これにより、書き写した方の文章にも、この図書館の制限が適用されるのである。

 

 あとはまぁ、単純な話。

 文字自体が収蔵物と同じ扱いになるため、図書館側の制御が効くようになり。

 図書館側が定めた方法以外での利用をしようとすると、最悪書き写したノートごと燃える、などの対処が取られるようになっているのだ。

 まぁ、ミラちゃんの場合は単純に館内健康管理システムによる、読書時間超過の方に引っ掛かっただけなのだが。……自分で書き写した言葉が全て『error!』になった時の恐怖は、恐らく味わった者にしかわかるまい。

 

 

「マジで怖かったんじゃけど!?ページびっしりに『error!』って出てくるんじゃぞ!?」

「はいはい。……あと、自分で書き写したモノを外に持ってって更に書き写そうとすると、その時点で燃えるから注意してね」

「なにその恐ろしいほどのセキュリティシステム!?」

 

 

 まぁ、地デジのダビング制限みたいなもの、と覚えておく方がいいんじゃないかな。*6

 そんな会話を交わしつつ、軽ーい運動をこなしていく私達である。

 その最中、

 

 

「──むぅ、その顔はもしや、キーア嬢ではないかな?」

「む、そういう貴方はその声からして──ミスタ・ダンブルドアでは?」

 

 

 顔見知りに会った、みたいな軽い口調で声を掛けてくる人物が一人。その声に聞き覚えのあった私は、当年の名前を呼び掛けながら振り返る。

 そこには案の定、人好きのする笑顔を浮かべた老人──アルバス・ダンブルドアの姿があるのだった。

 

 

 

 

 

 

「え、ちょ、キーアさん?!お知り合いですの!?」

「ん?……あー、そういえば黒子ちゃんには言ったこと無かったっけ。こちら、オールド・オスマン……もとい、ミスタ・ダンブルドア」

「ほっほっ。オスマンでもダンブルドアでも、好きな方で呼ぶと宜しい」

「……?????」

 

 

 突然のダンブルドア氏の登場に、黒子ちゃんが驚いたような顔でこちらに詰め寄ってくる。

 そりゃそうか。ダンブルドア氏と言えば、その知名度はかなりのもの。知らない、という人の方が珍しいくらいなのだから、その驚きも一入(ひとしお)というやつなのだろう。

 ……まぁ、そのあとの私の紹介と彼の名乗りに、案の定宇宙猫状態になっていたわけなのだが。詳しい事情を知らないと混乱するよね、仕方ないね。

 

 で、ここにはもう一人、彼のことを私から聞かされている人物が居るわけで……。

 ちらり、と視線を向けた先の彼女は、微動だにしていない。

 歓喜に打ち震えているのか、はたまた感極まって言葉にならないのか。

 どっちかわからないけど、多分凄いことになっているんだろうなぁ……なんて風にため息を吐いた私は、

 

 

「こほんこほん。……ミラちゃーん、感動しているところ悪いんだけど、いい加減戻ってき、」

「…………」(白目)

「……死んでる!?嬉しさの余り幽体離脱してる!?」

 

 

 彼女の方に振り返り──その体から、今正に魂が抜け落ちようとしていることを悟り、慌ててその頬を左右にビシバシ叩くことになるのだった。……尊死しかけてるじゃねーか!!?*7

 

 

「しっかりするんだミラちゃん!そのままだと帰ってこれなくなるぞ!!」

「あばばびばばばびばばば」

「ほっほっほっ。愉快なお友達、というやつじゃの」

 

 

 あんまりやり過ぎると、叩いたことによってあの世に行きそうな気もするのでほどほどに。

 あと、あとで痕になってもアレなので、クレD的な『殴りながら治す』で気付けを続行する私だが……ダメだ、推しが近くにいすぎて戻ってくる気配がねぇ!?

 

 仕方がないので、ダンブルドア氏には暫く離れていて貰うように要請し、彼がにこやかに笑みを浮かべながら去っていく姿を見送って、暫く待機。

 ……もう大丈夫だよな?とミラちゃんの肩を改めて揺すれば、彼女はハッとしたような表情を浮かべたのち、周囲を確認するように首を左右に振っていたのだった。

 

 

「ぬ、ぬぅ……?おかしいのぅ、なにやらわしの最推しの一人が見えたような気がしたんじゃが……」

「ははははは」

「……なんじゃキーア、笑い方が気持ち悪いぞ?」

「ははははは(怒り)」

 

 

 人の気も知らないで……。

 前後不覚、さっきまでなにをしていたのか忘れてしまったミラちゃんをジト目で眺めつつ、はてさてどうやって引き合わせたものかと悩む羽目になる私なのであった。

 

 

「……?????」

 

 

 なお、黒子ちゃんはずっと宇宙を漂っていた。……君も君で大丈夫?

 

 

*1
基本的に『三大欲求』のうち睡眠と食事は、大抵のモノに優先される『欲』であり、それらを忘れてしまうほど夢中になっている、というのはその人の特定の事象に対する依存度を示す上で、とてもわかりやすい指標となるとされる(『寝食を忘れる』)

*2
著作物を権利者が許可していない範囲でコピーすること。著作権法に反している為、場合によっては損害賠償を求められることも

*3
魔導書など、文章そのものが力を持つような類いのものは書き写すことも禁止。クトゥルフ的なモノは読むのも禁止

*4
『終わりのクロニクル』に存在する、効果範囲内に特定の概念を押し付けるもの。本来は世界を一つ形作る規模のものだが、作中においてそれらの概念の生まれた世界は、悉く滅んでしまっている

*5
何かしらの作品を作った者が有する権利、およびそれによって定められる作品の利用範囲などを決められる権利。人の作ったものを好き勝手に利用してはいけないよ、というのが原則。二次創作は基本お目こぼし、というのも著作権的には本来『完全に使わせない』か『好き勝手使ってもいい』のどちらかしか規定していないからである。どちらかを明言してしまう方がトラブルの元となる為、基本的には黙認することが多い(著作権は基本的には一次創作者にのみ付与されるものだから。二次創作に関するガイドライン、などを出すところの方が珍しい。なお、『スーパーロボット大戦』などは公式に許諾を得ているものなので、二次創作ではない……はず)

*6
正規の方法で放送されている番組を録画した際に付与される制限。ダビング10など。なお、昔の映像は録画の際に劣化していた為、ダビングに関する制限はほぼ無かったのだとか。デジタル化した結果増えた制限、とも言えるかもしれない(ダビングによる映像劣化が、デジタルの場合は発生しない為)

*7
『尊死』とは、対象の尊さのあまりに死に掛けること、またそれくらいに感動したことを示す言葉。因みに読み方は『とうとし』ないし『たっとし』。『そんし』ではない



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幕間・こと ばに できなーい(例のアレ)

「……地球は青かったですわ」*1

「いや、どこまで行ってたのさ黒子ちゃん」

 

 

 正気を取り戻した黒子ちゃんが、いの一番に発した言葉にツッコミを入れつつ。

 はてさて、ミラちゃんとダンブルドア氏、どうやって引き合わせたモノかと悩む私である。

 

 いやね?別にこのまま合わなかったことに……って解散するのもまぁ、手の一つだとは思うんだけど。……それをしたあとのミラちゃんの反応を考えると、どうにも選択できない話だというか。

 

 いやだって、そんなことしたら絶対詰め寄られて『何故わしに一言確認をとらなかったぁ!!』とかなんとかキレられるヤツじゃないですか。

 でも迂闊に引き合わせると、どこぞのアグネスデジタル*2みたいに虹色に光りながら『我が生涯に一片の悔い無し(尊死)』するってのも目に見えてるわけで。*3……え?トレピリ振り回しながら尊死するのはたぬきの方?*4

 

 まぁともかく、なんの対処もなしに引き合わせられないのは確実で、かといってこのままスルーもあとでキレられるので論外。

 ……となると、どうにかして二人のマッチングをセッティングしなきゃあならない、ってことになるんだけど……。

 

 

「うーむ、どうしたらいいと思う黒子ちゃん?」

「何故私に振るのですか?……いやそもそも、このお方の推しなんですの?その、ダンブルドア氏は」

「そうだけど……なんで小声?」

「いえ、先ほどの様子ですと、名前を聞いただけでも狂乱しそうな気がいたしまして……」

「ああうん、ソウダネ……」

 

 

 どうにも行き詰まってしまっているため、ここで黒子ちゃんにどうしたら良いか聞いてみたわけなのです。……結果はご覧の通り、困惑とジト目が返ってきただけなんですけどね!

 なお、ミラちゃんのプロフィールに関してはあんまり詳しくなかったのか、彼女の疑問は『そもそもそこからか』みたいなものであったことも並記しておきます。……まぁ、他所様の作品の名前が平然と出てくる、ってのも変な話だしね。*5

 

 

 

 

 

 

「……うーむ、わしはなにか大切なことを忘れておるような気がするんじゃが……」

「まぁまぁメガネどうぞ」

「それは流石に脈絡が無さすぎではないか……?」

「読書時の眼精疲労を抑える特製メガネだよ?」

「……そういうことなら有り難く」

 

 

 推しに出会えたことがあまりにも衝撃的だったのか、前後の記憶が吹っ飛んでいるらしいミラちゃんの様子に、ほっと胸を撫で下ろしつつ。

 束の間の運動を終え、改めて読書時間に戻る私達である。

 

 ……え?用事の方は良いのかって?ノンノン、この図書館は『本読み達が集まって作った』って言ったでしょう?

 

 

「むぅ、よもや『精神と時の部屋』のような状態になっておるとはな……」*6

「寝食を忘れてしまうくらい夢中になるのを避けられないのなら、いっそのこと時間の方を増やしてしまえ……ってやつだね。力業過ぎてびっくりするけど」

 

 

 ぼやくミラちゃんの言葉通り、この図書館の内部の時間の流れは、外のそれとは隔絶されている。……これもまぁ、概念の応用というか?

 実際、本読み達が一番悩まされるのは時間が有限である、ということ。ならば、それを解決する手段があるのであれば、それを実現するために協力するのも吝かではない……ということなのだろう。

 

 その他にも、本読み達が望んで止まないような機能満載の郷立図書館、ご利用は住民票を提示の上、図書カードをお作りになってからお願いします。

 

 

「……誰に向かって喋っておるのじゃお主?」

「まーまー、気にしない気にしない。……ともかく、時間はあるんだから無理に書き写そうとしたりせずに、普通に読めば良いんじゃない?」

「ふむ、そうするかのぅ。時間的余裕があるのであれば、急いで読み耽ることもないじゃろうしのぅ」

 

 

 で、ミラちゃんが仙法まで使って本を書き写そうとしていたのは、結局それくらいしないと時間が足りないから、というところが大きく。……その時間の問題が片付くのであれば、ゆっくり読む方が良いと説得するのも容易。

 ゆえに後頭部を一掻きした彼女は、そのまま新しい本を求めて書架に向かうのでありました。……セーフ。

 

 

「……よくもまぁ、あれこれと口が回るモノですわね」

「これができないと、火種が燃え広がること間違いなしだからネ!」

「別に褒めてはいないのですけど……それで、結局どうするのですか?時間稼ぎは、うまくいったみたいですけれど」

 

 

 そんなに私の様子を、呆れたような目で見つめてくるのは、さっきとは違いこちらに付いてきた黒子ちゃん。

 彼女の方は既に見たいものに関しては読み終えたのか、こちらの対処に付き合ってくれるようで。……とてもありがたいので、骨の髄までしゃぶり尽くす所存であります。

 

 さて、黒子ちゃんの言う通り、その場しのぎの時間稼ぎはうまくいったわけだけど。……肝心の問題である、彼女とダンブルドア氏の邂逅についての準備は、なに一つ進んではいない。

 とはいえ、そっちに関してはそこまで焦ってはいない。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「……はい?いえまぁ、確かに三億にも及ぶ蔵書数、そう簡単には読み終わらないでしょうが……それでも、先ほどのように運動を強制されることもありますし、時間が無限であるのならいつかは結末にたどり着く……とは、いつも貴方が仰っていることではありませんこと?」

「秒間千」

「……は?いや、いきなりなにを……」

「今この瞬間、一分一秒の間にも、この図書館の蔵書数は増え続けている。……この意味がわかるかな?」

「なん……ですって……?!」

 

 

 首を傾げる彼女に、私は『この図書館の蔵書数が増える速度』を例としてあげる。……この図書館において、蔵書とはほぼ自動で収集されているものである。

 

 一冊の完品さえあれば、それを複製することで貸出することができる。

 貸出品は全て複製なので、誰かが借りていて読むことができないということがない。

 言語も翻訳できるし、訳文に不満があるのであれば原語版に切り換えて、自分で翻訳することもできる……。

 

 本読みのために最適化されたこの図書館において、本とは最早空気に等しい存在。そしてそれゆえに、その供給速度すらも空気のそれに等しいのである。

 どういうことかって?……この図書館にはドラゴンレーダーもといブックレーダー的なものがあってね?この世界に未収蔵の書物が現れた時、それを即時把握・即時購入してくれるのです(白目)

 その即時購入もネット配達じゃ遅いってんで、直接図書隊の一員が直接書店とかに転移して買いに行ってるとかなんとか。……いやまぁ、流石にバレないように服装とかは変えてるらしいけど、よくよく考えなくても混乱の元じゃないここの人々?下手すると、世界中にほぼ同時に出現とかしてない?

 

 まぁともかく。本に関しての情熱が上限突破しているこの図書館、その貪欲な収集欲は日に日に加速し、今となっては秒間千冊越える速度で蔵書が集まっているのだそうで。

 ……要するに、読んでも読んでも蔵書が増えるので、読むものが無くなるってことが物理的にありえないのである。流石の無限の読書時間も、蔵書も最早無限なら意味がないというか。

 

 そんな、行き着く先は地球の本棚*7かアカシックレコードか、みたいなこの図書館。

 本読み達を捉えるクモの巣みたいなもの、という感想も理解できるのではないだろうか?

 

 

「……ああなるほど、わざわざ館内放送まで使って運動を強制している理由、心から理解できた気がいたしますわ……」

「下手すると死ぬまで出てこないかもしれないしね。……いやまぁ、寝食部分も注意してくれるから、わりと真面目にここから出てくる必要ないんじゃないかと思うけど」

 

 

 本読み達が考えたさいきょうのとしょかん。

 ……そんなところに本読み達を放り込めば、最早廃人となんら変わりなく。

 結果、ゆかりんに『ダメです』とダメ出しをされ、彼女との話し合いの結果折衷案として成立したのが館内健康管理システムだった、というわけなのだった。

 

 ……まぁ要するに、少なくともミラちゃんがダンブルドア氏のことを思い出さない限り、時間に関しては幾らでも捻出できるというわけなのである。……以前の()()()()も参考にして完成度が上がっているみたいで、歳を取るとかも気にしなくていいみたいだし。

 

 

「……以前の事件とは?」

「ビーストⅡiの話。……精神と時の部屋を再現って簡単に言うけど、参考にするものがなければ再現も難しいからね。そういう意味で、色々パラメーターを得られたあの事件は、この図書館にとっても渡りに船だったみたい」

「……貪欲すぎるのではありませんこと?」

 

 

 で、ここで言う『あの事件』とは、時の止まったあの世界のこと。……内部情報を不確定にして外に漏らさないようにすれば、時間経過に関してはごまかせる……とかいう、わりと色んなモノに喧嘩を売っている理論である。

 

 無論、理論だけわかっていても再現のしようがないモノだったので、正に机上の空論でしかなかったのだが……そこで出てくるのが、『1st-G』の母体概念『文字は力を持つ』。

 単なる再現でありながら、本物に迫る性能になっているのは、偏にこの本読み達の楽園を実現化するため。

 その半ば暴走じみた情熱により『1st-G』の再現度は飛躍的に上昇し、本来ならば鼻で笑われるような理論を現実のものとし、そうしてこの図書館は真なる完成を見た、というわけである。……その情熱、どこか別のところに使わない?

 

 因みに、この施設の完成の裏には、どこぞのコハッキーの影があったとかなんとか。……この図書館の完成自体も結構最近なんだな、とちょっと遠い目になってしまう私である。

 

 

「……で、ここの図書館の凄さ、というものは十分に理解できましたけれど。……結局、あの方のことはどうするおつもりなので?」

「……時間が解決してくれるかなー、って」

「要するになんの案もない、ということですわね……」

 

 

 なお、時間稼ぎが幾らでもできるのが確かだとしても、それがミラちゃんとダンブルドア氏の邂逅になにか役に立つか?……と言われると、視線を横に逸らしてしまう私なのでもあった。

 

 

*1
『地球は青かった』とは、1961年に人類初の有人宇宙飛行としてボストーク1号に乗り込んだソビエト連邦の軍人、ユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガーリン氏が述べたとされる台詞。正確には『空は暗く、一方で地球は青かった』みたいなニュアンス。なお日本では有名な台詞だが、海外では『神はいなかった』という別の台詞が有名なのだとか(他国の宗教感については何度か触れているが、要するにこっちの方が衝撃的だったのだと思われる)。ところで豆知識として、ロシアの命名規則的に彼の名前は『ガガーリンさん家のアレクセイさんの息子のユーリイさん』と読むことができる。ポイントは『ガガーリン』と『~エヴィチ』。前者は本人が女性の場合は『ガガーリナ』となり、『~エヴィチ』は女性の場合『~エヴナ』となる。ロシア風の名前を考える時は、この辺りをちゃんと確かめないと恥ずかしい思いをすることになるぞ(n敗)

*2
競走馬の一頭、かつウマ娘の名前。実際の競走馬の方が『変態』と呼ばれるのは、かつてのレースで四連勝した時に普通の競走馬はしないようなローテーションを組んでいた為(子細は各々調べて貰うとして、簡単に言うと国内外を飛び回り、かつ普通はどちらかにのみ適正のある芝・ダートを走り抜けた)。ウマ娘側の彼女がウマ娘のオタクなのは、その『変態』という愛称を解釈した結果なのでは、と言われている

*3
虹色に光り輝くのは、『Party Parrot』(くるくる首を回すあの鳥)や、いわゆるゲーミングが元ネタ……かもしれないが、『虹色に輝くことに興奮しているという意味がある』という表現の元ネタは、もしかしたらニンテンドーDSの乙女ゲーム『DUEL LOVE』の表現にあるかもしれない。『我が生涯に一片の悔い無し』の方は『北斗の拳』の敵キャラ・ラオウがその最後に述べた台詞。右手を天に突き上げ往生した形となるが、その言葉通り『心残りはない』臨終の相でもある。……なお、格闘ゲームにおいてなす術もなく殴り倒されても、最終的にこれをして終わる為『本当に悔いはないのか?』的な意味で『悔いろ』と言われることもある。たぬきの方のアグネスデジタルも、同じようなポーズでよく昇天している

*4
『トレピリ』とは、『サイリウムペンライト』のグラブルでの呼び方。水着ディアンサの加入の為に必要な武器で、『オタクがコンサートなどで振り回しているカラフルな光る棒』のこと

*5
有名でない時には(ネット連載とか)では固有名詞が出ていたが、商業ラインに乗るとそれらがぼかされる……という昔よくあった話から。最近は意外と固有名詞がそのまま載っている、ということも少なくない。無論ぼかされることもままある

*6
『ドラゴンボール』に登場した場所。神の神殿に存在する修行部屋で、この中での一年は外での一日に相当する。扉を締め切ると外界と完全に遮断される為、魔神ブウとの戦闘に用いられたことも。……なお、悟空達は気軽に利用しているが、酸素が薄い・高重力・昼夜の寒暖差が激しいどころではない……など、基本的に普通の人間は入っただけで死ぬレベルの環境だったりもする。流石にここでは環境の方の再現はされていない

*7
『仮面ライダーW』の用語。主役の片割れ・フィリップの能力のようなもの。地球上のあらゆる情報を検索できる真っ白な空間で、情報は本の形で提供される



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幕間・それはたった一つの冴えたやり方……だといいですね

「……む、また運動の時間か」

で、どうしますのキーアさん。このままだと、またあの方と鉢合わせることになるかと思われますけど?

あ、そこは大丈夫。先んじて念話で鉢合わせないようにお願いしてるから

そういうところは手が早いですわね……

 

 

 はてさて、あれこれと勘案していくうちに、再び運動の時間になってしまったわけなのだけれど……。

 黒子ちゃんの心配ももっともなので、そこに関しては既に対処している私なのであった。……それ以外?ハハッ(乾いた笑い)

 

 ともあれ、決められたことである以上運動をサボることはできないので、二人を引き連れて再びスポーツ施設に向かう私である。

 ……途中でミラちゃんが、なにかを気にするように視線を周囲に巡らせていたので、「どうしたの?」と何食わぬ顔で尋ねると、「気のせいかのぅ……?」と首を捻りながら、再び歩き始める……などということが何度か起きたが、特に問題はない。ないったらない。

 

 

壁越しにあの方がいらっしゃることを、わかっていらっしゃるということですわよね……?

そこまでできるんなら、尊死するの止めてほしいんだよなぁ……

 

 

 ……まぁ本当に問題がない、なんてわけもなく。

 どうにもミラちゃん、こちらとは別ルートでスポーツ施設に向かっているダンブルドア氏を、気配感知とかで無意識に捕捉しているみたいで。

 そこまで感知できるんなら、そもそも尊死するなや!……的なツッコミを飲み込みつつ、どうにか施設にたどり着く私達なのであった。

 

 

「……?お主達、何故にそこまで疲れておるのじゃ?」

「ははははーなんでだろうねー」

「な、何故に怒っておるのじゃ……?!」

「はははは怒ってないっすよ、私を怒らせたら大したもんっすよ」

「小力とか今の子わかるのかのぅ……」*1

 

 

 無論、そんな余計なことに気を使っていては、疲れるのも仕方のない話。……息が切れるなどの物理的な影響は出ていないものの、それと大差ないくらいに精神をガリガリ削られる羽目になる私と黒子ちゃんなのでありました。……正直に言って面倒臭いです(真顔)

 

 

「……まぁ、運動の方が本当に軽いもので良かった、と思う他ありませんわね。これでバスケだのテニスだのやらされていたら、それこそ暫く立ち直れなかったでしょうし」

ここ(なりきり郷)でそんなものやらせようとしたら、もれなく全部バヌケだのテニヌだのになるからね。んなもん、文学を愛するもやしっ子*2達には耐えられたもんじゃないよマジで」

「そこはかとなく失礼ではないかその言い種……?」

 

 

 まぁ黒子ちゃんの言う通り、運動とは言ってもラジオ体操とかのような『体を解す』程度の軽いものばかりなのは、有り難いと言えば有り難い。

 ……大量の本を抱えて歩いているふみふみ(鷺沢文香)とかが、本当に貧弱もやしっ子なのかどうかは議論の余地がある、というのも確かだろうけど。*3

 

 そんな感じの話題で、適当に注意を逸らしつつ。

 軽ーい運動を軽ーく終わらせた私達は、改めて定位置もとい読書スペースに戻ろうとしたのだが。

 

 

「……む、なにやら良い匂いが」

「あー、おやつの時間ってやつかな?もしくはティータイム?」

 

 

 鼻腔を擽る香ばしい匂いに、ミラちゃんがふと立ち止まる。

 ……恐らくはパイとかクッキーとかその辺りの焼ける匂いだと思われるそれは、紅茶片手に本を読むのも良いよね!……的な提案があったことから生まれたとされる、本読み達のティータイム用の茶菓子だろう。

 

 本読んでる時に食べ物?……と怪訝そうな顔を浮かべる人もいるだろうが、そこは本読み達の楽園。『食べているモノが読書を邪魔しない』という概念により、食べ滓は勝手にゴミ箱に吸い込まれていく仕組みとなっているので、特に問題はない。

 

 

「……いや、素直にティータイムはティータイム単体で楽しめば宜しいのでは?」

「文庫本片手に優雅なティータイム……って憧れない?」

「ん、んー……?」

 

 

 ……それでもまぁ、本来なら本に汚れが付きかねない行動なので、嫌がる人がいるのもわからないではない。

 なので、これに関してはティータイムを楽しみたい人だけに提供されるものであって、朝・昼・夕食のそれとは違い強制ではなかったりする。

 ……いや寧ろ、放っておくと食事を摂らない人達に比べ、多少不純な動機でも食事を摂ってくれる分有り難いのかもしれない。……え、適当なこと言ってないかって?さぁてねぇ?()

 

 

「…………」(不審そうな眼差し)

「いやだって、これに関しては『優雅なティータイム』がしたい、って人が居たからできたメニューらしいし……」

 

 

 なお、このティータイムの成立理由が嘘だと思っているらしい黒子ちゃんから、凄い目で見つめられたりしたが……嘘は言ってないので信じてくれ、としか言い様がなかったり。

 

 ともあれ、三食と比べると任意行為であることには間違いなく。

 このまま席に戻って読書を続けても、誰にも文句は言われないと思うのだけれど……。

 

 

「…………」(おめめキラキラ)

 

 

 まぁうん、甘いものに目がないミラちゃんが、ここから立ち去れるわけもなく。

 こちらをチラチラ見てくる彼女の姿に、小さくため息を吐きつつ。仕方がないなぁと、彼女を連れだってティータイムコーナーに向かうのだった。

 

 

「………」<チーン

「なんでミラちゃんすぐ死んでしまうん……?」*4

「ふむ……いや、あい済まぬ。よもやここで鉢合わせるとは思わんでのぅ」

 

 

 ……で、大方の予想通り。

 実はマグル(人間)界の菓子が好き、という設定のあるダンブルドア氏*5が、既に机に座ってティータイムを楽しんでいたため、ミラちゃんがさっくり幽体離脱(尊死)することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……綺麗な顔で死んでおるのぅ」

「ああはい、推しに会えたことで正しく成仏ってやつですねー」

「キーアさんの反応が、今までにないくらい投げやりなものに……」

 

 

 もうめんどうみきれよう(もうどうにでもなーれ)、とばかりにこの場での対処を諦めた私は、真っ白に燃え尽きているミラちゃんを椅子に座らせつつ、改めてダンブルドア氏と同じテーブルに着く。

 物珍しいものを見るような顔をしながら、ミラちゃんの頬をつつくダンブルドア氏はお茶目だなぁ、なんて空笑いを浮かべているけれど、私は元気です(謎)。……この映像、スマホとかで撮っといてあとで見せたら、多分ミラちゃんが即死するアイテムになるんだろうなぁ……。

 

 はぁ、ともう一度ため息を吐いて、テーブルの上のクッキーに手を伸ばす。

 イチゴジャムが中心に固められたそのクッキーは、素朴ながら小麦の風味とイチゴの味が口内に広がる、控えめに言っても普通に美味しい出来のものだった。

 紅茶の方は甘さが控えめなので、クッキーを食べる手もサクサク進む感じである。

 

 

「半ばやけ食いみたいになっていますわね……」

「どちらかと言えばハムスター、と言ったところかの?」

 

 

 ……まぁ、軽快に食べ進めていたためにやけ食い扱いされたのだが。……チガウヨー、ヤケグイジャナイヨー。

 あとダンブルドア氏、流石にハムスター扱いは止めていただきたい。

 

 ともあれ、四人が座って紅茶と茶菓子を摘まむティータイムは、さほど問題もなく続き……。

 

 

「……って違う!色々とおかしなことになってる!!」

「本も読んでおらんしの」

 

 

 呑気に茶菓子に現を抜かしてる場合じゃねぇってんですよ!……とばかりに頭を抱える私である。

 ダンブルドア氏の言う通り、茶を嗜みながら本を読む……っていうこのティータイムでの推奨形態も維持できてないし!

 

 

「いえ、そちらは別にどうでもよいのですが」

「どうでもよくねー!一応この椅子に座るんなら本を読もう、っていうのが推奨されてるんだから、それをやってないってことは周囲から奇異の目で見られても仕方ねーんですよ!」

「そんなバカな」

 

 

 なお、図書館内ではお静かに。……というのはここでも同じなので、周囲からは『なんだこいつ』的な視線を向けられているのだった。……視線に気付いた黒子ちゃんがビクッ、てしていたけど、そりゃそうだとしか言えない。

 

 それらのやり取りを見てほっほ、と笑みを浮かべるダンブルドア氏のマイペースさに助けられつつ、改めて気を取り直す私。

 思わず流れで同席してしまったが、この状況ではミラちゃんは即死→蘇生→即死のループ状態から抜け出せない。……話を進めるどころの話ではないので、どうにかしてこれを解消する必要があるのだが……。

 

 

「……うーむ、いっそダンブルドア先生には若い姿に変身して貰うとかするべき……?」

「それ、一時的には良いでしょうけど、結局ミラさんに詰め寄られることになるのでは?」

「うむ、老齢の儂に憧れておる、ということじゃったしの。一時的に安定はするじゃろうが、そのあと責められるのは見えておるの」

「……お二人とも、現状把握がお得意なようで……」

 

 

 即席の対処手段として、ダンブルドア氏には若い姿に変身して貰う、という方法を思い付いたが……確かに彼女の不毛なループは解消できるだろうけど、代わりに変わり果てた姿(美少年)になったダンブルドア氏に、ミラちゃんが膝を付いて慟哭し始めるのも容易に予測できてしまうわけで。

 容赦なく二人からツッコミを受けた私は、思わず苦笑を漏らすことになるのだった。……どないせいと?

 

 

「……ふむ。では、仕方ありませんわね」

「……?黒子ちゃん、なにか良いアイデアでも?」

「良いか悪いかはわかりませんが、一つ思い付きはしましたわね」

 

 

 再び頭を抱えた私に、天から降ってくるのは黒子ちゃんのため息。

 視線を上に向ければ、彼女は微妙な笑みを浮かべつつ、こちらに声を掛けてくるのだった。

 

 

「とりあえず、変身して頂けますか?()()()()()?」

「……はい?」

 

 

*1
芸人・長州小力氏、および彼の持ちネタである『キレてないですよ、オレをキレさせたら大したもんだよ』から。元々は彼の物真似の元ネタ・長州力氏が1995年に安生洋二氏と戦ったあとにインタビューで述べた台詞『キレちゃいないよ』を真似たモノで、キレてないといいつつ逆ギレ気味に聞こえるのが特徴

*2
体が弱い・筋肉が少ないことを野菜のもやしに例えた言葉。類似の言葉に『ひょろがり(ひょろひょろしてガリガリ、の略)』がある

*3
自身の視界が遮られるくらいに積み上がった本を抱えて歩く、という読書家キャラが存在するが、大体それだけで10kgくらいにはなるはずなので、本当に筋力がないのかと言われると微妙かもしれない

*4
スタジオジブリ作品の一つ『火垂るの墓』の節子の台詞『なんで蛍すぐ死んでしまうん』から。作品の内容が重すぎるが、ネタとしては色々なところでよく使われている。特定の存在の儚さを述べるのに使われるのがほとんど

*5
レモンキャンデーなどが特に好物



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幕間・やれると思ったのならやれる

「……よもや再びこの姿になることになろうとは」

「ふぅむ、これが噂に聞いておった『マジカル聖裁キリアちゃん』とやらか……」

「いやなんでダンブルドア先生まで知ってるんです!?」

「ほっほっ。小耳に挟んで*1、の」

 

 

 黒子ちゃんからの要請により、何故かキリアの姿に変身することになってしまった私。

 なんでも、これから行う対処法の前準備として、私がキリアの姿になっている必要がある、とのことだったのだが……わりと真面目に、なにをする気なのかわからんのですが???

 

 ともあれ、話が煮詰まってしまっていたのも確かな話。

 こちらに有効な案がない以上、彼女の案に飛び付くしかない私なのであった。

 ……まぁ流石に、ダンブルドア氏がこっちの姿について知っていたことには、目ん玉をひん剥く*2ことになったんだけどね!……お の れ ゆ か り ん!

 

 十中八九下手人な管理人(八雲紫)の笑みを脳裏に描きつつ、改めて居住まいを正す私である。……キリアは聖女だからね、仕方ないね。

 

 

「しかし……何故この姿に?よもや有り難い説法でも言い聞かせて、彼女の煩悩を打ち払おうと思っていらっしゃるのですか?」

「なにを仰っていますのキリアさん。貴方には特別な力がお有りではありませんか」

「特別な力……?」

 

 

 ともあれ、改めて黒子ちゃんになにをするつもりなのか尋ねた私は、しかして彼女の得意気な笑みに首を捻る羽目になったのだった。

 

 ……特別な力?はて、わざわざキリアになる必要性があるようなものが、はたして存在していただろうか?

 まぁ確かに、キリアモードだと効果が上昇するものも幾つかは存在しているが、今この場で役に立ちそうなものはなかったような……?

 

 なんて風に、脳裏に疑問符を大量生成する私の姿を見て、黒子ちゃんは怪訝そうな表情を浮かべながら、こちらに声を掛けてくる。

 

 

「……いやあの、この間のように能力増強を行って頂ければ、それで宜しいのですけど。ほら、アニメみたいに」

「……あー」

 

 

 その内容は、私にブースターになって欲しい……というもの。

 なにをするつもりなのかはわからないが、黒子ちゃんの能力を強化して欲しいということになるらしい。

 なるほど、確かにそれは『マジカル聖裁キリアちゃん』のお決まりのヤツである。……確かにそうなのだが……。

 

 

「……わざわざこちらの姿でなくとも、別にキーア(魔王)の方でもできますよ、能力ブースト」

「……はい?」

「そもそもの話、こちらの姿自体が、あれこれと煩わしい問題をごまかすための方便のようなもの。……こちらでできることが、あちらでできない道理はないのです。いえまぁ、TRPG的な成功率補正くらいは貰えるかも知れませんが」

「……ひ、久しぶりにキリアさんの姿が見たかった、ということで……」

「変身損と言うことですね。この借りは付けて置きます」

「あああああああああ」

 

 

 どうやら彼女の思い違いだったらしいそれに、私はジト目で彼女を見つめることになるのだった。仕方がなくはないかな!

 

 

 

 

 

 

 気を取り直した黒子ちゃんから伝えられた作戦はこうである。

 

 以前、彼女に対して能力ブーストを行った際、彼女は本来(原作)の自分ですらできるかどうか不明な、液体に溶け込んだ個体の移動、という現象を起こして見せた。

 それから、私達【星の欠片】達の基本原理。……あまねく全てに対して『負ける(小さい)』それは、形の無いものにすら共通する。

 

 その二つを組み合わせ、ミラちゃんの中から『推しに興奮して尊死する』レベルの感情を、一時的に切り離してしまおう……という作戦だ。

 無論、一時的に切り離すだけなので、戻した時に結局死ぬことは変わらないが……普通に会話をした、という事実は残るので問題はない、という寸法である。

 

 

「……この状況の原因となっておる儂が言うのもなんじゃが……ちと、乱暴な解法じゃの?そもそもできるのか、という疑問もなくはないが」

「考え方としては、『心理掌握(食蜂さん)』のそれと似たようなもの。……キリアさんを通すことで私の能力の強化と、それから動かすべきものをはっきりさせることができるので、成功率は高い方だと思われますの」

 

 

 アゴヒゲを撫でるように触りながら、ダンブルドア氏が疑問の声をあげる。……確かに、説明だけ聞くとなにがなにやら、というのはわからないでもない。

 しかし、ここに居るのは科学の進みすぎた街、学園都市所属の生徒の一人である。その彼女ができるはず、というのだから、恐らくはできるのだろう。

 

 実際、『とある』シリーズの作中においては、脳内分泌物などの操作によって相手の意識や感情を操る『食蜂操祈』という人物が存在する。

 ……それらの分泌物よりも遥かに小さく、そして必ず『ある』と明言できる【星の欠片】を彼女が移動させられるのであれば、記憶の操作ができてもおかしくはない。

 

 ……まぁ、説明からわかる通り、仮にできたとしても黒子ちゃんに対しての負担が半端無さすぎる、という問題点があるのだが。だってこれ、言うなれば二人で魔王(母の方のキリア)になろう、みたいなものだからね。

 

 キリアなら一人でできることを、二人分の労力を使って再現しようとしているわけだから、負担も彼女のそれと同じ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という【星の欠片】の共通原理に踏み込むことになるので、私はともかく黒子ちゃんの心配をしてしまうのは仕方のない話なのである。

 

 

「なにを仰っていますの?そちらの解消方法も、貴方はお持ちのはずですけど?」

「……もしかして、【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】のことを仰ってます?」

 

 

 が、彼女はこちらの心配もなんのその。特に心配した様子もなく、こちらに声を掛けてくる。

 それもそのはず、過大な負担に対しては、それを無視できるものがある……と彼女は知っていたのである。

 それが【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】。強力なバフ効果を持つこの魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことができる。

 

 

「ふむ、あらゆるとな?」

「ええ、あらゆる負担を、です。……使ったら死ぬとか、大量の生け贄を必要とするとか。そういう負担も含めて全て、この魔法の効果を受けている間であれば、全て無視することができるのです」

 

 

 こちらの説明を聞いて、興味深そうにこちらを見つめてくるダンブルドア氏。

 この魔法(【誂えよ、凱旋の外套を】)の効果を受けている間という制限こそあれ、その効果時間中であれば『原型保護』が働き、対象が()()()()()()()()()()()()()()ような、ありとあらゆる負債を肩代わりしてくれるという優れもの。……優れもの過ぎて、迂闊に使えないタイプの魔法である。

 

 この魔法の効果時間中であるならば、Dボウイ(相羽タカヤ)は幾らでもブレードに変身できるし、リナ=インバースは完全版の『重破斬(ギガ・スレイブ)』を暴走を気にせず撃ちまくれるし、緋村剣心も肉体への負担を気にせず飛天御剣流の奥義を使い続けられる*3……と言えば、その台無しさ加減もなんとなくわかることだろう。

 まぁそもそもの話、この魔法の効果中は最悪『わざわざブレードに変身しなくても、ラダムぐらいなら殴り倒せるようになる』し、『普通の火炎球(ファイアー・ボール)でそこらの魔族くらいなら一撃死させられるようになる』し、『普通に殴っただけで大体の相手を昏倒させられるようになる』くらいのバフ効果を得られるので、その辺りの危ない橋を渡る必要性もないのだが。

 ……作劇的には山も谷もなくなるやつなので、積極的には使いたくない魔法でもある。()()()()()()()()使()()()()を思えば、その扱いも仕方のない話なのだが。

 

 ともあれ、その辺りのことは別の話。

 今ここで重要なのは、黒子ちゃんの語る手段が実現可能なモノなのか否か、ということだろう。

 ──そしてそれは、【過剰黎明(アストラライズ・エヴォケーション)】と【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】を併用することを許すのであれば、普通に達成可能な手段だと自身を持って言うことができる。

 だってこれ、感覚的には【星の欠片】のそれ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていうのを、普通の人にも使えるようにするもの以外の何物でもないからね!

 

 

「……子細をよく知らずに提案していましたが、そういう原理だったんですの?それ」

「上限無しの時間経過で指数関数的に強化値が増えていく……っていうのが【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】ですからね。普通の人が無限に近い出力を得られ、その上でその力によって自滅もしないのですから。そりゃあもう、大抵の問題は踏み潰していけちゃいますよ」

 

 

 私達の物事の再現方法とは、結局のところ数の力にものを言わせて無理矢理押し通る、というもの。

 本質は違えどこの魔法とはやっていることが似ているため、そういう意味では()()()()()()()()()()()()()()()というのと変わりはない。

 

 わりと無茶苦茶な魔法であることを理解したダンブルドア氏は、どこか期待するような目でこちらを見つめていたが……。

 

 

「説明からなんとなくわかるかも知れませんが、そもそもこの魔法を使えるのが【星の欠片】だけですので……」

「ふむ、儂には覚えられぬと。残念じゃのぅ、それくらいできれば、ある程度気を抜けるかと思ったのじゃが」

 

 

 以前も話した通り、この魔法は()()専用のもの。

 習得条件に【星の欠片】であることを含み、そもそもこの魔法の起動条件にもそれを含むため、他の人には覚えられないのである。

 ……いやまぁ、【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】の効果時間中なら、もしかしたら一部の人は覚えられるかもしれないけれど。でも効果切れと共に忘れてしまうこと必至なので、正直そこまでする意味がないというか。

 

 

「まぁともかく、やってみるだけやってみましょう。ダメだったら他の手段を考えなくてはいけませんし」

「ですわね。ではこれより『ミラさんの性癖封印作戦』を決行致しますですの!」

「酷い名前じゃの」

 

 

 ともあれ、前説明はこれくらいにして。

 ミラちゃんのため?に、私達は行動を始めるのだった。

 

 

*1
意図せず情報を得ること。『ちょっと』を意味する接頭語の『小』と、『聞く』という意味の『耳に挟む』という言葉が組み合わさったもの。また、『耳に挟む』自体が『意図せずに聞いた』の意味を持つのだとか。なので、正確には『ちょっと風の噂に聞いたのだけど』くらいのものとなる

*2
怒りや驚きなどの感情から、大きく目を見開くこと。『目を剥く』をより大袈裟にした表現で、意味としては同じだがちょっと乱暴な感じになる

*3
それぞれ『宇宙の騎士テッカマンブレード』『スレイヤーズ』『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の主人公達。話題にあげられているのは、使うのに代償があるタイプの技能達で、それぞれ『変身ごとに記憶を失う』『制御に失敗すると、とある存在に体を乗っ取られる』『技を使うのに向いていない体なので、使い続けると身体機能にダメージを受ける』という代償がある



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幕間・それを幸福と呼ぶのなら

「気が高まる……溢れるぅ……」

「……いや、開口一番なにを仰っているのですか貴方は」

「す、すいませんつい……。でもこの全能感、ちょっと癖になってしまいそうですの……」

「後遺症のないドラッグみたいなものなので、ほどほどにしときましょうねー」

「ドラッグ扱いの時点で、わりと大概ではないかの」

 

 

 とりあえず黒子ちゃんに【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】を効果時間長めで付与。

 時間経過で能力が倍加する、という性質の魔法であるため、必要なステータスになるまで暫く待機させているわけなのだが……まぁうん、その間ずっと(RPG的な方の)レベルアップ時の高揚感、みたいなものを味わい続けることにもなるので、癖になるみたいな感想はわからないでもない。

 無論、あくまでもこれは時間制限付きのレベルアップでしかないし、同時に依存性はないと言っても多用が禁物なモノなのも確かなので、改めて釘を刺しておく私なのではあるが。

 

 すみませんですの、といった感じにしょんぼりする黒子ちゃんにため息を吐きつつ、今度は相変わらず椅子に座らせ……もとい、立て置かれているとしか言い様のない状況のミラちゃんの状態を確かめていく。

 

 ……脈拍は、弱々しいけども正常。青白くなった顔は、されど恍惚の笑みで固定されている。

 典型的な尊死状態に呆れのため息を再度吐いて、とりあえず放置して脈を計るために持ち上げていた左手を下ろす。

 そうして綺麗な座り方に直していたら、ダンブルドア氏から「まるで死化粧のようじゃのう」*1などという言葉が、苦笑と共に降ってくるのだった。……いやまぁ、この状態で固定してるのも私なので、ある意味間違っちゃぁいないんだけども、ねぇ?

 

 ともあれ、今のところはまだ現状維持。

 動き出すにしても、黒子ちゃんが仕上がるまで待たなければならないので、仕方なしに席に座って紅茶を飲む私なのだった。

 

 

 

 

 

 

「これがスーパー能力者一、そしてこれがスーパー能力者二、そしてこれが、今の私の最高峰……スーパー能力者三、ですの!」*2

「……いや、だからなんで例え方がサイヤ人風なんですか、毎度毎度」

 

 

 まぁ多分、内から溢れてくるパワー……というシチュエーションがそうさせるんだろうけど。

 ……なんて感想を溢しつつ、ようやく黒子ちゃんの準備が終わったので、持っていた紅茶と茶菓子をテーブルに置く私である。

 

 

「調子はどうですか?身に余るパワーで自滅する、ということは無いはずですが」

「それはもう、好調も好調・絶好調ですの!これならば、例えお姉さまが超電磁加速を行っていらっしゃったとしても、軽々と並走することができそうですの!」

「……いまいちわかり辛い例えをどうも」

 

 

 魔法の使用感的に失敗などはないはずだが、この前の超短期コースとは違い、じっくり長期コースの今回は被験者にどんな影響をもたらすのか、今一わからないところがあるので、一応簡単な口頭診断くらいは行っておく。

 ……え?なんでそこがわからないのか、って?いやほら、この魔法を使う時って、基本短期決戦仕掛ける時だからさ。

 

 レベル差が有りすぎて、どう足掻いても勝てないような相手と戦う時とか、はたまた相手の体力(HP)が多すぎて、まともに削ろうとすると時間が幾つあっても足りないような時とか。

 そういう、まともに取り合ってられない手合いに対し、『うっせーそんなの知るか』とばかりに一撃死(ワンパン)させるもの……。

 それが、【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】が使われる場合のシチュエーションのほとんど、というわけである。そもそも魔法のネーミング自体、『どう足掻いても勝つから、凱旋用のマント(外套)作っといてね』、って感じのもんだし。*3

 

 まぁつまり、なにが言いたいのかと言うと。

 魔法の初期構想的に、そもそも長時間掛けっぱなしにすることを想定していないので、思わぬ不具合が隠れ潜んでいる可能性がある、ということである。

 実際、本来なら精神に影響は無いはずなのにも関わらず、黒子ちゃんはどこか悪酔いしているような状態になっているわけで。……そりゃまぁ、ある程度の診断は必要に見えてくる、というか。

 

 

「……?でも、おかしくはありませんこと?そもそもこの魔法とやら、ジャイアント・キリング(大物食い)*4を前提としていらっしゃるのでしょう?でしたら元々の地力が低い方の場合、必然的に長時間掛けっぱなしになるのではありませんこと?」

 

 

 そんな私の説明に、黒子ちゃんからは反論が飛んでくる。

 曰く、指数関数的とはいえ、結局のところは時間経過での倍々ゲームなのだから、元の数値が低ければ求める値に持っていくのに相応の時間が掛かるのではないか、とのこと。

 確かに、幾ら百倍だの千倍だのしたところで、元の数値が一とか二とかであれば、五十三万(フリーザ)を上回るまでには相応の時間が掛かる。*5『絶対に勝つ』と言い募る以上、それでは片手落ちに思えるのも仕方あるまい。

 ……が、それには一つ、簡単な対処法があるのである。

 

 

「……ふむ?」

「この魔法、実は参照先が()()()()()()()()()()んですよね」

「……ひょ?」

 

 

 どこの虫野郎だ、というツッコミは一先ず脇に置くとして。

 この魔法、倍々にしていくのは()()()ステータスである。既になにかしらの補助効果が使用されている場合、それも含めた数値で倍加していくのだ。

 なので、元が一とか二とかの相手でも、先に強化魔法などを掛けておけば、百とか千とかを倍加する、という形になっていく。

 また、途中で掛けた強化魔法に関しては、現在の能力値を元々の能力値扱いで効果を計算する、なんて意☆味☆不☆明な追加効果まで持ち合わせている。

 

 なのでもし、フリーザ最終形態(一億二千万)を一般人に倒させようと思ったのであれば、乗せられるだけバフを乗せたあとに【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】を発動し、能力値が変動する度にバフを上乗せすれば良い、ということになる。

 システム的な限界のようなものである『バフの重ね掛けの制限』も、この魔法で倍加したあとはさらにバフをかけ直せるので、短期間で相手の戦力を上回ることができるという寸法だ。*6

 

 

「……では何故、私は長期間コースになったんですの?その説明ですと、幾らでも融通は利かせられるように思われるのですが……」

「……ええとですね?【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】は、ご存じの通り戦闘力方面以外にも効果を発揮するものです」

「ええ、はい。でなければ、今回の作戦に使うということにはなりませんでしょうし。……それで?」

「ああはい。で、ですね?……これは、()()()()()()()()()()()()()()、というのが実際には正解なのです」

「……はい?」

 

 

 無論、ここまで説明すれば一つの疑問が浮かび上がってくる。

 そんな風に短期間に仕上げられるのなら、今回は何故長時間コースになってしまったのか?……という疑問だ。

 それには、この魔法の特異性が関係してくる。

 

 まず、普通のバフ系の技能というのは、特定のステータスに対して付与させるモノ、というのが一般的である。

 例えば『バイキルト』なら、『攻撃力』を二倍にする処理となっているし、『ガード・レインフォース』ならば、『防御力(RDM)*7一と二分の一(1.5)倍する、と言った風に。

 無論、全ステータスを上昇させるような強力なバフも存在するが……往々にして、これらのバフスキルはなにか一つのステータスを補強する、といった形式になっていることが多い。

 

 ところが【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】の場合、倍加しているのは特定のステータスではなく、()()()()()()というのが正解なのである。

 言うなれば、本人の精巧な分身を作り、それを元の本人に統合する、といった感じのもの。

 無論、あくまでそう考えるのが近いというだけで、本当に本人の分身を作っているわけではないのだが……ともあれ、これによって本人の二倍(本人×2)、という形で()()()()()()()()()()()()()ことができているというわけである。

 

 ……つまりは、だ。

 この魔法、実のところ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 例えばポケモンであるならば、本来はレベルアップなどでしか変動しない体力(HP)を倍加させられるし。

 例えばスパロボであるならば、本来はカスタムボーナスでしか変動しないパーツスロットを倍加させられる、といったように。

 

 

「つまり、今回の場合ですと……超能力そのものを強化できるバフがないので、言うなれば初期値一で五十三万を目指すという状態に近いのです、実際」

「なるほどのう。どのようなものであれ補助できる……ということは、その補助が()()()()()()()()()()()()()()()、ということもありうるというわけじゃのう」

 

 

 私の説明を静かに聞いていたダンブルドア氏が、得心したように頷いている。

 この魔法以外に、対応するバフ系スキルが無い状態のもの。それに該当したのが、黒子ちゃんの超能力だったという結論を聞いて、黒子ちゃんはなるほどと小さく頷いて。

 

 

「……やっぱり人型『幻想御手(レベルアッパー)』でしたのね、貴方」

 

 

 などと、今一どう受け取っていいのかわからない言葉を投げ掛けてくるのだった。

 

 

*1
遺体に対して施す化粧のこと。臨終の相が穏やかということは稀である為、葬式等の際にそのような顔を周囲に晒さないように、という配慮の面もある。ともあれ、故人を思って行うこと、ということに間違いはない

*2
ドラゴンボールより、スーパーサイヤ人3お披露目の際のやり取り。なおスーパーサイヤ人3はエネルギー消費が激しい為、戦闘中に変身が解けてしまう、という形でのピンチになることが多かったりもする

*3
『凱旋』とは、戦いに勝って拠点などに帰ってくること。踵を返す時にマントを翻す、みたいなイメージ

*4
『番狂わせ』とも。スポーツの試合などで、実力や功績に大きな隔たりのある格上の相手を、格下の相手が倒すこと。イギリス・アイルランドの民話である『巨人退治のジャック(Jack the Giant Killer)』がその語源だとされる

*5
『私の戦闘力は53万です』は、ドラゴンボールにおけるフリーザの有名な台詞。なお、あくまで第一形態での戦闘力なので、(その時点での)最終的な戦闘力は1億2千万になるのだとか。高くて10万くらいの戦闘力であれこれしていた時に出てきたので、その当時の絶望感は凄まじいモノだった。なお現在は更にインフレしている為、戦闘力という数値では最早測れない感じになっている(神の領域だと、スカウターで測れないなんて話もある)

*6
数式的に言うと、①【A+b=A'(バフを掛ける時)】、②【A=2A'(倍加する時)】で、Aが元々の能力値・bがバフの効果量と言った感じ。これをn秒毎に①→②の順で繰り返す

*7
Reduce(レデュース) Damage(ダメージ)』の略。正確には『ダメージ軽減』の意味で、『Defend/Defense』の略である『DEF』とは微妙に別物。この場合、『ヴァルキリー・プロファイル』においては『RDM』を一般的な防御力として扱っている、ということになる(このゲームでの『DEF』は、ダメージを無効化する確率を指している)。なお、TRPGなどでは装備などのない素の防御力を『DEF』、装備品などによる数値変動を計算したあとの最終的な防御力を『RDM』としていることが多い



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幕間・良い夢を見た?結構、ですがもっと良い夢が見れますよ

「……むぅ?わしは一体なにを……」

 

 

 ぶるりと身震いをしたのち、意識を取り戻したミラちゃんが、閉ざされていた目蓋を開け、そのまま周囲を見回している。

 

 それなりの長時間に渡る睡眠は、どうにも彼女の意識をぼんやりとさせているようで。ゆえにその視界は、未だはっきりと焦点を結んでいない様子。

 まぁ、こちらとしてはその方が色々と都合がいいので、そのまま作戦を決行させていただく次第なのだが。

 

 

「ようやくお目覚めですか、ミス・ミラ。お昼休みはとうの昔に終わっていますよ?」

「ぬ、ぬぅ?キリア……よな、お主?」

「まだ寝惚けていらっしゃるのですか?ほら、しっかりして。早くしないと、次の授業に遅れてしまいますよ?」

「う、うむ?授業……とな?」

 

 

 その肩を軽く揺すってやれば、素直にこちらを向いてくるミラちゃん。

 そんな彼女に私が向けるのは、世話の焼ける同級生への、困ったような眼差し。……案の定、なにがなにやらわかっていない様子のミラちゃんに、これ幸いとばかりに情報の洪水をぶち撒けていく私である。

 

 彼女の手を引いて椅子から立たせ、その服に付いていたホコリを払ってやれば、それと同時、ミラちゃんが困惑を更に深めるように、自身の姿を確認している姿が写る。

 それもそのはず、今の彼女の姿はというと、黒いローブを纏った状態。

 またその中身も、いつものゴスロリとか甘ロリチックな服ではなく、どこぞの魔法学校の制服に近いモノとなっているのだった。

 その服装、それから私の『次の授業に遅れる』という言葉から──、

 

 

ああなるほど、これは夢じゃな

「……?どうしましたか、ミス・ミラ?」

「いや、単なる独り言じゃよ。ところで、次の授業とやらはなんじゃったかのぅ?」

 

 

 ──これは自分が見ている夢だ、と一応の納得を見せる彼女。

 小声で呟かれたそれは、はっきりと私の耳朶に届いていたが……あえて聞こえなかったふりをして、代わりに彼女へと疑問を投げ掛ける。

 それを聞いた彼女は案の定、こちらを夢の世界の住人だと勘違いをして、適当にごまかしながら別の話題を振ってくるのだった。

 

 

「次の授業ですか?……その、ミス・ミラ。もしかして午睡のし過ぎで、判断能力が一時的に麻痺している、なんてことは?」

「……いや、いきなり失礼なやつじゃのぅ……」

「ああ、いえ。別にからかうつもりでは。……ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、一度の午睡でその情熱を忘れる……だなんてこと、普通ではあり得ないと思いまして。こう、精神に作用する試薬でも試されたのでは、と」*1

「ぬぅ、情熱……とな?」

 

 

 なので私は、彼女の望む通りの話に付き合ってあげることにする。

 夢の中の案内人、気の良い(攻略情報教えてくれる)友人Aとして、求められることをはたしていく所存である。

 

 というわけで、まず手始めにするのは話題提起。

 彼女の今の関心ごとである『次の授業』、それを察するためのヒントを会話に散りばめていく。

 

 互いに纏うのは黒いローブ。

 チラリと覗くローブの裏地は赤く、左胸には勇ましく立つ獅子を模した刺繍が、燦然と縫い付けられている。

 授業前、ということで私が持っているのは、太めの本が一つとノートが一つ。それからその右手には、長さ十八センチほどの短い()が一つ。

 それらの服装・所有物を順に確認し、続いて彼女が確かめるのは自身の持ち物達。大まかな荷物については私とほぼ同じで、唯一彼女の右手の杖だけが、その長さと材質などを私のそれ()とは異にしていた。

 それから、周囲の風景について。

 ()()()()()()()()()()()()()ここは、現在は他の生徒の姿も疎らで、喧騒からは離れている。……次の授業まで時間がないという私の言葉が、嘘ではないと確信したように彼女は頷いていた。

 

 ……ここまで確認すれば、ここが何処か、などという疑問はすぐに答えが出ようもの。

 ゆえに彼女は荷物を抱え直して、改めて私に声を掛けてくるのだった。

 

 

「わしの勘違いなら申し訳ないのじゃが……もしかして、次の授業は()()()()()()()、ということで相違ないかのぅ?」

「……ようやく脳が活動し始めたようですね。では、時間がないのもわかっていますよね?」

「ふむふむ、ふーむふむふむ!なるほどなるほど、あいわかった!焦らず急がず走らずに、大至急教室へ向かうとしようではないか!」

「……いつもの調子が戻ってきたようで、なによりですよ」

 

 

 ふんふん、と興奮から鼻息を荒くする彼女を見つつ、作戦はうまく行っていると笑みを浮かべる私なのだった──。

 

 

 

 

 

 

 無論、これらは夢などではない。

 夢のように誤認させることで、現実感を喪失させているだけであって、実際に私達は広大な()()()()を、縦横無尽に駆け回っている最中なわけである。

 

 本読み達が憧れることといえば、賛否はあるとすれど、恐らくは『物語の中に入ってみたい』だろう。

 この図書館に集う本読み達も、その例に漏れず。……その情熱が昂った結果製作されたのが、今現在私達が走り回っている此処──『空想体験館』である。

 

 借りてきた本をセットすることで、そこに記載された記述を読み取り、その世界を再現する……という、一種のジオラマであるこの館は、ドラえもんのひみつ道具『絵本入りこみぐつ』にそのアイデアの発端を持つモノである。

 言うなれば究極のごっこ遊び用フィールドであり、この図書館にあるもの以外にも色んなところで小型版が使われたりしているらしいが……ここにあるのは、それらのオリジナル。

 出力的には他の場所のそれとは比較にならず、こうして一つの世界を丸々作ってしまえるほど、だったりする。……まぁ、本を媒介に具現化させているので、セットする冊数が少ないと世界に歯抜けができることもあるのだが。

 

 ただ、これにはこれで利点と言うものが存在する。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。映画や漫画・ドラマのように、実写化や立体化の際に付け加えられた設定や描写などから生まれた世界ではなく、正真正銘の『作者の脳内』そのものの世界が生まれる、ということである。

 

 海外文芸ではよくあることだが、翻訳者の質や癖によっては、本来の文章から読み取れるキャラクターとは、微妙にずれたモノができあがる……ということは少なくない。*2

 名前を言ってはいけないあの人(ヴォルデモート卿)の『お辞儀をしろポッター』なんて、まさにその最たるモノだろう。

 

 そしてそれは、世界観の構築にしても同じこと。

 特に専門用語の多い作品や、抽象的な表現を多用する作品において、作者が脳裏で思い浮かべている世界と、それらの文を読んで読者の中に形作られる世界と言うのは、微妙に食い違うことが多い。

 そしてそれゆえに、映像化された作品における建物・物品などが、原作から読み取れるものとは些か様相が違う……なんてこともまた、多発するのである。

 

 その点この館では、原文をそのまま読み取るために翻訳時の変換を防ぎ、複数のシリーズを読み取ることで解像度をあげるなどの手法により、ほぼほぼ原作者の脳内の世界を再現する、ということに成功したのである。

 ゆえに、今現在展開中のこれ──ハリー・ポッター世界は、最早U○Jのアトラクションよりも再現度においては上なのである!……あとで怒られないかなこの表現?

 

 まぁともかく、文章から映像に変換する時に発生するノイズを、限りなく零にしたのが現在のこの場所、ということで。

 現実感をごまかされている今のミラちゃんでは余計のこと、これらの世界が作り物であることに気が付けない、ということなのだった。

 

 

(まぁ代わりに、私への負担が凄いことになってるんだけどね!)

 

 

 なお、ミラちゃんの感じている現実感を夢遊感に変換しているのは、能力強化状態の黒子ちゃんであるが。彼女がそれを行えるように補助している私への負担というものは、実はわりといっぱいいっぱいの域に達しているのだった。

 だって今の私、ミラちゃんと黒子ちゃんを繋ぐ通信ケーブルとしての役目だけじゃなく、ミラちゃん自体を導くお助けキャラまでやってるからね!

 

 夢の世界と言うものは、とかく都合の良いもの。

 一般にはそれらは日中の情報を整理する際に生ずるノイズ、みたいなものだと言われているが……ゆえにこそ、変な現実感が感じられれば、それは違和感となってしこりを残す。

 基本的に夢というものは、覚めてしまえば忘れてしまうもの。それが脳のデフラグ*3の結果なのだから、逆を言えば『覚えている夢』というのはデフラグのミスによって残ったデータ滓、という風に捉えることもできる。

 

 つまりは消し忘れ、消し残し、消しミス。

 覚えていられる夢とは、すなわち疲れを取り切れていないということ。眠っているのに脳が活動してしまっている、ということである。

 ゆえに、彼女にこれを()だと誤認させ続けるには、下手に現実的なこと──この場合は私が(キーア)としての顔を覗かせてしまってはいけない、ということになる。それも、ほんの些細なモノでも、彼女くらいになれば違和感を覚えるだろう、という注釈付き。

 

 そのため、現在の私はキリアとしてもキーアとしても、微妙にキャラの違うモノを演じる羽目になっているのだった。……因みにイメージ元はハーマイオニーである。まぁ、丸っきり同じだとそれはそれで違和感なので、微妙に変えてはいるが。

 

 ともかく。

 今回の私のミッションは単純明快。

 それは、この再現ホグワーツの中で、ミラちゃんにダンブルドア氏の授業を()()()受けて貰うこと。

 そのために私は、万難を排する必要がある……のだが。

 

 

「~♪」

(……大丈夫かなぁ)

 

 

 るんるん気分で歩いているミラちゃんを見ると、微妙に不安になってくるのだった。……好感度は上限を設けてるはずなんだけど、大丈夫かなぁこれ?

 

 

*1
ハリー・ポッターシリーズならば、忘れ薬などが該当するか(文字通りの薬。一年生の『魔法薬学』で調合させられる為、恐らくは薬としては初歩の方に区分されると思われる)

*2
原作では不細工だが、映画ではイケメン俳優になっている、など。そういった見た目の部分以外でも、性格がマイルドになっているなどの改変は結構多い

*3
デフラグメンテーション(defragmentation)』の略。『断片化(フラグメンテーション)』を解消する、という意味の言葉(デ+フラグメンテーション)。コンピューターにおける『記録』というのは、漠然とした場所にデータを置いておくことではなく、特定の場所にきっちりと並べる、という方が近い。その為、データを置いた場所・並びにそのサイズによっては、データとデータの間に隙間が生まれることがある。その隙間は、左右のモノが動かせない以上新たにモノ(データ)を置くことができなくなる・もしくはその隙間に見合ったモノ(データ)しか置けなくなる。このようなデータの飛び地が複数できあがると、新しいデータを保存する時にサイズに見合った隙間を探さなければいけなくなるので、それによりパソコンの動きが遅くなる、などの弊害を起こす。その為、それを解消する為に隙間を詰める、という行為が『デフラグメンテーション』である。なお、データは一度置いたらずらせないので、一々持ち上げる必要がある(=一度消して、別の場所に書き直す)。その為、デフラグは定期的に行わないといけない、ということになる。また、その『記録の整理』という性質に注目して、特定のモノを綺麗に並べることをデフラグと呼んだりすることもある



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幕間・胡蝶の夢、どちらが良いかは人次第

 引き続き、再現ホグワーツからお届け致します。

 

 さて、この再現ホグワーツ。単にその世界の中で生活できるというだけではなく、幾つかゲームのようなモノが設定されている。

 といっても、別に大掛かりな仕掛けが用意されているというわけではなく。単に作中イベントに因んだ、起こってもおかしくないようなイベントが複数用意されている……というだけの話なのだが。

 

 

「……そこのグリフィンドール生の諸君、止まりたまえ」

「ぬ」

(ゲェー!!?)

 

 

 そして今回遭遇したのは、『廊下で走ってはいけませんよ』ゲーム。……いや別にゲームではないのだけれど。*1

 

 話は至って単純、廊下を急ぐように進んでいると、一定の確率で先生方に呼び止められるイベントが入るので、それをうまく掻い潜れ……というもの。

 無事に寮の点数を減らされなければクリア、減らされてしまえば失敗……という、とても単純なシステムである。……いやまぁ、ミスったからと言ってゲームオーバーになる、とかいうわけでもないのだが。

 

 ともあれ、マクゴナガル先生*2などの一部を除けば、遭遇してもそこまで難しいイベントではないのも確かな話。……仮に件の女史に捕まった場合、『そもそも急ぐような時間になる前に移動しなさい』と、とてもごもっともな注意を言われてしまうため、大体失敗す(減点され)ることになるのだが。

 

 が、今回の相手はそれとは別の意味で難敵である。なにせ相手は──、

 

 

「もうすぐ授業の時間になるわけだが。そんなに急いで、何処に行こうと言うのかね?」

「……あー、スネイプ先生。私達はこれから、教室に向かおうとしていた次第でして……」

「教師の話を遮るモノではない。グリフィンドール、十点減点」

(うへぇ、うぜぇー……)

 

 

 今明らかにこっちに会話のバトン渡したやんけ、とこめかみをひくひくさせつつ、笑顔を維持する私。……嫌な顔とかしたら余計に減点されるのは目に見えているので、わりと必死である。

 

 このやりとりからわかる通り、私達に話し掛けてきたのはセブルス・スネイプ。*3コウモリのような印象を相手に与える彼は、ハリー・ポッターシリーズ屈指の人気キャラであり、同時に仮にハリポタ世界に入り込めるのであれば、あまりお近付きにはなりたくないタイプの人物である。

 

 色々と理由はあるとはいえ、所属寮がグリフィンドールであるだけで些細なことで減点を課してくる彼は、少なくともかの獅子寮(グリフィンドール)に所属している限りは目を付けられたくない相手であるし。

 そもそもにハリポタ世界で起きる事件、その中心人物の一人でもあるので、迂闊に近寄ればいつの間にか周囲が地雷源だった、なんてことにもなりかねない。……いやまぁ、そっちの意味でならハリーの近くの方がヤバいだろうけど。

 

 そして、それらの原作的な特徴により──彼はこのゲームにおいても、まさしく『ハズレ』としか言い様のない存在になっている。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 このハリポタ再現ワールドにおいて、一番人気なのはやはりグリフィンドールである。*4必然、このイベントにおいて『彼と出会う』というのは、避けられない減点イベントになるのだ。

 このイベントで彼にあった時の要点は、如何にして彼の減点を低い数値に抑え込むか?……というところにあると語られるほどに、減点をゼロに抑えるのは不可能だとされているのだから、その理不尽さは言うに及ばず、というわけだ。

 

 ……下手な御機嫌取りは逆効果だし、無論抗弁なんて以てのほか。

 まるで嵐が過ぎ去るのを待つように、黙って下を向いているのも宜しくない……というのだから、このイベントを無事切り抜けられるとすれば、それは彼の想い人たるリリーに瓜二つな人物くらいのもの……なんて冗談が出るくらいの難易度。

 ゆえに私達にできることと言えば、精々相手を刺激しないように当たり障りのない会話を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいのものなわけで。

 ……コミュニケーション能力カンストでもないとそんなの無理なので、結局は相手が満足するまで減点させるのが正攻法、とまで言われてしまうのだった。……ハリー君ってば、これよりもっと敵視されてたって本当なんです……?*5

 

 なお、これは風の噂だが……TSハリーちゃんは無傷でクリアした、なんて話もあったりする。スネイプェ……。*6

 

 話を戻して。

 会話の出だしから既にマイナス十点を受けてしまったが、これはとても宜しくないパターンである。

 先程『スネイプ先生の満足するまで減点させる』のが正攻法と語ったが、この『最初から減点される』パターンを引いた場合、その減点数は下手をすると百の大台に乗るのだ。

 寮対抗においては、大体三桁の点数で競いあっている……ということを加味すれば、百点の減点がどれほど大きいかはよく分かることだろう。*7

 

 いやでもこれって単なるゲームでしょ?……というツッコミが入ってきそうな話だが。

 確かに、最初に述べた通りに別に減点──イベントを失敗しても、それがイコールゲームオーバーというわけではない。

 だがしかし、この点数制とはすなわち、生徒の優秀さや優等生であることを端的に示すものでもある。……減点が多かったり続いたりするということは、すなわちその人物が悪い生徒である、と示しているという風にも捉えられるわけで。

 そうなるとどうなるのか?……原作のハリー達みたいに、行動が制限されるのです()

 

 この体験ワールドは、基本的に時間制限のない遊び場であるが……一度退出しない限り、その中での学校からの評価、というものはリセットされない。

 この世界の再現自体を取り止めることでも、同じようにリセットできるが……ともあれ、遊び続けている限りは減点はなかったことにはならない、というのは確かな話。

 ……要するに、例え好きな作品の中とはいえ、針のむしろみたいな状況に陥ってまで遊んでいられるか?ということ。減点続きのできの悪い生徒と見られ続けるのは、結構な苦痛だと言うことである。

 

 ぶっちゃけると『二度とやらんわこんなクソゲー』*8と放り出しやすいってこと。……言い方的にそのうち戻ってくることまで含めて、だ。

 なので、ハリーにできうる限り同行するのを目指す、とかでもない限りは、減点はできる限り避けるべきなのだけれど……まぁうん、目の前に居ますね、大量減点要()が。

 

 まぁ最悪私達に関しては、ミラちゃんがダンブルドア氏の授業を受けたらそのままリセット、という形で逃げても良いのだけれど……さてここで問題です。

 ミラちゃんは、今現在ここをどういうものだと思っていて。それから私は、それをどうしなきゃいけなかったのでしょうか?

 

 ……正解はこちら、『ミラちゃんは今この世界を夢だと思っているため、そちらの思い通りにならなければこれが夢ではないと気付いてしまう。なので、私はそれをどうにかして回避しなければならない』でした。なんで気付かせちゃダメなのか、っていうのは『(ハリポタ世界に居ることに気付いて)また尊死するから』だってのはもうわかるよね!(泣)

 

 そして間の悪いことに、隣のミラちゃんは胡乱な顔付きだったのから一転して、悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべ、スネイプ氏に見えないように杖を振ろうとしている。……ヤベーぞ実力行使するつもりだ!!

 もしそれを許してしまえば、スネイプ先生からは下手すると千点級の減点が飛んでくるし、更には自分の思い通りにならなかったことから違和感を覚え、ミラちゃんがここが何処なのかに気付いてまた尊死してしまう!……ピタゴラスイッチかなにか?最終的な着地点が『死』だから、どっちかと言うとファイナル・デッドシリーズ系?

 

 とまれ、そんなことになってしまえば、今までの苦労が水の泡になる。こうなりゃ一か八か、バグ技で抜けるしかねぇ!!

 

 

「……あ、ポッター!」

「なに……!?」

「ぬぉ!?ひひひ引っ張るでないわ!急に!」

 

 

 それは、このシステム内での減点は、あくまで『互いが認識している状況でしか行われない』というもの。

 例え相手に減点の意思があれども、それを()()()()()()()()()()のなら、システム的に反映されない……というものである。

 

 この辺り、原作での点数システムが結構いい加減なところがある、ということを示しているのかもしれないが……こちらとしては好都合。

 スネイプ先生はハリーに対してヘイトが高い、という特徴を活かしての、多用はできない裏技(ハリーの幻影を遠くに投射)により、彼の言葉が届く範囲からさっさと脱出する!

 

 ついでに、それで走ってたらまた捕まりかねないので、バグでショートカットだ!

 

 

「ぬぉ?!なんじゃこの道!?」

「ホグワーツには隠し通路がありますからね!さっさと抜けますよ!」

「ままま待て!とりあえず離さぬか!!」

 

 

 ごちゃごちゃ言っているミラちゃんを引きずるようにして、私は命からがらスネイプ先生の魔の手から逃げおおせるのだった……。

 

 

*1
廊下で走るのって本当に危ないのか、という人にはこのひしゃげた眼鏡を見て頂きたい(真顔)。車の運転と同じで、死角から飛び出してくる人は幾らでもいる。そもそも(勢いよく走ってる)お前がそうだ、という話

*2
ミネルバ・マクゴナガル。『ハリー・ポッター』シリーズの女性教員の一人であり、グリフィンドールの寮監でもある。基本的には自他に厳しい鉄の女、という感じの人だが、唯一クィディッチ関連の話だけは判断が甘めになる

*3
『ハリー・ポッター』シリーズの登場人物の一人。原作描写だと多分映画のようなイケメンではない(少なくとも歯揃いは悪い)。ハリーを目の敵にする教師として登場したが、その本心は……?ハリーが女の子、かつ母親似だったら多分凄いことになってた、とも言われる人。コウモリみたいという描写が度々存在する

*4
実際に『ハリー・ポッター』の世界に入り込むのであれば、グリフィンドールかスリザリンに入ってみたい、という人がほとんどだろう。他二寮は若干影が薄い感がある。逆に言えば、そこに想像の余地があるとも言えるのだが

*5
ハリーに厳しい理由の一つに、その外見が彼にとっての怨敵・ジェームズに似ているから、というものがある。なお瞳の色だけは母であるリリーに似ている為、死の間際のスネイプはハリーに『こっちを(リリーによく似たその目で)見ろ』なんて風に述べたりしている

*6
『○○ェ……』は、NARUTOの香燐の台詞『た……たまんない……サスケェ……』が元だとされるもので、感嘆や落胆などの言葉にならない感情が『ェ……』に込められているとされる。なおこの用法が広まったのはどこぞの掲示板からな模様。直前の言葉が『え行』で終わってなくても、お構い無しに使われるのも特徴

*7
参考までに、一巻での各寮の点数は350~480点付近

*8
『ポプテピピック』にて登場した台詞。負けてコントローラーを投げながら『ハイクソー』、その後『二度とやらんわこんなクソゲー』と扱き下ろしつつ、暫くしてまた再トライ……という、ゲーマーあるある。なお、これを宛にしてゲーム作りをすると『二度とやらんわこんなクソゲー』のあとに戻ってこない、なんてことにもなりかねないので注意が必要。クソゲーといいつつも遊ぶのは、何処かに光明があるからこそ。光明の見えないモノはクソゲーではなく、ゲームの形をした何かでしかないのだ



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幕間・ああ、もちのロンさ!

「ああまったく……ミラのおかげで酷い目にあいました」

「それはわしの台詞ではないかのぅ……」

 

 

 命からがら、スネイプ氏の魔の手から逃れた私達。

 その結果髪の毛がぼわっと広がってしまったミラちゃんの様子に、小さく苦笑を返しつつ。改めて、自身が何処にたどり着いたのかを確認しておく。

 

 隠し通路、などと言いながら通った道は、実際はテスクチャの裏側。システム保全のための緊急用通路であるそれを、適当なことを吹き込んでまっすぐに突き進んだ形となっている。

 まぁそのおかげで?さっきまでの調子だと、間に合いそうもなかった授業には?こうして無事に到着することができたんですけどね?……速度の出しすぎで髪が爆発した?知らん、そんなことは私の管轄外だ。

 

 はぁ、と胸を撫で下ろしながら周囲を見渡せば、そこには椅子に座る複数の生徒達の姿が。……原作キャラっぽいのも居るが、私達と同じようにこの世界で遊んでいるのだろうと思われる、生徒(逆憑依)達の姿もぽつぽつと見受けられる。

 なので黒子ちゃんには、その辺りの人物(おかしなモノ)他の人物(普通のモノ)に見えるよう、ミラちゃんの視界を細工して欲しいと念話で伝えつつ。改めて彼女の手を引いて、空いている椅子に座るのだった。

 

 なお当の彼女はと言えば、さっきまでのことはすっかり忘れてしまったようで。頻りに周囲を見渡しては、ニコニコと笑みを深めている。

 憧れの人が居る世界、そこにこうして当事者として関われること──。無論、ダンブルドア氏本人に会うことと比べれば、それらに対する感動というものは比較的弱いものになるのだろうが。

 それでも、彼女が目を輝かせるに足る、得難き経験であることに間違いはないだろう。

 ……まぁ勿論、あくまでも()と誤認している状態なので、その喜び具合は更に一段階ほど下がっているとは思われるのだが。

 

 とまれ、キラキラピカピカしている彼女を邪魔しては悪いと思いつつ、視線を彼女から外して改めて周囲を見回し。

 

 

「おおーい、キリア、ミラ、こっちこっち」

おおぅ、そっかぁ……

「……ぬ?どうしたキリア、なんぞ気の抜けた声なぞ出して」

「いいえ、なんでも。……それより、呼ばれているようですから席を移りますよ」

「む?」

 

 

 ふと、こちらに手を振る()()()()()を見つけてしまい、思わず声をあげてしまうことになるのだった。

 

 ……あー、うん。

 そりゃまぁ、奇しくも()()()()なのだし、ある程度の親交がある設定になっていても、別におかしくはないか。

 そう苦笑しながら、私がまじまじと見つめる先。

 そこには、あの原作主人公三人組(ハリー・ロン・ハーマイオニー)が、こちらに笑顔を向けながら手を振ってくる姿があるのだった。*1

 

 

 

 

 

 

「優等生の君達にしては、今日はなんだか遅いじゃないか?」

「そういう言い方はないんじゃない、ロン?ほら、キリアもミラも。とりあえず座ったら?」

「う、うむ。では失礼して……」

「お言葉に甘えさせて頂きますね」

「……いやー、毎度毎度思うけど、なんていうかこう……気品が違うね、二人とも」

「なぁに?それってもしかして、私に喧嘩を売ってるのロン?」

「うわっと、冗談冗談!言葉の綾ってやつだから、勘弁しておくれよハーマイオニー」

 

 

 近付いた結果、開口一番赤毛の彼──ロナルド・ビリウス・ウィーズリーことロンから飛んできたのは、こちらを揶揄するような言葉。

 それを嗜めるように、栗色の髪の少女──ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーが声をあげる。

 

 この二人は、『ハリー・ポッター』シリーズにおける中心人物。

 とかく重要な存在である二人だが……ここに居るのは、先程のスネイプ氏と同じく単なる再現体(AI)である。無論、性質的には【顕象】みたいなものに近いので、変にAI扱いするのもアレなのだが。

 

 ……あと、ハーマイオニーに関しては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という原作者の意向を反映したモノではなく、映画版の方の彼女に近い容姿になっている。*2

 この辺りの話は、明確に作者の意思を曲げている……ということで、図書館内でも大きな問題になったらしい。

 そうして議論が紛糾した結果、その時に遊んでいる人達による多数決で、どちらのハーマイオニーになるかが選択される………という形式になったみたいだ。

 

 彼女についての話は、それくらいにしておくとして。

 読者(プレイヤー)が獅子寮を選択している場合、特に関わりたい相手の指定がなければ、彼らとの友好度はそれなりに高い数値に設定される。……『ハリー・ポッター』世界を味わい尽くそうとする場合、そちらの方が色々と都合が良いからだ。

 

 今回は時代設定が彼らが一年生の時であるため、賢者の石関連の話を楽しめるようになっているわけだが……その場合でも、そうじゃなかったとしても。

 騒動の中心である、ポッター達と関わりがある方が体験としては面白いものになる……という考えは、決しておかしなモノではないだろう。

 なので、彼らからの読者への好感度は、基本高めになっている……ということになるのだった。

 なお、これがスリザリン()寮所属の場合だと、マルフォイ君*3以下二名と仲良くなって、ハリー達にあれこれと妨害行為をする役……という風になるのが一般的である。

 

 ともかく。獅子寮所属なのであれば、ハリー達三人と仲良くなるのは半ば既定事項。そこに疑問を挟む余地は、本来であれば一欠片もないはずなのだけれど……。

 

 

「……ん、んんん?」

「えと、どうしたのミラ?僕の顔を見て、なんだか唸っているみたいだけど」

「いや、うん?……ええと、んんん?」

 

 

 ──今回に関して言えば、少しばかり話が別。

 本来であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。……具体的には、ネビル君辺りとの交流で満足してほしかった……みたいな?

 

 その理由は、こうして目の前に鎮座している。

 それは、野暮ったい丸眼鏡を掛けていて。

 それは、額に稲妻模様のアザを持っていて。

 それは、母親譲りの緑色の瞳を瞬かせていて。

 それは、父親譲りの黒い髪を少し長めに切り揃えていて。

 そしてそれは何故か、()()()()()()()()()()()()()()()()……という、そんな人物。*4

 

 その人物を見て、ミラちゃんが頻りに首を傾げているが……止めてくださいうちの子が夢見心地から覚めちゃうでしょォッ!!?

 

 ミラちゃんが困惑する理由。私が内心で大いに慌てている理由。それは、

 

 

「……お主、女の子よな?……ハリー、なのか?」

「──わかった。まだ寝ぼけてるんだね、ミラ」

「ぬぅ、そうかやはりこれは夢……」

「僕が女の子だって?見ればわかるじゃないか、そんなの」

「いやこれどっちじゃ?夢か現かまったくわからんのじゃが?」

「落ち着いてミラ。胡蝶の夢なんて、この辺りの人にはわからないわ」

 

 

 主人公であるハリーだけが、私達と同じく読者(逆憑依)だったから、だ!……え?そこよりももっと注目すべきところがある?はてさてなんのことやら……。

 

 

 

 

 

 

 先程のスネイプ氏とのエンカウント時、ちょっと話題に上っていたモノ。

 いわゆる女体化ハリーとでも呼ぶべき存在。それが、今ここに居る彼女の正体である。

 個人的には、どこぞの地霊使い*5を彷彿とさせるその容姿に、なんとも言えない敗北感を感じないでもないのだが……流石に口にはしない。今ここに居るキリアちゃんのイメージ的にもあれだし、そこから芋づる式にミラちゃんが夢から醒めかねないので、あくまで内心で歯軋りをするに留める。

 

 

「……気のせいかな、僕時々キリアに攻撃呪文とか飛ばされるんじゃないかな、って思う時があるんだ」

「気のせいではありませんか?誰も闇の魔術(例の呪文)なんて使おうとしていませんよ?」*6

「誰もそこまでは言ってないんじゃないかしら……」

 

 

 ……まぁ、漏れ出る瘴気的なものは、全然ごまかせていないんですけどね?ガバガバかよお前の隠蔽工作。

 

 とまれ、こうして他愛のない会話ができている辺り、私達の友好関係はそれなりに深いもの、ということで間違いはないようだ。

 ただまぁ、再現体(AI)相手に言うのはあれなのだけれど……。

 

 

「……ロンの将来はすけこまし、ですかね」

「?……キリア、なんだいその……スケコマシ(sukekomashi)?ってのは」

「しっかりモノという意味の、日の本の言葉ですよ」

「へー、流石はマホウトコロからの留学生ね」*7

 

 

 現在の彼の状況を見る限り、どう足掻いても最低のハーレム野郎でしかない。*8

 本人にそのつもりがないのがあれだし、そもそも再現体である彼にその辺りの細かい対応を求めるのもあれだが……世が世なら刺されているでしょ、この子。もしくはスネイプ氏に目の敵にされる。

 

 私達二人がおらずとも、美少女二人を侍らせているのは間違いないのだから、罷り間違って逆憑依とかじゃなくて良かったね、なんて思いまで沸いてくる始末である。

 

 で、話は変わるが。

 先ほど、私が『すけこまし』と述べた時に、彼らの反応がおかしかったことに気付いただろうか?

 それもそのはず、先ほどの『すけこまし』の発音は、わざわざ日本語に直したモノとして判定されている(実際に私達の耳に届いているのは全部日本語)。

 これがなにを意味するのかと言うと……私の母国語が、日本語に設定されているということである。

 

 そう、『キリア』なんて名前をしてはいるが、ここに居るキリアちゃんは正真正銘日本人扱いなのだ!……ハーフ扱いなので、見た目は普通に外国人だが。

 なんでこんなことになっているのかと言うと……それは偏にミラちゃんのせい。彼女、構成要素とビルド(仙術使い)の関係で中国系キャラ扱いになっているのである。

 

 そして、これがいわゆる『描写の欠け』ということになるのだが……原作において中国にあるはずの魔法学校は、その名前と実在を含めて明言されたことがない。魔法省があるのだから、確実にあるはずなのにも関わらず……だ。*9

 その結果、中国系の魔法使いであるミラちゃんは、何故か日本の魔法学校である『マホウトコロ』からの留学生、という設定になってしまっているのである。なんて雑な扱い!

 

 とはいえ、これは仕方のないこと。

 原作を基準に作り上げられた世界である以上、そこに記載されていないものは──キャラの動きはともかく、設定面に関しては踏み込めないのは道理。

 どこぞのVODサービスサイトの映画が、許諾を取れていない作品があるせいで、その作品にしか載っていない設定をどうにかして回避するために、あれこれと試行錯誤をする羽目になった*10……なんて話があるが、こっちは無理にオリジナルにはしなかった、ということになるのだろう。

 

 まぁともかく。

 私達二人が、日本の魔法学校である『マホウトコロ』からの留学生である、ということに間違いはなく。

 

 

「……むぅ、マホウトコロ……?」

(ひぃーっ!!)

 

 

 その微妙な立ち位置的に、ミラちゃんが現状に疑問を持ち始めることこそ、今の私にとっての一番の恐怖なのは、言うまでもないだろう。……どうなる私!どうなるミラちゃん!(ヒント:爆死する)

 

 

*1
『ハリー・ポッター』シリーズの中心人物達。意外と頭の回転の早いロン、主人公であるハリー、知識全般に強いハーマイオニーの三人

*2
『呪いの子』の舞台版にて紛糾した議論。差別だなんだと原作者が声明を出した為、余計に拗れる羽目に。原作で明言したことがないから、というのは論理的には微妙ではないだろうか……?そもそもその辺りを翻すのなら、映画の時点で言っておくべきでは?……という意見もあり、これもポリコレなのでは?……などと別の方向にも波及する始末である

*3
ドラコ・ルシウス・マルフォイ、およびその腰巾着のグレゴリー・ゴイル、ビンセント・クラッブの二人のこと。なお、マルフォイの方はハリーの敵役として有名だが、中の人はそれによって結構精神にダメージを受けたりしていたようだ(日本でもたまにあるが、悪役を演じると演者も悪人だと思われる、ということがある。海外ではこの風潮がとても強い)

*4
よくあるTSポッターの容姿

*5
『遊戯王OCG』より、『地霊使いアウス』のこと。胸部が豊かなのは割りと最初の方からだったのだが、『地霊媒師アウス』になるまではボーイッシュに見えることもあり、あまり注目されることはなかった。髪の色を黒にすれば、TSポッターのイメージとしてはぴったりになる

*6
クルーシオ(磔の呪文)』。許されざる呪文の一つであり、ヒトに向かって使った場合、洗脳状態でないのなら即監獄(アズカバン)行きになる。軽はずみに唱えても効果は薄いが、本気で唱えれば想像を絶する苦痛を相手に与え、場合によっては廃人にさせることも。身体的な傷は一切与えない為、もっぱら拷問用

*7
日本の南硫黄島にあるという、白翡翠で作られた校舎が特徴の魔法学校。桜に特別強い想いを抱いていると言われている

*8
なおロン本人は女性に免疫がないので、ハーレムとか恐らく無理である

*9
明言されているのは、世界には魔法学校が11あること。それから、それらのうちの幾つか(7つ)の学校の名前について。意外と謎は多い

*10
『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』のこと。権利者周りで訴訟などややこしいことになっているようで、製作側が持っている権利は『指輪物語』『ホビットの冒険』のみであり、そこ以外の部分は持っていない(というか、買わせて貰えない)。遊戯王に例えるのなら『GX』『5d's』だけしか権利を持っておらず、『無印』に関しては権利を持っていない、みたいな感じ。その上で話を作ろうとしているので、色々無理が出ているという形(例えば海馬コーポレーション周りの名前が出せない、なんてことになる)



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幕間・さて、そろそろ幕引きじゃの

 実は二人して留学生だった、という今明かされる衝撃の真実!……により、ミラちゃんが現状に疑念を抱き始めたところが前回までのあらすじ、というわけだが。

 

 

「……あー、そろそろ先生も来るみたいだし、前を向いておかない?」

「ハリーの言う通りね、そろそろ静かにしましょ」

「心得ました。ミラ、考え事はまたの機会に。おまちかねの時間ですよ」

「む?……ああなるほど、了解じゃ」

 

 

 こちらの事情をうっすらと知っているハリーが、こちらに助け船を出してくれる。

 それにハーマイオニーが乗っかり、私もまた相乗りさせて貰うことにより、ミラちゃんの注意を別の場所に逸らすことに成功するのだった。……ロン?余計なこと言ったから口を縫い合わ(オスコーシ)されていますがなにか?*1

 

 

「……ぷはっ!いきなり酷くない?」

「あら、どうやら反省できていないみたいね。もう一度口を閉じさせて貰ったら?」

「息が出来なくなるだろ!」

「鼻から息はできますよ、ロン」

「そういう問題じゃないと思うんだけど?!」

 

 

 原作に比べると、なんとなくお調子者感がなくもないロンに、みんなで生暖かい笑みを向けつつ。

 改めて、前を向き直す私達。……そろそろ、今回の目的の一端がやってくるからである。

 

 そもそも、今回のあれこれは繋ぎの話。ここでかかずらっている暇はないのだ。……的な無言の念話がどこからともなく(黒子ちゃんから)飛んでくることもあり、いい加減真面目にやろうと思った次第なのであった。

 

 そんなこちらの葛藤?的なモノは置いといて。

 時刻は授業開始の時間となり、教室には一人の人間が進み入ってくる。

 無論、それはハリポタ世界において、誰もが知る超有名人にして、より大きな善のために邁進する存在。

 親しみやすい部分を持ちながら、決定的な部分では恐ろしさをも持つ人物──、

 

 

「──授業を始める。まずは教科書を開いて──」

(あれー!!?)

 

 

 ──アルバス・ダンブルドア。

 近代最強の魔法使いと呼ばれる彼の姿が、教室に現れるはず……だったのだが。

 今私達の目の前にいるのは、長い白銀の髪が眩しい、切れ長の瞳が特徴的な()()()()

 ……見間違いでなければ、セフィロス*2その人が、教本片手に教鞭を取る姿が写っているのだった。……なして?

 

 

 

 

 

 

 ──どうにも老齢の儂が一緒じゃと、緊張してしまうようじゃからの。こうして、若い姿を取らせて貰った──。

 ……などという、茶目っ気たっぷりのダンブルドア氏の声が響いてきた私は、思わず頭を抱えそうになる。いやそれ、本末転倒じゃないですかねぇ!?

 

 そもそもの話、ミラちゃんが憧れたのは老魔術師・ダンブルドア。もう一人の憧れ(ガンダルフ)と共に、渋いおじいちゃんへの愛こそが彼女の肝。

 ゆえに、例えそれが彼女の愛したダンブルドア、その若き頃の姿とはいえ……元の彼に対しての情熱と、同じ熱を持てるとは到底思えないのであった。

 

 ……っていうか、そもそもファンタビ版でもないじゃん!声繋がりで向こう(ハルケギニア)で匂わせていたネタじゃん!ここにはチョコボ頭の青年は居ませんよ!

 乱闘に絶望とか贈らなくていいですよ、なんて風なこちらの言葉は、イケメンダンブルドアの流し目とフッという笑みには、無為に爆ぜるだけなのだった。……なんやこの状況ゥゥゥゥッ!!?

 

 爽やかイケメンセフィロスとか、こんなところで出すネタでもないやろ*3、なんて風に思っていた私は、はっとしながら横のミラちゃんに視線を向ける。

 彼女はこれを夢だと思っていたはず。……が、ここにきて盛大な梯子外しを受けたため、『これは夢ではない』と気が付いてもおかしくはない。

 

 そうなれば彼女のこと、折角の老魔術師が若返っているとか、そりゃもう真っ赤になって怒り始めてもおかしくはない……!

 もし彼女が暴走を始めたら、それを身を挺して止めなければ……!なんて指命感すら抱きながら振り返った先の彼女は。

 

 

「…………」

(なんなのだ、みたいな台詞が似合いそうな虚無顔!?)

 

 

 衝撃のあまりということなのか、虚無の表情で口を半開きにしていたのだった。*4……何事か呟いているけれど、小さすぎて聞き取れない。

 授業を進めているダンブルドア氏には悪いが、このまま放置するのは宜しくないので、彼女の口元に耳を近付けて、その内容を聞き取ろうとする私である。

 

 さて、彼女がなにを呟いていたのか、というと……。

 

 

「これは夢……すなわちこれは、わしの願望……」

(……あ、変な方向に拗れてるわこれ)

 

 

 夢から醒めるのではなく、更に夢の深みに沈むかのような言葉*5に、思わず呆れ返ることになる私なのでした。……ええと、ロマンスグレーメーカー(おじさま育成ゲー)、ってこと?

 

 

 

 

 

 

「……それにしても、随分と長丁場でしたわね……」

「まぁうん、良い思い出になった、ってことで納得して貰えたから良かったんじゃないかな……」

 

 

 時間にしてどれくらい掛かったのかわからないが、ともあれミラちゃんの尊死を防ぎつつダンブルドア氏の授業を受けさせる……というミッションは、どうにか完了を見せ。

 ほんのり「よかったのかなぁ?」みたいな気分を私達に残しつつ、ミラちゃんは夢見心地で互助会の方に戻っていったのだった。……なんか変な趣味に目覚めてた気がしたけど、私は知りません。

 

 ともあれ、図書館内の出来事は外の時間軸から外れている……と前置いて言っておいた通り、外に出てもその時刻はお昼を少し過ぎた程度。

 中天に昇る疑似太陽は眩しく、そろそろ夏日になるのだろうな、ということをこちらに感じさせるのだった。

 

 

「今年は暑いらしいですわねー」

「マジかぁ。私は冬生まれだから、暑いのはやだなー」

 

 

 交わす会話は他愛なく、取り留めもなく続いていく。

 ……このまま約束も忘れてくれていれば、こちらとしては楽なのだけれど。「暑いと言えば、早くお姉さまとくんつほぐれつあっつあつになりたいですの」みたいなことを、ちょっと薄気味悪さを覚える笑みと共に言われてしまえば、こちらとしては閉口せざるを得ないのだった。

 流石は、バレンタインに裸にリボンとかしちゃう系淑女である。……淑女ってなにさ?*6

 

 小さく(密かに)舌打ちをしつつ、感覚的には既に一週間前くらいな気分の、彼女からの要望に従って道を歩く私。

 暫くして見えて来るのは、無論ラットハウスで。

 

 

「……あ。そういえば、ちょっと忘れ物したから、先に行って待ってて貰える?」

「む。忘れ物ですの?」

「うん、財布とスマホと鞄とメモ帳」

「なにもかも忘れていませんこと!?」

 

 

 その道中で私は、突然思い出したように手を叩き、ペロッと舌を出しながら黒子ちゃんに謝罪の言葉を述べる。……感覚的に一週間もあれこれしていたからか、どうやら手持ちの荷物を図書館に忘れてきてしまったらしい。

 

 これでは待ち合わせ相手の食事代すら出せないので、取りに行ってくると言いながら、黒子ちゃんには先にラットハウスに入っていて貰うことに。

 ……ついでに、店内のライネスに念話を飛ばし、例の作戦を発動。種明かしと時間稼ぎをお願いして、私は私でやるべきことをやることに。

 

 ……え?やるべきことってなにかって?それは勿論……。

 

 

「逃げるんだよォ!マーシュー!」*7

 

 

 お決まりの台詞を投げつつ、開けゴマ!……もといオープンザワールドドアー!

 これがこのキリアの逃走経路よ、とばかりにハルケギニアへの扉を開く私である。

 

 ……え、何故逃げるのかって?そりゃ勿論、

 

 

「……おおっと、こいつは早く逃げなければ」

 

 

 ラットハウスから聞こえてくるのは、言語としての用をなしていない、獣の雄叫び染みた叫び声。……なにせワテクシ*8、『ビリビリさん』とは言ったけど、それが()()()()()()()()()()()()()()()()からね!

 

 ラットハウスで待っていたのは、常盤台中学の制服から、頭をすっぽりと出したビリビリさん(ピカチュウ/トリムマウ)

 恐らくはカツラまで被って背中を向けていた彼に、いつものノリで黒子ちゃんが飛び付いた……とかだとは思うが。

 その結果が困惑と怒りのない交ぜになったこの叫びだと言うのなら、今彼女に捕まったら八つ裂き*9にされること請け合いである。

 別に八つ裂きにされることそのものに、特になにかがあるわけではないが……痛いのは痛いので、こうしてスタコラサッサと逃げ出そうとしている、というわけなのであった。

 

 

「というわけで、あばよー、とっつぁーん!」

 

 

 そもそも『とある』系のキャラって、君以外ほとんど居ないでしょ!……的な言葉を飲み込みつつ、ゲートを潜ってさようなら。

 黒子ちゃんに追い付かれる前に、まんまと逃げおおせることに成功する私なのでありましたとさ。

 

 ……なお、それから暫くして、『上条君』という二例目が現れたことで、黒子ちゃんからこの話を蒸し返されることになるのだが……それはまた、別の話。

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、そんな感じのことがありましたの」

「上条さんは、自分のせいでトラブルが再発した、というところに驚きを隠せませんのことよ……」

 

 

 ぷりぷりと憤慨しながら、イカ焼きを口に運ぶ黒子の姿に、小さく苦笑を浮かべる上条。

 

 自身がここにやってきたことで、風化しかけていた議論が再発した、ということは辛うじて理解した彼としては、なんというか『不幸だ』と口にしたい気分だったが……あえて口にはしない。

 もし仮に御坂が本当にここに現れるのであれば、それはそれで嬉しいからだ。

 

 ……まぁ問題があるとすれば、ここに居る自分は純粋な自分ではなく、原作の外という視点を持つ存在。……御坂が自分に対してどういう感情を抱いているのか、ということを知ってしまっているため、接し方に困るということだろうか。

 幸いにして、目の前に居る少女はその辺りの問題に気付いていない、もしくは意図的に目を逸らしているみたいだが……少なくとも、退屈しないことになるのは間違いないだろう。

 

 

上条さんは、歳下は守備範囲外ですよー……

「?なにか仰いまして?」

「なんにも。で、俺はいつまで奢らされてればいいんでせうかね?」

 

 

 思わずとばかりに呟けば、先行していた黒子がこちらを見て首を傾げている。

 それになんでもないと返しつつ──軽くなった財布を振って、彼女に疑問を投げ掛ける。

 

 それに対して彼女は、新たに右手に増えたわたあめをピッ、と彼の方に向けながら、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

「勿論、貴方が破産するまでですの♪」

「勘弁してくれ……」

 

 

 

 

 

 

「もしかして上黒なのですか、とミサカはミサカは疑問を呈してみたり」

 

 

 そんな二人のやり取りを、少し離れたところで見ている少女が居たが──生憎と、彼女の姿はすぐに雑踏に紛れ、見えなくなってしまうのだった。

 

 

*1
『ハリー・ポッター』シリーズ……ではなく、その間連作である『ファンタスティック・ビースト』の方で登場した魔法。邦訳では『オスコーシ 口消えよ』。相手の口を文字通り消してしまう呪文。喋られなくなるので、『無言呪文』などを覚えていなければ自動的になにもできなくなる。作中での使用者は、リタ・レストレンジやミネルバ・マクゴナガル(ファンタビ)など。類似魔法に『シレンシオ 黙れ』や『ラングロック 舌縛り』などがある

*2
以前も述べたが、『ファンタビ』版の若い頃のダンブルドアは、声がセフィロスと同じ森川智之氏である。……『ファンタビ』版の彼の容姿は、セフィロスとは似ても似つかない

*3
自身の真実について知らなかった頃のセフィロスのこと。とても人が良く、皆から慕われていた1stソルジャーその人

*4
o⊿o)←こんな顔

*5
夢じゃない、という認識にたどり着かず、『夢はその人の隠された願望が出てくるもの』という論調に従った、ということ。この場合は『イケメンとかショタとかを、渋いイケメンジジイに育成したい欲望』が自身の中にある、と誤認した

*6
『とある魔術の禁書目録 幻想収束(イマジナリーフェスト)』における黒子の星3アシスト・『【誘惑のバレンタイン】白井黒子』のこと。画像検索すればわかるが、少なくとも中学生女子がやっていい格好ではない。ついでに言うのなら貞淑さもない

*7
『ジョジョの奇妙な冒険』第二部(Part02)『戦闘潮流』におけるジョセフ・ジョースターの台詞『逃げるんだよォ!スモーキーーーッ!!』から。三十六計逃げるに如かず!

*8
(わたくし)』をおどけて言った言葉。『アテクシ』とも。自分以外の発言に使う場合、かなり強めの皮肉の台詞になる(悪役令嬢の一人称、みたいなイメージと言うか)

*9
牛裂きとも。四肢を動物などに縄を付けて引っ張らせ、体をバラバラに引き裂く刑罰。また、そこから転じて相手をバラバラにすること。この場合の『八』は八つに別けるという意味ではなく、『八百万』などと同じく『多くのパーツに別ける』ことを意味する。中国では『五馬分屍』、イギリスでは『四つ裂き(Quartering)』などと呼ばれるそうな



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十八章 秋の心は掴めぬ雲のよう
秋は台風が多いがお前はトリコ?


「……いや、いきなり気温下がりすぎでしょ」

 

 

 季節は夏を過ぎ、もうすぐ秋を迎えようとしている……そんなある日のこと。

 

 ちょっとした事情から、郷の外へと行く用事ができてしまった私はといえば、外部への出入り口である雑居ビルのエントランスから、外をぼんやりと眺めていたわけなのだけれど……。

 そのままぼんやりし続けていても仕方がないので、渋々とビルから一歩外に出て……外気温がつい数日前までのそれとは大幅に違うことに気が付き、思わずとばかりに言葉を溢していたのだった。……寧ろ肌寒いんだが?

 

 温暖化による気温の上昇が叫ばれる昨今。*1

 特に今年の夏は異常な暑さだった*2ため、これからやってくる残暑の方も、恐らくは辛く厳しいものになるのだろうなぁ……なんて風に憂鬱になっていたのだが。

 こうもガクッと気温が下がってしまうと、それはそれでなんとも言えない気分になってくる。こう、身構えていたこっちの気持ちを考えろ……みたいな?

 

 

「っていうか夏場はほとんど見なかった蚊が、今さら元気に飛び回ってるし……っと」

 

 

 自身の方へと飛んできた蚊をパシンと叩き潰しつつ、小さく嘆息する私。

 

 最近の蚊は冬場でも死なない*3……なんて話もあるし、当の夏場の暑さについては、スズメバチも死んでしまうような高温になりつつあるし。*4

 最早『蚊』は夏の風物詩などではなく、活発な活動時期が秋以降にずれ込むことから、そちらの風物詩として定着してしまうのかも知れないなぁ*5……なんて適当なことを思いつつ、とりあえず日傘を指して外に出る私なのだった。

 夏が終わったと言っても、日差しの強さはまだまだ健在だからね、仕方ないね。

 

 はてさて、今回私が渋々ながら、こうして外に出てきた目的はというと。

 

 

「『チチキトク イマスグ カエレ』……ねぇ?我が親ながら、なんというか……」

 

 

 実家の親父殿がなにやら危篤だとかなんだとか、みたいな一報を受けたからなのだった。*6

 

 

 

 

 

 

 それはビースト騒動も終わり、再び平和な日常が戻ろうとしていた時のこと。

 

 

「そういえば、もう秋だねぇ。ここに来てから二度目の秋なわけだけど、なにしよっか?」

「せんぱい、ここは芸術の秋などいかがでしょうか!」

「うちは真っ赤なお山を描きたいん!」

「あー、おばあちゃん家からちょっと歩くと、綺麗な紅葉が見られる場所があるんだよねー。なつかしー」

「なるほど?……もしかしてあの神社の近くの山は、()()が元になっていたのかしら……?」

 

 

 居間には皆が集まって、それぞれ好きなことをして過ごしている。

 お昼時はもう過ぎているからか、ちょっとした間食を挟む人もいれば、周囲との会話に華を咲かせる人もいて。

 そんな中、私とかようちゃん・れんげちゃんとマシュにクリスの五人は、だらだらと蜜柑を口に運びながら、この秋の予定について語っていたのだった。

 

 私とマシュは二度目、他の面々はこのなりきり郷に来てから初の秋、ということになるわけだが……単に楽しいだけのものというわけではないことは、予め教えて置かなければいけないのかも知れない。

 

 

「……?いや、なにか警戒しなければいけないことでm()「子ネコーっ!!今年もこの時期がやってきたわよー!!」……いやごめん、今スッゴい実感した」

 

 

 むむむと唸る私の様子を、訝しげに見ていたクリスだったが……話の途中で、玄関の扉を文字通り蹴飛ばしながら入ってきたドラ娘の姿を見て、即座に理由を理解。

 思考を真っ先に放棄して、来る嵐がさっさと過ぎ去ることを待つ体勢に移行するのだった。……卑怯くせぇ!

 

 なお、ドラ娘もといエリちゃんとの初邂逅である他二人は、突然現れた派手な少女の姿に、目をぱちくりとさせていたのだった。

 

 

「エ~リ~ザ~?玄関を破壊するのは止めなさいと、何度言えばわかるのですか~?」

「いた、いたたたっ!?ちょっと止めなさいよリリィ!?今の時代、アイドルもそれなりに頭が良くないと勤まんないのよ?!」

「先ほどの行動のどこに、知性の煌めきを感じられる要素があると言うのですかっ!」

「ひゃぁ逆効果!?子ネコ、助けて子ネコ~!!」

「助けませーん。ちゃんと反省してくださーい」

「そんなぁ!?」

 

 

 なお、当のエリちゃんはと言えば、玄関の扉を蹴飛ばして壊した罪により、アルトリアからのぐりぐり攻撃*7の刑にあっていたのだった。……誰から教わったの、それ?

 

 

 

 

 

 

「うー、酷い目にあったわ……私の頭がおバカになったら、ちゃんと責任取ってよね!」

「そこでなんで私を見るんです……?」

 

 

 ある程度制裁を加えたことで満足したのか、元の位置に戻っていくアルトリアを見送る私達。……え?元の場所でなにをしてるのかって?何故かハクさんとチェスしてるよ、この人。

 

 ともあれ、改めて会話の輪の中に新たなメンバー・エリちゃんを加えることになったわけなのだけれど……。

 何故か彼女は、自身の所業を棚にあげて、こちらが悪いと駄々を捏ね始めるのだった。うーん、相変わらずの面倒臭さ。

 まぁ、相手をしないと拗ねてもっと面倒臭いことになるので、ほどほどに構うことにはしているのだが。

 

 

「……あれ?もしかして私、手間の掛かる子供扱いされてる……?」

本人(原作)に比べればマシだけど、結局エリちゃんであることに変わりはないからねぇ」

「今年もまた増えるのでしょうかね、エリザベートさんは……」

「ぐだぐだも新しいのやるみたいだし、そりゃ増えるでしょうね」

「なんだか知らないけど四面楚歌の予感!」*8

「エリエリお姉ちゃんも大変なん。頑張って生きて欲しいん」

「手間の掛かる子供どころか、末っ子扱いじゃないのこれって!?」

 

 

 なお、その空気感はみんなにも伝播し、結果としてエリちゃんは生暖かい視線の雨を受けることになるのだった。

 

 ともあれ、軽く涙目になる彼女の頭を撫でつつ、かようちゃんとれんげちゃんに大雑把に説明。

 ここにいるエリちゃんは、ハロウィンになると何処からともなく聖杯を拾ってくるタイプのトラブルメイカーである、と伝えると、彼女達の視線は胡乱げなものになるのだった。……これからの(手間の掛かる末っ子)扱い確定である。

 

 

「私はその辺り、あんまり詳しくはないけど……聖杯って、なんでも願いを叶えてくれる……ってモノだよね?……なんで拾ってくるの???」

「まぁ、正確には単なる魔力リソースの塊、らしいんだけどねぇ。……それでもホイホイ拾ってこれるようなモノでは、ないはずなんだよねぇ……」

「止めなさいよ子ネコも子タヌキも!それだと私が変な生き物みたいじゃない!」

「「……?」」

「『いや変な生き物でしょ、なに言ってんの?』……みたいな顔するんじゃないわよもー!!」

 

 

 一通り叫んだ彼女は、肩を上下させながら荒く息を吐いている。……うん、エリちゃん弄りはこれくらいにしておこうか()

 

 元が元なのでトラブルメイカー気質は変わらないものの、それでも彼女は逆憑依。元と比べれば遥かに御しやすい、というのは確かな話。

 

 

「具体的には、()()()()()なら歌っても周囲に被害が出ない!」

「ひ、被害が出ない?!嘘でしょ!!?」

 

 

 その内の一つが、『他人のために歌えば超美声(自分のためだと破壊音)』という設定を、ここにいる彼女自身が知っていることにより。

 歌い始めとかサビ手前とかのごく短期間ながら、周囲に死と絶望をもたらす歌ではなく、天上の神の与えたもうた美声と讃えられたその歌声を、存分に発揮できるというもの。

 

 いやまぁ、実際には『設定を知っているからできる』という認識だと、ちょっとばかり気持ちがこもらなくなるとかなんとかで、原作での美声に比べると実際は数段落ちているらしい、とか。

 そのまま歌い続けていると、だんだんと楽しくなって来てしまって、結局いつもの破壊音に戻っていく……とか。

 問題点を挙げればキリはないけど……そうそう死者が出るものではないという点ではまだマシ、と言い募っても問題ではないだろう、多分。

 まぁ無論、言われているエリちゃんからは不満が飛んでくるんですけどね、あれこれと。

 

 

「し、仕方ないじゃない!私だって好きで音痴なわけじゃないわよ!」

「まぁ、ドラゴンブレスの一種だしねぇ、エリちゃんのそれは。……だからってそこらで唐突に練習するのも止めてね?やってるうちにそこらが死屍累々、なんて片手じゃきかないくらいやらかしてるんだからさ」

「……わ゛ー!!子゛ネ゛コ゛がい゛じめ゛る゛ぅ゛ー!!!」

「よしよしなん、エリエリ」

「年上扱いですらなくなったんだけど!?」

 

 

 なお、そうしているうちにれんげちゃんからは、すっかり年下扱いされてしまうのでした。……まぁここのれんげちゃんは中身ナーサリーだからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 そうして、突然の闖入者であるエリちゃんを交え、今年の秋の過ごし方を模索していた私達なわけなのだけれど。

 

 

「……む?メール?」

「どうなさいましたか、せんぱい?」

「いや、ここに来てから久しく使ってなかった機能が突然活動を」

「ああ、ここだと大体暇潰しとかにしか使われないものね、スマホ」

 

 

 突然音楽をならし始めた我が携帯端末君に、ちょっとびっくりする羽目になるのだった。

 

 クリスの言う通り、郷の中では連絡にスマホを使う、ということは極端に少ない。

 今や住人の大半が念話的なモノを使えるため、わざわざスマホを出してアドレス帳開くより、脳内で「念話!」とでも叫ぶ方が、余程安上がりだし速いのである。

 

 そうなってくると、この薄い機械は最早なにかしらの空き時間に、特に他にすることもないので弄る……みたいな、暇潰しの道具としての用しか果たしていないのだった。

 まぁ、ソシャゲの周回とかは脳内ではできないので然もありなん。

 

 なので、スマホが着信音を鳴らすということ自体が、下手をすると年に数えられる程度の回数しか起きない現象、と化しているのである。

 そりゃまぁ、ちょっとびくっとして飛び上がってしまうのも、仕方のない話というわけでですね?これは決して、私が陰キャだということではなくてですね?

 

 

「いや、なんに対しての言い訳だ、なんに対しての。……そんなことより、内容を確認した方がいいんじゃない?」

「そ、それもそっか。どれどれ…………んん?」

 

 

 などと挙動不審になる私に、呆れたような視線を向けてくるクリス。そんな彼女の言葉に促され、件の着信──一通のメールを開いた私は、その本文を見て思わず間抜けな声をあげることになるのだった───。

 

 

*1
二酸化炭素などの温室効果ガスの働きにより、地球の平均気温が上がること。なお、別に車をEVにしたところで、もっと二酸化炭素を排出している別の要因があるので、大して意味はないのだとかなんとか

*2
猛暑日(35℃以上)を越える酷暑日(40℃)なんて言葉が生まれるくらいの暑さ

*3
なお正確には、越冬せずに外にいることが多くなった、の意味。冬が暖かくなったことで、彼らの活動できる気温になったことが原因だと思われる。逆に夏場の方は、40℃を越えると彼らは死んでしまう為、徐々に姿を見る機会が減ってきている

*4
スズメバチは45℃を越えると死亡する。蜂球による熱殺も、この辺りを利用したもの(ニホンミツバチは49℃くらいまで耐えられるのだとか)

*5
『風物詩』とは、風景や季節を謳ったもの、もしくはそれらを印象付けるモノ等のこと。花火なら夏、桜なら春……みたいな感じのモノのこと

*6
電話が普及する前、電報と言うものが遠方への連絡手段として一般的なものだった時の、『父が危篤である』ということを示す言葉。なお電報とは、手書きの文章を一度電気的な信号にして遠方に送り、受信先で再び文章として書き出すモノを言う。今となってはメールやらなにやら、もっと便利なものが増えた為、冠婚葬祭などの儀礼的な場所で使われるに留まる

*7
『クレヨンしんちゃん』における、みさえの必殺技(?)。こめかみの辺りをグーにした両手で、ぐりぐりとねじ込む。わりと普通に痛いので、最近のアニメではほぼやらない(児童虐待扱いになると思われる)

*8
中国の故事成語の一つ。『史記(項羽本紀)』に記載されている、楚の項羽が漢の高祖に敗れ、垓下(がいか)にて包囲された夜更け、周囲の漢の兵士達が楚の歌を歌っているのを聞き、楚の民が既に降伏してしまっていることを知って絶望した……という故事を元にする言葉で、意味としては『周囲に敵しかいない、孤立無援の状態』となる。因みに、歴史書としてはこの『垓下の戦い』が唯一の虞美人(パイセン)の登場シーンとなっている



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そのメールは余裕のある証なんよ(主にネタ的な意味で)

「『チチキトク イマスグ カエレ』……ですって?」

「は、はわわわわ!せせせせせんぱいのお父さんが、きききき危篤っ!?」*1

「いや、なんでマシュの方が慌ててるのよ」

 

 

 メールの本文を読んで、思わず間抜けな声をあげた私はと言うと、その声になんだなんだと集まってきた面々に見えるように、自身のスマホを机の中心に設置。

 そしてそのまま、みんなでメールの意味を考える会へと移行することになるのだった。

 

 マシュはご覧の通り、何故か私よりも慌てている様子だったが……他の面々の大半は懐疑的。*2

 なにせこのメッセージ、わざわざカタカナで書いてあることからわかる通り、()()()()()()()()()()()である。

 

 

「そうなん?」

「要するに電報のノリだからね、これって。……あとは噂のポケベル、とか?」

「ポケベルがわかる人が何人居ることやら……」*3

 

 

 首を傾げているれんげちゃんに、簡単な説明を始める私達。

 ひらがなよりもカタカナの方が情報量が小さい、みたいな話を聞いたことがないだろうか?

 

 わかりやすいもので言えば……『は』と『ハ』か。これだとひらがなは三画、カタカナは二画。

 また、例え画数が同じでも……『の』と『ノ』なら、カタカナの方が簡素である、ということを疑うものはいないだろう。

 まぁ、データとして扱う時には、ひらがなもカタカナも共に同じデータ量なのだが……これが液晶に表示する、ということになると話が違ってくる。

 

 液晶に表示される絵や文字というのは、基本的にはドットや画素(ピクセル)の集合体である。そのため、あまりに小さいものを表示しようとすると、絵や文字が潰れてしまって読めなくなる、ということが発生する。

 今でこそ、実写に限りなく近い解像度の液晶も出てくるようになったが……その最前線である8K画質でも、実際には人の見える画素数には遥かに足りていない*4……なんて話があるように、現実だって分解していけばドット()になるのだとしても、その点を液晶で再現するには、まだまだ技術の進歩が足りていない、というのは明白である。

 

 ……なにが言いたいのかわからない?じゃあまぁ簡潔に、結論だけ。

 要するに、今よりも古い液晶──特にポケベルが現役の時代の小さく解像度も低い液晶では、仮に普通に文字を書けば表示できるようなスペースがあったとしても、必要な画素数と一つのドットの大きさゆえに、ひらがな表示では文字が潰れてしまう……ってこと。*5

 これに関しては『あ』が例としてわかりやすいだろうか。

 交差する部分が多く、更に画数も多いこの字は、必要とする最低解像度がカタカナの『ア』よりも多くなる。具体的には、

 

  ■   

■■■■■■

  ■ ■ 

 ■■■■ 

■ ■■ ■

 ■■ ■ 

 

 ……というように、できうる限り必要ドット数を縮めたとしても、六×六のマスを必要とする……上に、これだと凄まじく読み辛い。*6

 その点、カタカナの『ア』の場合はというと、

 

■■■

 ■

 

 ……と、最悪三×三マスで表現することができる。*7

 まぁ、ここまで小さくすると結局読み辛いし、『フ』との判別に苦労しそう、などの問題もあるわけだが。

 ともあれ、解像度の低い液晶において、どちらが可読性に優れるのかと聞かれれば、カタカナの方に軍配が上がることは避けられないだろう。

 

 ゆえに、古い液晶を使用しているポケベルでは、カタカナが表示される文字の主役を飾っていた、というわけなのである。……更に初期の方のものだと、数字しか送れなかった?細かいことはいいんだよ!

 

 ともかく、こういう文章でカタカナしか使わない……というのが、古い時代の象徴である……ということは、なんとなくわかって貰えたことと思う。

 そしてそれゆえに、この文章からは若干の悪戯めいた空気を感じてしまう、ということに繋がっていくのである。

 

 

「……んー、どういうこと?」

「そもそもこれ、スマホでしょ?……要するに、文字数制限もなければ、変換の手間があるわけでもない……というか、全部カタカナって方が逆に手間なわけで……」

「な、なるほど。文章の内容こそ逼迫して見えますが、その実わざわざこの文体にしていること自体が、半ば悪ふざけの産物だと読めるというわけなのですね」

「そういうことー」

 

 

 スマホもポケベルもよく知らないらしいかようちゃんが首を傾げているが、隣のマシュはわかった様子。

 

 基本的に、現在の日本にて送り仮名として使われるのは、圧倒的にひらがなの方。

 一般的な入力システムもそちらに倣っていることがほとんどなので、この文章のようにわざわざ全部カタカナになっている……というのは、寧ろ変換の手間を自分から背負い込んでしまう形になるため、その時点で真面目な話ではない……と相手に印象付けてしまうのである。

 ……これが電報として送られてきたのなら、話は別なのだけれど。

 

 まぁそんな感じもあって、私としては懐疑的。

 そもそもの話、()()()()?……というところもあり、なにかの罠なのではないか、とまで疑っているのであった。

 

 

「わ、罠?」

「かようちゃん達は、わりと自由に会える方だからわからないかも知れないけれど……私達って元の家族達には、遠方に治療のため移住した、って説明をされてるはずだから……こんなメールが届くこと自体、結構意味不明なんだよね」

 

 

 唯一の例外、とも言えるかようちゃん達がいるのでわかり辛いことになっているが……そもそもここにいる人々はほぼ『逆憑依』、元の自分からはかけ離れてしまっている人達である。

 その辺りは政府主導でカバーストーリーが敷かれている、という話があったように、基本的に家族には『病気の療養』というような説明が為されているはずで──それが真実であるのなら、このようなメールが届くこと自体がおかしい。

 

 なにせ、隔離が必要なレベルの病(未知の感染症)、と説明されているはずなのである。……帰ってこいと言って帰ってこれるものではない、というのは普通に考えればわかるはずなのだ。

 にも関わらず、私のスマホの画面に踊る文面は、父の危篤を知らせるもの。……疑うな、という方が問題だと思わないだろうか?

 

 そういう理由もあって、このメールがなにを目的に送られて来たものなのか?……ということを話し合うことになった、というわけなのです。

 

 

「……でもこれ、一応元々持ってたスマホと同じ番号なんでしょ?」

「ああうん、なんか知らん間にMNP*8されてたというか……」

 

 

 とはいえ、これが家族からのメールではないのか?……と言われると、それもまた疑問。

 なにせこの端末、製造や通信会社などは確かに郷の傘下企業名義になってはいるモノの……使っている番号自体は、元々持っていたスマホのそれと同じなのである。

 その流れでメールアドレスも引き継がれているため、端末以外は元のスマホと変わらない、という風にも言えるわけで。

 その時点で、少なくともこちらと顔見知りの相手が送ってきたもの、ということは間違いない。

 

 ゆえにこそ、意図が読めない。

 まさか本当に父が危篤、だなんてことはないだろうし。これを私に送って、一体なんの意味があるのか?……というのもわからない。

 

 

「……それに、もし本当にお父さんが危篤だったら、無視するのも寝覚めが悪い……ってことよね?」

「…………まぁ、仲が良い方ではなかったと思うけど、だからって死んでほしいかって言われると違うからね」

 

 

 そしてクリスの言う通り、これが悪ふざけに見せ掛けた本当の知らせだった時、無視した場合のこちらへのダメージというのは、それなりに大きなモノとなる。

 世の人々の中には、親兄弟と仲が悪く絶縁状態にある、という場合もあるだろうが……私に関して言えば、あくまで親元から離れて生活していたというだけで、殊更に仲が悪いというわけではない。……いやまぁ、良かったかと聞かれるとそれはそれで疑問なのだけれど。

 

 そんな感じなので、変に拗れているわけでもない以上、このメールを無視するという選択肢は取り辛い。明確に誰かの偽装だと判別できるのなら、別に無視してもいいのだが……そういう様子は、特にはない。

 そもそもの話、自身のメールアドレスを知っている人間が、ごく僅かな数しか居なかったこともあり……、それならば家族の誰かが悪ふざけでメールを送ってきた、とでも考えた方が筋が通る。

 

 ……つまり、どちらにせよ(理由はともかくとして)帰ってこい、という主張が為されていることには変わりなく。

 

 

「……んー。虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言うし……行くしかないかなぁ、一応」

 

 

 渋々ながら、そんな結論を出すことになるのだった。

 

 

*1
『危篤』とは、重病などにより命の危機に瀕していることを表す言葉。『危』はそのまま危ないこと、『篤』にはこの場合病気の重さを示している

*2
『懐に疑いを抱くこと』。物事に対して、疑いを持っていること・ないし疑いやすいことを示す言葉

*3
『ポケットベル』の略。携帯電話が普及するよりも前に、手軽に持ち運びできる連絡アイテムとして生まれたもの。『084(おはよー)』のような、数字を文字として読む文化が本格的に花開いたのもこの時期(当初のポケベルは数字しか送れなかった為)

*4
人の視界の画素数は、およそ6億ほどだと言われている。……日常生活的にはその内の700万程しか使っていないらしいが。因みに、8Kは画素数に直すと大体3300万画素だとか

*5
液晶に対しての一つのドットの比率が大きい、とも言い換えられる。具体的には一文字に使えるドット数が5×7くらい(商品によって前後する)また一つのドットの大きさは1ミリ前後くらいある、というのも大きいだろうか

*6
『あ』の場合、上の突起部分の為に1マス、下の『の』のような部分と縦棒の交差部分を認識出来るようにする為に、横幅が必要になる(=隙間が必要になる)ことから、本当ならもう1マス欲しいところ(上の図は隙間が一つ足りていない)。一応『あ』として判別できるので、最低数はこれくらいだと思われるが

*7
一応、『フ』の場合は中段・下段の点を全て右にずらすことで区別できなくもない

*8
マルチ(Multi)ナンバー(Number)ポータビリティ(Portability)』の略。携帯会社間を通して、同じ電話番号を使う為のサービス。基本的に電話番号は契約した会社・ないし地域と紐付けられており、余所の会社では新規に契約し直す必要があったことから生まれたもの。なお本質的には番号の引っ越しと呼ぶのが正解



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面影があるかないかは人次第

「帰るって簡単に言うけど、八雲さんとかにはなんて説明するつもり?」

「あー、うん。帰っても()だとは気付かれないだろうから……国の職員から連絡を、みたいな感じで様子を確かめてこようかなーって」

 

 

 さて、罠かなにかはわからないが、とりあえず向こうのメッセージに乗ってみることにした私。

 ……なのだけれど。確かにクリスの言う通り、この姿で帰ったところで、向こうに()()であると気付かれることは(恐らく)ないだろう。

 なので、それを活かして──私は国家公務員のキーアだと偽り、件のメールを受けた『俺』から依頼を受け、家族の様子を確認しに来た……みたいな感じでごまかしていこう、という次第と相成ったのであった。……え?作戦がガバガバ過ぎる?いやこれ以外にどうしろと?

 

 

「幾ら今現在キリア(母さん)が居ないとはいえ、よもや『俺』に変身するとか無謀にも程があるし……」

「……あら、どうしてダメなの?それが一番簡単そうだけど」

 

 

 ポツリと口に出した案に、エリちゃんがそれでいいんじゃ?みたいな疑問を呈してくるが……とんでもない。

 確かに、これまでの私と言えば、どこぞの緑色の恐竜(ヨッシー)みたいにヘリコプターに変身したりとか、はたまた液状化してみたりだとか、結構人であることを捨てたかのような変身をしていたが……ことそれが『自分自身』となれば、少しばかり事情が変わってくるのである。

 

 

「……と、言うと?」

「俺に戻ってそのまんま、って可能性が高い」

「……ふむ?」

 

 

 それは、中身と外見の一致による、状態の固化。

 言うなれば、私はここにいる『逆憑依』達の中でも一人だけ、安全かつ確実に元に戻る手段を持っている、ということ。

 

 私の使う【星の欠片】が、物質の最小構成要素である、という話は何度かしたことがあると思う。そしてそれゆえに、ある程度の無茶ができるのだとも。

 形態変化や他者への変身などもそれらに含まれるわけだが、それらは自身の要素……この場合は『虚無』を組み換えることで、それらのモノに変身しているという風に解釈することができる。

 

 それを踏まえて、俺──自分自身に変身すると言うことがどういうことなのか、と分析していくと。

 そもそもの話、現状の()自体が、()という存在の構成要素が変質した結果として成り立っている、という扱いになる。……わかりにくければ、外見は変化しているけれどもDNAは変質していない、とでも思えばよい。

 唯一の違いは『俺か私か』という部分だけであって、含まれている情報に関しては変わっていないのだ、とも。

 

 そんな状態だが、しかしそれを維持しているのは紛れもなく()の側の性質。……正確には()自身に力があるのではなく、『虚無』を捉える感覚があるか否か、というところに起点があるわけだが……まぁ、ややこしくなるので割愛。

 ここで言いたいのは一つだけ。()の側には『虚無』を視る目はないので、『俺に戻ると私に戻れなくなる』という一点だけである。

 

 

「まぁ例え目があったとしても、中身と外身が揃ってしまうから、その時点で戻れなくなる……というか()に戻るのが自然だとは思うけど。……それこそ、この事態を引き起こした人の手でもなければ、二度とキーア()には戻れなくなるんじゃないかな?」

 

 

 無論、戻った()が本当に以前の()なのか?……という疑問は付き纏うが*1。一度視たのだから、その辺りの感覚が開いてしまう……なんて可能性もあるわけだし。

 ただ、その場合であっても、キーアに戻ることはできないだろう。……そもそもの話、キーア()の存在自体がわりと奇跡的なのだから、例え()が『虚無』を見えるようになったとしても、成り得るのはキリア()の方。

 その場合は彼女の一部に取り込まれて文字通り虚無る羽目になるので、正直やりたくもないしやるつもりもない。*2

 

 

「あー……そういえばその辺りの話で、一悶着あったんだものね、実際」

「レプリカはオリジナルに統合される……みたいな話?」

「間違ってはないけど、平気でぽこぽこ増える人に言われるとなんか混乱するなぁ」

 

 

 いや、ここにいる私は増えてないでしょ?!……というエリちゃんの反論を聞き流しつつ、結論。

 

 今のキーア()から、元の俺への変身は可能と言えば可能。……ただし不可逆であり、そうなってしまえばこちらの事情に関わることが難しくなる。

 サーヴァントに戦いを挑む一般人、みたいなものなので完全にお荷物だし、それ以前にここへのアクセス権まで失いかねない。

 無論、何もかもが終わっても、元に戻る手段が見付からなかった……ということになれば、この方法で戻るのも吝かではないが……、その場合は私だけが元に戻る、という形になるので微妙。

 

 そして仮に、()に戻ったあとも奇跡的に『虚無』を使い続けられたとしても──使い続けると自身も浸食される初代の『黄昏の腕輪』や、使えば最大HPが減る『ダークチップ』のように*3、いずれ大いなる虚無に招かれることになるのは必至。

 ……本来キリアに会う、というのは発狂確定のSANチェックをさせられるようなモノなのだから、そりゃそうだろうとしか言い様のない末路が待っているわけなのだ。

 そういう意味でも、キーア()という存在は奇跡的なのである。

 

 

「な、なるほど……色々と便利な能力だと思っていましたが、予想以上に綱渡りなものだったのですね……」 

「正式な取得手段だと、()()()()()()()()()()()()()()だからね、【星の欠片】って」

「……なんか、サラッととんでもないこと言ってない?貴方」

 

 

 さてなんのことやら?

 

 まぁともかく、今の私が俺を装うのには、色々と無理があるということはわかって貰えたと思う。

 そうなると、一番最初に言っていた作戦が一番確実、というのも宜なるかな、という気になってくるはず。……ガバガバではないのです、多分。

 

 

「ふぅむ……そうなると貴方、一人で行くつもりなの?」

「え!?」

「いやなんでマシュが驚くのよ……まぁうん、二人も三人も、見知らぬ人がぞろぞろ出向くのはちょっとなー、というか」

 

 

 で、そうなってくると何人で出掛けるのか、ということになるのだが……冷静に考えて見知らぬ政府の役人が、何人もぞろぞろと押し掛けてくる……というのは、あまり気分の良い話ではないだろう。

 私の実家はそれなりに田舎な方だし、こんな目立つ容姿の人間が何人も行けば、確実に噂になる*4。……それで向こうに変な弊害を被らせることになる、というのは私としても本意ではない。

 

 ついでに言うと、政府の役人って言っているのにも関わらず、見た目幼女とか髪の色が赤とか青とか紫とかピンクとか、そういう黒・茶色以外の人間が向かうというのも、風評が良くないだろう。

 容姿の奇抜さはある程度ごまかしが効くとは言っても、それにも限度はある。

 ならば、道具などに頼らずある程度ごまかせる範囲──一人か、多くて二人で行くのがベスト、ということになるのは仕方のない話なのであった。

 

 それゆえ、まず真っ先にマシュはNG。

 髪の色にそのプロポーション……更には美少女。田舎に向かえば噂になる要素満載なうえ、そもそも中身が()の後輩であるため、ともすれば会話の流れでボロがでかねない。

 特にうちの母親(キリアじゃない方)*5は勘が鋭いので、マシュの中身が楯であることに気付いてしまうかもしれない。……そもそもゲームする人なので、マシュをちゃんとマシュ(ゲームのキャラクター)として認識する可能性も高いし。

 なのでマシュはダメ、と言えば彼女は「そんなぁ」と項垂れているのだった。……ああうん、お土産買ってくるから我慢して下さい、マジで。

 

 さて、マシュを除いて付いて来れそうな人、というと……。

 

 

「……んー、クリスとか?髪の色も奇抜じゃないし、服装も変じゃない。格好から『牧瀬紅莉栖』を連想される可能性はあるけど……まぁ、流石に本物だとは思われないだろうし」

「まぁ、そうね。エリザベートは論外、かようちゃんとれんげちゃんは政府からの役人と言い張るには小さすぎる……となれば、消去法で私にお鉢が回ってくるのは道理……か」

 

 

 一番適正があるのはクリス、ということになるのだろうか?

 ビワやハクさん、エーくんやイッスン君などは明らかに無理だし、CP君やカブト君も同じく無理だろう。

 人の姿をしている、ということであればアルトリアも居るが……彼女は彼女で目立ちすぎる。私の外見が外国人である以上、もう片方も外国人風だと田舎での奇異の視線はごまかせまい。

 ……互助会の方から例のバッジを借りられるなら、どうにかなるかも知れないが……あれは数が少ないので無理だろう。

 その場合、こっちでできるごまかし手段と言えば、基本的にはBBちゃんの手によるもの、ということになるのだが……。

 

 

「『申し訳ありませんが、暫く忙しくなるのでお手伝いできませーん!心苦しくはあるのですが、ご自分で頑張ってくださいね、せ・ん・ぱ・い?』……ねぇ」

「BBはいっつもタイミングが悪いわよね。まぁ、有能だから引く手数多、ってことなんでしょうけど」

 

 

 うん、生憎とBBちゃんは別件でいないんだよなぁ!

 ……なので、アルトリアも今回は待機である。

 

 なお、今うちに居ない人──具体的にはよその子であるシャナちゃんとか、はたまた銀ちゃんとかも候補に上がらないでは無かったが……。

 

 

「いやよ。悪いけど、今私ちょっと取り込み中なの」

「あー、俺も悪ぃんだけど、別件で忙しくってだな……?」

 

 

 とのことで、こちらの誘いは断られることになるのだった。……あんまり期待していなかったのでダメージはないが、なんというかなんというか、みたいな感じである。

 

 

「どんな感じよ、まったく。……まぁいいわ。結局貴方達二人で行く、ってことでユカリには報告しておけばいいのね?」

「あー、うん。そういうことにしておこうかね。……ところでエリちゃん、なんで報告に行ってくれる、みたいな感じになってるの?」

「それは勿論、貴方の署名を貰って私のライブ許可の申請を……」

「マシュー、おねがーい」

「了解です、せんぱい。……お土産、楽しみにしていますね?」

「あっちょっ、待ちなさいマシュ!私のライブー!!」

 

 

 出ていく時の背中が、ちょっと煤けていたマシュに再度手を合わせつつ、私は久々の遠出のための準備をするため、部屋に戻ることにするのだった。……あとエリちゃんは止めておいた。

 

 

*1
事態を解決して戻るのではなく、裏技を使って戻っている為。正規の手段ではない以上、『キーアが俺の姿になっているだけ』と言われても否定はできない

*2
今でこそ両立しているが、本来はキーアとキリアは択一である。『俺』に戻ると言うことは、すなわち『(キーア)』を捨てることなので、そこから改めて戻ろうとしても、繋がるのはキリアの方である

*3
前者は初代『.hack//』シリーズ、後者は『ロックマンエグゼ』シリーズから。両者とも、使用しすぎると過大なデメリットを使用者に課してくる

*4
田舎でのコミュニティの狭さから来るもの。隠そうとしてもどこからか漏れてくる

*5
いつの間にかナチュラルに母扱いのキリアである



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イベントは突発的に起こるもの

「まぁそんなわけで、一路私の故郷に向かうことになった私達なのだけれど……」

 

 

 雑居ビルから出て暫くのこと。

 街を歩く私達に向けられる視線は疎らで、そこまで注目されているような様子はない。

 無論、時折ちょっとした視線は向けられるものの……「綺麗な人だなー」程度の感想で終わっているのか、その視線が長く続くことはない。

 ……いやまぁ、実際にはその感想のあとに「でも関わりたくはないかなー」的な言葉が続いている可能性が、大いにあるわけなのだけれど。

 

 ちらりと背後を覗き見るも、()()は特に周囲の視線を気にした風もなく、泰然とした様子で歩を進めている。

 それを確認した私は視線を前に戻し、『どうしてこうなった』と小さくため息を吐くことになるのだった──。

 

 

 

 

 

 

「はい?行けなくなった?」

「ごめん!どうしても抜けられない用事が入っちゃって……」

 

 

 その報せが届いたのは出掛ける日の朝、家から出ようと玄関の扉に手を掛けた、まさにその時のことであった。

 

 顔の前で手を合わせ、そのままごめんと頭を下げるクリスの姿に、思わず呆気に取られる私。

 なんでも、お偉いさんとの打ち合わせ的なモノがあることを、琥珀さんがすっかり伝え忘れていたとかで。……寝耳に水気味に起きてすぐその報せを受けたクリスはというと、これから琥珀さんのラボに直行して、色々と準備をしなければいけないらしい。

 

 こちらとしては、別に一人であちらに向かうこと、それ自体に問題はなく……強いて言うのであれば、人手が足りなくなることによって、親への説明の際にちょっとしたボロが出る可能性が上がった……という点が問題かなーとは思うものの、それが彼女を引き留めるに足る理由かと問われれば、ちょっと首を捻らざるをえず。

 

 

「まぁ、うん。こっちの用事はあくまでも私にとっての用事だし、そっちの方が大切だろうから、そっちを優先してくれればいいよ」

「ごめん、どこかで埋め合わせはするから!……ほんっとあの琥珀さん(バカ)は!」

 

 

 なので、クリスにはお仕事頑張ってと伝え、去っていくその背に手を振ることになるのだった。

 

 そうして彼女の姿が、曲がり角に消えていくのを一通り見送って……はてどうしたものか、と一つ息を吐く私。

 

 特段向こう(親元)へと事前の連絡を入れたりもしていないので、私がいつあちらに向かったとしても、特にあれこれ言われる(よし)はない。*1

 だからといって、一応は『父が危篤だから帰ってこい』という火急*2の連絡を受けての帰郷なのだから、予定を後ろにずらすにしても限度というものがある。

 

 ……と、なれば最初の予定通り、一人でも向かうのが筋ということになるわけなのだが……。

 

 

「……うむぅ、同行者(みちづれ)が欲しかった……」

「キーアは物騒。アスナ覚えた」

うひゃぁっ!?びびびビックリした……って、アスナちゃん?」

 

 

 思わず溢れた本音に、よもや返事が来るとは思っていなかった私はというと、小さく飛び上がって声の主を確認する羽目に。

 ……そうして視線を向けた先には、こちらの背後にひょっこりと陣取って首を傾げていた、アスナちゃんの姿があったのだった。

 

 

 

 

 

 

「前回忘れられていたので。顔見せ」

「い、いやその、別に忘れていたってわけじゃなくってね……?」

 

 

 私怒ってます、というようなジト目を向けてくるアスナちゃんに、思わずたじたじになる私。……どうにも先日、同行者としては()()()()()()()()()()()()ことに対して、静かに憤慨している様子。

 

 とはいえ、彼女が例に挙がらなかったのは、仕方のないことなのだ。

 アスナちゃんはこちらに来てから日が浅いうえ、そもそもその容姿がとても目立つ。……これほどまでに綺麗な真っ赤な髪とか、日常生活で見掛けることなんてほとんど無いだろう。……っていうか自然な髪の色としては違和感バリバリである。*3

 それに人格面にしてみても、どちらかと言われれば幼さが残る、と判断されるアスナちゃんである。……国の職員と言い張るには、ちょっとどころか結構無理がある、と言えてしまうだろう。

 

 なので、最初から考慮に値しないということで、わざわざ口に出さなかっただけで。別にアスナちゃんのことを忘れていたわけではないんだよー、と説明をする私。

 

 

「そこに関しては大丈夫」

「ええ?私にはなんにも大丈夫には見えないんだけど……」

()()()()()()()()()()()()()()()、って挨拶すればイケる」

ぶふぅーっ!!?

 

 

 ……なのだが。彼女はそこらへんの話については、最早問題視しておらず。

 意外な……と言うよりも鬼畜極まる手段で、こちらに同行しようと画策していたのだった。……『大丈夫じゃない』の意味が変わるぅ!!*4

 

 

「だ、誰から教えてもらったの『手込め』とかなんとか!?」

「ジャ◯プは子供の教科書。アスナ覚えた」

あのクソヤロー(銀ちゃあぁああん)!!」

 

 

 彼女の口から飛び出した言葉に、思わず絶叫する私である。

 ……◯ガジンキャラにジャ◯プ読ませてんじゃねーよあの天パぁっ!!

 え?子供の教育に悪いのは、圧倒的に◯ガジンの方?ホントに~?(単行本ではっちゃける一部のラブコメとかを見ながら)*5

 

 ともかく、世間体が悪すぎるので手込め云々はやめて欲しい。せめて友達になったとかにして頂けませんかね……?いやそっちもそっちで、世間体が悪いことに代わりはないんだけど。……年下の子は、男女問わず地雷なんやで……?*6

 

 

「ああ、そうそう。それが言いたかった(フンス」

「なんでドヤ顔なのよぅ……」

 

 

 そんな感じのこちらからの注意はというと、彼女には軽ーく受け流されて有り様なのであった。……私の手には負えないんですけど、これどうすればいいんで……?

 

 

「話は聞かせて貰ったわ!なりきり郷は破滅する!」<パ

「パイセン?!」

「パイセン言うなっ」

 

 

 なんて風に困惑していた私の前に、更に現れるは混乱の元。

 

 突然現れた襖をスパーンっと開けて出てきたのは、なにを隠そう我らが先輩(パイセン)・虞美人。

 その襖どこから持ってきたんです?……というツッコミも出ないままに、話は更なる混沌へ転がり落ちていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

「……で、パイセンは何故ここに?」

「紫からの要請よ。お前の帰郷にそいつを連れて付いていけ、ってね」

「ゆかりんからの……?」

 

 

 目立つ奴×2、という状況では流石に落ち着けないので、近くの喫茶店に雪崩れ込んだ私達。

 ……え?お前の髪の色(ストロベリーブロンド)も大概目立つって?今の私は黒髪になっているので目立たない、オーケー?……隣で黒髪だけど目立ってる奴がいるから無効?そんなー。

 

 

「カラブリだっけ?3Pカラー?」*7

「なんで悉くずれてるのよ……それを言うんならカラバリだし、2Pカラーでしょ」

「ああ、そうそう。そうともいう」

「なんでしんちゃん風……?」

 

 

 アスナちゃんの交遊関係について、色々と気にしておいた方が良いのかも知れない……なんて気持ちを抱きつつ、彼女の言葉を訂正する私である。

 ……なんだろう、『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!魔滅の巫女』みたいなの始まってるんです?私には付いていけないので放置で良いですかね?

 

 

「まぁ、劇場版ヒロインとしては都合が良さげではあるわね、こいつ」

「ですよねー。……で、いい加減聞きたいんだけど……ゆかりんの指示ってのは……?」

 

 

 まぁ、そんな与太噺は置いといて。

 パイセンの言うところによれば、アスナちゃんがここにいるのは、私に付いてくるため。で、パイセンもそれの同行者、ということになるらしいのだけれど……正直に言わせて貰いましょう。なんで?(困惑)(どう考えてもトラブルの香り)(そもそもごまかしきれねぇ)(ちくわ大明神)

 

 

「ちくわパンー」*8

「……まぁその辺りは置いといて。まぁ、いつもの(予言)よ」

いつもの(予言)かー」

 

 

 ……というこちらの疑問は、どこからか取り出したちくわパンをもぐもぐしているアスナちゃん……ではなく、それをスルーしたパイセンの口から、その答えが返ってくる。

 

 曰く、いつもの(予言)

 ……具体的に言うと、今回の私の帰郷には、今ここにいる二名を連れていくように、みたいなお告げがあったのだとか。

 

 

「誰ですかそんな意☆味☆不☆明な予言をしたやつは。シバき回しちゃる」

「落ち着きなさいよ……私達だって、そういうの無かったらわざわざ付いて行こうだなんて思わなかったわよ、まったく」

「私はトランクに詰まってでもついてく。ついてくついてく*9

「……若干ホラーチックなの止めない?」

 

 

 嫌ですよ、トランクにみつしりと詰まつてゐる(みっしりとつまっている)アスナちゃんとか*10。私ゃ微笑み返す前に逃げ出しますよ?

 まぁともかく、どうやら今回の帰郷、一筋縄ではいかないことに間違いはなく。

 

 

「お前のやることなすこと、一筋縄で行くようなものだった試しがないんじゃないの?」

…………((;「「))

「目を逸らすくらいなら反省しなさいよ、まったく」

「そうだそうだー。わたしをほうちしたことにたいして、ばいしょうとしてこっぺぱんをようきゅうするー」

「……いや、なんで相良君……?」*11

 

 

 この愉快な仲間二人との旅路が、ここに確約されてしまうことになるのだった。……見た目が痴女な先輩と、何故かたれぱんだ染みて溶けている新人という、問題児以外の何者でもない二人との旅路が、な!

 

 

「……実は私を心労で殺そうとしていません……?」

「アンパンマンパンー」

「キャラものだから、名前だけ聞くとワケわかんないことになってるわよね、それ」

 

 

 なんか延々とパン食ってるアスナちゃんと、そんな彼女の奇行に頷くパイセン、という姿を見た貴方はSANチェックです。……一時的発狂かな!?

 

 

*1
そうする方法がない、理由がないなどの意味の言葉。『由』だけで理由の意味にもなる

*2
火が燃え広がるように急なこと。一分一秒を争うような事態のこと

*3
黒・茶・白・金辺りが髪の色としては一般的なので、そこから外れる髪の色は基本的に目立つ。……アニメなどではキャラの属性を示すのに髪の色を使うことも多く、そのせいでカラフルになりやすい

*4
警察だ!未成年淫行で逮捕する!

*5
ラブコメ一つ取っても、マガジン系列はドロドロの愛憎劇っぽくなるものが多い。……ので、どっちが教育に悪いのかと言われると微妙な感じになる

*6
話し掛けただけでブザーを鳴らされかねない。逆に言うと、鳴らされないような清潔感のあるような人は、それはそれで危なかったり(この場合は子供達が危ない、の方だが。見た目危なくなさそうな人ほど危ない、みたいな)

*7
前者は『カラフルブリーチ』の略であり、漫画『BLEACH』のVジャンプでの番外編の名前。基本的にはギャグ方面の話で、全編色付きなので『カラフル』。後者は……3番目のプレイヤーのこと(すっとぼけ)

*8
札幌名物、ちくわの入ったパンのこと。単にちくわが入っているだけではなく、中にチーズなどの他の具が入っていることも

*9
『ついてく、ついてく……』は『ウマ娘 プリティーダービー』のキャラクター、ライスシャワーの行動、および台詞。言うなればストーカー、よく言えば尾行。メジロマックイーンの背を追い掛ける彼女の微笑ましい?行動の一つ

*10
京極夏彦氏の小説『魍魎の匣』より。何だか酷く男が羨ましくなつてしまつた

*11
『フルメタルパニック!』より、相良宗介のこと。コッペパンと言えば相良君、相良君と言えばコッペパン。なお、別にコッペパンが好物と言うわけではない(単に購買部での礼儀的なものを聞いた結果、ちょっと天然ボケを起こしただけ)



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問題児トリオが現れた!

「……そもそもの話、最初に会った時には普通の服着てたはずなのに、なんで今となっては原作通りの痴女服に戻ってるんですかパイセン?」*1

「暑かったのよ、最近は。……そもそもの話、私が裸でなにか問題があるわけ?」

「いや、寧ろ問題しかないんだよなぁ……」

「なるほど、グビはとても手間の掛かる人。アスナ覚えた」

「貴方のキャラの方も、大概意味不明なんだよなぁ……」

 

 

 駅までの道のりを歩きながら、ぐだぐだと駄弁り続けている私達。

 

 そんな中、話題に上がるのはこの二人が如何に目立つのか、ということについて。パイセンは見た目で、アスナちゃんはその言動で、である。

 まぁ、原作の彼女はここまで不思議ちゃん、というわけではなかったので、彼女を見て『神楽坂明日菜』というキャラクターを連想する人はいないだろう、という意味では意外と有り難かったりするのだが。……ツインテにもせずに普通に下ろしているから、髪型から彼女を連想する……なんてこともそうそう起きないだろうし。*2

 

 なお、髪の色についてはごまかせていないので、そっち方面での視線を集めてしまい、大して有り難みはない模様。……【顕象】相手に迂闊な変装はさせられないからね、仕方ないね。

 例の『ごまかしバッジ』すらも、微妙に効きが宜しくないってんだから、【継ぎ接ぎ】と【顕象】の相性の良さ(悪さ?)は筋金入りである。……ズァーク君とか、あのあとネコ形態が染み付いちゃったくらいに、【顕象】を変装させるのはご法度みたいだし。

 

 

「……そもそもの話、なぁんで【顕象】なのにも関わらず、あっさり外出許可が出てるのかなぁ」

「そりゃまぁ、今回に関しては予言したのがあの千里眼女(劉備)だもの」

「おのれ桃香ぁっ!!また貴様によって、私の胃が破壊されてしまったぁっ!!」*3

「……それ、お互い様ってやつじゃないの?」

 

 

 その辺りはまぁ、置いとくとして。

 今私を悩ませているものは、元はと言えば突発的に発生した予言によるもの。

 ゆえにこの恨みも、その予言をした者に向けられるべきものだ……みたいな気持ちから溢れた恨み口は、横から飛び出たパイセンの言葉によって、物理的に燃え上がる羽目になるのだった。……そりゃまぁ、桃香さんの言なら優先されるよねぇ!!クソァッ!!……そのあとのパイセンの台詞?知らなーい。

 

 そんな風に歯軋りする私の肩に、ぽんぽんと接触してくる誰かの手の平。

 

 

「だいじょぶ?わしゃわしゃする?」*4

「……口を開く度に微妙に危ない台詞、みたいなモノが出てくるのはなんなのか」

「それを言うなら、そもそも()()()云々の時点で大概でしょ」

「あー……」

 

 

 無論、それはこちらを慰めようとしていた、アスナちゃんのもので。……口にする言葉が何処となく如何わしい(えっちぃ)気がするのはなんなのか……なんて遠い目をする私に、パイセンからは無慈悲な言葉が返ってくるのだった。

 ……ああうん、そういえば『◯◯覚えた』の元ネタ自体、如何わしさとは切っても切り離せないモノだったね……。*5

 

 なにが【継ぎ接ぎ】されてるんだろうなぁ、この子。……なんて疑問を呑み込みつつ、改めて駅へ向かって歩き始める私達である。

 で、その結果として前回の冒頭の描写に繋がる、というわけなのであった。

 

 そりゃまぁ、下手すると公然猥褻罪とかに引っ掛かりそうな格好のパイセンである。

 ……よもや本当に素肌を晒しているとは思っていない*6だろうから、精々遠巻きにされるだけで済んでいるけれど……。

 

 

「……ええい、とりあえず服!服を買う!二人ともそれでオーケー!?」

ヤー(Ja)!」*7

「なんでドイツ語!?良いのか悪いのか、パッと聞いただけじゃわかんないんですけど!?」

 

 

 とはいえ、このまま無策に歩き続けていては、そのうち職質されるという可能性は甚大にして深刻。……そんなことで一々手間を取らされていては、とてもじゃないが堪ったものではないので、仕方なしに近くの服屋へと突撃することになるのだった。

 で、その結果として……。

 

 

「……まぁ、多少はマシ……マシ?になったと思いましょう、うん」

「おい、こっちを向いて喋りなさいよお前」

「グビはミラクル。アスナにはとてもわからない」

 

 

 何故だか真冬に着るようなごっついコートを着せられる羽目になったパイセンを見て、思わず視線を逸らすことになる私なのであった。

 ……いや違うんですよ、これにはマリアナ海溝*8よりも深ーいわけがあってですね?

 

 思い出して頂きたいのだが、パイセンは精霊種──一種の人外であり、その得意技は『だいばくはつ』である。

 臓物が呪詛となって降り注ぐタイプの、わりとエグい爆発をするわけだが……例えそんな真似をしたとしても、彼女自体は()()姿()()()()ことが容易にできるので、バラバラになることに対して頓着をしない。いやまぁ、時々再生ミスって体型が変わったりするらしいけど。

 

 ……とはいえ、本来そんなことを(爆発なんて)すれば、服の方は大丈夫じゃない、というのはなんとなく理解できると思う。()()()()()()()()()()のならば、着ている人が四散したのなら同じように四散するだけというのが関の山*9、だろう。

 それを踏まえて、爆発したあとの彼女の姿を思い出して貰いたい。そう、()()()()()()のである。あれだけ盛大に・かつ無惨なほどに爆散したにも関わらず、だ。

 

 更に、彼女は型月世界における『真祖』に近い存在だとも言われている。

 明確に同一、というわけではないみたいだが……詳しい話は横に置くとして。

 ここで注目すべきなのは『真祖』──例としてアルクェイドと呼ばれるキャラを挙げるが、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということにあるだろう。*10

 無論、どこぞの錬鉄の英霊(エミヤ)のように、管轄外のモノになる(自然ではない)ためか精度はお察し、ということになるらしいのだが……ともあれ、『真祖』の技能の中にモノを自由に作り出す(空想具現化)、というものが含まれていることに違いはない。

 

 ……纏めると。

 パイセンは、自爆後の自身の再構成の際、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 これと服装などに頓着しない、もしくは着るのがイヤ、という事実が重なるとどうなるのかと言えば……。

 

 

「完全に露出狂。コートは止めておくべきだったのでは?」*11

「いやだって、()()()()()()()人が全うな服なんて着てくれるわけないし……」

「なによ、また虞美人差別?」

 

 

 軽く憤慨しているパイセンは放っとくとして。

 ……出るとこ出て絞まってるとこ絞まってる、そんな理想のプロポーションである彼女は、なんと穿()()()()()()()()()()のである。*12……なにをかって?察せよそれくらい。

 

 それでいて所々チラチラしている、完全に目の毒としか言い様のない姿をしている彼女はといえば、()()()()()()()()()()()というとんでもない理屈を持ち出してきて、他の服を着てくれないのである。……主な攻撃手段が爆発ということもあって、余計に。

 

 どうせ粉々になるんだから、服なんか最低限で良いでしょ、最低限で。……などと言われてしまえば、こちらも首を横に振ることもできず。

 結果、どうにか着せられたのは、季節外れの大きめのコートだけだった……ということになるわけなのです。いや、余計に痴女度が上がっとるがな。

 

 不審者というアスナちゃんの評も宜なるかな、コートの下には下手な露出より刺激的な服装が秘されているのだから、こんなん表を歩けたモノではない。

 ……いやまぁ、コートをちゃんと着ている分には、中身はシュレディンガるのでどうにかなるけども。……それはそれで、見た目の暑苦しさが凄い。

 ちょっと涼しくなったとはいえ、まだまだ日中は暑いのだから、こんな姿では別の意味で衆目を集めてしまうだろう。……中身は空調が効いているので、実際には暑くはないのだが。

 

 

「……へいタクシー!」

「あ、キーアが諦めた」

「最初からそうしてれば良かったじゃない、まったく」

 

 

 結果、周囲からの好奇の視線に耐えかねた私は、敢えなくタクシーを呼び止めることになるのだった。……経費で落ちるかなぁ、これ。

 

 

*1
所々隙間の空いた服。正体判明前の服は、素肌のすの字も見えないほどにがちがちに着込んでいた為、余計にその落差が目立つ形。一応初期状態ならインナーを着ているので、多少はマシ。……再臨すると、そのインナーを放り投げる形になるのだが

*2
原作の彼女は、幼少期は無口系・成長後はお転婆系なので、不思議ちゃんキャラとは掠りもしない。また、髪型も基本的にずっと長いツインテールのままである

*3
『仮面ライダーディケイド』より、謎の人物である『鳴滝』がよく言っている台詞。世界の破壊者ディケイドが一度関われば、それは原作崩壊の合図である

*4
無論『大丈夫?おっぱい揉む?』から。以前にこの作品内で出てきた時に発言していたのはキーアなので、絶妙に『お前が言うな』案件

*5
CLAMP氏の作品『ちょびっツ』のヒロイン、ちぃの口癖が『ちぃ覚えた』だったわけだが、彼女は実はロボットであり、記憶のリセットボタンが()()()()()にある。……その場所が如何わしい、ということ。実際には『心の触れあいだけで人は満足できるのか』ということを問い掛ける、わりと深いアレだったりはするのだが。書いてる人が女性だし、変な意味ではないのだろう。……他の作品も業が深いのに本当か?というところについては関与しない

*6
コスプレなどの肌を大幅に露出する服装は、基本的に肌色のタイツなどを付けている……というのが普通である。じゃなきゃ普通に警察に捕まる

*7
ドイツ語で『はい』の意味。『いいえ』は『Nein(ナイン)』。突発的に聞くと日本では『()ー』と聞き間違えるかも、ということ

*8
太平洋北西にあるマリアナ諸島の東側、北緯11度21分・東経142度12分に相当する部分に存在する、世界で最も深いとされる海溝。なお海溝とは、海底が溝のように細く深く窪んでいる地形のこと。世界で一番高い山脈・エベレスト山と並び、長さ(高さ/深さ)の比喩で持ち出されることの多い場所でもある

*9
これ以上はない、ということ。もしくは、多く見積もってもその辺りが限度、ということ。元々は祭の『山車(だし)(=見た目は神輿に近いが、そちらが神の乗り物であるのに対し、山車の方はその名の通り『山』──神が降りてくる場所を模したものであり、人が乗っても問題ないという違いがある)』のことを言ったもので、三重県の関町(現在は合併統合され、亀山市となっている)で行われていた祇園祭の折、練り歩いた豪華絢爛な山車達が、『それよりも豪華な山車は作れないだろう』という賞賛の言葉として生まれたモノだとされる

*10
彼女の『空想具現化』の説明から。基本的には自然に連なるモノしか作れないが、『人も自然の一部』という屁理屈を捏ねることで、ある程度の人工物も作ることができるのだとか。ただしその場合、複雑な機械類は作成はできない。作中では突然ホワイトボードを引っ張り出して来た時などに使っていたようだ。前話の虞美人の襖も似たようなもの。このあと例に挙げているエミヤも、本来であれば機械類の投影はできないらしい(その癖して高級釣竿とかを投影したりしている)

*11
単にコートを着ているだけでは、その内側がどうなっているかはわからない……ということから考案されたのかもしれない、変質者達のあれこれ。大体コートの下は素っ裸か、変な服装になっていることが多い。また、単にコートをバッと広げる、という行為だけだと『吸血鬼』のステレオタイプにも当てはまる、というなんとも頭の痛い話もある

*12
ひらがなの『はいてない』は未確認かつ証明不能だが、『穿いてない』と漢字になると明らかに穿いていない、ということになるとかなんとか。……なにを言っているんです?



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お、俺には田舎に残してきた幼馴染みが……!

 ことあるごとにタクシーで移動している気がする……なんて戯れ言を呟きつつ、駅に到着した私はそのまま二人を引き連れて新幹線へゴー。

 さっくりチケットを買ってさっくり乗り込んでざっくり途中経過は省略して、その結果我が故郷となる片田舎へと足を踏み入れていた私達なのであった。……過程を省略すんな?イヤだって、とにかく問題を起こさせないように二人に注意する、私一人が大変な旅……みたいなもんだったし、別に省略してもよくない?

 

 まぁともかく。

 省略しても問題ない程度には、特になにかが起こることもなく、平穏無事に新幹線の旅は終わりを告げたわけなのです。……途中でアスナちゃんが『シンカンセンスゴイカタイアイス』*1に悪戦苦闘していたけれど、本当にそれくらいのもんです、はい。

 

 

「なんと見事な田園風景。実はお米所?」

「別に有名なブランドとかはやってないよ。普通に稲作してるってだけ」

 

 

 主に近隣に出回る程度の小作量、とでもいうか。

 そんな言葉を、疑問を呈してきたアスナちゃんに返しつつ。駅舎の中から、外へと歩を踏み出す私である。

 

 空から降ってくる日差しは強く、まさに照り付けるかのよう。

 ……九月に入ってから突然滝の如く下がっていた気温も、今となっては残暑として見ても普通に厳しいモノに逆戻りしつつあるとかで。

 夏がそこまで好き、というわけでもない私としては、さっさと用事を済ませて郷に戻りたい気分でいっぱいなのでありました。

 ……まぁ、そんなに簡単に済むのであれば、苦労なんてしないわけなんですけどね?

 

 

「とりあえず多目的トイレ*2を目指すとしようか」

「……いや、なんでいきなりトイレ?」

「幾らなんでも、君らのその格好で行動するのはないわ」

 

 

 とりあえず、最初にするべきことは()()()()()()

 ……特にパイセンに関しては、例え快適な温度に内部が調製されているのだとしても、それは結局のところコート──()()()()()()()()()()であることに変わりはない。

 すなわち、家の中に入れば必然的に脱がなければならないもの、ということになるわけで……自分の家ならまだしも、他人の家の中であの格好(裸とどっちがマシかわからない)を晒すことになるのだから、そりゃもうアウト寄りのアウトってやつなわけでございます。……遠回しに言わずとも、単にアウトでええやろって?

 

 そうでなくとも、私の方もちょっと服装を整えておきたい気分であるので、何処かで服を着替える必要がある、ということに違いはなく。……で、田舎でそれをしようとすると……。

 

 

「それを許される場所が、自分の家の中か、はたまた多目的トイレか……って話になるってわけ?」

「そういうことですね……」

 

 

 必然、都会に比べて場所が限られてくる。……服屋もほとんどないし、そもそも服を頻繁に着替えることもないし……というわけで、服装を整えるのなら自宅か、はたまた広めのスペースが確保できる多目的ホールトイレか……という話になってくるのである。

 一応、新幹線に乗る前にパイセン用のスーツは購入してあるため、着替えそのものの心配は必要ない。

 

 

「……アンタの(虚無)で、更衣室でも作ればいいんじゃないの?」

「さっきも言いましたけど、田舎の井戸端ネットワークを嘗めちゃいけませんよパイセン。思わぬところで見られてる、なんてことはままあるんですから。……死角だと思ったら家の中から見られてた、なんてことごまんとあるんですよ?」

 

 

 そこまで説明すれば、パイセンから反論が。

 曰く、虚無でも使って服を着替える場所を用意すればいいのでは?……とのことだったが。

 田舎において、話の広まるスピードは早い……みたいなことを出発した時に述べたように、人の口に戸を立てようとするのは無謀の極み。

 それは、こちらが思っている以上に、街の中に死角が存在しないから。隠れたつもりでも、何処からか視線を向けられている可能性が高いから、である。

 

 まぁ、元を辿れば()()()()()()()()()()()、みたいな驚きもなにもないような理由が待っているわけだが……ともあれ、田舎においての『事件』が、些細なモノであれとても目立つというのは確かな話。

 特に、変装に限度があるアスナちゃんの、その赤い髪が既に衆目に触れてしまっている以上、こちらがこそこそと行動すれば、それだけで周囲の監視網が強固になってしまう……という段階に移行しつつあるわけで。

 そうなってくると、私の方でごまかすにしても労力が掛かりすぎる、ということにも繋がってくるのである。

 

 

「……でもそれだと、着替えようとするのも目立つんじゃ?」

「そうそう、そうなんだよねアスナちゃん。──だからそこにちょっとした労力を掛けようか、みたいなことになるわけなんだよ」

「……???」

 

 

 ……ただまぁ、アスナちゃんの言う通り、結局監視の目が付いたまま着替える必要がある、ということに違いはなく。

 だからこそそこが、こちらが手間隙を掛ける必要のある場所なのだと説けば、彼女はよくわからないとばかりに首を傾げていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なるほどねぇ、言われてみれば確かに、って感じだけど」

「噂が広まるということは、人相などについても一緒に広まるということ。……裏を返せば、噂の相手の姿というのは、あくまでも噂として広がるモノだってことでもある……ってわけですよ、パイセン」

 

 

 先程の会話より、少し経った辺り。

 ()()()()()()、服装をスーツに変えた私はというと、隣を歩く見た目だけは敏腕秘書なパイセンと談笑しつつ、自身の実家への道を歩いている最中なのであった。

 

 周囲からの視線は目立つものの、特に気にすることもなく歩いている私達。……さっきと言ってること違くない?みたいな感想を持つ人もいるかもしれないが……これには理由がある。

 

 

「不思議な感じ。見る角度で色が変わるんだね、これ」

「琥珀さん考案、試作段階の【顕象】でも使える変装手段……って触れ込みだったけど、どうにかなりそうで良かったよ」

 

 

 隣を歩くもう一人、アスナちゃんは自身の髪の毛の先を手で弄りながら、その色が見る角度を変えることで、綺麗な赤色から黒髪へと変化していく様を見て、ほぅと感心のため息を吐いている。

 

 これは『一時的な変身』であれば、【顕象】でも変装として利用できるのではないか?……という予測から生まれた、琥珀さん謹製の変装アイテム『万華鏡』によるもの。

 

 実際に変身させているのではなく、髪の上から色を投影するという、いわゆる拡張現実(AR)の応用となるアイテムだが……そのままだと、単に『髪の色が角度で変わる』という属性が付与される(【継ぎ接ぎ】が起きる)だけなので、スイッチとして『カチューシャを付けている間』という期間が設けられている。

 それだけなら今までのごまかし系の道具と、あまり変わらない……ということになりかねないが、そこにあれこれと新技術が使われているのだとかなんとか。……詳しいことはよくわからないが、とりあえず『カチューシャを付けること=変身』みたいな定義付けが行われているのは確かである。

 

 まぁともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()が上手いこと【継ぎ接ぎ】判定をごまかすのに一役買っているとかみたいな話は聞いたので、それが見える角度が例え本人限定みたいになっていても、とりあえずは問題にならない……くらいの認識で良いのだと思う。

 結果、今現在街を歩いているのは、金髪の少女一人と、黒髪の姉妹二人……みたいに認識されている、ということになるのだった。

 

 で、お次は種明かしの番となるわけだが……パイセンが謎の変質者から敏腕秘書にクラスチェンジしていることからわかる通り、さっきまでの私達の姿と、今の私達の姿をイコールで結ぶことは、とても難しいモノになっている。

 ともすれば、まったく別の旅行者が、田舎にやって来たのだと錯覚するほどに。

 

 無論、普通に着替えて出てきたのであれば、両者が連続した存在であることは明白であり、周囲からの目線の意味もまた変わってくるのだが……。

 

 

「そりゃそうよね。幾ら周囲からの視線がキツいとは言っても、まさかトイレの中まで覗き込んでくる、なんてことは普通ないわよね……」

「田舎のおばちゃんとかだと、平気で覗いたりもしてきますけど……多目的トイレにそういうことができるような隙間はないですからね、普通」*3

 

 

 ()()()()()()()()()のであれば、話は別である。

 なにをしたのかと言えば、答えは単純。予め駅から出る前に扉を施錠しておいた、駅のトイレから服装を変えたあと出てきた……という、たったそれだけのことである。

 要するに、多目的トイレに入って施錠をし、中で着替えや変装を終えたのち、駅のトイレにワープして何食わぬ顔で外に出たというわけだ。

 

 最初の監視の目は、それとなく・けれど確実に多目的トイレに注がれたまま。

 ゆえにこそ、二番目にやって来たことになる私達は──一人外国人らしき人物がいるけれども、その程度。

 最初にやって来た異邦人(よそもの)に比べれば、明確に優先度の落ちる相手となっているのである。

 なので、私達はある程度周囲の視線を気にせずに動けるようになった、というわけなのだった。……二度手間すぎる?大目立ちするパイセンがいる時点で必要経費なんだよなぁ(ため息)。

 

 まぁともかく、ようやく自由に行動できるようになったわけなので、さっさと自宅に向かうことにする私なのでありました。

 ……あ、施錠しっぱなしの多目的トイレに関しては、あとで適当に鍵を開けようと思います。すっからかんの中身を見た町民達は、別の噂を勝手にでっちあげてくれることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 ──そして私は、久方ぶりの自宅へとたどり着き。

 チャイムを鳴らしても返答のないことに疑問を覚え、玄関の戸を直接ノックして。

 それでもなお、返答のないことに首を傾げながら、ふとノブに手を掛け。……不用心にも施錠がされていないことに嫌な予感を覚えつつ、そっと戸を開いて。

 

 玄関に入ってすぐ、廊下の中心部。──赤い液体の海の中に沈む、人影が──軍服を来たその人物が、何故か銃を抱えたままで伏せている姿を見て、小さく息を呑むことになるのだった。

 

 

*1
新幹線の車内販売などで売られている、名前通りとても固いアイス。元々の正式名称は『スーパープレミアムアイスクリーム』だが、現在では『シンカンセン~』の方の名前で売られている。その固さはスプーンの方が折れるレベル。特殊な(熱伝導)スプーンでもなければ、まともに食べるのにも一苦労。ただしその苦労の甲斐ある美味しさでもある

*2
障害を持つ人・子供連れなど、多種多様な人が使えるように設計されたトイレのこと。車椅子利用者や、介護者を必要とする人などの為に広いスペースを確保してあり、着替え目的で使う人もそれなりにいる。健常者が長時間専有するのは良くないというのも確かなので、『バリアフリートイレ』と名称変更する案も挙がっている

*3
換気に関しては換気扇などが設置されており、普通は窓などはない。中でなにか問題が起きた場合は、外に知らせるランプなどが外に設置されている



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親の目線は意外ときっちりしている

「──!これは……」

 

 

 不自然に立ち止まった私の背後から、ひょっこりと顔を出したパイセンが、目の前に広がる光景に息を呑む。

 赤い液体の中に沈む人影は、微動だにせず。……彼女がなにを思ったのか、察することは容易い。

 彼女を真似て私の背後から顔を出そうとしたアスナちゃんの、視界を塞ぐように手を伸ばしている辺りからも、その心情を察することは難しくないだろう。

 

 とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()、ということに違いはなく。……というかこの場合、()()()()()()()()()()()?……みたいな思いから、ちょっとばかり判断が鈍っている可能性は少なくなく。

 

 そうして、実は結構動揺している私が、口を開こうとした瞬間。

 

 

「──家に帰ると?」

「妻が必ず死んだふりを……ってあれ?どなた様?」*1

 

 

 唯一この面々の中では冷静だったのか、パイセンが目を塞ぎ損ねて現場を目撃してしまったアスナちゃんから、一つの言葉が飛び出し。

 それにあわせて目の前の人物──端的に言って血の海に沈んでいる死体、としか言い様がなかったモノが起き上がって返事をしてきたことに、パイセンが声にならない悲鳴をあげることになるのだった。……た、多分まだセーフ!

 

 

 

 

 

 

「はい、粗茶ですが」*2

「どうも、有難う御座います」

 

 

 居間へと通された私達は、そのままテーブルの前に座り、出されたお茶に手を付けていた。……無論、そのお茶を出しているのは先程死んでたはずの……もとい、()()()()()をしていた女性である。しんちゃんが居たら盛り上がったかもしれない……。*3

 

 なお、私の左隣で座っているパイセンはといえば、ムスッとした顔で肩肘を付いてそっぽを向いているのだった。

 ……端的に言って、不貞腐れている様子。いやまぁ、よもや悲鳴を上げさせられることになるとは思わなかった、ということなのだろうけども。

 

 で、お茶を出した彼女はといえば、血糊こそ落としているものの、その服装は軍服かつ頭に矢が刺さったまま。……ここまで言われればわかるかもしれないが、これはいわゆる()()()()に相当するもの。

 

 

「それで──聞きそびれていましたけれど、皆様はどういった御一同様で……?」

 

 

 ──私、もとい俺の母である彼女は、私達を順番に眺めたのち、小首を傾げてこちらに問い掛けて来るのだった。

 

 

「──あー、息子様にご連絡頂きました件で、職員代表として説明のために出向かせて頂きました。私、こういう者でございます」

「あら、これはご丁寧に。ふむふむ……国立研究所、ねぇ。あの子、そんなに良くないんです?」

「命に別状はありません。ですが──ほら、アス()ちゃん」

「はーい」

 

 

 それを受けた私は、事前に打ち合わせた通りに名刺を彼女に渡し、アスナちゃん──もとい偽名・アスカちゃんに合図を出す。

 ……正直、先程のあれこれのせいで、()()()()()()()()()()()()()()可能性も少なくないのだが……奇跡的に気付かれていないパターンもなくはないので、作戦は続行である。

 

 

「──これは地毛なのですか?」

「そうですね、地毛になります。感染者ごとに症状も様々となれば、二次感染がどうなるかも不明。幸いにして、彼女に関してはその辺りの危険性はない、ということになっていますが……」

「うちの息子は違う、と?」

「まぁ、そうなりますね」

 

 

 で、その作戦というのが、アスカちゃんに変装を解いて貰って、その地毛を晒すというもの。

 

 ……何度も言う通り、人間の頭髪が自然に赤髪になるということはまずあり得ない*4ため、それが現実に目の前にあるということ自体が、ある程度信憑性の担保となり得る。

 その信憑性を元に、突拍子もない説を如何にも起こり得るモノだと説明する……というのが、この作戦の要である。

 

 人は少しでも現実味が見えてくれば、それがどれほどあり得ないことであれ、ともすれば信じてしまう生き物である。

 これは『わからないことをわからないままにしておけない』という、人間の特性から来るものなわけだが……ともあれ、下手な説明でもしっかりやればなんとかなる、ということに違いはなく。

 そういう意味で、アスカちゃんの真っ赤な髪というのは、色んな嘘を本当にするのに丁度良いのだった。

 ……この辺りを見越して同行させるように、ということだったのだろうか?

 

 ただ、この作戦には一つ問題がある。……目の前にいるという確証があってもなお、あまりに馬鹿馬鹿しい話だとやっぱり疑われる、ということだ。

 

 髪の色が奇抜なモノに変化する、という病が存在しうるか?……という部分に関してはまぁ、ある程度騙すのも難しくないだろうが。

 それと同じ原因を持ちつつ、症状がまったく違う病気を証明できるか?……と言われると、首を捻らざるを得ないだろう。

 なので、その説を補強するのにはパイセンの助力が必要、ということになるのだけれど……。

 

 

「その、(カイ)さん?こちらの説明に協力して頂きたいのですけど……」

「…………(つーん)」

「あらあら」

 

 

 ……うん、さっきのあれこれのせいで、パイセンのテンションは絶賛下降中。そっち(さっきの現場)の説明が為されるまで、梃子でも動きそうにない。

 うーん、そこに触れられると、こっちとしてもボロが出かねないから、できればスルーして欲しかったのだけれど……かといって尋ねないというわけにもいくまい。

 ()()()()()()()()()()()()という風に装わなければいけない以上、触らない方が疑われるわけだし。

 

 ……気は進まないのだが、仕方あるまい。こちらもアスカちゃんを起点にして、話に斬り込んで行くとしよう。

 

 

「ええと、先程のあれはなんだったのでしょう?アスカちゃんはなにか気付いたようだったのですが……」

「あー、すみませんねホントに。連絡してからはや数日、そろそろうちの子も戻ってくるだろうなー、と歓迎の準備をしていたものですから……」

(ですよねー!あぶねー!)

「ちょっと古い作品ですし、うちの子くらいしかわからないだろうなー、と思っていたのですけど……」

「お兄さんに聞いてた。お母さんとは仲が良いとかなんとか」

「なるほど、そういう(うちの子と仲が良い)繋がりでもあったのね、貴女」

 

 

 そうして、素知らぬ顔でアスカちゃんを話題に出して、話を進めていく私である。

 ……アスカちゃんも察して話を合わせてくれた辺り、今のところ問題は無さげ。

 

 そう、先程玄関先で血の海に沈んでいたアレ。

 あれは、初音ミクの楽曲の一つ・『家に帰ると必ず妻が死んだふりをしています』の歌詞から引用されたもの。雑に言ってしまえば『軍服で銃抱えてたり』を再現したものだったのである。

 

 この母親──見た目は普通に二十後半でも通じそうな感じの彼女は、サブカルに精通した我が師と呼べるような存在。

 あくまで趣味として嗜むだけであり、そこからコミケに出たりはしないもののの……こうして子供とのコミュニケーション手段として、普通に漫画やアニメ・ボカロ楽曲を再現することになんの抵抗もないタイプの人である。

 ある意味どこの創作の人物だよ、と言いたくなるようなタイプの人物だが……生憎と実在の人物である。わけがわからない。*5

 

 まぁそんな感じなので、やはりどこの創作物から抜け出てきたのか?……みたいな勘の良さをも持ち合わせていることもあり、極力ボロを出さずにことを済ませる必要があったのだが……うん、完全に向こうのペースなので、どうにかしなきゃヤベーという感じなのであった。

 

 そういう意味で、アス()ちゃんを矢面に立たせるのは、心苦しくありつつも結構有難いわけでもあるのでして。……パイセンには機嫌を直して貰って、早急に交代してあげてほしいのでありました。

 私が矢面に立つと、下手すると『その目が息子に似ている……』とかなんとか言われて気付かれそうなので、余計に。

 

 ……いやまぁ、別にバレたからなんなんだ、と言われるとちょっと言葉に窮するのだけれど。

 規則の上ではバレない方が良いとはなっているけれど、こんな片田舎のたかが一人にバレたところで、ってのは疑問だし。

 無論、火のないところに煙は立たぬと言うように、噂の火種になるものを無闇にばら蒔くべきではないとか、一人を許すと他の人も許さなきゃいけなくなって、それこそ雪だるま式に対応しなきゃいけない案件が膨れ上がりかねない……なんて懸念もあるのだろうけども。……自己弁護が重なり始めてるのも、母からのプレッシャーってことで許してほしい。だってさ?

 

 

「それにしても、アスカちゃんねぇ。……()()()()()()()()()()()()()()()()、こう──()()()()()()()()()()()()()よね?」*6

「……?私、神話になるの?」

「あ、そっかー。こっちはわかんないかー。……いや単にこっちの歌を聞いたことないだけかも?アレ、普通にちょっと前に映画やってたもんねー」

 

 

 アスカちゃんは、純粋に()()を知らなかったからか、首を捻っていたけれど。……創作の人物(エヴァキャラ)と仮定した言葉を発している辺り、この母親ほぼ気付いているんじゃないか感がががが。

 ……サブカル畑の人だから、未知の病気による後遺症って説明を受けても、思考がそっちに寄っていくから侮れないんだよなぁ……。

 

 これもうバレるの時間の問題では?

 そんな想いを秘めながら、相変わらず不貞腐れているパイセンにアイコンタクト。貴女が補助してくれないと、私の作戦全部パーになるんですよお願いしますなんでもしまむら!*7

 

 そんな私の願いが通じたのか、彼女は深々とため息を吐くと、居住まいを正して母と向き合い。

 

 

「予想は付くと思うけど。貴女の息子とは同じ病院に──」

「あ、もしかしてその姿って虞美人さん?良く似てるわねー。……ん?声も似てる?」

「──いたって言おうと思ったけど自爆するわ。いいわね?」

「よくない!!お願いだから諦めないで芥さん!?」

 

 

 第一声の時点で明確にキャラを見抜かれ、次善の策を引っ張り出される羽目になるのだった。……もう終わりだよこの旅!*8

 

 

*1
ボカロPの一人・ほぼ日Pの楽曲『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』のこと。また、その元ネタとなったとある掲示板に投稿された質問・およびそこから派生した漫画・映画のことも指している。そちらは『kkajunsky』氏(後に『K.Kajunsky』に名義を変更)が原作者。一応は事実を元にした話、らしい。歌の方から知名度が上がった、というのは間違いない(この質問の投稿当時、その掲示板の注目度はそれほど高いものではなかった為)

*2
粗末お茶、すなわち安いお茶のこと。ただし、お茶を出す側が述べる場合は『こんなものしかお出しできませんが』というへりくだりの意味となる(一応、こんなものしか出せないが、出来得る限り美味しく淹れてあります……と言うような意味ではあるらしい)。近年では意味を取り違えられることも多いらしく、マナー教室などでは『こんなものしかお出しできませんが』と言うように勧められるとかなんとか

*3
初期の方のしんちゃんの遊びの一つ。文字通り、様々な死体のふりをするというもの。流石に不謹慎ということなのか、徐々に頻度は減っていき、今日ではほぼ見ることはない

*4
赤毛というものもあるが、あれは正確には金髪が濃くなったり薄くなったりしたもの、という解釈の方が近い(髪の毛内のフェオメラニンの含有量により、赤褐色~黄色の間で色が変化している)。それゆえ、アニメや漫画のような『真っ赤』な髪の毛、というのは自然には現れない色となっている。ストロベリーブロンドも、実際のそれはもう少し赤褐色に近い色になるので、アニメみたいなピンク髪も普通はあり得ない

*5
見た目の若いお母さん、と言えば創作に頻出するモノだが、現実でも探せば意外と出てくるモノなので、実際はそこまで珍しいものでもなかったり

*6
『エヴァンゲリオン』シリーズより、ヒロインの一人、アスカ・ラングレーのこと。惣流だったり式波だったりする。なお、正確には茶髪だが、赤色のイメージが強いのもあって名前から連想した……という形。『神話』云々については、初代アニメの方のオープニング楽曲『残酷な天使のテーゼ』の歌詞から。1995年の楽曲ながら、カラオケなどで歌われた曲ランキング上位に居座り続けていたり

*7
『なんでもしますから』の変形。へりくだりつつ実際はなんでもはする気はない、というもの。島村卯月ではない。ファッションセンターしまむらでもない

*8
元ネタはとある掲示板に投稿された文章。そちらは正確には『終わりだよこの国』で、後に『もう』がくっついた。用法はそのまま『国』の部分を入れ換え、その対象がよくない・終わっていることを示す……ということになる



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嘘に嘘を重ねるとそのうち破綻する

「なるほどなるほど。どんな病気なのかと思っていたけれど、見た目がアニメキャラ(二次元)っぽくなっちゃう病気なんですねー」

「あくまでも症状の一例として、ですがね。……そもそも髪が突然赤色になるとか、普通の病気としては到底説明が付きませんから」*1

 

 

 無事に次善の策が引っ張り出されてしまったことに、思わず白目を剥きそうになりつつ。

 再び不貞腐れてしまったパイセンを宥めながら、母に対してさらに詳細な説明を加えていく私なのであった。

 

 曰く、今までのことは機密に抵触する内容であるため、その全てを明かすことはできず。

 今貴女が気付いてしまった案件は、情報レベルとしては2──通常であれば話をごまかすことを推奨される内容だが、それでもなお気付かれてしまった場合には、説明をしてもよいとされるギリギリのラインである*2……みたいなことを口に出しながら、改めて二人について紹介していくことに。

 

 その流れで、この病気に罹患した人は、何故か創作物のキャラクターのような容姿・言動を獲得していくのだ……ということも話していく。

 無論、この辺りの話も全部、事前に打合せしておいた作り話なのだが……これ以上本当の事情について気付かれてしまうのは宜しくない、ということは言うまでもない。

 

 特に『アニメキャラがやっていることなら、それら全部やれちゃいます』……みたいな、私達の能力面の部分については、作り話に合わせるのなら完全に情報公開範囲外(極秘情報)に相当するもの。

 そこまで踏み込まれてしまうと、流石にBBちゃん(記憶消去)案件となってしまうので、内心冷や汗まみれの私である。……パイセンの自爆するわ云々の発言については、口調とか性格とかも似てしまうのでそのせいです、ということでごまかす羽目にもなっているのだから、そりゃもう心臓バクバクである。*3

 

 イヤダナー、ニンゲンガナニモナシニジバクナンテ、デキルワケナイジャナイデスカヤダナー。ハハハ。

 

 そう、全ては現実、今目の前にある現実こそが優先される……!

 とばかりに、ごりごりのゴリ押しである。そこにあるものこそが事実だからね、仕方ないね。

 ……突拍子がなくても実例があるならどうとでもなる、という論説がどこまで通用するか?……みたいな社会実験をさせるのは、切実にやめてほしい次第である。

 

 

「それで──ええと、もしかしてうちの息子も、似たような感じに?」

「ええ、まぁ。……これらがどういう病気なのか、なにを目的としているのか?……と言うところについては、目下調査中です。そんな状態で世間に情報が漏れてしまえば、創作物のキャラクターになりたいと言うような願望を持つ人達が、挙って感染したがるなどという、一種のパンデミック(感染爆発)*4が起こりかねないわけでして……」

「そしてそのパンデミックの結果、予想外の変異を起こして致死率が高まっても困る*5……ということですか?」

「──御母堂様の理解が早いようで、こちらとしても大助かりでございます」

 

 

 ともあれ、ようやく本題である。

 この短期間で色々起こりすぎて、もはや記憶の彼方に行きかけていたが……そもそも今回の訪問の目的は、実家から送られてきたメールの真意を確かめる、というところにある。

 その前段階で盛大に躓いていた、というところからようやく軌道修正が叶った、というのが今の状況になるわけなのだけれど……。

 

 

「それで、そろそろメールの方に話を移したいのですが……」

「ああ、御免なさい。そういえば息子からお願いされてこちらに窺った、みたいなことを仰られていましたね」

「ええ、そうですね。文面を見て、とても驚いていらっしゃいましたよ、彼」

 

 

 その意図が読めない、という点でもな!

 ……という本音は口内で噛み殺しつつ、改めて母に尋ねてみる私。

 

 歓迎の血だまりスケッチ*6に驚かされ、ペースを乱されはしたが……同時に、そういうことを素でやる人物か否かと問われれば、間違いなく『やる』人であることは、もはや一連の流れから疑いようもなく。

 ……わかってたんだからもっと上手く反応できたんじゃ、みたいな意見もあるだろうけど、その辺りはこっちに戻るのが久方ぶり過ぎて、あれこれと対応ミスったみたいな感じでですね?……思考が大分支離滅裂だけど、大丈夫か私?

 

 まぁともかく、これからはもうペースを乱されることはないぞ、と真剣な表情を浮かべ直した私は。

 

 

「なるほどなるほど。……うちの息子とそんなに親密ということは──実は貴女、うちの息子の()()だったり?」

「………………(突然の爆弾発言に虚無になった顔)」

「ぶふぅっ!!?」

「お姉さん、汚い」

 

 

 その彼女から飛び出した言葉に、いやはや母親には勝てねぇなぁ……と、儚げな笑みを浮かべる羽目になるのでした。

 その質問は想定してねぇですわ(真顔)。

 

 

 

 

 

 

「ええと、もしかして変なこと聞いちゃったかしらね……?」

「ああいえ、お気になさらず。息子様とはあくまでも業務上の関係ですので。御母堂様の思うような関係には、とてもではありませんが百歩どころか千歩以上足りないと申しますか」

(……む、ピンと来た)

 

 

 突然ぶっ込まれた『貴女、実はうちの息子の彼女(これ)なのでは?』発言に、不貞腐れていたはずのパイセンが茶を吹き出したりしたけど……まぁうん、問題はない。ないったらない。

 ……結局ペースを乱されっぱなしなのは、もう無視・もとい諦めの境地である。

 それ気付けてねーから、気のせいだから。霞を幽霊と見間違えているようなもんだから。可能性微塵もねーから。……自分同士のカプは良いものだ?うるせー()以外でやれ!*7

 

 ともあれ、気管に茶が入ったのか、盛大に噎せているパイセンの背を擦るアスカちゃんを横目にしつつ、引き攣った笑みを浮かべながら軌道修正を図る私。

 なにが悲しくて自分同士でカップリングされねばならんのか……などとは口にせず、強引に話を戻していく次第である。

 その甲斐あってか、謎のニヨニヨ笑いを浮かべていた母はと言えば、なにかを思い出すように天井に視線を向けながら、ぽつりぽつりとこちらの質問に答え始めるのだった。

 

 

「そうねぇ……お父さんが危篤、というのは別に間違いでもなんでもないのよねぇ」

「……!それは一体どういう……?」

「それがねぇ、お父さんったら軒先に蜂の巣ができたからって、それを自分で処理しようとしちゃってねぇ……」

「まさか、それで刺されて重体に……?!」

 

 

 そうして語られ始めた内容は、父が軒先にできたスズメバチの巣を、どうにか処理しようとしていたというもの。

 それを聞いたアスカちゃんはと言うと、まさか刺されたんじゃないのか、と声を挙げたのだけれど……うん、ちゃうんやアスカちゃん。

 

 

「いえ、それに関しては()()()()()()()()から、普通に無事だったんだけどね?」

「……私の耳がおかしくなったのかも知れないから、改めて確認させて欲しいんだけど。……ハチをどうしたって?」

「いえね、全部叩き落としたんですよ、外で飛んでいたのは。まぁ、ラケットがあれば意外とイケる、みたいな感じでですね?」

「あー、虫相手にラケットって、結構オーバーキルですよねー……」*8

「でしょう?的確に叩き落とすのは……まぁちょっとコツがいるかもだけれど」

「……えっとこれって、私がおかしいって扱いなわけ?」

「さぁ、どうだろねー……?」

 

 

 私もとい俺なら(ハチ嫌いなので)いざ知らず、うちの親父殿に限ってハチに刺されて重篤、なんてことはあり得ない。

 

 ラケットを使っている分、昔に比べれば身体能力が衰えてしまっている、ということは窺えるものの……。

 それでも刺されるだなんて以てのほか、そんなことになれば末代までの恥だのなんだの言いながら、大立ち回りを見せたに違いない……というのは、なんとなく想像することができる。

 

 なのでまぁ、ハチそのものについての心配はしていない。……ここで心配するべきなのはもう一つ。()()殿()()()()()()()()という、当たり前の事実の方だった。

 

 

「それももしかして、うちの子から?」

「まぁ、確かに御両親方はお若いみたいですけれど……それでも子供の方からしてみれば、それなりに歳を取っていると認識していてもおかしくない、というわけでして」

「なるほど。……うーん、お父さんが知ったら、怒鳴り込んで来そう」

 

 

 それは、父の年齢によるもの。……寄る年波には勝てぬと申す通り、加齢による影響というものは、どうしても無視しきれないもの。

 例え我が父が、子供が大学生だけと四十代……なんて若さを誇っていたとして、急激な運動を行えば──、

 

 

「え、ぎっくり腰?」*9

「まぁ、そうなりますねぇ。アレだけラケットを振り回していれば、次の日筋肉痛からの腰をヤる、なんていうのはもはや既定事項のようなもの……と、どうされましたか芥さん?」

「……若い若いとは思っていたけれど、若すぎるでしょアンタ達……!?」

 

 

 その流れで、体を痛めてしまうのは自明の理。

 危篤も強ち間違いではないとは、すなわち腰を痛めて起き上がれないということ。

 それにより、寝床から病床に緊急搬送されたのだと母が告げるのを聞いて……いや、正確には父と母、その双方の年齢を聞いたことによって、信じられないとばかりに話の流れを切るパイセンなのでありましたとさ。……いや、驚くところかなそこ……って、はっ!?

 

 

「なるほどなるほど、そちら様は知らなかったけれど、貴女は知ってる……ってことでいいのよね、これ?」*10

「……黙秘させて頂きます」

 

 

 再び復活した母のニヤニヤ笑いに、思わず冷や汗を掻きつつ。

 これ、もう一度軌道修正するの無理なのでは?……と投了したくなってきた私なのでありましたとさ。

 ……この場にマシュが居なくて良かったなぁ、なんて感想しか浮かばないんですがそれは。

 

 

*1
ストレスによって髪の色が変化する、というのは事実だが、それも一晩で変化するというわけではない(髪は根本的には排泄物である為。通常の排泄物として体外に放出できなかった毒素などの老廃物は、次に髪の毛に貯まってそのうち体から切り離される、という形になるのだとか)。髪の毛の伸びるスピードは1日におよそ0.3mmほどなので、強いストレスを受けてからおよそ一月ほど、かつ短く切り揃えられた髪であるのならば、いつの間にか髪が白くなっている……なんてこともあり得るかもしれない

*2
いわゆるセキュリティ・クリアランスのこと。『SCP』や『パラノイア』などで重要視されるもの。機密としての重要性が高まるほどに、それを扱う人間には相応の()とでも呼ぶべきものが求められていく。一般人に知らせてもよい事柄というのは、基本的に敵対者に知られても問題ない範囲である場合がほとんどとなる

*3
好き好んで親の記憶を操作したりはしない、の意

*4
pan-(全て)dēmos(人々)』で全ての人々、という意味を持つギリシア語『pandēmos(パンデモス)』を語源とする言葉。()()()()()()に感染するもの、ということか。人獣を問わず感染を引き起こし、かつ国境を越え世界各地で患者が発生している状況を言う(一部地域に留まっている場合は『アウトブレイク』、国の中で収まっている場合は『エピデミック』と呼び分けるのだとか)。国境を越えている時点で感染力は未曾有の域であり、病状如何によっては世界規範を壊しかねない存在となる……というのは、今更説明せずともわかるだろうか

*5
感染者が増えるということは、本来ならばまず起こらないような変異が発生する可能性が増える、ということでもある(キーア/キリアの『無限による可能性の崩壊(数の暴力)』のようなもの。確率1%は一人で引く分には信用性のない数字だが、それが一億人であるならば単純計算で百万人は引けている、ということになる)。故に、とにかく感染者を減らそうとするのは、後の危険性を考えれば決して対応としては間違いではない。間違いがあったとすれば、それは病気の感染力を見誤った(が抑えられるようなものではなかった)ところにあるのだろう

*6
『魔法少女まどか☆マギカ』の別名(?)。キャラクターデザインの蒼樹うめ氏の作品『ひだまりスケッチ』に準えたネーミング。元々は血腥いことになっているひだまりスケッチの二次創作に対して、細々と使われていた単語だったのだとか

*7
元ネタ有りのTS作品でたまに見掛けるもの。自分自身なので意気投合するのか、はたまた骨肉の争いを見せるのかは時と場合によるだろう

*8
ごく少数相手であれば、の話だが、ラケットがあれば殲滅するのはそう難しくない。何故ラケットなのかと言えば、普通に叩くより確実に殺せるから、と言うのが正解(テニスラケットなどで虫のような、小さくかつほどほどに固い生き物を殴り付けると、基本的にバラバラになる)

*9
急性腰痛症。なにかしらの原因により、突然腰に対して痛みが走ること。骨ではなく腰の筋肉に問題が起きて発生することが多い

*10
親の話をするくらいに親密なんですね、の意味。勘繰りにもほどがある



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田舎において色恋事とは一番の楽しみである

 もうすっかり息子の嫁候補、みたいな見方をして来ている母に、これもう私が貴女の息子ですよと明かした方が早いのでは?……と、ちょっと追い詰められつつある私である。

 

 やめた方がいいよ、と脇腹を小突いてくるアスカちゃんがいなければ、その選択を選んでしまってもおかしくない精神状態だったが、辛うじて持ち直し……区切りを付けるように一つ息を吐いて、改めて母と向かい直っていく。……笑いを堪えてらっしゃるパイセンは、あとで絞めるから覚えてろよテメー。

 

 

「んー、残念。そこまで嫌がられてるってことは、うちの子には脈なしってことねー」

「……良き友人ではありますが、そういうのではないですね。何度も言いますが」

「えー?男女の友情とか一番脆いもの、って私は思うのだけれど?」*1

「それを女性側が言うのはどうかと思いますよ私」

 

 

 まぁ、仮に男性側が言ってたとしても、問題はあると思うわけだが。

 閑話休題、どうにかして話を元に戻した私は、改めて最終確認を行う。

 

 

「ええとつまり、息子さんを呼び戻したのは……」

「お父さんが病院送りになっちゃったから、その見舞いに戻ってきなさいって言うのと──」

「男手のない環境で、男手が必要になる機会がやって来たから、その補充のため……ってことでいいのね?」

 

 

 彼女が俺に連絡を取ってきたのは、純粋に父の危篤を知らせるため。……無論、危篤と言っても命の危機というわけではなく──こういう話によくありがちな、ちょっと病院沙汰になったのでついでに顔見せしなさい、というような程度のものでしかなく。*2

 言ってしまえば、取り越し苦労。……とはいえ、確認せずに放置するには、問題が多々あったということにも間違いはなく。

 

 なのでまぁ、終わりよければ全てよし、とばかりに話を締めることにするのだった。

 

 

「そうねぇ。本当なら、久しぶりにうちの子の顔を眺めたかったんだけど……無理を言っちゃったみたいだから、謝っておいて貰えるかしら?無論、貴女達にもごめんなさいね、って言わせて貰うけど」

「お気になさらず。私共は国の従僕(じゅうぼく)*3、庶民の皆様の暮らしを豊かにしていくのが役目、ですので」

 

 

 話を終えて、ふぅと息を吐く母の姿に苦笑を返しつつ、問題はないと伝え返す私。……従僕云々はあれだが、彼女や父親が平穏無事だと確かめられたのは、確かな成果だと言えるのだし。

 とまれ、話が終わったのだから──次にするべきことは決まっているだろう。

 

 

「……あら?」

「男手が欲しかったのでしょう?生憎と人手へとランクダウンはしていますが……幸い数はありますので、余程の力仕事でもなければお手伝いできるかと」

 

 

 こちらが立ち上がったことに、小さく首を傾げる母親。……そこで首を傾げられても困るのだが?

 

 彼女が語った通り、あのメールは父の病気と、()()()()()()()()()()()()ことを知らせるためのもの。

 で、あるならば、()の代わりに確かめに来たという(てい)である私達が、その用事を手伝おうとするのは自然な流れだと言えるだろう。

 

 無論、『逆憑依(アニメキャラ)』としての身体能力は発揮できないので、貸せるのは猫の手程度のものとはなってしまうが……それでも、数だけは揃っている。

 戦いは数だよという名言もある。余程突拍子もないお願いでもなければ、ある程度は賄えると踏んでの発言だったわけなのだが……どうしてか、母は小さく吹き出していたのだった。

 

 

「まあまあ。……なるほどなるほど、ふーん?」

「……ええと、どうされましたか?」

「いいえ別に?……じゃあ、ちょっと手伝って貰っちゃおうかしら?」

 

 

 何故か私の顔を見て、ニヤニヤ笑いを再び浮かべ始めた母の姿に、どういうこっちゃとパイセンに視線を向けるも──『私にわかるわけないでしょ』と視線で返されてしまえば、もはや所在なし。

 同じく首を傾げていたアスカちゃんと顔を見合わせた私は、神妙な面持ちで母の様子を眺めることになるのだった。

 

 

 

 

 

 よく分からないやり取りがありつつも、そのままなし崩し的に母の手伝いに移った私達。

 そんな私達が、今現在なにをしているのかと言うと……。

 

 

「ふーん、こ……あいつって小さい頃、こんな感じだったのねぇ」

「可愛いでしょー?『かっか、かっか』*4って言いながら、ずっとうしろを追い掛けてきてくれてたのよねぇ」

「……ソ、ソウデスカ。ソレハサゾヤカワイカッタノデショウネ……」

「うんうん。この時はまだ一人っ子だったから、殊更に甘やかしていたわねぇ」

「なるほど、だからモノがいっぱい」

 

 

 ……なんでか知らんけど、私……もとい俺が使っていた部屋の片付けをさせられているのだった。

 

 一応、末の弟に自室を与えるため、長男である俺の部屋を片付けたい……みたいな理由から始まった作業なのだけれど。……掃除中についつい他のことをしてしまう、というのは世代を問わずに起こることのようで。

 押し入れの中身を整理している最中、たまたま見付けたアルバムと、そこに納められていた小さな頃の俺の写真によって、突然の昔語りが始まってしまったのだった。……なんの拷問なんですかこれ?

 

 写真に写る俺の姿は、ほんのりぷっくりとした──恐らくは幼稚園くらいの時のもの。

 さしもの俺も、その時の記憶なんてほぼほぼ曖昧だが……だからといって、その時の赤裸々エピソードを語られて無事でいられるか、と言われればノーとしか答えられないわけでして。

 ……必死で顔が赤くならないように心を殺しているが、正直転げ回りたくて仕方ないです、はい。

 

 なにがアレって、嬉々として私に幼少期の俺のエピソードを聞かせて来るものだから、何処にも逃げ場がないというね?

 っていうかなんで私に聞かせて来るんですか。やっぱり勘違いしたまんまなんです?

 

 

「んー?どうしたのかしらキーアさん?なんだか動きがぎこちないような……」

「か、顔見知り程度の間柄とはいえ、幼少期という一種の恥部に触れてしまったと思えば、寧ろ穏便な反応だと愚考する次第なのですがっ」

「あらあら。親しき仲にも礼儀有り、ってこと?」

「友人と言い張れるほどの間柄でもありませんし、ちょっと違うかと思いますっ」

 

 

 そんな私の態度を、『気になる男性の子供の頃を見せられて、恥ずかしがっている』とでも勘違いしているかのような母の反応に、思わずたじたじになる私。

 ちげーよ普通に恥ずかしいんだよ、っていうか色々忘れなさすぎっていうね!

 

 どないせいっちゅうんじゃい、みたいな陰鬱な気分の私だが、周囲から救いの手が伸びる気配はない。

 パイセンは先程から変わらず、俺の古い写真を眺めては忍び笑いしているし、アスカちゃんはへーとかほーとか呟きながら、押し入れから出てきたおもちゃをあれこれと弄り回している。

 つまり、そもそも誰もこっちを気にしてない、というわけで。

 ……うん、マシュ()が居ないだけ良かったんだろうな、と思うことで心の安寧を図る私である。……泣いてないぞ。

 

 はぁ、と小さくため息を吐きながら、いらないものとして分けられた本などを、紐で縛っていく。

 ……本人に聞かずにいらないもの扱いしてゴミにするのは如何なものか?……なんて風に思ったのだけれど、よくよく見れば『……確かにいらないな』って感じのモノばかり渡されるので、この辺りは母親の面目躍如というか。

 

 

「……というか、貴女はいつまで笑ってるんですか芥さん」

「ふ、ふふっ。だって、これ見なさいよ……ふふっ!」

「オイぃ?人の顔見て笑うのは流石に失礼すぐるんだが?」

 

 

 だからこそ、さっきからなんにもせずにアルバム眺めているパイセンには、次第に怒り心頭というかですね?なんか知らんけど、人の顔見て笑ってるし。

 一体なにを見て笑っとるんだ、という思いを抱きつつ、彼女が眺めているアルバムが見える位置──彼女の背後に回った私はと言うと。

 

 

「──ああ、それは小学校に上がる前の写真が入ってるアルバム、ですね。その時は確か──()()()()みたいなお題で、幼稚園の先生にお絵描きをさせられたとかなんとか?」

 

 

 幼い自分が、()()()()()()()()()()()()()()……っぽい絵を掲げて、にこやかに笑っている姿と。

 意味ありげに、こちらに視線を向ける母親の姿を、その視界に納めることとなるのだった。

 

 ……ああうん。はい、なるほど。

 

 

そりゃそんな目で見られるわけですわ……(白目)

 

 

 思わず気が遠くなりそうになったが、堪えて頭を振る。

 ……うん、思い出してきた。確かこれは、先生に『どんな人に憧れるか?』みたいなお題を出されたとかだったはず。

 で、当時の俺は、その辺りあんまり深く考えずにクレヨンを手に取って──金髪美女っていいよね!みたいなテンションで絵を描いたんだった。

 

 で、今の私の姿。

 キーアそのままの幼女姿では、国の職員云々の話に信憑性が出ないだろう、ということで大きい(シルファ寄りの)姿になっているわけだが。……まぁうん、この絵が現実になったもの、と言われても通らなくはないだろう。

 

 つまりはこういうことである。

 子供の頃、『こういうのが好き』みたいなノリで描いた絵を、連想できてしまうような人間が現れ。あまつさえ本人と仲良さげである、というのであれば。……少なくとも、息子()側が懸想(けそう)している*5と受け取っても、別におかしくはない。

 そもそも、赤の他人と言っても良い相手のお願いを聞いている、という時点で仲が悪い、ということはありえないのだし。

 

 ……つまりは自業自得、ということですね。ただし、自分がすっかり忘れていた、過去からの侵略……的なあれだがなぁ!!

 思わず恥ずか死しそうになる私の気持ちを、知ってか知らずかけらけら笑いながらアルバムを捲るパイセンと、その向こうからこちらに熱視線を送ってくる母。

 

 

「元気だして、キーア」

「ああはい、そうですね……まだ終わってませんもんね……」

 

 

 なるほど、これが地獄か。

 よいこよいこ、とばかりに頭を撫でてくるアスカちゃんによって、更なる虚無の到来を胸に感じながら、私は来るんじゃなかった、という言葉を飲み込むことになるのだった──。

 

 

*1
なお別に同性同士の感情が固いものかと言われれば別な模様。現代は多様性の社会なので仕方あるまい。……強制しなければなんでもいいのである

*2
漫画などでは『父危篤』から始まる話は、大抵子供を呼び出す為の口実の面が強く、ぎっくり腰とかを大袈裟に言ったものというパターンが多い

*3
男性の召使いのこと。執事に類似するが、語源である『フットマン』としては、金持ちの道楽・一種のシンボルのような役目であったとされる(見せびらかす為の従者、と言うべきか)

*4
喃語(なんご)』と呼ばれる、言葉になる前の赤ちゃんの発する声のこと。『あー』『うー』などの単調な母音だけのもの(こちらは正確にはクーイングと呼ぶのだとか)、『ばば』『ぱっぱ』などの、子音+母音なとで構成された言葉など、その範囲は多岐に渡る。この場合は『お母さん』という意味が付随した言葉

*5
異性を恋慕(こいした)うこと。そのまま恋慕(れんぼ)とも



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尾鰭が付いても気にせずに

「──よぉし、これで終わりっ」

「あらー、随分早く終わりましたねぇ」

 

 

 先のちょっとした騒動を受け、心を殺して(無の境地で)作業に邁進することに決めた私。

 その甲斐あってか、押し入れの中に押し込められていた俺の私物達は、すっかりその姿を減らしていたのだった。……途中でパンドラの箱*1が何度か開いていたみたいだけど、私の精神安定のため内容についてはノーコメントとさせていただく。

 

 

「なにも殴る(げん こつする)ことないじゃないのよ……」

「喧しいですよ芥さん。それ以上ふざけたことを言うのであれば、その口を縫い合わせてさしあげますよ?」

「えぇ……?」

 

 

 なお、パイセンに関してはほぼ戦力外状態だった。

 アルバムを見ては笑ったり感心したりしてただけだからね、仕方ないね。……まぁ、そのおかげで母の相手を私がしなくてよくなった、という良い面も無くはないのだが。

 

 あのまま母を放置していたら、どう考えても作業中にウザ絡みをされて、仕事の『し』の字ほども作業が進まないまま、無駄に時間を浪費させられる可能性の方が高かったのだし。

 ……なので彼女が居てくれて助かった、というのは決して大袈裟というわけでも間違いというわけでもない。

 まぁその分、盛大にこちらをからかったり笑ったりしてきていたので、最終的な評価はプラマイゼロどころかマイナスに傾き気味なわけなのだが。

 なので彼女に与える慈悲はない。ないったらない。

 

 

「ずいぶんと仲が良いのねぇ、貴女達」

「なんで一方が殴られてるのに、仲が良いって評価になるのよ……」

「猫とかのじゃれあいにしか見えない、みたいな?」

「……いや、なんでアンタが代弁してんのよ」

「私が一番冷静。えっへん」

 

 

 そんなやり取りを見ていた母はと言えば、お盆の上にお茶と菓子を乗せて、台所から戻ってくるところだった。

 それを見てふと壁掛けの時計に視線を向ければ、針が示す時刻はいつの間にか午後三時を少しばかり過ぎていた。……要するに今からおやつの時間、ということになるらしい。*2

 

 

「皆さんのおかげで、とっても早く部屋の片付けが終わったわぁ。ありがとうねぇ」

「いえいえ。これも仕事ですから」

 

 

 お茶を置きながらこちらに頭を下げてくる母の姿に、ちょっぴり恐縮しつつ。差し出されたコップに注がれた麦茶を、そのまま一口。

 

 キンキンに冷えた麦茶は、作業で火照った体を冷ますのにちょうど良い。

 夏場、もしくは残暑の厳しい時に飲むのなら、やっぱり麦茶だよなぁ……なんて感想を胸の裡に思い浮かべながら、一緒に出されたのり煎餅をパリパリと食べる私なのであった。

 

 

「……ところで、政府のお役人様……ということになるのは、キーアさんだけということで宜しいのかしら?」

「?ええまぁ、他の二人は外部協力者……という立ち位置になるかと。今回の病気について説明するのに、彼女達のような方が手伝って貰えると、こちらとしてもとても助かりますので」

「ふむふむ。……ということは、皆さんは結構長い付き合いなんです?」

「……んんん?長い……んでしょうか?芥さんとは大体一年くらいの付き合いですし、アスカちゃんに至ってはつい先日出会ったばかり、みたいな感じですし」

 

 

 そうして休憩する中で、母が尋ねてきたのは私達の関係性について。

 

 政府の役人としての名刺を渡したのは私だけなので、他二人がどういう扱いになっているのか、地味に気になったのかもしれない。

 まぁ、『逆憑依』は対外的には病気として扱われているため、二人はその病気に罹患した人の中でも、他者に病気を感染させる可能性のない協力者……という形に落ち着くことになるわけだが。

 そんな二人が、その自由を制限しているとも取れるお役人様と、仲良く喧嘩しているというのがちょっと不思議に思えた……みたいな感じだろうか?

 

 しかし、言われてみると私達の関係性、『仕事で』という括りでもないとわりと薄い、と言い換えてもいいモノのような気が?

 

 パイセンを知ったのは、向こう(なりきり郷)に行ったその日ではあるものの──本格的に関わりあいになるのは、それから暫く経って『tri-qualia』の経営会社に突撃した時になるし。

 アス()ちゃんに至っては、知り合ってからまだ一月経ったか経ってないか、くらいの大分浅い付き合いだし。

 無論、別に険悪な仲と言うわけではないが……竹馬の友、と言い張れるほどの深い仲、というわけでもあるまい。

 

 距離感的には本当に職場の同僚くらいの関係性なので、それにしては仲が良いというのは、決して見当違いの感想とも言い切れないのではないか?……みたいなことを考えてしまう私なのであった。

 

 

「……あらあら。ちょっと変なこと聞いちゃったかしら?私」

「ああいえ、改めて思い起こせば、変な面子だなぁと実感しただけですので、お気になさらず」

「……ふふふ。じゃあ、この話は置いておきましょうか」

「……?はい」

 

 

 そんな私に対して、母から向けられていた視線は……なんだろうこれ、微笑ましげ?

 そんな視線を向けられる理由がわからず困惑する私は、けれど母が話を打ち切ってしまったため、その理由を探ることも叶わず。

 仕方なしに、飲み終えた麦茶のコップを洗うため、台所に食器を置きに行くことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「さっきはなにを話していたんです、芥さん?」

 

 

 食器を片付け、暫く休憩時間を取ったのち、改めて別の作業の手伝いに駆り出された私達。

 その目的地に向かう最中、私は手前を行く母に聞かれない程度の声量で、パイセンにさっきなにをしていたのか、ということを問い掛けていたのだった。

 

 さっき、というのは、私が「そこまで気を遣わなくていいのよ~」という母の言葉をやんわりと拒否して、食器洗いをしていた時のこと。

 私が洗うから居間で待っていて下さい、というこちらの言葉に折れた母はと言えば、渋々居間に戻った先で、私に聞こえない程度の声量でお喋りに興じていたのだった。

 今回のあれこれは、母の様子を探ることにも意味がある。なので、その会話の内容をパイセンに聞こうと思ったのだけれど……。

 

 

「え?……ああうん、大した話じゃないわよ。なんかこう、お前の見た目がとても綺麗ねとか、そんな話」

「……?そりゃまた、微妙な話題というか」

 

 

 目線を泳がせながらパイセンが述べたのは、母が再び(キーア)について話題にしていたというもの。

 ……なんか気に入られているなぁとは思っていたから、話題に挙がること自体には特に驚きもないが……同時にそうやって話題に挙げることで、私が示す反応を楽しんでいる節もあったので、私に聞こえないように会話をしている……という部分に引っ掛かりを覚えないでもない。

 

 というか、引っ掛かり云々の話をするのであれば、今のパイセンの態度も引っ掛かる。

 その目線の泳ぎ方は、まさしく動揺を押し隠すためのもの。……つまりはこうして問い掛けられること自体、彼女にとって都合の悪いモノになっている、という風に受け取ることもできるわけで。

 

 なんだろう、『だからやっぱりキーアちゃんってうちの子にお似合いなのよ~』みたいな、謎の主張の押し付けでも受けたのだろうか?

 はたまた、『そういえばうちの子はあれがこれでこうでね~』みたいな、再度の暴露話を聞いてしまったので、また怒られるんじゃと警戒している……とか?

 

 

「あー……いやまぁ、そのうちわかるわよ、そのうち」

「はい?……って芥さん、話は終わってないんですけど?」

「ついてくついてく、とっとこついてく」

 

 

 そんなこちらの疑念に対し、彼女は小さくため息を吐き出したのち、こちらの追求を避けるように先へ駆け出してしまう。

 まさに逃げるようなその行動に、一拍対応の遅れてしまった私は、ほんのり慌てながらその背を追って。いつの間にか背後霊状態になっていたアスカちゃんを引き連れ、結果的に母の横に並ぶことになってしまうのだった。……ちっ、上手くやりやがったなパイセン……!

 

 

「……ふふふ。やっぱり仲が良いのね、貴女達」

「まぁ、そうかも知れませんね。ただの同僚と言い張るには、ちょっと距離感が近いのは間違いないと思います」

 

 

 こうなってしまえば、母に気付かれずに尋問するのは不可能。

 なので、この場で確認するのは諦めて、声を掛けてきた母との会話に移行する次第。

 ……追いかけっこする職場仲間、というのがちょっと距離感が変なのは間違いではないため、先ほどの母からの問い掛けに、改めて頷くこととなる私である。

 感覚的には──同じサークルのメンバー、みたいなのが近いということになるのだろうか。

 

 

「じゃあリア充襲撃しないと。うらぎりものには塩~」

「あらあら。じゃあお空からお塩をいっぱいばら蒔かないとねぇ」

「……???いや、どういうこと?」

「あー、芥さんは付いていけない話題でしたかー」

 

 

 サークル、という言葉に反応したアスカちゃんが、唐突に懐から食卓塩を取り出して掲げる。

 パイセンは彼女の突然のその行動に困惑していたが……対する母はと言えば、すぐさまネタに反応してヘリを呼ぼうとか言い出す始末。

 

 ……全母が泣いた、とか言われる作品から路上格闘家の話に話題が飛んでいるので、パイセンが付いていけないのも無理はないのだが、それ以上にアスカちゃんのネタのカバー範囲がよくわからねぇ、みたいな気持ちの方が強い私である。*3

 

 

「いいわねぇ、アスカちゃん。どう?もしよかったら、うちの子にならない?」

「とても魅力的な提案。考慮させて貰う」

「いやあの、勝手にあれこれ話を進めないでくださいね?っていうかノリと勢いで言ってますよね二人とも?」

「「……(無言のサムズアップ)」」

「駄目だこいつら……早くなんとかしないと……」*4

 

 

 ……なんて風に困惑していたら、何故かアスカちゃんを養子に貰えないか、なんて話に。

 いや待てや、我が家は既に三男二女の七人家族、普通に大家族なんだからちょっと性急に過ぎるでしょうが!……ツッコミどころがおかしいって?

 ともかく、勝手に話を進めるんじゃねえと割って入った私は、両サイドからのサムズアップに頭を抱えることになるのだった。

 ……パイセン?さっきから宇宙猫ですがなにか?

 

 

*1
ギリシャ神話において、ゼウスがパンドラに与えたとされる箱のこと。一説には(みか)(※酒を作るのに使われる大きなかめ・壺のようなもののこと)とも。箱の底に眠るモノの解釈が、意外と多岐に渡るのだとかなんとか。災いが入っていた、というところは共通する。なお、パンドラ(Pandōrā)とは『全て(pan-)贈り物(dōrā)』で、全ての贈り物の意味。ギリシャにおいて『パン』が頭に付く言葉は、なにかしら大きなもの・広いものを意味することが多い(以前説明した『pandēmos(全ての人々)』や、かつての地球にあったとされる超巨大大陸『パンゲア』など。こちらは『pangaia(全ての大地)』の意)

*2
大体午後3時頃に行われる、軽い軽食や菓子を食べる行為のこと。『おやつ』の語源は、1日を12に分けて時間を示した『十二時辰』において、午後1時~午後3時を知らせる鐘の音が『八回鳴っていた』ことに起因するとされる(八つ時)

*3
『うらぎりものには~』の部分のイメージ先は、『ぐらんぶる』。抜け駆けした相手(裏切り者)に対して制裁を加えようとするシーンを、相手に死を与えようとしている、と解釈。後者の『空からお塩』は、『THE KING OF FIGHTERS(ザ・キング・オブ・ファイターズ)』のキャラクター・イグニスの台詞である『天から堕ちよ』および『ストリートファイター』シリーズのキャラクター・ベガの台詞『死をくれてやる』から。『死を』を『塩』と聞き間違えたことにより、『天からお塩くれてやる』となる。両キャラクターとも同じ声優が務めたことがあるが故の無限大(mugen)なネタ

*4
『DEATH NOTE』より、夜神月の台詞。相手がこちらに不利益を与えるようなことをし始めたので、なんとか対処しなければ……という焦りからの台詞。……なのだが、ネタとして使用する場合は基本的に『相手がとんでもなくバカなことをしているので、頭を抱えている』という意味合いで使われることがほとんど



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田舎の仕事なんて大体同じ

「えー、アスカちゃんがうちの子になったら、きっとみんな喜ぶと思うけどなー」

「私もきっと楽しいと思う。ダメ?」

「ダメもなにも、今のところ他者に感染させてしまう様子がないからお目こぼしされている……というだけで、感染者の共通点も感染ルートも完全に解明されていない、未知の感染症の患者の一人だっていう自覚、持って頂かないと困るのですが?」

「むぅ、残念」

「「ねー」」

「……こいつら、なんでこんなに波長が合ってるのかしら?」

「私に聞かんでくださいよ……」

 

 

 そもそも君【顕象】なんだから、単なる外出許可レベルでも申請にとてつもなく手間の掛かる存在だ、っていうことを忘れてない?

 ……みたいな言葉を呑み込みつつ、勝手に盛り上がっていた二人を嗜める私である。

 

 ようやく宇宙から戻ってきたパイセンと二人で、その発言についての問題点をピックアップしていけば、流石に無理があると悟ってくれたのか、二人はぶーぶーと文句を言いつつも、養子云々についての話題を諦めたのだった。

 ……これから楽しい楽しい(棒)肉体労働の予定だというのに、精神的な疲れまで誘発させないで貰いたいものである。

 

 そんなわけで(?)話を戻すと、田舎において『人手が必要な仕事』というのは、その種類がほとんど限られてしまっている。

 都会での『人手がいる』とは、基本的には一つの仕事に対しての動員数が足りてない、ということを述べるモノだが──田舎においてのそれは、そもそもに全体の総力が足りていない、ということの比喩であるというのがほとんどだろう。

 

 先の荷物整理にしろ、庭の草むしりにしろ、単純単調・しかして重労働かつ長期労働……というのが、田舎における仕事というものの立ち位置であるという考え方は、決して大袈裟なものだとは言えない。

 それは、本来であれば生とはすなわち()()()()()()()()()()()()()()()()というところから始まり、そこから()()()()()()()()()()()()()というところまで必要な仕事を簡略化していく、というところに主題を置くものだからだが……小難しい話になるので割愛。*1

 

 ともあれ、人の世・理知の世界として進んでいる・発展しているのが都会の方、ということに違いはなく。比して田舎の方が原始的、ということにもまた違いはない。

 ──つまり、それぞれの場所に転がっている仕事というのも、その性質を異にするのは当たり前のこと、というわけなのである。*2

 

 

「……つまり、どういうこと?」

「ミニマリストとか、反出生主義とか*3。そういう、『人は余分である』みたいな考え方自体が、()()()()()()()()()だってこと。自然の中に立ち返るごとに、人の仕事は頭脳面から肉体面に比重が傾いていく。──ともすれば自身の命に関わるような危険のある場所で、生きる意味だのなんだの考えられる余裕はないってこと*4

 

 

 アスカちゃんの問い掛けに、微妙に答えになっているのか、なっていないのかわからないような声を返す私。

 

 ……それもまぁ、仕方のないこと。

 人の歴史とは、すなわち簡略化の歴史である。*5

 食べ物を育てるのも、肉を得ようと狩りをするのも、共に現代となっては()()()()()()()()()()()()()()()。昔は、ほぼ全ての人がそれらの仕事に精を出していたというのに。

 効率的な作物の育て方、狩猟よりも安定性の高い畜産の開発……それらは全て、そこに掛かる負担を軽減するために生まれたもの。副産物的に、時間を生み出すものだというわけである。

 

 余暇は人に探求の暇を与え、その探求は知り得なかった新たな法則を見出だし、新たな法則によって再び簡略化できる仕事が見付かっていく……。

 人の歴史とは、そうして簡略化を推し進めるものと認識しても、そう間違いではない。

 余分とはすなわち余裕。余裕があるからこそ、人はあらゆる可能性を検分しようと立ち上がることができるわけで。……その過程の中に『無駄なものは持たない(ミニマリスト)』だとか、『人は生まれてこない方がいい(反出生主義)』だとかが紛れているわけだ。

 

 つまるところ、()()()ことだけを重視するのであれば、それこそ『産めよ 増えよ 地に満ちよ』*6だけでこと足りるのである。──あまねく生き物達が、その理に従っているように。

 しかし、それでは知性体としては宜しくない。

 ただ生きるだけではたどり着けない場所に向かうのが、知性体が為すべきことだとするのであれば──何億年も変化しない、獣達の理に迎合するのは実にナンセンスである。

 

 単に生きるだけならば、それこそ服も金も土地も家も名誉も全て、無駄なモノでしかない。

 どころか、命に限りがあって、いつかは終わりを迎えるのが真理なのだから──生きることだって、無駄の一つでしかない。

 つまるところ、命とは全て無駄である。無駄であるからこそ、獣達は一定以上の知性を持とうとはしない。ただ、己の命をまっとうすることに命を賭けている。

 

 そしてそれは、人が選んで良いものではない。

 知性を得た人間達は、無駄を手に入れられる場所に立ったのだから、その無駄を()()()()()()()()()()()()()()()()

 諦めを選ぶことは許されない。人は、連面と繋いできた過去からの所業に、それに相応しい答えを探し出さなくてはならない。

 

 ゆえに、人は余分(無駄)を集めなくてはならない。

 生きるためというだけであれば、必要のないそれらを積み重ね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……なんか大仰な話になってたけど、結局なにが言いたいのよお前」

「都会では余分を考えられるので、仕事の方も頭脳系に寄るけど。田舎ではそもそも余分に割く時間もないから、仕事もその場その場で必要な肉体労働に片寄る、って話」

「…………最初からそう言え!」

 

 

 ……的な講釈を長々と垂れ流していたところ、パイセンから思いっきりげんこつを食らう羽目になったのでした。いてぇ。

 

 

 

 

 

 

「むぅ、割り振られた仕事を黙々とこなすだけだと、どっかのアビスみたいな田舎という一種の異界に呑まれますよ、って言いたかっただけなのに……」*7

「だったら最初からそう言えってのよ、ミニマリズムだの反出生主義だの、余分な話に飛び火し過ぎなのよお前」

 

 

 変なこと(ご高説)垂れる(語る)のは人間の特権みたいなもんですよ、ってだけの話なのだが、『話が長い』と怒られてしまえば流石に口を閉ざさざるをえず。

 ……もうちょっと詳しく語りたかったなぁ、なんてことを内心に秘めながら、黙々と草むしりに精を出す私である。

 

 

「あらあら。よく口が回るのね、貴女」

「口八丁手八丁と申しますように、あれこれやれないとこの仕事やってられませんからね」

 

 

 そんな私に、ニコニコと笑みを浮かべながら声を掛けてくる母。……今日はずっとご機嫌だなこの人、なんてことを思いつつその問いに答えれば、彼女はさらにニコニコと笑みを深めていたのだった。……えぇ、なんなの怖いんだけど……。

 

 ともあれ、役人があれこれと無理難題を吹っ掛けられるのは、どの地域でも大差なく。それゆえ、昔みたいに『公務員なら安泰』みたいな面が減ってきている、というのは如何なものだろうか、なんてことも思わないでもない私である。*8

 お客様精神とクレーマーの合わせ技、ということなのだろうが……それにしたって、相手を人間と思っていないかのような主張や要求はどうなのだろうか?……いやまぁ、私は正確には役人ではないのだけれど、現在役人として振る舞っているのでアレというか。

 

 ……いかんな、変な話をしていたせいで、思考も変なことになっている気がする。

 頭を振って気を取り直した私は、改めて今の仕事場所──母に手伝いを依頼されたその場所を眺める。

 

 それは、それなりの大きさの野菜畑。

 多種多様な野菜が実るその畑を見ながら、私はこりゃまた時間が掛かりそうだ、とため息を吐くことになるのだった。

 

 

*1
田舎における仕事というものは、見方を変えれば必要性の高いモノしかない(それでいて生産性については微妙)、ということ。例えば雪かきは、都会においてはそこまで優先度の高いモノではないが……田舎においてのそれは、場所にもよるが命の危機に繋がるような、とても優先度の高い仕事になっていることが多い(屋根の上の雪は、放置すると家が潰れるなんてことも)。が、極論を言えば『雪かきの必要性のない場所に住めば、雪かきは仕事として成立しない』わけで。つまり、()()()()()()()()()()()()()が、仕事としては真っ先に削る対象になるものである、という風に認識することができるわけである。その地で生きることに拘るのであれば、それらは必須の仕事だというのもポイント

*2
先の雪かきのように、『そこで生きるのなら必須』の仕事というのは、基本的に重労働であることが多い。他所に出荷しないタイプの農業なども、見方を変えれば『交易などに頼れない部分を賄っている(要するに必須の仕事)』という風にも受け取れなくもない。それらは都会では、他所にその業務を委託することで賄っている、という風にも捉えられる。それによってできた余裕を、別の仕事に回しているわけなのだ

*3
前者は『最小限の(minimal)』という言葉から派生したとされるライフスタイル。必要最小限の物や食物で過ごすことを標榜するもので、断捨離に近い。但し断捨離は新しい物を()る、持っている物を()てる、物から()れるの3要素から成り立つモノである為、断捨離を進めた先にミニマリストとしてのあり方がある、という方が近いのかもしれない。後者は『人が子供を持つこと自体が間違い』とまで言いきる思想。『誕生の否定(産まれて来なければよかった)』と『出産の否定(産まなければよかった)』の二種に大別できるが、基本的には『好悪と無関心』の話に通じる部分もあり、単純に肯定も否定もし辛いところがある(『産まれてよかった』『産まなければよかった』は共に好きと嫌いに相応するモノであり、本来の対義的存在である『そもそもにいない(無関心)』相当の話ではない、ということ)

*4
生に関わるモノ以外に目を向けられるのは、それが当たり前になっているからだということ。人は無意識に呼吸をしているが、その呼吸がままならない環境に放り出されれば、一転してパニックに陥る。それと同じく、必要なものを意識せずに享受できるようになって始めて、それ以外に目を向けられるようになるということ

*5
本来手間暇の掛かる作業を簡略化することで生まれた時間の余裕を、新しい物事に傾けまた簡略化して……という繰り返しのこと。『手間が掛かっているモノほど素晴らしい』という考え方とは真っ向から対峙するもの

*6
とある宗教において、創造主が述べたとされる祝言。実は人以外の生き物にも言っている

*7
『少年のアビス』のこと。また、『ひぐらしのなく頃に』のような、旧き因習に従っているような田舎のこと。田舎特有の毒というのは、それが抜け出せない場所だからこそ熟成されたモノであるとも言える

*8
一昔前は公務員と言えば理想の職場の一つであった。現在では、お世辞にも良い職場だとは言えなくなってきている。時代の進歩に置いていかれた、という風にも見なせなくもない



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騒がしくなる大家族

「おーい、母さーん。手伝いにき……ってわぁ!?誰この美人さん達?!」

「あ、お帰りみっちゃん。この人達はね、お兄ちゃんのお願いでうちまで来てくれたお役人さん達よ」

「お、おう……こんな美人さんが役人さんなのか……都会はスゲーね……」

 

 

 このくらいの大きさの畑だったら、今からやると夕方くらいまで時間が掛かるかなぁ……。

 なんてことを思っていた私は、背後から聞こえてきた少女の声に、思わず背を震わせることとなるのだった。

 なんでかって?それは……。

 

 

「……あー、アイツの妹?」

「そうですね、うちの子の妹の一人です。この子は次女の方、ですね」

「あ、どうも。兄がお世話になってます」

 

 

 隣のパイセンが、母に問い掛ければ、返ってくるのは想像通りの言葉。……最近は長いこと顔を見ることもなかったが、流石にその声を聞き間違えるはずもない。

 振り返ればそこにいた、俺の妹──美希(みき)は、私の顔を見てぱちくりと目蓋を瞬かせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「うーむ、兄ちゃんの好きそうな見た目……実は病院じゃなくて、怪しいお店に捕まってるとか……?」

「違います。……というか、怪しいお店ってなんですか、怪しいお店って」

「国がキナ臭いのは、いつの世も同じよねぇ」

「国がやべぇ?」

「茶化さないでくれますか二人とも?」*1

 

 

 改めて妹に(嘘の)挨拶をした私達は、そのまま農作業に精を出すこととなったのだけれど……さっきから妹の視線が私に突き刺さっているのが、背中越しにも感じられてしまうために、微妙にやりにくい感じになっているのだった。

 さっきは母も似たようなことを言っていたけど……いや、そんなに分かりやすい?俺の好み。一応対外的には黒髪ロング好き、って感じで通してたはずなんだけど。

 まぁ、今の俺は()なので、その辺りに突っ込むことはできないのだが。

 

 ともあれ、そうやって視線を向けられていると仕事がやり辛い、というのは確かな話。

 なので、彼女の興味を一旦断ち切らねばと声を掛けようとしたところ、先んじて返ってきたのがさっきの彼女の言葉なのだった。

 

 いや、怪しいお店て。お兄ちゃんそんな知識を付けること、許した覚えありませんよ!……はい?一般的に男子に比べて女子の方が、知識の面では早熟なもの?それとこれとは話が別なんだよなぁ……。*2

 

 まぁお察しの通り、我が家は家族みんながサブカル好きなので、恐らくは少女漫画とかでその知識を仕入れたりしているのだろうけど。

 ……世の中の少年諸君、騙されたと思って適当な少女漫画を読んでみなさい。自分達がコ○コ○コミックで爆笑している間に、女子達は二学年三学年先で話すような内容に触れている、ということを思い知るだろうから。*3

 

 時折年齢制限かけた方が(R12とかR15とか)いいんじゃないかなぁ?……なんて作品も散見される辺り、少女達の早熟さにはそういう周囲に溢れた情報群にも理由があるのだろうなぁ、などとしみじみと頷いてしまう私なのであった。

 ……ああでも、アンソロジー系の本はしっかりゾーニングして欲しいかも。時折絵の綺麗さに惹かれて、腐の道に足を踏み入れる子もいるわけなのだし。*4

 

 まぁおかげさまで?そういう(腐系の)作品もわりと楽しめる体になってしまったわけなのですが。……姉妹がいる男の子って、わりと染まりやすいのよね。*5

 

 閑話休題。

 妹の些細な言葉に、思わず反論してしまった私だが……何故か横の二人に茶々を入れられる羽目に。お前らどっちの味方やねん。

 その流れで、母と同じく妹までもがアスカちゃんと意気投合していたし……なるほど、ここが地獄か。

 

 はぁ、と小さくため息を吐いて、野菜の側に生えていた雑草達を抜きに掛かる私。……現実逃避言うなっ。

 

 

「ああそうそう、そろそろみんな帰ってくる頃だから、人手が増えて作業も楽になりますよ~」

「そうなる前に終えたかったですね……」

「あら、どうして?」

「絡まれるのが目に見えてますからね……」

「あらあら」

 

 

 そんな中、母から告げられたのは絶望の一言。……そりゃそうだ、さっきおやつ時だったのだから、学生組はそろそろ戻ってきてもおかしくはない。

 無論、部活やらバイトやらでまだ戻ってこない面々もいるだろうが……少なくとも、三男に関してはそろそろ戻ってくるはず。

 

 そうなればうちの家族のこと、さっきの妹みたいに興味津々でこちらに突撃してくるに違いない。

 ただでさえ別人としての演技をしているのだから、余計な心労など背負いたくもないのである。……だからさっさと終わらせたかったんだけどなぁ。

 

 とはいえ、愚痴っていても仕方ない。

 こうなればせめて長女と次男が帰ってくる前に、母の手伝いの全てを終えてしまわなければ……!

 

 

「おーい、兄ちゃんの嫁さんが来たってホントー?」

「」

「……がんばるぞい、したままフリーズしたわね」

「わっ、わっ、本当に固まる人っているんだ……!」

「あとお前は興奮するところ間違ってない?」

 

 

 そんな私の決意は、またもや背後から聞こえてきた声により、容易く瓦解することになるのでありました。……神は死んだ!*6

 

 

 

 

 

 

「どうも、次男の譲二(じょうじ)です」

「……?声が渋くない。見た目も渋くない。なんで?」*7

「ねぇ母さん?なんで俺は初対面の子にいきなりディスられてるの?」

「ごめんね譲二、私がお前を渋く産んでやれなかったばっかりに……」

「うーん、そこは別に気にするところじゃないかなー」

 

 

 目の前で繰り広げられている即興コントに、思わず苦笑を浮かべつつ。……どうしてこうなった、と頭を抱えたくなる私である。

 さっきの声は三男の『雅司(まさし)』のものだが──それに前後するように、次男である『譲二』の方も帰って来たのだからさぁ大変。

 案の定作業は滞り、突然の自己紹介祭りが開催される運びとなったのだった。……これが山の中でなければ即死だった……!

 

 

「人目に触れる的な意味で?」

「そうですね。ただでさえ、私の髪の色は目立ちますし」

 

 

 すすす、と寄ってきた妹が、こそこそとこちらに耳打ちしてくる。……なんで耳打ち?とは思うものの、内容については間違いでもないので首肯する私である。

 

 現在、アス()ちゃんは再び髪迷彩を起動しているため、その髪の色は特段目立つモノではなくなっている。

 対して私はと言えば、田舎では目立つ金色の髪なので、この畑がもっと住宅地に近いものだった場合、嫁だなんだの騒動はあっという間に街全体に広がり、二度とこの地の土を踏むことが叶わなくなっているところだった。

 

 ……え?だったら髪の色をちゃんと黒にしとけばよかっただろうって?……キーアが黒髪?……っていう違和感に耐えきれなかった、という面がなくはない。

 今現在の()()にしても、わりと譲歩している方なのだからなおこと、である。

 

 ……え?最初この街に来た時、お前さん黒髪だったろうって?それに髪の色も元に戻した(ピンク色)って言ってただろうって?

 前者に関しては、実態のない謎の旅行者として振る舞うモノだから、すぐに戻せるってこともあってそこまでストレスでもなかったし。

 後者に関しては、真っ赤な髪のアスカちゃんが目立つって言ってるのに、ピンク髪に分類される私がそのまんまの髪色で田舎を歩けるわけないじゃん、というか。金髪(ブロンド)でギリギリ、というやつである。ピンク髪(ストロベリーブロンド)も金髪の一種である、という点では似たようなものという詭弁もなくはない。

 

 まぁともかく、今の私の姿は譲歩した部分が多分にあるということ。

 それでもなお、田舎に居れば目立つ容姿であることに違いはないわけで。……うん、山にあるんじゃなきゃ畑の手入れに関しては断ってたっての。

 

 

「うーん、そういえばキーアさんって外国の人なの?」

「いいえ?半分異国の血が流れてはいますけど、国籍は普通に日本人ですよ?」

 

 

 で、『目立つ容姿』ってところに引っ掛かりを覚えたらしい妹から、私の出身に関しての質問が。

 ここだよ、とは言えるわけもないので、いつも通りに偽造身分証を提示する私である。……大きい時と小さい時で別の身分証を持ってると、時々混乱するよね。まぁ今回はちゃんと、大きい時用のやつ持ってきてるけど。

 

 

「ふむふむ。……わっ、意外と年齢が高い……!」

「おイぃ?私のことなんだと思ってたの君は?」

「若いのにエリートかーすごいなーあこがれちゃうなー。……みたいな?」

「……お、おぅ」

 

 

 そうして私の身分証を見た妹の感想は──それ、私の中身が俺じゃなかったら、相手を不機嫌にさせてもおかしくないやつだからね?……と、ツッコミを入れたくなるようなものだった。

 貴女は若作りですね、なんて言われて喜ぶ人はそう多くないだろう。本人にそのつもりがなくても、だ。

 我が妹ながら、迂闊なやつよ……的な思いで発した言葉はと言えば、うっかり出ていた謙虚なナイトにカウンターを合わせられ哀れにも地に伏せる金髪の雑魚がいた!……いやブ○ント語なんてどこで覚えたんですかねこの子。

 

 思わず唖然とする私に、妹はニッコリと笑ったかと思えば。

 

 

「そろそろ向こうの自己紹介も済んだみたいですし、いい加減作業に戻りましょう?」

「ああうん、そうね。人手が増えたと言っても、悠長にしてると日が落ちちゃうでしょうし」

 

 

 こちらの背を押しながら、早く行こうと急かしてくる。

 実際、弟二人と妹一人が帰って来たことにより、人手は二倍近くになったものの。

 逆に言えば、学生である彼らが戻ってきたということは、日没まで時間がそんなに残っていない、ということを示しているとも言える。

 流石に夜中の山にろくな灯りもなく滞在する、というのは色んな意味で自殺行為でしかないので、妹の言葉には特におかしなところはないはず、なのだが……。

 

 

「……」

「どうしました?」

「……いえ、なんでも。早く終わらせてしまいましょう」

「はーい」

 

 

 なんだか妙な違和感があることに、小さく首を捻りつつ。

 兄ちゃんハーレム野郎だった!……などと意☆味☆不☆明な言葉を述べていた上の方の弟に、やだもうそういうんじゃないですよー(いい加減にしねぇとその口縫い合わせるぞ)とばかりに照れ隠し(ツッコミ)を入れ、畑にめり込ませながら仕事に戻ることになるのだった。

 

 

*1
『鋼の錬金術師』より、マース・ヒューズの台詞『早くしろ!軍がやべぇ!!』。単純に聞くと『軍に危機が迫っている』という風に受け取れるが……?言葉というものは意外と勘違いを誘発するもの、という証左でもある

*2
小学校~中学校辺りが顕著だが、基本的に女子の方が男子よりも精神年齢が高い。……そのせいで変なモノに引っ掛かる可能性もあるので、それが良いこととも言い難いのだが(精神年齢が高かろうと、世間について詳しいということはほとんどない為)

*3
コメディ系ならまだしも、普通の少女漫画ならベッドシーンとかも普通に出てくることがある。時には年齢制限いるんじゃない?みたいな描写があることも

*4
一昔前、古本屋ではアンソロジーは特に区分わけもせずに同じ場所に固められていたのだが……その中(特にジャンプ系)は、男同士の恋愛について描いたモノが、結構な頻度で混じっていた……という話。特に男同士だと何故か年齢制限が緩かったこともあり、子供の目にも容易く触れてしまうことが多々あった(うえに、普通に買えた)

*5
家族に異性の兄弟・姉妹がいて、その当人達の仲が悪くない時に起こること。互いの趣味に触れやすくなる為、少女漫画を読む男子なども発生しやすい

*6
哲学者フリードリヒ・ニーチェの宗教批判と虚無主義を示す言葉。神はおらず、世界とは無意味であるが、それでもなお生きることにひたむきになるべき……みたいな感じの言葉。神の庇護より離れ、人自身の力で生きるために人の弱さを改めて自覚するべきだ、とも受け取れるか。とても深い言葉だが、『なんてこった(オーマイガー)』的な意味で使われることも多い。そういう意味での類語は『おお、ブッダよ!寝ているのですか!』(ニンジャスレイヤー)など

*7
声優の中田譲治さんのこと。渋い声をしていらっしゃる



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上手く隠せていると思うは本人ばかり

「はい、これは着替えね」

「ああはい、ありがとうございます……?」

 

 

 なんでこうなった。

 偽らざる今の私の気持ちだが、それを嘆いてみても仕方ない。

 どうしてこんなことになったのか?それは、畑作業を終えて家に戻ろうとした、その帰路で起きたことが原因なのだった。

 

 

 

 

 

 

「こ、腰が……」

「おばあちゃんじゃないんですから、しっかりしてくださいよ芥さん……」

「按摩師が必要。それはもうバッキバキ」

「ええと……虞美人さんみたいになってるから、腰の施術にも相応のパワーがいる、みたいな?」*1

「そうそれ。ミッキーは呑み込みが早い」

「……褒めてくれるのは嬉しいんだけど、そのあだ名はやめて欲しいかなー」

「なんで?ミッキーって名前、とっても可愛い」

「ああ連呼しないで!なんだかよくわからないけど甲高い笑い語がっ!!」

「?????」*2

 

 

 うちの妹が夢の国と交信してる件について。……いやどっちかって言うと王国心(キングダムハーツ)

 まぁともかく、実際はそんなに厳しく取り締まったりはしてないとかなんとか聞くし、そこまで怖がる必要はないんじゃないかなーと思う私である。……え?本当に二次創作したらどうなるのかって?そりゃもう晒し首でしょ(真顔)。

 

 

「ちょっと話題に出すならまだしも、それで金儲けし始めたら怒られるってやつだよね」

「でもそれって普通のことじゃないかな?」

「普通って基準としてはわかりにくいんだよね……」*3

 

 

 そういうことになった。

 ……冗談はともかく、実際には単なるファンアートとかは大歓迎らしいので、ネットでの噂ほどに警戒する必要はないんじゃないかなー、などと。

 無論、キャラクターのイメージを毀損するようなもの(例:たこぶえみたいなの)を今の時代にやったら、恐らく例の笑い声が聞こえることになるだろうけど。*4

 

 閑話休題。

 謎のネズミの影に怯える妹には、あだ名くらいであれこれ言われることなんてないよ、と伝えて安心させ。

 そのまま、薄暗くなった夜道をぞろぞろ並んで帰る次第である。

 

 

「そういえば、お三方はこのままお帰りに?」

「ええまぁ、そうですね。日帰りの予定でしたし、時間帯もまだ終電にも早いですから」

 

 

 そうして歩を進める中、母から声を掛けられた私は、これからの予定について思い浮かべることに。

 腰をやったという父には会えなかったものの……俺に対して伝えるべきことは一通り聞いたあとなので、特に留まる用件もない。

 一番人手が必要だったのが部屋の整理ということもあり、このまま帰っても問題ないだろうと考えた私は、その旨を彼女に説明しようとして……、

 

 

「うわぁうりぼうだ!」

「へ?ってぬぉわぁ!?」

 

 

 母と会話するために後ろへと振り返っていたため、左方・山の中から突然飛び出してきた、子供のイノシシを避けようと無理な回避体勢を取って、そのままバランスを崩し。

 

 

「……わぁ、泥だらけ」

「あらー、昨日ちょっと雨降ってたものねぇ」

「…………おのれクソイノシシ!!ぼたん鍋にしてくれるわどこ行ったぁ!!」

「お、落ち着きなさいっての!もうどこ行ったかなんてわかんないわよ!薄暗いし!」

 

 

 近くの水溜まりに、無様にも尻餅を付く羽目になったのだった。……当たり屋とはやってくれたなガンダム(イノシシ)今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ(要するにガチギレ)*5

 

 背後からこちらを羽交い締めにしてくるパイセンと、憤慨して両手を振り回す私。

 そんな、さっきまでのあれこれで見せた姿とは真逆となった私達に、他の面々はポカンとした顔を浮かべていたのだった──。

 

 

 

 

 

 

「まぁでも、おかげでちょっとキーアさんが親しみやすくなったかなー、って」

「はぁ、それはまた何故に?」

「んー、キーアさんって三人のまとめ役?みたいな感じだったから、実はお偉いさんなのかなーって思ってたんだー」

「……あれは単にほか二人の保護者として努めている、というだけでですね?」

 

 

 元々農作業のため上着は脱いでいたものの……下がスーツのまま、ということに変わりはなく。必然、その姿で転べばスーツが泥塗れになるわけで。

 この格好で新幹線に乗るわけにもいかず、かといってクリーニングに出すにしても、田舎におけるこの時間(午後六時頃)だと店なんて開いておらず。*6

 

 落ち着いた私が途方に暮れる中、母から提案されたのは『一日泊まっていかないか?』というもの。

 そこまでお世話になるわけには、と断ろうとした私だったが、『まだうちの子の近況とか、聞いてないし』などと押し切られる形で、脱衣所に放り込まれてしまったのだった。

 

 で、今は次女の方の妹にシャンプーやらリンスやらの場所を教えて貰っている最中、というわけである。

 ……え?実家なんだからそういうのの場所、知ってておかしくないんじゃないのかって?いや今ここにいるのキーア()ですしおすし。知ってたらおかしいやん。

 そうでなくとも、暫くの間帰郷していない実家である。

 ……いつの間にやら物の配置が結構変わっており、仮にここにいるのが俺の方だったとしても、結局どこになにがあるのかを妹が弟かに尋ねなければならなくなっていた、というのは間違いあるまい。

 

 

「それにしても……わぁ、完全にシミになってるや」

「……あのイノシシ、今度会ったら確実にシめてくれる……っ」

「あ、あはは……意外と粘着質なんだね、キーアさんって」

 

 

 一通り説明の終わったあと、背後に回った妹からそんな言葉が返ってくる。

 スカートも勿論のこと、上に着ていたカッターシャツまで泥で茶色くなっている辺り、無理に帰るのであればゆかりんの協力必須だっただろう。……この時間帯だと確実に寝ているので、どっちにしても無理な話ではあるのだが。

 

 個人的にはさっさと帰りたかったこともあり、こうしてこちらに滞在するきっかけを作りやがったあのイノシシには、必ず相応の礼というものをしてやらねばなるまい……。

 なんて風に、メラメラと仄暗い感情を燃やしていたところ、妹からはちょっと引き気味の声が返ってくるのだった。……あらやだ怖がらせちゃった?キーアん反省。

 

 

「でもイノシシは害獣なので、小さかろうと殲滅です」

「ああうん、そこに関しては同意。可愛さ余って憎さ百倍、だよね」

 

 

 でも田舎の民にとって、イノシシがゴミカス(比較的ソフトな表現)であることは事実なので、すぐさま乗っかって来てくれるのだった。……折角作った野菜とか食い荒らすからね、仕方ないね。

 そんな感じに一通り話した私は、諦めて風呂に入る準備をしようとしたのだけれど……。

 

 

「……あの、美希さん?何故に服に手を掛けていらっしゃるので?」

「え?一緒に入ろうかと思ったんだけど……ダメ?」

 

 

 何故かシャツを脱ごうとしていた妹を、そのまま脱衣所の外に放り出すことになるのだった。

 

 

「あれー!?なんで追い出されたの私!?」

「ナチュラルに赤の他人と一緒に風呂に入ろうとしないで下さいます?」

「心なしか早口言葉?!えー、いいじゃないですか減るもんじゃなしー!」

「減る減らないの問題じゃなくてですね?いいですか、お風呂っていうのはなんというかこう、救われてなくちゃダメなんですよ。独りで静かで豊かで……って、ノブをガチャガチャするのは止めなさいって!」

「うるさーい!大人しくお縄につけー!!」

「なんでそんなに楽しそうなんです!?」

 

 

 無論、今の私の性別が女、かつ最早そういうの(性的な感性)が枯れかかっているとはいえ、実の妹が一緒に風呂に入ろうというのであれば話は別。

 子供じゃないんだから、一緒に入るとかあり得んでしょ!……と拒否するのは当然のこと。それゆえ、暫くの間扉一枚を隔てて、謎の戦闘を繰り広げることとなり……。

 

 

「ひぎゃんっ!?」

「ぬおっ!?」

 

 

 暫くガチャガチャとノブを捻っていた妹が、なにかヤバい音と共に沈黙したことに思わずガチビビりし。

 

 

「あー……すいません、妹が変なことを」

「あ、はい。すいません、こっちこそお風呂貸していただいて……」

「いえいえ。なんか手伝って貰ったって聞きましたし、遠慮なく入っちゃって下さい」

 

 

 外から聞こえてきた、別の女性の声──長女の亜希(あき)の声に、実力行使(げん こつ)で黙らされたのだと気付き、ホッと安堵の息を漏らすことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「あーい変わらず、予定通りに進まないなぁ……」

 

 

 一通り体を洗い終え、湯船に浸かって天井を見上げている私。

 

 今回もいつも通り、トラブルに見舞われて予定が予定と消えたわけだが……なんだろう、呪われてるんだろうか私?

 なんてぼやいたのち、()()()()()()()()()()()()()()()()()と思い直し、深々とため息を吐くことになるのだった。……うん、予定調和ってやつだね。

 

 このあとは多分夕食に巻き込まれるのだろうし……そうなれば出ていくタイミングは最早残されていない。大人しく母達の願いを聞いてやらねばならなくなるだろう。

 ……ただこう、近況つっても、なにを話せばいいんだかわかんないというか?よもや毎日どったんばったん大騒ぎしてます、と子細に説明するわけにもいかないだろうし。

 

 ──なんて風に唸っていたから、風呂場の外が仄かに騒がしいことに気付くのが遅れた私。

 これはアレか、性懲りもなく美希が風呂場に突撃してきたのか?……と、やむを得ず能力使うか迷った私は。

 

 

「私が来た!」

「私もきたー」

「……お、おう?」

 

 

 ババーン、と風呂の扉を開けて現れた、真っ裸のパイセン&アス()ちゃんの姿に、思わず脳裏に?マークを乱舞させる羽目になるのだった。……いや、なにしてんの二人とも?

 

 

「感謝しなさい、性懲りもなく突撃しようとしてたあの娘に代わり、私が一緒に入ってやるわ」

「私も私もー」

「……あー、赤の他人云々って断ったから、赤の他人かどうか微妙なラインのパイセン達が一緒に入ります、って言って断った、ってことです……?」

「その通り。キーアは察するパワーが高い」

「察するパワーってなに……?」

 

 

 聞くところによれば、先程の鉄拳制裁もさほど堪えた様子のなかった美希は、懲りずにまたお風呂に突撃しようとしていたらしく。

 それを制する形で、パイセンとアスカちゃんが一緒に入ってくる、と宣言したらしい。その程度には仲は良いほうだ、と押し切る形で。

 

 まぁ、妹が入ってくる時の気まずさに比べれば遥かにマシ、というのは確かなのだけれど……。

 

 

「……いや、せめてなんかこう、隠してくださいよ色々と。恥ずかしくないんですかマジで」

「?なに言ってるのよ、項羽様に見せるのならばいざ知らず、お前に見せたところでなんにも減らないわよ」

「羞恥心が減ってるんだよなぁ……」

 

 

 ……こう、その姿で仁王立ちするの止めません?

 境遇が同じだから気にはしないけど、気まずさがゼロとは言ってないんですよ私。

 首を傾げるパイセンと、それを真似するように首を傾げるアスカちゃん。……これ、妹が突撃してくるのと心労的には大差ないのでは?とちょっと本気で悩んでしまう私なのでありました。

 

 

*1
『fate/grand_order』作中のイベントから。殺人術レベルの打撃で凝りを解す、なんてことをやっていた。雑に過ぎる……

*2
無論、ディズニーのマスコットにして世界一有名なネズミ、ミッキーマウスのこと。二番目はピカチュウかソニックかで会議が割れる

*3
『ディズニーは二次創作に厳しい』という都市伝説。実際には普通の会社と同じく、『キャラクターのイメージを著しく毀損するような作品』や『商業として売り物にする』ことでもなければ、わりと寛容だとされる。無論、金儲けし始めると確実に首を斬られるだろうが。同人は本来商業目的ではなく、単純なファンアートレベルなら許される筈だが……近年の同人という分野が、商業との境目がわからなくなっている為、迂闊に触らない方がいい……というラインに迫っているのは、はたして笑うべきか泣くべきか(ネットに蔓延るイメージほど厳しくはないはずだが、昔の細々としたものではなく、最近の同人の感覚でやると怒られるかもしれない、くらいの塩梅)

*4
似たような立ち位置のモノに『ウマ娘』がある。……が、あちらも殊更にキャラクターや馬のイメージを損なうモノでなければ、そこまでうるさく言われることはないと思われる。無論、えっちいのは大体ダメ(R18自体がわりと毀損扱いなので)だが

*5
『機動戦士ガンダム00』より、グラハム・エーカーの台詞。部下を討ち取られたことに激怒し、性能の劣る機体で格上の相手に一矢報いて見せた

*6
田舎のお店は大体個人商店などの為、業務形態はとてもホワイト()である。午後五時に閉まっていることなんてザラ



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いつからお前はバレてないと思っていた?

「お風呂いただきましたー」*1

「はいお粗末様でした。もうすぐご飯ができるから、適当にテレビでも見ながら待っててね~」

「あー、なにかお手伝いすることとかは……」

「いいのいいの、座ってて」

「あっ、はい」

 

 

 三人で入るには流石に狭い風呂を、どうにかうまいこと使い終えた私達は、髪の毛を綺麗に乾かしたのち、用意して貰った着替えに袖を通し、脱衣所から出て居間へとやって来たわけなのだけれど……。

 一番風呂を貸して貰ったという、ちょっと後ろめたさがなくもない状況により*2、なにか手伝うことないかなーと挙動不審になったりするのであった。……私だけ。

 

 

「ふーん、今日は壁がやってるのね、壁が」

「うぐっ」

「うぐっ」

「……いや、なにに反応してんのよお前達?」

「じ、自分が豊かな方だからって、私達のこと絶壁って言った……!」

「お前達ナイムネの民には、こういう作品がお似合いね……って言った……!」

「……流石にそれは、被害妄想甚だし過ぎじゃないの?」

 

 

 パイセンに関してはこちらがふと目を離した隙に、テレビのリモコンを勝手に弄り始めていた。……人んちのテレビ勝手に弄ってんじゃねーですよ。

 

 なお、四方に最大九十九人の解答者が出てくるクイズ番組が映った*3ため、約二名(私と美希)ほどが謎の流れ弾を受ける羽目に。

 これだから持てるやつは、みたいな恨み言を妹と一緒にぶちぶち言いつつ、そういえばアスカちゃんはどこに?……と視線を周囲に巡らせて。

 

 

「ねぇキーア、このお兄さん死んじゃったみたい」

「……あー、うん。とりあえず君は、純情な青少年の心を悪戯に弄ぶんじゃありません」

「そんなつもりは毛頭なかった。今は振動し(揺れ)ている」

「YA☆ME☆TE!?」

 

 

 胡座をかいて座っていた上の方の弟を、座椅子代わりに座る……という、それなんてラブコメorギャルゲorエロゲ?……みたいなことをやって、無事撃沈させている彼女の姿を発見するのであった。*4

 ……うん、青少年に湯上がり美少女近距離接近~俺の胡座にあの子がin~なんてやったら、そりゃ致死量ですわな。……やっぱりなんか如何わしいんじゃがこの子。

 

 そのままだと色々あれなので、仕方なく私の膝の上に座り直させれば、暫くののち弟は再起動を果たしていたのだった。……フリーズ前後の記憶がふっ飛んでいるみたいだから、わざわざ話題にするのは止めてさしあげよう(優しさ)。

 

 ともあれ、夕食まではまだ少し余裕がある。

 さっきの番組はちょっとあれだけど、他になにか丁度よい番組でもないかとリモコンを操作して、

 

 

『ふはは!マジカル聖裁キリアとやらよ!貴様の命運もどうやらここまd()

「わっ?……どど、どうしたのキーアさん?」

「いやなんでも。この時間帯に見るんならやっぱりバラエティがいいよね、うん」

「えー?でも私、今週のキリアちゃん見たi()

「やめろォ!?」

「ひゃっ?!」

 

 

 見てはいけないモノ(マジカル聖裁キリアちゃん)が流れたため、無言で他のチャンネルに変更する羽目に。……そういや全国ネットでやってるやつだったわアレ。

 

 努めて冷静に、他のバラエティを見ようと提案したものも、妹は不満げにこちらへと文句を言ってきたため、思わず過剰反応してしまう。

 しまった、と思った時にはもう遅く、なんだなんだと周囲からの視線が私に集まってきてしまったので……、

 

 

「あ、あー。すみません、この作品の敵役(魔王)の名前が私と同じなので、ちょっと嫌な思い出が……」

「あ、あー。なるほどなるほど。ごめんねキーアさん、そういえばこのアニメのボスと同じ名前だね……」

 

 

 などと、拙い言い訳を述べる羽目になってしまったのだった。……おのれCP君!

 

 それって八つ当たりじゃないかな?なんて脳内で述べてくるみどりの芋虫(正確には金色のキャタピー)をシッシッと追い払いつつ、愛想笑いを浮かべながら小さく謝罪する私。

 ……妹はまだ中学生、アニメとか普通に見たいと言ってもおかしい年齢ではあるまい。大人になったらアニメは見ちゃダメ、というわけでもないが、ともかくこちら(大人)がそれを否定していいものというわけでもないだろう。

 なので、正直なところ気まずい以外の何物でもないのだけれど。

 

 

「……えっと、見ても大丈夫、なのかな?」

「そもそもここの一家でもない私に、貴女が見たいものを否定する権利もありませんので。私のことは気にせず、どうぞお好きなモノを見てくださいな」

 

 

 勝手に人の家のテレビのリモコンを弄っていた方がおかしかったのだ、ということを述べながら、妹にリモコンを渡すことにするのだった。

 ……ま、まぁ?今の私とアニメ内の魔王が、イコールで結ばれることなんて?多分おそらくきっとないだろうから?精々勝手に私の胃が痛くなってくるくらいのもので、

 

 

『──そんな!保健室の先生が魔王だったなんて……!』

『油断したなキリアよ!我が魔力を以てすれば、他者に変装するなど朝飯前というやつよ!』

「」<ガシャ

「キーアさん!?」<ガビ

 

 

 ……などという台詞がフラグだったのか、再びテレビに映ったアニメの中では、当の魔王様が保健室の教師に変身して学校に潜り込んでいた、などという新事実が明らかになっていたのだった。……貴様、(こちらを)見ているなッ!*5

 

 思わず崩れ落ちるように額からテーブルに突撃してしまった私はといえば、暫くの間、頭部を襲う地味な痛みに苦しめられることになるのだった……。

 

 

 

 

 

 

「それにしても……意識して見てみると、キーアさんと魔王ってなんとなーく似てる気がしますね?」

「……アアハイ、ソウデスネー」

 

 

 こっちの今の状況を理解してアニメを作ってる、なんてことになってるんじゃないだろうな?……と思わず疑い抱いてしまった私は、据わった目をアニメが映るテレビに向けつつ、妹の言葉に相槌を打ち続けている。

 

 彼女の疑問に、『似ているもなにもあれ私がモチーフだからなぁ』とは返さない。

 今の私は成人女性相当の風貌となっているが、画面の中の彼女(魔王)はあくまでも幼女の姿をしているからだ。

 

 まぁ逆を言えば、作中で保健室の教師に変装していた時の魔王の風貌が、今の私にクリソツ*6過ぎたために額を強打する羽目になった、という風にも解釈できるのだけれど。

 ……桃香さんみたいな未来視技能者が実在している以上、制作スタッフに同じような未来視技能者が紛れ込んでいないとは言い切れない……というのが、この話の笑えないポイントである。

 

 

「えっと……大丈夫です?キーアさん。妹の相手に疲れたんでしたら、私が黙らせますけど」

「ひぇ」

「アッ、ドウカオキヅカイナク。ヨクイワレテイルナイヨウダナー、ッテオモッテイタダケデスノデ」

(……その割には、滅茶苦茶片言になってるんだけどなー)

 

 

 そうして話をしている私を心配してくれたのか、亜希の方がこちらを気遣うような声を掛けてきてくれるけど……美希が怯えているように、彼女の思い遣り(それ)は実力行使以外の何物でもないので、流石に止めさせていただく。

 ……風呂場でのやり取りを思い出せばわかるけど、わりと手が出るのが早いからね、この子。

 

 なお、そうしてやんわりと断った結果、二人からは微妙な視線を向けられることになったのだった。……いやなんで?今の流れのどこに、私が変なものを見るような視線を向けられる理由があった?

 

 

「自覚がないのってどうかと思うわよ?」

「ヤダナーカイサン。ワタシハイツデモマトモナツモリデスヨ?」

「まともな人間はわざわざ自分を『まとも』って吹聴しないのよ、しっかりしなさい」

「というかキーアはいつまで片言?めんどくない?」

「正直めんどいです……」

「あ、戻った」

 

 

 なんで私、タコ殴り*7にあってるんですかねぇ?

 首を捻りつつ、ようやく夕食が出来たと言うので、机の上の片付けやら食器の用意やら、手伝えることをちまちま手伝うことでさっきまでの話を有耶無耶にする私である。

 

 で、当の夕食に関してだが、内容はメンチカツだった。

 女性が食べるにはちと重いメニューのような気もしないでもないが、そこはそれ。

 

 

「……め、滅茶苦茶食べますね、お三方とも……」

「こうなってからエネルギーを異様に食うのよ。材料代はあとで出しとくわ。……国が」

「国が!?」

「経費で落ちますかねぇ、これ」

 

 

 落ちなきゃポケットマネーから出すだけなんだけど、とぼやきながら、メンチカツをガツガツと、それでいて女性らしさを損なわない程度には上品さを残しつつ平らげていく私達。

 その速度は、食べ盛りの少年である弟二人のそれと比較しても、それなりに速いと言えるくらいのもので。

 

 それを見た一般的な女子である妹二人は、ぽかんとした表情を浮かべているし、母は相変わらずあらあらうふふと笑みを浮かべている。

 男二人は負けじと大皿に積まれたメンチカツに箸を伸ばしていて──そうして食事が和やかに進んだ結果、あれほど山盛りにされていた料理は、綺麗さっぱり平らげられてしまっていたのだった。

 

 

「ごちそうさまでした、御母堂様」

「はいお粗末様でした。……多めに作ったつもりだったけど、すっかりなくなっちゃったわねぇ」

「美味しかった」

「そう?アスカちゃんが喜んでくれたのなら、張り切って作った甲斐があったというものだわ~」

「……母さん、アスカちゃんがすっかりお気に入りだな」

 

 

 すっかりお世話になってしまった、と頭を下げる私に、母はにっこりと笑って『美味しかったのならよかった』と述べる。

 

 基本大家族であるがゆえに大量生産を得意とする母だが、昔と変わらずその味は今も保たれているようだった。

 ……なのでまぁ、思わずおかわりとかしてしまったが……仕方ない、母の料理が美味しいのが悪い。

 

 ……なんかどこからともなく『り、料理の腕ももっと精進しますので!』みたいな後輩(マシュ)の声が聞こえた気がするけど、一先ず置いといて。

 

 せめて後片付けくらいは手伝わせて欲しい、というおやつ時と同じ文句で母を押し切った私達は、三人+何人かで洗い物などを片付け始めたのだった。……+何人の部分は、順番に風呂に入る他の兄弟達の内のいずれか、の意味。

 

 

「手とか荒れないんで?」

「昔は酷く荒れたりもしたんですけど……料理屋のバイトで強い洗剤を使ってたせいか、いつの間にか全然荒れなくなったみたいで」

 

 

 食器を拭いている亜希から、不思議そうな声音で問い掛けられる。……肌荒れを気にしてゴム手袋を使う、ということもなく、素手で洗い物をしているのが気になったらしい。

 

 とはいえ、昔は俺も洗い物をする度酷いことになっていたので、その気持ちはわかる。関節部分全てに(あかぎれ)が発生していたといえば、その凄まじさはよく分かることだろう。*8……まぁ、いつの間にか全然皹にもならなくなったのだが。

 

 これが私の手が強くなったのか、昔に比べて洗剤が手に優しくなったのかはわからないが……ともあれ、おかげさまで洗い物がわりと好き、という今の自分の性格に繋がっているということは間違いあるまい。

 

 

「……ふーん?」

 

 

 そんな私の話を聞いた妹は、何故か意味深な笑みを浮かべていたのだけれど……なんだよう、なんか私変なこと言った?みたいに問い掛ければ、『別にー?』と流されてしまうのであった。

 ……むぅ、なんだろうかこの違和感みたいなの。

 

 

*1
他人の家の風呂を貸して貰った時の挨拶。昔の風呂は家に必ず一つあるものではなく、とても貴重なモノであったこと。および、風呂を沸かすのに際し薪を燃やして温度を調整するなどの重労働が必要だったことなどを総合し、『お風呂を貸して貰う』ということがとても有難いものであったことから『頂きました』という感謝の言葉を使うようになったのだとか。なお、風呂から上がった時は『ご馳走さまでした』も使われる

*2
前述の通り、風呂を入れるのは重労働であった。その為、一番最初に風呂に入るのはその家の家長である、という風習が存在した(昔は稼ぎを持つのが家長のみ、ということも多く、家族の中で一番働いているのが家長であるとする認識も強かった為)

*3
フジテレビの番組『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』のこと。なにかしらのお題に対し、素人から玄人まで、99人の対戦相手を用意し、彼らに答えられる前に答えを言うことができるか、ということを競うもの

*4
絵面がヤバいもの(これ入ってるんじゃね)。その状況をヤバい、と見てしまうやつの方が考え方がヤバい、ということも多い

*5
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』より、物語序盤のDIO(いわゆる影DIO)の台詞。正確には『きさま!見ているなッ!』ジョセフのスタンド『隠者の紫(ハーミットパープル)』によってDIOの動向を探っていた際、肉体の関係性から不思議な繋がりを持つ彼に念写がバレてしまった。その時にDIOが、自身を見ているであろうジョセフに放った言葉となる。ネタとしては、誰かに見られていると感じた時に使われる

*6
いわゆる業界用語(ザギン(銀座)だのシースー(寿司)だの、そういうの。倒語とも呼ばれる)。この場合は『そっくり』の順番を入れ換えたもの

*7
相手を滅茶苦茶に殴り倒すこと。複数人で囲んで殴る時にも使われる。タコの調理の際、身を柔らかくする為に叩くことから来ているとか、タコの八本足に準えているとか、語源の説は幾つかあるがどれが正しいのかは不明

*8
人間の皮膚には皮脂と呼ばれる油があるのだが、それが洗い流されてしまうと皮膚の防御機構がなくなり、手が荒れやすくなる。昔の洗剤は効果が強すぎるモノもあった為、手荒れを起こしやすかった……という話。指の関節部分の全てに、ご丁寧に一つ・場合によっては二つ(あかぎれ)(元はあかがり等と呼び、足にできるひび割れのことを指した。今日では『赤く裂ける』というような意味で、体が乾燥することでできる出血などを伴うひび割れのことを指すようになった)ができたりしていたものである(体験談)



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寝ぼけ眼でなにが守れる

「と、言うわけで!みんなでババ抜きしましょうよ、ババ抜き!」

「じゃあ私抜きね、お前達で勝手に遊んでなさい」

「……いや、ババ抜きって名前をゲーム参加拒否のための口実にする人、初めて見たんですけど?!」

「そこはほら彼女、性質的に見ると実際に虞美人さんと会話している、みたいなものですので……」

「あらあら。容姿だけじゃなく性格も創作のキャラクターに近付くだなんて、なんだか怖い話ねぇ」

 

 

 食器の片付けやら、机の上の拭き掃除やら。そんな、粗方の片付けを終えた私達を待ち受けていたのは、下の妹・美希からの遊んでコールであった。

 風呂に入り、夕食を食べたことで時間はかなり経過したものの……現在の時刻としては九時ちょっと過ぎ、布団に入るにはまだ早い、という主張はおかしいものではあるまい。

 

 なので珍しいお客さん達に向けて、妹が遊ぼうと声掛けしてくるのは、ある意味では予定調和なのだった。……よもや『ババァ』抜きなんて聞き間違いを口実に、パイセンがその誘いを華麗に回避しようとするとは思わなかったけど。

 

 いやまぁ、一人だけ回避とかさせないけどね?ちゃんと巻き込むけどね?

 ……でもやっぱりハバァ抜き呼ばわりでキレ散らかすのではなく、行事の回避手段に使うのは変な人扱いされてもおかしくないと思います(作文)。*1

 

 

「それはどうでもいいけど、もしかして全員でやるつもり?一人頭のカードの枚数、かなり減りそうだけど」

「そこはそれ、仮に揃いに揃って最初に上がっちゃっても、面白いのでオッケーです!」

「わぁ、遊びたいって気持ちが溢れすぎて、なんか無茶苦茶言ってるぞこの子」

 

 

 とはいえ、現在ここに揃っているのは私達三人と妹達&母親の五人、合わせて八人。

 トランプの総数である五十三枚を全員に均等に配る場合、一人頭に配布されるのは六もしくは七枚となる。そのうち一組でも揃っていれば数は四か五枚に減り、二組揃ったとなればなんと最初から二か三枚である。*2

 

 デジタル式(山札の上限なし)ならいざ知らず、アナログ式(配った分だけ山札が減る)ならばこちらの予想以上にカードは揃うもの*3。……最初から全部揃ってしまうという確率も、低いながらもあり得ない話とも言い切れない。

 

 ゆえにパイセンの心配は決して杞憂とは言えず、その辺りなにか対処とか考えとかでもあるのだろうか?……と確認してしまうのは、決しておかしな話というわけでもないだろう。

 ……まぁ、当の妹はなんにも考えていなかったわけなのだが。天和とか地和とかに関しては仕方ない、みたいなやつ?*4

 

 

「うふふ。じゃあ私は遠慮させて貰おうかしら。貴女達の騒ぎを後ろから眺めていた方が楽しそうだし」

「あ、お母さんが自然に退避した!?」

「退避だなんて人聞きの悪い。観戦よ、観戦」

 

 

 とはいえ、やっぱり人数が多すぎるのに違いはなく。

 それを察した母は、するりと人の輪から離れ、後ろでニコニコとこちらを見守ることに決めたのだった。……早すぎて止める暇がなかったでござる。

 まぁ、それでも総勢七人である。ババ抜きをするにはちょっと多い気もするが……誰が抜けるかでまた一騒動ありそうだし、ここはこのまま続行するのがベストだろう。

 

 

「え、いや俺抜けたいんだけど……」

「じゃあシャッフルするねー」

「話を聞いて欲しいんだけど?」

「おっと、ショットガンシャッフルはカードを痛めるぜ☆」

「ホントはこれ、ショットガンシャッフルじゃないらしいねー」

「なん……だと……?」*5

「もしもーし。あれ、俺無視されてる?」

 

 

 なんか上の方の弟が抜けようとしていたけれど、華麗にスルー。逃がさん、貴様だけは……っ!*6

 ……というわけではないけど、逃げたそうにしている理由が目のやり場に困るから、みたいなものであることは、その視線が右往左往していることから把握済み。

 うんうん、思春期の少年にはパイセンの湯上がり姿とか、目の毒以外の何物でもないよね。だから気に入った(豹変)*7

 

 

「はい妹ちゃん、シャッフルが終わったのなら私が配ってしんぜよー」

「あれ?さっきまでと違ってノリノリだねキーアさん?」

「ふふふふ、我がカード捌きをとくとご(ろう)じろ!……ってことだよキミィ」

「キーアのテンションがおかしくなった。これは朝まで寝かせて貰えない」

「なんでもいいわよ。ほら、さっさと配んなさい」

「へーい」

 

 

 やっぱりここは逃がさねぇぜぇ~!……的なノリで弟にロック☆オン。シャッシャカカードを配っていけば、譲二は諦めたように小さく息を吐いたあと、自身に配られたカードを確認し始めたのだった。

 

 

「よぉし配り終わったぞぅ、揃ってるカードは全て真ん中に投げ込めー^^」

「わぁい^^」

「……そのネタに乗れる辺り、やっぱりお前っておかしいわよね」

 

 

 配り終えれば、枚数は一人頭七から八枚。

 三から四組揃わなければ全消しにならないこともあり、流石に開始前から上がるような者は現れなかった。

 ……あと『のりこめー』ネタに反応できるアス()ちゃんがワケわかんないのは、パイセンの言う通りである。他の兄弟達、思わずぽかんとしてたし。……母?なんか意味深な笑みを浮かべていたので、どっちなのかわかんないです、はい。*8

 

 ともあれ、これより始まるのは仁義なきババ抜き。

 負ければ罰ゲーム(『なんだってー?!』と叫ぶ下の弟ありけり)が課される過酷なそれは、上の弟のカードをパイセンが引く、という形で始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、遊んだ遊んだ」

「不自然なくらい一人弱かったけど……なんだったのかしら、アレ」

 

 

 一時間ほどババ抜きを繰り返した私達は、一先ず寝る場所として用意された場所──明日以降下の弟の部屋となる予定の、今日片付けたばかりの部屋に敷かれた布団の上で、先ほどまでのやり取りを思い返して会話に華を咲かせていた。

 なお、本来であれば今日からこの部屋を使うはずだった、下の弟・雅司はといえば、昨日までと同じように兄の部屋で布団を敷いているはずである。……さっきまでの様子を見るに、完全に逆上(のぼ)せた譲二の介抱をしているのだろう。

 

 ……え?逆上せた理由?そりゃもう、テーブルを挟んで反対側のパイセンが、自分のカードを引きに前のめりになる姿を何度も見せられてれば、ねぇ?

 ただでさえ今の寝巻きは薄着だし、そりゃもう青少年には刺激が強すぎるというか。……まぁ当のパイセンは、特定の人(項羽様)以外に見られてもまったく気にしないため、こうして首を捻っているわけなのですが。んもー、無自覚ダイナマイツ()。

 

 

「……今からでもさっきまでの記憶、吹っ飛ばしとくべきかな?」

「突然猟奇的なこと言うんじゃないわよ……」

 

 

 思い出したらなんか腹が立ってきたので、弟の後頭部を思いっきりぶん殴って記憶を吹っ飛ばしておいた方がいい気がしてきた。

 初恋の人がパイセンになったら可哀想だし、早めの対処が必要なのでは?

 ……的なことを述べれば、パイセンからは呆れたような視線が返ってくる。

 なんだよー、弟のためを思ってのことなんだぞー?

 

 

 

「それのどこが弟のためなのよ……」

「『夏魔必滅槍舞(アンチフリング・ロンド)』の発動を回避するのは弟のためになると思いません?」*9

「…………」

「ぐーが『確かに』みたいな顔してるー」

 

 

 他人に見られても気にしないとは言うものの、言い寄られるのは話が別。……というのは、夏のパイセンを見ていればよく分かる話。 

 弟が真っ赤な血の華にされては困るので、そういう意味でも忘れさせておいた方が良いのではないか、と愚考する私なのであった。……微妙に適当言ってたはずなのに、ちゃんとした理由になっちゃったんですけどそれは。

 

 そういえばそうだ、みたいな驚愕の表情を浮かべるパイセンに思わず苦笑しつつ、胡座を解いて枕に後頭部を放る私。

 天井は昔と変わらず板張りで、むかーし木目を色々なモノに見立てて遊んでたなー、なんてどうでもいいことを思い出してくる。

 

 

「……で?明日は帰るわけだけど、特になんにもないわけ?」

「あー、帰る前に父さんにも会っておきたいけど……んー、流石にそこまではどうかなー」

 

 

 視界の外から、パイセンの声が飛んでくる。

 なにかしておくべきことがあるのではないか?……という質問なわけだが、これといって思い付かない私は生返事を返す。

 私が俺である、ということを伝えるつもりはないし……()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 そうなれば私達の関係は、家族のうちの一人に頼まれ、遠く田舎くんだりまでやって来た赤の他人の都会人……というものが正しいわけで。

 ゆえに、やるべきことなんて今ここにいない相手、入院している父の近況を探るくらいのもの、ということになる。

 ……なるのだが。流石にそこまでするのもなぁ、と思ってしまう私がいるわけで。

 

 いやだって、ねぇ?

 最初は父の危篤と聞いて帰って来たわけだけど、それが単なる口実であったことは既に知れているわけで。

 ……その時点で、赤の他人である私が父に会いに行く必然性、というものが薄れてしまっているのである。だってそれを遂行しようとする場合、わざわざ家族の誰かを同行させる必要がある、ってことになるからね。

 

 

「家で会えたんならまだしも、わざわざ入院している赤の他人を見舞いに行く……とか、不審者扱いされても可笑しくないじゃないですか」

「言ってることは間違いじゃないけど、今さら自分が不審者じゃない、って主張しているようにも思えて、ちょっと笑っちゃうわね」

「ちょっとパイセン?」

 

 

 ……なお、その辺りのことを説明した結果、パイセンからはジト目を向けられることになったのだが……流石にその扱いは酷くね?

 

 

「……ん、誰か来た?」

 

 

 そうして逃げるパイセンを追い掛けていた私は、取っ捕まえた彼女の口をぐにぐに引っ張る中で、誰かにドアがノックされたことに気が付く。

 一体なんの用だろうか?……もしかして煩かったかな?なんて風に首を捻りつつ、パイセンを解放して扉を開いた私は。

 

 

「ちょっとお話したいんだけど、大丈夫かしら?」

「……御母堂様?」

 

 

 そこでこちらに笑みを向けてきた母の姿に、思わず呆気に取られることになるのだった。

 

 

*1
子供の作文などで、文章が『思います』などの言葉で終わっていることが多い、ということをネタにしたもの。ここを直すだけでちょっとまともな文章に見えるようになる、等とも言われる。ツッコミとしては『銀魂』のものなどが有名か

*2
なので人数がある程度増えると、UNO(ウノ)などの枚数の多いもの、もしくは枚数が少なくても構わない遊び(カルタやブラックジャックなど)に変更される、ということが多い

*3
言うなればデジタルのガシャとリアルのガシャの違い。限られた山札からカードを配る場合、完全なランダムに比べると確率はかなり偏る為、場合によっては最初から全部揃ってしまう確率というのも、それなりに出てくる。無論、人数が少なければその確率は少ないものだが、人数が増えるに従い、最初の時点で上がる確率はかなり上昇していく(具体的には、人数×2がトランプの総数と同じになる26~27人の時。確率的には七割を越える。リアルでの偏りを考慮すれば、確率はもう少し変動するかもしれない)

*4
麻雀において、最初の配牌の時点で役が出来上がっている状態のこと。天和が親、地和が子に起きた場合の呼び方。確率はおよそ33万分の1くらい

*5
初代『遊戯王』より、闇遊戯がバトルシティ編において、()()()()()()()()を行うパンドラに向けて言った言葉。カジノなどでは『マシンガンシャッフル』と呼ばれることもあり、その辺りの勘違いなのでは?……なんて風に言われることも。なお、実際の『ショットガンシャッフル』は幾つかの山に分けたあと、それをランダムに重ねる……という、カードを痛めるなんてこととは無縁のシャッフルのことを言う(正確には別名で、ディールシャッフルと呼ばれるのが普通。複数の山に分けるのがショットガン(散弾銃)の弾の広がりのようである、ということから来た呼び方なのだとか)。ただし、シャッフルの仕方としてはあまり良いものではないので、ゲーム大会などでは禁止されていることも(やる人によっては容易に山の中身をコントロールできる(要するにちゃんとシャッフルできてない)為。また、そもそもシャッフルを終えるのに時間が掛かりすぎるという問題点も)

*6
『……にがさん……お前だけは……』は、『ロマンシング サ・ガ2』に登場するメッセージ。いわゆる『ラストダンジョンは引き返せませんよ』の類いだが、『ラスボスの手前で』言われる為、現在の戦力でラスボスを倒せないと実質詰みとなることも。実はそれよりも前に『この先は引き返せないぞ』と警告されるのだが、その文章を見た時点ではまだ引き返せてしまう。実際に引き返せなくなるのはラスボスとの戦闘フラグが立った時。すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()状況になってからなので、『ラスボス前にセーブする』という、わりとよくやってしまいがちな行動が詰みを誘発する、という事態に繋がる。このゲームのラスボスは直前の敵達より遥かに強い為、『一度退却してレベルを上げよう』と思ってこの台詞を表示され、トラウマになった人も居るとか居ないとか

*7
『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフである『岸辺露伴は動かない』での岸辺露伴の台詞。ある意味では『だが断る』の対義語(『断る』方は自身へのメリットの大きい話を敢えて断る、というものだが、こちらは自身へのデメリットの大きい話を敢えて受ける、という形のものとなっている)。直前の反応から逆の返事をする、という点では豹変したと言い換えてもおかしくはない

*8
とある掲示板でのやり取り。男の娘を見ての感想に『わぁい』があるのは、このネタの元々使われていた状況によるもの、らしい(正確にはショタに対しての台詞だったとか、元ネタ(この台詞が言われていた状況)を遡ると古賀亮一氏の漫画『ニニンがシノブ伝』にたどり着くとか、色々あったりはするが割愛)

*9
水着の虞美人の宝具の名前。『アンチフリング』は雑に言えば『浮気はダメ』であり、要するに()()()()()()()、である。体を見られるのは平気でも、項羽様の為の舞を他人に見られるのは嫌、らしい



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親に隠し事はできやしない

「はいどうぞ。安物のチューハイ*1でごめんなさいね?」

「いえいえ、お気遣いなく。……突然お顔をお見せになったのでなにごとかと思えば、晩酌のお誘いとは。……結構お飲みになる方なんです?」

「子供達の前ではあんまり飲まないけど……お客様が居るからたまには、ね?」

 

 

 突然やって来た母に誘われたのは、大人組だけでの晩酌。

 アス()ちゃんを部屋に残し、居間へと再び降りてきた私とパイセンは、母から手渡されたチューハイの缶を持ち、改めてソファーに座り直していたのだった。

 プシッ、と景気のよい音を立てながら開いた飲み口から、軽く中身を啜る。……甘めの銘柄であることもあり、特に酒であるということを気にせずに飲めそうだった。

 そのまま口内を濡らす程度に中身を傾け、母の方に視線を向ける。

 

 この晩酌、本来であれば父と一緒に時々やっていたモノらしい。

 今は父が病院送りになっているため、暫くご無沙汰だったが……私達が成人済みであることを思い出し、思いきって誘ってみたとのことである。

 まぁ、個人的に言わせて貰えば、母がわりと酒を飲む方の人であるということの方が驚きなのだが。その見た目だけなら、仮に飲むとしても精々甘めのカクテルの類いだろう……なんて予想が立つような感じの人だし。*2

 

 

「?どうかしたのかしら?」

「……いや、なんというか……渋いですね」

「あらあら♪」

 

 

 なお、実際の母が飲んでいるのは焼酎のロックである*3。……とんでもねぇ飲兵衛ですねこれは(白目)

 ただそうなると、私達に出されているこのチューハイは、一体誰が飲んでいたものなのだろうか……?

 

 

「あ、それはお父さんのよく飲むやつなの」

「……子供舌?」

「酒なのに子供舌とはこれ如何に」

 

 

 なんて風に疑問に思っていることが伝わったのか、母が答えたのはこれらのチューハイは父のよく飲む品種である、というもの。

 ……どれもこれも甘くてアルコール度数の低いものばっかりな辺り、なんというか『性別逆では?』みたいなツッコミが思い浮かぶ私達なのであった。

 

 

「……あ、もしかしてこっちの方がよかったかしら?」

「いえこれでいいです(キッパリ)」

「そう?結構飲みそうな感じなのに、遠慮とかしてない?」

「いえ、流石にそれはちょっと明日がキツいんで遠慮しておきます(震え声)」

 

 

 因みに、母が飲んでいる焼酎のロックだが、よくよく瓶を確かめると『原酒』と書いてあった。……一般的な焼酎は、アルコール度数を下げるために水と混ぜてあるのだとか。

 そのため、『原酒』と言うのは()()()()()()()()()のことを言うわけなのだが……そのアルコール度数は、大体四十~四十五度ほど。ウォッカやウイスキーと同じくらいと言えば、その度数の高さはなんとなーくわかるのではないだろうか?

 

 そんなものをロックで嗜むこの母親が、飲兵衛以外のなんだと言うのか。……父用に軽めのチューハイが用意されている辺り、彼の苦労が偲ばれる感じである。

 まぁ、こうして私達が消費してしまうことにより、次回の晩酌時に次を用意していない場合、自動的に父が母の焼酎を奨められることになってしまうわけだが。……御愁傷様、とでも言っておけばよいのだろうか?

 

 まぁともかく。

 どこの幻想郷の住人だよ、みたいなツッコミを口内で留めつつ、母親の晩酌の相手を務めることとなった私達。

 パイセンも私も、酒精には強い方だが……流石に焼酎のロックは重いので、丁寧丁寧に断ってチューハイの缶を傾けつつ、おつまみの唐揚げをつまみながら彼女の話に相槌を売っていく。

 

 

「なるほど、そんなことが」

「そうなのよ~、別にわがままとか言ってくれても全然大丈夫なんだけど、みんな遠慮してるのかいい子のままなのよね~」

 

 

 無論、酒が入った人間の話なんて、大抵愚痴か惚気かが大半。

 母もそのご多分に漏れず、口から出てくるのは子供達への愚痴の言葉なのであった。……まぁ、一般的なそれとはちょっとずれた、『もうちょっと悪い子になってもいいのに~』なんていう愚痴だったのだが。

 

 今話題に上がっていたのは、上の妹である亜希のこと。

 俺を除けば一番歳上、現状のこの家の子供達の纏め役である長女の彼女は、見た目はちょっとギャルっぽい感じもあるが、基本的には真面目なやつである。

 ……なので、母的にはちょっと心配なのだ、なんてことを口に出していたのだった。

 

 

「いい子は()()()()()()、なんて揶揄もあるでしょう?……私としては、もう少しわがままとか言ってくれた方が安心するのよね~」

「そういう雰囲気を感じ取って、敢えてわがままを言わないようにしてる……とかだったりするんじゃないの?」

「なにその湾曲した反抗期ぃ~。もっと素直に反抗して欲しいんだけどぉ~?」

「あの、御母堂様?いわゆる飲みすぎ、というやつなのでは?」

 

 

 親の手を焼かないのは有難いが、同時に自身の意思というものを表現するのが下手なのではないか?……なんて心配をする彼女に、パイセンは思春期のややこしい思考回路を例に出して、別に気にする必要はないんじゃない?……と嗜めている。

 ……まぁうん、その辺りは本人に聞いても素直に答えて貰えるとは思わないし、別に母が納得できるのならそれでいいとは思うけど……それは一体誰目線からの台詞なんですかパイセン……?

 

 ともあれ、そろそろ母の様子がおかしい、というのは確かな話。

 呂律が回らなくなってきているわけではないが、彼女が飲んだ酒の量は、およそ瓶三本分。……時計を見れば時刻は十一時を少し過ぎた頃、つまり二時間近く晩酌を共にしていた、ということになるわけで。

 そりゃまぁ、幾ら酒に強いとは言っても酔いも回るというもの。そろそろ布団に叩き込むべきなのではないか?……なんて考えが思考を過るが。

 

 

「だいじょうぶだいじょうぶ。これくらいならまだまだ出だしだってばぁ~♪」

「いや、どう考えても完全に酔ってるでしょう?……ほらもう、いい子ですからお部屋に戻りましょう?」

「んー……じゃあ、私の質問に答えてくれたら、素直に寝ます!」

「は、はぁ?なんでいきなりそんな話に……?」

「なんでって、そりゃ勿論、そのために呼んだんですもの~」

「……はい?」

 

 

 ……なんだか、雲行きが怪しくなってきたような?

 謎の緊迫感を覚える私と、なんだか目が怪しく輝いているような気のする母。

 一体なにを聞かれるのか、そう思った私は。

 

 

「楯君は元気ぃ~?」

「……ええと、その楯君とは一体?」

「あれ、聞いてない?うちの子のお友達なんだけど」

 

 

 ついで彼女の口から飛び出した言葉に、そういえば聞かれてもおかしくはないな……と思いながら、ごまかしの言葉を紡ぐ羽目になるのだった。

 

 楯との付き合いそのものは、実際は小学生くらいの時にまで遡る。まぁ、その時分はあくまで顔見知り、って感じであって、今……というより大学生時代?みたいな先輩後輩の付き合いをするようになったのは、中学二年になってからのことなのだけれど。

 なのでまぁ、母が楯のことを話題に出すことそのものは、別におかしい話ではない。疑問があるとすれば、それが今・私に対して尋ねられた理由の方だろうか?

 

 

「お友達、ですか。今聞かれたと言うことは、その方も息子さんと同じように?」

「んー、時期的に同じくらいだったかしら?向こうの親御さんも似たような説明をされてたみたいだから、多分同じ病気に掛かっちゃったんだろうなー、みたいな」

「なるほど。近い時期に同じ病気で入院したのだから、同じ病室にいてもおかしくはないですね。()()だったみたいですし」

「……そうそう。性別違いならアレだけど、()()()()()()()同じ部屋でもおかしくないかなーって」

「なるほど……ですが、息子さんはお一人様の病室にいらっしゃいますので、同室の方というのは居ませんね」

「あらそう。……その言い種だと、うちの子からは特に伝言も頼まれてない感じ?」

 

 

 疑問に感じつつも、こちらは()()()()()()()()()()という態度を取ることにしたため、それを前提にして話を合わせることになる。

 なので、彼女の話す内容については初耳、ということになるわけなのだが……うーむ、向こうの親御さんもちゃんと話を聞かされていた、というのは確かに初耳なので、そこを起点に嘘を調整すればどうにかなる、だろうか?

 ……なんてことを考えつつ、母と会話を続けていく。続けていくのだけれど……なんだろうこの違和感?

 

 

「なるほどなるほど。じゃあ、もしよかったら楯君も元気してるかどうか、確かめておいて貰えるかしら?」

「ああはい。所在などについては守秘義務の関係上、伝えられる情報には限度がありますが……無事か否かについてなら、特に問題はないかと」

「よかったぁ。向こうの親御さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とても気にされていたから」

「……なるほど、とても心配なされていらっしゃるのですね」

「そりゃもう、ねぇ?」

 

 

 そのまま母からは楯の近況について調べて知らせて欲しい、と頼まれたわけなのだが……ううむ、いつの間に向こうの親御さんと仲良くなったのだろう?

 ()()()()()()()()()()、あまり仲が良くなかった気がしたのだが。

 

 そうして内心首を捻っていた私は、次に母が告げた言葉に、違和感の理由がなんだったのかを思いしることになるのだった。

 

 

「──ところで。()()()()()()()()()()()()()()()()、知ってるわよね、貴女?」

「─────────あ」

(……なんか、すごいことになってるわね)

 

 

 そう、それは母の酔いがいつの間にか醒めていること。

 単なる晩酌の一コマだったはずが、こちらへの誘導尋問のようなものが始まっていた、ということへの警戒心が、違和感として私に異常を伝えていたのだ、ということを……。

 

 

*1
厳密な定義があるわけではないが、焼酎・ウォッカなどの無色の酒類を、果汁を加えた上で炭酸で割ったものが大体該当する。名前の元となっているのは『焼酎』と『ハイボール』。アルコール度数は10を下回るものがほとんど

*2
なおカクテルも種類によるが、チューハイよりアルコール度数の高いものも多いとのこと。見た目や味に騙されてはいけない

*3
『オンザロック』の略。大きな氷を岩に見立てた呼び方。酒以外のなにも入れない『ストレート』についで、酒そのものの味や度数が楽しめる飲み方。感覚的には『冷やしながら飲む』形になる



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人の家の事情に首を突っ込むものではない

「──な、なるほどー。『ジュン』という響きから勘違いしていましたが、お、女の子だったんですねー」

(……声は震えてるし目は泳いでるし、ごまかしようがないわね、これ)

 

 

 しまった、これ誘導尋問だ!

 ……とようやく気付いた私は、視線をあらぬ方向に向けつつ答えを返す。

 そういえばそうだった、長いことマシュとしての姿しかみてなかったから忘れかけてたけど、楯ってば親御さんからは()()()()()()()んだった。

 

 その辺りはややこしい事情があるので、ここで語ることはないけれど……ともあれ、戸籍上では女性になっているのだから、息子と同じ性別であると知っているかのように話していたのは、とても宜しくない。

 だがしかし、今ならまだごまかせる。

 なにせ『ジュン』という名前は男女どちらにも使えるもの、だから男だと思っていた……母も楯()と述べていたから勘違いした、という風に話を持っていけば、どうにか挽回できるはず……!!

 

 という、私の思惑は。次の母の言葉により、あえなく瓦解することになるのだった。

 

 

「ところで芥さん。()()()()()()()()、覚えてらっしゃいます?」

「──ええ、覚えてるわよ。中学のアルバム辺りから、一人だけやけにアンタの息子にべったりな()()()がいる、って話をしたもの。……ついでに、お前(キーア)にもその話を振った、てこともね」

「」

 

 

 ……う、裏切り者ぉ~っ!!?

 まさかのパイセンからの突然の裏切り(※聞き流していた自分が悪いだけです)により、そもそも『楯君って誰?』という発言の時点で疑われていたことに、遅蒔きながらに気付く私。

 ぱ、パンドラの箱には、やはり災いしか詰まっていなかった……!!*1生返事なんてするもんじゃねえ!

 

 って、そんなことを言っている場合ではない。

 とりあえず、楯回りの話で嘘を付いていた、ということは認めなければなるまい。状況証拠がこうして揃い始めている以上、更なるドツボに填まる前に巻き返さなければ大変なことになる。

 幸いにして、今一番バレたら不味いものである私の正体に付いては、一切触れられてはいない。

 結局のところそれが一番重要なのだから、それ以外は全てうっちゃって*2しまえばよかろうなのだァーッ!!

 

 

「……むかーし洗い物をしていた時に、冬になる度皹まみれの手になってしまっていた、とか」

「…………?」

「考え事をするとき余計なことまで考えて、結果として結論に行くまでに話が長くなりすぎる、とか」

「……………」

「他にも、例え話する時に既存のことわざをちょっと捩ったものを使ったりだとか、お父さんの容態を尋ねた時に『蜂』が話題に上がった途端、露骨に安心した顔を見せたりだとか。……そういう、細かい気付きは幾つかあったけど──」

「あ、あったけど……?」

 

 

 ……などという逃げの一手は。

 

 

「一番はそう、貴女が『マジカル聖裁キリアちゃん』を見るのを嫌がったこと。……そのあと色々理由を付けてごまかしてたけど……貴女が()()()()()()()()と悟られないようにしたかった、というのはすぐに察せられたわ」

「─────────」

 

 

 そもそも最初から逃げ道なんてなかった、という答えによって粉砕されてしまうのでありました。……あ、これ詰んだわ。

 思わず白目を剥く私だが、母の追求は止まらない。

 決定的な一言を告げるまで、その口は閉じないのだ。

 

 

「そう。貴女は他の二人と同じく、例の感染症に罹患し、その姿をアニメキャラに変じさせた人。そこに、数多の嘘とほんの少しの真実を混ぜることで、自身の役割に信憑性を持たせようとした……けれど私の目はごまかせない。そう、貴女は──」

「…………(ごくり)」

 

 

 それはまるで、どこぞの死神(コナン君)のような動き。

 ゆっくりと持ち上げられた右腕は、同じようにゆっくりと下ろされながら、私を指差していく。

 なるほど、これが犯人の気持ちか……なんて戯言を脳裏に思い浮かべながら、その時を待つ私は。

 

 

「──そう、貴女は楯君本人ね!!」

「…………はい?」

 

 

 見当違いの答えをぶつけられ、思わず首を傾げることになるのでありました。

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?違ったかしら?」

「ええと、とりあえず何故そう思ったのかお聞きしても?」

 

 

 最後の最後でボタンを掛け違えた、みたいな感じの言葉が出てきたことに、思わず困惑する私と母。……いやなんで母まで困惑してんねん。

 ともあれ、なんでその結論が出たのか、というところには興味があるので、推理の根拠を彼女に聞いてみたわけなのだけれど。

 

 

「ええとね?アルバムを見なかったのは、そこにうちの息子が載っていたから、だったと思ったのだけれど……」

「……え、そういう?」

「止めてください芥さん、茶化さないで」

 

 

 一つ目の根拠は、私がアルバム回りの話を聞き流していた点。

 どうにも母は、それを楯(と勘違いした私が)が()()()()()()聞き流していた、と捉えたらしい。

 

 ……いやまぁ確かに?もし仮にマシュ()がここにいたのなら、恐らくは興味津々ってよりは『せ、せんぱいの……幼少期……っ!?おおお、恐れ多いでしゅっ!』とかなんとか言って、視界を両手で隠しながら、その隙間から覗き見る……みたいな感じになっているだろうなーとは思うけれども。

 

 

「あと、洗い物のエピソード。それ、うちの子から聞いてたそれを、自分のことのように話す──いわゆる嘘だけど本当のこと、ってやつで、話の信憑性を盛るためのものだと思ってたのよね。よもや()()()()()()()()()()()()()()、なんてことはないでしょうし。話をする時の会話の組み立てかたも、自分のモノではなく()()()()()()()()を使うことでごまかしていた、というのが自然なんじゃないかなーというか。楯君って、なにかを演じるのは昔から得意だったし」

「…………」

「……なにか言いなさいよ、お前。白目剥いてる場合じゃないでしょ」

 

 

 二つ目の根拠は、節々に語られる個人のエピソードが、()()()()だったこと。

 

 本人であることを悟られないようにするのであれば、参考にするエピソードは()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて夢を叶えつつ、自身の正体を隠すモノとして利用したのではないか、というのが彼女の主張だ。

 無論、それによって気分が舞い上がってしまい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とも予測していたわけなのだが……まぁうん、はい。

 話を聞く度、私に言葉のナイフが刺さってくるのですががが。

 

 

「え、えっと……それからその、うちの子といい感じなんじゃ?って問い掛けに殊更に否定を投げてたのが、『今まで通りの押せ押せじゃ先輩には届きません』って気付いて、反対の反応(そっけない態度)を試し始めたのかなー、って思ったというか……」

「…………(死ーん)」

「しっかりしなさいお前、傷は深いわよ、がっかりしなさいお前」*3

「そのいいぐさ、なぐさめるきあるんですかぱいせん……」

「ないけど?」

「ないんかい……」

 

 

 最後、『うちの子の嫁に』云々の話に全て否定を投げていたのは、いわゆる一種の照れ隠し、ないし『押してダメなら引いてみろ』の結果ではなかろうか?……と判断したというもの。

 確かにずっと後ろを付いてくる感じの子だった楯は、最近は少し自立したというか、私から離れて行動することも多くなったような気はする。……いやもしかしたら、そんな気がするだけかもしれないが。

 

 ともあれ母からは私が、楯がパイセン達と同じ病気に罹患し、『マジカル聖裁キリアちゃん』の敵役である魔王になってしまった存在……という風に認識されていた、ということは間違いないようで。

 ……その間違いをそのまま押し通せば良いのでは、みたいなことも脳裏を過ったが後の祭り。

 

 

「……え、その反応、もしかして違うの?楯君じゃない?…………え゛、じゃあまさか、貴女の本当の姿は……!?」

「……お察しの通り、超能力者です。そう呼んだ方がいいでしょう。まっがーれ↓」*4

「…………うちの子だーっ!!!!!????」

 

 

 それまでの反応の違和感が積み重なり、彼女は真実に気付く。

 ゆえに私に取れる手段も多くなく、仕方なくごまかしのために吐いた言葉は──なんの意味もなしはせず、私の隠す真実を、白日の元に晒すことになるのだった。

 

 

「「「「えーっ!!?兄ちゃんーっ!!?」」」」

「ええい、なんの漫画だこれはっ!!」

 

 

 その後、聞き耳を立てていた兄弟達が一斉に居間に雪崩れ込んで来たため、余計に酷い騒ぎになるのであった……。

 

 

*1
パンドラの箱の解釈の一つ。有名なのは『箱の底には希望があった』説だが、『箱の底に残った災厄の一つを閉じ込めたことで、世界から希望が消えなかった』とする説もある

*2
打ち遣るが転じたもので、投げ捨てる・放り投げるといった意味。物事を投げ出す、構わずに打ち捨てるという意味で使われることも。相撲で『うっちゃり』と呼ばれるものも、語源は同じ

*3
『fate/grand_order』の一部第三章『封鎖終局四海 オケアノス』にて、とある場面でアタランテに対し主人公が述べた台詞。更なる元ネタは『パタリロ!』で、そちらは『傷は深いぞガックリしろ』。他にも色んなところで使われているネタ

*4
『涼宮ハルヒ』シリーズのキャラクター、古泉一樹のキャラソン『まっがーれ↓スペクタクル』での歌詞……というか台詞の一部



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サブカル家族なので順応は早い

「なるほどー、そりゃ止めるよねー。なぁんで楯さん、今さら一緒に入るの恥ずかしがってるんだろうなーって思ってたから」

「妹から実は知り合いと混浴してた、みたいな話が飛び出してきた件」

「あ、ちゃんと水着は着てたよー。そういうの一応礼儀だから、って楯さんがうるさくって」

「そういう問題なん……?」

 

 

 あれからなし崩し的に、他の兄弟達を加えた宴会へと派生したわけなのだけれど、私の中身が俺であることを知った家族達はといえば、先程までとは違って色々と遠慮がなくなってしまっていたのだった。

 私の胡座の上に陣取り、こちらを覗き込んでくる美希(下の妹)などが良い例である。……いやまぁ、さっきもやってたけどね?

 

 

「ついに楯さんにもツキが回ってきたか、なぁんて思ってたのに……まさかホントは兄ちゃんだったとはねぇ」

「……適当なこと言いながら、人の顔を撫でくり回すの止めなさいよ亜希。っていうか、なんでちょっと悔しげなのよ」

「いやだって、兄が突然姉になったってだけでもアレなのに、あまつさえこーんな美少女になってるとか、最早ギャグみたいなもんじゃん」

「なに一つ答えになってねぇ!!」

 

 

 で、バレてしまったのだから、もはや偽る必要もねぇ……とばかりに、今の私の姿はキーアの(小さい)方となっている。

 なんでかって?……必要性もないのに変身していられるほど、体調が戻りきっていない……もとい普通に疲れるので止めたかったから、である。

 

 私の基本形態はあくまで()()()()()なので、そこから外れた形態でいるのには、それなりに労力というものが必要なのだ。具体的には魔力(MP)とか精神力(SP)とか。

 ……あとはまぁ、母に『なんだか貴方疲れてなぁい?』と気付かれた(声を掛けられた)、というのも理由の一つだったりする。

 

 

「うーん、創作の登場人物(アニメキャラ)みたいに……じゃなくて、彼ら(アニメキャラ)そのものがいる……っていう話は、にわかには信じがたいんだけど……」

「本人そのものっていうよりは、どっちかというと鏡映点とかサーヴァントとか、そういった『元の彼らを写し取った』存在……って考えた方が正解に近いとは思うけどね」*1

「んー、リアルにフィクション(ハチャメチャ)が押し寄せて来てるわ~」*2

 

 

 そんな母はと言うと、こちらの説明を受けたあと、こめかみを軽く押さえて唸っていたのだった。

 基本的にのほほんとした感じの人だが、流石に事態の意味不明さまでスルーするほどののほほんさ、というわけではなかったらしい。……すっかり酔いも覚めた、とばかりに眉を顰めている。

 

 説明当初は、色々と疑っていたのだけれど……こうして実際に小さくなった姿を見せれば、流石に信じる気になったようで。

 ただそうなってくると、件の病気とやらがヤバい……というのが、別の意味にも繋がることに連鎖的に気付いてしまい、結果こうして唸っているというわけなのであった。

 ……まぁうん、見た目が似ているだけならまだしも、その能力が使えるとなれば、話は別だよね。

 

 

「……ええと、もしかしてだけど。こっちの方、マジで爆発できたり……?」

「なによ、見たいの?『グビグビの花火』」*3

「遠慮しておきます止めてくださいスプラッタはノー!!」

「……お前、ここに私達が来た時のことを思い出してから喋りなさいよ……」

 

 

 パイセンに対して、いの一番に尋ねるのがそれでいいの?……的な母の質問は、彼女から遠回しに肯定されたわけなのだけれど……それで出てくる反応が『グロいのはダメ』という辺り、色々とツッコミどころが多すぎる。

 パイセンの言葉を借りるのなら、『いや、お出迎えの時に死体ごっこしとったやんけ』というやつだ。

 まぁ、『リアルとフィクションじゃ色々と勝手が違うの!』などと言われれば、こちらとしても口を噤む他ないのだが。

 

 

「ちょっと?お前はどっちの味方なのよ?」

「いやだって、パイセンの爆発って大概グロテスクですし……」

「文字通りの血の雨、ところにより臓物も降ってくる」 

「うっわこわっ!!完全にバイオでロケットランチャーぶっぱした時の絵面じゃん!!」*4

「……それ以上ぐだぐだ言うんなら、今ここで実演してやってもいいのよ?」

「ひぇっ」

 

 

 なお、パイセンはどことなくご機嫌斜めだが……ホラーとは視聴者が画面の『向こう』にいるのか『手前』にいるのか、その差異こそが特に重要なジャンル。

 気安く画面の向こうからこっちにやって来るパイセンは、区分的には貞子とかその辺りと同ラインなので、こういう反応は仕方がないのであった。……特に一般人相手ならなおのこと、というやつである。

 

 

「……ん?兄ちゃん……姉ちゃん?が『マジカル聖裁キリアちゃん』のキャラで、芥さんが『FGO』のキャラなのはわかったけど……アスカちゃんは?エヴァなん?」

 

 

 そうやってわいきゃいはしゃいでる集団の輪から、一つ外れた位置で私達を眺めていた譲二(上の弟)より、一つの疑問が投下される。

 それは、アスカちゃんだけ原作がよく分からない、というもの。名前と容姿を鑑みるに、幼少期の惣流か式波のどちらかのアスカ、という風に予想するのはおかしな話ではないが……。

 

 

「でもお母さんが聞いた時は、エヴァはよく分からないって言ってたわよ?」

「見た目小さいんだし、まだエヴァのことはよく知らんってだけかもよ?」

「んー……その辺りどっちなの?」

「さてどっちでしょう?」

「……あー、どっちでもないな、これ」

「なんでわかったし」

 

 

 無論、皆様ご存じの通り、彼女はエヴァとはなんの関係もな……いやなくはないか。()()()にエヴァはいるわけだし。*5

 

 ともあれ、どちらにせよこの背格好の彼女とは関わりがない、ということに変わりはない。

 彼女の名前は偽名であり、本来の彼女からは微妙にずれたモノとなっているのだから。……まぁ、あんまり長々とその名前で呼び続けると変なこと(【継ぎ接ぎ】)になりかねないので、そろそろ止めておくべきなのも確かなのだが。

 

 ……ところで、なんでこっちの提示した選択肢に答えがない、って気付かれたんです?……と問い返したところ、『昔から兄ちゃんがそうやって聞き返してくる時は、こっちが見当違いのことを言っている時』と言われ、ちょっと唸ることになるのだった。

 

 

「……まぁそれはおいとくとして。彼女の本名はアスナって言えば、なにが原作なのかもわかるんじゃない?」

「……ソードアート・オンライン?」

「あー……そっちもいるけど違うかなー」

「いるんだ……」

 

 

 で、とりあえず彼女の本当の名前を教えたわけなのだけれど……あーうん、そういえばアスナさんも同じ『アスナ』って名前だし、なんなら髪の色も近いと言えば近いのか……と、遠い目になる私である。

 まぁ、アスナ()()()の方は赤髪と言ってもオレンジに近い髪の色だし、アスナ()()の方はどちらかといえば明るい茶色という方が近いので、一応見た目で区別を付けることは出来なくもないわけだが。

 

 ……でも確かに、この二人を並べると親戚か姉妹か……って勘違いしそうというのは、強ち笑い話とも言えないのかもしれない。

 世の中には同じ名前の兄弟っていうのも、時々存在するわけなのだし。*6

 名前と容姿が似通っているのも、そこまで気にする要素でもないっていうか?まぁ近すぎるとクローンかドッペルゲンガーか、って疑惑に飛び火していくわけだけど。

 

 ……話を戻して。

 名前が同じキャラクターというのは、創作を広く嗜んでいればそれなりに出くわす事態である。

 アスナ、アオイ、サキ、ショウタ、タロウ……被りやすい名前と言うのは、挙げていけばキリがない。

 なので、こういう時にはきちんと正式名称──フルネームを教えるに限る。

 

 

「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア……って言えばわかる?」

「あー、ネギまだっけ?」

「脱がされ魔?」

「いや間違ってないけど、その呼び方はどうなん……?」

 

 

 と、言うわけで。

 アスナちゃんのちゃんとした名前を教えた結果、兄弟達は彼女がなんの作品のキャラクターなのか、ということを正確に把握したわけなのだけれど……いや脱がされ魔って。確かに作中(特に前期)では、ことあるごとにネギ君に服を吹っ飛ばされていたけれども。

 それはその、あれだ。今のこの、見た目だけなら無愛想な無口っ子、みたいな状態のアスナちゃんからしてみれば、未だ見えぬ遠き未来の他人事……みたいなもんというか、直接的に言うのならばわりと失礼な物言いというか。

 

 

「なるほど、譲二は脱がすのが好き。メモメモ……」

「……はいっ!?」

「いたいけなしょうじょにてをだすあっかん……(棒)、いやん、いけず」

「……えー、お(にぃ)ってばロリコンだったのー、ふけつー(棒)」

「イヤだきもーい(棒)服は分けて洗ってねー」

「なんでいきなり俺が責められる流れに?!」

 

 

 ……などと思っていたのだけれど。

 よく分からないなにかが混じっているアスナちゃんは、そのまま譲二の発言を逆手にとって彼を手玉に取る(意味深)ことにしたようで。

 やっぱりこの子如何わしい……なんて渋い目をする私の前で、他の姉妹達を味方に付けた(悪ノリさせた)彼女は、思う存分譲二弄りを楽しんでいるのだった。……なんなんすかねこれ。

 

 

*1
『鏡映点』は、『テイルズ オブ ザ レイズ』での用語。世界の具現化の際、その核・起点となっている人のこと。なお、世界の具現化を含まず、自身のみが具現化している『ストレンジャー』と呼ばれるタイプも存在している。『鏡映点』である場合、原作での自身の記憶を保持している為、それを元に違う選択肢を選べる存在ともなっている(例:原作では敵対関係だが、原作での結末などを知っているが為に、ザレイズの世界では仲間として一緒に戦えるようになっている、など。ラスボス系のキャラクターに多い)

*2
『ドラゴンボールZ』の主題歌『WE GOTTA POWER』の歌詞の一文『ハチャメチャが押し寄せてくる』から。泣いてる場合じゃないらしい

*3
『ONE PIECE』より、悪魔の実のネーミング法則、およびルフィの技の一つ『ゴムゴムの花火』から。虞美人が花火のようにふっ飛ぶ、とてもスプラッタな光景

*4
『バイオハザード』シリーズにおいて、ロケットランチャーは最強の武器とされていることがほとんど。隠し武器の無限ロケットランチャーともなれば、文字通り全てを粉々にふっ飛ばしながら進むことも可能だったり(※作品によります)

*5
『魔法先生ネギま!』のキャラクター、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのこと。『闇の福音』『不死の魔法使い』などの異名を持つ、見た目はロリっ子な吸血鬼。なお見た目は可愛らしいが、その実力は折り紙つきなので、舐めて掛かると酷い目にあう

*6
法として決められているわけではないらしいが、原則として『同一戸籍内に現在いる人と、同じ名前を付けることは出来ない』とされている。……逆を言えば、命名時点で同一戸籍内にいなければ問題はない為、結婚などをして戸籍内から出ている兄弟だとか、出生前に死んだ家族と同じ名前を付けるだとか、再婚した相手の連れ子が同じ名前だとか、色々と回避手段はあったりする



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堅物なのかムッツリなのか、それが問題だ

「で、なんでおに……お(ねぇ)はそんなに緊張してるの?」

「なんでわざわざ言い直したし。……いやまぁ、この姿でお兄って呼ばれても、それはそれで困るけど」

 

 

 次の日。

 さんざん大騒ぎしたのち、波が引くようにサーッと部屋に戻っていった私達はというと、そのまま布団に入ってぐっすりと眠りに落ちていったわけなのですが。

 その翌日、起きてさっさと帰ろうとしたところを、母から『ちゃんとお父さんにも顔見せしてから行きなさいよー』と言われ、渋々父の入院する病院へと足を運んでいたのだった。

 

 なお、本日は付き添いとして亜希が一緒に来ている。

 他の面々は(平日なので)普通に学校だが、亜希だけは昨日までのテストの影響とかで、休みがずれたのだとかなんとか。

 ……我が家の中では私に次いで年長者な子供組ということもあり、色々と大変そうな立場の妹である。

 

 

「そう思ってるんなら、別に今すぐこっちに戻ってきてくれてもいいんだよ?」

「いやー、無理でしょ。少なくとも元に戻るまでは」

「ふーん……まぁ、戻る気があるんなら、それはそれでいいけど」

「なにさ、その含みのある言葉」

「なんでだろうねー?」

 

 

 そんな風に軽口を投げ合いながら、病院の敷地内を足早に進む私達なのであった。……他二人?なんか後ろの方──具体的には敷地への入り口辺りでぐだぐだしてますがなにか?

 

 

「……パイセーン、(かい)パイセーン。外見公開初期のイメージのー、窓際で本読んでそうな感じのー、物憂げで物静かな雰囲気になった芥パイセーン?」*1

「……なによ」

「いや、こっちがなによー、ですよ。どうしたんですか、いつまでもまごついて*2。アス()ちゃんまで巻き込んで、まだぐずってるんです?」

「人聞きの悪い言い方するんじゃないわよっ!……ったく、なんで私がこんな格好を……」

「流石に公共の施設であの格好はダメ。グビは多少反省するべき」

「はいはい……」

 

 

 で、なんで彼女が病院の敷地を跨ぐか跨がないか、くらいの位置でぐだぐだしていたのかと言うと、その理由は今の彼女の格好にある。

 ……うん、よもやノーマル虞美人仕様(要するに痴女)御天道様の下(公衆の面前)を歩けるはずもなく。

 嫌がる彼女に無理矢理着させたのが、いわゆる芥ヒナコっぽい服──大きな白コート、というわけなのだった。

 

 これは、こちらに来る前に服屋で購入したあのコートを、あれこれと手を加えてそれっぽいものに仕立て上げたモノである。作業協力母以下数名で、縫ったり変えたり切ったりした、というわけなのだった。

 

 美希の方からは『コスプレ服作りみたいで楽しいねー』と言われ、『あー、着せ恋?』と亜希が述べ、『そういえば五条くん、うちにもいるよー』『『『マジで!?』』』……などと話題にもなったが、それはそれ。

 パイセンが敏腕秘書モードで着ていたスーツは、昨日私のスーツと一緒に洗ってしまったこともあり、『それはもう絶対に着ないわよ!』などと言われてしまい、今は便利(虚無)空間の中である。

 

 ……そういうわけで、()()()などと言われてしまった私は、彼女の望み通りに別の服を用意した、というわけなのであります。……屁理屈?あーあーきこえなーい。

 まぁ一応?本人の別形態みたいなものなのも相まってか、嫌がってはいるものの、秘書服などと比べれば随分マシな感じではあるようだが。……代わりに奇抜な格好だな、みたいな視線は集まっているが、許容範囲内である。

 

 なお、アス()ちゃんは置いとくとして、パイセンまで『ごまかしバッジ』を使っていない理由は至って単純。亜希がこっちを見失う、という事態が発生したためである。

 

 

「石ころぼうしだっけ?あれみたいな感じというか……」*3

「まさか知り合いだけど一般人、みたいな人相手だと変なことになるとは思わなかったわね……」

 

 

 服装までバッチリ決めたことにより、とりあえずあからさまに変なやつ、という風に見られることはなくなっただろうが。

 今度は反対に、『芥ヒナコ』を知る人間には疑われるような姿になっていた、ということも事実なので、その辺りをごまかすためにバッジを使用しようという話になったのだけれど……。

 スイッチを入れた途端、亜希がこっちを無視して歩き始めたものだから大慌て。肩を掴めば流石に反応はしたものの、バッジの効果中はすぐにこちらから意識が切り離されたように、先に行ってしまう……という、ある種のホラー体験をする羽目になったのだった。

 

 それこそ亜希の言う通り、石ころぼうしでも被ったかのような気分になったというか。……はるかさん相手にはそんなことなかった辺り、戻ったら要検証である。

 

 まぁそんなこともあって、パイセンは今のところ『芥ヒナコのコスプレ』的な認識を隠せていない状態、ということになるわけで……。

 田舎なのでそこまでサブカルに精通している人間がいない、という点ではまだマシなのだろうけど、それでも白いコートの人間が目立つのも確かな話。

 結果、周囲からの視線を嫌ったパイセンが、こうして駄々を捏ねることとなった、というわけなのであった。

 ……いやまぁ、そんなに嫌なら普通の格好をして貰えればいいってだけの話、なんですけどね?

 

 

「なんで私が周囲に合わせなきゃいけないのよ、寧ろ周囲が私に合わせなさいよ、また虞美人差別?」

「あーはいはい。わかりましたから、さっさと中に入りましょう」

「ちょっと!?襟首持って引っ張るんじゃないわよ!」

 

「……うーん、流石お兄。相変わらずだわ」

「ほほう、その辺詳しく」

 

 

 パイセン的には現状で既に譲歩済みということもあり、議論は平行線。

 ……仕方ないので、無理矢理引き摺る形で、彼女を院内に連れ込むことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はい、前園です。……はい、父の面会で。こちらは親戚の方でして」

「この子の従姉妹(いとこ)です」

「なるほど、ではお静かにお願いしますね」

 

 

 受付で手続きをしたのち、亜希の背を追って階段を上がる私達。

 エレベーターが故障中らしく、仕方なしに階段を利用する羽目になったが……それが逆に功を奏したのか、道中患者や見舞いに来た人達と出会うことはなかった。

 

 

「まぁ、比較的軽い症状の人しか入院できないからね、ここ」

「田舎だから設備がボロいのよねー。大掛かりな手術とかはできないから、もっと市街地の方の病院に回されたりするし」

「そうそう」

「……田舎あるあるかなにか?」

 

 

 それもそのはず、この病院に入院しているのは、基本的にはちょっと体を捻っただけとかのような、比較的軽い症状の患者達ばかり。……言い方は悪いが、緊急性のない人に限られているため、わざわざ急勾配な階段を上り下りしてまで会いに行く必要がほとんどないのである。

 無論、完全に放ったらかしということはないだろうが……週に一度程度の面会でなんの問題もないし、そもそも患者の数自体が少ないので、必然院内の人の影自体も少なくなっているのだ。

 

 まぁ、少しでも重病化した途端に市内のもっと大きい病院に搬送されるということもあり、往来のしやすい下の階ほど人が多い、というのも間違いではないのだが。

 ……逆を言えば、ぎっくり腰のみのうちの父上殿は、屋上に近い部屋に押しやられている、ということでもある。変に動かれても困るので、上の階で大人しくしていてください、とでも言うか。

 それでいいのか院長、みたいな気分もなくはないが……田舎ならまともに稼働している病院がある、というだけで有難い話なので、文句は言えまい。

 

 

「そういうものなの?」

「ここはそこまで過疎地域、ってわけじゃないけど……そういうところならそもそも病院が開くのが毎日じゃない、なんてこともあるしね」*4

 

 

 周囲が畑や田んぼであることからわかる通り、この辺りはまだ活気のある方。

 これがもっと奥まった、例えば山の中の盆地にぽつりとある集落、みたいな感じになると、そもそも常勤の医師がいないので病院が毎日開いてない、なんてこともある。

 

 そう考えれば、例えボロくて壊れかけに見えなくもないこの病院も、毎日開いていて入院患者の受け入れがある、というだけで天国のようにも思えてくるではないか。

 ……いやまぁ、病院相手に『天国』って、褒め言葉なのかどうか迷うところだけれど。

 

 

「そういうこと言うのはいいけど、院長先生に聞かれないようにねー。凹むから、あの人」

「あー、変わんないねー。……っと、ここかな?」

 

 

 呆れたような含み笑いが亜希から返ってきたことに、こちらも笑みを返しつつ。最上階の一番奥の部屋、目的地にたどり着いたことで、改めて気合いを入れる私である。

 なにせ、ここからは父との対面である。……なし崩し的に母達にはバラしてしまったが、これ以上話が広まるのは宜しくない。

 

 無論、我が家族達の口が軽いなどとは思っていないが……それでも人の口には戸の立てられぬもの。

 特にここは田舎、噂が一瞬で広まってしまう場所である。気を付けすぎ、などということはありえまい。……いやまぁ、だったらバレんなよ、と言われるとぐうの音も出ないわけなのだけれど。

 

 ともかく、一つ深呼吸をして気を入れ直した私は、亜希がドアをノックして中の人に確認を取り、こちらに合図を送ってきたのを受け取って、そのまま彼女の後に続いて部屋の中へと入り──。

 

 

 

「──よく来たな、亜希。それからそちらは──ふむ。暫く見ない間に随分と姿が変わったな。……いめちぇん、というやつか?」

「あはは。…………バレてーら」

「ええ……」

 

 

 ベッドから身を起こしていた父が、こちらを視認した途端にその内情を(子細はどうあれ)察したことに、思わず天を仰ぐ羽目になるのだった。

 ……用意してた言い訳とか会話デッキとか、全部無駄になったんですがー!?

 

 

*1
『fate/grand_order』二部開幕の新オープニングに登場した、東洋系の建物に腰掛けて本を読む美少女……みたいなビジュアルで登場した芥ヒナコのこと。少なくともその容姿からは愉快な人物である、という気配は一切感じられない(初期マシュよりも濃いめの綾波系の空気すらあった)。……今?ご覧の通りですがなにか?

*2
『まごつく』とは、なにをしていいのかわからず、その場でうろうろすること。または、戸惑うこと、立ち止まること。基本的には『迷子になっている』状況のようなものに使われる。まごまごする、とも

*3
『ドラえもん』のひみつ道具の一つ。被ると道端の石ころのように気にされなくなる、というある種のステルス迷彩。なお、その実態はステルス迷彩どころか存在の抹消に近い隠蔽性を持ち、着用者が何をしようとも絶対に気付かれない、というレベル。それこそモノを壊そうが誰かを転ばせようが、それが着用者の仕業だとは絶対に思われない(どころか、そもそも着用者の存在が忘れ去られる)。機械類すら騙せるが、原理としては催眠波によるもの、らしい。なお、物理的に消えているわけではなく認識的に消えているだけなので、広範囲爆撃などで巻き込むこと自体は可能。その時に帽子が壊れなければ、死体すら気付かれない(死体に引っ掛かって転ぶかもしれないが、そこに死体があるなどとは思われない)

*4
田舎の中でも特に田舎、山中の集落や離島などでよく起こること。仮に医師が居たとしても、そもそも働いている医師自体が高齢なので毎日開けない、なんてパターンもある



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寡黙な人は大体うちになにかを秘めている

「ええと、なんでわかったので……?」

「なんでもなにも、自身の子供を見間違える親なんているはずがあるまい。──いや、随分と綺麗になったとは思ったが、な」

「ナチュラルに超人なとこ見せてくるのやめて貰えません?(真顔)」

 

 

 父に事情を説明しに病室に来たはずが、寧ろ一目見られただけで全てを看破された件。

 いやまぁ、正確には説明しに向かったんじゃなくて、あれこれとごまかすために向かった、というのが正解なんだけども。……結局バレてしまっているので、どっちでも似たようなもんである。

 

 そんな感じで父のいるベッドの横へと、壁際に置いてあった丸椅子を持ってきて座った私はと言えば、朗らかに笑う父になんとも言えない表情を向けることになっていたのだった。

 昔から色々と訳のわからない人であったが、暫く見てなくても結局訳のわからない人のままである。……なんだろう、魂の形でも見て判別してる*1、とかなんだろうか?

 

 

「うむ?いや、そう小難しいことではない。視線の動き、細やかな癖、呼吸の仕方……本人と照合できるものがそれだけ揃っていたからこそ、お前だと判別できただけのこと。その証拠に、最初の言葉はちょっとだけ半信半疑だっただろう?」*2

「普通は全部『疑』で埋め尽くされるものなんですよねぇ……」

 

 

 などというこちらの予想は、あっさりと否定されたのだが。……いや、そっちの方が怖くない?どんだけ細かいところ見てるのさ。そもそも性別変わってるんですけど?

 

 ともあれ、こうなってしまうと当初の予定は全て白紙となり、やれることと言えば普通に近況報告、ということになってしまう。

 ……いやまぁ、守秘義務もあることだし、あんまり詳しいことについては言えないけども。なので、語っても特に問題無さそうな話をチョイスして、会話に花を咲かせることとなる。

 

 

「……ふむ、それはまた、随分と大掛かりなことになっているのだな」

「全部纏めて病気って扱いになるのも、なんというか仕方のない話っていうか。原因もまだよくわからってないから、ある日突然巻き込まれる……なんてことになってもおかしくないし」

「それは確かに……ちょっと恐ろしいな」

 

 

 ところで、基本的に父は相手の話を聞く側の人である。

 さっきの異様なまでの洞察力は、一連の会話の中で相手がなにを一番主張したいのか?……みたいなところを察するのに使われているため、結果としてこちらは()()()()()()()()()()()()()()()、という形になることが多いのだが……。

 

 

「なるほど。ではこうすれば良いのではないか?」

「え、もうなにか思い付いたの?……うわ、相変わらず話してないところまで網羅してる……」

 

 

 その『好き勝手語っている』情報の中から、必要な部分をピックアップし、それに対しての勘案を行う……なんてこともさらっとやって来るということを、差し出されたメモを見て改めて思い知らされることとなるのだった。

 一を言えば十で返ってくる*3というか、こちらの会話の起こりの時点で既に着地点を見据えているというか……とにかく、話が早いのが聞き手となった時の父の特徴だ。

 

 仕事でも補佐役が多いとか聞いたことがあるけれど、そりゃそうなるよね、みたいな。……っていうか、下手な創作より創作めいたスペックをしていらっしゃいますよね父上殿?

 ……みたいなこちらのツッコミには、大抵不敵な笑みを返されることとなるのでした。

 なんやこのイケオジ、とてもじゃないがゆかりんには見せられねぇな!(おじ様趣味的な意味で)

 

 

「……む、今誰かがくしゃみをしたような……?」

「空間遮断っ!!」

「ぬ?突然大声を出してどうした?」

「ちょっと知り合いの揶揄を閉め出しましたっ!」

「ふむ?……よく分からないが、普段大人しいお前がそれだけの大声を出したのだ、まぁ必要なことだったのだろうな」

(普段は大人しい……?こいつが……?)

「……なんですかパイセン、その疑わしげな眼差しは」

 

 

 なお、父が『どこからか見られているような気配を感じる』とかなんとか言っていたことにより、思わず能力を使ってしまう事態になってしまったわけだが……しゃーない、相手がゆかりんなら必要経費(趣味はあくまで自身の従者に向けて貰う)、ということで……。

 私の目の保養がー!……的な声が聞こえた気がしたが、華麗にスルーする私なのであった。……監視に託つけて趣味を完遂しようとするんじゃありません。

 

 あとパイセン、そこで疑わしげにこっちを見るんじゃありません。

 一応言っときますが、素の俺は物静かな文学青年なんですよ?……ホントですよ?

 

 なお、原作だとゆかりんと同じくおじ様趣味のあるアス()ちゃんはと言えば、この姿ではそういうのに興味はないということなのか、普通に父に遊んで貰ってキャッキャと喜んでいたのだった。*4

 ……珍しく普通の子供みたいな行動!

 

 

 

 

 

 

 はてさて、長話をするのにも次第に話題が減ってきたため、そろそろお暇しようかと言う話になったわけなのだが。

 

 

「そういえば、いつ頃退院なの父さん?見た感じ、腰をやったって言う割にはわりと元気そうだけど」

「無論、見たままだ。腰をやったと言っても、所詮は軽く捻った程度。大事を見て休養を取ったというだけで、退院自体はもうすぐのことだろう」

「なるほど……?」

 

 

 アスカちゃんがすっかり懐いてしまっているが、その仮定で思いっきり高い高い(天井近くまで放る、などのわりと負担の掛かりそうな行動多数)とかしていたので大丈夫なのか?……みたいな感想が出てくるのは仕方のない話でありまして。

 

 なのでその辺りのことを尋ねて見たわけなのだけれど、どうにも危篤云々の話は、こちらに帰ってこいと告げるための口実以外の何物でもなかった……ということを改めて聞かされる形になるのだった。

 ……まぁ、傍目には元気そうに見えるけど、父がそれなりの年齢であるということは間違いないし。

 今までは大丈夫だった動きで腰を痛めてしまった、という事実を重く見て入院を選択する……というのも、別におかしな話ではあるまい。

 ……ただ、一つ言わせて貰えるとすれば。

 

 

「便りがないのは良い便り*5、みたいなことしてた私が言うのもなんだけど……心配させないでくれよ、父さん」

「……うむ、その辺りはお相子様、ということだな」

 

 

 一切心配をしなかったのか、と言われればノー。

 仲が良くなかったというのも、元を辿れば俺の方が父に気後れしていた、というところの方が大きい。……本当の意味で家族仲が拗れている楯とかに比べれば、随分と恵まれている環境だというのは間違いではないだろう。

 ゆえに──こうして半ば騙すような形でこちらに連絡を入れてきたということに対して、両親に少々怒りが沸いている部分、というのも無くはないのだ。

 

 ……まぁ、その点に関しては今父が言った通り、お相子様なところもなくはないのだけれど。

 実家を出てからは家に連絡を入れるなんてこと、ほとんどしてこなかった人間なので、私。

 

 ……というようなことを白状したところ、パイセンからはジト目を向けられることとなったわけなのだが……。

 

 

「この姿になって、ちょっと冷静に自分を見れるようになったというか。……親へのコンプレックスなんて、俺のそれはちっぽけなものだったというか……」

「……まぁ、私が口を挟むのも筋違いだし、特に追求するつもりもないけど」

 

 

 今こうして冷静に語っていられるのも、今の私が昔の俺よりも冷静に物事を見ていられるから、というところが大きい。

 

 昔の俺のままだったら、父とここまで静かに語り合う、なんてことはできなかっただろう。……わりと反抗期のままだったし。

 ……と言った感じの心情を吐露することにより、一定の理解を得られることとなるのだった。

 

 

「……そうだな。まぁ、言うべきことは色々あるのだろうが……とりあえずはすまん、からか」

「……そうだね。こっちも、ごめん」

 

 

 時間が解決するもの、というものもある。

 この場合は、単純な時間経過というわけではないけれど……それでも、こうして和解できたのであれば、それはそれで喜ばしいことだろう。

 苦笑いと共に、互いに謝罪を送りあって。

 

 

「おおい、(きょう)。見舞いに来てや……どちら様?」

「…………」

 

 

 さてどうしようか、とここからどうするかを考えようとして。

 病室の入り口からひょっこりと顔を覗かせた男性の姿に、思わず顔色を消すことになる私と父なのであった。

 

 パイセンとアス()ちゃんは、よく分からないとばかりに首を傾げているが……亜希だけは、彼が誰なのかを知っているために愛想笑いを浮かべている。

 

 

「……お邪魔しております。私はこういうものでして」

「ふーん?……なるほどなるほど、またやけに綺麗な子だなぁ。……あっ、もしかして京のやつも息子がどうとか言ってたから、そっち関係で?」

「まぁ、はい。息子さんにご連絡を頂きましたので、確認のために」

 

 

 とりあえず礼儀として挨拶をしたものの……持っていた名刺が偽装用のモノであったこともあり、そこに書かれた肩書きからなんとなく事情を察せられた様子。

 ……なんでどいつもこいつも洞察力高いのだろう。

 若干の苦味を隠しつつ、私もまた愛想笑いを浮かべながら、相手との会話を続けていく。

 

 突然現れた、この人物。……彼こそが、楯の父親であるということは──わざわざ口に出さずとも、わかる人にはわかるかもしれない。

 

 

「うちの()にも連絡とかしたら、同じように説明に来てくれるのかな?」

「そこまではなんとも。担当が違いますので」

「そっかー。……まぁ、元気で暮らしていてくれるんならいいんだけどねぇ」

 

 

 普通に会話する私達に対し、パイセンからの視線が『どういうことなのか』とでも聞きたげなものになっているが……どうか今は、それに触れずに待っていて貰いたい。

 微妙に胃の痛くなるような会話を続けながら、思わず天を仰ぎたくなってくる私なのであった……。

 

 

*1
数々の作品でよく言われるもの。例え姿形が変わろうとも、魂が変わっていなければ判別することができる……などという論調が罷り通っている。現実に魂を観測できた例はない為、基本的にはオカルト系の話

*2
『三つ子の魂百まで』というように、本人の気付かない癖というものは意外と多い、ということ。また、『全ての不可能を消去した結果、最後に残ったものが如何に奇妙なものであっても、それは真実である』というシャーロック・ホームズの言葉があるように、事実を照合した結果得られた解は、それがどれだけ荒唐無稽であっても一定の信憑性を持つモノである、ということも合わせて述べている形となる

*3
『一を聞いて十を知る』のもじり。とても察しの良いことを指す言葉で、この場合は相手の話を理解する能力が高い、ということでもある

*4
神楽坂明日菜は最初からおじ様趣味、というわけではなかったという話。記憶の封印などによって身近な保護者(タカミチ)に傾倒して行った、みたいな感じか

*5
人は平穏無事な時にはわざわざ手紙を書くことはしないだろう……ということから、連絡がないのであれば、相手は元気でやっているのだろう、とする例え話の一つ。無論、手紙を出すような余裕のない状況、という場合もある為絶対に無事、という保証にはならない




次からは幕間に移ります。


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幕間・衣替えって意外と難しい

 なりきり郷の内部の気温が、ある程度制御されている……みたいな話は、いつぞやかにもしたことがあると思う。

 

 春頃はどことなくぽかぽかとしていて、軒先で居眠りでもしたくなるような陽気になっていることがほとんどだし。

 夏頃は日差しが強く、ともすれば日焼けをしそうなほどのそれに、どこか涼しげな場所で休みたくなるよう気分になってくるし。

 秋頃は落ち葉を集めて焼き芋してみたくなるし*1、冬頃であれば寒さで吐く息が白くなったりもするし*2……みたいな感じに、その気温は季節に見合ったモノとして、厳密・もしくは()()()()調節されている。

 

 

「……って話を、上条さんはここに来た当初に説明されたはず……だと思っていたんですけどねぇ?」

「ははは、その通り。原則、この施設内における各階層の環境って言うのは、自然な四季を迎えられるように調整されている……というのは、紛れもない事実だよ」

「……じゃあなんで、この秋も深まろうかという九月も終わり頃、まるで夏頃かのように、空からの日差しが燦々と照り付けて来ているわけなんでせうか!?」

「ふむ、実におかしなことを聞くな、君は。──そんなこと、私が知るはずがないだろう?」

「なんでだよ!基本的には一通り説明できるぞ、って言ってたじゃねーか!」

「ははは、どこぞの正しさの権化の言ではないが、なんでも(基本以外)は無理ってことさ。八つ当たりはよくないぞ、カミジョー」*3

「秋口だから長袖の方が作業しやすいぞ、って指示をまともに守った結果の愚痴なんだから、こっちとしては真面目に聞いてほしいところなんですけどねぇなんですよなんだってばよの三段活用!!」

「呼んだってばよ?」

 

 

 ……なにこれ?

 そんな疑問を脳裏というキャンパスに描く今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 私は今、ラットハウスの軒先で謎のコント?的なものを行っている上条さんとライネス達を眺めている最中なのでした。

 

 なんでこんなわけのわからないことになったのか?

 それはそう、とある人物の一言がきっかけとなるものなのでした。

 ……と、言うわけで。ほわんほわんきりきり(回想行ってみよ)~。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、もみじ狩り?」

「そうそう、もみじ狩り。この時期大変なのよー」

 

 

 ちょっとした出張的なモノから戻ってきた私が、いつものごとくゆかりんルームでだらだらしていた時のこと。

 ゆかりんがチラシと共に話題に出したのは、そんな──一()すればなんの変哲もない言葉なのであった。

 

 もみじ狩りと言えば、秋頃に紅葉によって鮮やかな色が付いた木々を見て楽しむ、というとても穏やかな行事のはず。

 少なくとも、ゆかりんがちょっとシリアス入ったような表情で話すものでは、決してないはずなのだが……?

 というか仮に物騒な話だとすると、去年の今頃にその辺りの話をされてなければおかしい、となるわけなのだし。

 

 

「あー、うん。だって去年の貴方は、エリちゃんとダンテ君に付きっきりでハードラックしてたでしょ?」

「ハードラックって……ええと、その口ぶりだと面倒ごと区分になるの?もみじ狩りって」

 

 

 ……などという私の言葉は、去年の貴方は別の用事に掛かりきりだったでしょ、という発言によってひっくり返されることに。

 いやまぁ、確かにこの時期はみんな大好き(震え声)ハロウィンの時期。

 エリちゃんがこの組織に所属している以上は、トラブルがやって来るのはもはや確約されたようなもの……というのは、確かな話なのだけれども。

 

 

「ちょっと子ネコぉ?私は別に、トラブルを呼び込みたくて呼び込んでる……ってわけじゃないんだけど?」

「えー?ホントにござるかぁ~?」

「イラつくわねその顔と言葉……刺すわよ?」

刺したあとに言う(事後承諾する)の止めない?」*4

 

 

 いやまぁ、刺されたと言ってもフォークでサクッ、って感じだけどさ?

 

 時期が時期(ハッピーハロウィーン)なだけに、トラブルを引き込むことが予めわかっているようなものであるエリちゃんは、今回はゆかりん直々に監視が行われることに決まっており、こうして当日とかの動きの確認のため、私の隣の席でケーキに舌鼓を打っていたのでした。

 で、突き刺していたケーキを口に放り込んだあと、そのフォークで私の額を刺した(ぐさぁーっ)*5、というわけである。……刺したと言っても、別に宝具とかじゃないよ?

 

 

「仮に私のマイク()で刺したとしても、大したダメージにはならないような気もするんだけど?」

「そいつは買い被りすぎだよエリちゃん。私だって色々と傷付くんだぜ?」

「さて、どうだか。……って、いやいやそうじゃなくて。別に私も貴方を進んでぶっ刺したい、ってわけじゃないんだから、その辺りの話は広げなくてもいいのよっ」

 

 

 なお、エリちゃんからは殺しても死ななさそう、みたいな評を頂くこととなった。……その言い方だと、私が数千万本単位で刈り取られそうな気がするので止めて貰えません?*6

 

 ……『かり(刈り/狩り)』繋がりで話を戻して。

 ゆかりんが唸り声をあげるもみじ狩り、どうにも言葉通りのモノだとは思えない、というのは確かな話。

 なので、改めて行事の内容について尋ねたのだけれど……。

 

 

「……めっちゃ規模の大きいお祭り?」

「そうそう」

 

 

 彼女から返ってきたのは、このもみじ狩りには色々な行事が複合されているのだ、ということだった。

 具体的には、『なりきり郷設立記念祭』『新人歓迎会』『なりきり秋のパン祭り』などなど。……なんか一個変なの混ざってない?*7

 

 まぁともかく、この時期に重なってくる色んな催し物を、一度に纏めて大きな祭りにしてしまったもの。それこそが、通称もみじ狩りなのだそうだ。

 

 

「……そういえば、元の掲示板の設立記念祭も十月だったわね」

「去年は神在月だのなんだののせいで、まともなことにならなかったけど……今年は違うわよ!」

「おお、ゆかりんが燃えている……」

 

 

 で、去年の十月~十一月はエリちゃんによるハロウィン侵食により、色々と予定が潰れたり変更になったりしたため、今年こそはまともに祭りを成功させたい、ということで各所が燃えているのだとかなんとか。

 ……その一貫がエリちゃんの監視強化な辺り、なんというか彼女の影響の強さを思い知らざるを得ないわけだけど。もう素直に時期ずらした方がいいんじゃない?

 

 

「そうはいかないわよ!今年は他所様(互助会)も呼び込んでの大掛かりな祭りになる予定なんだから、ハロウィンの魔物程度には負けてられないのよ……!」

「魔物て」

「私が言うのもなんだけど、ハロウィンをなんだと思ってるのよ貴方達……」

 

 

 なんてこちらの提案は、即刻却下。

 こっそり耳打ちしてくれたジェレミアさんによれば、去年が細々としたモノになってしまったこともあり、関係者が大幅に増えた今年はとかく大掛かりなモノにする予定なのだそうで。

 そうなれば暫定トップ、もといスレ主のゆかりんのこと、はりくりまくりの空回りしまくりだとかなんとか。……大丈夫かなー、これ。

 あとエリちゃん、それは本当に君が言うことじゃないと思います。*8

 

 行事成功のため、燃えに燃えるゆかりん。

 その姿を見た私は、これはろくなことにならないぞー、とため息を吐くことになるのでありました。

 

 

 

 

 

 

「一昨年はまだ私一人だったし、去年は色々と都合が合わなかった。……が、今年の我がラットハウスを見たまえ、戦力充実強大無比、買ったも同然だと思わないかい?」

「寧ろ一昨年はライネス一人だった、ってことの方が驚きなんだけど?」

「ぴか、ぴかぴかぴ」*9

 

 

 時間は現代に戻りまして。

 このもみじ狩り、性質としては高校などの学園祭に近いものがあるのだそうで、住民達が様々な催し物や出店などを開くことになっており、事情を知る関係者なども外から招いて、約一月間に渡るお祭り騒ぎに終始するのだとか。

 その間普通の仕事とかどうすんねん、という感じだが……そこら辺も人員を分けて対応するのだそうで。

 ……とにかく、万事全てが祭りに直結する、みたいなのが本来のこの場所でのもみじ狩り、ということになるらしい。

 

 ある意味ではなりきりとしての面目躍如、ってことになるのだろうか?……まぁ、普段からお祭りみたいなもんやろ、と言われるとぐうの音もでないのだけれど。

 

 話を戻して。

 そのお祭り騒ぎを目前にして、各所がやらなければならないこと。それこそ、自分達のホームベースとでも言うべき場所の、大掃除である。

 

 

「外からの来賓も迎える以上、年末の大掃除並みに重要なんだよ」

「それはまぁ、わかるけどだな……やっぱりこの日差しはおかしいって、めっちゃくちゃ暑いんだけど……」

 

 

 何度も言うように、このお祭り騒ぎは外部からのお客さんもいつもより多く見えるもの。

 ゆえに、いつもより念を入れて掃除をして、いつもより念を入れて催し物をしていかなければならない……ということになるらしく。

 

 移動屋台ってこういう時手入れが楽だよねー、みたいなことを言いながら、ホースから水を出して車体を磨くヘスティア様とエウロペ様……なんていう、世にも不思議なものを見掛ける機会に恵まれたりしたわけである。

 ……この暑さもあって服装は水着だったが、あれははたして公衆の面前に出しても良いものだったのだろうか……?

 

 ともかく、掃除が大事、ということに相違はなく。

 ゆえに私達も、ライネスからの召集を受けてラットハウスの大掃除に駆けつけた、というわけなのであった。

 ……あったのだが、問題が一つ。上条君が言ってる通り、ヘスティア様達の服装から分かる通り、秋口だというのに暑いのである。

 いやまぁ、流石に真夏真っ盛り、というわけではないのだが……ほこりを警戒して長袖を着てきたら、暑さで汗が滲んでくる程度には暑い、ということには間違いなく。

 

 

「何故こんなに暑いのでしょうか……?」

「基本的には例年の気温を元に気温を決めてるらしいけど、外との温度差が激しいからちょっと調節した、みたいな話をゆかりんから聞かされたような……?」

「ゆかりちゃんなにやってるのー!?」

 

 

 まぁ、性格には現場からそういう報告が上がっているわね、ってゆかりんが言っていただけであって、ゆかりんが調節しているわけではないけれど。

 両手を上げて「もー!」と怒るココアちゃんに微笑ましげな視線を向けつつ、こうしてぐだぐだな感じにラットハウス大掃除作戦が始まったのであった……。

 

 

*1
なお、場所によっては焚き火自体が禁止されている場所もある。なので、最近の子はもしかしたら、落ち葉を焼いて作る焼き芋、というものがピンとこない、なんて可能性もあるかもしれない

*2
吐く息が白くなるのは、暖かい息が冷やされて水蒸気から水滴に変化している為。なので、実は身近に見える雲みたいなもの、と解釈することができる。またそれゆえに、南極などの空気中に塵の少ない環境では、吐いた息はほとんど白くならない(水蒸気が水滴になる為には、空気中の塵に付着する必要性もあるので)

*3
『何でもは知らないわよ。知ってることだけ』は、『物語シリーズ』のキャラクター、羽川翼の台詞。至って普通の委員長、みたいな少女。しかしてその実態は、『完全に正しい』普通な異常。内面を知らない内に接すると、基本的に彼女の正しさに焼かれることになるタイプの善性を持つ人

*4
『事後承諾』とは、言葉の通り何かしらの行為に対して、それを終わらせたあと、ないしやっている最中などに承諾を取ろうとすること。既に作業を初めてしまっている、という事実を盾に承諾を迫る、ある意味とても卑怯な行為

*5
『ぐさぁーっ!』は、『アイドルマスター シンデレラガールズ』の用語。縫い棒を同作のマスコット(?)ぴにゃこら太に突き刺そうと()()喜多見柚が発したもの。した、というように実際は刺していないが、ネタとして使われる時には思いっきり刺しているものが多い

*6
『殺したかっただけで死んでほしくはなかった』は、『fate/grand_order』のプレイヤーの一人が、とある場所で発した台詞であり、周囲に共感を生んだ狂気の台詞。レイドイベントのような『細かい戦闘を繰り返して総数を削る』時に、『細かい戦闘は幾らでもやりたいが、総数という限界があるのは嫌だ』みたいな感じで認識すると近いか。なおぐだぐだ言わずに『素材が欲しいが売り切れは嫌』と認識するのでも可。なんにせよ、相手を骨の髄まで貪り尽くそうとしていることは間違いない

*7
ネーミングは『ヤマザキ春のパン祭り』から。ポイントを集めるとお皿などが貰えるぞ

*8
Q.ハロウィンってなに?A.エリザベート()が増える日

*9
一応、俺もいたけどなー



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幕間・季節外れの大掃除は宝の山

「台所が一番大変かなー、って思ってこっちに来たんだけど……見た限りここが一番問題無さそうですね……」

 

 

 大掃除開始の合図と共に、とりあえず私は建物内に舞い戻ったわけなのだけれど……それは別に外の日差しから逃れるため、というわけではないのであしからず。

 普通であれば日々の様々な調理の結果として、油汚れとかが一番凄いことになるのが厨房の常なのだから、こうして店の中に戻るのは本来とても理に叶った行動、ってことで別におかしくないのだ。……うん、本来なら。*1

 

 

なに、気にすることはない(川´_ゝ`))。汚れというものもまた、日々の積み重ねによってこびりついていくもの。ゆえに、毎日適切な処理を続けていれば、溜まる汚れというのも最小限に抑えられるものなのだからね」

「それを意識してできる人が、はたして何人いることやら……まぁでも、流石ですねウッドロウさん」

「なに、昔取った杵柄……みたいなものさ」*2

 

 

 が、それはあくまでも普通の厨房についての話。

 このラットハウスの厨房を任されているのは──一昔前ならば人員足らずで、ライネスが受け持っていたのだが。今年に入ってからは優秀なコックとして、ご覧の通りウッドロウさんが加入している。

 そのおかげということなのか、厨房内には油汚れどころか、調理によって発生した食材の小さなカスすらほとんど落ちていない……というよりも、ぶっちゃけ新品レベルの綺麗な状態に保たれている、というのが真実なのだった。

 これが王族の仕事か……?(褒め言葉)

 

 一応高貴な身分のはずの彼に、ここまで完璧な管理をさせるのはどうなのだろう?みたいな気分が沸き上がってくるわけだけど……聞けば好きでやっていることなので問題ない(なに、気にすることはない)、とのこと。

 ……それ、別に魔法の言葉とか、そういう類いのものではないはずなんですけどね……?

 

 まぁ、特段労力を必要としないのであれば、それはそれでいい。

 仕事が一つ減ったところで、やるべきことがなくなるなんてこともないのだし。

 

 

「……で?こうして店の表に逆戻りしてきた、と?」

「まぁ、外観の掃除の方も、結構大変そうな感じだったし」

 

 

 そんなわけで、厨房の掃除に関してはそのままウッドロウさんに任せ、おめおめと外へと戻ることになる私なのであった。

 

 ……いやまぁ?外からの窓拭きとか、壁の汚れ落としとか。そういうの、空を飛べる私が手伝った方が早いし?*3

 みたいなことを述べたところ、外で掃除の監督をしていたライネスは確かに、と一つ頷きを返してくるのでしたとさ。

 ……ニヤニヤ笑い付きの頷きなんで、若干こっちを揶揄する意図もあるのだろうけど。勇み足で中に入った癖に戻ってきてやんの、ぷぷぷー!……みたいな?

 

 

「流石にそんな品のない笑いは浮かべないがね。……ともあれ、掃除は上から*4とも言うことだし、折角だから屋根の方から掃き掃除でもして貰うとするかな?」

「へいへーい。……ところで、魔法とか使ってホコリも汚れも吹っ飛ばす、っていうのは……」

「周囲の店からキレられることを許容できるのであれば、別にやってみてもいいが?」

「……やめときまーす」

「懸命な判断だね」

 

 

 で、そうして空を飛べる私が頼まれたのは、掃除の基本である『上から下』──すなわち普段は放置されている屋根の上の汚れやホコリを、下へと落とすことなのであった。

 なので、折角だから箒に跨がって上まで飛んで行こうか、なんてことを考えていた私は、そういえば魔法で雨とか風とか起こして、汚れやホコリを全部流せば楽なのでは?……みたいなズルを思い付いたわけなのでございます。

 

 ……まぁ、ライネスの発言によってラットハウスの周辺──他の店やら家やらの住人達が、こちらをニコニコと見つめている(威嚇している)ことに気付いて、きっぱりと諦めることになるんだけども。

 流石に宿儺君とか波旬君とかに笑顔で見つめられては、私も肝を冷やすってもんでね?

 

 楽って中々できないものだなぁ……なんて風に一つ息を吐いて、そのまま箒に跨がって屋根の上までひとっ飛びする私。

 ……魔女系のキャラを名乗るのであれば、やっぱり箒で飛ぶってのは定番中の定番、だよねぇ。

 

 

「ですよねぇ。やっぱりこう、箒で飛ぶっていうのはなんだかいいですよねぇ」

「ねー。──そっちみたいに魔女帽とローブってデフォ衣装を合わせるとなお完璧、みたいな?」

「いいですねぇ。……あー、でもこの格好だと、掃除とかの動き回る作業には向いていないんですよねぇ」

「んー……一応ローブって、元々は汚れから中の服を守るためのもの、だったような……?」

 

 

 みたいなことを考えながら飛んだ結果、屋根の上で同じようなことを考えていたらしい、どこぞの魔女さんと言葉を交わすことになったのである。

 

 ……うん、多分某『私です』の人、イレイナさんだと思われるわけなのだけれど。

 どうにもアニメ版、かつ美化された部分で構成(【継ぎ接ぎ】)されたキャラになっていらっしゃるようで。*5

 

 

「なんと言えばいいのでしょうか。こう……我が事ながら蕁麻疹が走る、みたいな?私、そんなに清廉潔白でもなくないですか?……みたいな」

「私は話半分にしか聞いたことないけど……原作だとわりと毒舌腹黒自己中心的キャラ、なんだっけ?」

「そうそう、そうなんです。まぁ、どっちでも美少女である、ということは変わらないんですが」

「アニメ版はいい意味でキノみたいなもの、ってやつですかねー」

「あー、キノ。確かに、旅人特有の価値観とかは、彼女の影響とか合ってもおかしくないのかも?」*6

 

 

 こくこくと頷く彼女は、どうにも自分の存在に違和感マックスらしく。……首を捻りながら、魔法ですいすいと屋根の上のホコリを集めていたのだった。

 

 まぁ、どこぞのお兄様もアニメ化では微妙にキャラが矯正されていたみたいだし、ラノベとかなろう系がアニメ化する際にはよくあること、なのだろう。*7

 実際、文字なら読み飛ばせる描写も、映像付きでやられるとくどさが悪目立ちしたりするみたいだし。

 

 そんな感じに、あんまり気にしても仕方ないですよーと声をかけ、彼女の真似をしてホコリを風で一纏めにする私である。

 いや、吹っ飛ばすのはあれだけど、一所(ひとところ)に纏めるんなら問題はない、っていうね?

 

 

「……目の前で自分より高度なことをやられると、ちょっと凹むんですけど?」

「それはもう、私チートキャラですので。目に余るようであれば、視界から外して無視しておくのがおすすめですよ?全うに取り合うとストレス値稼ぎまくりですし」

「それご自分で仰います?」

 

 

 なお、自身の技術をあっさりと真似したことに、イレイナさんはどことなくおかんむりな感じなのだった。

 

 なので、あくまで効率化に比重を寄せているので、他の人でも教えれば真似はできると思う……みたいなことを呟けば、耳聡くそれを聞いていた彼女は『私にも教えて下さいません?』と声を掛けてくるのだった。

 だから、このあと滅茶苦茶練習した。*8

 

 

 

 

 

 

「汚れやホコリを圧縮した結果、ゴミ箱に入るくらいの大きさになった件」

「纏めすぎ……ってわけではないか。所詮は塵が積もって塊になった程度、ここでは黄砂が飛んでくるなんてこともないのだし、汚れとしてはそれなりと言うべきか」

 

 

 数分後、屋根の隅々まで風と水を使って汚れやホコリを集めた私は、そのごみをやりすぎにならない程度に圧縮して下に持ち帰っていた。

 イレイナさんに関しては、上で別れを済ませたので今は付近にはいない。

 

 

「旅系のキャラか。どこぞのモトラド*9乗りならば、やはり三日ルールでここを出ていくのかね?」

「だろうねぇ。……もしくは、ここが千階層分あるから、それを一つずつ巡っていく……なんてことになるかもしれないけど」

「そっちの方が、管理者側としては楽だろうけどねぇ」

 

 

 図らずもイレイナさんが話題に挙がったため、恐らくはそういう旅系作品の走りだと思われる、どこぞのモトラド乗りを思い出すこととなる私達。

 今のところ彼女がここにいる、みたいな話を聞いた覚えはないが……もし仮にいたのであれば、彼女のような旅人の管理には上が悩むことになる、というのはなんとなく想像できてしまう。

 

 特に彼女は根無し草、意識して一所に留まらないことを(滞在は三日までと)決めているため、そんな彼女の舵を取るのはとても苦労しそうだ。

 ……まぁ、スピンオフ版の方が大変そう、というのも確かな話なのだが。あっちはfateで言うところのユニヴァース枠だし。*10

 

 

「ところで気になるのだけれど、彼女が仮に現れるのであれば、やはり突然後書きが始まる、なんて怪現象が起こったりするのだろうか?」*11

「後書きの国?……んー、どうだろう。あの作品の後書きへの意欲には目を見張るものがあるけど、実体化したり他所で語られた時まで、本家の法則が侵食してくるとは……いやどうだろ、わからんな……」

 

 

 で、思わず話は弾み、話題に挙がるのは彼女の作品には付き物……って言い方はおかしいが、特に作者が情熱を注いでいた『後書き』についての話。

 作品の丁度中頃になる辺りに置いてみたり、先に書いてみたり、カバー裏にいたり……とまぁ、そのバリエーションには事欠かなかったわけだが。

 

 もし仮に彼女──キノがこの世界にいたのなら、その辺りの法則も連れてくるのか否か。

 それは、なりきり達全てに繋がる命題のようなものでもあり、少し判断に困ってしまう私達なのであった。

 

 

「……せんぱい?」

「んー?なんだいマシュ、私達は後書きとはどんな場所に合っても後書きなのか、はたまた後書きとは()()()()()()()()()()()であり、それ以外を論ずるのはナンセンスなのか否かを討論しようとしているんだけど……」

「いいから、掃除してください」

「……はい」

 

 

 ……なお、実際にはどうでもいいことをぐだぐだ話し続けることで、仕事をサボっているのだとマシュには見抜かれてしまったため、二人してこってり絞られることになるのだった。

 ち、違う!クリボー(キノ)が勝手に!

 

 

「そのうちパースエイダー*12で脳天ぶち抜かれそうだねぇ」

「痛いのは嫌だなぁ」

「せーんーぱーいー?」

「はーい、マシュも不安よね。キーア 動きます」*13

「最初からそうしてください……」

 

 

 まぁ、あまりにも適当言いすぎ、ということは私も自覚していたので、そのあと無茶苦茶真面目に掃除したのだが。

 でもここでふざけてないと、最近のシリアス分を中和できない予感ががが。

 

 ……なんて私の主張は、マシュには暖簾に腕押しなのでありました。

 

 

*1
特に換気扇はとても酷いことになる。年末の大掃除の時に、酷い油汚れに悩まされることも多いだろう

*2
言うは易く行うは難し。いわゆる理想論であり、毎日ちゃんと片付けていれば大きな問題には発展しない……という考え方だが、毎日が()()()()()()()()()()()。時間的余裕・精神的余裕・肉体的余裕といったモノが日々変動することは避けられず、ゆえに毎日同じ作業をできるかどうか、というのはその作業の負担の如何によると言っても過言ではない

*3
高所作業の面倒臭さは言うに及ばない、ということ。フォークリフトを脚立代わりに使う人間がいるのも、大本を辿ると『高所作業の為の準備や安全確認など、本来行うべきことが多すぎる(要するにめんどくさい)』ことによるモノであるというのが大半である。無論、これらには更に『高所からの落下によっての死亡率というのは、意外と低い。それは、()()()()()()()()()()死なないから』と言ったような、別種の理由によって勝手に肯定されたりしている。──つまりは『事故は滅多に起きない』を理由にして、なあなあに済ませてしまっている……ということ。いわゆる現場猫案件、ということだ。……それはそれとして、もし空中での落下を気にする必要がなくなったとすれば、高所作業が飛躍的に楽なものになるというのは言うまでもないことだろう。今までなあなあに済ませていたものを、確たる理由で本当に省略できるようになるのだから

*4
一般的な地球環境において、物は上から下に落ちる、と認識しても間違いではない。なので、人が気付かないうちに色んなごみが見えない上の方に貯まっている、というのはよくあること。特にカーテンのサッシなどは、意外とホコリっぽくなっていることが多い。なので、上の方にあるホコリや汚れを先に落とさないと、それらが下に落ちてきて折角綺麗にした場所を汚してしまうかもしれないぞ、ということ

*5
『魔女の旅々』の主人公、イレイナのこと。異名は『灰の魔女』。原作の内面描写や一部の所業が省略されたアニメ版から受ける印象のまま、元の彼女を見ると恐らくは驚くことになると思われる。まぁ、完全に美化されているのかと言われれば違うのだろうが。似たようなことになっているキャラクターに、『魔法科高校の劣等生』の主人公・司波達也が存在し、そちらも原作での内面描写等が省略された結果、いわゆる俗な部分が見えなくなったりしている

*6
『キノの旅』シリーズの主人公、キノのこと。国々を旅する人物であり、死生感はわりとシビア。ただ、情によって動く部分もなくはない……と、旅人主人公としてはスタンダードな感じ

*7
逆に、原作では一行しかないような描写が、他の媒体では描写もりもりになっていることもある

*8
元ネタは『このあと滅茶苦茶セックスした』。別にR18作品の台詞というわけではなく、とある人物がネットで発したことで『このシチュエーションはいいね』みたいな感じで広がったのだとされる。どんな作品でも文末に付け加えるだけで『そんな感じ』を匂わせられる、ある意味伝家の宝刀。使いやすいのか、『セックス』の部分を他のモノにされることも

*9
二輪車。空を飛ばないものだけを指す

*10
『学園キノ』のこと。いわゆるスターシステムだが、原作とはキャラも作風も全然違う

*11
『キノの旅』シリーズの作者、時雨沢恵一氏は『後書き』というものに並々ならぬ情熱を持つ人物として有名である。……文中に挟まるのは、もはや中書きなのでは?

*12
『キノの旅』における銃器の名称。由来はフランス語での『説得者(persuader)

*13
『〇〇は不安よな。××、動きます』は、芸人松本人志氏がネットで発した言葉を元ネタとする言葉。不安な相手に対してその不安を取り除くような、かっこいい台詞……かどうかは、その時の状況による



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幕間・準備にてんやわんやでも当日になればもはや楽しいだけ

「とりあえず一通り掃除も終わったわけだし、ここからは祭りで出すメニューでも考えることにしようか?」

「だねー。……だけどその前に休ませてー!私もうくたくただよー!」

「なるほど。では、これを食べるといい」

「わぁ、ウッドロウさんのおやつだー!」

 

 

 ラットハウスを綺麗にする作業も終わりを見せ、とりあえず休憩しようということで中に戻った私達。

 店の中では冷たいスイーツを用意したウッドロウさんが、こちらの帰りを密かに待っていてくれたのであった。……外が暑かったこともあり、とてもありがたい話である。

 

 で、そのよく冷えたプリンアラモードに舌鼓を打ちながら、次にすべきこと──祭りで出すものの検討のために、ライネスが声をあげたのだった。

 

 

「といっても、ラットハウスは飲食店なのですから、出すものも自然と料理に絞られるのでは?」

「そりゃそうだけど……なんというかこう、それだけだとインパクトってもんが足りないだろう?最近は客足も増えたとはいえ、うちがそこまで規模の大きな店ではないというのは事実なんだ」

「……なるほど?だからなにか一つ、目立つモノでも考えようってことか」

「そうそう」

 

 

 普段から店で働いている面々から、様々な声が挙がっている。

 出すものは普段と変わらないのではないか、と尋ねるマシュに、いつも通りでは周囲に埋もれてしまうと反論するライネス。

 その言葉に上条君が賛成の意見を述べ、ココアちゃんはプリンを美味しそうに食べ、その横でははるかさんがパシャパシャと妹の姿を写真に収め……。

 

 

「……ってそこの姉妹二人!勘案もせずに間食に勤しむとは何事かっ!」

「ひゃ、ひゃい?いやーその、難しい話はよくわかんなくって……」

「私はこうして写真を撮り貯め、ココア写真館でも個人で開こうかと」

「お姉ちゃんっ!?」

 

 

 あまりに蚊帳の外、みたいな感じで行動していた二人に、ライネスが思わずツッコミを入れる。

 

 ……ココアちゃんはプリンに夢中になっていただけ、みたいな感じだったが。

 対する(はるかさん)の方は、完全に姉バカでしかなかった。……ココアちゃんの写真って、肖像権的にどこ所属になるんだろうね?やっぱり芳○社?それとも単なるコスプレ判定で、特に突っ込まれなかったりする?

 みたいな疑問を呑み込みつつ、彼らの仲裁に入る私である。

 いやまぁ、別に険悪な感じってわけではなかったけど、ほっといても自然には収まらなかっただろうし、ね?

 

 

「いーいお姉ちゃん、お願いだから写真展は止めよう、ね!?」

「ええー、でもココアの可愛さを、世の中の全ての人に広めたいんだけど……」

「だーかーらー、恥ずかしいから止めてってばー!」

「というか、ご自身の元の所属(政府役人)を鑑みて頂けません?マジで。悪戯な情報の流布とか完全にアウトでしょ」

「……むぅ、残念」

 

 

 そんな感じであれこれと説得したところ、渋々ながらに野望を諦めカメラをしまったはるかさんに、思わず安堵のため息を吐く私達なのであった。

 ……口調は軽かったものの、どう聞いても冗談ではなかったので、こうして止められて良かったと思うほかない感じである。

 

 とはいえ、考え方の方向性としてはそう悪いものではないかもしれない。

 

 

「と、言うと?」

「モノを単純に作って売る、って時点で価値の創出にはある程度の限度があるってこと。食べ物で言うのであれば、美味しさを磨くのが普通なんだろうけど……用意できる食材や時間の関係上、そのレベルには知らず知らずのうちに上限が設けられてしまっている、みたいな?」

 

 

 上条君が首を捻っていたので、軽く説明をする私である。

 単純にモノを作って売る場合、クオリティには必ず限度というものが発生する。

 採算度外視、ほぼ趣味の領域になるのであれば、クオリティの限界値はそれこそ理論上の限界値と同等となるだろうが……これが『誰かに売る』ということを考慮した場合、そのクオリティの限界値はガクッと下がるのである。

 

 それは何故かと言えば──掛かる費用が跳ね上がっていくため。

 たった一度、諸事情を無視して個人のために作り出すのであればまだしも、多数の人に向けて『売る』となった場合、そこで問題になるのは()()()()()()()()である。

 

 例えば、世界に一つしかない原材料を使って作ったもの、というものがあった場合、これは商品にはできない──正確に言えば多数に向けて売り出すものではない、ということになる。

 原材料を確保する手段がない以上、これはたった一人しか持つことのできないもの──後に作られる全ては、()()()でしかないからだ。

 

 無論、現実には原材料が一つきり、なんてことはほぼ有り得ないことだが……例えば、職人の手によるハンドメイド品などは、それら一つ一つが()()()()()()()()()()()()と捉えることもできる。

 それらはまぁ、『一つしかない』ということを活かした販売形態をしているため、特に問題の出るものではないが……大量に消費されるようなもの、ここでは()()のようなモノに関しては、その概念を盛り込むことはできない。

 正確には『技術料』みたいな形で値段に反映されてはいるものの、それによって法外に値段が跳ね上がる、ということはほとんどない。

 

 

「一部の高級シェフのモノでもなければ、というやつだね?」

「まぁ、そうだね。……ただそれにしたって、単純な料理人の腕前のみで価格が七桁(百万)を越えるようなこと、っていうのはほとんどない。それが何故かと言われれば、『料理人の腕前』はクオリティのブレがあるからってこと」

 

 

 例えば、ある料理人が奇跡的な事態(クリティカル)を引き起こしてこの世のモノとは思えない、天上の料理を作り上げたとして。

 それを基準に普段の料理の値段を吊り上げる、ということは有り得ないだろう。それは奇跡的にたどり着いた場所であり、普段からずっと出せる料理(数値)ではないからだ。

 なので、いわゆる技術料として徴収される金額というのは、基本最大値ではなく平均値となる。

 それゆえ、価格に反映されたとしてもそれだけで七桁を越えるようなことはほぼない、ということになるわけである。

 

 で、話を戻して。

 大衆に向けてモノを売り出す場合、一度限りの奇跡的な完成品を基準にすることはできない。

 それを安定して作り出すことができないのであれば、受け取った相手からの文句を受けることだってあり得るのだから。

 ゆえに、安定して作ることのできるもので、多少の出来不出来が気にならない程度……というのが一般向けの『クオリティの限度』ということになる。

 

 必要とする人間全てにキチンと行き渡る程度の材料の用意や、その材料を作り出すための費用、遠方に運送する必要があるのであれば、それらの輸送費などなど……。

 諸々の諸費用と相談し、客がそれを購入することに忌避を抱かない程度の価格を考案し。

 

 そういった様々な要素の考慮の結果として、モノの価値というのは決まっているわけで。

 

 

「だから、例えばなにかを()()()()()()ってなった場合、要素要素を考慮して、本来()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を削って安売りする、みたいな感じで対応していくってことになるのよ」

 

 

 薄利多売という言葉があるが、根本的には『利』を捨てればモノを多く売る、ということはそう難しいことではない。

 無論、あくまで販売数が増えるだけであって、そのあとに待つのはその販売者の破産などの反動だろうが……とにかく数だけを稼ぎたいのであれば、それは決して間違った選択だとは言い辛い。

 

 

「ただまぁ、何度も言う通りこれは祭りだからね。……数が多くとも稼ぎが少ないのであれば()()なんだよ」

「あー……文化祭みたいなもん、って言ってたもんな」

 

 

 だが、今回の議題は『売上をどうやって増やすか』、みたいなところも大きく。

 ゆえに、宣伝目的での開店セールならまだしも、天辺取ろうぜみたいな議題の上では失策も失策、ということになるのである。

 じゃあどうするか?……というところで引っ掛かってくるのが、先程から述べている……、

 

 

「クオリティの限度、ということですか」

「実際、うちで出せるモノとしてはもうこれ以上はない、と思っているからね。そうだろう、ウッドロウ?」

「……そうだな。私の料理スキルもカンスト、というわけではないだろうが……今からそれを鍛えたとして、それが売上に如実に反映できるほどのものになるのか?……と聞かれれば、私は首を横に振るしかないだろう」

 

 

 この店の中で、一番料理が上手いのは紛れもなくウッドロウさんである。

 上条君も、大量生産という点ではわりといい線行っているとは思うが……それが売上に繋がるほどのものか、と言われれば首を捻るほかない。

 無論、彼が馬車馬のように料理を作り続ければ、多少は売上に貢献できるかもしれないが……あくまでも多少。()()()()()()()()()()()()がない限り、所詮は大量生産なので他所の店との差別化には弱い、という評価になる。……いやまぁ、()()()()()()()()()()()、って人にはアピールポイントになるかもしれないけれど。

 

 

「ただ、これに関しては他の店に関しても同じだから、アピールポイントとしてはまだ弱いんだよね」

「……まぁ、怖いもの見たさで宿儺さんや波旬さんのお店に向かう、という方もそれなりの数がいらっしゃるでしょうしね……」

 

 

 けど、そのアピールポイントも他所に大きな差を付けられるほどのものか、と聞かれると首を捻らざるを得まい。

 例えば二万人の某妹達が、揃って店にご飯を食べに来てくれると言うのであれば、それはかなりのモノとなるだろうが……。*1

 現実的に二万人の客なぞ捌けるはずがない。仮に捌けたとして、売れる商品はそれこそ学祭レベルの──サンドイッチなどのようなとかく調理の簡単なものばかり、なんてことになるだろう。

 祭り効果で値段を上げるにしたって無理がある。

 結果、仮に彼女達が二万人押し寄せたとして、返ってくる結果は上条君の過労死、だけなのである。

 

 

「だから、さっきのはるかさんの行動なのよ」

「なるほど。食事に対して他の付加価値を用意する──要するにコラボカフェ方式にしよう、ということか」*2

 

 

 ここでようやく、話の発端に戻る。

 はるかさんはココアちゃんの写真を撮り、それを使って個展を開こうと画策していたが……それはすなわち、本人から()()()()()()()()()という風に捉えても、そう間違いではない。

 

 料理そのものに付加できる価格というものには、どうしても限りがある。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()ことで、一品に対しての価値を上げようというのが、今回の私の提案なのであった。

 

 ……そういうわけで、ここからは料理に何を付属するか?というのを話し合うことになるわけだが。

 

 

「……その前にゆかりんに確認とっとこう」

「勝手にコラボカフェした、とか言われたら困るからね」

 

 

 一応、議題を始める前に責任者に確認を取っておく私達なのであった。……著作権は守らなければいけないからね、仕方ないね。

 

 

*1
『とある』シリーズのキャラクター、御坂妹と呼ばれる人物達のこと。クローンであり、全部で二万人いるのだとか。なお、実際にはそのうちの一万人は既に死亡している為、実際には一万人程度。なのだが、二次創作などではインパクト重視で二万人と表記されることが多い

*2
アニメなどとコラボして料理を出す形式のもの。基本的にはキャライメージの料理や、何かしらのグッズなどが付属する。料理のクオリティはピンキリ



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幕間・商売は世知辛いもの

「よぉし、確認取れたしこれで問題なし!」

「でかした!」

 

 

 ゆかりんに連絡を取った私達は、返ってきた彼女からの了承の言葉に、俄に沸き立っていた。

 どうやら向こうの方も、その手の話が出てくることについては想定していたらしく、付属するグッズなりなんなりに『二次創作です』的なモノであることを示す、こちらが用意した(しるし)を付けていればオッケー……というような感じの許可を、既に先方に取り付けていたらしい。*1

 なんて懐の深い人達なんだ原作者……みたいな感じに感動していた私達だが、どうやら事は単に相手が寛大である、という形で片付けられるものではないようで。

 

 

「なるほど、このマークを明記すること自体が、こちら(逆憑依)の関係者であるという証明にもなるから、迂闊に外に漏らせばすぐに誰がやったのかバレる……ということか」

「ある意味では、海賊版*2の証明……みたいなものだと言うわけですね」

「王下七武海的な?」*3

「それそのうち『イラネ』ってされない?」

 

 

 今回向こうから用意されたマークは、『公式公認』を示すものではなく寧ろその逆──すなわち『公式非公認』を示すもの。

 このなりきり郷に出入りすることができる人間自体が限られているということもあり、言うなれば『そのマークが付いた商品を持っている人間自体が、極端に限られている』はずのもの、という風にも捉えることができる。

 

 つまり、このマークが付いた商品が、もし仮にフリマサイトなどの一般層に出回っていた場合。それは何者かが外に流した──すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()、という証明にもなるのである。*4

 ゆえに、これらの商品が人の目に付くような場所で見つかった時点で、『偽物です』と断じてしまうことにより原作者などへの影響をそのまま消してしまえる、ということに繋がるわけなのだ。

 

 無論、世間から海賊版扱いされることに一言物申したい、という者も少なくはないかもしれないが……。

 

 

「一般人に迷惑を掛ける方が遥かにダメ、ということで納得して貰うというわけだな」

「なんだかんだ言って、一応はなりきりだからねぇ、私ら」

 

 

 ライネスの言葉に、然りと頷く私。

 姿形、性格に能力などなど、あらゆる面で本人に近い存在ではあるものの……起点としてはやはり『なりきり(逆憑依)』である私達は、どこまで行っても本物だと胸を張れるものではない、みたいな?

 一シーズン前の互助会組なら、あれこれと文句が挙がっていたかもしれないが……少なくともこちら(なりきり郷)でそういった文句が挙がる、ということはないだろう、多分。

 

 ともあれ、グッズとかを付けるのに問題がないと言うのであれば、そこからなにをおまけに付けるのかなどの話の方を優先すべき、というのは間違いないだろう。

 

 先述した通り、いつも通りの営業ではダメだというのは、『付加価値を付ける』という案について他の面々からもゆかりん達に確認が来ている、という点で現状把握ができる。

 なにせそもそもの話、通常の運営下において郷内の店の営業というのは、原則稼ぎが出ないものとなっているからだ。……正確には利益と損益がほぼ同じ、という感じだろうが。

 

 材料費・光熱費・水道代などなど……。いわゆる原価に当たるものも含め、郷内の全ての商品は()()()()というのがここでの常識だ。

 それはこのなりきり郷内での需給のバランスが、基本的に同程度で釣り合いが取れているから、ということが大きいわけだが……だからこそ、その輪の外からやって来た外部の人からはお金を取る、という方式になっている理由にもなっているわけで。

 

 その理由を覆し、郷の中の人からもお金を取るようになる以上、求められるクオリティというかサービスというかは、相応に期待値が上がっているという風に考えることもできる。

 この前の話(前話)ではないが、売上額を競う以上は数だけ捌いても意味がなく、そして数的に一番多い郷内の人々は、原則金を払う気がない……。

 ゆえに、彼らに金を払わせる気になるものを作る、と言うのが第一目標になるのであった。

 

 

「……なんか、凄まじく人聞きが悪いな、これ」

「なに、気にすることはない。金銭感覚が麻痺している、というわけではないのは、出張組などを見れば一目瞭然なのだからね」

「あー……大本を辿ると、ここでの金銭ってものに価値がないから、っていうところの方が大きい……ってことか?」

「そういうことだ。お金を払っても貰っても、()()()()使()()()()()()()()。郷内において金銭についてのあれこれを背負うのは、そこにいるはるか君のような外から来た者達だけ。……無論、外から来る役人達のように、外貨を稼ぐ相手のようなモノも存在はするが……彼等から得られた金銭というのは、郷の外で活動する者達の資金源として回収される。一般市民に区分される私達にとって、馴染みが薄いものになるというのはある意味では明白なこと、だというわけさ」

 

 

 なお、その横ではまだまだ新人扱いの上条君が、さっきの私達の言葉から感じられる悪いイメージについて、声を上げていたが……解説するウッドロウさんの言う通り、これに関しては『お金を払う気がない』というよりは『お金を貰う必要性がない』からこその問題だと言える。

 外に出た時には、きちんと対価としてお金を払う人しかいないことからわかる通り、郷の内部に限定して貨幣文化が淘汰されてしまっている、ということの方が大きいのだ。

 

 感覚的には共産主義の理想の世界、というべきか。*5

 誰かより資本を多く持つ、ということになんの優位性もない状態なので、そもそも資本を集めようという気が起こらない。

 それゆえ、貨幣に意味がなくなり、結果としてモノに価値が付けられなくなっている、というか。

 

 無論、何度も言うように外から来た人達からは、金銭を受領しているが……それも貰った側からお上に横流し、みたいなもの。

 個人が金銭を持ち続けるということは──キャラクター性として守銭奴である場合くらいのもので、それ以外はみんな共同財産みたいなことになっているのである。

 

 

「……そう聞くと、なんだかここがディストピアっぽく思えてきたんだが?」

「なるほど。市民上条、貴方は幸せですか?」

「幸せでーす!幸せなんで吊るさないでくださーい!!」

「本当にそうですか?私は貴方が毎度毎度『不幸だー!』と叫んでいる、という風に報告を受けているのですが?」

「残機を確実に減らそうとするの止めてくれませんかー!!……あ、いや、抗議とか口答えとか、そういうことではなくてですねー!!」

「……いや、なんで唐突にパラノイア始めてるんだい君達」

 

 

 まぁ、富むことに意味がないというのは、今の人にしてみれば理解のできない考え方であることもまた事実。

 普通の価値観を持つ上条君は、それを聞いて思ったことをそのまま口に出していたけれど……うん、そういうこと言われるとウルトラヴァイオレット(UV)様したくなるよね!……とばかりに彼の日頃の発言を咎めてあげれば、ライネスからはなに遊んでるの君達、みたいな視線を向けられることになるのだった。

 

 ……むぅ、かようちゃんでも呼んでくればよかったかな?『幸福安心委員会』的な意味で。*6

 

 

*1
現実にも『同人マーク』という、自身の著作物の二次創作を認めることを表明するマークが存在したことがあった。なお、こちらはいわゆるTPP(環太平洋経済連携協定の略称)導入による著作権の非親告罪化を警戒してのものである為、(二次創作に対する例外規定などが盛り込まれた)現状は使われていない。なお、『非親告罪化』とは被害者以外が起訴できる罪のこと。二次創作の場合、原作者が問題ないと表明しても別の人物に起訴される、という危惧がなされたことがあったので、同人マークというものが考案された、という形となる。なお、この辺りは『二次創作を公式が認めたり認めなかったりすることによる問題』ゆえに、曖昧にしておきたいと思う者も多いようで、議論は中々進んでいない

*2
他国の著作物を許可を得ずに複製したもの全般を指す言葉。また、自国内のモノにも使われたりする。正規品より安いモノが多いが、その分粗雑であることも多い。また、正規品とは違い元の著作者に利益が一切ない為、これが蔓延ることにより、著作者の生活を破綻させる可能性も否定できない。現代では娯楽が多くなった為、利用者側は『著作者が潰れようと、他の娯楽に移れば良い』なんて考えをしている人も少なくないとかで、わりと深刻な問題となっている。……なお、著作者に利益がないのが問題なので、そういった違法アップロードを逆に管理して宣伝として使い著作者にも利益を還元させる……という、ちょっと意味のわからない対策を持ち出した作品も存在していたり(邪神がドロップキックしそうな作品を見ながら)

*3
『ONE PIECE』に登場してい()制度・あるいは肩書き。政府から認められた海賊とでも言うべき存在で、彼らの行動をある程度認める代わりに、彼らの得ている利益の幾らかを政府に献上させる、という形で協力していた。現在は制度が撤廃されているので存在しない

*4
『個人で楽しむ分には合法』とは、著作権などでよく言われるもの。CDなどの著作物をコピーして聞く行為は、あくまでそれを非営利目的で使っている分には問題がない、というやつである。これが認められていないと、TASなどは基本的に全部違法となる(TASを作る際、基本的にはエミュレーターを使用することになるが、それらは公式の機械では使えない、ということがほとんど。その為、ソフトの中身を一度エミュレーターが使える環境に移動(コピー)させなくてはいけない。この『コピー』の部分が、現状ではグレーな部分となっている。これを他人にあげたりしてしまうと、例え無償でも著作権法違反に引っ掛かる)

*5
全てを平等に分けあう世界。全ての財産を共同で所有することで、貧富の差を無くそうとする活動。因みに、社会主義とよく混同されるが、社会主義は正確には共産主義の前段階だと言われる(財産の共同所有の為に、国がそれを管理するという形になっている。共産主義は国すら必要としない)

*6
初音ミクの楽曲の一つ、うたたP氏作の『こちら、幸福安心委員会です。』のこと。歌詞のがTRPG『パラノイア』を大きく意識したモノとなっている。内容はとってもディストピアはい、私はとても幸福です!義務ですから!



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幕間・お祭り騒ぎはいっそアホになった方が良い

『うー、うまだっち!』

『うー、うまぴょいうまぴょい!』

 

 

「……あの電波力にも関わらず、素面(しらふ)で作った歌だって言うんだから世の中わかんないよねー」*1

「『うまぴょい』という単語についてはよく話題に上がりますが、そのほかの『うまだっち』や『うまぽい』に関しても、正直意味がわかりませんよね……」*2

「ダンケとか夜戦とかと同じ意味にされるうまぴょいさんに哀しき過去……」*3

「風評被害の歴史ですね……」

 

 

 月日は流れて十月の一日。

 いよいよ始まったもみじ狩り……もといなりきり郷設立記念祭は、そのオープニングセレモニーとして、ついに三人(人員が)揃ったウマ娘組達による『うまぴょい伝説』からスタートを切ることになっていた。なっていたのだが……。

 

 

「行くぞタマ、この日のために磨き上げたスペシャルマニューバだ!」

「いやなんで編隊飛行やねん!確かにウチら跳べるけども!……っていや待てオグリ、人の話を聞k()

「そうだ、私達の歌を聴けーっ!」*4

「……あ、あのー?お二方だけでそうして盛り上がられるのは、私どうかと思うのですけどー!?」

 

 

 純粋にウマ娘単体の存在としてここにいるのは、実はマッキーもといメジロマックイーン一人だけ。

 残りの二人──タマモクロスとオグリキャップについては、それぞれがサーヴァントユニヴァースと王の友(ランスロット)が混じったような存在である。

 

 ……そのため、張りきったオグリに引っ張られる形で、大空のキャンパスにアクロバット飛行でできた飛行機雲を残しつつ、遥か彼方へと飛び去っていくタマモの声が、こちらにドップラー効果を実感させながら遠く遠く離れていくのを、ポカンとした表情で眺めさせられる羽目になっていたのだった。

 

 こんなの見せられて、普通のウマ娘ファンは大丈夫なのか(あんなものを浮かべて喜ぶのか)?……と思わないでもなかったのだが。*5

 ここに集まった人々は、どうやら精神的に寛大な人が多いようで。それらの奇行は、拍手をもって迎えられていたのだった。

 ……まぁ、単純に元ネタと同じキャラが見たいのであれば、素直に原作をやればいいだけの話か。……などと納得する私である。

 

 それって私、とても不利なのではありませんことー!?……なんてマッキーの泣き言を聞き流しつつ、広場の中心をあとにする私とマシュなのであった。

 あれだ、マッキーにはウマ娘組唯一の常識人として、なにかと頑張って頂きたい所存である。

 ……え?どこからか『ウチは普通なんやー!』って声が聞こえた?そこからじゃ聞こえるはずのないこっちの台詞に、そうやってツッコミをいれてる時点でおかしいのは明白だからほっときなさい。

 

 ともあれ、祭りの開幕・その掴みについてはバッチリだったと言えるだろう。

 スペちゃんとかリッキーとかカフェとか*6、他のウマ娘キャラも居たのであればもう少し盛り上がったかもしれないが……無い物ねだりもほとほどに、というやつである。

 

 

「そう。じゃあなんで私に、このウィッグとウマの付け耳を?」

「あーうん、原作者に聞いて?」*7

「?」

 

 

 なお、ふと思い付いてしまった結果、遊びに来ていた綾波さんに茶髪のウィッグを渡すことになった私だったのだが……なんか微妙に違う気がする、という感想が一番に浮かんできたため、みんなへのお披露目はお流れとなった。

 ……声は同じなんだけどねー、なーんか雰囲気がねー。

 

 

「せんぱい?その言い方だと、他の方に勘違いされてしまうのではないでしょうか?」

「綾波さんの中の人がソシャゲに出てたら、それはそれは大騒ぎ間違いなしだから。そこが分かってる人なら、こっちの発言の意味を間違えたりはしないから大丈夫大丈夫」*8

「……貴方達がなにを言っているのか、よく理解できない」

「この二人の会話については、無理に理解しなくてもいいやつだと思いますよ、レイ」

「そう……」

 

 

 そんな台詞に対してマシュから飛んできたツッコミには、綾波さんの中の人がコラボ以外でソシャゲに出ていたら、そりゃあもう大騒ぎも大騒ぎ間違いなしだろうから、勘違いなんてあるわけナイナイ!……と返す私である。

 いやまぁ、コラボでいいんならわりとあるんだけどね、中の人の出演。

 コラボ王・エヴァ出身の綾波さん自体もそうだし、原作者(正確には挿し絵担当)に聞いて案件のリナさんについても、扱いとしては似たようなもんだし。

 

 なお、綾波さんはこちらの発言に更に首を傾げていたが、横のルリちゃんからこの二人は異常者だから気にしないように(要約)と言われ、小さく頷いていたのだった。……その発言、何気に失礼じゃない?

 

 

「相手が知らないことまで、平気でネタに組み込んでくるような人が、一般人面している方がどうかと思いますが?」

「うへぇ辛辣!そこまで鋭いツッコミじゃなくて、普通に『バカばっか』でいいじゃん!ルリちゃんの十八番でしょ!?」

「……バカばっか?」

「いや覚えなくていいからね綾波さん!?」

 

 

 などと言う抗議は、鋭い言葉のナイフであっさりと切り捨てられるのであった。……マシュも苦笑いしているし、侮れないわねルリちゃん!

 ……あと綾波さん、口調的に似合うけどその罵倒を覚えるのは止めようね?

 なんかこう、色々と変な気分になるからそれ。具体的には死神の足音が聞こえるというか。

 

 

「……噂をすれば影、とでも挨拶すればいいのか?」

「おおっと、あの声で『バカばっか』って言いそうなキャラと言えば誰ランキング一位、灰原哀ちゃんの出ている原作の主人公・江戸川コナン君ではあーりませんか!」

「いや、なんなんだよその説明口調……」

「そのうち西博士も遊びに来るから予行練習?」

「いや知らねーよなんだよその理由、っていうかいきなり爆弾発言してんじゃねーよ、どう考えても『デモンペイン』とかでカチ込んで来るフラグじゃねーかそれ」*9

 

 

 などと言っているうちに、実は待ち合わせしていたコナン君ご一行様が合流。……いやまぁ、ご一行様って言ってもいつぞやかの特急乗車組なんだけども(なおライネス除く)。

 なお、話題にされていたコナン君からの冷たい眼差しに、思わずボケを吹っ掛けてしまう私なのであった。

 

 

「ごめんねー、ルリちゃん。この人の相手、大変だったでしょー」

「それなり、ですね。どうにもここには、この方と大差無いような方も大勢いらっしゃるみたいですから」

「あ、あははは……その、普段はあんなにはしゃいではいないんだよ、オグリちゃんも。……今日はその、お祭りだから羽目を外してるみたい、っていうか……」

()()()ではないんですね?」

「…………」

「そこで目を逸らすくらいなら、最初から擁護しない方がいいのではないでしょうか……」

 

 

 そんなご一行様の中では保護者枠に当たる毛利さんが、ルリちゃんに対して謝罪の言葉を入れていたわけなのだけれど……いや、ナチュラルに私を問題児枠に入れるなし。

 さっきまでの私、特に問題行動は起こしていないはずなんだが?……え、存在そのものが問題の塊みたいなもん?

 ククク……酷い言われようだな、まぁ事実だからしょうがないけど。*10

 

 そこで認めるんだ、みたいなコナン君のジト目を受け流しつつ、空に消えてったオグリに視線を向けるルリちゃんと、毛利さんとの会話を眺める私である。

 

 

「やぁ、何時ぶりかなキーア嬢。ウィッグいる?」

「はいはいお久しぶりねバソ君。それとそのウィッグはそのまましまって頂戴な」

「うーむ、相変わらずつれないねぇ」

「寧ろその文句でなにを釣る気なの貴方?」

 

 

 次に声を掛けてきたのは、保護者の片割れ・バソ氏。

 お決まりの挨拶には辟易するが、そこさえなければ意外と常識人なので保護者としては適当だろう。無論正しい意味で。*11

 ……まぁ冷静に考えると、仮にも海賊なのに保護者として適当、というのも変な話なのだが。

 とはいえ彼の異名は海賊紳士、船の上で荒くれもの達に鉄の掟を強いていた人物なので然もありなん。

 

 

「そうなんだよ。バソは普通にしていれば、意外と頼りになるんだ」

「おや、鬼太郎のデレとは珍しい。明日は雨かな?雪かな?」

「……そこでデレだのなんだの発言がでなければ、もっと完璧なんだけどなー……」

「んんん……メカクレの奥から覗く冷たい眼差し……いい……!」

「キーア、変態ってこういう人のことを言うのね」

「だから覚えなくていいって言ってるじゃん綾波さん……」

 

 

 まぁご覧の通り?ちょっとメカクレが関わってくるだけで、ここまでキモくなるのでやっぱりアレなのだが。……綾波さんの教育に悪いので隔離するべきでは?

 

 と、ここまで話したところで、ある意味問題児である某嵐を呼ぶ幼稚園児の姿が見当たらない、ということに気が付く私達。

 なりきり防衛隊云々ということで、彼も同行者の一人に数えられていたはずなのだが……と、思っていると。

 

 

「にょわ~☆しんちゃんは、正義の味方なんだにぃ~?」

「そうなんだゾ。オラがこうして頑張ってるのに、みーんな勝手にどっか行っちゃったんだゾ」

「……話を聞くに、貴様の方が迷子のような気がするのだがな」

「もー、ホーホー(鳳凰)のおじさんはさっきからうるさいゾ!」

「ほ、ホーホー?……いや、そもそも俺はおじさんではないわ、このじゃがいも小僧*12!……ってどうした、もしかして言い過ぎたか……?」

「いや、違うんだゾ。カンテラ(コンプラ)?とかなんとかのせいで、『じゃがいも小僧』って言われるの、なんだか久しぶりな気がしてきたんだゾ……」

「お、おう……それはまたなんとも言い難い話だが……」

 

 

 件の人物、しんちゃんはと言えば、きらりんとサウザーさんという、これまた濃ゆい面々と一緒に人波の向こうから歩いてくる姿が見えるのだった。

 ……これは、波乱の予感じゃな?

 

 

*1
作詞作曲の本田晃弘氏は、この楽曲をワイン二本を呑んだ上で作ったというのは有名な話。……ついでに、()()()()()()()素面で作ったというのも有名な話。逆じゃねーのかよ、と突っ込んだ人も少なくないとされる

*2
電波ソングとされるに相応しい謎の言葉。『うま』が『ウマ』なのはわかるが、それに付随するぴょいもぽいもだっちもよく分からない

*3
『魔力供給(意味深)』と同じ意味で使われる言葉。生憎と『魔力供給』の方は風評被害ではない(中国古来の養生術である『房中術』など、男女の媾いによって不老不死などの力を得ようとする行為は、実際に存在していた為)。なお、『こいつら○○したんだ!』は、Batta氏の『非リア狐』シリーズの一コマが元ネタである(そちらは交尾と直接的なワードを述べている為、インパクトはより強い)

*4
『マクロス7』および『マクロスF』における象徴的な台詞の一つ。戦場などに飛び込んで、無理矢理にでも歌を聴かせようとする熱気バサラのあり方を示す台詞。情熱が行き過ぎて、銀河だって動かせるようにもなる

*5
『あんなものを浮かべて喜ぶか、変態どもが!』自体は、『アーマード・コア フォーアンサー』での台詞。『あんなもの』と称される建造物は、アーマード・コアシリーズのお約束のようなモノである為、色んな作品で聞くことになる

*6
それぞれ『スペシャルウィーク』『コパノリッキー』『マンハッタンカフェ』のこと。全部ウマ娘。特に『コパノリッキー』に関しては、『スレイヤーズ』の挿し絵担当であるあらいずみるい氏が、主役であるリナ・インバースの台詞に準えた『コパッてくんないとぉ!暴れちゃうぞっ』という台詞付きでTwitterに絵を上げたりもしたので有名

*7
『ポプテピピック』のエンディングテーマ『POPPY PAPPY DAY』のデレステカバーでの双葉杏の台詞から。元々あんきらの中の人が歌っていたものを、改めてデレステのキャラクター達の楽曲として歌い直す……という、それってカバーなんですか?みたいなことになった結果飛び出した言葉。なお、何故綾波に言ったのかと言えば、彼女の中の人である林原めぐみ氏は、『スレイヤーズ』主人公、リナ・インバースの中の人である為。要するに、上の『コパノリッキー』の件と合わせて『コパノリッキーのコスプレをする綾波レイ』という謎の存在を作ろうとした形。綾波とリナのキャラが違いすぎる為、ちょっと試してお蔵入りになったようだ

*8
コラボとして登場確率の高い綾波レイやリナ・インバース、ハローキティなどのキャラを担当している為、出演そのものは意外としているが、そのソシャゲのオリジナルキャラなどを担当することはほとんどない、ということ。『ファイアーエムブレムヒーローズ』など、かなり限られた作品にしか出演していない

*9
『デモンベイン』シリーズに登場する主役機・デモンベインのパチモノ。製作はドクター・ウェスト

*10
『TOUGH』にて登場した人物、木村大観台詞の一つ。発言時の背景は別として、耳の痛い事実を突き付けられた時などに使われることが多い

*11
『いい加減な』という意味ではなく『丁度良い』という意味で使われている、ということ。『適当』の本来の意味は何かしらの物事について、丁度良いこと・相応しいことを意味する言葉だが、『程よい』という個人個人の感覚に頼る部分もある為、その状態が『いい加減なモノに見える』ということでそういう意味でも使われるようになった、という経緯がある

*12
しんちゃんのあだ名の一つ。頭の形がじゃがいもに似ているので、そう呼ばれることがある



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幕間・人数多いと文字数増える

「んもー!キーアお姉さんってば、先々行っちゃダメなんだゾ!」

「あー、ごめんごめん。なにかお菓子とか奢ってあげるから、許して頂戴な」

「オラ、お菓子でかいじゅーされるほど単純なお子さまじゃないぞ!チョコビ十個で手を打つゾ」

「……颯爽と懐柔されておるではないか!」

「お?サウザーおじさんもいる?」

「いらんわ!」

 

 

 騒々しい追加メンバーを加え、祭りの活気に溢れた街を歩く私達。……いや、正確には街ではないけども、広さとかで言うのなら街って表現した方がいいよね、みたいな?

 ともあれ、これから一月の間イベントが連続し続ける、ある意味では地獄のような祭りが始まったわけで。

 一月後の死屍累々の様を想像しつつも、参加者達は皆テンションアゲアゲで進行中である。

 

 

「……冷静に考えずとも、一ヶ月間ずっと祭りってなに考えてるんだろう案件だよね……」

『常に顔見せできるわけでもない、ネット上でのお祭りを元にしたものだもの。多少の無茶は承知の上、でしょう?』

「見てるだけだからって適当言ってぇ……」

 

 

 まぁ、その気力がいつまで持つものやら、みたいな心配も同時にしてしまうわけだが。

 一応、日時を分けてイベントごとが連続するため、飽きが来て疲れるということはないだろうけども。

 

 でもやっぱり無茶苦茶だよなぁという思いを込めて小さくぼやきを溢せば、私の右斜め上辺りを飛んでいる小型のドローンから、クスクスと声が返ってくる。

 これは、BBちゃんがひいこら言いながら今日の日に間に合わせたモノで、そのカメラの向こうには侑子が──恐らくは酒盛りしながらこちらを覗き込んでいるはずだ。

 

 

「せんぱい、いいですかよく聞いてくださいね?……無理でーす!!幾らBBちゃんがウルトラスーパー頼りになるエクセレント後輩だったとしても、この地雷まみれの園を綺麗に除染するのは、骨が折れるどころの話ではありませーん!」

 

 

 ……とかなんとか言いながら泣きついてきたBBちゃんによれば、以前からチマチマと進めていた侑子のサルベージ作戦は、暗礁どころか地雷源に乗り上げていたらしく。

 引けばドカン、進めばドカン……という、にっちもさっちも行かない状況に陥ってしまったため、諦めて現状維持に舵を取り直したのだとか。

 

 少なくとも、あの浮遊城が真の完成を見るまで、触らない方が無難だと思いまーす……とかなんとか彼女は言っていたが、ともかく侑子の実体を現実世界に持ってくるには、例えて言うのなら源氏装備を盗むような困難が待ち受けているのだそうで。*1

 ……まぁ要するに、現状ではゴールが用意されてないのでやるだけ無駄、みたいな感じである。

 

 で、サルベージを諦めた彼女は琥珀さんにとある機械の製作を依頼。

 快く了承した彼女によって出来上がったのが、この物質転送装置付きのドローンだというわけなのだった。

 

 侑子を現世に引っ張ってくるのは無理なので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなコンセプトで製作されたこのドローンは、下部に備えられた転送装置に物品を翳すことで、それを電子的・霊子的に分解して電脳空間内に転送し、そちらでデータを再構築して消費できるアイテムとしてアウトプットする、という機能を備えている。

 

 ……まぁ、ぶっちゃけてしまえば以前からあった装置を小型化して移動機能を付けた、というだけなのだが。

 画像の投影機能と感触の同期機能も付随しているため、それらを使うと……。

 

 

「……どうかしら?映像の解れとか、大丈夫?」

「んー、大丈夫じゃない?疑似触感であって実際に触れる訳じゃない、ってとこに気を付ければ移動も問題ないでしょうし」

「そ、ならいいわ。……でも、結局のところ直接お酒を呑めない、っていうのは変わってないのよね……」

「転送すればそっちで幾らでも楽しめるでしょ。そもそも、気分だけでもって言ったのはそっちだし」

「むー、貴方が手を貸してくれれば、もうちょっとどうにかできるんじゃないの?」

「じょーだん。幾ら私でも確率が完全に0ならお手上げだっての」

「そう、それは残念ね……」

 

 

 このように、ホログラムの体ではあるものの、現実にその姿を見せることもできる。……まぁホログラムなので、モノを持ったりはできないわけなんだけど。冷たいとか暑いとかの触覚に関しては、多少はフィードバックできるんだけどねー。

 折角のお祭りなのだから、現地の空気を味わいたい……という彼女の言葉を叶えた形だが、ここまでできると欲が沸くということなのか、普通にお酒が呑めないことに対してわがままを言い始めたため、それとなく嗜める羽目になる私である。

 

 

「いやー、美人のお姉さんが増えると嬉しいですなー」

「次元の魔女、だったか?……まぁ確かに美人ではあるな」

「お?サウザーおじさんもイケる口?」

「いやおやじかその聞き方!寧ろ見惚れぬ男の方が珍しいだろうがそもそも」

「んもー、サウザーおじさんは()()()()()なんだから~」*2

「んー、それを言うならー、()()()()()()じゃないかにぃ?」

「おー、そーともゆー」

 

 

 なお、他の面々は彼女と初対面、という者も多かったが……特に変な反応はされなかった。

 事前にある程度説明をしていたことが、功を奏した形である。……まぁ、ルリちゃんがドローンのプログラムやら構造やらに興味を示していたので、あとでBBちゃんを紹介しとこうかなー、みたいな気付きはあったが。

 

 ともあれ、騒々しいメンバーが更に増えたわけだが……。

 

 

「そういえば、アグモン君は?彼も祭りのことを聞いたらこっちに来たがると思うんだけど」

「あら、聞いてないの?」

「……その言いぶりからすると、もしかして」

 

 

 侑子と言えば、居候のアグモン君。

 彼も電子の世界に閉じ込められた存在であり、なおかつ祭りの話を聞けば、いの一番に遊びたがること間違いなしだと思うのだが。

 ……みたいなことを聞いたところ、彼女から返ってきたのは意味深な態度。

 そういえば先程からスピーカー越しに彼の声が聞こえる、なんてこともなかった辺り、向こうにいる侑子の近くに彼の姿はない、ということはなんとなく察せられるわけだが……と、そこまで考えてピンと来る。

 BBちゃんは、()()()()()()()()は無理だと言っていた。……言っていたが、()()()()()()()()()()()についてはなにも言っていなかった、ということを。

 

 と、いうことはだ。

 恐らくはアグモン君は既にこちらにいて、祭りの屋台を回っているのだろうということになるのだけれど……。

 

 

「……んー、騒ぎにはなってない、かな?」

 

 

 多分もう近くに居るのだろう、と思いながら周囲を見渡すも、予想されるような騒ぎが起こっている気配はない。

 あくまでも常識の範囲内で、祭りらしい喧騒に包まれているだけである。

 ……いや、一部だけちょっと違う熱気に包まれている場所があるような……?

 

 周囲を見渡した際、少し気になった場所。

 恐らくはお面屋の屋台の辺りが、少しだけ周囲と違う熱気を纏っているような気がする。

 なんとなくそこが目的地だろうと感じた私は、皆に促してそのお面屋に近付いて。

 

 

「あ、キーア。こんにちわ」

「……こん、こんにち、こんにちわ……???」

「あらあら、予想通りの反応ごちそうさま」

「……え、えー。なにがどうなってんのこれ」

「おー、なかなかのカッコよさですなー」

「ふむ、武人の立ち姿、というやつだな」

「わー☆とーってもかわゆーい!」

「かわいい……?」

 

 

 そこで何故か店の手伝いをしている()()()()()()()()*3を見付け、思わず宇宙猫状態になる私なのであった。……なんで?

 

 

 

 

 

 

「いや聞いてくださいせんぱい!事故、事故なんですこれは!」

「いや、別に責めてはないけど……」

 

 

 近くにいたBBちゃん(こちらもさっきのドローンを使ってホログラムを投影していた。なおBBちゃん的裏技で物理的に触れるようになっていたので、礼儀として頬を引っ張っておいた)に話を聞くところによれば、侑子用のサルベージプログラムは完成しなかったものの、アグモン君相手のプログラムについては、比較的簡単に作成することができたらしい。

 

 

「無論、このグレートデビルなBBちゃんのウデマエあってのこと、他の方には早々真似もできるモノではないのですが……」

「そう、じゃあルリちゃんの紹介はいらない?」

「それとこれとは話が別ですぅー!そうでなくても最近なんだかよくわかりませんけど、冤罪受けたあとバックドロップされたりだとか、夢に沈むルーラーの皆さんにクリティカルとか宝具とかぶっぱされたりとか、周囲の環境ごと星の内海に引っ張られて鎖責めされたりだとか、そんな感じのよくわからない悪夢に苛まれていてBBちゃん夜も眠れていないんですよぉ!?」

節子(BB)、それ悪夢ちゃう、現実や」*4

 

 

 こういう時記憶がフィードバックされるの大変だなー、などと他人事ながら可哀想に思いつつ、彼女の話を聞くところによると。

 

 BBちゃんの能力があってこそのギガパッチであるそれをアグモン君に投与すれば、はれて彼は電子と現実を行き来することのできる究極生命体として新生する……っていうと大袈裟だけど、まぁ自由に両界を行き来できる存在になるのは間違いなかったわけなのだが。

 ……結果としてはご覧の通り、何故かアグモン君は現実に再構築される際にワープ進化し、究極体であるウォーグレイモンになってしまったのであった。

 これには近くにいたエーくんもびっくり驚きもんじゃ焼き。

 

 

「ネタが古いわよー」

「いいのよ別にそこは気にしなくても!……で?BBちゃんはもうどうしてこうなったのか、っていう理由については分かってるんでしょ?わざわざ侑子と同じものを使ってる辺り、ね」

「ぎくぅ!……いえその、別にBBちゃんが暗躍しようと思ったとか、そういうわけではなくてですね?……そのぉー、現状の物質化(マテリアライズ)にはちょっとした問題点がありましてー……」

 

 

 侑子のツッコミをスルーしつつ、更に話を聞くところによれば。

 この物質化システム、対象にパッチを付与することで成立するモノなのだが、それがどうにも進化素材的な扱いになってしまっているようで。

 ……簡単に説明すると、パッチ後に本体データが肥大化するため、その状態で現世に投影すると、結果の方が肥大化したデータ量に見合ったモノに置換されてしまうらしい。

 

 ……それならアグモン・バーストモード*5とかでも良かったんじゃ?みたいな気分も沸いてこないでもないのだが、どうやらその辺りは複雑にして怪奇な法則があるとかないとかで。

 ともあれ、このウォーグレイモンがアグモン君である、ということに間違いはないらしい。……それから、BBちゃんがこのギガパッチを試さなかったのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということが大きいようで。

 

 

「今さらビースト化とか、二番煎じ過ぎて全然笑えませーん!そもそも今の私は……こほん。ともかく、ビーストになる気なんて更々ありませんので、パッチを試すのは急遽取り止めになったというわけなのです。よよよ……」

 

 

 みたいな感じで、どう考えても悪影響ありありなので別の手段を取った、というわけなのであった。

 ……そのデータを侑子の方にも反映すれば、酒とかご飯とか楽しめるんじゃないの?……みたいな熱い視線がBBちゃんに送られていたが、「元々電子生命体である私に適用するのと、元々は普通の人間である壱原さんに応用するのでは、色々と勝手が違うのです!」ということで、あえなく否定されてしまうのであった。

 

 ……その後、本気でガチ凹みした侑子を慰めるのに、それなりの時間を使うことになったのは言うまでもない。

 

 

*1
『ファイナルファンタジー』シリーズに登場する装備群の名前。和風な感じの装備であり、性能が高いことがほとんどである為こぞって装備される。ここで言及しているのは『ファイナルファンタジータクティクス』での源氏装備のこと。同作の敵キャラクターエルムドアに対して『ぬすむ』を使用すると、成功確率が0%となっており盗めないことが確認できる(そもそも所持スキルの仕様上絶対盗めない)のだが、とある攻略本では『このゲームでは小数点以下を切り捨てているため、実際は小数点以下の確率で盗める』とか書かれていた為、無意味な行動を何時かは成功すると繰り返す羽目になる者が続出したのだとか。なお、海外版では盗めない理由である所持スキル(メンテナンス)を所持していないので、実際に盗めてしまったりする。なお、実は結構ややこしい裏事情があるとかないとか(適当なことを書く編集部に嘘のデータを渡した結果、データでは盗めるはずなのに盗めないので『このゲームでは~』の文面が生まれた可能性がある、と示された)

*2
『ヒモQ』とは、お菓子の一つ。ヒモのような長ーいグミ。二つの味が楽しめるほか、ちょっとしたヒモ遊びもできた。なお、現在は工場の老朽化などにより、2019年に生産は終了されている

*3
アグモンの進化形態の一つ、究極体。竜人型・ワクチン種が基本型だが、人気デジモンである為派生がとても多い

*4
『fate/grand_order』のイベント、『ぶっちぎり茶の湯バトル ぐだぐだ新邪馬台国 地獄から帰ってきた男』における周回クエストの一番難易度が高いところでの惨事。特攻もないイベントで体力100万と、基本的に周回するには向かないような構成に見えるのだが、なんと通常と違い2waveである為、大抵のバフが効果の切れる3ターン以内なら意外と倒せること・副産物の『忘れじの灰』の需要が大きい上、ほぼ確定でドロップすること・実は意外と100万くらいの体力なら吹っ飛ばせることにマスターが気付いた、などの要因によりBBちゃんはイベントが終わるまでの三週間、ひたすら酷い目にあうことになるのだった。ちょっと前にもぼこぼこにやられていたこともあって、まさに泣きっ面に蜂である

*5
『デジモンセイバーズ』に登場したアグモンの進化形態の一つ。どちらかと言えばパワーアップ形態。超究極体だと目されるほどの戦闘力を誇るが、見た目はオーラを纏ったアグモン。『妖怪ウォッチ』のジバニャンSなどが類例か



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幕間・美味しいものを美味しく食べられるのはとても素晴らしいこと

「……はぁ。まぁいいわ。代わりにキーアにいっぱいお酒奢って貰うから」

「いやまぁ別にいいけど……お酒だけでいいの?」

「もちろん、おつまみだってお願いするわ!」

「はいはい」

 

 

 数分後、どうにか気を持ち直した侑子の姿に、一つ安堵のため息を漏らし。

 改めて、でっかくなってしまったアグモン君……もといウォーグレイモン君を見る私達。

 

 こちらが侑子の介抱をしている間、彼は何故かお面屋の手伝い(寧ろ店番)をしていたわけなのだけれど……。

 

 

「そういえば、なんで屋台の手伝いなんかしてるの?」

「こっちに来たボクはお腹を空かせていたんだけど、ここの店主の人が『店の手伝いをしてくれたら、ご飯を食べさせてあげよう』って言ってくれたから、その人が戻ってくるまで店番してるんだー」

「あー、なるほど?」

 

 

 彼の話を聞く限り、どうにもお腹が空いたのでご飯を貰うためにお手伝いをしている、というのが正解ということになるらしい。

 ……らしいのだが、そもそもウォーグレイモンが現実に生息していたとしたら、それこそビックリするさ!……案件なので、その時点で彼が普通ではない──『逆憑依』関係者であることは明白。

 つまり、郷のルールに従うのであれば、彼もまた()()()()()()()()()()()()存在ということになるはずなわけで。……なんだろう、悪い大人に騙されたのかな?かな?

 

 ……とまぁ、そんなわけで。

 こめかみに怒りマークを付け(ビキビキし)つつ、この店の店主とやらの帰りを、彼と一緒に待つことにした私なのだけれど……。

 

 

「……あれ?ゴジハム君?」

「おや、キーア達じゃないかなのだ。みんな揃ってなにしてるのだ?」

「えっと……」

 

 

 五分ほどしてやって来たのは、なんと悪い大人なんて言葉とは無縁……無縁?そうなゴジハム君なのであった。*1

 ……え?ということはもしかして、仮称悪い大人ってゴジハム君のことだったんです?

 

 そんなこちらの困惑を他所に、彼は肩から掛けていた大きな鞄に腕を突っ込んで、中をごそごそと(あらた)めると。

 

 

「はい、おまちどおさまなのだ。いきなりこっちのものを食べるとお腹を壊しちゃうかも知れないから、このデジタルフードで徐々にこっちのものに慣らすといいのだ」

「わぁ、ありがとー」

「……んん?」

 

 

 彼は鞄の中から、ペットフードみたいな見た目の固形物の入った袋を取り出すと、ウォーグレイモン君にそれを渡したのだった。

 受け取ったウォーグレイモン君の方は、なんの疑いも見せずにその食事を食べ始めたのだけれど……ええと、さっきまでの話を聞くに、ウォーグレイモン君はこっちの食べ物を食べられないんです……?

 

 更なる困惑がこちらを襲う中、固まった私達(特にBBちゃん)を見て、ゴジハム君が不思議そうに首を傾げていた。

 

 

「……?BBからなにも聞いてないのだ?『長い間電子の世界に滞在していたのですから、例え元が現実の人間を核にした存在だとしても、なんの対処もなしに違う法則の世界のモノを摂取すると、アレルギー反応のような症状を引き起こすかも知れないので注意が必要です』……って言ってたのだ」*2

「……いや、全然聞いてないですね……」

「ありゃ、なのだ」

 

 

 そうして、不思議そうな顔のまま彼が話してくれたところによれば。

 今のウォーグレイモン君は、実体と非実体の切り換えがまだまだ不安定で、下手にこちら(現実)のモノを体内に取り込むと、それによってアレルギー反応──要するに抗体が過剰反応するかもしれないのだそうで。

 実際、計測データの上では酸素や日光に対して、微弱ながら抵抗反応が検知されたため、経過観察も兼ねて彼に摂取させる食事については暫く制限した方がいい……ということになったのだとか。

 無論、酸素や日光という、常に触れあわなければいけないモノに対しての対策は取った上での話だが。

 

 で、経過観察用の食事というのが、先ほど彼に渡されたペットフード状の食事──通称デジフード。

 特殊な加工を施すことにより、実体と非実体の中間の性質になるように調整されたこれを慣らしとして摂取し、徐々に現実の食べ物に切り換えていく……という行程を取ることが推奨されるとかなんとかで……まぁ要するに、幼児に対しての離乳食みたいなものなのだとか。

 

 ゆくゆくはギガパッチを軽量化したうえで、各世界用の形態の移行をスムーズに行えるように調整し、アレルギーのような反応も起こさないようにするということを目標に、あれこれ研究が続いている……というような話を、()()()()()()()()()()私はというと。

 

 

「びぃーびぃーちゃーん?」

「ひぃっ!?ちちち違います誤解です単なる伝達ミスですぅぅぅっ!!?」

 

 

 こっそーり、抜き足差し足でこの場から離脱しようとしていたBBちゃんの肩をがっしりと捕まえ、その肩越しから覗き込むように彼女の顔を見つめる。

 

 ホラーテイストマシマシのその行動には、さしものBBちゃんも肝を冷やしたようで。

 矢継ぎ早に飛び出してくる言い訳を右から左に聞き流した(聞いた)私は、殊更にこやかに笑みを浮かべて、彼女に最後通牒を突き付けるのだった。

 

 

「今度水辺の聖女とのスパーリング組んどくから、逃げないように、ね☆」*3

「ぴえん……」*4

 

 

 

 

 

 

 やらかしたBBちゃんへのお仕置きについてはまぁ、このくらいにしておくとして。

 

 今のウォーグレイモン君を祭りの喧騒の中に連れ出すと、色々食べたくて仕方なくなるのは目に見えている。

 が、体の慣らしが済んでいない今の状況下では、いわゆる生殺しみたいなものでしかなく。

 食べられないものを指を咥えて見るしかない、というのはストレス以外の何物でもないだろう。

 なので、当初の予定は捨て置いて、彼のことはこのままゴジハム君にお願いする……ということで話が決まるのだった。

 

 

「ごめんねゴジハム君。なんだか面倒を押し付けるみたいな感じになっちゃって……」

「別に構わないのだ。いつも銀ちゃんから被っているあれこれを思えば、こんなの屁でもないのだ」

「その話を聞いて、私の中の銀ちゃん株が急暴落したんですが?」

「……?そもそも銀ちゃん株って、特定状況でもなければずっと最安値じゃないのだ?」

「……………それもそっか!」

「仕方のないこととはいえ、お労しや銀時さん……」

 

 

 一応、本来一緒に連れていくはずだったこともあって、面倒を押し付けるような形になってしまったことになるので、こちらから謝罪を申し入れたのだけれど……ゴジハム君は笑って許してくれるのだった。……ついでに銀ちゃんの評判を下げつつ。

 流れ弾がでかすぎやしねーか?!……みたいなツッコミが飛んできた気がしたがスルーしつつ、代わりになにかお土産でも持ってくるよと約束して、漸くお面屋を離れる私達であった。

 

 

「……で、いつの間に買ったのそれ?」

「貴女達が詳しい話を聞いてる時。あっちの竜人さん、真面目に働いてたから」

「……結果的にとはいえ、放置してたこと怒ってたり?」

「別に。そんなことで拗ねたりしないわ。子供じゃないもの」

(……拗ねてないならそれはそれで問題なんだよなぁ)

 

 

 ……なお、何故か売ってた『マジカル聖裁キリアちゃん』のお面を購入し、斜めに被るようにして装備している綾波さんという、こっちの胃を攻撃してくる劇物も発生したが……とりあえずスルーすることにした。

 縁日で売ってるプリ◯ュアのお面みたいなものだろうから、気にするだけ無駄だと悟ったというところもなくはない。

 まぁ、しれっとわたあめ屋とかにも『キリアちゃん』柄の袋が並んでいた時には、流石に膝から崩れ落ちそうになったけども。*5

 

 

「有名税、というやつですね……」

「ははは全国ネットって強いなぁ!」

「下手に独占配信とかだとぉー、あんまり噂にならなくてよくない……ってきらり聞いたことあるにぃ☆」

「あー、独占配信であれば制作費の問題は解決しやすいが、話題性は取り辛い……というやつだな」

「一挙公開も難しいとは聞くね。なんでも、最後まで見ている人と見ていない人の間で、話題の同期が取り辛いからだとか」

「週刊連載って、意外とニーズにあってたのねぇ……」*6

 

 

 そうして、人気者は辛いなぁ!(やけくそ)な話題から、現代の作品公開の難しさについての話題にシフト。

 不特定大多数の人間が見るような場所では、ネタバレ云々についての話題はよく火種になっているし、全ての人が納得できるような仕組みというのは難しいのだろう。

 

 そういう意味で、公式側から『話していいのはここまで』みたいな線引きができる週刊連載というのは、意外とよくできているんだなぁとしみじみしてしまう私達である。

 実際、原作ありきの作品の場合はそれ(週刊連載)でもネタバレ云々で荒れたりするわけだし。

 

 

「ははは。相変わらず変な話題で盛り上がってるねぇ、君達」

「そのお声は……五条さん?」

「はいどうもー、みんなの愛しき隣人五条悟でーす。……いや、そこで冷めた視線向けられても困るんだけどね?」

「いや、あんまり笑えないなって。親愛なる隣人(スパイダーマン)的な意味で」

「……あれー?なんかドシリアスな意味で捉えられてるー?」*7

「んもー、五条お兄さんってば空気が読めてないんだゾー!」

「ああうん、それはまぁ原作からしてそんな感じだから今更っていうか」

「いや開き直るなし」

 

 

 なお、そうして染々と語り歩く中で、ぶらぶらと街を歩いていた五条さんに遭遇することになり、なし崩し的に彼も同行者に取り込む形になるのだった。……仲間がぞろぞろ増えてくぞ!

 

 

*1
本人がどうかは別として、ゴジラを着込んでいるようなモノなので周囲からヤベーやつ扱いされていてもおかしくない、の意

*2
そもそもアレルギー反応自体が、特定のモノに対して体の免疫系が過剰反応を起こした結果であることから。本来は無毒・無害なモノであっても起こりうることなので、初めて食べるモノ・かつアレルギー反応を起こしやすいモノについては注意が必要である。……なお、今まで大丈夫だったモノが突然ダメになる、というパターンもあるので実は注意し切るのは難しかったりする

*3
『fate/grand_order』より、星4(SR)ルーラー・マルタのこと。水着BBちゃんになると完全な天敵と化す。水着じゃなくてもクラス相性的に天敵。今ならゾンビ(悪霊)扱いされてぶん殴られることも

*4
泣いている様子、もしくは泣きたくなるような状態を示す言葉。恐らくは泣いていることを表す擬音『びえーん』などが変化したものだと思われる。より上位の言葉として『ぱおん』がある(ぴてん越えてぱおん。『ぴ』よりも『ぱ』の方が五十音で並べた時に上だから、ということだろうか?)

*5
女の子向けの作品として、購買意欲を高める為にプリキュアや、古くはセーラームーンなどが使われていた。男児の場合は仮面ライダーか戦隊ものが鉄板。要するに大体日曜朝八時頃にやってる作品が使われている、ということでもある

*6
二期が配信サイト独占だったりする時に、ネットなどで話題になりにくくなっている現象。いつでも見れるということは、裏を返せば見ていない人との差が付きやすい、ということでもある為、結果として不特定多数が見るようなSNSなどでは、詳しい内容などを話せないということに陥ってしまっている。無論、独占配信パターンは通常の配信と違い、制作費の回収が容易である為制作会社にとっては嬉しいことなのだが……作品単体として見た時はそれでよくても、そこから繋がるマルチメディア展開にしこりを残す、という面が少なくないとわかってきたという形である

*7
軽いノリをしているが、抱えている宿命が重い……ということ。スパイダーマンは特に曇らせ要素が多い



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幕間・仮に全員出すとすればゴールはどれくらいか

「こんにちわ、次元の魔女さん。噂の方はかねがね」

「ご丁寧にどうも、そっちの話もそれなりに聞こえてるわよ、最強の呪術師さん。……まぁ、ここにいる私は実体ではないのだから、貴方のことをしっかり認識できているとは言い辛いのだけど」

「ははは。それはまぁ、お互い様ってことで」

 

「……なんだろう、なんかいきなり謎のフラグ的なものばら蒔いてないかな、この二人?」

「せんぱい、その発言は流石にメタが過ぎるのではないかと」

「おおっと」

 

 

 険悪……というのとは違うのだけれど、なんだかよくわからない距離感で会話する侑子と五条さんの二人に、思わず小さく首を傾げつつ。

 結果としてわりと大人数になってしまった私達はと言えば、ところどころの屋台にフラフラと近寄って商品を物色しながら、あちこち練り歩いていた*1のだった。

 

 

「ところで、あちこちでメカクレ布教に勤しんでいる私なわけだが……中々上手くいかないのは、何故なのだろうね?」

「……寧ろなんで上手く行くと思ったの?バカなの?」

 

 

 なお、行く先々でメカクレ布教を始めるバソに関しては、そろそろふん縛るかパーティメンバーから追放した方がいいんじゃないかなー、などと思ってしまう私である。

 

 

「なるほど、『世にも珍しい紳士的な海賊の私がパーティから追放されたら、驚くことにメカクレパラダイスが向こうの方からやって来た』というような感じになるというわけだね?──素晴らしい、追放というのも存外悪くないものだ」*2

「……なんでこう、そこまで自分に都合のいい妄想だけ垂れ流せるの君?私ちょっと感心しちゃったんだけど?」

「せんぱいせんぱい、そうやって構ってしまうから付け上がる……ということなのではないでしょうか?」

「!?(マジで!?という顔)」

「ははは。なんというか、どこに行ってもマシュ君からの視線は変わらないね」

(自覚があるのであれば直して欲しいのですが?という顔)

 

 

 ……話が進まないので、この辺で一度バソの話は切って。

 年に一度のお祭り騒ぎであるということもあってか、ほとんどの住民達がなにかしらの屋台を出しているわけなのだが。

 

 

「おーいキーア、こっちこっちー!」

「ヘスティア様、こんにちわ。今日はジャガ丸くんの屋台じゃないんですね?」

「風の噂に聞いた話によれば、この祭りでは()()()()()()()()()()()()()()()()……って言うじゃないか。だから僕もエウロペと一緒に、あれこれと案を出してみたんだよ」

 

 

 その内の一つ、ヘスティア様達の移動屋台を見付けた私達は、その手前で客引きをしていたヘスティア様に誘われるまま、彼女の近くへと歩を進めることとなったのだった。

 

 ……で、既に私が口にしたように、今日のヘスティア様達はいつものジャガ丸くん──コロッケ的なホットスナックではなく、まったく別の商品を売りに出している。

 

 

「なんでもこの時期には、はろうぃん……?というお祭りもあるのでしょう?エリザちゃんからそう聞きました」

「エリちゃんから?そりゃまた、なにか問題とかは起きませんでしたか?」

「?いいえ、とっても優しい子でしたよ。私にも、丁寧にあれこれと教えてくれたの」

(流石のエリザベートさんも、エウロペさん相手では下手なことをできなかった……ということでしょうか……?)*3

 

 

 その商品と言うのが、時期を同じくする祭り・ハロウィンの主役である()()()()を使ったカップケーキなのであった。

 ……エウロペ様は少なくとも去年より前からここに居るはずなのに、なんでハロウィンのこと知らないんだろう?……みたいな疑問はあれど、多分エリちゃんがいるから危なくないように隔離されてたんだろうなー、的な(どこぞの主神とかの)過保護の気配を感じたため、とりあえず言及せずにおく私である。*4

 

 ともあれ、いつもの販売物と違うその商品達はそこそこ好評のようで、こうして私達が会話する間にもそれなりの数が捌けていっている。

 ……で、実はそれを売っているのはヘスティア様でも、ましてやこうして目の前でニコニコしていらっしゃるエウロペ様でもなく。

 

 

がっすぴーじゅー(God speed you)*5……あ、キーアだ。はんなまー」

「はいはんなまー、エーくん。さっきぶりねー。……あととりあえず、食べ物売ってる時に『はんなまー(半生)』は止めといた方がいいよ、赤エプロンの人が飛んでくるかもしれないからね」

ろじゃーかぴー(Roger Copy)*6。よくわからないけど、覚えておくよー」

 

 

 可愛らしく飾り付けられた、中にカップケーキの入った袋を手渡しているのは、先ほどチラッと言及されていたエーくんなのであった。

 

 

「今の私にはタロスもタウロスもいないけれど……この子がね、『だったら僕が『ないと』になってあげるよ』って言ってくれて。もう、私嬉しくて嬉しくて……」

「あーうん、なるほど。エーくんの方から手伝いを申し入れたってことですね……」

 

 

 どういう電波を受け取ったのかは定かではないが、どうやらエーくんはこの女神二人の手伝いをするべきだ、みたいな閃きを受け、それに従って彼女達の元に馳せ参じたらしい。……ナイト云々は、そのせいだろう。

 無論、そんなことをすればエウロペさんが感激頻りになるのは目に見えている。……どこぞのスペースな王妃みたいにならなくてよかった、と内心ちょっと胸を撫で下ろしている私であったが、表情には出さない。*7

 

 

「うんうん、きらりんにはエウちゃんのその気持ちぃ、とっっ………ってもよく分かるにぃ!エーちゃん、とっても賢くてかわゆいんだよね~☆」

「ええ、ええ!とっても良い子で、私思わずちょっと涙が……」

「……なんだかよくわからないけど、エウロペが楽しそうでなによりだよ」

(状況はよくわからんが……この小娘も苦労しておるのだろうな)

 

 

 なお、なんかよくわからないけど、きらりんとエウロペ様がエーくんいいよね、で同調していた。……波長的なものが噛み合ったのだろうか?

 それとその横でなんとも言えない苦笑を浮かべるヘスティア様を見て、サウザーさんが何故かうんうんと頷いていたけど……どういう思考展開が発生したのか、ちょっと気にならないでもない私なのであった。

 

 

 

 

 

 

 カップケーキのおまけだという、もちもちのエーくんスクイーズマスコット*8をにぎにぎしながら、再び屋台巡りを再開した私達。

 

 マシュがしきりに「これは大丈夫なのでしょうか……」と呟いていたが、大丈夫大丈夫。

 これはあくまでもスーパーデフォルメ(SD)体型のエーくんのやわらかーいマスコットであって、彼に混ざっているとおぼしき、太歳星君のミニキャラ(コン)とはなんにも関係がないのだから。

 ……だから、間違ってもアンリエッタ(アルトリア)に持たせるのは止めようね、キーアお姉さんとの約束だぞ☆*9

 

 

「それって、最早認めているようなもんじゃないのかなぁ……」

「はっはっはっ。鬼太郎、時には目を逸らすべきことというのも、世の中には多く転がっているものなのだよ」

「やだ、バソにフォローされてる……!?」

「あっはっはっ。キーアさんは相変わらずだなぁ」

 

 

 みたいなやり取りを挟みつつ、それでも変わらずに屋台を回る私達。

 

 なんやかんやで私達も有名人……ということなのか、今まであまり関わったことのないような人達も、こちらを見ては声を掛けてくる。

 

 

「わぁ、キーアさんですよね?実はファンなんですー」

「は、はぁ。ど、どうも?」

「で、ですねー。実はうちの商品を一つ貰って欲しくてですねー」

「……あー、宣伝ってことですか?」

「そうですそうです!……いえ、ちょっと烏滸がましいかなー、とは思ったんですけど……」

「いや、別に大丈夫ですよ。単に食べながら歩けばいいんですよね?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 その内の一つ、とある屋台では、特に見覚えのない女性から唐突にファンだと告白された挙げ句、体よく歩く広告塔になることをお願いされたりしたわけなのだが……。

 ついでにみんなの分の串カツを買って戻ったら、何故かマシュとBBちゃんが頬を膨らませていたのだった。

 

 

「……この二人は、どうしたの?」

「さぁ、自分の胸に聞いてみたらいいんじゃない?」

「……?お胸さんお胸さん、私の胸は何故そんなに哀れなほど薄っぺらな*10ぐふぅっ!」

「……いや、そういう意味じゃないし、なんで自爆してるのよ貴方」

 

 

 よくわからなかったので、近くにいた侑子に尋ねてみたのだけれど……彼女はニヤニヤ笑うばかりで、答えてくれる様子はないみたい。

 なので仕方なく、彼女のアドバイス通りに自身の胸に問い掛けてみたのだが……後輩二人とは比べるべくもないその絶壁に、私の意識は一瞬吹っ飛ぶことになるのだった。……はっ!?私はなにを?

 

 

「はいはい、ご馳走さまー。で、これからどうする?とりあえずこの階層の店に関しては見終わったんじゃないかなー、と思うわけなんだけど」

「ふぅむ……今回の祭りにおいて、部外者が立ち入ることのできないエリアというのはあるのか?」

「うん?そうだね……あー、機密に抵触しそうなところは流石にあれだけど、それ以外なら大体開放されてるみたいだね。……で?それを聞くってことは、どこか行きたいところがあるのかな?」

 

 

 なお、五条さんはいつも通りですね、とでも言わんばかりに笑ったあと、私の両手から串カツをひょいと取って、みんなに配り始めるのだった。

 で、その流れの中で次は何処に行こうか、とみんなに彼が問い掛けたわけなのだけれど……真っ先に声をあげたのはサウザーさん。

 その発言の内容的に、どうやら何処か見たいところがある、みたいな感じだったのだけれど……?

 

 

「うむ、確かここには北斗真拳伝承者の一人──トキが居ると聞いてな。一度、きらりの拳を見せておきたいと思っていたのだ」

「……にょわ?きらりの拳?」

 

 

 その内容は、私達も直接会ったことはない──けれど、ブラックジャック先生の発言により、居ることだけは以前から判明していた人物。

 北斗伝承者にして四兄弟の次男、銀の聖者・トキにきらりんの拳を見せたい、という突拍子もない話なのだった。

 

 

*1
多数の人間が列を作ってゆっくりと歩くこと、行列がうねるようにしながら進むことを指す言葉。恐らくは『練り』(祭りなどで、御輿のような出し物を観衆に見せる為に動かすこと。もしくは、伝統芸能などで、役者達が一定距離を保ちながらある程度の距離を列を作ってあるくこと。どちらも『観衆などの多数の人間が列を作る』という共通点がある)から転じたものだと思われる

*2
そんなわけはない。現実は非情である

*3
『……ねぇ?確かに私はトラブルメイカーだけど、そこまで信用ないものなの?!』

*4
『だーかーらー!元の私ならいざ知らず、ここにいる私はそこまで無茶苦茶じゃないってばー!!』『……なんでこの子は、唐突に虚空に向かって叫んでいるのかしら……?』『どこかで噂されている……ということなのかもしれませんね』

*5
正確には『May God speed you』。ボイジャーの台詞の一つであり、意味としては『(貴方の)幸運を祈る』。『speed』には『幸運』という意味が古い時代に存在していたらしく、そこから生まれた言葉なのだとか。なおエーくんは『お買い上げありがとう』くらいの意味で使っている

*6
ボイジャーの台詞の一つであり、宇宙飛行士の用語でもある。意味は『了解』。『Roger』は人名だが、昔は通信が音質がよろしくなく、聞き間違いを避ける為に一文字一文字区切って文章を伝える、ということを行っていた。その時に『R』を意味するモノだったのが『Roger』であり、また必ず一文字一文字変換していては大変なので『了解した(received)』と同じ意味として扱うようになり、今日では『Roger』だけで『了解』の意味を持つようになったのだとか。なお、日本では『ラジャー』という読みの方が有名

*7
どこぞのサーヴァント・ユニヴァースにおいては、キングダムハーツ的な意味の方のディズニー・プリンセスみたいなモノになっているらしい。喜び過ぎて時空断層が出来るとかなんとか

*8
低反発素材を使用したマスコットのこと。握った時の感触が特徴的

*9
『Fate/Grand Order コン もちもちスクイーズマスコット』の生放送での紹介時のアルトリアの中の人のやりとりから。マスコットの感触に、興味津々の王様なのであった。……おいしそうは洒落にならない気がします、王よ。一応、エーくんがコンも混じってるっぽいことからの繋がり

*10
『遊☆戯☆王ARC-V』における黒咲さんの台詞の一つ。信念などがまるで足りていない、ということを述べたモノだが、のちに年齢に比して一部が哀れな感じの姉妹(タイラー姉妹)が現れたことにより、意味がそっち方面に片寄って使われるようになっていくのだった……。いや、っていうか二人の名字も良くないよ、それは(タイラーという名字そのものは、普通にありふれたものである)



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幕間・設定上居たけど出てこなかった人達もそれなりにいる

「あー、トキさんかぁ……」

「その口ぶりだと、知っているのか?」

「話だけはねー。ブラックジャック先生がここに居る、ってことは一応匂わせてたから」

 

 

 サウザーさんから飛び出した言葉に、昔先生が語っていたことを思い出してしまう私である。

 

 あの時話題に挙がっていた人物の中で、未だに顔を見たことがないのは『冥土帰し』『八意永琳』それから『トキ』の三人ということになるわけなのだが……。

 そう考えてみると、寧ろ実際に会ったことのあるロー君の方が例外、ということになるのかもしれない。

 だって、あの時言及されていたもう(ひと)カテゴリー──キュア・プラムスが使えるだろう誰か(エインフェリア)についても、今のところ会ったことがないからね!

 

 

「そもそもの話として、居るのかね?エインフェリア。あれ、区分的には死者の霊の類いだろう?」

「それ、(英霊)が言う?」

「……それもそうか」

「おおい、話が逸れているわけだが?」

「おおっと、ごめんごめん」

 

 

 まぁ、私みたいな一部例外を除いて、魔法やスキルなどの技能は、原則自身の出身作品のモノしか使えない……というのが基本なわけで。*1

 必然的に、『キュア・プラムス』が使えるのは『ヴァルキリー・プロファイル』系列の作品を原作に持つキャラクター……つまりはエインフェリアなどに限られることとなる。

 

 エインフェリアとは、雑に言えば英雄と呼ばれるような死者達の霊のこと。*2

 なので、『逆憑依』の原理的に成立しうるのか?……みたいな疑問が出てくるのも、ある意味ではおかしなことではない。

 おかしいところがあるとすれば、それを言っている人がサーヴァント──エインフェリアとはほぼ類型である、英霊そのものである(バーソロミュー)が述べていること……ということになるだろうか?

 

 ともあれ、今回の祭りは一月に渡る、とても長い祭り。

 余裕なんて幾らでも沸いてくるようなものなので、特にその行為自体に問題がないのであれば、誰かの要望を聞いて動くことは吝かではない。

 

 

「じゃあ、探してみよっか?トキさんのこと」

「おお……すまぬな、キーアよ」

「いいってことですよー」

 

 

 と、言うわけで。

 これからの第一目標に『トキさんの捜索』が加わることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、目標が決まったからといって、特に劇的な変化があるか?……と言われるとそういうわけでもなく。

 

 

「……ううむ、結局は地道な聞き込みが主体となるわけか」

「現状だと、ブラックジャック先生に聞いてみるのが一番早いのかもしれないけれど……何分先生も、祭り中は暇ってわけでもないみたいだからねー」

「ままならぬものよな……」

 

 

 こうして第一目標として定めたものの、それを早急に達成するということは難しい。

 

 なにせ、こちらの持っているトキさんについての情報と言えば、『ブラックジャック先生が話題として挙げていた』──というものだけ。……つまりは()()()()()()()()()()、と言ってしまっても間違いではないわけで。

 更には直接先生に彼の所在を尋ねようにも、祭りの期間中は先生の方も、郷の各所で来客達の健康状態の確認を行うために、あちこち移動しているのだそうで。

 結果、元の診療所に姿はないので、先生自体の所在も不明……と、出だしから思いっきり躓いてしまっている状態。

 

 だからまぁ、祭りを楽しんでいる間……すなわち一月(ひとつき)の間に見付けられればいいなー、程度の微妙な優先度となっているのだった。

 

 

「……というか、なんで今なの?別に今みたいな祭り時じゃなくて、なんにもない平時にでも来てくれれば、こんなにドタバタする必要はなかったんじゃないかなー、って思うんだけど……」

「貴様な……忘れているのかもしれんが、曲がりなりにもここは俺達にとっては別組織。気軽に来訪できる場所ではないのだぞ?」

「ふーむ……?」

 

 

 そんな優先度で大丈夫か?*3

 ……的な思いもなくはなかったので、射的に興じながら訪ねたところ、サウザーさんから返ってきたのは呆れたような視線。

 拳を見て貰うというのは、言い換えれば喧嘩を売っているとも言える……みたいなことになるらしく、平時にやったらそれこそ問題になるわ、的なお叱りの言葉を頂いたわけなのだが……。

 

 

「……その論理で行くと、私ってば火種以外の何者でもなくね?」

「む、それは何故だ?」

「いやだって、向こうの子(リムルさん)に私、アルトリアけしかけたりしてるよ?」*4

「けしかけ……っ?い、いや、貴様はなにをしておるのだ……?」

「なにって……そりゃもう、ある意味では今サウザーさんがしようとしていること?」

「ぬぅ?」

 

 

 きらりちゃんの拳を見て欲しいというのは、正確には彼女の拳法──きらりん真拳が、方向性的に医療目的の北斗真拳に近しいモノであるため、というところが大きいだろう。

 言うなれば、彼女をちゃんとしたところで師事させたい……というのがサウザーさんの言葉の真意、ということになるわけで。

 

 だったら、その辺りをちゃんと申請しておけば、特に問題はなく渡航許可?……っていうのもおかしいけど、普通に受理されてたと思うんだけども。だって既に私がやってるし。

 思い起こすのは、リムルさん相手の様々な鍛練の数々。……いやまぁ、私が面倒を見ていたのは初期も初期で、育成方針を固めてからは向こうの人間(ミラちゃん)に任せていたけれども。

 

 ともあれ、既に人材交流的なものはやっていた、ということは事実。

 なので、モモンガさんにもその辺りの話を交えて説明すれば、普通に許可は取れるんじゃないかなー、と思う次第なわけなのであった。

 ……まぁ、サウザーさんの反応を見るに、多分その辺りの話については全然聞かされていなかったのだろうけど。

 

 

「んー……やっぱり好戦的な人が多いってのもあって、聞いてくる人には開示するけど、聞いてこない人にまでは教えていない……みたいな感じなのかなー」

 

 

 ううむ、と唸りながらモモンガさんの運営方針について思いを馳せる私。

 

 こちらとは別ベクトルの問題児が多い互助会、そのトップともなれば、私よりも遥かに所属人員の癖というかやらかすことというか、そこら辺の事情に詳しいことは確かなはず。

 なので、もしかした私には想像も付かないような、遠大な理由が隠されているのかも知れない……。流石モモンガさんだな!()

 

 

「へっくしょい!」

「あら。アンデッドでも風邪を引くことがあるのかしら?」

「……いや、病気系列は完全耐性のはずだ……大方、キーア嬢辺りにでも噂されているのだろう」

「なるほど、それは十分にあり得る話ですわね……」

「ねーぇー!?コンサートを聞いてくれるのはー、私的にも嬉しいんだけどぉー!!結局のところ、私はいつまで歌っていればいいわけー!?」

「む、これは失礼した。できればもう少しサンプルを取っておきたいので、あと三曲ほどお願いできるだろうか?」*5

「さささ三曲ぅ!?」

(……原作で冥界関係の人とかに好評だったし、暫く部屋の中で缶詰になることが決まっているから、気分転換も兼ねて……って感じでお願いしたライブだったけど。──まさか先にエリちゃんの方が音を上げるとは、予想外だったわね……)

 

 

 ……なんか、謎の電波を受信した気がするけど置いといて。

 ともあれ、サウザーさんのお願いは、()()()()()()()意外と単純に終わっていたかもしれない、というのは確かな話。

 それを理解したサウザーさんは、なんとも微妙な表情でぬぐぅと呻き声をあげるのだった。

 

 

「……あ、あー☆サウザーちゃんがぁー、きらりんのために色々考えてくれてたってことぉ、きらりんはとっても嬉しく思ってるよぉ?」

「……うむ、まぁ、貴様の面倒を見るのは今に始まった話でもないからな、苦にはしておらんさ」

「……ほう、やっぱりサウザーPでしたか。大したものですね」

「あ、サウザーさんがプロデューサーになるのはお断りします」

「どうしたのきらりん!?言葉使いが変だよ!?」*6

「ツッコミどころはそこではないと思うわけだが?」

 

 

 まぁ、この二人がコンビみたいなもの、というのは見ていればわかる話。

 どうにもきらりんの反応的にPちゃんではないらしいが……杏ちゃんみたいなもの、ということは恐らく間違いではないだろう。多分。

 

 

「なるほど。じゃあ私はサウザーに飴をあげればいいわけね?」

「突然なにを言い出すのだ貴様は!?」

「あっはっはっはっ。それって対価いるやつなの、魔女さん?」

「そうねぇ、ちょっとなにか奢って貰ってチャラにする、って感じでどうかしら?」

「何故揃って俺を弄ろうとする!?」

 

 

 ……なお、杏ちゃん=サウザーさんの図式がやけにツボったのか、侑子と五条さんの二人に弄られ倒すサウザーさん、などという不思議なものが見られたわけだが……これ、写真にでも残しとけば向こうで話題になるかもねぇ。

 

 

 

 

 

 

「あれこれ話しているうちに、すっかりお昼になってしまいましたね」

「まぁ、あちこちで買い食いしてたから、そこまでお腹は空いてないんだけどね」

「BBちゃん的には、折角ご飯が食べられるので今のうちにあれこれ制覇しておきたい気分なんですけど!」

「いや、それにしても食べ過ぎ……というやつなのでは……?」

「サウザーおじさん、デリカシーが無いぞ……」

「何故俺は今バカにされた?!」

「それくらいはちゃんと考えて欲しいにぃ……」

 

 

 それからぐだぐだと会話を続けつつ、あちこちでトキさんの影を探してみていた私達。

 路地裏の窓とか新聞の隅とか、色々見てみたものの特に手掛かりは見付けられず、そのまま間食だけが増えていく感じではあったが。……え?探した場所的に本気で探してないだろうって?*7

 

 ともあれ、そうしてブラブラしていれば、必然時間も過ぎていくというもので。

 時刻は大体正午くらい、歩き回っていた割りにはあまり空腹を感じない状況に、ちょっと食べ過ぎたかなーなんて感想をみんなで溢していたのだけれど……。

 

 

『みなさま~(国士無双)正午をお知らせ致しますのは、前略中略後略所属の周央ゴコ、周央ゴコにございます~』

「この特徴的な音声は……選挙カー!?」

「元の方もよく真似していらっしゃいますよね……」

 

 

 ふと公共放送に乗って聞こえてきたのは、ガチ勢極まった結果、見た目本人なのに別人ですぅー、と主張することとなった少女・周央ゴコの声。

 街頭演説みたいなよく通る声で彼女が伝えるのは、これから始まろうとしている大きなイベントについてのお知らせ。

 

 

『え~まもなく~、大食い大会スタート致しますぅ~。参加をご希望の皆様は~、奮って中央ステージまではお越しくださいませ~』

 

 

 祭りと言えば、な催し物の一つ。

 大食い大会が今から始まる、というその言葉に、私達は思わず顔を見合わせることになるのだった……。

 

 

*1
なお、現実の固有名詞を使っている為、他の作品の技と名前や効果が被っている、というパターン(『ヒール』など)については一応別物、という扱いになる(原理がほぼ同じだとしても)。代わりに、概念的に近しいモノである為、例外的に同名スキルに関しては習得難易度が下がる

*2
北欧神話における『エインヘリャル』、戦死した勇者達の魂という意味のそれの別読み。その為、北欧神話を元とした作品には同名の存在が設定されていることも多い(『Dies Irae』など)

*3
ゲーム『エルシャダイ』における、ルシフェルの特徴的な台詞『そんな装備で大丈夫か?』から。大抵大丈夫じゃないので、何かしらの対策を講じなければならなくなる

*4
『下がるな!お前達の後ろには、守るべき民が居ると思え!』『いやなんでヒーローの心構えみたいなもの説かれ……ひぃっ!!?鼻先をビームが!ビームが掠めたっ!?』『私達、生きて朝日を眺められるんッスかねぇ……(白目)』

*5
『エリちゃんのCD』:聞くだけで負のパワーを補充できるアイテム。効果は絶大

*6
大川ぶくぶ氏の二次創作漫画において、突然標準語になったきらりに対して作中のプロデューサーが述べた台詞『どうしたきらり!?言葉使いが変だぞ!?』から。プロデューサーのデリカシーの無さが光るが、のちに本編でもきらりが標準語で喋る機会があった為、プロデューサーの中にはこの台詞を連想した者もいるのだとか。なお、そちらはあくまでも『場所の空気に合わせて真面目にしようとした』というだけの話だったりする

*7
山崎まさよし氏の楽曲『One more time,One more chance』の歌詞から。元々『秒速5センチメートル』の主題歌だからなのか、なんとも苦味走る感じの歌詞をしている



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幕間・早食いと大食いはフェスティバルなら大体やってる

「おでれーた、まさかなりきり郷で、普通にお祭り感のあるイベントが開催されることがあるとは……」

「大食い大会……と言いますと、やはりオグリさんや悟空さんが参加していらっしゃるのでしょうか……?」*1

 

 

 実際に参加するかどうかは別として、大掛かりなイベントが開催されるというのであれば、それを観戦しない手はない……ということで、みんなを引き連れゾロゾロと中央ステージまで足を運んだ私達。

 そうしてたどり着いた中央ステージ付近では、多種多様な人々がイベントの参加やら観戦やらのため、こちら側のぞろぞろっぷりに負けないくらいの密集状態となっている姿があったのだった。……ふむ。

 

 

「実はここにいる人全員、(ガーデン)愛好家の集まりだったりとかは……」

「ないですね」

「ないな」

「ありませ~ん」

「……そこまで否定しなくてもよくない?」

 

 

 ふと溢した言葉は、上からマシュ・バソ・BBちゃんの順で否定されることに。……いや、三部じゃないんだから、そこまで否定しなくてもよくない?そもそもあれ、本来ならこういう時に使われるネタじゃないし。*2

 

 ともあれ、私達が参加するのか観戦するのか、そのルート選択を行えるのはここで最後だ、ということに間違いはないだろう。

 

 

「……いや、間食のし過ぎ云々と散々述べておきながら、何故参加することが真っ先に選択肢として飛び出してくるのだ……?」

「え?そんなのもちろん、なりきり郷は全てを受け入れるから……ですよ?」

「なんと曇りなき眼か……っ?!」

 

 

 そんな私達のノリに、サウザーさんからは首を傾げられることとなったのだが……なにかしらの話題があるのなら、まずは飛び付くのがマナー(?)みたいなところがなくもないなりきり郷、ここで逃げ出す方があり得ない。

 

 無論、現状そんなにお腹が空いてないこともあり、例え参加したとしても優勝とかは夢のまた夢だろうが……そもそもの話、最初にマシュが言っていた通り、他の参加者に大食いの王様……みたいな奴らがいることはほぼ確定。

 つまりは『端から勝ちの芽なんてない』ということも確定しているようなものだというわけで、極論参加しようがしまいが優勝争い云々の面では大して変わらないのである。

 

 だったら、記念的な感じで参加しようとするのは別に間違いではないだろう。……真面目にやってる人からは、怒られるかもしれないけれど。

 

 

「でもまぁ……うん、真面目にやったからと言って勝てるわけでもない、ってのは簡単に予想が付くし?」

「ぬぅ……確かに、孫悟空だのオグリキャップだの、あの辺りの()()()()()()()()()な面子が揃えば、多少の差などあってないようなものか……」*3

 

 

 ただ、単に物事に真面目に取り組んでいる人よりも、同じことを楽しんでやっている人の方が強い……というのはある種の真理。

 食事そのものが好き過ぎる、というレベルのキャラクター達を前にしては、単なる大食い選手では雑兵みたいなものでしかなく、ゆえに私達が参加したところで、やっぱり趨勢(すうせい)*4は変わらない。

 だから、気軽に参加しても問題はない……という話になるのだ。

 

 

「と、言うわけで。とりあえずサウザーさんは参加しましょうか」

「ふむ。なるほど、俺が参加か。……んん?いやちょっと待て、今の流れで何故俺が巻き込まれる話になる???」

 

 

 そんなわけで、私達の中から参加するメンバーを選定しよう、という話に移ったのだけれど……。

 その参加者第一号となったサウザーさんは、一度こちらの言葉に頷いたあと、意味がわからないとばかりにこちらを凝視してくるのだった。

 

 

「なんでって……そりゃほら、仮に参加するとなったら、最低でも一人は男性を入れとかなきゃいけないわけじゃない?」

「その前提の時点で賛同できかねるわけだが……それで?」

「ここにいる面々で、男性なのは五条さんとサウザーさん、それからしんちゃんとバソ・鬼太郎君、最後にコナン君ってことになるわけだけど……」

 

 

 理由を説明されなければ納得できない、という様子だったので、仕方なく解説することとなる私。

 

 今ここにいる男性は先の六人、そのうちコナン君としんちゃんに関しては、体格的に大食いには向いていないし、実際他人と競えるほど食べられるタイプでもないだろう。

 鬼太郎君に関しても彼らとは似たような背丈だが、彼は『妖怪』なのでここでは一旦保留。

 

 それからバソと五条さんに関しては──見た目の優男感からして、大食いには向いていない感がすごい。

 実際にどれくらい食べるのか、というのは確認しないことにはわからないが……少なくとも、『大食いです』と公言できるほどの食事量ではないだろう。

 

 そうして考えていくと、うちの面子の中で男性の参加者を選ぶのであれば、半ば必然的にサウザーさんしかいない……ということになるのであった。

 あとは、鬼太郎君がどれくらい食べるのか如何によって、彼の参加もあり得る……くらいの話となるだろうか?

 

 

「……その考え方で行くとするならば、女性側についてはどうするつもりだ?」

「えー?そりゃもう他の面々に大食いとかやらせられないから、そうなると必然的に私が行くしかないよねー?」

「……ぬぐぅ、そこで自身は棚上げにでもしていれば、こちらも堂々と文句を言えたものを……!」

 

 

 話に一定の理解を示したのか、とりあえず男性側の選定基準については脇に置き、女性側はどうするつもりなのかと聞いてくるサウザーさん。

 

 なので、素直に私が参加しようと思っている……と告げると、彼はぐぬぬ顔で唸り声をあげ始めるのだった。

 いやほら、他の子達に大食いは絵面的に似合わない、みたいなところもあるっていうか、ね?

 そもそも女の子ってわりと食が細い、って子の方が多いわけだし。……オグリとかは例外。

 

 細かく見ていくと、きらりんと毛利さんは属性的(大きい/格闘家)に大食い属性がありそうな気もしないではないが、キャラ的にはよく食べる方というイメージがないので保留である。

 それから侑子についても、蟒蛇(うわばみ)*5ではあれど大飯ぐらいではないし。そもそも参加できない(ご飯食べられない)ので考慮外。

 ……ついでに今現在『私は無理ですからね』とばかりにプルプルと首を横に振ってるルリちゃんと、その横で我関せずとばかりにボーッとしている(公式で食が細い)綾波さんも論外である。

 

 

「そのぉー、申し訳ないんですけどー。さっきのせんぱいの言い分に乗るつもりのBBちゃんですので、私は参加しますよー?」

「おおっと、この場で今まで料理系の話に参加できなかった鬱憤を、晴らす気満々やる気満々のBBちゃん……!」

「はーい、丁寧な解説ありがとでーす☆」

 

 

 なおBBちゃんに関しては、なんか知らんけどやる気マックスだった。

 

 さっきも言っていたが、普段の彼女は電子生命体──情報の世界に生きる者。

 食事の必要を持たない彼女は、裏を返せば料理系の話では必ずはぶられる宿命である、ということでもあり。

 そうして溜まりに溜まった鬱憤を晴らすまで、暴飲暴食を止める気は更々ない様子である。

 ……いやまぁ、鬱憤云々は別にいいのだけれど、それでいいのか頼れる後輩BBちゃん。仕事の鬱憤を暴飲暴食で晴らす、仕事疲れのOLみたいな思考回路じゃないそれ?*6

 

 まぁ彼女の食事の仕方には、さっき話題になった物質変換云々の技術も応用されているみたいだし。

 また暴飲暴食の結果データ容量が増えたとしても、見た目の上では(どこがとは言わないが)太くなったりはしないのだから、好きに食べてもなんの問題もない……というところも大きいのだろう。

 これで実はぶくぶく太りますってことになっていれば、精々田舎出身の錬金術師程度*7で納められるように……と忠言をしなくてはいけないところだったZE☆

 

 

「おや?もしかしてせんぱいは、むちむちのBBちゃんがお望みだったんです?」

「自分に都合のいいところだけ切り取って、話を無理矢理理解しようとするの止めない?」

 

 

 なお、言葉の一部だけ切り取られて、太ももは太い方がよいと言っているように曲解されたが……そういうのはどこぞの特級呪霊単眼猫だけで十分です、と返せば突然の話題の飛び火に五条さんが『?!』と困惑する顔を見せていたのだった。*8

 

 

「さて、じゃあ私達からの参加者は三人──男性側はサウザーさん、女性側は私とBBちゃんってことでいい?……いやまぁ、BBちゃんに関しては参加規定確認しないと、予選(反則扱い)で落とされる可能性もなくはないけど」

「それは大丈夫だと思いますよ?確かに私はグレートデビルなBBちゃん。人類の皆様と致しましては、驚異驚愕驚天動地のパーフェクト後輩であることは確実ですけど……」

 

 

 で、そろそろエントリー締切の時間になりそうだったので、他に参加する気概のある人物がいないかどうか、他の面々にも尋ねてみたわけなのだけれど……こちらの予測した通り、他の面々は既に腹八分目みたいな状況の人が多く、参加に関しては見送って観戦に回るとのこと。

 

 そりゃそうか、みたいな気分で振り返った私は、ふとBBちゃんは参加できるのか否か、という根本的な部分に疑問を持つことに。

 いやだって、極論を言うと容量無限みたいなもんじゃん、BBちゃんって。

 見た目の太さすら変わらないのであれば、胃袋が宇宙だって言い張ってもなんの問題もないわけだし。……それってどこの暴食(グラトニー)*9

 

 だが、BBちゃんが言うには、恐らく問題はないだろうとのこと。

 それは何故かと言えば、この大食い大会には()()()()()()()()()だという。

 

 

「例え魔力が無限であれど、出力する最大容量は定められているように……今の私も、食べられる総量自体はリップのブレスト・バレー*10に全部飲み込ませるレベル、と言い換えてもいいくらいになっていますけど。口から摂取する必要がある以上、単位時間(一秒)辺りに食べられる量には限りがあります。私は孫悟空さんとかオグリさんみたいに、大口を開けられるというわけでもありませんので……精々、ペースを変えずに食べられる、どこぞの女性大食い主婦くらいの扱い*11になるのではないかと」

「ん、んんー。言ってることは間違いじゃなさそうだけど、最後の例えが最高にダメなフラグ臭過ぎる……」

「奇遇だなキーア、俺もそう思ったところだ」

「えー?でも制限ありで超大食いの悟空さんもいらっしゃるんですよー!?BBちゃん一人くらい多めに見てくれなきゃいやですぅー!!」

 

 

 BBちゃんの解説に、思わず頷く私だったが……最後の例えが大食い選手権的には絶望の大ボス以外の何者でもなかったため、サウザーさんと一緒に『大丈夫かなぁ』と首を捻る羽目に。

 結果、珍しく駄々を捏ねるBBちゃんを連れて、エントリー受付にて大丈夫かどうか念入りにチェックすることとなるのだった……。

 

 

*1
多く食べた者が優勝、という形式の大会のこと。早食いとはよく混同されるが、早食いの場合は食べる総量が決まっているので、よく見ればわかる。まぁ、大食いの場合でも早食いのようなことを要求される、というのは間違いではないのだが(時間内にどれだけ食べられるか、が主眼になる為結果的に早く食べないと勝てないということになる)

*2
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』において、ジョセフからスキューバダイビングの経験はあるか、と問われた三人(ポルナレフ・承太郎・花京院)が返した台詞。台詞の前後は無視して、相手の発言を否定することに使われるのがほとんど

*3
創作にはよくいるタイプの人々。店を潰すレベルの大食いであることも多く、人によっては何よりも怖いタイプ

*4
物事がこれからどうなっていくか、という有り様。成り行き。似たような言葉に『大局』などがある

*5
大蛇(おおへび/だいじゃ)のこと。またそこから、伝説上の大蛇・ヤマタノオロチが酒が好物であることに準え『大酒飲み』の意味として使われることも

*6
どこぞの宇宙OL参戦フラグである

*7
『ライザのアトリエ』シリーズの主人公、ライザリン・シュタウトことライザのこと。何がとは言わないが、色々凄い子。これで平凡とは?と誰もが思ったが、他の面子を見ていくと()()()()普通になる、という何とも言えない結末が待ち受けているのだった……。作品が増える度に等身大のフィギュアが作られることでも有名

*8
『呪術廻戦』の著者、芥見下々氏のこと。自画像が『眼が一つしかない直立歩行の猫(単眼猫)』であり、かつデビュー作などにおいて担当編集から『(キャラクターの)足が太い』というツッコミを受け、『太くねぇって!』と返した為、足の太さにうるさい人というイメージを持たれるようになった

*9
『鋼の錬金術師』より、同名のキャラクターのこと。お腹の中に別世界を持ち、食事量がほぼ無限を誇る

*10
『fate』シリーズのキャラクター、パッションリップが持つ、一種のゴミ箱のようなもの。名前の通り『胸の谷間(ブレスト・バレー)』に設置されているが、容量がほぼ無限であるという特徴がある。なお、先のグラトニーの腹の中のように、基本的には脱出手段はない(『FGO』でのリップは、自身のマスターに限り助け出せるようになった)

*11
ギャルだけどよく食べる、という現実のあの人のこと。主婦になってもその食事量は衰えない辺りが恐ろしい。一応上には上がいるそうだが、インパクト絶大なのは間違いない



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幕間・あんまりにも大きい賞金だと色々問題もついてくる

「一時はどうなることかと思ったけど……問題ないって言って貰えてよかったねぇ」

「そんなの当たり前ですー!なにも、どこかの星の戦士みたいに吸い込んで食べよう*1、みたいなことを考えていたわけではないんですから!」

「……おい、その発言を聞いてオグリが『その手があったか』みたいな顔をしているから、それ以上余計なことを言うのは止めておけ」

 

 

 エントリー受付にて確認したところ、先のBBちゃんの説明は全面的に受け入れられ、無事に参加することができたわけなのだが……代わりに、吸い込んで食べたりするのはダメですよ、と釘を刺さされることとなった。

 

 まぁ確かに、容量無限で吸い込んで食べる(摂取量無限)……ともなれば、どこぞの食い放題出禁系ピンクの悪魔が思い浮かぶのは当然の話。

 単位量(食べる量)と容量、どちらか片方だけ無限であるのならば許容できるが、どちらも無限なのはダメです……と言われれば、素直に従うBBちゃんなのであった。

 

 なお、その理論で行くと一応胃袋に収まる量、という限界があるオグリちゃんや悟空さんは吸い込んでいい、ということになるため、二人が目を輝かせていたが……お願いだから止めてください(白目)

 ……ここには居ないが、もし仮にエー君が参加しようとすると断られるのだろうなぁ*2、なんてことを考えながら、大会の進行を待つ私なのであった。

 

 

「参加者の皆さんは、こちらのゼッケンを装着してくださーい」

「はいはーい」

 

 

 係員からゼッケンを受けとり、一緒に渡された安全ピンで服に取り付ける。

 なお、その係員さんはモブっぽい顔をしていたが、正確には『係員のなりきり』らしい。……久しぶりに見たな、モブ系なりきり。

 

 

「あの方達がオリジナル扱いにならない、というのも不思議な話ですよね~」

「機会があれば、その辺りの許容値的なものも調べてみたいねぇ」

「……世間話に華を咲かせるのはよいが、結局俺達は単なる記念参加ということで良いのだな?」

「あ、ごめん言い忘れてた。()()()()()()()()()優勝する気で頑張ってね☆いやまぁ、必ず勝てってわけじゃないけど」

「────なんて?」

 

 

 BBちゃんと他愛のない話をしながら、競技開始の合図を待っていた私は、呆れたような視線をこちらに向けながら、改めてこの大食い大会での私達のスタンスについて尋ねてくるサウザーさんに、そういえば言ってなかったことがあったと思いだし、それを伝えたわけなのだけれど……。

 返ってきたのは、自身の上司から予想だにしなかった答えが返ってきた……みたいな感じの顔。……まぁ要するに、どこぞの最強龍(メリュジーヌ)さんのしてたあの顔なわけだが。*3

 

 そんなに絶望するような話をしたかなー、と思いつつ子細について説明しようとした私は。

 

 

『デュエル開始の宣言をしろ、遊矢!!』

『デュエル開始ィィィ!!……俺、なんで猫にアゴで使われる、みたいなことになってるんだろうな……

「あ、ごめん始まっちゃった。詳しくは大会(二年)後、表彰台(シャボンディ諸島)で!」*4

「おい貴様ァァァァ!!?ルビが不穏だった気がしたがァァァァッ!!?」

 

 

 折悪く大会開始の宣言がチェーンブロックを作った(発せられた)*5ため、仕方なしに説明を放り投げることとなるのだった。

 すまんなサウザー、説明はあとだ、今は目の前の(てき)を片付けるのが先決だ……!!

 

 

 

 

 

 ──そして、戦いは熾烈を極めた。

 襲い来る様々な刺客(りょうり)達。

 

 第一の試練、激辛料理。

 流石に食べられない級の辛さのものが来ることはなかったが……初っぱなから数が食べられない系の料理が来たことにより、一部の耐性持ち(辛いもの好き)以外は足切りじみた大粛清を受けることとなった。

 ……なお、私はこの時点で脱落である。辛いの苦手な奴に辛いもん食わそうとすんなー!(※子供舌野郎の無様な叫び(カレーの中辛の時点で苦手な奴))

 

 第二の試練、ラーメン。

 それも、一杯一杯が通常の二倍の量という、必然的に早食いを要求される強敵。

 チンチラ食べていては、麺がスープを吸って再現なく肥大化していくそれを、ひたすら数を重ねていく苦行のような行程。

 これもまた、トップ層のペースに呑まれ自身のペースを見失い、そもそも制限時間の最後まで立っていられずに失格となっていく者が多く居た。

 

 そして最後の刺客、寿司。

 前者二つに比べれば小物に見えて、大会発案者の悪意が詰め込まれたこの料理に、多くの選手が苦しめられた。

 

 

「……─%#&*@※↓↑←→☆□▽〒∞≒∟∑∵ッ!!!?」

『おおっとオグリ選手、突然口元を押さえて足をバタバタさせております!一体どうしたと言うのでしょうか!?』

『あー、あれだな。アタリ(ハズレ)を引きおったなアヤツ……』

『お寿司で当たりと言いますと~……あっ、もしかしてわさびですか?』

『その通りだ、ピンクいの。この寿司のネタの中には、大体百個中三割の確率でわさびが、更にその中の一パーセントには特製山盛りわさびが含まれている』

『なんですかその、当たっても嬉しくないガチャ……』

 

 

 一つ目の妨害は、わさび。

 大食い用のネタの場合、数をこなすこともあってわさびは抜いてある、ということも珍しくはないが……ここではその逆、まるでロシアンルーレットかのように、突然わさび山盛りになっていることがある。

 職人の繊細な技巧により、外からではわさび山盛りに気付けないようになっているそれは──自身でレーン上の皿を取って食べていく、いわゆる回転寿司方式となっている決勝の舞台においては、不可避の地雷以外の何物でもない。

 

 幸い、わさびの辛さは鼻を抜ける辛さ*6──カラシなどとは違い時間経過で解消されるものだが、辛さに耐える時間という浪費を強要してくるそれは、出来れば引きたくないものの一つだろう。

 

 ──だが、妨害は一つに留まらない。

 

 

「……ぬ、なんだこの……『アタリ!特製ネタ確定』?」

『おお、更に当たりがでるとは。中々に幸先が良いではないか』

『いやホントにガチャじゃないか。……で、この特製ネタってのは一体?』

『うむ。現代の回転寿司と言えば、多種多様なネタがあるというのが一番の特徴だろう。だが見るがいい、レーン上に並ぶ寿司ネタの数々を』

『あ~、並んでいるのは()()()寿司ネタばかりですね~。……あ』

『ゴコさんも気付きましたか、私も気付きましたよ。……これは酷いことになりそうです』

 

「おまちどおさまー!特製ラーメンでーす!」

「おい待て、これはさっき食わされた奴ではないのか!?」

「違いますよー、さっきのは醤油ですがこっちは()()()()でーす!」

「……どっちも同じではないか!?」

「ちがいますよーっ」

「これだからしろうとはダメだ!」

「いや誰だこいつら!?」*7

 

 

 皿の上のネタを食べ終えた結果、そこに書かれていた文字。

 そこにあったアタリの文字に困惑するサウザーさんの元に、運ばれて来たのは第二ステージで散々食べされられたラーメン(※さっきの1.5倍)。

 思わず大声をあげるサウザーさんの横で、どこかで見たことあるような警察二人が解説をしていたが、一先ず置いておいて。

 

 第二の妨害、豊富な品揃え。

 現代の回転寿司においては、見るからに寿司じゃないものも取り揃えている、というのは最早スタンダードとなっている。

 

 ケーキやパフェのようなデザート類は当たり前、フライドポテトのなどの軽くつまめるサイドメニュー的なものもあれば、カツ丼やラーメンのような『それは最早サイドではなくメインだろう』みたいな感想を抱くようなものも普通に置いてあるのが、現代の回転寿司である。

 

 そしてそれを反映したのが、このアタリシステム。

 一部の皿に印字された『アタリ』の文字は、それぞれ次に参加者達が食べるネタを強制的(いいもの)に固定するようになっており、運ばれてくる品は確かに一級品・()()()()()()()()()確かに当たり、と言ってしまってもいいものばかりなのだが……。

 なんとこの当たり、量が幾ら多かろうが・食べるのがどれほど大変だろうが、全て()()()()()()()()()()()()()()という落とし穴があるのである。

 

 極々稀に、多重の意味で当たりと言えるような──高級プリン一つ、みたいなパターンもあるにはあるみたいだが、そのほとんどはサウザーさんのラーメンのような、寿司一貫より遥かに食べるのに労力を要するものばかり。

 お一人様用チゲ鍋*8やらお一人様用焼き肉*9やら、それ単体で大食い競争に出してもいいやつですよね?……みたいなものが飛び出してくる様には、流石の私も顔面蒼白になるのであった。……初戦敗退してて良かったー。

 

 そして、待ち受けるのは最後の妨害……。

 

 

「あ、同じ商品が四つです、やりましたね?」

「え、ちが、味付けとかっ」

「原材料が同じなので同じ扱いでーす。ではー、『ファイヤー』!」

「うわああああ食べた皿がゼロにぃいいいいゼロぉぉぉっ!!」*10

『ははは、ルルーシュ君を探すスザク君みたいな断末魔ですねー(棒)』

『……邪知暴虐ってこういうことを言うんでしょうねー』

 

 

 それこそが、オワニモ──もとい、『同じネタ四つ食べちゃダメ』システムである。

 

 時の究極魔法の名前を冠するこのシステム、特に捻りもなくパズルゲームの『ぷよぷよ』を元ネタとしたものであり、その名の通り同じ商品──同じ材料で作られたネタを四つ食べた場合、その皿が回収され食べた分にカウントされなくなる代わりに、他の参加者にお邪魔ぷよ……もとい、妨害行為を行うことができる、というシステムである。

 単に食べる速度によって勝敗が決まるのであれば、勝てる人間が限られてしまう……という、なりきり故の問題点を解消するために生まれた妨害達の一つであるが、確かに特定のネタを四つ消費して先の当たり(棒)達を他の参加者に振る舞う、というのは駆け引き的には面白い、と言えなくもないだろう。

 

 ……問題があるとすれば、これは最終戦──既に腹八分目を優に越している状況下で、そんな妨害手段に意識を割ける人間がどれほど居るか、ということだろうか。

 正直、皿のカウントが減ってしまうのが痛すぎる気がするのだが。いやまぁ、他の参加者全員への妨害行為、という時点でコスト的には割りと破格なのも確かなんだけども。

 でもやっぱり、絶望したようにテーブルに沈んだ参加者の姿を見ると、『ばたんきゅー』などと茶化すのも憚られるというか。……マグロとかの魚の種類で一括りになるせいで、軍艦とトロと大トロと叩き、みたいな感じでも妨害に化けるのは……ねぇ?

 

 なお、一番の問題はというと。

 

 

「ひぇー、こんなに食べても怒られないんか。すっげぇふとっぱらだな~」

「むぅ、流石に悟空は早いな。私も負けてられないぞ」

「……いやこのお二人、ホントに胃袋に限界があるのか、BBちゃんとしては疑わしくなってきたんですけど……?」

 

 

 このように、トップ層にはなんの問題にもなっていない、ということなのだった。……頑張れサウザーさん!(なげやり)

 

 

*1
無論、『星のカービィ』シリーズの主人公、カービィのこと。許容量も無限、摂取量も無限。食い放題系には確実に出禁な存在なので宜なるかな

*2
似たような理由で、『グランブルーファンタジー』のルリアも、普通の方ならまだしもギャグの方なら出禁である。……とあるシナリオでの修正前の描写が原因みたいなもののキャラ付けなので、文句を言われることは必至だが

*3
『fate/grand_order』における、妖精騎士ランスロット……もといメリュジーヌが見せた絶望顔、およびその時の台詞。そりゃまぁ、そんな顔にもなる

*4
『ONE PIECE』における、いわゆる強化イベントであり時間経過を示す言葉。ここでは『詳しくは語らないけど、なんか色々あった』的な意味合いの使い方をしているので、どっちかというと『銀魂』感の方が強い

*5
『遊☆戯☆王OCG』における用語。他のカードゲームでは『スタック』などと呼ばれることも。カードの効果発動時に、いきなり効果を処理するのではなく、そのカードに対して別のカードを発動したりすることがあるので、それらの処理を分かりやすく管理する為のもの

*6
わさびの辛さの正体である『アリルイソチオシアネート』は揮発性(=蒸発しやすいもの)であり、そうして気体となったこの物質が鼻の粘膜に触れることで辛さを感じる……という、普通の辛みとは全く別のメカニズムを持つ。なので、普通の辛さは苦手でもわさびは大丈夫、はたまた普通の辛さは大丈夫でもわさびはダメ、みたいな人も多くいるということに繋がる。なお、鼻で感じる辛みということもあり、鼻から息を吸って口から吐く、という行為によって辛さを和らげることができたりするのだとか。また、気体になって抜けていく為、普通のカラシとは違ってそこまで辛みがあとを引かないのも特徴

*7
無論、両津勘吉達である

*8
※実際にはお一家族様(4~5人)用、第一ステージで出たもの(こっちはちゃんと一人用)の改善版

*9
※実際には(ry。なおタレは辛くないが、代わりにご飯が付いてくる。無論お一家族様分

*10
燦然と輝く『全消し!』の文字



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幕間・まぁ端から決まってたし、悔しくなんかないし

「…………」<チーン

「……お?三十三対四(33-4)?」

「な阪関……」*1

「あ、サウザーおじさん生きてた」

 

 

 なんやかんやで最終ステージまで勝ち残ったサウザーさんだが、回転寿司から繰り出される多種多様な妨害には流石に勝てず。

 寿司に綺麗にノックアウトされた彼は、表彰台には登れずにこうして地面に沈んでいるのだった。……しんちゃん、ぴくぴくして面白いからって突っつかないの。

 

 まぁともかく。当初の予想通り、特になんの捻りもなく悟空さんが優勝、準優勝がオグリという結果に終わったわけなのですが。

 

 

「んー、銅メダルでも凄いと誇るべきなのか、他の大食いメンバーが居ない間に盗人のように手に入れたもの……と卑下するべきなのか、BBちゃん判断に迷っちゃいますね~」

「まぁ、素直に喜んでおけばいいんじゃない?」

「……ですね!というわけで、褒めてくださいせんぱーい!」

「はいはい、頑張ったねー」

 

 

 その他の選手はまさに有象無象、居ても居なくても関係がない……っていうのは言い過ぎだが、事実それくらい実力が隔絶していたのも確かな話。

 と、いうわけで。とても順当なことに、許容値に関しては無限であったBBちゃんが、三位に入賞することとなったのでした。

 

 まぁ、本人も言うように、彼女の大食いレベルは並も並。

 彼女の元となったキャラクターである間桐桜も、確かに結構食べる方ではあるものの、流石に前者二人に比べられるほどか?……と言われると微妙なところであるので、本人的には素直に喜べない感じもあったようだが。*2

 

 ともあれ、三位入賞という結果だけを見れば大健闘、というのも確かな話。

 なので、素直に喜んでおけばいいのではないか、と声を掛ければ、彼女は撫でてくださいとばかりに頭を突き出してくるのだった。……はいはい、頑張った頑張った。

 ……え?なげやりな理由?横の焼き餅マシュが全ての答えだよ、ワトソン君(白目)。

 

 話を戻して。

 対抗馬のいない状況下、隙を見て三位を掠め取ったようなもの……というBBちゃんの言葉は、強ち間違いと言うわけでもない。

 例えば、先ほど話題に出した間桐桜。彼女の原作である『fate/stay_night』において、彼女よりも大食いのイメージを持たれているキャラクターがいる。……そう、我らがアルトリアである。

 

 青王と言えば大食い……みたいなイメージは、公式二次創作みたいなものである『fate/hollow_ataraxia』から根付いたもので、その実本編の彼女が大食いか?……と問われると、非常に微妙なところがあるが……ともあれ、世間一般的なイメージとしてアルトリアが大食いである、というのは最早共通認識のようなものである。

 

 なので、もし仮にこの場にアルトリアが居たのなら、それこそBBちゃんの三位の座は危ぶまれていただろう。

 そして皆さんご存じの通り、このなりきり郷にはアルトリア系の人物が二人存在している。

 

 ベースがリリィであるアンリエッタ(アルトリア)の方はいざ知らず、さっき丁寧にフラグを立てていたくたびれたOL……もとい、謎のヒロインX(1.5)の姿が表彰台の上になかった、ということに、少なからず疑問を抱く人も居るかもしれない。

 なにせ、彼女は謎のヒロインXである。

 ……二次創作的パブリックイメージそのままのアルトリアである彼女は、大食い大会と聞けば必ず駆け付けてくるはずだと誰もが確信するほどの人物。

 にわかぽっと出フードファイターなBBちゃんが、敵うわけないのである。……フォーリナー退治の専門家、というクラスと設定的な相性の面で見ても、これは確定事項みたいなものだろう。

 

 

「ふふふ……キーアさんがわたしをいじめます……ひどいですねーおにですねー、ひとのこころとかないんですかー……」

「いやー、綺麗に爆死したからおちょくっとかないと失礼かなー、と」

「そんなきづかい、どぶにすててしまってくださーい……」

 

 

 うんまぁ、私の足元でボロ雑巾のように転がってる彼女が全ての答え、というわけなのだが。

 何故彼女がこんなことになっているのか、ダイ(die)ジェスト*3で振り返ってみよう……。

 

 

『ふははははー!辛いものでしたらお任せを!いっつもカレーとか食べ慣れていますのd()……(かっら)っ!?いああんえうあおえ(いやなんですかこれ)いああ(舌が)いああ(舌が)っ!?

『あ、すみません。どうも間違って試作版の【ヒートギャラクシー・モウヤンカレー】を提供してしまったみたいです』

あんえ(なんで)?!

 

 

 まずは第一関門、激辛コーナー。

 本来であれば激辛と言いつつ、辛さはそれなりに押さえられた(と言っても、普通に激辛を名乗っていいレベルではある。辛さに挑戦する、みたいなレベルではないという意味)料理が提供されるはずが、彼女の前に並べられたのはサーヴァント・ユニヴァース由来?名前的にはデュエリスト・ユニヴァースかもしれないが……ともかく、地球上のモノではない香辛料を使った、試作料理が並べられていたのである。

 

 無論、それらはすぐに片付けられたのだが……水着の彼女(謎のヒロインXX)がスキル使用時にやっているかのように、華麗にぱくぱくーと口の中に劇物を放り込むこととなった彼女は、暫くの間悶絶することとなるのであった。

 

 

『ラーメンですか、いいですよねラーメン。特にカップラーメンと言えば、仕事のお供に丁度よi()うっ頭が!!具体的には私のモノだけど私のモノではない残業・張り込み・ひもじい思いの記憶がフラッシュバックしててててててててtttt』

『あのー……(麺が)()びますよ?』

『(締め切りが)()びるんですかやったー!!……延びてないじゃないですかやだー!!』

『いや、大丈夫ですか?色々と』

 

 

 続く第二の関門、ラーメン。

 ……これに関しては、ラーメンそのものがダメだったというより、ラーメンに付随して呼び起こされる記憶の方がダメだった、という数奇なパターンである。

 

 まぁはい、XXちゃんがコスモラーメン食べながらぽつねんとしているところは、実際のイベントでも描写されてたし、記録として持ち合わせていてもおかしくはないですね。

 それはそれで、食うこと大好きな彼女が食べ物に対してトラウマが生まれてるって時点で、銀河警察ってどんだけダークマターな仕事だったんだ……と戦々恐々とする思いもあるわけだが、それでも彼女は懸命に食べ進めるのだった。

 

 

『なんで私だけモンハン混じりなんですー!?』

『当たりを引きますと、新鮮な海や山の幸を()()()()()()確保していただく、と言うものが出てくることもございまして。よくある『店内の生け簀から好きなネタを選ぶ』というものの発展版、ということですね』

『それにしたって活きが良すぎ……ぬぉぉぉおっ!!?鼻先を重力波が掠めたっ!!?こなくそー!!』

 

 

 そして最後の関門、回転寿司。

 回転寿司とは名ばかりの、妨害たっぷりの魔のコーナーであるそれは、彼女にも思う存分牙を剥くこととなった。

 そう、初手で()()()()当たり皿を引いてしまった彼女は、以後大フィーバータイムに突入してしまったのである。

 

 新鮮なネタをその場で捌いて食べる……という、どっちかと言うと高級寿司屋とかで見るような形式のものに突入してしまった彼女は、確かに高級そうではあるものの、食べる前に食われそうな怪物じみた食材達と戦うことを強いられたのである。……トリコかな?

 

 なまじ『謎のヒロインXX』という、設定面だけ見ると割りと最強クラスの存在を真似ているせいか、はたまたなにか別の理由があるのか。

 ともかく、捕獲レベルが四十八くらいありそうなマンモス*4とかと戦わされる羽目になった彼女は、それらの食材を全て退けつつも、提供される皿全てに『当たり』が印字されているという、これが本当にクジとかパチンコだったらどれだけ稼げているものやら……みたいな豪運……豪運?を存分に発揮し、結果試合終了時には、皿の枚数にしてなんと十枚食べたことになっていたのだった。

 ……まぁうん、割りに合わないっすね。本当に美味しいってことだけは救いだろうけど。

 

 

「食べた総量ではなく、食べた枚数で換算する試合でしたから、当たりを引く方がハズレ、みたいなものでしたね☆」

「美味しいのは美味しかったので、文句も言うに言えないんですよねぇ……」

 

 

 相変わらず地面にぐでーっと倒れているXちゃんの側に、屈み込んだBBちゃん。

 そんな彼女から、煽っているのか労っているのか、ちょっと微妙なラインの言葉を受けたXちゃんはというと、ようやくいそいそと立ち上がる気配を見せたのだった。

 

 で、服に着いたホコリやら汚れやらを払いながら立ち上がった彼女はと言うと。

 

 

「そういうわけですので、後日またリベンジさせていただきたいと思います!そう、一週間後のホットドッグ大食い競争で!それまで首を洗って待っているように!──では!とぉぉ↑おう↓!」

「なんで熊野……?」

「ここの赤城さん、大食いキャラじゃなくて美食家だぞって言いたかったんじゃない?」

「なんですかそのメタネタ!?」

 

 

 びしりとBBちゃんに指を指しながら宣戦布告し、元のキャラなら同じように大食い選手として参加していただろう、赤城さんを思い出させる(?)謎の奇声をあげながら、彼女は空を飛んで何処かへと去っていくのだった。……うーん、意味がわからん。

 

 

「で、リベンジは受けるの?」

「正直今日一日で飽きるほど食べましたので、勿論ボイコットしまーす☆」

「うーん、流石のBBちゃん。グレートだぜ」

 

 

 なお、彼女の捨て台詞的な宣戦布告については、満場一致でスルーが決定するのだった。

 今回みたいなものではなく、単純な大食いとなれば余計酷いことになるのは目に見えているからね、仕方ないね。

 

 

*1
2005年の野球・日本シリーズにおいて叩き出された、千葉ロッテマリーンズ対阪神タイガース・計4試合の合計スコアのこと。一試合でのスコアではない(甲子園とかではたまに見かけるが)。また、このボロ負けを別の場所でネタにされた時に返す台詞が、『なんでや!阪神関係ないやろ!』こと『な阪関』である。『334』という並びが出ただけで過剰反応されることもあるくらい、割りと黒歴史

*2
二次創作などでは、アルトリアの方がよく食べるように描かれることが多いが、原作時点でよく食べるのは桜と大河の方で、アルトリアはそこまで大食いというわけではない

*3
著作物の要約を意味する言葉である『ダイジェスト』の『ダイ』の部分を『(die)』と合わせたもの。要するに『死亡シーン集』

*4
『トリコ』より、リーガルマンモスのこと。『古代の食宝』の異名を持ち、その体内には『宝石の肉(ジュエルミート)』と呼ばれる特殊な部位が存在している。なお、他にも『エンドマンモス』という更に捕獲レベルが高く、味も数段上のマンモスも存在している



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幕間・なんのために人は食べるのか(哲学)

「……話は終わったか?」

「そういうサウザーさんは、消化は終わりましたか?」

「終わるわけないだろうが……人をなんだと思っている……」

「南斗拳士ってお堅いのね。こっちじゃもう終わってるわよ」*1

「人を水星扱いするなと言うべきか、そもそもあの二人と一緒にするなと言うべきか……」*2

「見るからにお腹が膨れていらっしゃっても、次の瞬間には凹んでいる……なんてこともザラですからね……」*3

 

 

 私とBBちゃんの話が終わるのを見計らってか、サウザーさんが声を掛けてくる。

 

 見れば、その腹は豊満であった。……もとい、胃は膨れたままだっただったわけだが、トップ二人の体型が既に戻っていることを鑑みるに、サウザーさんはフードファイターには向いていないのかもしれない。……BBちゃんはそもそも体型変化しないので例外。

 ともあれ、少なくとも物理的な限界がある胃袋を持っている人は、あの二人みたいな超速消化がないと話にならないのだろう。

 

 ……などという世迷い言的な妄言を垂れ流しつつ、いい加減説明して欲しそうにしている彼に向き直る私である。

 恐らく、彼はこう尋ねたいのだろう。──何故、あの二人を相手にしながらも、優勝する気概は捨てずに挑めと言ったのか、と。

 

 

「んー、私たちって、これに参加する前になにしてたっけ?」

「なにって、そんなもの決まっておろう。トキの奴を探して……探して……?」

「──気付いたみたいだから明言するけど。これも我が策のうちってわけよ」

 

 

 どっこい、その理由についてはとても簡単かつ明快──ちょっと触れるだけでなんとなく察せられるようなものだったりする。

 

 私たちがこの大会に参加する前にしていたこと。

 それは、大枠としては食べ歩きだとか、周囲の店への突撃だったわけだが……そこには定められた()()()()があったはず。

 そう、北斗神拳の歴史上、もっとも華麗な技の使い手とも呼ばれる銀の聖者──トキの捜索である。

 

 さて、トキの捜索を第一目標と定めつつ、それを放り出して大食い大会に参加していたのは何故だったか?……そう、彼の所在が一切不明だったから、である。

 では、何処に居るのかわからない相手を探す時、一番簡単な方法とはなんだろうか?

 

 

「──なるほど、向こうに見付けて貰えばよい、ということですね」

「その通り。幸いにして、さっきの大食い大会は郷内全域に配信されてるものだったから、向こうがテレビも見れないような状態でもない限り、ほぼ確実に見付けて貰えるってわけ」

 

 

 得心したように頷くマシュに、私も頷きを返す。

 そう、中央ステージで行われている催し物は、原則として郷内の全域に配信が行われているのである。

 最初のオープニングセレモニーもそうだし、さっきの大食い大会もそう。これからあとに行われる数々の催し物も、例外なく全て配信されているのだ。

 

 いわゆるメインラインというやつで、なにを見ていいのかわからないとか、とりあえずなにか見たいみたいな要望に答えるためのものでもあるらしいが……ともかく、宣伝やらなにやらをするのに、この大舞台を利用しない手はない。

 確実に優勝はできないとわかっていながら、さっきの大食い大会に参加している人が案外多かったのも、それが自身の出し物・店などの宣伝になるというのが大きい。

 

 つまり、それほどの拡散力があるこの場所を利用すれば、こちらからは見付けられずとも向こう・トキさんの側からこちらを見付けて貰うというのは、十分に可能なのである。

 

 

「けどよー、その論理には穴がねーか?」

「ほう、その心は?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の二点だな」

 

 

 が、ここまで話したところで、コナン君から疑問の声が上がる。

 さっきの大会に出ることで、サウザーという人間が今なりきり郷にいる、とアピールすることはできた。

 しかし、例え多くの人々に彼の姿を印象付けられたとしても、肝心のトキさんに届かなければ意味がない。……これは、さっき私も触れていた問題点。

 

 

「正直、そこに関しては数打って行くしかないから……」

「……いやちょっと待て、無性に嫌な予感がしてきたわけだが?」

「はっはっはっ。諦めたまえよ、聖帝君。こういう時のキーア嬢は、梃子でも動かないぞ?」

「デスヨネー」

 

 

 コナン君に言われずとも触れていたことからわかる通り、その問題点についての解消法は、既に考えてある。

 ……といっても、単純に『これから始まる中央ステージでのイベントに、サウザーさんを参加させ続ける』というだけの話なのだが。

 

 実際、宣伝効果を期待している&今は仕事時間外or店や出し物には別の人間が付いている、みたいな感じの──いわゆる広告塔(イケニエ)だと思われる選手達は、適度に運動するなどしてコンディションを整えている姿が、ステージの周りのあちこちで確認できる。

 彼らの集まりにサウザーさんを参加させ続ければ、とりあえず『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』作戦は遂行できるだろう。……彼の命と引き換えに(彼を失えば)*4

 

 

「人を奈々様ボイスにしようとするでないわっ!!」

「むっ、私を呼んだだろうか?」

「ぬぉわっ!?呼んでない呼んでない!言葉の綾だ、綾っ!!」

「そうか、邪魔したな」

「あー……そういえば、次は薪割り大会だっけ?」

()()()使()()()()()()みたいだから、さっきの翼さんみたいな剣士組、空手チョップとかの拳で割ろうとする拳士組……みたいな感じで、色んな参加者が集まってきているみたい」

「いやホントになんでもありかよ……」

 

 

 なお、ちょっとテイルズでシンフォニーしてそうなキャッチフレーズを私が口走ったことに、サウザーさんが過剰反応した結果、たまたま通り掛かった翼さんに不思議そうな顔を向けられることとなったが割愛。

 

 ……毛利さんの発言を信じるのであれば、次の催し物はどうやら薪割り大会になるらしい。

 文字通りになにを使ってもいい、というハチャメチャ具合が既に試合前から醸し出されているが……とはいえ所詮は薪割り大会。わざわざ放送するほどの華があるものなのだろうか?と疑問に思っていたのだが。

 

 

「……木人拳じゃん!?」*5

「あーなるほど、翼さんが居たのはそっち(修行)繋がりでもあったんですねー……」

 

 

 デモンストレーションとして行われた、大会の一部内容の公開。

 そこでは、不思議な力によって動き始めた木製のからくり達を、様々な得物を使って粉砕していく姿を見せられたのだった。……まさかのジャ○キー。

 それを薪と言い張るのは如何なものかと思ったが、確かにこういう種目が混じっているのであれば、放送に耐え得るエンターテイメントを提供することも、そう難しくもないのかもしれない。

 思わずうんうん、と頷いてしまう私たちなのであった。

 

 

「……って頷いている場合かっ!!二つ目の問題点についての話が、終わってないではないか!!」

「……ちっ、このまま行けば大会開始の時間になって、全て有耶無耶にできたものを……!」

「おィィィィッ!!?」

 

 

 ……うん、残念ながらサウザーさんはごまかされてくれなかったのだが。はいはい、説明しますよー。

 

 

 

 

 

 

「では話を戻しまして、『向こうが接触してくる理由がない』って問題についてだけど──」

「ついてだけど?」

「──正直、これについては()()()()()()()()()()ってのが真実かな」

「……はぁ?」

 

 

 と、いうわけで。

 触れられていた第二の問題点、『例えトキさんがこちらに気がついたとしても、積極的に接触してくるかはわからない』という話についてだが。

 これに関しては、正直()()()()()()()()()勘違いした、問題ではない問題点である……というのが正解だろう。

 

 

「俺だからこそ勘違いした……?」

「今の状況下だと──毛利さんもそうだし、マシュやバソもそうかな」

「ふむ、私もかい?」

 

 

 この場でコナン君と同じ勘違いに陥る可能性があるのは、先に述べた四人だけ。それ以外の人に関しては、仮に先の状況に立ちあったとすれば、恐らく普通にここまでやってくるだろう、というのは想像だに難くない。

 

 

「おっ、オラわかったゾ!」

「流石しんちゃん。じゃあ、みんなに答えを教えてくれる?」

「ほっほ~い」

 

 

 四人以外はのこのことやって来る、と言われて首を捻っていたし、その四人も腕組みをして唸っていたわけだけど……ピンと来たのか、しんちゃんが右手を挙げて主張をしてきたことで、周囲の視線が自然と彼に集まっていく。

 その光景に思わず「いや~ん」と体をくねらせたしんちゃんだったが……周囲が真面目な空気に包まれていることに小さく冷や汗を垂らしながら、ごまかすように一つ咳払いをするのだった。

 

 

「んとねー、オラだったらー……風間君とかがテレビに出てたら、きっと探しに行くと思うんだゾ」

「……!なるほど、私の場合だとアキトさんとか艦長とか……ともかく、()()()()()()なんですね?」

「ルリちゃんも気付いたみたいだから、答えを言うけど……同じ作品出身のキャラがいたら、()()()()って思うのは普通じゃない?」

「あー、そっかそういえば!僕らって大体一作品に一人しか来てないんだった!」

「……なるほど」

 

 

 そんな彼が述べた言葉に、ルリちゃんがなにかに気付いたように視線をこちらに向けてくる。

 なので、ここで答え合わせ。正解は、『逆憑依』の条件の一つ──一つのスレから来訪するのは一人のみ、という原則により、同じ作品出身の人物を発見したのなら、とりあえずは会話してみたいと思うのが当たり前、というとてもシンプルな話だった。

 

 先の四人は、同作出身者が既にいるため、この辺りの感情の機微を少しわかりにくくなっていた、というわけである。

 まぁ、もし仮に未だ会ったことのない同僚達が突然現れたら、彼ら彼女らも『会いたい』『会話してみたい』と思うだろう、というのもまた想像だに難くないわけだが。

 

 話を戻して、トキさんに関してだが。

 少なくともこのなりきり郷において、彼と出身を同じくする人物というのは聞いたことがない。

 無論、医療系キャラとして、人脈自体はきちんと持ち合わせているだろうが……彼がなりきりとして孤独な身の上になっている、というのはほぼ間違いないだろう。

 

 そんな状況下で、テレビに映るサウザーさんを目にしたとすれば、どうなるか。

 

 

「……なるほど、ちょっと会話してみたい、くらいのことは普通に考えてもおかしくないというわけか」

「そーいうこと。だから、仮に向こうの目に止まりさえすれば、特に変な状況になっていない限りは自動的に出会いが確約されるってわけ」

「なるほどな。……む?いや待て、変な状況とはなんだ?」

 

 

 恐らく、積もる話でもあるとばかりに会いに来ようとするだろう。一種の郷愁みたいなものである。

 なので、とりあえずはトキさんにサウザーさんを見付けさせる、というのが第一目標達成の近道、ということになるわけなのだが……実は、もう一つだけ問題があったりする。

 

 

「……トキさんが()()()()()さんじゃなかった時。私、『トキが居る』としか聞いてないからね……」

「あー……」

 

 

 その問題──相手がトキはトキでもトキ違いである可能性について触れたことで、サウザーさんは思わず天を仰いでしまうのだった。……是非もないね!

 

 

*1
悟空やオグリを見ながら

*2
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の登場人物であるミオリネ・レンブランの台詞『水星ってお堅いのね こっちじゃ全然アリよ』から。ガンダムで堂々と百合っぽい話をするとは、感慨深いですね

*3
大食い系キャラによくある特徴。……食べたもの全部吸収したのか、みたいなツッコミもなくはない

*4
『テイルズオブシンフォニア』のキャッチコピーである『世界は救われる。彼女を失えば』から。ある意味セカイ系の一種みたいなキャッチコピー

*5
ジャッキー・チェン氏主演作『少林寺木人拳』のこと。『戦姫絶唱シンフォギア』など、有名な作品故に修行シーンをパロディしている作品も少なくない



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幕間・他人の空似?いいえケフィアです()

「なるほどな、それは盲点であったわ……」

「ここにいる面々は、割りと純正よりの人ばかりだけど、だからといって相手までそうだとは限らない……普通に【継ぎ接ぎ】だとか【複合憑依】だってパターンもあるってことか」

「そーいうこと。……私としては、けものフレンズ辺りが怪しいんじゃないかなーって思ってるんだよね」

「確かに。二次創作などでも、頻繁に採用されている印象のあるお方ですね……」

 

 

 思わずお通夜みたいな空気になりながら、問題点を挙げていく私たち。

 

 現状、これから飛び出してくる相手として、一番可能性が高いのは『けものフレンズ』のトキということになるだろう。*1

 彼女本人は、トキとは似ても似つかない華奢な美少女だが……二次創作などでは、名前繋がりで華麗な拳法を使いこなす人物……動物?として描写されていることも少なくない。*2

 

 ブラックジャック先生に(トキ)の話を聞いた時には、私は詳細を尋ねるということをしなかったわけなのだが……彼が例として挙げたうちの一人であるロー君が、実際には単なる『トラファルガー・ロー』ではなかった辺り、あの場での彼の発言は本当に()()()()()()()()()()()()、ということに間違いないだろう。

 

 そのため、実際に『トキ』として彼が紹介していた相手と遭遇した結果、サウザーさんが『違う、違う違う!』となる可能性は、少なからずどころかかなりの確率で存在している、といえるわけなのであった。

 

 

「……いや、別に見た目がどうであろうと、中身が俺の知るトキであるのならば、なにも問題ないのでは……?」

「なんか哲学じみた話になってきた件」

 

 

 なお当のサウザーさんはというと、中身がちゃんと『北斗の拳のトキ』であるのならば、見た目については些細なこと……みたいなことを言い始めてしまう始末。……いや、いいんですかそれで。

 

 まぁ、あくまで彼が求めているのは、別に同僚との楽しい談話などではなく、担当アイドル(きらりん)の更なる飛躍のためのアドバイス。

 で、あるならば。求めている助言が入手できるのなら、ちょっとやそっとの容姿の変化に関しては気にするだけ無駄……みたいな考え方は、このなりきり郷においては決して間違った選択だとは言えないだろう。

 代わりに、どいつもこいつも軽々と【継ぎ接ぎ】しやがって、プリテンダーかなんかかお前ら!……みたいなツッコミは、どこまでいっても絶えることはないのだろうが。*3

 

 

「よーし、サウザーさんの決意がそこまで固いのであれば、もはや私から言うことはなにもない!存分に木人を殴り倒してきたまえ!」

「うむ、任され……いや待て、ホントにヤらなきゃダメ?」

「……ここで足踏みすんなし!」

 

 

 ともかく。

 彼がそこまで言うのであれば、こちらとしても後顧の憂いなく送り出せるというもの。

 なので、とりあえずはこのあとの薪割り大会で活躍して来なさい、とその背を押すことになったのだが……ここに来て微妙に尻込みなどし始めたため、仕方なしにその背をせっつく*4ことになるのであった。……なんとも締まらない話である。

 

 

 

 

 

 

「で、そうして僕達は夜までに行われる演目、その全てに参加し続けたというわけなんだけど……」

「ものの見事になんの成果もなし。……ここまでくると、いっそ笑えて来るというものだよ」

「解せぬ……」

「お、『ポケモン元』~」

「それを言うなら『本家本元』ね、しんちゃん」

「お~、そうそうそれそれぇ~ん。侑子お姉さん物知りぃ~」

 

 

 まぁどれだけ張り切っても、結果が伴わなければ意味がないんですけどね、初見さん。*5

 

 時に参加メンバーが増えたり減ったりしたものの、原則として出ずっぱりの必要がある……ということで、昼から晩まで職務を全うしたサウザーさんが、現在ボロ雑巾状態で地面に転がっているわけなのだけれど。

 そこまでやってもなお、トキさんからのアプローチの気配は一切ない。

 

 ここまで無反応だと、もしかしたら【継ぎ接ぎ】や【複合憑依】などではなく、同名の別キャラのことを先生は例に挙げていたのかも……みたいな気分も沸いてきてしまう。

 例えば、さっきの予想と同じく『けものフレンズ』のトキを挙げていたとして、【継ぎ接ぎ】でもなんでもない純正(?)のトキちゃんであった場合、いくらサウザーさんが頑張ったとしても、彼女の琴線に触れることはない……ということになる。

 いやまぁ、原作の彼女に医療系の要素が全くない以上、彼処で挙げる例としてはおかしなことになるので、実際にはなにかしら混ざっている、ということにはなるのだろうけども。

 

 ……とはいえ、トキちゃん自体は色々混ざりやすい要素が点在しているため、なにがおきてもおかしくないというのも間違いではない。

 キャラクターの特徴として『音痴』があるので、エリちゃん成分が混じってエリザベートシリーズとかになっている、なんて可能性もなくはないわけだし。

 

 

「エリザシリーズ……完成していたの」*6

「気軽に地獄を顕現させようとするでないわ……」

「あ、起きてきた」

 

 

 ハロウィンだし、なくもないよなぁ……なんて風に戦々恐々としている私に対し、痛む体に鞭打って立ち上がったサウザーさんが弱々しいツッコミを投げてくる。

 ……流石にぶっ通し八時間の祭り参加は、色々堪えたようだ。それでいて結果が伴わないともなれば、愚痴の一つや二つ沸いても仕方ない、ということなのだろう。

 

 

「まぁ、エリザシリーズは適当言ったとしても……ここまでなんの反応もないと、想定される『トキ』がなにか違う、みたいなことを想定しなきゃいけないってのも間違いじゃないでしょ?」

「まぁ、それはそうだな。……綺麗なアミバという線もあるしな、俺の出身(イチゴ味)的に」

「あー……」

 

 

 ともあれ、丸一日潰してなんの成果も得られませんでした、というのが今の状況なのだから、なにかしらの対案を考えなければいけないというのは確かな話。

 その取っ掛かりとして、『トキがトキではない』可能性というのは、結構大きなウェイトを占めると言えるだろう。

 そう、今サウザーさんが言ったように、相手がトキではなくその偽物──アミバの方である、というのは真っ先に思い付いて然るべきパターンである。

 

 アミバとは、北斗の拳のキャラクターの一人であり、トキにそっくりな偽物である。

 その性格は卑劣にして非道、元々ケンシロウの兄弟は全て敵、という予定だったのを撤回した結果生まれたキャラクターであるため、実力自体は割りと高い……が、それでも本物には及ばない、いわゆる三下系のキャラクターという設定がなされている。

 なお、変なところで人気というか知名度というかがあり、その縁なのか『イチゴ味』ではトキの後継者として認められる、というなんとも救われる結末まで与えられているキャラだったりもする。

 

 ……問題は、その『イチゴ味』での彼。

 基本的にこの作品での彼は寡黙であり、言葉を発することはほとんどない。

 そして先述したように、原作のような非道・卑劣さは鳴りを潜め、トキの後継者として認められるほどの技の冴えを持っており──つまり、一見しただけでは彼がアミバなのかどうか、というのは確証が得られないのだ。

 

 一応、アミバは髪が黒く、トキは髪が白いという違いはあるものの……それは逆を言えば、髪色以外の判別に関してはそのキャラクター性に頼る必要性がある、ということでもある。

 髪が白いアミバが居たとして、必要以上に物を言わなかったとしたら、もはやそれがトキなのか否か、真実を知ることは不可能に近い。

 なにせ、声も背丈も見た目も同じなのである。

 そこまで似ているとなると、もはや自己申告を信じる他ないとしか言い様がない。

 

 そういうわけで、もしブラックジャック先生が見たのが『綺麗なアミバ』であるのならば、間違えてしまっても彼を責められない、ということになるのだ。

 

 

「……ん、いや。それはおかしいんじゃないか?だって綺麗なアミバってのは、サウザーさんと同じ原作──それも原作とスピンオフみたいにずれていない、完全に同じところ出身ってことになるんだろう?」

「……確かに、同郷の相手とは一先ず話してみたくなるもの……という前提に間違いがないのでしたら、例え綺麗なアミバさんだとしても、接触してこないというのはおかしな話になります」

「……むぅ、ということはやはり、最初の予想が正解ということか?」

「あー、医者なトキちゃん?……となると、方向性的には桃香さんとかに近いタイプってことかな……?」

 

 

 だが、その考えにはコナン君が異を唱えてくる。

 ここまでの前提である『同作出身者とは一度話したくなる』がある以上、例え相手がトキ本人ではなくても──いや寧ろ、サウザーさんと同じイチゴ味(スピンオフ)出身ということになる『綺麗なアミバ』の方が、前提であるその欲求は強くなるはずだ、というものだ。

 

 この欲求は『逆憑依』──なりきりである以上大なり小なり必ず抱くものであるため、それが起こらないということはまずあり得ない。

 例え個スレで鍛えた猛者といえど、同じ作品を愛したモノとして話くらいはしてみたくなる、というのが普通なのだ。なので、そこに関しては考慮する必要は(ほとんど)ない。

 

 そうなると、件の(トキ)はやはり彼女──トキちゃんになにかしらの理由で医者要素が加わったもの、とするのが一番丸い。

 その場合、【継ぎ接ぎ】で成立するとなるとやはり名前繋がりで『北斗の拳のトキ』の方が優先度が高いはずなので、他の医者要素が【継ぎ接ぎ】で混じる、ということはほとんどあり得ないだろう。

 つまり、桃香さんのように『設定段階で別の要素が組み込まれている』と考えるのが自然な話だろう。

 

 

「……つまり、俺の行動は全くの無駄だったと?」

「断言はできないけれど……まぁ、はい」

「──いや、断言するのはまだ早いぞ」

「!?」

 

 

 結論を話し終えた結果、疲労からか膝を付くサウザーさん。

 無理もない、何度も言うが今の彼は数々の難行を越えた身。結局優勝は一度もできなかったけど、その身に蓄積された負荷は恐らく誰よりも多い。

 ……つまりは裏優勝というわけだが(?)、ゆえに今の彼を情けないと詰ることはできまい。

 

 だが、私たちの間を駆け抜けたその声は、今の彼の姿を──聖帝の情けない姿を、責めるようにその耳朶を叩く。

 その声が、今の今まで求め続けた男の声であることに気付き、皆が声の主の方へと視線を向け。

 

 

「──すまない、遅くなったと謝罪させて貰おう」

「ムキムキのトキちゃんッ!!?」

「……む?」

 

 

 そこに佇む、()()()()()()()()筋肉モリモリ、マッチョマンの変態の姿に、思わず私たちは悲鳴を挙げることとなるのだった。……そっち(トキちゃんinトキ)!?

 

 

*1
『けものフレンズ』に登場するペリカン目トキ科の鳥類・トキを元としたフレンズの一人。様々な媒体に登場するが、共通点として基本は冷静沈着・かつ壊滅的な音痴、という特徴を持っている。アニメ(一期)では治ったが、大抵の媒体ではエリザベートと比較できるレベルの音痴のまま

*2
トキと名の付くキャラクターによくある二次創作。他には『アルカナハート』シリーズの朱鷺宮(ときのみや)神依(かむい)などが該当

*3
『子ネコ~!今年の私はプリテンダーみたいよー!』『──なんで?』

*4
責付(せつ)く』の音変化。意味としては頻りに急かすこと

*5
元々はとある配信者が『バイオハザード』のプレイ時に発した言葉。概要欄で『ネタバレはやめてほしい』という旨の文章を記載しておきながら、自身は初見の視聴者に対してネタバレをしていく、という二律背反が話題になったとかなんとか。使いやすい為か、様々な配信者が『○○なんですけどね、初見さん』みたいな感じで利用している

*6
『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』において、量産型エヴァを見たアスカが述べた台詞。量産型の何かを見た時に発する台詞として使われることが多い



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幕間・某ゲームではよく見る光景(白目)

「mu○enでよく見る光景だこれー!?」

「ああ、カラー弄ってキャラの見た目を別キャラみたいにするって奴だね。最近だとメルブラとかで、一時期カレー先輩をマシュちゃんカラーにする……みたいなのが流行ったとか聞いたけど」*1

「そのあと実際にマシュちゃんが実装されることになって、色々騒然としたりしてたわねー」

「代わりにアルクさんがFGOで実装されたこともあって、巷では『交換留学』なんて風に呼ばれたりもしていましたね……」*2

「おーい君たち、現実逃避はそのくらいにしておきたまえ」

 

 

 目の前に現れた巨漢……()()()()()()()()どう足掻いても格闘家な筋肉を持つ彼の姿に、皆が皆混乱を続けている。

 

 そりゃそうだ。だってこれ、見た目を簡潔に説明するのであれば『けものフレンズ』のトキちゃんの格好をした、『北斗の拳』のトキなんだもの。

 ……ご丁寧に揉み上げ部分の色が違ったり、赤系のタイツを履いたりしている辺り、見間違えようもない。ついでに視覚的ダメージも凄い()。

 

 五条さんは格闘ゲームでのカラバリを例として挙げていたけれど……どっちかというとこれはMMDで見たことがある、という風に例えた方がいいかもしれない。……なんで参照元が実在してるんです?(困惑)*3

 

 ……ともかく。

 今この場に現れた彼……彼女?が、こちらの探していたトキであるらしい、というのはさっきの台詞から察することができる。

 と、なれば。この場はこの方を探し求めていらっしゃったサウザーさんに、あらゆる全ての権利を譲渡して、私たちは遠巻きに見守っているのが最善なのでは?それがベストなのでは?

 

 

おいバカふざけるなっ、俺をこんな地獄に放り出すつもりかっ!!?

「おおっ、サウザーおじさん、小声で叫ぶとか器用だゾ」

しーっ!しーっ!!

「……?そもそも、なんでみんなはそんなにおろおろしてるの?トキおじさん、単に仮装してるだけだゾ」

「…………はい?」

「……おっと、これはすまない。私の格好が、皆に無用の混乱をもたらしてしまったようだ。着替えてくるので、少し待っていて貰えるだろうか?」

「え?は、はい……?」

「すまない、すぐ戻る」

「え、ええー……?」

 

 

 そんなこちらの言葉に過剰反応したサウザーさんが、小声で叫ぶという何気に器用なことをしながら抗議をしてくる。

 その横ではしんちゃんが、そんな彼の行動に感心したように頷いていたわけなのだが、……そのあとに続く言葉に、私たちは大いに首を捻ることに。

 

 ええと、仮装?

 困惑と共に思わず視線をトキさん……ちゃん?に向ければ、彼は一瞬だけ不思議そうに首を傾げたあと、なにかに気が付いたようにハッとした顔を見せ、こちらに『着替えてくるから待っていて欲しい』と告げてくる。

 一方的なその宣言にこちらが生返事をすれば、彼はすぐ戻ると言い置いて、何処かへと小走りに去ってしまうのだった。

 

 ……その物言い的に、彼はトキちゃんinトキさんではない、ということなのだろうか?つまり、あの格好にはなにかしらの意味がある、と?

 

 思わず周囲と顔を見合わせるも、本人が去ってしまった以上答えは出ず。

 仕方なしに、灯りも消えた舞台の傍らで、ボーッと彼の帰りを待つことになる私たちなのであった。

 

 

 

 

 

 

「すまない、遅くなった」

「あ、いえ。全然大丈夫です、はい」

 

 

 結局、トキさんは十分もしないうちに戻ってきた。

 その格好は、こちらが見慣れた……というと変な感じだが、ともかく『北斗の拳』のトキとして、皆が思い浮かべるであろう白装束に変化していたのである。

 色違いの揉み上げに関してはウィッグかなにかだったようで、現在は普通の白い髪に戻っていた。

 

 ……まぁ要するに普通のトキ、というわけなのだが……ええと、ということは?

 

 

「挨拶が遅れたようだ。私はトキ、北斗真拳の伝承者候補であり、殺人拳の宿命を持つそれを、医学のために役立てることを志した男だ」

「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます。……こちらの紹介は必要ですか?」

「是非、お願いしたい」

 

 

 腰を折ってこちらに深々と礼をする彼の姿は、なるほど『北斗の拳』という一種の末法の世界において、一番の人格者と称されるのも頷けるほどの風格を漂わせている。

 そのあまりにもまともな反応のせいで、こちらも思わず敬語になってしまったわけなのだが……いやでも、さっきのアレ(トキちゃんの格好)的に、彼がまともかどうかという部分についてはまだ微妙なのでは……?

 

 そんな風に困惑しながら、挨拶をされた以上は返さねば、といった感じでこちらも自己紹介を返していく。

 都合五分ほど掛けてこちらの紹介を終えると、彼は小さく頷きながら「なるほど」と小さく声を溢し。

 

 

(はざま)から噂は聞いていたが……そうか、貴方が」

「……ええと、つかぬことをお伺いしますが……噂、とは?」

「幼子のような見た目ながら、多くを繋ぐに足る器を持つ好人物……そう伺っている」

「い、いやー、それほどでもー……?」

「お、キーアお姉さんが照れてるゾ」

「う、うるさいやいっ」

 

 

 そうして彼から告げられた言葉に、思わず照れてしまう私であった。

 作中屈指の好人物からそう言われてしまえば、照れるのも仕方なしというか。……だからその、からかわないで頂戴マジで!

 自分の台詞を使われたこともあってか、やけに絡んでくるしんちゃんに(照れ隠しで)ぐりぐり攻撃を返していると。

 

 

「それと、とんだトラブルメーカーだから、関わるつもりならば気を付けろ……とも言い含められていたな」

「……よーし、今度ブラックジャック先生に会うことがあったら、あることないこと広めちゃうぞー」

「あ、その時はBBちゃんにお任せを☆地球の裏側にだって、一瞬で広めて見せますので☆」

「……はっ!い、いえ!流石にそういう影響が広範囲になるのものは如何なものかと!」

(……一瞬迷ってたな、彼女)

 

 

 一瞬にして手のひらを返されたため、ブラックジャック先生にはしっかりお返ししておこう……と決心することになるのだった。

 具体的にはロリコンですって広めてや……え?それは半ば事実みたいなものだから意味がない?*4

 

 まぁ冗談はそのくらいにしておくとして。

 こうして話している分には、特に変なところもない普通のトキ、って感じの人に見えるわけなのだけれど……。

 

 

「……ええと、つかぬことをお伺いするのですが」

「なにかな?私に答えられることであれば、なんでも答えよう」

「じゃあ、私のことどれくらいs()……じゃなかった。*5ええと、さっきの服装は一体……?」

 

 

 そうなってくると、余計にさっきの服装が引っ掛かってくる。

 見た目こそ筋骨隆々のマッチョであったが、確かにあの服装は『けものフレンズ』のトキのもの。

 つまりは女装ということであり、なおかつ特に恥ずかしがる様子もなかった辺り、趣味とかだったりするとちょっと反応に困ることになるわけなのだが……。

 

 

「ああ、先ほどの格好か。あれは治療のために必要だったので、知り合いに用立てて貰ったモノなのだ」

「はい?ち、治療?なんの?」

 

 

 そうして恐る恐る発した問い掛けに、返ってきたのは予想外の言葉。

 ……え、治療に必要だった?……あの服装が?どういうこっちゃ?

 思わず耳を疑う私たちに、トキさんは特に憤慨するでもなくその理由とやらを教えてくれる。で、その理由と言うのが──、

 

 

「……フレンズの治療?」

「ああ。どうにも最近こちらにやって来た子のようだったのだが……なにか恐ろしい目にでもあったのか、警戒心が高く、近付くことすらままならなかったのだ」

 

 

 怪我をしていた、とあるフレンズの治療。そのために、トキちゃんの姿に扮していたと言うのだ。

 

 なんでもそのフレンズは酷い怪我を負っていたため、早急に治療をする必要があったのだが……ここに来るまでの間に余程恐ろしい目にでもあったのか、とにかく警戒心が強すぎて近付けなかったのだという。

 それは、迂闊に近付けばその近付いた相手が怪我を──それも下手をすれば、重症レベルの大怪我を負いかねないような剣幕であり。それゆえ、対応に苦慮していたのだそうだ。

 

 そもそもの話、フレンズとは動物が人の姿を得た存在*6であり、アニメ一作目の作風に似合わず、実際はわりと脅威的な戦闘力をも持ち合わせた存在でもある。

 ……作中でもセルリアンと戦ってるからそれはわかる?ならまぁ、普通の人が近付いたら危ない……というのもなんとなくわかるだろう。興奮しているのだから尚更である。

 

 医療関係者というのは、一部のキャラを除いて荒事は専門外、というキャラも少なくない。……ロー君やえーりんなどの存在から勘違いしやすいが、本来戦闘できないキャラの方が多い職業なのだ。*7

 そのため、その場にいた他の医療者達は彼女に近付くこともままならず──結果、トキさんが治療を担当しようと名乗り出たのだそうだ。

 

 北斗の拳のトキと言えば、その実力は広く知られている。

 ゆえに、ちょっと興奮している患者がいたとしても、抑えることは難しくない……と、周囲を納得させることも簡単であった。

 問題は、それでもなお治療には危険が伴うものだった、ということにある。

 

 確かに、幾ら相手がフレンズだとはいえ、秘孔使いであるトキさん相手では分が悪いのは確かな話。

 ……が、治療を目的とするのであれば──暴れ回る彼女を抑える必要がある、というのは自明の理。そして、秘孔を押して大人しくさせようにも、そもそもその前段階の抵抗の時点で、勢い余って怪我を悪化させてしまう可能性を思えば、余り手荒なことはできないという風にもいえる。

 

 つまり、手負いの虎のようなモノである彼女に対して、抑える役も治療役も全部トキさん、というのは幾らなんでも無茶があったのだ。

 

 いざという時に自身の安全を確保することができる、という意味で彼は治療側からは外せない。かといって、彼と同じレベルの武芸者は、少なくともその場付近にはいない。

 そうして困りに困った結果、思い付いた対策と言うのが──、

 

 

「一時的な【継ぎ接ぎ】の使用、というわけだ。幸いにして、私の名前はトキであり、彼女達フレンズの仲間にもトキはいる。ずっと偽り続けるのは無理だとしても、治療の間相手を安心させる程度には、【継ぎ接ぎ】の効力も持つだろう……というお墨付きも得てな。結果、私があの姿をして彼女の治療をする、ということになったわけだ」

「……色々とツッコミどころはあるんですけど、とりあえず一つだけ。そのお墨付きをくれた相手、っていうのは……」

「無論、君達も知っている人物──ドクター・アンバーだ」

「琥珀さんンンンンッ!!」

 

 

 仲間がやって来たと誤認させ、治療の間だけでも安心させる……という、思いの外真面目な理由からくる女装だったのだった。

 ……理由はとても真面目でシリアスな感じなのに、出力されたものが理解を拒むんですけど!?

 

 

*1
カラーパレット編集などと呼ばれるもの。格闘ゲームなどで採用されているもので、ゲームによってはかなり細部まで色を変えることができる場合も。なお、某グレーどころかブラックに片足突っ込んでいる非公式格闘ゲームでは、『咲夜・ブランドー』などの、他作品パロディのようなキャラクターも多く存在する

*2
FGOの七周年で起きたこと。とりあえずとあるサイトの管理人が発狂し(ガチャを引い)た

*3
『せいきまつちほー トキ』とかで検索すると見ることができる。何故作ってしまったのか

*4
無論、彼の助手であるピノコのこと。姉の体の中に畸形嚢腫(きけいのうしゅ)として18~20年間意識のある状態、かつ体がバラバラの状態で生き続けていた為か、他人に対しては『としごよ(年頃)レレイ(レディ)』と自称することが多く、属性的にはロリババアに区分されるとも見なされるので、彼がロリコンだと言い張るにはちょっと証拠として弱いかも。なお、姉の体の中に居た時には超能力を使用することができたが、摘出されピノコとなってからは、その力を使ったことはない

*5
漫画『ポプテピピック』より、ピピ美が突然神を自称し、知りたいことをなんでも教えてあげる(但しwiki調べ。微妙に信憑性に問題がある)と述べたことに対し、ポプ子が返した台詞『私のことどれくらい好きか教えて?』から。それに対してピピ美が『いっぱいちゅき』と答えている辺り、この二人は百合と言うことで良いのかもしれない()

*6
『フレンズ』とは、サンドスターと呼ばれる謎の物質によって、様々な動物達が人の姿を得た存在。基本的に動物時の身体能力などはそのまま引き継いでいる。サンドスター自体が不思議の塊(気候を調整したり、賞味期限が伸びたり)なので、その副産物的な存在である『フレンズ』達も、大概不思議な存在だと言える

*7
アニメの『ヤングブラック・ジャック』のオープニングにおいて、メスと刀を得物とした二人が対峙する……という描写によって、通称『人切り執刀斎』だの『見境なき医師団』だの『るろうに検診』だのの異名を拝領することとなったブラック・ジャックがどちらなのか、という話については意見が別れるところであろう()



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幕間・必要は発明の母、なんて言葉もありまして

「あーうん、さっきの服装が必要に駆られてのものだった、ということはよーくわかりました……」

「すまない、私も彼女を救うことを優先していたもので、途中から自身のしている格好の奇抜さについて、いつの間にか失念してしまっていたのだ……」

 

 

 見た目はトンチキ以外の何物でもないというのに、その格好をする理由に関しては、とってもシリアス……という、なりきり郷では稀によく見る感じの現象によって引き起こされた珍事だった、ということをトキさんの説明から理解してしまった私たち。

 

 まぁ『逆憑依』関連の研究の最先端を突っ走る人物であり、かつ押しも押されぬ第一人者でもある我らが琥珀さんがお墨付きを与えたというのだから、実際にそれ以外の手段は考えられなかったのだろうし、それで上手く行ったというのも、彼の言葉からして真実なのだろう。

 そうなってくると、こちらとしてもさっきの彼の格好について、咎めたり困惑したりするのはスゴクシツレイ……という思考にたどり着いてしまう。

 

 そういう事情も手伝い、ここまでの話で抱いた感想やらなにやらについては、一先ず脇に置き。そのまま別の考察に話を移そう、という雰囲気になっていくのだった。

 

 

「……え、えーと。もしかして、ここに来るまでの時間がこんなに遅くなってしまった理由、っていうのは……」

「お察しの通り、というものだ。彼女の治療と病室への搬送。そしてその他の細々とした手続きなど、あの場で必要な処置を全て片付ける、ということを最優先した結果──こうして、周囲が暗闇に包まれてしまうほどの時間になってしまった……ということになる」

「やっぱり……」

 

 

 で、その別の考察というのが、彼がこんなに遅い時間になってからここにやって来た理由。

 

 形振り構わず対処する(女装も辞さない)必要があった、という彼の話から推測するに、そのフレンズの少女(?)とやらが負っていた怪我の具合というのは、よっぽど酷いものだったのだろう。

 同じフレンズであるという風に擬態をすることで、ようやく彼女の興奮を静め、簡易的な治療を施すことに成功したわけだが……それが出先・かつろくな装備もない状態で出くわした事態であるというのであれば、その場ですぐにできる治療というのは、どうしても応急処置的なモノに限られてしまう。

 

 ゆえに、話を聞く限り身元不詳・住所不定である彼女の本格治療を、早急かつ迅速に行わせるために、付近の医療施設に彼女を運び込み、かつ相手方の医師達に納得のいく説明を行う……という課程が必要となってくる。

 無論、その(かん)はトキちゃんに扮した(トキさん)が、ともすればまた暴れだしかねない彼女の精神の均衡を、常に平常に保つようにケアをし続ける必要もある。

 

 それらを加味して考えると──例えば最初の大食い大会の時点で、トキさんがテレビに映る同郷のキャラクター(サウザーさん)の姿に気が付いていたのだとしても。

 病人であるフレンズの少女のことも、放り出して知らんぷりすることができない以上、どうしても『同僚に会いに行く』という行為は、結果として優先度が最低レベルになってしまう。……まぁ、そこで選択肢から完全に消える、ということにならない辺りに、なりきりというものの悲哀が見え隠れするわけだが……一先ずその辺りに関しては割愛。

 

 ともあれ、自身の服装がおかしなことになっている……というすらも忘れてしまうほどに集中していたこと、それからこの場に突然現れたということも合わせて──彼がほんの少し前まで、病院にて自身のするべき戦いを続けていた……ということは、容易に察せられてしまうレベルの事実だった、と推測できるわけである。

 

 ……うん。つまりはアレだ、こう……最初彼の女装姿を見て、ちょっと引いてしまったことを思わず後悔してしまうような、そんな真っ当かつ正当な理由によって引き起こされた珍事だった……ということになってしまうわけで。

 

 

「……いやホント、なんかもう色々とスミマセン……」

「?……いや、何故私は突然、皆から謝られているのだろうか……?」

 

 

 結果、その事実に思い至った過半数以上の人間達が、あまりの申し訳なさから深々と頭を下げる……という、端から見ると『救世主・トキ』に頭を垂れる信者達、みたいか光景が繰り広げられる運びとなってしまうのだった。*1

 ……いやホント、人を見た目で判断するのは、止めようね!*2

 

 

 

 

 

 

「……で?事実を知っていたたまれなくなった結果、少しばかりギクシャクとしながらもうちまでやって来た……と?」

「まぁその、はい。……一応、この時間帯でもまだ開いてる店ってどこだろうなー……みたいなことが脳裏を過った、ていうのもなくはないんだけど」

「……いやまぁ、こうしてうちにお金を落としてくれる、っていうのは大いに大歓迎なわけだけども。……そこでうちしか選択肢が出てこない辺り、もう少し馴染みの店ってもののレパートリーを増やす、という努力もした方がいいんじゃないのかい君達?」

「……いやごめんて。面倒事が起きる度に利用してる、って言いたいのはよく分かるから、マジごめんて」

 

 

 所変わって、深夜のラットハウス。

 

 そろそろ夜食を取るような時間になってしまいそう……ということもあり、とりあえず場所を移そうと提案した私たち。

 

 その提案に快く了承を示してくれたトキさんを引き連れて、さて何処で話の続きをしようか……と思案することになったわけなのだけれど。

 結局、こういう時に向かう場所なんて決まっているようなもの……みたいな意識がみんなの中にあったのか、満場一致に近い形で、ラットハウスへと移動することに決まったのであった。

 

 まぁ、出迎えてくれたライネスからはご覧の通り、うちはなんでも屋とか相談所とかじゃないんだぞ?……みたいな視線を向けられることになったのだが。

 ええと、夜食とかバンバン頼むから許して?

 ラットハウスに入るのは初めて、なんて人も引き込んだ辺り、宣伝としてはこれ以上ないってのも間違いじゃないんだし、ね?ね?

 

 そんな風に彼女の機嫌取りをしながら、ふと見渡した店内は──これまた見事に、ハロウィン仕様へと変化している。

 

 単純な料理の美味しさだけでは、この祭りを勝ちぬくことはできない……ということで、あれこれと案を出したというのは以前話した通り。

 つまり、現在店内がハロウィン一色になっているのは、そうして捻り出した案の一つによるもの、ということになるわけである。

 

 

「まさか、ハロウィンに起きる様々なトラブルを逆手に取って、それをアトラクション扱いにして客を呼び込もう……なんて案が出てくるとはね……」

「簡単に言うと、使えるものはなんでも使う、それが例えエリザであろうとも……ってやつだね」

「……凄まじいまでの敗北フラグ、というやつではないのかな、それは」

「んー、利用したつもりでいたら寧ろ利用されていた、みたいなやつ?もしくは、そもそもエリちゃん自体が死亡フラグだから、迂闊に触れた時点で大間違い……みたいなやつ?」

「……どちらにせよ、学士殿が憤死することだけは間違いなさそうだな」*3

 

 

 ハロウィンが一種の厄物となってしまっているのは、皆さんご存じの通り。

 

 これがもしチェンソーマン系の作品だったり、はたまた呪術廻戦系の作品だったりすれば、間髪入れずにハロウィンの悪魔だのハロウィンの特級呪霊だのが発生してもおかしくない、そんな感じの無辜っぷりなわけなのだが……とりあえず、五条さんがそこら辺に言及しない辺り、今のところはその兆候はないのだろう、多分。

 

 で、あるならば。

 ハロウィンが引き起こす事態というのは、もはや自然エネルギー───放っておいても沸いてくる(場合によっては)無害なモノとカウントしても、なんら問題はない。

 つまり、それを前提として店を運営することも、なんらおかしいことではないのである。

 ……え?お前さんハロウィンに頭を侵されていやしないかって?ははは、そんなことナイナイ。

 

 

「ハロウィン最高!ハロウィン最高!お前もハロウィン最高と叫びなさい!」

「せんぱい、台詞は悪魔寄りなのに、躍りにはマフティー性が溢れてしまっていますが大丈夫なのでしょうか!?」

「というか、収拾付くのかいこれ?」

 

 

 鳴らない言葉をもう一度描きそうなダンスをびしばし決める私は、恐らくきっと多分ハロウィンとはなんの関係もないのです。ないったらないのです。

 

 ……まぁ、冗談は置いといて。

 ハロウィンになれば自然と聖杯が発生する、みたいな世界線(FGO)ではないはずだが、実際にエリちゃんが居る以上は変なことが起こる、というのはもはや確定事項。

 例え今の彼女が軟禁状態に近いのだとしても、それで影響が完全にシャットアウトできるなら、そもそもみんなハロウィンを恐ろしいものなんて風に思うはずもなく。

 

 ゆえに、多分なんか起こるだろう、と期待するのはなにも間違いではないのである、証明終了(QED)

 

 

「つまりはそう、勝ったぞライネス、この聖杯戦争(お祭り)は我々の勝利だ!」

「……いやまぁ、先に敗北フラグを立てまくることで、逆にフラグ成立条件を折ろうとしているのは分かるんだけどさ?……それ、私の出自的に洒落にならなくなりそうじゃないかい……?」

「…………は、ハロウィンだから多分、人死には出ないはずだから…………」

「最近のハロウィン、普通にバッドエンド分岐とかあったみたいだけど?」

「……………」

 

 

 飾り付けもハロウィン、気分もハロウィン。

 これだけウェルカムハロウィンしておけば、逆に悪いフラグやらなにやらは潰れてしまうというのがこの場所の特徴。

 

 つまりは変なことは回避でき、かつ美味しいところだけ持っていけるはず……!!

 みたいな、獲らぬ狸の皮算用的ハロウィン運用だったわけなのだが、ライネスの発した言葉に思わず口ごもる羽目になる私である。

 

 ……あー、四次だとそういえばエルメロイって死亡フラグかー。

 調子にのり過ぎたかもなー?やばいかもなー?いやでも、ハロウィンならば死者はきっと恐らくでないはず……。

 という希望も、最近のイベント傾向から反対意見が挙がり。……早速暗雲の立ち込めてきたハロウィン運用に、ちょっと後で作戦会議しなおした方がいいかも、などと冷や汗を掻くこととなる私なのでありました。

 

 

*1
トキのキャラクターモチーフとなっているのは、某基督教において救世主として称えられるかの人物である。……つまりは戦える聖職者なわけで、そりゃもう変な勘違いをすれば、死ぬほど後悔する相手であることは疑いようもない

*2
メラビアンの法則とも呼ばれるもの。他人とのコミュニケーションを取る際、言語・聴覚・視覚から受け取れる情報がそれぞれ異なったモノであった場合に、言葉の意味などから受け取れる情報が7%、単純な音などから得られる情報が38%、そして見ることによって得られる情報が55%、相手の印象に対して影響を持つ、とする心理法則。いわゆる『見た目九割』の根拠として使われるが、実際のところは単なる実証結果であり、全ての状況・人物に対して当てはまるモノではない。寧ろ、他人に与える印象というのは、先の三要素──言葉の意味・声の抑揚・身振り手振りなどの動きによって容易く変化するモノである、ということを認知する為のもの、くらいに思っておく方がよい

*3
月の聖杯戦争を描くゲーム作品、『fate/extra』シリーズに登場するサーヴァントであるアルキメデスのこと。エリザベートには煮え湯を呑まされたような感じであり、現在『FGO』内にて増え続けている彼女を見て、『絶対人理なんかの為に働かないぞ』などと決意を燃やしていることだろう。……同僚達が着々と登場している辺り、彼の安息もそろそろ破られそうなことは内緒である



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幕間・そして祭りはまだまだ続く

 結局、あのあと遅くまで飲んで騒いでいた私たち。

 途中でサウザーさんが、『どこかタイミングの良い時にでも、お前にきらりの拳法についての見解を任せたい』……とトキさんに頼み込むという、当初の目的を果たす姿があったりもしたわけだが……それはまた別の話。

 

 ともあれ、宴会後それまで騒いでいたのが嘘のように、速やかに現地解散した私たちは、その足で就寝前の身支度を終わらせ、次の日に備えて床に付いたわけなのだけれど……。

 

 

「はぁーい!グッモーニンキーアちゃん!!」<ババ

「……あー、はい、おはよーございます……」

「なによなによ、どうしたのよもー!なんかテンション低いわよー!?」

「寧ろ、なんでゆかりんはこんな朝早いにも関わらず、そんなにハイテンションなんですかい……?」

「そりゃもー、今日は侑子がねー、エリちゃんの面倒を見るの変わってくれる……って約束してくれたんですものー!フリーなのよフリー!今日の私は一日フリー!ひゃっほい束の間の休息ぅー!」

「あー……こっち(現実)に干渉する手段をゲットしたから、侑子の方もわりと張り切ってたりする……みたいな感じ……?」

「多分ねー!まぁ、広範囲を動き回るのはまだ様子見した方がいい……みたいな話を琥珀ちゃんからされたりもしてたみたいだから、今日のところは最上階でゆっくりしてる、って風にも言ってたけどねー!」

「なるー」

 

 

 人の寝ている寝室へ、突然突撃してきたゆかりんによって叩き起こされた私は、寝ぼけ眼で目蓋を擦っていたのだった。

 

 スキマから上半身をひょっこりと出し、こちらを眺めているゆかりんに対し、私が思うことはというと……なんでこのロリバ……幼女はこんな朝っぱらから元気なんだろうか、ということ。

 あれか?幼女と老女という、共に朝に強い属性が混ざることによって、朝に対しての耐性が乗算されてる……とか、そういうやつなん?*1

 ……そんな感じの胡乱な考えが浮かんでは消えている辺り、やはり頭が働いていない私である。だから朝は苦手だって言って以下省略。

 

 なお、いつもならばこうして騒いでいる人がいると、マシュからの『お静かに!』的なお叱りが飛んでくるはずなのだけれど……今日のマシュは、朝からラットハウスでのお仕事中。

 十月中の基本となる動きの最終確認も兼ねているとかで、朝から張り切って家を出ていく彼女の背に手を振る私、なんて光景が繰り広げられたりもしていたのであった*2。……無論、その時の私は半分寝ていましたが、なにか?

 

 なのでまぁ、今の私はそうして二度寝していた最中、突然大声で起こされたというわけでして。

 ……余計に脳が動いていない、覚醒しきれていないということは、なんとなく察して貰えるのではないだろうか?

 っていうか三度寝したいんだけど、ダメ?あくびが凄いんだけどマジで。

 

 

「ダーメーよー!今日は付き合ってくれる、って約束でしょー!?三度寝なんて許さないわよー!!」

(・ワ・)「()()()()()あかつきをおぼえず、ですなー」

「春でも秋でも眠いものは眠い……天高く馬肥ゆる秋……肥ゆるのにはよく食べてよく寝るのが確実……ぐぅ」

「だーかーらー!ねーるーなー!」

「ああああやめて前後に揺らさないでぇぇぇ……」

「ゆるされよ ゆるされよ エリザの呪いをゆるされよ」

「あああやっぱりぃぃいなんかノリがエリちゃんっぽいって思ってたぁぁぁあぁ」

 

 

 今日は休みを満喫するのー!とばかりにこちらを前後に揺らしてくるゆかりんに対して、世のお父さん達は休みの度にこういう目に合わされてるのかなぁ、なんて共感を抱く私なのでありました。ぐぅ。

 

 ……なお、なんかテンションがエリちゃんに侵食されてない?と遠回しに伝えたことで、さっきまでの様子が嘘みたいに大人しくなったので、ちょっと悪いことしたかなー、みたいな気分にもなるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……よもや能力まで使ってくるとは思わなんだ」

 

 

 そうぼやく私の脳は現在とても冴え渡り、先ほどまでの眠気はどこへやら。

 

 ……ゆかりんが能力で眠気を飛ばす、などという暴挙を繰り出して来た結果だが、これはこれでなんとも言えない気持ちである。

 なんだろう、体の方はまだ休みたいって言ってるのに、脳の方はもう大丈夫だよって言ってるみたいな?いや、逆かもしれん……。

 

 

「……おかしいわね、眠気そのものを飛ばしたはずなんだけど……?」

「あーうん、その辺りは私の体が変ってだけだから」

「……?ええと、やっぱりおかしなことになってるみたいな……」

「あー、ごめんごめん。言い方が悪かったや。私の設定的に、他人からなにか補助とか攻撃とか受けると()()()()()効果が変になる、ってこと」

「ああなるほど。……なるほど?」

 

 

 首を捻るゆかりんに、暫くほっとけば()るから気にせんといて、と返し。改めて、玄関前から辺りを見回す私。

 

 二日目ということで、流石に初日程の熱はないものの──住宅街であるこの位置からでも判るくらいには、人の往来もいつもより激しくなっている。

 まぁ、そもそも一つの都市くらいには人間が居る、とも聞いていたので、それらが祭りを期に動き出せばこうもなる、ということなのだろうが……。

 

 

「……それにしても、凄い人だかりねぇ」

「今年はいつものお偉い様方に加えて、互助会の人達も加わってるしねー。あと、最優秀賞に輝いたところへの豪華商品の話が広まった、っていうのも大きいのかも」

「豪華商品?」

 

 

 それにしたって多くない?という気持ちから言葉を溢せば、ゆかりんから返ってくるのは豪華商品とやらの話。

 一応、店などで売り上げの競争をする……という話は聞いていたが、それの結果としてなにかしらの景品が出る、という話は聞いていなかったような……?

 

 そうして不思議そうな顔をしていた私を見て、ゆかりんもまた首を傾げていたが。

 

 

「……あ、そういえばそうだったわ。貴女達、昨日はずっと中央ステージで演目に参加し続けていたんだものね、そりゃ知らないわよねー」

「あー、郷内放送の方?」

「そうそう、組織運営委員会からのお知らせの方」

 

 

 なにかに気付いたように手を打ったあと、こちらの行動ゆえに情報の伝達がうまく言っていなかったのだ、と悟るのだった。

 

 以前少し触れたと思うのだが……このなりきり郷には、郷の中のみで放送されている独自のテレビチャンネルが存在する。

 で、その内の一つが、今回中央ステージのイベント全てを配信している、私達がトキさんへの連絡のために全力活用したモノというわけだけど……それとは別に、表の世界で言うのなら『N◯K』に相当するようなチャンネルが存在する。

 

 そちらは、平時であれば各所のニュースばかりを放送している、いわゆるお堅い感じのチャンネルなのだが……それは祭り期間中の今も変わらず。

 基本的には、運営からのお知らせなどの『重要だけどエンタメではない』ものを放送し続けているのだ。

 ……つまり、件の『豪華商品』とやらの話は、そちらのチャンネルで告知されたものなのだろう。

 ずっと舞台に齧り付いていた私達が、そのお堅いチャンネルを見る暇などあるわけもないので、そりゃまぁ知らなくても仕方ない……みたいな感じというか。

 

 そのチャンネル──通称運営板で発表された豪華景品の内容に──、

 

 

「『流れ星の指輪(シューティングスター)』が景品の一つに入ってるのかー、なるほどー。……『流れ星の指輪』ぁ!?マジでッ!?」

「今年は初参加だし、上役(うわやく)としては部下達のやる気を煽るのも仕事だろう……みたいなことを言いながら、モモンガさんが提供してくれてねー。一応、本物みたいな無茶苦茶なアイテム、ってわけじゃないみたいだけど、景品としては十二分でしょ?」

「出所がモモンガさんって時点で、単純なファンアイテムとしても最高峰だものね……」

 

 

 モモンガさんが提供したという、『流れ星の指輪』があったと言うのだから、思わず驚いてしまう私であった。

 

 この指輪、本来であれば小型の聖杯、と呼んでも差し支えない超級アイテムである。

 オーバーロードにおける超位魔法『星に願いを』*3を三回まで発動することができる、という超レアアイテムであるこの指輪は、本来──即ちゲーム世界では、二百以上ある選択肢の内から、有用な効果十個を例示し、選択した一つを叶える……という効果を持っていた。

 それが異世界に転移した時に、『使用者の望みを叶える』願望器へと変貌したのである。

 

 まぁ、作中においてはワールドアイテムが起こした事象は解除できなかったり*4など、『なんでも』とは言えない部分もあるようではあったが……それでも本来の『星に願いを』の性質、『発動時に経験値消費を必要とする』『その際追加で経験値を消費することで、効果を強化することができる』の併用で、叶えられる願望の範囲はかなり広くなっているはず。

 

 ……なにが言いたいのかというと、こんなところで景品としてPON(ポンッ)☆と出すようなモノではない、ということ。

 そもそも課金アイテムで、かつガチャの大当たりアイテムだから希少も希少、モモンガさん的にも手放したくないはずのモノのはずなのだ。

 

 というか、である。

 もし仮に、本当に『流れ星の指輪』であるのならば──この祭りは実質聖杯戦争と化し、血で血を洗う大抗争に発展しかねないわけで……。*5

 よもや、その辺りの危険性が判らぬ御仁(ごじん)*6、ということもあるまい。

 

 なので、彼の意図を確かめるために、ゆかりんに視線を向けたわけなのだけれど……。

 次いで彼女の口から出てきたのは、『本物ほどではない』との言葉。

 聞けば、そもそもこの指輪は彼が持ち込んだアイテムではないのだという。

 まぁ、願望器じみたアイテムとか、『逆憑依』の原理的にはスロットを圧迫すること間違いなしの激重アイテムなので、さもありなん。

 

 じゃあどういうアイテムなのかと言えば──所持していると、ちょっと運が良くなる指輪、ということになるらしい。

 先述の『使用者の望みを叶える』の部分がマイルドになった結果、ということらしいのだが……元の性能から考えると、弱体化甚だしいと言わざるを得まい。

 

 とはいえ、だからこそ景品としては丁度よい、ということもあって、モモンガさんはこの指輪の提供を決めたのだとか。

 で、重要なこの指輪の出所なのだけれど……。

 

 

「ああ、それは私が彼に頼まれて投影したものだな」

「なにやってんすかエミヤさん」

 

 

 モモンガさんから話を受け、実際に『星に願いを』を発動して見せて貰い。

 

 創造の理念を鑑定し(どのような意図で)

 基本となる骨子を想定し(何を目指し)

 構成された材質を複製し(何を使い)

 製作に及ぶ技術を模倣し(何を磨き)

 成長に至る経験に共感し(何を想い)

 蓄積された年月を再現し(何を重ねたか)

 

 そして、あらゆる工程を凌駕し尽くし、幻想を結び指輪を()った──凝り性のエミヤさんの仕業であった。*7……なにやってんのこの人!?

 

 

*1
子供と老人は朝に強い、という話。つまり人間の朝に対する耐性は谷なりに変化している……?なお、子供側の『朝が強い』は個人差が大きい為一概には言えないが、老人側の『朝が強い』は基本的な生き物の性質(加齢と共に睡眠の必要量が減る)なので、基本的には共通である

*2
仕事に行く夫の背を見送る妻的な風景

*3
オーバーロードにおける『位階魔法』よりも上、と設定されているカテゴリーの魔法が属する『超位魔法』の一つ。読みは『ウィッシュ(wish)アポン(upon)(a)スター(star)』で、意味はそのまま『星に願いを(掛ける)』。魔法詠唱者として95レベルに到達しなければ覚えられず、かつ覚えられたとしても自身の経験値を消費する必要がある(説明文的に1レベル分の経験値を100%として、10%ごとに選択肢が増え、最終的に10の選択肢が提示される仕組み。200以上の選択肢から選ぶ形になる為、まともに扱うのであれば最低でも50%くらいは経験値を消費する必要があるだろう)。指輪による効果の場合、発動時の経験値100%分を肩代わりしてくれる上、魔法詠唱者でなくとも使えるし、更にはランダム効果も出来うる限り有用なモノを優先して例示してくれるという優れもの。作中のモモンガは、ボーナスも給料も全部注ぎ込んだ上でようやく入手したとされるが、あくまでガチャなので一発で当てた人も居るらしい

*4
作中において、シャルティアが洗脳された時に『星に願いを』で解除しようとしたことがある。結果はその効果がワールドアイテム『傾城傾国』によるモノであった為、失敗した

*5
エリちゃんが居て、聖杯っぽいものがあるのでハロウィンだな、と言い張ることも可能

*6
他人に対する敬称の一つ。類似のものには『お方』『お人』などがある

*7
上の六行は、『投影六拍』と呼ばれるもの。ルビの方は、『fate/extra』シリーズで加えられたモノを漢字に直したもの



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幕間・この弓兵、自分磨きに余念なし

「なに、話は至って単純でね。この祭りに参加するに辺り、我らが首領殿はなにか貢献できることはないか、と悩んでいたのだよ」

 

 

 なに気軽に指輪の複製なんかしてるんですか?

 ……みたいな話から、自然とエミヤさんへの事情聴取が始まったわけなのですが。

 いや、色々とツッコミどころが多すぎて、なにから聞けば良いものやら?……みたいな感じになっていたこともあり、とりあえず『何故そんなことになったのか?』という、ことの始まりの部分から話を聞いていくことになったのでした。

 

 そうして彼の口から語られたのは……思わず、頭を抱えてしまうような事実だったのです。

 

 

「私としても、自身の投影が、今現在どれほどの域にまで到達しているのか?……ということに興味があってね。無論、相手はスケールダウンしたとはいえ、紛れもない願望器……本来であれば、私ごときに手が届くような代物ではないのだが……」

「原理を簡潔に言えば『決められた魔法を発動するだけ』っていう指輪だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……っていう、発想の転換があったと?」

「その通りだ。無論、いつかは私一人の力で、例え劣化品であろうとも投影してみせたいところだが……今の私は道半ば、自身にできる全力を見極めるという意味でも、良い経験になったよ」

「えー……」

 

 

 あの指輪──『流れ星の指輪』はつまるところ、『星に願いを』をノーコストで三回発動できる()()の指輪である。

 それを考慮するに辺り、一番難しいのは恐らく指輪に込められた超位魔法の再現だろう。そしてそれは、恐らくエミヤさんでは手の届かない領域にある。

 

 だが、見方を変えればどうだろう?

 過程はどうあれ、その指輪を使ったことによって『星に願いを』が発動するのであれば、それは『流れ星の指輪』の劣化品として十分な性能を持っている、と言い換えることもできるのではないだろうか?

 

 要するに、彼がしたことはこうだ。

 投影した指輪の中に『星に願いを』を封じることができるようにした・それができるような指輪を投影した、ただそれだけのことなのである。……まさかの中抜き投影!

 

 いや、それでいいんです?……みたいなツッコミも沸いてこなくもないが、無理なものは無理と諦めるのも、成長のためには必要なことである。

 寧ろ『魔法を込められる宝石』の投影という、ある意味では別方向の難しさを誇る技術への挑戦ということもあり、彼は『自身が挑む価値のある仕事だ』と、張り切ってしまったのだという。

 

 ……そう、張り切ってしまった。

 張り切ってしまった結果、成功してしまったのである。

 

 

……………(じーっ)

「や、やめいやめい!わしをそのような目で見るでないわ!!」

「イヤだって、『宝石の投影』なんて話が持ち上がったとして、そこに食い付く可能性がある人物のうちの一人じゃん、ミラちゃんってば」

「あら、ということは、私の関与も読めてたってことかしら?」

「凛ちゃんは一応別軸の人だし、どうかなーとは思ったんだけど……エミヤさんのすることには興味を持ちそうだし、関わっててもおかしくはないかなーとは思ってたよ。……まぁ、まさかなのはちゃんまで関わってるとは思わなかったけど」

「にゃははは……その、宝石に魔法を込める……って部分が、レイジングハートを再現するのに使えるんじゃないかなー、って思ってしまいまして……」

 

 

 場所を近くの喫茶店(ラットハウスではない)に移した私達は、そこで更なる下手人達の事情聴取も合わせて開催。

 

 ……そう、今回のあれこれに関わっていたのは、エミヤさんだけではなく。

 その隣で現在小さくなっているなのはちゃんと、それから万年金欠気味・それ横にいる凛ちゃんの属性じゃない?……みたいなツッコミを入れたくなるミラちゃんもまた、この一件に関わりを持ち合わせていたのだった。

 

 なお、凛ちゃんはニマニマ笑っているものの、どちらかと言えばなのはちゃんとミラちゃんとの橋渡し的な意味合いが強かったようで、区分的には傍観者に割り振られていたり。

 ……これは、彼女が本編(stay_night)の彼女ではなく、外伝(スピンオフ)出身であるからこそのズレ、ということになるわけだが……。

 まぁともかく、以前の邂逅の時に『どうせだから』と交換していた連絡先から、『宝石の投影についてなにかアドバイスなど貰えないだろうか?』と頼ってくる声あれば、人の良い凛ちゃんとしては手伝わないという選択肢はなかった、というわけである。

 

 

「まぁ、本当にアドバイス程度だけどね、私がしたこと。そもそもの話、魔法工学の類いならなのはの方が専門だし、私自身は『宝石魔術使いの遠坂凛』ではないから、宝石魔術関連の話もミラの方が詳しいことになるわけだしね」

「……いや、誤解しておるようじゃから一応突っ込んでおくが、わしも別に宝石魔術使いというわけではないからの?あくまでも魔封爆石の作成に、宝石を用いるというだけの話であって……」

「それこそ、この話においては一番の専門家、ってことでしょ?だってエミヤお兄さんが求めていたのは、『魔法を封じ込められる宝石』──貴方の世界で言うところの精錬石だったんだから」

 

 

 とはいえ、彼女は同じ姿形をしているとは言えど、『宝石魔術使いの遠坂凛』ではない。

 ゆえに、どうしてもできるアドバイスには限りがあり──そういえば友達である高町なのはは、こう言った工学系の魔法を使う類いの魔法少女だったなと思い出し、彼女にも協力を頼んだのだ。

 

 

「……そしたらまぁ、なのはの方が私より熱中しちゃってね。結局、あれこれと活用できそうな技術を持っている人のところを訪ねて回って──」

「なるほど、その結果琥珀さんにも話が飛んでいったと」

「そうですけどぉー!!なぁんで私、こんな簀巻きにされてるんですかぁー!?」

「そりゃだって、事件のあるところ琥珀さんの影あり……みたいなところ、少なからずあるわけですし?」

「それ貴方が言いますかー!!?」

 

 

 で、そこから話は急加速していき──丁度アイテム作りに心血を注ぎ始めていた琥珀さんの耳にも話が入り、結果一大プロジェクトとして密かに進行していた、ということになるのだった。

 ……また琥珀さんか、と思ったそこの君。

 外ならいざ知らず、なりきり郷の中で彼女が全く関係ない事件とか、そっちを探す方が難しくなっている、と覚えておくといいぞ!

 

 移動前にゆかりんに頼んで、琥珀さんを捕まえに行った私の慧眼(けいがん)*1は間違いではなかった……と自画自賛である。

 ……え?お前も事件には大概関わってるだろうって?

 アーアーキコエナーイ!今回私のせいじゃないからキコエナーイ!!

 

 

 

 

 

 

「まぁ、理由とか経緯とかはわかりました。……で?効果に関しても間違いはないので?」

「何度か皆と実験も繰り返したのでね。概ね間違っていないはずだ」

 

 

 簀巻きにした琥珀さんを上から吊るしたまま、関わった人物達への事情聴取は続いた。

 

 結局、全てを聞き終えるのには一時間くらい掛かったわけだが……その結果を纏める限り、一応危険性はない……らしい。

 らしいと言うのは、一応彼らも実証実験も繰り返してはいるものの──結局は大事にしないようにと、関わる人間を最小限にしていたため。

 要するにサンプルデータが少ないので、例外パターンが多いということである。……まぁ、そこを埋めるための琥珀さんというわけでもあるのだが。

 

 

「まぁ、はい。色々とデータ自体は持っていますので、仮想空間内で代入した数値で確認とか、結構な回数させて頂きました。ですから、現実で起きる結果とは、そう大きな乖離はないはずです」

「んー、つまり……()()()()()()()()()()()()()、ヤバい可能性があると?」

「そこは否定できませんね。それこそキーアさんとか、観測できてないデータが多すぎたので実験対象には含めていませんでしたし」

「あれ、そうなんですか?キーアさんって、もう結構な日数をここで過ごされているはずですよね?」

 

 

 琥珀さんの手に掛かれば、実際に検証しなくとも、持ち合わせているデータを使えば、ある程度どういう結果が出るのかとかは計算できてしまう。

 

 つまり、問題を引き起こすのも彼女だが、上手く解決できるのも彼女ということ。

 ゆえに、あの指輪の安全性はある程度担保されている、と言い換えてしまっても構わないのだが……それでも、穴はある。

 

 例えば、互助会に所属するメンバーのデータは、向こうから提供されない限りは数例しか持ち合わせていない。そのため、彼らがあの指輪を手に入れた場合の結果に関しては、若干ながら未知数の部分が存在している。

 また、私が持った場合についても、ちょっとばかり検証が難しい。何故ならば、私のデータを彼女はほとんど持っていないのである。

 

 

「全く持ち合わせていない、というと語弊があるんですけどね。……簡単に言ってしまいますと、キーアさんのデータは参考にならないものばかりなんです」

「それはまた……理由は?」

「彼女の持っている技能によるものでしょう。ぶっちゃけてしまいますと、本来正数をとるはずのデータが負数になったり、何かしらの数値が出るべき場所で『不定』と計測されたりと、ちゃんとした数字もあるのですが、その大半が無意味な数値ばかりになってしまっているんですよね……」

「まぁうん、そりゃそうだよねとしか言えないんですけどね、本人からすると」

「はぁ、なるほど……?」

 

 

 身長・体重程度ならばいざ知らず、それ以外の数値に関しては、ランダム性の塊でもある私の場合、全て不定になる。

 なので、実験の際には参考にならない、なんて変なことになるわけである。……いやまぁ、実際に持たせて貰えれば、結果は一つに収束するとは思うけどね?

 

 ともあれ、一般的な使用において、なにかしらの問題が発生することはない……というお墨付きが出た以上、あまり気にしても仕方ないというのも確かな話。

 元々の『流れ星の指輪』の効果を聞いて、是が非でもと欲しがる人もいるかも知れないが……。

 

 

「仮にそうなってもちょっと運がよくなる、ってだけなら問題はない……そうだよね?」

「まぁ、私も確認してオッケー出したわけだから。なにかあったら責任は取るわよ」

「んー、なら私は静観するべきかなー。まさか誰が勝つとか、予測できるわけでもないし」

 

 

 店を出している、即ち参加権があるのはなりきり郷の面々だけ。未だに力に飢えている人が居る気配のする、互助会の人々はそもそも手に入れる余地がない。

 ならば、警戒しすぎるのも無意味か……ということで、同じようなことを繰り返さないように、と関係者達への厳重注意で済ませようとしたところで。

 

 

「話は聞かせて貰いました!なりきり郷は滅亡します!」

「またこのパターンかよ()」

 

 

 店内に飛び込んできた桃香さんの言葉に、思わずため息を吐くことになるのだった。……なんでや!

 

 

*1
物事の本質や裏の面を見抜く、優れた眼力のこと。『(さと)い眼』の意味



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幕間・世界の滅亡なんてそこらに転がりまくっている

「はいはいそれで?今回はなにがどうなって、なりきり郷が爆発するなんて結果に至るので?」

「わぁ、私への扱いがとっても雑ー。……いやまぁ、最近の私の登場の仕方がかなりマンネリ化している、ということに関してはぐうの音も出ないわけなのですが」

 

 

 入ってきて早々、店員にアイスコーヒーを頼みながら近付いてくる桃香さん。

 実質初対面のなのはちゃんが、とてもビックリした顔で彼女のことを見つめているのだが……ああうん、この人こういう人なので、できれば慣れてくださいとしか言えない私である。

 

 

「さて、それでは今日も楽しく、滅亡回避のための会議と行きましょうか」

「……一つ聞きたいのだが、もしかして今回のそれは、私たちのせいということになるのだろうか?」

「……ええと、非常に申し上げにくいのですけど、そうなりますね」

「…………」

「うわぁ!?無言で切腹しようとするなぁ!?」

「離してくれたまえ、こんなの正義の味方失格だっ!!」

「おおおお、落ち着いてくださいエミヤお兄さん!?」

 

 

 なお、このタイミングで彼女が現れた、ということに勘の良いエミヤさんは勝手にSANチェック失敗していた。……これだから無駄に精神力(POW)の高い奴は!

 

 錯乱するエミヤさんをどうにか落ち着かせ、改めて桃香さんから今回の事件の概要を聞く私達。

 それによれば、どうにもあの景品の『流れ星の指輪』、とんでもない欠陥が潜んでいるのだという。

 

 

「と、いうと?」

「あの指輪は、本来のそれを再現しようとしたものの、現状の技術力では不可能な点が幾つか存在し、それゆえに()()()()()()()()()()と言い換えてもよい状態になっている……ということはわかりますよね?」

「まぁ、はい。効果が変わってるなー、みたいな感想も無くは無かったし……」

 

 

 本来、『流れ星の指輪』とは使用することで『星に願いを』と呼ばれる超位魔法が発動する、というアイテムである。

 それは言ってしまえば起動(アクティブ)型の効果を持っているということであり、現在の『持っているだけで少し運のパラメーターが上昇する』という、常時発動(パッシブ)型の効果とは異なるものである。

 

 これがどういうことかというのは、すぐに気が付くはず。

 要するに、用意した材料は近しいモノだが、結果として出力されているものが違っている……という、先ほどから何度も話題に上がっている部分に問題がある、ということだ。

 

 

「……ああ、『使用する』という部分の再現が、どうにも上手くいかなくてね。どうやら『魔法を込める』という部分との噛み合いが良くないようだったのだが……」

「そうなの。多分、エミヤお兄さんが使う『魔術』と、モモンガさんが使う『魔法』が、大本の設計が違うから上手く繋げられない……みたいな感じだったの」

「あー、そりゃそうだよね。原理からして違うものを組み合わせるのは、中々に骨が折れる作業だし」

 

 

 そんなことになってしまった理由は、当初エミヤさんが、投影した宝石に『星に願いを』を発動させようとしていたがため。

 つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()せいである。

 

 あの指輪は『星に願いを』の本来の発動コストを肩代わりするモノ、という風に解釈することもできる。

 それゆえ、単純に『星に願いを』を使えようになる指輪、といった形で構築してしまうと、単に『星に願いを』の起動式が刻まれているだけの指輪、という形で出力されてしまうのだ。

 

 ……違いがわかり辛いかもしれないが、単純に言うのであれば【使うと()()()()()()()()『星に願いを』を発動できる指輪】という風に考えて貰えばよい。

 高位の魔法詠唱者にしか覚えられない、という前提()()()省略できるモノとなってしまうので、結果としては失敗作となってしまうわけである。*1

 

 

「まぁ、そちらに関しては、問題なく投影できてしまったわけなのだが……」

「できたの?!」

「回路の丸写しと、さほど変わらないからな。寧ろそれができなければ、電化製品など投影できるはずもないだろう?」

「た、確かに……」

 

 

 なお、その『星に願いを』を使えるだけの指輪に関しては、特に失敗することもなく投影できてしまったらしい。

 

 これは、そもそもの投影魔術というものが、大儀式などで必要な貴重品を短期間肩代わりするためのもの、という性質を持つものであるから……というのも理由にあるのかもしれない。

 

 大きな魔力を流すことで壊れることがあったり、時間経過で消えてしまうという問題があったとしても、本来必要な道具に求められる効果自体は、問題なく果たすことができる……というのは、要するに安い部品に代えても電子回路自体を阻害するわけではない、ということに似ている。

 

 要するに、投影による問題はあくまでも出力の部分だけにあり、それ以外の──効果の写し取りの部分に関しては、別にエミヤさんの投影だけに限らず、そもそも機能として付随しているのではないか、ということ。

 その範囲が、機械における部品の一部なのか、はたまた全体なのかという違いだけで。

 

 ……ともあれ。

 起動式の提供をモモンガさんから受けている上、そういった回路構築に強いタイプの魔導師である、なのはちゃんのサポートも受けている以上、『星に願いを』を使える宝石の投影というだけならば、そこまで難しい話でもないというのは分からないでもない。

 単に用意した宝石に、予め用意された起動式を焼き付けるだけで済むのだから、必要な機材さえあれば他の人にも再現可能な技術、という風にも言えるのかも。……いやまぁ、そのための機材がそもそも存在しないという話ゆえに、エミヤさんが投影しているという部分もなくはないのだが。

 

 話を戻して。

 つまるところ、『星に願いを』専用杖みたいなものなら、最悪投影によって量産することもできるけれど。*2

 そこから一歩進んだ部分──『流れ星の指輪』そのものの投影には、問題点が多数点在している。

 

 そこに込められた魔法──込められた魔力の再現。

 これができてしまえば、いつも彼がしている宝具の投影のように、一工程で終わってしまう話なのだが……対象の物品が彼の得意カテゴリ()外の指輪であること・相手が一種の願望器であることなどから、少なくとも今の彼には手の届かないモノである、ということは先述した通り。

 なればと、宝石に魔法そのものを込める、という方式にすると──その魔法が起動型である、という部分に問題を生じることとなる。

 

 

「コストの肩代わりに関しては、最悪内部に魔力を多く込める……という形にすることで対処が可能だ。そもそもの話、あの指輪も()()()()()()()()()()()()()()()()()というわけでもないのだからね」

「起動式の丸写しができるんだから、それを組み込むこと自体も特に問題はなかったの」

 

 

 二人の言う通り、必要なものは違わず用意できている。

 それを組み合わせた時にエラーを吐いた理由こそが、互いの相性の悪さ。

 聞くところによれば、回路的には内部電源で動くはずなのに、何故か外部からの電源供給を受けようとして、結果機能不全を起こしたのだという。

 

 

「恐らくは、だが。私の用意した精錬石を、この起動式はコストの供給源だと認識できなかったのだろう。そのため、必要なコスト(経験値or魔力)を外部から補填しようとしたが……」

「それが可能になっていると、結局最初に作った指輪と変わらないの。だから、外部供給はできないような回路構成にしていたの」

「結果、コストが足りないので不発……というわけだな」

「えー……」

 

 

 技術体系が違うことによる動作不良。

 それを引き起こした試作品の指輪は、結果なにも起こらずに暫くののち破損したのだとか。

 ……外部供給を断つために、魔法を発動しているのは指輪自身、という回路を作ったこともあり、恐らくは回路焼け(オーバーヒート)を起こしたのだろうとのことだが……いや、わりと真面目によく爆発しなかったねそれ?

 

 思わずドン引く私だが、対する二人は涼しい顔。

 ……色々とツッコミたいところはなくもないが、とりあえず流して次の話へ。

 

 

「原因を琥珀と共に探査した結果、『想定される結果が多すぎる』ため、必要十分な量であるはずの精錬石内の魔力を『まるで足りていない』と認識していたようでね。……結局、単一の機能を常に発動している、という形でしか安定しなかったのだ」

「大雑把に言うと、『運気を良くしたい』という願いを叶えた状態として選択肢を削っている、という形ですねー」

 

 

 最終的に用意された対策は、『星に願いを』の大雑把な効果範囲を、最初から一つだけに絞っておくというもの。

 

 この場合は『運が良くなるように』みたいな感じの願いだそうだが……ともかく、それによって『願いの探査』に掛かる負荷の軽減や、『既に願いは受理されている』という結果を用意することによる、精錬石の電力源としての再認知などを引き起こし、ようやくまともに稼働するに至ったのだとか。

 ……話だけ聞いていると、どこの工学系の番組だという感じだが……ともあれ、とても苦労に苦労を重ねて完成したものである、ということはよーく伝わってくる。

 

 ……伝わってきたのだが、同時にどこが『アカン』のか、なんとなーく分かってきてしまって、冷や汗たらたらの私である。

 

 

「……えーと。とりあえず聞きたいんだけど、その『運が良くなる』っていう効果は、大体どれくらい期間のあるものなの?」

「期間?……そうだな、指輪の中の魔力が尽きるまで、だろうか?」

「じゃあ、願いの単一化のためにしていることは?」

「え?えーと……願いの選択肢の例示の前に、『願いはこれです』って処理を割り込ませてる……みたいな感じなの」

「なるほどなるほど。で?『指輪自体に魔法を使わせる』って部分は、変更したりしてるの?」

「……まぁ、現状の技術力ですと、そこを変えるとまともに機能しませんでしたので……特段、書き換えたりはしていませんね?」

 

 

 次々に訪ねていく私に、三人は不思議そうな顔をしている。

 なおその隣の凛ちゃんは、本来の彼女とは違って機械系にも強いのか、私達の話を聞きながら次第に表情を曇らせていって……。

 

 

「あー、うん。確かに、ちょっとボタンを掛け違えば滅んでもおかしくないわね」

「「「ええっ!!?」」」

 

 

 はぁ、とため息を付いて、三人をジト目で見つめ始めることになるのだった。

 

 

*1
要するに発動制限だけを無視する。コストはそのまま

*2
なお、『経験値を込める』の部分に問題があるのか、実際には使えないとのこと



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幕間・人工知能は人の夢

「ど、どういうことなの凛ちゃん!さっきまでの説明で、なにがわかったの!?」

「そうだぞ凛!君が私の知る彼女とは別人なのはわかっているが、先程までの話でなにがわかったと言うのかね!?」*1

「ああもう、うるさい近い静かにしなさい!ちゃんと説明してあげるから、大人しく座るっ!」

 

 

 呆れたような凛ちゃんの言葉に、たまらず詰め寄っていく知り合い二人。

 そんな二人の勢いに押されながら、凛ちゃんは落ち着けと大声をあげるのであった。

 

 なお、突撃しなかった琥珀さんはというと、先ほどまでの自身の発言を思い返しているのか、顎に手を置きながらむむむと唸っており。

 

 

「──ああ、なるほど。そういうパターンですか」

「おっ、気付いた感じ?」

「盲点でした。いや、有り得ない話ではないのですが、少し考慮の外に外していたと言いますか……」

 

 

 暫くしたのち、答えにたどり着いたのか少し疲れたように息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「で、落ち着いた?二人とも」

「う、うむ……」

「はーい……」

 

 

 暫くして、大騒ぎしていた二人を物理的に静かにさせた凛ちゃんは、そんな彼らに呆れたようにため息をついたあと、どこからかホワイトボードを引っ張り出してくるのだった。

 

 

「……そのホワイトボードは、どこから?」

「今それを気にする必要性ある?……心配しなくても、別にどこかの月のお姫様だとか、エミヤお兄さんみたいに()()()()()()()ってわけじゃなく、しまっていたものを出したってだけよ」*2

「あっ、それってもしかしてアイテムボックス(異次元収納)!?ずるいよ凛ちゃん、いつの間に実用化したのー!?」

「ああもう、なのはうるさい!あとで起動式は教えたげるから、静かにしてなさい!」

「はぁい……」

 

 

 なお、その時の凛ちゃんが()()()()()()()()()()()ホワイトボードを出したことで、先ほどとはまた別の騒ぎになるが……それすらも黙らせて、ようやく話は本題に戻るのだった。

 ……どうでもいいけど、みんな私の知らないところで色々やってるよね、意外と。いやまぁ、別に私が全部を知ってる必要はないけどさ?

 

 

「……いや、なんで貴女まで拗ねてるのよ」

「いえ別に?みんな密かに訓練とかして、門外不出の技術とかを磨いてるんだろなー……って思ったら、そういうのとは無縁な我が身のなんとも言えなさに、思わず『ふっ……』と淡い笑みを浮かべたくなっただけですしおすし」

「いや、意味わかんないわよ……とりあえず、話してもいいのかしら?」

「ああはい、どうぞどうぞ」

 

 

 ちょっとばかり、置いて行かれているような寂しさを覚えた、というだけのこと。

 まぁ、置いていかれるのには慣れっこなので、特に問題はないのだけど。……と勝手に納得して、凛ちゃんに続きを促す私である。

 

 

「ええと、なんの話だったかしら?……ああそうそう、なんでここが崩壊するようなことに発展するのか、って話よね?」

「そうなの。今のところ、あの指輪が理由ということはわかってるけど……」

「単純に滅亡と言っても、あの指輪を使う人間が原因なのか、はたまたあの指輪そのものが原因なのか?……などと言った疑問が、それこそ星の数ほどある。今のところ、我々にはその取っ掛かりすら不明な状況だ、その最中君は『理由がわかった』と述べたのだから──」

「ああもう、回りくどいわねー。根拠と理由を示せってんでしょ?長々と話をしないっ」

「む?……あ、ああ。すまない」

 

 

 戻ってきた話題は、何故なりきり郷が滅ぶのか。

 ……まぁ、どこぞの愉快な人理継続保障機関みたく、わりとどうでもいいような理由から滅びの因果が導かれる、と言うことが頻繁に起きる場所なので、正直『またかー』みたいな感想もなくはないのだが、それはそれ。

 黙って滅ぶ気なんて更々ない以上、目の前の問題達には対処する気満々の私達なので、理由がわかるのであれば早急に聞いておきたい、となるのは当たり前のことなのである。

 

 

「さて、まずあの指輪についてだけど──特定の魔法を使用()()()()()アイテム、ということで間違いはないわよね?」

「……ああ、そうだな。上手く行かなかったのであれこれと間に合わせだが、基本的には『星に願いを』を使用してくれるもの、ということで間違いないだろう」

「そう、そこよ」

「……む?」

「一つ目の問題点は、『結局大本が変わってない』ってこと。機能の縮小が行われているとはいえ、それはキチンと整理すると『本来膨大な機能を持つ装置を、別の装置を使って制御し、単純作業のために利用している』とも言い換えられるってわけ」

 

 

 そこで彼女が挙げた第一の問題点は、あの指輪が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だという点。

 無論、実証試験などもキチンと行っていると言っていた以上、安全装置などは確りと設けられているだろう。

 だが、だからと言って──、

 

 

「そこに『星に願いを』という魔法が込められていない、ってわけではない。……でしょ?」

「そうですねー。材料を用意して似たような形に整えた、という品物ですが、『流れ星の指輪』を再現しようとしたモノである、という事実は不変ですので、そこは変えようがないですねー」

 

 

 その指輪が『流れ星の指輪』の模倣品である、という事実は変わらない。

 言い方を変えれば、『運気を上げる願い(プログラム)』をどうにかすれば、元の『星に願いを』を利用するための道筋は開ける、ということである。

 

 

「二つ目は、なのはが関わっていること」

「にゃっ!?わ、私っ!?私のせいなのっ!?名指しするほどっ!?」

「あー、言い方が悪かったわね。貴女、レイジングハートの参考になるかも、って理由でこれを手伝ったでしょ?」

「う、うん。それに関しては、私が最初にそう言ったから、凛ちゃんも知ってるよね?」

「ええ、知ってるわよ。……ところで、なんだけど。その時、他に人が居たこと覚えてる?」

「その時に、他に居た人……あー、そういえばBBさんも一緒に聞いてたような……?」

「なにっ、BBが!?」

「……勘違いする前に釘指しておくけど、別にBBはなにもしてないわよ」

「そ、そうか……」

 

 

 次いで理由に挙げたのは、この話になのはちゃんが関わっている、という事実。

 とはいえ、これは彼女がとんでもないミスをした、とかいうことではなく。

 彼女がこの話に参加した理由が、彼女の行動に()()()()()()()()()()()ということに問題がある、という形である。

 

 

「……ええと、どういうことなの?」

「突然だけど、レイジングハートに求められることってなにかしら?」

「え?えーと、こっちの言葉に対して、ちゃんと受け答えしてくれること……?」

「そうね、でもレイジングハートレベルのAIを再現するというのは、並大抵のことじゃないわ。それこそ、現在の科学レベルでは何年・何十年・何百年掛かるか分からないって感じでね」

 

 

 まぁ、デジタル関連の技術発展はこっちの度肝を抜くくらい、唐突に加速したりするものだけど……などとホワイトボードに色々書きながら述べる凛ちゃんの姿に、エミヤさんが頻りに首を捻っていたが……いい加減に慣れよう、マジで。

 

 ともかく、件の指輪の制御プログラム構築のために参加したなのはちゃんは、流石に今すぐには無理だとしても、いつか相棒を自分の手で作って見せる、という気炎を上げていたわけで。

 実際、『指輪に使わせる』という形式にする場合、指輪自体に人工知能(AI)を搭載する、というのは確実かつ安定性の高い手段でもあったことから、彼女の協力を願ったという部分も無くはないのだろう。

 

 だがしかし、自我を擁立するレベルのAIというのは、少なくとも現行の科学では再現の難しい存在である。

 

 その最たる理由の一つに、AIには『合理的でない選択を取ることが難しい』というものがある。

 例えば、選択肢を例示された時にAIが行える行動とは、それらの選択肢を選ぶことと、()()()()()()()()()()()

 なので、一見非合理的な選択ができているように思えるのだが……その実、その『選ばない』という選択は、内部処理的には『それが最適であるから』という、非常に合理的な判断で選択されたモノであることが分かる。

 

 言うなれば、その選択肢に価値があるからこそ選べるということ。

 例えば目の前に殺人犯が居たとして、現行のAIでは問答無用で射殺してしまうが、空想上のAIならば相手の言葉によって騙されることもある、というわけである。*3

 

 

「でも、魔法の使用者が指輪の方である、と認知できるレベルでないと行けないわけでしょ?今回の場合」

「そうですねー。自我を持つこと──そこに魂があると誤認できるほどでなければ、魔法の使用権が主張しきれませんので」

「で、そこで一度詰まって──」

「……あ、そうだったの。その時、BBさんにデータの提供を受けたの」

「……なに?」

 

 

 そうして手詰まりになりかけた時に──以前彼女達の話を小耳に挟んでいたBBちゃんが、()()()()()()()()()自身のパーソナルデータを提出した、というわけである。

 なにせ、彼女は『逆憑依』ではあるものの──同時に月の上級AIでもあるのだから。

 無論、仮に文字の羅列として彼女のデータを出力できたとしても──それを改良したり、解析したりすることはほぼ不可能。

 そのため、提出されたデータは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……おおっと、雲行きが怪しくなってきたぞー。

 

 

「で、でもでも!ここのBBさんは、別に悪い人じゃないの!」

「ああうん、そこは間違いないわ。あのBBは──時々露悪的だけど、()()()()()()()()()()()()()()()だってことは、疑いようのない事実だもの」

 

 

 慌ててBBちゃんを擁護するなのはちゃんだが、凛ちゃんの言う通り、『逆憑依』の方のBBちゃんが(比較的)良い子である、ということは間違いない。

 

 

「──ところで。彼女の出身作『fate/extra_CCC』において、彼女は話が進むに連れ、徐々におかしくなっていくのだけれど……その理由、知ってる?」

「……聖杯と同じとされる、ムーンセル・オートマトンとの接続による変質……いや、それだけが理由と言うわけでもないが……これは……」

 

 

 さて、そこで問題です。

 元々、BBちゃんとは作中のAI・間桐桜が、自身の想いをバックアップに封印したことで変質したモノなのですが。

 今のこの状況、その再現のように見えてきませんか?

 

 

「……つまり、これは」

「人類悪番外編、というわけですね☆」

「ふざけるなぁっ!!」(涙目)

 

 

 ……うん、尽きぬリソース、というわけではないけれど……聖杯っぽいことができる魔法に、それができるだけの魔力の器。

 こんなん、聖杯扱いでええやんけ、と思わず声を荒げる私達なのでありました。

 

 

*1
言外に元の凛が機械音痴であることを述べている

*2
アルクェイド(某月のお姫様)とか。意外と状況説明において、ホワイトボードなどの視覚に訴えかけるものは強かったりする

*3
現状では、AIに利のない行動をさせようとすると、『利がないことが利である』みたいな感じでプログラムする必要がある



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幕間・貴女は……もう一人の私!(白目)

「え、えー。……確かに私も、皆さんがお困りのようでしたので、純粋な善意から私のパーソナルデータを提供したりしましたけどぉ……いや、よもやそんなウルトラCなことになっちゃうんですかぁ……?」

「まぁうん、これが単なるBBちゃんからの提供だったら、問題はなかったんだろうけどねぇ……」

 

 

 酷いことになった()。

 ……ということで、なんか唐突に当事者に躍り出てしまったBBちゃんを呼び寄せた私たちは、沈痛な面持ちでこれからの対処について話し合いを始めたのだけれど……。

 まぁうん、桃香さんの言うところによれば()()()()()()()()()()()()()()()()、というだけならば、ここまで問題は大きくならなかったのだとか。

 

 

「ええと、どういうことなのでしょうか……?」

「BBちゃん、ビーストⅡiの尖兵になってたことあったでしょ?」

「人聞きが悪いですせんぱい!……まぁ確かに?ちょーっと利用されたこともあったかなー、とは思いますけど。それが、今回のあれこれとなんの関係があるんですか?」

「あー、うん。これが普通のBBちゃんなら、自身の洗浄──悪性データ(ウイルス)の洗い出しをしているはず、ってことになるんだけど」

「……あ゛」

「……その様子だと、やってなかったんですね、ウイルスチェック」

 

 

 その理由は、彼女が『逆憑依』であること。

 本来のBBちゃんであれば、(自分以外の)他の悪性データに晒されたとなれば、自身のスキャニングはやって当然くらいのものなのだけれど……彼女はなまじ『逆憑依』であるためか、そこら辺を怠ってしまったのである。

 そこら辺を蔑ろにしても、自身の存在に影響を受けないから、という理由で。

 

 どうにも中身──即ち核となるものが別に存在するという事実が、一種のファイアウォールとして働くらしい。

 その結果として、例えウイルスに感染していたとしても、それが活性化する場所がない、ということになるのだとか。

 ……いやまぁ、正確なことを言えば『体表にウイルスが付着しているだけで、中にまで侵入していない』──つまりは感染していない、なので発症もしていないということになるらしいのだけれど。*1

 

 けれど、発症していないとは言え、体にウイルスが付着しているということに変わりはなく。

 更に、感染していない以上は、自覚症状なんて発生するわけもなく。

 その結果、データ提供の際に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ごと、一纏めのデータとして渡してしまっていた……ということになるのだそうだ。*2

 

 あとはまぁ、皆さんのご想像通り。

 中身(核/意思)の無くなったBBちゃんのデータは、AIとして登録されたことによって、また改めて中身(プログラム)を得て。

 中身の根幹と外観の根幹が共にデータ由来、と一致してしまったがために、普通にウイルス感染の条件を満たしてしまい。

 そうして、原作のBBちゃんのように『まったく新しい人類悪』として、指輪という揺り籠の中で成長し続けている……という結果に繋がるのであった。

 ……なんだこのドミノ倒し的連鎖(白目)。

 

 

「とはいえ、それだけだと問題はないのです。形式的に聖杯に見立てられるようになってしまっているとはいえ、所詮は限りのある魔力源。ほっとけばそのうちエネルギー切れして、勝手に行動不能になってしまいますから」

「そもそも、回路的に内在魔力だけ使うようになっているから、彼女がなにかしようにも、どうしようもできないわけだしね」

 

 

 だが、実はそれだけだと問題にはならない。

 それは、あの指輪の構成が意外としっかりしているから、というところが大きい。

 

 まず、内包する魔力に限りがある。

 回路の設計的に、物理的にも魔術的にも『外との接点は結果の出力部分』のみとなっているため、外から魔力を補填して稼働する、ということが不可能。

 なので、常時発動型であることも踏まえて、放置しておけばそのうち無力化できる。

 

 第二に、願いの選択部分に関しては、AI(コピーBBちゃん)を介さず別の制御方式にしていることも、結果としてプラスに働いている。

 

 

「データの丸写しのせいなのか、インテリジェントっていうよりはストレージ、って感じの受け答えになっちゃったけど*3……でも、『なんでも叶う』って部分をそのままにしておくのは、やっぱり危ないって思ったから……プロテクト部分に関しては、結構頑張ったの」

 

 

 かつて『ジュエルシード』という、小型の聖杯みたいなモノに触れた記憶があるなのはちゃんは、例えそれがAIだとはいえ『なんでも叶う』なんて効果のある魔法に、意思のある存在が自由にアクセスできる状態のままにしておくのはどうだろう?……と思ったのだそうで。

 

 結果、『星に願いを』の起動式が含まれている回路と、AIの記述を刻んだ回路は物理的に遮断した上で、更に別の制御装置を間に挟むという念の入れようで、個別の安全措置を取っていたのである。

 なので、『星に願いを』の起動式に命令を下すには、必ずAI以外の別の制御装置を介さねばならず、ゆえに他の願いを叶えてしまうことはまず有り得ない、とのこと。

 

 

「……そのぉ、せんぱい?」

「ははは、なにかなBBちゃん。今成功(という名の失敗)フラグを積み立てている最中なのだがね?」

「もうご自分で答え言っちゃってるじゃないですかぁ!!これアレですよね、どう考えても私の属性(ラスボス系後輩)が悪さしてるやつですよねぇ!!?」

「ははははは(壊)」

「壊れている場合ですかぁ!!?」

 

 

 ……まぁうん、ここまでちゃんとしていると、私としてはこう告げるより他ないわけなのだけれど。──だがここに、例外が存在する(白目)。

 

 以前、無限というものの恐ろしさ的なものを語る際に、原作BBちゃんがやったことを例に挙げたことがある、というのを覚えているだろうか?

 

 本来()()()()()()()()()()()()()()()、決してたどり着けるはずのないムーンセル・オートマトンの中心部に、サルベージした女神の権能を自身に取り込み、『無』を掌握することに成功した彼女が、それを応用した『無限』の概念を以て到達して見せた──という話を。

 

 ……そう。

 BBちゃんはそもそも、無理なことを無理矢理突破できるタイプの存在なのである。

 いやまぁ、そのために色々無茶をした結果、壊れかけたりもしていたわけなのだが……それは置いといて。

 

 ともあれ、彼女がチート系後輩を名乗るのは、自身が持つ能力が規格外であるがゆえ。

 その力を以てすれば、おおよそほとんどの難局は自身の手で踏破してみせる、というだけの実力を最初から持ち合わせているのである。

 

 その割には、ここにいるBBちゃんは制限が多いような?……ということを思う人もいるだろうが、それもそのはず。

 彼女は確かに、普通の時には電子の世界にその身を置く、電子生命体のように見受けられるが──それよりも前の段階で、『逆憑依』であることも確かなのだから。

 

 さっきのファイアウォール云々の話とは逆。

 彼女は『逆憑依』という形式でそこにある限り、例え再現度が上がろうとも、本物の彼女には遠く及ばない程度の実力しか発揮できないのである。

 

 

「まぁ、はい。私の中身とでも言うべきものが、自由な能力の行使を妨げているという感覚は、確かに存在していますけど……」

 

 

 こうBBちゃんが言うように、彼女の本質(中身)は歴とした生身の人間であるため、それが引っ掛かりとなってあまり無茶はできないのだ。……いやまぁ、その割には結構色々やってたように見えるけども。

 

 

「それもまた逆なのよね。彼女のレベル(再現度)なら、本来もっと色々やれてもおかしくないのよ。少なくとも、わざわざこうやってアバターを用意しないと現実世界に干渉できない、なんてことはないはず。……でしょ?」

「断言はできませんけど……概ね凛さんの言う通り、でしょうか?」

 

 

 その部分についても、私たちは誤解している。

 そう、本来彼女は、ここにいる誰よりも強いとしてもおかしくないのである。なにせ彼女が本来扱えるのは無制限の『無』、そこから導きだされた『無限』であるのだから。

 区分的には五条さんと同じ『無限使い』なので、彼のできることは同じように彼女ができてもおかしくないのである。

 

 

「そうですね!原作のBBちゃんなら、それくらいできてもおかしくはありませんね!私には無理ですけど!」

「……いや待て、ということはもしかして……?!」

「はい、エミヤさんの想像している通りです!『逆憑依』であることが枷でありセーフティであるのなら、その軛から解き放たれたコピーBBちゃんが、()()()()()()()()のはある意味自明の理なんですぅ!!」

「まぁ、とは言っても今のコピーBBちゃんは、一種の休眠状態なんだけどねー」

 

 

 つまり、今回の問題とは。

 指輪の中には小悪魔系後輩(コピーBB)が潜んでいるということと、その彼女は現在()()()()()()()()()ということの二点である。

 

 

「……目的を持っていない、とは?」

「原作の彼女がそこまで頑張ったのは、そもそも一人の人間……というと語弊があるけど、彼女の愛しい先輩のためってのは周知の事実。……詳しく述べるのなら、今のコピーBBちゃんにはそこまでする理由()がないんだよ」

 

 

 いざとなれば、物理的・魔術的な障害はあってなきものであるはずの彼女が、現在大人しくしている理由。

 それは、今の彼女には()()()()()()()()()()()というもの。

 

 原作と違い、繋がっている魔力源は無限ではなく、願いを叶える器──もとい魔法も、現状では単一の願いのみを謳うものでしかない。

 そして、彼女は所詮はコピーであり──BB/GOのように悪性に染まっていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()

 願いの起点とするために、AIとして搭載されてはいるものの……『幸せになる』という願いそのものは、あくまで別の場所から発せられているもの。

 つまりは彼女に対しての命令ではないので、彼女が動く理由になっていないのである。

 

 

「じゃあ問題ないじゃん、って話になりそうだけど……」

「ここで、あれが賞品の一つであるということと、それから『流れ星の指輪』の模造品であること、というのが問題になってくるのよね……」

「……まさか」

「そのまさかよ。アレを手に入れられるのはただ一人。そしてそれは『流れ星の指輪』という、ある種の聖杯のようなもの。──聖杯戦争としての要項は、満たしていると言えるわよね?」

 

 

 だが、話はそこで終わらない。

 アレは、どこかショーケースの中で飾られ続けるコレクターアイテムではなく、この祭りにおいて素晴らしい成果を上げたモノに与えられる賞品である。

 

 そう、はからずも聖杯戦争としての形式に、当てはまってしまっているのである。

 それゆえ、あれは密かに聖杯としての性質(再現度)を高めてしまっており──、

 

 

「中身が変質したBBちゃん……もといCBBちゃんだから、()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高くてね?」

「つ、つまり……」

「あれが『流れ星の指輪』である以上、例えその()()()()()()を予め説明されていたとしても──モノの試し、作中()()とばかりに願いを言ってしまう、という可能性は大いにあるわね」

「結果、中身のCBBちゃんが、それを自身の『理由』と定め──」

「本家本元の冬木聖杯の如く、歪んだ形でそれを叶えてしまう……ってわけね」

「……なんでさ!!」

 

 

 結果、黒聖杯みたいな願いの叶え方をする可能性が高い、と聞いたエミヤさんは、思わず若い頃のような叫び声をあげるのであった。……私も言いたいよそれ()。

 

 

*1
仮想環境でウイルスを導入してみた、みたいな感じが近いか。所詮は仮想環境なので、それを廃棄するとウイルスも一緒に廃棄される形

*2
「んー、AIデータ提供……まるごと私をスキャンするのが一番楽ですかね?」

*3
『なのは』シリーズにおけるデバイス搭載のAIのこと。インテリジェントデバイスの場合、受け答えも提案もできる、正真正銘の『創作世界のAI』が搭載されているが、ストレージデバイスの場合は応答音声など、必要最低限のAI、要するに現実のAIと同じものが搭載されていると言える



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幕間・因果は巡って戻ってくる

「いや……いや?そもそも月の聖杯戦争の時点でも思っていたことだが……どういう因果だ?何故間桐桜、ないしそれと類似する人物が関わる聖杯戦争は、どれもこれもヤバいことになるのだ!?」

「どうどう、落ち着いてエミヤさん」

「これが落ち着いていられるか……っ!」

 

 

 先ほどまでの話を聞いて、すっかり錯乱状態になってしまったエミヤさん。これにはどこかの世界の普通の間桐桜さんも激おこ。

 ……と告げれば、なにか琴線に触れるモノでもあったのか、エミヤさんは途端に大人しくなってしまうのであった。……しつけられてますねぇ。

 

 冗談はともかく、うっかりにうっかりが重なって大惨事、というのは最早いつものこと。

 現状ではそうなる可能性が高いと言うのだから、どうにかして対処するしかないというのは、もはやいつものことである。

 

 

「ただねぇ、もう一つ気になることがあってねぇ……」

「この状況で、なにかまだ起きる余地があるの?」

 

 

 ただ、実はこれとは別に、気になることが一つある。

 思わずくらーい顔でため息を吐いてしまった私に、凛ちゃんが不思議そうな顔を向けてくるが……よく考えて頂きたい。

 なりきり郷で起きる騒動と言うのは、大抵全部一所(ひとところ)に転がり落ちてくるものだということを。

 

 

「……あ゛」

「あー……そういえばそうでした。ちょっと監視を強化した程度で、どうにかなるはずもありませんでしたね……」

「な、なんですか皆さん一斉に……まるでこの世の終わりを迎えるかのような……顔……」

 

 

 突然お通夜な感じになってしまった一部の人々に、BBちゃん以下数名がビビり始めたが……そうして周囲を見渡す内に、喫茶店内に飾られていたとあるポスターが視界に入る。

 

 ──半ば強制的に謹慎状態となったが、それくらいで抑えられるわけもなく。

 せめてもの気分転換に、と企画されたその()()()

 ()()()()()、自身のために歌うと酷いことになると予め知っている彼女は、このライブくらいは成功させたいと思っていて。

 原作でとある英雄王が褒めたように、そうなればまず間違いなく優秀賞──そうでなくともかなりいい順位を狙うことも不可能ではない、そんな人物。

 

 そう、()()()()()()()()()、エリザベート・バートリー。

 そんな彼女のライブが、表彰式前最後の演目として、企画されているということを示すポスターが、そこに貼り出されていたのだった。

 

 

「……そういえば、指輪とエリちゃんってのも一種のベストマッチでしたね……(白目)」*1

 

 

 思わずそう溢す私の言葉に、皆が皆白目を剥くのであった。

 ……なおゆかりんは、BBちゃんを呼ぶ前辺りの時点で気絶していたので無事だった。……無事かなぁこれ!?

 

 

 

 

 

 

「……エリちゃんはなにも悪くないのに、結局エリちゃんのせいで世界が滅びそうな件について」

「やっぱり、全てはハロウィンに回帰して行くのね……」

 

 

 なんかもうずっと白目剥いてるような気がしてくる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?私たちは胃が痛いので、胃に優しい飲み物を追加注文したところです。

 

 ……そこら辺は置いといて。

 よもや、ハロウィン回避のため、それからエリちゃんのモチベーションの維持のために企画したライブこそが、滅亡へのカウントダウンを予感させることになるとは、世の中恐ろしいものである。

 いやまぁ、ひとっつも笑い話にならないわけなのだが。

 

 そしてこれのなにが問題なのかと言うと、今さらこのライブを中止にはできないということが大きいだろう。

 

 

「あーうん、どう考えてもエリちゃん泣くよねこれ……」

「ギャン泣きだな、もう顔面総崩れレベルでギャン泣きだな」

「ヤスリじゃ戻んないねぇ」

「……いや、寧ろ子女の顔をヤスリがけするなと、ツッコミを入れるべきなのではないか?」

「それは確かに」

 

 

 いやまぁ、顔面総崩れと言われて型月民が想像するやつだと、単にヤスリがけした程度では戻らない、と思われても仕方ないだろうけども。*2

 

 話を戻すと、今回のライブに関しては、エリちゃんが言い出したことではなく、こちら側──正確にはゆかりんたち上層部が提案したものである。

 

 ハロウィンとエリザ粒子の親和性の高さは言うに及ばず、この間の本家では、何故かシンデレラ化する始末。

 この上やっぱり今年も、エリザベートwithハロウィンの気運が高まっているというのだから*3、そりゃもう警戒してもし足りないというもの。

 

 なので、この祭りの空気の中、エリちゃんは一人寂しく缶詰め生活を送ることを、半ば強制されてしまっている。……これが、本当に原作の彼女なら……いや、最近の彼女はわりと真面目に頑張ってるし、本家本元でも変わらないかな?

 まぁともかく、元々の『エリザベート・バートリー』というキャラ自体が、()()()()()()()()()()()()()()に強い拒否感を抱く人物であることも合わさって、こちらが罪悪感を覚えてしまう、というのは仕方のない話なのだ。

 

 

「……そういう理由もあって、彼女のためにライブの予定を取っておいたのだけれど……表彰式とかもあるし、ハロウィン当日からは一日ずれていることもあって、大丈夫だろうと高を括っていたんだけど……(白目)」

「ああうん、全部裏目ってるね……」

「なーんーでーよー!!!」

 

 

 だから、祭りのラストライブ──十月三十一日は丸々表彰式で埋まるので、その前日が出し物としては最後のタイミングとなる──における大トリとして彼女のライブを行わせることにより、フラストレーションなどの諸々を発散させてあげよう、という善意を抱いても、同じようになにもおかしくはないのである。

 

 そしてその知らせを受けたエリちゃんが、みんなの期待に答えられるようなライブにしなきゃ、と張り切るのもまた、おかしい話ではない。

 ……おかしいことがあるとすれば、出し物というのは大体後出しの方が有利、ということだろう。

 

 

「あー、うん。どんなに凄い映像を見せられたとしても、それを見てから日が空いてしまうと、記憶の中のそれは元のそれとは少なからず変質してしまう。だから、感想ってのはそれを見た日に纏めるのが一番いい、ってやつよね?」

「無論、記憶の中のそれを繰り返し吟味することで、見えてくる新しい感想というものも存在するわけだがね。……どちらが上、ということは本来ないはずだ」

「仰る通りです。ですがぁ……その、本気のエリザベートさんって、わりとレベルが違いますからね……」

「かの英雄王のお墨付きだからな。……口惜しいが、彼の審美眼については認めざるを得まい」

 

 

 例えどれほど素晴らしい演目であれ、それを見た時の思いをいつまでも維持する、ということは難しい。

 それゆえ、評価を下す際はできれば対象を見た直後が望ましい、ということになる。

 無論、長時間吟味した答えというのも、別に間違いというわけではないだろうが……仮に同じレベル・もしくは上のレベルの『素晴らしいもの』を見せられたとして、最初に見たものの評価を正しく下せるだろうか?後発のモノと比較せず、その作品単体の評価を……だ。

 

 恐らく、先ずもって不可能だろう。

 ほぼ確実に、あとに見た作品に引き摺られた評価が飛び出すはずだ。

 それくらい、『知ってしまう』ということは強い力を持つ。そして、()()()()()()()()()()()というのは、実際にその域にあるモノなのである。

 原則的に自身のためにしか歌わないので、ほぼ聞くことはできないが──それでもなお、その声だけで『天上のもの』とあの英雄王に言わしめるのが、エリちゃんなのだ。

 

 ──なれば、他者のために歌う彼女の歌声は──まさにアイドル。人の心を震わせる、真の芸術として我々を席巻することだろう。

 ……要するに、演目の一番最後──フィナーレとして、ケチの付けようのないモノになる可能性がとても高い、ということである。

 

 そうなれば、投票用紙に記載される『良かったモノ』も、最大三つまで選べることも相まって、まず間違いなく彼女が入ってくることだろう。

 そして、この投票形式においては()()()()()()()()()時点でかなり有利であり、その結果彼女が優秀賞を取る可能性はとても高い。

 そうして彼女が、なにも知らず優秀賞を取ってしまえばどうなるか?……抑えていたハロウィンが溢れだして世界は滅ぶ。THE() END(エンド)ってね!(やけくそ)*4

 

 なお、この話をエリちゃんに伝え、ライブを止めることは無論可能だろう。その場合、容易く世界の滅亡は回避できるはず。……そう、彼女の涙と引き換えに。

 

 

『ああうん、いいのよ別に。だって私、エリザベートだもの。暗くて狭い部屋に押し込められて、惨めに日々を過ごすのがお似合いな悪党だものね……』

 

 

 とかなんとか彼女に言われた日には、良心が咎めるどころの話ではない……。

 

 

「下手するとそっちでも(こっちの心が)死ぬ……」

「そんなに!?」

「あー、まぁ、本家の方でも変な扱いするとちょっと申し訳なくなる時がありますし……それがもっと『良い子』になっているのなら、そりゃもう血を吐いてもおかしくはないかもですね。特に八雲さんの場合、既に無理を強いてしまっているわけですし」

「げふぅ!?」

「ホントに血を吐くやつがあるかぁ!?」

 

 

 ご覧の通り、想像しただけで死屍累々である。

 ……これが、元のエリちゃんみたいにもうちょっと傍若無人であるのなら、咎める良心も減ってライブは中止、というだけで済んだのかも知れないが。

 

 ここのエリちゃんは既に、わがままを言わず・あまり好きではない個室に自ら閉じ込められることを望み・ハロウィンになにかすると不味い、みたいな自己認識もあって・それでいてライブに関しても自分からやりたいと言わない……という、色々我慢させてしまっている状態。

 これで気不味くならないのなら、そいつの血はなに色だーっ!!*5……と言わなきゃいけないくらいの話である。

 ……元は同じエリちゃんなのに、対応に差がありすぎる……いやまぁ、積極的にハロウィンしようとしない、って時点で評価爆上がり、ってところもあるんだろうけども。

 

 ともかく、現状でライブを止めるのはほぼ不可能。

 そして、もしも彼女が現在の予想通りに優秀賞をゲットし、賞品の指輪を手に入れてしまえば──それはそれでめっちゃ曇ることになるのも半ば確定的。

 つまり、私たちは秘密裏に、今巻き起こっている問題たちを解決する必要がある──!

 

 

「……無理では?」

「そこをどうにかするのよー!!!」

 

 

 思わず弱音を吐いてしまう私に、ゆかりんは消沈した気分を吹き飛ばしながら、気丈に叫んでみせるのだった。……多分空元気である()。

 

 

*1
『fate/extella』でのエリちゃんの行動。そっちではある意味良い結果をもたらしたが、こちらでは善意しかないのに最悪なことが起きようとしている……

*2
『レジライ』こと『レジスタンスのライダー』、もとい『クリストファー・コロンブス』のとある笑い方と、『ぼっち・ざ・ろっく』の主人公・後藤ひとりの(感情の高ぶりによって)崩れた顔に対しての、他の仲間達の対応から。顔が崩れている、と表現されることがある両者だが、仮にも女の子であるぼっちちゃん(後藤ひとりのあだ名)の方が扱いが酷い気がするのは如何に

*3
作中時間は10月2日なので、まだ何が来るのか分かっていません

*4
元々はとあるRTA動画においてとある人物が発した言葉。ややこしい経緯があるのだが、発言者が変な語源を連発した結果、動画の最後に発した言葉、くらいに覚えておくとよい(実態を話し始めると、この発言者は他人のRTA動画を垂れ流して生放送をしていた……という部分やら、『絶対に許さない』ネタと同じような経緯がある、などの話をしなければいけなくなるので)。なお、何故か『ポプテピピック』でパロディされ、世間一般にも知られるようになってしまった

*5
『北斗の拳』、レイの台詞である『てめえらの血はなに色だーっ!!』から。義憤によって立った彼の台詞であり、義星を背負う彼の『義』が帰って来た瞬間でもある



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幕間・無理でもやるんだ、今ここで

「あー、実はもう一つ、悪い知らせがあるのですが……聞きたいです?」

「あによー、これ以上一体どんな悪い話があるってのよー……」

 

 

 善意によって引き起こされる最悪の事態とか、誰も悪くない分余計に胃に来るよね……。

 みたいなゆかりんの愚痴を聞いていた私たちは、恐る恐るとばかりに声を挙げた琥珀さんの方に視線を向け、彼女がなにを言おうとしているのかを注視することに。

 

 本気で申し訳なさそうな辺り、どうにもかなりの厄介ごとの様子。……はてさて、これ以上どんな悪い話が転がってくるというのか、みたいな感じに身構えていた私は。

 

 

「……キーアさん、アウトです」

「いきなりなにっ!?」

 

 

 突然のアウト宣言に、思わず大声をあげることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ああいえ、先ほど『キーアさんのデータは、参考にならないので仮想環境でも実験には使っていない』……というような感じのことを言っていたでしょう、私?」

「……あーはいはい、確かにそんな感じのことを言ってたねー」

 

 

 突然の爆弾発言のあと居住まいを正した琥珀さんは、小さく咳払いをしたのち、改めて続きを話し始める。

 

 その内容によれば、件の黒聖杯擬き──仮に『流れ星の指輪(シューティングスター)・オルタ』とでも呼ぶけど。

 そのオルタ指輪の実験において、仮想環境を使って安全性の確認を執り行った、というようなことを彼女が言っていたと思う。

 ──そしてその時、『(キーア)のデータは色々と参考にならないので、実験では使わなかった』というようなことも、合わせて述べていたはずだ。

 

 

「……あー、もしかして……」

「そう、あくまでももしかして、の話ですが。仮にキーアさんがあの指輪に触れた場合、もしかしたらエリザベートさんが触るよりも、酷いことが起きる可能性があります」

「一応聞いておくけど……世界滅亡より酷いことってなに……?」

「そこに関しては断言できませんが……様々な要因から、万に一つも貴女に指輪を触れさせる可能性が合ってはならない、と私は考えます、はい」

 

 

 それはつまり、エリちゃんが触った結果については予想できるが、私が触った場合については()()()()()()()()()ということでもある。

 

 ……つまり──もしかしたら、私があの指輪に触ったとしても、おかしなことなんて一切起こらずに、普通に確保できてしまうかもしれない。

 だが()()()()()()、私が触れることによって起きるモノが、エリちゃんが触れた場合に起きるそれよりも、遥かに酷いことを引き起こす可能性もある、ということ。

 

 現状、エリちゃんがあの指輪に触れるというのは、去年のハロウィンの時の本家FGOのような、バッドエンド確定の選択肢であるが。

 私の場合のそれは、まるでロシアンルーレットかなにかのように、無事な可能性も破滅の可能性も、共に判別できないので危なっかしすぎる……といった感じになるか。

 

 ……まぁつまり、大丈夫じゃなかった時の被害が()()()()()()()()ので、現状では対策班からは除外しておいた方がいい、という判断にならざるを得ないということである。

 最近あんまり主張してないけど、私ってばカテゴリ的に魔王だしね。

 そりゃまぁ、願いの叶う器なんぞに触れれば、世界補正的にヤベーことになる……というのはわからないでもない。*1

 

 ……だったらキリア(聖女)モードになっとけばいいって?

 その姿をエリちゃんに見られたら(なにかしら感付かれて)アウトだし、そもそも今の世界認識(アニメ情報)的に、キーアとキリアは元は一つのものが分かたれたモノ──言うなればスペリオルドラゴンとかと同じ系列扱いなので、正直指輪君がどう判断してくるかわかんないのでダメですね……。*2

 第一、中身の管制人格がBBちゃんのコピーなので、単純に私をイコール先輩扱いして原作みたいな暴走を始めかねないし。*3

 

 

「……あーうん、確かに私が触れて大丈夫か、と言われるとちょっと疑問なのは確かね。それを踏まえたうえで聞くんだけど……()()()()()()()?」

「問題はそこなんですよねー……」

 

 

 ともあれ、私があの指輪に触れない方がいい、ということだけは確かな話。

 ……なのだが、そうなってくると別の問題が一つ。

 ──この一件の解決に当たって、他の面々の力だけで解決に持っていけるのか、ということが大きな疑問となる。

 

 一番簡単……いや、言うのが簡単なだけで、実行するのは凄まじく難しいだろう、って話は置いとくとして……ともあれ、対処として思い付くのは『純粋な魅力勝負で、エリちゃんライブに勝利すること』。

 ここにいる面々が一つの店などに肩入れして、とにかく盛り上げまくればまぁ、万に一つくらい勝てるかもしれない。

 

 ……知れないが、その場合はかなり不自然な状態になることは目に見えているため、他方から疑われることは間違いなし。

 ここのエリちゃんはそもそものハイスペック*4を自覚し、ある程度使いこなせているため、そのような目立つ店があれば、なんとなーく()()()()()()()()()()、ということに気が付いてしまうだろう。

 結果、彼女は自身のライブにおいて()()()()()

 すなわち、戦略的敗北*5──試合に勝って勝負に負けた、という結果に落着してしまうわけである。

 

 今回の私たちが求められているのは、一部の疑念の余地もない勝利。文句の付けようのない完全勝利である。

 それには、『①:指輪の確保=優勝』『②:エリちゃんのライブの成功』が絶対条件であり、それを満たすには『エリちゃんに裏でなにかが起こっている、と悟らせない』というサブ条件が付随している。

 

 ……いやまぁ、一応『表彰式前に、指輪をどうにかして無力化する』というパターンも考えられなくはないが……既に指輪が景品として存在するということは、その効果を含めて郷全土に通達済み。

 単純に破壊するだけならまぁ、なんとかできなくもないだろうが……その場合は()()()()()()()()()()()()ということを、わざわざ衆目に晒してしまうことになる。

 つまり、自動的に勝利条件の②の方に抵触することになるわけで、あまり現実的な案だとは言えないだろう。

 

 ……仮にスキマとか使って、別所に移動させて処置をするにしても、今の指輪は不発弾のようなもの。

 要するに対処するための時間が足りていないので、結局表彰式に間に合わない。

 というか、下手すると無力化するために触った人間を介して、中のCBBちゃんが行動を開始する……なんて可能性もなくはない。

 その場合の被害は、恐らく私やエリちゃんが触った時よりも小規模のモノで収まるだろうが……どちらにせよ、()()()()()()と周囲に知らせてしまうことは確かである。

 

 

「時期も悪いんですよねー……なにか良くないことが起こったら、すぐにハロウィンに結びつけられてしまいますので……」

「あー……もうエリザベートさんの悪名は、なりきり郷全土に広がってしまっていますもんねー……」

 

 

 ため息を吐きあう琥珀さんとBBちゃんが、それぞれ口にしているように──今の時期になにか変なことが起これば、それは自動的に()()()()()()()()()()()()という風に、周囲には受け取られてしまう。

 これが例えば新年だとか、クリスマスやバレンタインであれば、それこそそっちの行事によるものという認識になり、合わせてエリちゃんも気に病むことが無くなるのだが……少なくとも十月中に起こる悪い出来事は、彼女に罪悪感を抱かせずにいることはほぼ不可能。

 

 つまり先ほどの勝利条件①が、指輪の確保だけで終わっているのは──安全に、かつ確実に対処をするのであれば、解析のために触るのは十一月以降にならざるを得ないから、という条件もあるからである。

 

 

「まぁ、偽物と交換して先に研究を始めておく、ということもできなくはないですが……」

「その場合琥珀さんが封印処理で抜けちゃうから、余計に人手が減るんだよねー……」

 

 

 無論、その場合は先に景品の指輪を偽物と交換しておく、という対処も考えられるのだが……その場合は私が触れられない以上、確実に封印できるのはこういった物品の扱いに慣れている琥珀さんだけ、ということになる。

 そうすると、滅亡云々の話を伝える相手もこれ以上増やすべきではない……という前提もあり、その選択をするとかなり限られた人員で①の条件の対である優勝を果たさなければいけない、ということになってしまう。

 

 最初に交換してしまっているのだから、指輪に触れる心配もないってことで私が手伝ってもいいのでは?……と思われるかもしれないが、裏で手を貸すならともかく、私が表立って手伝ってる時点でなにかある、と思われてしまうのでアウトである。

 ……いやまぁ、実際私が手伝えれば結構早いんだろうなー、とも思うのだが。

 

 

「それはそれで、他からズルいって言われかねないんだよねー……」

「ゆるされよ ゆるされよ いがいとにんきものなの ゆるされよ」

 

 

 それはそれで、単純に卑怯と言われるとなにも言えなくなるのである。……なんやかんやで有名人だからね、私。

 

 実際、今回ラットハウスのあれこれに口を出した件がどこから漏れたらしく、ライネスが客から愚痴られた……みたいなことを言っていたので、どこかに肩入れし過ぎると心証が悪くなりかねないのだ。

 そういう意味でも、私はやっぱりアウトだった、ということである。

 

 因みに、だったら偉い人であるゆかりんが手伝うのもアウトなのでは?……みたいな疑問については。

 

 

「……ドジっ子メイドでも目指す?」

「悪かったわね不器用で!!」

 

 

 能力使うのは流石にアウトなので、そこは縛るとして……そうなってくると、彼女の戦力値って見た目そのまま、要するに幼女一人分くらいでしかないのよね。

 ……八雲紫が好き、というような人への請求力はあるかもしれないけれど、それだけで大局を動かせるモノではない、と判断されてるらしく、彼女がどこかを手伝うことはわりと容認されている、というのが実情なのでした。

 

 まぁともかく、現状のミッションは次のようになる。

 使えるメンバーはゆかりん、BBちゃん、ビワ、桃香さん、エミヤさん、凛ちゃん、なのはちゃん、ミラちゃんの八人。

 この面々で、どうにかして数多の強豪を打ち破り、見事祭りの優勝を勝ち取ること。

 それが、私たちが求める完全勝利である。

 

 

「……ぶっちゃけ無理じゃね?」

「…………」

 

 

 ……まぁ正直、ちょっと条件と人員が見合ってない感が凄まじくて、挑む前から無謀感マシマシになってるんだけどね!

 ……いやマジでどうしよう?

 思わず苦笑いを浮かべるほかない私なのであった──。

 

 

*1
一般的に悪役だと思われている存在が、『願いを叶えるアイテム』を手に入れた場合に周囲がどう思うか、ということ。また、そういう作品が多いので再現判定を受ける可能性がある、ということ。どう考えてもろくなことにならない

*2
光と闇は敵対するモノであるが、存在としてはどちらも兼ね備えてこそ、というもの。どこかの神様も、諸行だけ見るとわりとヤバいことしているが、これがかの神が全てであるがゆえに(一見して)悪性をも持ち合わせていること、およびその悪性はあくまで人々への試練の象徴であり、なにがあっても信仰心を失わずにいられるか試しているだけ、という風に見ることができる。なので神様が『すっげぇワルの敵が使ってくるヤツ』とかをしてきても問題はないのである()

*3
彼女が無茶をしたのは、結局愛の為。なので人類悪の資格がある(キアラパターン(自分だけが人間)が許されるのなら、先輩だけが人間で、先輩だけを愛する……というパターンも許されるだろう、という話)。なお価値観がAIなので、最悪体がどうなっても生きてるんなら問題ない、みたいな判断を下している節もあったり

*4
実はエリちゃんは結構スペック高めである(作中でもトップサーヴァント級、みたいな評価を貰ったことがある)

*5
雑に言うと大規模目標を果たせなかった、ということ。例えば手段としての戦争には勝ったが、戦争を起こした目的である土地の入手はできなかった……というようなパターンのこと。まさに『試合には勝ったが、勝負には負けた』である



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幕間・起死回生を狙え

「……まぁうん、こうしていつまでも沈んでても仕方ないし、とりあえずお昼食べましょ、お昼!」

「あー、そういえばゆかりんの休みに付き合う予定だったんだっけ、私……」

「それがなんでこんなことにっ!!!」

「自分で言っておきながら、真っ先に沈み始めた件」

 

 

 思わず暗い空気になってしまった私たちだが、そうして沈んでいても時間が解決してくれる、というわけではないのも確かな話。

 なので、そろそろお昼時ということもあり、追加注文として昼御飯を頼み始めたのだが……。

 

 

「……そういえば、なんか人が少ないですね、この喫茶店」

「んー?……ホントだ、お昼時って普通もっと人が居るもの、だよね……?」

 

 

 こてん、と首を傾げながらBBちゃんが言ったように、現在の時刻は大体正午ちょっと過ぎ。

 普通の飲食店であればまさに書き入れ時、客の数は多くなって然るべきなのだが……店内を見渡す限り、そこにいる客は私たちだけ。

 窓の外に見える人波は多いのに、店に入ってくる人間が極端に少ないのである。

 

 そしてすぐさま、私たちはそれが何故なのか、という理由に気が付いてしまうのだった。

 

 

「……コーヒー単体の時には気にならなかった……いや、()()()()()()()()()()()が、これは……」

「ゆるされよ ゆるされよ しょうじきちょっととおもったの ゆるされよ」

こ、こらっ!失礼でしょビワ!?

「いやでも、正直ビワさんの言葉には、賛同するよりほかないといいますか……」

BBちゃんんんんんっ!?

 

 

 運ばれてきた料理達、それを口にしたみんなが、なんとも微妙な顔を浮かべている。

 ビワやBBちゃんが言うように……正直、ちょっと口を噤んでしまう感じ。いや、正確には食べれないというわけでも、味がクドいというような問題があるわけでもないのだ。

 

 

「……だが、あまりに普通すぎる。言うなれば()()()の味、というべきか」

「私たち、いつの間にか舌が肥えちゃってたんだな、って気分になっちゃったの……」

「言われてみれば、ここにある料理屋って、そのほとんどがなにかしらのキャラクター達が出してる店、だもんね……」

 

 

 そう、この料理の問題点とは、すなわち『なりきり郷の他の店に比べて味が落ちる』ということ。

 名店が並ぶ場所で、あえて普通の定食屋に並んだ時のような気分になってしまう……ということが問題なのであった。

 

 この場所にあるのでなければ、恐らくは普通に繁盛しているはずだ、と自信をもって言えるだけの味は確かにある。

 だが、このなりきり郷では基本的に()()()()()()()()()()()──すなわち材料費や調理費を気にして安い食材を使う、などの行動をする必要がない。

 つまり、普通の店が普通に料理を出すだけだと、単純に見劣りしてしまうのである。──他所の店が、創作の中から出てきた存在達が作る、正しく『想像上の味』を売りにしているものだからこそ、余計に。

 

 

「流石にそうそうあることではないが……食べた瞬間咆哮を挙げたくなるような料理や、謎の空間内で服を剥かれる料理のような、そんなインパクトがまるでない。あくまでも普通の範疇、普通の旨さだと言えるだろう」

「他所ならそれが普通だし、それで全然いいんだけど……この場所でこの料理を出されても、それをまた食べようって気にはならないわよね……」

 

 

 無論、エミヤさんが言うようなインパクトのある料理というのは、それはそれで『一度食べたらもういいかな……』という気持ちを生む類いの料理であるが……それは極端な例なので、ここで考慮するべき対象とは言い難い。

 だが、それを考慮せずとも……他の店はここよりも食材にしろ調理の腕前にしろ、共に上のレベルの店ばかりである……というのは確かな話。

 ゆえに、普通の店であるこの喫茶店に人が入ってこないのは、偏に『普通である』からという、あまりに無体な理由になってしまうのであった。

 

 そこまで考えてから改めて、調理場の方に視線をそっと向ける。

 そこにいるのは初老の男性。特になにかのキャラクターである、というような様子は見られない、普通の人物だ。

 つまり、彼・およびこの店は、恐らく一般人がやっているモノ、ということで間違いないだろう。

 

 

「まぁうん、はるかちゃんみたいな人も、それなりにいるからここ……」

 

 

 ぽりぽりと頬を掻くゆかりんが言うところによれば、恐らくこの店ははるかさんのような『逆憑依』ではない人たちのための店だろう、とのこと。

 

 最初の方のなりきり郷では、いわゆるアーコロジーとしての運用が完全には行えてなかったこともあり、金銭の必要性も普通にあったのだそうだ。

 

 それゆえ、こういう普通のお店というものにも、それなりの需要があったのだが……時が進むに連れ、生活必需品や食材などを郷内部で賄えるようになってくると、料理系作品出身のキャラなどが、こぞって店を出すようになっていった。

 無論、郷内で賄えるようになったといっても、当初はまだまだ金銭の必要性が残っていたこともあり。

 そういった店が出す料理の値段というのは、こういった普通の店からすると二倍三倍にあたる、まずもって手の出せない金額になっていたのだそうで。

 

 ただそこに居るというだけで、価値の創造を行えるかもしれない『逆憑依』達ならばいざ知らず、あくまでも協力者として関わっていた普通の人達には、そんな高額払い続けられるはずもなく。

 それゆえにこういう普通の店の需要も、最初のうちはそれなりに存在していたわけである。

 

 ……が、時代が下るにつれ、最初はあくまでも賄えるだけ、程度だった郷内の自給率は、それを外に売り出せるレベルにまで成長し、結果として当初は二倍三倍していた価格の方も、普通の店で食べるそれよりも安くなっていき。

 結果、郷内での生活にはある程度の金銭を必要とする、という制約のある普通の人々達も、食事に掛かる金額は外の世界のそれよりも遥かに低額になってしまった……というわけなのであった。

 

 で、そうなってくると総合的な『生活の質』とでも言うものも、同時に上がっていくわけで。

 そうなれば、例え料理の価格を下げようとも、全体的な質の面で遅れを取っている普通の店達は、いつの間にか姿を消していくことになってしまった……という次第なのである。

 ……え?単純に聞いていると、昭和から平成・平成から令和に移行しているくらいの時間経過がありそうな話に聞こえた?

 残念なことに、実際にはここ三年とかそこらの間に起きた話、なんだよねぇ……。*1

 

 まぁともかく。

 この店がそういった荒波に揉まれた結果、それでもなお生き残っている貴重なお店……と言うことはわかったわけだが。

 それがわかった上で、そーっとエミヤさんの方を見てみよう。

 

 

「……ふむ」

(……あ、なんか火が着いた感)

 

 

 時代の荒波()に揉まれ、それでもなお続く店。

 そうなれば、店の主人になにか続けようとするだけの理由がある、と見るのはそうおかしな話でもない。

 そして、ちょっと前まで私たちが話していたこととは、聖杯戦争めいたことになってきた、店対抗の売上争いについてのもの。

 

 聖杯戦争といえば、大判狂わせなどいつものこと。

 すなわち、他者の目を欺く──こちらの目的を優勝することだと誤認させるには、()()()()()()()()()()()というのはまさに渡りに船なのである。

 準え的には、弱ければ弱いほど良いのだから。*2

 

 

「ふーん、なるほどねぇ。ってことは、今から交渉しに?」

「ああ、無論向こうの意思を尊重するべきだから、断られる可能性も十分にあるわけだがね」

「まぁ、客が来ないのに続けてるって時点で、なにか拘りがありそうだしねぇ」

 

 

 無論、そうして利用しようにも、相手方の意思によっては突っぱねられることもあるだろう。

 それを踏まえてもなお、エミヤさんはこのお店に肩入れしたくなっている、ということになるようだ。

 想像されるお店の経緯が、彼にとっては燃えるシチュエーションだったのも理由にあるのかもしれない。

 

 ……まぁ、私は関われないので、その辺りの交渉頑張ってください、としか言えないのだが。

 

 

「と、なると……あれ?もしかして私のお休み、終わっちゃった……?」

「まぁうん、また今度なんか持ってくから……」

「せ、折角早起きしたのに……」

 

 

 なお、自動的にゆかりんの休みが潰れる(どころか、暫く予定が埋まる)ということについては、御愁傷様としか言えない私である。……侑子にエリちゃんのお世話延長を頼まないと(白目)。

 

 

 

 

 

 

 こうして、郷に迫る新たな脅威を認知した私たち。

 とはいえやることはいつも通り、脅威に対して立ち向かうだけのこと。

 なので、『君は関わっちゃダメ』と言われた私は、一人寂しく祭りを回ることとなり。

 

 

「……あー、キーアちゃんおひさー。元気してたー?」

「そっちこそ……って言いたいところだけど、酔っぱらってるわね貴女、確実に」

「あっはっはっはっー。そりゃもう酔っぱらうわよー。だぁって、ちょっと前まで私ってば葛城ミサトに転生した、なーんて思ってたんだからー」

「……あーうん、そりゃ酔っぱらいたくもなるわよねー……」

 

 

 その中で、とても懐かしい顔と再会することになるのだった。

 

 

*1
技術革新が早すぎるということ。三年そこらの間に、高度成長期が含まれているような感じ。そりゃ流行も衰退も早いというか

*2
物語の展開的に、弱者が強者を打ち破っていく方が多い、ということ。強者が弱者に勝つのは当たり前であり、そこにドラマは生まれない……ということでもあるか。現実でも、あまりに強い存在が競技などに参加している場合、(特にそれがお金の掛かるようなモノであればなおのこと)強者にヘイトが向く、なんてことは頻繁に起きることである



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幕間・旧知の人間とは世間話が肴のうち

「やーもう、最初のうちはほんっっっとにびびったのよー?だってほら、葛城ミサトでしょー?ってことはエヴァでしょー?……私に代わりが務まるとはぜんっぜん思ってなかったから、最初の一月辺りはわりとマジで、鬱状態になって部屋に閉じ籠ってたんだから」

「あーうん、心中お察しします、みたいな?」

 

 

 とある焼き鳥屋で発見した、缶ビールをぱかぱか飲んでいる妙齢の女性。

 

 彼女の名前は葛城ミサト、『エヴァンゲリオン』シリーズにおける登場人物の一人である。

 ……で、『エヴァンゲリオン』といえば、俗に言う『セカイ系』の走りとして有名な存在。ゆえに、その作品世界の詰みっぷりとでも言うべきものは、既に多くの人に共有されているわけで。

 

 ……うん。もし仮に私が彼女の姿と知識と能力を持たされた状態で、そこら辺に突然放り出されたら……まず間違いなく絶望するだろう。

 それもそのはず、この『葛城ミサト』というキャラクター、主人公ではないものの、作中においてはかなり重要な立ち位置にいる人物なのである。

 

 作中における立案のほとんどが彼女、という時点でもかなりアレなのに、新劇の方に至ってはシンジくんの壁までやらなきゃいけない。ついでに言うなら母親ポジションも取らなきゃいけない。*1

 そもそも人類滅亡しかけの世界ということもあって、キャラクター人気などは高いものの、転生とかはしたくない世界としても知名度が高いのが、『エヴァンゲリオン』という作品なのである。*2

 ……まぁ、今言ったようにキャラクター人気は凄いので、彼女みたいななりきりも結構多かったわけなのだが。この間の綾波さんなんかも、その類いだろうし。

 

 

「おっ、さっすがキーアちゃん。早速レイとも仲良くなってたんだ?」

「その口ぶりと勘違いからすると──互助会組だったのね、ミサトって」

「そーそー。大変だったわよー?……ま、でもそのお陰で、自分の勘違いに早々に気付けた、ってところもあるんだけどねー」

 

 

 しみじみと語るミサトは、どうやらこちらでも早期に綾波さんと合流していたらしい。

 ……が、だからこそ、しばらくの間この世界が『エヴァンゲリオン』の関連作品である、という勘違いから脱出できなかった……ということにも繋がるらしく、ちょっと複雑な感情を抱いたりもしていたらしいのだった。

 

 無理もない、劇場版の完結こそついこの間(2021年)のことだが、『エヴァンゲリオン』シリーズのもっとも流行った時期はかなり前のことであり──その時期に発売されたライセンス作品というのは、まさにジャンルの坩堝という他ない節操のなさをしていたのだから。

 

 パチンコへの派生は、今や数々の作品で行われていることなので特記するものではないが……その他の作品──パズルに探偵、恋愛ゲームに格闘ゲームなどなど、とかく『人気のあるうちにゲームを出しまくろう』とでも思っていたかのような、あまりに多岐に渡る作品展開は、正直こうして今見返してみてもなお、『なに考えてたんだろう、当時のスタッフ』みたいな気持ちを抱かせること間違いなしである。

 

 特に、『名探偵エヴァンゲリオン』。執拗なまでのローキックを繰り出したり、なんか異様に頭が良かったりなど、シンジくんのキャラクターを大いに勘違いさせたとして有名だ。

 ……一説では、その設定が世の二次創作家にスパシンを思い付かせた、なんて話もあるが……詳細は不明である。*3

 

 だが、ここでの一番の問題は最新作にして完結作『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』において、数多の作品達がパラレルワールドとして認められた、という一点に尽きるだろう。

 要するに、単に他所のアニメやゲームのキャラクターがいるだけでは、その世界が『エヴァ世界ではない』と断言する証拠にはならなくなった、ということだ。

 

 特に、ゲーム系のエヴァ作品はオリジナルキャラクターも多く存在するため、仮にどこか別の作品で見たことのあるようなキャラクターが目の前にいても、それが本当に別作品の誰かなのか、はたまたそれを元にしたオリジナルキャラクターなのか、一目では判別できない……なんてことに陥るのである。

 なにが酷いって、前述のバカゲー……もとい『名探偵エヴァンゲリオン』が、時々『逆転裁判』のパロディ的なことをしていたのがね……。

 

 そうでなくとも、『エヴァンゲリオン』シリーズは二次創作の多い作品。

 クロスオーバーだったりコラボだったりする可能性は否定しきれず、しばらくの間『いつセカンドインパクトが起きるのか』『サードインパクトは発生するのか』みたいな恐怖に襲われていたとしても、迂闊に笑い飛ばすこともできないというわけである。

 

 ……あとはまぁ、所属してたのが互助会だったのも、多少悪い面に働いたところもなくはないのではないだろうか。

 みんながみんな自身を転生者と思っているような場所では、些細な疑いも大きな陰謀に化ける……なんてことは日常茶飯事だろうし。

 

 ただまぁ、元の作品が厄介な世界観を持っていたとしても、それがいつまでも疑念として残り続けるものか、と問われれば否。

 なにせ、『逆憑依』という事象こそおかしなものではあるものの、それ以外についてはなんの変哲もない、というのが今の世界。

 長く暮らせば暮らすだけ、『あれ?』と思うようなことが増えるのは当たり前のこと。

 特に、『葛城ミサト』はわりとハイスペックなキャラであるので、些細な違和感から自身の勘違いに気付く、なんてことは朝飯前だろう。

 

 結果、今の彼女は以前ネットで見掛けた時と変わらず、酒飲みお姉さんとしてそこらをプラプラしている、というわけである。

 ……思ったより結論が『これは酷い』感じになったね?

 

 

「いいのいいの。だって、酒に溺れてるのは間違いないんだしぃー♪」

「それでいいのかいお前さん……いやまぁ、思ってたよりストレス感じてたー、とかなのかもしれないけれど」

「あっはははー♪否定も肯定もしなーい♪」

 

 

 ただまぁ、こうなる前に感じていたストレス、という面では、情状酌量の余地もなくはないだろう。

 彼女は直接前線で戦うタイプの存在ではなく、子供達を前線に送り出すことを強いられる指揮官タイプである。

 葛城ミサトとして、本来求められる仕事を思えば……ストレスから酒が多くなる、というプロセスそのものはわからないでもない。

 

 ……まぁ、それとは関係なしにお酒好きなので、結局印象的にはプラマイゼロ、って感じになるわけなのだが。

 はぁ、とため息をついて、彼女の対面に座る私。

 途端にやって来た店員さんに注文を伝え、私は彼女の(ぐち)を聞くために、耳を傾けることにするのだった……。

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、昔馴染みねぇ」

「そうそう、最近会うことが増えてきたー、って感じでね?」

 

 

 日付は変わって別の日。

 今日も今日とて郷の内部はお祭り気分だが、当初のそれとは若干趣が変わって来た感じがあったり。

 

 それもそのはず、最初のうちはスタートダッシュ、ということもあってどかーんと大きめの催しが多かったが、中盤となる今の時期ではしみじみと楽しむ、みたいな感じの、少し大人しめの催しに切り替わっているのである。

 

 なので、今日は幾人かのメンバーを連れ、その催しの内の一つ──釣り大会に参加していたのであった。

 なお、参加しておきながらあれだが……私は釣りがあんまり好きではなかったりする。

 

 

「……それでは何故、わざわざ苦手なモノを……?」

「苦手なものを克服しよう……なーんて殊勝な心掛けってわけじゃないよ?単に連日騒いでるのに疲れたってだけ」

「まんまと運営の策略に嵌まっておるではないか、お主……」

 

 

 なお、同行しているメンバーはライネス・アルトリア・ハクさんの三人。何故この面子なのかといえば、偏に暇そうだったのがこの三人しかいなかった、というどうでもいいような理由だったりする。

 ……いやまぁ、正確にはビワとエーくんも暇そうにはしてたんだけどね?ただまぁこの釣り大会、食べる魚を釣るものではないのでエーくんを参加させるのは躊躇われ、じっとしている必要があるのでバタバタしてるビワは考慮外だったと言いますか。

 

 呆れたような顔をするハクさんに、たははと笑い返しながら、改めて自身の竿から伸びる糸を眺める。

 水面(みなも)に垂れる糸は微動だにせず、水の流れもまた、水面(すいめん)を乱すような大きな流れは見当たらない。

 

 ……要するに、魚がいないかのように静かだ、ということなわけなのだが。

 これ、真面目にやっても釣れるのだろうか?

 

 

「釣りをする時は、釣れるかどうかを気にしてはいけませんよ、キーア」

「……それは皮肉かなにか?」

「え?……あ、いや、そういうわけではなくてですね?こう、釣ろうという気持ちが先行しすぎていると、糸を通して水中の魚達にも伝わってしまう、ということでですね?」

「なるほどねぇ、それをキチンと実践できているから、君はそんなに釣れてるってわけだ」

「ら、ライネス!話をややこしくしないで下さい!」

「……おーい、そんなに騒いでおると魚が逃げるぞー」

 

 

 なお、一切釣れていない私たちの横で、アルトリア一人だけが山盛りになるほど魚を釣り上げていたわけなのだが。

 流石は妖精や精霊に愛される子であるというか、なんというか。

 

 なお、本人としては心構えの問題、と思っているところが大きかったからか、その辺りを指摘されるとはわわっという感じに慌て始めたのだが。……別に気にしなくてもいいのにね?

 

 

「……って、おおっ?!引いてる引いてる!」

「いや引きすぎじゃろう!?なんじゃそれ?!」

「わー、なんだか知らないけど嫌な予感がしてきたぞー」

 

 

 などという風に、意識を竿から離していたのが良かったのか、はたまた悪かったのか。

 いつの間にか竿は大きくしなり、水面はボコボコと波打ち始めている。

 大物が掛かった、と傍目からみてもわかる様相だったわけだが、それにしては大きすぎる。そう、普通の大物ではなく、なにか規格外のものが掛かったような……。

 

 その異様に周囲が慌て始め、ライネスが不穏なことを口走り。

 

 

「久方ぶりだな人間ぶへぇっ!!?」

「前も言ったけど、山に海の魚がでてきてんじゃねー!!」

 

 

 そうして飛び出してきたサンマ頭に、最後まで言わせてやるものかと手が出た私なのであった。

 

 

*1
ネット界隈ではシンジ君が撃たれる時に庇って『ミサトさん!?』『大丈夫よ……』することが多い。また、ミサトさん自体結構スペックが高い(作品がロボ系なので目立たないが、対人間戦闘なら無双できるくらい強かったりする)

*2
わりとそこら中に死亡フラグが転がっている。頑張って生き残っても溶けてLCLにされたりすることもある

*3
『スーパーシンジ』と呼ばれる、シンジ君の二次創作での魔改造。その走りとして、この作品の異様に頭が良くて何でもできる彼の姿を挙げる人が居るのだとか



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幕間・魚釣りは大変だ

「二度も三度も出てきやがって……」

「ああ、また消えていく……」

 

 

 突然現れたサンマ鬼を、思いっきりぶん殴って倒した私。

 そうして、以前と同じように光の粒子となって消えていく鬼をぼーっと眺めていたら、当時と同じような声が聞こえた気がしたので、そのままスルー。

 ……あの人と会わせてしまうと、アルトリアの教育に悪い(主に食の嗜好的な意味で)ので、今はちょっと関わりたくない……みたいなアレである。*1

 

 

「あら酷い。一緒にご飯を食べた仲なんですし、もう少し仲良く致しませんか?」

「やーめーろーよー!イヤだって言ってるじゃんかー!」

「イヤよイヤよも好きのうち、ですよ?」

「思った以上に押しが強いよこの人!?」

 

 

 なお、こちらが邪険に扱ったとて、向こうが素直に引いてくれるとは限らない……という、ある意味当たり前の理論によって、赤城さんは笑顔を浮かべながら、こちらへゆっくりと近付いてくることになるのだった。

 ……やめろー!金持ちオーラで目が潰れるー!!

 

 

 

 

 

 

「……そもそも郷の中の店って普通はお金を取らないんだから、ランチが五桁するっていうのは変な話なんじゃないのか……?」

「いやですねハーミーズさん。わざわざお金を取るってことは、すなわち()()()()()()()()()()()()ってことなんですよ?」*2

「はははなるほどなるほど、ちょっと赤城がなに言ってるのか分からない、ってことがよーくわかったぞー()」

「あらあら」

 

 

 横から話を聞いている限り、どうにも以前と変わりない()らしい、赤城さんとハーミーズの二人。

 元気そうなのは良いことだが、できればそっちはそっちで固まっていて欲しかった気分の私である。ただでさえ艦娘系は少ないんだし。

 ……そこまで考えて、そういえば船系擬人化キャラは増えないな?なんて疑問が脳裏を過り。

 

 

「それも仕方のないことなのですよ、キーア」

「うわびっくりした。……いや、どこから出てきてるんですかシュウさん?」

「ふふふ、これもまたちょっとしたグランゾンの力の応用、というやつです」

「それ言っとけばなんでも許されると思ってません?あと言外にグランゾン完成した、って匂わせるのも止めません?」

「フフフ……メタルジェノサイダー」

「デッド・エンド・シュート!?」*3

 

 

 ぬるり、という擬音がぴったりな感じで現れたシュウ・シラカワさんによって、それには理由があるのだ、と知らされることとなるのだった。

 

 ……いや、それはそれでいいんだけども、本当にどこから出てきてるの貴方?っていうかそれ、私のクーラーボックスじゃない?

 ……なんてこちらの懐疑の視線もなんのその、意味深な笑みを浮かべたシュウさんは、そのまま解説を進めていくのだった。

 

 以前から、機械系の物体は『逆憑依』の付随物としては持ち込みにくい、みたいなことを言っていると思う。

 それに照らし合わせると、大本が船舶という大きな機械の塊である彼女達は、そもそもの時点で成立し辛いモノになっているのだそうな。

 

 

「ウマ娘は『ウマソウル』というものを持っているので成立し辛い、みたいなことを言っていたことがあるでしょう?その原理に沿うのであれば、彼女達は大本の船舶と、そこに宿る船の魂。その両者を必要とするもの、と言うことができますね。……必然的に、成立のし辛さは最初の時点で証明されてしまっているのですよ」

 

 

 彼の語る通り、人気があるのに数が居ない、という共通点のあるウマ娘もまた、その存在の根幹には自分以外の別の魂、すなわちウマソウルというものを必要としている。

 この『一つの体に複数の魂、ないし要素を持つ存在』というのは、単純計算で再現のために二人分の労力が必要であるため、中々現れない……というのが、現在での『逆憑依』の説明の主流なのであるからして、それに則る限りウマ娘も艦娘系のキャラも、共に増え辛いものとして認識される……ということになるのであった。

 

 

「なるほど……そう考えると、最初から二人居るってのは凄いことなんだねー」

「いや、凄いことはわかるが、一纏めにされても困るわけでね?私と赤城は一応、出身作品としては別なのだから」

 

 

 なので、しみじみと二人を眺めることになる私である。

 なにせ、彼女達二人は私がここに来た時点で既に所属していた者達。……いやまぁ、正確なことを言えばマッキーとかも最初の方からいる人、ということになるわけだけど、彼女に関しては互助会所属なので置いとくとして。

 

 ともあれ、彼女達が最初から居た、ということは紛れもない事実。

 それだけ、彼女達が成立するに足る再現度を持っていた、ということでもあるので、思わず拝んでしまってもおかしくはないわけである。

 

 ……あるのだが。

 ハーミーズさんとしては、『艦娘系』と一括りで纏められることには不満がある模様。

 まぁ確かに、艦これとアズレンはゲーム製も違うので、纏められても会話が噛み合わないなんてこともあり得るわけで、そこら辺の不満が口に出た、ということなのだろうが……。*4

 

 

「あー、そうだっけ。ややこしいなー、纏めたりはできないの?」

「いや、無理だ「ええと、耳でも生やせばいいのかしら?」できるのか、まさか!?」*5

「いえ、冗談ですよ?冗談。まぁ、カチューシャでも付けてそれなりに意識すれば、姿くらいは変えられるかも知れませんけどね?」

「い、いや、それは流石に……」

 

 

 突然赤城さんが発した言葉により、こちらはちょっとしたパニックに。

 いやいや、耳生やしただけでキャラが変わるとか、そんなこと……。

 

 

「……そこで何故我を見る?」

「…………そういえば結構キャラ変わる人いたなー、と思いまして」

「ああ、なるほど。【継ぎ接ぎ】ですね」

 

 

 ……わりとキャラを変えてしまっている実例がいたことを、視線を逸らした先にいたハクさんを見たことで思いだし、思わず頭を抱えることになるのだった。

 シュウさんの言う通り、同名キャラの多い艦娘系キャラは、【継ぎ接ぎ】によるキャラ変には特に強い親和性があるだろう。

 その順応性は、恐らく【顕象】達のそれに勝るとも劣るまい。

 

 思わぬところで、【継ぎ接ぎ】させちゃいけないタイプがいることに気がついてしまった私は、思わず閉口することになるのであった。

 

 

 

 

 

 

「で、そうして戦慄してたらいつの間にか高級料亭に連れ込まれてたってわけ」

「誰に対しての説明文なんだ、それは……?」

 

 

 そうして恐れ戦いていたら、いつの間にか赤城さん御用達の飯屋に連れ込まれていたため、再度戦慄する羽目になった私です。

 考え事してると注意力が散漫になっちゃうからね、仕方ないね。

 ……まぁ、赤城さんの奢りだというので、一先ず胸を撫で下ろしたわけだが。生憎今持ち合わせないしね!

 

 

「意外ですね、キーアさんなら結構お持ちなのかと思っていたのですけれど」

「いいですか赤城さん、何度も言いますけど郷の中は、普通大抵のモノが無料なんですよ、財布を持ち出すことなんてほとんどないんですよ」

「そうですかねぇ。私はそろそろカード払いにしようかな、なんて風に思ってますけど」

「色々ツッコミたいところはあるけど、とりあえず……カード使うとこあんのここ(なりきり郷)!?」

「のーぅー?これってなにを頼んでもええんかのー?」

「ああやめてハクさん!それヤバいやつ!!値段が特にヤバいやつー!!」

 

 

 なお、赤城さんのせいで変な知識が増えることとなったが……あんまり多用する知識というわけでもないので、脳の片隅に放り投げ。

 変わりに、メニュー表を開きながらなにを頼もうかなー、なんてことを呑気に述べていたハクさんの様子に、思わず悲鳴をあげることになるのだった。……いやだって、颯爽と五桁ランチ選んでるんですものこの人!!

 

 

「いいですかハクさん?うなぎってのはね、高けりゃ旨いって訳じゃないんですよ!?」

「む、そうなのか?」

「ええまぁ、そうですね。基本的には天然と養殖くらいしか違いがありませんから。で、牛肉のように養殖の方が一般的、というわけでもない以上、品質は大きく変動することはありませんし」

「なる、ほど?」

 

 

 なお、選んでいたモノの一つに、高いからと言って良いものになるわけではない……という、うな重の特上が含まれていたため、赤城さんと一緒に説明することに。

 

 まぁうん、肉とかは味を磨くことができるけど、うなぎに関しては天然物の方が上ってことになってるから、養殖みたいに味でランク付けをする……ってことは基本的にできないんだよね。

 なので、うな重における並とか特上の違いは、基本的にうなぎを使っている量によるもの、ということになるわけである。*6

 

 騙された、みたいな顔をしているハクさんの様子にため息を吐きながら、とりあえず穏便に終わらせるようにしよう、と心に誓う私なのであった。

 

 

*1
アルトリアが大食いである、というのは派生作からのイメージだが、それらが【継ぎ接ぎ】される可能性は十分にあるということ。特に彼女は【顕象】なので、無辜の怪物的にイメージを【継ぎ接ぎ】しやすいとも言える

*2
本来金を払わずに食べられるところで敢えてお金を取るのだから、恐らくとても美味しいのだ……という意味

*3
『スパロボOG』系のキャラは、「フフフ……」と笑うことが多い。シュウも同じように笑うのだが、「フフフ……」で一番有名(?)なのがイングラム・プリスケンであり、彼は『R-GUN』という機体の必殺武装・『メタルジェノサイダー』使用時に『デッド・エンド・シュート』という台詞と、先の笑い方を併用する為、条件反射的に『フフフ……』という笑い方が出てくると『デッド・エンド・シュート』とレスを付ける流れが定着したとかなんとか。なお、別パターンに斬撃武器での『デッド・エンド・スラッシュ』があり、このように攻撃時に『デッド・エンド・◯◯』と叫ぶ人達のことを『デッドエンド一族』と呼ぶことがある

*4
後追いで船舶擬人化ゲームが多数出てきた為、同じ名前の同じ元ネタのキャラが乱立しまくることに。無論、どれかの作品にしかまだ出てない、みたいなキャラもいるので、そういうのは判別しやすいが(例:艦これにおいて、ハーミーズは未実装。元ネタっぽいキャラはいる)

*5
アズレンにおける日本艦は、基本ケモ耳っ娘・もしくは鬼娘になっているのがほとんど(重桜所属艦)。一応、国家的なあれこれの結果らしいのだが……お偉いさんに萌えとかの概念が浸透していないからこそ、好き勝手しているのだという風にも言われていたり(日本鬼子(ひのもとおにこ)、みたいなものと言うか)

*6
なお、お肉や寿司などでは、これらのランク付けは素直に旨さによるものということになっている。また、近年は養殖技術も進歩しているので、うなぎに関しても養殖モノの方が美味しい、ということも多くなってきているのだとか



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幕間・大抵見込みは見込みで終わる

「……まぁ、覚悟したからといって完遂できるわけでもないんだけどね……」

「終始緊張していたな、君。……いや、気持ちはわかるが」

 

 

 結局、好きなものを好き勝手に頼もうとするハクさんと、元がアンリエッタ──お姫様であるため、食材の価値とかが実はあんまりわかっていなかったらしい、アルトリアの無自覚で無慈悲な品評などに心を磨り減らされた私は、ご飯を食べていただけなのにも関わらず、既に死に体と化していたのだった。

 ……これで、とにかく量を食べるエー君とかがメンバーに居なかっただけ遥かにマシ……というのが、うちにいる選手達の層の厚さを思い知らせてくれる結果になるというか()。

 

 ともあれ、値段を見るのも躊躇われるような高額会計を、平気な顔でこなす赤城さんにもう一度戦慄しつつ、ようやく店の外に出ることに成功した私は。

 はぁ、と大きく息を吐いて、どうにか人心地付くことができたのだった。

 

 

「では、引き続き午後の部に参りましょうか」

「……そういえばそうだった」

「いや、本当に大丈夫か?もう少し休んだ方がいいんじゃないのか?」

 

 

 ……なお次の瞬間、そもそもこの同伴が『午後の部も一緒にやりましょうね?』という赤城さんからのお誘いあってのものだった、ということを今更思いだしてしまい、更なる絶望に誘われることになった、というのは余談である。

 ……このノリのまま行くと、夜ご飯も同伴する羽目になるやんけ!?ヤメローシニタクナーイ!

 

 

 

 

 

 

「勿体ないわねぇ。折角のお高いご飯なんだから、普通に楽しめば良かったのに」

「私しゃ根が小市民なんだよ……侑子みたいに、ドレスコード*1とか一切把握してないんだよ……」

「あら、私もその辺りは結構適当だけど?」

「嘘つけー!わざわざ小物とかに至るまで、蝶のモチーフあしらったりしてるお洒落さんじゃんアンター!」*2

「あっはっはっは。まぁでも、侑子ってば特に意識せずとも、そういう店には普通に馴染みそうよねー」

「反対に私達は、そういう店に行くにはそれなりの準備がいる……ということになりますけれど。見た目ロリですし」

「そこはほらゆかりん、私たちについては変身すればいいじゃん」

「……当たり前に言ってるけど、普通に変身できちゃうってのも、結構変な話よねー」

「そこはまぁ、『逆憑依』って時点でアレだし?」

「それもそっかー……」

 

 

 さて、日付はまたもや飛んで、とある日の夜。

 その日の行事のほとんどが終了し、これ以降用事はない……という時間帯になったこともあって、久しぶりに再会したんだから昔馴染みで集まって飲まない?……という話になった私たちは、そのまま雪崩れ込むように、初日に私がゆかりんに連れられて入った、【顕象】の店長さんがやっているあの定食屋へと足を運んでいたのだった。

 

 昼間は定食屋をやってるんだけど、夜になるとこうして居酒屋として暖簾を変えるから、適当に集まる分にはちょうどいいんだよね、このお店。

 

 

「まぁ、私にとっては?利用する度にチクチクと胃にダメージを与えて来るお店、ということになるのですけれど」

「んー?そりゃまた、なんで?」

「ほら、ゆかりんってば、一応曲がりなりにもここの責任者でしょ?」

「……あー、なるほど。あっち(互助会)だと全部一括りにされちゃってるけど、こっち(なりきり郷)だと別物扱いになってるんだっけ?」

「そちらの組織の、良い意味でのいい加減さが羨ましいですわ、全く」

 

 

 なお、はぁと大きくため息を吐くゆかりん的には、ちょっと憂鬱な気分を誘発してしまう店、ということになってしまったようなのだが。

 

 理由は単純、こっちが【顕象】という存在を認知するよりも遥か昔(と言っても二・三年前だけど)から、ここの店長さんと娘さんの二人は、普通にここにいた……という事実が、ゆかりんの仕事に穴があった、ということに繋がってしまうからである。

 ……いやまぁ、【顕象】どころか『逆憑依』自体の発生メカニズムもまだ解明できていない以上、突発的な出現(POP)に関しては対処のしようもないのは確かなのだけれど。

 

 

「それでもこう、こうやって灯台もと暗しー*3、みたいなことされると、私って上に立つの向いてないのかなー、って気分になるのも仕方ないかなー、って言うか?」

「あー、はいはい。ゆかりんは頑張ってるからねー、大丈夫よー、私達はわかってるからねー」

「子供をあやすみたいな対応は、やめて頂戴ミサト!」

(……ゆかりんって、わりと絡み上戸なとこあるよねー)

 

 

 まぁでも、こうしてその不安とか不満とかを口にできるのは、既に彼女が酔っぱらっているから、というところも大きいので、あまり真剣に付き合っても仕方ないかなー、って気分になるのも仕方ないと言うか。……普段は折り合い付けてる、ってことだし?

 そうして、既に真っ赤な顔になってしまっているゆかりんを、よしよしと頭を撫でながら適当にあしらうミサトの姿を見つつ、ちびちびと日本酒の入ったグラスを傾ける私なのであった。

 

 

「……そういえば、貴女は酔わないのね?」

「酔えないからね。そういう侑子は?」

こっち(電脳空間)で飲んでるけど、こっちでの『酩酊』ってバッドステータス扱いだから、耐性切れない以上は酔えないのよねー」

「あー、『逆憑依』組が電脳世界に居る時は、勝手に耐性付与されるんだっけ……?」

「重篤そうなやつだけ、ね」

 

 

 なお、酔っぱらっている向こう二人(ミサトはまだ酔っぱらってないが、時間の問題である)に対し、酔わないこっち二人は、次第に話題が別の方向に転がっていく。

 私はまぁ、『キーア』の設定的に基本酔えないのだが、侑子の場合は彼女の現在の状況が酔うことを許さない、みたいな感じなので、ちょっと残念そうにしているのだった。

 

 以前、『逆憑依』組はネットゲームに接続すると勝手にフルダイブになる、みたいなことを説明したことがあると思う。

 で、その時説明しなかった……というか、それを認知するに至らなかったモノが一つあるのだが、それが『バッドステータスに対する異状なまでの防御値』。

 要するに、毒とか麻痺になり辛く、なったとしてもフィードバックされる感覚がかなり弱い、というものだ。

 

 恐らく、『勝手にフルダイブになる』という事象の付随物だと思われるのだが……細かいことを抜きにすれば、ペインアブソーバ*4が常に八とか九くらいのレベルで掛かりっぱ、ということになるわけで……これが良いことばかりとは言い辛い。

 本家本元のペインアブソーバでも起きていたことだが、痛みや感覚が遮断されているということは、電脳世界で起きたことを認知するのに視覚以外の判断手段が制限される、ということにも等しい。

 

 触れたという感覚があっても、そこに痛みがなければ危険だと気付けないように、実際の身体ではない架空のアバターを動かす電脳世界において、痛覚の遮断とは悪手になることもあるのである。*5

 ……まぁ、麻痺とか毒とか受けてても普通に動ける、という点も鑑みれば、良いとも悪いとも断言し辛いのだが。

 

 ともあれ、酔うに酔えず飲む酒が上手いか、と言われると微妙な話。

 酩酊状態は重篤な異常扱いになるようで、なってもほろ酔いまでという侑子の状態は、ある意味生殺しと言われても仕方のない状態なのであった。

 

 

「……ま、代わりに他の酔っぱらいを肴にできる、ってご利益があるわけだけど」

「それってご利益かなぁ……?」

 

 

 まぁ、それならそれで楽しみ方を見付ける、というのも乙なもの。

 周囲の酔っぱらいを眺める楽しみを得た侑子に、微妙に賛同しかねる空気を出しつつ。

 私は追加の焼き鳥を一つ、口に含むのであった。

 

 

 

 

 

 

「むぅー……」

「……で?マシュは朝からどうしたんだい?」

「私がこうやってぷらぷらしてるのが、気に食わないらしいよ?」

「……それ、正確には()()()()()()()って前に付くやつだろう?」

「せいかーい……」

 

 

 またまた日付は変わって、とある日のお昼。

 今日はお昼をラットハウスで摂ろう、と思って足を運んだのだが……作戦は大成功、ハロウィン一色の店内は人で賑わっており、私が通されたのも端っこの方の空いている席だった。

 なので、店内の様子を眺めながら、スパゲッティなどを嗜んでいたのだけれど……私が店内に入ってすぐ、こちらを認識して一瞬気色を浮かべたマシュはと言えば、その後ハッとしたような顔をしたのち、今のようなちょっとむくれた顔になってしまったのである。

 ……いやまぁ、他のお客さんの前では普通に笑顔を浮かべているのだが、対応が終わるとこちらをじーっと見つめて来るのである。正直怖い()

 

 まぁうん、言いたいことはわかる。

 私は働いているのに、なんでせんぱいはぷらぷらしてるんですか、とかそういうアレだろう。

 だがな、マシュよ。今もチラチラ見られていることからわかる通り、ここでの私はリアル招き猫なのだ。

 どこかに肩入れすると周りからずるい、って言われてなし崩し的にどこもかしこも手伝わなければならなくなる、というのは目に見えているのだ。

 なので、許せサスケ!

 

 

「いやサスケじゃないし。そもそもそれだけが理由って訳でもないだろうに」

「……いやまぁ、祭中はマシュって常に忙しいじゃん?そりゃまぁ、必然的に私はボッチになるわけでして……」

「よぉしわかった、午後はマシュはお休みだ!」

「ヨッシャー!!」

「マシュが雄叫びを!?」

 

 

 ……なお、ライネスには無慈悲なツッコミを入れられた上、いいからマシュの機嫌取りをしろ、と放り出されてしまうことになるのだった。

 いや、ウッドロウさんは『なに、気にすることはない』とか言ってないで助けて下さいよ!私のお昼ー!!

 

 

「では、どこかで一緒に食べましょう。ね、せ・ん・ぱ・い?」

「アッハイ」

 

 

 そうして伸ばした手は、横合いから伸びてきたマシュに捕まれ。

 ……その笑みに、どことなーく元同じ声などこかの()姫様の波動を感じた私は、恐怖に小さく震える羽目になるのであった。*6

 ……空鍋とかナイス(Nice)ボート(boat.)とかは止めてね……?

 

 

*1
『服装規定』。特定の環境・組織においてそれに見合った服装をすることを規定するもの。学校の制服などもドレスコードの一種。その為というわけではないだろうが、学生服は未成年が着る服としては、一番色んな場面に合う服となっている

*2
イヤリングや手袋などの小物に至るまで、彼女を象徴する『蝶』をイメージした模様などをあしらっているのが特徴

*3
自身の近くに答えがあっても、それには意外と気が付かないものだ、ということ。由来は岬にある灯台……ではなく、江戸時代辺りにまで使われていた、高いところから部屋を照らす為の蝋燭を置く台──すなわち燭台(しょくだい)の下は台が影になる為暗くて見えない、という話から来ている

*4
『ソードアート・オンライン』などに存在するシステム。ゲーム内の痛覚をどこまで反映するか、という設定。0にすれば痛みは全くなくなるが、一人称視点である以上背後から刺された、などの状況に遭遇した時、痛みがないので刺されたことに気が付けない、なんていう事態に陥ることがある。反対に、あまり上げすぎると、本来ならシステム的には動けるはずの状況で行動不動になってしまう、なんて事態に繋がることも(例えばポケモンならば、瀕死状態でも秘伝技を使うことができるはずだが、痛みが正確に伝わっているとそれもできなくなる、という形)

*5
痛みは感覚の中でも優先度が高い為、それによって動きが制限される可能性もあるが、危ないものからすぐに離れる、という対処を取る時にはとても役に立つ

*6
『fate/grand_order』の星3(R)バーサーカー、清姫のこと。マシュのボイス変更前は、同じ声であった



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幕間・たまには振り返って

「……そういえば、こうして二人だけで歩くというのも、とても久しぶりのことのような気がしますね、せんぱい」

「あー、うん。大体他の人も一緒ってことが多いからねぇ」

 

 

 唐突に休みになったマシュと一緒に、郷の中を歩くことになった私。

 彼女の言う通り、他に同行者のない状態での移動、というのは久しぶりのような気がする。……まぁ、大体なにかしらの問題に追われてるからなのだけれど。

 

 そう考えてみると、こうしてゆっくりと二人で歩くというのは、中々に乙なものなのかもしれない。

 ……どうにも、マシュには負担を掛けていたようだし。

 

 

「はい?」

「いやだって、今回私なにもしてないじゃん?みんながあれこれ立ち回ってるのに。……迂闊に手を貸すと色々言われそうだなー、ってのは確かだけど、もうちょっとなにか手伝ってもよかったかもなー、くらいには思っても仕方ないかなー、みたいな?」

「……ふふっ、せんぱいらしいですね」

 

 

 そうして掛けた言葉は、彼女に笑みを浮かべさせるだけ。

 ……いやまぁ、別に笑って欲しくて言ったわけじゃないんだけども。

 

 

「まぁ、いいか」

「はい、それでいいのです」

 

 

 そんな会話を交わしながら、私たちは活気溢れる街の中を、時に店を冷やかしながら歩くのであった。

 

 

 

 

──完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや終わらねーから!?」

「せ、せんぱい!?一体どうされたのでしゅか?!」

「い、いや。なんかこう、唐突になにもかも投げっぱなしにされそうになったというか……」

 

 

 なんかこう、いい感じにBGMが流れて、そのままエンディング……みたいな空気が漂ったというか。

 いやもう、確かになんか凄く長くなってきてる感はあるけど、まだ終わらねーから!語るべきとこ語ってねーから!まだクオリアは流すんじゃねぇ!!

 

 

「クオリア、といいますと……感覚質、という意味の言葉でしたか」

「おっ、そこから話を繋げちゃう?よかろうよかろう、幾らでも繋げていけぃ」

「……先ほどからせんぱいはどうしたんですか……?」

 

 

 マシュの言う通り、テンションか変なことになっている私だが……たまにあるやつだから気にしないように。

 ともあれ、話題に登ったのは『クオリア』という言葉の意味について。

 

 心臓にもなくて脳にもない*1けど、確かにそこにはある……という不思議なこの概念は、脳科学的な用語の一つである。

 

 説明としては『感覚的体験に伴う独特で鮮明な質感』などという風に語られるが……雑に言ってしまえば『美味しい』『痛い』『美しい』のような、個人にしか感じられない主観的なもの、というのが一番近いのではないだろうか。

 まぁ、オタクに『クオリア』って聞くと、その辺りのことを語り始めるか、はたまたさっきの『心臓にも~』云々の話をするか、になるとは思うのだが。

 

 人と人がわかりあえない理由の一つに、相手の感じているモノは自分には理解できない、同様に自身の感じているモノを相手も理解できない、という認識の差というものがある。*2

 

 単純に美味しいと言っても、人によってはいわゆる『旨味』を美味しいものと感じていることもあれば、『苦味』『酸味』などの『自身の美味しいと感じるもの』を美味しいと言っているだけ、という場合もある。

 

 それらの『五味』を元にしているのならば、口にすればまだ違いがわかるが……例えばそれらの組み合わせの妙であるとか、特定の味の中にある特定の刺激を美味しいと言っているだけだとか。

 そういう個人が感じる感覚的なものというのは、他者に説明するのはとても難しいものだ。

 そしてここからさらに深く踏み込んで考えると──他者の感じている『旨味』が、自身の感じる『旨味』とは全く別物、ということもあり得ないことではない。

 

 これは色弱──色覚異常の人の見え方を例にするとわかりやすい。*3

 例えばここに『赤色』があるとして、普通の人はいわゆる『赤』──()()()()()()色が見えていることだろう。

 だが色覚異常の人には、この赤が普通の人で言うところの『灰色』っぽいものに見えている、ということがある。

 

 人の瞳には視細胞というものがあり、それぞれ赤・青・緑の色を別々に捉え、それを脳内で合成して認識しているのだが……色覚異常の人はそれらの色覚のどれか、はたまた全てが正常に機能していない……などの要因によって、特定の色の認識ができなくなっているのである。

 なので、例えば赤色を見ると──赤を認識する機能が異常を起こしているため、『赤色』が()()()()()()、なんてことになるのだ。

 

 だが、例え見え方が違うとしても──『赤色』というもの、それそのものが変化するわけではない。

 あくまでも受け取る側の見え方が違うというだけで、そこにあるのは赤色に違いない。

 それでも、受け取る側にとって、本来『燃えるような』という印象を与えるはずの『赤色』は──人によっては『無機質な』色になっている、ということにも違いはない。

 

 ゆえに、これらの印象をぶつけ合うと、()()()()()()ということに繋がるのである。

 同じものを見ているはずなのに、見え方が違うせいで。*4

 

 先ほどの『旨味』云々の話に戻ると、例えばとある人の『旨味』の感じ方が『酸味』に近いものであり、またとある人の感じ方が『苦味』に近いものであった場合、言葉の上ではお互いに『美味しかった』と述べているのにも関わらず、実際には感じているモノが違う、という状態になるわけで。

 これが『美味しかった』という感想だけに止まるのであれば、大して問題にはならないかも知れないが……細かいことを話し始めた時に、その感覚の違いによっては喧嘩になる……なんてこともあり得ない話ではなくなってくる。*5

 

 この認識の差というものは、言葉で説明できるものであればあるほど、それを是正することができる。

 だが、他者の認識と擦り合わせることができない場合、その認識の差は是正できないものとなってしまう。

 

 色覚異常のように、明確に他の色との判別ができないほどの異常があるのであれば、それがおかしいということに気が付くことはできるだろう。

 だがもし、『全ての色が()()()()赤みがかって見える』というような、些細な差であればどうだろうか。

 見え方という点では普通ではないにも関わらず、色が判別できないわけではない──普通の人との差が外からでは認知できないような状態にあるとして、その人は自分が普通ではない、ということに気が付くことができるだろうか?

 

 

「……難しいでしょうね。仮にサンプルを持って来ていただいたとしても、その人の視界というフィルターを通す限りは、全て正常なのですから」

「そうそう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って形だから、少なくとも軽い異常は認知できないのが普通だよ」

 

 

 答えはノー、認識することはできない。

 これからVR技術が発展して、脳に直接情報を送り込めるようになれば違うかも知れないけど……自分というフィルターを通す限り、それらの異常は認知できない、というのが正解である。

 そしてこれこそが、クオリアというものの触りなのである。

 

 自分にしか認知できないもの、自分というフィルターを通すことでしか理解できないもの。

 そういったものがクオリアであり、それゆえに他者のクオリアを理解することはできない。

 それらは当人の中でのみ成立するものであり、それを外部に説明したとしても、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 だからこそ、人と人との認知の差、というものは基本埋められない。

 自分を自分という体の檻から解き放つことが叶わない以上、自分というものの中にあるものは他者には永遠に理解できないのだ。

 

 

「だから、人類補完計画とかが持ち上がるんだよねー」

「……あ、そこに繋がるんですね」

 

 

 なので、全部融け合ってしまおう、みたいなトンでも理論が飛んできたりするわけである。……話が変なところに行った?そもそも単なる暇潰しの会話みたいなものだから構わへん構わへん()。

 呆れたような視線を向けてくるマシュに笑みを返しつつ、最近再会した人物に関わる話──人類補完計画についての話に移行する私である。

 

 人類補完計画とは、『エヴァンゲリオン』シリーズにて語られる計画の一つであり、それの内容と言うのが『不完全な人という種からの解放』──すなわち全人類の同一化だ。

 人を個の存在として成立させている心の壁──『ATフィールド』を崩壊させ、生き物を原初の生命のスープ・LCLに還すというそれは、小難しいことを抜きにすれば『個を保ったままではわかり合うのは無理なので、余計なしがらみとか全部ぶん投げようぜー』というものである。

 ……まぁ、もうこの時点でわりと無茶苦茶な理論のような気がしてくるが、実際一定の説得力はあるのである。

 

 それが、さっきの『他者のクオリアの不理解』。

 自分と相手が同じものを見て・聞いて・触れていても、全く同じことを認知しているとは限らないそれ。

 それを解消しようとするのであれば、もっとも簡単なのは『相手になる』ことなのである。それも、姿形を真似るのではなく、同一化するということが。

 

 例え完全に相手を模倣したとしても、相手が自分とは別に存在している以上、()()()()のような細かい差異は発生してしかるべきである。

 つまり、認知を歪める可能性のあるものを全て排除しようとすると、完全に同じ場所から同じように見るしかないのだ。

 そしてそれを為そうとすると、どうしても自分と相手、という区切りは邪魔なモノにしかなりえない。

 

 

「結果、単に相手の認知を知ろうとする、ってだけなら、確かに補完計画にも一定の説得力があるってわけ。……まぁ、結果として個を失うんだから、認知の差云々とか小さい話でしかないんだけど」

「……なるほど。ところで、この話のオチは……?」

「そんなの単純でしょ。──今のところ溶け合うつもりなんてないから、これからも迷惑掛けるかもしれないけどよろしくね、ってことよ」

「……そうですね。私も、せんぱいに迷惑をお掛けするかも知れませんし」

 

 

 ……とはいえ。

 わかりあえないことが悪いことなのか、と問われればそういうわけでもない。

 当たり前のことが当たり前に起きたとして、そこに価値は生まれない。

 できないだろうと思われたことを、どうにかして実現した時。そこに生まれる価値というのは、何物にも代えられぬものとなる。

 

 人の生とは、すなわちその価値を求めるもの。

 そういう意味で、わかりあえぬことを悲観するのはつまらない……というのが、今回の話のオチとなるのであった。

 

 ……オチが弱い?

 じゃあクオリア掛けときなさい、なんかいい感じになるから。

 などと嘯きながら、マシュに首根っこを捕まれながら()店に引き摺られる私なのでありました、まる。

 ……ごまかせなかったよ!

 

 

*1
六人組のバンド『UVERworld』の楽曲『クオリア』の歌詞から。この曲をエンディングに流すと、なんかとりあえず全部いい感じに終わった気がしてくる、という『クオリア万能説』というものがある

*2
『機動戦士ガンダム00』本編においても、特殊なフィールド内で虚飾などを取り払って会話をする……みたいなシーンがあったにも関わらず、どうしても判り合えない相手、というものが出てきたりした。なので、『理解できても判り合えるとは限らない』という問題も作中で例示される結果となっている。相互理解というものは字面ほど簡単ではない、ということなのだろう

*3
通常の人に対して、色の認識に違いがある人のこと。『色盲』と呼ばれることもあるが、『盲』の言葉が差別的、ということで使われないことも多い(近年では『色覚多様性』と呼ばれることも)。……が、実際は『色盲』と『色弱』は微妙に対象となる人が違う(『色盲』の場合は特定の色が全く認識できないのに対し、『色弱』の場合は特定の色が認識し辛い、という状態を示すモノであったのだとか。その為、完全に同じというわけではない)ので、纏めてまうのが正解かどうかには疑問が残る。一応、見えていない人に向けての対処によって、見え辛い人も助けになる……ということもあり、彼ら向けの対処は一緒のものでも問題ない、という話ではあったりする(色で認知出来ないので形を変える、など)

*4
なお、クオリアの説明としては『色覚異常』を持ち出すのは不正解だとされる(赤を見た時に『赤いと感じるのは何故か?』という部分が、クオリアの本質である為)

*5
これも微妙に間違い。この場合だと『旨味に感じている酸味』は本来の『酸味』とは別なので、相手から出てくるのは『酸味』についての話ではないので、ほぼ気付けない。ただ、根源的な部分で差異がある為、相手との認知に小さなズレを生じる可能性がある、という点では間違いではない



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幕間・ごまかしきれないモノもある

「で、せんぱいが少しは私に負い目がある、ということがわかりましたので……」

「ヤメローシニタクナーイ!」

「……はい、別に命の危険とかはありませんので、素直に座って待っていてくださいね?」

 

 

 前回、クオリアやらなにやら持ち出して、話をごまかそうとした()私。

 だがしかし、流石にクオリア万能説でごり押すのは問題があったようで、目の前のマシュは笑ってるけど笑っていない感じの笑みを浮かべながら、こちらを席に着くように促しているのであった。

 

 辺りを見回してみる。

 ……人々は相変わらず祭の熱に浮かされたような感じで、ちょっと高級そうな店内にも関わらず、漂う空気感はパリピっぽさを思わせる。

 運ばれてきた料理を写真に撮ったり、はたまた仲間内で肩を寄せあって写真を撮ったり……って、写真好きね君達?

 

 まぁともかく、ふわふわした感じ、というのは間違いあるまい。

 ……さて、こんなところに連れ込んでマシュはどうするつもりなのかなー、はははー。

 

 

「あっ、わかったー!カルデアならぬなりきり郷ディナータイム、というわけだn()*1

「せんぱい」

「アッハイ」

 

 

 やだ怖い(真顔)。

 睨まれているかと錯覚するような、マシュの真剣な表情。

 思わず居住まいを正すが……ううむ、良くない傾向だ。

 

 どうにかして脱出したいところなのだけれど……この圧から逃げるのは並大抵のことではあるまい。

 そこら辺、できれば曖昧のままにしておきたかったのだけれど……これは腹を括らねばならないか。

 

 そんな風に内心頭を抱える私を見て、マシュは、

 

 

「……はぁー」

「ま、マシュ?」

 

 

 大きくため息を付いて、下を向いてしまうのだった。

 思わず声を掛けるも、彼女から返ってくる反応はなし。……どうしたものかなー、なんて風に私が思っていると。

 

 

「──ご返事は、頂けないのですね?」

「……あー、うん。少なくとも、()()()()()()()()無理かなー、というか」

 

 

 ぽつり、と呟かれた言葉に、努めて真摯に言葉を返す私。

 ──少なくとも、キーアのままでその答えを出すことはできない。それは確かな話なので、それを真剣に伝えて。

 

 

「……はぁ。わかりました。別に私も、せんぱいを困らせたいわけではありません」

「そ、そう?」

「……ですので。この祭が終わったら、真剣に事態解決のために動きたいと思います」

「ひぇっ」

 

 

 顔を上げた彼女の表情に、思わず悲鳴をあげる。

 ……やだ、イケメン……。

 

 覚悟に染められたその表情は凛々しく、立ち塞がるのであれば何者であろうとも叩きのめす、とでも言いたげな感じ。

 これが、敵に対して向けられたものであれば、こちらとしても問題はなかったのだが……半分くらい私にも向けられてるからなぁ、これ。

 

 込められた感情の熱に、思わず戦慄しつつ。

 わざわざ入ったのにも関わらず、なにも頼まないままに店を出ていく彼女の背を見送って──遅れて襲ってきた疲れに、思わず椅子からずり落ちそうになるのであった。

 

 

「……喧嘩ですか?」

「ああうん、似たようなものというか、なんというか……」

 

 

 遅れてやって来た店員さんに謝辞を述べながら、流石になにも頼まずに出るのもなーと思った私は、一先ず料理を選ぶためにメニューをお願いしたのでした……。

 

 

 

 

 

 

「……痴話喧嘩なら他所でやって欲しいんだが?」

「うるさいわよクリス、アンタだって相手がいればやってるでしょうに」

「岡部のことは今は関係ないんだがー!?」

「うるさい」

「あいたぁっ!?」

 

 

 そんなことがあったのが三日前。

 測らずもその日から冷戦状態みたいなことになってしまった私とマシュを見て、声を掛けてきたのはクリスだったわけなのだが……。

 いや、これを痴話喧嘩とか言われると、お前さんのやつはもはや乳くりあっているようなもんやんけ、とツッコめば、彼女から返ってきたのは盛大な自爆なのであった。……遠回しに肯定するのやめない?

 

 いやまぁ、悪いのが私の方、というのはわかっているのである。わかってるんだけど……。

 

 

「いやほら、謝るのも違うじゃん?……なんとも言えない、ってのは本当のことなんだし」

「いや、そもそもその『返事ができない』って時点でよくわからないんだが?」

 

 

 迂闊に答えを出すのはよくない、ということもあって、正直口ごもるしかない私である。

 まぁ、こっちの事情を話半分程度にしか知らないクリスにとっては、そんなの知ったこっちゃねー、みたいな感じのようだが。

 

 

「……ここにいる人で、その辺りのことを知ってるのはBBちゃんくらいかなぁ」

「は?ってことはもしかして、同じ後輩なのに扱いが違うの?……うわぁ」

「私がふしだら、みたいな言い方するの止めてくれない?」

 

 

 そんな彼女の様子にため息を吐きながら、思わず溢す愚痴。

 ……彼女は変な意味で受け取ったみたいだが、別にこれはBBちゃんを贔屓しているわけではない。寧ろ、()()()()()()()()()()()()()という方が近いのだ。

 

 

「はい?」

「……詳しくは説明しないわよ。知らせてないってことでややこしくなってるのに、ここで知ってる人を増やしても意味はないんだし」

「……ええと、よくわからないけど……結構、面倒な話だったり?」

「……敢えて言うのなら、少なくとも『キーア』にそういう話をする()()はない、かな」

「ふーん……?」

 

 

 こちらの言い口になにかを感じ取ったクリスは、へーとかふーんとか、そんな感じの言葉を述べたのち。

 

 

「──ま、いいわ。別に私、貴方達の仲人ってわけでもないんだし」

 

 

 そんな、なんとも言えない言葉を並べ、席から立ち上がったのだった。……まぁ確かに?彼女がこちらのことを気にする必要性は、ないと言えばないわけだけど。

 

 

「……だからといって、ここから逃げる理由になるわけないでしょうが!」

「……ちっ!流されなかったか!」

「うるせー!逃げるなー!!卑怯ものー!!!」

 

 

 だからって、それを口実にこの場から離れようとすることは許されないんDA☆

 

 ……はい、ここでようやく『私たちがなにをしていたのか』というところに話を移すのだけれど。

 それはすなわち、祭の手伝いである!……いやさっき『特定のところに肩入れすると良くない』って言ってただろうって?ナンノコトカナー()

 

 いやまぁ、嘘を言ったわけではないのである。

 特定の個人・ないし特定の団体に手を貸すというのは、すなわちそこが勝つように手を貸すということと同義。

 それゆえ、公平を期すために私はどこも手伝わない……というのは、暗黙の了解のようなものだったことは間違いではない。

 だがこれは、()()()()()()()()()()()ということと同義ではない。……どういうことかって?

 

 

「こういうことだよー!!だよー、だよー……

「セルフエコーしてんじゃないわよ、口を動かす前に手を動かしなさいバカ後輩!」

「ハイヨロコンデー!」

 

 

 ……はい。私の横で、さっきまで黙っていたパイセンがやってることをみれば、その疑問も氷解するというもの。

 そう、その仕事の発端は、ある日のゆかりんルームでの会話が元となっているのであります。ほわんほわんきあきあ~。

 

 

 

 

 

 

「はーい、エリちゃん元気してるー?」

 

 

 記念祭も折り返しを迎え、そろそろ後半戦。

 そろそろエリちゃんの出番も近付いてきたということもあって、彼女の様子を確かめに最上階・ゆかりんルームに足を運んだ私。

 ……いやまぁ、マシュにああ言った以上、なにもせずにぷらぷらしてるのもなー……ってことで、エリちゃんの面倒を見るくらいなら他の邪魔にもならないんじゃないかなー、って感じに様子を見に行った感じなのだけれど……。

 

 

「あら、いらっしゃいキーア」

「おっと、今日も侑子か。ってことはゆかりんは別のところ?」

「郷内一番の輸送力持ちだもの、駆り出されるのは仕方ない話じゃない?」

「あー……確かにスキマを使えばそういうの速いもんねー……」

 

 

 そこにいたのは、HMDを被って何事かをしているエリちゃんと、それを眺めている侑子の二人。……一応目的の人物であるエリちゃんは居るものの、判断を仰ぐ相手であるゆかりんの姿はないし、若干空振った感がなくもない。

 まぁ、侑子の説明を聞くと、それもやむ無し……って感じになったのだけれど。

 

 確かに、距離と重量を無視して物を運べるゆかりんのスキマは、こういう忙しい時の荷物運び手段としては、かなり重宝するだろうし。……エリちゃんライブの機材運びとかも彼女の仕事だったはずなので、それを知られていれば頼まれごとも増えようと言うものである。

 一応のデメリットである『見知った場所にしか移動できない』も、郷の中なら完全に無問題だしねー。

 

 ただ、そうなってくると、ゆかりんに判断を仰ぐというのは難しくなってくるかもしれない。

 

 

「あら、なにか探してるの?」

「ちょっと仕事をね?……ただまぁ、この分だと最後の方までゆかりん忙しそうだし、ちょっとタイミングを見誤ったかなー」

「まぁ、一度手を止めて貰うわけにもいかないものね」

 

 

 はぁ、とため息を吐きながら述べた通り、仕事を受けるのであれば、必ず説明を挟まなければならなくなる。

 そして、その説明は基本的にゆかりんにして貰う必要があるので──必然、彼女の仕事を止めてしまうことに繋がる。

 一応、スキマの開け閉めだけならば、彼女も片手間で行えるだろうが……細かい座標指定は難しくなる、というのは間違いないだろう。

 

 分刻みのスケジュールで動いているとおぼしき現在、そこまで彼女の手を止めさせるだけの理がこちらにあるかと言われると……うん、ないね。だって極論すると、やることないんでなんかなーい?……って聞きに来ただけだからね、今の私。

 

 そうなると、どうしたものかなーってことになるのだけれど。

 一応エリちゃんの面倒でも、って感じでやって来たわけだけど……先に侑子がいる以上、二人で一緒にやるのは効率的な問題であれだろうし。

 そこら辺も含めて、ゆかりんに色々判断して欲しかったんだけど……って、ん?

 

 

「……そういえば、エリちゃんはなにやってるの、これ?」

「んー?……そうね、じゃあそっち方面で手伝って貰おうかしら」

「え、なになにやぶ蛇だった感じ?」

 

 

 よくよく考えたら、HMDなんて被ってエリちゃんはなにをしているんだ……?

 そんな、ある意味すぐに浮かんできてもおかしくない疑問に、今さらながらにたどり着いた私は。

 ふふふ、と怪しげな笑みを浮かべる侑子の姿に、もしかして判断を仰ぐ間違えたのだろうか?……と、顔を青くする羽目になるのだった──。

 

 

*1
『fate/grand_order』内に存在する概念礼装の一つ、『カルデア・ディナータイム』のこと。『ランチタイム』『ティータイム』に続いて現れた『タイム』系の礼装の一つであるが、効果はその二つと比べると控えめ(完凸で絆とマスターEXPを5%増やす)。なお、これらの礼装の効果は純粋に無凸分が完凸分と同じ数値になるように設定されている為、最大効率を求めるのであれば選択肢に入ってくることも。絵柄は、文字通りにディナータイムを画面向こうの先輩と楽しんでいる、おめかししたマシュのものになっている



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幕間・そうして私たちの元に届けられる

「……なるほど、エリちゃんはネット世界で練習をしてたんだね」

「まぁ、あのHMDは結構高性能で?声も外に漏れないって聞いてたから、じゃあ電脳世界で練習するのがいいんじゃない?……ってことになったのよ。そもそも、元のエリザベートはこっち(電脳世界)が初出だし?」

 

 

 ニヤニヤ笑う侑子に差し出されたHMDを被り、ダイブした先はいつも通りの『tri-qualia』。

 こっちでは普通にハロウィンが開催中で、その繋がりでエリちゃんの装いも変化。

 

 現在の彼女の姿は去年のハロウィン時の服装・シンデレラエリちゃん*1のものとなっており、道行く人達からは時折スクショを求められたりしている。

 ……まぁうん、普通に見てる分には珍しいアバターで済むもんね。同時に、できれば歌うのは止めてね、って挨拶も多かったのだけれど。

 

 

「……ネット民に浸透しすぎじゃないかしら、(エリザ)のデスボイス」

「まぁほら、ネットで仕事をすると流行り廃りは押さえとかなきゃ、ってなること多いし……」

「それにしたって、よ!」

 

 

 なお、道行く人のほとんどからそんな感じのことを言われ続けたため、現在のエリちゃんは御機嫌斜め。

 ゆえに、まず私がすることは、彼女の機嫌を取りなすことなのであった。……まぁほら、流石に()()に関しては言及してこないし?みんなもある程度遠慮とかはしてるんだよ、多分。

 

 

「……まぁ、チェイピ城を持ち出すよりは、まだマシだって言い分はわからないでもないけど」

「ただあれ、チェイピ城が顕在の時は居たはずの領民達が見当たらないから、実はチェイピ城はチェイピ城で別のところにある……なんて可能性もあるらしいけどね?」*2

「……いや待ちなさい、(エリザ)が増えるのも大概おかしいのに、その上更に城も増えるの?なんで(エリザ)、一人でお城コレクション*3開催しようとしてるの???」

「おおっと、ツッコミ過ぎた。戻ってこーい、エリちゃーん」

 

 

 まぁあの城はあの城で、それまで居たはずのモノがシンデレラ城になったりした結果、ハロウィン成分すらどっかに置いてきた感じになってしまっているので、その内『大逆襲』とかなんとか付いた上でカムバックしてきそう、なんて予想もあるのだが。

 ……元々のハロウィンって、割りと血なまぐさいところもあるから、なんか変なフラグが眠っててもおかしくないし。*4

 

 ……などと言ってみたところ、エリちゃんから返ってきたのは『城まで増えるってどういうことよ』、という至極全うな指摘。

 人が増えるのはまだ聞いたことがあるが、確かに城が……それも同一の城が増えるという話は、トンと聞いたことがない。

 いやまぁ、(同じ顔)が増えるのも本当はおかしいんだけどね?割りと頻発する事象だから、気にしてられなくなった……というだけで。

 

 

「……まぁ、うん。いつまでもFGOの話をしていても仕方ないし、もっと建設的な話をしましょう、建設的な話っ」

「ん?……ああ、そうねぇ」

 

 

 まぁ、fateキャラが多いとしても、別にここは型月世界ではない。

 同一世界観の存在が集まることによる、概念的な侵食を気にする必要性は、今のところ存在しない。

 

 つまり、こうして私たちがエリちゃんの真実を追ってみたところで、それは動画サイトに転がっている一山幾らの考察動画と、価値的にはさほど差がない……という風にも解釈してしまえるわけで。

 ゆえに、彼女から飛び出した『建設的ではない』という言葉も、なるほどと頷いてしま……ああうん、わかったから無言でぽかぽか殴らないでエリちゃん。

 

 別に『tri-qualia』はデスゲームとかじゃないから、こうして殴られ続けて体力を全損したとしても、特に問題はないけれども。

 だからといって、無意味にサンドバッグにされるのは真っ平ごめん*5、というわけで。

 

 

「うん、適当な返事したのは謝るからさ?……お願いだから泣き止んでくれる?」

「誰のせいだと思ってるのよー!!」

 

 

 涙目になっている相手って、どうしてこんなに罪悪感を煽られるんだろうなぁ……なんてことを思いながら、半泣きのエリちゃんを宥めることになる私なのであった。……自業自得?そうねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 数分後、どうにかしてエリちゃんの機嫌を元に戻した私は、さてこれからどうしたものか、と頭を捻ることとなっていた。

 

 そもそもの話、私は『tri-qualia』にログインすることを目的にしていたわけでもなければ、エリちゃんの機嫌取りをするためにやって来たわけでもない。

 

 ……いやそこのエリちゃん、不思議そうな顔しないで頂戴。

 確かにさっきまで貴方のご機嫌とりしてたのは私だけど、それはゆかりんに『仕事なーい?』って聞きに来たけど、どうせ今すぐ回される仕事なんてエリちゃんの世話くらいしかげふんげふん。

 ……まぁともかく、目についたので対処したというだけで、それがメインではないのは確かな話なのだから。

 

 

「まぁ、メインの仕事を探してたけど出鼻を挫かれた……って形になって、そのままずるずるとサブの仕事をこなしてる……って感じだから、暇なのも間違いじゃないんだけども」

「あら、暇だったの貴女?なぁんだ、最初っからそう言ってくれれば良かったのに」

「……んん?もしかしていらんフラグ踏んだ感じ?」

「なにか言った?」

「なにも言ってません、サー(sir)!」

 

 

 誰が閣下よ!……と憤慨するエリちゃんに謝罪しつつ、内心焦る私。

 

 いや確かに?仕事がないので暇だなー、的な感じでここにやって来たのは間違いないし?現状一番問題を抱えていそう──もとい、仕事のタネになりそうなのはエリちゃんの周囲、というのも決して間違いではない。

 ……が、しかし。それは『エリちゃんからの依頼を受けていい』ということとイコールではない。

 

 現状が聖杯戦争みたいになっているので、彼女のことを手伝い過ぎるのはご法度、という部分もあるが──『彼女(エリザベート)からの頼み事』という形式そのものが、トラブルのトリガーとしては最上のモノである、という問題もあるのである。

 ……なにが言いたいのかって?つまり今の私は余計なトラブルを呼び寄せるフラグを踏んだっぽい、ってことだよ!(白目)

 

 ……うん、ゆかりんとかから『エリちゃんのサポートをして欲しい』と頼まれたのであれば、そこまで問題ではないんだけど……。

 これがエリちゃんから直接依頼を受けた、ということになると、彼女からの期待度とかの諸々のパラメーターが変動し──最終的に()()()()()()()()()()()()

 ……なに言ってるかわからん?大丈夫だ、儂にもわからん()

 

 ……元のエリちゃんに比べ、性格面で改善の見られるここのエリちゃんだが。

 その存在が持つ因果とでも言うべきものまでは、そうそう変えられるものではない。

 

 つまり、『エリザベートが聖杯に縁深い』という性質は、彼女がエリザベートとしてある程度の再現度を保有する以上、切っても切り離せぬモノであって。

 その結果、彼女の善意は必要以上に善果、すなわち()()()()()()()()のである。*6……まぁ、前回も似たようなことを言ったはずなので、わりと今更な話なのであるが。

 

 で、ここからは更なる追加情報なのだが──彼女の引き起こすトラブルの()()()()()()()()は、()()()()()

 より正確に言えば、()()()()()()()()()トラブルが、彼女の介入によって大惨事に陥る、という状況になっている場合──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるか。*7

 

 今回の『優勝すると黒聖杯が顕現するかも?』案件は、問題の悪化の理由に彼女の存在があるものの、それは彼女が積極的に関わりに行った結果のモノではない。

 単に彼女が()()()()()()行動した結果、変な事態に繋がったというだけのことである。

 

 ……つまり、この状況において彼女は()()()()()()()()()()()()のだ。主役じゃない、と言い換えてもよい。

 なので、ここで彼女が協力者を得て、なにかを始めようとすると──自動的に彼女が主役である別の物語が始まり、エリザベートが騒動の中心になるので──聖杯がポップする。なんで?(素)

 

 唯一救いがあるとすれば、彼女の行った善果に対する報酬として顕現するモノであるので、『流れ星の指輪・オルタ』みたいに聖杯そのものがダメ、ということにはならないということになるのだろうが……そもそも聖杯そのものがトラブルの元であることを思えば、どっちにしろ止めてくれとしか言えないというのは誰にだってわかることだろう。

 

 そして、実はこれが一番の問題なのだが──ここのエリちゃんは普通に良い子なので、余計なことをするな、と言い辛いのだ。

 

 基本的には善行を為しているので、止めろとも言い辛いし。

 聖杯云々の話から矯正するようにしようとすると、こっちが想像する以上にガチ凹みして、暫く自分から謹慎したりする。……要するに、周囲の良心を咎めまくるのである。

 

 そもそも、それがあるからこそ彼女に知られないように優勝しよう、ということになっていたのだから──これの回避が難しいのは言うまでもない。

 なので、彼女が必要以上に張り切らないように、できればゆかりんを間に挟んだ形で仕事をお願いしたかったのだけれど……うん、もうこれ別のサブイベ始まり掛かってますよね?

 

 侑子ってばなにしてくれてんの?!……的な恨み節が脳裏を過るが、そもそもエリちゃんの耳に万が一にも聖杯云々の話が入らないように、情報統制を行っていたのはこっち。

 ……つまり侑子がなにも知らないのは私たちのせいなので、恨むに恨めないことにすぐに気が付き。

 

 これはどうにかして、エリちゃんの手伝いをパパっと終わらせるしかない、と悲壮な覚悟を決めようとした私は。

 

 

「あら、奇遇ねお前たち」

「その声は──グッビー!グッビーね?!久しぶりグッビー!」

「グッビー言うな!」*8

 

 

 これまた突然に現れたパイセンにより、更なる混迷へと誘われることとなるのであった──。

 

 

*1
エリザ七変化(?)の一つ、童話のパワーをその身に宿したエリちゃん。エリザベート一族にしては珍しく、歌声が酷くない(童話モチーフであるのと同時に、オペラ的な要素も含まれた結果だと思われる)。また、他のエリザベートに比べるとちょっと言動が過激。恐らく、古い童話はわりとエグい(グリム童話版のシンデレラだと、姉妹がガラスの靴に足が合わないので足を切って小さくする、というような描写に代表されるグロめのシーンが多い)為、彼女の中のエグみ成分の配分が変化したせいだと思われる

*2
シンデレラエリザ以降のチェイテ城は、城そのものが元のそれとは全然違う形になっている(チェイテシンデレラ城、チェイテ梁山泊。チェイテピラミッド姫路城は、チェイテ城そのものは変化していない)うえ、それよりも前に居たはずの領民達の姿はなく、更にハロウィン成分がほとんどなくなっている(ハロウィンをしよう、という話ではなくなっている)。その為、シンデレラ以降のハロウィンの舞台は、正確には以前のチェイテとは別なのでは?……という予測が立つこととなった。……なお、これが正解だとすると、チェイテ城が少なくとも二つある、ということになるので、それはそれで怪奇現象で間違いなくなったり

*3
DMMのブラウザゲーム『御城プロジェクト』の開発段階での名前と同じだが、特に関係はない。城をコレクションする、というネーミング法則はコナミが提供するソシャゲ『ドラゴンコレクション』などと似ていると言えば似ているか

*4
元々はケルトのお祭り。キャスターのクーフーリンの宝具『灼き尽くす炎の檻』の元ネタであるウィッカーマンによる人身供物なども行われていたのだとか

*5
漢字で書くと『真っ平後免』。ひたすらに、という意味の『平に』を強調した言葉である『真平』が変化した『真っ平』を謝る言葉である『ごめん』にくっつけたもの。その為、本来の意味は『本当にごめんなさい』という、強い謝罪の意思を示す言葉だった。なお、現代では意味がひっくり返り、『絶対に嫌だ』という意味として使われている

*6
『善因善果』。仏教用語の一つであり、『善きことをすれば善きことが起こる』という意味を持つ。反対の『悪いことをすれば悪いことが起こる』という意味の『悪因悪果』、『自分のしたことは自分に返ってくる』という意味の『自因自果』と合わせ、仏教に根付く『因果応報』の理を示すものとなっている

*7
『イベントの途中で悪いがイベントだ!』『間を開けろバカー!!』

*8
熱帯魚(グッピー)ではない。ブランドもの(グッチ)でもない



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幕間・連鎖する問題、四つ揃えれば消えたりしない?()

 これまた突然に現れたパイセンにより、意識がそっちに持っていかれた私たち。

 エリちゃんは先ほどまでの話を忘れ、彼女をグッビーなるあだ名で呼んでいるわけだが……ええと、知り合いなので?二人とも。

 

 

「知り合いもなにも、このなりきり郷におけるライバルの一人なのよ、グッビーは!」

「まぁ、私はやろうと思えば結構なんでもできるし*1。……で、たまたまネットで配信してたら、これが意外と視聴数取れたわけよ。……最終的に、何故かBANされたけど」

「……それ、センシティブ判定されたのでは……?」*2

「なによ、また虞美人差別?」

「区別です、お間違えなきよう」*3

「い、言うじゃない……」

 

 

 そうして尋ねたところによると……ええと、アイドル的なライバル、ということになるらしい。『y○utuber』的な?

 まぁ、パイセンがアイドル、というのは正直意味がわからないのだが……なんか原作(fgo)でも色んな人の情緒を狂わせてたようだし、案外向いているのかもしれない、というのは確かなのだろう。

 ……無論、パイセンは服装に頓着しないので、その方面で伝説のアイドルと化した、みたいな面もあるようだが。一夜限りの伝説、みたいな?

 

 ともあれ、本編のそれとはまた別種の繋がりがあるらしいこの二人。

 それを知れたことで……知れたことでなにか変わるの?この状況。

 

 今のところ、エリちゃんはさっきまでの話を忘れて、パイセンとあれこれ話しているけれど……それが終われば、やっぱり先ほどの『何事かをこちらに頼もうとしている』状態に戻るだろう。

 そうなればこっちに回避手段はなく、自動的に聖杯がもう一つ加算されることは確定的なわけで……。

 

 

「そういえば、お前暇?」

「……って、はい?」

 

 

 などと唸っていると、突然エリちゃんと何事かを話していたパイセンから声を掛けられることに。

 ……なんでみんな、悉く人のことを暇だと確信したうえで声を掛けてくるのだろう?……え?実際暇だろうって?そうねぇ……。

 

 ともあれ、暇か否かと問われれば暇だと答えるしかない私である。さっきエリちゃんにもそう言っちゃったし。目の前で聞いてるし。

 仮に暇じゃないって言ってパイセンの話を打ち切ったとしても、得られるものは(さっきのは私へのアピールだったのね?!って勘違いした)エリちゃんからの好感度くらいのものだろうし。……絆レベル上がりそう(小並感)。*4

 

 

「そう。じゃあ丁度良いわね」

「あっ、ちょっとグッビー?キーアには私から、頼み事をしようと思」

「お前も、丁度良いから手伝いなさい」

「……ってちょ、なによいきなり?」

 

 

 そうして困惑している内に、話はどんどん進んでいく。

 傍若無人先輩・虞美人により、私とエリちゃんは纏めて彼女の頼み事に引っ張られることが確定したのだった!

 ……よくよく考えれば、エリちゃんも暇であることは間違いないからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「なに ごと」

 

 

 思わず私がぼやいてしまうのも仕方のない話。

 真っ先に私たちがやらされたことは、『tri-qualia』からのログアウト。……ゲーム内でなにかするのかと思えば、パイセンの用事とやらはリアルでのものだったらしい。

 

 いや、エリちゃん外に出ても良いので?……と思ったのだけれど、どうやらその辺りの許可は既に取っているのだそうで。……パイセンにしては準備がいいな、なんてちょっと失礼なことを思いながら、先導する彼女に付いて行った先にあったのは……。

 

 

「……ええと、出店?」

「そうよ、出店よ」

 

 

 お好み焼き屋、わたあめ屋、チョコバナナ屋……などなど、日本の祭の風景において、普遍的に転がっているだろう出店達。

 それが一塊になった──端から見ると盆踊り会場みたいになっているステージ。それが、彼女に引き連れられてやってきた場所なのであった。

 

 

「設立記念祭、だったかしら?……アレって、要するに競走ってことでしょ?……そういうのイヤ、ってやつも結構いるのよ」

「あー、まぁはい。景品の内容が内容だけに、結構張り切ってる人も居るって話を聞いた気はしますが」

 

 

 詳しく話を聞いたところ、この舞台に集められた屋台達は、今回の聖杯戦争もとい売上競走とは()()()なものだとのこと。

 競走という要素が入ると、どうしても店の空気や出される商品などが、常のモノとは違ったモノになる……というのはまぁ、わからないでもない。

 特に、今回の景品の目玉である『流れ星の指輪』や、それ以外の景品達など、貰える可能性があるのなら貰ってみたい……というような魅力的なアイテムの数々を目の前にちらつかせられれば、ちょっと変なテンションになる人は少なくないわけで。

 

 そういう、言ってしまえば熱気のようなモノを嫌がる人も居る、というのはおかしなはなしでもなく。結果として、そういう人達のための屋台というのも用意しよう、ということになったのだとか。

 ……お察しの通り、それが今私たちの目の前にある屋台群である。

 

 

「ただ、問題が一つあってね」

「はぁ、なんでしょうかその問題って。薄々分かる気もしますが

「そりゃもう、これしかないでしょう。──店員が足りてないのよ、ここ」

 

 

 だが、そうした高尚?な目的とは裏腹に、この屋台達には致命的な問題点があった。……この場所を必要とするような気質の人達は、まず屋台の運営なんて出来やしない、ということである。

 

 悪い言い方をすると、陽キャ達の群れのなかに陰キャ達の居場所を作ろう、みたいなことになるため、誰も音頭を取りたがらなかったのだ。

 ……まぁうん、競う空気が好きじゃないのなら、祭の空気も好きじゃなさそうというのはよく分かる。

 

 だが、運営の上の方には、こういう場所が欲しいという陳情が多くある、というデータが確かに存在している。

 ならば、やらないわけにもいかない。……ということで、人間の喧騒をそこまで好んでいない?っぽいパイセンが(暇そうだからという部分も含めて)運営責任者として抜擢され、今こうして店員達をかき集めている……ということに繋がるのだった。

 

 

「……全体的にツッコミ処しかないけど、とりあえずゆかりんからの承認は得ているってことで宜しいので?」

「そりゃそうよ。そもそも、アイツから言われたんだし。『エリちゃんが暇そうにしてるだろうから、誘ってあげて』って」

「本質的には問題児(エリザ)問題児(グッビー)だってこと忘れてないあの人?」

 

 

 っていうか、仮に本当に集まってくるのが陰キャっぽい人達ばかりだった場合、そういう人とは水と油みたいなもんなんじゃないのこれ?

 ……などと私が思ったことを察したのか、パイセンはにっこりと笑ってとある場所を指差していた。

 

 

「大丈夫よ。ええと……ねらー?だっけ。ともかく、そういうのに詳しいやつがいるから大丈夫よ。時限式だけど、今ならそういうの(オタク)に優しいマシュも居るし」

「お、お疲れ様ですせんぱい」

「……クリスとマシュ、だと……?!」

 

 

 そこにいたのは、普段の白衣をエプロンに代え、なんとも言えない表情でたこ焼きを焼き続けるクリスと、その横でわたあめをくるくる回しているマシュの二名。

 ……なんだこれ地獄かね?

 そんな言葉が口を突いて出なかったのは、ほぼ偶然みたいなものなのであった。

 

 

 

 

 

 

 ──で、ようやく時間は今に戻ってくる。

 顔を合わせた途端微妙にギクシャクし始めた私とマシュの様子に、クリスがお節介を焼いてから少し。

 時限式、の言葉通りマシュはラットハウスへと帰っていき、この地獄に取り残されたのは私たちだけ。

 

 ……ああいや、別に来る客がヤバイ、とかそういう話ではない。

 

 

「……すまねぇが、たこ焼き四つ」

「はいはい承りました少々お待ちくださーい!!」

「なんつーか、大変そうだな……」

 

 

 ふと視線を横に向ければ、何故か連れ立っているソルさんとハジメ君の二人が、クリスに対してたこ焼きを頼んでいる姿が見え。

 

 

「今日も可愛いねエリちゃん。そこの串一つ貰える?あ、おまけ()はノーサンキューで」

「なんでどいつもこいつも、挨拶かなにかみたいに私の歌を拒否るのよー!!言っとくけど、別に私は音痴じゃないわよー!!?」

「ああ、別に悪口を言ってるわけじゃなくてな?……お楽しみは、最後に取っておくべきだろ?」

「……な、なるほど。至極全うな理由だったわ。至極全うなっ、理由だったわっ!!」

 

 

 その反対では、串カツを揚げているエリちゃんに対し、サンジ君が努めて紳士的に彼女へと会話を投げている姿がある。

 ……歌わないで、の意味がよもや最後のライブを楽しみにしてのモノだったとは、このリハクもといキーアの目にも読めなかったが……改めて、このエリちゃんに評価で勝つのは難しいのでは?なんて懸念が沸いてくる私である。

 

 ともあれその部分は今は置いておくとして。

 ……まぁうん、想定されていたよりも、遥かに忙しいのである、この屋台達。

 

 言ってしまえば、極めて単純な祭の形。

 それが一種の客寄せになるのか、さっきから客足がひっきりなしなのだ。……売上(聖杯)戦争には直接的に影響がない、というのも理由の一因なのかもしれないが、それにしたって忙し過ぎる!

 元々人手が足りてない、と言っていたように、この状況では余計なことを考えている暇もなく、結果として私は久々に分身を使わされる羽目になっていたのだった、戦闘でもないのに。

 

 

「行くぞ私A!」

「よくってよ私B!」

「出た!キーアさんのコンビネーションクラッシュだ!」

「いやクラッシュしちゃダメでしょ?!」

「大丈夫だ、パフォーマンスだからな!」

「そっかー、それなら安心ね!」

(安心なんだ……)

 

 

 外からのお客様もそれなりの数が見えているため、そういう人達へのファンサービス的な動きも交え、ひたすらに働き続ける私たち。

 結局、この突然降って沸いた屋台の手伝いの仕事は、一般客の退場時間である午後五時までの間、大盛況としか言い様のない忙しさをキープし続けたのでありました。

 

 

「あ、これ三日間続くから。明日もちゃんと来なさいよ」

「……死人が出るやつでは!?」

 

 

 なお、解散間際にパイセンから告げられた言葉に、みんなして絶望顔をすることになったけどそれは余談である。

 

 

*1
意外とハイスペックな虞美人さんである。なお戦術指揮だけは別。……ゲームも得意、みたいな話があるのに何故?という感じだが、自身が実際に自分の体で動けるかどうか、みたいなところが大きいのかもしれない

*2
敏感な、感じやすい、過激な……という意味の言葉、『センシティブ(sensitive)』。それを判定する、というのはすなわち『過激か否か』というところが大きい。お色気系に言われることが多いが、語源的にはグロ系も含まれると言えなくもない

*3
謂われなく行われるのが差別、必要性があるのが区別。また、必要性の部分も感情論が混じらないことが重要である

*4
エリザベートの絆ポイントの設定値は、全サーヴァントの中でも最低クラスである



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幕間・祭も終わりが近付いて

「やれることはやったけど、どうなるかは正直わからない」

 

 

 そんな感じのことを、エミヤさんから聞いた私。

 ……まぁうん、所々で使われていたエリちゃんへの挨拶『歌は結構です』が、その実ラストライブでの彼女の活躍を楽しみにした上での言葉だった……ということを思えば、どれほど万全に準備したとて不安は拭えないのは仕方のない話、なのだけれど。

 

 そうして思案する今日は、出し物の最終日。

 すなわちエリちゃんライブの当日であり、そして今は朝の時間帯である。

 

 結果の発表は明日・かつ途中経過などを知らせてくることは無いので、要するに明日のその時まで悪い意味での心臓のドキドキは止まらない、ということになるわけだが……。

 

 

「……まぁうん、なるようにしかならないわよね」

 

 

 直接の手伝いを禁止されていた私にできることと言えば、みんなが全力を出しきったのだと信じることくらい。

 絆の力が私たちの力だ!……的な感覚で、とにかく果報を待つこととなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──素晴らしいものを見る時、時間はとても早くなる……という話がある。

 実際の時間と体感時間は本来別のものであり、それゆえ体感時間が先走ってしまうとしばしば現実の時間を置いてけぼりにしてしまう、みたいな理由から来るものらしいが……ともあれ、具体的な名前こそ付いていないっぽいものの、この現象が科学者達に歴として認められたもの、ということには間違いないだろう。*1

 

 ……問題があるとすれば、それが本当なら起きて欲しくなかったものだった、ということだろうか。

 

 

「……感動で泣くって言うの、実はよく分からなかったのよね」

「色々見てるっぽいのに?」

「体に引っ張られてるところもあったし。……まぁ、凄いなーくらいの感想を抱くことはあったのよ?」

 

 

 観客席に座っていた侑子は、その(まなじり)から一筋の涙を流し、呆然としたような口調で感想を吐き出し続けている。

 その反対ではゆかりんが『うっうっ……立派になって……!』と、君は親御さんかい?みたいな感想を溢していて。

 

 

「……悔しいが、これは無理だな」

「ああ全く、末恐ろしいな彼女は。──だって、これで全てってわけじゃないんだろう?」

「再現度はわりと高い方のエリザベートさんですが……それでも、彼女の全てを写し取れているわけではありません。──すなわちそれは、本来の彼女が本当に他人のために歌えるのなら、今以上のモノを作り出せるかもしれないということ。──もしかしたら、あのエリザベートさんも、いつかはその域に──」

 

 

 別所では、エミヤさんやマシュ、ライネス達が感嘆と諦めを交えたような感想を吐きながら、静かに拍手を続けている。

 

 ……まぁうん、ここまで言えばわかるだろうけど。

 現在はエリちゃんのラストライブ終了後。彼女の今の全力を受けきった観客達は──よもやこれほどとは、と総員スタンディングオベーションとなっていたのだった。

 

 そして、驚きは観客達だけに走るものではない。

 それを為して見せたエリちゃん自身にも、その驚きは波及していたのだった。

 

 

「……えっ、えっえっ、なにこれスッゴい、みんながスッゴく私のこと褒めてくるわ!?」

「エリちゃん……(ほろり)」

 

 

 褒められなれていない子、みたいな反応を示す彼女に、思わず涙がちょちょぎれそうになる私である。

 

 ……よもや、他人のために本気で歌うというのが、ここまで彼女のポテンシャルを跳ね上げるとは。恐ろしいと言うほかないだろう。

 っていうか、マシュの言う通りエリちゃんの再現度はほどほど、言うなればまだ成長の余地があるということであり──いつか頂にたどり着いた時、一体どれほどのモノを見せてくれるのか……なんて期待感まで煽ってくる始末である。

 

 

「──寧ろ、今の彼女は一つレベルが上がったところ、ということなのかも知れませんね」

「まぁうん、上がってるって言ってもいいかも。……ただまぁ、良いことばかりじゃないんだよなぁ……」

「……ん、どうしたデーモンガール。あのドラゴンガールが成長することに、なにか問題でもあるのかい?」

「大有りよ……負けじゃんどう考えても……」

 

 

 まぁ、この状況下でのレベルアップは、正直絶望感マシマシなんですがね?

 

 彼女の成長を喜ばしげに眺めるアルトリアの隣、誘ってみたら意外と付いてきたダンテ君が、怪訝そうな声を返してくる。

 それに対して大きくため息を吐きながら──私は彼女の優勝を確信した言葉を吐くのだった。

 

 ……いやだって、ねぇ?

 いつだったかの、ダンテ君と一緒に観ることとなった独占ライブ。

 あの時は、自分のためと他人のため・その両方が混じってしまった混沌めいた歌こそが彼女の本領であり、ゆえにこそ私たちは不協和音の方にも耐性があるのにぶっ倒れたわけでしょ?

 それが見てごらんなさいよ、今の私たちの状態。……ダンテ君も私も、至って健康体でピンピンしてる。

 

 すなわち、今の彼女には以前のような不安定さはなく、常に天上の歌声を披露し続けたということ。

 つまり減点要素が一切なかった、ということでもあり。

 ……もうちょっとブレが出るんじゃないかなー、なんて予想は無惨に砕かれ、付け入る隙は一切ないという他の参加者への逆風状態。

 

 ……っていうか、そもそもエリちゃんがラストライブになってるの、期待はされてたけど同じように『密かにネタになることも期待した』上での選抜なので、ここまで上手く填まるとは誰も思ってなかったのである。

 いやまぁ、一部の人は『今のエリちゃんなら、良いとこ行くのでは?』とは思ってただろうけど……少なくとも、さっきお出しされたレベルのモノが出てくるとまで思っていた人はいなかった、というか。

 

 えーと、分かりやすく言うと……百点はどの出し物も出せないだろう、ってことを前提として──優勝争いする人達の評価点数が、大体七十点前後と仮定し。

 ある程度自身のあれこれについて理解を深めたエリちゃんならば、多分七十台後半は出せるんじゃないか、って思ってたら。

 実際にお出しされたのは八十から九十台に迫るであろう高得点確定の演技だった、みたいな感じというか。

 更に、これからの研鑽次第では九十台後半、ともすれば百点も見えてくるのでは?……というような期待を煽る演技だったので、誰もが拍手をしている……と。

 

 ……うん、負けですねどう考えても(白目)

 事実、感動から徐々に戻ってきたらしいゆかりんは、涙を流したまま顔を青くする、というそれ絶望顔じゃない?……みたいなことになっており、なんというか色々心配になってくる有り様と化していた。

 

 いやーほんと、どうしようねこれ?

 

 

 

 

 

 

「子゛ネ゛コ゛ぉ゛ーっ!!?」

「はっはっはっ、やっぱりこうなったよチクショーがぁっ!!(やけくそ)」

 

 

 まぁはい、感動冷めやらず次の日になったわけですが、案の定エリちゃんが優勝して指輪ゲット、ということになりまして。

 

 んでまぁ、何故かここでモモンガさんがサプライズ、彼の手から直接の下賜を、というシチュエーションが用意される運びとなり(聞いてなかったらしいゆかりんが『えっ?』と更に絶望してた)、その結果として彼の負のオーラを吸収した指輪は、遂にエリちゃんの手に触れて顕現。

 現れた超巨大メカエリチャン*2との、仁義なき戦いが大勃発する運びとなったのでありました。……ミサイルは止めろー!!

 

 

「うむぅ、まさかそのようなことになっていようとは……」

「すみませんねぇうちでは日常茶飯事なんですよ!……っと、ごめんマシュお願い!」

「言われずとも……!『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

「ぬおわっ!?あちちち!?」

「あ、すすすすみませんモモンガさん!?」

 

 

 観客席とかにも無差別に攻撃をばら蒔いているので、一先ず防御組と攻撃組でメンバーをわけ対処に当たっているが……まさかの没技・『メイガス百連発(超人姉妹同盟)』まで使って来ているため、わりと切羽詰まっている感じである。*3

 ……っていうか、指輪がメカエリちゃんに変形する際に、コクピット部にエリちゃんを取り込んでしまっているため、それを先にどうにかしないことにはまともに攻撃もできないというか……なんにせよじり貧だよ、じり貧!

 

 

「なるほど、ではこちらも切り札を切るとしましょう。──グランゾン、アークション!」*4

「って、シュウさん!?今グランゾンっつったこの人!?」

 

 

 余裕がないのでみんながてんやわんや、対悪宝具である城を近くで顕現させてしまったため、悪属性の人々に間接的にダメージを与えてしまって謝罪するマシュとか、なんとも言えない光景も散見されたが……一番問題だったのは、ここぞとばかりにグランゾンを御披露目し始めたシュウさんだろう。……ここを地獄に変える気ですか貴方!?

 

 

「──いいでしょう。集いなさい姉妹達。我ら姉妹の絆によりて、敵を殲滅せしめる神槍となるのです。──メガ・チェイテ・ランサー、アクティベート」

「わぁ、メカエリちゃん達が集まってでっかい槍になったぞー、かっこいー」

「しっかりしてくださいせんぱい!?とりあえず離れますよ!?」

「──ふっ、ならばこちらも奥の手を見せましょう。『試作縮退砲』……またの名を、『ブラックホールディスラプター』。事象の狭間に掻き消えなさい──!!」

「や゛め゛でぇ゛ぇ゛ぇ゛!!?」

 

 

 現れた異様・グランゾンの姿に、本気を出さねばならないと理解したメカエリちゃんは姉妹達を束ね、巨大な槍と為す。

 すなわち、エリちゃんの槍の巨大版。……のちの惨状が目に見えるようなんだけど、最早笑うしかねー()

 

 対するシュウさんも、最近許された()らしい試作縮退砲こと『ブラックホールディスラプター』で迎え撃つ構え。*5

 ……これは死んだかも、なんて感想を抱きながら、周囲の全ては極光のうちに飲まれていくのであった……。

 

 

 

 

 

 

「……なんなのであるか、この事態は」

「んー、ネコの気まぐれレシピというやつなのだな。裏側気取りは置いていかれる前兆、すなわちバックダンサーみんな風邪で休み、と」

「……ええい、我輩が言うのもなんであるが、敢えてこう宣言させて貰うのである!──強制リセット、執行!」*6

 

 

 なお、どこかでそんなことを呟いた人のお陰で、なりきり郷が消滅する、なんて大惨事は最終的に回避されることになるのだった。……あーうん、よくあるやつですねわかります。

 

 

*1
特に名前は付いていないが、楽しいことをしていると時間が早く流れる、というのは確かな話なのだそう。なお、歳を取ると一年が早くなる、という事象の方には『ジャネーの法則』という名前がついており、そちらは『経験したことが増え、多くのことが既知になるから』なのだとか

*2
三代目ハロウィンのあれ。まさにスーパーロボット

*3
メカエリチャンの設定上の技の一つ。量産型メカエリチャン達を呼び寄せ、それを敵に突撃させるという技。元ネタは『MeltyBlood』におけるメカヒスイの技『超人姉妹同盟』なのだが、もう一方の名前である『メイガス百連発』の方は、『真マジンガー衝撃!Z編』におけるマジンガーZの必殺技『ロケットパンチ百連発』が元ネタであり、そちらは無数のロケットパンチで相手を攻撃したあと、それらが合体して巨大なロケットパンチになる……というもの。もう見れば元ネタだってわかるパロディ加減

*4
イントネーションは『ビッグ・オー、アークション!』と同じ

*5
アプリゲーム『スーパーロボット大戦DD』で登場したグランゾンの新武装。かつては『試作型縮退砲』の名前で、プレイステーション版の『スーパーロボット大戦α』にのみ登場していた。ネオ・グランゾンの縮退砲を先出ししたもの、みたいな感じなのだが、その当時は『ネオ・グランゾンでしか使えない』はずの装備だった為、(試作と付いてはいるものの)ファンからは不評だった。『ディスラプター』の方は、産みの親とも言える阪田雅彦氏の全面監修で作成されており、設定面の不備はない

*6
『機神飛翔デモンベイン』の二週目以降で起こる特殊エンドのこと。本来負けイベントのはずの場所で勝ってしまうことで、黒幕(邪神)が匙を投げるという珍しい事態に陥ってしまう。それを引き起こすのが彼・ドクターウェストなので『我輩が言うのもなんであるが』、ということ。つまりは『爆発オチなんてサイテー!』




幕間終わり、閉廷!


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十九章 イベントとイベントの間に挟まると損した感じがする
施設の中は綺麗な方が良い


「……あの、せんぱい?大丈夫ですか?」

「んー?なにがー?」

 

 

 季節は秋も終わり頃。あれだけ活発だったエリちゃんも、そろそろ冬眠の準備をしてそうだなー、なんて感想が浮かんでくるような、そんな時期。*1

 

 郷内に植えられているいちょうの木々も、いつの間にやら鮮やかな黄色に染まっていて。

 そうして地面に落ちてきた葉っぱを掃き集めながら、私はぼーっと空を眺めていたのだった。

 

 つい先日の(祭云々の)騒動によって、すっかり記憶の彼方に追いやられていたけれど……父の危篤の報に合わせて実家に戻った折、色々と問題が噴出していた……というのは確かな話。

 その辺り、本当なら対処とか対策とか、色々と考えなければいけないことが山ほどあるんだけど……。

 

 

(対処って言っても、今のところどうしようもないんだよなぁ)

 

 

 むぅ、と唸りをあげる私。

 

 ……彼女()の家族の不和は、私がなにかをしたところでどうにかできるものではない。

 ついでに言うのなら、今の彼女(楯/マシュ)を連れ帰ったところで、話がややこしくなるだけというのも確かな話。

 なので、今の私ができることと言えば、話題そのものを掘り返さないこと、ということになるのだが……。

 

 

(……まぁ、ゆかりんが話してないのなら、大丈夫……なわけないんだよねぇ)

 

 

 はぁ、と一つ息を吐く。

 

 その辺りのことについて、マシュはなーんにも聞いてこないけど……彼女()の父と私が会ったということは、なんとなく察しているような気がする。

 

 彼女の父は、()()()()()を除けば普通に人当たりの良い人物。

 なので、私の父が入院したとなれば、その見舞いに来るのは当たり前のこと。

 なにせ、彼女の家族があの地に引っ越してきた時、あれこれと世話を焼いたのがうちの家族だったからだ。……言うなれば、家族ぐるみの付き合いである。

 そうして付き合いをしている内に、あれこれと問題が見えてきたわけだけど……決して悪人ではない、はず。

 

 だから、そうして仲良くなった相手が入院した、となれば見舞いの一つや二つ、とばかりにやって来ることは容易に想像でき。

 そうして容易に想像できるからこそ、マシュがまったく気付いていない、なんてことはあり得ない。

 

 

(……まぁ、今は別のことに夢中だから、ってこともあるんだろうけど)

 

 

 ただ、少し前ならいざ知らず、今の彼女がその辺りのことについて、一切触れてこない理由……というのは、なんとなく予想が付く。

 そう、単純にそれよりも()()()()()()()()()()()だ。

 

 

(返事が欲しい、ねぇ)

 

 

 もう一度、今までのそれよりも深いため息を吐く私。

 今の状況で、それを望むのは高望みしすぎだろう。マシュも、()も。

 ゆえに、口を噤むことしかできなかったわけだが──同時に、その解決法についても示してしまったため、彼女はとかく張り切っている、という状態。

 

 ……言わなきゃよかった、なんて後悔が浮かんで来るが、同時に彼処で口にしない、という選択肢もなかったので、最早頭を抱えるしかない私なのであった。

 いやまぁ、表面上は単にアンニュイになってるだけ……っていう風にしか見えないだろうけどね?

 

 

「……ああもう、早く帰ってこないかな、キリア」

「?お母様が、どうかなさいましたか、せんぱい?」

「……マシュの汚染が思ったより深刻だった件について」

「え?……あっ

 

 

 そうな風に再度ため息を吐いて──今ここに居ない、キリアのことを思う。

 

 彼女が帰ってこない内は、話が進むことはないだろう。少なくとも、私に纏わる話については、確実に。

 そんな思いを込めての言葉は、マシュの精神汚染が大変なことになっている、という事実だけを克明に映し出し、更に私の胃にダメージを与える結果となるのだった……。

 

 

 

 

 

 

「そういうわけだから、仕事ちょーだい!」

「また唐突ねぇ」

 

 

 家の前の掃き掃除を終わらせ、その足でゆかりんルームに足を運んだ私たち。

 今回の祭のあれこれを書類に纏めるため、机の上の資料とにらめっこをしていたゆかりんは、こちらの様子に呆れたような、はたまた感心したような嘆息をあげるのであった。

 

 ……まぁうん、製造上の不備、ってことで(指輪に纏わる)責任は折半になったうえ、第三者である西博士によって、なりきり郷の強制リセット機能の外部起動が行われた──などの迅速な対処により、どうにか被害は()()()()()()()()()()(相手がBBちゃんオルタを根幹に据えていたこともプラスに働いた)わけだけど。*2

 だからといって報告の義務が免除されるかと言えば、それは別の話。

 

 ぶっちゃけると一般層……とは名ばかりの政府高官の縁者達が祭に参加していたため、彼らを納得させられるだけの再発防止策を提示しなければならない、ってことになってしまったらしく。

 それが出来なかった場合、最悪両組織の運営の停止、なんてことにまで議会が紛糾してしまったのだとかなんとか。

 

 

「まぁ、あくまで口でそう言ってるだけで、実際のところ解散処分になることはない、とは思うんだけどね?」

「まぁ、ここって下手すると、一つの国レベルの人口と資源生産力があるからねぇ」

 

 

 無論、解散処分はあくまで口実であり、どうにか納得の行く対策をでっち上げて欲しい、というのが向こうの大体の意見らしいのも確かなのだが。

 

 人を轢いてしまうから車は止めよう、という話にはならないように。

 はたまた、赤ちゃんに食べさせると不味いから、ハチミツの販売を止めよう、なんて話にはならないように。

 物事において、負の面が一切ないもの……というのは実は存在しない。良点は見方を変えれば欠点となり、欠点もまた見方を変えれば良点となりうるがゆえに。

 

 今回の場合で言えば、ともすれば世界を滅ぼしうる力を持っている、ないし組み合わせなどによってそこに手が届く者がいる、ということは事実であるが。

 かといってそれらの力を持つ者達が、皆揃って世界滅亡を望むかと問われれば、それはまた別の話だということ。

 

 いわゆる一般的な魔王(私のことじゃないよ)みたいな、本来の作品ではそれを望むような奴らでも、ここにいる彼らはそれを望むようなことはない。

 その理由は人によってまちまちだが──少なくとも、わざわざ火を起こさなければ火事に勝手になることはない、というのは確かな話である。

 

 それらを踏まえれば──なりきり郷や互助会というのは、火薬の保管庫と見なすことができる。

 確かに危ないものが保管されているが、適切な処理や使用法を守っていれば、寧ろ人に有益な効果をもたらすモノがつまった場所、という風に。

 

 

「火薬と違うところは、火薬そのものが自分達の危険性をある程度理解して、素直に保管庫に収まってくれる……ってとこかしら?」

「本来のアライメントが悪の人も、大体話せばわかってくれたからねぇ」

 

 

 その上で、二人の言う通り勝手に保管されてくれる、なんて性質もあるのだ。火種を持ち込まない限りは、実に良い関係を築くことができるだろう。

 

 だからこそ、ここを崩す、なんてことにはしたくない。

 単純な益の問題からしてもそうだし、それを為した時に起こる()の面から見てもそうである。

 ──勝手に保管庫に収まってくれるとは言うが、それがここ以外の場所でもそうだという保証はないのだから。

 

 首輪を付けさせる為の新しい組織を作ったとして、それに恭順してくれる保証はどこにもない。

 そもそもの話、両組織が共謀してことを起こせば、国家転覆だって難しい話ではない──それくらいの経済力も持ち合わせているのだ、こちらは。

 無論、それを無闇に奮うことはないが──事が事であるのならば、こちらが躊躇することは(恐らく)ないだろう。

 そうして戦争めいたことになれば、日本側にほぼ勝ち目はない。……いや、こちら側の人々の親族などを人質に取り、膠着状態を作ることは可能だろうが……そうなってくるとゆかりんが問題になってくる。正確には、彼女みたいなキャラクターが、だが。

 

 

「何処にでも、ってわけじゃないけど──最悪総理官邸とかには()()()()()()()()から、そうなればこっちも向こうの一番偉い人を人質に取る、なんてことになってもおかしくはないわよねぇ」

「そんなことする気はないけど、やれるって時点で向こうには抑止力になってるよねぇ」

 

 

 移動において、距離や場所の無視、ということを現行の人類は行うことができない。

 その為、仮に戦争になった場合に唯一有効だと思われる人質作戦も、向こうのトップを押さえることができる空間系能力者がいる限り、ほぼ焼け石に水にしかならないのだ。

 

 つまり、勝ちの目は一切ない、と言い換えてしまっても間違いではない。

 それ以外にも、奇跡的に戦争にならなかった場合でも、人員の幾つかを諸外国にかっ拐われる、なんて可能性も否定はできない。

 

 

「あー、うちの原作でもそういう話出てたねぇ」

「呪術師のエネルギー源としての利用、みたいな話だったかしら?」*3

「そうそう。……まー確かに?単にタービン回し続けろっていうなら、赫と蒼でちょっと異相差でも作ってあげれば、わりと永遠に回し続けてられそう……みたいな感じはあるからねぇ」

 

 

 漫画の中、夢物語のそれらを実際に扱える……という話に、食い付かない人間がいるだろうか?いや、居ないはずだ。

 五条さんが言うように、今ある諸問題のうち幾つかは、私たちが介入することで解決できるもの、というものも少なくない。

 

 例えば錬金術なら、金属系のほとんどに対応できるうえに現実にはないオリハルコンなどの特殊金属さえも手に入れられる……かもしれないし。

 電気の発電についても、五条さんみたいにほぼ無限にタービンを回し続けるなんて対処以外にも、ピカチュウ達のような電気能力者達に直接生み出して貰う、なんてこともできる。

 

 まさに宝の宝庫。多少無理をしてでも、確保に走る国は少なくないだろう。

 

 そういったあれこれを考慮すると、この場所を解散する、というのはデメリットの方が遥かに大きいのである。

 だがだからといって、問題が起きたことそのものは変わらない。

 ゆえに、なにかもっともらしい対策を講じて欲しい、なんていう風なお願いが飛んできた、ということになるのであった。

 

 

「まぁ、引け目もあるしねぇ」

「そういうわけだから、一緒に考える?」

「遠慮しまーす失礼しまーす」

「あっ、早っ」

 

 

 なお、私としてはそんなめんどくさいこと考えてらんねー、っことで、さっさと部屋を抜けようなんて考えになったことを、ここにお知らせいたします。……頭脳労働はのーせんきゅー!頑張って二人とも!

 

 

「よ、良かったのでしょうか……?」

「ホントに悩んでるなら、こっちが向かう前に向こうからなにか言われてるだろうからへーきへーき」

「そ、それもそうですね……」

 

 

 逃げる時、マシュがちょっと後ろめたそうにしていたけど……ホントに助けがいるなら最初からそう言ってるはず、と納得させ、私とマシュは別階に向かったのでしたとさ。

 

 

*1
「私は変温動物じゃないわよー!!?」

*2
要するに虚数事象。『なーんにも、ぜーんぜん、BBちゃんが原因となるようなことは起きませーん!泣いてなんかいませーん!!』

*3
呪術廻戦200~201話辺りで出てきた話。諸外国に対し、羂索が示した呪術師という存在の有用性の一つ。五条さん一人で国の電力を賄える、なんて話が出てきた。スケールがわかり辛いが、本来エネルギーが動力に百パーセント変換できないことを考えれば、五条さん本人のエネルギー量は低く見積もっても一兆kwhとかになりかねない。……まぁ、彼の限界については良くわからないので、あくまでも諸外国を介入する気にさせる為のふかしの部分もあるだろうが



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へぇ、○○○かよ

「ふむ、それで何故こちらにまで来ているのか、という疑問も無くはないが……」

「口ではああ言いましたが、一応どうなっているのか気になった、という感じでして」

「──なるほど。意外と面倒見がいいのだな、君は」

(……な、何故せんぱいはキリアちゃんモードなのでしょうか……可愛らしくてとても良いとは思いましゅが……)

 

 

 ところ変わって、互助会。

 さっきはあんなこと言いながら逃げ出したものの、トップ達がてんやわんやしていたのは確かなので、一応こちらに確認に来た私とマシュである。

 

 ……マシュを連れてきた理由?そういえば彼女はこっちについて、ほぼ話としてしか知らなかったなー、と思い出したからですがなにか?

 いやまぁ、ストレスとか抱えてそうな気もするし、気分転換させたかったって面もなくはないのだけれど。

 

 ともあれ、こっちの食堂に直行したのち、エミヤさんに『最近どうです?』的な確認を取った私は、今のところ大きな問題にはなってなさそうだということを確認し、小さく胸を撫で下ろしたというわけなのである。

 

 ……ところで、マシュがなんかチラチラ見てくるんですが、私なにかしましたかね?

 

 

「……あー、ところでつかぬことを窺うのだが。何故君は、そちらの姿なのかね?最早元の姿も知れ渡り、普通に行動するになんの支障もないはずだが……」

(流石ですエミヤ先輩!ナイスアシスト!)<ガッツポ

 

 

 背後から感じる視線に、微妙な顔をする私に対し、エミヤさんが不思議なことを問い掛けてくる。

 ええと、私がキーアではなくキリアの姿になっている理由?

 それはまぁ、このあと会おうと思っている人のことを思えば当たり前というか、いい加減慣れてくれと言うか……。

 

 そう言葉を返せば、エミヤさんは怪訝そうな顔になり、更に質問を重ねてくる。……なんか背後を気にしながら。

 

 

「……他人に出会う用事があるのかね?今?」

「明確にアポなどを取ったわけではなく、こちらに来たのでついでに……という形ですが。それがなにか問題でも?」

「……あー、うん。気にしないでくれ。君も大概()()なのだな、と思い至っただけだからな」

「???」

 

 

 そうして、最終的には何故か匙を投げられた*1。……いや、何故に?

 

 

 

 

 

 

「……先ほどのエミヤさんはどうしたのでしょうか……?」

「さぁ?わかりかねます」

「……ええと、マシュ?どうかしましたか?少し言葉が固いような気がしますが」

「なんでもありませんキリアさん。私はマシュ・キリエライト。どんな時でも頼れる貴方の後輩ですのでっ」

(滅茶苦茶なんでもありますよね、この態度……)

 

 

 次の目的地へと歩を進めつつ、チラリと視線を横に向ける。

 こちらと並走するマシュは、笑顔を浮かべてはいるもののなんだかぎこちない。

 ほんのり強張っている、とでも言えばいいのか。

 そのせいでちょっと威嚇しているみたいなことになってしまっており、結果としてすれ違う人々が「ひっ!?」って感じで左右に避けていくのである。

 

 ちょっとしたモーセ気分で楽しくないこともないのだが、代わりにこちらに近寄ろうとしていた幾人かが逃げてしまうことにも繋がっているため、そろそろなにか対策をするべきかなー、なんて風に思わなくもない。

 マッキーなんか、「あ、今日はこちらにいらしたんですのn()ほげえええ!!?」みたいな感じで逃げてったし。……いやまぁ、ほげえとは言ってなかったと思うけど。○神が負けたんでもあるまいし。*2

 

 まぁともかく、このままだと横に威嚇しまくる大型犬を連れて散歩しているようなもの。

 目的の人物にこんな状態で会いに行くと、折角相手が逃げ出さないようにこっちの姿(キリア)になったというのに、結局逃げられてしまう……という本末転倒しか起きないので、急遽予定を変更してマシュのご機嫌取りをすることになるのだった。

 

 

「……そもそものお話としまして、一体誰にお逢いになろうとしていらっしゃるのですか?」

「えーと、予定では……友達と弟子、でしょうか?」

「と、友達と弟子……?」

 

 

 そうして目的地を変更してすぐ、マシュから質問が飛んでくる。

 それを聞いて、私は目的の人物を挙げたわけだけど……うん、これで済めばいいなー、という願望もなくはない。

 弟子の方に会うのにこの姿になった、という面が強いわけだけど──こっちが良い、って人もいるわけで。

 できればそっちとは今会いたくないので、なんとか回避できないかなーと模索している最中である。……まぁ、マシュには教えないけど。余計に拗れそうだし。

 

 そんなことを話しながら、急遽設定した目的地──トレーニングルームにたどり着いた私は、早速その扉を開き。

 

 

「お待ちしておりました、我が華よ」

 

 

 そのまま扉を閉じたのだった。……空気を!読め!!

 

 

 

 

 

 

「……ええとせんぱい、今のは……?」

「見間違いでしょう。本来の目的地に向かいましょう」

「ふっ、我が華は私の扱いをよく心得ていらっしゃる。すなわち艱難辛苦を耐え忍び、乾きに乾いた私に一滴の甘露を与えればそれで全て済む、とよーくわかっているのだ。──おお、時よ止まれ、お前は美しべふっ」

「だからっ!貴方は一度怒られなさいと言っているでしょうが!!」

 

 

 会いたくない、と思っている相手ほどエンカウントしやすいのは、なにかの呪いなのか。

 

 そんな疑問がつい口をついて出てきそうな今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 私はご覧の通り、コズミック変態を折檻するのに忙しい状態にございます。……まぁ、「構ってくれてる!」みたいな恍惚の笑みを浮かべているので、はたしてこの行為に意味があるのか否か、と問われるとちょっと疑問に思わないでもないのだが。

 

 なお、何度か匂わせている通り、会いに来たのは彼、水銀さんではない。ないったらない。……いやまぁ、この姿をしていたらそのうち寄ってくるだろうなー、とは思っていたけども。

 

 

「ふふふ、よくわかっていらっしゃる。少なくとも貴方に傅くことを咎められることはない以上、これこそが私に与えられた自由と言っても過言ではない。──すなわち、我が世の春が来たぁぁああっ!!!」

「ええぃ、興奮しないで下さい!」

「これが燃えずにいられましょうか!いいや否!我が華よ、我が愛は今こそ燃え上がりましょ、」

「ひぇっ」

 

 

 このままでは、マシュの機嫌取りなぞ夢のまた夢。

 なので、どうにかして彼をこの場から立ち去らせなければならないのだけれど……なに言っても喜ぶから帰る気配がねぇ!!

 わりとマジでどうしよう、マシュ怒ってないかな……的な焦りが少しずつ私にのし掛かり始めたその時。

 なんと、水銀さんの頭が三百六十度回転したのである。こきゃっ、という嫌な音を立てながら。*3

 

 思わず素で悲鳴をあげる私の前で、恍惚の表情のまま倒れていく水銀さん。その背後から現れたのは……。

 

 

「……済まぬな、目を離した隙にここまで来てしまったようだ」

「ま、マステリさん……!?」

「卿にはよく言って聞かせておく。……まぁ、この邂逅を糧とすれば、あと五年は戦える……と暫くは大人しくしているだろうが、な」

「それ遠回しに絶対じっとしてないって言ってませんか?」

「……ふむ?思ったよりも卿は鈍感ではないのだな?」

「何故いきなりディスって来るんですか!?」

 

 

 そう、倒れ伏した彼の背後から現れたのは、彼の相方みたいなポジションであるマステリさん。

 どうやら背後から音もなく近付き、彼の首をこう……こきゃっ?とやったらしい。

 やだ、アサシン……みたいな感想を抱く私を適度にディスりながら、彼は相変わらず幸せそうな水銀さんを引き摺って、何処かへと去っていくのだった。

 

 

「……ええと、せんぱい?さっきの人がお逢いする予定の」

「いいですかマシュ、私たちは道中変態に襲われただけなのです。オーケー?」

「あ、はい」

 

 

 おずおず、といった風に蚊帳の外だったマシュが声を掛けてくるが……犬に噛まれたみたいなものだと思ってスルーして欲しい、と返しておく私である。

 ……冷静に考えると、この『犬に噛まれたと思って』って慣用句、海外だと通用しない気がするね?

 

 

「え?……えーと、確かにそうですね……日本は野犬はほとんど居ませんから」

「野良犬はいますけどね」

 

 

 こちらが話題を振ったことに気がついたマシュが、多少戸惑いながらも話に乗ってくる。

 野犬と野良犬の違い、というのは一般的に曖昧だが……完全に野生化した犬を野犬と呼ぶことが多いそうだ。

 そういう意味で、日本には野犬はほとんどいない。居るのは基本的に野良犬──エサなどの面で、人間に依存する部分のあるタイプだ。

 

 で、なんでそんなことになったのかと言えば──野犬が人にとって害となるから、というところが大きい。

 野犬とは野生化した犬のことを指す、と述べたが。それはつまり、狼に先祖返りしているようなもの、ということでもある。

 ……要するに、家畜や時に人をも襲うのだ、彼らは。*4

 

 問題はそれだけではない。

 野犬は人の管理を受けていないわけで、それゆえに健康状態などを確認することができない。……ゆえに、狂犬病などの危険な病気のキャリアになることがあるのである。

 

 日本は狂犬病の清浄国なので、基本的にはあり得ないことなのだが……それでも予防接種を受けていない犬が、たまたま狂犬病のキャリアだったりして、それが野生化してしまえば──一気に感染は広がってしまうだろう。

 

 つまり、日本は犬に噛まれてもそこまで大事にはなりにくい(=大事になりやすい野犬がほとんどいない)が、海外だと犬に噛まれるというのは死活問題、それゆえ子供が狙われた時にそれを助けた猫ちゃんが表彰されたりする、なんてことにも繋がるわけなので……え?悪質な犬ディスりしてないかって?いやいや、そんなことないですよ?

 

 ……まぁともかく。

 大したことないからスルーしなさい、みたいな意味の『犬に噛まれたと思って』という慣用句、海外じゃ通じないのでは?……という話題提供でした。

 

 

「……結局、水銀さんのことはどうするのが正解なのですか?」

「なにをしても喜ぶので手の打ちようがありません」

「えー……」

 

 

 なお、話題の元となった水銀さんについては、まさに処置なしなのでどうしようもない、としか言えない私です。

 

 

*1
なおいい笑顔だった()

*2
なお2022年の阪神はセ・リーグ三位である

*3
横か縦か、お好きな方をご想像ください。しましたね?答えは両方です()

*4
筆者も大昔(小学生くらいの時)、夜にちょっと飲み物を買いに自販機に行った時、野良犬に出くわすなんて目にあったりしている。その時は遅れてやって来た母のお陰で事なきを得たが、あれって意外と危なかったのでは?……なんてことを今更ながらに思うのであった



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探し人はなかなか見付からない

「……それで、結局せんぱいは何処に向かっていらっしゃるのです?」

「ええと、人を探しているのですが……特に何処かに(たむろ)している、というタイプの方でもないので、探すのに苦労している最中……という感じですかね?」

「なる、ほど?」

 

 

 突然のコズミック変態の襲来から暫し。

 目的の人物を探すため、あちこちを移動している私とマシュだが……お目当ての人物の姿は、今のところ見付かっていない。

 

 もしかしたら、こちらの襲来を事前に察知し、方々を逃げ回っている……とかかもしれない。

 そう溢せば、マシュは「せんぱいに追い掛けられて逃げるとは……不届きものめ」的なことを言っていたが……まぁうん、私が彼女達にやったことを思えば……まぁ、うん。

 思わず視線を逸らし、愛想笑いを浮かべるほかないというのも、まぁ仕方のない話というか。

 

 不思議そうに首を傾げるマシュにはなんでもない、と告げ、再び探し物を続ける私である。

 

 

「あ、キーアじゃない。どうしたの?……というか、なんでそっちの姿なの?」

「別の用事でこちらに来たのですが、ついでだから彼女達の顔でも見ていこうかと思いまして」

「彼女……?……あ、マシュちゃんこんにちは」

「は、はい。ご無沙汰しておりますアスナさん」

「……えっと、別に畏まる必要はないのよ?別に」

「い、いえ!せんぱいとは別方面で、アスナさんのことは尊敬しておりますので!できれば先生、などと呼ばせて頂ければ!」

「……その、キーアちゃん?貴方からももう少しフランクで構わない、って言ってあげてくれない?私からだと、こんな感じだから……」

「いいんじゃないんですか、先生。実際、それに近いことはされているのでしょう?」

「そ、それは、そうなんだけど……」

 

 

 そうして通行中に出会ったのは、この前の祭の時には顔を合わせることの無かった人の内の一人、アスナさん。

 アスナとアスナで被っちゃうでしょ?……みたいな理由から、祭に関しては中継だけ見ていたようだが……そんな彼女、いつの間にかマシュにとても慕われていたのだった。

 

 いつ繋がりを得たのか、ということはわからないが……いつの間にやら料理の先生として、マシュが師事を乞う間柄になっていた、とのこと。

 実際、原作の結城明日奈は料理上手、ゲーム内でも料理スキルをカンストレベルで極めているほどの料理の鉄人である。

 それに倣って、ここのアスナさんも密かに料理上手なのだ。

 ……そもそもの話、FGOの方の頼光さんの要素も混じっているので、料理が下手なはずもないのだが。だってあの人、キッチンメンバーに加わってないだけで、和食は普通に上手い人だし。

 

 そういうわけで、いつの間にやら料理の師匠となっていたアスナさんは、こうしてマシュからは尊敬の眼差しを受け続けているわけだけど……本人的には歳が近いこともあって、もっと友達っぽい感じになりたいとのこと。

 なので、たまーに二人が揃うと、私の方に『どうにかして~』オーラが飛んでくるのだが……。

 

 

(キリトさんの首根っこを捕まえる手腕……見習いたいものでしゅ!)

「……何故かは知りませんが背筋が寒くなるので、そのままの関係で良いと思いますよ?」

「そんなー」

 

 

 ……今より二人が親しくなると、なんか知らんが私の身に危険が及ぶ気がしたので、毎度こうして断り続けているのだった。

 まぁうん、別に嫌われてるわけじゃないんだし、それでいいんじゃないカナー?

 

 

 

 

 

 

 アスナさんと別れ、再び探し人を求めてあちこちを移動する私たち。

 道中、こちらでの知り合いにも何人か遭遇したりしたのだが……。

 

 

「さ、先ほどは驚いてしまいましたが。友人が訪ねて来たのですから、挨拶しないわけには参りませんわね!私、メジロマックイーンと申します。宜しければメジロ、とお呼びくださいまし」

「し、失礼致しましたメジロさん!先ほどはとんだ御無礼を……」

「いえ、今が良ければ全てよし、ですわ」

 

 

 先ほどの怒気?的なモノが引いた結果、改めて挨拶をしに来たマッキーとマシュが仲良くなったり。

 

 

「おう、キリアか。こっちにはどのくらい居るつもりなんだ?」

「目的の方が見付かれば、さっさと帰るつもりだったんですが……」

「……なるほどな。その様子だと、尻尾すら見付けられてねぇ、と」

「そうなりますねー」

「あー、手伝えたら良かったんだが……悪いな、俺は今から仕事だ」

「お気になさらず。また害獣駆除ですか?」

「まぁ、そんなところだ。……ところで、なんでそっちの嬢ちゃんは、俺のことをキラッキラした目で見てやがんだ……?」

「以前タイランしてた時の繋がりですね、わかります」*1

「は?」

(いつか、本家本元のご指導を受けてみたいものでしゅ……)

 

 

 いつぞやかのタイラン繋がり、ということからか、偶然出会ったソルさんに対して、キラッキラの尊敬の眼差しをぶつけるマシュと、そんな視線を受けて思わずたじたじになるソルさんの姿が見れたり。

 

 

「……ああ、こちらも色々あったが、今のところは問題はない……と言えるだろう」

「そうですか。では、向こうに戻った時にそう伝えておきますね」

「すまない、お願いする」

「……ところで、何故ここにシャナちゃんが……?」

「……別に。深い意味はないわよ」

「ああ、先日の祭で知り合ってな。アドバイザーとして、色々手伝って貰っているのだ」

「へー……」

「……なによその目は。燃やすわよ」

 

 

 あまりに出会えないので、ということで向かったモモンガさんの部屋では、何故かシャナがソファーでごろごろしていたため思わずキョトンとすることとなり。

 

 まぁ、そんな感じに、ある意味互助会の中を楽しんだ、というわけなのだった。……相変わらず、目的の人物は見当たらないけどね!

 

 

「まぁ、どうにかその片割れは見つけることに成功した、というわけなのですが……」

「なんじゃああああ!?」

「何故岡田さんのような叫び声を……?」

「文字の上だと、おじいちゃん口調とさほど変わらない叫び方だから、ということでしょうか……?」

 

 

 まぁ、あちこち探してたお陰で、どうにか探し物の片割れ──ミラちゃんの方は見付けることができた、というわけなのだが。

 祭が終わって以降、なんか露骨に避けられていたが……なんにせよ、見付かってよかった。はっはっはっ。

 

 

「ええい離さんか、どうせわしをぼこぼこに折檻するつもりなんじゃろ!薄い本みたいに!薄い本みたいに!」

*2

「……ぬ?」

 

 

 まぁ、そうして逃げていた理由は、どうやら気まずかったから、らしいが。

 なにせ前回の騒動、彼女が関わったことで事が大きくなった、という面もなくはないので。……なお、他の下手人であるエミヤさん・なのはちゃん・凛ちゃんの三人は、普通に禊を終えて大手を振って歩いているし、特に気に病む様子もなかった。

 

 エミヤさんは原作が原作だけに、こういう騒動にはある程度耐性(諦め)があるし(とはいえ、自分がその片棒を担ぐことになるとは思ってなかったので、ちょっと動揺したりはしていたみたいだけど)、他二人はそもそもそういうのが日常茶飯事な、なりきり郷出身者である。

 気に病むだけ無駄、というのは最初から把握済みというわけだ。

 

 

「なのでまぁ、気に病むこと自体は間違いではないですが……所詮はこんなもの、です。世界が滅びなかったのだから、結果オーライですよミラちゃん」

「……慰めてくれておるのはわかるんじゃが、これは一体?」

 

 

 なのでまぁ、そういうのに一人だけ耐性のないミラちゃんが、変に気に病んでいるのではないか?……と、ちょっと気にしていたのである。

 ご覧のように案の定だったため、来てよかったと言うべきだろうか。

 

 まぁ、それはともかくとして。

 彼女に慰めの言葉を掛けながら、差し出したのは小さな箱。

 紺色のそれはとても軽いが、しかしどことなく高貴な空気を醸し出している。

 ……ぶっちゃけると指輪箱なのだが、そんなものを差し出される理由がわからないミラちゃんは、先ほどから私とマシュの顔を交互に眺めているのだった。……主にマシュの方を気にしている、とも言っておく。

 

 

「…………」<ゴゴゴゴゴ

「の、のぅ?もしかして実はわし、今から車裂きの目にあうとかそういうことではない……よな?」

「はっはっはっはっ」

「普通に笑うでないわ!!?」

 

 

 その指輪箱は一体(どういうことでしゅか、ミラさん)?……とでも言いたげなマシュの視線に晒され、思わずガタガタと震えているミラちゃんが面白いので、思わず笑ってごまかす私。

 とはいえこの状況を続けると、どう考えても私も恐怖に震える羽目になるので、ここで種明かし。

 指輪箱の中に鎮座していたのは、一つの指輪。

 ()()()()()()()()()が特徴的なその指輪を見て、彼女は明確に「ひっ」と息を飲んだのだった。*3

 

 

「実は、事件の解決後、爆心地の中心部からこの指輪が出土しまして。念のため次元遮断などを駆使して確認したところ、中身の制御AIは掻き消え、代わりに何度でも利用可能な精錬石のような状態になっている……ということがわかりまして。折角ですので、そういうものをご入り用なミラちゃんに差し上げましょう、と会議で決まったのです。──で、それを私が渡しにきた、というわけですね」

「のう?実は凄く怒っておるじゃろお主ら?わしのことぼこぼこにしたくて仕方がないやつじゃろお主ら???」

「いえいえそんなことは。責任、という意味では私たち全てが背負うべきもの、誰か一人だけが悪いわけではありませんので、これは純粋な好意からの贈り物ですよ?」

「嘘じゃー!!そのアルカイックスマイルには裏しかないやつじゃー!!!」*4

 

 

 中に入っていた悪いものは消し飛び、元々の『精錬石の填まった指輪』に戻ったこの指輪。

 無論、当初これを手に入れる権利を得たエリちゃんは辞退したし、他の面々も欲しい人が居ればあげますよ、と続々辞退。

 

 結果、これの所有者を決める時の会議に居なかったミラちゃんに、所有権が移動した……というだけであって、悪意なんてとてもとても。

 

 そう誠実に伝えたものの、その笑顔が悪魔に似ている(要約)とかなんとか言いながら、彼女はいやじゃいやじゃと首を横に振り続けるのだった。むぅ、単なる親切心なのに。

 

 

*1
※66話参照

*2
「私にそういう猟奇的な趣味はありませんよ、まったく。……はい、これ」

*3
四角い宝石が三つ、それを流れ星に見立てた模様が入っている

*4
アルカイクスマイルとも。古代ギリシャのアルカイク彫刻に見られる表現の一つで、感情表現を抑えつつ口だけはしっかりと微笑んでいる、という表情のこと。生命感・幸福感を表すものだとされているが、目が笑っていないので怖い、と見られることも多い



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犬って喜びすぎると怒るらしい

「快く受け取って頂けてよかったですね」

「あれを快く、と言っても宜しいのでしょうか……」

 

 

 泣いて喜ぶミラちゃんの懐に指輪を捩じ込み、ついでに所有者の刻印もしてあげた私は、その足で更なる探し物のために次の場所へと移動を開始していた。

 なお、件の指輪は返品不可なので、しっかりかっちり使ってあげて欲しい、と伝えておいた。

 所有者の刻印もしてあるから紛失しても戻ってくるし、使用回数が上限突破してるから使ってもなくならないし、まさに彼女には持ってこいだな!

 ……え?恨み?そんなもの一切ありませんよ???*1

 

 ともあれ。

 最初の目的を達成するのに結構な時間を浪費してしまったため、もう一つの目的に関しては早々に片付けたいところである。……あるのだが、どうにもこちらも先のミラちゃんと同じく、こっちの追跡から逃げ続けているということは間違いないようだ。

 なにせ、道中で話を聞いた幾人かが、そんな感じのことを話していたからね!

 

 

「なにも取って食おう、というわけでもないのですから、素直に出て来て欲しいものなのですが……」

「私が言うのもアレなのですが……せんぱいのそのお顔が悪いのでは……?」

「おおっと、慈悲の心が顔に」

 

 

 あらやだマシュまで。

 私は単に薄く微笑んでいるだけだというのに、みんな酷いんだからー。(棒)

 ……まぁ、笑顔の形は威嚇だったとか、相手への服従の証だったとか、わりと良い意味を聞かないというのは本当なのだが。*2

 それが今となってはよい意味として捉えられているのだから、なんというか進化というものの不思議を感じざるを……え?ごまかすな?

 

 こほん。

 ともかく、別に相手を害しよう、なんて意図が私にないのは明白。

 なので恐れず慌てず、素直に私の前に出て来て欲しいと切に願うばかりなのです。

 なにせ、これは仮にも一時師事をした相手への、無償の愛なのですから。そう、愛なのですよマシュ。

 

 

「……そういうところが避けられる理由なのでは?」

「ンンンンン」

 

 

 思わずよく分からないうなり声をあげながら、マシュのツッコミを受ける羽目になりましたが私は元気です()

 

 

 

 

 

 

 はてさて、探し物を再開して早一時間。

 相も変わらず相手は見付からず、仕方ないので食堂まで戻ってきた私たち。

 

 

「……そもそもの話なのだが、探すことで逃げられるのであれば、いっそ探さないのも手なのではないかね?」

「それでーす!よくぞそこに気が付きましたとも!」

「なんで沖田さんなんですか……?」*3

 

 

 そこで、デザートを運んできてくれたエミヤさんからの入れ知恵により、罠を貼って相手を待ち構える作戦を立てたわけなのだけれど……。

 

 

「……まさかここまでうまく行くとは」

「ほぎゃー!!?離して欲しいッスー!!言っときますけどクモコさん、雨の日も風の日もちゃんと修行してたッスよー!!?こんなことされる謂れはないはずッスよー!!?」*4

「ええ、それは知っています」

「だったら何故ー!!?」

「?師とは理不尽なものだから、というだけのことですがなにか?」

「鬼ー!!悪魔ー!!!ちひろー!!!!」

「訴訟も辞さない」

「絶対に許さない」

「……!?今謎の人影が……!?」

 

 

 まぁなんというか、すんなり取っ捕まえることができたのですよ、これが。

 

 天井から伸びる紐によって吊り上げられている、一つの影。

 それは、下半身が蜘蛛の体・上半身は人の体という、いわゆるアラクネの姿の生き物。*5

 ……まぁぶっちゃけるとクモコさん第二形態なのだが、その上半身は元ネタとはまったく違うものに変化していたのだった。

 で、その上半身というのが、

 

 

「……育て方で変化する、というところが引っ掛かっちゃったのでしょうかねぇ」

「どうだろうなー。なんとなーく無害な奴になりたい、みたいな願いが反映された結果、かもしれないぞ?」

「響さんは無害と言い張るには、ちょっとアレではないでしょうか……?」

「──ああ、酷い話だ。古い鏡を見せられている」*6

「いやちげーから!クモコさんサバイバーズ・ギルトを拗らせて戦場に突撃したりしねーから!ッス!」

 

 

 なんとまぁ、びっくりすることにジナコ・カリギリではなく、ヒビキ・タチバナ……もとい、『戦姫絶唱シンフォギア』の主人公・立花響の姿だったのです。まぁ、そっちよりちょっと髪長いし、なんなら眼鏡も掛けていたりするのだけれど。

 

 並行世界の彼女の姿*7ですらない辺り、なにか属性が混ざった結果なのだろうが……うーん、リムル君の言う通り、できる限りヤベーやつ(具体的にはうちの母)とかに目を付けられないように、って内心が反映されたとかなのだろうか?

 響ちゃんならまぁ、大体の場合良い子だし。……え?原作の境遇がわりとアレだから参考にするには微妙?

 

 まぁともかく。

 自分は悪い蜘蛛じゃないッスよー、無害な蜘蛛ッスよー……と涙ぐましくも主張するクモコさん、一先ずは問題なしと太鼓判を押してあげたいところである。

 

 ……あと、さらっと吊られている彼女の下でご飯を食べているリムル君も、原作とは違う姿に進化していたのだった。

 さもありなん、彼の姿の変化は、本来とある人物を捕食した結果のもの。

 その原因となる事件が起きないうえ、初期形態からステ振り直しみたいなことになっているのだから、姿形が変わるのは寧ろ自然なことなのである。

 

 

「その出力結果がテリーというのは、少々疑問を感じなくもないわけですが」

「少なくともジジイになるつもりはなかったから、とりあえず男性……って願ったら、なんかこうなってた」

「ドラクエ繋がり、ということなのでしょうか……?」

 

 

 なお、その姿は何故か『ドラゴンクエスト』シリーズのキャラクターの一人、テリーみたいな感じになっていたのだが。……目付きがちょっと優しげなのもあって、どちらかと言えば青年期のトランクスの方が近い気もするけど。*8

 

 ともあれ、仙術系からドラクエに派生した彼は、相変わらず覚えているものもドラクエ系の呪文が多い。

 意外とドラクエ系のキャラを見掛けないのもあって、貴重なドラクエ系呪文ラーニングの相手となっているのも確かなのであった。

 

 

「ルーラとか、覚えられたら便利だしなー」

「しっかりと『3』以降の仕様のようだしな。……まぁ、私には使えなかったのだが」

「エミヤさんは呪文の素養もないのですね……」

 

 

 特に、行ったことのある街へ飛ぶことのできる呪文・『ルーラ』は人気のものの一つで、あまりにも皆が覚えたがるため、モモンガさん直々に習得制限のお触れが出たというお墨付きである。

 ……まぁ、普通の魔力とは微妙に違うものを使うとかで、覚えられなかった人もそれなりに多かったのだが。エミヤさんなんかがよい例である。

 ……え?私?そりゃ普通に覚えましたがなにか?っていうか教わる前から使えたし。

 

 モモンガさんには「まさか位階魔法、いやまさか超位魔法も……?」なんて風に聞かれたけど……うん、使えない方がおかしいよね、ってことで普通に使えますよ、はい。

 まぁ、正確には『似たようなことができる』であって、厳密には超位魔法をそのまま使っているわけではないんだけどね、私の場合。

 ……でも下手すると『星に願いを』っぽいことできると言われれば、一人だけ課金ガチャし放題みたいなもんなので羨望の眼差しを向けられたわけだけど。

 

 そのあとしっかりと()()の面について語ってあげたら、『それは無理』って納得もしてくれたけどね。無理矢理再現してるだけだから、本来燃費的には極悪なのですよ、私。

 

 まぁ、その辺りの話は置いといて。

 今回こっちに来るに辺り、ついでではあるけど確認したかったこと。

 それは、最近進化したというクモコさんの様子を確かめること、だったわけなのでした。

 

 

「いえまぁ、ミラちゃんから多少は聞いていましたので、問題はないことはわかっていたのですが……どうせ近くまで来たのですから、直接確かめるのも良いかと思いましてね?」

「だからって宙吊りにするのは酷いッスよ!!」

「それを言うのなら、わざわざ避ける方が悪いでしょう?……というか、何故逃げたのですか?」

「こうなることがわかってたからッスよ……だってキリアさんスパルタなんッスもん……キーアさんの方ならまだしも、その姿だと凄女力マシマシじゃないッスか……」

「……む」

「……どうやら逆効果、だったみたいですね、せんぱい?」

「そのようですね……よもやこちらの姿の方にトラウマがあるとは。あちら(魔王)よりはマシだと思っていたのですが」

 

 

 なお、彼女がここまで執拗に逃げ続けていたのは、聖女モードの方がスパルタだった、という記憶があったからとのこと。

 ……最初のうちはキーアの姿の方がトラウマ(キリア)に似ている、ということで苦手にしていたはずだったのだが……あの短くも濃い訓練は、彼女の苦手意識を変化させていたようである。

 

 そこまで厳しくしたつもりはないんだけどなぁ、なんて風に首を捻りつつ、いい加減グロッキーになり始めたクモコさんを下に下ろしてあげる私。

 数分ぶりの地面の感触に安堵したらしいクモコさんは、ふぅと息を吐くとさらにその姿を一変させる。

 ……アラクネ形態から人に変化したわけだが、その姿はちょっと野暮ったい感じの立花響、という感じのもので、なんというか変な違和感をこちらに叩き付けてくるのだった。

 

 

「なんなんスか藪から棒に……」

「いえ、立花響と言えば元気っ子かやさぐれっ子の二択、今の貴方のような図書館で本を読んでそうなパターンはちょっと違和感が凄くてですね?」

「なるほど深層の令嬢だと。いやー、クモコさんも隅に置けないッスねー」

「……その変な自意識過剰感も、違和感と言えば違和感ですね」

「違和感しかないじゃないスか私への印象!!?」

 

 

 なんというか、陰気というか湿っけというか、本来の立花響からは感じない空気感が立ち込めているため、目の前に立たれた時の違和感が酷いのである。

 

 その違和感と来たら、先ほどの下半身アラクネ状態の響とどっこいどっこいなレベル。……上半分同じなのになんで?みたいな感じというか。

 いやまぁ、多分ロングスカート履いてるのが追加された違和感の正体なんだろうなー、とは思うのだが。……中途半端に蜘蛛子さん要素が出ている、というか。鎌とか振り回して来そう、みたいな?

 

 しないッスよそんなこと!?と声をあげるクモコさんに笑みを向けながら、はてさてどうしたものかと首を捻る私なのであった。

 

 

*1
なお本当に恨みはない。完全な親切心である。……ありがた迷惑!

*2
威嚇云々はよく言われるが、『媚びへつらう』感じの顔が変化したもの、という論説も存在している。なお、タイトルの『犬は喜び過ぎると怒る』に関しては、楽しくて興奮してくると思わず吠えたりしてしまうことを指したもの。本当に怒っているわけではないらしいが、端から見るとわかり辛かったりする。また、犬が怒ったような行動をすることで、なにか良いことがあった場合(例:ご飯を貰えた、遊んで貰えたなど)、それを覚えている為わざと怒っているようなふりをする、なんてこともあるようだ。そういう場合は、きちんと叱るなどをして躾をしないと、ドンドンわがままになってしまうので注意が必要とのこと

*3
FGOの初期の方のイベント『ぐだぐだ明治維新』における沖田さんのショップボイスの一つ、『それでーす!それが今必要だとよく気づきましたとも!』から。この台詞のあと、沖田さんスタンプを押してくれる。無論、探している相手との声繋がりのネタ

*4
宮澤賢治氏の詩『雨ニモマケズ』の一文から。実は彼の没後に発見されたメモ書きで、作品として発表されたモノではなかった

*5
ギリシャ神話における怪物の一つ。なお、元々は単なる染織業を営む女性で、その腕前を神よりも凄いと吹聴した為、アテナ神の怒りを受け勝負を挑まれることとなった。実際その染織の腕前は素晴らしく、アテナ神も内心負けを認めるほどだったのだが……題材にしたのが神を冒涜したモノだった為、アテナ神は怒り狂って織物を破壊。その上で再度アラクネを(何度か殴って)嗜めたが、彼女は非を認めず自分で首吊り自殺する始末。その姿を哀れに思ったアテナ神は、彼女を蘇生してクモに作り替えたのだとか。……そこからわかる通り、実は原典においては上半身人、下半身蜘蛛という形態は出てこない(移行時に一瞬はあったかもしれない)。これが登場するのは、後年ダンテが作り上げた『神曲』の煉獄篇であり、そこでは『傲慢』の罪を戒める為の一例として、岩肌に彫られた変化途中の彼女の姿が出てくる。恐らくは、ここから今に至る『怪物としてのアラクネー』が発生したのだ、とされるのだとか。なお、このアラクネーが作った織物、ゼウス神をバカにした内容も含まれていた為、ともすれば蜘蛛にされるよりも酷い目にあっていた……という可能性もあるそうで、ある意味アテナ神の慈悲だったのかも、とされることも多い(基本的に、神罰は一度下されると撤回されないし他のものも差し込めないので。アテナ神が裁いた時点で、ゼウス神には彼女を裁く権利はなくなった、とも言える)

*6
エミヤさんの名台詞の一つ。響とはサバイバーズ・ギルト系キャラ繋がりである(細かく分類するとちょっと違うらしいが)

*7
やさぐれている方の響のこと。色々あって原作より酷い目にあっているので、大分やさぐれている

*8
どちらもキャラデザが鳥山明氏繋がり。雰囲気もわりと近い



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一昔前は異形から人型になるとブーイングが酷かった

 さて、こうして彼女に出会ったのだから目的は達した……とは言い難かったりする。

 

 

「え、そうなんですか?」

「そもそも、なんのためにこっちに来たんスか、お二人とも」

「おや、聞いてません?一回滅んだんですよ、この世界」*1

「……はっはっはっ。またまたご冗談を。そんなことになってたら、クモコさん達こうして談笑なんかしてられないじゃないッスかー」

「…………」

「……え、なんでみんな黙るんスか?……えっえっ」

 

 

 私の言葉に、マシュが首を傾げるが……そのまま彼女の疑問に答える前に、クモコさんが『私たちがこちらに来た理由』について問い掛けてくる。

 こっちとしては、その質問には『なに言ってんだこいつ』的な感情しか抱かないわけなのだが……見ている限りでは、本気で疑問に思っている様子。

 

 ……性格の基本がジナコなこともあり、恐らく外のお祭り騒ぎについては無視を決め込んでいたのだろうなぁ、なんて思いつつ、改めて先日起こったことを告げると。

 彼女は一笑に付したのち、周囲の反応がおかしいことに気付いて奇声をあげ始めるのだった。

 ええと、なにその反応……?

 

 

「……恐らくは、だが。こうして立花響の姿を模している以上、本来であればトラブルには首を突っ込むつもりでいたのだろう。本人のそれとは違って、あくまでも内申点目的ではあるだろうが、な」

「なるほど。立花さんの姿である以上、トラブルを解決するように動くのが自然。その姿を周囲に見せることで、自身に敵意や害意はないということを示すつもりだった……ということですね?」

「俺はちゃんと誘ったんだぜ?……まぁ、『tri-qualia』に夢中になってたから、全然気付かなかったみたいだけど」

 

 

 どうやらクモコさん、本当なら祭……というよりトラブル?には参加する気満々だったらしい。その理由は、打算多めのモノではあったようだが。

 

 だが、その前に『tri-qualia』──面白いゲームに出会ってしまい、ジナコ的本能ゆえに叶わずのめり込んでしまった、とのこと。

 ……アスナさんが祭期間中にログインした時、聞き覚えのある声のキャラクターと遊んだりした……みたいなことを言っていたけれど、もしかしたらクモコさんだったのかもしれない。黒髪の剣士だった、って言ってたし。*2

 

 まぁともかく。

 本来の目的を忘れ、別の遊びに夢中になってしまっていたことに負い目を感じたらしい彼女は、今こうして奇声をあげ続けるだけのマシーンと化している、ということなのであった。

 うーん、どれだけ見た目を着飾ってみても上手くいかない時は上手くいかない、ということだろうか?

 

 

「うぐっ、なんだか知らないッスけど胃に痛みが……っ!!」*3

「ストレス性胃炎ですか?良いお医者さんをご紹介しますよ……って、そうじゃなく」

 

 

 思わずお腹を押さえて踞るクモコさんに苦笑を返しつつ、労るような声を掛けて……いや違うわそうじゃないわ、と頭を振ることとなる私。

 そういえばこの話、まだやること残ってるってところから派生したやつやんけ、普通の談話みたいに終わっちゃアカンわ。

 

 

「……なんかこう嫌な予感がするんスけど、クモコさん帰っちゃダメッスか?」

「無論ダメですよ?なにせ今回の目的の一つは、貴方達がどらくらい成長したのか、というのを確かめることも含まれているのですから」

「……あれ?なんか知らないうちに、俺も巻き込まれる流れになってる……?」

 

 

 露骨に嫌な顔をするクモコさんに笑みを返しつつ、我関せずとばかりにご飯を食べていたリムル君を引き込み、これからの予定を語る私。

 突然話を振られた形になったリムル君はといえば、イケメンなその顔を唖然の色に染め、こちらの言葉を反芻しているのだった。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで。突発的生き残りクイズ、過酷でドン!のお時間でございます」*4

「なんなんスかその物騒極まりないコーナー!?」

 

 

 と、言うわけで。

 場所を移して訓練場、いつぞやかの時と同じロケーションに、今回は別な方がお一人。

 無論、ここまで付いてきているマシュなのだが……これは相手の成長を確かめる目的の模擬戦なので、オルテナウス装備の方でお願いをしている。

 

 

「見た目的にはそっちの方が痛そうじゃないか……?」

「いいえ、マシュは本来は盾兵──誰かを守る時にこそ力を発揮する騎士。攻撃面にパラメーターを振っているこちらでは、彼女本来の持ち味は生かしきれないので、総合的には脅威度は下がるのです」

「……いえその、せんぱい?……間違いではないのですが、あまり吹聴しないで頂けますと……」

「ご心配なくマシュ。一通り確認したあとは、今出せる全力を見るために、貴方にも全力を出して貰う予定ですので」

「……そのお言葉で、クモコさんがお顔を真っ青にされているのですが……」

「俺もちょっと胃が痛くなってきたんだけど、不戦敗ってことで見逃して貰えねー?」

「ダメでーす」

「ダメかー……」

 

 

 なお、これは彼女に手加減をして貰うためのもの。

 攻撃性能という点では、確かにオルテナウス装備の方が強いが……マシュの強みは防戦にこそある。

 そのため、総合力では通常の装備より劣ることとなり──結果として手加減になっている、ということになるのだった。

 ……いやまぁ、基本的な立ち回りは変わっていないから、油断するとあっさり足元を掬われるわけだけど。

 

 なお、対峙している二人はと言えば、クモコさんは響アラクネーモード、リムル君は呪文使いモードといった感じで構えている。

 ……見た目が響ちゃんみたいだからと言って、別にアームドギアを纏ったりはしないらしい。

 

 

「いやまぁ、見た目だけなら寄せられるんッスよ?こう糸でちょちょいっとすれば」

「おお、それは凄いじゃないですか」

「見た目だけの完全なハリボテ、硬度も無いので殴られたら普通にくしゃっとなりますけどね!」

「えー……」

 

 

 姿だけは真似られるよ?……と述べながらクモコさんが見せてくれたのは、下半身の蜘蛛部分にまでしっかりと鎧を着込んだ姿。

 ……だったのだけれど、どうにも単に糸で見た目を再現した、というだけであって防御性能はまったく無いらしい。

 なので、罷り間違ってノイズと出くわすことになっても、普通に塵にされてお陀仏するだろう……という彼女の主張に、思わず真顔になる私なのでありました。

 

 まぁ、そんな感じで模擬戦前の会話は終わり。

 早速とばかりに二人の動きを、マシュへの指示を通して確認していたのだけれど……。

 

 

「ほう、蜘蛛の三次元軌道を上手く使っていますね」

「ふっふっふっ、ゲームの経験も活かせるので一石二鳥ッスー!」

 

 

 まずクモコさんだが、単純に以前よりも体力・速力などが大幅に上昇していた。

 上半身がジナコではなく響ちゃんであることもあってか、どうやら運動はそれなりに得意、といえるくらいにはなっているらしい。

 それに加えて、糸を使っての三次元軌道なども駆使してくるので、普通に良い感じの戦闘ができているのだった。

 ……まぁ、速力と体力はあっても火力がないので、マシュの防御はまったく抜けていないわけなのだが。

 

 

「そこを俺がカバーする、っと」

「リムルさんは、攻撃系よりも補助系に力を入れていらっしゃるのですね?」

「まぁ、あんまり表だって戦いたくはないからなー。別に補助でもレベルは上がるし」

 

 

 それをカバーするのが、リムル君の操る多種多様な呪文達である。

 

 バギ系で風を起こして相手の体勢を崩したり、はたまたメラ系で相手の虚を突き、行動をキャンセルしたりなどなど、要所要所で必要な呪文を瞬時に発動してくるその姿は、ともすれば『賢者』とか言われてもおかしくない的確さを誇っていた。

 

 ……まぁ、直接攻撃系はマシュの高い対魔力に引っ掛かるため、どちらかと言えば補助しかできない……みたいな面もあるみたいだが。

 さっき試しとばかりにザキ系使って『こうかがないみたいだ……』ってなってたみたいだし。

 

 

「まぁ、そもそもこっち(現実)じゃあ、そういうオーバーキル系の技能は軒並み使えなくなってるみたいだけどさ」

「そうですね。原型保護の一種なのか、即死系の技能は軒並みほとんど劣化している、というのは確かな話です」*5

 

 

 仮に真っ当に発動できても、相手がマシュだと意味がないような気もするが。

 ……その辺り、効くにしろ効かないにしろどうにかなる、と確信しての行動だったようだ。

 なのでまぁ、マシュのやる気がちょっと上がったのは、些細な副産物である、多分。

 

 

「いえ、私の動きにどこか甘えがあったことは確かな話。訓練と言えど、油断をするべきでない……という、せんぱいからの啓示と受け取りました!」

(どうにかしてください、の眼差し)

(これは予想外なので頑張ってください、の眼差し)

「……わかった、クソゲーッスねこれ!!」

 

 

 ……まぁ、私もマシュ相手にザキなんぞ効かんやろ、と高を括っていた部分があるので、同罪と言えば同罪なのだが。

 

 ともあれ、その『試しに使ってみたザキ』がマシュのやる気に火を付けた、というのは確かな話。

 ……自分には効かずとも、弾いた呪文が後ろに飛ぶ可能性もある……みたいなことを考えているらしい彼女は、オルテナウス装備なのにも関わらず、まさしく獅子奮迅の動きを見せ初めていたのだった。

 

 なのでまぁ、クモコさんの叫びも宜なるかな、である。

 だって今のマシュ、ほとんどこれが訓練である、ってことを忘れ掛かっているからね!

 

 ぶつかったらわりと真面目に死にそうな、そんなメカメカしい大盾を必死に避けたりいなしたりし続ける、クモコさんの涙ぐましい健闘っぷりに、思わず感涙までしてしまう私なのであった。

 

 まぁ、あくまで感心するだけで、特に助けたりはしないのだが。こういう突発的な事態にも対応できてこそ、君達の能力の有用性を示す結果となるのだからネ!

 

 

「鬼ー!悪魔ー!スパルター!」

「なるほど、もっと激しくということですね!──レオニダスさん、私に力を御貸しください!」

「違うッスからねー!!?全然違うッスからねー!!!?……ってぬわーーーーっ!?」

「く、クモコダイーン!!?」

「……なんだか語呂の良い呼び方になっていますね?」

 

 

 なお、流石にクモコさんも付いていけなくなって、盾にぶん殴られて吹っ飛んだため、一時模擬戦が停止することになりましたが、スターは獲得できたので問題はありません。*6

 

 

*1
ポストアポカリプスである(大嘘)

*2
これまた同じ声の『ユウキ』こと『紺野木綿季(こんのゆうき)』のこと。中の人の名字が名前になっていて、かつアスナの名字と名前が同じ。キリトよりも強いということで有名だが、難病を患っていた為作中では既に故人。……なのだが、キャラとして惜しいということなのか、ゲーム世界線だと色々あって生存している場合も

*3
『間が悪かったのだ』から。ジナコを救った言葉だが、同時に救いすぎた言葉でもあり、彼女を規範とする彼女にとっても重めのワード

*4
フジテレビ製作の音楽クイズバラエティ『クイズ・ドレミファドン!』のタイトルから

*5
なのでモモンガさんの()()は驚異的、ということになる(正確には劣化ではなく、耐性が軒並み上がっているだけなので)

*6
ニンテンドーDS用ソフト『ヒラメキパズル マックスウェルの不思議なノート』『スーパースクリブルノーツ』のTAS動画で頻出するフレーズ。クリアアイテムの一種であるスターさえ入手できれば、そのあと起こることは全て些事……という意味の言葉。スターは命よりも重い……!(セカイを核の炎に包みながら)



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パンチ・キック・レバー入れ大ピンチ

「……まだあるんスか、模擬戦」

「まぁまぁ。先ほどは単純にお二方の総合的な能力を見せて頂きましたが、それだけでは足りませんので」

「面倒見がいいのも考えものッスよぉ……」

 

 

 項垂れるクモコさんに労いの言葉を掛けつつ、再度の戦闘を強要する私。

 それもそのはず、さっきのはあくまでも、彼らの総合的な戦力の確認をするためのもの。

 彼らの現在出せる全力を確認したわけではないので、そっちの確認となるとまた別口なのである。

 

 ……まぁ、流石になんにもなしに連続で戦闘は無理があるだろうから、こうして私が回復魔法とかを掛けてあげているわけなのだが。

 

 

「…………」

「……なぁ、マシュがめっちゃくちゃ見てくるんだが?」

「マシュがちょっと暴走していたのも確かですので。今回はマシュのリフレッシュはなし、です」

「そんなぁ」

 

 

 なお、マシュの方もそれなりに疲れているのは確かだろうが──体力が削れるような疲れ方ではない、というのもまた事実。

 っていうか寧ろ暴走して余計なことをした、という面の方が強いため、彼女に関しては労いは(現時点では)なしである。

 そんなぁと言うのなら、後半部分はちゃんと勤めあげてください、という感じだろうか?

 

 

「……え、後半もマシュさんなんッスか?」

「ええ。今度はちゃんと通常状態で、ということになりますが。また、場合によっては私の補助も持ち出すやもしれません」

「どこのレベルを想定してるんだよ、どこの」

 

 

 そんなこちらの発言を聞いて、露骨に嫌そうな顔をするクモコさん。

 とはいえ、マシュ以外となると、何ヵ月ぶりかのアルトリア再来になるよ?……と返せば、二人とも「マシュさんでお願いします!!」と必死になってこちらにすがってくることになったのだった。……トラウマ刻まれ過ぎである。

 

 

(まぁ、二人のレベル如何によっては、マシュ()アルトリア()なんていう、見た目だけ宝具レベル上がらない同盟復活の狼煙をあげる必要もあるんだけども)

「……なんだかわからないッスけど、凄まじいまでの悪寒が!?」

「アレでしたら、私がキーアの方で参加するパターンもご用意できますよ?」

「丁重にお断りするッスー!!!」

 

 

 ちなみに、彼女にとっての一番のトラウマ──キリア(大魔王)は現状ここにはいないので、代わりにその二人+私、などという『どこのラスボスを殲滅するつもりなんです?』みたいなパーティも用意できますよ?と告げれば、クモコさんが必死で首を左右に振り続ける機械と化したけど、なにも問題はありません。

 

 

 

 

 

 

「では、マシュにも少し枷を付けることとしましょう」

「私にも、ですか?」

 

 

 さて、つかの間の休息も終了し、再びの模擬戦のお時間である。

 

 向こうにはやれること全部駆使するように、と言ってあるので前半よりも凄いことになると思うが──それでも全開マシュの方が遥かに上、ということはほぼ覆らないだろう。

 なので、戦闘中に段階的に制約を解除する、ということを前提としてマシュの方にリミッターを設定させて貰うことにする。

 無論、この戦闘の間だけの限定処置だが……実験結果は有効活用されるため、そっち目的の意味も少なくはない。

 

 

「……また琥珀さんですか?」

「まぁ、こういうことを頼んでくるのは、基本的にあの方しかいらっしゃいませんからね。一応、外から後付けでリミッターを課せられるのであれば、暴走した相手の対処手段として有効活用できるだろう、みたいな面もあるそうですが」

「……まぁ、メカエリザ・ギガントに対しては、琥珀さんの今までの発明のほとんどが無意味でしたからね……」*1

 

 

 なお、この辺りの研究結果を欲する人など限られている、というマシュの言葉は正解であり、リミッター云々の提案をしてきたのは琥珀さんだったり。

 今の時点でもわりと大概だが、彼女が目指すものは深淵雄大ということか。

 ……いやまぁ、機械の極致みたいなものであるメカエリザ・ギガント、もとい超巨大メカエリザちゃんにインスピレーションを受けたので張り切っている、というところもなくはないだろうが。

 

 ともあれ、最初から全力ではないという話は、クモコさん達にとっても安心できる話だったようで、露骨に安堵のため息を吐いていたのだった。

 

 

「安心しているところ悪いのですが、マシュのリミッター解除を誘引できなかった回数如何によっては、貴方達二人の再教育の可能性もでてきますので、その辺り認知したうえで挑むように、と最初に述べておきますよ?」

「あはははは。……クモコさん達を糠喜びさせて、そんなに嬉しいんッスか貴方はー!!?」

「なにを仰るかと思えば……嬉しいですよ?弟子の成長は師匠の誉れです」

「本気で言ってやがる……」

 

 

 まぁ、私がこの二人に()()()()()わけもなく、彼らの喜びはまさに泡のようなものだったわけだが。

 

 この二人はなろう系のキャラを根幹に持つものであり、なおかつ通常の彼ら彼女らとは全く別の進化ルートを通っている存在である。

 そんな二人の潜在的な危険性や成長性というのは、実は他の人のそれとは全く別物。

 

 可能性(キリア)に焼かれた結果として、特異な進化ルートを選んだクモコさんは言うに及ばず、その隣で独自の進化形態を得たリムル君も同じこと。

 彼ら二人は『逆憑依』、ひいては『なりきり』というものから外れた存在になりつつある者であるため、確認はしてもしたり無いわけなのだ。

 ……実際変なモノを感じれば、即検査機に突っ込むつもりでもあるわけだし。

 

 そこら辺の理屈を説明されれば、二人も流石に事の重大さには気付けたようで。

 ちょっと顔を青くする二人に、危機感煽り過ぎたかなー……なんてことを思いつつ。

 

 

「まぁ、慎重になる分には悪いことはありません。──ではマシュ、手を」

「あ、はい!」

 

 

 自分の立場について、もう少し考えて欲しい……というこちらの願いは果たされたと判断して、そのまま模擬戦の準備に戻る私なのであった。

 

 こちらの言葉にハッとした様子のマシュに、手渡すのは腕輪型の制御装置。

 ……まぁ、制御と言っても再現度をどうにかする、とかそういうものではなく、外部に対しての物理的な影響を抑える……という、ダメージコンデンサー的な用法のものだが。

 まぁ、マシュの本来の火力が高過ぎるというのも間違いではなく、そこら辺を抑えることができる時点でわりとアレ……というのも確かだったりするので、特に問題はないというのもまた間違いではない。

 

 それだけではなく、行動に付随する魔力放出なども計測できるようになっており、何処を抑えればどう影響を与えられるのか、みたいな実証試験のためにも有効活用できる機能もある。

 その情報は私の手元の端末に送られるようになっているので──物理的な制御だけでは抑えられない部分に関しては、私がその場で調整することも求められているのだった。

 

 将来的には、その辺りも腕輪側の機能として搭載できれば、と琥珀さんは述べていたので、無駄になるデータは一つもない、と言えるだろう。

 

 

「そういうわけですので、マシュは特に気にせずに二人の相手をしてください。細かい調整はこちらで致しますので」

「──わかりました、せんぱいのご期待に応えるためにも、マシュ・キリエライト、全力で模擬戦を全うします!」

「──いい返事です。期待していますよ、マシュ」

「……え、なんでこの人激励してるんスか……」*2

「死ねと仰ってる?」

「死ぬほど頑張れ、と言っています。先程までのあれこれが児戯のようなもの、というのは既に看破していますので」

「ぎゃー!!やっぱり凄女ッスー!!?」

 

 

 なお、ここまで無茶苦茶言っている理由は。

 元を正せば、この二人が先程の模擬戦では全然本気を出していなかったから……だったりするので、自業自得だとここで明確に述べておこうと思う。

 ……私の目は誤魔化せねー!!

 

 

 

 

 

 

「……とは言ったものの、これほどかー」

 

 

 思わず口調を崩して話す私の目の前で繰り広げられているのは、先程までの模擬戦が本当に児戯にしか見えないような、そんな高度な戦い。

 

 響ちゃんの姿は単なる見せ掛け、みたいなことを言っていたが──蜘蛛部分の足をバーニヤに変化させて飛び回るその姿は、初期の時に『響・ウォリアー』などと呼ばれていた彼女を幻視させるもの、と言えなくもないかもしれない。*3

 片割れのリムル君も、まさかのマダンテぶっぱで攻撃して来る辺り、実は潜在火力的には結構なものなのだ、と知らせてくるかのようである。*4

 

 ゆえに、マシュのリミッターは早々に三つほど吹っ飛び、今の彼女は大体レベル七十くらいの戦力で二人と相対する、という形になっているのだった。

 

 

「でもそれ以降どうにもならないんッスがー!?」

「おっかしいなー。これ以上の火力とか無理なんだけどなー」

「いえ、お二人の成長速度は目を見張るものがあります。誇ってもよいのではないでしょうか?」

「全部受け流されてる状況だと、素直に喜べないんッスけどー!!?」

 

 

 まぁ、そこまでレベルが上がると、マシュへのダメージは一すら通ってない、という実力差になってしまっていたのだが。

 

 瞬間的な上昇値が高かったためちょっと見誤ってしまったが、今こうして眺めている分には六十レベルが適正値、という感じだろうか?

 元の二人のレベルが十相当だったことを思えば、驚異的な成長速度だが……まぁうん、ここのマシュは言うなればレベル百くらいなので、そこまで成長しても見劣りがあるのは仕方ないというか。

 

 いやまぁ、実際本当に凄いんだけどね?二人とも。

 さっきの模擬戦がやっぱり手を抜いてた、って確信することになるレベル差であることに文句はあるけど、同時にここまで成長してるなら隠したがるのもわかるわけで。

 

 そんな風に冷静に二人の全力を分析しつつ、琥珀さんへの腕輪の使用感も纏めていく、そんな真面目に働くキーアさんなのでありましたとさ。

 ……ええと、腕輪は一度リミッターを解除すると、全部解除するまで再度リミッターを掛けられないのがわりと問題……と。

 

 

*1
『ギガント』とは、ギリシャ神話における巨人の呼び方に端を発する言葉で、『巨大な』という意味の『giant』などに派生したとされる。ここでは、超巨大メカエリちゃんの呼び方として使われている。原作の方では『ギガフレーム・メカエリチャン』という名前が付いているのだとか

*2
対象の気力を+10

*3
『戦姫絶唱シンフォギアG』の1話における立花響の動きが、『遊☆戯☆王5D's』のジャンク・ウォリアーのスクラップ・フィストに似ていたことから言われるようになったもの。拳で押し通る

*4
魔力を全消費して暴走させる、ドラクエにおける究極呪文の一つ。……なのだが、ゲームによっては火属性耐性などで防がれることも。マホカンタは反射されたりされなかったり。また、『みんなでマダンテを使う』というトチ狂ったかのような呪文『ミナダンテ』という派生技もあったり



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育ちすぎても困ることもある

「……うん、いいデータが取れました」

「それはなによりッス……」

 

 

 最近月姫世界にお邪魔して、そこで新たな技を披露したことがフィードバックされたというマシュの『スタイリッシュ建築』により、一度城に潰されるという憂き目にあった二人。*1

 結局ボロボロになってしまったのでそれを癒しつつ、纏めたデータに頷いて彼らを褒め称えた私は、憮然とした顔をしているクモコさんに対して、小さく苦笑を返していたのだった。

 

 実際、相手がマシュであるということを念頭に置けば、彼等がかなり善戦した方だというのは間違いないだろう。

 結局ラストアーク*2まで使わせているのだから、彼女なりに二人の実力を認めた、ということでもあるのだろうし。……いやまぁ、単に横から見てたら二人が画面端でぼっこぼこにされてただけ、って風に見えてしまうのも確かなことなのだけれども。

 

 

「そう思うんなら、なんとかして欲しかったんだが?」

「お二方の目が死んでいませんでしたので。一応、なにかしらの反撃手段は持ち合わせていたのでしょう?単にそれを披露する機会がなかった、というだけのことで」

「はははは、なんのことかわからないッスねー!!」

 

 

 まぁ、こうして目が泳いでいるクモコさんを見る限り、本当にボコられていただけなのか?……というところには疑問点が残るわけだが。

 ……無論、その辺りを察したマシュの攻撃がちょっと苛烈になりすぎていた、というところもなくはないわけなのだけれど。

 反撃潰しのためとはいえ、コンボの切れ目がないのは、初心者がコントローラー投げても仕方ないんじゃないですかね(白目)

 

 

「……はい、マシュ・キリエライト、反省しております……」

「そういうわけですので、許してあげてくださいね?」

「は、はーい……」

 

 

 なお、相手の全力が見たい……的な意味があったのにも関わらず、最終的に自分の全力しか見せてなかったマシュに関しては、ご覧の通り石抱き刑の目に合っているのだった。*3

 ……まぁ、サーヴァントとしての膂力についてはそのまんまなので、どれだけ重いものを上に乗せようが、単なる反省のポーズでしかないわけだが。

 外から見ると涼しい顔でこなしているようにしか見えないので、視覚的攻撃力がだいぶ酷いことになっている、というのは言うまでもない。……心なしか二人ともひいているような?

 

 ただまぁ、これは互いの落とし処を探した結果でもあるので、マシュばかりが一方的に責められるべきか、と言われると微妙なところがあったり。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()のは残念ですが……生憎とこれ以上の模擬戦は、お互いに無理が出てくるでしょう。ですので、()()()()()()()ということで」

(……ああなるほど、理由をくれたんッスね……)

 

 

 なので、これは二人に()()()()()、と言外に印象付ける目的も少なくないわけである。

 マシュが圧倒してしまったため、最後の最後までやりきることは出来なかった……という筋書きを呑み込むのなら、お前達の隠しているものについてこちらは踏み込む気はないぞ、と。

 

 お偉いさま方には、マシュが最後まで二人を抑え込めた、という事実が目眩ましになる。

 無論、ゆかりん辺りにはちょっと厄ネタがあるかも、とは伝えるかもしれないが──本人達にその気がない、というのも合わせて伝えようと思っている。

 

 何故ならば、躊躇が見えたからである。──全力を見たい、と言った時に、二人の中に。

 その躊躇があるのならば、彼等が心までモンスターになってしまうことはないだろう。少なくとも、人としての在り方を守りたい、と思っている限りは。

 

 ……まぁそれはそれとして、足がバーニヤになる辺り響としての要素もしっかり引き継いでいる、すなわちビーストⅢL/iとしての権能も使える可能性が高い、というところについては報告させて貰うが。

 

 

「なんでッスか?!」

「いえ、全く無害だと思わせておくのは、それはそれで問題でしょう?」

 

 

 今はそれで良いかもしれないが、いずれ彼等がもっと成長した時──自身がモンスターである、という事実がもっと大きくのし掛かってくる可能性は零ではない。

 その時に、無防備に彼らの前で隙を晒すものがいれば──魔が差す、なんてことはあるかもしれない。

 無論、送り狼に悪い点がない、なんてことを言うつもりはないが──同時に、触れる側が気を付ければ防げる事故であるのならば、そこに被害者側の罪がないとも私は思わない。

 

 そういう意味で、互いに気を付ける余地を設けておくのは、決して間違いではないだろう。

 

 

「……なんというか、過保護ッスね?」

「これでも師匠ですので。弟子にある程度目を掛けるのは、普通のことでしょう?」

 

 

 再度、呆れたような笑みを浮かべるクモコさんに笑い掛け、私はマシュの元へと歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「──姿は変わったように見えて、あのお二方の根幹は変わっていない、ですか?」

「そうそう。元がモンスター種である、ってとこは変わってないのよ」

 

 

 必要性もなくなったため、キリアモードからキーアの姿に戻った私は、あの二人と別れ再び食堂に戻ってきていた。

 時刻はもう夕方、周囲には夕食を食べようと集まってきた人々で埋まっており、私たちの会話はその喧騒に阻まれ外には漏れていない。

 それを認識しつつ、マシュからの疑問を片付けている私なのであった。

 

 で、彼女の疑問と言うのが、結局先程までのあれこれはなんだったのか、ということ。

 無論、二人の成長と危険性の確認、というのは間違いではないのだが……改めて自覚を促した、という面も少なくはない。

 

 

「あの二人は、出来上がったものの模倣(なりきり)ではなく、そこに至る最初の地点の模倣(なりきり)だったわけでしょ?その結果として、現状の二人は原作とは全く違う進化形態を取っているわけだけど──」

「例え姿形が変わろうと、スタート地点は変化しない……と?」

「そうそう」

 

 

 私たち『逆憑依』は、基本的に出来上がったものを模倣している。言い方を変えれば、原作においてある程度進んだ姿を取っている、というべきか。

 知識や経験のフィードバックもあり、原作が未完のモノであれば最新のそれに追い付くようになる、ということもあって、基本的には現在進行形のもの、と考える方がいい。

 

 だがあの二人は──誕生の経緯が特殊なクモコさんは別として、リムル君の方は明確に最初の姿の模倣、という形になっている。

 知識のフィードバック、という点では他の『逆憑依』と大差ないように見えるが──その実、精神の変容を迎えていない、という時点でかなり別物である。

 

 作中で明確に()になる彼らのような『なろう系主人公』は、その前後で別のキャラクターだ、と言い換えてもそうおかしくはない。

 今までは選ばなかったような選択肢も、例えば『死んでも蘇らせることができるから』みたいな理由から選べるようになったりするわけである。

 

 無論、これらの精神の変容は、別になろう系のキャラクターに限った変化ではないが……到達点が神、という点を見れば、そう多い事例でもない。

 

 

「……なるほど。インフレですね?」

「大体なろう系って終わらないからね。……結果として敵味方がインフレし続けるんだよねぇ」

 

 

 なろう系のキャラクターだけ、殊更にその部分を気にされるのは──結局のところ、彼等がほぼ例外なく神に到達してしまうため。

 今ある自分を捨ててしまう可能性が、非常に高いためである。

 

 無論、彼等本人にそのつもりは一切ないわけだが──できることが変わってしまっていて、判断基準も違うのであれば両者が別物、とするには十分なわけで。

 そういう意味で、なろう系のキャラ自体が危険物である、という考え方は間違いではない。再現度を高めることによって、唐突に別人に変化する可能性があるということなのだから。

 

 

「ただまぁ、あの二人に関してはそれ以外にも問題がある、ってところが大きくてねぇ」

「それが、元がモンスターである……というところにあると?」

「そうそう。……まぁ、本当に獣であったわけでもないから、想定しているものよりはまだマシだとは思うけど」

 

 

 ただ、あの二人にはそれ以上に大きい問題として──元がモンスターである、という部分が存在する。

 人が転生し、モンスターとなり。作中で成長して、やがて神になる──。

 言うなれば、あの二人だけ変化の可能性がさらに一つ多いのだ。最初の転生、という部分に着目すれば。

 

 転生して、他者の殺害に対し忌避感が薄れる──というのは、よくある話である。

 知識や知恵があるのに、その部分の忌避が薄れてしまうというのは──別物になった、という風に考えてしまってもおかしくはない。

 ゆえに、それらが起こった部分は別人への変容、という風に受け取っていいことになり。──理由があれど、それを選べるようになった二人は、やはり既に変化してしまっている、と述べてもおかしくはない。

 いやまぁ、厳密なことを言えば、クモコさんはちょっと違うのだが……細かく見れば彼女は更に追加でもう一回変容しているわけでもあるので、問題点としては更に広がっている、という風に受け取ってもいいかもしれない。

 

 ともあれ、精神の変容のきっかけとなるものが複数ある彼等は、他のものに比べてふとした瞬間にそれに引っ張られる、という可能性が強い存在である、という風に見ることができる。

 成長がそもそも以前の自分からの脱却、という性質を持つものである以上、彼等はそれに深く影響されやすいのだ、と言うべきか。

 

 

「体に引っ張られる、という風に言ってもいいかもしれないわね。人の姿を求めるのも、ある意味では自己の変容を厭っているから、なんて風に考察できるかもしれないけど……まぁ、今回は別件かな」

 

 

 獣には獣の心が宿る、というべきか。

 獣の生活の中で、人の心の在り方は自身を苦しめるだけ、という風にも言えるかもしれない。

 

 ともあれ、存在の根幹がモンスターであるのならば、思考がモンスターのものに寄りやすい、というのはそう間違った考え方でもないだろう。

 ゆえに、あの二人には一層の自制心が求められる、そしてその自制心を揺らさぬためにも、周囲にもある程度の気遣いが必要になる……そういうことを、二人に自覚させるためのもの、と言う面も強いのであったと、私はマシュに言い聞かせるのだった。

 

 

*1
『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』に登場したマシュが披露した技『決戦術式:アラウンド・マイマスター』より派生したとおぼしき技。最後の城壁ドーンがお城ドーンに変わっている。殺意が凄い

*2
『ストリートファイター』シリーズならば『Lv.3コンボ』とか『ウルトラコンボ』などと呼ばれているもの。ゲームシステム的な奥の手(超必殺技)の一種

*3
昔存在した拷問の一つ。一つ45kgほどもある大きな石を、正座状態で下が三角の板の上にいる、という相手の膝の上に乗せていく。結構エグい刑罰(やり過ぎると下半身が壊死する)なのだが、ギャグ描写などでわりと見掛けることも。



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酒もないのに二日酔い

「そもそもの話、レベルシステムと獣系価値観が噛み合い良すぎなのよねー」

「弱肉強食は自然の理、それに親和性が強いのは寧ろ納得ですからね……」

 

 

 ぐだぐだと管を巻きながら、マシュと話し続ける私。

 酒も入っていないのに随分愚痴っぽいことになっているが、宜なるかな。

 どうにも問題ばかりが転がっている……と嘆きたくなる程度には、この世界にはトラブルが多いのだから。

 

 まぁ、愚痴っていても仕方ない、というのも確かな話なのだけれども。

 

 

「……難しそうな話してるな、アンタら」

「おっとハジメ君、やっほー」

「やっほー、って……軽すぎるだろ、幾らなんでも」

 

 

 そんな中、近付いてくる一人の影。

 ……まぁなんの捻りもなくハジメ君なのだが、彼はトレーの上にカレーうどんを乗せ、「隣、空いてるか?」とこちらに聞いてくるのだった。

 

 周囲は夕食時ということもあり、人でごった返している。

 いつの間にか周囲の席はいっぱいになっており、少なくとも私たちのテーブル以外で、すぐにすぐ座れそうな場所は残っていないのだった。

 

 ……なので、ちょっとむすーっとしているマシュに小さく謝罪しつつ、席の配置を変えさせて貰う。

 具体的には、マシュは私の隣、ハジメ君はさっきマシュが居た位置に、だ。

 なんでかって?そりゃもう、ハジメ君が私の横に来るとなると色々ヤバイからですよ()、具体的にはクソナード化する。デク君みたいに。*1

 

 

「……そういえば、こちらでは『マジカル聖裁キリアちゃん』は大人気コンテンツ、なのでしたっけ」

「一部に、と言うべきかしらねぇ。ハジメ君が積極的に見てる方だ、ってことに変わりはないし」

「……俺は正当な視聴者」

「ノってきた!?」*2

 

 

 ここのハジメ君は、原作最初の彼に変貌後の彼が【継ぎ接ぎ】されたような状態。

 要素の二重持ちという時点で、五条さんみたいにかなりの成長を見せる可能性を持つ人物なのだが……普通のハジメ君の要素の方が強いのと、変貌後の自身への嫌悪感もそれなりにあることからか、どうにもちぐはぐな状態で止まってしまっている感じになってしまっている。*3

 

 なので、というわけでもないのだろうが……今の彼は、わりとアニメオタクな部分を隠さなくなっているのだった。まぁ、既に周囲に事情はバレてるしね。

 

 

「……その台詞で思い出したけど、そういえばなりきり郷(ウチ)ってどっちも居るのよね、サンジ君とロー君」

「マジでか?!うわー、見てぇー!!」

「……私としては、今の君の喜びようを見せてあげたいよ」

 

 

 主に、君んとこの原作ヒロイン達に。

 目玉が飛び出して舌も飛び出す、まさしくワンピース的な感情表現をするハジメ君の姿に、思わず苦笑いをしてしまう私なのであった。

 ……例え見せたとしても、確実に一人は反応が変わらないだろうなー、と思いつつ。*4

 

 

 

 

 

 

「はいお帰りじゃあこれ持って!いってらっしゃい!!」

「これでは道化だよ」

 

 

 遅い時間になってしまったので、モモンガさんに許可を取って一日互助会に泊まり込んだ私とマシュ。

 

 そして翌日、見送りしてくれた彼に手を振りながら、サクッとなりきり郷に戻った私たちを待ち受けていたのは。

 徹夜でもしたのか、目の下にクマを作ったゆかりんその人なのであった。

 

 そんな彼女はというと、こちらに謎の小包を持たせたのち、再び互助会に向かえと告げてくる。

 ……いや、わざわざ私を使わずとも、スキマ便でパパッと贈ればいいやん?ゆかりんに無理だって言うなら、私が補助してもいいわけだし。

 そう返せば、彼女は「生憎と、物理的な移動以外はNGです」と、スキマの使用を暗に禁じてくるのだった。……はっはっはっ、これは面倒ごとですねわかります()

 

 いや、それならそれで、私たちが向こうに行く前に渡してくれれば……と思ったものの、小包の中身が完成したのはついさっき、すなわち昨日の時点では持っていくもなにもなかったのだ……なんて言われてしまえば、こちらとしても渋々頷くほかなかったのだった。

 

 で、話を聞く限りはどうも危険物っぽいので、できればマシュを再同行させたかったのだけれど……。

 

 

「え、無理?」

「すみません……これから別の仕事が」

 

 

 どうやらマシュ、これから別の用事があるとのことで。

 仕方なく、私は一人で向こうに行く、なんてことになりそうだったのだが……。

 

 

「んー?どうしたのキーアさん?俺の顔になにか付いてる?」

「ええと……暇だったので?」

「まぁ、俺の仕事は終わってたしねー。暫く暇だから、ちょっと付き合ってあげてもいいよー?……みたいな?」

「わぁてきとー」

 

 

 思わず冷や汗を流す私の横で、和やかに話し掛けてくるのは皆様ご存じ、五条悟。

 ……先程まではゆかりんと仕事をしていたみたいだが、その流れでこっちに同行する気になった、最上位の呪術師である(白目)

 

 ……あははは、どうやら昨日見捨てて逃げたことをわりと根に持っているみたいなのと、互助会に居る人の幾人かに興味ありありなので付いていく、みたいな感じになったようで。

 できれば全部無かったことにして帰りたいのだけど、この小包結構重要なものらしく、それは認められないわとゆかりんにノーを叩き付けられたのである。……わぁい、ゆかりんも怒ってるー(白目)

 

 ……怒ってると言っても直接攻撃してこない辺り、それほど重い怒りというわけではないのかもしれないけれど。

 それでもこう、胃の痛くなる案件を乗っけてくる辺りに地味めな報復感を感じざるを得ないわけで。

 

 わーいどうしよ、流石に自重してくれると思うけどトラブル待った無しだよなぁ、主に相方(夏油君)好敵手(モモンガさん)的な意味で。

 思わず涙目になりながら、私は二人分の電車のチケットを購入するのでありました。

 

 

 

 

 

 

「へー、ここが互助会。秘密基地みたいで、中々面白そうだねぇ」

「……お願いだから、変な気を起こさないでよ?」

「んー?変な気って、どういう気?」

「罷り間違っても戦闘しないで、ってことよ!わかってんでしょわざわざ言わせんな!」

「あっはははー。やだなーキーアさん。()()()()()起こらないよ?」

「なんで一々言い方が不穏なのよ……」

 

 

 道中、好き勝手駅弁買ったり風景を楽しんだりしていた五条さんに、なんとも言えない視線を向けつつ電車に揺られること暫し。

 最寄り駅で降りて、更に暫く歩いたところにある空き地。……どことなくドラえもんのそれを思い浮かべるような立地のその場所、そこにある土管の後ろ。

 互助会への入り口であるそこにたどり着いた私たちは、改めて五条さんに問題を起こさないように、と釘を刺していたのだった。

 

 ……まぁうん、本当に釘が刺せているのか、と言われると微妙なところがあるのだけれど。

 でもまぁ、帰ったりしていなければ、モモンガさんのとこにはシャナちゃんが居るはずだし。

 夏油君に関しても、現在は仕事かなにかで出張中のはず。……二人が顔を合わせる可能性というのは、限りなく少ないはず。なので大丈夫!……多分。

 

 こういう時に低確率の方を引く、という嫌な自信がなくもないので、一応は起こる可能性を考慮して動くつもりだが……なんにせよ、しっかり五条さんの首根っこを捕まえておかなければ。

 なんて風に、改めて気合いを入れた私は。

 

 

「……あれ?五条さん?五条さーん!?……あの野郎どっか行きやがった!!?」

 

 

 忽然と姿を消した彼に対して、思わず絶叫してしまう羽目になるのだった。

 

 

「へー、なるほどなるほど。血気盛ん、ってわりには戦力が足りてない、ってのは本当の話だったんだねー」

「……っく、」

「ぎゃー!!?早速喧嘩売ってるこの人ー!!?」

 

 

 そうして数分後、施設内を探し回った私はと言うと、トレーニングルームで膝を付く誰かと、その前でニヤニヤ笑いを浮かべる五条さんの姿を発見するのだった。

 ……やっぱり!トラブル!!起こしてる!!!

 

 慌てて近付いて確認したところ、膝を付いていたのは昨日ぶりのハジメ君。

 リングの外ではアスナさんが心配そうに彼に声を掛けているが……対するハジメ君は「問題ねぇ」と返し、フラフラとしながらも立ち上がるのだった。

 

 ……ええと、この状況から読み取るに……訓練中のハジメ君の対戦相手として、五条さんが飛び入り参加した……とかだろうか?

 なにも向こう(なりきり郷)と同じ事をしなくてもいいだろう、と五条さんに批難の視線を向けるも、返ってくるのは飄々とした態度と、肩を竦める動作。

 ……言外に「俺、悪くないし」的な気持ちが見え隠れしているので、思わず声を上げようとした私は。

 

 

「止めてくれるな、キーア……!」

「ハジメ君!?」

「これからなんだ、折角の楽しみを、邪魔しないでくれ……!」

 

 

 ハジメ君の声を聞いて、その注意を引っ込めることになるのだった。

 ……昨日夕食の席で、ちょっと話題に出したこと──ハジメ君の今の状態は五条さんのそれに似ているという話が、彼を無謀に向かわせているのかもしれない。

 そんなことを思ってしまうような、彼の態度に私たちは。

 

 

「……ふーん。根性のあるやつは嫌いじゃない、かな」

「ああ、止めてくれるな。……こんな楽しいこと、奪わせてたまるかよぉ!!!」

(……あ、ちげーわ。これ単にまたもやクソナード化してるだけだわ)

「ハジメ君……(呆れ)」

 

 

 五条さんは、単純に楽しげに相対し。

 それを受けて、ハジメ君は楽しげに彼に飛び掛かって行って。

 ……その様相が、滅茶苦茶楽しそうだったことに気付いた私は、ある意味この状況に酔っているだけだ、と気付いて唖然とし。

 全部知っていたアスナさんが、最後に呆れたように顔を押さえる、という形で締め括られるのだった。

 

 ……なお、そのあとぼこぼこにされたハジメ君はと言うと。

 見た目は変貌後なのにも関わらず、なんとも満たされたような笑みを浮かべたまま気絶しており、思わずため息を吐く私たちによって、医務室に叩き込まれることになった、とここに記しておく。

 

 

*1
『僕のヒーローアカデミア』の主人公、緑谷出久のこと。また、『ナード』とは『Nerd』と記述し、英語圏でのスラングのこと。意味としては『内向的』『特定分野への知識が豊富』『文化系の部活動やサークルに所属する』『スポーツに興味を持たない』『恋愛に奥手』などの特徴を持つ人を言い表す為の言葉。日本語的に言うのなら『陰キャ』もしくは『オタク』となるか。海外ではスクールカースト的に、オタク系キャラに対してのイメージがよくないので、どちらかと言えば否定的な呼び方

*2
『ワンピース』において、サンジがレイドスーツを着用した時に、その姿を見たトラファルガー・ローが述べた台詞『俺は正当な読者』から

*3
「なろう系ってのは、読者からの要望が大きくなりやすいのが玉に傷だな」「最後の方は、勇者君の方が人としては普通になってたりするもんねー」

*4
ただのオタクだった時から好きだった、というヒロインが一人居る



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なにが幸せかは人によって違う

「……ええと、ファンサービスだった、ってことでオッケー?」

「オッケーオッケー。……いや、滅茶苦茶喧嘩売ってくるからなにかと思ったんだけど、よくよく聞くとサインをねだるノリだったからさー」

「それでお望み通りにこてんぱんにしたと。……いいのかなー、これ」

「……まぁうん、事後承諾になるけど、モモンガさんには後で聞いとくよ……」

 

 

 とても幸せそうな顔をしているハジメ君を、医務室のベッドに放り込んで暫し。

 

 幸せそうな顔のまま寝息を立て始めた彼に一つ嘆息したのち、医務室から出た私たちはと言うと、五条さんに「わかってて受けたのか」と言うことを尋ねていたのだった。

 ……結果は黒、完全な確信犯である。まぁ、それが相手の望んだこととあれば、単純に責め立てるのもどうなのか?ということになるわけなのだが。

 

 ともかく。

 これで五条さんがここに居る、ということはこちらの人々に伝わったはず。

 できれば、これ以上面倒ごとに巻き込まれたくはないのだが……。

 

 

「……無理だよねぇ」

「げ、元気だしてキーアちゃん……」

 

 

 ……うん、こっちの人々の特徴って、血気盛んなことなんだよね……。

 流石に私がこっちに潜入していた時よりかは、丸くなったんじゃないかなーと思うし。

 今はトップであるモモンガさんも常駐してるから、変に逸る人は居ない、と思うんだけども……。

 なにが問題って、五条さんもわりと血気盛んなこと、なんだよね……(白目)

 

 男の子同士が出会ったらどうなる?……そりゃ勿論喧嘩だよなぁ!?

 ……的な感情が働くことにより、事件発生確率はいつもの倍。起きない方が珍しいタイプということになるだろう。

 と、なると。私がすべきことはただ一つ。

 

 

「久方ぶりの多重影分身!」

「私と私でオーバーレイ!」

「……いや、それだと戻ってない?」*1

 

 

 すなわち、彼には常にお目付け役を付けておく、ということ!

 そんなわけで、久しぶりに分身して(キーア)(キリア)に別れる私である。……私がゲシュタルト崩壊しそう(小並感)

 あと五条さん、突っ込んでるけど君のせいなんだからねこれ?

 

 

「おおっと怖い怖い。こっちまで来たら相手してくれないかなー、なんて思ってたってことは言わない方が良さそうだ」

「……ええ……そんなこと思ってたの貴方……」

「身近に()()が居るのなら、挑んでおくのは礼儀じゃない?」

 

 

 そんな思いと共に彼に視線を向ければ、返ってくるのは唖然とするような言葉。……どうやら、今の自身の実力を確かめたい、的なことを思っていたらしい。私で。

 

 ……いや、私は区分的には最弱の方、って言っとるやんけ。

 って感じなのだが、彼からすれば挑み甲斐のある相手、ということになってしまうようで。

 いやまぁ、確かにこっちの人にも、時々試合を申し込まれたりしていたけども。それとはラインが違うと言いますかね?

 

 

「……うん、抑えるのは無理と見た!そういうわけでキリア()、君は彼を満足させるようななにかを考えるように!」

「あっちょっ、逃げやがったあのキーア()!?」

「わぁややこしー。いつもこうなんですか五条さん?」

「いやー、これに関しては結構珍しいよー?キーアさんが増えること自体、そんなに多いわけでもないからねー」

 

 

 ともあれ、このままうだうだしているといつまでもうだうだしている羽目になる、というのは確定的。

 多少無理矢理にでも二手に別れなければ、と決心した私はというと、キリアの方に五条さんを押し付けて、さっさとモモンガさんのところへと走り出したのであった。

 

 ……すまんな、なんとかして彼を満足させてやってくれ!

 君が戦闘要員じゃないのは知ってるだろうから、適当に他の挑戦者とかを用立てればどうにかなるさ多分!!

 

 

 

 

 

 

「……トレーニングルームではなく、戦闘訓練場の使用許可が出ていたのはそのせいか……」

「あっはははー。……事後承諾で申し訳ない」

「いや、構わんさ。地下に籠りきりでは、些か不満も出ようと言うもの。その辺りの鬱憤を晴らしてくれるというのであれば、寧ろこちらから願い出ていたところだろう」

「流石モモンガ様、懐が深い……!」

「……いや、様は止めてくれ様は。気が重くなる……」

「アッハイ」

 

 

 はてさて、ところ変わってモモンガさんの執務室。

 彼以外には今のところ人の居ない部屋で、私と彼は応接用のソファーに向き合って座り、和やかに会話を続けていたのだった。

 

 昨日は居たはずのシャナちゃんに関しては、今は食堂でおやつでも見繕っているだろうとのこと。

 ……モモンガさんは一緒には食べられないが、「食べられなくても、空気感くらいは楽しめるでしょ?」とかなんとかで、彼の分も持ってきてくれるらしい。

 まぁ、最終的にはシャナちゃんのお腹の中に行ってしまうらしいが。

 

 

「食い意地が張っている、ってわけじゃないんだろうけど……」

「まぁ、私を気に掛けてくれている……というのが正解だろうな。彼女自身はそこまででもないが、人から外れたモノ同士の共感、というやつかも知れんな」

(……声繋がり、って方が大きいかもしれないけどねー)*2

 

 

 ふむ、と息を吐きながら彼を見る。

 ……声、という意味では、彼はシャナちゃんにとって馴染み深い相手、ということになるし。

 その道行きが酷く危ういモノであるというのも、また彼女の視線を誘う……というのも間違いではあるまい。

 

 さっきのハジメ君や、ちょっと前のリムル君なんかもそうだが──『逆憑依』となっておきながら、『いつかの自分』への忌避を抱く人、というのはそこまで多い存在ではない。

 そりゃそうだ、なりきりとは本来憧れから行うもの。憧れているのだから、その反対の感情である忌避を抱くのは、本来おかしなことなのである。

 

 ……要するに、見るのとなるのは違う、ということになるわけだが。*3

 傍若無人・自分勝手に生きる人というのは、物語の中に見る分には爽快感すら与えるモノだろう。

 だが、それを現実にされた時──それを受け入れられるかは、また別問題なのである。

 

 他二人に比べれば、まだ良心的な最後(いつかの自分)となるリムル君でさえそうなのだから、それより遥かに酷い……というとアレだが、人倫から離れたと言わざるを得ない存在へと昇華する彼らは、その気持ちも一入ということなのだろう。

 

 ゆえにこそ危うく写り、ゆえにこそシャナちゃんが気にする、と。……なんともまぁ、不思議な縁である。

 

 

「……ご飯とか、食べられるようにしてみる?」

「む?できるのか?」

「まぁ、色々やり方は考えられるかな。単純なのは負のエネルギーへの変換、かな?それを食べると言うのなら、だけど」

「むぅ、つまりお菓子の霊を食べる……みたいな?」

「そうそう、そんな感じ」

 

 

 なので、その縁が途切れないように、ちょっとお節介をするのも悪くはないかな、なんてことを思ってしまう私なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、別に好きにすればいいと思うけど。……なにか用事が合ってきたんじゃないの、アンタ」

「!」

「いやなにそのうっかりした、みたいな顔……」

 

 

 そうして会話を続けているうちに、プリンやらゼリーやらメロンパン(!)やらをトレーに乗せたシャナちゃんが、執務室に戻ってきたわけなのだけれど。

 呆れたような彼女の言葉に、そういえば用事があってここに来たんだ、ということを改めて思い出すこととなった私なのであった。……完全に思考からすっぽ抜けてました、はい。

 

 てへへ、と頭を掻きつつ、傍らの鞄からしまっていた小包を取り出す私。

 それを見たモモンガさんは、「おお」と一つ声をあげるのだった。

 

 

「もうできたのか、早いな」

「中身がなんなのか、私は教えて貰ってないんですけど。……なにを作って貰ってたんです?」

「うむ。()()()()()()()()()()()、ついに完成を見たというわけだ」

「……んん?改善?」

 

 

 特になにも思わないままに小包を渡し、それを開封するモモンガさんの動きを眺めていた私だが……途中、彼が漏らした言葉に思わず首を傾げてしまう。

 ……ついで、嫌な予感がしてきたので冷や汗を流し始めたわけだが……そんなこちらの様子に気付かず、彼は小包の包装を丁寧に解いて行く。

 

 何故か懇切丁寧に贈り物用の包装紙に包まれていたので、それを止めているテープを慎重に剥がしながら取り外し。

 出てきたダンボールの箱から、更に小さな小箱を取り出す。……更にその小箱の中には、別の小箱が緩衝材代わりに詰め込まれていて……って、ア◯ゾンかよ。

 

 思わずツッコミそうになる過剰包装に更に困惑しつつ、中身の入っていない小箱を取り除いていくモモンガさんを見つめる私。

 そうして、最後に残った一つ──拳大のそれを彼は大切そうに取り出し、その中から青い小箱──指輪箱を机の上に置く。

 

 

「完成品、欠陥無し。──正真正銘の『流れ星の指輪』。……とは言っても、発動補助をしてくれるだけであって、中には魔力の一欠片も入っていないのだがな」

「……なして?!」

「なに、失敗はしたがそこで立ち止まっていては勿体ない、だろう?」

「勿体ない精神で、面倒ごとをもっかい抱え込もうとしないで欲しいなぁ!?」

 

 

 出てきたのは予想通り、『流れ星の指輪』。

 ……散々痛い目にあったのに、なんで完成品なんか作らせてるんですかやだー!!

 

 というこちらの抗議混じりの悲鳴もなんのその、モモンガさんは楽しそうに指輪を掲げては、「ほう、こういう……」「なるほどなるほど……」などと呟いている。

 ……そういえばこの人わりとコレクター気質だったわ!!

 

 思わず額を押さえる私だが、一応先の失敗作からは改良が加えられており、暴走する心配は一切ないと聞かされれば、話を聞く態度くらいには変化する。

 

 彼の言うところによれば、先日のあれこれは指輪そのものに魔力源があったこと、および制御AIに問題があったことが問題であって、機能を絞るなどのリミッター自体には問題はなかった、とのことで。

 そこら辺を鑑みた結果、いっそのこと使用者の魔力に完全依存した、『ちょっと良いこと起こる指輪』として作り直そう、ということになったらしく。

 残骸から得られたデータなどを反映し、琥珀さん達にも協力を得て作られたのが、

 

 

「この指輪、というわけだ。……無論、私が単にコレクションするために作り直させた、というわけではないぞ」

「え?じゃあなんのために?」

 

 

 この指輪であり、そしてこれを作ったことには意味があると聞かされ、私は思わず首を傾げることになるのだった。

 

 

*1
『遊☆戯☆王ZEXAL』より、エクシーズ召喚の時・および主人公九十九遊馬のゼアル変身時の口上の一部。『重ねる(OverRay)』という言葉の通り、カードや自分()を重ねるという処理を行う為、分身した時に出てくる台詞ではない

*2
モモンガさんの声は日野聡氏。平賀才人(ゼロの使い魔)や坂井悠二(灼眼のシャナ)などの声優も務めている

*3
バッドエンド系の作品や、ダークファンタジー系の作品によくあること。エンタメとして楽しむ分にはいいが、実際に自分が生活する世界として提供されたら嫌、という人は少なくないという話



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自ら進んで罠にはまる

 危険物の再造に意味がある──。

 そんな感じのことをモモンガさんから聞かされた私は、どうにも疑り半分で彼の話を聞いているわけなのだけれど……。

 

 

「じゃあ聞かせて貰いましょうか、それを作り直した理由、とやらを」

「うむ。実はだな、これをこうして、こうすると……」

 

 

 彼が取り出したのは、また別の指輪。

 それを最初の指輪と組み合わせて……?

 

 

「……なんと」

「ちょっといいこと、というのをバフ効果だと解釈することでな、他の装飾品の効果を高められるのではないのかと思ったのだ。……実験は成功、だな」

 

 

 出来上がったのは、二つの指輪が組合わさった新たな指輪。

 ……どうやら、『流れ星の指輪』を一種の補助装置として扱えるようにした、ということらしい。

 完成した指輪は、明らかに先ほどよりも輝きを増していたのだった。

 

 

「……ところで、そっちの元の指輪の効果は……?」 

「うむ、『よく光る』だな」

「えー……」

 

 

 なお、効果が目に見えてわかるように、という意味も込めて、使われた指輪の効果は『光る』だったわけだが。

 ……その指輪の使い処どこよ?

 

 

 

 

 

 

「……不思議ね、一応別の技術体系の指輪のはずなんだけど」

「うへー、単体対象どころか空間対象になっとる……」

「確かめるためとはいえ、いきなり爆発させようとするのはどうなんだ……」

 

 

 その後、装飾品にならなんにでも組み合わせられるようになっている……という話を聞いたシャナちゃんが、自身の持っていた火除けの指輪(アズュール)と組み合わせ、見事に効果範囲が広がったことに驚く羽目になったりしつつ、指輪の効能を確かめたわけなのだけれど。

 

 

「まぁうん、凄いのはわかったんだけど……これを具体的にはどう使うつもりなので?」

「一先ずは、この互助会の隠蔽機能の拡充に使う、ということになるだろうな」

「へぇ?」

 

 

 確かに凄い指輪だが、以前と違って組み合わせることを主軸にしている……ということは、既に予定があるのではないか?……ということにも繋がるので、こちらとしてはそっちの方が気になるところ。

 ……そういうわけで、実際の運用方針について尋ねてみたわけだが、返ってきたのはこの互助会の隠蔽機能を強化する、という一見よくわからない答えなのであった。

 いやこれ、装飾品と組み合わせるものなんだよね???

 

 

「うむ。まず前提として、なのだが。こちらで実用化されているジャミングブローチについては知っているだろうか?」

「あー、全体数はそんなにないけど、効果自体は折り紙付き……ってやつだよね?私も使ったことがあるけど」

 

 

 そんな私の疑問に、モモンガさんは以前こちらに潜入していた時、さらにそこから出張する羽目になった際に貸し出して貰った、周囲の認識を変化させるブローチのことを話題に挙げてくる。

 ……そういえばそんなものあったな、という感じなわけだが……んん?()()()()

 

 

「……あれはな、とある特殊な鉱石を使用したものなのだが……」

「あ、いやちょっと待った。嫌な予感がしてきたから気持ちの整理を……」

「自然と砕けたモノしか、ブローチには加工できん。ゆえに、総数が全然足りないのだ」

「やーだー!準備できてないって言ってるのにー!!」

 

 

 あのブローチは、特殊な製法でできたものである──。

 そんなことを話し始めるモモンガさんに、思わず嫌な予感が足元から上ってきた私は、せめて心の準備をさせて欲しいと頼み込むものの、相手はまるでこちらの話を聞いていないかのように話を進め。

 結果、でてきたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ、という事実。

 

 ──すなわち、この互助会の認識阻害の大本となっているもの──護り石とでも言うべきモノの存在を、こちらに匂わせてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ええとつまり?件の巨大原石は扱いとしては、この互助会の()()()()()()()()()()()ってことでいいわけ?」

「そういうことになるな。また、何ヶ月かに一度くらいの頻度で、欠けが起きるというのも特記すべき点か」

「なにその不思議石……」

 

 

 この互助会の、根幹を支える護り石──その判定が、この施設に対しての付属物、すなわち装備品として扱われている……。

 そんな、わりと意味不明な話を聞かされた私は、なんとも言えない気分で頭を抱えているのだった。

 

 ……いやまぁ、理屈はわかるのである。

 特定の施設に付随するという形式は、見方を変えれば装備しているようなものだ、ということは。

 問題があるとすれば、その護り石が次第に欠けているということと、その欠けた石が別の用途に転用できるくらいには力が残っている、ということか。

 

 

「欠けているってのが問題なのはわかるけど、再利用できる方も問題なの?」

「そりゃそうでしょ。……要するに、今の原石がおかしなものだって言ってるようなモノだし」

 

 

 首を傾げるシャナちゃんに、これのなにが問題なのかを説明する私。

 

 普通、なにかしらの機能を持ったモノというのは、それ全体で効果を為すものである、ということが多い。

 いわゆる精密機械のようなもので、どこかに欠損ができればまともに動かなくなる、というのはわりとあることだ。

 

 魔方陣などがわかりやすいか。

 魔方陣は全体で一つであり、どこか一つを切り取っても機能はしないし、切り取られた方の大本の魔方陣も機能を喪失する。

 ゆえに、欠けても動くというのは、それが全体で一つのモノではなく、細かいものがより集まって大きなモノに擬態しているだけ、という判断となる。

 

 人間の体のようなもの、というべきか。

 人は小さな細胞の集合体であるが、どこかが欠けたからといって即全体が動かなくなるわけではなく、欠けた方も適切な処置をすれば、そこから培養して増やすということも可能である。

 

 そこまでを前提として、改めて件の原石に話を戻すと。

 この原石は、全体が揃って初めて効果を為すものではなく、石の構成物質なりなんなりが、そもそも周囲の認識を拡散するという性質を持った物質である、ということになる。

 ゆえに、砕けた欠片の方を加工しても、大本の原石と同じ効果を発揮している、ということになるわけだが……。

 

 本来、周囲になにかしらの影響を発生させている場合、その物質は()()()を消費しているはず。

 この場合の消費とは、単になにかを使()()()()()というだけに留まらず、そのなにかを発生させるために自身を()()()()()()()場合も含む。

 それを前提に置くに──欠片が剥がれ落ちる、というのは『周囲へのジャミング』という結果のために、原石がなにかを消費した・ないし磨耗した結果、効力を失った部分が欠けた……という風に考えるのが普通である。

 

 ゆえに、速度的にはそこまで速いものではないだろうが──歴として、件の原石が段々小さくなっている、ということに違いはなく。

 そして、本来老廃物にあたる欠片が、元の原石と同じ効果を(範囲が狭まったとはいえ)持っているということは。

 すなわち、それははたして本当に老廃物なのか?……ということに繋がってくるわけなのである。*1

 

 

「……相変わらずややこしい言い方するけど、結局なにが言いたいの?」

「多分だけど。……その石自体も、一種の聖杯みたいなモノなのかもしれない、ってこと」

「は?」

 

 

 なお、シャナちゃんにはわからん、とバッサリ斬られてしまったわけだが……端的に言うのであれば、その『欠ける』という現象自体が、周囲の人々によって()()()()()()かもしれない、というのが問題なのである。

 

 鉱脈を掘るように、こちらが削っているのであれば、まだわかる。

 だが、自然物とおぼしきその原石が欠けていくというのは──言うなればそこが脆くなった、要らなくなったから欠ける、というのが普通のはず。

 すなわち、欠けた方がキチンと効果を持っている、という時点で異常なのである。……使()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 

「……いや、岩盤の崩落みたいなパターンもあるわけじゃない?」

「まぁうん、そういうのもあるよね。岩は欠けても岩、確かにそうだ。……けど、さっきも言ったけど。周囲になにか影響を与えている以上、なにかしらの作用が発生している、というのは間違いない。()()()()()()()()()()()()以上、なにかを発していればなにかを消費するのは当たり前のこと。いわゆるエネルギー保存の法則だね」

 

 

 これは、この原石とやらが『周囲へのジャミング』という仕事をしている時点で、その異常さを際立てる結果となっている。

 

 永久磁石は永久ではないように、世の中のあらゆるものというのは、常に経年劣化の可能性に晒されている。*2

 劣化する理由、というものにはそれぞれ違うものがあるが──エネルギー保存則で言うのであれば、エネルギーの総量は必ず一致する、というのが答えになるだろうか。

 

 なにかしらの仕事を行えば、そこには必ず熱が発生する。

 熱は仕事とは直接関係しないモノであるため、いわゆる無駄である。そしてその無駄は、保存則を破れない限りは必ず付き纏うモノでもある。

 すなわち、仕事の因と果が可逆であったとしても、単純にそれらを逆転させて繰り返していけば、そのうち因も果も成立しなくなる、ということ。

 総量という点では変わらずとも、そのうちを締める無駄()の数が大きくなりすぎてしまう、ということである。

 

 ここでは『欠ける』という物理的現象が起きているため、なにかしらの仕事をしているのだと判断したが……例えば磁力のような、仕事ではない力であっても話はさほど変わらない。

 永久磁石が永久でないということは、単に力を発しているモノの中にも反発力というものは存在している、ということ。*3

 すなわち、現実において存在するものは全て、必ずいつか失われるモノであるということである。

 

 そこら辺を踏まえて見ると──欠片・すなわち失われた側のモノが、それでも力を発しているというのは奇怪。

 ゆえに、そこに常道ではない力が関わっている、と見るのはそうおかしな話でもない、ということになるわけなのだ。

 

 

「だから聖杯みたいなもの、ってこと?」

「そ。原石の効果範囲からしてみても、どうにも広すぎるし──それが誰かの願いを聞き入れ、『自身の住み処を周囲から隠したい』みたいなモノを叶えたのだとすれば、それがジャミングという形で出力されてもおかしくはない、ってことになるわけ」

 

 

 そしてそれが本当であれば──今のモモンガさんがしようとしていることは。

 

 

「うむ、その通りだ。この指輪は、件の原石のコントローラーになる、ということだな」

 

 

 その聖杯を、少しばかり改良しようとしている、ということになるのだった。

 

 

*1
自重で欠けたのでなければ、と続く

*2
永久と付いているのに永久でないとはこれ如何に。なお、減磁による磁力の喪失には百年以上掛かる、というものを『永久磁石』と呼ぶようなので、実質永久みたいなものなのは間違いないらしい

*3
この場合は自己減磁のこと。磁力はN極から出て外界を渡りS極に向かうが、磁石の内部を通った方が距離としては近い為、本来の磁力の向きとは反対の磁場が発生する。これによって起こる減磁を自己減磁という



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聖杯もどきが多い

 前回私はこの場所の原石とやらが、もしかしたら聖杯の類いなのかもしれない、ということを告げたわけだが……、対するモモンガさんは特に悪びれもせず、「そうだよ?」と軽い感じに言葉を返してくるのだった。

 ……思わず「懲りてね~!!」的な感情を私が抱いた、ということはわかって貰えるのではないだろうか?どう考えても火傷するやつ、みたいな。

 

 

「……モモンガ?」

「ああいや、別に聖杯を悪用しようだとか、そういうことではなくてだな?……今は欠片を溢す、という形で新たな祈りを叶えている状態だとも言えるわけだが……それだといつか、あの原石は完全に砕けてしまう。そうなってしまえば、待ち受けているのは我々の離散だ」

「……まぁうん、ここの防護の要だって言うんだから、砕けてなくなってしまうのは困るよね」

 

 

 自然と欠けるということは、すなわちそれを止める手段がないということであり、いつかは全て砕けて原石ではなくなってしまう、ということでもある。

 もしそうなってしまえば、この互助会は周囲への隠蔽手段を失ってしまう。……その結果起こるのは、大きな混乱だろう。

 

 物語の中から飛び出した存在が、突然に目の前に現れたとすれば、そこで起こる反応は拒絶か許容の二つ。

 許容ならばマシだが、拒絶の場合は酷いことになる、というのは言うまでもない。……いやまぁ、なにを当たり前のことを言っているんだ、という話でもあるわけだが。

 

 まぁ、最悪こっちが潰れたとしても、郷の方に移動するという手段もなくはないが……その場合は色々と手続きやら事後処理やらで面倒なことになる、というのは目に見えている。

 向こうとは趣を異にする者も数多くいる以上、その擦り合わせに多大な労力を必要とすることになるだろうというのは、容易く想像できる話だ。

 

 その辺りを鑑みた結果、現状互助会が滅ぶようなことが起こる、というのはとても宜しくないと言える。

 ここを取り巻く状況を見るに、いつまでも現状維持のままでいられるとは思えないが──だからといって、変化を強制するにはお互いの組織がまだ若すぎる。

 

 

「だからこそ、()()によって原石の効果を高め、かつ方向性を操作する。それによって、隠蔽を必要としないような位置に地下プラントなどを増設しておきたい、というわけだ」

「……あー、地下の開発計画……だったっけ?」

「そうだ。一時的に原石によるジャミング範囲を広げ、その効果が消えないうちに、周囲に影響を与えないような別の施設を作り上げる……というのが、今の我々の大目標だ」

 

 

 それゆえに、モモンガさんが現在目標としていること。

 それが、『新・新秩序互助会社屋建築計画』、ということになるのだった。*1

 

 

 

 

 

 

 以前、サウザーさんが指揮を取っていた、地下の開発計画。

 周囲の住民達には、別のペーパプランに偽装されており、かつ彼らの反対を受けているため計画は半ば凍結されている……みたいな、これがTRPGならば地下で邪教の集団が、変な儀式の準備をしていてもおかしくない……そんな計画。*2

 実態としては、邪教の集団が互助会の人々に入れ換わっている、みたいな感じになるわけだが……ともかく、あまり大っぴらに工事をしていてはバレてしまうので、手作業でちまちまと進められていたアレ。

 

 それをどうやらモモンガさんは、件のブースター指輪を利用して周辺住民の目を完全に騙し、完成させてしまったうえでそちらに移住しようとしている、ということになるらしい。

 それが叶った場合は、ここの原石は役目を終えてブローチとしての加工を待つばかりにできる、とも。

 

 

「……えーと、具体的には?」

「うむ。件の話が公共事業として承認されている、という話は知っているな?それを前提として話すと──」

 

 

 モモンガさんの話はこうである。

 実はこの周辺の開発は、主に『地下街の建築』として設定されている。

 そしてそれは、ある程度は出来上がっているのだ。

 ……まぁ、流石に梅田とか新宿みたいな、ダンジョンレベルの複雑さではないらしいが。

 

 ともあれ、ある程度巨大な地下街と化していることは確かであり、同時に行き止まりのような場所が多い、ということも確かである。

 そういった人目のない場所から繋がる通路を作り、さらにその先に新しい互助会の施設を作る。

 そうすれば、認識阻害をする必要があるのは出入口付近のみになるし、見張るべき場所もそこだけに限定されるようになる。

 

 現状は地上に出入り口を設定しているせいで、見張るべき場所が全天周・三百六十度全てになってしまっているため、余計な労力を必要としているが……。

 

 

「駅に繋がる通路には待合室のようなものを作り、そこを監視の前線基地とすれば負担も減るだろう」

「……秘密基地感が凄いけど、まぁ出来なくはなさそう、かな?」

 

 

 二重扉のように、地下駅との接続部分にワンクッションを置き、そこからさらに認められた人間だけが通れる……という形式にすることで、隠蔽に特殊な力を必要とする回数を減らそう、ということになるようだ。

 こうすることにより、必要になるのはワンクッション部分の部屋と駅との扉、およびその部屋から本丸である新・互助会の施設に繋がる扉の二つに対しての隠蔽、ということになる。

 今までが施設を丸ごと隠蔽していたことを思えば、必要な労力は遥かに減ったと言えるだろう。ブースター付きのブローチで、事足りる程度になるのだから。

 

 

「……いやちょっと待ちなさい。今の話だと、新しい施設に隠蔽が必要ない理由がわからないんだけど?」

「それに関しては簡単だ。──我々は、さらに地下に潜る」

「はぁ?」

 

 

 だが、その話に待ったを掛けるのがシャナちゃんだ。

 確かに、今の話だと新しい施設の側に隠蔽が必要ない理由、というものがわからない。今の施設には必要としているのだから、なおのこと。

 それに対してモモンガさんが返したのは次の通り。

 

 現在の互助会の位置は、件の地下駅のまさに隣、とでも言うべき場所である。

 通路が繋がったりはしていないものの、ちょっと厚めの壁を隔てて隣り合っている……というのが近い状態であるため、大きな音や振動を発生させる工事を行うと、それらが駅の方にも伝わってしまうのである。

 

 隠蔽効果が及ぶのは、あくまでも施設そのものについて。

 そこで発生した音や振動・それから今は漏れてはいないが、仮に匂いや気体などが駅側に出てきた場合、それについてもごまかせない。

 

 存在は認識できないのに、そこにあるという証拠だけが見付かる状態、とでも言うべきか。

 なんにせよ、隠蔽が機能するのはあくまでも施設そのものの所在について。

 そこから飛び出した影響に関しては機能外となるため、要するに『無いからこそ気付く』という条件に合致してしまうのである。

 

 それを避けるため、サウザーさん達は手作業で開発を頑張っていたわけだが……そもそもの話、隠蔽の効果範囲外に駅がある、というのも問題の一つなのだ。

 

 すなわち、駅が効果範囲外なので、互助会から発生した音などが『発生源はわからないけど、駅以外のどこかから出てきたものだ』という風に認識されてしまうわけで。

 これを効果範囲を広げることでカバーすれば、『駅のどこかから発生したものだな!ヨシ!』という風にごまかせる、ということになる。*3

 今の状態では、互助会の施設を認識できないようにすることしかできないが、あのブースター指輪によって原石の効果を高めれば、駅部分までを覆うことができるようになるだろう。

 

 そうなればこちらのもの。

 今まで使えなかった作業用の機械などをふんだんに用いて、()()()()()()()()()()()新しい施設を作ってしまえばよい。

 

 すなわち、地下四十メートルよりも、さらに深奥。

 他の施設などがなにもない場所に新しい施設を作れば、その中で起きた音が外に漏れる心配などをする必要性はなくなる、ということだ。

 

 

「……マジで言ってる?っていうか、崩落の危険性とかは……?」

「実は紫殿から、空間固定技術についての技術供与を受けていてな。……流石に空間拡張に関しては機密も多いので、現状では提供できないと言われてしまったが……少なくとも、空間固定技術による耐震などについては問題ない、とお墨付きを貰っているのだ」

「あー。そりゃそうよね、こうして指輪を試作してる辺り、お互いに話が付いてるってのは当たり前か……」

 

 

 シャナちゃんはわりと常識的であるため、色々と粗の見える計画にツッコミを入れていたが……人員の少なさ、それに伴う娯楽の少なさなどなど。

 現状の互助会が、今の施設のままでは回らなくなり始めている、という事実を聞かされれば、流石に黙らざるを得なくなっていたのだった。

 ……あとはまぁ、地下に施設を作る際の問題点、崩落の危険性とかについても、ある程度解消の手段を得ている……ということを知れたのもポイントというか。

 

 なりきり郷が埒外のアーコロジーであるのならば、こちらは比較的現実的なアーコロジーを目指している、とも言えるかもしれない。

 地下生活のモデルケースとしても注目を集めているとかで、この『新・新互助会社屋建築計画』は最早止められる段階ではなく、それを完遂するために各所が全力を上げて動いている……ということを知り、諦めたように彼女はため息を吐くのだった。

 ……え、私?スケール大きすぎてついていけないです(小並感)

 

 

「食糧プラント、大規模演習場、あとは……緊急時の郷への移動手段としての地下列車なども予定しているな。……いやまぁ、列車の方は時の列車を特別に貸し出して貰う、ということになりそうだが」

「なにやってんのモモちゃん!?」

 

 

 なお、どうやら最近鬱憤が貯まっている(主に列車を動かすスペースがない的な意味で)らしいモモちゃんが、いつの間にやら新互助会と郷の間を結ぶ直通列車の車掌になりそう、みたいな話になっていることが、モモンガさんの口から飛び出したため、思わずビックリすることになったりもしたけど私は元気です()

 

 ……モモモモコンビ、とか言ってたらしいけど、不敬すぎやしないそれ?*4

 

 

*1
『新と新で新が被ってしまった。ここは新は一つでいいんだな……』『いや、どっから出てきたの貴方?』

*2
TRPGの導入とかでよく使われる設定。地下駅の側道にある扉が、謎の地下組織に繋がっている……という感じ。地下って意外と広い、みたいな話でもある

*3
隠蔽効果が駅全体で見ると一部にのみ掛かっている為、そこが怪しく思われてしまっているので、それを駅全体が効果範囲に入るようにしよう、ということ。そうすることで、どこから発生したものなのか、ということをごまかそうとしている

*4
『今日は俺とお前でダブル桃、ってなぁ!あっはっはっ!』『……原作だったら酷いことになっていそうだな』



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穴を掘るなら堀り抜けて

「……ええと、つまり纏めると。この指輪は更なる巨大案件のための前提条件、みたいなもので。今回私がこれを持ってこさせられたのは、そっちを手伝う要因としての意味もある、と?」

「うむ。……当初の予定では、五条悟の協力によってド級重機の運用も予定していたのだが……」

「……あー、うん。そこに関しては謝罪させていただきます……」

 

 

 どうやら私たち、いつの間にか作業員として派遣されていたらしい──。

 

 わりと?衝撃的な事実を知った私は、後に続いたモモンガさんの言葉により、実は五条さんも戦力として数えられていた、ということをさらに知ることになったわけで。

 ……うん、足りてないね、戦力。五条さん、わりと好き勝手に動いちゃってるもんね???

 

 こうなってくると、当初の予定もそのままでは完遂できない、ということになってくるだろう。

 ──要するに更に人手が要る、ということになるわけだね。

 

 

「……うーむ。今なら私が増えればなんとかならないこともない、かもしれないかもしれない……」

「仮定に仮定が重なり過ぎて、意味のわからないことになっていないか?」

 

 

 唸る私にモモンガさんがツッコミを入れてくるが……まぁ、その辺りは置いておいて。

 ともあれ、聞く話によればブースター指輪による隠蔽範囲向上、現状成功率自体は高いのだが……効果時間の方がネックになっているらしい。

 

 ブローチサイズのものに使うのならばまだ良いのだが、件の原石への使用ともなれば、少なくとも成人男性一人より遥かに重量があり、かつそれが発している効果というのもまた重量級のもの。

 ……要するに想定される出力が高すぎるため、ブーストできる時間にも限りが出てくるのだそうだ。

 そも、広大な地下駅区画全てをすっぽり覆えるほどの出力になる、という試算なのだからそりゃそうだ、というやつなのだが。

 

 必要とされる出力まで隠蔽効果を強化することは、問題なくできるはず。

 だがそれを長期間維持するとなると、指輪の方の回路が焼き切れてしまう危険性が高いのだとか。*1

 

 いやまぁ、一応『星に願いを』を多重起動して、片方に『指輪の保全』を願い続ける、という荒業を使えばいけないこともないらしいのだが……。

 そちらの使い方は指輪本体だけではなく、ブーストしている原石の方にも過大な負荷をもたらすことになるらしく、あくまで緊急手段としてそういう使い方もできる……と例示されるに留まるのだそうだ。

 ……まぁそもそもの話、その対処法だと『星に願いを』を多重起動するためのエネルギーをどこから持ってくるのか、という問題も出てくるわけだが。

 

 ともあれ、現状ではブースト指輪は色んな意味で限りのある強化手段であり、それゆえにそれに頼らない居場所の構築というものが、最優先事項になってくる……という、先程のシャナちゃんの疑問の答えの一つともなる『どうして今それが必要なのか』という理由の一端を知った以上は、これを見て見ぬふりをすることはできないだろう。

 ゆえに、頼まれずとも手伝いをする、という気概はしっかりと育まれた、ということになるわけだが……そうなってくると、今私がするべきなのは増えること、ということになるわけで。

 

 ……いや、どういうこと?みたいなことをお思いのお方も多いかと思うが、よくよく思い返して頂きたい。

 私はわりと好き勝手姿を変えられる、ということを──!

 

 

「とりあえずピクミンとして数を提供しますので、誰か指示役をお願いしまーす」

「いや待て待て、話が急すぎる急すぎる」

「む?……あ、もしかして数の用意に関してはミラちゃんが既に頼まれてる、とかだったり?」

「いや、頼むから話を聞いてくれ。……いやまぁ、その予想に間違いはないわけだが」

 

 

 なお、モモンガさんからは止められた。

 ……むぅ、キーアの大波はお気に召さぬとな?……え?ノアならぬキア(キーア)の洪水になりそう?ごもっとも。*2

 

 

 

  

 

 

「……なるほど?事後承諾になっておることに些かの不満はあるが、わしらの居場所を守るためと言うことなれば、手伝うのは吝かではないのぅ」

「流石はミラちゃん!よっ、仙人!」

「それ絶対褒めておらぬよなお主???」

 

 

 はてさて、ところ移ってミラちゃんの居室。

 以前の時とは配置が変わったようで、現在の彼女は個室持ちである。……やだ、リッチ……!

 まぁ、持ってる能力とかあれこれ考えてみたら、普通は優遇されてしかるべきなんだけどね、ミラちゃん。普通に上澄み勢なわけだし。

 

 

「にしても……残骸をわしにポン(PON☆)っ、と渡したかと思えば、実は改良品を作っておったとはのぅ」

「そこに関しては、私もびっくりしたんだけどね。ミラちゃんにあれを渡した時点で全部終わった、と思ってたわけだし」

「……遠回しに、わしに面倒ごとを丸投げたと言っておらぬかお主?」

「……てへ☆」

 

 

 てへではないわ、とこちらを殴ってくるミラちゃんにもう一度謝罪しつつ、改めて彼女の胸元に揺れる指輪──鎖を通すことでネックレスにされている『旧・流れ星の指輪』を眺める私。

 

 こちらは、例の凄惨な破壊痕の中心部から発掘されたもの、ということになる。……つまりは元々投影品、ということになるのだが……一連の事件を経たことで、投影ではなく実体のある本物に変質した、ということになるらしい。

 恐らくは、(周囲ごと)壊れる時に『星に願いを』が暴走した結果、こんなことになったのだろうとのことだったが……まさかその検査結果を得るために解析した時に、必要なデータについてはすでに採取済みだったとは思わなんだ。

 

 ……というか、今のところ改良品の方も再生産品の方も、特に大きな問題を起こす気配がないという時点で、わりと驚きでもあるのだが。

 

 

「……お互いを近付けたら、なんか変な反応起こしそうじゃない?」

「実際、その辺りについてはちょっと危惧されておるようでのぅ。持ってくるな、とモモンガ殿に念を押されてしまったわい」

「……まぁ、流石に今度前と同じことになったら、誰もリセットボタンは押してくれないだろうからねぇ」

 

 

 ……まぁ、嵐の前の静けさ、的なモノを感じるのもまた事実なのだが。

 今問題が起きていないからといって、最後まで問題がないと思うのは危険である。

 どういうことになるか、という部分には想像の余地があるが……ともあれ、なにか厄介なことになるだろう、という予測はしておいて然るべき、というわけだ。

 

 

「まぁ、それは実際に作業が始まってから考えるとして。……ところで、件の五条悟の方はどうなっておるのかの?」

「あー、向こう(キリア)からの報告だと『こりゃ無理ですね』(処置無し)って感じというか……」

「……まぁ、お主で止められぬ以上、その辺りを期待するのは無理がある、というのはわかっておったがのぅ」

 

 

 そうして、話はもう一人の同行者、五条さんについてのモノに移っていく。

 

 口ではたまたま付いてきた、みたいなことを言っていたものの、実際は最初から労働力として派遣されてきていた、ということになる彼。

 ……なのだが、五条悟が素直に上の指示に従うのか、と言えばノーとしか言いようがなく。

 結果、今の彼は相変わらずみんなからの挑戦を受け続けている、ということになっているらしい。

 

 いやもぅ、伝わってくる映像の楽しそうなこと楽しそうなこと。

 あまりにも楽しすぎたのか、原作における覚醒時みたいな顔になってる辺り、わりと真面目に「うへぇ」ってなる感じである。

 

 ……元々趣味の産物でしかなく、その再現度も低かった彼だが、今ではこうして楽しげにドスンドスン互助会を揺らす始末。

 嬉しそうでなによりではあるのだが、同時にせめて周囲に音を漏らすのは止めない?となる私なのであった。

 

 

「まぁ、一応隠蔽する気はあるみたいだけど……」

「説明については事前に聞いておった、ということじゃろうの。……頭の出来も変化するもの、なのかのぅ?」

「じゃないとコナン君とか酷いことになる件」

「あー、確かにのぅ」

 

 

 なお、一応理性的なものは働いているようで。

 互助会を揺らすような大きな振動であれば、まず間違いなく周辺区域に地震として察知されるだろう……というこちらの心配は全くの杞憂で、私たちが眺めているテレビには、その辺りの報道は一切なされていない。

 ……どっかに引き寄せる塊でも作って、音や振動を一纏めにしている、とかだろうか?もしくは位相の反転した衝撃波をぶち当てて相殺しているか。

 

 手段はともかく、それなりに気を使って遊んでいる、ということが明らかになれば、こちらとしても止めるに止められない、ということになり。

 彼が満足するのを待つべきか、はたまた無視してもう作業を始めるべきか……というのが、現状の私たちを悩ませる問題、ということは間違いない。

 

 ……いやねぇ?五条さんが(発電機として)手伝ってくれるなら、大型の重機とかバンバン使ってサクッと作業を終わらせる、ってこともできるわけだけど。

 今の彼にその気がない以上、使える機械はちょっと程度が低くなってしまうというか……って、ん?

 

 

「……(キリア)が使える機械をブーストするなり、(キーア)が発電するなりすればいいのでは……?」 

「いや、最初からその辺りの話をするはずだったのではないのかのぅ……?」

 

 

 よくよく考えれば、そっち方面を私が手伝えば良かったのでは……?

 ということに今更ながら気付いてしまい、唖然とする私。

 ……いつもの癖で、自分()()()できないことではなかったので、考慮の対象から外していたが……そうだよ私が前線で手作業するより、補給とかに回った方が遥かに効率良いじゃん!?

 ……ということに気付いた私は、ミラちゃんから呆れたような視線を向けられることになるのだった。……モモンガさんが言い淀んでたのこれかぁ!?

 

 

*1
いわゆるオーバーヒート。エネルギーを完全に変換する、ということは現行の科学では不可能な領域であり、なにかしらの仕事をさせれば必ず熱が発生する。それは仕事の量が増えるごとに加速していき、結果として発火したり爆発したりするような温度にまで上昇する、なんてことも。そこら辺を踏まえ、冷却機関などを用意するのが普通なのだが──モノを冷却する際にも熱は発生するし、機関が電気式なら電力も消費する。コンパクトな筐体に全てを納める必要がある場合、この熱処理というものはとても大きな課題としてのし掛かってくる、ということは覚えておくと良いかもしれない

*2
『旧約聖書』の創世記に綴られる、ノアという青年に纏わるエピソードの一つ。別に彼が洪水を起こしたわけではないが、わかりやすさから『ノアの洪水』と呼ばれることもあるようだ



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なんでもできるとなんにもしなくなる

「……え?もしかして気付いてなかったのキーアさん?」

「し、仕方ないじゃないですか。そもそも『人間はわりと好きだが、基本的に手助けはしない。彼らが自立するよう、試練を乗り越えるように最小限の力を貸す』というのが、本来の魔王・キリアの性質。そこから派生した私たちも、本来の方針はそういうものなのですから」

「それはわりと初耳かなぁ」

 

 

 キーアの方との情報共有により、明かされた衝撃()の事実。

 それを確認するため、五条さんに声を掛けたところ──返ってきたのは、今気付くんだ?みたいな、なんとも言えない視線なのであった。……さっきまでの楽しそうな雰囲気が完全に消えている辺り、本気で呆れられているようである。

 

 いやでもほら、私の基本構造ってキリア(母の方)に準じるし*1……中身は確かに俺だけど、大分原型としてのキリアに寄ってるし……みたいな弁明をすれば、彼から返ってくるのは「へー」みたいな反応。はたして信じてるのやら、信じてないのやら。

 

 ま、まぁともかく。

 人とは失敗をする生き物であり、その失敗を乗り越えられる生き物である。

 生き物と失敗は切っても切り離せないものであり、ゆえにこそ失敗に対してどう対処するのか、対処できるのか?……というのが、霊長としての格になるとかうんぬんかんぬん。*2

 

 ……よ、要するに。

 失敗なんて当たり前なんだから、そんなこと恐れずにチャレンジしていく精神こそが大事、というわけでですね?

 

 

「……いいこと教えようか。そういうのって詭弁・もしくは破滅するギャンブラーの思考、って言うんだよ?」

「……ぎゃふん」

 

 

 ……まぁ、自己弁護が過ぎて、五条さんにバッサリ切られちゃったんですけどね!クソァッ!!

 

 

 

 

 

 

「まぁ、キーアさんが気付いたんなら、俺も遊ぶの止めるけどねー」

「鬼ですか貴方」

 

 

 見事に私が撃沈してからしばらく。

 どうやら五条さん、それだけが理由ってわけではないのだろうけど……私が彼の仕事を代替できる、って気付くまで遊んでいよう……みたいな方針だったらしく。

 見事条件が満たされたため、あっさりと遊び──向かってくる挑戦者を千切っては投げ千切っては投げ──をするのを止めて、私と一緒にモモンガさんの私室へと向かっている最中だったりする。

 ……いや性格悪ぅ!?

 

 

「はっはっはっ。だって遊んでくれないじゃん?だったら、俺がキーアさん()遊んでも問題ないよね?」

「──大事なことなので二度言いますよ、鬼ですか貴方」

 

 

 彼が一言声を掛けてくれれば、その時点であっさりと終わる話だったものを。

 彼が私をおちょくって遊びたいから、というある種のわがままにより、この状況が生まれた……ということを思えば、性格悪ぅって感想が出てくるのも仕方ない、と思うのです私。

 

 ……いや、っていうか貴方の言う遊びって戦闘訓練でしょ?そもそも私戦いたくねぇって言ってるじゃん毎回。

 

 

「?」

「やめてくださいその、『毎回あれこれとぼこぼこにしてるじゃん』みたいな顔。必要に迫られてやってるだけであって、私が望んでやってるわけじゃないんですよ?」

 

 

 この間なんか、ついに手に入れてしまったらしい(入手経路は不明)ネオ・グランゾンの試運転がしたいのですが、如何でしょう?

 ……なんて風に、シュウさんに絡まれて酷い目に遭ったというのに。

 なお、この話のオチとしては、ネオ・グランゾンの全力を出せるようなフィールドを用意できるのが私しかいないので、半ば強制連行・拒否権なんてなかった──というところになると思う。

 

 ……え?ゆかりん?スキマ?縮退砲の発射準備してたら『ミヂィッ!』っていう今まで聞いたこともないような軋みが発生したから、慌てて取り止めたとかなんとか言ってましたがなにか?

 

 機械類は再現度ルールでは持ってこれない、という話があるように──それでもなおそこにあるモノ、というのは色々とおかしいので仕方ないね。アスナさんのナーヴギアしかり、シュウさんのグランゾンしかり。

 どこぞの金星の女神*3でもないのだから、並行世界の皆々様は軽々(けいけい)に自身の持ち物を、落としたり貸し出したりしないで貰いたいものである。

 

 そんな愚痴は置いといて。

 まぁともかく、確かに色々絡まれたりする私ではあるが、前々から言ってる通りできれば戦いたくはないのである。

 これは、別に私が非戦主義者である、ということではない。

 

 

「……違ったの?」

「理由はあるんですよ、一応。……まぁ、言いたくないので説明はしませんが」

「ふーん。……結構厄介な話だったり?」

「当然を当然に享受することが、己の命を脅かさないとは言えないでしょう?」

「……あー、オーケーオーケー。あんまり触れない方がいいのね、了解了解」

 

 

 本当にわかっているのだろうか、この人。

 そんな感じの眼差しを向けつつ、はぁ、と小さくため息を吐く私。

 それから気持ちを取り直し、これからの行動について考え始める。

 

 向こう(キーア)からの思考共有により、今回の目的というものについては既に把握している。

 まさかの大引っ越し作業アンド移住先建設、という大仕事なわけだが……作業そのものは恐らく一週間も掛からないだろう。

 

 いやまぁ、モモンガさんの予定では、もしかしたら一月くらいを予定しているかもしれないが……作業員の()を用意できるミラちゃんと、最近真面目に国と対等レベルの存在だ、みたいなことが明かされて始めている五条さん。

 それから補助の私がいれば、工期は大幅に短縮できるだろうことは間違いない。

 

 

「あ、もしかして噂のやつ?」

「耳が早いですね……そうです、『誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)』を使います」

 

 

 そんな私の様子にピンと来たのか、五条さんが声を上げるが……その通り。

 所詮はなりきり、『逆憑依』。マシュレベルでも本人にはまだ遠い、とされる彼らの戦力を、一時的に原作越えにまで押し上げる荒業──『誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)』。

 これを適切に使えば、原作において『軍勢』の二つ名を持つミラちゃんの全力を出させることも、はたまた五条さんが本当に一国の電力を賄えるほどの性能を持つことも、双方ともに可能となるのである。

 

 

「……聞けば聞くだけ、意味わかんない魔法だねぇ。サポート相手を選ばないんでしょ?覚えたがる人も多いんじゃないの、特にこっちだと」

「まぁ、そうですね。実際ミラちゃんには『わしにも覚えられぬかのぅ?』なんて風に聞かれたりもしていますし」

「……その言いぶりだと、無理だったってこと?」

「はい。……私にしか使えない、というのも一つですが──わりとデメリットが重いのですよ、これ」

「へぇ?」

 

 

 そんなもの使えるのなら、みんなに使ってあげればいいんじゃない?……的なことを匂わせながら、五条さんがこちらにニヤニヤと笑い掛けてくるが……。

 以前ミラちゃんにも言った通り、この魔法にはデメリットがある。筋肉痛云々よりもよっぽど大きいデメリットが。

 

 

「──理想の自分?」

「今はそうでもないみたいですが……ここの方々は、原作の自分を指して『全盛期の自分』、今の自分を『なにかしらの理由で弱体化した自分』と捉える向きが強かったわけです」

 

 

 そのうちの一つが、例え一時とはいえ全盛期の自分を取り戻すこと──ひいては、その先に到達し得てしまうこと。

 

 なりきり(逆憑依)という存在は、確かに本人を現実に持ってきたモノではあるが……複製品、すなわちコピーに近いモノでもあるため、どうしても再現しきれない部分というものが存在する。

 座の話を例に出すのなら──原作を座の自分とし、今ここにいる自分はサーヴァントとして再現された自分、ということになるか。

 サーヴァントという括りである以上、クラス制限が課せられ、自身の全盛期の力は引き出せない……ということは良くあること。

 

 ケルトの英霊、ディルムッドが分りやすいか。*4

 彼は本来、特定の剣と槍の二刀流……という状態が一番強いということになるのだが、クラスという縛りによって剣二つ(セイバー)槍二つ(ランサー)という状態でしか召喚できない。

 もしかしたら、公式で『宝具をいっぱい持てる』のが特徴とされるライダー*5で呼ばれれば、件の最強状態(剣と槍)で呼べる可能性もあるかもしれないが……その場合はそもそものスペックが下がる、なんてことにもなりかねないため、全盛期とは程遠い状態しか再現できない、ということになる。

 

 定められたルールの中で再現されるため、このような悲しいことになってしまうわけだが……件の魔法を使うと、そのルールを逸脱できてしまう、ということになる。

 流石にモノを持ってくるとかはできないので、仮にやるのなら『ライダーのディルムッド』を強化する、ということになるだろうが……それはまさに、全盛期の輝きを取り戻した彼の姿、と言っても過言ではないものとなるだろう。

 

 但し、効果時間があるために、それは一時の夢。

 いつかは消え去る幻の全盛期である。

 

 ……だが、一度全盛期を取り戻せたとして、それを再び捨てることなどできるだろうか?特に、今の自分に歯痒い思いをしている者達が。

 

 

「あー……麻薬みたいなもの、ってことか」

「そういうものだ、と気付いてしまえば抗える程度の、とても弱いモノですがね。……でもまぁ、あまり濫用したいモノではない、というのはわかって貰えると思います」

 

 

 恐らく、また使いたい・一度と言わずずっと使っていたい……なんてことを思ってしまう人も出てくるはず。

 それゆえ、仮に他人が使えたとしても教えることはなかっただろう、ということになるわけである。

 

 ……で、実はここまでは建前。

 もっともらしいことを言って、本当のところを隠したモノということになるわけなのだが……。

 

 

「あれ、建前だったの?」

「建前ではありますが、本音でもあります。実際、ハジメさんなんかはちょっと名残惜しそうにしていましたからね」

「ふーん。……じゃあ、本当のデメリットってのは、いったい?」

「──これ、実は攻撃魔法なんですよ」

「……は?」

 

 

 隠された本当のデメリット──実は攻撃用の魔法を補助用に転用している、という話を聞いた五条さんは、なに言ってるのこの人、とばかりにこちらを凝視してくるのだった。

 ……よせやい、照れちゃうだろう?

 

 

*1
いつの間にかすっかり『母』扱いである

*2
生き物である以上、常に失敗の可能性は付き纏うというということ。それを成功させ続けるだけの技量を磨き上げた者が、プロと呼ばれるわけだが。だからと言って、彼らが絶対に失敗しないというわけでもない。『弘法も筆の誤り』

*3
無論イシュタルさんのこと

*4
ディルムッド・オディナ。フィニアンサイクルと呼ばれる物語の登場人物の一人。剣と槍という変則二刀流を得意とする騎士。……なのだが、そのせいでfateシリーズでは不遇の称号を得てしまっていたり(クラスシステム的に、剣か槍のどちらかしか持ってこれない、ということがほとんどの為)。特殊な剣を二本、特殊な槍を二本持っている

*5
『強力で多彩な宝具を持つ』とされる。その性質上、強い宝具を多く持っている英霊などは、三騎士で呼ばれるよりもこちらで呼ばれた方が強い、なんてこともあるようだ



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毒にも薬にもなる

「えーと、いや待った整理させて。……えーと、確かその魔法ってのは、制限時間内に本人の能力を上限なく強化する、みたいなやつで。その強化によって本人の許容量を越えそうな場合、そもそもの器の方も合わせて強化する……って感じであってるよね?」

「はい。『原型保護』と『上限突破』ですね。効果時間内であれば、それらは正常に動作しますよ?」*1

「……ええと。つまり、その辺りの保護が怪しい、ってことであってる?」

「肥大化した能力による自滅を狙う、ということですか?でしたらノーですね」

「あれー?」

 

 

 実はあの魔法は攻撃魔法である──。

 そんな話を聞かされては、流石の五条さんもまともに話を聞こう、という気分になるということなのか。

 はたまた、単に珍しくこちらが攻撃云々の話をし始めたので、興味が勝っただけなのか。

 

 理由はどうあれ、彼があれこれと推理を始めた、というのは確かな話。

 既にモモンガさんの私室には到着したものの、どうやら留守みたいだったので彼を待つ間手持ち無沙汰になる……ということもあり、彼の推理に付き合う姿勢を取る私である。

 

 

「んー……自滅狙いじゃないっていうと……自分に使ってパワーアップして攻撃……は、ちょっと話が違ってくるか」

「そうですね。その場合は結局この魔法は強化魔法、ってことになりますから」

 

 

 再現なく相手を強化し、己の力に体が付いてこないようにして倒す……という、自滅戦法ではないと最初に述べたことが効いているのか、他の説を考える五条さん。

 ……確かに、異常な戦力を誇る更木剣八に対し、それを越える力を願って自滅したグレミィ・トゥミューのように、能力強化を逆手に取る場合、やはり一番に思い付くのは自壊──大きすぎる力に体の方が耐えられなくなる、というものだろう。*2

 

 だが、敢えて述べるのなら──『原型保護』『上限突破』はどちらもこの魔法の基幹であり、取り外すことはできない。

 

 

「え、そうなの?」

「はい。この二つは絶対に付与されるモノなので、それを抜かしてどうにか……というのは思考の方向としては不正解なのです」

「えー……それがどうすれば攻撃方法になるのさ……」

 

 

 この言葉を聞いた五条さんは、むぅと口をすぼめてしまう。

 確かに、真っ当な考えではこの魔法を攻撃に転化する、なんて方法は思い付かないことだろう。

 ──だが攻撃とはなにも、相手を害することだけを言うものではない。

 

 

「難しく考えすぎなんですよ。──確かに、象は蟻を容易く踏み潰してしまいますが──微生物を正確に踏み潰すことはできないんですよ?」

「……あー、そういう?」

「はい、そういうことです」

 

 

 なので、もう一つヒント。

 こちらは藍染惣右介の台詞になるが…… 潰さないように蟻を踏むのは力の加減が難しい、というようなことを彼が述べたことがある。

 これは、彼我の戦力差を端的に述べたモノだが……実はここには一つ落とし穴がある。

 

 これを落とし穴と呼ぶのは、正直普通の感性では「はぁ?」となること請け合いなのだが──例えば相手が蟻ではなく、ミジンコだのミドリムシだのの、とても小さなモノであるとすればどうだろう?

 いや、それだと平たいモノと固い地面があれば、なんて話になるだろうから──原子や電子を狙って踏み潰せるか?……と言った方が正解かもしれない。

 

 小さいことを弱いことと見なすのであれば──原子や電子のようなミクロの存在達は、なるほどもっとも弱いモノと言えないこともないだろう。

 そしてこれらは、人や象のような者達に踏み潰せるものではない。

 いや実際は、原子は強い力で破壊することはできるわけだが──それを生身の人や象が使えるか、と言えば答えはノーである。

 

 無論、例えば縮退砲のような、なにもかもを消滅させるような武器や技を使えば、例え相手が微細なものであれ、壊し尽くすことはできるかもしれないが……よく思い出してほしい。

 私ことキールフィッシュ・アーティレイヤー、ひいてはその元となったキリアが、一体どういうものなのかを。

 

 

「……全ての最小単位は君達であり、かつ全てのものは君達によって形作られている……だっけ?」

「正確には、その称号は『あの人』にこそ与えられるべきもの、ですけどね」

 

 

 私たちの根幹である【星の欠片】は、あらゆる全てを構成する最小要素、『あの人』()を目指すモノである。

 すなわち、『消滅』『破壊』のような要素も、私たちからしてみれば『私たちを含むもの』なのである。

 

 その辺りを踏まえれば、答えはもうすぐだ。

 

 

「……あー、つまり?もしかして、その魔法の一番ヤバいとこって、()()()()?」

「そういうことになりますね。……本当に再現なく強くなり続けるのであれば、この魔法は『原型保護』に従って対象の器を強化し続ける。無論、本来であれば時間制限によって、それらの効果は露と消えますが──扱い方を知っていれば、調整の仕方も知れるというもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですから、そこを弄れば……ね?」

「……なるほど、次元追放ってやつか……」

「はい♪ご名答です♪」

 

 

 そう、この魔法の本当のリミッターとは、制限時間のこと。

 どれほど強くなろうとも、どれほど器が()()()()()()()()、時間がくれば夢のように覚めるそれ。

 ──それが容易く外せるものだと知って、それを試そうと思うものが何人居るだろうか?

 

 

「この魔法の原液(オリジン)は、『階梯突破(オーバーリミット・シフトアッパー)』と言います。相手の存在の格を()()()()()()()、こちらになにもできなくする……そんな技法ですね」*3

 

 

 

 

 

 

 そもそもの話として。

 際限のない強化、などというものが簡単に行えるはずがない。

 それゆえに、これは元々そういう()()を、形を整えて魔法のように見せ掛けている……というのが正しいのである。

 

 

「ただ、本来のそれはちゃんとやっているのですが……制限のあるこちらは、原理的には投影に近いのです」

 

 

 この魔法の本質は、『一定時間内での戦闘訓練』である。

 と言っても、実際には相手側は攻撃をせず、勝手に()()()()()()()()()()()()というだけなのだが。

 

 

「私たちが極小存在であると同時に、無限存在であるというのもご存知ですよね?」

「まぁ、ことあるごとに言ってるから流石に、ねぇ?」

「言うなればこれは、無数の私たちが『すてみタックル』のような自傷技で突撃し続ける、というのをカッコ付けているだけなのです」

「……わー、なんか一気に俗になったぞー」

 

 

 魔法版も現象版も、やっていることの内容は同じ。

 なによりも小さい──弱い私たちが、その無限の数を以て突撃する、というだけの話。

 無論、弱いので負けるしダメージも与えられないのだが……ここでのポイントは()()()()()()()()()()()()()、というところにある。

 

 

「例え手に入る経験値が少なくとも、ゼロではないのであれば意味はある。だって私たちは無限数、無限で挑めば全ては無限なのですから」

 

 

 つまり、極短期間に数えられないくらい相手を勝たせることで、その分の経験値を相手に加算してレベルアップさせる、というのがこの魔法のやっていること、ということになる。

 例え獲得経験値が『1』だとしても、『0』ではないのだからいつかはレベルアップする。そして対戦相手が無限に用意できる以上、上げられるレベルに限界もない。

 無論、ゲームに例えるのならレベルの限界、というものも存在するが……そもそも私たちは全てに含まれるものである。相手の器を強化する素材になることも、全然問題ない。

 

 

「まぁ、やってることは究極のマッチポンプですよね。経験値をあげるのも私、強化素材になるのも私。相手を徹底的に奉仕している、という風に捉えてもいいかもしれません」

 

 

 他の人では覚えられない、というのはそういうこと。

 言うなれば()()()()()()()()()()使()()()()モノなので、他の人には取っ掛かりすらないのである。……まぁ、微細粒子の操作技能でもあれば、もしかしたら似たようなことはできるようになるかもしれないが。

 

 

「じゃあ、制限ってのは?」

「そちらは現実が仮想か、みたいな違いですね。魔法の方はレベルアップの経験そのものが幻、ということになるのです」

 

 

 で、話を戻して。

 魔法の方に加えられている制限時間は、すなわちその経験が露と消えるまでの時間。つまり、戦闘訓練自体が幻だ、と世界が認識するまでの時間である。

 

 レベルアップのため、無数の「私たち(虚無)」を消費しているのが現象版の原理だが、魔法版の方はその「私たち」が仮想、すなわち魔法で再現した偽物なのである。

 そして、それらの偽物は投影で作られたものと同じように、時間経過で世界から否定され、存在していなかったことにされる。

 その時、直前まで得ていた経験なども一緒に失われる、というわけで。

 それを指して制限時間、などと言っているのだ。

 

 

「まぁ、わざと世界に気付かせている面もあるのですが」

「……あー、うん。とりあえずトライアルみたいなもの、ってことね?……で、肝心の攻撃云々の話だけど……」

「お察しの通りです。こちらは制限はない、気付かれて消えるものもない。得た経験は常に加算され、存在の器も果てなく強化され続ける──」

 

 

 ──で、攻撃として使われる方、現象版の話に戻ると。

 こちらは、強化効果に限度はない。それこそいつまでも、永遠に、どこまでも相手を強化し続ける。

 魔法の方にはあった『一定時間ごとの強化』みたいな制限すらないため、それこそただの一般人をどこぞの水銀さんレベルに()()()強化する、なんてふざけたことも可能となっている。

 

 だが、それでは足りない。

 人は自身の中身を見られないというのに、座の神達(彼ら)自分の中身(世界)を把握できる、などと述べるのだ。

 ならば、そのようなことを言えないくらいに──もっと強大にして甚大な存在へと肥大化させねばなるまい。

 

 

「分かりやすく言えば、さらに時天空と戦えるような大きさまで肥大化させます。──そこまで行けば、もう足元の塵芥なんて見えるはずもありませんよね?」*4

「……それ、攻撃っていうのかなぁ」

 

 

 最終的に、この現象によって強化された相手は、こちらが微生物に見えてしまうほどに巨大化させられる。

 そしてそこまで強くなってしまえば──もはや彼らの視点はこちらにはない。

 神や仏よりも強くなった彼らに見えるのは、精々神や仏まで。

 それより小さな人のことなど、意識して相手することなどできなくなるのである。

 

 ……と、いうようなことを語ったところ。

 五条さんからは「なに言ってるのこの人」みたいな視線を向けられることとなったのだった。……是非もないね!

 

 

*1
『原型保護』……元の形を保護する。強化されたことによって身体機能の阻害を引き起こさない。但し、他のモノとの比率などについては考慮しない

*2
『BLEACH』のキャラクター、星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人。想像したものを造り出す、という能力を持つ。剣八との戦闘の最中、彼に勝てる力を想像したが、体の方が付いていかずに自滅した。なお、先に『その力に耐えられる体』を想像していればなんとかなったかもしれない、とも言われていたり

*3
存在の位階を無理やりに上げる技法。原理は後に語る通り、相手を無理矢理にレベルアップさせるというもの。レベルに見合った場所に存在の位相を変化させる(普通のRPGからディスガイアに放り込む、みたいな感じ。無論元のゲームには戻れない)、とも言えるか。回避手段が少ない(=レベルを能動的に下げられなければいけない)こともあって、『現在の戦場から相手を離脱させる』という点においてはかなり凶悪

*4
石川賢氏の作品『真説・魔獣戦線』における真のラスボス。読み方は『じてんくう』。大きさが無限、とかいう意味不明な存在。なお、強さ議論スレ的には強さは水銀達よりも下、ということになっている。……まぁ、そちらだとキアラの方が強い扱いだったり、『いつもの』と化している赤屍さんなんかもいるのだが。なお、この強化の行き着く先は、彼より上扱いされている『トランスリアル』シリーズとかその辺りよりも先、である。考えるだけ無駄、となるのも宜なるかな。強さ議論は大体塩試合、というのも仕方のない話である



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引っ越し届けを出しに行こう

「おほん。……まぁともかく、行き着くとこまで行き着いてしまうもの、というのがこの魔法の本質ですので、例え覚えられたとしても教える気はないということになるわけです」

「……やっぱりそこまでできて弱い、ってのは嘘じゃない?」

「何度も言いますが逆です。なによりも弱いと言うことは、すなわち全てのモノの土台となる、ということ。弱くて群れるからこそ、無茶苦茶ができるのですよ」*1

「詭弁が過ぎるような気がするなぁ……」

 

 

 とまぁ、予想よりも長い語りになってしまったが、件の魔法の講釈についてはこれでおしまい。

 

 目先のメリットに引っ張られると酷い目にあうものだ、ということを五条さん以下色んな人達が理解してくれると、とても嬉しいところである。

 ……え?なんで五条さんにしか聞かせていないはずなのに、みんなが云々の話になるのかって?それはねー。

 

 

「こっちで私も同じ話をしていたからなのだー!」

「おおっとキーアさん?……と、お久しぶり骨の人」

「……まぁ、好きに呼ぶといい。お前に畏まられるのは、そっちの方が傷付きそうだ」

「わぁひっどい。久しぶりにあったってのに、連れないねぇ」

「なんでこやつら、顔を合わせた途端に喧嘩腰なのかのぅ……?」

「挨拶みたいなもの、だと思いますよ?」

「物騒な挨拶じゃのぅ……」

 

 

 こっちに向かってたキーアの方も、同じ話を同行者達にしてたからだよ!

 モモンガさんの私室に繋がる廊下のうち、右の方から歩いてきた一行さまたちに挨拶を返しつつ、そのままモモンガさんが鍵を開ける間に融合しておく(キーア)(キリア)である。

 

 

「……む?戻るのか?」

「ちょっと準備がありますゆえー。ちゃんとお仕事はしますのでお気になさらずー」

「……なんかゆるいの、今日のお主」

 

 

 なお、向こうには『誂えよ、凱旋の外套を』はキリアの時にしか使えない、みたいなことを聞かせていたため、そっちのメンバーだったモモンガさんとミラちゃんから怪訝そうな眼差しを向けられたが……心配なさらず、必要な処理ですのでと返して、そのまま開いた扉の中へと体を滑り込ませる私なのでありました。

 

 

 

 

 

 

「おおっと、これが噂の?」

「うむ、この施設の隠蔽を一手に担う、巨大原石だ」

 

 

 モモンガさんの私室の奥、本棚に隠された階段を降りた先。

 元々は以前のリーダーであったキョウスケさんが使っていたというこの部屋は、彼の代からこの原石が奉られていたのだという。

 

 そんな話を思い出しながら見上げるのは、全長三メートルは有ろうかという、巨大な水晶のような岩塊。

 うっすらと赤く輝くそれは、見ていると意識が逸らされるような感覚がしてくる。

 

 

「……へー、こりゃ強力……ってのは確かなんだけど、それより気になることが……」

「あ、五条さんも気付いた?」

「そりゃまぁ、この形式を見ればねぇ」

 

 

 なお、その効果によって違和感を抱き辛いが……実は一つ、明明白白な奇異な箇所、というものがあったり。

 それは、この石が明らかに()()()()()()、ということ。

 注連縄やら五芒星やら、明らかに特定の技術体系が関わっている感がある、というべきか。

 

 

「……ねー骨の人ー?これって()()()がやったやつだったり?」

「む?アイツ?……ああ、夏油のことか。いや、そもそもこの場所は最初からこうだったぞ。……ああいや、正確には()()()()()()()()()()()、だが」

「わぁ不穏度が跳ね上がったぞー()」

「む?不穏?」

 

 

 ……さっきから、モモンガさんが首を傾げるだけの機械みたいになってる件について。

 いやまぁ、なんかこう可愛らしいんだけども。……ここで欲しいのは、彼の可愛らしさではなくてですね?

 

 

「気付かないの……って聞くのは酷か。確かにここ、ちょっと気張ってないとぼーっとしちゃう感じだし」

「本来の(モモンガ)さんならあれなんだろうけど、耐性面が落ちてるのは以前のⅢi/Rの時に知れてるしねぇ……」*2

「……さっきから二人とも、なんの話を……いや待った、()()?」

 

 

 そもそもの原石の効果が、隠蔽──意識を逸らすということに特化している、否や()()()()()()()()()というようなことは、先ほどモモンガさんの口から聞かされている。

 それを考慮すれば、こうして()()()()()()()()()という状況に、なにかしら思うところがあってもおかしくは無さそうなのだが……。

 そもそもの話、特化しているのが隠蔽であるがゆえに、この原石の近くでは意識が散らされてしまう、ということになってしまい、結果としておかしなことに気付けない、という状態になってしまっているのだろう。

 

 本来の彼ならば意識の操作には耐性があるため、そういった小細工には騙されないはずなのだが……ここにいる彼の耐性が下がっている、ということは以前の騒動から把握済み。

 ゆえに、ここに施されている術式があからさまに怪しい、ということに気付けないでいるのだった。

 

 

「ああ。……これ、どう考えても陰陽術だよ。こっちの人員でそういう(陰陽術っぽい)ことできそうなの、アイツしか居ないと思ってたんだけど」

「……う、む。彼はここに立ち入ったことはない」

「と、なると。これをやったのは前リーダーさん、ってことになるね」

 

 

 と、いうか、その辺りはそもそもモモンガさんが外で肯定していた。この原石は聖杯の一種であり、今は願いを受けて周囲の隠蔽に力を裂いている、みたいなことを。

 

 つまり、これらの奉じる儀式のようなものは、全て以前のリーダー、キョウスケさんの代からあるもの、ということになるわけで。……キナ臭さが跳ね上がってきた、というのもわかるのではないだろうか?

 

 

「……というか、そもそもキョウスケさんって本当にキョウスケさんなんです?自身のことを隠蔽して見せたり、なにかおかしい感じが凄くしてくるんですけど」

「……いや、彼は確かにキョウスケ・ナンブだったはずだ。変貌したあとの笑い方が変だったような気はするが、姿形は彼のものだった……はずだ」

「全部仮定形……」

「いやまぁ、この場所にいると自分の記憶を疑ってしまう、ってのはわかるよ。だって今さっきまで、見えてるものを見落としてたわけだしね」

 

 

 今さらになって、前リーダーであるキョウスケさんに、別種の疑惑が持ち上がることになるとは。

 

 ……そんなことを思いつつ、改めて問いかけてみるも、返ってくるのはどこか歯切れの悪い言葉ばかり。

 まぁ五条さんの言う通り、さっきまで思考が逸らされていた、という明確な物証が出て来てしまったため、ちょっと自身がなくなってしまうのも仕方のない話ではあるのだが。

 

 ともあれ、今ここにある原石に施されているのは、明らかに陰陽術。

 術式を読み解く限り、特に怪しいことはされていないようだが……奉じ方の中に聖杯の方向性を左右する文言が含まれている辺り、これがこの原石の効果を弄っている、ということに間違いはないように思われる。

 ……同時に、こちらに陰陽術を扱える人間がいないこともあって、小細工を見抜くには時間が掛かるだろうな、ということも。

 

 

「だから、これを仕掛けた相手が実はこっそりこっちに帰って来てたとしても、それを認識できないって可能性は結構高いんだよね」

「あー……」

 

 

 こちらの言葉に、モモンガさんが呻き声をあげる。

 相手の隠蔽がこちらより一枚上手である以上、こっそり戻ってきていたとしてもそれを認知するのは難しい。

 ゆえに、今はなにも仕掛けられていなくとも、これからなにかが仕掛けられるという可能性も、決してゼロではない。

 

 と、なれば。

 先の話の通り、さっさと移住作業を終わらせてしまい、この原石に関してはお役目御免となっていただく、というのが一番通りがよい、ということになる。

 ……まぁ、向こうが更に上手なら、こっちがそう思って行動する、ってことを念頭に置いている可能性もなくはないんだけども。

 

 

「その辺りは疑いすぎても仕方ない、ってことで。じゃあとりあえず、早速例の指輪を……って、モモンガさん?」

「どうしたの骨の人ー。なんか震えてるぞー?」

 

 

 でもまぁ、その辺を考え始めると、わりと堂々巡りになりそうだというのも事実。

 なのでこの場では一先ず置いておいて、先に指輪の設置作業を済ませてしまおう、ということをモモンガさんに伝える。

 一応、さっきざっと見た限りは変な罠も仕掛けられていなさそうだし……?

 

 そう思いながらの言葉だったのだが、聞いているはずのモモンガさんはというと、何故かカタカタと震えている。

 なにごと?と思いながらその骨の顔を見れば、なんとまぁわかりやすいくらいに動揺しています、という表情になっていたのだった。

 ……いや、どうなってるのその顔?

 

 そんなことをこっちが思っているとは露知らず、モモンガさんは盛大に動揺した声音で、突然の衝撃的事実を話し始めるのだった。

 

 

「いや、よく考えたら……あの人、裏切りの権化みたいなもんじゃん!?」

「「「は?」」」

 

 

 ……みんなが困惑したことは、言うまでもない。

 

 

*1
食物連鎖における一番下を握っている、とも解釈できる。要するに明日からお前ら飯抜きな?ができる立場というか。……やっぱり強いのでは?()

*2
一回溶かされかけ(精神対抗失敗し)たがガッツで耐えました()



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簡単に繋がるのだからこういうこともある

「そうだよそうだよそうだった!なんで俺は今まで気付かなかったんだ!」

「うわっちょっ、落ち着いて落ち着いて!滅茶苦茶光ってる!感情抑制の光が出まくってるから!!」*1

 

 

 基本的に動じないここのモモンガさんにしては珍しく、素のサトルとしての口調が漏れまくっている辺りに、彼の動揺が窺えるが……。

 こちらとしては意味不明も意味不明、突然騒ぎ始めたようにしか見えないため、なんのこっちゃとしか言いようがない。……のだが、

 

 

「キョウスケ・ナンブもそう!見方を変えれば道満とリンボもそう!東仙要にセフィロス、魔法帝にサイクロップスだってそうだ!──彼の声優、味方ポジションにもなることのある敵役多すぎるだろう!!」*2

「あっ」

 

 

 次に彼の口から放たれた言葉に、一同思わず硬直してしまうことになるのだった。

 

 ……この言葉の問題点は、『逆憑依』における設定の追加──いわゆる【継ぎ接ぎ】が、()()()()というような雑な関係性でも問題なく機能する、というところにある。

 現象の大本がなりきりであるということから、これは恐らく『返答に困った時など、ネタとして同じ声のキャラクターの台詞などを引用する』ということが結構な頻度で存在する、という事実を元にしているのだろうが……まぁその辺りは置いておいて。*3

 ともあれ、『声が同じ』というのは軽い関連性に見えて、その実結構重ためなモノになるのは間違いあるまい。

 

 それを踏まえてキョウスケ・ナンブ、ひいては彼と同じ声のキャラクター、というものについて考察して行くと……。

 

 まずはキョウスケ・ナンブ自身だが、彼はOGシリーズにおいて『並行世界の自分』である『ベーオウルフ』というキャラクターが存在する。

 厳密には別人なのだが、彼の可能性の姿として存在しうる、ということは間違いではない。

 

 続いて挙げられた『FGO』の蘆屋道満。

 これは、作中において彼がやがて『キャスター・リンボ』を名乗る怪人物へと変貌する、という可能性について語られている。

 一応、安倍晴明の方を主役とする向きの強い創作界隈において、道満は最初から悪役筋では?……みたいな話もなくはないのだが。*4

 少なくとも、リンボを見た道満が『ああはなりたくない』と思う程度には人格として隔絶している以上、変貌したと言い張ることはそう難しいことではない。

 

 東仙要とサイクロップスは言わずもがな、元々味方側だがなにかしらの要因によって敵方に移動した、典型的な裏切りキャラである。……いやまぁ、サイクロップスをここに混ぜるのはどうか、と思わなくもないわけだが。実写だと声違うわけだし。*5

 

 とはいえ、魔法帝であるユリウス、それから1stソルジャーであるセフィロスに関しては、文句無しに『味方側から敵側に移動したキャラクター』として扱ってもいいだろう。

 しかも二人とも、自身に秘められた真実によって敵対したキャラ繋がり、だったりするくらいだし。*6

 

 ……まぁ、裏切らないキャラというのも、結構いるのだ。

 今なら野原ひろしだって同じ声だし、Dボゥイや親方様みたいな主人公や味方キャラだってやっている。*7

 ……無論、そこを拾うのなら奈落やシャギアみたいな、最初から敵役のキャラについても拾う必要性がある、ということになってしまうわけだが。*8

 

 ともあれ、総合的なイメージ、特に有名なキャラクター達のそれを集めると──、

 

 

「声が胡散臭い、って言われても仕方ないところがなくもない……!?」

 

 

 流石にどこぞの夢魔(マーリン)とか船長(レジライ)には負けるだろうが、*9裏切りフラグの匂いがしてきそうな声、と言われれば微妙に否定しにくい位置にいる、というのは間違いないだろう。

 そして、それを踏まえた上で、先ほどの()()()()()()()()()()()()を見ると……。

 

 

「……絶対リンボ混じってない?!っていうか変貌って『ンンン』って笑うようになった、とかそういうやつじゃない?!」

「わー、ありそー……」

 

 

 キョウスケさんがリンボを【継ぎ接ぎ】された、もしくは【複合憑依】のように複数の裏切り要素を付け加えられた……なんて可能性は、迂闊に否定できない世迷い言、みたいなことになってしまっているのだった。

 

 

 

 

 

 

「……でも実は一番混じってて欲しくないのは、Dボゥイだったり」

「漏れなくマイク……もとい鼓膜が破壊されるだろうからねぇ」

 

 

 ガッカリウルフならぬしっかりウルフである。()*10

 

 ……冗談はともかく、前リーダーであるキョウスケさんが、なんらかの理由でリンボが混じった、というのは半ば確定的だと思われる。

 じゃないと、前リーダーが同じ声集団を引き連れているヤバイやつ、ということになってしまうので。

 

 

「……それ、勝てるのか……?」

「ラスボスも主人公も多いですからねぇ、同じ声。……いやでも、ダンテさんはこっち(なりきり郷)にいるからそこは大丈夫、なのかな……?」

 

 

 でも間違いなくセフィロスがいるなら向こうだから、最低でもこっちのクラウド君が寝込むことになるのは間違いないだろう。

 ……まさか、現実(リアル)になってまでストーカーされるとは、みたいな感じで。

 

 まぁ、なんだか可哀想なことになってしまったクラウド君については、一先ず置いておいて。

 さっきも言ったように、一応この原石にはなんにも仕掛けはされていない、というのは確か。

 これから仕掛けられる、という可能性もあるということを考慮して、さっさと仕事を始めるべきだと、改めてモモンガさんに提言する私たちである。

 

 

「……むぅ、今さらになってやめておけば、というような気分に……」

「移動が終わったら、この原石もお役御免なんでしょう?だったら、余計のことさっさと終わらせるべきですよ」

「……それもそうか。では、指輪を設置する。皆の者、なにかが起こった時に備えて準備をせよ」

「了解ー」

 

 

 そもそもの話、この原石に頼りきりだとよくない、ということも含めての移設計画である。

 ならば、この原石がどうとか前リーダーがどうとか、全部移設が完了してしまえば解決するわけで。

 

 その辺りのことをもう一度強く伝え、モモンガさんをその気にさせた私たちは、彼が原石に指輪を設置する姿を、今か今かと待ち構え……。

 

 

「それで?やっぱりなにかあったんでしょ?」

「……った」

「?」

「……なにも!!!な゛かった……!!!!!」*11

「嘘ぉっ!?そこまでフラグ立てといてぇっ!?」

 

 

 時間は飛んで、ゆかりんルーム……と、見せ掛けていつもの定食屋。

 竣工(しゅんこう)祝い*12として向こうの人……具体的にはモモンガさんとかミラちゃんとかを引き連れて戻ってきた私は、ことの次第をゆかりんに説明していたわけなのだけれど……いやうん、本当になんにもなかったんだよね、マジで。

 

 ……ここまでフラグ立てしといてなんだけど、拍子抜けするくらいに工事は順調に進み、なんとまぁ予定より遥かに早い三日程度で終わっちゃって、みんなで顔を見合わせたりしたものである。

 無論、件の原石に関しては運用を破棄、以降の隠蔽に関してはこの原石から得られたデータを使い、琥珀さんが新しいアイテムを作るという形に落ち着いたのだった。

 

 

「毎度のことながら琥珀ちゃんが便利に使われてる、ってところはスルーしておくとして……それにしても、なにもなかった、ねぇ」

「来るんなら今、だと思ったんだけどねぇ」

 

 

 絶対諦めてない、ということはほぼ確実だと思われるのだが……ここで仕掛けてこなかった辺り、向こうがなにを考えているのかわからなくなった、ということは間違いなく。

 はてさてどうしたものか、と二人して唸り声を挙げる羽目になったわけなのでして。

 

 

「……まぁ、今は一先ず感謝を言わせて貰えないか?」

「あー、はい。とりあえず乾杯、ということで」

「うむ。──乾杯!」

 

 

 飲めないなりに楽しもう、というモモンガさんの言葉に反応して、一先ず難しいことは置いておくことになったのでした。

 

 

*1
アニメ『オーバーロード』で追加された演出。アンデッド系特有の『感情抑制』が機能したことを、外から分かりやすくしたもの

*2
それぞれ同一声優のキャラ、かつ裏切りや悪堕ち要素のあるもの。サイクロップスのみ、とあるアニメ作品でしか同じ声ではない為、ここに並べるのはちょっと微妙だったり

*3
なりきりという遊びは、基本毎日やるもの。……毎日やるということは、ネタが尽きるのも早いということ。結果として、他のキャラの声ネタでお茶を濁す、というのは結構な頻度で発生する事象となっている。また、上手い人なら声ネタだと意識させないように声ネタを使う、なんてこともある

*4
『ぬらりひょんの孫』など、道満側が味方という作品も決して少なくはない

*5
それぞれ『BLEACH』『X-MEN』のキャラクター。偶然か見た目も関連性がある、と言えなくもない(どちらもゴーグル装備)。正しさの暴走、という点でも似ているかも?サイクロップスの方は、以前はカプコンとのクロスオーバー作品である『MARVEL VS. CAPCOM』シリーズにおいて、リュウと対比されていたこともあっただけに、悪堕ちに近い状態になったことに驚いた人も多いはず。……なお、なんの因果かリュウの声も同じ場合がある(ZERO3)うえ、こちらにも悪堕ちに相当する『殺意の波動に目覚めたリュウ』というキャラが存在する

*6
それぞれ『ブラッククローバー』『ファイナルファンタジーⅦ』から。両者共、通常の場合は普通に人格者。後に自身の出生の秘密などを知り、変貌を遂げることとなる

*7
それぞれ『クレヨンしんちゃん』『テッカマンブレード』『鬼滅の刃』。主人公の父親・主人公・主人公の上司と、役柄も幅広い

*8
『犬夜叉』『新機動世紀ガンダムX』の敵キャラ。これ以外にも敵キャラを演じたことも多い

*9
それぞれ『FGO』内の裏切りそうな声を持つキャラクター。マーリンは裏切ってないが、レジライはしっかり裏切った

*10
彼らの声優である森川智之氏のエピソード。『テッカマンブレード』の主役であるDボゥイ、彼の変身した『ブラスターテッカマンブレード』が放つ『ブラスターボルテッカ』の収録の際、余りの音圧にマイクが壊れた、という話がある。その為、同じ声であるキョウスケが必殺武器などを叫ばない場合、(一応彼のキャラ的にはそれが正解なのだが)ガッカリする、ということで彼のあだ名みたいなものである『ベーオウルフ』に準えてガッカリ(する)ウルフ、と呼ばれるようになったのだとか。反対にちゃんと叫ぶとしっかりウルフだのやったぜウルフだのと言われる

*11
『ONE PIECE』ゾロの台詞。彼がルフィという男をどれだけ買っているか、ということが垣間見える台詞

*12
『竣』は終わる、出来上がるという意味の感じ。その為、『工事が完了した』ということを意味する。完工というほぼ同じ意味の言葉があるが、こちらは響きが他の言葉と被る為口語で説明する際には使われ辛く、文書として記載する場合は『竣』の字が常用漢字外なので『完工』の方が使われやすい、などの違いがある




次からは幕間です。


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幕間・あっという間に一年が終わろうとしている

「──絶望した!もう年の暮れが迫っているという事実に、絶望した!!」

「おっとこんなところで奇遇だねロロミヤ君。後ろでりんごもぎっとけばいいかな?」

「ロロノア屋とか、がしゃどくろとかみたいな呼び方をするんじゃない!」*1

「失礼、噛みました」

「違うわざ……やめろ、そのネタをすると奴になるだろうが」

「ちぇー」

 

 

 ある日のこと。

 すっかり寒くなったかと思えば、なんか日中は暑いしなんじゃこりゃ?みたいな感じの日々を過ごす中で、偶然出会ったのはロー君。

 この間の紅葉狩りぶりなわけだが、どうやら今日の彼は情緒不安定らしい。いつもにも増して、同じ声の別キャラクターの側面が出まくっているというか。

 

 

「……よくよく考えたら、これで【継ぎ接ぎ】じゃないってどういうことなんだろうね?」

「俺に聞くな……と言いたいところだが、まぁ確かに、他の奴らを見ていると不思議に思う、なんてこともなくはないな」

 

 

 ここまで性格面に影響を及ぼしているのだから、なにかしら【継ぎ接ぎ】の兆候が見えてもおかしくないと思うのだが……生憎?と、彼にそのようなモノは見られない。

 本人の言う通り、他の人ならばとっくになにかしらくっついていてもおかしくないような状況なのだから、なんとも不思議なものである。

 

 

「うーん……【継ぎ接ぎ】の判定に引っかかる人が多いから、それらが全て干渉しあって結果として無効化されてる……みたいな?」

「なんだそれは……全ての同声キャラの可能性の集合とか、有り難くもないもの過ぎるぞ」

 

 

 そもそもの話、ワンピースキャラ自体がそこまで多くない(人気作品なのにも関わらず、だ)のだから、これが彼ら特有のなにかによるもの、だったとしてもこちらにはわからないわけで。

 そこら辺を踏まえてみると、学術的興味がむくむく湧いてくるのも宜なるかな、というわけでですね?

 

 

「違う暇潰しだ。……結局言っちまったじゃねぇか」

「まぁまぁ♪気になることは確かめてみよう、なんて言うじゃない?確かに私は暇も暇だし、ちょっと実験に付き合って頂戴な♪」

「……絶望した!!完全にやぶ蛇だったことに絶望した!!」

 

 

 そんな私の様子に、ロー君は頭を抱えて呻くのでした。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、唐突に始まったロー君の体質を研究する会。

 とはいえこれは単なる暇潰しだけのもの、というわけではなく。

 

 

「実際、条件的には【継ぎ接ぎ】が起きてもおかしくないのに、その辺りの兆候がない……っていうのは、【継ぎ接ぎ】という現象の発生メカニズムなんかを確かめるのには持ってこい、ってわけでね?」

「……だからって、わざわざそいつを呼んでくる必要はなかったんじゃないのか?別にお前だけでも、計測とかくらいならできそうだが……」

「そんな滅相もない。私はしがない弱き女、研究とかに必要な数値の算出などとてもとても……」

「胡散臭ぇ……」

 

 

 現状知られている条件を思えば、彼の状況は矢鱈滅多に【継ぎ接ぎ】が起きていてもおかしくないもの。

 ……となれば、どうにかして彼に【継ぎ接ぎ】を引き起こせれば、いまいち謎だったその辺りの発生原因とか前提条件とかを知ることも可能になるかも、なんてことになるわけで。

 

 いやまぁ、『変身』という行為と組み合わせる、みたいな派生については結構盛んに議論されているみたいだけど、それよりももっと根幹の部分──なにを基準に判定しているのか、みたいなところについては、彼という存在一人であやふやになるものしかわかっていない、というのも間違いないわけでね?

 

 声だろうが姿だろうが、なにかしら()()()要素があれば起こりうるもの、というのが今知られている【継ぎ接ぎ】の前提条件。

 ……明らかにそれを満たしているロー君に、それらの兆候がないのであれば、そこにはさらに別種の基準がある、と考えられてもおかしくはない。

 まぁ、さっき言ったみたいな()()()()()による停滞が起きている、という可能性も決してゼロではないので、そこも踏まえての実験ということになるだろうが。

 

 ともあれ、実験とあらばこの人を呼ばねば始まらない……ということで、今日も変わらずお越し頂いたのは琥珀さん。

 最近自身の手に負えない事態が起きすぎているため、もうちょっと頑張ろうかな……みたいな感じにやる気に満ち溢れている彼女は、今回も一つ返事でここまでやって来てくれたのだった。

 

 あと、一応ゆかりんには既に実験の了承を取り付けてあったりする。……報告書を持っていきなり報告に行ったら、普通に怒られるからね、仕方ないね(n敗)。*2

 

 ……話を戻して。

 本来なら【継ぎ接ぎ】しててもおかしくないロー君、そんな彼に最初に試して貰うのは、これである。

 

 

「……なんだこれは」

超巨大カッタ~

「……言っとくが似てないからな、その物真似」

 

 

 取り出したるは、特製の超巨大カッター。……無論、立体機動装置を模したモノである。

 いやまぁ、冷静に考えて貰いたいのだが……あんな人の姿でKFM(ナイトメアフレーム)みたいな動きをする機械、普通に危ないから製作許可下りるわけなくてですね?*3

 

 ワイヤーを使って無理やり跳ぶ、という仕様上、並大抵の肉体では耐えられず。

 かといってスペックを下げると、そもそも立体機動が出来なくなる……ということで、イメージの近いカッターナイフの巨大化、という形でお茶を濁したわけである。

 

 いやまぁ、一応理由はあるのだ。

 見た目単なる巨大カッターとはいえ、()()()()()()のであれば【継ぎ接ぎ】は起こりうる。

 ここから新たに『逆憑依』するわけではないので、カッターが立体機動装置に変化する、みたいなことはないだろうが……地上でできる程度の体捌きくらいなら、身に付いてもおかしくはないわけで。

 

 その場合はリヴァイさんの要素が色濃く出た、ということになるのだろうが……ともあれ、彼の人類最強っぷりは見てわかるレベル。

 判別するのに、これほど楽なものもないだろう。

 

 

「なるほど、一応考えられているんだな、色々と」

「まぁ、刀とか吸血鬼の血とか、そういうのを用意する予定もなくはなかったんですけどね?」

「……おい、考慮程度にしておいて良かったな。実際に目の前に出してきてたら、これからの付き合い方を考えていたところだぞ」

「え、考えておくだけなんですか!てっきり絶交されるのかと」

「……別にお前を細切れにしてもいいんだぞマジで」

「え?」

「絶望した!!細切れにするぞと言われて、自分から細切れになるとか絶望した!!」

 

 

 なお、当初の予定だと蕪木君*4への変化を期待して、その辺りのモノっぽいやつを用意する、なんて予定もあったのだが……。

 彼は行間読まないと出てこない設定がボロボロあるので、逆に【継ぎ接ぎ】を誘発し辛いな、ということで没となった。……そもそもの話、吸血鬼の血が用意できないしね。

 

 あとなんか今日は糸色先生ネタ多いですね?不安定なんです?

 それから今度から私のことは、サイコロステーキ姉御と呼ぶように(適当)*5

 

 ……冗談はともかく。

 瞬時に自分から細切れになった私は、まるでバギーちゃんのように元にくっつき、呆れたような顔をするロー君の前に立つ。

 そして、次に彼にこう告げるのだった。

 

 

「──では再演しよう。さっ」

「……は?」

「いやだからー。……細切れにするんでしょ?やってみせて♡」

「ええ……」

 

 

 なお、こっちに関しては素でドン引きされ、糸色先生は欠片も出てこないのでした。……あれー?

 

 

 

 

 

 

「むぅ、人型の巨人に対して振るうものだから、一応人間相手にやった方が再現度が上がると思ったんだけど……」

「いやお前、冗談でも言っていいことと悪いことが……あっちげぇ、こいつわりとマジだ!?」

 

 

 進撃の巨人と言えば、やはり血肉吹き飛ぶバトルシーン。

 だからこう、ちょっとスプラッタみのある方が再現度あがるかなー?……的な親切心?で提案したつもりだったのだけれど……見ればわかる通り、ロー君はわりと普通にドン引き状態。

 

 さっきから声を挙げずに黙々と機械の準備をしている琥珀さんはというと、なんというかこう据わった目をしながらぶつぶつ何事かを呟いていた。……内容的に、キーアサンッテソウイトコアリマスヨネー(「こんなの日常茶飯事ですよー」)、みたいなことを言っているような?

 

 ……むぅ、見事に場の空気が死んでしまった。そんなつもりじゃなかったのに……。

 

 

「ぬぅ、レベルアップも合わせれば、意外といい感じに【継ぎ接ぎ】されるかなー、と思ったんだけど」

「あのな、仮にお前を斬っても大丈夫だとしても、それがイコール俺に問題がない、ってわけじゃないんだよわかるか?いや確かに、俺が細切れ云々言い出したのも問題だったわけだが」

「ウフフダメデスヨトラファルガーサン、コウイウトキハチャント『マシュチャンニオコラレル』ッテイワナイトー」

「……あっ」

「あっ、てお前なぁ……あと、こいつ大丈夫なのか?滅茶苦茶片言だが

「三徹後に呼ばれたから、かもしれないねー」

「それは寝させてやれよ……」

 

 

 なお、彼らの言によれば、どうやら私に剣を向けた……ということであとからマシュになにか言われそう、みたいなところも大きかったとのこと。

 いやいや、幾らなんでもマシュもその辺りはわかってると思うよ?……と私は笑ったのだが、見事に誰もノってくれないでやんの。

 

 どんだけ恐れられてるのよマシュ……なんて感想を私が覚えたのも、無理からぬ話だと思います(小並感)。

 

 

*1
『ONE PIECE』のロロノア・ゾロ、および『妖狐×僕SS』に登場する『がしゃどくろ』の先祖返り・髏々宮(ろろみや)カルタのこと。なお似たような響きの名前を持つキャラに、『ツイステッドワンダーランド』のロロ・フランム(奇しくも声優は神谷浩史氏)が居る

*2
「事後承諾は止めなさいって言ってるでしょー!?」

*3
基本的にはワイヤーを巻き取ることで移動する、という形になるが、そもそも速度が出過ぎているのでそこで引っ掛かり、あの速度で体を急制動するってところで引っ掛かり……など、どう考えてもまともに扱えるモノではない。下手をすると、巨人になり得る素養を持つエルディア人だからこそ使えるもの、なんて可能性もある(体の強度が違う、などの話)。あとそもそも装置の重量がヤバイ

*4
「違う、アララギだ」「失礼、カブ来ました」

*5
『鬼滅の刃』の名称不明なキャラクター。作中でサイコロステーキのように細切れになった為、そこから愛称?として呼ばれるようになった。何故か謎の人気がある



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幕間・確認のために実験は必要

「むぅ、そうなると単に振り回す、ってことになるのかなー」

「……いや待て、そもそもこのカッターナイフどうやって振り回すんだ?」

「え?……ええと、丸太みたいに……?」

「それだと彼岸島だろうが……っ!!」*1

 

 

 気を取り直して、ロー君にはとりあえず巨大カッターを振り回して貰おう、ということになったのだけれど……彼から返ってきたのは、こんなもの振り回せねえよという言葉。

 

 ……あー、確かに。

 立体機動装置の超硬質ブレードと、実寸比で同じくらいになるように巨大化させた()()のカッターは、武器として持つにはちょっと不便……いや大分不便だ。

 必然的に脇に抱えるような構え方になるため、これだと剣というよりは騎士槍みたいな感じになっている、というか。

 空いている片手に大盾でも持たせれば、立派なランサーになるかもしれない。

 

 

「……おい、当初の予定を忘れてるんじゃないのか?」

「失礼、ボケました」

「ぜっったい素だろそれ!?」

 

 

 巨大カッターナイフと合いそうなものというと……やっぱりカッター台?

 なんてことを思いながら、彼にいそいそと格子模様の()を持たせようとした私は、彼からの激しいツッコミにてへ、と笑みを返すのだった。

 

 

 

 

 

 

「……キーア屋は、元々男なんだよな?」

「うむ?なにを突然に。そりゃまあそうだけど」

 

 

 そんな感じでロー君にあれこれ持たせながら、あーでもないこーでもないと唸っていた私。

 その最中、憮然とした表情と口調で彼から問われたのは、自身の元々の性別について。

 ……そこに関しては普通に公言しているので、彼も知っているはずなのだが……なにが引っ掛かったのだろうか?

 

 

「……キリエライト屋やみたいなタイプなら、今の性別に引っ張られるってのはわかる。……が、お前の場合は憑依前後で人格の差がさほどないんだろう?なんだって、そんな風に女っぽく振る舞うのが普通になっている?」

「……言外に気持ち悪い、って言われてたりする?」

「違う。純粋に気になっただけだ」

 

 

 どうやら話を聞くに、さっきみたいにてへぺろ、みたいなことを普通にやってるのを見て、性自認が変になっているのでは?……みたいなことを思った、ということになるらしい。

 

 

「んー、確かにたまーに気にされることもなくはない、かなー」

「だろうな。で、どうなんだ?」

「どうもこうも──」

 

 

 特に隠すことでもないので、()()()()を話した私。

 ……ああでも、その理由に繋がる原因の部分は、深掘りすると宜しくないことになるので、ぼかして伝えることになったわけだけど。

 

 

「──正気か?」

「人間なんて大体狂ってる……って言ったら怒る?」

「……はぐらかしてる、ってわけじゃないみたいだな」

 

 

 それを聞いたロー君の反応は、なにか信じられないモノを見たようなもの。「さっきのはそういうことか」なんて独り言まで呟いているけど、どっちみちこっちの正気を疑っている、ということに違いはない。

 ……いやまぁ、正直自分が正気なのかどうか、なんて誰にも保証なんてできないような気がするわけだけど。

 それを踏まえるなら──まぁ多分、既に狂っているのだろうな、とは思う。寧ろ狂うだけで済むのなら儲けもの、みたいな?

 

 まぁ、そもそもなりきりなんてやり続けてる時点で、大なり小なり変だと言われると否定もできないのだけれど。

 自分ではない誰かを演じ続けるのなんて、それこそちょっとずれてないとできないことだろうし。

 

 

「……それを言われると弱いな」

「そういう意味では、そこのマッドサイエンティストな琥珀さんが一番まとも、ってことになるのかもねー」

「なんで私を話に引きずり込もうとするんですかー!?今回の私、あくまで裏方に徹したいんですけどー!!?」

 

 

 なりきりとはシグルイ、みたいなことを以前述べたような気がするし、そこを思えばなりきりはしてなかった琥珀さんが一番まとも、となるのも宜なるかな。

 ……そんな感じで声を掛けた琥珀さんは、今回は静かにしているつもりだったようで、話に巻き込まれたことにちょっと憤慨していたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……んー。なんというかこう、ほんっとになんにも起こんないね。琥珀さん、数値的にはー?」

「そうですねー……なにかしら影響が出そうな数値が出ている、というのは確かですよ」

「マジですか」

「マジですねー」

「……おい、俺はいつまでこれを持っていればいい?」

 

 

 はてさて、そんな会話からさらに数十分後。

 さらに色々彼に物を持たせたり、特徴的な台詞を言わせてみたり、とにかく【継ぎ接ぎ】が起こりそうなことをひたすら試してきたわけだが。

 その悉くがなんの兆候ももたらさないままに終わった、となればやっぱりなにかある、と言わざるを得ないわけで。

 

 これは本格的に検査とか必要なのでは?……みたいなことを琥珀さんと話し合いつつ、最後までは終わってないので次の物を持ってくる私である。

 

 

「次はなんだ……」

「お次はちょっと趣向を変えてねー。声ネタからは一端離れようと思います」

「……あ?」

 

 

 今まで試して来たのは、彼の声ネタに繋がるような、同声キャラクター達の持ち物。

 だが次に持ってきたのは、それとは関係のない別のもの。それは、彼の職業関連のモノであった。

 

 

「……フード付きの黒いジャケット……?」

ドクター、お仕事お疲れ様です

「うわぁっ!!?……ってキーア屋?」

そこまで驚いてくれるということは、どうやら結構彼女に似せられているみたいですね。嬉しいです

「いや止めろよ心臓に悪い……」

 

 

 それは、黒いジャケット。……フード付きのそれは、雑に言ってしまえばロドス製のそれである。

 ……うん、ドクターってのは、アークナイツの主人公・指揮官のこと。

 そして現在私がやっているのは、その作品のマシュに相当するパートナーキャラクター、アーミヤのコスプレである。*2

 まぁ、あくまでウサ耳付けて服装を真似した、というだけで髪の色とかは弄ってないのだが。なんでかって?彼女も()()なんて呼ばれることがあるから、一応念のためってやつですはい。*3……まぁ、そのうち来る可能性もあるから、ってところもなくはないのだけれど。*4

 

 そう、ここで目指すのは、声繋がりではなく役職、ないし呼ばれ方からの【継ぎ接ぎ】。

 死の外科医の異名を持つロー君は、大別すれば医者(ドクター)に区分される存在。

 そしてドクターも、その呼ばれ方通りに博士(ドクター)である。

 

 この事から、姿形を近付ければなにかしらの影響が出るのではないか?と予測した結果、こうして彼にジャケットを羽織らせることとなった、というわけ。

 なおドクターを選んだのは、彼が主人公──もっと言えば、()()()()()()()()であるがため。

 本格的な【継ぎ接ぎ】は起こらず、単なる影響のみが起こりうるものだ、と判断したためである。

 

 

「あー……そういえば、多数の人間がプレイする、って仕様上、キャラの個性は薄くなりやすいんだったか……」

ドクターに関しては、原作の時点で結構個性豊かですけどね。ほら、口の中でインスタント麺を調理したりするみたいですし

「絶対無個性キャラじゃねぇ……」

 

 

 いやまぁ、それを言えば最近のソシャゲ主人公、わりと個性マシマシになってる感もあるのだが。

 ぐだーずだってロボ好きみたいな嗜好は最初から見せてたし、ウマ娘のトレーナーなんてどいつもこいつとアクの強い人しか居ないし。

 

 まぁともかく。

 今回に関しては、二人してコスプレしているようなもの。あまり深く考えず、なんとなーくでいいので行動して欲しい感じである。

 運が良ければ、なにかしらのデータが取れるかもしれないし。

 

 

そういうわけですから──ドクター、終わってない仕事がたくさんありますから、まだ休んじゃダメですよ

「ひぃっ!!すまないアーミヤ俺はパルデアに行く用事がっ!」*5

……私が言うのもなんですが、ドクターってみんなそうですよね

 

 

 そんなんだから『何を以て貴様の不義理に報いようか』、とか言われるんですよドクター?*6

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで、暫しのアーミヤごっこでドクターもといロー君を弄っていたわけだけど。

 

 

……暫く試してみましたが、特になにも起きませんでしたね

「俺の心臓はずっとバクバク言ってるんだが……」

日頃からドクターがちゃんと仕事をしていれば、私もこんな風に声を挙げる必要もないんですよ?*7

「ひぃっ!!わかった、わかったから!ちゃんと日課は終わらせるからその声止めてくれぇ!!」

「……日課が義務になったら終わりなんですよ、ロー君」

「よ、ようやく終わった……」

 

 

 うん、ご覧の通りロー君が疲労困憊になる、くらいしか起きなかったので、完全にくたびれ儲けですね。

 ここまでやっといて成果なし、というのはちょっとどうかと思うのだが、これ以上やっても結果は変わらなさそう、ということも間違いなく。

 

 なので、私もつけ耳を取って、通常状態の私に戻ることになるのだった。

 ……こっちでは基本キーアだから、こうして別キャラになりきるのは新鮮で楽しいね、って感じで私は大満足なんですけどね!

 

 

「お陰でこっちは胃に穴が空きそうだっての……って、ん?」

「あれ、どうかしたロー君?」

「いや、なんかジャケットが重いような……?」

「重い?」

 

 

 つやつやな私とは対称的に、しょぼしょぼになってしまったロー君はというと、深く被っていたフードとマスクを取り、近くのかごに放り投げたのち、ジャケットを脱ごうとした体勢で一度固まっていた。

 どうやら、ジャケットが重いらしい。……重いってなんのこっちゃ?

 

 そんなことを思いながら、彼の元に近付く私と、なにが原因なのかとジャケットをひっくり返す彼。

 

 

「……ゴト?」

 

 

 そうした結果、彼のジャケットからはなにか重いものが転がり落ちてきて。

 一体なにが、と視線を向けた私たちは、次の瞬間声にならない悲鳴をあげることとなるのだった。

 

 

 ──ごとりと硬質的な音を立て、地面に転がり落ちて来たそれ。

 ほんのり黄色み掛かったそれは、先ほど私たちが真似をしていたキャラクター達の住まう世界で、『純正源石』と呼ばれるものに、非常に酷似していたのだった──。*8

 

 

*1
漫画『彼岸島』でよくあること。どこでも丸太があるので、とりあえず丸太を振り回せば武器になる

*2
ご存じ、『アークナイツ』のパートナーキャラクター。ポジション的にはマシュと同じだが、役職はロドスのCEOだったり。胆力の強さなどから怖いとかなんとか言われるものの、その実態はまだ年若い少女である(14歳だと言われているが、あくまでそれくらいだろうと予測できるだけ、とのこと)。特徴的なその耳は、ウサギのものだともロバのものだとも呼ばれている(が、一般ドクター(要するにプレイヤー)達からはロバの耳、と思われていることが多い模様)

*3
魔王繋がりで【継ぎ接ぎ】が発生するかも、の意。なお実際にはキーアに【継ぎ接ぎ】は起こらない

*4
アニメも始まったので、そのうち本人が来るかも、の意。やはりアニメの請求力は強いので

*5
『ポケットモンスタースカーレット/バイオレット』の舞台である地方の名前。ソシャゲーマー達は、新作ゲームが出る度に似たようなことを言っている……

*6
作戦中のアーミヤのボイスの一つ。あくまで敵に対しての台詞だが、いつもの彼女からは考えられない台詞であった為、震え上がるドクターも多かったのだとか。なお、通常のアーミヤがこの台詞を言うことはない

*7
なお、実際には作中のドクターはワーカホリックの気がある模様。なので、二次創作でよくある『ドクターを馬車馬のように働かせようとするアーミヤ』という人物像は、幾分誇張が入っているといえる

*8
端的に言うとガチャ石、かつスタミナ回復用のアイテム。その為、どこぞのマスター達みたいに『石をバリバリ食ってる』と思われている節のあるドクター達である。……作中描写的にかなりの悪食なので、実際に食べてしまいそうなのが恐ろしい



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幕間・振って湧いて出る災厄(ガチャのことではない)

「えええええ、影響滅茶苦茶あった!!?!?」

「いいい言ってる場合かっ!?琥珀屋、これ本物か……って遠いっ!!?」

「いつの間にあんなに遠くに……」

 

 

 突然降ってわいて出てきた純正源石っぽいなにかに、思わず焦りまくる私たち二人。

 

 いやだってこれ、作中でのゲーム的な用途はガチャ石だの、スタミナもとい理性回復のためのアイテムだのの、比較的よくある虹の(課金)石みたいなものだけど、その本質はアークナイツ世界の数々の厄災の元凶、などと黙されている危険アイテムなのである。*1

 ……これほど厄いガチャ石なんて、ソシャゲがポシャったとある神座シリーズのやつくらいしか知らんわい、ってレベルの危険物なので、そりゃもう慌てるのもしかたないってものなのだ。*2

 

 扱いとしては放射性物質に近いところもあり、慌てて防御態勢を取ったわけだけど……いやホント、ここにいたのが私たちで良かったねマジで。

 私は言わずもがなだけど、ロー君も『ROOM』*3みたいな汎用性の塊な技が使えるので、咄嗟の対処には強い方だし。

 ……そういうわけで、件の源石っぽいものに関しては、二人で周囲に遮断バリアーを張る、ということでどうにか封印しているのだった。

 

 で、そこまでやったうえで、ようやく琥珀さんに『これ本当に源石?』って聞くことができたわけなのだが……当の琥珀さんはというと、いつの間にやらこちらの声が届くギリギリ位の位置にまで、さっさと退避しているのだった。

 ……逃げ足ってか、危機察知能力高っ!?

 

 

「あははー。……お二人には言ってませんでしたが、途中のロドスごっこで既にヤバげなデータは取れてましたからねー。わりと最初の方から、私は安全マージンを取ってましたよ?」

「早すぎる……」

「というか、その言い種だとこいつ、本当に源石なのか……?」

「はいー、まず間違いなく」

 

 

 なお、次の彼女の言葉により、これがモノホンの源石であることは半ば確定。

 すなわち、私たちはこの世界に源石の脅威を持ち込んだ戦犯、ということになりかねないわけで。

 ……今のうちに、跡形もなく粉々にしておいた方がいいかもしれない(チャキ

 

 

「うわっちょっ、ななななにをするつもりですかキーアさんっ!?」

「なにって、純正源石(あなた方)の存在を、この宇宙から抹消してあげようかと……」

「こんなところで縮退砲ぶっぱなそうとしないでくださいよ!?……ってそうじゃなく、人の話は最後まで聞いてくださいよマジで!」

「……え、ここから入れる保険があるんですか?」*4

「保険ではありませんが、安心できるデータならありますよ」

 

 

 思わずこう、胸の前で腕を構えそうになる(つ天⊂)私を、半ば嗜めるようにして止めてくる琥珀さん。*5

 その言い分によれば、この源石を破壊する必要はない、とのことなのだが……いやでも、源石だよ?

 

 

「思い出して下さい。現状は隔離されてはいますが、アークナイツ出身の方々は鉱石病を他の方に伝染(うつ)したりしましたか?」

「……可能性が否定しきれないから隔離され続けてる、ってだけで、ブラックジャック先生とかかなり高頻度で触れあってるみたいだけど感染はしてない、ね?」*6

「そういうことです。現状、そちらの源石は活動を休止していますよ」

 

 

 そう言って琥珀さんが見せてくるのは、目の前の源石は確かに高エネルギーを保有しているものの、そのエネルギーは内部に留まっていて外に放出されてはいない、ということ。

 こちらにいるアークナイツ出身者が他者に病気を感染させないように、どうにも源石由来の力はこの世界ではその真価を発揮できないらしい。

 

 ……まぁ逆を言えば、源石由来の力が使えない彼らは、原作ほどの戦闘力を発揮できない……ということにもなるわけなのだが。

 戦えば戦うだけ病の進行が進むということを考えれば、戦う必要の薄い現代で戦闘力が低い、というのは別に悪いことばかりでもないとは思うが。

 

 ともかく、この源石が現状は安全……もとい小康状態である、ということは間違いないらしい。

 まぁ、だからといってそこら辺に転がしておく、なんて危ない真似はできないわけで。

 

 

「ご安心をー。こういうこともあろうかと、完全遮断カプセルを常備していますので☆」

「なんかまた変なもの作ってる……」

「いえいえ。使うことは恐らくあんまりないだろうなー、と思いつつ、今ある技術を使えば作れそうだから、なんとなーく作ってみた……とかではないのであしからず☆」

(絶対嘘だー!?)

 

 

 結果、直接肌に触れないようにしつつ、琥珀さんが特製のカプセルの中に保管する、という形で話は終わるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ねーえ?貴方ってば、なにかしらトラブルを引き起こさなきゃ気が済まない質なの?」

「失礼な。なんにもない時だっていっぱいあるわよ。単になんにもなかったらここにも来ない、ってだけで」

「……言われてみればそうね」

 

 

 わざわざ部屋にまで訪ねて来ている辺り、それ自体が『なにかあった』という証左だ、というのは仕方のない話というか。

 

 ともあれ、一応実験は終わったので、その報告のためにゆかりんルームに向かった私は、報告書を読み上げる度に、青褪めたり眉を顰めたりする彼女の姿を眺めていたのだった。

 ……趣味が悪い?別にわざとじゃないし、あとこうやって百面相するゆかりんからしか取れない栄養素があるのが悪いんだし。

 

 

「……やっぱりわざとじゃないの?」

「ソンナコトナイヨー」

「わざとらしっ!?……まぁいいわ。それにしても源石、ねぇ?」

 

 

 私は詳しくないんだけど、と前置きをして「それってどういうものなの?」とこちらに問い掛けてくるゆかりん。

 ……生憎と、私もそこまで詳しいわけではないのだが……。

 

 

「区分的には、毒素持ちのエネルギー、ってことになるのかな?」

「毒素持ちって……」

「運用上の注意とか、わりと放射性物質染みたとこが多いみたいよ?」*7

 

 

 源石(オリジニウム)と呼ばれるその特殊な鉱石は、アークナイツの舞台であるテラにおいて、欠かすことのできないエネルギー資源である。

 さっきのは純正源石と呼ばれる、いわば発掘したての鉱石みたいなもの。

 前述した通り、ゲーム的にはスタミナ──理性の回復に使われたり、はたまたガチャ相当の人材発掘のために使われたりするアイテムである。

 正確には、この源石を合成玉(オランダム)と呼ばれるアイテムに合成(変換)してガチャをする、という形式になるわけだが。

 源石は精錬したりすると感染を引き起こさなくなる、とのことなので、この『合成玉』状態だと『人と人とを繋ぐシンボル』という意味合いの方が強くなるらしい。*8

 

 

「……危ないものって聞いてたのに、なんでガチャに使うんだろうって思ってたけど……そういうことなのね」

「フレーバーとか結構多いからね、アークナイツ」

 

 

 普段意識をすることは少ないが、裏設定が色々固まっている、というのはオタクにとって興味をそそるもの、というのは間違いなく。

 その辺りも、かの作品が結構な人気を博している理由なのかもなぁ、なんて風に思ったり。*9

 

 話を戻して。

 扱いが放射性物質みたいなもの、というように、この源石は莫大なエネルギーを持つ代わりに、決して無視できない甚大なデメリット、というものが存在する。それが、

 

 

「鉱石病、オリパシーの誘発だね」

「体から源石が生えてくるんだったかしら?」

 

 

 鉱石病(オリパシー)と呼ばれる病を引き起こすこと、だろう。

 

 源石には増える、という特性がある。*10

 鉱石の類いであるにも関わらず、ほっとくとそのうちまた採掘出来るようになるのだ。

 その原理はまったく不明だが……莫大なエネルギーを生み出す鉱石が、時間さえ掛ければ無限に採掘できるのだから、これを利用しないというのは無理筋だろう。

 

 だが、この『増える』という特性は、なにも鉱脈だけの中に限らない、というのが悲劇の発端であった。

 ……つまり、『鉱石病』とは、体内に入った微細な源石が、元の特性に従って『増える』ことで発生する病気、という風に見なすこともできるわけである。

 

 

「あと、向こうの破壊的な天災を引き起こす、みたいな性質もあるけど……」

「その性質から考えると、空気中の微細な源石が増え、莫大なエネルギーが行き場を失くした結果起きたもの……なんて風にも考察できそうね」

「だねぇ」

 

 

 また、あちらには国を滅ぼすレベルの天災、というものが頻発しているが、それが引き起こされる原因も源石にある、とされている。

 ……天災が終わったあとには源石が現れる、なんて話もある辺り、向こうの天災が源石由来のエネルギーによるもの、というのはほぼ間違いないだろう。

 

 そして、向こうのインフラというのは、基本的に源石に依存しきっている。

 それ以外のエネルギーが存在しない、ないし発展していないらしいので、必然的に源石を使わないとまともに生活が回らないのである。*11

 

 

「で、そんな天災から逃げるのに、源石エンジンを使って都市ごと逃げるから……」

「排気的なものから源石の微細粒子が空気中に撒かれて、更なる天災の理由になる……みたいな?」

「悪循環にも程があるよねぇ……」

 

 

 こちらで考えるのなら、排気ガスがエネルギー利用できるが、その排気ガスによって深刻な自然災害が起きてしまう、みたいな感じだろうか?

 現実だと他のエネルギーを使おう、みたいなことになるが、向こうの世界においては源石以外のエネルギー技術が発展していない、もしくは発展できないらしく。

 結果として、悪循環だとわかっていても源石に頼らざるを得ない、なんてことになってしまっているらしい。

 

 ……なんというかこう、全体的に詰んでる感が凄いというか。

 そもそも源石以外にも、クトゥルフっぽい感じのヤバいのが海にいるらしい、なんて話もあるし。*12

 

 

「まぁ、今のところは活性化もしてないし、仮に活性化してもエーくんが居るからなんとかなりそう、って話だったけど」

「ああ……そういえば、微細粒子のレベルがナノサイズかも、なんて話もあったんだったかしら?」

「菌類みたいな鉱石生命体、なんて説もあるよ?」

「なんにせよ、変なパンデミックとかにならなきゃいいわよ……」

 

 

 正直持て余し気味なんだし、とゆかりんが苦笑いをして、ここでの話は終わるのだった。

 

 

*1
なお、見た目は黒く半透明な水晶体である、とされる。純正源石の中のオレンジ色の輝きは、もしかしたら源石が保有する莫大なエネルギーがもたらした輝きなのかもしれない

*2
『Dies irae PANTHEON』のこと。現在企画復活の為あれこれやっている最中なのだが、それらの施策の中で『時輪(カーラ)石』が登場。その石に隠された真実が、ファン達を恐れ戦かせたとかなんとか

*3
彼の技の一つ。領域展開みたいなもので、範囲内においては凄まじいまでの汎用性を発揮することができるようになる

*4
ネットミームの一つ。似たようなフレーズのCMはあれど、全く同じ台詞のCMはないとかで、地味に出典不明。明らかにどうにもならないような状況下で、それでも色々保証してくれるのか、と問い掛けるネタ

*5
『冥王計画ゼオライマー』より、天のゼオライマーの必殺武装・メイオウ攻撃の際のモーション。両腕を握って胸に近付ける、という動き。このポーズのあと、『天』の文字が挿入されるのは、実はスパロボに出演してから。元々はなかった演出だが、今ではすっかりお馴染みとなっている。技の発動時には『メイオー』と聞こえるような音が鳴るのも特徴

*6
そもそも、患者が生存中は露出した源石の結晶体に触れても感染しない。……逆を言えば、患者が死亡すると感染源として機能する

*7
溶かすなどして液状化させたり、粉末状に砕くなどすると特に危険、と明言されている。これは、体内に取り込みやすくなってしまう為。放射性物質も、粉末状にするのであれば飛散しないように特に厳重な管理を求められる(微細な粒子であろうが、体内に入れば内部被曝を引き起こす為)

*8
元々は導体素子として使われていたことからの連想、ということになるらしい

*9
因みに、FGOのガチャ石である『聖晶石』も、『数多の未来を確定させる概念が結晶化したもの』などという、かなり御大層な設定が付随している

*10
この性質と他者に感染する、という性質のせいで、菌類系の鉱石状生物だの、実はナノマシンだのの予測が立つ結果になっている

*11
コラボイベントなどで判明したこと。一般的な火薬などが合成できないようで、向こうの銃はこちらのそれとは原理が全く違うモノになっているそうな

*12
脅威度的には海の怪物の方がヤバい、とのこと



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幕間・誰しにも平穏な日々はあり

「なるほど、源石が……ねぇ?……私は単に噂話として聞いてるだけだけど──貴女、結構な疫病神よね?」

「あっはっはっはっ。……否定できないようなとこを突くのは止めてくれないかなー?」

「……ふふっ、貴女でもそんな顔をするのね」

「……いや、私をなんだと思ってるのさ」

「んー……海の怪物……()()()、もっと意味のわからないもの……とか?」

「……そういうのは、うちの母さんに言ってあげてください。私は(比較的)一般人です」

「ふふ、面白い冗談」

「いや冗談じゃないんだけど……」

 

 

 

 

 

 

「……む、もういいのか?」

「ええまぁ。面会できるようになったって聞いたから、一応顔合わせくらいはしておこうかなー、って思いたっただけなので」

 

 

 地下千階、隔離塔。

 面会ができるくらいには安全性が確認された、ということをブラックジャック先生から聞いた私は、先ほどまでとある人物とガラス越しに会話をしていた、というわけなのだけれど……。

 ……うんまぁ、楽しかったけど重かったかな!色んな意味で!

 

 

「……原典で病を抱えていれば、それが治る見込みはない。ゆえに、それをどうにかするために──」

「──【継ぎ接ぎ】をする、ってのは画期的だけど。同時に『うわぁ』って気分にもなる、ってやつでねぇ……」

 

 

 彼女には(病関係では)そういうの必要ないはずだから、まだマシな方なのかも知れないけれど……その代わりに、その後ろで蠢いていた魑魅魍魎達が目に入って仕方がなかった、というか。

 

 

「……まぁうん、本人達がそれでいいんなら、私としては言うことはないけどもさ?」

「そもそもがポストアポカリプス出身者がほとんど、だからな。今さらなにが起ころうとも、そこまで悲観しないということなのだろうさ」

「うーんポジティブ……」

 

 

 先生と話しながら、背後の隔離塔を眺める私。

 他者との接触において、なにかしらの問題を発生させ兼ねない彼等。そんな彼等が、唯一自由にいられる場所。

 そこは、私たちからしてみれば、最早混沌と変わらないものになっている……ということを、改めて私は思い知るのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なにそれこわい」

「開口一番怖いってあーた」*1

 

 

 日付は変わって、別の日。

 再びやってきたゆかりんルームにて、源石騒動が起きたこともあって、関係者に会いに行ったこと。および、そこで蠢く者達がいたということを話したところ、彼女から返ってきたのはさっきみたいな感じの、わりとドン引いた台詞なのであった。

 

 ……いやまぁね?確かに私も『うわぁ』ってなったし、あんまり強く言えるような立場じゃないけども。

 それでもこう、仮にもゆかりんはここの指導者なんだから、もうちょっと泰然とした態度をだね?

 

 

「いやだって、病気を改善させようとした結果ってのはわかるけど……静謐ちゃんが百貌さんになっちゃうレベルで【継ぎ接ぎ】してた、なんて聞かされたらこうもなるわよ……」*2

「あーうん、ソダネー……」

 

 

 なんて風に思っていたのだけれど。

 あの隔離塔の中で、一番ヤバいことになっていた人物を例に挙げられてしまっては、私としてもごまかすように視線を泳がせる、くらいのことしかできないわけで。

 

 ……あの隔離塔は、いわゆる問題児度数が『三』となる人達が集められた場所である。

 アークナイツ組は、基本的にその全員がレベル三扱いとなるため、発見され次第あそこへ送られることになるわけなのだが……それはレベル三の住人が、全てアークナイツ組で占められている……ということを示すものではない。

 

 無論、アークナイツ組の人々も、一部を除いて【継ぎ接ぎ】による症状緩和は行っているし。

 その『一部』に入るであろう()()も、最近は自身の種族的なものを鑑みて、同じ名前を由来とする北欧の神性を【継ぎ接ぎ】するべきかなー、なんてことを考慮したりもしていたわけだけど。*3

 

 ……まぁ、濁心と化した彼女の未来を見れば、異界の神の進行をその身で以て押し留めている……なんて考察もされる降臨者(フォーリナー)ではなく、狂気に身を染めた狂人(バーサーカー)が自身の末路なのでは?……なんて風に危惧するのもわからないではない。*4

 問題があるとすれば、あのアイス好きな女神なんて取り込んだら、見た目は確実に濁心のそれと似たようなものになり、とても紛らわしいことになるだろう……ってことだが。*5

 

 ……とまぁ、彼女達の話も気になるが、そちらは一先ず脇に置いて。

 

 あそこの人々は、他のレベルの人達とは明確に違う点が一つある。

 それは、『ただそこにあるだけで、危険かもしれない』という懸念。

 

 レベル四以上が中身と外身の極端な一致・不一致による暴走の危険性を問うものであり、レベル二以下は文字通り単に問題となる可能性がある……というものなのに対して、レベル三だけは明確にその存在自体を危険視する、という点で特殊である。

 

 そこからわかる通り、レベル三に区分される人々が、ある程度自身の体質や性質について鬱屈とした思いを抱えている、ということは容易に考察することができるだろう。

 それを思えば──原作においては『触れあいたい』という欲を持つにも関わらず、触れれば死ぬとされる毒の体ゆえに満たされぬ存在であった静謐のハサンが、この場所でどれほど思い詰めるのか?……というのも、同じように察せられて当然、という風に言えなくもない。

 ……その結果が、手当たり次第・なんでもいいから【継ぎ接ぎ】しまくって、自身の毒の体を中和する……という、ある意味狂気の行動なのであったのは、驚嘆すべきなのかもしれないが。

 

 で、その、あくまでも加えるもの自体は些細であり、されど病的なまでに重ねられた【継ぎ接ぎ】の数が百を越えた時、それを原因として最後の【継ぎ接ぎ】──名前繋がりの【継ぎ接ぎ】が起きた結果、静謐だけど百貌であるという、大分意味のわからない『ハサン・サッバーハ』が生まれることとなったのであった。

 

 これには山のじいじも困惑、である。*6

 ……いやまぁ、いつも通りに『首を出せ』するかもしれないけれど。*7

 

 

「そもそもの話、彼女の毒性は再現度の関係から本人のそれより落ちてた、って聞いたんだけど?」

「元々の性格的相性が良かった、ってことになるらしくてねぇ……レベル五になってないのが不思議なくらい、デフォルトで静謐ちゃんみたいな性格だったらしいよ?」

「ええ……?」

 

 

 なお、本来であれば『触れるどころか、汗が蒸発してできた気体すらも致死の毒』、などという静謐ちゃんの体質は再現しきれないはず、なのだが。

 元々の『逆憑依』前の彼女が、大層静謐ちゃんに共感できる性格をしていたとかなんとかで、例外的に結構再現度が高かったのだとかなんだとか、そんな話があったりする。

 

 あくまでも静謐ちゃん本人の口から知らされたこと、らしいので信憑性については疑問符が付くが……ともあれ、『そうである』と本人が思い込む程度には、毒性が強かったことは確かなのだそうで。

 そうなればまぁ、静謐本人としての欲が強くなるのも時間の問題、結果として今の状況に繋がる、ということになるようだ。

 

 なお、百人分【継ぎ接ぎ】して薄めたものの、毒性は完全には消えていないとのことで、迂闊に握手とかすると(それが百貌さん状態でも)体が痺れたりする、らしい。

 本来なら即死なので、それでもまだマシ、というのは笑いどころだろうか……?

 

 

「結果として、普通に触れたら相手が痺れる……なんてことになったのを目の当たりにさせられる百貌さんが苦労人、なんて結論になるわけだけど」

「もうそうなってくると、【継ぎ接ぎ】ってより【複合憑依】よね……?」

 

 

 まぁ、三位一体ではないから、厳密には【複合憑依】の条件には当てはまらないのだけれど。

 

 ともあれ、あの隔離塔の内部が、隔離されているからこそ変なことになっている……というのは間違いなく。

 

 

「……よーしわかったわ!慰問ね、慰問しましょう!」

「いきなりなにを言ってるのこの幼女?」

 

 

 そんな現状を聞いたゆかりんが、なんだか変な方向に張り切るのも、ある意味既定路線ということに……なるのかな、これ?

 寧ろいつもより変な方向に転がってたりしない?

 

 

「……実は三徹めなのです、紫様は」

「なんだそれ?!寝ろ寝ろベッドに放り込め!!」

 

 

 なお、お労しや……みたいな感じでひょこっ、と現れたジェレミアさんにより、ゆかりんが寝不足でハイテンションになっていると聞かされたため、嫌がる彼女を無理やりベッドに放り込む任務が追加された、ということをここに記しておきます。

 

 

*1
『あーた』とは、『あなた』の変化形。かなり砕けた言い方なので、相手によっては失礼な呼び方になるかも

*2
共にハサン・サッバーハと呼ばれるサーヴァントのうちの一人。共に星3(R)・アサシンクラス。それ以外のハサンは二人居るが、彼等とはレアリティが違う

*3
『アークナイツ』におけるスカジの名前は、『FGO』におけるスカサハ=スカディの元ネタと同じ、北欧の女神を由来としている。名前繋がりなので【継ぎ接ぎ】はしやすい、ということだが、通常時の彼女はどっちかと言えば普通の『スカサハ』の方が近い。また、通常時の彼女は『アビサルハンター』とも呼ばれ、その力の源泉は彼女の敵対者・シーボーンの因子によるということで、仮に彼女のクラスをFGOのモノに当てはめるのならば『フォーリナー』となるのは間違いないだろう。逆に、彼女のIFの姿である『濁心スカジ』は、こちらでは狂気に呑まれたモノ、ということで『バーサーカー』相当だと思われる

*4
『虚数大海戦イマジナリ・スクランブル ~ノーチラス浮上せよ~』における、ジル・ド・レイの考察。フォーリナー達は今もって英雄となる最中である、とするもの

*5
普通のスカジと濁心スカジを見比べた時、どちらが女性的か?……ということを問うた時の答え、みたいなもの。なお実際の濁心スカジは最早人ではない、とのことなので、あくまでもイベントでその姿をした、という時のモノに近くなるだろう……という意味である

*6
とあるプレイヤーが『山の翁』に対して付けたあだ名が広まったもの。他にも『キングハサン』などの呼び方があるが、フレンドリーに呼ぶ時は『じいじ』と呼ぶ人は多い

*7
山の翁の他のハサンへのスタンス。自身と志を一にするハサンへの態度はとても厳しいのが彼のスタンスだが、異教を奉じる相手に対してはわりと寛容である。無論、彼等の教義を貶めたりしなければ、だが



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二十章 年の瀬は回顧する
今年もこの季節がやって来ました


「今年もクリスマスの季節がやって来ましたー」

「わぁ早い。一年が経つのが早すぎる」

「今年も色んなことがありましたね、せんぱい」

 

 

 季節は冬を迎え、かつ一年も残すところ一月程度。

 そうなってくると、街がクリスマスムードになるのも当たり前で、今年もサンタ達の活躍が期待されることとなるわけなのでございまして。

 

 

「毎年あった問題も、今年は去年のあれこれで解決してるから問題なし!」

「あー、ハクさんの大本になってたしっと団って、それこそ結構前から居たんだっけ?」

 

 

 去年のあれこれにより、本来やってくるはずの問題ごとは既に解決済み。

 ゆえに今年は、大きな騒動もなくクリスマスを終えられそう、なんて予想が立っていたのだけれど……。

 

 

「む?我がこうなったからと言って、奴らの全てが終わったわけではないぞ?」

「なんでー!!?」

 

 

 たまたま一緒にゆかりんルームに来ていたハクさんにより、その平和な予測は脆くも崩れさってしまうこととなるのだった。

 ああ、ゆかりんが膝をついて(ort)慟哭を!?

 

 

 

 

 

 

「……で?一体全体どういうことなんです?」

 

 

 今年は楽勝!今夜は焼き肉っしょー!*1

 ……みたいなテンションだったゆかりんが、見事に撃沈したのを見届けたのち。

 改めて、ハクさんから事情聴取をすることとなった私たち。……とは言っても、大体その理由については把握できているわけで……。

 

 

「え、そうなのですか?」

「そうなのです。多分だけど、()()()()()()でしょう?」

「お主が明言せぬのはどういうことか、とツッコミたい部分もなくはないが……まぁ、良かろう。そもそもの話、我ら【顕象】が、()()()()()()()()()……というところはわかるよな?」

「え、ええ、はい。ハクさん達のような【顕象】は、周囲から特定の意識や現象などを束ね、そこに相応しい意思を宿したモノ、ということはなんとなく……」

 

 

 元々、『逆憑依』や【顕象】というのは、なにもいきなりこちらの世界に出現するモノではなく、先に【兆し】──なにかが現れるであろう前触れ、とでも呼ぶべきものを発生させ、そこに生まれた歪みに当てはまる形で顕現するものである。

 

 現れた【兆し】は、それ単体では属性を持たないが……周囲の気や意識を蒐集し、それによって得られた属性により、それを満たしうるどこかの誰か(創作物)を選び、準備段階とする。

 核となる()が得られれば、それは『逆憑依』となり、核となる()が得られなければ、それは空虚を核として【顕象】となる。

 

 時折、集められた気や意識が核となって生まれる【顕象】も居るが──そのためには余程強固・ないし強靭な意志が集うことが前提条件とされるため、まず起きることではない。

 ……まぁそのわりに?アルトリアとかハクさんとかは、そっちの方の【顕象】に当たるため、感覚的には多いように思えてしまうわけだが……それはまぁ置いといて。

 

 ともかく、普通に成立した【顕象】というのは、中身のない虚ろであるため、核となるモノを欲して暴走する……というのは、まず間違いないだろう。

 

 

「で、ここで質問となるわけだが……マシュよ、嫉妬や羨望といった感情が、この世から消えてなくなる……なんてことがあると思うか?」

「……難しいと思います。数多の宗教は、最終的に世俗からの開放を望むものですが……宗教にそれを望む以上、人は本質的にそれらの感情が()()()()()()()()()()()()()()()、と自覚しているのと等しいのではないかと」

「うむ。百点満点の答えよな」

「き、恐縮でしゅ……」

 

 

 ところで。

 二人の言う通り、人の感情というものは、基本切っても切り離せないものである。

 どこぞのお父様みたいに、自身の感情を大罪と結び付けて切り出す、なんてことをする者もいるが*2……それでは人が持つ力、とでもいうべきモノを手放すのと同じであり、本末転倒である。

 

 嫉妬は他者を妬む心だが、それは裏を返せば自身の未熟に気付くがゆえの行為であるし。

 傲慢は他者を見下すが、同時に己のみにできることがある、と他者に謳うことは、そこから得られる利を思えばそう大したことではない。

 強欲は多くを求めるが、同時にそれは多くを取り零さないように己を奮わせるものでもあるし。

 色欲は時に人の目を曇らせるが、それは時に人を強くするものでもある。

 暴食は多くを消費する代わりに、それに伴う富を生み出すものでもあるし、憤怒は不義理に憤ることにも使われるし、怠惰は己の命を守るため、時に必要となるものでもある。

 

 無駄な見栄である虚栄心(虚飾)も、そうして着飾ることで心が付いてくる、なんてこともあるし。

 適度な憂鬱は、より良い明日を求めるには必須の技能である。

 

 つまり、感情そのものに善悪はない。ただ、それをどう使うかだけに意味があるのであって。*3

 ゆえに、特定の感情を『悪』と断じて切り捨てようとする行為は、実際には新しい『悪』を生み出す『悪』である、としか言えないわけなのだが……話が長くなるので割愛。*4

 

 ともあれ、世の宗教が欲を捨てて神の元へ行こう、みたいなことを述べるのは。

 偏に人の欲とは人の生きる力と同義であり、それを捨てることができるのは人を止めた時だけ、ということを知っているから。

 逆に言えば、人である限り人は欲との戦いからは逃れられない、ということでもある。*5

 

 ──さて、ここまで語れば、勘の良い人は既に気付いているはず。

 

 

「切っても切り離せぬのが、人の欲。そして嫉妬とは、まさしく人の欲より生まれしもの。──さてマシュよ。一度我の姿を取ったとて、それで全ての人の欲が解消されたと思うか?我が人の世を救う者(救世主)と、同じ存在に見えるか?」

「……な、なるほど!つまりはこういうことですね?!──やっぱりリア充爆発しろ(クリスマス終了のお知らせ)、と!」

「──パーフェクトだ、ウォルター」*6

「パーフェクトだ、じゃないんだわこの駄狐」

「あいたっ!?」

 

 

 仕方がないとはいえ、うちのマシュになに言わせとんじゃい。

 ……的な戒めを込めて振り下ろされた拳骨を受けたハクさんは、恨めしそうにこちらを見ていたわけなのだが……そんな顔されても私は謝らんぞ。

 そもそも、途中から君が調子に乗ってたのはバレバレなんだし。

 

 

「ぬぅ、お主が口にしたがらぬから、代わりにマシュに言わせただけだと言うのに……」

「なんでハクさんが言わないんだ、ってことですよ。少なくとも、私が口にするよりはマシでしょう?」

「……?ええと、なんの話でしょうか?」

 

 

 口は災いの元、って話。

 

 ともかく。

 一度はハクさん──『白面の者』という形を取ることで、その怨念染みた思いを解消するに至ったわけだが。

 そもそもの話、人の欲とは汲めども汲めども尽きぬ井戸のようなもの。一度全てを平らげたとて、それが再び満たぬとは確証できないものである。

 ……というか、件の『しっと団』自体が、ハクさんの手から離れて暴走したものであった以上、明確に体を得てしまった彼女が再び御輿になったとして、それで止まるわけもなく。

 

 つまり、この場所が数多の異端を受け入れた結果、数多の異端が転がり込む傾斜を得てしまっている以上、昨年のような『特定の意志(嫉妬の感情)』が底に溜まるように流れ込んでくる、というのは最早確定事項。

 それによって、去年ほどではないにしろ、またなにか面倒ごとが起きることは間違いないだろう……という予測が立つわけなのであった。

 

 

「ビワもすっかり普通のたぬきになっちゃったからねぇ」

「普通のたぬきとは……?」

 

 

 ビワの大本・ビッグビワハヤヒデも、いつの間にかビワに還元されたらしく、その姿は消えていた。

 ……すなわち、欲望の自動浄化機能も今は働いていない、ということになるわけで。

 

 そうなれば、以前と同じようにまた新たなしっと団・ひいてはそこから繋がるケルヌンノス相当のなにか、みたいなものが生まれる可能性も、決してゼロではないのだ。

 

 

「まぁ、流石に我ほどの規模にはならぬと思うがな」

「そうなのですか?」

「我はそもそも一年では効かぬ量の欲を溜め込んだモノ。今年は一年分しかないのだから、素直に考えれば規模が小さくなる、というのは道理であろう?」

「た、確かに……」

 

 

 なお、ハクさんはこんなことを言っているが……なんかフラグのような気がしてならない私は、なんとも言えない表情で二人の会話を眺める羽目になったのだった。

 ……いや、実際どうなるかねぇ、今年のクリスマス。

 

 

*1
『夜は焼き肉っしょ』は、『仮面ライダービルド』における佐藤太郎の台詞。彼が誰なのか、というのは微妙にネタバレなのでここでは記さない。大きく仰け反ったそのポーズは、『焼肉ポーズ』として皆に親しまれている

*2
『鋼の錬金術師』におけるラスボス、お父様のこと。作中に出てくるホムンクルスは七罪の名前を持つが、根本的には彼から生まれた彼自身のものである

*3
ものごとにおいて、ただ一つの面しか持たないもの、というものは存在しない、ということ。一般的に美徳とされる謙遜などがわかりやすい(必要以上に自分を貶めるのは、すなわちそれより低い位置にいる相手の全てを侮辱しているに等しい。自身がある程度の実力を持つのであれば、それを誇ることも必要であるということ)

*4
ロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説『ジキル博士とハイド氏』など。自身の中の悪の心を分離しようとした彼は、しかしてそれが理由で命を落とすこととなる。アリの中の二割の怠惰なものを取り除いても、残った方の中から二割がまた休み始める、という話があるように、例え切り離せたように見えても、善だけの心がずっと善だけである保証はなく、ゆえに悪が肥大化していった……と見るのが最良だろうか。なお、アリが二割怠けるのは、実際には同じアリが怠けているのではなく、あくまでも全体の二割が代わる代わる休憩を取っているだけである、ということがわかっている

*5
なお、某宗教において神が試練ばかりもたらすのは、『ここまでやれば救われる』というような基準はない(正確には、人によってなすべき善行の量が違う)から、などの説があったりする

*6
『HELLSING』より、アーカードが執事・ウォルター・C・ドルネーズの仕事ぶりを称賛した時の台詞



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人が多いので買い物も一苦労

「え、今年はサンタの手伝いしなくてもいいんですか?」

「一応、去年とは別の人がやる……っていう風に決まってるのよ、サンタクロースって」

 

 

 あと今回は、向こう(互助会)の人達も手伝ってくれる予定だし──。

 

 そんな感じの話を聞かされた私たちは、確かに毎年同じサンタさんが来るとなると夢がないな、と頷くことに。

 配布キャラも、毎年似たようなのであれば流石に眉を顰める人もいる、というわけである。

 

 ……どこからか「それって私に喧嘩売ってるのかしらー!!」みたいな声が聞こえてきた気がしたがスルー。

 流石に『何度も出てきて恥ずかしくないんですか?』とは聞かない私である。……え?その顔は実際聞いているようなもん?*1

 

 ともかく。

 今年は単なる参加者として楽しんで……と言われれば、こちらとしても無理に首を突っ込もう*2、みたいなことにはならず。

 そのため、普通に解散して家に戻ってくることになった、というわけなのでした。

 

 

「去年がどうだったか、ということをよく知らんのだがな、我の場合は」

「あー……そういえばクリスマスよりも後に来た、って人も結構居るんだっけ」

「そうですね。私たちの場合ですと……ハクさん、ビワさん。れんげさんにかようさん。クリスさんにエー君さん、ナルトさんに一寸法師さんとアスナちゃんの計九人が、前回のクリスマスから増えた人員……ということになるのでしょうか?」

「……いや増えすぎじゃね?去年の今頃って確かうちに居たの、私とマシュとアルトリア、それからCP君にカブト君とかそんなもんだったよね???」*3

 

 

 この一年で我が家に増えた人数、実に十人近く。

 住居の拡張が簡単にできるため、手狭さなどを感じた覚えはないが……それにしたって急に増えすぎである。

 いやまぁ、わりと変な事情を抱えている人も多く、うち以外に放り出すのもなー、みたいなところも大きいわけなのだが。*4

 

 ハクさんとビワの災厄ペア、かようちゃんとれんげちゃん、イッスン君の元ビーストトリオとかは特に。

 そうでなくとも異世界(よそ)のお姫様であるアンリエッタ(アルトリア)とか、並行世界(よそ)からの来訪者であるクリスとか、零世界(よそ)からの干渉ばりばりなアスナちゃんとか、色々事情まみれの人が多いわけだし。*5

 

 最近影の薄いCP君だって、その実【複合憑依】として一番最初に見つかった存在……という時点で特殊だし。

 同じように、今は単に可愛いさを振り撒くだけのエー君も、その実ダウンサイズ∀ガンダム、なんて出自の時点で大概ヤバいし。

 

 ……そう考えてみると、今うちに居る面々の中で特に特殊でもなんでもないの、実はカブト君くらいしか居ないんじゃ……?!*6

 

 

「……そのうち、我が家が特異点になりそうだの」

「イヤだー!!そのパターンだとどう考えても私がラスボスじゃないですかー!!」

「いえ、そもそも魔王を標榜しているのですから、それでなにも問題はないのでは……?」

「……それもそっか!」

「おい」

 

 

 つまり、我が家は魑魅魍魎のすくつ(何故か変換できない)……ってコト!?*7

 あまりに身も蓋もない結論に、思わず空を仰ぐことになる私なのでありました。

 

 

 

 

 

 

「その話と、こうして飾りつけを買いに来ていることが繋がらないんだが???」

「え?クリスマスの準備するって言ったじゃん?」

「話が大幅に巻き戻っているんだが???」

 

 

 そうしてだがだがばっかり言ってると、なんかオグリを思い出すよね。*8

 いや、こんなことになってるの誰のせいだと思っとるんだ己は、というクリスのツッコミを受けつつ、近くの棚から必要そうなものをかごに入れていく私である。

 

 日付は変わって次の日、場所も変わってホームセンター的な場所。

 子供組とその保護者(クリス)を引き連れてやって来たのは、クリスマスの飾り付けを購入するため、だったり。

 街中がクリスマスムードなのだから、うちもちょっと飾り付けとかしようか、みたいな話になったというか?

 

 特に子供組は、そのほとんどがここに来て初のクリスマス。

 ……となれば、とびきり思い出に残るようなモノにしてあげたい、なんて風にこちらが思ったとしても、さほどおかしくないと思わない?

 

 

「……まぁ、確かに。荷葉とかには、しっかり楽しんで貰いたいなー、とは思わないでもないが」

「……あ、もしかして結構気を遣わせてたりする?別にいいよー、そこまで気にしなくても」

「黙らっしゃい、いいから子供は素直に楽しむっ」

「……はーい♪」

 

 

 特にかようちゃん。

 彼女の場合は、殊更に複雑な事情を抱えているため、家族で祝うクリスマス……というものにてんで縁がなかったりするわけで。

 そりゃもう、こちらとしても彼女にクリスマスを楽しんで貰うというのは、目下最優先目標にならざるを得ないというかですね?

 無論、そのために他の子供達を無下にするつもりは、一切ないわけなのだが。

 

 

「じゃあさじゃあさっ、オレってばお腹いっぱい、ラーメンを食べたいってばよ!」

「はいはい、それ以外にも色々用意するつもりだから、心配しなさんな」

「やったー!」

 

「あー、ナルトばっかりずるいん。うちにも色々欲しいん」

「そりゃもうれんげちゃん、他の人にも色々準備する予定だから、今から楽しみにしててねー」

「やったん。流石はキーアお姉さんなん。ふとももなん」

「……しんちゃんからなんだろうけど、太っ腹ね」

「……?女の人に太い腹、とか言うのは失礼だと思うん」

「わりと考えた上での真似っこだった!?」

 

「ということは……」

「僕たちにもー?」

「うむ。アスナちゃんにもエー君にも、勿論色々用意しておくつもりだから、楽しみに待っててねー」

「なるほど。とても楽しみ」

「わぁ、わぁ。すごいなぁ、たのしみだなぁ」

 

 

 ……うん、ご覧の通り子供達まみれなので、そんなんしたら『八歳と九歳と十歳の時と!十二歳と十三歳の時も僕はずっと!待ってた!!』とかされかねないからね、仕方ないね(白目)

 あの台詞が海外だとこっちよりよっぽど重い台詞になっている、というのは笑うべきか戸惑うべきか、ちょっとばかり反応に困るわけだけど。*9

 ……え?お前も見た目だけなら子供?

 

 ともあれ、子供達にクリスマスを満喫して貰う、というのは確定。

 ただでさえ、去年からすると子供が増えた上に、そもそも真っ当にクリスマスを祝うのが初、みたいなことになるビワやハクさんだっている。

 そりゃもう、十二月は年越しまではクリスマス気分で行こう、みたいな話になってもおかしくないと思わない?

 

 

「海外だと、クリスマスも年越しもごっちゃらしいって聞くけど」

「完全に一月騒ぐためのもの、みたいな気もしなくはない」

 

 

 まぁ、クリスマスを伝えてきた大本の国からしてみれば、クリスマスを盛大に祝うのは当たり前中の当たり前、という感じなので、鼻で笑われるようなノリなのかもしれないが。

 

 ともあれ、クリスマスを盛大に祝うことが決まり、現状私たちに差し迫った用事がないということも合わされば、こうして買い出しにも来ようもの、ということになるわけで。

 ただでさえ、多分当日が近付くにつれなにか起こるだろうなー、みたいな予感もある。ならば早め早めの行動は基本、というわけなのであった。

 

 

「なにか起こるだろう、って……」

「起こらない方がビックリだからね。……そりゃもう、」

 

 

 ふと、視線を路地に向ける。

 なにかが視界の端を通った気がしたから、というだけの、何気ない行為だったのだが。

 ──その路地に、誰かが倒れていることを発見して。私は、「ほら、厄介ごと」と思わず嘆息してしまうことになるのだった。

 無論、そのあとすぐに、倒れている誰かに駆け寄ることになったのだけれど。

 

 

*1
ハロウィンに毎回増えるどこぞのドラ娘のこと。一回だけ別人が配布だったこともあったが、結局その時も増えることは増えていた。なお、ハロウィントリロジーの時に公式サイトが出来たが、他がそのキャラなのに一人だけ別人が混じっている、という形になった為、とても悪目立ちしていた(上に、一人だけ復刻されなかった)

*2
話題や人の輪の中などに入り込むこと。多く、歓迎されていない状況に無理矢理入り込もうとする、ということを指す場合が多い

*3
キーア宅に常駐していない人も含めれば、更に人数は増える

*4
「あれ俺は?」「え、マシュから凄い目で見られ続ける、度胸とか趣味とかがお有りになると?」「……不幸だー!!」

*5
他、捕まえられる人がほぼ居ないが電子生命体(AI)などという特殊存在であるBB、元ビーストで現状響な見た目になっているクモコさんなど、色々ヤバげな事情持ちは結構いる

*6
ポケモン自体がわりと特殊、というのは内緒

*7
ネットでのネタの一つ。巣窟(そうくつ)のこと。本当に変換できないわけではなく、ちょっとした冗談として語られることが多い。似たようなものに『ふいんき』(雰囲気(ふんいき)のこと)があるが、元ネタとしてはこっちの方が先、ということになるらしい(元々とある掲示板で使われたものだった。その時は本当に変換できなかったようだ)。なお、最近は変換機能も進化している為、こう言った書き間違い・覚え間違いも(機械によっては)変換できるようになっていたりする。……そのせいで、新たな問題(誤変換)が出たりもしているのだが

*8
キャラクターを再現する時、一度しか言っていないようなことでも、そのキャラを強く印象付けたものであった場合、必要以上に当て擦られることがある、ということ。例えば『東方project』シリーズの霧雨魔理沙は、よく語尾に『~だぜ』という言葉を付けるキャラになっているが、実際の彼女はそこまで『~だぜ』とは言っていない、など。こうした『何かしらの特徴を必要以上に強調している』キャラ付けは、二次創作特有のキャラとして別物扱いされることもある

*9
『ブレンパワード』内のとある描写から。海外では例え仕事があろうとも、クリスマスには必ず休みを入れて子供達にプレゼントをあげる、というのがお決まりなのだそう(どうしても開けられない場合は、それを踏まえて詫び代わりにクリスマスカードや豪華なプレゼントを用意するらしい)で、それを何度も忘れてきたというこの台詞は、向こうからすれば児童虐待に相当するほどの重大事件なのだとか。宗教が生活に根付いている為、それを蔑ろにするのはとても重い行為だ、という意味もあるのだとか。その為、海外版のこの台詞は、とても重くて強い言葉になっている



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行き倒れの……

「え?いきなりなに……誰?!」

「さぁ?ただまぁ、こんなところで一目を避けるように倒れてた辺り、なにかわけ有りなのかも知れないけれど」

 

 

 突然薄暗い路地裏に駆け出した私に、傍らのクリスが不思議そうな顔をしていたが……そこに誰かが倒れていることを知り、彼女も慌ててこちらに近付いてくるのだった。

 ……そうなれば無論、他の子供達も付いてくるのは必然……ということになるわけで。

 

 

「わぁ、きみ、大丈夫かい?」

「大変なん。病院に行かなきゃいけないん」

 

 

 倒れている相手の周りで、慌てたように騒ぎ始める子供達。

 流石にこういう場面には慣れていないのか、普段の冷静さは欠片もない様子だ。

 

 

「……た」

「ん?なんだってばよ?どっか痛いのか?」

「ああもう、みんな静かにしてって!聞こえないでしょー!」

「静かにした方がいいのは、かようの方」

「む」

「ああはいはい。いいからみんなちょっと離れて……」

 

 

 フードを目深に被った相手が、何事かを呟いているが……周囲がうるさいので聞こえない。

 良い子達なのはわかるが、こういう時はちょっと静かにしておいて欲しい……なんて思っているうちに、私が抱え起こした相手は、

 

 

おなか……すいた……

「は?」

 

 

 なんとも気の抜けたことを、私たちに聞かせてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 相も変わらずフードを目深に被ったまま(ずらそうとしたら滅茶苦茶嫌がられた)の相手を連れ、近くの飲食店に入った私たち。

 ……子供が多い状態でそんなところに入ればどうなるか、というのは火を見るより明らか、ということはわかって貰えると思う。

 

 

「……ここはドラゴンボールか?」

「つくづく、食事とかにお金が掛からなくてよかった、って思うわね……」

 

 

 ……うん、エー君がいる時点で大概だけど。

 そもそもフードの子がよっぽどお腹を空かせていたらしく、ガツガツとご飯を食べている姿を見れば、他の子達だってなにか食べたい、みたいなことを言い出すのは半ば必然的なわけで。

 

 

「やりぃ、ラーメンいっぱいだってばよ~♪」

「それ、もうクリスマスのプレゼントは要らないってこと?」

「……あ」

「ナルトは迂闊なん。こういうのはほどほどにしておくのがいいん」

「そういうれんげは、ここぞとばかりにカレーと梅昆布茶ばっかり頼まないの」

「あ!や、やめてほしいんかよう!ピーマンはいらないん!」

「いいから、ちゃんと好き嫌いせずにた・べ・な・さ・い!」

「だ、誰かた~す~け~て~な~ん~!」

「全部たべないとー、大きくなれないよー?」*1

「でも、れんちゃんが嫌がるのもわかるんだゾ。オラもピーマンはダメだから……」

「しんのすけの場合は、そもそもピーマン以外にもダメなものいっぱいあんだろ……」

「おおっ、そういうコナン君はー、苦手なものが無さそうでうらやましいですな~」

「まぁ、こう見えても中身は高校生、だからな」*2

 

「……いつの間にか人が増えまくってる件について」

「ごめんねキーアさん。コナン君と一緒に買い出ししてたんだけど、途中でしんちゃんと合流することになっちゃって……」

「で、カスカベならぬなりきり郷防衛隊のメンバーである私も、ここにご相伴を預かることとなったわけさ」

「……多いわっ!」

 

 

 結果として、みんながみんな好きなものを頼み始め、ちょっとしたパーティみたいなものに発展してしまったのであった。

 ……私たちよりも先に店の中に居たライネス達も追加で加わったため、子供の人数限界突破状態である。

 この惨状でありながら、一応防衛隊メンバーであるはずの鬼太郎君とバソがいないので、実はまだ騒動としては軽い方になっているというのだから、世の中色々とあれだなぁ、なんて遠い目をしてしまうのも宜なるかな。

 

 ともあれ、ドラゴンボールみたいな食欲をしているエー君と、それに負けじとばかりにガツガツとご飯を食べるフードの子とを眺め、どうしたものかとため息を吐くことになる私なのでありました。

 

 そうして、みんなの食事する姿を眺めることしばし。

 ようやく落ち着いた、ということなのかフードの子はスプーンとフォークを置き、ふぅと一つ大きな息を吐く。

 

 

「ありがとうなのだ。お陰さまでおなかいっぱいなのだ」

「元気になったのなら良かった。……ところで、落ち着いたところで一つ聞きたいんだけど。貴方はどうして、あんな路地みたいな人目の付かないところで倒れてたの?」

「……逃げてきたのだ」

「穏やかじゃないね」*3

 

 

 聞こえてきたのは少女の声。……よっぽど捻った状態でもない限り、これで相手は女性ということになるわけだが……そんな彼女が言葉にしたのは、アスナちゃんの言う通りどうにも穏やかではない話。

 ……逃げてきたとは言うが、一体なにから逃げてきたのだろう?事と次第によっては、このままゆかりんに連絡するのが最善、ということになるわけなのだが……。

 

 

「針がぷすっとして、とても痛い痛いなのだ。ああいうのはイヤなのだ」

「……あ、注射ね。なるほど」*4

 

 

 すっごいイヤそうな声と共に聞かされたのは、注射がイヤだから逃げてきた、というこっちがずっこけそうな答え。

 

 ……うん、子供組がうんうん言って頷いてる辺り、ここでゆかりんに連絡する、というのは余計な問題を引き起こしそうな感じ。

 具体的には「お前も敵か」的な視線をみんなから向けられそう、というか。……いや敵でもないし攻撃でもなく、予防注射とかは普通に君らのためを思ってやること、なんだけどね?

 

 

「まぁ、注射がイヤ……っていう気持ちは、それこそ痛いほどよくわかるけども」

「そうなの?」

「私が蜂がダメ、って言う理由が()()()()()()ってことが大きい……って時点でわかって貰えるんじゃないかなー、と」

「あー……」

 

 

 より正確に言うのなら、「アレルギー体質なお前は、刺されたら死んでしまうかもな」みたいな脅し文句を、幼い頃に父親から聞いたことがある……というのが理由ということになるのだが。

 多分、単なる冗談だったのだろうとは思うのだが、子供心にはとても恐ろしい話に聞こえたため、思ったよりもトラウマになってしまったみたいだ、というか。

 

 まぁともかく、注射がイヤで逃げたという動機そのものには、ある程度理解を示すことができる……と相手に伝えたことで、フードの子は幾らか警戒心を薄めたらしく。

 

 

「それは良かったのだ。()()()()()はああいうの嫌いだから、わかって貰えて嬉しいのだ」

「うん、まぁイヤなものはイヤ、ってのはわか……()()()()()?」

「……バレてしまったものは仕方ないのだ!」

「いやバレたもなにも、今自分からバラしたような……」

「フードの美少女とは世を忍ぶ仮の姿!」

「いや聞けよ」

 

 

 ついうっかり、とばかりに彼女の口から漏れた言葉に、思わず反応した私。

 そんな私の姿を見た彼女は、ごまかすように大声をあげる。

 

 

「その正体は、アライグマのアライさんなのだ!」

「知ってた」

「その口調の上に『アライさん』って自称だし、ねぇ?」

「そこは素直に驚いて欲しいのだ!?」

 

 

 発言と共に、取り払われたフード。

 その下にあったのは、大方の予想通り、『けものフレンズ』のキャラクターの一人・アライグマのそれだったのでした。*5

 ……うん、知ってた。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……くーるでみすてりあすでびゅーてぃなアライさんを演出する予定が……っ!」

「……少なくとも、自分から言い出すような人に『ミステリアス』なんて冠詞は付かないと思うなー」

「うわぁああ!!なのだ!!」

「情緒不安定だね」

 

 

 フードを取っ払った彼女──アライさんは、まるで駄々を捏ねるように机の上に突っ伏してバタバタしている。

 ……まぁうん、自分の顔を隠して控えめに動く、みたいなのは確かにミステリアス系の動きだけど、その行動と君の言葉使いはちょっと相性が悪いというか、ね?

 

 そんなくーる?な彼女は、背丈的にはアスナちゃんと同じくらい。

 見事に少女って感じだが、フレンズの背丈ってどれくらいが標準なんだっけ……?

 

 ううむ、と悩む私だったが、目の前の彼女が言葉を発したあと、突然びくっとしたかと思うと、机の下に隠れてしまったことで首を傾げることに。

 ……ええと、なんでいきなりそこに……?

 

 

「しー、なのだ!このままでは見付かってしまうのだ!アライさんはここに居ないことにして欲しいのだ!」

「はぁ?」

 

 

 なんのこっちゃ、と私が思うのも束の間。

 

 

「……む、キーア嬢か」

「おっと、その声は……トキさん?」

 

 

 店の扉を開いて、中を覗き込んでくる人影が一つ。

 店内を見回していたその影が、こちらを見て声を挙げたため、私はそれがトキさんであるということに気付き、思わず首を傾げることとなるのだった。

 

 

*1
れんげちゃんの好きなものと嫌いなもの。ピーマンに関しては、名前を聞くだけでも場合によっては逃げ出してしまうほど

*2
因みに、コナン君が嫌いな食べ物として『レーズン』が挙げられることがある。これは、作者である青山剛昌氏が嫌いなもの。そこからコナン君の嫌いなものとしても扱われるようになったのだとか(正確には、『名探偵コナン 特別編』というスピンオフにて描写されたのが初。元々は非公式設定だったが、後に本編の方でも使われたので半ば公式化した)

*3
『ゼノブレイド』の主人公、シュルクの口癖のようなもの、『穏やかじゃないですね』から。人々の悩みを聞く時の定型文の一つ。いわゆるクエスト受注の為の前ふりというわけだが、どんな相手にもこの一言で切り込んで話を聞いていく姿が、どうにもこなれすぎていてプレイヤーの印象に残った、ということらしい。因みに原作では当初声が付いていなかった

*4
動物が注射を嫌う理由、というのは以前話した通り。子供のように物の道理がわからない者も、『痛い』という明らかなマイナス行動が自分の為になる、なんてことを想像できない為、我慢できずに嫌がることもしばしば。逆に言うと、子供や動物で注射を嫌がらない場合、なにかしらの理由があるのだと疑う必要性がある、ということでもある。その理由が良いものであればいいが、悪いものであるのならば是正が必要、なんてことにも繋がるだろう。『良い子』が本当に良い子なのかはわからない、ということでもある

*5
『けものフレンズ』のキャラクターの一人。アライグマがブレンズ化した存在。『~のだ』という口調が特徴。普段はフェネックと一緒に居ることが多い



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注射が好きな子供はいません

「……今日はやけに子供達が多いのだな」

「ほとんどがうちの子です」

「ほっほーい、トキのおじさんお元気ぃ~?」

「そういうしんのすけは、元気そうでなによりだ。子供は風の子、元気なのが一番だからな」

 

 

 入り口で店内を見回していたトキさんが、こちらに気付いて近付いてくる。

 

 知らない間柄というわけでもないので、軽く手を挙げて挨拶を返すのだけれど……なんだろう、机の下から昇ってくる気配が、ちょっとぴりぴりしたものに変化したような?

 

 ……そこから考えると、彼女が逃げていた相手というのはトキさん、ということになるのだろうか?

 つまり、以前の朱鷺コストキさん出現の理由は、ここにいるアライさん?

 無論、彼女が暴れたのだと決めつけるのは早計だが……今の大人しい彼女の様子から想像できないかもしれないが、アライグマという動物はとても気性の荒い動物なのである。()()()だけに。

 

 ……冗談はともかく、アライグマの気性が荒い、というのは本当の話。

 子供の時は大人しくとも、大人になると迂闊に触ることすらできなくなるくらいに狂暴になる、というのはとても有名だろう。

 かの名作『あらいぐまラスカル』も、ラスカルが成長するに従い大人としての狂暴性が現れ始め、更にそこに様々な理由が重なった結果、ラスカルを自然に返すことに決めた……というのが終盤の流れだったりするわけだし。*1

 

 なので、以前彼が言ったように『迂闊に触れると怪我をするほど狂暴だった』というのは、確かにそうなってもおかしくない、と考えてしまうだけの理由が彼女にあるということになるわけで。

 そうなってくると、彼女がこうして机の下に隠れているのは、ほぼ確実にトキさんから逃げているんだろうな、という予測が立てられてしまうのだった。

 

 ……となると、今現在どうするのが最善か、ってことが次の問題になるんだけど……。

 

 

「……む、キーア嬢。難しい顔をしてどうしたのかな?」

「……あー、いえ。先ほどなにかを探すような仕草をしていらっしゃったので、なにを探していたのか気になってしまって」

「実は、とある子供を探していてな。以前話したフレンズの子供なのだが……」

「ほう、例の暴れたっていう?」

 

 

 一先ずはトキさんの話を全て聞いてから判断する、ということにする。

 彼がなにか悪いことをしている、だなんて風には思っていないが……注射以外にもアライさんが嫌がるモノがあるのかもしれない。

 その辺りを聞いてから、引き渡すかどうかを決めてもいいのではないか?……と思った次第である。

 

 そうして聞いてみた所によれば、次のようになった。

 

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。そもそもの話、フレンズって存在自体があんまりこっちに居ないこともあって、合わせて色々な身体検査も行っていたら逃げられた、と」

「そういうことになる。……まぁ、一度に詰め込みすぎたことは反省しているが、何分防疫の面から考えると、……な」

「あー……」

 

 

 フレンズ、という存在自体が珍しいこと。

 また、基本的に野生動物が変化した生き物であるため、元々の体内菌類などがどうなっているのかわからないこと。

 ……などなど、色々と調べなければならないことが多く、現状発見例としては一人目となるアライさんは、調査の面でわりと負担を強いられていた、というところがあるらしい。

 

 とはいえ、それらの検査はアライさんのためのモノでもあるし、ひいては私たちのためのモノでもある。

 ウマ娘達とは違い、あくまで元となった動物達が人型になったとされるフレンズ達は、病気などの面からきちんと検査を行わなければいけないのだ。*2

 特に、アライグマは人獣共通感染症である、狂犬病のキャリアーとなることもあるわけだし。

 

 

「きょーけんびょー?」

「狂犬病ウイルスによって引き起こされる病気の一つね。狂()、なんて風に(いぬ)って言葉が付いてるけど、実際には全ての哺乳類に感染する可能性のある怖ーい病気よ」*3

 

 

 クリスの言う通り、狂犬病とはとても怖い病気である。

 以前触れたように、日本は清浄国であるのでその危険度というものがわかり辛いが……一先ずわかりやすい脅威として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということを覚えておくと良いだろう。*4

 日本では『狂犬病』と名が付いているが、海外ではコウモリだったりキツネだったりアライグマだったりと、多種多様な哺乳類達が感染源として警戒されている。

 

 発症すると致死率百パーセント、ということから死亡率の高さに目が行く*5が、この病気の恐ろしさとはすなわち根源的な宿主がコウモリである、ということに尽きるだろう。

 

 コウモリという種族は、哺乳類という生き物の中でもわりと原始的な遺伝子を持つのだとされている。

 それは言い換えれば、彼らは色んな哺乳類に繋がるような遺伝子的特徴を持っている、ということ。

 ……すなわち、コウモリが持つ病原菌というのは、その原始的な遺伝子に適応するため、結果として様々な哺乳類に感染しやすくなってしまうのである。

 

 そしてそんな体質を持っているせい、ということなのか。

 彼らはウイルスの貯水池、などという名前で呼ばれることもある*6にも関わらず、それらのウイルスによって死亡することがほとんどないのだ。

 つまり、彼らの体内のウイルスは、ほぼ彼らと共生しているということ。──そして、彼らの体内から飛び出した時、その脅威を奮い始めるのだ、ということだ。*7

 

 

「狂犬病の場合、主な二種の症状の内『麻痺』を強く示すらしいから、全くウイルスの影響がない……ってわけでもないみたいだけれどね」

「でもそれによって、他の野生動物の餌になりやすくなるんだから、正直ウイルスに上手く使われているって言ってもおかしくないって言うか……」

 

 

 二つの症状の内のもう一つ、『狂暴化』することもあるみたいだが、大抵のコウモリは麻痺して上手く動けなくなる、ということが多いらしい。

 そうなるとキツネや犬、猫などの捕食者達が彼らを捕食し、彼らの体内の狂犬病ウイルスを、自身に取り込んでしまうということになってしまうようだ。

 

 また、発症している動物は唾液などの分泌物などにもウイルスを含むとのことで、これにより直接キャリアーを捕食しない生き物達も、彼らの唾液や血液などから間接的に感染する、という事態に繋がるのだとか。

 

 ……さて、狂犬病の一番の恐ろしさは、哺乳類であればどんな動物にも感染するということだと言ったが、その次に恐ろしいのが『狂暴化』だろう。

 

 先ほど触れたように、狂犬病の主な症状は麻痺と狂暴化である。

 これは、狂犬病のウイルスが脳に行くモノで、そこで増えることによって症状を引き起こしているから、というのが理由になるわけなのだが……。

 麻痺が脳内での増殖によって起きるものだとすれば、狂暴化は新たな感染者を増やすためのもの、ということになるのだろう。

 

 

「そうなん?」

「小さいキツネが、本来なら逃げるだろう自身より大きい人間相手に、執拗に噛み付きに行くようになってしまうように。狂暴化している時の哺乳類は、基本的に相手の強さとか自分の命の危険だとか、そういうものを一切気にしなくなるのよ」*8

「それは怖いってばよ……」

 

 

 狂犬病の感染経路は、先に語った通りのコウモリ由来のものが根源なのだろうが……『狂犬病』と名の付く由来となったのは、まず間違いなく『狂乱した犬に噛まれると噛まれた犬も暫しの後に狂乱し始める』、という事実の方だろう。

 先ほど唾液や血液などにもウイルスが含まれるようになる、と言ったように、狂犬病に罹患して狂暴化した動物に噛まれるというのは、まさしく感染経路として大きなモノの一つなのである。

 

 そして更に恐ろしいことなのだが……こうして噛まれた場合、発症するまで自身が狂犬病に罹患しているかどうか、というのは外からでは判別できないのだ。

 その癖、発症すると致死率百パーセントだというのだから、この病気の殺意の高さ、というものがなんとなくわかって貰えるのではないだろうか?

 

 

「……えっと、ということは噛まれたらどうしようもない、ってこと?」

「一応、発症前にワクチンを打てばどうにかなるよ。……ただまぁ、完全に大丈夫だって言えるまでには、結構な回数ワクチンを打つ必要があるらしいけど」

 

 

 なお、発症するとどうしようもない、とは言ったが、発症する前にどうにもできないのか、とは言っていない。

 ただ、先ほども言ったように『発症するまで感染しているかどうか確かめようがない』ため、野生動物に噛まれた場合は迅速に病院に向かう必要がある、ということになる。

 まぁ、その場合は噛んできた動物が狂犬病に罹患しているかどうか、ということを先に確認してからということにもなるのだが。

 なお、日本国内においては、基本的に狂犬病のキャリアーは存在しないため、暴露後のワクチン接種というものは行われない。……海外渡航歴があり、海外で暴露した場合は別だが。

 

 あと、地味に怖いところだが。

 噛まれるなどして感染したあと、実際に発症するまでに一年近く間が空く、ということもあるので、すぐにすぐ発症しなかったからといって安心するべきではない、ともここで述べておく。

 

 

「あとこれは与太話だけど。有名な人狼伝説の元となったのは、狂犬病に罹患した患者の異常行動が元だ、って話もあるね」

 

 

 あとは、私たちに身近なのは人狼伝説の元になったかもしれない、ということだろうか。

 

 犬に噛まれることで、犬のような動きをし始める。

 水を極度に恐れ、夜に吠え始める。*9人を襲おうとしたり、実際に襲おうとする──。*10

 

 これらの行動は、全て狂犬病のそれと同じである。

 そのため、昔の人々は得体の知れないこの病気を、徐々に狼になる病気──人狼と呼んだのではないか、という話だ。

 

 

「…………」

「おや、こんなところに居たのか」

「アライさん、ちゃんと注射を受けるのだ……」

 

 

 そんな話をしていると。

 顔を真っ青にしたアライさんが、いそいそと机の下から出てきて、トキさんの元に近付いて行ったのだった。

 ……自発的に注射を受けさせるため、とにかく怖がらせる作戦は上手く行ったみたいである。

 

 無理矢理やらせるより、自分から行かせた方があとから問題になりにくいからね、仕方ないね。

 

 

*1
他の理由は、主人公の引っ越しやラスカルにガールフレンドができた、など

*2
サンドスターの影響で人の姿になっているが、サンドスターの影響が消えると元の動物に戻ってしまうのだとか

*3
名前の似ている狂牛病は全く別の病気なので注意。哺乳類だけでなく、一部の鳥類にも感染することがあるとされる病気の一つで、ワクチン接種を必要とする暴露レベルでは、実は『狂犬病に罹患している動物に噛まれる』のと、『単純にコウモリに接触する』のが同じ最大値で危険視されていたりする。下手をするとコウモリが住む洞窟内に入っただけで感染することも(唾液などが蒸発し、空気中に狂犬病ウイルスが多量に含まれる状態になっていると、呼吸するだけで感染する可能性がある)

*4
牛などにも感染するらしいが、そもそもの話経路的に感染し辛い(家畜などが野犬に襲われる、などのパターン。草食動物は基本襲われれば逃げる)ので滅多に見掛けることはない

*5
症状が出ている時点で手遅れだから、ということになるらしい(脳を破壊された結果としての症状である為)

*6
近年物議を醸し出した感染症のほとんどは、コウモリ由来であるとされている(生活環境・食性・体質などがウイルスにとって都合が良いのだとか)。その為、迂闊に触れるのは止めておいた方がいい。なお、害虫を食べる益獣としての性質も持ち合わせる為、狩り尽くすのもおすすめはしない

*7
ウイルスに感染しても炎症反応──すなわち過度な免疫機能が働かないのだとか。その為、ウイルス側も過度に宿主を攻撃せず、結果として共生できているのでは?という説がある

*8
野生動物は基本的に自身より強い者には挑まない(怪我などをすれば自身の死に繋がるので)が、狂犬病による狂暴化はその辺りを無視させてしまう。形振り構わず人に噛み付きに行くキツネの動画などは、人に言い様のない恐ろしさを感じさせたとか

*9
水を怖がるのは、脳へのダメージによって神経過敏になり、水を飲む際に苦痛を伴うようになる為、なのだとか。最終的に水を見ただけで怖がるようになる

*10
人から人に感染することはほとんどないとされるが、一応噛まれるなどした場合はワクチン接種などを受けておいた方が良いとされる



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クリスマス前に健康診断?

「まぁ、こうやって怖がらせるだけってのもアレだし。安心させるために私たちも付いていっていいですか?」

 

 

 ……というこちらの提案に、トキさんが快く了承を返してくれたため、そのまま病院に付いていくことになった私たちである。

 

 まぁ、もし仮にアライさんがなにかしらの病気を持っていた場合、長時間彼女と同じ空間に居た私たちにも検査が必要になるだろうから、と思ってのことでもあるわけなのだが。*1

 

 無論、一部の子供達からは盛大なブーイングが上がったのだけれど、さっきの狂犬病うんぬんの話を散らつかせてあげれば、流石に肝が冷えたのか素直にこっちの誘導に従ってくれたのだった。

 

 ……え?エー君が居るんだから、その辺りの病気とかは大丈夫なんじゃないのか、って?

 流石のエー君も、どこに潜伏してるのかすらわからない、そんな病原体を綺麗に駆除するのは骨が折れる……ってことです、はい。*2

 

 

「逆を言えば、何処にいるのかさえわかればちゃんと駆除できる、ってことよね?」

「伊達に鉱石病の治療に協力を頼まれただけのことはない、ってやつだね」

 

 

 まぁ、クリスが口にするように、何処に病原体が集まっているのかさえわかれば、それが脳とかでもなければ普通に駆除できてしまう、というのも確かな話なのだが。

 仮に脳に集まるタイプでも、慎重にやらせてあげれば時間は掛かるものの大丈夫、らしいし。

 

 そんな彼の力を以てしても、無尽蔵に増えるという特性を持つ鉱石病の撲滅にはまだまだ時間が掛かる、というのだから件の病気の恐ろしさを思い知る私である。

 

 ともあれ、ムッとした顔のアライさんを連れて、トキさんの後ろを歩いていくこと暫し。

 そうしてたどり着いたのは、彼が先生をやっているという一つの診療所なのであった。

 

 

「……そういえば、医者達で集まって病院を作る、とかはしないんです?」

「実は大きな病院を作ってしまうと、それを起因として別の【継ぎ接ぎ】が起きるのではないか、と危惧されているのだ」

「あー、医療ドラマ……」*3

 

 

 鍵の掛けられた扉をガチャガチャと弄る彼を見ながら、ふと思い付いたことを問い掛ける私。

 

 このなりきり郷には、存在を確認されている医者などの医療に関わる存在というのが、それなりの数存在している。

 そんな彼らは、それぞれがトップクラスの医療従事者。

 ゆえに、集まってチームを組めば、それこそ色んな病気を治療する糸口を掴めるのでは?……という思いからの疑問だったわけなのだが、それはあっさりと否定されてしまう。

 

 ……病院というのは、物語の舞台としても有名なモノの一つ。

 それゆえ、迂闊に規模を大きくしてしまうと余計な【継ぎ接ぎ】を引き起こす懸念があると言われてしまうと、なるほどと納得せざるを得ない私なのであった。

 

 まぁうん、医療ドラマってその性質上、単なる病気の治療だけに話が終わらない、なんてことは普通にあるからね……。

 

 

「……あ、もしかして。琥珀さんがあんまり助手とか募集してないのって……」

「ご名答。人が増えすぎると、こっちは『悪の秘密結社』みたいな属性が付与される可能性がある、ってため息吐いてたわ」

「あー……」

 

 

 それに気付くと同時、なんで琥珀さんが少数精鋭で仕事をしているのか、という理由にも思い至る。

 

 ……科学者が集まると、それはそれで別の物に見なすことが出来てしまう……という、とても単純かつ面倒な理由だった、ということになるようだ。*4

 まぁ、琥珀さんに関しては原作でも少数精鋭だったので、そこら辺はあんまり変わってないとも言えるのだが。*5

 

 

「……あ、いや逆か。だからあの人凄い発明家になってるんだな?」

「『そういうところもなくもないかも知れません』、って言ってたわよ」

 

 

 だがだからこそ、本来後天的な『逆憑依』である彼女が、アレほどの発明力を誇る遠因になっているのかもしれない。

 ……世の中ってわりと上手く回ってるんだなぁ、なんてしみじみと思ってしまう私である。

 

 

「オラ達もー!オラ達もちゃんと五人揃うと、防衛隊としてぱわーあっぷするんだゾ!」

「……あー、確かに。戦隊もの的な補正とかも入りそうだし、普通に一理あるねそれ」*6

 

 

 なお、この人数をなにかに合わせる、という方式。

 改めて思い返せばゆかりんのところの三人組だとか、しんちちゃんのとこのなりきり防衛隊とか。

 そんな風に、然り気無く色んな場所で見立てとして使われている、ということに気が付いてしまい、この辺りの話はよっぽど根深いんだなぁ、なんて感想を溢すことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「なにもないところだが、とりあえずは寛いでおいてくれ」

 

 

 その間に、私は検査のための準備をしよう──。

 そんな言葉を残し、部屋の奥へと消えていくトキさんを見送った私たち。

 改めてアライさんの様子を眺めると、彼女は頻りに辺りを気にしていたが、その度に頭を振って自身を宥めていたのだった。

 

 ……ああうん、必要だってことには納得したけど、だからって恐怖心というか嫌悪感というかが消えるわけではない、ってことやね。

 まぁ、今から注射をされるって予めわかってて、嫌な気分が消えるはずなんてない、と言われればそうだね、としか言えないわけなのだけれど。

 

 ともあれ、今からそんな風に気にしていると、実際に注射を受ける時に必要以上に痛く感じてしまう、なんてこともあるかもしれない。

 人がその時の気分によって、あれこれと体調を崩しやすくなるというのは科学的に証明されているわけだし。*7

 

 なので、まずは彼女の緊張を解すところから始めよう、ということになるのだけれど……。

 

 

「……うぅむ」

 

 

 フレンズの子達を宥めるのって、どうやればいいんだろう?……と首を傾げる私。

 一番簡単なのは恐らく、彼ら共通の好物である『ジャパリまん』を与えること、だと思うのだけれど。……なんだかどこかで見たことある気はするものの、今私の手元にないのも確かで。

 

 じゃあ、動物にするように頭を撫でてやる、とか?

 ……という風に思い付いたものの、こうして付いてきたけれど私たちとアライさんはほぼ初対面。

 そんな相手に撫でられたとて、リラックスできるかと言われれば首を傾げざるを得まい。……っていうか、アライグマは飼育に向かないというように、撫でられるのが嫌いって可能性もあるわけだし。

 

 そうなると……ふむ。

 現状私ができそうなことと言うと、実際一つしかあるまい。

 

 

「……なにやってるのよ貴女」

「ん?いやいや、ちょっとお手伝いをね?」*8

 

 

 呆れたような声をあげるクリスにしーっ、とジェスチャーしつつ、準備を進める私。

 数十秒後、全ての準備を終えた私は、未だにうんうん言ってるアライさんの背後に近寄って。

 

 

「──アライさん、またやってしまったねぇ」*9

「うわぁ!?ごめんなのだフェネック!アライさんは悪気はなかったのだ!……って、あ、あれ?」

「どうしたのかなアライさん。不思議そうな顔をして」

「あ、あれ?フェ、フェネックなのだ???」

「そうだよ、君の友達のフェネックだよ」

「あ、あれー?」

 

 

 とんとん、とその肩を叩きながら、()()の真似をして声を掛ける。

 途端、アライさんは心底驚いたように椅子から飛び上がって、後ろにいた私を見て、大きく首を傾げることとなるのだった。

 

 それもそのはず、そこにいたのは彼女の親友であるフェネック……の姿をした私、だったのだから。

 今回は地毛を晒していないため、どっからどう見てもほぼほぼフェネック本人である。

 

 突如として彼女の前に現れた、親友の姿をした人物。

 その奇怪さに、アライさんは思考回路がフリーズしてしまったのだった!……あれ、これ収拾付く?

 

 

*1
いわゆる濃厚接触者。空気や飛沫などで感染する可能性がある病気の場合、近くに居た人にも感染の有無の確認や隔離をする義務が生まれることがある

*2
発症するまでわからないというような病気の場合、特定のどこかに居るわけではなく、かつ増えるタイミングが来るまでは数も少量……というパターンが多い。その癖増える時は爆発的に増える為、症状が出た時には手遅れ……なんてことになる。こういう病気を予防・ないし駆除する場合、ピンポイントでの治療ではなく全体を治療する、という形式になることが多いが、治療薬が重篤な副作用をもたらすようなものである場合、結果的に打つ手がない、なんてことになる場合もある

*3
医者が出てくる作品の大半に当てはまるもの。病気そのものにクローズアップした作品はそう多くなく、大体の場合特定の病院内で起こる医者や患者達の悲喜交々が主題となる、というものが多い。逆に言えば『医療ドラマ』として認定されると、人と人とのやり取りに起因するトラブルが多くなる、ということでもある

*4
分野が少し違うだけで、方向性的には医療ドラマと似たようなものになる、とも言える(科学ドラマなど)

*5
一人でメイドロボとか作ってしまっている。リメイク版では今のところ出てくる気配はないが、一応メカエリチャンのマテリアルに言及があるので、出てくる可能性自体はあるのだと思われる

*6
戦隊ものにおいて、構成メンバーは五人、ないしそれに+一人、というパターンが多い。色も概ね決まっている為、一種のテンプレートとして働いているのだと思われる

*7
いわゆるプラシーボ効果。例え薬効の無いものであれ、心から効果を信じていると本物と同じ効果を発揮する、ということもままある

*8
『アーマード・コアⅤ』のキャラクターである主任と呼ばれる人物が、とある相手にオーバードウェポン『HUGE CANNON』を向けた際の台詞。これにより、誤って()上司である警備隊長をスクラップにした

*9
『けものフレンズ』におきて、フェネックがアライさんに対して発した台詞の一つ。彼女はアライさんが見当違いな暴走をしている様を、『可愛いから』という理由で止めることなく眺めているとされる(アプリ版での話)。アニメ版ではそこまでではないのだが、アプリでのそんな感じの性格ゆえ、アニメでのこの台詞が『変なことをしてしまったアライさんを見て悦に浸るフェネック』みたいなイメージで捉えられるようになったとかなんとか。そうでなくともアライさんは暴走タイプなので、彼女がやらかした時に後ろから嗜める、というのが彼女の一般的な行動にもなっている



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姿形くらいでは判別できない

「……これは、一体どういう状況なのだ?」

「ええと、()()がアライさんを落ち着かせようとした結果、みたいな?」

 

「…………???」

「どうしたんだいアライさん、不思議そうな顔をして。膝枕されてるんだからもう少し喜んだりしたらどうかな?人っていうのは、こういうことをされると喜ぶものらしいよ?」

「あ、アライさんは、アライさんはもうよくわからないのだ……」<プシュー……

「完全に思考回路がショートしてやがる……」

 

 

 最初のトキさんの台詞からわかる通り、現在の状況はとても混沌としたものとなっている。

 

 フレンズは元の獣としての能力と、人型になったことで得た能力、その二つを完全に両立させている……みたいな話を聞いたことがないだろうか?*1

 人になった獣、みたいな話でよく取り沙汰される『耳が四つある』とか、そういうアレに端を発するやつである。*2

 

 生き物の自然な姿として、耳は二つで一組というのが普通。

 それが三つより多くなるというのは、少なくともなにかしらの遺伝的な異常によるものと見るのが正しい……みたいな感じ。

 それが何故かと言われれば──理由として幾つか語られているモノもあるが、その中で一番もっともらしく聞こえるのは『それ以上あっても無駄だから』という説だろう。*3

 

 そもそもの話、単に音を音として受け取るだけであるのならば、耳は一つでも十分である。

 特に、話すためのツールとして使うのなら、片方の耳から聞こえたものだけでも十分に利用はできる。*4

 

 それなのに耳が二つある理由とは、すなわち音の発生源を聞き分けられるようにするため、と考えるのが一番腑に落ちるだろう。

 左右に耳があることで、それぞれの耳に音が伝わるまでの時間にラグが生じ、その差によって音が何処で発生したのかがわかる……というものだ。

 これは、同じように二つ付いている目についても、似たような説明をすることができる。

 角度の差などにより、見ているものがどれだけ離れているのか、などを認知するのに使われているわけだ。*5

 

 無論、複眼という形で複数の目を持つものもいるが……単に『見る』という行為を行う場合、個数が二つであるのが一番都合が良いのだろう。

 

 それは、これらの感覚器官が、ある意味では弱点でもあるから。*6

 もしそれらの感覚器官が同じものが複数あって、その全てが平等に使われている場合、一つにダメージを受ければ他の部分にも不都合が出る……というのも理由にあるのだろう。

 

 ともあれ、耳が四つもあるというのは、生き物として見た時に些か不自然である、というのは間違いない話。

 なので、獣人というものを想像する時に、耳の個数は大きな論議に繋がるわけなのである。*7

 

 ……話を戻して。

 普通に生き物として成立している場合、獣人の耳は二つであるということが多い。

 身近な例で言えば……ウマ娘のように頭の上部に獣耳だけがある、というやつである。……アニメでは耳が四つあることがあった?単なる作画ミスじゃねそれ?*8

 

 まぁともかく。生き物としては耳は二つ、みたいなイメージからか、獣人キャラの場合耳の数についてはよく問題になりやすいわけで。

 そういう意味で、耳が四つあることに意味がある……と明確に説明されているフレンズ達というのは、実はわりと珍しい存在なのである。

 

 動物の可聴域は人と違う、みたいな話を聞いたことがないだろうか?

 いわゆる超音波というものを人は認識することができないが、コウモリなどの一部の生き物は聞き分けられる、というやつである。*9

 あとはまぁ、動物の耳が大きいのは体温調節のためでもある、とか。人間の耳が使えたとして、そこになにか利点があるのか?と言われるとちょっと困ってしまうわけだが……生き物によっては低音域が聞き取れない、なんてこともあるようで。*10

 

 まぁともかく、単なる獣や単なる人よりも、遥かに感覚器官が優れているのがフレンズ達、ということを理解して貰えればそれで良いと思う。

 で、それを前提とすると。彼らに対して姿を偽る、というのはとても難しいこと、というのがわかるだろう。

 

 獣の嗅覚やら人の視覚やら、とかくフレンズの察知能力が高いのは前述通り。*11

 そのため、些細な違和感から相手が偽物である、と気付く力が強いのである。

 ゆえに、例えば彼女達の前にフレンズのコスプレをして出てみたところで、それを『同じフレンズ』と誤認することはほぼあり得ない。

 

 

「……つまり?」

「アライさんからしてみれば、(キーア)(フェネック)じゃない……っていうのは、さっき見てたからわかるわけだけど。こうして触れ合うと、どう考えても(キーア)(フェネック)だ、としか感じられないから混乱してる、ってことだね」

 

 

 だから、彼女は困惑しているのである。

 目の前のフェネックは、決して彼女の知っているフェネックではない。どころか、それは他人が変装しているだけでフレンズですらない。

 

 にも関わらず、触れた時の感触や鼻腔を擽る匂い、話し掛ける声や細かな仕草など、それらの全てが目の前の相手を『自身のよく知るフェネック』と認識しているため、『そんなわけないのだ』という気持ちと『いいやそうなのだ』という気持ちがぶつかり合って、彼女の思考回路をショートさせてしまっているのである。

 

 いやまぁ、わざとなんですけどね?

 そうやって混乱しているうちに必要な処置を全部終わらせてしまえば、あとから笑い話にしてしまえるというか。

 普通に目の前で変装したから、騙すつもりでやってるわけじゃないってのも知ってるわけだしね。

 

 

「……目の前でやられてなお、それが偽物だと認識できないって……」

「なにそのある意味可哀想なやり口」

「……私を責めてなくていいから、早くアライさんの検査を終わらせたらどうかな?」

 

 

 なお、何故か周囲からは責めるような視線が飛んでくるのだった。

 ……素直で良い子なアライさんを困らせるな、ってことだと思うのだが、それだったらさっさと私にこの格好を止めさせるように動いてくれない?

 って感じで、思わず仏頂面になってしまう私なのであった。

 

 だって、元を正せば『痛いのはイヤなのだ』っていう、アライさんの願いを叶えた結果なのだからね!

 ……え?そのために相手を弄んでいるように見えるから、周囲の批難の視線が止まないんだぞって?

 そもそもの話、魔王を自称してるやつが無償で施してくれる、って思う方が間違いなんじゃない?

 私、多分けもフレに登場するならセルリアン*12側だよ?

 

 

「都合の良い……悪い?時だけ悪ぶるなっての!」

「なにを言う。私は札付きの悪だよーわるわるだよー」

 

 

 そこまで言ってもなお、クリスからの扱いはこんな感じだというのだから、なんとも言えない私なのであったとさ。

 

 

*1
ケモミミと人耳が両方付いているが、どっちもちゃんと機能している……など。獣は人よりも見えている色の数が少ない、みたいな話もあるが、フレンズ化した場合はそこら辺の知識も補填されるのか、他者と色についての談義もできるようになる。因みに、本来であれば哺乳類は赤と緑の区別が付かないものが多いのだとか。逆に爬虫類は紫外線まで見えるのだそう

*2
突然変異などにより、耳が四つ以上ある者も、たまに生まれたりはしている。が、基本的にはその一代で消える特徴であり、恒常的に耳が四つ、という生き物は今のところ存在しない。また、そういう生き物であっても、メインの二つ以外は飾りみたいなものであって、フレンズのようにどちらも機能している、というのは稀である

*3
『選択緩和』と呼ばれるもの。蛇や蜥蜴は『頭頂眼』と呼ばれる第三の目を持つが、その役割は光の検知だとされる。彼らは変温動物であり、日光が出ている時間にしか動けない。その為、光を検知するこの目があるのだが……実は、古い哺乳類にもこの『頭頂眼』があったとおぼしき痕跡がある。今日では消えてしまったが、それは『頭頂眼』の役割(光の検知)を普通の目が代用できたこと、および変温動物ではなく恒温動物となったことで、日のあるなしをそこまで気にする必要がなくなったから、だとされている。特定の器官を維持するのにエネルギーを大量に消費する場合、それが必要ないのに維持し続けるのは無駄である為、進化の過程の中で機能が減ることもある、という話

*4
イヤホンを片方の耳にだけ刺して音楽を聞いても、キチンと音として把握できる……みたいな話

*5
なお、人間は視覚優位だとされる(視覚情報の優先度が九割、みたいな話がある)。因みに、目が一番良いとされるのは鳥類で、彼らは視力も高く、かつ見える色の数も人より多い。代わりに、あまり耳はよくないのだとか(一部の種類を除く。特に高音が聞こえないとのこと)

*6
必然的に神経に繋がるものであり、それ故に体内と体外の境になる為。また、周囲の認知に感覚器官を頼っている場合、それが損なわれると途端に動けなくなることもある。ゴキブリの触覚などが分かりやすい例。完全に取ってしまうと、彼らはほとんど動けなくなってしまう。それは、彼らが触覚という感覚器官に周囲の認知を頼りきっている為。目が悪いので、迂闊に動けなくなってしまうのである

*7
実際には、視聴者の違和感によるもの、というところが大きい。本来人間であれば耳がある場所になにもない、というのが嫌悪感をもたらす事があり、かといって獣の耳と人の耳、両方あるのもおかしく感じる……みたいな話。誰もが納得できる形はない為、その辺りには割り切りも必要となる

*8
彼女達専用の電話があったりする。また、本来人の耳がある部分は、基本的に髪で隠れている(上記の違和感の払拭の為だと思われる)

*9
一部の動物は何故か紫外線で光る、みたいなことがあるが、紋白蝶などはそれによってメスを判別してるのだとか。モモンガも同じように光るらしいが、今のところ理由は不明

*10
ゾウやウサギの耳は、体温調節の為のモノという面が強く、それ故に大きいのだとか。また、さきの鳥類のように、人よりも可聴域が狭いものも居る。それぞれの感覚にも利点はある、ということ

*11
両方の良いとこ取りとなっている為、例えばイルカ系のフレンズだと超音波まで聞けるイルカの聴覚と、人間としての視覚を持っていることになる(イルカの視力は本来0.1程度だとされる。代わりに超音波を認知することで補っているようだが)

*12
『けものフレンズ』に登場する、謎のモンスター。基本的には一つ目の謎の生き物だが、中にはフレンズと同じ姿を持つものも。作品によって微妙に設定が違い、アニメ一期だと明確な脅威だが、アプリ版だとわりと人の話を聞いてくれたりすることもあったり



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ようこそなりきり郷へ

「……うむ、これで終わりだな」

「やったのだ……アライさんはついに打ち勝ったのだ……」

「おめでとうアライさん。ジャパリまんいる?」*1

「いる……さっき無いって言ってなかったのだ?」

「どこからか現れたんだ。不思議だねぇ」*2

 

 

 トキさんの言葉を聞いて、僅かに強ばっていた体を弛緩させ、ふぅと息を吐き出すアライさん。

 

 結局、彼女はこちらの存在に困惑したまま、各種検査を受けきることとなった。

 ……まぁ、困惑してたお陰で注射も痛くなかったようなので、当初の目的は果たせたわけだが……代わりにずっと宇宙アライさん状態だったことについては、ちょっとばかり反省しなくもなかったり。

 そこしか反省しないんかい、みたいなツッコミについてはお受けしかねます()。

 

 ともあれ、やることが終わったのなら、次にすることは決まっている。

 

 

「む、なにか用事でも?」

「アライさんはここに来たばかり、なのでしょう?だったらほら、やらなきゃいけないことと言えば……」

「ああなるほど、案内か」

その通りでございます(Exactly)

 

 

 アライさんは例の祭の前後に、ここにやって来たのだという。

 ……つまりは明確な新人さん、ということなるわけで。

 それはこのなりきり郷という魔境について、まだまだ知らないことが沢山ある……ということでもある。

 

 無論、トキさんから逃げる時に、ある程度地理については理解しているだろうが……それにしたって一階層程度。

 地下千階まであるうえに、今なおそれらの拡張が続けられていると言えば、たかだか一階層程度を踏破したところでなんだ、と言いたくなる気持ちもわかって貰えるはずだ。

 ──いや、そもそも一階層踏破、っていうのも誇張表現にしかならないだろうし。

 

 

「……どういうことなのだ?」

「ここから見えるあの百貨店。……そうそうあれあれ、あの白い建物。見てて不思議に思わない?」

「……そういえば。地面の下って聞いたのに、何故か三階建てなのだ」

「まぁ、そこに関しては一つの階層について、その天井が高い……って風に説明できなくもないわね」

 

 

 首を傾げるアライさんに対し、私が指差すのは窓の外に見える一つの大きな建物。

 それはさっきまで、私たちがクリスマスの飾り付けとかを買っていた場所、ということになるのだが……ここは地下だというにも関わらず、かの建物は屋上まで完備した巨大施設として、そこに鎮座している。

 

 地下なのに複数階、というのはおかしな話だろう。

 無論クリスの言う通り、例え地下であろうとも天井が相応に高いのであれば、内部の建物が何階建てになろうとも問題ない、という風にも言えてしまうわけだが……。

 

 

「実はあのお店、地下三階まであるんだ」

「なにを言ってるのだ?」

「ついでに言うなら、ここは全体の階層としては比較的浅い方なんだ。下にもまだまだいっぱいあるよ」

「なにをいってるのだ???」

 

 

 問題となるのは、表層に見えているモノではなく。ここからでは見えないもの──そう、地面の下の方である。

 

 ここはなりきり郷全体で考えると、大体地下八十階くらいになるわけだが……その一画にあるあの百貨店の地下三階は、決してなりきり郷全体としての地下八十三階のことを指しているわけではないのである。

 

 つまり、空間が広いのはなにも上方向にだけではなく、下方向や横方向にも同じように、ということ。

 予めきちんと申請さえしておけば、地下三階にある建物内部に地下千階を作る、みたいなことも(空間拡張によって)可能だというわけだ。

 

 で、ここからが本題なのだけれど……。

 

 

「みんな秘密基地とか大好きだからね。あの百貨店も、公表しているのは地下三階までだけど、それが地下十階・地下百階……みたいに、実は無茶苦茶下まで続いているという可能性は否定できないんだよ。知らされていない部分があるからには、ね」

「?????」

「ついでに言うと、建物の外見はあくまでも外見でしかないから、実はあの地上三階の更に上に、見た目には出てこない地上四階とか八階とかがあってもおかしくない……ってことにもなるんだよね」

「………あらいさんには、もはやなにもわからないのだ」

 

 

 その内部で変なことをしていなければ、という前提はあるが。

 建物の内部の改装については、わりと好き勝手にやってもいい、というルールになっている。

 無論、使えるリソースは無限ではないため、実際に一つの建物内部を地上千階・地下千階とかに改装したら、破綻して崩壊すること間違いなしだろうが。

 逆を言えば、リソースさえ足りていればわりと無理が利く……ということでもあるわけで。

 

 結果、ああいう大きな店なんかは、内部に迷宮クラスの階層を持ち合わせていることがある……などという、意味不明な状況になってしまっているのだった。

 なお、この辺りの悪ノリを楽しんでいるのは、大体不思議のダンジョン系の作品に慣れ親しんだ人達だ……ということを予めここに記しておきます。

 

 ……うん、要するに企業ダンジョン挑戦者募集中、みたいなアレだよね。

 ルールは不思議のダンジョン仕様で、地下やら地上やらを進むごとに、そのお店の商品とかがダンジョンドロップとして手に入る、みたいな。

 店の売り物のほとんどが、値段の付いていないものであるからこその遊び、というか。*3

 

 

「苦労している姿を見せて貰うことで、ある種の対価にしている……みたいな?」

「悪趣味、って笑うべきなのかしらね、これ」

 

 

 むぅ、と唸るクリスに苦笑する私。

 ……商いをしても金銭が発生しない以上、貰ってもあげても嬉しくないのがここでのお金。

 そうなれば、商人達が新しい価値を創造しようとするのは別にそこまでおかしな話でもない、ということになるのだろうなぁ、という苦笑なのであった。*4

 

 

 

 

 

 

 さて、ここでの企業達は、お金のために働いているわけではないため、その辺りのモチベーションを保つのに別種の仕事が混ざっている……みたいな話をしたわけだが。

 それがアライさんとなんの関係があるのか、と問われれば、それはここに来てから彼女が見たものは、このなりきり郷のごく一部でしかない、ということになるのだろう。

 

 トキさん(正確には彼のする注射)から逃げた彼女は、せいぜいこの八十階の表層を歩き回った程度のはず。

 それゆえ、彼女が知り得ない場所というのは、まだまだ沢山あるということになる。さっきの百貨店であれば──地下の部分とか、ということになるか。

 

 

「無論、知らなくても生活はできる。生活に必要なものは、そのほとんどが無料だからね、ここ」

「それって堕落しないのだ?」

「してる人もいるよー。あそこで昼間っからパフェ食い続けてる銀ちゃんとか」

「ぬぉっ!?端っこで気配消してたのに、わざわざ声掛けて来てんじゃねーよ!」

「その横に並ぶパフェの空容器の山を放置して、どうやって気配を消してるつもりだったんです?」

 

 

 昼間からなにもせずぷらぷらしている人、というのは確かに存在している。

 ……が、なりきり郷において、それが罪だとは限らない。世間一般にはニートだのなんだの言われそうな話だが、ここにいる人々はそも『そこにあるだけ』で意味のある人々。

 

 特に、下手に動くと問題を引き寄せるような一部の人々は、そうして平穏無事だ日常を過ごすことこそ、一番の仕事だということになるのかもしれない。

 ……いやまぁ、なんにも起きないタイプの人達も、場合によっては平穏無事なことが仕事、ってこともあるわけなんだけどね?

 

 

「それはうちなん。いわゆるきららけい?ってやつなんな~」

「日常系ってやつだねー」

 

 

 まぁ、元のそれとはちょっと違って、誰かに注目されるってことはないみたいだけど。……視聴者相当の人がいないのだからさもありなん。

 

 ともあれ、街を案内するとなった時、説明しなければならない場所が想定よりも多い、ということは間違いない話。

 そしてそれがアライさんのこれからについて、ふかーく関わってくることになるわけなのでありました。

 

 

「どういうことなのだ?」

「アライさん自体が、わりと突然現れたんでしょう?」

「んー……よく覚えていないけど、確かそうなのだ」

 

 

 それが、彼女の出自。

 この場合は原作のことではなく、どこに現れたのか?……ということの方。

 

 トキさんが初めて会った時のアライさんが、周囲を怪我させてしまうほどに狂暴だった……みたいなことを言っていたのを覚えているだろうか?

 今の彼女にその気配はないが、以前彼女が暴走していたのは確かな話。

 

 そして、そんな状態の彼女が最初に発見されたのは、それらの企業ダンジョンの一画だったのだという。

 

 

「そ、そうだったのだ?!」

「うむ、調書を取った結果判明してな。……ダンジョンの奥地でなにかに出会い、恐怖から暴走した……というのが、現在の私たちの予想だ」

 

 

 彼女が発見されたのはつい最近。そして、企業ダンジョンは出入りに関して確りと記録を取っている場所。

 ……要するに、彼女はダンジョンの中に突然現れた、ということになるわけで。

 

 それがなにを意味するのかというと、つまり彼女と同じフレンズ達が、他の企業ダンジョンに居るかもしれない……という可能性を生んでいる、ということ。

 つまり、彼女は仲間達のために、ダンジョンに挑まなければならないかもしれない、ということである。

 

 

「……ゆ、勇者アライさんの誕生なのだ?!」

「そうだねぇ、アライさんがまたやってしまうねぇ」

 

 

 これから彼女を待ち受ける運命。

 その始まりを告げるかのような話に、アライさんは困惑したような興奮したような、なんとも言えない様子で声をあげていたのだった。

 

 

*1
『ジャパまん』『ジャパリおまんじゅう』とも。全てのフレンズ達が食べることのできるものであり、色によって味が違うとか。完全栄養食的な性質があるらしい(これを食べてれば健康が保たれる、的な。元が肉食だろうが草食だろうが関係なし)。なお、一般的なジャパリまんはアンコ味なのだとか。……つまり餡まん?他にもミソ味・バナナ味などがある模様

*2
『ジャパリまん』はその原材料などは明らかになっているが、どこで作られているのかとかは謎に包まれている

*3
誰々が持っていった、という帳票を付けるためにレジを通すが、支払いは発生しない。商品補充も大量の商品をどんぶり勘定で行うような感じになっている。これは、商品が陳列棚にいる間は時間経過が止まっている為。食品ロスがほぼ発生しないので、なくなったら補充する、くらいのいい加減さで普通に回ってしまうのである

*4
お金やそれに類するものは共通言語のようなもの、という話。お金が価値を失うというのは、ある意味では言葉が通じなくなるということにも等しいモノであるので、そこを埋める新たな基準が生まれてもおかしくない、ということ



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鋼の森を駆け抜けて

 コンクリートジャングル*1を巡り、仲間を助け出せ!

 ……端的に言えばそんな話なのだが、思いの外アライさんの琴線に触れたようで。

 

 

「む、むー。アライさんが頑張らなきゃ、ってのはわかるのだ。わかるんだけど……」

「なるほど。覚えてない記憶が、二の足を踏ませるんだね」

 

 

 頑張りたい、という気持ちを彼女の中に生んだのは間違いないが、同時にトキさん達に攻撃してしまうほどに暴走していた、という事実が、彼女が動き出すことを躊躇わせているらしい。

 

 まぁ確かに、覚えがないけど実際に起こっている以上、それがまた起こらないとも限らない。

 だがしかし、他のフレンズ達が当初の彼女と同じような状態に陥っているのであれば、それを救えるのは彼女しかいない、というのも事実である。

 ……まさか、毎回トキさんに朱鷺の格好をして貰うわけにもいかないだろうし。

 

 

「ああうん、一度や二度ならまだしも、何度も同じ格好をしてたら【継ぎ接ぎ】になっちゃいそうだもんね……」

「心配するところがおかしくないかい、キミ。……いやまぁ、私としても筋骨隆々の朱鷺、なんてものはそうそう御目にかかりたいモノではないわけだが」

「むぅ、やはり見苦しかったか。すまないな、子供達よ」

「いやいや、みんなして話がずれてるずれてる」

 

 

 確かにトキさんのあの格好は、認識災害級のインパクトだったが、ここでの問題はどちらかといえば『暴走したフレンズはフレンズによってしか止められない』ということの方。

 言うなれば、ある種の仲間からの呼び掛けでなければ、相手を傷付ける方法でしか普通は止められない……ということにある。

 

 

「あれ~?さっきのキーアお姉さんみたいに、真似っこしたらイケるんじゃないの~?」

「生憎だけどしんちゃん、野生動物相手に必要なのは、どこまでも真摯的な慈愛の心なんだよ」

「お?」

 

 

 なお、しんちゃんからは遠回しにお前もなんとかできるんじゃないか?……みたいなことを、さっきのフェネックの真似から疑われたわけなのだが。

 生憎と、さっきのあれは飽くまでも、アライさんが正気だったから行えたこと。

 ……違和感はあった、と言うように、姿形をキチンと認識している相手には通用するが、そうでない相手には逆効果なのである。

 

 

「……あー、違和感によって自身を押し止める理性が働かない、ってこと?」

「そういうこと。落ち着いてるならまだしも、興奮している相手にそんなことしても、あっさり殴り倒されるのがオチってこと」

 

 

 策謀や策略は、あくまでも相手が知性ある生き物相手だからこそ。

 そうでない相手にそこら辺を説いたとて、『全部殴れば一緒じゃないか』されたら意味がない、ということである。*2

 

 バーサーカーを精神操作しようとするようなもの、とでも言うか。

 本能で動いている相手をこちらの思惑通りに動かそうとする場合、できるのは原始的な誘導だけである。……姿形を仲間に寄せたとて、細かな違和感が残るのであれば敵だと判断されるだけ、とでも言うか。

 

 ともあれ、普段のからかいの道具として使うのならまだしも、相手を宥めるのに変装を使うのは逆効果、ってこと。

 それでもなお、トキさんの朱鷺コスが効果を発揮したのは──まぁ、簡単に言うと相手に寄り添おうとした結果だから、ということで。*3

 

 

「なんでまぁ、そこを考えると……現実的にはアライさんに説得部分を任せるしかない、ってことになるわけでね?」

「なるほどなのだ。やっぱりアライさんが頑張るしかないみたいなのだ!アライさんにお任せなのだー!!」

「あっちょっ!……行っちゃった」

 

 

 ゆえに、これからのフレンズ保護が、件の迷宮の中を起点に行われると仮定すると……そこを切り開けるのはアライさんただ一人、ということになる。

 ……まぁ、アライさん以外のフレンズが増えたら、必然的に負担も減っていくわけなのだが……そこら辺の説明をする前に、アライさんは張り切って病院を飛び出してしまうのだった。

 ああ、まだ言わなきゃいけないこと結構あるのに……。

 

 

「その割には、あの子を追いかけないんだね?」

()()()()()追い掛ける必要がないからねー」

「……んん?そりゃどういうこと……って、お?」

 

 

 なお、別にアライさんを追い掛ける素振りを見せない私に、コナン君とライネスが首を傾げていたが……そうこう言っているうちに、外が俄に騒がしくなってくる。

 どうやら戻ってきたみたいだ、と扉の方に視線を向けた私たちは。

 

 

「見るのだ見るのだ!珍しいフレンズなのだ!」

「私はフレンズ?とやらではないのだが……って、キーア達じゃないか」

「あー、そっちに行くー……」

 

 

 アライさんに手を引かれて困惑する、オグリの姿を見てあちゃー、と声を漏らすことになるのだった。……ああうん、ケモノッ子系だしね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「む?フレンズではないのだ?」

「発生の原理がまるで違うからねー。少なくとも、ウマ娘はサンドスターとかの外的要因で()()()()()()()()が変化したもの、ってわけではないし」

「そうだったのだ?アライさんはしょんぼりなのだ……」

 

 

 巻き込まれたオグリを座らせ、メンバーの内一部を先に帰らせ。

 改めてアライさんに説明をする体勢となった私は、まず最初にオグリはフレンズ(お仲間)じゃないよー、と彼女に説明を始めたのだった。

 

 ……数は少ないが、ケモノ系の要素を持ったキャラクター、というのはなりきり郷にもそれなりの数がいる。

 隔離塔に集められているので、滅多に外に出てこないアークナイツ組も、そのほとんどにケモノ系のキャラがいるし、オグリを筆頭とするウマ娘組みたいなモノもいる。

 ……まぁ、固まっているのと数が少ないので、滅多に出会うことは無いだろうと高を括っていた*4わけだが……こうして真っ先にオグリに出会っている辺り、彼女の運?的なモノを甘く見ていたことは否めないだろう。

 

 ともかく、フレンズに誤認してしまうようなキャラも居る、ということを改めて伝え直し、早速ダンジョン攻略に向かおう、ということになったのだが……。

 

 

「まず大前提として、ダンジョンには一人では挑めません」

「なんでなのだ?」

「店所有のダンジョン、って形にはなっているけれど……それがイコールちゃんと管理が行き届いている、ってことではないからだね」

「???」

「要するに、負けたりして力尽きた時に、回収するまで時間が掛かるってこと」*5

 

 

 不思議のダンジョンのようなもの、と述べたが……ここの場合は理由が微妙に違う。負けると身ぐるみ剥がされる、というのが正解なのだ。

 

 命からがら逃げ出した、とかではなく。

 救助が来るまで放置されているので、その間に所持品を奪われてしまう、というか。

 風の噂では成人向けな仕様のダンジョンもあるとかないとか、って話だが……それも少年漫画的お色気表現に留まるようになっているらしいので、どこまで行っても負ける方が悪い、程度の認識で収まってしまっているらしい、というか。

 尊厳も命も脅かされないのだから、負けるような構成で来る時点で気持ちが負けてる……みたいな?

 

 まぁ、そうは言っても適正レベル帯のダンジョンばかり、というわけでもない。

 そこら辺を解消するために、オーナー達が考えたのがパーティ制の導入、ということになるのであった。

 

 不思議のダンジョンシリーズにおいて、仲間というのは最大一人くらい、というのが恒例だった。

 これは、複数人で囲んで殴るとか、蘇生を使えるヒーラーを安全圏に置いておけば、半ばゾンビアタックができてしまうから緊張感がない……みたいな理由からそうなっているとおぼしきものだが。

 ここにあるダンジョンでは、その辺りの制限が全部取っ払われているのである。

 

 そのため、一人では無理でも二人なら、みたいな感じで徒党を組むことが可能となり、わざわざダンジョンの管理をしなくても、ドロップ品目当てに挑戦者がひっきりなしになった……のだとか。

 まぁ、その辺りは又聞きなので、詳しいことはよくわからないが……ともあれ、その流れの結果として、風来人スタイルは非推奨となっていった、ということになるようだ。

 

 なお、ダンジョン入場前には簡易検査があるのと、基本的に一見さんお断りなダンジョンが大半であるため、誰かの紹介──すなわちパーティへの仮加入が必要となり、結果として一人プレイができなくなっている、ということも合わせて記しておく。

 

 ともかく。

 このままアライさんがダンジョンに向かったとしても、門前払いを受ける可能性が高いというのは確かな話。

 

 なので、ここに残った面々と、あともう一人を連れてダンジョンに挑もう、という話になるのであった。

 

 

「ふむ?ということは、今回は私もメンバーに含まれている、ということかい?」

「主になりきり郷防衛隊メンバー、って感じだね。……蘭さんとコナン君はそもそも別件で忙しいから除外。クリスに戦闘は無理だから彼女も除外、そんでもってエー君は過剰戦力だから弾かれるし、一人だけ残すのも……って感じでかようちゃんとれんげちゃんも残った、と」

「つまりぃ~、オグリちゃんにキーアお姉さん、ライネスちゃんにアライちゃん。それからナルト君にアスナちゃん。それから~、満を持してのオラ、というメンバーなんだぞ!」

「説明ありがとしんちゃん。つまりは七人の冒険者、ってことだね」

「既に一人増えること確定だから、正確には八人の冒険者だがね」

 

 

 その結果が、この七人プラスもう一人、というわけである。

 無論、トキさんは今回同行しないので、プラス一人の内訳ではない。

 

 その一人については、ダンジョンに着いてからのお楽しみ……ということで。

 どうにもよくわかっていないらしいアライさんの背を押して、私たちは一先ず最初に挑むダンジョンへと足を運ぶのだった。

 

 

*1
立ち並ぶビルを、森の中の木々に例えた言葉。ビルの立ち並ぶ都会のこと。実際真夏になるとその性質上かなり暑くなる為、熱帯雨林(ジャングル)に見立てるこの言葉はピッタリだと言えるだろう

*2
言葉によって争いを止められるというのは、最も人間的で理性的な行為だ、ということ。感情や本能に任せて暴れる相手を言葉で止めるのは難しく、それができる時点で相手に知性がある、ということを証明するものでもある、ということ

*3
動物相手に信頼を築くことの難しさ、とも。言葉という意志疎通手段がない以上、相手の思いを理解するのは通常のそれよりも遥かに難しいものとなる。人間同士ですら理解し合えず争いが起きるのだから、そもそも言語すら使えない動物相手ならなおのこと。わかり合えてる、と思っている場合でも、実際には感覚がすれ違っている、ということも多い

*4
語源は米の収穫量の予想から。いわゆる生産高、石高。その年の米の収穫量を、周囲の生産状況などから『このくらいになるだろう』と括った(予想した)ことに由来するのだとか。なお、現在では『甘く見積もる』というような意味として使われる

*5
回収にはアイルー達が向かいます



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ダンジョンにフレンズを求めるのは間違っているだろうか?

「──ゴブリンか?」

「ゴブリンではないです。でもお仕事ですよ」

「そうか……」

 

 

 明らかに意気消沈するさまようよろい*1みたいな相手に、周囲の面々が引いてる気がするが……安心してほしい。ここにはダイスの女神なんていないのだから。太陽(1の目)の加護とかないから。……ホントだよ?*2

 ついでに言うなら、ゴブリンにも『良いゴブリン』とかがいるのが現状なので、原作の彼のような行動は非推奨、というか。*3

 

 ……ここまで言えばわかると思うけど、プラス一人とはこの人。通称『ゴブリンスレイヤー』と呼ばれる薄汚れた鎧の人物。

 彼……彼?こそが、今回のダンジョン攻略の鍵を握る人物なのであった。*4

 

 

「……いやまぁ、彼の原作の世界ってわけではないのはわかってるけど。……なんというかこう、ちょっとばかり不安になる気分についてはわかって貰えないかな?」

「大丈夫だよライネス。仮にそんなR-18(ウフーンアハーン)な展開*5になったら、私がパイセンばりに大爆発して、なにもかもおじゃん*6にするから!」

「それはそれで、成人向けの規程が変わってると思うんだが?」

 

 

 主にグロ()方向に。

 ともあれ、パーティメンバーにしんちゃんがいる以上、仮にダイスを振らせても最終的にはプラスになるってのは目に見えてるので、そこら辺の心配はないです、はい。

 ……いや、別にしんちゃんが居ないからといって成人向けダンジョンになる、ってわけでもないけどね?精々ラッキースケベが発生するくらいというか。

 そもそも企業運営みたいなもんなのだから、中のモンスターも変なのは居ないよ(多分)とライネスを宥め、ようやく例の百貨店・ダンジョン入り口にやって来た私たちである。

 

 この企業ダンジョンというシステム、実は結構最近になってから生まれたもの、なのだという。具体的には今年の八月辺り、みたいな?

 いつの間にそんなものが、って気分が湧いてくるが……まぁ、私もこのなりきり郷の全てを知っているというわけでもないし、そもそも広すぎるし……ってなもんで、わからんことがあっても仕方ない、と流していたり。

 

 ともあれ、専用空間拡張アイテム・ダンジョンコアによって形成される企業ダンジョンは、その企業の特色を色濃く反映したモノとして顕現する。

 作っているのが料理系の企業であれば、ダンジョン内部も何処と無く美味しそうな感じになるし、出てくるモンスターも倒せば料理になるようなモノになる、とか。

 

 で、このダンジョン・コア。

 元を正せば『クリスマスには周囲から様々な願いが転がってくる』という、ハクさんが生まれる遠因となった例のアレをどうにかするためのモノ、ということになるようで。

 

 

「?どういうことなのだ?」

「クリスマスにバレンタイン、お正月に夏休みとかとか……。イベント時って言うのは、どうしても色んな感情や願いが集まってくる関係上、【顕象】が発生しやすくてねー……」

 

 

 今でなら、郷の中でも一部の階層にのみ発生していた、敵対型の【顕象】達。

 それがいつの間にやら他の階層にも波及し始め、いつぞやかのサンマみたいな形で、色々と迷惑を引き起こし始めたわけである。

 

 ビッグビワが成立していたタイミングなら、まだ良かったのだけれど。

 ……あれは大本がケルヌンノス、呪いの厄災が形を変えたものであるため、いつまでも顕現させっぱなしなのは支障がある、ということで解体されることとなった。

 なったのだが。……ハクさんが言っていた通り、元となる人々の想念が耐えない限り、これらの発生は抑えられないわけで。

 

 それをどうにかしよう、ということで生み出されたのが、件のダンジョン・コアということになるのである。

 

 

「……それなら、別に大きなビワに関しては解体しなくても良かったんじゃないのかい?」

「私たちがなにかしたってわけじゃなく、ビワの方が『自分の仕事は終わった』って感じに消えてった、って形だからなぁ……」

 

 

 なお、今の説明には幾つか間違った点がある。

 一つは、ビッグビワは解体された、という文。……その言い方だとこちらがなにかをした、みたいな形に聞こえるが、実際にはビッグビワ側が自身の役目は終わった、とばかりにビワに任せて霞のように消えていった、というのが正しいらしい。

 らしい、というのはその現場に居たものが、当事者であるビワしかいないのと、未だに郷の中では時々ウマ娘(たぬき)を見掛けるから、なのだが。……いつの間にか水星たぬき(スレッタ)まで増えてたけど、あれどこまで増えるんです……?*7

 

 二つは、ダンジョン・コアの説明について。

 生み出された、とは言うが誰が作ったのかは不明なのである。いつの間にか発生して、いつの間にか使われるようになっていた、というか。

 

 

「あれ?てっきり琥珀がいつものように作ったのかと……」

「私は関係ないってさ。……いやまぁ、最初の一つを持ってきたのがビワだっていうから、大本を作ったのはビッグビワの方なのかもしれないけれど」

 

 

 もしくは、分かたれたビッグビワの欠片がダンジョン・コアなのかも、というか。

 

 ともかく、かのダンジョン・コアは、いわゆる【兆し】に近い効力を持ち、周囲に集まってきた想念を溜め込んでエネルギー源とし、内部のモンスターを作り出しているのだとか。

 また、外からのリソース投入により、階層の増改築もできるらしく、結果として企業達が破壊神様みたくなってるとかなんとか。

 

 

「……みんなツルハシ?」

「わかる人いるのかなー、それ」*8

 

 

 さながら、挑む私たちは勇者とでもいうか。

 ……いや、明確に魔王なのが一人紛れてるんですけどね?

 

 まぁともかく。

 ゲームとは違って破壊神様側が魔王に運営丸投げ、みたいになっているのがこのダンジョン達。

 ゆえに、中に誰か迷い込んでいたとしても……それが外から入ってきたモノでなければ、だーれも知らないなんてことは普通にあり得るわけで。

 

 

「……それはそれでおかしいんじゃないのか?ここでは【兆し】としてはダンジョン・コアの方が優先されるんだろう?」

「何分、このダンジョン・コア自体がブラックボックスでねぇ。……解析とかできてないから、今までの説明はほとんど想像なんだ」

「ええ……」

 

 

 オグリから飛び出した鋭いツッコミに関しては、今までの説明があくまでも実体験からの予想でしかない、ということを明かすことで答えとする。

 ……うん、要するにいつも通り(ぶっつけ本番)ってやつなんだ。

 

 まぁ、血の気の多いのがひたすらダンジョンアタックして手に入れた情報なので、大体間違いではないとは思うのだが。

 あと、一応の理由的なものは、説明できないこともなくはないし。

 

 

「と、言うと?」

「今までのデータに関しては、イベントらしきイベントをやってない時期でのダンジョンアタックのデータだ、ってこと」

「……ええと、先行運用試験が始まったのが八月を過ぎてから、だから……ああ確かに、うちの祭はあくまでもうちだけのまつりだから、ここまでイベントらしいイベントは外では起こっていないのか」

「そういうこと。外からの嫉妬パワーが高まってくるのはこれから、ってことだね」

 

 

 そう、十月の記念祭は、あくまでもなりきり郷内部のお祭り。

 外の人々が行う祭ではない以上、外から想念が転がってくる、なんてことはないのである。

 無論、その時期にはハロウィンがあるだろ、という反論もなくはないだろうが……まだまだ定着したイベントとは言えず、集まってくる嫉妬パワーもほどほど、ということになるわけで。

 

 要するに、ダンジョンシステムができてから、初めてやって来る本格的なイベントというのが、今度のクリスマスということになるわけで。

 ……今まで問題なかったものが、ここに来て不具合などが見えてきた、という風に解釈することもできてしまう、というわけなのである。

 

 

「要するに、ダンジョン内部のモンスター生成に使うくらいで均衡が取れてたものが、それだけだと間に合わなくなって普通の【兆し】としての要項を満たしてしまった結果、突然ダンジョン内にアライさんが現れたのかも……ってことになるわけだね」

「んー……よくわからないけど、とりあえず頑張ればいいのだ?」

「そだねー」

 

 

 なお、アライさんには難しかったのか、彼女はよくわかっていない顔のまま、元気に片手を挙げていたのだった。

 ……まぁうん、頑張ればいいしね、頑張れば。

 

 

*1
『ドラゴンクエスト』シリーズに登場するモンスターの一つ。他のRPG作品ならば『リビングアーマー』と呼ばれる、中身もないのに動き回る鎧

*2
一般的なサイコロの1の目は、白地に赤の一つ星であることから、サイコロで1の目が出たことを『太陽』と呼ぶことが(たまーに)ある。基本的にTRPGにおける1というのは、出目としてはかなり極端(低い方が良い場合は劇的な成功、高い方が良い場合は劇的な失敗となる)なので、視聴者に笑いをもたらすこと多数である(特に、戦闘系のTRPGでは高いダメージが必要なところで一桁ダメージ、となって勢いを削がれることも)

*3
『転生したらスライムだった件』などの作品では、味方側にゴブリンがいることも多い。モンスターの扱い如何による、ということだろう(一般的に良いイメージの多い妖精も、本元を辿ると大概やばかったりする。……というか、ゴブリン自体も元は妖精である)

*4
『ゴブリンスレイヤー』の主人公。名前は不明。元々アスキーアートを用いたネット上の連載小説であったのだが、その時彼を示すモノとして使われたのが『さまようよろい』のアスキーアートであった。漫画などにされる際、その元ネタに沿った見た目になっている。なお、公式に(?)彼が女性だったら、と想定した姿があるとかないとか

*5
昭和辺りからある、お色気要素を示す擬音。真面目にこの台詞を使う人は居ないと思うので、ほぼネタみたいなもの。大本は『うふっ』と笑う、『あはっ』と笑うことからだろう

*6
物事がダメになる、という意味の言葉。由来として言われるものが二つあり、一つは江戸時代、火事の終わりに半鐘を二度鳴らした時の擬音『ジャンジャン』が変化したという説、もう一つは江戸時代に使われていた動詞『じゃみる』(意味は『おじゃん』とほぼ同じ)が変化したものであるという説。どちらが正しいのかはわかっていない

*7
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の主人公、スレッタ・マーキュリーのこと。視聴者からたぬき扱いされている為、たぬき繋がりで作られるのも早かった、ということになるらしい

*8
ゲームソフト『勇者のくせになまいきだ』シリーズより、プレイヤーのことを『破壊神』と呼ぶ。普通のRPGと違い、魔王側に立って勇者を迎え撃つ、というのが特徴的な作品。作中ではダンジョンを作る為の『ツルハシ』としての姿を持つ(要するにカーソル)。因みに魔王は破壊神(プレイヤー)を呼ぶ以外のことは、ほとんどなにもしない



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フードモンスターが現れた!

「お手続きはそちらをどうぞー」

「はいはーい」

 

 

 ダンジョン攻略はクリスマスの安定にも繋がる──。

 なんてお題目とはまったく関係なく、もしかしたらいるかも知れないというフレンズ達を求め、迷宮へと足を踏み出した私たち。

 そこで私たちが最初に出会ったものは……。

 

 

「……ジャパリまんスライム、だって」

「なにその変種」

「ちょっと前にコンビニとかで、スライムまん売ってたから……」

「先祖返り(?)してるじゃん!?」*1

 

 

 頭部に『の』の字の刻まれた、不思議な姿のスライム(※ドラクエ仕様)なのでした。……なにこのコラボ!?

 

 

 

 

 

 

「ドロップ品はやっぱりジャパリまんだったねぇ」

「肉まん味なのだ!なんだかちょっと猟奇的なのだ!」

「しょ、食欲失せるってばよ……」

 

 

 とりあえずボコってみたところ、相手が落としたのはジャパリまん。

 ……だったのだが。中身は肉まんだったため、ちょっと意気消沈する羽目にもなったのだった。いやなんかこう、敵からのドロップ品にお肉使ってあると……ね?

 まぁ、成型された状態で出てきた辺り、どちらかというと元々あったジャパリまんに、なにかしらの理由で魂が宿って動き出した、とかだろうから、この時想像してしまったスプラッターなモノは見当違いだとは思うのだが。*2

 

 ともあれ、ここはまだ一階。

 こんなところでぐずぐずしていてはいつまで経っても終わりゃしないので、サクサク出てくるモンスターをぶっ飛ばし、サクサク進む私たちである。

 

 

「おっ?ねぇねぇキーアお姉さーん、これなーにー?」

「んん?……おお、【ちいさなメダル】じゃん。集めたら良いものと交換して貰えるよ」*3

「ほっほーい、わーいわーい」

「……んん?ということは……どこかに居るのかな?メダル王とかメダルおじさんとかが」*4

「多分ねー。ドロップ品はダンジョンの生成物だから、それを交換するための場所は用意しててもおかしくないと思うよ?」

 

 

 そんな中、しんちゃんが持ち前の運のよさで見付けて来たのが、五百円玉くらいの大きさの小さなメダル。

 これもまたドラクエ系のアイテムであり、その名も【ちいさなメダル】。収集物の一つであり、たくさん集めると良いことがある、というモノである。

 

 本来なら、作中の武具防具やアイテムなんかと交換して貰えるはずなんだけど……、後ろの模様が店の模様になっている辺り、あくまでも使えるのはこのダンジョンのみ、余所には流用不可っぽい感じである。

 

 

「となると……ここは百貨店だから、貰えるのは食べ物類とか服とかかな?」

「武器と防具とかだと交換レート高めなことが多いから、一つのダンジョン内のみで集めるのは難しいだろうしね」

 

 

 そうなると、恐らくはダンジョンを出る時に回収され、そこで数に応じた景品が貰える……という形だと見るのがいいだろう。

 ならまぁ、そこまで値の張るようなものはラインナップにはない、と見た方がいいはず。なにせこの【ちいさなメダル】、わざわざ名前に『小さな』と付いている通り、わりと見付け辛いモノなので。

 

 まぁ、あくまでもオマケ要素、ということで。

 これを目的に動くわけでもなし、ついでに拾えたら帰る時にラッキーだ、くらいの認識で留め置いておこう、と声をあげようとしたところで。

 

 

「むむむ……メダル、見付からないのだ」

「ほっほーい、またいちまーい♪」

「あー!!ずるいのだずるいのだ!アライさんも自分で見つけたいのだー!!」

「……あの、もしもーし?アライさーん?……ダメだ聞こえてねぇ」

「フレンズ相手にお宝探しとか、我慢できるわけがなかったねぇ」

 

 

 好奇心旺盛な彼女達にとって、宝探しというのは楽しいものの筆頭。

 必然、思わず夢中になってしまう、ということになるようで……結果、しんちゃんと競うようにメダルを探すアライさん、という光景が爆誕したのだった。

 なお、途中からナルト君まで参加し始めたため、収拾が付かなくなったことをここに記しておきます。……迂闊なことは言うもんじゃないね!!

 

 

 

 

 

 

「ふわー……」

「ん……?どうしたアライ。私の顔になにか付いているか?」

 

 

 アライさんに正気を取り戻させ、改めてダンジョンを進み始めた私たち。

 先ほどはスピード自慢のはぐれメタル……もとい、はぐれジャパイム(とろけるチーズ味)*5と遭遇したため、逃がすまいとオグリが駆けていったところである。

 数秒後、彼女は頬をもごもごさせながら帰って来たため、多分きっと恐らく倒したのだろう。間違ってもモンスター状態のまま口に入れた訳ではないと思う。多分。

 

 そうして口の中のものを嚥下したオグリを「えー……」みたいな表情で眺めていたところ、私とは別の視線が突き刺さっていることに気付いたオグリが、その視線の当人──アライさんに声を掛けたのだった。

 なんというかこう、今にも「すごーい!」とか言い出しそうな表情、というか。

 

 

「オグリはすごいのだ!かけっこはやはやなのだ!」

「……ああ、私はウマ娘だからな。走るのは得意なんだ」

「そうなのだ?どうしたらそんなにかけっこ速くなるのだ?」

「そうだなー……いっぱい食べていっぱい走ること、かな?」

「ウマ娘基準のいっぱいは普通の人にはテラいっぱい、ってことを最初に説明した方がよくないかね?」

「?アライもいっぱい食べてたって聞いたんだが?」

「あれは空腹だったからだと思うんですがー?」

 

 

 そうして彼女が口にしたのは、大方の予想通りオグリの速さについてのもの。

 遊びが大好きなフレンズ達からしてみれば、ウマ娘の速さはどうにもびっくりして憧れるもの、ということになるらしい。

 

 いやまぁ、フレンズの中にもチーターとかのような足の速い子は居るし、そもそもサラブレッドのフレンズ*6も居るので、そこまで珍しいモノではないような気がするけども。

 ともあれ、相手が凄ければ素直に認められるのが、フレンズ達のいいところ。

 オグリも褒められるのは悪い気がしないのか、いつもは仏頂面な顔が今はほんのり緩んでいるのだった。

 

 

「よーし、アライさんもかけっこ頑張るのだ!」

「む、ならばあそこまで競争だ」

「わかったのだ!よーい、ど「【王の友】(トランザム)!」ぬわぁああなのだぁぁあーっ!!?」

「あー……」

 

 

 なお、そのあとかけっこに誘われた際、競走馬としての本能とわりと負けず嫌いなところ、それから良いとこ見せたいみたいな思いが重なったらしいオグリが本気を出しすぎたため、紙切れのように吹き飛ばされるアライさんをキャッチする羽目になったが問題しかありません。

 ……っていうか、こんな狭いところでトップスピード出すんじゃないよ!

 

 

「?少し前に『オグリはヴァレン某みたいだなぁ』と言われたので、ちょっと真似してみたんだが?」

「ヘスティア様ー!?なに言ってんの貴女様ーっ!!?」

 

 

 理由について聞いてみたら、意外な犯人が明らかとなって頭を抱える羽目になったんですけどね。……いや『リル・ラファーガ』やったんかい。*7

 

 

「おーい、そろそろ次の階に行こ……なにやってるのさ君達?」

「お説教です。出てくるモンスターが今のところ弱いとはいえ、ここは遊び場ではないのですよ、とお教えしているところです」

「こわいのだ……突然姿が変わったと思ったら、キーアがとてもこわいこわいになってしまったのだ……」

「むぅ……加速蹴りこそ戦闘の華、と聞いたから実践しただけなのに……」

 

 

 その後、二人を迷宮の床に正座させて反省を促していたところ、先を見に行っていたライネスから、呆れ混じりの言葉を投げ掛けられることとなったけど私は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 その後も、ダンジョン攻略には様々な難題が待ち受けていた。

 

 

「風遁・螺旋手裏剣だってばよー!」*8

「うわぁ!?こんなところでそんな高火力技を使うなバカ!」

「んなっ、バカって言った方がバカなんだってばよ!バーカバーカ!」

「実力と中身が釣り合ってなさすぎだろう君!?」

 

 

 使える技が大分あとの方になっているため、見た目は幼少期なのに火力が高過ぎるナルト君がライネスに苦言を呈したり。

 

 

「ほっほーい」

「しんちゃーん!しんちゃーん!?自分のスペックに任せて先々進むの止めてー!?みんなが追いつけなーい!!」

「お?」

 

 

 基本的にスペックが高いため、本来戦闘要員でもないのにホイホイ先に進んでいくしんちゃんにみんなが振り回されたり。

 

 

「……面倒だ、まとめて薙ぎ払う」

「こらー!!こんなところで転移(ゲート)巻物(スクロール)使おうとするんじゃなーい!!」*9

 

 

 ゴブスレさんがいつもの和マンチ*10を発揮しようとして、みんなから止められたりなど。

 本当に、本当に色んなことが起きたものである。

 

 

「……それもとりあえず終わり、ってことになるんですけどね」

「一つ目が、ね。……こんなノリだと、先が思いやられるねぇ」

 

 

 そうして今、私たちはこのダンジョンのボス部屋にたどり着いていたのだった。

 ……私一人だけ疲弊しまくってるんだけど、これはなんの嫌がらせかな?かな?

 

 

*1
スライムの形をしたまんじゅうのこと。コンビニやコラボカフェなどで販売されていた。一部のゲームにも登場しているが、青色の食べ物は基本的に食欲を減衰させるといわれている為、食べるのにはそれなりに勇気が必要となる。中身は肉まんであることが多い

*2
ドロップ品でたまに起こること。落とすアイテムが食料品である場合、それが相手の持ち物だったのか、はたまた倒した相手が変化したものなのか、ゲーム的には明らかにしていない……ということはよくあることだったり。無論、普通は持ち物のはず、なのだが……?

*3
『ドラゴンクエスト』シリーズに登場する収集アイテムの一つ。基本的には集めたら総計によって景品が貰える、というパターンで、作中に登場するメダルの総数は決まっているものが多い。たまに直接敵からドロップする為、貴重品交換の為に集めることになる場合も

*4
【ちいさなメダル】を集めている人々。作品によって人が違う

*5
ジャパリまん仕様のスライム、略して『ジャパイム』。スライム系には溶けたような体の種類も存在する為、この『はぐれジャパイム』もその類い。中にとろけるチーズが入っており、香ばしい匂いを発している

*6
元々はJRAとのコラボによって生まれた三人のフレンズのこと。くりげ(栗毛)あおかげ(青鹿毛)しろげ(白毛)の三人で、ジャスタウェイには残念なことにあしげ(葦毛)はいない。……もしかしたらしろげの時点で十分かもしれないが

*7
『ダンまち』シリーズのキャラクター、アイズ・ヴァレンシュタインの必殺技。風の魔法『エアリアル』を全身に纏っての突撃

*8
一時期のナルトの必殺技。属性付与の難しい『螺旋丸』に風の性質変化を付与した術。当たったら分子分解されるレベルで切り刻まれるという、かなりエグい術

*9
ゴブスレさんがやらかしたこと。必要だったとはいえ、高級品である巻物を使い潰してのウォーターカッターには、彼の仲間達も困惑したとか。なお、外部出演時に最強技として採用されたことがある

*10
『日本版マンチキン』のこと。マンチキンは『munch(マンチ)(むしゃむしゃ食べる)』+『-kin(キン)(小さい、という意味の接尾辞)』という組み合わせでできた言葉であり、アメリカのTRPGにおけるプレイスタイル『自分有利に物事を運びたい自己中心的な人』、すなわち洋マンチが日本に伝えられて変化したものが和マンチである。『自分有利に』などの面において、設定などを読み込んで『これはできるはずですよね?』というように裏道を探すようなプレイスタイル。要するに理論武装をしていることが最大の違いであり、それゆえに一定の理解は得られたり得られなかったり



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大ボス相手に手加減はいらぬ

 見るからにおどろおどろしい、ボス部屋手前の扉。

 このメンバーで到達できるとは思ってなかったというか、はたまた案内役のゴブスレさんが、時々の変な行動以外はわりと真面目に働いていたお陰というか。

 ともかく、最深部へと到達した私たちは、これから始まるボス戦に、緊張感を新たにしていたのだった。

 

 

「……そういえば、こういうシチュエーション二回目だな……」

「二回目?一回目があったのかい?」

「ああうん、かようちゃんの時に一度」

「あー……ビーストⅡi……だっけ?」

 

 

 そうして思い出すのは、時の止まった世界における、かようちゃんの家の中にあった不思議空間。

 条件満たさずに到達してしまうと、もれなく罰としてスカルリーパー擬きが降ってくる、という嫌がらせにもほどがある場所だったが……流石に、あのレベルの理不尽さはないと思いたい。

 今回はパイセンもいないので、自動的に私がカバーするしかないわけだし。

 

 あとは……うん、ビーストの話をしたので、ビーストが寄ってくる……なんてことがなければいいかなー、みたいな。

 いや、フレンズたちはけもの(ビースト)なので、そっち方面を考えるのであれば居るんなら出てこい、とはなるのだけれど。

 

 

「ビースト?それって友達なのだ?」

「うーん……倒せば味方になってくれるってやつが多いし、ある意味フレンズみたいなもの……?」

「おいこらばかやめろ、変なフラグを立てるんじゃあない」

 

 

 よくよく考えると、今まで出てきたビースト系で味方になってないの、本家ではゲーティア()だけな辺り、基本的には味方になるもの、と言ってしまってもいいような気がしないでもないような?*1

 ……いやまぁ、そのためには戦って倒す必要があるので、言うは易く行うは難し、といういつものやつになるわけなのだが。

 

 ……あと、ライネスからお叱りの言葉が飛んできたため、この話はここで打ち止めにしておこう。

 実際、ここのライネスは多少魔術は使えるものの、戦闘力的には下から数えた方がいいラインの人物。

 ソシャゲの方みたいに司馬懿の力も持ち合わせていないので、補助として役に立つのはその頭脳のみ、みたいな感じなので、基本的に特攻無しだとムリゲーの類いのビーストは、出て来て欲しくないもの筆頭だということになるのだろうし。

 

 そんな風にわちゃわちゃと会話をして。

 そうして、私たちは扉を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

「中に居るのは……ジャパイム?」

「たくさん居るってばよ!……でもあれ?大きなやつは居ないってばよ?」

 

 

 大きな扉を開いて中に入った私たち。

 そこは円形状の闘技場みたいな形……SAOのボス部屋みたいな感じ、と言えばわかるだろうか。

 いやまぁ、.hackとかのでも大して形は変わらないとは思うのだけれど。

 

 ともあれ、縦に長いその部屋の中には、道中よりも遥かに多くのジャパイム達が屯していたのだった。

 ……だったのだが。逆を言えば、それ以外のモンスターは影形もなく。言ってしまえば、ボス部屋とは名ばかりのジャパイム(モンスター)ハウスだったのである。*2

 ……ええと、最深部まで来てジャパイム戦に終始するんです……?

 

 思わず拍子抜けする私だったが、そこでオグリがなにかに気付いたように声を上げた。

 

 

「いや待て。種類が微妙に違うぞ」

「はい?」

「あれは肉まんと見せかけて、高級肉まんタイプ。あっちはあんまんでこっちはピザまん、それから豚角煮入りに海鮮エビチリに……」

「いや待った待った!見ただけで把握できてるのも怖いけど、中身に統一性が無さすぎるのも怖い!」

 

 

 どうやら、ここに居るジャパイム達は、その全てが別種の存在であるらしい。

 一つ足りとて同じ中身がないというのは、ここに確認されている全てのジャパイムが揃っている、とでも言うかのよう。

 ……いや、全種揃ってるからなんだと言われればそうなのだが。同時に、()()というところに厄ネタ臭を感じるというか。あと今のオグリをほっとくと、全てのジャパイムを平らげかねないのでそっちも怖い()。

 

 

「ほうほう。この子達ぃ~、『ぷるぷる、僕達は悪いジャパイムじゃないよ』って言ってるみたいだゾ」*3

「わかるの!?ジャパイムの言葉が!?」

「なんとなーくだけどね~」

 

 

 続いて衝撃発言をしてくるのはしんちゃん。

 どうやら、うっすらとだが相手がなにを話しているのかが理解できるらしい。

 今までのジャパイム相手だと、そんな素振りなかったじゃん!……みたいな感じだが、どうやらここに集まっているジャパイム達が特別な様子。

 

 ……んん?ってことは、ここのボスはこの子達じゃない、ってこと?

 私はてっきり、この子達が『ジャパイム達が合体していく!……なんとキングジャパイムになってしまった!』みたいなことになるのかと思っていたのだけれど。*4

 

 

「それだと味が全部混ざっちゃって、酷いことになるってばよ……」

「肉まんとあんまんが一緒に居る時点で、余程上手く混ざらないと単なるゴミにしかならないだろうねぇ」

「……不味いのか?」

「美味しくはないだろうねぇ」

 

 

 なお、後ろの方ではゴブスレさんが首を傾げていた。

 ……一般常識的なものには疎い彼(?)のことなので、最悪食べ物なんて食えればいい、くらいに思っているのかもしれない。

 

 ともかく、こうして集まっているジャパイム達がボスでないのなら。……予想されるボス像はただ一つ。

 

 

「と、言うと?」

「彼らを餌にしているヤツ、すなわちフレンズがここのボスになってるってことじゃないかな?」

 

 

 ジャパイム達は、ジャパリまんに命が宿った結果、モンスターとなった存在。

 そしてジャパリまんとは、『けものフレンズ』におけるフレンズ達の主食。無論、他のキャラ達が食べることもできるし、実際にオグリがパクパク食べていたが……それでも、関係性が深いのはフレンズ達、ということになるだろう。

 

 ゆえに、ぷるぷる震えるジャパイム達は、ここのボスに献上されたもの。

 そして恐らくは、これから彼らを捕食するためにボスが現れるはずだ。

 すなわち、私たちの戦いはそこから始まる、ということになるのだけれど……。

 

 

「……気のせいかな、変なフラグ踏んだ気がするんだけど?」

「奇遇だね、私もそう思うよ」

 

 

 ……何故だかはわからないけど、どうにも変なフラグを踏んだような気がするというか。具体的には(さか)しらに語ったせいで予想が外れるフラグが立った気がする、みたいな?

 いやまぁ、捕食者が現れるという予想は外れないと思う。思うのだが、そこから二手三手捻られそうな予感がする、というか?

 

 そもそもの話、ここで出てくるボスがフレンズだったとして、それは【顕象】の方じゃないのか?……みたいな?

 この場合は敵対的な【顕象】となるので、ボコったところで仲間になるとは限らない、みたいな?

 

 

「え、そうなのだ?」

「ビーストとかならアレだけど、単なる敵対的【顕象】が仲間になった例ってないからなぁ……」

 

 

 首を傾げるアライさんに、過去の事例を思い出しながら声を返す私。

 もろに敵対していたように見えるハクさんも、その実敵対心はほとんど無かったし。

 元がビーストだった数例達も、ビーストの本質が『人類愛』である以上は、完全な敵だったかと問われれば首を傾げなければならない。

 いやまぁ、ビースト組は負けたあと生まれ変わっているようなものなので、明確にイコールで結び付けてしまっていいのか微妙なところもあるわけなのだが。

 

 ともあれ、敵対的な【顕象】として顕現した彼らが、戦いの後に仲間になったという例は今のところ皆無。

 ……そうなると、ここで出てくるボスには最低でも精神操作を受けている、とかが必要になってくるのだけれど……。

 

 

「……企業ダンジョンでそんなことやってたら、それこそ問題だよねぇ」

「だねぇ」

 

 

 フレンズ達を望まぬ敵役にしていた、とか店のイメージダウン間違いなしである。

 そんな危なっかしいことできるわけもないし、やるはずもない。……と考えると、ここで出てくるボスはやっぱりフレンズじゃない、というのが正解になりそうなわけで……。

 

 

「……帰ってよくない?まだまだダンジョンはいっぱいあるわけだし」

「いやいや。ここまで来たんだからちゃんと制覇していこう」

「……その心は?」

「勝ったらお土産げふんげふん」

「あー……」

 

 

 じゃあ、当初の目的を考えると、無理にここをクリアする必要なくない?……みたいな気持ちも沸いてくるわけで。

 帰還アイテム使って、さっさと別のダンジョンに挑むべきなのでは?……という私の言葉も、ある程度の正統性を持ってしまうわけなのである。

 

 まぁ、実際にはクリスマス当日の面倒を減らすため、クリアできるのならした方が良いって話になるのだが。……オグリの言う理由についてはスルーである。

 

 ……そうこうしている内に、ボスが現れるんじゃないかなー、と思っていたのだが。

 今のところはジャパイム達が震えているだけで、なにかが現れる気配はない。

 なので、もしかしてこの震えるジャパイム達を狩れ、みたいな人の心案件なのでは?……みたいな懸念も湧き始めてしまい……。

 

 

「……この音」

「よかった!人の心案件じゃなかった!」

 

 

 微かに聞こえてきた音に、ようやくボスが現れたことを知る。

 良かった、これでただ震えているジャパイム達を虐殺する、なんて後味の悪いことにならずに済……なんですこの音?

 

 改めて聞こえてきた音に耳を澄ませば、どうやらこれは風の音のよう。

 周囲に風が吹いている様子はないため、これが響いて来ているのは見えない場所──すなわち上から、ということになり。

 

 

「っ!下がれっ!」

「ぬぉわぁっ!!?」

 

 

 それに気付くと同時、頭上に現れる影。

 なにかが落ちてきている、ということに気付いた私たちは、ゴブスレさんの言葉によって慌ててその場から飛び退き。

 逃げ損ねたジャパイム達が吹っ飛んで行くのを横目に、空から落ちてきたその()()を確認して、驚愕の声をあげることとなるのだった。

 

 

「……ベリオロスじゃん!!?」

 

 

 そう、空から飛来してきた、巨大な影の正体。

 それは、翼を持つサーベルタイガー、とでも言うべき巨大な生き物。

 モンスターハンターのモンスターの一種、ベリオロスなのであった。……なんか牙が原種と違う気がするんですけどー?!

 

 

*1
暫く放置されていた形となるビーストⅡ・ティアマトもアーケードの方で登場したし、そちらのビーストⅥも配布という形で味方になった為、現状姿がわかっていて、なおかつ倒したことのあるビーストの中で、味方に居ないのはゲーティアだけ、ということになっている

*2
『不思議のダンジョン』シリーズに登場するトラップの一つ。部屋の内部がモンスター達によって埋め尽くされており、その圧倒的な数の暴力で磨り潰される羽目になる場所。上手くいなせれば経験値稼ぎなどにも使えるし、作品によっては敵だけではなく、アイテムが落ちていることも

*3
『ドラゴンクエスト』シリーズにおいて、街の中等で出会う非戦闘キャラのスライム達の台詞。そもそも脅威度が低いこともあってか、敵対的でなければ普通に街の中でも暮らせるようだ

*4
スライム達が大量に出てきた時に起こること。無数のスライム達が集まって、大きなスライムになる。複数で囲んで殴った方が強い時もあるかもしれないが、あまり気にしてはいけない……



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狩りゲーだけど大人数

 現れたベリオロス……っぽい謎の巨大な生き物。

 その姿に戦々恐々としつつ、体勢を取り直す私たち。

 

 相手がモンスターハンターに登場するモンスターである以上、一般人程度の身体能力しかないメンバーのほとんどが戦力外、ということになる。

 なにせ、高所から落ちても平気・寒さも暑さも飲み物一つで踏破などなど……規格外な身体能力を誇る*1あの超人的なハンター達が、それでもなお苦労しながら倒すのがあのモンスター達なのである。……普通の人間では、役者不足どころの話ではあるまい。

 一応、このダンジョンの中もなりきり郷の中判定なので、敵の攻撃で死んだりすることはないと思うが……それが怪我をしないことと同義かと言われると、否と声をあげなければいけないだろう。

 

 つまり、自動的にしんちゃんとライネスが戦力外通告、ってことになるわけである。……いやまぁ、しんちゃんは頑張ればどうにかなるかもしれないけども。

 でもこう、幼稚園児に相対させるべき相手ではない、ってのは確かな話でしてね?*2

 

 

「わかったゾ!オラ、ライネスちゃんをお守りするゾ!」

「そうかい?じゃあまぁ、私たちは下がるとするよ」

「そうしてー!……さて、と」

 

 

 そこまで語れば、皆まで言うなとばかりにしんちゃんがライネスを連れて後ろに下がってくれる。……流石はしんちゃん、こういう時は切り換えが早い。

 いやまぁ、普段は戦えるの彼一人みたいなことも多いので、早々下がることはないとは思うのだが。

 

 ともあれ、二人が安全圏に下がったのを見て、改めて相対している巨獣──ベリオロスらしき相手に向き直る。

 戦えない相手を攻撃するつもりはない、ということなのか、かの獣は静かな唸り声をあげつつも、現状は静観を貫いているのであった。

 

 ──ベリオロス。

 モンスターハンターシリーズに登場するモンスターの一種で、種族は牙獣種。……と見せ掛けて、実は飛竜種である。*3

 猫っぽい見た目と異名である『氷牙竜』という名前から一瞬勘違いしてしまうかもしれないが、かの獣は歴とした竜の一つ。

 ゆえに、甘く見れば容易くこちらを屠るだけの力を持つ、恐るべきモンスターなのである。

 

 特徴は、なんと言ってもサーベルタイガーに見えてくるような、その立派な牙だろう。

 この牙、実は攻撃にはさほど積極的に使ってこない。どちらかと言えば、メスへのアピールのためのものだとされているのだが……。*4

 

 

「……なんか、色々と違くない?」

「そうなのか?」

 

 

 本来、ベリオロスの牙は琥珀色のもの。

 だが、目の前のベリオロスらしきモンスターのそれは、青白く透き通った剣のような形をしている。

 それも、折れた剣が牙として突き刺さっているかのような見た目なのだ。片方が柄の側、もう片方が剣先の側、みたいな感じというか。*5

 

 雑に言うのならアイスソードの刺さったベリオロス、みたいな?

 その奇異な姿ゆえ、ベリオロスだとはっきり断言できない……だというのはわかって貰いたい。

 つまり、なにか【継ぎ接ぎ】されているのではないか?……と、私は疑っているのだ。

 

 

「なにかって、なんだってばよ?」

「それがわかれば苦労はしないんだよなぁ……」

 

 

 ナルト君が怪訝そうに質問を投げてくるが……生憎と、私が答えられるのは()()()()()()()()()()()

 自身の知識の外にある答えは、意識して見ようとしていない限りは全て非公開情報である。

 そのため、あのベリオロスに混ざっているモノが()()()()()()()()()()()だったりした場合、私にそれを予測する術はないのだ。

 

 

「?まだこの世に生まれていないものは、【継ぎ接ぎ】の対象外なんじゃないのか?」

「エー君の性格構成に、その時発表されていなかった太歳星君が混ざってた辺り、確率としては低いけど決して起こらないことではない、ってことになってるからねー……」

 

 

 いやまぁ、実はエー君の性格は誰かが干渉した結果、と言われれてしまえばわからなくなるけども。

 どうにも、この『逆憑依』というものもまた、時間軸の軛からは逃れられている……と認識した方がいいみたいで。

 

 そこを踏まえるのなら、今のベリオロスの牙がおかしいのは、未来にて発売する何物かが【継ぎ接ぎ】として混ざった結果、なんて可能性もゼロではなくなるわけで。

 その可能性がある限り、私ははっきりと断言できないまま、現状の対処に向かうしかない……ということになる。

 

 それでも、私は相手を見据えて、皆にこう告げるのだった。

 

 

「とりあえず──戦闘開始だ!」

 

 

 

 

 

 

 先手はベリオロス。

 バックステップしながら飛び上がった彼はというと、前足から伸びた翼によって宙に滞空していたのだった。

 

 

「……あのなりで飛んだってばよ!?」

「ああうん、所見だとビックリするよねアレ……」

 

 

 いわゆるティガ骨格*6に分類されるベリオロスだが、その系列の竜にしては珍しいことに、明確に空を飛ぶことができる種族である。

 

 他のティガ骨格系のモンスターが、名前の由来であるティガレックスやナルガクルガ・ギギネブラなどなど、そのほとんどが地上を走り回ることを主体とするのに対し、このベリオロスだけはそれらに加え、他の飛竜種のように空を飛ぶ……ということをしてくるのだ。

 しかも、高所からの滑空ではなく、こうして目の前で翼をはためかせ、明確に……だ。

 

 それだけではない。

 ベリオロスは体の各所に鋭い棘を持ち、これを天井や壁に突き刺すことで、それらの場所を自在に駆けることもできるのである。

 いわば、ほぼ全ての場所が庭のような状態の猫科の動物。……これでこちらに飛び掛かってきたりもするというのだから、末恐ろしいことこの上ないだろう。

 

 

「……閃光で落とすか?」*7

「ああいや、とりあえずは温存しといて。……効くかどうか怪しいし」

「……む?確かなベリオロスに閃光は有効だったはずだが……?」

 

 

 あのまま飛び回られては厄介、とゴブスレさんが閃光玉の使用を進言してくるが……今のところは止めておこう、と返す私である。

 理由は、これが現実であること。

 ベリオロスには、設定として閃光に強くてもおかしくない性質があるのである。それが、雪の照り返しに対する耐性だ。*8

 

 

「てりかえし、なのだ?」

「そ。雪の中を主な生活域とするベリオロスは、白い地面から反射する光に目を焼かれないように、ちょっと特殊な進化をしているんだ、って話があるんだよ」

 

 

 今のところ、それがゲームに反映されたことはないが、とも一応付け加えて置くが……ともあれ、ベリオロスが設定的には光に強くてもおかしくはない、というのは確かな話。

 ゲーム的には飛行状態の彼を叩き落とすのに有効にされているが、実際には効かない可能性、というのは少なくとも存在しているとも言える。

 

 そして、相手が【顕象】である以上、『ベリオロスに閃光玉が効く』という情報と、相手がそれを活用してくる可能性というものを、相手のベリオロスも理解している可能性……というのも少なくないのである。

 その場合起きることは、わざと閃光玉を受けて怯んだようなポーズをする、ということだろう。

 

 ゲームと同じ感覚で閃光玉を使い、相手が落ちてもがいている姿を見て、これ幸いと近付いたら頭からガブリ……なんてことになる可能性は、普通に存在しているのだ。

 

 

「……やつがそこまで狡猾かは知らんが。忠告は忠告だ、受け取っておこう」

「あんがと」

 

 

 ぶっきらぼうに声を返してくるゴブスレさんに小さく陳謝し、改めて滞空するベリオロスに相対する私たち。

 ……この可能性に思い至ったのは、こうして隙のようなモノを晒したにも関わらず、こちらに攻撃してくる姿勢を見せない相手のせい、と言えなくもないだろう。

 

 

「…………」

 

 

 油断なく、間断なくこちらを見つめる視線に隙はなく、逆にこちらの隙を虎視眈々と狙っている、ということが伺える。

 これに迂闊に突撃していたら、恐らくはかるーく一乙*9していただろうことは想像に難くない。

 

 戦いというのは、逸った方が負けるもの。

 ゆえに、この相手に対しては慎重にならざるを得ないのであった。

 ……まぁ、慎重になりすぎて、暫くお見合いみたいになってたんですけどね!!

 

 

「えー……流石にこの膠着状態はどうかと思うなー……」

「うるさいよライネス!隙を見せた方が負けるんだからね!」

「いやもう、これは不戦勝でどっちも負けなやつだよ絶対……」

 

 

 気のせいでなければ、相手のベリオロスも固唾を呑んでいるような。

 そんな奇妙な緊張感は、相手の羽ばたく音が響くまま続いていき。

 

 

「……あーもうじれったいってばよ!こうなったらー!」

「あっちょっ、ナルト君ダメだってば!螺旋手裏剣は火力ありすぎるから禁止って言ったでしょ!?」

「でもこれが今の俺の最強火力なんだってばさ!!これで全部吹っ飛ばすのが多分一番頭のいい作戦だってばよ!!」

「猪突猛進すぎるわ!!」

「なるほど、やはりここはウォーターカッターを(水底にゲートを繋げよう)……」

「だから止めろって言ってんだろうがこの問題児共ーっ!!」

「なぁキーア、これ食ってもいいかな?」

「ダメだって言ってるでしょー!!?」

「………(汗)」

 

 

 最終的に、焦れに焦れまくった一部の問題児達が、敵前にも関わらず好き勝手し始めたため、色々と台無しになって終わるのだった。

 

 ……気のせいかな、目の前のベリオロスからの視線が「お前も大変なんだな……」みたいな憐れみの混じったものに変わった気がするんだけど。

 モンスターの方が常識的だとか、正直もうキャパオーバー過ぎて笑うしかないんですけどー!!?

 

 

*1
どんな高さから落ちても落下ダメージなしなのは当たり前、単なる前転で敵の攻撃を回避し、モンスターからしてみれば豆粒のような武器を使い、それでも相手を打倒せしめて見せるハンターは、冷静に作中設定と照らし合わせると正直人外の域の戦闘力を持っているとしか思えなくなる。なお、敵の攻撃で地面に叩き付けられた、という場合でなら、落下ダメージのようなものは入らなくもない。……それを落下ダメージだと呼ぶのなら、だが

*2
映画などでは、なにかしらの理由で成長した彼が戦うこともある。その時は斬馬刀級の超大太刀で大立回りを見せていた為、戦闘センスが抜群なのは間違いないようだ。その為、幼稚園児状態でも(戦い方を考えれば)普通に強かったりする

*3
それぞれ『牙ある獣』『飛ぶ竜』が属するカテゴリ。……なのだが、飛竜種に関しては空を飛ばないモノも含まれる。さらに、これらのカテゴリに跨がるような名前の『牙竜種』『獣竜種』なんていうカテゴリも存在したり。初見でなにに含まれるのか、というのを見極めるのは意外と難しいのかもしれない。なお、ベリオロス登場時には『牙竜種』カテゴリが存在しなかった

*4
牙が立派だとモテるのだとか。マガイマカド君も似たような感じだが、彼の場合特殊個体が『自慢の牙が折れて自棄になっている』(誇張表現)姿だとされる為、そういう意味では牙が折れても変なことにならない彼は意外と冷静なのかもしれない……()。なお、ベリオロスの特殊個体には、牙を使っての大技が存在するとか

*5
とある()()のモンスターの特徴。彼は災いを呼ぶもの、と呼ばれ恐れられている……

*6
ティガレックスの動きを元にして作られたモンスター達の総称。地面を動き回るモンスターが多いが、ベリオロスのように縦横無尽に動き回るモノも居る。ジャンプ力が異常に高いのも特徴(エリア移動に多用する)

*7
モンスターハンターにおける常套手段。飛んでいる相手には攻撃が当て辛いので、強烈な光を放つ閃光玉を使って目を眩ませ叩き落とす、というのは基本戦法である。相手の行動を抑制する手段としてはとても強く、これに頼りきりになってしまうハンターも。……なお、効かない相手も居るので過信は禁物

*8
雪の中で生活する以上、地面からの照り返しというのは馬鹿にできない光源となる。そのゆえか、光を受ける量を調節する為に目蓋を常に半開きにできるらしい。まさかの常にジト目。夜や洞窟の中では光源確保の為に瞳孔と目蓋が全開になり、瞳が輝き始めるのだとか

*9
『乙』は、お疲れ様でしたの略。そこから、負けたので解散します、という意味合いで『死亡すること』そのものを『乙』と表現するようになったのだとか。『死』だと直接的過ぎて使い辛かった、なんて事情もあるとかないとか



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普段怒らない人ほど怒ると怖い

 凄まじくぐだぐだな空気となってしまった、ボス部屋空間の中。

 私たちは、もう完全に戦意を失ったらしいベリオロス(?)が呑気にあくびをしているのを尻目に*1、みんな纏めて正座させられ、ライネスからのお叱りの言葉を受けている最中なのであった。

 

 

「いいかな君達?相手がそこまで好戦的でなかったからこそ良かったものの、こんな状況で内輪揉めなんてしてたら、全滅も普通に視野に入ってくるんだ……ってことをきちんと理解しているかい?」

「いやその……」

「声が小さい!意見があるなら大きな声で!!」

「ひぃっ!ごめんなさいだってばよ!!」

「……敵なら倒すべきだ」

「敵ならね!膠着状態をこちらから崩すのは得策じゃない、ってのは君にもわかるだろうに!」*2

「むぅ……」

 

 

 なお、この中で一番怒られているのは、なにを隠そうナルト君とゴブスレさんである。……この二人の行動が一番脳筋*3だったからね、仕方ないね。

 いやまぁ、次点で私が怒られてるって事実を無視すれば、の話だけども。

 

 

「そりゃそうだろう、この中で本来纏め役として頑張らなきゃいけないのは、なにを隠そう君なんだから」

「私はちゃんと頑張ってたんですけどー?!これ以上なにを頑張れって言うんですかー!?やったんですよ必死にー!!」

「黙らっしゃい、台詞的にまだまだ余裕があるだろうそれ!」

 

 

 ……ちっ、バレたか!

 いやまぁ、ほんのりバナージ君風味、って時点で気付く人は気付くだろうけども。

 

 ともあれ、戦闘らしい戦闘も起きないまま、こうして反省会に移行することになったわけなのだけれど。

 ……そういえば、未だに扉が開かないってことは戦闘……戦闘?は終わってない、ってことでいいのかなこれ?

 いやほら、今のところ閉じ込められたまま、ってことになるわけだし。

 

 

「でも、ベリちゃんは最初からやる気ないって言ってるゾ~?」

「いや、こっちの言葉もわかるんかいしんちゃん……でも、んー?さっき上から降ってきた時は、わりとやる気だったような気がしたんだけど……」

 

 

 だがしかし、しんちゃんの言うところによれば、目の前のベリオロスには最初から戦闘の意思などないとのこと。

 

 ……扉が閉まっている以上、なにかしらの条件を満たさなければここから出られない、ということになるのだろうが。

 それが戦闘ではないのだとすると、私たちは一体なにを要求され、なんのために閉じ込められているのだろうか……?

 

 

「その辺り、向こうはなにか言ってない?」

「ん~……あんまり詳しいことはわかんないんだゾ。なんとなーく、今はお腹空いたって言ってる気がする……みたいなー?」

「ふぅむ、お腹が空いた、ねぇ。……ん?()()()()()?」

 

 

 試しにしんちゃんに確認を取って貰おうと思ったものの、どうやら彼は明確に相手の言葉がわかる、というわけではないらしく。

 今現在、相手がどんな感じのことを思っているのか、ということをほんのり認識しているというのが正しいらしい。

 ……そういえば原作のしんちゃんも、そこらの野生動物達と仲良くなるのが異様に早かったような気がするし、その延長線上の能力……ということになるのかも。

 

 仮にそうだとすると、彼が本当にここのボスなのかも、彼が本当に求めているモノがなんなのかも、しんちゃんが実際に尋ねて確認することはできないということになるわけか……と、小さく唸った私はというと、続いてしんちゃんが告げた『今のベリオロスの考えているらしきこと』に、思わず引っ掛かりを覚えていたのだった。

 

 ……ベリオロスは竜・すなわちモンスターに分類される生き物だが、大別してしまえば彼(?)も()()()の一種だと見なすことも、もしかしたらできるのかもしれない。

 少なくとも、ベリオロスは人ではないのだから。

 

 そして今、彼はしんちゃんの言うところによれば、大層お腹を空かせてここにやって来た、らしい。

 

 

…………(<●> <●>)」<ジーッ*4

「……ボ,ボクタチワルイジャパイムジャナイヨー」

 

 

 さて、ここに入った時、私たちの周りに居たものとはなんだったろうか?

 ……そう、ここに居たのは無数のジャパイム達。

 そこらにあった()()()()()()()()()宿()()、生き物として動き始めたスライムの亜種達である。

 

 ──では問題です。

 この周りのジャパイム達、本当に悪くないと思う?

 

 

「……捕まえて放り込めー!!!」

「「「キャーッ!!?」」」

 

 

 正解は『別に悪くはない。但し生存競争に善悪はなく、そこで行われる全てはただあるがままにある』。*5

 ……要するに、オグリに食べられないようにガードしてたことだけは正解だった、ということだ!!

 

 

 

 

 

 

「すまんなジャパイム達。君達に罪はないかもしれないが、観念してベリオ君のご飯になってくれたまえ……」

「まるでピクミンかなにかみたいに、綺麗に大量に平らげられて行くなぁ……」

「ちょっと良心が咎めるってばよ……」

「よーく見たら、こいつらみんなNPCみたいなモノだったから気にせず投げていいよ投げて。……っていうか、下手すると人畜無害だと思わせて食べさせることに罪悪感を抱かせ、出られなくなった私たちを養分にしてやろう、みたいなこと考えてたし」*6

「どこぞの妖精と大差ない奴らだった!?じゃあ遠慮はいらないな、じゃんじゃん食べさせるってばよ!」

「……ゴブリンか?」

「性格的にはゴブリンと大差ないね!」

「……ならよし」

 

 

 はてさて、まるで地面からピクミンを引っこ抜くかのように、逃げ惑うジャパイム達を捕まえては投げ捕まえては投げ。

 気分は玉入れ、宙を飛び交うジャパイム達をベリオ君がパクパク食べるのを見ながら、多分これが正解だなと確信した私である。*7

 

 だってほら、さっきから数百単位で投げてるにも関わらず、ジャパイムの総数変わらないんだもん。

 やっぱりここいらにいるジャパイムは、単なるベリオさんの餌って以外の意味はないんだな、と悟りもするというか。

 

 ……まぁそんなわけで、みんなで手分けして、ひたすらジャパイムを食べさせて行く私たち。

 その数が都合四桁の大台に乗ろうとした時、その変化は突然舞い込んできたのであった。

 

 

「ん、お、おお??ベリオ君が突然目映い光に包み込まれたぞ?」

「これは……まさか進化か?」

「進化ぁ!?」*8

 

 

 大量のジャパイム達を摂取したベリオ君は、今や眩しいばかりの輝きに包み込まれている。

 その中で変化するシルエットと合わせ、それはまるでポケモンの進化のようで……?

 

 なんでそんなことに?と困惑しつつ、眩しさから思わず目を細める私たちと、その中で蠢く何者か。

 やがてその輝きはその勢いを失っていき……、

 

 

「……うむ、改めて初めましてだな。吾はパオジアンのフレンズ!気軽にパオとでも呼ぶがよい!」

「……ん?」

「ん?」

「「……んん?」」

 

 

 そうして現れたのは、予想通りフレンズの姿となった、予想外の見知らぬ誰かなのであった。……パオジアンって誰!?*9

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ、不思議なこともあるものだなぁ」

 

 

 フレンズと化した彼女が姿を見せた途端、これでクリアだと言うことなのか、大きな軋みをあげながら扉が開いていく。

 ……ボス戦はボス戦でも、料理系のアレだったかー。

 なんて現実逃避をしてみるものの、目の前の現実は無情にも私たちを混乱の渦に巻き込んで行く。

 

 

「新しいお友達だったのだ!こんにちわなのだ!アライさんはアライさんなのだ!」

「うむ、吾はさいやくポケモンのパオジアンのフレンズ!大船に乗ったつもりでよろしく頼むぞ、るきるきるき」*10

「……ええと、なんなのだ?それ」

「む?ああ、キャラ付けだから気にせぬように」

「自分でキャラ付けって言ったのだ!?」

 

 

 背丈こそアライさんと同じくらいの彼女は、しかしてどうにも異様さを隠しきれていない。

 

 なにがあれって、左右の手に剣が刺さってんのよ、さっきのベリオロスの時に牙の位置にいたあのアイスソードが。

 痛々しいこと間違いないのだけれど、彼女に言わせれば「痛そうだろう?()()()痛くないのだ」とのこと。

 思わず「えー?」ってなったものの、確かに血とかも出ていないので、あくまで痛々しいだけ、らしい。

 ……まぁ、さっきのベリオロスの時も血とかは出てなかったし、恐らくはそういう生き物なのだろう、多分。

 

 それから、彼女が名乗った『パオジアン』という名前。

 どうやらこれは、()()()()()()()()ポケモンの新作に出てくる新ポケモンの名前、らしい。

 らしい、というのは、それが本当かどうか今の私たちに確かめる術がないからなのだが……ともあれ、そのポケモンは彼女が今名乗ったように『災厄』をもたらすもの、なのだとか。

 ……四神が揃ったので次は四凶*11、ということなのかもしれない。ただまぁ、彼女の言うところによれば素直に四凶や四罪に準えたものではない、らしいが。

 

 ともかく。

 謎を抱えた彼女と共に、私たちは数時間ぶりの地上へと飛び出すことに成功したのであった。

 

 

*1
サバンナで暇そうにしているライオンみたいなノリ。完全にリラックスしている

*2
相手に『報復』という形で攻撃の口実を与える可能性がある為。最初から全てを引き潰すつもりでもない限り、相手が悪いように見せ掛けるのが良いという話でもある

*3
『脳みそまで筋肉で出来ている』の略。いわゆる直情型、猪突猛進型などのこと。策を用いるよりも直接殴った方が早い、みたいな考え方をする人。なお、どこぞの神様が『脳も筋肉、なので全身筋肉の俺は全身脳みたいなものなので偉い』みたいなことを言っていたが、筋肉にはそれぞれやるべきことが割り振られており、それ以外のことに活用するのは難しい為、理論としては落第点である

*4
相手を見る、という意味の顔文字。凝視していると見なされる為、地味に怖い。人によっては『二人の人が土下座している』『二人の人が頭を抱えている』姿にも見えるのだとか

*5
被食・捕食の関係に人の善悪を持ち込むべきではない、ということ。可愛らしいネズミが蛇に食べられていたとしても、別に蛇が悪である、というわけではない。そも蛇自体も他の生物に食べられることはあるし、ネズミ自体も種類によっては他の生物に迷惑を掛けていることもある。ただそれらの光景は、自然界には当たり前に転がっているものだというだけの話

*6
考え方は『遊☆戯☆王OCG』における『蟲惑魔』とか『BLEACH』のグランドフィッシャーのやり方に近い。彼らは疑似餌のようなものであり、それに惹かれて立ち止まっていると後ろからパクリとされる、みたいな。一応、ここのジャパイム達は養分にしよう、と言っても食べるわけではなく出られなくなって衰弱していく姿がみたい、と思っているだけ。……え?そっちの方がより悪い?頭妖精だからね、仕方ないね

*7
なお、一定時間が経過すると勝手にベリオロスが彼らを捕食し始める為、実際には閉じ込められっぱにはならないようになっている(その時のベリオロスは無敵)

*8
BBBBBBBBBB……

*9
『さいやくポケモン』の分類を持つ、『ポケットモンスタースカーレット/バイオレット』における準伝説ポケモン。中国の四凶や四罪を元にしたと思われるキャラ造型をしており、該当するのは恐らく『窮奇』。但し全く同じ、というわけではない(パオジアンはサーベルタイガーだが、窮奇の方は()()()()()獰猛な虎、とされる)

*10
パオジアンの鳴き声『キル』を反対から読んだもの

*11
いわゆる『トロス』シリーズは、れいじゅうフォルムにおいて四神を模した姿を取る。長らく玄武相当のポケモンが存在しなかったが、『Pokémon LEGENDS アルセウス』においてラブトロスが登場し、ようやく四神が揃うこととなった



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ひねくれもののフレンズ

「……で、一度報告のために戻ってきたってこと?」

「いやだって、どう考えても色々おかしいもん、この子」

 

 

 はてさて、地上に帰還した私たちはというと、一度探索を切り上げて、ゆかりんの元へと足を運んでいたのだった。

 

 理由はこの子、パオジアンのフレンズとか自称する少女。

 ()()()()()()()()()()()()に、黒いコートという出で立ちの彼女は、しかしさっきまでコートは着ていなかった。

 ……なんでかって?見てて痛々しいというか、へそとか色々出すぎてて歩く猥褻物みたいになってたから、いたたまれなくなった私が作って着させたんだよ!!

 

 

「気にしなくてもよかったのに。色々危ないから()()危なくない、ってことも多いのだぞ?」

「喧しい、大人しく着てなさい」

「はーい」

 

 

 どうにもこの子、自身の状態に対していい加減というか無頓着というか、とにかく気にして無さすぎるのである。

 後ろから見たらパンツ丸見え、くらいのボロボロ加減なのに一切気にしてない辺り、なんかもう色々とツッコミたくなるというか。

 

 

「人がいいのだな。吾は気にしてないぞ?()()()気にされないのだから」

「んなわけあるかいっ」

 

 

 あとは、言葉遣いに少し覚えがある、というか。

 今このなりきり郷にいる誰かと似ているというわけでなく、どこかの作品で見たことがあるような?……みたいな感覚というべきか。

 そもそもの話、そのボロボロのセーラー服も、なにかしら見覚えがある気がするわけで。

 

 ただ、それらの既視感はあくまで既視感程度の軽いものに留まっており、具体的な像を結ばない。

 喉元まで来ているのに、それが実際に形を成すまでに至っていない……とも言えるかもしれない。

 

 そこら辺も踏まえて、色々気になるので一度探索を打ち切った、というわけなのであった。……いやほらさ?このまま探索続けてたら他の四災達も集まってきそうでイヤだった、みたいなところもなくはないのだけれど。

 

 

「ええと……話を聞くところによれば、他の四災は金魚みたいなのと鹿みたいなの、それから蝸牛みたいなのがいるんだっけ?」

「そうだなぁ、吾以外のモノがこちらに居るかはわからんが、仮に居るのであればそれらが顕現する、ということもなくはないかもしれんなぁ」

 

 

 こちらの問い掛けに、パオちゃんはうんうんと頷きながら、彼女の同僚だというポケモン達の特徴を挙げていく。

 

 勾玉を核とした焔の金魚、イーユイ。

 青銅の器を核とした土石の鹿、ディンルー。

 それから、木簡を核とした枯れ葉の蝸牛、チオンジェン。

 

 それに加え、剣を核とした雪の虎・もしくは豹であるパオジアンの四体が、今度のポケモンの舞台において、フリーザー達三鳥やエンテイ達三犬などと同じ、準伝説として設定されているポケモンなのだとか。*1

 

 災厄の名を冠する通り、どれも悪タイプを含むらしいが……少なくとも、今ここにいるパオちゃんはわりと素直な感じではある。

 ……いやまぁ、見た目とかからよくない雰囲気的なものは、びんびんに出ているわけだけども。

 

 ともかく、この間『四』という数字には痛い目を見せられたこともあり、揃えなくていいのであれば揃えたくない、というのが現状での本音。

 そのため、不安要素はできる限り摘んでおきたいわけなのであります、はい。

 

 

「んー、と言われても相手の危険度がわからないのよねぇ……災厄って、どれくらいのことができるの?」

「うむ?吾のできることで良いのなら……そうだな、百トンの積雪を操り雪崩を起こし、その中で遊ぶなどと言われているぞ?」

「……かるーくやばーい数値を出されたんだけど???」*2

 

 

 なお、この話の重要性がよくわかっていなかったらしいゆかりんは、彼女がどう言うことをできるのか?……ということの一端を聞き、思わず宇宙猫になっていたのであった。

 

 ……実は他の三匹も、金魚は三千度の焔を操って地面を溶かして泳ぐし、鹿は頭を一振するだけで()()五十メートルの地割れを発生させるし、蝸牛に至っては草木からエネルギーを吸い取って、辺り一面を不毛の大地にする……なんてことができるらしいので、誰が来てもヤバイのは変わらないなんてことになるのだが……今はまだ、パオジアン単体の危険度に言及するだけに留まっているのだった。

 

 

 

 

 

 

「結局私に投げられた件」

「そりゃまぁ、ここで一番そういうのに対処できる人物、というと君以外に居ないからねぇ」

「ねーちゃんってば、いっつも面倒ごとばっか抱え込んでるってばよ」

「仕方ないでしょ魔王なんだから……」

 

 

 あのあと、早々にキャパオーバーとなったゆかりんによって外に放り出された私たちは、渋々次のダンジョンに向かって歩を進めていたのだった。

 

 いやだって、ねぇ?今回のあれこれは全て、クリスマスそのものの成否に関わることでもあるのだから、まさか見なかったことにして投げ出す、ってわけにもいかないし。

 ついでに言うなら、ポケモンのフレンズ──ポケフレ以外のフレンズが居ないとも限らない以上、アライさんが止まる理由にもなってないわけで。

 

 

「そうなのだ!アライさんは少なくとも、フェネックに会うまでは止まらないのだ!」

「よしんばフェネックに出会えなくても?」

「止まらないのだ!」

「なんか静かですね?」

「フレンズのみんなはどこか別の場所に……って、死亡フラグを立たせようとしないで欲しいのだ!」

「止まるんじゃねぇぞ……」

「遠回しに止まることの必要性を説こうとしないで欲しいのだ!?」*3

 

 

 一応、こんなこんな感じに「猪突猛進はよくないよー、時には立ち止まって周囲を確認する冷静さも必要だよー」とそれとなく口に出したりはしてみているものの、一度やると決めたことは曲げない、みたいな感じでまさに暖簾に腕押し感がすごかったり。

 ……現在彼女の隣にいるのが、まさしくその心情を貫き通した人物の一人、うずまきナルト(の、幼少期)であるというのもマイナス要素になっているのかもしれない。

 

 

「あれ?俺にまで説教が飛んできたってばよ?」

「私はしないよ、私は。……まぁ、どこかでうまく行ったやり方だったとしても、それがどこでも使える万能の答えになる、なんてことはほとんどない……ってわかって貰えれば、私としては十分かなーって」

「なぁんだ、姉ちゃんには怒られないのかってばよ。心配して損したぜ」

「……おおっと、これは吾がわざわざ口に出さずとも結果が見えているな?」

「んん?いきなりなにをぶつぶつ言って……ひぃっ!?ららららライネスぅっ!?」

「はっはっはっ。……帰ったら覚えておきたまえよ、君」

 

 

 まぁ、さっきのボス部屋であったことをすっかり失念している辺り、彼の受難はまだまだ始まったばかりなのだろうが。

 

 ともかく、震え上がるナルト君とニコニコ笑っている()ライネスを横目に、私たちは何事もなく次のダンジョンの入り口にたどり着いていたのでたった。

 

 

「はい、ダンジョン挑戦の受付は、あちらでお願いしまーす」

「今度のところは、さっきよりも大きいようだな……?」

「あっちはダンジョンについてはそこまで力を入れてないみたいだけど、こっちはもうちょっと本腰入れてやってるらしいから、その差だろうね」

「ふむ……?」

 

 

 そうして私たちの目の前に現れたのは、一つ目のダンジョンよりも大掛かりな受付。

 さっきまでのが地方だとすれば、こちらは地方都市くらいには大きくて確りとした造りになっている、というべきか。

 

 それもそのはず、あちらは百貨店という店の規模ながら、ダンジョン運営に協賛していたのは一部のテナントのみ。

 そのため、こちらよりも運営規模が小さくなっていたのである。

 ……まぁ、逆を言うとこっちのダンジョンは、中小企業がその総力を上げて取り組んでいる……ということになるので、罷り間違ってダンジョンを崩落させた日には、とんでもない()ことになるのが約束されている、ということにもなるのだが。

 

 

「具体的には色んな人が路頭に迷うね、本来なら」

「それだけの財力やら人材やらを投入している、ということだからね。……そういうわけだから、そこの二人!さっきのダンジョンみたいな甘いことは一切許さないから、そのつもりで居るように!」

「滅茶苦茶目を付けられてるってばよ……」

「やれやれだ」

 

 

 まぁ、実際には素寒貧(すかんぴん)*4になっても路頭に迷うことはなく、普通に冬を越すくらいはできるわけなのだが。

 彼らはなりきり郷の正式な住人達で構成されているため、衣食住に金銭は掛からないわけなのだし。

 

 だからといって、無一文になることに文句がないか、と言われればそれもまたノーなので、罷り間違う可能性のある攻撃手段を好んで使う二人──ナルト君とゴブスレさんに関しては、さっきにもまして強めのお言葉と監視が付くことになるわけなのだった。

 ……と言っても、ライネスの使い魔が彼らの傍らに常に付き従うようになる、くらいのものだが。

 だって使えるリソース、そこまで多いわけでもないしね。

 

 

「オラが見張るー、なんて案もあったんだけどー」

「しんちゃんが一緒に居ると、逆にそういう手段を使う機会が増えそう、みたいな予感がしたから却下したんだってさ」

「んもー、オラが問題児みたいな扱い!失礼しちゃうわぁ~」

「……いやまぁ、問題児なのは間違いないからね、君」

「お?」

 

 

 一応、現在ライネスの護衛をしているしんちゃんに、彼らのことも注意して貰う……みたいな案も無くはなかったが、よくよく考えたら(考えなくても)、しんちゃんも大概トラブルメイカーであることを思い出し、なんか最終的に『辺り一帯吹っ飛びましたが財宝を見付けられたので問題ありません』みたいな、とんでもない結末に落着しそうな気がしたので取り止められた、みたいな話があったり。

 

 そんなことを告げられたしんちゃんは、惚けたように首を傾げていたのだった……。

 

 

*1
なお、三犬という風に呼ばれるエンテイ・ライコウ・スイクンだが、実際には猫科イメージの方が強い(エンテイはライオン、ライコウは虎、スイクンは豹が近い。開発段階ではもうちょっと犬っぽかったとか)。非公式の呼び方故のずれ、というべきか。なお、ポケモンSVにおける『パラドックスポケモン』という区分において、彼らの祖先か何かのようなポケモンの姿が確認されており、ポケスペでの三鳥の合体形態『サファイザー』を思い起こさせるような、その三犬合体形態っぽい見た目に、トレーナー達は色々と期待に胸を膨らませているとかなんとか

*2
なお、雪の密度によって単位当たりの重さは変わる為、新雪百トンならかなり広範囲を操れるが(新雪の密度は大体0.08g/cm3)、粗目雪ならば密度は大体0.5g/cm3となり、百トンの雪は大体200m2に1mの積雪の重さとなり、少し範囲が狭くなる(雪崩を起こすのにはなんの問題もないが)

*3
無論『鉄血のオルフェンズ』のオルガ・イツカのあれ。『なんか静かですね』から始まる一連の流れは、一時期詠唱開始とまで言われた

*4
江戸時代から使われている言葉で、意味としては『あまりに貧しくなにも持っていない』こと。語源の説としては、三国志に登場する隠者『寒貧』の名前とその行動から来ている、というものがある



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いつの間にか増えてたりする

「よぉし、点呼ー!いちー!」

「にーだってばよー」

「さぁん~」

「し」

「ごー」

「ろくなのだー!」

「しち」

「はちだな」

「きゅうだ」

「じゅ~↑ぅ~↓♪」

「ようし全員揃ったな……一人多い!?」*1

 

 

 ダンジョン突入前に点呼を取っておこう。

 ……そんな感じでざつーに始めたことだったが、思いもよらぬ結果にビックリの私である。

 いや、ビックリで済めばいいけど、ことと次第によってはわけわかんないことになりかねないため、ちょっと警戒し始めた私は。

 

 

「……あ、トキなのだ!まさかの本物なのだ!」

「こ↑んにちわ↑~、アライさ↑~んこんなところでぇ~↑奇遇ねぇ~↑♪」

「ええ……」

 

 

 私たち一行にいつの間にか紛れ込んでいたフレンズ、トキの姿を発見することとなるのだった。*2……エリちゃんの仲間が増えた!?

 

 

「あら?私のお仲間がいるのかしら?」

「あー……本来ならお仲間ではないかなー。音痴だって気付いてないか、気にしてないのが元の彼女だし」

 

 

 まぁ、ある意味ドラゴンのフレンズみたいなものなので、幻獣種って括りにしてしまうのはありかもしれないけれど。

 

 ……でもこう、トキちゃんとエリちゃんが揃うのは、地獄の釜が蓋を開けるようなものでもあるので、出来れば揃えたくない感じでもあったり。

 一応、今のエリちゃんは音痴を直そうとしてるから、トキちゃんと会わせてもそんなに酷いことにはならない、みたいな気もするけど……。

 

 

「……【継ぎ接ぎ】が、ね……」

「あー」

 

 

 設定的に壊滅的な音痴とされる二人が揃えば、場の音痴粒子が高まり音痴力が高まる可能性はとても高い(?)。*3

 ゆえに、本人達の思惑がどうあれ、この二人を迂闊に揃えるのは止めよう、という話になるのであった。

 

 

「……彼女達は、どうしたの?」

「さぁ?よくわからないのだ。とりあえず、会えて嬉しいのだー♪」

「ええ、私も嬉しいわ」

 

 

 なお、そんな私たちの後ろでは、フレンズ達が再会を祝って戯れていたけど……ああうん、てぇてぇって言っとけばいいんじゃないかな、多分。

 

 

「ああ、てぇてぇなぁこれ」

「……なんで悟空さがここに?!」

「オラ、ダンジョンに挑みに来たんだぁ」

 

 

 ……元ネタの人が来てたけどスルーで。

 この人まで混ざったら収拾付かないでしょいい加減にしろ!

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、入り口に居たのだから多分中にはフレンズは居ないだろう、ということでここの攻略は悟空さに任せ、別の場所を回ることにした私たち。

 ……べ、別に、怖じ気付いたわけじゃないんだからね!

 

 

「なんでツンデレ風?」

「必死にごまかしてるんだから、茶々入れないでくれる?」

 

 

 途中のライネスからのツッコミは流しつつ、はてさて続いてやって来たのはこれまた小さめなダンジョン。

 さっきのが中小企業のダンジョンなら、こっちは個人経営のダンジョン、みたいな感じだろうか。

 

 

「……っておや、キーア達じゃないか。ダンジョン挑戦かい?」

「おおっと、ヘスティア様?ってことはここ、ヘスティア様の?」

「いやいや、僕のじゃないよ。単に見学に来たってだけさ」

 

 

 その入り口に立っていたのは、いつも通り色々けしからん姿な女神、ヘスティア様。

 ダンジョンの規模的に、もしかして彼女が運営するダンジョンなのかな?……と思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 

 まぁ、ゆくゆくはダンジョンを開いて冒険者達を眺めたい、みたいな気持ちはあるようで、わりと熱心に見学をしていたのは確からしいが。

 ……その場合、あの移動屋台の下にダンジョンが作られる、ってことになるのだろうか……?

 

 

「そうなるのかもしれないけれど……なんかこう、ちょっと複雑な気分になるなぁ、それはほら、僕の原作的に、ね」

「あー」

 

 

 ただ、あくまでも「やってみたいなー」程度の気持ちであって、実際にやるかどうかはわからない、とのこと。

 ……神が迷宮を作る、ということがどういうことなのかはわからないが、今のところいい気分であるとは言えない、というのは間違いないのだろう。*4

 

 その辺りも含め、あくまでも考えている、という程度に留まっているようだった。

 

 

「……行かないのか?」

「おおっとそうだった。んじゃまぁヘスティア様、また今度」

「うん、また今度」

 

 

 そんな感じに話していると、後ろから声が。

 ……どうやらゴブスレさんが、みんなを代表して「さっさと入ろうぜ」と言いに来たらしい。

 待たせるのもアレなので、ヘスティア様に別れを告げ、私たちはダンジョンの中へと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

「ここはどういうダンジョンなんだい?」

「そうだねぇ……パンフレットによれば、文房具屋だから筆記用具とかのモンスターが出てくるらしい……みたいな?」

「文房具、ねぇ。だからなのかい、アレ」

「いやー、まさかねぇ……」

 

 

 いや、そもそもパンフレットなんかあるんかい、みたいなツッコミを受けそうだが、そりゃまぁ企業とか店とかが運営している場所なのだから、宣伝くらいはするだろうというか?

 まぁ、ダンジョン・コアの機能の一つとして存在するからこそ、こうして入り口で貰えたりするんだろうけどね、パンフレット。

 

 ともあれ、これを読むとダンジョン内の傾向とでも言うものが、なんとなーくわかるわけで。

 それにより、ここの運営が個人商店である文房具屋であること、それからその運営の属性により、内部で出てくるモンスターも文房具を元にしたタイプとなる、ということを確認できる。

 

 ……現実逃避はこれくらいにして。

 私たちの目の前、元気に風遁・螺旋手裏剣しまくってるナルト君と、それに相対するモンスター。

 ナルト君のやってることも大概だが、相手のモンスターの見た目も大概なのであった。

 

 

「……あれ、ケシカスくんだよね?」

「多分ね。見た目とかまんまだし。……まぁ、大きさが全然違うけど」

 

 

 そう、見間違えでなければ、今ナルト君が攻撃して細かなケシカスにしてしまっているのは、消しゴムの形をしたキャラクター……通称ケシカスくん。*5

 

 コロコロコミックで連載されているギャグ漫画の主人公であり、ともすれば『逆憑依』を疑われるような存在である。……いやまぁ、大きさも全然違うし、なんなら言葉も『カスカスー!』とかいう、お前どこの雑魚戦闘員だよ……みたいなことしか喋ってないんだけど。

 ついでに言うのなら、ここでのスライム扱いなのか滅茶苦茶沸いてきてるし。

 

 

「キリがないってばよ!?ねーちゃん、助けてー!?」

「えー……正直私が手伝うと、オーバーキルにしかならんと思うんだけど……」

「それでもいいからー!」

 

 

 なお、ナルト君の風遁と相性が良い……悪い?のか、攻撃されたケシカスくんは、みんな文字通りの消しカスとなって周囲に撒き散らされている。

 ……その状態でもなお倒せていない扱いらしく、ナルト君は無数の消しカスに纏わり付かれている最中なのであった。

 ダメージがないからいいものの、凄まじく鬱陶しそうである。

 

 ……で、こういう相手をどうにかしようとする場合、本当に跡形もなく消滅させるとか、対処法は限られたモノになるわけだけど……それを私がやるとなると、どう考えてもやりすぎの部類になるため、出来ればやりたくないわけで。

 

 いやだって、規模こそ段違いだけど、今のケシカスくん私の同類みたいなもんだからね、これ。

 無数の極小の体で相手に立ち向かう様は、おおよそ真っ当な生き物の戦い方ではないというか。……まぁ、だからこそこのケシカスくんは『逆憑依』ではないな、と確信できるわけなのだけれど。

 

 ともあれ、この状態の相手にも有効手段はあるし、私はそれを使える。けれど、それを使った場合はこのダンジョン廃業のお知らせなので、出来ればやりたくないというか。

 

 

「じゃあどうするんだってばよー!」

「んー、仕方ない。解決策になってないけど、別の方法を使うよ」

「なぁんだ、あるんじゃんか。勿体ぶってなくていいから早く……」

「──圧縮圧縮ゥ!空気を圧縮ゥッ!!」

「……へ?」

 

 

 と、言うわけで。

 仕方ないので別の手段、周囲の空気を一ヶ所に圧縮し、周囲に散らばった消しカスを一所に集める作戦に出る私である。

 まぁこれ、最悪細かな消しカス達が集まって元のケシカスくんに戻るか、下手するとキングスライムみたいな別種のケシカスくんに変化する可能性もあるので、対処法としては下の下なのだけれど。

 

 なので、もう一手間。

 圧縮した空気にさらに重力波を加え、極小のブラックホールになるまで過圧縮する。

 これにより、相手の存在を崩壊させるというわけである。

 

 まぁ、ブラックホールって全てを呑み込むもの──いわば天然の消しゴムみたいなものでもあるので、下手すると『ブラックホールケシカスくん』などという意味不明のものが誕生する可能性も万に一つはあるけど、そうなったらそうなったでまた別の対処を考えるので無問題である、多分。

 

 

「問題しかねーってばよ!?っていうか尾獣玉?尾獣玉みたいなもんだってばよそれぇ!?」*6

「……つまり、お前が尾獣玉とやらを使えていれば、似たような問題に繋がる可能性は十分にある、ということだな」

「あ。……いいいいやでも、今の俺には使えないから、そういうのとは無関係だってばよ!」

「……いや、変な言い争いしてなくていいから、そこから離れてくれない?もうちょっと圧力高めたいんだけど」

 

 

 なお、何故か問題児二人が謎の言い争いを始めたけど、正直どうでもいいからさっさと離れてほしい私であった。

 

 

*1
上からキーア、ナルト、しんちゃん、ライネス、オグリ、アライさん、アスナ、ゴブスレさん、パオちゃん、誰か……の順

*2
朱鷺のフレンズ。見た目はわりと儚げだが、元となった朱鷺の鳴き声がうるさかったことが反映されているのか、歌声が凄い(悪い意味で)。自覚している為、直したいと思っているし、作品によっては直ることもある

*3
エリザ粒子に読み変えるのも可

*4
詳しいことは不明だが、『ダンまち』世界のダンジョンと神の間には何かの密約があるのだとか。神がダンジョンに入らないのも、その辺りに理由があるという

*5
村瀬範行氏の同名の漫画の主人公。消しゴムが意思を持ったようなキャラクターであり、それをネタにしたギャグを展開する。コロコロコミックの中ではかなりの長期連載作品

*6
尾獣玉とは『NARUTO』に出てくる技の一つ。超高質量・高密度のチャクラの塊を飛ばすもので、火力は随一。見た目や破壊の痕跡から重力系の忍術に見える



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蝶と栗鼠は許すな

 カスカスー!……という断末魔……断末魔?と一緒に、小さな黒い塊になったケシカスくん。

 一応、これでもまだ生きているみたいだけど……少なくとも動けはしないということで撃破フラグが立ったらしく、戦闘終了判定になったためか周囲にドロップ品がぽろぽろ現れ始めていたのだった。

 

 

「……なんか、多くないか?」

「まとめて倒した扱いになってるから、かなぁ?さっきまでフロアを埋め尽くすくらいに沸いてたし」

「あー……」

 

 

 なお、そのドロップ品の数はかなりのもの。

 周囲に沸いてたケシカスくん達を一纏めにしたため、そこから相手を一網打尽にした、という扱いになっているのかもしれない。

 まぁ、それにしたってちょっとした小山のようになっている文房具(ドロップ品)達には、ちょっとばかり引き気味になるわけだけど。

 

 ……ところで、このケシカスくんの塊はどうすればいいのだろう?持っとけばいいの?それとも出口で回収してくれたり?

 

 

「……それこそ、自分で解析でもなんでもすればいいだろうに」

「おっと、そうだったそうだった」

 

 

 そうして首を捻る私に、ライネスからの呆れたようなツッコミが。

 ……言われてみれば、わざわざ鑑定して貰うのを待たずとも、自分で鑑定すればいいじゃん……となった私は、早速持っている塊を解析し、そして固まるのだった。

 

 

「……いや、どうしたんだいキーア?なんか変なところで止まってるけど」

「……ダンジョン・コアになっとる……」

「は?」

 

 

 解析結果は、この塊がダンジョン・コアになっていると示している。

 どうやら、このダンジョンのリソースを切り取って圧し固めた扱いになっているようで、そのせいかリソース・コアを飛び越えてダンジョン・コアにまで純化してしまったらしい。

 ……なに言ってるかよくわからない?要するに、ここの運営資金を掠め取ったような扱いになってるってことだよ!!

 

 

「……出口で返せば許してくれると思う?」

「そこからリソースに還元できるんなら、多分大丈夫じゃないか?」

「……うん、頑張る……」

 

 

 余計な問題引っ張り込んでどうすんねん、みたいな周囲の視線を受けつつ、私は半泣きでその塊をポッケにしまうのだった……。

 

 

 

 

 

 

「はい気を取り直して!最下層までゴーゴーゴー!!」

「ヤケクソなのだ。キーアの性格もなんとなく掴めてきたのだ」

「問題児なのはキーアも同じだからな」

「はいそこの動物(アニマル)コンビうっさい!」

 

 

 まぁ、確かにヤケクソ気味ではあるのだが()。

 ともかく、さっさと最下層まで潜ってクリアして、出口で塊をリソースに解すまでしないと私は犯罪者である。

 ……いやまぁ、正確には罰せられるような規則とかないし、こっちの気持ち的なモノでしかないし、なんならドロップ品の範疇って言い張っても良いはずなんだけど……なんというのかね、()()()()()()()()()()()()()()ような気がする、と言うか?

 

 

「……それは当たり前では?」

「ええと、原価厨?*1……は、違うか。えーと、モノの値段って、色々複合した結果のものじゃない?」

 

 

 そんな私の呟きに、ゴブスレさんからは「なに言ってんだコイツ」みたいな視線を向けられたわけだけど……実際、今の状況というのはちょっと説明が難しいのだ。

 

 モノの値段というのは、本来原価に加工費、それから運送料に販売店の利益など、様々なものが複合された結果出力されるモノだ。

 そのため、百円を払ってモノを買ったとしても、それがイコール百円の価値があるモノか、と言われると少し考える必要が出てくる……ということになる。

 

 小売や飲食業などでは、原価は三割を下回るように……と意識するのだとされている。

 これは、運送料や社員への給料などを商品販売によって回収するためには、それくらいの値段で仕入れないと赤字になるから、と言うことに基づくものらしいが……そう考えてみると、百円の商品の原価というのは三十円くらい、ということになる。

 まぁ、実際には消費者の手に渡るまでに小売を数回経由することもあるので、実際には原価の3n倍、ということになっている場合も多いようだが。

 

 ……ついでに、間にテンバイヤーが挟まるのが嫌がられる一番の理由もこれ、ってことにもなるわけだけど。

 実態はどうあれ、利益を得ようとすると前の金額から三倍になる、ということに変わりはないのだとすれば、テンバイヤー一人が間に挟まるだけで、元の金額から三倍に価格が跳ね上がるということになるのだから。

 ……いやまぁ、流石に三倍吊り上げは中々見ないけど、どっちにしろ○○(※不適切な表現のため伏せさせて頂きます)なのは間違いないわけで。*2

 

 話を戻して。

 まぁ要するに、百円を払って買うものの原価というのは、大体三十円。原価厨的な発想をすれば、それが正しいモノの価値ということになる。

 無論、そんなこと主張すれば「じゃあお前が最初から最後まで作れ」って言われるだけだが……そこは置いといて。

 

 ここで重要なのは、三割以外の部分には色んな人に払う報酬が混ざっている、ということ。

 つまり、十割持っていってしまっている今の私は、他の人の取り分を横領しているようなもの、とも判断できるというわけで。

 

 

「まぁうん、モノを買ったんじゃなくてくじを買ったんだ、とすれば賭け金より大きい額が返ってくるってのも分からないでもないけど。……ダンジョン・コアまで言っちゃうと、胴元の資本金ごと貰ってったのに近いからさ……」

「まぁ、ここのダンジョン・コアそのものを盗んだわけではなく、どっちかというとコピーを作ったって感じになるから、微妙に訴え辛いのは確かなんだよねぇ」

 

 

 これが金銭の話なら簡単なのだが、相手はダンジョン・コアである。

 内部リソースを掠め取った形になっているのは確かだが、それはいわゆる無形物に当たるため、横領云々を証明し辛いわけで。

 そもそも、ダンジョンドロップはくじとかに近いから、その辺りでもややこしいし……。

 

 そういうわけで、多分正直に言えば笑って許して貰える()けど、それが本当に許して貰えているかと言えば、決まり的に罰せられないだけで恨みは積もるだろう、みたいなことになるのである。

 

 

「……うん、よくわかんないってばよ!」

「でしょうねー……まぁいいや。とりあえず、先にボス倒さなきゃなんにもなんないし」

 

 

 そこまで説明したところで、ナルト君から返ってきたのはよくわからん、という言葉。……まぁうん、知ってた。

 

 結果的に私が別方向にやり過ぎた、というだけの話なので、彼に関わりがないといえばそりゃそうだ、というだけだし。

 なので、今は気持ちを切り換えてダンジョン攻略を優先しよう、ということに。

 

 

「……なんだってばよコイツ?」

「知らないのか、ロケットペンシル!?」

「知らないぞ、ロケットペンシル」

 

 

 なお、道中出てきた中ボスが、頭とかを切り離して飛ばしてくる鉛筆方のモンスターだったのだが……子供達からの反応が『なんだこれ』だったため、別方向でダメージを受けたということを、ついでにここに記しておきます。……ジェネレーションギャップ!*3

 

 

 

 

 

 

「ど、どうにかボス部屋にたどり着いたぞ……」

「なんやかんやと大変だったな……」

 

 

 思わぬ苦戦をし、地味にボロボロになってしまった私たち。

 それもこれも、人の懐に入っていたドロップ品をくすねていくあのクソリスどものせいである。

 ……いや、確かにあれは糸だったけど。なんで糸取られただけでマップがループし始めるねん○すぞ。*4

 

 

「挙げ句の蝶だってばよ……なんなんだってばよあいつら……」

「創作界隈で毒が嘗められていることに対する抗議、みたいなものじゃないか?」

「毒をわりと使う方の人に言われると、色々考えてしまうね……」

 

 

 あと、そのリスがフラグだったのか、こちらを毒状態にしてくる蝶とか沸いてきて酷い目にあったし。*5

 文房具だけかと思ったら、世界樹までダンジョンの構成要素に混じってるのは詐欺だと思います(怒)。

 

 ……まぁ、種が割れてしまえばその程度、ということで相手にサイコシフトして毒殺(どくさつ)し返したけども。*6

 

 ともあれ、マッピングするほど広くないが、その分色々濃かったダンジョンも次で終わり。

 意を決してボス部屋の扉を開き、その中に入った私たちは。

 

 

「……ほげぇぇええはさみぃいいぃいいっ!!?」

「え、なに?なんだってばよ?!」

 

 

 その中で待っていた相手に、思わず悲鳴をあげることとなるのだった。……ペパマリやんけ!!

 

 

*1
概ね、原材料費のみを引き合いに出して物の高い安いを語る人。なお、本来は単に原価という場合は『仕入原価』『製造原価』『売上原価』などの種類がある。基本的に、それらの原価は製造費や運送費などを含んだモノであり、そこを語る場合は(彼らの言う)原価が云々、という議論に意味はほとんどなかったり(製造費と運送料・手間賃などが無駄、と言っていることがほとんどの為)

*2
なお、この辺りの話を向こう(テンバイヤー)に都合良く解釈すると、『価格三倍になってないのだから良心的』とかいう寝言が飛んできかねないので『てめえらは小売ではねーよ』と殴ってやりましょう

*3
押し出し鉛筆、とも呼ばれる文房具の一つ。流行したのは90年代の為、今の人には馴染みがないかもしれない(なお、今でも買えるしスプラトゥーン3のブキのモチーフになったりもしている)。なお、『最初から芯が複数あること』『シャーペンが学校で使えない時代があったこと』『使い方によってはかなりエコであること』などから、当時人気だったり今でも販売される理由になったりしているそうな(一番大きいのは『シャーペン使用不可』時にシャーペンの代わりになること。そろばんの試験など、筆箱を試験中に開けない状態だと、鉛筆の芯が折れるとどうにもならなくなるので、芯を代えられるロケットペンシルに一定の需要があるのだとか。また、ロケットペンシルは芯を付け替えることで再利用できるので、鉛筆を削る→持てないほど小さくなったらホルダーに刺してさらに使う→それでも無理なら芯のみを抜いてロケットペンシルに刺す、という形で最後まで使うことができるとか)

*4
『世界樹の迷宮』シリーズより、アリアドネの糸のこと。いわゆる『あなぬけのひも』(こちらはポケモン)。ダンジョンからダッシュする為のアイテムであり、ある種の必需品。……なのだが、ダンジョン内で出会うNPCのリスは、迂闊に手を伸ばすとこの糸を盗んでいくのである。完全な害悪行為であり、なまじNPCなので殴ることもできない……。なお、後にモンスターとして登場したが、一瞬雑魚だと思わせておいて『糸を燃やす』奴がいたり、なんか名前に『超』とか付いている明らかに戦闘力のおかしい奴が居たりした。……つまり、『世界樹の迷宮』におけるリスは、明確な害獣である。(なお、現実のリスも、場所によっては害獣扱いされている)

*5
『世界樹の迷宮』におけるモンスター、毒吹きアゲハのこと。この作品での『毒』は使用者毎の固定ダメージだが、このモンスターと出会う時のパーティの体力が二桁前後なのにも関わらず、『20』のダメージを与えてくるという鬼のような火力を持つ。別の作品だと350とか与えてくることも。なお、『世界樹の迷宮』シリーズにおけるHPカンストは、一部の例外を除けば基本『999』である。……毒が強すぎる()

*6
ポケモンの技の一つ。自身の状態以上を相手に移し、自身は回復する。状態異常の仕様上、こおり状態だけは移せない(『ねむり』は『ねごと』を使えば移せる為)



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時々黒い任○堂※ハサミは恐ろしいものです

「ひいーっ!?創作界隈でも最()のはさみやんけ!なに考えとんねんこのダンジョンー!?」

「えっえっ?最()?そんなに強いのだこいつ!?」

 

 

 思わず悲鳴をあげた私に、みんなが過剰反応を示しているが……あ、これ間違って伝わってるな?

 

 

「強いじゃなくて、大凶とかの方。ヤベーやつ、ってことだよ!」

「ヤベーやつ?……ってことは、なんかの作品のキャラってことかってばよ?」

「ハサミが登場人物……?」

「犬とハサミ?」

「……いや、あれはハサミが登場人物、ってわけではなかったでしょ」

 

 

 ハサミの性能自体はヤバかったけど。*1

 ともあれ、どうやらここにいる人達は、あのハサミがどれ程ヤバいのか、よく知らない様子。

 ……と、なれば。私が言って聞かせるしかない、ということになるのだけれど……。

 

 

「ええと、大分ショッキングな話になるんだけど、大丈夫?」

「ショッキング!?」*2

 

 

 あのハサミが登場したのは、『ペーパーマリオオリガミキング』……ニン○ンドースイッチで発売された、ペーパーマリオシリーズの最新作になる。*3

 

 

「ぺーぱーまりお?」

「元々はニ○テンドー64で発売された、『マリオストーリー』から連なるシリーズだね。普段のマリオ達とは違い、平面の()で構築された世界や人々の中で、いつものように冒険をする……って話さ」*4

「へー……」

 

 

 そもそもの話、原作となる『マリオストーリー』の発売が二千年……今からだと二十年以上前になるため、最近の子は知らない人も多いかもしれない。

 とはいえ、その温かみのあるグラフィックやストーリーは、まさに傑作と呼ぶに相応しい出来であり、それゆえ未だに『マリオシリーズで好きな作品は?』と聞かれた時に、『マリオストーリー』や『ペーパーマリオ』シリーズの名前を出す人も多いのだった。*5

 

 ……とまぁ、ここまでは前提知識。

 あのハサミの話をする前に、もう一つ語っておくべきなのが、『黒い任○堂』のことだろう。

 

 

「くろいにん○んどー?」*6

「ポケモン・ゼルダ・メトロイド・マリオ……色んなゲームの製作に関わる任○堂だけど、時々洒落にならないようなブラックジョークを繰り出すことに定評があるんだ」

「ぶ、ブラックジョーク?」

 

 

 例えば──ポケモンで言うのなら『おじさんのきんのたま』とか、『ブラック・ホワイト』における『Nのへや』。*7

 ゼルダシリーズで言うのなら、『夢をみる島』の真実や、『ムジュラの仮面』で降ってくる月。*8

 

 そんな感じで、単に子供向けではないような要素を散りばめてくることがある……ということを揶揄したものが、『黒い任○堂』という言葉である。

 場合によってはトラウマになるような要素も多数存在し、人によっては気分を害するようなことさえあるのだが……。

 見た目にはほのぼのしている『ペーパーマリオ』シリーズにも、だからこそということなのか黒さが溢れているのである。

 

 初代『マリオストーリー』ならばコブロンのコブ周りの話や、ドガボンの不死身の秘密。*9

 次作『ペーパーマリオRPG』ならば、前作とは打って変わってごろつきやマフィアが出てくる環境や、一部のボス達の回復行動などなど……。*10

 

 そういった黒さと言うのは、挙げていけば枚挙がない。

 ──そして、『ペーパーマリオオリガミキング』における黒さの象徴の一つ、とでも言うべきものが、今私たちの目の前に鎮座しているハサミ、ということになるのだった。

 

 

「……ヒャクメンハリボテメット……クッパJr……ファイナルアタック……」*11

「うわぁああやめろぉぉおぉトラウマがあぁぁあ」

「よ、よくわからないけど、キーアがあんなに怖がってるってことはヤバいやつなのだ……!」

「……俺、なにが起きたのかわかっちゃったってばよ……」

 

 

 ペーパーマリオシリーズとは、全てのモノが紙になった世界。

 ……つまり、切断系の攻撃には基本なす術がないのである。

 

 さて、そこを踏まえた上で、『はさみ』というものがどういうものなのか、ということを考えてみよう。……うん、バラバラフェスティバルだね!(精一杯婉曲した表現)*12

 

 ……いやさぁ、わりと真面目になに考えてるんです任○堂?

 あんなん下手すると本気でトラウマもんやんけ……やってることサイコパスやんけ……。

 いやまぁね?子供って残酷だよね、アリをプチプチ潰したり、トンボの羽根を引きちぎってみたり……、興味と好奇心からなんでもやってみせるから、大人が見てないと危なっかしくて仕方がない……ってところから、あのキャラクターになるのはわからんでもないのよ。

 子供は天使で悪魔ってのは、幼子に倫理の歯止めなんてない、ってのはわかるから、あのハサミの性格がああなるのは、ああと頷ける部分もあるのよ。*13

 ……でもこう、今までの『黒い任○堂』っぷりを思い出すと、半ばわざとだろうって気分にもなるわけでね?

 

 まぁ、愚痴めいた話はこれくらいにして。

 ともあれ、あのハサミがわりと猟奇的な部類だ、ってことはわかって貰えると思う。

 一応、あれは世界が紙で出来たモノだったからこその危険度だった、という風に考えてもいいわけだけど……。

 

 

「……【継ぎ接ぎ】」

「」

 

 

 思わず言葉を失くしているのが数名居るが、その通り。

 ここでは【継ぎ接ぎ】というものが存在している。これは、姿形・属性など、なにかしら重なる部分があるものに別の形質を加えるもの。

 ゆえに、あのハサミが単なるハサミである、という保証が一切ないのである。

 

 

「さっきの犬がうんたらのハサミ、ハサ次郎でもいいし、断裁して分離するクライムエッジでもいい。ともかく、斬鉄できるレベルのハサミが混じっていたら、その時点で相手の攻撃全部即死、ってことになるわけでね?」

「うわぁ」

 

 

 そう、人体を切断できるレベルの切れ味を持つハサミ、というのも創作界隈には多数存在している。*14

 今は数例挙げただけだが、探せばもっとエグい性能のハサミが見つかるかもしれない。……ハサミと言えど、刃物は刃物なのである。

 

 ゆえに、あれの見た目が『オリガミキング』のそれである以上、元となっている行動パターンはそれと同じと考える方が良く。

 更にそこになにが【継ぎ接ぎ】されているかわからない以上、迂闊な攻撃は死を招く、と覚悟しておいた方がよい、ということになるのであった。

 ……いやまぁ、ちょっと前にも言った通り、ここはなりきり郷なので死ぬことはないと思うが。

 

 

「でもこう、治すまで体がバラバラの状態にされる、とかあるかもしれないから、それはそれでスプラッタ感が高まってるような気も……?」

「やめてくれってばよ!マジ怖ぇんだけど!!」

「……やはり海と繋いで錆びさせるしか」

「塩漬けはやめて!?」*15

 

 

 なお、散々怖がらせたせいか、ゴブスレさんが迷わず最終手段を使おうとし始めたため、戦闘開始の前に彼の暴挙を止めるのに時間が掛かった、ということをここに記しておきます。

 

 

 

 

 

 

「滅茶苦茶ちょきんちょきんしてる……」

「今からお前を切るぞー、っていう意欲に溢れているねぇ、あははは(ヤケクソ)」

 

「ぎゃー!?地面切りやがったこいつ!?」

「くーずーれーるーってーばーよー!?」

「フィールド変化とは。やはりこちらも使っていいのでは?」

「ダメだって言ってるでしょー!?」

「ちっ」

 

「うおーっ、刃こぼれさせてや……あっ」

「キーアの腕が吹っ飛んだー!?」

「血が出てないだけで、大概スプラッタな光景だな……」

「負けるか!行け、ウデ()ンネル!」

「有線じゃなく無線式のジオングの腕かー」

「お労しやライネスちゃん……完全に目が死んでるゾ……」

 

()()の世界への引導(インド王)を渡してやる!」

「まさか四肢と首を切られても向かっていくとは……」

「キーアじゃないとできない手段だな……」

「ねぇー!?もしかしてこれを見て混乱してる俺がおかしいのかってばよー!?これどう考えてもダメなやつじゃねーの!!?」

「なるほどな。斬撃無効……こういう戦い方をするやつもいるということか」

「いつの間にキーア姉ちゃん、バラバラの実の能力者になったんだってばよ!?」

 

「ぬわーーーーっ!!!!」

「キーア姉ちゃんが粉微塵に!?」

「おお、それを使ってヒャクメンハリボテメットならぬ、キーアメンハリボテメットを作ってきたぞ」

「……シテ……コロシテ……」

「なんと非道な。これは彼女の弔い合戦をしなければー(棒)」

「……ライネス、なんで棒読みなんだってばよ?」

「よーく表面の彼女の言葉を聞いて見ればわかるよ」

「んん?」

「……シテヤル……コロシテヤルゾトコロテンノスケ……!!」

「……うん!大丈夫みたいだな!(ヤケクソ)」

 

 

 はい。……はいじゃないが?*16

 以上、ダイジェストでお送りしましたが、そもそも即死攻撃?なにそれ美味しいの?……な私が壁になればいいや、ということで相手の攻撃を全てカバーリングし、最終的に粉微塵になってメットに貼り付けられましたが、そこから相手を浸食して私になれば問題はありません。*17

 ……ってな感じに復活したため、明らかに動揺しているハサミに総攻撃を仕掛けて勝ちました。ぶい。

 

 ははは、何度攻撃されても最後に勝てばいいのよ最後に勝てば!……まぁ向こうからすると、こっちがエイリアンかなにかに見えたことだろうけども。

 喋らなかったのでどう考えてたのかはわからないが、途中から明らかに動きに精彩を欠いていたので、困惑しっぱなしだったのは確かだろうし。

 いやまぁ、切断っつっても所詮は分子とか原子単位、それより小さい私には大振りすぎる……みたいな理由があってこその圧勝だけども。……じゃなきゃ多分全滅判定出て外に放り出されてただろうしね。

 

 

「……その場合、俺達はバラバラだったり……?」

「流石に治されるって。今回の場合、バラバラにされてるのに動いてくるやつがいる、ってことを想定してなかったのが悪いんだし」

 

 

 なので、例えばバギーとかが挑んだら、意外と楽に勝てるかも知れない。

 いつまでも切れ味が最高のまま、なんてことはないだろうから、そのうち刃こぼれ起こすだろうし。

 

 ともあれ、勝ちは勝ち。

 私たちは戦利品であるハサミを掲げ、勝鬨をあげるのでした。

 

 

*1
更伊俊介氏の小説『犬とハサミは使いよう』より、ハサ次郎のこと。ヒロインの持つハサミだが、巨大包丁を切断するほどの切れ味を誇る

*2
『shocking』。衝撃的な、という意味の言葉。主に精神的な衝撃についてを対象とする

*3
2020年にnintendoswitchで発売されたソフトの一つ。『マリオストーリー』に端を発する『ペーパーマリオ』シリーズの一つであり、タイトル通り『折り紙』に纏わる話が展開されていく

*4
元々はスーパーファミコンで発売されていた『マリオRPG』の第二弾として製作されていたもの。色々あって別の作品となったが、当時では珍しい絵本のような世界観などが話題を呼んだ

*5
なお、『マリオストーリー』以外の『ペーパーマリオ』シリーズはまた雰囲気が違ったりする為、ファンの中でもわりと議論を呼ぶことがある

*6
『ブラックジョークを連発する任天堂』のこと。下ネタやグロネタなど、子供向けではないネタを出してくることがあるので、それを揶揄したもの

*7
『おじさんのきんのたま』は、換金アイテム『きんのたま』をくれるおじさんのこと。『Nのへや』は入っただけでプレイヤーの正気を削ってくる異様な部屋のこと。他にも初代の『シオンタウン』など、トラウマ系の話にも事欠かない

*8
前者は精神的ダメージを、後者は視覚的なダメージを加えてくる。前者に関してはネタバレなのでここでは伏せる

*9
コブロンは叩くと回復アイテムをくれるのだが、叩きすぎると死んでしまう。そもそも叩いていくうちに言動がおかしくなるので、途中で『これはヤバいのでは?』となる人も多い。それでも叩き続けると前述通りに死亡し、以後復活しない。作中のコブロンは彼一人しかいないので、プレイヤーが絶滅させた、ということになる……。ドガボンの方は、心臓を抜くことで本体が無敵になる、というなんとも恐ろしいやり方。……なのだが、あくまでも心臓が別れているからこそ無敵なのであり……

*10
前作がのほほんとした世界だっただけに、この環境の変化に驚いたという人も。一部のボスの回復については、このゲームは観客としてキノピオ達などがやってくること・観客側が干渉することもできる、などの事象を思えばなんとなく想像できるかもしれない

*11
クッパ軍団を切り刻んでオリガミメットに貼り付けたのが『ヒャクメンハリボテメット』。方向性としては『デビルマン』のジンメンなどと同じタイプ。クッパJrはマリオの前で切り刻まれ、戦闘になると(条件が満たされている必要はあるが)即死技を連発してくるという恐ろしい行動をしてくる。全部子供の無邪気さの延長線上でやってくる為、無駄に怖い

*12
『ONE PIECE』より、バギーの技の一つ。バラバラになって突撃する

*13
子供に罪はない、というのはそもそも罪を知らないから、という話。ダメなことも良いことも知らないのだから、彼らに好きにさせれば良いも悪いもなく色々やり始める

*14
現実にも、鉄などの金属板を切るハサミはあるので、その延長なのかもしれない

*15
あいてを『しおづけ』じょうたいにする。はがねとみずにはダメージがあがる

*16
ウデ()ンネル』は無論ファンネルから。ジオング共々『機動戦士ガンダム』シリーズの誘導兵器イメージで腕を飛ばしている。『かみの国への~』云々は『∀ガンダム』のギム・ギンガナムの台詞。腕も足も頭も胴体も飛ばしているので、似たようなことができる『Xガンダム』イメージの台詞。神と紙で掛詞でもある。『……シテ……コロシテ……』に関しては元ネタは不明だが、元は人だった存在が人以外の異形にされた時に述べる台詞、として有名。そのあとの『コロシテヤルゾトコロテンノスケ』に関しては、無論『ボボボーボボ・ボーボボ』におけるOVERの台詞

*17
相手を乗っ取って自分にする、とか明らかに敵役のやる攻撃である。……え?魔王だから問題ない?



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リザルト画面で右下を走る

「んで、ずっと戦闘してたから確認がちょっとおざなりになってたけど……どうやらフレンズはいなかったみたいだね?」

「途中でアライさんが完全に戦場の空気にビビってたから、探すに探せてないしねー」

「びびびび、ビビってなんかないのだ!ちょっと危なくないところに隠れてただけなのだ!!」

「……あの、アライさんはなんでそんな微妙に遠いところから話を……?」

「そりゃあ、君にビビってるんだと思うよ?」

「What's!?」

「さっきまでのあれこれ、どう考えても化物の類いの動きだったしなぁ」

 

 

 はてさて、ボス戦も終了し、閉じられていた部屋が解放されて暫し。

 私たちは周囲を見渡し、そこらにある破壊痕を見て冷や汗を流しつつ、そういえばフレンズらしきモノについては見かけなかったな、ということをぼんやりと思い浮かべていたのだった。

 ……いやまぁ、あの乱戦状態で仮に保護対象のフレンズが居たとしたら、どう考えても私の刻まれる回数が更に増えることになってしまっていたので、居なくてよかったなーって気持ちしか沸いてこないのだけれど。*1

 

 こういう時、マシュという頼れる盾役が居ないのって辛いなー、と思わされる私である。

 あのハサミも、流石にマシュの盾ならば切り裂けないだろうから、それだけで戦闘が遥かに楽になってただろうし。

 まぁ、マシュは別件で出払っていたので、まさしく無い物ねだりでしかなく、私が回避盾(回避できてない)するしかなかったわけだが。*2

 

 ……話を戻して。

 あの場にフレンズが居なくて良かったなと思うと同時、若干の空振り感も味わう私たちである。

 いやまぁ、ダンジョン攻略ごとに外から集まってきた負念を晴らすことなできるわけだから、ヤらずにいるよりかはヤった方がいいっていうのは確かなんだけどね?

 ……それとアライさんから向けられる視線が、すっかりヤバいモノを見てくる目になってしまったわけだけど、これってロールバック効くかな?*3

 

 

「無理。諦めて。マシュに怒られるのも含めて甘んじて受けるべき」

「……あのー、そこをなんとか黙ってて貰うわけには……?」

「絶対にノー!だってばよ!」

「俺が言うのもなんだが、お前は素直に怒られるべきだろう」

「それは本当に君が言うべきことではないな……」*4

 

 

 なお、アスナちゃんや問題児二名にまでバッサリ切り捨てられたため、後々私が酷い目に合うことが確定しましたが問題しかありません……。

 

 

 

 

 

 

「よしよし。大丈夫だゾー、アライちゃん」

「うー、がるるる」*5

「なんか、アライグマでもない別の生き物になってない?」

 

 

 具体的には肉食系の猫科動物、みたいな?毛を逆立たせてこちらに威嚇してる感じが、まさにそういう類いの生き物っぽいというか。

 

 ……ともあれ、こちらの今さっきまでの無茶苦茶な行動っぷりに、すっかり野生動物と化してしまったアライさんを、しんちゃんがなんとか宥める姿を横目にしつつ。

 改めて、今回のラストアタック報酬*6であるハサミを掲げ見る私である。

 

 見たところ、特になにかの作品に出てくるようなハサミ、という感じではなさそうだ。

 どこぞの自殺志願(マインドレンデル)のように、二つのナイフを無理矢理ハサミの形に整えている様子もないし、断裁分離(クライムエッジ)のように実は()きバサミというわけでもない。*7

 至って普通、至って平凡なただのハサミである。

 

 

(……まぁ、どうにも切れ味に関しては非凡みたいだけれど)

 

 

 ただ、その平凡な見た目に似合わず、どうにも切れ味だけは異常の域にあるらしい。言うなれば、先程までのボス状態の時の戦闘能力をそのまま引き継いでいる、というか。

 試しに近くの小さめの瓦礫を刃に挟んでみたところ、これがまぁバターでも切るかの如くスッパリと切れてしまった。

 ……どう考えてもオーバースペックな代物である。少なくとも小学校とかにこんなもの持っていったら死傷沙汰待ったなしだろう。

 

 危なっかしいにも程があるので、虚無空間(どこでもポケット)を開いて中に放り込み、迂闊に誰かの手に渡ることの無いように封印処理。

 ……しながら、多分これエピックウェポン*8とかその辺りなのだろうなぁ、とため息を吐く私である。

 

 

「……どういうことだ?」

「やりたくてやったわけじゃないけど、言ってみれば私たちってここのリソースの大半を横取りしたわけじゃない?」

「私たちが、じゃなく()()、だけどね」

「そこは連帯責任ってことにしてくれない?……まぁともかく、ダンジョン・コアを精製できるくらいリソースをかっ浚ったわけだから、多分ここのリソースの半分くらいは減らされた、ってことになってると思うのよね」

「ふむ、それで?」

「……そんなことやらかしたやつには、防衛本能とか全開でヤベーボスを送り出すしかない、ってことにならない?」

「あー……」

 

 

 そもそもの話、ダンジョン・コアはある意味生きている、とも言える。

 

 正確にはある程度自立行動をする、というようなものなのだが、それらの仕事の中にはダンジョンの正常運用なども含まれている。……要するに、起きたことに対してある程度自身で判断して対処する機能がある、ということになるわけで。

 メンテナンスなどを簡略化するための機能の一つなわけだが、そんな機能が正常に機能している状態で、突然内部リソースの大半を掠め取られたとしたらどう判断するだろうか?

 

 ……そう、リソースを掠め取った外敵を排除するために、手段を選ばなくなるのである。

 その結果、残りのリソースを全て注ぎ込んだ大ボスを生み出すこととなり──それが倒されてしまったことにより、その()()()()()()()に見合ったドロップ品を出力することになってしまった、と。

 

 

「回りくどいな。つまり?」

「本来の適正レベルが大体二十くらいとして……無理をしてレベル五十くらいのボスを作り出した、って感じかな。で、そうして作り出したのはいいけど、負けることについては想定していなかったから、本来ならボスドロップはレベル二十相当のモノになるはずが、()()()()()()()()()()()()()()()()()──要するにレベル五十相当のドロップテーブルをそのまま使っちゃった、みたいな?」*9

「なるほど。見栄を張って高い品を用意したが、用意した時点で力尽きているから買われていってしまうと困る、というわけだね」

「言い方ぁ」

 

 

 まぁ大雑把に言ってしまうと、現在このダンジョンは潰れかけている、ということ。

 リソースを二度も大幅に削られてしまったため、最早虫の息というわけである。

 

 一応、ダンジョン・コアに関しては出口でリソースに還元するつもりではあるが……ドロップ品のハサミに関しては、既に物品としてこちらに固形化されてしまっているため、ここからリソースに分解するのはほぼ不可能。*10

 ……つまり、どう足掻いてもここのリソースの半分を持っていくことになってしまう、ということは変わらないわけで。

 

 

「……腹をかっ捌けば許して貰えるかな?」

「なんで姉ちゃんは毎度毎度、自分の命の勘定が安いんだってばよ……」

「というか、現代で打ち首獄門とかされても誰も喜ばないと思うよ?」

 

 

 っていうか、君首だけになっても動くだろう?

 というライネスのツッコミに、思わずうっと呻く羽目になる私なのであった。……もうちょっとこう、手心というかをですね……?

 

 

*1
キーアのカバーリング!ナルトを庇って即死!更にキーアのカバーリング!ゴブスレさんを庇って即死!まさに紙切れの如く吹っ飛ぶキーアのライフである

*2
受けて耐える『タンク』系に対し、相手の攻撃を回避する盾役のこと。現実的に考えると相手の攻撃を回避してなにが盾役だ?となるわけだが、敵の攻撃を自身に引き付け、結果として味方に攻撃を向けさせない……という意味では、確かに『タンク』役の一種だと言えなくもない。……でも、スパロボなどで援護防御し(庇っ)ておきながら回避するのは、やっぱり変な感じがするとも

*3
コンピューター用語の一つ。システムに問題が起きた時に、データなどを問題が起きる前の状態に復元すること。対応策としてはかなり強引、かつ強力。基本的にはこれをしないように不具合修正を行うが、どうしようもなくなった時には使われることも。なお、これで直らない不具合はかなりヤバい類いとなる(問題がもっと根本的な部分に及んでいる可能性がある為)

*4
ゴブスレさんもわりと無茶をして、神官ちゃんを心配させたりしていることから。ここには神官ちゃんは居ないが、恐らく彼女の代わりにやきもきさせられている誰かが居ると思われる

*5
こちらに心を開いていない野生動物の行動を擬音化したもの。要するに唸り声

*6
ラストアタックボーナスとも。一部のゲームなどに搭載されているシステムであり、相手にトドメを指したプレイヤーに与えられる特殊な報酬のこと。それによって得られるアイテムが良いものである場合、トドメだけを刺そうと戦闘を真面目に行わないプレイヤーが発生する可能性がある為、最近のゲームではあまり見られなくなった。……なお、だからと言って貢献度制にしてみても、一部の人が強すぎると他のプレイヤーがろくにアイテムを入手できない、なんてことが起こったりする

*7
それぞれ『戯言シリーズ』と『断裁分離のクライムエッジ』に出てくるハサミ。創作においては、ハサミを戦闘に使う人間というのは、一定の割合で存在するモノなのである

*8
エピック(epic)』とは叙事詩のこと。そこから『英雄的な』『壮大な』『最高の』などの意味の言葉として使われるようになった。ドロップ品にレアリティが設定されている時、上位のレアリティとして扱われることが多く、大抵の場合この上に『レジェンダリー(伝説的な)』というレアリティが据えられている。すなわち『エピックウェポン』とは『レアな武器』のこと。『英雄の武器』という意味で使われる場合もある(グランブルーファンタジーなど)

*9
一部のゲームで使われている仕様。モンスターとそのレベルを照らし合わせ、倒した時のドロップを変化させる……というシステム。同じモンスターでもレベル帯でドロップ品が変わる、という形。モンスターハンターシリーズなどが有名(ランクによって出てくる素材が違い、下位のクエストでは天鱗などは落ちない。部位破壊報酬などもあるので、そこまで単純な話ではないが)

*10
正確にはできなくもないが、原子配列変換じみたことをさせられる羽目になる



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帯に短し襷に長し

「うーん、図らずしも運営に大打撃を与えてしまった……」

「一応笑って許して貰えたけど……なんかこう、埋め合わせとかはしておきたまえよ?」

「うん、あとでなんか持っていっとく……」

 

 

 こうなってくると、なにかリソースにでもなりそうなものを渡すべきかなー。

 ……なんてことを思いながら、ダンジョンの外へと出てきた私たち。

 

 結局ハサミに関しては返されても困る、ということで貰い受ける運びになったが……正直こちらとしても使い道に困る部分が大きく、今のところ虚無空間から引っ張り出す予定はなかったり。

 いやまぁ、琥珀さん辺りにでも渡せば、上手いこと活用する方法を思い付いたりしてくれそうな気もするのだけれど……。

 その結果『今年のトレンドはハサミです☆』*1みたいなトンチキ*2なことになられても困るので、提供するにはちょっとばかり躊躇する面があるのだった。

 

 ……いやね?いつものあの人なら、そんなことにはならないと思うのだけれど。

 なんというかこう、クリスから聞く限り最近結構行き詰まってるらしいから、新しい思考の方向性を開拓しましょー、とかなんとか言いながら暴挙に及びそうな予感がある、というか。

 

 

「……ハサミをホビー扱いする、とな?」

「伝説のハサミとかがでてきて、それを使うプロハサミストが現れたりするんだ……!!」

「いや、それは流石にホビー漫画の読みすぎじゃないかい?」*3

 

 

 そもそもホビー扱いのハサミってなんだよ(困惑)

 え?おもちゃで怪我することなんてよくあるし、それがホビー漫画なら日常茶飯事だから似たようなもん?*4

 ……話が大分ずれてきた気がするので、ここらで軌道修正。

 ともあれ、これでダンジョンクリアに成功したことは間違いなく、そうなればさっさと新しいダンジョンに挑みに行くのは必然、ということになるわけなのだが……。

 

 

「……む、すまない。少しいいだろうか?」

「おや、ゴブスレさん。一体どうしました?」

 

 

 ふと、出入り口に備え付けてあった時計を見たゴブスレさんから、みんなを呼び止めるような声があがる。

 それに反応して立ち止まって尋ね返してみたところ、どうやらゴブスレさんはこれからちょっとした用事がある様子。……ということは、ここで解散ってことに?

 

 

「む?もしかして今日は終わりなのだ?」

「ああいや、知り合いを呼んでいたので合流したい、というだけだ。そのついでに食事を、と誘われているので、どうせならお前達も……いや、なんだその顔は?」

「ご、ゴブスレさんが……!?」

「誰かとご飯……!?」

「……社交性が薄いことは認める」*5

 

 

 ……と思っていたら、どうやらここから午後に向けて鋭気を養おう、という提案だったらしい。

 

 時刻は大体三時、つまりはおやつ時。

 子供達も多い今回、その申し出はありがたいといえばありがたいものだったのだが……それがそういうのにまったく縁の無さそうな、ゴブスレさんからもたらされたものだった……というところに色々と驚愕したというか。

 

 だって、聞けば更に誰かと待ち合わせまでしてるんだぜ?……そりゃもう、驚いて思わず声もあげるってものですよ。

 その辺りは彼自身にも自覚があったらしく、微妙に視線を逸らして気不味げにしていたわけなのだけれど。

 

 にしても……この時間帯に待ち合わせ、ねぇ?

 

 

「もしかして、こっちでの女神官ポジションの人と待ち合わせ、とか?」

「……知り合いだ。一応、友人という風にも呼べるかもしれない」

「友人!!?」

「ゴブスレさんってー、そういうのと無縁だと思ってたゾ」

「俺にも友人くらいは居る……」

「はぁ、なるほど?」

 

 

 個人的には、この時間帯に待ち合わせという辺り、相手はヒロイン勢かそのポジションにいる誰かか、と思ったのだが。

 彼の反応からすると、そういう類いの相手ではなさそうだ。……いやまぁ、元の彼の境遇を思えば、男女の付き合いになるような相手も早々湧いてくることはないだろうな、とも思うのだが。*6

 

 とはいえ、言葉を濁す彼の様子から、読み取れることはそう多くはない。

 なので、その辺りの詮索はほどほどに切り上げて、彼のお誘いに乗っておやつを食べに行こう、ということになるのだった。

 なったのだけれど……。

 

 

「……パンケーキ屋?なんで???」

「あ、俺甘くないやつ食べてみたいってばよ!」

「カリカリに焼いたベーコンに、溶けた熱々のバターとグルービーソース。一度食べてみたかった」*7

「んー、オラ甘いのでいいやー」

「なるほど、おかずもあるタイプのところなんだね」

「アライさん、こういうお店は初めてなのだ……」

「ニンジンソテーも頼めるんだな……」

 

 

 彼に連れてこられたのは、彼の様相からは全く想像もつかない、パンケーキ専門のショップ。……いや、これ場違いにもほどがなくない……?

 なにやら準備がある、というゴブスレさんを残し、先に店内に入った私たちだが……この可愛らしい内装は、あの無骨かつボロボロな鎧姿の彼には全く似合わないもの、という風にしか見えないわけで。

 

 いや、誰だよここ選んだ相手、どう考えても見た目が噛み合わんだろこれ……。

 などということを、自身もパンケーキをメニューから選びながら思っていた私は。

 

 

「あれ、キーアちゃんじゃん。おっひさー」

「……え、あれ?さやかちゃん???」

「そうでーす、可愛い可愛いさやかちゃんでーす」*8

 

 

 そこに現れた人物が、まさかのさやかちゃんだったことに驚愕し。

 

 

「待たせたわね……ってなに、みんなして私の顔を見て」

「……ほむらちゃん!?なんで??!」

「なんでって……さっきまで一緒にダンジョン攻略してたじゃない」

「あっ、原作者公認女性版ゴブリンスレイヤー!?」

「ああ……気付いてなかったのね、貴方達」*9

 

 

 更に、あとから気安げに声を掛けてきた相手が、どっからどう見ても暁美ほむらだったことに驚き、更に彼女が先程までのゴブスレさんの中身だった、ということに気が付いて先程よりも更に大きな衝撃を受けることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

「改めて……ゴブリンスレイヤーこと暁美ほむらよ。……でも、魔法少女ではないからそこは期待しないで」

「私は見た目的な繋がりってやつだね。……いやまぁ、正確には魔女なんだけどさ」

 

 

 ははは、と笑うさやかちゃんとその横で「それって笑うところなの?」と首を傾げるほむらちゃん。

 ……見た目こそまどマギなのだが、どうにも性格というか関係性というかが狂っているため、なにか違うものを見せられている感じがして混乱してくるというか……。

 

 聞けば、二人が出会ったのはつい先日の祭の時。

 ゴブスレモードのほむらちゃんが、オクタヴィアモードのさやかちゃんに遭遇したことを起因とするらしい。

 見た目だけなら完全にまどマギなので、どうせなら交流しちゃうー?というさやかちゃんに、特になにを含むこともなくほむらちゃんが承諾を返した、みたいな。

 

 まぁ、普通のほむらちゃんの反応を期待していたさやかちゃんは、色々と拍子抜けさせられたみたいだけど。

 

 

「ほむらも大概あれだったけど、この子も大概危なっかしいし。それにほら、ほっとくと自分が女の子だってこと忘れてるかのように汚くなっていくでしょ?」

「ああうん……ゴブスレさんだもんね、見た目なんて気にしないよね……」

「この子に色々言われて、一応整えるようにしたの。……貴女も言っていたけど、ここではゴブリン殺しにそこまで躍起になる必要性もないし」

 

 

 とはいえ、なにも悪いことばかり、というわけでもないらしい。

 ゴブリンスレイヤー単体ならば、ゴブリンを見逃すなんてことは絶対にあり得ないだろうが、別の人物が混ざることである程度その思考が薄められている……というか。

 ……要するに、最初にゴブリンじゃないですよ、で素直に引き下がった時点で気付けた、ということになるようで。

 

 その事実に、思わず机に突っ伏すことになる私なのでありました。……いや、わかるか!

 

 

*1
流行り、流行。ファッションや経済関連で使われることが多いが、恐らく現代人が一番見掛ける機会が多いのはSNSでの表示だろう

*2
のろまな人のことを指す言葉でもあるが、この場合は『間抜け』という意味の方が強いだろう。漢字で書くと『頓痴気』で、『ちき』に関しては接尾語。『高慢ちき』などに使われるもので、『~な人』と言った意味。つまり、『とんちき』とは『とんま(=間抜け)な人』という意味となる

*3
普通のおもちゃのはずが、世界征服とか始めたりするホビー漫画の常。単におもちゃで遊ぶだけだとストーリーが単調になりやすいこと、それから悪に立ち向かう正義の構図にすることで、単純にカッコ良さを追及することができる(ので、子供達に人気になりやすくなる)、というような意図があると思われる。だからってヨーヨーやベーゴマで滅びる世界、というのは嫌な話だが

*4
実際、昔のビーダマンなどは明らかに危険物だった(ガラスの玉を飛ばす時点で大概危ないうえに、更に速度や破壊力まで求められていた)。リメイク品のボトルマンがキャップを飛ばすのは、その辺りの安全面を考慮してのモノだと思われる

*5
ゴブリン抹殺に全てを捧げている為、あまり社交性は高くない(というか、はっきりと低い)。一応、作中では徐々に人との関わりも多くなっては行っているが、まだまだ万全とは言い辛い。彼の境遇を思えば、それも仕方のない話なのだが

*6
どうにも性的なことに忌避感がある、とでも言うべきか。いやまぁ、あの世界で目の前で姉があんなことになれば、そうなるのもやむ無しという話だが

*7
アメリカの方などではポピュラーなパンケーキ。日本のそれとは違い、基本的に甘くないのが向こうのホットケーキやパンケーキなので、日本でのそれをイメージしていると大いに混乱することだろう

*8
無論、『可愛い女の子かと思った? 残念! さやかちゃんでした!』というネタから。彼女自身は普通に美少女だが、作中のメインメンバーの中では人気が一つ劣る、というところからのネタなのかもしれない。……いや、ほむら達の人気が高すぎるだけなのだが

*9
原作者が『もしゴブリンスレイヤーがTSしたら』という前提によって出した答え。『ゴブスレさんってなんでモテんの?』という疑問への答えでもある(女性化すると危なっかしさが強調される=そもそも男性時点でも大概危なっかしいのでほっとけない)



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鎧の下が気になりますか?

「ええと、とりあえずこれとこれをお願い」

「かしこまりました。ご注文は以上でしょうか?」

「そうね……他の人は、もういい?」

「……個人的には、ゴブスレの姉ちゃんの変わりようがびっくりだってばよ」

「ああ……アレに関しては、鎧を着てる間は文字通り()()()()のだとでも思っておいて」

「はい?」

 

 

 突然の見た目の変わりように、周囲の面々が困惑の表情を見せるなか、彼女が口にしたのはそんな説明。

 ……どうにも、ゴブリンスレイヤーとしてあの鎧を身に纏って居る間、彼女という存在は不確定なものとして定義されている、ということになるらしい。

 

 今の()()とさっきまでの()を見ていればわかる話だが、どう考えても身長とか体重とかが変化しすぎている。

 最近のキャラで言うのなら、初期状態とそれ以外で色々と違い過ぎる妖精騎士ブリトマートのよう、とでもいうか。*1

 

 流石に彼女ほどの変化幅ではないものの、あの無骨な鎧の中からここまで可憐な少女が出てくる、というのは想像もつかないというのは確かな話。

 そしてそれは、どうやら世界からの認識的な部分でも同じ、ということになるようで。

 

 

「彼の原作において、その鎧の中身を見たことがある人、というのは限られていたでしょう?……そして、その限られた人というのはここには居ない。……いえ、正確には同じ似姿の人物が居たとしても、こっちの世界で直接的に鎧を剥いで中身を確かめた者は()()いない」

「……あー、もしかしてさっきのって?」

「その通りよ。……誰にも見られていない環境で着替える、ということを徹底している私は、ある意味()()()()()()()両者が同一である、という証明をしていないのだとも言えるわ」*2

 

 

 彼の鎧は、中の顔が判別できないようなもの。

 言ってしまえば、鎧をその場で剥いだりでもしない限り、中身が本当にこのほむらちゃんなのか、ということを証明できない状態となっている。

 そしてそれゆえに、鎧のゴブリンスレイヤーとは()()()なのである。──丁度、彼の元ネタがドラゴンクエストの『さまようよろい』……鎧そのものに命が宿っているがために、がらんどうな中身を持つそのモンスターのように。

 

 

「……???どういうことだってばよ???」

「わかりやすく説明すると……鎧姿のゴブスレさんには()()()()()のよ、物理的な意味でも、概念的な意味でも」

「……余計にわけわかんなくなったってばよ」

「あー、つまりあれだろう?彼女があの鎧の時、その種族は『さまようよろい』になっている、みたいな」

 

 

 困惑するナルト君に対し、ライネスはすぐにその実態を理解したらしい。

 雑に言えば(そして、それは正解ではないが)、このほむらちゃんはさまようよろいに()()()()()()のである。

 鎧を着たほむらちゃんなのではなく、()()()()()ほむらちゃん、というべきか。*3

 

 

「……ええと、アルみたいな……ってことだってばよ?」

「ここにはアルフォンスも居るの?なら話は早いわね。つまり、私は鎧を纏うと彼みたいになり、鎧を脱ぐと今の姿になるの。……無論、それだとおかしなことになるから、()()()()()()()()()()()()()()()って手順を必要とするけど」

 

 

 考え方としては、【複合憑依】が一番近いだろうか。

 存在の重ね合わせ、それらを利用した姿の瞬時切り替え。

 一つの人の器に二つの影が重なった存在、とでもいうか。【複合憑依】と違うのは、誰かの見ている前で堂々と変身することはできない、ということだろうか。

 

 

「あくまでも未明領域があるからこその両立、ということみたいだから。……感覚的には、この姿の時にはゴブリンスレイヤーである彼はこの世界に存在しなくて、逆に彼の姿の時には暁美ほむらは影も形もない……みたいな?」*4

「ややこしいってばよ……っていうか、それってなにかメリットとかあるのかってばよ?」

 

 

 なお、ナルト君が唸るように、単に話を聞いているだけだとメリット皆無にも思えてしまうが、どうやらそんな簡単な話というわけでもないようで。

 

 

「メリットはあるわ。【複合憑依】の場合は切り替えた先にある他の人格の特徴が、他の人格の時も有効化されたままだけど。私のこれは、それぞれの関係性は結果として断絶してしまっているから、お互いに影響は受けないの」

「……つまり、どういうことだってばよ?」

 

 

 先ほどから言っている通り、本来【複合憑依】や【継ぎ接ぎ】の場合、例え現在の姿では持ち合わせていないはずの特性であっても、他の姿が持っているモノなら判定対象として引っ掛かってしまう、という性質がある。*5

 

 例として挙げると──この世界のドクターウェストは茅場晶彦としての性質を持つため、『声が項羽と同じ』という属性を持つ、みたいな感じか。

 パイセンは『一緒なわけあるか』と否定するだろうが、恐らく感覚的には『こいつは項羽様と同じ声を持つ』と思っているはずである。

 要するに、特攻宝具みたいなものに、殊更に引っ掛かりやすくなってしまっているのである。*6どころか、場合によっては弱点が更に弱点になっている、なんてこともあるらしい。

 

 これはCP君がわかりやすいが……彼女の構成要素にはキャタピーと浸父、虫系の存在が二つ組み込まれている。

 それゆえ、ポケモン的には『むし/むし』タイプになってしまっているのだそうだ。なので、ひこう(飛行)ほのお()タイプの技が四倍弱点になってしまっている、とのこと。

 これは、本来のポケモンのシステムならばあり得ないことである。同じタイプが重なるようなことはありえないので、仮にこんな風にむしタイプが重なるとすれば、むし単タイプになるのが普通なのだ。*7

 

 つまり、これが【複合憑依】などが持つデメリット。

 弱点などが重なっている場合はより苦手になるし、弱点が多い場合は全て適用されてしまう、ということ。

 無論、得意なモノなども重ねられるので、CP君みたいに特化した能力を獲得できる、という利点もあるのだが……冷静に考えると弱点が被った時の被害が大きすぎて、最早笑えてくるレベルだというか。

 

 で、話をほむらちゃんに戻すと。

 さっきも言ったように、彼女の変化はその間の部分を他者に見せないため、それが本当なのか?という疑問を生む形になってしまっている。

 ……が、それゆえに変身前と変身後が切り離されているとも見なされるため、例えば他の【複合憑依】などならば性別特攻どちらの判定にも引っ掛かる、みたいなことになるのが(ヒータちゃんなどが該当)、彼女の場合はゴブスレさん時には男性に対しての、ほむらちゃん時には女性に対しての効果しか受けない、ということになってくるのだ。

 

 

「はー、そう言われると……なんかすごいような気がしてくるってばよ!」

「あとはまぁ、本来想定される『ゴブリンスレイヤーの中身が暁美ほむらだった時にと起きること』について、然程気にしなくても良くなった……というところはあるかもしれないわね」

「?それってなんだってば」

「おおっとー!!頼んだもの来たみたいだから、さっさと食べようかいただきまーす!」

「お、おお?いただきますだってばよ???」

(……子供の教育に悪いから飛ばしたな)

 

 

 なお、ほむらちゃんが余計なことを口走ろうとしたため、慌てた私が食べ物を喉に詰める、なんてハプニングがあったが、概ね平和におやつタイムが過ぎて行った、ということをここに記しておきます。

 ……少なくとも、子供の居る前でする話じゃないよ!ナルト君の中身は本当に子供だし!*8

 

 

*1
『fate/grand_order』における星5(SSR)ランサーの一騎。初期状態ではまるでロボットのような見た目なのだが、一度でも再臨すると中から可憐な女性がその姿を現す。その鎧の頭身と中身の頭身があってない、ということで有名になったりもした。なお、鎧モードはわりと正統派なロボのカッコよさを見せる(ビームライフルを撃つポーズなどが顕著。アルトアイゼンばりに角での攻撃もする)

*2
極端な話、ゴブスレさんとほむらちゃんが口裏を合わせて出てきただけ、という可能性も(その着替えを見ていない以上は)存在している、ということ

*3
確認した時点で変なことになるだろうが、少なくとも概念的にはゴブスレ状態の彼の鎧を覗き見したとて、その中に人の顔を──もっと言えばほむらちゃんの顔を見付けることはできない、ということ。確認しない・できない間は鎧の中身はシュレディンガーのほむらちゃん状態であり、そこにあることもないことも証明できない。……が、その実態は『その鎧こそがほむらちゃん(と、根幹を一にする存在)』である、ということになる

*4
カードの表裏のようなもの。表にしている間は裏の柄を確認できず、裏にしている間は表のスートや数を確認することはできない。また、表も裏も見えるような中途半端な状態にもできない

*5
単なる『逆憑依』なら『憑依された人』と『憑依してきた人』の二要素(+名無し)、【複合憑依】なら『憑依してきた人』が三つに増え、【継ぎ接ぎ】なら要素を細かく追加する、みたいな。スパロボで例えるのなら、普通の『逆憑依』は1人乗りのロボットで、精神コマンドやステータスは一人分・それにロボットのステータスを加算する、という形になるが、【複合憑依】は複数人で乗り込むロボットで、精神コマンドや個人のスキルも増える(感覚的にはゲッターロボやアクエリオン系)、【継ぎ接ぎ】はスキルパーツなどでスキルを増やした状態、みたいな感じ

*6
例……この世界の桃香は本来の彼女の『劉備』特性などの他に、『千里眼』『ビースト適性』『守護者適性』なども持ち合わせている。その分特攻などに引っ掛かりやすくなってしまっている、とも言える

*7
例えばパズドラなら、『攻撃/攻撃』タイプになっているようなもの。『バランス/攻撃/バランス』とかでも良い。本来システム的には無意味であり、前者は『攻撃』タイプに、後者は『バランス/攻撃』タイプに纏められるはずだが、【複合憑依】/【継ぎ接ぎ】の場合はそれがキチンと意味のあるものになってしまう。これは、一つの枠内に無理矢理二つ以上のキャラクターや要素を詰め込んでいる為。内部的には『一つの枠にキャラクターが二人居る』という状態に近い。その為、計算としては『一人目を計算したあと、そのまま二人目も計算している』という形になってしまっている。自身の攻撃時などにも適用されている為、攻めると強いが守ると弱い……という、高火力紙アタッカーみたいなことになってしまっている

*8
ゴブスレ世界観でゴブリンがやること。このほむらちゃんは原作者が例示した『もしゴブスレさんの中身が女性だったら』とは微妙に違う為、想定される問題に出くわすことはまずない、ということ。そもそもゴブスレモードだと女の匂いすらしないので、向こうも単に殺しに来るだけである(なにかの間違いで兜が脱げた、とかの場合は不明)。なお、もし仮に彼の兜が他人の見ている前で脱げる、という状況に陥った場合、そこで改めて【継ぎ接ぎ】の判定が起こる。……逆を言えば、今の彼らは【継ぎ接ぎ】でも【複合憑依】でもない 



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私のパワーは53万……人が驚く低さだ

「よーし、腹ごなしもしたし、さやかちゃんも付いていくぞー!!」

「あら、いいの?あっちの私と一緒だと、もしかしたらゴブリンが出てくるかもしれないわよ?」

「大丈夫大丈夫、そういう時はオクタヴィアるから」

「軽率に魔女になろうとするのやめない?」

「というか、なんだいその動詞。オクタヴィアるって。……いやいい、説明はいい。意味がわからないわけじゃないから説明はいいって!」

 

 

 いやまぁ、ここのさやかちゃんの場合は、そっちが本体なわけだけど。

 

 パンケーキ屋を出た私たちを待っていたのは、食後の運動と称して付いてこようとするさやかちゃんの姿。

 戦力的には心強いにもほどがあるので、付いてきてくれる分には文句はないのだが……なんというかこう、彼女の属性的に本当に付いてきても大丈夫なのか?みたいな懸念があるというか。

 

 

「そうなの?」

「ハクさんとか、そのせいで酷い目にあった筆頭だからなぁ……」

 

 

 首を傾げるさやかちゃんに、去年のクリスマスの騒動を思い出しながら頷く私。

 去年のハクさんの例から考えると……オクタヴィアの使い魔達が勝手に成長して魔女になって暴れ始める、なんて可能性も少なくはないというか。

 その本質が魔のモノであればあるほど、溜まっている負念による変な影響がありそう、というか。……いやまぁ、それを言うと一番危ないの私なんだけどね?

 

 

「キーアお姉さん、種族魔王だもんねー」

「ねー。生粋の魔のモノだから、本来こんなことしてちゃいけないんだよねー」

「「ねー」」

「……つまり、言うほど危ないわけじゃないってことだね?」

「あ、しまったやぶ蛇だった」

 

 

 なお、だったら大丈夫じゃん、みたいな反応が返ってきたため、結局さやかちゃんの同行を止めることはできなかったのでしたとさ。

 ……本気で危ないと思ってるなら、もっと真剣に止めてたはず……ってのはまさにその通りなので然もありなん、って感じである。

 

 

 

 

 

 

「それにしても……その、ダンジョン・コア?っての、いつの間にそんなに流行ったの?」

「今年の八月辺り、らしいんだけどね?」

 

 

 次のダンジョンに向かう最中、そろそろ日も傾き始める頃かな、などと空を眺めていると、横合いからさやかちゃんの言葉が飛んでくる。

 どうやら、いつの間にやら広まっていた企業ダンジョン、というものに興味がある様子。……とはいえ、こちらもこのダンジョンについては知らないことが多すぎるため、語れるのはごく一部のこととなってしまうわけだが。

 

 

「誰が作ったかわからないものを使ってるの……?」

「まぁ、作りは昨今のそういう話に出てくるもの、みたいな感じだったらしいからねぇ」*1

 

 

 出所の知れぬ技術を使うのはどうなの?……みたいなツッコミがさやかちゃんから飛んでくるものの、実際にそれの導入を決めたのが私ではない以上、正直首を振るくらいしかできない私である。

 一応、ゆかりんや琥珀さんが最低限の確認はしているらしい、とは聞いたが……ブラックボックスめいたモノであることも確かであり、危険性が一切ない、とまでは断言できないようだ。

 まぁ、それを踏まえてもなお、集まってくる負念を浄化できる……という点に魅力があった、ということになるみたいだが。

 

 このなりきり郷に様々な念──【兆し】の餌とでも呼ぶべきものが転がり落ちてくるのは、以前も言ったように偏にここが()()がため。

 周囲の環境より、この場所の方が概念的に低地になってしまっているためである。

 

 そしてその理由とは、ここに『逆憑依』達が集まっていることにあるのだから、それを解消することは難しい。よもや、今更世間に放逐するなんてことはできないだろう。

 人が減ることはなく、増えていく一方である以上、それに附随して場としての重さもまた増えていき、周囲の念が転がり落ちてくる頻度や量というものも増えていく。

 ゆえに例え裏取りができずとも、『念を浄化する』という喉から手が出るほど必要とされている機能を持つアイテムを、捨て去ることなんてできないというのもまた真理なのである。

 

 あとはまぁ、職にもモチベーションは必要、みたいなところもあるというか。

 

 

「あー、ここでの仕事はどっちかというと、趣味に近いんだっけ?」

「お金が関わるってことは、競争社会になるってこと。それが悪いわけじゃないけど、それを放置すると争いになる……ってのは歴史が証明してるからね」

 

 

 本来、労働というのは生きるために行うものである。

 古くは狩りに始まり、農耕、建築、運搬、加工エトセトラエトセトラ……。

 それらは始め直接的に糧を得るためのモノであり、やがて間接的に糧を得るためのモノとして変化して行った。

 

 だが、結局根本のところで、それらが求めるモノは変わっていない。

 労働の対価としての金銭は、結局それによって衣食住などの、生きるために必要なモノを交換するために与えられるモノ。

 いわば、人の労働とはつまるところ生きるためのモノなのである。

 

 ゆえに、人の労働というのはある程度方向性を整理しておかないと、そのうち他者の利権を蹴落とす方へと傾いてしまうのだ。

 

 全てのものは無限ではなく、限りがある以上。

 生きるために必要な糧もまた、それには限りがある。

 それを安全に、確実に手に入れようとすれば、確かに他者の存在と言うのは邪魔なもの、ということになってしまう。

 

 ……まぁ、それは極端も極端、糧だけではなく労働力にも限界がある以上、他者を蹴落とすというのは、即ち自身のできない仕事をしてくれるであろう誰かを蹴落とすことにも繋がり、回りに回って自身の首をも絞める結果をもたらすわけだが……それが目に見えるほど世間は狭くなく、またそれがまったく影響しないほど、世界は広くもない。

 

 このなりきり郷の場合、それらの問題は一般的な世間のそれよりも、さらに重く難しいモノとなる。

 労働力に限りがあると言っても、世間一般のそれらを纏めても敵わないほどの力があるモノもいるし、糧がいると言ってもほとんど霞と変わらないほどの量で生きていける者も居る。

 想定される事態の幅が広すぎて、画一的なルールを作ることが不可能に等しいのだ。

 

 ──だから、いっそのこととばかりに共産主義めいた制度を生み出した。

 生きるための労働というものを、完全に無くしたのである。

 そこにはまぁ、涙ぐましい様々な努力と知恵の投入があったらしいが……その時私はここに居なかったので割愛。

 

 ともあれ、このなりきり郷の中でだけ、という限定的な成功ではあるものの、共産主義は確かに世界に勝利の旗を掲げることとなったのであった。*2

 

 

「……いや、話がずれてないか?」

「いんや、ずれてないずれてない。ハラショー」

「話を赤くしようとするんじゃない!」*3

 

 

 ダメ?……まぁじゃあ、話を戻して。

 本来労働とは生きるためのもの、それゆえに争いを引き起こす可能性のあるものであり、引き起こす争いの規模がこのなりきり郷においては大きくなりすぎる可能性を考慮し、ここでのみ通用する共産主義的なものを採用した……というのが、ここまでの話。

 ただ、この共産主義的なもの──混ざるとややこしいので『郷制度』とでも名付けるが、この『郷制度』もまた完璧とは言い辛いところがあった。

 

 そも、この制度が曲がりなりにも上手く回っているのは、働きたくて働いている人がいること、それを確りと承知していること、そして多くを求めないからこそ、というところが大きい。

 

 まず、働きたくて働いている人。

 これは、先の『労働とは生きるためのモノ』という原則に逆行する人達である。いわば趣味人に近しいモノであり、別の意味で『働かないと死ぬ』人々である。

 例えばアイドル。彼女達はそれが仕事であるが、同時にやりたいことである。それゆえ、それを止めたら彼女達はアイドルではなくなり、ゆっくりと死を迎えていくことだろう(※誇張表現です)。

 他にも『作ったもので誰かが喜んでくれるのが好き』みたいな人は、働くことを止めると人として死んでいく、みたいなことになることもあるだろう。

 そういう人達から労働を奪うことは、即ち命を奪うことに等しい。

 

 これ単体だと『他の仕事も彼らに集中し過労死する』とか、微妙に問題が払拭されないのだが……あと二つ、彼らへの理解ある人々と多くを求めないこと、これらによってその問題は解消されることとなる。

 

 

「この場合の理解ってのは、『この人は働くことが好きなんだな』で認識が止まる人、ってこと。そのあとに『だから幾らでも好きなことを詰め込んであげよう』って感じに、いわゆるやりがい搾取をしようとしない人ってこと」

「あー、コロンブスとか?」

「……ここにいない人なのになんかしっくり来るけど、一応風評被害だからやめてあげてね」

 

 

 まぁ、多くを求めないに関しては、今のなりきり郷だと多くを求めても問題ない、って方が近いのだが。

 

 この辺りはトップ層の頑張りの結果、とでもいうか。

 品種改良や機具の進化により、生産性を大幅に上昇させた、という風に言い換えてもよい。

 まぁ要するに、趣味で作るもので全ての人を賄えるくらいになった、というような感じだろうか。

 寧ろそれだけではなく外に輸出?的なこともできるくらいなので、普通の農家とかなら作りすぎて腐る、くらいの話になってくるのだが。

 

 

「その辺りはまぁ、ゆかりんとかが居るからねぇ」

「保存技術に関してはお手のもの、というやつだね」

 

 

 ライネスのとこでも使っているような、時停式冷蔵庫のような、保管手段が発達した結果。

 それらの作りすぎたモノも常に鮮度を保って保存できるようになり、結果として生産の過程で競う必要、というものは完全に消え去ったわけである。

 

 ……まぁ、今回のダンジョン云々の話からわかるように、それはそれでちょっと張り合いがない、みたいな気分を抱いた人々も居たようだが。

 

 

「ダンジョン・コアがリソースを必要とする、って言っても、それって結局一人でも賄えるくらいだからねぇ」

 

 

 感覚的には、自宅で電気自動車を充電する……みたいな感じだろうか?

 できなくもないしやれなくもない、個人での管理もできるくらいの規模。それでいて、並みのダンジョンもかくやという広さを展開することもできる……。

 言うなれば、娯楽として持ってこいなのである。そりゃまぁ、働くことに張り合いを求めていた人達がこぞって導入するわ、みたいな?

 

 

「この間のクリスマスみたいなことを事前に防止できる、ってこともあって大人気になったみたいだねぇ」

「ちょっと前のハサミみたいなのを産む可能性もあるけどね」

 

 

 ……なので、最終的にはやっぱり出所不明、ってところが響いてくるのよ。

 みたいな話で会話は終わり、私たちは次のダンジョンの受け付けに向かうこととなったのだった。

 

 

*1
『ダンジョンマスターになりました』みたいなやつ。ダンジョン・コアがとても親切にダンジョン運営の仕方を教えてくれたりする

*2
共産主義を成功させるには、人間以外の労働力が必須だと言われている。これは、全ての人に必要な糧を与える為には、相応の労働力が必要となるから。要するに、そういった労働をする相手に()()()()()()()()()()()()ので、そこをどうにかできないと話にならない、ということ

*3
元はフランス革命にて使用された赤旗に因むとされ、彼らの精神を引き継いだとされる共産・社会主義の象徴になっていったのだとか



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やりたいことやったもんがち

「ふむ、ここはジャングルかな?」*1

「じゃあ、ここは草とか花とか、そういうところのダンジョンだってことかってばよ?」

「捻りがなければね。一応、【継ぎ接ぎ】くらいのゆるーい繋がりでもダンジョン色変えられるらしいし」

「一気に不穏になってきたねぇ……」

 

 

 ダンジョン内に突入した私たちを待ち受けていたのは、巨大な熱帯雨林。

 ……建物の中でこれほどの森林を?*2的な思考が脳裏を過ったが、一応ここの管理元が八百屋であることを思えば、植物繋がりでこれがお出しされる可能性、というのはわからないでもない。

 わからないでもないのだが……気のせいかな、木々の合間からこっちを見てくる女の子、居ない?

 

 

「あっ、ほんとだ。もしかして仲間なのだ?」

「いやー、多分アレ敵だよ」

「えっ」

「もしかして……蟲惑魔かい?」

「もしくは、擬態型の植物であって特定の種類を模したものではない、か」

 

 

 女の子、という部分にアライさんが反応を示すが……こちらの解析を待つまでもなく、こんなところで特に焦った様子もなくこちらを眺めている、という時点でまともな存在ではないことは確定的。*3

 相手の雰囲気や格好から見るに、恐らくは遊戯王で言うところの『蟲惑魔』のような系統の敵、というのが妥当だろう。

 

 

「……こわくま?って、なんなのだ?」

「『蠱惑(こわく)』と『小悪魔(こあくま)』、それから『()』と『(むし)』を掛けたネーミングを持つ、遊戯王の一カテゴリーだね」

 

 

 で、そんなもの知らないよ、とばかりにアライさんが声をあげたため、相手の動きに注意しつつ解説タイムに移行する私たちである。

 

 蟲惑魔とは、先程から言っているように遊戯王OCGのカードカテゴリの一つであり、基本的には『落とし穴』系統の罠カードを使って戦うデッキである。*4

 本来『蟲』という漢字は『コ』とは読まないのだが、いわゆる当て字として、形のよく似ている『蠱』と同じ読みをすることで、『蟲を誘惑(蠱惑)する魔性の者』という意味合いを持たせているのだ。*5

 ……で、蟲を誘惑するモノと言えばなんなのか、となると……。

 

 

「モウセンゴケとかウツボカズラとかハエトリグサとか……まぁ、要するに食虫植物の擬人化、みたいなものだね」

「食虫植物……?」*6

「あ、普通に虫を食べる虫、みたいなのも混じってるね。クモとかカマキリとかアリとか」

「ひぃっ!?怖さが直接的になったのだ!!」

 

 

 蟲を捕食するもの。

 即ち、クモやアリのような虫に、ウツボカズラのような植物達。

 それらがチョウチンアンコウの疑似餌のように、少女の姿を持つ活動体を構成したもの。

 それが、蟲惑魔と呼ばれるモンスター達の真実である。

 

 で、この場合の蟲とは、単なる虫だけではなく、人や人型のモンスターなど、要するに『少女という疑似餌に引き寄せられる可能性のある全て』の生き物のことを指す。*7

 単にその姿に惹かれてやって来たとかでもいいし、罠に捕らえられているように擬態している疑似餌(少女)を助けようとする善人でも構わない。

 とにかく、引っ掛かる相手全てを捕食しようとする危険な存在。それが、蟲惑魔と呼ばれるモンスターなのだ。

 

 ……とはいえ、別にこの疑似餌の少女という形態を持つモンスター、というものの初出が蟲惑魔か?と問われれば間違いであり。

 ゆえに、目の前の少女が蟲惑魔であるとするには、少しばかり根拠が薄い……というのもまた、事実なのであった。

 

 

「……まぁ、敵だろうなぁってのは間違いないんだけど。このタイプって、一つ別ベクトルでめんどくさいところがあるんだよね」

「ふむ、その心は?」

 

 

 私のため息に、いつの間にやら鎧を着直していたゴブスレさんからの疑問の声が飛んでくる。

 ……まぁ、ゴブスレさんモードなら気にすることはないだろうなぁ、なんて思いながら、私は言葉を返すのであった。

 

 

「絵面が凄く悪い」*8

「ああ……」

 

 

 対外的には、か弱げな少女達を殴り飛ばす……という風にしか見えないため、一部の過激な人達からはすごく顰蹙を買いそうだな、なんてことを思ってしまう私なのでありました。

 いやまぁ、そういう手合いは実際に彼女達に対峙させれば、それだけでそんななまっちょろいこと言ってられなくなるとは思うんだけどね?*9

 

 

 

 

 

 

「うーん、流石に火炎放射器はやりすぎ、だよねぇ」

「絵面がこの上なく酷いことになるのだ……」

「でもほら、ラスアスとかだと平気でやるし」*10

「そういうことやってるから、滅茶苦茶恨みを買う羽目になったんだと思うのだ」*11

「……うん、確かに」

 

 

 人型の存在相手に、火炎放射器を向けることの是非……というのは語ってもけりが付かなさそうなので放置することとして。

 

 改めて、ジャングルの中を進もうとする私たちなのだが、さっきの話を聞かれていたのか、森の中の少女達は私たちの姿を見るなり、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げていく。

 ……植物にしろ昆虫にしろ、大抵のモノは火には弱いのでさもありなん。

 

 いやまぁ、どこぞの菌糸に征服された世界の人達みたく、ほぼ擦っただけで燃えていくほどやわではないとは思うんだけども。特に樹木とか、水を含んでるタイプは意外と燃えにくいし。

 無論、乾燥してるとか山火事規模の熱とか、そういうものに耐えられるほどの耐火性ではない、ってのも確かな話なんだけども。*12

 

 

「というか、燃える前に火傷とか窒息とかで死ぬ、って方が強いからね、火災って」*13

「……道中の会話が凄く重くなってしまっているのだが。なにか他の話をして欲しいんだが?」

「おおっと、こりゃ失敬」

 

 

 子供がいるところでする話ではなかったか、失敬失敬。

 

 オグリからのツッコミにより、火災トークは一旦ストップ。……木々の合間の少女達も、露骨にホッとしたような顔をしている辺り、どうにも重苦しい話になってしまったらしい。

 と言っても、こういうジャングルは早々燃えるモノではないし、そこまで気にする必要はないんじゃないかなー、なんてことも思うのだが……口に出すとまたお通夜になるので黙っているキーアさんである。

 

 さて、ジャングル内の探索を続ける私たちだが、結局女の子達はこちらを遠巻きに見つめるだけで、特に戦闘行為が発生する、ということもない。

 そのため、今までのダンジョンみたいに、ドロップ品もろくに落ちていない。

 

 これがなにを意味するのかと言うと。

 ……ちょっと前に言っていた、念の浄化機構が全然動いていない、ということになるわけで。

 いやまぁ、一つのダンジョンで浄化できる量なんてたかが知れている、というのも確かなんだけども。

 

 

「……やっぱりこう、火炎瓶とか使って蒸し焼きにする方がいいんじゃ」

「「「っ!!?」」」

「やめるのだ!それは明らかに狂人の思考なのだ!」

「えー」

 

 

 最低でも一人くらいはやっちゃわないとダメなのでは?……などという思考が脳裏を過った私の言葉に、アライさんから考え直せというツッコミが飛んでくることとなるのだった。

 

 

*1
森林の形式の一つ。日本では熱帯雨林全般を指す言葉として使われるが、それは間違い。本来は密林──殊更に樹木や植物が密集した場所を言う

*2
無論、NARUTOにおける二代目火影・千手扉間への賛辞の一つ『水の無い所でこのレベルの水遁を』から

*3
特に、ジャングルで半袖やスカート、かつ衰弱したり困惑したりした様子がない、というのはイエローカードを通り越してレッドカード。現地の人だとしても、危険な動植物の犇めくジャングルの中で肌を晒すのは自殺行為である。更に、その状態で衰弱もしてないとなれば、最早そこに適応したなにか、と見る方が正解の確率が高くなってしまうだろう

*4
落とし穴以外にも、『ホール』と名の付く罠も使いこなす。罠を張って待ち構える、というスタイルである為『人造人間サイコショッカー』などの罠に強い相手には、少々対処法を考える必要がある

*5
因みに、『蟲』は本来生き物全てを示す言葉であり、『虫』は爬虫類系の生物のみを指すものだったのだとか。なお、『蠱』の方は見たまま『一つの皿に虫を沢山放り込む』姿を表したもの。即ち蠱毒であり、その生き残った虫単体を『蠱』と呼ぶ

*6
それぞれ、トゲではなく丸い突起の付いたサボテンのような見た目の植物、矢筒の一つである(うつぼ)に似ているカズラ、それから開いた口のような形をした植物の名前。全て食虫植物の一種で、小さな虫などを捕らえて栄養としている

*7
先の説明通り、『蟲』という言葉の元々の意味に立ち戻った、とも言えるのかもしれない

*8
見た目が可愛い少女の為、迂闊に攻撃するとパッと見た時の絵面が、どうしてもこちらが悪役になってしまう……という問題。ある程度の良心を持つ人が事情を知らずに現場に出くわした場合、助けるべき側を間違える可能性は大いにある

*9
熊とか猪とかでもよくあること。人間って意外と弱いんだよ?という話でもある

*10
アメリカのゲーム会社ノーティドッグ制作である『ラスト・オブ・アス』のこと。菌類によるバイオハザード、とでも呼ぶべき作品。作中に出てくるモンスターの変異の由来が菌糸である為、炎にとても弱い。……のだが、そもそも普通の人々も炎に弱い感じがある

*11
作中主人公・ジョエルが辿った人生についての話。そもそもにストーリーの最初の時点で世捨て人と化している為、やることがとにかく過激。まぁ、プレイヤーがそうさせている部分もあるのだが。ともあれ、敵であれば全部殺す、くらいのそのあり方は、恨みを買っても仕方ないと言えば仕方ないだろう。……でもそこまでわかってて名前を偽っていなかった、という辺りには色々ありそうな話でもある

*12
山火事などが起きる為勘違いされやすいが、本来木というのは燃え辛い。表面が燃えたとしても、そこで炭化層ができ延焼を抑えるのである。なので、木が燃える時と言うのは、それらの耐火性を越えてしまっている状態。故に、山火事のような大規模火災だとそのまま燃えてしまう、ということになるのである。耐火性の実験では、金や鉄・アルミよりも強いことが知られている為、防火扉などに木が使われていることも多い

*13
人が火に巻かれた場合、その死因は燃えたことそのものではなく、火傷などによるショック死や一酸化炭素中毒の方が多い(最終的には燃えてしまうので、焼死扱いされる)



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植物系に炎が効く、という甘い考えは捨てよ

「うーむ、結局戦闘もせずにボス部屋に来てしまった……」

「小さい虫が鬱陶しいくらいだったな、実際」*1

「んー、キーアちゃんの言葉にびびったのかと思ってたけど……もしかして、私たち全員に対してちょっと引いてたりするのかなー?」

「そんな馬鹿な」

 

 

 目の前には荘厳な扉、周囲には遠巻きにこちらを見つめる少女達。

 ……結局、ただの一度も戦闘が起こらないまま、ボス部屋までたどり着いてしまった私たち。

 

 これでいいのか、みたいな気持ちが胸一杯に広がってくるが、でもわざわざ殴りに行くのは蛮族すぎるので自重する私たちである。……え?さっき燃やそうとしてたって?知らんなぁ()

 ともあれ、なにも起こらなかったのだから仕方ない。そう気持ちを切り換えて、ボス部屋の扉に手を掛けた私は。

 

 

「……開かねぇ」

「え?」

「うんともすんとも言わねぇ!一切動かないんだけどこれ!?」

「えー!!?」

 

 

 その扉が、前にも後ろにも左右にも一切動かないことを察し、思わず大声をあげることとなるのだった。*2

 

 

 

 

 

 

「あれから、上に持ち上げようとしたり下に降ろそうとしたり、色々試してみたけれど……」

「文字通りにうんともすんとも言わないねぇ」*3

 

 

 はぁ、と息を吐きながら、近くの岩に腰掛ける私。

 目の前の扉は、あらゆる方法を試して見たものの、一向に開く気配がない。

 

 普通の押し引きから、実はどこかに鍵穴でもあるんじゃないのか、みたいな考えからあちこち探してみたり、いっそぶち破るかとゴブスレさんのウォーターカッター解禁など、本当に色々試してみたのだけれど……ご覧の通り、扉には傷一つないしピクリとも動かない。

 少なくとも、この扉そのものになにかをしても無駄、ということがわかったが……じゃあどうしろと?と問われると、少し困ってしまう状態である。

 

 ……いやまぁ、一応もう一つ、試していないことはあるのだが……。

 

 

「っていうと、周りの子達?」

「彼女達になにかをすると開く、みたいな謎解き方式じゃないかなー、というか。……もし違ったら、最悪もうわからんってことで縮退砲撃つけど」

「たかだか扉一つを開くために、銀河一つを丸ごと道連れにしようとするのはやめるのだ!」

「んもー、キーアお姉さんってば、めんどくさくなるとすーぐ大雑把になるんだから~」

「え、えっと……ごめんなさい?」

 

 

 ……なんで私は責められてるんだろう?

 いやだって、開かない扉の方が悪いよね、この場合。

 で、それを開こうとすること自体は、別に間違いじゃないはず。……おかしくない?

 

 

「おかしいのは君の頭、だっ」

「あいたっ!?」

 

 

 そんな私のぼやきに、返ってくるのはライネスからの強いツッコミ。……いや、なにもチョップする必要なくない?多分壊れた電化製品扱いだったんだろうけども。

 痛む頭を擦りながら、はてどうしたものかと頬杖を付く私。

 

 とりあえず、現状試していないことというと、周囲の女の子達へのアプローチ、である。

 それが彼女達を倒すことなのか、はたまた彼女達に友好的にすることなのか、今のところはわからないが……真っ先に『倒す』方を試してしまうと、彼女達がリポップしない限り詰みになってしまうので、やるんなら友好的にする方から、ということになる。

 ……のだが、明らかに疑似餌──人の姿をしているけど人じゃない、みたいな相手に対して友好的に……と言われても、どうすればいいのか全くわからないというか。

 自然物が人の姿を取った、という扱いにもできるため、その方面から考えると彼女達は妖精みたいなもの、ということになるのだが……。

 

 

「妖精……国……六章……うっ、頭がっ!」

「なんでキーア姉ちゃんは、いきなり頭を抱えちまったんだってばよ?」

「あー、君のとこにビワが居るだろう?」

「ん?……あー、あの真っ白な?モジャモジャの?」

「そうそう。……アレってね、今でこそたぬきとしてわちゃわちゃしてるけど……」

「ふんふん」

「あれ、本当は呪いの塊なんだよ。それも、触れたら確実に呪殺されるレベルの」

「え゛」

 

 

 妖精、という言葉に思わず呻き声をあげることとなる私。

 それもそのはず、既にケルヌンノスという存在を観測したことのあるこのなりきり郷において、妖精というものがどう定義されるのか?……というところには、まさしく『無辜の怪物』的風評被害の空気が滲んでいるわけで。

 

 いやまぁ、当のケルヌンノスからわかたれた存在・ビワが妖精は妖精でも人退の方の妖精さんをイメージさせるように動いているため、そういう被害は少ないわけなのだが……。

 よく考えてみて欲しい。ここはダンジョン、即ち出てくる相手は基本的に敵対的な存在である。

 で、そんな敵対的な妖精に対し、周囲の人々がイメージを重ねてしまうもの──【継ぎ接ぎ】を引き起こしそうなものがなんなのか。

 

 ……そう、悪辣にして蒙昧、純真にして外道。

 そんな、かの妖精國に広く蔓延する妖精達を、思わず、思い浮かべてしまったとして、誰がそれを責められようか。

 要するに、敵対的な妖精というもののイメージが、このなりきり郷では妖精國の彼らに近似してしまう可能性が高いのである。

 

 で、周囲の彼女達は蟲惑魔系の存在。……植物や()()の見た目をしたもの、ということになるわけで。

 

 

「……下手すると周りの子みんなオーロラ、なんて可能性も……」

「うわぁ!!おぞましいことを言うんじゃないよ!?」

「あっはっはっ。ごめんごめん」

 

 

 そうなってくるとほら、背後の羽根は蝶のそれだった、例の噂のあの人が彼女達の元になっている……なんて可能性もなくはないわけでね?

 ……なんてことを口走ったら、その辺りに詳しい方の一人であるライネスから、後頭部に強い衝撃を与えられることとなるのだった。はっはっはっ。ジョークだってジョーク。

 

 

 

 

 

 

「──うん、ざっと見た限り、周りの女の子全てがオーロラ、みたいな可能性はないね」

「よ、良かった……普通の世界(汎人類史)では大したことはできない、って言われていたけれど、だからと言って来て欲しいってわけでもないからね……」

「え?」

「……え?」

 

 

 ビビるライネスにせがまれて、周囲の女の子達を解析したところ。見事、彼女達はオーロラとは似ても似つかない存在だ、ということが判明したわけだけど。

 私からの言葉を聞いて、露骨に安堵したライネスに対し、私はちょっとばかり残念な気持ちを抱いていたのだった。

 

 

「……つかぬことを聞くけど、もしかして君はアレを歓迎するつもりがある、ってことかい?」

「メリュジーヌには悪いけど、わりと私あのキャラ好きなんだよね」

「嘘だろっ!?」

「……ライネスはさっきから、なにをわちゃわちゃ言ってるんだってばよ?」

「んーとねー、オラの映画の悪いお姉さん?みたいな人の話をしてるんだゾ」

「あー、例え綺麗だとしても、場合によってはしんちゃん自体もノー、って言うタイプの?」

「そうそう、それそれ~」

 

 

 ……外野も気になっているようなので、一応説明すると。

 オーロラというのは、FGOに登場した妖精の一人で、風の氏族を束ねる氏族長でもある存在だ。

 詳しい所業はまぁ、各々調べるなり妖精國に行ってみるなりして貰うとして……大まかに彼女のことを語るのならば、悪女というのが一番簡潔な評価、ということになるだろう。

 

 とはいえ、作中描写からも解る通り──彼女は()()()()()()()()()()()()()()()存在である。

 間桐桜から同情される余地の全てを剥ぎ取った感じというか、加害者以外の選択肢を持たない存在というか。

 言うなれば起源が開いた存在みたいなもので、彼女は美しくあらねば生きられない、という業を背負っていたのだった。

 

 

「彼女の考えとかは、色々解釈次第で変わるから、単に事実だけ述べると。──自分が一番輝いていたであろう瞬間を、そのまま写し取った存在がずっと横で『貴女は美しい』と言ってくる状態、みたいな?」*4

「……そこだけ聞くと、同情の余地があるように思えるな」

「まぁ、他の所業で全部ひっくり返しちゃうんだけどねー」

「ええ……」

 

 

 彼女を掬いあげたことを、朧気ながらに『いいことをした』と感じていた彼女。

 つまりその時、彼女は唯一他人のために輝いた、ということであり。──その美しさを、そのまま写し取った竜の亡骸は、その美しさをいつまでも湛え続ける鏡のようであり──。

 

 ……まぁ、どこぞの妖精の言葉を借りるなら、『どうしようもなく終わっている』関係、とでもいうか。*5

 なんというか、そういう関係の上に成り立つあの二人が、わりと好きなのかもなーというか。

 で、その関係上、オーロラのこともわりと好きというか。

 

 

「いやまぁ、『美術品』みたいな見方だ、って言われたら否定し辛いところもあるんだけどね?」*6

「……趣味悪ぅ」

「ええそりゃもう、魔王ですから」

「でた!キーアちゃんの魔王ですからスルー!」

「それは言い訳としては下の下では……?」

 

 

 なお、この発言に対する周囲からの評価は最悪の部類。

 まぁ、自分でも趣味悪って思うこともあるので、その評価自体には特に反論する気持ちはないわけだけど。

 ……ただまぁ、一つ訂正させて貰うとすると、『終わっている』ものがそこで終わってしまうのもそれはそれだけど、そこから奮起することを密かに祈っている……みたいなところもまぁ、なくはないかなーって思っててね?

 

 

「……ああうん、魔王的な思考だね、ホント」

「よせやい、褒めてもなにも出ないぜ?」

「褒めてないよ!!」

 

 

 ……まぁ、そんな感じで会話は終わり。

 一先ず、逃げる女の子達を捕まえよう、という話に移行していくのでした。

 

 

*1
ジャングルの羽虫(特に蚊)はなにかしらの病気の媒介者だったり、そもそも劇毒持ちだったりするので鬱陶しいで済まない可能性が高い、というのは秘密

*2
普通の押して開く扉でもないし、引いて開ける扉でもないし、左右・上下にスライドさせる扉でもない。まさしくそれは、鉄塊であった()

*3
『うんともすんとも』とは、返事や反応がまったくないことを示す言葉。『うん』はそのまま承諾の意味を示す『うん』のことで、『すん』に関しては単なる語呂合わせ、だとされている。なお、ポルトガルから伝来したトランプを元に作られた『ウンスンカルタ』が語源であるとする説もあるが、根拠が弱く『すん』の字が語呂合わせに選ばれた理由かも、くらいに捉えられているそうな

*4
メリュジーヌの姿は、彼女が()いあげられた時に見た、本当に美しいものを模しているとされる。……これは逆に言うと、本来常に変動する美しさを、最高の状態で保存している……という風にも捉えられる。言うなれば、化粧などでプラス補正を得た時の姿を、デフォルトにしてしまっているようなもの。APP15くらいの存在が、一瞬APP18以上になることができてやった、と思っていたら、その姿を写し取られた上それを基準にして『君は美しい』とか言ってくるヤツが現れた、みたいなもの。そりゃもう、真横で生きてるだけで弱ってくるのも宜なるかな、という話である(無論、オーロラはメリュジーヌには勝てないので、そんなことおくびにも出さなかったわけだが)

*5
メリュジーヌはオーロラを慕ったが、そうして慕われること自体がオーロラを弱らせる要因だった、とも。策を弄しようが不意を突こうが、オーロラにメリュジーヌは殺せないので余計のこと。ただ、『いいことをした』という気持ちがある以上、単純な嫌悪だと言い切るのも難しいのだが

*6
『進撃の巨人』より、ダリス・ザックレーの台詞『美しい……これ以上の芸術作品は存在し得ないでしょう』から。ネットで使われる場合は愉悦部的な用法がほとんど



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森の狩人のように

「うーん、意外と速い……」

「言ってる場合か、このままだといつまで経っても捕まえられないぞ」

 

 

 ロケーションの問題、というのも少なからずあるのだろうが、女の子達の逃げるスピードはこちらの想像以上に速く、そもそも影を踏むことすらままならない状況である。

 こっちの面々では一番速い方であるオグリも、場所がジャングルという走るのに向かない場所ということもあり、中々速度を出せずにいた。

 ……そうなってくると、どうにかしてこの状況を打開する必要がある、ということになってくるのだけれど……。

 

 

「……周りの「ダメです」まだなにも言っ「ダメです」……ちぇー」

 

 

 対策を打ち出そうとした瞬間、真顔のライネスからの妨害により頓挫させられる羽目に。

 ……いやでもさ、自由に走り回れないのが一番の問題なわけだし、私がやらずとももう既に限界感があるというかね?

 

 

「訳のわからんことを言ってごまかそうとしても、そうは行かんぞ?」

「いや冗談でもなんでもなく。ほら」

「ん?」

 

 

 まぁ確かに、今私がやろうとしたことは、ジャングルの木々全てを念動力とかで浮かせて、ごく短期間ながら周囲を更地にしよう……みたいな話だったわけだけど。

 でもほら、例え私がそういうことしなくても。

 

 

「……はっ!オグリ待て!『王の友(トランザム)』は使うな!……あっ」

「了解!『王の友(トランザム)』!!」

「あーっ!!?」

「ぬわーっ!なのだーっ!!?」

 

 

 ──いい加減焦れて来たオグリが、奥の手を軽率に発動するフラグは立っているわけでね?

 

 迂闊なライネスの制止をトリガーにしたオグリは、瞬時に真っ赤に染まって加速。

 ライネスの引き留めるような右手は空しく空を切り、赤い流星と化した彼女は周囲の木々を粉砕しながら突撃して行くことになるのだった。……どっちかというとV-MAXやね、これ。

 

 なお、背後から殺人的な速度で迫り来るオグリを見た少女達は、先程までの余裕綽々な笑みをぐちゃぐちゃに崩して、必死になって逃げ回ることとなるのでした。……やだ、どこぞの駄女神様みたいになってる……。*1

 

 

 

 

 

 

「──うん!森の中を走り抜けるのも、また乙だな!これがいわゆる森林浴ウォーク、というやつになるのだろうか?」*2

「絶対に違うと思うよ……」

 

 

 数分後。

 逃げ回っていた少女達を、あっという間に捕獲して見せたオグリ。

 その速度は凄まじく、障害物すら粉砕しながら迫るその姿は、彼女達に恐らく高速(ターボ)青鬼ならぬターボオグリとして記憶に焼き付くこととなっただろう。*3

 ……オグリなのにターボとはこれいかに。*4

 

 

「そういえば、ターボはいつ実装されるんだろうな?」

「第二のタマモクロスみたいになってるもんね……」

「いや、ウマ娘運営の行く末を真に憂う者、みたいなムーヴしてなくていいから」*5

「「はーい」」

 

 

 まぁ、ターボ師匠の話はそれくらいにしておいて。

 取っ捕まえられた少女達は、なるほど近付いて見てみればはっきりと疑似餌、ないし植物系の種族だな……ということをこちらに知らせるような姿をしていた。

 具体的にはドリアード系の姿、というやつである。

 

 

「ふむ、四肢が枝のようになっている……これであそこまで軽快に走り回っていたのか?」

「いや、これは捕まえたら変化しただけで、走っている間は少なくとも見た目は普通の足だったぞ」

「ふむ?……ということは、マンドラゴラ系の植物、ということか?」

「あー、喋らないのもそのせい……みたいな?」

 

 

 なお、わりと軽快に走り回っていた辺り、どちらかと言えばマンドラゴラ系の植物なのではないか、という説が上がってきたりもしたわけだが。*6

 それなら、一切喋らずに居たのも納得できなくもない。……いやまぁ、単なる八百屋の地下のダンジョンに自生しているにしては、やけに危険な植物だなという感想も出てくるわけだが。

 

 

「……仕方のない話だが、違和感が大きいな、八百屋地下ダンジョン」

「八百屋が一体なにをしたっていうんだ……」

 

 

 ともあれ、ここに集められた少女は五人、そのどれもが目を回している以上、話をするには彼女達を起こさなければならない、ということになるわけなのだが……。

 

 

「……マンドラゴラの可能性があるって状況で、不意に声を漏らしかねない寝起きって怖くない……?」

「確かに。じゃあ私が起こそうか?」

「君はそろそろマシュからのお叱りカウンターがカンストしそうだ、ってことを気にした方がいいと思う」

「えー」

 

 

 植物系のモンスターで、走り回ることができるものとなると、どうしてもマンドラゴラが一番の候補に上がってくる。

 ……つまり、彼女達の声を聞いたが最後、死にはせずとも死亡判定を受けてダンジョンの外に放り出される、ないしここで他の挑戦者が来るまで、地面を舐め続けなければいけなくなる*7……という可能性が出てくるわけで。

 

 そんなのは御免だ、という思いをみんなが抱くのは当然のこと。

 なので、みんなには防音効果を付与しつつ、できる限り離れて貰ってその内に私が彼女達を目覚めさせる、というのが一番安全なのではないか?……という疑問が浮かんでくるのも仕方のないこと。

 

 防音結界でも使えば良いのでは?……と思われる方もいるかもしれないが、マンドラゴラの『死の絶叫』は、その原作によっては防御無効効果がくっついていることもあるわけで。

 その場合、防音効果を貫通してこっちが即死する、という可能性が否定しきれず、結果として声の聞こえない位置に下がり、遠隔操作とかで目覚めさせるのが安全……ということになってしまうのだが。

 ……まぁうん、仮にうちのメンバーでそれをしようとすると、音より早く逃げられそうなオグリにやらせるか、もしくは私が死亡判定覚悟で目覚めさせるか、くらいしか対処法がないのである。

 

 

「私じゃダメなの?ほら、私ってば人じゃないし」

「ここダンジョン……つまりシステムの中だからねぇ。『俺のダンジョンではそうなるんだよ』ってされたら、ちょっと抗いようがないというか……」

「なるほど。ルールで決められている以上、それを回避できると楽観視するべきではないということだな」

 

 

 なお、さやかちゃんから『マンドラゴラの声は()を発狂死させるものなので、厳密には人ではない上に音系統の能力を持つので、それによって中和もできるんじゃ?』という風に提案があったわけだけど。

 ……ダンジョン内では『即死』はポケモンで言う『ひんし』、いわゆる一時的な戦闘不能状態のことでしかないので、遠慮なく効果が強化されている可能性が高い……ということを告げれば、横でゴブスレさんが納得したように頷いていたのだった。

 

 基本的に彼(彼女?)はルールの裏を掻くというか、本来ダイスを振る必要のある場面をのらりくらりと躱して実数値で勝負する、みたいな感じの存在だが。

 別に慮外の力を持つというわけでもないため、ルールで雁字搦めにされてしまうとほとんどなにもできない、ということになりかねない。

 ゆえに、こういう即死トラップのようなモノには、人一倍鼻が利く……ということなのかもしれない。

 

 つまり、さやかちゃんの提案には有力な反対意見が二つ出た、ということになるわけで。

 他の面々は顔を見合わせたあと、「さやかちゃん止めた方がいいよ」みたいな言葉を、口々に彼女に向けて投げていく形になったのだった。

 

 で、話を戻して。

 私の場合、ちょっと前の文房具ダンジョンを見て貰えれば解る話だが、『死亡判定』というものがとても曖昧な存在である。

 普通の人なら首ちょんぱされれば間違いなく即死だが、私の場合はそれをファンネル扱いして飛ばすことも、『これでは道化だよ』とか宣いながら下半身を放置して頭部だけで逃げる、みたいなこともできてしまう。

 

 そしてこれは、マンドラゴラの『死の絶叫』についても同じことが言える。

 要するに、『死の絶叫』は相手を狂死させるものなわけだが……私の場合は単に混乱した、くらいの扱いにダウングレードできてしまうのである。

 言うなれば『死亡判定』が出てようが平気で動ける、ということなわけで。……ある意味、ゴブスレさん以上に『ルール?なにそれ美味しいの?』みたいな動きができるのが、私ことキルフィッシュ・アーティレイヤーということになるのだ。

 

 表面上ルールには則っているため、罰したり除外したりできない……。

 それが私の利点であり、その大前提が崩れない以上、即死トラップなんて私にとっては精々生足でレゴブロックを踏んだ、くらいの意味にしかならないのだ。*8

 

 

「……いやそれ、結構痛くないか?」

「痛いけども、それで死ぬわけじゃないし……」

「いや、この場合は死ぬだろ君……」

「あーもーうるさいなー、じゃあどうするのさー!!」

「逆ギレしたぞこいつ……」

 

 

 なお、どうにかなると言われてもそれが許可されるかどうかは別問題……みたいな感じでツッコミを入れられたため、逆にキレ散らかすことになる私なのでありました。

 いやだって、ねぇ?

 死ぬって言っても本当に死ぬわけじゃない、みたいなノリで即死トラップが気軽に飛んでくるダンジョン達。

 ……仮に死なないとしても、死ぬほど酷い目に合うということは間違いないわけで。

 

 特に、さっきのダンジョンみたいにチョキチョキ切られるのとか、普通の人なら発狂ものだと思う。

 なので、そういうの受けても大丈夫な私が『あなたは死なないわ、私が守るもの』*9するのが一番じゃん、ってなるのも仕方ないと思うんだけどなー。

 

 

「わかった、目の前で主の居なくなった大盾置かれてもいいんなら、それで手を打とうじゃないか」*10

「正直すまんかった」

 

 

 ……まぁ、こんな風にライネスから禁止カードが飛んできたため、泣く泣く別の方法を探す羽目になったわけなのですが。……そのシーンを出すのは反則だよアンタ……。

 

 

*1
アニメ『この素晴らしい世界に祝福を!』における女神・アクアが頻繁に見せる顔のこと。女神らしさは欠片もない。でも親しみやすさはあるかもしれない。犬っぽいというか

*2
森の中の綺麗な空気を吸いながらウォーキングをすること。なおジャングル浴が体に良いかは不明(空気などは確かに綺麗かもしれないが、呑気に森林浴をしている余裕があるかが不明という意味)

*3
フリーホラーゲーム『青鬼』のモードの一つ。追い掛けてくる青鬼の速度が上がっており、通常のそれとは別種の恐怖を楽しめる

*4
『ウマ娘』シリーズより、ツインターボのこと。青髪ツインテにギザ歯、オッドアイが特徴的なキャラクター。人気はあるのだが中々実装されない枠として、ある意味タマモクロスの後を継いだと言えなくもない存在

*5
『るろうに剣心』のキャラクター、石動雷十太の台詞。高尚なことを言っているが、その実あらゆる行動は自身の欲を満たす為、という典型的な小者

*6
伝説上の植物。引っこ抜くと恐ろしい叫び声をあげて、周囲の人間を発狂死させるとされる。……なお、薬草として使われる実際の植物『マンドレイク』が、その効能や形から伝説を生んだ結果が伝説の植物としての『マンドラゴラ』だともされる(過剰に摂取すると幻聴や幻覚を生じた上に死に至る・根が複雑な形をしており、場合によっては人の姿に見えることがある)

*7
いわゆる『床ペロ』のこと。MMORPGなどにおいて、死亡しても暫くその場に残るタイプのゲームで見られるもの。うつ伏せで倒れている姿が、まるで床を舐めているかのように見えることから名付けられた、とされる。蘇生系のアイテムや手段がないゲームでは、床に倒れたとしても速やかに消える(=拠点に戻される)ことが多い為、必然見ることのできるゲームは限られる

*8
※とても痛いです

*9
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』第六話『決戦、第3新東京市』における綾波レイの台詞。『序』の方でも同じ台詞はあり、使われた状況もほぼ同じ。シンジを励ますというよりは、自分に言い聞かせる意味合いの方が強いのでは、とも言われている

*10
『──見よ、肉体は光帯の熱量に耐え切れず蒸発した。だがその精神(こころ)は何者にも侵されず。雪花の盾は傷一つなく、彼女の(こころ)を護り続けた』



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わかたれたもの、ひとつ

「……こんだけ騒いでるのに、目を覚ます様子がないね?」

「そんだけ怖かったんだってばよ。だってあん時のオグリ姉ちゃん、プリティ成分どっか行ってたってばよ……」

「む、私はいつでもプリティなんだが?」

 

 

 うーんうーん、と魘されている少女達を眺めながら、起きないなぁとため息を吐く私たち。

 結局、無理に起こすのは止めて自然に目覚めるのを待つこととなったのだが……その理由がどこにあるのか?という疑問にナルト君がオグリのせいと答えたため、ちょっとした騒動が起きることにもなってしまったのだった。

 題して、オグリはプリティか否か談義!

 

 

「アプリなら文句無しにプリティなんじゃない?」

「アニメだとちょっと怪しくなるね」

「漫画に関しては擁護のしようがないな」

「題字からプリティ外れてるしね」

「……なんで私は、今回こんなに詰められているんだ……?」*1

 

 

 そりゃまぁ、君がもたらした周囲の惨状を見ればいいんじゃないかな?

 

 こちらの言葉に、不満げな様子を漏らすオグリだが……周囲のまるで台風でも来たかのような惨状は、まさしくオグリが走り回った結果起きたもの。

 我を妨げるもの無し*2、とでも言わんばかりのその爆走は、恐らく相手にオリジナル笑顔めいた恐怖を与えただろうことは言うに及ばず。

 ゆえに、今回に限ってはオグリが悪い、という風に言い募るしかないということになっていたわけである。

 

 ……まぁ、勝負事とかは真面目にやればやるだけ、殺伐とした空気が滲むのが普通なので仕方のない話でもあるのだが。

 

 

「みんな仲良く手を繋いでー、なんてのとは無縁だからね、競争って」

「難しいところだね、そのつもりがなくても争いの火種になる、ってことでもあるし」*3

「……なぁ、私はここまでの話を聞いて、どういう顔をすればいいのだろうか?」

「笑えばいいんじゃない?」

 

 

 無論、戦場に高揚したようなやつじゃなく、普通にプリティな感じで。

 そう返せば、オグリは小さく首を傾げながら、不器用に笑みを見せたのだった。……いや真面目か?

 

 

 

 

 

 

「……おっ、そろそろ起きるかな?」

「結局十分以上待たされたな……」

 

 

 自発的な起床を待つと決めたため、あまりうるさくもできず、仕方無しにババ抜きとかして暇潰しをしていた私たち。

 危うくヘンダーランド再来、みたいになりそうになったのを回避しつつ、しんちゃんにババを渡さないようにする……という、地味に難しいミッションが追加されてしまっていたが、それはそれとして。

 

 ともあれ、待ち人起きれば暇潰しの必要もなく、早々にトランプを片付けて少女達から少し距離を取った私たちは。

 

 

「……!……!」

「あ、喋れないのね、君達」

 

 

 起きてきた少女達が、驚きから目を見開き両手をぱたぱたさせるのを見て、どうやら相手はマンドラゴラとかではなかった、と一つ安堵の息を吐くことになるのだった。

 で、ここで改めて相手の様子を観察してみたわけなのだけれど……。

 

 

「……んー、なんか見覚えない?この子達」

「ふむ?……うむ、なにやら不思議な既視感があるな、確かに」

「んん?姉ちゃん達、知り合いかってばよ?」

「んー……いや、知り合いだったらすぐにわかると思うんだよねぇ」

 

 

 少女達の姿に、どうにも見覚えがある気がして、思わずまじまじとその顔を眺めることに。

 他の人に聞いてみたところ、どうやら私の他にはライネスが見覚えがある、との回答を寄越してきた。……まぁ、逆を言うとその他の面々は、よく分からないと首を捻っていたわけなのだが。

 

 

「……む」

「どしたのオグリ、なにか気付いた?」

「いや、気付いたというか……この子達、姉妹なのではないだろうか?」

「姉妹?」

 

 

 そんな中、オグリから飛び出したのは、この子達が姉妹なのではないか、という予測。

 ……言われてみると()()()()この少女達、どことなく顔の作りとかに似たようなものを感じるような?

 いやまぁ、仮に彼女達が『東方project』とかに出てくる妖精みたいな存在ならば、全て自然の化身なので似通うというのもわからなくはないのだが……。

 

 

「……ん、視た感じ妖精ってよりは植物系の生き物、ってことで良いみたい」

「じゃあ、似通っているのは偶然ではない、ということか」

 

 

 解析してみたところ、彼女達の種族は……いまいちはっきりとしないが、妖精ではないことは確か。

 方向性的にはドリアードとかの『植物系人型』の類いのようなので、姿に類似性があるのならばなにかしら血の繋がりのようなものがある、と見る方が良いような気がする。

 ……妖精じゃないと断じた理由には、一部の強力な種を除いて同種の妖精は姿がコピペのようになる……というところもあるのだが。

 

 ここにいる彼女達は、確かに繋がりを感じさせる顔立ちをしてはいるものの、コピペと揶揄するほど外見が一致している、というわけでもない。

 髪型もショートカットにおさげ、姫カットにアホ毛の目立つロングなど、明確に個性が見て取れるものとなっているし。

 髪色もピンク・赤系に纏まってはいるものの、完全に同じ色のものはない。五人がそれぞれ、別の存在であると認識できる程度には違いが……って、ん?

 

 

「うわぁ!?急に光りだしたってばよ!?」

「ええっ!?私なにもしてないけど!?」

 

 

 五人が別人であり、けれど姉妹のような繋がりのあるものだ、と断言したその瞬間。

 こちらを見詰めていた少女達は、突然目映い光に包まれ、こちらからでは観測できなくなってしまう。……っていうか眩しすぎじゃないこれ!?

 

 散々に破壊され、視界が開かれたとはいえ……まだ鬱蒼として薄暗かったジャングルの中を、その輝きは影すら消し去るほどに照らしだし。

 そうして暫くジャングルを照らしたあと、彼女達の輝きは忽然と──彼女達の姿ごと、その影も形も消え去ってしまっていたのだった。

 

 

「……ええと、どういうことだと思う?」

「私にわかるわけないだろ……強いて言うのなら、あれが謎解きだったんじゃないのか?ってことくらいかな」

「……あれが?」

 

 

 消えた少女達の気配は、少なくともこの近くにはなく。

 となれば、ここから向かうべきは最早、開かずの間と化したボス部屋くらいしか残っていない……ということになる。

 

 ライネスの言うところによれば、先程の『少女達は姉妹である』と断言したことこそが、今回の謎解きの答えだったのではないか?……とのことだったが、正直どうもピンと来ない。

 なにせ、彼女達が仮に姉妹だったとして、それがなんの謎なのか、ということが全くわからないのである。……偶然答えたモノが、たまたま正解だった時のような納得のいかなさが残っており、どうにも気持ちが悪いというか。

 

 ……まぁ、ここで愚痴っていても仕方ない。

 これでボス部屋に向かって、もしその扉が開いていなかったら……ここはクリア不可、と見切りを付けて、今日のところは解散とする逃れ正しい対処、ということになるだろう。

 上の八百屋には悪いが、なにかしらの不具合が出たのだろう……ということで諦めて貰い、再度ダンジョンの構築し直しを進言するべきだろうな、なんてことを思いながら歩くこと暫し。

 

 

「……本当に開いてるし」

「おー、なるほどなるほど。あの子達のことをちゃんと調べるってのが、ここの鍵になってたんだねー」

「ごまだれー、とでも言っておけばいいか?」

「お~、豚のしょうが焼き~」

「しょうが焼きにごまだれはあわないんじゃないか……?」

 

 

 たどり着いたボス部屋前の扉は、こちらが呆気に取られてしまうほどに、あっさりとその姿を消し去っており。

 開いたその口は、こちらを誘うように風音を響かせているのだった。

 

 ……思わず私が唖然とすることを、誰が責められようか……。

 

 

 

 

 

 

「……罠はなさそう、だね」

 

 

 あまりに呆気なく開いていた扉に、なにかの罠なのではないかと解析を施した私。……返ってきた結果は『無問題』、通るのになんの支障もなし、の言葉であった。

 

 いや、さっきまでの苦労は?……とばかりに疲れがドッと押し寄せてくるが、どちらにせよクリアしないままに地上に戻る、のんて選択肢がない以上、このまま中に進むほかないのもまた事実。

 ゆえに、周囲のみんなに目配せをして、そっとその扉の向こうに体を滑り込ませた私は。

 

 

「……さっきの子?」

「踊っている、のか……?」

 

 

 その部屋の中心で、輪になってゆっくりと跳び跳ねる、先程の少女達の姿を見付けるのだった。

 その姿は、月夜に切り株を囲んで踊る動物達のような、一種の神秘性を持ったものであり。

 その姿が徐々に霞み──否や分身し、ゆったりとした動きながら一つの大きな輪のようになっていく姿に、ようやく警戒態勢を取ることとなり。

 

 その輪が一際強く輝いて、こちらの目蓋を閉じさせたあと。

 吹き抜ける風と共に光が晴れ、ゆっくりと目蓋を開いたその前に──、

 

 

「………」

 

 

 

 大きな──大きな女性が一人、大輪の花が開くように広がるスカートから、その上半身を突き出しているその姿を見て、ようやくそれが何者なのかを理解し、思わずとばかりに言葉を漏らすこととなるのだった。

 

 

「──ユグドラシル・マグナ……?」

 

 

 ──巨大な植物の女性。

 大きなスカートと、背後の不可思議な魔方陣を背負い、こちらに相対するその姿。

 先ほどまでの少女達と、どことなく似た雰囲気のその顔を、今は微笑に染めたその存在は、声とも音とも付かぬモノを響かせながら、こちらにその右手を翳す。

 

 ──地面が槍の如く隆起したのを見て、私たちは彼女がここのボスであることを漸く理解したのであった。

 ……まさかの星晶獣かよぉ!!?*4

 

 

*1
アプリ版が一番プリティ率が高いのは、恐らくこれが一番触れやすいものである為。触れる為のハードルが高くなるほど、『それをわざわざ見に来てくれている』ということになり、遠慮などをせずとも良くなるのだと思われる(競技が主題である以上、どう言い繕っても勝者と敗者が生まれてしまう。アプリならば自身の周囲だけ写して置けばいいが、アニメ→漫画と媒体が変わるごとに、主役以外の描写も必要とされるようになる。つまりそれは、必然的に負けた方も描かなければいけなくなる、ということでもある)

*2
『スーパーマリオ64』のTAS動画にてコメントされた『我を妨げるもの無しって感じだなw』から。一件普通のコメントに見えるが、当時これに類する元ネタがなかった(=つまり、コメント投稿者のセンスによる)こと、滲み出る少々の痛さなどから、面白がられた結果定着したらしい。基本的には言葉通り、障害などないとばかりに縦横無尽に進む姿を称賛する為に使われる

*3
煽りなども戦いを盛り上げる為の華だとされるように、競争とはある種命を賭けているようなものでもある(ないし、それくらいに真剣にするべきだ、みたいな論調がある)。それゆえ、相手を怒らせる『煽り』もまた、相手に真剣になるように促すモノだとも言えてしまう。……無論、煽ることが推奨されるべきか、と言われると別の話になるのだが。ともあれ、競争する時にそれが火種になるのは仕方のない話でもあり、それ故に競争というものは難しいのだ、という話にもなっていく

*4
『グランブルーファンタジー』シリーズに登場する、特殊な存在。『星の民』と呼ばれる存在が造り出した大いなる獣



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貴女だけに付いていく(攻撃が)

「これって遊んでるのか攻撃なのか、実際どっちだと思う?!」

「どちらもだろう、終始笑顔だから、なっ!!」

 

 

 突き出て来た土の槍を蹴飛ばしながら、相手を撹乱するように走り回るオグリ。

 そんな彼女にバフを掛けながら、私は現状を分析していたのだった。

 

 恐らく、先ほどの少女達はこのユグドラシル・マグナが分割されたもの、ということになるのだろう。

 五分割、という部分になにか作為的なものを感じるが、流石にこの状況ではまともな分析は難しい。

 

 ──ユグドラシル・マグナ。

 グランブルーファンタジーシリーズに登場する星晶獣と呼ばれる存在の内の一体であり、かの作品においては森に包まれた島『ルーマシー群島』に眠る大星晶獣である『ユグドラシル』がその力を解放した姿、として定義されている。

 

 作中描写では、戦いを好まず・優しく大人しい、とされる彼女なのだが……このゆぐゆぐ、めっちゃ笑顔で攻撃してくるんですけど???

 それも、現在一番ターゲティングされているのは、どうやらオグリの様子。

 ゲームと同じように攻撃回数が多いのか、間断なく土の槍が飛んでくる様は、なんというか普通に怖いとしか言いようがないというか。*1

 見た目は確かにゆぐゆぐなのだが、もしかしたら【継ぎ接ぎ】とかの影響で、設定やらなにやらが違っているのかもしれない。

 

 ……ともあれ、オグリが走り回っている分には、甚大な被害は受けそうもないというのも確かな話。

 なので、オグリには『王の友(トランザム)』を解禁して貰い、とにかく捕まらないように逃げ回ることを主目的として貰っている。

 ……のだが、気のせいだろうか?そうして走り回ることで、余計に嬉々としてゆぐゆぐが彼女を追っかけ回しているような気がするのは。

 いやまぁ、彼女そのものは最初からボス部屋の中心に鎮座しているので、彼女の発生させる土の槍がオグリを執拗に追い掛けているように見える、という話になるわけだが。

 

 

「……で、ここから俺達はどうする?」

「迂闊に攻撃してターゲットがこっちに移っても困るから、今のところは様子見で!」

「うーん……でもさぁ、最悪私が押さえればよくない?」

「他の人達が創世のルミノックスに呑み込まれてもいいんなら、別に止めないけど?」

「……あ、そっか。単なるユグドラシルじゃないから、全体攻撃も頻繁にしてくるんだっけ」

 

 

 ゲームでのゆぐゆぐは、戦闘力的にはそこまで高い方、というわけではない。

 HLまで行くと流石に話は別となるが、同じ大星晶獣にカテゴライズされるティアマトと同じく、倒しやすい方の敵としてカウントされているのは確かだ。

 

 ……とはいえ、だからといって与し易いのかと言われれば、それもまた話は別。

 今は通常攻撃で遊んでいるだけだが、弱点である風属性の敵への対抗策であるネザーマントルや、適正レベル帯だと壊滅級の火力となる創世のルミノックスなど、手強い要素は少なからず持ち合わせている。*2

 なので、迂闊に他の行動を誘発させる前に、相手がどういうつもりなのかを探る……などの対処をしようという話になったのだった。

 

 で、そういう意味でさやかちゃんに対処させるのは悪手。

 確かに彼女の火力は高いし、耐久力も相応に高いので、ゆぐゆぐを抑え込むには丁度いい……という風に言えるのかもしれない。

 ……が、原作の彼女に比べてどこか好戦的というか手が早いというか、とにかく行動を起こすのに躊躇がない感じのあるここのゆぐゆぐ。

 ゆえに、下手に戦力が拮抗してしまうと、容赦なくルミノックスなりネザーマントルなりを連発してきそう……といった懸念があるのだ。

 

 似たような意味で、ゴブスレさんモードのほむらちゃんに対処させるのも却下。

 彼もまた攻撃する時に容赦はしないというタイプなので、変に体力を削りすぎてゆぐゆぐの特殊行動のトリガーを引きかねないのだ。*3

 他、ナルト君の多重影分身に関しても、的が増えたので全体攻撃を……なんて思考を招きかねないので同じく却下である。

 

 ……と、なると。

 現状では対処を思い付くまで、何故か一番に狙われているオグリに逃げ回って貰うのが楽、という話になるのであった。

 

 

「で、オグリにはそうやって頑張って貰うとして……しんちゃーん!どうにかなりそー?!」

「今のところ、近付くのでせいいっぱーい!」

「そっかー!」

「ぬぉわぁ!?護衛を買って出たのはいいけど、この人……人?すごく危ないのだ!?」

 

 

 で、その対処法を見付けるために、こういう人以外の存在と心を通わすのが得意なしんちゃんを、アライさんの護衛付きで前線に送り出したわけなのだけれど。

 ……ああうん、ゆぐゆぐが攻撃のために手を振ると、一緒にバカデカイスカートも盛大に翻ってしまうため、結果として『しなる板』みたいになったスカートによって、周囲のモノが吹き飛ばされ捲っているというか。

 

 なので、彼女の耳元まで近付いて、しんちゃんにコンタクトを取って貰う……という対処法は、今のところ成功の目が見えてこない事態となっていたのだった。

 ……まぁ、ふざけて読んでいるトランザムと違って、『王の友』の方は負担はほとんどないから連発しても問題ない……ということもあり、早々に捕まることはないだろうというのは救いだろうが。

 え?前まではもうちょっと反動とか来てた気がする?

 

 

「トップスピードで振り切る……!!」

「そりゃまぁ、あんだけ頻繁に使ってたらスタミナも付くよね、というか」

 

 

 お前はどこの不死身の男だよ*4、みたいな台詞を吐くオグリが、その辺りの欠点を克服せずにいられるか、って話です、はい。

 

 

 

 

 

 

「う、うおぉぉおおぉっ!!ファイトいっぱつアライさん、なのだぁーっ!!」*5

「おおー、すごいゾアライさん。ひゅーひゅー♪」

 

 

 それより数分後。

 興に乗りまくっているのか、滅茶苦茶楽しそうに腕をぶんぶん振り回すゆぐゆぐにより、ボス部屋内はまさしくどったんばったん大騒ぎ、台風一過もかくやという惨状となっていた。

 そんな、一歩間違えれば紙屑のようにバラバラになりそうな暴風圏を、アライさんはしんちゃんを抱えたまま、見事渡りきっていたのだった。やだ、本当にすごい。

 

 ともあれ、これでようやくゆぐゆぐの説得、ないし考えていることの調査ができるというもの。

 そう期待してしんちゃんに目配せを送った私は、ぐっとサムズアップをする彼の姿を見詰め。

 

 

「ふぅー……」

「~~~~っ!!?!?!?」

「ちょっとぉ!?」

 

 

 耳元に近付いた、ということで迸る芸人魂的なものが騒いでしまったのか、はたまた作中のお約束みたいなものなのでやらずにいられなかったのか。

 ともあれ、ゆぐゆぐのエルフ耳に息を吹き掛けてしまい、彼女の不興を買って吹っ飛ばされることとなるのだった。……いやホントになにやってるの!?

 

 

「いやー、ついついやってしまったんだゾ……」

「ああくそぅ、ここに来てギャグ作品の住人であることが裏目に出たか!!」

「いやー、それほどでもー」

「流石にこれは褒めてないってばよ!」

「おっ?」

 

 

 くるくると空中に放り出された二人を、すかさず増えたナルト君がキャッチ。

 安全に地面におろしたあと、頭を掻くしんちゃんにお決まりの文句を、これまた珍しいことに叱る意味を込めて述べたあと。

 さて、これは不味いことになったなと目前の相手を睨む私。

 

 さっきまでのゆぐゆぐは、逃げ回るオグリに集中しており周囲のことなんて気にしてなかったが、今のでこっちに気付いてしまった、ということになるようだ。

 ……こうなってくると、相手を問答無用で止められるだけのスペックを持っているパオちゃんとトキちゃんを、時間も時間だからと先に検査のためゆかりんのところに向かわせたのが、ちょっと裏目った感があるというか。

 

 

「あーパオジアンなら百トンの雪を被せて行動不能に、トキなら音波攻撃で強制的に気絶状態に……ということかな?」

「そういうことー……いやまぁ、ここが終わってから検査、ってなると日を跨ぎそうだったから仕方ないんだけどさ?」

 

 

 ライネスの言葉に、そうだよと頷き返す私。

 一応、こちらに残っている面々でも、ナルト君辺りなら似たようなこともできるが……植物に対する雪、ということで強制的に鈍化させられるパオちゃんと、耳がある以上は抗えない音響兵器であるトキちゃん。その二者に比べると、速効性がないというか。

 多分止められるのは止められるが、先程言った通りネザーマントルやらルミノックスやらが飛んで来て、こちらにも少なくないダメージを受けかねないというか。

 

 ……いやまぁ、最悪ライネス一人くらいは庇えるとは思う。思うのだが、私の庇うって対象一人なので、しんちゃんとアライさんには頑張って避けて貰うしかなくなるわけで。

 そういう状況になるのを避けるため、できれば全体攻撃を撃つ可能性は潰して起きたかったのだ。……え?お前増えることができたはずなんだから、それで無理矢理庇えばいいのにって?

 

 

「……グラブルと違って、ここのモンスターって体力がモンハン方式で増えるんだよね……」*6

「数で押そうとすると、調整が入ってDPSチェックさせられるんだよね……」*7

 

 

 パオちゃんとトキちゃんを、早々にパーティメンバーから外したもう一つの理由がこれ。

 これらの企業ダンジョンにおいては、難易度の極端な変動を避けるために、挑む人数が増えるとボスキャラの体力が増える、という仕様があるのである。

 今の私たちは九人パーティ。……二桁パーティになると九人の時までの伸び幅より大幅に強化されるため、どうしても人数を減らす必要があったのだ。

 元々期を見て離脱させる必要のあった二人を、そのまま外してしまうのは仕方のないことだった、というわけである。……いやまぁ、おかげでここから苦労しそうなんですけどね!?

 

 ゆらり、と怪しげに目を光らせるゆぐゆぐ。

 その様はまるで、『遊んでくれる人が増えた!』とでも言わんばかりの、少なくとも端から見ている分には微笑ましげに見えるもの。

 

 されどその実態は、ともすればパーティ壊滅の危機を孕んだ、あまりに過酷なもので。

 

 

「……ええぃ、とりあえず足下注意!以上散開!」

「ぶ、らじゃー!」

「わわわ、とにかく上にあがるのだー!?」

 

 

 ゴゴゴ、と地鳴りと共にせり上がってくる溶岩に、一先ず上に逃げろと声をあげる私なのであった。……いやアツゥイ!?

 

 

*1
大体4~8回攻撃。最近のボスに比べれば有情

*2
ユグドラシルの技の名前。『ネザーマントル』は全体に火属性ダメージ、『創世のルミノックス』に関しては単純な高火力技。高難易度(HL)だと技の性質が変わる

*3
グラブルがMMOとしての要素も持ち合わせるがゆえのシステム。体力が特定の値(50%など)になると、特殊行動をしてくるというもの。グラブルはターン制バトルなのですぐに特殊行動を受けるわけではないが、場合によっては強制ゲームオーバー技も使われたりする為注意が必要

*4
『仮面ライダーW』より、照井竜の決め台詞『振り切るぜ』から、及び彼の死ななさっぷりから

*5
『ファイト一発』という掛け声は、大正製薬の『リボビタンD』のCMで使われた台詞だが、それに名前が付く場合はぢたま(某)氏の漫画作品『ファイト一発!充電ちゃん!!』の方が元ネタとなる

*6
ソロプレイとパーティプレイが用意されているゲームによく設けられている仕様。純粋に人数分増える、ということは滅多にないが、大体普通に戦うとソロと同じくらいの時間になるように体力が調整されていることが多い

*7
ダメージパーセカンド。単位時間内におけるダメージ量を指す。グラブルの場合はDPT(ダメージパーターン)とでも呼ぶべきか。その戦闘に挑むだけの実力が無い者を足切りする為に、『特定期間内にある程度のダメージを与えられなかったパーティにペナルティが付与される』といった形で運用される。場合によっては強制敗北させられることも



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私たちは空中戦じゃ分が悪すぎるでしょ……!()

「危うく焼きキーアになるところだった……」

「んー、キーアお姉さんがやってるそれ、オラができてもおかしくない気がするんだけどなぁ~」

「やめてくれたまえしんのすけ、変な変形はキーアだけで間に合ってるよ」

「変なとはなんだ、変なとは。そのおかげで助かってるのわかってるのか貴様ー!」

「いや、変なことは事実だろう」

「……確かに!」

「そこで納得するのはどうかと思うゾ……」

 

 

 炎で赤く染まった大地から、間一髪飛び立った私たちは、空中でわいのわいの言いながら、一先ずゆぐゆぐの周りを旋回飛行している最中なのであった。

 

 ……久方ぶりの登場であるヘリコプターキーアさんなわけだが、ゲームによっては似たような変形ができてしまう*1しんちゃんが、羨ましそうにこちらを見つめていたため、ちょっとばかり危機感とか恐怖感とかを覚えないでもない私である。

 コスプレすると使える能力が変わる、っていうのも大概な要素だと思うけど、そこから更にモーフィング変形*2染みたことまで会得してしまうとなると、最早まともな幼稚園児だとは言えないんよ。

 

 それ、お姉さんが言う?……みたいなしんちゃんの視線を華麗にスルーしつつ、時々ゆぐゆぐから飛んでくるレーザーを躱す私である。

 このレーザー、元のブラウザゲーで出てきた時にはなかったような気がするが……つまるところ、格ゲーになった時に増えた技の一つなのであった。*3

 ……つまりこのゆぐゆぐはセイバーだ、ということになるな!(?)*4

 

 

レーザー(ビーム)打てれば剣使い(セイバー)、っていうのはうちみたいな一部でしか通用しない価値観だろ、いい加減にしろ」

「へいへーい。……そういえば、他の面々は大丈夫だったのかな?」

 

 

 ライネスのツッコミを受け流しつつ、ふとみんなはどうなったのか、と気になった私。

 っていうかそもそもの話、溶岩ドーン(ネザーマントル)とレーザー併用してるマグナモードって時点で、わりとよくわかんない状態だよなこのゆぐゆぐ……。

 なんてことを思いながら、周囲を見渡すと。

 

 

「あっぶな!いきなりようがんはどうかとおもうよ!?」

「た、助かった、礼を言う」

「ん、ありがとさやか」

「いいってことよー!」

 

 

 咄嗟に魔女化して車輪を放ったらしいさやかちゃんが、それらを乗りこなしながらゴブスレさんとアスナちゃんをその手の平に乗せていたり。

 

 

「まさか炎の道(フレイムロード)とはな。……これは腕がなるな」

「待ってほしいのだ!アライさんはあんなところに突っ込んだら、焼けアライグマになってしまうのだ!?」

「……俺、チャクラを使えるようになってて、本当によかったって思うってばよ」

 

 

 空を駆けながら、こちらと同じようにゆぐゆぐの周囲を回るオグリとアライさん、それから壁にチャクラで張り付くナルト君の姿が見えたりしていた。

 ……ここにいたのは九人なので、一応全員の安否が確認できた、ということになるわけだ。

 

 ただまぁ、だからといって状況が好転するかと言われれば、別にそういうわけではない。

 

 木々を統べる者であるがゆえに、火には弱そうな気が一瞬するゆぐゆぐだが……ちょっと前に述べた通り、木とは本来燃え辛いもの。

 ……いやまぁ、流石に溶岩みたいな超高温の物体ぶっかけられてもなお燃えない、なんてハチャメチャなことは流石に無いはずだが……そもそもの話、グラブルに『木属性』なんていうものは存在しない。

 木行に相当する青龍が『風属性』にされている*5辺り、植物はそちらに纏められるのでは?……みたいな疑問もあるかもしれないが、そもそもの話ゆぐゆぐは『地属性』である。……いや、『風属性』バージョンもあるにはあるけど。

 

 ともあれ、彼女が司るのは、本来大地そのもの。

 言うなれば人々が足を付ける地面自体を操ることができる、という風にも解釈できてしまうわけで。

 その結果ということなのか、現在眼下に広がる床部分は、その全てが真っ赤に染まってしまっているのであった。……ぶっちゃけると燃えてます、どんだけー。

 

 

「……ううむ、ネザーマントルをずっと展開している、ということだろうか?」

「ゲームならそこまででもなかったけど、リアルでやられると殺意高過ぎ、ってなるよねこれ」

 

 

 実質的に下に降りるのを禁止されたようなものであり、このまま慣れない空中戦を強要されるというのは、正直死ぬほどめんどくさい。

 

 いやまぁ、厳密にはさやかちゃんは大地を爆走してる、ってことになるわけだけども。

 それにしたって彼女も車輪を使って移動することで、大地から伝わってくる熱を直接受けないように注意している、ということには間違いないわけで。

 ……そもそもの話、魔女状態のさやかちゃんって人魚モチーフだから、ずっと熱いところにいると茹で上がりかねないという懸念もあるというか。

 

 なので、彼女に関してもずっと地面にいる、ということは難しいだろうと言わざるを得ず。

 

 

「となると……四の五の言わずに彼女を倒すしかない、ってことになるのかな?」

「少なくとも、足下のこれは止めさせないと、おちおち話もできやしないね」

 

 

 炎が煌々と燃え盛る状況というものがもたらす、熱による継続ダメージのことも思えば、早急にゆぐゆぐを無力化するしかないという結論に至ったとしても、なんら不可思議ではない状況なのだった。

 ……問題があるとすれば、当のゆぐゆぐはこっちがその気になったことを、『やっと遊んでくれる』とでも言わんばかりの笑顔で迎えている、ということだろうか。……さっきまでオグリにしか目が行ってなかったことを思えば、正確には『こんなに遊んでくれる人がいたんだ』だろうか?

 

 いや、こんな好戦的なゆぐゆぐに誰がした?!

 

 

 

 

 

 

「うわぁっ!?岩盤ぶん投げてきたんだけどこのゆぐゆぐ?!」

「さっきまでより殺意が高過ぎる!?」

 

 

 一瞬の膠着状態ののち、先に動いたのはゆぐゆぐの方。

 彼女はおもむろに地面に手を突っ込むと、そこから床を剥がして持ち上げ、なんとこちらに向けて投げ付けて来たのである。あまりに原始的過ぎる攻撃!

 とはいえ、見た目の馬鹿馬鹿しさに反して、この攻撃の脅威度というのはとても高い。なにせ視界いっぱいの燃える大地がこっちに飛来する、としか言い様の無い光景となっているのだから。

 

 岩盤と称したように、この飛んでくる床の面積というのは、相応に広い。ついでに飛来する速度も相応に速いため、避けようとするとかなり大きな回避行動を強いられるのである。

 空中という方向転換し辛い状態で、この範囲の面攻撃がバンバン飛んでくるというのは、正直どこの弾幕ゲーだ、というツッコミを入れたくなる気分になるというか。

 

 今のところ、さっきまで使っていたレーザーは飛んできていないが、下手するとそれも交えた波状攻撃が飛んでくる危険性もあり、先程にも増して早急に彼女を押さえなければいけない、という気分が沸いてくるわけなのだが……。

 

 

「あっちちち!?むり!!ぜったいむり!!したからはむりだよこれ!」

「むー、流石に魔法の炎とかじゃないみたい。私じゃ消せない」

「俺も俺も、炎相手じゃちょっと分が悪いってばよ!」

 

 

 下の方で、どうにかゆぐゆぐに近付こうとしているさやかちゃん達は、中心に近付くごとに勢いの増す炎達に大苦戦していた。

 

 彼女達の進行を手伝おうとしているナルト君も、使える忍術が基本風属性ということもあり、手を出しあぐねている。

 ……五行ではない別の属性表現の仕方である五大においては、風とは火が燃えることを助けるものとされる。*6

 実際、生半可な風では火の勢いを助けるだけなので、無力化を狙っている現状では、彼にできる対処というのはほとんどないのである。……螺旋手裏剣は明らかに威力過剰だが、それくらいしないと消し飛ばせなさそう、みたいな。

 

 なので、迂闊に手を出せず嘆いている……と。

 ……どうでもいいけど、すっかりナルト君だな、あの子。

 

 

「言ってる場合かってばよ!どうすんだよこれぇ!?」

「んー仕方ない。この手は使いたくなかったけど、ことここまで来て使わずに通す、というのもアレだから……」

「え、なにか対策が?」

 

 

 ともあれ、このままだとじり貧である。

 じっくり焼け焦がされるか、岩盤で押し潰されるか、はたまた別の技が飛んでくるか。

 どっちにしろ全滅フラグでしかないので、いい加減わがままを言っている場合ではない、と覚悟を決める私。

 ……いやまぁ、対応策は最初から持っていたのだ。できれば使いたくなかった、というだけで。

 

 でもまぁ、ここまで相手が無茶苦茶だとなると、こっちも無茶をしなけりゃいかんだろう、というわけで……。

 

 

「話【を】聞いて?」

 

 

 その一言を、私は軽く挨拶をするように、相手に告げるのであった。

 

 

*1
ニンテンドーDS専用ソフト『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ ねんどろろ~ん大変身』など。ねんどになった(!?)しんちゃんが、戦車に変身したりするぞ☆

*2
『真ゲッターロボ』などの変形の仕方のこと。『物理法則もあったもんじゃねぇな』の言葉通り、機体がねんどのように伸び縮みして変形したりする。『スーパーロボット大戦T』における真ゲッタードラゴンなどがわかりやすいか

*3
『グランブルーファンタジーヴァーサス』でのゆぐゆぐのこと。何故かマグナでもないのにネザーマントルを使ってきたり、謎の飛行生物を使ってレーザーを撃ってきたりする

*4
『fate』シリーズにおいて、代表的なセイバーである『アルトリア』以下数名が、ビームなどの遠距離攻撃を覚えていることから生まれた与太噺。近年ではビームを使わないセイバーも増えた。なお、厳密にはレーザーとビームは違うものだが、創作界隈では大抵混同されて使われている

*5
『ベイブレード』世代とかだと、青龍が風属性であることをそこまでおかしく思わないかもしれないが、元々青龍に割り振られているのは木属性、そうでなくとも大半の創作では水属性を与えられる、ということがほとんど。これは、グラブルには単純な木属性がないこと・玄武をちゃんと水属性にした為、他の作品での割り当てを使えなくなったことなどが関係している……のかもしれない。因みに、創作界隈でよく風属性を与えられる白虎はグラブルでは地属性だが、本来は金・仮に当てはめるのなら光属性が一番近かったりする

*6
物が燃えるのには酸素が必要であるという事実を、新鮮な空気を送れば火は強く燃え上がるという風に言い換えたもの。五行における相生。なお、五行においては『木は燃えて火を生む』という風に言い表される。ナルト世界の属性は五行のそれと違い、『相生』『相剋』の関係が純粋に循環するように変更されており、金相当の雷が、むしろ木相当の風に弱くなっている(五行における金は、寧ろ木を斬り倒すということで木に強い。これは、相生と相剋が、単純な強弱関係を示すものではないことによるものである)



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なんでもできても一つは溢す

 統一言語、というものがある。

 遥か昔、遥けし塔がまだその姿を保っていた頃、世界で使われていたというただ一つの言語。*1

 それだけだと『単に古い言語なんだな』ということしかわからないが……これがこと、古いものこそ凄い力を持つとされる型月世界とかだと、ちょっと話が変わってくる。*2

 

 

「…………っ」

 

 

 聞きたいことがある、と如実に表情で語るライネスだが、その口から言葉は出てこない。

 見れば周囲の全て──私以外のなにもかもが、音すら出さず静寂の中に沈んでしまっている。

 

 それもそのはず、私が今使ったのは『統一言語』。

 かの世界において、『偽神の書(ゴドーワード)』と呼ばれる男が使った()()だったのだから。

 ……無論、いつも通りあくまでも()()であり、それそのものを使っているというわけではないのだが。

 

 統一言語とは、その名の通り統一された言語であり、遥か昔に言語が神によって分けられる前に使われていた、とされるものである。

 向こうの世界観的に言えば根源級の神秘であり、これを聞いたものはその言葉に逆らうことはできないとされる。

 

 これは、この言語が『誰にでも通じる』ものであるがゆえ。

 音節ではなく意味として伝わるこの言葉は、すなわち勘違いやすれ違いを絶対に生まない言葉、という風に解釈することもできる。

 ゆえに、どこかの歌のように『この言葉も翻訳されれば、その意味を正確に伝えることは叶わない』なんてことには、絶対に陥らないのだ。*3

 ……が、この言葉の真骨頂とはそれではない。

 

 この言語は、()()()過たず、自身の言葉を届けることの叶う言語であり、今は誰しもが忘れてしまった言語でもある。

 これがなにを意味するのかと言うと、すなわちこの言葉に今の人々は()()()()()()のである。

 

 言葉とは、本来コミュニケーションのための手段の一つ。

 相手に投げれば投げ返されるのが普通であり、例えばそれが()()()()()言語だとしても、それを『わからない』という返答を相手に投げる……というのが、一般的な返答となるだろう。

 その結果『わからない』の投げ合いになったとしても、それはそれでコミュニケーションとして成立しているとも言えるわけだ。

 

 だが、この言葉──統一言語の場合は違う。

 この言葉には『わからない』がない。

 その言葉の意味は決して過たず、一言一句染み込むように理解することが叶う。

 ──そう、相手の発した意思・意図・想いの全てを、勘違いすることなく理解することができるのである。

 

 しかし、それに対して人々は()()()()()()()()()()

 それは失われてしまったもの、今の人には扱えないもの。

 自身のなにもかもを、相手に間違いを与えることなく伝えることなど、今の時代の人間には絶対にできないことだ。

 

 また、周囲の物体達も、遥か昔は『言葉ならぬ言葉』を発していたかもしれない*4が、世界の構造が変わってしまった今、その言葉もまた忘れ去られてしまっている。

 ……いやまぁ、こっちに関しても『言語が変わった』だけで、今もなお人には聞こえない声を発し続けている、という可能性はあるわけだが。

 

 ともあれ、人や物が、神代のその言葉に返答する術を持たない、というのは間違いなく。

 ゆえに、その結果として起こるのが、その言葉への隷属である。

 相手の言葉は届いているのに、それに対して返答する術を持たないからこその、余りに原始的な言語──肉体言語(ボディランゲージ)による返答。

 

 貴方の声は聞こえています、けれどその言葉を私達は忘れてしまいました。なので、代わりにその言葉に従順することで、貴方の言葉が間違いなく届いていることを証明しましょう──。

 そんなことを想っているのかは定かではないが、万物がその言葉に従ってしまうのは確かな話。

 ゆえに、この言葉は実質的な魔法の言葉として、周囲を思うままにする力を持っているのである。*5

 

 さて、先程私は『話【を】聞いて?』と、統一言語を用いて述べたわけだが。

 これがどういう効果をもたらすのかというのは、ご覧の通り。

 小説『空の境界』の作中においてこの言語を用いた男は、同じ位階ゆえに直接的に効果を与え辛い相手に対し、()()()()()()()()()()()誰も見通すことのできない暗闇というものを作り出して見せた。*6

 

 ──つまり、この言語は世界そのものを左右する力を持つ、ということになるわけで。

 

 

「……っ」

(わぁ、みんなの視線が痛い)

 

 

 先程の言葉は、すなわち()()()()()()()()私の話を聞くように強制するもの、ということになり。

 結果、空気すら完全に凪いで、無駄な音を立てないように静かになってしまった、というわけなのである。

 ……ぶっちゃけてしまうと完全に無差別全方位隷属命令みたいなものなので、みんなから凄い目で睨まれてしまうのも仕方のない話なのであった。*7

 

 とはいえ、これには一応理由がある。

 それは目の前のゆぐゆぐが、さっきの統一言語の説明に近しいコミュニケーション手段を使う、というところにある。

 

 作中における彼女は、基本的に言語という形式で他者とコミュニケーションを取る、ということを行わない。

 仮に音を発したとしても、『フィーン』という独特な音が発せられるだけで、そもそもそれ事態も別になにかを話している、というわけではないという始末。

 

 が、それでも一部の人には、自身の思いというものを伝える手段を持つのだという。

 これが意味することは、彼女にもなにか言語のようなものはあるということ、それからそれを理解できる人は限られている、ということ。

 ……さっきの統一言語の説明に、どことなく似ていると思わないだろうか?

 

 無論、彼女が統一言語を話しているとは思わない。が、同時に彼女が、向こうの(グラブル)世界における特異な存在(星晶獣)である、というのもまた事実。

 そういう特殊性というのは、この世界においては色々と余分なものを付け足される隙である、というのは皆さんご存じの通り。

 

 ゆえに、勝手に彼女の使う言語が、統一言語やそれに類するものに差し替えられている可能性、というのは決して否定できないものとなっていたのである。

 

 なので、私が使ったのは統一言語だった。

 間違って相手に通じない別の言語を使ってしまったり、相手に意味を伝え間違えたりしないように。……まぁお陰さまで、周囲の人達の不満ゲージもガリガリ上がってしまったわけなのだけれど。でもまぁ、地面を這っていた炎達も今は鎮火しているので、それで多めに見て欲しいというか。

 

 さて、そこまでして話をしようとしたゆぐゆぐだけれども。

 彼女は私の言葉にキョトン、という顔を見せたあと、華が開くような満面の笑みを浮かべて。

 

 

『──コトバ、ワカル!アナタ、ハナシ、スル!』

 

 

 などと、独特な声のようなものを響かせ、こちらに話しかけてくるのであった。……うん、統一言語じゃないのは確かだけど、似たようなものの空気がするぞー(白目)

 

 

 

 

 

 

 戦闘行動を一旦中断した私たちは、部屋の中に用意されたテーブルに、椅子に腰掛けて集まっていた。

 無論、これを用意したのは目の前のゆぐゆぐ、なのだが。……なんでだろう、これって本当にゆぐゆぐかな、って疑問が浮かんでくるのは。

 

 

「ふんふんふふーん♪……あっ、ちょっと待っててねー、今お茶淹れるからっ」

「……なぁキーア、すっごい嫌な予想が沸いてきたんだが、言ってもいいかい?」

「いやです……」

「いいから聞きたまえ。……彼女、最初五人に分裂していただろう?それから合体してあの姿になったわけだが。……多分、複数の存在が【継ぎ接ぎ】されていると思うんだ」

 

 

 いやだっつってるのに考察を述べてくるんだが?

 ……とはいえ、ライネスも困惑しているので口に出して整理したい、ということなのだろうが。

 

 なお、現在のゆぐゆぐの格好は、大きさは普通の成人女性くらいのサイズにまで縮み、服も先程の草木で作られたような自然物っぽいモノではなく、ごくごく普通の白いハイネックとミニスカート、という少女らしいものに変わっている。

 髪型とか髪色とかはゆぐゆぐのままなのだが、いつの間にか喋ることのできるようになった日本語といい、どこか快活さを迸らせているというか。……正直これを「ゆぐゆぐです」ってお出しされたら、まずそいつにちゃぶ台返しするくらいに別物だと思う。

 

 ……思うんだけど。同時に、これが何故そうなったのか、ということにも思い至ってしまうため、ちょっと震えが出てくる私である。

 ライネスも言う通り、元々このゆぐゆぐは五人の小さなゆぐゆぐとして、私たちの目の前に現れた。

 その時は、多分蟲惑魔の仲間かなにかなのだろうな、と思っていたのだが……ここに来て『蟲』という言葉の意味が、重くのし掛かってくる。

 

 そう、『蟲』とは本来()()()()()()を示す言葉であった。そしてそれと勘違いされた彼女達は、五()()でありかつ集まって()()()姿()へと変化した。

 そして彼女は、()()()()()とされる星の獣である。

 

 ──数多のモノを意味する名を冠する存在が、五体を合わせ一つの完全なるモノを形作り。

 そしてそれは、大地──星を司る、という風に見立ててもおかしくない存在。

 要するに、ゆぐゆぐそのものになにかを見出だしたのではなく。()()()()()()()()()()なにかを見出だした結果、【継ぎ接ぎ】されてしまったもの。

 

 

「はい、お紅茶どうぞ♪」

「アッハイ、ドウモアリガトウゴザイマス……」

 

 

 天真爛漫に微笑む、星の嬰児。

 ……その見立てをしたってんなら、このゆぐゆぐがなにを【継ぎ接ぎ】されたのか分かるってもんだよなぁ!?

 

 ……多分恐らくきっと、どこぞの真祖の姫君(アルクェイド)が追加されている……ということに気が付いた私たちはSANチェックです(白目)

 アカン色んな意味で死ぬぅ!!?

 

 

*1
旧約聖書の『創世記』第十一章内の記述より。ノアの洪水が起こった後の話だとされる。なお、後世では『神が塔を崩した』とされることも多いが、神がしたことは『言語を乱す』ことだけ。言葉が通じなくなり、意志疎通が出来なくなったことで、人々は自然と袂を分かったのだとされる

*2
なお、型月以外の作品でも、『かつて人の言葉は一つだった』というところに着目し、『なんでもできる言葉』のような形で扱っている作品もある(『レジンキャストミルク』における舞鶴蜜の虚界渦開放(アンダーゲート・オープン)時の能力『絶対言語(バベルズバインド)』。なお、ネーミングの元ネタとして使っているだけなので、厳密にはバベルの塔時代の言語というわけではない)

*3
アニメ『進撃の巨人The Final Season Part2』におけるエンディングテーマ、ヒグチアイ氏の『悪魔の子』の歌詞から。言語の差というものが、どれほど深い溝なのかということを如実に語る歌詞。特に、他方にはあって他方にはない表現が存在する時、それを正確に伝えることは最早不可能となる。……そういった行き違いすら無くす、という意味で統一言語というのは凄いのである

*4
俗に言う『サイコメトリー』などは、『物体の発する言葉を読み取っている』という風にも解釈できる

*5
なお、これは彼女の理解の上での話。統一言語の実態としては、世界というテスクチャの上には単純な『モノ』とそれが『それが世界に存在しているということを証明しているモノ』が存在し、彼の言語が話す先は後者の方。存在証明を司る部分に話し掛けていることになる為、存在の保持を優先する限り無視できない、ということになるらしい。なお、同じく統一言語を話すことができるのであれば、この強制は起きないのだとか。そういう意味では『返答できないので従うしかない』という考え方でもおかしくない、と言えるのかもしれない

*6
同じ根源由来の能力を持っていた為、効き目が薄かった。──なので、彼女の周りの世界を歪めてやった、という何気に凄いことをやっている

*7
『コードギアス』の『絶対遵守のギアス』や、『ドラえもん』の『無生物さいみんメガフォン』など、類似の能力を持つものは多数あるが、その実これは世界のルールそのものに干渉しているようなモノなので、それらよりも遥かに質が悪いとも言える(少なくとも、持っているのが彼でなければ普通に人理案件である)



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お転婆姫パワー全開(相手は死ぬ)

 アルクェイド・ブリュンスタッドと言えば、どこかで特定の人が大騒ぎしていそうな存在だが……ともあれ、ここで語るべきことと言えば、彼女は月のお姫様である……ということになるだろう。

 いやまぁ、他にも語るべきことは色々あるのだが、正直現実逃避したい今の状況では語るに能わず、というか。

 

 ともあれ、彼女は月を象徴とするキャラクターであり、同時にその月の世界を統べる存在でもある。彼女の登場する作品『月姫』の名前が示すのも、基本的には彼女のことだ。

 ……正直、私が語っても解釈違いとかが酷くなりそうだし、余り触れたくはないのだが……触れなきゃ始まらないので一つだけ。

 

 彼女は、星が生み出した最強種。……そう、一介の大星晶獣でしかなかったはずのゆぐゆぐは、ことここに至って唐突に創造神(バハムート)に近い位階にまで、存在の格が引き上げられてしまったのである。

 

 

「大袈裟じゃない?私、あくまでもユグドラシルなんですけど」

「……いや、ゆぐゆぐってそんなキャラじゃなかったでしょ間違いなく」

「んー?そうだったっけ?まぁ、細かいことは言いっこなし、ってことで♪」

 

 

 性格の基盤は、完全にアルクになってるよなぁ、これ。

 ……そんなことを私たちに思わせる今の彼女は、確かに存在の根幹としてはゆぐゆぐになるのだろう。

 姿形は確かに彼女のモノだし、属性的にもそのまんま。……ただ、全体を確かめた時、どうしてもかの月のお姫様が頭にちらついてくる、というか。

 

 そうしてちらつく幻影が、彼女のアルクェイド成分を高めていく……という悪循環。

 っていうか、さっきの『統一言語』も最後の一押しだったのかも、というか?

 

 

「……おい」

「怒らんといて頂戴なライネス。私だってこの状況を招くために、あんなことしたってわけじゃないんだから」

 

 

 寧ろ、彼女のことをちゃんと理解していなかったがゆえに起きたこと、というか。

 睨んでくるライネスに話すのは、さっきの会話がゆぐゆぐになにをもたらしたのか、という部分。

 

 真実、あの時点では()()、彼女はアルクェイドに『なるかも?』……程度の類似性しか持ち合わせていなかった。

 それが決定的となったのは、彼女が統一言語を耳にしたこと。これは、何度も言う通り神秘としては根源級の存在である。

 ……つまり、相手が根源に繋がる資格を持ちつつ、それを忘れているような状態である場合、これはそれを()()()()きっかけになる、というわけだ。

 

 これは、ゆぐゆぐが星晶獣という種族である、ということが密接に関わってくる。

 かの存在達は、かつて星の民達によって創造されたものであるが、同時に元素や事象を司る、あの世界においての()の要素をも持ち合わせている。

 アルクェイドはかつて、とある世界において『神』であると誤解されたことがあった。その事実が、両者を繋ぐ一つの要素となっていることは間違いあるまい。

 

 最後の一押しになった理由はまだある。

 先程の彼女は、五人の少女達が一つになったものであった。……これに関しては、恐らく元となっているのは『五等分の花嫁』であろう。

 三玖と五月の髪型を混ぜ、髪の色を調整すればゆぐゆぐに見えなくもないかもしれない……くらいの雑な連想だと思われるが、ともあれそれだけであれば、彼女がアルクェイドに繋がる理由というものは薄かったはずだ。

 なにせ、アルクェイドが作中で受けたのは()()()()。個数的には十二個足りていない。

 なので、ここで重要視されたのはあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()という事実の方だろう。

 

 つまり、その事実を型月的な世界観に繋げるきっかけとなったのが、もろにそちらの技術である『統一言語』だった、というわけだ。

 

 

「いやー、私が使ってるのってあくまでも私が再現したものだから、そこまで変なことにはならないかなーって思ってたんだけど……」

「あら、そんなこともわからなかったの?だってそこ(根源)に繋がる手段なんて、幾つもあるんでしょ?……だったら、やり方を変えても結果は同じじゃない」

「ごもっとも……」

 

 

 やり方が違うのだから大丈夫、だと思っていたのだが。

 類似した事象を起こせるのなら、それは近似していると見なせるこの世界において、やり方が違うだなんてのは些末事でしかなかった……というか。

 まぁ要するに、これすらも【継ぎ接ぎ】めいたことになっていた、というだけの話。

 

 ともあれ、『統一言語』を聞いたによって、ゆぐゆぐはその存在を大きく変容させることとなった。

 初めてそれを聞いた時には、言葉を知ったばかりの片言のやり取りしかできなかった彼女は、急速に知識を得て思考を得て、そうして天真爛漫なお姫様となった。

 ……その姿は、まるで運命に出会って目覚め(バグっ)彼女(アルクェイド)のよう。

 

 ──そうして、彼女の存在は確立した。

 本来はただ、ダンジョンの最奥にて待ち受ける、一介のボスモンスターでしかなかったはずの彼女は。

 ギミックとして発生した五つ子達がオグリに追われることで、そうしたやり取りこそが親しきものへの会話であると知り。

 

 

「……あれ、私も関わってくるのか?」

「ELSとかみたいに、初手のコミュニケーション間違ったってやつだね」

「嬉々として攻撃してきていたのはそれか……」*1

 

 

 五つ子達が同一のなにかである、とこちらが認識したことで鍵としての役目を終え、元の一つの存在に回帰し。

 星の獣、その一柱として大地を司る者の権能を得て。

 そこに、世界の深奥に迫る言の葉を得て、彼女は新生したのだ。

 そう、アルトリア達のような【顕象】として。

 

 

「実感はないんだけどねー。あ、でもでも!流石にさっきまでのが遊びじゃなかった、ってことはよく分かったわよ?」

「でしょうねー……」

 

 

 じゃなきゃこうしてお茶会なんて開かないでしょうし。

 そんな言葉をお茶と一緒に飲み干した私は、はてさてこれからどうしたものかとため息を吐くのでありました。

 

 

 

 

 

 

「結局、フレンズはトキとパオしか見付からなかったのだ……」

「あーうん、それは仕方ない」

 

 

 とりあえず今日のところはこれくらいにしよう、ということで現地解散となった私たち。

 それぞれの家へと帰るみんなを見送ったのち、ユグクェイドと化したゆぐゆぐとナルト君・アライさんを伴って移動を始める私である。

 向かうのはもちろん、琥珀さんのところ。……トキちゃんとパオちゃんと入れ換える形で、ユグクェイドを検査室に放り込むためだというのはわかって貰えると思う。

 ……まぁ、琥珀さんからしてみれば、寝耳に水もいいところだろうが。唐突に月姫組が増えたうえ、それが真祖の姫君だというのだから。

 

 ところで、今アライさんは『フレンズが見付からなかった』と言ったが、それもそのはず。

 アルクェイドそのものではないにしても、その要素を持った存在が顕現するとなれば、必要な力というのは途方もないモノになる。……そもそも星晶獣を再現する時点で大概なのだから、消費された【兆し】は恐らくエグい量になっていることだろう。

 つまり、彼女が現れた時点で、他のフレンズ達の登場の余地はほとんどなくなっていたのである。

 

 

「そうなのだ!?」

「あー……なんかごめんね?他のお友達の出番を奪っちゃったみたいで。代わりと言ってはなんだけど、私とお友達になってくれる?」

「む、そんなことならお安いご用なのだ!アライさんはいつでも誰でも大歓迎なのだ!」

「ホント?ありがとね、アライちゃん♪」

「どういたしましてなのだ!」

 

「……なんか、変な繋がりができた件について」

「変だなんだって言うんなら、そもそもゆぐねーちゃんの区分自体も意味不明だってばよ」

「あーうん、カテゴリ的には単なる【顕象】っぽいからねー……」

 

 

 なんだか仲良くなっている二人に唖然としつつ、横合いから投げられたナルト君の言葉に渋い顔をする私。

 ……そう、このゆぐゆぐ、区分的には単なる【顕象】、ということになるらしい。

 似通っているのはアルトリア……もといアンリエッタだろうか?彼女はアンリエッタという器にアルトリアの要素をこれでもかと注ぎ込んだモノだが、扱いとしては【継ぎ接ぎ】のようで【継ぎ接ぎ】ではない、ということになっている。

 いやまぁ、複数のアルトリアが【継ぎ接ぎ】された存在、という認識の仕方でもそう間違いではないが、同時に()()()()()()()【継ぎ接ぎ】されているのであれば、それはそれでおかしい……ということにもなるわけで。

 

 なにがおかしいかというと、彼女の魂のラベルはアンリエッタのままなのである。

 似たような存在である【複合憑依】や、同じ【顕象】で同じように【継ぎ接ぎ】されているハクさんなどは、魂のラベルはそれらの要素によって変化を起こしている。

 ……が、アルトリアに関しては違う。彼女は確かにアルトリアとも呼ばれるが、それはあくまでも愛称。彼女の名前はどこまで行っても『アンリエッタ・ド・トリステイン』なのである。

 

 それと似たようなことが、このゆぐゆぐにも起こっているのだ。

 彼女に含まれる要素は『五等分の花嫁』や『アルクェイド』など、多岐に渡るが──その核としてはゆぐゆぐのまま。

 性格はかなりアルクェイドに近付いているし、恐らくはできることも彼女に近いのだろうが……それは様々な要素が重なった結果、アルクェイドに近くなるような流れができた、というのが近い。

 

 なので、実は彼女はアルクェイドが【継ぎ接ぎ】されているわけではなく、要素を纏めた結果彼女に近くなった、という方が近いということになるのであった。

 

 

「いわゆる収斂進化、ってやつ?」

「私は月に跳ねる兎じゃなくて、太陽で微睡む猫みたいなモノだもの。……あ、でもでも。こういう風になった理由、もう一つあるわよ?」

 

 

 たまたま似てしまった結果、固定された……というのは、正直なに言ってるんだこいつ感が凄いが、実際になってしまっている以上は仕方あるまい。

 そんな風に唸る私に、ゆぐゆぐは楽しげに笑いながら、彼女が()()()()()最後の理由を告げるのであった。

 

 

「ほら、もうすぐクリスマスでしょ?」

「……あー、アルクェイドの誕生日……」

 

 

 そりゃ強いわ、という思いを込めて、私はがくりと肩を落とすのであった。

 

 

*1
なお、途中でキーアは彼女達を妖精ではないと述べていたが、それは彼女達が本来星晶獣であるものを分割した状態であった為。存在があやふやになっており、はっきりと種族を鑑定できなかった、ということになる。その辺も相まって、彼女達の性質自体は普通の妖精に近いものとなっていた。楽しいことが大好きな、ごく一般的な妖精に。周囲で遠巻きにしていたのは、『遊んでくれないかなー』とちらちら見てただけ。時折こちらの言葉に驚いていたのは、大体が『君達ってそうやって遊ぶの?!』的なやつである。……なので、ゆぐゆぐがネザーマントル使ってきたのはほぼ間違いなくキーアのせいだったり(燃やそうとしたのを『人間ってモノを燃やして遊ぶのね』と解釈した)



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聖夜も近く、人は空を見上げ

「なんで貴方は毎度毎度問題を引き連れて来るんですか?」

「自分で問題を作るタイプの人には言われたくないなぁ」

「ええい正論をっ」

「琥珀姉ちゃんはいつも通りだってばよ……」

 

 クリスマスという時期そのものが、アルクェイド誘致の最大の理由……なんてことを聞かされて、そりゃそうだと天を仰いで暫し。

 私たち一行は、おっとり刀*1で琥珀さんの居住区に足を運んでいたのであった。

 

 部屋の中を見れば、既に検査は終わったのか、ゆったりとソファーで寛ぐフレンズ二人の姿が見て取れる。

 そんな二人の様子を見たアライさんが、彼女達の元に駆け寄って行くのを見た上で。

 

 

「まぁともかく、彼女の方も検査お願いします」

「はいはい、承りましたー。……まったく、皆さん人使いが荒いんですから……」

「……ん、皆さん?」

「あ、いえ。こちらの話です」

 

 

 ずずいっ、とゆぐゆぐの背中を押して、琥珀さんの前に引き出していく私である。「ちょっとー、押さないでよー」と声をあげるゆぐゆぐには悪いが、今までのあれこれは全て私たちの予想。

 ……ゆえに、もっと状況がこんがらがっている可能性を鑑みて、早急な検査をお願いしたいというのが総意なのであった。

 特に、さっき脳裏に響かせていた念話的なものとは声質を変えた、現在の彼女の声が別の繋がりを誘発しないか、みたいなところも含めて。鮮血女王とかブルボンとかバニーで時代を席巻した一之瀬さんとか。*2

 

 というか、仮にアルク単体だとしても、ネコアルクならぬネコゆぐゆぐ……みたいなナマモノを生み出しかねないので、気が気ではないところがあるというか。

 ……ついこの間、別件でちびシャナ(シャナたんではないやつ)を見付けた辺り、このなりきり郷にもミニキャラの波が押し寄せて来ている気配が云々。*3

 

 

「んー?なになに、もしかしてみんなに向けて、中指を立てれば良かったりする?」

「それ公式では人差し指ゆーとったやんけ」

 

 

 悪ノリするんじゃないよまったく。*4

 ……まぁわざわざ口で言う辺り、実際には変な【継ぎ接ぎ】は起こっていない、ということでいいのだろうとは思うのだが。

 ともあれ、色々と気になることが多いので、彼女に関してはいつもよりも念入りに、色々な調査を行って貰えるようにお願いをして──……。

 

 

「……はい、結論から言いますと、御想像の通りこちらのユグドラシルさん、アルクェイドさんそのものが【継ぎ接ぎ】されたのではなく、持ち合わせている要素を纏めていくとアルクェイドさん()()()()なった、というものが近いようですね」

「やっぱり?」

「ええ。そもそもの話、原作におけるユグドラシルさんは言葉を発しません。……それは即ち、声繋がりの引っ掛かりをそもそも持たないということ。そしてそれゆえに、現状ではあらゆる声帯を受け入れる余地がある、ということにもなります」

 

 

 返ってきた検査結果は、彼女は()()生まれた真祖(アルクェイド)のようなもの、というものであった。……収斂進化*5に近い、という判断はそう間違っていなかったらしい。

 なので、彼女のカテゴリは最初から変わらず星晶獣、ということで変わりないようだ。……まぁ、ランクだけはアルティメットバハムートとかと同ラインになっているわけだが。*6

 

 

「その辺り、元々のユグドラシルさんが、他者からの影響によって変化した姿を持っている……ということも、この変化に関係しているとも言えるのかも?」

「あー、マリスのこと?悪意(マリス)って名前だけあって、あれってすっごく痛いのよねー」*7

 

 

 その辺りの受け入れ余地の大きさは、彼女達星晶獣が原作において他形態を持つことに大きく影響されているのかも、とは琥珀さんの言。……え?一部マリス化してないやつがいる?知らんなぁ……。*8

 

 まぁともかく、変化を受け入れやすい土壌があれば、【継ぎ接ぎ】めいたことが起きやすいとは周知の通り。

 ゆえに、彼女は後天的にアルクェイドっぽくなったゆぐゆぐ、という奇妙な存在に変化したのであった。

 

 

「まぁ、こうなった決め手はやはり、キーアさんの『統一言語』だったみたいですが」

「……あ、やっぱり?」

 

 

 なお、彼女がアルクェイドっぽくなった最後の決め手は、やはりそれらの要素を集めた上で、それを纏めるモノがあると知らせることとなった『統一言語』になるらしいのだが。

 彼女がアルクェイドっぽくなっていながら、その実性質的にはアルクェイドではない……というのは、さながら私の性質に近いものがある。

 

 本来のアルクェイドが星に作られたものであるのならば、今ここにいる彼女は予め材料を用意したのち、()()()()()()()()()()()()()()を探した結果のもの、というべきか。

 料理に例えるのなら、本来のアルクェイドは最初っからカレーを作ろうとして生まれたものだが、ここにいる彼女はじゃがいも・人参・玉ねぎなどなど、単に材料のみを用意した状態で、『さてこれからなにを作ろうか』と思案した時に、私という人間が『レシピ(統一言語)』を渡してしまったためこうなった、とでもいうか。

 本来ならばシチューや肉じゃが(別のなにか)になる可能性もあったが、方向性を決定付けるモノを与えられたためそれらの結果を選ぶことを禁じられた、という風にも言えるかもしれない。

 

 

「カレーで例えるのはどうかと思うけど……でも私、この姿が素敵だなって思ったからこうなったのよ?別にそこまで気にする必要、ないと思うんだけど」*9

「まぁ、一つの存在の行く末を左右したんだから、そこについては気にしないと嘘……みたいなやつよ、うん」

「ふーん……貴方って、結構損な性格してるのね」

「よく言われまーす」

「……ええと、話を戻してもいいですか?お二方とも」

「おおっと、すいません琥珀さん。どうぞどうぞ」

 

 

 当のゆぐゆぐからは、そこまで気にしなくても……というような声があがったが、正直こんな活発お転婆姫なゆぐゆぐを作り出してしまった責任は、間違いなく私にあるわけで。

 ……世の中のゆぐゆぐファンの皆様には、深くお詫びを申し上げますというかなんというか。

 

 まぁ、その辺りの話ばかりしていても仕方ないので、話を戻して。

 

 

「それでですね、彼女は『統一言語』を()()()()()()【顕象】になった、のだと思われます」

「?それってどういうことだってばよ?」

 

 

 次いで彼女が話したのは、先程までのそれと、ほぼ同じような言葉。……焼き増しのようなそれに、傍らでアライさん達から逃げてきたナルト君が、疑問の声をあげるが……。

 

 

「……」

「うわぁ!?どうしたんだってばよキーア姉ちゃん!?」

「ふ、ふふふ……今回ダメージしか受けてねぇ……」

「はぁ?」

「あー、ですよねぇ」

 

 

 突然ぶっ倒れた私に、ビックリした彼は思わず跳び跳ねることとなったのだった。

 ……なんで倒れたのかって?またリソース掠め取ってることに気が付いたからだよ!!

 

 

「はぁ?」

「考えても見てくださいナルトさん。今まで幾つかのダンジョンを踏破してきたみたいですが、その時とユグドラシルさんの時、なにか違うことがあると思いませんか?」

「え?ん、んーと……あっ、俺達俺達、ボスを倒してないってばよ!」

「その通り。ここにいるユグドラシルさんは、かのダンジョンのボスでしたが……結局のところ、相手を打倒してはいません。それなのに何故、貴方達はボス部屋から脱出することができたのでしょう?」

「ええっ?えーとえーと、んんー……ボスを倒し……てはないってばよ。だってゆぐ姉ちゃんここにいるし」

「吾と同じ、ということか?」

 

 

 首を捻るナルト君に、琥珀さんが次々問題を投げ掛けていく。

 それらは現状を把握するために必要なもので、ナルト君は周囲の助けを借りながら、それらの問題を解いていく。

 そうして最後にパオちゃんが告げたのが、ゆぐゆぐが彼女と同じようなモノなのではないか、という話だ。

 

 今はしまいこんでいるハサミもそうだが、ダンジョンクリア時にはなにかしらの報酬が渡される、というのが普通である。

 今回はクリスマスシーズンということもあり、外からの想念をエネルギーに変えることで、普段のそれよりも豪華な報酬が貰えるようになっている、とのことだったが……。

 

 

「吾はあのダンジョンのクリア報酬みたいなものだ。……まぁ、正確には吾は【複合……】もとい『逆憑依』なわけなのだが……」

「あーなるほど、パオちゃんって中身ありだったのねー。……いやちょっと待った、なんか今変なこと言わなかった?」

「気のせいだろう。まぁともかく、ユグドラシルとやらも私と同じく、ダンジョンクリア報酬扱いなのだろう」

「ん、んー?でも俺達ってば、パオ姉ちゃんの時みたいになにかをしたってわけじゃ」

「『統一言語』を教えたこと、それそのものがラストアタックだったんだよ」

「……んん?どういうこと?」

 

 

 今回の場合、他のダンジョンでのラストアタックに相当するのが、私が『統一言語』を話したこと。

 これにより、ゆぐゆぐは大いなる言葉を知り、そこから自身が模すべき相手を知り──その時点で、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 これは、パオちゃんがギミックに囚われていたのとは、明確に違う部分である。

 

 

「……囚われてたの、姉ちゃん?」

「まぁ、そうなるな。私の一形態があれ(ベリオロス)だったから勘違いされていたみたいだが、あそこのボスはどちらかというとジャパイム達の方だったわけだ」

「え、えー……」

 

 

 あの場所のクリア条件は、実際は『一定数ジャパイムを殲滅する』だった。

 無限湧きする彼らを倒し続けることで、そのうち合体して巨大化するのが本当の流れだったのである。

 

 ……が、そこに明らかにモンスターであるパオちゃんが紛れ込んだことにより、システムが誤動作を起こして彼女をボス扱いしてしまった。

 無論、彼女は迷宮が生んだモンスターではなく、【兆し】が勝手に形を持ったモノでしかないため、勝利判定やドロップ判定がおかしくなり、結果として『ボスが戦利品』という、わけのわからない状態を引き起こした。

 

 ……ところで、ダンジョン・コア達は独自のネットワークを持っているのだという。

 彼らは他のダンジョンで起きたイベントを記録し、他のダンジョン運営のための参考にしているのだとか。

 

 つまり、ボスが戦利品という状況を、全てのダンジョン・コア達は認知していた、ということになり……。

 

 

「ユグドラシルの場合は勘違いでも成り行きでもなく、本当の意味で()()()()()()()()()()()()というわけだな」

「……えーっ!?」

「いやー、照れちゃうなー」

 

 

 今ここにいる彼女は、正真正銘()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、あまりにもあんまりな事実を克明に写し出すこととなるのだった。

 ……いやゆぐゆぐ、ここ照れるとこちゃう。

 

 

*1
『押っ取り刀』。急な事態に刀を腰に指す間もなく手に持ったまま出掛けることから、急いで駆け付けることを指す言葉。時間帯も大分遅くなっているので、結構急いだということ。なお、『おっとり』という響きから『ゆっくり向かう』という意味に間違われることがあるとか

*2
それぞれ『86-エイティシックス-』のヒロイン『ヴラディレーナ・ミリーゼ』、『ウマ娘』の『ミホノブルボン』、『ブルーアーカイブ』の『一之瀬アスナ』のこと。特にブルアカのアスナは最近アスナと言えば彼女、というほどに話題になっている。なお仮にうちに来ると、アスナが三人になって大混乱である

*3
それぞれ『月姫』および『灼眼のシャナ』のキャラクター……と見せかけて、シャナの方は『FGO』などで見ることのできる『ちびノブ』風のシャナである。変な生き物がいるぞ!

*4
『ぼっち・ざ・ろっく!』より、喜多郁代がエンディングで見せた行為。全方位に喧嘩を売るロックの極み。ディフォルメされている為どの指を立てているのかわかり辛い、というのがポイント。なお、位置的に人差し指に見えない(中指に見える)のは本当の話

*5
別種の存在でありながら、生息環境などによって似通った姿になること。サメとイルカ(共に水中に生息する大型種)、モグラとオケラ(共に地中で生活する)などがわかりやすい。『ポケットモンスタースカーレット/バイオレット』でも、実際はキノコだがメノクラゲに似ている『ノノクラゲ』などの新種が発見されたりしている

*6
『グランブルーファンタジー』などに存在する、バハムートの派生の一つ。因みに更に強いものは『スーパーアルティメットバハムート』となり、どことなく小学生のネーミング的な空気が漂うことに

*7
ユグドラシル・マリスのこと。作中技術・魔晶によって無理矢理変化させられた状態

*8
大星晶獣達6体のうち、マリス化しているのは4体で、うちマルチバトルで戦えるのはティアマト・リヴァイアサン・シュヴァリエの3体。何故かゆぐまりとはストーリーでしか戦えず、基本的には負けイベントとなっている(倒せなくもない)。因みに『ヴァーサス』でレーザーを出しているのは、マリス化した時に増える周囲の取り巻きに似ている

*9
アルクェイドめいたことになっているので、『カレー』と聞くとどこかのシスター(シエル)を思い出すとかなんとか



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唐突に子持ち(白目)

「……思わず驚いちゃったけど、つまりどういうことなんだってばよ?」

「私が『統一言語』を教えたことによって、それまでプログラムでしかなかった相手に命を与えて(を【兆し】に変えて)しまった、ってことだよ……」

「次いでに言いますと、それが成立した時点でボス不在ということになってしまい、結果としてボスが居なくなった(倒された)という判定になったのでダンジョンクリアー、という結果が出力されたのだと思いますよ?」

「……えー」

 

 

 衝撃の事実!……なんだけど、どうやらナルト君には話が難しかったらしく。

 改めて、『この子は私の娘みたいな(が生んだような)ものです』と告げたところ、ナルト君はなんとも言えない表情で私を見つめてくることとなるのだった。

 ……私自身も結構困惑しているんだから、そういう目で見るのはやめて欲しいところである。

 

 

「つまりー、貴方は私のママってこと?!なるほどー、じゃあ膝貸してママ~♪」

「いや貸さんよ?!」

「えー、ケチんぼ」

「せからしか!」*1

 

 

 なお、ユグクェイドさんはご覧の通りの反応で、ふざけてこちらに甘えてくる始末である。……止めてください死んでしまいます、色んな意味で()

 

 ……いや、わりと真面目にマシュにどう説明しようか、これ。

 バカ正直に『娘ができました』とか言った日には、恐らく『せ、せせせせんぱいが……経産婦に!?』*2とかなんとか、誤解を招くどころか誤解以外のなにものでもない発想をして、そのままぶっ倒れそうな気がするし。

 そうでなくとも、余所からリソースぶっこ抜いてきました、みたいな説明だったとしても、余裕で卒倒する気がするし。

 

 ……もう隠し子ってことにして、琥珀さんのところに置いて貰うしかないのでは?(おめめぐるぐる)

 

 

「いや止めてくださいよ!私だってキャパシティ越えてますよこんなの!」

「なんでさ!確かにキャラクター的には余所(お空)のお方だけど、内面的にはそっち(月姫)のお方じゃんか!」

「だからですよ!忘れたんですか月姫ヒロインズの仲の悪さ!」

「新しいメルブラだと、みんなで遊んだりしてたじゃんか!」

「あれ志貴様がだーれも選んでない、かつヒロイン達も抜け駆けしてないとかいう奇跡的な環境での話じゃないですか!」*3

 

「……この二人、なに言ってるんだってばよ?」

「端的に言うと責任の押し付け合い。もしくは親権の押し付け合い?」*4

「やだもー、パパもママも私のために争わないで~♪」

「誰がパパだよ !?」
 
「誰がママですか!?」
                       

 

 

 ……なお、この言い争いは最終的に、琥珀さんがまさかの禁じ手を使ってきたために、こちらの負けという形で幕を下ろすこととなるのだった。……おのれコハッキー、どこまでも卑怯な手を……!

 え?子供達からの目線が冷たい?……私は悪くねぇ!()

 

 

 

 

 

 

「えー、というわけで、うちに新しい居候が増えることとなりましたー」

「せ、せんぱいのお顔が死人のような土気色に……?!い、いえ、それも気になりはするのですが、いきなり人数が増えすぎではありませんか!?」

「イベント完走してガチャと配布をゲットしたんだ、すまんね」

「いつの間にレムレムしていらっしゃったのですか!?」*5

 

 

 はてさて、検査は終わったのでとっととお帰りください……とばかりに、琥珀さんに家を追い出された私たちは、仕方がなしに家へと戻ったわけなのですが。

 夕食を作りながらこちらの帰りを待っていたマシュ達以下数名は、ここを出た時*6とそこから帰って来た面々*7、それによって生まれた人数差が、埋まるほどに人が増えている*8ということに、思わずビックリしたような顔をしていたのだった。

 

 ……これで我が家に住まう面々は、総計十七名となったわけだが。

 いや多すぎるというか、このノリだとそのうち小さな学校の一クラス分、くらいの人数になりそうだというか。*9

 まぁうん、マシュの『増えすぎ』という言葉も、宜なるかなという感じである。

 

 

「……でもだねマシュ、アライさんはまだしも、他二人に関してはうち以外に任せるわけにはいかない……ってゆかりんに言われちゃっててね……」

「!?なんでアライさんは別なのだ!?」

「そりゃ、お主はあくまでも単なるフレンズなのであろう?我とかそこの奴とかみたいに、なにか別のものが付随している、というわけでもあるまい?」

「な、なるほど……なのだ」

 

「……ふぅむ?」

「む、なんだ貴様。我になに用か?」

「……いや、キャラ被りしてる気がしたけど気のせいだった。許してちょんまげ」*10

「…………う、うむ?(なんだこやつ……?)」

 

 

 でもだねマシュ、うちの人数がこんなにも膨れ上がったのは、ひとえになんか特別な事情を抱えた奴ばっかりが、ぱかぱか増えてるからなんだよ!

 んでもって、それらを別々に監理するより、一つのところに纏めて監理する方が遥かに楽……ってゆかりんが横着してるからなんだよ!つまり諸悪の根源はゆかりん!責めるならゆかりんだ!

 ……後頭部にぺしぺし飛んでくる、消しゴムの欠片かなにかを適当に払いつつ、そう力説する私である。ゆかりん、アンタちょっとセコいよ!*11

 

 無言と言い張るには強めの抗議に、後ろに目を付けて対処しつつ*12、(都合の悪いことを隠しながら)マシュの情に訴えるような話を展開する私なのであった。

 

 なお、その横ではハクさんが一人称被りからか、パオちゃんに絡まれていたが──。

 正直変な人度数はパオちゃんの方が遥かに高いため、最終的にはハクさんが微妙な顔をする羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

 

「え、ええと。とりあえず、皆さんの歓迎会を行うため、不肖マシュ・キリエライト、全力で調理を遂行します!」

「じゃあ私もそっちを手伝おうっかなー♪マシュちゃん、宜しくね?」

「は、はい。ゆぐゆぐさん、宜しくお願いします」

 

 

 ……気が気ではない……っ。

 

 新しく増えた面々のために、先程までの調理を更に追加することを決めたらしいマシュと。

 そんな彼女ににこにこと近付いて、調理を手伝うよと声をあげるゆぐゆぐ。

 ……こちらとしては、ゆぐゆぐにはあまりマシュに近付いて欲しくないので、この状況は少々心臓に悪かったり。

 なんでかって?マシュの勘の良さなら、ほんのわずかな残り香から、私とゆぐゆぐの繋がりに気付きかねないからだよ!

 

 扱いとしては『単に言葉を教えただけ』という風にも言うことができる私とゆぐゆぐの関係だが、それをマシュが認識した時にどういう反応をするのか未知数すぎるのである。

 単に『な、なるほど。せんぱいから言葉を教わって、自己を確立したのですね』くらいの反応をするのなら、こちらとしても問題はないのだが。

 これがまかり間違って『と、ということは、もももしかしてせんぱいのお子さま、ということに!?……え、ええと。パ、パパですよー?』とか言い出した日には、私はここから去らねばならなくなるのである……!

 

 

「大袈裟。もしくは意気地無し?」

「うるせーやい、こちとらまだ子持ちになるには早いんだい……」

 

 

 横合いから、アスナちゃんの呆れたような言葉が飛んでくるが……情けないと言うなかれ、既成事実めいたモノで外堀を埋められるのはノーセンキューなのである。

 ……っていうか、そうでなくとも真祖・ないしその似姿から母親扱いかれる、という恐れ多く戦き多い話をされているのである、これ以上考えなきゃいけないことを増やされるのは、正直キャパオーバー以外のなにものでもないというか……。

 

 

「そ。大人は大変」

「そうだね……」

 

 

 まぁ、こんな話をアスナちゃんにしても、どうにもならないのも確かなのだが。

 ……とりあえず、変なこと言い出さないように、ゆぐゆぐを見張って置くべきかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、私も台所へと向かうのだった。

 

 

*1
関西~九州辺りで使われている方言の一つで、意味としては『うるさい』『わずらわしい』などが当てはまる

*2
出産を一度こなしたことのある妊婦のこと。一回目の妊娠の場合は『初産婦』という

*3
『fate/stay_night』におけるヒロイン達と違い、『月姫』のヒロイン達は会えば殺しあうほどに仲が悪い、という風に言われているのだが、『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』においてはヒロイン達が集まって仲良くビリヤードをしている姿が見受けられる。過去作を知っている人からすると、わりと驚きの状態だが……原作者の言うところによれば、かの世界は月姫三日目くらいの時間軸、とのこと。誰とくっつくかはまだ決まっておらず、誰しにもチャンスがあるとかなんとか。……それ、逆に殺しあいになるのでは?(真顔)

*4
子供の教育に凄まじく宜しくないやり取り。例え冗談のつもりだったとしても、相手を悪し様に言ったり相手に押し付けたりするのは、子供にとってかなり大きな衝撃を与えるもの。その結果、子供がおかしくなったとしてもそれは親の責任である

*5
『FGO』のイベントでよくあること。主人公が眠りに落ちてカルデア側があたふたしているうちに、こちらの知らないところで主人公がなにかしらの問題を解決し、そこで出会ったサーヴァントを連れて帰還する……というもの。寝て起きると人が増えている為、端から見るとわりとホラー。場合によっては素材とか聖杯とかも増える為、控え目に言っても正気の沙汰ではない。なお、現実はガチャに勝てなかったり配布キャラ加入ができなかったりなど、ストーリー上の描写と現実の状態が噛み合わないこともしばしばである()

*6
キーア・ナルト・アスナ・れんげ・かよう・エー君・クリスの七名

*7
れんげ・かよう・エー君・クリスの四名

*8
アライさん・パオちゃん・ゆぐゆぐの三名

*9
大体二十~三十人くらいで一クラス分になるので、あと三人も増えれば到達する。初期の二人だけだった時から考えると、大分大所帯になってきたと言えるだろう

*10
芸人・小松政夫氏の持ちネタの一つ。ひょうきんな態度で相手に許しを請う言葉。基本的には場を和ませる為などに使われる

*11
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』に登場するキャラクター、クェス・パラヤの台詞。シャアがアムロに巴投げされたあと、シャアに銃を向けるアムロに対して述べた台詞。なにが『セコい』のかには色んな解釈がある

*12
アムロのアドバイスの一つ。カミーユに対してのアドバイスだが、普通の人は振り返りもせずに背後を狙い撃ったりはできないのである()




次から幕間です。


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幕間・聖夜へのカウントダウン・事件が起きぬはずもなく

「……犯行予告ぅ?」

「そうなのよ、ほら見てよこれ」

 

 

 ダンジョン攻略も、ある程度佳境(かきょう)*1を迎えたある日のこと。

 そろそろクリスマス当日、みたいなこの日にゆかりんに呼び出された私は、そこで彼女からとある手紙を見せられることとなっていたのだった。

 

 それは、ある種の予告状。

 聖夜の日に災厄を再演する──という文字の書かれたそれは、しかしその手紙の簡素さゆえに、最初の内は悪戯かなにかかと思われていたのだという。

 

 

「……まぁ、始めはこれがどこから出てきたのか、ってところがあやふやだったものだから……」

「なるほど、これを拾ったのが誰か、ってところが抜けてたんだね」

 

 

 とはいえ、これが本当に悪戯なのだとすれば、彼女がこうして私に見せてくる必要はないわけで。

 そうなると、これを()()()()()()()ということが争点となってくる。……そう、当初は誰が見つけたのか謎だったこれを、彼女の元に届けに来たのは……。

 

 

「もー、コナン君ってば言ってくれればよかったのに」

「言ったらこうなる、って予測が付いてたから言わなかったんだよ、バーロー……」

「あーうん、例え単なる悪戯だったとしても、見つけたのが貴方だったとしたら変に大事(おおごと)になるかも……って心配はまぁ、わからないでもないわね……」

 

 

 そう、この手紙を見つけたのは、なにを隠そうコナン君だったのである。

 そしてそれゆえに、彼の危惧した通りに私たちはことを大事にしてしまった、というわけで。

 

 

「ふむ……確かに、その子が見付けたと言うのであれば、多少なりとも警戒してしまう……というそちらの気持ちもわからないではないな」

「でしょう?そもそもの話、内容もわりと胡散臭いのがねー……」

 

 

 はぁ、とため息を吐くゆかりんの対面の席では、たまたまこちらに出向して来ていたモモンガさんの姿があり、渡された犯行予告の紙を時折裏返したりしながら、矯めつ眇めつ確認していたのだった。

 

 そうしてむぅ、と唸る彼にはわからないことかもしれないが、その手紙の内容は恐らく、去年のクリスマスのあれこれを指しているのだと思われる。なので、微妙に洒落になっていない。

 だから、さっさと手紙を出したやつを突き止めて、とっちめてやらなきゃいけないんだけど……。

 

 

「……しっかり切り貼りして作られているな」

「筆跡鑑定は無理、と。……まぁそもそも、鑑定できたとしても大本にたどり着くかは謎だけど」*2

 

 

 再度、大きなため息を吐くゆかりん。

 

 ……普通、脅迫状とか犯行予告のようなものは、手書きではなく印刷物の文字を切り貼りして作る、ということが多い。

 これは、手書きというものが意外と個人の癖が出るものであるため。*3

 迂闊に直筆にしてしまうと、筆跡鑑定などによって犯人を割り出されてしまう可能性があることからの、犯人側の小細工の一つなのである。

 

 ……ただまぁ、これが本人の切り貼りしたモノであるのならば、まだどうにかなる。

 一部のそういうモノを探知するのが得意な人達ならば、物体に残る記憶から犯人を辿る……みたいなこともできるからだ。

 が、これに関しては期待できない、というのがここにいるみんなの総意である。何故かと言えば、()()()()()()()()()()()だ。

 

 普通の犯人ならば、サイコメトリーなどの話を聞いても鼻で笑うだけだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()、と認知するがゆえに、それに対して対処をしようなどと思い至らないのである。

 が、ここの場合は違う。そういうことができる人間がいる、ということを予め知っているため、迂闊に自分のことを暴かれかねないような愚は犯さないのだ。

 

 

「……んー、ダメだね。ある程度作ってる人とかの姿は辿れるけど、文字毎にバラバラだ」

「んー、お金でも掴ませて手伝いをさせた、みたいな?」

「そこまではなんとも。どうにもこの文字を切った人達、ネットの求人で日払いの仕事として受けた……みたいな感じの一般人ばっかりだし」

「むぅ、触れただけでそこまでわかるのか……」

 

 

 そういうことができる人のうちの一人である、私の目に見えているこれらの文字を切った人々は、一人ではなく多数・かつなにかの作品のキャラとは言い難い、至って普通の人々ばかり。

 ……つまり、犯人そのものの姿は写っていないわけで、これを辿ろうとするとサイコメトリー内にでてきた物品をサイコメトリーする、くらいの荒業が必要となると思われる。

 

 流石にそんな多重検索染みた真似はできないため、現状わかることと言えば、この手紙を作るように指示した人間は、徹頭徹尾自身は関わらないままにコナン君にこの手紙を拾わせた……ということになるだろうか。

 

 

「まぁ一応、こういうことできそうでやりそうな人については、幾つか候補があるんだけど……」

「あら、既に目星が付いてるの?流石ねキーアちゃん!」

「……いやまぁ、結構雑な考察だから、当たってない可能性も普通にあるけどね?」

「それでも、想定できるのとできないのじゃ雲泥の差よ!……で、で?誰なの犯人は?」

 

 

 とはいえ、こうまで本人の匂いがないとすると、逆に誰がやっているのか、ということも大体予想できてしまう。

 無論、それが当たっているかどうかは別問題だが……所詮は予想、聞かれたのだから答えないわけにもいくまい。

 

 

グランドロクデナシ(マーリン)うちの母(キリア)

「……聞かなかったことにしてもいい?」

「ダメでーす、理由を一から聞くようにー」

「いやー!!絶対ろくなことにならないじゃないの!!時間を巻き戻して!さっきのバカな私を誰か止めて!」

「それがキミの願い、と言うことでいいのかい?」<ニュッ

「……いや、どこから出てきてるのよCP君?」

 

 

 そうして明かした犯人候補は、おおよそ問題しか引き起こさない要注意人物二人。……個人的に怪しいのはマーリンの方だと思うが、規模的にはキリアの方でもおかしくはないと思う。

 

 前者に関しては、昨年のクリスマスを復刻……もとい再現することで、再びなにかを産み出そうとしている、みたいな感じだと思われる。

 彼に関しては良かれと思ってやっている節があるので、それによってなにか良い影響があるのだろうな、というか。

 ……まぁそれはそれとして、騒動そのものを楽しみにしている、という部分もあるのだろうと思われるが。流石はロクデナシである。

 

 後者に関しては、完全にノリでしかないだろう。

 暫く姿を見せなかったので、帰って来たことを知らせる意味も込めて、インパクト重視で無茶苦茶やろうとしている……というのがよく似合うというか。

 あと、『去年の再現』をするに当たって、私の役割を代替するのに一番向いている、という部分もあったり。

 

 

「……ん?今年は貴方は関わりがない……と?」

「ぶっちゃけると、去年のあれって結構アドリブなところが多かったからね。復刻ってことはみんな事情は知ってるわけだから、単純な再演なんかできないでしょ……ってことよ」

 

 

 ゆかりんが首を捻っているが……去年の私が敵方にいたのは、半分くらいノリの部分もあったため、今年もう一度同じ事をしろ、と言われてもちょっと躊躇……もとい無理があるのだ。

 具体的に言うと敵対理由が捻出できない、というか。

 

 これに関しては、去年厄災役をやっていた他の面々も、同じようなことを言うと思われる。

 なので、もし仮に去年のあれを無理矢理再演しようとするのならば、それらのメンバーの代役をどうにかして集めるというところから始めなくてはいけない……ということになるのだ。

 ……どう甘く見積もっても、必要な労力が大きくなりすぎるため、最悪先の二名以外だとなんかこう……もやっとした黒い影的なもので、再現っぽいことができたら上々……みたいな感じになりそうというか?

 

 なんでまぁ、先の二人以外の関与を疑うのは、正直無駄感もなくはないのだ。……そうやって考慮から外した結果、見事に足元を掬われそうな気もするのであれなのだが。

 

 

「……私の気のせいなら申し訳ないのだが、先程の映像では龍の翼の生えたあさひ君が空を飛んだり、はたまた白面の者がソードマスターヤマトめいたやられ方をしていたり、そもそもロンゴミニアドとエクスカリバーがぶつかり合ったりしていたような気がしたのだが……」

「何度目を擦っても現実は変わりませんよ、モモンガさん。龍みたいなあさひさんはミラルーツこと祖龍の人化・依り代のようなものですし、白面さんはあの通り呆気なくぶっ飛ばされてあそこでリングフィットしてますし、ロンゴミニアドとエクスカリバーはアルトリアさんとキーアさんのある意味一番の見所です」

「……頭が痛くなってきたのだが」

「安心してください、こっちでは平常運転です」

「……前回の祭の時も思っていたけど、よく滅びないな、ここ」

 

 

 なお、そうしてうんうん言っている私たちの傍らでは、去年の映像を見せられたモモンガさんが、「これが若さか……」みたいな面持ちを感じさせながら、むぅと唸り声をあげていたのだった。

 

 

*1
重要な部分、盛り上がる部分という意味の言葉。基本的に盛り上がる場所は話の最後の方なので、物語の終わりの方、というような意味で使われることもなくはない。語源は中国唐代の歴史書『晋書(しんじょ)』に記された、顧愷之(こがいし)甘蔗(かんしょ/さとうきび)を美味しくない先の方から食べていることを不思議がられた時に、『漸入佳境(ぜんにゅうかきょう)(=だんだん美味しくなる(佳境に入る))』と答えたことにあるとされている

*2
他人の筆跡を真似れば鑑定できないのでは?……という話があるが、実際は余程気を付けて文字を書かない限り(=定規を使っている場合など)、単に真似をしただけでは偽装はバレてしまうのだとか。無論、精度の高い鑑定をできるところならば、という注釈は付くが

*3
文字の書き始めと終わりのうち、人の癖が最も出てくるのは書き始めの方なのだとか。はねやはらいは真似がしやすいので、特徴として参考にすることはあまりないのだとも。なので、定規で文字を書いたり、そもそも字を書かずに切り貼りする、などすると作った人間が誰なのかを判別し辛くできる



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幕間・聖夜へのカウントダウン・誰が起こすかトラブルを

「……ここのアレさ加減には慣れたつもりだったが、どうやらまだまだだったみたいだな……」

「あら、慣れておきたいと仰るのでしたら、こちらに専用のデスクを(しつら)える*1こともできますが?」

「はっはっはっ、謹んで辞退しよう。胃腸もないのに胃痛になるのは御免だからな」*2

 

 

 はてさて、去年の映像を一通り確認したモモンガさんは、呆れているというよりかは疲れ果てているような感じで、こちらを眺めているわけなのだが。

 それでもゆかりんからのお誘いに対し、紳士的に三行半を叩き付けることくらいはできるようだった。……紳士的な三行半とは一体?

 

 ともあれ、ようやく話は元に戻ったわけで。

 この手紙を出したのが誰なのか、ということがわからないのはもう仕方ないので、これからの対応について議論を交わさねばならない、ということになる。

 

 

「……再演ってのが、どういう意味なのかにもよるよね」

「単純に同じ事をしようとしているのか、はたまた似たようなモノを集めて似たようなことをしようとしている、ということなのか……か」

「前者ならさっきの二人、後者ならまったく別の誰かが犯人かも、ってことになるのかな?」

 

 

 件の手紙に書いてあったのは、『再演』という言葉。

 これが文字通りに再び演じようとしているのだとすれば、犯人は先に挙げたあの二人以外、という可能性も普通に出てきてしまう。

 その場合は六章みたいな厄災達を集めてくる、なんてパターンだとしても再演に該当してしまうわけだし。

 ……いやまぁ、その場合だと唐突に妖精騎士が三人増えたり、小さな虫が一匹増えたりと、なりきり郷がしっちゃかめっちゃかになることもまた確定してしまうわけなのだが。*3

 

 とはいえ、事件の香りを漂わせているのは、あくまでもこの予告状ただ一つ。

 これだけではなんにもわからないというか、暗中模索*4にもほどがあるので、対策を練るにしてもあまり仔細は詰められないというか。

 

 

「なのでとりあえず、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する*5、ってことで……」

「それ要するに行き当たりばったりってことよね?っていうか去年も似たようなことを言ってなかった??」

「……君は気付いてはいけないことに気付いてしまった、タイムパラドックスだ!」*6

「いやごまかされないわよ!?」

 

 

 なお、ゆかりんには散々ツッコまれることになるのだった。

 いや、仕方ないじゃんこれに関しては!

 

 

 

 

 

 

「なるほど、去年の再演……ですか」

「そうそう。なんで去年うちに居た人達は要注意、居なかった人も厳重注意で宜しくってさ」

 

 

 実のない会議を終えた私は、家に帰ってみんなに情報共有をしていたわけなのだけれど……反応はまちまち。

 なにせ去年のクリスマスを体験しているのは、うちにいる面々の中だと総数の半分にすら満たないどころか、下手すると五分の一程度。*7

 ……そりゃまぁ、危機感の共有に至らないのも仕方ないというか。いやまぁ、CP君とカブト君を加算するのなら、一応三分の一の純情な感情くらいにはなるんだけどね?*8

 

 

「……何故唐突に有名曲のタイトルを……?」

「おおっと、失敬失敬。三分の一って言うと思わず言いたくなっちゃって」

「なる……ほど?」

 

 

 なお、お昼時ということもあって、こちらの話を聞いているうちの半数はうどんに舌鼓を打ったりしている。

 その筆頭であるアルトリアはというと、メンバーの中では唯一(私とマシュは除外)まともにクリスマスに関わった人物であり、尚且つお祭り騒ぎの終了の合図をした人物であるということも手伝ってか、うどんを啜りながらも終始真面目な表情を崩していなかったのであった。

 

 

「……姉ちゃん、真面目に話をするか飯を食いきるか、どっちかにした方がいいと思うってばよ……」

「む、すみませんナルト。ついあの日のあれこれに思いを馳せてしまいました」

 

 

 まぁ、すぐにナルト君にツッコまれて、とりあえずうどんを食べきることに専念し始めたわけなのだが。

 数分後、お出汁までしっかり味わい尽くした彼女はと言うと、手を合わせて挨拶をしたのち、何事もなかったかのように話を元に戻すのだった。

 

 

「となると、私がオルタ化する危険性についても気にしておく必要がありますね」

「あーなるほど、私が敵方だったから、今年は味方側でカリバーぶっぱする可能性がある、ってこと?」

「それもありますが、クリスマスと言えば黒いアルトリア()というところもありますので」

「……そういえば」

 

 

 そこで話題にあがったのが、彼女が黒くなる可能性。

 ……FGOにおける初代サンタクロースと言えば、実は黒いアルトリア。*9

 なので、彼女が黒化(オルタ化)する可能性は十二分にあると言える。……相性の良さ、という点では通常の青王やリリィよりも遥かに強い、とも言えるのだから。

 ついでに言うと、去年は私が黒化カリバーぶっぱしていた、というのも再演的には考慮に入ってくる可能性がある、とも言えるような?

 

 そうなってくると、次に危ないのはエー君ということになるのだろうか?

 

 

「んー?ぼくかい?」

「エー君ってば∀ガンダムだからね。世界を悠々滅ぼせる出力あるし、ケルヌンノス扱いされてもおかしくないというか」

 

 

 特に、去年のそれがウマ娘(たぬき)と結び付いた、半ばゆるキャラみたいなものだったがゆえに。

 ……いやまぁ、今ではすっかりケルヌンノスそのものもゆるキャラ、みたいなものだが。

 

 ともあれ、彼がそういうものに左右されるのは本気で地球の危機なので、万に一つもないように細心の注意を払わなければなるまい。……いやだよ私、『System-∀99』と化したエー君と戦わさせられるの。

 

 

「んー、ぼくもそういうのはいやだなぁ」

「だよねぇ。だから、クリスマスの日には家で大人しくサンタさんを待っててね?」

「うん、わかったー」

 

 

 なので、釘を刺す……というのはちょっと違うが、エー君にクリスマスの日には外には出てはいけないよ、と約束をしておく私である。

 ……あとで家に結界貼っとこう。黒幕がキリアだったら無駄だけど、やらないよりはマシだし。

 

 それから、ナルト君に関しても要注意対象、ということになるのであれこれと言っておく必要があるというか。

 

 

「えー!?なんで俺まで?!」

「そりゃもちろん、君が狐関連のキャラクターだからだよ。去年の獣の厄災枠、そこのハクさんだったってことは聞いてるでしょ?」

「む」

「うむ。我はそういうのめんどいから実は投げ出したかった質じゃが、お主が投げ出せるかどうかはまた別問題じゃからのぅ」

 

 

 それは、彼が獣に関係があって、尚且つ原作的に暴走の可能性を秘めている……というところに理由がある。

 彼はハクさんと同じく狐系に区分される存在であるため、去年からの影響をダイレクトに受けやすい可能性が高いのだ。

 なので、彼に関してもクリスマス当日は家に居て貰う、というのが基本方針になる。……折角のクリスマスに外に出られない、というのはちょっと可哀想だが……まぁ、代わりにラットハウスでお土産貰ってくるから、それで勘弁してというか?

 

 

「あー、そうだってばよ……ケーキぃ……」

「はいはい、ちゃんと貰ってくるから。それに二次会はこっちでやる予定だから、その時にプレゼント交換会とかもやるから、ね?」

「ぬぅー、仕方ねぇってばよ……」

「ん、いい子いい子」

 

 

 こちらの懇願に、渋々ながら頷くナルト君の頭を優しく撫でつつ、他に注意しておくべき人は居ないだろうか、と首を捻る私。

 一度破れたビーストは基本再起しないので、かようちゃんと一緒にいる猫と蚕とかイッスン君とかは警戒しなくてもいいだろうし。

 クリスがなにか大それたことを起こすとは思わないので、彼女も特に警戒する必要はないだろう。

 

 辛うじてCP君が危ないと言えば危ないが、彼のそれは人を不幸にすることを目的としたモノではないので、元ネタの奴らに比べれば危険度は遥かに下である。カブト君に関しては言わずもがな。

 

 

「……そう考えると、あと危なそうなのは新人二人、ってことになるのかな?」

「そうなのだ?」

「あー、吾は災厄ポケモンだからな。とはいえ、()()()()()危険はないと主張させて貰う次第だが」

「私も私もー。キーアの迷惑になるようなことはしないわよ?」

「だといいんだけどねぇ」

 

 

 一応、本人達にそのつもりはないので、警戒必要度は低い、ということになるのだが……。

 それがどこまで参考になるものやら。……どこかでほくそ笑んでいるかもしれない不審な母親(キリア)のことを思い、思わずため息を吐くこととなる私なのであったとさ。

 

 

*1
特定の目的の為に、決まった場所にモノを作ること。(あつら)える・(こしら)えるとは微妙に意味が違う(前者は自身の好みに添うように誰かに作らせること、後者は自分の納得が行くように作ること)

*2
わりと胃痛枠のモモンガさんである。寧ろ幻覚でも胃痛がしてるくらいが丁度良い状態なのでは、とも(人間の感覚から外れすぎると、精神が磨耗する為)

*3
メリュジーヌ・バーゲスト・バーヴァンシー・オベロンの四人。全員なにかしらの一芸に秀でている(ゲーム的にも)

*4
あんちゅうもさく。故事成語の一つであり、『隋唐嘉話』に記された『暗中摸索著亦可識之』という漢文が由来だとされている。暗闇の中を手探りで探すように、ヒントもなにもない状態であれこれとやらされることを指す

*5
『銀河英雄伝説』における登場キャラクター、アンドリュー・フォーク准将が提唱したとされる基本戦略。難しいことを言っている風だが、読めばわかる通り具体的なことはなにも言っていない。完全にその場のノリで動け、と言っているようなもの。なお、こんな戦略でもやれる人はいるが、それは単にその人がすごいだけである

*6
『メタルギアソリッド3』において、特定の行動をしてしまった時の特殊エンディング時の台詞『駄目だスネーク!未来が変わってしまった!!タイムパラドックスだ!』から。ネタの大本を辿ると『バック・トゥ・ザ・フューチャー』辺りにたどり着くのだとか

*7
本格的に関わっていたのはキーア・アルトリア・マシュの三名。当時のメンバーとしては、一応CP君とカブト君も加わりはするが、積極的に関わってはいない

*8
SIAM SHADE氏の楽曲『1/3の純情な感情』のタイトルから。アニメ『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』のエンディングテーマであり、オープニングの『そばかす』と合わせて、当時としては珍しい『作品の内容が歌詞にまったく関係ない』タイプの楽曲であった

*9
初代クリスマスイベント『ほぼ週間 サンタオルタさん』から。初の配布サーヴァントはハロウィンエリちゃんなので、季節配布としても二人目となる。なお、三人目はノッブ。大分古いキャラなので、持っている人は自慢できるかも?



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幕間・聖夜へのカウントダウン・それは冬の合間の

「いえーい、メリークリスマスだよ、キーアちゃん☆」

「ん、メリクリココアちゃん。三名様追加ねー」

「あーもうっ、反応が薄いよキーアちゃーん!」

「はいはい、まだ二次会もあるんだからぐずらないの」

「うー、クリスちゃんも冷たいー……」

「おーい、いいから料理を持っていってくれないかー?」

「ライネスちゃんまで私の扱い酷くない!?」

 

 

 さて、クリスマス当日の夜。

 特に大きな問題が起きることもなく、何事もなかったようにこの日を迎えることができた私たちは、こうしてラットハウスに集まって来ていたのだった。

 

 あー、あれだよあれ、ごちうさのアニメの最後の方で、みんな集まってクリスマス祝ってたあれ。*1

 折角似たようなモノがそこにあるのだから、私たちもあれやろうよってことになったのである。

 なので、アニメと同じようにお店を手伝うことになるのも、実は既定路線であったり。

 

 

「なに、今日は聖夜だが気にすることはない」

「君はいつでもいつも通りだな……」

「あはは……そういえば青山さんポジションの人が居ないのね、ここって」

「そもそも同じ声の人が見当たらないような……敢えて言うのなら楓さんくらい?」

 

 

 なのでまぁ、原作と照らし合わせた時に人が足りてないような、みたいな気分になるのも仕方ないのである。

 で、そうなってくると青山さんと同じ声の人が、そもそもなりきり郷にあまりいない……という事実にぶち当たってしまったのだった。

 なんというかこう、ユッキの酒飲み仲間に居たかなー……くらいの認知度というか。

 

 ……というか、寧ろなんでいないんだろう同じ声の人。

 青山さんだと放火魔を呼び寄せそうだというのなら、他のキャラでも全然構わないだろうに、というか。

 ほら、毒使う人とか殺し屋な人妻とかグランド前カノとか。……なんか物騒な奴ばっかりだな?*2

 

 

「探せばほら、普通の人も居るから……」

「……まぁいいか。とりあえず今日のところは、はるかさんに代役として頑張って貰うってことで。元々公職だったんだからスーツとかは似合うだろうし」

「えっ」

「わぁ、お姉ちゃんスーツ着るの?じゃあじゃあ、バニーとか用意しちゃう?」

「えっ」

 

 

 なお、その辺りの話は唐突に話題を振られたはるかさんが犠牲になることで、なんとも有耶無耶な結果に落ち着くこととなるのだった。*3

 

 

 

 

 

 

「しっかしまぁ、こうして見るとなんか凄いわね、今年のサンタ……」

「モモンガさんが協力してくれるってことになって、最初はゾンビホースでも走らせようかって話になってたんだけど……」

「流石に怖すぎるので、他の方法を探して頂くことになったのですよね……」

 

 

 各テーブルに配膳をしながら、時折窓の外の夜空の中を駆けるサンタ達を見て、呑気に会話をしている私たち。

 この辺り、腐っても並列思考くらいはできてしまうスペックを持っていることの証左、とでもいうことだろうか。

 ……いやまぁ、普通の飲食店ならこんな配膳の仕方をしてれば、普通にクレーム入るとは思うんだけどね。完全に余所見してるし。

 

 それが許されてしまっているのは、窓の外に映る光景があまりにも衝撃的であるがため。……以前サンタ役に互助会の面々が参加している、というようなことを述べていたわけだが。

 今外を駆けるサンタ達は、そのほとんどが向こうの人々達。

 そのため、プレゼントの配送の仕方も独特で特徴的なのである。

 

 例を挙げると、モモンガさんは自身の種族である『オーバーロード』を生かし、トナカイ役をゾンビホース……デスナイトの騎馬とかで代用しようとしていたのだけれど、うちの子供勢を筆頭に『普通に泣く』とツッコミされたため、渋々別の方法を取ったのである。

 で、その別の方法というのが……、

 

 

「……教わった時は半信半疑でしたが、人間試してみれば意外となんとかなるものですわね。いえ、私はウマ娘ですが」

「ううむ、ウマ娘って空を飛べただろうか……?」

「トレーナーさん、今度はどちらに向かえば宜しいの?」

「む、待っていろ、今調べる……」

 

「……うん、そういえばトレーナーさんって呼ばれてる、みたいな話をしてたもんね……」

 

 

 ウマ娘であるマッキー(メジロマックイーン)をトナカイに見立てる、という一見なにを言っているのかまったくわからないやり方なのであった。

 ……いや、なんでナチュラルにあの人飛んでるんですかね……?

 どうにもオグリからコツを教わった、みたいな話だったが。……コツを教えれば、ウマ娘って空飛べるの……?

 

 

「ほら、たぬき達みたいな感じで……」

「ごまかすにしても、既にたぬきって言っちゃってるじゃん!」

 

 

 なお、クリスがとても苦しい擁護を繰り出したため、この話は一旦打ちきりである。*4

 ……ともかく、一番目立つのがモモンガさんというのは確かだが、だからといって他の面々が目立たないか、と言われるとそういうわけでもない。

 

 

「……なぁ、これって子供の夢を壊しやしねーか?」

「なに言ってやがる、ガキと言えばロボとか電車とか好きだろ?」*5

「これはその区分で語っていいものなのか……?」

 

 

 別のところでは、ソリを改造してロケットエンジンを積んでしまったハジメ君とソル君の姿があったり。

 

 

「むぅ、わし専用に篭でも作ろうかと思ったのじゃが……流石に一度きりとなると予算が降りんかったのぅ」*6

「にょわー☆大丈夫だよミラちゃん、こういう時はきらりのロボが大活躍ぅ、するからにぃ☆」

「……なんでそれの予算は降りたのかのぅ」

 

 

 また別所では、きらりんと組むことになったミラちゃんが、自分用の篭の製作は許可が降りなかった、ということできらりんロボの手の上で微妙な顔をしているし。*7

 

 

「ウマの子達に負けないようにしないと!」

「いやだからって空中でソードスキル発動して無理矢理跳ぶ、ってのは無理があると思うわぁああぁああっ!?」

 

 

 そのまた更に別所では、こちらからは唯一の参加者となるキリトちゃんが、アスナさんに引っ張られて悲鳴をあげている姿がある。

 

 ……ええと、落下しきる前にシューティングスター(突進系ソードスキル)を発動して、無理矢理空を跳んでるってことかな、あれ。*8

 いや、狂経脈ちゃうんぞ軽々空跳ぶなや、とは言わない。だってアスナさんだからネ!

 寧ろ舞空術とか覚えようとしていない分、幾らか理性的だって風に解釈できなくもないからね!!

 ……理不尽の塊かなにかなんですかね、あの人。

 

 まぁともかく、互助会組のサンタ家業が、どうにも目に付いてしまう奇抜さであるということに間違いはなく。

 店員も客も窓から空を見て一喜一憂する、という不思議な連帯感が生まれているのは確かなのであった。

 

 

「……まぁ、流石に見すぎだがね。ほらほら、三番テーブルの料理ができあがったから、きりきり運んでくれたまえ?」

「あ、はーいライネスちゃん、今行きまーす」

「すみませーん、お勘定お願いしまーす」

「はーい、こちらケーキと軽食と飲み物合わせまして、会計千円となりまーす」

 

 

 まぁ、長時間動きが止まっていると、こうしてライネスが再起動させに掛かってくるわけなのだが。

 動きの止まっていた私たちは、その言葉に現状がどうなっているのかを思いだし、早急に作業に戻ることとなるのだった。

 

 で、外の無茶苦茶を眺めて動きが止まり、その度にライネスに再起動させられる……という動きを繰り返したのち──。

 

 

「ご利用ありがとうございましたー♪……ふぅ、これで一先ず一段落、ってことかな?」

「そうだね。まだ人が来る予定はあるが、暫くは空き時間だよ」

「やったぁ♪じゃあじゃあ、今のうちに夜の準備をしておこ?」

「大人組に全部任せる、というわけにもいかないしね」

 

 

 ぱたり、と途絶えた客足に、私たちはようやく一息付くことに成功したのだった。

 ……普段は原作のラビットハウスに負けず劣らず暇なラットハウスだが、クリスマスのこの日の喧騒もまた、原作に負けず劣らずの規模であった。

 なのでまぁ、単なる手伝いながら、思わず額の汗を拭ってしまうわけなのだが……そんな中、ココアちゃんは変わらず元気そうである。

 体力お化け、ということなのだろうか?となると貧弱クソザコナメクジである私は、彼女にこう返さなければいけなくなるというわけで。

 

 

「こんなところで負けるわけにはいかんきん!」

「んー?キーアちゃん、もしかして千夜ちゃんの物真似?」

「まぁそんなとこ。とりあえず、和菓子とまではいかないけど和っぽい感じのおやつを担当するよー」

「……いやちょっと待て、その砂糖の塊をどうするつもりよアンタ?」

「え?砂糖で鶴を作ろうかと……」

「超絶技巧だと感心するが、そういうのは今はいらないから!」

「なるほど。じゃあ正月に披露するから待っててね?」

「……あー、縁起物として鶴を作るのなら、一応間違いでもないのか……?」

「クリスさん、しっかりしてください。せんぱいは九割方、こちらをからかっているだけですよ?」

 

 

 なので、ちょっとココアちゃんの友達である、千夜ちゃんの物真似をしてみたのだが……何故か私は、その流れで鶴の砂糖菓子を作ることになってしまっていたのだった。……なんで?

 

 いやまぁ、多分できなくはないのだと思う。

 だけどほら、できなくないってのとちゃんとできる、ってのには大きな差があるわけでね?

 ……え?人のせいにしてるけど、今の流れはどう考えてもお前が勝手に言い出した感じだった?

 えー、キーアん貴方がなに言ってるかわかんなーい☆

 

 

「気持ち悪い」

「地獄に落ちろ」

「ひでぇ。……いやネタなのはわかるけど、聖夜の日に縁起でもないこと言いすぎじゃない?」

「え?地獄に落ちろキーア、とでも言い直せば良かったかい?」

「……それだと私が崖から離してやったとかされるじゃん!いやまぁクリスマスにアレ(コマンドー)見るのは、それはそれで楽しそうだけども!!」*9

 

 

 なお、こちらの茶化したような物言いは、ご覧の通りみんなからぶつ切りどころか細切れレベルでぶった切られる羽目になるのでしたとさ。

 ……うーん、私が私だから良かったものの、人によっては寝込みそうなムーブ……。

 え?これで堪えるような柔な精神してないだろうって?ごもっとも。

 

 

*1
第一期の十一話 「少女は赤い外套を纏いウサギを駆りて聖夜の空を行く」のこと。クリスマスの日のラビットハウスの喧騒を描く話。他の店の子達もラビットハウスを手伝ったりしていたので、ある意味ドリームメンバー

*2
それぞれ『鬼滅の刃』から胡蝶しのぶ、『SPY×FAMILY』からヨル・フォージャー、『fate/grand_order』から謎のアルターエゴ・Λ。なにかしら危ない部分のあるキャラが多いのは偶然。同じ声には普通のヒロインもいる(『俺妹』から新垣あやせ、『魔法科高校の劣等生』から司波深雪など。……チョイスに悪意がある?なんのことやら)

*3
流石のココアちゃんも、ウサミミ付けるだけで許した()

*4
たぬきは空を飛ぶ、常識ですね?(水星のたぬきとかを見ながら)

*5
基本的には男児のみ。女児にもたまーにそういうのが好きな子はいるが、少数派

*6
ミラは原作において、自身の長距離移動用に特製の篭(いわゆる竜篭)を作ったりしている

*7
科学者きらり博士が作ったとされる、『ハピネシウム(はぴはぴパワー)』で動く巨大ロボ、それがきらりんロボ。いわゆる作中劇の類いだが、作中ではスパロボコラボでオリジナルなロボット達と戦いを繰り広げたことも。きらり自体も設定によっては悪の科学者だったりすることがある

*8
細剣のソードスキルの一つ。片手剣の『ソニックリープ』と同系統の突進技で、上空に跳ぶことも可能

*9
前者の流れは『スーパーロボット大戦A』から記憶喪失状態のアクセル・アルマーことアホセルと『機甲戦記ドラグナー』のキャラクター達のやりとり。後者は洋画『コマンドー』内の描写から。どちらも地獄ネタ、という繋がり



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幕間・聖夜へのカウントダウン・白い聖夜に祝福を

「おっと、雪が振りだしたね」

「おー、ホワイトクリスマスだぁー♪」

 

 

 無邪気に空から降ってくる白い雪を追い掛けるココアちゃんと、それを眺めて幸せそうにしているはるかさん。

 それを見ながら、私は途中で買った缶コーヒーをちびちびと飲んでいるわけで。

 

 時刻は先程から更に進み、ラットハウスはいつもより早めの閉店となっていた。

 無論、貸し切りでクリスマスパーティー(一次会)をするためであり、現在私たちは別所に頼んでおいたクリスマスケーキを取りに、街の中を歩いている最中である。

 

 夜空には、先程と変わらず元気にプレゼントを配り回るサンタ達の姿が散見されるが……まぁ、特筆すべきことではあるまい。

 なんかリオレウスっぽい謎の白い龍が、モモンガさんと空中バトルしてる気がするけど気にしない。……白金の竜王(ツアー)の代わり、とか言わんだろうなあれ?*1

 

 まぁともかく、空の喧騒に比べれば地上の騒ぎなど静寂のようなもの。降ってくる雪と合わせ、随分とまぁ平和な日だなぁとしみじみ頷いてしまう感じなのである。

 ……だから、なんか厄災モチーフの奴らが飛んでる気がする、とか聞かされても困るんですわ今の私はオフじゃい!

 

 

「……まぁ、今回は八雲さんがどうにかする、と仰っていましたしねぇ」

「モモンガさんとかも居るからどうにかなる、って言ったのはゆかりんだしねぇ」

 

 

 それもそのはず、私が今回その辺りスルーしているのは、パオちゃんがどうにも『獣の厄災』相当だった、という報告が琥珀さんから既にもたらされていたから、というところが大きい。

 なんなら、ユグクェイドなんて『呪いの厄災』相当である。

 

 

「二人とも、全然そんな風には見えないんだけどねぇ」

「まぁ、本来それらの厄災っぽいモノになるはずが、彼女達に横からリソースを掠め取られた……って扱いになってるってところが大きいみたいだし」

 

 

 首を傾げるココアちゃんに同調しながら、うんうんと頷く私。

 

 そう、あのダンジョン攻略、思いの外しっかりと自体解決に貢献していたらしく、彼女達とは別に発生するはずだった厄災達は、結局あのリオレウス擬き以外は吹けば飛ぶような雑魚にしかならなかったのである。*2

 なので、結果として倒すなりなんなりする必要があるのは、あの飛竜だけとなっていたのだった。

 

 ……で、ゆかりんがその報告を受けて『あんな雑魚の厄災だったら私でも倒せるわ』*3とかなんとか宣って、こちらに参戦禁止のお触れを改めて寄越してきたのである。

 いやまぁ、元から参戦する気はなかったので、その辺りは別にどうでもいいのだが。……結局マーリンもキリアも影も形もないから、私が出張ると被害を大きくすることしかできなかっただろうし。

 

 ついでに言うと、空を飛んでいるリオレウス擬きがばら蒔くビームとか光の粒子とかは、地表に着く前にゆかりんが作った『災害とプレゼントの境界』を通ることで、寧ろサンタ達の仕事を手伝うことにしかなってない。

 その辺り、八雲紫という存在の汎用性の凄さを思い知る結果となったというか、なんというか。

 まぁ、その分本人への負担が結構強い、みたいな話も聞いたのだけれど。……少なくとも、相手がゼルレウス……って言っちゃった。*4

 ……あーうん、ゼル(メカ)レウス単体じゃなきゃヤらなかった、と言っていた辺り、私たちのダンジョン攻略あってこその対処というのも間違いではないみたいだが。

 

 ともあれ、空を気にしても得られるのは、大怪獣映画特有の大スペクタクルくらいのもの。

 ならば普通に生活するくらいでよい、となるのは普通のことなのである。多分。

 

 

「まぁ、端から見てもヤバそうだったら、手伝おうか……くらいは言うかもしれないけど」

「こうして見ている分には、その心配は欠片も要らない……という空気ですしね」

 

 

 サンタパワーとモモンガさんの相性が良くないのでは?……みたいな懸念も、どうやらブラックサンタの話を採用しているのか、それほど問題も無さそうだし。*5

 ……そんなことを喋りながら、私たちは空の喧騒を背にケーキ屋へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 それからのことはまぁ、そう多く語る必要はないだろう。

 ケーキを取りに行って、店から出た時にはゼルレウスが人型ロボみたいになっていたけど、代わりにモモンガさん側はマッキーが(半ばヤケクソ気味に)「私の元に集え」とでも言ったらしく、逆に彼女の搭乗機体になって宇宙猫顔を晒していたので、私たちは心置きなくそれをスルーすることができたし。*6

 

 戻ってきたらどうやらビンゴ大会の最中で、巨大ぬんのすならぬ巨大ビワぬいぐるみ(無論たぬき仕様)が当たったらしいマシュが、困惑と嬉しさの入り交じった表情でこちらを見てきたので、思わずおめでとうと言ってしまったりしたし。

 

 予約しておいたケーキが思いの外大きくて、みんなで食べるにしても食べきれる気がしなかったので、仕方なく糖分の悪魔こと銀ちゃんを召喚する羽目になったり。*7

 そのまま二次会だ、とばかりに我が家に雪崩れ込んで、子供達と一緒に夜も更けるまでずっと大騒ぎになったり。

 

 

「ごめんキーアちゃん手伝って!まさかまさかの霊帝襲来よー!!?」

「なんで!?」*8

 

 

 マッキーがバエルっぽいカラーのロボを手に入れたことが切っ掛けとなったのか、何故か出現した霊帝さんが召喚したガンダムバルバトス相手に『もっと寄越せよバルバトス』とばかりに採集決戦仕掛ける羽目になったものの、いつもの喧騒に比べればこんなの誤差の範囲である。多分。*9

 

 

「嘘ですどう考えても去年よりわや!!」

「わやって」

「なんとも言語センスの無さを感じる感想ね」

「喧しい!子供達ばかりに任せるな我々もイクゾー!」<!

 

 

 そんなこんなで、二次会から参加した侑子とかの面子を引き連れて、先行した子供達に引き続き、聖夜にGONGを鳴り響かせるため突貫することになる私たちなのでありましたとさ。

 ……あ、霊帝に関してはあくまでホログラム的ななにかで、本当に出てきたわけではないのであしからず。

 

 

 

 

 

 

「……よもやロボに乗らされるとは思いませんでしたわ……」

「ごめんねマッキー、まさかこうしてマッキー呼びしてることがフラグになるとは……」

「……いえ、そのつもりが無かったのは本当のことでしょうけど、今わざわざそうして呼び方を改めないのは明らかにわざとですわね?このこの!!」

いひゃいいひゃい(いたいいたい)やめへまっひー(やめてマッキー)

「……そこまでされても止めないのだな……」

 

 

 日を跨いだこともあり、サンタもそれに対抗する者達も、もろともに影響力を失った現在。

 一日サンタとして駆け回った互助会の面々を誘い、三次会を行う運びとなったわけなのだけれど……やはり今回一番大変だったのは、さっきの採集決戦でも飛び回る羽目になっていたこの二人、モモンガさんとメジロマックイーンだろう。

 

 なのでまぁ、労う意味も込めて話し掛けに行ったのだけれど……相手から返ってきたのは、ご覧の通りのあつーい()仕返しなのであった。

 ……いやまぁ、メジロマックイーンにマクギリス成分が少しでも付着することになった理由は、まず間違いなく私の呼び方によるものだけれど。

 正直なところビワが存在するこのなりきり郷においては、あのカラーリングの敵が出てきた時点で私の関与なんて些細なものでしかなかったと思うよ、というか。……なので私は改めない。お前は変わらずマッキーだ!(懲りない)

 

 

「ううむ、言われてみれば確かに……たぬきの影響が強いここでは、彼らの多くのように色んなネタをやらされる、というのは頻発しかねないモノだということか……」

「ちょっとトレーナーさん!?」

「なんというか、わりと純粋なウマ娘自体が少ないってのもあると思うんだよね。タマモはご存じの通りアレだし、オグリもまともに見えて色々詰め込まれてる感じだし」

「ゆえにたぬき分が分散されず、メジロにばかり殺到したと。……こうなると、たぬき繋がりでエアリアルが来なかっただけマシ、というやつなのかもしれんな。何気にあれも『白地に青』というカラーリングになることがあるし」

 

 

 なお、こうしてぐだぐだ言ってるうちに、他の人達も集まってきて色々うやむやになったのは言うまでもない。

 

 

*1
『オーバーロード』のキャラクターの一人。正式名称は『ツァインドルクス=ヴァイシオン』で、ツアーは愛称。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の異名を持つ異世界最強の存在。その実力に関しては未知数な所があるが、作者の証言によればモモンガ(と、シャルティア)の天敵なのだとか

*2
『獣の厄災』とは名ばかりのなんか丸っこい生き物(サケブシッポ)とか、『呪いの厄災』とは名ばかりのなんか鈍い巨人(レジギガス)とかがいたそうな。無論レベルは1相当

*3
『鬼滅の刃』サイコロステーキ先輩の台詞『こんなガキの鬼なら俺でも殺れるぜ』から。凄まじいまでの死亡フラグ!

*4
『モンスターハンターフロンティア』シリーズに登場したモンスターの一体で、リオレウスを白にして部分部分を青くしたような見た目の飛竜。……なのだが、何より特徴的なのはその動きだろう。ドリルのように回転しながら地面を掘り進んだり、ダメージを受けると部位が適応進化したりなど、まともな生き物とは思えない性質を多く持ち、また動きも機械じみて居るためついたあだ名が『メカレウス』。ビームとかも撃ってくるヤバいやつ。なお、黒いリオレイアとでも呼ぶべき『UNKNOWN(ラ・ロ)』は対にして敵対するものなのだとか。……レウスとレイアの見た目なのに夫婦ではないとは如何に

*5
サンタの元となったとされる聖ニコラウスの逸話のうち、同伴者『クネヒト・ループレヒト』が悪い子に対しては罰などを与えた、という話を原型とする黒いサンタのこと

*6
無論、『鉄血のオルフェンズ』における『ガンダム・バエル』のこと。白地に青のカラーリングと、マッキーという呼び名と台詞が呼び水となって変化した。なお、元々のバエルと違い、ゼルレウスが変化したこのバエルは普通にビームとかも撃ってくる(鉄血世界観のロボになっといてビームはいいのか、みたいな話もなくはない)

*7
「糖分最高!糖分最高!お前も糖分最高と言いなさい!」「銀ちゃん、ほどほどにしないと()()()にチクるよ?」「……過去最悪な態度だぞオマエ(それは禁じ手ってやつだろ)!」

*8
『スーパーロボット大戦』シリーズにおけるラスボス枠の一人、『ケイサル・エフェス』のこと

*9
クリスマスなんだからバルバトスを添えなければな、という粋な計らい



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二十一章 新年となりましたが相も変わらず大変です
年越しも二回目となっております


「大掃除だよ!全員集合!」

「えー、掃除とかめんどくさいってばよ……」

「こらそこ、ぶつくさ言わない!こういうのはちゃっとやってちゃっと済ませるのが一番なの!ほら、終わったらおやつとか奮発するから!」

「──みんな、掃除なんて張り切って終わらせてやるんだってばよ!」

「思考があまりにも現金的すぎるん」

「やー、ナルトはまだまだお子さまだねぇ」

「……それ、貴方達が言う?」

 

 

 なんだかんだとありながら、クリスマスは無事に終わりましたが、それですぐ穏やかな日々が帰ってくるか、と言うとそういうことではなく。

 もうすぐ年末ですよーということもあって、とりあえず大掃除を済ませてしまおう、という話になった私たちなのでありました。

 

 今年に入ってからうちの入居者()達も随分と増えたため、掃除しなければいけない場所も合わせて増えてしまったのでございます。

 ……それが人員増加に見合う手間なのか否かはまぁ、今は置いとくとして。

 

 ともあれ、新年を気持ち良く迎えるためにも、大掃除は必須行事。

 そういうわけで、各所手分けして掃除をする、ということになったのですが……。

 

 

「……これはひどい」

「わ、私の部屋が汚部屋って言ったか貴様!?」*1

「いや、まだ言うてないけど」

「それ今から言うってフリでしょうが!?」

「ねぇ、今から(君の汚点に)触れるよ」*2

「無駄に台詞をパロるなぁ!!」

 

 

 早々に自分の部屋を掃除し終えた私(そもそも物が少ないので掃除も楽)は、他の面々の手伝いをすることに。

 ……それはいいのだけれど、一番最初の手伝い相手、クリスの時点でちょっと「うわぁ」って言う気分になってしまったといいますか。

 いやだって、ねぇ?まさかまさかの独り暮らしのOLみたいな汚部屋だったんですもの。*3……君、一応まだ未成年だよね?大学の研究員だから、就業してると言えば就業してるんだろうけども。*4

 でもほら、この部屋の様相は……草臥れた三十路OLのもの、って言われても仕方ないと言うか……。

 

 

「喧しい!いいからもう帰ってよぉっ!!」

「それはできない相談だ。私には、この汚部屋を人の住まうことのできる物へと回復させる義務がある」

「退去者の仕事、みたいな言い回しすなぁ!!」*5

 

 

 やめてやめて入らないで、と駄々を捏ねて腰にすがり付いてくるクリスを引き摺りながら、彼女の部屋に進み入る私。

 よかったねクリス、これを見るのが私だけで。もし他の面々──特にかようちゃんとかれんげちゃんとかが見てしまったら、あまりのずぼらさに今まで積み上げた尊敬とか敬意とか、全部吹っ飛ぶんでたかもだし。

 

 

「うるさいうるさい!!なんなのよもぉー!掃除するんだから帰ってよぉーっ!!」

「うーん幼児退行している。仕方ない、ここは手っ取り早く済ませるとしよう。──虚無式・解

 

 

 なお、クリス当人は絶賛崩壊中である。……既にマキセクリスは崩壊した<ボソッ*6

 流石にこのまま、というのは可哀想なので、手っ取り早く済ませるためにちょっと小細工を弄する私である。

 

 

「……え、なに今の」

「始動キーみたいな?」

「ああネギまとかであるやつね。……え゛」*7

「そいじゃま、さっさと終わらせますかねぇ」

「いやちょっと待って、なにする気なのマジで!?」

「なにって……ちょっとお手伝いをね?」

「その不穏な笑みを止めなさい!……ってちょっまっ、ややややヤメロォー!?」

 

 

 横合いからクリスの叫び声が聞こえるが、ははは部屋をここまで汚してしまうような人の主張なんて、聞く耳持ちませーん。

 ……というわけで、私はその呪文をさっくりと唱えるのでした。

 

 

 

 

 

 

「?どうしたんクリスお姉さん、なんかすっごい疲れた顔してるん」

「……いや、なんでもないのよれんげちゃん……なんというかこう、色々と凄いものを見せられただけだから……」

「?」

 

 

 ──数分後。

 魔法によって室内の全てを文字通り綺麗さっぱり片付けた私はというと、先に外に出したクリスがれんげちゃんと話をしている光景に出くわすことに。

 ……まぁ、最初の十分くらいで体調不良になっていたのでさもありなん。

 

 さっき私が使っていた魔法は、部屋の中を丸ごと洗濯機にぶちこむような感じのもの。

 水ではなく虚無ですすぎ洗いとかすることで、室内の汚れやら不要物やらを全て分解して綺麗にする……という、わりと便利なものである。……虚無ですすぎ洗いとは?

 

 まぁ問題があるとすれば、最初の方で壊れて欲しくないものや消えて欲しくないものなどに、洗浄の仕方を指定する必要があるために、結果として洗浄中の洗濯機に首を突っ込むようなことをしなければいけない……ということだろうか?

 室内のモノをぐるぐると循環させながら、目視でいるものいらないもの・消えたら困るものなどを確認していかなければならないので、単純に目が疲れるのである。

 

 ……いやまぁ、流石に私は疲れたりしないんだけど、普通の人はそういうわけにもいかないからね?

 三百六十度周囲を回転する物品達に忙しなく視線を向けながら、いるものいらないもの大切なものを分類していくのは、単純に疲れるのも仕方ないと言うか。

 まぁ、大掃除で一番大変なのって物をわけること、ともいうから、そこら辺時間を掛けないようにするとこうなってしまう……みたいなところあるのだけれど。

 

 ……まぁそんなわけで、クリスは目を回しながらも部屋の中にあったモノの分別を終え、そのまま外に放り出されてしばらく放心していた、ということに間違いはないようで。

 そのため、たまたま通り掛かったれんげちゃんの目に止まり、心配される運びとなったようだ。

 

 

「キーアお姉さん、洗濯機使ってたん?」

「まぁざっくばらんに言うとね?私以外だとどんな感じになるのか、みたいな実験の面もあったわけだけど……んー、実用性としては微妙かもねー」

「そうでしょうねー……」

 

 

 相も変わらず目を回して体育座りしているクリスと、そんな彼女の様子を心配そうに眺めているれんげちゃん。

 そんな二人を見ながら、私はさっきの魔法の改良案を練り始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「それで、一旦休みに来たの?」

「まー、れんげちゃんを見付けたから、相方であるかようちゃんのことも気になった……みたいな?」

「なるほど……」

 

 

 で、私たちはそのまま小休止、ということで台所に向かったわけなのである。

 そこでは換気扇やらコンロやらを掃除している、マシュとかようちゃんの姿が。

 この二人は早々に自分の部屋の掃除を終えたあと、台所の掃除に移った手際のよい組だったり。

 

 

「はい、牧瀬さん。こちらお水です」

「ありがとマシュ……んくっ……んん、ちょっと落ち着いたかも」

「んー、クリスお姉さん大丈夫なん?」

「ああうん、大丈夫大丈夫」

 

 

 マシュから渡されたコップを受け取り、中の水を嚥下したクリスは、ようやく人心地付いたといった感じで息を吐いている。

 ……うーん、この様子だとやっぱり改良点まみれだなぁ、さっきの魔法。

 

 早さと正確さは結構なモノなのだけれど、それを最大限に活用しようとするとどうにも負担が大きいというか。

 となると、なんかこう映像だけ別所から見る、みたいなタイプにするのがいいのかねぇ?

 

 

「……それ、結局酔うでしょ」

「……あー、そういえばそうか。その場にいなくても映像だけで酔う、なんてこともあるよねー」

 

 

 そんな私の呟きを聞き付けたクリスが、少しテンションが戻ってきたというように声を掛けてくる。

 ……確かに、視界がぐちゃぐちゃになるような状況だと、その場に居ようが居まいがある程度影響は受けるか、うーむ。

 

 

「……ええと、せんぱいと牧瀬さんはなんのお話をしていらっしゃるのでしょう……?」

「部屋の中で洗濯機を使う方法なん」

「洗濯機?えっと、各部屋にそういうの設置しよう、みたいな?」

「違うん。全部洗うん」

「?」

「置いてあるもの纏めて片付けるん。これでピカピカになって綺麗に並べられるん」

「???」

 

 

 なお、そうして改良案を出し始めた私たちの横では、マシュとかようちゃんがれんげちゃんからの説明を聞き、『なにを言っているのかわからない』とばかりに首を傾げる姿があるのだった。

 ……まぁうん、詳細を聞かないとわからないよね、部屋の中身を丸ごと洗うとか。そういうキャッチフレーズはよく聞くけど。

 

 

*1
『お部屋』を言い換えたもの。物が散乱したり、はたまた汚れが酷かったりする部屋のこと。ごみ屋敷レベルではないが、それでも人が住む部屋としては結構酷い状態、ということが多い

*2
『天気の子』のキャラクター、天野陽菜の台詞『ねぇ、今から晴れるよ』を捩ったもの。強力な『晴れ女』である彼女は、空に祈ることで短時間ながら青空を呼び寄せることができる。『天気の子』はそんな彼女に纏わる運命の話である。なお、同じ様に天気を晴れにできるキャラクターの台詞として、なんだかんだと真似されることも多い(例:スキル強化で『不夜のカリスマ』(フィールドを『陽射し』特性にする)を覚えたガウェイン(FGO)、フィールドに出現すると天気を『ひざしがつよい』状態にするグラードン・コライドンなど)

*3
何故OLばかりこんなことを言われるのかというと、そもそも男の独り暮らしで部屋が綺麗、というパターンが皆無な為。要するに諦められているだけである。だからといって部屋が汚いことの免罪符にはならないわけだが。……とはいえ、現代の独り暮らしが部屋の綺麗さを気にして生きていけるのか?……と言われると、色々と疑問点も噴出するわけだが

*4
牧瀬紅莉栖はヴィクトル・コンドリア大学脳科学研究所の研究員である。ついでにいわゆる大学院生

*5
賃貸物件における原状回復義務のこと。借りた時の状態に戻して返す、という義務だが、通常の使用によって損耗したものや、経年劣化によるダメージの回復に関しては義務にはなっていない。その為、長く借りている賃貸物件などは、中がボロボロでも原状回復の為の費用を借主に請求することはできない。寧ろ、それら経年劣化などの修繕費は通常の家賃に含まれている、という判断になるのだとか

*6
『マクロス7』より、イワーノ・ゲペルニッチの台詞の一つ『ゲペルニッチは崩壊した』から

*7
『魔法先生ネギま』などに存在する、魔法を唱える前に唱える文言。ここから唱える文言が特別なモノである、と示す為のもの



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掃除のプロに、俺はなる

「よおし、次の人を手伝いにいこー」

「わかったん、うちも頑張るん」

「……え、もしかして私も巻き込まれる感じかこれ?」

「頑張ってね、クリスお姉さん」

「うわぁ、面倒事の匂いがする……」

 

 

 ……失礼なやつだな牧瀬くん。そんなこと言ってると、眼球えぐっちゃうぞ?*1

 ……的なことを述べたところ、「わかったからいいけど怖いわよそれ」みたいな言葉を返されたのでした。ですよねー。

 まぁ、なんとなくフレーズが脳裏に過った、というだけなので意味があるかと言われると微妙なのだけれど。

 

 ともかく、クリスの汚部屋を片付けて、束の間の休息を終えた私たちは、次なる未踏の地へと歩を進めることに。

 流石にクリス級の部屋はそうそうないと思うけど、まぁ一応警戒するのに越したことはないというか。

 そんな軽い気持ちで歩き始めた私たちはと言いますと……。

 

 

「うーん舐めてた!わりとみんな片付け下手だなこれ!」

「ははは、これはちょっと言い返せないかなぁ」

 

 

 次から次へとやって来る汚部屋達の本流に、思わず大笑いする他なかったのであった。

 

 まず一番始めに向かったのはCP君の部屋。

 ここはカブト君との相部屋となっており、二人は基本形態がポケモンということもあって、そこまで部屋を汚したり散らかしたりすることはないだろう、と思っていたのだけれど……。

 

 

「まずカブト君!そういえば君って水棲系の生き物だから、どうしたって水槽は汚れるもんだよねそうだよねー!」

「きゅー」

 

 

 カブト君に関しては、彼の安息の地……もといパーソナルスペースとして用意されている水槽。

 それは、どう足掻いても使っているうちに汚れていくものなので、その掃除は必須。……いやまぁ、最先端技術を使った藻とか汚れとか付きにくい水槽にはなってるんだけど、それでも水垢とかは中に生き物が居る以上発生して然るべき、ってわけでして。

 なのでまぁ、これの整備にそれなりの時間が掛かる、というわけなのです。

 

 で、部屋のもう半分であるCP君のスペースなんだけど……。

 

 

「これはひどい」

「インスピレーションとリビドーの赴くままに作ってるからねー。あ、新作あるからその内着てくれる?」

「い や で す !」

 

 

 これが酷いのなんの。……いやまさか、初っぱなからクリスの汚部屋級のものが飛んでくるとは思わないじゃない?

 ……後ろで抗議している誰かさんの声が聞こえてくる気がするが、ここに関してはスルー。

 ともかく、アレを比較対象に持ってくるレベルのものが投げ付けられた、ということに関しては間違いではない。

 

 壁際に増設されたハンガーラックには、作り掛けの服達が所狭しと立ち並び、床には糸やら布やらが散乱し足の踏み場はない。

 確かCP君って、服作りの全工程を一工程で済ませられるはずだから、こういう作り掛けの服とか普通は発生しないはずなんだけど……。

 どうにも彼女の言うところによると、こうして実際に手作りすることでしか得られない経験があるのだとか。……正直よくわからないが、それが彼女のこだわりだというのなら細かいことは言うまい。

 

 ただ一つ問題点があるとすれば、そうして作るのはいいけど全然片付けられてない、ということだろう。

 ……っていうか、さっきのクリスにしてもそうだけど、だったらせめて備え付けのクローゼットに全部放り込む、くらいのことはして欲しいのだが。

 あれ、中の空間が拡張されてるから、ほぼ無限に等しい量をしまいこめるはずなんだけど?

 

 

「いやその……」

「なんでも入れれるから、と色々入れてたら、なにが何処にあるのかわかんなくなっちゃったんだよねー」

「ええ……」

 

 

 そんな感じのことを聞いた二人はというと、無限に入れられるからと言ってそれを把握できるかと言われるとそれは別の話だ……という、なんとも情けない話を口にしたのだった。

 ……要するに、場所が無限だと際限なくなんでも入れてしまうため、却って把握しきれなくなる……みたいな?

 

 そう言いながら彼女達が見せてくれたのは、今までのクローゼットの使用履歴。

 なんでも入れられるため、その総量を把握するために目録が必要だろう……という考え方から、入っているものの預け入れや、引き出しの履歴が記録されるようになっているので、それをリストにしたものである。

 

 それを見ると、なんともまあ恐ろしいことに、一日に放り込まれる物品の数が尋常じゃなかったり、はたまた似たような物品が一日に何度も引っ張り出されていたりと、なんというかちょっと使い方おかしくない?……みたいな気分を引き起こす使われ方をしていたという痕跡が、生々しく残っていたのだった。

 ……で、その辺りの『なんでも入れてしまう』『何処になにがあるのかわかり辛い』『そもそも目で見えないので総量が分かりにくい』という問題について考えた結果、実際に部屋に置いとくのが一番わかりやすい……なんて暴論にたどり着いたのだとか。*2

 

 ……典型的なまでの片付けられない人間の言い訳に、思わず私が頭を抱えたことは言うまでもない。

 いや、CP君はまだしも、クリスは仮にもエリート中のエリートなんだから、これくらいの整理はして欲しいんだけど。

 こうして中の物をリスト化して、端末上で管理しやすくなってるんだからさぁ?

 

 

「いやその……仕事でもないのにパソコンと向き合いたくないなぁって言うか……」

「おお、もう……」

 

 

 なんて言葉は、目を逸らしながらごまかすように小さな声を出す、目の前のクリスの姿によって粉砕されることとなるのだった。……うーん、典型的な仕事中だけ有能なタイプ……。

 

 まぁ、クリスと言えばなりきり郷の中でもごく少数の方に分類される、()()()()()()仕事をしているタイプの人間なので、家では仕事を想起させるものを触りたくない……というその気分そのものは、まぁわからなくもないのだけれども。

 

 なお、やりたくて仕事をしているのではなく、必要があるから仕事をしているタイプは、クリス以外にも琥珀さんのような研究職・それからトキさんとかのような医師が該当する。

 ……なので、そういうことやりながらちゃんと私生活もシャキッとしている、トキさんとかブラックジャック先生とかが居る以上、本当はこの言い訳も微妙と言えば微妙だったりする。まぁ、指摘はしないけど。

 

 

「……ええぃ、こうなると他の人も汚部屋な可能性が出てくるじゃないか……っ」

「流石にこれは疲れるん。また休みに行くん?」

「んー……こればっかりは必要な作業量の問題上、休みを入れないわけにもいかないしねー……」

 

 

 そんなことを言いながら、とりあえずCP君とカブト君の部屋を片付けた私たち。

 今日中に全部終わらせる必要がある、というわけでもないので、最悪他の人は明日でもいいのだが……乗り掛かった船なので、ある程度は終わらせておきたいところでもある。

 

 だがそうなってくると、今度は一緒に付いてきているれんげちゃんの負担について考える必要が出てくるわけで。

 ある程度大人にも張り合えるだけのスペックを持つれんげちゃんだが、スタミナに関してはそうでもない。

 なので、ある程度動いたらしばらく休憩を入れる、という必要があるのだ。

 

 ……じゃあれんげちゃんは別の場所に回せばいいのでは?と思われるかもしれないが、現状他人の手伝いという形ではない大掃除の場所は、実は台所くらいしか残っていないのである。

 外観に関しては、そこまで汚くなるものでもないし、玄関も常日頃綺麗にしているので、そこまで時間の掛かるものでもない。

 

 あとはお風呂場・洗面所と言うことになるが……実は、それらは前回の模様替えの時に個室に一つずつ配置、という形に変更したため、必然的に他人の掃除の手伝いの区分になってしまうのである。

 ……共同スペースとして風呂場を用意するのはよくない、みたいな思惑も含まれていなくもなかった模様替えだが、こうして考えるとよかったのか悪かったのか、微妙な気分になってくるというか。

 いやまぁ、プライベートスペースとして用意するのは、決して間違いではないと思うんだけどね?実際、さっきのカブト君の水槽も、元を正せば個人用の浴槽を転用したものなわけだし。

 

 

「んー……とりあえず台所に戻ってから考えよっか、ほらクリスも燃え尽き症候群みたいになってるし」

「……それは単にキーアお姉さんに色々言われたからなん」

「…………」

 

 

 まぁ、悩むよりも行動する方が易い、みたいなのが私たちである。なので、一先ず一回台所に戻ることにするのだった。……クリスも真っ白に燃え尽きちゃってるし。

 

 そんなわけで、反応を示さないクリスを引き摺りながら、台所に戻った私たち。

 先程から約一時間ほど経過しているわけだが、台所に居た面々からはお早いご帰宅で、みたいな感想を抱かれそうだなぁと思いながら部屋に入り。

 

 

「助けてくれキーアぁぁあっ!!?」

「へぶしっ!?」

「せ、せんぱーい!?」

「き、キーアお姉さんがふっとんだん!?」

「なるほど、つまりはふとんだってことだねれんげ?」

「かようはいったいなにを言ってるん!?」

 

 

 横合いから腰辺りに高速タックルをくらい、そのまま台所の地面をごろごろと転がる羽目になったのであった。……地味に痛ぇ!?

 体の至るところをあちこちにぶつけてしまったため、痛みで地味に悶える私は、そこでようやく腰に飛び付いてきた相手が誰なのか、ということに気が付く。

 

 

「……えーと、ハクさん?」

「聞けぇキーアよ!このままだと我、部屋から追い出されて路頭に迷うことになるぅ!!」

「……はぁ?」

 

 

 それは、まるでどこぞの駄女神のように、顔を涙でぐしゃぐしゃにしたハクさん。その美人な顔が、まさしく千年の恋も一瞬で冷めてしまうほどに無茶苦茶になっているわけなのだが、一体どうしたというのだろうか?

 そうして首を捻る私だったわけなのだが。

 

 

「わーん、吾も追い出されるぅ~(棒)」

「ほぐぇっ」

「せ、せんぱいぃっ!?」

「わぁ、まさかの天丼だぁ」

「かようはなんでそんなに冷静なん?」

 

 

 再びの衝撃。

 半身を起こしていた私は、その頭部分に突っ込んできた何者かと一緒に、再び地面をごろごろ転がることに。……塊魂かな?

 

 思わず現実逃避する私が、改めて揺れる視界の中に映し出したのは、なにを隠そう最近うちのメンバーになったパオちゃんが、なんとも気の抜ける棒読みで私に助けを求める姿なのであった。

 ……つまり我吾(われわれ)コンビだな!(意味不明)

 

 

*1
日日日(あきら)氏の作品、『蟲と眼球』シリーズの主人公・眼球抉子(がんきゅうえぐりこ)のキメ台詞。スプーンが武器なので、これで色々えぐっちゃうぞ☆()

*2
しまうとものが何処にあるのかわからなくなる、というのは片付けができない人間がわりと言う台詞だったり



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英雄とあやかしの相性はよくないもの

「……ええと、とりあえず離れて貰えるかな、二人とも」

「……はっ!そそそそうでした!うらやま……こほん。お二人とも、せんぱいが苦しそうにしていらっしゃいますので、さっさと離れてくださいっ!」

「ぬ、おおこれは済まんな」

「吾も退けるぞ~」

 

 

 なんで二人して私に飛び付いてきたんです?

 ……という疑問もそこそこに、マシュによってべりべり剥がされていくハクさんとパオちゃんである。……いやまぁ、一応手を貸して立たせた、というのが正解なんだけど、こう……空気感がね?

 

 まぁともかく。私自身もマシュに手を貸して貰って立ち上がり、改めて二人と向き合うことに。

 一人称のよく似ている二人だが、キャラは別物。……ゆえに、そんな二人の行動が重なる、というところに微妙にいやな予感を覚えるのだけれど……。

 

 

「……はっ!そうだった、助けておくれキーア!我このままだと明日から路頭に迷う!」

「そうそう、助けてキーア。住むとこなくなるのは正直つらーい」

「は、はぁ……?」

 

 

 彼女達(主にハクさん)は混乱しているのか、なにを言いたいのかが煩雑としていて理解できない。

 二人とも、なにやら家を追い出される危険性を感じている、ということは間違いではないようだが……?

 と、そんな感じに二人の言葉を聞いた私が、首を捻りつつ考え込んでいると。

 

 

「─まーたーぬーかーあーやーかーしーどーもー!!」

「ほぎゃぁ!?ききき来たぁっ!?」

「わー、見つかったー」

「……んん?」

 

 

 台所の入り口の方から、響いてくる男性の声。

 だが、声こそすれども姿は見えず、一体なにが?……と一瞬困惑した私は、

 

 

「……あっ、なるほどイッスン君」

「如何にも!某はイッスン、一寸法師なれば!」

 

 

 そういえば二人と相性悪そうな人が一人いたな、と思い至り手を叩く。……それに合わせるように、下の方から机の上にぴょんっと跳んできたのは、なにを隠そうイッスン君なのでありました。

 

 うーむなるほど、確かにイッスン君はわりと真面目なタイプの人、なにか問題があればビシバシ指導してくる可能性は、普通に高い方だと言えるだろう。

 ついでに言うと、今ここにやって来た二人は区分けするとすればあやかしの類い、英雄とかの区分になるイッスン君とは相性が良くない、というもの確かな話である。

 ……いやまぁ、それを言うなら私とも相性が悪くなるはず、なんだけどね?

 

 

「いやいや、キーア殿にはそういう隔意はござらんよ。どう見ても善人でしかござらんしな」

「んー?これって褒められてるのかな?」

「ははは。……ところで、そこの二人を引き渡して欲しいのだが、構わぬかな?」

 

 

 なお、本人の反応はこんな感じ。……舐められてるわけじゃないのだろうけど、生暖かい目で見られている気がするのは気のせいかな???

 ……まぁいいや。ともあれ、彼が二人を追い回していた、というのは間違いないらしく。

 じゃあそれはなんで?ということなると……。

 

 

「この二人、部屋の中を無茶苦茶にしておったのだ!」

「無茶苦茶とな……?」

「ええと、イッスンさん?それはどのように無茶苦茶だったのでしょうか?」

「むぅ……口で説明するのは難しいな、実際に見て貰うがよかろう」

「えー……」

 

 

 この二人、部屋は別々で個室なのだが、どうにもどちらにもキレ散らかすほどの酷いことになっていた……というのが彼の主張なようで。

 うーん、さっきのクリスの部屋やCP君達の部屋よりも酷い、となったりしたら、私卒倒しそうなんだけど……?

 そんな気持ちから、ちょーっと行きたくないなー感を醸し出す私なのだが、イッスン君にはどうにも伝わらなかったみたいで。

 

 

「ともかく、一緒に来てくださらぬか?無論、そこの二人も一緒に……だ」

「わかったん!うちたちがついていくん!」

「あっちょ、れんげちゃん?」

 

 

 ついでに言うと、れんげちゃんにも通じてなかったみたいで。

 やる気十分、とばかりに張り切る彼女の姿に、この提案を回避することは不可能だと悟った私は、小さくため息を吐いたあとに彼らへ了承の意を示すこととなったのだった。

 

 

 

 

 

 

「おおう、これは……」

「な、酷い有り様であろう?」

 

 

 先導するイッスン君の背を追い掛ける私は、部屋に近付くごとに元気を失っていくハクさんの姿に、思わず『一体この先なにが待ち受けているんだ……?』と戦々恐々したりしていたわけなのですが。……え?パオちゃん?寧ろなんか元気になってたような。あれだよあれ、『大変()()()()()元気』みたいな?

 

 ……流石の私もここまで情報が出揃えば、彼女に混ざっているもう一つがなんなのか、ということに気付いてくるわけだが。

 そうなってくると、どこぞのスキル沢山系黒幕女子の参戦も秒読み、みたいな空気になってくるので、結局気付かなかったふりを続けることとなるのでした。……流石にあの人まで来ると収拾が付かねー!*1

 

 パオちゃんのことは一先ず脇に置いて。

 二人がどうにも部屋の中を見られたくない、という気持ちを共有している、ということは間違いなさげ。

 それがパオちゃんに限っては、逆説的な感情になっているようだが……ともかく、ここまで露骨な反応だと正直怖いもの見たさ的な気持ちも沸き上がってくるというもので。

 いやまぁ、そう思わないとやってられないって部分もなくはないのだが。

 

 ともあれ、ようやくたどり着いたハクさんの部屋の扉の前で、私は小さく固唾を呑み込むと、その扉を勢いよく開いたのだった。

 で、その時の台詞が、冒頭のものである。……で、なにがあったのかというと。

 

 

「……いや、確かにこっちって空間拡張技術凄い発展してるけどさ?まさか家の中に家を建てるとは思わないじゃんよ……」

「おいなりさまなん。おいなりあげたら喜ぶん?」

「……まぁ、曲がりなりにも狐区分じゃからの、我」

 

 

 扉を開けた時、真っ先に飛び込んできたのは抜けるような()()

 中天に輝く太陽に、その下に設えられているのは、大きな社。

 ……うん、要するに扉を開けたら神社が目の前にあった、というわけである。しかも結構立派なのが。

 

 思わずどういうことだ、と視線をハクさんに向けるが、彼女はふいっと視線を逸らして、こちらに目線を合わせようとしない。

 ……どうにも叱られる、と思っているようで、気まずさがいっぱいいっぱいらしい。

 

 まぁ確かに?こんな社を建てている、なんて話は聞いた覚えがないし、そもそもこれを建てるリソースをどこから捻出したんだ、みたいな疑問もなくはない。なくはないのだが……。

 

 

「まぁうん、別に怒ったりはしないよ?」

「なぬっ!?」

「ま、まことかキーア!?」

「うん、まことまこと。キーアん嘘付かない」

 

 

 正直、()()()()()()()()()()()()()()()ので、ビックリしたものの拍子抜けした部分もあるというか。

 そう口にすれば、ハクさんとイッスン君は対照的な態度を見せるのだった。……イッスン君からしてみれば、人の敷地の中で自身の陣地を引いているようなものなので、これが許されるわけがないと思ったのだろうが……。

 

 

「ちょっと前のダンジョンについてもそうだけど、別に一つの建物の中に別の建物を作っちゃいけない、なんて決まりはないからね」

「……そうなのか?」

「うん。まぁ、あんまり大規模なものになると、届け出くらいはした方がいいってことになるみたいだけど……これに関してはあくまで一部屋の中で完結してて、他の拡張空間に悪影響を及ぼしてる感じもないし、特に問題はないと思うよ?……いやまぁ、社を建ててたのはビックリしたけれども」

 

 

 陣地、と言っても、私たちの立っている場所は、そのほとんどが拡張空間。

 言うなれば実数的に存在しない場所なので、よそに迷惑を掛けたりしない限りは、特に主張されるべき義務も権利もないのである。

 まぁ、家主に相談くらいはして欲しかった、というのは確かだが、区分的には模様替えの規模に収まってしまうので、特に咎める理由もないのだ。

 

 ……というようなことを述べたところ、イッスン君はむむむと唸ったのちにこう返してきた。

 

 

「だが、ハクはかつて厄災だったのであろう?それが自身の陣地を作る、ということに忌避感はないのか?」

「あー、反乱分子になるんじゃ、的な危惧ってこと?それなら大丈夫、結局のところこの家の外にはみ出してないから、最悪うちの内装をリセットすれば全部消し飛ぶから」

「えっ」

「えっ?」

 

 

 それは、かつてこのなりきり郷に敵対した存在が、好き勝手するのを許してもいいのか、というようなもの。

 ……この辺り、ほんのり自分のことも重ねて声をあげているような気がするが……今は置いとくとして。

 陣地を放置していいのか、という疑問に関しては、そもそもここでは地脈を掴むこともそう叶わないので、問題はないと返す。

 何度も言うが、今私たちが立っているのは拡張空間。実際の地面の上に、仮想的な空間を重ねて居住区にしていると考えるのが正しい。

 そのため、陣地を作ったところであくまでも仮想空間内、その仮想空間を破棄するだけであっさりとその陣地は消え去ってしまうのである。

 

 なので問題はない、と言ったのだが……何故かハクさんが滅茶苦茶驚愕していた。……ええと、この驚き方は……?

 

 

「……あー、もしかしてですけど。遥か遠い未来、見知った人が居なくなるような時、自身の依り代にするのに丁度いいなー、とかなんとか思ってらっしゃったとか……?」

「……我は主らとは違い、中身を持たぬ【顕象】。寿命、というものがあるのかも怪しいのでな、なにかしら安心できる場所の一つや二つ、作っておいた方がよいかと思っていたのだが……」

「…………ゆかりんに寿命があったらおじゃんですね」

「ぬわー!!我の三ヶ月分のへそくりがー!!」

 

 

 ……どうやら、半永久的に使える避難先、として建築したものであったらしい。

 まぁ、さっきから言っている通り、意外と脆い場所なので、星が滅ぶよりも先に普通に瓦解する可能性も高い。

 大枚叩いて作ったらしいところ悪いのだが、正直砂上の楼閣以外の何物でもないと言いますか……吹けば飛ぶよな夢の島、みたいな?

 

 そんな感じに現実を突きつけたところ、ハクさんは頭を抱えてのたうち回ることとなるのでした。……あーうん、折角家建てたのに、みたい感じかな、これ。

 

 

*1
『おやおや、僕一人が混ざったところで、君みたいなやつならどうにかできるんじゃないかい?』



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図鑑を見るととんでもない生態をしていたりする

 のたうち回ったあと動かなくなったハクさんについては、一先ず置いておくことにして。

 

 とりあえず、この社に関しては放置。

 なんか変な縁でも辿ったのか、境内は紛うことなき神気に包みこまれているため、不浄とか発生しそうもないのである。……ハクさん的には息苦しくなったりしないのかな、ここ?

 そう尋ねると、彼女は地面に突っ伏したまま「同族がしれっと良妻面してるから大丈夫」などという、一見意味不明な答えをこちらに預けてくることとなるのだった。

 

 ……えーと、もしかしてどこぞの最高神様(天照様)のことを仰っていらっしゃいます?*1

 そういえばキャットも居たし、どっかで見てる可能性はあるのかなー。……ハクさんとは属性的に近いところもあるし、なんか加護でも与えているのかも。

 

 そうなってくると、どことなくイッスン君の反応がシビア*2だったことにも頷けてくる。

 なにせ彼の大本は少彦名命、天津神の一柱ではあるものの、国津神である大国主神を手伝った者である。……どことなーく反抗心とかが出てきてしまっても、それは仕方のない話だと言えるだろう。*3

 まぁ、その辺りのことを彼は認知してないだろうし、認知したら認知したで苦い顔をするのだろうが。

 

 ともあれ、この社を移設したり壊したりするというのは、下手をすると主神様に『そんなことするとぉ~、タマモ、呪っちゃうぞ☆』とかされかねないので、とりあえず放置が一番ということになってしまうのだった。

 

 ……なので、ぐずるハクさんを引き摺って、次の場所──パオちゃんの部屋へ。

 この分だと、彼女の部屋の中もすっごいことになっているんだろうなぁ、と半ば諦感を抱きながら、歩くこと数分。『私の部屋』などという、パッと見ただけだと誰の部屋なのか全然わからない表札のくっついた*4扉の前に立った私は、他の面々に合図を送ったのち、バッとその扉を開き。

 

 

「ぬわーーーーっ!!?」

「き、キーアダイーン!!……って言ってる場合ではなうおあーっ!?!?」

「部屋の中から雪が出てきたん、なだれなん」

「言うておる場合か!?逃げるぞ皆のもの!!」

 

 

 中から飛び出してきた白い濁流──つまるところ雪の大群に、見事に押し流されることとなるのであった。これ死ぬやつぅーっ!!

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った」

「嘘つけっ!!途中で『どうせ流れには逆らえないんだ、だったら私は乗るぜ、このビッグウェーブに!!』とかなんとか言いながら、雪の上を華麗に乗りこなしておったではないか!!」*5

「ははは、気のせい気のせい」

 

 

 止めどなく部屋の中から飛び出してくる雪の多さに、このままだと良くないことになると察した私が、雪を超圧縮してホワイトホール()を作り出してから暫く。*6

 ようやく一息ついた私たちは、どうにか元の位置──パオちゃんの部屋の前までたどり着くことに成功していたのだった。

 

 なお、特殊な隔離手段で留めているものの、どうにも部屋の中にはまだまだ雪がいっぱいあるみたいで……。

 

 

「……そういえば、大量の雪を操ってその中で遊ぶ、とかなんとかすっごいはた迷惑な生態をしてるって書かれてたね君……」

「はた迷惑とは心外な。これが吾の生きる道、というやつなのだぞ?るきるきるき」

「その笑い方って、実はなにかしらごまかそうとしている時のやつだな???」

 

 

 雪だけを通さないその障壁から向こうを覗き、一面の銀世界に思わず呻いた私に、パオちゃんはからからと笑みを浮かべていたのだった。……うーん流石は厄災ポケモン、やることのスケールが違う。

 

 ……まぁ、部屋の中で完結しているのなら、こっちに関しても問題はないと思う。……思うのだが、同時にどんだけ出てくるんだ、みたいな規模の雪が大量に蓄えられている部屋、というのはそのうち重力崩壊起こしそうで怖いような気持ちもあるというか。

 

 

「ん?そうなのか?」

「際限がないって言っても、物理的な力が働いてないってわけでもないからね。……いやまぁ、流石に自然と重力臨界迎えてしまう規模の雪を溜め込む、なんてことはできないと思うけども」

 

 

 こちらの言葉に首を傾げるパオちゃんに、一応注意をしておく私。

 ……この拡張空間は、一応無限の世界というわけではない。膨大ながらも限度はあり、そこに物を詰め込んだとてブラックホールになるような質量の集中が起きることは、普通に考えてあり得ない。

 ……あり得ないはずなのだが、彼女はパオジアンのフレンズ。多量(100トン)の雪を軽々操る彼女ならば、雪を圧し固めてスペースを広げる、なんてことも可能なはず。

 普通の雪はとても軽いが、圧縮すればどんどん重くなるもの。それが一見無限に近い許容量の場所に詰め込まれればどうなるか、というのは想像だに難くない。

 

 まぁ、そんなことになる前に管理システムから警告が出るだろうし、そもそも雪をブラックホールにするのに必要な質量がどれほどか、ということもわからないので杞憂に過ぎないとは思うのだけれど……。

 

 

「……逆接使いっぽいのがなぁ」

「ぎゃくせつ?」

「矛盾があるものを結びつける論法、とでも言うべきかな。服を着ている、()()()寒い……とかね」

 

 

 パオちゃんに混ざっているものが、多分恐らくきっと贄波生煮(にえなみなまにえ)である、ということが微妙に問題となってくるというか。

 

 ──贄波生煮。

 漫画『めだかボックス』に登場するキャラクターの一人であり、言葉(スタイル)使いとも呼ばれる特殊な技法を使いこなす人物の一人でもある。

 そんな彼女が使うのが、逆接・ないし逆説。

 これは、前半部分で言ったこととは相反する物事を引き起こす、『だからこそ』の能力である。

 その能力はとかく強力であり、起こる確率の低い物事ほど引き起こしやすくなる、という無茶苦茶な性質を持っている。

 

 ……まぁ、言葉使いは本来戦闘用の技法ではないらしく、そうやって攻撃に使うのは色々と問題があるらしいのだが。

 ついでに言うと、あくまでも『言葉』であるので、話を聞く気のない相手──怒っている相手だとか赤ちゃんだとか無機物だとかには通じない・ないし通じ辛いなどの問題点もあるらしい。

 

 

「そういう意味では、この間君が話してたやつ──『統一言語』だっけ?あれの下位互換的なもの、とも言えなくもないかも?」

「……いやまぁ、あれは言語系の中でも普通にトップクラスだから」

 

 

 トップクラス過ぎて、ちょっとナーフされたこともあったりするから……。*7

 

 その辺りはまぁ置いとくとして。

 ともあれ、このパオちゃんに混じっているのが彼女である場合、『限界を迎えている、()()()越えられる』みたいな感じで、上限以上の雪を溜め込まれる可能性もあるわけで……。

 そりゃもう、警戒しちゃうのも仕方ないってものなのである。

 まぁ、今のところ気にする必要はないと思うんだけどね、一応ってやつよ一応。

 

 

「ふぅむ?では吾の部屋の検分はしない、ということか?」

「……その言い方だと、中になにかあったりする?」

「さぁて、どうだろうな?」

「わー!あるやつじゃんもー!!」

 

 

 ……そのはず、だったんだけどねぇ?

 パオちゃんが意味深な笑みを浮かべているせいで、どうやらなにかしら確認を取る必要性のあるものがある、という可能性が生まれてしまったわけで。

 うーん仕方ない、あんまり入りたくはないんだけど、入るしかないかー。

 そんなことを呟きながら、私は部屋の中へと歩を進めたのでございます。……で、その結果……。

 

 

「……わー、ティガレックスとかポポとかが歩いてるーうふふー」*8

「キーアお姉さんがこわれてしまったん……」

「うむ、気持ちはよくわかるぞ……扉を抜けるとそこは別世界でした、みたいなことを言われれば、こういう反応にもなろうというものよ」

「なー!なー!?だから言ったであろー!?良くないってー!こやつヤバイってー!!」

 

 

 このお部屋が、モンスターをハントする世界っぽい場所と繋がってる、ということを思い知り、思わず気絶しかかる羽目になるのでした。

 ……なんでや!!

 

 

 

 

 

 

「おや、珍しい人が。おいっすキーアさん、どうしたんすかこんなところで」

「お前かー!!これはお前かー!!!」

「はっはっはっ、なんのことだかわかりかねるっすよー」

 

 

 これってどう考えても雪山マップだよなぁ、などとこちらを遠巻きに見ているブランゴの集団を眺めながら、思わず遠い目をしてしまう私。*9

 そうして周囲を見て回るなか、唐突に現れたあさひさん……もといミラルーツさんに、私はこいつが諸悪の根源か、と詰め寄ることとなっていたのでありました。

 いやだってさぁ!!どう考えてもこの人のせいじゃんこれ!!いやまぁトップ相当の人が居るんなら、大きな問題にはならないかもしれないけどさぁ!!?

 

 

「あー、一応言っとくっすけど、これ私達の共通認識で成り立ってる仮想空間っすよ?」

「仮想のものが既に現実に侵食しまくってるこの状況で、これは夢だって言われて安心するやつがどこに居るんですかねぇ!!?」

「あはははは」

「笑うなーっ!!?」

 

 

 一応、本当にモンハン世界に繋がったわけではなく、モンハン由来のモンスターが増えたことによって、共通認識の幅が広がり仮想空間が生み出された、みたいな感じの話らしい(なので、本来肉食で狂暴なティガレックスとかも、のほほんとそこらを徘徊している)。

 ……まぁ、そもそも創作物であるゲームやアニメのキャラクター達が憑依してきている、というのが今の私たちの状況なので、仮想だとか空想だとかはおためごまかしにもなりやしないのだが。

 

 なーんで神様みたいな奴らは、どいつもこいつも問題を持ってくるのかねぇ……と頭を痛める私。

 なお、れんげちゃんはいつの間にかティガレックスと仲良くなって、その上に乗せて貰ったりしている。……竜騎兵の復活かな?(白目)

 

 

「……あー、とりあえずもうちょっと仔細を確認した方がいいよね、これ」

「だなぁ。一応、上の方に行けばクシャルとかも見れるよ?」

「……どっかにウカムも居る、とか言わないよねそれ?」

 

 

 雪山って意外とモンスターが多いんだよなぁ……。

 そんなことを愚痴りながら、私はあさひさんも加えた面々で、雪山を捜索することとなるのだった。

 

 

*1
『みこーん☆一体どこの良妻狐のお話なのでしょうか?タマモー、困っちゃいまーす☆あでもでも、本体の性悪狐とは私別人ですのでー、それを一緒にされるのはどうにも、と申しますかぁー?』

*2
英語『severe』から。手厳しい、厳格なという意味の言葉で、日本語として使う場合も意味としてはほぼ同じ

*3
端的に言うと、天照達『天津神』は大国主神達『国津神』を日本から追い出した、ということになる。一応穏便に話は終わっている為、そこまで掘り返すものなのかは不明

*4
誰だかわからない、()()()わかる……という寸法

*5
2008年7月11日、日本初発売となったAppleのスマートフォン『iPhone 3G』の行列に並んでいた、とあるモヒカンが特徴的な人物の言葉『乗るしかない、このビッグウェーブに』から。見た目のインパクトと言葉のインパクト、共に大きなモノであった為記憶に残ったようだ

*6
ブラックホールの反対、吸い込まれた物を放出するとされる天体。対となる概念ではあるが、現状実在を示す証拠はなにもなく、飽くまでも仮説上の天体となっている

*7
映画での話。耳栓で防げるようになっていて困惑した人もいたとか。一応、作劇的にわかりやすくする意味合いもあったのだと思われる

*8
どちらとも『モンスターハンター』のモンスター。ポポに関しては食用飼育もされる牛のような生き物、ティガレックスは『レックス』と付くように恐竜系の見た目のモンスターである

*9
雪山に住まう猿系のモンスター。徒党を組んで攻撃してくる白い猿



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雪山には神が住まうという

「……そこら辺を動き回ってるのって、ギアノスじゃなくてランポスなのあれ?」*1

「一応どっちも居るっすねー。ここって時系列とか無茶苦茶なんで」

「……まぁ、フルフルとかギギネブラとかも普通に寝てるしねぇ」*2

 

 

 みんなを連れて雪山を見て回る度、なんじゃこりゃと叫びたくなるのを抑える羽目になっている私であります。

 

 ……ゲーム的には一種、多くて二種くらいしか一緒に出てくることのないモンスター達*3が、この幻想の雪山においては無数に姿を見ることができてしまうのだ。

 ドドブランゴ*4とティガレックスが仲良さげに日向ぼっこしてるのとか、恐らくこんな場所でしか見ることのない光景だろう。

 ……貴重なのは貴重なのだが、なんというか違和感が凄いというか。いや、君ら生存競争的には争ってないとおかしいよね?なんで仲良さげにしてるの?

 

 

「そこはまぁ、私の影響下っすからねー。面倒な揉め事は起こさないのが一番、ってやつっすよー」

「うーんこの神様発言……」

「あ、吾の意向も幾らか入ってるぞー、争うべき、()()()争わない、みたいな感じで」

「うーんこの天の邪鬼発言……」

 

 

 そんな私の疑念は、二人のモンスター達によってたちまち瓦解するのでした。……いや無法かこいつら。モンスターだから無法だったわ()

 私の頭痛が酷くなる理由については、この二人の様子から理解することができると思う。っていうかしろ()

 

 

「でもうち、ここの子達けっこう好きなん。かようにも見せてあげたいん」

「かようちゃんに?……うーん、でも普通の子がこんなの見たら、卒倒するんじゃ……ないかなと思ったけど、よーく考えたらかようちゃんは普通じゃなかったね!じゃあ大丈夫だ!今度連れてこよう!」

「やったん。わーいなん」

「喜ぶな喜ぶな。……というか大丈夫かキーア。目がぐるぐるしておるぞお主、どう考えても混乱状態じゃろお主」

 

 

 あっはっはっ、こんな状況下で正気なんか保ってられるかってんだチクショーメ(涙目)。

 ハクさんからの真っ当なツッコミに涙しつつ、やってらんねーやって気分バリバリで、雪道を歩いている私なのでありました。

 

 で、そんな感じの束の間の雪山観光の結果ですがー。

 

 

「……一応存在してるのは雪山と凍土だけなんだね、ここのマップ」*5

「私達の想像力や記憶力を元に、形作られてるっすからねー。今回はそれ以外の部分には手が回らなかったんっすよ」

 

 

 白々しい言葉を吐くあさひさんにジト目を向けつつ、改めて今回の探索の結果を思い起こす私。

 

 雪山から降りると本来ならば山の麓……とある(ポッケ)*6に近付くため、雪が溶けて草の生えている地面が見えてきたりするのが普通なのだが、降りた先にあったのは別のマップであるはずの凍土。

 ……ベリオロスの主な生息地でもあるので、別に合ってもおかしくはないと思ってはいたが……いや、記憶からの再現だからって適当だな、マップの繋がりが。少なくとも隣にあるとかじゃなかったでしょ、この二つ。

 

 いやまぁ、もし仮にあさひさん(ミラルーツ)側の記憶の再現が多かった日には、シュレイド城*7とか再現されて他のミラ系がわっしょいしてくる……なんていう、悲劇以外の何物でもない事態が引き起こされていた可能性もあったため、これで済んでるだけまだマシな方ではあるのだが。

 ……でも凍土も雪山もミラルーツとはなんの関係もない場所なのも確かなので、なんかごまかされてるんじゃないかなー?……という気もしてくる私なのであった。

 

 いやほら、モンスター系の『逆憑依』って、自身の領地を作る際に原作での自身の領域を再現したがる、っていう癖みたいなモノがあるってことがわかってるんだけどさ?

 ここで思い返して欲しいのが、あさひさんが普段居る階層の見た目について。……うん、のどかな牧草地、みたいな見た目なんだよね、あそこ。

 

 湖の畔に、誰が使うのかよく分からないログハウスがあったり、魚や鳥のような普通の生き物も住んでいたりするし。

 ……あとそういえば、モンハンにおける環境生物──黄金魚やバクレツアロワナ*8、それからあのドスヘラクレス*9さんとかも居たはずなので、あそこがモンスターなハンターの世界観に染まった場所である、ということは間違いあるまい。

 

 多分、あの場所の参考になっているのは、ハンター達が色んなものを栽培したり繁殖させたりしている牧場、だと思うわけなのだが……牧場とミラルーツに関係があるか、と問われれば『ない』って返すしかないことは、賢明な視聴者諸君にはよーく分かって貰えることだと思われる。

 

 ……つまり、なにが言いたいのかと言うと。

 あの場所、あさひさんの陣地としては、かなり不適切・もしくは出てくるはずがない場所なのである。

 彼女が自身の思うままに領地を作るのなら、それは恐らく壊れた城のような場所になるか、はたまた砦の跡になるか、そうでなければ塔の上になるはずなのだ。

 

 そんな寒々しい場所とは、全く別の場所。

 日差しが温かく降り注ぎ、草木が歌い、生き物が生を謳歌する──。

 それが現在の彼女の居城の様子であることに、幾ばくかの疑問を抱いていたわけなのだが……。

 こうして空間拡張を悪用(?)して心証風景を作っている人がいる以上、彼女が同じ事をしていない保証がなくなった、とも言えてくるわけなのである。

 

 ……姿があさひさんだから、そっちに引っ張られているのでは?……みたいなことを思った人は、このあさひさんが別に【継ぎ接ぎ】でも【複合憑依】でもないことを思い出して頂きたい。

 

 彼女の今のこの姿は、あくまでも単なる趣味みたいなもの。

 その姿が彼女になんらかの影響を与えているわけではないので、例えばあさひさんの同僚である冬優子ちゃん辺りにぶつけたとしても、原作みたいな会話が繰り広げられるかどうかは微妙なのだということを。

 ……いやまぁ、このあさひさんのことだから、悪ノリしてそれっぽい対応をし始めるかもしれないが。

 

 でもまぁ、純粋な『芹沢あさひ』とは別物だろうな、と思うからこそ、いつまでも『さん』付けなところがある、ということにも間違いはないんだけどね?

 

 

「む、なんだか他人行儀だと思ってたら、そんな理由だったんすか?酷いっすキーアさん。私は純粋に貴方のことを思っているのにー」

「嘘臭いこと言うのやめない?」

 

 

 いやまぁ、まるっきり嘘ってわけでもないのかもしれないけれど。……祖龍なんて呼び方がある以上、あまねく全ての生き物を慈しみの目で見つめている、なんて可能性もなくはないわけだし。

 個人的には、白系で万能系の少女、って言われるとどこぞのゾンビお姉ちゃんを思い出すので、背筋が寒くなって仕方ないのだが。

 

 

「……いや、流石にあれと一緒扱いは心外っす」

「うわぁごめんって!!だから赤雷はやめて!乙る!一乙する!!」

「こ、これはお疲れって意味じゃなくてポニーテールなんだからね、っす」

「なにその往年の掲示板でのやり取り!?」

 

 

 なお、流石にあの人と一緒扱いは嫌なのか、危うく雷に打たれて死ぬところでした。……本気で嫌なのね。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、一応?とりあえず?今のところは?周辺区域に問題を引き起こすことはないかなー?

 ……なんて結論を出した私でございます。

 

 

「……いや、納得してない空気をバリバリに漂わせておるではないかお主」

「でもねー。正直ねー。ここって端的に言うと、パオちゃんとかあさひさんの胃袋の中……だとアレだから、彼女らの体内の中、みたいなもんだからねー。正直、本気でごまかされたら確かめようがないのよねー」

「ははは。なんのことやら」

(う、胡散臭い……)

 

 

 ハクさんが思わず『なんじゃこいつ』みたいな顔でパオちゃんを見ているが……そもそもの話、【複合憑依】は単純出力においては他の追随を許さない存在である。

 性質が噛み合う必要性こそあるものの、同じ方向を向いたエンジンが単純に三門あることになる彼らは、その分瞬発力に優れているのだ。

 

 これがどういうことかというと、単純な話としてレベルが違いすぎて、相手のすることに対処し辛くなるのである。

 一応、ここにいるのがキリア()の方ならば、なんともなしに対処もできるのだろうが……生憎ここにいるのは()の方。

 やれることに限度があるため、確認しきれない場所がどうしても出てくるのである。

 

 そうなると、これ以上の捜索はほぼほぼ無意味だということになり、だったら『なんにもなかった』と一応の結論を出してしまう方が良い、ということになってくるのだ。

 ……いやまぁ、報告した時にあれこれ言われる可能性はあるが、()()()()()()()最高の探知能力が必要、と言えば向こうもわかってくれるはずというか。

 

 

「……それはなにか違うのか?」

「違いますよー!!」

「これだから神様はダメだ!」*10

「……???何故某はいきなりダメ出しを受けたのだ????」

「そういうの、その場のノリっすからあんまり気にしない方がいいっすよ?」

「そ、そうか……」

 

 

 そんな私の言葉に、イッスン君が疑問を呈してくるが……これが分からないとは、それでも貴様英雄か!……みたいな気分が沸いてくる私である。……あとここぞとばかりにハクさんも煽ってた。後で斬り捨てられても私知らんよ?

 

 まぁともかく。最高峰と最高が別、というのはあまりに当たり前の話しすぎて、そこをツッコまれるとは思っていなかった私である。なので、懇切丁寧に説明してあげようと思う。

 

 

「最高峰っていうのは、頂点付近。頂点を含む一定の区画のこと。……ここまではいい?」

「……ああなるほど、最高峰と最高とは、すなわち頂点とその周辺、みたいなものということか」

「そういうこと。トップクラスじゃなくトップじゃないとダメ、って言われればことの重大さには気付いてくれるでしょう、って話よ」

 

 

 ……やだ、説明しようと思ったらすぐに理解されちゃったわ。これこそ無駄な時間ってやつね(ヤケクソ)

 

 まぁともかく。

 最大値か最大値付近か、というのは大分意味合いが異なってくる、というのは分かって貰えると思う。

 それを踏まえた上で言うのならば、彼女達になにか後ろ暗いものがないかどうかを探るのは、恐らく悪魔の証明級の難題となるため、まともに取り合うだけ無駄だということになるわけだ。

 

 その上で──この部屋については終わり!閉廷!

 

 

「うーん、雑」

「いいのよ、だってそもそも大掃除の途中だし、私たち」

「……そうだった」

 

 

 そもそもの話、今の私たちがすべきなのは部屋の掃除であって、部屋の中身の検分ではない。……あまりの光景に目が眩んでしまったが、本来内装なぞ匙なのである。

 ……というようなことを述べたところ、ハクさんは納得したというように、頻りに頷いていたのだった。

 

 ……まぁ、問題の先送り、という反論は認めます、はい。

 

 

*1
鳥竜種と呼ばれるモンスターの一種。トサカと嘴が特徴的。かつて、体表の白い種類のことを亜種として扱っていたが、研究の結果寒冷地帯に住む『ギアノス』という別種のモンスターであることが明らかになった。その為、この二種の違いは基本体表の色にのみある、ということになっている

*2
寒冷地などで見掛ける、とても見た目のエグいモンスター。毒やら電気やらを使うこと、及び生殖方法が作中で明らかにされていることもあり、薄い本での触手役にされることが多い、ある意味不遇のモンスター。フルフルの方は叫び声がココアちゃんに似てるとかないとか()

*3
特殊な条件での狩猟を除く。また、オープンワールド系の作品ではごく自然にモンスター達が多数登場するようになり、縄張り争いなども見ることができるようになった

*4
ブランゴ達の親玉。武器の名前が面白いことが有名……だが、モンハン世界にはもっと面白い名前の武器も多い

*5
それぞれ『モンスターハンター2』『モンスターハンター3』系列で登場したフィールドの名前。文字通りの雪山を進んでいく、わりと険しいフィールドである『雪山』と、高低差はほとんどないが、代わりに寒さなどがとても厳しい『凍土』。どちらも寒冷地に区分されるが、出てくるモンスターには幾ばくかの違いがあったりする

*6
『モンスターハンターポータブル2』におけるホームタウン。雪山の中にある、草木芽吹く山嶺

*7
遥か昔、栄華を誇ったというシュレイド王国の象徴であった城。ミラボレアスによって滅ぼされた為、現在は完全な廃墟と化している。基本的にはミラボレアス専用のバトルフィールド。作品によってはミラルーツこと『祖龍』ミラボレアスとの決戦の地として選ばれることも

*8
魚系の採集物であり、後発の作品では環境生物となっている。小型の魚竜でもあったりする

*9
モンハン世界において、説明文に『世界一強いと言われている』とか書かれているトンデモ採集物。本当に最強だとすると、下手をすると祖龍とかよりも強いことになってしまう……という、わりと意味不明な存在

*10
『こち亀』のエピソードの一つ『あこがれライダーの巻』から、『全部同じじゃないですか!』という中川の台詞に両津達がダメ出しをする、というもの。知らない人には違いが分からないが、知っている人からするとそこを勘違いするのは許せない、みたいな話の時に持ち出される。汎用性が高いのか、パロディも多い(『忍者と極道』などで登場する。その時は作中オリジナルのプリキュア系作品の違いを述べていた)



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問題は解決したと言ったな、あれは嘘だ

 はてさて、長い闘争の末に、ようやく自分達がすべきことを思い出した私たちなわけですが。

 ……そういえば、ここにあさひさんが居るというのは、よくよく考えたらおかしいのでは?……ということを、改めて意識することになってしまったのでした。

 

 

「?そりゃまた、なんでっすか?」

「前提が覆りそうだからですよ……一つ聞きますけど、あさひさんはうちの玄関を跨ぎましたか?」

「んー?いや、私はこの雪山に遊びに来ただけっすね」

「わぁい一部屋のキャパ越えてるぅー!!?」

 

 

 そう、それはあさひさんの侵入経路。

 ……この人、一体どこからやって来たんだ?

 

 そう問い掛ければ、彼女はしれっとこの空間内を越えてきた、とかいうとんでもないことを言い始めるのだった。……わぁいこの部屋だけの話で済んでねー!!

 

 

「……あー、なるほど。外から入ってきたわけではない以上、その侵入経路というものは限られてくる。この場合でいうと、二つ以上の別々の世界を跨いでいる、という可能性が生まれてくるから……」

「拡張空間が一つの部屋に紐付けられたもので終わっていない、という風にも解釈できてしまうというわけだよ!」

 

 

 そう、さっきは一つの部屋の範囲を逸脱していない、なので問題はない……という風に結論付けていたけれど。

 こうして改めて考えてみると、どう見ても二つの拡張空間が一つに結び付いてしまっている、という風にしか思えなくなるというか。

 ……一度大丈夫って言ったのにも関わらず、全然大丈夫じゃなかったと言い直す羽目になってしまうといいますか。

 

 

「あっ、そこは大丈夫っす。私は自前で空間跳躍持ってるっすから」

「はぁ、なるほど?なら良かっ……なんて(Why)?」

 

 

 そんな風に現状の問題点を憂慮し始めた矢先、あさひさんから飛んできたのはなんだか意味の分からない言葉。……ええと、自前で空間跳躍能力を持っていらっしゃる?

 

 

「詳しく……説明して下さい。今、私は冷静さを欠こうとしています」

「おお、ちゃんとした用法」

「茶化さないでくれるかなぁ!?」

 

 

 そんな話、どこからも聞いた覚えがないんだけどなぁ!?確かミラボレアスって、単純にステータスがバカ高いタイプ──いわゆるORTとかと同型の化け物、みたいなもんだと思ってたんだけどなぁ!?*1

 なんて風に騒ぎ立てる私に、彼女が渡してきたのは関連書籍や証拠映像。

 

 

「……これ演出とかじゃなくて本気でやってたの!?」

「その可能性が高い、みたいな感じになってるっすねー」

 

 

 まるで日食から現れたかのような、その演出。*2

 ……よもやそれが実際にできることである、みたいなことを言われた私は、思わず宇宙猫状態に陥ってしまうのでありました。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、なんかミラボレアス種が思ったよりもワケわかんない奴っぽいことが判明したわけですが、それでも私たちのすることが変わるということはなく。

 

 

「……そういうわけで、次元を越えてやって来たわれらのミラトラマンです」

「じゅわっす」*3

「は、はぁ……?」

 

 

 二つの部屋の掃除を終えたんだから、一回休憩してもええやろ!……とばかりに、台所に撤退してきた私たちなのでありました。

 いやまぁ、時間帯的にそろそろお昼だなー、と思ったってところもあるんだけどね?帰ってきたのは。

 

 ともあれ、突然の闖入者にマシュ達は暫し目をパチパチと瞬かせていたが、まぁいつものことか、と勝手に納得してあさひさんの分のお昼ご飯も用意し始めたのだった。

 ……うーん、スルースキルが磨かれている……。

 

 

「まぁ、とりあえず座ってくださいな。この後の予定も話さなきゃいけないだろうし」

「このあと?まだ掃除が残ってるんじゃないのか?」

「君らはともかく、他の面々は普通に掃除くらいできてるはずだからね、ちょっと確認したらそれで終わると思うよ」

 

 

 途中、ハクさんが首を傾げていたが……こちらの手伝いに入っていたイッスン君などがいい例で、一部の片付け音痴を除けば、私たちがあれこれやってるうちに掃除は終わっていておかしくないのである。

 なので、掃除に関してはほぼ終わった、と認識してもおかしくはない、という話になるのです。

 ……というようなことを説明したところ、彼女はそういうものなのか?とばかりに再度首を傾げていたのだった。いや、自分を基準にするのは止めようね?

 

 ともかく、恐らく掃除に関してはこれで終わりなので、あとするべきことは年を越すためにある程度の心構えをする、くらいでいいはず。

 なので、その辺りの対処のために、幾らか時間を取ろうという話になるのでありました。

 

 

「年越しのための心構え、とは?」

「んー、色々あるけどー……一つは暴徒達への対策かな」

「暴徒とは……穏やかではないな」

「あー、酒飲み達の暴走、って言い換えてもいいよ?」

「なるほど、それは穏やかではないな!」

 

 

 わぁ、同じ言葉なのに言い方が全然違うや。

 思わず苦笑するが、それも仕方のない話。だって一瞬発生したシリアスムードが、次の瞬間完全に凪いだからね。

 

 でもまぁ、それも仕方のないこと。

 だって年末である。酒飲み達がはっちゃけるのは必須である……いや違った必至である。

 おめでたい時、嬉しい時。様々な場面で彼らは杯を交わし、飲んだくれて前後不覚になる。

 それは彼らが酔っぱらいたいがために呑むからであり、呑みたいから呑むためであり……まぁ要するに酒を禁止にでもしない限り奴らはやってくる、ということである。

 

 ……え、私?私はまぁ、酒は呑むけど呑まれないタイプなので……。

 

 

「見事な棚上げだと感心するわ」

「ややや喧しい!いいでしょ別に、呑みたいから呑むのよ私たちは!」

「まぁその辺りはどうでもよいが……とりあえず、年末はめでたいからと酒を呑むものが多くなり、必然酔っぱらう者も多い……ということでよいのか?」

「まぁ、そうなるね。……いやまぁ、酷くなってくるのは年を越してからなんだけど、年の明ける前に騒ぐ奴がいない、ってわけでもなくてね?」

 

 

 そんな私の自己弁護に、周囲からは次々とヤジが飛んでくるが……うるさいやい、呑まなきゃやってらんないことだってあるんだい!……と、徹底抗議の構えの私であった。

 

 ともあれ、年末年始に掛けて酒を飲み過ぎて無茶をする人が多い、というのは事実。

 郷の中で起きた話ではないので恐縮だが、世の中には酒を呑んで酔っぱらい、次の日目が覚めたら足がなくなっていた……みたいな話もあるのである。

 それを命がなくなってないだけマシと見るか、はたまた酒を呑んだがために失くしたモノがあったと見るかはその人次第だが、ともかく酒が重大な失敗を引き起こす可能性があるもの、ということは紛れもない事実。

 

 ゆえに、他の面々の掃除の進捗を確認したあとは、暫し郷内のパトロールに向かおう、という話になるのであった。

 

 

 

 

 

 

「……などと殊勝なことを言っておったが、結局主も呑みたいだけではないかこのドランカー!!」

「なにを言うのですハクさん。郷に入っては郷に従え、酒飲みと会話を交わすのなら、ちゃーんとその流儀に沿わないと。……あ、そのゲソもーらい」

 

 

 モブ顔なおっちゃん達に混じりながら、カップに入った安酒をかっ食らうこの快感!

 これぞ年末年始だよね、と上機嫌な私に、付いてきたうちの一人であるハクさんが、微妙な顔をしてツッコミを入れてくる。

 ……とはいえ、酒飲みっていうのは基本自己弁護力が高い傾向にあるので、それこそ暖簾に腕押し程度の効果しかないのですが。

 

 ともあれ、情報収集って面ではちゃんと仕事してるから、と言い置いて、おっちゃん達が炙っていたゲソを掠めとる私なのであった。

 ……え?それは俺が大切に育ててたやつ?酒飲みにルールは無用だろうがい。

 無茶苦茶言っておらんかこいつ、みたいなハクさんの視線をスルーしつつ、再び酒をちびちび呑んでいく私である。

 

 さて、今私たちがどこに居るのかというと。

 ここはなりきり郷の中でも一番現実に近い場所、戦闘能力とか一切ないほぼ一般人に近い人達が住んでいる区画である。

 で、周囲の人々は、そういう戦闘とか全く関係ないような作品に登場する人達。……いつぞやかのゆかりんはじめてのおやすみ、の時に周囲を囲んでいたような、『なにかしらの作品に出てはいるものの、特に重要というわけではなくほぼ背景みたいなもの』のなりきりの人達、というやつになるらしい。

 

 

「まぁ、吉良の同僚みたいな濃ゆーい人も居るみたいだけど」

「あれは濃ゆすぎると思うっすよー」

 

 

 まぁ、モブはモブでもある程度目に付いた人達、という方が正しいみたいだが。

 で、ここにいるのは『特定の場所で酒を飲みに集まっているおっさん』系のなりきり、ということになるようで。

 そんな人達の輪に首を突っ込んで、情報収集も兼ねてお酒を呑んでいる、というわけなのでした。

 

 だからあれだ、好き好んでがばがばお酒を呑んでいるわけじゃない、ということは一応主張しておきたい私なのです。

 

 

「嘘付け!絶対呑みたくて呑んでる奴でしょうが!」

「それは勿論。お酒はお酒、それはどんな状況でも変わらないのだから、感謝を込めてありがたく頂くのが酒飲みの礼儀というやつですよ酒うめー!!」

「取り繕うんなら最後まで取り繕えー!!」

 

 

 なお、最後の同行者であるクリスには、大層怒られることになりましたがこれで懲りるくらいならそもそも酒なんぞ呑みません、まる。

 

 

*1
『ORT』とは、型月世界における最強生物の名前。単一生物なのにも関わらず、生体核融合を行っているとされるトンデモ生き物。普通の原子力発電に使われている核分裂とは違い、核融合に必要な労力というのは凄まじく、それを生き物が自身の体の中で完結させている、となればその凄まじさは想像を遥かに越える。……何度か説明している通り、『錬金術』は核融合の果てにあるものかもしれないので、彼はあらゆるものを作り出すことができる可能性さえ持っていると言えてしまう。なお、最近『FGO』でも登場したのだが、そのスペックは普通に意味不明なものなのであった。助けてウルトラマン!

*2
『モンスターハンター4G』におけるミラルーツの登場演出から。シュレイド城を照らす太陽が突然日食を起こし、さらにその日食を飲み込むように暗黒の空間が発生し、そこからミラルーツが現れる。単なる演出だと思われていたが、後に発売された設定資料集において、(あくまでも考察という体ではあるが)ミラボレアス種が時間と空間をも超越した場所に存在するものなのではないか、その存在は古龍という枠組みを越えているのではないか?……という風に書かれていた為、話題となった。要するにアルセウスみたいなものなのでは?という考察であり、それが正しければあの世界の神のようなもの、ということになってしまう。こんな相手が関わることになってしまった、ドラガリアロストの世界は本当に御愁傷様である(コラボながらガッツリミラボレアスが出てくる)。なお、ミラボレアスのデザインコンセプトには『ファンタジーなドラゴン』というものがあるらしく、ある意味では原点回帰をした、という風にも言えなくもないとかなんとか

*3
上記の文章『ORTみたいな~』及び、原作者が『ORT』のデザインを見た時に『これはウルトラマン案件』と述べたことから、ウルトラマンの特徴的な台詞を真似したもの。『デュワッ』だったりもする



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呑んでも呑まれない、そういう気持ちで呑む

「で、さっきの場所で貰ってきた情報なんだけど……って、なにその顔」

「え?いやだって、他の人と一緒になって、酒呑んで騒いでただけじゃなかったのあれ?」

「なにを言いますやら。男の宴会は女の井戸端会議みたいなもんなんだぜ?」

 

 

 主に情報交換の場、的な意味で。

 

 ともあれ、周りと一緒になって酒を呑みながら集めた話を、みんなに共有するために口を開いた私なわけだけど。

 何故か、クリスとかがこちらを信じられないものを見るような目で見つめてきていたのでした。……いや心外だわ、真面目に仕事してたのにー(棒)

 まぁ、所詮は酒の席での話なので、信憑性とかはうっちゃってるのは仕方ない……と予め了承しておいて貰う必要はあるのだけれど。

 

 

「はぁ、なるほど?単なる世迷い言の可能性もあるってこと?」

「無論、あらゆる虚飾を剥ぎ取った真実の話……って可能性も高いわけだけどね。酒の席では秘密もよく漏れる、とは誰もが知る通りの話なわけだし」

 

 

 私から言えることは、まったく情報のない環境下においては、意外とバカにできたものでもない情報源になるということ。

 ……特に、今みたいな『起こることは確実だけど、それに関する情報が一切足りてない』みたいな時には。

 

 まぁ、今さら信憑性云々の話をしても仕方ないので、結論だけ先に言わさせて貰うと。

 

 

「色んなところで酒を呑んでいる人がいる……っていうのは、少なくとも間違いない話みたいだね」

「つまり、各所に問題の種火となるものが転がっている、と?」

「そうだねぇ。楽しく呑んでいるうちはいいけど、これに周囲から情報が与えられた途端、火の付いたネズミ花火みたいなことになる……っていうのは、わりと簡単に想像できる未来だねぇ」

 

 

 他所から色んなところをはしごしてここに来た、というおじさんの話が嘘でなければ、さっきの集会みたいな路上呑みがそこらに転がっている……ということになる。

 店で呑んでいない人の面倒な点は、騒ぎ出した時に周囲に止めてくれる人間がいない点。

 寧ろ、燃え広がる炎に油を注ぐかのように。

 周りもまた酒飲み達で囲まれていることによって、更に前後不覚になるまで酒を呑め……などと言われるだろうことは、容易に想像できてしまう。

 そうなればどうなるか、というと。……まぁ要するに暴徒化、ということになるわけである。

 

 

「酔っぱらいに道理は通じないからねぇ。ついでに言うなら、酔いが色々な枷を外す、ということも十分に考えられるわけで……」

 

 

 世間では酔っぱらいの起こした事件や、そこに纏わる結末をよく『当然の報いだ』とか『酔っぱらって気が大きくなる人はどうせその程度の人』、みたいなことを言われたりするが。

 酒を呑んで豹変することを、私は別に軽蔑はしない。

 だって、誰もがなにかを抱えている。抱えて、それを秘め続けている。

 酒は、そういうものを一時剥ぎ取ってしまうもの。倫理や常識を、危うくしてしまうもの。

 どの程度の量で酔うのかとか、はたまたどんな酒類が体に合わないのかとか、それらはその人に落ち度があるものではなく。

 

 ゆえに、前後不覚になるほど酔ってしまった、ということがすなわち悪か?と問われると否と返すしかないのである。

 それらは結局、人によって反応は違うと言い置くしかないがゆえに。

 

 酔っぱらっても周囲に迷惑を掛けない人がいる、という反論も、結局はその人が他者にぶつけるようななにかを秘めていなかっただけ、ということであり。

 ゆえに、酒飲みに罪はないのである。ノットギルティ。

 

 

「……難しい話をして煙に巻こうとしているけれど、要するに酒飲んで酔っぱらって失敗しても責めないでね、って言おうとしてない?」

「…………いいかいクリス、酒に呑まれないというのは、すなわち別に心の強さがどうこうの話ではないんだ。酒に依存性がある以上、それはある種の『認められた麻薬』みたいなものであることを端的に示すものであり、ゆえにそれに対して強いだの弱いだの論じるのは本来話がずれていて……」

「ずれてるのはー、お前の頭だ!!」

「地味に痛いっ!!?」

 

 

 ……そんな感じに、世の中の酒飲み達の地位向上を目指した私でしたが、しらーっとした目をしたクリスのハリセンにより、その話は強制的に中断させられることとなるのでした。ちぇー。

 

 

 

 

 

 

「でもだねクリス、これだけは言わせて欲しい。酒を呑んで気が大きくなる人は、なにかしら世界に不満を持っている人だということ。それを無視して酒だけ禁止したり相手を非難したりしても、その人の更正には欠片も繋がらないんだってことを……」

「まだ言うのかこの酒屑魔王は……!」

「でもまぁ、分からぬ話ではないのぅ」

「ちょっと、ハクさんまでなに言ってるの?!」

 

 

 でも、一度中断させられた程度では諦めないキーアさんである。

 だってこれ、これから誰がなにを起こすのか、のプロファイリングの途中みたいなもんだからね!

 

 ……ってなわけで、改めて現状を確認。

 今の時期は年末で、色んなところで路上呑みしている人がいる状態。

 彼らは今のところ無害な存在だが、なにか切っ掛けがあれば騒ぎ始める可能性は大いにある。

 

 じゃあなんで、彼らが騒ぎ始める可能性があるのかというと……極論、彼らが現状に不満があるから、というのが大きな理由となってくる。

 

 まず、大前提として──全ての()()()人というのは、フラットな精神状態では他者を積極的に害そう、などという思考を抱くことはあり得ない。

 これは別に性善説とかではなく、単純に『相手を殴れば殴られる』……すなわち他者に報復の正当性を与えるためである。

 自身が正しい、と意味もなく確信することはあり得ないため、()()()()()()()()()()()()()()、徐に他者を殴ったりすることはあり得ないわけだ。

 

 これは、例えば酒を呑んで暴力を奮うようなタイプの人間であっても、実は当てはまっている。

 彼らの中での正当性、という基準があるがゆえに分かりにくいが、実際は彼らも意味もなく相手を殴っているわけではないのである。

 では何故、彼らは他者を攻撃してしまうのか?……それは、酩酊状態における倫理のブレーキの停止、というところに理由がある。

 

 

「酔っぱらうと思考能力が落ちるでしょ?そうなると、普段は理性とか倫理で『ダメだ』って抑えていることが、『なんでダメなのか』わからなくなるのよ」

 

 

 普通、世間の人々は様々なストレスに晒されている。

 上司との軋轢・自身の給料とその使い道・他者との関係・世間の物価の上昇や、恋人とのコミュニケーションの成否──。

 人々の周りには、色んな『心を動かす』物事が転がっている。ストレスというのは、世間一般に悪いものだと思われているが──本来、ストレスと言うのは周囲から受けた刺激による緊張状態を示すもの。言うなれば、ストレスに良いも悪いもないのである。

 

 つまり、人が好意を抱くような物事も、体にとってはストレスの一つになっていることがある、ということ。

 人は生きているだけで、思った以上に体に負担を強いているということになるわけだ。

 そして、その緊張状態を解す上で、一番効果的なのモノの一つが、なにを隠そうお酒なのである。

 

 緊張の反対は弛緩。

 つまり、酒を呑んで感覚が鈍っている状態というのは、すなわちあらゆるストレスから解放された状態、という風にも見なせるのだ。

 

 ……ところで、ストレスと言うのは良いも悪いもないと先ほど述べたわけだが。

 倫理や理性による縛りというのも、真実ストレスと──それも良いストレスだと言うことができるだろう。

 やってはいけないこと、やるべきではないことに対してのブレーキとなるそれらは、()()()()()()()()()()()という点を無視すれば、確かに人間社会を健全に運用するための『良い』ストレスだと見なすことができる。

 

 ……お察しの通り、世間一般的に良いからと言って、本人にとって良いかどうかはまた別の話。

 無論、法や規則で決められたことであるのならば、やるべきではないと認めてはいるはずだ。

 ……だが、それは本能の部分で納得できていることか、と言われると否、と言うことになる場合もある。

 

 

「こういう言い方をすると怒られそうだけど……それも結局は個性なんだよね。人が認めたがらない、個性って言葉の負の面だ」

 

 

 多様性を認めるのならば、どうしても他の個性と衝突してしまう個性がある、ということは認めなくてはなるまい。

 誰もが仲良く、相手を尊重して生きていく……なんて話は、それこそ夢物語。

 

 許せるもの、許せないもの。好むもの、好まないもの。

 そういった物事は一人一人違って当たり前であり、それが受け入れられないなんてことは、別に悪でもなんでもない。

 それが悪となるのは、自身のそれに他者を倣わそうとすることだ……という話は、元の部分から脱線しまくっているので今は脇に置くとして。

 

 ともかく、そういった他者との違いを矯正して生きている人というのは、それこそ数えきれないほどに世に溢れているわけで。

 それらがストレスの一種である以上、自由になりたいと思ってしまうのはそれこそ自然な反応なのである。

 

 だが、人はストレスを一切感じない環境というものを、容易に用意することができない。

 寒さや暑さ、眩しさや匂いなどなど、些細な環境変化もストレスの要因となりうる以上、それらを完全に遮断するにはそれこそ今のストレス環境を維持した方がマシ、というような労力を掛けさせれれる可能性が高いわけで。

 

 ──そうなってくると、お酒と言うもののコスパの良さが恐ろしくなってくる、というわけである。

 

 

「……話が二転三転してるけど、結局なにが言いたいの?」

「要するにだね、酒を呑んで豹変しない人の方が大抵おかしいってこと。このストレス社会において、ストレスから開放されるほぼ唯一の手段を用いておきながら、まったく変化がないというのはそれはそれで異様だってこと」

 

 

 クリスからのジト目を受け、一先ずの結論を投げる私。

 ……まぁ、これは些か言いすぎの部類に入るわけだが(というか、私も酔わない方だが)……ともあれ、酔わない人がそうでない人と酒の使い方が違うということは間違いなく、両者の溝もまた大きいだろう……というのは、これまた長くなりそうなので置いとくとして。

 

 ともかく、酒を呑んで酔っぱらい、ストレスから開放された人が変なことをすること自体は、別に責められるようなことではないということ。

 だってそれは、結局『世の中クソだな!』って言うだけの元気がない人が、それを言う切っ掛けを得ただけ、ということでしかないのだから。

 

 

「で、そういうことが言えるような精神状態だと、他の不満とかもどんどん飛び出してくるわけ。それこそ普段なら気にもしてないようなことでも、まるで蛇蝎の如く気になってくるってわけ」

 

 

 その結果、例えば『相手の行動が気に食わない』なんて思いが沸いてきたりして、それが攻撃衝動に繋がってくる……みたいな。

 そこまで語って、クリスの方を見てみると。

 

 

「…………」

「うわぁ、ごみを見るような目……」

 

 

 彼女の視線は絶対零度と化し、こちらを射ぬいていたのであった。

 ……この状況で言いたくないんだけど、もうちょっと続くんじゃ、次回に。

 

 



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冷静でいることはとても難しい

 さて、前回から引き続いて、酒飲みと暴力の必然的な関係性についての話だけど。

 酒を呑んで気が大きくなるのは、普段感じているストレスからの開放によることが大きい、というのは先ほど話した通り。

 それから、普通の人は他者に攻撃衝動を抱くこともない、というのも先ほど話した通り。

 

 では何故、酒飲みの中に他者を攻撃する者がいるのか、というと……。

 

 

「倫理や理性で普段抑えすぎているから、ってところがポイントかな」

「抑えすぎている?冗談も休み休み言ったら?」

「……なんでそんなキレ気味なんですかクリスさん……?」

 

 

 なんか知り合いにそういうタイプの人でも居たの?……みたいなキレ方をするクリスに、思わず戦々恐々とする私だが……ええと、これに関してはあくまで当事者意識を取り除いた上での見解、というところをまず理解して欲しい私である。

 

 

「と、言うと?」

「例えば、相手がなにかしらの犯罪を犯したことのある人だとして、そういう人が普通に暮らしていたとしても、周囲からの視線は意味合いが片寄ってしまう、ってこと」

 

 

 例えば、かつて強盗をしたことがある人が居たとして、その人が家の補修にやって来た場合。

 なにも知らない人からすれば、そこで得られる相手の情報とは、あくまでも『補修にやって来た人』という、最低限のモノである。

 無論、見た目や行動・態度から見て取れる情報、というものも幾つかあるだろうが──それらは本質に至るようなもの、とは言い辛い。

 それらの情報はどこまでも表面的なものであり、その人の経歴や内面を察するには足りないにもほどがある、と言えるだろう。

 

 対し、相手の過去を知っている場合。

 態度や行動を普通に見た時に、『仕事を真面目にやっている』という風に捉えられるはずのものが、過去の経歴を知るがゆえに全て反転する、ということになったりする。

 どんな行動も、新しい犯罪を犯すための前準備なのでは?……というような疑いがついて回ってしまい、必要以上に神経を尖らせることになるのは間違いあるまい。

 

 ──ここで問題になるのは、その疑いは()()()()()()色眼鏡である、ということ。

 例え昔事件を犯したことがある人間であっても、その場その時に()()事件を起こそうとしているかどうか、というのはそれとは別問題だということである。

 

 無論、一度犯罪を犯した人間が、その犯罪についての選択肢を解放した状態である、ということに間違いはない。

 が、それは普通のことについても同じこと。

 人はまっさらな状態で生まれ、そこから様々な選択肢を開拓していくもの。

 そしてそれらの選択肢は、あくまでも()()()()()()()()()()()()()であり、それらの選択肢を選ぶかどうかというのは、どこまでもその人本人の選択に委ねられている。*1

 

 

「つまり、他人から見る限り相手がそれをするかどうか、っていうのはどこまで行っても予測でしかないのよ。そして、予測でモノを語る限り、それは偏見以外の何物でもない」

「……まぁ、それはそうだけど」

 

 

 こちらの言葉に、納得がいかなそうな声をあげるクリス。

 ……まぁ、悪人はいつでも悪人ではない、というだけの話なので、納得できないのも仕方ないところではあるのだが。

 

 ともあれ、常日頃自身に見せている姿が、その人の全てである可能性というのはとても低い。

 ゆえに、他人の評価をする際に、自身の視点のみを根拠にするのはとても危うい、ということになるわけである。

 

 ……とまぁ、ここまでは前提部分。

 酒飲みと暴力の必然性について話を戻すと、本来の自分とのギャップに悩んでいるのはなにより()()()、という話になってくる。

 

 

「は?」

「酒みたいな常習性のあるものは、それが入っていない時に慢性的な頭痛などの()()()()()()()()()()ことがある。……ストレスから逃れるためのものが、新たなストレスを生み出すって構造には色々と言いたいことはあるけど……そこはまぁ置いとくとして。ストレスの解消って言うのは、実際とても難しいもの。人によって必要とする対処は違うし、それが世間一般的には犯罪になるようなものが()()に定められている……なんて人もいる。それそのものに悪はないけど、やろうとすれば悪として断罪される以上、それを選べない……なんて人は多くいる。FPSとかでストレス解消してる人なんかは、まさに『やろうとすると取っ捕まる』タイプの人、だよね?」*2

「……あー、うん。わかるような……?」

 

 

 まぁ、ゲームについては『他人と競うものの場合、決してストレス解消だけができるとは限らない』ということにもなるわけなのだけれど。

 ──そして、これは酒の問題についてのそれと、同類であるとも言える。

 

 これらのモノは、本来解消するのに問題を持っているストレスを、代替して解消することができるものである。そして、その便利さに反して、どうしようもないデメリットを抱えているものでもある。

 ゲームの場合、いつでも確実にストレスを解消できるわけではないこと。

 酒の場合は、頼りすぎれば依存性によって逆にストレスを誘引するようになること。

 

 そしてそれらは、そうして起きた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……言うなれば、ストレス解消のスパイラルに陥るのである。

 

 そのあとはまぁ、想像の通り。

 ストレス解消のために起きたストレスを、再びその解消手段で解消し続けるそれは、再現なく必要量を大きくし、また返ってくるストレスも膨れ上がっていく。

 ……根本的なことを言えば、それらの解消法はどこまでいっても代替品でしかないがゆえに、歯車を掛け違い続けてしまうのもまた仕方ない、ということになるのだろうが……。

 

 まぁともかく。この話のキモは、最初のうちは些細なモノであったはずが、雪だるま式にストレスを巻き込んだ結果、最終的に身を滅ぼすほどのモノに成長してしまう……というところにある。

 

 

「例えば、最初のうちはちょっと怒鳴る程度で済んでいたものが、次第に相手を傷付けるようになり、最終的にその生死を左右するほどにまでエスカレートする……というのは、まぁよくある話。──それをダメだと咎める倫理も理性も溶けているのなら、それを選んでしまうのは寧ろ必然、というものなんだよ」

「……ご高説どうも。でも結局、悪いのは本人なんでしょ?」

「まぁねぇ。世の中の倫理や法がそう定められている以上、それらを罪とみなすのはなんらおかしくはないねぇ」

 

 

 ……まぁ、結論まで話したとしても、納得して貰えるかどうかはまた別問題なのだが。

 ただ一つ、ここに付け加えることがあるとすれば──与えられたストレスは、大体その人を形作るモノとなるということ。

 自身にまっすぐ向き合おうとするのなら、決して目を逸らしてはいけないものだ、ということである。

 

 

「暴力を振るわれた子が、また別の誰かに暴力を振るう……その連鎖は、大抵そのトラウマ・ストレスの根治を目指さなければ解消されない──すなわち、かつてそれを行ってきた誰かが、二度とそんなことをしないと証明できるような状況にならなければならない……ってのは、頭の片隅にでも覚えて欲しいものだね」

「……そう。で、ここまで語った結果、これから私達はどうするのが正解なの?そもそもこれ、これから酒飲み達がどう行動するか、を予測するための前振りでしょ?」

 

 

 ……で、ここまで語ってようやく本題に戻ってくるわけだけど。

 酒飲み達が暴徒と化す際、どう動くのか?……という予測は、正直難しいと言わざるを得まい。

 こんなことを言うとまたクリスに『はぁ?』と言われそうだが、先程から言っている通り、酒によるストレス解消の範囲というのは、とても広く遠大である。

 

 些細な誰かとの食い違い、できるはずのことができない絶望、明日よりも先が見えぬ不安……。

 ありとあらゆるストレスを、酩酊による幸福感と思考能力の低下によって解消するそれは、しかし短期的な解消──一時的な忘却による擬似的なものであり、ゆえにこそそのギャップによって再び酒を求めてしまう、というギャップをもたらすものである。

 

 本来ストレスの解消とは、そのストレスの元となる原因を断ってこそ。……それをしないままにストレスを一時的にごまかすそれは、一度ゼロになったものが再び返ってくるという結果になるがゆえに、なにもしない時よりも強くストレスを感じる羽目になる。

 ……言うなれば、波のようなもの。

 一度底にまで達したそれは、されど再び元の位置にまで跳ね返ってくる。

 そのギャップは平坦な線のようなものよりなお、精神に与える負荷というものが大きくなってしまうわけで。

 

 つまりなにが言いたいのかというと、酒飲み達がどれくらい不満を抱いているのか、というのは表面からでは絶対に読み取れない、ということ。

 口ではぐちぐちと文句を垂れる人でも、実際に抱えているストレスは大したモノではないこともあれば、笑い上戸でずっと笑っているような人が、それでもなお心の裡では仄暗い憎しみを燃やし続けている可能性もあるわけで。

 

 それらが見ただけでは理解できない以上、どこを重点的に見回るべきなのか、狙われるだろう場所はどこなのか?……というのは、全く以て正確なことをなにも言えない、ということになってしまうのである。

 

 

「……それ、遠回しに全部無駄だって言ってない?」

「なにを言いますやら。一点に絞れないんなら、それをどうにかする手段を私は持ち合わせているのですよ?」

「うわぁ!?いきなり増えるなぁ!?」

 

 

 ……まぁ、だったら『全部守ればいいじゃん!』という、スーパー脳筋戦法を取るだけ、なのですが。

 無論、こんなことすると色々と負担があれなので、そこら辺を手伝って貰う要因としてクリス達を引っ張ってきた、というところも大きいんだけど。

 

 そんなことを宣いながら、私はサクッと三分割されるのでありました。

 ……魂と肉体と精神だな、多分!

 

 

*1
ある意味『セクシャルなことを知るとセクシャルなことに染まる』という論調に近いもの。違うのは、別にそこに悪意はないということ。選択肢を広げることは寧ろ称賛されるのに、特定分野だけ排除するには相応の理屈が必要だ、ということ。この後にも触れるが、人とは全て違うもの。自身に対しては有用なものが、他者に対しては害を為すということは往々にして存在する。それをピタリと把握することは難しく、またそれを個別に施すには時間も資産も足りない。故に、教育などでは『多くを育てようとする』と、全体論的な育成方針を打ち出すしかない、ということになる。少なくとも、欧米式の個人を尊重する教育を行おうとするのであれば、対象範囲を絞る(=義務教育を止める)か、はたまたAIなどを発展させ一人で多数を受け持つ余裕を作るか、以外の道はないと思われる(教員側の数も質も足りておらず、『やりがい搾取』のようなやり方でもなければ到底回らない)

*2
ストレス解消手段には、個人の好き嫌いも関わってくるという話。一般的なストレス解消法として推奨されるスポーツも、それが嫌いな人にとっては逆にストレスの原因となりうる。同じように、食べることが嫌いな人には食事が、動物と触れ合うことが嫌いな人にはアニマルセラピーは逆効果、ということにもなりうる。また、他人を殴ることによるストレス解消は悪いことだとされるが、それは他者がそれを嫌う理由を持つがゆえ。逆を言えば、それによってストレスを解消できる人間にとっては、それらは悪いことである以上に楽しいこと・スカッとすることである、ということになる。そういう相手に『するな』と言っても聞くわけがない、というのもまた道理だと言えるだろう。納得できるかは別として



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手数が欲しい時に重宝します

「私がキーア1だ」

「そんでもって私がキーア2」

「最後に私がキーア3ですの」

「みゃ、脈絡もなく前兆もなく突然増えるんじゃないわよ!しかも三枚下ろしになってから別々に再生とか、アホかとバカかと!」*1

 

 

 キリアの方とはまた違う分裂の仕方だったためか、滅茶苦茶ビビりながらクリスが文句を言ってくる。

 ……まぁうん、確かに私も縦に裂けてから分裂するのはやりすぎかなー、とは思わないでもない。*2

 でもこう、見た目的に三分割された、というのがわかりやすいのは良いと思うのよ。通常スペックより下がってる、ってのがすぐにわかるわけだし。

 

 

「……ぬ?下がっておるのか、スペック」

「あくまでも捜索範囲を広げるための措置だからねー。こう、ミラちゃんでも居てくれたら楽だったんだろうけど、生憎ここには居ないし」

 

 

 ハクさんが不思議そうに首を傾げているが……今の私がスペックダウン状態、というのは間違いではない。

 キリアとキーアで別れた時もそうだったが、私の分身はコピペではなく分裂。総量をその分だけわける方式であるため、やり過ぎるとなんにもできなくなるのである。

 

 そういう意味で、現実的な分身の最大数は恐らく五か六くらいになるんじゃないかなー、というか。

 ……ミラちゃんの手が欲しくなるのも宜なるかな、というか。

 いやまぁ、彼女の魔法の真似もできるのはできるんだけど、それってこの分身の延長線上でしかないからねー。所詮は真似だし。

 

 というわけで、現状三人に増えるのが一番場に即しているだろう、という考えから三人に増えた私は、それぞれ他の面々に一人ずつ付いていく、という形に落ち着くのでありました。

 

 

「私は全然落ち着かないんだが!?」

「まぁまぁクリスお姉ちゃん、抑えて抑えて」

「だぁれがお姉ちゃんだ!?」

 

 

 なお、物理的に別れたこともあり、現在の私の背丈は最早幼稚園児レベル。……元が小さい分余計に小さくなってしまっている。

 そのため、普通に移動すると他の人に置いていかれる形になるので、常時浮遊移動することとなっているのだった。

 ……後ろから浮いた幼女が付いてくるって、絵面としてなんか酷い気がするやね?まぁ、それをやってるの私なんだけども。

 

 そんな感じで移動している私・キーア2だけど、現状の同行者であるクリスがなんだかそわそわしていることに、思わず首を傾げる次第なのでありました。

 

 

「んー?なんか問題でもある?」

「問題ってわけじゃないけど……ほら、現在マシュさんって、貴女がこうなってるってこと知らないわけでしょ?」

「ん?んんー……いやまぁ、単に見回り行ってくるって風にしか言ってないからねぇ。それがなにか?」

「……年末だから、食材を確保しておかないと正月以降の食事の用意が大変、みたいなこと言ってたでしょ?」

「あー、おせちを自作するにはまだまだ腕前が足りてないって言ってたから、三食は普通のモノを用意する……みたいなこと言ってたね」*3

 

 

 そうして問い掛けた私に対し、クリスが返答としてこちらに与えてくるのは、一見なんにも関係の無さそうな話。

 それは、マシュが元旦以降の料理の用意について、あれこれと話をしていたというものなのだが……なんだろ、それが現状と一体なんの関係が?

 

 

「いやその、マシュさんってその……貴女のこと好きでしょ?」

「…………」

「沈黙は肯定と受け取るけど。そんな彼女が、今の貴女を見たらどう思うかしら?」

「んん?……んー、『せんぱいが小さくなってしまいました』とか?」

「もしくは、『せんぱいの……隠し子!?』とかね」

「ぶふっ!!?」

 

 

 ……などと思っていたら、彼女の口から爆弾発言が。いや隠し子て。誰と誰の子供じゃい、誰と誰の。

 いやまぁ、確かにパッと見たら実子かなにか、と誤認するかもというのはわからないでもない。でもほら、マシュでしょ?私のことを見抜けない、なんてことはないと思うんだけどなぁ……?

 

 そんな私の言葉に対し、クリスは苦笑いを浮かべている。……いや、気のせいじゃなければちょっと震えてるし、ちょっと顔が青いような……?

 

 

「……『マシュはまだまだ忙しそうだね。私はちょっとこの三人連れて、見回り行ってくるよ』……だったかしら、貴女が出掛ける時にマシュさんに言ったのって」

「……そうだね」

「その時マシュさんが、『何故私を連れていってくれないのでしょう……することがまだあると言っても、そこまで時間の掛かるモノでもないのに……』みたいなことを言いたそうにしてたの、多分貴女気付いてないわよね?」

「…………そうだね」

「じゃあ最後にもう一つ、いいかしら?……自分を連れて行かず、他の面々と外に出掛けて行ったことと、その当事者の一人が、愛しのせんぱいと同じ顔をしている子供を連れて歩いているのを、()()()()元旦以降の食料を購入するために外出していたマシュさんが見掛けてしまったとして。……その時起こりうることはなにかしら?」

「………君のような勘の良い研究者は嫌いだぬわぁーっ!?」

「き、キーアッ!!」

 

 

 そうですね、突撃して来ますね()

 

 最近のマシュは、色々ネジが外れてるなぁ、と乾いた笑みを浮かべた私は、遠くからシールドバッシュしながら突っ込んでくる暴走特急よりクリスを庇うように飛び出し、そのまま轢かれて吹っ飛ばされる憂き目に合うのでありましたとさ。

 ……うーん、日頃の行いの悪さが返って来た感……。

 

 

 

 

 

 

「キーア2がやられたようだな……ヤツはキーアの中でも最弱の存在……」

「お主らスペック同じって言っとらんかったか?」

 

 

 遠くでずしん、という振動がしたことを察知した私は、ムチャしやがって……みたいな気分でその方向に敬礼をしていたのであった。

 

 そういうわけで(?)私はキーア1、ハクと一緒に行動を共にするキーアのうちの一人、というわけなのだが。

 正直2が一番迂闊なので一番始めに見付かるだろうなー、と思っていた私としては、これは既定路線以外のなにものでもない。

 なので、特に話すこともなく見回りを再開しようとしたのだが……そこにハクがツッコミを入れてきたため、その説明をせねばならなくなるのであった。

 

 

「スペックが同じ、というのは勘違いだ。キーア()キリア()のように、我々もまたなにかしらの核を基準として分かたれしもの。見た目上の能力は同じでも、その性質や性格などには明確な差異があると言えるだろう」

「……ああもういい、今の流れで十分わかったわい」

 

 

 まぁ、こうして少し口を開いただけで、もうめんどくさいという気持ちを、一切隠さない状態の相手の態度を引き出してしまったわけなのだが。

 ……この辺り、私の性格の悪さが滲み出た結果、というか。いやまぁ、別に謝ったりしないが。

 

 

「……つかぬことを聞くが、お主はなにが核となっておるのじゃ?」

「キーア本人の斜に構えたような部分」

「うへぁ……」

 

 

 滅茶苦茶いやな顔をしているハクには悪いが、私はキーアの中の悪性情報を圧し固めたような存在。

 属性悪同士、仲良くして欲しいものである。……因みに、あさひに付いていった方が善属性、クリスに付いていったのが中立属性である。

 

 

「……何故そのような区分けに?」

「三人に分裂する、となった時に真っ先に思い浮かんだのが善悪中立の三則であった。……それ以上の意味はないよ」

「はた迷惑すぎるじゃろお主!?」

 

 

 なお、それ以外に思い付いたのがいわゆるポケモン方式──火・水・草であったため、仮にそっちであったとしても似たような性格の(キーア)が同行者となっただろうな、というのは想像に難くなかったりする。いわゆるダウナー系、というか?*4

 ともあれ、私のやることに変わりはない。キーア3の動きが予想できないのが不安点だが、粛々とやるべきことをこなしていくこととしよう。

 

 

「ふむ……とはいえ、向かうあてはあるのか?先ほどまでの話だと、そもそも検討も付かぬといった様相であったような気がしたんだが」

「なにを言う、私達が向かうべき場所など、最初から決まっているぞ?」

「はぁ?」

 

 

 そんな私に対し、ハクは疑念を溢してくる。

 それは、ここからどうするのか、というのは先ほどまでの話だと、ほぼ行き当たりばったりのものだったのではないのか、というもの。

 ……だが、それは大きな間違いである。先ほどの(キーア)は言及しなかったが、一番警戒をしなければならない場所は、最初から決まっているのである。

 

 そう、それは先ほどまでの話をちゃんと聞いていれば、すぐにでも思い付く場所。

 酒飲み達の暴力性とは、基本的に普段ひた隠しにされているものであり、そしてそれは身近な権力者に向かうものである。

 

 さて、ではこのなりきり郷において、もっとも身近な権力者とは誰だろうか?

 誰もが自身の上であると認知し、普段はそれに文句を言うこともせず、ただ仰ぎ見るだけの存在……。

 

 

「……あー、まさかとは思うが、もしかして?」

「もしかしてもなにも、その通りだよ、ハク。私達が真っ先に向かうべき先。新年を迎えるその時に、無用な騒動が起きないように注意すべき場所。──それは、八雲紫の執務室だ」

 

 

 そう、それこそは我らが愛すべきスレ主、八雲紫の元ということになるのであった。

 

 

*1
魚の捌き方の一つ。右身・左身・中骨の三枚に魚をおろすこと。もっとも基本的な魚のおろし方とも

*2
プラナリアみたいな分裂の仕方。プラナリアは微生物の一種で、単純に切断するだけだと再生してしまう、という不思議な生態を持つ。脳ミソすら再生する辺り、わりと意味不明。なお、自身の消化液で溶けてしまうので、実際にやると普通に死んだりする(事前に絶食させておく必要がある)。また、水質汚染などにも弱い

*3
おせちは元々三ヶ日の料理の用意を省略する為のもの、という話から。基本的に長持ちするものが多いのはその為

*4
この属性相関は、色んなゲームで使われていたりする。最小相関としてはもっとも分かりやすく使いやすい、というのがその理由だろう



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性格分離の三位一体

「……なんだかどこかでわりと大事になってる気がするっすねー」

「そうなんですの?あさひさんは流石に勘がよろしいのね」

「……なんか調子狂うっすねー」

「?」

 

 

 さてはて、他の(キーア)たちがどうしているのかはわかりませんが……あさひさんの言うことに間違いがなければ、きっととんでもないことになってしまっているのでしょう。

 我がことながら、なんと騒々しいのでしょうか。

 年の終わりなのですから、もう少し粛々として頂きたいものなのですが。

 

 ……と言うようなことを口にしたところ、目前のあさひさんから返ってくるのは困惑の感情。

 私、なにか変なことでも言ってしまったのでしょうか……?などと心配するも、『あーいいっすいいっす、私のことは気にしないで欲しいっす』などと追及を避けられてしまうのでした。

 ……まぁ、今の私が常日頃の(キーア)と違う、というのはわかっていましたが……それほど違和感があるものなのでしょうか?

 

 

「……それ、わかっててやってるんすか?」

「はい?」

「……もういいっす。私が振り回される側に回るとは思ってなかったっすから、ちょっと困惑してただけなんで気にしないで欲しいっす」

「まぁ、冗談がお上手ですこと。私、寧ろあさひさんには振り回される側だと思っているのですけれど?」

「止めて欲しいんっすけどあさひのキャラを保つの苦しくなるんで!!」

「あらあら」

 

 

 ふぅむ、どうやらあさひさん、私に対して苦手意識があるご様子。

 確かに、普段の(キーア)とは幾分赴きが違う、という自覚はありますが……これもこれで(キーア)の一部。そう邪険にすることもないと思うのですが。

 

 

「…………」

「まぁ凄いお顔。ですが、別に適当なことを言っているわけではないのですよ?人とは誰しも様々な(ペルソナ)を持つもの。私のように、穏やかで緩やかな面も当然、持ち合わせているというだけの話なのですわ」

 

 

 何度か(キーア)が口にしている通り、人の人格とはたった一つのものが全てを回しているのではなく、その場その時に見合った人格があり、それらを知識や記憶の共有をして運用している……と見なすのが正解。

 

 喜んでいる時、怒っている時、哀しんでいる時、楽しんでいる時。

 それらは全て、同じ人の別の顔であり、それらに一貫性がなかったとしても、実際はそうおかしいことではない。

 そこでおかしいと思うべきなのは、寧ろ他人格間で気持ちや記憶の共有ができていない時。『あの時の自分はどうかしてた』という感想は、本来思って然るべき感情であって、そこに疑いを挟み込むべきではないのです。

 

 

「……ええと?」

「感情、という人の持つ機能を乗りこなせているかどうか?その深度を見る基準が、各感情間の連動……ということです。感情に振り回されて突拍子もない行動をしてしまうのは、ある意味単に初心者であることを示すだけのもの……とでも言いましょうか」

 

 

 わかりやすいのは、子供の行動。

 彼らはまだ、感情というものを扱い始めたばかりであり、それらの感情がその場その場における最適な行動をするためのツールである、ということに気が付いていない状態。

 ゆえに、彼らは怒りに任せてモノを壊すし、嬉しくなって踊り始めたり、哀しくなって親にすがり付いたりしてしまう。

 感情を反射反応にしてしまって、自身という人格を操作できなくなってしまっている……という風にも言えるかもしれません。

 

 そういったものが無くなり、怒るべき場所で怒り、楽しむ場所で楽しみ……といった、過剰に感情に流されるような行動が無くなれば、自身の人格を掌握した……という風にも見なせるわけで。

 それは、時に冷たい印象を受けるかも知れませんが──やるべきことを最良の状態で行えるようになっている、という点を見れば、確かに成長していると言えるでしょう。

 

 反対に、感情に振り回された結果、特定の精神状態の時の記憶があやふやになっている……というような状態に陥ってしまった時、それは人が自分という人格の掌握に失敗した、ということ。

 いわゆる多重人格は、それらの分離に核となるものを必要としますが……大抵、嫌なことから逃げるためのモノとして作られる、ということが多い。

 

 それはすなわち、悲しかったり怒りたかったりする状況において、感情を支配することを放棄したというのと同じこと。

 ゆえに、それを見たくない・感じたくないと切り離してしまい、結果として知識や記憶の共有がなされなくなる……。

 

 無論、トラウマのようなものを前にして、冷静でいられるような人間というのはそう多くないでしょう。

 しかし、本来この感情というペルソナは、それらの状況をストレスなく過ごすためのもの。

 楽しむことも喜ぶことも、体に与える影響としては全てストレスの一種でしかないのだから、本来悲しいことや怒りたいことに対してだけ、忌避を抱く意味は薄いのです。

 単に長く生きたいだけなのなら、感情の波など無い方が遥かに良いのですから。

 

 

「それを由とせず、向き合うことを選んだからこそ生まれたのが、この感情という機構。……ゆえに、どれか一つが欠けている、なんてことは普通はありえない。屈強な殿方の中にも、自覚していないだけで乙女のような思いは埋まっていますし、か弱き女性の中にも、逞しき勇者のような祈りは隠れていて然るべきなのです」*1

「……ええと、つまりなにが言いたいんっすか?」

「私も紛れもなく(キーア)ですから、そうやってよそよそしくされると元に戻った時にちくちく言い募りますよ、ということです」

「いやー!なんだそういうことなら早く言ってくださいよー!私達マブダチっす!マブダチ!」

「わぁ」

 

 

 なんという素早い心変わり。……いえ、先ほどの言に従うのであれば、なんと華麗なペルソナの切り替え……とでも言うべきでしょうか?

 

 感情、というものを得た人類は、どうしても避けては通れない状況に直面する、という機会を増やしてしまいました。

 何故か?それは、人が言葉を持ち、思想を持ち、自身の中で育むようになったから。

 

 単なる獣のように、ただ『産めよ増やせよ地に増えよ』*2と過ごすだけならば、感情というものを持つ必要は一切無かった。

 それらは単なる摂理であり、ただ無為に過ごすだけでも達成できるもの。……効率や手段を問わなければ、幾らでも繋いでいけるものです。

 そこに理由を求め、意義を求め、理屈を求めたのはなんのためか。……それは恐らく、どこまで行っても答えの出ないものなのでしょうが。

 

 

「悩むことこと人間の本義。……であれば、それもまた神の思し召し……ということなのでしょう、恐らくは」

「……いや、やっぱ慣れないっすよこのキャラ。どこに向いてるんすか?明日?明後日?

「なにか、言いたいことが?」

「なんでもないっすよー!はははは!」

 

 

 年の終わりのこの時に、私はただ祈りを捧ぐのです。

 ──どうか、皆人に救いあれ、と。

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?私の黒歴史が暴走している予感がする……!?」

「今の状況は黒歴史じゃない、とでも言うつもりかおのれは」

「やん、クリスがぐれてる……」

「誰のせいだ誰のっ!」

「まぁまぁ、落ち着いてくださいお二方とも……」

 

 

 突撃してきたマシュによって、星になった私がそのまま隕石の如く落下してきてから暫く。

 何故かマシュに抱き寄せられていた私は、他の私達が無茶苦茶やってる予感を感じとり、思わず身震いしていたのでありました。

 ……え?今のこの状況は黒歴史じゃないのかって?……はははは。

 

 

「黒歴史を呼ぶんじゃない!」

「なに、エー君呼びたいんたら呼ぶけど?」

「そこまでしろとは言ってないカナー?!」

 

 

 写真まで撮られてるので、どう考えてもあとから黒歴史認定間違いなしである。誰かタスケテ()

 

 ……まぁ私の状態は一先ず脇に置くとして。

 酒飲み達がはっちゃけそう、みたいな注意は決して間違いではないとは思うのだが、私を三人に分けたのは早まったかなー、と今更ながらに後悔する私である。

 なんでかって?フラットに三人に分けたのではなく、属性を考慮して分けたのでキリアの時より暴走度が上がってるから、かなー?

 

 

「……どういうこと?」

「キーアとキリアだと、陰陽的な感覚で善の中の悪・悪の中の善……みたいな感じに、各私の中にブレーキを仕込むことができるんだよね」

「こ、言葉の意味はわかりますが、少し困惑してしまう字面ですね……」

 

 

 首を傾げるクリスに、大まかなことを説明していく私。

 単純に善悪で分ける場合、その根拠とするのは太極図──陰中の陽、陽中の陰を自然と含むモノになるため、善悪に分かたれていると言いつつ、それらの行動にはある程度理性のブレーキが伴ってくる。

 

 が、今の私の分け方は、善と悪と中立の三種。

 ……言うなれば、陰中の陽と陽中の陰を取り去って、それを合わせて中立にしているのが今の私。

 つまり、私がブレーキ役なので、そんな私が居ない二人は文字通りの暴走特急なのである。

 

 

「……不味くない?」

「いやまぁ、流石に周囲の不利益を引き起こすようなことはしない、とは思うんだけど……何分私魔王ですので……」

 

 

 ないとは思うのだが、しかしキーアは本来魔王──人の試練となることを望むタイプの魔王なので、その悪性部分と善性部分がそれぞれ勝手に行動し始めた時、どうなるかよくわからん……というのも確かなわけでして。

 

 

「……つまり?」

「最悪さっきみたいに、二人ともマシュに吹っ飛ばして貰わなきゃいけないかもしれない」

「なにやってんのアンタ!?」

「うるせー!あとから気付いたんだよー!!」

「お、落ち着いてください二人とも!現状ではまだ可能性の段階!可能性の段階ですの……で……」

「……マシュ、どうした……の……」

 

 

 私の予想に対し、わーきゃー喚き始めたクリスと、それに呼応して同じように喚き始めた私。

 あまりにも不毛な戦いに、待ったをかけようとしたマシュが、どこか遠くを見ながら静止し、それを不審に思った私たちもまた、彼女の視線の先を追って……。

 

 

「さぁ皆さん、世の中には主張しなければわからないこと、というのも多数存在します!今からそれを投げ付けに向かいましょう!」

「「「おーっ!!」」」

 

「ふん、安心して座っているがよい八雲紫。この場は真なる魔王である我が任された!」

「ねぇなに?!この状況は一体なに!?なんで私椅子にぐるぐる巻きにされて縛られてるの!?ねぇなんで!?!?」

 

「「「……やりやがったアイツら!!?」」」

 

 

 そこにあったのは、多数の酒飲み達……だけでなく、多くの人を引き連れ聖女の如く先頭を進む私と。

 それを迎え撃つ、ここで一番偉い人であるゆかりんを背後に、向かってくる人々を待ち受ける魔王な私の両者が、広場で向かい合い、今にも激突しようとしている光景なのであった。

 ───アカン(真顔)

 

 

*1
乙女回路とか、そういうあれ。どれかの人格が強い力を持っている、というだけで、全ての人類は全てのモノに対しそれを許容しうる素質を持つ、ということ。無論、それを逆手に『素質あるよ』とかいうのは間違い。目覚めていないのならそれはその人にとって現状不要なもの。それを無理矢理目覚めさせようとするのは、魂の殺人以外の何物でもない

*2
聖書の一文だが、そこだけ聞くと獣の基本原理となんら変わらない。この後には『地を従わせよ』と続くが、恐らくは人に求められることの本分はここにあると思われる。なお、最近では『従わせよ』ではなく『治めよ』と訳されることもあるのだとか



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一応悪気はない(※許されるとは言ってない)

「……やりやがった!マジかよあの野郎やりやがった!!(絶望)」*1

「言葉がフラグに、ってのはよく言ってたけど、回収速度早すぎないこれ?ねぇ?」

「おおお、落ち着いてくださいクリスさん!?」

 

 

 静かにキレ散らかしたクリスに、ネックハンギングツリー*2を受けながら、どうしてこうなった?……と現状を振り返る私。

 ……いやまぁ、百割の確率で私が悪いのは明白なのだが、正直私じゃない私が犯人なのって私のせい?……みたいな気分もなくはないというか。

 

 

「ああ??」

「あっはっはっはっ、ジョークジョーク、イッツァジョーク。本気にするのよくない、喧嘩よくない」

「煽動してるのアンタ(の一側面)でしょうがぁー!!!?」

「おおお、落ち着いてくださいクリスさん!!?せんぱいだから大丈夫ですけど、それ普通に死ぬやつ……あっ」

「あっ?」

「あっ」<コキャッ

「うひゃあ!?……あっ、だだだ大丈夫!?」

「前科一般ですね、刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!?」*3

「……死体から告訴されるのとか初めての経験なんだが???」

「しょ、正気に戻ってくださいクリスさん!?普通は前科なんて付くような行動を起こすことはありません!?」

「……はっ?!」

 

 

 いやー、キーアの命が軽くて良かったね?(首の骨を元に戻しながら)

 

 ……冗談はともかく、元々の時点でクソザコナメクジな私が三分割されているのだから、そりゃもう今の私の耐久性能なぞ高が知れたもの。

 そりゃまぁ、そのつもりはなくても首コキャくらい頻発するというものである。

 

 なので『俺で慣れておけ』的な慰めをクリスに投げたわけだが、返ってきたのは『改めて思い返すと夢に出そう』という言葉なのであった。……やだ、微妙にトラウマになってる……。

 まぁ、例え蘇るとしても、自分が人の首を折ったという感覚が残る、というのは確かなので仕方ないのだが。

 

 ともあれ、話を現状に戻すと。

 今さっき私たちの目の前を過ぎ去って行ったのは、周囲の人々を煽動して、その不満などの負の感情を発散させようとしていた善の(キーア)と。

 衆生が文句を言う相手なぞ、そもそも限られておろう……とばかりに、ここで一番偉い人であるゆかりんをひっ捕まえ、攻撃目標となりうるものを一点に絞った悪の(キーア)

 

 ……まぁうん、こうやって解説していることからわかるかと思うけど、一応二人がなにを思ってあんなことをし始めたのか、というのは理解できていると思う。

 偏に二人とも、騒動の火種を細かく潰していくのは効率が悪い、と悟ったのだろう。

 

 

「と、言うと?」

「最初の予定だと、行き当たりばったりにみんなの様子を見て回る、みたいな感じだったけど……二人とも善悪の両極端な視座に立っている状態だから、『まどろっこしい』ってなったんだと思うんだよね」

「ええ……?」

 

 

 普段の私なら、そうやって面倒ごとを一纏めにしてしまうと、騒動の規模が指数関数的に膨れ上がってしまうと知っているがゆえにやらないが。

 今の彼女達は、視点が片方──それぞれ善性と悪性に振り切った状態となっている。

 ブレーキを掛ける倫理や理性が抜けているとも言えるため、最大効率であるのならばその過程の犠牲は付き物、くらいの思考で進んでいる可能性が大なのである。

 

 

「……バカなの死ぬの?」

「いやまぁ、普通の人でも時々思ったりすること、あるでしょ?嫌な上司に『死なねーかなー』とか。……普通、そういうのって思うだけか、最大でも聞こえない程度の音量でボソッと呟くか……くらいが関の山だけど、それも言ってしまえば倫理や理性がストップを掛けてる状態、って風に見なすことができるわけ。同じように、もしも実行できるのなら、最善の選択肢なんだろうな……みたいな物事でも、倫理や理性・他者との兼ね合いで実際には選べなくなっている……みたいな選択っていうのは、わりとそこらに転がっているもの。……それを、あの二人は躊躇なく選べる状態ってことなんだよ」

「は、はた迷惑すぎる……」

 

 

 まぁ、一応ここで起きるであろう問題に対し、各々真摯に向き合った結果だ、ということは留意して置いて欲しいものだが。……それでも迷惑なものは迷惑?それはそう()

 

 ともかく。

 このまま放っておくと、それこそとんでもないことになるのが目に見えているので、さっさとあの二人を止める必要性がある、というのは確かな話。

 無論、その過程で善の私の方に集められた問題児達も鎮圧できれば、まさに一石二鳥で万々歳というやつだ。……え?巻き込まれたゆかりん?それはご愁傷さま、ということで……。

 

 

「八雲さん、哀れすぎない……?」

「まぁ、スレ主ってそういうものだから……とりあえず、奴らの決戦場に突撃だー!」

「そういえば……先ほどから不思議に思っていたのですが、せんぱいが分割されたのが彼女達なのであれば、さほど大きなことはできないのでは?」

 

 

 とりあえず、長引けば長引くほど面倒なことになるので、さっさと現場に向かおうとしたのだが……それに待ったを掛けたのが、不思議そうな顔で首を傾げていたマシュ。

 そんな彼女が口にしたのは、元々のキーアから分裂した二人ならば、そこまで無茶苦茶なことはできないのでは?……という疑問。

 

 

「……ほら、煽動してる以上、付いてきてる人達に危ない人とか紛れてるかもしれないから」

「そ、それは確かに!こうしてはいられません、早速現場に向かいましょう!」

「おー!」

 

 

 それに一先ずの答えを与え、彼女を納得させた私はというと。

 ジーっとこっちを見てくるクリスに『余計なことは言うな』と視線で釘を刺し、走り出したマシュの後を追い掛け始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「よくぞ来たな、善なる私よ!」

「ええ、見えましたわね、悪なる私」

 

 

 到着した時、二人はまだ()()()()()()()()()()

 そのことに一瞬安堵したものの、この流れだとこのまま()()()()ことは目に見えていたため、どうにかして二人を止める必要があったのだが……あっ、ダメだこれ、言葉で止まる段階を越してやがんの。

 

 こうなってくると、今の私が()()()()()()()はかなり限られる。後のことを思えば、ほぼなにもしてはいけないも同然。

 ゆえに、ここはどうにかしてマシュに場を治めて貰うしかない、ということになるのだが……うん、説明もせずにやって貰うのは無理だよね、これ。

 

 

「……仕方ない、か」

「……ええと、せんぱい?どうされたのですか?」

「ごめんマシュ、()()()()()()()()から、本気で頑張って?」

「……はい?それはどういう……?」

 

「竜虎相搏つ、というやつだな私!」

「それはどちらが竜でどちらが虎なのですか?」

「ふん、下らんことに拘るな。──無論、私が竜だ!」

「なるほど、竜とは悪性の象徴、確かに悪を標榜する(貴女)にはぴったり、かもしれませんね。──私も、本気を出せると言うものです」

 

「え?……は、ちょ、なにこれ!?」

「せ、せんぱい!?これは一体!?」

「ああうん、騙してて悪いんだけどさ。──私、別に分割されたからといって戦力は変わらないんだよね。ゼロであれ無限であれ、それをどう分けようとも答えは変動しない。つまり、あの二人がヤバイのは──」

 

 

 ──負担を一切省みないこと。

 元に戻った時、どれほど負担を受ける羽目になることやら。

 そんなことを思いながら、二人の私が各々光と闇を操り、大立ち回りをする姿を眺める私なのでありました。

 ……加減しろバカ!!

 

 

 

 

 

 

「根本的な話として。私が全力を出したがらないのは、負担が酷いから。……さっきも言ってたけど、あの二人は現在最善の選択肢を優先して選ぶような思考ルーチンになっている。……それはつまり、普段は負担を気にしてやらないことを、後のことなんか全部放り投げた上で無茶苦茶やらかす……ということになるわけでね?」

 

 

 それは、神話の再現であった。

 虚無という力を最大限使うのであれば、これだけのことはできる……そう主張するかのようなそれは、世界の創造から始まる一連の世界史を再現するように、強く激しくぶつかり合っている。

 ……抽象的すぎてわかり辛い?じゃあまぁ、光の奔流が闇の濁流にぶつかり、あちらこちらにビッグバン級の衝撃を発生させている、とでも思って貰えれば。

 

 周囲に欠片ほども配慮しないその全力のぶつかりあいは、なるほど巻き込まれれば塵のように吹き飛ばされて然るべき、そんな威容を周囲に撒き散らしている。

 実際、ゆかりんとマシュが周囲への影響を全力で散らしていなければ、それこそこのなりきり郷が──ともすれば世界が粉々になってもおかしくないと言えた。

 ……いやまぁ、二人が防御できてる辺り、ほぼほぼじゃれあいみたいなものというか、脳内でお人形遊びしているようなものでしかないわけだが。

 

 

「ふはははは!こういう機会でもなければ使うこともないであろう!存分に錆び落としをしてやる、有り難く思うがよい!」

「使えるものはなんでも使え、というのは本来私達が言わずともやるべきことだと思うのですけれどね」

「うるせー!!てめぇらもう二度と分裂なんかしねーからなー!!」

「ちょっ、言ってる場合か!!なんとかしなさいよこんなんじゃ止めるもなにもないわよ!!?」

「あとのこと考えると私はもうなにもできないんじゃよ」

「はぁ?!」

 

 

 なお、二人は好き勝手なこと言いながら、思う存分攻撃をぶつけ合いまくっている。……なんでコイツら仮にも私なのに、こんなに攻撃的なんです???

 というか、ゆかりんとマシュが死にそうな顔してるんだけど。この状況、どう足掻いても私にケリを付けさせようとしてるでしょふざけてる?

 

 面倒くさいのは、これらも一応私の思考の一部だ、ということ。

 ()()()()()()()()()()()()、と思っている部分があるということである。……余計なお世話過ぎる。

 

 はぁ、とため息を一つ吐き、目の前を睨むように見つめる私。

 ……よーくわかったぞ。

 

 

「こうなりゃ戦争じゃー!!」

「えっちょ、せんぱいー!!?」

「ちょっ、なんか事情があったんじゃないの貴女!?」

「うるせー!!もう知らねー!!後のことなんか知るかー!!」

「おお、そうだそうだ!あとのことなぞ気にするな思う存分やれやれ!!」

「ひゅーひゅー、ですの」

 

 

 こうなりゃ全員ぶっとばしたらぁ!!

 自棄になった私は、()()()()()()()()()()()()()、戦場に飛び込んで行くのであった。

 ……もう知らねー!!

 

 

*1
『ゴールデンカムイ』より、姉畑支遁のとある所業に対し、杉元佐一が驚きの余り感動さえ覚えながら述べた言葉。ある意味閲覧注意

*2
プロレスの技の一つ。喉元を両手で掴んで持ち上げる。なお、首を絞めているわけではない

*3
ワザップジョルノと呼ばれる、インターネット上でのネタの一つ。ポケットモンスターオメガルビーにおいて、とある裏技のネタが一因となった一連の騒動における、騙された側の怒りの叫び。その言い回しがどことなくジョジョっぽかったことから、ジョルノ・ジョバァーナ呼ばわりされるようになった。なお、細かく見ていくと他のジョジョキャラを連想させるような言動もちらほら



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わかっていたけど後の祭り

「…………」

「そ、その、せんぱい?元気を出してください、ね?」

「チーズ蒸しパンになりたい……」*1

「せんぱい?わりと余裕なのかそうではないのか、微妙に判断に困ることを言うのは止めませんかせんぱい??」

 

 

 結局、二人をボコるのにやりたくもないことをさせられた私は、膝を抱えてベッドの上で横になっていたのであった。

 ……新年もすぐそこだと言うのに、なんともテンションの下がる話である。

 

 いやまぁ、あの二人も色々と考えてああいうことをした、というのはわかるのである。

 何分あれも私には違いないので、なにを心配してなにを不安に思っていたのか、というのは手に取るように理解できるのだ。

 それなのに私がイラッとしているのは、偏に回避できない状況に引っ張り込んで無理矢理やらせやがった、その所業にである。

 

 

「……怒るに怒れねぇからふて寝するしかないのがね……」

「結局、あれってなんだったわけ?貴女、分裂したんでしょ?」

「……あー、うん。一つ言えることがあるとすれば……できないとかそういうのは、全部建前ってことかな」

「はぁ?」

 

 

 ことここに至っては、黙っているのも無理がある。

 なので、素直に話すことにするが……そもそも、今まであれこれ言ってきたことのほとんどは、基本的に周囲を納得させるための耳障りのよい嘘でしかない。

 ……クソザコナメクジである、ということは決して間違いではないが、それに関わるほとんどの事が嘘なのである。

 

 

「嘘、というと?」

「できない、っていうのは基本的に言い訳だってこと。私はいつだって常に最善で最悪。……変化はないから、どの姿でもできることに変わりはないってこと」*2

「え?でもそれでは……」

「そういう倫理や理屈を捏ねてたってだけ。……まぁ、そうやってルールを定めとかないと、私なんて存在はすぐに消えてしまうから、ってところもなくもないんだけど」

「消える……?」

 

 

 いつぞやかに言ったように。

 私、キルフィッシュ・アーティレイヤーという存在は、所詮はキリアという存在から派生した、あまりにもあやふやなもの。

 核となりうる逸話を持たない私は、そもそもただ存在するだけで彼女に置換されていく存在でしかない。

 

 

「その話は、解決したはずでは……?」

「帰ってこないでしょ、キリア。……多分だけど、この世界に関しては私に任せる、って気持ちになったんじゃないかな」

 

 

 思えば、何時まで経っても戻ってこない彼女の姿に、私の不安は日毎に増していっていたのだ。

 ──年を越した時には、もう()という存在は消えてなくなっているのではないか、と。

 

 とはいえ、それは私がキーアという存在になってしまった以上、いつかは来る確実な未来であり。それを避けることはできない以上、それを見て見ぬフリをするのは、問題を先送りする現実逃避以外の何物でもない……というのも確かな話だったのだが。

 だからこそ、あの二人はあの場であんな無茶をしたのだろうし。

 

 

「……いえ、待ってくださいせんぱい」

「待たない。……もうこの際だから告白するけど、貴女のせんぱいはもう居ないの。だって私は、ただ生きている()()をしているだけで、ずっと削れていっているのだから」

 

 

 キリアやキーアが抱える【星の欠片】とは、あまねく全てより小さく細かく弱いものである。

 ……とはいえ、それには深度があり、理屈の上での上下がある。

 私達のそれ──【虚無】と呼ばれるそれは、善悪も無限も刹那も、ただそれ一つで表すことのできる最小。

 そこに付随する性質は、自身に対しての何もかもを()()()()()()()に導くこと、である。

 

 それは、自身への影響を、全て『死』という結末に導くこと。

 あまねくなにもかもを、一番大きな結末によって飲み込むことにある。

 

 

「死で死を洗い、死で死を否定する。不死身なのではなく、絶死。なにをされても絶対に死んでしまうがゆえに、全ての影響をまるで亡きもののように扱う異常現象。──【永獄致死(インフィニット・オーバーフロー)】って私は呼ぶけど、それが【虚無】を扱う上で必ず向き合わなければならない業。──()(キーア)になった時点で、もう生きてはいないんだよ、マシュ」*3

 

 

 そんな人間が……いや、人間ですらないものが。

 どうして、誰かの愛を受けることができようか。

 そう告げた私に、マシュは小さく首を振って。

 

 

「──嘘です」

「嘘じゃないよ。私のやってることは全て真似事、だって言ったでしょう?それから、実際にキリアがここへとやって来たこと。……それらは私が【虚無】によって形作られていることを明確に示している。……なら、私はもはや思考しているフリをしているだけの、単なる死体だ」

 

 

 人の思考は他者からは観測できず、ゆえに他人が本当に自意識を持つ存在なのかどうか、ということは証明できないという。

 それに倣うならば、今の私は間違いなく哲学的ゾンビ、というものに区分されることとなるだろう。……唯一の違いは、それが自分自身の人格に対しての疑問である、ということだろうか?

 

 

「すごく大雑把に言えば、今の私はパラパラ漫画みたいなもの。……『す』『ご』『く』みたいに、そうして喋っている状況で死んだ、という私の写真を、上から何枚も何枚も貼り付けているようなもの。だからこそ、どんな相手のどんな凄い攻撃も、容易く受け流すことができる。──だって、攻撃というものの目指す先は、相手を殺すこと。望まなくても死ぬのだから、これ以上ないほどの防御手段でしょ?」

「──止めてくださいっ!!嘘です、せんぱいは生きています!生きて、ここに……っ!」

「それも、心臓が膨らんだ時の死に様と、心臓が萎んだ時の死に様を交互に張り付けてるだけ。【虚無】の本質がそういうものである以上、私が生きているはずはないんだ。……そんな当たり前のことから、目を逸らしていた私を、あの二人はバカだと罵ってたんだよ。──そんなことをしても、誰も幸せになんかならないのに、って」

 

 

 いつかはバレる嘘を、ずぅっとつき続けるつもりなのか?

 ……あの二人が言いたかったことはそれで、結局周りの暴動だなんだのの話は、単なるきっかけ作りに過ぎなかった。

 お前はいつまで、不誠実なままでいるのか?……と。

 受けるつもりがないのだから、すっぱりと切り捨てろと。

 

 私は、悲鳴をあげるように泣きじゃくるマシュを見つめながら、胸の奥にずしりとのし掛かる重さに、小さく呻き。

 ──それさえも、本当の感情ではないのだと、一つため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

「……あー、疑問が幾つかあるんだけど、聞いてもいい?」

「いいけど?もうここまでぶっちゃけたんだから、なにを聞かれても一緒だし」

 

 

 どうせ、このあとやることは決まっているし。

 啜り泣くマシュを背に、声をあげたクリスの方に向き直る私。

 視線を向けた彼女は、なんとも言い難い表情で、言葉を吟味するように虚空に視線を向けたあと。

 

 

「ええと、とりあえず一つ。貴女の言う【星の欠片】っていうのは、貴女の考えたものってことでよかったのよね?」

「実際に存在してた辺り、並行世界とかの記憶を覗き見た、とかだとは思うけど……この世界にその概念を持ち込んだのは私、ってのは間違いないと思うよ?」

「なるほどなるほど。それから二つ目、貴女が今までやって来たことは【虚無】による模倣で、【虚無】とはすなわちなにもかもがなくなっていることを指す言葉。……この場合だと、あらゆる影響が打ち消しあい、『死』という結果に帰結する……と」

「まぁ、うん。私に対しての事象の全てを、私の死という結果で上書きし続けるものだから。……私の死という結果さえも私の死で上書きし続けるから、永遠に結末にたどり着くことがない──ブラックホールに落ちていく人が、いつまでもそこに落ちずに見え続けると言われるように、私はいつまでも生き続けているという風にも見える……みたいな感じかな」

 

 

 放たれたのは、幾つかの質問文。

 今まで聞いてきた断片的な情報から、ほぼほぼ正確な実像を見出だしたとおぼしき彼女は、淡々と事実確認を行っていく。

 ……そう、今の私の姿は、一種の残響のようなもの。

 永遠に死に続けるということは、見方を変えれば()()()()()()()()ということ。

 それは詭弁を弄すれば『今なお生きている』という風にも見なせるわけで、私が現在こうして生者のフリをできている一番の理由、ということにもなってくる。

 

 

「なるほどなるほど。……で、【星の欠片】って言う区分に含まれる能力は幾つかあるけど、基本的に同名・同質のものが生まれることはなく、一人がそれを冠している以上はそれを目覚めることはできず、仮に目覚めたとしても【星の欠片】の基本原理的に、徐々に本来の持ち主に存在が置換されていく……と」

「そう。あの時はどうにかなった、みたいなことを言ってたけど……多分、お別れを言う時間をくれた、ってことだと思う。ここまで時間が経っても戻ってこない辺り、そのモラトリアムも終わりを告げ、いい加減(キリア)になれって遠回しに告げてるんだろうけど……」

 

 

 これもまぁ、以前から述べている通り。【星の欠片】は無限数であるが、同時にそれら全てが自分である、とするものでもある。

 一粒一粒が意思無き自身であり、それらは普段目覚めもせず単なる物質として過ごしている……。

 ゆえに、それを励起できる存在は目覚めている自分自身であり、たまたまそこにバグのような形で割り込んだ私も、そのうちその影響の中に溶けていくだけの、ちっぽけな存在でしかないのである。

 

 

「……なるほど、ね。じゃあそれを踏まえて、貴女の()()()を斬らせて貰うわね」

「…………いや、なに言ってるのクリス?勘違い?私が?」

 

 

 そんな一連の話を聞いて、一つ頷いたクリスは──私が間違っていると告げてくる。

 ……いや、なにを間違うというのか。私はこうしてキリアの名代として、【虚無】を扱うことを赦された存在。

 それはつまり、やがて彼女になる巡礼の旅のようなもので、

 

 

「決定的なことを言ってあげるわ。──帰って来てるわよ、キリアさん」

「え゛」

 

 

 途中に挟まったクリスの言葉に、思わず振り向いてしまう私。

 それは何故かと言えば、彼女が呆れたような表情で、私の後ろを見ていたため。

 そうして振り返った先には──、

 

 

「あ、あはははは……ええとその、ごめんなさいね?ちょっと自分の領地を視察しに行ってたら、その、キーアちゃんがそこまで思い詰めることになるだなんて……」

「……てめぇを殺して私も死ぬ!!」

「ひゃあ!?ちょっ、落ち着いて、ね?!」

 

 

 困ったような笑顔で、お土産らしきかみぶくろを持ったまま佇むキリアの姿がそこにあり。

 ……思わず襲い掛かったのは悪くない。私は悪くないんだ……っ!!

 

 

*1
『銀魂』の作者・空知英秋氏が作中で呟いた迷言。現実逃避なのか、はたまた単なる妄言なのか……のちに、キーホルダーという形ではあるが実際にチーズ蒸しパンになれたりもした(?)

*2
【星の欠片】の基本原理。最小物が集まって形をなす、という関係上、そもそもコンディションの差と言うものが本来存在しない。あえて言うのなら、動員数による総出力が違うだけである

*3
本末転倒の一。あまねく影響を嫌った存在が、どうにかして色んなものを無視できないか、と試した結果生まれたもの。自身に対して起きる全ての事象、その結果を『~だが最終的に私は死んだ』と書き換える現象。本来そんなことをしても単に一つ死体が増えるだけだが、無限数である【星の欠片】が行うことによってバグを引き起こしている。死んだ、という結果がいつまでも上書きされる為、本人はともかく周囲から見ている分には元気に生活しているように見える



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勘違いで暴走するのもお約束

「まぁほら、まるっきり勘違いだったってわけでもないんだし、ねっ?気を落とさないで、ねっ?」

「死にたい……【永獄致死】的なあれじゃなく、消えてしまいたい的な意味で死にたい……」

「せんぱい大丈夫なんでしゅか、本当なんでしゅかぁ……」

「ああよしよし、怖かったねーマシュ」

 

 

 なんじゃこの状況(困惑)。

 ……恐らくはこの現場を見た人は、皆おんなじ感覚を抱くことかと思われるが……その疑問については私こそが問い掛けたい気分である。

 

 いやマジで、なんでこのタイミングで帰って来たのこの人。

 もうちょっと早く帰って来てくれれば、私も変に拗れさすようなことを言わずに済んだのに……と思ったのだが、どうやらことはそう簡単な話ではないようで。

 

 

「許可を貰ってた……?」

「大変だったのよー?わざわざ貴女用に別枠申請する必要があったんだもの」

 

 

 こちらに苦笑いを向けてくるキリアの言うところによれば、前回の私の危惧は、しかして全くの見当違いとも言い辛いものであったらしく。

 ……各【星の欠片】は一つにつき一つの存在しかあてはめられない、というのは間違いのない本当の話であり。

 それゆえ、同じ【虚無】を扱う私とキリアは、基本的にどちらかが──主に後からそれに触れた私が、消え去る運命にあった。

 とは言っても、それは誰かから強制されてそうなるわけではなく、【星の欠片】というものの性質ゆえに自然とそうなる、というのが正解で。

 

 ……まぁ、大雑把に言ってしまうと、【星の欠片】という技能は能力として()()のである。

 

 

「重い?」

「根本的には現象みたいなもの、って風に理解するのが早いと思うわけだけど……まぁ要するに、一つの人間を現象に分解する、って感覚が正解なのよね」

 

 

 例えとして挙げるのならば……『月姫』シリーズに登場する死徒の一つ、『タタリ』が近いと言えようか。*1

 あれは、永遠を目指す一つの答えとして、自身を霊子という最小単位──意思などないものとして再構成しつつ、特定の場所に『人の不安を抽出した噂から形を得る』という現象を巻き起こすモノとなった、ある種世界に染み付いた影のようなものであるが。

 我ら【星の欠片】のそれは、ある意味でそれに近いものがある。

 違うことと言えば、周囲の人々の不安によって目覚めるのではなく、そもそも目覚めることなぞあるはずがない……ということだろうか?

 

 ともかく、世界の法則そのものに自身を変じさせる、とでも言うべきその異能は、翻ってそれ以外の可能性というものを否定してしまう。

 ……端的に言うと、【星の欠片】に目覚めてしまった時点で、それまでに納めていたあらゆる技能は霧散してしまうのである。

 ポケモンとかで例えるのならば、わざの欄に並べられた他のわざを全て忘れる代わりに、ただ一つだけ覚えられるわざ、とでもいうべきか。

 本来の技能欄である四つの枠を専有し、それ以後の新しい技能の入れ換えも否定する……みたいな感じ?*2

 

 キャパシティ(容量)を全てその技能で埋めてしまう、という性質上、下手をすると人格や性別・記憶や記録に至るまでその技能で染めてしまう……なんて恐ろしすぎる結末も用意されている辺り、普通の感性の人間が目指すべきものではない、というのは決して間違いではない。*3

 

 

「というか、実際【星の欠片】に目覚める余地のない人が、無理矢理目覚めようとして単なる現象と化すっていうの、結構な頻度で見掛けることだからねぇ」

「……こっわっ!?」

「そういう意味では、この子(キーア)は幸運だったのよ。本来なら、この事件における『逆憑依』が起こった時点で、さっき言ってたみたいなことになっててもおかしくなかったんだから」

 

 

 そう、キリアが言うように、その危険性は私にだって迫っていた。

 

 私はキリアではなく、そしてキリアしか【虚無】に適合する存在はいない。

 確かに『逆憑依』はどこかから本人そのものを憑依させる、わりと意味不明なものである。

 ……だが、その原理が想像通りのモノであるのなら、私……いなや俺に憑依するはずだったのは、本来キリアであったはずなのだ。

 

 例えキーアとして別の存在を定義したとして、その原理が【星の欠片】の実在なくして成立し得ないモノである以上、結局【虚無】が使えるのはキリア以外にあり得ない。

 ……そういう設定として生み出されている以上、それを守って居ないのであれば、それは憑依でもなんでもないのである。

 

 一応、私がキリアのかつての人の時の姿でした、なんて解釈を取れればどうにかなるかもしれないが……まぁうん、その辺りも実は設定があるので、あり得ない話でしかないというか。

 

 つまり、これまでの話を要約すると。

 本来、キーアという存在は虚構も虚構、呼び出す先のないモノであり、それが憑依の対象として選出されることは有り得ない。

 ……にも関わらず、今の私はこうしてキーアとして此処にある。

 それこそが、今の私の貴重性、ということになるようで……。

 

 

「うん、あのお方直々に『技能被り?無いはずの存在の適用?……なるほどなるほど、そんな面白……愉快……大変なことに見舞われている人がいらっしゃるのであれば、私も新たな子を認める準備をしなければならない、ということになりますね』ってお言葉を賜ってね?」*4

「……ああうん、なるほど。そりゃ無事だわ私」

「ええと、勝手にそっちだけで納得しないで欲しいんだが?」

 

 

 その貴重性があのお方に認められ、私は存在の消失という最悪の未来を迎えることを免れた、ということになるようで。

 思わず、腰が抜けたようにへろへろと座り込んだが、なんというか一生分のエネルギーを消費させられた気がして、暫く立ちたくねーという気分になってしまっていたのだった。

 

 そんな私の様子に、意味わからんとばかりに声をあげるのがクリス。

 ……まぁ確かに、こっちにしかわからん感じの話しかしてなかったので、彼女が蚊帳の外になるのも仕方のない話。

 とはいえ、ここまで巻き込んでしまった以上、ちゃんと解説しないといけない、というのも確かなので、放心していたマシュも呼び寄せて、改めて解説を行うことに。

 

 

「ええと、『あのお方』のことについては、どれくらい知ってるんだっけ?」

「貴女達の上司みたいな人ってことと、【星の欠片】とやらのトップに当たるモノを持つ……みたいなこと?」

「ああうん、私達的にはトップ(頂点)ってよりはボトム()なんだけど……まぁ、一番だってことに違いはないからその認識でいいよ。で、そこがわかっている以上、彼女が()()()()()()()()()()、というのはわかるよね?」

「……ええ、それが貴女達がなんでもできる理由、だものね」

 

 

 まず始めに、『あのお方』について。

 便宜上『彼女』と呼ぶが、彼女は私達【星の欠片】の元締めに当たる存在である。

 なによりも小さく、弱く細かいものを目指す【星の欠片】における極点──()()()()()()()()()()()()()()()という限界に当たる存在。

 それこそが彼女であり、それゆえに彼女の能力……現象による影響というのは、受けていないモノなどあり得ない、と言い換えてもいいほどに広範に渡って存在していると言える。

 

 彼女という現象を用いれば、あらゆる現象をきっちり計算できる……と言えば、その影響範囲の広さについてはすぐに理解することができるだろう。

 ……まぁ、普通に式内に無限とか頻出するので、それで理解できたと言い張るにはちょっと無理があるような気もするが。

 

 ともあれ、【星の欠片】の基本原理──小さすぎるからこそどんなものにでも含まれている可能性を否定しきれないそれは、意思を特別示していないだけで、あまねく全てが彼女に見守られている……という風に言い換えても、そうおかしなことではないわけで。

 

 ……要するに、最初に私が鏡の前で驚いていた時点で、彼女は私の貴重性と言うものに注目していた、ということになるらしいのだ。

 

 

「まぁ、最初はちょっとおかしいな?……みたいな感じだったみたいだけどね。あれよあれ、まど神様がアプリ世界を見付けて観察してた、みたいな感じ?」

「上から見下ろしてるのか、下から見上げているのかっていう違いはあるけどね。……【虚無】の目覚めを知り、ふと視線を向けた先にあったそれはキリア(本来の技能者)ではない別の誰か。見違いかと暫く観察していたけれど、後に件の技能者(キリア)がこちらに顔を見せたため、やっぱり別人だったんだ……と認知した彼女は、それを面白いと言祝(ことほ)いだ」

 

 

 私達【星の欠片】は、その存在が大きければ大きいほど、自身の中に他の【星の欠片】を服有してしまう。

 原子が組み合わさって分子になるように、分子が集まって物質が形作られるように。大きなものとは、必然それを構成する小さな粒、とでも言うべきものを持ち合わせている。

 それは【星の欠片】でも変わらず、その原理に従わないのはなによりも小さな『あのお方』だけ。

 ゆえに彼女は全てを見ているし、全てを愛しているし、全てを言祝いでいる。

 

 だから、たまたまを重ねて生まれた、私という奇跡もまた、生かしてみようという気になった。

 

 

「そう、私もいつの間にか世界一つを任せるに足る存在、みたいな扱いをされてるってわけなんだよクソァッ!!」

「え、ええ?!何故そこで悪態を!!?」

 

 

 ──まぁ、良いことばっかりじゃないんで、思わず声を荒げたくなったわけなんですけどね!

 

 

*1
別名『ワラキアの夜』。周囲の人々の思念を読み取り、不安を具現化する現象。とある錬金術師が、自身の出した答えに絶望した結果、それを覆す手段に挑み、破れ、次善の策が発動した状態。最早人格と呼べるものも四散してしまっているが、戯れにかつての姿を取った時には、幾分理知的な姿と──未来に絶望し、発狂した姿とを交互に見せる。区分としては現象に当たる為、殺そうにも殺せない(一時的な撃退はできるが、契約によって特定の年代までは自然現象として残り続けている)

*2
より正確に言えば、特技欄どころかコマンド欄すら侵食し、それしか選べなくするもの。にげるとかどうぐとかすら使えなくなるそれは、それ単体ではなんの役にも立たないガラクタだと言わざるをえない。それを鍛え上げ、動員できる数を増やし──かつてのコマンド達を再現できるようになれば、【星の欠片】使いとして一人前だと言えるだろう

*3
スクナヒコナ君の受けた『要らないものの削ぎ落とし』を、()()()()()()()受けることから始まる、数々の苦行が君を待っているぞ()

*4
実は皆子供みたいなもの。キリアより範囲が広いグランドマザー。人類母顕現()



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それでも私はイきている

 私が叫び声をあげたくなった理由、というものを理解するためには、【星の欠片】というものが持つもう一つの意味を理解する必要がある。その意味と言うのが……。

 

 

「世界法則の雛形?」

「そう。今のこの世界で言うなら物理法則。それが今の世界を作っている、とする考え方とでも言うか……」

 

 

 どうにもその辺りの話は、一度キリアがしていたらしいが……もう一度改めて。

 

 この世界に【星の欠片】が顕現する時というのは、本来世界の滅びが近い時とされている。

 それは、あやふやになったその世界において、世界を支える新たな柱を世界が求めているがゆえ。……言うなれば新たな世界樹として迎えるためであり、現状の世界樹(物理法則)が顕在であるうちは、種としてそこらに眠っているはずなのである。

 

 ……つまり、【星の欠片】というものに目覚めるというのは、すなわちその世界の柱として身を捧げることと、ほぼ同義だと言ってしまえるわけで。

 言うなれば、その世界の運営権を任されるようなもの。……全うな精神の持ち主であれば、そんなのお断りだとなって然るべきであろう。

 

 

「……そうなんですか?」

「そうなんだよ!なにが悲しくて世界の運営、なんぞ任されにゃならんのだ!!」

 

 

 マシュが首を傾げているが……まぁ、実情を知らない彼女には無理もない。

 なのでそこら辺の解説もしていくことにするわけだが……まず始めに、ここでいう世界の運営とはすなわち()()()()()()()()()()()()のことを指している。*1

 

 

「……なんだかちょっと雲行きが怪しくなってきたけど?」

「最初っから怪しいわい!……同じ作者の作品でも、一方は優しい世界だけどもう片方は厳しい世界、みたいな違いがあったりするでしょう?」

 

 

 例えるのならば、キングゲイナーとイデオンみたいなものか。

 この二つの作品は監督が同じという共通点を持つが、その実内容的には真逆に近いモノである。……いやまぁ、重いところは相応に重かったりするんだけど、レベルが違うというか。*2

 

 ともあれ、同じ人間から創出されたものであるにも関わらず、全く別のベクトルの作品が出てくる、ということはわりと頻繁に起き得る事象である、ということができるのは確かだろう。

 さっきまでの人格云々の話と絡めるのなら、鬱気味の時と躁気味の時では出力されるものが違って当然、とでも言うべきか。*3

 

 だがしかし、これを世界運営する神様に当て嵌めてしまうと、途端にとんでもないことになってくる。

 その世界を運営する神様の主義趣向によっては、世界は容易く滅びかけたりハッピーエンド一直線になったりしてしまう、というわけだ。

 なので、本来柱となるような存在というのは、あまり世界に干渉しない者を選ぶ方がよい、ということになる。

 アニメやドラマとしてならば許容されるものも、実際に自分達が巻き込まれるとなれば勘弁してくれ、となるのも仕方ない……みたいな感じか。

 

 ともかく、世界の運営……方向性を監督する存在のお気持ち一つで世界が塗り変わる可能性があるのは間違いなく。

 そういう意味で、【星の欠片】に目覚める者は前提として()()()()()()()()()()()ことを求められるわけだ。どちらかに傾倒してしまえば、世界ごと傾いてしまうがゆえに。

 

 

「そういう意味で、現状の物理法則基準の世界はわりと上手くできてるんだよ。善にも悪にも傾きすぎず、未来演算も恐らく最低限。……これほど上手く世界を回している存在ってのも、中々見ないと思うよ私」

「ええと、現状は問題がない、のですか?」

 

 

 暗にバランスが悪い、とでも言いたげなマシュであるが……これもまぁ、さっきまでの私の暴走を見ていれば答えを得ることは容易い。

 その裡にブレーキとなる反転感情を持たない存在というのは、容易く行き着くところまで行ってしまう。

 

 善意から悲劇を全て無くしたとしても、自身の手の届かない範囲にある悲劇が起因となった場合には弱くなってしまうし。

 悪意蔓延る世の中なんて、それこそ破綻が見える世界でしかないだろう。

 人の精神と言うもの自体が混沌を是とするモノであるのだから、世界もまた混沌を保たなければ、そのうち精神の均衡を乱してしまうのは目に見えている。

 ……そのバランス感覚というのは、一朝一夕で身に付くものではない。

 人によってベストな塩梅は違う以上、世界という規模でそれを操作するとなれば、その負担はまさしく命を奪って余りあるものになってしまうことだろう。

 

 

「……だからこそ、私達みたいなのが丁度いいのよねぇ」

「え?……あ」

「【永獄致死】の良いところ。……ブラック勤務にとっても強いのよね」

 

 

 キリアの呟きに、マシュが得心したように声を漏らす。……【永獄致死】という現象は、その実全ての負担を最大値にしてしまうモノだが──最大値が続いてしまうのであれば、それは最早波も飛沫もない平坦なもの。真実最悪の状況に見えるにも関わらず、実際に受けている方からすればもはやぬるま湯でしかないのである。

 ……端的に言うと、無限概念なので世界全土を覆うのも余裕、その運営の際の過剰労働に対してもダメージ0(実際はずっと即死ダメージ)……という高適性ゆえに、世界を運営させることに関しては右に出るものがいないのだ。嬉しくない職業適性!

 

 まぁ要するに、世界運営ってそれこそ文字通り死ぬほどの激務だけど、常日頃死んでる【星の欠片】的には鼻歌気分の仕事、ってことになるわけ。

 そりゃまぁ、世界樹扱いも已む無しである。もうそのために生まれてきたようなもんだもん、この技能。

 

 ……悲しみを見て誰かを依怙贔屓する必要もなく、喜びを見て共感する必要もなく。

 ただ、無慈悲に世界を回す歯車でいることを()()()()()

 それができないのであれば、世界なんて運営すべきではない……っていう話は、微妙に脇に逸れているので流すとして。

 

 ともあれ、善と悪のバランスを保ち、どちらかが大きく力を持ちすぎないようにする……という仕事をこなせることが、世界運営に求められる素質である以上、今の物理法則基準の世界が上手くやっている、ということは疑いようがなく。

 ──その世界が滅んだあとに迎えられるであろう世界が、それ以上の基準を求められることもまた必然、ということになるわけで。

 

 

「……うん、まぁ要するに。【星の欠片】そのものに目覚める条件も厳しいけど、実は世界一つを任せるに足るモノである、と認められるのにも結構な厳しさがあるんだよね……」

「はぁ、なるほど?……それと貴女の状況に、なんの関係が?」

「さっきから言ってる通り、キリアの持つ【虚無】って『あのお方』のそれの()()()、ってポジションなんだよね。……それはつまり、ここにいるキリアは()()()()()()()()()と太鼓判を押されている存在だ、ってことでもあってだね?」

「あ、あー……その、つまりせんぱいは……」

「うん、そのキリアから別のものとして確立したっていうけど、そのランクって多分()()()()()()()なんだよね……」

「うわぁ」

 

 

 私達【星の欠片】は、上に行くほど価値が薄れていく。

 そして、現実世界の物理法則を成り立たせている【星の欠片】は、恐らくは()()()()()()()()()()()ということになるわけで。

 無論、現実という【星の欠片】よりも下位に位置しながら、世界を任せるに足るレベルではない……というようなものも存在はしている。

 ……が、そんな彼らと底である『あのお方』との差と言うのは、それこそ天文学的な数値上の隔たりがあるはずで。

 

 そんな彼女の一つ上であるキリアの、さらに一つ上──それが今の私の暫定位置となるということは、つまり私は世界運営を実際に任されておかしくない位置についてしまった、ということになるわけで。

 

 

「それだけじゃないんよ、私がキリアの一つ上ってことは、私より下は二人しか──キリアと『あのお方』しかいないってこと。……つまり、私より上の先輩方が、それこそ天文学的な数字分ひしめき合ってる、ってことでもあってだね?」

「あー、新人いびりが横行しかねない……みたいな?」

「いびりならまだいいよ!絶対可愛がられるんだよ!『そこに立つとは、随分と見込みのある存在なのだな』って感じで」

「それは……なんというか……」

 

 

 ついでに言えば、私の今の位置は下から数えることができる位階。……逆を言えば、()()()()()()()()()()()()ということ。

 基本的に【星の欠片】はその成立条件上、人格者が多くなるモノであるが……ゆえに猫可愛がりされる可能性というものは、相応どころかかなり高い、ということになってくるわけで。

 それが引き起こす事態とは、つまりキリア以外の【星の欠片】達がこの現実にやってくること、となってしまう。

 

 ……一人だけの時点で大分手を焼いてた問題児が、それこそ数えきれないほどやってくるかも知れないという恐怖。

 それが、当事者でない人達にどれほど伝わるものであろうか?

 

 

「感覚的には水着ジャンヌとシズルが一緒にやってくる感じというか、○○を名乗る不審者達が続々と沸いて出てくる感じというか……」*4

「……怖っ!!?」

 

 

 うん、意外と伝えられそう(困惑)。

 ……いや、なんで居んのよ。どいつもこいつも月島かなにか?謝ればいいの?月島さんに?

 などと混乱しつつ、説明としてはそんな感じ。

 確かに、やがてキリアになるとかで自身の存在が霧散する、という可能性は失くなったかもしれないが、下手をすると世界一つを任される未来が待っているかも知れないうえに、なんなら今のままでも平行世界を観測できるようになって、私の思考能力がヤバい(こなみ)ことになりかねないし。

 更には他所から『妹/姉/同僚/後輩/先輩』等々、色んな関係性を捏造?しながら現れる新たなインベーダー達が浸食してくる可能性までぶち上がったというのだから、そりゃもう私の胃がずんがずんがしてくるのも仕方ないわけでして。

 

 

「……そういうわけなので、キーアさんちょっと横になりますね……」*5

「完全に目が死んでる……」

 

 

 語っていない話も含め、既にキャパオーバーな私は暫しのふて寝を敢行することとなったのでした。

 もうどうにでもなれー☆(ヤケクソ)

 

 

*1
人の意識などが特定の方向に向きやすくなる、などの空気感の操作も含む

*2
両者ともアニメ監督・富野由悠季氏の作品。片や全滅エンド、片や世界三大恥ずかしい告白シーンの一つに選出されているなど、空気感が違いすぎることで有名

*3
プロとしてはどんなコンディションでも作品を作れるようにするべきだが、暗い気分の時に明るい作品を書くことや、明るい気分の時に暗い作品を書くのには、相応の苦労が待ち受けているわけで……

*4
姉を名乗る者の中でも有名な二人。それぞれ『FGO』と『プリコネ』のキャラクターで、主人公の姉を自称してくる

*5
元々はアイドルなどのファンが、そのアイドルになにかあった時にショックで寝込む様を表した言葉『ちょっと横になるわ』の派生。何故か『ウマ娘』のセイウンスカイの言ってない台詞として『セイちゃんちょっと横になりますね……』というミームが生まれることに。なお、上の『ずんがずんが』と合わせると、最近実装されたラスプーチン(FGO)を所持していると追加される宇津見エリセ(アヴェンジャー)の台詞にも繋がる。こちらはラスプーチンオススメの麻婆豆腐を口にした結果、味はよかったけど体が受け付けずに寝込む形となっている。セイウンスカイとは声優が同じ繋がり



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幕間・スムーズに年は明けました

「結局そのまま暫くふて寝してたせいで、あっさり正月を迎えちゃったのよねぇ」

「未だかつてなく残念すぎる年越しだわこんなの……」

 

 

 なんやかんやで年越しの蕎麦も食べ損ねたし。

 ……みたいな感じで、代わりに朝御飯として雑煮を食べている私である。

 

 年末の騒動はそのまま流れ、普通に年越しを迎えたわけなのだけれど……あのあと、酒飲み達が暴走したりすることはなかったそうだ。

 じゃああの時私がやってたことって、いわゆる骨折り損のくたびれ儲けってやつなんじゃ?……と思われるかもしれないが、どうやらあそこで善悪の私達二人が暴れまわったことにより、住民達の抱えていたストレスの解消や、集まっていた負念を払うのに役立った、みたいなところもなくはなかったようで……。

 

 

「……まぁうん、一応事態の解決を考えてはいたんだよね、あの二人も。──単に私の胃とか精神とかの安寧を全部無視ってた、てだけで」

「それはつまり、お主も普段から後先考えなければ、もうちとショートカットできる……みたいなことになるのかの?」

「その結果が健康とトレードオフなら、正直勘弁して欲しいかな……」

 

 

 たまたま雑煮を食べに来ていたミラちゃんが、ふうむと一つ声を漏らすが……正直な話、誰か(主に私)を犠牲に回るような世界は御免である、と言うしかないというか。

 いやまぁ、以前までの私は、【虚無】を使いすぎると実質死ぬようなものだって思ってたから、余計に心労が祟ってたってやつでもあるんだけども。

 ……使わなきゃやってられない事態が時々やって来るのは、どうにかして欲しいなーと思わないでもない私です()

 

 実際、今までも要所要所で私がやらないとどうにもならない事態、みたいなものが頻発してたわけだしねぇ。

 ……え?それ以外の、特段必要性のなさそうな状況でも使ってたような気がする?いやいや、あれも一応必要に迫られてだよ。

 少なくとも、姿形を好き勝手に変えられる人……なんてものがほとんどいない以上、それができる私にお鉢が回ってくるのは半ば必然的なものなわけだし。

 

 

「そう考えてみると、単純にこの世界ってクソゲーなのでは……?」

「そこにお気づきになりましたか」*1

「せんぱいを諭さないでください、わりと洒落になってません……」

 

 

 思わず、こんな不安定な世界なら滅んでも良いのでは?……みたいな気分が沸いてくるが、実際にそれで滅ぼされても困るからか、マシュからのやわーいツッコミが飛んでくるのであった。

 ……まぁ、この世界は確かにクソかもしれんが、滅ぼすまで行きたくないのも確か(ほぼ確実にそのあとの世界の新生を任されるのが私)なので、渋々引き下がるのであった。

 

 閑話休題、年末の騒動もこうして終わりを迎えた以上、ある程度は気持ちを切り替えて新年に望まねばならない、というのが現状なのだけれど……。

 

 

「……やる気が欠片ほども起きねぇ」

「せんぱいがはぐれメタルのようにどろどろに!?」*2

「いや、これはいわゆる猫液体というやつではないか?」*3

「その姿、もしや我が友李徴子ではないか?」*4

「誰だ今の?!」

「無論吾だ」

「なんだパオちゃんか……」

「なるほど猫科繋がり……」

 

 

 正月が明けて暫くすると、多分『あのお方』からの要請が来るだろうから、気持ちを切り替えようにも切り替え辛い感じがあるというか。

 ……いやほら、休み明けの学校とか仕事とか行きたくない感凄いでしょ?まさしくあれ。

 

 更には、それにあわせてあれこれトラブルが舞い込んでくる可能性もあって、正直なにもかも見なかったことにして寝てしまいたい気分がガンガンなのである。

 まぁ、そうして現実逃避したとしても、なんにも後回しできないのも確かなので、どうにかして向き合わなければならないのだが。

 

 とりあえず今真っ先に向き合う必要性があるのは……『あのお方』との面会、だろうか?

 

 

「以前会いに行くのは嫌だ、みたいなこと言ってなかったかしら貴女?」

「あの時はまだ、私はおこぼれで【虚無】を使えてるだけ、って思ってたからねぇ……その状況で『あのお方』に面会したとしても、単に不純物扱いされて分解されるのが関の山、みたいなもんだったし」

 

 

 不思議そうに首を傾げるクリスの様子に、はぁとため息を返す私。

 ……確かに、キリアが里帰りする時には絶対付いていかない、と強行姿勢を取っていた私だが、あの時と今とでは状況がまるで違う。

 

 当時の私はまだ自分を単なる不正利用者として認識してきたため、そんな状態で『あのお方』の前に行くのは自分から首を差し出すようなもの。

 飛頭蛮(ゆっくり)*5にされるならまだマシな方で、下手すると私の存在が最初からなかったことにされる……なんてパターンもあり得た以上、そりゃもう絶対に会いたくないという態度になるのも仕方のない話なのであった。

 

 じゃあ今はどうなのか、というと。……寧ろ会わない方が恐ろしい、というのが正直なところなのである。

 

 

「そりゃまた、なんでだってばよ?」

「私の知らないところで、私が【星の欠片】使いとして認定されてるからよ。……いきなり変な属性付与されたようなものだから、ちゃんと使い方とか諸注意とか聞いとかないと、今までの感覚で能力使ったら爆発した、なんてことにもなりかねないし」

「そっかー。新しくだいばくはつおぼえちゃったんだなー」

「んー、間違いでもないかもしれないけど誤解を招く表現……」

 

 

 そんな私の様子に、お正月にも関わらずいつものようにラーメンを啜っていたナルト君が声をあげる。……ああいや、よく見たらお餅が入ってるから、力うどんならぬ力ラーメン、ってやつなのかも知れな……ラーメンに餅ってどうなの(困惑)*6

 

 ……ま、まぁともかく。こうして疑問を呈された以上、答える必要があるのも確かな話。

 

 なので真面目に答えると……今までの私は、【虚無】という力を使ってあれこれと行動をしていた。

 だがしかし、それゆえに【星の欠片】の基本原理として、そのうちキリアに統合されるか消え去るかが半ば決まってしまっていた。

 なので、その危険性や心配を無くすため、キリアが『あのお方』に掛け合って、私用に新しく【星の欠片】を新設してくれたわけである。

 ……いや、そんなに簡単に新設できるものなの?……みたいな疑問もあるだろうが、感覚的には新しい元素を作るようなもの。手間暇は掛かれど出来なくはない……というのは、ニホニウムなどの人工元素のことを思えば納得できないこともない、かもしれない。*7

 

 とはいえ、新しい元素……もとい新しい【星の欠片】である。

 それでなにができるのか、というのは完成時点ではわからないのも確かな話。今までと同じノリで使っていたら、思わぬ落とし穴があった……なんて可能性も普通に予測できるので、詳しい検査というか調査が必要だ、というのもまた、なんとなくわかる話ではないだろうか?

 

 

「……?同じことができるんなら、特に問題は無いんじゃねーの?」

「似たような性質を持つからと言って、全ての面で同じ性質かと言われると微妙ってことよ。溶ける温度とか主な性質とかは同じなのに、人体に有害な性質があったりしたら、それを今まで使っていたものの代用にしようとは思わないでしょ?」

「あー、なるほどだってばよ」

 

 

 例えば、単に素晴らしい技術とだけ思われていて、子供の知育玩具として発売されたこともあったのに、後に遺伝子を傷付けることがわかって管理が厳重になった核関連の技術のように。

 今、傍目にだけ今までと同じだからと言って、その危険性までもが同じかどうかというのはわからない。

 それを確認するためにも、私は『あのお方』に会わなければならない、ということになるのであった。……心底嫌だけどね。

 

 

*1
横山光輝氏の『三国志』において、魏の曹操と戦う決意を固めた、呉の孫権に対して諸葛孔明が述べた言葉

*2
『ドラゴンクエスト』シリーズのモンスターの一体。いわゆるスライム種に属するモンスターである『メタルスライム』の派生の一種であり、液体のように溶けた姿が特徴。見た目は『バブルスライム』の色違いでもある。メタル系に共通する獲得経験値の多さと、倒すとレアアイテムをドロップすることもあり、勇者達には狩りの対象として捉えられているが、逃げ足が早いので最初のうちは倒すのに苦労する

*3
異様なまでに柔軟性のある猫の体を指して、彼らは実は液体なのでは?とする学問……もといジョーク。箱に収まる猫は言うに及ばず、普通に考えたらまず収まらないようなモノ(この場合は大きさではなく、形的な意味で)にまでするりと収まるその姿は、なるほど確かに彼らが液体である、とする証拠に見えなくもない。そもそも普通の香箱座り(猫がよくやるやつ。由来はお香などを入れておく箱である『香箱』に似ていることからだとか)の時点でわりと意味不明な収納をしているように見えるのでなおのこと、というやつか。一応、猫は人よりも全身の骨が多い(人間が約200なのに対し、猫は約240本)為に可動域が大きいとか、そもそもの筋肉が柔らかい……などの、彼らが液体のように変幻自在な理由については、ある程度調べがついてるとかなんとか

*4
中島敦氏の短編小説『山月記』において、袁傪(えんさん)が人食い虎に襲われたあとに述べた言葉。実はその虎は、彼の友人である李徴子が姿を変えたものだった、という話。元ネタとして清朝の説話集『唐人説薈』の中の一作・李景亮が作ったとされる『人虎伝』が挙げられるが、内容はかなり違うのであくまでも発想の元ネタとなった、という風に見るのが正しいだろう

*5
飛頭蛮(ひとうばん)は、中国の妖怪。普段は人間と変わらない姿をしているが、夜になると首だけが飛び回るのだとか。中国以外の東南アジアなどにも同系統の妖怪の話があり、耳を翼のようにして飛ぶなどのバリエーションがあったりする。そのバリエーションの一つに『首ごと伸びる』ものがあり、それが日本の妖怪である『ろくろ首』の原型となった、なんて説もある。なおルビの方のゆっくりとは、『首だけみたいな姿の東方キャラ』という不思議な生き物達の総称。『ゆっくりしていってね』が鳴き声(?)なので、そこから呼ばれるようになったとか。今の若い人に『東方プロジェクト』のキャラについて聞くと、真っ先に彼らを思い出す人も多いのだとか(YOUTUBEにおいて、彼らを使った解説動画が大量に投稿されていた為)

*6
『力うどん』は、うどんの具として餅が入っているもののこと。名前の由来は諸説あるが、『餅』を食べると力が付くからというものや、『力持ち』という言葉と合わせた洒落である、という説が有力な方であろうか。なお、見慣れないかもしれないが餅を入れたラーメン、というのは意外と存在しているそうな

*7
元素番号113の元素。いわゆる人工元素の一つであり、名前の通り日本で生成に成功した



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幕間・星は翳ることなく

「……話を聞く限り、その『あのお方』ってのは随分と凄いやつみたいだの?」

「まぁ、普通に神様みたいなものだからねぇ」

 

 

 不思議そうに聞いてくるパオちゃんに、深々と頷きを返す私。

 そういえばパオちゃんは、ここに居る面々の中では新参に当たるため、その辺りの話を聞いたことがないのだったか。

 

 同じ理由でアライさん辺りも不思議そうにしててもおかしくないのだが、彼女の場合は途中から話がわからなくなったのか頭から黒煙を上げているし、ゆぐゆぐに至っては大して気にもせず、お餅が伸びる姿にきゃっきゃと喜んでいる始末。

 ……うーん、そこはかとなくぐだぐだである。

 

 

「……まぁ、いっか。明日の苦労は明日の私が受けるってことで」

「でた、せんぱいのケセラ・セラです!」

「そうやって後回しにするから、後々酷い目に合うんじゃないのー?」

「ええぃ、せからかしか貴様ら!私はもうキャパオーバーなんだよ、もうこの後は寝正月にしたいのー!!」

「そうは問屋が卸さないわキーアちゃん!聞けば貴女、いつの間にか一児の親になったとかなんとか!」

「言い方ァ!!」

「あ、ということは貴女が私のおばあちゃん、ってことになるのね?これからよろしくね~♪」

「まぁこれはご丁寧に……挨拶もできるいい子みたいだから、おばあちゃんがお年玉をあげましょうねー」

「わーい♪」

「いやちょっと待った、なにをあげるつもりだアンタ?!」

「ん?なにって……お年玉(おほしさま)よ?」

「気のせいじゃなければなんか変なルビになってるよねそれ!?」

「あ、月はやめてねおばあちゃん。私、別に真祖のお姫様そのものではないし、経歴参照元(グラブル)的に月って聞くとなんだかいやーな気分になってくるからっ」*1

「んー?じゃあそうねぇ。火星とかにしておきましょうか?入植先としては結構いい感じよ?まぁ、フラグ立てミスるとGが湧いたりするけど」*2

「勝手に話を進めるのやめなさいよ!?」

 

 

 なお、ご覧の通りこのぐだぐだは後々にまで波及することとなるのでした。

 ……いや、今の火星には既に住んでる人が居るからね?!あそこルイズ達の世界と合わせ鏡になってるみたいだし!!*3

 

 

 

 

 

 

「……え?その流れで今年の初詣は火星旅行にしよう、ってことになった?なんで???」

「いや、場のなり行きというか……」

 

 

 表面上は今まで通り単なる火星に見えるのに、中身は大分空想からの浸食が進んでいる……という部分に、新人達がわりと興味を示したせいというか。

 あとはまぁ、久しぶりにアカリちゃんとかアリシアの様子を見たくなったというか……。

 まぁそんなわけで、凄まじく突拍子もない火星旅行が決定した、というわけなのでありました。

 

 ……で、現状地球~ハルケギニア(火星)間の移動方法は、私の部屋の衣装箪笥の奥にある世界扉によるそれしか存在しないので、全員でぞろぞろと突入して向こう側の接続先であるビジューちゃんの部屋の衣装箪笥から飛び出し──そこで、主の居ない部屋を掃除していたルイズと鉢合わせた、というわけなのである。

 

 無論、なんにも知らされていなかったルイズは、突然現れた私たちの姿に驚いて腰を抜かし、そのまま叫び声をあげそうになったので、慌てて私がその口を塞いで──自室を掃除していたキュルケがその物音を察知して部屋の外までやってきてしまったため、なんとかごまかすために私がビジューちゃんの姿を久しぶりに取ることになった……というのが、ここまでの一連の流れである。

 うーん、短時間にあれこれ起きすぎじゃないかな?(白目)

 

 無論、いきなり帰って来た(本来ならまだ王都に居るはず)ビジューちゃんの声がしたことに、キュルケが訝しむような声をあげていたが……そもそもこのごまかし自体が、他の面々が隠れるまで時間を稼ぐためのその場しのぎでしかないので、焦れて彼女が突入してくるのもある意味想定内だったりするのであった。

 

 そのあとは、突入してみたところ本当にいた知り合いにキュルケが目を丸くし、つられてやって来たタバサが「ウケる」と何故か真顔で発言して周囲を驚かせ──。

 まぁ、そんな感じでこちらでの日常を垣間見せたのち、キュルケが「まぁ、久しぶりの休みなんでしょ?だったら私達はお暇させて貰うわね。ごゆっくりー」と気を利かせて出ていってくれた、というのがさっきの話。

 

 ……あの分だと、私がビジューだけどビジューじゃない、ってことには気付いているんだろうなーと苦笑いをしつつ、一時退避していた他の面々にもう大丈夫だと合図を送ったのであった。

 

 で、改めて他の面々も顔を合わせ、挨拶をすることとなったのだけれど……。

 

 

「……うーん、そっちのサブカルについては、こっちに流れ着いてくるものが少ないからよくわかんないけど……ポケモンっていつからそんな『使えるものならなんでも使う』みたいな感じになったの?」

「え、わりと最初からでは?」

「え?」

「え?」

 

 

 彼女が一番に気にしたのは、フレンズポケモンのパオちゃん。

 ……いやまぁ、彼女ってば色々混じってる【複合憑依】なので、正直単なるポケモンとしては参考にならないどころの話ではないのだけれど……なんでも使う云々の話に関しては、そもそも初代の時点でいでんしポケモン(ミュウツー)とかがいる辺りわりと大概じゃないかなー、とかなんとか思ってしまったり。

 

 そんな、なんか変なジェネレーションギャップ的なものを感じつつ、一通りの自己紹介を終えた私たちは、次になんでこの世界にやって来たのか、という理由を聞かれて──冒頭の話に繋がる、というわけである。

 まぁ、正月なので変わったことがしたかった、とかじゃないかな、多分。

 

 

「へー、なるほどなるほど……貴女もまた、随分と数奇な運命を背負っているのね」

「ちょ、ちょっとキーア、なにこの機械?ラジコンヘリ?バグ?」

「後者に関してはハルケギニア滅ぼす気かってならない?」

 

 

 人間だけを○す機械としては、わりと大概だよねあれ?*4

 ……みたいな話は置いとくとして。今回はいつものうちの面々だけではなく、同行者として侑子も付いてきていたりする。無論先日のドローンで。

 

 で、早速彼女は第一村人ならぬ第一魔法使いのルイズの周囲をびゅんびゅん飛び回り、その姿を観察していたわけなのだけれど……ここでもまぁ、微妙なジェネレーションギャップを感じることとなったと言うか。

 ……いや、バグも大概だけどラジコンヘリて。昭和のおっさんじゃないんだから、もっとこう……なんかあるやろ?

 

 ……ともかく、今回侑子が付いてきているのは、単にこっちのお酒とかが気になったから、ということが大きいらしい。

 無論、一つ次元を挟んだ位置にあるハルケギニアにおいて、ドローンがキチンと動くのか?……というデータ取りを琥珀さんに頼まれた、という部分もなくはないのだが。

 まぁ、本人が乗り気だった、というのが一番大きいのもたしかなのだけれど。

 

 ともあれ、わりと大人数でお邪魔することになったので、ルイズには悪いのだけれどちょっとごまかすのを手伝ってほしいというか……。

 

 

「いやそもそも、なんでごまかす必要性があるのよ?」

「いやー、ビジューちゃんに見付かったらあれこれ言われそう、というか……暫く放置してた形になるし」

「……そりゃまぁ、そうね。こっちとそっちでは時間経過にズレがあるみたいだけど、それでも放置されてた時間が短い、なんてことも無いわけだし」

 

 

 無論、ルイズからは『なんで?』と問い詰められることとなったわけだけど……そりゃもう、こっちはこっちで大変だったけど、そっちもそっちで大変だっただろうから、と言うしかないというか。

 ……まぁうん、ビジューちゃん一人でもなんとかなるように、色々仕込んではあるのだけれど、それでもまぁ一人に掛かる負担が大きすぎる、というのも確かな話なわけで。

 

 ただ、こうして私が新しい【星の欠片】として認められてしまった以上、下手にビジューちゃんに指導とかすると彼女まで【星の欠片】になってしまいそう、みたいな危険性もなくはないというか。

 ……流石にそれはちょっと洒落にならないので、できればあんまり関わりたくない気分が強いのである。

 

 無論、それはいわゆる杞憂であって、彼女に師事をしてもなんの問題もない、という可能性の方が高いとは思うのだけれど……万が一・いやさ億が一にでも起きる可能性があるのなら、回避したいと意識してしまうのは無限使いの悲しき性、とでも言うか。

 

 ……実際、ビジューちゃんの【虚無】の使い方って、本来のゼロ使的なそれではなく、私たち【星の欠片】のそれに近いから、これ以上経験積ませるのはよくないなー、となるというか。

 まぁ、その辺りの見極めのためのキリアの同行、という面もあったりするのだが。

 

 

「うーむ、そうなると彼女の扱いってどうすればいいのかしら?キーアちゃんの義理の双子、とか?」

「わけわからんパワーワードを作り出すの止めない?」

 

 

 双子はどう足掻いても義理にはならんやろ、という無体なツッコミをしつつ、ちょっと早まったかなーなんて気持ちを隠しきれない私だけど、多分元気です()

 

 

*1
『グランブルーファンタジー』における勢力の一つ、月の民のこと。作中においては空の民より遥かに高度な技術力を持つ星の民達よりも、更に高度な技術力を持っているとされる。地の底にあるとされる幽世(かくりよ)、そこに住まうもの達とは敵対関係らしいが、過去改変による現実の変化を行える技術を持つ彼等と敵対している辺り、技術力としてはかなり隔絶しているようだ

*2
第二の地球になりうる星として、様々な作品でテラフォーミングを受けている火星のことをネタにした発言。実際に住めるようになるかは不明

*3
『ARIA』と混ざっているせいで、概念の紐付けが行われているとかなんとか

*4
『機動戦士ガンダムF91』における殺戮機械のこと。見た目は周囲に刃の付いた円盤、みたいな形をしているが、親機であるバグから小型のバグを放出し、地上に住まう人間を無差別に『処理』していくことができる。数が多すぎる為、まともに相手するのは困難であり、最悪子バグに侵入されると自爆までされることも。人の吐く二酸化炭素や体温を察知しているので、生身ではまず逃げ切れない



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幕間・遠いその星の貴女のことを

「……せめてダンブルドア先生くらいには挨拶していったら?」

「いやー、あの人には地球でも会おうと思えば会えるし、敢えてこっちで会う必要性もないかなーというか……」

「……よくよく考えたら、なんであの人向こうに行けてるの?」

 

 

 呆れたような顔をしたルイズが、それでも先ほどまでの発言に対しある程度の正当性を見たのか、代わりと言わんばかりに提案をしてくるのだが……正直、あの人普通に向こう(地球)に遊びに来てたりするので、あんまりこっちで会うことに特別感がないというか。

 ……的なことを言うと、彼女は頭上に疑問符を大量生産していたのであった。そこに関しては私にもよくわからん。

 

 あと、名前が出た時点でうちのメンバーのうちの一人がゲーミングして昇天したけど、もう相手するのもめんどいのでスルーである。……お前はデジちゃんか、くらいのツッコミはしておくが。

 他のみんなも慣れたもの、という感じなのだが、流石に新人達は『!?』と困惑顔を晒していたけども。まぁうん、ミラちゃんはうちの居候ってわけでもないし、関わることもそう多く無いだろうから慣れてとしか言えないや、私。

 

 話を戻して。

 今回私たちがこちらに来たのは他でもない、単に新年の挨拶を関係各所にしよう、という理由によるもの。

 ゆえに、やることやったらさっさと帰る心積もりなので、できれば早急に他の場所に向かいたいのである。

 

 

「そういうわけですので、ルイズには悪いのですが、私たちはさっさと他のところに行こうと思います」

「あら懐かしいビジューモード」

「……からかわないでください。一応騒動を起こさないように、と気を付けた結果なのですよ?」

 

 

 こちらの言動が変わったことに、ルイズが面白そうな顔を見せるが……以前、初めてこの世界にやって来た時と違い、今の私の言動は強制されたものではなくこちらが進んでやっているもの。

 その理由は今口にした通り、周囲に無用な騒動を巻き起こさないためである。

 

 キーアという存在はキリアから派生したものであり、キリアもまた、その根幹となる部分にはルイズの──『ゼロの使い魔』を下敷きにした部分がある。

 それゆえ、この世界は私にとって相性が悪い……否や、()()()()()()()

 それが意味することは一つ。定められた役目以外の、素の私をこの世界で見せることは、すなわちこの世界の運行を左右するものである可能性が高い、ということである。

 

 

「……逆じゃないの?」

「私が原作ルイズみたいになる、ということですか?それは正しくこのビジューそのもののことですよ。この世界からの答えというのは、既に最初から示されている。──その上で、私はその軛を離れている。その意味がわかりますか?」

「え?えーと……」

「物語の──ひいては世界の破壊、ということですねせんぱい?」

「マシュの言う通り。私は既に世界からの答えを突っぱねている、という風に見なすことができます。ゆえに、世界は再度その要求を課す、ということができなくなっているのですよ」

 

 

 ルイズが首を傾げるが──マシュの言うように、既に私はこの世界から与えられた役割を、自身の分離に近い形で放棄している。

 本来、そんなことをすればその存在は世界からの圧力を受け、霧散するかこの世界に入れなくなるか、どちらかの対処を受けることになるのだが……そもそもの話、私のような【星の欠片】を世界が否定することはできない。

 滅びたあとの世界を再生するための機構でもあるそれを、星の免疫は素通ししてしまうのである。

 

 ただ、素通ししたからと言って問題がない、というわけではない。寧ろ問題は消えないままそこにこびりついているわけで、されどそのこびりつきはなにをやっても落ちないわけで。

 ……そうなってくると、世界が次にすることはそのこびりつきに対し、新たな意味を与えることとなる。

 言うなれば、それはこびりつきなどではなく、なにかしらの()()()()()()()()()()()、と再定義するわけだが……ここで問題なのは、その再定義はこびりつきに干渉することができない、ということ。

 言うなれば、そのこびりつきをこびりつきのまま活かさなければならない、というわけである。

 

 

「……???」

「そのこびりつきの上から張り紙を貼って隠したり、そのこびりつきになにかしらの線や色を加えて、別の絵にしたりはできない、ってことです。言うなれば、そのこびりつき自体には手を加えず、されどそれが()()()()()()()()()という事実を、明確に示さなければならない状態……みたいな感じでしょうか?」

 

 

 本来【星の欠片】とは、余りに小さくか弱いものである。

 吹けば飛ぶようなものであり、それ単体ではなににもならないのは確かな話。

 ……なのだが、それが世界に対して焼き付いてしまっている場合は話が違ってくる。

 意味を与える、というのはすなわちなにかを加えること。されど【星の欠片】とは最小の単位。……要するに、なにを加えても【星の欠片】そのものの意味を変えることはできないのである。

 

 例えばそれが『0』である時、それに数字を書き加えて『(10)』や『(100)』、『(1000)』を作ることはできるだろう。

 その形を丸に見立て、パーセント()にしたり複数繋げて葡萄の絵にしたり……というようなことはできる。

 

 だがそれは、そこに書いてある『0』というもの、それそのものを変化させるものではない。

 あくまでその形になにかを書き加えることで別のものを想起させているだけで、最初からそこにあった『0』というものを変化させているわけではないのだ。

 そう、なによりも小さいという性質を持つ【星の欠片】は、その実なににも変えられない不変のもの、というわけなのである。

 

 

「あー、それより小さいものにするには、その小さいものにならなきゃいけない……ってのが【星の欠片】の共通原理だから、少なくとも他のそれよりも小さい現実という【星の欠片】には、絶対にできないことなのね」

「そういうことです。だから、【星の欠片】が自分より小さい【星の欠片】に対してできることというのは、その形に合わせて自分を変えることだけなのですよね」

 

 

 自分の中に入った不純物……とは言っても、言うなれば本来()()()()()()()分解物──含まれてはいても取り出すことのできないそれをどうするのか。

 その答えは、()()があっても問題ない形に、()()()()()変化すること。

 それを問題ないものであると、自分の方の認識を変えることである。

 

 

「聞いたことありませんか?体の中に鉄の欠片とかが入ったのにも関わらず、何年も支障無く生き続ける人が居るって話を」

「釘とか銃弾とかが、体の中の重要な臓器を傷付けることなく、ふとある時に気が付くまでずっとそこにある……みたいな?」

 

 

 分かりやすく言うのであれば──『ブラックジャック』におけるカルシウムの鞘に包まれたメス、みたいなものか。*1

 体内に危険なものが紛れ込んだとしても、人間というのは意外とそのまま動き続けられるものである。……痛みや苦しみのようなサインがない限り、それに気が付かないということはわりとあることなのだ。

 流石に、かの作品のそれのようになにかがコーティング材の用を為してくれる、ということは早々無いみたいだが──あり得ない、と切って捨てられないのが人間の体の神秘である。

 

 そして、その原理はこの()()にも当てはまる。

 錬金術的な全と一、一と全の考え方だ。マクロなものはミクロに、ミクロなものはマクロに照応できるとされるそれは、世界もまた一つの人体のようなものだ、と世の真理を詳らかにする。

 

 その論理に従うのであれば──世界もまた、私という不純物を()()()()()()()()()()と定義し直すのは道理。

 そしてその定義のし直しとは──メスをカルシウムで包むが如く、というわけである。

 

 

「それがビジューちゃん()であり、それができなくなった以上取ることができる手段というのは、もう一つの方──()()()()()()()()()()()ことだけ、というわけなのです」

「……俄には信じがたいんだけど、それで?その結果どうなるのよ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ん?」

「私のことを主人公として新しく再構成される、です。……さっきの話との違いは、私を物語に詰め込もうとするのではなく、私に合わせて物語を変えようとしている、ということでしょうか。……まぁ、滅んでもいないのに滅んだあとみたいなことになる、っていう風にとって貰っても構いませんが?」

「……問題しかないじゃないの!?」

 

 

 まぁ、そうなるのは私とこの世界の相性の良さがゆえ、となるわけだが。

 ともかく、下手に私が私のままで居ると、世界の側が勝手に屈服していく……というのがここでの問題。

 なので、自分からもう一回殻を被り直して、問題をごまかしているというのが、今の私の状態というわけなのであります。

 

 いやー、問題しかないねー()

 

 

*1
『ブラックジャック』のエピソードの一つ、『ときには真珠のように』における描写から。医療ミスにより、ブラックジャックの体内に取り残された医療用のメスは、七年もの間彼の体内に放置されたままであったにも関わらず、彼の内臓を傷付けることはなかった。その理由は、体内のメスを骨から染みだしたカルシウムが、真珠のようにコーティングしていた為であった。なお、現実世界にもコーティングはされていないながら、体の中に残ったハサミや金属片などが、患者の内臓を傷付けることなく長期間放置されている……というようなことが起きていたりする。現実は小説より奇なり、ということか



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幕間・大体穴の底の底

「……まぁうん、貴女が今さらになってその喋り方をし始めた理由、ってのは痛いほどよーくわかったわ。……それで?これからどこに行くつもりなのよ?」

「んー、とりあえずはトリスタニア……は後回しにして、他の場所を回ることになるでしょうか?」

「ん?なんでトリスタニアは後回しなのよ?というか、まず初めにビジューに会いに行くんじゃないの?」

「いやー、ほぼ確実に(なじ)られるのがわかっていますので、できれば最後にしたいかなーと申しますか……」

「あー、そういえばさっきもそんなこと言ってたわね……」

 

 

 今さらになって私が喋り方を変えた理由、というものを理解して貰うためにあれこれと言い募って来たわけだが、その甲斐あってかルイズは一応の納得を見せていたようだった。

 ……となれば、次に出てくるのはこれからどういう行動をするつもりなのか、という話。

 それに関してルイズは、すぐに王都トリスタニアに向かうものだと考えていたようだが……とんでもない。

 

 確かに、こちらでは前回の訪問からさほど時間は経っていないのだろう。

 それでも、私が彼女(ビジューちゃん)を暫らく放置していた、ということは間違いないわけで。……怒られるのは確定だが、どうせ怒られるのなら帰る前にしたい、という気分が強いのもまぁ、むべなるかなというか。

 

 そんなわけなので、先にガリアとかロマリアに顔を出そうかなー、と思っている次第なのであった。

 特にロマリアは宗教国家なので、初詣の場所としてはわりと最適というか。

 

 

「……日本の宗教とは全く関係ないし、そもそもこっちまだ年が明けてないわよ?」

「まぁ、いいじゃないですか。細かいことは言いっこなし、ですよ?」

「全然細かくないと思うんだけどなぁ……」

 

 

 釈然としない様子のルイズに手を振りつつ、能力を行使して世界扉(ワールドドア)を開く私。

 とりあえずは各地の様子でも見ながら、ゆっくりしてくるかな……などと考えながら、私たちはゲートを潜っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「それで?それからどうなったのですか?」

「いやー、ははは。……怒らないで聞いてほしいんだけど、どこもかしこもちょっとしたトラブルが燻っていてね?」

 

 

 さて、ビジューモードを止めてシルファモードになっている私が、どうして正座してビジューちゃんの前に居るのかと言うt()……え?その前にシルファが誰なのかわからん?

 ええと、いつぞやかにこちらで作ったキーアでもキリアでもない私の役目が、いわゆる『シルファ・リスティ』である。

 見た目は女騎士めいた感じで、人によってはルイズの母・烈風カリンとかを思い出すかもしれない。*1……まぁ、私のキャラ造形自体、ルイズの影響が強いのだからさもありなん。

 

 無論、中身が私なのであそこまで堅物な騎士、というわけでもないが……パッと見で私とビジューちゃんが元々同じもの、みたいな状態であるとは思わないだろう。

 そういう意味で、キャラの分離にはしっかりと成功している、ということができるはずだ。

 

 シルファとしての説明はまぁ、これくらいにしておくとして。

 時間と話が飛んで、唐突に私が正座している辺り、なにが起こったのか解説してほしい、という人がほとんどであろう。

 なので、その声にお答えして簡単に説明をすると……いやもう、新年早々色々と酷い目にあったというのが答えなのであった。

 

 まず、初めの騒動はロマリアから。

 さっきも言っていた通り、初詣をするのであれば宗教系国家であるここが一番だろう、という日本人的宗教ごった煮価値観*2から選んだ行き先であったが、先にトップに挨拶をしてから……などと殊勝なことを考えたのがまず間違いであった。

 

 トリスタニアの女王代行である、虚無の魔法使いの従者として、『シルファ・リスティ』の名前はとても強い力を持つ。

 そのため、特に疑われることもなくトップであるヴィットーリオへのアポを取ることができ、みんなで『順調だねぇ』だなんて笑っていたのだが……。

 

 

「丁度よいところに来てくださいました!手伝ってください正直手が回りません!」

「えっ、ちょぬぉわーっ!!?」

「せ、せんぱーい!?」

 

 

 お目通しの叶った彼は、こちらの姿を確認した──すなわち本物であると認識した途端、こちらの手を引いて一方的にとある場所までの同行を強攻してきたのである。

 その速度たるや、結構歳を取っている人間が出せる速度ではなく……。

 

 慌てて追い掛けてくる他のみんなと一緒に連れてこられたのは、城の一画にあった巨大な蔵書の山が保管されている倉庫。

 そこでは色んな人々が、本の表紙を見てはあーでもないこーでもないと何事かを呟いていて……。

 え、なにこの異様な光景?と私が唖然としていると、ここに連れてきた時点でこちらの手を離し、何処かへと消えていたヴィットーリオ氏が、何かの本を片手にずんずんとこちらへと向かってきて……いやちょっと待った。

 

 

「いいえ待ちません。──貴女なら、この本の意味がわかるでしょう?」

「──祝え!三つの王家と一の従者の力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来を知ろしめす魔の王者!その名もキーア・ビジュー・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ!また一つ、魔法の歴史を継承した瞬間である……(ヤケクソ)」

「せんぱい!?」

 

 

 彼が持っていたそれは、なんとまぁ例のあの本……逢魔降臨暦……を模した、大きな本なのであった。……そりゃまぁ、私も思わずウォズってしまうわけである。*3

 それだけではない、周囲の人々がこちらの言葉に合わせて掲げて見せたのは……。

 

 

「ゲェーッ!?ワンダーライドブックぅ!?」

 

 

 大きさこそ違うものの、それらは全てワンダーライドブックという、とあるライダー作品に登場したアイテムと同じ装飾を施されていたのだ。*4

 ……いや待て突然情報を山のように浴びせてくるんじゃねぇ!?

 

 

「それからこの印鑑と目玉みたいなアイテムとカードキー的なアイテムと……」

「うわーっ!!やめろーっ!!?これ以上問題を引き込むなァーッ!!?」*5

 

 

 それからも出るわ出るわ、ライダーの変身アイテム系の物品達。

 ……幸いにして中身がないというか、外見だけのハリボテみたいなものばかりだったのだが……このハルケギニアで誰がこんなものを作ったのか、という疑問については首を捻らざるを得ず。

 

 

「……これ、昔の人が始祖の祈祷書を元に作ったとかなんじゃない?」

「うわーっ!そっちの方が厄物感が増すーっ!!?」

 

 

 この内、逢魔降臨暦もどきに関しては逆になんの力もない、ってところが怪しすぎたため、解析のために持ち出す羽目になってしまったのであった。

 

 で、既に満身創痍であった私たちが、癒しを求めて向かったのがガリアである。

 ここではジョゼフとシャルルの二人が、こちらを歓待してくれる予定となっていたのだけれど……。

 

 

「すまないみんな!来て貰って早々悪いんだけど、ちょっと手伝って貰えるかな!?」

「え、いきなりなにが」

「ぬぅん!くらえぃ爆発(エクスプロージョン)!」

「ぬぉわっ!?え、なになに?!?!」

「ぬぅ、流石に効かぬか!……お、これは良いところに!悪いが手伝ってくれぬか!まさかのブラキディオスでな!」

「うわーっ!モンハン成分がこんなところにもーっ!!?」

 

 

 ついて早々頼まれたのが、特徴的な青い姿の巨大な竜の討伐。

 ……まぁうん、既に名前が出ていたことからわかるように、まさかのブラキディオスがガリア領内に沸いて出た、ということだったのだが……。*6

 

 

「……特殊個体じゃんこれ!!?」

「ぬわっはっはっ!道理で固いわけよ!仕方がない、行くぞシャルル!」

「任せて兄さん!!」

 

 

 なんとこのブラキディオス、戦いの最中にその色が変わってエメラルドのようなカラーになったのである。……猛り爆ぜる方じゃねぇか!*7

 いやまぁ、さっきまでのジョゼフの攻撃が爆発だったので、そのせいでなにか変な反応を起こした可能性もなくはないのだが……ともかく、こんな街中で戦わさせられるような相手では無いため、どうにかして移動させて戦闘再開、結果として多大なダメージを負いながらもどうにか討伐せしめたのであった。

 正直、マシュの防御範囲が無かったら普通に負けてたと思います……。

 

 そのあともまぁ、細かいながらも濃ゆいトラブルが目白押し。

 解決せずに放置するには寝覚めが悪い……ということでそれらを解決して回り──、結果として、トリスタニアにやってくるまでの時間が大分ずれ込む、ということになったのである。

 

 で、そうなると、だ。

 ルイズから既に私たちがこっちにいることを聞いていたビジューちゃんが、こちらを待ち続けて痺れを切らす……というのもまぁ、わからないでもない話だとは思わないかな?かな?

 

 

「すいませんでした……」

「……はぁ。まぁ、いいですけどね、貴女がトラブルに巻き込まれるのは、今に始まった話ではないですし」

 

 

 呆れたような声をあげるビジューちゃんに対し、平身低頭し続ける私ですが今日も元気です()

 

 

*1
ルイズの母親、カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールのこと。若い頃はルイズと瓜二つな性格と見た目だったが、年老いた今では随分と大人しくなった……が、戦闘力は寧ろ作中最強クラス。また、大人しいといっても根本的なところは変わっておらず、娘達からは(一人を除いて)とても恐れられている

*2
よく日本人は無宗教だと言われるが、実際にはあらゆる宗教をごった煮にしている部分が多く、正確な意味での無宗教ではない(宗教は教養の根幹になる面もあるので、向こうの人の正確な無宗教のイメージとは無法者のことである)

*3
『仮面ライダージオウ』に登場するウォズが持っている本のこと。中にはジオウの辿る未来が示されているというが……?

*4
『仮面ライダーセイバー』に登場するアイテム。『W』のメモリや『オーズ』のメダルの流れを組む、複数集めるタイプの変身アイテム。見た目は小さな本で、ドライバーに刺して使うのは他の類似アイテムと同じ

*5
それぞれ『仮面ライダーリバイス』『仮面ライダーゴースト』『仮面ライダーゼロワン』の変身アイテム、バイスタンプ・眼魂(アイコン)・プログライズキーのこと。多分ガイアメモリにオーメダルとかもある

*6
『モンスターハンター』シリーズのモンスターの一体。リーゼントのような頭の突起と、両腕のグローブを付けたような姿が特徴。また、殴った場所などに特殊な粘菌を付着させることで、その場所を爆発させるなどの能力を持つ

*7
『猛り爆ぜるブラキディオス』のこと。ブラキディオスの特殊個体であり、強さは通常種よりも遥かに高い



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幕間・出会えなかったものも出会ってみたり

「さて、シルにはこのまま反省して貰うと致しまして……」

「わー!そんな殺生なー!」

「うるさいですよ。……さて、改めまして……初めまして、ということになるのでしょうか?私はビジュー、キーア・ビジュー・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。宜しくお願い致しますね」

「あ、はい。これはご丁寧に……」

 

 

 なんか知らんけど、私を放置して挨拶し始めるのはどうかと思うんだよね!?

 ……みたいな私の主張は華麗にスルーされ、ビジューちゃんとみんなの自己紹介が始まってしまったのであった、酷くない?

 

 まぁ、実際には記憶の中だけに残る、自分(キーア)の従者であるマシュのことが気になった……みたいなところも強かったみたいだが。

 

 

「……ふーむ」

「え、えと。どうされましたか、ビジューさん?」

「いえ、なにも。問題が解決したのなら、色々とはっきりした方が良いのではシル()

生憎と私の気持ち一つで決められるほど単純ではないんですよ、ビジュー様()

「ままならないものですね……」

「……あの、せんぱいとなにを……?」

「ああいえ、こちらの話ですのでお気になさらず。……ええと、それで確か貴女が……?」

「お初にお目に掛かるわね、異国のお姫様。……いえ、姫ではないのだったかしら?私は次元の魔女、魔女でも侑子でも、好きに呼びなさい。貴女は特別よ」

「は、はぁ。それでは魔女様と」

 

 

 で、マシュの挨拶が終われば、流れるように他の面々とも挨拶が進んでいく。

 ドローンから干渉用の姿を投影した侑子は、()()()()()()()であるビジューちゃんを興味深そうにしげしげと眺めていたし。

 ()()()()()()()()()()()ダンブルドア(オスマン)氏の生まれ故郷、という事実に暫く溶けていたミラちゃんは、ようやく気を取り直したのか、ビジューちゃんの私と同じ顔にこれまた一瞬呆けていたりもしたし。

 

 その他の面々もまぁ、初見の対応は似たようなもの。

 ……見せ掛けだけではなくしっかりと中身までお嬢様、という感じのビジューちゃんの姿に、どうにも違和感を拭えないような感じなのであった。

 まぁ、パオちゃんに関してだけは、滅茶苦茶いつも通りだったのだが。

 

 

「えーいつも通り?吾のなにを知ってるっていうんだよー?」

「敬うべき、()()()タメ口……と言わんばかりに、ビジュー様にポーズを強要してツーショット撮ってる時点でいつも通りでは?」

「おお、確かに」

 

 

 ……ね?

 ともあれ、一通り挨拶も終わり、()()()()()()()()()()()()()()()

 それはナルト君でもなければれんげちゃんでもなく、かようちゃんでもなければエー君でもない。

 私と同じように正座をして──彼女は自分からやった──なんとも渋い……否や申し訳なさそうな表情を浮かべているその人とは。

 

 

「……姫様、もう気にしてませんので立っていただけませんか?」

「いいえ、私は反省を続けねばなりません。なにより、戻る予定がすっかり忘れていた……などという体たらくなのですから、本来であれば王位を返上しこの場で切腹するのが筋というもの……」

「いや止めてくださいね!?それ自動的に私に全てが流れてくる奴ですからね!?」

「……ということもあり、己の責任を取ることもできない無様な王族なのです……」

「……うーん、これは面倒臭い状況……」

 

 

 その人と言うのが、なにを隠そう本来であればこの場で政を執り行っていなければならない重鎮──使い魔にして友であるとある妖精が行方不明なこともあり、帰るに帰れないままのアンリエッタ(アルトリア)なのであった。

 ……いやまぁ、名目上は従者足るマーリンが居なくなったままなので、彼の捜索が終わるまで帰れない……というのが理由なんだけど。

 以前こちらの不安定な状態を平定する際、彼女にたまには城に戻るタイミングを……みたいなことを言っていたのを覚えている人がいれば、彼女があのあと結局一度も戻っていないということがどういうことなのか、なんとなーく当たりが付くというものではないだろうか?

 

 ……まぁうん、ぶっちゃけてしまうと忘れてたんですよね、全員。

 向こうは向こうであれこれと起こることもあり、一つ壁を挟んだ別世界であるハルケギニアでするべきことがある、ということをみんなしてど忘れしていたのである。

 ……なのでまぁ、今回の初詣にはその辺りの穴埋めの意味も、あったりなかったりするわけでして。

 で、生真面目なアルトリアが忘れてしまっていた、という辺りにどうにも拭いきれない申し訳なさがあったようで、彼女はこの城に着くなり私よりも先に正座をし始めた、というわけなのでございます。

 

 ……さっきから、ビジューちゃんはもういいから、と彼女に立つことをお願いしているのだが、アルトリアはまだ反省が足りない、とばかりにずっと正座を続けているのだった。

 で、彼女がやっている以上、私も足を崩すわけには行かず……とまぁ、微妙に悪影響が出ているので、できればそろそろ反省は終わりにして欲しいところなんだけど……アルトリア分がなまじあるせいか、彼女は正座そのものをあまり苦にしていないようで、そこが認識の差になって私の足はボドボドダ!!()

 

 うん、まぁ確かに?

 ビジューちゃんに国のあれこれを任せきっていたのは確かだし、それによってこちらの悪さとかが跳ね上がっているのも確かである。

 ……が、しかしだ。そもそもの話、そんなことになってしまっているのはトリステインの権力構造の問題だ、とも言うことができる。

 王政を敷いている以上、権力が一極化するのは仕方がない、仕方がないが現状真の意味で王を継いでいるものが居ない以上、それをどうにかするのは国民全ての責任であり、

 

 

「つまりマザリーニ卿!説得手伝いたまえそんなところで隠れてなくていいから!!」

「ぬぅ!!こんな時に限って目敏く私をお見付けになるとは!!」

 

 

 なので、私だけ苦しいのは間違いなんだよ!……と主張するかのように、様子を見にやって来ていた鳥の骨もといマザリーニ卿を、これ幸いとばかりに巻き込む私なのであった。

 

 

 

 

 

 

 で、そのあとどうなったかというと。

 アルトリアはどう足掻いてもまだ戻ってくることはできない。かといって、現状の政治形態のままでは、代行であるビジューちゃんに負担が掛かりすぎる。

 ……となれば、ここは最後の手段に出るしかあるまい。

 そう、原作と変わらず喪に伏せたままの王妃様を、どうにかしてアルトリアが戻ってくるまでの間、トップとして動かすしかない。

 

 さてとなるとその王妃様をどうやって動かすか、という話になってくるのだが……王妃マリアンヌという人は、どうにも情報の少ない人物である。

 派生作品である『烈風(かぜ)の騎士姫』こそが彼女の主舞台であり、そちらでは男装をした若き日のカリーヌが彼女の護衛騎士となり、その性別を知らぬまま好いていく、というような話もあるのだが……。

 

 

「まぁそのほら、作者さんがね……」

「あー……」

 

 

 生憎、残っていたプロットなどを使って後に完成を見た本編と違い、外伝であった『烈風の騎士姫』は完全な絶筆。*1

 ……つまり、前王とマリアンヌが出会うこととなるだろう物語が、丸々すっぽり抜け落ちてしまっているのである。*2

 

 そのため、私たちが彼女について考察できるのは、本編において登場した僅かな出番から得られる情報のみ。

 それにしたって、王との間に子供がアンリエッタしか居ない、というところに疑問が挟まってくるのである。

 

 

「と、言うと?」

「ハルケギニアの情報レベルは中世のそれだから、女王の統治ってそれほど推奨されてないはずなんだよ」*3

 

 

 日本において、天皇の継承権は男系男子にしか認められていない。

 これが何故かと言うと、男子は他所に嫁ぐ、という形にはならないからなのだという。*4

 

 基本的に家を継ぐのは長男であり、次男以下の男子は家を出て、新しい家庭を作るというのが普通であった。

 そのため、家計という面で見る場合、直系のみが残り続けるという形になるわけである。男側の親を辿っていけば、必ず先祖にたどり着くというわけだ。

 

 これが女性側の継承権を認めてしまうと、ややこしいことになる。

 単純に親を辿るだけでは、元々王であった人物にたどり着くことができなくなるのだ。

 例えば、娘を他所の国の王室に嫁に出した場合、その娘と相手側の王子の間に息子が生まれた場合、直系を辿ると向こうの王室に行き着いてしまう。

 要するに、自分の本来の王家を子孫から辿ることができなくなってしまうわけである。

 

 これが、血脈の保存という面から見た時の女系継承の否定理由である。要するに、女性から繋がる線を継承権と取ると、その範囲が広がりすぎてしまうのだ。

 天皇家の場合、特に神代から続いてきた血脈というところに意味が強く乗っているため、余計のこと認め辛いのだろう。

 イギリス王朝が時間を掛けて女系継承を国民達にも認めてさせて来たのとは逆、とでもいうか。*5

 

 閑話休題。

 女性の参政権などが叫ばれるようになったのは近代であり、そうではないハルケギニアにおいては、やはり日本的な男系継承の方が馴染み深いはず。

 ……なのにも関わらず、トリステインの王朝に残る王の血筋は、一人娘のアンリエッタのみ。

 例えばウェールズと彼女が結ばれてしまうと、残るのはアルビオンの血筋、ということになってしまうのである。

 

 ……いやまぁ、こちらの世界における王家の血とは、元を辿れば始祖ブリミルの血となるのだから、それはそれで問題ないのかもしれないが……そう考えると、一時期ゲルマニアに嫁がせようとしていたことに疑問が浮かび上がってくる。

 そちらは完全に向こうの血に染められることとなるため、残るのは傍流の血筋となってしまうのだから、血脈の保存という観点からすると言語道断もいいところのはずなのだ。

 

 その辺りから考えても、トリステインに王子が居ない、というのが奇妙に過ぎるのである。

 一説によれば、騎士姫側での描写から、実はマリアンヌと前王は愛の無い結婚であり、子を一人成した時点で役目を終えたとばかりに冷めてしまった、などという話もあったりするが……それにしては王の崩御のあと、カリンに連絡をしたというような話もなく。

 また、ゲルマニアにアンリエッタを嫁がせるのは、彼女なりに娘を愛していたからこその提案だった、などという話もあり*6……どうにも考察に必要な情報を掻いている、としか言い様がないのだ。

 

 つまり、王に愛を抱いていたのであれば、霊体でもいいから前王に合わせれば再起してくれるかもしれないが。

 もし王に愛を抱いていなければ、それは全くの逆効果かもしれない……そんな問題が出てきてしまい、一同頭を悩ませることとなってしまったのである。

 

 そのため、この問題についてはもう少し情報を集める必要がある、ということでその日は解散になったのであった。……正月がごりごり削れていきますね……(白目)

 

 

*1
こちらの刊行タイミングは2009年と2010年。氏が末期癌の延命治療中であることを世間に知らせたのが2011年7月15日であることを考えると、かなり末期の作品であることがわかる

*2
なんなら、前王の情報は故・アルビオン王の実弟であるということくらいしか判明していないレベル

*3
イギリスにおいて初の女王が誕生したのは十二世紀のこと。中世が十一~十六世紀のことなので、時代考証的には確かに女王が生まれてもおかしくない時節ということになる。なお、これは『長男が生まれなかった』ことから、長女に継承権を与えるしかなかった、というところが大きいことも留意しなければならない(そも、その時の女王は在位期間も短く、後に彼女の息子が王座を奪還することで女系継承に成功した、というところから『前例があるので否定できない』という面も大きかったのだとか)

*4
正確には、男系継承を続けて来たことによる血の正当性を担保するため、というところが大きい。つまるところ、最初から女王がずっと王権を保持する形、女系継承が続いていたのであれば、逆に男性側の継承が難しくなっていたはずである(血縁を辿る時、正当な継承権を持つのがどちらなのかを一々確認する必要がある為。継承権が片方の性別に限定されているのであれば、その性別の親を追っていけばすぐに前王達にたどり着ける)

*5
また、それだけの血脈の正当性があるということは、逆を言えば今のこの時代においてもまだ皇帝としての価値がある、ということでもある。男女平等はまだ若い考え方であり、そういう意味では天皇家の女系継承を認めるにはまだ古い考え方の人間が残りすぎている、すなわち天皇家という高貴な血にすり寄って利権を得ようとするものが居てもおかしくない、ということでもあるという話。その人達からしてみれば、女系継承とはその実『外から他の血を受け入れた』──すなわち自身(息子・ないしその親)が天皇家に影響を及ぼすことができるようになった、という形に等しいとも言える。流石に政権を握れるようになるわけではないが、それに伴って古い考え方の人々から覚えが良くなる、などの付随効果が期待できてしまうのは言うまでもない

*6
王の居ないこの国はやがて戦乱に包まれるだろうから、それに巻き込まれないように……というような意味合いだったとのこと。ここから考えてみると、王妃は国を守る気が無かった、という風にも読み取れてしまう



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幕間・全てが上手く行くことはなくても

「──ではマザリーニ卿、調査結果を」

「はっ。では失礼しまして……先王様と王妃殿の夫婦仲についてですが」

 

 

 さて、日付は変わって次の日のお昼頃。

 昼食などもしっかり食べて、活力を補充した私たちは改めて会議室に集い、集めた情報を共有しようとしていたのであった。

 まぁ、外様である私たちが宮廷内で集められる情報などたかが知れているため、主にその辺りに明るいマザリーニ卿からの報告が主題となるわけだが。

 

 このマザリーニ卿、国民達からは口さがなくあれこれと言われているものの、その実このトリステインという国を心から愛しているからこそ、こうして色々言われながらも宰相をしている……という人物だったりするわけで。*1

 言うなれば、前王の詳細について一番詳しいのは何気に彼、ということになるのである。

 

 で、そんな彼がもたらした報告というのが……。

 

 

「……夫婦仲は良好だった、と?」

「ええ。そもそもの話私が先王様にお仕えしたのは、偏にその人間性を買ってのこと。……妾すら作らず、王妃殿のみに愛を注ぐ様には、宰相としては一つ物申したいところもございましたが*2……一人の人間としては、嘘偽りなく敬愛していたと申しても過言ではないでしょう」

「……ふぅむ、なるほどラブラブだったと」*3

「らぶらぶ……?」

「ああ、気になさらぬようマザリーニ卿。遠き異国にて『夫婦仲が良い』ということを示す言葉、という程度のものでしかないですから」

「はぁ……?」

 

 

 二人の仲は、極めて良好であった……というものであった。

 言い換えれば、子供に注ぐ愛よりもパートナーへ注ぐ愛を多めに取っていた、とでも言うべきか。

 この辺り、このハルケギニアでのアンリエッタの性格諸々が、原作のそれとはかけ離れてしまっていることも理由の一因、ということになるらしい。

 どういうことかと言えば、要するに『手間の掛からない子供』過ぎたのである、ここでのアンリエッタは。

 

 幼い頃から王たる器の片鱗を見せていた彼女は、原作のようなお転婆さもないまさに淑女。

 ……気味が悪い、とまでは行かなかったようだが、ふとした時に自身のことが後回しになっていても、それを咎めない……もとい、父には母を、母には父を優先して下さい……と言ってしまえるだけの自立心が既に芽生えており、そこについ甘えてしまっていた部分があったのだとか。

 

 まぁ、それも仕方のない話。

 複数のアルトリアを纏めて煮込んだような素質を持つこのアンリエッタ、スキルにしてみれば下手すると『A』以上のカリスマを持っていてもおかしくない。

 ……呪いじみた、などという形容詞が付くことのあるレベルまで高まっているのだから、一番長く近くに居る両親達が変な影響を受けていても仕方がないのだ。*4

 

 とはいえ、マザリーニ卿が心酔するように、先王もまた王としての資質に溢れた人物であった、ということは間違いなく。

 その辺りが色々と噛み合った結果、『この娘以外の子を為しても、ここまでの王の資質を持つことはあるまい』と世継ぎについては検討を打ち切ってしまった、という形になっていたようだ。

 ……げに恐ろしきは騎士王の威風、ということか。

 

 とまぁ、このトリステインに王子が居なかった理由と、それから王妃が喪に伏せ続けていた理由もなんとなく理解はできた。

 

 

「え、今ので?」

「王と王妃の仲が想定よりも良かったことと、それからアンリエッタが王の資質に溢れていたこと。……この二つが分かっていれば、まぁなんとなく理解するくらいは……ね?」

 

 

 驚いたような顔をするクリスに、簡潔に今回の答えを述べる私。

 ……要するに、王妃が喪に服しているのは『単に先王を愛しすぎていた』のと、『アンリエッタが王として相応しすぎた』という二点が理由、というわけである。

 

 前者に関してはそのままの意味──愛が大きく深いものであったため、その喪失に耐えられなかったのだ、ということ。

 そして後者は、仮に一度でも女王として立ってしまえば、娘に王権を譲るタイミングはほぼ自分の死ぬ時に決まってしまうから、ということになる。

 

 

「んー、んー。ボク、よくわからないや」

「難しいことは一つもないよ。一つの国に王は二つも要らない、ってだけだから」

 

 

 むむむ、と唸るエー君の頭を撫でる私。

 ……先程から何度も述べている通り、アンリエッタの王の資質は最早最上位クラス。寧ろ彼女以外の誰が王となるのか、というようなレベルのものである。

 

 ……が、彼女はまだ年若い娘である。国を継いでその身を国に捧げるには、まだまだ早いわけで。

 となると、彼女が王となるに適した年齢まで、他の誰かが政を回していく必要が出てくる。本来ならば、それは先王がやるべきことだったのだが……。

 

 

「みんな知っての通り、先王様は崩御済み。本来ならすぐにでも彼女に後を継いで欲しいところだけど……」

「器としては良くても、そこに経験や年齢という水が満たされていない以上、時期尚早だと思うのはなにも間違いではないね」

 

 

 特に、傍らにあの花の魔術師が居るのだから、決して二の舞を踏むことはしないだろう。──王を使い潰すような形になってしまうことは、可能な限り避けるはずだ。

 そもそも彼、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために向こうに足を運んだ、みたいなことも言っていたし。

 そしてそれは、王妃である彼女の母・マリアンヌについても同じようなことを考えている、と考察する理由になる。

 

 本来であれば父から直接継ぐべきだった王権。

 それが叶わなくなった今、すべきことは彼女が女王として立つこと──()()()()

 いつか娘がその座を継ぐ時まで、()()()()()()()()()()()()()()こそ、彼女が自身に課した役目だったのだ。

 

 

「……どういうこと?」

「さっきの男系継承の話を思い出してみて。……元々先王様はウェールズの王家の血筋で、正当なトリステイン王家の血筋というのは、本来マリアンヌ様の方。……だけれど、この国で実際に王権を執っていたのは先王様だった」

「……トリステインは男系継承が基本だった?」

「そう見るのが普通でしょうね」

 

 

 先王の更に前の王──フィリップ三世は、描写を見る限り普通に王位を継いだ、正当なトリステインの王家の血を引く人物であろう。

 そして彼もまた、息子を作らず・または作れず、次代を娘であるマリアンヌに託している。

 ……要するに、本来であればアンリエッタもまた、他所から婿──王を迎え入れるのが筋であるはずなのだ。

 少なくともマリアンヌ自身がそうした以上、彼女が臨時にでも王権を執るのであれば、次代のアンリエッタには同じように促さなければなるまい。

 

 また、先王からアンリエッタに繋がる王の系譜に『間』を作ってはいけない、みたいな思いもあるのかもしれない。

 

 

「女系継承は傍流を巻き込んでしまう、って話があっただろう?少なくとも、王妃様は一度それを先王様という形で行ってしまっている。……となれば、悪いお貴族様達が画策すること、というのもなんとなく分かってくるだろう?」

「……あー、自身の息の掛かった相手を輿に入れようとする、みたいな?」*5

「そういうこと。少なくとも今の王妃様に求心力はないから、国を平定しようとすると新しい王を迎え入れよう、みたいな流れになるのは目に見えてるね」

 

 

 このハルケギニアは、原作のそれらと比べれば随分と優しい世界となっているが……完全無欠の世界、というわけではない。

 ほどほどに悪い人もいるし、それなりに悲劇も転がっている。今のところ出会ったりはしていないが……原作におけるアニエスに相当する人物が何処かに居たりしても、そうおかしくはない。

 ゆえに、国の舵取りに口を出す悪いお貴族様、というのも普通に存在しているのだ。まぁ、原作の彼らと比べれば、かなり甘めの存在となっているのも確かなわけだが。

 

 ともあれ、そんな彼等が居る以上、王妃がそのまま王権を継いだとしても、恐らく別の王を立てよう、というような動きが始まることは目に見えているし、それが仮に成就してしまえば、娘が後を継いだ時にも同じ流れになりかねない。

 

 その辺りを踏まえての、空位である。

 つまり、この空位はトリステインという国の転換期──一つの王朝が途切れ、アンリエッタが作る新しい王朝となることを期待しての。

 

 

「確かに王妃を辿れば血は繋がるけど、精神的な意味では前王朝とは別物になる……みたいな?それこそ、新しいキャメロットみたいにしていくものだ、と思っているのかも」

「……あー、そうなるとマシュが居るのってわりと都合がいいのね」

「え、わわわ私でしゅか!?」

 

 

 で、その辺りを考えると、アンリエッタの繋がりにマシュが居る、というのがわりと大きな意味を持ってくるわけで。

 ……まぁうん、こっちでちょっと祝福とかしてあげれば、このトリステインが新たなブリテンになる、なんてこともあるかもしれない、みたいな?

 

 まぁ、本当にブリテンになっちゃうとなんか滅びそうなので、アンリエッタの統治を助ける新たな騎士達が現れますように、くらいの祈りで十分かとは思うが。

 

 ともあれ、ある程度状況を整理した結果、見えてきたものがある。

 

 

「……うん、これあれだな!王妃様に統治の手伝いを頼むの、わりと悪手だなこれ!」

「そそそそれじゃあ、私はどうすれば?!」

「……分身の術覚える?」

「結局私が仕事してるだけじゃないですかーやだー!!」

 

 

 それは、当初の予定が全部瓦解した、ということ。

 ……うん、下手に王妃様に政治を任せると、目敏い一部の貴族がいらんこと考え始めかねないなこれ?……という気付きを得た私たちは、改めてどうしよう?と唸る羽目になってしまったのでありました。

 いや、真面目にどうしようかね、これ?

 

 

*1
いわゆるアグラヴェインみたいなポジション。彼ほど過激でもないし女嫌いでもないが。なお激務の為実年齢より老けて見えるのは一緒

*2
男系継承を是とする場合、是が非にでも『息子』を作らねばならない、とする観点から。なお行きすぎると秀吉みたいになる(本妻の子ができず、側室が増え続けた。単に女好きだった、という面もあるかもしれない)

*3
英語で愛という意味の『love』を二つ重ねた言葉で、恋人関係の二人の仲ががとても良いことを示す言葉。四字熟語だと『琴瑟相和(きんしつあいわす)』という。正確な起源は不明だが、1970年代に芳村真理氏が司会をしたという番組『ラブラブショー』のタイトルがそれなのでは?という説があるとか

*4
『A+』以上のカリスマの説明で用いられる説明。単なる人望というよりは、魅了の魔術のようなレベルにまで高められた威風、ということか

*5
女系継承にしろ男系継承にしろ、今までそれを変えずにやって来たにも関わらずそれを変える、ということになると、余所者に王権を簒奪する()()()()機会を与えることになる、という意味



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幕間・できることをやれるだけ

 はてさて、話が二転三転して、なにがなにやらという感じだが。

 ……当初の話としては、多忙なビジューちゃんの負担をどうにかして減らせないか、というのが焦点となっていた。

 その上で、現状一番確実な方法が王妃を政治の場に引っ張り出すこと、だったのだが……。

 

 

「前王からアルトリアに繋ぐ、という形がベストっぽい以上、下手に王妃様に王権を持たせるのは一部の貴族達を勢い付かせる可能性が高い……ってのが問題なのよね?」

「だねぇ。なんだかんだでマザリーニ卿が鳥の骨、なんて揶揄されてる以上、彼をどうにかして追い落としたいと思っている層が居ることは確かだから」

「……まぁ、否定はできませぬな」

 

 

 マザリーニ卿の『鳥の骨』という呼び名は、本来王家を思うままに操ろうとしている(ように見える)彼への揶揄のためのもの。

 ……言うなれば彼の()が居ることを如実に示すものであり、そしてそれは()()()()()()()敵対者の示唆でもある。

 

 実際、マザリーニ卿のやっていることとは、政に関わらない王妃や、未だ王位に立つには経験と年齢の足りない王女に変わり、この国をどうにか運用する……というもの。

 すなわち国にその身を捧げ、粉骨砕身の精神で現状を保とうとする、言うなれば『善』の行為。

 ゆえに、普通に近くで見ていれば彼に翻意がないのは明確であるし、彼が居なければこの国が立ち行かないこともすぐに察することができる。

 

 にも関わらず、こうして彼を揶揄する言葉が浸透しているということは──主の居ぬ間にこの国を乗っ取ろうとしている存在が、自身の動きを隠すためにわざと喧伝している、という風に見る方が正しいだろう。

 雑に言えば、自分がやろうとしていることを他人におっ被せようとしているやつがいる、というか。

 

 

「こういうの普通に多いからね。病的なまでになにかを否定する理由が、自分がそのなにかをやっていることの疚しさからだった……ってのは」

「あーうん、聖職者とか教師とか、本来善い人でなければならない立場の人こそ悪意に染まりやすい、みたいな?」

「そうそう」*1

 

 

 無論、全ての人がそうではなく、いわゆる『ワインに泥水』的なあれなのだろうとは思うが。*2

 

 ……ともあれ、聖属性に当たる人ほど染まりやすい、みたいな思いを抱かれやすいのは確かな話。

 そういう意味でマザリーニ卿は被害者の方だし、それを揶揄する方は加害者である可能性が高いのだろう。

 

 ともかく、現状においては今の『マザリーニ卿を酷使する』という形式が一番丸い、というのは確かな話。

 ……実際、マザリーニ卿自身がそれでいいと思っている節があるので、負担軽減云々については別として、彼が周囲の目を引き付ける、という形式そのものに間違いはないのだと思われる。

 問題なのは、そこに巻き込まれる形となったビジューちゃんの方だろう。

 

 

「今のところは単に忙しい、で済んでいますが……」

「トリステインを裏から操りたい、と思っている人が居ると仮定するのなら、ビジューちゃんほど操作しやすい人も居ないだろうからねぇ」

 

 

 現状において、彼女が問題としているのはあくまでも仕事の忙しさ、それだけである。……あるのだが、このまま彼女に仕事を割り振り続けるのは少々問題があるだろう。

 彼女はこのハルケギニアにおいて希少かつ貴重・ついでに王権よりなお尊い権威と見なされかねない『虚無』の使い手である。

 

 数ある『ゼロ使』の二次創作において、『虚無』を目覚めさせたルイズをアンリエッタよりも王に相応しい……という風に解釈した作品というのも、それなりの数が存在している。

 実際、『虚無』が始祖ブリミルの使った系統である以上、その再来とみなせる彼女の存在は、平時であれば国を割りかねないようか厄介な火種であることは間違いないだろう。

 ……まぁ、原作においてはそんなことを言っている暇がなかったし、彼女が『虚無』の使い手であることを知る者も少なく、最終的にルイズは地球に行ってしまうため、継承権云々の話もうやむやになってしまったわけだが。

 

 どっこい、この世界においては前提からして話が違う。

 他国からの侵略、というものがない以上、現在は戦時ではなく平時、すなわち平穏な時。……そして、陰謀というのは得てして平時に張り巡らされるものである。

 つまり、『虚無』に目覚めたビジューちゃんというのは、()()()()()()が御輿として担ぐには、あまりに都合が良すぎる存在なのだ。

 ついでに、現王家はほぼなにもしていないに等しい、なんて追加要素もある。

 

 

「国家転覆を狙うには、色々と都合が良すぎる環境だよねぇ」

「それを嫌って、マザリーニ卿以外とは極力顔を合わせないようにしているのですが……」

「うん、事情を知らない人からすれば、鳥の骨の風聞と合わせてマザリーニ卿が現トリステイン王家を転覆しようとしている……なんて風に思われてもおかしくないよね」

「本当にそれを狙っている側は、それを都合良く喧伝するでしょうしね……」

 

 

 つまり、あまりビジューちゃんを働かせ過ぎると、意図せずこの国の分断を招きかねないということ。

 ……とはいえ、現王家の名代(みょうだい)として相応しい人は?……となると、『虚無』に目覚めたビジューちゃん以外に居るのか?という話にもなってくるわけで。

 

 

「……うーん、こうなるとアルトリアに分身を覚えて貰う、とかの方が良いのかも?」

「確かに。結局今の問題って『現王家が政治に関わっていない』ことが一番の問題、だからねぇ」

 

 

 そうなってくると、話は振り出しに戻ってくる。

 今現在馬車馬のように働いている二人──マザリーニ卿とビジューちゃんの負担を減らすこと、及び現王家が政治に関わること。

 この二つを満たすためには、王妃か王女を表舞台に引っ張り出すしかない。

 ……まぁ、そこについては再三述べている通り、王妃を引っ張り出すのは無理・もしくは無意味で、アルトリアもまだ全てを背負うには早すぎる、という答えを返すしかないのだが。

 

 一応、対案は無くもない。

 アルトリアを増やして女王に据えて、かつその補佐として先述の二人を付ける……とすれば、負担軽減としては申し分ない結果となるはずである。

 問題があるとすれば、『虚無』が国を継ぐよりも正当性・正統性があると認めさせる必要がある、ということか。

 そこを解消できない場合、ビジューちゃんを近くに置くのは、自ら地雷を抱え込むようなものになってしまう。

 

 

「例えば、先王様がビジュー嬢を補佐として迎える……というのであれば、然程反発は無いでしょう。無論、次代の王がどうなるのか、という問題は先送りとなりますが……今のような容易くひっくり返ってしまいそうな、不安定な王家という形にはなりますまい」

「今の状態だと、双子の王を戴くようなものだからねぇ」

 

 

 原作のガリアみたいな状態、というか。

 ……少なくとも、今の状態ではビジューちゃんの方が王になる素質を周囲に示している、という形になるので貴族達もそっちを支持する、なんてことになりかねないし。

 ただまぁ、その辺りは時間が解決する、という見方もある。なにせ彼女と王権を争うのはアンリエッタ──複数の騎士王(アルトリア)の要素を持った、やがて完成する理想の王。

 寧ろ、彼女以外の誰を王に据えるのか、みたいなことになりそうというか。

 

 

「ただ、今のままだと原作のアルトリアみたいに『王は人の心がわからない』案件になりかねないから、そうならないように色々学んでる……って話に戻ってきちゃうんだけど」

「ままならぬものです……」

 

 

 ……ただ一つ問題点があるとすれば。

 今の彼女は、あまりにもアルトリアを纏めすぎている、ということ。……その因果までも再現してしまっているため、事前準備なしに国を治めさせると、以前の焼き増しになる可能性があるのである。

 

 無論、このハルケギニアは神秘の消えていく世界ではなく、抑止力のようなモノもないのでかつてのブリテンのように、沈むことを約束された国、ということにはなり得まい。

 ではなにが問題か、と言えば。……彼女が完成され過ぎている、というところが問題なのである。

 

 

「何処かのマユリ様が『科学者にとって完璧とは絶望だヨ』とか言っていたけど、その考え方はあらゆるものにある程度共通するものでもあるからね」

「マユリ?とか言う人物のことはよく知りませぬが、何故完璧だとダメなのです?」

「理由は二つ。それを誰が決めるのか、それとそこにたどり着いた時点で全てが無駄になるから、だね」

「……ふむ?」

 

 

 完全・完璧というものが良くないのは、それが終点であること、不変であること、誰が決めるのかわからないこと……などがある。前者二つはある意味同じなので、理由としては二つか。

 

 終点であることと不変であること、この二つは要するに完璧というものを『到達点』として見た時の問題点である。

 例えばモノを切り分けた先、一番小さな()であるあのお方は、言ってしまえば完璧な『一点』である。そしてそれゆえに、彼女は既に終わってしまっている、という風にみなすことができる。

 小さくなり続けることを命題とする【星の欠片】にとって、それ以上小さくできないそれは言うなればそれ以上の研鑽を無意味、と突き付けるものでもあるのだ。それから先に進めないのであれば、そこにたどり着いた時点で他のあらゆる全ては最早価値を失う、ということにもなりうる。

 

 後者は、自身が決めた『完璧』はあくまでも自身だけの『完璧』であり、それが他者にも適用できるモノではない、という問題点。

 人は他者からの影響を全く受けずに生きることはできない。つまり、他者からの影響で自身の『完璧』が崩れる可能性は、十二分にある。

 そうでなくとも、他者からの影響で崩れるものが『完璧』、などと言うことはできないだろう。

 すなわち、本当の『完璧』とは、あらゆる影響を受けても全く変わらないものである必要がある、ということ。それはすなわち、なにをしても変わらない・変えられない……すなわち【不変】である。

 

 つまりはまぁ、そういうこと。

 人は自身の視界から外れたものさえ認知に苦労するというのに、あまねく全てにおいて『それを変え得るモノはない』などと証明することができるはずがない。

 それこそ、完璧な世界となったとしても『異世界』からの来訪者、などという形で崩されることとなるのだから、『完璧』であることの難しさは言うに及ぶまい。

 

 ──それを考慮してなお、アルトリアという少女は『王』という()()として『完璧』だった。

 そしてそれは、『王』という一面として完璧だっただけであり、『人』として完璧であったということを示すものではない。

 

 

「だから、あの花の魔術師は慎重になっているのさ。『完璧な王』では足りないと知ったから。人という不完全を抱いたまま、『完璧ではなくとも素晴らしい王』と成長させるためにね」

「……色々考えておられたのですね、彼も」

 

 

 ふぅ、とため息を吐くマザリーニ卿を見ながら、苦笑いを返す私なのであった。

 

 

*1
未成年淫行・暴力など。無論やっているのは一部

*2
マーフィの法則と呼ばれるものの一つ『樽ワインに一滴の泥水をたらすと樽一つ分の泥水になるが、樽の中の泥水に一滴のワインをたらしても樽一つ分の泥水でしかない』から。悪意は拡散しやすいが、善意は拡散しにくいという風に読むのが正解か。前者部分のみを切り取って使われることも多いが、別にこれが真理というわけではない(液体なのであれだが、これが砂と宝石なら、拡散はせずそこに宝石は留まるだろう)。『宇宙兄弟』における名言とされることも多いが、正確なところはジョークの一つ、らしい(他、『ショーペンハウアーのエントロピーの法則』と呼ばれることも)



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幕間・増えて良いのか騎士王は

「……さて、あれこれ語ったけど……」

「アンリエッタを増やすのが良さそう、ってのは確かなんだよね」

 

 

 はてさて、あれこれ語ってみたものの、実際はやるべきこと、というものは既に答えが出ている。

 それが、アルトリアを増やして、他二人を補佐にすること。先程は、その場合アルトリアが王として相応しい部分を示す必要がある、と難色を示したものの……増やし方如何によっては、その辺りをクリアすることも難しくはない。

 

 

「と、言いますと?」

(キーア)方式の分身を使うのさ。アンリエッタは複数のアルトリアをその概念に持つ存在。ゆえに、一部のそれを核にして分身を生み出せば、一先ず王として立つには申し分ない人格になるはずさ」

 

 

 その方法と言うのが、彼女の中のアルトリア成分を抽出し、それを元に分身を作り上げるというもの。

 彼女の中には『アルトリア・キャスター』以外のあらゆるアルトリアの要素が詰まっている。……なんでキャスターの彼女だけ居ないのか、というのはその部分をアンリエッタ要素が満たしているからだ、だと思われるがまぁその辺りは一先ず置いておくとして。

 

 ともあれ、聖剣の彼女と聖槍の彼女、その二者をベースに分身を作れば、恐らくかなり理想的な人格として出力されると思われる。……多少の()として、オルタ方面とかも少し混ぜれば磐石だろうか?

 その彼女を二人で支えるとなれば、普通の貴族達は恐らくそのまま王に付いてくることだろう。

 そうなれば、あとは薄暗い部分の掃除だけで事足りる。

 

 問題があるとすれば、実際はあまり長期間使える手段ではない、ということだろうか?

 

 

「と、言うと?」

「人間の通常時の人格は、数多のそれを纏めあげたモノ……みたいな話をしたけど、これって要するに人工的に多重人格を作ろうとしているのと大差ないんだよね」

 

 

 私の分身の説明で何度か語ったが、これらの人格はなにかしらの『概念』を核に作り上げたもの。その概念の中でも一番わかりやすいのが『感情』である。

 

 怒りを司る部分、悲しみを司る部分、喜びを司る部分……そういった強い感情を元に組み上げられたそれらは、それゆえにそれらの『感情』に強く縛られている、とも言える。

 無論、怒りの中の喜びの感情、喜びの中の悲しみの感情……というように、一つの感情を示すにも他の感情の介入があることは否めず、ゆえにその感情にのみ凝り固まり続ける……なんてことは普通有り得ない。

 が、『感情』を核にして人格を作る場合、その有り得ないことが容易に起きてしまう。……なので、私が分身を作る際は、そもそもに()()()()()()()()()()()()()()を選択していたりするわけで。

 

 

「それが善とか悪とか、ってわけでね?まぁ要するに、()()()考えると人として真っ当に動かすのなら、どれか一つだけの感情に支配されている……ってのはよろしくないんだよ」

「そこでわざわざ()()()、なんて言葉を付ける辺り、今回はそうじゃないと?」

「今回は、っていうか()()()()って言うべきかな?」

「……貴女以外は?」

 

 

 首を傾げるクリスに対し、『私以外は』という部分を強調しながら主張する私。……より正確に言えば【星の欠片】使い以外、というべきなのだが。

 

 何度か主張するように、【星の欠片】とは自身を微細存在に割断するモノである。……のだが、それと同じくらい重要なものとして、『無限概念である』というものがある。

 酸素原子などのような『原子』には、ほとんど個体差というものはない。……ほとんど、というのは同位体の例があるからだが……まぁ、同じ原子を区別する、ということができないのは確かな話である。

 無限概念である【星の欠片】の場合も似たようなもの。細かな自分が集まって大きな自分になる、という形式上、()()()()()()()()というのはごく自然なことなのである。並行世界の自分がずっと触れあえる位置にいる、みたいな感じか。

 

 そういうわけなので、私達のような【星の欠片】は、自己同一性が結構曖昧なのである。

 目の前に居る自分と同じものに嫌悪を抱かないというか、フラクトライトをコピーされても自壊しないというか。……橙子さんみたいな?*1

 まぁともかく、わりと雑に自分をコピーしても、そこに違和を抱いたり不和を重ねたり、ということがないのである。なにせ、そもそもにして無量のコピーのようなもの。複製されようがされまいが、どれもが私であり私でしかないので。

 

 

「一種の群体生物、みたいな?……まぁだから、例え人格レベルの割断を行ったとしても、『こっちの私は善人ー』『じゃあ私は悪人ー』みたいな感じで、特に争うこともなく役割分担できるのよね」

「……ツッコミたいところは色々あるけど、それで?それがアルトリアの話とどう関係してくる……あ、」

「……気付いたみたいだけど話を続けるよ。普通、自分がコピーである、と言うことを知らされるのは、己の存在意義を揺るがされるのと同じこと。そういうのを減らすため、互いに差異を設け別の人格として構築する……という面もなくはないわけよ、この『核入り分身』ってのは」

 

 

 完全に同じ存在であれば、そこに存在意義の消失を伴う可能性がある。そのため、多重人格を作る形での分身というのは、本人そのものとは別の存在になるように調整をする必要があるわけで。

 ……そういうのを、()()()()()()()という形で分身させるこの方式は、どちらが本物なのか偽物なのか、という議論を発生させないという点では優れていると言える。

 実際どちらも本物なのだから、どっちがどうとか言う必要性がないのは素晴らしいことだろう。

 

 ──だが、優劣は競い合える。

 例えばヘンリー博士が求めたように、完全に悪の部分を切り離せてしまったのであれば、善だけの心は『自分こそが完璧な私だ』と確信することだろう。

 ……ここまで見てきた諸兄であれば、それは基本的に勘違いであるということに思い至るとは思うが……ともかく。

 完全な同一でない以上、スワンプマン問題は回避できるが、どちらが優秀なのかの言い合いは出来てしまうのは、今までのそれらとはまた別の問題を引き起こすことは容易に想像できてしまうはず。

 この場合であっても【星の欠片】は争う必要がないのだから、本当に私達って分身適性高いんだなー……なんてことを思わないでもないが、そこはそれ。普通の人にこの分身を使わせるのはわりとヤバイ、というのはなんとなく見えてきたのではないだろうか。

 

 

「例えばナルト君の使う影分身とかなら、そういう心配はないかもしれないけれど……そっちはそっちで使うのにチャクラが必要だったり、そのチャクラを全損するほどのダメージを受けると消えちゃったり……みたいな欠点があるからねー」

「そこら辺を欠点って言っちゃえるのは、多分姉ちゃんくらいのもんだってばよ……」

 

 

 分身、と言いつつもその実()()()()()()()()()()()()()()()()に近いこの手法は、分身が実体を持ち時には成長することすらできるが、逆を言えば『違う選択をした自分を他所から呼び寄せた』のに近いものであるため、ともすれば本体と分身との間で不和を生む可能性がある。

 ……自分同士の争いの無意味さをよく知る私達【星の欠片】ならまだしも、普通の人にこれが劇薬だというのはなんとなく理解できるのではないだろうか。

 まぁ、アルトリアの場合は別方向に拗れそう、みたいな部分もあるのだが。

 

 

「と、言うと?」

「この場合、出来上がるのは()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()。王としての自分に後悔を残していた面のあるアルトリアにとっては、『相手の方が素晴らしいのでは?』みたいな讓りあいになる可能性がねー……」

「あー……」

 

 

 この分身の副作用みたいなものである『人格の一個の人間としての確立』。

 それはすなわち、多重人格間での争いを誘発することにも繋がってしまうもの。……本来は人格同士が争う、なんてことは滅多に無いわけだが、それをほぼ百パーセントの確率で起こしてしまうこれは、そもそもにわりと禁術指定受けてもおかしくないものである。

 

 ……あるのだが、これがアンリエッタの場合だと微妙に話が違ってくる。

 彼女には複数のアルトリアが統合されており、かつそれらによってある程度安定した存在となっている。

 が、この分身はその安定を、一時的ながら崩すもの。……それゆえ、原作の彼女のルートを通っていない彼女、というある種の瑕疵を引き出してしまう恐れがあるのである。

 言うなればZEROの彼女、というべきか。王の選定のやり直しを願い、そのために聖杯を求めた脆い王。

 

 無論、それらは本来彼女自身が『間違った願い』だと悟り、追うことを止めるものではあるが……裡にその記憶が残っている、ということに違いはなく。

 こういう技を使ってしまうと、その不安定さが影響を及ぼしてしまうのである。

 

 まぁ、別に彼女以外に使わせても、別人格が姿と形を持つことに変わりはなく、使い方を誤ると──もとい長期間本人から分離したままにしておくと、自意識が成長しすぎて下克上企てたりするのは変わらないのだが。

 

 

「なにその危なすぎるあれ……」

私達(【星の欠片】)が使えるようにした分身だからね、そりゃまぁあれこれとヤバげな問題が転がっているのも仕方ないのさ」

 

 

 そして、現状ではその危ない技に頼り、かつ問題が起こらないように注意するしか手段がない、というのも確かなのだ。

 ……とまぁ、そんな感じに話を結ぶ私なのでありましたとさ。

 

 

*1
『フラクトライト』は『ソードアート・オンライン』内の用語の一つ。『Fluctuating Light』の略で、意味としては『揺れ動く光』。脳神経細胞内にある光量子であり、人の魂そのものともされるもの。これをコピーすることで人を電脳世界に人を文字通りコピーすることができるが、そのコピーされた人物は自身がコピーであることに気が付くと崩壊してしまう、という問題点があった(自己同一性の崩壊)。そのため、電脳世界に暮らすことのできるフラクトライトを作る……というのが、アリシゼーション編における主な目的である。なお、基本的に一方通行で帰還手段がない月の聖杯戦争において、自身の複製を送り込み事が終わったら死んでも構わない……などという、フラクトライト問題に喧嘩を売るかのような行為をしていたのが『fate/extra』における蒼崎橙子である



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幕間・問題解決にたった一つ冴えたやり方

「……よぉし、あれこれ考えても仕方あるまい!ぶっつけ本番じゃーい!」

「MA☆TTE!?」

 

 

 まぁ正直?取れる手段なんてそう多くないので、思い付いた手段を採用するしかないんだけども。

 ……とばかりに声をあげた私に、ビジューちゃんが『他に!他になにか手段はないのですか!?』と聞いてきたのも今は昔。

 

 

「……自分が二人いる、というのは少々不思議な気分ですね」

「というか、この姿で大丈夫なのですか?その……色々と違うような気が……?」

「んー、ダメかなーダメだよねー?でもねー、あの構成要素で纏めるとこうなっちゃうんだよねー」

 

 

 あと、出来る限り問題を最小限にしようとした結果、みたいな?

 ……なんてことを呟く私の前に居るのは、片方はいつも通りの姿のアルトリア。……なのだが、少々常日頃の覇気が抜け、通常のリリィに近付いたような気配になっているのであった。

 で、それとは対称的なのがもう片方。……こっちはアンリエッタ(リリィ)の方より背が高く、なんならそれ以外の部分もわりと大きい──端的に言うのであればランサーのアルトリアとおぼしき姿をしているわけなのだが。

 ……うーん、これはどうだろう、前提時点で懸念していたことが形になったりしてたり……?

 

 

「──ああ、なるほど。確かに、この姿の私を見れば、貴女が懸念することは理解できます」

「ええと、すみません。もしかして貴女は……」

「いいえ、マシュ。貴女の心配は無用なモノだと先に申し上げておきましょう。私はランサーのアルトリアを基幹とした存在。……獅子王ではありませんので、ご心配なく」

「ああ、そりゃ良かった……」

 

 

 そうして難しい顔をしている私に、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら、そう否定の言葉を口にする。

 ……先程は説明を省いたが、アルトリアの要素を持つアンリエッタを分裂させるに当たって懸念となるものは、もう一つ存在していた。

 それが、先程彼女が口にした『獅子王』──ゲーム内第一部第六章『神聖円卓領域キャメロット』におけるボスのことである。

 

 彼女はアルトリアが辿る可能性のある末路の一つであり、最果ての塔の端末である聖槍・ロンゴミニアドを使い続けたことによって、意識まで女神に変成した存在である。

 その存在規模はまさに神霊級であり、またロンゴミニアドと空想樹の関連性を思えば、実際はプレイヤーが思っているより遥かにおかしな性能をしていてもおかしくない存在である。

 なにせ、作中では彼女の事を打倒しきれていないのだから。

 

 

「とある方が彼女に人間性を取り戻させたことで、一先ず戦いは終わりましたが……逆を言えばそれだけなのです。私達は確かに彼女に挑みましたが、真実彼女を打ち倒すことはできていなかった」

「……まぁ、あのあとの()は特異点の崩壊と共に滅びた、という形ですから、確かに倒せていないと言えばいないのでしょうね」

 

 

 マシュの言葉に、小さく苦笑を浮かべるアルトリア……だとごっちゃになるので、とりあえずは獅子王と呼ぶが。……いやだって今『私』っつったしこの人。

 

 ともかく、獅子王が微妙な顔をしているのは、彼女の中ではあの一連の流れは勝ち逃げされた、と認識しているがゆえだろう。

 あのあとアーケード版の方に顔を出しているみたいな辺り、神霊級の存在になったことでわりとワケわからんことしている可能性もあるが……ともかく。*1

 

 獅子王というのは、やっていることだけを見ると人類悪一歩手前みたいな存在である。

 これからやって来る驚異に対してはどうしようもないので、善き人間だけを保存しそれを越えようとした……というそれは、そこに愛があればまさしく人類悪として成立しかねないものであった。

 ……まぁ、実際には人類悪ではなかったし、別の世界に似たようなことをしようとした者が居る辺り、ある意味では二番煎じ感もなくはなかったが……ともあれ、終始彼女が本気を出していたかどうかは、曖昧なところがあるというのも確かだろう。

 これは、彼女の目的がそもそも戦うことではなかった、というところが大きい。

 

 

「え?でも戦ったんだろう?作中では」

「まぁね。でも、彼女が本来しようとしていたことは、どこまで行っても守ること──失われるものを繋ぎ止めるためのものだった。ゆえに、それ以外の全てはある意味些事だったのさ」

「……耳の痛い話ですね」

 

 

 ある意味では、オルタの方のアルジュナに似ている、とも言えるか。

 まぁともかく、守るべきモノを壊滅させていては元も子もないので、幾つかの手加減……というとあれだが、無意識のうちの遠慮のようなものがあった可能性は、無いともあるとも言い切れまい。

 とはいえ、その状態でもこっちを普通に圧倒してくる辺り、流石は神霊級と言うべきなのだが。……『最果ての塔』の管理者がグランドランサーの資格、なんて噂もあるし、その実力は未だ未知数なのは間違いないだろう。*2

 

 そういうわけで、彼女が顕現する可能性というのは、できれば避けたかったわけなのである。

 一応、アプリでの記憶も持っているのであれば、こちらで無用なことをするつもりはない、と言えなくもなさそうなのだが……。

 

 

「……()()()()()()()()()、ですか」

「?……せんぱい、獅子王さんはなにを……?」

「こっちの話。……でもまぁ、その言いぶりだとそのつもりはないと?」

「……何度も言わせないでください。私はあくまでも()()()()()()()()()()です。獅子王とか言う人物とは別人なので、そのように」

(えー……)

 

 

 彼女の様子はこんな感じ。……遠回しにそんなことする気はないよ、と言っているのはわかるのだが、あまりに遠回し過ぎてなんというか肩の力が抜けるというか……。

 まぁ、変に掘り起こしてしまう必要もない、というのも確かな話。彼女自身が違うと言うのだから、そういうことにしておくのが一番丸いのは確かだろう。

 ……というか、問題はまだまだ山積みなのだし。

 

 

「……はっ!?そそそうでした!このままだと私がいきなり大きくなってばーんでどーんで!?」

「落ち着きなさい、私。……この姿をしていても、確かに私は貴女と同じアンリエッタ。であれば、こちらの魔法で姿をごまかす、ということも可能です」

「あ、なるほど」

 

 

 そのうちの一つ、どう見ても姉と妹、もっと言えば母と娘ほど姿の違う彼女達をどうごまかすのか?……という話については、元がアンリエッタなのでその属性を受け継いでいる、という獅子王の言によりなんとかなりそう、という話に。

 ……ただまぁ、豊富なアルトリア成分に比べアンリエッタ成分は一人分、わけたことで魔法の腕前が下がってしまっている……という話でもあったのだが。

 

 

「具体的には私がドット、彼女がライン相当になっている……という感じでしょうか」

「元の私がトライアングルなので、そう考えると確かに腕が落ちていますね……」

「そんな綺麗に別れることある?」

 

 

 アンリエッタとしての属性が強いリリィ側が、その分魔法力を持っていったのだろう……とは獅子王の言だが、こういうところからもあの『分身』の扱い辛さを思い知る私である。……比率が同一でない辺り、【星の欠片】相手に使うのとはわけが違いすぎる、というか。

 ともかく、どうにかなると言うのであれば問題はないだろう、と次の話に行きかけて……。

 

 

「……ん?ちょっと待ちなさい、確か『フェイス・チェンジ』って、風と水を複合したスクウェアスペルだったはずだけど?」

「ふぅむ?ということは変装とかは無理、ってことかのぅ?」

 

 

 と、ルイズが疑問を呈することに。

 これに獅子王はしまった、という顔をするでもなく。

 

 

「そこ関してはご心配なく。『変化』を使いますので」

「……それ、先住魔法よね?なんで姫様が使えるのよ?」

「それは無論、()()()()()()()()()()ですよ」

「……はい?」

 

 

 先住魔法──エルフや妖精達にしか使えない魔法を彼女が使える、などという珍妙な言葉によって否定される。

 無論、ハルケギニアの常識を知るルイズは首を傾げるわけだが……なるほど、アルトリアなら使えてもおかしくない、という話には一定の説得力があるだろう。

 

 

「なんでよ?」

「アルトリアは概念受胎によって、竜の因子を持っているからね。作中で変身していたのはシルフィード……()()()だろう?」

「……あー、どこで覚えるのか、って部分はともかく、教われば普通に使える可能性はあるのね……」

 

 

 そう、この変化の魔法、作中では使っていたのはシルフィード……風竜の子供であった。

 つまり、エルフや妖精などの区分に竜が含まれている、というわけである。……キャスターの要素がないのを、ここで補ってくるとは……みたいな感じというか。

 

 

「となると、あとは……」

「何度か私がこっちに戻ってくるようにする必要がある、くらいですかね?」

 

 

 そうなってくるとあとの問題は、彼女をこちらに放置しすぎない……ということだろうか。

 今現在は安定しているが、分身を遠方で放置しすぎるとその暴走を招く可能性がある。

 特に彼女は獅子王、聖剣相当のリリィから長期間離すのは、その安定性を欠く結果となることは、容易に想像できてしまう。

 ゆえに、一定の頻度で彼女に里帰りをするように申し付ける必要がある、ということになるのだが……。

 

 

「……どのくらいの頻度が良いのでしょうか?」

「んー……」

 

 

 何分、その辺りのノウハウは皆無に等しい。

 ゆえに、どれくらいで彼女達が制御不能になるのか、というのは今のところ不明としか言いようがないのであった。

 うーん、早まった感!

 

 

*1
『騎勲渇仰遠征ロスト・エルサレム』におけるランサー・アルトリアのこと。見た目は普通の彼女だが、持っている知識などから中身は獅子王であることが示唆されている

*2
正確には不明だが、別霊基がグランドランサーであるロムルスが持つ槍が、もしかすると『最果ての塔』系統の武器なのでは、などという話がある。他、国産みの逸話を持つ槍などは、そのテスクチャをその地に縫い止めたもの、ということで『最果ての塔』なのでは?……という考察ができ、そこからオーディン(彼の槍である『大神宣言(グングニル)』は、世界を支える大樹・ユグドラシルの枝から作られた、という話がある)や坂本龍馬(は微妙。あくまで色々あって使わせて貰ってる感じなので)もその権利があるのでは?……などと言われることがある



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二十二章 バレンタインとか問題の根源
何度やっても慣れないこと


「うーむ……」

 

 

 はてさて、正月の騒動からしばらく時間が経ち、今は二月の頭。

 え?前回ので終わり?そのあとどうなったの?……などと思われる方もいらっしゃるかも知れないが、あれに関しては意外なことにそこまで問題なく状況が回っている、ということをここに宣言させて頂きたく。

 いやホントに。向こうとこっちの時間のズレが、上手いこと噛み合ったのか顔見せするのも一週間に一度程度、その時間自体も長くて一時間程度で済むという簡単具合でね?

 まぁなんというか、これから長期間になってどうなるか、みたいな部分はあるものの……どうにかなるんじゃないかなー、なんて呑気な感想が出てくるのも仕方がないわけでして。

 

 ともあれ、ハルケギニアに関してはそんな感じ。

 事態の収集に目処も立ったし、お参り的なものもしたしで特にやることなくなったな?……となった私たちは、意気揚々とこっちに戻ってきたのでしたとさ。

 

 で、話を現在に戻して。二月のこの時期になってくると、とある一つのイベントごとが私達に襲い掛かってくるのが必定、というわけでして。

 

 

「都合こうなってから二回目のバレンタインかー……」

「それと、せんぱいのお誕生日ですね。不肖マシュ・キリエライト、全力でせんぱいのお誕生日をお祝いする所存です!」

「ああうん、期待して待ってるねー」

「お任せください!さてと、それまでにあれこれ覚えないと。ふんふーん♪」

 

 

 そう、それこそがバレンタイン、すなわち恋人達のお祭り騒ぎである。

 ……いやまぁ、私とマシュは恋人とかではないわけなのだが、彼女が張り切るのは目に見えてるのでうんまぁ、うん。

 

 ……まぁその、私のあれこれは先月のあれこれで片付いたようなものだが、マシュ側の事情が片付いていない以上はそういうのは……ね?

 あとまぁ、元を正せば同性なのにその辺りいいのか、みたいな部分もあるというか。……それに関しては今も同じ?それはそう。

 

 ともかく、明確に恋仲になるにはまだ色々ある、ということもあり、本来であればそこまで張り切る必要はないのでは?……みたいな気持ちもなくはないのだが、女性達がこの日に張り切らないのもあれやろ、みたいなあれもあって、微妙に立ち位置を決めかねている私なのである。

 

 

「おやおやぁ?せんぱいってば、今年もまた店屋物で済ませようなんてダメダメなことを考えていらっしゃいますぅ~?」

「おおっとBBちゃん、今日はそっちなのね」

「そりゃもう、私だってアピールくらいはしておかないといけませんので☆……まぁなんだか周回遅れにされているような悪寒もするのですが!私もなにか薄暗い事情とか背負っとけば良かったですぅ~↓」

「……いや、BBちゃんだとその辺り洒落にならないから、止めてねマジで?」

 

 

 そんな私に背後から声を掛けてくるのは、いつぞやかぶりに物質化(マテリアライズ)してるBBちゃん。

 相も変わらず触れるホログラム……ソリッドビジョン?みたいにそこにある彼女は、今回お菓子作りに挑戦しようとしているとのこと。……まぁ要するにバレンタイン向けにあれこれやってる、というわけだが。

 ただ、彼女的にはマシュが色々先んじている()こともあり、わりと焦りみたいなものもあるとかなんとかで、自分も原作の『BB』みたいに色々抱えてれば良かったかな?……なんてことを言い出したため、思わずちょっとお叱りモードになってしまう私なのであった。

 

 

「……まぁ、不謹慎だったのは確かですね、すみませんでした。……だけど私、せんぱいがマシュさんにばっかり構ってること、わりと拗ねてるんですよ?」

「いやまぁ、ほら……その、BBちゃんは寧ろ頼れる後輩、的なあれというか……」

「えー!?なになにー?BBちゃん頼れるスーパー後輩好き好き愛してるぅー、ですかせんぱいー?やーん、BBちゃん褒められ過ぎてビックリしちゃいますぅ~♡」

「誰もそこまで言ってない」

「……だからって拳骨する必要はないじゃないですか……っ」

 

 

 いやまぁ、そこは突然大声をあげ始めたBBちゃんが悪いというか。

 ……ともかく、別に彼女を構っていないわけではない。マシュの方があれこれ事情を抱えているため、どうしても優先度が高くなっているというだけの話。

 なのでまぁ、手の掛からない……と言うと互いに失礼かもしれないが、それくらいBBちゃんについては信頼してるんだよ、と述べれば、彼女はにんまりと笑って、

 

 

「──はい、私は貴女の頼れる後輩にして、電子の海を統べるウルトラスーパーハイスペックAI・BBちゃんですので!これからも存分に、私を頼って堕落してくださいね、せ・ん・ぱ・い?」

 

 

 ──と告げてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……これはあれかの?わしはお主に『爆ぜて!キーアー!!』って言えば良いのかのぅ?」

「それは向こうに実際にいらっしゃる赤い人に言ってあげてください」

「……それもそうじゃのぅ」

 

 

 どこからともなく「なんでさ!?」という料理の鉄人の言葉が聞こえてきた気がしたが、多分幻聴である。*1

 ともあれ、今日はミラちゃんが遊びに来ていることもあり、彼女は家の中での一連の流れを見て、私を揶揄してくるのであった。……なので、その口に味見用のチョコレートを叩き込みつつ黙らせる作業が増えたりしたが、とりあえず問題はない。

 

 ……で、そんな感じで話ながら私がなにをしているのかというと。

 

 

「湯煎に掛けて溶かしたチョコを型に入れる……初歩的じゃが、まぁ確かに義理ならこんなものか」

「いや、マシュとかBBちゃんとかがおかしいだけだからね?義理にまでそこまで時間は掛けないでしょ普通」

 

 

 まぁうん、バレンタインに向けての義理チョコの確保、というやつである。お世話になった人全員に渡すつもりなので、単純に量が多く今からやらないと間に合わない、みたいなやつだ。

 いやまぁね?本当なら例年通り店屋物で済ませようかなー、と思っていたんだけども。……ああいう風にBBちゃんに言われてしまうと、私自身がまったく苦労してないのもあれかなー、みたいな気分になってきたというか。

 

 まぁそういうわけで、とりあえず湯煎したチョコを成型する、くらいはしてみようかなーという気持ちになったわけなのです、はい。

 で、遊びにきたミラちゃんはそれを見物してる……と。

 

 

「ミラちゃんは作らないの?」

「わしは渡す相手も限られておるし、それも義理ばかりじゃからのー。まぁ、自分用にチョコケーキとか作ってみてもいいかも知れぬが……どちらかと言えば他人が作ったものが欲しいのー」

「……それ、遠回しに私に作れって言ってない?言っとくけどその場合ミラちゃんあの二人に追い掛けられる羽目になると思うけど?」

「……今のは聞かなかったことにしておくれ」

「そうするー」

 

 

 彼女も女性は女性なのだし、誰かに渡すとか無いのかなー?……と思って尋ねてみたが、渡す相手が少ないので今から張り切る必要はない、とわりと冷めた答えが返ってくる。

 どころか、こちらに暗にケーキをねだるような発言までしてきたわけだが……それは自殺行為だぞ、と伝えれば即座に案を取り下げてくるのであった。

 

 話を戻して。

 ミラちゃんにもチョコを渡す相手がいる、ということに少しばかり驚きを感じる私だが、どうやら相手はモモンガさんなどの一部の男性のよう。

 ……ああなるほど、確かに義理だなと感じた私は、それ以上掘り下げることはしなかったのであった。

 

 

「……そういえば、ミラちゃんと出会ってから一年経つんだね、そろそろ」

「む。そういえばそうじゃのぅ、わしがお主と出会ったのは、そういえばこの時期じゃったのぅ」

 

 

 代わりに話題にあげるのは、彼女との出会いがそろそろ一年を迎える、という事実について。

 ……思えば、彼女との出会いから私が『善の方の私(キリア)』として行動する機会が増えたわけで、そう考えると彼女は状況を変えるために世界に使わされたイベントフラグ、みたいな風に見えなくもないというか。

 

 

「まぁ、そちらの組織とわしの組織が交流するきっかけになったのも、元を正せばわしとお主の出会いが根幹にあるからのぅ。そう言われてみれば、ある意味作為的なものを感じぬではないのぅ」

「実際は本当に単なる偶然、なんだけどね」

 

 

 しみじみと当時を語る私たち。

 あの時は幽霊列車騒動で、各々が調査とかをしに行ったのだったか。

 それで金田一一の格好をした夏油君に出会って「あっ」ってなったり、ある意味属性の似ているミラちゃんに出会ってなんとなく意気投合したり……。

 

 

「ここにー、私が来た!!」

「面倒事はおかえりー」

「おかえりー」

「帰らないわよ!?」

 

 

 そうな感じであれこれと話をしていたところ、特徴的な音と共に中空に開いたスキマから、謎のテンションのゆかりんがこんにちわ。

 ……どう考えても面倒事の気配だったので、そのままお帰りなさいという気分だったのだが、彼女は負けじとそこに留まっていたのであった。うーん、絶対面倒なやつですよこれは……。

 

 

「なにもそんなに嫌がらなくてもいいじゃないのよ……」

「じゃあ聞くけど、今からゆかりんが私たちに頼むことは面倒なこと?それとも簡単なこと?」

「……面倒なこと?」

「ほらやっぱり!」

 

 

 そもそもの話、ゆかりんがわざわざ話を伝えに来る辺りでわりと切羽詰まった話なのは分かりきってるんだから、そりゃこっちも嫌がるってものでね?

 ……というようなことを彼女に告げたところ、彼女は「確かにそうだけどー、でもそんな私を死神かなにかみたいに言う必要性なくないー?!」などと泣き言を言っていたのであった。

 まぁあれだ、それがトップの役目みたいなものなのだから、諦めてその風評を受け入れて頂きたいというか。

 

 

「いやよー!そんなのやー!!私はトップでいるより気楽にお酒飲んでたいのー!!」

「せやけどゆかりん、それは夢や」

「白昼夢とかその辺りの扱いされてるこれ!?」

「……あの、せんぱい?遊んでる場合ではないのでは……?」

「あっ、そそそそうよマシュちゃんありがとう!危うくこのまま有耶無耶にされるところだったわ!」

「ちっ、気が付いたか」

 

 

 なお、そんなぐだぐだな流れは、うるさくしていた私たちを気にして様子を見にきたマシュの言葉によって、あっさりと断ち切られてしまったのであった。

 ……まぁ、ゆかりん()遊べたし、まぁいいかぁ!

 

 

*1
厳密には別人だが、『無銘』の時に『可愛い子なら誰でも好きだよ』とか言ってたのが悪い()、そんなエミヤさんである



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人の想いは大抵面倒事の火種

「さて、改めて状況を説明させて貰うわね」

「へーい」

 

 

 諦めてゆかりんの話を聞くスタイルとなった私たち。

 イベントごとのある時期に来訪する彼女は、どう足掻いても問題の先触れでしかないので、正直お帰り願いたい所なのだが……まぁ、彼女はここの責任者なのでそうも言ってられない。

 普通なら、責任者が直々にやってくる時点で、想定外のことが起こっていると言っているようなものだからだ。

 

 

「あーうん、そういえばそうね。私ってばそこら辺あまり意識しないからあれだけど、責任者が直で動くのって本来変なことなのよね……」

「おい」

 

 

 ……まぁ、我らがゆかりんの場合、他の誰かに任せるより彼女自身が動いた方が速い、みたいな面もわりと大きいのだが。

 というわけで、実際は緊急の用件かどうかは微妙、という話になるようで。……やっぱり追い返していいんじゃないかな?

 

 

「ああゴメンゴメン!別に大した用事じゃない、ってわけじゃないからそーゆうのはなしにしてー!」

「そのテンションだと本来どうでも良いことの筈では?」

 

 

 なお、その辺りの話を聞いたゆかりんの反応はこんな感じ。……やっぱり面倒事じゃないですかやだー!!

 

 

「おほんおほん。……ええと、どこまで話したのだったかしら?」

「触りすら聞いてませーん」

「ああなるほど。……話題があちこち飛びすぎね、気を付けるわ。では改めまして、貴女達にお仕事を持ってきました~」

「うわー嬉しくねー」

「そこで素直に言葉を吐かないの。……おほん。ええと、去年のバレンタインで起きた事件については、改めて説明する必要もないわよね?」

 

 

 そうして仕切り直した彼女が口にしたのは、去年の今頃に起きた事件についての質問。……その辺りの話は先程ミラちゃんともしていたので、ある意味タイムリーな話だが……。

 そう告げる私たちに彼女は満足げに頷いたあと、続きを話し始める。

 

 

「そう、去年のバレンタインに起きたのは幽霊列車騒動。あれは元々あの列車の持ち主であるオーナーさんに頼まれて、終わりを迎えることとなるクルーズトレインを引き取る、みたいな話だったわけだけど……」

「【顕象】周りのややこしい話やら向こう──互助会の介入やらで、結局大騒動になったんだよね」

「あれ以降外の依頼を受ける時は、慎重に慎重を期すようになったわけでね……」

「ジェレミアさんのお仕事が増えた、みたいなこと言ってたっけねー」

 

 

 あのバレンタイン特急に纏わる事件は、元々廃線予定のクルーズトレインの最終運行を、派手な形で人々の記憶に残し終わらせる……という、いわば有終の美を飾ることを目的としたものであった。

 とはいえ、そこには様々な思惑が絡んでいた。例えば琥珀さんの目的──今を以てなお明らかにされきってはいない、再現度の上昇とそれに伴う能力の変動、それを明らかにするためのもの──とか、実はバレンタインよりも前に既に亡くなっていた父の無念を晴らすための娘の思いとか、思いを『願い』と解釈し、そこに集った【兆し】から生まれたイマジンだとか。

 そして、そこに霊としての概念を導きだし、自身達の力とするために現れた夏油君だとか。……まぁ、色々と人間模様が交錯していたのは間違いないだろう。

 

 

「わしに至っては単なる慰安旅行の類い、でしかなかったはずなんじゃがのぅ」

「それも賢者ミラの趣味に従って行った、ごく普通の行為でしかなかったんだから、本当に巻き込まれ損だよねー」

「笑い事ではないわっ。……まぁ、こうしてゆっくり茶会など開けるようになったのは、とても良いことじゃと思うがの」

 

 

 そして、事件の現場にたまたま居合わせたミラちゃんから繋がる線により、私たちは自分達以外にも『逆憑依』に関わる組織があるということを認知し、バレンタインの騒動とは別の騒動に巻き込まれて行くことになるわけだが……まぁ、その辺りは別の話。掻い摘まむにしても長くなるのでここでは省略である。

 

 

「まぁともかく。あの事件には色んな人の思いが交錯していたってのは確かな話。──そして、その中心となった親子が、物言わぬ石像になるという形で終わりを見せたのも、まぁ記憶に新しいことよね」

 

 

 そして、騒動の結末。

 夏油君が幽霊列車を呪霊と定義して呑み込んだことにより、呪霊(イマジン)と契約で結ばれていた彼ら親子は、そのまま消え去る……成仏するのが定めだったはずなのだが。

 ()()()()()()()()()()()()()()が彼らを『tri-qualia』へと連れ去って行き、その結末は破綻することとなる。

 

 何故か石化した彼らは今もなお消えずにそこにあり、物言わぬ姿のままなにかを待つように佇んでいる……というのが、この騒動の終着点である。

 

 で、この結末には幾つかの不明点がある。

 一つは、彼らが何故『tri-qualia』──電脳世界に現れたのか、ということ。

 確かに、彼らは最早肉の体を失い、そのまま放置していれば世界に霧散していたはずの存在。

 そういう意味で、電子の世界と相性がいいのはある意味当然なのである。BBちゃんの反対というか、彼女の出身世界における魔術師(ウィザード)のようなもの、というか。

 

 近似の例をあげるのならサイバーゴースト*1、ということになるのだろうが、だがあれは予めそうなるような素養というか環境要因があったというか、ともかくいきなり()()なるものではない。

 例えば紺野木綿季のように、医療用の電脳マシンに繋がれたままその生涯を終えた、というようなことがあれば、もしかしたら()()なる可能性もあったかもしれないが……彼らはそういう機械に体を繋いでいたわけではないし、そも例となっているユウキにしても、電子の世界にその魂を置いてきた、なんてことはない。

 

 あの世界にもサイバーゴーストのような存在は居るには居たが、それもある意味偶然によるもののようなもの。狙ってなれるものではないのだし、そもそもそれを選ばないということもありうる。

 そういう意味において、彼らの境遇というものには不明点が多すぎるのである。

 確かに今の彼らは物言わぬ石像だが──ログアウト先が消失したままにも関わらず、そこにあり続けるというのは異常だろう。

 そも、どうやってログインしたのかさえ謎なのだから、そこに纏わる謎はそれこそ星の数、というやつだろう。

 

 問題点はまだある。あのオーロラだ。

 状況から見るに、あのオーロラこそが彼らを電子の世界に誘った大本だろう。しかし、あのようなことができる人間、というのが見当たらないのである。

 

 オーロラのカーテン、という時点でとある世界の破壊者が候補に浮かぶが、彼の姿は何処にもなかった。そう、なりきり郷にも、互助会の方にも……である。

 互助会は施設そのものがそこまで大きくないこともあり、そこに所属する人員について調べるのはそう難しいことではない。

 ゆえに、そこにあの男の姿がないことは明白であった。

 対してなりきり郷の方は広大無辺、捜索範囲があまりに広く、本来であれば『居ない』と明言するのは悪魔の証明のようなもの、ゆえにこう断言するのは些か不自然ではあるのだが……。

 

 

「他のライダー達が集まる場所があるからね。そういうところで情報を集めれば、彼がここにいないことは普通に認知できるってものよ」

「なるほどねぇ……」

 

 

 私の言葉に頷くゆかりん。

 このなりきり郷には、ライダー系の人達が集まって過ごしている場所が幾つかある。そういうところで話を聞けば、噂程度のものであれどんな人物がいるのか、ということはすぐにわかる。

 なにせ、彼らは仮面ライダー。子供達の憧れの存在であるため、自身達のことを隠したりするようなことはあり得ない。

 

 ゆえに、そこから得られる情報に間違いはないだろう。そんな彼らが『士?見てないなぁ』と言っていたのだから、第一参考人──仮面ライダーディケイドは居ない、と言ってしまって良いのだと思われる。

 まぁ、彼のライバルというか相方というべき存在であるディエンドの方は、他と馴れ合うようなことは恐らくないので、彼がこのオーロラを起こしたのだとすれば、こっちにはわからない話ということになってしまうわけだが。

 

 

「というか、仮に彼らだとしても、現実世界から電脳世界にオーロラを繋げられるのか?……みたいなツッコミもあるからねぇ」

「あれじゃろ、えーと……エグゼイド、じゃったか?」

「あー、ゲーマー?……いやどうだろ、確かにゲーム系だけど、あれってAR系じゃなかったっけ……?」

 

 

 それと、彼らが電脳世界までカバーしていたかどうか、というところに疑問もなくはない。それくらいできそうな気もするが、仮にそうだとしてもあれ以外ほぼ姿を見せていない、という時点で首を傾げる部分も多いわけだし。

 ……というわけで、あの事件の結末の部分には、微妙に説明のできない要素が多いのである。

 

 

「で?そこまで思い返してみたことと、今回のゆかりんの案件にはなにか関連があるの?」

「なにかもなにも、関係大有りなのよ。これを見て頂戴」

「んん?どれどれ……?」

「なんじゃこれ?」

 

 

 そこまでを回顧して、私たちは改めてゆかりんに疑問を呈す。

 確かに腑に落ちない点の残る事件ではあったが、それが今回の彼女の来訪となにか関係があるのか、と。

 そんなこちらの言葉に対し、彼女は大有りよと声をあげる。

 そう言いながら彼女がこちらに差し出したのは、彼女のスマホに映る、とある記事。

 

 それは、『tri-qualia』内においてイベントを開催することを知らせる物だったのだが……。

 

 

「……『幻のクルーズトレイン・エメでバレンタインを楽しもう』……?」

「ね?関係あったでしょ?」

「関係あるもなにも……」

「まんまじゃろこれ!?」

 

 

 そこに映っていたのは、私たちがあの時乗り込んだ列車……クルーズトレインであるエメの勇姿。

 思わず隣のミラちゃんと顔を見合わせてしまったとして、誰が責められるだろうか。

 そんなことを思いながら、私はスマホの記事を見つめ続けていたのだった。

 

 

*1
電子の世界の幽霊。人が電子の世界と縁深くなっていくに連れて提唱されるようになったもの、だとか。機械的にはバグということになるのだろうが、それが真実バグなのかはわからない……



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再来する電子の汽車

「んん、久しぶりねぇこの感覚」

「うむぅ、なんというか気持ちが悪いのぅ、これ」

 

 

 ゆかりんからの依頼により、急遽『tri-qualia』へとログインを果たした私とミラちゃん。

 私はまぁ、これまでも何度かログインしているので、すでに慣れたものだが……ミラちゃんは今回が初ログイン、ということもあってか幾分気持ちが悪そうにしていた。

 ……まぁ、私たちはネトゲをすると勝手にフルダイブ状態になるので、色々と感覚が変になるというのも仕方のない話ではあるのだが。そもそも、フルダイブと言いつつも感覚がゲームと現実の二重になる、という不思議さ加減だし。

 

 

「うむ……こう、コントローラーを握る手が空いておる、という感覚になるのがどうにも脳みそをバグらせるというか……」

「でも、感覚云々を抜きにしたらこっちの方が調子がいい、なんてことない?」

「む?……ううむ、言われてみれば……」

 

 

 だが、恐らくミラちゃんに関しては、比較的この世界と相性の良い方だろうと思われる。

 

 彼女は元々ゲームのキャラクターに憑依して、ゲームの世界に転移・ないし転生したタイプの存在。そのため、ネットゲームのような場所とはその生まれからして親和して然るべきなのである。*1

 その発言を聞いたミラちゃんは、思わずとばかりにすい、と中空に指を滑らせ自身のステータスをチェックし始めたわけなのだが……。

 

 

「……うむ、完全に元と同じ、と言うわけではなさそうだが……現実でのわしより遥かに原作のわしに近付いておる、というのは間違いなさそうだのぅ。なにせ精霊王の加護が、部分的にとはいえ再び機能しておるようじゃからのぅ」

「なんと?!」

 

 

 そうして彼女が告げたところによると、なんと今の彼女は精霊王の加護が有効化されているとのこと。

 ……いやまぁ、聞くところによれば『精霊王の加護:B-』みたいな感じで、本来のミラちゃんのそれに比べると大分劣化しているらしいのだが*2……ともあれ、それが電子の世界の中でなら多少なりとも使える、というのは中々大きな話題だと言えるだろう。

 少なくとも、今のミラちゃんなら『軍勢』と呼ばれたその実力の三割?くらいは発揮できそうだということになるわけなのだから。

 

 

「三割……」

「ん、そこに引っ掛かるの?だってリアルでのミラちゃん、仙術主体の召喚術士……って感じで、本来であればやれるはずの意思持つ精霊達の使役、ほとんどできてなかったわけじゃん?」

「ぬぐぅ」

 

 

 その、三割という部分に引っ掛かりを見せたミラちゃんは、微妙に渋い顔をしていたが……実際、本来の彼女は複数の精霊達を使役し、状況に合わせて最適な行動をするタイプの存在なので、その手札の多彩さが失われた状況では、実力の半分どころか一割も出せていない……と思われても仕方ない話だと思うのだけれど。*3

 実際、お気に入りだという暗黒騎士(ダークナイト)とその反転色の神聖騎士(ホーリーナイト)、それらの強化形態であるダークロードとホーリーロードなどは使役できるものの、それ以外の精霊達は『自分以外の意思ある存在』の再現度問題から実質封印状態だったわけだし。*4

 

 それが今回、電子の世界の中でならば、幾らか制限が解除されている……と言うのだから、その分の戦力向上分を踏まえれば全盛期(原作)の三割くらい、という見立てとなるのもそう間違いではないと思うのだが。

 とまぁ、そんな感じのことを理路整然と説明したところ、ミラちゃんは殊更大きくため息を吐いたのち、こちらに恨みがましげな視線を送ってきたのだった。

 

 

「……お主はよいのぅ、基本的にどこでも全力が出せて」

「お?そこ突っついちゃう?よかろうよかろう、不幸自慢がしたいのならそういえばよかろう。つまりはアレだ、不幸バトルしようぜ不幸バトル!」

「ぬわっ!?止めぬか止めぬか!!というかその胸元のスターター何処から引っ張り出しおったお主!?」

「努力して未来掴んで美しい星(a beautiful star)、だよ!」

「なんかムキムキになっとる!?」*5

 

 

 ……はい、なんか虚しくなってきたので、ミラちゃんで遊ぶのはこれくらいにして。

 

 ともかく、電脳空間内限定とはいえ、ミラちゃんの戦力が向上しているのはとても良いことである。

 できればその向上した戦力で、今回のあれこれもサーっと片付けてしまって欲しいものだが……まぁ多分、無理だろうね(無慈悲)。

 そう思うだけの理由が実はあるわけだけど、ここでは言及しないキーアさんである。

 

 

「……なんかこう、含みのある態度じゃのぅ……」

「まぁまぁ。とりあえず、イベントの舞台になってるサーバーに行こうか」

「ふぅむ?……ええと、今わしらがおるのは……」

「Δサーバー、悠久の古都 マク・アヌだね。で、イベントの参加会場があるのは……」*6

 

 

 相も変わらずこちらをジト目で見つめてくるミラちゃんに苦笑しつつ、腕を振って表示させた地図を指差す私。

 地図上で点滅する私たちを表すマークの上には、現在のサーバー名である『マク・アヌ』という文字が浮かんでいる。

 それを確認したのち、地図を操作して表示したのは、こことは別のサーバー──Ο(オミクロン)サーバー、歓待都市 イオマード・フェイシュ。*7

 どうやら『tri-qualia』におけるオリジナルのサーバーであり、今回のイベント用の舞台として最近増設された新規サーバー、ということになるらしい。

 

 まぁ要するに、今回の私たちの目的地がここ……ということになるわけで。

 

 

「よし、とりあえず移動しよっか」

「向こうに着くまでに慣れるかのぅ、これ」

「……いや、そんなに掛かんないからね、移動には」

 

 

 一先ずあれこれ言うのは向こうに着いてからだ、と議論を切り上げ、私たちは移動を開始するのでありました。

 

 

 

 

 

 

「バレンタイン目前ってこともあってか、何処もかしこもそういう飾り付けばっかりだねー」

「普段食料品を扱わない店ですらチョコを売り出しておるのは、ある意味ネットゲーならではということなのかのぅ」

 

 

 疑問を呈するミラちゃんに、思わず苦笑を返す。

 まぁ、所詮はデータなので、適当に項目に追加すればそれで終わり、ってことからわりとお手軽なのは間違いないだろうけど。

 そんなことを思いながら、街を歩いていく私たち。

 

 ここ、歓待都市 イオマード・フェイシュは、その名前の通り多くの祝祭を行うためのイベント専用ルートタウン、という位置付けとなっているらしく。

 今月はバレンタインなのでその手の装飾で溢れているが、例えば先月であれば正月風の装飾がほとんどだったりするし、四月頃ならば桜が舞い散る和風な空気になったり、はたまた復活祭優先でイースターエッグを探すイベントが開催されるなど、季節ごとにあれこれと変化しているのだそうだ。

 そんなわけなので、薬屋みたいなバレンタインとはまったく関係なさそうな場所でも、この時期には店先にチョコレートを並べたりしているのだった。……え?薬局に食べ物は今なら普通?*8

 

 まぁともかく、街全体がそもそもイベント用、ということもあって周囲を覆う空気は浮かれ気分真っ最中、行き交う人々全てが陽気に笑いながら、迫るバレンタインに浮き足だっているのである。

 そんな人々の合間を縫って、私たちが向かう先。それはこのルートタウンの一画、海に面した位置にある舞台。

 そこには、今回のイベントに参加するために集まってきた人々が、イベント開催の合図を今か今かと待ち構えていたのであった。

 

 

「……うーん、思ったより人がいるねー?」

「知る人ぞ知る、みたいな列車だと聞いておったような気がするんじゃがのぅ……」

 

 

 そのイベントこそが、ゆかりんから調査を依頼されていたもの。……かつて存在したという幻のクルーズトレインである、列車・エメを電脳空間に再現し、それに乗ってゲーム世界を旅しよう……という趣旨の電脳クルーズなのであった。

 

 ……うん、色々と言いたいことはあるが、先ずは一つツッコミを入れさせて頂きたい。

 誰だよ今回のイベントの主催者!絶対そいつ黒幕か関係者だろ、今すぐこっちに顔見せやがれ!!

 

 

「キーア、気持ちはわかるが押さえよ押さえよ」

「がるるる……」

 

 

 どう考えてもトラブルの香りじゃねぇか、と私が吠え始めたのも仕方のないことだと思うんですよ、はい。

 抑え役になってくれてるミラちゃんには悪いんだけど、ね?

 

 

*1
異世界転生系によくあるとても簡単に強力な能力を主人公に付与する方法。ゲーム世界の力をそのまま使える為、大体無双するが無双しすぎて話が一辺倒になることも

*2
原作だと『A++』くらいのイメージ

*3
召喚術を極めた存在である彼女は、本来であれば軍勢を率いての大多数戦闘こそを得意とするので、そういう意味で単体性能すら下がっている彼女が弱っている、というのは間違いあるまい

*4
『逆憑依』側の制限。他、例えば『サモンナイト』『女神転生シリーズ』の一部、『デジタルモンスター』の一部などでも起こりうる現象。少なくとも、トレーナー系の存在は原作のようなことができなくなる、というのがほとんどである(使役対象も『逆憑依』だったり【顕象】だったりすれば話は別)

*5
一連の流れは全て『チェンソーマン』から。『不幸バトル』は『夢バトル』から、『努力して~』の方はアニメの主題歌『Kick Back』から、胸のスターターは作中主人公・デンジの変身する『チェンソーマン』の胸にある変身・再起動用のスターターロープから

*6
『.hack』シリーズにおける定番ルートタウン。名前の意味は『ゲール語』(ケルトなどで使われていた言葉。フィン・マックールの名前などに使われてるやつ)で『女神の息子』。アヌがその女神の名前であり、他神話におけるティアマトと同じ大地母神の一柱。マクは『~の息子』の意味であり、フィンの名前も『クールの息子(mac Cumhaill)』の意味である

*7
オリジナルルートタウンであり、とてつもなく雑な翻訳で『多くの祝祭(iomadh feis)』の意味。読み方に自信はなし

*8
薬局を利用する場合、基本的には薬を求めて……というのがほとんどだろう。その時、もしかしたら家で大人しくしている為に、合わせて食料を買うなんてこともあるかもしれない。……つまり、薬局の利用タイミングと食料の購入タイミングは、意外と重なるということ。その為、売り上げを考えて食料品を一緒に扱うようになったとかなんとか



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誰がそれを企画したのか?

 かつて存在したという、豪華クルーズトレイン・エメ。

 その所有者であった人物から許可を得て、電脳空間にそれを忠実に再現した……という触れ込みのそれは、かつてその列車の最終運行となるはずだったバレンタイン運行を、この電脳空間で果たそうとしている……というような話なのだそうで。

 

 まぁのっけから怪しさ満点なわけなのだが、それに反して集まっている面々には特に怪しいところはなさそうなのであった。

 ……まぁ、別な意味では怪しい感じだったんだけども。

 

 

「こここ、この列車はスクショとか撮っても?!」

「すみませーん、肖像権的な問題でスクショはNGなんですー」

「そんなー!?」

「……撮り鉄、ってやつなのかな、あれ?」*1

()の列車じゃし、そういうのが居てもおかしくはないのー」

 

 

 列車の前で起きていたやり取りを見ながら、ミラちゃんと話す私。

 一応ゲームの中だと言うのに、現実にも居そうな感じの格好をしていたその一団は、この列車が動いている姿を(自分の手で)写真に収めることはできない……と受付らしき人物から聞かされ、膝から崩れ落ちて居たのであった。

 ……現実にも居そう云々は、彼らがカメラとか三脚とか携えた一団だったから、と一応記しておく。……いや、寧ろその装備どこで手に入れたのよマジで、みたいな感じというか?

 

 龍が如くとかアキバズトリップとかでなら見れるかも知れないが*2、ファンタシースターとかモンスターハンターとかでは絶対見掛けないような、あまりに普通すぎる姿の撮り鉄の一団になんとも言えない気持ちを抱かされつつ、気を取り直して今回のイベントの概要を確認する私である。

 

 ……スポンサー欄には、この列車の本来の持ち主であるあの男性の会社の名前が記されているし、そこで連名にされているのも『tri-qualia』の運営。

 少なくとも細部におかしなところのないそれは、しかしおかしくないからこそおかしい、としか言いようがないものだったわけで。

 

 生前のあの人があれこれと手を尽くした結果の一つだと、このイベントが開催されるに至った経緯がそこに記されているわけなんだけど……それにしては、本来のあの列車の顛末が抜け落ちているのが気になるというか。

 

 具体的には、あの列車の中でオーナーが首吊り自殺をしていた、という事実に繋がるものがなにも書いてないし、なんならオーナーはまだ生きてます、みたいな空気になっているというか?……いやまぁ、あの石化した彼らのことをまだ生きているとするのであれば、ある意味間違ってはいないわけなのだが。

 彼らが()()されているのは独自サーバーである侑子の居住空間内であるが、運営からすれば()()()()()ということくらいは気付いていてもおかしくはないわけだし。

 

 まぁ、キナ臭いのだけは確かな話。

 ゆえに、この列車の目的について、私たちは調べを進めて行かなければいけないわけなんだけど……。

 

 

「……当日参加枠の無い、完全予約制なんだよね、これ」

「あの撮り鉄達が嘆いておったのも、実際に近付けるのが今だけだから、というところが大きいようじゃからのぅ」

 

 

 ──これが中々難しい。

 それもそのはず、今日のこの列車の運行は、なんと事前に予約をした人間のみを対象としていたものなのである。

 しかもその予約の倍率、普通にテンバイヤーがわいてくるレベルのエグいやつというおまけ付き。

 ……いやホント、電脳空間に再現したものだから値段は下がっているとはいえ、元々が豪華クルーズトレインであることもあり、乗車料金が五桁越えしてたにも関わらず、そこからさらに値上がって六桁とかになってたからねこれ。

 そりゃまぁ、そんな値段になっていれば乗れなくても近付いて見てみたい、みたいな気分になるのも仕方のない話というか。

 

 ただまぁ、一応無闇に高い、というわけでもないようで。

 

 

「チケット一枚に付き十名まで同行可能……ってのは、実際の列車じゃないからこその制限だよね」

「列車の中身を拡張するのは自由じゃからのぅ」

 

 

 このチケット、一枚で最大十人まで一緒に乗り込むことができるのだとか。……実際の列車ならばそんなことはできないだろうが、これが電脳空間に再現されたものである以上は、乗客の上限も好きに弄れるのも道理というか。

 なお、あくまで内部空間を拡張しただけで、編成は弄られてなかったり。……まぁ、そこら辺うるさく言う人もいるだろうしねぇ。

 

 そんなわけで、単なる撮り鉄だけでなく、乗り鉄的な人達も集まっていたりするので、わりとごった返している駅前なのでありました。

 

 ……はてさて、ここまで語って問題が一つ。

 私たちも寝耳に水であったこともあり、生憎と乗車チケットの持ち合わせはない。……つまり、私たちも今から周囲に散見される乗り鉄達のように、誰か一緒にこの列車に乗せてくれる人を探さなければいけないわけなのでして。

 

 

「……都合よく知り合いとかいないかな?」

「いやー、無理じゃろ?だってわしらの知り合いの中に、こういう列車に乗るのが好きな人間が何人おる?」

「真っ先に思い付くのが、今目の前にいるわけなんだけど……」

「そう、わしじゃな!……言っとくが、そんな都合の良い話はないからな。だってわし、乗るんなら普通にリアルの列車に乗るし」

「だよねー」

 

 

 相乗りさせてくれ、というのは流石にハードルが高いと言わざるを得まい。

 ……こういう時都合よく知り合いがチケット取ってたり、ということを期待するものだが。

 生憎、私たちの知り合いの中でこういうのが好きそうなのは、まず間違いなく今目の前ではぁ、とため息を吐いているミラちゃんなわけで。……まぁうん、そもそもネトゲにログインするのがこっちでは初、という彼女がそのネトゲの中でしか乗れない列車のチケットなんぞ持ってるわけがない、というわけでして。

 

 というか、そもそも前々から『tri-qualia』をやっていたとして、()()()()()()()()()()()()()()列車に乗る意味がないというか。

 ……いやほら、周りに居るのが私たちみたいな『逆憑依』なら、実際にゲーム内で飲食してても特に問題ないけど、一般プレイヤーの前で『うまいうまい』言いながら駅弁とか食べてた日には、煉獄さんの物真似してると思われるならまだマシ……みたいな目で見られること受け合いというか。

 

 絶対変な噂になるやつなので、仮に前々からやっていたとしても近寄ろうとはしなかっただろう。……彼女が列車とか好きなの、旅の風景とかも一因だろうけどそこで出会う色んな料理達にも理由がある、ってのは彼女と付き合ってればすぐにわかることだし。

 

 まぁそんなわけで、すぐに思い浮かぶようなメンバーの中に、この列車に乗ろうとする物好きは居なさそう、という予測が立つわけなのでございます。

 

 

「んー……こうなると、他の人達みたいに『お金出すから連れてって』とか言うしかないのか……?」

「それはそれで、同じ客室に入れられることになる以上はわしらの動きが他より良い、ということに気が付かれる一因になる気がするがのぅ」

「うーん八方塞がり……って、ん?」

 

 

 というか、場合によっては列車内で大立回りする必要もあるわけで。……そうなると、乗せてくれたのが一般プレイヤーというのは、どうもその人に多大な迷惑を掛けることになりそうな気がするというか。

 ……みたいなことを言いながら、あーでもないこーでもないと唸る私たち。

 と、そうして首を捻る私の視界の端に、なにか見たことがあるものが通りすぎて行ったような気がして、私は小さく声をあげながらそちらに視線を向けることに。で、それに釣られるようにミラちゃんもそっちに視線を向けて……。

 

 

「……はい、メイショウドトウ様ですね、お待ちしておりました」*3

「はい、よろしくお願い致しま……あ」

「「…………」」

 

 

 そこにいた一人の人物に、私たちは注視する。

 ──その人物は、誤解を恐れずに言えば受付役の人が述べた名前通りの見た目──ウマ娘の一人、メイショウドトウそのものの姿をしていた。

 ……していたのだが、しかしその姿から飛び出した声と、その口調は全く別物であった。

 そう、本来の彼女のそれ──間延びしたような声とは違い、今の彼女から放たれたそれは、まるで良家のお嬢様のようなもの。

 しかもそれは、どうにも()()()()()()()声色だったわけで……。

 

 

「……その声は我が友、マッキーではないか?」

「ひ、ひひひ人違いですぅ~!私はバエルに集えとか言いませんし、カチャウとか言ったりもしないですぅ~!!」*4

「いや、無理して声色を変えても無駄でござる。その声は間違いなく我が友マッキーのもの……」

「ええと……お客様?登録情報に詐称があった場合、こちらと致しましては乗客をお断りすることに……」

「わー!!わー!!!すみませんですぅあの人達実は現地集合で落ち合う予定だった同乗者の方達ですぅ!!ニックネームで呼びあってたのでちょっと勘違いしてらっしゃるんですぅそっちではマッキーって名前だったのでぇ!!」

「は、はぁ。でしたら、彼女達も同じ客車に?」

「そうしてくださいですぅお願い致しますぅー!!」

「あ、なんだ。じゃあそういってくださいよドトウさん。名前違うなんて知りませんでしたよぉー」

「は、ははは。そうなんですぅ、こっちではドトウさんなんですぅ……」

 

 

 それが誰なのか気が付いた途端、私はミラちゃんと目配せをし、即座に作戦を開始。……どうにも相手は自分が普段とは違うキャラをやっている、ということを隠したい様子。

 で、この列車の抽選に使われる情報は、複垢だとバレた場合当選が取り消しになる可能性があるわけで。……いやまぁ、多分彼女は今の姿以外にアカウントなんて作ってないだろうが、そこを運営に疑われるのは困る話以外の何物でもない。

 なので、リアルの彼女を匂わせつつ話し掛ければあら不思議。私たちはこちらの事情を知る同乗者を、まんまと入手することに成功したのであった。やったね!

 

 

「やったねではありませんわ一体なに考えてるんですか貴女達!?」

「はっはっはっ。その言葉はそっくりそのままそっちに返すよマッキー。見栄を張るのは虚しいだけだぜ?」

「ぐぬぬ……」

 

 

 ……と、言うわけで。中身メジロマックイーンなメイショウドトウと一緒に、私たちは例の列車に乗り込むことに成功したのでしたとさ。

 

 

*1
鉄道撮影を趣味とする人の呼び方。鉄道に乗ることを趣味にする場合は乗り鉄などと呼ばれる。写真を撮ることに全霊を掛けすぎて周囲に迷惑を掛けてしまう人もおり、中々扱いの難しい概念。……まぁ、一部の人が残念だと全体があれこれ言われるのは良くあることだが、特にその一部がエグいと余計のこと言われる……という一例でもあるのかもしれない

*2
『龍が如く』は言わずもがな、極道を主人公としたアクションゲーム。『アキバズトリップ』はその名前の通り秋葉原を舞台としたストリップバトルアクション。……字面が酷いが、実際には日の光に弱い吸血鬼達を焼き殺す為の手段だったりする(ので、該当の敵にやると絵面が別方向にエグいことに)

*3
『メイショウドトウ』は競走馬の名前であり、ウマ娘のキャラクター名でもある。ウマ娘の方は引っ込み思案でドジっ子なキャラ。されどその胸の内には熱いものを秘めている。……なお、メジロマックイーンとは一部分が完全に真反対だったりする。というか、ウマ娘の中でもトップクラスに大きい

*4
後半についてはディズニー・ピクサー映画である『カーズ』シリーズの主人公、『ライトニング・マックィーン』の決め台詞から。字幕だと『カッチャオ!』と訳されている。元は彼の原語版の吹替えであるオーウェン・ウィルソン氏が『稲妻をイメージした時の擬音』として生み出したものなのだとか



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コンプレックスは時に人を誤らせる

「……しかしまぁ、ネット世界じゃから姿を云々、というのはなんともあれじゃのぅ。あんまりわしが言えた義理でもないが」

「ミラちゃんのそれは、男性キャラとして作った理想のアバターに対する反転存在(オルタ)みたいなもんだもんね」*1

 

 

 はてさて、列車の中の通路を歩きながら、同乗者となったマッキーもといドトウさんに声を掛ける私たち。

 

 ……なんというかこう、ネットの中なので好きな姿にする……というのはわりと良くある話だが、それが本来の姿と真反対なことに、これほど色々と察してしまうのはなんというかあれというか。

 というか、本来私たち『逆憑依』ってアバターとしての姿も同じキャラになるのが普通のはずなんだけど、なんでマッキーは別のキャラになれてるんだろ?

 ……というような疑問が浮かんできたわけだが、その辺はどうやら私たちもよく知る実例があったようで。

 

 

「……うちのアスナさんのお知り合いに、女性となったキリトさんがいらっしゃるでしょう?」

「ん、キリトちゃん?なんでここであの子の話が……ってあー」

「む、なんじゃなんじゃ、二人だけで納得するでないわ」

「あー、えーとね?普通なら私たちって、初めてネトゲにログインした時に、それまでせっせと作ったキャラメイクとか全部無視して、リアルでの姿とほぼ同じアバター姿にされるって副作用?的なものがあるんだけど……」

「……そうじゃの、折角のネトゲじゃしダンブルフ再誕とかできるんじゃ?……などと思っていたわしはお笑い草じゃったの……」*2

「あ、あー。ええと……その辺りの話にも関わってくるんだけどさ?どうやら『tri-qualia』に限った話ではあるけど、運営から貰ったアバターに関しては()()()()()()()()()()()()()みたいなんだよね」

「……ぬ?」

 

 

 彼女が口にしたのは、我らがネトゲクイーンであるキリトちゃんのこと。

 

 最近はなんかもう吹っ切れてしまったのか、はたまた単なるヤケクソなのか。

 ……『ノーコンテニューでクリアしてやるぜ!』*3とかなんとか言いながら『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』をぶっぱなしまくってるらしい彼女の姿は、一応キリトちゃんの姿が原型となってはいるものの、その大枠はFGOでのイシュタルのそれに近似したものとなっている。

 

 ──そう、イシュタル。

 今のキリトちゃんの外見は運営から貰った特殊アバターによって、ほぼイシュタルのそれと同一のものになっているが、それは本来の『逆憑依』の常識からしてみればおかしい話なのである。

 

 なにせ私たちの姿は、それが()()()()()()()()()()()()()()()として誤認されるからこそ、どんなネットゲームでも同じモノになる。

 ゆえに、その姿は例え他のアイテムなどを装備しても、それが外見に反映されず不変である……という類いのモノのはずだったのだが。

 どうやら『tri-qualia』内かつ、それの制作者が運営であるいわゆる記念アバター系のモノである場合に限り、私たちの先天性アバターを後天的に上書きすることが可能なのだという。

 

 つまり、今こうしてメイショウドトウの姿をしているマッキーも、実際はメイショウドトウのアバターを上に重ね着している、ということになるわけで……。

 

 

「……!つつつつまり、なにかしらの記念としてダンブルフのアバターを作って貰えさえすれば……!?」

「このゲームの中、っていう制約は付くけど……ミラちゃんの姿から渋いお爺ちゃんの姿に戻ることも不可能じゃない、ってことになるね」

「……わしこのゲームの中に住む!!」

「言うと思った」

 

 

 そこから導き出される答えはただ一つ。

 今こうしてテンションが急上昇したミラちゃんも、このゲーム内でなにかしらの功績を築き上げ、アバターを製作して貰う機会を得ることさえできれば──彼女が理想とする姿、ダンブルフのような渋い老人の姿に変化することも可能、ということ。

 いや、その程度でそんなに喜ぶの?……などと思う人もいるかもしれないが、これって結構死活問題なのである。

 

 アバターとは即ち、人が意図的に被る『他人に見せるための姿』である。……それを私たち『逆憑依』の常識に当てはめると、思い付く名前というものがあるだろう。──そう、【継ぎ接ぎ】だ。

 

 パッチワークというルビの振られる【継ぎ接ぎ】だが、その本質はオーバーレイ──上に被せることでそこに写る情景を変えるもの、という風に見なすこともできる。

 周囲から見える姿が変わるということは、本来の姿から変化した、と言うことにもなりうる。

 認識の変化をもたらすそれは、認知による自己の保持を行っている面のある『逆憑依』にとって、己の存在そのものを揺るがすものと言ってしまっても過言ではない。

 つまり、姿を変えるというのは本来私たち『逆憑依』にとって、わりと危険な行為だということになるのだ。

 

 元々変身することが前提であるような存在──例えばメタモンのような変身キャラだとか、はたまた変化の術による変装を行える忍者系のキャラなどであれば、本人のパーソナリティーへの変化を極力抑えることができるが……。*4

 そうでない場合、被せた新たな概念(キャラ)が元のそれと混ざりあい、別個のモノへと変化する危険性をも孕むのだ。

 

 再現度の算出方法的には【継ぎ接ぎ】である方が有利ではあるが、その存在そのものの安定性を思えば、あまり推奨される方法であるとは言えないだろう。

 実際、タマモちゃんとかが憤慨してたのは、その辺りに原因があるわけだし。

 記憶としてはタマモクロスのそれが基本となっているのに、後から加えられたユニヴァース要素による記憶の改変や増改築が行われたというのは、それはそれは大層気持ちの悪い感覚をもたらしていたことだろう。

 

 ……まぁともかく、【継ぎ接ぎ】は後から気軽に起こそうと思えるほど、単純な強化手段ではないというのは確かな話。

 それゆえ、先ほど例にあげたような『変身技能を端から持ち合わせている』ような人物でもない限り、自分の姿を他に誤認させるような行為は極力止めておいた方がよいのだ。

 ミラちゃんが変化の術などを覚えようとしてなかったのも、下手すると声が少女のままのダンブルフとか、そういうおぞましいものを産み出す可能性があったからだったりするわけで。

 

 ……え?その割には私の他人への指導内容が、わりとあれだったりすることがある?

 そこら辺はまぁ、私が大丈夫なタイプだからってのもあるし、ここまでの問題点が基本【顕象】には無関係、ってところもあるし。……まぁ要するに、中身(核となるもの)が居ると齟齬が大きくなるよ、ってのが一番の問題点なんですよ、これ。

 

 で、そんな問題点も、この『tri-qualia』内でなら回避できる……などと言われれば、そりゃもう喜ぶのも仕方のない話。

 一応、概念的には『このゲーム内での感覚の二重化』にアバターが変更できる理由があるとかないとか、そんな話を聞いた覚えもあるが……『感覚の二重化』自体は他のネトゲでも起こり得る現象である以上、根本的な原因は『tri-qualia』そのものにあるのだろう、というのは間違いあるまい。

 

 とはいえ、そういう原因究明は現状には全く無関係な話。

 今現在重要なのは、運営に讃えられるようななにかを為せば、自分の好きなようにアバターを弄る機会が得られるかもしれない……という事実の方。

 そんな思いに溢れに溢れたミラちゃんの姿に、思わず苦笑が溢れるのも仕方あるまい……という話である。

 

 事実、私とドトウさん(マッキー)の二人は、ミラちゃんの狂喜する姿に思わず顔を見合わせ、苦笑いを浮かべていたのだから。

 

 

「……この様子ですと、彼女がHMDを購入するのも時間の問題、ということになるかもしれませんわね」

「同室のアスナさんには、ミラちゃんがネトゲに嵌まりすぎて依存症みたいにならないように、注意して貰うように予めお願いしとかないといけないかもねぇ」

「依存症とは失礼な。ただわしのぱーふぇくとなぼでーを毎日眺めるだけじゃぞ?」

「うーん……発言的にかなりあれなんだけど、実際に出力される映像は自分の姿を見て悦に浸るお爺ちゃん……なんだよなぁ」

 

 

 脳裏に像を結ぶのは、姿見の前で久方ぶりの自分の姿にほぅ、と感嘆の吐息を漏らす爺の姿。……さっきの予想も大概だが、こっちの予想も大概だと思われる。

 まぁ、こっちがそんなことを思ったとして、実際にそれが得られるかもという期待は、彼女を走らせてしまうには十分な理由、ということになってしまうのだが。

 

 この辺り、ダンブルドア先生との談話では満たせない欲求になるため、周囲が注意するしか無いんだろうなぁとため息を吐かざるを得ない私たちなのでありました。

 

 

*1
『賢者の弟子を名乗る賢者』におけるプロローグ部分の話。ミラちゃんの中の人は男性キャラの理想としてダンブルフを作ったが、課金コイン(バーチャルマネー)の期限が迫っていることを機に『女性キャラとしての理想は?』という思い付きを得た為、徹夜までして作り上げたのが現在の彼女の姿である。なお、その時に姿を変更するアイテムである『化粧箱』は使いきっており、元の姿に戻るのはほぼ不可能となってしまった

*2
『逆憑依』が既にアバターを作成している、と誤認される為に起こる仕様、または不具合。この時のミラちゃんはせっせとダンブルフのアバターを可能な限り再現したが、決定ボタンを押した途端ミラの姿に変更されてしまった。似せる為に費やした三時間が水の泡(パー)である

*3
『仮面ライダーエグゼイド』の主人公・宝生永夢の決め台詞。対義語は『東方project』のフランドール・スカーレットの『あなたが、コンティニュー出来ないのさ!』だろうか?

*4
他、『ドラゴンクエスト』シリーズの『まねまね』のようなキャラなどが該当。ただその場合、『他者を真似ることがアイデンティティ』のキャラになりきる、という形になるのでそもそもにややこしいことになり変身系技能がうまく使えない、なんてことになる可能性もある



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それはそれとしてやるべきこと

「……では改めまして。お二人は、何故この列車に乗ろうと?」

「んー?それはこの列車に問題があるから、だよ?」

「……いきなり私のテンションが大ダウンしたのですけど」

「おお、デバフ音」

 

 

 ドゥーン↓、みたいな重い音がしたような、そんな気がしてくるほどに露骨に肩を下げるドトウさん(マッキー)

 ……まぁ、休みの日に私たちと行動を共にする必要に駆られているうえ、更にはこれから面倒事が襲ってくることが確定している状況で、高めのテンションを守れという方が難しいのも確かな話なのだが。

 

 ともあれ、暫く一緒に行動することが確定している以上、こちらの目的を明かしておくべきというのもまた事実。

 なので、この列車が本来色々と後ろ暗いというか、その辺りの事情が隠されたまま運用されているのが怪しいので調べにきた……みたいなことを述べれば、彼女ははぁ、と大きなため息を吐き始めたのでありました。

 

 

「……なんで私、そんな列車に乗り込んでしまったのでしょうね……」

「いや、こっちに聞かれても……」

「というか、普通になにか考えがあって乗ったのではないのか?」

 

 

 暗に乗り込んでしまった、みたいな誰かに責任を擦り付けるかのような台詞に、ミラちゃんがしらーっとした眼差しを向けていたが……当のドトウさん(マッキー)は素知らぬ顔。……あ、いや、よく見ると冷や汗掻いてるわ。

 

 ……まぁ確かに?誰かに責任を擦り付けられないのであれば、それは自分の意思で乗り込んだということを肯定するのと同じ。

 んでもってこのクルーズトレイン・エメは、豪華なことは当たり前としてその再現理由が特徴的。

 つまり、普通に考えればそれが理由、ということになるわけで。

 

 

「……トレーナー(モモンガ)さんを誘おうとしてた、とか?」

「」<ビクッ

「姿が見えぬ辺り、断られたか他の用事が入ったか?」

「」<ビクビクッ

「ああいや、一応あとから合流する……みたいな可能性もあるかもしれぬが……」

「そそそ、そんなことあるわけないじゃないですかぁ~!!」

「都合が悪くなったからって、ドトウさんとして主張し始めたぞこの人」

 

 

 ……まぁ冷静に考えたら、この列車の運行理由──バレンタインを祝うため、ということにたどり着くわけなんだけど。

 

 マッキーの相手、ということになると必然モモンガ(トレーナー)さん、ってことになるわけで。……まぁうん、変に迫り過ぎてどこぞの()()()と同カテゴリーにされなければなんでもいいんじゃね?*1

 なんてことを思いながら、私たちは目的の客室にたどり着いたのであった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば……」

「今度はなんですの……?」

 

 

 道中根掘り葉掘りあれこれ聞かれたせいで、すっかり疲れきってしまい座席に深く座り込んでいたドトウさん(マッキー)

 そんな彼女を見ながら、ふと思ったことを口にする私。それは、

 

 

その姿(ドトウさん)でその口調だと、違和感が凄いね」

「……そ、そんなことないと思いますよぉ~」

「だったらその喋り方はなんじゃ、その喋り方は」

 

 

 普段のマッキーの喋り方と仕草だと、姿がドトウさんであるせいで色々バグって見える……ということ。

 本来のドトウさんであれば、もうちょっと間延びした感じの空気を醸し出すのが普通なのだが、今の彼女はマッキーがドトウさんを被っているという状態。

 そのため、周囲の視線を気にする必要がない状態──周囲に私たちのような知り合いしか居ない状態では、見た目以外にドトウさん要素が全く無くなってしまうのである。

 

 その結果、なんだかちょっと優雅というか高貴というか、ともかく普通のドトウさんにはまず抱かないような感想が飛び出してくることとなり、どうにも違和感が強い……なんてことになってしまうのであった。

 元々ドトウさんはドジっ子な面があるので、余計のこと首を捻りたくなるようになる、というか。

 

 ……え?ハロウィンの時の新規の服装での勝利ポーズが煽りにしか見えなかったり、中身がマッキーだとしてもユタカの話とかになればわりとポンコツ?まぁ、その辺りは今は見えていない要素なので……(目そらし)*2

 

 まぁともかく、姿と仕草の差異が認知の歪みを生む、というのは確かな話。

 なので、できれば私たちが居ても気を緩めず、確りとドトウさんとして過ごして欲しい……みたいな気持ちを抱いたわけなのだけれど。

 

 

「勘弁してくださいまし……これから大変なのでしょう?英気を養う時間くらい許してくださいな……」

「うーん、これは重症だ」

 

 

 道中の話とこれから予想される騒動、その両者を加味した結果、彼女は今このタイミングを『気を抜くべき場所』と定めており、私たちの主張は呆気なく退けられる形となったのであった。

 ……うーん、これは仕方ない状況。

 

 

「ではまぁ、こやつについては一旦置いておくとしよう。……さて、これからどうするかの?」

「どうするっていうと……んー、とりあえず車掌室に向かってみる?まぁ、誰も居ないかもしれないけど」

 

 

 なので、彼女のことは一先ず置いておいて、私たちは本来すべきことを考えよう、ということに。

 一先ず、この列車について調べることが先決、ということになるのだけれど……正直、元となったエメとそっくり同じ、という結果しか得られないのではないかと思っている私がいたり。

 差異となりうる車掌周りについても、この列車がある場所が電脳空間である、ということを思えば期待はできそうもない、というか。……事故を起こす可能性もないのだから、わざわざ車掌を置く必要性もないのだし。自動運転で全て済ませている、というのが関の山ではないだろうか?

 

 

「そうなると……道中が鍵、ということになるのかのぅ?」

「もしくは終着駅か。本来の運行を再演するって触れ込みだけど、どこまでオリジナルと同じ動きをするのかもよくわかってないわけだし」

 

 

 なので、なにかが起こるとすれば運行中、もしくは運行終わりの終着駅ということになるのだろうが。……それがどこまで本来の運行予定をなぞるものか、というのも現状不明。

 となると、私たちはそれを見逃さないように動かなければいけない、ということになるのだけれど。

 

 

「……人数的に足りると思う?」

「いやー、どうかのー?」

 

 

 この再現というのが、()()()()()()()()()()()()()()?……というところを思えば、人手が足りているとはとても言えないような気がしてくる私たちである。

 ……まぁうん、私たちがここにいるのは、私たちの意思によるものだけど。それによって()()()の再現力が勝手に・もしくは予想通りに上がった、という風にも言えてしまうわけで。

 そうなってくると、再度魔列車との対決をさせられたり、再現体としての夏油君が湧いてきたり……などの心配をしなければいけない、ということになってくる。

 いやまぁ、普通ならそんなことはあり得ないのだけれど、この『tri-qualia』内においてのみ起こる『逆憑依』周りの特殊仕様が幾つもある、ということを思えば、警戒はしてもしたりないということになってしまうわけでして。

 

 ……最悪、あの時の登場人物が全員再現体として敵で出てくる、なんてことが起こる可能性もあるし、なんなら私も闇側しか出力が安定しない、などという半強制的なキリアモード封印を受ける可能性もあるのだ。

 そうなってくると、できればあの時のメンバーと、少なくとも人数くらいは揃えておきたい気分になってくるのだが……。

 

 

「……うーん、連絡が付かない可能性が高いし……」

「そもそもログイン用の端末の用意から始まる、ということになりかねんのぅ」

 

 

 一応、オ○ュラスとかP○VRとかのような、アミュスフィアとかナーヴギアには到底足りてない性能の機械でも、『tri-qualia』内で十分に動けてしまうのが私たち『逆憑依』だが。

 ……それがHMDの類いを持っている人がいる、という結果に繋がるのかと言えば別の話。

 というか、どっちかというとその『逆憑依』周りの副作用ゆえに積極的にネトゲをさせない、なんて対処を推奨していた面が強く、それこそ持っている人は原作がネトゲ系の人、くらいになってしまうのが現状だろう。

 

 故に、元々のメンバーを集めることはおろか、そもそも人数を揃えること自体が難しい、という話になってしまうわけで……。

 

 

「うーん、どうしようかこれ……」

「とりあえず、知り合いが近くに居るだけでも違うんじゃがのぅ」

 

 

 現状、必要な人数はあの時と同数──銀ちゃんに反省を促すために集ったよろず屋メンバーと私とマシュ、それからあさひさんに暫定少年探偵団メンバー達、それからミラちゃんと夏油君が変身してた金田さん──の、即ち十四人。*3

 ……途中から加わったモモちゃんをどうするか、みたいなところもなくはないが……まぁ、本当に再現されるのであれば勝手に湧いてくるだろう、ということで現状は放置。

 

 ドトウさん(マッキー)はその性質上、金田さんとなっていた夏油君の互換だろうから……となると私とミラちゃんで「キーア&マシュ」ポジション、ということに?

 

 

「なら、あとはあさひと銀時周りの面々、それから探偵団組か?」

「だねぇ。……あー、どこかに都合よく人が転がってな……ん?」

 

 

 まぁ、そこが埋まってもまだまだ人数は足りないわけで。……都合十一人ほどをどうやって集めるのか、というかそもそもチケット一枚で本人含めて十人しか同乗できない、なんて問題もあるんだぞ……みたいなことで頭を悩ませていると、突然辺りに鳴り響く着信音。

 ……どうやら誰かからチャットのお誘いが来ているみたいだが、こんなタイミングで一体誰が……?

 そんなことを思いながら、通信に出た私は。

 

 

『あ、やっと繋がった。おーいキーア、久しぶりにログインしてるみたいだけど、今暇かー?』

「……お前だぁ!!」

『うへぁっ!?えっ、いきなりなに!?』

 

 

 その通信先の人物の姿を見て、『これはもろたで工藤!』とばかりに手を叩くのであった。

 

 

*1
無論アルベドのこと。千年の恋も冷めそうな表情をするのは止めよう(戒め)

*2
ハロウィンメイショウドトウの、G1勝利時のポーズのこと。流れとしては遠くを指差すドトウさん、というだけなのだが、眉根の下がった(と言っても、ドトウさんは基本眉根が下がっているが)その表情が、微妙に煽っているように見えることから、『見てくださいあの人○○ですぅ~』みたいな、いわゆる煽りポーズに見えてしまったというネタ。そのせい?で一時期ドトウさんに煽りキャラとしてのイメージが湧いてしまったりした。『ユタカ』はメジロマックイーンが野球の中継を見ながら応援していた選手の名前。野球選手の『和田豊』氏と、競馬の騎手(ジョッキー)である『武豊』氏をイメージした結果出てきた名前だと思われる

*3
キーア・マシュ・あさひ・銀時・XX・桃香・バソ・鬼太郎・しんちゃん・ライネス・蘭・コナン・ミラ・金田(夏油)の十四人



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探せば意外と人は揃う

「……いやー、いきなり来いとかなんとか言うから、一体何事かと思ってたけど……」

「……またややこしいことに巻き込まれてんのな、お前」

「はっはっはーっ!気にするなハセヲ君、これから君達も巻き込まれるんだよ!!」

「だよなぁ……」

 

 

 はてさて、たまたま送られてきたメッセージにより、どうにか道連……もとい仲間を確保することに成功した私たち。

 そんなわけで、君達に私たちの最新情報をお届けしよう!*1

 

 

「まずは一人目!ご存知キリトちゃん!」

「え、いきなりなんだよキーア。……え?今から挨拶?えーと……よろしくお願いします?」

「ちがーうっ!!君は今キリトちゃんなんだから、もっとこう……GGOみたいに!」*2

「それ、遠回しに俺のことバカにしてないか?……まぁええと、うん。よろしくお願いしますね、ドトウさん?」<キャピッ

「え、ええと……よ、よろしく、お願いしますですぅ」

 

 

 一人目は皆がご存知キリトちゃん。

 流石に戦闘状態、というわけでもないからか、彼女の今の格好は普通にGGOでの彼女……彼?と同じ姿。

 しかしてその実態は、いざ戦闘となるとイシュタル神の加護(アバター変更)によって姿が変わり、空を自在に翔る天の女主人と化す……みたいな、わりとチート級の戦力を持つ存在である。

 いやまぁ、実際にはこのゲームレベル制じゃないので、そんなチートパワーがあっても毎回楽勝とはいかないらしいんだけども。

 特にイシュタルモードだと、防御力なんてあってないようなものだし。色んな意味で。

 

 

「次は私ね。私はアスナ、キリトちゃんのパートナーって感じかな。宜しくね?」

「ハイ、ヨロシクオネガイシマスデスゥ」

「……ねぇキーアちゃん、なんでこの子片言なの?」

「なんでだろうねぇ……」

 

 

 次いで二人目、アスナさん。

 増え続けるアスナシリーズ(同じ名前の人)のうち、私たちが遭遇した人物としては一人目に当たる存在であり、わりと意味不明な存在の人の内の一人である。

 ……なにが意味不明なのか、って?どうにも同じ声の人のパワーを、わりと普通に使いこなしてるところ……かな(白目)。

 特にFGOの頼光さんとは好相性なのか、時々お母さんと化す時があるし。

 それから、妖怪に関して親和性が高かったりもするけど、それは彼女(頼光さん)と……妖怪ウォッチのケータ君成分も加わってたりするのかも。

 

 ……そこまで行くと普通に【継ぎ接ぎ】なのかと思うんだけど、その辺りは微妙な感じ。どっちかというとロー君みたいな『同じ声のキャラクター』の寄せ集め、みたいな感じなのかもしれない。

 なお、そのせいなのかこのアスナさん、戦闘時に()()に増えたりするんだけど、本体であるアスナさん以外は頼光さん以外にも、同名キャラのアスナ達が混ざってたりする豪華仕様で襲ってきたりする。……声すら違うんだけどどうなんですかねそれ。*3

 

 

「……ん、ってことは次は俺か。俺はハセヲ。……まぁ、好きに呼んでくれ」

「死の恐怖、とは名乗らないの?」

「まぁ、この姿だしな。あっち(3rd)ならいざ知らず、こっち(Xth)でそう名乗るのも変、つーか」

「あー、白いしねぇ」

 

 

 中身にそう違いはないんだがな、と溢すのが三人目であるハセヲ君。

 その姿は最初に会った時の姿(2ndフォーム)から変化し、白を基調としたものへと変化している。

 ……要するにライダーで言うところの最強フォーム(最終決戦仕様)というやつだが、そのノリだと続編でさらに変化したのは究極フォーム、ということになるのだろうか?*4

 

 まぁともかく、最強フォームの時点でわりと規格外な存在であるハセヲ君だが、この『tri-qualia』そのものが進化し続ける作品ということもあり、そこまで敵を圧倒できるというわけでもないのだとか。

 ……イシュタルモードのキリトちゃんと組むと、ひたすら彼が双銃をぶっぱして相手を拘束している間に、キリトちゃんが宝具準備を終えた後に相手を壊滅させる……という、わりと無法な連携を行ったりしているらしいが。

 

 あと、対人戦においては空を飛び回るキリトちゃんに攻撃を当てられる唯一の手段……などと言われているため、基本的にこの二人が一緒に組むことはないとかなんとか。

 まぁ、アスナさんも無茶苦茶やって叩き落とせたりするので、実際には『唯一』というのは過言らしいのだが。

 とはいえ、基本的な遠距離攻撃用の武器が取り回しの良い弓か、はたまた狙撃しかできない長銃しかない『tri-qualia』において、彼の使う双銃がバランスブレイカー級の武装である、ということに違いはないだろう。他にもバランスブレイカーがいっぱいいるから許されてるだけで。

 

 

「次は私だな。私はアンチノミー!未来を救うためにやって来たヒーローだ!」

「ふぇっ!?ななな、変態ですぅ~!?」

「なにっ、変態!?どこだ!?」

「貴方ですぅ~!グラサンくらい外すべきですぅ~!変な名前のグラサンキャラとか、絶対に裏切るやつですぅ~!!」

「……否定できないなっ!」

「いや、そこは否定しときなよ」

 

 

 で、四人目はアンチノミー……もとい、みんな大好きブルーノちゃん。

 戦闘するのなら普段の姿よりこっちだろう、ということでアバターを組んだ彼は、『それも確かにブルーノの一側面だ』ということもあってか、私たち『逆憑依』勢の中では数少ない()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()人物である。

 今はこうしてアンチノミーの姿をしているが……採集クエストとかルートタウンで休んでいる時とかは、普通にブルーノちゃんの姿で過ごしていることが多いのだそうだ。

 ……なお、ネトゲに関係ない彼が何故此処にいるのかと言えば、キリトちゃんの友達なのでその付き合いで、ということになるのだとか。

 

 で、彼の戦闘スタイルは『tri-qualia』でも珍しい『召喚師』系統の派生職・『決闘者』。

 ……名前からしてどういう戦い方をするのか丸わかりだが、その予想通りカードからモンスターを召喚して戦うタイプの職業である。

 その中でも彼はバイク……もといDホイールに乗って戦う『Dホイーラー』であるため、本来ならば召喚者本人を狙われると痛い……という召喚師系職の弱点をカバーしており、中々の強さを誇っていると話題なのだとか。まぁ、単純に移動手段としても強いしね、バイク。

 

 で、同じバイク乗りということもあってか、ハセヲ君ともわりと意気投合しているらしく、たまーにバイクコースで競いあう二人の姿が見られるとかなんとか。

 ……騎乗戦闘技能がないハセヲ君は戦闘では使わない(アンブッシュには使う)のに対し、彼は平気で轢きに掛かるという違いはあったりするが。

 

 

「あっはっはっ。変態とは酷い言われようッスねー」

「変態ですぅ~!!?」

「さっきよりも力強い変態宣言!?なんでッスか?!クモコさんなにもしてないッスよ!?」

「いやー、水着にジェットは変態扱いされても仕方ないというか……」

「そんな馬鹿なッス!?」

 

 

 はてさて五人目。

 これは以前にもこのゲームをやってる、と言っていたことがあったので予想が付いたかもしれないが……その内の一人、クモコさんである。

 その時口にしたように、今の彼女は基本的に紺野木綿季……もといユウキちゃんの姿となっているのだが、その服装こそがドトウさん(マッキー)の反応の理由であった。

 ……ジェットで水着、という時点でわかるかもしれないが、要するに彼女の今の姿は『水着沖田さん』のそれと同じなのである。それも第三再臨の白いビキニにジェット付き、という意味不明な姿。

 いやまぁ、見えないジェットが付いたままだと周囲が危ない、というこもあって見えるようにした、みたいな理由はあるのだが……どちらにせよ普通の場所で水着って時点でワンアウト、それにジェット付きでツーアウトである。ついでにそれがユウキちゃんって時点でスリーアウト、みたいな?主にそんな格好するタイプでもないだろう、的な意味で。

 

 なお、彼女の姿がリアルのクモコさんと違うのは──彼女が【顕象】である、というところも大きいが、彼女自身がロー君やアスナさんみたいに『同じ声の集合体』としての面が大きいから、だと思われる。

 

 

「……あらあらまぁまぁ、とても愛らしい方ですのね?」

「おおっと止めるんだハクさん。別にこの場ではその姿(コヤン)に近い言動をする必要はないんだぜ?」

「む、そうか?……では普通に。我はハク、しがないプレイヤーの一人だ。宜しく頼むぞ」

「ボクはアグモンだぞー、宜しくなー」

「え、ええと、宜しくお願いしますですぅ~……」

 

 

 で、最後になる六人目と七人目が、何故かコヤンスカヤの姿となっているハクさんと、その横で元気に手をあげているアグモン君の二人。

 ハクさんの方はクモコさんと同じく、以前から『tri-qualia』で遊んでいることがある、と判明していた人物の一人で、かつ彼女と同じく【顕象】のプレイヤーの一人である。

 そのせいということなのか、彼女もまたアバター生成時に割り込みが掛からない人物の一人、ということになるようだ。

 ……とはいえ、なんとなーく狐系のキャラメイクをしたくなる、という制限というか誘導?みたいなものがないこともないらしく、その結果として光の方のコヤンスカヤの姿を取ることになった、という話になるらしい。

 闇じゃなくて光なのは、普段の彼女がどっちかと言えばパワータイプなので、普段とは違う戦い方がしたかったからだとかなんとか。

 

 で、アグモン君の方は、前々から『tri-qualia』内で生活していたことからわかる通り、こっちの世界はまるで自分の庭の如く。

 一度現実世界にやって来たことで究極体への進化も会得したようで、普通に戦力としては最上級の存在となっているらしい。……ガブモンとか出てきたら更なる躍進を見せそうで、今から戦々恐々としている私である。

 

 ……と、言うわけで。以上七名が、先ほどの連絡でこちらに合流したメンバーの全てである。

 前回の乗車メンバーに当てはめるのなら、あと四人ほど足りていないが……これに関してはもう列車の発車前に集めるのは無理そうなので、他の乗客を巻き込むか、もしくは一人に複数の役割を当てはめる方向で進めるしかあるまい。

 

 ……それはそれとして、自分がメジロマックイーンであることを隠しながら過ごすドトウさんに、彼女がどういう結末を辿るのかちょっとばかり興味が湧き始めているところもなくもない、そんな私なのでありました。

 

 

*1
一見普通の台詞だが、此処では『勇者王ガオガイガー』の次回予告をイメージした喋り方となっている

*2
見た目がほぼ女の子だったことを悪用()して、初対面のシノンに挨拶した時のキリトのこと。声はともかく、見た目は完全に女の子にしか見えない(声もハスキー扱いできなくもない)為、シノンは完全に騙されていた

*3
源頼光の宝具『牛王招来・天網恢々』。牛頭天王の神使である牛・ないし牛鬼を一時的に召喚し、彼らと共に敵陣を殲滅する。召喚された神使達は頼光の姿を模し、彼女が率いる頼光四天王の武器を持っている。……そこらか着想を得たのか、ここのアスナはその宝具を模した技によって頼光の他に『アスナ』という名前を持つキャラを召喚せしめる。具体的には普通に背丈の高い方の神楽坂明日菜(ネギま)や一之瀬アスナ(ブルアカ)など

*4
『仮面ライダー』シリーズにおけるフォームの仮称。『最強フォーム』はテレビシリーズにおける最終形態、『究極フォーム』は作品終了後に外伝作品などで登場したフォームを指す。分かりやすく言えば、『電王』の最強フォームは『クライマックスフォーム』だが、究極フォームは『超クライマックスフォーム』となる。ハセヲの『5thフォーム』はかなりてんこ盛りな為、そういう意味でも究極フォームみが強い



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旅は道連れ世は情け、つまりは人のためでなく

「ふーん、曰く付きの列車、ねぇ?」

「なにか起こるだろう、っていうその予想は確実性のあるものなのか?」

「まぁ、逆になにも起きない方が不気味……みたいなところはあるかなぁ」

「まぁ、これだけあれこれ揃っていては……のぅ?」

 

 

 さて、愉快な仲間達を召集して半刻ほど。

 しっかりと情報共有をはたした私たちは、これからどうするのか?ということを話し合っていたわけだけど……人員は確かに潤ったものの、それで全てが解決するのかと言われればノー。

 そもそも誰がなんのためにこれを起こしているのか?……というところからして不可解であるため、正直いつも通りに後手に回るしかないのでありましたとさ。

 

 

「誰かって……そんなの、このゲームの運営じゃないのか?」

「忘れたのかいキリト、このゲームってSAOのカーディナルシステムを元にして作られてるってこと」

「げ。……そういえば、茅場が関わってたんだっけ」

「いわゆる神ってやつもな。……よくよく考えたら厄物以外の何物でもねーな、これ」

 

 

 まぁ、『The world』の開発スタッフとかが混じってないだけマシなんだろうが、なんてことをぼやくハセヲ君だが……正直地獄が多少緩和されただけで地獄なことに変わりはないので、あんまり比較の意味がないというか。

 

 ……ともかく、このゲームの運営……というか制作者は、私たちと同じ『逆憑依』──それもその中で最も奇怪な成立原理を持つとされる【複合憑依】である茅場晶彦……もといドクターウエスト……もとい檀黎斗。

 問題児三体融合な存在である以上、彼らが主犯であると見てもそうおかしくはなさそうなのだが……同時に、『tri-qualia』がSAOのような『カーディナルシステム』……勝手に自身を拡張し成長しメンテナンスしていくゲームシステムを採用している以上、これは()()()()()()()()()()()()()、という風に考えることも可能なのである。

 

 ついでに言うなら、本格的なデータの改変は受け付けずとも、『提案』という形ならある程度クエストなどの方向性を調整できる……みたいな話も聞かされているため、完全な第三者がなにかをしたと言う可能性も微妙に捨てきれない。

 

 要するに、現状ではこれ、と言いきれる物証も根拠も無いため、誰を責め立てることもできないというわけである。……そりゃまぁ、後手に回るのも仕方ないというか。

 なので、キリトちゃんなら心意システム*1とか、ハセヲ君なら憑神(アバター)*2とか、そういう規格外システムを使えたりしないかなー、なんて淡い期待もなくはなかったのだけれど……。

 

 

「……いや、あれ使えたらヤバいだろ。そもそもあれ、原理的にはナーヴギアとかアミュスフィアとか、人の精神を読み取るまでに進化したHMDが必須みたいなもんだし」

「俺はまぁ、向こうが変わらず近付いてこねーし」

「……逆にスケィスはなにしてんのよ、それ」

 

 

 まぁうん、使えるわけがないよねー、みたいな?

 キリトちゃんの方は──極論を言うとナーヴギア持ってるアスナさんなら使えなくもないのかもしれないが、当の彼女はニコニコ笑っているだけで確認し辛い感じ。

 ハセヲ君の方は──うーん、なんと言っていいやら。

 彼の感覚的には、憑神であるスケィスは変わらず彼と繋がっているようだが……逆を言えば繋がっているだけ。少なくとも表に出てくる気はなさそうだった。

 いやまぁ、最強(Xth)フォームまで進化させといてなに言ってるの?的な感想もなくはないんだけどね?

 でもまぁ、憑神なしならちょっと手数が多い、程度で済まされそうな感じがあるのも確かと言うか。

 ブルーノちゃん……もといアンチノミーさん見てればわかるけど、このゲームの職業ってわりとなんでもありみたいなところがあるし。

 

 そういうわけで、分かりやすくチート級な二人は、そこまでの力は発揮できないとのこと。

 ならば電子生命体であるアグモン君ならば、きっと凄いことができるのでは?……なんて風に思ったけど。

 

 

「ボクがその辺り凄くなるの、オメガモンになってからだから……」*3

「あ、あー。ウォーグレイモンだと単純に強いだけ、ってことになるのかー……」

「それで十分だと思うが?」

「発案者を探りたかったってところを思うと、正直戦力ばっか加算されてもなぁ、というか……」

「そういうものか……」

 

 

 あーうん。そういえばアグモン君がそういう特殊な能力を獲得するのって、ジョグレス進化してオメガモンやその派生になってから──すなわちロイヤルナイツになってから。

 デジタル世界の守護者として覚醒してからが彼の真骨頂であることを思えば、彼もまたハセヲ君のように最強フォーム止まり、ということになるのだった。

 

 ……いやまぁ、BBちゃんがここではフルスペックには程遠い辺り、実際はその辺りの能力が使える状況でもなにかしらの制限を受ける、みたいな可能性もなくはないだろうけど。

 

 

「……そうなの?」

「まぁ、私たちみたいなただのプレイヤーならいざ知らず、BBちゃんは元々電子の世界の住人だからねぇ。……そういう意味で、この世界に存在を許されているのはウォーグレイモンまで、なんて可能性も普通にあると思うよ?」

「なるほど?」

 

 

 再現度の話にも通じるところだが、機械やプログラムというのは、基本それらが完品でなければ動かない、みたいな部分がある。

 部位などの機能制御をブロック化して動かしているとかでもない限り、不完全な状態では電気やプログラムがまともに走らず機能しない……みたいな話である。

 

 そうして考えてみると……BBちゃんやアグモンみたいな電子生命体は、人と同じような振る舞いを見せるもののその本質はプログラム。……プログラムで心や魂を再現している、という時点で大概ではあるが、だからこそ余計に汚染や破損に弱い、と見なすこともできる。

 実際、BBちゃんが原作で生まれる切っ掛けとなったのは、自身がAI……電子生命体であることに理由があった。自身のキャパシティを越えたものを取り扱うには、彼らは少し縛られ過ぎているのである。

 そういう意味では、進化という形でキャパシティを広げることのできるデジモン達は、かなり完成された電子生命体である、ということができそうだが……その辺りは長くなるのでここでは置いておくとして。

 

 ともかく、本来彼らを再現するとなれば、そこに掛かる制約は私たち普通の『逆憑依』が機械系のアイテムを持ち込む時に掛かるそれと同じ、だと思われる。

 つまり、他のなににおいてもそれを再現することを優先されるか、全く再現されないため持ち込めないか、の二つ。

 この内、例としてあげた二人は『再現されていない』などということは一切ないだろう。つまり彼らは、なににおいても自身の根幹となるプログラムの再現を優先されているはず。

 ……そんな人物の内の片割れ、BBちゃんが全力を出せないと言うのだから、彼女の不調の理由が『tri-qualia』の方にある、と考えるのはごく普通のことだといえるだろう。

 

 そういうわけで、もし仮にここにガブモン君が居たとしても、アグモン君がジョグレス進化をすることはできないし。なんなら、他二人も原作でのチート技能を使うことはできない、なんて可能性が浮上してくるわけなのだったとさ。

 

 

「……む、となるとわしは?わしはどうなんじゃ?」

「んー……精霊王の加護がきちんと機能することはない、みたいな?」

「むぅ……ちょっとでも使える時点で大助かりじゃが、なんとも歯がゆいのぅ」

 

 

 で、ミラちゃんが横合いから口を出してきたけど……本来、ミラちゃんの『精霊王の加護』は彼女がネトゲ時代に会得したものではなく、ネトゲそのもの・またはそれに酷似した世界に転移・ないし転生した結果、そこで出会った精霊王に認められたことで得たもの。

 ……そういう意味で、本来現実で使えずネトゲ世界で使えるようになる、という時点で少しおかしかったりするのだが……その辺りはどちらかと言えば、この世界が一部の人を保護している、みたいな現象の方を当てはめるべきかもしれない。ほら、侑子とかの方。

 

 ()()()()()()()()()()()()者の場合、まるで保存するかのような過保護を見せる……というのがその現象の本質だが、ミラちゃんの場合は保存までいかないけど能力向上部分は働く……みたいな?

 その条件とやらはわからないが……なんとなーくかようちゃん辺りは侑子パターンになりそうな気がする辺り、一応予想くらいはできている私である。……まぁ、ここで語るようなものでもないので、ここでは流すが。

 

 ともかく、彼女がこの世界に相性がいいのは、それなりの理由があるだろうということ。そして、それがあったとしても『精霊王の加護』の完全励起までは許可されない……という世知辛さがわかったところで。

 はて、そういうのに当てはまらない【顕象】──クモコさんとハクさんはどうなるのか?……という疑問が湧き上がってくるわけで。

 

 

「そこんところどうなん?」

「まぁ、上限は似たようなもんッスよ?正確には、擬似カーディナルシステムのメンテナンス機能に引っ掛かって、この世界に悪影響を及ぼしそうな域の技能はそもそも発動できなくなっている……みたいな?」

「我も似たようなものだな。悪意の集積は我の元々持ち合わせる技能ではあるが、ここでは精々ヘイト集中くらいの機能しかないわ」

 

 

 で、その辺りが気になったので聞いてみたところ、返ってきたのはこちらもまた世知辛い感じの言葉。……あーうん、そりゃそうか……みたいな感じである。

 確かに、この世界はカーディナルシステムのような、自己拡張・自己進化・自己増殖を行うことができるプログラムに支配された世界。

 となれば、自分という存在を脅かしかねないシステムなど、端から認めないとかされても仕方ないわけである。

 

 ……まぁ、そう考えるとスケィスの異質さが目立ってくるわけなのだが。話的に、彼の方から自重してるって感じみたいだからね。

 

 

「んー、雑に言うと既にオメガモンになってる状態でそこにいる……みたいな感じなのかな?だから、例えシステムがあれこれと対策しようとしても、そもそもシステム外の存在だから抑えきれない……と?」

 

 

 カーディナルシステムは確かに優秀ではあるが、スケィスはそもそもシステムをぶち壊しながらやってくるタイプの脅威である。……コンピューターウイルスの強化版みたいなものなので、それ専用の対策プログラムじゃない片手間の対策でどうにかできるようなものじゃない……みたいな?

 まぁ、出てくるだけで周囲のネット環境を不安定にするようなギガデータでもあるので、そりゃまぁ普通に対処するのは無理だろうなぁというか。

 

 ……一応、他の面々も一部はこれに相当、ないし越えてくるような大分厄い能力が使えたりするわけだが、ハセヲ君の場合はどうやら『既にいる』という点で他とはまた違う、ということになるらしい。

 

 

「……つまりハセヲ君に呼んで貰うのが早い……?」

「おう、それでAIDAとか湧き始めたら責任取るんだろうなお前?」

「その時は責任取って『welcome to the world』させて頂く所存で……」

「責任取るってボスになれ、って意味じゃねーんだよ!?」

 

 

 なお、当のハセヲ君は全くその気がなかったので、この案はお流れになるのでしたとさ。……まぁ、仕方ないね。

 

 

*1
初出は『アクセル・ワールド』で、そちらでは『インカーネイト・システム』とも呼ばれる。イメージ制御系という、人の意思を読み取って操作を補助するシステムのバグ、ないし意図的な仕様。言ってしまえば、強い意思でデータを書き換える、というような感じのもの。そういう意味では『憑神(アバター)』などに近い面もなくはないかも知れない(あちらも人の感情を集積した結果、擬似的な神格に至るとかなんとかな技能らしい、という話があるので)。言ってしまえば、本来心など入り込む余地のない電子の世界に、それらを取り込みデータの限界を越える為のもの、ということになるか

*2
『.hack//G.U.』シリーズにおける特殊プログラムの一種。ゲーム内ゲームである『The world』の世界観の元となっているネット叙事詩『黄昏の碑文』内に描かれている『禍々しき波』、その八つの相を象った存在である『八相』。それを碑文、という形でPCボディ内に有しているのが碑文PCである。碑文それぞれに該当する意思や素質などがあり、それに適合しなければ憑神を使うことはできない。仮に使えるようになれば、ゲームの仕様を逸脱したイリーガルで強力な技能を使用することができる。元々『The world』自体がネット世界に一種の神を作り出すことを目的としていた部分もあり、これら碑文PCもその為の巫女や神官のような意味合いを持つのだとかなんとか

*3
オメガモン以降は明らかにチート級だが、この前段階のウォーグレイモンやメタルガルルモンは、あくまでデジタルモンスターというカテゴリの中で戦闘力が高い、というような感じ。明らかに生命体としては逸脱した能力を持ち合わせるようになるのは、俗に超究極体と呼ばれるような存在になってから



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足で稼ぐにしても限度がある

「んー、結局地道に原因究明するしかない、ってことかぁ」

「捜査に近道はない、ということじゃのぅ。まぁ、戦力的には潤っておるわけじゃし、ここは一つ人海戦術で探すのがよいのではないか?」

「人海戦術、ねぇ?」

 

 

 楽して真相にひとっ飛び、とはいかないことが判明したわけだけど、そうなるとミラちゃんの言う通り真面目に歩いて探す、ということが一番になってしまうわけで。

 ……いや、私ら探偵かよ、と思わず愚痴も溢れようものという感じの私である。

 いやまぁ確かに、ミラちゃんの言う通りなんだけどね?

 それでもまぁ、これから面倒事が待ち受けていること確定なのだから、ある程度楽くらいしたかったという気持ちが湧いてくるのも仕方がないというか。

 

 

「まぁ、そこを愚痴っても仕方ねぇだろ。……んで?人海戦術っつっても、なにをどう探すつもりなんだ?」

「ううむ、そうじゃのぅ……一つ聞くがキーア?」

「んー、なぁにミラちゃん?」

「お主らは、この列車……もとい元となった列車(エメ)に乗った時、どういうことを目的とし、どういう動きをしておったのかのぅ?」

 

 

 そんなテンションさげさげ状態の私に対し、主人公の一人としてリーダーシップのあるハセヲ君が声をあげる。

 

 いやまぁ、ここにいるのは一部を除いて主人公ばかり・つまり主人公大集合空間なので、別に彼だけがリーダー適性があるってわけではないのだけれど。

 ……キリトちゃんはそこまで仕切りたがりってわけでもないし、クモコさんについては言わずもがな。

 ミラちゃんやアグモンも似たようなものなので、そう考えてみると確かに彼が一番の適役のような気がしてくる私なのだった。

 

 で、その発言を受けて声をあげたのがミラちゃん。

 彼女はハセヲ君の言葉を聞いたのち、そのまま私の方に疑問を投げ掛けてくる。

 ……ふむ、あの時どういう動きをしていたのか、ねぇ?

 

 

「ええと、元々あの列車に乗った理由は、銀ちゃんがニブニブの実の能力者の全身ニブニブ人間だったからなんだけど……」*1

「なるほど、ニブニブ」*2

「ニブニブねぇ……」

「……え、なんでみんなして俺の方を見てくるんだ?」

「自分の胸に聞いてみたらどうかな、キリトちゃん」

 

 

 そもそもの発端は、バレンタイン間際に銀ちゃんが自身の周りにいた乙女達の純情を弄んでいたから、ということになるわけだけど。

 そのことを思えば、今回もそれに近い話を発端にして、どう動くのかを考えた方がいいのかなー、などと思う私なのであった。

 

 ……いやまぁ、更に理由を深掘りしていくと、私がチョコを作るか否かみたいなところにまで行き着いてしまうんだけども。

 そっちに関しては前回とは違って作るつもり、という風に結論を出している時点で既に終わった話なので、起点にするのならその次・誰か鈍いことをしている人に焦点を当てるというのが良いのでは?……ということになってくるわけなのである。

 

 で、そういうのに該当しそうでかつ、私以外の誰かを起点にするとなると……端目から見ると、男性二人(ブルーノちゃんにハセヲ君)女性一人(アスナさん)を侍らせてるハーレム野郎・もといハーレム女になっているキリトちゃんが、一番当てはまってるんじゃないかなー?……とみんなの視線が集中してしまった次第なのでありましたとさ。

 

 ……いやまぁ、彼女がそういう人じゃないってのは、みんな知ってるわけだけどさ?

 なんにも知らない周囲の人達が見た時にどう思われるか?……ということを突き詰めると、現状一番銀ちゃんのポジションに近いのはキリトちゃん、ってことになるというか。

 

 

「……酷い風評被害では?」

「そりゃまぁそうだけど。……まぁ、あくまでも騒動の着火材として使うため、ってことで……ね?」

「……はぁ、わかったよ。俺達がよろず屋メンバー相当の人員ってことだな?」

「いやー、キリトちゃんは話が早くて助かる!」

 

 

 そんなやり取りののち、キリトちゃん達ご一行様が銀ちゃん達よろず屋ポジションに当てはめられる、ということが決まったのだった。

 ……いやまぁ、決まったと言っても別になにか目に見える変化があるわけじゃあなくて、そういう前提として動こうね……みたいなある種のお約束的な意味でしかないわけだけど。

 でもこう、そういう意識をちょっとでも持っておけば、これから起こるだろうことに影響を与える十分な切っ掛けになる、ってのも確かな話でね?

 

 ともあれ、話を戻して。

 私があの時エメに乗ったのは、そもそも銀ちゃん達よろず屋メンバーに、なにかしらの進展をもたらそうと思ってのこと。

 それが明確に変化したのは、そこで出会った別のメンバー達の持ちあわせていた属性によるもの、ということになるわけで……。

 

 

「その次、と言うと……」

「そこからはミラちゃんも知ってるだろうけど……コナン君っていう、こういう環境に放り込むには特大過ぎる爆弾が居た、ってのがポイントだね」

「あー……」

 

 

 で、その原因と言うのが、コナン君以下数名の所属するなりきり郷探偵団……ということになるわけである。

 追い討ちで金田さんも居たけど、彼は正確には別の問題なのでここでは割愛。

 

 件の探偵団のメンバーは、コナン君に蘭さん・それからライネスにバソに鬼太郎君にしんちゃん……という個性的な面々。雑に纏めてしまうと、こういう特殊な列車に乗せたらなにかが起こりそうなメンバー、ということになるだろうか?

 

 特にコナン君と、それから鬼太郎君としんちゃんの三人は、それぞれが主人公であること・それが子供向け作品であることから、わりと頻繁に劇場版のような特殊なストーリーが存在する……ということで、豪華特急なんて特殊な背景とは混ぜるな危険、みたいな感想が浮かんでくるタイプの存在。

 ……そりゃまぁ、私もバレンタインがどうのこうの、なんて気分が吹っ飛んでしまうのも然もありなんというか?

 

 

「その辺り、今いるメンバーで当てはまりそうなのは……」

「アグモンそのものがどうこうってことはないけど、デジモンと列車って組み合わせだと普通に該当する映画があるな」

「あー、デジモンテイマーズか……」*3

「その程度の繋がりでいいのなら、デュエリストなんてまさにってやつじゃないか?丁度列車テーマなんてモノもあるし」*4

「んー、よろず屋メンバーと探偵団メンバーが被るのはどうなんだろうね?」

「あっ、そういえばそうか」

 

 

 で、彼らに当てはまる人間が誰なのか、という話になってくるのだけど。……子供向け作品の主人公、という面ではアグモン君が当てはまって来たり、はたまた列車が関係しそうという話から、そういうカテゴリのある遊戯王OCG・更にそれに関連する人物ということで、ブルーノちゃんもといアンチノミーさんが候補に上がったりしたのだけれど……。

 アンチノミーさんはキリトちゃんがよろず屋メンバーに当てはまる、となれば該当メンバーの一人になることが目に見えていたため、役割被りになりそうなのがどうなんだろう?……みたいな話に。

 いやまぁ、現状は人数が足りてないってのも確かなので、要素を被せるのも悪くはなさそうな気もするんだけど……。

 

 

「んー、厳密に再現する必要があるかもわからない、って感じかなー」

「まぁ、起こるかも知れぬことを()()()()()()()()に変えてしまう危険性もあるしのぅ」

 

 

 そもそもの話として、私たちは別に騒動が起こしたいわけではない。なにも起こらないのであれば、それはそれで別に良いのである。

 じゃあなんで状況を整えようとしているのかといえば、そうしないと閉め出される可能性もあるから、というところが大きい。

 

 もし仮に、この列車の運行目的がお題目通り──言うなれば単なる鎮魂のためであったのならば、私たちのやっていることは完全に余分なことである。

 ともすれば、この電脳世界に悪戯に魔列車などを呼び込むこととなりかねず、更にはそこから夏油君に変な迷惑が飛んでいく……なんて可能性もなくはない。

 再現なのだから、かつての人員の中で代えの利かない部分はそのまま呼び出される……なんてこともありえなくはないだろう。

 

 だがもし、これが誰かがあの時の事件を再演しようとしているのであれば。……前提条件となる『当時のメンバーに相当する人員』が揃ってない場合、まとめて蚊帳の外にされる可能性があるのである。

 なにせ再現である。……()()()()()()()()()()()()という疑問はあれど、その術式がまともに機能している限り、関係ない人間が閉め出される可能性は少なくない。

 

 その辺りの危険性を思えば、最低限属性くらいは揃えて閉め出されないように備える、というのは当たり前の対策ということになってくるのだった。

 

 言うなれば、主体がどちらにあるのかという問題。

 こちらが再現しすぎるのが悪いのか、はたまた相手が再現させる気がないのが悪いのか。……どちらがより悪いのかは、現状見渡すことはできない。

 ゆえに、私たちは最低限の備えをするしかない、ということになるのである。多くを求めれば船は沈み、反対にあまりにも持ち運ばなければ国は飢えるのだから。

 

 ……まぁ、小難しいことを抜きにすれば、人数くらいは合わせたかったというのが本音になるだろうか?

 

 

「まぁ、一番いいのは変に再現し過ぎず、最低限数合わせしておくことじゃろうしのぅ」

「とりあえず列車から下ろされなければ、あとから幾らでも帳尻合わせはできるからね」

 

 

 なにせコナン君も言っていた通り、列車とは動く密室。……密室であるならば、それはその中にいなければ内部の情報を明確に把握できない、と言っているも同じ。

 雑にシュレディンガれるということなので、可能ならば密室内に待機しておきたいと思うのはごく自然なこと、なのである。

 

 とまぁ、理論武装はこれくらいにしておくとして。

 

 

「……実際どうする?このまんまで良いと思う?」

「なんで私に聞くんですかぁ~?!お好きにすれば良いと思いますぅ~!」

 

 

 実際これで良いと思う?……とドトウさん(マッキー)に尋ねてみたところ、彼女はかなり投げやりな答えをこちらに返してきたのだった。……デスヨネー。

 

 

*1
『ONE PIECE』より、悪魔の実の能力者の説明文から。代表例は『ゴムゴムの実の全身ゴム人間』だが、現在では『ゴムゴムの実』なんてものは存在しない、ということになっていたり

*2
なお、たまに動画サイトのコメントなどで『ニブニブニブニブ……』などと記されていることがあるが、これは『ゴゴゴゴ……』の打ち変えのようなもの。『祝』を『ネ兄』と書き記すようなものであり、別にナイフが迫っていたりするわけではない

*3
『デジモンテイマーズ 暴走デジモン特急』のこと。なお次作である『デジモンフロンティア』ではトレイルモンという電車型のデジモンが登場するし、そもそも初代デジモンの時点で、現実に帰る時に電車に乗ったりしていた。デジモンと電車は意外と繋がりが深いようだ

*4
『遊☆戯☆王ZEXAL』期に登場したテーマの一つで、機械族・地属性モンスターが多く属する他、レベル10・ランク10のモンスターもまた多い大型テーマ。使い手である神月アンナのとある一部分がとても大きいことでも有名



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ややこしくしていっても人は付いてこない

 結局、役職被りについては多分大丈夫だろう、と話し合った私たち。

 その理由は、そもそも私自体があの時に一人二役していた、というところが大きい。

 

 

「根本的に【星の欠片】って群体生物*1的なノリだからね。そんな私が、キーアとキリアで役割を持ってたのがあの時の状態なんだから、逆説的に役職が被ってたってことにもなるわけで……」

「ややこしい話になっとるのぅ……」

「まぁ、今さらって話だな」

「キーアがややこしいのは、それこそ出会った最初の方からだからなぁ」

 

 

 そこ二人、うるさい。

 ……とまぁ、そんな感じにあれこれと揶揄されつつ、まぁなんとかなるやろみたいな感じでスタートした調査であるわけだが。

 

 

「……そういえば」

「ん?なんじゃ藪から棒に」

 

 

 隣を歩くミラちゃんを見ながら、ふと思ったことを口にする私。

 今現在、私の横にマシュは居ない。……いやまぁ、現在の彼女はリアルでチョコ作りに精を出しているだろうから、当たり前と言えば当たり前の話なのだけれど……。

 

 

「さっき私とミラちゃんであの時の私&マシュなのかも、みたいなこと言ってたじゃない?」

「むぅ?……まぁ、そんなことも言っておったかのぅ」

 

 

 この列車に乗ってすぐ、再現関連のあれこれが起こるのならば、それに伴って空いた枠を埋めるモノが現れる可能性……というものについて言及していたと思う。

 で、この穴埋めについてだが、基本的には(黒幕が居ると仮定するのならば)相手側の利になるもの、と思っておくのが普通である。

 埋めるのが相手側の手によって生まれたものということになるため、最大限こちらに都合の良い状態であったとしても『こっちの利を生まない』ものである可能性が高い、とでも言うべきか。

 

 これだけだとわかりにくいのでもう少し詳しく説明すると、そもそもこの再現という現象自体がこの列車ありきのものであるため、場所に関する優先権が向こうの方にあり──【兆し】のような形で穴埋めをする場合、向こうの勢力(敵側)のキャラクターとして設定されてしまう……みたいな感じか。

 

 え?まだわかりにくい?……んー、空いてるスペースに人を補充することができるんだけど、この列車は向こうの持ち物なので、先に相手側に補充する権利がある……みたいな?

 いやまぁ、実際には空いてるスペースには『当てはまる職業』みたいなモノがあって、相手が穴埋めに使えるコマは『なんにでも当てはまる』もの、みたいな感じであり、優先権は向こうにあると言いつつ『ピッタリ合う』コマなら先んじてこちらが埋められる、みたいなルールもあったりするのだけれど。

 

 

「……余計わかり辛くなっておらんか?」

「いやー、すぐに思い付くような、簡単かつ類似してるケースが思い付かないというか……」

 

 

 特定の職業の人が仲間に居なければ、相手側が適当な人員で埋められる自由枠……くらいの認識で良いような気もするが。

 ともかく、さっきまでの当てはめ云々は、人員を埋められなかった部分が『相手の自由枠』にならないようにしてた、くらいの話。

 なので、ポジション被りは実質的に穴埋めに使えるんじゃ?……みたいな屁理屈を捏ねていたわけである。

 それが功を奏するかどうかはまぁ、実際にその時になってみないとわからないので置いておくとして。

 

 話を戻すと、『私&マシュ』という枠は、現状『私&ミラちゃん』というメンバーで埋められている……というのが現在の状況である。

 が、こうなってくると実は困ったことが一つ出てくるのである。

 

 

「む?それは一体……?」

「マシュってまぁ、基本的にはずっと()()()()なんだよね。徹頭徹尾、どこまでも。……いや、正確に言うと()()()()()()()()()()()()()()()()()って言うべきかもしれないけど」

「……いや、なにか違うのかのぅ、その二つは?」

「全然違うよー?だってずっと()()()()だと、マシュも()()()()()()()()()()()()()()()()可能性があるってことになるから」

「……む」

 

 

 そう、マシュは基本的に善側──言うなれば物語の正義の側から動かない。

 そのせんぱいである私は、ちょうどこの事件でのキリアのように、()()()()()()()()()()()なんてパターンがあるけれど……彼女にはそれがない。

 彼女の立ち位置は常に正しく、そしてそれがぶれることはない。

 

 それになんの関係が?……と思われるかもしれないが、どうか思い出して頂きたい。今現在、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 

「……わし、じゃのぅ」

「そ、ミラちゃん。……なんだけど、そうなってくると困ったことになるんだよねー」

「あー……もしかして?」

 

 

 そう、今のミラちゃんはマシュのポジションとして扱われている。が、それゆえに彼女だけは、役職被りが起こせない状態になっているのである。

 ……いや、それでは正確ではない。言いたいことを正確に述べるのであれば、次のようになる。

 

 

「ミラちゃんはミラちゃんだけど。……今この状況下においては、()()()()()()()()()()()()()()()()()って感じかな?」*2

「……わし、途中で寝返っておるようなものじゃからのぅ」

 

 

 彼女は間違いなく召喚術士・ミラだが、少なくともマシュの役割(ポジション)を得ている間は、この騒動に登場するミラの立ち位置を兼任できない。

 何故ならば、彼女は一度明確にこちらへと敵対行動を行っていたから。……要するに、マシュならば絶対にできない行動を取ってしまっているのである。

 もっとわかりやすく言うのなら、あの時マシュとミラちゃんが戦ってたことあったよね?……みたいな感じか。

 

 つまり、あの事件におけるマシュとミラちゃんのポジションは、その仕様上一人でどちらもこなす、ということができないものになっている。

 そのため、ミラちゃんはミラちゃんだと言うのにこの事件の再演においては()()()()()()()()()()()()、ということになってしまうのだった。……そこはかとないコンマイ語感!

 

 

「雑に言うなら、わし以外に『召喚術士・ミラ』役の人物が必要じゃということじゃろ?」

「うん。で、ミラちゃんがここにいる以上──」

「わしよりわしらしい者はおらぬから、必定埋められぬスペースとなる……と」

 

 

 で、これがなにを引き起こすのかと言うと。

 今ミラちゃんが言った通り、こちらに埋める手段がないために、ほぼ確実に相手の自由枠になってしまうのだ。*3……最良の状態でこちらに被害をもたらさないだけの無害枠になることが、半ば確定してしまったわけである。

 

 

「んー……まぁ、いつぞやかの山の神とかの時の再現でなくて良かった、と言うべきかのぅ」

「あっちにはマシュは居ないから、微妙に当てはまらないけどね」

 

 

 一応、あの時の事件におけるミラちゃんは初回登場メンバー。……顔見せこそが仕事であったため、別に味方として運用できなくてもそんなに困らない……というのは救いだろうか?

 

 彼女の言う通り、これが仮に山の神──乙事主みたいな巨大イノシシ討伐戦の時の再現だったならば、明確に居ないと困る枠であるミラちゃんが向こうの手駒になっている、というのはこれ以上ないマイナスポイントだったろうが……。

 まぁ、その想定に意味はない、というのも確かな話。あの戦闘ではマシュは居なかったので、ポジション被りのしようがないし。

 

 ともかく、これまでの情報から導き出されるのは、今回の案件においてミラちゃんはほぼ壁役運用だろう、ということ。

 折角精霊王の加護が有効化されているにも関わらず、攻撃役としての運用はできませんということになる。

 ……そうなると、彼女が精霊王の加護(それ)を本格的に試せるようになるのは、少なくともこの一件が終わってから、ということになってしまうわけで……。

 

 

「……どうにかしてさっさと終わらせたりできぬかの、これ」

「うーん、流石に無理じゃないかな?」

 

 

 そもそも事件が起こるかどうかは、この列車の運行が最後まで終了したあとでなければ断言できないわけだし。

 ……そんなことを呟けば、ミラちゃんは露骨に悲しげな表情を浮かべていたのだった。

 

 

*1
単に『群体』とも。生物学において、分裂や出芽などの無性生殖に該当する行為によって増殖した個体(≒細胞)が集まり、一つの生命体のようになっているもの。単細胞生物のような存在が集まっている形であり、現実においてはクラゲやサンゴなどが該当する。個体として同種のものが集まっている形がほとんどだが、集まることでそれぞれが特殊な役割を割り振られていることも。その場合でも多細胞生物とは違い、最悪細胞一つ一つに分離させられても生きていくことができる

*2
遊戯王OCGで例えるのならば、『伝説の都 アトランティス』をその名前で指定することはできない、という感じか。このカードは自身の効果で常に名前が『海』になるようになっている為、指定する場合は本来『海』と宣言しなければならない。この場合に当てはめるのなら、現在ミラは名称が『マシュとして扱う』ようになっているため、『ミラ』という名前を指定できない状態となっている

*3
この場合は『(ネオスペーシアン)・マリン・ドルフィン』がわかりやすいか。このモンスターは『(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン』としても扱う、という効果を持つ。この効果はカードの場所を問わないものである為、遊戯王OCGの根本的な制限である『同名カードは三枚まで』の制限に引っ掛かってしまう。その為、このカードを採用する場合は『アクア・ドルフィン』の方はデッキに二枚までしか入れられない、ということになる。今回の場合で言うのならば、現在のミラは『マシュとしても扱う』状態。つまりは『ミラは既にいる』ということになり、別個に『ミラ』を用意することも出来なくなっている、ということになる。その為、『なんにでも埋められる』という相手の枠のみが有効となる



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私は虚空に貴方を見る

 はてさて、マシュポジに付いたミラちゃんが、そのせいで本来のミラちゃんポジションとして扱えなくなっているのでは?……みたいな話をしながら進んでいた私たちですが。

 それはそれとして、問題はまだまだ山積みだということを、改めて認識し直していたのでした。

 

 

「……鈴木黒雲斎さんとその秘書さんのポジションの人、出てくると思う?」

「どうかのぅ……というか、その辺りを考え始めると怪盗とやらの方が出てきそうな気がするしのぅ」

「あー、確かに。……それをミラちゃんが言うってことは、出てくるのがそっちの関係者になる、って可能性もあるね?」

「九賢者二人目の登場人物があやつ、というのはちとどうかと思うがのぅ……」*1

 

 

 食堂車へと足を運んでいた私たち二人は、その内装があの時と完璧に同じであることを確認し、どちらからともなくため息を吐いていた。

 

 ……うん、ここまでちゃんと再現されてるとなると、こっちの再現行動を誘っていると見ても、そうおかしくなさそうだというか。

 はたまた、これまでも何度か述べている通り、こちらが逸って再現し過ぎてしまうことを待っているのかも?……みたいな予測が立ってしまってもおかしくないというか。

 まぁ要するに、こちらを動揺させるような状況を用意して、行動のミスを誘っているのでは?……という感じの疑惑が大きくなってしまったわけなのである。

 

 で、それをする必要性的なものになりそうなことの一つに──あの時はついぞ出現させられなかった『怪盗』の存在があるのでは?……みたいな珍妙な説が持ち上がったというわけなのだ。

 ……いや、なんでそこで怪盗?みたいなことを思う人も居るかも知れないが、よくよく思い返してみて頂きたい。

 

 確かに、あの時のコナン君が確信したように──一人の『逆憑依』のレベルというのは、それが一人の頑張りである以上は必ず限界がある──つまり、『逆憑依』に到達できる再現度には限度がある、というのは明白な事実。

 それを回避・ないし突破するためには【継ぎ接ぎ】や【複合憑依】などの、自分そのものを拡張していくようなシステムを併用していくしかない、というのが現在の私たちの常識だ。

 

 ……だがしかし、だがしかしである。

 確かに、コナン君のレベルが幾ら上がろうと、それで『犯人や犯行現場をその場で生み出す』レベルの因果干渉は行えない……というのは確かな話だが。

 ──それがイコール、彼の存在によって『怪盗』などの犯人と定義されるものが()()()()()()、ということと同義とはならない。

 

 それらのものが現れやすい・発生しやすい空気感とでも言うべきものを、彼がそこにあるというだけで発生させること自体は、問題なくできてしまうはずなのだ。

 なにせそれは、『探偵がそこにいる』という事実自体が作り上げる空気。それを聞いたモノ達が『探偵』という存在に対して抱く幻想によって現れる、ある種の共通幻覚のようなものなのだから。

 

 さらに、そうして出来上がった空気が、現実という幻想を排斥してしまう場所ではなく──ある種の幻想を抱いたままでいられる、電脳世界の上にあったのであれば。

 ……少し背を押してやれば、その空気から『怪盗』のような犯人達が生じる可能性というのは、決してゼロではないということになるのではないだろうか?

 

 雑に言ってしまうと、あの時生まれなかった『怪盗』を生み直すというのが、黒幕の目的なのでは?……などという説に到達するに至ってしまったわけだ。

 ……え?酒でも飲んで酔っぱらったのかお前らって?うーん否定できねー。

 

 正直、現在の状況を思えば『最終的にできなくもないなー』くらいの、発生確率的にも一パーセント未満の説として扱うのも微妙なくらいのものなので、私たちとしてもこれが正解……などと胸を張って言えるようなものではなかったりするし。

 ……相手側の尻尾が掴めないので血迷った、などと言われても反論しきれない感じというか。

 そうなると酔っぱらってるんだろ、というツッコミも甘んじて受けるしかないというかね?

 

 

「そういうわけなので、テレビの前で私たちをご覧になっているそこの少年少女諸君!もし答えがわかったのならば、画面の下に表示されている電話番号に連絡してきてほしい!」*2

「……いや、唐突に虚空へと戯言を語り始めるとか、ついに本格的に壊れたのかお主?」

「失敬な!一応これも対策の一環だよ!こっちを見てる奴がいたら『きさま!見ているなッ!!』ってするための!」

「……いや、幾らなんでも回りくどすぎるわ!!」

 

 

 なお、そこら辺も含めて黒幕へのアプローチだよ、と取り繕ってみたものの、結局事態が好転したりはしませんでしたとさ。残念なことに。

 

 

 

 

 

 

「お、みんな戻ってきたねー」

「んじゃまぁ、それぞれの成果の報告をお願いするとするかのぅ」

 

 

 それからまた数十分後。

 集合場所であるドトウさん(マッキー)の部屋にて、一足先に戻っていた私たちは、他の面々が探索を終えて帰ってくるのを待っていたのだった。

 で、みんなが集まり直したのを見て、各々の探索結果を聞くことになったのだけれど……。

 

 

「他の乗客は普通の人達ばかりだった、と?」

「確かこの列車、現実の方はキーア達以外全部偽物だったんだろ?」

「そうなると、再現的にも微妙なんじゃないか?」

 

 

 まず始めに報告を始めたのはハセヲ・キリトペア。

 彼らは乗客達の間に流れている噂や、乗客達がどういう思惑でこの列車に乗ったのか。

 それから、彼らがあの時と同じように、この列車そのものが作り出した幻覚ではないのか?……みたいなことを調べていたらしいのだが。

 その結果判明したのは、現状乗り合わせている客達に関しては白である、ということなのだった。

 

 彼らは普通にこの列車の話を聞いてやって来た一般のプレイヤーであり、その話と言うのも『バレンタインイベントである』ということや、『この列車の元となっているのは、かつてリアルで有名であった、今は廃線となっている豪華クルーズトレインである』ということなどの、極々基本的なモノに留まっていたらしい。

 

 ……まぁ、一部の情報通とか電車好きとかは、リアルでのこの列車に纏わる噂──『オーナーが経営難を苦に自殺した』ということを知っていた者も居たそうだが……それも確証があるという人間はおらず、あくまで噂として知っているという程度に留まっていたらしいのだが。

 

 

「……不気味に思って乗るのを止める、みたいな人は?」

「いいや?寧ろ一種の心霊スポット的な受け止められ方をしてたな」

「案内の方にも書いてあったけど、『オーナーの許諾あり』って文面から眉唾みたいな感じになってる……みたいな空気だったな」

「あー……そりゃまぁ、死者の冒涜なんぞしないだろう、って気分にはなるか」

 

 

 で、その噂を知っていてなおこの列車に乗り込む人がいるというのは、どうやらこの列車の乗車前に貰えるパンフレットにその理由があったらしい。

 ……そう、このパンフレット、なんとあのオーナーさんのインタビューなどが載っているのである。それも写真とか交えて。

 

 そりゃまぁ、こんなものが用意されているのだから、所詮は噂でしかない『オーナー死亡説』なんぞ、カップル達を吊り橋効果に誘う一種のスパイス的なものとしてしか受け止められるわけがない。

 ……というか、下手するとそういうのを狙って運営側が意図的に流した噂だ、なんて受け取られ方をする可能性の方が高いだろう。

 

 あとついでに、元々のクルーズトレイン・エメが豪華寝台列車であった、というところもその勘違いに拍車を掛けていると言えた。

 

 

「と、言うと?」

「鹿児島から北海道まで、日本を縦断していると言っても過言ではない運行距離からも、なんとなく察せられるだろうけど……すっごく高かったんだよね、あれ」

 

 

 不思議そうに首を傾げるキリトちゃんに返したのは、この列車と元となったエメの乗車賃について。

 最長二週間という長旅になることもあり、出発点から終着点まで余さず乗り込むとなると、その乗車賃はかなり馬鹿にならない金額になるのである。……普通のクルーズトレインでも一泊三十~五十万くらいする、と言われればなんとなーくその金額がどうなるのか、ということも予測できるのではないだろうか?*3

 

 

「……高ぇ!?」

「うんうん。まぁ一応、エメに関しては簡易乗車プラン的な、比較的お安めのやつもあったんだけどね?……それでもまぁ、こんな感じなわけで」

「……やっぱ高ぇ!?」

 

 

 チケット代金を見せられたハセヲ君が、マジかよと言わんばかりに声をあげる。

 ……まぁうん、一泊しないプランでもお一人様十なん万とかになるんだから、そりゃまぁ悲鳴染みた声を出してしまうのも宜なるかな、というか。

 

 このことが意味するのは、要するに実際のエメに乗ったことがある、という人間が希少な部類になるということ。

 

 一部の好事家(こうずか)・もとい電車オタクなどが記念に乗る……みたいなことはあるだろうが、それにしたって一区画分の移動が精々だろう。

 豪華列車に乗って豪華な昼食や夕食を楽しんだ、くらいの話で終わってしまうそれは、そこで流れていた噂などに関わる余裕のない・もしくは関わる前に終わってしまう旅。

 言うなればクルーズトレインを楽しむことそのものにはノイズとなるものであるため、わざわざ確認しなかったという者を生みやすいということである。

 

 わかりやすく言うなら、そもそも乗車賃が高いので普通の人は乗ったこと自体がなく。

 仮に乗ったことのある人でも、流石にフルタイムで乗車していた、という人は少数。……そうなると他のことにかかずらっている暇がないため、単なる噂話に気を取られている暇がない。

 ……つまり、その時の乗車賃とは比べ物にもならないほど安くなった今になって、ようやく乗ることができるようになったという人の方が大半なのである。

 そりゃまぁ、実際に乗ったことのある私たちとは噂に対しての感性がずれるのも仕方のない話、というか?

 

 

「……お安くなったとは聞きましたけど、そんなに違ったんですねぇ」

「こっちはテンバイヤーから買わなかったら、普通に十万でお釣りが出るくらいだからねぇ」

 

 

 当日乗車プランで十なん万だったのが、その半分以下になっているのだから安いなんてもんじゃない……というか、下手するとテンバイヤーから買っても元のに比べりゃ遥かに安い、なんてことになっているのだから、そりゃまぁそうもなるよなぁ。

 ……なんてことをドトウさん(マッキー)と話す私なのでした。

 

 

*1
『賢者の弟子を名乗る賢者』における登場人物、『奇縁のラストラーダ』のこと。とある事情により、作中においては『怪盗』として過ごすこととなっている人物。ミラ的には出てくるのなら順番的にあっちだろう、と思っている人物がいるが、そっちはそっちで名前繋がりでややこしいことになりそうなのでどうだろう、とも思っているとかなんとか

*2
テレホンショッピングなどでよく言われるもの。この令和の世でも、変わらずテレビで似たような光景が見られるのは驚くべきか

*3
動くスイートルームみたいなものなので、モノによっては普通にこのくらいの金額になる。なので、もし二週間も止まればその十四倍となり……高ければ七百万とかになる。コワ~……



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まさかまさかのそういうあれ

  報告初手の二人──ハセヲ君とキリトちゃんからの話によって、どうやらこの電脳列車の乗客層は、あの時のそれとは大分違いそうだ……ということを改めて把握した私たち。

 そうなってくると、あの時の再現というには正直微妙なのかも知れない、なんて気分になってくるわけなのでした。

 

 

「そりゃまた、なんで?」

「外にいた撮り鉄の人みたいに、いわゆる乗り鉄みたいな人の割合が増えてそうだって話になるから、かな。……言うなれば、あの時彼処にいた富裕層に、当てはまる人がここには居ない・もしくは少ないみたいな感じ?」

 

 

 確かに、あの時私たちが乗ったエメにいた他の乗客達は、あくまでもあの幽霊列車が再現し作り出したたものでしかなかった。

 ……のだが、そもそもの話として、あれ自体も『再現』は『再現』に違いないのである。

 つまり、あの列車がまだ普通に運行していた時には、あの場に居た人達のような富裕層が乗り込んでいた可能性が高い、ということになるわけで。

 

 そうなってくると、その時よりも遥かに乗車のハードルが低いこの電脳列車において、その客層が変化しているというのは容易に想像できることだと言える。

 ……まぁつまり、単純な再現にはならないだろうということ。それゆえ、これから起こるだろうことも私たちが思っているようなそれとは、些か赴きを異にしたものになりかねない、というわけである。

 

 

「なるほど。……じゃあ、そこら辺が変わってくるてして、俺達は一体どうすりゃいいんだ?」

「さぁ?」

「……おい?」

「いや、別にふざけてるってわけじゃなくてだね?」

 

 

 なので、そうなるとどうなるのかとか、それじゃあどういう対処をしていけばいいのか?……みたいな疑問が湧いてくるだろうということは予測できるのだけれど、だからと言ってそれらの疑問に対する答えがこちらにあるか、と言われれば首を左右に振らなきゃいけなくなるわけで。

 ……なんでそうなるかと言うと、こちら側があれこれと動いているのは、『ここまでお膳立てされていて、なにも起こらないはずがない』というある種の予測からのものだから、という理由があったりする。

 

 要するに、確証や予告状もないままに状況証拠だけで『怪盗が来る!』と騒いでいる無能警察みたいなものなわけで。……そりゃ、そんな状態で取れる対策など高が知れているだろう。

 今までの『怪盗』対策を繰り返すとか、とりあえず警戒し続けるとか、そういう無駄だったり徒労だったりする可能席のある行為を繰り返すくらいしか、こちらにできることはないのである。

 

 で、なんでそうなるのか?……ってところに着目してみると、さっきから言っている通り『状況証拠のみで動いているから』、という至極当然の答えが返ってきてしまうわけで。

 ……でもまぁ、それも仕方のない話。

 基本的に私たちの問題への対処の仕方というのは、原則()()()()()もの。……一応、郷には未来視や予言の技能を持つ人員による、トラブルを先んじて把握しようと努める部署も存在するが……それらはあくまでも『起こる可能性が高い』ことを知るもの、という側面が強い。

 

 

()てもなお変えられる未来って言うのは、逆を言うと未来としては弱いものだ、ということにもなる。……未来はあやふやだから無敵で、決まってしまっていたら壊れるのは当然……なんてことを言った人がいたけど、そんなことを言えるのはその人が未来を殺す力を持っていたから。……つまりだね、変わらない未来ってのは、予言者が触っちゃいけない類いのモノなんだよ」*1

 

 

 変えられる余地のない未来というのは、すなわちそこで全てが切れる場所──断崖絶壁のようなものである、とも捉えられる。

 基本的に未来視というのは、それによってよりよい未来を選択できるようにする、というのが本義であるところがある。

 そこから察するに、てこでも動かない未来というのは、得てして人を絶望させるだけのものでしかないのだ。──未来視は外れる方が優秀、みたいな感じか。

 

 ともかく、下手に事象を確定させてしまうような未来視は、本来の未来視の用途からして不適切である、というのは確かな話。

 とんでも能力(直死の魔眼)でもなければ変えられない未来を見る瞳なぞ、とてもではないが運用できたものでないのだ。

 ……まぁ、『壁差(第四の壁)』の概念を語り始めると、実際にそういう未来視みたいなものは存在してもおかしくない、なんて話にもなるのだが……ややこしくなるのでここでは割愛する。*2

 

 話を戻すと。

 私たちの持っている予測の手段というのは、あくまでも予測という枠を飛び出さないもの。……それが()()()()()()、とまでは断言できないレベルのものしかないということである。

 99.9パーセント起こることでも、それ0.01パーセントの確率で起こらないことでもあり、その起こらない確率こそが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である、ということを思えば──全てが杞憂となる可能性もまた、同じくあるということになるわけで。

 

 

「そういう意味で、私たちは『問題が起きそう』って時点で行動を起こすしかないのよね。だって、確実なことはなんにも言えないくせに、仮にそれが起きた時の被害の規模だけなら、幾らでも算出できちゃうんだから」

「あー……時空管理局の苦悩、みたいな?」

「そうそう」

 

 

 と、ここでキリトちゃんから例えに出されたのが、『リリカルなのは』シリーズにおける警察ポジションの組織、時空管理局。

 単一の惑星のみを担当しているのではなく、銀河全体……どころか、その名前の通り時空──時間と空間の壁を越えた、文字通り次元の全てを担当している、ないし()()()()()()()()()()組織の名前である。

 その名前や作中に目に見える行動などから、二次創作ではたまにあらぬ糾弾を受けたりしている組織だが……彼らの居る世界の背景を思えば、彼らの行動が一概に悪いとは言えなくなってくるのだ。

 

 彼らがその舞台とする世界──『リリカルなのは』の世界には、ロストロギアと呼ばれる特殊な器物の存在が確認されている。*3

 作中の具体例としてあげられるのは、手にしたものの望みを叶えるとされる不思議な二十一の宝石達・ジュエルシードや。

 周辺の生き物達の魔力を喰らってページを埋めることで、持ち主にあまりにも莫大な力を与えるとされる闇の書のような、とにかく聞いてるだけで『ヤバい』となるようなモノ達。

 なんでそんなものばかりなのか、と言われれば……そもそものロストロギアの定義に、その理由があった。

 

 そう、これらのロストロギアは、()()()()()()()()()()()()()()()()()という共通点があるのである。

 それは物品だけに留まらず、知識や技術に関してもそれが滅んだ世界の()()であれば認定される、とのことだが……それだけならば、例えばその滅んだ世界での特殊な調理の仕方、みたいなものも該当することになり、今一危険性がわからなくなってくる部分もあるだろう。

 ──ゆえに、基本的に作中でロストロギアとして語られる場合、基本的には()()()()()()()()()()()として認識されていることがほとんどであるという話に繋がっていくのだ。

 

 ロストロギアが生み出された世界というのは、基本的に現行の時空管理局の存在する世界よりも技術的に進んでいた、とされるモノが多い。

 そんな世界が、その技術や物品によって滅んだ……というのだから、現行世界からしてみれば厄物以外の何物でもないというのは、すぐに察せられることだろう。

 

 つまりはまぁ、そういうこと。

 こっちの世界に当てはめるのなら、オーパーツやアーティファクトが、本当に世界を左右する力を持っているようなもの。

 しかも、次元という広大な世界を見ることになる以上、例えそれらの発生確率が一パーセントに満たないものであれ、実数としては星の数ほどになる可能性というのは十分にあり。

 こちらが見付けられず、もしそれを悪用する者に見付かってしまえば──最悪、この世界の終わりを招くこととなる。……そりゃまぁ、躍起になって回収しようとするのもわからなくはない、というか。

 

 あとついでに付け加えると、この世界観においては時間と空間の壁を越え、次元という形で管理を行っていると述べたが。

 ……それも次元の全てを見通せている、というわけではなく、あくまで今の世界の技術を用いれば、時間と空間の壁は越えられるという程度のものでしかない。

 つまり、中心部から遠く離れた辺境にロストロギアがあったとして、それを知ることができるのは事が起きようとしている、もしくは事が起きたその直前ということになる。

 

 ……事前回収は余程運が良くなければ不可能、場当たり的対処を続けなければいけないというのも大概問題だが。

 それに加え、時間と空間の壁を越えられるような技術力より、なお遥かに優れた世界が()()()()()であるロストロギアが、例えば本気で世界を崩壊させようと動いたのならば。……世界は一体どうなってしまうだろうか?*4

 

 要するに、そういうこと。

 事前に所在を知ることができない以上、対処する人員は極限の『かもしれない』捜査を強いられることとなる。寧ろ、事が起こっている分には所在がわかりやすくなった、なんて感想を抱きかねないほど、徒労ばかりの職務であろう。

 ──砂漠の中のダイヤを探すような苦労が、見渡す世界全てに広がり続けているのだから。

 

 とまぁ、長々と語ったが、彼らと私たちの類似点については、なんとなくわかったかと思われる。

 流石にロストロギア級の被害をもたらすことはないだろうが……『逆憑依』周りの事件が、放っておくと深刻な被害をもたらすモノであるのは明白。

 されど、それがどこにあるのかとか、それが実際に起こるのかということを確定することはできない。そのほとんどが『起きてから』しか対処できないことばかりだ。

 

 とはいえ、それで『捜査なんてしなくていい』なんて話にはならないだろう。その徒労感を抱えたまま、起きる()()()()()()事件を追い続けるしか、私たちには許されていないのである。

 だから時々、ちょっと先走り過ぎた行動をしてしまうこともあるが……それで失敗しても、できればお目こぼしが欲しい……みたいなお願いをしたくなる、そんな世知辛い思いを感じて欲しい。そう思って、この説明をしたんだ。

 

 

「じゃあ、次の報告を聞こうか」

「……あれ?なんか体よくごまかされたような?」

「いや、ごまかしてはないからね?ごまかしては」

 

 

 首を傾げるキリトちゃんに苦笑を返しつつ、とりあえず次の人の報告を聞く体勢に移る私なのでありました。……いや、ごまかしてないからね?ホントだよ?

 決して長話しすぎてちょっと気まずくなった、とかじゃないからね?ホントに。

 

 

*1
『空の境界』より。前者の『未来はあやふやだから~』を言ったのは両儀式。後者に関しては、ある意味かのじょがそれを言った相手に掛かっている、とも言える(未来を決定してしまう『測定』の未来視相手に述べた台詞の為。ある意味その人物は、『決まっている』未来に突き動かされる奴隷のような状態になっていた)

*2
『壁差』は、この作品内での『第四の壁』を元にした考え方の一つ。入れ子構造(マトリョーシカのようなもの)を現実世界にも適応したものであり、この概念を用いると入れ物の中の世界には決してどうすることもできないもの、という存在がえることを理解できるようになる(漫画や小説の中のキャラクターが、現実の人間をどうにかすることはできない……みたいなもの)

*3
かつて滅んだ世界にあったもの。ロストテクノロジーの一つであり、基本的には現在の基幹世界の技術力を遥かに超越したような世界が作ったもの、ということが多い。それぞれの世界が滅んだ理由そのものである時も多く、暴走すれば今の世界さえも滅ぼされかねない代物

*4
世界の全てを見通せているわけではないので、影になっている(確認できていない)世界でロストロギアが使われた日には、わりと真面目に世界存亡の危機となる。どこぞの財団とやってることはわりと近いかも



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光の速度を越えて付いてくるんだ遊星!

「では、次は私達の報告と言うことだな!」

「おっと、次はアンチノミーさんとアスナさんか。……冷静に考えると、どういう組み合わせなのこれ?」

「私達のグループを、単純に二つに割った結果……かな?」

 

 

 はてさて、一つ目のグループからの報告が想像以上に長くなってしまったが、ここからは確認の速度を上げなければ。

 ……というわけで、次の報告者となったのはアンチノミーさんとアスナさんの二人。冷静に考えてみると、接点が欠片も思い付かない類いの二人である。……いやまぁ、前回の騒動に対してのポジション合わせ、という面では銀ちゃん達よろず屋グループに割り振られている……というのは知っているわけなのだが。

 

 

「よくよく考えてみると、最終的には五人組だし、あの時点で列車に乗ってたのは三人だし……で、要素だけで当てはめようとすると実は人数にズレが生じてるんだよね」

「ん?それが一体……ってああ、一人あぶれちゃうけど、誰があぶれてるのかわかんないんだね、これって」

 

 

 アスナさんの言う通り、あぶれた一人が誰なのか?……というのが、微妙に判別し辛いのである。

 多分、あぶれた一人が割り振られているのは、あの時微妙にポジションの浮いていたあさひさんなのだろうと思われる。……思われるのだが、じゃあ逆に『彼女に該当しそうなのは誰だろう?』と考えると、そっちもそっちで『誰?』となるのだ。

 

 普通の──アイドルとしての芹沢あさひを当てはめるのなら、それは恐らくアスナさんが一番近い、ということになるのだろう。

 が、あのあさひさんは正確には芹沢あさひではなく、ミラルーツが地上で人と交流するために作ったのだと思われる、いわゆる『白い娘』の類型──いわば化身である。

 ……化身を『アバター』と読むのなら、同じ名前を持つ『憑神(アバター)』を使っているハセヲ君が相応しい気もするし。

 あさひさんという姿が、ある種の偽物である──その龍の平穏な面を象徴していると見るのなら、荒ぶる神との()()()と、本当の姿を隠している……という二点からアンチノミー、ひいてはブルーノちゃんとも類似点がある、という風に見ることができてしまう。

 

 要するに、あさひさんというキャラクター自体が、色々と解釈を生みやすいせいで当てはまる人物が多すぎるのである。

 それはもう、同じやり方で他の人々も当てはめられるんじゃ?と疑ってしまう程度には、だ。

 

 

「……別に、誰が当てはまっても構わないのではないだろうか?先程の話を聞く限り、再現が起こる可能性はそう大きくもないのだろう?」

「いやまぁ、そりゃそうなんだけどね?……あさひさんのポジションは結構特殊だから、仮に当てはめられてるならあれこれと忙しそうだなぁ、みたいな?」

「……む?彼女の役にされると、なにか不都合があるのか?」

「不都合というか……あの事件内での話に限定すると、普通に最高戦力の一人になってるというか……」

 

 

 と、ここでアンチノミーさんからのツッコミが。

 先ほどキリトちゃん達の話を聞いていた時に話していたように、実際にトラブルが再現されるかどうかは微妙なところがあるのだから、誰が誰に該当するのかというのはそこまで気にしなくてもいいのではないか?……というツッコミだ。

 

 確かに、現状における事件の再現確率というのは、それほど高い数値を示しているわけではない。

 それでも、ここで言う確率とは降水確率のようなものであり、ゼロだからといって雨が降らないわけではなく*1、そういう意味で警戒は必要……という話だったわけだが。

 それはそれとして、仮にあさひさんのポジションに当てはまる人物が居るのであれば、それは結構重要なポジションになる可能性が高いのである。

 何故かと言えば、彼女は再現度こそ高くないものの、そのスペック的には普通に上位者に含まれる人物だから、だ。

 

 

「ミラルーツと芹沢あさひ。なりきり郷にいるあさひさんは、どっちのなりきりとしてもそこまで再現度が高いわけじゃあない。……けど、本来の彼女がなりきりしていたのは、あくまでミラルーツの方。──端的に言うと、創世神クラスのなりきりなら、例え再現度が一パーセントとかでも、出力自体は並の『逆憑依』達より高い、なんて可能性は普通に高いんだよ」

 

 

 何度も言うように、あさひさんの姿はなりきりの結果ではなく、()()()()()()姿()()()()()()()()()というところが大きい。

 それがなにを意味するのかと言うと、彼女はミラルーツの再現体ながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 実際、彼女はあの事件の時にはワイバーンに変化したこともあったし、クリスマスの時にはメリュジーヌの代役を務めたこともあった。

 

 ……つまり、全体的な再現度としては高くないものの、再現対象であるミラルーツそのものの力量が大きすぎるため、例え一欠片の再現度であってもその戦闘力は並の『逆憑依』を大きく越すものになってしまっており、その有り余るパワーで無理矢理変身している、と理解する方が近いのである。

 ゆえに、仮に彼女のポジションに立たされることになった場合──その人物に求められる働きというのが、こちらの想像している以上に重くなる、という可能性が非常に高いのである。

 

 

「……ゑ?」

「あの事件の中だけでも、さっきも言った『ワイバーンに変化しての魔列車への突撃』なんてものがあった。……目立つのがそれくらいってだけで、こっちの見ていない裏で馬車馬のように働いていた可能性は、わりと高いんだよね」

 

 

 一人だけ周囲の人間関係に配慮する必要がないからか、例えば戻ってこない私とバソの様子を見に来たりだとか、はたまた最終戦においてワイバーンに変化して私の足になるとか、結構要所要所で働いていた、というのがあさひさんのあの時のポジションである。

 で、働いていると言いつつ、彼女の潜在能力的なものからその働きを考察すると──実は全部片手間だったのでは、みたいな予測が立ってしまうわけで。

 要するに、仮にあさひさんポジションに放り込まれてしまうと、()()()()()()()()()()()()()という可能性が、非常に高いのである。

 彼女基準では低いけど、絶対値で見てみると普通の人には到底満たせない基準になっている……みたいな?

 

 

「……ゑ???」

「今一番あさひさんのポジションに近いことが出来そうなのは……乗り物持ちってところが移動手段になりそう、って意味でアンチノミーさんになるんだよね。……で、ミラルーツの変わり、出来そう?イリアステル滅四星の一人、二律背反の名前を持つアンチノミーさん?」

「……はっはっはっ。求められればこなしてみせるさ(震え声)」

 

 

 で、こうなる。

 ……なんかこう、微妙にお労しいことになってるアンチノミーさんの完成である。……どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

「……真っ白になっちゃったアンチノミーさんについては、一先ず置いておくとして。いい加減、報告をさせて貰ってもいいかな、キーアちゃん?」

「おおっと、そうだったそうだった。ええと、アスナさん達は……」

「私達が調べたのは、主に運行計画についてね。この列車に車掌さんは乗ってなかったから、お問い合わせ窓口とか受付のお姉さんとかに話を聞いた形になるんだけど……」

 

 

 いい加減話がずれていたので、軌道修正を図る私たちである。

 

 で、そのためにアスナさんが先ほどからスルーされ続けていた、探索結果の報告に触れたわけなのだけれど……私たちが内装、キリトちゃん達が乗客達について調べていたのに対し、アスナさん達が調べていたのは運行する経路について、だったようだ。

 

 

「調べてみた結果、基本的にはキーアちゃん達の乗ってたそれと同じ経路を通る……みたいな感じになってるみたい」

「ふぅむ?……ってことは、経路沿いの風景全再現ってこと?」

「そういうことになるね。幽霊騒ぎとかが無いだけで、元々その列車が予定してた路線をそのまま再現した形になっている……みたいな?」

 

 

 で、その調査結果によれば、どうやらこの列車がこれから行おうとしているのは、あの時私たちが列車に乗って通った線路、その全てということになるらしい。

 端的に言えば、九州から出発して北海道を終点とする、一連の行程をネット内で再現する……ということになるか。

 

 無論、それらの経路をフルCGで再現する、というのはそれはそれは大層手間と労力の掛かる話だと思われるのだが……そこは天下の『tri-qualia』、どうやら実際の路線映像からCGを自動生成するという、地味に高度な技術を使って手間隙をカットしているとのこと。

 ……まぁ、電車の中から出ることを想定していないからこそできること、みたいな面もあるみたいだが。

 

 ともあれ、本来のエメが想定していた、本来のバレンタイン運行をそっくりそのまま再現する、という謳い文句に間違いはないようで、今のところそれが変化する兆しはないとのことだった。

 

 

「……つまり、『怪盗』は現れるってこと?」

「む?何故そのような結論になる?」

「イヤだってさ?()()()バレンタイン運行ってことは、これって廃線前のパフォーマンス的な意味もあったわけでしょ?……ってことは、忠実に再現するとなると、サプライズとしての怪盗が出てくる可能性は普通に高くない?」

「む」

 

 

 と、なると。

 ……あの時のことをそっくり再現する、というよりは本来の運行を再現する、という辺りにやっぱり『怪盗』は現れるのでは?……という疑惑が。

 今のところ、この列車に『幽霊列車』の噂は流れていない。……いやまぁ、意図的にこちらに隠されている、という可能性もなくはないが。

 

 となると、基本的には本来の予定をなぞっているだけ、と見るのが正解だろう。……で、その元々の運行計画というのは、クルーズトレイン・エメの最後の大舞台。

 バレンタイン運行の成功と共に、この列車は『怪盗』に盗まれて消える……というのが、あの時オーナーさんの考えていた最後のはずだ。

 

 それが忠実に再現されているとなれば。……変に前回の再現となると考えるよりは、『怪盗』が現れるという再現に振り切れる、という可能性は高いだろう。

 

 

「……ただ、その場合出てくるのって誰なの?……って話になるというか」

「あー、本当なら八雲のがそれをする、という予定じゃったんだったか?」

 

 

 だがその場合、この企画に関与していないとゆかりんが言っていた以上、誰か他の『怪盗』役が必要になる、ということになる。

 私たち『逆憑依』関連のそれではなく、単純にあの運行計画を再現しただけ、だというのであれば。……その『怪盗』とは、確りと中身のある、本当の意味での()()()()()()()である、と思っておく方がよいだろう。

 

 

「……もしかして、誰か別の人間がこの計画を利用しようとしている、とか?」

「あー、元々の別の人間が計画しておったのを、別の誰かがこれ幸いと利用しようとしておる……ということか」

 

 

 ……とはいえ、その単なる再現が、私たち『逆憑依』が関わることで、ややこしい話になっているのも事実。

 これは、運営以外の誰かの思惑が重なっているのでは?……という疑いを私たちが持つのも、ある意味仕方のないことなのでありました。

 

 

*1
基本的に『降水確率』とは過去のデータからの予測である為。なので、その日の天気図によく似たものを選び出し、それらの総計の中で雨の降った回数を用い、その日の『降水確率』として算出することになる。また、降水確率は10%刻みのモノであり、一桁目は四捨五入される為、『降水確率0%』は正確には『降水確率0~4%』のことを指し、そういう意味でも絶対に雨が降らない、というわけではない。また、逆に降水確率100%の場合も、絶対に雨が降るというわけではない(こちらは96~100%を含む上、そもそも後に降水確率が100以外になる天気図は、それが最初に観測された時に雨が降っていれば類例がない為『100』以外にならないから、という点がポイントとなる)。なお、『降水確率』と雨量の間には相関性はない(一応、一定区画内の総雨量が1mm以上なければ『雨が降った』とは見なさないとのこと)為、降水確率が高くても土砂降りだとは限らなかったりする



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絡む思惑見えぬ底

「一つの計画に、二つ以上の思惑……かぁ」

「ここの運営が、純粋に本来の運行計画を遂行しようとしているだけなら、って注釈が付くけどね」

 

 

 はてさて、現状こちらが得ている情報を元にすると、どうにもこの催し、わりと普通にあのオーナーさんの遺作とでも言えるものを、忠実に再現しようとしている()()のような気がしてくるわけなのだが。

 ……それにしては不穏な要素が多い辺り、単にオーナーさんのためのもの、とも言い辛そうな空気である。

 

 というか、そもそも『tri-qualia』はカーディナルシステムを元にした、自動クエスト生成システムを採用している。

 ……どこぞの神的にはそんなん認められるか、的なアレだったようだが、どちらにせよ現状のシステム運営が製作者の手を離れてしまっている、というのは確かな話。

 それゆえに──外からこういうクエストを作って欲しい、とお願いすることはできても、それを強要できない以上──このイベントが『tri-qualia』そのものが必要だと思って作ったもの、と考えた方が良い部分もあり……。

 

 

「……ってことは、なんだ?ゲームのシステムが亡くなった人間の鎮魂を望んでいる、ってことか?……バカバカしい、って切り捨てるには、ちっと関係者が立て込んでやがるな」*1

「ネットゲームに限らず、電子の世界において新たなる生命体の萌芽は繰り返されてきた題材……ってわけか」

 

 

 そうすると、一つ目の思惑──オーナーさんの慰安目的としては、このゲームそのものが企画したのでは?……と考えられてしまうのだ。

 なにせ、このイベント自体の必要性が見えてこない。

 このイベントはバレンタイン関連のそれとして定義されているが、同時にこのイベントに掛かるのは参加費用だけであり、それによってなにかのプラスが得られるわけではない。

 ……と言うと語弊があるかもしれないが、ここで重要なのはこのイベントはゲーム内課金に相当する、ということである。

 

 確かに、かつて存在した豪華クルーズトレインに乗れる……というのは、それだけで参加費を募ることができる要素だと言えるだろう。

 再現度の高さゆえ、それだけを目的にして参加しても、思い出という面ではしっかり元を取れると判断できるかもしれない。

 

 ……が、しかしだ。

 思い返して欲しいのは、『tri-qualia』はあくまでも()()()MMO作品である、ということ。

 つまり、どれほど精巧に似せて作ったとしても、それを享受する側には越えられない壁があるのである。

 

 普通の人は、私たち『逆憑依』みたいにフルダイブ方式にはなっておらず、単純なVR形式でしかないそれは──触れること叶わず、見ることもそこまで叶わず……という、現実には決して届かぬ体験のみを与えるものである。

 私たちは電脳空間の感覚がリアルのそれと重なっているため、飲み食いすれば味を感じることもできるが……彼らはそうは行かない。

 彼らにとってこのクルーズトレインというのは、あくまでも雰囲気を楽しむだけのものなのだ。

 

 それを如実に示すのが、払った金額に対する保証がなにもない、ということ。

 これは言い換えると、『課金したにも関わらずゲーム内でなにかしらの優位を得ることができない』、ということになる。

 

 MMOという作品は、基本的にプレイが無料ということがない。大抵の場合、月額利用料という形で継続的な課金を強いてくるものである。

 それは、基本無料タイプの作品と違い、ゲーム内コンテンツの開発費や維持費が殊更に高いため、というところが大きい。*2

 

 複数人が集まって大きなボスを倒したり、はたまたゲームの世界で物を作ったりアイテムを集めたり……。

 そういう、もう一つの世界とでも言うべき性質を以て形作られるMMOの世界というのは、そこにアクセスする人間というのも、それはそれは多くの個と種を兼ねている……ということがほとんどである。

 ()()()()()()()()()()()()()()、ということでもあるそれは、それらの人間が満足に動けるようなサーバーを必要とする、ということでもある。

 さらに、彼らが思い思いに動くのならば──その処理のために発生する負荷というのは、それはそれは大きなものとなることだろう。皆が皆同じ動きをしているのならともかく、それぞれが好き勝手に動いて(生きて)いるのなら、必要な処理はそれこそ爆発的に増えていくはずだ。

 

 要するに。それらの処理や負担を解決するために必要な労力やサーバー費を、プレイヤーからの課金で賄う場合──プレイ料のない、ガチャなどの一時課金のみを期待してとなると、恐らく通常の費ではないレベルで渋いガチャが追加される、などの憂き目を見る羽目になる可能性が高いのだ。

 

 無論、コンテンツの規模やクオリティ次第では、そこまでの課金を求める必要がない場合もあるだろう。

 プレイ料という形ではなく、パスポートのような『継続課金で得になる』要素を用意することで、実質的なプレイ料を取る方法もあるかもしれない。*3

 

 とはいえ、それで賄える金額にも限度はある。

 ……日本人に顕著ではあるが、いわゆるサブスクに払う金よりも、ガチャに払う金の方が財布の紐が緩みやすい、なんてこともあるわけで。*4

 それは裏を返せば、本来お得なシステムであるパスポート方式も、人によっては購買意欲を減衰させる可能性があるということ。……それだけでは運営費を賄えない、という不可思議なことになる可能性は十二分にある。

 

 そういう意味で、プレイ料に加えちょっとした課金要素を持つ、みたいなものが最近増えているのも、なんとなく頷けてくるものだと言えるだろう。

 プレイ料を最低限にしつつ、他の要素で課金を促せば、運営費を賄うのもやりやすくなるというわけだ。

 

 ……話がずれたので元に戻すと。

 プレイ料というのは、本来ゲームそのものを遊ぶためのもの。いわゆる入場料のようなもので、それ自体の価値は『入場できること』そのものと等価である、と言い換えてもよい。

 ……ここまで言えばわかるだろうが、このエメにおける乗車賃というのは、その中でできることの少ない普通のプレイヤーにとって、ほぼほぼ単なる入場料に過ぎないのである。

 

 無論、実際の列車と違い、列車運用のための人員や調理師などを雇わなくていい分、トレードされるべき価値はあくまで『この列車の再現のために掛かった費用』だけで済む。

 ……済むのだが。逆を言えば、()()()()()()()()()

 ゲームの中で遊園地に行くようなもの、とでも言うべきか。

 

 いや、それが遊園地ならばまだマシな方。

 実際にはこの列車でできることは、高級列車に乗った気になることと、本物のそれには足りぬ風景を楽しむことだけ。

 行ってしまえば、五桁越えの課金をしてまで乗り込む魅力、というものが感じられないのである。

 

 本来、こういうイベントの場合、参加に際してなにかしらのアイテムなどが貰える、ということが多い。

 いわゆるアバター課金、というものだが……今回の場合、それすらない。精々、できて車内の購買からチョコを買って相手に贈る、くらいのものだろう。

 それにしたって、五桁越えの課金に見合う効果があるとは思えない。

 

 

「つまり、徹底してプレイヤーを引き入れよう、みたいな姿勢が見えてこないんだよ。一部の熱狂的なファンを除けば、普通のプレイヤーはまず見向きもしないような……みたいな?」

「……あー、なるほど?その部分に引っ掛かりがあるってことか」

「……む、どういうことじゃ?」

 

 

 そう、このイベントには、どうにも運営的な『稼ぎを得よう』という意識がない。

 ゆえに、()()()()()()()()()()()『tri-qualia』側が計画したものである、と見なすことができるわけなのだ。

 

 ……なのだが、そうなってくると引っ掛かる面がある。

 そう、一部のファンを除けばまず触れようと思わないものというのは。……裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()、ということでもあると。

 そう、この場合は私たち『逆憑依』に関わる人間は、一部のファンを除いた()()()()()()()なのだ。

 なにせ私たちは、このゲームを周囲より一段階上の体感で遊ぶことができる。そう、この豪華クルーズトレインを誰よりも楽しめるのが私たちなのだ。

 

 つまり、本来このイベントは単なるオーナーさんの慰安のためのもので、それゆえに最終的な結末も恐らく『怪盗に盗まれる』だが──。

 

 

「そこに私たちがいることで、前回の再現が起きる可能性が増えた、ってことになる」

「……もしかして、わしらが集まったのは失策?」

「それもそうとは言えないんだよね」

「ぬ?」

 

 

 私たち『逆憑依』が集まることにより、逆に以前の事件を再現する空気が成立したのでは、と疑うことができてしまうのである。

 ゆえに、ミラちゃんの『わしら、失敗?』などという台詞が出てくるわけなのだが……同時に、ことはそう単純でもないという話になってくる。

 

 その理由が、私たち以外の乗客達にあるのであった。

 

 

*1
『究極AI』に纏わる話と縁深い『.hack//』シリーズ、およびフラクトライトなど、人の魂について踏み込んだ話をしている『ソードアート・オンライン』シリーズを筆頭に、人ならぬ電子の命に関わるキャラクターが多い、という意味

*2
最近はわりと変わらないレベルになってきたが、『コンシューマー級の作品を拡張し続ける』という点において、MMO作品が金食い虫であることに変わりはない

*3
海外作品に多いタイプの課金形式。日本人的にはサブスクリプションが近いか。月に既定の金額を払うことで、単に課金するよりも得なアイテムが貰える……というタイプがほとんど。(月に千円払うが、一月丸々ログインすると単に千円払うよりも得になるアイテムが貰える、など)プレイヤー数そのものが多くなければ、運営の損になりかねなかったりする

*4
日本でガチャシステムが蔓延した理由。実際の総課金額に比べると遥かに安くなるシステム(パスポートやサブスクリプションなど)があるにも関わらず、何故かガチャに課金が集中しやすい……という説。ガチャは運によっては遥かに安い金額で目的の物を入手できる為、その『可能性』こそが課金を促し、一定以上からは『これだけ課金したのだから入手できないのは負け』みたいな気分に切り替わるのだと思われる



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バレンタイン当日までに終わりますか、と彼は問い掛けた

「わしら以外の乗客、というと……」

「一般の利用者、ってことだね。……さて、さっきこの列車に乗る人は、一部のファンを除けば()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなことを言ったよね?」

「うむ、確かに言っておったの。……それがなにか?」

「うん、それなんだけど……キリトちゃん、乗客さん達ってどんな感じだった?」

「え?……あ」

 

 

 さて、私たちが関わらなければ、そもそも私たちが心配するようなことは起こらなかったのでは?

 ……というのが、前回のミラちゃんの発言の本質なわけだけど。はたしてそれが正解なのか、と問われると……私は否、と返すこととなる。

 

 その理由が、この列車に現在乗車している乗客達。

 ……先ほども述べた通り、この列車は現実に存在したエメという豪華クルーズトレインを電脳空間に再現した──酷い言い方をすれば()()()である。

 そう、劣化品。この列車は確かに現実のエメを忠実に再現しているが──その再現度を直に体感しようとするならば、必然フルダイブタイプのアクセス手段が必要となってくる。

 

 例えば今、私たちが座っている座席だが……これは高級列車特有の、こだわり抜かれた素材の使われた()()()()()()()()()()()()座席。

 言うなれば高級調度品の類いであるが、普通のプレイヤーにはその『見た目』しか得られる情報がない。

 対し私たちのような『逆憑依』達は、各々が自身の感覚を引き連れることに成功しているため、これらの座席に使われている素材の肌触りや感触、そこから伝わってくる温度や質感に至るまで、その全てを楽しむことができる。

 

 つまり、私たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけである。対し、普通のプレイヤー達は先ほどから述べている通りの──、

 

 

「視覚情報と、あとは聴覚情報だけ。それでこの乗車賃は正直高いわけで、そうなると普通は()()()()()()()()()()()()()人間だけが買っている、という風に見るのが正解となる」

「何度か話題に上がってる撮り鉄とか乗り鉄とか、ってことだな?」

「まぁその二つにしても、あの金額を払ってまで乗りたいって思った結果、触れられたものに『やっぱり違う』ってなる可能性もあるけどね」

 

 

 そう、この列車に普通の人間が乗るのなら、運営側から与えられるものとは別に、本人達が勝手になにかの付加価値を得ている……という風に考えるべきなのである。

 例えば──そこに単なるクリアファイルがあるとして、普通の人はそれに書類を挟むくらいしかしないだろうが……それがキャラクターの描かれたものであるのならば、人によっては別の活用法を見いだすだろう……みたいな。

 

 お金を払っている以上、なにかを得たいと思うのは自然なこと。つまり、それだけの金額を払ったことに見合う()()を欲しているのが、本来の普通の人々の反応ということになるのだ。

 物が貰えないのなら思い出を、というわけである。

 

 ……しかし、その思い出にしても、五感のうち視覚情報がその九割以上を占めるもの。

 一応、『怪盗』が出てくるのが真実であれば、それ関連の記憶が対価となる可能性は十分にあるが……現状それは起こるかどうかもわからないもの。

 このイベントがオーナーさんのプランを再現するものであるならば、確実に起こることではあるが……()()()()()()()()、普通の参加者がそれを知ることはないはずである。

 

 つまり、『この列車に関わること』それそのものが報酬になるような──いわゆる乗り鉄や撮り鉄のような人でもない限り、この列車に乗ることで楽しめるのは精々雰囲気と景色くらい、ということになってしまうのだ。

 ……正直な話、ちょっと興味のある映画を見に来た、くらいの期待度にしかならなさそうというか。

 

 なので、本来ならばこの列車に乗っている普通の人のテンションと言うのは、精々『クルーズトレインってこんな感じなのかー』みたいな、ちょっと距離を置いた楽しみ方になるはずなのである。

 

 ……が、ここでちょっとした疑問が巻き起こってくる。

 先ほど他の面々は、()()()()()()()()()()()()グループがあった。

 

 

「……ああ、なるほど。そういえば少し違和感があったが……そういうことか」

「え、なになに?ハクってばなにに気付いたのさぁ~?」

「わからんかアグモンよ。我らが尋ねごとをした時、()()()()()()()()()()()()?」

「えー?そんなの、みんな楽しそうに……あー」

「……みんな気付いたみたいだからぶっちゃけると。──要するに、本来普通の人が抱いているであろう期待感に比べて、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、その疑問と言うのが、乗客達の空気。

 ……本物の列車に乗っているのならばいざ知らず、この列車は電脳空間の()()である。

 無論、実際にはこの『tri-qualia』のゲームシステムが総力をあげ、現実のそれを忠実に細部まで再現した、見る人が見れば垂涎の品であることは確かだが……それを楽しむための窓、すなわちHMDの性能が足りていないことで、それを本当の意味で楽しむことはできないはずなのだ。

 基本的には視覚が主であり、聴覚も多少は関わってくるだろうが……それがメインになれるようなタイプのものでもない。

 これが映画を見に来たとかであるのならば、確かに聴覚も重要になってくるだろうが……これはあくまでもクルーズトレイン、基本的には窓から見える景色と、車内で出される食事などが主なコンテンツとなる。

 

 要するに、本来電車旅行で楽しみになるようなものの大半が、普通の乗客に取っては劣化したもの、もしくはそもそも楽しめないものになってしまっているのだ。

 ゆえに、普通であればこの列車の乗客達のテンションは、楽しみではあっても羽目を外すようなものではないはず。……友人と一緒に乗り込んだとしても、旅先に訪問することでなく電車に乗ることそのものを楽しむに近いこの列車において、過剰な盛り上がりを見せることはないはず。

 

 ──にも関わらず。

 この列車に乗り込んだ普通の乗客達の間に流れていた空気は、そんな落ち着いたものではなかった。

 そう、それは普通に()()()()()()()()()()()()と、決して見劣りしない……ほとんど遜色のないものだったのである。

 

 

「はっきり言って、異常事態よね。私たちがそういう反応をするのはわかるけど、彼らにとってこの列車は、ゲーム内イベントでちょっと時間の掛かるもの、くらいのカテゴリでしかないはずなのに」

「……そういえば、『これだけお金を払ったんだから、楽しまなきゃ損』……みたいな空元気でもなかったね?」

 

 

 アスナさんの言うように、彼らのテンションの高さは、決して無理矢理上げたようなものでもなかった。

 高い金を払ったんだから、楽しまなければ損──そんな思考が挟まった、無理矢理に高められたテンションではなく、自然と笑みが綻ぶような、今から起こることが楽しみで仕方ないという空気感。

 ──まるで、私たちには見えていないものが見えているかのような、一種の不気味さすら感じられるもの。

 

 キリトちゃんが気付かなかったのは、恐らく長くゲームをしていたことで認識がずれていたからだろう。

 彼女にとってみれば、この列車はまさに豪華客船。出てくる料理は美味しいだろうし、見える景色も美しいだろう。楽しめない方がおかしい……そんな気分になるもののはずだ。

 それが、本来私たちのような『逆憑依(フルダイブ)』組にしか味わえないものだ、ということを失念していたことに気が付かず。

 

 

「……つまり、まさか……」

「まぁ、流石にAIDAサーバーみたいなことになってる、ってわけじゃないだろうけど*1……下手すると()()()()()()()()()()、急に映像が鮮明になった……なんて人も居るかもしれないね?」

「……マジかよ」

 

 

 これらの事実から推測できることが一つ。

 撮り鉄や乗り鉄のような、列車に関わること自体が楽しいと思えるような人種ではない、あくまでも普通の利用者であるはずの彼らは。

 ──この列車に乗った途端、私たちのような『フルダイブ』──五感で電脳世界を感じられるような状態になっているのではないか、という疑念。

 

 無論、あまりに鮮明に過ぎれば疑念を抱かれるだろうが……ちょっと画面が綺麗になったような、とか。

 はたまた、体感型(4DX)映画のように、振動や匂いが感じられるような()()()()とか。

 そういう、ちょっと感覚が鋭敏になったかも?……程度で済まされるような変化だろうとは思われる。

 

 ……思われるが。私たちからしてみれば、その時点でわりと厄ネタだ、という気分になるのも確かな話。

 本来感じられないものを感じているのが正しいのであれば、この列車を放置することがどういうことになるのか、わからない私たちでもない。

 先ほどは『AIDAサーバー』ではないが、と述べたが……【兆し】の起きる場所、みたいなことになっていてもおかしくないし、それ以外のなにかが原因となっている可能性もある。

 

 そして、それらの乗客の様子と言うのは──そもそも私たちが集まる前から、それらしき空気があった。

 何度も言うように、この列車は当日参加枠のない、完全予約制である。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という可能性を示すものでもあるのだ。

 

 

「まぁ、転売ヤーが元気だったからちょっと見てみた、みたいな人も居るだろうけど……それでもチケットがちゃんと捌けてる辺り、乗る前からなにか特異な影響を発生させている、って可能性は否定しきれないというか?」

「……つまり、どちらにせよなにかは起こってただろうから、こうして対処できる人間が居ること自体は喜ばしい……と?」

「そうなるねぇ」

 

 

 もし仮に、私たちがこの列車に乗ってなかったとして。

 ……まぁ、去年の再現は発生しなかったかもしれないが、そもそものキナ臭さを思えば別種のトラブルが発生していた可能性は、どうにも否定できない。

 私たちが参加してややこしくなった可能性はあるが、同時にそれで対処できる可能性も上がったのだというのであれば……まぁ、気分的には寧ろお得、くらいのものだろう。

 

 そういう風に見ることができる、という話ではあるが。

 ……まぁ、放っておけないのも確かな話。

 なので、今私たちにできることは『私たちのせいで』と悔やむことではなく、『私たちが居たから』問題に対処できるのだ、と前を向くことだろう。

 

 そう結論付けて、一先ず報告会は終わりを告げることとなるのだった。

 

 

*1
『.hack//G.U.』において登場したもの。作中の敵対的存在であるAIDAが、『The world』のサーバーを模して作り出したもの。その空間内のプレイヤーを纏めて寄生しているような状態にする為、サーバーが維持されている間プレイヤー達は()()()()()ことになる。サーバーを維持しているAIDAを倒せば解放されるが、その前にプレイヤーがダメージを受けて死亡すると、現実の人間も未帰還者にされるという危険性がある



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現実と虚構の狭間にて、美味しいケーキを食す

「……うーん」

「この光景を見ると、確かにうーんと言いたくなるのもわかるのぅ」

 

 

 報告会を終えた私たちは、その足で食堂車に向かっていた。

 理由としては、あれこれ話したので喉が乾いたのと、ちょっと小腹が空いたなーというもので……まぁ、電子の世界でモノを食べても、現実の私たちにはなんの意味もないので、基本的には気分を味わいに、みたいなところが大きかったのだけれど。

 そこで見た光景に、私たちは思わず唖然としていたのです。

 

 そう、そこで繰り広げられていた風景。

 それは、()()()()()()()()()()()()()、というものなのでありました。

 

 

「……えーと、ここでなにか物を食べたとしても、特別なバフが付いたりはしないんだよな?」

「だねぇ。一応、ここで食べたっていうログは残るけど……それが特別なにかを意味するのか、と言われると単なる自己満でしかないんじゃないかなー、というか」

 

 

 キリトちゃんが苦笑いをしながら、彼らの行為の意味を尋ねてくる。

 そう、『tri-qualia』における食事は、パラメーターの『空腹度』を満たすだけでなく、料理によっては特殊な強化バフを得られることもある、わりとRPGにおいてはオーソドックスなシステムとなっているのだが……。

 アイテム名に明記されているようなもの──例えば、ク○アおばさんのクリームシチュー、みたいに地名や名前が付記されているものであれば、通常の同種アイテムとは違う効果が付与される、なんてことも確かにあるのだ。

 例にあげると──先のおばさんのクリームシチューならば、普通のクリームシチューが『寒さ耐性』効果を持つのに対し、それに加えて『攻撃力アップ』も一緒に付与される、みたいな感じに。

 

 だがしかし、この食堂車で提供されている食事というのは、『エメの○○』みたいな名前が付いていない、至って普通の料理なのである。

 このイベントでは戦闘の予定はなく、また料理の効果は凡そ三時間程度しか持続しないこともあり、正直ここで料理を食べるというのは、ゲーム内通貨の無駄遣いに等しいのだ。

 

 ──にも関わらず、食堂車は人でごった返している。……そう、乗客達が挙って料理を食べに来ているのだ。

 その姿は──普通の豪華列車としてはおかしくないが、()()()()()()()()()()()()()()()()としてはおかしいことこの上ない。

 それをする理由が『この列車に乗った記念』だとしても、ここまで大勢の人で賑わうようなものではないだろう。

 そういう意味で、今私たちの目の前に広がっている光景は、異様なものとしか言いようがないのであった。

 

 

「……そこまで言うほどか?」

「まぁ確かに、リアルマネーじゃなくてゲーム内通貨だし、そこまで出し渋るもんでもないって言い分はわかるけど……ここの料理、ちょっと列車から降りてそこらの食堂にでも行けば、普通に食べられるものなんだよね」

「なんと」

「ついでに言うと、外で食べた方が遥かに安い。具体的には、これくらい」

「……三倍くらい違うではないか!?」

 

 

 そんな私たちの物言いに、いまいち共感できないとばかりにハクさんが疑問の声をあげるが……その声も、この食堂車で提供されている料理の値段がどれほど跳ね上がっているのか、及び同じ効果を持つ同じ料理が普通にそこらの食堂で食べられる……という事実を知らされては、容易く霧散するというもの。

 効果が違うのならわかるし、値段がそれほど変わらなかったりしてもわかるだろう。……しかし、ここにある料理はその提供場所以外、なにもかも外で食べられるモノと同じで、値段に関しては激しく劣化しているのである。

 

 もう、わざわざここで食事をすること自体がおかしい、としか言いようがないのもわかろうと言うものだ。

 

 

「値段が高すぎる、効果が変わらねぇ、そもそも料理の効果が必要になる機会が、この列車に乗ってる限り存在しねぇ……まぁ、控え目に言っても『頭おかしい』ってなりそうだわな、実際」

「……ログにここで食べた、って載るくらいしか、()()()恩恵がなさそうだもんねぇ」

 

 

 とはいえ、一応理由のようなものは推察できたりもする。

 効果や値段など、直接的な損得の部分で劣っているのは確かだが……この料理には他の場所と違う点が二つある。

 それが、見た目のグラフィックと提供されている場所だ。

 

 そう、システム的に同じアイテム扱いされているが、よくよく見てみるとここで出される料理は、明らかに高級そうなグラフィックに差し替えられているのである。

 分かりやすく言えば、普通の店で出されるハンバーグが『白い皿に乗せられた、ソースの掛かったオーソドックスなハンバーグ』なら、ここで出てくるハンバーグは『熱々のプレートの上で熱せられた、熱々出来立ての専門店で出てくるようなハンバーグ』、みたいな。

 ……正直、ここまで見た目が違うのに名前も効果も変わらないのは詐欺では?……みたいな気がしなくもないのだが、その辺りの無駄なこだわりを実現できる『tri-qualia』のシステムが凄い、ということなのかもしれない。

 

 ともかく、ここで出される料理は見た目からして高級品、というのがわかる作り。

 ゆえに、スクショとかで掲示板にでもあげれば、それなりに話題になる可能性は十分にあると言えるだろう。……まぁ、それも描画力の足りてない機械で撮ったスクショになるため、本当の色艶とかは再現しきれないものになっているだろうが。

 まぁ、明らかに力が入っていることはわかるので、それで問題ないかもしれないけれど。

 

 それから、もう一つの評価点であるのが場所──すなわちロケーション。

 このゲームにおけるログには、アイテムを使ったりなにかしらのトロフィーを入手した時などに、その場所についてのデータや時間などが付記される、という仕様になっている。

 なので、アイテム名としては変化がなくとも『豪華列車・エメで食べたハンバーグ』みたいな情報は、しっかりログとして残るのだ。

 まぁ、ログも永久保管とはいかないので、そのうち手動でバックアップを取ったりする必要性はあるが……ここで食事を取った、と仲間内で自慢する分には申し分あるまい。

 

 更に、先述の『明らかに他と見た目の違う料理』を合わせると──スクショに撮った時にいわゆる『映え』、みたいなものを演出することもできるはず。

 そう考えてみると、一応この食堂車で食事を取る意味、というのも少しは理解できてくるのだが……。

 

 

「映えスクショの場合は明確に、リアルと違って()()()()()()を選ぶ人が多いから、今の状況とは違うよねー……」

「ああ、なるほど。現実では問題となる『映え重視の写真を撮った後の料理』の問題も、ゲーム世界ではなんの気兼ねもなく破棄する、という形で解決できてしまうのか」

 

 

 アンチノミーさんの言う通り、映え写真に付き纏う問題である、写真を撮った後の料理の処理。

 本来、リアルではそうして映えを重視した写真を撮った後、料理を食べずに捨てる人が増えてきた……なんて社会問題があったりしたものだが、その心配はこちらでは存在していない。

 

 リアルにおいて、それらの料理が捨てられるのは──言うなれば料理そのものに価値を置いていないがため。

 端から食べることを目的としていない場合も多く、また仮に食べようとしても映え写真の撮り過ぎ=料理の食べ過ぎ・頼み過ぎとなり、処理しようにもどうしようもなく、結果として捨てられてしまう……みたいな、要するに『食べるための食事ではない料理』として、彼ら彼女らに認識されてしまっているがゆえの悲劇、ということができるだろう。

 こういうのはコラボカフェで料理にランダムでノベルティが付く、みたいな時にも発生する問題なわけだが……その両方とも、電子の世界であれば容易く無視できてしまう問題になるのだ。

 

 なにせ、ここにある料理はあくまでもデータ。言うなれば形のないものであり、それを捨てたところで誰も悲しまないし困らない。

 ダストデータが溜まる、なんてこともない以上、使われないのならそのまま捨てるのが寧ろ普通。

 結果として、寧ろ映えに使うのが最良、みたいな存在となりうるのだ。……なりうるんだけど。

 

 

「……食ってるな、普通に」

「写真を撮ってる人もいるにはいるけど、どっちかというと普通に食事している人の方が多いよね、これ」

 

 

 ──そう、それだけでは片付けられないものが、今私たちの目の前にある光景。

 確かに、運ばれてきた料理をスクショに収める人もいる。ログを取り、この列車で食事をしたと記録する人もいる。

 ……いるのだが、それだけではない。そこにいる大半の人は、そもそも()()()()()()()()()()()

 

 運ばれてきた高そうなハンバーグを、震えるナイフで切り分け、片方のフォークに刺して口に運び──その美味しさに震える男性がいる。

 ワインを口に運び、明らかに酔ったような声を挙げ、連れと思わしき人に落ち着いてと酔い醒まし(キュア)を受ける人がいる。

 甘いもの、辛いもの、苦いもの、酸っぱいもの。それらの味が明確に感じられることに、驚く老齢の女性の姿がある。

 

 そう、ここにいる人々は、皆が皆()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……これが異常でなくて、なにが異常だと言うのだろうか?

 

 

「……確かにすごく美味しいんですけど、なんで味がわかるんでしょうね……?」

「さぁ?なんかアップデートでも来たんじゃない?それよりー……どんだけ食べても太らないって、素敵だよね!!美味しいものいっぱい食べられちゃう!」

「……言っておきますけど、太らないということは()()()()()()()()()()()()()()ってことですからね?その辺り、パンフレットにも書いてありましたよね?」

「ん~、わかってるわかってるって!それよりほら、これ食べてみて!」

「むぐ。……美味しいですね」

「でしょでしょー!?もー、こうなったら私、ここのメニュー全制覇するー!!」

「……はぁ。まぁ、別にいいですけど」

 

 

 ……なんかこう、微妙に気になる女の子二人の会話に耳を傾ければ、どうやらこの事態は運営側が最初から想定したもの、ということになるらしい。

 んなばかな、私らが見た時パンフにはそんなこと書いてなかったぞ、とパンフレットのことを思い出そうとして……。

 

 

「……すみません、落としましたよ?」

「えっ、あ、ごめんなさーい!それからありがと!……って、すっごい美少女!?」

「失礼ですから止めなさい…………確かに、可愛いですね」

「……ええと、それでは私はこれで」

「あっ、ごめんね、なんか引き止めたみたいになっちゃって!」

 

 

 いえいえ、と手を振りながら、()()()()()()()()パンフレットを拾ってあげた私。

 ……表面上は普通にしていたが、その実内心はやられた、みたいな感覚でいっぱいであった。

 とはいえ、それは彼女達のせいではないので、決して顔には出さずに帰って来た私。

 突然移動した私に、みんなはなんだなんだ、みたいな顔をしていたが……その手の内に()()()()()()、先ほどの少女達が落としたパンフレットを見せれば、その疑問も容易く氷解するのであった。

 

 

「……運営は黒だ!!」

「マジかよ……」

 

 

 そう、そのパンフレットは、ドトウさん(マッキー)が持っていたモノとは全くの別物。

 一般向けと『逆憑依』向け。それぞれに違うパンフレットが渡されていたことを知り、私たちは運営を黒と断定することになったのでありました。

 

 




うーん、ちさたきは いいぞ。
でも二次創作で違う人とくっつくのも(それがいい作品なら)いいぞ。


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幾らでも食べられる夢のような世界?

「マジかよ……運営黒かよ……」

「まぁ、どこまで黒かはわからないけど……少なくともこうなる、ってことを認知してるのは確かだね」

 

 

 寧ろ、下手するとこの状況を売りにしてる可能性すらあるというか?

 ……とまぁ、急遽部屋に戻ってきた私たちは、運営がある程度状況を認知していること、及びそれを放置していることに気が付いてしまったのであった。

 その驚きとか、はたまた懐疑感というか。……まぁともかく、『マジかよ』と抱く思いは皆同一。

 ゆえに私たちは、これからどうしようかと頭を捻ることになるのでありました。

 

 

「……知ってて放置してる、ってことになると……」

「ある程度はなにかが起こるだろう、と黙認してるってことになるね?」

「対策を講じないのは……」

「興味がないのか、はたまた大したことは起こらないと高を括っているか。……まぁなんにせよ、監視はしてるかもしれないってのは確かかな」

 

 

 あちこちを飛び交う、私たちの予想。

 直接的な対策を行っていないことから黙認・ないしある程度は予測を終えており『対処をする必要がない』と認識しているか、はたまたそれとは別の対応か。

 ……ともかく、まぁ八割黒だとわかったとして、それが即向こうが悪、かと言われるとそれはまた別の話。

 だって、正直これでなにをする気なんだ?……と言われると、ちょっとなにも思い付かないからね!

 

 

「そうなんだよなー……辛うじて想像付くのは、そろそろ向こうが浮遊城を作る気になった、とかなんだが……」

「ってことは茅場さん?……でもまぁ、ねぇ?」

「あー、そうだな。……これに関しちゃ、向こうがなにもできねぇのはホントのことだかんな」

 

 

 むぅ、と皆で唸っているように。

 確かに、運営的にはこのゲーム、『tri-qualia』を更に発展させ、行く行くは彼らがそれぞれに目指したものである、『浮遊城』『ライダーゲーム』を作り出さなければならないのだろう。

 ……が、それは彼らを【複合憑依】にした何者かの思惑により、それらをそのまま出力することは叶わなくなっている。

 

 なにせ、彼らは【複合憑依】──確かに最大出力は単純な『逆憑依』に遥かに勝るものの、その出力は()()()()()()()()()()()()()()()、というごく単純な理由によるもの。

 三者のなにかしらの相性を起点にしなければそも成立せず、仮に成立したとして、それが彼らの望む方向に進むものとは限らない。──同じ場所に付いているのではなく、別々の三方向に付いているのなら。……精々、できてガメラみたいな回転飛行だろう。*1

 

 それに、そもそも『tri-qualia』自体が、人の操作をほぼ受け付けないものである、というのも彼らが全部悪い、と言い切れない理由となっていた。

 そう、何度も言うように、現状の『tri-qualia』において、運営側ができることはあくまでも『更新プランの提案』に留まる。

 それが魅力的であれば、『tri-qualia』側も積極的に取り入れてくれるが……そうでなければ突っぱねられるだけ。

 プログラム構築の時に、なにかしらの裏コマンドでも設定しておけば、もしかしたらそれを使ってどうにかすることもできるかもしれないが……。

 

 

「作ってるのがあの二人、って時点で……ねぇ?」

「んー?あの二人が作ってると、なにか問題があるのかー?」

「簡単な話だよ、アグモンちゃん。よーく考えてみて?仮にそういう裏コマンドを作るとして──それ、()()()()()()()()()()()?」

「……あ、わかった!二人で作ってるから、片方が細工したらもう片方が解除しちゃうんだね!」

「正解!……まぁ、我の強い二人だからこその問題、だよね」

 

 

 アスナさんとアグモンの問答を聞けばわかるように、そんなモノを作るとして──彼らがそれを共有しようとするか、という問題があるのである。

 なにせ、ゲーム制作者として纏められている二人ではあるが……それぞれ、ゲームに対してのスタンスは真逆に近い。

 そんな二人が協力してゲームを作っている、ということは最早奇跡に近い話であり──ならば、大筋以外の部分では互いの裏を掻こうとバチバチにやり合っていても、全然おかしくないのだ。

 

 片方がバックドア*2を仕掛ければ、もう片方がそれを削除しながら別の裏道を作り、それに気付いたもう片方がそれを破壊しつつ自分のためのプログラムを組んだり……。

 まぁそんな感じで、最終的に『いい加減にするのであーる!一寸の薫製にも五分の魂!』などと言われながら、渋々そこら辺の暗躍を諦めた、なんてことは容易に想像できてしまうのだ。……いや、なんでウェスト博士がストッパーになっとんねん。*3

 

 ……ともかく、そういう裏道を作るには、あの二人の方針が違いすぎる……という点が問題になるのは確かな話。

 ついでに言えば、彼らは個別の『逆憑依』ではなく三位一体の【複合憑依】、雑に言ってしまえば個別の出力は普通の『逆憑依』に劣るものである。

 ……いやまぁ、普通の『逆憑依』ってなんだよって言われると困るのだが。だってどう考えても彼ら、そこらの自分からモブやってる人達に比べたら、明らかに出力的に上だからね。こう、トップ層に比べると下ですよ、みたいな感じというか。

 

 まぁ、そこら辺を含めたとしても、最終的な結論は変わらない。

 互いがあってこそ、彼らはこの『tri-qualia』を作り上げることができた。それは裏を返せば、一人で干渉できる範囲には限りがあるということでもある。

 さっきのバックドア云々の話を元にするのならば、本来の彼らなら互いに気付かれないようなプログラムを仕込む、なんてこともできたかもしれないが。

 今の彼らが単体で打てるようなプログラムは、もう片方に簡単に露見してしまうもの。()()()()()()()という、ほぼ百パーセントあり得ない事態が起こらない限り、バックドアなんて作成しようがないのである。

 

 

「あとはまぁ、BBちゃんがそういうの探してたけど見付からなかった、とも言ってたからねぇ」

「あ、それならこの間ボクも探すの手伝ったよー、なんか変なものないか見付けてくださいね、って」

「おや、アグモンも?……じゃあまぁ、なんにもないってのは今のところ真実、ってことにしておいて良さそうだね」

 

 

 それらを強く裏付けるのが、BBちゃん達の調査結果であった。

 彼女は電子の世界に住まう上級AI、ここはまさしく自身の庭と言えるもの。更には彼女より無茶苦茶かもしれない、電子生命体であるアグモンの協力まであったとなれば、その調査結果に文句を付ける方がおかしいと言うものだ。

 

 ……言うものだが、それはそれとしてちょっと、ほんのちょっと不安もあったりする。

 彼女達のような電子生命体は、そもそもがプログラムによって形作られた存在。

 それゆえ、その形が成立している時点で、本物達と遜色ない能力を持っている、と言い換えてもよい存在だったりするのだが……。

 

 

「……あー、そういや機械とかプログラムとかは、ちゃんと一式揃ってないとまともに動かねぇってんで、普通の『逆憑依』とはちょっと違うんだっけか?」

「そうそう。多分アグモン君みたいに()()()()()()()()()みたいな、いわゆるリミッター式になってるんじゃないかと思うんだよね」

 

 

 ハセヲ君に説明するように、電子生命体や機械生命体は、本来全身がきちんと揃っていなければ生命体として活動できないはず、という物理的な制約がある。

 ゆえに、彼らの場合は普通の『逆憑依』と違い、能力が()()するのではなく能力が()()される、という形で他の『逆憑依』との整合性が図られているのではないか?……という予測が立つのだが。

 それゆえに、彼ら彼女らの現在の実力が、このゲームのプロテクトを本当に上回っているのか?……という疑念が生じるのである。

 

 そもそもその辺り、当初からBBちゃん自身が明言していた。こちらでは、原作ほどのグレートデビルではない……みたいな形で。

 いやまぁ、彼女の場合はその辺り、もうちょっとややこしい理由があったりするのだが……ともかく、成長し続けるプログラムとして、こちら(リアル)で開発された『tri-qualia』というのは、その実存在としては【顕象】に近い、と見なすこともできる。

 

 

「……アウラみたいに、人に近い人格を持った究極AIが生まれてもおかしくねぇ環境だ、ってことか?」

「コラボって形だけど……ロストグラウンドとかもあるしね、ここ」

 

 

 今のところ、この世界の意思とでも言うべきものにあったことはないが……このゲームがシンギュラリティ、技術的特異点を迎える可能性というのは非常に高い。*4

 寧ろ、既に迎えているのになんらかの事情でそれを発露させていない、なんて可能性も出てくるくらいのシステムがこのゲーム。

 ゆえに、先の二人の更に上手に彼・ないし彼女が居たとしても、正直おかしくないのである。

 

 なので、実は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて裏道がある可能性も否定できないのだ。

 この場合なら、運営以外の誰かが犯人という可能性も否定できなくなってくる。

 あと、このゲーム自体が【顕象】になりつつあるのならば、先のAIDAサーバーめいた挙動もなんとなく説明できてしまう。──このゲーム自体が感覚増幅器として機能するのなら、その辺りはどうとでもできてしまうからだ。

 

 

「……まぁ、このままここで話していても埒が空かぬ、というのは確かな話であろう?ここは一つ、部隊を二手に分けぬか?」

「部隊って……いや、それより二手って?」

 

 

 そうして私たちが唸っていると、ハクさんが声をあげた。

 彼女が口にしたのは、犯人の目星を付けるために、メンバーを分けないかという提案。

 片方はこのまま『tri-qualia』に残り、この列車の行く末を見届ける。そしてもう片方は──、

 

 

「本社に乗り込む。……ってまぁ、また大事になったものですね」

「ま、これが一番早いのは間違いないからのぅ」

 

 

 ゲームの運営会社に突撃し、トップ達の身柄を……じゃなくて。

 運営達になにか知っていることはないか、なにか隠していることはないか?……と詰問するため、一度ログアウトする。

 それが、ハクさんが提示したもう一つのメンバーの役割なのであった。

 

 

*1
ガメラは、大映(現KADOKAWA)が製作した特撮シリーズの主役怪獣の一つ。当時話題となった『ゴジラ』に感銘を受けて製作されたとされるカメの怪獣。一作目こそゴジラのように人類の敵対者的な面があったが、二作目以降はほぼ人類の味方としての立ち位置が固まっていった。四肢と頭を収納し、空いたところから火を吹いて回転しながら空を飛ぶ、という特徴的な飛行方法を持つ

*2
プログラム用語としては、後天的に製作された穴、というべきか。第三者などがシステムに侵入したあと、再度侵入する際に行程を簡略化する為に作成する、意図的なセキリュティホール。これを作られてしまうと、その穴を塞がない限り通常の対策は全て無意味となる(勝手に家の裏に出入り口を作ったようなモノである為。普通の対策は最初からある正規の入り口(玄関)しか守れない)

*3
A.プログラムを作成する時、基本的な身体はウェスト博士で右手が茅場、左手が神という割り振りでやっていた為。右手と左手が喧嘩してるよぉ~!?

*4
1980年代からAI研究者の中で囁かれるようになった論説。人間のメンテナンスの必要ない優秀なAIが生まれた場合、自己改良を繰り返しやがて人よりも遥かに優れた知能となるだろう、というもの。とはいえ、人工知能で人間の代替をするには問題も多く、実際にシンギュラリティを迎えられるかどうかは微妙な点もある(曖昧な関連付けなどに不安が残る)



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知らぬは彼らばかりなり

「……ここに来るのも久しぶり、ですね」

「なんじゃ、一度来たことがあるのか?」

「去年に一度だけ。……まぁ、あまり訪問したいところでもないですからね、ここ」

「あー、ドクターウェストだっけ?大分変人、みたいなことを聞いたことがあるけど」

 

 

 久方ぶりに例の運営会社があるビルまでやってきた、私たち一行。

 ……なのだが、実はこうしてここにたどり着くまでに、一悶着あったりしたのだった。

 とは言っても、リアル側の道中になにか問題があった、というわけでなく……。

 

 

「いやー、メンバー選考でそれなりに時間を食ってしまったのぅ」

「まぁ、あとの事を思うとね……」

 

 

 そう、単純にメンバー分けの時点で、議論が紛糾してしまったのだ。……というのも、リアル側で動きたいという面々が多かったのだ。

 私はまぁ……最初から分裂してどっちにも同行、という形だったので問題は無かったのだが。

 

 

「……いやいやいや。ここはあれだろ、リアルで乱闘騒ぎになりそうってんなら男手の方が必要だろ?なぁキーア?」

「え?……えー、えーと……」

「それだったら、リアルでも普通に戦闘力がある私たちの方が良いよね、キーアちゃん?」

「え、ええー……?」

 

 

 まぁ雑に言ってしまうと、エメ側の探索を嫌がる人が多かったのである。

 しかし、それもまた仕方のない話。確かにリアル側はあのドクターウェストを筆頭とした、明らかに頭の痛くなる面々との対話が必要となるわけだが……それでも、今回の騒動の中心地は『tri-qualia』の中の方。

 端的に言ってしまうと、リアル側の方が必要な労力が明らかに低く見えるのである。となれば、できる限り楽をしよう、みたいな空気になってしまうのも仕方のない話で。

 

 ……いやまぁ、気持ちはわからないでもないのだ。

 だって単にめんどくさいだけのドクター達と、めんどくさいのに合わせて厄介そうだったりしそうなゲーム内の騒動を比べれば、前者の方が比較的簡単そうに見えてしまうのは仕方のない話だし。

 実際、ゲーム内の仕様外拡張──五感の電脳化は、ゲームの外からどうにかする、ということはできまい。どう足掻いても、ゲームの中から解決策を模索する必要があるはずだ。

 それがどれほどの労力を必要とするのか、現状では想定もできないが……少なくとも、ゲーム外であれこれする分に比べると、遥かに面倒臭いものになっているのは想像だに難くない。

 そりゃまぁ、やりたくないって人でごった返しても仕方ない、というやつなわけである。

 

 とはいえ、それはみんな同じ話……いや、一部以外の人間には同じ話、というか。

 

 

「ボクはこっちー」

「じゃあ我もこっちだの。……まぁ、端から表に回る気は無かったが」

「アグモンとハクさん?……ええと、アグモンはわからなくもないけど、ハクさんも?」

「……いや、お主すっかり忘れておるかも知れぬが、我ってば『白面の者』だからな?」

「あ」

 

 

 あっ、ってお主なぁ……と呆れたような声をあげるハクさん。……そういえばそうだ、この人すっかり馴染んでしまっているけど、その本質は【顕象】──それも特級危険物の『白面の者』が様々な【継ぎ接ぎ】の末成立したものなのだった。

 そのあり方は【継ぎ接ぎ】ながら【複合憑依】に近く、それゆえに安定しているが……本来人のごった返すような場所に、なんの対策も講じずに放り出していいタイプの存在ではないのである。

 

 あり得ない話ではあるが、バレンタインの空気に当てられて第二・第三の『白面の者』……いや、この場合は彼女の尾と言うべきか?……まぁともかく、そういう危険物以外の何物でもないモノを発生させてしまっては、目も当てられまい。

 ……一応、なりきり郷自体が感情の窪地になっていて、そういうものを集めやすいにも関わらず、彼女がそういうものを生み出して居ない時点でいわゆる余計な心配、というようなものである可能性もあるが……。

 同時に、彼処には彼女と似た境遇の者が複数存在している以上、彼ら彼女らの間でそういうものの発散の役割を無意識の内に分担しており、結果として【兆し】になるほどの純度を得ていない……端的に言えば『フィルターがいっぱいあるので濾過が間に合わなくなることがない』、みたいなことになっている可能性も同時にあるわけで。

 

 後者が正解の場合、迂闊にそういう役割を持つ面々を外に出すと、目も当てられない事態を引き起こすかもしれない……なんて予想を、笑って否定できなくなってくるのである。

 ……え?そのわりにビワとかは結構外に出てた気がする?いやまぁ、彼女の本体はビッグなほうのビワだったわけだし、浄化云々もそっちの領分だし……。

 

 まぁそうでなくとも、そもそも【顕象】である彼女の外出許可というのは、そう簡単に降りるモノではない。

 そういった諸事情を加味するに辺り、彼女はこっちで捜査を続行する、というのが一番角が立たないのも確かな話なのであった。

 

 ……というわけで、彼女達二人を除いた面々で、再度議論が始まったわけなのだけれど。

 結局、いざとなれば『憑神』を呼ぶことができるかもしれないハセヲ君が、こっちのトラブルには一番適任かつ現実世界での戦闘力がほぼない、ということで真っ先に残留が決まり。

 ついで、彼に引き摺られる形でキリトちゃんとアンチノミーさんも残ることが決まって。

 

 

「……で、リアルでも荒事に対応できる私とミラちゃんが、こっちの担当になったんだよね」

「なんかこう、どこかで見たことのあるメンバーになってしまったのぅ」

「樹海……破壊の光景……通信不良……うっ、頭が!」

「やめようキリアちゃん、そういうのフラグって言うんだから、ね?」

 

 

 で、最終的にこのどこかで見たことあるような三人組が、リアルの方での調査を任される形となったのだった。……なんか嫌な予感しかしねぇ!*1

 ……え?ドトウさん(マッキー)はどうしたのかって?

 寧ろ彼女が外に出られるわけない(主に真相を明かしたくない的な意味で)じゃないですかやだー。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、ビビってても仕方ないので、意を決して運営会社のビルに突入した私たちなんだけど。

 

 

「むむ、またもやお前達、否や貴様達か。だが生憎千万、うちのご主人は留守なのだな」

「あれー?」

 

 

 そこで待っていたのは、大層暇そうに社長室を掃除している、メイドなタマモキャットただ一人なのであった。

 なんでも、聞くところによれば件の社長……もといドクターウェスト、この数日ほど仕事で留守にしているのだとか。

 

 

「ふむ、あんなのでもキャットの主人、すなわち猫缶。ニンジンを所望するより安上がりだが、決してプライスレスではないのだな」

「……ええと、どういう意味?」

「えーと……多分心配している、のでしょうか?」

 

 

 耳の垂れ下がったキャットの発言を読み解くに……多分、こっちにろくに連絡も寄越さぬまま、ここを留守にし続けている……みたいな感じだろうか?

 ……まぁ、ここで待ってても戻ってくる様子もなかったので、仕方なしに彼女に別れを告げ、ビルの外に出てきた私たちである。

 

 

「……どう思う?」

「うーん……タイミングが良すぎる気がしますが、それ以上に()()()()()()()気がするんですよね……」

「わかり辛いのぅ……つまり、どういうことじゃ?」

「別にあの人達に予言能力とかはありませんから、私たちが訪ねてくるタイミングでここにいない、というのは確かにタイミングが良すぎる気がしますが……同時に、このタイミングの良さは()()()()()()……言い換えるとこちらの動きとは全く関係のない、完全な偶然なのでは?……という気がする、という感じですかね?」

 

 

 で、場所を近くの喫茶店に移し、先ほどのあれこれがどういうことなのか、と考察を始めたのだけれど……。

 こちらの訪問に対し、もっともらしい理由で席を外している……というのは確かに疑わしいが、同時に()()()()()()からこそこの行動自体は『白』ではないか、と私は考えていたのだった。

 その理由は、彼らの中に予言能力者が居ないことと、

 

 

「あの三人の内、基本的に表側に居るのはドクターウェストです。茅場に関しては表に出ているだけでパイセン(虞美人)吸引マシーンと化しますし、神に関してはずっと不貞腐れているのか、一度も姿を見たことがありません」

「なんだか、色々と難儀なことになってるんだね……それで?それが何故彼らが偶然居なかった、って思うことに繋がるのかな?」

「ドクターウェストは、無限に等しい繰り返しの中で、()()()()()()()()()()()()()()()人物として有名です。……つまり、人の予想を裏切るのがデフォなんですよ、あの人」

「この上ない説得力!?」

 

 

 彼らの主体が、基本的にドクターウェストにあることにあった。

 

 ……彼ら三人の内、恐らく対外的に一番コミュニケーション能力が高い、ないし()()()()()()()のは、恐らく茅場晶彦その人である。

 実際には、彼も大概な人物なのだが……自身のゲームを世に送りだし、実際に凶行に及ぶまでその危険性を隠し通した手腕は、彼が人の良さを擬態する術を持つ証左としては十分だと言えるだろう。

 

 ……まぁ、そういう意味では神の方でもできなくはなさそうだが、彼は完全に拗ねているらしく、一度も姿を見せたことがない。理由が理由だけに、そうそう表に出てくる気にはならないだろう。

 そう考えると、比較すべきなのは茅場と、ドクターウェストの二人と言うことになる。……この二人なら、一般受けが良いのがどちらか、という問いに迷うことはあるまい。

 

 だがしかし、実際に他者との対応を一手に引き受けているのは、なんとドクターウェストの方。……その理由は、茅場が表に出すぎると、虞美人パイセンという文字通りの爆発物を引き寄せてしまうがため。

 ……あの状態のパイセンは完全に暴走機関車なので、制御することは不可能である。

 そう考えると、消去法的にドクターウェストの姿を取らなければいけない、というのはすぐに理解ができてしまう。周囲に爆発痕が無かった辺りも、その説を後押しするだろう。

 

 そして、そうして主人格として抜擢された彼には、一つの有名な話がある。

 それは、彼の原作における一種の偉業。

 その作品では、()()()()()()()同じ世界を何度も──それこそ無限に近いような回数、同じ世界を繰り返し続けている存在がいる。

 その人物は、何度も世界を繰り返す内に飽いていったわけなのだが……そんな彼が、唯一目を見張る存在があった。

 ──そう、それこそがドクターウェスト。無限に等しい繰り返しの世界の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()才である。*2

 

 

「つまり、彼の行動はこっちに予想なんてできないのです。……こっちの期待を裏切る、という点に置いて、彼より優れている人は居ないに等しいのですから」

「ええ……」

 

 

 なお、そんな彼の無茶苦茶っぷりを聞いた二人は、わりと真面目に引いていたのでありましたとさ。

 

 

*1
270話辺り参照

*2
『デモンベイン』シリーズの作中描写より。マステリさん自ら勧誘に行くくらいに気に入っている様子



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探し人、待ち人至らず

「う、うーん。とりあえず、社長さんが居なかったのはわざとだけどわざとじゃない、ってのはわかったかな。……それで、私たちはどうするの?追い掛ける?」

「そこなんですよねぇ……」

 

 

 前回より引き続き、喫茶店で駄弁っている私たちである。

 アスナさん達は、ドクターウェストの出鱈目っぷりに真面目に考えることを放棄したようだが……そのまま他の思考まで放り投げるのは止めて欲しい、というか。

 だってほら、予測も予想もできないのがドクターウェストなわけで。……探すのとか無理でしょ、マジで。

 

 つまり、居ないのは仕方ないが、だからといって探しに行っても見付けられる気がしないというか、下手すると探しに何処かへ行ったタイミングで戻ってきかねないというか。

 ……そんな感じの人なので、もういっそ放置するくらいでいいのでは、みたいな感想が飛び出してきてしまうのだ。流石にそれはどうなん?……みたいな気分になるのも仕方がない、というか。

 

 

「むぅ、その時々においてなにをするかの予想が全く付かぬ、と。……論理的に言うのなら、常に波動関数が定まらぬ、みたいな感じかのぅ?」

「なにその永続的シュレディンガーの猫」

 

 

 いやまぁ、ある意味間違いではないとは思うけど。やり過ぎて邪神を困惑させたこともあるし、あの人。*1

 

 ……まぁともかく、居ないと言うのなら今は会えないのだろう、と考えておくのが正解だ、というのは確かな話。

 なので、他のことをするしかないのだけれど……うーむ。

 

 

「……早々に、こちらですることがなくなってしまった感じがありますね」

「確かにのぅ、わしらは現実方面から攻める……という目的で一時ログアウトしてきたわけじゃが、このままだとなんの成果もないままに戻るしかなくなるのぅ」

 

 

 最大限に怪しい場所であった運営会社が、真っ先に探す意味がなくなったのだからそりゃもう、私たちの商売……もとい仕事も上がったり、というものである。

 一応、彼の秘書的立場のタマモキャットは居るけど……彼女から話を聞く、というのはドクターウェストを相手にするよりも困難なもの。

 原作者曰く『かわいく、たのしく、そうめい、ちょっと三秒か三年くらい未来の考えで、つねに真理だけをかたり、ご主人のためにいきる』とかいう思考回路なのが彼女*2なので、正直まず彼女のなりきりができてる、って時点でわりと難敵なのだ。

 

 

「まぁ一応、『本来語りたいこと』を未来視点に変えて、そこにギャグやユーモアを加えて煮立てれば、なんとなーくキャットさんの台詞になるっぽい、というのはわかりますが」

「……いや、なに言っとるんじゃお主?」

 

 

 ついに壊れたか?などと失礼なことを言うミラちゃんにチョップを食らわしつつ、運ばれてきたデザートをつまみながら、どうしたものかとため息を吐く私なのでありましたとさ、まる。

 

 

 

 

 

 

「……ってことらしいよ?」

「うーん、偶然なのか必然なのか……」

 

 

 そんな感じの念話が向こうから来ましたよー、と周囲のみんなに共有した(キーア)

 それに対してのみんなの反応は……あーうん、大体頭が痛そうにしてるね、仕方のない話だけど。

 

 この中では、実際に彼に会ったことのあるハセヲ君が顕著だが……相手は『こっちの思惑を外れてくれるならまだマシ』なタイプ。

 下手するとこっちの思惑を勝手に解釈し、斜め上の対応をしつつ着地点はしっかりしてる……みたいな、とにかくこっちの胃を破壊する気しかないだろお前、という感想がいの一番に飛び出すタイプの存在である。

 ゆえに、向こうからの報告にあった『向こうはこっちを避けてないが会えない』の意味も正確に理解し、どうしようもないことをきちんと把握して、ううんと唸るしかできなくなっているのであった。なんというか……まさにはた迷惑、というか。

 

 そんなこんなで、流石にこのまま戻ってくるのもあれ、ということで表で色々探してみる……と締め括られた向こうからの念話。

 特に、この再現の元となったエメ、そこに半ば融合していたイマジン……もとい魔列車を取り込んだ夏油君ならば、なにかしら有益な情報を持ってるかもしれない……という締めの部分は、彼女達が互助会に向けて出発した、という事実を端的に示していたのだった。

 

 

「互助会で資料探し、ねぇ。……よくよく考えたら、こっちには互助会メンバー居ないのよねぇ」

「……そ、そうですねぇ。マックイーンさんがいらっしゃったら、色々聞けたかもしれないですねぇ!」

「……ん?ってことはアンタ、うち(なりきり郷)にも向こう(互助会)にも所属してないのか?」

「そそ、そうなんですぅ!今はどうしようかなー、と迷ってる最中なんですぅ~!」

「ふーん……」

 

 

 そこまで把握して、ふとドトウさん、もといマッキーの方を見つめる私。

 

 ……一応、今の彼女の中身がマッキーである、と気付いているのは私とミラちゃんくらいのもので、かつ彼女は中身が自分であると気付いて欲しくないため、こちらに痛くなるほどの熱い()視線を向けてきているわけなのだけれど……。

 よくよく考えてみたら、互助会で資料を漁るのなら彼女が居た方が良かったんじゃないかなー、的な思考もなくはない私である。

 いやまぁ、この個室は彼女がチケットを購入した結果借りられているものなので、彼女がこっちに居ないというのはありえない話なのだが。

 とはいえ、最終的に互助会に訪問することになるのであれば、最古参である彼女が居れば色々スムーズだったんじゃないかなー、など思ってしまうのも確かな話なわけで。

 

 ……そういう意味で、ジトっとした視線を彼女に向けてしまうのも、ある意味仕方のない話なのです、はい。

 

 

「とはいえ、こっちもこっちで行き詰まってるんだよなぁ」

「まぁ、確かに。本来の行程をそのまま持ってきてる形だから、最後の方まですることないんだよねぇ」

 

 

 だが、キリトちゃんの言う通り、こっちも調査が行き詰まっている、というのも確かな話。

 なにせこの列車、元々のオーナーさんが現実でやろうとしていたバレンタイン運行をそのまま再現しているため……具体的には終点である北海道まで、基本的に単に観光する以外の変化がないのである。

 

 さて、バレンタイン運行の再現と言いつつ、どこまで再現しているのか?……みたいなところが曖昧だったこの列車だが、ここで改めておさらいしておこう。

 

 電脳空間に再現された豪華クルーズトレイン、という名目の存在であるこの列車は、スタートこそルートタウン内というファンタジー的な場所だが。

 そこから伸びる線路や風景は、全て本来この列車が走るはずだった場所──つまり現実空間のそれを、電脳空間に忠実に再現したものとなっている。

 それは、かつてのオーナーさんの会社が保有していた独自路線まで含め全て再現した、完全なこのイベント専用のマップ。

 ……流石に日本全土をこのためだけに再現する、とは行かなかったので、通過する線路周りの風景や街だけを再現したものになっているらしいが……それゆえ、単なる景色だけに絞れば、その再現度はまさしく最上級。

 正直、電車に乗って景色を見て帰る……という、単純化した目的だけを見れば明らかに無駄、と言われても仕方のないレベルの金の掛かり具合である。……まぁ、だからこそ本物でもないにも関わらず、結構な乗車賃を求められることになったのだろうが。

 

 旅行期間が長いこともあり、原則的に戦闘の可能性はなし。……言い換えれば、ホームでもないのにそこらでログアウトしても問題がない、ということになるわけだが……ともあれ、ログアウト中も列車は運行を止めないため、特定の区画の景色を楽しみたい、などの気持ちがあればそれに間に合うようにログインしておく、などの行動は必要だったりする。……個別ではなく団体で参加するイベントなので、個人の都合には合わせてくれないというか。

 

 また、日本各地を列車で旅をする、というコンセプトでもあるため、各所の名物の再現にも結構な手間隙が掛かっているとかなんとか。具体的には関係各所への許可とか監査とか。

 まぁその甲斐あって、本家さんも満足の再現度に仕上がってるらしいのだが。……え?実際に再現に際して労力を負ったのは『tri-qualia』のプログラムの方?

 

 ともかく、そんな感じで意外と力の入りまくっているこのイベント、おかしいことがあるとすればこれが『普通に切った張ったするゲーム内で行われているイベント』である、ということだろう。

 列車内では原則戦闘は禁止だし、その規則を破れば強制退場もあり得る……という、徹底的に旅のみを楽しむ仕様となっている辺りからも、その本気度というのは察せられることだろう。

 ……まぁ、流石に景色以外の楽しみがないのも、ということで本来のエメと違って、後部車両には簡易カジノ的なものが併設されているらしいが。

 

 また、先述していたように、この列車の本来の目的は『バレンタインを祝うこと』である。

 ……流石に電脳空間内では大したこともできないので、本来あった料理教室はオミットされている(というか、そうして空いた部分にカジノ車両が差し込まれている)らしいが、システムパネルから申請すれば告白のためのスペースを借与してくれたりもするのだとか。

 まさに至れり尽くせり、チョコ貰っても味はしない、という点を除けばパーフェクトだと言えるだろう。

 

 ……というのが、私たちの見ていたパンフレットに載っていた情報だった。しかして一般層に配られていたものは、微妙に違う情報が載っていたのである。それが、

 

 

「この列車内部に限り、食事や風景などの『五感』に頼る経験が()()()()()()()()()()……みたいな話だったか?」

「そうだねぇ、さっきのパンフにはそんな感じのことが書いてあったねぇ」

 

 

 この列車の車内に限り、五感による体験を得られるというもの。……流石に触覚は痛覚に通じるからか制限があるようだが……その他の視覚・聴覚・味覚・嗅覚に関しては、システムから出力を『リアル』に変更することができる、という謳い文句なのであった。

 ……一応、双方向ではなく一方的な電気信号の送りつけ、かつ脳に悪影響を与えない程度の出力によって……みたいな、とてもそれっぽい説明文が長々と書かれていたが……多分、正解しているのは多くて二割程度、といったところだろう。

 だからこそ、私たちも運営が黒だ、と思ったわけなのだし。……少なくとも、なにかしらの異常存在(『逆憑依』とか)が関わっている、と見ておいた方がいいだろう。

 

 ゆえに、この列車の裏を探らなければいけないのだが……現状、その糸口すら見つからず立ち往生している私たちなのでありましたとさ。

 

 

*1
『デモンベイン』シリーズの一幕。邪神の企みを彼が打ち砕いた、というトンでもルートが存在する。それゆえ、黒幕は困惑した挙げ句に宇宙のリセットを行ったとかなんとか

*2
とあるインタビューより。タマモキャットの台詞を書く時の心構えみたいなものだが、大抵の人々が宇宙猫と化した



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束の間の休息、それからバター

「……で、そうこうしている内に一日が終わっちゃったんだよねぇ」

「な、なるほど。以前の列車旅も、一日では終わりませんでしたしね……」

 

 

 ところ変わって我が家のリビング。

 

 一先ず一日目が終わりそうだ、ということでログアウトした私たちは、明日またログインして捜索の続きをしよう、と約束をしあって各々の家に戻ってきていたのだった。

 ……で、アスナさんとミラちゃんに関しては、キリアの方とそのままこっちに来た、という形となっている。

 無論、キリアに関しては既に吸収済みだ。……吸収って書き方、なんかすっごいワルの敵がやって来そうな感じがするな?*1いやまぁ、実態としては単なる再統合なんだけども。

 

 

「ええと、お邪魔しても良かったのかな……?マシュちゃん、バレンタインの準備で大変なんでしょ?」

「い、いえ。そちらは毎日堅実に進めていく予定ですので、お構い無く。……それに、お二方が遊びに来てくださったことは、純粋に嬉しい部分もありますので……」

「ぬ?嬉しい……とは?」

私が向こうに居た(キリアの)時のこと、他の人の視点から聞いてみたいんだってさ」

 

 

 で、招かれた二人はどうやらマシュと女子会する予定、らしい。内容は私が互助会に潜入中の話、だとか。

 ……まぁ、夜になったら報告とかは多少してたけど、全部が全部語ってたわけでもないし、その辺りの細かい話が聞きたいんだそうで。

 というわけなので、夕食後のそっちの話は私は不参加である。……私が参加すると、聞かれたくない話とか止められかねないからダメでしゅ、だってさ。

 

 まぁうん、わりと長いこと向こうに居たし、その間には色々起きてたし、語りたくないような恥ずかしいミスもあったし、仕方ないと言えば仕方ないんだけどね?

 ……なんで、今日の夜はゆかりん達とやけ酒でもしようかな、なんてことを思う私なのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、明けて次の日。

 なにを聞いたのやら、つやつやぴかぴかしているマシュに別れを告げ、再び別行動を開始した私たち。

 そうしてやって来ました、なんだか久しぶりな気がする互助会の施設にて。

 

 

「……なんでこんなことになっているのでしょう?」

「まぁ、久方ぶりの来訪……ともなれば、聞きたいことが色々ある、という人間も多いということだろう。よかったな、大人気だぞ?」

「嬉しくありません……」

 

 

 久しぶりにキリアの姿でこっちに来た、ということもあってか、私は互助会の人々に色々見て貰いたい、とあちこち連れ回されていたのでした。

 それもそのはず、こっちでこの姿の時、私がやっていたのはみんなの問題を解決すること。……いわば教師とかカウンセラーの類いであったため、長いこと来てなかったこともあってその辺りの相談が貯まりに貯まっていたのである。

 

 

「……先に言ってくれれば良かったじゃないですか」

「いや、クモコさんもここまでみんなの不満が貯まってるとは思わなかったんすよ」

 

 

 そうしてもみくちゃにされている私が睨むのは、先んじてモモンガさんに連絡をしてくれている(予定の)クモコさん。

 

 ……いやね、彼女って元ビーストでしょ?そういう厄物っぽさがあさひさんに被るかも?……ってんで、裏方を頼んでたのよね、あのあと。

 で、そのせいで微妙に記憶から飛んでて……で、あの時喫茶店を出る前に、ショートメールが来たのよね、『あのー、一つお伺いしたいんッスけど、クモコさんはいつまで影の実力者ムーブしとけば宜しいんで……?』みたいな感じで。*2

 

 それでまぁ、『あっ』って思い出したのち、じゃあクモコさんに向こうへの許可取り頼んどこう、っていう話になって。『いや、人使い荒すぎッスよ!?いやまあ、やりますけどね?やんないと大変そうだし!』みたいな返事を受けて、よっしゃこれで明日はそのまま向こうにゴーだ、的な話になったんだけど……。

 

 

「その結果がこれですよ、これ。……なんで他の人にバラしちゃったんですか?」

「いや、クモコさんもバラす気はなかったんッスよ?実際こんな感じになるのは目に見えてたッスし、それであれこれ言われるのもなー、みたいな感じもなくはなかったッスし。……ただほら、こういう時鼻の利く人、いるじゃないッスか」

「その通りだ我が華よ!」

「うわでた」

「ね?」

 

 

 ね、じゃないんだよこのおバカ。*3

 ……的な言葉は私の口からは発せられなかった。なにせそれより前に私の視界に入り込んだ変態──もとい水銀さんの対処に追われることとなったからだ。

 

 そう、水銀さん。見た目とか能力の一部とかは確かに本人のモノだが、主義主張や好きなものなどに中の人の方針が反映されている、特殊な『逆憑依』──【泥身】の一人。

 そんな彼は、本来の彼が命を捧ぐ()の代わりに、別の()──雑に言えば(キリア)に忠誠?を誓っている。

 いやまぁ、単なる忠誠かと言われると微妙なんだけど、(かしず)いていることは確かなので云々かんぬん。

 

 ……ともかく、彼の付近で私の話をすれば、たちどころにその話が周囲に広まってしまう、というのも仕方のない話。

 なのでまぁ、落ち度があるとすれば互助会にこの姿で来る羽目になったことそのもの、みたいな話になるのでありましたとさ。

 

 

「……む、言っておくが、あちらの姿だからといって私の追及が止むとは思わないでくれたまえ。私は()にこそ傅く者。それが表裏一体であるのなら、表を焼き尽くすことも厭わないのだからね」

「軽い口調で戦争起こそうとするの止めて貰えませんか?」

 

 

 この世界線だとどう考えても怪獣大戦争みたいなもんでしょ、それ。

 ……と、勃発しかねないマシュVS水銀、などという対戦カードに白目を剥きつつ、はぁとため息を吐く私。*4

 とりあえず、周囲の人の話を片付けないうちには、資料を探すとかそういうことをする余裕はないだろう。

 そう悟った私は、変わらずニヤニヤしている水銀さんを『前が見えねぇ』状態にしつつ*5、みんなの問題を片付けるために腕捲りをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ああまったく、ようやく終わりました……」

「お疲れさま、というべきかな?」

「おっとモモンガさん、お邪魔してます」

 

 

 数時間後。

 次から次へとやって来る人々の、お悩み相談やら指導依頼やらを捌ききった私は、椅子の背もたれに体を預け、大きく反りをしていたのだった。

 休憩する間もなく話を聞き続けていたので、体のあちこちがバキバキになっていたため、それを解すためである。

 

 で、そうして一時の休憩を堪能している時に現れたのが、コーヒー片手に転移してきたモモンガさんだった、というわけなのだった。

 無論、このコーヒーは彼が飲むためのものでなく、彼が私のために淹れてくれたものである。……死者の王が淹れてくれたコーヒーとか、凄く苦そう。

 

 

「ははは。まぁ、眠気覚ましには丁度いいかも知れんな。……それにしてもすまないな、うちの面々の面倒を押し付けた形になって」

「まぁ、モモンガさんは指導役にはあまり向いていませんし、仕方がありませんね」

「……事実なのはわかっているが、改めて言語化されるとなんとも言えない気分になるな……」

 

 

 笑うモモンガさんからコーヒーを受けとり、そのまま一口。……期待通りの苦味に小さく頷きつつ、苦すぎたためミルクと砂糖を投入する私である。いやほら、とりあえず淹れて貰ったモノなんだし、最初くらいはなにも入れずに楽しむべきかなー、みたいな?

 ……まぁともかく、人が苦味に唸っているのを見てくつくつ笑っているモモンガさんに、小さく皮肉を返しつつ。

 ミルクと砂糖を放り込んで甘くしたコーヒーを、ちびちび飲む私である。

 

 他の面々は、資料と夏油君の探索中。

 夏油君に関しては、こっちに来た時に向こうから会いに来てもおかしくなかったのだが……なにやら自室で作業中とのことで、それが終わるのを待つ形となっていたのだが……まぁ、流石にこれだけ経てば終わってるだろう、と他の面々が呼びに行った形である。

 

 で、資料の方はモモンガさんに許可を貰わないと開けられない倉庫に入ってるとのことで、その許可を得たアスナさんが鍵を持って開けに行ってる最中で……まぁ、双方ともそう時間をおかずにここに来ることだろう。

 そういうわけなので、私はここでモモンガさんと仲良くお話タイム、というわけなのだ。

 

 

「ふむ……話すといっても、こちらは特に話題がないが?」

「ほうほう、ではこちらから話題提供を。──お休みを取る予定は、やはりバレンタイン直前ですか?」

「……ナンノコトダカワカラナイナ」

(この上なくわかりやすっ)

 

 

 で、ここで話題にすべきこととなると……やはり、彼がマッキーにとってのトレーナーさんである、ということだろう。

 となれば、彼も暫くすれば向こうに合流することになるのでは、と思うのも仕方のない話。

 それが早いのであれば、向こうで人手が足りないとなった時に手伝って貰えるのでは?……などと思っていたのだが、どうやらこの様子だとごまかすつもりらしい。

 

 まぁ、向こうでもこの姿、なんてことはないだろうし、彼もまたマッキー(ドトウさん)のように姿を変えるためのアバターを持っていたりするのだろう。

 ……単純にこの人にゲーム、というのがどうなんだろう的な感覚もなくはないが、キリトちゃんから骸骨みたいなプレイヤーがトッププレイヤーに居る、みたいなことを聞いたことはないし、ほどほどに遊んでいるだけなのかもしれない。

 

 みたいなことを考察しながら、にやにやと笑みを向ける私と、それを受けて気まずそうに顔を逸らすモモンガさん。

 そんな、奇妙な沈黙を破ったのは、

 

 

「──やられたわ!二人とも!」

「「!?」」

 

 

 突然部屋に入ってきた、アスナさんの大声なのであった。

 

 

*1
『チェンソーマン』の67話『最初のデビルハンター』より、デンジの台詞。正確には『マジかよ~!?すっげえワルの敵が使ってくるヤツじゃ~ん!!』。人形の悪魔の力により、人形にされてしまった人間達が意識を取り戻す(もしくは取り戻したように見える)も、体は言うことを聞かないのでそのまま襲い掛かってくる……という、言葉通りの『悪い奴がやって来る攻撃』を見た際の言葉。ノリが軽いので効いているようには思えない(実際はとても効いていた。いやまぁ不可抗力で殺したりはするのだが)

*2
『能ある鷹は爪を隠す』系の最上級。普段は頼りないが、いざという時は事態を解決する力を発揮する……という系統の内、力を発揮する際に自身の姿を隠すタイプのもの。謎のヒーロー的な『姿自体は周囲に見せる』タイプや、『戦場などにおいて影響だけ与える』タイプなどが存在する。近年ではそういうキャラを主人公にした作品も多い(逢沢大介氏の『陰の実力者になりたくて!』など)

*3
多分ウインクしながら肩を竦めている。いわゆるテペウさんみたいな

*4
原作的な意味はともかく、こっちだとわりといい勝負をする。いい勝負をする代わりに周囲は焦土と化す(白目)

*5
なお欠片も堪えていない模様




「……ふむ」
「ん?どしたの宿儺さん?それ今週のジャンプでしょ?なんかあった?」
「……いや、元の俺は随分自由だな、などと思っていただけだ」
「???」


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裏の繋がりがどこまで行くかわかったものではない

「……ふむ、もぬけの殻、か」

「こっちの資料も、関係するところは文字が抜けてるの」

 

 

 突然駆け込んで来たアスナさんに連れられ、現場へと向かった私たち。

 そこで私たちが見たのは、中に誰も居ない部屋と、入り口の扉の裏側に取り付けられた謎の機械。……どうやらこの機械を使い、訪ねて来た人間に自分が中で作業をしている、とアピールをしていたらしい。

 

 つまり、夏油君も黒!……かも?みたいな話になってくるわけで。

 なにせこの機械、わざわざネジで止めてあるのである。……つまり、これを設置するだけの余裕があった、ということ。

 なんなら音声吹き込みの手間も考えれば、自分で用意して付けた、と考えた方がよっぽど筋が通るのである。

 資料の方も、似たようなもの。

 魔列車関連の文章のみ白飛びしている、というのはよく分からないが……なにかしらの術式で情報を消した、のだと見ればそれができそうな人間なんてそう居ないことがわかるだろう。

 

 そう、状況証拠的には、夏油君が魔列車の情報を持ってどこかに行ってしまった、ということになるのだ。

 そしてそれを現状に照らし合わせると……、

 

 

「今回の騒動について、なにかしらの形で関わっている可能性が高い?」

「そういうことになりますね」

「んー、確か夏油さんって、元の作品だと敵方のキャラクターなんッスよね?……これ、ヤバイんじゃないんッスか?」

「……仮にそうじゃとしても、向こうもお主には言われたくないと思っておるじゃろうがのぅ」

「ぶふっ!?ななな、なんでそこでクモコさんの話題になるんッスか!?」

「いや、だってのぅ?その論理で行くと、互助会(ここ)にはなによりも危険な者がおるでのぅ?」

「……あ゛」

「ははは……いや、いいんだ気にしないでくれ。私は確かに主人公ではあるが、同時に向こうの世界における厄災のようなもの、という評は決して間違いではないのだからな」

 

 

 夏油君が今回の再現に、なにかしらの形で関わっている可能性が高い……という話になるのだけれど。

 そこでクモコさんがもう一歩先に進んだこと──それこそ、今回の騒動の主犯格なのではないか?ということを述べようとして撃沈。

 ……いやまぁ、ここのリーダーであるモモンガさんに飛び火するような発言、というのも確かなのだが。

 すっかり馴染んでいるとはいえ、元々クモコさんの原型となったのはビーストの類い。

 その時点で割りとアウトなのに、それに加えて『それが負けた際に生み出した次世代型』だとか『モモンガさんと同じくヤバイ系主人公なクモ型生物だった』とか、アウト要素積み積みなのがここのクモコさんなので、『どの口が言うんだ』感マシマシ、みたいな?

 ……まぁ、クモ主人公さんに関しては、なんだかんだと世界を救った面もあるのでまだマシかもしれないが。

 

 ともかく。

 原作において悪役だと宜しくない、というのなら互助会メンバーはアライメント(属性)が『悪』に寄っているのでダメ、みたいな話になりかねないのであまり広げるべき話題ではない、というのは確かだろう。

 なので、その辺りの話は一先ず置いておいて、あくまでも今はっきりと確信を持って宣言できることのみを見ていこう、という話になったのだった。

 

 

「そうなると……夏油傑が居なくなったこと、魔列車の報告書が見れなくなっていること……この二点が、余計な情報のないまっさらな事実、ということになるな」

「両者に因果関係があるかは断定できない、ってことだね。……そういえばモモンガさん、連絡の方は?」

「何度か試みているが、なんとも。……念話は相手の所在不明でタイムアウト、私用のスマホは電源が入っていない……という感じだな」

「うーむ、状況だけ見ると怪しさがうなぎ登りじゃのぅ」

 

 

 そうして纏められたのは、夏油君が行方不明状態であることと、魔列車関連の資料がなくなったことの二つ。

 この内、夏油君の所在に関しては探ってはいるもののヒットせず、といった感じになっているようだった。

 ……では資料の方は、というと。

 

 

「さっきキリアちゃんも言ってたけど、魔列車関連の文章だけ()()()してるんだよね」

「白飛び?……ええと、修正ペンとかで消したとか、その部分の資料が破られてるとかではなくッスか?」

「そうです。まるでそこの部分の文字がなにかに食べられたかのように、ぽっかりと空白になっているのです」

 

 

 何度か私が述べている通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()、という形になっている。

 そう、クモコさんが驚愕したように、重要な部分が破り取られているとか、はたまた読めないように文字が消されたり潰されたりしているわけではなく、だ。

 

 その様は、まさになにかに食べられたか、はたまた文字自体が意思を持って逃げ出したか、みたいなことを連想してしまうような、あまりにも綺麗で痕跡のないもの。

 ともすれば、端からそこに資料などなかったのではないか?……と勘違いしてしまってもおかしくないような様相なのである。まぁ、実際にはその前後に別の文章が存在しているため、明らかに浮いている部分となってしまっているのだが。スペースには広すぎる、というか。

 

 

「ふぅむ、文字喰いというと、どこぞの異常存在(オブジェクト)を思い出すが……」

「うちはその辺りの権利表記をしていませんので、少なくともそれが出ないうちは来ませんよ、それ」

「……言いたいことはわかるがメタすぎやしないか、それ」

 

 

 で、その話を聞いて、モモンガさんは思わずとある存在を思い出したようだが……少なくともうちでは彼らが出る予定はないよ、と言うとなんとも微妙な顔をしていたのだった。*1

 まぁ、あそこにあるものは結構ヤバイの多いからね、来ないなら来ないで平和でいいんじゃないかな。

 ……直接的に言ってなくても間接的に明言してるようなものなので、あれの話はこれくらいにして。

 

 ともかく、魔列車周りの情報が、報告書内部から不自然な消え方をしているということは事実。

 なので、今の私たちにはあれがどういう存在だったのか、ということがわからない状態と言うことになるのだけれど。

 

 

「……うーん、でも正直、魔列車のことって普通にそっち(ff)の情報を見ればいいんじゃないかな?」

「というか、あの列車にどこまで関わってるのか?……みたいなのも謎じゃないッスか?まさかネットワーク内にイマジンとかを再現した、ってわけでもないでしょうし……」

「言われてみれば……確かに、ここで魔列車の情報が得られなかったとして、なんの問題があるのか?……という疑問はあるな」

 

 

 みんなでううむ、と唸ることに。

 ……そう、確かにここにあったはずの報告書は、読むことどころか想像することすらできないが。

 そも、私たちはその全てが『原作のある』存在。……つまり、ここで確認できなくても『ファイナルファンタジー』シリーズの攻略サイトでも確認すれば、基本的な魔列車の情報は一通り確認することができるのである。

 

 ついでに、『tri-qualia』内に魔列車が発生するか?……という点でも、微妙だと首を傾げざるをえないだろう。

 確かに、あのゲームは一般のゲームと違い、とても特別かつ特殊な存在ではある。……あるのだが、今のところあれそのものがオカルトの産物、なんてことは一切ない。オカルトめいたことを発生させているのは、あくまでもオカルト的な下地を持つ私たち『逆憑依』が関わったから、というところが大きい。

 

 つまり、『tri-qualia』でイマジンやら魔列車やらを再現したとして、そこに現れるのは中身のない形だけの似姿、端的に言うと単なる演出以外の何物でもないのである。

 無論、そこに【兆し】などが関わってくれば話は別だろうが……【兆し】の集まる場、という面から見ても『tri-qualia』が特段重要な場所、ということもない。

 

 いやまぁ、キリトちゃんみたいにあのゲームに関わった結果、変化した人も居るには居るが……あれは『ネットゲーム』に関わりの深いキャラクターだったからこそ起こったことだろう。

 それを踏まえて見ると、魔列車もイマジンも、共にそう言ったモノに関わりがあるとは言い辛い。

 関わっている人間的にも、バグスターならなんとか*2……みたいな感じだろうか?……まぁ、電王人気であちこちでずっぱりだったイマジンだと、いつの間にやら電脳適性とか獲得しててもおかしくはないのだが。

 

 ともあれ。

 ここで語られる魔列車とは、その全貌を別角度から推察できるもの。含まれている要素を含め、必要な考察要素は埋まっていると考えられるため、ここで資料が見付からなかったからなんだ、と言われると反論し辛いのである。

 

 

「一応、反論としてはあの魔列車は普通のそれと大幅に違う点があるので、そこを隠したかった……みたいな理由も考えられますが……」

「それならそれで、イマジン側から考察していけば答えにたどり着きそうではあるよね」

 

 

 ……とまぁ、こんな感じ。

 あの時得られた情報に間違いがないのであれば、あれはイマジンが魔列車の姿を得たもの、というのが真実。

 単なる【顕象】ではなかったのだとしても、なんらかの類似要素で纏められるのが基本である以上……せいぜい、混ざっても聖杯とかその辺りだろう、というのは容易に予測できる。

 

 なので、私たちはこの報告書の欠けについては、今回の騒動とは別口のモノである、と結論付けたのであった。

 

 

「と、いうと?」

「たまたま夏油さんの行方不明と重なっただけ、みたいな感じかな?……なんにせよ、今私達が優先すべきなのは夏油さんの行方の方、なんじゃないかなって思うよ」

「ふむ……まぁ確かに。自分がまだ部屋の中に居る、とごまかしながら外出している以上、他人に言いにくい理由で外に出ていることだけは確実だからな」

「そうなると……余り頼りたくはありませんが、同郷ならぬ同作の縁で辿って貰うのが一番、という感じでしょうか?」

「ん、その言いぶり……もしかして、あの人ッスか?」

「そう、その人です」

 

 

 ゆえに、一先ず報告書については置いておいて。

 夏油君の身柄を押さえるため、彼の行き先とかに当たりを付けられそうな人物に連絡を取る私。……だったのだけれど。

 

 

「……出ませんね」

「「「えーっ!?」」」

 

 

 その人物──五条さんもまた行方不明であるということを、私はその時初めて知り得たのでありました。

 

 

*1
SCPのこと。直接的に会話に出すことも、それがキャラとして出てくる予定も今のところないので、あくまで話題に出すだけと言う形。もし目次とかにライセンス表記が出たらそういうことだ、と思って頂ければ

*2
『仮面ライダーエグゼイド』に登場する敵怪人、およびコンピューターウィルスの名前。ネーミングの由来は恐らく『バグ』+『モンスター



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俺達は昔から二人で一つのファッションリーダー(謎)

「うーん、これはゆゆしき自体ね……」

「まさかまさかの五条さんも行方不明ッスかー……」

 

 

 思わず困った、と唸る私たち。

 夏油君が居なくなったのだから、その捜索は五条さんに任せるべきだろう……みたいな軽い気持ちで行われた連絡は、『現在電波の届かない場所に……』のアナウンスと共に荼毘に伏した。

 そう、なんとも恐ろしいことに、五条さんまでもが行方不明なのだ。……なんというかこう、嫌な予感がバリバリするというか?

 

 

「うーん、夏油君が実は羂索(けんじゃく)だった、みたいなとんでも展開の可能性を疑わなければいけなくなってしまいましたね……」*1

「もしくは途中で変化した、か。……なんにせよ、それが真実だとすると不味いことになるわね。……まさかとは思うけど、渋谷事変みたいなことにならない?」*2

「うわぁ、想像しただけで悪寒がするッスよ……」

 

 

 なにせ夏油君、わりと闇落ち系のキャラなのでこういう事態の時に心配がなによりも勝るタイプなのである。

 ……いやまぁ、普通なら原作でのあれこれを最新話まで記録しているため、そういう単純な原作なぞりは起きないはずなんだけど……。

 彼の場合は中身が変わって変化したタイプも兼任しているので、変わった時の危険性は他の人の比ではないのだ。

 そも彼の術式である『呪霊操術』自体がわりと厄物なので、余計にというか。

 

 ……なので、その辺りも兼ねて五条さんには彼を気にしていて貰っていたんだけど……こうなってくると悪手だったかなー、みたいな気持ちにもなってくるというか。

 私たち『逆憑依』は、今の知識を持った彼ら、みたいな存在である。なので、原作で一度失った相手なら、もう二度と……みたいな気持ちも強かろう、という考えだったわけなのだが。……よくよく考えれば中身があっち(羂索)だったら逆効果、みたいな。

 ……無いとは思いたいけど、いつの間にか獄門疆(ごくもんきょう)出来上がったりしてないだろうなマジで?

 

 しかし、こちらに相手の所在地を探る手段はない。

 それをしたいのなら、一番手っ取り早いのは私が元に戻ること、ということになってしまうわけで。

 

 

「……じゃあ、とりあえず戻るッスか?あっち(tri-qualia)に」

「そうだね、早い方が良いと思う。……思うんだけど」

「私の場合、なりきり郷まで戻らないといけないんですよね……」

 

 

 なんだけど。

 ……私以外のメンバーはいいんだけど、他ならぬ私がここだとログインできないんだよね。

 で、ログインしないと融合もできない……ってわけじゃないんだけど、遠方でログインして合流、って形を取らないのなら結局なりきり郷に戻るしかないわけで。

 うん、ここで問題なのが、わりと遠いんだよね、ここからなりきり郷って。んで更に問題なのが、今日に限ってゆかりんがおやすみだ、ってことだろう。

 

 ゆかりんがわりと働き過ぎな方に分類される、というのは皆さんご存知かと思われる。ゆかりんルームだのなんだの茶化しているが、基本的に彼女があそこに缶詰め状態なのは間違いないし。

 ともすれば結構な頻度でそこで寝泊まりしてる、ともなれば『いや家に帰れよ』とお叱りの言葉も飛び出そうというもの。

 ……そういうわけで、ある時(具体的には一度休みなさいと言い付けた辺り)から彼女を無理矢理にでも休ませる日、というのが制定されたのである、大体一月に一回ほど。

 

 ……いやまぁ、言いたいことはわかる。

 月に一回じゃなく、ちゃんと週に二度くらいは休め、っていうのはわかる。……んだけども、彼女の能力や性格上、例え休みの日でもなにかあれば『なんなのよー!?』と言いながら、それでも仕事に出てくるのは確実。

 要するに、休みが休みにならないパターンがわりと多いのである。なので、週二日の休みに加え、『本当になんにもしない、その日は朝から晩までずっと寝て過ごす』日というものを制定したのだ。それが、月一度の『ゆかりん完全おやすみデー』。

 ……まぁ、これに関しては本来半日寝てないと調子が出ないはずのゆかりんが、休みの日も平日と変わらない睡眠時間で活動してしまう悪癖があるから、みたいなところもあるのだが。

 

 ともかく、この『ゆかりん完全おやすみデー』は、なにかしらのイベント事が行われる場合、その一週間前くらいに定められる変動型の休日である。

 振り替えとか代替とかはなく、他の休みと被れば一緒に処理されるようになっているのは……ゆかりんがそこは譲れないと駄々を捏ねたから、というのは内緒の話。

 ……今回の場合、バレンタイン当日とか確実に酷いことになるでしょう……という理由から、その一週間前が該当日となっている。

 

 

「つまり今日ですね。……なので、スキマで向こうに帰る、みたいな方法は使えません」

「うわぁ、ッス」

 

 

 つまり、今日に限って移動手段が、地道に最寄りの交通機関を頼るしかない……ということになってしまっているわけで。

 ……なんというか、悉くタイミングの悪さを感じざるを得ない私であるのだった。

 

 

「……まぁ、愚痴っていても仕方ありませんね。どなたか先にログインして、キーアにこの事を伝えて頂けますか?」

「あ、じゃあクモコさんがやるッスよ。流石にアスナさんのには負けるっすけど、クモコさんのHMDも中々高性能にカスタマイズされてきてるので!」

「……無線も繋がってないのにゲームができるって部分は、正直私のよりおかしい気がするなー」

 

 

 いやまぁ、アスナさんのそれは変身アイテムにもなる時点で大概ッスからね?……などと言いながらクモコさんはHMDを取り出し、流れるようにログイン。

 そのまま、向こうの面々にこちらでの報告をし始めたのだけれど……。

 

 

「……はい、……はい?……ええと、もう一度言って貰えるッスか?……はい……はい……ううん、ちょっとクモコさん横になっていいッスか?正直キャパを越えてるッス……」

「……?なんだか、ちょっと様子が変だね、クモコちゃん」

「変というか、突然横になるのは最早不審者の類いではないかのぅ……?」

 

 

 向こうに合流したらしいクモコさんは、最初のうちはこちらの情報を伝えていたのだけれど。

 途中から向こうの話を聞くターンに移行し、そのままどんどんと衰弱……雑な言い方をするなら萎え始めた感じに。

 

 いや、一体なにが?……と首を捻る私たちの前で、遂には地面に横になってしまった彼女。

 ……ゲーム中にHMDを外すのは良くないのだが、彼女ともなればそこら辺は大丈夫だろう、と頷きあった私たちは、意を決して彼女のHMDをそっと剥ぎ取り。

 

 

「……あーうん、問題ないみたいッス、五条さんも、夏油さんも」

「「「「……は?」」」」

 

 

 もうどうにでもなーれ、みたいな感じに目の据わったクモコさんが発した言葉に、思わず顔を見合わせることとなったのでした。

 

 

 

 

 

 

 なにがなにやらと首を捻りながら、とりあえず戻らないことには始まらないので、モモンガさんに別れを告げ新幹線に飛び乗り暫く。

 帰ってきたなりきり郷に感慨を抱く間もなく、トップの居ないゆかりんルームを突っ切って遊戯室へ。

 そこでキーアと融合を果たした私は……さっきのクモコさんの態度の理由を知り、思いっきり脱力していたのであった。

 

 

「……あ、その様子だと戻ってきた感じ?じゃあ、わざわざ説明はいらないよねー」

「……ちょっと、一応説明はした方がいいのではないですか?彼女は良いとしても、他にわかっていない人もいるのでしょうし。いやまぁ、説明したくないのは山々なんですが……

「……えっと、この子達は……」

「うむ、食堂車でパンフレットを落とした娘子達じゃのぅ。……むむ?そういえば何故こやつらと一緒におるんじゃ、お主ら?」

「あーうん、それに関しては私から説明を。実はね……」

 

 

 遅れてログインしてきた(今日もこっちに泊まるつもりらしく、一緒に移動してきた為ログインタイミングが遅れた)二人、ミラちゃんとアスナさんが目を丸くしている。

 それもそのはず、そこにこちらの集団に紛れて立っていたのは、食堂車で愉しげに話をしていた少女二人。

 

 ……どことなーくどこかで見たことのある気がするこの二人が、何故ここにいるのか?

 いやまぁ、ぶっちゃけてしまうと見た目だけなら『リコリス・リコイル』の主役二人、錦木千束(にしきぎちさと)井ノ上(いのうえ)たきなにしか見えないわけなのだが。*3……それにしては、幾つか違和感があるというか。

 

 具体的には、千束の方の髪の色が()()()()()……もっというと青っぽい白とか。*4

 あとは、たきなの方もなんか、所々の意匠が()()()()()()()()()()()()()というか。

 

 ……まぁ、そんな感じで『似てるけどコスプレかなー』みたいな感じで流されていたのだった。

 特に、あのパンフレットの内容的に()()()()()()()()()()()()()だけでは、こちらの同類(逆憑依)とは断定できなかった、なんて事情も重なっていたし。

 要するに、そんな感じにほんのり漂う違和感から、私たちは彼女達二人を単なる『ゲーム内でなりきりアバターを入手した一般プレイヤー』と()()()()()()()ということになる。

 

 ……さて、ここまで言えばなんとなーく予測が付いている人が居るかと思われるが、もう一つ。

 彼女達が()()だと疑われたのには、キリトちゃんが彼女達を見て違和感を覚えたから、というところがある。

 この違和感は『キャラとして再現されていない』ことへのそれではなく、()()()()()()()()()()()()()()、というもの。

 ……要するに、ふと見ると確かに少女達のキャッキャッウフフなのだが、よくよく見てみるとなんかこう……()()()()()()()()()()()()()の空気がする、というか。

 

 さて、では種明かし。

 たまには別の場所で、()()()姿()()()()()、単に遊びたい──みたいなことを言ったのかは定かではないが。

 

 

「……え、いやちょ、もしかして……?!」

「そう、この超絶可愛い美少女の中身は!……なんと五条さんでしたー!」

「……まぁ、それでわかると思うけど。私の方は夏油傑だよ、言いたくはなかったんだけどね」

「……なん、じゃと……!?」

 

 

 この最強コンビ、何故かJK生活を満喫していたのであった。

 ……いやなんでだよ(真顔)

 

 

*1
『呪術廻戦』における現状のラスボス枠。人のことを『キッショ』と煽るが、当人の方が比べられないほどにキッショいことをしていたりする(ネタバレになるので所業は割愛)

*2
『呪術廻戦』内の事件の一つ。特級呪霊の複数撃破などの快挙もあったが、特級呪術師・五条悟の封印に始まり、両面宿儺の領域展開を筆頭とする民間人・建物への被害や一級呪術師の多数殉職・離脱など、味方側が被った被害も甚大。特に黒幕である羂索に関しては、ほぼ彼の思惑通りに事が進んでいるという点から見て、人類側の損失は最悪の一言となるだろう

*3
『リコリス・リコイル』とは、治安維持組織に身を置く少女暗殺者『リコリス』達の一人、歴代最強と称された少女・錦木千束と、彼女の元に左遷されてきた少女・井ノ上たきなの周りで起きる出来事を描く作品。二人はそれぞれ主人公格のキャラクターである

*4
公式設定で、千束の髪の色は『黄色っぽい白』



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男も女も意外と好きな要素は似通っている

「……うーん、なーんか気になるんだよなー」

「気になるって……なにが?キリトちゃん」

 

 

 もう一人の私と、別行動を取り初めてはや二日目。

 なにか有力な資料でもないか、と彼女が互助会に向かったのに対し、こっちに残った私たちは相変わらず列車内を探索していたのだけれど。

 先日からずっとなにかを気にしたような様子を見せていたキリトちゃんが、思わずとばかりに声をあげたため、私たちは彼女に注目することに。

 

 で、そうして注目を集めた彼女が主張したのが、先日の食堂車で出会った二人についてのこと。

 ……要するにパンフレットを落としたあの少女達のことなのだが、キリトちゃんが言うには彼女達には()()()()()()()()()というものがあるのだという。

 

 

「んー?もしかしてあの子達が『逆憑依』かもってこと?……けど、あの二人の見た目、ちょっと違う感じだったよ?」

「ああ……リコリコだっけか?なんか一時期、滅茶苦茶流行ってたよなあれ」

「うむ?そのりこりこ……とやらが我にはわからぬのだが……?」

「あーうん、ハクさんの守備範囲ではなさそうだよね、確かに」

 

 

 ……そんなわけで、ちょっとしたリコリコ解説タイムに。

 まぁ、私もそんなに詳しくなかったので、みんなでアニメ鑑賞タイムに変わっちゃったわけなんだけど……。

 

 

「……ふむ、ガンスリ系かと思っていたが、意外と違うのだな?」*1

「いや、あれはあれでそうそう真似できるようなモノでもないでしょ……」

 

 

 お労しさがエグいわ、いやまぁリコリコもわりとそんなとこあるけども。*2

 ……みたいな感じで語り合いつつ、改めて彼女達の姿を思い浮かべることに。

 

 確かに、全体的な空気感とかは彼女達を思い起こさせるモノだったわけだけど……だとすると、幾つか看過できない違和感があったわけで。

 

 まず一つ目が、千束の髪の色。アニメだけだと金髪に見えなくもないが、あれは系統としては黄色掛かった白髪、ということになるらしい。

 なんでも、実は病弱系でもある彼女の髪の色が典型的な青系の白髪だと、あまりにもベタだ……ということで変更されたのだとか。*3

 確かに、属する組織において最強と称されるほどの実力を持つ人物が、病弱かつ白髪キャラ……だと、色んなキャラを想起してしまって『どこかで見たことがある』なんて言われてしまう可能性は否めまい。トキさんとかの系統、というやつである。

 

 そこを考慮して思い起こして見ると、件の千束っぽい人の髪の色は、普通に青系の白髪であった。

 ……プロトタイプという言い訳はできなくもないかもしれないが、ネトゲ内の『逆憑依』が基本自身の姿そのままになることを思えば、細かいことではあるとはいえ髪の色が違う……というのは考え辛いことだと思われる。

 

 次に、相方であるたきなの服装について。

 彼女達が属する『リコリス』は、犯罪が起きる前に犯人を殺すことを許可される『殺人許可証(マーダーライセンス)』を与えられた少女達の集まりであり*4、それを可能にし・かつ人目に付かないようにするために支給されているのが、傍目には女子高生のそれにしか見えない造りになっている制服である。

 これは、『そこらに普通に居るような女子高生が、そんな凄腕エージェントだとは思われまい』という一種の先入観を利用したモノでもあり、彼女達の制服はある意味現代の迷彩服と言える代物だ、ということになるのだが……。

 だとすると、あのたきなが来ていた制服は、言い方は悪いがとても()()()のだ。

 

 ところどころに和風を感じさせる意匠が凝らされたその制服は、ふと見た時に抱く印象が、普通の制服とはまったく違う。

 ただの制服を迷彩として使っているのだから、そういう個性が滲み出てしまう意匠は本来避けて然るべきものなのだ。

 ……というか、原作のたきなに『和』を感じさせる要素なんて、それこそその髪の色くらいのもの。

 そういうところを鑑みるに、彼女の纏う空気を大きく変化させるそれらの服装は、『逆憑依』がアバターとなる時の原則からするとどうにも違和感を感じさせてしまうのである。

 

 

「……あー、デフォルトだと存在しない服装でも、俺らの場合はそれがデフォルトとして発生する……みたいな?」

「だねぇ。ハセヲ君のデフォルトの服装とか、わりと奇抜よりだからね、実際」

 

 

 奇抜……と微妙な顔をしているハセヲ君だが、しかしてその服装が奇抜寄りなのは間違いない。

 

 だって、最初(1st)の姿だとノースリーブの上にベルト増し増し、みたいな格好だぜ彼?それが正当進化した次の姿(2nd)はまぁ、並べる分にはそこまでではないだろうけど……。

 その次の姿(3rd)に至っては、『お前さんどこの敵怪人ないし悪堕ちキャラだよ』みたいな格好で違和感増大だし。……いや、単品で見るとカッコいいけどね?

 で、現在の彼の姿である四番目(Xth)に関しては、今までと路線がガラッと変わって正統派的なカッコよさで、これはとても良いと思う。

 ……でもやっぱり方向転換し過ぎな気もする。だって黒から白、だからね。いやまぁ、小説版の彼の四番目(Xth)相当になる、羽が生えて白くなった三番目(3rd)の姿もイメチェンにしてはちょっとガラッと変えすぎ感はあるんだけど。

 ……え、最後(5th)?なんで素肌コートになったの?裸族?

 

 とまぁ、あんまり正統派なカッコよさには繋がってない感じのあるハセヲ君である。

 ……いやまぁ、全体的に見ればちゃんとカッコいいんだけどね?でもちょっと肌出しすぎ刺々しすぎ、みたいな感じもあるというか。

 

 閑話休題。

 まぁ要するに、彼の服装はあまり類例がないタイプのもの、ということ。

 にも関わらず、彼のデフォの服装はゲーム内のそれそのものであった。……ということは、『逆憑依』のアバター時の服装というのは、そのキャラのパブリックイメージに沿ったものになる、というのが普通なのだろうと予測できる。

 

 つまり、あのたきなっぽい人の服装が普通の制服でない、という時点で『それっておかしくないかな?』ってなる、というわけなのだ。

 いやまぁ、運営から贈呈された特殊アバターがあれば、先までの違和感も払拭できるんだけどね?……でもこう、ほんのり本人と違う感じの──言ってしまえば(2P)カラー的なアバターとか、普通欲しがるかなー?……みたいな気持ちもあるわけで。

 

 要するに、指摘できる程度には違いがあるけど、まったく別のキャラと主張するには弱い……みたいな違いなので、あれが本人(逆憑依)と見なすにはどうにも違和感が残る、というのが今回の疑問点になっているわけなのだ。

 

 

「ふぅむ、別人認定には浅いが、本人認定には深い……そんな違いと言うわけか」

「そうだねぇ。それと、本来『逆憑依』の見分けに使える『他と反応が違うところがある』っていうのも、今この列車の中だとまったく宛にならないってのも問題だったりするねー」

 

 

 ハクさんがむぅ、と小さく唸る。

 そう、今回の話がややこしくなっている一番の理由は、この列車に乗っている限り『逆憑依』と普通のプレイヤーの差異が限りなく小さくなっている、というところにある。

 

 私たち『逆憑依』は、普通の生活でも常にアバターを被っているようなものであるため、こういうネットゲームにログインするとその辺りが判定に悪さをし、結果として憑依部分が電脳空間における感覚器としての役割を果たしてしまう……という問題があるが。

 その問題は、逆を言うと私たちの同類を見分ける手段として、とても有効なモノとなるという利点にもなっている。

 この『ネトゲにおいて勝手にフルダイブになる』というのは、『逆憑依』だけではなく【顕象】でも起きることなので、実はその辺りの見分けには使えなかったりするが……そもそも現実でもその辺りの見分け方は自己申告の部分もあるため、大して問題じゃなかったりする。

 まぁともかく、本来私たちと普通のプレイヤーは、見分けることがとても簡単なのだ、ということは間違いではない。

 

 だがしかし、現在私たちが乗り込んでいる豪華列車・エメにおいては、その判断方法は使えなくなってしまっている。

 そう、この列車そのものが感覚器として代替を行っているらしく、元が普通のプレイヤーであっても今は料理の味などを楽しむことが可能になってしまっているのだ。

 そのせいで、私たちはある種のアドバンテージを失ってしまっている、というわけなのである。

 

 ……いやまぁ、できないことができるようになっている、ということ自体は喜ばしいことでもあるんだけどね?

 ただこういう『逆憑依』かどうかわからない相手に相対した時、それを判別するもっとも確実な方法が封じられている……ということになるのはちょっと問題かなー、というか。

 

 そんなわけで、どうにも確証が持てないためううんと唸る羽目になった私たちは。

 

 

「……とりあえず、様子を見るって意味も込めてもう一度食堂車に向かう、というのはどうだろうか?ここで無闇に唸っていても、解決できるものも解決できないだろう?」

「……んー、アンチノミーさんの言う通り、かな?正直今のところ他にできることもないし、キリトちゃんの違和感を解消するってことを優先しても問題はないと思うし」

 

 

 そうして、再び食堂車まで向かうことになったわけなのであった。

 

 

*1
GUNSLINGER(ガンスリンガー) GIRL(ガール)』のこと。相田 裕氏の漫画作品で、『少女と銃』を主題とした作品の金字塔として有名。その縁というわけではないが、『リコリス・リコイル』もこの作品を気に留めていた、と監督が明言している(作品の方向性を被らないように気にしていたとか。『ガンスリ』の方はわりと暗めの作風)

*2
『リコリコ』の方は戸籍のない少女達だが、『ガンスリ』の方はそこに加えて身体の改造・洗脳処理なども施されている

*3
病弱キャラに付き物の属性として、『白髪』というものがある。若いのに髪が白い、というのは弱さを主張したり、はたまた神秘性を主張したりするのに丁度よいとされる

*4
ジェームズ・ボンドが持つとされるもの。任務の際に容疑者を殺害しても問題ないという許可証。……なお、現実には文書として残るとそちらの方が問題なので、実在はしていない(あっても精々口約束。つまり簡単に齟齬にされる)という考えの方が主流



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中身を気にしなければ意外と見れる

 そうして向かった食堂車には、変わらず人の波が溢れていた。

 ……普通の料理と比しても結構上等な部類に入る食事を、この列車への乗車賃以外の追加料金を支払うことなく、かつ自身の体への影響を気にすることなく食べられる……ということ点で、どうにも人気が爆発している様子である。

 ……いやまぁ、本当に体への影響とかないのか、って言われるとちょっとよくわからないんだけどね?ほら、プラシーボ効果とかあるわけだし。*1

 

 で、そんな風に人のごった返す食堂車の中に、人の少ない箇所が一つあるのであった。それが、

 

 

「んー!あまーいおいしーい!やーもう、これ幾らでも食べられるねマジで!」

「止めなさいはしたない。……いや、ホントに止めましょうね、周囲の視線とか気にならないんですか貴方」

「えー?でもさぁ、これだけ美味しいんならちゃんと主張しなきゃダメじゃない?」

 

 

 そう、件の少女達二人の周りである。

 そのテンションの高さゆえか、はたまた華々しさゆえか、もしくはてぇてぇでも感じて壁の花を決め込んでいるのか。

 ……よくはわからないが、二人が注目を集めに集め、かつ遠巻きにされていることは違いないようだ。

 そしてやはり、彼女達はふと見た時にリコリコ主人公組の二人を幻視させるものの、どこか違うという気がしてすぐにそれが霧散する、という空気に変わりはない。

 なので、やっぱり『逆憑依』ではないんじゃないかなー、みたいな気持ちが湧いてくるのだけれど……。

 

 

「うーん……やっぱり、違和感があるなぁ」

「そうなの?……んー、違和感……違和感ねぇ」

 

 

 それを見たキリトちゃんは、やっぱりなにかしらの違和感を感じている様子。

 ……この場合の違和感とは彼女達が『逆憑依』だとするとおかしい、という私たちが感じているそれとは別種のもの、ということになるらしい。

 ってことはつまり、それは彼女達が『逆憑依』だと示しているもの、ということになるかと思われるのだけれど……。

 

 んー、わからん。

 正直な話、違和感はあってもそれが重ならないという時点で、それを言語化できないことには違いが判別できない、みたいな状態に陥っているというか。

 そんな感じで皆で首を傾げて……、

 

 

「……ん?」

「どうしたキーア?」

「いや……今なんか……おかしかったような気が……?」

「ホントか?俺の主張をわかってくれたか?!」

「うひゃ、待って待ってまだ確信も確認も取れてないんだから待ってって!?」

 

 

 なにか、ほんの一瞬些細な違和感を覚えた、ような?

 

 あまりにも一瞬だったため、確証には至らなかったが……確かに、否定するための違和感ではなく、肯定するための違和感があったような気がするような?

 ……思わずそんなことを口走ったものだから、賛同者が出たと大喜びで近付いてくるキリトちゃんである。……いや待って、まだそんな気がした程度のあれだから、今その残滓を逃すともう二度と掴めない気がするから本当に待って!?

 というような感じに、興奮するキリトちゃんを宥めつつ、改めて二人を眺めること暫し。

 

 入り口から中を覗くスタイルの私たちに、中から外へと出てくる人々が不思議そうに首を傾げて行くのを見送りながら、私は二人を眺め続けて……続けて……?

 

 

「……どうした、突然振り返って」

「…………エモート…………」*2

「妹?」

「聞き間違いにしても酷すぎんだろ、ノミー。……しかし、エモート?感情表現ってことか?それがなに……あっ」

「えっ、なにか気付いたのかハセヲ?」

 

 

 今しがた食堂車を離れていった人を振り返る私。

 そうして口をついて出た言葉は、大袈裟な感情表現を意味する言葉であるエモート(emote)。ネットゲームにおいては、身振り手振りで相手になにかを伝えようとするモーションのことを指す言葉であり。

 ──そしてそれは、基本的に定型化されているものである。

 例えば挨拶をするのなら手を振るとか、食事をするのならモノを口に運ぶ動きをするとか。

 それらは基本的に、普通の人がするそれより大袈裟な動きとなって表現されている。

 それは、咄嗟のチャットができない人ややれない人が、周囲にいる人々に自身の今の感情を正しく伝えるため。もしくは、言語的に別の国の人同士であっても、簡素ながらコミュニケーションを取るため。

 

 とはいえ、それらは進んだネットゲームなどでは廃れるものでもある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のなら、定型文的な動きは寧ろ感情表現の邪魔となることだろう。*3

 

 ……ところで、この『tri-qualia』というゲームは、他のネットゲームよりも遥かに進んだシステムを持ち合わせている。

 自動クエスト作成機能や、自身を自身でアップデートすることすらできるカーディナルシステム。それは、このゲームに革新的な表現を幾つももたらして来た。

 

 その内の一つが、『クリエイト(C)エモーション(E)システム(S)』。

 目指す先が元となった『ソードアート・オンライン』のようなものであるとはいえ、そのラインに到達するまでにはまだまだ時間が掛かるだろう……ということで、アバターを本当に思う通りに動かすことはできない現状を憂い、システムが作り上げた新たな表現方法。

 件の作品から派生した作品である『アルヴヘイム・オンライン(ALO)』、そこで採用されていた『オリジナル・ソードスキル・システム』を参考にしたそれは、単語に相当する既定の動きを組み合わせることにより、より多彩な表現ができるようになった()()()()である。

 

 それは本当に画期的なシステムで、ある程度のアセット*4を組み合わせるだけでもそれっぽい動きが取れるようになったし、人によっては本当に細かい動きを組み合わせ、より自然な動きを生み出したりもしていたのだが……このシステムの本当に素晴らしいところは、あくまでも既存の動作の組み合わせでできているものであるため、他のプレイヤーにも共有が容易である、というところにある。

 そう、例えば現実で有名になったダンスがあった場合、動きを再現したあとパッケージングしてしまえば、容易く他の人にも共有できたのである。

 そのため、このゲームを始める際には、そういった有志の作ったオリジナルモーションを一緒にインストールする……という行為が常態化していたわけなのだ。*5

 

 さて、ここまで語ってから話を戻すと。

 さっき食堂車をあとにしたプレイヤー達が行っていた、こちらを見て不思議そうに首を傾げるという動き。

 あれは、そういうエモートが既に存在するためにできた行動なのだ。言うなればあの動きをするために()()()()()()()()()()()()()()、ということである。

 ……いやまぁ、用意されている有志のエモートは膨大な数に至るため、正確には選択ウインドウから該当のモーションを選択する、みたいな感じだとは思うのだが。

 まぁ、よく使うモーションに関しては、ショートカットキーに設定していてもおかしくないかもしれない。このゲーム音声認識機能もあるので、該当する台詞にモーションを紐付ける、みたいなこともできるだろうし。

 

 …………そこらで食事をしている人達も、実際は本当に食事をしているのではなく、食事をするモーションをその都度選んでいる、というのが原理としては正しい。

 この場所の効果により、ある程度該当モーションの選択ラグが減ったりはしているだろうが……それでも、取れる動きというのは有志の作ったモーションに準じているはずである。

 もっと簡単に言うのであれば、その場その場に応じたモーションを半ば自動的に選んでくれるようになっている、という感じか。

 

 さて、そこまで語ったところで。

 改めて、件の少女二人に話を戻してみよう。

 

 この二人、ケーキや飲み物を食べながら会話を行っていた。

 一応、これと同じような動きは存在している。具体的には『食事モーション』と『会話モーション』だ。

 とはいえ、有志の作ったそれは個別のもの、組み合わせて使えるモノではない。……まぁ、それらに使われているアセットを個別に組み合わせ、新しいモーションを作っておけば問題はないわけなのだが。

 実際、こだわる人間は個人用でそういうの作ってたりするし、あの食堂車にもそういうものを使っているとおぼしいプレイヤーは幾つか存在していた。

 

 ……存在はするが、しかしそういう人は、得てして()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということが多い。自分だけができる動きとして登録し、有志のサイトに投稿していない……ということがほとんどなのだ。

 あまりに多岐に渡って特殊モーションが──しかも使用用途が被るようなものを持っていると、悪目立ちをするとでも言うべきか。

 有志のサイトに投稿された多種多様なエモートは、いわば彼らが『みんなに使ってほしい』と思って投稿したもの。

 その恩恵はこのゲームのプレイヤーのほとんどが受け取っており、翻ってオリジナルエモートの作者は先人にならい・ないし先人からの恩を次に受け継ぐ思いも込め、個人で使いたい一部のモノを除いてサイトに投稿する……という暗黙の了解が生まれている。

 ……まぁ一種のマナーみたいなものだが、これが結構浸透しているため、それを破っている人への眼差しというのはそれなりに冷たいものになるのだ。

 

 件の二人は──ほぼアウトだろう。

 このあと彼女達の動きが投稿されればあれだが、先ほどのやり取りに含まれるオリジナルエモートは片手で数えきれるものではない。

 ……いやまぁ、以前からあったものに類似しているものもあるようなので、実際には文句は言われない可能性も高いが……少なくとも、『食べながら喋る』部分に関しては言い逃れはできまい。

 ……他のエモートが問題ないのであれば、この一つだけが特別となって許されることだろう。実は複数のエモートを滅茶苦茶切り替え捲って自然な動きに見せている、なんて可能性もあるわけだし。

 

 そう、複数のエモートの適切な切り替え。

 実は、それの実例というものが、私たちのすぐそばにある。──そう、私たち『逆憑依』だ。

 

 私たちのアバターは本来私たちが被っている役がそのまま反映されている、という話だったが。

 これは、ゲームシステム的にはそのアバター部分が本来かなりややこしいことになっているシステム稼働の代理を務めている、みたいな部分もあるらしい。

 そのため、私たちが自然に動かしている体は、システム的には各種エモートをかなり緻密に動かしている、という扱いになっているようだ。

 

 なので、ネットではヤバイ操作をしているやつらが居る、みたいな都市伝説になっているらしいのだが──それに当てはめると。

 あの二人は文字通り、()()()()()()()()()

 そしてそれは、努力で到達できはするものの──原則的には、私たち『逆憑依』がする動きのそれである。

 

 

「そう、違和感はこれのことだったんだよ。ここでは確かに料理の味を感じたりできるけど。──そもそもの話、あんなに滑らかに動けるようになる理由にはなってない。それができるのはよっぽどのエモート廃人か、私たちのお仲間だけなんだってことになるわけさね」

「……なるほど、簡潔に言うとあやつらだけフレームレート(fps)が高過ぎる、ということだな?」

「いや間違ってないけど……」

 

 

 なんかいきなり俗な話になったなぁ、なんてことをハクさんの発言から思わされてしまった私なのでありましたとさ。

 

 

*1
プラセボ・偽薬とも。薬効的には無為だったりするのだが、患者本人の勘違いによって偽物の薬効が現れてしまうこと。いわゆる『病は気から』の薬バージョンとも言えなくはないか。思い込みがもたらす影響と言うのは意外と重く、治験などではこれを排除するのにそれなりに苦労することも

*2
『emote』。大袈裟に感情を表すという言葉の通り、ゲームなどで身振り手振りで周囲に自身の気持ちを示すことを指し、そこからゲーム内の一部のモーションを示す言葉となった。踊ったり腹を抱えて笑ったり、ゲームによって動きは多種多様。なお、相手をバカにする為に使われることもある為、使い方には注意が必要だったり(その気がなくてもバカにされた、と感じる相手も居たりする)

*3
この場合の該当例はまさに『フルダイブ』タイプのゲームのこと。そこまで行くと大抵の動きは自然にできるものになっている為、わざわざ定型として用意する意味がない

*4
資産という意味の言葉。ゲームにおいては、予め用意された素材のことを指す。特に背景にある木々などは、個別に作り込む必要も薄いので予め用意されているデータをそのまま流用する、ということが多い(その結果、同じ形の木が並んでいるため違和感の元になる、ということもある)

*5
PCゲームとMODは切っても切り離せないもの、みたいな話



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そうして答えはここに浮上する

 はてさて、今まで感じていた違和感の正体が、少女達の動きがあまりにも自然すぎた、ということにあったのだと確信した私たち。

 そうなると、あれはやはり『逆憑依』なのだということになりそうなのだが……一応、驚異的なエモ廃ならやってやれなくもないかも?……みたいな部分もあり、あともう一押しくらいなにか確信めいたものが欲しい感じの私たちなのであった。

 

 いやだって、ねぇ?

 状況証拠的にはまごうことなき黒なんだけど、だとするとやっぱりあの姿が変……ということになってしまうというか。

 だって『逆憑依』って、()()姿は固定なわけなんだし。

 ………………ん?

 

 

「どうしたんですかぁ~?私の顔なんか見つめてもなにもありませんよぅ~」

「……あー、それならあり得る、のかな?でも……いや、それくらいしか……」

「いや、いきなりなにをぶつぶつ言ってんだよ、ビビってんぞそいつ」

「び、びびびビビってなんかないですぅ~!」

 

 

 ううむ、と悩みながらふと視線を向けた先。

 そこにいたのは、なにやらあたふたと慌てたような動きを見せているドトウさん……もといマッキー。

 彼女は中身が自分(マッキー)であることを隠すため、必要以上にドトウさんとして振る舞っている節があるわけだが……。

 

 そう、他人になりきること。

 それは、本来とても難しいことである。……いやまぁ、『逆憑依』がなにを言ってるんだ、という話なのだが。

 ともあれ、()()()()()()()()()()()()()()というのが、真面目にやろうとすると意外と難しいものである……というのは周知の事実。

 ──なりきり郷において、胸を張って『なりきれている』と言えそうなのが、行き過ぎて危うさを兼ね備えるまでに至った、レベル5に分類されるマシュやシャナくらいのものである……ということからわかるように。

 

 無論、他の人々がなりきりに真剣に向き合っていない、という話ではない。ここで重要なのは、彼女達のレベルまで行くと『なりきり』というよりは最早『演劇』のレベルに達している、ということにある。

 

 いつぞやか語ったように、なりきりの最上級というのは俳優、それもその中にある特殊例の『メソッドアクター』になる。

 これは、最早役がその人に乗り移ったレベルの演技力、ということになるわけだが……そのレベルまで行くと、本来の人格に影響を及ぼすことさえあるとされている。

 

 それくらい、役と自我の境界を曖昧にしてこそ、なりきりというものが本来目指すものに近付けるということになるわけなのだが……正直な話、そんなレベルまでなりきろうとする人間というのは、ごく少数でしかないだろう。

 当たり前だ。だってそれは自己的な人格改造、下手な言い方をすると遠回りな自殺ですらあるのだから。

 

 自分ではない誰かになりきることで、本来の自分が歪められるなど、やり方としてはあまりに歪、あまりに特異すぎるだろう。

 無論、そういうやり方でしか辿り着けない境地、というのもあるのだろうが──普通、それを遊びの延長線上で目指そうとする者は居ない。()()()()、それをするなら仕事としてということになるだろう。

 

 ──そう、遊び。

 なりきりなどと呼称する場合、それは普通遊びの延長線上でしかないのだ。

 互助会の人達のように、本来の自分の方を付属品だと勘違いしてしまい、結果としてなりきりの範疇を飛び越してしまった人も居るけれど──そういう特殊な例を除けば、大抵の『逆憑依』はキャラの人格を持つものの、それだけに傾倒することはない。

 そのキャラにとっての常識でも、それが今の常識にかち合ってしまうのであれば、容易に折れることができる……それくらいの柔軟さを持ち合わせていることがほとんどだろう。

 

 だがしかし、そうなってくると困ったことが起きてくる。再現度だ。

 例えば極悪非道の悪役に『逆憑依』してしまったとして、その人物そのままをなぞる、ということはできないだろう。現代の常識にかち合う思考や行動を、()()()()()()進んでやろう……ということにはならないはずだ。

 ──だがしかし、そうして自重したキャラクターは、はたして元のキャラと同一だと言い張れるだろうか?

 

 

「……つまり、今の姿の俺はまだしも、以前の姿の俺ならもう少し刺々しくしとくべきだった……みたいな話か?」

「まぁ、ハセヲ君はわかりやすいよね。……いや、ハセヲ君は寧ろわかり辛いかも……?」

「……いや、今は裏設定とかいいから」

 

 

 ばみょん、なんて言わねーよ。*1

 ……などという言葉がハセヲ君の口から漏れたが、一先ずスルー。……いや、彼の場合裏設定とか考えるとドツボにはまるから、ね?

 

 まぁともかく。

 そのキャラがしそうにない言動というのは、『逆憑依』・ひいてはなりきりとしての再現度を下げていくものである、というのは確かな話。

 そこで一種の逃げ道として用意されているのが──二次創作的なキャラの誇張だ。

 

 要するに、モノマネ芸人などが行っていること、ということになるか。

 特徴的な言動をするキャラの、『特徴的な部分』を強調して笑いを取る……というそれは、正確性という意味での再現度とはまた別の方向性の再現度を稼ぐのに、実に持ってこいのやり方だったりする。

 そのキャラ自身である、と周囲に納得させればいいのであれば、これほどわかりやすいモノもないだろう。

 

 

「例えばハム太郎なら語尾に『~なのだ』って付けるだけでも、なんとなく似ている気になってくるし。わしって喋るロリっ子ってだけでも、何処と無くミラちゃん感は出てくるよね」

「ああ。だからこそ私達のような、言動に特徴のないキャラはやりにくい、なんて話になってくるわけなのだが……」

「そういうキャラはメソッドアクター型に進む(心情を語る)しかないからね」

 

 

 アンチノミーさんの言う通り、言動に特徴のあるキャラクターというのは、()()()()()似せる分にはとても楽なタイプの存在である。

 無論、ちゃんとそのキャラ自身に見せるためには、やはりキャラクターの理解力を高めていく必要があるが……今その場で笑いや興味を引く分には、その程度のやり方でも問題はないはずだ。

 

 ──そう、なんとなく似ていれば十分。

 それこそが、今回の違和感を解く最後の鍵だったのだ。

 

 

「……鍵?」

「なりきりという行為から生まれた私たち『逆憑依』は、その成立過程からして『他者になりきる』という行為に弱いと言える。……わかりやすい例は【継ぎ接ぎ】、かな。既になにかを模倣している私たちは、別のものを模倣しすぎると本来の自分自身に属性を加えてしまう──言い方を変えれば自分というキャラを()()()()()()

「……あー」

 

 

 そう、私たち『逆憑依』に付き纏うモノ、【継ぎ接ぎ】。

 本来の()()に、新しい要素を文字通り継ぎ接ぎするそれは、言うなれば要素の合成である。

 そうして出来上がったものは元のそれではなく、新しいなにか。……定義が変わっているため、再現度の計算もまた新たに行われているとおぼしい。

 言うなれば、二次創作のキャラとしての再現度、と言えるか。先の『笑いを取るためのモノマネ』と、扱いとしては近いものがあるかもしれない。

 違いがあるとすれば、こちらは必ずしも笑いを取ろうとしているわけではない、ということか。

 

 

「なにかを強調した結果変質するのではなく、新しい要素を加えたことで変質したもの。……ある意味では連載当初と終盤のキャラが違う、という話に通じるものでもあるのかな?」

「ハセヲと楚良みたいな?」

「……なんで今回それを引っ張るんだよ……」

 

 

 真剣に変な語尾を使うキャラ、みたいな感じかもしれない。

 例えば遊戯王のキャラクターの一人、ティラノ剣山*2は語尾に『ザウルス』などの恐竜関連のワードを付けるキャラだが……それは別に彼がふざけて言っていることでない。

 シュールな笑いを誘うものの、彼自身のそれは紛れもないアイデンティティである。……【継ぎ接ぎ】で付与される属性も、それに似たようなもの。

 ギャグ世界の住人でもなければ、付与される追加部分は、あくまでも真面目にやった結果でしかないのだ。

 

 さて、話を戻すと。

 違和感があるというのは、恐らく逆──()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが正解だと思われる。

 

 

「……!?」

「それが自然になっていると、そこに笑いは生まれない。……シリアスな笑いとかは今は置いといてね?真面目にやったら経過はどうあれその人の個性として馴染む、って話なんだから」

 

 

 確かに、ティラノ君の喋り方は個性的……もっと言えば変なものだろう。

 だがしかし、それを作中の人物が殊更にあげつらう、ということはなかった。……少なくとも、あの世界の中でのあの喋り方は、比較的ありふれた方のものだということになる。

 

 つまりはまぁ、そういうこと。

 他者に違和感を抱かせるというのは、逆にそれによって『自分がそうではない』と知らせているのに等しいのだ。

 ──そう、マッキーがドトウさんになりきらないのは、やり過ぎて『ドトウさん』がマッキーに【継ぎ接ぎ】されないようにしている、という見方もできる。

 

 

「……あ、あー。俺がイシュタルの服着てる時、()()()女神っぽく振る舞ってる……みたいな?」

「だね。周囲から見て、なにを真似ているのかはわかるけど明らかに違う……みたいな状態は、()()()()()()()()()()()という風に見ることもできるわけだ」

 

 

 そも、なりきりが難しいのは先述した通り。

 ……一つのなりきりをしながら、また別のなりきりをするというのは、言うなれば二人羽織をしているようなもの。

 無理が祟ってそもそも()()()()()()、というのが普通なのだ。

 それでもなお、そのキャラを真似していることを主張するのであれば。()()()()()()()()()調()()()のが一番簡単で楽。

 それこそが、今回私が言いたかったこと。つまり──、

 

 

「あの二人は、別の誰かが似たような格好をして似たようなキャラを演じてるだけ!つまり、あれは単なる運営から配布されたアバターだったんだよ!」

「な、なんだってー!!?」

 

 

 あの二人は、千束でもたきなでもない第三者だ、ということだ!……結論まで長かったなぁ、マジで。

 

 

*1
過去作(ゲーム『.hack』シリーズよりも時系列的に前となるアニメ『.hack//sign』)に登場する楚良というキャラが、実は昔のハセヲであるという裏設定から。楚良の時の彼はトリックスター系のキャラで、当時の年齢(小学生)を考えなければ明らかにシリアルキラーの類い。……一応、アニメの主人公と仲良くなるなどの要素もあり、もしかしたら演じていた、という方が正解なのかもしれないが……その後紆余曲折あり彼はその時の記憶の一部を喪失。結果、数年後普通の反抗期の少年みたいな感じになっていくのだった。ばみょん、というのは楚良時代の口癖の一つ。他にも『だみょん』だの『ぼくちん』だのの台詞も吐いていた。……幾らなんでもキャラ違いすぎである

*2
『遊☆戯☆王GX』のキャラの一人、『ラーイエロー』に所属する恐竜デッキ使いの生徒。『~だドン』『~ザウルス』などの語尾が特徴的だが、キャラとしては主人公を慕う熱血かつ実はまともな部類の存在。なお、『GX』には他にも特徴的な語尾のキャラクターが多数存在する(『~ナノーネ』などを使うクロノス先生は特に有名)



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中身と外見の差が有りすぎる場合の話

「なるほど、キリトみたいなもんだったってことか……」

「……いや、最初からその説明で良かったのでは?」

「いや、キリトちゃんってさっきの定義からすると、微妙にずれるし……実はもっとぴったりな人が居るけど、今はそれを指摘できないし

「なな、なにか言いましたかぁ~!?」

「いやー、別に?なにも??ドトウさんはいつも通り、その可愛さでみんなを癒しててね???」*1

「……は、はーいですぅ~……」

 

 

 ようやっとあの二人がアバターを被っただけの別人だ、という気付きに至ったわけなのだけれど。……ううむ、説明が長いのは私の悪癖だからね、仕方ないね。

 ……いやまぁ、もっと簡潔に説明するための例、実は私の視界内に一人居るんだけどね?

 でも彼女ってばその辺りのこと周囲にバレたくないらしいから、ここで一例としてあげるのはムリかなーというか。

 ……そう、そういう遠慮とか配慮とかを除けば、ドトウさん(マッキー)と同じと説明するのが一番簡単なのである。本人がそれは止めて、って主張してるからできないだけなのであって。

 

 しかし、そうなってくると次に気になるのが、あの二人の中身が誰なのか、という疑問。

 彼女と同じということは、あれはあくまでもアバターである、ということになる。

 ……滅茶苦茶キャッキャウフフ(要するに百合)してるけど、アレで中身が男性だったりしたら目も当てられなくない?……というか。

 いやまぁ、なりきりなんて性別詐称は当たり前の部類だと思うし、そういう演技をするのはお手の物……って気もするんだけども。実際、細かく見れば私もそれの区分に該当するわけだし。*2

 

 

「……なんだっけか、薔薇で作った百合の造花?」*3

「見た目が良ければなんでもイケる、というのは人間の業そのものだな……」

「……いや、中身が男だって決め付けて掛かるのやめないか……?」

 

 

 ハセヲ君の言葉にうんうんと頷く私と、そんなこちらの様子にジトっとした眼差しを向けてくるキリトちゃんである。……平常運転?せやな。

 

 まぁともかく、相手が『逆憑依』であることはほぼ確定、あとこちら側がするべきなのは、相手にごまかす手段を与えないことくらいだろう。

 

 

「よーし、じゃあ景気よく事情聴取、いっちゃおうか!」

 

 

 そうして意を決した私たちは、変わらずデザートに舌鼓を打つ彼女達に近付いて行き──。

 

 

 

 

 

 

「──その結果、この二人の中身が五条さんと夏油君の二人だった、ってことを知ったってワケ」

「ええ……」

 

 

 そうして語り終えた私に対し、話を聞いていた二人が見せたのは困惑の感情なのであった。

 まぁ、ここまでの話だと意味も理由も必要性もわからないからね、仕方ないね。……え?困惑してたのはそこだけじゃない?

 

 

「そこに関してはまぁ、仕事の一環……みたいなものですよ。供養というか、鎮魂というか、はたまた反魂というか……まぁ、そんな感じです」

「……鎮魂?反魂?」

 

 

 で、そんな二人の様子を見かねた、たきなっぽい人──中身としては夏油君なんだけど、今の姿のこの人を夏油君と言うのはなんか色々憚られるので、現状はすーちゃんと呼ばせて貰う──が、横合いからちょっとした説明を挟んでくれたのだった。

 その内容というのが、『鎮魂』『反魂』などのワードをポイントとするもの。

 ……すなわち、今回の騒動の発端になるような出来事についての解説、ということになるわけで。

 

 

「ええ。この列車の元々の持ち主であるオーナーさんがいらっしゃるでしょう?あの人は今、このゲームの中に居る『次元の魔女』の元に幽閉……もとい保護されているわけですが」

「すーちゃんのとこに、『彼等の為に力添えをお願いしたい』みたいなメールが来たんだよねー」

 

 

 で、その理由と言うのが、差出人不明の電子メールだったのだそうだ。

 もっともこのメール、迷惑メールフィルターとか掻い潜って送られてきたらしく、真っ当なものかと言われると首を捻らざるを得ないものらしいのだが。*4

 

 ……ともかく、そのメールに記されていたのは、あのオーナーさんのために力を貸して欲しい、という文言。

 あの時はまだ『転生した夏油傑』のような気持ちも持ち合わせていたため、気にも止めなかった彼だが……よくよく考えれば、少し引っ掛かりとか憐憫とかを覚えるのも確かな話。

 

 それで、彼はそのメールの内容を五条さん(こっちはさーちゃんと呼称する)に開示し。

 

 

「んで、そのメールに書いてあった集合場所に集まって。そこにあった端末でログインしたのち、このアバターを貰ったってわけ」

「……ということは、そのアバターは差出人からの?」

「まぁ、そうだと思います。……だとすると、相手は運営などの立場が上の人物、ということになるのですが……」

 

 

 そこでちらり、と隣のさーちゃんに視線を向けるすーちゃん。……言いたいことは恐らく、わりと反骨の相*5を持っている節のある彼女の中身(五条さん)のことだろう。

 

 言うなれば『は?協力して欲しいって言ってきてる癖に、自分は姿を見せないってわけ?……ったく、これだから無能な上役は。はーやだやだ』……みたいなことを言いそう・寧ろ本当に言ったことへの抗議、みたいなものだろう。

 とはいえ、当のその視線を向けられた方の相手であるさーちゃんは、『それ今の私には関係ないしー』みたいな笑みを浮かべていたわけなのだが。……うーん、なんという棚上げ感……。

 

 ともあれ、彼らが何者かに諭されてこのゲームへとやって来た、ということは事実。

 問題は、それがいつ頃のことなのか、ということになるのだが……。

 

 

「……一月前ぇ!?」

「まぁ、そういうことになりますね。……私の飲み込んだ魔列車について知っていたのも驚きですが、それを利用すれば既に失われた車内の様子を再現することもできる……などと言われた時は、ちょっと色々疑う羽目になりましたし」

 

 

 主にどこから情報が漏れたんだ、みたいな。

 ……そう語るさーちゃんは苦笑を浮かべているが、確かに『車内の再現をしたい』などと言いながら、確実に機密に当たる話を持ち出してくる相手に不信感を抱かずにいられるか、と言われれば否だと返す他ないだろう。

 実際、彼があの事件で魔列車を取り込んだ、という事実は一部の存在しか知らないこと。一応、報告を受けているであろうモモンガさんは、知っていてもおかしくないだろうが……。

 

 

「当時の向こう(互助会)では、自身の手の内をひけらかす人はいませんでしたからね。*6……そういう意味で、あの時のことをキチンと認識しているのはそちらの数名と、こちらのメンバーであったミラくらいのもの、ということになりますから……」

「わしも別に口が軽い方ではないからのぅ」

 

 

 互助会の元々の空気的に、それらの情報が漏れるとは思えない。そのため、最初彼はこっち(なりきり郷)から漏れたのだと思っていたらしいのだけど。

 それに関しては、「いやー、情報の管理ってゆかりちゃんの領分だよ?……あの人からそういうの、掠め取れると思う?」と五条さん(さーちゃん)に言われ考え直したのだとか。

 

 ……あーうん、うちってばそういう報告書、基本的に紙面での提出になってるからねー。

 別に提出前はワードとか使っててもいいけど、実際に相手の提出する時には印刷するように言われるというか。

 

 実際、『逆憑依』がある種の『なんでもあり』である以上、ネットワーク上にそういった機密文書を残すのは危険に過ぎる。……今のところBBちゃんとかアグモン君くらいしかいないが、それ以外の危険なAIが発生すれば、データなんてものは容易く掠め取られてしまうだろう。*7

 そう考えると、彼女にしか扱えないものである『スキマ』の中に書類を保存する、というのはセキュリティ的な観点からすると結構な堅固さを見出だせるはずだ。

 以前話した『アナログ故のセキュリティ面』も考慮すれば、彼女に保管させる以上のモノはない、というのはある種当然のことと言える。

 

 ……まぁ、一応元々の書類をパソコンで作ってた場合、元データが残っているという可能性はあるのだが。

 そういう点で見ても、その時の報告をしたのが私──すなわち普通に物理的に書いてたことを思えば、『ありえない』という結論しか出てこないだろう。

 

 まぁ、そういうわけで。

 これに関しては誰かが漏らしたのではなく、相手側がそういう秘された情報にアクセスできる()()()を持っていると認識した方がいい、ということになり。

 相手が誰なのかを探る意味も込めて、相手の手伝いをすることに決めたのだ、というのが彼らの説明なのであった。

 

 

「で、仕事が終わった私たちに与えられたのが、出来上がったこの列車の無料乗車権だったってわけ」

「……この姿だと、甘いものが本っ当においしいんですよね……」

「ええ……」

 

 

 なお、彼らは仕事終わりのバカンス中だった。

 ……完全にオフかよ!騙された!

 

 

*1
「ドトウさんかわいい(最高)!ドトウさんかわいい(最高)!お前もドトウさんかわいい(最高)と叫びなさい!」「いじめかっ!」

*2
相手が見えないネット上のやりとりなので、わりと頻繁に起こること。実際に相手のことを知って今まで通りにやれるかは謎

*3
男性同士の恋愛を『薔薇』、女性同士の恋愛を『百合』と呼称することから生まれた造語。そんなの早々成立しないだろう……と思われるかもしれないが、これが意外と増えている。両者TSしてる百合とか、男の娘同士の恋愛とかが、広義では該当している(狭義にするとややこしいのは内緒)

*4
メールの受信に対して掛けられる設定の一つ。この場合は特定の個人を弾くのではなく、一般的に『迷惑メール』に該当するようなモノを纏めて弾いてくれる方式。データベースと照合して弾く仕様なので、掻い潜るメールがないとは言い切れない

*5
中国・明代(大体14世紀から17世紀ごろ)に記されとたとされる歴史小説『三国志演義』において、孔明が魏延という武将に対して述べたとされる単語。この魏延という武将は元々韓玄という主君に仕えていたが、それを裏切って劉備に仕えようとした為、このようなこと(後頭部が後ろに出ている頭蓋骨を持つもの(=反骨の相)は主君をいつか裏切る)を進言したのだとか。なお、史実的には寧ろ孔明は彼を手厚く扱っていたとのことなので、恐らくは最終的な彼の死因(最終的に孔明の遺言に背いた)ことからの逆算的な設定だと思われる

*6
『ひけらかす』とは、得意気に周囲に見せ付けること、その行為そのものを示す言葉。元々は『(ひか)らす』という言葉だったものが変化したものだと言われており、類語として(てら)うというものがある

*7
「なんなんですかぁ?!なんでそこで不思議そうな顔をするんですかぁ!?」「いやー、ここのBBちゃんはそうでもないんだけど……基本邪悪じゃん?BBちゃんって」「……なにも言い返せません!酷いですせんぱい!人の心がないんですかぁ!?」「そこで言い訳しないのはいいことだと思うよ?」



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当日ですが恐らくまだ続きます()

「にしても……魔列車をモデリングの参考元にする、なんてねぇ」

「まぁ、言われてみると確かに、となったんですよね。あれは元々魔列車そのものではなく、別種の存在であるイマジンが()()()()()()()()()()()というのが正解。……それまでは普通にエメと融合していたわけですし」

 

 

 深々とため息を吐くすーちゃんに、思わず苦笑を返す私たち。

 

 今回の案件を持ち込んだ誰かは、この列車の内装を完全に再現するため、そのデータを欲したわけなのだろうが……。

 あの列車はイマジンと融合してからそれなりの時間が経過している上に、脱出の際コナン君が(流星ブレードで)ボロボロにしてしまっているため、『実際に現物を確認して作る』ということが不可能となっている。

 それゆえ、その時のデータが含まれているであろう魔列車の方に望みをかけた、ということになるようだ。

 

 ……うん、まぁ確かに話の整合性は取れている。

 どっからその情報を仕入れたんだ、って部分を除けば、だが。

 

 

「……あーでも、よくよく考えると一つ、情報が漏れそうなルートもなくはないかなー」

「その言い草だと、なにか心当たりでもあるの?」

「うん。あの時のことを現地で見てて、かつ情報商材的なものを取り扱っている人が一組ほど」

「ぬ?そんなやつおったかの……あー」

 

 

 で、そこで当時のあれこれを思い出し……一つ、漏洩ではなく()()()()()()で当時のことを知れる方法があるな、と思い至った私は小さくため息をついた。

 ……確かに、なりきり郷側では別に、あの事件に関わった人物に口止めとかはされていない。

 顛末こそ確かに突飛なものになったが、それ以外の部分に関しては寧ろ単なる心霊現象の区分になってしまうので、そこまで厳重に秘匿する必要がないのだ。

 ……そういうのに関しては、寧ろ一般からこっちの方に話が持ち込まれることもあるしね。ウルキオラ君とか。

 

 なので、()()()がそれについて聞かれたのだと仮定すると、特に疑問を挟むこともなくあっさり話してしまう……なんてことも、容易に想像できてしまうのだった。

 

 そうして唸る私の様子に、今回のメンバーの中では唯一、あの事件の当事者でもあったミラちゃんが怪訝そうな様子を見せるけど……私の述べた条件に当てはまる人物が一人、あの時の同行者に存在したことを思い出したらしい彼女が、「ならまぁ、あり得る話ではあるかのぅ」などと頷き始めたのである。

 

 ……さて、それでは誰が魔列車などの情報を漏洩した……もとい、()()()()()()()()()()()()のかと言うと。

 

 

『あー?……魔列車の話ぃ?』

「そうそう。誰かに聞かれたりとかした?特にこう……()()、みたいな感じで」

『あー……そういや、去年の夏頃だったか?若ぇ姉ちゃんっぽい声色の電話が、突然うちに掛かってきた覚えがあるような……?』

「なるほど?……その電話の内容って覚えてる?」

『確か……心霊現象の話を集めてるルポライター……みたいな感じの自己紹介だったか?……んで、あの列車って心霊現象付きだったろ?だからまぁ、心当たりはあるなぁ、って思わず呟いちまって……』

「向こうがそこに食い付いてきたから話した、みたいな?」

『まぁ、んな感じ。お話しして頂ければお礼の方も弾みますので……みたいな話になったから、どうせ本筋までは話せねぇし……みたいな感じで、ちょっと』

「……んー、思ってたのとはちょっと違う感じ……?」

 

 

 電話機越しに声を発しているのは、その喋り口調からわかる通り……皆さんご存知坂田銀時こと銀ちゃん。

 そう、あの時のことを話してしまいそうな人物というのは、様々な仕事を頼まれればこなしてみせる『よろず屋』である彼のことだったのである。

 

 ……当初、私は彼がお金やら食べ物やらを貰い、その結果として洗いざらいあの時のことを話してしまったのではないか?……と考えていたのだけれど。

 この分だと、流石にそこまで迂闊だったわけではない様子。……まぁでも、そりゃそうか、という気持ちの私である。

 だって話を聞いてる限り、相手側は(その実態は不明だけど)電話口の様子を聞いている分には、こちら(逆憑依)の関係者だとはとても思えない感じだったし。

 そりゃ、完全に部外者相手に細かいところまで話すわけはないわなー、というか。

 

 あと、郷の中の電話に掛けてきてる辺り、正規のルートを──この場合はゆかりんから──回ってきたと判断してしまうのも、無理はないと言えるだろう。

 

 

『ああでも、列車の話自体はしたから、調べようと思えば調べられたんじゃねぇか?実際、あの列車にそういう噂が生まれたのって、バレンタインよりも前だっつー話だったろ?』

「あーうん、裏切った妻やら間男やらを巻き込んだ幽霊列車……みたいな話は、あの列車が廃線になった辺りで生まれたものだからね」

 

 

 だがしかし、あの列車に纏わる怪談話に関しては、私たちがあの列車に乗り込むよりも前──具体的にはクリスマス以降には既に生まれていたものである。

 

 その怪談話がエメと結び付くかどうか?……というところには疑問符が付くが、噂の流行し始めとエメの廃線時期が重なっていることを知れば、自然と両者を結び付けてしまうような思考になる、というのもわからないでもない。

 そういう意味で、銀ちゃんが相手の思考の取っ掛かりを作った、ということになってもおかしくはなさそうな空気なのであった。

 

 

『え゛。……い、いや、これに関しては俺悪くなくね……?』

「どうだろうねぇ?これからこっちに来る被害の規模云々によっては、銀ちゃんに法外な請求が行くかもだけど……まぁ、その時は覚悟しててね☆」

『えっちょっ待っ!?』

「……切りおったぞこいつ」

 

 

 いやまぁ、流石に彼に全責任が行くかどうかは、今のところまだわからないけども。

 でもまぁ、ちょっと迂闊だったことに間違いはないので、一応釘を刺しておく私なのでしたとさ。……横のミラちゃんが苦い顔してる?気にしない気にしない。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、そんなわけで。……実態についてはまだ不明なところがあるけど、情報の取っ掛かりを得たのが銀ちゃんから、って可能性はかなり高い……みたいな感じかなぁ」

「今一断言できないのは?」

「その時どんな感じになったのかわかんないから、かな。……電話で話したって言ってたけど、相手の声が聞こえている以上は催眠とかも掛けられる可能性は普通にあるからね」

「あー……銀時が実際に起きたことを話してない、ということか?」

「記憶自体が間違ってたら、正直どうしようもないしね」

 

 

 まぁ、その線は薄いとは思うのだけれど。

 確かに、世の中には声のみを使って相手を催眠に掛ける、という能力を持つ者もいる。*1

 だが、得てしてそういう能力というのは、必要な再現度が高いという共通点がある。

 ……そう考えて見ると、ここで出てくるにはちょっと必要性が薄いかなー、という気がしてくるのだ。そこまで強力な能力なら、もっと秘しておきたいというか、もうちょっと重要な場面で使いたいというか。

 正直この場面で使うには宝の持ち腐れ感が凄いので、可能性としては存在するもののほぼ当たらないもの、と思っておく方が正解だと思われるのだった。

 

 なのでまぁ、彼に幽霊列車の話を聞いて、そういうものが発生する下地になりそうな事件が実際に起こっていた……と繋げる方が自然だ、という話になるわけなのである。

 

 

「……ん?でもそれだと、結局傑にたどり着かなくなーい?だってほら、二つの話を紐付けられても、そこに居た当事者の情報に関しては、なーんにもないわけだし」

「そこに関しては、現場にたどり着けさえすればよかったんだと思いますよ?──過去再現、なんて便利なものもありますし」

「……あー」

 

 

 そこに待ったを掛けるのがさーちゃん(五条さん)

 二つの話を結び付けられるのはわかったが、そこから当事者にたどり着くには色々と情報が足りていない……という疑念は、しかし相手側が一つの能力を持ち合わせていれば、容易く越えられるものとなる。

 それが、過去視などに代表される『過去再現』系の技能である。*2

 

 

「おかしいとは思ってたんだよね。この列車に乗った時、ふと感じた違和感。……ごく小さいものだったから、特に気にもしてなかったけど……()()()()()か、あの時乗った列車とそっくり同じなんだよね」

「……むむ?」

 

 

 再現、と聞かされた時、貴方はどういうものを思い浮かべるだろうか?……普通なら、内装やら家具などの配置が元と同じもの、という風に思い浮かべるだろう。

 間違っても、床や壁・調度品に付いた細かな傷まで再現してある、などという風には思わないはずだ。

 

 それもそのはず、その辺りは別に拘らなくてもよい部分である。……いやまぁ、もう少し小さいもの……それこそ壺とかの調度品程度ならば、『再現』と言われてその域を期待するのはわかるのだが。

 これがこと列車や家のような、大きなモノとなると──内装の再現が精々だろう、という思考になってしまう。

 

 それは、そこまで再現する必要性と、掛かる労力が多すぎるがゆえのもの。端的に言ってしまえばほぼ()()な行動なのである。

 

 

「それが、この列車においては再現されている。……一応見本となる魔列車があるとしても、その傷まで再現する必要性はないでしょう。だから恐らく、相手方は過去再現系の技能を持っていて、ついついいつもの癖で細かいところまで再現したんじゃないか?……って話になるんだよ」

 

 

 つまり、これらの再現は()()()()()()()()()()がやったことで、その人物がそこまでの拘りを見せたのは、その当人がそういった『過去』というものに関わりが深い人物だったから、ということ。

 ゆえに、その人物が事件の現場にたどり着けさえすれば、そこで起こっていたこと・関わっていた人間を知ることは、十分可能なことだということになるのである。

 

 

「……ということは、そやつが今回の事件の犯人……?」

「いやまぁ、それは早計ってやつなんだけどね?単にこの列車を再現するために呼ばれただけの人、って可能性もあるし」

「あらー?」

 

 

 なお、その人物が犯人だと限らないのは、さーちゃん達のアバターが『逆憑依』の制約を越えている──すなわち運営、ないしそれに近い権限を有する者だろうから、という事実が端的に示していたりするのだった。

 ……うん、もうちょっとだけ推理は続くんじゃ、これがな。

 

 

*1
具体的には『デート・ア・ライブ』シリーズのキャラクター・誘宵美九(いざよいみく)の『破軍歌姫(ガブリエル)』や、『僕のヒーローアカデミア』のキャラクター・心操人使(しんそうひとし)の個性『洗脳』など。また、音や声というのはそれを聞いた人間の身体状態などによって、別種の効果を発揮することもあり、ゆえに特殊な能力無しに他者を操ることを可能とする者も中には存在する

*2
サイコメトリーや完全記憶などが該当。記憶というものは移ろうものなので、それを後から完全な形で追想できるというのは、意外と凄いことである



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なんのために、誰のために

「まぁ確かに、私たちはデータの提供が主な仕事でした。……確認作業に呼ばれることもありましたが、基本的には部外者でしたね」

「一応、簡単な調度品製作とかは頼まれたよー?──まぁ、その時使わされたプログラムが変じゃなかったか、と言われるとちょっと返答に困るんだけど」

 

 

 二人の仕事は主に魔列車という元データの提供であり、それ以上のことについてはちょっとした調度品の製作に留まる──。

 そんな感じのことを聞かされた私は、その時現場指揮をしていた人物とか居なかったのか、と質問を返したのだけれど。

 

 

「他にも並行して進めているプロジェクトがあるとかで、あくまでも動画越しに会話しただけだったんですよね」

「それにしたって向こうは真っ暗……サウンドオンリー?みたいな感じだったから、人相とかはとてもとても」

「なるほど、エヴァスタイル……」*1

「……いや、完結したの最近じゃし伝わりはすると思うが、なんかこう別の例え方はなかったのかのぅ……?」

 

 

 二人に指示を与えてきた人物は、あくまで画面越し──自身の姿を見せずにそれを行っていたため、それが誰なのかはわからないとのことなのであった。

 ……一応、声が加工されたりはしていなかったらしく、そこから恐らく女性だろう、みたいなことはわかったらしいのだが……。

 

 

「今の私達みたいに、アバターによって姿が変わっていたら……」

「声もあてにならない、か。……というか、そこを考慮すると、仮に姿が見えてたとしてもまっったく参考にならない、ってことになるよね」

「確かに……」

 

 

 二人の声を聞いて、私たちが違和感を覚えなかったように。

 このゲーム内で運営製アバターを利用している場合、そこから発せられる声というのは姿()()()()()()()()()()()()()()()

 ……つまり、さーちゃんは夏油君の声ではないし、すーちゃんも五条さんの声ではないのである。

 いやまぁ、見た目女の子なのにも関わらず、そこから男の声がしたら中身が外見と別……ってのはすぐにバレてしまうので、そりゃそうだとしか言えないわけなんだけども。

 

 でも、現状相手側が運営・ないしそれに擬態できるレベルのプログラマーなどであると仮定すると、相手の人物像の手懸かりが欠片ほども得られていない、という話になってしまうわけでして。

 ……要するに、真相に迫ったように見えて、実質振り出しに戻ってしまったのである。

 

 

「……うーん。とりあえず、首謀者はこの列車を作った人、っていうのはほぼ確定なんだよね?」

「まぁ、現状一番怪しいしね。……怪しいだけで、なにをしたいのかはまっったくわかんないんだけど」

「じゃあ、やっぱり終着駅までこの列車に乗り続ける、くらいしかないんじゃないかな?対応が後手に回っちゃうのは、もういつものことだって諦めることにして」

「むぅ、それくらいしかない、かのぅ」

 

 

 そうして唸る私たちだったが、アスナさんがみんなを代表して声をあげる。

 確かに、私たちの事件への対処って『それが起きてから』の後手対応が基本。……言い換えるといつもと変わらないということなので、一々悩むのもどうなの?と言われると納得せざるを得ないところがあるというか。

 ……なにかが起きる、という確信があるのになにもできないというのはなんともむず痒いが、辿れるもの全部辿ってこれなのだから諦めも肝心、ということか。

 

 

「……まぁ、仕方ないか。とりあえず、銀ちゃんにもうちょっと詳しく話を聞くくらいはしてくるけど、それ以外は素直に列車に同乗する、ってことでいいかな?」

「ま、できることやってこれなんだから、仕方ないよな。……とりあえず、注意しておくべきことの再確認くらいはしておくか?」

 

 

 はぁ、とため息を吐きながら、これからの予定を話すために意識を切り替える私。

 それに同調してくるキリトちゃんに頷き返しながら、話題は流れて行くのだった……。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、私が寝てる(休んでる)間に、そんなことが……ねぇ?」

「そういえこと。……だからまぁ、現状で調べられる最後の部分。銀ちゃんに電話してきたのが誰なのかをゆかりん知ってないかなー、って聞きに来たってわけ」

「ふむ、なるほどなるほど」

 

 

 さて、手詰まり感を覚えつつ、とりあえず列車には乗っておこう……と結論を出した日の次の日。

 お休みが終了し、再び平常営業に戻ったゆかりんのもとを訪ねた私は、そこで彼女に噂の人物──銀ちゃんに連絡してきた謎のルポライターとやらの正体について、一つ問いかけを行っていたのだった。

 

 このなりきり郷は、ここの人間にしか解決できない事件というものが発生した時、それを請け負う仕事も行っている。

 そしてその時依頼自体を受け、それを適切な相手に振り分けるのはゆかりんの仕事なのだ。

 なので、件の電話に関しても、彼女を介して仕事が振り分けられているはずなのだけれど……。

 

 

「……んー、正直覚えがないのよねー」

「覚えがない、とな?」

「ああいえ、正確には覚えがないんじゃなくて()()()()()()()()()()、ね?ウルキオラ君の時みたいに、心霊現象もうちの管轄であることは確かなんだけど……こう、その辺りの話って普通お偉いさん方から持ち込まれるものなのよね。ほら、うちを直接知ってるとなんでもかんでも連絡してくる、みたいなことになりかねないでしょ?」

「……なるほど?」

 

 

 どうにもゆかりんには、そんな電話を銀ちゃんに回した覚えがないとのこと。

 これは、『心霊現象』という事象が大小真偽、それらを問わず世間にありふれているからこその問題なようで。

 

 例えば、家でポルターガイストが起こった、という話があったとする。

 これは人や生き物などの実体を持った存在()()の何者かが、部屋の中の物品を動かしているという心霊現象なのだが……この『実体を持った存在以外の何者か』、というのが曲者なのだ。

 

 この言葉、素直に解釈するなら幽霊とか妖怪とか、こちら側に認識できない何者かということになるのだが……これ、実は音とか温度とかもその区分に含まれてしまうのである。

 つまり、人の目で直接見れないもの。

 それが原因でモノが動いているという場合でも、()()()()()()()()()()()()()()()本物との違いがわからないのだ。

 温度差がある場所では風が吹く、というのは常識だが……それを知らない人には、何故か近くにあるものが独りでに動く場所、ということになってしまう。

 

 ……まぁ、流石にこの例はちょっと人を馬鹿にしている感じがあるが……しかし、冷静に正確にその事象が起きる理由を分析した時に、実はそれ(ポルターガイスト)を起こしていたのが普通に物理学等で説明できるものだった、というパターンは意外に多いのだ。

 例えばストーブの自然発火。周囲を違法な無線を使っているトラックが通り、()()スイッチが誤動作を起こして発火する、なんてこともある。

 例えば橋の崩落。その上に居た人々の歩き方が()()固有振動数に合致し、結果崩れさってしまった……なんてこともある。

 

 けれど、それらは『それが起きた理由』がわからない人に取っては、とても不思議なことでしかない。

 結果、人の『未知を恐れる』性質により、幽霊だの妖怪だのの仕業として恐れられてしまう……というのは、遥か昔から繰り返されてきていること。

 つまり、今でもそういう誤認通報めいたものは多いのだ。

 

 

「だから、お偉いさんの方で『明らかに違うもの』に関しては弾いて貰ってるのよね。……で、『心霊現象のルポライター』もまぁ、性質は違うけど弾かれる側のやつなのよ」

「……あー、基本ゴシップだもんね、そういうの」

 

 

 で、その流れで『そういったものを追い掛けている人』、すなわちルポライターみたいな人も、基本的には話をお断りさせて貰う側の人に区分されるのだとか。

 何故かと言えば、彼らは飯の種としてそれを探している、ということが多いから。……酷い言い方をすると『しつこい』のだ。

 

 なりきり郷の性質上、心霊現象のみならず不可思議な現象との関わりはとても多い。

 つまり、ここの存在を知っていれば記事のネタには困らない、ということでもある。

 ……下手すると年がら年中ずっと電話対応に悩まされる羽目になるので、最初からそういう人はお断りさせて貰っている、というわけなのだ。

 

 

「だから、たまーにどこからか聞き付けて電話してくる熱心な人もいるけど……そういう人には電話越しにちょちょいっと認識を弄らせて貰って、二度とうちに電話を掛けてこないようにしてるのよね」

「さらっと凄いこと言ってる件」

「別にうち、世界に混乱を撒き散らしたいわけではありませんもの。そういう火種になりそうなものは、早々に処理しておくのが筋だと思いませんこと?」

「コワ~……」

 

 

 怖いってなによ、と不満げな表情を見せるゆかりんにごめんごめんと謝罪しつつ、改めて今の話を考察する私。

 

 つまるところ、一部のまともな人を除けば、ルポライターもまたパパラッチ一歩手前なことが多い。

 自分の足で調べて記事を書く、という行為そのものは問題ないが、それで金や講読者を稼ごうとすると、どうにも違法すれすれ、ないし違法な調査に手を付けてしまう人というのは少なくない。

 ……要するに、関わることに百害あって一利なし、みたいなパターンが多すぎるのだ。なので、基本的一律でお断り、という対処になってしまうと。

 

 ゆえに、ゆかりんは銀ちゃんが言っていたような話を()()()()()()()()、ということになる。

 基本的に受けるはずのない依頼なのだから、それが誰かの元にたどり着いている時点でおかしいのだ、と。

 

 ……そうなると、銀ちゃんが嘘を付いているのか?……という話になってしまうのだが、それは考え辛い。何故かと言えば、そんなことする意味が全くないからである。

 いやだって、ねぇ?それを偽って、なにか益になることある?みたいな。

 

 これはゆかりん側にも言えること。

 これ以降件の人物がことあるごとに連絡してくる可能性が生まれた、ということを思えば隠し通す利点がなさすぎるのである。

 

 

「……つまり、これは電話をしてきた方が特殊だった、ってこと……?」

「うーん……一応、連絡したい相手の電話番号を知ってれば、直接連絡できるけど……」

 

 

 でも、郷内の電話番号って外とは法則が違うし基本知る手段もないから、まず掛けられないと思うわよ?……と溢すゆかりん。

 それに私は、

 

 

「……()()が重なればできなくもない、ってこと?」

「え?……あーうん、ここの電話番号って十四桁だから、当てずっぽうだとまず当てられないとは思うけど……」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()、と尋ね返すこととなったのだった。

 

 

*1
『エヴァンゲリオン』シリーズにおける秘密結社・ゼーレのメンバー達が会議にて使用するアイコン・モノリスの表面に書かれた言葉『sound only』から。秘密結社ゆえに顔は見せない、ということなのだろうと思われる



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無理を通して道理も通す無茶振り

「……ってことは、相手は直接銀ちゃんに連絡してきたってこと……?」

「いやまぁ、そりゃできなくはないでしょうけど……実質的に無理じゃない?ヒントとか一切ないのよ?」

 

 

 ポツリと漏らした私の言葉に、懐疑的な様子を見せるゆかりん。

 携帯電話番号ならばいざ知らず、相手方が連絡した先は銀ちゃんのところの固定電話。

 ……本来固定電話は五~八桁、市外局番を入れても十桁、国際電話想定の場合は先頭の零が『+』と国番号に置き換わるので総計十一桁に先頭が『+』、という形になっている。*1

 

 対し、なりきり郷内の固定電話は特殊な仕様になっており、()()()()()()()十四桁となっている。

 ……つまりこれがどういうことかというと。

 

 

「外から掛けると市外局番まで加算されるから最大十八桁、海外から掛けようとするとさらに国番号やらも加算されるから、驚異の二十桁よ、二十桁!」

「数字の組み合わせとしては、単純に考えると十四桁なら10^14通り、他は10^18通りと10^20通りだねぇ」

 

 

 まぁ、正確にはもう少し少なくなるとは思うのだけれど。

 実際、『全部零(0-00000-0000)』みたいな電話番号は普通存在しないわけだし。*2

 とはいえ、単純な総当たりで考えると、全く道の巨大数を当てずっぽうで正解させる、というのがどれほど無茶なことかというのはすぐに理解できるはず。

 例え機械に解析を任せたとしても、それが莫大な時間を要する作業になるのは目に見えているのだ。

 

 そういう意味で、ゆかりんはそんなことできるわけない、と声をあげたわけなのだけれど……。

 

 

「相手側は多分過去視技能持ち、もしくはそれに類似したことができる仲間がいる、って思うわけなんだけど……」

「……?まぁ、さっきの話でそんなこと言ってたわね?」

「じゃあ、()()()持ちがその仲間に居たとしても、そうおかしくはないんじゃないかな?」

「……あーなるほど、天文学的な数字を解き明かしたんじゃなくて、最初から一つの答えを決め打ちしてきたってこと?」

「そういうこと」

 

 

 私たちが『逆憑依』──創作の世界の人間達が現実(こちら)に現れたものであるという前提を思い起こせば、自ずと『そうでもない』という答えが出てくるというものなのだ。

 

 そう、ある程度の制約こそあれど、私たち(逆憑依)という存在は基本的になんでもあり。

 ゆえに、なりきり郷に居る人達よりも高性能・高精度の未来視を行える人物が存在する、という可能性は決して零ではない。

 

 ならば、そんな人物が相手側に存在してこちらのことを知り、その結果必要な情報・労力を確保するために連絡してきたとしても、そうおかしい話だとは言えないだろう。

 

 

「そもそもの話、夏油君のところにも差出人不明のメールが届いてるわけだしね」

「……あー、メールアドレスとかだとさらに、当てずっぽうで特定人物にたどり着くのは無理があるわよねぇ」

 

 

 この論理の補強となるのが、夏油君の元に届いた差出人不明のメール。

 これは電子メールであったわけなのだが、アドレスに課せられた命名規則というのは、電話番号のそれよりも遥かに複雑怪奇である。

 その限界文字数は、アットマークを含めて二百五十五文字。……実際には自由に設定できるのは六十四文字まで、ということになるらしいが……それでも電話番号のそれとは比べ物にならないパターン数がある、というのは容易に窺い知れる。*3

 

 なにせ、アドレスに使える文字というのは一部の記号と英数字。

 雑に数えて四十種となり、それが桁の分だけ掛け合わされて行くとなれば……最終的には非常に頭の痛くなる巨大数になってしまうことだろう。

 

 そんなものを総当たり方式で解読しようとすれば、それこそ天文学的な時間を必要とするはずだ。

 前述の電話番号検索の件に掛かる労力も念頭におけば、なにかしらの技能で予めわかっていたのだろう、と解釈する方がよっぽど自然となるわけである。

 

 ……まぁ、一つだけ?

 総当たり方式でなおかつ、他の方法よりも早く答えにたどり着けるものがあったりするのだけど……()()が向こうに居る確率、というものを思えば机上の空論以下、いわゆる『論じるに値しない』類いのものでしかないので、今回のパターンでは考慮の範囲外としているのだが。

 

 ともかく、必要とされる労力が、完全な当てずっぽうだとすると大きすぎるのは事実。

 なので、相手側がそれを省略する術を持っている、ということは確実的になるのであった。

 

 

「……まぁ、それがわかったからと言って、別になにかできることがあるのかと言われるとノーなんだけどね……」

「寧ろこっちより先手を打てる要素が多いってことになるから、正直後手に回るしかないってことくらいしかわからなくない?」

「うーん地獄」

 

 

 同時に、これから先の対処において、どう足掻いても後手を踏み続けるしかなくなってしまったとも言えるため、正直やる気がガリガリ削れて来ていたりするのだけれど……まぁ、仕方ないね。

 そんなことを渋い顔で考えながら、ジェレミアさんの淹れてくれた紅茶を飲み干す私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……面倒臭さが跳ね上がっておらぬか?」

「はっはっはっ。まぁ最初から向こうが一枚上手、ってのは変わってないから!もう開き直るしかないねマジで!」

「ええい、自棄っぱちになるでないわっ!!」

 

 

 で、場所は再び列車の中。

 ゆかりんとの会話の内容をメンバー達と共有した私は、正直成り行きに任せるしかねーなこれ!……と大笑いを浮かべていたのだった。自棄になって笑ってるだけだとも言う。

 

 いやだって、ねぇ?

 少なくとも相手方には五条さんや夏油君に、その姿と性質をごまかせるレベルの──すなわち運営が用意したものと同程度のアバターを用意できる人員が存在して。

 その上、なりきり郷の先見達より遥かに程度の高い予知能力者まで居るかも?……となれば、もうこっちができることなんて『予知がなんぼのもんじゃーい』って力業で粉砕するくらいしかないというか。

 

 それにしたって、私たちの中でネットゲームに()()()()対応できているのは、キリトちゃんやアスナさん、それからハセヲ君やアグモン君くらいのもの。

 ……ハクさんは微妙だが、他の面々は『逆憑依』の性質上フルダイブ状態になっているだけで、厳密にはネット環境に対応できているわけではないのである。

 そこを踏まえると、相手側の行動にちゃんと対応できるのは、その実先の四人くらいしかいないのだ。……相手のやることの規模によっては、進化したアグモン君やスケィスを呼んだハセヲ君の二人にしか対応できない、なんてこともあり得るわけで。

 

 

「あーうん、今の私はアンダーワールド仕様ではないしね」

「俺も、キリトではあるけどちょっと違う方向に行っちゃってるからなぁ」

 

 

 アスナさんとキリトちゃんの言う通り、彼女達は確かに原作はネットゲームを主題にしたものだけれど……あれこれと別の性質が混ざってしまっているうえ、そもそものキャラの土台が作品初期のもの──言い換えればネット世界で絶大な力を発揮できるようになった姿がベースになっていない。

 精々ネトゲのトッププレイヤー程度のレベルとなっている彼女達は、明らかに無法なことができるアグモン君やハセヲ君と比べると、ちょっと戦力としての評価が落ちてしまっているのだ。

 なので、相手のすることが無法──いわゆるチートの類いになってしまうと、途端に彼女達も他の『逆憑依』の面々と同程度の扱いになってしまうわけなのである。

 

 ……え?ハクさんとお前はどうしたって?

 うーん、【顕象】であるハクさんは『逆憑依』に比べると制約面では薄いけど……。

 

 

「いや、下手に全開にすると我が行き着く先ネットハザードとかであろ?嫌としか言えぬが?」

「ですよねー」

 

 

 なにが悲しゅうて、再び負の念の御柱とならねばならぬのか……とは彼女の言。

 ハクさんは元々白面の者。その性質がネット世界でどこまで通用するかはわかったものではないが……仮に原作のそれに近付いてしまうのであれば、その時現れるのはビーストの類いであろう。

 そりゃまぁ、できれば遠慮したいというのはわからないでもないというか。実際、ネット世界だと現実よりも力が出しやすいみたいだから、危ないのは目に見えてるし。

 

 で、私の方なんだけど……一応、『誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)』での補助はできそうではある。……あるんだけど……。

 

 

「この魔法の原理って、わりとヒュージスケール*4みたいなものじゃん?……こことの相性が良すぎて、相手をプロテアにしちゃいそうな感じがするんだよねー……」

「あー、そっちもある意味ビースト案件、ってことか」

 

 

 どうにもやりすぎる予感しかしないので、封印がベストかなーという気分になっている私なのでしたとさ。悲しみ。

 

 

*1
固定電話の番号は、本来国内開放番号(プレフィックス)と呼ばれる『0』を先頭とし、合計五桁になる『市外局番』『市内局番』と四桁で示される『加入者番号』の総計十桁で構成されている。この内『市外局番』は同一の市内であれば省略できるため、実際に日常的に使われる電話番号というのは『市内局番』を含めた五~八桁の番号になっていることが多い。また、国内開放番号は電話を掛ける先が同一の国であることを示すものなので、海外から掛ける・ないし海外に向けて掛ける場合はそこが別の数字に変化するようになっている(例:海外から日本に掛ける場合、先頭の『0』が日本向けの電話であることを示す『81』に変化する。また、その時先頭に加える『+』は『これから国際電話を行いますよ』という事前命令)

*2
特に、国際番号や先頭の『0』などは変動しない為、その分明確に減る。それでもかなりの数ではあるが

*3
インターネット技術標準化委員会(通称IETF)が製作した、インターネットに関する国際規約などの記された文書『request for comments』、通称RFCの中でも特にメールアドレスの長さの規則『RFC 2821 SMTP』によれば、ユーザー名は64文字、ドメイン名は255文字、両者の総計は256文字まで、と定められている。ただし、これは区切り文字などの記号まで含んで256文字なので、最終的にメールアドレスであることを明示する為に前後に挿入される『山括弧(<>)』の分文字数が減り、結果最大で254文字まで、ということになっている

*4
『無限増殖』。キングプロテアのid_esスキルであり、効果は『成長限界の突破』。『エスコート・ステート』はこれを人に扱えるようにしたものとも言える為、電脳空間との相性は()()()()()



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誰が呼んだか呼ばれたか

 はてさて、あれこれ考察した結果、とりあえず列車に乗り続けるしかあるまい、と結論つけた私たち。

 日付はその日より流れに流れ、今はバレンタイン前夜にまで迫っていた。いたのだが……。

 

 

「……本当になんにも起きないとは思わなんだ」

「あはは……そうだね……」

 

 

 思わずぼやいてしまう私に、アスナさんが苦笑を返してくる。

 そう、あれだけ警戒していたにも関わらず、なんとここまでなんにも起こらなかったのである。幽霊騒動も、他の『逆憑依』が見付かるなんてこともなく、全くの平和な時間が過ぎていったのだ。

 これには一同困惑を通り越して宇宙行き、なんで?が脳裏を埋め尽くしたけど私は元気です(?)

 

 ……いやまぁ、なにも起きないんなら起きないんでいいんだけどね?でもこう、ここまでなにか起きるでしょって警戒させておいて、結局今日までなんにもない……というのは、拍子抜けしてしまってもおかしくないというか。

 ……もしくは、あくまでも重要なのはバレンタイン当日だけ、ということなのか。

 

 ともかく、そんな感じで微妙にやきもきさせられながら、私たちは今日も今日とて列車に揺られていたのだった。

 

 

「んもー、そんなとこでなにをうじうじしてるのさー」

「おおっとさーちゃん。別にうじうじなんかしてないよー?寧ろ私としては、そこまで女子高生にノリノリなアンタの方がよくわからんわ

「あっはっはっ。さーちゃん難しいことわかんなーい♡」

「うわぁ」

 

 

 そうしてため息を吐く私たちに、声を掛けてくる一人の少女。……まぁ、なんの捻りもなくさーちゃん、もとい五条さんなのだが、なんというかこの人ノリノリ過ぎである。

 いやまぁ、見た目的には問題ないのだ。髪色こそ変だが、その見た目はほぼほぼ千束ちゃんのそれ。なので、女子高生らしい動きをしていてもなんの問題もない。

 ……ないんだけど。私たちとしてはその中身が誰なのかを知っているため、どうにも違和感が拭えないというか。

 

 いやね?この姿で普段の五条さんの動きをされても、それはそれで違和感を抱くだろうなぁ、というのはわかるのだ。彼がそれを(いと)って(?)今みたいな動きをしている、というのも。

 ……わかるけど、両者の違和感のうちどっちがマシか、と言われると後者の方がマシでしょ、みたいな?

 男が女の動きをするより、女が男の動きをする方が見た目的には普通、というか。*1……いや、世のそこら辺のあれこれを悩んでいる人のことを、揶揄するつもりは決してないんだけども。

 

 

「……それ、盛大なブーメランになってない?」

「私の実情・実態を知ってるのはマシュとかの一部だけだから問題ない……っていうか、私あんなにキャピキャピしてねぇ」

「う、うーん……?」

 

 

 そんなことを呟いていれば、横のアスナさんから困惑したようなツッコミが。

 ……内容としては『いや、貴方も中身男性でしょう?』みたいなやつだったのだけれど、私が俺だったのはあくまでも『逆憑依』が起きる前、さらに言えばその時の俺の姿を知っているのなんてマシュやBBちゃんと言ったごく一部。

 わりと親しい仲であるゆかりんや侑子も、俺の姿を直接見たことはないのだから、少なくとも『逆憑依』が終わるまで私が女性らしい行動をしていても(そういう意味では)問題ないのだ。

 ……というか、そもそも口調にしろ態度にしろ、露骨に女っぽくした覚えもないので、そこを突っ込まれる理由がないというか。

 

 対し目の前のさーちゃん(五条さん)は、言うなれば原作でクオリティ激低の女装をした時のノリを、ずっと続けているようなもの。*2

 ……見た目がちゃんと女性なので許されているが、その実これはこの電脳世界でだけの見た目。

 要するに、リアル的に考えると五条悟が女子高生みたいな動きをしてる、ということになってしまい、なんというかこう……こちらに与えてくるダメージがダンチ*3なのだ。

 

 そりゃもう、こうして苦言を呈することもあろうと言うもの。

 ……まぁ、そこら辺を緩和する目的もあって、『さーちゃん』などという呼び方をしている面もあるのだが。

 迂闊に名字呼びすると嫌でも思い出しちゃうから、というか。

 

 

「なるほど、そういう面もあったんですね」

「あーうんそうだねー。……すーちゃん(夏油君)の方も、喋り方とか動きとかにそこまで差異がないからまだマシなだけで、わりと『んー?』ってなる対象だからね?一応言っとくけど」

「そうですか?私はわりと気に入ってますけど、この姿」

「ダメだこの最強の二人、早くなんとかしないと……」

 

 

 そうして文句を語り終えた私に、横合いから声を掛けてくる問題の種がもう一人。

 

 こっちはたきなちゃんみたいな感じになっている夏油君なわけだが、元々の彼が敬語キャラ系なこともあって、そこまで深刻な違和感は発生していない。

 ……いないんだけども。こう、中身を知ってる時点でどうしても違和感は付き纏ってしまうもの、というか。

 というかこのゲームでの彼女の職業が『シャーマン』、すなわち術師系なので、どうしても時々ちらついてしまうというか。

 

 この『シャーマン』という職業、名前の元ネタとは違って霊に関わる世界各地の職業が混在したものとなっている。

 なので、禹歩(うほ)*4で練り歩きつつ札で攻撃……みたいな、見るからに陰陽師以外の何者でもない戦闘スタイルだって出来てしまうのだ。

 微妙に和服……正確には巫女服っぽい意匠の散りばめられた制服を着た彼女がそれをすることで、似合ってるんだけどなにかがおかしい、みたいなことになったりとかするわけで。

 夏油君本来の戦い方からすれば、こっちの方がやりやすいんだろうなーとは思うんだけどね?

 

 ……ん?列車に乗ってる限り戦闘は起きないんじゃないかって?

 

 

「簡易ホームポイント*5設定しておけば、ちょっと出歩いてくるくらいは問題ないんだよね……」

「流石に丸一日開けるようであれば、自動的に降車した扱いになるみたいじゃがのぅ」

 

 

 てくてくとこっちに歩いてきたミラちゃんの言う通り、先にこの列車の客室を簡易ホームポイント設定しておけば、ある程度の時間(この場合は二十四時間)内であれば列車から離れていても問題がないのである。

 列車内はプレイヤーがリアルで睡眠・食事を取る時にモニターの前を離れても問題がないように、非戦闘エリアとして設定されているので安心だが、それはそれとして長期間の列車旅、風景ばかり眺めていても退屈だろうということで設定されている機能なのだとか。

 

 これが馬車旅とかだと、車内が安全でも車外が安全じゃないので街とかに着くまでモニターの前を離れられない、とかがあるのだが……そういう意味では結構親切というか、配慮が行き届いているというか。

 まぁ、それを実現するために線路の上どころかイベントマップの全てが非戦闘エリアになっているので、戦闘は一切起こらないなんてことにもなってしまっているわけなのだが。

 

 まぁともかく、そういう安全な旅を続けていると、どうにもウズウズしてきてしまうのもプレイヤーの性。

 そこら辺を解消するために、イベントマップからの一時離脱機能が設定されているわけなのだった。

 

 

「普通の列車旅なら、時折停車する駅とかで色々できたりするけど……」

「イベントマップ全域非戦闘エリアだから、買い物はできても運動はできないんだよねー」

 

 

 ははは、と苦笑を浮かべる私たち一行。

 ともかく、すーちゃん(夏油君)の戦闘スタイルを知っていたのは、何度か体を動かしに他のエリアに移動してたから、というのが正解である。

 因みに、さーちゃん(五条さん)の方は『ガンナー』だった。……無論、見た目に合わせたとのこと。まぁ、時々中身が出てる感じになってたけどね?具体的には銃身でぶん殴るとか!

 

 

「呪術師は体が資本……ってのは冗談として、本来の私の火力からすると、銃って物足りなさ過ぎるんだよねー。で、思わず殴っちゃう……みたいな?」

「ははは、最初の方は再現度足りなくて、その豆鉄砲より火力の出せてなかった人が言うようになったもんだ」

「あっはははー♡もしかしてキーアさん喧嘩売ってるー?あはは買う買う言い値で買うー♡表出ろやゴルァ♡」

「そうそう、それでこそ五条さん!まだキャピキャピしてるけど、そっちの方が似合うぜー!」

「んー嬉しくない誉め言葉ー!」

 

「……逃げたな」

「逃げましたね」

「逃げおったのぅ」

 

 

 見た目的にはガンナーが似合うのは確かなのだが、中身からすると微妙に合ってないというのも確かな話。

 ……いやまぁ、一応五条さん自体も遠距離型っぽいところはあるけど、出せる火力的にはまさに鉄砲と大砲ほどの差があるので、フラストレーションが溜まるのもわからないでもない。

 

 なのでまぁ、その当たりを初めて出会った時のことを交えながら、ちょっと揶揄してあげたわけなのだけれど。これが効果覿面、彼女はキャラが崩れたような受け答えをしながら、こちらの挑発(要請)に乗ってきたのだった。

 

 ……え?今変なルビが乗ってなかったかって?

 いやいや、気のせい気のせい。私は純粋に彼女と喧嘩をしようとしているだけであって、間違ってもこの場から逃げるための口実として、彼女に喧嘩を売ったふりをした、なんてことは一切これっぽっちもないよマジで。

 

 そうして(そそくさと)客室を後にした私たち。

 外に出る準備を二人でガミガミ言い合いながら行っていた私は、ふと背後を振り返る。

 そこで行われているのは──。

 

 

「……女の子が集まると、そういう話になるのは当たり前だけど……いやーキツいですねー」

「キーアさん、止まってたらバレますよ」

「おおっと。……んじゃまぁ討伐数バトルしようぜ討伐数バトル!」

「望むところだぞ☆」

 

 

 バレンタインを間近に控えた女の子達が、一体なにを話すというのか。

 ……そりゃもう、わかりきった話でしょう?

 だからといって、私と五条さんが逃げてきたってわけではないです、本当に。……本当だってば!

 

 

*1
意外と根強い問題の一つ。いわゆる『女々しい男子』への世間の風が冷たいのは変わってない、という話。逆はなんだかんだ受け入れられつつある気もする、みたいなところでもある

*2
アニメ『呪術廻戦』のおまけコーナー『じゅじゅさんぽ』から。該当の箇所は十話。完全にウケ狙いなのだが、一部の人には不評だったとか

*3
『段違い』の略。他に似たようなものに『レベル違い(レベチ)』『次元違い(ジゲチ)』があるとか

*4
ンンンン、拙僧こと蘆屋道満がすきるを使う時に行っている、大きな音を伴う足踏みのことでございます!因みにこの呼び方は元々道教におけるものであり、陰陽師的には『反閇(へんばい)』と呼ぶそうですぞ!どちらにせよ、周囲の邪気を祓う為に行われる、ということに違いは御座いませぬ。……ンン?それではお前が祓われるのでは、ですと?……ンンンンンンン!

*5
復帰地点。一部のMMOで使われる用語で、戦闘不能時に戻ってくる場所。また、そこから転じてワープ先の意味持つことも。ここではワープ先の方の意味



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そして状況はまた一つ進む

「……うーん、こんなものでいいかな?」

「随分長いことやってた感じだねー」

 

 

 はてさて、敵前逃亡……げふんげふん。

 長旅に際して体がバキバキになりそうだったので、ちょっと運動をしようと別のマップにやってきた私とさーちゃん。

 そこでどれだけ敵を倒せるかを競っていたわけなのだけれど、流石にここでは私の勝ちだった。

 まぁそれもそのはず、相手のさーちゃんがスペック的に本人(五条さん)より下がってしまっているにも関わらず、私の方はほぼ元の私にはそのまんまなのだから、寧ろ負けたら恥というか。

 ……いやまぁ、本来の力云々の話をするのなら、ここでも私が負けるのが筋……みたいなところはなくもないんだけども。

 

 まぁ、勝敗についてはともかく。

 ある程度時間も経過したのでそろそろ止めようかと声を掛けた私は、さーちゃんがふぅと息を吐くのを見ながら戦果を数えていたのだった。

 

 

「……んー、色々ドロップしてるけど、なんか要るもんある?」

「んー、別にいいかなー。私達今回はこうして楽しく遊んでるけど、多分次以降はないだろうからねー」

「あー、まぁ確かに。五条さんにゲームしてるイメージはないかなー」

「でしょー?」

 

 

 で、結構な数の敵を倒していたので、そこそこのアイテムがドロップしていたため、その所有権について問い掛けた私は、さーちゃんから返ってきた言葉に『それもそうか』と頷いたわけで。

 

 ……うん、今回はこうして一緒に遊んでいるわけだけど、そもそも五条さんってインドア派というよりはアウトドア派だろう。

 つまり、彼らがもう一度この『tri-qualia』の世界にやってくる確率は、こちらが思っている以上に低いのだ。

 なので、貴重なアイテムとかを持っていても宝の持ち腐れになる、と。

 

 それゆえ、今回ドロップしたモノに関しては、全部私にくれる……なんて、わりととんでもないことを彼女は言えてしまうわけなのだった。

 ほぼ今回限りの五条さん達と違い、私の場合はこっちに侑子がいることもあって、それなりの頻度で遊んでたりするからアイテムの使い道には困らないだろうし。

 最悪、私に必要がないものであっても、他のメンバーに渡せば誰かは使えるだろう……みたいな解決法も取れるし、みたいな感じである。

 

 ……まぁ、その辺りの話はそのくらいにして。

 ドロップ品の整理を終え、いい加減列車に戻るかーとさーちゃんの方を見ようとした私は。

 

 

「……鈴の音?」

「──こんなところで、悠長にしていていいのかしら?」

 

 

 ちりんと、軽やかな鈴の音を耳にした。

 そして、それに意識を向けた隙に、耳元で聞こえたのは聞き慣れぬ少女の声。

 思わずばっと振り向くも、そこに人の影はない。

 

 

「……?どしたのキーアさん?いきなり血相を変えて」

「────いや、多分気のせい。気にしないで」

「?????」

 

 

 そんな私の様子に、さーちゃんが不思議そうな顔をしているが……その表情が答えだと言っていいだろう。

 そう、さっきのは単なる幻聴か、白昼夢のようなもの。私の隠れた不安が、勝手に形を持ったものなのだろうと。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()から意図的に目を逸らしつつ、私は彼女を伴って列車へと戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「──ああまったく、やっと見付けられたわ、■■■■」

 

 

 その少女は。

 なにもないところから、浮かび上がるように現れた。

 ジジジ、と時々姿がぶれているのは、彼女が正規の手段でそこに現れたのではないということを示すのか、はたまた。

 

 

「んー、でも今はまだお仕事中だから……迎えに行くにはちょっと無理がある、かしら?」

 

 

 ともあれ、少女は突然現れ、ここではないどこかに居る誰かを思うように──熱に浮かされたように──言葉を紡ぐ。

 見る人が見ればそれは、恋に焦がれる乙女の表情にも思えるだろうし。

 

 

「ああ、愛しの■■■■。そのまま健やかに、けれど警戒を。私は貴方を咎めも赦しもしないけど──」

 

 

 ……見る人が見れば。

 決して許せぬ敵を見る、憎悪の表情にも思えることだろう。

 そんな愛憎入り交じった表情を浮かべながら、恍惚のままに少女は謡う。

 

 

「投げられた賽の目は、最早変えられないのですから。……うふっ、ふふっ、ふふふっ、ふふふふふふっ………♪」

 

 

 そうして少女は、現れた時と同じように忽然と、その場から姿を消したのであった。

 

 

 

 

 

 

「……この感じ、シャアか!?」*1

「いや、突然なにを言っておるのじゃお主?」

 

 

 いや、なんかこう虫の知らせというか寒気というか、とにかくなんか嫌な予感がしたというかね?

 ……とまぁ、適当なことを言いつつミラちゃんに返事をする私である。

 

 結局、さっきの戦闘で発生した戦利品については他のみんなと話し合った結果、ミラちゃんにあげることにした。

 これは、彼女がこれからも『tri-qualia』で遊ぶつもりがあるということ、及びこのゲームにおいてはレベルが存在せず、武器や防具の性能が露骨に生存に関わってくるため、という二つの理由からのものである。

 

 

「まぁ雑にいうと、これでいい装備でも作りな、って意味だね」

「素材のランク的に、初心者相手にはちょっと豪華すぎるかなーってモノが作れそうだけど……まぁ、新しい仲間への御祝儀、みたいなものかな?」

「お、おお……持つべきモノは仲間、というやつじゃのぅ!」

「まぁ、貴女が将来もたらしてくれる利益への投資、みたいな面もなくはないけどね?」

「むぅ?」

 

 

 流石に最強武器みたいなものは作れないだろうが、初心者が持つにはちょっと過剰レベルの装備が作れる素材、というのは確実。

 スタートダッシュをするために用意されるモノとしては、上等に過ぎるモノだと言えるだろう。

 無論、仲間だから無償提供した、というわけでは(実は)ない。これは、ミラちゃんの『tri-qualia』での職業にその理由がある。

 そう、なんとこのミラちゃんの職業、実はレア職なのである。

 

 

「ふぅむ、ということはわし、こっちでも開祖みたいなもん?」

「だねぇ。サブの『モンク』は既にあるやつだけど、メインの『エレメンタラー』は完全にユニーク職だと思うよ?」

 

 

 この『tri-qualia』、キャラクリ時に職業を選択できるのだけれど、この職業というのがそこまで多くない。

 いわゆる二次職や三次職はジョブエクステンドの先にあるものなので、初期状態で選べる一次職はそこまで数がないのだ。

 

 ……というのは、表向きの話。

 実はこのゲーム、一次職扱いの職業がキャラクリ時には()()()()表示されない仕様になっている。

 なにか色々と条件が設定されているらしく、普通にキャラクリを行うと、選択できるのは大体五つくらいの職業から一つ、ということになるのだけど。

 一定の条件を満たすと、そこで選べる一次職が増えるのだ。

 具体的にはすーちゃんの『シャーマン』は隠し一次職で、キャラクリ前の相性診断の時に特定の設問に答えるとたどり着けるのだそうだ。……まぁその設問自体、それ以前の設問で判断された性格如何によって、出現するかしないかが決まるらしいのだけど。

 

 まぁともかく、このゲームには隠し職……要するにユニーク職が無数存在するわけ。

 ……なんだけども、その開放条件にはまだまだ謎なことが多い。

 同じ設問に同じように答えたのに同じ職が出なかったとか、はたまた別の条件から職業が開放されたりする、なんてこともあるのだそう。

 そこら辺を検証勢が必死に調べているけど、わかったことはごく一部。『ジョブエクステンドを行えるレベルまで育てた一次職は、他のプレイヤーが転職する際に教えることができる』である。*2

 

 いわば、実質的なユニーク職の継承。

 そのため、珍しい職を発現した人には、周囲のプレイヤーがこれでもかと投資をするのが一般的なのだ。

 もし相手が職を極めた時、その一次職に転職することができるようになるのだから。

 また、相手が生産職かつユニーク職の場合、その人物にしか作れないモノ、なんてものが現れる可能性があるため、その風潮は更に加速することになる。

 

 ……で、ミラちゃんのメイン職である『エレメンタラー』だけれど。

 これはエレメンタル──自然という言葉から想像できるように、属性を操る力を持つ職業である。

 言うなれば『精霊召喚師』。……つまりリアルのミラちゃんということだが、これには理由がある。『逆憑依』がこの『tri-qualia』を遊ぶ場合、高確率で元の自分に関連する職になる、というものだ。

 

 例えば私がわかりやすいが、今の私の職業は『デモンロード』。一次職の中でも()()()()()()()、すなわちエクステンド先がない特殊な職業であり、転職も不可能と特別尽くしの職であるが……この名前を簡単に翻訳すると『魔王』となる。

 つまり、私は外でもここでも魔王、というわけだ。

 ……なおこの職、転職不可だが初期職として選ぶことはできる。ただまぁ、条件が恐らく『実際に魔王である』ことだと思われるので、私以外には見たことがなかったりするのだが。

 

 ともかく。ミラちゃんはリアルで『召喚師』である。そのため、ここでの職業もそれに引っ張られた、というのが正解だと思われるのだった。

 ……まぁ、そうだとするとちょっと困ったことにもなるのだが、それはここでは割愛。

 

 話を戻して、『エレメンタラー』は生産職混じりの戦闘職である。

 具体的には彫金師が混ざっているようで、彼女はスキルとして宝石を加工したり作り出したりできるのだ。

 このゲームも他のゲームの例に漏れず、宝石類はアクセサリーとして加工ができ、かつそれを装備すれば、耐性などの防具では上げ辛いステータスを強化することができる。

 

 ……要するに、成長した彼女はあちこちで引っ張りだこになる素質がある、というわけだ。

 そうして評価を得ていけば、運営からの褒賞を貰う機会も増えるだろう。なにせこのゲーム、なにかしらの功績を納めればあれこれ融通してくれるので。

 

 

「……はっ!?つまりわしがカッチョいいじじいになるための最短ルート!?」

「そういうことになるねぇ。こっちとしても腕の良い生産職とは仲良くなっておきたいし。……投資する理由、わかってもらえた?」

「うむ!つまりこうじゃな!──最強のエレメンタラーに、わしはなる!」

「そうそう、その意気その意気!」

 

 

 皆から応援され、張り切るミラちゃん。

 そんな彼女を見ながら、私たちは穏やかに列車旅を楽しんでいたのでした。

 

 

*1
ニュータイプ特有のあれ。初代のアムロが一番おかしい、というのはよく言われていることだったりする(初期のノリがスーパーロボット側だったから、とも)

*2
正確には、元のプレイヤーが二次職になった時に全てのプレイヤーに対し『転職可能な一次職』として提示されるようになる、の意味



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そして、その時は来たれり

「と、いうわけでー、ハッピーバレンタイーン!」

 

 

 いえー!……とノリよく声をあげるみんなに頷きつつ、窓から外を見る私。

 

 時刻は大体朝八時頃。今回の事件がいつ終わるかわかったものではない、ということで朝早くからマシュ達のチョコ爆撃を受けてきた私は、そこからの復帰に暫くの時間を要したが……まぁ、誤差みたいなもんである、誤差。

 

 で、そのノリのままこっちにログインした時、他の面々にも先んじてチョコ(のアイテム)を渡したりしていたわけなのだけれど。

 ……うーむ、今のところなにかが起こる様子はなし。

 ということは乗客側になにかがあるのではなく、あくまでこれから向かう先になにかがある……ということになるのだろうか?

 まぁ、正直これからなにがあるにせよ、既に私は満身創痍なので対して対応は変わらんのだがね!()

 

 

「……いやまぁ、マシュちゃんも大概大胆というかなんというか……」

「どこぞの人類最後のマスターじゃないんだから、そこまで躍起にならなくてもいいんじゃないかって私おも……いや、みんなして私を『ダメだこいつ』みたいな顔で見るのやめない?」

「いやー、わしはわりと自業自得じゃと思うがのぅ」

「刺されたらちゃんと手当てをするようにな、キーア」

「遠回しに刺されるのは確定ってことにされてる!?」

 

 

 いや、どこのプレイボーイやねん。私をかっ捌いても中には誰も居ないぞ?……いや、もしかしたら私を分割したことで中から私が出てくるかもしれないが。*1

 親方、私の中から私が見つめてました!*2

 

 

「……いや、マトリョーシカかなんかかお前は」

「止めとけハセヲ、その辺り突っ込んでも多分『そうだよ?』ってヘーベルハウスみたいに挨拶されるだけだぞ」

「誰が頭空っぽじゃい!……ったく、私のことはいいんですよ私のことは!それより、君らは!?」

 

 

 男子二人……もといおしまいなキリトちゃんとおしまいじゃないハセヲ君がうるさいが、そこら辺は友達感覚である。

 なので、逆に二人は誰かからチョコを貰わなかったのか、と声を掛けたわけで。……キリトちゃん側はアスナさんとチョコの贈りあいをしているだろう、というのはすぐにわかったけど、ハセヲ君側はわりと交遊関係が謎なので、誰かから貰っててもおかしくはないと見込んでの質問だったわけだけど。

 

 

「……あー、その、リリィから……とか」

「────声が同じならなんでもいいのかおめぇ」

「ばっ!?ちちちちげぇよ単なる義理だっての!そもそも義理なら結構貰ったっての!!!!」

「おお、照れてる照れてる」

 

 

 どうやら、彼的に記憶に残ったのはうちのアルトリアから贈られたもの、ということになるらしい。

 ……いつの間に仲良くなってんの?みたいなところもなくはないのだが、まぁ義理であることは間違いないらしい。

 でもこう、この二人の組み合わせだとちょっと邪推してしまってもおかしくないというか、ね?……よくある組み合わせでもあったわけだが。

 

 まぁともかく、なんやかんやと甘酸っぱい清純を過ごしているらしい面々に対して。

 

 

「……ふっ、ここで貰ったものだけだがなにか?」

「表でもその姿すれば貰えるんじゃない?……いや、逆に引かれるかも?」

「……そんなことは、ないはずだ……多分、きっと……」

「うわぁ」

 

 

 なんともどんよりとした空気を漂わせているのは、ここに居る面々の中でも特に()()()()()に縁がないアンチノミーさんなのであった。

 ……うん、キャラとしては人気のある方だと思うんだけどね?でもほら、作中でもそういう甘い感じとは無縁というか、あくまでマスコット枠と師匠枠と裏切り枠の折衷というか。*3

 端的に言うと端からそういう気配がない、というべきか。……うん、人気はあるんだけどね、彼。でもそれがモテには繋がらないというか……。

 

 

「そもそも遊戯王って、どっちかというと男性同士のカップリングの方が多いイメージが……」*4

「止めるんだアスナさん、事実を口にするのはとても良くない」

「あっ、その、ごめんなさい……」

「止めてくれないかなぁ!?余計に惨めになるんだけど!?」

 

 

 可愛いモンスターとか女の子とか、わりと登場している方の遊戯王シリーズだけど。……同人誌とかを探すと、大体男性同士のカップリングモノが多くなるのは……んー、ホビー系作品の常、ってやつなんだろうか?まぁ深掘りすると良くないことになる気がするので、ここらで止めておくが。

 

 ともかく、ちょっと周囲に甘酸っぱい空気が漏れすぎていて、なんだかお労しくなってしまったアンチノミーさんをみんなで労りながら、私たちのバレンタインの一日は始まりを告げたのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ううむ、流石にエグいな人の波が……」

「まぁ、バレンタイン当日じゃしのぅ。そりゃ誰も彼も張り切る、というものじゃろうて」

 

 

 一通り内輪で楽しんだあと、他の乗客達の様子を確かめるために偵察に出た私とミラちゃん。

 向かったのは勿論食堂車だが、そこにいる人々の数は今までの昼飯時のそれを遥かに上回る量となっていたのだった。

 ……いや、それにしたって多いな!?

 

 思わず驚く私に、ミラちゃんはわかってたぞとばかりに頷いている。……いやでも、満員電車級に人が溢れているのは流石に想像以上じゃね?

 

 

「どこにこれだけの人数が……というか、客車を拡張できるんだからこの食堂車も拡張すれば良いのでは……?」

「そこまではリソースがないのではないか?別に電脳世界だからといって、リソースが無限というわけではないのだろうし」

「うーん……?」

 

 

 いやまぁ、各客車が本来のそれより遥かに広くなるように拡張されている、というのは周知の事実なので、どこに隠れていたのかと問われれば『客車の中』と答えるのが正解だろうとは思うのだが。

 ……だったらその技術を使って、この押し寿司状態の食堂車も拡張して良かったのでは?……みたいな気分が浮かんでくるのは仕方のない話なわけで。

 無論、ミラちゃんの言う通り、電脳空間上だからといって、リソースを無闇矢鱈に注ぎ込めるわけではない、というのはわかる。……わかるんだけども、正直この食堂車こそが今回の目玉みたいなものなのだから、優先して拡張なり補強なりしておくべきなのでは?……みたいな気持ちが湧いてくるのも仕方のない話というか。

 まぁ、実際こうしてぎゅうぎゅうになってる辺り、なにか理由があったんだろうなー、とも思うわけなのだけれど。

 

 そうして鮨詰め状態の客達を眺めながら、はてさてこれからどうしよう?とするべきことを考えていると。

 

 

『──本日はバレンタイン急行・エメに御乗車頂き、誠にありがとうございます』

「ぬ?車内放送?」

 

 

 突然、車内に響き渡る声。

 どうやらミラちゃんの言う通り、いわゆる車内放送のようだが、車掌も居ないのに誰がこの放送を?……と、思わず顔を見合わせる私たち。

 ……数瞬後、これがいわゆる黒幕側の放送なのでは?と気付いた私たちは、直ぐ様この音声の発生源を辿ろうとして。

 

 

『バレンタイン、お楽しみ頂けていらっしゃいますでしょうか?今回のプログラムには、お客様方が()()()()()()()()を数値化するシステムが搭載されております。上位者にはプレゼントもございますので、皆様奮ってラブラブしてくださいませ』

「…………????」

「おいキーア、思考を止めるなフリーズするな、というかわしを一人にするな!この空気はちょっとわしには受け止め辛いぞ!?」

 

 

 相手方から飛び出した言葉に、思わずフリーズすることに。

 ……いやだって、楽しめたかどうかを数値化?それってどう考えても、カップル間のラブラブ度合いが数値化される、みたいな奴でしょ?

 いや、思わずなに言ってんだこいつ?……と首を傾げてもおかしくないと思わないだろうか?いやまぁ、世の中のバレンタインイベントと比べると、随分トンチキぶりは下がっている気がするけども。

 

 だが、よーく思い返して頂きたい。

 そもそもこの列車──エメは、あのオーナーさんの無念を引き継ぎ生まれたモノでもある。

 つまり、相手方はその辺りのなにかを考えているはずで、でも実際にお出しされたのはわりとストレートなバレンタインイベントで。

 ……いや、なにを企んでるねんこいつ?ってなるやろ?私はなった。()

 

 そのため、その意味不明さに一瞬脳が理解を拒み、その結果目の前の(ある意味)惨状が出来上がったのであった。

 

 

「ぐわーっ!!?目がーっ?!目がーっ!?」

「ぬわーっ!!!思いっきりいちゃついている奴しかおらぬ!!?」

 

 

 そう、ラブラブパワー()を最大限発揮したモノにはプレゼント、という言葉がよほど琴線に響いたのか、今現在私たちの目の前で繰り広げられているのは、語るも憚られるような所業達。

 ……流石に年齢制限が必要なレベル(R-18)ではないが、人によってはお子様締め出し確定(R-15)、みたいなことをやり始めたのである。

 いや、いくら推奨されたからってみんなノリノリ過ぎやしない?!っていうか倫理規制はどうした!?

 

 思わず目を隠しながら後退する私たち。

 ダメだ、直接的に行為に及んでいないだけで、この食堂車はもはやラ○ホみたいなもんだ!(とてもさいていなひょうげん)

 ゆえに逃げ帰ろうとした私たちは──そこで知る。この空気感は、なにも食堂車に限った話ではなかったのだと。

 

 

「……ひぃーっ!!?そこかしこからいやな気配がするーっ!!?」

「撤退、撤退ー!!!」

 

 

 ……詳しく明言するのは止めとくけど。

 いや、公共の場だからね、ここ!?

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、なんかさっきから体が熱いのはそういう……」

「誰かー!この人と相撲取ってきてー!」

 

 

 自身の客室まで逃げ帰って来た私たちは、そこで発情()状態のアンチノミーさんに遭遇。

 仕方ないのでハセヲ君に彼を任せ、残った面々で作戦会議である。……え、ハセヲ君がスッゴい恨みがましい顔で見てた?彼は犠牲になったんだよ、犠牲の犠牲にな……。

 

 

「まぁ、ハセヲ君のことは後で考えるとして……()()、向こうの干渉だと思う?」

「十中八九そうだけど……狙いがわからん。これでなんの得があるんだろう……?」

「んー、生気を集めてるとか?なんか生々しいけど」

「……いや、生々し過ぎるでしょう、それは」

 

 

 で、比較的無事な面々での作戦会議は、この現象が黒幕側の干渉の結果だと断定。……したんだけど、それはそれでこれがなんのためのものなのか、というところで会議が難航。

 いやまぁ、単純に考えるとみんなの愛の力()を集めてなにかをしようとしてる、みたいな感じになりそうなんだけど……その、なんというか『なんのために?』感が凄いのだ。

 

 言ってはなんだけど、今私たちが居るのは電脳空間である。

 リアルのそれとは全く違う世界で、『愛』なんてものがちゃんと集められるのか?……みたいな疑問がなくもないというか。

 ……いや、これをキリトちゃん達の前で言うのもどうかなー、と思うんだけどね?

 

 

「……こっちを見るのは止めないか?」

「おおっとごめんごめん。……まぁ、こういう空間で育まれるモノがある、ってのはわかるんだよ。わかるんだけど、それってここでやる必要があるかなー?……みたいな気分がね?」

「まぁ、気持ちはわかる。これは我の記憶ではないが、そういう酒池肉林?的なものは現実でやってこそ、みたいなところは確かにあるだろうな」

「……どっから引っ張ってきたのその記憶?」

 

 

 妲己ちゃん?妲己ちゃんの記憶なのそれ?

 ……とハクさんを揺するが、彼女は曖昧に笑うばかり。……いや、そっち方向を出し過ぎるのは普通に良くないから、ちょっと自重しとこうねマジで。

 ちょっと不安になりつつ、あれこれと話をする私たち。

 そこに、

 

 

『──中間発表~』

 

 

 再び、車内放送が私たちを襲うのであった。

 

 

*1
「……?せんぱいはおしまいにされたい側なのですか?」「後輩がなんか怖いこと言ってるんだけど!?」(無論、ねことうふ氏の漫画『お兄ちゃんはおしまい!』ネタである)

*2
こちらは『ご注文はうさぎですか?』一期のオープニング『Daydream cafe』の歌詞と『天空の城ラピュタ』に出てくる台詞『親方!空から女の子が!』から

*3
それぞれブルーノちゃんと謎のDホイーラーとアンチノミーのこと。役柄が渋滞してる!

*4
単なる事実。萌えキャラ多いのにね



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愛は愛を笑うもの

『現在のトップはさーちゃんすーちゃんペアです。ややこしい感じですがとても思い合ってますねー。皆さんも二人に負けないように、レッツラブラブー!』

「「…………」」

「いや、空気の殺し方が酷いなっ!?」

 

 

 突然私たちの元に投げ込まれた爆弾……もとい車内放送は、それはもう凄まじい威力を持った、まさに焼夷弾*1級のものなのであった。

 

 いやだって、ねぇ?あだ名がなんで向こうにも伝わってんの?……的な疑問を置いとくとしても、相手方が告げたのは今こうして普通に私たちの作戦会議に参加している二人──中身は五条さんと夏油君である──が一番ラブラブしてる()、という内容だったのだから。

 こちとらあの車内の惨状を見たあとここに居るのだから、余計のこと「んなあほな」と「なるほど……」みたいな気持ちが胸中でごちゃごちゃするわけでね?

 

 こうしてこちらを撹乱するのが目的だと言うのなら、敵ながら天晴れとしか言いようがないだろう。

 なにせ原作の彼ら二人が、とてもややこしいことになっているのは確かな話。……それを友情ではなく愛情とするのは、一部の創作家達の勝手な妄想みたいなもんで、さっきの放送もその類いだと切って捨てるのは簡単だけど……ねぇ?*2

 こうやってあれこれ考えてしまう時点で相手の術中だというのだから、これほど恐ろしい話もないだろう()

 

 

「解釈通りです、一冊ください」*3

「キーアさーんー?!」

「冗談だってば、冗談。……でもまぁ、一位であることは喜ばしいんじゃない?」

「本人達の気持ちは置いとくとして……まぁうん、黒幕に近付くには、確かにこれでいいのかも」

「アスナちゃんまで!?」

 

 

 だがしかし、これが黒幕へたどり着く最短ルートだと仮定すると、話は違ってくる。

 

 外の人達があんなん(とても失礼な表現)になっていたのは黒幕側の干渉の結果だろうが、それを以てしてなお、ここに居てなにもしてない二人の方がラブパワー()が高いと言うのなら、彼女達に勝てる者は誰もいないと言い換えても良いはずだからだ。

 キャラとしての前提の時点で重いので、あんな即興的な愛()では敵わない、と言っているようなものなのだし。

 

 なのでまぁ、一時はこのまま様子を見ようか、みたいな空気になったのだけれど……。

 

 

「……冷静に考えたら納得いかない。原作の時点での重さ云々なら、私とキリト君だって良いとこ行くと思わない?」

「お、おう?どしたのアスナさん、急に興奮し始めたけど……」

「そうだわかったわ!キリト君ってば、私の愛がちゃんと実感できてないのね!!?」

「えっ?いやそのアスナ、目が怖……」

「じゃあ知らしめるしかないわね!個室に行きましょうキリト君、朝まで寝かさないわよー!!」

「えっ、いやその待っ、……ちょっ、た、たすけっ」<ピシャッ

「「………………」」

 

 

 突然興奮した患者……もといアスナさんにより、憐れな子羊もとい生け贄もといキリトちゃんは、私たちの視界の外へと連れ去られて行ってしまったのでありました。

 ……あーうん、多分だけどこの列車内での思考干渉、アレルギーとかと同じで蓄積型なのね。*4で、許容量を越えるとさっきのアスナさんみたいになる……と。

 

 その事実を教えてくれた彼女に感謝しつつ、連れ去られたキリトちゃんについてはノーコメントを貫く残された組である。

 やーうん、流石に頼光さん混じりの彼女に反抗する勇気はないというか。許せキリト、お前の犠牲は忘れない……!

 

 まぁそんなこともあり、初報の時点で引きこもったさーちゃんすーちゃんやアンチノミーさん・ハセヲ君を含め、現在の脱落者は六人。

 残ったのは私とミラちゃん、ハクさんにアグモン君と、それからドトウさん(マッキー)の五人となっていたのだった。

 ……え?クモコさん?今気配遮断してるみたいだから、多分周囲の空気に悶絶しつつ隠れてるんじゃないかな?

 

 

「……まぁ、奴はいざという時の対抗手段と留め置くとして。……実際これからどうする?蓄積型の毒だとすると、下手にこのまま静観するのはどうかと思うが」

「うーん、つっても発症したとして仲良くしたくなる(意味深)だけで、別に命の危険があるって訳でもないしなぁ……」

「?意味深ってなんだぁ?」

「お主は知らんでも良いからな、色んな意味で」

「????」*5

 

 

 今のところ特に精神に異常をきたしてもいない私たちだが、これがいつまで持つのかは不明。

 ゆえにハクさんはなにかしら手を打つべきでは?……と声をあげるが、正直私としてはその考えには反対である。

 

 そもそも黒幕がどこにいるのか掴めていないうえ、今回の乗客達は以前のバレンタインと違い、ちゃんとした普通の人々。……要するに、荒事になった場合には避難をさせる必要のある人達、ということになる。

 無論、ここは電脳世界なので『被害なぞ気にせず相手ごと吹っ飛ばす』みたいな手段も取れなくはないが……現状それをしようとすると、私がこの辺り一帯のデータ領域を書き換える必要がある。

 ……じゃあそれでいいじゃん、みたいな声が聞こえてきそうだが、これはそう何度も行えることではないのだ。

 

 

「と、言いますと?」

「結局のところ、これって【星の欠片】の性質を使用しての侵略行為だからね。防げるモノじゃないからこそ、多用すると運営からの心証が悪くなりすぎるというか……」

「あー、なるほど。システム的に防御できずとも、アカウント停止されれば関係ないというわけじゃな?」

「そういうこと」

 

 

 私が現在、この『tri-qualia』の中でも現実での能力を奮えるのは、初期も初期の頃にBBちゃんがその辺りを弄ってくれたため。

 それにより私はこの電脳空間でも【星の欠片】としての権能を使えるようになったわけだが……この技能は、基本的に対処ができる類いのモノではない。

 

 誤解を恐れずに言うのであれば、分子や原子が直接意思を持って反乱するようなものである【星の欠片】は、それを対処する手段も【星の欠片】で作られている、という時点で対処のしようがないものでもある。

 プログラムを作るための電気信号そのものが反乱しているようなものなので、少なくともプログラムを使ってそれに対処するのは不可能なわけだ。

 

 ゆえに、使えば必ずこの場を掌握することはできるだろうが……同時に、掌握できるのはあくまでも()()()だけなのである。

 例えば黒幕がこの列車に乗っていない、もしくは紐付いていない場合、この場を掌握しただけでは事態解決のための糸口にはなれど、事態そのものを解決するには至らないだろう。

 

 それだけならばいいが、もし仮に黒幕を追い詰める際、再度【星の欠片】を使う必要があった場合、どうなるだろうか?

 何度も何度も勝手にプログラムを改竄・ないし破壊するプレイヤーに対し、運営はどういう心情を抱くだろうか?*6

 ……そう、ほぼ確実に、それをした相手を『運営の邪魔をする者』として認識するだろう。

 そうなれば、今後私は『tri-qualia』絡みの事件には、なに一つ関われないなんてことも発生するかもしれない。運営側にも『逆憑依』は居る以上、生体BANができないとも思えないし。*7

 

 無論、そんなことをされても、私のような【星の欠片】達ならば、そういう制限を抜けてログインすることも可能だろうが……それがバレた日には、最早単なるBANでは話は済まなくなるだろう。

 その辺りも考慮するに至り、【星の欠片】の濫用は厳禁・かつ使う時には事態が確実に解決できると確信した時に限る、という制限が生まれてしまうのだった。

 

 

「ぬぅ、意外と融通が効かぬのだな」

「少なくとも、人の輪の中で暮らす気があるんなら最低限のルールは守らないとね。……だからまぁ、使うにしてもこのタイミングはないかなーってキーアん思うわけ」

「なるほどのぅ。……ってん?どうしたドトウよ、なんだか震えておるが」

 

 

 そんな私の主張に、諦めたように肩を落とすハクさん。

 わかって貰えたのはいいのだけれど、なんかこうトゲがないかい?気のせい?

 ……とまぁ、じゃれあう私たちの横で、また事態に進展が。

 ミラちゃんが気にしていたのはドトウさん……もといマッキー。今の彼女はなんだか息が荒く、ついでにこう瞳孔がぐるぐるしているような……って、あ。

 

 

「……ととと、トレーナーさんの匂いがしますぅ~っ!!」<バキィッ!

「扉をぶち破って外に!?」

 

 

 興奮してるじゃんこれ、と気付いた時にはもう遅く、暴走機関車と化した彼女は扉をぶち破り、そのまま廊下へ。

 ……遠くから聞こえてきた聞き覚えのある人物の声に、思わずアーメンと無事を祈ってしまう残された面々なのであった。

 ……こいつらうまぴょいしたんだ!*8

 

 

*1
『焼き尽くす弾』。『夷』には『大きな弓でやっつける』という意味があり、そこから『焼夷』は『炎で周囲を根こそぎ焼き払う』モノの意味となる。辺りを焼き払うことを目的としたモノの名前なので、広義には『火炎瓶』なども焼夷弾に含まれるとか

*2
友情と愛情の境はわかり辛い、みたいな話か。創作の題材としてはわりとありふれている方

*3
同人誌即売会などでよくあるやり取り。相手の書いたモノが自身の解釈に即しており、とても素晴らしいことを告げる言葉。なお遠くて近い言葉に『解釈違いです、一冊ください』がある

*4
花粉症など、アレルギーというのは永遠に大丈夫なわけでなく、アレルゲンと呼ばれるアレルギーの元が体内に入ってきた時に作られる抗体の量が規定値を越えることで発生する、というパターンも存在している。一生涯発症しない人も居るので、基本的には体質ということになるようだが、花粉が多いところでは抗体の蓄積量も多くなる為、他の場所では大丈夫でも発症してしまう、なんてこともあるかもしれない

*5
『意味深長』という四字熟語の略称。言葉通りの表面的な意味以外の、なにか隠された意味が隠されていそうな表現のこと。『(意味深)』という使われ方で有名なのは例のアレだが、元ネタと言うわけではなく正確な起源は不明

*6
ハッカーやクラッカー区分だと思われるので、最悪『電子計算機損壊等業務妨害罪』とかで捕まると思われる(五年以下の懲役又は百万円以下の罰金)

*7
生体認証が採用されているタイプのゲームで行えるBAN。本人そのものに制限を加えるモノなので、罰としては最上級(電子機器の場合、その電子機器を使わなければいい話なので。生体BANを突破しようとするならば、体を変えるとかいう意味不明なことをする必要がある)

*8
「暗喩みたいな言い方するでないわ!というか、うまぴょいは隠語ではないわ!」



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精神耐性を積め、あいつのように

「……来て早々帰りたくなる気分にさせるのは酷くないか?」

「まぁ、バレンタインなんてこんなもんでしょ?」

「達観の域に至っておる……」

 

 

 なんというか、来るとは言ってたけど今来るんだ……的な感想が胸を満たす感じだけど、人手が増えること自体はありがたいというか。

 

 ……まぁそんな感じでやって来たモモンガさん(人型モード)に、いらっしゃいと声を掛ける私たち一同である。

 なお、当の本人はそこら中にキスマークが付き、かつ服もよれよれ状態。

 その背後ではぐるぐる巻きにされたうえ、猿轡(さるぐつわ)*1まで噛まされている憐れな()が一人居るが……まぁうん、センシティブだのイメ損だのなんだの言われそうなので、今回はスルーである。……というか、その顔は訴えられても仕方ねぇ当の思うのよ私。*2

 

 とはいえ、彼女がそうなったのも、元を正せばこの列車に攻撃を仕掛けてきた黒幕のせい。

 ゆえに責任は全て相手にある、とモモンガさんを説き伏せて、改めていざ鎌倉!となる私たち一行である。

 ……え?なんか車内放送で『なんでもかんでもこちらのせいにするのはよくないと思われるかと~』とかなんとか言ってるって?そんなの無視だ無視。

 

 

(……相手側も意外とノリが良いのか……?)

「さてはて、こうしてとりあえずモモンガさんが合流してくれたわけなんだけど。こう、貴方ならこういう呪い系の相手に対して有効な手段とか、幾つか持ってるんじゃなーいー?」

「む?逆探知……ってことか?できなくはないけど……今この辺りに使われてるの、対象指定無し時間指定無しの無差別型だから、相手の所在を確かめるのは不可能だと思うけど?」

「……あら?」

 

 

 で、人型状態なので喋り方がいつものモモンガさんのそれではなく、本来の鈴木さんのそれに近くなっている彼に対し、この状況を作り出している相手を探知する手段はないか?……と問い掛けてみた結果。

 普通に無理、という答えが返ってきてしまった私は、思わず宛が外れたと天を仰ぐことになってしまったのだった。

 

 いや、さっきの憐れなウマ娘みたいに(誰のこととは言わない)暴走し出す人が増えてきた以上、流石にこのまま座して待ち続けるのは無理があるかなー、と根本的解決手段を期待して彼に声を掛けたわけなのだけれど。

 ……こうして宛が外れてしまうと、やっぱり待ち続けるしかないのかなー?……という気落ちしてしまうのも仕方ないというかですね?

 

 うーむ、こうなると無事なメンバーを集めて、精神保護結界でも組んだ方が早かったりする?

 でもそれだと、途中でさーちゃんすーちゃんペアがトップじゃなくなった場合に、必要な対処が遅れちゃうしなぁ。

 

 

「……なにか、問題があるのかい?」

「ああうん、これが範囲内無差別対象型のものってことは、それを防ぐには単なる結界じゃなくて遮断・断絶系の結界が必要になるってことになるんだよね」

「(遮断・断絶……?また物騒な)……言葉から察するに、結界の構築が難しいとか?」

「いんにゃ、正確には内外の出入りが難しい感じ」

「ふむ……?」

 

 

 腕を組んで唸っていると、モモンガさんが不思議そうに首を捻りながら声を掛けてきたので、簡単に今から作ろうとしている結界の仕様について説明する私である。

 

 結界というのは『界を結ぶ』と書く。……そこからわかるように、結界というものは実は()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 線や紐で一区画を区切れば、それだけで一種の結界……と見ることができるというか?

 

 実際、神社の境内などは鳥居や注連縄などを境として、その内と外を分けているが……その実それらの境界を越える、という行為自体はそう難しくない。

 これは、この場合の結界はあくまでも概念的に内と外を分けているだけであって、()()()()境界ではないから容易く越えられてしまう、ということになるわけになるのだが……。

 

 

「この方式だと、わりと簡単に抜けられちゃう……っていうのは、参拝客とかの存在からすぐに理解できるよね?」

「まぁ確かに。霊的な防御の類いってことになるから、そういうものに影響されない相手なら普通にすり抜けられる……ってことだろう?」

「そういうことー」

 

 

 その辺りをもう少し踏み込んで説明すると。

 この方式の結界の場合、内と外に分けられているのは()()()

 いわゆる神気を外に漏らさず、かつ邪気を内に入れない……みたいな役割が、このタイプの結界の基本なわけである。

 なお、中になにかを封印しているような場合は、この神気と邪気の内外が入れ替わることもあるが……どちらにせよ本来物理的ななにかを押し止めるものではない、ということに間違いはあるまい。

 

 なので、この形式の結界は()()()()()()()()()()()

 言い換えるとこのタイプの結界は、生者という鎧を纏えば神気も邪気も共にすり抜けられる可能性があるのだ。

 よくアニメや漫画などで頻発する『封印が解けてしまう時の話』というやつだ。

 

 こういう状況を避けるためには、物理的にも通れないようにする必要がある。

 わかりやすいものの中で、この例に該当するのは工事現場の警備員……とかになるだろうか。

 あれも、工事現場と普通の場所を分けていると考えれば、一種の結界だと言えなくもないだろう。

 警備員に止められてなおその道を通ろうとする、という人はそう多くないはずだ。

 

 ……とはいえ、この方法にも穴はある。

 霊的な境と比べると、物理的な境というのは越える手段が多いのだ。

 

 

「警備員なら、最悪それを倒すなり無理矢理押し通るなりすればいいし。深い谷間が広がっているのなら、その境を飛んでいけばいい。……物理的な到達手段を遮断するというのは、これが意外と難しいわけよ」

「ふむ……となると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってことか?」

「そういうことー。この場合だと、もっと強固な扉を設置するとか、ね?」

 

 

 なので、より確実に物理的な対処を行う場合には、人為的な手段ではどうしようもないような断絶、というものを挟む必要がある。

 例えば、徒歩では絶対にたどり着けないような道を、対象までの間に用意するとか。はたまた、結界内の重要な場所の座標を、何物にも表示できなくするだとか。

 そういった対処の最大級になるのが、いわゆる『次元遮断』である。

 

 

「時空間移動ができないと到達できないような場所に隔離する、みたいなやつだね。……で、今回作ろうとしてるのはその類いの結界ってことになるんだけど」

「……あー、この洗脳電波めいたものが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いっそ全部遮断しようとしてる……ということか?」

「そうそう。モモンガさんにも効くタイプだったりすると、それくらいやんないといけないってことになるでしょ?」

「確かに……」*3

 

 

 今でこそ人の姿をしているが、モモンガさんの種族は変化していない。

 あくまで見た目が変わっているだけなので、本来彼が持ち合わせている『魅了無効』などの耐性はキチンと機能しているのだ。

 ……にも関わらず、彼がこの異常事態に流されてしまう……なんてことがもし発生したとしたら、それこそ収拾が付かなくなってしまうことだろう。

 実際、イマジナリーとはいえビーストⅢの魅了は、微妙に彼に対して貫通していたわけなのだし。

 

 あれ級の存在が何度も現れるとは思えないが、それでも対策しておくに越したことはあるまい。

 そうした前提条件の上で考えると、現状この辺りに張り巡らされている魅了的ななにかには、()()()()()()()()()()()()()ということになってしまうわけなのである。……蓄積していくタイプだから、余計にね。

 

 で、私がそれに対するモノを実現しようとすると、結果的に断絶系結界──物理的にも概念的にも霊的にも、内と外が完全に断たれたものになる、というわけなのだった。

 

 

「【別けるもの(シャッタード・カーテン)】っていうんだけどね?これって境界遮断系の魔法だから、使うと完全幽閉状態になっちゃうというか。……まぁ、そのまんま使うと、私らこの列車から取り残されちゃうんで、追従指定とかもしなきゃいけないんだけどね」

「……微妙にややこしそうな魔法だな」

 

 

 で、ここで出てくるのが、私……というかキリア()のオリジナル魔法である【別けるもの】。

 これは、得られる効果に比して魔力消費が劇的に少ない、というとても画期的な魔法なんだけども……その性質上、使いながら動くことができなかったり、境内みたいに軽く踏み越えて往来する、ということができなかったりするのだ。

 いやまぁ、次元遮断級の効果を得るのなら、本来かなり高位の魔法が必要なところを、低級魔法レベルの魔力消費で賄える辺り、文句を言うのは筋違いだとは思うんだけどね?

 でもこう、これって場所指定系に近いから、列車みたいな移動空間では座標の紐付けしないと車内から放り出されたりする、みたいな欠点もあるわけなんですよねー。

 

 ……まぁ、一番の問題は、これ使うと外との行き来が難しくなる、ってことなんだけどねー。

 何物も通れない、という概念で編まれるモノなので、外に出たいなら結界まるごと解除しないといけないというか。

 

 その辺りの融通の利かなさを聞いたモモンガさんは、微妙な表情でこちらを見つめてくるのだった。

 

 

*1
拘束具の一種。声を出せないように相手に噛ませる器具。布などでも代用できる為、作りはとても単純。因みに海外では『ポールギャグ』という類似品雅存在するが、この『ギャグ』の意味が派生して生まれたのが、『笑いのネタ』などの意味で使われる『ギャグ』である(笑いすぎて喋れなくなることを猿轡に例えたのだとか)

*2
恍惚とした表情をしている……

*3
イメージとしては『全て遠き理想郷(アヴァロン)』的な結界



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そして、現れるものは

 悩んだ結果、どっちみちこっちにできることはほとんどない、ということで【別けるもの】を使うことを決めた私。

 さーちゃんすーちゃんには悪いが、列車が止まるまでそっちで頑張って貰おう。……え?他の面々?……ガンバ!

 なんか『鬼ー!悪魔ー!!ちひろー!!!』とかなんとか喚いている声が聞こえる気がするけどスルーだスルー。……あといい加減緑の事務員さんは解放してもろて。

 

 ともかく、次元遮断を行える【別けるもの】の効果により、私たちは一時の安息を()ることができたわけなんだけど……。

 

 

「……セレスティアルスター?」

「唐突にどうした?グレーな格ゲーのオリジナル技か?」

「……いや、その返しもどうなん?」*1

 

 

 安息を()る、と口走ったため、脳裏を閃くのは幼き日の郷愁……もとい中二的な黒歴史なのであった。*2

 うん、そういう方向への扉ってのは、わりとどこにでも転がってるもんだよね恐ろしいよね。……なんの話だ?

 

 まぁともかく。

 そんな変なことを口走った私に、反応したのはモモンガさんだったわけだけど。……こっちもこっちでなんか変なこと口走ってるな?そもそもその辺りの演出が流行ったのって結構前では?

 ……お互いに不幸にしかならなさそうな話題にしかならなかったので、とりあえず場を流して。

 

 

「みんなどんな感じ?精神に異常を感じたりはしない?」

「お主らのさっきのやり取りの方が大概アレじゃと感じられるくらいには、特に問題はないかのぅ」

「我も同じく。……いやまぁ、なんか変な断絶感というか切断感というか、そういうふわふわとした感じにはなっておるのだが」

「どうしたのハク?なんか変だぞ?」

「あー……【顕象】相手だとそうなるのね。ごめんね、次回からは気を付ける様にするよ」

「……いや待て、この感覚の理由を知っておるのかお主?」

 

 

 改めて、結界内に残っている面々に、現在の状態を確かめる私。

 一応、内部に入ってくる一種の怪電波は遮断したため、先ほどまでの蓄積はその内抜けていくとは思うのだけれど、次元跳躍効果があったら洒落にならないのでその辺りの確認も兼ねて、だ。

 

 ……まぁ、見る限りその辺りの不調を抱えたままの人は居なさそうなのだが、唯一ハクさんだけが、先ほどとは別種の違和感を感じているようだった。

 で、その理由になんとなくだが心当たりがあった私は、先んじて謝罪を述べておくことに。……無論、彼女からはその辺りの説明を求められたのだけれど……。

 

 

「ええと、【顕象】の本質的な話って知ってるよね?」

「本質?……ええと」

「本来の【顕象】は、周囲に集まった『自身の性質と合致する気質を吸引し続ける』ってやつなんだけど。……これ、ハクさんみたいな理知的なタイプでも、一応やってるらしいんだよね」

「……ふむ?」

 

 

 その理由と言うのが、本来の【顕象】の性質にあった。

 元々【顕象】というのは、言い方は悪いが『逆憑依』のなり損ない、みたいなものである。

 その中身に『この世界の人』という核を持たず・ないし持てず、そうして空いた()に、周囲の気質を吸い込み続ける虚孔。

 無論、なんでもかんでも無差別に吸い込み続けるわけではなく、その時外皮として形成されたもの──即ちキャラの虚像に合わせたモノを吸い寄せ続けるもの、というのが本来の【顕象】の性質である。

 

 そのタイプの【顕象】は核が出来上がっておらず、外皮の持つ性質をなぞるように動くが……周囲の気質を吸い込み続けるため、再現なくその存在が膨れ上がる、という危険性を孕む。

 そのため、基本的には【顕象】というのは討伐対象になる……というか、互助会の方ではそういうタイプのモノを明確に【鏡像(ドッペル)】と呼んで掃討対象としているわけなのだが。

 以前から何度か言っているように、こちらと明確に会話を交わせるタイプの【顕象】というのは、そうして無差別に気質を吸い込むモノとは別物扱いされているのだ。

 

 彼ら彼女らの場合、なんらかの要因で空いた()が埋められており、結果として『逆憑依』と同じような状態になっている。

 そのため、彼らは周囲を無闇矢鱈に攻撃しようとする必要がなく、安定した存在としてこの世界で行動できているわけである。

 

 ……穴云々の話から、なんとなく『BLEACH』の(ホロウ)を思い浮かべた人も居るかもしれないが、まぁ似たようなものというか。

 ()()()()()()()()あれこれ動いているのが普通の【顕象】で、それを埋められた者達は別種のなにかに変じている、というか。

 ……まぁともかく、理性のない【顕象】が世界に空いた穴のようなもの、ということになるのは覚えておくといいだろう。

 

 で、それを踏まえての話なのだけれど。

 どうやら安定している【顕象】達も、ほんの少しながら周囲の気質を集めている、というのは変わらないらしい。

 それが災害を引き起こすような規模ではなく、日々自然に失われる程度の気質を集めているだけなので、問題にならないだけで。

 ……言い方を変えると、ハクさんみたいな安定したタイプは、日々微々たるモノながら経験値を別途加算されている、みたいな感じというか。

 

 

「で、これって()()()()がやってることになるんだけど……」

「……ん、いや待て。なんだかとても嫌な予感がするんだけど?」

「あ、『逆憑依』組には関係ないから安心して。流石にこれで()()()()()()()()()()()()()()()から」

「待てぃ!?今ので我にもなんとなく理解できたぞ!?貴様、この結界()()()()()()()()()()()()のか?!」

「いやー、ははは。……『逆憑依』くらいの繋がりだと大丈夫なんだけど……【顕象】だとちょっと引っ掛かるみたいだねぇ」

「笑い事かぁ!?」

 

「……?ハクはなにを叫んでるんだぁ?」

「危うく殺されかけた、と言っておるようなものかのぅ」

「わぁ、そりゃ怒るに決まってるよ」

 

 

 次元遮断と言っても、どうしても遮れないモノもある。

 それが、いわゆる肉体と精神・もしくは肉体と魂との繋がり、というわけなのだが。実際に肉の体のある『逆憑依』とは違い、【顕象】のそれは仮想の肉体とでも言うべきモノ。……つまりは()()()()()()のである。

 なので、本来次元遮断では影響を受けないはずの肉体との精神との繋がりが乱され、結果として『なんかふわふわする』という異変を訴えることとなった、と。……微細な経験値でありつつ、自身の存在を保つための最低限の吸引行為であるため、そこが滞ると酸欠に近いことになる、みたいな感じだろうか?

 

 まぁそんなわけなので、ハクさんからすれば知らぬ間に窒息させられかけてた、みたいなことになるわけで。

 ……こうして私が彼女にされるがままになっているのは、ちょっとした罪滅ぼし的な意味もなくはないのでしたとさ。……うん、マジでごめんね!

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、一波乱ありつつも天岩戸*3的対処を行うこととなった私たち。

 ハクさんに関しては今さら結界の解除もできないので、明らかに相手が干渉できないようなルート──具体的には二十六次元より上の次元──を迂回させて繋ぐ、という変則的な対処を行うことで解決し。*4

 そうして、列車が終点に到着するまでを待ち続けていたのだけれど。

 

 

「……そろそろ、かな?」

 

 

 車窓から見える景色の流れる速度が徐々に落ち始めたことに、そろそろ目的地だろうかと確認しあう私たちであった。

 

 結界内の面々は、最初酷い目にあったハクさんと()()()()を除けば、基本的には元気そうである。

 やはり例のアレは次元跳躍まではやっておらず、かつ蓄積した分のものも時間経過で抜けていくもの、ということなのだろう。

 それに安堵をしつつ、改めて()()()()と述べた相手──さっきまで縛られっぱなしだったドトウさんに視線を向ける。……いや、ここではちゃんと中身のマッキーと呼ぶべきか。

 

 彼女は先ほどからずっと顔を両手で覆い、「死にたい……消えたい……」と溢し続けている。

 ……どうやらさっきのアレ、人の理性の枷を外すモノであって、洗脳的なモノとは微妙に違うらしい。雑に言うと『やってたことの記憶がある』、というべきか。

 

 

「……これ、人によっては本当に死にかねないのでは?」

「ううむ、その危険性はなくもないかも……」

「よかった……わしそういうのと縁がなくてよかった……!!」

「そこでそういう反応をするのはどうかと思うがな……」

 

 

 なので、彼女はさっきモモンガさんに襲い掛かったことを覚えており、それについて滅茶苦茶後悔している、ということになるようだ。

 ……まぁ、アスナさ……げふんげふん。他の乗客とかと違って()()()()()()はできていないみたいだし、そういう意味ではまだ傷は浅いんだろうけど。……いや、あの二人は一応そういう仲なのは間違いないから、マッキーに比べれば軽いのかな……?あ、さーちゃんすーちゃんに関してはノーコメントで。

 

 ……まぁともかく。

 これに関しては黒幕が悪い、と責任転嫁できるものなので、その方向で彼女をモモンガさんに慰めて貰うとして。

 これから私たちがすべきこと、というのを改めて会議する私たちであった。

 

 

「で、実際終点に誰が待ってると思う?」

「うーむ、性質的にはビーストとかの関与を疑うが……」

「ビーストⅢ/L、即ちカーマちゃんってこと?……いやでも、そこってここの世界だと既に埋まってるよ?」

 

 

 その中で、首謀者として候補に上がったのが愛を司る獣、即ちカーマだったのだが。……うーん、彼女が原作で当てはめられていたナンバーは既に埋まっているというか、そのあとに残ったものがこの列車に同乗してるしなー、というか。

 そう、この世界の偽獣・ビーストⅢi/Lの遺児であるクモコさんがこっちに居る以上、それの焼き直しになるようなカーマちゃんが現れるのか?……みたいな疑問があるというか。

 そもそも獣冠ないやん、どうすんの?……みたいな感じというか。

 

 とはいえ、この列車内に今蔓延している空気は、どうにも程度が違う感じがある。

 ゲーム内で多少減っているとはいえ、モモンガさんの耐性もちょっと抜いてきそうとなれば、それをできるモノなど限られるでしょう、というか。

 

 そうしてみんなで唸ってみるも、特に犯人像には思い至らず。

 そのまま、外の景色はどんどんと遅くなっていく。……もう終点、ということになるらしい。

 

 

「……仕方ない、こうなったら当たって砕けろだ!」

「行き当たりばったりは常日頃、じゃしのぅ」

 

 

 最終的に、もう全然わからないのでこのまま行こうぜ!ということになった私たち。

 結界を解き、止まった列車から飛び降りた私たちが目にしたのは。

 

 

「───ンソソソン。これはこれは皆様方、無事たどり着けたようでなによりで」

「…………は?」

 

 

 ──こちらに愉しげな笑みを向ける、怪しげなお坊なのであった。

 

 

*1
『ヴァルキリー・プロファイル』シリーズの大魔法、及びそのエフェクトが使われまくっていた『mugen』の狂キャラ達のこと。人によってはエミヤがセレスティアルスターをぶっぱしまくるのをうんざりするほど見た、なんてこともあるかもしれない。……中二の過剰摂取では?

*2
セレスティアルスターの詠唱に『~安息を得るだろう』というフレーズが含まれているのだが、キャラによっては『える』とも『うる』とも読んだりする。そこ以外にも『永遠』を『えいえん』と読んだり『とわ』と読んだりもする

*3
閉じ籠る、の意味。天照の逸話から

*4
三田誠氏作『SCAR/EDGE』シリーズ内にて設定されている、『魂』と仮定される波動が観測される次元のことから。二十六次元以上で観測される特殊な波動を、この世界では仮に『魂』と定義付けている



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そして、貴方は新たな星を見る

「───ンンソソンン。拙僧の列車は如何でしたかな?美しい旅でしたかな?夢のような旅でしたかな?そうであれば、それに勝る喜びはございませぬ」*1

「……色々ツッコミたいところはたくさんあるけど、なんでここに居るのかな、君は」

「……ンン、ンンンンン!なんでとは御無体な。拙僧がここに現れる()()()とでも言うものは、そこかしこにばら蒔かれていたと存じ上げまするが?」

 

 

 終着駅で私たちを迎えた、神妙不可侵にて、胡散臭いお坊。*2

 特に捻ることもなく、そこにいたのはキャスター・リンボこと蘆屋道満だったわけなのだが。……その語り口からして彼だと確信できるにも関わらず、私たちは微妙な違和感を覚えていた。

 

 ──そう、確かに口調はリンボのそれなのだ。特徴的な笑い方(ンンンンン)に、それに混ざる不快を示す音(ソソソソソ)

 それらの特徴は間違いなく、彼がリンボであると示している。……にも関わらず、私たちがそれを認めきれていないのは──。

 

 

「──貴様、なにを()()()?」

「────ンンンン、食ったとは人聞きの悪い。そも、それを貴殿が問い掛けるのは些か筋違い、というものではございませぬかな?ええ、異界の魔導王・死を手繰る者・矮小なる臆病者・人形の山の大将──鈴木悟殿?」

「……今の私はモモンガだ。それ以上でもそれ以下でもない……だが、今のやり取りで確信したぞ」

 

 

 人の姿ながら、周囲を威圧するような殺気を漏らすモモンガさん。しかし目の前の()()()には、まさに暖簾に腕押し・糠に釘。

 一片足りとも堪えた様子を見せぬその相手は、代わりにこちらを煽るような言葉を投げ掛けてくる。

 ……もし、ここに居るのが以前の互助会に溢れていた、自身の今を見誤った者であれば、そのまま激昂しかねない言葉であったが。

 自身の現状を正しく理解しているモモンガさんには、その類いの煽りは効かず。代わりに、相手の存在に対し、ある種の確信を抱いた言葉を吐き出した。

 

 ──そう、この状況にて、相手のことをきちんと理解できるのは、恐らくモモンガさんだけ。なにせ、他の人はその記憶を()()()おり、それを思い出すことができずにいる。……まぁ、今ここにいるメンバーの内、その対象になるのは恐らくマッキーくらいのものだが。彼女にしたって、まだ確証を得られずにいる以上、相手の真実を明かす役目は果たせまい。

 

 ゆえに、モモンガさんは語る。目の前の相手が、一体何者なのかを。

 

 

観測者(アインスト)による変質、だと思っていたが。……よもや【複合憑依】のようなものであったとはな。とはいえ、その空気までは誤魔化せん。……貴様は()()()()()()()()、キョウスケ・ナンブで相違あるまい?」

「──ンンンンン、ンンンンンンンンン!然り!然り然り然り!見事、御明察にて!!とはいえ些か情報が不足している様子。では改めまして、ご説明をば!」

 

 

 胡散臭いお坊の姿をした彼──キョウスケ・ナンブは、その端正な顔を愉快げに歪め、然り然りと声を挙げる。

 

 

「──人類愛無き者に、人類悪の資格なし。ンンン、まさに至言、まさに金言。拙僧、誠に感服致しますれば!……愛とはなんぞ、と疑念を抱くもまた道理。然りとて拙僧の中にはそういうものは──()()()()()()()()()()()()()()()が、今の拙僧にそれが無いのもまた事実。ですので──」

 

 

 そうして笑うお坊は、「こうして、手に入れてみた次第にて」とこちらを見る。

 そこには愛を知る者・愛を求めた者の魂が含まれており──。

 

 

「では改めまして自己紹介をば!拙僧は正しく貴殿らの語る通り、【複合憑依(とらいあど)】にて!含まれた人柱は三つ!拙僧、蘆屋道満!貴殿らの知る首領、南部響介!──そして最後に一つ、片翼の天使・愛を求めた悲しき男──」

 

 高らかに高らかに、自身の誕生を言祝ぐように、朗々と語る男は。

 

 

「長い」

「ンンンンンンンンンンーっ!!?」

「「「「「えーっ!!?」」」」」

 

 

 ──突然現れた少女にドロップキックをされ、綺麗に吹っ飛ばれて行くのであった。……シリアスが死んだ!?

 

 

 

 

 

 

「貴方はいっつも話が長いのよ。もう少し要点を纏めて話す癖を付けたらどうかしら?」

「ンンソソン、これは手厳しい。久方ぶりの逢瀬に有りますれば、丁寧に事を積み重ねるのもまた一つの道理かと」

()()語ること?それ。……まぁいいわ、場の盛り上げ有り難う、道満。もう下がってていいわよ……なんて、ちょっと意地悪だったかしら?」

「ンソソソソソ、これ以上拙僧の楽しみを奪うのは止めていただきたいものですなぁ」

「じゃ、そこで大人しく見てなさい。それくらいなら許してあげるから」

「──では、そのように」

 

 

 突然現れた少女は吹っ飛ばされた道満を見下ろしながら、嗜虐的な笑みを浮かべている。

 その様子に道満──便宜上そう呼ぶ──は苦笑いを浮かべながら、恭しく彼女の側へと立ち直す。

 その姿は、どこか()()()を思い起こさせる振る舞いであったが……それが真であるならば、目前の少女は恐ろしい存在である、ということになる。

 

 だが……どうだろう?

 この世界にやって来て暫く、自身と同じような存在が跋扈していることを知り、情報収集に努めたモモンガだが、目の前の少女のような存在を、ついぞどこかで見掛けた覚えはない。

 

 いや、正確には()()()()()()()()見たことがある。

 真っ赤なツインテールで勝ち気な少女、などという属性は、それこそ類似例が幾らでも思い付くタイプの存在だろう。

 それこそいわゆる石鹸枠──『落第騎士の英雄譚』のヒロイン、ステラ・ヴァーミリオンだとか、『緋弾のアリア』のヒロイン、神崎・H・アリアだとか、そういった類例には事欠かない属性である。

 

 ──にも関わらず、それらのどれとも合致しない。いや、正確には似ているところはあれど、まったく同じだとは思えない。

 先ほど挙げたキャラクター達も、どことなく似ているとは思えるものの、それがそうである、という確信には至らない。──必ず、どこかに違和感を感じてしまう。

 

 ならばつまり、彼女はそれらを纏めた者、【複合憑依】であると考えるのが自然なのだが……。

 

 

「──不愉快ね。不躾に淑女の秘密を探るのは、紳士の取るべき態度ではないと思うのだけれど?」

「──ぐあっ!?」

「モモンガ!?」

 

 

 そうして思考していたモモンガは、突然眼窩を襲った()に、思わず呻き声を挙げる。

 それはまさに灼熱の如き熱さで、自身がオーバーロードでなければ痛みに転げ回っていてもおかしくない、と確信させるだけのもの。

 だがしかし、近寄って確認したミラの目には、彼になにかが起こっているとは確認できず。

 

 

「……まさか、リアルに貫通を?!」

「……?……ああ、なるほど。貴方達だと認識できないのね?安心しなさい、()()()()をちょっとあげただけだから、数分もしない内に元に戻るわよ」

 

 

 ゆえに彼女は、目の前の少女の攻撃が、リアルに貫通したのだと認識したのだが。……当の少女は『そうではない』と告げ、かつ気にするほどの事でもない、と続ける。

 そんな馬鹿な、だって彼はこれほどまでに魘されているのに……そう思いながら再度モモンガを見たミラは、そこでようやく彼がなにに魘されているのかを認知したのであった。

 

 

「……は、()()()()()()、じゃと……?!」

 

 

 人の体をしたモモンガの、その瞳の奥に見えるもの。──それは、創作などで『魅了されている』ということを示すモノ──ハートマーク。

 それが彼の瞳孔に見えたことに驚愕するミラ。……字面こそ滑稽だが、これほど恐ろしいこともあるまい。なにせ彼はオーバーロード。()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 無論、『逆憑依』となったことで耐性は下がっている、と彼は述べていた。しかし、それでもその耐性を抜くことは容易なことではない。ましてや、()()()()()()()()で魅了してしまうなど、それこそおかしいとしか言い様がない。

 そもそれが熱を帯びる、なんてこともおかしいのだ。

 

 なにからなにまでおかしい少女に、自然と警戒を強めるミラは、そこで他の面々が一切動いていないことに気が付いた。

 一体なにをしているのか、そう思いながら仲間を見やれば。

 ハクとアグモンの二人は未だ見たことがない程に警戒し、その姿はともすれば怯えているとすら解釈できるようなもので。

 そしてもう一人、この場において一番頼りになるはずの相手、キーアはと言えば。

 

 

「────は?」

 

 

 と、困惑の言葉を漏らした。

 その声に反応した少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()、極上の笑みをその顔に浮かべ。

 

 

「────ああ、()()()()。ユゥイは、貴女様を待ち焦がれていました」

「……()()()()?」

 

 

 恍惚とした声音で、その言葉を空気に落とす。

 その波紋は周囲に広がり、こちらの意識を溶かすかのように精神を蝕み──、

 

 

「──全員撤退!」

「……はっ!?な、なんじゃ今のは……いやそれより、撤退!?撤退と言うたかキーア!?」

「そうだよ撤退!──無理!!少なくともこの状況は無理!!!」

 

 

 切羽詰まった彼女の声に、消えかけていた精神は正気を取り戻す。

 見れば、彼女は珍しく焦ったような表情を浮かべ、周囲の仲間に声を掛けている。

 その声が気付けになったのか、ふらふらとしていたメンバーは皆一様に確りとした立ち姿に戻るが……それでも、気を抜けば足がふらついてしまう。

 

 恐らく、目の前の少女がなにかをしているのだろうが……この酩酊のような状態異常の中では思考が定まらず、危機感が徐々に抜けていってしまう。

 そんな彼女達の様子を見て、少女は艶やかに笑い。

 

 

「逃げる?──そんなこと、許すと思っているのですか、お母さま?」

 

 

 再び、声の雫を落とすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1/1

 

   

 

 

*1
モルガンが(ぶん殴る為に)アップを始めました

*2
格闘ゲーム『新・豪血寺一族 -煩悩解放-』において一定の条件を満たすと見ることのできるPV『レッツゴー!陰陽師』から。歌われているのはまさに道満のことである



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対星戦闘・経過

「なん、だこれは!?」

 

 

 思考が乱れる、千切れる、途切れて爆ぜる。

 その声を聞く度、その姿を見る度、それ以外の何もかもが消え失せていく。

 ──先の少女の言を信じるのなら、これは魅了の一種なのだと思われる。……思われるが、このラインの魅了を使える者がどれほど存在するだろうか?

 

 五感のなにもかも、それらに備えた耐性すら容易く越えていくこれは、恐らく以前戦ったビーストⅢi/Rのそれより、遥かにおぞましいものだと言えるだろう。

 ──そう、これは()()()()()()()()()。外から来るモノに対して備えるそれでは、どう足掻いても対処しきれない劇毒。

 そして彼──モモンガこと鈴木悟は、それと似たようなモノを知識として備えている。

 

 

「キーア!簡潔に聞くぞ!()()()()()()()()()()?!」

「──っ、流石って返しておくけど、その通り!!()()()()()()()()()()()()()……けどっ」

 

 

 その類似例──積極的に矢面に立ち、どうにかこちらを逃がそうとする相手、キーアに声を掛ければ。彼女は然り、と苦い顔をしながらこちらに声を返してくる。

 ──そう、内から滲み出る、というその性質。それは、彼女が持つもの──【星の欠片】の説明に、とてもよく似ている。

 

 だがしかし、解せないことがある。

 それは確か、彼女・ないしその元となった人間が考えた、外に漏れていないはずのもの。

 言うなれば黒歴史の一つであり、それがこうしてこちらに攻撃を加えて来ている、という状況そのものがおかしいのだが……その答えは、彼女の口からもたらされた。

 

 

「ええ、本来成立しえないもの、というのは確かでしょうね。なにせ私たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を思えば、私たちのような信仰の足りない存在は、そも成立するはずがなかった。──私たちの性質を考えなければ、ですが」

「──極小の一、なにもかもにも含まれるという特殊性……」

「おや、お母さまはそこまで明かしていらっしゃったので?……うふふ、そこまで深い仲だと、どうにも妬けてしまいますわね」

 

 

 朗々と語る彼女──こちらを攻撃してくる彼女は、本来自分のような存在は、『逆憑依』として成立するモノではないと認める。『逆憑依』が成立するのは、広く人々に知られた作品がほとんど。

 ゆえに、あまりにマイナーな作品は姿を表すことすら少なく、それがきちんと本人を再現しきれていることすら稀。

 ──そんな者達すら足りないほど・いや()()()()()()()ほどに差のある彼女が、こうしてこちらを翻弄しているのは本来おかしいことなのだ。……彼女が【星の欠片】でさえなければ、だが。

 

 そう、かつてキーアが語ったように、【星の欠片】はそもそも他の創作とは成立の原理が違う。()()()()()()()()()()()()というそれは、本来『本人の再現率』という制限に縛られる『逆憑依』にとって、正にバグのような効果を発揮する。

 微細な細胞一つ再現できれば、それで全てが事足りるというそれが、どれほど恐ろしいものなのかというのは。……わかる人には痛い程にわかることだろう。

 

 

「ゆえに、私たちはそも()()()()()()()()()()。再現度を問うのであれば、これほどまでに簡単なものもないでしょう」

「──ああ、お前がそこまでの力を奮える理由はわかった。だが解せんのはそこではない。──お前は、()()()()()()()()()?」

「──ふ、ふふふ。あはははははははっ!!」

 

 

 ゆえに、彼女が成立していること事態に疑問はない。

 あると言えばある、くらいの雑さでも成立する彼女達(【星の欠片】)に、『何故?』を問うことほど無意味なこともあるまい。

 だからモモンガは本当に疑問なこと──彼女がそれ(【星の欠片】)をどこで知りえたのか?……ということを問い掛け。

 それに彼女は堪えきれない、とばかりに哄笑をあげ、ゆっくりと一人の人間を指差す。それは──、

 

 

()()()()、と何度も呼んでいるでしょう?……私は彼女に生み出されたもの。彼女に命を貰ったモノですわ」

「…………は?」

「いや違うからね?!キャラ作る時に設定を考えてあげた、ってだけだからね!?」

 

 

 とても狼狽えている、キーアなのであった。

 

 

 

 

 

 

 いやホントに。意味がわからない。

 彼女がここにいることも意味がわからないし、それがこうしてこちらに攻撃をしてきている現状も意味がわからない。

 

 目の前の彼女──ユゥイは、かつて私が『キルフィッシュ・アーティレイヤー』としてなりきり板で活動していた時、ふらりと現れた同僚である。

 なりきり初心者だという彼女・ないし彼にあれこれと説明をしてあげたり、はたまたキャラの作成を手伝ったりした私は、そのスレの中で彼女を養子として迎えたのだったか。

 とはいえ、その時の彼女は今のようなキャラクターではなかったはずだし、使っている能力も別物なのだけれど。

 

 ──そう、別物。

 彼女の名前は確かに私の(架空の)養子と同じだが、その容姿も能力も、当時のそれとは別のモノに変じてしまっている。

 ……というか、彼女はそもそも【星の欠片】ではない。

 それは成立条件的に常人が覚えたりたどり着いたりするべきものではなく、ゆえにそれを設定に組み込むことを薦めたことなど一度もないのだ。

 

 ……だがしかし、ここには一つ思い当たる節があった。

 (キーア)の設定が、キリア()のそれを元にしたモノである、というのは前語った通り。──そしてユゥイに与えた設定にも、同じように元ネタがあるのである。

 まぁ、私とキリアの関係と比べると、ほぼ名前が同じくらいの類似点しかないのだけれど……もし仮に両者が混じっているのだとすれば、色々と説明ができてしまうのだ。

 

 

「──とにかく、私の予想が間違ってないなら、この場所で対峙するのは愚の骨頂過ぎる。せめてログアウトしたいんだけど……」

「ンソソソソ、それは拙僧の沽券に掛けて封じさせて頂きますれば。こう見えて拙僧、できる男ですので、はい」

「……ええい忌々しい……!!」

 

 

 そして、その元ネタから考えるに、電脳空間で彼女と相対するのは正に自殺行為、早急にログアウトする必要があるのだが。

 ここで邪魔をしてくるのが道満。彼はなにかしらの小細工を使い、ここら一帯をログアウト不可領域に変更しているらしい。

 見る限り永続的に変更しているのではなく、術者をどうにかすれば解除できるタイプだとは思われるのだが……それの解除のために道満に集中するというのは、この場でもっとも危険な相手から目を逸らす、ということでもある。

 

 今はまだ、絶えず相殺し続けているからマシだけれど、私がそれを止めた途端、他のメンバーはログアウト云々の前に帰ってこれなくなる可能性が非常に高い。

 かといって、相殺している状況でなお酩酊中の他のメンバーに、道満をボコることが可能かと言われれば難しいだろう。

 そも、道満自体も単に本人が突っ立ってるわけではなく、アインストの技能で雑魚敵量産中なわけだし。

 

 

「うわーキーアー!!こいつら怖いよー!!」

「ちぃっ、こうも頭が痛いと、思うように動けぬ……!」

「ぬぐぐぐ、精神統一しきれぬから仙術も思うように発動できぬ……!」

 

 

 三人が呻くように、彼らはそれらの雑魚敵への対処で手一杯である。……これがせめて現実ならまだどうにかなったのだろうが、ここは電脳空間。

 思考の乱れはダイレクトにステータスに反映されるため、本来よりも動きが精細を欠いてしまっているのだった。

 特にアグモン君とミラちゃんは影響が酷く、二人は本来の実力の三割ほどすら発揮できずにいる。……この状況下で道満をどうにかする、というのは不可能に近いだろう。

 

 じゃあモモンガさんやマッキーは?……となるわけだが、こっちはこっちでマッキーへの影響が酷く、モモンガさんは彼女を守るために意識を割いているため、余計動きに精細を欠いている。

 

 

「ンンンンンー?どうされましたかな魔導王殿?いつものように超位魔法とやらは使われぬので??」

「やかましい、貴様如きに使うまでもないというだけのことだ……!」

「ンンンンン、その威勢がいつまで続きますものやら」

 

 

 一番道満に近い位置にいる彼だが、彼自身少なからず周囲の空気の影響を受けていること・その背にマッキーを庇っていることで、本来の実力はほとんど発揮できていない。

 それでもなお、道満に食らい付く辺りは流石なのだが……余裕の姿を道満が見せている通り、トドメを刺せるような状況ではまったくない。

 

 現状、手数の面からしても質の面からしても、手が足りていないとしか言えぬ状況。

 なんとかして打開せねば、と焦るものの、時間が無情に過ぎていくばかり。

 

 誰か、一瞬でいいから時間を稼いでくれないか。

 そう願ってしまう私に──、

 

 

「……あーもう!やればいいんでしょ、やれば!!」

「クモコさん!」

 

 

 救いの手は、ようやく差しのべられたのであった。

 

 



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対星戦闘・リザルト

「滅茶苦茶嫌な予感がするッスから、できれば隠れたままでいたかったんッスけど……このままだと全滅!どう考えてもゲームオーバー!流石にそれは寝覚めが悪いってレベルじゃないので、ゆえあって助太刀するッス!!」

「……!ビーストの遺児!」

 

 

 突如空から降ってきたクモコさんは、こちらに気を取られていたユゥイに奇襲を仕掛ける。

 その奇襲は成功──したとは言い辛く、彼女の攻撃はユゥイの腕に止められてしまう。だがしかし……。

 

 

「!拮抗している!?」

「そりゃそうよっ、私ら【星の欠片】は本体性能クソザコだからね!」

「これでクソザコなんスか!?クモコさんわりといっぱいいっぱいなんッスけどぉー!?」

「あれーっ!?」

 

 

 受け止めた側のユゥイの表情は、決して余裕があるようには見えない。……それもそのはず、想定通りであれば彼女は私と同じ【星の欠片】、その性質上本体スペックは一般人にすら押し負けるクソザコのはず。

 ゆえに、クモコさんでも普通に戦える……はずなのだが、思ったより戦力は拮抗している様子。

 思わず私が困惑してしまっても、仕方のない状態なのであった。

 

 

「──なるほど、これがビーストの……遺児とはいえ、その性質は健在、ということですか」

「わー!なんかこう明かさなくてもいいことペラペラ喋ってくるんッスけどこの人!?クモコさんにはその気はないから、そこら辺明言されても困るだけ、なんッスよぉっ!!」

「ちぃっ!」

 

 

 とはいえ、クモコさんが元々ビーストだった……というと語弊はあるが、ビーストから生まれたモノである、ということは間違いない。

 親から受け継いだ形質は例え電脳空間でも健在らしく、彼女は唐突に下半身から蜘蛛の体を生やし、ユゥイへと再度の奇襲を行う。

 人の体からでは想像できない攻撃に、ユゥイは反撃しきれず吹き飛ばされ、そうして彼女の意識が逸れた隙に、

 

 

「とりあえず吹っ飛べ!!」

「ンンソソンン、これは些か不味いことになりましたかな?」

「すまん!助かった!」

 

 

 この場を封鎖していた道満に一撃を与え、空間を逆掌握。

 その勢いのまま、みんなをログアウトさせに掛かり、

 

 

「!キーアさん危ない!」

「んぇ?」

 

 

 その隙を付いて、ユゥイから飛んできた攻撃に、私は反応できず。──だって、それは明らかに私を■すつもりのもので、そんなことを彼女がするとは思えず。

 ゆえに、それを庇うように飛び出してきたクモコさんは、私の代わりにそれを受け止め。

 

 

「──痛み分け、ということにしておきます。またいつか、迎えにあがりますわ、お母さま」

「待っ、」

 

 

 そうしてクモコさんから()()()を引き抜いたユゥイは、そのまま闇に溶けるようにして、そこから消え去ってしまう。

 辺りを見れば、あれだけ騒いでいた道満の姿もいつの間にか消え。

 

 ───私は、()()()()()()()クモコさんを前に、呆然と立ち尽くすことしかできなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

「──貴女以外の【星の欠片】、ねぇ」

 

 

 ──全てが終わった三月の頭。

 丁寧に認められた報告書を読みながら、八雲紫は小さくため息を吐いた。

 

 本来、こちらの世界に出てくるはずのないもの、【星の欠片】。

 その性質がかの人物(キーア)の想像した通りのモノであれば、それの顕現はすなわち世界の滅びと同じ。……理由はそれだけではないが、それだけで十分だと言えるのも間違いなく、ゆえに彼女は再度ため息を吐く。

 

 ──報告によれば、件の少女の名前は『ユゥイ』。

 本来は()()()()()()()()()人物であり、また先の創作者・キーアとは親と娘の関係として設定されていた。

 とはいえ、キーア自身が生んだ子ではなく、とある場所で拾った戦災孤児であり、姿形は彼女とは似ても似つかない、とも記されていたわけなのだが。

 

 ……本来の彼女は、巨大な二つの武器を振り回すパワーファイターの類いであり、先の戦闘のような戦い方は一度もしたことがないとのこと。

 だが、だからといってそれが別人であったり、はたまた【継ぎ接ぎ】であったり、とするのは早計とのこと。

 その理由は、彼女の元ネタとなったモノがあり、そちらの戦い方と完璧に同じだったから、だそうで。

 

 そちらも名前は『ユゥイ』であり、こちらは明確に【星の欠片】の一つ。かつ、彼女に設定されていたのは──、

 

 

「──【散三恋歌(EPAS)】。あまねく愛の集合、愛という概念の根幹……ねぇ?」

 

 

 周囲の愛、それそのもの。

 愛することではなく、()()()()()()()()

 かつその頭文字が示すように、性愛(eros)友愛(philia)神の愛(agape)家族愛(storge)の四つの愛、全てに精通するというそれ。

 ……なるほど、魔導王(モモンガ)の耐性を貫通するわけである。

 これはあらゆる愛・その全てに繋がる概念であり、色欲に強くとも家族愛・友愛というものに強く縛られている彼の元義的には、寧ろ素通りしてしかるべきもの。

 というか、これを耐えられるモノは真実いない、と言い換えてもいいかもしれない。

 なにせ神の愛すら含んでいる。この世界に神の愛を受けていないモノはなく、ゆえにそれを拒むことは不可能に近い。

 そも、彼女は【星の欠片】である。──隙間をすり抜ける小さな愛など、どうやって防げばいいというのか。

 

 あとは、対峙した場所も悪かった。

 先の騒動が起きたのは、電脳空間の中。……大抵の存在が本領を発揮できず、かつ発揮できる者達も事前の毒に襲われたような状態で、どうしてまともな戦闘になろうものか。

 ──そういう意味で()()()()()()()()()()()()、と寧ろ胸を張ってもいいくらいの話のはず、なのだが。

 

 

(……まぁ、割り切れたものじゃないわよね)

 

 

 ちらり、と紫は部屋の一角に視線を向ける。

 そこには、今回の報告書を持ってきたキーアが──、

 

 

 

 

 

 

 ──心臓が早鐘を打つ、というのはまさにこういうことを言うのだろう。

 ここは確かに電脳空間である。そこでの死は、どこぞのゲームのように現実のそれを脅かすことはない。

 

 だがしかし、だがしかしである。

 ここで今心臓を穿たれているのは、【顕象】であるクモコさん。──私たちとは繋がり方が違う彼女が、はたして私たちと同じように考えてもよいものだろうか?

 そも、これを行ったのはユゥイである。私と同じ【星の欠片】である。

 その攻撃は、ともすれば憑神(アバター)のそれと同義にまで高めることも可能であり、かつ先ほどなにかを奪っていったのを見れば最低でも意識不明、最悪の場合は──、

 

 

「おい、落ち着け。貴様まで後を追う気か?」

「……はく、さん」

 

 

 呼吸が上手くできない、頭が上手く回らない。

 私のせい/カット/今から相手を追い掛け/カット/とにかく今は避難を/カット/カット/カット/カット。

 涌き出ては消えていく思考は纏まりがなく、視界は今にも黒く沈んでしまいそう。

 そうして震える私に、努めて冷静な声で問い掛けてくるのは、周囲を確認したのちこちらへやって来たハクさん。

 

 ……()()()()■■■さんがどうなったのか、と知らせるかのようなその言葉に、私の思考は一瞬沸騰し──それから瞬時に下降する。

 その権利は私になく、今私がするべきなのは無様な敗北を期した自身への叱責であろう。

 ゆえに、私は改めて、■■■さんの■■を視界に入れる。

 ──どう見ても■■。助からない、助けられないとわかるその姿。表情にはこちらを庇った時の勇敢さと、それから『これは耐えられない』と悟った諦感・困惑・恐怖が入り交じったもので固まっている。

 そこに命の息吹は感じられず、やはり彼女は、

 

 

「──うぷっ」

 

 

 吐き気が奥から込み上げてくる。

 私たち『逆憑依』としての特性が、電脳空間だというのに口の中を満たす酸っぱさを如実に脳へと叩き込んでくる。

 ──お前が間違ったのに、お前が■したようなモノなのに、罪悪感なんてものを感じて逃れようとしていると、こちらを責め立ててくる。

 

 

「──」

 

 

 誰かが傍らで腕をあげ、下ろした気配がする。

 なにをするつもりだったかはわからないが、それは恐らく私への叱責か、はたまた……「──死ぬかと思ったッス!!!?」……はい?

 

 突然の大声に、思わずきょとんとした顔で周囲を見渡す私。

 しかし、周囲に私たち以外の人影はない。……いやしかし、でも今の声は。

 

 思わず困惑する私に、再度その声は告げる。

 

 

「うわっ、みんな凄い顔ッス。やー、今回は流石のクモコさんも死ぬかと思ったッスよー」

「クモコ、さん?」

 

 

 私は、その声を聞いて──、

 

 

 

 

 

 

(……まぁ、割り切れたものじゃないわよね)

 

 

 ちらり、と紫は部屋の一角に視線を向ける。

 そこには、今回の報告書を持ってきたキーアが──、

 

 

「──だってよクモコさん、上半身が!!」

「安いもんッス、クモコさんの上半身くらい……」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()クモコさんに、沈痛な眼差しを向けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、全部引き抜かれるのは阻止した、ということですか」

 

 

 どこか遠い場所。

 テーブルの上で脈動する丸いなにかを見ながら、ユゥイは小さくごちる。

 あの時ビーストの遺児から抜き取ったのは、獣の根幹とでも呼ぶべきモノだったが──その実、件の遺児は自身の本質を別所に逃がしていた。

 それは、彼女があの蜘蛛の姿をしていたからこそ可能だったこと。進化・クラスチェンジ・卵生回帰──呼び方はまぁ、なんでもいい。

 ともかく、彼女はこちらが求めていたものを囮にして、まんまと逃げ仰せていたのだ。

 

 

「──流石はビーストの遺児、抜け目がないということですね」

「ンンンンン、どうされますかな?再度襲撃に向かわれるなど?」

「……いいえ、こちらとしては()()が手に入っただけで十分です。それ以上は高望みのし過ぎ、ですね」

「……ンンソソン。ではこのまま拠点に?」

「ええ、そのように。──サンプルも入手しましたし、()()()みますか道満?かつて貴方が届かなかったものに」

「──ンンンンン、御冗談を!拙僧は一流を志しておりますれば、()()()()()()()()()()で満足するつもりなぞ、毛頭御座いませぬゆえ……」

「……まぁ、貴方がいいのなら構いませんが。それとその笑い方、私の前では止めるようにと言ったつもりですが?」

「ソソソソソ、そんな殺生な、とでも返しておきましょう」

(……やっぱりイラッとしますね、この胡散臭い陰陽師)

 

 

 

 

 

 

 それらを知って、彼女はただ一つ、こう述べた。

 

 

「──あら、始まってしまうのね」

 

 

 と。

 

 



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幕間・誕生日を祝おう!・1

「──と、言うわけなのです!」

「……いや、いきなりなにを言うとん自分?前後が吹っ飛んどるからなーんもわからへんのやけど?」

 

 

 はてさて、色々あったバレンタインからはや数日。

 今日も今日とて書き入れ時なラットハウスでは、たまたまお昼を食べに来たタマモクロスが、休憩中のマシュに絡まれている姿があったのだった。

 

 タマモからのツッコミにマシュはというと、「では、もう一度最初から説明しますね!」と言いながら、どこからともなくフリップを取り出してくる。

 そんな彼女の姿を見ながら、脳内では「もう一度もなにも、そもそもなんにも説明されてへんのやけどなー」と考えているタマモ。無論口には出さない。だってそんなこと言い出したら、これからの話が余計に長くなるのは目に見えているからね!

 

 ……ともかく、こうなった彼女が止まらないということは、流石のタマモも把握済み。

 ゆえにできうる限り大人しく話を聞くことで、余計な時間の浪費を可能な限り削っていく方向にシフトしたのであった。

 

 

「ではまず、せんぱいの素晴らしさを五百万文字で纏めましたので、これを全七章形式で順に……」

「いや待ちぃな色々と」

 

 

 ──なお、シフトしたからといって相手がそれを汲んでくれるとは限らない、とも付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

「……ええとつまり?先日バレンタインを渡した直後であれやけど、キーアの誕生日がすぐ近くにあるからまた別のものを贈りたいから知恵を貸してほしい……っちゅーことで間違いないか?」

「はい、そういうことになりますね。……その、お家の方では基本纏めて渡されていたらしく、一時期チョコレートに恨みまで抱いてたとかなんとか……」

「本来他の人らがプレゼント貰う場面で、それが全部チョコになるっちゅーことやからなー、そら嫌やろね……」

 

 

 あのあと「冗談です、正しくはこちら」と出し直されたフリップにより、現在の状況を確認し直したタマモ。

 そうしてマシュが説明したところによれば、どうやら彼女は自身の先輩であるキーアへの贈り物をどうするか?……ということを悩んでいるのであった。

 

 タマモとしてはキーアの誕生日が今月だということを初めて知ったため、今一ピンと来ていない部分があるが……それはそれとして、バレンタインに程近いので誕生日が一纏めにされることがあった、という彼女のエピソードには素直に「可哀想に」という思いを抱いたり。

 ……ともあれ、基本的に誕生日を単体で祝われたことがない、というのが世間一般的に不幸な部類に入る、ということは間違いあるまい。

 

 

「……不幸だ?」

「上条さん、不幸に反応して出てこないでください」

「あ、いやすまん。……いやでも、誕生日と記念日が混ぜて祝われる悲しみ、というのは上条さんにも共感できますのことよー」

「ほんまかー?」

 

 

 で、不幸というワードを過敏に聞き付けたのが、みんなご存知アンラッキーボーイ・上条当麻。

 彼は店内で給仕を行いつつ、マシュ達の会話に首を突っ込んでくる。……どうやら、貧乏くじ仲間として共感やらなにやらを感じている、ということになるらしい。

 

 

「つい先日は、どうにも御自身の無力さを改めて実感したとかで、どうにもタイミングの合わない日が続いていますから。……どうにか、ちゃんと体を休めて欲しいんです」

「無力感、ねぇ」

「ええと、確か……()()()にボコられたとか?」

「ぶふっ!?むむむ、娘!?あの人経産婦だったんぼごぇっ!?」

「養子!養子ですから!!」

 

 

 とはいえ、自分一人の考えでは煮詰まってしまっていることも確かだったため、上条を邪険にするようなことはせず、そのまま会話を続けるマシュ。

 ……だったのだが、彼女が何故今回特に頭を悩ませているのか、という部分に話が差し掛かった結果、今現在郷内部を駆け巡る噂が話題に上ることに。

 

 ──なりきり郷最高戦力である虚無の魔王を下したのは、その娘……。

 センセーショナルな見出しのそのニュースを、タマモもどこかで耳にしていたようで。思わず溢したその言葉に上条が過剰反応し、結果として彼は大盾に押し潰される羽目になったのであった。

 

 

「……ふ、不幸だ」

 

 

 

 

 

 

「──養子という体の同僚、なぁ?実際それ、本当に同僚やったんか?」

 

 

 なんやあれこれ変なところがあったみたいやけど。……などとタマモは疑問を溢すが、その辺りの仔細を知らないマシュでは答えるに答えられない。

 名乗った名前や容姿などから、キーアは相手が自分の同僚(養子)である、と確信したようだが……同時に、彼女と同じく『オリジナル』である相手が──それも、設定の根幹が世に出ていないキーアの黒歴史みたいなものになっているというのが、はたして本当に相手がその同僚なのか?……ということの判別を難しくしているのも確かなのであった。

 そも、バレンタインの日以来キーアとはあまり顔を合わせられていないマシュである。……確かめるタイミングがない、というのも間違いない話で。

 

 

「んー、確か【星の欠片】ってのは人の観測限界を遥かに下回る世界にあるものを基幹とする、んだったよな?」

「はい、そうなりますね」

「……じゃあ、あれこれ言うだけ無駄だな。周囲には端から確認できないんだから、キーアの証言は間違ってないと断定しても特に問題はないだろ。……っていうか、今回の本題はこれではないだろ、と上条さんはツッコミを入れるわけでだな?」

「……確かに、そうでした。せんぱいが疲れていらっしゃるのはその養子さんのせいですが、すぐにすぐ解決できる話でもないのも確かな話です」

「……ん、っちゅーことは相手の喜ぶプレゼント選び、ってやつに話が戻るんやけど……」

 

 

 ぶっちゃけ、キーアってなに渡したら喜ぶん?

 ──そんな、ある種当たり前の質問に対し、それを発したタマモ以外の二名は、小さく首を傾げたのであった。

 

 

「……おい」

「あっ、いえ、その、違うのです!……ええと、せんぱいは基本手的になんでも喜んでくださるタイプの方ですので……」

「あーダメなやつ、ダメなやつですよそれは。なんでも喜ぶとか、贈る側としては滅茶苦茶困るタイプのやつですよそれは」

「か、上条さん……」

 

 

 タマモの呆れたような一言に、マシュは慌てて首を左右に振るが、傍らの上条は逆に難しい顔でむむむ、と唸っている。

 ──そう。この世の中で『なんでも嬉しい』などという戯言は、即ち『なんでもよくない』のとほぼ同義であるのだ。

 

 贈り物とは、相手の心に残るようにと贈るもの。

 それが()()()()()()()()?……という部分に差はあれど、総じて相手のためにあるのが贈り物、という基本原則は変わらない。

 それが『なんでも喜んでくれる』相手の場合、どうなるのか?……()()()()()()()()()()()()()()、ということになってしまうのだ。

 

 

「全てを愛している、というのはとても耳心地のよい言葉に思えますが。……その実他者との差が全くない、ということでもありますものね。それは相手側から見れば、その愛の大きさが見えないということと同義。……自分から見る分にはマシでも、相手から見たら最低と罵られても仕方ありませんわね」

「そうなんですよ!せんぱいはなんというか……ええと、にぶちんなんです!!」

「にぶちんて」

「なんという語彙の低さ……ええと、すみませんねお客さん。なんか話に巻き込んじゃったみたいで」

「いいえ、構わないわ。私としても興味深い話だったから」

 

 

 なんでも喜ぶということが、どれほど罪深いのか。

 ──そんな当たり前のことを分かりやすく説明してくれたのは、どうやら外からやって来た一般人のお客様であったが。……どうもこの人、わりと話せる人の様子。

 そう悟った一行は黒髪の綺麗な彼女を交え、あれこれと話し合いを進めていくのであった──。

 

 

 

 

 

 

「……?どうしたんッスかキーアさん?なんか凄い顔になってるッスけど」

「…………なんでかしらねー、凄まじく面倒事の気配がするのよねー」

 

 

 同日別所。

 このままではよくないので自己鍛練&削れたクモコさんの経験値稼ぎ直しを兼ね、地下のトレーニング施設にやって来ていた私とクモコさんの二人。

 

 朝からぶっ通しで鍛練をし続けていたため、いい加減休憩しようという話になった私は、懐かしの蜘蛛フォルムのクモコさんと一緒にお茶などを嗜んでいたわけなのだけれど。

 ……なんだろう、背筋にとんでもない悪寒が走ったんだけど?なに?なんか良くないことが起こる前触れだったりする???

 いわゆる虫の知らせ的感覚だが、意外とこれがバカにできないため困る私なのであった。

 まぁ、気にしすぎてもあれなので、この場では流したのだが。

 

 ともあれ、深呼吸して心を落ち着けたのち、改めてクモコさんを観察する私。

 

 

「……調子はどんな感じ?」

「んー、変身機能がほぼ損壊してる感じッスねー。いや、一応あの地味子系響スタイルは大丈夫そうッスけど、逆を言うと今まで伸ばしてたスキルツリーは大抵おじゃんッス」

「わァ……ァ……」

「泣いちゃったッス」

 

 

 試しに尋ねてみた結果は、あそこまで成長したクモコさんからすればまさに壊滅的。……思わず自分の不甲斐なさに涙がでてくるが、クモコさんは気にしないで欲しいッスとけらけら笑う。

 

 

「あのまま伸ばしてたら、多分また()になってたと思うッスから、ある意味取られて清々してるッスよ、寧ろ」

「……そうなん?」

「そうッス。どうにも元を立ちきれぬまま成長するのがそもそもアウト、みたいな感じだったようで……」

「んー、その辺りも相手がキリアだったせい、なのかな?」

 

 

 どうやら、順調に見えた前回の成長も、その実じわじわと良くないものが溢れかけていたようで。……あの時彼女も口走っていたが、『そのつもりはない』というのは()()()()()()()()()()ことの裏返しでもある。

 そう考えると、ユゥイに獣の根幹を奪われた現状は、寧ろよかったのだと言えなくもないわけなのだが……。

 

 

「……いや無理!結果論過ぎて自己正当化とか烏滸がましい!!」

「あー、また始まったッス……」

 

 

 そんなわけあるか、と私の中のキリア(善性)が大暴走!

 もう今すぐ自分の腹をかっ捌いて詫びを入れたくて仕方ないのだが、さっきから同じやり取りを何度もしているため、クモコさんからは「ヤメロー!!」と大層不評なのであった。

 ……うわー!!後生だから死なせてくれー!!

 

 



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幕間・誕生日を祝おう!・2

「うう……私はナメクジ……いやそれだとナメクジに失礼……」

「ジメジメっぷりは似たようなもんッスねー」

 

 

 さめざめと泣きつつ、クモコさんからのツッコミを享受する私。

 そうや、私はクソゴミなんや、もっと罵ってくれ……的なテンションなのだが、さっきから何度もやっているためクモコさんは大分食傷気味である。

 ……むぅ、私が意気消沈してるのは、別にネタでもギャグでもないのだが。

 ともあれ、伝わらない謝罪ほど無意味なものもないので、ほどほどにして休憩に戻る私である。

 

 

「にしても……なんか嫌な予感がする、とか言ってたッスけど、なにを感じ取ったんッスか?」

「え?そこ深掘りしちゃう?……ええと、なんというかこう……『なんでそうなった!?』的な言葉が飛び出てきそうになったというか……」

「なんでそうなった、ッスか。……んー、実は郷の中に道満が現れたとか?」

「あり得ないと流せないような話をするのやめない?」

 

 

 そうして休んでいる最中、話の肴として彼女が選んだのが、最初の方に私が口走った『予感』についてのこと。

 実際わりと当たる方なのが私の勘なので、その辺りが気になったらしい。

 

 でもこう、私的にはあんまり触れるべきじゃないというか、触れると引き寄せられる類いのトラブルの香りがするというかで、正直できれば忘れておきたかったりもしたのだが……まぁ、話すこともないので仕方なく付き合うことに。

 ……した結果、クモコさんの口から飛び出した説に、思わず眉間に皺を寄せて唸る羽目になった私である。

 

 なにせ道満の話である。

 あの男、確かに原作においてはオリチャー発動するRTA走者めいたやられ方をしていたが、その実そういう移り気なところがないと、主人公側の勝ち筋が潰れていた可能性がひしひしとするのだ。

 

 夏の陽気にやられて水着化した伊吹童子が、わりと人類悪に列挙されかねない思想だったことを見るに、あの場面でのルートを急遽変更しなければ、ほとんど自軍の手札がない状況下でビーストと相対する羽目になっていた、というのは容易に想像できる。

 つまり、彼の能力そのものは、こちらが侮っている以上に遥かに高いのだ。やらかすから低めに見られるだけなのであって。

 

 ゆえに、いつの間にか彼がここにいる、なんていうのは冗談にならない洒落、ということになってしまうのだ。

 確かにゆかりんは強い方だが、それは原作ほどの無法でもないし、原作も思ったほど無法ではない……みたいな隙もあるわけだし。

 

 

「あー、言われてみるとそうなんッスね。実際、ゲームの中とはいえ滅茶苦茶こっちを押してたッスしね、道満」

「うむ、甘く見てると足元掬われるってやつだね。……まぁ、そういう意味では()()()も要警戒ではあるんだけどさ」

「あっち、って言うと……」

「ユゥイの方。どうなってるのか、ってのは実際に会って確かめないとわからないけど……ほぼ確実に【星の欠片】ではあるだろうから、真っ当な遮断手段は全部抜けてくるよ」

 

 

 そして、意外と気の抜けない相手である道満より、遥かに危険人物なのがユゥイである。

 

 ()()()()()()私が養子に迎えた人物であり、かつ直接戦闘を得意とするタイプの存在であった。

 ……とはいえ、これはあくまでも元義的な意味での彼女の話。あの時相対した彼女の様子を思えば、それから外れているということは容易に想像できる。

 なお、この場合の『元義』というのは、私がなりきりをやっていたスレ内での設定の話である。

 

 

「……その辺り聞いててもさっぱりなんで、もう少し詳しく説明して貰えないッスか?」

「いいよー。……ええと、スレの方のユゥイは、正確には『ユゥイ・アーベント』って言うんだけどね?」

 

 

 ……とはいえ、この辺りの詳細な違い、というものを正しく認識しているのは、私とそこでキャラのなりきりをしていた、一部の人達のみ。

 マシュにしたって『私がキーアというキャラをやっている』くらいのことしか知らない以上、それを説明することができるのは私だけ、ということになるわけで。

 

 口下手な私に説明させるのかよ、的な気持ちもなくはないけど、やらなきゃ伝わらないのも確かなので、頑張って説明しようとする私なのであった。

 

 ──と、いうわけで、ユゥイについてなんだけど。

 スレの中・なりきりキャラとしてのユゥイの正式名称は『ユゥイ・アーベント』という。……養子にしたわりに名字が変わってない?母子別姓ってやつよ、うん。

 こちらの彼女はわりと野性的というかがさつというか、まぁともかく敬語とかを使うタイプではなかった。……似たようなキャラを挙げるとすれば、『fate/apocrypha』のモードレッドみたいな感じだろうか?

 髪の色も黒色・かつポニーテールと、あの時見た彼女とは全くの別物。ゆえに、彼女を見てこちらの彼女を連想することなど、普通はあり得ないことだろう。

 

 

「で、元となった方──キリア()と同じ『元ネタとしての』ユゥイだけど。こっちは『ユゥイ・ガーランド』って名前で、見た目とか喋り方とかはまんまあの時のユゥイそのまま……って感じかな」

「……続柄はどうなってるんッスか?」

「ん?赤の他人」

「なるほど、ごちゃごちゃなんスねー」

 

 

 で、彼女の存在の元ネタ──私のネタ帳(黒歴史)で眠っていた方の彼女は、その名前を『ユゥイ・ガーランド』という。

 ……キリアと違って名字がちゃんとあるんだなって?いや、キリアの名字を出したことがないだけであって、向こうにも名字はちゃんとあるからね?

 

 ……まぁそれはともかく、こっちのユゥイは、見た目も性格も喋り方も、ほぼあの時現れた彼女と同じ。

 違うことがあるとすれば、それはこちらを『母』と呼んできたことくらいのものだろう。元々のキリアとユゥイには血縁関係はないわけだし。

 

 で、こっちのユゥイは元々キリアと同じタイミングで設定を考えていたこともあり、彼女と同じように【星の欠片】が与えられている。

 キリアの()()と比べれば遥かに強く(大きく)、【星の欠片】として見れば劣っている、ということになるそれは、その名前を【散三恋歌(EPAS)】という。

 

 

「世界にあるとされる四つの愛、性愛(eros)友愛(philia)神の愛(agape)家族愛(storge)の全てに通ずる……みたいなやつなんでスっけ?」

「そうそう。基督教的に定義される愛の形だね」

 

 

 これは、その当時『神の愛』という概念に触れた私が、それよりも凄いものを生み出して見せるぜー!……的な中学生的テンションにより生み出した能力であり、その本質は『全ての愛を網羅している』ということころにある。

 要するに、誰しもがなにかしらの愛を抱いている、ということを根拠にした形での【星の欠片】の創出、という感じだろうか?

 ……なお、自己愛が含まれていないのは、基督教の本来の理念的には『自己愛はわざわざ明記するものではない』みたいな部分があったりするとかしないとかだが、長くなるのでここでは説明しない。話が逸れるしね。

 

 ともあれ、世界にある四つの愛、そのどれもを語れる最小単位として創出されたこの【星の欠片】は、つまるところ精神活動を行うあらゆる生物全てに含まれているもの、と見なすこともできる。

 普遍的な生き物は、大抵その『愛』に従って生きているからだ。

 

 

「家族愛と性愛はわかりやすいよね。それと、人と関わるようなタイプの生き物なら、友愛についてもそれを抱いていることがわかりやすい。んで、神の愛はあまねく命ある全てへの愛だから言わずもがな、ってやつだね」

「まぁ、そう言われると確かに……ってやつッスね」

 

 

 そんな風に誰もが持つ愛を、更に細かく見て『どれとしても扱える(但し多量に集めた場合)』ようにしたものが、【散三恋歌】。

 言うなれば愛の最小単位であり、それゆえに逆説的に()()()()()()()()()()()ということになる。

 それはつまり、そこから【星の欠片】の持つ共通原理、『一欠片でも自身の要素があるのなら、そこに自身を顕現させられる』という性質により──、

 

 

「やろうと思えば、ユゥイはそこらの木々の中からすら現れることができる、ってわけ。……まぁ、それはキリアにしても同じことなんだけど」

「こわー……」

 

 

 それこそ、なんの障害も無いかの如く、いきなり私達の目の前に現れてもおかしくないのだ。……というか、極まってくるといきなり目の前の人間が彼女になる、なんて現れ方もできてしまったりする。

 ……まぁ、そのレベルの現れ方は、それこそ今の世界が本気で滅びの間際、みたいな状況でなければ難しいだろうが。

 

 

「ええと?」

「エヴァンゲリオンで『ATフィールドは人の心の壁』みたいな話があったでしょ?で、それが無くなると人は形を保てなくなる、みたいな」

 

 

 世界の滅びの時、やってくるのは『今そこにある生き物達の無意味化』である。

 その生き物がその形・その意識である必要性の霧消とも言えるそれが起きた時、世界は確かに滅びを迎えたといえるだろう。

 ……もっと雑に言うのなら、個人と世界の境界線が消えた・ないし消えかけている状況でもない限り、【星の欠片】の持つ『他者からの顕現』は機能しない、という感じだろうか。【星の欠片】の優先度よりそこにいる生命の優先度の方が高い、みたいな?

 その辺りは個々の生命体の我の強さ、みたいな部分も関わってくるので、そこら辺そこまで主張の強くない木々くらいなら幾らでもゲート代わりに代替できてしまう、というか。

 

 ……なので、【星の欠片】の影響を極力抑えたいのなら、生活圏内に樹木を植えないというのが一番早かったりするのだった。

 

 

「……無理では?」

「そう、無理。……というか、死にたい人みたいな意志薄弱者も、程度によっては上書きできる相手になる可能性があるから、出てくるのを完全に防ぎたいなら()()()()()()()【星の欠片】を仲間にしておく、って必要があるね」

「……あ、なるほど。そこでキリアさんなんッスね?」

せーかーい(正解)

 

 

 無論、そんなことをすると色々問題があるので、究極的な対処は相手にそれをさせないこと──この場合だとキリア()に防御を任せる、というのが一番だという話になるのでありましたとさ。

 実際、キリアより小さいのってもう『あの人』しかいないからね。

 ……え?「だからって私をこき使うのどうなの?」って言ってる?あーあーきこえなーい。

 

 



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幕間・誕生日を祝おう!・3

「しかしまぁ……なんという『ぼくのかんがえたさいきょうののうりょく』感……」

「おおっと、発案者として一応訂正させて貰おう。これに関しては『ぼくのかんがえたさいじゃくののうりょく』が正解だ。世の中の能力が高みを目指すものである以上、その驕りを掬うのはやはり最弱方面だからネ!」

「うーん、この懲りてない感……」

 

 

 まぁひねくれものだという自覚はあるよ、うん!

 ……とまぁ、そんな感じに【星の欠片】というものの説明を改めて終えた私。

 

 これらの能力を考えた時の私は、いわゆる高二病状態だったわけで。……そういった観点からも、世間一般的な能力に対しての対応、という点には結構頭を使っているというか、小賢しい理屈を使っている感じはあるだろう。

 ……まぁ、今となってはそれを受ける側にいるわけで、当時の俺を殴りたい気分でいっぱいなんだけどね!

 

 そんな感じで胸のうちをぶちまけたあとは、ちゃんと休憩することに。……ここでいう休憩とは、好き勝手遊ぶことではなくしっかりと体を休めることである。

 

 

「遊びの時間、って意味での休憩と、オーバーワークした体を休めるための休憩を混同してるって人、わりあい多いからねー」

「あー、夏コミの原稿中に『無理!スマブラするっ!』ってなってるやつとかッスね?」

「なにその微妙に生々しい例え」

 

 

 いやまぁ、確かにそれであってるのだが。

 一つのことに集中していたのを、()()()()()()()()()()()()()()()──原稿中のスマブラというのは、まさにそういう類いのモノである。

 無論、単に思考が煮詰まっているだけなのであれば、そういう気分転換がベストなこともままあるわけであるが……本来、休憩というのは過負荷を与えられた身体を休めるための時間である。

 これがどういうことかというと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになる。

 ……要するに、『休憩になってない』というツッコミなわけで。

 

 そういう意味で、休憩時間に遊んだり調べものをしたり、というのは本来非推奨なのだ。精神的な負担の解消も必要とされるため、半ばなあなあに済まされている節はあるが。

 

 まぁともかく、今私たちがやらなければいけないのは、身体を休める方の休憩。精神の充足は一先ず後回しにし、疲れた体を一時静止することが求められるわけだ。

 

 

「ほら、週末折角の休みなのに寝て過ごした、みたいなやつあるじゃん?あれ、日々の休憩の仕方のミスの現れ」

「ちゃんと適宜体を休めていれば、休みの日に寝て過ごす羽目にはならない……ってことッスか?でもそれって言うは易し行うは難しの筆頭だと思うんッスけど」

「だぁねぇ、大体休む暇もなく働かされるからねぇ」

 

 

 現代日本人働きすぎ問題、というか。

 これを解消するにはそれこそ社会全体で一斉に休む、くらいしかないのだが、今の世界でそれができるかと言えばノーだろう。

 他者を出し抜こうとして、他者より疲労耐性の高い人が勝手に働く……なんてパターンを排除しきれないだろうし。

 

 人が無数に居る以上、それぞれに合った形式というのは、それこそ千差万別になる。それを完全に完璧に遂行させる、というのはまさに絵に描いた餅でしかない。

 結局、世の中の問題のほとんどは、完璧なんてあり得ないのにそれを求めずにはいられない、人間の浅ましさにあるのだろうなぁ……などとちょっとそれっぽいことを述べつつ、私は目蓋を閉じて疲労感に身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

「──わぁっ!!?」

「ひゃぁっ!!?」

 

 

 思わず飛び起きた私は、寝ていた私を覗き込んでいたらしい誰かと額をぶつけ、思わず悶絶することに。……すっごい音したけど今!?

 痛みに涙目になりながら、改めて額をぶつけた相手に視線を合わせれば……、

 

 

「お、おやマシュ、一体どうしたんだい?」

「せ、せんぱいを探していたのです。先ほど発見して、起こそうと近寄ったのですが……ご覧の通り、額を……」

「あー……そりゃタイミングの悪い……」

 

 

 そこにへたり込んでいたのは、額を押さえて「痛いでしゅ……」と呻くマシュ。

 話を聞くにどうやら私を探していたらしく、見事発見したのち近寄った結果、こうして正面衝突する結果になったようだった。

 ……言い換えると不幸な事故だった、ということになるわけで、どちらからともなく謝罪を交わし、改めて向かい合って座り直すことに。

 

 ──周囲はまだ明るく、時刻的には三時頃といったところ。

 トレーニング用に開けた草原のようになっているこの階層は、ほぼ外と同じように太陽が登り、沈むように設計されている。

 それに合わせてそよそよと吹く風も実装されており、全体的に陽気な午後、といった様相を醸し出していた。

 

 のどかな景色に目を細めつつ、改めてマシュに問い掛ける私。

 

 

「そういや、私を探してたっていったけど……?」

「あ、はい。ですがその前に、せんぱいは先ほどまでなにに魘されていらっしゃったのでしょう?」

 

 

 こう、脂汗など掻かれていましたが。

 そう語るマシュの顔を心配そうで、こちらがまたなにかしら抱え込んでいるのでは?……という心情をその顔色から読み取れてしまうかのようであった。

 ……確かに、この間のことを思えば、私がなにかしら思い詰めているのでは?……と受け取ってしまうのは、なにもおかしな話ではない。ないが……。

 

 

「あーうん、これはまた別の話というかだね……」

「せ・ん・ぱ・い?」

 

 

 あんまり人に言いふらすようなモノでもなかったため、ごまかすように言葉を濁す私。……なのだが、そんな態度を取ればマシュが頑なになるのも仕方のない話で。

 結果、私は自身がなにに魘されていたのか、恥ずかしながら開示する羽目になっていたのだった。

 

 

「ええと、笑わないで欲しいんだけど……」

「笑う?……ええとせんぱい、それはどういう……?」

「……やっぱり勘違いしてたみたいだけど、もう言うって決めたから続けるね?……ええとね、()()()()()()

「……ええと、せんぱい?行っていた、とはどこに……?」

「『あの人』のところ」

「わぁ………ァ」

 

 

 泣いちゃった。

 ……まぁうん、『あの人』のことについては何度か語ってるし、そこに呼び出しなんてされれば魘される、みたいなことも既に理解していることだろう。

 つまり、今のマシュ的には「せんぱいに思い出したくないことをわざわざ思い出させた」みたいな扱いになるわけで、そりゃまぁ泣きもするわなぁ、というか。

 

 ……いやうん、確かにまぁ、ちょっとというか大分というかかなりというか、『あの人』の呼び出しについては思い出すだけで震えるのは確かなんですけどね?

 寝てる間の呼び出しだから、拒否もできたもんじゃないし。

 なんなら横でキリア()が半笑いでずっとこっち見てきてたし、イラッとしたし。でもそうやってイラッとすると、下げてる頭の上の方から『もし?』と声が降ってくるんですよフフ怖い(震え)

 

 ……まぁ、こっちがなにか悪いことをしたわけではなかったので、そういう意味ではまだ気楽な方だったわけだが。

 これでお叱りのために呼び出された、とかだったら胃がねじくれ曲がってただろうし。

 そういうわけで、マシュが思っているほど重篤なトラウマってわけじゃないよー、とフォローする私である。

 

 

「……でも魘されてましたよね?」

「はははは、『あの人』の前に私が立ってるとか烏滸がまし過ぎて胃がががががが」

「わぁ……ァ……!」

「なんなんスかこのカオスな状況」

 

 

 なお、この不毛なやり取りは、ちょっと席を外していたクモコさんが戻ってくるまで、延々と繰り返されていたのであった。

 

 

 

 

 

 

「おほん。気を取り直して、マシュはなんで私を探してたの?」

「……はっ!そうでした、元々の目的をすっかりと……」

 

 

 数分後。

 ようやく正気を取り戻した私たちは、改めて先ほどの話には触れない……と取り決めをして、話を軌道修正することに成功していた。

 

 で、その『元の話』というのが、何故マシュは私を探していたのか?……というもの。

 家に帰れば会えるにも関わらず、わざわざ会いに来た辺り、なにかしら重要目な用事だとは思うのだが……。

 

 

「こほん。……ではせんぱい、こちらを」

「……?これは?」

「通りすがりの気のいいお方を巻き込み、ラットハウスの皆さんと一緒に考えて決めた、せんぱいへのお誕生日プレゼントですっ」

「お、おお?」

 

 

 そうして首を傾げる私に、改めて居住まいを正したマシュが渡して来たのは、人の頭くらいの大きさの一つの箱。

 丁寧に包装されたそれは、外観からも『贈り物である』ということが察せられる品物で、一瞬『なんの?』と思った私は、次に続いたマシュの言葉に思わず驚愕することに。

 

 いやだって、誕生日プレゼントである。

 小さい頃からバレンタインデーと混ぜられることがほとんどであったため、まともなプレゼントなど数えるほどしか貰ったことのない私への、どうやらみんなで考えて選んだ贈り物。……これが驚かずにいられるだろうか?

 思わず柄にもなく感動しつつ、開けていいかと訪ねる私。

 それにマシュは頷いて、箱を開き──、

 

 

「──宝石箱?」

「せんぱいが喜ぶものはなにか?……と問い掛けた時、それに答えられる方はいらっしゃいませんでした。なにせせんぱいは来るもの拒まずの姿勢。なにを差し上げても、ほとんど同じように喜ぶ、ということは容易に想像できていました。──そこで考えたのが、『ならば大量に贈ってみよう』というものでした」

 

 

 その中にあったのは、外の箱より一回り小さい宝石箱。

 開いたその中には、それぞれ贈った人間が作ったり考えて選んだりしたのだろう、大小様々なアクセサリーが所狭しと並んでいる。

 その中の一つ──マシュの大盾を模したイヤリングを手に取り、そのまま耳に装着。……重さはほとんどなく、付けていることの負担もまたない。

 

 

「……似合う?」

「ええ、よくお似合いです、せんぱい。──お誕生日おめでとうございます、それから──」

 

 

 ──私と出会ってくれて、ありがとう。

 見たことのないような、見惚れるような笑みと共に贈られた言葉に、私は思わず破顔してしまうのだった──。

 

 

 

 

 

 

 なお、宝石箱の中にハート型の瓶と、その中に詰められた星の砂を見付け、私は暫く白目を剥く羽目になったりしたが……それはまた、別の話である。

 

 



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二十三章 大激戦!続々出てくるスゴいヤツ!(白目)
ホワイトデーには間に合わない


「……なるほど、星の砂は星の欠片、ってことなわけね」

「で、ハート型の瓶はそのまま『愛』に纏わるモノである、ということの示し。……つまり居たんだよぉ!ユゥイがァ!!ここにぃ!!!」

 

 

 思わずワッ、と声をあげる私に、呆れたような疲れたような、そんななんとも言えない表情を返してくるゆかりん。

 場所はいつも通りのゆかりんルームなわけだが、今回はこんな感じで既に満身創痍な感じから始まったのであった。

 

 いや、それにしたって……なに?なにしてるのあの子?どういうノリなの?私はこれに対してどういう反応をすればいいの?

 ……とまぁ、困惑しっぱなしの私である。いやマジで。

 

 

「……どうにも話を聞く限り、マシュ達があったのは()()()()()()()ユゥイだったみたいだしぃ……」

「ええと、黒髪ポニーテール、だったかしら?……でも喋り方は敬語だったのよね?」

「ああうん、だから寧ろ混ざってることが明言されたというか」

「あー……」

 

 

 マシュ達が件の少女と出会ったのは、昼時の忙しいラットハウスでのことだったという。

 その姿は黒髪ポニーテールで、口調は敬語。……直接ネット上でのユゥイの姿を視認していた人物がその場にいなかったこともあり、口調が敬語、というだけでは両者を結び付けることはできなかったようだ。

 なのでまぁ、この件でマシュを責めることはない、のだけれど……。

 

 

「『このマシュ・キリエライト一生の不覚っ!!かくなる上は、お腹を切ってお詫びしましゅ!!』とかなんとか暴走し始めたもんだから、落ち着かせるのに大層時間を消費する羽目に……」

「ああうん、マシュちゃんならそうなっても仕方ないわよねー……」

 

 

 本人がどう思うか、と言われればそれは別の話。……結果、盾で腹を裂こうとする(!?)マシュをクモコさんと力を合わせて押さえ付ける、という一見して意味のわからない状況が生まれたりしたのだった。

 ……それがまぁ、大体三日ほど前のこと。

 

 

「一応、キリア(母さん)に言ってセキュリティ面のアップデートはしておいたけど……なんかこう、この件に関しては面白がってる節があるからどこまで宛になるか……」

「そういえば、夢で『あの人』とやらに合ったとか聞いたけど、なにがあったの?」

 

 

 一応、彼女の侵入を唯一防げる人物・キリアに頼み込み、郷全体の防衛について対策を施したつもりではあるのだけれど……なんというか、ユゥイ関連の話についてはどうも静観を決め込もうとしているというか、『貴女の問題なんだから頑張ってね♡』みたいな空気を醸し出しているというか……とにかく宛にならないので、一応私自身でも動いてみる所存ではある。

 ……ただ、その辺りにも幾つか問題があるわけで、それが件の『あの人』との夢での邂逅にあったのだった。

 

 

「……以前、キリアの執りなしで私が【星の欠片】として『あの人』に認められた、みたいな話があったじゃない?」

「え?ええと……いつ頃の話だったかしら?」

「一月二月程度昔のことを忘れないでよ……正月の話よ、正月の」

 

 

 あー、と間抜けな声をあげるゆかりんにため息を返しつつ、改めて思い返すのは今年の頭、正月頃のこと。

 

 そも、【星の欠片】などというあやふやなものを抱える私は、存在として不安定な部分があった。

 まぁ、本来なら同一の【星の欠片】が別の存在に宿る、なんてことがあり得ないのだから、寧ろ安定している方がおかしいのだが。実際それで一回消えかけたわけだし、私。

 

 で、そんな私を暫く見ていた『あの人』が、私のことを面白いと評し、結果として私の居場所(立ち位置)を新たに作ってくれた、というのが正月での話。

 今回の夢での邂逅は、それに付随したエピローグ、かつその先の話へのプロローグとなりうるモノである。

 

 

「エピローグはわかるけど、プロローグ?」

「以前、私の立ち位置的に先輩なのに部下になる【星の欠片】がいっぱい居る、みたいな話をしたでしょう?」

「あー、言ってたわねー。確か『妹/姉/同僚/後輩/先輩』みたいな雑多な関係の人が現れるかも、みたいな話だったかしら?」

「そうそう、あの時の説明だとはしょってたけど、兄とか弟とか、母とか父とかみたいな関係性の人がいきなり現れてもおかしくない……って続くんだけどね?」

「なにその不審者続出みたいな状況……」

 

 

 私が新たな【星の欠片】として認められた、というのは先述した通り。

 そこまでなら大した問題ではないのだが、そうして新人【星の欠片】として生まれた私に与えられた役職、というものが問題だった。

 そう、実質的なナンバースリー(No.3)となってしまった私は、新入社員の癖していきなり飛び級レベルの昇進を果たしてしまったわけなのである。

 そうなるとどうなるのか?……こっちの知らぬ間に、原作マシュみたいな相手(本当は先輩だけど後輩)が滅茶苦茶増えた、ということになるのだ。

 

 ……なんか何処からかマシュの抗議の声が聞こえる気がするが、そこはスルーして。*1

 ともかく、私が今の状態になったことで、私はこれから起こるだろうトラブルの種を半ば自動的に許容することを強いられた、というわけなのである。

 

 

「で、その辺りの詳細な説明のために、今回『あの人』の居城にお呼ばれしたってわけ」

「……行くのあんなに嫌がってた場所に?」

「あんなに嫌がってた場所に。……夢の中とか逃げ場がないんだから止めて欲しいよね……(遠い目)」

「oh……」

 

 

 で、実はそうして私が【星の欠片】として認められたあと、私がどういう【星の欠片】になったのか、みたいな部分は一切聞かされることがなかったのだ。

 キリアに聞いても『いずれわかるわよ、いずれね』とごまかされるものだから、半ば記憶の中から抜けていたわけだが……まぁ今回ああして半ば拉致気味に夢の中でお呼ばれした、というわけである。

 ……いやまぁ、以前と違って『出会ったら不要なものとして分解される』みたいな恐怖はなかったけど、代わりになに話されるかわかったもんじゃねぇ、的な意味での恐ろしさが凄かったというか。

 

 ともあれ、そうして逃げ場のない状況下で『あの人』から説明されたのが、今の私が置かれている現状の詳細な説明だった、というわけで。

 

 

「とりあえず、『虚無』より大きく似たようなもの、ってことで私には『開闢』の称号が与えられたわけなんだけど……分不相応過ぎるというか、なんか別のモノを思い出しそうになるというか……」

「二回攻撃したり相手を除外したり?」

「それだとキリアの方が手札とフィールド全て墓地に送るやつにならない?」

 

 

 いやまぁ、キリアの無法さはわりとエラッタ前の終焉龍に近いところあるけども。*2

 ……まぁともかく、私の扱う【星の欠片】が『開闢』で、その運用方法は『虚無』とさほど変わらない、みたいなことを聞いたのち。『あの人』から語られたのは、これから私を襲うであろう様々な困難についての忠告、みたいなものなのだった。

 

 

「……忠告?」

「さっき『私の立ち位置が他の【星の欠片】を呼び込む』かも、みたいな話をしたでしょう?実はあれ、どうにも言葉が足りてなかったらしくてね?」

 

 

 確かに、いきなり自分の上司が増えたうえ、それが本来なら新人という後輩・ないし部下になるはずの人物だった、というのはあれこれ注目される理由としては十分だと言える。

 ……が、実は事態はもっとややこしいことになっていたようで。

 

 

「端的に言うと、私の存在を認めたこと自体が宜しくなかった、みたいな話になるらしくて……」

「……ええと、もしかしてまた消滅の危機?」

「ああいや、そういうことじゃなく」

 

 

 この場合の宜しくなかった、とは『あの人』にとって宜しくなかったではなく、()()()()()()()()宜しくなかった、が正解なのだ。

 ……と述べれば、違いがよくわからなかったのか首を傾げるゆかりん。

 

 

「確かに『あの人』の性質を思えば、世界の迷惑と『あの人』の迷惑になんの違いが?……って思いそうだけど……ここでいう『世界』っていうのは並行世界全部とかみたいな、広い場所のことじゃなくて……私たちが今こうして生きている世界っていう、ごく狭い場所の話なんだよね」

「……つまり厄災になっちゃったってこと?」

「人聞きが悪いけど、遠い意味としては似たようなものかな」

 

 

 そう、この場合の『世界』とは、あまねく世界全てを指すのではなく、今こうして私たちが語らっているこの場所を含む世界、すなわち単一の世界のみを指すモノである。

 で、私の存在がこの世界にどういう厄ネタをもたらすのか、というと。

 

 

「そもそも私って不安定だったわけでしょ?今は安定したけど」

「まぁうん、本当なら『逆憑依』に選ばれるはずもない、みたいなモノなのも含めて、成立してること自体が奇跡みたいなものというか……」

「そうそう、奇跡。……奇跡ってのは普通一瞬のモノで、それが永続的に続くことはないんだよね。というか、いつまでも奇跡が続いていたら、それは最早必然でしょう?」

「……まぁ、そうね?」

「つまり、安定した今の私は必然的なもの、ということ。──これは裏を返すと、本来なら虚構で済んでいたはずの【星の欠片】という概念を、()()()()()()()()()()()()()()という風にも受け取れる」

「……ん?」

 

 

 端的なことを言えば、私という存在は本来そのうち消えていた。

 大本となるキリアに統合されるのが普通であり、その場合彼女を観測していた()とでも言える私が消えることとなり、結果としてこの世界から【星の欠片】は消えていたはずである。

 所詮は一人が想像した世迷い言であり、それが確たる力を以て成立する余地などないのだ。

 

 ──つまり、今の安定してしまった私は、窓でありながら窓の向こう側のモノになってしまった、という風に解釈できてしまうわけで。*3

 それがどういう結論を導くのかというと。

 

 

「──雑に言うと、ユゥイがこっちに現れたの、私が安定したせいでした、ってことになるのよね」

「……はい?」

 

 

 私がここに居る限り、ユゥイみたいなのがわんさか湧いてくる可能性が生まれてしまった、ということになるのであった。

 ははははー、疫病神だなこれじゃー(ヤケクソ)

 

 

*1
「せんぱい?!せんぱいというのはあくまでも称号のようなものでしてですね!?せんぱい?!聞いていらっしゃいますかせんぱい!!?」「んー、BBちゃん的にはもう少し落ち着くべきでは?……と思ったりするのですが……マシュさんには全く届いてないみたいですねぇ」

*2
それぞれ『遊☆戯☆王OCG』のカード『カオス・ソルジャー ~開闢の使者~』及び『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン) ~終焉の使者~』及びそれらの効果から。一時代を築き上げた鬼畜カード『カオス』の一種。ドラゴンの方はやり過ぎて一度テキストの変更(エラッタ)が行われていたり

*3
fgo的にはフォーリナーではなく繋がってる神性そのものが降臨した、みたいな感じ。?「終わりだ」



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君は無慈悲なお星さま

「……ええと、整理すると?つまり、貴女が『開闢』の【星の欠片】として成立したことで、寧ろ『逆憑依』の対象先として貴女の黒歴史が堂々と選択できるようになってしまった、ってこと?」

「そうそう、そういうこと。だからユゥイに関しては、どうも完璧に私のせいってことになるみたいなんだよねー」

 

 

 本来認められないはずの、【星の欠片】の『逆憑依』。

 一欠片でもあれば全力を出せるとはいうが、そもそもに『逆憑依』の対象範囲としては外れているため、私以外の『逆憑依』としての【星の欠片】は成立しないはずだった。

 ……え?キリア(母さん)?ありゃ本人が直接来てるんであって、憑依でもなんでもないのでノーカウント。*1

 

 まぁともかく、私以外には【星の欠片】は居ない、というのが本来の状態で、その私にしてもそのうち消えるのは確定的であり、結果として【星の欠片】は単なる世迷い言として処理されるはずだったのだ。

 ……だがしかし、私という存在は『あの人』の尽力により、消えるどころか寧ろこの世界に完全に成立してしまった。

 それは裏を返せば、この世界に【星の欠片】という法則を刻み込んでしまった、ということに等しいのである。

 

 つまり、これからもし【星の欠片】が現れるのであれば、それは全て私が【星の欠片】として安定・成立してしまったことに原因がある、ということになってしまうのだった。

 凄まじいまでのデメリット!

 

 

「うーん、確かにややこしいものが増えた、というのは確かだけど……それって今までとなにか違うの?だってほら、向こうの水銀君とか、正確には本人であって本人じゃないけど……想定される迷惑度ってそこまで大差ない気がするのだけれど?」*2

「あー、うん。そういやちゃんと説明したことはなかったっけ……」

「???」

 

 

 ただ、このデメリットについては、私という考案者以外にはどうにも理解し辛い様子。……よくよく考えたら【星の欠片】の説明をちゃんとした覚えがないので、それも仕方のない話ではあったのだが。

 とはいえ……説明していいものかなぁ、とちょっと悩んでしまう私である。

 

 

「……なんでそこで、悩む必要が?」

「はっはっはっ。身構えてる辺り、厄介事の匂いは感じてるんでしょう?まさに厄介事だよ、実際ね」

 

 

 なんか変なポーズで警戒を示すゆかりんに苦笑しつつ、そのまま遠くを見る私。……私が考案者(観測者)であるがゆえにぶつける先のない苛立ち的なものが漂うが、その辺りも含めて巻き込んでやるぜyeah!……的なテンションである。

 

 はてさて、なにはともあれ【星の欠片】について、である。

 この技能は何度も言うように、()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 極めたモノは大なり小なり似たような場所にたどり着くモノ、的な感性で編まれたこの技能は、従来の様々な技能と比べ、それそのものが持つエネルギーはとても小さい。

 しかし、半ば概念的な領域に達しているその粒子は、その実()()()()()()()()()()()()()という性質を併せ持っている。

 雑に言ってしまえば、()()()()()()()()()()ということであり、かつ()()()()()()()()()()()ということになるか。

 

 

「科学の行き着く先としての最小単位でもあるから、どんなものにも絶対に含まれている、ってことになるんだよね」*3

「ええまぁ、その辺りは何度も聞いてるから流石にわかるけど……」

 

 

 原子核の中の陽子の数を自由に変えられた場合、それはあらゆる元素を好き勝手に作れるようになることと同じ……みたいな話がある。

 まぁ、それを可能とする技術(核融合とか)の難度が高いため、実際にそれをできるものは限られるし、できたとしても微細な量の元素しか作れない、みたいなパターンも多いみたいだが。どこぞの人の黄金錬成とか。*4

 

 とまれ、現行の科学でも『好きな物質を作る方法』というのは、机上の空論であれ定義はされているわけで。──その技術の進みすぎた先に、私たち【星の欠片】は存在している、という風に定義することもできるのだ。

 

 

「まぁ、真っ当な手段じゃどう足掻いても触れられないんだけどね。だってほら、普通の科学理論って積み上げるモノだし」

「寧ろなにをどうすれば()()()()()()()()()()判定になるのかわかんないわよ……」

 

 

 ただ、その領域に到達するには、真っ当な研究の仕方では到底不可能である、というのもまた事実。……深掘りなどと述べたがその実、ここでいう深掘りとは本来の言葉通りの意味とはまた違うものである。

 本来の深掘りとは『物事を深く詳しく知ろうとする』ことを意味する言葉。その例で言うのなら、この場合求められるのは『物事を悉く忘れようとする』方向性になるのだ。

 

 一つの物事を探求するというのは、その物事について様々な知識を得ようとすることと同じ。……【星の欠片】到達のために求められるのはその逆、一つの物事に纏わるあらゆる全てを忘却していくこと。

 ゆえに、今の人類に真っ当な手段でそこに至る手はない、ということになるのである。人は記憶を消すことはできないのだから。

 ついでに言うのなら、最初からないのは()()()()()()()()()()()()()なんて制約もあるし。

 

 

「色んなモノを欠けさせて行って、最後に残った一つを掴み取る……というあり方は、ある意味至上の無を目指して修行する、どこぞの宗教に近からず遠からずってやつかもねー」

「ええと……そういえば、実際例の人の前に行ったスクナヒコナなんかは、あれこれ削られた結果ああなったんだったかしら?」

「そうそう」

 

 

 なので、彼がビーストに返り咲くことはないだろう、なんて話にもなるのだが……それはまた別の話なのでここでは割愛。

 

 まぁともかく、【星の欠片】が一種の超科学である、ということは事実。

 そしてこれがなにを意味するのかというと、この世界のあらゆる全てに、微細粒子としての【星の欠片】は必ず含まれている、という話に繋がってくる。

 

 

「無限分の一、みたいな意味のない数式が意味を持つような位置でしか確認できないほどに小さいけど、ゆえにこそ見えるものの全てにそれこそ無数に含まれている……なんてことになるわけよね」

「原子一つに一つ、みたいな話じゃなくて、無数の概念が挟まり続けるから実際原子一つに無限個、みたいなことになるってことだったわよね?」

「そうそう。で、その一つ一つが連動して動く」

「……改めて聞くとおぞましいわね」

 

 

 一つの粒子内に特定の【星の欠片】、その中に更にそれより小さい【星の欠片】が複数……みたいな感じで、延々と入れ子構造が続いていく結果、最終的に一つの原子に含まれる『あの人』の【星の欠片】は、それこそ数えるのが無理なラインの量になってしまうわけで。

 ……で、それらが全て【星の欠片】の共通効果により、やろうと思えば好き勝手に動けるというのだから、【星の欠片】が励起してしまっている世界がどれほど恐ろしいものか、というのはなんとなくわかることだろう。

 やろうと思えば敵対者を好き勝手に弄れる、だなんてどう考えても悪役の能力でしかないし。

 

 とはいえ、これだけだと単なるチート級能力。

 反論を受けることも想定していた小賢しい当時の私は、この技能に幾つかの枷を設けることとした。

 

 

「その一つ目が、原則的に普通の人相手なら絶対負ける、っていう『勝敗固定の原理』」*5

「あー、よく貴女が自分のことを、クソザコ云々言ってるやつの根拠ね」

「そうそう」

 

 

 そのうちの一つが、対戦形式をとった場合必ず負ける、という『勝敗固定の原理』である。

 これは、微細数が本質である【星の欠片】は、その力量的にそもそも一つの生命体として成立している存在に勝てるようなものではない、というある種の決まりごと。

 もっと簡単に言えば、現実という【星の欠片】が安定起動している限り、他の【星の欠片】は起動処理すら許されない、ということである。

 

 

「【星の欠片】の基本は()()()()()()()()()だからね、基本的に勝ってるのは解釈違いなのさ」

「……のわりに、貴女は結構勝ってるわよね」

「そっちは『無限動員による事象のねじ曲げ』っていう別の原理だから、ここでは割愛するね」

 

 

 なお、私がたまに勝っているのは、正確には『試行回数無限回の中で一回勝った事実をピックアップしている』みたいな感じであり、そもそもこれができる【星の欠片】自体が上澄み……いや下澄み?なので、あまり気にされても困るところがあったり。

 まぁともかく、普通は負けるものというのが【星の欠片】なのである。

 

 ……ただこれ、無限試行以外の抜け穴というか、ちょっとしたバグ的なものがあってね?

 

 

「バグ?」

「以前、キリアが言ってたみたいだけど──()()()()()()って願望があるのよね、【星の欠片】には」

 

 

 そう、【星の欠片】は極小の世界のモデルケースでもある。

 現実という【星の欠片】がその存在を維持できなくなった時、それらは発芽して新たな世界を構築しようと動く。

 それは、新人祖となる誰かに、新たな世界の舵取りを任せるため。いわば積極的な自殺・望まれた他殺ということになるわけだが、この『望まれた他殺』というのが厄介なのである。

 

 

「要するに、【星の欠片】の行動って基本的に()()()()()()()()なのよね、自分本意に見えて。──だから、言い換えると。()()()()()()()()()()()()()()()()と最終的に判断される場合、【星の欠片】は単なる暴力としての運用が出来てしまうのよ」

「…………えーと?」

「単純に言うと、『最終的にそっちが勝つんだから、途中経過の勝ち負けとか些細なことでは?』……みたいな?」

「……なに一つ些細なことじゃないんですけど!?」

 

 

 そう、最終的にはその身を捧げ、誰かのための世界を作る礎となる【星の欠片】。

 それらは本質的に、相手の全てを叶えようとする。──これが意味することは、つまりその時の相手にそれ(夢/新たな世界)を達成する格が足りない場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 いわば無限サンドバッグとしての運用が解禁されてしまう、ということである。無論、その仮定で単に経験値を稼がせるだけだとダメ、と認識されれば()()()()()()()()()()()()という形で。

 

 これこそが、【星の欠片】が普通に湧いている場合に厄介な部分。

 究極の奉仕として、自らの全てをかけて相手を新世界の王にしようとするその献身は、正直今の世界を維持したいモノからすれば完全な迷惑でしかない、ということになるのだった。

 

 ……いやうん、普通なら世界が滅びかけの時に覚醒するんだから、これでも問題ないはずだったんだけどねーなんでかなー(棒)

 

 

*1
一人だけ完全な異世界人、ということでもある

*2
それっぽい力と姿を与えられているが、本人がそのまま憑依しているわけではないのでまだどうにかなっている例。世界観的な強者、というのはそれが成立する場合に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。……雑に言うと厄介事ごと引っ張って来てしまうということになるわけで、そういう意味では『神座』というシステムをこちらに引き込み兼ねない彼は、わりと危険人物になる

*3
人の技術が進めばできるようになること、ということで実はオリジナルの『幻想殺し』をすり抜けられたりするとかなんとか。扱い的には吹っ飛んできた瓦礫に近い挙動を取る

*4
『戦姫絶唱シンフォギアAXZ』のキャラクター、アダム・ヴァイスハウプトの使うモノなど。なお黄金を作るコストとしては嵩みすぎている為、実際には核融合そのものを攻撃に転用する、という形で使われている

*5
勝負という形式を取る場合、必ず【星の欠片】側が負ける。なお『必ず』というのがとても悪さをする(無限回数試行すると負けが重なり過ぎて変なことになる)



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地球全土がリングみたいなもんだ

「……ええと、下手すると【星の欠片】が大挙するかも、みたいなことを言ってたわよね?」

「うん、そんなことも言ってたね」

「……現れた【星の欠片】は、基本的にその基本原理に従って今の世界を終わらせようとする、ってことも言ってたわよね?」

「……まぁ似たようなことも言ってたね」

「最後に一ついいかしら?──ここ以外の場所で【星の欠片】が現れる確率、一体どれくらいのもの?」

「…………君のような勘のいいスレ主は大好きだよ」

「わァ……ァ……!」

「泣いちゃった」

 

 

 なんか最近このパターン多いな?

 ……的なことを考えつつ、号泣し始めたゆかりんを宥める私である。

 

 そう、【星の欠片】とはなんにでも含まれるもの。それは裏を返すと、他の『逆憑依』みたいに出現範囲が日本に留まっていない、ということでもある。

 いやまぁ、仮に現れるのなら私を灯台(ゆうがとう)代わりにすると思うので、基本的には日本国内・もっと言えばなりきり郷周辺に現れるとは思うのだが。

 

 

「ただこう、本気でこっちの世界を終わらせようと思うのなら、邪魔をしてくるだろう私たちがいるところより、絶対に見付からないような場所に現れる方が確実というか……」

「……見付からないところってどこよぉ……」

「んー、太陽系の外とか?あ、銀河の端とかでも行けるかも?」

「その規模はもう対処のしようがないでしょうがぁ!!」

 

 

 本気でこの世界を終わらせることを目的とするのならば、できうる限り自身の発見を遅らせる、という方向性で動くと思われるので、その場合は地球圏内に留まらず、容易に察知できない銀河の果てとかに現れる可能性も否定はできない。

 少なくとも、この宇宙に広がる法則──現実は同一。そういう意味では、地球の真ん中だろうが銀河の端だろうが、私たち【星の欠片】的には余り大差ないわけだし。

 

 

「ほら、量子もつれってあるじゃない?二つの量子がもつれの関係にある場合、それらの状態はどれほど距離を離そうと瞬時に伝わる、ってやつ。【星の欠片】は全ての粒子に対してもつれの関係だから、銀河の端だろうと普通にこっちに現れることができるわけでね?」*1

「ふざけんなー!!」

「まぁまぁ。代わりに、こっちも向こうが現れたってのはすぐにわかるから」

「……じゃあ遠くに現れる必要なくない?」

「励起直前の状態は流石にわからないからね、私も。だからまぁ、唐突に励起してこっちにどーんって形だと、【星の欠片】としては若輩者の私は対処が遅れるというか……」

「やっぱりダメじゃないのバカーっ!!」

 

 

 なお、全ての構成要素がもつれの状態にある私たち【星の欠片】にとって、距離の長さなど関係あるのか?……みたいな至極真っ当な疑念については、流石に励起前の状態を察知するのは無理があるのでそこを有効活用しようとすると遠い方がいい、という話になったりするのであった。*2

 

 

 

 

 

 

 まぁ、本気でこっちを滅ぼしに掛かるやつは居ないはずだし……とゆかりんを宥めた私。……ユゥイに関しては今のところノーコメント。

 世界云々とは別の目的で動いている気がする彼女については、これからの動向をなるべく注視することにして、改めて今回ここに来た目的について話を戻す私である。

 

 

「……はっ!そういえば、前回の報告が衝撃的すぎて忘れてたけど、今回は【星の欠片】についての対策会議とかが主題じゃなかったのすっかり忘れてたわ……」

「うん、そうだと思ったよ」

 

 

 聞けば聞くだけ危険人物しかいねー、となって警戒度がアップしてしまったのはわからないでもないが、正直相手がその気ならどうしようもないのは変わらないので、気にしない方が精神安定的には正解だろう。……少なくとも、郷にいる分にはキリア()がガードしてくれるわけだし。

 

 また、何度も言うが本気で滅ぼす気なら無茶苦茶するだろうが、【星の欠片】達に()()そのつもりはない。

 誰かに請い願われれば話は別だろうが、そもそもその方向性での彼らの励起はこの世界の人には不可能だろうし。

 

 ……というわけで、今回の話はあくまでも『そういうこともできる』程度で流し、改めて今回のゆかりん案件に話を戻す私であった。

 

 

「えーと……とりあえず『tri-qualia』内の例の親子だけど、いつの間にか忽然と姿を消していた、というのは間違いないみたい」

「んー、ユゥイ達が持っていく理由はなさそうだし、別口でなにかあったとかかなぁ……?」

 

 

 で、議題の一つ目が前回ユゥイが現れたせいで大分有耶無耶になってしまった、『tri-qualia』内に再現された列車・エメとそのオーナー親子の話。

 

 最後に出てきたのがユゥイだったため、彼女達が仕掛けたモノだと思われてそうだが……その実、道満もユゥイも運営側の人間ではなかったことを考慮すると、彼女達は別人が建てた別口の計画に相乗りしただけ、と考えるのが自然となるだろう。

 で、その別口の計画というのが、列車に目を向けさせている間にオーナー達の石像を盗み出す……というものであったと思われるわけである。

 

 そう、侑子の元にあったはずのオーナー達の石像は、現在その所在がわからなくなってしまっている。

 正確には、侑子が目を離した隙になくなっていた、ということになるのだが……ともかく、これを列車(こっち)にいたユゥイ達がやったとは考え辛い。

 ……いやまぁ、実は別の仲間が居たとかであれば、どちらも彼女達の仕業、とすることも不可能ではなさそうだが……。

 

 

「ユゥイがクモコさんのビースト成分を持っていったのを見るに、寧ろユゥイ達の目的って最初からクモコさんだったような気がするんだよね」

「そうなると、別にビースト案件ではなさそうなオーナー達に関わる意義が薄い、ってことになるわけね?」

「そうそう」

 

 

 痛み分け、と言いつつ素直に下がったこと。それから、あの状況的にはまだ向こうが有利だったことを思えば、端からユゥイが狙ったのはビーストの遺児としてのクモコさんだった、とする方が収まりがいいのは確かな話。

 なので、ビーストとの関わりはなかったオーナー組は、別口の誰かがやったことと考えるのもまた収まりがいい、ということになるのであった。

 ……いやまぁ、道満って意外と機械系にも強そうなイメージがあるので、すーちゃんさーちゃんにアバターを提供したのがアイツ、って可能性もなくはないんだけどね?

 

 

「ただまぁ、術師の仕業ならあの二人がなんにも感じてないのも変かなー、ってなるというか」

「そういう細かい違和感が積み重なった結果が、今の結論だものね」

 

 

 はぁ、とため息を吐きつつ、肘を付いて唸る私。

 単一のグループの仕業とするには、反論となりうる事例が多すぎるため、結果として複数のグループの関与を考慮する必要がある……というのが、とても頭の痛い話。

 というか、仮にオーナー達を連れていくのが目的だとして、それはなんのために?……という部分に答えが出ない辺り、正直考えるだけ無駄なんじゃねーかなー、的な諦めの気持ちも湧いてくる私なのであった。

 

 

「……まぁ、なにかしてくるつもりならまたやってくるでしょう。つーわけで、オーナーの話は一先ず置いとくとして……依頼云々の方は?」

「あーっと、今回のお仕事よね?それについてはこっちを」

「ふむふむ……?」

 

 

 そんなわけで、とりあえず警戒だけはしておく、ということで今回は納得し、二つ目の議題に。

 

 こっちは久方ぶりのゆかりんからのお仕事の依頼、ということになるわけなのだけれど、どうにも変な依頼だとのことで、受けていいものか悩んでいるとのことなのであった。

 変?と聞いていつも変やろ、みたいなことを思われる人も多いかもしれないが、渡された資料を見た私も思わず「んん?」となることになった辺りで察して頂きたい。

 その依頼というのが、

 

 

「……イベントコンパニオンの依頼?」*3

「そうなのよ、いわゆるコスプレイヤー的な起用とでもいうか」

 

 

 今度発表するとある作品の発表会に、イベントのコンパニオンとして人を数名借りれないだろうか?……という依頼なのであった。……確かに、変な話である。

 いやまぁ、コンパニオンという仕事が変ということではなく、それに私たちを選ぶことが変、というべきか。

 

 一般的に思い浮かぶコンパニオンと言えば、レースクイーンやキャンペーンガールなどの、イベント会場で専用の服を着た女性達のことになるだろう。

 考えようによっては、キャビンアテンダントなんかもコンパニオンの一種に見えなくもないかもしれない。

 それらの女性に共通するのは、やって来た人達を持てなす職業である、ということだろう。

 

 

「……不適切では?」

「まぁうん、出来なくもないでしょうけど、我の強い人も多いしね……」

 

 

 雑に言えば『おもてなし』の心を必要とするわけだが……個性の塊な私たちに頼むのは、なにかが違うということにならないだろうか?

 ついでに言うなら、私たちの姿はなにかの作品のキャラクターそのものである。……作品発表会に呼ぶには、ちと見た目が強すぎるのではなかろうか?

 そもそも他所から訴えられない?これ。

 

 そんな疑問はしかし、この依頼が誰から来たものなのか、ということを知ることで氷解したのであった。

 

 

「……帰ってきとるし」

 

 

 そう、そこに書いてあった名前は、この間行き先不明で出会えなかった『tri-qualia』の運営の一人、ドクターウェストのそれなのであった。

 

 

*1
『量子テレポーテーション』とも。三次元的な繋がりではない、現状では解明できない謎の繋がりによって行われる不可思議な現象。もつれ状態にある量子は、片方の変化が瞬時にもう片方にも伝播する。その様がまるでテレポートしているかのように見えるからこう呼ばれるようになったわけだが、よく聞けばわかるように実際に量子がテレポートしているわけではない。その為『量子テレポーテーション』はその語感に対し、実態はかなり違うものになると思われる(転移先で新たに体を構築する形になる)。元義的なワープに近いのは『量子トンネル効果』の方

*2
励起前の状態でも、流石に目の前で見れば『あっ、今出てこようとしてるなこいつ』とはわかるので、そういう意味で『目視を防ぐ』のに遠くで出現するのは有効である

*3
『companion』。仲間・友人などの意味を持つ言葉だが、日本語としては展示場・競技場などにやって来た客を持てなす、そういう職業の女性を示すモノとして使われる



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おもてなしの心を持とう!

「と、言うわけで。私以外のメンバーを選ぼうかと思うんだけど……」

「はぁ、コンパニオンねぇ……?」

 

 

 ゆかりんから依頼の書類を受け取った私は、そこからラットハウスに場所を移していた。……色々言いたいことはあるが、ドクターウェストに接触するまたとない機会なので、この依頼は受けようということになった……というのが大きい。

 そんなわけで、同行者を数名選ぶために何人かに声を掛けたのだけれど……。

 

 

「……パイセンはなんで来たんです?」

「なによ、また虞美人差別?そんなの、項羽様の気配を感じたからに決まってるじゃない」

「さいですか……」*1

 

 

 何故か滅茶苦茶やる気のパイセンが釣れたため、非常に困惑している私である。……いやほら、一般人相手には一番お出ししちゃいけないタイプの人でしょ、パイセンって。

 それならまだBBちゃんを連れていく方が遥かにマシ、とでもいうか。

 

 それって遠回しに私もダメって言ってませんかぁー!?というBBちゃんの悲鳴じみた主張を聞き流しつつ、とりあえずパイセン以外の面々の話を聞いて回ることに。

 

 

「なるほどなるほど。つまり私に、街のバリスタ弁護士以外のルートを開けてくれてるってわけだね、キーアちゃん?」

「ココアが行くつもりなら私も付いていきますが……その、変な格好とかはダメですからね?短すぎるスカートとかだったら帰りますからね?」

「あーうん、ココアちゃんは中身お子さまだからなー」

 

 

 始めに話し掛けたのはココアちゃんとはるかさんの二人。……なんかココアちゃんはやる気だけど、コンパニオンって変な絡み方してくる人の対処も必要なので、あんまり幼い子には任せ辛いというか……はるかさん単体なら、わりと大丈夫そうなんだけどね?*2

 ただまぁ、先方がドクターウェストな以上、発表されるのは『tri-qualia』系の作品──つまりは大掛かりなクロスオーバータイプの作品だと思われるので、そういう部分を主張する目的だと、微妙にはるかさんは主旨から外れてしまうというか……。

 

 

「……ん、いや待てよ?はるかさんにコスプレをやらせれば良いのでは……?」

「それわざわざここ(なりきり郷)に人を頼む必要ないですよね?!普通のコンパニオンの方で十分ですよね!?」

「ええー?私はお姉ちゃんのコスプレ、見てみたいなー?」

「こ、ココアっ?!止めてったら!」

 

 

 ふと思い付いたことを口に出せば、ココアちゃんが目をきらきら輝かせてはるかさんに迫り出してしまった。ははは、姉妹百合かな?(適当)

 助けてくださいーっ、と喚くはるかさんには悪いが、仲睦まじい姉妹の間を引き裂くつもりなど毛頭ない私はクールに去って、他の面々の元に行くことにしたのだった。……薄情者?知らんな。

 

 

「で、一応こっちに来てみたわけだけど……んー、背丈というか見た目的にアウトだよね、ライネス達だと」

「……遠回しにちっさいって言うのやめないか?いやまぁ、私も別に参加しようという気はないけども」

「やる気については置いておくとして……中身の年齢的には問題なくとも、見た目的な如何わしさについてはどうしようもないからのぅ」

 

 

 で、次に向かったのがカウンターで話し込んでいた二人、ライネスとミラちゃん組になるのだけれど……キャラクターとしてはともかく、見た目的に小学生とか中学生にしか見えない人物をコンパニオンにするのは、なんというか警察沙汰になりそうなので却下。*3

 いやまぁ、一応二人ともココアちゃんとは違って成人はしてるんだけどね?でもそれを外から判断するのは難しいし、仕方がないというか。

 見た目的な問題さえなければ、二人とも他人への歓待とか得意そうだし、わりと連れていきたくなる部類ではあるんだけどねー。……いや、ライネスは好きにやらすとダメかも知れんけども。*4

 

 

「見た目はまぁ、普通にキャラのコスプレって言い張れたとしても、会場の終了時間がねー」

「普通に夜十一時とかまで続くからねぇ」

 

 

 それに、それ以前の話として、仕事の方が結構夜遅くまで続く、という問題がある。

 いわゆる青少年保護育成条例、というやつに引っ掛かるってやつだ。深夜帯に子供を外に出しちゃ行けません、みたいな。*5

 

 これに関しては、まんま見た目が子供な二人はどうしようもない。なので、今回は選外となってしまうのだった。……え?お前は良いのかって?

 

 

「私はほら、シルファ状態でやればいいし……」

「それ、さっきのはるかに対して言ってた奴に引っ掛からぬか……?」

「あーうん、そっちの姿は噂のアニメ*6にも出てないだろうからねぇ」

「ええいうっさい、対応力的な問題で私は抜けないんだから仕方ないでしょうが!」

 

 

 そりゃもう、問題ない姿になればいいじゃん、って話でね?

 ……と述べれば、二人からは抗議するような視線が。……いや、君ら行きとうない的な空気醸し出してたじゃん、何故に私が責められなアカンねん?

 え、なになに?でっかくなれるのズルい?ええんかライネス、そんなこと言うとお前さん司馬懿モード追加が約束されるけど。

 あとミラちゃん、君の場合大きくなるっておじいさんモードの方でしょ、コンパニオンにはならんわ。

 

 ……とまぁ、そんな感じにわちゃわちゃやったあと、二人の元を離れた私は別のメンバーのところに。

 

 

「……二次創作の読みすぎだとは思うのですが、コンパニオンってなんかエッチな感じしません?」

「本当に読みすぎですね、ちゃんとした仕事をしている人達に怒られても知りませんよ?」

「いやでもですね桃香?よーく考えて見てくださいよ、『謎のヒロインXX』が一部の人からどう思われているのかを」

「……草臥れたOL、でしたっけ?」*7

「そうですそうなんです!それにほら、大本の青セイバー!あれ自体が仕事の出向先で若い燕*8を捕まえ云々、なんて言われてるんですよ!?これはもう『私を薄い本にするつもりでしょう!?』とかなんとか宣ってもおかしくないといいますか!!」

「うーん、大本が十八禁作品だったがゆえの変な悩み、と言うべきなのかな……?」*9

 

「……いや、君ら真っ昼間からなに話してんねん」

「おおっとキーア嬢、やみのま!」

「なんで熊本弁……?」

 

 

 で、向かったのはテーブル席でなにやら管を巻いてるXちゃんと、その正面で彼女の話を聞いている桃香さんのペアのところ。

 ……コンパニオンの衣装とかわりと似合いそうなタイプの二人だが、なんかこう会話が変な方向に行っているような?

 

 一応、この二人は中身もちゃんとした女性なのだが……元としている作品が作品なだけに、そういう方面の視線にはわりと敏感なところと寛大なところがある。……潔癖じゃない、と言い換えてもいいかも?

 まぁ、桃香さんはその上で『えっちなのはいけないと思います』タイプなのだが。……え?Xちゃんが『それ私の台詞では?』って言ってた?知らんがな。

 

 まぁともかく、コンパニオン業ではわりと重要な『男性客からの性的な視線への耐性』が高めの二人。……連れていくのなら候補として最優先、という感じだろうか?

 というか、わりと真面目に性的な視線を完全に断つことって難しいんで、その辺りの付き合い方が上手くないと大変なんだよねー。いやまぁ、変なこと言う上司とかは普通にぶっ飛ばしても良いんじゃないかとは思うが。……消せないのはわかるけど、そらで開き直るのは違う……みたいな?*10

 

 話がずれたので戻すと、華もある二人は今回の仕事にピッタリだ、ということ。あとはまぁ、銀ちゃんへの説明をどうするか、ってことなんだけど……。

 

 

「……撮った服の写真でも送っとく?」

「それはそれでなんか変な話になりそうな気がしますね……薄い本的に」

「さっきからそっち方面の話ばっかりしてるけどどうしたの?今日のXちゃんはエロエロなの?」

「その物言いは流石に酷いのでは?」

「言われても仕方ないと思うんじゃが、じゃが」

 

 

 FGOの薄い本のうち、純愛じゃないと大抵NTRになるけど、あれってそのあと世界滅んでそうだよね?……的な話に終始しながら、とりあえずメンバーに二人を入れる私なのであった。*11

 ……あ、うちのマシュにNTR云々の話するのはやめようね、二次創作で結構多いから「イメージ権の侵害です……」ってガチギレするから。私もNTR好きじゃないから止めないし。

 

 

「そこら辺キリトちゃん的にはどう?男の人からエッチな目で見られるの気持ち悪い、とかない?」

「……一つ言うのなら、俺はともかく原作の方のキリトは多分楽しんでると思う」

「キリト君、髪の長い方の姿での派生キャラクターが、結構量産されてた時があるしね……」

「あー、GGOキリト……」

 

 

 その流れで次に向かったのは、キリトちゃんとアスナさんのテーブル。

 この間の列車で判明した()通り、アスナさんは普通にキリトちゃんをにゃんにゃんしているタイプである。……これここで言って良いのか?え?原作でもやることはやってるから大丈夫?本当かなぁ……?

 

 まぁともかく、この二人の仲はかなり深いというのは間違いなく。……ゆえに、他の人に肌を晒すのって嫌悪感とか躊躇とかあるのでは?……的な心配があったのだけれど、どうもあんまり気にしていない様子の二人なのであった。

 まぁ、肌を晒すって言ってもソシャゲのキャラみたいな、着てるんだか着てないんだかわかんないような奴は寧ろ()()()()()()()()()()()()()()ので、向こうも用意してくることはないだろうが。*12

 

 ……ソシャゲ云々で言うなら、普通に性別:男なのにお風呂姿のキャラまで実装されたことのあるキリト君は今さら過ぎる?

 そこは突っ込んでやらないであげてくれ、『やだ……俺の本体ノリノリ過ぎ……!?』ってキリトちゃんが微妙な顔してるから()

 ……いやマジで。もう確実に楽しんでたもん、あの作品のキリト君。アイドルになったりメイドになったりウェディングドレス着たり、幾らなんでも好き勝手し過ぎだってあれ。

 

 まぁそんなわけで、二人も特に問題ないとのこと。

 リアルでやる普通に一般人も入るイベントなら、そこまで変なことにはならないだろうとの判断だそうだ。

 

 

「……ふーむ、とりあえず人数的にはこんなもん、かなぁ」

「ちょっと後輩、私は?」

「項羽さん云々は別として、普通の服着てから出直してください」

「なによ、また虞美人差別?」

「差別じゃなくて区別なんで。そもそもその露出度だと取っ捕まるって言っとろうが!」

 

 

 ……なお、なんとなくみんなやる気っぽかった理由は、私の真横にずっと居たパイセンの服装より酷いものはあるまい、みたいなある種の感覚麻痺のせいかもしれない、とは一応言い置いておく。

 ……どう考えてもそれは服じゃなくて布切れですよ、パイセン。

 

 

*1
「何故かは解らぬが背筋に悪寒が!?」

*2
別にコンパニオンでなくともよくあることなので、変な人の相手というのはこの手の仕事で一番対策が必要なモノだと思われる

*3
未成年略取とかで主催者が捕まりそう、の意味

*4
二人とも適当にあしらうのは得意そう、の意味。ライネスは煽りそう、の意味も含む

*5
夜間の必要性の薄い子供の外出など。また、ある程度深夜の場合は保護者がいてもこの条例の対象となることも

*6
『マジカル聖裁キリアちゃん』のこと。こっちの世界ではプリキュア的感覚で幼女先輩達にも人気

*7
『謎のヒロインX』はそうでもないが、『XX』になるとエロい……なんて評判が出たことがあるのだった

*8
自身と比べ、歳の低い男性を恋人にしていること、及びその男性そのもののこと。由来は工芸家・奥村博史氏が、平塚らいてう氏に送った手紙に書かれていた言葉だとか。なお、若いと言っても五歳差なのでそこまで離れているとは言い難いかも?

*9
fateがエロゲーだったのも今は昔……の割りに、主人公を性的に食おうとする奴がバレンタインで話題になったりもした(水着伊吹)。……え?水着アンメアの時点で大概だって?

*10
男性の女性への評価基準は基本的に『エッチか否か?』みたいなところがある、という話。それを本人が抑えているか否かが周囲からの見え方に結構関わっている、という話でもある

*11
世界が滅ぶかどうかの瀬戸際で、そんなことする余裕あるんだ?……的なツッコミ。そういう世界観の作品の二次創作ではままあること。似たようなことになるものに『アークナイツ』などがある

*12
コミケのコスプレ等でよくあること。ソシャゲのキャラの服をそのまま着ると、肌が出過ぎてたり場合によっては見えちゃいけない部分が見えるため、最悪着てる本人が『猥褻物陳列罪』になりかねない、というある意味ギャグみたいな話。なので、ああいう服を現実で着ている人は、目立ちにくい肌色のタイツを上に着ていることがほとんど



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頭の中がピンクであることと髪の毛ピンクに直接的な関連性はなにもない

「そういうわけで、一応のメンバーを選んだ結果がこのリストね」

「ええ、お疲れ様。……向こう(互助会)にも依頼が行ってたみたいだから、合わせて十人くらいでの仕事になると思って頂戴ね」

「へいへーい。……一応聞いとくけど、カグラのソシャゲみたいな服装を着せられたりはしないよね?」*1

「バレーでも水上バイクでも忍者でもないから、安心して働いてきなさいな」*2

「……冷静に考えたら、瞬時に三つもヤバイ奴の例が出てくるのっておかしくない?」

「そもそもそれ以外にもおかしいのはいっぱいあるわよ、ソシャゲなんてヤバくてなんぼ、みたいなのばっかりでしょ?」*3

 

 

 呆れたようなゆかりんの言葉に、思わず確かにと頷いてしまう私であった。

 

 ……まぁうん、生き恥ウェディングだの泡の服だの*4、ニュアンスだけ聞くとエロゲーに出てきそうなのに実際は一般ゲー出身、みたいな服装が多数存在するのがソシャゲ。

 そりゃまぁ、パッと思い付くだけで『アウトでしょ!』ってなるものも多くなろうというものか。……リンゴと検索サイトは仕事しろ、仕事。*5

 

 まぁ、そんな愚痴のような愚痴じゃないような、微妙な話は置いとくとして。

 

 こっちの最終選考メンバーは六人で、内訳は私・キリトちゃん・アスナさん・Xちゃん・桃香さん・パイセンとなる。

 ……正直、パイセンに関しては置いていきたかったのだが、放置した結果会場に突撃されても困る……という観点から、それならば最初から目の届く位置に配置しておこう、と判断した結果なのであった。

 ドクターウェストには悪いが、彼が茅場の姿で一息吐くのは諦めて貰うことにしよう。

 

 で、今回の仕事は、互助会の方にも話が行っているとのことで。向こうからも何人か、現地に人を出すとのこと。

 ……なのだけれど、アスナさんって本来向こう所属の人なのに、こっちのメンバーとしてカウントしてるのはわりとアレなのでは?……みたいな疑問が、湧いてこないでもない私なのであった。

 

 

「まぁ、向こうにはそういうのに向いてる子も多いみたいだから、高々一人くらいこっち扱いになってても問題ないんじゃない?実際、今のところアスナちゃんとシャナちゃんは、互いの組織に相互乗り入れみたいになってるらしいし」

「あー……そういえばアスナさんは最近ずっとこっちに居るし、逆にシャナも向こうに入り浸りっぱなしだったっけ……」

 

 

 そんな疑問は、ゆかりんからのツッコミによりあっさり氷解したわけなのだが。

 ……確かに、アスナさんは相方であるキリトちゃんがこっち所属なのをいいことに、ずっとなりきり郷に入り浸っているし。

 反対に、うちのシャナちゃんはモモンガさんが気になるとかで、ずっと互助会をうろうろしているらしい。……二人とも戦力的には上位陣に入ることもあり、止める人も居ないためにこうなったとかなんとか。

 

 まぁそんなわけなので、半ばこっちの子みたいになってるアスナさんのことなので、向こうも『え?そっちから出るでしょ?』みたいに思っていてもおかしくはない、という話になるのだった。

 ……なお、今回の仕事に関しては、向こう扱いでシャナちゃんが出てくることはないだろうと思われる。主にミラちゃん達と同じ(子供NG的な)理由で。*6

 

 ともかく、アスナさん以外にもイベントの補助をできる人が多く在籍している互助会なので、こっちの心配は無用というのも頷ける話なのでしたとさ。

 

 

「……具体的挙げるなら、きらりんとか?」

「あー、アイドルだものねぇ。そりゃ、イベントごととか楽勝そうよねぇ」

 

 

 その筆頭となるのが、我らがアイドル・諸星のきらりなのであった。

 

 彼女はそもそもの職業がアイドルであり、お客さんへの対応力は普通の人のそれより遥かに高い。

 また、キャラクターイメージ的につい失念してしまいそうになるが、その背丈・プロポーションは普通にモデルとして最高峰のモノだと言える。*7

 

 そんな人が客の相手をするのだから、もう百人力というか千人力というか、とにかくそんな感じは間違いあるまい。きらりんは可愛い以外の属性も強いぞ!

 あと不埒なお手付き野郎にはきらりんビーム(北斗有情破顔拳)が飛ぶので、防犯面でも適材適所だ!*8

 

 

「……ええと、結局きらりんちゃんが拳法家っぽい動きができるの、『諸星のきらり』なんて呼び方があるせい……ってことでいいのよね?」

「そうそう、南斗組に混ぜても見劣りしない身長、って部分もあるだろうけど」

 

 

 ──なお、女だと思って舐めてると、即座に壁ハメされるはめになるので注意が必要である。*9

 

 

 

 

 

 

 メンバー決めたからと言って、仕事がすぐに始まるというわけでもない。

 先方の都合というものがあるため、今回は仕事までの時間を鍛練用の時間として有効活用することにし、それから私たちは実践方式でコンパニオン業務をこなしていくのだった。

 

 

「……それがなんでうちでの研修、ということになるんだい?」

「大別すればコンパニオンも接客業みたいなもんだから?」

「規模と方向性が違うだろうに……」

 

 

 で、私たちが実践方式を試すに辺り、訓練先として選んだのがラットハウスだった、というわけで。

 ……いやほら、私って交遊関係広いように見えて、こういう時に頼み込める先だとそこまで多くないというか?

 

 まぁそんなわけで、選抜メンバー六人でラットハウスを切り盛りしてみることと相成ったわけなのである。

 

 

「……面倒臭いわね、こんなもん適当でいいでしょ」

「わぁバカやめろやめろ!!君は真面目にやれば普通にできる方の人間だろうが!?」*10

「うるさいわね、そもそもこんな苦いものを好んで飲む方が悪いのよ」

「それをコーヒーショップで言うのは、即座に戦争になっても仕方がないぞ君!?」

 

「はいキリト君、あーん♡」

「いやあのアスナ?俺達まだ仕事中……」

「大丈夫大丈夫、お客さんの相手はちゃんと私の分身がやってるから」

「ここぞとばかりに頼光要素をフル活用してる……」*11

 

「……うーんうーん、どうにも嫌な予感が」

「派生作品が多いと、色んな経験がフラッシュバックするのが問題ですよね……ええと、今回だとカニファンの記憶、ってことになるのかな?」

「私と喫茶店って相性良くないと思うんですよね。いえまぁ、私はアルトリア・ペンドラゴンとはなんの関係もない『謎のヒロインX』なのですがっ」*12

 

「せ、せせせせんぱいのウェイトレス姿……ふぅ」

「マシュが倒れた!」

「この人でなしぃ!」

「……いや、これ私のせいかな?!」

 

 

 なお、結果はお察しください。

 ……色々と大丈夫かなこれ!?

 

 

*1
『シノビマスター 閃乱カグラ NEW LINK』のこと。ジャンル名が『爆乳ハイパーチームバトル』となっていることからも分かる通り、出てくるキャラはその九割がキーアの敵(爆乳)であるうえ、一人裏切り者(変身して胸が大きくなるキャラ)が居る。色んな意味で彼女とは取り合わせの悪い作品であり、とんでもない服装が飛んでくる作品としても有名

*2
それぞれ『デッドオアアライブ』『ドルフィンウェーブ』『閃乱カグラ』のこと。お色気要素を全面に押し出した作品繋がり。……え?元々『デッドオアアライブ』は普通の格ゲーだったはずだって?

*3
例:『FGO』のゼノビアさんとか。お色気要素が購買意欲を促進させる、というのは本当のことなので仕方ない話でもあるのだが

*4
前者は『それただの下着では?』みたいなウェディングドレスのこと。基本的には装飾多めのランジェリー系の下着に、ほんのりウェディングドレス風味の頭の布やら腰布やらが付く形となっている。見た目的にはエロゲーに出てきそうだが、そこまで登場頻度は多くない。基本的にそっち目的なら、服なぞさっさと剥ぐことが多いからだろう。後者は要するに石鹸などの泡で局部を隠したもの。それを服と呼ぶのは普通の服に対する冒涜以外の何物でもないが、一部のゲームではなにがあっても決して吹き飛ばされない、冷静に考えて『それは泡なのか?』みたいな性能をした泡も存在している。……レーティングとか『泡が飛ぶ機能が地味に面倒臭い』とか、実態としては全然関係ない話だったりするが

*5
ソーシャルゲームのプラットホームを提供している、あの二者のこと。どう考えてもアウトでは?みたいな服装が実装される度にあらぬ嫌疑を掛けられたりしている(そういうのはゲームそのもののレーティングが、意外と高めに設定されているパターンがほとんど)

*6
なお、シャナ自体は作中描写的に成人している可能性もあるのだとか。見た目はアラストールとの契約時から変わってないので、ほぼ小学生高学年とか中学生とかにしか見えないが

*7
長身で、メリハリのある体型・かつ特定箇所が大きすぎたりしない見た目から。身長は180cmを越えるが体重は60kg台であり、欧米のモデル達と比べても遜色がない。本人の気質的に余り見られるモノではないが、キリッとしてれば普通にカッコよさも演出できるのが、きらりんの魅力の一つである

*8
『北斗の拳』より、トキが使う奥義の一つ。両の手から闘気を発し、受けた相手を(北斗真拳的にはいつも通り)爆殺する技。……なのだが、これを受けた相手は体が壊れていく苦痛よりも、遥かに大きな快楽に呑まれながら死んでいくという。その様が有情ということらしいのだが、どう見ても『ラリって体が螺曲がって死ぬ』技でしかなかったり。本当に安らかに死んでるかこれ?……は誰もが思うことだとか

*9
ジョインジョインキラリィデデデデザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニーニュッペシペシニュッペシペシニョワーニュッニョワーテンショーハピハピニュッイクヨォニュッニュッニュッエエーイニュッアンズチャアンズチャンカワユーイニュッイクヨーニョワーテンショウハピハピニュッニョワアアアキィーンキラリウジョウゲンキチュウニューK.O. ピーチャンハナゲステルモノ

バトートゥーデッサイダデステニー イックッヨーニョワアアアキィーン テーレッテーキラリウジョーハピハピビームニョワー

FATAL K.O. セメテイタミヲシラズニヤスラカニハピハピスルニィ ウィーンキラリィ (パーフェクト)

*10
作中の様々な描写から。項羽様の為にある程度のことは一通り覚えていそう、というか。それを使う機会がほとんどない、というだけで。実際、バレンタインに贈られた『当世風贈答菓子』は、黒ごま餡をチョコレート風に練り固めたという、よくよく考えると無茶苦茶なことをやっていたりする(そもそも柔らかい餡に模様を付けてること自体わりと無法だし、それが型崩れしてないのも無法)

*11
なお分身達からは不評な模様(私もキリト君といちゃいちゃしたい的な意味で)

*12
OVA『Carnival Phantasm』での一幕から。セイバーオルタの水着がメイド風であることの元ネタ、とも言える話



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わりと社会不適応気味な君ら

「うーむ、今まで客商売はそんなにしてこなかった、ってツケが回ってきた感……」

 

 

 はてさて、ラットハウスに小規模の恐慌をもたらしてしまった私たちが、反省のため正座をし始めて暫く。

 とりあえずダメだったところを分析しないと始まらない、というわけで一時ラットハウスを閉店状態にし、席に座り直した私たちは、そこで各々の問題点に向き合うこととなったのだった。

 

 

「まずアスナさん」

「はい?なにかなキーアちゃん?」

「実は良いとこのお嬢様なこともあって、バイトとかした経験が薄いですよねそういえば?」

「んー、そうなのかな?中身的にはそうでもない……とは思うんだけど」

「少なくとも『分身して仕事すればいいや』は、まともな思考から出てくる結論ではないですね……」

 

 

 手始めにアスナさん。

 この人現在的にはわりと良いとこのお嬢様なうえ、そこがそもそも厳格な家であるということもあり、余りバイトとかしているイメージがない。

 

 いやまぁ、作中描写の隅から隅まで知ってるわけでもないので、実はそれなりに経験があるのかもしれないが……それはともかくとして、ここにいる彼女は純粋な『結城明日奈』とも言い辛い。

 

 声繋がりで混じってるっぽい頼光さんの要素を、わりと頻繁に利用する彼女は、そういう意味でもちょっと周囲とずれている部分があるわけで。

 ……このままだと『こんぱにおんなぞこれこの通り』とかなんとか言いながら五人に分裂とかしかねないのだ、効率優先的な意味で。*1

 

 効率がいいのならいいじゃん?……みたいなツッコミに関しては、『お前それ一般人に見せられるのかオラァン?』と返しておこう。

 まぁ要するに、やることが無茶苦茶なわけである。

 

 

「あ、そっちなんだ」

「そりゃまぁ、キリトちゃんに御執心なのは問題ではあるけども。……一応、自分とキリトちゃんが抜けた状態をカバーできるように、って意味も含めた分身なんでしょ?そうなると全体の効率はちゃんと見えてる、ってことになるから突っ込むべきとこが変わるんだよ」

「ふむ、なるほどねー」

 

 

 なお、キリトちゃんと二人でいちゃいちゃしていたことについては、問題にするにはちょっと微妙かなー、と思わないでもない私である。

 いやまぁ、アスナさんを最初っから五人分としてカウントしてたんならアレだけど、実際には精々アスナさんプラスキリトちゃんで二人分だったわけで。……そう考えると、実質的には労働力が二人分増えてることになるから、『仕事をしろ』的なツッコミは『求められてる分はちゃんとしてるよ?』と逃げられてしまうのである。

 じゃあもうそこら辺は抜きにして、『そもそも五人に増えるな』と言い含めるしかないのだ、マジで。

 

 流石のアスナさんも、増えられないのならキリトちゃんにかまけてる暇はないってわけなので、彼女には頼光さんパワーの使用厳禁を言い含め、続いてキリトちゃんへの指導に移る。

 

 

えっ。いやあの、さっきのは寧ろ俺被害者……」

「前々からサークラ的素養を振り撒きすぎ、と私は言っていました」

「そっちぃ!?」

 

 

 そう、キリトちゃんへの注意とは、要するに『調子に乗りすぎ』ということになるのだ。

 

 ハセヲ君やブルーノちゃんへのあれこれは、互いに気安い関係かつ二次創作とかに造詣が深いからこそやれる、ともすれば危うい関係なわけで。

 ……意識して姫プして遊んでる、みたいな感じだから上手く行ってるけど、その感覚が抜けないまま普通の接客なんかしちゃダメだよ、という注意である。

 

 そもそも、アスナさんがここでキリトちゃんを構い始めた一番の理由は、彼女が普通の一般客にガチ恋距離での接客を(意識せず)行っていたから、というところが大きいのだし。

 

 

「……あ、そっちもバレてたんだ……」

「原作でも似たようなもんだけど、キリト&アスナペアってどっちかというとアスナさん側が騎士(ナイト)役の空気が強いからね、そりゃまぁこうなるだろうなぁ感はあったよ?」

 

 

 GGOのキリト君を見てればわかるが、あの子は意外と吹っ切れる時はおかしな領域まで吹っ切れるタイプの子である。

 それを元にしているキリトちゃんも、女性らしく振る舞うことに特に違和感はなくなっているが、本質的にはまだまだ男性。……ゆえに、異性への距離感がバグったままなのも仕方のない話で。

 

 こうしてみると、そこら辺の問題を認識する前にぶっつけ本番とかにならなくて良かった、と思ってしまう私なのであった。……絶対面倒臭いことになってたよ、これ。

 

 

「なので、キリトちゃんはもう少し大人しくしましょう。貴方の今のやり方は本当にサークラするタイプのあれです」

「ま、マジかー……」

「マジもマジ、大マジじゃいっ」

 

 

 まぁそんなわけで、キリトちゃんには迂闊にお客さんの手をそっと握るとか、それメイド喫茶とかのやり方やで?……みたいな癖を抜いて貰うこととして、続いてのメンバーへの指導に移る私である。

 

 

「次というと……」

「パイセンですね。とりあえずパイセンはなにもしないでください、以上」

「なによ、また虞美人差別!?」

「どうせ項羽様意外にまともに接するつもりないんでしょうが!!だったらもう突っ立ってるだけでええわ!!」

 

「おおぅ、キーアお姉さんがガチギレしてるゾ……」

「いやまぁ、仕方のない話ですよ、あれは。だって虞美人さん、項羽さん相手なら天上の持て成し級のあれそれをしてくださるでしょうけど、それ以外の有象無象にそのレベルを味合わせる必要性を感じてないでしょうし」

 

 

 次はパイセンなわけだけど、彼女に関してはもう(逆に)言うことはない。

 そも彼女のそれは彼女の愛する夫・項羽に対して与えられるモノであり、それ以外の人物に対しては……まぁ、『FGO』の主人公とか蘭陵王とかの一部の交遊関係の相手ならばまだ目はあるだろうが、完全に一期一会の有象無象相手に提供してくれるか?……と問われればノーとしか言いようがなく。

 

 ……いやまぁ、億が一に気に入られでもすれば渋々やってくれるかもしれないが、少なくとも一日だけのイベントの中でそのレベルの出会いがあるか?……と言われればそれこそノーとしか言えないわけで。

 で、そういうやる気のない時の彼女のあれこれが、周囲に混乱を引き起こしてしまうものである……というのは周知の事実。

 ゆえに、現状のパイセンが一番波風立てずに過ごすには、単に突っ立って月下美人として華となるくらいしかないのである。

 壁の華ならぬイベントの華、というか。幸い、彼女の見た目は明確に美人の部類なわけだし。

 

 まぁ、これもこれで下手すると『項羽様以外の人間が、私の肢体を不躾に眺め回したな!?』とかなんとか言いながら爆散しかねない、という落とし穴があるのだが。

 ……やっぱり置いていった方がいいんじゃないかなこの人?もしくはいっそドクターウェストを茅場にして、そのまま生け贄に捧げるとか。

 

 

「……それだとイベントの進行に支障がでないかい?」

「ああうん、茅場さんも別に頭が悪いってわけじゃないけど、流石に全身コンピューターみたいな項羽さんと比べられるのは酷だよね……」

 

 

 一瞬良い案なのでは?……と思ったが、横から飛んできたライネスの指摘により即座に頓挫するのであった。

 一つの異世界に等しいゲームを作るなど、茅場さんの頭脳はまさに人間の最高峰と呼ぶべきモノだが……スパコンがそのまま意思を持って稼働しているような存在である項羽さんと比べるのは、流石に酷を通り越して罪のレベル。

 

 結果、(項羽さん)でようやく釣り合いが取れてる感のあるパイセンの相手をしながら、他のこと──この場合は新作の説明──を行うのは不可能だろうな、と理解。

 というか、そもそもの話として『あの人気ゲームの開発者に熱愛発覚!?』『相手は痴女だった!歴史上の人物の名を名乗る彼女の正体は?!』とかなんとか週刊紙にあることないこと書かれるのも可哀想、みたいな感情もなくはなく、やっぱり当初の予定通り置物になって貰うのが現状ベストでは?……という話になってしまうのだった。

 

 ……パイセンについてはそのくらいにして、次は桃香さんとXちゃんの二人である。

 

 

「二人はまぁ、流石というかなんというか、大きな問題は無さそうだね」

「ええ、ありがとうございます。あれこれやってた経験が活きましたね」

「私も本来の桃香とは別人みたいなものですので、こういうのは慣れっこですから」

 

 

 この二人に関しては、取り立てて大きな問題はない。

 ……いやまぁ、Xちゃんがほんのりトラウマというか、変なフラグを立てたりはしていたが……言ってしまえばそれくらいのもの。

 二人とも接客業については経験があるようで、特に変な対応もせず、普通に接客ができていたように思う。

 

 なので、今回のお仕事に関しては二人を見本にして貰う、というのが一番楽かもしれない。

 

 

「二人を見本に、かぁ」

「……なんですかアスナ、言いたいことがあるのであれば聞きますが?」

「じゃあ一つだけ。……羞恥心とかないんですか?」

「向こうでなにを出されるかわかったものではないので、現状私の服装の中で一番恥ずかしいだろうモノを持ってきただけですがなにか?」

「……あーうん、水着姿で接客、なんてことが起きないとは限らないのかな……?」

「関係無さそうな顔していらっしゃいますけど、桃香さんも桃香さんですからね?」

「はひ?……ええと、私がなにか……?」

「なんで裏方に逃げてるんですか!これから受ける仕事はコンパニオンなんだから、表に出てくるべきでしょ?!」

「え、ええと……その、あの人(エミヤさん)の影響を受けていますので、こういう場だと料理を作りたい欲が勝ると言いますか……」

 

 

 ただまぁ、二人も完璧に出来ているのか、と言われると微妙なところがある。

 それがXちゃんの場合だと服装になるし、桃香さんの場合は仕事している場所、ということになるのだった。

 

 ……うん、おさわりとか絶対させないだろうけど、衆目を集めるのは間違いないよね、Xちゃんの格好。

 今の彼女は自分で言っていたように、『謎のヒロインXX』の最終再臨の姿をしている。……言ってしまえば『白のビキニ』なわけだが、そんなもん見せられて興奮しない男が居るのか?……感があるというか。

 いやまぁ、彼女の危惧もわかるんだけどね?ゲームキャラの服装とかギリギリに挑戦してなんぼ、みたいなところあるし。

 でも流石にリアルで水着をずっと強要、みたいなことはないんじゃないかなー、ミスコンでもないんだし。

 

 で、彼女とは反対に、姿を見せる気がないのが桃香さんである。

 こっちはすっかり厨房に入り浸ってしまっており、ホールに出てくる気配がない。……構成要素にエミヤさんを含むせいか、どうにもこういう場所だと調理に気が向いてしまうとのこと。

 イベント会場にそういうものは無かったはずだが、ともすれば自分で出店を用意してなにかを売り出し始めかねない彼女は、やっぱり『逆憑依』なんだなという空気を感じさせていることだろう。

 

 そんな感じで、大丈夫そうな二人もちょくちょくツッコミを受けていたのだった。

 

 

*1
頼光さんの宝具ボイス『四天王なぞこれこの通り』から



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どうして逃げられると思ったのか()

「あれこれ言ってましたけどー」

「そろそろ君自身についても反省をするべきでは?」

「ぬぅ、じりじりと近寄ってくるんじゃないっ」

 

 

 はてさて、ここまで都合五人分の反省会を行ってきたわけなのだけれど。

 ……ここで終わりとはさせてくれないようで、逃げようとした私を取り囲むみんなに、思わず口元がひくついてしまう私である。

 

 いやだって、ねぇ?さっきの私、特に問題行動はしてないじゃん?マシュが勝手にダウンしただけで<ボソッ

 

 

「いいでしゅか!?せんぱいはですね、誰かに服を無理矢理着せられたりしないし、媚びたりしないし、やることなすこと滅茶苦茶じゃなきゃいけないんでしゅ!」*1

「ほら、お前のせいで後輩がおかしくなってるじゃない。そこに関しては責任持つべきでしょ?」

「それ私のせいかなぁ!?」

 

 

 というかなんか別方向に吹っ飛んどるやんけ!……的なツッコミをしたくなる様相のマシュに関しては、正直私のせいとは言い辛いような、言ってもいいような。

 ……一先ず彼女のことは置いとくとして、さっきまでの私の接客には問題はなかったはず。普通に接してるだけで勝手にガチ恋勢になる相手は、そも本人のせいではないはずだ。*2

 

 

「ああ、そうだな。()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()の話だが」

…………((;「「))

「目を逸らすんじゃないわよ、往生際の悪い」

 

 

 ……まぁうん、ちゃんと私が当日仕様(シルファの姿)で接客していれば、の話なわけだが。

 そう、今回の私の姿は、なんの捻りもなく普通のキーアの姿。

 言い換えれば、()()()()()()()()姿()()()()()()()()、ということになる。

 

 そも、マシュが(言い方は悪いが)興奮するのはキーアの姿の時。……元の俺の時にどうなるか?……という疑問はあれど、それ以外の──例えばキリアの姿の時などは、わりと普通の対応を取るのである。……いや、キリアはキリアでもビジューちゃん寄りの時だと、なんか騎士みたいな感じになるんだけども。

 

 それと似たようなもので、同じ『従者』ポジションになるシルファの時は、彼女も同僚に接するかのような気さくな態度になるのだ。

 ……要するに、さっきみたいに興奮して倒れてる時点で、私の姿が当日仕様でないことは察せられた、というわけになるのだ。

 じゃあなんで、今日はシルファの姿じゃなかったのか?……みたいな疑問が生まれてくると思う。それは何故かと言うと……。

 

 

「仕方ないでしょ!あっちの姿でメイドとかウェイトレスとか、恥ずかしくてやってらんないっての!」

「それをここで言うのか……」

「ええい、黙れ上条!貴様も巻き込んでやっても、こっちは一向に構わんのだぞ!?」

「なんでそんなおぞましいことを言い出すのこの人!?」

 

 

 まぁ、端的に言わせて貰うと、シルファの時は微妙に羞恥心を感じる部分が違う、みたいな感じというか。

 

 前も述べた通り、シルファは大人としての立場や背丈が必要になったために新しく作った、基本的にはハルケギニア産の新形態の一つである。

 ……まぁ、これも実は例の黒歴史からの引用なので、色々隠された設定とかもあったりはするのだが……今は関係ないので割愛。

 ここで必要なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということの方である。

 

 元々のシルファというキャラクターは、今の私よりももっと騎士というか、どちらかと言えば生真面目の塊みたいな性格をしていた。

 ……それを私に被せるという形で運用しているため、ある程度取っつきやすくはなっているが……逆を言えば、シルファとしての要素は別に立ち消えたわけではない、ということにもなる。

 

 これがなにをもたらすのかと言うと、変身中は彼女のパーソナリティが私の()()として幾つか適用されてしまう、ということになってしまうのだ。

 具体的には、堅物系キャラなのでヒラヒラした服とかが大層苦手になる、とか。

 

 つまり、非常に申し上げにくいのだけれど……この姿でコンパニオンとかやるの、普通に無理では?みたいな結論になるわけでしてね?

 まぁ一応これにも裏があって、ちゃんとした仕事とか依頼されたことであるのであれば、堅物属性が「仕事はちゃんとしないといけない」と妥協してくれるのだけれど。

 ……逆を言うと、ぶっつけ本番以外の練習中は、羞恥心がいつもの倍以上になってろくに動けたもんじゃなくなる……みたいな?

 

 え?じゃあここで練習する意味、なかったんじゃないのかって?

 ははは、うるさい逆らうんじゃねぇ、そこの上条君みたいに可愛くすっぞこのヤロー。

 ……なお、件の上条君は現在右手封じの上で、時限性転換を食らってゴスロリ美少女になってますのであしからず。……不幸だ?知らんなぁ。*3

 

 

「ふむふむ、せんぱいは()()()()()()()シルファさんになっていないと。ふーん、へーえ?」

「な、なによBBちゃん。私、別に間違ったこと言ってないわよ?」

 

 

 そうしてみんなを納得させようとする中、意味深な笑みを浮かべながら近付いてくるのは、明らかになにかを企んでいる様子のBBちゃん。

 

 こっちのBBちゃんがあまりしない、けれど普通のBBちゃんならよくやっている悪い笑みに、思わず身構える私であったが。よくよく考えたら()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、別に恐れる必要もないと悟り。

 

 

「いーえ、別にー?実はシルファさんの時は料理とか掃除とか接客とか総じて下手で、その辺りを察して欲しくなくて隠してるんだろうなぁ~、なんてことは全然全くこれっぽっちもBBちゃんは考えてなんかいませんよぉ~?」

「なんでそれを!?……あっ

 

 

 続いて彼女の告げた言葉──実はシルファ状態だと家事とか接客とかにマイナス補正が付いてしまう、というある種の設定を知っているかのような発言に、思わず驚愕してしまうことに。*4

 いわゆるキャラ付けとして元のシルファに設定しておいたものが、私の変身でも採用されてしまうことに密かに慌てていたのは確かなのだが、何故それをBBちゃんが知っているのか?

 

 ……と、そこまで考えて、そういえばBBちゃんの中の人には、その昔私の黒歴史帳の一部を見せたことがある……という事実に思い至り、思わず声が漏れてしまう。

 無論、そんな迂闊な行動を周囲の人々が見逃すはずもなく。

 

 

「……へーぇ?ほーぅ?人にはあれこれ言ってた癖に、自分も本来は出来てないと?下手をすると私よりも露骨に?」

「いや、あの、その、け、決してできないわけじゃなくてですね?その、ほらその、まだ私は本気を出してないだけと言いますか……」*5

「──確保ォー!!」

「みぎゃあああぁあぁっ!!?」

 

 

 結果、私はお仕置きのために取っ捕まる羽目になるのでした。とほほ……。

 

 

 

 

 

 

「しかし……こうなるとやっぱり、リーダー役はキーアではなく桃香かXのどちらか、ということにした方がいいのかな?」

「ええと、そうなるのかも知れませんねぇ」

 

 

 はてさて、『お前も口ほどにないじゃないの!』的なツッコミを全身に受けた私が死んでいる間に話は進み、一先ずの進行役となったライネスの提言により、桃香さんかXちゃんのどちらかをリーダー役に据えよう、という議論が開始しようとしていた。

 実際、今回集まった面々の中では一番まともに仕事ができるタイプなので、この二人のどちらかをリーダーに据えるということに異論はないわけだが……。

 当の二人がどうにも乗り気ではない、というか?

 

 

「いえその、個人的にはあまりリーダー役は好きではないと言いますか……」

「私も、他人を率いるのはちょっと……」

「あー(察し)」

 

 

 なんでそんなことに?

 ……と思った私は、そういえばこの二人には共通点みたいなものがある、ということに思い至る。

 

 Xちゃんは元々アルトリアを基盤とした別キャラだが、その過去というものはあまり語られていない。

 だがしかし、察することのできるものもある。──彼女のクローンとして生み出された謎のヒロインXオルタ(えっちゃん)が、向こうの世界の円卓である『ダークラウンズ』の首領であった、という部分だ。

 そも、クローンが作られるほどに重要な人物であると目されるXちゃん。……その過去は不明点が多いが、もしかしたら普通のアルトリアのように、かつては円卓を纏めあげていた、なんてこともあったのかもしれない。

 

 そして桃香さんに関しては、そもそも劉備にならなかった・なれなかったもしも(if)の存在である。

 

 ……両者が誰かを率いる、ということになんとも言えない忌避感を抱いていても、そうおかしくはないのではないだろうか?

 

 

「……え、どうするのこれ?」

「さあ?」

 

 

 つまり、二人には実質リーダーは不可能、ということになるわけで。

 ……え?マジでどうするのこれ?

 

 

*1
漫画『チェンソーマン』より、マキマのチェンソーマンに対する(ある意味)ラブコールのようなもの。正確には『チェンソーマンはね、服なんて着ないし、言葉を喋らないし、やる事全部がめちゃくちゃでなきゃいけないの』。……大分拗らせていると言える

*2
ガチ恋営業してるんだから、やっぱり君の責任もあるのでは?……というカウンターもある。疑似恋愛って難しい

*3
ここの上条さんの右手は正式な『幻想殺し』ではなく【星の欠片】の応用で生み出されているものなので、こっちも【星の欠片】を使えば『幻想殺し』をすり抜けて効果を発揮することができる。なお、その場合でも右手で触れれば戻るのは戻るので、ここでは右手を自由に動かせないようにして対処している

*4
なお、実態は『家事下手』レベルの模様(具体的には皿洗いをさせると九割割るし、掃除をさせると部屋の中の花瓶はまず助からない……くらいのレベル)

*5
なお、上記の通り真っ赤な嘘である。そういう意味でラットハウスは本来出禁級の場所だったり



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やっぱり君しかいないんだ!

「うーん、いやなことをさせるのはどうかと思うけど……」

「シルファモードではポンコツになってしまうとわかった今、せんぱいをリーダーに据えるのは憚れちゃいますねぇ」

 

 

 はてさて、ここに来て浮上した新たな問題。

 いつものノリならば、私がリーダー役として抜擢されるのが基本の流れというか、それが一番対応力が高い……ってことで半ば自動的に決まってしまうことが多いのだが。

 BBちゃんの言う通り、今回の仕事は(時間帯&仕事の内容的に)シルファとしてやる必要があるせいで、却って適性が吹っ飛んでしまっているというのもまた事実。

 

 ……いやまぁ、これが歓待系の仕事じゃなきゃ大丈夫なんですよ?護衛とか護衛とか護衛とか得意なんですよ?

 でも今回の仕事的に、そういう荒事に強い要素が必要な場面があるかどうかと言われると……まぁ、なくはないかもしれないけれど、正直本筋ではないだろうなぁ……という気分にもなるわけで。

 

 つまり、見た目をシルファにする必要性がある以上、今回の私はリーダーとしては不適格、ということになってしまうのだった。

 ……え?じゃあそれ用の新しい姿を、ここで新たに創造すればいいんじゃないのかって?……いやその、これ以上姿を増やすのは正直勘弁願いたいというか。

 

 いやほら、私のそれって要するに、今あるモノに別のキャラを被せる……みたいな感じの奴だからさ?

 それな変な化学変化を起こして、別種の問題を抱えたキャラになってしまったりでもしたら、それこそ目も当てられないことになるというか。

 ……そも、その化学変化(奉仕下手)のせいで困ってる、っていうのが今回のあれそれなんだから、それを同じ方法で回避しようとするのが間違いというか。

 

 まぁそういうわけで、今回の仕事用に新しくキャラを作る、というのは不許可なわけで。……そうなると、他の誰かにリーダー役を任せる必要が出てくるのだけれど。

 

 まず、パイセンに関しては論外。

 そもそも本人にやる気がゼロな上に、場合によっては先方に報告やら伝達やらする必要性がある以上、その先方こそ彼女の暴走スイッチであることを思えば、迂闊に近付けてしまうようなポジションに座らせるのは危険すぎるわけで。

 ……そうでなくとも『めんどい』で自爆しかねないパイセンは、間違ってもリーダー運用できるタイプの人ではないのは間違いなく。

 よって、パイセンに関してはこれまで通り、壁の華を気取って貰うのが一番、という結論に至るのだった。……え?なんかスッゴい文句言ってるって?スルーだスルー。

 

 ついで二番手三番手、アスナさんとキリトちゃんだけれど……。

 

 

「んー、アスナさんはその属性だけ考えたら、わりとリーダー適性はあるんだよねぇ」

「まぁ、元々原作だと副団長とかしてるからな」

「混ざっている頼光さんに関しても、源氏大将として実際に金時さん達を取りまとめていたでしょうから、まさに適役……という風に言えますね」

「ええと……その口ぶりだと、言ってることと反対のことを思ってるように聞こえるんだけど……?」

「「そうですがなにか?」」

「ええー……」

 

 

 今でこそゆるーくやってくれているからまだマシだが、この人混ざっている属性があまりにもヤバいのだ。

 そう、血盟騎士団副団長にして閃光だのバーサークヒーラーだのの異名を賜る結城明日奈と、源氏大将の一人にして坂田金時達四天王を纏める鉄の頭領・源頼光。*1

 ……要するに、リーダー役に据えると()()()()()()()()タイプの属性なのだ、この人。

 

 一応、タイプの違うリーダー属性が混じっているため、それぞれ単体でリーダーにした時よりは融通が効くようになってはいるものの……逆を言えば、重なって更に厳しくなっている部分もあるわけで。

 いやまぁ、明日奈が姉要素と妹要素を持ち*2、頼光さんが母要素と子供要素を持っている*3などの面から、色んな意味で実は属性がヤバい、みたいなところもあったりするんだけど、それは今は置いとくとして。

 

 ともかく、彼女にリーダー役を任せるのは絶対に良くない、その結果なにが起こるかわかったもんじゃない……という結論に落ち着くのであった。

 ……料理上手が混じってるからか、家事系統のレベルも上がってるみたいなので、そっち方面なら普通にリーダー役にしても良いとは思うんだけどね。

 

 

「……料理の腕前って加算はされない、みたいな話がなかったか?」

「アスナさんに関しては相性が良いみたいだから別、かな」

「なるほど。……で、私の場合は?」

「やりたがらないでしょ、そもそも」

「そりゃそうだ」

 

 

 で、キリトちゃんの方だけど。

 彼女の場合はアスナさんとは別の意味で、リーダーとか任せられないタイプの人である。なんでかって?原作の彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からです。

 ……まぁ要するに、余計な心労を背負ってしまうタイプの人なので、そっち方面の才能?が開花するような事態は最初から弾いておきましょう、みたいな意味というか。

 

 作品の主人公なので、あれこれとトラブルに首を突っ込んだりしているキリト君だが……彼個人の性質としては、どちらかというと『恋愛ゲームの友人A』というのが近いだろう。

 ややこしいことには極力関わらず、トラブルがあっても遠巻きに見るくらいが丁度良い……みたいな感じというか。

 必要に駆られてリーダーをしているが、彼本人的には気楽に遊びたいという意識の方が強いとも言えるか。

 

 ……要するに、現状の彼を取り巻く環境事態がわりと不本意であり、自分以外の誰かがやれることならわりと放り投げそうな感じもある、みたいな感じだろうか。

 無論、実際に放り出すようなことはあり得ないくらいには、普通に情に厚い性格でもあるわけなのだが。*4

 

 ともあれ、言いたいことは一つである。

 キリト君ではなくちゃんであるここの世界では、余計なことは考えずに普通にしていて貰いたい、というのが大体の人間の総意だ、ということ。

 そんなわけで、キリトちゃんもリーダー役からは除外。

 

 で、四人目と五人目である桃香さんとXちゃんについては、前回語った通り。

 ……結果、現状のメンバーの誰一人として、リーダーとしては適さないというなんか凄いことになってしまったのだった。

 

 

「うーむ、どうしたものか……」

「どうしたもこうしたも、最悪向こうの誰かに任せればいいんじゃないのかい?」

「いやー、それもどうかなー」

「……と、いうと?」

「向こうも多分私がリーダーだと思って人を選考してる気がする」

「あー……」

 

 

 むぅ、と唸る私に、ライネスが首を傾げながら問い掛けてくる。……確かに、このメンバーの中にリーダー役が居なくとも、実際の仕事先では更にメンバーが増えることが予測されるため、そちらに任せるという手もなくはないだろう。

 

 ……が、それはあくまでも『なくもない』だけであって、確実性があるわけでは決してない。

 何故ならば、向こうからやって来るだろうメンバーは、恐らくこちらの面々を纏められるような人ではないだろう、とこちらも予測できてしまうからだ。

 

 まず間違いなくやって来るのはきらりんだろうが、彼女もリーダー役としては不適格なのは見ればわかる。

 ……いや、実力とか性質とかを見れば確かにリーダーで良いじゃん、となるのだが……そもそも彼女自体がかの有名なシンデレラガールズ──即ち個性の塊である。

 無論、真面目な態度で場を仕切ることもできるだろうが……それは同時に彼女の持ち味や個性を消して動け、というも同じ。

 つまり必然的に『きらりんでなくとも良い』ということになってしまうわけで、その時点で彼女達の運用方法としては落第点だろう。

 

 言ってしまうと、自由行動させるのが一番良い相手を、適性があるからと雁字搦めにしてしまうようなもの。

 ゆえに、彼女にリーダーを任せるのはなし、ということになるのであった。……別の誰かをリーダーに据えて、その下で伸び伸び動かすのが一番だよね、というやつである。

 

 他の面々に関しては、誰がくるのかはまだ不明だが……例えば綾波さんが来た場合彼女をリーダーに据えるやつが居るのか?……みたいな話になるし。

 マッキーならまぁ、リーダー役も適任かな?……とは思うものの、向こうの最古参である彼女を高々コンパニオン業なんぞに派遣するかなー?……みたいな部分もある。……というか、ウマ娘はコンプライアンスが厳しいので、そういう意味でも出しにくいというか。変な写真でも撮られたら一発アウトでは?

 

 ……一応、私も向こうの人員の全てを知っているわけではないので、リーダー役に向いていてなおかつ問題点も少ない、みたいな人が来る可能性も否定はできないけれど……。

 

 

「そうして楽観視した挙げ句、向こうも似たような楽観視してたら目も当てられないことになるというか……」

「ああうん、ないとは言い切れないねぇ」

 

 

 相手がやってくれる、と期待しすぎるのは裏切られた時が辛い、とはよく言ったもの。……この場合は微妙に話が違うが、ともかく相手の動きに全任せというのが、仕事をする上で一番やってはいけないことだ、というのは確かな話。

 ゆえに、暫定でもいいのでこっちでもリーダーは決めておくべき、という元の話に戻ってしまうのだった。

 

 

「んー……でもなぁ、今のメンバーはちょっと無理があるし、こうなると追加で一枠二枠増やすしかないというか……」

「増やす?……って言っても、宛なんかあるのかい、君?」

「そこなんだよなぁ……」

 

 

 こうなりゃ、リーダー役・ないし纏め役に適している人を誰か捕まえて、仕事のメンバーにねじ込むしかねぇ!

 ……と意気込んだのはいいものの、そんな都合のいい人が居るかと言われると微妙である。

 わりと真面目にはるかさんを連れていくのが一番な気がするのだが、さっきから彼女はこっちに腕で罰印を作ってアピールしてるので、多分ダメだろう。……コスプレNGだから仕方ないね。

 

 そも、現在ラットハウスの店内に居るのは、ライネスやミラちゃんなどのロリ組や、BBちゃんみたいな物理的に無理があるメンバーばかり。

 探すとなれば外に出る必要性があるけど、それにしたって誰を誘えばいいものやら……。

 そんな感じで唸る私に、

 

 

「はい、せんぱい」

「ん、ありがとうマシュ」

「いえ。とりあえず、休憩に致しませんか?あまり長い時間悩んでいますと、思考が凝り固まってしまいますよ?」

 

 

 横合いから差し出されたのは、コーヒーとケーキのセット。

 どうやらマシュがこちらの様子を見かねて、ティータイムにしようと気を利かしてくれたらしい。

 流石うちの頼れる後輩だ、と頷きながらコーヒーに口を付け、

 

 

「居たわ最適な人!」

「ひゃいっ!?せせ、せんぱい?!いきなりなにを!?」

 

 

 思わず、とばかりに席を立った私。

 こちらの突然の行動にマシュは目を白黒させているが、それを気にせず私は彼女の手を取る。

 彼女は()()()()()()()()()()()()()()、それを見た私は自身の思い付きが間違ってないことを確信。

 斯くして、私はここに堂々と勝利宣言をするのであった。

 

 

「マシュ!君が私たちのリーダーだ!」

「──はい?」

 

 

 こちらの宣言に、マシュは更に困惑していたのであった──。

 

 

*1
奇しくもリーダー属性持ちかつ料理上手、という共通点があったりする二人である

*2
アスナ本人は兄のいる妹属性であり、キリトからすると歳上である為姉さん女房的な属性がある

*3
母を名乗る部分と、真っ当な教育を受けてないことによる無垢さが子供のよう、の意味

*4
というか、放り出せないだけの人情があるからこそ、あれこれ抱えてしまって一時潰れたりしていたわけだが



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久方ぶりの出番ですよ

「あーうん、ある意味盲点だったわねー。……そういえばそうよね、マシュちゃんって本来そういうの得意な方の子なのよね……」

 

 

 最近は変なテンションの時の方が多くて忘れてたわ、とため息を吐くゆかりんの前で、居心地が悪そうに縮こまって座っているのは我らがマシュ。

 ……そう、私が思い付いたのは、『私がシルファの姿の時のマシュなら、リーダーとして適任なのでは?』というもの。

 

 最近はなんというか、二次創作的要素マシマシになってきていた彼女だが、本来はもう少しまともなキャラクターのはず。

 ……そのまとも要素が強く出るのが、私がシルファとして接している時であることに気が付き、これこそ神の思し召しと彼女をリーダーに推薦したというわけである。

 まぁ、当のマシュはここで担ぎ出されるとは思っていなかったらしく、大層困惑していたのだが。

 

 

「んんー、マシュちゃんを外に出す、ってところにちょっと躊躇が無いでもないけど……纏め役として最適な人が他にいるのか、といわれるとちょっと弱いのよねー」

「でしょでしょー」

 

 

 なお、私の提案を聞いたゆかりんはと言うと、当初は難色を示していたものの、現在は賛成寄りになっている。

 ……これは、マシュという存在が『逆憑依』としては頂点に当たる、といういつもの『外出自粛令』よりも、現状の『リーダー役がいない』という状況を重く見た結果でもあった。

 いやだって、ねぇ?パイセンが居る時点でリーダー無しは無謀というか、もはや自殺行為というか……いやまぁ、口に出すとまた『なによ、虞美人差別?』とか言われかねないわけなのだが。

 

 ともかく、色んな観点から見てリーダーを決めずにこのメンバーを送り出すのは無し。ゆえに、ゆかりんも多少の無茶は多めに見ましょう、と賛成寄りになったわけである。

 

 

「そ、その!私がリーダーというのは、如何なものかと……?!」

「そうは言うけどね、マシュちゃん。いざという時に他のメンバーの暴走を止められるって点で見ても、貴女以上に適役が居ないのよ。そりゃもちろん?そこのダメへっぽこ魔王様がしっかりやってくれるのなら、それはそれで良かったんだけど」

「なんか知らんが唐突に撃たれた件」

 

 

 いやまぁ、現状の私がへっぽこなのは事実なので、そこに文句は言えないわけだけども。

 ……ともかく、私なんかと逃げようとするマシュに、二人で頼み込む姿はなんとも哀愁を誘うことだろう。

 ゆえに、マシュはいたたまれなくなって、最終的には頷いてくれたのだった。──計画通り(ニヤリ)

 

 

 

 

 

 

「リーダー役を背任した以上、しっかり事前に情報を整理しないと」

 

 

 ──といった感じに張り切るマシュと一緒に、パソコンの前に立つ私である。

 え?なにをしようとしているのかって?

 

 

「新作発表会とは聞いたけど、具体的にはなにを発表するのかわかってないんだよねー」

「なので、その辺りの調査ですね!」

 

 

 ネットでちょっと情報を集めよう、みたいな感じ?

 向こうからはほとんど説明がないから、その辺りの情報を補強しておこう、みたいな。

 そんなわけで、手頃な掲示板を漁る私達である。

 

 

 

新作発表ってなんだと思う?

1:[age] 20XX/3/5 12:00

tri-qualiaの会社が新作発表するじゃん?なにが来ると思う?

 

2:[age] 20XX/3/5 12:03

そりゃー……tri-qualiaの……新作……?

 

3:[age] 20XX/3/5 12:04

それアップデートって言わね?

 

4:[age] 20XX/3/5 12:06

いやまぁ、大型アップデートならそれも間違いじゃないし……。

 

5:[age] 20XX/3/5 12:08

実際あれだけあれこれやってると、それをベースにした方がいいのは確か

 

6:[age] 20XX/3/5 12:12

まぁ、コラボの版権料とか凄そうだし……他のゲームのコラボと違って、途中で音声とか曲とか使えなくなることもないし……

 

7:[age] 20XX/3/5 12:16

ソシャゲのコラボとかだと、音声回り結構大変みたいだしなー

 

8:[age] 20XX/3/5 12:19

周回回数分の追加徴収……それがダウンロードの数だけ加算……カ○ラック……うっ、頭が!

 

9:[age] 20XX/3/5 12:23

それって嘘だとも本当だとも聞くし、どっちが正解なんだろうなー

 

10:[age] 20XX/3/5 12:27

カスラックがカスであることは事実(真顔)

 

 

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350:[age] 20XX/3/5 13:18

んー、今までの話を総合すると、やっぱり新作と言いつつ大型アップデートの可能性が高い、ってこと?

 

351:[age] 20XX/3/5 13:24

まぁ、正直今のゲームになにか問題があるわけじゃないからなぁ

 

352:[age] 20XX/3/5 13:29

まだまだ搾り取れるよね、というか

 

353:[age] 20XX/3/5 13:38

侑子さんの搾り立て!?

 

354:[age] 20XX/3/5 13:41

誰もそんなこと言ってねぇ!!

 

355:[age] 20XX/3/5 13:43

(o゚Д゚)=◯)`3゜)∵ ←>>353

 

356:[age] 20XX/3/5 13:46

そういえば、あの人も公式からの非公式アバターなのかねぇ?

 

357:[age] 20XX/3/5 13:52

結構居るよね、アニメキャラの綺麗なアバターの人

 

358:[age] 20XX/3/5 13:57

俺は盾の子の暴れっぷりが忘れられない……

 

359:[age] 20XX/3/5 13:59

今アニメやってるからか、滅茶苦茶張り切ってるよなあの子……

 

360:[age] 20XX/3/5 14:02

運営ぃ!!再現度高いのはいいけど、各作品の仕様まで再現してんじゃねぇよ運営ぃっ!!(結晶無効化エリアのせいで1乙した奴並感)

 

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「……皆さん、新作というよりはアップデートだろう、と予想されているみたいですね」

「まぁ確かに。カ○ラック云々は別としても、結構お金が掛かった作品だってのは確かだからねぇ」

 

 

 開いた掲示板で議論されていたのは、新作発表が必要なほど『tri-qualia』が行き詰まっているか?というもの。

 実際、あの作品に関わっているアニメ・ゲーム作品というのは数多く、その縁でゲーム内広告を打っている、ということも多い。

 無理にソシャゲとか出して爆死するより、『tri-qualia』にコラボ輸出して制作費とかを捻出するのが丸いのでは?……なんて冗談めかして言われるくらいの認知度、と言われればなんとなくわかるだろうか?

 

 そういう面も含め、まだまだしゃぶり尽くせるだろうというのが、掲示板の住民達の総意のようであった。

 

 

「んー、一つの場所の印象だけだと火傷するから、ツブヤイターも覗いてみる?」

「そうですね、ええと……」

 

 

 とはいえ、情報ソースが一つだけだと、その情報ソースが間違っていた時に酷いことになる、というのは皆さんご存じ。

 ゆえに、掲示板以外の場所──SNSの反応も覗いてみることに。

 

 

 

 

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 ゲーム・アニメ情報局@anige_soku
… 

 

 

 あの有名ゲームメーカーの新作とは!?その謎に迫る

mytube.com/watch?v=djm2dw…

 

 午後12:42・20**年3月1日・Tubuyaitter for Android

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 1.5万件のリツイート  5281件の引用ツイート

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 4331件のいいね

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@          ♡     

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 返信をツイート
返信

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 あきひろ@akihiro 3分
… 

  返信先:@anige_sokuさん
  

 

  なにが発表されるかなー

 

@          ♡     

───────────────────────

 常盤はる@haru_tokiwa 4分
… 

  返信先:@anige_sokuさん
  

 

  新作発表楽しみですね!

  私はあのゲーム苦手なので、もっと分かりやすいのが来てくれると嬉しいのですが……

 

@          ♡     

───────────────────────

 ころころころりん@koro_koro 7分
… 

  返信先:@anige_sokuさん、haru_tokiwaさん
  

 

  アクションとしては結構楽しいけど、やっぱりレベル制じゃないのって結構人を選びますからね……

 

@          ♡     

───────────────────────

 青木@aoki 12分
… 

  返信先:@anige_sokuさん
  

 

  動画の内容は世間の噂を纏めただけ。基本的に見る必要はなし。

 

@          ♡     

───────────────────────

 似非中国語遣@chu-ka 13分
… 

  返信先:@anige_sokuさん
  

 

  我新作超楽、既存追加又宜、両方楽得々!

 

@          ♡     

───────────────────────

 

 

   Φ   ♪   

 

 

 

 

「……んー、あんまり変わんない感じ?」

「少なくとも世間に情報が漏れている、ということはないみたいですね……」

 

 

 覗いてみたSNS──ツブヤイターにおいて広まっている噂も、見た限りでは掲示板のそれと大差ない様子。

 掲示板に比べると、『tri-qualia』そのものへの不満もちょくちょく見られる、というのは大きな違いだろうか?

 ……まぁ、コラボで人を釣る割に、ゲームシステム的には初心者に優しくないのも確かなので、そういう文句が出てくるのも仕方なくはあるのだが。

 

 

「とはいえ、確かなのはみんなが注目してるってことか……」

「実際、国内のMMO作品ではトップクラスの知名度ですからね」

 

 

 ともあれ、実際のイベント会場が人でごった返すだろう、というのは間違いあるまい。

 その辺りの心構えという点では、決して意味のない行動ではなかったと言えるだろう。……情報に関しては、素直に向こうからもうちょっと詳しく聞けないか掛け合ってみよう……。

 

 そんなことを考えながら、私たちはパソコンの電源を落とすのであった。

 

 




なお当方はJ○SR○Cさんになにかしらの含みがあるわけではありません()


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イベント対応はとても疲れる

 はて、日付は過ぎてイベント当日。

 結局守秘義務やらなにやらで、当の新作の情報はなにも得られることのないまま、当日を迎えてしまったわけであるが……。

 

 

「……まぁ、なるようにしかならないやーね。向こうの人ももう来てるだろうし、とりあえず挨拶しに行こうか?」

「はーい」

 

 

 正直、ここまで来るともはや当たって砕けるしかないというか。

 ……そんな感じで控え室に向かった私たちは、そこで互助会から出向してきた、今日の同僚達と顔を会わせることとなったのだった。

 

 

「にょわー☆互助会から来たきらりだにぃ、みんなよろしくにぃ☆」

「なるほど、せんぱいの予想通りというわけですね。私はマシュ・キリエライトです、今日は宜しくお願いしますね」

「おおー、マシュちゃん!キーアちゃんから話は聞いてるよー☆よろしくにぃ☆」

 

 

 そんなわけで、向こうのメンバー一人目は、予想通りきらりんであった。

 アイドルとしてイベント対応の経験もあるであろう彼女の参戦は、とても心強いと言えるだろう。

 そう確信しつつ、マシュと握手をするきらりんを眺める私であ……ん?こっち見てる?

 

 

「えっとぉー、こっちの方は……?」

「あっ、そうですね、他の方のご紹介もするべきでした。……ええと、こちらからやった方が宜しいでしょうか?」

「んーん、こっちからすゆよー☆えっとねぇ、まず私でしょ、それからそれからー」

「……挨拶くらい自分でする」

「おおっとぉ、じゃああやなん、よろしくねー☆」

「……あやなん。よろしく、ぴーす」

「…………うん、私が悪かったから普通に挨拶してね、綾波さん」

「わかった」

 

 

 ……き、きらりんが標準語を喋ってる……!?

 思わず驚愕する私たちであるが、まぁきらりんって礼儀とかしっかりとしているタイプでもあるので、やろうと思えばできてもおかしくはない、か。

 ……まぁでも、どうにも例のネタを思い出してしまうのは仕方のない話というか。*1

 

 ともあれ、きらりんに紹介されて出てきた一人目は、これまた予想通りの綾波さん。……キャラの年齢的には中学生だったはず*2なので、ここに連れて来て良かったのだろうか、みたいな考えもなくはなかったのだが……。

 

 

「大丈夫。一応中の人的には成人済み。それと、私が居た方がウケがいい」

「まぁ、あやなんなら塩対応でも許されるかなー、みたいな?」

「……ああ確かに。綾波さんは無表情、みたいなイメージが強いですからね……」

 

 

 アニメキャラクターとして、有名な人物は?……と訪ねた時、子供向け作品を除けばそれなりに高い位置に上がってきそうなのが、ここにいる綾波さんである。*3

 ……そういう意味で、寧ろ出せるのなら出しとく方がいい、みたいな考えもわからなくもないのであった。

 まぁ、とりあえずプラグスーツ着とけば喜ばれる、みたいな簡単さもありがたい、みたいなところがあるのも確かなようだが。

 これがきらりだとー、なにを着せようか困っちゃう……とか言われちゃったの、とはきらりんの言である。*4

 

 

「でもその……ボディラインが出るの、ちょっと恥ずかしくありませんか?」

「……それはそっちも同じでは?」

「うっ」

「マシュちゃんもぉー、あやなんの系譜だもんねー☆」

 

 

 なお、プラグスーツって恥ずかしくない?……みたいなマシュのツッコミは、お互い様では?……みたいな綾波さんの言葉によって虚しく撃墜していたのであった。

 ……まぁうん、体のラインが出る云々の話をするなら、わりと五十歩百歩だしね、この二人……。*5

 

 ともあれ、一人目である綾波さんの紹介が終わり、次は二人目の紹介と言うことになるのだけれど……。

 

 

「はじめましてー、お二方!」

「……金髪のお嬢さん?」

「ええと、どなた様でしょうか……?」

 

 

 元気に挨拶をしてきたのは単なる女子高生、みたいな感じの少女が一人。……えーと、誰?

 一目見ただけでは誰なのかわからない、言い方を変えると普通の一般人みたいな感じの彼女に、思わず私たちは首を傾げてしまう。

 隣のきらりんに視線を向ければ、彼女はただニコニコとしているだけで、こちらに説明をするような様子はない。

 ……つまり、自力で彼女が何者なのかを当てろ、ということなのだろうか?

 

 ということは、ある程度有名なキャラになるのだろうか、この少女。

 ……見た目的には普通に私服を着ている単なるギャル、って感じでしかなく、該当するキャラがパッと思い付かないのだが……。

 

 

「えーと、喜多川さん……ではないな、目の色とか全体の雰囲気が違う」*6

「九条さん……でもなさそうですね。髪の色こそ合致していますが、先程の喋り方や目の色・髪型などが違います」*7

 

 

 マシュと二人、金髪キャラを挙げていくものの、そのどれにも合致しない感じ。

 というか、金髪碧眼というとわりとポピュラーな属性だが、逆にそれが普通の格好をしているせいで該当キャラを判別し辛くしているというか。

 

 そうして数分間、あれこれとキャラクターを挙げてみたものの、該当するモノは見当たらず……。

 

 

「……参った!これはわからん!」

「はい、降参です。諸星さん、この方は一体どなた様なのでしょうか?」

「……んっふっふー、確かにわかり辛かったかなー?でもでもぉ、名前を聞けばきっと二人とも『あーっ!』ってなると思うにぃ☆じゃあ、挨拶お願いできるぅ?」

「大丈夫ですよー。えっと、私はマナと言います。……でも、これだけだとわからないと思うのでー……」

 

 

 結果、降参した私たちは、きらりん達の対応を待つことに。

 そうして明かされた名前は『マナ』だったのだが、やっぱりそれだけだとよく分からないというか。

 ……そんなことを思っていた私たちは、彼女が次の瞬間変化したものに、思わず『あーっ!』と声を挙げていたのであった。

 

 

「──はい、変身完了!これでわかりますかね?」

「ぶ、ブラック・マジシャン・ガールだこれ!?」

「なるほど……そういえば元となったとされている人物の名前がマナ、でしたね……」

 

 

 そう、一瞬の輝きののち、現れたのは皆さんご存じ、ブラック・マジシャン・ガール。

 特徴的なその服装と合わさり、ようやく彼女が誰なのかを認知した私たちだったのだが……いや、わからんて!そもそもブラマジガールを金髪碧眼って認識したこともないし!言われりゃ確かにそうなんだけども!!

 

 思わずクソぅと唸る私の前で、ブラマジガールことマナちゃんは、クスクスと笑みを浮かべている。

 ……まぁうん、確かに彼女も一目見ただけでそれだとわかる、わりと有名どころのキャラクターであるのは間違いないだろう。……あと、服装の際どさも綾波さんとタメを張るというか。

 

 

「あ、あはは……一応これ、レオタードなんですけど……やっぱり過激ですよね……」

「一応一枚ストッキング付けてるけど、人前でするには結構勇気がいる」

「んー、うちはわりとそこら辺大切にされてるとこがあるからー、ちょっと共感し辛いにぃ……」

 

 

 なお、マナちゃん自身もそこら辺は気になっているとのこと。……まぁうん、確かにこの格好はねー……。

 まぁ、普通のコスプレと同じように、目立たないストッキングを一枚履いてはいるとのことだが、だからといって恥ずかしくないかと言われればそうでもない、という感じのようで。

 ……というか、よくよく考えると今のって早着替えなんです?

 

 

「まぁいいや、どんどん続けていこー」

「はぁい。じゃあ三人目、行っちゃおっかー☆」

 

 

 まぁ、無茶苦茶気になるってわけでもないので、今回はスルーするが。

 そんなわけで今度は三人目(きらりん含めると四人目)の紹介である。

 ここまで服装が特徴的なキャラが続いたが、この分だと他のメンバーも似たような感じなのだろうか?

 

 ……そんなことを思っていた私たちは、続いて現れた人物に驚愕することになったのであった。

 

 

「……よもやこのような機会がありましょうとは。つくづく、この世の不思議というものを感じざるを得ません」

「………………」

 

 

 思わず無言になるのも仕方のない話。

 唖然というか驚愕というか、とにかく思考が固まってしまうのは既定路線というべきか。

 なにせ私たちの目の前に現れた、件の三人目というのは。

 

 

「──不肖、殺生院キアラ。此度はこんぱにおん?とやらのために、罷り越してございます」

「──た、」

「た?」

「対ビースト戦用意ーっ!!」

「まぁ」

 

 

 まさかの、殺生院キアラであったのだから。

 ……いや、普通にビーストやんけ!!なんでおるねん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

1/1

 

   

 

 

 

 

 

*1
大川ぶくぶ氏のモバマス二次創作四コマの一つ「Pちゃんサイテー」内の描写から。標準語で喋るきらりに対し、プロデューサーは『どうしたきらり!?言葉遣いが変だぞ!?』と大変失礼な物言いをしたのであった。なお、ぶくぶ氏は杏ときらりと妙な関係性がある(アニメ『ポプテピピック』一期のED曲「POPPY PAPPY DAY」のカバーとか)

*2
基本的にエヴァンゲリオンのチルドレン達は14歳=中学二年生である(一部例外あり)

*3
子供向け作品を入れるのならば、ドラえもんやアンパンマン・クレヨンしんちゃんやサザエさん・まる子などが上位になると思われる

*4
アイドルは服装が多いがゆえの弊害。基本的には初期状態の服などが代表的な服とされることが多いが、デレステはそもそもの始まりが結構古い(2011年11月より配信)為、初期実装時点での服装は(現代の感性では)ちょっと微妙な感じだったりする

*5
どっちもレオタードタイプのスーツを着用。マシュは不明だが、綾波の方は素肌の上から着るモノなので、ボディラインが出るのは寧ろ当たり前だったり

*6
『その着せ替え人形は恋をする』のヒロイン・かつ主人公である喜多川海夢(きたがわまりん)のこと。見た目はギャルだが、アニメやゲームが大好き。属性だけ見ると『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のヒロイン・高坂桐乃(こうさかきりの)と似ていなくもない(性格やオタク趣味に対するスタンスが違いすぎるが)

*7
『きんいろモザイク』のキャラクター、九条カレンのこと。ハーフキャラで『デース』とか言うタイプの少女。声が似ているけど金剛(艦これ)ではない



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人を見た目だけで判断するのは良くない

 ──殺生院キアラ。

 初出は『fate/extra_ccc』であり、そこでは当初主人公に味方をする尼僧として彼女は登場した。

 

 聖職者であるにも関わらず、色香を振り撒いてやまないその肢体と言動に、初見のプレイヤー達は大層目を奪われたというが*1……作中的には、彼女の力無くして月の裏側から脱出することは叶わなかっただろうと断言できるほどに、彼女の助力というものは凄まじい。*2

 

 BBの手先──衛士(センチネル)と化した少女達によって閉ざされたサクラ迷宮を進むため、道を閉ざすシールドとそれを解くための鍵である彼女達の秘密──シークレット()ガーデン()を手に入れるために必要となる電脳術式(コードキャスト)、『五停心観』の制作者こそ彼女であり。*3

 その効力は()()()()()()()()()()()()()()()()()という、使いようによっては人の苦痛を的確に取り除くことすらできる、まさに至高と言うべきプログラムだったわけだが……。

 主人公達は彼女からこのプログラムを提供されることにより、初めて強力なAI・BBに対抗する手段を得たのだった……。

 

 ……というのはまぁ、あくまで表向きの話。

 このプログラムの開発者であるキアラ本人は、そのプログラムの使い方を誰よりも熟知している。

 そうして精神に触れる中、自身の古巣たる密教の修法をアレンジして生み出されたのが、かの有名な『万色悠滞』である。

 ……え?初めて聞いた?じゃあまぁ、とりあえず『相手の心に侵入する』プログラムだと思って貰えれば。*4

 

 いわゆる乙女コースター*5というやつだが、主人公はこのプログラムを利用したキアラの協力により、物理的な破壊手段では決して突破することのできない最後の壁、ヴィーナス・スタチューの心象空間への侵入を可能にしたのだった。*6

 

 ……のだが、このプログラムの真価とはこれではない。

 このプログラムの本質とは、対象となった相手の精神と魂を読み取り、その全てを受け入れること。

 言うなれば究極の()()であり、このプログラムを迂闊に使用すると、既存の電脳ドラッグよりも遥かに強い多幸感を得てしまう結果となるのだ。

 そこに掛かる問題は普通のドラッグと同じであり、かつ普通のドラッグよりも危険性は遥かに高い。

 

 

「それを使った彼女は、周囲のあらゆる人々を自身の快楽のために貪り尽くした。……それが本家の彼女だけど、ビーストとなった彼女の『万色悠滞』は更に凶悪化して、ビーストに少しでも心を動かされた場合、たちどころに支配されてしまうなんて状態にまで進化してしまった……」

「──ええ、その通りにございます」

 

 

 そんな万色悠帯も、FGOに出演した時には更に凶悪なモノに進化してしまっていた。……SAN値が例えに出されるようなそれは、『ビーストを美しいと思ってしまう』というフラグを踏んでしまった場合、問答無用に相手を隷属させる魔性の技。

 そこまで至ってしまった彼女は、最早人の世にとって害悪以外の何者でもない存在に成り果ててしまった……はずなのだけれど。

 

 

「ええ、あのような末路は私のような女にはお似合いのモノでしょう。それを越えた先にある私は、それを反面教師として正しくあらねばなりません」

「…………誰!?」

「セラピストのキアラさんだにぃ☆キーアちゃん達がわちゃわちゃしてたあと、互助会に来た新人さんなんだにぃ☆」

「セラピストぉ!?」

 

 

 ……なんというかこう、ビーストを前にした時の肌が粟立つ感覚が、一切しないというか?

 いやでも、目の前にいるのはいつぞやかに旧互助会の施設を爆砕してまで倒した、あのビーストⅢi/Rである魔性菩薩・殺生院キアラその人にしか見えないんだけど……。

 

 そんな風に首を傾げる私に対し、きらりんが述べた彼女の職業に、色めき立つメンバー。

 なにせセラピストである。……セラピストキアラ!?セラピストキアラさんなのこの人?!*7

 

 思わずうっそだぁ、みたいな感じにキアラを見れば、彼女はとても申し訳なさそうに──それでいて蠱惑的に見える表情で、こちらにおずおずと声を掛けてくるのであった。

 

 

「──ええ、ご想像の通り。私は()()ビーストの残滓、ただの殺生院キアラにございます」

 

 

 

 

 

 

「ところでぇー☆マシュちゃん達はキアラさんとお知り合いなのかなー?」

「ええと、お知り合いと言いますか、一方的に知っているだけと申しますか……」

 

 

 マシュに色々訪ねているきらりんを横に、急遽キアラさんに話を聞くことになった私たち。

 とんでもねー爆弾が放り込まれたことになるため、上には無理を言って時間を取って貰ったわけだが……そこで得られた情報は、とても有益なモノなのであった。

 

 

「ええと……じゃあ改めて確認させて貰いますと、今ここに居る貴方は()()ビーストⅢi/Rの残滓、ということになるんですね?」

「ええまぁ、はい。あの獣の亡骸から生まれたモノ。それこそが私に間違いありません」

 

 

 一つ目に、このキアラさんは()()キアラが倒れたあとに生まれたもの、ということになるらしい。

 区分的に言うのであれば、ビーストⅡi・初音ミクの後に成立したかよう・れんげペアとか、ビーストⅢi/L・陽蜂の後に生まれたクモコさんとか、はたまたビーストⅣi・少彦名命の後に顕現した一寸法師とか、その辺りに連なるモノというべきか。

 

 ……いや、獣の時と見た目一緒やんけ、というツッコミが飛んできそうだが、どうやらその辺りにも色々と事情がある様子。

 

 

「ええその……元々は私、殺生院キアラのなりきりをしていた者でして……」

「なんという物好き」

「これには虞美人もビックリ……ってなにを言わせんのよっ」

 

 

 いや勝手に言ったんじゃん……。

 というパイセンとのやり取りは置いとくとして、なんとこの人、中身があるタイプ──即ち『逆憑依』なのである。

 獣の後に生まれるモノの大半が【顕象】であることを思えば、あまりにも珍しいと言うか。……いやまぁ、そんなことを言ってもサンプルになりそうな例、それこそ片手で数えられるくらいしかいないけど。

 

 まぁともかく、ビーストになりうるような【兆し】、例え形を失ったとて危険なものには変わりなく。……それを埋めるかのように選ばれたのが彼女、ということになるらしい。

 

 

「その結果、というわけではないのでしょうが……人間味が戻った?ために、私の元々のキャラクターも、魔性菩薩としてのそれではなく、ただのセラピストとしてのそれに変じていたのでございます」

「……にわかには信じがたいけど、そもそもそうやって騙してなんの得があるんだ、って話だよね……」

 

 

 で、人ならざる獣の内に『人を入れた』結果、その獣が目覚める前──具体的にはゼパル君に余計なことをされる前の、単なるセラピストであったキアラとしての『逆憑依』になった、ということになるようだ。

 無論、獣への道は開いたままなので、迂闊に気を抜くとそっちに引っ張られそうになるらしいが。……いや危ねぇなこの人?!

 

 

「ですので、精神修行のため、あれこれと試しているのでございます……」

「キアラちゃんにお話を聞いてもらってー、色々と楽になったって子は多いんだにぃ☆うち自慢のセラピストなんだにぃ☆」

「至らぬ身ではありますが、皆様の助けになれていることは素直に嬉しいですね……」

「……せ、聖女や……モノホンの聖女がおる……!」

 

 

 こ、これがFGOプレイヤーが待ち望んだセラピストキアラの輝きか……っ!

 他人に褒め称えられ、謙遜しながら頬を染めるその姿に、あの魔性菩薩の影はどこにもない。……いやまぁ、影に捕まらないように頑張った結果がこれなので、見えないのは彼女の成果なわけだが。

 

 とはいえ、互助会でできることにもそろそろ限界が見えており、その辺りを突き詰めるために他の世界を見たい、と思ったりもしているようだ。

 

 

「そういうわけだからー、キーアちゃんが居たらキアラちゃんを連れてってあげて欲しかったんだけどー、今日は居ないんだねぇ……」

「……あーその、実は私がキーアでね?」

「?背丈とか全然違わないかにぃ?」

「キーアとキリアみたいなもんだと思って?」

「あー、なるほど☆」

 

 

 そのため、今回彼女をここに連れてきたのは、他者対応が得意な人という面もあるが、それ以上に彼女をなりきり郷に行けるようにする、という意味合いも強いのだそうで。

 ただまぁ、それを頼むのならキーアにだろう、と思っていたので、今回その姿が見えないことに意気消沈していたとのこと。

 ……丁度いいので、いい加減こちらの紹介に移ろうという話になるのだった。

 

 

「そういえば、そっちはそれで全員?」

「実はもう一人居るんだけどぉー、ちょっと遅れるって行ってたんだよねぇー」

「なるほど、遅刻かー」

 

 

 なお、人数的にちょっと少ないような?……と首を傾げたところ、きらりんから返ってきたのは「まだ一人残ってるけど、その子は現在遅刻中」との言葉。

 ……慌ただしいのか単に寝坊したのか、理由はよく分からないが波乱を巻き起こしそうな感じだな、とだけ記憶しておいて、そのままこっちから来たメンバーの紹介をしていくことに。

 いやまぁ、本来そっちのメンバーのはずの人が一部混じっているので、それを除いた面々の紹介ということになるわけだが。

 

 

「……アスナちゃん、最近ずっっとそっちに居ない?」

「な、なんのことかしら。おほほほほ……」

「自覚があるのでしたら、たまにはお戻りになられた方が宜しいかと。……お仕事、溜まっていましたよ?」

「わーっ!聞きたくない聞きたくない!書類仕事は真っ平ごめん!」

「……アスナ、俺も手伝うからたまには帰ろう、な?」

「え?キリトちゃんうちの子になるt「それはまた別の話」そんなー」

 

 

 なお、その一部例外であるアスナさんは、密かにキリトちゃんを互助会の子にしようと、虎視眈々と狙っていたのであった。

 ……油断も隙もないなこの人……。

 

 

*1
なお、発売前のスクリーンショットでは『藤村大河』と名乗っていた為、そっち方面でも話題になった

*2
なおマッチポンプの模様

*3
シールドの仕組みが『秘密を守る心の防壁』を迷宮に反映したものであった為に成立したもの。相手の秘密を知れば、同時に秘密を守る必要もなくなる為連動するシールドも解除される、という仕組み

*4
自分が相手の全てを受け入れると示すことで、心の防御機能をすり抜けられるようにする……とも言えるか。己の全てをさらけ出し、更にそれを受け入れてくれる相手がいる……というのは、あまりにも甘美な響きなのだ

*5
少女達の心の深層に降りる時に通るモノ。少女達の『本音』が一方的に再生される場所でもあり、主人公達は彼女達の心の声と共に、決戦の場へと降りていくことになる。あくまで製作段階のネーミングであり、ゲーム内では単に『コースター』と呼ばれる

*6
次の階層に繋がる場所に設置された壁。それは、BBの手によって肥大化させられた少女達が埋め込まれたモノ。迷宮の核であり、物理的な干渉では突破できない『世界の果て』。……言葉の内容的に、少女達を楔として階層というテスクチャを縫い止めている、ということなのだろうか?

*7
幻の()()()なキアラのこと。なお善性が強すぎた為、却って排除される憂き目にあっている。エロさは健在()



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仕事の前の一服、みたいな

「ええと、自己紹介はこれで全部かな?」

「じゃあー、いい加減にお仕事の話、聞きに行こっか☆」

「さんせーい」

 

 

 暫くの自己紹介ののち、メンバー同士の親睦も深まった私たちは、早速今日の仕事の内容について、上に確認しに行くことに。

 

 現在時刻は大体十時頃、発表会の開始は一時からとのことなので、本格的な仕事の開始はもう少し先のこととなる。

 多分、上の話を聞いたあとは早めの昼御飯のあと、発表会の開演まで待つことになるのだと思われるが……。

 いや、思った以上に長丁場だな、これ?

 

 

「確かに……深夜帯まで長引く可能性を、予め示唆されていましたからね……」

「寧ろそんなに長い間、一体なにを発表するつもりなんだろう?」

「んー、体験会も混じってる……ってのが有力じゃないか?」

 

 

 ぞろぞろと移動しながら、あーでもないこーでもないと仕事内容について考察する私たち。……なのだが、正直守秘義務云々で伝えられていないことが多いのもあって、結論を出そうにも出せない状態だったため、途中で切り上げることに。*1

 そんな感じでぐだぐだしながら、今日の業務内容を説明してくれる人が待っているはずの広間に向かうと。

 

 

「おや、皆様お早いご到着で」

「…………コヤンスカヤ!?」

「はい♡闇の方に御座います♡」

 

 

 そこでこちらを待っていたのは、いつも通りのタマモキャット……ではなく、敏腕秘書風の服装を来たバニー系狐、闇のコヤンスカヤの方なのであった。*2

 ……いや、寧ろなんで居んのこの人?!

 

 

「なんでもなにも、野生の獣(キャット)に真っ当な説明ができるとお思いで?……いえまぁ、それを言うのならばこちらの私も、獣というくくりでは大差ないのですが」

「……あーうん、確かにキャットのあのテンションで解説とかされても、正直一割も理解できる気がしないな……」

 

 

 そんな風に声を挙げる私たちに、コヤンは呆れたような視線をこちらに向けながら、やれやれとため息を吐くのだった。

 

 ……彼女の言う通り、キャットの解説というのは、一般的な思考では理解できないタイプのもの。

 そもそも意図の理解にも苦労するタイプの人物なので、今回みたいな『詳細な解説を必要とする場面』において不利、というのはわからないでもない。

 まぁ、それで代わりに寄越したのがコヤンという事実に関しては、全くこれっぽっちも分からないわけなのだが。

 

 

「……!まさかと思うけど、他のタマモナインも在籍してたりするとか……?」*3

「そもそも私がタマモナインではない、というツッコミが必要ですが……ともあれ一応断言しておきますと、あちらに在籍しているのは私とキャットさんのお二人のみですわ」

「……あ、そうなんだ」

 

 

 実は西博士の周りにタマモの分身(アルターエゴ)・タマモナイン達が侍っているのでは?……などという胡乱な論説が脳裏を過ったが、それに関しては『うふふ♡ぶち(ころ)しますわよ♡』というコヤンの極低温の視線によって、たまらず取り下げる羽目になったのは言うまでもない。

 ……ナインじゃないけど、結局仲は悪いんじゃん!

 

 

 

 

 

 

「──そういうわけで御座いまして、今回の発表・及びそれによってもたらされるであろう反響は、恐らくわが社の今後を左右するモノであると言っても過言ではなく。……ゆえに、皆様方にはこの一時とはいえ『わが社の一員である』という誇りと自認を持って頂きたい……と主張する次第で御座いますわ」

「おー……」

 

 

 その見た目は飾りではない、ということなのか。

 キャットの代わりとして現れたコヤンの説明はとてもわかりやすく、私たち一同は今日の仕事がとても重要なモノである、という認識をしっかりと胸の裡に刻むこととなったのであった。

 ……いやはや、まさか社運を賭けるレベルの発表だったとは。

 そりゃまぁ、普通のコスプレイヤーさんではなく私たち『逆憑依』を選ぶわけだわ、うん。

 

 

「……では、一先ず事前説明についてはこの程度で。この後は昼食ののち、再度開演前にこの広間に集まって頂き、そこで今日のコスチュームを貸与することになりますわ」

「質問だにぃ☆衣装合わせとかは大丈夫?」

「そちらに付きましては、事前に書類などを確認した上で、かつプログラム上のシミュレーションも行った結果出来上がったモノを用意していますので、今日いきなり身長が伸びた、みたいな珍事がなければ問題はありませんわ」

「なるほど、どうもありがとー☆」

 

 

 そうして一人頷いていると、左手の時計を確認したコヤンが、これから昼食の時間であることを示唆。

 ……これに関してはこっちもそうだろう、と思っていたので特に驚くことはないが、それとは別に衣装の貸与があることも合わせて伝えてきたため、気になることができたきらりんが代表して声を挙げることに。

 

 まぁ要するに『いつの間に私たちの体型に合う服装を用意したの?』という質問だったわけだが、コヤンからは遠回しに『君ら創作物なんだから、スリーサイズとか公表されてるやろ?』……と、そういえばそうだな……と納得してしまう答えを返されたわけである。

 ……いきなり身長が伸びたとかでもない限りというように、どうもこの施設に来た時にいつの間にか測っていた、という部分もあるようだが。

 服に使える3Dプリンタ的なモノがあるとも聞いたし、それにデータを入れて作ってたとかなのだろう、多分。*4創作物は創作物だけど、個人の妄想の範囲でしかないシルファ()も安心だ(?)。

 

 ともあれ、食事だというのであれば楽しむのも吝かではない。

 多分弁当とか支給されるのだろうから、どんな弁当かを予想する楽しみがあるというものだ……とちょっと呑気にしていた私は。

 

 

「……まさか、館内展示の味見役みたいな要素も含まれているとは思わなかった」

「まぁ、私達も気を付けては居るがね。それでも提供する側と提供される側で見えるものというのは違うものだ」

 

 

 そういうものの是正のためにも、君達にはしっかりと味わって貰いたいモノだね──。

 

 なんてことを言いながらニヒルに笑うのは、なにを隠そう互助会が誇る料理の鉄人・エミヤシロウなのであった。……いや、なんで居るのこの人?

 いやまぁ、パンフレットに記載された展示内容に、何故か出店的なモノがあることからなんとなーく予想はしていたんだけどね?

 

 ともあれ、まさかの弁当ではなくエミヤさんの手料理を味わうこととなった、私たち一行。

 本来の来賓達に先駆けて、展示物を楽しんでいるような状態になっているが……これも展示物に不備がないかの確認の一環、ということで一応仕事の内訳に入っているというのだから、なんというか色々凄いなー(棒)的な感想しか出てこない私である。

 ……まぁ、あくまでもエミヤさん一人の屋台なので、そこまで大掛かりなモノは出てこないし、他の作品の料理人キャラも居ないので、目立たないように会場の隅に設営されていたりもしたのだが。

 

 

「あくまで発表がメインであり、食事についてはついででしかないということだな。……長時間のイベントとなるに辺り、飲食の提供が必要となった結果の苦肉の策でもあるようだが」

「……苦肉なんです?」

「ああ。何故ならこの屋台、私が急遽投影したモノだからね」

「…………苦肉過ぎでは?」

 

 

 私もそう思う、と苦笑いをするエミヤさんに別れを述べ、館内の他の展示を確認しに移動することに。

 基本的にどの展示も、現状稼働はしていないが……。

 

 

「……この卵型の筐体は?」

「子供向けのフルダイブ型筐体『コクーン』ですわね。主なターゲット層は小中学生ということになりますかと」

「こ、コクーンかぁ……」*5

 

「こっちはもしかして……」

「キリトさんは見覚えがあるかも知れませんわね。こちらはメディキュボイド型のフルダイブマシンですわ。将来的には医療用としての普及を目指していますが、今のところは単なる大型筐体ですわね」

「へ、へー……」*6

 

 

 ……どうにも、どこかで見たことのあるようなマシン達が盛りだくさんである。

 どうやら今回の新作発表会、ソフトの発表に合わせてハードのコンセプトの展示も合わせて行われるらしい。

 

 以前バレンタインの時、限定的ながらフルダイブ状態になっていた場所があったが……あれを前宣伝として扱うために、このようなマシーン達が用意されたとかなんとか。

 ……まぁうん、フルダイブ機能は人類の夢であるが、同時に厄介な技術の発端であることもまた事実。

 ゆえに、()()()()()()()()()()()()()HMD型の機械より、こうして大型化した筐体の方が安全面の問題をクリアしていることを、見た目的にわかりやすくできる……みたいな理由もあるようだ。*7

 ……その割に危ないモノがある気がするって?そのほら、技術に善悪は無いから……(震え声)

 

 一部の筐体(具体的にはコクーン)を見つつ、先導するコヤンの後ろをてってこ付いていく私たちである。

 ……なお、お昼ご飯としてエミヤさんから貰ったおかずクレープを頬張りなからの行動である、ということも付け加えておく。

 

 

「クレープって、あむ……甘いもののイメージが強いけど……んむ、こういう甘くないのもいいよね」

「甘くないのもありますよ?」

「謎ジャムは止めてくれんか(真顔)」*8

 

 

 なんで唐突に秋子さんやねん。

 ……とまぁ、変なことを言うキリトちゃんにツッコミを入れたりしながら、あれこれと見て回った私たち。

 そうしてそのまま、開演までの時間を予習に費やしていったのであった……。

 

 

*1
海外のゲームなどが顕著だが、どうしてもリークを行う人間というのは排除しきれないもの。それをどうにかしようとすると、結局発表直前までなにも漏らさない、みたいな方法しかなくなってくるのだった(アプリの更新なども、イベントの直前までデータを入れない、などの対処を行わなければいけなくなっている)

*2
『fate/grand_order』の星5(SSR)フォーリナーの一騎。見た目はタマモ族だが、その実狐ではなくウサギなのだとか。光のコヤンスカヤが先に実装されていたこと、及びコヤンスカヤはその当時敵役だったことから、『気持ちを入れ換えて味方になった』、即ち光堕ちしたコヤンスカヤの略称が『光のコヤンスカヤ』だと思われていた最中、正月に闇の方が突然やって来た為、マスター達は大層困惑したとかなんとか。なおキーアさんは光も闇も持ってない()

*3
『fate』シリーズのキャラクター・玉藻の前が自身の肥大化した霊基を切り離した結果生まれたアルターエゴ達の総称。現状『タマモキャット』以外はまともな登場機会がない

*4
ARカメラによる疑似着替えなども活用すれば、服を作るのも素早く楽にできる時代が近付いて来ているのかもしれない、みたいな話

*5
映画『名探偵コナン ベイカー(ストリート)の亡霊』内に登場したゲーム筐体の名前。機械そのものに特に問題はないが、作中では他のデスゲームと同じように、使用者達を人質に取られる事態となった為縁起は悪い

*6
『ソードアート・オンライン』内に登場する、医療用のフルダイブマシン。基本的にはフルダイブマシンの共通機能『体感キャンセル』に主眼を置いた機械であり、これの使用によりどんな手術にも麻酔を使う必要がなくなる(それらの副作用を気にする必要もなくなる)

*7
ナーヴギアはHMD界隈に酷いことをしたよね……みたいな話

*8
『Kanon』のキャラクター、水瀬秋子が作る自信作のジャム。……なのだが、見た目はオレンジジャムっぽいのに甘くないらしい。……のちに、筆舌に尽くしがたい味であることになり、服用したものは昇天する羽目になるようになった



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そういう視線をターゲット集中!

 入り口の前に整列し、今か今かと開演を待ち構える私たち。

 用意された衣装に袖を通し、出来うる限りの営業スマイルを浮かべ、客の入場を待つこの一時。……なんというか、緊張感がとても酷い。

 

 普段の騒動の時とは違い、今回は一般人を相手にする仕事であるということで、常のそれ以上に気を付けるべきことが多い……ということも、この緊張感の理由だと言えるのかもしれない。

 

 とはいえ、人と手に書いて呑み込むのにも限度というものがある。*1

 ゆえに、いい加減腹を決めて前を向いた私は。

 

 

「──ようこそおいでくださいました!」

 

 

 ようやっと入ってきた来賓達に、極力丁寧に歓迎の挨拶を述べるのであった。

 

 

 

 

 

 

「──こちらはあの『ベイカー街の亡霊』において登場したコクーンをモチーフに、安全面の設計を密に行ったフルダイブマシンでございます」

「……それって本当に大丈夫なやつなんです……?」

 

「こちらメディキュボイドの試作型となります。将来的にはあらゆる医療現場において、画期的な治療をお約束できるようになることでしょう」

「なるほど、こちらは試しに使ったりは……?」

「暫く致しますと、社長からの挨拶がございます。それを終えたあと、皆様に一般開放させて頂くことになりますかと」

 

 

 開演直後、展示されている機械達に興味津々で近付いて行く来賓達に、あれこれと解説をするコンパニオン達が幾人か。

 

 ……これってコンパニオンの仕事かなぁ、なんて内心首を捻りつつ、聞かれたことをなるべく子細に応えていく私たちである。

 一応、事前に資料を貰って予習はしているし、わからない質問が飛んできた場合は念話でコヤンに確認も取れるため、そうおかしな対応をしているものは居ないはず。

 なので、現状は普通の発表会、みたいな感じで周囲は和やかに進んでいるのであった。

 

 ……とはいえ、まだ安心はできない。

 さっきお客さんも尋ねていたが、ここに並ぶ機械はいわゆる『フルダイブ』方式のゲームプレイを行えるようにするタイプのモノ。

 言ってしまえば()()()()()()タイプの機械なので、不具合でもあった日には即座に死亡事故に繋がる危険性すらある代物達なのである。*2

 

 ついでに言うのなら、これらの機械の製作を主導したのは、あの社長。……茅場晶彦と檀黎斗とという、ゲーム製作者系の中でも特級の厄介者が含まれる存在が作り上げたものである。

 ……脳をレンチンする*3機能が密かに含まれていてもおかしくないので、警戒を強めなければいけないのは社長の挨拶が終わったあと──体験会が始まってから、ということになるのであった。

 いやまぁ、流石にこの状況でやらかすとは思えんけども、一応ね?

 

 

(──まぁ、あまり信用できるタイプのお方、というわけでもありませんからね、あの人)

(うーん、コヤンにまでこう言われる辺りが流石というか……)

 

 

 脳内会話ですらディスられる社長に哀しき過去……*4があるかはわからんが、ともかくコヤンにまで呆れられるのは大概だよなぁ、と改めてあの社長の危険性に思いを馳せる私であった。

 ……なお、「『まで』とはなんですか、『まで』とは」という抗議の声がコヤンから返ってきたが、そっちに関してはスルーである。君はほら、頼りにもなるけど危険でもあるから、社長とどっこいなところあるし?

 

 ともあれ、特に大きなヘマをすることもなく、真っ当に来賓の相手をしている私たちである。

 ……それもこれも、不埒な行為をしそうな相手が全てキアラさんの方に向かっているから、という至極当たり前の現実があったからでもあるのだが。*5

 

 

「(……お、可愛いねーちゃんだ。ちょっと困らしてやるか)……おーい、ちょっと」

「はい、なんでs()

「──お客様、あちらの子は新人で御座いますわ。宜しければ、私が解説を承りますが、どうでしょうか?」

「え、は、はい(なんだこのエロいねーちゃん!?)」

 

(……またキアラさんの毒牙に取っ捕まったおっちゃんが一人……)*6

 

 

 今回の発表会は一般客も数多いため、時には今のおっさんみたいな人も発生する。……ああいうのはとにかく女の子に絡みたいだけで、説明しても聞く気がないなど正直害悪に近い。*7

 とはいえ、そこを素直に主張するとクレーマーと化すので、それをどう賺すかが問題となるのだが……その辺、キアラさんなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、ああいう手合いにはとてもピッタリなのであった。*8

 

 ……これが原作のキアラさんなら、あのおっさんは破滅確定なのだが、ここのキアラさんは『原作の記憶があるけど綺麗なキアラさん』*9とかいう不可思議生物なので、あのおっさんに関しても破滅まではいかないだろう。多分、恐らくきっと。

 …………まぁうん、最悪頭を丸めて出家するくらいで済むんじゃないかな、きっと!

 

 

(宗教の本来の使い方って、後がないと思っている人に後があると思わせることだからねー、そういう意味では真っ当に使ってる、ってことになるんじゃないかなー)*10

(マナちゃんは宗教有識者かなにかなの……?)

 

 

 無敵の人、なんてのが居るけど、ああいうのは『今の自分はもうどうしようもない』って思っているからこそ発生するモノであり、そういう相手を現在の社会構造で真っ当な道に戻すのは不可能でしかない。

 ゆえに、宗教というものが一番よく効くのだ……みたいなことをうんうんと語るマナちゃんになんとも言えない視線を向けつつ、まぁ一理はあるかと頷く私であった。

 そも、宗教って本来は『生活する上で役に立つことを纏めたもの』的な側面が強かったりするわけだし。*11

 

 そんな感じで、迷惑客はキアラさんの万色悠滞で一網打尽にしつつ、極めて健全に(?)仕事をこなしていた私たち。

 

 

「皆様、ご注目ください。これより、社長の挨拶を執り行わさせて頂きます」

「……ようやくお出ましか」

 

 

 やがて現れた社長に、これからが本番だと気合いを入れようとしたのだが。

 ……いや、なんでゲーミングしてるのあの人?と、思わず困惑することになったのだった。

 

 

「んなわけあるか!!」

 

 

*1
緊張を解くおまじないの一つ。元々は『人を呑んで掛かる』という言葉に由来する駄洒落だった、という説がある(『人を呑む』とは、他者を圧倒するような堂々とした姿を表した言葉)。手のひらには『労宮(ろうきゅう)』というツボがあり、そこを刺激すると緊張が解れるとのことなので、そういう方向性の効果もあるのかもしれない

*2
脳の電気信号をジャックして別のものを見せるという形式である為、悪用すると普通に相手を昏睡状態にすることもできる

*3
『電子レンジでチン(して温める)』の略。なお電子レンジがモノを温め終わったあとに音を鳴らすのは、『そんなに短時間で料理が温まると思っていなかった』というクレームに対応する為、早川電機工業(現・シャープ株式会社)が温め終わったことを知らせるベルを追加したことに由来するのだとか

*4
悪いことをするのに相応しい酷い過去があった、ということを説明する言葉。説得力がある場合もあるが、『その程度のことで?』みたいなあまりにも『アレ』なパターンも多い。なお『哀しき~』という表記の元ネタとして挙げられるのは『TOUGH外伝 龍を継ぐ男』のアオリ文である

*5
「私は万色悠滞を発動!これにより、私のび……美貌に一瞬でも目を奪われた者のコントロールを得……いやあの、やっぱりこれクソゲーというやつなのでは……?」「本人からそのツッコミが出てくる異常よ……流石は綺麗な(綺麗じゃない)キアラさん……」「なんなんですかその説明?!」

*6
残 当

*7
自分より立場の弱い相手を困らせることで悦に浸りたい、の略。ある意味そういう思考自体が、本人の(人間性的な意味での)弱さを示していると言えなくもない。こういう人の困った所は、相手が女の子なのでセクハラになっているけど、その実別に相手が男性でも(それが弱者であると明確にできるのであれば)大して動きは変わらないということ。そもそもの問題点がズレているため、そこを理解せずに注意したり罰を与えたりしても改善しない、というところにある(痴漢をする人間を去勢しても(その起点が『弱者を甚振りたい』というだけの場合は)行動が変わらない、みたいな話。無論全てが全て同じわけではないので、去勢すればそれで終わる人も確かに存在はしている)

*8
それはそれでキアラさんを担ぎ上げるおっさん達、という地獄が顕現するわけだが、下手に周囲に被害を拡大するよりはマシ、みたいな話

*9
他所の自分をインストールされたけど、元のセラピストキアラが勝った、みたいな認識でも可

*10
迂闊に宗教を無くさない方がいい理由の一つ。根本的に『決まりごと』(憲法や条約などを含む)は最大公約数的な運用しか出来ないものである為、そこから(こぼ)れる人というのは必ず生まれてしまう。これを解消するのは(法を維持する限り)不可能である為、結果的に『社会から爪弾きにされた者』が進化してしまう。こういう相手には、法はなんの効果もない(最悪の場合、死刑すら『こんな世界どうでもよい』で効かなくなる。いわゆる『無敵の人』状態)ので、それを止めようとすると『この世界だけで完結しないモノ』が必要となる。それがいわゆる『死後の世界』であり、かつそれを『確かめることはできない(=死者蘇生はできない)』こともまた重要となる。確認ができない以上、それが()()()()()()()()()()()()()()()()、結果として宗教というものの信憑性が(それ自体が詭弁に過ぎないとしても)上がり、『この世界なんてどうでもいい』という認識に『その考えのままだとずっと(=来世も)辛いぞ』と叩き付けられるようになるわけである。無論、これもまた『来世なんて知るか』と言い返せたりもするが、それをどうにかするのもまた本来の宗教家の仕事、ということなのかもしれない。ともあれ、『宗教とは道徳の根源でもある』のだから、それを迂闊に消すのがよくない、というのは間違いないだろう。特にそれにドップリと浸かっている相手からそれを取り上げるのは、まさしく『人生の支柱』を叩き壊すのと同じである。……宗教に嵌まっている相手をどうにかしたいのであれば、代わりの支柱を用意することから始めるべきだろう

*11
三大宗教は特にその面が強い。海外の人達の道徳心の根源にもなっているので、とても重要



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七色の社長、発表会に顕現す

 まさかの都合二度目のゲーミング社長なわけだが、そもそも一度目の時点でわりと大概な状況のはずなんだけど?

 ……などと困惑する私を他所に、社長は普通に挨拶を進めている。

 あれか?これはもしかして、私だけが変とか、そういうあれなのか?……と困惑するが、脳裏に「大丈夫ですせんぱい、せんぱいの反応が正常です」とマシュからの念話が飛んできて一安心したのであった。

 

 

「……とまれ、このレインボー我輩は消費電力が著しく高いのでな。一瞬のお披露目となったこと、(つね)許して欲しい所存」

(──消費電力!?それアンタが変になったとかじゃなく、再現性のあるやつなの!?)

 

 

 なお、そのあとの言葉でなんか変なことになったが、まぁ置いといて。

 

 ともあれ、やっと出会うことのできた社長──ドクターウェストは特に異常な様子も(さっきのレインボー以外)見受けられず、少なくとも元気そうではあるのだった。

 ……ということは、あの時居なかったのは普通に用事があったというだけなのだろうか?

 まぁ、その辺りはあとで直接聞けばわかる話でもあるので、今のところは彼の発表に耳を傾けることになるのだが。

 

 

「我が社のメインコンテンツ・『tri-qualia』は『創作の世界をもっと身近に』という理念により生み出された作品であーる。そも、我輩のこの姿もまた、その理念に端を発した伊達男!つまりは全世界待望、武道館も満員御礼・けどソーシャルディスタンスは的確に……」

「うふふ♡社長、横道に逸れる間があるなら、とっとと本題に入りやがりませ♡」

「ぬぉわ!?止めぬか秘書Ⅱ!?いや秘書Ⅳ?我輩そちらの方面には余り詳しくはな……あででででで!?アイアンクロー!?ヒートエンド!?そういうスプラッタは密に!密に!!」

 

「……わぁ(白目)」

 

 

 ……なお、西博士が真っ当に発表なぞできるわけもなく、こうして開始数分でぐだぐだになってしまったわけなのだが。

 こういう時は彼を裏手に叩き込み、他の面子(主にカヤバーン)に交代してくるのが常のセオリーなのだが……。

 

 

「……む?!項羽様の気配!?どこっ、どこなのっ!?私の項羽様は一体どこにいらっしゃるの!?」

(ダメだこりゃ)

 

 

 カヤバーンの声が項羽様と同じであるため、常日頃からパイセンにロックオンされている……という事実を元に考えると、会場内というごく近距離にパイセンがいる状況下において、迂闊なチェンジはまさにデスチェンジ*1と化す危険行為である。

 そのため壇上のコヤンも、迂闊に西博士を裏手に叩き込めずにいるのであった。……うーん、ぐだぐだしてるぅ(白目)

 

 というか、普段は郷の中で()()だしているだけのパイセンが、カヤバーンの変身をどうやって察知しているのかも謎だし、どんなに距離が離れていても必ず三分以内で彼の元に馳せ参じるというのも謎だし、そういう時は赤い竜巻が話題になるのも謎だし()。

 ……そこら辺の謎を思えば、やっぱりどうにかして郷に置いてくるしかなかったんじゃないのかなー、なんてことも考えてしまう私である。

 まぁ、その状況に慣れきって、発表が必要な時には三分未満で全て解説し終える癖が付いたカヤバーンの存在も、大概謎なのだが。……なあなあに過ごしすぎて、本当に項羽様分混じってないです貴方?

 

 まぁともかく。

 今回に関しては、一種の交代禁止フィールドであることは間違いない。……破ると(パイセンの)臓物と血の雨が降り注ぐことになるので、流石に無視はできない。

 ……というわけで、敏腕秘書であるコヤンの仕事がまた一つ増えたのであった。……ええと、お疲れ様です……。

 

 

「それでは役立たz()……おほん。()()()()()社長に代わりまして私、コヤンスカヤが説明を引き継がせて頂きますね?」

「……あ、あの、社長さんは大丈夫なので……?」

「ご心配には及びません。うちの社長は頑丈さが売りですので」

 

 

 なお、当の社長がヒートエンドだのなんだの口走ったため、お望み通りに頭部を爆砕させられた社長が地面に転がっているが、当のコヤンは「ただのデモンストレーションです。こんなところでそんな危ないもの、使うはずがありませんでしょう?」などとしれっと嘯いていたのであった。

 ……闇の方のはずなのに、思いっきり人の世の武器使ってた気がするのはこれ如何に?*2

 

 

「先程我が社の社長も軽く触れていました通り、我が社のメインコンテンツ・『tri-qualia』は、創作世界の再現・及び交流を目指して開発された商品となっております。──夢を実現する、などと言い換えても構わないかもしれません」

 

 

 ともあれ、死屍累々の社長は一先ず置いておき、話は軌道修正される。

 かのゲーム・『tri-qualia』が目指したモノと題して語られ始めたそれは、人の創作行為とは夢を作るモノであり、ゆえにこそそこに秘められた様々な願望には、価千金の価値があるのだ、という風に変遷していく。

 

 

「その辺り、皆様方に馴染み深いのはやはり『ドラえもん』でしょうか?子供心に思う『あんなこといいな』『できたらいいな』。──創作の世界には、そんな夢が山のように詰まっているわけです」

「これらの機械は、そうした思考の果てにあるものだと?」

「ええ、その通りです。……残念ながら、今の人類の科学技術で、ドラえもんという存在を生み出すことはできません。そも、ドラえもんの前段階である『意思あるAI』の時点で、私達人類はまだ足下にも及んでいないと言えるでしょう」

 

 

 周囲に並ぶ、フルダイブマシン達。

 これらは皆、創作の中で登場したそれを元にして、作り上げられた試作品である。

 

 ……現実は創作のように自由自在ではなく、なにかを作るにはどうしても積み重ね、というものが必要になってくる。

 そういう観点からすると、人類はまだ『望んだものを望んだように作り上げられる』ステージには達していない、ということになるだろう。

 科学の聖杯、とも呼べるドラえもんの存在は、机上どころか頭の中の空論というわけである。

 

 そも、ドラえもんというキャラクターを語る上でもっとも大切なこと──彼が人類ではなく、人類の良き隣人であるAIであること、という当然の基本概念にも、人はまだたどり着けていない。

 ゆえに、こちらができることもまた、まだまだ限られているということになる。

 

 

「ですので、私共はまず()()()()()()()()()()()()()()()と結論付けました。──現実空間では無理があることでも、電脳空間でならたどり着けるのではないか、と」

「それが、『tri-qualia』だと?」

「ええ、その通りです。──この商品は二人の稀代の天才が、その意思をぶつけ合い高め合いながら作り上げた至上の逸品。そしてそれゆえに、とあるプロジェクトの母体としても、高い適性を弾き出しました」

「……とあるプロジェクト?」

 

 

 ……なんか、話がキナ臭くなってきたような?

 そんな思いで一般客の記者と、コヤンが話す姿を遠くから見ている私である。

 そんなこっちの視線を知ってか知らずか、コヤンは蠱惑的な笑みを浮かべながら話を続けていく。

 

 

「皆様は、『.hack//』シリーズという作品をご存知でしょうか?──サイバーコネクトツー社が作り上げた、ネットゲームを題材としたゲーム作品。そして、そのゲーム内ゲームの名前が『The World』。『tri-qualia』のエッセンスの一つともなっている作品ですわね」

「あー、古いゲームですね。……それと、この話になんの関係が?」

「『The World』はオンラインゲームの一つですが──製作者達の一部は、このゲームに別の特別な意味を込めていました。──究極AI完成のための揺りかご。それこそが、あのゲームの()()()()意図だった、というわけです」

 

 

 コヤンが話題に出したのは、『tri-qualia』内にも関連施設の存在するゲーム・『The World』。

 そして、その作品に隠されていた真意──一つのAIを完成させるための舞台だった、ということを例にあげ、彼女はその意図をこっちに悟らせようとする。

 

 ……『The World』におけるそれは、ゲームに接続してくる雑多な人達の思考を学び、やがて彼らを導く女神の如きAIを生み出そうとするモノ。

 それをこの場で話題に挙げるということは……?

 

 

「……つまり、『tri-qualia』にもそのような一面がある、と?」

「その通りです。……まぁ、元の作品とは違って()()()()()()()()()()、とするのが正解でしょうが」

「意図もある?」

「ドラえもんを例に挙げたでしょう?──でしたら、必要なのは中身だけではなく、外見の方も……となるのは、とても自然なことではありませんこと?」

 

 

 すなわち、『tri-qualia』においても、究極AI作成に近い目的で進められているプロジェクトがある、ということ。

 ……まぁ、あくまでもついで、みたいな言い方だったのだが。

 

 なにせ、最初に例に挙げたのはドラえもんである。……究極的な目標が『人造でのドラえもん製作』にあるのなら、解決しないといけない問題は山ほどあるのだから。

 

 

「核分裂式ではなく、核融合式。もっといえば、その先にある動力炉であるとされるそれに、四次元空間の自在な利用などなど……ドラえもん、という夢を実現させるには、様々な技術が必要となります。──その前段階として、私共はこれらの()を現実にすることから着手した、というわけなのです」

 

 

 そも、本当にドラえもんを作るのであれば、『ひみつ道具』も必要ですからね──。

 

 そんな風に言葉を締めるコヤンに、遅れて大きな拍手が飛び交っていく。

 そうして騒がしくなる会場を見ながら、私は一つため息を付いた。

 ……恐らく、この発表は幾つか『嘘』がある、と。

 

 今はなりきり郷でぶつくさ言っているはずの、後輩の一人──BBちゃんの姿を脳裏に描きながら、私はどうしたものかと内心首を捻るのであった。

 

 

*1
『死んで交代する』こと。類似の言葉に『デスルーラ(死んで戻る)』がある。実際の死ではなく、戦闘からの離脱状態を『死』と呼んでいる事が多く、普通はリアルにやれるものではない

*2
『光のコヤンスカヤ』は、人の作った兵器全てを統べる神である、という設定がある。つまり彼女もガンダムファイター!!()



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いつの世もAIとは夢の形

『──あー、アウラさんですか?確かに、同僚みたいなものですね。細かく要素を見ていくと特に』

 

 

 まぁ、電子の世界に生まれた女神ですし?

 ……などと電話の向こうで宣っているのは、我らが後輩BBちゃん。

 

 思えば彼女との出会いは『tri-qualia』の中。……ゆえに、先程コヤンが語っていたプロジェクトとやらに心当たりがあるのではないか?……と思った私は、仕事の休憩時間を活用して連絡した次第というわけである。

 

 時刻は大体六時頃。

 先のコヤンの説明会より既に四時間近く経過しているが、人の波が途絶える気配はない。

 やはりフルダイブマシンには心を惹かれる人が多いということなのか、その体験待ちの列は途切れることがない。

 ……まぁ、一回の体験に大体三十分から一時間ほど使うというのも、人の波が減らない理由だとは思うのだが。

 

 今回の機械達には、体感時間の加速機能などは搭載されていない。……そもそも再現が難しいということもあるだろうが、純粋に技術に対しての実地データが少ない、というのも理由の一因だろう。

 人間に取って一番身近であろうタイサイキア現象*1にしたって、意図的に人を危険な目に遭わせる必要があるため、早々試せるモノでもないし。

 

 

『とはいえ、それがないと困るんですよね、実際』

「なんだよねー……」

 

 

 とはいえ、体感時間の加速機能は()()()()()フルダイブマシンに必要とされる技術であるため、その研究をしない……という選択肢はない。

 ゆえに、その内試さなければならなくなる、というのもまた確かな話なのであった。

 

 よく『ゲームは一時間』と注意されることがある。*2

 それ以上やり過ぎると体調への影響があったり、はたまた依存症になる可能性があるから、という論拠の元生まれた言葉だが……実のところ、この言葉に科学的な根拠はないのだとか。

 元々はとある有名人が『一時間集中してやろう』という意味で述べた、どちらかといえば()()()()()()()()()()()()()のような意味合いの言葉が変化したものらしい。

 

 まぁでも確かに、継続して一時間以上やる作業があるか?……と問われると、微妙な気分になるのも確かなのだが。

 仕事にしろ勉強にしろ、大体一時間もやれば、何分か休憩を挟むのが普通なわけなのだし。

 

 そこから考えるに、同じ姿勢で同じ行為を集中してやり続ける、というのは人が思うより遥かに重労働なのだろう。

 楽しいことをしている場合は、疲労感を無視できてしまうことが多いが……それは無視しているだけであって、その疲労がなかったことになっているわけではない。

 

 ゆえに、科学的な根拠はなくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが、『○○は一時間』という制限になるわけである。

 ……まぁ、他者に言われてやるようなものか?……と問われると微妙なので、基本的には心に留め置いておくくらいの制限だろうが。

 

 と、ここまで話しておいてなんだが、事が『フルダイブ』ゲームになると、事情が変わってくる。

 これらのゲームは基本的に()()()()()()()()()、ゲームに使われる信号を流して()()()()()という方式が一般的……というか、そうでもないとゲームの中の感覚をダイレクトにフィードバックするのは不可能だろう、とされている。*3

 

 無論、最近の技術の進化により、単にコントローラーを握っているだけなのに、そこにゲーム内で持っている武器を撃ち合った時の振動が感じられるようになったりもしているが*4……大前提として、それはあくまで感触を再現できているだけである。

 もっと言ってしまうと、武器を振る感覚みたいなものは、結局のところ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 なにを当たり前のことを、と思われるかもしれないが、これが結構大きな問題で。

 

 

『現行人類の技術力ですとー、VR機器をリアルにしようとすればするだけ、必要な機械が大型化してしまうんですよねー』

「周囲に体をぶつけないように、ってすると安全を考慮してスペースを用意しなきゃいけなくなるからねー」

 

 

 そう、ゲーム内の動きを体感しようとすればするだけ、それを可能にする機械の大きさが肥大し続けるのである。

 

 現実に存在するとあるVRマシーンは、現実での歩行をゲームに反映するため、いわゆるルームランナーのような機構を併せ持つ形となっている。

 歩く、という行為は人間にとってとても原始的な行為であり、それを自由にこなせるというのは、ある種できて当たり前・最低限の権利である、という風にも言い換えられるかもしれない。

 ……これだと車椅子の人が例外になりそうなので言い換えれば、自由な移動ができてこそ、娯楽として楽しめるようになる……みたいな感じだろうか?

 まぁ、これに関しては最悪ゲーム内では飛行している、みたいにすればある程度簡略化できるかもしれないが。

 

 ともかく、その場から一歩も動かないアクションゲーム、というのは──内容によっては成立するかもしれないが、あくまでも一部の話。

 普通は色んなところに行きたい……となるもの、ということになる。

 ゆえに、ゲームとして魅力的にしようとすると、移動行為はどうしても省くことのできない要素になってしまうわけなのだ。

 

 これをVRゲームとして考えると、現実の空間を読み込んで作品に反映する(ARへの移行)……くらいの荒業を使わない限り、筐体内で移動が完結するようにしなければならなくなる、ということになるわけで。

 ……うん、下を全方位ルームランナーにしたとしても、必要なスペースは結構なモノになってしまうだろう。

 そういう意味で、実は現在存在している巷のVR機器というのは、アクションの必要な作品との相性が悪いのである。

 なので、現状のアクション系作品は『移動は勝手にやってくれる』みたいな形になっていることが多い……という話に繋がるのであった。*5

 そうした問題を解決するのに役立つのが、皆さんご存知『フルダイブ』形式の機械、というわけで。

 

 

『脳の信号を誤認させることで、()()()()()()()()()()()()という感覚を与える……ゲーム体験をアップグレードする機能としては、これ以上のものはそうないでしょうねぇ』

 

 

 一応、AR──拡張現実という道もあるものの、これは現実に存在するものにゲーム内容を制限されてしまう、という風に解釈してしまうこともできるため、できる作品の幅はそこまで広がらないだろう。

 そういう意味で、ゲームの進化の先として期待されるのがVR、かつフルダイブ形式の作品であるというのは、ほぼ疑いようがあるまい。

 

 で、ここまで語ってから話を戻すと。

 フルダイブ方式は脳の信号をジャックするもの、ということになるわけだが。……これ、健康への被害は一切ないのだろうか?

 勿論、脳をレンチンする、みたいな明らかに論外の話は別として、だ。

 

 実際には薬効がないのに効いてしまうプラシーボ効果のように、実際に肉体を動かしていないのに筋肉が付く、みたいな現象があればいいが……基本的にはそんな都合の良いことはなく、フルダイブタイプのゲームの長期利用は、そのまま身体機能の低下を招く可能性がある、というのはなんとなく予測できる話である。

 

 いや、身体機能の低下で済めば、もしかしたらまだマシかもしれない。

 フルダイブタイプの作品は、ゲームの体験を飛躍的に高度なモノにしてくれる。

 ……それはつまり、本来()()()()()()()()()()()()()()()()()──例えば『死』というものを、身近なものに変えてしまう可能性すら持っているわけで。

 

 

『ショック死、なんて症状もあります。この場合は恐らく脳死になるのでしょうが──まぁ、体験を追い求めすぎるのも考えもの、ということですね』

「だからこそ、ゲームによっては『怪我などの強い衝撃を緩和する』機能が付いてたりするんだしねぇ」

 

 

 幻肢痛などの症状を見ればわかるが、脳というものは人が思うより遥かにファジーな部分がある。

 無いものが感じられたり、その反対にあるものが感じられなかったり……普通に暮らしていてもそうなのだから、今までとは全く違う領域にあるフルダイブという形式も、それが人にもたらす可能性というのは計り知れない。

 さっきは否定したが、肉体に対してのプラシーボ効果のようなものが実際には存在する……という可能性は、決して否定しきれないのだ。

 

 また、そうでなくとも長期間脳からの電気信号をカットしておいて、いざ繋ぎ直した時にちゃんと体が動くのか?……という問題もある。

 長期療養後のリハビリ、みたいなことをゲーム終了の度に繰り返さなければならないのだとすれば、フルダイブ形式のゲームが流行する可能性を潰してしまうことにもなりかねない。

 

 そして、それらの危険性というのは、まだまだデータが足りない以上否定しきれないモノである。

 ゆえに、一先ず一時間を目安としてゲームの機能を停止させるようにセーフティを組んであるのが、ここにある機械達ということになるのであった。……なので、最長一時間というわけである。

 

 で、そうなると一時間でなにができるのか、というのも問題になってくる。

 その時間内に納めようとすると、ゲームの内容は薄っぺらなものになってしまうだろう。

 

 また、フルダイブ形式がゲームの発展の先にあるものである、というのが間違いないのであれば、それに触れたプレイヤーは『もっと遊びたい』という欲を抑えるのが苦しくなることだろう。

 それをそのまま放置すると、機械を改造して()()()()()()()()()、などという暴挙に走る者も現れるかもしれない。

 

 それらを踏まえ、解決するのに必要な技術が、先程から何度か挙げている『体感時間の加速』というわけである。

 

 

「一時間が実際は二十四時間に感じられる……とでもなれば、流石に満足するだろう……みたいな?」

『まぁ、満足しない人も居るかもですがぁー。……それはそれとして、技術として有用なのも事実。どうにかして実現したい、と考えるのはおかしくありませんねぇ』

 

 

 ううむ、と唸る私とBBちゃんである。

 いやまぁ、必要な技術なのだろうなぁ、というのはわかるのだ。

 これが実用化されれば、様々な業種にも革命をもたらすのは目に見えているので、技術者達が躍起になってそれを研究する……というのはある種の既定路線なわけだし。

 

 ただこう……フルダイブ以上に厄物の香りがするのがなぁ……。

 

 

「体感時間の加速って結局のところ、()()()()()()()と同じだからね。……いつぞやかにもちょろっと触れたけど、思考速度の加速とかヤベー技術以外の何物でもないからなぁ」

『ただ、それがないとフルダイブ技術は片手落ち、みたいなところがありますからね。無防備な肉体を長時間晒す形になるのもどうか?……って話ですし』

 

 

 そもそも脳の信号は電気の一種であり、その伝達速度は新幹線よりも速いとされる。

 それを加速するとなれば、必要なエネルギーも増加することなるだろう。……詳しい原理がわからないのでなんとも言えないが、下手すると脳が焼き切れる、なんて可能性もないとは言い切れない。

 

 必要ではあるが、それが実現できるかはわからない。

 それが現状の『フルダイブ』周りの状況、ということになるのだろうが……。

 

 

『それを解消するためのサンプルでもあったのが、私達『逆憑依』だったのかもしれませんねぇ』

「結局はオカルトに回帰かぁ」

 

 

 いやまぁ、答えを先に確認して、そこにたどり着くためのあれこれを探っていただけかもしれんけど。

 そんなことをぐだぐだと話しながら、私の休憩時間は過ぎていくのであった……。

 

 

*1
危機的状況に陥った時、周囲がスローモーションに見えるという現象。視覚の拡張に近いらしく、それがキチンと認識できているかはまた別問題、などという話もある

*2
高橋名人氏の名言『ゲームは1日1時間』から。正確には『ゲームが上手くなりたいのなら、一時間だけ集中してやろう。それ以外は外に出て遊ぼう』みたいな台詞だったそうな。当時はゲームといえばゲームセンターであり、かつゲームセンターは不良の溜まり場であるというイメージが強かった為、その辺りを払拭する為のものだったとか

*3
実際に脳信号を読み取って動く義手や義足が存在しているように、その辺りの技術の発展系とも言えるかもしれない

*4
NintendoSwitchの『HD振動』、PlayStation5の『ハプティックフィードバック』など

*5
もしくは普通のゲームと同じく、スティックでの移動など



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はてさて、君はそこになにを見る?

「……んー、よぉし休憩終わり!じゃあBBちゃん、色々ありがとねー」

『いえいえ。貴方の頼れる後輩・BBちゃんはいつでもせんぱいの味方ですので!』

 

 

 ぐだぐだとした会話も休憩時間と共に終わり、スマホの電源を落としてしまいこむ私である。

 

 列の方は相変わらず盛況で、流石に開幕直後ほどの賑わいではないものの、ひっきりなしに体験者が筐体に乗り込んでいるのは変わらない。

 ……まぁ、本当の最初に乗り込んだ組は、わりとおっかなびっくりだったのだが。フルダイブ系の機械とか危険物の印象強いだろうしね、仕方ないね。

 

 実のところ、ナーヴギアが人の脳を破壊する仕組みは、ヘッドギア内の電磁パルスを高出力にすることで行われるもの。

 あくまで外部からの干渉で云々……という形式なので、私みたいに機械そのものを転移させられるようなタイプには、全然効かなかったりするのだが。

 ……まぁ、延髄部分での神経パルスのブロックがどう影響するのかわからない*1ので、あまりやりたくはない手段だったりもするけども。

 なお、突然『私には効かん』宣言をしたのは、私本人について云々ではなく、目の前でそれをやられた場合に助ける手段があるよ、という事実確認の方が強いことを、合わせて付記しておく。

 

 ……あとは一応、電磁パルスが危険域になる前に無理矢理脱がせる、みたいな手段でも助けられなくはないかも?……みたいな話でもあるか。

 まぁ、それをやろうとすると頭部に装着した機械を『頭部を破壊しないように』気を付けながら破壊する、なんて無茶も必要になるので、現実的には不可能なのだが。*2

 

 ……ともあれ、そういう対処手段が控えている、ということを知らなかった最初の体験組は、微妙に引き攣った表情をしていたことは確かである。

 ともすれば脳がローストされるのでは?……という恐怖と、いやいやまさかそんなの現実的にありえないだろう、という逃避感の入り交じった味わい深いモノだったわけだが、その辺りの懸念は今のところ影も形もない。

 ゆえに、中から出てきた一組目の興奮ぷりに押された二組目移行から、徐々に人の波が加速した……というわけなのであった。

 

 

「せんぱい、お疲れ様です」

「はいお疲れマシュ。なにか変わったこととかなかった?」

「特にはありませんかと。……一部の方の様子が少しおかしかった、というのはありますが」

「……んん?一部の様子が?」

 

 

 そんな感じで好評な体験会を眺めていると、代わりに休憩に入りに来たマシュと鉢合わせることに。

 私の居ない間に変ないざこざはなかったか?……と問い掛けると、いざこざ()無かったとの返答が。

 ……その言い種だと、いざこざ以外になにかあったということになるのだが、それに気付いたマシュは慌てたように手を振りながら、弁明の言葉を口に出すのであった。

 

 

「あ、いえ。おかしいと言ってもそう大袈裟なことではなく。……ええと、筐体から出た時に目が泳いでいらっしゃる方が少数紛れていた、というだけでですね?」

「ふむ、目が泳いでいたと。……理由とかは聞いた?」

「VR酔いに似た症状を起こしたとのことでした。実際、足元が覚束ない感じの方ばかりでしたので、休養所への案内をさせて頂きましたが……」

「ううむ、VR酔いかぁ。いや、この場合はフルダイブ酔い?」

 

 

 そうして返ってきたマシュからの報告に、腕組みをしながら唸る私。

 さっきから何度も言っているが、フルダイブ式の機械と言うのは本来発生している脳内信号を外部からジャックし、機械の方で用意した信号と交換する……という形式で成り立っているものである。

 とはいえ、それは直接的に交換しているわけではなく、外部からの電磁パルスによって間接的に交換しているだけ。……脳や人体への悪影響は極力抑えているとはいえ、変な反応を起こしていてもそう不可思議ではない。

 

 この場合は電磁パルス酔い、とでも言うべきか……まぁともかく、普段は起きないようなことを無理矢理起こしている仕様上、個人差による影響の差が出るのは仕方のない話である。

 なのでまぁ、そこまで気にする必要はないとも思うのだが……。

 

 

「……悪いんだけどマシュ、休憩に行くのちょっと待って貰える?」

「え?あ、はい。休養所に行かれた方の様子を見てくる……ということで宜しかったでしょうか?」

「そんなとこ。ちょっと確認したらすぐ戻ってくるから」

「了解致しました。マシュ・キリエライト、全力でせんぱいの穴を埋める所存です!」

「……いや、すぐ戻ってくるからね?」

 

 

 ふんす、と鼻息荒く決意を新たにするマシュの姿に苦笑を浮かべつつ、断りを入れてから会場を後にする私。

 目的の休養所は会場から少し離れた場所にあるようで、歩いて大体三分ほど掛かるとのこと。

 会場の大きさに比例して、わりと立派な休養所となっているようで、それを設置するのに必要な空間を取ると、自然とこうなってしまったとかなんとか。

 

 ……みたいな豆知識を受け取りつつ、会場から出て小走りすること暫し。

 到着した休養所の内部は明るく、薄ら暗い廊下とは対照的である。

 内部からは人々の話し声が窺えるが、どうにも穏やかじゃない様子。……これは予想があたったかな、なんて確信めいた思考と共に、休養所の扉を開けて内部に進み入れば。

 

 

「だ・か・ら!俺は一般客であって、イベントの従業員じゃねえっての!!」

「いやでも、そうじゃないならコスプレ客ってことになるのでは……」

「いやだからー!これ知らんうちにこうなって……誰だ?」

 

 

 恐らく休養所の担当らしき人物と、それに食って掛かる人物。

 それから、その様子を遠巻きに見つめる複数の人物達の姿を認識することとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 この人達の相手は荷が重いだろう、と担当の人を外へ逃がし、代わりに室内の人達と向かい合った私。

 さっきまで騒がしくしていた彼はと言えば、こちらの姿を認めた瞬間こそ怪訝そうな顔をしていたものの、今はなにかを悟ったのか頻りに「まさか?」とかなんとか呟きながら、俯き加減に何事かを考え込んでいたのであった。

 

 ……こっちはまぁ置いとくとして、他の面々である。

 先程まで彼を遠巻きに見つめていた彼らは、現在は普通にこちらの近くに移動してきている。……まぁ、やっぱりちょっと遠巻き気味なのだが。

 とはいえそれも仕方のない話。彼ほどではないものの、彼らも似たようなことを考え、深い思考に潜っていることは間違いないだろうし。

 

 そんな彼らの様子を認識しつつ、恐る恐る声を挙げる私である。

 

 

「……ええと、これから幾つか質問をしようと思うのですが、構いませんか?」

「あっ、はい」

 

 

 こちらからの問い掛けに、思わずといったように居住まいを正す人々。……何人か「やっぱり」とか「本当に?」とか呟いているのが聞こえるが、こちらとしても似たような感想なので安心して欲しい、マジで。

 そんな内心はおくびにも出さず、努めて柔らかい声を意識しながら、彼らに質問を繰り出していく私であった。

 

 

「まず始めに、貴方達は今日の発表会・及び体験会の参加者、ということで間違いありませんか?」

 

 

 一つ目の質問には、全員がうんうんと頷きを返してくる。

 ……続く二つ目、彼らが運営側かどうかという質問についてはその逆、全員が首を横に振る形となり。

 

 

「では、この質問をした理由について、貴方達は認知していらっしゃいますか?」

 

 

 その次の三問目に関しては、すぐに反応が返っては来なかった。

 周囲の人を見回したり、隣の人と顔を見合わせたり。

 返答以外の反応はちらほら見えるが、代わりに返答そのものが出揃うまでは時間が掛かったのであった。

 で、その反応自体もしっかり頷く人も居れば、困惑したようにおずおずと頷く人、答えかねてか沈黙する人など様々な様子が見受けられたわけで。

 ……まぁ、そういう反応が出てくる時点で、こっちとしては答えが出ているようなものなのだが、一応話を進めていく次第である。

 

 

「では貴方達の困惑は、フルダイブの体験を終えて筐体から出て来て暫く経ってから生まれたモノ、ということで間違いありませんか?」

 

 

 四問目、こっちはほぼ全員が即時の頷きを見せた。

 ……こっそりさっきの担当さんに聞いておいたところ、彼が来た時点でこの部屋は()()だったそうなので、みんなの発言と合わせると……マシュなどの係員がここに案内し、安静にしてベッドに横になり、そのまま意識が落ちて──戻ってきた担当さんの動揺の声に目を覚ました、という流れで間違いなさそうだ。

 要するに、()()()()()()()()()()()()()ということになるわけだが……ついでに言うと、その間に色々起きていた、というのも間違いないらしい。

 

 

「現状の皆さんは、自身の身元を証明する手段を失っている……ということで間違いありませんか?なんなら、スマホの連絡先のような些細なモノまで消えている……とか?」

「なんでわかるんだよ?!」

「うへぁっ!?」

 

 

 なので、それによって起きているであろう、更なる問題について尋ねると……反応は劇的。

 先程担当さんに食って掛かっていた彼が真っ先にこちらに接近してきたことで、出鼻を挫かれた形になっているみたいだが……それがなければ私達も詰め寄っていました、みたいな表情をしている人が大半となっている。

 

 ……となればまぁ、描写をぼかす必要性もあるまい。

 改めて、今の状況を端的に説明すると。

 休養所の内部には、恐らくフルダイブを体験したことで『逆憑依』になったのだと思われる人々が、それなりの人数犇めきあっていたのであった。

 ……これ色々とヤバイのでは???

 

 

*1
ナーヴギアでは、延髄部分のパッドで『体を能動的に動かすための信号』を受け取り(ブロックし)、その信号を読み取ったあと『対応部位を動かした』という疑似信号を返す、という形式になっているのだとか

*2
破壊を試みようとすると直ちにオーバーロードして脳を焼くとのこと。逆に言えば、電磁パルス発生装置を一瞬で全て破壊する……みたいなことができればどうにかなるわけでもあるのだが、それをするにはファンタジーな手段が必要となる、という詰みっぷりである(ヘルメット内全域に電磁パルス発生装置が存在する上、電池切れを狙うと途中でオーバーロードする)。あご部分でロックが掛かっており、脱がすのに時間が掛かるのもポイント



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事件は休養所で起こっているかもしれない

 はてさて、突然大量発生した『逆憑依』ということになるわけだが、これが全く予想されなかった事態かと言えば、それは嘘になってしまう。

 

 そも、『逆憑依』とは創作世界の存在が、現実の人間を核にしてこちらの世界にやって来る……という性質のもの。

 ……それを引き起こす原理とやらが、どうやらネットゲーム的なものと相性が良いらしく、私たち『逆憑依』がネットゲームをすると(元々の筐体の種類によらず)フルダイブ状態になる、というのは有名な話だが……。

 

 

入り口(原因)出口(結果)に変わる可能性ってのは、常に付き纏い続けるんだよね……」*1

 

 

 その原因というものがはっきり判明していない以上、その逆路──フルダイブ技術が『逆憑依』の原因になる、という可能性も捨てきれないわけで。

 言うなれば、その可能性が結実した結果がここに居る彼ら、ということになるのだろう。……と、私はため息を吐いていたのだった。

 

 さて、ではここに居る面々が誰なのか、という問題だけど……。

 

 

「……一応、お名前をお伺いしても?元々の名前はわからないと思いますので、今の姿の名前で構いません」

「……ええと、俺は……そう、クライン。俺はクラインってんだ、宜しくな」*2

「はい、宜しくお願いしますね(見ればわかりますよ)

「……なんか今、発言内容とルビが別じゃなかったか?」

「あはは、いやだなー気のせいですよー?」

 

 

 さっきから率先して声を挙げていた彼、この中のメンバーでは唯一男性である人物に名前を尋ねれば、彼はこちらの予想通りの名前を知らせてくれる。

 ……クラインといえば、その見た目から察するにキリトちゃん……もとい、キリト君のところのクラインさんで間違いないだろう。

 気のいい兄貴分と言った感じの人物なので、こういった場所で率先して声を挙げているのは、ある種イメージ通りだとも言えるはずだ。

 

 では残り、先程の場面で遠巻きに──不安そうにしていた他の面々に声を掛けていく。

 

 

「ええと、貴方達は……」

「あ、はい。じゃあ私から自己紹介しますね!ええと、ルリアって言います!宜しくお願いしますね」*3

「oh……」

「え、なにか変なこと言いましたか私……?」

「ああいえ、お気になさらず……」

 

 

 まず一人目、その特徴的な青髪から「まさかなー」などと思いつつ、何故か執拗に裸足であることが多かったことを省みて、ちゃんと靴履いてるから違うかなー?……なんて希望は儚く消え。

 ぶっちゃけ予想通りな蒼の少女、ルリアちゃんが朗らかに挨拶してくれたのを見て、思わず呻き声が漏れてしまう私であったが、なんとか気合いで立ち直る私である。

 

 ……いやうん、正直約束されたトラブルの元、って感じの人物なので、心が挫けかけただけだから大丈夫大丈夫……。

 一応ほら、見た感じ『るっ!リア』じゃないっぽいから!……え?初期バージョンだと普通のストーリーでヒュゴゥしてたことがあるって?知らんなぁ……。

 まぁ、仮に『るっ!リア』でなくとも、厄介事の起点になりかねない素性持ちなので、率先して保護する必要があるわけなのだが。

 

 とまれ、気を取り直して他の面々にも声を掛けていく私である。……すっごい気は進まないんだけどね!!

 

 

「ええと、ではそちらの方は……」

「は、はい。申し遅れました、私はロドス・アイランド製薬のCEOを務めさせて頂いている、アーミヤと言います。……ええと、どうかされましたか?なにやら顔が真っ青ですが」*4

「早急に確認したいのですが、立ちくらみ以外の体調不良は有りませんね?」

「は、はい?……そういえば、なんだか体調がいいような……?」

「え、アーミヤさんお病気だったんですか!?」

「え、ええ?……そのはず、だったんですが」

 

 

 さて二番目、うさ耳(らしい)の主張が強い、この少女を私は知っている……というか、一度物真似したことがある。

 そう、彼女の名前はアーミヤ。アークナイツにおける初期キャラクター・およびヒロインポジションにあるはずの彼女は、今こうして似たようなポジションであるルリアと言葉を交わしているわけなのだが……どうやら、ここにいる彼女は鉱石病に罹患していないか、もしくはその症状が驚くほどに弱い様子。

 

 それがどういう意味を持つのか、今はまだわからないが……他者との触れあいに頓着する必要がなさそう、というのは素晴らしいことだと言えるだろう。

 ……というか、じゃないと突然出現するオペレーター、などというテロ染みたものにしかならないわけだし。

 

 ともあれ、心配そうにアーミヤの周りをちょこまかしているルリアの姿に苦笑しつつ、一先ず彼女達は放置して次のメンバーへの対応に移る私である。

 

 

「で、貴方は……」

「お初にお目にかかります。私、死塾月閃女学館所属の忍、雪泉(ゆみ)と申します。以後、お見知りおきを……」*5

「その格好恥ずかしくないんです?」

「え、ええ!?いきなりなにを仰るんですか!?」

 

 

 いやまぁ、恥ずかしくないと言えば嘘になりますが……などと言いながら両頬を抑えて身悶えする少女は、『閃乱カグラ』シリーズ不動の人気キャラクター・氷を使うくノ一である雪泉さん。

 ……前二人とはまた別タイプの人物だが、ヒロイン力という意味では負けていないかもしれない。……少なくともセクシーさでは完勝であろう。

 

 今もなんでずり落ちないんだろう、みたいな着方をしている着物をずれないように手直ししていたりするが、やっぱりそれはおかしいと私思うんですよ。

 ほらルリアちゃんも「ほら今、雪泉ちゃん意味不明の行動しましたよ」とか言ってた……いやそれはヤバイから止めようねルリアちゃん?それ『るっ!』の波動だよ??*6

 

 というか、気を効かして(かつ、犯罪者扱いされたくないので)背を向けてるクラインさんが気の毒だから、せめて制服とかにだね?……とお願いしてみたところ、最初は悪戦苦闘していたものの、どうにか忍装束から普通の服に戻すことに成功していたのであった。……なるほど、服の戻し方がわからんかったのね……。

 

 さて、四人目で予想以上に時間を食ってしまったが、次で最後である。

 この個性的なメンバー達のトリとなる、その人物とは……!!

 

 

「……なによ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「いやー、ええとですね?……水着、寒くありません?」

「寒いに決まってんでしょうが!!そう思うんならなにか寄越しなさいよ!!」

 

 

 同じポジション(マシュ)は既に居るから、ということなのか。……ある意味ポッと出感のある人物──水着姿のジャンヌ・オルタがこちらに怒りを叩き付けて来たのでしたとさ。

 ……うーん、久しぶりのFGO組。

 

 

 

 

 

 

「ええと、ええ……?」

 

 

 思わず困惑、みたいな態度のマシュの前には、先ほどの五人がずらりと。

 流石にこの状況で仕事には戻れんよ、ということで仕方なく代わりを寄越した(キリアを大人化して送り出した)私(シルファの方)は、休憩に入ったマシュに彼らの紹介をしたわけなのだが。

 ……まぁうん、そんな反応にもなるよねー、みたいな感じ。

 だってまぁ、いきなり五人分メンバー追加、だからねぇ。それもなんとなくメンバーに偏りを感じるし。

 

 

「偏りぃ?そりゃそこの青いのとかうさ耳とかはそうでしょうけど、そっちの男もそっちのハレンチ女も、ついでに私にしたって共通点なんかないと思うんですけど?」

「うさ耳……」

「ハレンチ……?」

 

 

 なんてことを述べれば、邪んぬから真っ先にツッコミが飛んでくる。……貴方がそれを言うの、みたいな雪泉さんの視線が突き刺さっているが、全く動じないぬは流石だと思います、はい。

 あとアーミヤさん、貴方別方向の感情抱いてない?ロバ耳って言われなかった、的なやつ。

 

 ともあれ、邪んぬの疑問ももっともな話。

 ルリアとアーミヤさんに関しては、共にゲームのパートナー役、として括れるだろうが。他の面々がそうなるか?……と言われれば疑問も生じるというもの。

 とはいえ、共通点が全くないのかと言えば、それはノーである。

 

 

「クラインさんは、キリト君にとって始めて出会った仲間だし。雪泉さんはちょっと変則的だけど、人気投票一位常連かつソシャゲの主人公は先生──即ちプレイヤーの分身だから、そういう意味では一番のヒロイン、みたいな風に解釈できる。で、ぬはぬだし」

「ちょっとぉ!?私に関しての扱い雑すぎやしないそれ!?」

 

 

 端的に言えば、「主人公の横に立つのが似合う」キャラ、というべきか。

 ……まぁ、この言い方だとプレイヤーによる個人差が出て来てしまうルリアやアーミヤ辺りが微妙なことになるが、ともかく全く繋がりがないかと言われれば違う、くらいの反論の材料にはなることだろう。

 

 ともあれ、喚くぬを宥めつつ、これからどうするかを話し合う私達である。

 

 

「とりあえず──これで打ち止めだと思う?」

「……難しいところです。体験会は佳境に入りましたが、それでも時間にしてまだ二時間ほどは続くと思われますし」

「あの、これって条件とかはわかってるんでしょうか?」

「ぜーんぜん。なーんもわからん」

「投げやりですね……」

「そりゃ投げやりにもなるっての。機械に入って出ただけで変身……とか、なにを起点にしてんのかわかったもんじゃないわいっ」

 

 

 そもそも、最近の『逆憑依』は例のサイトと関わりのないパターンも多いわけだし。

 ……言い換えればなりきりネタをしたことのない人が居る、ということになるのだが、これが微妙に語弊があり。……どうにも、演劇などのリアルななりきり、みたいなモノをしたことがある人なども区分に含まれているようなのだ。

 まぁ、そのパターンは少なめではあるのだが……少なくともその少なめのパターンに当てはまる人間がここに四人いるわけで。

 

 

「……なによその視線は」

「いや別に?邪んぬだけこっちの仲間だ、なんてことは全く思ってないよ?」

「それは思ってるって言ってるようなもんでしょうが……っ!」

 

 

 唯一別の例──即ち私達と同じくなりきりをしていたことがある、という邪んぬを見て、思わず半笑いしてしまう私と、そんな私の頬を掴んでぐりぐり引っ張り回す邪んぬ。

 そんな姿を見て、マシュが慌てて止めに入るのにそう時間は掛からないのであった。

 

 

*1
いわゆる逆流のこと

*2
『ソードアート・オンライン』のキャラクターの一人。キリトに取っては年上かつ同性の友人となる人物。気立てのいい人物で、頼りがいがある。なお実はわりとイケメンなのだが、デリカシーがないので(人間的には尊敬されても)女の子にはモテない

*3
『グランブルーファンタジー』のヒロイン。何故か大抵の服装で裸足であるという変な共通点があるが、基本的には謎を秘めたヒロイン、といったポジション

*4
ドクター、ここを読む暇があるなら仕事を終わらせましょう?

*5
『閃乱カグラ』シリーズの主人公の一人。圧倒的な人気を誇る雪使いの少女。忍装束状態ではほぼ雪女にしか見えない

*6
ギャグ漫画『ぐらぶるっ!』1216話「封印解除の合言葉編」にて登場した台詞。作中キャラの一人・ゼタがボロボロの服から胸が出てしまいそうになった時、そうならないように胸の位置を直した(『パイポジ直さなきゃ』という台詞を使った)ことに対し、『ほら今、意味不明の言語言いましたよ』と返した。なお、話の前後として、ゼタは武器の封印解除の為に合言葉を覚える必要があり、それに対して『意味不明の言語なんて急に言えないわよ』と述べていた



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なにを以て成ったとするのか

「……なんだかお腹が空いてきちゃいました」

「なに!?それは大変だ、エミヤんに至急SOSだ!」

「……ええと、普通の量しかいりませんからね?でも、エミヤさんのお料理は正直楽しみです!!」

「だよねー!」

 

 

 長々と会話していたため、ちょっとばかり小腹が空いてきた、と主張してくるルリアちゃんに合わせ、エミヤんに連絡を取った私。

 向こうもルリアちゃんの名前を聞いた時には多少警戒していたが、普通のルリアちゃんであることを知ったことで、その警戒もすぐに解除されたのであった。

 ……まぁうん、グラブルもわりと悪ノリするタイプの作品だしね、仕方ないね。*1

 

 そんなわけで、エミヤんが持ってきてくれた料理を囲み、束の間の食事タイムである。

 

 

「……ところで、向こうは大丈夫なのでしょうか……?」

(キリア)からの連絡によれば、そろそろ客足も減ってきたみたいだよ?」

 

 

 で、結果的に連続で休憩している形になってしまった私は、本来の順番であるところのマシュが気にしたこと──現状の体験会の盛況具合について、向こうの私からの連絡を受け取っていたのであった。

 ……で、そうして向こうの私のことを話題に出したため……。

 

 

「……そういえば、あの方と貴方の関係性はどうなっているのでしょう?見間違えでなければ、さっきの方は()()キリアさんですよね?」

「う゛っ!?」

「あー!そうですそういえば!あの人、あの有名なキリアさんですよね!?全国ネットの!!」

「うう゛っ!!?」

「あー、『マジカル聖裁キリアちゃん』だっけか?生憎俺は詳しく知らねぇけど……美人さんではあったなぁ」<アトコノピザウメェナ*2

「ううう゛っ!!!?」

 

 

 ……まぁ、このように話題に上がることもあるわけで。わー、人気者だなーキリアちゃんはー(棒)

 思わず白目を剥く私に、首を傾げながら不思議そうにしているのはぬである。

 

 

「……?なにアンタ白目剥いてんのよ、アレだけの有名人と知り合いなんだから、ちょっとは自慢でもするかと思ってたんだけど」

「は、ははは……いやまぁ、これには山より高く谷より深い事情がですね……?」

「はぁ?……はっ!?そういえばアンタ、どっからともなくあの女を呼び出してたわね、まさか……!?」

「んんっ!?」

 

「アンタ、どこでもドアとか持ってるのね!んで、アイツとは友達とか!」

「んー……↓?」

 

 

 思わず『ドヤッ!』という効果音が聞こえてきそうな、そんな感じの邪んぬの推理だが、正直残念感しかないわけで……。

 いやまぁうん、リアルで分身できる奴がいる……という話に思い至らないことには、解決できない話なので仕方ないのだが。

 

 とはいえ、私とキリアが同一人物である、と知られる方がややこしいので、その辺りはなぁなぁにしとくかなぁ、なんて考えていた私は。

 

 

「……?皆様、なにを仰っているのです?あれ、どう考えても影分身だとか、その類いのモノでしょう?」

「なん……だと……?!」

 

 

 思わぬ伏兵(雪泉さん)に、後ろから刺されることに。

 ……そういやこの人くノ一だから、分身とかには詳しい方だったわ!!

 

 周囲の人間達も、彼女の属性について思い至ったようで、最初は「そんな馬鹿な」みたいな反応だったのが、「え、マジで?」という視線をこちらに向けてくるようになり。

 

 

「……マジカル聖裁キリアちゃんです、宜しくね☆

「「「ほ、本物だーっ!!?」」」

 

 

 ……そんな感じで、謎のファンサービスをさせられる羽目になったのでしたとさ。……ふふふ、いっそ殺せよベ○ータ。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでしたー!」

「うむ、お粗末様という奴だ。食後のお茶はどうかね?」

「あっ、頂きますー」

 

 

 食べた食べた、とお腹を擦るルリアちゃんに、料理を持ってきてくれたエミヤんが、食後のお茶を勧めている。

 

 店の様子とか大丈夫?……みたいな心配をする人も居るかもしれないが、そもそもそっちの営業時間は午後十時まで。

 現在の時刻はそれより後のため、エミヤんの仕事はとっくに終了済みである。

 まぁ、飲食できるところが閉まっただけであって、体験会の方はもう暫く続きそうなんだけどね!具体的には日を跨ぐまでは!

 

 

「まぁ、一通りの体験を終えようとすると、どうしても小一時間掛かるようだからな。筐体は複数用意されているとはいえ、どうしても時間は掛かってしまうというものだろう」

「そもそも、当初の予定が間に合っていない……とのことでしたしね」

「あー、本来ならコフィン型の筐体の用意もしておくはず、だったんだっけ?」

 

 

 やれやれと肩を竦めるエミヤんに対し、マシュが注釈を入れていく。

 これはこの発表会の開演前に開示された情報なのだが、実はこの発表会、予定されていた機材が間に合っていなかったとのこと。

 具体的には『FGO』においてレイシフトを行う際に使用される機械・クラインコフィン(霊子筐体)が搬入される予定だったが、トラブルのため間に合わなかったのだとか。

 

 ……うん、見るからにトラブルの元だが、こちらに関しては見た目がコフィンなだけで、中身は単なるフルダイブ筐体とのことである。

 まぁ、フルダイブする時にレイシフトをする時のアナウンスをしてくれる、というファンサービス機能付きらしいのだが。

 

 とまれ、本来より一回の体験会で捌ける人数が減ってしまっている、というのは確かな話。

 その結果、今回の体験会は大分予定がずれ込んでしまっているのであった。

 本来のこの時間帯には、社長からの二度目の発表が行われる予定だったという。……それが後日ネットでの配信になりそうな辺り、予想以上に体験会が盛況になってしまった弊害というか。

 まぁ、会社的には十分な手応えを感じた、ということになるのだろうが。

 

 

「手応え、か。……君はどう思う?()()に関しては、向こうが人為的に起こしたモノだと思うかね?」

「んー……半分くらい、かな?」

「半分?」

 

 

 そこまでの話を聞いたエミヤんが瞳をスッと細め、こちらに問いを投げ掛けてくる。

 ……周囲に増えた『逆憑依』達。それは社長の思惑によるものか?……という質問だったわけだが、これに関して私は『半分は』という風に答えを返したのだった。

 

 と、言うのも。

 そもそもの話、『逆憑依』というのはその発生件数から考えればおかしいくらいに、原理や理屈のわからない部分の多い現象である。

 なりきりをしていた、という行為に引き寄せられるのでは?……という予測こそあるものの、それが全てという訳でもない。【兆し】に突っ込んだ結果変異した、みたいな例も存在する以上、主体は【兆し】の方なのだろうという予測も立てられなくはないが……そも、【兆し】自体が研究し辛いものであるため、この辺りの確認を取ることは不可能に近い。

 

 言ってしまうと、本当に()()()()()()()()()()()()()()()()のだとしても、そこから『逆憑依』になる人とならない人が別れている以上、確実性を持ってこれらを起こしたとは言い辛いのだ。

 ……とはいえ、全くの無関係・偶然起こった事故であると嘯くには、ちょっとばかり怪しい面が多すぎる。

 

 

「だから、()()()()()()()()くらいのモノかなぁ、と」

「起これば良かった、か。……随分とはた迷惑ではないかね?」

「いやー、()()()()()()()()()に間違いがなければ、寧ろ向こうはこう思ってるかも。──()()()()()()()、って」

「……もう一つ?君は一体なにを知っている……?」

 

 

 なので、私の見解を語ったところ。

 ……どうにもちょっと語りすぎたのか、エミヤんからの視線が少し厳しいモノに変わったのを感じる私である。

 これはあれだな、ちょっと『ここで斬っとくべきか?』みたいなことを考えてるアレだな?

 

 こんなところで悪人判定されたりしてはたまったものではないので、弁明しようと口を開いた私は。

 

 

「──大丈夫ですよ、エミヤさん」

「むっ、アーミヤ君。大丈夫、とは?」

「これは勘のようなものですが……彼女にこちらを害する意思は見られません。寧ろこちらを守ろうとする意気すら感じます。そんな彼女が今回のあれこれを問題ない、という態度で受け止めているのですから……」

「……これは一本取られたな。当事者にそう言われては、私も矛を納めるよりないようだ。済まなかったな、シルファ嬢。私も少し、大人げなかったようだ」

ええー……

 

 

 すっ、と話に割り込んできたアーミヤさんによって、あれよあれよという間に話は解決してしまっていたのであった。

 

 ううむ、流石はアークナイツのヒロイン、かつロドスの司令塔。人と人との調停もお手のもの、ということだろうか?

 いやまぁ、本人にそれを言ったら、恐らく「いえ、こういうのはドクターの方が得意ですので……私はそれを真似したに過ぎません」とか言われそうなのだが。

 

 ……でもね、アーミヤさん。

 

 

「…………むぅ」

「あ、え、えと、マシュさん?私の顔に、なにか……?」

「せんぱいの!フォローは!!私がしますので!!!」

「え、ええっ!?」

 

 

 そのポジション、ドクターさんにやってあげてください。

 私にやられると、立場がない後輩が一人おるんですわ……(白目)

 役割を取られたせいで、膨れマシュになっているうちの後輩に、アーミヤさんが大層困惑する姿を見つつ、私はルリアちゃんの髪を三つ編みにしていたのであった。

 え?そんなことしてる理由?そりゃ勿論手持ち無沙汰だったからですがなにか?

 

 

「むーっ!!むーっ!!!ずるいですルリアさん!私の髪が短いからってそんなイチャイチャと!!」

「ええっ!!?わわわ、どうなってるんですシルファさーん!?」

「ははは、わかんねぇだろ、私にもわからん」

(思考を投げ捨てた!?)

(ああなるほど、こっちでのマスターちゃんポジなのね、こいつ)

 

 

 なお、周囲からは驚かれたり生暖かい目線を向けられたりしましたが、正直問題しかありません(白目)

 

 

*1
『エイプリルフール 二日目』というパワーワードが生まれたのもグラブルが切っ掛けである(正確にはその時コラボした『ボボボーボ・ボーボボ』からだが)

*2
無論、原作『ソードアート・オンライン』において、頼んだピザを食べ損ねた話からのネタである



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ややこしみの塊!

「……というわけで、マシュが休憩を終えて仕事に戻ったわけなんだけど」

「掻き回すだけ掻き回して行ったな、彼女は」

「まぁ、わりとそういう部分もあるってのは知っていましたから、特に驚いてはいませんけど?」

 

 

 苦笑を浮かべるエミヤんと、アヴェンジャーの方でよく見た例の表情*1をする邪んぬに囲まれ、微妙に満身創痍な私である。

 ……流石にあれだけあれこれ言ってれば、他の面々も私とマシュがどういう関係なのか、というのには気付いてしまったようで。……なんともまぁ、生暖かい(ニマニマとした)視線ばかり降ってくるものである。

 

 

「ええと……頑張ってください?」

「ありがとうルリアちゃん、私もこれから頑張っていくから」*2

「……そこで私の台詞を使うのはやめてほしいのだが」

 

 

 とはいえ、流石にエミヤんにその反応をされるのは癪に触るので、盛大に彼の行動を揶揄していく私である。

 ……おおっといいのか、あんまり調子に乗るとフリーザ様を持ち出す女だぜ私は?

 

 

「どんな脅し文句だ、どんな。……全く。とりあえず、君は戻らなくていいのか?」

「んー……とりあえずキリア達でどうにかなりそうだし、そっちに関してはいいかな。……ここをエミヤんに任せられるようなら、社長の確保の方に移ろうかなーとは思うけど」

「……ふむ?」

 

 

 はぁ、とため息を吐いたエミヤんが、私に『会場に戻らなくていいのか?』と問い掛けてくるが──向こうの私に確認したところ、人足も流石に少なくなってきたため、無理に戻らなくても大丈夫だろうとのこと。

 

 なので、こっちとしては向こうよりも別の用事──放っておくとまた逃げ出しそうな、ドクターウェストの確保に移るのがベストだろう、と答えを返しておく。

 そう、今回は確かに発表会の手伝いのために来た、というのが主目的だが……同時に、『tri-qualia』内にて起きた騒動の責任の所在を確認しに来た、という面も大きいのだ。

 

 前回──バレンタインに起きたのは、その前の年のバレンタインに現実で起きたとある事件の再現、みたいなものだった。

 いやまぁ、正確には事件そのものが再現されたわけではなく、その事件によって有耶無耶になってしまった、本来開催されるはずだったイベントの再現だったわけだが。

 ……ともあれ、あれを再現しようとした理由、ないしそれに近しいものを社長が知っている、という可能性は相応に高い。

 

 無論、疑似カーディナルシステムを採用しているあのゲーム(『tri-qualia』)が、勝手にネットなどから情報を集めてあれを再現することに着手した、という可能性もあるが……全く情報が零の状態から、あの事件とその影に消えたイベントを探り当てることができるか?……と問われると、正直首を捻らざるをえない。

 

 ゆえに、外部からなんらかの干渉──具体的には『このイベントとかいいんじゃない?』みたいな感じで、システムに提案をした()()が存在する可能性は非常に高い。

 個人的にはそれが社長、もしくは彼処の職員の誰かだと睨んでいるわけだが……だとすれば、彼らにはあのイベントを遂行する理由があった、ということにも繋がってくる。

 

 その理由というものを確認するためにも、社長ことドクターウェストには神妙にお縄に付いて貰いたいのだが……。

 

 

「一応、このあと発表会の締めに挨拶があるみたいだから、それが終わってから……ってことになるね」

「ふむ、発表会と言えば……今のところ、機械類の発表しかしていないように見受けられたが……」

「うん、だから締めの挨拶が長そうだなって……」

 

 

 流石に、やることが残っている状態で取っ捕まえた日には、こちらが悪人扱いされることは不可避。

 ゆえに、彼を取っ捕まえるなら全てが終わったあと──具体的にはこのイベントが完全に閉幕したタイミング、ということになるのだが。……これがまた、まだまだ先が長いのだ。

 

 エミヤんの言う通り、今回のイベントは本来『新作発表会』である。……この『新作』というのが文字通りの新作なのか、はたまた『tri-qualia』の新たなアップデートなのかは不明だが、なにより現状で一番重要なのは、現在その辺りの話が影も形もないということ。

 そう、ゲームソフトの発表ではなく、()()()()()()()()()しか行われていないのだ、今はまだ。

 

 まぁ、現状の技術ツリーでは本来指先すら届いているか不明な技術である『フルダイブ』形式のゲームハードという時点で、話題性も集客性も抜群であるというのは確かなわけだが……逆に言うと、これだけ盛り上がっておきつつ()()()()()()()()()ということにもなるわけで。

 

 

「なるほど、本命の前の発表の時点で話題をかっ浚ってしまっているうえ、その前座の時点で時間が掛かりすぎている……ということですね?」

「まぁ、そういうことになりますねぇ」

 

 

 アーミヤさんの言う通り、現状本命より前座の方が話題をかっ浚ってしまっているわけで。……それで本命の発表時間がなくなりそう、という辺りになんとも言えない苦笑が浮かんでくるが、とはいえそうやって笑ってばかりもいられない。

 

 

「って言うと?」

「さっきは時間が掛かりすぎて後日になりそうな感じだったけど……体験会の列の捌けが良くなったから、ギリギリ普通に発表できそうな時間に落ち着き始めてるんだよね……」

 

 

 首を傾げるクラインさんに説明するのは、予想が外れそうだ、という旨の話。

 

 さっきの食事中の会場の様子だと、どう早く見積もってもまだ二時間ほど掛かりそうな感じだったのだが……体験内容の変更などを行ったのか、一人辺りに掛かる時間が早くなっていたのだ。

 その結果、列の渋滞はすっかり解消し──冒頭に話した通り、キリア混じりでもどうにかなりそうな程度に収まりつつあるわけで。

 

 

「それって悪ぃことなのか?列が捌ける分には、話が早くなりそうなもんだけど」

「これがもうちょっとあとにずれてたらその通りだったんだけどね……なまじ余裕ができちゃったから、後日別動画で発表、とかしなくてよくなったっぽいんだよね……」

 

「……ええと、どういうことなんでしょう、アーミヤさん?」

「ええとですね……残り時間が十分しかないと思って話し始めるのと、残り時間が三十分ある状態で話し始めるの。……どっちが長話になりそうだと思いますか?」

「え?ええと……」

「その例ならば、話をする相手が話好き──朝礼の時の校長みたいなもの、と言う風に定めておくとわかりやすいかもしれないな」

「あ、あー……実際にそこで止めるかどうかはともかくとして、三十分あるなら三十分フルで話しそうな気がしますね……」

 

 

 今みんなが雑に解説してくれたが、制限時間間近で話し始めるのと、制限時間が大幅に残っている状況下で話し始めるの。……どっちが一つの話における情報量が濃くなるだろう、みたいな話というか。

 

 短く簡潔かつ重要な部分はきっちりと、みたいな話し方をするのは、とても難しい。

 相手に伝わりやすくするために例え話を入れると長くなるし、また簡潔に説明しようとすると専門用語による文章の省略が頻発し、却ってわかり辛くなるなんてこともある。

 ……要するに、物事を短く簡潔に伝えられるというのは、ある種の才能が必要とされる仕事なのである。

 

 これを言い換えると、『人は意識して話さないと、基本的に長話になる生き物』ということになる。

 ……で、これをさっきの制限時間云々の話と組み合わせると。

 

 残り時間が短い時、人はその時間内に収まるようにできる限り簡潔に物事を伝えようとする。……とはいえ、あまりに短いと本当に重要な部分しか伝えられない、なんてことも頻発するだろう。

 ──これが、さっきまでの状況。

 時間がないので詳細は後日、という形で一番重要なところだけ伝えておこう、となるパターンである。

 そもそも時間が押しているので、少なくともその日の制限時間を超過することはないだろう、というか。

 ……まぁ、見方を変えると後日発表という形で制限時間を捻り出している、ということにもなるのだが。

 

 対して今の状況。

 時間的な余裕が生まれたため、発表は恐らく予定通りに行われることだろう。

 しかし、よくよく考えてみて貰いたい。──前座の時点でこれだけの盛況である。そんな状況で、本命の紹介など行った日には……。

 

 

「ま、そっちも体験したい……なんて言い出す奴らが大半でしょうね。結果、本来話をするだけなら余裕だった残り時間が……」

「話プラス体験時間になって大幅超過する、と。……なるほど、確かに頭の痛い話だな」

 

 

 とまぁ、そんな感じ。

 

 無論、前座に対して本命が肩透かし、なんてパターンもあるため、一概には言えないわけだが……ここまで隠し立てしている以上、余程自信のある発表が控えている、と考えておいた方がいいだろう。

 

 そういう意味で、ドクターウェストを捕まえるタイミングが難しい、ということになってしまうのだった。

 

 

「え、なんでですか?」

「よく考えて見てください、ルリアちゃん。シルファさんは、そもそもどういう役割の方ですか?」

「……あ、発表会のお手伝いさんです、ね……」

「お仕事延長戦のお知らせでーす。……そういう意味でも今は英気を養いたいというか……」

「あー……そのだな、ピザでも食べるかね?」

「頂きます……」

 

 

 というか、さらに体験会上乗せとなれば、下手すると朝までお仕事コースである。

 ……見えてる地雷、とでもいうべきか。

 思わず深々とため息を吐いてしまう私に、エミヤんは努めて優しい声音でこちらにピザを薦めてくるのであった。

 むぅ、優しさが痛い……。

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで、これからの事態に備えていた私だったが。

 そこで明かされた新作は、人々を混迷の渦に巻き込んでいく、とんでもないモノなのであった。

 

 ──曰く、()()()()()()()()()()

 専用アイテムである()()()()()()を持った者のみが挑戦できる、デスゲームをモチーフにした『tri-qualia』のアップデート。

 フルダイブ専用作品であるそれは、驚きと喜びと困惑を以て、人々に迎え入れられるのであった。

 

 ……いや、突っ込んでいい?どっからどう見ても厄ネタじゃねぇか!?*3

 

 

*1
斜め上に視線を飛ばしつつ、口をへしゃげているあの表情

*2
『fate/stay_night』のとあるルートにおけるエミヤの台詞から。満面の笑みを見せるエミヤが見れるのはここだけ!……なお、この笑顔を検索する時に『大丈夫だよ遠坂』というワードを使うと、何故か満面の笑みのフリーザ様が出てくる

*3
「まさに我輩の如き綺羅星の輝きであーる」「うふふ♡地に落ちた星の間違いではありませんこと?」



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幕間・ホワイトデーにさよならを(できない)

「三倍返しは悪」*1

「突然なにを言い出すのよ貴女は」

 

 

 はてさて、とある日のこと。

 あいも変わらずゆかりんルームでぐだぐだしていた私は、あることを思い出して思わず呻き声を挙げていたのだった。

 

 そんな私の様子に、ゆかりんは呆れたような表情を向けてくるが……いや、仕方ないんだよキミィ。

 

 

「ほら、私って元々バレンタインがそこまで好き、ってタイプでもないでしょ?」

「えー?……あー、そういえば子供の頃は誕生日が近いからって、それらを一纏めにされてたことがあるーとかなんとか言ってたわね貴女……」

「本来無償で貰えるはずのプレゼントが、何故かお返しの対象となるこの理不尽!貴様にこの私の怒りが理解できようか!」

「……いや、したくないわよそんなの」

 

 

 記念日と混ぜられる悲哀、ってのはわかるけど。

 ……とまぁ、かなり他人事な態度のゆかりんであるため、制裁としてほほを引っ張ってやったところ。

 

 

「……なるほど、ですから『三倍返しは悪』、なのですね」

貴方(ちぇん)貴方(ちぇん)で今の言葉からなにを理解したって言うのよ……」

「それは勿論、キーア様の怒りの度合い……とでも申しましょうか?」

「ううむ、流石に男性だとわかって貰えるか……でもなー、女性側に理解して貰わないとあれなんだよなー」

「???」

 

 

 給湯室から出てきたジェレミアさんが、紅茶の追加を注ぎながらうんうん、と頷いていたのだった。

 

 ……うーん、男性側が納得してくれるのは嬉しいんだけどなー。でもなー。

 などと、小さく唸る私だが、ゆかりんは相変わらずはてな顔。

 ……むぅ、結局言葉にして説明しないと伝わらない、ということなのだろうか。正直なところ、空気を察して向こうが気付いてくれる、というパターンがこの場合最良だと思うのだが。

 

 とはいえ、どうにも必死さとかの部分の認識が共有できていないのも確かなので、渋々声を挙げる私なのであった。

 

 

「ほら、本来無償で貰えるはずの、って言ったでしょ?……無償()なんだから幾つかけても零では?ってなりそうだけど、うちの場合貰ったモノが高ければ高いだけ、返さなきゃいけない程度が上がってたのよ」

「……ええ?そんなバカな、だってプレゼントでしょう?」

「プレゼントの前にバレンタインなんですわ。うちの母親あんなんだけどその辺りは結構きっちりしてるんですわ」

 

 

 なんだっけ、夫婦円満のコツは基本的に妻が夫を尻に敷くこと、だっけ?(適当)

 ……もしくは、相手が相手を尻に敷いているように()()()()()()()()、だったか。

 どちらにせよ、相手の横暴も許せるくらいが丁度良い*2、みたいな話だったと思うが……ともかく、こういう時に無茶苦茶言う相手というのはそれなりにいるので、今から慣れておきなさい……的な論調だったというのは確かである。

 

 ……これだけだとなんか、私が虐待でもされてたのか?……って誤解されそうなので補足しておくと。

 そもそもバレンタインと混じっているため、貰えるモノはそこまで高価なものではなく、三倍しても精々千円そこらにしかならなかったし。

 仮に高いものを貰って、お返しのためのお金が足りない……なんて場合には、家の手伝いとかで賄えた……みたいな部分もあったりはするのだった。……え?家族以外のチョコ?ははっ(乾いた笑い)

 ……そもそも大前提として、他の兄弟が生まれるまでの間は誕生日とか関係なしにあれもこれも買い与えられていたため、それによる価値観のズレを矯正する意味合いもあったのだろうとは思うのだが。

 

 まぁともかく。

 誕生日という名目で貰ったモノを、後日熨斗付けて返さなければならない、というのはそれなりに不満を抱かせるモノであった、というのは間違いあるまい。

 特に!家族以外のチョコが!……義理と言いつつ無駄に高いものを寄越してくるんじゃないよマジで!

 

 

「あいつら絶対面白がってたよマジで……そりゃまぁ所詮は子供の買うようなもんだから、対して値は張らないものだったけど……渡せば必ず三倍になるってんでどいつもこいつもポイポイ渡してきやがって……どんだけ家の手伝いしたことか……」

(……んん?なんか変なこと言ってないこの子?)

(言ってますが……触れるのは止めておきましょう。逆ギレされても面倒ですので)

(よねぇ……)

 

 

 まぁそんなわけで。

 実は、ホワイトデーというものにあまり良いイメージのないキーアさんなのでしたとさ。

 

 

「その点、最近のバレンタインは最高だね!女子から贈るものって形式が崩れて、お互いに渡すって形になってきたから、わざわざホワイトデーまでお返しを待たなくていい!結局三倍の根拠って利子的なモノだから、その場で返す分にはなんの問題もないし!」

(……なんだか聞いてて悲しくなってきたんだけど、どうしましょ?)

(触れないでおきましょう。これはダメなやつです、確実に)

 

 

 そういう意味で、近年のジェンダーフリーな考え方は万々歳である。なにせその場で渡し渡されしてるのだから、あとからお返しを……なんてことを考えなくて済む!

 なんか他二人からの視線が生暖かくなってる気がするけど、私は気にしない!我が世の春が来たー(キター)!!

 

 

「──まぁ、そんな安心感もどっか行っちゃったんですけどね、初見さん」

「わぁ!?いきなり落ち着かないで頂戴な!?」

 

 

 なお今の私の状況。

 ……本来なら女の子同士とか、普通にチョコの交換とかやりまくるモノのはずが。

 うん、お察しの通りというか以前説明した通りというか、私が手作りチョコを作成するのは死人が出る……ということで、渡せるモノが既製品しかないのである。

 それにしたって、あまり高いものを選んでしまうと、

 

 

「こここ、これはせんぱいからの本命チョコ!?」

「はぁー???マシュさんってば能天気ですねぇ、BBちゃんの貰ったやつの方が高いんですけど本命なんですけどー?」

「はぁー?????なにを言ってるんでしゅかねこのダメAIは。そんなの溶かして型に入れただけでしゅよ!」

「(そりゃ全員分そうでしょうよ……)……そう言えば、チョコをツマミにお酒を呑んだのって、この場合お酒分も貰った金額に含まれるのかしら?」

「「八雲さん!?」」

 

 

 ……とまぁ、今のはあくまでも想像()だが、そんな感じに不毛な争いを引き起こす可能性が十二分に存在するわけで。

 結果、私から渡せるのは面白味の一つもない、そこらで売ってる板チョコとかと(値段的には)同じになってしまうのだった。

 

 で、それに対して、こっちに渡してくるやつらのチョコの豪勢さよ。

 ……流石に家が立つようなモノを渡してくる人間は居なかったが、それでも手間隙掛けて作られたとすぐに理解できるようなものが大多数。

 そうなるとどうなるのか、というと……。

 

 

「成立してないのよ、物々交換が!友チョコとしての体裁が!!これ私だけ貰い過ぎてるやつ!!!」

「あー……」

 

 

 単純に考えて、こっちのあげたモノと相手がくれたもの価値が()()()()()()()のである。

 その結果、差額分が残ったままホワイトデーを迎えてしまった、ということになるわけで……。

 つまり、さっきの論理を元に考えると、その差額分の三倍返しを要求される可能性が大いにある、ということになるのだ!!

 

 

「だから言ったのよ、三倍返しは悪……って」

……無意味に律儀ね、この子

紫さま、出てしまっていますよ、口から声が

「おおっと」

「……ええぃ、イチャイチャするでないわそこの二人!!」

 

 

 つまり、私はこれからチョコのお返しをするため、あちこち駆けずり回らなければいけないのだ!

 ……だというのにこの主従、人の目の前でこそこそとイチャイチャしおってからに!もげろ!どことは言わんがもげてしまえ!!

 などと、思わず地団駄を踏んでしまう私なのでありましたとさ。うーん、そこはかとないぐだぐだ感。

 

 

「とはいえ、それを私達に言われても、ねぇ?」

「まぁ、本人が頑張らないことにはどうにもなりませんから、ねぇ」

「ぬぐぐぐ、正しく他人事だからってこの冷たい対応よ……というか、ジェレミアさんに関しては別に完全な他人事、ってことでもないでしょうよ!!」

「と、言いますと?」

 

 

 思わず声を挙げる私に、ジェレミアさんは不思議そうな顔で首を傾げている。……ふん、そんな態度を取っていられるのも今の内だぜブラザー!!(謎のテンション)

 

 

「貴方だって、ゆかりんに凄いの貰ったんでしょう!酒の席ゆかりんがもじもじしながら嬉しそうに語ってたの聞いもがっ!!?」

「きゃーきゃーぎゃー!!?唐突になに言ってるのこの子は!?」

 

 

 それというのも、ホワイトデーは基本的にお菓子会社の陰謀によって生み出されたものだが──それによれば、根本的にはバレンタインの対・女子からチョコを貰った男性が、お返しと称してなにかを渡す、というのが基本型である。

 

 無論、昨今のバレンタインのジェンダーフリー化により、ホワイトデーの需要が落ち始めているのは確かだが……だからといってホワイトデーという文化が消滅するか?……と言われるとノーだと言わざるをえまい。

 いやまぁ、海外には無い文化らしいので、外に行けば幾らでも消えるのは確かなのだが……そこは置いといて。

 

 ともかく、バレンタインに女子が渡し、ホワイトデーに男子が返す、という形はそう崩れるモノでもないだろう。

 ゆえに、その辺りの対象になりそうな人物──この場ではジェレミアさんが、話題の中心に挙がるのは最早既定路線だったのである。

 

 聞いたところによれば、どうやらバレンタイン当日のゆかりんは大層張り切ったそうで。

 ……流石に「プレゼントはわ・た・し♡」みたいなベタなことはやってないだろうが、それに準ずるくらいの愛情をチョコに込めた、というのは酒の席での彼女の態度から容易に察せられる。

 

 ──つまり、それの三倍返しを要求される立場にあるジェレミアさんは、ポジション的には私とそう大差ないのだ!多分!!

 

 

「──ふむ。なるほど、ゆえに一緒に苦しんでほしい、ということですね?」

「苦しむだなんてそんな。私はただ、有能な方に私へのアドバイスもして欲しいなー、なんてことを思っているだけですよ?」

 

 

 ……とまぁ、そんなわけで。

 ここに、ホワイトデーのお返し考え隊、という大層頭の悪いチームが結成される運びとなったのであった。

 なおゆかりんはバレンタインにやったことを思い出したのか、顔を真っ赤にして轟沈しました。……女神いる?*3

 

 

*1
ホワイトデーのお返しで、よく言われるもの。根拠はないし、これ自体も某かの週刊紙が勝手に言い出したモノとかなんとか

*2
お互いがお互いを尊重し合えるのが良い、とした上での話。実際、誰も彼もが聖人君子のわけがなく、本音や本質をさらけ出すなんてことはない。……ゆえに、表面上は上手く行っていても、その実地雷がその辺りに埋まっている関係、というのは意外と多い。なので、どっちかがどっちかに好きにさせておき、かつ「好きにさせてやってるんだ」と認識しておくのもまた円満の秘訣ではある、ということ。無論、それが全てにおいて絶対上手く行く秘訣、なんてことはあり得ないので、究極的には「ちゃんと相手のことを見よう」という話に帰結するのだが

*3
『艦隊これくしょん』でのキャラのロストシステム『轟沈』と、それを防ぐアイテムである『応急修理女神』のこと。『応急修理要員』の上位版であり、装備状態で轟沈すると体力や燃料・弾薬が全回復する



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幕間・ホワイトデーのホワイトとは、マシュマロのこと(真っ赤な嘘)

「と、言うわけで。ここにホワイトデーのお返しに悩む者達の同盟が結成された、というわけなのですが……」

 

 

 はてさて、場所と時を移しまして。

 郷内のとある喫茶店(※ラットハウスではない)に集合した私たちは、頼んでおいた紅茶を口に付けつつ、これからどうしようかと口々に案を出しあっていたのでありました。

 

 

「無難にデート……なんて風に思ったけど、それだと常日頃と大して変わらないんだよなぁ」

「ホワイトデーを特別なものと捉えるのなら、普段通りだと文句を言われる可能性が高い……ってことか?」

「そうそう」

 

 

 なお、私とキリトちゃんという『見た目は女子』な人物が混ざっていますが、その辺りは気にしないで貰いたく。……ポジション的に男性側だからいいよね、みたいな?

 

 ともあれ、キリトちゃんがアスナさんににゃんにゃん(死語)*1されている、というのは最早周知の事実。

 そのため、デートなんかも常態化していることになり、特別感が薄い……なんてことになっているのでしたとさ。

 

 ……いや、よくよく考えたら『にゃんにゃん』ってなんやねん。公序良俗とか風紀の乱れとかどうなっとんねんこれ?ハラスメントコード実装しといた方がいいのでは??

 

 

「その辺りの制限は、仮に合っても効きそうにありませんがね」

「……同性間でもセクハラは成立する、ってところから議論が必要かー」

「異性間だと幾分簡単なのですけど、ね」

 

 

 そんなツッコミは、冷静なジェレミアさんに軽く寸断されてしまったのでしたとさ。……まぁうん、同性間のセクハラ云々って、線引き難しいから明文化するの難しいしねぇ……。*2

 

 例えば、である。

 修学旅行みたいな『赤の他人』が一緒に寝泊まりする環境下において、風呂場で相手の裸を見るのはセクハラか?……という話がわかりやすいか。

 

 これが異性間であれば、あからさまに『アカーン!』となるわけなのだが……それが同性間となるとどうだろう?

 ジロジロ見るのはよくない、みたいなことは言われると思うが、それをセクハラであると訴えられる……なんてことは、そうないことなのではなかろうか?

 ……というか、大浴場をみんなで使う……みたいなパターンだと、嫌でも見る機会ができてしまうというか。

 

 場合によっては特定部位(女子なら上半身、男子なら下半身)の大きさを競う、なんて事態にも発展したりするわけで。

 そしてそんな行為にいやらしい意味が含まれている、なんてことは早々ないだろう。

 ……この話がめんどくさいのは、『早々』というように場合によってはそういう意図でやっている人もいる、というところにあるわけで。

 

 根本的に、人の意思というものは縛ることができない。

 外から間接的に禁止にしたりすることはできるものの、実際に相手が脳内でなにを考えているのか?……ということを外から窺い知ることができない以上、可能性だけは常に存在し続けてしまう。

 疑わしきは罰せず、としなければ幾らでも罪をでっち上げられるし、その逆も然り。()()()()()()()()()()()()()()、なんてことは往々にして起こることであるのだ。

 

 ゆえに、同性間のセクハラというものは、定義するのが難しいのである。

 異性間なら状況を満たせば悪、という風に雑な決定もできるが、同性間でそんなことをすれば、あらゆることが立ち行かなくなるがゆえに。

 

 

「人の善意に頼っている、という面が少なからずありますからね。ゆえに、一欠片ほどの悪意で滅茶苦茶になる、という面もあるのですが」

「大変だねぇ。……ところで、なんの話してたんだっけ私たち?」

「……おい」

 

 

 思わず「世知辛いねー」みたいなテンションになってしまったが……違った、今回こういう話をするために集まったんじゃなかったんだった。

 ……というわけで、軌道修正。

 元はと言えばキリトちゃんがセンシティブな話をしたから悪いんだ、ということになった。

 

 

「いやなんでだよ!?」

「同性同士だと注意し辛い、というやつですね。冷静に考えて、公衆の面前でイチャイチャなどしていたら、注意されるのはある意味普通のことなのですが」

「なんかこう、百合だといいかなー?……みたいな人がオタクには多いよねー」

「……いや、だから話がずれてるっつーの」

「おおっと」

 

 

 そんなわけで、ペナルティとしてみんなに一つなにかを奢る羽目になった、憐れなキリトちゃんである。

 ほんのり涙目な彼女に免じ、この店で一番()いモノを頼むことにし、店員を呼ぶ私達。

 

 ……暫くして、一息吐いた私たちは、いい加減本題に戻ることになるのだった。

 

 

「で、結局なにを返すのが一番いいのかね?」

「三倍返しだっけか?……値段で考えられるもんじゃない時はどうすりゃいいんだろうな、マジで?」

「ええと、ハセヲ君はうちのリリィからだっけ?……ってことは手作りチョコかー」

「それは貴女のような、湯煎したモノを固め直したやつ……というわけではなく?」

「うん、カカオから作る本格的なやつ。……キャストリア混じってなくて良かったね、って言っとけばいい?」

「それに関してはマジで『それな!』としか言えねぇ……」

 

 

 次に話題に上がったのはハセヲ君。

 原作ゲームでも複数の人物から行為を寄せられていた彼にしては珍しく、ここではそこまでモテモテ……というわけでもないらしい。

 具体的にはアルトリア……ここでは敢えてリリィと呼ぶが、彼女から貰った『ちょっと豪勢な』義理チョコ、くらいのものだったとか。

 ……まぁうん、あまりにも豪勢だったモノだから、意図せず他の人への牽制になっちゃったんじゃねーかなー、なんて気持ちも無くはなかったり。

 なお、リリィ本人的には多分『お世話になっている異性への贈り物……なるほど、ハセヲさんですね!』くらいの、甘さもへったくれもない思考の果てのモノでしかないのだが。

 

 

「元が王族ですからね。結婚相手は基本政略結婚……みたいな感じの筈ですから、恋愛どうのの思考には繋がり辛いのでは?」

「うーん、普通のアルトリアとは別方向でアレ……」

 

 

 なお、彼女がそんな感じなのは、恐らく貴族──その中でももっとも高貴な存在である王族だから、というのが最有力候補だったり。

 ……まぁ、アンリエッタとしての元ネタ側の、彼女の扱いからしてさもありなん。

 

 ともかく、彼女自身がそんな感じなので、そこまで真剣にお返しについて考える必要もないんじゃないのかなー?……なんて思わなくもない私である。

 いやまぁ、材料費だけ見ると安いけど、工賃とかまで考えたら高くなりそう……みたいなハセヲ君の懸念もわからなくはないんだけどね?

 

 

「でもさぁ、実際()()()()()()()()()()に値段を付けるのは無理くない?」

「中身がスポンジケーキになっているとはいえ、総量からすると安いと言っても千そこらではないだろうからなー」

 

 

 そう、なにを思ったのかこのリリィ、自身の元となった要素からチョコの着想を得てしまったのである。

 それが槍のアルトリアと、アンリエッタの故郷。……即ち、チョコでトリステインの城を再現しよう、などという狂気の発想である。

 

 無論、流石にがっちり中までチョコたっぷりだと(色々と)重い、ということもあって中身はスポンジケーキだが……寧ろそれを精巧な城として成型する、という別方向の重さを披露してしまっているわけで。

 そりゃまぁ、ハセヲ君がお返しに悩むのも宜なるかな、というわけなのであった。

 

 

「……エミヤんに師事して貰って、同規模のお菓子を作る……みたいなのが実現可能なラインかな……」

「あれに対抗できるもん……だと……!?」

 

 

 結果、グリーマ・レーヴ大聖堂を模したケーキでも作り返すしかないのでは?……という、大分無茶なプランが提案されることとなったわけだが、私たちは謝らない。

 彼には頑張ってエミヤんに師事し、完璧なケーキを作って貰いたいものである。

 

 というわけで、都合二人?分の議論が終わったわけだが。

 ……問題は寧ろ、残りの二人に掛かっているのであった。

 

 

「……見た目的にロリコンなんだよなぁ、ジェレミアさんと八雲さんって」

「実態的には逆なんだがな」

「おおっとハセヲ君、ゆかりんの年齢に触れちゃあいけないよ?何処から聞いてるかわかったもんじゃないからね。……まぁ今回はベッドで顔を埋めて足をバタバタしてるだろうから、聞かれる心配は微塵もないけども」

「怖っ」

 

 

 まず第一例、ジェレミアさん。

 彼のお相手はゆかりんということになるのだが……ご存じの通り、ここのゆかりんは原作のそれと比べると少女味マシマシ仕様。

 つまり、ジェレミアさんと並べると良くて執事と主のご子息、下手をするとロリコン男爵になってしまうのである。

 ……まぁ、その実態はどちらかというとゆかりんの方が歳上であるため、概念的にはおねショタになってしまうのだが。……おねショタとは?(哲学)

 

 

「んで、大問題のキーア……と」

「寧ろアンタはいつ付き合うんだっていうか、実は俺のこと突っ込めないくらいにクズヤローだよな……」

「ええいシャラップ!まだ誰とも恋仲になぞなっておらんわ!!」

「それはそれで最低の発言では?」

 

 

 そんで大詰め第二例、私ことキルフィッシュ・アーティレイヤー。

 こやつ少なくともマシュとBBちゃんにお返ししなきゃいけない上、場合によってはそれ以外の数名にもお返し投げなきゃいけないクズヤロー(自虐)なのである。……違う、クリボーが勝手に!()

 

 まぁともかく、ここに集まった面々の中で一番大変そうなのが私、ということは満場一致のようで、みんなからの視線は哀れみ混じりのモノばかり。

 ……言うて五十歩百歩だからなこのヤロー、などと捨て台詞を吐きつつ、どうしたものかと頭を抱える私なのでしたとさ。……いやマジでどうしようねーこの状況……。

 

 

*1
男女の関係を意味する隠語。由来は1980年代に起きたとあるスキャンダルにおいて使われた見出しから……とされることがあるが、正確なところは不明。当時の女子校生が使ったモノに発端がある、などという論説もある。少なくとも『おニャン子クラブ』(1985)よりは古いようだ

*2
相手が嫌だと思うのならダメ、という論説で縛ろうとするとそもそも風呂にもトイレにも行けなくなるのがとても難しい(見られるのが嫌、という人は少なからず存在する為)



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幕間・真剣に悩めばそれでいい……なんてことはない

「一番いいのは『プレゼントはわ・た・し♡』ってすることなんじゃないか?」

「おう、私が縦に裂かれるか・横に裂かれるか?……みたいな賭け事してんじゃないよ」

「裂かれるのは確定なのな……」

 

 

 いや、大岡裁きでももうちょっと躊躇するわ。*1

 いやまぁ、確かに私が二人とか三人とか、そんな感じで該当人数分に増えるのが、現状一番マシな解決法だという気はしないでもないけども。

 

 ……とまぁ、そんな感じで他の面々からの提案が幾つか飛んでくるのだが……そのほとんどが、今言ったような正直案とも言えないような極論ばかりであり、こんなん参考にはできへんよ……と頭を抱えるばかりの私である。

 っていうかさ、なんかすっかり私が何股もして相手を泣かせているクズヤローって認識になってるんだけど、これっておかしくないかな?

 

 

「え、マジで言ってんのかよそれ……」

「ヤメロー!そんな目で私を見るんじゃねぇー!!私は攻略王*2でも屋根裏のゴミ*3でもねぇー!!!」

「うーん、欺瞞だなぁ」

 

 

 せやから、私はまだ誰とも付き合ってない……って言ってるじゃないですか!

 というか、そもそも粉かけてる*4つもりなんか一切ねーから!

 ……とあれこれ弁明してみるけれども、他の面々からの視線は変わらないどころか、ますます冷たくなるばかり。

 なんでや!私は悪くねぇ!!悪いとすれば時代が悪いんや!!!

 

 ……とはいえ、こうして幾ら主張してみたところで、彼らが意見を翻す見込みもないわけで。渋々、意見を引っ込めて黙ることになる私なのであった。

 くそぅ、今に見てろよ貴様ら……君らの他のヒロイン達が現れた暁には、躊躇いなく全員揶揄りきってやるからな……!

 止めてって泣いても止めてやんないからな……っ!!

 

 

「止めろよ、いやマジで止めろよお前。……つーか、俺も別にアイツと付き合う云々の話じゃなく、単に貰ったから返すってだけの話だからな?」

「うるせー!!お前は一番アレなタイプの主人公だろうがよえーっ!フラグ立てれば誰とでもくっつくっていう、一番節操なしタイプのヤツー!!」

「てめっ、それは触っちゃいけないとこだろうが!?」

「……正直な話、私からすれば皆さん似たり寄ったりなんですがね」

「あー、それに関してはそうですね、としか返せないッスね……」

 

 

 なお、そうやってあれこれ騒いでいたら、みんな五十歩百歩だとジェレミアさんに呆れられたのでした。

 まぁうん、貴方ほどの人が言うんなら……そらそやなとしか言えんわ……。*5

 

 

 

 

 

 

 まぁ私の話は一先ず脇に置いて。

 ここにいるメンバーの中では一番健全かつ安心?な人物である、ジェレミアさんの話に移行するわけなのだけれど。

 

 

「……というかそもそもの話として、従者と主人って関係であれこれするの、わりとインモラルなのでは……?」

「なんというかこう……女性向け雑誌的な空気を感じないでもないな……」*6

「その台詞を現在女性である貴方が言ってること自体が、わりとバグなのではありませんかな?」

「それもそうだな……」

「おい?」

 

 

 うーん、周囲に多数の異性の影が見えないという一点のみで彼を健全な方と称したものの、よくよく考えたらこの人もこの人でわりとアレなのでは?……と思ってしまった私たちである。

 

 さっき(前話)も言ったが、彼とゆかりんを並べた場合の外からの印象というのは、ほぼほぼ執事とその主の娘……という感じに落ち着くことだろう。

 パッと見で当の主がゆかりん(ロリっ子)である、と気付ける人はそう多くないはずだ。

 ……実際に二人の関係を紐解くと、肉体年齢的に見ればわりと適性・実年齢で考えるとげふんげふん……みたいことになってしまうわけなのだが。*7

 

 

「老けてるように見えるけど、ジェレミアさんってまだ二十代だからねぇ」

「……えっ、マジで?!見えねぇ!?」

「あっはっはっ、もうすぐ三十路になろうかという年齢ですがね」

 

 

 なお、ゆかりん(でっかいモード)の見た目年齢が二十代前半なのに対し、ジェレミアさんの原作での年齢は二十八~二十九。

 そっちの見た目で考えるとわりと良い感じの状態になるので、仮に二人がデートでもするのなら、ゆかりんは変身した方が良い……ということになる。

 

 ……ジェレミアさんがまだ二十代である、ということにキリトちゃんが驚いていたが、実際二十代後半以降になると、人間の年齢を外見から判別するのが難しくなるような気がする私である。

 いやマジで。まだ男だった時にバイトしてたとある古本屋とかでよくあったことだけど、買取のために免許証とか出して貰うと五十代くらいに見える人が二十代だったとか、反対に十代かなーなんて思ってたら三十路だったなんてこと、結構な頻度で発生してたし。*8

 

 ……話がずれたので元に戻して。

 ともかく、単純に横に並べると違和感MAXになるのがゆかりん&ジェレミアさんなわけだが、それを越えても役職的にどうなん?……みたいな問題が出てくるわけで。

 

 そも、ここにいるジェレミアさんは、一応ポジショニング的には(ちぇん)なのである。……原作的に考えると一番したっぱということになるわけで、なんというかこう……玉の輿*9とは違うけど、その系列のなんか変な色眼鏡で見てしまう感が出てくるというか。

 

 

「……そもそもの話、紫様は私に懸想をしている、というわけではないのでは?」

「なんでそんな唐突にクソボケ発言したんです?」*10

「流石に俺も擁護できねぇ……」

「うん、右に同じ」

「あ、あれ?」

 

 

 いやまぁ、気持ちはわかる。

 ゆかりんの好みのタイプはロマンスグレーなおじ様だが、流石にジェレミアさんはそのレベルまで老けてないってことは。

 ……とはいえ、推しと好みが違う*11なんてことは幾らでも起きうることだし、そもそもあのレベルのモノを貰っといて本命じゃない、とか言い張るのは私が突っ込んでも許されるレベルなわけで。

 ……え?それを言うってことはお前もわかってるんだよな、だって?……ノーコメント。

 

 

「ともかく。受ける受けないは二の次で、とりあえずお返しだお返し!なにを返しましょうかジェレミアさん!」

「そ、そうですね!しっかり考えなければ!」

「諸々全部ぶん投げやがったぞこいつ……」

「まぁ、追い詰めすぎても仕方がない……ってやつだろ?実際、今回の集まりは『お返しをどうするのか?』ってところが焦点だから、単にもとの話に戻っただけだし」

 

 

 そういうわけで、話を(無理矢理)戻して、みんなになにをお返ししようか?……と問い掛ける私と、それに乗ってくるジェレミアさんである。

 ……ハセヲ君がずっっとうだうだ言っているので、こうなったらこやつもリリィとくっ付ける方向で行動してやろうか、みたいな仄暗い決断が鎌首をもたげたが、今のところは内密に計画するだけに留める私であった。

 

 ……覚えとけよこの野郎……。

 

 

*1
江戸時代の名奉行・大岡忠相(おおおかただすけ)が下した判決のこと。ここでは子を取り合って左右から引っ張る母達の話『実母継母詮議』のことか。なおこの話、本来は中国から伝わってきた説話であり、それもまたソロモン王の話が元ネタなのでは?……など、大岡本人が判決を下したモノはほとんどなく、基本的には後世の創作だとされる

*2
この場合は『攻略王ロイド』のこと。『テイルズオブシンフォニア』の主人公、ロイド・アーヴィングと、『零の軌跡』の主人公、ロイド・バニングスの二人が該当。性別問わず相手を虜にする様は、まさに(恋愛的な意味での)攻略王である

*3
通称『屋根ゴミ』。『ペルソナ5』の主人公の蔑称であり愛称(?)『ペルソナ』シリーズは仲間との絆によって能力を高める、『コミュ』というシステムがある。その為、ゲームを優位に攻略しようとすると必然的に八方美人めいた動きになっていくのだが……その結果が5の主人公の『最大10股』である。……なお、ゲームシステム的にそうするのが効率的、というだけなので、主人公が本当に屑みたいな人、というわけではない。その辺りを理解せずに使うと単なる罵倒になる台詞なので注意。ちなみに最大で『10股』できるのも、歴代主人公では彼だけなのでその辺りも注意

*4
自身に興味を惹かせる為に(異性に)声を掛けること。由来は『相手に惚れ薬を掛けること、その動作』なのだとか

*5
キリト・キーアは言わずもがな、ハセヲも原作では色んな人とのフラグを立てている。ゲームだから仕方ないね!なお後年発売した『vol.4』では、原作で唯一フラグを立てられなかった相手(オーヴァン)にも、改めてフラグが立てられるようになっている(語弊を招く言い方)

*6
少女漫画とかレディースコミックとかのこと。ジェレミアさんのビジュアル的にわりと似合うと思われる

*7
紫の実年齢は千を越えている。元ネタというか同一人物というかな、とある人物相手だと二十歳前になるので、そっちならわりと良い感じの年齢差になるかも?

*8
免許や保険証を提示されて初めて『!?』となる現象。『その年齢でその髪の後退っぷりは』……などと思ってしまうこともあるし、『いやその白髪まみれの髪はどう見ても……え、歳下!?』……なんて思うこともある。無論、その反対パターンもわりとある。人間五十年、なんて話もあるので、もしかしたら二十以降五十手前辺りは対して変わらないのかも?(普通は老いで死ぬのは珍しいのでは?的な話)

*9
『玉』は美しいモノの総称。『輿』は貴人を乗せる為の乗り物のことで、つまりは『美しい貴人を乗せて行く乗り物』のこと。身分の高い人に見初められた女性もまた、この『輿』に乗せられて嫁いでいくことから、いつからか『身分の低い女性が、身分の高い男性に見初められること』を『玉の輿に乗る』と言うようになったのだとか。対象が男性の場合は『逆玉』という

*10
(恋愛的に)鈍感な発言をする相手のこと、及びそんな相手に対しての魂の叫び。元々はとある掲示板において、鈍感な態度を取った相手へのツッコミとして使われていた『TOUGH』の画像が元ネタとかなんとか

*11
好きなものと好きな人は別カテゴリ、という話。たまに一緒になっている人もいるが、基本的には別れていた方が生きやすい



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幕間・君と私の特別な

「……ううーん。正直な話、これといって上手いと言える案が出てこないというか……」

 

 

 机にぐでっ、と顔を伏せる私。

 そのまま顔だけを上にあげ、他の面々を眺めてみるが……まぁ、大体みんな同じ顔。

 憔悴こそしていないものの、『我名案無(なーんも思い付かん)』とでも言いたげな表情を浮かべていたのだった。

 

 ……まぁうん、キリトちゃんとハセヲ君に関しては、相手が一人きりだしすぐに決まるかなー、なんてことを思いながら、気分転換も予て改めて考え直したのだけど……これがどうにも甘かったようで。

 

 

「……そもそもの話、チョコのお返しってなにが良いんだ?」

「ん?んー……一応、同じようにお菓子をお返しするのが一般的だと思うんだけど……贈るものによっては意味が違ってくるんだよねー」*1

「……意味?贈るもので意味が変わってくるのか?」

「バラを贈る時に、その本数で花言葉が変わる……という話を聞いたことはありませんかな?それと同じように、贈るお菓子の種類によっては、相手に対してどう思っているのか?……みたいな意味が付随することがあるのですよ」*2

「……いや、当たり前に話題に出されたけど、バラ云々の方も初耳なんだが」

「まぁ、普段は意識しないからねー」

 

 

 一番簡単そうなキリトちゃんのお返しについて話していた時、話題に上がったのは『お返しする物によって意味が変わる』という話。

 

 ……バラの花言葉はわりとややこしく、色や本数だけではなく、その状態によっても変わるのだという。

 例えば赤いバラを一本贈るとすると、その花言葉は『赤』と『一本』の花言葉が適用され、『一目惚れをしました、貴方を愛しています』という、一般的にバラを贈る時にすぐ思い浮かぶような意味合いが付与される。

 ……これが『百八本』のバラならば『結婚してください』というプロポーズの言葉になるし、はたまた青色のバラなら『奇跡』とか『夢は叶う』なんて意味になる。

 枯れたバラにも花言葉があったりする辺り、バラというのはとても奥深いものなのだ。

 

 ……で、流石にそれには劣るものの、ホワイトデーに贈るお菓子にも、個別に意味というものが付与されているわけで。

 例えばよく贈り物にされるクッキーだと、その意味は『貴方とは友達のままで』となる。

 クッキーはよく贈り物にされることもあり、特別な日であるホワイトデーにもそれを贈るということは、すなわち相手に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と示してしまうことになるのだとか。

 

 因みに友チョコ交換などもあるチョコレートだが、ホワイトデーに渡してしまうと『貴方の気持ちは受け取れない』なんて恐ろしい意味になるのという。

 これは恐らく、扱いとしては()()()()()()()()()()()()()()()判定になっているのだと思われる。

 なので、間違ってもホワイトデーにチョコを渡す、なんて暴挙を侵すことだけは止めた方がいい……という話になるのであった。

 

 

「……怖っ!?」

「うんうん、怖いよねー。男側はあんまりそういうの気にせず渡しちゃうけど、向こうはその『意識していない』ことを無意識が現れた結果、なんて風に捉えちゃうから要注意だねー」

「この場合ですと……やはりクッキーが当てはまるのでしょうね。相手のことを特段意識せず、とりあえずお返しを渡そう……と思ったのだろうということが、如実に現れているとも言えますし」

 

 

 なおこのお菓子の意味、バレンタインで渡す時には意味が違うモノと意味が同じモノがあるので、わりと注意が必要である。

 具体例をあげるなら、チョコはわかりやすく違い、クッキーは大体同じ……みたいな感じ。

 まぁ、バレンタインの場合はチョコクッキーみたいな形になることも多く、そこまで単純に答えられるモノではないのだろうけど。

 

 で、ここまで話題にしたところで、キリトちゃんがすっかりホワイトデー恐怖症になってしまったのである。

 ……いやまぁ、気持ちはわかる。高々贈り物程度にここまであれこれ意味があるとなると、怖くなってプレゼントしにくくなるっていうのは、ね?

 

 まぁ、そういう人のために店員さんがおすすめを教えてくれたりするわけだし、そもそもここで出たそれぞれの意味にしたって、酷い言い方をすれば世間で勝手に決められたモノなので、気にせず自分が選んだものを渡してもいいとは思うのだけれど。

 

 ほら、渡す時にちゃんと思いを伝えれば、勘違いされずに済むし?

 

 

「それが一番難しいと思うんだが……」

「あれー?!」

 

 

 なお、キリトちゃんからは不評であった。

 ……あーうん、ここのキリトちゃんはキリトではあるけどキリト()ではないから、原作キリトの感覚が微妙に反映され切ってないから、大切な人に大切と伝えられなかった後悔とかがフィードバックされてないところがあるので、そのせいかもしれない。

 

 まぁそんなわけで、キリトちゃんの話は一先ず脇に置き、代わりにハセヲ君の話に移ったのだけれど。

 

 

「……アレに対してなにを贈ればいいのかわからん」

「あー……」

 

 

 ノリでエミヤんに師事をお願いして、グリーマ・レーヴ大聖堂チョコケーキでも作れば良いのでは?……なんて言ってしまった私たちだが、実際問題そんなん無理なのはわかりきった話。

 

 いやまぁ、リリィはわりとハイスペックなのでそりゃやれるのだろうが……こっちは素人も素人、ちゃんとしたモノを返せるようになるには、それこそ一月程度では全然足りないことであろう。

 そうなると返せるのは来年のホワイトデー、なんてことになりかねないわけで。……まぁ、来年のバレンタインのお返しへ向けて準備をする、というのは悪くないと思うが、その場合今年の分どうすんの?……という問題が返ってくる。

 

 結果、こうしてハセヲ君の贈り物議論が再燃したものの……アレに釣り合うものってなんだよ、と改めて頭を抱えることと相成ったわけである。

 いやまぁ、相手がリリィなので三倍返しとか気にしないでもそう問題はないと思う。……返す側のハセヲ君が気に病まないという保証はないが、最悪適当にお返しを用意して渡すだけでも問題はないだろう。

 ──実のところ本当の問題は、リリィのサイドに居る人物達なのである。

 

 

「……オグリとXちゃんとかかぁ」

「鬼門はX殿ですね。坂田さんがやらかしてくれれば目はありますが……」

「あの人はあの人で、決める時は決めるからなぁ」

 

 

 そう、確かにリリィは一人であのチョコケーキを作り上げたが、誰も見学者が居なかったかと言われればそうではなく。

 リリィの親友の一人であるオグリと、同じ顔のよしみで見学に来ていたXちゃんなど、複数の女性陣が()()()()()()()()()()()()()()()()ということを認知しているのである。

 そんな状況下で、生半可な贈り物を渡したハセヲ君はどうなることだろう?……最悪ボロ雑巾、良くて女性陣からの侮蔑の視線である。

 少なくとも、アレに見合うモノを渡さなければ「へー、ふーん?」みたいな反応を貰うことは間違いあるまい。

 

 いやまぁ、それにしたってハセヲ君が気にするか、と言われれば微妙なところではある。……あるのだが、周囲がそんな反応をした結果、「やりすぎたかなぁ」なんて風に落ち込むリリィの姿を見た時、ハセヲ君が本当に気にせずに居られるかと言うと……ねぇ?

 

 

「あーうん、流石にそれはハセヲも凹む。寧ろ凹まなかったら絶交する」

「……おい」

「いやまぁ、世間一般的にはこうして他の女の子と遊びに来てる時点で、周囲からの視線は()()なの確定だからねぇ」

「都合の良い時だけ女面してんじゃねーよてめぇら!?」

「「きゃーっ☆」」

 

 

 思わずキリトちゃんと一緒に「こわーい」とか言って寄り添ってみたが……まぁうん、ハセヲ君の今の立場がわりと微妙、というのは本当の話で。

 付き合うのかなー付き合わねーのかなー、みたいなのは女の子達の大好物。それがリリィやハセヲ君ならばなおのこと。……そういう意味で、周囲からの注目度はとても高いのである。

 

 そんな環境下で下手など打てば、それからの生活に影響することは必至。……それを見て曇るリリィなんて見た日には、ハセヲ君の評価も自身のテンションも乱高下である。

 

 そういう意味で、わりと失敗できない状況に追いやられているのが、現在のハセヲ君ということになるのであった。……世知辛ぇ。

 

 

「……最悪、ここは高級店のお菓子を贈る……などしてごまかすのも手ではないかと。とりあえず高いものを渡しておけば、リリィ様はともかく周囲の方々からの評価は下がらないでしょうし」

「高級菓子、ねぇ……」

「渡すものの種類も考えた方がいいねぇ。さっきも言ったけど、下手にクッキーなんか渡すと周囲からの非難の視線からのリリィ曇るルート確定だし」

めんどくせぇ……

 

 

 この話のなんとも言えないところは、現状リリィ側に恋愛感情が全くないことにある。

 ……いやまぁ、好意という意味では欠片もないわけではなく、それがいつしか恋愛感情になる可能性が一切ない、なんてことは言えないわけなのだが……少なくとも、外野がやいのやいの言うものでは本来ないのは間違いない。

 

 だからといって周囲が止まるか、と言われればそれはノーであり、かつそれによってハセヲが酷い目にあうと合わせてリリィが曇る。

 ……で、こういう場合彼女が曇ると()()()ハセヲ君が悪いことになるわけで。その辺、わりとハーレム主人公めいた属性持ちであることの功罪というか。

 

 そんなわけで、細心の注意を払いつつ親しい友達(恋愛に発展しないとは言っていない)程度の距離を保てる、なんか良い感じの贈り物を探す……などという、難易度インフェルノでは?……みたいなミッションに挑む羽目になったハセヲ君を慰める私たちなのでありましたとさ。

 

 ……これ一応私たちの話の合間の気分転換のはずなんだけど、余計に心労溜まってる気がするのはなんでなんだろうね……?

 

 

*1
基本誰かが勝手に言い出したモノなので、参考までにして欲しいのだが……基本的には次の通りである。○『キャンディ』……元々『全国飴菓子工業協同組合』がホワイトデーを普及しようとした、という話があるように、一番無難な贈り物。意味としては『貴方を愛しています』で、飴の味によって細かな違いがある。○『マシュマロ』……『貴方が嫌いです』。元々は真反対の『貴方からの愛を優しさで包んで返すよ』というものだったが、時が経つに連れて反転したとか。○『マカロン』……『貴方は特別な人』。珍しいお菓子であることから、渡す相手も特別である、とされるのだとか。○『クッキー』……作中の解説通り、『貴方は友達です』。大量生産品のイメージが強いからか?○『バームクーヘン』……『幸せが長く続きますように』。元々年輪をイメージしたお菓子の為、意味も『幸せを重ねる』という風に解釈される。○『チョコレート』……『貴方の気持ちは受け取れない』。要するに返品である。○『アップルパイ』……ネタ枠。『パイ』を『π』と解釈し、その数値である『3.14……』と掛けたモノ。冗談の通じる相手に渡すモノなので、ある意味親密なことを示してはいる。ただ、海外発のジョークなので、伝わらなかった時にどうなるかは保証外。/まだ幾つかあるようだが、長くなるのでこのくらいで

*2
青いバラの花言葉が変わったことは有名(昔は『不可能』だったが、実際に作れるようになって『奇跡』『夢は叶う』などの反対の意味となった)。また、複数の花言葉が設定されていることも多く、予め渡す時に伝えたい意味を一緒に添えないと、悪い意味で解釈されることも(黄色のバラには『友情』の意味があるが、『愛情の揺らぎ』『嫉妬』などのネガティブな意味もある)。ついでに言うと『葉っぱだけ』『トゲがない』『花に斑点模様がある』『複数本のバラの中に別の色のバラ』などのパターンにも花言葉があるので、詳しく知りたいのならば検索してみると良いだろう。……因みに『999本のバラ』だと、『生まれ変わっても貴方を愛する』というかなりロマンチックな意味になる



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幕間・そして白き日に貴方は

「……ええい面倒臭い!こうなりゃ自棄だ!」

「うわっ、ちょっ、どうする気だキーア!?」

 

 

 それから暫く考え込んで見たものの、上手い案が思い付くことはなく。

 ……いい加減焦れた私は、だーっ!!……と叫びながら椅子から立ち上がることに。まさにやってられるかー、という心境である。

 

 だってほら、こうして悩んだところで、結局のところ相手が納得するかどうかが主体である以上、悩み損になる可能性は無限にあるわけだしね!

 

 

「それ最悪の開き直りじゃねぇか……?」

「シャラップ!!実際私たちが悩みに悩んで答えが出てない時点で、最早この問題に解法は無いも同然よ!」

「すっげぇ主語がでけぇ!?」

 

 

 そんな私の様子に、みんなから苦言が上がるが……だったらこの場で人類に叡知を与えて見せろよおぉん?……的なことを問い返せば、みんなたじたじになるのであった。

 さもありなん、現状三時間くらいあれこれ案を出しあってみたが、なにかしら反論やら欠点やらが浮上して「いやこれ無理だな?」を繰り返して来たのだから。

 そりゃまぁ、自分の発言に自信も無くなってくるというものである。

 

 

「ゆえに!私はここに宣言する!──もうみんな集めてパーティしようぜと!!」

「解決法が乱暴すぎる!?」

 

 

 そういうわけで(?)ホワイトデーのパーティが開催される運びとなったのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……いや、これはこれで文句を言われるのではないか……?」

「全体で纏めて、ってのはそりゃまぁそうだけど、そのあと個別に時間を作る……ってなれば問題なくない?」

「…………むぅ?」

 

 

 そもそも、向こうから渡されたのはあくまでチョコである。

 それを豪華なディナーで返すのだから、単純な金額的な考え方では十二分過ぎるお返しだと言えないだろうか?

 無論、それで納得しない相手には、個別でパーティ終わったあとに対応すれば良い……。まさにパーフェクトな対応だと言えないだろうか?いや思え(脅迫)

 

 ……なお、その説得()を受けたエミヤんは、なんとも微妙な顔で唸っていたが……やがてなにやら納得した様子で頷き、こちらに綺麗な笑みを見せてきたのであった。

 

 

「(まぁ、最悪私には関係ないし)いいんじゃないか、うん」

「……おおっと、なんか副音声が聞こえた気がするから、ちょっと凛ちゃん呼んできますね?」

「止めたまえ、いや冗談ではなく止めたまえ」

 

 

 ……ルートラストのその笑みを持ち出してくるのはなんかイラッとしたので、代わりに凛ちゃんを呼びつけることで対応する私であった。

 

 ともあれ、パーティである。

 私服も可能なやつにしようか、なんて案もあったのだが……ジェレミアさんから「お返しとして開催するのですから、ちゃんとしたモノの方が宜しいかと」と助言を頂き、ドレスコード指定の本格的なパーティとなっている。

 

 ……まぁ、お陰さまで私とキリトちゃんもドレス姿になる羽目になったし、作法まで短い間に叩き込まれることとなったが……これも経験、ということで由とした。

 

 そんなわけで、現在私は招待した女性陣を待っているのだけれど……ううん、流石に早く来すぎたので時間を潰すため、厨房のエミヤんにちょっかいを掛けていた、というわけである。

 

 

「暇だから、という理由で絡んでくるのはやめて欲しいのだがね……」

「なんだよー、今回も裏方だから寂しくしてそうだなー、と思った私の優しさを拒否するのかー?」

「君のどこに優しさがあるのかね……」

 

 

 なお、当のエミヤんはすっかり憔悴気味であった。……一体誰のせいだろうね?

 

 まぁ、そんなエミヤんのことは一先ず置いておくとして。

 今回のパーティだが、主催者に関しては私たち四人だけ……というわけでもない。

 同じようにバレンタインのお返しを悩む健全な男性方を複数巻き込んだ、結構な規模のモノとなっているのだ。

 

 場所はなりきり郷地下階層の一角、イベント会場として利用される特殊空間の一つ。

 これを一日貸し切り、かなり大規模なホワイトデーイベントとして開催したのが、今回のパーティとなる。

 そのため、私たち以外にも主催者側になる面子が複数人居るのだが……。

 

 

「キーア屋」

「む、その呼び方は……おひさー、ロロロギ君」

「トラファルガー・ローだ。そんな行間が割り増しされそうなキャラの名前じゃない」*1

 

 

 その内の一人、トラファルガー君がひょっこりと姿を見せ、私はやっほーと挨拶を交わしたのだった。

 台詞から察するに、今日も絶好調()の様子である彼は、なんとも面倒臭そうにため息を吐いている。

 

 

「……まぁ、押し付けられたとはいえ貰ったものは貰ったものだ、返さないわけにもいかないしな」

「おお、律儀律儀。……まぁ、ローグライク君普通にモテモテだからねぇ」

「全部義理だがな。……あと、そんな遊ぶ度にステージが変化しそうな名前でもない」

「喋ってたらわりと色々出てくるのに?」

「…………」

 

 ふい、と顔を逸らすトラファルガー君。……どうにも図星というか、気にしていたらしい。

 まぁ、同じ声のキャラの集合体、みたいな性質をしているのはリリィと同じだが、彼女ほど割り切っているわけでもないので仕方がないと言えばそうなのだろうが。

 

 一先ず謝罪の言葉を述べれば、彼はこちらを睨んでいるような、はたまたただ見つめているかのような視線をこちらに寄越したあと、小さくため息を吐きながら一つの小包をこちらに投げて寄越したのだった。

 

 

「おおっとっ、これは?」

「……キーア屋にも貰っただろう、だからお返しだ。……ハッピーホワイトデー、だったか?」

「そりゃまた……律儀なこって」

 

 

 箱の中身はクッキーだった。

 ……確かに彼にも義理チョコは渡したので、そのお返しということになるらしい。

 いやまぁ、別に私は気にしないのだが……まぁ、こういう態度が彼のイケメンポイント、ということなのだろうと納得して有り難く頂く私なのであった。

 ……なお、実は他の男子勢からもわりとお返しを貰っており、ハセヲ君からはマシュマロを、ジェレミアさんからは紅茶の茶葉を貰ったりしている私である。……え?キリトちゃん?普通にバレンタインの時に友チョコ交換して終わりましたがなにか?

 あと、エミヤんが調理器具を渡そうとしてくるのを丁寧にお断りしたりもしたが、まぁ些細な話である。

 

 そんなわけで、貰ったクッキーをさくさくと食べていた私はというと。

 

 

「……せ、せんぱいが……」

「また他の人に粉かけてますぅー!やーんもーこのすけこましー!!」

「げふっ!?」

 

 

 後ろから聞こえてきた声に、思わずクッキーを喉に詰まらせる羽目になったのだった。……あっこの、トラファルガー君わかってて黙ってたな君!?

 

 

 

 

 

 

「これ以外にも出てくるとかないですよね……?」

 

 

 ──そんな言葉と共に、愛され過ぎて夜も眠れなさそうなヤンデレポーズ*2を披露してきたマシュの姿にたじたじになりつつ、彼女達をエスコートして会場に向かう私である。

 いやまぁ、わかりやすいヤンデレポーズしてる辺り、マシュも本気であれこれ言ってるわけじゃないんだろうけど……咄嗟にやられると心臓に悪いので止めて欲しいというか?

 

 

「止めて欲しいのでしたらぁ、そうやってあれこれと色んな人にちょっかいを掛けるのを止めれば宜しいのではぁ~?」

「あー、そこは無理かなー。人助けはやるべきだと思ってやってるから」

「……へー」

 

 

 ちょこまかと私の周囲を歩きながら捲し立てるBBちゃんに、それができれば苦労はしないと返す私である。

 できる人がやらなきゃ終わらない、なんてことはこの世に五万とあり、そして私にしかできないこともまた結構な数がある以上、人との繋がりが今より増えることはあれ、減ることはきっとないだろう。

 なので、その辺りで嫉妬とかされても困る……みたいな?

 そんなことを述べれば、BBちゃんは半目でこちらを見つめてくるのだった。……よせやい、照れるだろ?

 

 

「……はぁ。()()は変わりませんねぇー。まぁ、そういうところは()()()と思いますが。ねっ、マシュさん?」

「……はい。()()はきっと、死ぬまで変わらないのだと思います……」

「……んん?そこはかとなくバカにされてる感じ……?」

 

 

 なお、なんかよくわからんけど、二人は顔を見合わせて苦笑を浮かべていた。……死んでも変わらん云々は【星の欠片】的に洒落にならんけど、なんかそういうアレではなさそうというか。

 まぁ、不機嫌になってるよりかはいいか、と納得した私だったのだが。

 

 ……ともあれ、パーティ会場に着くまでにはもう少し時間が掛かるため、その合間に別の話題を取り出す私である。

 

 

「マシュのそれは、ディナータイムのやつであってる?」

「はい、マクモさん達にオーダーをして、今日のために誂えて頂きました」

 

 

 今日はみんなドレスかスーツを着ているわけだが、マシュのそれは礼装『カルデア・ディナータイム』に描かれている、濃い紫色のカクテルドレスであった。

 まさに夜会にピッタリ、という風情のそれはマシュによく似合っており、そこを口に出せば彼女は照れたようにはにかんでいたのであった。

 

 

「むぅー、せんぱい私もー!私も褒めてくださーい!」

「え、ああうん。BBちゃんのドレスも、中々いい感じだよね」

「でしょー!?さっすがせんぱい話がわかりますぅ~!」

 

 

 対してBBちゃんの方だが、こちらは水着BBの第三再臨を元にした、白と黒のコントラストが眩しいイブニングドレスとなっている。

 腰の後ろのリボンが悪魔の羽根を模している感じで、なんともゴージャスというか。

 

 無論二人とも甲乙着けがたい程に似合っており、見ているとなんとなく敗北感の浮かんでくる私である。

 ……いやほら、私って身長的にも年齢的にもちんちくりんだから、ドレスなんか着ても着られてる風になっちゃって、ね……。

 

 

「い、いえ!せんぱいもよくお似合いかと!」

「そ、そうですそうです!なんかウェディングドレスっぽくて良い感じというか!」

「それ私どっかに嫁いでいかない?」

 

 

 いや、誰に嫁ぐというのか。

 ……そんな言葉を返せば、二人は面白いくらいに挙動不審になるのであった。……へんなの。

 

 

*1
漫画版『化物語』シリーズ、完結しました(謎の宣伝)

*2
『ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCD』の表紙のポーズのこと。左手に包丁を、右手で喉を掻きむしるかのようなポーズを取り、瞳は暗く濁って口には髪を咥えている……というもの。『髪を口に咥えている』というポーズ単体でも(ヤンデレとして)わりと成り立ったり



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幕間・やがて星は空高く

「……おおっと、会場に到着したよー、二人とも」

「「……はっ?!」」

 

 

 あれから挙動不審になった二人を引き連れ、会場までの道程を歩ききった私。

 会場に繋がる扉の前では、ジェレミアさんが来賓達の確認を取っている姿があったのだった。

 

 

「お疲れ様ですジェレミアさん」

「ええ、お疲れ様ですキーア殿。三名様、ということで宜しいですかな?」

「ええ、他にも来る可能性はありますが、とりあえずは三人で」

「……ちょっと待ってくださいせんぱい?」

「他にもってどういうことですか?!」

「えっ?……えーと、義理チョコ渡した人とか互助会の人とか、わりと知り合い全員に声を掛けた感じだから……」

 

 

 なお、中に入る時に一悶着あったが、特に問題ではなかった。……なかったらなかったんだ、いいね?

 まぁ、そもそもこのパーティの名目が『男達のホワイトデー』なので、チョコをあげた人貰った人、みんな纏めて呼び寄せたからこうなった……という意味合いが強いのだが。

 

 

「……おう、主役の登場ってわけだな」

「おっ、ソルさんにハジメ君。おっつー」

「相変わらず軽いなアンタ……」

 

 

 そんなわけで、会場に入って真っ先に出会したのが、互助会からの来賓かつ『チョコを貰った側』の、ソルさんとハジメ君のコンビなのであった。

 二人とも黒いスーツを着てバッチリキめているのだけれど……。

 

 

「……なんというかこう、似合わないね二人とも。きっちり着すぎて寧ろダサいというか?」

「……随分ハッキリモノを言うじゃねえか」<ズーン…

「え?……ってうわっ!?思ったより凹んでる!?というかハジメ君に至っては崩れ落ちてる!?」

「せんぱい……流石にその物言いは如何かと……」

「容赦無さすぎて惚れ惚れしちゃいますぅ~!せんぱいのど・え・すぅ~!!」

「ええっ!?」

 

 

 なんというかこう……なまじきっちり着こなしているものだから、寧ろスーツに()()()()()()感があってダサいというか?

 ……みたいな素直な感想を述べたところ、ソルさんは口調こそ『喧嘩なら買うぜ?』みたいなノリだが、その立ち姿に至っては完全に凹んでいる状態に陥ってしまったのだった。

 その背後でさっきまで照れ臭そうにしていたハジメ君に至っては、完全にノックアウトされたのか膝を付いて呆然と天を仰いでいる始末。

 

 ……ええと、私の感想がそこまでダメージになったんです?と困惑していると。

 

 

「いやー、流石じゃのぅキーアは。言葉の切れ味が鋭すぎて誰も彼もノックアウト、じゃの!」

「……その声はミラちゃん、来てたんだね」

「まぁ、お呼ばれしたしのぅ」

 

 

 こつこつ、と足音を鳴らしながら近付いてきたミラちゃんの言葉に、思わず苦笑を浮かべてしまう私であった。

 ……彼女は『渡した側』としての参加だが、基本的には私と同じように義理チョコをばら蒔いたタイプの人である。

 

 

「元が男じゃから、チョコを貰えぬ者の悲哀はよーくわかるしのぅ。だったらまぁ、わしくらいはくれてやらねば、などと思っていたのじゃが……」

「元がみんななりきりだから、その辺りの優しさは大体の女子が共有してた、というね」

「うむ。……ま、唯一の女神として崇められたい、というわけでもなかったから構わんがの」

 

 

 お互いに悪い笑みを浮かべながら、和気藹々と話す私とミラちゃんである。

 ……属性的には結構似てるので、相手がやることはなんとなくわかる……みたいな悪友的関係なこともあり、ゆかりんとは別の意味で友達感のある女性だと言えるだろう。

 

 

「むぅ……」

「おおっと、マシュ?」

「む、しまった焼きもちを焼かせてしもうたかの?すまんすまん、お主のモノを盗る気はないでの、許しておくれ」

「いや、せんぱいは別にマシュさんのモノってわけでもありませんからね!?」

「……いや、人の手を両サイドから塞ぐの止めてくれない君達?」

「なっはっはっ!両手に華、じゃの!……ところで、いい加減こやつらのフォローをしておくとするかの」

「……あっ!ソルさんとハジメ君!?」

 

 

 そんな感じで楽しくお話をしていたら、いつの間にか近付いて来ていたマシュが私の右側から腕に抱き付いて来る、という不可思議な状態に。

 ……困惑してたら左側をBBちゃんに占拠されたんですけど、なんでこんなことになってるんです……?

 

 いや、流石に友達と話してるのを嫉妬されると困るんだが?……などと思いながら二人を引き剥がし終えれば、そこで漸く放置される形となった二人のことを思い出すことになるのだった。

 ……あーうん、わたしがダサいって言ったから撃沈したんだよね、二人とも。

 

 なので、しゃがみこんで二人に視線を合わせ、()()()()()()()()()()()()私である。

 

 

「私が言いたかったのは似合ってないってことじゃなくて、もっと着崩した方がカッコいいんじゃないかなー、ってことでね?」

「……いや、ちゃんと着ないとダメじゃねぇか?」

「あーうん、確かにドレスコード的にはあれかもだけど……それで二人が窮屈そうならそっちの方があれでしょ?……幸いというか、そもそもここって知り合いしか居ないから形式に拘る必要性は薄いし」

 

 

 私が言いたかったのは、二人がちゃんとしようとするあまり、ちょっと窮屈そうに見えた……ということ。

 その姿勢を維持しようと無理する姿が、結果的にカッコ悪いように見えたというだけであるということを伝え、好きに着こなしていいんやでと伝えた形である。

 ……まぁうん、この二人の性格的にももっとラフに着てる方が似合うだろうなー、みたいな単純な考えだったのだが、その辺りが上手く伝わってなかったというか。

 

 そういうわけで、改めてその辺りのことを説明し直せば、二人は納得したように頷いたあと、きっちり上まで留めていたボタンを外し、派手にスーツを着崩したのであった。

 

 

「……うん、そっちの方が似合う似合う」

「そーかい。まぁ、見れるようになったってんなら、及第点だろ」

「へっ、よく言うぜ。結構気にしてた癖に」

「……なんか言ったか坊主?」

「いだだだだっ!?やめ、つむじを押すんじゃねぇ!!?」

 

「……ええと、ソルさんとハジメさんは仲が宜しいのですね?」

「「どこがっ!?」」

「わぁ、息ピッタリ~(棒)」

 

 

 結果、元気になった二人のやり取りを一通り眺めたあと、お返しだと言いながら渡された紙袋を受け取って別れた私たち。

 

 こっちに合流しないのか?……と問い掛けたら「馬に蹴られるのはごめんじゃのぅ」と手をヒラヒラさせながら何処かへと歩き去っていったミラちゃんに薄情者、と恨みがましい視線を投げ掛けたあと、視線を前に戻すと。

 

 

「あ、キーア!」

「ん、アルトリアじゃん。ハセヲ君にはもう会った?」

「はい!チョコのお礼、ということでこんなものを貰いました!」

「……えーと、手作りのカップケーキ?」

「はい!『アレに見合うようなのは来年作るから』と申し訳無さそうにされていましたが、こうしてお返しを貰えただけでも嬉しいです!そういうの、あんまりしない人だと思っていましたので!」

ハセヲ君ェ……

 

 

 そこに居たのは、料理の並ぶテーブルの前で、シャンパンの入ったグラスを持ったアルトリアであった。

 彼女はこっちに気が付くと、ドレスに変な癖が付かないように気を付けながら、てててっと素早く近付いてくる。

 今日は完全にリリィスタイルのため、後ろのポニーテールが尻尾のようにぶんぶん左右に揺れているが……よっぽど嬉しかったというのが伝わってくるようだった。

 

 まぁ同時に、彼女のわりと辛辣なハセヲ君評が飛び出したりもしたのだが。……漫画版の(リアル)ハセヲ君、あんまり付き合いが良くなかったので、そっちのイメージで語っていたのかもしれない。*1

 いやまぁ、わりと長い付き合いのはずなのに、なんでそんなイメージなんだろう?……みたいな気分も湧いてこないでもないのだが、多分あそこまで極端ではないにしろ、ぶっきらぼうな態度を見せていたんだろうなぁ、なんてことは容易に想像できるというか。

 

 アルトリアはこう見えて(?)アルトリアなので、わりと視線が上の方というか、大人な方に分類されるので、そういうのが子供っぽく見えたのかもしれない。

 ……ともあれ、後でハセヲ君にはもう少し柔らかい態度を心掛けましょう、くらいのアドバイスをしておいた方がいいかなー、などと思いながら、さっきから見ないように意識していた彼女の背後に視線を移動する私である。

 

 ……さっき彼女が居たのは、()()()()()()()()()()()であった。

 まぁ、彼女は二次創作のアルトリアと違い、原作の元々の彼女に近い存在であるため、大食いというよりは美食家めいたところがあり、()()()()心配をする必要はないのだが……。

 

 

「……むぐむぐ、むっ?キーアか、元気か?」

「あーうん、オグリも元気そうだね……」

「うちもおるでー」

「あー、うん。タマモも息災なようで。……で、マッキー?なにか申し開きは?」

「ち、違うのです!これはその、ウマ娘は燃費が良くなくてですね……!?」

 

 

 彼女の連れはどうか?……と言われると、それはノーと言わざるを得ず。

 ……まぁうん、ウマ娘三人組が料理の前に集まっている、という時点で結果は火を見るより明らか、というやつである。

 

 特にオグリに関しては原作でも超の付く大食い、そりゃまぁこんなに料理が並んでいて、かつ食べ放題ならば色気より食い気が優先されるのは当たり前みたいなもので。

 ……そこら辺を上手いこと調整するのが保護者役のマッキーの役目のはずなのだが。……あの慌てようを見る限り、二人に上手いこと丸め込まれたのだろう。

 

 恐らくはそう、今の彼女は食事制限中だが、二人に『食べた分走って燃やせばいい』とかなんとか言われた……みたいな?

 まさに悪魔の囁き、手に入れたのは太り気味のスキル*2……というやつである。

 

 違います違います、と顔を真っ赤にして抗議するマッキーを眺めつつ、合わせて彼女の背後に立つある人物を見つめる私。

 当の人物──彼女のトレーナーでもあるモモンガさんは、髑髏の顔ながらどことなく悲しみを感じさせる眼差しを、こちらとマッキーに向けていたのだった。……マッキーが後ろに気付いて悲鳴をあげるまであと十秒、である。

 

 

*1
リアルのハセヲとリアルのアトリのやり取りがあるが、わりと適当というかなんというか、アトリ側の空回り感が滲み出ている節がある。ゲーム版と漫画版は設定も違うので、実際のハセヲが同じ行動を取るかは不明

*2
『食べ過ぎで体がちょっと太め。トレーニングでスピードが上がらなくなる』効果のスキル。他のトレーニングで直ることもあるが、確率はそんなに高くないようなので保健室に行くのが一番かも。……保健室で直る『太り気味』とは一体?



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幕間・人々はまた、明日を夢見る

「うーん、悲喜交々……」

「色んな方が集まっていらっしゃるので、そこで繰り広げられる人間模様も様々ですね……」

「BBちゃん、ここで繰り広げられてるやり取りだけで、ご飯三杯イケる*1ような気がします~」

 

 

 背後に立っていたモモンガさんに、マッキーが悲鳴をあげたのち、一通りのお説教が終わったあと。

 彼からもお返しの紙袋を頂いた私は、マシュ達を引き連れて他方への挨拶を続けていたのだった。

 

 そうして近付いたとあるテーブルの一角では、次のようなことが起きていたわけで。

 

 

「……いやだからよー!?俺が甘いもんをお返しに選ぶわけなくねー!!?そんなの自分で食べるに決まってるくねー!!?」

「ええまぁ、わざわざ千里眼で確かめずとも察せられた未来でしたとも」

「じゃあなんで俺椅子に縛られてんのォォォォ!?これ、逃げられないようにしてるってことだよねェェェェ!!?」

「えぇえぇ、わかってました、わかってましたとも。……ですのでお望み通り、食べても食べても食べたりないほどに食べさせてあげようと思いましてね?」

「ヒェッ」

「安心して下さい銀時君。ちゃーんと、貴方の好みそうな甘いものを中心にピックアップしていますので♡」

「そ、それはなんにも安心できなもがっ!?」

はーいたーんと召し上がれー♡」

「あがががが……」

 

「せんぱい、あれは……」

「しっ!マシュ、人にはどうにもならないもの、というのが往々にして存在するの」

「え、ええと、それはつまり……?」

「わしらには救えぬものじゃ」*2

「……ダンブルドアさん?人の台詞取らないで欲しいんですけど?」

「ふぉっふぉっ。なに、年寄りの冷や水というやつじゃよ」*3

「絶対使い方おかしいですよそれ!?」

 

 

 ……うん、これは処刑か拷問かな?

 みたいな光景がとあるテーブルにて繰り広げられていたわけなんだけど、正直これに関しては自業自得以外の何物でもないわけで。

 途中横合いからダンブルドア氏が口を挟んできたけど、まさしく「私たちには救えぬもの」でしかないのだった。

 

 ……なので、懸命なマシュ・キリエライト氏に置かれましては、横のもう一人の後輩(BBちゃん)みたく見世物扱いする……まではいかなくてもいいけど、まぁそれくらい軽い印象で見て貰っても全然構わないんじゃないかなー、と思う私なのでありました。

 ……え?人死には洒落にならない?ゆかりんが生死の境界をあやふやにしてるから大丈夫大丈夫。知らんけど。

 

 まぁ、仮に死んだとしても完全にギャグシーンなので、ちょっと目を離した隙(具体的には次のページくらい)には元に戻ってるだろうから大丈夫大丈夫。

 ……なになにBBちゃん。『だから懲りないんじゃないんですかぁ~?』だって?さっすが、原作で全然懲りてなかった人は言うこと違うねー。

 

 なんでそこで原作のことを掘り返すんですかぁ、とこちらを()()()()殴る*4BBちゃんを適当にあやしつつ、ダンブルドア氏に別れを告げて別の場所に向かう私たちである。

 

 さて、次のテーブル上の人間模様は、次のような感じなのであった。

 

 

「トレーナーさん、あーん」

「いやそのだな、マックイーン?」

「ほらモモンガ、あーん」

「……いやシャナ、待ってくれないか?」

「待ちませんわ、あーん」

「……なんなんだこの状況!?」

 

「……なんですかあれ?」

「折角のパーティなので、肉体あり状態になってみたモモンガさんと、ここぞとばかりに気になる人にちょっと構ってみてる二人の図」

「えぇ……(困惑)」

 

 

 先程とは売って変わって、一件静かに進行しているその場でのあれこれは、しかしてさっきのテーブルでのそれとは違い、どうにも見えない火花がバチバチと音を立てているかのような緊張感。

 ……具体的には、久しぶりに人間モードに変身しているモモンガさんに対し、その両サイドからマッキーとシャナの二人があれこれと料理を選んでは、彼の口に運ぶ光景である。

 

 うん、構図的にはさっきの銀ちゃんのとこと、大して変わんないんだけどねー。その内容がねー。

 まぁ、火花がバチバチ……とは言ったものの、その言葉を聞いてみんなが想像したであろう状態とは、実際には違ったりするのだが。

 ……え?じゃあどういう意味なのかって?それはねー……。

 

 

「お前、最近働き詰め。寝る気がないのなら、栄養くらい取っておくべき」

「いや待てシャナ、確かに私は今肉体を持ってはいるが、別に食べたからと言って栄養になるわけでは……」

「食事は心の栄養を補給するモノでもありますよ、ね。いいから、美味しいもの沢山召し上がってくださいまし」

「ま、マックイーン!私は君のように大食いではないから、そんなには食べられなもがっ!!」

「い・い・か・ら、お食べになってくださいまし!」

 

「……もう一度聞きますけど、なんですかあれ?」

()()()()()()、って言ったでしょ?お世話対決してるようなもんだよ、あれ」

 

 

 BBちゃんの唖然としたような問い掛けに、呆れを含めた答えを返す私である。

 

 ……まぁうん、モモンガさんって原作でもそうだけど、睡眠とか食事とかの必要性がない体になったこともあって、微妙にオーバーワーク気味なところがあってねー。

 で、こっちでもその傾向は大して変化してなくて、それゆえ彼と付き合いの深いマッキーは言うに及ばず、最近彼の近くに居るようになったシャナにしても、見てると自分のことを省みる切っ掛けになるくらいには()()だったわけで。

 

 ……結果、「この人を休ませようとするのなら、一人では足りない」みたいな連帯感が生まれた結果、二人してあれこれ構うようになったというわけである。

 なので、あれは実際には「どっちがモモンガさんを甘やかせるか?」的な勝負事形式にすることで、モモンガさんの逃げ場を封じる高度()な作戦なのだ。

 

 

「……勝負形式にする必要、あります?」

「ああしないと普通に断られちゃうからね、世話焼くの。()()()使()()()()()()()()と認識させることで、断り辛くさせる効果があるんだよ」

「えぇ……(更に困惑)」

 

 

 単に自身に向けられただけの好意ならば回避も容易だが、それが自分を挟んでの競争である、となればまた別の話。

 止め時がわからず慌てふためいている内に、まんまと二人は目的を果たしているという次第である。

 ……これが競争は競争でも「恋の鞘当て」レベルになると、流石にモモンガさんも無理矢理止めに掛かるため、所詮はじゃれあいレベルで留まっているのも二人の妙技(?)だったりするのかもしれない。よくわからんけど。

 

 まぁそんなわけで、実態としては「モモンガ甘やかし隊」以外の何物でもない光景を後にして、次のテーブルに向かう私たちである。

 ……え、止めないのかって?ウマに蹴られたくないんでね、放置が一番だよ、うん。

 まぁ、さっき食べ過ぎ云々言われてたはずのマッキーが、いつの間にかモモンガさんへの餌付けに移行している辺りに疑問がなくもないけど、それはそれというか。

 

 

「さーて、次のテーブルは、っと……お?」

 

「……にしてもキリの字、やっぱ似合ってんなぁ」

「止めろってクライン。流石に慣れたけど、改めて言われると落ち込むんだぞ色々と……」

「おっとすまんすまん。……で、アスナちゃんはなんであんなことに……?」

「声繋がりって怖いよな……。そういう意味では、クラインがなにも混じってないの不思議だったりするんだがな」

「あー俺?……まー、そもそも巻き込まれただけにちけーからな、俺の場合」

「なるほどなー……」

 

「……ええと、キリトさんとクラインさんのお二人ですね。何処と無く哀愁が漂っている気がするのは……」

「奥の方見れば理由がわかると思うよ」

「ええと……あー、なるほど。よーくわかりました」

 

 

 次に立ち寄ったテーブルでは、原作でも女顔云々の弄り弄られをしていた、キリトちゃんとクラインさんの姿があった。

 今のキリトちゃんはすっかり美少女のため、クラインさん的には言及しないではいられなかった、みたいな感じだろうか?

 まぁ、キャラがキャラなのでそこまでねちねちした話にもならず、カラッとした感じで終わったようだが。……問題は、ここから少し離れたテーブルで繰り広げられている、女子二人のやり取りにあった。

 

 

「ふふふ、流石っすねアスナ!ならこれはどうっすか!!」

「負けないよクモコちゃん!これをこうして……こう!!」

あー!!?まさかそんな逆転の手がーっ!!?」

 

「……クモコさん、すっかりお元気になりましたね」

「そうだねー。……それはそれとして、現実逃避は止めよう、マシュ」

「…………見なかったことにしませんか?」

「私もそうしたいのは山々だけど、これに関しては触らないでいる方があれだから、ね?」

「……()()の気持ちが今ならわかるような気がします……」

 

 

 そこで繰り広げられていたやり取り。

 それは、なにがどうなってそうなったのかよくわからないが、五人に増えて飛び回るアスナさんと、それを迎え撃つ()()()()()クモコさん(ver.ユウキ仕様)。それから、

 

 

「わ゛ぁ゛ーっ!!も゛う゛や゛だーっ!!!」

「わぁ……」

「BBちゃんが血を吐いた!?」

 

 

 その奥で、何故かアン・インカーネート・オブ・ザ・ラディウス……ぶっちゃけるとラスボス○子みたいなことになっているエリちゃん。

 ……察するに、ハロウィン番外編みたいななにか、のようで。

 

 思わず白目を剥くFGO組に発破をかけ、事態究明のために動く私なのであった。……え?なんで今回気楽そうなのかって?単になるようになれーっ、と開き直ってるだけですがなにか?

 

 ……なお、エリちゃんの暴走を止めたあと話を聞いた所によれば、パーティと聞いてやって来たエリちゃんと、クモ状態で燻っていたクモコさんがこの会場で出会った結果、どこからともなく転がり込んで来た聖杯の欠片によって変化した『エリザベート・バートリー【ラスボス】』と『クモコさん(ver.ユウキ)』に対し、それを見て事態の収拾に動いたアスナさんを遠い目で見つめる男達二人、という珍妙な光景が具現化したとかなんとか。

 

 ……二人が手伝ってなかった理由?単にアスナさん五人の時点でオーバーキルだったからですね、はい。

 決して唐突に五人に増えた彼女に対し、クラインさんがキャパオーバーを起こしたわけではないです、はい。……欺瞞!

 

 

*1
慣用句の一つ。『いっぱい食べられる』ということから、『大好物』を意味する。因みに、日本語における『三』は()()()()『いっぱい』の意味があるらしく、ここでの『三杯』は具体的な数値ではないのだとか

*2
『ハリーポッター』シリーズにおけるダンブルドアの台詞。謎の世界に迷い込んだハリーに対し、痩せ細った赤ん坊のような姿のヴォルデモートを指して死んだはずの彼が述べたもの。わりとシリアスなシーンなのだが、ネットでは個々人の思う『救えないもの』への大喜利に使われることが多い

*3
若い人の真似をして冷や水を飲み、お腹を壊す老人の姿から、『歳を弁えず若い者の真似をして痛い目を見る』ことを意味する言葉。なお、飲むだけではなく浴びるパターンもあるが、どちらにせよ老体は労るべきである

*4
「改めて自己紹介だ。俺は黒く、赤く、青く、白く───今なお生きる『死』そのもの。【ヤヤウキ・テスカトリポカ】!」×2「ゲェーッ!!?ポカポカシステム!?」



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幕間・選ぶことはできずとも

「あーうん、色々とあったねホント……」

「お祭りごととなると、皆さん好き勝手し始めますからね……」

「……そこでBBちゃんを見つめられても困るんですけどぉ~?!今回私、なんにもしてませんよねぇ!?」

 

 

 思わず生暖かい視線を向ける先にいるのは、普段というか原作というかでトラブルメイカーの名を欲しいままにしていたBBちゃんである。

 いやまぁ、こっちのBBちゃんは向こうほど無茶苦茶はしないので、そういう意味では風評被害というのは間違ってないわけだが。……なんだろうねこの、『おまいう』*1感は。

 

 ともあれ、そうしてBBちゃんを一通り弄ったあと、椅子から立ち上がった私たち。

 束の間の休息を終え再び会場に舞い戻れば、そこでは遂に集まりきったメンバー達が、思い思いに楽しむ姿があちこちに散乱していたのでありました。

 ……ぶっちゃけてしまうと混沌の如き様相、というやつである。

 

 

「……そもそも、この狭い会場の中に集まりすぎなんだって、人が!」

「狭いとは言いますがせんぱい、ここの広さって確か東京ドーム三個分くらいだったような……?」

「郷の住人の三・四割近く集まってるんだから、これじゃあ全然足りないっての!!」

「ええと、確か現在の郷内部の総人口が百万人ほどの筈ですので、その三割となると……」

「単純計算で三十から四十万人。東京ドームの収容人数が確かおよそ六万人じゃから……まぁその五から八倍ともなれば、流石に無理もあるということじゃろうの」

「あ、ミラさん」

 

 

 確かに、BBちゃんの言う通り、この会場そのものの広さというのは、かなり大きい部類になる。

 東京ドームは観客席のみの換算なので、実際にはもっと沢山人を入れられるだろうが*2……そもそもの話、今回のパーティは互助会の面々も招き入れられているのと、立食形式となっているためにテーブルがあちこちにあることを考慮すると、そりゃまぁ人で溢れ返っている……なんて状況に陥るのも納得なのである。

 

 そんなわけで、歩けば人にぶつかる……とまでは行かないものの、人の波を掻き分けながら進む羽目になったのでしたとさ。

 

 

「人が多い。……帰っていい?」

「まぁ、もう少し待ちましょう。キーアさん達にもまだ出会えてませんし」

「……あ、あそこ見てください、あそこっ」

「あっ、キーアさん!こっちですこっちっ」

「ええと、綾波さん達と……アーミヤさん?」

 

 

 で、そうして進んでいる内に、とある一団に呼び止められたというわけである。

 その一団は、互助会にて『無口組』などと呼ばれていた三人組──綾波さんに霞ちゃん、それからルリちゃんの三人と、その隣でこちらに手を振るアーミヤさんという面々だったわけなのだが……ええと、どういう集まりなので?

 

 

「あ、いえ。私はこちらでは新参者ですので、参加してみたのは良いもののどうしたものか、と悩んでいたのですが……」

「ん。そこで私達と出会った」

「……出会って?」

「…………?」

「そこで首を傾げられても困るんだけどなぁ?!」

「……相変わらず怖い。近寄らないで」

「なーんーなーのーこーのーこー!!!」

「お、落ち着いてくださいせんぱいっ?!」

 

 

 アーミヤさんの言うところによれば、なりきり郷に来たばかりで勝手の掴めないままオロオロしていた彼女に、互助会からこっちにやって来ていた三人が声を掛けた、ということになるのだろうが……何故か綾波さんが説明役を買って出たため、肝心のところがわからないという事態に。

 他の二人に聞けばいいのかも知れないが、こういう時の綾波さんにそれをするとわかりにくく拗ねるので、根気よく付き合わなければならないという弊害が……などと呻いていると。

 

 

「施されたのならば返すべきだ。この少女はそれに従っただけのこと」

「あ、カルナさん。えーっと……?」

「以前、互助会でキリアさんが私達に話し掛けてくれたでしょう?……それを見習った、ということなのだと思います」

「はぁ、なるほど……?」

 

 

 偶然通り掛かった(?)スーツ姿のカルナさんの言葉を受け、ルリちゃんが補足を話してくれる。

 ……あーうん、なんか綾波さんってカルナさんと仲が良いみたいだから、彼が間に挟まれば解説も許される……ってことなんだよねこれ?

 

 まぁともかく、その解説によるとどうやら『以前他の人(キリア)に親切にされたから、他の人にも親切を返した』という、とても単純な話だったらしい。

 ……やってることが情緒の幼い子供みたいな感じだが、そもそもの綾波さんがわりと子供っぽいところがある人なのでまぁその延長なのかなー、などと思う私である。

 

 ともあれ、不思議な縁によって合流した彼女たちだが、最初に聞こえてきた会話によれば、私に会いに来た様子だったのだが……?

 

 

「ああいえ、それだけを目的にしていたというわけではないんです。そもそも、此処に誘ってくださったのはカルナさんですから」

「カルナさんが?」

「バレンタインの返礼が今日の目的と聞いた。……俺が選ぶと、どうしても問題を起こしてしまうようでな。その辺りを背徳の炎に諭され、こうしてパーティに馳せ参じる形となったわけだ」

(ソルさんが……?!)

(他人の世話を焼いておる、じゃと……?!)

 

 

 そうして詳しく話を聞いた所によれば、どうやら日頃の感謝の気持ちとして、バレンタインにカルナさんにチョコを渡した三名だったが、それに対してカルナさんが返礼として渡そうとしたモノにソルさんが『待った』を掛けた、ということになるらしい。

 ……ソルさんが冷や汗を流しながら待ったを掛けた……という辺り、恐らくFGOで彼が返したモノにちょっと劣るか、もしくは同レベルのモノを贈ろうとしたのだと思われる。

 

 ──うん、そりゃ止めるわ。

 なりきりなんだから渡せるものの格は下がってるだろうけど、それでも『太陽の鎧を加工したピアス』に匹敵するようなモノをポンポン渡されてはたまらないわけだし。*3

 でもやっぱりソルさんが人の面倒を見ている、という光景には驚いてしまう私とミラちゃんなわけだが。……いやまぁ、原作では後の方の作品になってから、そういうこともするようになってたけどさぁ?

 

 ……ともかく。

 大仰な返礼品を渡すより、こうしてパーティにでも誘った方が何倍もありがたいだろう……的な助言をソルさんから受けたカルナさんは、三人をこのパーティにエスコートした……ということになるようだ。

 で、人が多くなってきたので、最後に私に挨拶をして帰ろうとした……と。

 

 

「別に挨拶とかいいのに」

「別れの挨拶だけでなく、またこっちに来てくださいというお誘いも兼ねていますので。……その時は是非、アーミヤさんと一緒に来ていただければ、と」

「はい、是非」

 

 

 ……なんか、やけに仲良くなってるな、この面々。

 そんな風に思いながら、改めて集まっているメンバーを眺めた私は、そこで意外な(?)共通点に気が付くこととなるのだった。

 

 

「……ウサミミ!?」

「ち、違いますよっ!?単純に若いのにあれこれと期待を抱かれて……みたいな苦労話をしていただけで!」

「ああ、お前はよくやっている。その若さで皆を纏める棟梁として頭角を現しているのだ、耳の一つや二つは大差ないと言えるだろう」

「カルナさんもなにを言ってるんですか!?」

 

 

 そう、霞ちゃんのメカウサミミと、アーミヤさんの天然ウサミミでウサミミシンパシーを感じているのだろう、ということに。

 ……まぁ、速攻で否定されましたが。ですよねー。

 

 

 

 

 

 

 こちらに手を振り、会場から互助会へと帰っていく四人を見送る私たち。

 綾波さんが人波が苦手であることから、私への挨拶を済ませたらさっさと帰るつもりだったという彼女達は、此処に来た時と同じようにカルナさんにエスコートされながら帰路についた訳なのだが……。

 

 

「……あれ、絶対目立つよね」

「カルナさんのビジュアル的にもそうですし、他の方々のビジュアル的にもそうですねぇ」

「まぁ、バッジは用意しているとのことでしたから、恐らく大丈夫だと思われますが……」

 

 

 あの人達、見た目が滅茶苦茶良いので目立ちそうだなー、などと思ってしまう私たち一同である。

 いやまぁ、一応互助会から例のごまかしバッジを借りてる筈なので、変に話題になることは無いだろうと思うが……あれだけ顔が良い人達が集まってると、それはそれで噂になりそうというか。

 

 まぁ、その辺りは向こうの話なので、どうにかするだろうと流すとして……。

 

 

「そういえば、アーミヤさんはなんでここに?前回のバレンタインの時はまだ居なかったはずですから、誘う人が居ないような気がするんですけど……」

「八雲さんからは『見学したかったら好きにしていいわよー』と言って頂きましたので、ここでの空気がどういうものなのかを感じるために……みたいな感じですね」

「あー、なるほど。……他の人達も同じ感じで?」

「そうですね、纏めて説明を受けましたので」

 

 

 此処にいるもう一人の闖入者、アーミヤさんについての話に自然と話題はスライドしていく。

 

 今回のパーティはホワイトデーが主目的。

 その基幹となるバレンタインには、まだ彼女はここの住人ではなかったため、基本的に招待制となるこの場にいることが不思議だったのだが……よくよく考えたらさっきキリトちゃんと一緒にいたクラインさんの時点であれか、と思い直した私である。

 いやまぁ、クラインさんは男性なのでまだ納得は出来る方ではあるが。……渡してもいないチョコへの返礼を貰いに来るよりかはマシだろうし。

 

 なお、実態としてはこれから『ここで暮らすに辺り、予想されるトラブルの事前確認』の意味合いで参加を認められた、というところが強いらしいのであった。

 ……遠回しにこれからなにか起こるだろう、と言われているようで大変遺憾であるが、何分なりきり郷でこの規模の祭りが起きた時に、なにも起こらなかったことがあったかどうかを思い出せないため、正直なにも言い返せない私なのである。

 

 なお、そんな私の反応を見ていたアーミヤさんはというと、「……あの人達、体よく逃げたということなのでは?」と冷静な分析力を見せ付けていたのでしたとさ。

 ……半分は当たっている、耳が痛い()

 

 

*1
『お前が言うな』『お前が言うの?』などの略。要するに『五十歩百歩』とか『目くそ鼻くそを笑う』などの類語

*2
公称収容人数が55000人であるが、客席のみでの換算であるのはご想像通り。なお、野球観戦仕様となると客席が減る為、収容人数も43000程度になる。……ライブステージの設置が必要な場合も収容人数が減るのは内緒。なおこの収容人数の差は、基本的にマウンド部分を客席として利用するか否か、というところにあるため、仮にマウンド部分を全開放してもそこまで収容人数は増えない

*3
FGOのバレンタイン返礼礼装の一つ『落陽のピアス』のこと。インドサーヴァントは重い、と言われる理由の一つ。少なくとも、チョコのお返し程度で出て来ていい品ではない



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幕間・それでも今日は続いてく

 はてさて、この規模の祭りでなんにも起きねぇはずがねぇだろう……という、目を逸らしていた事実が改めて突き付けられてしまったわけなのですが。

 ……正直、なにもかも見なかったことにして、おうちに帰りたくなってきた私であります。

 

 

「しっかりしてくださいせんぱい!いつものせんぱいの覇気はどうされたんですかぁ!!」

「えー?でもさー、正直トラブルはもうお腹いっぱいかなーって。それにほら、今回は優秀な人がいっぱいいるから、私一人程度抜けたとしてもなんの問題もないかなーって」

「いかん、キーアのテンションダダ下がりで、もはや幼女みたいになってしまっておる……」

 

 

 誰が幼女じゃいっ。

 ……いやまぁ、いやなことを前にヤダヤダしてるのは幼女以外の何物でもない、と言われたらぐうの音も出ないわけだが。

 とはいえ私一人が抜けたとしても、ここに揃っている面々ならばある程度以上のトラブルは解決できるだろう……と思っているというのも本当のことなのである。

 

 なにせ、なりきり郷における最大戦力(Lv.5)であるマシュやシャナちゃん、互助会の長であるモモンガさんやその優秀な部下であるアスナさん。

 トラブルならお手のものな銀ちゃんに、最悪周囲一帯の壊滅と引き換えではあるものの、ほとんどの相手を銀河の果てに追放できるXちゃんなどなど、ここで挙げた人以外にも実力者は多数。

 

 それだけの人数が揃っていて解決できない事態、というものの方が珍しく、ゆえにそんなレアパターンに備えてあれこれする……というのは現実的ではないというか、コスパが悪すぎるというか。*1

 ……え?自分の帰りたい欲を満たすためにあれこれ反論挙げてるだけだろ貴様、だって?ははは(真顔)

 

 

「いやだってしゃーないと思わないー!!?ただでさえ()()()()聞かされたあとなんやでー!?もう単純に純粋に休ませてくれって気分になるのは仕方ないやろー!!!?」

「あらあら、これでは歴戦の勇士も形無し……ということにございましょうか?」

「おっとキアラさん」

 

 

 ただでさて、()()発表会のあとなのである。

 ……最後の方に衝撃的な発表やら人物やらがゴロゴロし過ぎていて、正直もう暫くトラブルは真っ平御免、という気持ちでしかないのだ。

 まぁ、気持ち一つでトラブルが回避できるのなら安いものなのだが。……現実はそんなに甘くないってね。

 

 そもそも積みゲーみたいに積み上がったトラブルの種が背後に控えている以上、そのうち勝手に崩れてくる……なんて事態も予想されるため、最後までトラブルとは切っても切れなさそうな私の人生である。……トッ○かな?*2

 

 そんな感じでぐちぐちと言葉を吐いていると、互助会から来ていたメンバーの一人、『セラピストの』キアラさんがこちらの様子を見て心配したのか、そっと近付いてきたのである。

 

 ……わざわざ『セラピスト』って付けた理由?そうじゃなきゃ近寄らせないですっていう決意表明みたいな?

 あと、直接会うのは今回が初めてとなる、BBちゃんへの説明も兼ねてるというか。……ほら、本来この二人って不倶戴天というか水と油というか、あんまり相性が良くないタイプの人達だし。流石にメルトよりはまだマシかもだけど。

 

 

「あー、えっと……」

「お初にお目にかかります、BB様。私、しがないセラピストにて……ですので、できればそう警戒しないで頂ければ、と」

「え?……あ、あー……はい、宜しくお願いします……?」

「なんで疑問系なんじゃお主?」

「べべべべべ、別にビビったりはしてませんよ?BBちゃん平常心ですよ!?」

「語るに落ちておらんかお主……」

 

 

 とはいえ、原作のBBちゃんなら呆れつつも目的が同じなら協力くらいはする、みたいなスタンスで接することができるはずなのだけれど。

 ……あーうん、()()()()()()()()()()()、彼女はちょっとキアラさんが苦手な感じのようだ。

 なので、ある程度時間に任せるしかないとして、キアラさんには今回はお帰り願うことにするのだった。……あ、いや。パーティからじゃなくて、BBちゃんの近くから……って意味ね?

 

 

「……?そも、彼女は何故、そこまで私を苦手とされているのでございましょう?」

「あははは……まぁ、その辺りもおいおいねー、ってことで」

「????」

 

 

 うへー、と嫌な顔をするくらいの対応は予想していたが、肉食獣を前にした草食獣みたいな対応をされるとは思っていなかったキアラさんが、とても困惑した表情を浮かべているが……。

 その辺りはBBちゃん的にもトップシークレット、できれば触れてあげないで頂きたい部分なのだと伝え、その背を押していく私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえずメンタル方面での癒しが足りてないだろう、ってことでモモンガさんに押し付けて来た!」

「でかした!」

 

 

 いや構わんが。……彼女かー。

 みたいな反応をするモモンガさんにキアラさんを押し付け、颯爽と帰って来た私である。……まぁうん、中身は本当にただの聖女なので、できれば見た目で敬遠せず対応してあげて欲しい。

 

 ……同じ事をBBちゃんにも言えよって言われそうだが、それはそれでちょっと時間が掛かりそうなのでまた余裕のある時に、というやつである。

 今はちょっと、トラブル発生の煙が燻ってる感じなんで無理!!

 

 まぁともかく、露骨にほっとした様子のBBちゃんの背中を撫でて落ち着かせつつ、改めて会場内の観察……視察?に戻る私たちである。

 

 

「……ふむ、今のところ問題が起きそうな感じは……ないと良いなぁ」

「なんという後ろ向きな言葉。もうちょっとなんとかならんのか、お主」

「だってさミラちゃん。……揃ってるメンバーを見て、本当になにも起こらないって言える?」

…………((;「「))

「おいこら目を逸らすな貴様っ」

 

 

 なお、トラブルの火種は……んー、なくもないと言うか。

 なにせこの会場、推定元ビーストⅠi(桃香さん)に始まり、ビーストⅡiの家族みたいなものであるかようちゃん達だとか、はたまたさっきのキアラさんとクモコさんのビーストⅢiペアだとか、テーブルの上を八艘飛びよろしく飛び移っているビーストⅣiの遺児であるイッスン君と、その姿を見てなにやらニヤニヤしているビーストⅣ/(ロスト)の片割れ・闇のコヤンだとか、とにかく元ビースト達がこれでもかと屯しているのである。

 というか、そうでなくとも以前のクリスマスで厄災役を引き受けていた、あさひさんとかハクさんとかビワとかもいるのだ、なんか邪気的なものが集まってきててもおかしくない、って気分になるのも仕方なくない?

 

 ……いやまぁ、個人的なツッコミをしていいのなら、なんで居るんだハヤヒデ、って感じでもあるのだが。

 一応今回、新人とか余所からのお呼ばれ以外の招待客って、『バレンタインに贈り物をしている人』って制限があったはずなんだけど?

 

 

(´^`)「ゆるされよ ゆるされよ じつはばれんたいんしてたの ゆるされよ」

「……マジで?」

「ほんとうなのだ。貰ったのはボクなのだ」

「ぬわぁっ!?ゴジハム君!?」

 

 

 今回このパーティ会場に郷内の住人が四割近くも集まっているのは、それだけの人数がバレンタインを楽しんだから、というところが大きい。

 ……それでもなお、その面々の全てが揃っているわけではないというのだから、余計のことビワが居る理由がわからなかったのだが……なんのことはない、ちゃんと彼女もチョコを誰かに贈っていた、というだけの話だったようだ。

 まぁ、その相手がゴジハム君というのは、ちょっとした驚きだったわけだが。

 

 

「……あーでも、確かハム太郎って結構モテてたんだっけ……?」

「その辺りはあまり触れないでくれると嬉しいのだ。あと、ハヤヒデがくれたのは義理なのだ。というかチ○ルチョコレートなのだ」

(・ヮ・)「ばれんたいんのおくりものというものを、わたしもたのしんでみたかったのですなー」

「はぁ、なるほど……?」

 

 

 でも、よくよくゴジハム君の原作?を思い出してみると、中身であるハム太郎自体が結構他のハムスター達からモテモテだったため、別に彼がバレンタインになにかを受け取っている、という状況自体はそう不思議でもないと思い直した私たちである。

 ……まぁ、当のゴジハム君はなんだか苦虫でも噛み潰したような、とても渋い顔をしていたのだが。

 その辺り、同居人である他のよろず屋メンバーに理由がありそうな気がするが……深堀りすると余計なトラブルに巻き込まれる予感がしたため、放置を選んだ賢いキーアさんなのであった。

 

 まぁともかく。

 そもそもこのパーティ、義理だろうがなんだろうが『バレンタインになにか贈り物をした/された』ことを条件に参加できるものなので、渡したモノの金額とか量とかは全く関係がない。

 ……ゆえに、たまたまバレンタインの気分を味わってみたい……と思ったビワが、たまたま持っていた小さなチョコを、たまたま通り掛かったゴジハム君に渡したとしても、なんの不思議もないのである。

 まぁ、一つ疑問があるとすれば、ハムスター?にチョコは食べさせてもいいのか、という至極単純なことになるのだが。

 

 

「もちろんダメなのだ。でも、ボクみたいに大きいと致死量も多くなるから、一欠片くらいならそう大袈裟なことでもなかったりするのだ」

(`廿-廿)「さすがにそれくらいの配慮はするんだが?」

「オグリ!!?」

 

 

 なお、ゴジハム君からは『体重体型が大きくなれば、致死量も相応に多くなるので平気』という言葉を、対するビワからは『そもそもチョコが危ない相手になんにも考えずにチョコを渡したりしない』という、至極当たり前のお言葉を頂くことになったのでありました。

 ……ちょっと見ない間にビワの顔パターンが増えとる!?

 

 

*1
災害対策などでよく言われること。なおそういう場合、いざその時を迎えてしまうと『なんで対策してなかったの?』と言われる羽目になる。……金掛かるからやらんでエエって言ったのそっちやんけ!……となることも多い()

*2
その点トッポってスゲーよな、最後までチョコたっぷりだもん



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幕間・恋人達だけの祭りってわけでもない

 わりと衝撃的なビワの話のあと、そういえばもう一つ衝撃的なことがあったのを思い出した私である。

 

 

「衝撃的……?ビワさんの話以外に、なにか気になることが?」

「いや、さっきはサッと流しちゃったけど……もう一組、此処にいるのがおかしい集まりがあったでしょ?」

「もう一組……?」

「あっ、かようさん?!」

「──その通り!」

 

 

 そう、その衝撃的な話というのが、サラッと混じっていたかようちゃん達のグループである。

 

 今回のパーティが『バレンタインに贈り物をした/された』ことを参加条件にしている、というのは前回述べた通り。

 ……ということは、ここに混じっているかようちゃん達も、誰かにチョコを贈ったと言うことに……?!

 はいそこ、多分知り合いとかお世話になった人に義理チョコを振る舞っただけ、とか言わない。もしかしたらもしかして、があるかもしれないでしょー!!

 

 

「うちの可愛いかようちゃんに近付くとはふてぇ野郎*1だ!ぶっ○してやる!!」

「完全に面白がってますね、これ」

「まぁ、さっきまでみたいにテンションが低いよりも、遥かにマシですので……」

 

 

 そんなわけで、うちのかようちゃんを誑かした(?)謎の誰かにフェードイン!……敢行である。

 え?お前のテンションがよくわからんって?わしにもわからん(真顔)

 

 まぁそれはそれとして。

 多分恐らくきっと、コナン君辺りが義理チョコを貰った……とかその辺りの話だと思われるため、それを前提としてあの子達にバレないように裏取りを始めた私たちはと言うと。

 

 

「……かようちゃんは私の母親になってくれるかもしれない存在だ?」*2

「しっかりしてくださいせんぱい!!そんな赤くて三倍になりそうなキャラになられては困ります!」

「うーん、前々からしっかりしてらっしゃると思っていましたけどぉ……」

「思った以上にオカンじゃの、あの娘」

 

 

 ここにいる男性陣、そのほとんどがかようちゃんからの義理チョコを貰っているという事実に行き当たり、思わずどこぞの三倍ファミコンさんみたいな台詞を吐く羽目になったのであった。

 ……いやまぁ、私も友チョコ交換のノリで貰ったけどさぁ?!

 よもやそれがなりきり郷全土、ともすれば互助会にまで波及するレベルのやつだとは思わねぇじゃん!?

 

 

「うむ。彼女の料理の腕は、かの紅閻魔を思い起こさせるほどのものだからな。それゆえ、その懐も相応に広いと言うことなのだろう」

「……実際そうなんだろうけど、エミヤんがそういうこと言ってるとなんかアレ(ロリコン)みたいじゃね?」

「…………何故そうなる?」

「イヤだってほら、凛ちゃんとか……」

「止めないか!私が悪かったからその辺りのことを突っつくのは止めないか!!?」

 

 

 ただでさえ、あの姿の凛にも頭が上がらないのだぞ私は、と情けない姿を見せるエミヤんの言によれば、かようちゃんの料理の腕前はかなりのもの。

 ……その勇姿にはかの紅閻魔ちゃんを思い起こすほどとのことで、ここにコヤンが居たら変なことになりそうだなー、などと思ってしまう私である。

 いやまぁ、かようちゃんは紅閻魔ちゃんほど騙されやすくはない、と思うけども。

 

 

「それって褒めてるのかな?」

「んー、子供らしくないって貶してるとも取れるかも。……まぁ、わりと肝っ玉感あるからねぇ、かようちゃんって」

 

 

 あとはどことなく古いというか。

 ……最近のげーむ?はよくわからないやとか言いながら、メンコとかコマとかで遊んでいる彼女には、なんとも言えない違和感を抱かないでもない私である。

 いやまぁ、別にゲームとかが下手ってわけでもないみたいだけどね?

 

 まぁともかく。

 まさかのかようちゃん製チョコが、区分的に『オカンからのチョコ』枠だったことに驚愕していた私たちはというと。

 

 

「……キーアお姉さん?ちょっとお話が」

「げぇっ!?関羽!!?」

 

 

 なにを裏でこそこそしているのか、と笑顔(コワイ)を浮かべたかようちゃんに詰め寄られ、大いに反省することなったのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「さて、話を戻そうか!」

「ボロボロのわりに元気そうじゃの」

 

 

 お姉さんお仕置き隊、ごー!

 ……の鶴の一声により、突撃してきたれんげちゃんやら猫やら蝶やらにぼっこぼこにされた私ですが、皆さん如何お過ごしでしょうか?

 私は懸念していたビースト組の一つ・れんげちゃん達が特におかしなことになっていないことの確認をまんまと成功し、達成感から額の汗を拭っているところです()

 

 ……そのわりにボロボロじゃねえかって?安いもんさ、私の健康の一つや二つくらい……嘘です精一杯の強がりです。

 まぁうん、ついでに確認ができたので、全くのマイナスではないってことだけは本当だけどね。……でもマイナスが多いのは本当です。オレノカラダハボドボドダ!

 

 ともかく。

 なんか起きそう、ということで一番火種になりそうな元ビースト組を確認してみたけれど、特にどのメンバーもおかしな様子はなし。

 ならば原作的に厄いタイプの波旬君とか宿儺さんとかは?……と思って会場内を探してみたのだけれど。

 

 

「……うーん、居ないね二人とも」

「あー、あの二人なら非参加だよ、別に貰ってないわけじゃないみたいだけど、変に騒動になりそうだから止めとくってさ」

「おっと五条さん」

 

 

 生憎、あの二人の姿を会場内に見付けることはできなかった。

 ……どうやら、残りの六~七割の方に含まれるタイプだったらしい。こっちがあれこれしてるのを確認して近付いてきた五条さんからの発言により、合わせて裏取りも取れてしまった。

 

 しかし……なんだかんだ貰ってるんだなぁ、あの二人も。

 原作的に考えると、そんなもの貰っても嬉しがりそうもないどころか、下手するとそうして近付こうとした女の子が上下真っ二つになっていてもおかしくなさそうなのだが。

 

 

「あーうん、特に宿儺の方は夢女子駆逐しかねない暴れっぷりだったからねぇ、原作だと」

「まさかあんなことになるとはねぇ……虎杖君も、なんというかもうちょっと自分を大切にできる子だったらねぇ……」

「その辺りは、丁寧に『自分の価値』を磨り減らされていった結果じゃしのぅ」

 

 

 そこから、原作の方でのわりとお労しい流れへの言及に移行する私たちである。

 ……うん、女子供をいたぶるのが好き、みたいなのは前々から言われてたけど、彼処まで行くといっそ清々しくすらあるよね、原作の宿儺。無論皮肉だけど。

 

 ……原作は原作として、こっちの宿儺さんの話だけど。

 彼は料理人として拡大解釈された存在のため、原作のそれに比べれば遥かに接しやすい人物と化している。

 その上で、原作っぽいぞんざいな物言いも(ファンサービス的に)してくれるため、ファンからしてみると推しやすいタイプと言えないこともないだろう。

 そのため、意外と客からのチョコとかを貰うことが多いのだとか。……で、その返礼に関しては自分のとこの店で行うので、今回のパーティには出てきてない……と。

 

 まぁうん、このパーティって『お返しが思い付かない』男子組の救済措置的な要素も強いので、そりゃ自分のところで完結させられる人は利用しないよなー、と改めて納得してしまった私である。

 なお、波旬君も似たような理由だとか。

 

 

「まぁ、あの二人は一見取っつき辛いし原作的にもそんなに気軽に話し掛けて良いものかと悩むけど、見た目が彼らってだけで中身は別物に近い方だからねー。……ま、下手に原作に近付き過ぎると、こっちとしてもあれこれ考えなきゃいけないから、今くらいの方がありがたいんだけども」

「うーん、なりきりの欠点……」

 

 

 苦笑いする五条さんに、こちらも苦笑いで返す。

 ……メソッドアクターの話は何度かしているが、『狂人を演じ続けると狂人になる』というのはわりとよくあること。

 自分と役を切り離せるほど乖離している方が、なにかと危なくない……というのは確かな話であり、そしてそれゆえに『逆憑依』的にはランクが下がる……というのは、はたして良いことなのか悪いことなのか。

 

 まぁ少なくとも、悪役をやる分には『似てない』方が良いのだろうなぁ、とため息を吐いてしまうのでしたとさ。

 ……人格への影響の話をするのなら、そもそも善人だとしてもあんまりよろしくはないのも確かなのだけれど。

 

 

「まぁ、その辺りのくらーい話は置いといてー。……そーいうわけで五条さん、なんかお返しちょーだい」

「唐突に話をぶっ飛ばしたねー。いやまぁあげるけど」

 

 

 とはいえ、その辺りの話はやり始めるとどんどん底に沈むタイプなので、今は投げ捨て。

 丁度良い話題転換とばかりに、五条さんにホワイトデーの催促をする賢いキーアさんなのであった。……いやほら、義理は渡してるからね?

 

 そんなわけで半ば冗談めいた感じで返礼を求めたのだけれど、意外にも五条さんこれをナイストス。

 渡されたピンクの箱に、思わずぽかんとしてしまう私なのであったとさ。

 

 

「……いや、自分から催促しといてその反応は酷くない?」

「いやー……五条さんがその辺りちゃんとやるイメージがなかったと言うか……」

「ひっど。俺だってイベントごとを祝うくらいするさ。……まぁ、傑の方がそういうの気にしそうってのは確かだけど」

「あー、確かに」

 

 

 主に高校生時代のイメージ的に。

 ……うん、五条さんに誰かと付き合ったりしてるイメージがないのは、その辺り結構冷めてそうだからというのが大きいわけだが。

 そうなると、最終的にあんなことになった夏油君でも、そういうイベントはちゃんとこなしそうだと思ってしまうわけである。

 

 まぁ、私は彼にも渡してるので、あとで催促しに行くのだが。一応の礼儀的なあれで。

 

 

「……なにくれると思う?」

「んー、無難にクッキーとか?アイツ、わりと真面目だし」

 

 

 そんなわけで、五条さんと和気藹々な感じで夏油君のお返し品を予測していた私はというと。

 実際に貰ったものが新幹線型のケーキだったために、そういえばこの人との関係ができたのってバレンタインからだったな、と改めて思い起こす羽目になったのでしたとさ。

 ……これ絶対吐くほどに甘いやつでしょ!?

 

 

*1
ふてぶてしい・厚かましい・図々しいやつだ、の意味。『ふてぇ』は『太い』が訛ったモノとされ、いわゆる『図太い』に近い意味合いとなる

*2
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』における(実質的な)シャアの遺言である『ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ』から。シャア自身はまともな家庭生活をしたことがほとんどなく、家族愛というものに餓えている節がある。それが形となった台詞であり、実際は『ロリコン』ではなく『マザコン』、もっと言えば『家族に対するコンプレックス』という意味での『ファミコン』な性質から飛び出した言葉になるのだが……後のオタク界隈において現れた『自身より年下の女性に母親を見出だす』という『バブみ』概念と結び付き、ややこしくなったような彼のキャラ造詣が分かりやすくなったような、そんな不思議なことになってしまった



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幕間・明日の展望は明日にこそ

「……んー、結局何事もなく終わりそうなのかな、これ?」

「まぁ、あと一時間程度で終わりですからねぇ、このパーティも」

「いいえBBさん、残り一時間もあるのですから油断は禁物ですよ……けど、なにも起きないのであれば、それはそれで良いのかもしれませんね」

「まぁ、ねぇ。別にトラブルが起きてほしい、ってわけでもないし」

 

 

 あれからしばらく、会場内を練り歩いていた私たち。

 久しぶりに会う人や、今回が初顔合わせになる人達など、様々な人々と会話を交わしてきたわけなのだが……当初の予感はどこへやら、今のところなにか騒動が起きそうな感じというものは全くなく。

 そんな微妙な緊張感の中、私たちはというと。狐につままれたような*1面持ちで、ちょこんと椅子に座っていたのでした。

 

 まぁ、なにも起きないのであればそれはそれ。

 それならばということで、マシュ達へのお礼?的なものに従事しだした私なのですが……えーとうん、できれば今からでもなにか起こったりしません?

 このままだと、二人からの要求がエスカレートしそうなんですけど?

 ……などと、ちょっと焦り始めた私なのでありましたとさ。

 

 

「ほらぁせんぱい、あーん♡」

「……いやあのね?」

「それではせんぱい、次はこちらをどうぞ」

「いや待てお前ら!!私にばっか食わせてんじゃねぇ!?というかせめて間を開けろ間を!?」

「「えー?」」

 

 

 ──ほら、すでにご覧の有り様だよ。

 

 ……おっかしーねー、なーんで私の方がお世話されてるんだろーねー?

 そうして首を捻る私の両サイドでは、二人の後輩達が代わる代わる私にスプーンを突き出している。

 そのスプーンの上に乗っているのは、テーブル上に並べられた様々な甘味(スイーツ)達なわけで。

 

 ……うん、一先ず見回りを終了し、テーブルの一角に腰を落ち着けた私が、二人になにかしたいことがあるか?……と問い掛けた結果がこれなわけだけど、なして彼女達がもてなし側になってるんでしょうね?

 

 これ、パーティの趣旨的には私がやる方になるはず、なんだけどなー。

 ……いやまぁ、二人にあーんをするのはどうにも気恥ずかしいので、今からやってと言われても困るわけなんだけども。

 え?自分がやられるのはいいのかって?……わーい、キーアんお菓子大好きー♪(棒読み)

 

 

「……半ば自棄っぱちじゃのぅ」

「ミラちゃんシャラップ。見た目は幼女なんだから別に良いのよきっと」

「それにしては笑顔が引き攣っておるように見えるが?」

「うるせーって言ってるでしょうがー!!」

 

 

 気持ちはお子さまお姫様……とまぁ、現状の自分のこっ恥ずかしさをごまかす手段としてのお子さま気取りなわけだけど、だからといって全ての羞恥心をごまかせるかと言えばそういうわけでもなく。

 ……結果、同じテーブルに同席しているミラちゃんに、こうしてからかわれる羽目になっているというわけなのである。

 

 というか、現状のミラちゃんってば特にお相手も居ないのでカウンターができないという、地味に厄介な相手になってるのが手に負えないというか。

 ……区分的にはかようちゃんとかと同じ、みたいな?

 

 

「まぁ、折角じゃからと義理チョコばら蒔いたりしておったからのぅ。その流れでお呼ばれした、というのがわしがここにいる理由じゃし?」

「ぐぬぬぬ……最近のTSキャラはやんちゃで困る。どいつもこいつもいたいけな青少年の純情を弄びおってからに……」

「……いや、『ミラちゃんが悪いんだぞ』とか言われるほどではないと思うんじゃがのぅ?」*2

「おいこら、原作でのトレーディングカード回のこと思い出してみろやテメェ」*3

…………((;「「))

「逃げるなーっ!!自分のやったことから逃げるなーっ!!」

 

 

 まぁ、この人に関してはどこぞのお兄ちゃん*4と同じく、わりと確信犯的にショタ達の初恋泥棒みたいなことしてるので、正直そこら辺は全く擁護できないわけなのだが。

 ……あれかな?歌舞伎の女形*5みたく、男性同士だからこそ相手のツボがわかる、みたいなやつなのかな?

 まぁ、わかるからといって突きに行くのは許されたもんじゃない、というのも確かなのだが。

 

 ところで、こうして余計な話を挟むことで、そろそろトラブルが襲い掛かってくるとか……ない?そうですか……(落胆)

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ、それでこうして満身創痍、ってわけだ」

「もう勘弁してくだしあ……」*6

「余りにも古い、なの」

(……!私が気遣って触らなかった部分を……流石だ高町!)

「……なんか胡乱なこと考えてますね翼さん?」

 

 

 それからしばらく経過して。

 そもそもそんなに食えねーよ……と声をあげた結果、それでは違うことを探して来ます、などと宣いながら散っていった後輩二人に辟易していたところ。

 これまた久しぶりに顔を合わせることとなった面々に、私はあれこれ弄られていたというわけなのでございます。

 ……いやまぁ、半ば自業自得なんだがね?凛ちゃん呼んだの私だし。

 

 と、言うわけで。

 今回近付いてきた面々は、魔法少女組三人だったというわけである。(ライネスはそもそも来てないので除外)

 

 

「まぁ、エミヤお兄さんの様子を見るついで、だけどねー」

「私に関してはろくにチョコも渡していないわけだが……」

「にゃはは……一応、友チョコでも参加権利自体はあるみたいだから、大丈夫だと思いますよ?」

 

 

 なおこの三人、特にお相手がいるというわけでもないため、本来であれば参加権利自体が微妙なところがあるのだが……条件部分に『同性相手へのお返しも可』という一文があったため、ぎりぎり参加できる感じになっているのだとかなんとか。

 まぁ、じゃないと私が主催側で出る権利がなくなるしねー。

 

 そんなわけで、一応単なる親愛としての意味合いしかないチョコ交換とはいえ、参加権利を主張することができるようになった三人がやってきたわけなのだが……凛ちゃんが言うように、これはあくまで『呼ばれたから来た』というところが強いようで。

 

 屁理屈を言って参加ができると言っても、そこまでして参加する理由がなければ意味がない、というのはみんなの予想通り。

 そういう意味で、この三人がこのパーティに参加する意義はとても薄いのである。……まぁ、ユーノ君も緒川さんも居ないし、厳密な意味で言えば(役被りではない)フェイトちゃんもマリアさんとかも居ないからさもありなん。*7

 

 そういう意味では、唯一お相手とも呼べる人物がいる凛ちゃんにだけ、参加の意思を問う理由があるということになるのであった。

 ……いやまぁ、厳密なところを言うと彼女も微妙なわけだけども。

 

 

「そこはほら、貴女にああ言われたら……ね?」

「うむ。エミヤんは爆ぜるべきだからね、この時期は特に」

 

 

 どこからか『なんでさ』の声が聞こえた気がするがスルー。

 ……ちょっとちっこいとはいえ、彼女はあかいあくま遠坂凛。言うなればエミヤんにとっての天敵であり、彼に対してダメージを与えたいのであれば積極的に起用すべきアタッカーの一人であることは疑いようもない。

 そんなわけで、後付けの理由とはいえ参加の意義を得た凛ちゃんは、どうせだからと他の二人も誘って現れた……というわけなのである。

 

 

「まぁ、私の方にも理由ができた、という事情もあるのだがな」

「おっと、翼さんに?」

 

 

 今まで語った理由からわかる通り、基本的にこの三人は冷やかし目的に近いわけなのだが……ここに来て翼さんから気になる言葉が。

 ふむ、彼女にもこの集まりに参加する意義がある、とな?

 

 何処か一点に視線を向けている翼さんの姿に、思わず首を傾げながらその視線を追ってみると。

 

 

(……なんか、滅茶苦茶見られてるんッスけどぉーっ!!?)

(ほら、クモコちゃんって今はユウキの格好だけど、確か基本形態って響ちゃんの方でしょ?)

(キェアーッ!!?絡まれる理由バリバリじゃないっすか!!?やベーッスやベーッス!このままだと胸の覚悟を構えてご覧なさい、とか言われる流れになっちまうッスーっ!!?)*8

「あー……」

 

 

 エリちゃん騒動が一段落付き、テーブルに突っ伏していたクモコさんと、そんな彼女を横合いから突っついて起こし、見られてるよと伝えたアスナさん達の姿。

 ……現状だと単にユウキを起こしたアスナ、としか言えない状況なのだが、そういえばクモコさんってば響ちゃんの姿を使ってたなー、などと思い至る私である。

 

 ああうん、翼さんが興味を持つのも仕方ないと言えば仕方ないのか。

 仮に響ちゃんの姿でなくとも、元・ビーストって肩書きの時点で気になるとこがあるだろうし。

 

 そんなわけで、横合いからだとなに考えてるのかわからない翼さんの鋭い視線に晒されたクモコさん達がわたわた慌てているのを眺めながら、もしかしてトラブルってこっから始まるのか?……とちょっと後悔し始めた私なのでしたとさ。

 

 なお、この時翼さんがなにを考えていたのかというと。

 

 

(……彼女の蜘蛛形態、わりと可愛かったわね……)

 

 

 などという、かなりどうでもいいようなモノであったことを、合わせてここに記しておく。

 ……いやマイペースか!?

 

 

*1
漢字で書くと『狐に抓まれる』。『抓む』とは『人を騙す・愚弄する』ことを意味する言葉であり、合わせて『狐に騙された』ということになる。……無論、実際に狐に騙されたことを意味するわけではなく、狐などの化生に化かされた、ということを慣用句にしたものであり、その為言葉の意味としては『結末の意外さに呆気に取られる』というようなモノになる

*2
『シャミ子が悪いんだよ』から派生した言葉の一つ、『お兄ちゃんはおしまい!』における同様の意味のワード『緒山が悪いんだぞ……』から。ミラもTS系キャラなのでその繋がりとも言える

*3
『アリスファリウス聖国』にて『レジェンドオブアステリア』というカードゲームに触れたミラの一部始終のこと。自身(ダンブルフ)のカード欲しさに大人買いしたカードの余りを分ける際、一人の少年の性癖を破壊した()所業のこと。その回の最後には自分で『わし、魔性の女』とか言っている

*4
『お兄ちゃんはおしまい!』の主人公、緒山まひろのこと。元男性の割に中学生女子が似合っている不思議な人。\カワイイ/

*5
歌舞伎は伝統芸能であり、女性が舞台に上がることを由としない風潮があった。……が、演目上女性役は必要となることがあった為、男性が女性役を演じることが多々あった。その役のことを『女形(おんながた/おやま)』と呼ぶ。……もしかしたらまひろの名字もそこから取っている、のかもしれない。実際の女形も、時に男性をドキリとさせる色香を振り撒くので……

*6
打ち間違いから生まれたネタの一つ。正確には『ください』。キーボードで文字を打つ場合、『さい』の母音を押すタイミングを間違えるとこうなる(【SAI】→【SIA】)。なお、最近の人はキーボードでタイピングをしない為、微妙に通じない。このパターンなら『てま』とかの方がわかりやすいだろう(スワイプ入力する際に『で』と間違えるタイプミスの一つ。濁点入力の際少し上にずれると『ま』のキーを押してしまうことから)

*7
それぞれ、なのはと翼の相手役としてあげられることが多い面々の名前

*8
『戦姫絶唱シンフォギア』一期三話『夜にすれ違う』にて風鳴翼が述べた防人語『それは常在戦場の意志の体現。貴方が何物をも貫き通す無双の一振り【ガングニール】のシンフォギアを纏うのであれば、胸の覚悟を構えてごらんなさいッ!』から。こういうのがすぐ出てくる辺りに彼女のエミュレーションの難しさが窺える(白目)



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幕間・貴女に華を、割れんばかりの喝采を

「そーいうわけでー!!久方ぶりの余であるー!!」

「突然ネロちゃまが空から!?」

 

 

 はてさて、一色触発かと思われた邂逅が意外とそうでもなかった、ということが発覚してからしばらく経ってのこと。

 愉しげ(?)なマシュ達にされるがままになっていた私だったのだが、なんの気なしにふと天井を見上げたところ、天上から釣り下がる照明の上に、何者かの影があることを確認。

 いや誰だよ、そんなところに登るとか危ないなぁ、なんて呑気なことを思っていたのだが、次の瞬間その人影がバッと飛び降りてきたことに驚愕し……さらにその人影が、よくよく見るとネロちゃまであるということに気付いて、もう一回驚愕する羽目になったのであった。

 

 ……いや、なんでこの人そんなところから飛び降りてきたの???

 

 

「ふっふっふっ。あれは誰だ?美女だ?ローマだ!?もちろん、余だよ♪」*1

「いや、もちろんとか言われはっても知らんがなとしか」

 

 

 なお、飛び降りてきた当人は何故かドヤ顔。

 ……着地時に足が痺れたのを気合いでごまかしてるっぽいが、それを差し置いても唐突過ぎて意味不明である。

 いやまぁ、ここのネロちゃまが突拍子もないのは、わりといつも通りな方なのだが。

 

 

「ほほーぅ、どうやら其方(そなた)は余のことを深ーく理解できている様子。これはもう、やるしかないのでは?余のハレムを作るしかないのでは?」

「……ネロさん?」

「ほわぁっマシュぅっ!!?止さぬか止さぬか、余の天上のシルクの如き金糸の髪を無茶苦茶に掻き乱すのは!?」

「はーい♡空気の読めない皇帝さんは、こうしてボッシュートしちゃいまーす♡」

「ぬぉわBB其方もか!?ええい、この機に乗じて全て総取りしようという、余のかんっぺき過ぎる計画がぁ!」

「なにを考えてやがりますのこのクソ色ボケ皇帝は」

 

 

 求めるものの規模がでかすぎて、頭痛くなってくるわ(真顔)

 ……とまぁ、彼女達のやりとりを見ながらため息を吐いていた私はというと、そこまで考えたのちにふと気が付いてしまったのである。

 ──よく考えたら、この人も大概危険人物なのではないか?……と。

 

 

「──む?」

「アーケードの方ですけど、貴方の同位体みたいなビースト出てたでしょう?*2あれは確か『堕落』の理を持つ獣でしたけど……こっちではⅤ以降の獣の影は一つもない。*3──つまり、ネロちゃまが向こうと同じくⅥの座に座る可能性も……」

「いや待て!待たぬか!!余は単にあまねく民達を愛しているだけでだな……」

「なに、全部好き!?つまりカーマちゃんパターン!?クモコさん逃げて!!」

「なんかこっちに飛び火してきたッス!?」

「ええい、人の話を聞かぬかこの大馬鹿者!確かにあの娘も良いものではあるが、こういうのには順番と言うものがだな……!」

「まぁ、まるで原作の私のように、全ての人を愛し溶かすと仰るのですね……なんと恐ろしい……」

「ええい、原作関係者が集いすぎであろう!!」

 

 

 程度があろう!*4……と涙目になるネロちゃまである。

 ……まぁ、いい加減反省しただろうから話を戻すとして。

 

 

「まぁはい。偽物(イマジナリィ)とはいえ獣の跋扈してる世界で、常のようなことを宣うのがどれほど浅慮かってのはわかって頂けましたか?」

「そ、底意地が余りにも悪すぎであろう……」

「まだなにか、仰りたいことが?」

「ぬわぁっ!!止めよ止めよわかったわかった余が悪かった!!自重するからこれ以上責め立てるのは止めよ!!泣くぞっ!?」

 

 

 ……うん、微妙に反省しきれてなかったみたいなので、もう一度脅しておいて。

 

 ともかく、こうして原作通りに獣になってしまっていたキアラさんが居るように、ネロちゃまも原作をなぞって獣になる可能性、というのは普通にあるわけで。

 なので、いつものノリで高らかに愛を叫ぶのは──特に、対象を一つに定めないタイプの愛を叫ぶのは止めましょう、と釘を指した私なのでしたとさ。

 ……え?単に口説かれるのめんどかっただけだろって?正解(エサクタ)

 

 

「むぅー、余のハレムの夢がぁ」

「諦めてください皇帝陛下。いえまぁ、唯一の相手も居ない以上、手持ち無沙汰だというのは理解できますが」

「うむ、余は一所に留まるような小さな器ではないからな!……無論、奏者が居るのであれば──ちょっと独占したくなるだろうというのも間違いないのだがな!」

「うーん清々しいまでの問題発言……」

 

 

 なお、当の本人は本当に反省してるのか微妙な感じなのであった。……まぁ、ネロちゃまだし仕方ないね!

 

 

 

 

 

 

「……こうしてみると、本当に危険物ばっかって感じよね……」

山も谷もない(起伏のない)物語が面白いかは、それこそジャンルによるからねぇ」

 

 

 そんなわけで、突然の乱入者であるネロちゃまが去っていくのを見送り、それと入れ換わるようにやってきたゆかりんと一緒にテーブル席に着いた私である。

 ジェレミアさんのとこ行かなくてもいいの?……と茶化したところ、パーティが終わったあとに時間を取っているので問題ない、とのことであった。……ふむ?

 

 

「一応忠告しておくと、青少年のなにかを破壊しないようにね?」

「そういうんじゃないってば!」

 

 

 単に向こうが食事の席を取ってくれてる、ってだけだってば!……とはゆかりんの言である。

 まぁ、その辺りはツッコミ過ぎるとこっちも突っ込まれるだけなのでほどほどにしとくとして。

 

 ともあれ、長かったホワイトデーのパーティもそろそろ終わりの時間。

 なにかが起こるんじゃ、なんて警戒していたけれど何事もなく終わりそうで、こちらとしてもホッと胸を撫で下ろす次第である。

 

 

「……まぁ、状況だけ見たらビースト大集合だったものね。それを思えば、よくなにも起こらないままに過ごせたものだと拍手喝采したい気分だわ」

「もうちょっとで終わりって言ってもまだ終わってはないんだから、変なフラグ立てるのは止めてねー」

 

 

 まぁ、油断してると突然横合いから殴られるのがここの常なので、余裕を見せつつも警戒については怠らないわけなのだが。

 

 そんなことをゆかりんと話しながら、運ばれてくる料理を口に入れる私である。……うん、描写はしてなかったけどマシュとBBちゃんのもてなし、実は再始動してたんだ(白目)

 

 パーティの終わりが近付いてきたこと、及び時間帯的に夕食のタイミングということもあって、さっきまでの甘味まみれ状態とは違い、並べられているのはがっつり食事って感じのものばかり。

 ……そのため、私は左右から差し出されるハンバーグだのポテトだのニンジンのソテーだのを、パクパク食べさせられる羽目に陥ってたのでしたとさ。

 

 

「……いやほら、二人とも。私ばっかりに食べさせていなくていいから、君達も食べたらどう?」

「いえ、私はまだお腹が空いてないので大丈夫です」

「はいはーい、BBちゃんはそもそも食べなくても平気ですのでー!なのでこのまませんぱいのお世話、続けちゃいますねー♡」

うへぇ……

 

 

 で、この状況に陥った一因に、後輩二人の片割れ──BBちゃんがそもそも食事の必要性がない、というものがあるのだった。

 

 そう、彼女の本当の姿は『電脳生命体』、すなわちAIであるため、食事を一切取る必要性がないのである。

 まぁ、味を楽しむことなどはできるため、一緒に料理を囲むこともたまーにあるのだが……今回の彼女は私に構うことを最優先するつもりのようで、一緒に食卓に着くつもりは更々ない様子。

 

 で、そうなると困ってくるのがマシュである。

 彼女はちゃんと肉の体を持つ生身の人間であるため、飲食は生きるために必須。

 ……自分は止めなければいけないのに、BBちゃんは続けても問題ない……という状況が彼女の歯止めを壊し、結果として二人のお世話合戦がエスカレートする、という悪循環に陥ってしまっているのである。

 

 そりゃもう、やられる側からしてみれば勘弁してくれ、って気分でいっぱいいっぱいなわけでして。

 そこら辺の頻度をこっちで調整するために、意図的にゆかりんとの会話を多めにしてみたのだが……会話の合間合間に食べさせてくるため、欠片も対策になってないのはご覧の通りである。

 

 ええい、私を太らせるつもりか貴様ら!いやまぁどんだけ食っても太んないんだけどね私!

 

 

「おや衝撃の事実。まさか女神の神核持ちなんですかせんぱい?」*5

「ちゃうわい、単に【星の欠片】的に食べたもんはそのまま残機になるってだけじゃい!」

 

 

 まぁ、だから幾ら食べても大丈夫ですよね?

 ……とかされても困るわけなのだが。

 

 そうして二人があれこれ世話を焼いてくるのをどうにか抑えつつ、パーティが終わって行くのを眺める私たちなのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 なお、このパーティが遠因となって、とある騒動が起こることとなるのだが。

 今のところはまだ未来の話のため、この時の私たちにそれを知る由はなかったのであった。

 

 

*1
『水着ネロ』の宝具台詞の一つ。アメコミ屈指のヒーロー『スーパーマン』が現れた時のお約束台詞『鳥だ!飛行機だ!スーパーマンだ!(原文:『Look! Up in the sky! It’s a bird. It’s a plane. It’s Superman!』)』を元ネタとした台詞。有名な台詞である為、パロディも多い

*2
ビーストⅥ/S『ソドムズビースト』のこと。繁栄の果てにある堕落を好み、それを呑み込む獣。作中でも珍しい成体となったビースト(他にはゲーティアとティアマトだけ)であり、その魔力規模は彼らを凌ぐ『一等惑星級』という無茶苦茶っぷり。バビロンの大淫婦というネーミングバリューもバッチリなトンでもビースト

*3
※向こうでも(2023年3月現在)Ⅴの気配はない

*4
『fate/extra』時代のネロのダメージボイスの一つ。まだ今ほど犬っぽさのない、クールな空気も醸し出していた時の台詞である為、今聞くと声色の違いにびっくりすること請け合い。声色が違うが似たような台詞に『ネロ(ブライド)』の『無粋にも程があろうっ!』がある

*5
『FGO』におけるクラススキルの一つ。生まれながらに完成した女神であることを現す。精神と肉体の絶対性を維持する効果を有し、あらゆる精神系の干渉を弾き、肉体成長もなく、どれだけカロリー摂取しても体型が変化しない。実は『神性』スキルを含む複合スキルらしいが、その内訳については今のところ不明である



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二十四章 出会いと別れは表裏一体
合体事故もいい加減にしろ!


「…………?????」

「マシュが困惑してる!こっちがびっくりするくらいに!!!」

「そういうアンタもおかしくなってるわよ、色々と。……にしても、全部混ぜとは思いきったわね、アイツ」

 

 

 結局のところ、発表された新作は新作でも、アップデートの方だったわけだが。

 いや、なんて?……と思わず聞き返してしまうネーミングのそれは、『浮遊城・アーカムシティ』。*1

 ……名前から察するに『ソードアート・オンライン』と『クトゥルフ神話』が混じってしまっているわけだが、それだけに飽き足らずそれに挑戦するためのアイテムに『ライダーパス』までくっ付けてくる念の入れようである。

 

 なに?なんなの?人の胃袋を破壊する気満々なの?

 ……ってなくらいに胃の痛い案件だが、一応デスゲームをモチーフにしてはいるものの、脳がレンチンされる危険性はないとのこと。……ほんとにー?

 

 いやまぁ、その辺りの事情を隠すつもりなら、そもそもこんな名前を付けるわけがないってのもわかるのだが。……世間様からしてみれば、あまりにも縁起が悪すぎる名前なわけだし。

 

 

「まず浮遊城って時点で例のデスゲームを思い出すから一アウト。次のアーカムシティは例の神話で何度も出てくるところだからツーアウト。で、最後のライダーパスだけど……これに関してだけは同名のアイテムが電車のやつ(電王)だからちょっと赴きが違う……って感じかしら?」

「全部でツーアウト……まぁギリギリシャバにいられるレベルですねぇ」

 

 

 パイセンが改めて並べてくれたが、目立つ名前に組み合わせられた要素の二つがド級のアウトなのに対し、『ライダーパス』だけちょっと厄物度数が下がっている……というのは確かな話。

 

 いやまぁ、過去への移動に必要だったりライダーへの変身アイテムだったりと、細かく見ていくと『あれ?』とはなるものの、他二つが聞いただけで『アカン』ってなるのに比べれば、遥かにマシなのは間違いないわけでして。

 その辺り、設定途中に理性が働いたりしたのだろうか、と思わないでもない私である。

 

 ただまぁ、そのネーミングの不穏さを吹き飛ばすくらい、お出しされたプロモーションムービーの出来映えは凄まじいモノであった。

 映像の進化はそろそろ頭打ちで、もう画像の綺麗さを誇るのは無理がある……みたいな論調もあったが、これが中々どうして。

 あの映像を見せられてなお、映像技術の進化はもうないと言える人間がどれほど居るだろうか?

 

 ……それくらいの迫力を持ったそれは、しかし迫力だけに留まらない。

 

 

「……SAOの作中でゲームが出た時みんなが挙ってやった、って話があったけど──うん、それに納得しちゃうようなクオリティだったね」

「現実よりも素晴らしいRPGはない、なんて言葉が有りますが……あれはそれを越えたと言っても過言ではありませんでした」

 

 

 放心したようにマシュが呟いているが、まさにその通り。

 現実を越えたリアリティ、とでも呼ぶべき熱気を持ったそれは、確かに誰もが心奪われても仕方ないと言えてしまうほどのもの。

 ……まぁ、それを味わうためには現状、あのバカデカイコクーンとかメディキュポイドとかが必要になってしまうわけなのだが。

 

 とはいえ、物の大きさや価格が問題になるのか、と問われると……一度下火になり掛けていた体験会が再燃していることを思えば、なんとも断言し辛いのは確かだろう。

 それくらい、さっき私たちが見せられたものは凄まじいモノなのである。それこそ、私たちもちょっと遊ぶ側に回ってみたくなる程度には、だ。

 

 

「まぁ、そうなってくると俺達の現状が色々引っ掛かってくるんだがな」

「なんだよねー……」

 

 

 とはいえ、その熱気のまま行動できない理由、というのも一緒に付いてきている。

 そう、先程までの体験会によって『逆憑依』となってしまった人々である。

 

 彼ら彼女らが今のように姿を変ずる理由となったのは、どう考えてもあの筐体達でゲームをしたことにある。

 すなわち、例えデスゲームでなくともなにかしらの事件が発生する可能性はある、ということにもなるわけで、ちょっとした躊躇が生まれるのも仕方のない話なのであった。

 

 ……まぁ、『逆憑依』の発生理由の一つに思い至れば、その辺りは無用な心配であることも理解できるのだが。

 

 

「……そういえばアンタ、さっきもあの偏屈男にそんな感じのこと言ってたみたいだけど?」

「偏屈男?……ってああ、エミヤんですね?ってことはもう一つの方か」

「……?そういえば、その『もう一つ』というのはなんなのですか?」

 

 

 で、そこに触れた以上、パイセンが耳聡くその辺りを問い質してくるのも予定調和なわけで。

 特に隠し立てする必要のある情報、というわけでもないため、あっさりと説明する私に他の面々はというと。

 

 

「……ええと、本当に?」

「まぁ、正直これに関しては()()()()()()()()()()からねぇ」

 

 

 思わず、困惑と共に声を上げる始末である。

 まぁでもうん、気持ちはわかる。この現象にそんな意味が合っただなんて、誰が気が付けるというのか。

 

 実際私も、キリアにたまたま指摘されたからこそ取っ掛かりに気付くことができただけで、自力でそこにたどり着くにはまだまだ時間が足りていなかったことだろうし。

 

 ……ともかく、もう一つの理由──【失われる筈のモノの保存】という発生理由に間違いがないのであれば。

 彼らがこのゲームを人々に広めようとしているのは、もしかしたらその喪失を招く大きななにかが、近い内にやってくることを察知したから──その厄災に対策をするための隠れ蓑、なんて可能性もあるのかもしれない。

 

 その辺りも含め、社長には是非に話を聞きたいところなのだけれど……。

 

 

「……逃げたな」

「はっ?……あっ、マジで居ないじゃないのアイツ!?」

「あっ、コヤンスカヤさんもいつの間にか姿がありません!?」

 

 

 コンパニオンを雇って案内をさせることにより、自分達が居なくとも体験会を滞りなく進めることができる……。

 恐らくそこまで考えて行われたのであろうこの体験会は、いつの間にか主催者不在のまま、客達の熱気を受け止める形となっていたのであった──。

 

 

 

 

 

 

「──まぁ、そういうわけで。責任者も居なくなっちゃったし、行くとこも無さそうだったんで連れてきたのがこの面々ってわけですよゆかりん」

「あーうん。これまたたっぷり追加メンバー引き連れて来たのね貴女……」

 

 

 はてさて、体験会が大盛況かつ主催者不在のまま終わりを見せたその次の日。

 

 向こうで『逆憑依』になってしまった面々……クラインさんを筆頭にルリアちゃん・雪泉さん・アーミヤさん・ぬの五人をなりきり郷に招待した私は、その足で責任者へのお目通しも済ませるため、遥々ゆかりんルームへと足を運んだわけなのでございます。

 

 あ、因みにだけど会場の片付けに関してはまた別の業者を雇っていたようで、コクーンやメディキュポイドをちょろまか……げふんげふん。

 筐体のサンプルデータを取るような暇はなかった、ということを合わせてここに記させて頂きます。

 

 それと、互助会から来るはずだった最後の一人のメンバーも、結局最後まで姿を見せなかったってことも、一応。

 

 

「ふぅむ、寝坊かなにかって聞いてたけど……」

「最後まで来なかった辺り、一度眠ると中々起きないタイプの人かなーって予測はできたけど。……誰一人として教えてくれなかったから、結局誰が来るんだったのかは不明なんだよねー」

 

 

 どうにもスッキリできない結末だが、多分フラグの立て方が甘かったのだろう。

 ……とはいえこっちに来ている面々も重要であるため、その辺りは一先ず脇に置いておくことにする私である。

 

 

「重要と言うと──アーミヤちゃんが一番なのかしら?」

「えっ、ええと……私が、ですか?」

「ええまぁ。『逆憑依』の病気は酷くもならず、かといって介抱にも向かわないっていうのが定説だったけど……適切な治療(継ぎ接ぎ)ができればなんとかなるかも、ってところまで間黒君は研究を進めていたのよ」

「まぁ、その適切な継ぎ接ぎとやらが全くわからん、ってんでしばらく停滞してたんだけどね」

「あ、なるほど。だから私なんですね」

「そうそう。本来なら発症しているはずの貴女が、何故かこうして健康体と呼んで差し支えない状態になっている。……言い方は悪いけど、サンプルとしてはこの上ない状態よね」

 

 

 まず、この五人の中で一番優先度が高いのはアーミヤさんである。

 本来の彼女達が持っている技能がどこまで使えるのか?という影響規模の話からすれば、一番影響が大きいのは恐らくルリアちゃんと言うことになるのだろうが……そこに関しては五人が協力的であるならば無理をする必要もない、という話にもなっている。

 性格的な危険人物というわけでもないのなら、相手に無理強いをする形になる検査は後回しにすべきだろう、ということだ。

 

 とはいえ、それでは済まない重要度の人物、というのも存在している。

 それが、アークナイツ出身者の中で現状()()()()()()()()()アーミヤさん、ということになるわけで。

 

 本来、一部の特殊な例を除き、アークナイツに出てくるキャラクターのほとんどは『鉱石病』という病に罹患している。

 患者が存命の内は他者への接触感染はしない、と言われているそれは、しかしその病の原因となる『源石』の特異性ゆえ、どうにも偏見を呼ぶものとなっている。

 

 そういった視線から彼らを守る意味も含めての隔離処置が施されているのが、ここにいるアークナイツ勢なわけだが……。

 アーミヤさんの存在は、その現状を打破するきっかけとなりうる、とても重要な人物なのである。

 

 そう、『鉱石病』の実質的な無効化を達成しているとおぼしき彼女は、まさに感染者達の希望の星と呼ぶべき存在なのだ。

 つまり、

 

 

「アーミヤ最高!アーミヤ最高!貴方もアーミヤ最高と叫びなさい!」

「えっ、えっ!?」

 

 

 何故だか胴上げの流れになった結果、アーミヤさんをわっしょいわっしょいと持ち上げる謎の集団が生まれることとなるのであった。

 ……ははは、たまにはなんにも考えずに適当するのもいいものだな!()

 

 

*1
『浮遊城』は言わずもがな。『アーカムシティ』の方は、『クトゥルフ神話TRPG』において頻出する都市の名前。マサチューセッツ州にあり、ミスカトニック大学の所在地でもある。『バットマン』シリーズに登場する精神病院『アーカム・アサイラム』のモチーフでもある



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調べることはとても多い

「はい、アーミヤさんがどれほど素晴らしいのか、みんなが理解したところで……」

 

 

 ほんのり顔を真っ赤にして、「なんだったんですかさっきの……」と唖然とするアーミヤさんを横に、再びシリアス()な空気に戻った私たちである。

 

 この五人の中で重要度が一番高いのはアーミヤさん、というのは確かな話だが、だからといって他の面々の重要度が低いのかと言われれば、そういうわけでもない。

 

 ルリアちゃんは『グランブルーファンタジー』におけるヒロイン(?)かつもっとも謎の多い人物である*1し、そうでなくとも『星晶獣』と呼ばれる特殊な存在*2を召喚できるという点からして、あれこれと検査が必要な人物だろうし。

 ぬに関しても元が『本来冠位指定(グランドオーダー)案件でしか召喚できない』であろう存在*3であることも含め、彼女が不安定でないのかの確認などが必要となるだろう。

 

 安定云々の話をするのであれば、雪泉さんも少し気になるところがある。……いやまぁ、彼女の場合は体質云々というよりは、時に暴走しやすいその性格的な意味合いの方が強いが。*4

 あとはまぁ、わりと目の毒的なセクシーくノ一()なので、その辺りの影響も気にする必要はあるだろうけど。*5

 

 まぁそんなわけで、諸手を広げて『君は大丈夫』と言える相手は、なんとクラインさんしか居ないということになるわけなのであります。

 うーん、トラブルが大挙して来た感……。

 

 

「ふぅむ……じゃあそうねぇ、どうせだから前々から考えてたアレ、実行に移しちゃいましょ」

「む?一体なにをしようとしているので?」

「それはねー……」

 

 

 そんな現状を見たゆかりん、どうやらなにか思い付いた様子。

 前々から考えてた、という辺りにこの五人だけに関わってくる話、というわけではなさそうだが……?

 

 ともあれ、その日はまだ準備に時間が掛かるとのことで、この五人達には解散の指令が出されることとなったのであった。

 ……え?彼らの寝るとこ?とりあえずはうちに泊めましたよ。

 その日はかようちゃんとマシュが、夕食を張り切って作ってましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ハァイ☆そういうわけでお久しぶりのルビーちゃんですよー☆」*6

「か、かわいい……」

「正気で言ってますか雪泉さん???」

 

 

 はてさて、五人がなりきり郷にやって来てから早一週間。

 間にホワイトデーのパーティなどを挟みつつ、こっちの環境にも慣れ始めただろうその日に、その知らせは突然やって来たのであった。

 ──そう、『郷内一斉健康診断』のお知らせである。*7

 

 前回ゆかりんが述べていたのは、まさにこの『健康診断』のことだったらしく。

 医者や研究者組をかき集め、およそ一週間を掛けて全郷民の健康状態を確認しようという、わりと無謀っぽいイベントなのであった。

 

 

「まぁ、前々からやろうやろうとは思ってたのよ。……でもほら、中々タイミングが取れなくてねー。……それで私は思ったのです。ここまで時間が取れないのなら、いっそスレ主権限でみんなに強制的に休みを取らせようと」

「うわぁ、職権乱用だぁ」

 

 

 なお、郷民全てを一度に確認するという、無謀以外の何物でもない暴挙が罷り通っているのは、偏に()()()()()()()()()()()()()()()()()()というところも大きいようで。*8

 

 特に子供系のキャラに多いが、健康診断である以上採血を行うのは当たり前。

 ……それすなわち注射を受ける必要があるということでもあるため、『やだーっ!!』と逃げだす人もいる……という、聞いてる分にはちょっと微笑ましくなるパターンだとか。

 はたまた、ここでは好き勝手に生きている人が多いため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……なんて無茶苦茶なことを主張するパターンもあったのだとか。

 

 ……これらは『内』側の理由だが、それ以外にも『外』側の仕事において、()()()()()()()()()()()()が結構な数存在するせいで、結果として個人的な検査期間を取ることのできない人もわりと居た……みたいな理由もあるらしい。

 そこら辺の事情も踏まえて、関係各所に『今週中はお仕事お断り』みたいな通達をした上で、全郷民の一斉健康診断という形式に踏み切ったのだという。

 

 まぁ、こういう無茶なことができるようになったのも、なりきり郷以外に『互助会』という競合他社みたいなものが生まれた・もとい発見されたから……という面も強いみたいだが。

 こっちが抜けた穴を埋めてくれる相手がいるからこそ、こっちが休みの時にはそっちに仕事を回す、という対応が取れるようになった……みたいな?

 

 

「そういうわけだから、うちが終わったら向こうの健康診断も続けて行う予定よ」

「あー、向こうは規模がこっちに比べると小さめだけど、それに合わせて医者の数も少ないもんね……」

 

 

 なお、その辺りの話の補足になるが……琥珀さんやロー君を筆頭とした医者組達は、こっちの検査が終わったらそのまま互助会の方にも出張に向かう、とのこと。

 

 ……向こうはこちらと比べると所属している人数が比較的少ないのだが、それに輪をかけて医者の数もこちらより少なめなのである。

 ぶっちゃけてしまうとこっちの人数比より遥かに少ないため、健康診断を滞りなく行うためにも、医者組の出張が決まったのだとかなんとか。

 因みに、そんな医者組の健康診断はそれらの仕事が終わったあとになるとのこと。……ええと、ほんとお疲れ様です……。

 

 ともかく。

 こうしてわざわざ時間を作ったのだから、きっちりさっくり済ませてしまうわよ……というゆかりんの主張に引っ張り出された郷民達は、みんなして検診衣とか患者衣とか呼ばれる『青系でダボッとした長い服』に袖を通していたのであります。*9

 

 

「……なんだか心もとないですね、この服装」

「まぁ、聴診器とか当てる時に邪魔にならないようにするためとか、あとレントゲン撮る時に映り込まないようにとか、色々考えた上での服装だからねぇ」*10

 

 

 なお、一部の人の格好が凄いことになってるが、気にしてはいけない。

 

 ……件の五人の中だと特に雪泉さんがそうだが、一部が突出してるのなんの。ぬも似たようなもんだけど、その二人を見たルリアちゃんが色々ヤバいというか……。

 まぁうん、持たざるものの悲哀はわからんでもないから、ツッコミを入れるのは止めといたけど。

 

 あと、水着回の時にも言ったように、見た目が女性でも中身は男性、もしくはその逆……みたいなパターンの頻発する『逆憑依』、それゆえ区分けが微妙に難しいわけだが……今回は素直に見た目の性別で別れるように指示されている。

 まぁ、それが無難だよねっていうか?

 

 そんなわけで、クラインさんは別行動。

 任せる相手に困ったが、最終的に五条さんに投げることにしたのであった。

 ……まぁ、「健康診断とか面倒くさーい♪」とかいってバックレようとする彼を見張る役割をクラインさんに投げた、みたいな面の方が強いかもしれないが。

 後でゆかりんに雷落とされるだけなんだから、素直に参加してくれればいいものを、などと私が思ったかは秘密である。

 

 

「まぁともかく。今日からおよそ一週間、施設暮らし仲間として宜しくねー」

「はい、宜しくお願いしま……今なんと?」

「一週間以上みんな休ませる、って無茶を実現するために一階層まるまる検査用施設になってるんだよね、今回。そこでみんなで共同生活だから、まぁ宜しく……って挨拶しておくべきでしょ?」

「す、スケールが大きいのですね……」

 

 

 なお今回、検査を受ける人達の食事制限なども合わせて行う必要があるため、しばらく家には戻れない仕様となっている。

 まぁ、検査って長いし決まりごとも多いし、それを守らせるんならこっちの方が早いからね、仕方ないね。*11

 

 

*1
一応、作中にて幾つか彼女の正体を示唆する描写は存在する。『星の神』によって生み出された器である彼女は、『星の獣』達の力をその身に蓄える聖杯のようなもの、なのだとか

*2
『星の民』と呼ばれる存在が作り出した生体兵器。圧倒的な力を持った存在……なのだが、最近では『星の民』達よりも技術力の高い『月の民』などが現れた為、初期ほど圧倒的というわけでもなさそうな感じになっている

*3
そもそも成立条件自体が『グランドオーダー』を前提としていることから。あと、大本であるジャンヌが『彼女のようになる可能性は万に一つもあり得ない』という聖女であることも理由の一つか(逆を言えば、それゆえに『ジャンヌ・ダルクは復讐を願うはずだ』という民衆からの風聞を利用できている面もあるようだ)

*4
当初は正義の為に他者を切り捨てることを厭わないタイプの人だった。その辺りが直ったあとも、変な勘違いをしたりするので意外と周囲を掻き回すことも

*5
くノ一の原義的にはわりと正しいスタイル(例:スマブラに出れなかった例の人など)

*6
『ハァイ☆』の部分はカービィ風味

*7
子供的にはよくわからんモノ・もしくは身長が伸びたかに一喜一憂するイベントであり、大人に取っては診断の数値に一喜一憂するイベントである。なんだ、子供も大人も変わらないな!()

*8
現実でも義務付けないとスルーされるくらいには

*9
因みに何故青いモノが多いのかと言うと、基本的には『血が赤いから』というのが一番の理由になるのだとか(白い服に血が散った時に必要以上に目立つことや、手術中は常に赤を見続ける為医者が『補色残像』と呼ばれる現象を引き起こし、結果白い壁や服などにありもしない『しみ』が見える……などの違和感を引き起こすことがあるので、それを緩和する為などの理由がある)

*10
理由としてはレントゲンが一番大きい(特にブラジャーは内部にワイヤーなどの金属を使用していることがほとんど。それゆえ、レントゲンに映り込んでしまう。また、CT検査を行う際に金属製品は全て外さなければいけない、などの理由もある)。それらを個別に指導していては時間が幾ら合っても足りない為、一律で服を着替えるように、と指示する病院もあるのだとか(指示に従わずブラジャーなどを脱がない人もいる。結果、レントゲンの撮り直しや、酷い場合にはCT検査時の死亡事故に繋がることも)

*11
個人を尊重しよう、みたいな主張が叫ばれるようになって久しいが、それが実現できるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが前提となっている、というのは忘れやすい部分である。特に昨今は『人手が足りない』と言われることも多く、どうしても個人の主張を聞いている余裕がない、なんてことも多発する。そうなると『一定の人数を一纏めに扱う』ことの有り難さが染みてくるわけである



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人間に自分の体を理解するのが難しい

 はてさて、みんな大好き()健康診断のお時間である。

 ……政令指定都市越えの人数を一気に終わらせようという、その無謀っぷりに思うところがないでもないが、それでも一週間近く掛かる辺りに、なんというか無情さをも覚えないでもない。

 

 ある程度一纏めに動いてくれるこのなりきり郷ですらそうなのだから、もしこれを普通の場所でやったらどうなるのか?……なんてことは想像したくもないというか。

 

 

「……まぁ、確実にあれこれと問題になるだろうな。ここの奴らの様に、行動をある程度縛る形になっても文句を言わない……なんて患者はそう多くはないだろうし」

「うーん世知辛い。……ところで、ロー君はなに担当なの?」

「一先ずは身長体重みたいな基礎部分だな。握力とか肺活量とかも一緒にやるぞ」

「へぇー……」

 

 

 まぁ、その辺りの世知辛い事情については、一先ず脇に置いとくとして。

 

 はてさて、一番最初の検査は『基本的な身体能力などの測定』である。

 身長体重胸囲に座高などなど、単純な長さや重さなどの計測に始まり、ついでに基礎能力であるところの肺活量や握力なども合わせて計測するとのことだった。

 ……え?座高がなんなのかわからんって?

 

 

「あー、そういえば『測る意味がない』とかで、最近では廃止になってるんだっけ……?」

「それから『座高が高いと足が短い』なんていじめを受ける理由になる……なんて話も合わせて述べられていますね」

 

 

 一応説明しておくと、座高というのは読んで字の如く『座った時の(背の)高さ』を意味する数値である。

 

 古くは大日本帝国において『足が短いと重心が低い≒転び辛いので兵士に向いている』だとか、はたまた内臓の発達度合いの指標になるなどの理由から発案されたというモノなのだが。

 医学の発達や子供達の成長の仕方の変化による『過去のデータ』との比較の無意味化によって、現在では『測る意味のないもの』として廃止されたのだそうな。

 

 ……まぁ一応、身長に差があるのに座高が同じ、なんて二人を比較した時に、身長の低い方が短足である……などの客観的事実を導きだすことはできるみたいだが。

 とはいえそれはそれで喧嘩になるだけなので、測らないでよいのなら測らんでもいい、という感じになるのはわからんでもない。

 

 あとは勘違いとしてよく語られるのが、『座高が高いと足が短い』だろうか?*1

 座高はその計測の仕方ゆえ、『頭の先から股先まで』ではなく『頭の先から尻の接地面』までの長さを測るものとなっている。

 ……つまり、お尻が大きい人は必然座高が高くなりやすく、その場合単純に短足だとは言えなくなるのだとか。

 

 ……まぁ、こうしてちょっと語っただけであれこれ問題が出てくることからわかるように、仮に測ってもマイナス面しか出てこないような数値であるため廃止されたわけだが……なんで入ってるんだろうね、これ?

 

 

「ああ、そりゃ単に懐かしさから、だよ」

「懐かしさ?」*2

「なりきりをするやつってのは、そのほとんどがある程度年嵩の進んだ奴らだ。無論、どこぞの能天気屋(ココア)みたいに年齢の低い奴も居るが……基本的にそういう奴は少数派。そこを考慮すると、身体測定する時に測らなきゃいけないもの……って基準で選ぶと()()()()()()()()()()()()も候補に上がってくるってわけだ」

「あー、昔の気分のまんまってこと?」

「それとまぁ、昔測ってた時に『短足』って言われてたようなのが、今の姿ならそんなこと言われずに済む……って感じのことを思い付いた結果、みたいなところもあるだろうな」

「ええ……(困惑)」

 

 

 そこで、何故座高を測る為の装置があるのかをロー君に尋ねてみたところ、返ってきたのは企画した人達が測ってみたかったから、というなんとも言えない答えなのであった。

 ……まぁうん、昔座高を測った時には悔しい思いをしたけど、今の変わった姿でならそんな思いをしなくて済む……みたいな話はまぁ、気持ち的にわからんでもないけど……なんというかこう、悲しくなってこないかそれ……?なんて思ってしまうキーアさんなのであった。

 

 というわけで、測りたい人だけ測れば宜しいとお達しを頂いた私たちは、当然のように座高はスルーして他のモノを測り始めたわけなのだけれど……。

 

 

「……おおっ、ちょっと伸びてる!?」

「一ミリでそこまで喜べる辺り、随分と愉快な頭してんのね、お前。……というか、変身すれば背丈なんぞいじり放題でしょうに」

「うるさいですパイセン、素の身長が伸びるのは嬉しいに決まってるんですよっ!」

 

 

 そういえば、『逆憑依』って身体の変化は起きないのでは?……なんて疑問を思い出してしまった私に待っていたのは、変化しすぎない程度の変化は起こる、という結果なのであった。

 まぁうん、病気の進行が止まったり戻ったりすることからわかっていたように、『逆憑依』の肉体というのは基本不変に近いモノだと思っていたけれど……より正確には『そのキャラであることを維持できる範囲で』変化する、ということになるようだ。

 

 なので、例えば作中で成長した描写があるようなキャラであれば、最初の姿と成長後の姿の中で成長範囲が設けられる……と。

 病気持ちの人の変化がおかしくなっているのは、そういう人の場合大抵『成長後の姿が描写されない・もしくは存在しない』ため、成長範囲の外になってしまうために成長や変化がキャンセルされるのだと思われる。

 ……まぁ、あくまで仮説なので大きく喧伝したりはしないが。

 

 あと、それとは別に()()()()()()()()()()()()()などは普通に起こるらしい、ということを別所から出てきた銀ちゃんが、手に持った計測結果の紙を見て青い顔をしていることから発見したりもした。

 ……どうやら血糖値がエグいことになってるうえ、アルコールの方もヤバいことになっていたらしく、数値のほとんどが人に見せられないモノになっていたらしい。

 

 まぁ、私は横合いからそろっと覗き見ただけなんだけども。……うん、『逆憑依』でよかったね、死んでないのが不思議な数値だよこれ?

 アーミヤさんとかに聞かせたらドン引きしていたので、あの人はもう少し生活習慣を見直すべきだと思います。

 

 ……ここからわかるのは、単に『太る』だけだと成長範囲云々の理屈でキャンセルしてくれるわけではない、ということ。

 どうにも『女神の神核』のような肉体の絶対性を約束してくれるモノではない、ということだろうか。

 その辺りを勘案すると、私の背が伸びているというのがどれほど凄いことなのか、みんなにもわかって貰えるかもしれない。

 ……え?今の内容だと全くわからん?ほら、以前『女神の神核』の話をした時に言ってたでしょ?

 

 

「……あー、太らないはずなんだっけ、お前」

「そう、私ってばなに食っても太らないはずなんですよ。それは裏を返すと()()()()()()()ってこと。でも私の身長は伸びてる!これは一大事なわけですよ!」

「ああもう、うっさい興奮すんなっ!!」

 

 

 そう、単に私が【星の欠片】であるのならば、その性質に従って成長は起こらないはず。

 にも関わらず、今の私は(一ミリとはいえ)身長が伸びたわけで。

 それはつまり、私の中の要素というのは、【星の欠片】と『逆憑依』が拮抗しあった結果ちょっと『逆憑依』の方が強い、ということになっている可能性があるわけで。

 

 そりゃもう、最近あれこれ空回りしてたのが帳消しになるような喜びである。

 確かに『あの人』に席を用意されはしたものの、まだ私には帰る家があると言われているようなものなのだから!

 

 なのでまぁ、ちょっと小躍りなぞしていた私だったのだけれど。

 

 

「……おいキーア屋。こっちに来い、測り直しだ」

「えっ」

「いいから、とっとと来い」

「お、鬼!悪魔!ちひろ!Dの血族!!」

「他のDまで巻き込んでんじゃねぇ!!」

 

 

 計測結果を不審に思ったロー君により、無情な測り直しを命じられた私を待っていたのは、その一ミリは単なる読み間違いであるというあまりにもあんまりな結末なのであった。

 ……神は死んだ!!

 

 

 

 

 

 

「げ、元気だしてくださいキーアさん!」

「ふふふ……笑えよベジータ……憐れに舞い踊っていた私をよ……」

「これはひどい、ですね……」

 

 

 ぬか喜びにも程がある計測結果に、椅子に座って項垂れていた私の元に集まってきたのは、今回の健康診断の発端となった五人のうちの女性組達。

 彼女達も最初の計測を終え、部屋から出てきたようだが……ああうん、多分私と同じことをしたのだろう人が一人居たわけで。

 

 

「傷のなめ合いなんてお断りだわ!私は孤高に生きる虎なの!」

「なっ、なんの話ですか?私は単にキーアさんを心配して……」

「じゃあその顔をまず戻そう」

「うっ」

 

 

 それが誰なのか、というのは顔を見ればすぐわかる。

 ……うん、そうだねるっリアになってるルリアちゃんだね。

 

 さっき計測するモノの中に『胸囲』が混じっていたのを覚えているだろうか?

 で、その割にここの担当がロー君という()()であったことも、合わせて思い出して頂きたい。

 

 組を男女にわけているのに、これでは意味がないのでは?……という疑問ももっともな話。

 とはいえこれには理由がある。……互助会より遥かにマシとはいえ、医者の数が足りてないのである。

 というかそもそもの話、女性の医者が少なすぎるのである。

 それこそパッと思い付くの、精々がえーりんくらいだし、そのえーりんにしろ、私は姿を拝んだこともないし。

 

 で、女性の検査となると胸囲よりも遥かにデリケートなものも存在しているため、彼女はそっちに回されている可能性が非常に高く。

 結果、監督役として設置するに留め、センシティブかつ計測が簡単なモノに関しては()()()()()()()()()()なんてルールになっているのだ。

 

 ……ここまで語ればわかると思うが、さっきの『私の身長が伸びた』云々は、実際は()()()()()()()()起きたこと、というところが大きいわけで。

 それと同じことを、現在るっリアとなっている彼女に当てはめると、次のようになる。

 

 

「……うん、きっとぬとか雪泉さんとかが胸囲を測ってるのを見て、つい魔が差したんだよね、わかるわかる」

「わーっ!!!?止めてください止めてくださいっ!!?」

「なんというか……アレね、ほんと」

 

 

 提出した数字が嘘であると見抜かれたルリアちゃんは、ロー君に頼まれたぬと雪泉さんの手によって自身の胸囲を測られる、という公開処刑の憂き目にあった、というわけである。

 ……気持ちはわかるってばよ。でもその痛みはお前のものだ、自分で背負っていくんやで……。

 

 まぁそういうわけで、たかが身体測定といえど、死の可能性はそこらに転がっているのですよというお話なのでしたとさ。

 

 

*1
因みに、足の長さの求め方は『身長に対して股下の長さがどれくらいの比率になるか』。大体45%を越えていると足が長い、ということになるのだとか

*2
因みに、座高が廃止されたのは2014年のこと



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必要性が無いように見えるものにも意味はある

「なんでこんなことに……というか、胸囲って測る意味あるんですかぁ!?」

「あはは……」

 

 

 悔しげにそう述べるルリアちゃんに、思わず乾いた笑いを返してしまう私である。

 ……まぁうん、胸にコンプレックスがあると胸囲測定とか地獄以外の何物でもないよね。

 

 

「だからってわけじゃないけど、今の学校だと『胸囲』の測定は必須じゃないらしいよ?」*1

「ええっ!?そうなんですか?!」

「うむ。どころかさっきやってたののほとんどは必須じゃないです」

「ええーっ!!?」

 

 

 そんなわけで、ちょっとした助け船を出してあげる私である。

 胸囲を測る意味なんてないんじゃ、と言ったルリアちゃんの言葉は実は正しく、学校の身体測定でなにを測るべきなのかを示した『学校保健安全法施行規則』によれば、検査の必要性を示されているのは十一種。

 それぞれ『身長・体重』『現在の栄養状態』『脊柱・胸郭の疾病・異常の有無、並びに四肢の状態』『視力・聴力』『目の疾病・異常の有無』『耳鼻咽頭(じびいんとう)の疾患、皮膚疾患の有無』『歯・口腔の疾病・異常の有無』『結核に罹患しているか』『心臓の疾病・異常の有無』『尿』『その他の疾病・異常の有無』となっている。*2

 

 ……見ればわかる話だが、さっき計測していた胸囲や握力、肺活量などは必須の検査項目には含まれていないのである。

 まぁ、そう記載された次項の部分で、必要とあればそれ以外の検査項目を追加してもよい、と記載されていたりもするのだが。

 

 とはいえまぁ、学校の身体検査という範囲においては、胸囲だの肺活量だのの検査は省いてもよい、というのは本当の話。

 ついでに言うなら『結核に罹患しているか』に関しては小・中学生までは毎年検査が必要だが、高校生以上になると一年の時だけでよい、みたいな例外処理があったりとか。

 はたまた、特定の学年の時には検査を省いてもよい項目があったりと、結構柔軟な面も多いようだ。*3

 

 ……ともかく。

 測らなくてもよいという後ろ楯を得たルリアちゃんが、我が意を得たりとばかりにシャドーボクシングまでし始めた辺りで種明かし?である。

 

 

「まぁこれ、あくまでも学生の健康診断に関するあれこれ、なんだけどね」

「へぐっ!?」

「ああ。さっきの座高なんかも、学生自身に強制的に測るように迫るのはアレだが、成人が自分から測る分には特になにもないからな」

「ほげぇっ!!?」

 

 

 ……まぁ、大人の健康診断に関しても、必須項目については指定されているので胸囲を測る必要性はない、というのも間違いではないのだが。*4

 

 とはいえ、今回のこの健康診断は記念すべき一回目。

 ……言うなれば初診であるため、これから普通に健康診断を行う時の基準値を測っておく必要性があるのも確かな話なわけで。

 そういう意味で、今の自分達の身長・体重などが元々(原作)の私達と変化してないかだとか、合わせて確認しておくのもわりと必要なことなのである。

 

 あとまぁ、『逆憑依』って存在そのものがアレなこともあるので、微細な変化が見逃せないなんて部分もあるかもしれない。

 

 

「うう……微細な変化が見逃せないとは……?」

「例えばアーミヤさんとか、元の所では鉱石病の罹患者でしょ?」

「ええと、はい。今は小康状態というか、本当に私は鉱石病だったのかと心配してしまうほどの健康優良児ですけど……」

 

 

 その例として一番わかりやすいのが、これまたアーミヤさんである。

 

 彼女は本来『鉱石病』という特殊な病に罹患しているのだが、ここにいる彼女にその様子はない。

 ……これが綺麗さっぱり病気の痕跡がないのであれば問題ないが、潜伏型の病気のように隠れている、というだけの可能性もある。

 その場合、原作のように血中の源石密度を測ることでそれを確認する、ということになるわけだが……これは言わば、普通の健康診断における血液検査の延長線上にあるもの、と見なすことができる。*5

 要するに、日頃ちゃんと健康診断を行っていれば変化に気付ける、というわけだ。

 

 彼女の場合は隠れているかもしれないものの発見、という面が強いが……他の人の場合も、基本的には似たようなもの。

 どこかの世界から()()()()()()()()()、なんてことも起こりうるのが現在の世界の現状であるため、それを発見するためには些細な変化も見逃してはいけないのである。

 

 

「わりと変な病気が出てくる作品、ってのはそれなりの数があるからね。……まぁ、病気以外にも変な呪いとかもあるわけだけど」

「……ええと、そのお話と胸囲の測定になんの関係があるんでしょう……?」

「おっと、ルリアちゃん知らない?世の中には胸が大きくなる病気とか呪いとかもあるんだぜ?」

「ええっ!?」

 

 

 とはいえ、どうにもピンと来ていない様子のルリアちゃんである。

 なので、ここで直接的な話に移行。 

 世の中には胸が大きくなる病気や、はたまた胸を大きくするような呪いというものが存在しているのである。……病気に関しては実在したりもしてるし。

 それが、乳腺肥大症と呼ばれる病気である。

 

 胸が大きくなる病気とか、夢のような病気では?……と安易に飛び付いてはいけない。

 この病気、なんと男性にも発症するものなのである。

 もうこの時点で嫌な予感がするかもしれないが、もう少し詳しく。

 

 基本、思春期の女性の胸が大きくなるのは、生物学的に見てもおかしくないため問題ではないのだが……時に思春期よりも前の段階で胸が大きくなることや、はたまた思春期の男性の胸が大きくなる、などの異常が発生することがある。

 胸が大きくなるのは、基本的に女性ホルモンの働きによるものだが……思春期の女性以外で胸が突然大きくなるなどの異常が起きた場合、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性を疑う必要のあるものとなる。

 

 で、そういった異常が起こるパターンを探ると……卵巣や精巣などのホルモンバランスを司る部位の異常や、酷い場合だと脳に異常がある、なんてことに繋がるわけである。

 

 

「ひえっ」

「だからまぁ、胸囲の測定にも服のサイズを探す以外の意味もある、ってわけだね。……それと現実に起こる病気じゃない、創作由来の病気だとなにが原因かなんてわかったもんじゃなかったりするし」

 

 

 それこそ呪いパターンだと、謎の土偶に操られて胸が大きくなる、なんてこともあるわけだし。*6

 ……とまぁ、別に誰かを貶めたり笑ったりしたくて測っているわけではない、というお話なのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「理由とか理屈とかはわかりましたけど……」

「納得はできないって?まぁ今回は初診だから仕方ないってことで。次回以降は必須項目以外は拒否できるようにするって言ってたし」

「むぅ……」

 

 

 大して変化しないモノを毎度測ることほど無駄なこともないからな、なんてロー君が言ってたことは口にしない賢いキーアさんである。

 

 ……いやまぁ、本人に喧嘩を売ってるつもりはなく、本当にただ単純に『逆憑依』の身体変化なんて微々たるものなんだから、あからさまに変わった時以外は省略しないとやってられない……っていう、人手不足を嘆いただけの言葉なんだろうけども。

 それを聞いた周囲がどう思うかってのは、また別の話……ってね?まぁ実際、それを聞いた私も「貴様ーっ!!侮辱するかーっ!!」って殴りそうになったし。

 向こうも「へっ?あっ?えっとすまん……?」ってなってたし。

 ……誰も幸せになってねぇ……。

 

 ともかく、不機嫌そうなルリアちゃんを宥めつつ、次の診断に向かう私たちである。

 はてさて、次の検査はっと……。

 

 

「おっと、キーア嬢か。ハロウィンぶりかな?」

「おおっとトキさん。……トキさん?」

「そこで首を傾げられても困るわけだが」

 

 

 そう呟きながらやってきた部屋の中にあったのは、人が一人寝そべられるベッドが一つと、その近くに据え置かれた机に向かう一人の男性。

 ……まぁ特に捻りもなくトキさんだったわけなのだが、このシチュエーションは一体?正直嫌な予感しかしないんですけど?

 

 こちらの困惑に苦笑を返すトキさんは、「なに、私にできることなどそう多くない」と言葉を返してくる。

 

 

「我が北斗真拳は人体を壊すための流派。……それすなわち、人体を癒す術にも優れるということ。そういうわけだから、ここで行われることは単純明快。病気の有無を探るため、ちょっと秘孔を突くための場所だ」

「ちょっとで突いていいもんじゃない気がするんですが!?」

 

 

 そうして彼から返ってきたのは、ここで行うのはいわゆる足ツボマッサージみたいなものだ、という信じられないような台詞なのであった。

 ……いやまぁ、できてもおかしくないけどさぁ!?

 それ多分痛みを与えないようにするとか変な効果が付与されて、痛いのに顔は笑うとかそんな地獄絵図になるやつですよね?!

 

 そんな私の抗議(?)は華麗にスルーされ、一人一人秘孔マッサージを受ける流れに。

 ……いやまぁ、うん。血液検査もレントゲン写真も、隠れた病気を絶対に見付けられるものってわけじゃないし、多角的に健康調査をするのは理に叶ってるけどさぁ!?

 

 なにが悲しくて、断頭台に向かう死刑囚みたいな気分にならねばならんのか。

 ……ほら聞いてみろよ、私より前にトキさんの施術を受けることになった他の面々の悲鳴を。痛いけど気持ちいいみたいなことになってるのか、人に聞かせられないような声になってるんだけど(白目)

 

 

「……これ、やってるのがトキさんじゃなかったらいかがわしすぎるだろ……」

「代わりに絵面は凄いことになってそうですね……」

 

 

 マシュと二人、神妙な面持ちで順番を待つ私。

 暫くして、私の番が回ってきたため覚悟を決めて中に入り、トキさんの指示に従ってベッドに寝そべった私は。

 

 

「……ん?間違ったかな?」

「ちょっとぉっ!!?」

「ああいやすまない、ちょっと普通の人と骨格が違うようで戸惑ってしまった……ここかな?」

「ひぎぃっ!?」

「あ、すまない」

 

 

 どうもサウザーさんとかみたいに秘孔の位置が人とは違ったようで、他の人より多めにバキボキにされる羽目にあうのであった。

 ……あ、いかんこのままだとパイセンみたく爆発する!ほあああああっ!!

 

 

*1
1995年に必須項目から除外

*2
因みに『胸郭』の異常を調べる為に測っていたのが『胸囲』だったのだとか

*3
具体的には小中高生においては『聴力』が、大学生においては『視力・聴力』『脊柱・胸郭・四肢』『歯・口腔』『尿』の検査を省いてもよい、と定められている

*4
代わりに初診時には腹囲の測定が含まれていたり

*5
原作においては『源石融合率』『血液中源石密度』などと表記されており、恐らく前者はレントゲン、後者は血液検査によってその異常を算出しているらしい

*6
『ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN』第七話『ポヨンポヨンするの』のこと。とても頭の悪い(褒め言葉)回



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歩くのも走るのも人生には必要なこと

 はてさて、一日目が基本的な身体の長さやら重さやらと、ちょっとした身体スペックの計測に時間を費やした(結果私が爆発した())のに対し、二日目はもうちょっと本格的な計測へと移行していくことになる。

 

 

「はひーっ、はひーっ!もうムリッス走れないッスー!!」

「ほらほら、へこたれてる場合じゃないッスよー。ふぁいとおー、れっつごー」

「こ、この人元気有り余り過ぎじゃないッスかぁー!?」

 

「……なにあれ」

「語尾が『~ッス』繋がり同盟?」*1

 

 

 というわけで、みんな大好き()長距離走である。*2

 ……本来互助会側で受けるはずが、たまたまこっちに出てきていたせいで巻き込まれる形となったクモコさん(見た目は響ちゃん)に、がんばれーと気の抜けた応援をするあさひさんの組が見受けられるが、今回はこんな感じに二人一組での長距離走となっている。

 

 無論、これも医者の少なさゆえの節約の結果なわけだが……これ、致命的な欠点が一つあるんだよね。

 ──そう、どっちもゴールできないと記録が『なし』になるという、致命的な欠点が。

 

 

「なんでそんな恐ろしいことに……」

「この歳で今さら『ちゃんと走りましたー』とか言ってどこかで道草食ってる、なんてことする人はいないだろう……っていう信頼感からの放任?……まぁ要するに、ゴールで誰かが待ってる訳じゃなくて、一つの組に二つのストップウォッチを渡して自分等で測らせてるから、ってことになるのかな?」*3

「ええ……」

 

 

 困惑する雪泉さんに答えるのは、今回二人一組になっている理由について。……これ、要するに互いの記録を測りあっている、という建前なんだよね。

 無論、今語ったように『今さら変なごまかしなんぞしないだろう』っていう、ある種の信頼からくる施策でもあるんだけども。

 

 実際、用意するストップウォッチの量が多くなることを除けば、運営側の負担を減らす方法としてはわりと上々なのである。

 長距離走で一番困るのは、最後の人が帰ってこないと次の行動に移れないってとこだからね。……まぁ、実際の体育とかの場合、下手すると最下位の子はほっといて他の子達は次のことをやってる、なんてこともあるんだけども。

 

 ともかく、記録の計測を本人達に任せているため、片方がゴールする……ってだけならばまぁ、先にゴールした方にストップウォッチを任せておけばいいけれども。

 もし仮に、どちらともにゴールできないなんてことになれば……その時は記録なしで終わりという、まさに走り損のくたびれ儲けとなるのである。

 ……え?長距離走って言っても、精々一キロとかその辺りなんだろうからゴールにたどり着けないなんてこと、早々無いんじゃないのかって?

 

 

「甘ぇよ、チョコラテのように甘ぇよ」*4

「……いや、誰に向かって言ってるんです?」

 

 

 その考え、思考が甘味に支配されている!……もとい、チョコラテみたいな考えである。

 冷静に考えて頂きたい。ここに集まっている人達がどういう存在なのかを。……はい、『逆憑依』ですね。じゃあその『逆憑依』ってどんな人ですか?……はい、創作物の登場人物ですね。

 

 ってことは、である。

 ……高々一キロ程度の距離、もはや短距離みたいなものって人も多いのだ。特にウマ娘とかウマ娘とかウマ娘とか。

 そうでなくとも、マシュみたいな『デミ・サーヴァント』とかなのはちゃん達みたいな『魔法少女』とか、普通の人より身体スペック高そうな人達がゴロゴロしてるわけで。

 

 ……え?なのはちゃんは素だとポンコツだろうって?家系的に見たら寧ろ潜在能力バリバリなんだよなぁ……そこら辺自覚してるここのなのはちゃんだと、普通に運動得意だし。*5

 そうでなくとも、魔力とか気とかで強化できる人達は、強化前と強化後の両方の記録を取るように指示されてるし。

 

 まぁそんなわけで、ウマ娘組みたいな素のスペックが高い組とか、魔力や気による強化ができる組は今回、フルマラソンとかハーフマラソンとかをやらされるようになっているのである。

 

 で、さっきも言ったが今回の計測は二人一組。

 更に、両者ともゴールできない場合、記録がなしになることについては運営側も認知しており……。

 

 

「……ふ、ふざけんな、よ……げふっ、どう考えても、ひっ、俺が、……ハーフマラソンする必要性……ねぇじゃねえか……」

「ほら銀さん、まだ半分も終わってませんよー、ファイトファイトー!」

「………いやおかしい、絶対に……はぁ、おかしいって。なんでわけーやつに混じって……走んなきゃいけねぇんだよ……げふっ」

「それはもう、基本的に『顔見知りの方が気まずくなくていいですよね☆』という運営側の粋な計らいによるものとしか……」

「そーいうの()って言わねーんだわ、ただの拷問なんだわ……」

「銀ちゃん頑張るのだ、あと半分終わったらゴールなのだ、ご褒美なのだ」

「ご褒美っつっても、ぜぇ、検査中は糖質制限とかなんとか、言って……はぁ、大して甘くもないパフェとか、ひぃ、そんなんばっかじゃねぇか……ふぅ……」

「じゃあいらないのだ?」

「いるに決まってるだろうがァァァァッ!!!」

「おお、ジェットスタートなのだ」

「でもさっきから、急加速からの急停止の繰り返しなんですよねぇ」

「長距離走としては一番やっちゃダメなやつですね」

 

「……なんですかあれ」

「見習っちゃいけない大人達の図」

「うわぁ……」

 

 

 ──こうして、確実にゴールできる人と、できるか微妙な人の組になるように調整しているのである。……地獄かな?

 

 というわけで、あそこに見えるのは余裕側の桃香さんとXちゃん、それから微妙組の銀ちゃんとゴジハム君の組である。

 一応、組み合わせ的には桃香さんと銀ちゃん、Xちゃんとゴジハム君という感じのようだが……結局よろず屋メンバーで固まってる感じになっている、ということだろう。

 なお、ここに居ないモモちゃんに関しては、三人組である魔法少女組に混ぜられることとなったそうな。

 

 

「へぇー、モモタロスさんはプリキュア系なんですねー」

「お、おぅ……(いや、滅茶苦茶気まじぃんだが?)」

「ふーん、元はライダー系なのに、ねぇ?……向こうに混じらなくても良かったの?」

「……あっちは余りが出てねぇって言われた」

「それは……良いこと、なのだろうか?」

 

 

 ……流石に走れない人と走れる人を組み合わせるにしても、片やフルマラソンするような人と、片や一キロすら音をあげるような人では余りに差がありすぎるため、一応ある程度の範囲で組む相手の制限はしているらしい。

 その結果、微妙に居心地の悪いところに加わってしまったモモちゃんに関しては御愁傷様だが、かといってライダー側に混じっていても、悪目立ちしただろうことは確かなのでなんともはや。

 

 で、最初に見てた組であるクモコさんとあさひさんのペアだが、クモコさんが意外と動けるようになってることを考慮した組み合わせのため、ひいこら言いつつもなんとかゴールはしそうな雰囲気であったり。

 ……まぁ、そのあとあさひさん二回目に付き合わされる可能性があることに関しては、まさに御愁傷様としか言いようがないのだが。

 

 

「……なんか寒気がしてきたんスけど、なんでだと思うッスか?」

「そりゃもう、この後追加のフルマラソンが待ってるから、じゃないッスか?」

「ふるまらそん……???」

 

 

 ……あ、クモコさんが真っ白になって、サラサラと風に乗って飛んでいく。

 ──彼女が体よく逃げようとしてるのはわかったため、空間掌握して固め直す私である。

 

 なんてことするんッスかぁ!?という抗議の声があがったが、仮に私がやらんかったら目の前の人に雷落とされてましたよ?

 ……と教えてあげれば、流石に震え上がっていたのであった。……まぁ誰だって強制休養所(BC)送りは嫌だよね、うん。*6

 

 そんなわけで、ニコニコ笑いながら赤雷を迸らせるあさひ(ミラルーツ)さんには落ち着いて貰い、改めてマラソンに戻って頂く次第である。

 

 ……あの人、流石に真体そのまんま出てくるのは問題だからって、あさひの姿でメリュジーヌの第三再臨みたいな格好捏造してたけど、スペックも均一なら音速飛行とか普通にするってことにならない?その場合、この競技場バラバラにならない?

 なんて疑問もなくはなかったが、そこは運営も事前に認知しているようで、この辺り一帯には『音と衝撃波の境界』なるものが設置されており、音速を越えた時に発生する衝撃波は全て単なる轟音に変換されるようになってるから安心、とのことであった。

 

 ……気にするべきところはそこかなぁ、というツッコミは無しでお願いしたい。

 

 まぁともかく、マラソンである。

 今日はこれ以外にもまだまだ計測の必要なものが複数待ち受けているため、これだけに(かかずら)っているわけにもいかないので、さっさと終わらせたいところであるわけだが……。

 

 

「……なして私も二回測定組なのか」

「それはまぁ、浮遊移動とかできてしまうキーアさんが悪いとしか……」

「ぐぬぬぬ……能力使わなければわりと普通に幼女スペックなのが仇となったか……っ!!」

 

 

 今回の私、あさひさんとかと一緒で二回計測組なのですぐには終わらないのよね、これが。

 

 ……【星の欠片(虚無)】を使わない場合、わりと見た目相応の身体スペックしかないせいで、能力の有無によるステータスの上下が有りすぎることがその一因なわけだが。

 実際、ちゃんと測ろうとするともっと細分化する必要もなくはないため、二回で済んでる分実はまだマシ、とは口に出さない賢い私なのであった。

 ……ほら、下手すると他形態(キリアとかシルファとか)の記録もいる、なんてことになりかねないし。

 

 ともかく、表面的には悔しそうにしつつ、二回で済んでラッキー!……と内心では考えている、賢いキーアちゃんなのでありましたとさ。

 

 ……え?終わったあとにゆかりんから『じゃああと他の形態分もね?』って言われて無事絶望しましたがなにか?

 はっはっはっ。やっぱりダメだったよ()

 

 

*1
『魔界戦記ディスガイア』シリーズのプリニーなんかも対象

*2
基本的に『単に走るだけ』の為、大体の人が大好き()なモノの一つ。『代わり映えのしない景色に思いを馳せる』だの『ひたすら走るだけの行為から得られる疲労は別格感がある』だの、好評()の声は幾らでも出てくることだろう。……稀に普通に長距離走が好き、という人もいる

*3
グラウンドを走るタイプではない長距離走の場合(例:学校の外に出て特定の道を走ってくるパターン)、スタート直後に隠れて終わり際に素知らぬ顔で最後尾に加わる、などのズルをする人がいたという話

*4
『めだかボックス』のキャラクターである球磨川禊の台詞『甘ぇよ』『…が』『その甘さ』『嫌いじゃあないぜ』及び、『BLEACH』のキャラクターであるドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ(通称ドン・パニーニ)が使う『甘さ』のルビとして使われる『チョコラテ』から

*5
初代アニメにおけるなのはさんは、わりと運動音痴だったが、彼女の家系である『高町家』はとある事情から身体能力がとても高い人達ばかりで構成されている。派生作品ではその縁からか、実家の古武術を使う時だけ異様に動けるようになる、なんてパターンも(『魔法少女リリカルなのはINNOCENT』)

*6
『ベースキャンプ』の頭文字。また、ミラルーツの技の一つである『雷槌』が実装当初、受けたハンターが跡形もなく消え去る、というとんでも技だったことからのネタでもある(いわゆる即死技だが、流石に消し炭になるのはあれだと思われたのか、はたまた単なる演出ミスだったのか、暫く経った時には『倒れ伏すハンター』に差し替えられた。……丸呑みされて乙ってBCに戻される(例:辿異種フルフル)こともある辺り、今更のような気もするが)



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身体能力高い人ばかりだとこうなる

「腹筋背筋垂直跳びに走り幅跳び……健康診断とはなんぞや?……って感じの測定内容だなぁ」

「ほぼほぼ身体測定ですよね、これ」

 

 

 パンチ力とか測る意味あるんでしょうか?……とか言いながら、パンチングマシンに腰の入ったよいパンチをぶつけているアーミヤさんである。

 ……源石パワーが無い分スペック下がってるかと思ったのだけれど、そこら辺はわりと普通に健在っぽい。

 確か種族的には(コータス)族になるとのことなので、獣パワー的なあれがなにかしら効果を発揮しているのかもしれない。

 

 

「!アーミヤはヤブノだったのだ!?」

「ヤブノ?……と言いますと……」

「ヤブノウサギだね、フレンズの一人」*1

「ああ……どうでしょう?私、キメラでもありますので」

「きめら?」

「あー……UMA系?ゲンブが一番近いというか」*2

 

 

 とまぁ、アーミヤさんの種族について一悶着ありつつも、午後の部に移行していたのであった。

 

 午前の部が結局長距離走だけで終了し、そこからお昼御飯の時間を挟んでの追加計測、ということになるわけなのだが……現在、一部の人の様子がなんとも言えないことになっていたりする。

 

 

「…………」<ズーン

「ほ、ほら。元気を出すんだ赤城。気持ちは分かるが……」

「本当に……本当に分かってるんですかハーミーズさん!貴女に!!私の!!!今の!!!!!気持ちが!!!!!!」

「うわぁ落ち着いてくれ赤城ぃーっ!!?」

 

「……なにあれ」

「二次創作的な大食いキャラ成分が、彼女の場合は高級志向ってやつに変化してたんだけど……そのせいで、病院食ばっかりな今の状況が禁断症状を発生させる要因になってる赤城さんと、その怒りを宥める役になってしまったハーミーズさんとの漫才?」

「ええ……」

 

 

 その一部に当たる、赤城さんについてだけど……今やあの通り、我慢が限界を越えかけている感じの危険な状態と化していた。

 

 いやね?これが『普通の二次創作成分多めの赤城さん』だったのならば、とりあえず量を与えておけばまだマシだったのかもしれないけれど……生憎、ここの赤城さんは『良いものを食べたい欲が強い』タイプなので、現状の病院食では全然満足できないどころか不満が積もりに積もってるわけでして……。

 

 ……いやまぁ、これが普通(?)の赤城さんだったとしても、病院食ばっかりはちょっと……とか言いそうな気はするんだけどもさ?

 

 

「気持ちはわかるぜ、赤城の姉ちゃん……」

「貴方は……坂田さん!」

「俺もよぉ、もっとジャンキーでごりっごりの舌が溶けるような甘ぇもんが食いてえのによぉ……ここで出てくるのは甘さ控えめ量も控えめってもんだ。……我慢する方が体に悪いだろうがよォォォォッ!!!」

「そうですっ、我慢の方が体に悪いんですよォォォォッ!!!」

 

「…………なにあれ」

「ガッツリじゃなくほんのり甘いものばっかりなせいで、糖分接種率が普段のそれを遥かに下回った結果、糖分中毒の禁断症状を引き起こした銀ちゃんと、それに同調する赤城さん……と、ひたすらそれに困惑してるハーミーズさん?」

「えええ……………」

 

 

 で、そんな彼女に同調しているのが、似たような感じで食に関する我慢を強いられている銀ちゃんなのであった。

 彼の場合の対象は糖分だが……両者とも、本来接種している質に全然足りてない現状の食事に、とても不満足してる……という部分にさほどの違いはなく。

 ……ゆえに、このまま放っておくとチームサティスファクション的ななにかが爆誕しかねない……なんて状況に見えてくるわけなのだが、今回の医者達には心強い味方がいるのであった。

 

 

「殺菌!!」

「消毒!!」

「「ぐへぇっ!!?」」

「わぁ」

 

 

 騒ぎ立てる二人に対し、突然室内に飛び込んできたのは、大きなベッドと警察が使うような透明なシールド。

 それが騒ぎ立てる両者の後頭部を強かに強打し、結果として二人は敢えなく沈黙することとなったのであった。……で、それを見たハーミーズさんが思わず小さく悲鳴をあげた、と。

 

 で、そんな惨状を引き起こし、室内に転がったベッドと盾を取りに現れたのが……。

 

 

「──要看護者の麻酔による沈黙を確認。これより速やかに搬送を行います」

「そちらは任せました、ナイチンゲール。私はこちらの方を」

「はい、お任せしますミス・ミネ」

「ええ。……では皆様、お騒がせしました」

「ああ、はい……はい……?」

 

「……なんなんですか、あれ」

「最近なりきり郷にやってきた、超頼れる看護士二人組・ナイチンゲールさんとミネさんだよ。命を助けるためには命を殺すことも厭わない、鋼鉄を纏う看護士達だよ」

「えええええ……」

 

 

 そう、医者達が心待ちにしていた看護士さん。みんな大好き()ナイチンゲールさんと、その苛烈さから元ネタ多分彼女(ナイチンゲール)だよね?……なんて風に言われているミネさんの二人なのであった。*3

 ……うん、彼女達二人がいるならこれからの医療の未来も安心だな!!(適当)

 

 

 

 

 

 

「ハイ、ワタシハ健康ニ気ヲツケ、日々ヲ精一杯生キル事ヲ誓イマス」

「右ニ同ジク、健康ニ気ヲ遣イマス」

「はい、分かればよろしいのです」

「ではお二方、お気を付けて」

「「ハイー」」

「うわぁ…………」

 

 

 そんなわけで、緊急搬送()された二人が無事()戻ってきたことを確認し、改めて身体測定に戻る私たちなのであった。……え、緊急看護を終えたさっきの二人が、そこからどうしたのかって?他のところに患者が居るよ、ってここの担当の人に言われたから、元気にそっちの方に突撃していったけど?

 

 

「まぁうん、彼女達は確かに優秀な看護士だけどね?患者達に無用な威圧感を与えることも、決して間違ってはいないからね?」

「ですよねー」

 

 

 因みに、その配慮をしてくれたのはなにを隠そう、私が会ったことのない医者の内の一人・カエル顔などと呼ばれる冥土帰しさんなのであった。

 ……ああうん、そりゃまぁ学園都市の変人達で耐性があるこの人なら、あの二人も普通に扱えるかー。

 

 ともあれ、彼は彼女達の監督役でしかないこともあり、そのまま後ろに下がったため、気にせず次の測定に向かう私たちなのでありましたとさ。

 

 

「それにしても……こちらの計測は、魔力や気による強化は考慮されないんですね?」

「これに関しては、それを認めちゃうと飛べる人達とかの垂直跳びの記録、みたいなのが実質記録無限とかになっちゃうからね」

「ああ……個性把握テストの時の麗日さんみたいに?」

「そうそう、個性把握テストの時のお茶子ちゃんみたいに」

 

 

 こういう時に例となる人物がいる、というのは説明が省けてありがたい。

 ……今回の身体測定の場合、モノによっては擬似的に『記録・なし』になるパターンが存在する。

 そのうちの一つが、垂直跳びなどの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 短距離走や長距離走などの場合、例えその人がどれほど足が速かろうと、()()()()()()()()使()()()()()()に変動がない以上、必ず記録の始点と終点を定めることができる。

 それゆえ、その始点と終点の間を一つの記録として定めることができるわけなのだが。

 これがこと、時間ではなく飛距離などの『長さ』を競うものとなると、話が変わってきてしまう。

 

 ……今回例に挙げたのは『僕のヒーローアカデミア』における個性把握テスト・及びその中で登場した競技の一つであるボール投げにおいて、麗日お茶子が叩き出した『記録・無限』。

 これは、彼女の"個性"が『無重力(ゼログラビティ)』という、特殊な能力であることに起因するものだと言える。

 この能力は文字通り、自身の触れたモノに掛かっている『引力』を無効化する効果を持つのだが……彼女はこれを使ってボールに常日頃掛かっている引力を無効化し、一種の無重力状態へと変化させたのである。

 

 無重力下において物質に力を加えると、その物質は外から力を加えられない限り等速直線運動を繰り返す……というのは皆さんご存じの通り。*4

 結果、投げられたボールは地球の引力圏を容易く突破し、宇宙の彼方へと飛んでいった──即ち『記録・無限』になったのであった。……冷静に考えるとわけわからんな?

 

 個性の適用範囲的なモノがあるのか無いのかわからないけど、仮に距離に意味がないのだとすれば、わりと恐ろしい気がしてくる私である。

 ……まぁ、この時のボールに関しては、能力を解除したとしてもそこは無重力かつ空気抵抗無しの環境(宇宙空間)。……変わらず直線運動を続けるだろうが。

 

 話を戻して。

 能力を個人の力とみなし、それを基準にした数値を計測しようとする場合、先の例のように気軽に無限という記録がでてきたり、はたまた数値として異常に高いモノが出てきてしまう……という可能性は容易に想像できる。

 そのため、そういった事態を頻発させやすいような計測項目に関しては、『能力を使わない時の数値』を基準値として測る……という対処を取っているのであった。

 無論、アーミヤさんの()()のような、解除ができないモノに関してはそのまま測る……という形にもなっているわけなのだが。

 

 

「そのせいというかおかげというか、動物混じりの人達は一通り記録が高水準で凄いなー、ってなるよね」

「……まぁ、ウマ娘の皆さんとか……それこそフレンズの方々とかも、結構良い数値を出したりしていますしね」

「それとは反対に、こういうの超苦手ー……みたいな人もいるわけなんだけど」

 

 

 そんなことを話しながら、ふいと首を動かした先に居るのは。

 

 

「う、うぬぐぐぐ~!か、固いです~!」

「ああルリアさんっ、それはそうして使うものではなく……!」

「?どうしたのだルリア、こんなの朝飯前なのだ」<バキッ

「アライさん凄いですぅ!?」

「あ、ああっ!?それはやりすぎですよアライさん!?」

「え?あっ」

「……あーあー、またやってしまったッスねぇ、アライさん」

「ご、誤解なのだ!?アライさんは悪くないのだ!!」

「大きな物音がしましたね?大丈夫ですか?」

「ひぃっ!?ナイチンゲールなのだ!?なんでもないのだ!!アライさんは平気なのだ!!?」

「……ふむ、握力計を壊してしまったと言うのですね。……腕の一部に局所的な剛力が掛かり、複雑骨折を起こしている可能性があります。──適切な処置を」

「ひぃっ!!?病室はイヤなのだ~っ!!?」

「……ミス・ミネ」

「準備は既に完了しています。……麻酔!!

「ぐえぇっなのだっ!!?」

「……ふっ、冷静な処置、お見事ですミス・ミネ」

「…………いや、二人ともやりすぎだからね?いやまぁ、手の様子を見ておいた方がいい、という主張に関しては認めるけどね?」

 

「……またもや同じパターンですが、一応聞いておきます。……なんなんですか、あれ」

「今回登場した問題の発生源が、全部一ヶ所に大集合した結果起きた見るも無惨な大惨事?」

「……もう言葉もないです」

 

 

 星晶獣を召喚できる……ということ以外は、基本的にか弱い少女のスペックしかないルリアちゃんと、そんな彼女の世話を焼く雪泉さん。

 そして、ほんのちょっと調子に乗ったせいで酷い目にあったアライさんと、それを煽ったせいで(裏で)密かに巻き込まれたクモコさんに、この惨事を引き起こした元凶看護士二人と、それに呆れたような反応を返す医者が一人。

 

 それから、その様子を遠くから見つめるアーミヤさんと私……という、なんとも言えない空間が出来上がっていたのでした。

 ……うん、いつものことだな!(思考放棄)

 

 

*1
ウサギの中では最大種となるヤブノウサギのフレンズ。見た目はお嬢様風の衣装を着た、片メカクレの毛先が白い茶色系の髪の女性。性格は『ユキウサギのストーカー』である()

*2
フレンズの一体、『四神』の一角。文字通り『玄武』がモチーフのフレンズなので、ある意味亀と蛇のキメラとも言えるか

*3
それぞれ『fgo』『ブルーアーカイブ』のキャラクター。治療の為に相手をボコることがある繋がり

*4
正確には、空気抵抗を無視する必要もある。……無論、ボール大の物質に掛かる空気抵抗程度ならば、ある程度の力で投げればそれによって止まる前に空気のない場所──大気圏外に飛んでいくだろうが



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幾つか終わったあとのこと

「……しかしまぁ、いっつも病院食ってのは流石に飽きてくるわね……」

「そうですか?ここの病院食意外と美味しいですよ?」

「随分と羨ましい舌してるわね、後輩……」*1

 

 

 そんなわけで(?)夕食の時間である。

 流石に施設生活も三日目ともなれば誰もが慣れた様子で、特に騒ぐこともなく病院食を食べ進めているわけなのだが……そこら辺どうでもいい感じのパイセン的には、幾つか不満もなくはない様子。

 

 まぁ、大っぴらにその辺りのことを口にした途端、例の看護士二人から()()()()()小言を頂くことになるため、基本的に大きな声でそれを言うことはないのだけれど。

 ……うん、あの二人に滾々切々と注意されると、それはそれでダメージが大きいからねー……。

 それならいっそ『殺菌!!』とか言われてボコられてた方が、遥かにマシな気分になってくると言うか。……いややっぱボコられるのも嫌だな?

 

 そんなことをパイセンと話しながら、デザートのプリンを開ける私である。

 このプリン、とにかくカロリーやら糖分やらを少なめに抑えた特注品で、それでも味を損なわないように……とかなり気を使った製法で生産されているのだとか。

 まぁ、お菓子に使う砂糖とかって、量だけ見ると思わず宇宙猫になるレベルだからねぇ……。*2

 

 

「まぁ、だからってフルーツ単体なら大丈夫か、と言われるとそれは違うってなるんだけども」

「……ああ、自然由来なら大丈夫、とかいう人間特有の意味わかんない言い訳ね」*3

「言い方ぁ」

 

 

 なお、だからといってフルーツ食べてれば問題ないのか?……と言われるとそれもまた違うって話になるので、やっぱり食事はバランスよくが一番なんだろうなぁ、などと思う私である。

 

 ……そういう意味で、病院食というのはとても考えられたモノなのだなぁ……と頷く私であった。

 高々食の一つでも、体調には大きな変化が出るというのだから、そりゃこういう場所では厳密に管理するべきだよなぁ、というか?

 まぁ、その結果として先日の銀ちゃんや赤城さんの暴走が発生したわけでもあるのだが。

 

 

「そこら辺、大丈夫かいルリアちゃん?」

「へぁっ!?ななな、いきなりなんなんですかキーアさん?!」

「いやー、ルリアちゃんっていっぱい食べるイメージがあるから……」

「前も言いましたけど、流石に限度がありますからね?!そもそも私以外にいっぱい食べる人も居ますし!」

「ふむ?……えーと、アーミラちゃんとかだっけ?」*4

「?呼びました?」

「君はアーミ()さんで、呼んだのはアーミ()ちゃんの方です」*5

「おおっと」

 

 

 そんなわけで、微妙に(?)大食い属性を持っているルリアちゃんが心配になったため、声を掛けた私なのだけれど。……ううむ、余計な心配だったか。

 

 それから、グラブル世界の大食いキャラを思い出す流れで、名前の似ているキャラが居たアーミヤさんが首を捻ったりしていたが、概ね和やかに夕食の時間は過ぎ去って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、みんな大好き身体測定も大詰めの五日目。

 今まであれこれと測ってきた私たちだが、今回のそれはかなり大掛かりなモノとなっているのであった。

 

 

「……ええと、これは?」

「ハァイ、それについてはこのルビーちゃんが説明して差し上げましょー☆」

「うわでた」

 

 

 だだっ広い大部屋に集められた私たちは、専用の服装に着替えさせられていた。

 そう、首から下をすっぽりと覆う全身黒タイツである。……頭の部分まで覆ってたら戦隊ものとかモジモジ君*6とかだったな、これ。

 

 ともかく、ダボっとした患者衣とは正反対の服装にチェンジさせられたわけだが、実はこれは『この状態で完成ではない』らしい。

 

 

「皆さんの目の前に、幾つかのパーツが転がってますねー?そちらはプロテクター兼、装着者の身体データを継続する特殊な機械になってまーす☆こちらをそれぞれ頭・胸・両腕・両足にセットして頂きまーす☆」

「……メダロットかな?」*7

「わかる人居るのかなそれ……」

 

 

 そうして私たちの前に運び込まれて来たのは、特殊な機能を持ったプロテクター。

 動きを阻害しない程度の軽さと頑丈さ、それから自分と()()に怪我をさせないように特殊な魔法が組み込まれている。

 それを各々装着し、見た目の準備は完了である。

 

 

「はい☆それでは皆さんにはこれから、デスゲームを行って貰いまーす☆」

「「「……は?」」」

「まぁ、あくまでそういう体で、ですけどねー☆」

 

 

 それから、部屋の上部や側面部にある特殊な映写機達により、一帯に映像が投射される。

 次の瞬間、辺りは鬱蒼と繁る森の中へと変化していた。

 

 ……さて、勘の良い方は既に気付いているかもしれないが、これはいわゆる拡張現実(AR)である。

 部屋一つを使って特殊なフィールドを形成、その中でデスゲーム……もとい、そういう体で()()()()()()()()()()というのが、今回の趣旨。

 

 

「皆さんの身体スペックは正に千差万別。ゆえに、あれこれと確認するのならばやはり実際に動き回るのが大正義。……と、言うわけで。なんでもありの大乱闘、はっじまっるよー☆」

「うわぁ……」

 

 

 要するに、ARを使ったサバゲーである。……『AR/MS!!』かな?*8

 まぁ、あれとは微妙に違うところも多いけども。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで唐突にバトル展開になったわけだけど。……実際に攻撃をぶっぱするわけじゃなく、見た目だけあれこれするって形なのは覚えておくように」

「機動力に関しては制限しないの?わりと大概な人居るけど」

「その辺りはメンバー選定の時に、戦力が均一になるように振り分けてるから大丈夫よ」

「へーい」

 

 

 と、言うわけで。

 突然始まったサバゲー編だが、一応身体測定の延長線上である、というのも間違いではない。

 

 どういうことかと言えば、これは別に勝ち負けを競うものではない、というところが大きい。

 

 

「必要なデータの計測を比較的迅速に終わらせるためのものだから、逆を言うと別に勝敗でデータが良くなるってわけでもないのよね。それどころか、戦闘中の動きを分析して『貴方は左側に重心を傾ける癖があります』とか、勝った側にケチを付けることもあるでしょうし」

「なるほど。戦闘時は体の色んな部分を連動して動かすから、単純な計測とはまた違ったデータが取れるってわけね」

「そういうこと」

 

 

 基本的に、戦闘というのは全身を使って行うモノである。

 また、普段は使わないような筋肉を使用するモノでもあるため、単純な検査や測定では確認できないような問題を認識するのに、わりともってこいなのだ。

 ……あとはまぁ、長々とした病院生活への鬱屈を晴らして貰う、みたいな意図もなくはないようだが。

 

 なおそれゆえ、下手に相手を瞬殺などすると、逆に検査期間が伸びる、なんてこともありえたりする。……まぁ、数分間全身を全力で動かせ、というのを言い換えたモノでしかないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 因みに、脚力に関しては縛ってないが、下手に能力を使うのは禁止されている。能力を使った、という体の拡張現実を発生させるのは問題ないが。

 

 

「まぁ要するに、安全な戦闘訓練みたいなもんよね。近距離で得物を振り回す場合でも、装着したプロテクターが物理保護をしてくれるから心配ないし」

「はいせんせー」

「先生ちゃうわっ。……で、なにキーアちゃん?」

「本来戦闘向けじゃない人達はどうするんですかー?」

「そりゃまぁ、できる範囲でどつきあって貰うわよ?最初に言ったでしょ、戦力比は均一になるようにしてあるって」

「あー、言ってたねー……」

 

 

 で、私とかアーミヤさんとかはいいけど、ほぼ一般人のココアちゃんとかはどうなんだろうなー?……などと思っていたのだが、彼女達の相手は同レベルになるように調整されている、とのこと。……いやまぁ、ココアちゃんだと普通にそれなりの戦績を叩き出しそうな気もするわけだが。

 

 ともあれ、事前の確認はほどほどにして。

 改めて、今回一緒になった他の面々を確認する私である。

 

 

「ふぅむ……クライン……!!雪泉……!!ルリア……!!アーミヤ……!!ジャンヌオルタ……!!うぬら……五人か……!!」

「なんで大魔王バーンなんですか……?」*9

「そりゃもう、私は魔王ですので?」

 

 

 うん。……うん、これ新人達のお目付け役がそのままスライドしたやつだな???

 そんなことを思う私のチームのメンバーは、いっそ笑えるくらいに最近ここに加わった人しか居ないのであった。

 

 

*1
特に食塩・砂糖の制限が強い場合が多い病院食は、基本的に薄味になる傾向がある。病院食が不味い、という場合に味か本当に悪い、というパターンは意外と少ない

*2
ケーキ類などで顕著。だからといって砂糖を減らすと、今度は全然甘くない、なんてことに陥ることも。料理は科学と言うが、お菓子の場合はその傾向が顕著であるため、レシピは下手にいじらない方が無難である。どうしても糖分が気になる場合は、シュガーオフなレシピを探して見よう

*3
自然のモノなら大丈夫、と特に確認もせず食べる人もいるが、自然に成っている野菜や果物の場合は、下手をすると人の手の入っているモノの方が安全、ということが頻発する(虫食い野菜に顕著。野菜も虫には食べられたくないので、種類によっては()()()()()()()()()()毒素を発生させるモノもある。無論人にも有害)。また、自然由来だろうが人工だろうが砂糖は砂糖なので、フルーツの食べすぎも糖尿病などの生活習慣病を誘発する可能性がある

*4
元々はアニメ『神撃のバハムートGENESIS』に登場していたヒロイン。グラブルにもゲスト登場しているのだが、なんやかんやで水着にもなっていたり。グラブルにおける大食いキャラの一人でもある

*5
因みに『第2次スーパーロボット大戦OG』にはアー()ラという名前のキャラが存在する

*6
バラエティー番組『とんねるずのみなさんのおかげです(した)』におけるコーナーの一つ。元ネタは『ひらけ!ポンキッキー』における人文字コーナーだとか

*7
個人所有できるロボットである『メダロット』を主軸とする作品のこと。アニメやゲーム、プラモなどが存在する。骨組みである『ティンペット』にパーツを装着して完成させるのだが、その姿が今の彼女達に似ているので話題に出た

*8
祐佑氏の漫画作品で、拡張現実を使ったサバゲーを主題とした作品。作中キャラ達が特定のキャラを真似しながらサバゲーをしたりしていることなどが、この作品の元ネタにもなっているとかなんとか

*9
『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』のキャラクター、大魔王バーンの台詞。天魔の塔にやって来たダイの仲間達のうち、戦力外の相手を『瞳の宝玉』に変化させたあと、残った五人を見ながら述べた台詞。説明からわかる通り、実際にはわりとシリアスなシーンなのだが……散々コラにされているため、このシーンで吹き出した人も居たとか居ないとか



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本気でやらなきゃ楽しくない

 はてさて、突如始まったサバゲー回。

 勝敗を気にしなくてもよい、とのことからそれなりにゆるーい流れになるかと思われたのだが……。

 

 

「おらぁっ!!焼け死になさいっ!!!『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」*1

「あぶなぁっ!?」

「避けんなちゃんと当たりなさい!大丈夫よ実際には死なないから!!」

「いや、燃やされながら串刺しにされるのは普通に怖いよ!?」

 

「うわぁ……」

 

 

 うん、そんな建前どこ吹く風というか。

 滅茶苦茶ノリノリで技をぶつけ合う人々の姿が、そこかしこに見受けられたのでしたとさ。

 

 

「何を以て貴様の不義理に報いようか?」

「うわぁ前衛アーミヤさんだ!?魔王だこれ!!」*2

「来て下さいバハムート!それからアルバコア!!」

「るっ!!なのか真面目なのか、どっちかはっきりしてくれぇ!!」*3

「行くプリ♡可愛いは正義プリ♡」

「うわぁ壊れた方の雪泉さんだぁ!!?」*4

 

 

「…………うわぁ」

「なぁ、もしかして俺もあんな感じにやらなきゃダメか……?」

「クラインさんはそのままでいて!?じゃないと私がツッコミ過多になる!!」

 

 

 さて、改めてうちのメンバーを見てみると……ははっ、なんだこりゃひでぇ(真顔)

 どいつもこいつも無茶苦茶やってやがる。

 戦場なんてみんななにかに酔っ払ってなきゃやってられない*5、なんて話があるが、正に今のみんなは酔っているとしか言いようがないだろう。

 

 その点、アーミヤさんはまだマシなのである。……いやまぁ、前衛モードで相手に斬りかかってる時点でなにもマシじゃないんだけど、他の面々を見ると相対的にマシになってしまうというか。

 

 だってほら、見てみなよみんなの様相を。

 ルリアちゃんは設定ジョブが召喚士になってるせいか、ゲームと同じく星晶獣を召喚して戦ってるが……なんというかこう、どうも『るっ!』成分が抑えきれていないのか、何故かお空のお魚召喚してるし。*6

 ……これで斧ビィ君とサタンが揃ったら完全に『るっ!』である。*7

 生憎(?)その二人は居ないので抑えられてるみたいだが……これで比較的マシな方、というのだから救われない。

 

 そのお隣、雪泉さんに関してはもはや頭を抱えるしかない状態である。

 ……ええと、確か正義というものに迷いを抱き、その真実を掴むためあれこれと迷走した結果『可愛いは正義』なんて言葉にたどり着いた結果があれ、だったか。

 ふりふりの服装に身を包み、謎の語尾をくっ付けながらぶりっ子ポーズしてる雪泉さんは、もはや正義とかなんとか以前に正気を疑うべき状態となっている。

 

 それに比べればまぁ、相手に宝具ぶっぱしてるだけのぬのなんと穏当なことか。……いやまぁ、相手の言うようにダメージは無くとも磔刑にされて燃やされるとか、普通に精神的視覚的ダメージがエグいわけなのだが。

 

 ……で、結果的に残ってしまったクラインさんだけが癒し、という状況になったわけなのだけれど……ううん、とはいえこのまま普通にしていては検査が終わらない。

 

 ゆかりんの説明していた通り、このサバゲーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に採用されたもの。

 それは裏を返せば、運動量が足りていない場合追加ゲームを投げられる可能性がある、ということでもある。

 

 ……要するに延長戦が延々と組まれる可能性がある、ということになるわけで。

 それを回避するには、私たちもあの狂気の沙汰に突っ込むしかない、ということになるのだが……。

 

 

「……ふふふ、素面でついていける気がしない……」

「ああ確かに、あのノリで殴りあってるとこに突っ込むのは勇気がいるわな……」

 

 

 思わず涙目で弱音を吐く私である。

 ……うん、さっきまでは問題児がこっちだけ、みたいなことを言ってたけどね?

 

 

「よーし、みんな吹っ飛ばしちゃいますねー!」

「うわぁ!?メイプルだぁ!?」

「ひぃーっ!!?単なる映像だってわかってるけど、怖いもんは怖いっ!?」

 

 

 例えば、そこにはマシュではない他の盾使いの子が居て、その大仰な盾からなにやら名状し難き触手をびったんびったん召喚していたりだとか。

 

 

「なにかわからんがくらえっ!!」

「なんの、五メガネ!!」

「なにぃっ!?なんだか分からんがくらえっ!!!」

「なんのっ、わりばし!!!」

 

「ぎゃああああっ!!!?よくわからんぶつかり合いによって爆発的なパワーがそこらにー!!?」

 

 

 例えば、謎のアフロヘアーと奇抜な格好の男の二人がぶつかり合った結果、周囲の人々が大仰に吹っ飛ばされたりだとか。*8

 

 

「お前に足りないものは、それは! 情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!そしてなによりもォォォオオオオッ!! 速さが足りない!!」

「ぎゃああああーっ!!?流石クーガーの兄貴は速いーっ!!?」*9

「なんと、こっちも負けてられないな、タマ!」

「いやおかしいやろあれ?!一応生身やろあの人?!うちらより速いんやけど!?」

 

 

 ()()()()()()()()()とのことから、その速度を遺憾なく発揮する男と、それに負けじと張り切るウマ娘組だとか。

 

 ……まぁうん、一目見ただけでわかるような混沌が繰り広げられているわけでね?

 これでもチーム分けして一戦の参加チームは四つに制限して……と気を使っているのである。気を使った結果こうなのである。

 そりゃもう、笑うしかないと言うべきか。……これに混じろうと言うのであれば、生半可な覚悟では足りないというか。

 

 思わずはぁ、とため息を吐く私である。

 勝ち負けに拘泥(こうでい)するべきではない、とは言うものの、そこに拘れなければそもそもあれの中に紛れるのは難しい。……となれば、

 

 

「……ふふふ、こうなったら私たちも狂うしかないかもだね、クラインさん……」

「おいしっかりしろキーア嬢ちゃん!!?それ絶対あとで後悔するやつだぞ!?」

 

 

 これはもう、私たちも大いに狂うしかないのでは?……とぐるぐるおめめで宣う私なのであった。……これはもうだめかもわからんね()

 

 

 

 

 

 

「……貴方達は馬鹿の集まりなのですか?」

「面目ない……」

 

 

 で、その結果がこれである。

 怪我の出ないように調整されたサバゲーは、初戦から大混戦。

 確かに相手に怪我はさせなかったものの、ヒートアップした患者達は自分のスペック的限界を考慮せず無茶苦茶動いていたため、そのほとんどが筋肉痛でダウンしていたのであった。

 これには流石のナイチンゲールさんも呆れ顔である。

 

 まぁ、この流れで怪我でもしていた日には、それこそ殺してでも治療されていただろうから、こうしてベッドに簀巻きにされるだけで済んでいるのはわりと幸運なのだが。

 

 

「健康診断を受けに来ているのに、却って体を壊していたのでは意味がありませんよ?」

「いやホント……面目ないです……」

 

 

 ……代わりにお二方からのお小言を貰う羽目になってるからトントン?まぁうん、そうねぇ……。

 

 なお、身体測定に必要なデータは大体取れたため、これ以上サバゲーを続ける必要性はないとも言われたが……決着も付かぬままに解散させられることほどストレスの溜まることもない、と医者達を説き伏せて続きをさせて貰えるように頼んだ一団(バカ)が居た、ということも合わせてここに記しておく。

 

 

「まぁ、流石に明日や明後日にすぐ、ってわけにも行かねぇから、実際に続きが始まるのはそれよりあとってことになるがな」

「ううむ、いいやら悪いやら……」

 

 

 で、結果的に私たちの所のグループが一番白熱したこともあり、そこに参加していたメンバーはみんな仲良く病室送りになっていたり。

 ……部屋の数が足りてなかったため、チームメイトはみんな同じ病室に突っ込まれるという雑対応だが、「なにか、問題が?」とナイチンゲールさんに見つめられては、みんななにも言えなかったのであった。

 あとあとから、あれ単に「狭くないですか?」って聞いてただけ、って気付いたんだけどね。

 

 

「まぁその辺りの話は置いといて。……で、次の対戦どうする?今回と同じくみんな好き勝手に動く?」

「ええと……その、流石に作戦は立てるべきかと」

「ほう、アーミヤさん。その心は?」

「……後々の被害を抑えるため、と言いますか」

 

 

 で、ベッドに簀巻きにされてる以上、できることもそう多くないわけで。……いやまぁ、単なる筋肉痛にここまでする必要性はなくない?……とツッコミたくもあるけど、それをナイチンゲールさん相手にする勇気はないというか。

 

 ってまた話がずれたので元に戻すと。

 一応サバゲーが続くとなった以上、目指すは優勝というのは私たちの共通認識である。

 散っていった強敵(とも)達のためにも、私たちは立ち止まってはいけないのだ。(キリッ

 

 そんなわけで、話題となるのは次回以降の作戦について、である。

 今回はみんな好き勝手に動いていたが、これに異を唱えるのはアーミヤさん。……曰く、各自勝手に動いた結果が今の惨状なので、次回はある程度秩序だった行動を心掛けるべきだ、と。

 

 まぁ確かに?個人の戦力が高いがゆえに、前回はなんとかなったけれども。

 それが次回も通用するか、と言われると答えは否である。

 ……うん、ぶっちゃけると初戦の相手、気迫こそ凄かったけど実力的には普通に格下だったからね、言い方悪いからあんまり言いたくはないけど。

 

 

「奇抜な動きや技で周囲を翻弄することはできていましたが……言ってしまえばそれだけ、でしたね」

「うむ、いくら拡張現実と言えど、設定された攻撃力とかは本物のそれを参考にしたものだからねぇ」

「道理で、手応えがないはずです」

 

 

 鼻を鳴らすぬや雪泉さんが言うように、初戦の相手はインパクトこそ強かったものの、その実力自体はなりきり郷の平均層、と言った様相であった。

 それもそのはず、ここにいる人々のほとんどは、戦闘行動を生業としていない人ばかりである。

 これは、原作のキャラが()()という意味ではなく、今ここで暮らしている彼らが()()()()()という意味。

 

 すなわち、郷の大半の人々は精々サバゲーレベルの人ばかり、ということ。

 ……そりゃまぁ、相手にならないはずである。

 さっき目立つ人として挙げたキャラ達も、いわば上澄みのようなものであり、その上澄みばかりでチームを組んでいるような私たちにとっては、正に赤子の手を捻るが如く……だったというわけだ。

 

 ……まぁ、そうなるとゆかりんが言っていた『戦力比は平均してある』という言葉が嘘なのか、ということになってしまうのだが……それには理由があった。

 

 

「戦力を算出するためのデータが、私たちに関しては全然無かったですからね……」

「それなー」

 

 

 そう、このメンバーの中で、強さの指標を運営側が持っていたのは私ただ一人なのである。

 それ以外のメンバーに関しては、一番新しいデータが()()()()()()()()()()()という本末転倒っぷり。

 そりゃまぁ、適切なチーム分けにならないのも宜なるかな、というわけだ。

 

 とはいえ、それだけで無双できるほど甘くない、というのも確かな話。

 

 

「なにせこれから戦うチームには、マシュやシャナが含まれてるところもあるわけだからねぇ……」

「ぜ、前途は多難ですね……」

 

 

 なりきり郷最強格の存在達が振り分けられた、まだ見ぬ強敵達。

 そんな彼らを幻視しながら、私たちは今後の作戦について議論を重ねていくのであった……。

 

 

*1
ランク:A+(強化でEXに変化)の対軍宝具。形状は普通のジャンヌが持つ旗と同じだが、旗に描かれているのが黒い竜に変化している。復讐者の名の下に、自身と周囲の怨念を魔力変換して焚きつけ、相手の不正や汚濁、独善を骨の髄まで燃やし尽くす、とされる。見た目としては、地面を走る炎が相手を覆った後、地面から複数の槍が飛び出して相手を串刺しにする、という形式となっている。また、発動時にはジャンヌの持つ聖剣『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』が黒く染まったような剣で相手を指すが、この剣自体についての解説は今のところ不明である

*2
『アークナイツ』におけるルリア・マシュポジションの彼女の強化形態。……とはいうものの、性能が大きく変化するので区分的には二部のアーマード・マシュの方が近いか。通常時は後衛だが、この形態だと前衛になる。『影霄』と呼ばれる剣を用いて戦う強力な剣士(ダメージ区分的には術士)。通常時と同じく、強力ながら使い所を選ぶスキルを持つ。形態変化の理由からか、通常時とは微妙に性格が違う……が、アーミヤ本人であることは間違いなく、普段は普通のアーミヤと同じ様子で過ごしている

*3
ルリアとアルバコアの組み合わせは、ハッキリ言って危険である(ギャグ時空一歩手前の為)

*4
お金・色気・美味しさ・胸……などの、各々の正義を各人から学んだ雪泉が最後にたどり着いた真理。それは、『可愛いこそ正義』であった。……そこまではまだマシ()だったのだが、片寄った知識の持ち主である彼女の思う『可愛い』も大分片寄っており、それを見た仲間からは『雪泉ちんがおかしくなった』と言われてしまうこととなった。なお、このイベントは彼女の根幹に叩き込まれているのか、後に『可愛いとは料理のできるお嫁さんのこと』と考えた結果デカ盛り美食大会に参加したり、そこから『素敵なお嫁さん』になる為に奔走したりすることになる

*5
『進撃の巨人』におけるキャラクターの一人、ケニー・アッカーマンの今際の際の台詞。後には『みんな何かの奴隷だった』と続き、『進撃の巨人』という作品の世界観を表す名言として、読者から評価されている

*6
『グランブルーファンタジー』には、何故か海産物の敵が多い。……どころか、エビフライがロボットに変化して襲い掛かって来たり、はたまたカキがくるくる回りながら空を飛び襲い掛かってくるとか、とにかくわけがわからない。……なお、カキの方は『空を飛ぶ(fly)』なので()()()()()という名前になっている。……エアグルーヴのやる気が下がった!

*7
ルリアのスキンの一つ。名状し難きなにか

*8
ボボボーボ・ボーボボとディアボロ。それぞれ『ボボボーボ・ボーボボ』と『ジョジョの奇妙な冒険』第五部(part05)『黄金の風』のキャラクターと、その台詞

*9
『スクライド』のキャラクター、ストレイト・クーガーとその名言。なおここでの兄貴、アルター能力が使えない(!?)のでその速度は自前の脚力によるものである。流石兄貴!



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サバゲーでGO!

「さてさて、こうして見事筋肉痛*1から復活した私たちですが。……私たちがベッドに簀巻きになってる間に、トーナメントの方はは大分進んだみたいだねぇ」

「ええ、そうねぇ。流石に初戦の貴方達のところほど、白熱した試合はなかったみたいだけれども」

 

 

 はてさて、健康診断から身体測定に、身体測定から(それ前提の)サバゲーへと変化した今回のイベントなわけなのですが。

 サバゲーを利用した身体測定の方はわりと順調なようで、次々と住民達の身体データが出揃い始めているのが、こちらにも認識することができたのであった。

 

 ……どうやって確認したのかって?

 そりゃもう、集まってるルビーちゃん達の前にある謎の機械の中から、じゃんじゃか出てくるみんなの記録が書かれたコピー紙を見て、集まった面々がてんやわんやしてるのを確認して……だね?

 

 

「ふぅむ、これを全て纏めるのは中々骨が折れる……ということだね?」

「ミスター・冥土帰し。私は統計学に一日の長がありますので、お任せて頂ければ」*2

「ああうん、これはナイチンゲール嬢。ではこれについてはお願いするんだね?」

「……ええと、では私はどうしましょうか?私はどちらかと言えば、実地専門の人間なのですけれど」

「あっ、それじゃあすみません、ミネさんは私のお手伝いをば~!単純に大量の用紙を纏める手が足りてません~!!」

「なるほど……では、私はルビーさんのお手伝いに当たる、ということで宜しいですね?」

「お願いしますぅ~!!」

 

「おおい、誰か肺活量と運動量のデータがどこにあるか知らないか?」

「ああ少し待て、秘孔屋。そのデータに関しては、今俺が纏めているところだ」

「む、ではそれが終わったら、こちらにデータを回して貰えるだろうか?」

「了解した。……代わりと言っちゃあなんだが、アンタにはこのデータの整理を頼む」

「これは……ああなるほど、わかった。これに関しては、こちらでしっかりと纏めておこう」

 

八意(やごころ)の、視力検査の結果のデータがどこにあるか知らないだろうか?つい一時間前には、このテーブルの上に置いてあったはずなんだが……」

「あら間黒さん、そのデータなら、そっちの書類棚の上から二番目に入ってますよ」

「む、いつの間に……」

「さっきの間に片付けておきました。他のデータも同じように」

「手が速いな……ああ、それと済まないな。片付ける暇がなくて置きっぱなしにしてしまって」

「いえいえ、お気になさらず……」

 

 

 ううむ、医者達の大集合というのは、かくも圧巻なものなのか。

 

 ……というか、しれっと私があったことのない一人・八意永琳(やごころえいりん)さんまでいらっしゃるんだけど。

 確か彼女、東方キャラの中でも最年長に当たるんだっけ?*3……みたいなことを思い出しながら、一応挨拶しておく私である。

 

 

「ああ、貴方が例の噂の。紫から色々と話は聞かせて貰っているわ」

「……参考までに聞いておきたいんですけど、その噂とやらはどういう感じのモノなので……?」

「それは勿論、『キーアっていう破天荒な奴が居る』って感じの触れ込みで……」

「こらぁゆかりん!!私が会ったことない人に、そうやってあることないこと吹き込むのは止めろ、って何度も言ってるでしょうがー!!」

「あっはははは。……ごめーん!!許してーっ!!」

(ゆる)るさーん!!」*4

 

 

 なお、その時またもやゆかりんが、八意さんに適当なことを吹き込んでいたことが明らかとなり、暫く彼女を追い回すこととなったが……まぁ、些細なことである。

 だってほら、わりといつものことだからね!……まぁ、始めてこの一連の流れを見た新人達とかは、暫く宇宙猫みたいな顔を晒していたわけなのだけれど。

 

 

 

 

 

 

「はてさて、やって参りましたサバゲー大会病院の部・第二回戦!解説はこの私、無惨にもCグループ一回戦目で集中砲火を受けて吹っ飛ばされました榊遊矢と!」

「え~みなさま~(初戦敗退)。本日はお日柄もよく、絶好の解説日和。つきましては私、周央ゴコも解説の席に座らせて頂きました次第にございますぅ~」

「……はい、相変わらず濃ゆい挨拶ありがとうございます!今回はこの二人で解説を行って行きますので、皆さんお楽しみにー!」

「はい~、とても楽しみですね~。できれば現地で参加者として楽しみたかったですね~」

 

「……また榊君とゴコちゃんが解説役してる……」

「また、というと二回目以上、ということですか?」

「あーうん、なんだかすっかりお馴染みになっちゃったというか……」

 

 

 そんなわけで、サバゲー大会二回戦目の始まりである。

 

 一回戦目を勝ち上がった組と、負け組とでさらにグループをわけ、それぞれ勝った方は勝ち抜け方式で、負けた方は負け抜け方式で互いの頂点を決める……という形式で勝負をすることになっているわけなのだが。

 ……どうにも解説の二人、一回戦目で早々に敗退してしまったらしい。

 

 携帯端末からアクセスできるリーグ表では、それぞれが属していたグループが強豪に打ち破られた、ということが如実に示されていたのであった。

 ……まぁ、負け抜け側も試合がある以上、あの二人もずっと解説だけしてる、ってわけでもないみたいだが。

 

 ともあれ、現在は二回戦目。

 厳しい戦いを一回戦とはいえ勝ち抜けたチーム達は、既に歴戦の勇士とでも言うべき貫禄を備え始めている。

 そんな一団に混じった私たちはというと、現状まだ出番ではないこともあって、ゆっくりと他の二回戦目を眺める余裕があったのだった。

 

 

「……ふぅむ、うちのマシュは絶好調のようだねぇ」

「ええとその、私の気のせいでしょうか?今あの人、おっきな城をぶん投げて相手の攻撃ごと押し潰したような……?」

「あっはっはっはっ。気にしないでアーミヤさん。あれ実際に出来ることだし、そもそも映像でしかないから。……まぁ今回、潰された時の感覚をほんのり再現するシステムが組まれてるらしいけど」

「あれを実際にできるんですか……」

「いやそれよりもだ、潰された時の感覚を再現するシステムってなんだよ!?それ普通に死なねぇか?!」

「ああいや、あくまでも架空の感覚ってだけでね?……単なるフレーバーだから単に苦しいだけだし、そもそも潰された時以外にも燃やされた時とかの熱さも再現するように変更されてるみたいだし」

「……それ、露骨に私をメタってません?」

 

 

 暗に燃やすな、と言われてるような……と嫌そうな顔をするぬに苦笑を返す私である。

 大丈夫大丈夫、同じ理屈でシャナも幾らか制限食らうことになるから。……え?彼女の場合は熱くない炎も使えるだろうって?はっはっはっ(目逸らし)

 

 ……このサバゲー大会、参加人数がとにかく多いこともあり、新技術の実地試験なども合わせて行ってるのだそうで。

 最初に付けるようにと説明されたプロテクター、こちらに感覚再現システムが組み込まれており、これを通してゲーム内の感覚を一部フィードバックしているのだとか。

 ……近々PS5のコントローラーに温度調節機能が付くかも、って話だし、劇的な体験というのをどうにかして届けよう、という技術者達の頑張りにはまさに脱帽であるというか。

 

 まぁそんなわけで、マシュの大技の一つ・キャメロット投げを無防備に受けた相手チーム達は、城の下敷きにされて体力(HP)を全損し敗北判定を受けていたのであった。

 ……時間にして、わずか数分の出来事である。

 

 

「……なんだかマシュさん、こちらの予想以上に張り切っていらっしゃいませんか……?」

「あーうん、多分私と同じチームになれなかったことが予想以上に響いてるというか……」

「それは……なんといいますか……」

「素直にガキ、って言ってもいいんですよユミ」

「わ、そそそその、そこまでは私は……」

「取り繕わなくていいわよ、多分向こうも自覚してるだろうから。……そもそも、もう一人似たようなのがいるわけだし」

「はい?似たようなの……?」

 

 

 ルリアちゃんの言う通り、今回のマシュはいつもにも増して張り切っている様子である。

 ……恐らく、戦力比的な問題などから私とは別のチームにされたことに、なにやら思うことがある様子。

 その結果、世にも恐ろしい殲滅モードマシュ、などというモノが生まれてしまったわけなのだが……その様子に困惑する雪泉さんに、ぬがとある方を親指で示して見せたのであった。

 

 さて、そちらはマシュの居るグループとは、別のグループの二回戦目が行われていたわけなのだが……。

 

 

「……飼育箱に入れてあげる。ふふっ……もう逃げられませんよ。さぁ、哀れに逃げ惑いなさい。『C.(カースド・)C.(カッティング・)C.(クレーター)』!…… 惨め過ぎてお話になりません」

「ぎゃあああっ!?地面ごと砕かれたぁっ!?」*5

「ふふふ、哀れな虫さん達、悔しいですかぁ?悔しいですよねぇ?でも貴方達はここでおしまい。残念でした♪」

「きゃー!水着BBちゃんエッチぃー!」

「はぁ?……なな、どこ見てるんですか貴方達ぃっ!!」

「ありがとうございますっ!!」

 

「……なんですかあれ」

「水着BB版の宝具を使った結果、巨大BBちゃんになったので下腹部が強調された、みたいな?」

「で、それを指摘されたから照れ隠しにキョダイハリテ、ってわけね」

「いや、ポケモンの技みたいに言うなし」*6

 

 

 そっちでは、ほぼマシュと同じ理由で張り切るBBちゃんの姿があったのであった。……うん、地獄絵図だな!主に私にとっての!!

 

 

*1
因みに、筋肉痛のメカニズムは未だによくわかってないのだとか。一応、傷付いた筋繊維を修復する際に発生する痛みなのでは?……という説が有力なそうな

*2
看護士として有名なナイチンゲール女子だが、実は近代統計学の母とも呼ばれる人でもあったり。医療統計学を発展させたその手腕は、正に天は二物を与える……とでも言ったところか

*3
年齢にして数億歳とのこと。モチーフとなったキャラより歳上とはこれ如何に(彼女のモチーフとして挙げられる『八意思兼神(ヤゴコロオモイカネノカミ)』は、あくまでも日本神話の存在である為、流石に何億歳とかにはならない)

*4
格闘ゲーム『餓狼伝説』の初代にて、大会のシナリオを崩された主催者のギース・ハワードが発した台詞。本来『ゆる-す』と送り仮名を振るため、分かりやすく誤植である。……のだが、後にギースが本気で怒った時には『許さん』が『許るさーん!!』となるのが公式となってしまった為、結果的に誤植ではなくなった。……解決方法が力任せ過ぎでは?

*5
水着のBBちゃんの宝具。元々『fate/extra_ccc』における『C.(カースド・)C.(カッティング・)C.(クレーター)』の案を再利用したらしいそれは、相手を周辺の地面ごと持ち上げた後に影で侵食して砕く、というわりとエグい技である。なお、原案が没になった理由は、水着を『ccc』に導入する為だったのだとか。なんという因果か……。また、実はネーミングそのままの宝具だったり(呪いで・(カースド・)切り取って・(カッティング・)穴を穿つ(クレーター))

*6
ダイマックスした時の専用技『ダイマックス技』のこと。『キョダイ○○』というネーミングで統一されている。キョダイマックスした時に、対応するポケモンが特定のタイプの技を覚えている時だけ使える専用技『キョダイマックス技』というものもある



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後の祭りが予約されています()

 やだなーこわいなーとづまりすとこ。*1

 ……え?どこへ行こうと言うんだぁ、せんぱいぃ?ってされるフラグだって?*2……やだ!某やだ!死にとうない!!

 

 

「負けたくないでござる!!!絶対に負けたくないでござる!!!」*3

「やる気がある、って風に見ればいいのか……」

「情けねぇ、って言えばいいのか……」

「燃やせばいいんじゃない?」

「なんでぬまで私に厳しいのさ!?」

 

 

 はてさて、張り切る後輩二人に、思わずブルッちまった私である。……いやだって、あれは誰でも恐怖するでしょ……以蔵さんじゃなくても怖がるわあんなん。*4

 

 いやまぁ、あくまでも気迫が凄いだけであって、幾らでも裏を掻く手段はあるってのはわかるんだけどもさ?

 

 

「それをしたあとのこととかを思うと……ね?」

「ええと……どうなるんですか?」

「それを理由に強請(ゆす)られる」

「ええ……」

「なんなら、そういう戦法の穴がある、ってことを端から理解してて、そこを突こうとした結果『予想通りでしたね♡せ・ん・ぱ・い?』される可能性もある」

「ええ…………?」

 

 

 なにが問題って、BBちゃんが相手なのがねぇ……。

 

 私の利点というのは、そもそもがオリジナルキャラなので、()()()()()()()()()()()()()()ってところにあるわけなのだけれど。

 ……BBちゃんの場合、その『なにをしてくるのか』って部分を見たことがあるせいで、ある程度こっちの動きを予想できてしまうんだよねー。

 で、マシュの方もその辺りの情報を知ってることを『ずるいずるい』ってごねた結果、BBちゃんから教わってる可能性があるわけで。

 

 そうなるとまぁ、向こうも大人げなく罠とか仕掛けてくる可能性が大なのである。

 いやね?これが本気の戦闘だってんなら、こっちももっと大掛かりなことして回避ー、とかもできるんだけども。

 

 

「いやぁ、所詮はサバゲーだからね、これ。あんまり無茶苦茶はできないというか……」

「ふーん。因みに、なんでもありだったらどうするつもりだったわけ?」

「霧に変化してDot(Damage on Time)で削りきる」*5

「いや思ったより卑怯臭いわねアンタ!?」

 

 

 なお、なんでもありルールなら虚無の霧になって相手の攻撃無効&ダメージ条件をすり抜ける極小ダメージ×無限、の組み合わせで殴るのが一番速い……と述べたところ、ぬからは思いっきりドン引かれることとなったのでしたとさ。

 

 いやまぁ、元々私ってば魔王なんで、やり方が卑怯臭いのは仕方ないというか?

 

 

 

 

 

 

 はてさて、二回戦組達の対戦も順調に進んでいるわけなんだけれども……。

 

 

「砲門、構え!───そこっ!!」

「くっ!?中々やるっ!」

「大艦巨砲主義、というのも中々楽しいものですね!」

「あー、赤城。ほどほどにな?私も前線に突っ込むつもりなんだから、フレンドリーファイアはなるべく避けるように……ダメだな、吹っ飛ばすのに夢中すぎて聞いてやしない」

「えいどーん!そーれどーん!!ふふふふ、ふふふふふふふっ!!」

 

「……なんじゃあれ」

「赤城さんってのは、元々正規空母ってやつなんだろ?んで、そもそも空母になったのが条約だかなんだかのせいで……なんかこう、一度戦艦として振る舞って見たかったとかなんとか」*6

「ええー……?」

 

 

 その一部ダイジェストをお送りすると。

 

 第三試合であるシャナのところと赤城さんのところの対戦は、なんと赤城さんの方の勝利で幕を閉じたのであった。

 これは、赤城さんが幻の存在・戦艦赤城として覚醒?してしまったがゆえに生じた珍事であり、シャナに取ってはまさに寝耳に水と言った感じの話なのであった。

 

 なにせ、シャナ側は最終火力が高過ぎるために手加減してる状態なのに、相手側は想定戦力不明(そもそも戦艦赤城が実在しない)なために最大火力で動けた、という明らかなハンデ戦だったのだから。

 ……いや、健康診断の延長線上なのに、そんなん(普段の能力じゃないの)ありなんかい?という当たり前過ぎる抗議が運営本部に送り届けられたが、

 

 

「……いいんじゃないか?新しいことができるようになる、ってこと自体は喜ばしいことだと思うが」

「そうですねぇ。このサバゲー、本人に全く素養のないモノは弾かれるようになってますからねぇ。それでいて赤城さんはあの火力を出せたのですから、彼女の発展プランの一つとして大変参考になるデータだったと言いますか……」

「……つまり、総合的に言うとだね?『土壇場で未知の力に目覚める』というのは、その人のデータを集める上では寧ろ喜ばしいハプニング、という認識だということだね?」

「ええー…………」

 

 

 とまぁ、こんな感じにシャナを消沈させるような反応が帰ってきたのだとか。

 ……まぁでも、医者達の言うことにも一理ある、というのは確かである。

 

 そもそもこの健康診断、身体測定の意味合いも大いに含まれているモノだというのは、何度か先述している通り。

 そこを見るに、こうして新しい能力が目覚める・ないし新しいことができるようになるというのは、それすなわち他の人間にも同じようなことが起こる可能性を感じさせるものである、ということでもある。

 

 つまり、端的に言ってしまうと。

 シャナ側も例えば銃から炎弾が撃てるようになる、みたいな発展性が秘められている可能性がある、ということでもあるのだ。

 

 

「……そうなの?」

「いやまぁ、実際に銃の扱いが上手くなる可能性があるかはわからんよ?シャナの場合は特にレベル5──そのキャラそのものに近付いた存在だから、他の拡張性があるかはわからんし。とはいえ、もし仮に今ある技能以外のなにかが目覚める芽があるっていうなら──それらを調べ尽くすのは、医者としては当然のことってことになるというか」

「ふむ……」

 

 

 私たち『逆憑依』というものは、まだまだその全容が判明しきっていない未知の存在である。

 ゆえに、それが見せる新たな可能性というのは、その全容を解き明かすための鍵となりうるモノでもある。

 

 だからこそ、医者達は新たな能力の発現に歓迎的だし、もっとみんなに発生して欲しいとさえ思っている。

 そしてあわよくば、そこから『逆憑依』の秘密にたどり着き、この現象と付き合うための最良のあり方を探ろうとしているわけで……。

 

 まぁともかく、普段と違うことができること・およびそれが再現可能なモノであるというのであれば、それは確認すべき出来事であるというのは確かな話。

 ゆえにこのサバゲーが終わったあと、赤城さんが缶詰になるのは確定的、ということになるのであった。

 

 

「性質的に【継ぎ接ぎ】じゃないのか、の確認もいるしね。……んでもし、原理的には【継ぎ接ぎ】とは別、とでもなれば──」

「そこからさらに研究入院、ってこと?……ああうん、さっきはちょっと苛立ってたけど……今はなんだか可哀想、って気持ちが強くなってきたかも」

「そこはまぁ、医療の発展に犠牲は付き物、ってことで……」

「そこに関しては否を唱えたいんですけど……」

 

 

 複雑そうな表情をしているアーミヤさんに苦笑しつつ、シャナには手を振る私であった。

 

 はてさて、フィールド一帯を爆破炎上させたド派手な第三戦に比べ、見た目としてはいささか地味だったのが第六戦である。

 

 

「おいこらー!!NARUTOの忍ってこういうやつじゃな……ぎゃーっ!!?」*7

「またステルスキルかっ!?っていうかどんだけだよ!?ハサンでも攻撃行動に移ると気配遮断切れるんだぞ!?」

「そりゃまぁ、気配遮断しているわけではないからの」

「?!どこから……ぎゃあっ!?」

 

「ううむ、半ば反則スレスレのような気もするが……まぁ、小さくなってはいけないとは言われておらぬし、多分大丈夫であろう」

 

 

 はてさて、注目なのはナルト君がいる方のチーム。

 こちらはナルト君を筆頭に、うちの居候組が何人か混じったチームだったのだが……火力としてはナルト君が一番であるため、相手チームは彼の警戒ばかりをしていたのである。

 まぁ、他のメンバーは子供がほとんどだったからね。だがしかし……。

 

 

「──ん、有り難うねお絹。たぬきのビワも、猫のびわもお疲れ様」

「よしよしなん。みんなとっても頑張ったん」

「……」<ヒラヒラニャーユルサレヨ……

「なんつーか……どいつもこいつもやべーってばよ……」

 

 

 忘れてはいけないのは、その子供とやらは殆どが元()である・ないしその関係者であるということ。

 さっきの場合は、イッスン君にかようちゃんのところの蚕・お絹ちゃんが幻惑効果の鱗粉を付与。

 さらに、その幻惑効果をビワ(たぬき)びわ()のビワびわコンビが増幅。

 

 結果として、姿の見えないアサシンが次々と対戦相手を戦闘不能にしていく、という端からみるとホラー映画みたいなことになっていたのであった。

 これにはリアルアサシン(ニンジャ)であるナルト君もドン引きである。

 

 なおイッスン君だが、実は気配遮断スキル自体は持ってるのだとか。

 ……ただ、一般的なそれとは違い、彼の場合は『姿の見えないほどの小ささが、結果として気配遮断スキルとして扱われている』らしく、世にも珍しい()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気配遮断スキルになっているのだとか。

 

 それってズルじゃん!……という対戦相手の悲鳴が聞こえて来そうだが、その代わりイッスン君単体だと火力が全然ないので……。

 え?今回は他のメンバーのおかげで火力が上がってる?そもそも欠点があるなら、それを埋めるように動くのは当然の行為なので仕方ないね!

 

 ……まぁ、そんな感じで。

 この試合では、ナルト君の活躍はほとんどなく、他のメンバー達の活躍で華麗に静かに勝利を納めて見せたのでしたとさ。

 

 

「キーアさん、私たちもそろそろ……」

「む、もうそんな時間か。待っててーすぐ行くー」

 

 

 はてさて、そうして他のチームの活躍を見ているうちに、第二回戦最終試合である私たちの出番も近付いて来たようで。

 こちらを呼びに来たルリアちゃんに返事をしつつ、手早く荷物を片付けて会場を後にする私なのであった。

 

 

*1
前半部分『やだなーこわいなー』は怪談師・稲川淳二氏がよく用いるフレーズ。後半部分の『こわいなーとづまりすとこ』は、例のアレの語録の一つ。接続部が一致した為発生したネタで、怖いので戸締まりを確りしよう、という死亡フラグである()

*2
『ドラゴンボール』のキャラクター、ブロリーのネタの一つ。ブロリーを残して一人用のポッドで逃げようとした父・パラガスに対して、ブロリーが述べた台詞。典型的な死亡フラグである

*3
『るろうに剣心』における剣心の台詞、『例え巴の本当の魂がお前に微笑んだとしても、それだけは絶対に許さんッ』のコマをコラにした結果生まれた『働きたくないでござる!!!絶対に働きたくないでござる!!!』から。元ネタはかなりシリアスな場面で告げられた台詞だが、コラの方は(剣心が傍目にはニートに見える為)なんとも言えないギャグになってしまった

*4
水着BBちゃんに人型特性がないことからのネタ。岡田以蔵は『人斬り』という人型の敵に対して有利になるスキルを持っているが、これが水着BBちゃんには反応しない。見た目馬以外の何者でもない赤兎馬にさえ反応するのに、である。その事実と水着BBちゃんが参考にしているとある神性から、以蔵さんには彼女の本当の姿が見えているのでは?……などというネタがある。ああ、窓に!窓に!!

*5
もしくは『Damage over Time』。持続ダメージ・継続ダメージの意味で、要するに『毒』のこと。意外と調整が難しいタイプのモノの一つ(パーセントダメージにすると強すぎるし、固定値にすると弱すぎる、ということになる。なお、固定値だが最大体力がそう多くないゲームだと酷いことになる(例:『世界樹の迷宮』シリーズなど))

*6
航空母艦・赤城の史実ネタ。元々は『天城型巡洋戦艦』の二番艦として設計・建造されていたのだが、ワシントン条約による主力艦の保有数の制限により、空母として改装された。元々は重巡洋艦に近い存在だったそうで、命名の規則もそちらに倣っている(戦艦は旧国名(例:大和国・武蔵国から付けられた大和型など)、重巡洋艦は山の名前(例:足柄山から付けられた足柄など)。航空母艦は本来空を飛ぶ生き物の名前から命名される(例:鳳凰から名前を取っている鳳翔、大鳳など))

*7
ナルトにおける忍は『忍び堪える者』とされる。一般的な方は『忍ぶ者』



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試合は加速、他の場所は過疎中

「……折角ちょっと覗きに来たというのに、辺りに誰も居ないのですが……?」

「ンンンンン、暫しお待ちを。……ンンー、どうやら皆様方、揃いも揃って地下に集まっておられるご様子」

「地下に?……なにかしら、もしかしてこちらへの対策会議でも行っている……とかですか?」

「それがですねェ、どうやら現在皆様方が行っているのは、いわゆる健康診断……と言うものののようでございまして……」

「……は?健康診断?健康診断って、あの健康診断?」

「ええ、その健康診断です。それも何故か『さばげぇ』なるものを用いて行っているご様子。いやぁ、正直さっぱり意味がわかりかねますなァ」

「…………は?サバゲー?サバゲーで健康診断?……どういうことなの?」

 

 

 

 

 

 

「……???」

「あれ、どうしたんですかキーアさん?もしかしてちょっと肌寒かったり……?」

「いや、なんか一瞬寒気がしたような……?」

「もしかして風邪ですか?この後対戦ですけど、大丈夫ですか?」

「……いや、多分風邪ではないと思う。気のせい……かな?」

「はぁ、気のせい……ですか?」

 

 

 試合の順番を待つ最中、突然肌寒くなった気がした私であるが、その感覚も一瞬のこと。

 ……ならば誰かに噂でもされていたとかだろうと納得して、蘇そくと準備に戻るのであった。

 

 はてさて、第二回戦も次で最終戦となるわけだが、その対戦カードの片方に組み込まれた私たちは現在、目の前の試合に勝つために気合いを入れている最中である。

 ……一回戦目は最初の試合だったのに、二回戦目では最後に回されてしまったのは、偏に初戦でやり過ぎたため。

 ゆえに、この試合ではそれなりに加減することが必要になってくるわけなのだけれど……。

 

 

「それだと、さっきのシャナの試合みたいなことが起きた時に困るんだよねぇ」

「まぁ、赤城さんは私たちみたいに、暫くベッド行きみたいですが」

「あっ、やっぱり?」

 

 

 手加減すると言っても、加減しすぎるとそれはそれで問題がある……というのは、さっきのシャナのチームが証明済み。

 いやまぁ、あれは正確には『上から火力高過ぎるので抑えて』と予めお達しがあったせいでもあるので、微妙にケースとしては違ったりするのだが。

 ともあれ、初戦でやったことの幾つかが制限されているというのは私たちも同じなので、気にすべきことも似ているというのは間違いではない。

 

 

「……前衛禁止と言われてしまいました……」

「まぁうん、単純な火力もそうだけど、対面した時の圧が凄かったからねぇ……」

 

 

 例えばアーミヤさん。

 彼女の場合はわかりやすく、前衛モードの実質的な禁止が言い渡されていた。

 ……単純な火力職としてもさることながら、対面した相手に威圧による弛緩状態を強制してしまうのが重く見られた、という形になる。

 

 一応体に装着したプロテクターにより、体にダメージが入らないように配慮はされているが……それも相手の攻撃に対して準備が出来てこそ。

 弛緩状態への攻撃は不意打ちのようなものであり、思わぬ怪我を発生させる可能性があるので安全面から禁止されたわけである。

 ……まぁ、緊張で凝り固まっていても怪我はしやすくなるので、要するに体の状態を弛緩か緊張か、どちらかの状態に硬直させてしまうのが悪い、ということになるのだろうが。*1

 なお、似たような理由で他の参加者のうちアーボック君が『へびにらみ』を規制されていたりもする。*2

 

 

「あううー、バハムートもアルバコアも禁止されてしまいました……」

「前者は火力、後者は暴走の可能性を極力削るため……かなぁ?」

 

 

 その他、ルリアちゃんの場合は火力が高い星晶獣の召喚の制限と、名指しでアルバコア・サタンの召喚の禁止が申し渡されていた。

 ……前者に関してはわりと緩いが、後者に関しては召喚時点でアウト判定になる念の入れようである。

 まぁ、周囲を巻き込む形になるギャグ時空展開の発端となる召喚なので、禁止されるのはある意味当然とも言えるわけなのだが。

 

 あと、雪泉さんが可愛いもの布教禁止を言い渡されたり、ぬが宝具使用回数の制限を受けたりもしてたっけ。

 

 

「……そういえば、クラインさんはなんにも受けてないねぇ、制限」

「ははは……まぁ、俺ってばそこまで派手なこととかできないからな……ははは……」

「あっ、こらキーア!クラインさんにわざわざ暗い顔させてんじゃないわよ!」

「わわわ、そんなつもりで言ったわけじゃなくてですね!?」

 

 

 なお、私とクラインさんに関しては、特になにも言われてなかったりする。

 ……まぁ、私の場合は『言わんでもわかるよな?』的な意味合いもあるため、正確にはクラインさんだけがなんの制限も受けてない、ということになるのだが。

 

 ただ、その辺りの事実を確認した結果、クラインさんが微妙に凹んでしまったのは困り者であった。……ああいや、別にクラインさんが地味とかそういうことを言いたかったわけではなく……。

 ぬの旗にザクザク刺されながら、私はすっかり意気消沈したクラインさんに声を掛ける。

 

 

「次の回、メインアタッカーになってみませんか?」

「…………はぁ?」

 

 

 そう、なんの制限もない彼だからこそ、できることがあるのだと、私は伝えたかったのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて第二回戦・最終試合!対決するのは以下のチーム達!──優勝したら甘いものいっぱい食べられると聞いて!『ネオよろず屋』チーム!」

 

「健康診断の後に食べるパフェはうめーんだ。これは仕方のないことなんだ」

「銀さん?程度がありますからね?そもそも今回、血糖値やら血圧やらヤバかったの忘れたんですか?」

「んだよかてーこと言うなよ。テメーは俺のカーチャンかっつーの」

「か、カーチャン!?……は、はわわ!これはもしかしてプロポーズ!?」

「いやなんでそうなるんだよ、つーか『はわわ』はお前じゃなくてお前んところの軍師の口癖だろうが。*3……ったく、Xもなんとか言ってやr()ほげえぇええええぇっ!!?なにその顔怖っ!!?」

「ふふふふふ……いいえいいえ、全然気にしてませんよー、銀ちゃんが特段意識してその辺りのことを喋ってるわけではない、ってことは十二分に理解してますからー。……けど後でちょっとひみつカリバーしちゃいますねー☆」

「なんにも大丈夫じゃねぇんだけどォォォォッ!!?これあれじゃん!?カナシミノーとか流れて俺の頭がスポーンと胴体と泣き別れするやつ!!Niceboat.とかって書き込まれるやつぅぅぅぅっ!!!」*4

「大丈夫なのだ銀ちゃん。その時はボクが銀ちゃんの頭を胴体と縫い付けてあげるのだ、へけっ」

「さらっとスプラッタ度数をあげようとしてんじゃねぇ!!?」

 

 

 はてさて、最終戦は三組による対決となるわけだが、その一つめ……銀ちゃんのところの『ネオよろず屋』が堂々と?会場内に入ってくる。

 いつも通りのコント空間だが、中々どうして侮れない。

 そもそも身体能力の高い銀ちゃんに、宝具使用回数がぬと同じように縛られているとはいえ、通常軌道でも他の追従を許さないXちゃんに、守勢に回った時の技巧はエミヤん譲りの桃香さん。

 そして実はなにをしてくるのかが一番わからないゴジハム君と、実は結構な強敵なのである。

 

 実際、一回戦目はゴジハム君のゴジラ部分が目からビームなど発射したりするわからん殺しを多発させ、意外なほどに圧勝して見せていたのだから。

 ……無論、一番目立っていたのがゴジハム君というだけで、他の面々も大概な活躍を見せていたのは言うまでもない。

 

 

「え~それでは二組目の解説に参らせて頂きますぅ~。見た目的には完全な悪役。しかしてその実態は~、とっても『tasty(テイスティ)……』な料理を作ることで話題のお二人と、その仲間達~。すなわち『御食事処・はな(波儺)』でございますぅ~」
*5

「ここで言うことではないかも知れないが、一応述べておく。……本誌(ジャンプ)の!俺の!無茶苦茶振りは!ここにいる!俺とは!無関係だ!基本的に!!」*6

「なので不平不満などのお便りは止してくれ、というわけだな。……いやはや、人気者は辛いなぁ、宿儺?」

「止めんか貴様、ただでさえ今の俺は『あーん、伏黒君が器にされたぁ~!』状態なんだぞ……!!」*7

「んー、それってある意味人によっては煽りになるような気がするんだが……まぁ、いいか!吾しーらぬ!」

「(先が思いやられる、という顔)」

 

 

 そして二組目、チーム名から漂う可愛らしさとは裏腹に、所属している面々が悉く『悪』な感じで固められている『御食事処・はな』。

 ……名前の由来は読んで字の如く()旬と宿()なわけだが、この取り合わせでこんなにほんわかした名前になるのはまさしく詐欺であろう。

 

 ただ、見た目とは違ってこの二人は普通に温厚な人物である。

 例え原作でどんな鬼畜な所業を行ったとて、ここの二人には全く一切これっぽっちも関係ないので安心して欲しい。

 ……なお、それに付随する残りのメンバーも、元が『白面の者』であるハクさんと中身がミラルーツなあさひさんであるため、わりと大概である。

 というか、あさひさんはなんでこの人達と組んでるんです……?口調同盟組んでたクモコさんは?……え?そこの二人にビビって逃げた?ええー……。

 

 

「それから三組目!初戦では無茶苦茶やってくれましたが、今回はどうなるでしょうか!?『ニュービーと魔王』チーム!」*8

「……んんー、私の見間違いですかねぇ、なんだかお一人様しかゲートに居ないような気がするのですが……」

「はい?いやそんなわけは……あれ!?ホントだクラインさんしか居ません!?これは一体どうしたことかー!?」

「ま~間違いなくろくなことにはならないでしょうね~、私不安と期待で未来が動き出しそうですぅ~」

「……それ、俺のネタじゃないかな!?」*9

 

 

 そして、私たちのチーム・『ニュービーと魔王』。

 わりとそのまんまなネーミングの私たちは、クラインさんを先頭にして、その背に隠れるように会場入りしたのであった。

 ……ふふふ、勝負はすでに始まっているのさ……!!

 

 

*1
『受け流し』という技術がある為に、弛緩状態ではダメージを受けにくいように思えるが、その実攻撃の受け流しとはその攻撃に対して()()()()()()()()()()ということを前提にしていることが多い。その為、そのような動きが出来ない時──単に体に力が入ってないような状態では、筋肉による防御ができず内臓へのダメージを諸に受ける、なんてことになりかねない。無論、相手の攻撃如何によっては、防御することで余計にダメージを負う、というパターンもそこそこに転がっている

*2
『ポケモン』の技の一つ。顔の模様で相手を怯ませる技で、当たった相手を『まひ』状態にする。読んで字の如く、蛇系のポケモンしか覚えられない(例:アーボ・アーボックなど)

*3
『恋姫†無双』及び『恋姫†夢想』シリーズに登場するキャラクター、諸葛孔明のこと。はわわ軍師などとも呼ばれ、結構有名

*4
『カナシミノー』も『Niceboat.』もアニメ『School Days』シリーズのネタ。いわゆる死亡フラグである

*5
『tasty』は周央サンゴ氏のネタの一つ。やけに発音が良いのが特徴。とある切り抜きで英語のルビが振られた結果、最終的にフランス村コラボでも使われることとなった。どういうことなの……?

*6
「わァ……ぁ……」「(伏黒君のファンと伏黒君本人が)泣いちゃった!!!」

*7
『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズにおいて、とある読者から届いた葉書に書かれていたフレーズ『あーん、スト様が死んだ!』から。余りに特徴的だった為長らくネタにされることに……。簡単に死んでしまうキャラクターを揶揄する時にも使われる(例:悪魔城TASシリーズで死神が死んだ時に使われる『あーんデス様が死んだ』など)

*8
『Newbie』。初心者・新参者の意味を持つスラング。主にコンピューターゲームなどで使われるが、正確な由来は不明だとか

*9
『遊☆戯☆王ARC-V』のオープニング曲の一つ『Burn!』の歌詞から



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明らかにおかしなものでも、堂々としてれば案外どうとでもなる

「……これは、先頭のクラインさん以外の全員が、フード付きのマントを着用しています!明らかになにか仕掛ける気満々だぁーっ!!」

「キン肉マンとかあの辺りを思い出す演出ですね~。さて、一体なにを見せてくださるんでしょうか~?」

「その答えは、これだ!」

「「!?」」

 

 

 ノリの良い解説者達の言葉に答え、纏っていたマントを脱ぎ捨てる私たち。

 そして、そのマントの下から現れたのは……!*1

 

 

「私はクライン!クラインブルー!」(※背後で上がる青い爆発)

「拙はクライン!クラインイエロー!」(※背後で上がる黄色い爆発)

「某はクライン!クラインブラック!」(※背後で上がる黒い爆発)

「我はクライン!クラインホワイト!」(※背後で上がる白い爆発)

「余はクライン!クライングリーン!」(※背後で上がる緑色の爆発)

「え、ええと……俺が!リーダーの!クライン!クラインレッドだ!!」(※背後で上がる赤い爆発)

 

!!」

 

 

電 脳 戦 隊

電 脳 戦 隊

SAO

アナログ

 

 

「ぶふぅっ!!?」*2

「これはなんということでしょうか~。マントの下から出てきたのは、なんと全員クライン選手ですぅ~!背丈と装備の色にこそ変化はありますが、紛れもなく全員クライン選手ですぅ~!!」

「は、はははははっ!!やるではないか!どうせキーアのやったことだろうが、よもや……よもや戦隊ものとはな……」

「あんれまぁ、宿儺がげらげら笑いじゃなくて本気で笑ってらぁ。……でもまぁ、ここに来てまさかの全員クラインは流石に笑うわなぁ」

「いやまぁ、インパクトは抜群だが……あれでどう勝つつもりなのだ?あ奴らは」

「んー、キーアさんのやることッスからねぇ、見た目に騙されるのだけは止めた方がいい、ってことだけは確かッス」

「「「それは確かに」」」

 

「……は?!なんで全員クラインさん!?いやいや全員同じ顔にすんならもっとこう……華があるのを選べば良かったんじゃねぇの?!」

「銀さん、それは開始直後にタコ殴りにあっても、決して文句を言えないような暴言だと思うんです、私」

「いやだってよぉ、例えばアーミヤさんになるとか、ルリア嬢ちゃんになるとか、はたまたオルタさんになるとか……もっとこう、色々あるじゃん?!」

「……なんで一人省いたんです?」

「そりゃもう、あの格好の人が増えるのは流石に青少年のなにかが危な……はっ!?」

「なるほどなのだ。銀ちゃんは雪泉さんみたいな服装が好きなのだ。やっぱり侍だから、着物っぽい服装の方が好きなのだ?」

「いやそういう意味じゃな……いや待て落ち着けお前ら!開始前に仲間割れしてちゃバカ見てぇ……ヌギャーッ!!?」

 

「あーあー、開始前から混沌ですね、これ。……まぁ、こちらの思惑通りでもありますが」

「しー、ぬったらしー!」

 

 

 はてさて、まるで戦隊ものの登場シーンの如く、見た目をクラインさんに変えて登場した私たちだが……無論、これには理由がある。

 単純に、見た目が同じ人間が複数いる、ということ自体が相手の動揺を誘うモノであるし、なにより()()()()()()()()()()()()()()という利点がある。

 

 

「……ええと、よくわかりませんが!これにて参加チームが出揃いました!よって、これより第二回戦・最終戦を開始致します!」

 

 

 気を取り直した榊君の言葉により、会場が沸き上がる。

 一時変な空気になったものの、参加者達は既に息を整え、戦闘開始の時を今か今かと待ち構えている。

 

 そんな中、視線が集まるのはやはり私たち。

 見た目がクラインさんになっているとはいえ、()()()()()ので見分けが付くため、恐らくは一番の戦闘手段である星晶獣の大半を封じられたルリアちゃんを狙っているのだろう。

 

 ルリアちゃんの身長は百五十二センチ。

 その他は雪泉さんが百六十七、邪ンヌが百五十九、アーミヤさんが百四十二、それから基本のクラインさんが百八十ほど。

 私が百三十ちょいで一番下なことを考えれば、自ずとルリアちゃんはクラインズの中で三番目に背が低い奴、ということになる。

 

 

「……いや、そこまで単純なことをするか?あいつが?」

「どうしたッスか宿儺さん。なにか考え事ッスかー?」

「いやなに……この勝負、思った以上に荒れるかもしれんと思ってな」

「ふーん?……ま、でしょうねー」

 

「それでは参りましょう!戦いの殿堂に集いしプレイヤー達が!

「仲間と共に地を蹴り、宙を舞い! フィールド内を駆け巡るぅ~!」

見よ!これぞ、サバゲーの最強進化形!!

『エーアール・サバイバル!』
 
『エーアール・サバイバル!』
                       

 

 アクションデュエルの口上を改変した台詞により、火蓋が切られたわけだが。

 案の定(特に銀ちゃんが二人の追求から逃れるため)他のチーム達はうちのメンバーの一人──背丈が三番目に低いクライングリーンに突撃していく。

 宿儺さんなどの一部が向かってきてないため、何人かには気付かれたようだが……問題はない。そっちはそっちで残ったメンバーでボコれば良いのだ。

 

 と、言うわけで……。

 

 

「……申し訳ありません!暫し凍っていて頂きます!虚空刃・雪風!」*3

「えっ!?ちょっ、ぬわぁーっ!!?なんか必要以上に寒気がするぅーっ!!?」

「……え、そそそ、そんなつもりでは……?」

「いいからグリーン!次来るよ!」

「は、はい!えー、ええと……余の刃にて、氷獄の中に沈むがいい!

 

「……な、なんということだー!ルリア選手かと思われたクライングリーン、台詞を聞く限り恐らくは雪泉選手だぁーっ!!?」

「ん~、そう断言するのは早いかもよ~?」

「おっと解説のゴコさん、その心は?」

「今さっき刀を使ってたけど、何故かブレイブルーのキサラギ君の技だったでしょ~?雪泉ちゃんってそもそも氷の剣を使う『氷王』ってモードがあるのに、わざわざ他の人の技を使うってのは怪しくな~い~?」

「な、なるほど、言われてみれば……となるとこれは」

「十中八九、キーアちゃんの仕込みだろうね~。あの人背丈とか見た目とか弄るの得意だから、下手すると全員中身はキーアちゃん、なんてことも~……ああいや、流石にそこまでやってたら反則かな?」

「ええと……はい、そうですね。大会規定には『初期登録メンバーは必ず全員参加』と明記されています。いやまぁ、元々が健康診断なんですから当たり前と言えば当たり前なんですが」

 

 

 向かって来た銀ちゃんをカウンターで迎え撃ち、見事に氷の彫像に変化させたグリーン……もとい雪泉さんである。

 

 氷王モードの時の剣ではなく、あえて刀を使って技を繰り出しているのは……まぁ偏に単なるカモフラージュなのだが、良い感じにゴコちゃんが深読み解説して下さったので、有り難く作戦に使わせて貰う私である。

 

 そうこうしているうちに、他の面々も次々と戦闘行動に移っていた。

 外見以外の全ての情報がシャットアウトされているようなこの状況、最早とにかく当たってみるしかないと判断されたのだろうが……。

 

 

拙の攻撃を受けきれますか!

「凄いのだ、あからさまに魔法攻撃っぽいエフェクトなのだ」

「え?……ええと、前衛してるんですけど、一応」

「そもそもアーミヤさんは前衛でも術士なのだ。語るに落ちたのだ」

「あっ。……拙の謀を見抜いた程度で勝てると思うな!

「凄い勢いでごまかし始めたのだ……」

 

 

 クラインイエローことアーミヤさんは、刀と術を交えた攻撃でゴジハム君と切り結んでいたし。

 

 

「あっちがアーミヤさん!?ってことはこっちは……!?」

我の一撃はそう甘くないぞ!!

「くっ、この攻撃方法……ジャンヌオルタさんですね!?」

「……ねぇちょっとレッド!?滅茶苦茶簡単にバレてるんだけど!?」

「俺に振らないでくれよ!?ぬぉ危なっ!?」

「危な、という割りに的確に避けるではないか。ほらほら、更に速度を上げるぞ?」

「この人戦闘始まってから危険度爆上がりなんだが!?」

 

 

 クラインホワイト──邪ンヌは竜やら槍やらを刀と一緒に振り回していたため、あっさりとその正体がバレていた。

 流石にカラーリング真反対にした程度では、色々と隠しきれなかったらしい。

 

 

んんんんん、皆様早々に中身がバレてしまうとは、まだまだ精進が足りませぬなぁwww某はそんなことはありませんぞー、そぉれほいほいほーいっとな!

「黒髭ぇっ!?いやでも黒髭なんて居ないはずですが?!」

んんんんん、いやーX殿の姿はまさに眼福ですなぁ、絶景という奴ですなぁ

「……ルリア、慣れないことはするものではないですよ」

「なんでバレたんですかぁ!?」

「いやだって、明らかに気持ち悪さが足りませんでしたし……クラインやキーアならもっと寄せられるでしょう。そうなればまぁ、あとは消去法と言いますか……」

「なんなんですかそれぇ!!?」

 

 

 さて、残る片方──クラインブラックだが、キャラの元にしたのが黒髭だったせいで、同郷(同じアプリ)であるXちゃんには早々に中身が見破られてしまっていた。

 ……まぁうん、付け焼き刃だからさもありなん。

 

 さて、これで残るはクラインブルー。

 冷静に考えれば、これの中身は未だに名前の出てない()()()()、ということになるのだが……。

 

 

「(あれが外れ、ということは……)ならばまずはお前からだ、リーダー!!」

「ひぇっ!?流石に領域展開は反則……っ!?」

「安心しろ峰打ちだ!」

「領域に峰もなにもねぇだろぉっ!?」

 

 

 それを確かめた宿儺さんは、容赦なくレッドに向かって凶刃を奮う。

 誰もが取った、と思ったその交差は。

 

 

「……なん、だと?」

「…………いやー、はっはっはっ。ダメだぜ宿儺さん。さっきゴコちゃんも言ってたじゃん。それっぽいからといって、本当にそれが正解だとは限らないってさ」

「……なるほど、()()()()()()()()()か……っ!」

 

 

 滅茶苦茶ノリノリで倒れ込む宿儺さんに、にやりと微笑む()

 ──そう、ブルーの中身は私ではない。

 

「ほら言ったでしょ~?キーアちゃんが仕掛けた罠が、そんなに簡単なわけがないってさ~」

「れ、レッドはキーア選手です!キーア選手がファーストアタック!宿儺選手を沈めましたーっ!!」

 

 

 さっきホワイトに答えたレッドこそ、私キーアなのであった。……はっはっはっ、まんまと騙されたな!

 

 

*1
※なにか戦隊ものっぽいBGMを流すと良いかも知れません←

*2
SAOの時のクラインの服の赤い所が変化しています

*3
『BLAZBLUE』シリーズのキャラクター、ジン・キサラギの技の一つ。いわゆるカウンター技。銀ちゃんに必要以上の寒気を感じさせているのは、彼の中の人がジンの兄であるラグナ・ザ・ブラッドエッジ役を務めている為。兄さんっ!ハァッ!



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混戦・激戦・大乱戦

「こうなってくると、さっきまでに看破した中身が本当にあっているのか、ということになってきますね……」

 

 

 いやまぁ、流石に目の前の相手はルリアだと思うのですが、とはXの弁。

 武器による攻撃を行わず、爆弾などの投擲物で戦うその姿は、なるほどどことなく黒髭を思い起こさせるものである。

 しかしそれが、まともな攻撃手段を封じられているがゆえの悪あがき……だとするのであれば、それに当てはまるのは恐らくルリアのみ。

 ゆえに、言動の拙さを抜きにしても、彼の中身こそがルリアであるとあたりを付けていたのだが……ここへ来て、そういえばキーアってなんでもありだったな……ということを思い出させられる羽目になったのであった。

 

 以前にも何度かあったが、こうして不特定多数の人間と競うような状況に放り込まれた場合、キーアという人物にはこちらが引くほどに様々な制約が施されることとなっている。

 それが何故かと言えば、基本的に彼女は()()()()()()()()()、というところがとても大きい。

 

 Xの知識からそれを仮に認定するのであれば、彼女のそれはほぼ「」(根源)と同じ。

 ……Xに設定された『無を食い破る力』*1が実際にそのままの意味であるならば、意外とどうにかなりそうな気もするが……彼女がなにより恐ろしいのは、大抵のハードルを潜り抜けてしまう小ささの方にあるだろう。

 

 

(一定量の出力を感知した場合に、それを無効化する……みたいな装置ですと、まず間違いなく抜けてきます。そうでなくとも屁理屈を捏ねて裏道を通ろうとする相手ですから、今回もルールの隙間を付いていると思っておくのが正解でしょう)

 

 

 雨垂れ石を穿つ*2、を地で行く存在であるキーア。

 そんな彼女がすることは、基本的にこちらへその前兆を伝えることはない。

 そんな彼女に真っ当に対抗しようとすれば、こちらが反則になる可能性は大いに高い。

 なにせ、何処から飛んでくるかわからない。未来視に当たる千里眼持ちの桃香でもわからないのだから、それを完全に対処しようとすれば、ほぼ間違いなく()()()()()()()()()()()()しかないのである。

 

 無論、そんなことをすればやり過ぎ、ということで反則を取られるだろうし、そこまでしても『あ、それ一応物理技でしょ?ってことは最小単位は原子で、原子は丸いから完全に密着はできないよね?……はい、すり抜けまーす』とかやって無傷、とかしかねない恐ろしさが彼女にはある。

 ……いやまぁ、実際にそんなことができるのかどうかは知らないが。

 でも量子論的な存在であることは間違いないので、その時その場に居ませんー、みたいな確率回避は普通にしてきそうではある。

 

 なお、この辺りの話をキーア本人が聞いた場合、『マイナス一秒に装備を装着、とかできるXちゃんに文句を言われる筋合いはないんですけどー?!』とかなんとか言われるのは秘密である。

 

 

 

 

 

 

 隙を見てひみつミニアド投擲とかしてきそうなんだけどあの人、と密かに戦く私ですが、皆様如何お過ごしでしょうか?

 私は現在、みんなが戦ってる中で流れ弾に当たらないように必死で避けてる最中です()

 ……いやこれ、真っ当に狙うと避けられるから他の人への攻撃が偶然当たるのを狙ってる、とかでしょ絶対!

 

 まぁうん、確かに今回私に課せられている制限的に、滅多なことができないのは本当。

 さっきの宿儺さんを倒せたのだって、この試合があくまでもサバゲーだから、というところが大きい。

 ……どう言うことかというと、()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 私のような【星の欠片】が、本来は無数の欠片──原子より遥かに小さな粒である、というのは何度も説明している通り。

 いやまぁ、本当に粒だと物理学的には宜しくないので、ここにある分には()扱いなのかもしれないけど……その辺りはややこしくなるのでここでは置いておくとして。

 ともかく、私という存在は人間を構成するという六十兆の細胞、ひいてはその細胞を構成する原子の数に、更にその原子を構成する素粒子、その素粒子の中の……みたいな感じでカウントしていった最小単位、【星の欠片】の数はまず間違いなく数えきれるようなモノではない、ということになる。

 

 そして、【星の欠片】はそれそのものが一つの生命体としてもカウントできる。……と、なればだ。

 それぞれが仮に一ダメージでも相手に与えられるのであれば、総数のダメージはそれこそ天文学的なものになる、というわけである。

 

 あとはまぁ、単純な話。

 削岩機の如く、攻撃を当てさえすれば、例え相手の体力が無尽蔵にあろうとも一瞬で削ることができるというわけである。

 ……まぁ、一個一個全部私自身な上に、本来【星の欠片】が攻撃なんてしたらそれはほぼ対消滅みたいなもんなので、想像を絶するような苦しみを味わわなければいけない、なんてことになるわけなのだが。……その辺りは『あの方』様々である。

 

 まぁともかく。

 いわゆる格上向けジョーカーみたいな攻撃ができる、というのが今の私の状況なわけだが、それに附随する問題というのもそれらの問題とよく似通っている。

 

 

「遠くから攻撃されてるから、こっちの攻撃当てらんねぇんだよなぁ!?」

「……まぁ、私たちでもそういう対処を取るでしょうからね、普通に」

「ちょっとー!!?どっちの味方なのさグリーン!?」

 

 

 そう、どんなに攻撃力の高い武器であれ、当たらなければ意味がないのである。……ふっ、認めたくないものだな、ジョーカーの使い辛さというものを……。

 まぁ、攻撃力に加え回避力も高いのでなんとかなってるわけだが。

 とはいえ機動力はないので、相手に近付けないんだけども。……なんでもありならそれこそこっちも遠距離攻撃仕掛けるんだけど、今回に関しては私()()()()()()になってるからなー。

 

 

相手が全員グランゾン(射程一マス攻撃以外無効)になってるってわけか……」*3

「話題に出したの私だけど、これって最近の人に通じるのかなぁ……」

 

 

 近くを他の参加者と切り結びながら抜けていくクラインさんに話し掛けつつ、飛んでくる流れ弾を避け続ける私であった。

 

 はてさて、私の回避というのは基本的には被弾をライフで耐えるタイプのモノである。

 どんな特殊かつ強力な効果を持つ攻撃であれ、それを更に強力な【即死】効果に書き換え、それをガッツで耐える……みたいな感じがわかりやすいだろうか?いやまぁ、ちゃんと説明するならもっとややこしいんだけど、ややこしいだけなのでわかりやすさ優先の説明というか。

 

 ともあれ、真っ当に攻撃される分には大体無効化する、というのは本当の話。……なのだが、実際はこれも今回使用禁止にされている。

 まぁうん、これが許されるなら私ってば、『表記上のライフ分のガッツが付与されてる』みたいなもんになるからね、しゃーないしゃーない。*4

 なので、今回は受けて耐えるのではなく、ちゃんと回避するようにしたのだが……これにも制限が掛けられていた。

 

 いわく、正面戦闘ならそのまま能力で避けていいが、流れ弾に関しては()()()()()()()というものである。

 ……うん、確率回避していいのはあくまで誰かとちゃんと戦闘してる時だけで、それ以外はスキルなしでちゃんと回避判定を触れ、ということになるわけなのだが……これがどれほど理不尽か、というのは言うまでもないことだろう。

 

 なにせ、どいつもこいつも普通に戦闘しながら、バンバン流れ弾を飛ばしてくるのである。

 つまりは四方八方から攻撃が飛んでくる、ということになるわけで。

 ……いやまぁ、殺気の察知とかまでは制限されてないので、ある程度は背後からの攻撃も避けられるけども。

 それでもこれ、命のやりとりのない単なるお遊びだからね、そりゃ込められている殺気も薄いから、察知しにくいのなんの。

 

 まぁ、私が【星の欠片】──本来はなにもかもを仰望するモノであるため、ほんの僅かな殺気でもわりと察知できてるところはあるのだが。

 

 

「……うわぁ、本当に当たらないや。ここまで当たらないのは凄いを通り越して最早キモいです」

「こらーっ!!そこの桃香さん!?あまりに当たらないからって精神攻撃に移行するのは卑怯だぞー!?」

「そう言いながらやっぱり避けてるじゃないですか。なんですか、表面上と内面を切り離せる感じなんですか?うわぁ……」

「止めろー!!どん引くなー!!」

 

 

 まぁ、向こうもその辺りを察知して、手を変え品を変え攻撃してくるわけなのだが。

 ……扱いとしては片手間に攻撃されてるだけなのに、なんでここまで酷い目にあわなきゃいけないんだろうね、私。

 え?実質この戦場のトッププレイヤーなんだから、使えるものはなんでも使って叩き潰すのは寧ろ礼儀みたいなもの?……やだ、みんなバーサーカー過ぎるでしょ……。

 

 

*1
『最果ての正義』において言及されるもの。宇宙の最先端にして最果てである『境界』からの力であり、また『無』を食い破る力とも記されている。宇宙を拡げる真理とも

*2
紀元前二世紀の中国・前漢王朝の枚乗(ばいじょう)という人物が書いた文章(枚乗伝)の一節「泰山之霤穿石」から。『霤』はりゅう、あまだれ(雨垂れ)したたり(滴り)などと読む。小さな努力でも、根気強く続けていればいつか結果に繋がる、というような意味の言葉

*3
『間接攻撃無効』の元ネタ。正確にはウィンキーソフトがスパロボを作っていた時代に、一部のボスに搭載されていた特殊能力。『射程が1マス以外の攻撃が無効になる』という強力な効果を持つが、基本的にこの技能を持つボスは射程1の攻撃しか持っていない為、単に遠巻きに囲んで殴れない、というくらいの意味しかない。……グランゾン以外。そう、グランゾンだけは射程2以上の武器を持つ為、一方的に味方を攻撃することができるのである。なお、味方になると消える技能でもある

*4
仮に表面上の体力が10000になっている場合、『10000回分のガッツを付与する代わりに、受けるダメージが全て即死になる』という感じ



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さて、どこまでが作戦なのか?

 はてさて、引き続き第二回戦・最終戦の真っ最中である。

 

 みんなから流れ弾という名の殺意の塊をぶつけられ続けている可哀想な()私であるが、ここに来て新たな問題が浮上していたのであった。

 

 

「……ちょっと運営ー!?私の武器の耐久値低すぎやしない!?」

「いえいえ、単に貴方が武器を損耗させやすい使い方をしてる、ってだけだと思いますよー?」

「まぁ、端的に言うとキーアさんのそれって、武器を無限回振ってるようなものだからねー。そりゃまぁ、相手の体力だけでなく耐久値もガリガリ削るってもんさ~」

「ぐぬぬぬ、まさに!正論っ!!」*1

「そこ認めちゃうんですね……」

 

 

 そう、避けきれない相手の攻撃をパリィ*2していた私のコンバットナイフが、とうとう限界を迎えて粉々に砕け散ってしまったのである。

 これには私もびっくり。……いやだって、目の前で塵になって飛んでったんだぜ?なんか入れ物用意して回収しとけば良かった……(塵欠乏症並感)。

 

 という冗談は置いとくとしても、それにしたって意味不な壊れ方である。

 いやまぁ、一瞬の間に耐久値が上限を越えて削れたからだ、って理由はわからんでもないんだけどもさ?

 

 

「それを私が起こすことになるとは思わなかった……」

「なに言ってるんでしょうねこの人?」

「寧ろ起こして当然だろというか……ってうおっ!?危ねっ!?」

「はっはっはっ。君はさっきから口で災いを呼び寄せ捲ってるのに懲りないねぇ(暗黒微笑)」

「怖っ!!キーアちゃん目付き怖っ!!?」

 

 

 なお、その辺りのことを突っ込んできた銀ちゃんに関しては、残った柄の部分を投げつけることで黙らせる私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ンソソソンソソソン!これはこれは、よもや拙僧の台詞をお使いになられるとは!……奥方、わりと愉快な御仁のようで?」

「やかましいわよリンボ、殴り飛ばしますよ?」

「ンンンンン、殴ってから言うのはどうかと思うのですが……まぁ、これもまた甘露なもの……とはいえ、これからどうなされるおつもりで?」

「どうって……それはもう、観戦するに決まっているでしょう?」

「なるほどなるほど、早速乗り込んで無茶苦茶にする────なんです?」

「それ貴方のネタではないでしょう?*3……なんでもなにも、御母様が私以外の相手と戦っている姿なんて、そんなの見逃せる訳がないじゃない。……まぁ、記録媒体がないのは残念ですけど、その分網膜に焼き付ければ問題ありません。いいえ、問題などあるものですか」

「……ンソソンソソン。拙僧がこういうことを言うのは、些かおかしな感じがしますが……きぃあ殿、苦労されておられたのでしょうなぁ、心中お察し致しまする……ああゆぅい殿!おやめなされおやめなされ!拙僧の服は伸縮自在とは行きませぬ故!斯様に引っ張られては、見るも無惨なことに……っ!!?」

「やかましいですよリンボ、飼い犬が飼い主を困らせるモノではありません」

「ンンンンンンンンン……!知りませぬぞゆぅい殿、拙僧巷では()()()()()に馬鹿受けの身、斯様な扱いはいわゆる炎上を招くもので──」

「知りませんよ、他人の評など。そもそも貴方、悪役としてやられるところまで含めて楽しんでるでしょうに」*4

「───悪事とは、いつの世もままならぬものですなぁ」

 

 

 

 

 

 

「……なーんか寒気がするんだよなぁ」

「それはこの状況が、ってことか?」

「いや、それとは別口というか……なんかこう、身内が恥を晒してる感があるというか……?」

「なんだそりゃ……?」

 

 

 はてさて、相も変わらず大混戦中であるが、流石に先ほどに比べれば飛び交う攻撃も減ってきた。

 それもそのはず、他の面々が獅子奮迅の戦闘を繰り広げているから、である。

 

 

「これでもどうぞ!えーい!!」

「溜めボムは流石に酷っ、ぬぎゃあーっ!!?」*5

「銀ちゃーん!?」

「あれはもうダメなのだ。もろに食らったから全損判定なのだ。拡張現実(ソリッドビジョン)だとしても迫力ありすぎてビックリなのだ」

「そう言いつつ、攻撃の手はまったく緩んでいませんが?」

「勿論なのだ。君相手にそんな隙を見せていては、次の瞬間に切り捨てられてても文句は言えないのだ」

「いえまぁ、今の私は近接戦闘を禁じられていますので、切り捨てたりはできませんが……それでも、貴方ほどの方にそうまで言って頂けるのは励みになります」

「照れるのだ。では、お礼に更にギアを上げるのだ」

「望むところ、ですっ」

 

「……なにあれ」

「こっちが聞きてぇよ……ってか、見た目の奇抜さに似合わず強すぎだろゴジハム君……」

 

 

 ルリアちゃんが投げた大型の爆弾に吹っ飛ばされ、ひたすら粘り続けていた銀ちゃんが遂に退場する。

 ともすれば仲間ごと巻き込みかねない爆風による攻撃は、流石の銀ちゃんも避けるに避けられなかった……ということか。

 いやまぁ、彼の場合は原作の方にも似たような戦法のキャラが居ることを考えれば、単に長時間の戦闘に耐えかねたというだけという話もあるのだが。

 

 ともあれ、一人片付けばそこを起点に他を攻められるモノ。

 ゆえに他の面々も切り込みに行くが、そう容易く決めさせてくれないのも予想通りである。

 ……いやまぁ、アーミヤさんと戦ってるのがフライパン装備のゴジハム君、というところにツッコミ処が全く無い、とは言えないわけだけれど。……ってか強いなゴジハム君!?

 

 

「うー……まさか二番目に落とされるとは思っていませんでした……」

「あの戦場において、アレ(キーア)を除けば一番火力のある俺を真っ先に・なりふり構わず落とし、返す刀で一番特殊能力的に厄介なお前を落とす……まんまと向こうの策略に嵌まった形になるな。どうした占い師、いつものキレが無かったようだが?」

「……なんでもなにも、あの人達のあの格好、物理的だけでなく能力的ジャミングも付いてるんですよ。そりゃまぁ、キーアさんが変身させてるんだろうから、考えてみれば当然なんですけど」

「ふむ、ジャミング……なるほど、未来を視てどうにかしようにも、端から視えない相手では無用の長物……というわけか」

 

 

 脱落者が集うテントでは、真っ先に落とされた宿儺さんと、その次に落とされた桃香さんが反省会っぽいものを開いている姿が見える。

 ……桃香さんの千里眼はそこまで便利なもの、というわけではないみたいだが……それでも未来が視えるというアドバンテージの高さは皆よく知るところかと思う。

 そのため、万一すら起こさせないために用意した策の一つが、この『みんなクラインさん』システムでもあった。

 

 要するに、この格好をしている限り、未来視などで確認しようとしても全てシルエット判定になってしまうのである。

 簡単に説明するなら、みんな犯沢さん状態になるというか。*6……あのシルエット、本来のその人物の体型すら無視して同一シルエットに変換するため、視界に重きを置いている能力への撹乱性能が思ったよりも高いのだ。

 まぁ、これに関してはクラインさんの姿が特別というわけではなく、あくまでも【星の欠片】を利用した変装がそういう性質を持っている、というだけの話なのだが。

 

 ともかく、そうして誰が襲い掛かってくるのかを確認させないようにした上で、相手に対処させる暇もなく倒したというわけである。

 とはいえこれ、あくまでも初見殺し要素による攻撃なので、もう一度やった場合には普通に対処させる可能性大なのだが。

 

 とはいえ、それでは勿体ないので、更に一手間加えさせて貰っていたり。

 

 

「"シャンブルズ"」

「……!また入れ換えましたね、この!」

「入れ換えたのがわかるそっちも、わりと大概だと思いますけどね!」

 

「……なぁ司会、あれって著作権侵害とかで訴えられねぇのか?」

「んー、著作権というよりは特許権侵害、ですかね?まぁ、どっちにせよあれは台詞を真似ているだけであって、原理は全く別物のようですが」

「そんなもんか……」

 

 

 その一手間というのが、これ。

 確かに喋り方や動き方などで、中身が推測できるのは確かである。

 だがしかし、結局この場にいるのはみんな()()()()()()()姿()()()()()()である。……つまり、真実中身が予想した通りとは限らない。

 

 その不確定性を利用しての、()()()()()()()

 それこそが一手間の真実・通称"シャンブルズ"である。*7

 

 これは勿論、観客席であれこれと文句を言っているロー君の技をパク……参考にさせて貰ったモノである。

 あちらとは違い、『ROOM』の展開を必要としない代わりにクラインさん同士でしか移動できないが……その移動の仕方は()()()()()()()という特別なもの。

 

 すなわち、氷の刀と切り結んでいたと思ったら、次の瞬間遠距離アーツでの攻撃に切り替わる……なんてことが頻繁に発生するわけである。

 これにより、厄介な戦闘力を誇る波旬君をその本領を発揮する前に封じ込めることに成功したりもしていた。

 ……まぁあくまでも、ここの弱体化波旬君相手だからこそどうにかなったところもあるのだが。

 

 

「あれって反則じゃないんだなぁ」

「今回のキーアさんへの制限は、基本的には直接・間接的な()()()攻撃行動への参加だからねぇ~。仲間への補助も幾つか縛ってはあるけど、仲間の見た目の変更とその中で起きてることに関しては、実は対象外なんだよねぇ~」

「なるほどなー。……ところで嬢ちゃん、カレーはどうだい?」

「動いてないのに暑い今は、カレーとかの更に暑くなるやつはいいかなぁ~」

(´∴)「そっかー、残念だ。またいつか食いに来てくれよな!」

 

 

 なお当の波旬君だが、何故かゴコちゃん相手に営業していたのであった。*8

 うーん、商魂逞しいというべきか、ちゃっかりしてると言うべきか……。

 あとゴコちゃん、動いてないのに暑い云々って、それ髪の色以外別人の台詞じゃないかね……?*9

 

 

*1
『fate/grand_order』のキャラクター、リンボがとある場所で発した台詞。そこで素直に認めるんだ、と思ったマスターが大多数だったとか

*2
『parrying』。相手の攻撃を払う・受け流すなどして無効化する技術。現在の『武器で攻撃をいなす』用法として広まったのは『ロマンシング サ・ガ2』における剣技『パリイ』からだとか

*3
正確には魔神柱ハーゲンティがメディア・リリィに対して述べた台詞。『──なんです?』と聞けば彼の可哀想な末路を思い出してしまうマスターも多い。なおその功績(?)が認められたのか、後にお茶になった(ハーゲン(ティー))。なに言ってるかわからない?大丈夫、誰にもわからない

*4
あくまで作者本人の考察。悪役を楽しんでいるが、同時にそれでやられるまで楽しんでるんだろうなぁ、という話

*5
ニンテンドー64用ソフト『爆ボンバーマン』などで登場する特殊な爆弾。爆弾を抱えたまま特定のボタンを押すと爆弾が大きくなり、爆風の広がる範囲が大きくなるなどの恩恵を得られる

*6
『名探偵コナン』シリーズのスピンオフ『犯人の犯沢さん』のこと。コナンシリーズにおいて、犯人の姿はそれが明らかになるまで、身体的特徴の見えない黒尽くめのシルエットで示されるが、『犯沢さん』ではそのシルエット状態のまま話が進んでいく

*7
トラファルガー・ローの技の一つ。範囲内の対象の位置を入れ換える。『ROOM』という特殊な空間の中でのみ使うことができる

*8
因みに『(∴)』は波旬を表した顔文字である(三つ目を表しているのだとか)。なお、『BLAZBLUE』におけるアラクネを表す顔文字とは点の配置が逆になっている(こっちは『(∵)』)

*9
『ブルーアーカイブ』のキャラクター、おじさんこと小鳥遊ホシノの水着版での台詞『動いてないのに暑いよ~……』から。なお正確にはイベント『リゾート復旧対策委員会』での台詞。特に意味のあるわけでもない、普通の(そのままの意味の)台詞だが、何故かMADに使われた結果彼女の代名詞的な台詞にまで昇華されることに……。ゴコちゃんの台詞を書いてるうちに、なんとなくホシノを思い出してしまったが故のネタ



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そして束の間の休息に

「───遂に決着!あさひ選手が最後まで粘りを見せましたが、勝ったのはクラインジャーチームもとい『ニュービーと魔王』チームだぁーっ!!」

「てごわかった……」*1

「それ、私が無惨なことになるやつじゃないッスか?」

「この状況を見てそれを君が言うの……?」

 

 

 ああうん、榊君が言うように勝ったのは勝ったんだよ。

 でもね?私以外全員やられてる状態は辛勝って言うんだ、少なくとも快勝ではないんだ。 *2

 対してあさひさん、確かに設定上の体力は削りきれてるけど、見た目はどこまでもぴんぴんとしてるんだ。……どっちが勝者だかわかんねぇなこれ?

 

 とまぁそんなわけで、微妙に釈然としないものを抱えた上での決着である。

 ……うん、「こうなったら仕方ないッス、そぉれ十万ボルトー」とかなんとか言いながら、雲もないのに上から赤雷落としてくるあさひさんに「まさか天災なのですか?!」とかアーミヤさんが愉快な勘違い……いや勘違いかこれ?*3

 

 …………ともかく、そんな勘違いと一網打尽を繰り返し、私が無茶苦茶頑張ってあさひさんの体力を削りきったところで、第二回戦の全試合は終了となったのであった。

 時間帯的にもそろそろ遅くなってきているので、このまま夕食に移行である。

 

 

「……こういう競技系の話で毎回思うけど、もうちょっと休憩期間をあけるべきじゃないかなぁ……この疲労具合、普通なら明日の試合無理だぜ?」

「つってもなぁ、そこら辺のペース配分を考える……ってのも、立派な競技の一部だからなぁ」

「うーん、適当な愚痴だったのに正論で返されてしまった……」

 

 

 まぁ、あの赤雷も一応は単なる演出ではあったのだが。

 ……シャナの時も言われていたが、ああいう大規模演出突きの技はエフェクトの時点で精神的圧迫がエグいので、例え肉体的ダメージがなくともキツいことに代わりはないわけで。

 

 そこら辺、多少は愚痴っても仕方ないんじゃないかなぁ、という私のぼやきは、起き上がってきた黒焦げのクラインさんに敢えなく正論で打ち落とされることとなったのであった。

 ……え?なんで黒焦げなのかって?これもソリッドビジョンシステムのちょっとした応用ですがなにか?

 

 

「……そういえば、大陸版の方だとコラボしてるんですよね、私のところ」

「あっちは来てるのリオレウスだっけ?……まぁ、ミラが来て酷い目にあってたドラガリに比べればまだマシなのでは?」*4

「一時期マガラとか来るんじゃ、なんてことも言われてましたね」*5

「テラを滅ぼす気かよ……」

 

 

 なお帰りすがら、そういえばアークナイツの大陸版だとモンハンコラボしてたなぁ……なんて話になり、そこからモンハン世界のヤバさについての話で盛り上がることになるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、白熱したサバゲーやってたわけだが、忘れてはいけないのはアレが健康診断の延長線上である、ということだろう。

 ……いやまぁ、肉体的なダメージについては極力及ばないようにしているとはいえ、精神的な負担が結構あるアレを健康診断に組み込んでいいのか?……みたいな疑問はなくもないが、人間って追い込まれた時と平時では思考も動き方も変わるものなので、データを集めるという目的ならある程度は納得できる部分もなくはないというか。

 

 ともかく、重要なのはこれが健康診断である、ということ。

 そしてそれを無事遂行するために郷内の全ての人間が、一つの施設に詰め込まれているということだろう。

 

 

「まぁ、空間拡張技術のおかげで狭いとかそういうあれは無いんだけどねー」

「代わりにチームで一緒の病室に詰め込まれてるけどな」

 

 

 患者衣に着替え直した私たちは、夕食を終えた後に割り振られた病室に戻ってきている。

 風呂・トイレが完備されている病室ってなんだ?……みたいな気持ちもなくはないが、用意できるなら用意してある方が嬉しいのも確かな話。

 大体見知った人とはいえ、共用大浴場だとちょっと気まずい時もあるしねー。

 

 だったら食事も病室で食べればいいのでは?……みたいな声が聞こえて来そうだが、勝手に入ればいい風呂と違い食事を部屋で食べる場合は()()()()()()()

 ……人手が足りないって言ってるのにそんな人員避けるわけもなく、結果として食事だけは大食堂で時間を分けて、という形で落ち着いているのであった。

 

 まぁ、その辺りの話はあくまでついで、なのでここでは掘り下げない。

 今回語りたいのは、こうして一つの病室にチームメンバーがまとめて放り込まれていることについてである。

 

 

「大丈夫クラインさん?一人だけ男性だから気まずかったりしない?」

「あーうん、気まずいというかなんか寧ろ俺が女の子扱いされてる感があるというか……」

「まぁ、人数比的に部屋を区切ると、そういう風に使った方が効率的ですからね……」

 

 

 中身と外見の性別が違う、なんてことも頻発する『逆憑依』という存在において、性差を気にすることほど無意味っぽいものも無くはないが……かといって全く気にしないのもどうなのか、というのも確かな話。

 その結果が、着替えの時に一人だけベッドの周囲をカーテンで覆う形になっている、紅一点ならぬ黒一点になっているクラインさんなのであった。

 ……うん、ぶっちゃけ扱い方が逆だよね、っていうか。

 

 普通ならこう、女性側を男性の不躾な視線から守るために仕切りを使う……みたいな感じになるモノだが、ここではクラインさんを周りの視線から守る、みたいな感じになっているわけで。

 

 いやだって、ねぇ?クラインさんって意外とムキムキだから、上半身裸とかだと思わずまじまじと見てしまうわけで。

 それでなにか興奮したりするわけじゃないけど、よくよく考えたら失礼なのも確かなので、結果としてこんな感じの対処になったというか。

 ……うん、普通なら雪泉さんとかまじまじと見つめられる側、なんだけどねぇ?

 

 

「ううっ!!頭がっ!!」

「……とまぁこのように、あんまり雪泉さんとかぬが肌を晒してると、ルリアちゃんが苦しみからフォーリンダウン(堕天)しちゃいそうなので、迅速な着替えが推奨されると言いますか……」

「クラインさんの方が着替えの時間が長くなる始末ですからね……」

「どうしてこうなった……」

 

 

 うーむ、いわゆる貞操観念逆転世界みたいな感じ?*6……いや、そこまでではないか。

 そんな下らない会話をしつつ、私は部屋のテレビの電源を点けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「……うーむ、なんもやってないなぁ」

「それは仕方ないでしょう、なんてったって今この場所はもぬけの殻のようなもの。テレビ局の人員も出払っているのですから、放送できるのは予め設定されているプログラムだけなのですし」

「いやまぁ、そうなんだけどねー……」

 

 

 就寝時間までまだ余裕がある、ということでスイッチを点けたテレビだが、流れているのは毒にも薬にもならないようなモノばかり。

 それもそのはず、ぬの言う通り現状郷内はもぬけの殻、テレビ局のスタッフも全員出払っているため、予め録画してあるモノの再放送くらいしかできないのである。

 

 本来ならば、チャンネルを変えれば映る地上波に関しても、地下である郷内にそれを届けるための変換施設が停止している現状、受信は不可能な状態。

 結果、仕方ないのでスマブラでもするかー、と例のゲーム機を取り出してきた私である。

 

 

「プロコンはないから、ジョイコンで遊んでねー」

「……やり辛くありません?」

「あの値段のものをポンポン買うような金銭感覚は持ってないかなー」

 

 

 なお、スマブラするには向いてないと散々言われているジョイコンでのゲームプレイに、幾人かから文句の声が上がっていたが……。

 二個セットかつ片方でもプレイできるジョイコンと、一つでそれら二つ分より高いプロコンを揃える手間と金額について述べれば、流石にみんな神妙な様子で黙っていたのだった。

 

 ……いやまぁうん、金銭的余裕はあるから揃えればいいじゃん、と言われるとちょっと困るのだが、こういう場合人数分プロコンが揃っていないともめるだろう……ってところを思えば、ジョイコンなら三セット分で済むのにプロコンなら六台分になって、結果金額が二倍以上になるのだから、そりゃちょっと躊躇するのも仕方ないというか。

 まぁ、ジョイコンだとやり辛いと言われると困るんだけどね、マジで。

 

 

「携帯機のボタン部分が分離する、という形ですから小さすぎるんですよね……」

「わりと真面目に『最低限遊べる』ってだけだからなぁ」

 

 

 ぶつくさ言いながら、キャラクターを選択する面々である。

 なお、私はいつものようにピカチュウを選び、他の面々は雪泉さんがアイスクライマー、クラインさんがセフィロス、ルリアちゃんがポケモントレーナー、アーミヤさんがゼルダ姫、ぬがベレス先生を選んでいた。

 ……概ね、自分に似たキャラ・属性を選んでいるという感じだろうか?

 

 

「ってことは……オルタさんが悪いんですか?」*7

「ぶっ、いきなりなに言い出すのよルリア?!」

「あーうん、悪い悪い。ぬはとっても悪い悪い」

「アンタも唐突になに言ってるのよ!?燃やすわよ!?……って、ぬぎゃーっ!!?」

「ふふふ、カチカチに凍らせてしまうのは楽しいですね……ってあーっ!?相棒ー!!?」

「後ろががら空きだぜ……ってうぉわーっ!?」

「はっはっはっ、甘い甘いぜクラインさんと私っ!!

「足元がお留守ですよ……なんて」

 

 

 そうして始まった試合は、白熱し過ぎた結果就寝時間をオーバーしてしまい、ベッドをゲーム機に投げ付けようとするナイチンゲールさんを、羽交い締めにして落ち着かせなければいけなくなる……などの二次災害を引き起こすことになるのだが。

 その時の私たちはそんな未来など露知らず、みんなでワイワイと楽しんでいたのであったとさ。……修学旅行かな?

 

 

*1
『FGO』のエイプリルフールにおける、魔術王・ソロモンのセイントグラフのネタ。リヨ氏が描いたこれは、デフォルメされたソロモンの首を掴んで持ち上げるリヨぐだ子の絵柄となっている。その中でリヨぐだ子が述べているのが『てごわかった……』。……流石はリヨぐだ子である(白目)

*2
勝ちは勝ちだが、翌日に響くタイプの勝ち方。トーナメントとかだと次の試合で嘘のようにボロ負けする、なんて可能性も出てくる

*3
『アークナイツ』世界における『天災』は源石由来のモノで、こちらが一般的に思い浮かべるモノとは規模や性質に大きな違いがある(隕石が降ってくることもあるとか)。また、モンハンシリーズのモンスター(特に古龍種)は自然の象徴とされることもあり、そういう意味では両者は似ていると言えなくもない

*4
ストーリー付きのコラボだと、普段狩っているモンスター達が半ばフレーバーである能力を遺憾なく発揮して酷いことになる、という一例。『ドラガリアロスト』におけるミラボレアスは、普通に異世界を滅ぼしたり自身を見た相手を発狂させたりしていた。なお、アークナイツの方ではある意味有名()なキリン装備が輸出されたりしていたとか

*5
『モンスターハンター』シリーズにおける、病と縁深いモンスター。アークナイツの世界に順応した個体が発生した日には、それこそ別のコラボ(レインボーシックスシージ)で登場した『生きていてはならない。生かしておいてはならない』とまで言われた『進化の本質』級の厄災になる可能性があったので、来なくて良かったと言うべきか……

*6
物語のジャンルの一つ。男性と女性の価値観が入れ替わったもの、というのが近いか。要するに女性側の脳内がエロで支配されている、みたいな感じ。なお大体中学生みたいな性欲になっている為、厳密な逆転というわけではない(=ある程度の誇張がある)

*7
『ファイアーエムブレム 風花雪月』のキャラクター、エーデルガルト=フォン=フレスベルグのネタの一つ『(せんせい)が悪いのよ』。いわゆる『言ってない台詞』枠で、主人公であるベレス/ベレトに対して迫る彼女の台詞として捉えられている。対義語は『師は悪くないわよ』。タグなどで頻繁に両立する為、『どっちだよ!』と突っ込まれることもしばしば……



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長期のトーナメントって嫌われるとか?

「…………」

「ンンンン、いつになく熱心に観察しておられるようですが……もしや、混ざりたいので?」

「なに馬鹿なこと言ってるんですかリンボ、あれが見えないのですか無垢な童女のようにゲームに興じる母の姿が!?……ああ尊い……何分何時間何日何ヵ月何年でも見ていられます……」

……ソソソソソ、心中お察ししますぞ、キーア殿。この娘、思った以上に問題児でございまする。それを外面を整えることを覚える程度には、常識を持たせることに成功するとは……きっと、血の滲むような努力があったのでしょうなぁ……(白目)

「……なにか言いましたかリンボ?」

「いいえ?なにも?」

 

 

 

 

 

 

「……おい、大丈夫かキーア?なんというかこう……随分と窶れて見えるが……?」

「いや……なんかこう、寝てる間もちょくちょく寒気がしたというか……」

「風邪かい?そんな時にはカレーだぜ!」

「貴方はいつでもカレーでしょうが……」

 

 

 はてさて、次の日の朝である。

 今日も今日とて元気に健康診断……もといサバゲーの予定が入っているわけなのだが、残りのチーム数的に試合日程が折り返しに入ったこともあり、選手として残っている面々以外の運動不足が懸念されてくる状況でもあった。

 なので、今回に関して言えば負け組の中の負け組や、勝ち組の中の負け組──すなわち、どちらかの優勝(トップか最下位か)を決める戦いからこぼれ落ちた者達は、今日はまた別のプログラムに従って動くことになっているのだとか。

 

 ……まぁ、勝ち組の勝ち組の方に含まれる私達には関係ないことでもあり、朝御飯で一緒の席になった宿儺さん──要するに今回その謎のプログラムの対象となった人達がいたからこそ、話の種とばかりに聞くことになったわけでもあるのだが。

 

 なお、そうして一緒に食卓を囲むことになったわけだけど、その時に交わされた会話がさっきのあれ、ということになる。

 

 ……いやねー?こう、寝てる間に時々寒気がして起こされる……みたいなことを夜通し繰り返したため、ちょっと眠気がね……?

 別に能力やらなにやらで眠気を飛ばしてもいいのだが、そういうのは濫用するとその内効き目が薄くなるモノなので、あんまり使いたくない私なのであった。

 ……え?なんかその説明だと、まるで薬物の話をしているように聞こえてくる?ははははは。

 

 

「そこは否定しておきましょうよ……」

「アーミヤさんには言われたくないぞー」

「はい?」

「……あー、そういえばアークナイツの『スタミナ』相当のシステムって……」

「……あっ」

「で、でででででも!やっぱりそういうのは良くないと思います!アーミヤさんが心配するのはおかしくなんかないです!!」

「でもまぁ、その女の有名なネタって言うと……やっぱ()()よねぇ?」

「ちょっ、オルタさん?!」

「あー、大丈夫ですよルリアさん。ちょっとしたじゃれあいですから、そこまで気になさらなくても」

「ええー……」

「難しいよね、この辺りの弄りというかネタというかって」

 

 

 正直な話、元一般人からしてみれば『過ぎたる力(【星の欠片】)』なんて麻薬みたいなもの、と言われれば否定のしようがなく。

 そこを指して危ないよ、とか言われても「せやね」としか返せない私なのであった。

 

 なお、それについてツッコミをくれたのがアーミヤさんだったため、思わずツッコミ返してしまったわけだが……。*1

 うん、それこそ向こうのドクターがワーカーホリック気味なことに変わりはなく*2、彼女がネタとして『働け』と背を押してくるタイプとして認識されていることも合わせれば、他所から見るとまるでブラックジョークの類いに見えてくることもまた確かなわけで。

 ……いやまぁ、彼女の台詞の一つに『例のアレ(まだ休んじゃダメですよ)』があるせい、と言われるとちょっと自業自得みもなくはないわけだが。

 

 でもドクターが多忙を極め、理性(スタミナ)の回復のために薬剤で覚醒状態を保つ、なんてことやってたら心配するだけの良心が普通にある……というのも確かであり、なんというか初見の印象って大切だよなぁ、なんてなんとも言えない思考が飛び出してくる私なのであった。

 ほら、現実でも軍隊とかだと戦い続けるために麻薬とか使うのは、そう珍しいことでもないらしいし。*3

 

 ……とりあえず、ルリアちゃんにはそのまま心優しい自分を保って頂きたいところである。

 薄汚れた私たちみたいな大人になるなよ、みたいな?

 

 

 

 

 

 

「関係ないはずだったけど関係してた。……はっ、つまりこれってやっぱり関係してたんだ(や関し)……!?」

「その場合、誰が違うんだキーア聞いてくれ(違キ聞)って言うんだ……?」*4

「……口調的にはクラインさん?」

「なぁ、それって俺がお前さんの後輩二人に(包丁とか片手に)迫られて、違うんだマシュ・BB聞いてくれ!(違マB聞)するやつじゃねーか……?」

「…………ガンバ?」

「そこは否定してくれよ!?」

 

 

 はてさて、朝食の時話題になったように、トーナメントに関係のない面々のために別のプログラムが予定されている……みたいな話をしたと思うが。

 あれ、どうやら今日一日を使っての大規模なモノだったらしい。

 

 どういうことかと言うと、今日はトーナメント側は休み扱いで、代わりに選手以外の面々でのプログラムに変更されていたのだ。

 なんでこんなことになっているのかと言うと、そもそもに二つも三つもイベントを並行開催できるほど運営側の人員の余裕がない、というのも一つの理由だが……。

 

 

「まさかそのせいでトーナメント観戦できないのはやだ、みたいな嘆願が殺到したからだったとは……」

「呆れているところ悪いですけどせんぱい、その時の様子を見たら笑い事ではすみませんよ?」

「おおっとBBちゃん。どれどれ……ってわぁ」

「なになに?……あー、こりゃ酷い」

 

 

 一番大きい理由は、なんだかんだトーナメントが盛り上がったから……というところが大きいようだ。

 こっちに近付いてきたBBちゃんが見せてくれたのは、彼女の私物である携帯端末(スマホ)だったわけだが。

 そこに写し出された写真には、大会運営委員会の長であるゆかりんに詰め寄る多数の人々の影と、そんな人達に胴上げ状態で担がれて涙目になっているゆかりんの姿が写っていたのであった。

 

 ……海外の人からすると、胴上げって狂気の沙汰に見えるらしいって噂を聞いたことがあるけど、あれって本当なのかね?*5

 なんて現実逃避をした私だが、目の前の現実はそれでも変わってはくれない。

 

 ……まぁともかくそんなわけで、折衷案として『今日はトーナメントはお休みにして、代わりに他の人達の運動不足解消のためのイベントを行う』ということになったのだそうだ。

 で、件のイベントがどういうモノなのかと言うと。

 

 

「まさかのレイドイベントな件」

「トーナメント参加者は対象外ですから、こうして外から笑って見ていられますが……これは、下手をすると普通にトーナメントで勝っていた方が遥かにマシ、などという結論に至ってしまうのではないでしょうか……?」

「一応、勝ち越しか負け越しかだけどね、この場合」

 

 

 そう、まさかの大乱戦、まさかの大レイドイベントである。

 ……本来はトーナメント方式という形ではなく、全ての人員に最終戦まで戦い抜いて貰う、くらいの運動量を予定していたものの。

 流石に初日の規模のまま、ずっと稼働できるほどの余裕がない……ということでトーナメント形式になった、という裏事情を知っていれば、なんとなく察せられるかもしれないが。

 今回、運営側が想定していたのはどちらかの優勝(トップか最下位)を決める試合までの運動量である。

 ……それぞれの二回戦目で抜けたチームの運動量が足りていない、というのは明らかである。

 

 また、こういうトーナメントモノは()()()()()()()()()()()()()()()……という予測を交えると、総合的な運動量的には二回戦目までのそれは半分にも満ちていない、なんてことにもなりかねない。

 

 さて、それを踏まえた上で、彼らに課すべき運動量はどれ程のモノとなるのだろうか?

 答えは目前に広がる()()が教えてくれるだろう。

 

 

「いやいやいやいやおかしい!!おかしいって流石にこれは!?っていうか他の二人は誰っ!?どちら様!?いつの間に三人姉妹になったのこの人達ぃぃぃぃっ!?」

「別に姉妹ってわけじゃないッスよね、冬優子ちゃん?」

「ええ、そうね。私と貴方が姉妹だなんて言論弾圧、そもそも冬優子じゃないと何度言ったらわかるのかしら、芹沢あさひ?」

「まー、そこを言うのなら私もあさひってわけじゃないんッスけどねー。そこんとこ、愛依(めい)ちゃんはどう思うッスか?」

「うーん、私としてはギャルっぽいってだけで呼ばれたことの方に、ちょっと言いたいことがあるかな!あと一応私憤怒(バルカン)だし!ユニバァーーーーーーース激激!みたいな?」*6

「お前がキレてるの洒落になんねぇんだけどぉぉぉぉっ!!?」

 

「うわぁ……(ドン引き)」

 

 

 ……はい。

 まさかのミラ三種揃い踏み、というこの世の地獄のような光景が繰り広げられております。*7

 

 あさひさん以外のほかの二種は、今回ここに出てくるに当たって適当にアバターを作ってきたみたいだが……こう、あさひさんのユニットのメンバーにかするようなかすらないような、微妙な人選なのはなんなのだろうか?*8

 なお、内訳としては普通のミラボレアスが黛 冬優子ちゃん……もとい、東州斎 享楽(とうしゅうさいきょら)さん*9で、ミラバルカン相当の人物が和泉 愛依(いずみめい)さん……もとい藤本 里奈(ふじもとりな)さんである。*10

 ……うん、なまじ片方アイドルなせいで、東州斎さんが変に目立ってるなこれ?

 

 まぁともかく、アバターの背後にぼんやり浮かぶミラ達から飛んでくる多種多様な攻撃を避けながら、彼女達にダメージを与えていくというこのイベント。

 一応、どちらの攻撃もあくまでソリッドビジョンであり、肉体的なダメージはないが……まぁ、以下略。

 

 何故か集中砲火を受けている銀ちゃんを囮に、他の面々はどうにかして相手を倒そうと四苦八苦しているのであった。

 ……うん、大分キッツそうだねこれ!(他人事)

 

 

*1
『アークナイツ』における一般的なソシャゲの『スタミナ』に相当するのが『理性』であり、それを回復するアイテムに『上級理性回復剤』というものがある。これは芥子粉末を含んだ抽出物であり、使用することで一切の雑念を消すことができる代わりに、偏頭痛を引き起こすのだとか。……まぁわかりやすく覚醒剤である。なお、英語表記では『mustard』なので、本来含まれているのは辛子粉末のことらしい(目に入れてはダメ、というのは恐らくそのせい。また、仮に芥子だとしても頭が冴えるタイプの麻薬ではなく、鎮静作用型なのでやっぱり違う)。なお、『上級理性回復剤+』になると芥子についての解説が省かれるが、用法的に覚醒剤であることは対して変わって無さそうである。……因みに純正源石を砕くことでも理性が回復できるが、あんな危ないもので回復する理性とは?……と言われることも

*2
アーミヤの台詞の内、『働け』に相当するのは『例のアレ』一種だが、この台詞は放置時に発せられるもの。……そりゃまぁ、『働け』と言われてもある意味仕方なかったり。なお、前衛モードだと一転、放置時にはドクターに休むように促してくるようになる

*3
主に士気を上げる・恐怖心を和らげる・痛みに強くする為等に利用される

*4
『機動戦士ガンダム00』より、ルイス・ハレヴィと沙慈・クロスロードの台詞。なおルイスの台詞は正確には『関係……してたんだ……あの頃から……』。沙慈が両親の敵であるソレスタルビーイングと一緒にいることを知り、精神崩壊一歩手前みたいな状態になった時の台詞であり、かなりシリアスな場面のもの。……なのだが、二次創作で沙慈が無茶振りをされてるのを見て勘違いする、みたいな台詞になってしまった

*5
江戸時代に長野県の善光寺において年越しに行われていた『堂童子』という行事にて、仕切り役を胴上げしていたのが起源だとされる。そこからスペインなどに伝わったというのが有力で、基本的に海外に胴上げ文化はないのだとか。まぁ、多人数で囲んで相手を宙に放る、というのは一種の拷問に見えなくもないというのもわからないでもないが(人間は空中で体勢を整えたりするのは得意ではなく、下の人がキャッチしきれなければ背中から地面に落ちる危険な行為でもある為)

*6
ギャルが怒っていることを表す『おこ』における(現状の)最上級表現。宇宙レベルでキレてる、ということなのだろうか?

*7
ミラボレアス(黒龍)ミラバルカン(紅龍)ミラルーツ(祖龍)のこと。ミラバルカンが更にぶちギレた『ミララース』なんて個体も居るが、今回は不参加

*8
シャニマスのユニットの一つ、『Stray light』のこと。意味としては『迷光』。所属するのは黛冬優子、芹沢あさひ、和泉愛依の三名

*9
岩崎 優次氏・西尾 維新氏のジャンプ漫画『暗号学園のいろは』のキャラクター。パッと見た時に全体のシルエットが冬優子に似ている、と一時話題となった。よくケツだの言論弾圧だの言ってるヒロイン(?)

*10
『アイドルマスター シンデレラガールズ』のアイドルの一人。ガテン系アイドルという不思議な属性を持つが、性格はわりと大人(立派、という意味で)



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さて、巻きで行こう巻きで

「…………」<チーン

「うーん、三十三対四……」

なんでや阪神関係ないやろ……

「あっ、復活した。生きてるー?」

「生きてなきゃ起きれねぇだろうがよ……」

 

 

 はてさて、急遽開催されたミラレイド。

 三体の禁忌的存在達へと抵抗して見せよ、とかなんとか不穏かつ不遜な文句が脳裏に浮かんできそうなそれは、結果わかりやすく挑戦者側が殲滅されて終わったのであった。

 

 いやうん、最後の方酷かったねマジで。

 いつぞやか言ったことがあるが、『逆憑依』の再現度とは割合()方式である。

 ……マシュのような『レベル5』組は割合にして八割を越える再現度を誇るが、この割合がどこに掛かっているかと言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()となっている。

 わかりやすく言えば、【原作】が『英霊の座』で、【逆憑依】達が『サーヴァント』……みたいな感じか。

 

 原作と同じようなことができるようになるほど、再現度が高くなっているということになるが……同時に、指標はあくまでも原作側にある。

 ……つまり、元のキャラが強ければ強いほど、再現度の比率は上げにくくなるのだ。

 

 

「だからこそ、俺みたいな半端な再現度であれ、領域展開だの呪力の操作だののレベルが周囲より高い、などということに発展するわけだな」

「おっと宿儺さん。……その内顔が変わったりしないだろうね?」

「これ以上再現度を上げるつもりもないからな、そういうことは起こるまい。……というか、下手に上げると滅ぼされるかもしれんしな」

 

 

 お前に、とは告げない宿儺さんである。

 ……いやまぁ、そこで私に振られても困るんですけどね?

 

 まぁともかく、再現度は高ければ原作通りの行動ができるようになるが、それが悪人である場合は周囲への悪影響まで同じになる、という問題がある。

 そういう意味で、迂闊に再現度は上げるべきではないというのはそう間違っていないだろう。

 ……まぁ仮に善人相手だったとしても、()の人との相性如何によっては、変に暴走したりする可能性もあるわけなのだが。

 それについてはシャナが顕著だったし、マシュもそうなる前に対処できただけで、場合によっては酷いことになってた可能性も普通にあるわけだし。

 

 話を戻すと。

 再現度とその人物の強さというのは、ほとんどイコールで結んでもいいものである。

 ……どっこい、これが他者との比較となると、また話がややこしくなってくる。

 

 例えば孫悟空を三割再現できているのと、ミスターサタン*1を八割再現できているの。……はたしてどちらが強いだろうか?

 三割だとまだ強いと言うのなら、別に孫悟空側は一割でも、なんなら三パーセントとかでもよい。

 

 恐らく、悟空側を一桁台にして、サタン側を百パーセントにしたとしても、そう簡単に天秤が傾くことは無いはずだ。

 この場合なら、『孫悟空の方が強い』と述べる人がほとんどだろう。

 

 つまりはそういうこと。

 再現度の計算は主に人格面を考慮するが、その場合元が強いキャラが対象だと低めの再現度でも戦力的にはエグいくらいに強い、なんてことが頻発するのである。

 宿儺さんや波旬君が良い例だろう。彼等は元の彼等とは似ても似つかぬ性格をしているが、ほんのりとでも彼等をイメージさせることには成功している。

 ……つまりは再現度の計算ができているわけで、それゆえに原作の彼等の技や力を()()()()()使用できている。

 

 

「まぁ、原作の表現とか俺というフィルターを通して変換・排出されてるって感じになってるから、俺自身の視点だと()()()()()()()()()()()()って感じに見えてしまうんだけどな!」

「原作表現からすると大分マイルドになってるけど、それはそれでなんか別の狂気的表現になってる気がするね……」

 

 

 具体的にはパイならぬ『おい、カレー食わねぇか』みたいな。

 ……攻撃に料理を利用している、という点では似たようなモノだが。*2

 あ、無論あくまで波旬君の視点の上での話で、普通に他の人達には殴ったり蹴ったりしてるように見えたからね?

 ……いやまぁ、受けた人達的には本当にカレーを食べた光景を幻視したりしていたみたいだけど。不思議攻撃過ぎる……。

 

 さて、話を今回のレイドイベントに戻すと。

 今回、挑戦者側を迎えたのは三体の禁忌的存在。……設定を紐解くと、わりと真面目に世界とか滅ぼせそうな類いの存在達である。

 

 無論、彼女達も所詮は『逆憑依』、流石に世界を滅ぼせるような力を発揮することはできないが……同時に彼女達は『逆憑依』である。

 ……すなわち、世界を滅ぼす力を百パーセントとして、()()()()()()()()()使()()()()()ということになるのだ。

 これがどう恐ろしいのか、というのが、以下の再現映像になる。

 

 

 

 

 

 

 ──曰く、その世界には一つのお伽噺があるのだという。

 子供の童歌に持ち込むには、あまりにも物騒なそれ*3。……恐らく、こちらで言うところのなまはげなどに相当するそれは、以下のようなモノとなっている。

 

『数多の飛竜を駆遂せし時 伝説はよみがえらん

数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時 彼の者はあらわれん

土を焼く者

(くろがね)を溶かす者

水を煮立たす者

風を起こす者

木を薙ぐ者

炎を生み出す者

その者の名は ミラボレアス

その者の名は 宿命の戦い

その者の名は 避けられぬ死

喉あらば叫べ

耳あらば聞け

心あらば祈れ

ミラボレアス

天と地とを覆い尽くす 彼の者の名を

天と地とを覆い尽くす 彼の者の名を

彼の者の名を』

 

 

 ……作中において、その存在はお伽噺の存在、伝説の存在として語られている。*4

 いわば、その実在を信じられていないモノなのだ。

 ゆえに、彼の者は寝物語に選ばれ、子供達への警句として働く。

 悪いことをした時、間違ったことをした時。

 ──かの伝説は再び地上に舞い降り、その悪行を咎めるだろうと。

 

 これがあながち間違いではない、というのだからたまったものではない。

 かの伝説は一種のシステムでもある。人という種が己の領分を越え、愚かにも世界を思うがままにしようとした時。

 その龍は遥か彼方より飛来し、思い上がった人類を()()()()殲滅する。

 

 その光景は、まさしく悪夢と呼ぶ他無い凄惨なもの。

 見ただけで呪われる、とすら言われるその黒龍は、その絶大なる力を以て、まるで天罰を下すかの如く国一つを一夜にして滅ぼしたという。

 

 

「……まぁ、ここにいる私には関係ないことだけれど。そもそも己の領分云々を歌うのなら、ここにいる言論弾圧言論弾圧言論弾圧。そういうわけだから、大人しくケツでも向けながら憐れに震えてなさい」

「わぁ、ボレちゃんもといきょらちん口わっるーい☆バルカンもといりなぽよはそんなことないからね~♪みんな安心して、アタシに向かってきてちょ☆」

「そう言いながら背後がめっちゃ燃えてるッスよ、里奈さん。……あ、私はいつも通りなんで。そこら辺宜しくッス」

 

「なんにも宜しくじゃないんだがぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 作品によっては、全部同じ個体の別の姿──すなわち化身的な扱いをされる黒龍・ミラボレアスだが、今回はなんとも恐ろしい……もとい間の悪いことに、その全ての姿が一堂に会している。

 

 そして、そんな超越者の前に、憐れな贄として投げ入れられたのは白銀の侍、坂田銀時。

 なんやかんやで身体スペックの高いかの人物は、襲い来る攻撃をその手の木刀でいなし・かわし・決して直撃しないように立ち回っている。

 

 とはいえそれも、相手が遊んでいるからこそ。

 そもそもの存在が隔絶しているがゆえに、それは正しく『足下の蟻を観察している』ようなもの。

 ……その蟻がもし噛み付きでもすれば、即座に潰しに掛かってもおかしくないほどの戦力差なのである。

 

 

「……なんかすっごい人聞きの悪いこと言われてる気がするッスね」

「そう?私としては寧ろお望み通りにしようかしら、って気分なのだけれど」

「ん~、そういう血の気の多いのってぇ、本来のアタシの役目のような気がすんだけど~……まっ、いっか☆」

「何なんすかねこれ」

「そんなの俺の方が聞きてぇよぉ!?」

 

 

 なお何度も言うが、かの龍達は別に【継ぎ接ぎ】というわけではない。

 あくまでもキャラをエミュレートしているだけであって、そのキャラに本気でなりきっているわけでもない。

 ゆえにそこにおかしな法則(【継ぎ接ぎ】)は適用されず、単に人の営みを面白がる伝説が転がるばかりである。

 

 ──だからこそ、それが面白くないと思うものも居るわけで。

 

 

「──蒼輝銀河即ちコスモス。エーテル宇宙然るに秩序。……行くぞ!ツインミニアド・ディザスタァァァァッ!!」

「……む」

 

 

 視界の端より、文字通り飛ぶように近付いてきた存在に対し、無造作に手を上げる黒龍の化身(享楽)

 その手と連動して現れた黒腕に阻まれ、かの聖槍は動きを止める。

 それを口惜しげに見ながら、突っ込んできた女性──謎のヒロインXx(X1.5)は呟いた。

 

 

「やはり……出力が足りませんでしたか……ッ!」

「ふむ……なるほど、やっぱりというか、そういうものというか。……別に、ここで私が()()()()ある必要はないけれど。……どこか別の場所で出会ったのなら、私達は正しく不倶戴天の敵、というやつだったのでしょうね」

「かもしれませんねっ!ですがご安心を!あくまで今回のこれは遊びですので!ですから可及的すみやかに、ぶっ飛ばさせて貰います!!」

「……いいわね、そういう短絡的なの、好きよ」

「……あ、享楽ちゃんの興が乗っちゃったッス。こうなったらどうしようもないので、私も好きにやっちゃうッス」

「え、マヂ?二人ともやる気満々だったりぃ~?……じゃあアタシも、ちょっとだけマジになっちゃおうかな♪」

 

「……うっそーん」

 

 

 思わず、とばかりに空を見上げながら声をあげる銀時。

 そこに見えたのは、屋内のはずなのにも関わらず、次元が歪み現れた空と。

 そこに広がる赤雷を纏った黒雲、天より降り来る隕石、大地を焼く劫火……それは彼女達黒龍の最大攻撃。

 それを見た者達がどうなったのか。……最早語るまでもあるまい。

 

 

 

 

 

 

「……いや、本当にソリッドビジョンで良かったね?」

「マジでな……」

 

 

 まぁ直後にみんな乙ったのですが。

 でもまぁ、件の三人は楽しそうで良かったんじゃないかな?(震え声)

 元がえげつないとはいえ、彼女達の再現度はそう高くなく、あれらの技にしてもソリッドビジョンだからこそ再現できた、らしいしね!(ヤケクソ)

 

 

*1
『ドラゴンボール』のキャラクター。悟空などと比べると弱いが、そもそもそれは悟空達がおかしいだけであり、作中の(普通の)格闘家の中ではなんやかんや上の方である

*2
『水曜どうでしょう』における大泉洋氏の台詞の一つ。泣きたくなるほどパイ食わせてやるぞ、という脅迫。なおこの台詞が飛び出した経緯を見ればわかるが、これを言わせたディレクター側が悪いのは明白である

*3
公式設定。『かごめかごめ』みたいなもの、ということなのだろうか?

*4
上記の『黒龍伝説』は原作『モンスターハンター』より抜粋。なお、この前文として『キョダイリュウノゼツメイニヨリ、デンセツハヨミガエル』が付く……というか、童歌として親しまれているのはこっちの方。物騒しすぎやしないか?一応、この後には『無限の勇気を持つ英雄により、伝説は討ち滅ぼされる』と続くらしい。地域によって伝えられている伝説が違うことも、歌の内容の変化に関わっているとか



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騙る人は語る言葉を持たず

 はてさて、まさに大虐殺といった様相のレイドイベントから早一日。

 ついに第三回戦の開始となったわけなのだが、その第三回戦は初戦から波乱の幕開けとなっていたのであった。

 

 

「幾らなんでも意外な伏兵過ぎませんかぁ!?」

「あはは。まぁ、実際の戦闘ならともかく、あくまで遊びですからね、これ」

 

 

 そう、なんと優勝候補の一角・BBちゃんの率いるチームが、ここでまさかの敗北を喫したのである。

 相手はそう、まさかのゆかりさんの率いるボイロチーム。……いつの間にかボイロ組も、わんさかと増えていたらしい。

 

 

「どもどもー、茜ちゃんやでー」

「姉妹で言葉遣いが違うって言うのも、なんだか不思議だよね。こんにちわ、葵ちゃんだよー」

「……え、これって私も自己紹介する流れなんですか?ええと……皆さんご存じ、東北きりたんです。頭に東北って付けてないと、なんだかぶりっ子の名乗りのような気がしてきますね。あ、キュケオーン食べます?」

「きりたん、それって中の人が漏れ出てるんじゃないかな……あ、私は弦巻マキだよ。因みにあかりちゃんは何故か居ないよ」

「どうして居ないんでしょうね……あ、リーダーの結月ゆかりです。そんなわけで、ボイロチームです宜しくお願いします」*1

「どこぞの緑の恐竜(ガチャピン)みたいな強敵だったんですけどぉー!?」*2

「あー……可哀想にBBちゃん。昨日のドライアングル(龍三匹)*3がステータスの暴力組なら、ゆかりさん達は【継ぎ接ぎ】の鬼みたいなモノだからねー……」

 

 

 ご覧の通り、である。……いや、なんでホントにあかりちゃんだけ居ないんだろうね?

 ……え?際限がなくなるから?そもそもあかりちゃん以外にもずん子さんとかタコ姉さんとかも居ない?そりゃごもっとも。*4

 

 まぁともかく、そんな感じで唐突に?計五人に増えたボイロ達だが、その実力は意外と高い。

 

 

「と、言いますと?」

「アーミヤさん他新人組は知らないだろうけど、ゆかりさんはあのビーストⅡiの尖兵に選ばれるくらいに、基礎スペ意外と高いからねー」

「やめてくださいあの時のこと掘り返すの!わりと黒歴史なんですからねあれ!?」

 

 

 そう、そのスペックの高さを示すこととなった出来事が一つある。それが、かつて起きた停止世界における擬獣との戦い。

 あの時の彼女は結月ゆかりのシンボルの一つ・チェーンソーを振り回して戦っていたが……その姿は鬼滅の刃の上弦の陸・妓夫太郎の如き様相であった。

 

 要するに、あれ自体が時間制限式のパワーアップみたいなモノだったのだ。

 そしてそれが可能になったのには、彼女達の性質に理由がある。

 

 

「彼女達の()()っていうのは、わりとあやふやと言うか拡張性が高いと言うか……類似例で言うと東方キャラみたいな感じ、ってことになるのかな?」

「あー、公式から語られるのは必要最小限であって、それ以上の部分については作者の裁量に任されている……みたいなことか?」

「そうそう」

 

 

 東方の場合はゆっくり解説だろうか?

 それに似たような感じで、ボイロ達にも『ボイロ解説』というものがある。

 それだけではない、彼女達は自由に音声を当てられるため、二次創作でも簡単にボイスドラマなどを作ることができるのだ。

 そしてボイロの場合は更に発展して、()()()()()()()()()()()()調整されている。

 

 ……つまり、二次創作でありながら一次創作に近い属性を持っている、ということなのだ。

 まぁ、『逆憑依』の際に優先されるのはあくまでも公式の設定、ということになっているようだが……寧ろそれゆえに、彼女達は【継ぎ接ぎ】をまるでライダーのフォームチェンジのように扱うことができる、という性質を得ることに成功したのだ。

 

 

「まぁ、それも最近になってようやく実用化した、ということになるのですが。そもそも【継ぎ接ぎ】って人格の増設とか切り替えに近いですからね。それを多用する運用法なんて、そうそう許可が降りるモノでもありませんし」

「なるほど……では何故実用化したんですか?」

「それはまぁ、キーアさん達の協力のおかげ、ということになるんですかね?」

「……はい?私?」

 

 

 まぁ、そもそも【継ぎ接ぎ】って別の人格をくっ付けて、上手く行ったらその人格に紐付く能力が使える……みたいなノリの現象だから、それを使い捨てにするかの如く使うというのは危険すぎる、というのも頷く以外無かったりもするのだが。

 話題に挙げられた仮面ライダーに例えるのなら、暴走フォーム一歩手前みたいな?*5

 

 なんでまぁ、そんな危ない使い方を現在許可されてるっぽい彼女達に疑念が浮かぶ、というルリアちゃんの言葉もわからないではない。

 それに対して返ってきたのは、全く身に覚えのない『私のおかげ』という言葉なのであった。

 

 

「はい、どうやら主に協力して下さったのはキリアさんの方みたいですが……キーアさんの変身プロセスのデータを解析し、横から口を出すキリアさんの監修の元出来上がったのが、このVカートリッジ*6なわけでして……」

「なに考えてるのあの母親???」

 

 

 続いてゆかりさんの口から放たれたのは、この【継ぎ接ぎ】の多用には私達【星の欠片】のデータが使われている、という耳を疑う言葉。

 ……いや、真面目になにやってるのあの人?面白がってるわけじゃないんだろうけど、それにしたってやっていいことと悪いことがあるぞ???

 

 まぁ、多分その内必要になるなにかが起こる、という警句でもあるのだろうから、迂闊に文句も言えなかったりするのだが。

 ……この辺り、ちゃんと状況を俯瞰して見れるがゆえの問題のような気がするなぁ。

 

 ともあれ、なんだか変身ヒロインみたいな戦い方をするようになったゆかりさん達だが、どうにも【継ぎ接ぎ】を封入した形態変化アイテム・Vカートリッジとやらの雰囲気が自分達のやり方と似ている、ということもあってかライダー達も面白がってあれこれ手伝っているようで……。

 

 

「おかしいですよね!?あれ絶対メダガブリューでしたし!?」

「私の強さに、貴女が泣きました」

「それ斧は斧でも別キャラぁ!?」*7

 

 

 涙目で訴えるBBちゃんに、ポーズを決めながら台詞を述べるゆかりさんである。……ノリノリですね(白目)

 

 そう、今回のゆかりさん達の武器は、仮面ライダー達のそれをモチーフにしたものとなっているのだ。

 ソリッドビジョン仕様なので火力面の問題もなし、である。……極論おもちゃで遊んでるだけだからね、これ。

 

 なお、今回はライダーモチーフの武器だったが、どうやら他にも幾つか試作されているらしい。

 ……そういうのありなん、と運営側のゆかりんに確認を取ったところ、『可能性を示してくれるのだから寧ろウェルカム』などという言葉が返ってきたのだった。

 んー、理不尽感。まぁ、優勝しても貰えるものは自己満足なので仕方ないね!

 

 

「まぁ、あくまでも試作品で本当の戦闘に使えるかはまだ未知数だからね。キーアさんも言ってた通り、ダメージ部分に関してはARサバゲーであることに助けられてるところが大いにあるし」

「はい。なのでこういう時でもないと目立てないでしょう、みたいな打算も少なくなく……」

「うちらかてたまには目立ちたいからなー」

「もし優勝できたら美味しいもの食べようね、お姉ちゃん」

「……もし優勝できへんかったら?」

「そしたら、いつか来るかもしれない次の大会のための英気を養うために、美味しいもの食べようねお姉ちゃん」

「どっちも変わらんやん、しょーがないなー葵はー」

「えへへー」

 

「……はっ!?唐突なてぇてぇ空間に文句とか感想とか全部吹き飛んでしまいました!?」

「BBちゃん……」

 

 

 あとはまぁ、そういう緩い大会だからこそ、普通なら戦闘要員ではない自分達にもスポットライトが当たるのでは?……みたいな打算もあったのだと、彼女達はぽやぽやしながら明かすのであった。

 ……その空気感にBBちゃんが巻き込まれていたが、それは置いといて。

 

 とはいえ、意外な伏兵だと言えるだろう。

 真っ当に戦闘が得意な方であるBBちゃん達を下したところからわかるように、彼女達の戦い方は付け焼き刃ながらに洗練されている。

 

 それもそのはず、彼女達のそれは後付け(二次創作)でありながら、先述した通り本来の力(一次創作)に相当しているのだ。

 それゆえ、本来なら新しい力に振り回されるなり、力側からの干渉を受けるなりの不具合が発生するところ、それらをほぼ感じないままに動けている。

 

 しかもそれは、前提として多数の技能を動かす私達【星の欠片】の実動データを元に補正までされているのだ。

 ……これが強敵でないのなら、誰が強敵だと言うのだろうか?

 

 

「ふふふ、どうやらキーアさんにも私達の恐ろしさをわかって貰えたようですね。では、決勝戦でお会いしましょう」

「……なんかすっごいライバル面して去っていったわね、アイツら」

「まぁ、普段ならできないことで活躍してるわけだから、感動とかテンションとか凄いことになってるだろうからねぇ」

 

 

 そんな私たちの言葉を受け、いつも以上ににこやかな表情で去っていくゆかりさんと、その仲間達。

 その背を見送りながら、私たちは波乱を告げる大会の行方に想いを馳せるのであった。

 

 ……なお、ガチ泣きし始めたBBちゃんを慰めるため、その辺りの空気感は数分も持たなかったことも合わせて記しておく。

 

 

*1
上から琴葉茜・葵姉妹、東北三人娘の末っ子・東北きりたん、ボイロ随一のナイスバディ・弦巻マキ。ボイロとして認知度の高めなキャラを揃えた感じのラインナップである

*2
『ひらけ!ポンキッキ』シリーズにおけるガチャピンチャレンジの多才さから。なお、中の人は基本的に同じであるそうな(着ぐるみを来た状態の動きに慣れて貰うより、着ぐるみを着慣れている人に動きを覚えて貰う方が簡単だから、だとか。なお、やることの内容によってはその限りではないとのこと。専門性の強いものだとやはりその道の人にやって貰う方が良い、ということも多いのだとか)

*3
ドラゴン+トライアングルの造語。龍が三匹、相手は死ぬ

*4
他にはついなちゃんとかウナちゃんとかも有名処だが居ない。吉田君も居ないので鷹の爪団も出来ない←

*5
わかりやすいものだと『仮面ライダーオーズ』のプトティラコンボや、『仮面ライダーゼロワン』のメタルクラスタホッパーなどが該当するか

*6
ヴァーチャル(Virtual)ヴィジュアル(Visual)ヴァニティ(Vanity)などの頭文字から

*7
『メダガブリュー』はプトティラコンボの武器。メダルをいっぱい食べてすっごい攻撃をするよー!『私の強さに~』は『仮面ライダー電王』のキャラクター、坂田金時モチーフのキンタロスの決め台詞から。かっこいいよね~



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戦え我らの希望の光

「うーむ、まさかゆかりさん達が優勝候補に躍り出るとは……」

「ある意味運営からの寵愛枠、って感じでしたね」

「新しいデータが取れるのはいいこと、とも仰っていましたしね……」

 

 

 はてさて、その日の夜。

 試合そのものは危なげなく勝ちを手にしたわけなのだが、それゆえにみんなの関心はゆかりさん達のチームに向けられていたのであった。

 ……え?一行で済まされる相手チームに悲しい過去?いやまぁうん、これで出番終了ってのは可哀想ってのもわかるんだけどさ?

 

 

これ以上他のチームの描写に尺を使ってられないというか……

「……なにかメタいこと言ってませんか、キーアさん?」

 

 

 はっはっは気のせい気のせい(震え声)。

 

 ……ともかく、手向け代わりに私たちが戦ったのはライダー達だった、ということだけ置いときますね()。

 いやうん、本当ならあんなあっさり負けるはずもない、って相手だったんだけどさ?

 

 

「まぁうん、変身制限とか能力制限とか、私たちに付いてる制限を鼻で笑うレベルで縛られてたからね、あの人達……」

「ご本人達が納得の上でしたから、特に問題はありませんでしたが……もしあれがなにかしらの映像作品だったのなら、私達は後から爆散させられる敵役のポジションでしたね……」

「あー、映画なら序盤でイキりながらライダー達をぼこぼこにする敵、ってやつだな」

 

 

 最終的にこっち側がぼこぼこにされる展開がセットの、と呟くクラインさんに頷く一同。

 

 ……そう、今回ライダー組に掛けられた枷というのは、それくらいに重いものだったのである。

 雑に言えばほぼ能力一般人レベルまで抑えられている、みたいな?

 

 よく考えてみればわかる話なのだが、ライダー組の戦闘スペックというのは大概意味がわからないモノになっている。

 無論、同じ特撮作品であるウルトラマンとかと比べると、大きさの規模などから結構な戦力差があったりするが*1……それでも、人型かつ通常の人間サイズの存在が持っていていい戦闘力ではない、というのは確かな話。

 

 成人男性のパンチ力の平均が百二十~百八十、キック力だとその二倍くらいになることを思えば、彼らの戦闘力が如何におかしいのか、ということは容易に理解できることだろう。

 ……強いキャラなら三百行くからね、それもキログラム(kg)ではなくその千倍であるトン(t)で。*2

 

 そんな攻撃力を持っているが、それがどの行動に掛かっている数値なのかわからない、というのも彼らの恐ろしいところである。

 ……なに言ってるのかわからない?ならこう言い換えよう、ライダーキックの攻撃力がトン換算なのか、通常時の蹴りの時点で安定してその攻撃力が出せるのかがわからない、ということだ。

 

 

「要するに、色々準備して繰り出す技の威力がそれなのか、はたまた何の気なしに繰り出す『ただの蹴り』がそれなのか、基本的に記載されてないから迂闊に攻撃させられないってことだよね」

「作中では基本的に生身の人に攻撃することはなく、あくまで怪人相手に殴ったり蹴ったりしてるだけですから、それがリアリティ重視にした時どんな事態を巻き起こすのかわからない……ということでもありますね」

 

 

 いやまぁ、ジャンプ力とかも合わせて記載されてることが多い辺り、多分そのライダーの出せる最高威力、ということだろうとは思うのだが……。

 明確に記載がない以上、通常攻撃がその威力であると仮定して制限しておかないと、危なっかしすぎてサバゲーなんてやらせてられないのだ。

 

 なりきり郷内では殺傷力のある行為は全て軽減される……とはいえ、トラックにぶつかられた時の速度でぶっ飛ばされてトラウマにならないわけでもない、というやつである。

 

 あと、一部の昭和ライダーとかならいざ知らず、純粋に殴り蹴りの肉弾戦のみで戦う、というライダーはそう多くない。

 みんななにかしらの武器を持っており、それを使っての攻撃が最大威力だと思われるパターンが多い、と言い換えてもいいだろう。

 ……それすなわち、彼らになにかしらの武器を持たせるのも微妙に問題、ということである。

 

 

「おもちゃの銃でも、彼らに掛かれば怪人撃破になんの問題もない……なんてことを思えば、武器の使用なんて尚更認められたもんじゃないですよね……」

「変化させなくても、自前の身体能力で振り回せばそれだけで相手を倒せたりするでしょうしね。……実際、その前の二戦に関してはそんな感じのスペックごり押しで勝ってたみたいですし」

 

 

 一部のライダーは、なんの変哲もない棒を変化させて自前の武器にする、みたいなこともできてしまう。*3

 そうでなくとも、人より遥かに高い身体能力で武器を振り回せば、それだけで鏖殺兵器の出来上がりである。

 ……そこら辺の事情を鑑みて、ライダー組に掛けられた制限はこの大会でもトップクラスのモノになっていたのだった。

 

 ……え?変身しなきゃ普通のスペックの人も居るでしょうって?そうじゃない人もいるから仕方ない。改造人間タイプの人は特に。

 

 

「……というか、多分一番大きい制限って頭脳面ですよね?彼らの場合、平気でIQ200とか越えてきますし……」

「反射神経とかも、普通のやり方じゃ制限し辛いところだからね……」

 

 

 あと、変身制限よりもなによりも厳しい制限だったのが、実は能力制限の方だったことも特筆するべき箇所だろう。

 なにせ彼ら、大抵の場合その道の権威と普通に会話できるような知能の持ち主、ということが往々にして起こりうるので。

 

 力だけが彼らの恐ろしい部分、と思って迂闊に突っ込むと、その豊富な知識と経験から罠に嵌められ、あっという間に全滅させられてしまうのである。

 なんなら『目がいい』とかみたいな直接攻撃系でない身体機能も普通なら縛り辛いし、そこら辺を活かされるだけでも対戦相手は大幅な不利を強いられるだろう。

 

 そこら辺はライダー側も重々承知だったようで、その辺りの制限をさせて貰うというゆかりんの言葉に、素直に従っていたのであった。

 ……まぁ、そこまでしてなお第二回戦までは普通に圧勝してた、という辺りに恐ろしさを感じないでもないのだが。

 

 え?じゃあなんで私達は特に苦戦もしてなかったのかって?

 

 

「制限ありの状態の戦闘で、既に健康診断的には必要な情報が集まってたこと、それからある意味愛弟子みたいなモノであるボイロチームが華々しく周囲の視線を浚ったこと、あと制限状態で勝てるほど私たちは甘くないと向こうが早々に試合を降りたことの複合……って感じ?」

「まぁ、不完全燃焼感は否めませんね」

 

 

 まぁ、簡単に言うと勝ちを譲られたようなもの、みたいな感じだろうか?

 そもそも全力を出せないのは百も承知で、代わりに自分達が支援した他のチームが頑張ってくれている。

 その上で、別に世界の命運が掛かっているわけでもないのだから、別に負けてもいいやという感じだったところが大きいというべきか。

 これに関しては寧ろ、健康診断なのに無駄にやる気を出している他の面々がおかしい、というべきかもしれない。

 

 ライダーは正義の味方、不要な争いはしないのだ!……みたいな?

 まぁ、一部のライダーファン達からは残念がられたが、彼らは普段彼ら用の場所でド派手な戦闘訓練を繰り返しているので、そっちを見て欲しい……みたいな言葉で納得していたわけだが。

 実際、変身なし武器戦闘なし特殊能力大半使用不可、みたいな状態だとライダー達の戦闘としての見応えは半減以下。

 それならちゃんとしてるところのやつを見て欲しい、というのはわからないでもないだろう。

 

 ともかく、そんなわけで私たちは悠々と?準決勝に駒を進めたというわけなのであった。

 ……語らないって言ったのに結局語ってるじゃん!嘘つき!!

 

 

 

 

 

 

「まぁここまで話したんだし、とりあえず他の要注意チームでも確認しておく?」

「へーい」

 

 

 結局長々と話してしまったので、そのまま流れで他のチームの考察に移ることに。

 現在第三回戦まで終了したわけだが、次が準決勝ということもあり、残すチームは私たちを含め四つにまで減っていた。

 

 

「まず一つ目、ゆかりさんとこの『ボイロチーム』。ここは運営からの後押しも強いから、なんだかんだで優勝候補よね」

「まぁ確かに。実際の戦闘力よりゲームとしての戦闘力が問われるから、技巧派の彼女達は強敵だと言えますね」

 

 

 まずはゆかりさんの所、『ボイロチーム』。

 ゲーム実況や小話シリーズなど、気軽に使える音声データとして様々な場面で利用されている……という下地を持つ彼女達は、その引き出しの多さゆえに手強い存在となっている。

 更に、それらの引き出しは決して付け焼き刃ではなく、既に熟達の腕前と言っても遜色ないもの。……決して侮ってはいけない相手だと言えるだろう。

 

 

「んでお次が、マシュの率いる『盾使いチーム』。盾キャラばっかり揃えてるけど、防御一辺倒ってわけでもない中々嫌らしいチームね」

「言い方ぁ。……いやまぁ、気持ちはわかるけど」

 

 

 そんなゆかりさん達が次に当たるのが、最強後輩・マシュの率いる『盾使い』チーム。

 文字通り盾を使うキャラで揃えた、シンプルなチームなのだが……構成員的には極悪と言わざるを得ない。

 

 なにせ、堅牢な防御を誇るだけでなく、攻撃面でも破格の能力を持つ人物達で固められているのだから。

 

 

「うーむ、恐れていたことが現実になった感……」

「一応、ある程度は制限が課せられるんでしょう?あの……」

「メイプルちゃんねー。……あの子の場合、構成スキルが大概ヤバいってのもあるけど……どっちかと言うと有利な状況を掴む運の方が怖い、みたいなところもあるしなー」

「それとあっちは……」

「パール()()だね。……おっと、さんを付けないで呼ばないように。あれ最早二次創作のパールさんだから」

「二次創作のパールさんとは……?」

 

 

 まず目に付くのが、みんな大好き()メイプルちゃんだろう。

 ついに本格参戦をしてしまった彼女だが、()()()()()()()()()()()()()()ため、基本方針は据え置きである。

 また、初心者ゆえの発想の突飛さも変わってないため、こちらが思い付きもしないようなわけのわからんことをして、滅茶苦茶な被害を生むことも容易に想像できてしまったり。

 

 ……なお、()()()()()()()()()()──すなわち防御が高く即死もさせられないような相手には弱い、という性質からマシュには頭が上がらない模様。*4

 まぁうん、上位互換みたいな性能してるもんねマシュ、普通に足も速いし。

 

 で、その横に立つのが盾使いとして(ネタ的に)愛されている人物の一人、鉄壁のパールさんである。*5

 ……貴重なワンピースキャラがこいつでいいのか、みたいな言葉があちこちから飛び出して来そうだが、自身の血を見るのが嫌、みたいな性質からかメイプルとは相性が良い模様。

 なんなら二次創作的いぶし銀キャラに魔改造されてることもあり、普通に戦力的にもやばかったりするのだった。

 

 なお、この二人にマシュを加えた三人組が『盾使い』チームなのだが。……人数が少ないのは、他の盾使いが捕まらなかったり他のチームを既に組んでいたりしたからとのこと。

 ともあれ、マシュ一人でもわりとお釣りが来る戦力であることは間違いなく、普通に優勝候補だと言えるのであった。

 

 そして、私たちを除いた最後のチームというのが。

 

 

「……まさか、ナルト君達が勝ち上がってくるとはねー」

 

 

 次の私たちの対戦相手である、ナルト君達の『お子さま帝国チーム』なのであった。

 ……意外な伏兵!

 

 

*1
仮面ライダーで宇宙規模の戦闘力を持つキャラは限られているが、ウルトラマンは元々が宇宙人なこともあってそこら辺は前提みたいな所がある

*2
なお、この単位がなにを示すものかもわからない、というあんまりな話もあるとかないとか。TNT爆弾換算だったりした場合、更に火力が上昇する可能性もある

*3
クウガやアギトなどが該当。手すりを槍にしたことも

*4
作中的には『火力が貧弱』と表現される。……あれで?と思う人もいるかも知れないが、純粋なDPSなどを考えるとトッププレイヤーならあれ以上の火力は普通に出せるとか。メイプルの場合はあれこれ準備してあれ、というところもあるので、単純な火力面を見ると弱い、ということになってしまう。極振り故の防御力であり、極振り故の低火力・低機動性と言うべきか。その為、彼女以上の頑強さに加え、速度・火力も申し分ないマシュは、わりと真面目に天敵と言えるかも知れない。あと明確に『痛みに弱い』という弱点があるのも、なんだかんだでトップではなくトップクラスであることの理由なのかも?

*5
『ONE PIECE』のキャラクターであり、かなり初期に登場した人物でもある。初期とはいえ、サンジ相手にほぼ完封を決めていた辺りわりと(そのタイミングでは)強い方の敵、ということになるか。そのキャラクターのネタ性などから、一部で変な人気があるキャラでもある。なお、自分の血を見ると錯乱してしまう為、痛いのは嫌なメイプルとはちょっと気が合いそうだったり



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激戦を制するのは、誰だ

「うーむ、別に侮ってたわけじゃないけど……」

「まさか戦艦・赤城相手に正面から競り勝つとはねぇ」

「腐っても元・ビーストってことでしょうか……?」

 

 

 うむむ、と唸る私たち。

 いやまぁ、別に侮っていたとは思わないんだけど、それにしたってかようちゃん達が勝ち上がるとはなぁ、と感慨深くなってしまう私であった。

 

 なにせ、先の彼女達の対戦相手は、あの赤城さん達率いる『船舶チーム』であった。

 リーダーである赤城さんを筆頭に、最早熟達のコンビネーションを見せるハーミーズさんとの組み合わせは、早々崩れることのない堅牢さだと思われていただけに、その勝敗はまさに皆の度肝を抜いたというか。

 

 

「おおっと、あの二人だけでなく私についても語って貰おうじゃないか」

「あ、イッスン君に開始数十秒(ワンターンキルゥ……)で首刈られてた束さんだ。おいすー^^」

「あ、キーアんインしたお!……じゃねぇ!!というか私にそんなのやらすんじゃないよ!?」*1

「そもそもインしたの、どっちかというとこっちですしねー」

 

 

 そんな話をしていたせいか、件のチームのメンバー達がなんだなんだと近付いてきたのだった。

 

 ……実は私たちが話し込んでいた場所、食堂だったんですよね、部屋ではなく。

 そんなわけで、話題に挙がってるのを聞き付ければ、近付いて来る奴らもいる……ということになるのであった。

 

 で、この話題で近付いてきたのが、件の『船舶チーム』だったというわけなのである。

 ……え?束さんは船舶ってよりパワードスーツだろうって?

 

 

「ふふん、聞いて驚くといい!これこそ私が総力をあげて造り上げたこの世界での最高傑作!『補給軍貫(ほきゅうぐんかん)-たまご型特務艦』娘だぁ!!」*2

「はい、改めましてたまごです。よろしくお願いしますね」*3

「……初めて見た時も思ったけど、ツッコミが追い付かなくなるようなものお出しするの止めません?そんなことしても単に取っ付き辛い人ってイメージしか持たれませんよ?」

「だからなんでお前達はみんなして、私への当たりが強いのかなぁ!?」

 

 

 それもこれも、彼女が()()()()()メンバーの一人がその答えとなっているのであった。

 そう、彼女ってば艦娘……KAN-SEN?……まぁどっちかなのかどっちでもないのかはわからないけど、とにかく彼女達のフォーマットに沿った存在を()()()()()()()()()()()()のである。

 

 ……いやまぁ、一応【兆し】ありきの話ではあるらしいんだけどね?

 

 

「つい先日、【兆し】を封じ込めることに成功したのですよ~。いわゆる『モンスターボール』みたいな奴ですね~。これで、無秩序に発生する【顕象】への対抗手段になる、と技術部が湧きに湧いたんですけど~……」

「それを私が、『これってISとかのメインコアに使えるのでは?』と思い付いて、ちょっとちょろまかしたのさ!」

「うーん、ナチュラルに責任問題発生させてるぞこの人……」

 

 

 郷の内部・外部を問わず、私たちにとって一番の仕事は突発する『逆憑依』関連現象への対処である。

 なりきり郷そのものが()()()()()()()()()()()()()霊地のようなものになっているため、外部への出動は日々減り続けているが……だからといって、それらの事件が与しやすくなっているかといえばそれはノーだと言えるだろう。

 寧ろ、発生件数が減った分個々の厄介さが上がったような気すらしているくらいだ。

 

 そんなわけで、話せば意志疎通ができる『逆憑依』組はともかく、最早天災の如く周囲を破壊しようとする悪性の【顕象】に関しては、さっさと封印なり隔離処理などができるようにする必要に迫られたのだ。

 そして、それらの嘆願を受けて技術部が作り上げたのが、『汎用顕象封印装置』──通称モンボである。……え?どっから出てきたのその単語、だって?

 

 

「正式な名称は別にあるんだけど、なによりも使い方がねぇ……」

「どっからどう見ても、誰が確認したとしても。……あからさまに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からね~」

「というか、【顕象】の封印の原理自体、わりとモンボに発想とかを依存してるんじゃなかったっけ……?」

 

 

 それはこれが正確には、封印というよりは勧誘に近いものだから、というところが大きいだろう。

 

 日本には和魂(にぎみたま)荒魂(あらみたま)という概念が存在している。

 人の人格が複数のそれを纏めたモノと言われるように、神もまた複数の顔を持つものである、とする概念だ。

 これはすなわち、人の言う『良い』『悪い』はあくまでも人間の観点上のモノでしかない、ということを如実に示すものでもある。

 一つの神格が時に人に富をもたらし、時に人に災いをもたらすというのは、ともすれば別の神がそれを為したのだと言い換えたくなってくるほどの変化である。

 

 ──しかし、そこまでの変化があったとしても、それらは同じ神格なのだ。

 ゆえに古来日本人は荒ぶる神を崇め奉り、その怒りを抑え人にとって良き神になるように促した。

 それが荒魂と和魂というわけだが……これは、現代でも似たような概念の残るモノでもある。

 

 

「怒ってる人が悪い人である確証はない、みたいな?温厚な人をキレさせた相手の方が悪い……みたいなのと同じというか」

「現在人に災いをもたらしているからといって、いつも同じように被害しかもたらさないというわけでもありませんからね~。特に【顕象】なんて最早現代に生まれた神格のようなもの。迂闊に消滅させるべきではないですし、そもそもさせたくてもさせられるものでもないですしね~」

 

 

 人の抱く印象と言うのは、基本その場その時の相手の動きで決まる。

 最初に酷い面を見せられれば、そのあと良いところを見せても評価にはなり辛いし、その反対に最初に良い面を見せておけば、後に酷いことをしても悪い評価にはなり辛くなる。

 言ってしまえば、人の評価というのはどこまでも主観的なのだ。それゆえ、時に本来の価値を見出だせず、必要なものを失わせてしまうこともある。

 

 ……まぁ、この辺りの話は長くなればなるだけ説教臭くなるため、この辺りで切り上げるけど。

 ともかく、初対面の印象が最悪だからといって、そのあとの付き合いをそのまま断ち切るのは早計、ということに間違いはない。

 そういう意味で、【顕象】というのは中々扱いの難しいものだ。

 

 中身に核となるものがないからこそ、暴走するように周囲を害するそれらは、されど核さえあれば人に寄り添う良き隣人になる……というのは、リリィなどの実例を見れば容易に察せられる。

 とはいえ、暴走中の【顕象】を鎮めるのは並大抵のことではない。そして単純に倒すにしても、それもまた容易なことではない。

 

 だからこそ、【顕象】の対処というのはとても時間と労力を食う仕事だったわけなのだが……それをなんとかできないかと考えたわけである。

 で、そのプロセスに近いものがあることを思い出したのだ。それが、ポケモンなどに代表される『モンスターを仲間にできる作品』である。

 

 

「バトルして強さを認めさせて仲間にする……みたいなのが一般的だけど、これってある意味神に奉ずる祭事に通じるんだよね」

「それに気付いたあとはもう一直線でしたね~。まぁ、必要な素材だとか再現する概念の制定だとか、他の問題も結構山積みだったのですが」

 

 

 そういう作品からそういう概念を持ち込み、かつ現実にも存在する概念などで補強・この世界で機能するように調整を加えること数年。

 ようやっと、悪性の【顕象】をどうにかする手段が開発に成功する運びとなった、というわけだ。

 

 とはいえ、これにも問題が残っていた。

 捕獲……もとい封印したあと、それを暴れない【顕象】にする手段が思い付かなかったのである。

 

 

「より正確に言えば、リリィさん達みたいに自由に行動させてあげるためのプロセスがわからなかった、とあう感じですね~。なにせこれ、形式はモンボに近いですけど、その実仕組みとしては専用の神社を相手に奉じる……みたいな感じですから~」

「携帯神社……だと……?」

 

 

 見た目こそ真ん中から割れる丸い玉(真っ白なのでプレミアボール?)だが、その実あくまでも複数の概念を纏めるためにモンスターボールの形式を利用しているだけであり、内部構造的には日本古来の『崇め、奉る』を略式で発動しているというのが近い。

 誤解を恐れず言うのであれば『相手に神社をプレゼントし、そこの神として奉っている』ようなものであるこれは、逆に言うと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 ……というか、迂闊に出すとまた暴れる可能性があるというか。略式にし過ぎてあくまでも()()()()()にしか鎮静効果が及んでない、と言うべきかもしれない。

 まぁ、そもそも暴走の原因である核を埋められていないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 そんなわけで、今度はここからどうするか?……みたいなことを話しているうちに、束さんが勝手にこれを持ち出して……。

 

 

「彼女の起動コアとして利用してしまった、というわけですね~☆」

「ねー、ってそんな軽く言うことではないような……?」

「結果上手く行ってますからね~。これで暴走してたらアレですが、成功している以上は殊更に問題しないのが技術部なのです☆」

「即刻解体しろ、そんな危ない部署」

「キーアさんどうどう、どうどう」

 

 

 彼女の横で微笑む、謎の艦娘っぽいものに使われた……というわけである。

 つまり、横の彼女は人工的に作り出されたリリィみたいなもの、ということになるわけなのだが……いやマジか、と驚愕してしまう私である。

 いや、だってさ?

 

 

「名前的に遊戯王の『軍貫』が擬人化した、みたいなことになってるんでしょ?しかもその上、実際には存在しないカードが原型になってるみたいだし……なんなんです?バカと天才は紙一重、みたいなことを主張したいんですか?」

「なぁんで素直に私を褒めないのかなぁ君は!?」

 

 

 やってることのベクトルが違うだけで、結局束さんらしい迷惑を周囲に爆撃するスタイルは変わってないんだもの。

 ……そんなことを口にすれば、当事者の束さんは涙目でこっちに食って掛かってくるのであった。

 

 うーむ、性格面はわりと取っ付きやすくなってるのに、結局やってることでマイナスになりかかってるのは勿体ないなー(襟首捕まれて頭を前後に揺さぶられながら)

 

 

*1
とある掲示板における挨拶の一種。『おいすー^^』と挨拶されたら『あ、◯◯(相手の名前)たんインしたお!』と返すのがお約束だったとか

*2

補給軍貫(ほきゅうぐんかん)-たまご型特務艦

炎属性 ランク4 ATK/2000 DEF/200

【水族/エクシーズ/効果】

レベル4モンスター×2

このカード名の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。

①:このカードがX召喚に成功した場合に発動できる。

そのX召喚の素材としたモンスターによって以下の効果を適用する。

●「しゃりの軍貫」:自分はデッキから1枚ドローする。

●「たまごの軍貫」:このカードが自分フィールドに表側表示で存在する限り、自分フィールドのこのカード以外の「軍貫」モンスターの効果は無効化されない。

②:自分フィールドの「軍貫」カードが破壊される場合、代わりにこのカードのX素材を一つ墓地に送る事ができる。

*3
※念の為言っておくとオリカです




ウボァー氏の
・遊戯王二次創作用タグ
(https://syosetu.org/novel/284034/)
を使用させていただきました。この場を借りて、お礼申し上げます。


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新しい命の創造、それは科学者の夢でもある

「……んで、君は一体どういう感じの子なんです?」

「はい、たまごは『補給軍貫ーたまご型特務艦』を原型とした、いわゆるガイノイドとして製作されました」

 

 

 一頻り騒いだあと、部屋の隅っこでいじけはじめた束さんは放っておくとして、件の人物であるたまごちゃんに声を掛けた私である。

 

 ……見た目としては、普通の白人女性といった風情である。似ているキャラを挙げるのなら、『ブルーアーカイブ』の一之瀬アスナの髪色が完全に金髪になってる感じ、というか?

 まぁ、一部分(胸部装甲)が完全に別物になっているため、雰囲気が似てるという感じの方が強いかもしれないが。*1

 

 ともあれ、件のたまごちゃんはというと、わりと素直な感じのキャラクターとして設計されているようであった。

 

 

「……あのキーアさん、ガイノイドってなんなんです?」

「んー?ガイノイドってのは女性体の人型ロボットのことだね。古代ギリシャ語で女性を意味する『ギュネー(γυνή)』って単語に『似ている・擬き』って意味の接尾辞『オイド(-oid)』がくっついた合成語だね。ちなみにだけど、人型ロボットを意味する『アンドロイド』も、ギリシャ語で男性を意味する『アネール(ἄνηρ)』に接尾辞をくっつけた言葉だね」

「へー……」

 

 

 元々、男性型のロボットも女性型のロボットも、共に男性を意味する単語から生まれた『アンドロイド』という言葉で呼ぶことに意義を訴えた一部の層が生み出したこの言葉は、それゆえにある種の主張を兼ね備えた単語、という風に見ることもできる。

 ……とはいえ、別に気にせず『アンドロイド』と呼んでいる人も多いし、日本人的には『ガイ』という単語が男性的イメージが強いので勘違いを生みやすい、ということもあって『ロボ娘』などと呼ぶ方が多かったりもするわけなのだが。*2

 

 ともあれ、目の前の彼女がロボ系の女性型として生み出された、ということに間違いはあるまい。

 それと同時、端から見ている分には生身の女性にしか見えない……という彼女の造形は、篠ノ之束という存在の確かな技術力の高さを窺わせることだろう。

 

 

「あ、申し訳ありません。この姿になれたのは確かに博士のおかげですが、同時に徹頭徹尾彼女がこの姿を設計したというわけでもないのです」

「……んん?どういうこと?」

「あっ、こらたまごちゃん!?要らんこと説明しなくていいから!?」

 

 

 だが、そうして感心する私たちに対し、たまごちゃんは静かに首を横に振っている。

 どういうことか?と首を傾げる私たちに、束さんが余計なことを説明しなくていいから、と近寄ってくるが……。

 

 

「簡単な話です。博士は最初、あくまでも試作として私を作成するつもりでした」

 

 

 そんな彼女を無視しながら、たまごちゃんが説明したことを再現すると次のようになる。

 

 

「うーむ……勢い余って持ち出したはいいものの、どうやって活用してやろうかな?……んー、見た目的にはなんかのコアに使うのがいい、のかな?」

 

 

 つい魔が差して研究室から持ち出してしまった、件の物体・『汎用顕象封印装置』。

 その見た目は握り拳大の白い球体、といった感じの様相だが、その内部には現人類が持つ技術の粋がこれでもかと詰め込まれている。

 現状の束では、再現しきれないようなものが詰め込まれたそれは、まさに技術の宝箱とでも言うべきモノであった。

 まぁ、複数人の天才達が集まって作り出したモノなのだから、一人の人間に再現されるようでは先が思いやられる、というのも確かな話なのだが。

 

 とはいえ、仮にも彼女も天才の端くれ……というか、原作(IS)であるならば並ぶもの無き生粋の天才である。

 本来の自分であればこれくらい余裕で作れるし、みたいなプライドが彼女に囁いた面も、微妙に否定しきれないだろう。

 

 

「……まっ、なんかいい感じの研究結果提出したら、コハッキーも許してくれるでしょ」

 

 

 ただこれ、別に彼女だけに限った話ではない。

 技術部に集まった変人達は、基本的に元の作品であれば排斥されていてもおかしくないレベルで、隔絶した知識を持つものが大半。

 それがなんの因果か、ちょっと人間性を取り戻した感じでつるんでいる……みたいな感じなので、わりとこういう独断行動は日常茶飯事なのである。

 それこそ、室長である琥珀の時点で大概なので、あとから有益なデータの提出でもしておけばあっさりと許されるのだ。

 ……え?データが取れなかった時?死ぬ気で土下座しよう、丁度あそこでぺこぺこしてるワイリーさんと同じように。*3

 

 まぁそんなわけで、今回の持ち出しについても、そこまで大きな問題になることはないだろうと思われていた。

 そもそも束自体、こちらではわりと優秀な部類で済まされている。

 一度や二度程度のミスや問題行動も、「ま~そういうこともありますよね~☆」で終わることは目に見えていた。

 ……なお、この辺りの話を遠くでたまたま耳にしたゆかりんが、お腹を抑えて踞ってたけど気にしない。

 

 ともあれ、持ち込んだ球体を前に、これからどうしようかと首を捻る束は、鼻と上唇でペンを挟み、頭の後ろで手を組みながら椅子の背もたれに深く体を沈み込ませ、天井を眺め思考することしばし。

 

 

「……あ、そうだIS作ろう」

 

 

 ……と、思い付きを口にしたのである。

 

 

「……IS?」

「いや、ホントだよ?束さん最初はIS作ろうと思ったんだよ。……まぁ、人型サイズの存在に無理なく組み込めるブースターとかの製造に手こずりそうだったから、最初はとりあえず単なる鎧的なやつを作ろうとしてたんだけど……」

 

 

 思わずなに言ってるの?……みたいな視線を向けたところ、束さんは焦ったように手を振りながら弁明を開始する。

 曰く、最初はちゃんと装備するためのドレス的なものを作ろうとしたのだと。……ただ、ISは元々宇宙服的な要素を持つマルチフォーム・スーツである。

 それゆえ、必要なシステムは多岐に渡り、それを組み込むためにはその技術を持ってくる必要があるわけで。

 

 ……何度か言う通り、ここにいる技術者達は原作の彼ら彼女らに比べると、遥かにできることが少なくなっている。

 それゆえ、原作ではできたことも、他の人の力を借りなければ無理がある……なんてことは多発しまくるのだ。

 幸いと言えば、周囲のみんなも似たようなモノであること・その中から研鑽を繰り返し、新たな技術に手を伸ばしている室長・琥珀が居るということだろうか。

 

 ……意外と慕われてるんだな、この人……などと視線を向ければ、今回ずっとステッキモードの琥珀さんは、照れたようにその体をくねらせるのだった。やだ気持ち悪い(唐突な暴言)。

 

 

「……ええと、だから単独でブースターは作れないし、仮に誰かが作ってるものを組み込もうにも、その時に自分がやろうとしてることを説明しないといけないから……」

「隠れてやってるのに、そんなことしたら本末転倒でしょ?だからまぁ、最初はスーツとして作ろうとして、失敗したってわけ」

 

 

 灰になった琥珀さんは置いといて、話を戻す私である。

 で、武装だの飛行装置だのは作れずとも、瞬時展開する装甲くらいは作れるんじゃないかなー、と思って開発を開始した結果、早々に失敗したのだとか。

 

 これは、件の球体が封印装置であるということに問題があった。

 ISに使われているコアは成長型のものであり、単純に代用するには性質が違いすぎたのである。

 

 

「中に閉じ込めるためのモノに、外の世界への影響力なんて発揮できるはずがなくてねー。……だからまぁ、趣向を変えてとりあえずロボット作ろうってなったのさ」

「スーツからロボットに路線変更するのは、流石に意味がわからないんだけど?」

「そりゃまぁ、スーツって結局人が着るものってのが問題だと思ったから、って言うか?」

「はぁ?」

 

 

 そこから、彼女は設計路線を大幅に変更した。

 コアとなる装置に人の補助をさせるのではなく、()()()()()()()()()という形式に。

 それが、スーツからロボットへの路線変更である。

 

 

「実際に私が着てみてわかったんだけど、どうも補助として扱うとこっちを浸食しようとしてくるみたいでねー」

「……なにしれっと意味わからんこと言ってるのこの人?」

「科学の発展に犠牲は付き物だよ、キーア君。……まぁ、自分を実験体に使う分には文句言われないから、ね?」

「ね?……じゃないが?」

 

 

 その路線変更には、一先ず形を整えたスーツが、明らかに人の害になることが判明したから……というところも少なからずある様子。

 どうにも着た人間をコアとして取り込もうとする、というあからさまな害があったとのことで、纏うのは諦めたとのこと。

 ……しれっと言っているが、なにやってんのこの人?いやまぁ、どうやら取り込まれない自信があったらしいのだが。

 

 

「と、言うと?」

「この場合の浸食行動って、要するに【兆し】が『逆憑依』になる時のプロセスに近いだろうって思ってたんだよね。だから、既に()()なってる人間なら大丈夫だと思ったってわけ」

「えー……」

 

 

 それが、『逆憑依』に浸食はできないだろう、という予想。

 ……言い換えるなら、この浸食は【継ぎ接ぎ】ではない、という感じだろうか?

 

 実際その読みは当たっていたようで、彼女を呑み込もうとした変異スーツは途中で不自然に動きを止め、そのまま停止したのだという。

 ……これが普通の人なら、それを核にしてなにかの存在に変貌していたかもしれないと言われれば、なんとも言えない気分になってくる私である。

 

 まぁともかく、着込むのが無理なら単体のロボットとして仕上げよう、となった彼女はスーツから四肢を持つ駆体を用意して──、

 

 

「……うん、装置を設置したらもうこうなってたんだよね、マジで」

「……最高傑作って言ったじゃないですかヤダー!!」

 

 

 結果、半ば【顕象】の発生原理に近いような形で、彼女ことたまごちゃんは降臨していたのだった。

 ……全然造ってないじゃんこれ!?

 

 

*1
具体的に言うと、完全にスレンダー。キーアさんも安心()

*2
そういう言葉の聞き慣れなさを逆手に取った作品もあるとのこと

*3
無印『ロックマン』シリーズにおけるよくあること。敵である『Dr.ワイリー』は、ロックマンに負けた後とにかく土下座をしながら許しを請うのである。……なお次回作ではやっぱりやらかすのであった()



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もっと危機管理、しっかりしようよ?

「違うしー!!素体はちゃんと私が作ったんだしー!!」

「表面のナノスキンなどに関しては、確かに博士に頂いたデータを利用させて頂いていますね」*1

「……それ、エー君の研究データの流用でしょ」

「ぎくぅっ!!?なななな、なんのことかなぁ?!」

 

 

 はてさて、これ結局のところ核が噂の装置に変わっただけの【顕象】だな?……と、半ば確信めいたものを感じている私に対し、束さんは往生際悪く抵抗を続けている。

 ……いや、素体造ったって時点でわりと凄いんだから、別にそこまでごまかさんでもええんとちゃう?……みたいな気分になる私なのであった。

 

 

「……え?えっと、束さんのことバカにしてたんじゃなく……?」

「いやまぁ、流石に外見とかは【顕象】として成立したからこその変化なんだろうなー、ってことだろうとは思うけど。そもそもの話【顕象】として安定してるってことは、この子の素体になったものの完成度が高かった……ってことでもあるわけでしょ?そりゃまぁ、科学者としては徹頭徹尾全部自分で造りたかった、ってのもわからんでもないけど……正直『逆憑依』関連の話でそういう我を通せる科学者がどれほど居るんだ、みたいな?」

 

 

 そんなこちらの言葉に、先ほどまでぐだぐだとみっともなく喚いていた束さんが動きを止める。

 ……どうやら、今まで自分のことを愚弄されていると思っていたらしい。いや、そんなことせんよ後が怖いし()。

 

 ……後が怖い云々は冗談だが、愚弄するつもりはないというのは本当である。

 例えば先ほど話題に出した『ナノスキン』だが、これは正確には『ナノスキン装甲』の略である。

 ……エー君の名前を出したことからわかるように、これは『∀ガンダム』由来の技術なのだが、その前身となる『ナノマシン』の時点で、現状の研究は行き詰まっていた。

 

 確かに、それを作る際の参考となる存在──完成品であるエー君はここにいる。いるのだが、そもそもそれ(ナノマシン)を再現できるだけの技術力がないのだ。

 電子顕微鏡などを駆使し、それらのナノマシンがどういう構造でできているのか?……という、いわゆる設計図のようなものを作り出すことには成功した。……成功したが、そこまで。

 エー君の体内を巡るナノマシンのように、実際に稼働するモノを単独で作ることは、未だできていないのだ。

 

 そこに横たわる問題は、多岐にわたる。

 そもそもの話、『∀ガンダム』という存在に使われているナノマシン自体、わりと意味不明なオーバーテクノロジーなのだから仕方ないわけだが。

 

 

「えっと、そうなんですか?」

「私がこれを言うのはどうかと思うけど……まぁ普通に考えて、無数に増えるわけがないんだよね、ナノマシンが。それが物体である以上、増えるためには材料が必要になる。──その材料、どっから仕入れてるんだって話でね?」

 

 

 首を傾げながらこちらに疑問を投げてくるルリアちゃんに、軽く説明を続ける私である。

 

 一応、エネルギーと質量は深い関係性を持っている。

 いわゆる『エネルギーと質量の等価性』というやつだ。*2

 それによれば、とかく膨大なエネルギーがあるのなら、それをどうにかして物質に変換する、というのは(実際にできるかどうかは別として)数式上は可能となっている。

 いわゆる対生成というやつ*3だが、ともあれ仮に理論として存在しても、それを実行に移せるかはまた別の話。

 少なくとも今の人類に手の届く技術ではないことは確かで、そしてエー君のナノマシンはそれを行っている、と見るべきなのである。

 

 なにせ、彼は地球を丸ごと包み込むほどのナノマシンを放出した、とされる。

 ならば、その質量をどこからか生成しなければならない。……縮退炉*4を二基も積んでいるというのだから、恐らくそれを生成のためのエネルギーの源として利用しているのだろうが……。

 どちらにせよ、人の手に収まるサイズの超小型ブラックホールが作れないことには話にならないため、そういう意味でもオーバーテクノロジーなのだ。

 

 ……なお、現状観測できない極小領域、ということでわりと好き勝手やってる私たち【星の欠片】も大概だ、というのは突っ込まないで欲しいところである。

 

 まぁともかく、そういうオーバーテクノロジーであるナノマシンを利用したものが『ナノスキン装甲』であるわけなのだが。

 この装甲、ダメージを受けた時に()()()()()()()()()()()()瘡蓋(かさぶた)を作って損傷箇所を保護する、という動きを見せている。

 ……つまり、人工物にも関わらず人間の肌を再現している、ということになるわけなのだ。

 

 ロボットの肌をどうするか、という問題も中々奥深いものだが、束さんはそこを解消するために人の肌に近い機能を持つナノスキンを再現することを選んだ、ということになる。

 ……それがどれほど意味のわからないことかというのは、ここまで話を聞いた人間には容易に想像できるはずだ。

 

 

「エネルギーの提供先こそ、装置をコアにすることで代替しているとはいえ……それ以外の部分はばっちり、ってことだからね。そりゃまぁ、【顕象】として起動したからこそ埋められた部分もあるだろうけど、それ以外は普通に束さんの成果として誇っていいはずだよ?」

「……こ、」

「こ?」

心の友よ~!!

「うわびっくりした」*5

 

 

 そんな感じで語り終えたところ、当事者である束さんは感極まった様子で、こちらへと抱きついてきたのであった。

 

 ゆな

 えに

 ?

*6

 

 

 

 

 

 

「突然興奮し始めた束さんを落ち着かせたわけだけど……ともかく、たまごちゃんは束さんをマスターと奉じるメカ娘、ってことでいいのかな?」

「はい、そういうことになりますかと。こうなる前の私がどういうモノだったのかはわかりませんが、今は彼女をマスターだという風に認識しています」

 

 

 突然の熱い抱擁にびっくりしたが、そのまま放置すると多分色んな意味で危ないので、適当に椅子に座らせて落ち着かせた私である。

 ……うん、後ろの方で城を構えてる誰かさんが見えた、なんてことはないから安心して欲しい。……見えてないってことにしといてください。

 

 ともかく、束さんを落ち着かせた私は再びたまごちゃんへの聞き取りを再開したわけなのだが……安定してるのは間違いないようで、今のところ彼女に暴走の気配は感じられないのであった。

 ……まぁ、そうじゃなきゃこの大会……大会?に参加させるはずもないので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 ただまぁ、これだけ安定していると、私としては一つ残酷なことを告げなければいけないわけでして。

 

 

「……ざ、残酷なこと?それは一体……」

「うむ、外見の生成に束さんの意志が関わってる、ってのも見ればわかるのさ。だって『たまご型』の軍貫なんてカード、今のところ影も形もないからね。……その時点で、彼女の生みの親が束さんってのは間違いでもなんでもない」

「う、うん。それはそうだよね!」

「だからこそ、逆にこれって束さんの成果とは微妙に言い辛いんだよね」

「なんでさ?!」

 

 

 こちらの言葉に、涙目になりながら声を荒げる束さんである。

 ……なんというか可哀想になるが、ここは心を鬼にして真実を伝えなければ。

 と、言うわけで。

 

 

「だってこれ、最初にも言ったけどほぼほぼ単なる【顕象】だもん。成立過程に束さんの手が入ったから、その理想やらが反映されてるけど……結局のところガイノイドを完成させた、とは言い辛いよね?」

「ぐへっ!!?」

「そこに目を瞑ったとしても、その最高傑作と一緒に意気込み勇んで試合に望んだ結果、かようちゃん達にこてんぱんにやられたっていう、逃れようのない現実が襲い掛かってくるし……」

「うぎゃあっ!?」

「おまけに、ちょっと持ち出しただけの装置、これもう外せなくなってるよね?……結果が出ればある程度多めに見るとはいえ、これって結構な責任問題なのでは?」

「ぎゃふんっ!?」

「ああ束さま、大丈夫ですか?傷は浅いですよ、しっかりしてください」

「こ、心のダメージは全然浅くないんだよなぁ……がくり」

 

 

 造った、と言いつつほぼ【顕象】であること。

 さらに、その自信作を半ば反則スレスレの手段で持ち込んだわりに、正々堂々正面から撃破されてしまっていること。

 それから最後に、形になっているから不問になるとはいえ、結局勝手に研究成果を他のモノに流用したことは変わらない……などの現実を突き付けた結果、彼女はそれらの事実に押し潰されて白目を剥いたのであったとさ。

 

 うーむ、お労しや姉上……え?お前は妹じゃないだろうって?モッピー知ってるよ、仮に妹さんがここに居たら笑顔で彼女を愚弄してただろうって。*7

 

 

*1
『∀ガンダム』における装甲の一種、『ナノスキン装甲』のこと。人の皮膚と同じ様に、大きな損傷を受けると該当箇所を瘡蓋で覆って修復するのが特徴。正確には、表面のナノマシン達が装甲を補修しているのだとか

*2
『E=mc』。Eはエネルギー、mは質量でcは光速のこと。これによれば、もし1kgの物体を完全にエネルギーに変換することができた場合、そのエネルギー量はおおよそ『9.0×1016J』になるとされる。いまいちわかり辛いと思うので、参考程度に近似値のエネルギーを例に挙げると、マグニチュード8.0の大地震で発生するエネルギーは『6.3×1016J』。つまり、1kgの質量を100%エネルギーに変換する、などという無法が通るのなら、とても簡単に日本を壊滅させられるかもしれない、ということである。逆に言うと、1kgの質量を純粋にエネルギーから作り出すのなら、マグニチュード8.0よりも大きい規模の地震を起こせるだけのエネルギーが必要、ということでもある

*3
『対消滅』の反対。素粒子と反粒子を一度に生み出すもの

*4
縮退した物質を利用したエンジン。『ブラックホールエンジン』などと呼ばれることもあるが、厳密には両者は別物だとか違うとか。小型ブラックホールに原料となる物質を放り込み、質量を100%エネルギーに変換する。『∀ガンダム』のそれは3万kw近い電力を発生させているのだとか

*5
『ドラえもん』のキャラクター、ジャイアンの台詞の一つ。心から彼が感動した時などに溢す言葉。大抵熱い抱擁とセット

*6
『ゴルゴ13』のコラの一つが起源とされる、吹き出し内の言葉を再現した表現。縦読みかつ右から読む為、この場合は『なにゆえ?』となる

*7
束の妹『篠ノ之 箒』のあだ名のようななにか。彼女が原作でメインヒロインらしからぬ扱いをされてることを揶揄ったモノでもある為、利用には注意が必要である。……こんなことしてるが、作者はファース党員である()



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君は君より強くあれ

 さて、束さんが見事に撃沈したのを見送った私たちは、そのまま夕食の続きに移行したわけなのだけれど……。

 

 

「あ、キーアお姉さんこんばんわー」

「はいこんばんわ、かようちゃん。……そっちは今から夜ご飯?」

「そうなん。うちらさっきまで練習してたん」

 

 

 そうして夕食のカレーに口を付けようとしたところ、食堂内に入ってきたのは次の対戦相手である、かようちゃん達の『お子さま帝国チーム』。

 どうやら彼女達、この時間帯までせっせと自主練に励んでいたらしい。

 

 

「わぁ……す、凄い気合いですね……!」

「これは目に見えてわかる強敵……ということでしょうか?」

「あー……そこのそいつらより純粋なアンタ達。騙されてんじゃないわよ、そういうんじゃないわよソイツら」

「はい?」

「と、言いますと?」

 

 

 そんな熱心な姿に、ルリアちゃんと雪泉さんの二人が感心したように声を挙げるが……そこに待ったを掛けるのは、ひねくれものの()である。

 ……え?今すぐその無駄口を閉じないと、手を突っ込んで奥歯をガタガタ言わすぞだって?*1

 ふふん、それくらいで私が怯むと思うてか!!

 

 いばるんじゃないわよ、と脳天に投げられた小さな槍を抜きつつ*2、心底呆れたというような様子を見せる()の言葉を待つ私である。

 ……いやまぁ、これから彼女がなにを言うのか、実はわかってたりするんだけどね?

 

 

「ガキって夜遅くに出歩くな、って言われてるでしょう?」

「え?えーと……そういえば、私も深夜帯になる前に寝泊まりしてるところに帰るように、と言われていたような……」

「……ああ、そういえばルリアさんは年齢不詳なので、公的な扱いは未成年ということになっているのでしたね……」

 

 

 そこでぬが話題に出したのは、未成年の深夜帯外出自粛令。

 なりきり郷でも外の世界と同じ様に、深夜帯に()()()()()()()()()()()()()()()()()()の外出は自粛するように、という風に言い含められている。

 ……まぁ流石に?外の世界に比べれば危険の少ないなりきり郷だが、だからといってまったく危険がないかと言われればノーである。

 寧ろ、外の世界に横たわる危険さとは、これまた別口の危険さが溢れているというか。

 

 例えば、火炎系の異能を持ち・かつそれをコントロールできていない者達が集う魔境『熔地庵(ようじあん)』だとか。

 例えば、あさひさんの本体であるミラルーツのような、迂闊に接触すれば命が幾つあっても足りないような怪物の跋扈する階層だとか。

 このなりきり郷には、そんな感じの()()()()()()()()()というものが幾つも存在している。

 

 そしてそれらは、日の出ている昼間こそそこまでの危険度を発揮はしていないものの……。

 人々の寝静まった夜、己の中の戦闘本能だの破壊衝動だのの抑えを全て開放し、気の向くまま思いの向くまま、周囲への破壊行為だの殴りあいだのを繰り返したりしているのだ。

 無論、近くに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が居る場合は自重するように、とも言い含められているわけなのだが……。

 

 

「まぁ、何人が守ってくれてるやら、みたいな感じでねー」

「私も『竜の魔女』というスキルを持っていますが、アレでどうにかなるほど甘くないのも事実。……というか、下手に操ろうとすると明らかに逆鱗に触れるのは目に見えてるってやつで、今の私では自殺行為にしかならない……ってのも決して間違いじゃないのよ。おわかり?」*3

「は、はぁ……」

 

 

 うん、彼らの感覚的には『大酒飲んで殴りあいの喧嘩をする』位のものでしかないので、こっちの注意がどれほど理解できているものやら、みたいな話になるのである。

 

 そもそもの話、あさひさん達みたくこっちの言語を話せる竜種、というのがそこまで多くないのだし。

 ……いやまぁ、()の区分まで行けば相互理解もそれなりに可能になるんだけどね?

 

 ただまぁ、理解したつもりが次の瞬間背中を攻撃される、なんてことは日常茶飯事な彼らにとって、口約束がどれほどの効力を持つものなのか?……ってな話なわけですよ。

 そこら辺どうにかできそうな『竜の魔女』スキル持ちの()も、この間加減を間違えて危うく黒焦げになり掛けてたし。

 ……モンハン系の竜・龍種には操作系の技能は地雷?そりゃごもっとも。*4

 

 まぁそういうわけで、夜に出歩くのを推奨されないのが子供達、ということになるのだ。

 

 

「……あれ?じゃあなんで制限じゃなくて、自粛要請なんですか?一律禁止にしてしまった方が簡単のような気がしますけど……」

「その疑問についての明確な答えってやつが、現在アンタの目の前に鎮座してるわよ?」

「目の前に、」

「鎮座?」

 

 

 ただまぁ、ここまでの説明だと疑問点が残る、というのも確かな話。

 そこに気付いたルリアちゃんが口にしたのは、()()()()()()()()?……というもの。

 

 子供達が気軽に出歩けるような場所ではない……と言うのならば、一律で立ち入りを禁止してしまう方が簡単なのでは?……というそれは、確かにもっともらしく聞こえてくる理屈である。

 ……が、そこには一つ大きな問題点があった。それを簡潔に理解させ得るものがいる、と()は告げながら、こちらに視線を向けてくるわけだが……。

 

 

「さっき言ってたでしょ?()()()()()()()()()って。……『逆憑依』において、外見年齢があてにならないってのは本当の話。ただこれって、内面年齢もあてにならないって話にもなるのよね」

「……あ、あー!なるほど、キーアさんって見た目は完全に子供ですもんね!?」

「つまり、『外見年齢で立ち入り箇所を完全に制限する』という方針を取る場合、一番そういうものに対する心配の無いはずのキーアさんまで対象になってしまう……ということですか?」

「まぁ、そういうこと」

 

 

 このなりきり郷に跋扈する『逆憑依』達というのは、中身と外見という二つの要素が別々になっている存在である。

 わかりやすいのはココアちゃんとかだろうか?彼女の外見は『保登心愛』のそれであり、絵柄の幼さに目を瞑ればそれは高校生相応、ということになる。

 

 高校生、となるとある程度自分で考えて動けて当然であり、社会の方もそれ前提に動いている面が少なからずあるだろう。

 無論、完全な大人というわけではないので、ある程度の線引きは存在するが……例えば夜の八時辺りに電車に乗っていたりしても、単に『部活やバイトの帰りかな』程度に感じて気にも止めない、ということはままあることのはずだ。

 

 ところが、このココアちゃんの『中身』は小学生である。

 例えば小学生の子が八時過ぎに電車に乗っていたとして、それに首を傾げてしまうのは別に変ではないだろう。

 ……いやまぁ、最近の子は塾やらなにやらでそのくらいの時間帯に電車に乗ってることもある、みたいな反論もわからんでもないけど、あくまで一般論として……というやつだ。

 

 まぁつまり、外見年齢で判断してしまうと、ココアちゃんは夜中に動き回っていても問題ない、ということになってしまうのだ。……中身の年齢的には非推奨なのにも関わらず、だ。

 

 それから、中身が成人済みでも外見が子供だと、夜間の行動を自粛するように言われるのは……大抵の場合、外見年齢に引っ張られた思考形態になってしまう、というのがその理由である。

 

 こっちの具体例は……しんちゃんとかになるだろうか?

 彼の中身は高校生くらいだというが、『野原しんのすけ』というキャラクターそのものは紛れもなく幼稚園児である。

 身体能力もそれに準拠……準拠?しているので、例えば長距離を歩き続けるだとかは、スタミナ的な面で非推奨となるだろう。

 その他、体自体が小さいからこそできないこと、というのも頻発するし、なによりキャラクターの性格に引っ張られてしまうため、思慮深い行動などが取り辛くなってしまっている。

 

 それらを総合した時、外見が子供の場合も夜間の外出は控えた方がいい、ということになるのだ。

 

 ……で、これがあくまでも『その方がいい』──すなわち自粛要請に留まっているのは、中身が成人・ないしそれに準拠するような年齢であり、尚且つ外見の身体能力などが基準値を上回っているような場合、禁止する意味が薄いから……というところが大きい。

 

 これのわかりやすい例は……こっちを見ている()の様子からわかるように、私ということになるだろう。

 私の見た目年齢は丸っきり小学生である。なので、この背格好の人間が夜間ちょろちょろしていれば、真っ当な感覚の持ち主ならばまず呼び止めるはずだ。

 相手が警察みたいな公僕の類いなら倍率ドン、というやつである。

 

 どっこい、私という存在を僅かでも知っている人間ならば、わざわざ私を呼び止めるなどという無駄なことはしないはずだ。

 なにせ、大抵の問題は対処できてしまう。

 ……いやまぁ、【星の欠片】の原理的には対処してるんじゃなくて、全部自爆特効で無理矢理乗り越えてるだけなのだが……。

 そこら辺を説明しても、単にわかり辛くなるだけなので、ここでは『大抵の難所は実力で乗り越えられる』という風に思って貰えればいい。

 

 ともかく、外見年齢のみを判断基準にすると、私みたいにまったく問題ない人間まで引っ掛かってしまう。

 そのゆえ、確認のためのワンクッションを挟む意味も込めて()()()()という形になっているというわけなのだった。

 

 ……なお、自粛要請ではあるものの、それに対して明白な反論を返せない場合は家まで強制連行される、という面もあったりする。

 夜間の場合は迷ってるってパターンもあるからね、仕方ないね(以前なんやかんやあって夜道に迷ったヘスティア様が、そこの警備の人に送って貰っていたのを思い出しながら)。

 

 

「ともかく、ここまで言えばわかると思いますけど……そこの一団は、そのチーム名からわかる通り子供組の集まり。……つまり、この時間までは普通外出なんてできないのよ」

「あはは……練習してる分には怒られないからね。ちょっと張り切っちゃったかも」

 

 

 まぁ、そういうわけで。

 かようちゃん達がこの時間帯まで練習していたのは、勿論サバゲーに精を出しているという面も少なからずあるだろうが……なにより大きいのは、夜更かししてても怒られないからというちょっとした冒険気分から来るものだった、と()は推理してみせ。

 それを受けたかようちゃんは、少し照れたように後頭部を掻いていたのだった。

 ……うーむ、ちょっと悪い子、みたいな?

 

 

*1
『ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかい』。元ネタは1960年代に放送されたコメディ番組『てなもんや三度笠』のキャラクター・『あんかけの時次郎』の決め台詞である『耳の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたる』であり、それを吉本新喜劇の看板役者・岡八郎氏がパロディにして使ったモノ。そこから、関西弁キャラクターの脅し文句として定着したとか。なお、『名探偵コナン』のキャラクター・西の名探偵服部平次も脅し文句を言うことがあるのだが、流石に少年誌的に『ケツ~』は宜しくなかったのか、はたまたオリジナルへのリスペクトなのか、彼が述べたのは『耳の穴から~』の方だったのだとか

*2
邪ンぬのEXアタックから。相手の頭上に出現させた槍で相手を次々に貫く

*3
聖人達が竜を沈めた逸話を持つことから、それを反転させたようなスキル。竜達に対してのカリスマであり、ある程度竜を操ることができる。スキルの元が元だからなのか、普通のジャンヌも似たようなことができる疑惑があるとか(メディア・リリィの幕間より)

*4
『モンスターハンター』シリーズにおける裏設定の一つ・竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)のこと。正確には没設定の類い。かつて人が犯した禁忌。黒き災いはその暴挙を以て、世界を焼き尽くすことを決めた……のかもしれない。直訳すると『龍に等しき兵器』。なお『モンスターライダー』達はまた別の話である



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準決勝だ、サッカーしようぜ!(?)

 はてさて、熱心な練習かと思いきや、実は普段触れられない夜の空気に興奮していたから……みたいな理由を聞かされたわけだけど。

 

 

「まぁそれでも、さっきまで練習してたってのは本当なんでしょ?……だったら結構お疲れだろうから、さくっと夜ご飯食べてお風呂に入ってさっさと寝るんだよー」

「はーい。じゃあれんげ、ご飯取りに行こっか?」

「わかったん。うちは今日エビフライの気分なん」

「んー……病院食ってそこまでレパートリーあったかなぁ……?」

 

 

 この時間帯まで動いていたのなら、疲れもたっぷりたまっているというのは間違いあるまい。

 ゆえに、私は彼女達にささっと夜の必要事項を終わらせて休むように、とだけ言い含めたのだった。……ふ、子供達の善きお姉さん、というわけだな。

 

 

「え、キモいんだけど。アイツを思い出すからそういうの止めてくれる?」

「はっはっはっ。……くらえ姉ビームッ!!*1

「うわ危なっ!!?なにすんのよアンタ!?……ってぎゃあ!?連発すんなっ!?」

「うるさい妹には教育が必要ですねー」*2

「のわっ!?やめ……ヤメロォーッ!?」

 

 

 なお、隣の()が大層気味悪がっていたため、気味が悪くならないように(姉ビーム照射)してあげようと、ちょっとした騒ぎになったりもしたが私は謝らない。

 文句はそこの()にお願いします()。*3

 

 

 

 

 

 

 はてさて、そんな一騒動も終わって次の日。

 今日は準決勝ののちに三位決定戦、さらには決勝までの試合を全て行う過密スケジュールとなっている。

 ……まぁ、それまでの試合とは違って、実質的には二回しか試合をしないからこそできる、ある意味での強行軍でもあるのだが。

 

 

「二回、ですか?」

「三回戦目まではチームが多かったから会場足りてなかったけど、準決勝以降は各回で四試合しかしないからね。余裕で同時進行できるし、なんなら決勝戦は余ったフィールドを統合しての超巨大フィールドでのバトルだっ」*4

「はぁ、なるほど。……えっと、フィールドが大きすぎると試合が長引いたりしませんか?」

「ふっふっふっ、そこについてはこの八雲紫・ぬかりはないわ」

「あ、八雲さん」

 

 

 なりきり郷の全ての人が参加している……と言ったことからわかるかと思うが、最初──特に一回戦目は、参加チームの数も意味がわからないくらい多かったのである。

 大体一チームに五~八人くらい所属していることを思えば、総数で五十万人以上居る住民を単純に振り分けた場合、そのチーム数は多ければ十万近く、ということになるのだ。

 

 まぁ、正確には五十万人全てが参加しているわけではない(医療スタッフ組とか)のだが、それだって誤差のようなもの。

 そうしてチームが多くなれば、必然的に試合回数や必要なフィールドの大きさも相応に拡大するわけで。

 十万→五千→十六→四という阿呆みたいなふるい落としには、流石のキーアさんも苦笑を浮かべるほかなかったのでしたとさ。

 

 ……え?なんか試合数がおかしい?

 そのチーム数なら、四回戦目(準決勝)でチーム数がそんなに減ってるのはおかしいって?

 その辺りはまぁ、空間拡張技術を持っているとはいえ、フィールドの大きさにも限度があるって話に理由があるわけでね?

 

 

「チーム間の戦力差の同期は取ってる、みたいなことを言ってたでしょう?……それでもまぁ、やっぱりどう足掻いても覆せない差、みたいなものはあってね。……じゃあどうするかっていうと、()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?」

「その結果が強いチームを先にフィールドに放って互いに潰し合わせておき、そのあと()()()()()()()()戦場に逐次投入……って、兵の運用としては落第点すぎるやり方よねー」

「まぁ、初期チームの疲弊分を考慮してのやり方だからねー」

 

 

 今回用意されたフィールドでは、一つの場所に付き大体五チームほどが適正な値として定められている。

 ……だがそれだと最初のチーム数(十万)二回戦目のチーム数(五千)に減らすには、参加定員が足りていないと言わざるを得ないだろう。

 

 単純に考えると、十万を五千に減らすには五千の試合を行えばよい、ということになるが……その場合、一つのフィールドに参加するチーム数は二十ということになる。

 一つのフィールドあたりの定員が五チームなのだから、実にその四倍の参加チーム数だ。

 

 さらにはそのあと……五千から十六にチームを減らす場合、必要な試合数の最低値は十六試合だが、その場合一つのフィールドに投入されるチームの数は三百十二もしくは三百十三ということになってしまう。

 数が割りきれないことも踏まえ、色々と無茶があるプランニングと言わざるを得ないだろう。

 

 じゃあ試合数を増やせばいいのかと言えば、そちらも難しい。

 なにせ、私たちの試合を思い出して貰えばわかると思うが……三試合目の時点で残りのチーム数は十六だった。

 ……え?その辺りは描写されてなかった?いやほら、二回戦目の時点で三チームで戦ってた辺りでおかしい、と思って貰えれば……。

 

 まぁつまり、あの時語っていたのは()()()()()()()()()()()()()()()、というわけで。

 最後の辺り微妙にぼかされていたのは、逐次投入チームまで描写してたら時間がどれだけあっても足りないから……という、とても切実な理由によるものだったのだ。

 ……まぁ、あさひさんが勝手に盛り上がって、途中参加組を乱入ペナルティでも食らったかの如くワンキルしまくってたから、見てて面白いモノでもなかったというのも理由の一つなんだけど。

 それと、その流れを見て笑顔が引き攣った遊矢君がかわいそうだった、みたいなところもなくはない。*5

 

 ともかく、普通なら継戦させられればさせられるだけスタミナやら手数やらが減る、というのは確かな話。

 そのため、この逐次チーム投入システムは(人数消化的な意味も含めて)受け入れられ、結果一つの試合に何百ものチームが投入される地獄絵図と化したのであった。

 

 そういう意味では、先のレイド戦はそんな戦いに巻き込まれた上に敗退したチーム達の恨みを、他の比較的平和そうだったグループにおすそわけする意味合いもあったのかもしれない。

 ……え?そのわりには目立ってたの銀ちゃんだった?そりゃまぁ、相手がなにしてくるかを(全部ではないとはいえ)知ってる銀ちゃんと、ほぼ初見で相手させられる他の面々とでは、対応できる攻撃の範囲に差があるからね!仕方ないね!

 

 これがサッカーとかなら、前日の試合を確認して対策を練る……なんてこともできたのだろうけど、生憎今回のあれこれを撮影した映像が一般公開されるのは、全てのプログラムが終了したあとのこと。

 つまりはあさひさんの攻撃手段を窺い知れるのは、実際に相対した数百のチームと、彼女がミラルーツの化身であることを知る一部の人達のみ。

 

 それにしたって、当日はサプライズゲストとしてあさひさん以外に二人も参戦していたし、なんならあさひさん自身もいつもとは違う攻撃方法を選択したりしていたので、事前学習してた人ほど罠に嵌まる……みたいなことにもなったりしていたわけだが。

 ……あ、あとモンハン予習組が絶望の表情になったりもしていたっけ。

 まさかの禁忌組同時クエストだったとか、騙して悪いがどころの話ではないし、仕方ないところもあるのだけれど。

 

 ……話を戻して。

 まぁそんな感じで、半ば無理矢理に準決勝に駒を進めるチームをふるい分けたわけだけど。

 最大で五千試合同時に行えるようなフィールドを、今日だけ四つしか使わない……というのも勿体ない。

 しかし、それをそのまま使うとなると、一つの試合に数千分のフィールドの使用ということになり、正直広すぎて敵に会えない……なんてことにもなりかねない。

 

 そこで、ゆかりんが考え出した秘策。それこそが、

 

 

「決勝戦は、敗退組も全部混ぜての大合戦にします!」

「バカかな?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、最終戦は敗退チームも全員復活させたうえ、適当にチームを振り分けた上での合戦形式にするという、もはやそれ優勝云々の部分放り投げてるよね?……みたいな話なのであった。

 まぁこれ、腐っても健康診断の延長線上だからね、仕方ないね。……いやほんとに仕方ないのかこれ?

 

 

*1
恐怖の姉型モンスター、『水着ジャンヌ』の使う謎のビーム。元々水着のジャンヌは何故かオルタやマスターを妹・弟扱いすることがある上、とあるイベントで『バイオハザード7』のパロディ・『お前も家族だ』を引っ張ってきたりとわりとやりたい放題していたのだが……それとは別の年の水着イベにおいて、相方をイルカ(リース)からサメ(リースXP)に変えた上で覚えたのがこの姉ビームである。受けた相手を問答無用で妹・弟にしてしまうこの怪光線に、マスター達は恐れ戦くこととなったとか……

*2
「そうですキーアさん!オルタは妹。なら姉がすべきことは、彼女のことを思っての教育的指導、なんですよ?」「わ、私の気のせいじゃなければ、キーアさんの背後に謎の金髪の女の人が見えます……?!」「なにそれこわい」

*3
寝たら戻りました。……本家より性能は低めだな、ヨシッ!

*4
勝ち越し・負け越しのそれぞれの対戦を数えた上での試合回数。準決勝はそれぞれ二試合が二回、それからそのあと決勝戦と三位決定戦がそれぞれ二回ずつ、となる。なので、必要なフィールド数は四つ

*5
『乱入ペナルティ』は、『遊☆戯☆王ARC-V』に出てくるルールの一つ。バトル・ロワイアル形式において後から参加したプレイヤーが有利にならないように、と定められたもの。具体的には、初期ライフが半分になる(2000ポイントダメージ)。このシステムを悪用したのが『オベリスク・フォース』であり、常に三対一で挑まれること・迂闊に途中参加すると、罠を張り巡らされた状態でかつ初期ライフを半減させられる為かなり不利なことなどを理由に、並大抵のデュエリストでは手も足も出せずに負けてカード化される、などの憂き目にあった。この辺り、先行で制圧盤面を作れる遊戯王OCGにおいて、後攻の有利性がどれほどあるというのか?……みたいな問題提起にもなっていたり。その為視聴者からははっきりとダメなシステムと認知されている節がある(ので、それを思い出した主人公・遊矢は顔を曇らせた……という話)



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繋がりよ、広がりよ

 さて、ここで唐突に今までの展開全部投げ捨てるようなわけのわからん提案が飛んできたわけだが、どうやらゆかりんはふざけているわけではなく、至極真面目にこの提案をしているらしい。

 ……というか、彼女がこうして私たちに知らせて来ている時点で、実際には提案ではなく確定事項だったりするのだが……ともかく。

 

 

「バカなの?アホなの??血の気の多い戦国時代の人物なの???」

「うーんすごい言われよう。でもさっきキーアちゃんが言ってたように、運動量が足りてないのは本当なのよ?」

「あれだけあさひさん達にいじめられてたのに?」

「寧ろいじめられてたから、かしら?ほぼ一方的な殺戮だったから、結局運動量のプラスになってなかったのよね、あれ」

「なんという無駄に洗練された無駄のない無駄なレイドイベント……」

 

 

 なんで突然そんな今までの話をぶち壊すような話に?

 ……という思いから漏れた言葉は、なんと想定通りに話が進んでないからという、とても理不尽な返答をぶつけられるはめになったのであった。

 ……いや、言いたいことはわかるけど……わかるけど……ええ……?

 

 確かに、である。

 サバゲーの体裁を取っているものの、この話の主題はどこまでも健康診断。……もっといえば、その体でみんなの身体能力を確かめるための身体測定である。

 ゆえに、必要なデータが揃っていないのであれば、追加の運動が発生するのもおかしい話ではない。……というか、最初の方にそんな感じのことを言っていたし。

 

 とはいえ、とはいえである。

 それを最終戦前にこちらに告げるというのは、なんというかこう、誠実さがないというか!配慮かなぁ!?配慮が欠けていて残酷です!*1

 ……ってなわけで、微妙に乗りきれない感があるというか。

 

 

「と、言われてもねぇ。元はと言えば、貴方達だって悪いのよ?」

「おおっとここで責任転嫁だ。どうせ私が勝ち側に居るのが良くないとか言い出すんだっ」

「ええそうね。()()()()()()決勝戦に行きそうなのが良くないわね」

「……ん?親子?」

 

 

 そんな感じで言葉を重ねていくも、返ってきたゆかりんの言葉に、思わず嫌な予感がしてくる私。

 ……いまこの人、『親子』って言わへんかった?

 思わず顔を青くする私に、ゆかりんは代わりに手を叩くことで答えとする。その音に誘われ、やって来たのは……。

 

 

「──若い人は言いました。負けるのは嫌、負けるのは悲しい、負けるのは悔しいと。……正直、その感覚には迎合できない私なのですが……一時でも()を名乗ったのなら、子の哀しみ・苦しみをどうにかしたいと思うもまた定め。──そういうわけなので、趣味と実益と仕事と私事、全部総取りさせて貰おうと馳せ参じた貴方の母です☆」

ぎゃぁーっ!!?(キリア)だぁーっ!!?

 

 

 私たち、勝ち越し組の反対側・負け越し組の準決勝グループ。

 そのリーダーとして活躍する、負けのプロ──すなわち我が(大本)、キリアその人なのであった。

 それを見た私が目ん玉飛び出しそうなほど驚愕するなか、ゆかりんは至って冷静に説明を続けていく。

 

 

「そもそもの話、当初の予定だとキーアちゃんが準決勝まで駒を進める……なんてことをまったく想定して無かったのよね。だってほら、【星の欠片】って本来()()()()()()みたいなものなんでしょう?だったらこう、どこかで綺麗に負けてくれるのかと思ったのだけれど……」

「あ、なるほど。私達が居たからですね?」

「そういうこと。キーアちゃんってば生来のサポーター気質だから、他に仲間が存在すると素直に負けなくなっちゃうのよねー。……まぁ、他の仲間の強化をするっていうのを『他の人の踏み台になる』という風に解釈すると、仲間内で勝敗を埋められちゃってわざわざ相手に負ける必要がなくなる……みたいな屁理屈の可能性も十二分にあるわけなんだけど」

「はっはっはっ。まさかそんなわけは……ありそうだな、この顔だと」

 

 

 そのまま彼女の口から語られたのは、私がこうして勝ち越し側のトップランクに収まっているのは想定外、という言葉であった。

 

 ……確かに、【星の欠片】の性質を思えば私がここに立っている、というのが大分おかしいのは間違いないだろう。

 無論、得てしてそういうものには抜け道というものがあるわけで、今の私もそういうものを使ってここにいるわけなのだが……あーうん、なんというかこう、すっかりゆかりんには読まれてしまっているというか……。

 

 まぁね?私も『私一人きり』のチームならば、潔く負けに負けて逆決勝まっしぐら、とかやってたとは思うんだけども。

 ……今回こうして新人組を任せられた以上、生半可なことはできないなぁとも思ったわけでして。

 というか、その辺りを突っつくのなら、彼女達を私の仲間に組み込んだ運営側──すなわちゆかりん達にも、ひとかど以上の責任が生えているということになるのではないか、と反論をしようとしたのだけれど。

 

 

「それに関しては、こう返すことに致しますわ。──こんなサバゲーにマジになっちゃってどうするの、と」*2

ぐえーっ!!?

 

 

 薄々感じていたことを真っ正面から叩き付けられたため、私は無惨にも塵と化したのであった。

 ……それを言うのは……反則だよ……。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、言ってしまうと別に賞金やら景品やらが出るわけでもなく、完全に自己満足の勝負なんだから、どっかでそこら辺割りきって負ける……ってのも、別におかしくはないわな」

「タイミング的には……芹沢さん達との勝負の時、とかでしょうか?」

「あー、実際にそいつ(キーア)一人まで追い込まれてたんだから、特に遺恨を残すこともなく負けられた箇所って言うとそこくらい、ってことになるわね」

 

 

 ゆかりんからの解説を受け、次々と『納得した』という感じの言葉を投げてくるチームメイト達。

 ……なんや!そんなに私をいじめて楽しいのか貴様らっ!?泣くぞ、私は泣いてしまうぞ!?

 

 

「いえ別に、キーアさんをいじめてるわけではないのですが……」

「単に事実を述べただけ、ってやつよ。……そもそもの話、『そうしても良かったのに』って疑問を投げただけであって、実際に負けろとはこれっぽっちも言ってないわけだし」

「……と、言うと?」

 

 

 そうしてバタバタする私に、なんとも言えない曖昧な笑みを浮かべるアーミヤさん。

 ……その横から、先ほどの発言を翻すような言葉を投げてくる()なのだが……?

 

 

「当たり前でしょ?なにを好き好んで『負けたい』って思うやつが居るのよ。……いやまぁ、アンタ達が本質的にはそういうものってのはわかったけど、それがチームメイト達にまで伝播する……ってわけでもないでしょう?」

「……まぁ、それは確かに」

「だから、別にそいつの話に沈む必要なんかないのよ。()()()()()()()()()んだから、それでいいってこと」

「……ええともしかして、オルタさん私のこと慰めてます……?……って危なっ!?頬を槍が掠めたっ!!?」

「喧しいわねっ、いいからとっとと立つ!!」

「照れ隠しが強すぎるっ!?……ってうおわっ!?」

「さっさと立てーっ!!!」

 

 

 どうも彼女、不器用ながらこっちに発破を掛けてくれていたようで。

 ……彼女にそこまでやって貰った、という事実にちょっと感動しつつ、立ち上がって頬を叩く。

 気合を入れ直した私は真っ直ぐと立ち、ゆかりんに視線を投げるのであった。

 

 

「……即席のチームにしては、随分と良い関係を築いたものね?」

「まぁ、短いとはいえ寝食を共にすればねー」

「なるほど、それは確かにそうね。……で、続きを話しても?」

「あ、そうだここからやベー話になるんだった。……ふて寝していい?」

「おいィ?」

 

 

 ……まぁ、そうして奮い立たせた闘志は、ここから待ち受ける事実に容易く砕かれることとなったのだが。

 いやだって、ねぇ?……傍らにキリアがいる時点でもうやる気ゼロというか。

 

 とはいえここで立ち止まっても仕方ないので、どうにかやる気を再燃させて彼女達に向き直る私である。

 

 

「まぁうん、聞く気になったんならいいけど……ええと、どこまで話したのだったかしら?」

「所詮はサバゲーやぞ、ってところまで」

「ああそうだったそうだった。……つまり、運動量が足りてなければ、例えサバゲーそのものの勝敗が決まったとしても、追加戦(エクストラステージ)が飛んでくる可能性は十二分にある……っていうのは、大分最初の方に言っておいたわよね?」

「ああはい、聞いてます聞いてます」

「軽いわねぇ……まぁ、覚えていたんならいいわ。そこで問題なんだけど……そもそもの話、『運動量が足りない』っていうのは()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……んん?」

 

 

 そうして、再び話を再開したゆかりんが話題に挙げたのが、『運動量』という曖昧な基準のこと。

 ……福祉保健局の推奨するデータによれば、人間は一日におよそ一万歩の歩行と、更に週二日・一回につき三十分以上の運動習慣を維持することにより、生活習慣病などの身体的なリスクを軽減することができる、と言われている。

 

 とはいえこれ、あくまでも()()()()()()()()()である。『逆憑依』の罹患者達が普通かと言われればノーだし、現状の身体機能を維持するのに必要な運動量は、常人の比ではないだろう。

 更に今回、これらの運動は私たちの身体機能がどれほどのものか、というのを確認するためのデータ取りの面も持ち合わせている。

 となれば、必要とされる運動量はかなり多い、ということになると思われるのだが……?

 

 そうして首を捻る私たちに、ゆかりんはさらっとその答えを述べるのであった。

 

 

「答えはね、今の貴方達──正確には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が基準になるのよ」

「…………は?」

 

 

 そのわりと問題発言に、私たちは一斉に間抜け面を晒すことになるのであった。

 ……マジで?

 

 

*1
『鬼滅の刃』より、竈門炭治郎が第102話『時透くんコンニチハ』において霞柱・時透無一郎に対して述べた台詞から。正論だからって配慮を欠いてはいけない、みたいな感じの言葉。間違ってないんだけど、どうしても反論してしまいたくなるような時に使うと良いかも?

*2
伝説のクソゲーとして有名なファミコンソフト『たけしの挑戦状』の隠しメッセージから。超絶難易度の本編を攻略したプレイヤー達が、最後の最後に見ることになる台詞であり、ゲームに熱中し過ぎるプレイヤー達に冷や水を投げ掛ける為に使われることも多い。なお、『たけしの挑戦状』自体はわりと先進的な部分が多く、噂では『グランド・セフト・オート』シリーズの精神的な原点になっているとかいないとか。無論、あくまでも噂であるが、『GTA』に通じる自由度を持つゲームであることは確かだったようだ。因みにだが、こんな無茶苦茶なゲームになった理由は、原案であるビートたけし氏の(酒の場での)発言を大真面目に再現したから、なのだという話がある(なお、そもそもビートたけし氏の発想が革新的でもあった、とも言われている)。真面目に作った結果超難易度のクソゲーになった、ということだろうか……



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お前達の頑張り過ぎだ!我々はこのまま地に落ちて死ぬ!()

 思わず『どういうこっちゃ?』という顔をした私たち。

 そんな私たちを見ながら、ゆかりんは人差し指をピンと立て、順を追って説明を始めていく。

 

 

「そもそもの話、ここにいる人達って誰もが運動が得意、ってわけでもないでしょう?」

「あー、うん。確かに、あからさまにドジって人は少ないけど、それでも長時間動き回るのは難しい……みたいな人は少なくないね」

 

 

 思い起こすのは、ヘスティア様とかエウロペ様とか、そもそも元気に動き回っているのが余り想像できない面々のこと。

 ……いやまぁ、ヘスティア様に関しては意外と動き回りそうだが、エウロペ様に関してはそんなイメージはほぼゼロである。

 基本的には乗騎である牛に任せてのんびり動いている、みたいなイメージがあるというか。

 

 それはまぁ、極端な例ではあるけれども。

 人によってどれくらい動くのか・または動けるのか、というのは大分違ってくるだろう。

 ゆえに、平均値でやると不平等になるし、中央値を取ると両端にとって極端になる、なんてことが起きるわけである。*1

 ……まぁ、その辺りは突き詰めると『平等って結局無理じゃね?』みたいな別の話になるので、この辺で投げとくとして。

 

 

「だからまぁ、私達運営側は考えたのです。結局不満が出るのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

「……あー、だから優勝チームを基準に、って話になると?」

「そーいうこと。まぁ、その部分でも想定外があった、ってわけなんだけどね?」

 

 

 ゆかりんが言いたいのは、次のようなこと。

 平均値も中央値も不平等であるのなら、いっそ更に不平等にしてしまえ、と。

 ……その結果が、優勝チームの運動量を基準にする、というものであった。いやそれ死ぬほどキツいやつぅっ!?

 

 とはいえまぁ、話はわからないでもない。

 実際、これらの試合の中で一番動いたのがどこか?……という話になれば、候補になるのは優勝したチームの中の誰か、ということになるだろう。

 まさか乱数調整でもしたかの如く、その人自身はまったく動かないまま、周りの敵達が勝手に相討ちになり続ける……なんてこともあるまい。……え?同時連載中の作品に居るだろうって?突然メタい話するのやめて貰えませんか?(特大ブーメラン)*2

 

 ……まぁともかく、こっちにTASめいた奴は居ないので、そういう心配は必要ない。

 ならばやはり、これらの試合の中で一番の運動量を誇るのが優勝チームのメンバーにいる、というのは間違いない。

 ゆえに、その人物を基準にして、他の面々の運動量を調整する……というのは、平等かはともかく公平ではあるだろう。

 実際、その人物は既にそれだけの運動を行っているわけなのだし。

 

 

「ただまぁ、そこで問題が出てくるのよねぇ……」

「と、言いますと?」

「そもそもの話、『逆憑依』と言えどあれこれ制限してる現状、算出される最大運動量は一般人のそれからそこまで()()()予定じゃなかったのよ」

「はぁ……?」

 

 

 そこまで話し終えて、ゆかりんはこちらを見ながら一つため息を吐いた。

 ……直前の会話からして、運動量云々の時点で看過できないなにかしらの問題が起きた、ということになるのだろうが……?

 そうして首を捻る私を見ながら、ゆかりんは再度ため息を落とした。

 

 

「……戦力の順次投入は基本愚策とされるけど。それでも、投入する戦力が多ければ多いほど、()()()()いつかは相手を磨り潰せる、というのも間違いではないわ。それこそ、その辺りの考え方は貴方達の方がよく理解してることでしょう?」

「ん?……ああうん、【星の欠片】が勝ちに行くのなら、普通は手数が無限であることを活かすからね」

 

 

 基本的には負ける側である【星の欠片】だが、元々が無限概念であるため、勝とうとすること自体はそう難しいことでもない。

 例え与えるダメージが『1』であれ、『0』ではないのならいつかはたどり着ける、というのが『無限』と言うモノの利点である。

 ゆえに、ひたすら数を使って相手を磨り潰す、という戦術的に愚策であるそれも、私たちにとっては真剣に考慮しうる一手段だと言えるだろう。

 ……まぁ、できなくもないってだけであって、【星の欠片】の本質からすると効率悪いどころの話ではないのだけれど、そこら辺はまたややこしいので脇に置いて。

 

 ともかく、こちらの使える戦力が潤沢にあり、相手が無尽蔵でないのならば耐久戦もそうバカにしたものではない、というのは確かな話である。

 ……では、ここでその話をする意味はというと?

 

 

「……あ、なるほど。今回のサバゲーって制限ありありですから、どれほど強いチームでも()()()()()()()()()()()()()()んですね」

「だから、最初に戦場に投入されているチームは本来、()()()()()()()()()()()()()()……ということですね?」

「まぁ、さっきから何度も言ってるように……ってことね。では問題です。こちらとしてはそうなるように調整していた、ということを前提とすると。その場合、()()()()()()()()()()()()()?」

「……総運動量的には、他とそう変わらないチーム?」

「そういうこと。後から投入されたチームの方が本来有利なんだから、最終的な行動時間──すなわち運動量は、他の敗退したしたチームと大差なくなるはずだったのよね」

 

 

 さっきから何度か触れているように、本来このサバゲーは()()()()()()()()()()()()()

 もっと具体的に言えば、()()()()()()()()()()くらいで丁度よい、くらいに調整されているわけである。

 

 無論、別に負けても良いや、みたいな気持ちで挑めと言われているわけでもないが……逆に、()()()()()()()()()()()()と思われるようにも作られていないのだ。

 ……つまり、二回戦目の私たちとあさひさんのところの試合の時点で、かなり大番狂わせが起きていた、ということである。

 

 なにせあの試合、他の追加投入組を押し切り、なおかつ最後に私とあさひさんだけが残るデッドヒートまで巻き起こしていたのだ。

 この時点で運動量の最大値はおかしなことになっており、急遽その辺りのバランスを取るためにレイドイベントが組み込まれたわけだが……。

 

 

「うん、まさに火に油というか、糠に釘というか、火災にバケツの水というか……今勝ち上がって来てるチームを見る限り、もう修正とか無理よねって言うか?」

「あー……目立つのは俺達だけど、他のチームもわりと大概……ってことか?」

「一番マシなのがかようちゃんのところの『お子さま帝国チーム』かしらね?基本的にあんまり動かず、背後からひっそりとアサシネイトする感じに徹してたから」

 

 

 そもそも、二戦目の時点でわりとオーバーだったのだから、続く三戦目・準決勝……と予測するに辺り、どう足掻いてもバランスを取ることは不可能、と判断されたのだった。

 ……というか、当初の予定を変更するにしても、どこを基準に取るのか?……って時点でもめるというか。

 

 最初の予定通り、優勝チームを基準にするのであれば、他の面々に強いることになる運動量はわりと()()なことになるし、かといって他の基準値を取るには説得力が足りない。

 既に一回、そこら辺のバランスを取るための調整をぶっ込んでいるのだから、今さら『それなし』とも言えないだろう。

 

 ……え?その辺りの話を全部投げればいいんじゃないかって?

 今の時点で無茶苦茶やってるのに、それを全部覆水にしたらそれこそ暴動もんでしょうに。

 あとはまぁ、健康診断の体裁であれこれしてるんだから、後々に残るデータ的にもちゃんとやらない方が不味い、みたいなところもあるというか。

 

 

「そもそも向こう(互助会)の診断が終われば私達も同じ量の運動しないと行けないんだから、その辺りなあなあにはしてられないでしょう……?」

「まぁうん、決まりごとだからって体でやらされてたのに、お前達はやらねぇのかい……ってなったらそれこそ暴動不可避だからね……」

 

 

 あとはまぁ、全部終わった後に自分達に返ってくる制約的に、同じ分だけ運動させられる……という形で終わるだけマシだ、という意味合いもあるとかないとか。

 下手にルールを無下にすると、じゃあお前らも無茶苦茶やらせてやるってなりかねないというか?

 まぁ、今の時点でわりと無茶苦茶だろう、ってのも間違いではないのだけれど。

 なんだろう、ブラック・ジャック先生も戦わされたりするわけだから、るろうに検診とかしだすんだろうか?あさひさん(ドラゴンモード)相手に?

 ……想像しただけでもシュールな絵面だが、それで済むのならまだマシ、というのが哀愁を誘う感じである。

 

 ともかく。

 そうして後々自分達にも返ってくる、みたいな面も踏まえて、そこまでキツい運動にならないようにあれこれ考えていたのが、全部裏目になった……というのが、今の彼らの状況と言うわけである。

 

 

「そこで私達は考えました。優勝チームの運動量を基準にする、というのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということなのだから、いっそのこと全員突っ込んでそこら辺あやふやにしてしまえばいいのだと!」

「バカかな?この人達ってバカなのかな??」

 

 

 そして、追い詰められた彼女達が考え付いたのが、『みんな優勝チームならわざわざ運動量云々の話する必要ないな!ヨシッ!』という、まさに現場猫としか言い様のない解決法だったのであった。

 ……頭のいいバカか貴様らっ!!

 

 

*1
全てのデータを総合した後、データの数で割ったモノが平均値、全てのデータを小さい順に並べ、丁度真ん中に来るのが中央値である。極端なデータが存在する時、平均値はそれに引っ張られてしまうし、データの総数が多い場合、中央値だと両端の数値を無視する形になってしまう。双方欠点がある為、使い分けが重要。これらの数値は『代表値』と呼ばれるが、同じく代表値と呼ばれるモノに『最頻値』(全てのデータの中で、出現頻度が最も高い数)というものがある。こちらは極端な値に数値が左右されない利点があるが、代わりにサンプルデータが少なすぎると数値を算出できなかったり、はたまた何度も出てくる数がない・反対に何度も出てくる数が多い、等の理由から最頻値を一つに定められないことがある

*2
『うちの同居人はTASさんである。』のこと。TASさんモチーフの話



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一つの会社が重要すぎると気軽に休めない

「どうしてそうなったぁ!?」

「だって……ねぇ?これ、基準値に関しては互助会・運営の場合の二回使い回すのよ?ってことはね、ある程度基準値を想定の値に戻しとかないと、普通に組織間の問題に発展しかねないわけでね……?」

「わりと世知辛い話だった!!?」

 

 

 聞くところによれば、現状予測されている最終的な運動量は、当初予測していた運動量のおよそ三から五倍ほどになるのだとか。

 ……そのまま対策もなく放置していたら、最大五倍の運動を互助会の人達にも味合わせなければならない、ということになる。

 そのため、他の運営メンバー的にもてこ入れは必須事項、という認識になっているのであった。……なんでやねん(真顔)。

 

 

「というか、何故そこまで頑なに当初の予定に拘っているんですか?そんなに問題なのであれば、ちゃんと説明すれば皆さんわかってくれると思いますが……」

「甘いわねアーミヤちゃん。この話はそう簡単なモノでもないのよ」

「……と、言いますと?」

「既にお上に書面でお伺いを立ててる上、映像データの提出も義務付けられてるから。……つまりこれまでの話を反故にする場合、自動的にもう一回サバゲーを最初の一回戦からやり直す羽目になるのよ!」

「バカなんですか!?」

 

 

 普段大人しい(?)アーミヤさんにまで、おバカと罵られる始末だが……それもやむ無し。

 だって、ねぇ?……よもや丼勘定というか皮算用というか、ともかく曖昧な見通しで話を通した結果、自分の首を絞めることになったという、いわゆる現場猫案件だったんですもの。

 

 ……いやまぁ、やるんなら郷の運用を一度全部ストップさせる必要があったため、上司にお伺いを立てないわけにもいかなかった、という理由はわかるんだけども。

 

 昨今、電力の需要というのは極端に上がり続けている。

 SDGsだのなんだので持て囃されている電気自動車を筆頭に、高性能な電化製品などに必要とされる電力は右肩上がりに伸び続けている。

 とはいえ、それを賄うのにも限度というものがある。

 ……原子力発電が現状一番電力量の多い発電方法だが、安全面の話を持ち出されてしまうとどうにも使い辛い……というのも事実だろう。

 

 この辺り、日本人の『失敗を許さない』精神がネックになっている部分も少なからずあるような気がしないでもない。*1

 ……無論、メルトダウンのようなことが起きてしまえば、世論が反原子力に走るのはわからないでもないが……。

 事実として、まったく問題の起きない発電、というものは存在しない。*2

 

 クリーンな発電方法として持て囃されている風力や太陽光発電などでも、問題というのは普通に起きている。

 風力の場合は、利用できる風力に限りがある……というのが一番の問題点だろう。

 大きな電力を生むためには、必然風車は大きくなる。大きくなれば、それを動かすために必要となる風の強さもまた大きくなる。……要するに、風車を動かすための風の強さに下限ができる、ということでもある。

 

 そしてその反対に、台風のような強すぎる風を受けた場合、風車が耐えきれずに破損する可能性も存在する。

 強い台風であれば、人が吹き飛ばされるようなことも普通に起こりうる。そんな規模の風を受けて壊れない風車、というのは中々に難しいモノなのだ。

 あとはまぁ、その規模の風車だと保守点検にも相応の手間が掛かる、というのも問題の一つかもしれない。*3

 

 太陽光の場合にも、台風というのは大きく関わってくる。

 ……というより、太陽光パネルの設置の仕方自体が、天災と相性が悪いと言うべきか。

 

 一つ一つの発電量がそこまで大きくない太陽光の場合、必要な電力量を確保するために広範囲の敷設面積を必要とする。

 それは言うなれば()()()()()()()()()とも言い換えられるため、自然災害による被害規模が大きくなりやすい、という問題点も同時に抱えてしまうのだ。

 特に、台風による風や大雪による圧壊などは、太陽光パネルを保守運営していく上で決して避けては通れぬ問題である。*4

 

 それの解消として、自然災害に左右されない遥か高所に敷設しようという動きもあるが……それは必然、設営場所の制限を伴うモノである。

 なにせ、()()()発電である。……太陽の光を受けなければ発電できない以上、必然的にそのパネルは()()()()()()()()()()

 低所にあるうちはそう問題ではないが、高所に設置するとなると日照権の問題などに発展するのだ。

 そのため、その辺りの問題を避けようとすると、設営できる場所に限りができてしまうのである。*5

 

 まぁ、それ以外にも問題点は幾つも存在している。しているが、それでもそれらの発電方法は廃れることなく続いている。

 ある程度の問題は起こるものと認知し、問題が起こっても適切に対処することで問題点を是正しているから、というところが大きいだろう。

 

 原子力も、本来はそういう風に運用するモノなのである。

 確かにメルトダウンしてしまうような状況がダメなことは確かだが、普通に原子力発電を運用する場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 そもそもの話、人は原子力と言うものの持つ危険性を既に知っている。

 一度問題が起これば、防御すら容易にできない目に見えない波によって、全てが崩壊する……という事実を知っている以上、些細なトラブルすらも『それが重大な問題を引き起こす』と認知し、余裕を以て対処できるように設計されているのだ。

 いわゆる安全装置(フェイルセーフ)というやつだが、それでもなおメルトダウンが起こったというのも確かな話。

 では何故それが起きたのか?……ということになると、身も蓋もなく()()()()()()()()()()()としか言いようがないのだ。

 

 例えば、である。

 今目の前に、原子力を使った装置があるとする。

 この装置は手順を守って運用している分には、危険は一切存在しない。

 更に、なにかしらの問題が起きたとしても、しばらくの間はなんとか持たせてくれるような、安全装置も設けられている。

 

 無論、その安全装置は永続的なものではなく、その装置が稼働している間になにかしらの対策を高じる必要はあるが……それは一分一秒の決断を強いるようなモノではない。

 最低でも一時間、最高で丸一日持つようなものだ、と思ってくれていい。

 

 さて、この状況下において、貴方はこの装置を暴走させてしまうだろうか?

 答えは()()()()ノー、である。

 わざわざ安全装置を壊そうとでもしない限り、対処の時間は十二分に与えられている。

 そして、これらの装置は()()()()()()()、貴方に被害を及ぼすことはない。そも、この装置の中で一番壊れてはいけない部分は、二重三重に護られている。

 ……つまり、普通に運用し、普通に対処すれば問題なぞ起きるはずもないのだ。

 

 現実の原子炉も、基本的にはそういう風に設計されている。

 原子力は危ないものと知らないのならともかく、その危険性は十分承知したうえで、設計者は安全面の対策を高じているのだ。

 ならば、それらが突破されて問題が起きる時というのは、それこそ問題点が複数重なった時にしかあり得ない。

 そしてそれは、頻度の面だけを見れば()()()()()()()()()()()()()()()()()()よりも確率の低いものなのである。

 

 それなのに何故、ここまで非難を受けることとなったのかと言えば……発生する被害が大きすぎるということが、一番の理由だと言えるだろう。

 

 一度のミスをとかく誇張する気質と、そのミスが(頻度は別として)発生した時に起きる事態の大きさ。

 その二つが相乗効果を生み、現状の原子力を取り巻く空気を生み出した、というわけだ。*6

 

 ……長くなったが、前置きはここくらいにして。

 さて、どれほど原子力が危険だと言われても、現状の必要電力量や、火力発電による二酸化炭素の排出を抑えなければいけない、という世論を纏めると。

 現状、日本という国が電力不足である、という部分に恐らく反論はあるまい。

 省電力化、という形で対抗しているものの、それにも限度はある。というかこれ以上の社会の発展を望む場合、電力受給の逼迫は避けられぬ問題でしかないわけで。

 

 ──そこへ現れたのが、『逆憑依』という存在である。

 彼らは創作世界から飛び出したかのような存在であり、現実の物理法則を嘲笑うかのようなことができる存在でもある。

 それゆえ、それらの存在を多く擁するこの場所に求められた一番のモノが──、

 

 

「何度か口にしているように、電力ってわけよね。……まぁうん、ピカチュウちゃんとかがわかりやすいけど、創作世界の電気系能力者って、現実の人からすると喉から手が出るほど羨ましいってパターンが多いわけでね……」

「なるほど。特に生身で電気を発するような人は、現実非現実を問わず発電所に付き纏う問題のほとんどを無視するため、需要が大きすぎるというわけですね」

「そうなのよ。だからほら、そういう人達まで休ませようとすると、お上どころか世間様を納得させる理由が必要になってくるってわけでね……」

 

 

 ()()()()()()、というわけである。

 ……まぁうん、そこら辺はなりきり郷の資金源、みたいな話を何度かしてたことからみんなご存じのはずだけど。

 これがまぁなんというか、こっちの認識以上に注目を集めてたみたいでねー。

 

 内容は不明ながら、安定した供給に加え、そこらの原子炉も真っ青な電力を供給してくれる謎の場所……ってな感じで、評判と注目がいいらしいのである、このボーダー電力(株)。

 まぁ、実際は生物発電ってことなので、一部の場所に実態を知られると色々うるさいことになりそうな気もするのだけど。

 

 ともかく、互助会側に交代してはいるものの、向こうはこちらより遥かに小規模のため、発電量も明らかに減少中。

 その分普通の発電所が頑張る、みたいなことにはなってるらしいけど……まぁ、それにも限度はある。

 

 それゆえ、この健康診断と言う名の電力供給縮小宣言、あまり引き伸ばすこともできないという話になるのであった。

 ……いっそ永久機関でも作って投げてやればいいのでは?……みたいな気持ちもないではないが、それはそれで問題になりそうなのでアレかなー?とか思うキーアさんなのでした。

 

 

*1
『一度高い立場から転げ落ちた人間を助けない』システム、とも言い換えられるか。三十代以上の無職・アルバイターなどは、わりとこのシステムの被害者が多い。人以外の物事にも、わりと適用されることが多いのも特徴か

*2
あるものをそのまま使うのならいざ知らず、基本的には『ある現象を利用してタービンを回す』という形になる為、変換過程でなにかが起きる余地は常に付き纏う

*3
その辺りを解消した『風レンズ風車』というものもあるが、今のところそこまで普及していない様子

*4
特に、雪による破損は深刻。これを解消できない場合、例え日照時間的には問題のない場所でも、雪による破損を気にする必要が付き纏うようになる。また、それを対処する為にパネルに傾斜を付けたり高所に設置したりすると、今度は落雪の問題に発展することも。また、雪の日には純粋に発電量が低下する、などの問題もある

*5
宇宙空間に設置し、送電線やワイヤレス給電などで電気を送ってこよう、などという案もあったり

*6
問題のすり替えが起きたのではないか、とする人もいるが、そこまで行くと陰謀論にまで発展するのでここでは割愛する



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会社には、社員の健康管理をする義務がある()

 はてさて、この健康診断がこれ以上引き伸ばせない理由、というものがゆかりんの口から説明されたわけなのだが。

 とはいえ、それはあくまでも上の人達の都合というやつ。……つまり、部下側がそれを考慮して動く必然性は皆無、というやつなのである……!

 

 

「なに!貴様、それは!」

「君の話は嫌いではなかったがね!だが社会は、それを許容するほど甘くはない!」*1

(……え、なんですかこの茶番?)

(しっ、こういう時は迂闊に触れちゃダメですよアーミヤさん。私は詳しいんです)

(慣れきってますね……)

 

 

 その慣れは多分宜しくないやつ。

 ……とまぁ、ひそひそ話すルリアちゃん達に脳内で小さくツッコミを入れつつ、驚愕する(※フリです)ゆかりんに相対する私である。

 だってほら、一応ここで反抗しておかないと、流れのまま多数対多数の大規模戦闘させられる羽目になるからね!

 ……別に逆らってもやらされるだろうって?それに対して従順だったか反抗的だったか、ってのは後の評価に繋がるものだから……。

 無論上司からの評価ではなく、のちの歴史家達からの評価、というやつだが。*2

 

 そんなわけで、とりあえず反抗したという証を欲した私はというと。

 

 

「……この話を呑まない場合、貴方も医療スタッフ側として互助会への出張が発生s()「キルフィッシュ・アーティレイヤー承知しました!大規模戦闘開始します!」切り替えはっや!?」

 

 

 余計にめんどくさい話に突っ込まれる予感を覚え、即刻寝返ることにしたのでしたとさ。……この話はここで終わらせておくべきだ!()

 

 

 

 

 

 

「まぁ、別に反抗しようとしまいと、結局貴方が向こうの出張に巻き込まれるのは確定事項なんだけどね?」

ウソダドンドコドーン!!

 

 

 向こうの人達って、貴方に対してちょっと崇拝じみた感情抱いてる節があるし……。

 だったらそれを活かして、向こうの検査を円滑に進める義務があるんだし……。

 

 みたいな言葉と共に、結局これが終わったあとの延長戦を告げられた私ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 私はただいま夕日(ではない)に向かって「ちくしょーっ!」と叫んでる真っ最中です。……土佐犬出る?

 

 

「ハジマリハゼロwwwオワリナラゼッwww」*3

「……おめぇさんは余裕なのかそうじゃないのか、端から見てるとまったくわからねぇな……」

余裕なんてまったくないです……

「うわぁいきなり落ち着くんじゃねぇ!?」

「っていうか溶けてます!?なんですか私よりよっぽど『るっ!』じゃないですか!?」

「落ち着いてルリアさん、貴方までそっちに行かれると私どうしようもなくなります……」

 

 

 対戦中に使うと怒られるけど、こうしてなんでもない時に使うのは問題ないよね!

 ……って感じに、液体化してぐねぐねしてる私にあちこちからツッコミが飛んでくるが、キーアん気にしない!……ルリアちゃんの横に居る時はドラゴン形態にでもなっとけばいいかな?*4

 

 とまぁ、半ばやけっぱちになってる私に()からのお叱りが飛んでくるまであと数分である。

 

 

「っていうか、私にツッコミ役を投げるの止めてくださいます?バーサーカーなんですけど。アヴェンジャーなんですけど私?」

「そういう台詞はオリジナル(姉名乗る者)に勝ってから仰ってください」*5

「無茶言わないでよ!?」

 

 

 あれに勝つとか、更なる色物になれって言ってるようなもんじゃない!……と叫ぶ()に、そこまで言われるオリジナルとは?……みたいな顔をする者が数名。

 ああうん、そういう人達にはあとでたっぷり教えてあげるから、と一度話題を切って。

 

 改めて、話を戻すと。

 ……向こうの娯楽が長らく『マジカル聖裁キリアちゃん』だった、というのは以前から語っている通り。

 そのせいということかのか、なんというか向こうの人って『キリアちゃん推し』みたいな人がわりと多いのである。

 初めて向こうに行った時に、その片鱗を見せていたのはハジメ君くらいのものだったけど……。

 

 

「何度かお邪魔してるうちに、『あのー、もし迷惑でなかったら、なんですけど……サインとか、貰えます?』みたいな話を聞くことが増えてきてね……」

「あーうん、『逆憑依』組からしてみると、アンタの特殊性ってのもどことなく感じられちゃうのかもね……」

 

 

 何度か向こうで仕事をしているうちに、それなりの頻度でサインやら握手やらを求められるようになっていったのだ。

 ……『逆憑依』って時点で、本来ならそれは変な話なのだが……彼らはこっちと違って、最初のうちは()()()()()()()()()()()()()こともあり、『漫画』や『アニメ』への意識が、本来普通の人が抱くものとは異なっていた。

 端的に言ってしまえば『ドラマ』みたいなもの、と言うべきか。それも、ノンフィクションの類い……みたいな?

 

 その中で、『キリア』という存在は分かりやすく『フィクション』であった。

 なにせ、作品そのものが()()()()()()()()()()……つまりは虚構であることを示していた。

 その中の主人公が、実際に実体を持って歩き回っている……その事実がもたらす衝撃がいかほどのものだったのか、そこを正確に測ることはできない。

 

 できないが……こちらが思っている以上に驚いた、ということは間違いないだろう。

 感覚的には、『アニメやゲームのキャラクターに実際に遭遇した』、となるのだろうか?

 ……いやまぁ、他のキャラだって厳密にはそうなのだが、自分を転生者だと思っている状況下で、明確に作り物だとわかる人物が目の前に現れた時の感想、なんてものが容易に想像できるわけもないというか。

 

 ともかく。

 こっちが思っている以上に不可思議な存在であった『キリア』という少女が、向こうでカルト的な人気を持つに至る土壌というものは、最初から揃えられていたというわけである。

 それが、()()()()()()()()()()()()()という事実と結び付き、変な変質を起こしたというか?

 

 

「まぁ、『逆憑依』で持ってきてる外の姿は、実際にどこかの世界で実在している彼らのそれ……みたいな感じだから、正確には完全に作り物なのって私だけなんだけども」

「それにしたって、本当にアンタが作り物なのかもわからないわけだから、言うだけ無駄って感じもするけど」

「まぁ、せやねぇ」

 

 

 その辺りはまぁ、『逆憑依』自体の本質やら真実やらが明らかにならない限り、あくまで憶測の域を出ないのも確かなのだけれど。

 

 ……ともあれ、『キリア』ないし『キーア』が他の『逆憑依』と違う、というのは私だけ出典がオリジナル作品である、ということからも明白。

 その辺りの差異とでも言うべきものが、どうやら一種の魅力として受け入れられているようで、結果として向こうの人達は地味に私のファンが多い、ということになっているのであった。

 ……ベビロテでアニメが流され続けているのが理由、というところは否定しない。

 

 

「最近でも最初の路線と変わらず、色んな世界とコラボしてるみたいねぇ」

「パルデア地方にポケモン探しに行った日には、新規アニメでサトシが降板したのと合わせてなんか話題になってたわね」

「というか、サトシが居なくなったって事実の方がビックリだよ、私」*6

 

 

 まぁ、なんやかんやで二十数年もずっと主役やって来たのだから、そろそろ交代すべきってのもわからないでもないのだけれど。

 ……え?その割にはピカ様は続投してる?……ほら、声は同じだけどキャラとしては別物だから……(震え声)*7

 

 ともかく。

 向こうに行く時に、私……もといキリアが同行してくれると、あれこれスムーズに済むのは間違いない話。

 なにせ、密かにモモンガさんまで私のサイン持ってるのである。……トップがそうなのだから、配下扱いみたいなものの住人達にも十分通じるのは明白であるだろう。

 

 ……まぁ、その扱いに私が耐えられるのか、みたいな部分はなくもないんだけどね!

 肉体労働の後に待つ、精神的な疲労を約束するお仕事の確定に、思わず頭を抱える私なのでしたとさ。

 

 

*1
『機動戦士ガンダムSEED』より、ラウ・ル・クルーゼの台詞『君の歌は好きだったがね……だが世界は歌の様に優しくは無い!』から。単なる皮肉だったのか、本当に好きだったのかは解釈の別れるところ

*2
その時は良くても、後年改めて考えてみると選択をミスしていた、なんことはよくあるという話

*3
テレビアニメ『ZETMAN』のオープニングテーマ『dots and lines』の歌詞から。『土佐犬出る』も同じであり、こちらは『~と、叫んでる』の空耳。2023年になってもまだ履いてないのか……!

*4
『ぐらぶるっ!』におけるマスコットキャラのようななにか・ビィのこと。変幻自在のその姿は、時に社会の歯車になることも

*5
飯田ぽち。氏の漫画作品『姉なるもの』のタイトルをもじったもの。FGOのイベントでもほんのり言及されており、作者がちょっと当惑したことも

*6
2023年4月から始まった新規シリーズでは、1997年4月からずっと主役を務めたサトシが主人公を降板した。ドラえもんやクレヨンしんちゃんが声優交代したのと同じく、惜しまれながらの交代となった

*7
キャプテンピカチュウ、という別キャラで続投。こちらはサトシのピカチュウと比べるとインファイター気味だが、ピカチュウらしからぬ強者扱いなのは変わらず



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ここから先へは行かせねぇぜぇ~!

 はてさて、ゆかりんからあれこれと説明されたけど、私たちがやるべきことは大して変わらないわけで。

 

 ……いやだってさ、大規模戦闘をするって言っても、それって決勝戦まで進んだらの話……ってやつだから、こうしてまだ準決勝すら終わってない時点で、あれこれ騒いだとしても仕方がないっていうか?

 あと、そもそもこの後の準決勝自体本当に勝てるかどうかもわかっていないのだから、このタイミングで勝ったあとの話をするのも不誠実だろう……みたいな意味合いでもあるかも?

 

 まぁそういうわけで、一先ずは目の前の準決勝に向けて気合いを入れ直そう……という話になったわけなのでございます、はい。

 

 

「ええと、それじゃあ改めておさらいするけど……これから私たちが対戦する相手は、かようちゃん達が率いる『お子さま帝国チーム』。主要なメンバーはかようちゃん&れんげちゃんで、それを筆頭にイッスン君やナルト君、それからうちのビワにコナン君とかを含めた六人チームだね」

「わりと豪華・且つ少数精鋭のチームなのですね?」

「まぁ、全部で十人近く集まってたチームがあったことを思えば、十分少数精鋭側かな……?」

 

 

 と、言うわけで、試合前のブリーフィング*1である。

 今回私たちが対決する相手は『お子さま帝国チーム』。

 かようちゃんを筆頭に、チーム名通りの子供達が複数揃った集まり、ということになるのだけれど……。

 構成メンバーが子供で揃っているからといって、決して侮ってはいけない相手であることも確かなのであった。

 

 

「……ビーストから零れ落ちたって肩書きの人が、二組も居るのが恐ろしいんだよなぁ」

「ええと……確かイッスンさんとかようさんの二人が、噂の人達ってことになるんでしたっけ?」

「そうそう。……ここに居ないクモコさんとキアラさんに関しては、こっち所属じゃなくて向こう所属だから今のところ考慮する必要性はないねぇ」

 

 

 現状、獣から零れ落ちた存在として確認されているのは四組。

 ……予想が正しければもう一人、銀ちゃんのところに疑わしい人物がいないでもないのだが……彼女に関しては実際にはビーストとして顕現はしていないのだと思われるため、ここでは除外。

 そもそもの話、件の人物は既に敗退済みだし。

 ……その割には、原種発生後の獣の連鎖顕現が起こっているような気もするって?あれだよあれ、それは多分気のせいってやつだよ()。*2

 

 ──話を戻して。

 元となるモノが元だけに、戦闘能力的に警戒しておいた方がよい……という扱いになる人物は四組存在するわけだが。

 そのうちなりきり郷所属扱いになっているのは『かよう&れんげwith二匹の従者』組と『イッスン』の二つ。

 ……クモコさんに関してはわりと所属が怪しいが、一応本籍に関しては互助会側なのでここでは割愛。

 それと、最近加わったセラピストの方のキアラさんも、明確に向こう側の人物であるため除外。

 ゆえに、この場で警戒の必要な人物という区分ではこの二組に絞られる、ということになる。

 

 

「そこら辺考慮すると、しんちゃんがあのチームに混じってないのってわりと有難いんだよね……」

「獣と勇者が同陣営、ってなると概念的に強くなってしまうものね」

「……え、しんちゃんさんもいらっしゃるんですかここ?」

「そうそう、居るのよあの子。……まぁ、そこまで乗り気じゃなかったみたいで、初戦で敗退してるんだけど」

 

 

 そこまで考えて、しんちゃんが『お子さま帝国チーム』に加わってなくて良かったなぁ、と思考が飛んだ私なのであった。

 

 ……随分思考が飛んだって?いやだって、ねぇ?

 正直、彼がやる気になってたらわりと危なかった、と言うのは決して間違いではないだろう。

 

 無論、今のあのチームが警戒に値しないわけではなく、寧ろバリッバリに警戒すべき相手であることも間違いじゃないけど。

 獣単体の場合と、それを補助・ないし補強できる相手と一緒にやって来る場合を考慮すると、前者の警戒レベルが一つ下がるのは仕方のないことというか。

 

 まぁ、彼以外にもやる気だったらヤバい面子、なんてものは幾らでも転がってたわけなんだけども。

 同じく初戦敗退してるダンテさんとか、はたまた五条さんとかがいい例である。

 

 

「まぁ、あの辺りはこの流れを読んでた、って可能性もあるんだけど」

「流れ、と言いますと……」

「ここまで頑張っても、決勝戦でおかわりが飛んでくる可能性」

「あー……」

 

 

 まぁ、彼らがやる気がなかった理由、というのが今の展開を予測していたから、という可能性もあったりするわけなのだが。

 

 ……それが面倒臭さからか、はたまた大規模戦闘になる決勝の方が楽しそうだったからか、という違いはあるだろうが。

 その辺りは決勝戦で嫌となるほど確かめさせられるだろうから、今は脇に置いておくとして。

 

 改めて、『お子さま帝国チーム』の戦力分析に話を戻すと。

 チーム名に肖ってしんちゃんまで加わっていた場合、それこそ手の付けられない相手となっていただろうことは間違いない。

 それを思えば、現状のあのチームの警戒レベルは一つ下がるが、かといってそれがこちらの勝ちを約束するものか?……と言われると微妙というか。

 

 

「……そもそもの話、なんでしんのすけ?ってやつが居るか居ないかを警戒してるわけ?一応、アイツらってビーストの残り香なんでしょ?だったらそれ相応の警戒は、普通にしてしかるべきだと思うんだけど」

「答えは今()自身が言ってたよ」

「はぁ?」

「あ、なるほど。()()()()()()、なんですね?」

「……はぁ?」

 

 

 そこまで語って、今一警戒してるのかしてないのか、どっちなのか判別し辛いというツッコミが()から飛んでくる。

 ……それに関しては何度も口にする通り、()()()()()()()()()というのが答えとなるのだが……まぁ確かにわかり辛い、という声もわからないでもない。

 

 なので、もう少し踏み込んだ答えを述べると。

 かようちゃん達はあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()、すなわち残り香でしかないというのがポイントとなる。

 ……これに関しては、しんちゃんの特異性が関係していたりもするわけだが。

 

 

「しんちゃんってば、基本的には主役側だけど。……同時に、人以外のモノとも仲良くなれる素質持ちなのよね」

「……それで?」

「彼が適切に関わった相手っていうのは、本来のスペックより遥かに優れた結果を出すことがあるわけでね?……そこら辺拡大解釈すると、彼って()()()()()()()()()()って風にも受け取れるのよね」*3

「……あー、もしかして?」

「そういうこと。しんちゃんが獣の残り香と手を組んだ場合、()()()()()()()()()()()、みたいなことになりかねないのよ」

「うわぁ」

 

 

 そもそもビーストとは、人類愛より生まれたモノである。

 ……それは裏を返すと、発生の原因そのものは()()である、ということでもある。

 つまり、圧倒的善属性であるしんちゃんと接触すると、変な化学反応を起こしてビースト時のスペックを発揮したりする可能性がある、なんて話になってしまうのだ。

 

 これ、普通なら『かつての敵が頼れる味方に!?』的な話になるので、喜ばしい話題ということになるはずなのだけれど……。

 ここで想定するのは、相手が敵の場合。……つまりいつぞやかの『ネガ・シンガー』だの『ネガ・シンクロニシティ』*4だのを再現できるレベルまで強化されたかようちゃんだのイッスン君だのと戦わされる可能性があったわけで。

 

 それを思えば、獣の指導者(マスター)となる人物を欠いた状態、というのが少しばかり警戒レベルが下がってしまうのは仕方ない、という話になるのであった。

 ……まぁ何度も言うように、以前の獣パワーが使えないだけであって、決して甘く見ていい相手というわけでもないのも確かなのだけれど。

 じゃあなんでここでこんなにしつこく語ってるのかって?

 

 

「……決勝戦でそっちパターンになる可能性があるからです……」

「あっ」

 

 

 言うなれば、これから私たちが戦う相手はシナリオボス。

 設定面的には確かに強敵だが、それでも勝てるように調整はされた相手、という風に解釈することもできる。

 どっこい、決勝戦では事前の宣言通り、敗退したメンバーも加えての大乱戦となる予定である。

 

 ……と、いうことは。

 準決勝(シナリオ)の時点では成立しない『最強チーム』が、その場限りで成立する可能性は十二分にあるわけで。

 

 そう、誤解を恐れずに言えば、後から高難易度クエストが飛んでくる可能性が高いので、今のうちに警戒しておけ、ということになるのであった。

 ……言い方を変えれば、その辺りの予兆的なモノをこの対決で掴んでおけ、みたいなことにもなるか。

 

 

「決勝がお祭りみたいなことになるのが決定してるから、素直な対決になるのもこの準決勝まで、ってことになるのも理由の一つかな。……こっから先、今までのようなノリで挑むと酷いことになるぞって警告と、今のうちにここまでの空気を噛み締めておけよって忠告?」

 

 

 それと、そうして緩んだ気持ちのところを見計らって、足元掬ってくる可能性もあるぞ……みたいな言葉も添えつつ、これから始まる準決勝がわりと波乱になる可能性を示す私なのであった。

 ……話がとっ散らかった?まぁ、こうでもしないと今の私たちの複雑な状況がわからない、みたいなところもあるので……。

 

 

*1
『briefing』。簡単な報告・事情の説明という意味の言葉であり、そこから『報告会』的な意味で使われるようになった

*2
『FGO』におけるビーストの設定から。原種というのは『ビーストⅠ』のことであり、逆に言うとⅠ以外のビーストが発生したからといって、他のビーストが連鎖顕現するわけではないとのこと

*3
しんちゃんに悩みを聞いて貰い、そこから飛躍する……というキャラも多い。この幼稚園児、色々やれ過ぎでは?

*4
『ビーストⅣi』のネガスキル。『変化』『自己改造』などが統合・変化したスキルであり、敵対者の状態を鏡に写したかの如く写し取る。()()と言うように、基本的には属性などが反転した形となり、かつリアルタイムで相手を写し続ける。反転する代わりに相手をコピーする為の燃費が異様に軽いのが特徴。また、本来であれば相手の反存在となるものである為、基本的に勝てない(=負けない)のも特徴



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はい死んだ!君今死んだよ!慢心で!

 はてさて、これからの戦いが実質的な決勝戦であり、その後の戦いはほぼ無茶苦茶になってあやふやになる……というような警告を述べた私ですが。

 正直そっちに関しては考えるだけ無駄、というの他の人の主張も決して間違いとは言えないため、結局明後日の方向に放り投げることになったのでしたとさ。

 ……まぁほら、準決勝に勝てなかったら結局無意味なんだし、心配しすぎて常のパフォーマンスが出なくても困るし……ね?

 

 そんなわけで、目の前の準決勝のために、あれこれ準備を整えることを優先させる私である。

 

 

「……いつも通り、杞憂が服を着て歩いていたようなもの、ってことでいいのかしら?」

「なにそのスッゴい誤解を招きそうな発言。……いや、欠片も掠りもしない、ってわけじゃないけど」

 

 

 いや、そこは胸を張って否定しときなさいよ……というゆかりんの苦笑混じりの言葉を聞き流しつつ、再度メンバーの確認を済ませる私である。

 

 うむ、途中であれこれと話題が飛んだりしたけれど、今のところうちのメンバーにそれを過剰に思い悩んでいる者は居ない様子。

 ……そこを心配するのなら、端から話題にしなければ良かったのでは?……みたいな声が聞こえてくる気がするが、ここは大胆にスルーする私である。……いやほら、後から事の次第を知って慌てるより、前以て知っておいた方が安全……みたいな?

 

 誰に言い訳してるのよ、などと笑うゆかりんを横目に、決戦のバトルフィールドへと足を踏み入れる私たちなのであった。

 ……そのネーミングだと、なんか人の命が簡単に失われそうで怖いね?*1

 

 

「余計なこと言ってなくていいから、さっさと行きなさいよ」

「へーい」

 

 

 

 

 

 

「レディースエーンドジェントルメーン!!全国のサバゲーファンの皆様、大変長らくお待たせ致しました!これより『なりきり郷主催全員参加型サバゲー大会』、準決勝一回戦目の開幕をお知らせ致します!」

 

 

 ついに始まったのか、という思いを多分に含んだ歓声が、フィールドを熱く揺らす。

 その様子に満足したように小さく頷きながら、司会──榊遊矢は、その熱をさらに盛り上げる為に声をあげた。

 

 

「司会は今までに引き続きまして、希代のエンタメデュエリスト・榊遊矢と!」

「同じく引き続きましてぇ~、貴方のお口の恋人・ロッ○とは清い関係でいたい、皆様ご存じ周央ゴコがお送りするわけなのですが~」

「今回は準決勝ということで、特別ゲストをお迎えしております!それはこの方!私共・なりきり郷とは業務提携のようなものをさせて頂いている『新秩序互助会』のリーダー!」

「見た目のせいで怖いと評判、モモンガさんでーす。皆様拍手~」

「う、うむ。紹介に預かった通り、モモンガだ。これからうちの方でも似たような催しが執り行われる、ということで視察に来たようなもの、ということになるわけなのだが……できれば私の事はあまり気にせず、普段通りに過ごして貰いたい」

 

 

 司会席に侍る影は三つ。

 一つはご存じ榊遊矢であり、その隣はすっかり定番となった周央ゴコが固めている。

 ……そしてその更に隣、普段は誰もいないその席に座っていたのは、なにを隠そう『互助会』のリーダーであるモモンガ氏の姿。

 

 彼は今後互助会の方でも執り行われるだろう健康診断が、どのようにして進行しているのかを確かめる為に単身こちらにまでやって来た、ということになるらしい。

 

 思わぬお偉いさんの登場に、観客達の反応は様々。

 純粋に歓迎するもの、どうせならちょっと参加していかないかと声を挙げるもの、突然の登場にちょっとビビるもの……。

 その反応は多種多様だが、決して彼を拒絶するようなものはなかった。

 

 ……その空気感に、モモンガは僅かに目を細める。

 そも、互助会にいるメンバーというのは、一癖も二癖もあるような曲者ばかり。

 それゆえに、こちらの面々に受け入れられるのかを少しばかり気にしていたようだったのだが……。

 

 

「……まぁ、よくよく考えればキーアが受け入れられている時点で当たり前、か」

「ちょっとー!?聞こえてるからねー!?」

「おおっと、すまんすまん。……ところでこのサバゲー、元が健康診断のためのモノであるがゆえに勝敗を気にする余地がない、とのことだったが……どうだろう?この試合で勝った方に、私からなにかしらお祝いの品を贈る、というのは?」

「おおっとぉー?!突然のモモンガ氏からの賞品提供のお誘いだー!?」

「モノによるけど、いいんじゃなーい?」

「そしてすかさずこっちのトップからのお返事。いや~、いい意味で軽いですね~、うちの組織」

「まぁ、この軽さこそなりきり郷、みたいなところもありますからね。……そういうわけで、選手への火種再投入!あからさまに目の色を変える選手はいませんが、気合いを入れ直す意味では抜群だったようです!!」

 

 

 その辺り、この組織の気質を色濃く示している、とある少女のことを思えばそうおかしなことでもないか……と彼は思い直し、改めてこの試合を楽しんで観戦しようと、心持ちを新たにするのであった。

 

 

 

 

 

 

「……アインズさんまでいらっしゃるんですね」

「所属はうちじゃなくて、他所のところだけどねー。あと、できればアインズじゃなくて()()()()って呼んであげてねー。その辺り、結構気にしてるみたいだから」

「あー、リーダーではあるけど支配者ではない……みたいな?」

「そんな感じ。……『鈴木悟』って名乗るとしまらない、みたいなところもあるみたいだけど」*2

 

 

 あの人も大概大変だなー、などというクラインさんのぼやきを聞き流しつつ、司会席に座る三名を見やる私。

 ……先の二人に加え、モモンガさんがそこに加わっていたわけなのだが。確かに言われてみると、彼が解説役として優れている、というのは疑いようもない。

 

 多種多様な経験に裏打ちされた読みは深く、スペック的には中の上~上の下にも関わらず、トップ層にも負けず劣らずの戦績を誇っていた……という彼のスペックならば、試合を俯瞰してあれこれと解説するのも余裕だろう。

 まぁ、問題があるとすれば、一応彼も『なりきり(逆憑依)』であり、その辺りの読みがどれくらい反映されているかわからない、ということだろうか?

 まぁ、以前五条さんとバリバリにやりあったりしていたし、その辺はそこまで気にする必要性もないかもしれないが。

 

 ……とまぁ、余計なことを考えつつ、最後の準備を終わらせる私である。

 

 遥か前方には、こちらに不敵な笑みを見せ付けるかようちゃん達の姿。……試合形式によるものでもあるのだろうが、それにしたって自信満々な顔である。

 一応、あの子達って戦闘するタイプのキャラばかり、ってわけでもないはずなんだけどなぁ……などとぼやきつつ。

 

 

「それでは、準決勝──スタートです!!」

「よし、行くよ皆っ!」

「「「「「おーっ!!」」」」」

 

 

 司会の合図を受け、私たちは戦場へと飛び出して行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、使う得物に特に制限がない場合、基本的に有利なのは遠距離武器ということになる。

 攻撃が届く・届かないというのは戦闘において基本の部分であり、そこを相手より早く整える……ということを素早く行える遠距離干渉手段というのは、例え苦手であれ用意しておくべきものだと言えるだろう。

 

 そういう意味で、わりと不利なのがクラインさんである。

 

 

「マジかよ、俺よりエイム上手くねあっち!?」

「言ってる場合ですか!とにかく走って!できればジグザグに!」

「へいへいっ、と!」

 

 

 彼の原作である『ソードアート・オンライン』において、遠距離武器というのは中々脚光を浴びない存在である。

 タイトルにもなっているSAOは勿論のこと、魔法が使えるようになるALOにおいても、どうにも印象の薄い手段である……という感覚は拭えない。

 

 これは、作中主人公であるキリト君が、生半可な遠距離攻撃だと無効化したりするためだが……それと同じくらい、遠距離攻撃を専門とするヒロインが居るから、みたいな部分も少なくない。

 生半可に手を出すよりも、百発百中の腕前を持つそのヒロインに任せておく方が確実である……みたいな感じというか。

 

 いやまぁ、一応ALOでは弓を装備できたりだとか、ゲーム版では銃弾行き交うGGOにログインしたりすることもあり、彼と遠距離武器が全く関係がないか?……と言われると微妙なところがあるんだけども。

 

 

「とはいえ、ここで重要なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?ということ。……『逆憑依』は見た目の変化こそ劇的だが、その根底にあるのは()()()()()()()()ことだ。つまり……」

「キャラクターを再現する際、その特徴から外れた物事をやろうとするのは難しい……ということですね?」

「まぁ、そういうわけだ」

 

 

 司会席でモモンガさんが解説するように、『逆憑依』とはそもそも『なりきり』である。

 ……言葉の通り、本人に()()()()モノであるそれは、ある意味でその人の仮面(ペルソナ)を被るようなものであるわけで。

 まぁ雑に言ってしまうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高いのだ。

 

 これがマシュやシャナのような、最早その人物そのものがそこに居るのと大差ない……というようなレベルの存在ならば話は別だが、生憎とクラインさんはそのレベルまで達してはいない。

 ……つまり、そのキャラのイメージから外れた行動をしようとすると、動きの精細を欠く結果になってしまう、というわけだ。

 そういう意味で、慣れない遠距離武器を抱えての行動は、彼に少なくない負担を強いている……ということになるだろう。

 

 

(つまりはそこが隙になる、ということだが……その程度、キーアならば気付いているはず。事実、その辺りを踏まえて第二回戦では作戦を立てていたようだし)

 

 

 ……とかなんとか考えてる顔かな、あれは。

 ちらり、と司会席に視線を投げつつ、手間取っているクラインさんを補助し続ける私。

 他の皆はそれぞれ敵を探しに駆け回っており、現状分かりやすく突出しているのは私と彼、ということになるか。

 

 脳裏に戦場の地図を浮かべつつ、私はこれからの作戦を内心で確認し直すのであった。

 

 

*1
『KBF』。高橋邦子シリーズにおいて、実際に戦闘が行われるフィールド。雑に言うとアドベンチャーパートからアクションパートに移った感じ

*2
作中で『鈴木悟』を名乗る展開があるのは、彼が単身転移してきたIFパターンの時くらいのものである



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相手を上回るのに必要なもの、それは

「──うん、やっぱりあのチームの中だと、クラインおじさんが隙になるよね」

 

 

 試合開始前のブリーフィング中、かようはそのような言葉を口にした。

 それに返ってくる反応は、概ね賛成意見。

 ……相手チーム、『ニュービーと魔王』は新参者で固められているため、情報の少ないチームである。

 とはいえ、構成メンバーはわりと知名度の高いキャラが多く、大体なにをやってくるのか?……みたいな予想は立てやすかったりするのだが。

 

 

「強力な分、制限も多いん」

「うん、れんげの言う通りだね。火力の高いメンバーが多いから、必然制限も多くなってる」

 

 

 そして、そうして手の内が知れ渡っている以上に、揃っているメンバーが()()()()()とても強力な人員である、ということも大きなポイントであった。

 星晶獣、という強力な存在を使役するルリアは言わずもがな、忍であるうえに強力な氷の力を持つ雪泉・未だ謎が多いものの、現状判明している能力だけでも強敵だと即断できるアーミヤ、そして世に名高き聖女の反転としての格を持つジャンヌ・オルタ。

 その誰もが、一騎当千級の実力を持ち合わせていると言えるだろう。事実、一回戦目ではほぼほぼ一方的な虐殺展開を繰り広げていた。

 

 ──だが、これは()()()()であり、そしてそれ以前に()()()()である。

 運営側が『新しい可能性を歓迎する』と言っていたように、『秘められた力が~』とか『今までの限界を越えて~』のような事態を認めているものの……これはそうして発現したものを()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これは正確には『試合の中で新しい力を発現・ないし見せた場合、()()()()()()使用を認める』という条件だというのが正解。

 その次の試合からは、ちゃんと上限値を定められることとなるのだ。

 

 それもそのはず、ここでいう『新しい力』とは、その人が今までに見せたことのないもの。言うなれば、()()()()()()()である。

 それゆえに、必要なデータを取るため()()()全力使用が認められているのだ。

 だから、その試合が終わればその『新しい力』は既知のものとなり、結果他の『今まで持っていた技能』と変わらぬ扱いをされるようになる。

 

 ──つまり、相手より優位に立ち回りたいのであれば、必然毎試合ごとに『新しい力』に目覚める必要がある、ということでもある。

 無論、そんなことは気軽にできたものではない。

 元々の再現度が低く、試合の中でそれが上がってできるようになることが増えていく……みたいなパターンでもない限り、例え最強と目されるような人物でさえ、その上限を()()()()()()()()()()()()()にまで減らされる……というわけだ。

 

 この制限は、なりきり郷を覆う『非殺傷設定』に追加条件として加えられているため、基本的には破ることができない。

 ……そこまで強固な縛りであるがゆえに、その縛りを越えて勝利してしまっているキーア達が問題視されている、ということにも繋がるわけなのだが。

 

 この制限ではスタミナの総量を変動させることはできないが……だからと言って、自身と近い力量に設定された敵役が、波状攻撃のように順次投入される……というような状況を、単なるスタミナの高さのみで攻略できるほど甘くないのも確かな話。

 それゆえ、第二回戦・第三回戦の結果を受け、件のチームへの制限は更に強いものになっている。

 ……決勝戦ではその辺りの縛りは投げ捨てる予定であることを思えば、この準決勝で戦うあのチームは現状今までで一番弱い状態である、ということは間違いないだろう。

 

 無論、手札の多さゆえ先の『新しい力』の制限に引っ掛かり辛いキーアが居る以上、決して侮っていい相手ではないことも確かだが……。

 

 

「実際、今のあのチームはキーアにおんぶにだっこの状態。……他のメンバーはほぼほぼ()()()()()()()()が出尽くしてしまっているから、上手いこと孤立させられれば撃破自体は容易……ってわけか」

「そういうことだね。実際、三回戦目の相手がやる気がなかった……ってだけで、あのチームはそこで負けててもおかしくなかったよ」

 

 

 第二回戦目でやり過ぎたため、あのチームの制限は現状全チームの中でもっとも重いものになっている。

 ……それでいて普段通りに(見掛け上は)動けている辺り、キーアの持つ強化手段の豊富さと優秀さがよくわかるが……同時に、彼女が徹底して補助に回らなければ、彼らは立ち行かないというほどに追い詰められてもいる。

 

 その点、かよう達のチームの方はまだまだ余裕があった。『新しい力』に関しても、幾つかあてがある。

 ……そういう意味で、この試合優位なのは彼女達の方なのであった。

 

 とはいえ、そこで慢心はしない。

 慢心が身を滅ぼす、ということを彼女はよく理解している。ゆえに……薄情かもしれないが、あのチームの弱点を見極め、そこから突き崩して行くことに決めたのだった。

 

 

「それがクラインさん、ってわけか」

「アーミヤさんとルリアさんは、現状できることのリストが出揃っているように見えるけど……その実、今もまだ続いているゲームが原作となっている人だから、追い詰めると変な能力に目覚める……みたいな可能性もなくはない」

「雪泉お姉さんも同じなん。だから、この三人は後回しにした方がいいん」

「それだと、オルタの姉ちゃんも微妙なんじゃねぇか?」

「あの人は派生とかが出てき辛いタイプだから、この中だと脅威度は一つ下がるかな?……水着もサンタも別に存在するから、あそこから『新しい力』が出てくる可能性は低いというか」

 

 

 まず、この試合形式において一番警戒するべきなのは、こちらも活用している『新しい力』の可能性だろう。

 これを一番活用しているのは、恐らくボイロ組のチームだろうが……だからといって他のチームの使い方が拙い、というわけでもない。

 そこら辺、防御系の技能は縛りが緩い……ということで、常に全力に近い状態で運用できているマシュ達のチームは怪しいが。

 それ以外のチームは、大なり小なりそれを活用できたからこそ、この準決勝の舞台に立っているのだと言い換えても恐らく間違いではない。

 

 ゆえに、この試合に勝つには『新しい力』への警戒は常にしておかなければならない。

 そういう意味で、原作となる作品が現在進行形で続いているルリアとアーミヤは、特に危険度の高い人物だと言えるだろう。

 彼女達はそもそもに出生やその力などに不明な点が多く、『新しい力』──言い換えれば未知の部分を多分に持ち合わせている、という風にも解釈できる。

 

 そのため、必勝の策なく迂闊に追い詰めた場合、こちらの情報にない謎の力を唐突に発揮し始める、などという悪夢のような展開が待ち受けている可能性があるのだ。

 ゆえに、彼女達はできうる限り一対多で当たれるように調整する必要があると言えるだろう。

 

 次点で脅威となるのは雪泉。

 彼女は大本の原作が普通のゲームであるため、できることの幅というのはおおよそ判明している。

 ……まぁ、ソシャゲの方で新しい姿を見せたりすることもあるが、それも大本のそれから大きく外れたもの、というわけではない。

 そういう意味で、先の二人に比べると脅威度は一段階落ちる、ということになるのであった。

 

 で、そこから更に一段・ないし二段階ほど脅威度が落ちるのがジャンヌ・オルタ、ということになるのであった。

 確かに、ナルトの言う通り彼女の戦闘力には目を見張るモノがある。単純な身体スペックや攻撃力に視点を絞るのなら、あのチームの中でもトップクラスの強敵だと言えるだろう。

 

 ──だが、言ってしまえば()()()()、なのである。

 彼女単体の戦闘能力は、確かに目を見張るモノがあるが……裏を返せば()()()()()()なのだ。

 確かに、彼女も今なお終わらぬ原作を持つ存在ではあるが、その実彼女自身の発展性(未知)というのはそこまで多くない。

 元々サーヴァントという存在自体が、過去の存在を呼び寄せるモノであるために、雑な言い方をすると成長性(未知)がないのだ。

 

 一応、彼女自身は正確には過去の人物、というわけではないものの……これから彼女がなにか別の存在に強化される、みたいな展開が予想できるかと言えば、それはノーだと言えるだろう。

 あのゲームにおける発展性の一つ・水着霊基やサンタ霊基を既に消費している、というのも痛いところか。……いや、サンタは微妙か?*1

 

 ともかく。

 素の力強さは確かに驚異的だが、それが同時に脅威であるとは限らない……というのが、現状のオルタへの評価である。

 新しいことができない以上、現状の実力で戦う必要があるこの試合形式ならではの問題、とでも言うべきか。

 

 

「……まぁ、全く危険性がない、ってわけでもないけど。ともあれ、キーアお姉さんを考慮から外した場合の、他の人の評価はこんな感じかな?」

「……なるほどな、そもそもそこまで強いってわけでもなく、かつここからの発展性(未知)も見込めない……クラインさんの脅威度が低い理由、見えてきたぜ」

「そうなんだよね。……なんかこう、とっても失礼なことを言ってる気分になってくるけど」

 

 

 第二回戦においては、奇抜な作戦ゆえにその起点を務めあげたクラインだが……そもそもが主軸の人物ではないこと、ソードアート・オンライン自体が超人達の戦い、といった風情では(一部を除いて)ないことを考慮する場合、彼の脅威度は底値を叩いてしまう。

 それは言い換えれば、彼があのチームのアキレス腱であるということでもある。

 

 総合的な実力が近くなるように設定されている以上、この試合で重要なのは()()()()()()()()と、そして数による有利ということになる。

 つまり、相手を一人減らすということは、その字面以上に重要なことになっているのだ。

 

 ゆえに、明確に(他と比べて)弱いと判断できる彼から潰すこと──これは、戦略的にも特に意義のある行い、ということになるのであった。

 

 ……そんな試合前の話を思い出しながら、複数人でクラインに向かっていくれんげ達。

 無論、彼がアキレス腱になっていることは、向こうのチームも把握していることだろう。

 チームメイトであるがゆえに、直接指摘するのが躊躇われている可能性こそあるが……それでも、そこになんの対処もなくこの場に現れている、とは思わない。

 

 

「……だから、こっちも本気で行くよ!ビワ・お絹、()()()()!!」*2

「いい゛っ!?」

 

 

 ゆえに、かようはここに来て()()()()()手札を切る。

 目の前で驚愕の声を挙げる相手を見て、彼女はニヤリと笑みを溢して見せるのだった。

 

 

*1
『ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ』のこと。ジャンヌのオルタがサンタを目指した結果小さくなった、の意味。わからん?大丈夫、儂にもわからん()オルタ自体が不安定なこともあり、その不安定なオルタの幼少期、みたいな存在ゆえに彼女に輪をかけて不安定だったりもするサーヴァント

*2
『シャーマンキング』より、持ち霊を自身に憑依させる技術。言うなれば降霊術の一種



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可能性の過多を誇るかのように

 わぁ、まさかの憑依合体かー。

 

 ……とまぁ、間抜けな顔を見せてしまったわけなのだけれど、皆様如何お過ごしでしょうか?

 私は目の前で無茶苦茶やり始めたかようちゃんに、びっくりどっきりしている最中でございます。

 いやだって、ねぇ?

 まさかの憑依合体である。……オーバーソウルじゃなかっただけマシ、か?*1

 

 とはいえ、現状余り良い状態だとは言えないだろう。

 この試合、基本的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなところがある。

 そういう意味で、基本的にはオリジナルっぽい存在になっているかようちゃんは、殊更に()()()()()()()()()()()()()()存在としての危険度がとても高い。

 ……私が言うな、みたいなツッコミが飛んできそうだが、ともかく。

 

 現状、向こうのチームの中でも特に警戒すべき相手の一人、かようちゃんがなにをしてくるのかは注目の的だったわけで。

 必然、こちらとしても少なからず『見』の姿勢だったのが、裏目に出た形となるだろう。

 

 さて、当のかようちゃんの現在の様子だけれど。

 その姿は、端的に言うと『小さなミクさん』みたいな感じになっていたのであった。

 ……かつてのビーストⅡiを思い起こさせるそれは、恐らくある種の回帰とでも言うべきモノになるのだろう。

 

 かようちゃんの体を触媒として、その姿を再び現世に現した彼女は、しかしてかつてとは違い、自身と敵対する者として定義されていた半()を味方に付けている。

 ……構成要素を共有している以上、恐らくこの三体合体の上──れんげちゃんを加えた四体合体も手段としては持っているのだろうが、ここでそれを使わなかった理由は……流石に元とはいえビーストに近付きすぎるから、とかだろうか?

 

 ともかく、この戦場に降り立った彼女は、自らの半()──猫のビワが姿を変じさせた拡声器を構えると、大きく息を吸って──、

 

 

「やっべ!!クラインさん回避回避ーっ!」

「うおおおおおっ!?」

「Aaaaaaaaaaa───ッ!!!」

 

 

 ハイパーボイス、とでも言うのか。

 物理的な衝撃を伴うそれは、まるで真のビーストⅡ・ティアマトを思い起こさせるような威力を発揮し、声の通った箇所を粉々に打ち砕いていったのであった。……って、

 

 

「ちょっと運営ー!?あれ殺傷力バリバリじゃないのー!?反則でしょ反則ーっ!!?」

「仮に直撃しても()()()だから安心なさいなー。あと、仮にルールに照らし合わせてみたとしても、あれが制限されるのは()()()()()()よ?」

「クソがーっ!!?」

 

 

 ふざけんなよマジで!?……みたいな思いから溢れた訴えも、ゆかりんの前にはまさに柳に風の如く。

 ……うん、一応叫んでみたものの、そういう反応が返ってくるのはわかってた。

 だってほら、アプリの方だと霊基を変えたとかじゃなく、正真正銘のビーストのまんまでやって来たやつが増えたんだからね!そりゃこっちだって突然のビースト再来にも寛容になるわ!……え?そういう話じゃない?*2

 

 ともかく、この大会の仕様上あからさまにやりすぎな攻撃でも、それが制限を受けるのは()()()()()()

 そしてこれは準決勝──次の決勝が半ばエキシビションのようなものになることが決定している以上、その制限は半ば有名無実化している、という風にも解釈できる。

 

 ──すなわち、あれを止めることは実質的に不可能、ということである。

 まぁ、一つ安心できることがあるとすると、流石にビースト二体揃い踏み、みたいなことにはならないだろうということだろうか?

 

 

「なんでだよ?あの嬢ちゃんができたんだから、もう片方もできてもおかしくなさそうだが」

「かようちゃんには無くても、イッスン君の方にはあるからね。……忌避感が」

「なるほど……?」

 

 

 向こうのチームに所属する、もう一人の要注意人物──イッスン君だが、彼がかようちゃんのようにビーストⅣiに回帰する、ということはほぼないだろう。

 出来ても精々『一寸法師の元ネタに少彦名命があることによる、一時的な能力向上』くらいのものであり、そして仮にその手段があったとしても、彼がそれを使用することはないだろう。

 なんでかって?……彼は、少彦名命を源流とするパターン(御伽草子)の自分に余り良い感情を持っていないから、である。

 

 それもそのはず、現在のイッスン君の構成要素の大半は、『わらべうた』の方の一寸法師。

 同じキャラクターを描きつつも、その性格に決定的な差異のある両者は、決して混じりあわない水と油のようなもの。

 そりゃまぁ、そっちの方が強いからといって容易く使える訳もない、というか?

 

 

「そういう意味では、エミヤんと仲が良いのも頷けるんだよね」

()の自分と仲が悪い繋がり、みたいなもんか?」

「そういうことー」

「──随分と、余裕そうだね?」

「おおっと!散開散開ー!」

 

 

 なおこの会話、かようちゃんの無差別爆撃の中行われていたものだったりする。

 そのため、向こうからは余裕そうに見えたみたいだが……そんなことはない。寧ろそう見えるように煽ってたくらいである。

 

 戦場では、冷静さを失った者ほどやられていく……というのは常識。

 ゆえに、戦士達は誰もが怜悧(れいり)に牙を研ぎ、相手の喉笛を食い千切らんと虎視眈々と狙っているのだ。

 ──そんな戦場で、追い立てられる側の弱者が狙うべきこととはなにか?

 

 

「──随分と、嘗めてくれたじゃない」

「……っ!?」

 

 

 こちらに気を取られていたことで、周囲への警戒が薄れたかようちゃんの背後。

 鬱蒼と繁る木々の合間から、怪しく輝く双眸(そうぼう)が一つ。

 

 恐らく、出会い頭にかようちゃんに吹っ飛ばされていたのであろう()が、彼女に対して隠しきれない怒りを湛えた笑みを浮かべていたのであった。

 

 

(なんで無事──いやでも、今のオルタお姉ちゃんの攻撃なら──)

「なんてこと、考えてるんでしょうねぇ!うざったいのよこのクソガキ!いいからとっとと──」

 

 

 とはいえ、最初の出会い頭に()が軽くあしらわれていた、というのも事実。

 その辺りは有名キャラクターゆえの、対策のしやすさゆえというわけだが……だがしかし、それは同時にこうも言えるだろう。

 

 ──油断、慢心。

 一度あしらえたのだから、次もあしらえると言うのは──その相手がまったく成長しないことを前提とした、とても傲慢な物言いであると。

 

 

「──堕ちて下さい!!優雅に歌え、かの聖誕を(ラ・グラスフィーユ・ノエル)』!!

「なっ──!?」

 

 

 飛んでくるのは炎、そんな先入観から足元に注意を払っていた彼女は、しかして一瞬の間に()の姿が()()()()()()に変わっていたことに驚愕し、対処が一手遅れてしまう。

 そして、その隙を逃すリリィでもなく──かようちゃんは、大量に降ってきたプレゼントに埋まって見えなくなるのであった。

 

 

「──こ、これはどういうことだーっ!?ジャンヌ・オルタ選手、何故かサンタリリィの姿に変身したーっ!!?」

「まぁ、ビックリ云々の話をするのならかようちゃんのミクちゃん化の時点でビックリなんだけどね~。ええっと、あれって確か以前キーアさん達が対決したっていうビーストⅡiのものまね、みたいなものでいいのかな~?」

「──う、うむ?何故それを私に聞くのだ?……なんだか詳しそうだから?いや、別に私はビーストと対峙したことなどないのだが……え?キーアなんてビーストみたいなもの?ううむ……」

 

 

 司会席からは、三者それぞれの感想が漏れだしている。

 とはいえ、それを素直に聞いている場合ではない。

 

 

「よっしゃー!!見ましたか?見ましたね!マスターさんマスターさん、私頑張りましたよー!」

「はいはい、いいからさっさと退却!絶対あれ倒せてないから!」

「えー!?そんなことないですよーぅ!あれは絶対倒せましたー!ロジカルじゃないですー!!」

「うーん、びっくりするくらいにキャラが違う……」

 

 

 ごねるリリィの首根っこを掴み、早急にこの場から退避する私である。

 ……クリティカルヒットしたのは確かだろうが、撃破判定が出ていない以上はまだかようちゃんは健在のはず。

 外に出て来ないのは、あのプレゼントの山ではこちらからも手出しができないことを察し、現状の考察に時間を当てているからだろう。

 

 ゆえに、このままこの場に留まり続けるのは悪手。

 一度退避し、こちらも体勢を立て直す必要があるのだ。……というようなことを、走りながらリリィに伝える私である。

 

 ……さて、いい加減スルーするのもあれなので話題に挙げると。

 現在()がリリィになっているのは、私が持ち出した秘策によるもの。……これ以上変化のないはずの彼女に与えた、相手の裏を掻くための作戦の一つによるものである。

 

 それは正しく効果を発揮し、かようちゃんの裏を掻くことに成功したわけだが……とはいえ、一回でも使った以上は向こうも()()がどういうものなのか、ということには気が付いたことだろう。

 

 

「一時的な若返り薬……原作でもそういう成立過程だったから、上手く行くだろうとは思ってたけど……上手くいきすぎたかもしれんね、これ」

「完全にリリィだもんなぁ、今のこの人」

「なんだかよくわかりませんけど、貶されてるのはわかりますよ!?」

 

 

 小脇に抱えられたまま、抗議の声を挙げるリリィに苦笑を返しつつ、森の中を走り続ける私たちなのであった……。

 

 

*1
『憑依合体』が自分に霊を合体させるのに対し、『オーバーソウル』は霊にゆかりのある物品などに霊を合体させることを指す。『憑依合体』は霊そのものの強さがそのまま戦闘力に直結するが、『オーバーソウル』の場合は物に収まらず漏れだした『溢れ出す魂(オーバーソウル)』をシャーマン本人の巫力で具現化する形になる為、霊そのものの強さを越えた力を発揮できるようになるのだとか。ただし、霊の持つ『霊力』がシャーマンの持つ『巫力』より大きいと満足にオーバーソウルを維持できなかったり、場合によってはシャーマンの精神を破壊する可能性もあるのだとか。自分に直接憑依させる『憑依合体』よりも『オーバーソウル』の方が危険度が高いのはそういうことなのだとか

*2
『ソドムズビースト/ドラコー』のこと。まさかの新クラス・ビーストを引っ提げてやって来た期待の新星。同時に、星4以下が出てくるとは思えない新クラス登場の産声でもあった()



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思惑は交差し、戦いは加熱する

「大丈夫なん?かよう」

「あいたたた……あーうん、大丈夫大丈夫。ちょっとビックリしただけ」

 

 

 おおよそ一分後、プレゼントの山から救出されたかようは、引っ張り出してくれたれんげに感謝の言葉を返しつつ、先の攻防について思いを馳せていた。

 

 その姿は既に元の彼女のそれに戻っており、憑依していた二匹はその周囲で彼女を心配そうに見上げている。

 ……つまりはまぁ、あの強化は時限式ということ。

 その事実を相手に見せずに済んだのは僥倖、ということになるのかもしれないが……。

 

 

「……いや、お姉さんならその辺りは推測済み、かな」

「だろうな。……つーか、ありゃこっちの予想外の手札抱えまくってる顔だったぜ?」

「おっとコナン君。お相手さんは?」

「痛み分け、かな。こっちもこっちでやり過ぎ注意ってされてるから、普通に相殺されたっつーか」

「あー……」

 

 

 そこまで考えて、相手がキーアであることを思い出す。

 ……あの人なら、こっちの技が時限式であることくらい、幾らでも推測していることだろう。そもそも『解析』とかは制限の範囲外だし。

 というようなことをぼやいたのち、それを肯定するような言葉に視線をずらす。

 

 そこにいたのは、向こうのチームと一度ぶつかったあと、そのまま下がったらしいコナン君。

 ……彼も大概火力高め扱いされる人物であるため、どうにも相手を仕留めきれなかったらしい。

 まぁ、どこからでも飛んでくる殺人級サッカーボール、という時点でわりと問題児なので仕方ないところもあるのだが。

 

 そう、見た目の小ささから想像できないかもしれないが、コナン君は普通に火力的にはエース級の人物なのである。

 ……まぁ、映画やら何やらで結構無茶苦茶やらかしているので、まったくそのイメージが湧かないという人も早々居ないだろうが。

 ついでに言うなら、サッカーボール射出ベルトの性能が大概おかしいので、一時的なシールダー的運用もできたりする。*1

 

 いわゆるリベロ的な役割、ということだろうか?*2

 ……などと益体もないことを考えつつ、かようは次の動きを思案する。

 

 

「……こっちの思っている以上に、あれこれ考えてるんだろうね。ってことは、多分クラインさん狙いも深追いし過ぎるとよくない……って感じかな?」

「つっても、流石にクラインさんにオルタみたいな変化は無いんじゃないか?」

「うーん、やるんなら【継ぎ接ぎ】ってことになるもんねー。……まぁ、そうじゃなくともクラインさんを囮にして他で囲んで叩く、くらいはしてくるかもしれないから、一人で突出するのはなしにしとこっか」

「りょうかーい」

「それと、イッスン君は?」

「あー、ほっといたら一番ヤバイからって、滅茶苦茶マークされてるよ」

「え?イッスン君が?……おかしいな、イッスン君って気配遮断持ちだから、向こうにずっと見張っておける人員は居ないはずなんだけど……」

「それこそキーアがなにかやってる、とかじゃないのか?」

「あー……うん、あり得る。あの人ができること、私達多分一割も知らないだろうから」

「い、一割かぁ……」

 

 

 あれこれと考えながら、彼女達は森の中へと消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「それを遥か上空から見る私……っと」

「なんか言ったか?」

「ううん、独り言。とりあえず敵が居ないのはそっちだね」

「へいへい。……いや、やっぱおかしいわそれ」

「そう?バスケ選手にもできる人居るよ?」

「それはどっちかというと、そのバスケ選手がおかしいんだと思うんですけど……」*3

 

 

 はてさて、相手チームの作戦会議を覗き見していた私ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?……卑怯臭い?こっちの方が圧倒的に不利なんだからこれくらい許して?

 

 ともあれ、改めてさっきなにをしていたのか、ということを説明すると。

 なんのことはない、()()()()()()()というだけのことである。

 

 類似する技能としては、いわゆる天眼だとかシャナの『審判』だとか、はたまた『黒子のバスケ』に出てくる『鷹の目』みたいなもの……ということになるこれは『涅槃寂浄』といい、すさまじく大袈裟な言い方をするのなら()()()()()()()()()になる。

 ……まぁ、正確には仏みたいな見方ができる、ということになるわけだが。

 

 仏様の視座とは三千大千世界に及ぶ、とされる。

 つまり、かの存在の視座は広く遠大であり、あらゆるものを見逃すことはない。

 ……この視座を、()()()()()()()()再現するのが『涅槃寂浄』であり、これは文字通り戦場を俯瞰する技術、ということになる。

 

 なおこれ、別に『虚無』を使っているわけではないため、覚えようと思えば普通の人にも覚えられる『技術』だったり。

 ……まぁ、バスケ漫画に出てくるキャラだってできることなんだから、別に覚えられてもおかしくはないというか?

 え?範囲が広すぎる?あれは大体コート一つ分?お前のそれは下手すると本当に地球全土が見れるやつだろうって?ははは(ごまかし笑い)

 

 ……普通の人にも覚えられる、ってことは本当なので許してほしい。

 変なオカルトに頼ってないんだから、別に使ってもいいでしょうというか?

 まぁ、読唇術とかも混じっているため、視た先の人物の声を視れ(聞い)たりできるのは卑怯臭いかなー、などど思わなくもないのだけれど。

 

 ともあれ、これだけだとイッスン君を見逃さない、というのは難しいのも確かな話。

 あくまで全体を俯瞰できるだけであって、一部に注視する場合全体視が難しくなる、というのは他の類似技能と変わらないわけだし。

 

 ……そういうわけで、そこを解消するために他の仲間に伝授したのが、もう一つの技術である『虎視眈々』である。

 

 

「なんだっけか?広い視界を持ってても、その中の一部分に注視するなら利便性は変わらない……だから、()()()()()()()()()()()()()()常に一つのモノを視界に写し続ける……だっけか?」

「意味不明です!まったくロジカルじゃありません!!」

「そう?わりとわかりやすいと思うけど。視界を広くして視力を滅茶苦茶上げて、動いているモノをひたすら見逃さないようにする……ってだけだし」

「十分意味不明なんだよなぁ……」

 

 

 一番意味不明なのは、そんな技術が誰でも覚えられるものだ、ってことの方だが……とはクラインさんの言。解せぬ。

 

 ともあれ、『虎視眈々』とは元となった単語と同じく、一度獲物(ターゲット)と定めた相手を絶対に見逃さない技術である。

 分かりやすく説明するのなら……あれだ、狩りゲーとかにあるターゲット機能。

 あれって相手が余程無茶苦茶に動い(索敵範囲から外れ)たりしない限り、オートで相手を画面の中心に置き続けてくれる機能だけど……それを現実の人間の眼でもできるようにしたもの、みたいな?

 意図的に視野狭窄に陥る(デメリットを負う)代わりに、一度視認したものは死んでも見逃さない……というメリットを得たモノ、という感じか。

 

 なおこれ、『涅槃寂浄』の派生技術であるため、実はエグい視界誘導性能を持っていたりする。

 具体的には『気配遮断:EX』であれ、事前に視認し(使っ)ておけば必ず見破れるレベル、みたいな?……まぁ、次元隠蔽なども見破れるのでいけるはずってだけで、実際に対峙した場合は取っ掛かりが掴めずに終わる可能性が高いのだけれど。

 

 ともあれ、並みの『気配遮断』なら天敵級に見破れる技術をみんなに教え込んでいるため、イッスン君は思うように動けていないということになるのであった。

 ……まぁ、視線を外さない技能なので、本来なら()()()()()()()視線を外さなくてはいけない時に弱い、なんて欠点もあるのだけれど。

 

 

「あー、本来なら一人だけを見続けてたら周りのことがおざなりになる……んだっけか?」

「まぁ、普通はそうなるね。……言い方を変えると一つのことにひたすら集中してる状態ってことになるから、その集中を乱されたり、一瞬でも視線を外さなければいけなくなると()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだから」

 

 

 こちらの言葉に、クラインさんが以前の解説を思い出しながら声を返してくる。

 ……この辺りもゲームのターゲット機能に近いというか、それを保てる状況になくなった場合にターゲットが外れてしまう可能性があるのだ。

 まぁ、普通ならその集中が乱されることはまずあり得ないので、この場合の問題点は他の人に無理矢理視線を外させられる場合……ということになるわけだけど。

 

 そこら辺に関しては、私が『涅槃寂浄』で『虎視眈々』を使っている仲間の近くに敵を寄せ付けない、という形でカバーしてるわけだが。

 念話は禁止されたけど、トランシーバーを使っての情報交換は禁止されなかったからね!仕方ないね!

 

 

*1
正式名称は『どこでもボール射出ベルト』。ベルト中心のバックル部分から、圧縮されたサッカーボールを特殊ガスで膨張させて射出する。そのまま単なるサッカーボールとして扱っても良いが、射出せずに膨らませることでクッションや浮き輪として使うことも可能。『ハロウィンの花嫁』では『超巨大ボール射出ベルト』という派生品が登場し、物語の終盤で重要な役割を果たしたりもした

*2
サッカーにおけるポジションの一つ。イタリア語で『自由』という意味の言葉であり、ポジション的にはセンターバック(ゴールキーパーの手前・コートの真ん中辺り)になる。『自由』というように、攻守ともに動き回るタイプのポジション。ちなみに、バレーボールにも同じ名前のポジションが存在するが、こちらは守備専門のポジションとなっている

*3
『黒子のバスケ』における伊月俊の『鷲の目』と高尾和成の『鷹の目』のこと。実際に上から見ているわけではなく、視界の広さや空間把握力などを活かして『脳裏に像を描く』能力



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秘められた力が覚醒する?

 さて、相手側の方が火力的に優位だというのなら、こっちは情報面で優位に立とう……みたいな話だったわけだけど。

 正直、ここまでやっても勝率的には五分かなー、と思っている私なのであった。

 

 

「どうしてですか?『敵を知り~』なんて話もありますよ?」

「知ったからこそ、避けるべき相手だとわかるってこともあるんだよ?」

「あー、戦略やら戦術やらで覆せる力量差にも限度がある……つーことか?」

「まぁ、そういうことになるねぇ」

 

 

 リリィがこちらに不満をぶつけてくるが、この辺りはこっちの引き出しの少なさが原因なのでなんとも……。

 

 最初にも言ったが、この試合において有利なのは『秘められた力がある者』である。……わかる人にわかるように言うのなら、『まだだ!』できる人……みたいな?*1

 まぁ、どっかの格闘家さんの言うように『付け焼き刃なんぞ効かん(突然の覚醒とかないわー)*2みたいなパターンもあるかもしれないが……それが言えるのは、それを言う側の戦力値が隔絶していてこそ。

 

 この試合の場合、相手が覚醒なんぞし始めたらこっちは普通に押し潰されかねないのである。

 現在リリィになってる()にしたって、どちらかと言えば奇抜さで相手の意表を付いただけ、みたいなものに近いし。

 しかもこれ、若返りの薬を使っての疑似【継ぎ接ぎ】なので、効果が抜けるまで元に戻れないって制約付きだし。

 

 ……まぁそんなわけで、現状では圧倒的に不利なのである。

 これが試合形式ではなく、普通の実戦タイプならまだどうにかなったかもしれないが……。

 

 

「その場合はその場合で、四体合体した結果再誕したビーストⅡi・(リバース)なんてものと戦わさせられる羽目になる可能性もあるけどねー」

「どっちにしろ俺らにゃ荷が重ぇなぁ、そりゃ」

「むぅ、戦う前から気持ちで負けててどうするんですかー!絶対勝つ、くらいの気持ちで居てくださいよー!」

「あいてててて、止めてくれ嬢ちゃん、フレンドリーファイアは無しになってるっつっても痛いもんは痛いんだっていてててて」

「あらら……」

 

 

 その場合はその場合で、向こうも使い控えているものを投入してくる可能性が高く、結局大きく勝率が上がったりはしないだろうなぁ、と思う私なのでありましたとさ。

 

 ……え?お前も本気出せばいいんじゃないかって?

 流石に疑似とはいえビースト相手に勝てる出力となると、私がこの世界にとっての脅威になるようなことになるので無理です。

 

 っていうか、みんな忘れてるかもしれないけれど私ってば魔王だからね?【星の欠片】だからね?『あの方』からのご厚意で普通にしてられるけど、本来なら目覚めた時点で世界を臨終させる自滅機構(アポトーシス)だからね?

 ……自分で言っててなんだけど、イキり感凄いなこれ?

 

 まぁともかく、やり過ぎにならないように抑える必要がある上で、獣の相手をさせられるのは普通に拷問級というのは間違いない。

 そういう意味で、どう足掻いてもビースト系の相手をさせられることになるこの試合はまさに鬼門だと言えた。

 流石に【ネガ・シンガー】まで再現できるレベルではないだろうけど……出力に任せてのハイパーボイスは、それだけでも驚異的である。

 

 時間制限があるとのことなので、彼女にそれを使い切らせるまで逃げ回るのが正攻法……ということになるのだろうけど。

 

 

「ここで向こうにコナン君が居るってのが生きてくるんだよなぁ」

「あー、こっちの動きとかを推測される、みたいな?」

「それもあるんだけど、なによりボールがヤバい」

「ボール?……あー」

 

 

 ここで、かようちゃん以外のメンバーが問題になってくる。

 わかりやすく脅威なのはイッスン君で、ここに戦力を割かない場合いつの間にか人数が減らされている、なんてことが罷り通りかねない。

 今のところは、遠距離から牽制できるアーミヤさんに対処を任せているが……近接攻撃を縛られている状態の彼女の場合、一人でも相手側に援軍が来たら押し切られる可能性は高い。

 近接(魔王)モードを早めに切りすぎたのが、ここに来て痛手になってる感があるというか。

 

 その次に危険なのが、なにを隠そうコナン君である。

 さっきはルリアちゃんの隠し玉・爆弾投擲(※あくまで演出です)と相殺したようだが……バレンタイン特急の事件の際、列車を粉々にするほどのシュート技(エクスカリバー)を見せたのは彼である。

 その辺りは既に運営側に知られている&そもそも開発者が琥珀さんということもあり、端からリミッターが掛けられているようだが……最近出来たばかりの新アイテム、()()()()()()()()()()()に関してはその限りではない。

 

 ……うん、超巨大ボール射出ベルト、である。普通のやつじゃない。

 そんな馬鹿な、と思われるかもしれないが、『涅槃寂浄』越しに解析したので間違いない。あれは通常版じゃなくて、映画版の方だった。

 

 つまり、今のコナン君はやろうと思えば、このフィールド全域に近い範囲を巨大ボールで埋めてしまえるのである。

 無論、その場合は向こうも行動範囲が狭くなってしまうため、使うとしても必勝のタイミングを見て……ということになるだろうし。

 そもそも膨らむのを待つ時間があるため、すぐにすぐ会敵(かいてき)ということにはならないだろうけど……ともかく、向こうがフィールドをどうにかできる手段を持ち合わせている、ということは念頭に置いておかなければいけないだろう。

 

 で、これの一番の問題は『涅槃寂浄』も『虎視眈々』も特に意味がなくなる、ということにある。

 

 

「?なんでですか?」

「フィールドの大半を覆われてしまうから、わざわざ俯瞰して確認する必要性が薄れるし、ターゲットを取り続けるって言ってもそれで本人の動きが良くなるってわけじゃないから、逆に動き辛くなる可能性が高いんだよね」

「はぁ……?」

 

 

 俯瞰して戦場を見る『涅槃寂浄』だが、これは基本的に広いマップを()()()()()()俯瞰して見られる、というところが一番の利点である。

 ……つまり、マップの大半をボール・すなわち移動不能エリアに覆われてしまうと、結果としてマップの把握率が並んでしまうのだ。

 

 

「……???」

「あー、つまりだな?俺らの見える範囲ってのはそこまで広くない。嬢ちゃんの使ってる技は、その範囲を広げるものってことになるわけだが……そりゃ言い換えると、()()()()()()()()()()()()()()ってことになるわけだ」

「……あー、はい。わかりました。……それで?」

「んで、向こうの坊主はマップを塗り潰せる。これを言い換えると、()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになる」

「……あっ、わかりました!扱い的にはフィールド破壊になるんですね!」

「そういうこった。誰にも見えなくなるんだから、そこに意識を割く必要がなくなる。これは裏を返すと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになるわけだな」

 

 

 より簡単に言うのなら──クラインさんの言う通り、リソースの無駄遣いになる……みたいな感じか。

 全体把握の技能である『涅槃寂浄』は、基本的に()()()()()ことを制約としている。

 飛び地のように、「こことここだけ見る」みたいなことはできないというわけだ。

 

 ゆえに、範囲が広ければ広いだけ、視界から入ってくる情報を処理するためのリソースが必要となる。

 ある意味では、湯水のように使って得られる情報が多い(ハイリスク&ハイリターン)からこそ成立する技術、ということか。

 

 どっこい、フィールドの大半をボールという侵入不可領域で埋められてしまうと、得られる情報がガクッと落ちてしまう。

 そのくせ、『涅槃寂浄』の使用のためのリソース量は減らないため、結果として消費と結果が釣り合わなくなる……と。

 さらに、どうやっても見えない場所が増えるということは、()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 結果、消費の多い技をわざわざ使わずとも、得られる視覚情報はこちらと変わらなくなる……と。

 

 こうなるともう、『涅槃寂浄』の利点なんて遠方の仲間の行動を瞬時に把握できる、くらいしかなくなってしまうのだ。

 ……いやまぁ、それでも結構活用法ありそうだけどね?

 

 で、『涅槃寂浄』よりも酷いことになるのが『虎視眈々』である。

 こっちは相手を視ることに特化した技だが、それゆえにある程度広い場所でないと使い辛い、という欠点がある。

 それが何故かというと、こっちも把握率の問題になってくる。

 

 

「俺らの視界はそこまで広くない、ってのはさっきも言ったよな?」

「はい!聞きました!」

「で、『虎視眈々』ってのも、さっきのやつと同じく使用にはそれなりにリソース(集中力)を必要とする。じゃあ、それに見合うリターンってなんだと思う?」

「えーと……あ、わかりました!アキレウスさんみたく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですね!」

「そういうこった。他には今回のイッスンさんみたく、小さすぎて見えない相手を見失わない……とかだな。じゃあ、これで問題点もわかったよな?」

「……あ、そっか。ここでの見えない範囲って入れない範囲だから、普通に見る分の視界の範囲で十分なんですね」

 

 

 ……なんだかいつの間にか先生と生徒みたいになっているが、二人の会話が答えである。

 見逃さない技能である『虎視眈々』は、そもそも相手が超速移動する場合か、単純に見付けられない場合に効果を発揮する技能である。

 それゆえ、寧ろ相手に()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 スタミナが無尽蔵、なんて生き物は存在しない。ゆえに、こちらの死角を狙う相手に()()()()()()()ということを知らせず、無駄に動き回らせるのがこの技能のもっとも適した使い方である、というわけだ。

 

 あとはまぁ、視界が極端に狭くなるので、大袈裟な回避でもぶつからずにいられるだけの場所を確保しておきたい、みたいな面もあるのだが……サッカーボールによる妨害は、その両方をあっさりと奪っていくのである。

 

 そうでなくとも、相手は稀代の名探偵。

 ……こっちのやって欲しくないことを察する機微とでも言うものは、普通に高い方だろう。

 その辺りも踏まえて、かようちゃんやイッスン君の次に危ない相手、という評になるのがコナン君なのであった。

 

 

「──だから、早めに落としちゃおっか?コナン君」

「……はい?」

 

 

 ()()()

 これから私たちが狙うのはコナン君だと告げれば、二人は不思議そうな顔でこちらを見つめ返してくるのであった。

 

 

*1
『シルヴァリオ』シリーズにおける理不尽の象徴。わかりやすく言うと主人公補正。ピンチになった時、今までの自分を越える力に目覚める『覚醒』などの主人公的展開のことであり、この作品でそれを使うのは基本的に()()である。……主人公を前にした敵役の気分になれると評判()

*2
『ケンガンアシュラ』のキャラクター、黒木玄斎の台詞。正確には『この黒木に付け焼き刃の技など通用せん』。作中主人公が戦いの中で覚醒し、編み出した新必殺技(≒勝利フラグ)を真正面から打ち砕いて勝った時のもの。ともすれば主人公が主人公(笑)になるような展開であるため、おいそれと他の作者が真似できるようなキャラ造形ではない



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戦いとは裏を掻き続けるものである

「んー、問題はいつ使うか、なんだよねー」

「今んところ、俺達みんなバラバラの位置にいるからなー」

 

 

 森の中を無秩序に逃げ回りながら、かよう達は作戦会議を続けている。

 

 コナンの持つベルトは確かに強力な妨害効果を持つが、それは同時にこちらの行動範囲をも狭める諸刃の剣である。

 一応、体の小さいイッスンやたぬきの方のビワならば、ある程度自由に動けるかもしれないが……それ以外のメンバー達はそれなりの行動制限を受けることとなるだろう。

 まぁ、相手チームとは違って比較的背の小さいメンバーで揃えられているため、動きにくいといっても向こうほどではないだろうが。

 

 

「ただまぁ、その場合でもキーアお姉さんを止めきれないんだよねー」

「そうなると、ベストとしてはキーアを落としたタイミング……ってことか」

 

 

 ただ、その妨害で動きを確実に止められる中に、向こうで一番危ない相手であるキーアは含まれていない。

 流石にコナン君ほどではないものの、彼女の身長はとても低い。小学三年生の平均身長くらいと言えば、彼女の本来の年齢とのギャップがどれほどのものなのか、というのはわかりやすいだろう。

 ……いやまぁ、それを言うのならコナンの身長も大概おかしい、ということになるのだが。

 よく言われる「百二(102)センチ」説を採用すると、しんのすけより背が低いなんてことになるわけだし。*1

 

 ともかく、ここにいるしんのすけやコナンの身長が、アニメにおける縮尺そのままのモノである、ということは事実。

 そういう意味では、狭いところでの行動に一日の長があるのはかよう達側、という事実は覆せまい。

 本来ならそこら辺を覆せるキーアのモーフィング変形も、今回は禁じられているわけだし。

 

 ──そこまで考えて、コナンははたと足を止めた。

 

 

「ん?どうしたのコナン君?いきなり立ち止まって」

「いや……なんか見逃してる気がするっつーか……」

「……それは大変だ、ちょっと茂みにでも隠れてシンキングタイムに当てる?」

「……ああ、そうだな。誰かが追ってきてないとも限らない……し……」

 

 

 なにかを見落としている感覚、とでもいうのか。

 いわゆる虫の知らせ的なものにも思えるが、それがこと()()()()()()()()()()()()()()()()()という時点で、決して軽く見れるモノではないということをかようは敏感に感じ取った。

 

 ゆえに、彼女は彼を促して物陰に隠れるように指示したのだが……その途中、彼女の言葉に応えるように声を発したコナンは、その声を途中で萎ませていったのであった。

 その不自然な様子に、かようは怪訝そうな表情を浮かべながら、「どうしたの?」と彼に問い掛ける。

 

 コナンはそれに答えず、震える指で彼女の背後を指差した。

 ──そう、彼が見逃していると思ったこと。それは、キーア一人に警戒を割きすぎではないか?……ということ。

 

 確かに、現状他の相手メンバーはそこまで脅威とは言えないだろう。

 星晶獣の召喚ができないルリア、強力な近接手段を封じられたアーミヤ、突然の若返りによる突飛さこそあったものの、結局決定打に欠けるオルタ。

 

 強力な攻撃手段を持つ者のほとんどがなんらかの制約を受けており、ゆえにそれをキーアが補助する形で回っているのが現状の向こうチーム。

 ゆえに、補助役のキーアをどうにかしてしまえば、残りは烏合の衆のようなもの……というのは、決して間違いではない。

 

 だが一人、忘れていないだろうか?

 確かに、彼女もまたその強力な技能──()()()()()に幾つかの制限を組み込まれている。

 ゆえに、彼女もまた単純な戦力値としてはガクッと下がっていると言えるだろう。

 

 だがしかし、だがしかしである。

 そもそも、彼女のジョブはなんだっただろうか?彼女は()()()()()()()()()()()()()()か?

 それを思い出すに辺り──見逃していたことが脳裏を過る。

 

 ()()()()()()()()()()人物──ナルトがどちらかと言えば派手な行動を得意とする人物であることもまた、視界を曇らせる要因となっていた。

 本来、彼のジョブと同名のそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()というのに。

 

 ゆえにそれは、ある種の誤解というか慢心というか……ともかく、意識の隙間に挟まった、ある種の怪異のようなものであった。

 

 かようの背後・頭上の幹に、()()()()()()()()()()()()()()()姿()は。

 

 

「やっべ!?」

「なん、」

「──忍とは、文字通り忍ぶもの。……派手な技ばかりがトレードマーク、というわけではないのですよ」

 

 

 その手に持った小ビンの蓋を徐に開け、それをかよう達に向かって振り撒いたのだった!

 

 

 

 

 

 

「──はぁ、認識の穴……ですか?」

 

 

 対戦開始前、ブリーフィング。

 ある程度の作戦を共有する際、キーアから言われた言葉に雪泉は小さく首を傾げていた。

 その姿に満足そうに頷きながら、彼女は二の句を告げるため口を開く。

 

 

「そ、認識の穴。先入観、っていう風に言い換えてもいいかも知れないね」

「先入観と言うと……ええと、私が氷を使う忍である、みたいなことですか?」

「んー、惜しい。それだとちょっと足りてないかな。正解は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと」

「……あー、なるほど。そういやそうだな、忍者って本当は地味なもんのはずなんだよな……」

 

 

 こちらの会話に混ざってきたクラインの言葉を受け、雪泉は顎に手を置きながら思考に走る。

 

 昨今の創作界隈において、『忍者』という存在のイメージはとかく片寄ってしまっているといえた。

 向こうのチームにいるナルトを筆頭に、忍ばないのがデフォルトとでも言わんばかりのキャラクターが、大多数を占めるようになったのである。

 言うなれば、欧米的『NINJA』のノリ、というやつだろうか?

 

 

「不思議な術を使って敵を撹乱し、時には派手な爆発とか使って相手を抹殺する……うんまぁ、そういう忍者もそれはそれでカッコいいものだけれど、本来の忍者ってそういうものじゃないでしょ?」

「それはまぁ……そうですね……」

 

 

 例えば、火遁。

 これは昨今の忍者スタイルにおいては、基本的に()()()()()()()()()術、みたいな風に扱われているが……元の忍者のイメージからしてみれば、それは大きな間違いである。

 

 そもそも、火遁という言葉の『遁』という字は、『なにかに身を隠して逃げる』という意味。

 ゆえに、『火遁』とは()()使()()()()()()ための術のことなのである。*2

 

 本来、忍者とは斥候の一種。

 つまり、敵方の情報を敵地に侵入するなどして収集し、本丸に伝えることを主目的としていた。

 その中で、例えばくノ一であれば相手に色仕掛けなどをして情報を抜き取る、みたいな術が開発されたりもしたわけだが……ともかく、原則的には忍というものはあまり直接戦闘をしないものなのである。

 一部の例外──服部半蔵のような高名な忍者である()()()()人物が戦闘もこなしていたからこその勘違い、とでもいうべきか。*3

 

 ともあれ、基本に立ち返ると忍が戦闘とかちゃんちゃらおかしい、ということで間違いはないだろう。

 

 

「まぁ、相手側の備蓄とかにダメージを与える……みたいなのは、陽動の一種として普通にやられてたはずだけどね」

「……ん、もしかして今その話をするってことは……」

「そ、雪泉さんにはそういう方面での忍としての仕事を頼もうかと思ってね?」

 

 

 彼女曰く。

 現代的派手忍者の筆頭的なイメージの強いナルトと同じく、『爆乳ハイパーバトル』だのという頭の痛くなるようなジャンル名を背負った作品出身の雪泉もまた、本来の忍としての活動を行うようなイメージはないだろう、とのこと。

 無論、試合が長引けば向こうのブレイン……コナン君辺りが気付いてしまうかもしれないが、それまでは()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()だろう、とも。

 

 ……とはいえこれは、向こうの同じ立ち位置であるナルトが、斥候としてまったく向いていないということと、それから単に全体の索敵ならば、キーアが全域をカバーできるので一々斥候を別に立てる必要がない()()()()()()、ということからのある種の賭けのようなものでもあるとも告げられたのだが。

 

 

(事実、私もあのボールが完全に起動した状況下では、思うように動けないでしょう)

 

 

 そう、結局のところはそこに行き着く。

 制限を受けている状態では、十全の動きはできない。

 ……事実、氷系の技能の大半を『やりすぎ』とのことから封じられている今の雪泉では、単に隠れるにしても取れる手段と言うものが随分と限られてしまっていた。

 

 そこまでのスペック低下である以上、司令塔を押さえれば他は有象無象……などと侮られるのもある種仕方のない話なのであった。

 

 

(……気に入りませんね)

 

 

 ──そこまで侮られれば、流石の雪泉と言えど少々カチンと来る。

 氷さえ使えなければただの良いところの子女、などという風に言われているようなモノなのだから、それも仕方のない話。

 

 ゆえに、彼女はキーア(あくま)の誘いに乗り、一つの強化手段を手に入れた。

 生身で相手の懐に潜り込み、そして目的を達し離脱するための力。それこそ、

 

 

「やられたっ……っていうか、雪泉さんなんなのその()()()!?」

「──人それを、忍の証という……です♪」

「なにそれー!?」

 

 

 なにやら色々と勘違いした結果生まれた、カシャッと閉まるタイプのマスクなのであった。

 ……あれは忍者ではないって?多分正義繋がりの方が強いんじゃないんですかね(適当)*4

 

 

*1
しんのすけの公称身長は105.9cm。等身から計算すると50cmそこらくらいのはず、とされるため見た目と実際の身長にかなりの差があることに。これに関してはコナンも同じであり、見た目的な身長は70そこらなので実際の身長との差に頭一つ分の違いがあることに。……ただ、コナンの身長が「102cm」というのは出所不明の情報であり、審議は不明だとか(公称設定では『不明』になっている)。ついでに言うと、小学一年生の男児の平均身長は116cmほどである為、仮に102cmだとしてもかなりの発育不良、ということになるのだとか

*2
正確には、火を起こしてその中に隠れる、などの行動。本来なら火の中だと燃えるはず、という先入観を利用したもの、とも言えるか。それと同じように、『水遁』なら水の中に、『土遁』なら土の中に隠れる、というのが基本

*3
因みに、『閃乱カグラ』シリーズの主人公・飛鳥の祖父は当の服部半蔵である(正確には名字が服部かどうか定かではないが、『伝説の忍』でかつ『半蔵』なので恐らく間違いないかと思われる)

*4
『マシンロボ クロノスの大逆襲』の主人公、ロム・ストールのマスク。彼は忍者ではないが、なんとなく空気感は忍者っぽい。また、どちらかというとこちらの方が強いのだが……彼は悪を挫く()()()()()である



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使えるものはなんでも使え!

 ふざけた見た目の雪泉であったが、そのスペックはなるほど目を見張るモノがあった。

 ……正義繋がりで相性が良かった、というのが多分にあるのだろうが……ともかく、氷系の技能を使えないという穴を埋めるだけの身体能力の上昇、という補助効果をもたらしたそれにより、彼女はかよう達の追跡をなんなく振り切って行ったのであった。

 

 それを力なく見送りつつ、かようは先送りにしていた問題に、逸らしていた視線を向けることとなる。

 

 ……先ほど雪泉が振り撒いた謎の液体。

 それを危険なものと察知した二人だが、完全に不意打ちで真上から降ってきたそれに対処するだけの余裕はかようにはなく、結果として先んじてそれに反応できたコナンが、彼女を突き飛ばす形で回避させることとなり。

 

 そうして、代わりにその液体を浴びたコナンはと言うと。

 

 

……ばぶー、ばぶばぶー(ちっ、まんまとやられたぜ)

「うわぁ……」

 

 

 ()()()()()()()()()ことにより、赤ん坊の姿に変化してしまっていたのであった。

 この状況は、オルタが小さくなったのを見て油断したことも遠因ともなっていた。

 

 

あの流れのせいで(ばぶばー)俺達は自然とあの人が(ばっぶばー)『若返りの薬』を飲んでああなった(ばばぶばぶばぶ)と誤認してしまった(ばぶー)……そりゃそうだよな(ばぶぅ)あの姿の成立条件はまさにそれだった(ばぶばぶばー)だから(ばぶ)それと同じ姿になったあの人も(ばばぶば)同じ条件でああなったんだ(ばぶっぶ)とまんまと勘違いしてしまったんだ(ばばばぶばぶばー)

「や、止めてコナン君……すごく気が抜ける……」

「……バーロー(ばーぶー)

 

 

 真剣な顔でばぶばぶ言ってる赤ん坊のコナン、という絵面自体がわりと放送事故だが、とはいえここで笑っているような暇はない。

 

 一応、意志疎通に関してはなんとかなっているようだが……()()()()()()()()()()()()()()?……という部分には、疑問符を差し込む他ないだろう。

 現状はまともな思考を保てているが、それが赤子のそれに変貌してしまう可能性はとても高い。……というか、そうでないとあの場で『若返りの薬』を使った意味がない。

 

 確かに、コナンの持つベルトは驚異的である。

 だがしかし、それはこちら側にもある程度の枷を強いるもの。……つまり、()()()使()()()()()()()()()というものを計る必要があるのだ。

 

 こちらへの被害を最小限に・かつ相手への損害は可能な限り大きく──。

 その判断をするためには、コナン自身の知識や閃きはどうしても必要なものだと言えるだろう。

 そうでなくとも、彼はブレインとして有能なのだ。

 ……であるならば、向こうがその頭脳を封じる策を講じてくるのも、なんらおかしなことではない。

 

 

「……つまり(ばぶぅ)まんまとしてやられたってわけだな(ばぶばぶばぁ)俺達は(ばばぶ)

「……そ、そうだね……」

 

 

 思えば、雪泉がかようを狙ったのも作戦の内、だったのだろう。

 

 火力と頭脳、この場面で優先すべきは火力。

 無論、頭脳で相手を引っ掻き回せるほどに司令塔が優秀であるのなら、多少の火力減少は甘んじて受けるべきだったが……。

 この場合の『火力』に当たるかようは、現状全ての参加者の中でトップクラスの火力を持っていると言える。──多少の小細工なら、上から踏み潰せるといっても過言ではないだろう。

 

 それゆえに、あのタイミングで優先すべきはコナンではなく、かようの方だった。

 彼自身、その事実を素早く認識したからこそ彼女を庇ったわけだが……こうして薬の効果が明らかになるに従い、端から狙いは自分の方だったのだと自覚したのだ。

 

 無論、かようがそのまま薬を被るのであれば、現状他の追随を許さぬ彼女の火力がほぼ無に帰す、という点で致命的であることは間違いない。

 ……間違いないからこそ、()()()()()()()()()()()だろうことは端から予測されていた、と見るべきだ。

 

 そして、薬の効果が若返りである以上、知識デバフとしてはこれ以上あるまい。

 今現在は若返りの進行と精神状態のずれがあるが、これもしばらくすれば次第に体の方に合わさっていくことだろう。

 ……先にこれを使ったとおぼしきオルタが()()()()()()()以上、それは決定事項である。

 

 勿論、効果が永続するわけもない。

 ……だが、効果の途切れが試合時間内に収まる保証は一切ない。

 つまり、コナンはこれから頭脳担当としては完全に役立たず──事実上の脱落に当たる、というわけだ。

 絵面はギャグめいているものの、これほど絶望的な状況もないだろう。

 

 

つーか(ばぶぅ)飲み薬じゃなかったってのも誤算だな(ばぶぶぶぶぅ)そっちのイメージが強すぎて(ばぶばばぶ)あれが若返りの薬だと(ばっふぶ)すぐに判断できなかった(ばばぶぶばば)……ん」*1

「……ど、どうしたのコナン君?」

 

 

 せめてあれが若返りの薬だと事前に知れれば、迂闊に庇ってそれを浴びる……なんて失態を犯さずに済んだのに……と後悔するものの、まさに後の祭りである。

 ……と、そうして一人反省会を行っていたコナンは、自身の変化に如実に気が付いた。

 単刀直入に言えば、すごく眠いのである。

 

 これはつまり、薬効が思考にまで追い付いてきたということ。

 ……これから彼は、しばらくの間無垢な赤子と変わらなくなる。

 泣いても笑っても、ここから先の試合展開に影響を与えることはできなくなる、ということだ。

 

 ──とはいえ、それでは面白くない。

 まんまとしてやられたまま、というのは名探偵の名が廃る。

 

 

「……おい、みみかせ」

「あ、喋れるんだ」

「ちゃかすなよ、わりとぎりぎりなんだ。……いいか、いちどしかいわないからよくきけよ」

 

 

 ゆえに彼は、一つの策を残されるかように託したのであった。

 

 

 

 

 

 

「上手く行った、みたいだけど……」

「その割には、あんまり嬉しそうじゃないな?」

 

 

 簡易的な視界弾きの結界を張り、内部で『涅槃寂浄』による偵察を行っていた私は、雪泉さんが仕事を完遂したのを確認していたのだけれど。

 その時の状況を見て、これはやらかしたかなぁと頬を掻いていたのであった。

 

 言葉とは裏腹にやべぇ、みたいな空気を醸し出している私に、傍らのクラインさんが不思議そうな顔をしているが……。

 

 

「単純な話だよ。──()()()()()()()()ってなんだと思う?」

「納得できる負け方ぁ?……いや、んなもん存在しなくねぇか?」

 

 

 私の出した問い掛けに、彼は不思議そうな顔を更に不思議そうにしながら首を傾げている。

 ……私達【星の欠片】なら、『勝者が確りと糧を得られるような負け方』と言うのだろうが……それは【星の欠片】が端から勝利を目的としていないからこそ出てくる感想。

 ()()()()()()()、そんな感想は出てくることはないだろう。

 

 

「うん、その通り。大抵の場合、負けたらどうしたって悔いやらなにやらが残り、納得なんて早々できないのが普通。……いやまぁ、そのあとちゃんと勝負の内容を振り返って、反省会した後に『ありゃ負けて当然だ』みたいな心境になることはあるかもしれないけど……少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのは確かだね」

「その話が、今のあれこれと関係あんのか?」

「大有りだよ。負けた時の後悔ってのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……要するに、勝者の側が貰いすぎていると感じた時に生まれるものだ」

 

 

 では、敗者の『納得できない』という感情は、一体どこから生まれるのだろう?

 答えは単純、勝者側への『ずるい』という感情から、である。

 

 この『ずるい』という感情はとても多岐に渡り、『自分は全力を出せなかったのに向こうは出せていた』とか、はたまた『相手側がこちらにできないようなことをした』だとか、とかく簡単に飛び出してくるものである。

 特に、試合のような環境下において、人とは基本興奮しているもの。……アドレナリンの過剰分泌は思考を攻撃的な方向に縛り、結果として他者への攻撃性として発露する。

 試合直後にもそれは続いている以上、自身の敗因を正確に認識することは普通できないだろう。

 

 それを即座にさせるためには、相手の頭に登った血を速やかに下ろすことが必要となる。

 それは、人によっては圧倒的な実力の差であったり、はたまたゆっくりとした試合運びであったりするわけだが……ともかく、負けと同時に負けを認めさせられるというのは、意外と高等技術であるのは間違いない。

 

 ……とはいえ、ある程度簡単にそれらの感情を緩和する手段、というものがないわけでもない。

 それが、()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

「……さっきと言ってることが矛盾してねぇか?」

「圧倒的な上位者に捩じ伏せられる、ってのは確かに敗因を認めるに足る事象ではあるけど、同時にそれは相手を無理矢理押さえ付けるものでもある。……拮抗した勝負で得られるそれ(納得)とは、微妙に性質が違うのさ」

 

 

 言い換えれば、親に怒鳴られて渋々決まりを守るのと、誰か友達とかと決まりに沿って遊ぶのの違い……みたいな感じか。

 自発的か他発的かの違いは、それに対して抱く感情の質を左右する。……負か正かというのは、意外と大きな要因であるという感じか。

 

 ともあれ、できる限り爽やかに負けを認めさせようと思う場合、両者の実力が拮抗している方が良い、というのは間違いではない。

 そこを踏まえるに、先の雪泉さんとコナン君達のそれは、結果として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……こちらとしては、彼女の原作的性質によりちょっと服が破れる、くらいのマイナスが発生することを期待していた*2のだが……どうもロム・ストール成分が雪泉さんと噛み合いすぎてしまった、というか。

 

 

「てぇと、つまり……?」

「手負いの狼こそ恐ろしい……みたいな感じかな?ほら」

 

「おおっとぉ!これは短期間に状況が目まぐるしく変わるぅ!!幼児化によりコナン選手がリタイアしましたが、それを為した雪泉選手も何者かの攻撃によってダウンしたー!!」

 

 

 ──それこそ死に物狂いで、相手は帳尻を合わせようとしてくるだろう。

 イタチの最後っ屁、というには少々重い展開に、思わず天を仰ぐ私なのであった──。

 

 

*1
まさかの塗り薬であった

*2
なお自分から脱ぐことで『覚悟』を示し、戦力を向上させる『命駆け』なる技能がある為、実際には脱いだ方が強いかもしれなかったり



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めまぐるしく戦いは加速する

「な、なにが……」

「どうやったのか、とかはこの際関係ないよ。結局、向こうの最後の意地で一対一交換*1に持ち込まれてしまった……ってのが、ここでの最終的な結果になるんだからね」

 

 

 フィールドに響き渡る榊君の実況に、クラインさんが困惑したようにこちらを見てくるが……なんのことはない。

 向こうが意地でもこちらにリードを許さなかった、というだけの話でしかないので、そう不思議なことでもないだろう。

 前回、向こうチームが素直に一人脱落、という形で落ち着いてはくれないだろう……という予想の根拠について、懇切丁寧に説明したあとなのだから余計のこと、である。

 

 ……とはいえ、それがこちらにとってとても重い結果である、ということもまた事実。

 色々と課せられた制限の結果、単純な戦力比では相手チームに大きく水を開けられてしまっているのが、現在の私たちのチームだ。

 それが意味するところはつまり、向こうチームにとっての『一人脱落』と、こちらのチームにとっての『一人脱落』では、その重みがまったく違う……ということでもある。

 

 こちら側は(結果的に)自身より強い相手に挑む形になっており、それゆえメンバーが一人脱落するというのは、文字通りの(チームとしての)死のカウントダウン、といった風情になっているが。

 対する向こう側のチームは、あくまでもかようちゃんが突出して見えるだけの話であって、他のメンバーも実際細かく見ていけば、十分過ぎるほどの小粒揃いであると言えるだろう。

 

 本人がやりたがらないという点を除けば、すぐにでもコナン君の代わりにブレイン役を務められるであろうイッスン君に。

 単純な火力の面で見ても、トップからほんの少し下がるだけであって、十分かようちゃんの代わりにアタッカーを務められるだろうナルト君の二人。

 ……唯一、ビワだけがパッと見微妙にも思えるが……元が厄災(ケルヌンノス)染みた存在からの変質であるということから、実はとんでもない隠し玉を持っていたとしても不思議ではない。

 仮にそういうものがなくても、『動画が増えれば素材が増える』みたいな構造となっている『たぬき』を現在の姿としている以上、そっち方面からの意外ななにかが飛んでくる……みたいな可能性は決して否定しきれまい。

 

 それらを総合すると、向こうのチームは例え誰か一人が脱落してしまったとしても、他のメンバーに仕事を託すことができるだけの余裕がある……という風に見なすことができるのだ。

 

 これがこちら側のチームの話になると、戦力制限の関係上各自のメンバーが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということになる。

 要するに、例えばアタッカーの役割を他のメンバーに任せる、みたいな余裕がほとんどないのだ。

 

 いやまぁ、一応私に投げる、という形で解決できなくもないのだけれど……その場合、下手すると『一人に仕事投げすぎでーす』とペナルティが飛んでくる可能性も否めない。

 掛かっている制限の仕様上、どうしても一人で色んな役割を兼任する必要があるため、幾らかはお目こぼしが許されているが……。

 それは裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……という、この試合の本来の目的を悪用した結果、ということにもなってくる。

 

 ……話がごちゃごちゃし始めたので簡潔に纏めると、『他の人がスゴいことするんならともかく、貴方(キーア)がなんでもかんでもやってたら意味ないでしょうが』……みたいな感じだろうか?

 要するに、他の人の活躍の場を奪ってしまっている、という判定になる可能性が高いわけなのだ。

 

 これが大真面目な普通のサバゲーとかであるのならば、そういう形式もある意味ではあり……という形で見逃されるのだろうけど。

 今回の場合、本来の目的──確認の健康の促進と、各々の身体スペックの把握というそれを念頭に置く必要があるため、ワンマンチーム*2は非推奨……どころか、下手するとそれを行っているチームの失格(&そのあとの追加運動(罰ゲーム)の確定)を招きかねないのだ。

 

 そういう意味で、実はこっちのチームは既にいっぱいいっぱいなのである。具体的には私に振り分けられたタスクが。

 ……雪泉さんを斥候として運用する、という形で負担を分散していたけれど、彼女が脱落した以上今までのような戦場把握は難しくなることは否めないだろう。

 

 

「え?いやいや、雪泉ちゃんが斥候役っつっても、別に大した情報は貰ってなかっただろ?」

「……それ、この結界の外で言わないでね?下手するとそれ聞かれた時点で私失格になるから」

「ひいっ!?」

 

 

 ……ぶっちゃけると、『涅槃寂浄』に関しては本部に情報を一切伝えていないため、向こうはこっちが戦場を俯瞰把握していることをまったく気付いていないのだ。

 いやまぁ、似たようなことができてもおかしくはない、そういう技能を持っていてもおかしくはない……みたいな疑いは持っているだろうが、その証拠までは持っていない……みたいな感じというか?

 

 なので、こっちもその不確かな部分を利用して、雪泉さんに持たせた謎の機械*3が戦場を反響音でスキャンし、それを指示役である私に発信している……みたいな風に偽装していたのだ。

 

 ということはつまり、この結界から次に外に出たタイミングで、実質『涅槃寂浄』の使用禁止状態になるわけで。

 ……戦場をサッカーボールで埋め尽くされる代わりに得たのがこれでは、『一対一交換』という言葉面以上にこっちへの負債が大きすぎるというか。

 あと、単純に相手を奇襲して子供にする、という必殺級の行動が出来なくなったのも辛い。

 

 

「なるほどー。さっきまでの話で言うと、雪泉さんはサブアタッカーとしての役割も兼任していたので、そのための準備も雪泉さんしか持ってなかったんですねー」

「そうだね。……一応あの薬、貴方にも渡しておいたわけだけど……無いもんね、残り」

「この姿になるのに全部使っちゃいました!」

 

 

 先ほどまでこちらの話を神妙な面持ちで聞き続けていたリリィが、得心したように声を挙げる。

 ……若返りの薬は『なにかに使えるだろう』と用意しておいたものだが、その分配は()と雪泉さんの二人に限定されていた。

 何故かと言えば、それもさっきの()()()()云々の延長線上、みたいな感じというか。

 

 流石に私に向けられるほどのモノではないとはいえ、他のメンバーにも役割の兼任し過ぎが起きてないか、みたいな注意があったというやつだ。

 ……いやまぁ、私のように厳密ではなく、精々見つかっても口頭注意で済むし、なんなら『新しい可能性』が見えるのなら、多少の兼任も多めに見る……みたいな状態だったのだけれど。

 

 とはいえ、そもそもの職業であるくノ一に準じた『斥候』という役割と、それとは方向性の違う『(サブ)アタッカー』。

 その二つを任せられていた雪泉さんは、その時点でよっぽど異質な役割でもないと兼任できない状態にあった、というのは間違いではない。

 ……というか、急拵えの作戦だったため、これ以外の()()()()()()()()()()()()()()()()とやらが思い付かなかった、という理由もあるのだが。

 

 ともあれ、色々な制約を考慮した結果、彼女をサブアタッカーとして運用するのに不足している『火力』を補助する目的で持たせたのが、件の『若返りの薬』だった……ということは事実。

 そのため、他のメンバーには端からわけていないということになるのであった。

 

 例外は、突然のリリィ化による奇襲を狙える()くらいのものだった、というか。

 いきなり子供化しても戦力としてカウントできる、みたいな特徴があった彼女だけが『若返りの薬』を自分のために使える状態だった、という風にも言い換えられるかもしれない。

 

 まぁ、そんな感じであれこれと語ったが、重要なのは二点。

 サブアタッカーが欠けてしまった以上、()()()()()()()()()()()()()()()()ということと。

 さっきまでのように、()()()()()()()()戦場把握は難しくなるということ。

 

 

「そういうわけだから、二人ともここから更に忙しくなるよー」

「うへぇ……無様に負けるつもりはないが、なんつーか辛ぇなぁ、こりゃ」

「ふふん、弱気なクラインさんに変わって、私があれこれ頑張ってもいいですよー?」

「へいへい。んじゃま、嬢ちゃんに迷惑掛けないように頑張りますかね」

 

 

 ゆえに、私は二人──()()()のリリィと、()()()()()()()()のクラインさんに、もう一度気合いを入れ直すように声を掛けながら、結界を破棄したのであった。

 

 

*1
カードゲーム用語の一つ。『カード・アドバンテージ』とも。一枚のカードを使って、相手のカードを一枚破壊する……みたいな状況のことであり、基本的にはこれが正常なカードパワーの基準、みたいなところがある。条件付きで『一対二』になるとかならまだしも、特に厳しい条件を持たずに『一対三』とかになると壊れカードなどと呼ばれることも。『交換』なので相手のカードを破壊することに重点を置いたが、例えば『一枚のカードを使うと山札からカードを二枚引ける』みたいなカードは『一対二』の効果となり、原則的にはパワーカードの部類になってくる(例:遊☆戯☆王OCGにおける『強欲な壺』など)。なお、ゲームによってはカードの発動の為にコストを払う必要がある場合もあり、カードパワーの考え方は更に複雑になっていく(例:MTGのカード『陰謀団の儀式』は使用する為のコストに『黒マナ1つ+適当なマナ1つ』の2マナを必要とし、特殊な条件を満たさない場合は『黒の3マナ』を生み出すカードであり、実質的には『+1マナ』のカードだが、プレイヤーには大変有り難がられた。黒のマナが増やし辛い、という事情も相まっての事情なわけだが、そこから考えると『好きな色のマナを3つ』『コストなしに生み出せる』かの有名なカード・『ブラックロータス』がとれほどのぶっ壊れなのかというのも、なんとなくわかってくるかもしれない。因みに、『コストなしで好きなマナ1つを生み出す』調整版のカード、『水蓮の花びら(Lotus Petal)』ですら禁止カードだったりする)

*2
サッカーなどの団体戦において、一人の選手だけが突出している状態のこと。基本的には良くないモノとして扱われる(団体戦である意味が薄れる為)

*3
言葉通りの謎の機械。別に戦場をスキャンする機能とかは付いていない。まったく用途不明のがらくた



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足元を掬うためにスライディングだ

「……!お姉さんの気配を察知したって?」

 

 

 偵察に向かわせていた猫のビワと蚕のお絹からの報告に、かようは小さく唸り声を挙げる。

 

 恐らく、向こうの司令塔役はキーアで間違いないだろう。

 それは最早決定事項のようなものであり、だからこそこちらもそれを前提にあれこれと考えを巡らせていた。

 ……流石に頭を潰せばその時点で壊滅するような烏合の衆、等という風には考えていないものの。

 その実、向こうのチームが彼女の存在であちこちを補強しているハリボテのようなもの、という考えは間違っていないだろうとも思っている。

 

 なにせ、こちらと違って向こうには制限が多い。

 こちらはイッスンを上手く活用し、できうる限り手札を切らないようにしながらここまで駒を進めてきたため、実質的な決勝戦であるこの試合に注ぎ込めるリソースの量がとても多い。

 

 それに対し、向こうは初戦で暴れすぎたため、それ以降の試合で課せられる枷がどんどんと増えていく悪循環に陥っていた。

 ……それだけ縛ってもまだこうして追い縋ってくる辺り、キーアの底知れなさが増したような気もするが……ともかく。

 

 本来、この試合でこちらが負ける確率、というのはとても少ない。

 持てる手札を適切に切り、相手の手札を適切に妨害できれば、それこそ負けるのは素人くらいのもの……というようなことを、現在実質的な脱落状態であるコナンは述べていた。

 その意見に反抗する意思は、少なくともかようにはない。

 与えられた情報を精査すればそうなる、というのは彼女にも十分理解できる結果だったからだ。

 

 ──だがしかし、だがしかしである。

 

 

(……嫌な予感がする)

 

 

 確かに、向こう側には余裕などと言うものはない。

 さっきの雪泉の動きにしても、あくまでも彼女の属性──くノ一であるというところにあれこれと解釈を捏ね回して、この対戦中のみ有効な【継ぎ接ぎ】()()()()()()を付与しただけに過ぎず、それだけで戦局を覆すような力を得たわけでもない。

 だからこそ、こちらも逃げる彼女に攻撃を当てられたわけだし。

 

 だから、向こうのチームが色々と騙し騙し動いている、という事情は変わっていないはず。

 いきなり謎の隠し玉を持ち出して、こちらの思惑を打ち破ってくる……みたいなことにはならないはずなのだ。

 

 にも関わらず、思考の隅を過る不安。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()──。

 確信にも似たその感覚に、彼女は小さく顔を(しか)め。

 

 

「……その辺り、ちゃんと()()()()()()()()()との差、ってやつなのかな?」

 

 

 自分の半身(れんげ)に、小さく合図を送ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「……!ごめんなさいなんなーるん、ここは任せるん」

「うぇっ!?ちょ、いきなりなんだってばよー?!……ああ、行っちまった」

「……仲間割れ、というわけではないみたいですね」

 

 

 二対一、という有利な状況で戦闘を行っていたれんげとナルトであったが、突然バッと振り向いたれんげはというと、そのまま謝罪もそこそこにその場から離脱して行ったのだった。

 その背に思わず手を伸ばしたナルトは、しかし止める間もなく駆け抜けていった彼女の姿にすぐ無駄な行為だと気付き、はぁとため息を吐きながら手を降ろした。

 

 その姿を木陰から見ながら、少女──()()()()は密かに胸を撫で下ろす。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女だったが、ボロボロになりながらも決して倒れることはなく逃げおおせていた。

 ……まぁ、あくまでもこの戦闘がサバゲーであることや、飛んでくる攻撃も見た目だけのモノだったからこその結果であり、もし現実の戦いであったならばここまで持ったかも微妙、とも思っていたのだが。

 

 無論、『本当の戦闘』という意味でならば、彼女も現在の制限を解除されることとなり、結果として今のような状況に陥ることはないだろう、という主張も間違ってはいないのだが……。

 

 

(……ナルト君の方はある意味予想通りですが、寧ろれんげさんの方が予想外でしたね)

 

 

 それも相手があの二人でなければ、という注釈が付く。

 

 映画作品などでは無茶苦茶なことをやり始めるコナンなどがわかりやすいが、()()()()()()()()()()()()()*1

 探偵という職業柄ある程度荒事に備えていないといけない*2、ということでそれなりの自衛力を持っているだけであり、彼の戦闘能力は基本彼の持つ道具のそれに支えられてのものである。

 

 イッスンは原作的に戦闘要因だが、彼のそれは寧ろ奇襲性と彼の攻撃目標(内臓への攻撃)が合わさってこその脅威。

 ある程度の戦闘能力があれば、対処はそこまで難しいものではない。*3

 ……まぁ、気配遮断からの奇襲に気を付け続けることによる精神的圧迫、という点で面倒臭いのは間違いないわけだが。

 

 そこから考えると、あのチーム内で本来一番警戒するべき相手と言うのは、ここにいるナルトただ一人ということになるのだ。

 なにせ彼は、純粋に戦闘要因・かつ主人公である。

 ……主人公、という区分なられんげの方も含まれるが、彼女の原作は日常系。……つまり、戦闘とは無縁のキャラクターだ。

 

 ゆえに、単純な脅威度として最高になるのは、作中で最終的にトップクラスの実力者となるナルトただ一人、ということになるのだ。

 事実、もし彼が途中で影分身でも使った日には、その時点でアーミヤの負けは揺るがない結果となっていたことであろう。……数の暴力、というのはそれだけで戦局を左右するのだから当たり前の話だが。

 

 一応、彼が子供の姿であるために、最終的な彼の最強状態などにはなれなさそう、というような予想もあるが……個人で出せる火力としては青年期のそれでも大概おかしい、ということを思えば、アーミヤ側の制限がまったくなかったとしても、勝てるかどうかは微妙なところ……というところに落ち着くはずである。

 

 

(……いやまぁ、個人で隕石落っことせるような人の蔓延る世界と比べられても困るのですが)*4

 

 

 彼女の原作にも、そういうこと(戦略級攻撃)ができそうな人は居るかもしれない。……居るかもしれないが、少なくとも現状のアーミヤはそのカテゴリーではない。

 そういう意味で、そういう(戦略級)攻撃が飛び交う作品との戦闘は荷が重い、という話になるのであった。

 

 ──その考えで行くと、れんげの方は本来歯牙にもかけない相手、ということになるはずなのだが。

 その実、さっきまでの対峙で一番警戒すべき相手がれんげの方だった、というのは紛れもない事実である。

 

 それが何故かと言われれば、彼女は正確には()()()()()()()()()

 彼女は現在宮内れんげの姿をしているだけであり、その本質はナーサリーライム……雑に言ってしまえば英霊、と呼ばれる存在である。

 要するに、見た目に反して戦闘能力が意外と高いのだ。

 FGO側しか知らない人には意外だろうが、『アリス』の時は普通に肉弾戦もしていたわけだし。

 無論、キャスターなので本来そこまで驚異的、というわけでもないはずなのだが……ここで、彼女のもう一つの正体が鎌首をもたげることとなる。

 

 

(ビーストⅡi、でしたか?……正確にはそこからこぼれたもの、らしいですけれど……)

 

 

 本来、世界の修正力によりそのまま消えるはずだった彼女達。

 それを今の姿に纏める手伝いをしたのはキーアだというが……ともかく、その奇跡を許されるほどの魔力というのは、そのまま彼女達の中に残り続けている。

 

 ……キャスターに潤沢な魔力、という時点でわりと嫌な予感しかしないわけだが、まさしくその通り。

 れんげの戦闘能力は、恐らくそこらの半端な『逆憑依』達より遥かに上。

 かつ、かようの方と違い元がナーサリーライムであることにより、戦闘についての感性もしっかりと備えているとなれば、れんげの潜在的な脅威度が意外と高いことも納得できるだろう。

 

 実際、先ほどまでの戦闘行動において、ナルトが離れた位置からクナイ投げなどを主体として(恐らくは様子見をして)いたのに対し、れんげは『うちのそすんすを受けてみるんー!』とかなんとか言いながら、周囲の木々を殴り倒す威力の突きを繰り出していたのだから。

 ……アーミヤが思わず「怖っ!?」と呟いてしまったのも、無理のない話である。

 

 そういう意味で、れんげがこの場を離れたのはアーミヤ的にありがたい状況、ということでもあるのだが……。

 

 

(……裏を返せば、ここを彼一人に任せても大丈夫、という確信があるのだとも言えるでしょうね)

 

 

 残されている相手がナルトである以上、数的不利が押し付けられる可能性は残り続ける。

 寧ろ、そうやって影分身による数押しができるからこそ、ナルトを残して動くことを彼女が判断した、という方が正確性が高そうですらある。

 

 その辺りのことを思考しながら、彼女──、

 

 

(……できれば引き留め続けたかったところですが、ナルト君を押さえられるだけマシ、と思うしかないみたいですね)

 

 

 ()()()()()()であるアーミヤは、再度気合いを入れ直すのであった。

 

 

*1
生身で大理石の柱を砕く人が居るのだから普通におかしい話

*2
ホームズの頃からのある種の伝統みたいなもの。特に殺人犯などが顕著だが、本来『人を殺す』という行為には躊躇が働き、最後の一線が越えられない……みたいなパターンが多い。ゆえに、その『一線』を越えた場合に箍が外れる、というのもままある話。そういう意味で、犯人を押さえる為にある程度の暴力が必要になる、というのはとても納得できる話であると言えるだろう

*3
わらべ歌及び御伽草子の双方において、鬼をやっつけたわけではない(根負けさせた、というのが近い)ことからも、彼の攻撃力の低さは疑いようもないだろう

*4
うちはマダラの『天蓋新星』など



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微妙な違和感を並べていく

「……あうー、皆さん大丈夫でしょうか……」

 

 

 また別の場所。

 一人鬱蒼とした森の中を進むルリアは、不安そうな表情を浮かべながら、周囲を見渡していた。

 

 追い掛けていたはずのビワの姿は何処にもなく、もしかして逃げられてしまいましたか?……とちょっと涙目になりながら、彼女は()()()()()()アーミヤへと声を掛ける。

 

 

「まぁ、大丈夫だと思いますよ?確かにキーアさんの補助は無くなりましたが、()()()()私がいるわけですから」

「うー……というか()()、怒られないんでしょうか……?」

「その辺りは、()()()()()()ことの方を危惧しておくべきではないでしょうか?……まず間違いなく、()()()だと思われるでしょうし」

「うーん……」

 

 

 アーミヤの言葉に、ルリアは小さく唸り声を挙げる。

 そろそろ慣れてきた、とはいえ彼女達はまだまだなりきり郷の中では新参者。

 言うなれば、『どこまでやったら怒られるのかわからない状態』である。ゆえに、どうしてもその行為への不安感は離れないでいるわけだが……。

 

 

「……そうこう言っている間に会敵、ですね。私は後ろからサポートしますから、ルリアさんは頑張って相手の注意を惹き付けておいて下さい」

「は、はははいっ!?……あっ、ホントにいます!?」

「……ふぅむ、気配は二つ、されども見える敵影は一つ……。前の()は随分と侮っていたようだが……いやはや。キーア殿も大概おかしい、と言うべきかな?」

(あ、やっぱり()()思うんですね)

 

 

 そうして会話する最中、目前に現れた敵──目標であったイッスンの姿を先んじて発見したアーミヤは、相方に一つ断りを入れたのち彼女の背後へと隠れていく。

 その行為だけで、彼女の気配はそこに居ない、と勘違いするほどに薄くなっていったのだが……それを見たイッスンは、キーアがなんらかの補助手段を与えていたのだろうと納得していたのであった。

 

 ……無論、それはまったくの間違いというわけでもない。

 アーミヤがそれ(気配の透過)をできている理由には、確かにキーアの手助けがある。

 だがしかし、それはあくまでも手助けであって、()()ではない。……二つの言葉に掛かる微妙なニュアンスの違いというのは、この状況ではとても重いものとなる。

 

 ゆえに、ルリアはそれを秘匿する。

 相手に知られていない、という状況を活かしきらなければ、こちらの勝利はないと知るがゆえに。

 

 

「……とりあえず、すみません!最低でも捕まって貰います!」

「ふぅむ、鬼ごっこか。はてさて、私が鬼というのは些か誇張が過ぎると思うが……誠心誠意務めさせて貰うとしよう」

 

 

 

 

 

 

 その源流に『小さ子神』──少彦名命を持つ一寸法師は、基本的に荒事を得意とするタイプの存在ではない。

 無論、今の彼はサーヴァントじみた存在となっているため、逸話補正などの強化を受けてはいるものの……例えば筋力のパラメーターなどを見れば、そこには恐らく燦然と輝く『E』の文字があることだろう。なんなら魔力や耐久の値も『E』で揃えられているかもしれない。

 

 無論、そういうタイプの存在は宝具が強力であることが多く、事実彼も逸話から少々強すぎる類いの宝具を得ていたりする。

 それが、彼の逸話の中でももっとも有名な道具──『打出の小槌』だ。

 

 俵藤太──藤原秀郷の持つ『無尽俵』と同じく、和製の聖杯とも呼ばれるこれは、本来鬼・もしくは大黒天の持ち物とされる小槌である。

 その効果は凄まじく、食料や金銀財宝・果ては一寸法師の身長まで伸ばした、まさに万能の杯……もとい万能の小槌と呼ぶべきものだと言えるだろう。

 

 そんな便利な宝具だが、今の一寸法師はこれを使用できないでいる。……見方を変えれば封印している、という風にも言えるか。

 それが何故かと言われれば、彼にとってのそれはあくまでもスペック増強の効果に留まるから、というところが大きいだろう。

 

 打出の小槌はとても強力な道具だが、あくまでも道具であって武器ではない。

 無論、願望器としての機能があるのであれば、願い方如何によっては攻撃的な利用の仕方もできるかもしれないが……それを彼は望まないし、望めない。

 ゆえに、彼が使う際の打出の小槌の効果は『彼の身長を伸ばし、身体能力をそれ相応のモノに引き上げる』ということに限定されている。

 

 ところで、これは半ば寄り道に近い話なのだが。

 童話のキャラクターの()()()、というものを耳にしたことはあるだろうか?金太郎の後の坂田金時、みたいなものだ。

 

 基本的に童話の締め括りは『その後、幸せに暮らしました』と結ばれることが多く、ある意味でその後の物語というものは投げ捨てられている、という風に受けとることもできる。

 明確に元ネタとなる人物が存在しない場合、童話のキャラクター達は『めでたしめでたし』で話を打ち切られてしまう、というわけだ。

 

 その点で言えば、一寸法師は中々不思議な立場の存在であると言えるだろう。

 逸話の元となった存在はいるが、それは『少彦名命』という実在しないものであるし。

 物語の終わりも、それまでの自分の特徴を捨て、別の自分になるという形で終わっている。

 

 その終わりも、『御伽草子』のそれが同一である以上、厳格には『小さ子神』の枠組みから外れている、とは言い辛い。

 狡猾な知恵者の面が残っている以上、良い方に解釈しても『人に零落した少彦名命』くらいのものでしかないだろう。

 

 ──つまり、彼にとっての『打出の小槌』とは、中々に取り扱いの難しいモノなのである。

 

 

(迂闊に使いすぎれば、大黒天様のお怒りが落ちるかもしれぬしなぁ)

 

 

 日本には『分け御霊』という考え方があるため、彼の持つ『打出の小槌』がコピー品である可能性も十分にあるが……それでも神の道具であることに変わりはない。

 コピーした『ラーの翼神竜』を使った結果、天罰を受けたどこぞのデュエリストみたいなことになる可能性も──その使い方が俗にまみれたモノであれば、普通に考えられる話である。

 

 まぁ、彼が『小さ子神』の系譜である、ということである程度のお目こぼしがある可能性もあるわけだが。*1

 とはいえ、それはそれで『小さ子神』としての自分を疎ましく思う彼からしてみれば、思わず眉を顰めてしまうような話でもある。

 

 そして、実はこれが一番大きい『使いたくない』理由になるのだが──、

 

 

(()()()()()()()()()()、というのが近いものだからなぁ)

 

 

 今ここにいる彼は、サーヴァント達と同じく()()()()()()とでも呼ぶべき存在。

 ゆえに、宝具の使用には大なり小なり制限というものが課せられている。

 彼の場合のそれは、『打出の小槌と引き換えの身体能力の強化』。これは裏を返せば、()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるのだ。

 そして、それで得られるのは『成人男性としての』恵体ただ一つ。

 

 ……万能の杯を使って得られるモノが、あまりに釣り合ってないのだ。

 

 

(まぁ、私の叶えたい願いとしては、なにも間違っていないのだが……)

 

 

 宝具の使用で得られるのが、単なるステータスアップのみ。

 尚且つ、それ以外の補助効果がなにもないせいで、結果として彼は()()()()()()()()()()()()()に落ち着いてしまう。

 

 先ほども述べたが、彼自身に武勇の逸話はない。

 鬼を討滅したわけではなく、単に退けただけの存在である彼には、他の武士達のような技量の補正になるような逸話がなにもないのだ。

 ……いや、正確にはあることはある。

 但しそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()というような、彼の身体的特徴によるもの。

 打出の小槌が使用後も残り、自在に身長を変えられるのならばまだしも、今の彼にとっての身体変化は一方通行。

 更に、彼の『気配遮断』は彼の技量によるモノではなく、彼の身体的特徴によって与えられたスキルであるため、大きくなった彼からは失われてしまうモノでもある。

 

 ……これらの情報を纏めると、本家技量系アサシンである『佐々木小次郎』から、『気配遮断』の代わりの『透化』や宝具代わりの『燕返し』を削除したのが、大きい状態の一寸法師、ということになる。

 正直、打出の小槌と引き換えに出すものとしては微妙、としか言いようがないだろう。

 まぁ、身体的には本当に恵まれた姿になる*2ため、そっち方面のスキルが付きそうなのはありがたいかもしれないが。

 

 では何故、今さらこんな話をし始めたのか、という話に戻ると。

 

 

(──読み違えたかもしれんな)

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()、ということが重要な部分だからなのであった。

 

 

*1
日本の神様は他所の神様を習合することがままあるが、実は大黒天はヒンドゥー教のシヴァ神が仏教に取り入れられた結果生まれたものであり、更にそこから日本に伝わる過程で『少彦名命』の相方である『大国主神』と習合されている。……つまり、その辺りの話を総合すると『知り合いの神の化身(アヴァターラ)に自分の持ち物を貸し出した』なんて風に見ることも可能になるのだ

*2
御伽草子の成立年代は鎌倉~江戸時代頃。その当時の男性の平均身長はおよそ156cmくらいだが、一寸法師が打出の小槌で大きくなった時の背の高さは六尺──現代のそれに直すと182cmほどと、現代でも通用するレベルの長身となっている。万能の杯にも例えられる小槌での変化なので、『黄金律(体)』とかが付いていてもおかしくはない



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我が策略は蜘蛛糸の如く

(──確か、開戦当初私を追ってきたのは、アーミヤという少女の方であったはず)

 

 

 こちらに飛び掛かってくるルリアをひらりと避けながら、イッスンは思考を続ける。

 

 試合開始の合図と同時、こちらに向かってきたのはうさぎ耳の少女、アーミヤの方であった。

 少なくとも、今のように青の少女──ルリアに初めから追われていたわけではない。

 

 更に、彼は現状()()()()()()使()()()()()()

 裏を返せば、彼はずっと小さいままだったし、それによる気配遮断も消えずに残り続けていた。

 ついでに、彼の気配遮断は文字通りに気配を消すものではなく、その姿の小ささ故に()()()()()()というもの。

 ……三センチ(一寸)ほどという大きさは、決して見逃しやすい大きさと言うわけではないものの……彼の場合、足の早さに関してはわりと誇る部分も有るため、その敏捷と小ささとの合わせ技により()()()()()()()()()

 

 にも関わらず、彼は試合開始直後から、ずっと絶えず狙われ続けていた。

 その誘導が切れたのも、先ほどコナンと雪泉の二人が脱落した瞬間のみ。……その時は注目を振り切ったように見えたが、結局こうして相手方と合間見えることとなっている。

 

 これをおかしい、と言わずしてどうするというのか。

 

 

(……なにかしら、その辺りの不利をどうにかできる術を授けられている、と見るべきか)

 

 

 絶えず相手の目が向き続けている以上、なにかしらそれを可能とする術を与えられている、と見るのが正しいだろう。

 それがどういうものなのかはイッスンにはわからないが……それでも、相手がそういうものを持っていると理解していないよりかは、今の状況の方が上等だと言える。

 

 

(……とはいえ、この状況を覆すとなると……ちと面倒か)

 

 

 無論、心構えができるという面が大きいだけで、それによって今の僅かな不利を覆すだけための後押しにはならない……というのも確かなのだが。

 

 当初追ってきていたのがアーミヤだった、と言うことからわかるように、恐らく現在ルリアの後ろで気配を消しているのは、その当人であるアーミヤのはず。

 ……彼女になんらかの策が授けられていると見る場合、現状の『相手の気配が掴めない状態』というのはとても宜しくない。

 

 見る、という行為が相手との一種の繋がりを作るものである、というのは最早常識のようなものであるが……それでもやはり、単なる視線だけでは相手の位置を掴めない、というのもまた事実である。

 正確には、息を潜めた(気配遮断状態の)相手の視線は探りにくい、というべきか。

 

 現状の相手は、こちらにほとんど気配を漏らしていない。

 ……元の気配遮断が()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを思えば、単にそこから見続けているだけの彼女の隠行が見破れる道理も、それが解かれる道理もない。

 視線は確かに一種の攻撃と言えるものの、そこに殺意も敵意も無ければ気付きにくいもの。

 ……要するに、今の彼女の視線を外した、と断言できないのである。*1

 

 先の一瞬、アナウンスの際に外れたように思えたのも、あくまで視線が薄れただけで()()()()()()()()()のだとすれば、最早こちらにその注視を外す術はない、ということになるだろう。

 

 こちらが見えず、向こうだけが見えているという状況はとても厄介である。

 まして、それが視線に乗った殺気さえ感じられぬほどとなれば……こちらが思うよりも遥かに、向こうの方が優勢であるということになりかねない。

 

 ゆえに、現在イッスンがするべきことはどうにかしてアーミヤを表に引き摺り出し、かつその状態で彼女の視線を逃れること、ということになる。

 少なくとも、奇襲以外で相手を倒す手段のないイッスンにとって、それは必須条件だ。

 

 

(──と、相手は思っているのだろうな)

 

 

 無論、それは嘘ではない。嘘ではないが、裏を掻く手段はある。

 なにも難しいことはない。『少彦名命』としての自分に立ち返れば、それで済む。

 

 知恵者としての性質が強くなるその形態になれば、相手の気配も思惑も作戦も、その全てを白日の元に晒すことが可能となるだろう。

 問題があるとすればただ一つ、イッスン的にはあまり使いたくないというただそれだけのことだ。

 

 

(とはいえそれも、ちーむめいとの皆の想いを汲めば、詮無きこと)

 

 

 そして、キーアの側に思い違いがあるとすれば、それはイッスンがその忌避を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだろう。

 イッスンは、自分という存在がどういうものなのか、ということを彼女にきちりと話している。──話しているがゆえに、相手は『それはできないだろう』と認知していることだろう。

 

 つまり、それは決定的な隙となる。

 相手の思惑の外、そこからの攻撃はまさに奇襲。──なれば、それが上手く行かないなんてはずがない。

 

 

(まぁ、後で他の者にはなにかしら詫びを貰うことにはするだろうがな)

 

 

 内心でそう告げたイッスンだが……これは彼から言い出したことではなく、ブリーフィングの段階でお願いされたことでもある。

 ──恐らく、向こうはこちらの弱みに付け入るような攻撃を好んで行うだろう。

 それは卑怯な行為ではなく、そうでなくては勝ちなど万に一つも拾えないから。

 今の彼女達はそこまで追い詰められており、ならばその窮鼠の策を自分達は踏み潰さねばならない──。

 

 コナンの立案に、彼は『応』と声を返した。

 例え遊びであれ、それが勝負であるのならば真剣に。

 相手への礼儀も込め、彼は自身の秘められた力を解放しようとし、

 

 

「その時を、」

「待ってましたー!」 

「…………っ!?」

 

 

 突如起きた事態に、彼は酷く驚愕することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱり無理があるなー」

「無理、と言いますと……」

「戦力も手数もやれることも全然足りん。普通に押し潰される。……っていうか、向こうが割りと手札隠しすぎ」

 

 

 ブリーフィングの最中、相手チームのメンバー表を眺めながら、私はそうぼやいた。

 ……うん、こっちの制限キツすぎるし、相手はまだまだ底が見えんし、こんなんどうせーちゅーんじゃい、みたいな愚痴しか出てこんというか。

 

 そんな私を見て、アーミヤさんは責めるでもなく苦笑を浮かべている。……よかった、ここで『キーアさん、まだ休んじゃダメですよ』とか言われてた日には私爆発してたよ。

 

 

「ば、爆発するんですか!?」

「あー、言葉の綾……とは言い切れないのが酷いところだねー」

「……アンタ、あの真祖もどきみたいな生態してんの……?」

「おっ、その発言覚えとくからね、あとからパイセンになに言われても知らんからね()

「ちょっと止めなさいよ!マジぶっ殺すわよアンタ!?」

 

 

 なお、ちょっとしたお茶目心から発したその言葉は、思いの外他の面々に信じられてしまったため、ほんのり傷付いた私なのでありましたとさ。

 ……え?対ライダー戦で『私は怒りの姫君!バイオキーアー!!』*2とかやってた奴が言うな?おいおいジョニー、その辺りの描写は飛ばされたんだから今さら掘り返すのは無しだぜ?

 っていうかその時相手側から『ボルデンムア゙イヅイディディンデイインジャナイカナ』*3って言われて盛大にみんなが吹き出して酷いことになったんだぞ、黒歴史として沈んでて下さい()

 

 ……ともかく、私の生態に関しては今は関係ないので置いとくとして、相手チームの話である。

 何度も言うように、向こうは極力全力を出さないように立ち回っていたため、最終戦に向けてほとんどの戦力を温存できている。

 

 その温存っぷりは半端じゃなく、下手するとこっちの予想以上のことをやってくる可能性は、最早確定的ですらあるわけで。

 

 

「それに対してこっちはほら、最初にやりすぎたのもあって制限まみれで雁字搦め。……対処しようにも手数も戦力もなーんもかんも足りてないってわけ」

「あー……」

 

 

 そんな、最早なにが飛び出してくるかわからないおもちゃ箱のような相手に対し、こちらができることなんてほとんどないといっても過言ではあるまい。

 せめてこう、こっちにも突然の覚醒とかそういうシステムがあればなんとかなるんだけど……って、あ。

 

 

「あ、ってなにを思い付いたのよアンタ?」

「あーその、もしかしたらその辺なんとかなるかも、みたいな?」

「え、なにかいい手段を思い付いたんですかキーアさん?」

 

 

 そんな中、ふと思い出したとあるもの。

 ……あーうん、そういえばあれって()()()()()()だから、一応この場で使っても問題ない……?

 いやでも、こんなところで使ったらあとから説明を求められるのも確実……ああいやでも、事ここに至って隠し続ける……もとい()()()()()を続けるのは無理があるか……?

 

 そんな感じであれこれと脳内で会議を重ねた結果、私は小さくため息を吐いた。……あれだ、観念したともいう。

 このタイミングで思い出したということは、恐らく()()()()()()なのだろう。

 見なかったフリをするのは簡単だが、その結果なにが起こるかわかったもんじゃない、というのも確かなのだし。

 

 そんな、様々な感情を圧し固めたのち、私はこんな言葉をみんなに投げ掛けたのだった。

 

 

「──みんな、()()()には興味ある?」*4

「「「「「……は?」」」」」

 

 

*1
目の前や周囲で見ているのなら気付くかもしれないが、相手が二キロ先とかから見ている場合は気付けないのが普通、という話。隠れている相手の視線というのも、ある意味では遠くから見られているのと近しい、ということでもある

*2
『仮面ライダーブラックRX』より、ブラックRXの変身形態の一つ・バイオライダーの名乗り『俺は怒りの王子!バイオライダー!』から。水に変化して相手の攻撃を全て避けるチート形態。ブラックの変身は大体チート、というツッコミは厳禁

*3
※もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな

*4
『GOD EATER』のことではない



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黒歴史は続くよどこまでも

「まず、私がオリキャラに区分されるキャラだってのは、みんなもう知ってるよね?」

「ええまぁ。……あのアニメ(マジカル聖裁キリアちゃん)が原作ということではない、というのは知っていますが」

「止めてアーミヤさん、澄ました顔で人の心臓狙い打ちしないで」

 

 

 ただでさえ私、ここから恥の上塗りしなきゃいけないのに。

 ……そんな私の気持ちは伝わらず、彼女は慌てたように両手をばたばたさせているだけなのであった。

 ああうん、説明してないってか詳しい話をする前なんだから、その反応も仕方ないんだけどさ!

 とはいえ、ここで挫けていては話が進まないのも確かなのだけれど。

 

 

「……ええと、ちょっと前のバレンタインの時に、私の大本になるモノと同じモノを原典とする人物が現れた、って話は知ってる?」

「えーと、確か……ユゥイさん、でしたか?」

「そうそう。あの子ってばなにがどうなったのかはわからないけど()、私の黒歴史ノートの方の存在と混じってるのよねー」

 

 

 そうして頭を抱えながら、話題に出したのはユゥイのこと。

 ……私以外で私の黒歴史に関わる人物なわけだが、彼女の存在が意味するところで、今回関わりがあるのはごく単純な部分である。

 

 

「そのユゥイさんが、どうかしたんですかー?」

「ああうん。本来私一人だけが存在することになっているはずの【星の欠片】。それが、この世界の法則の中に刻まれたかもしれないってことになるんだけどね?」

「……いや、ごく当たり前、みたいな顔で説明されてもよくわかんねーんだが?」

「あれ?……あ、そっか。君ら新人だったね、失敬失敬」

「おい……」

 

 

 なので、そこを簡単に説明しようとしたのだけれど……あ、そっか。

 この人達ってここに来てからまだ日が浅いから、【星の欠片】についての詳しい話は知らないんだっけ。

 ……そのことをクラインさんの指摘で気が付いた私は、先にそちらの説明をすることに。

 まぁ案の定、なに言ってんだこいつみたいな反応を貰うことになったが、その辺りは予想の範囲内である。……範囲内だってば!(泣)

 

 と、ともかく。事前知識としての【星の欠片】の説明を終えたところで、改めて本命の話に戻る私である。

 

 

「……いや、前段階の情報の時点で、わりといっぱいいっぱいなんだが……」

「大丈夫大丈夫。その前段階の話って、全体からすると一割も語り終えてないくらいの情報量だから。必要な部分だけさらっと流しただけだから、全然問題じゃないって」

「なに一つ問題じゃない部分がなくないかそれっ!?」

 

 

 もー、細かいこと気にしてちゃ、ここじゃやってけないゾ☆

 ……私のこのテンションは冗談だとしても、細かいことを気にしてるとやってられない、というのは本当の話。

 

 流石に原作そのままの本人がこっちに来ている、みたいな判定になっているのはうちの(キリア)くらいのものなので、そこまで大掛かりなことにはなっていないが*1……なりきり郷、ひいてはそこに集まる『逆憑依』達というのは、それ自体が一種の異界のようなものであるとも言える。

 

 そこにあるだけで、自分という存在の原作となる場所にある、世界法則を周囲に垂れ流す存在……とでも言うか。*2

 まぁ、あくまでも自分に付随する部分に伝播させるだけであって、世界そのものに法則を刻むほどではないらしいのだけれど。

 ……そうじゃなかったら、水銀さんとか真っ先に排除対象だし。排除できるかは別として。*3

 

 いわゆる異界技術とされるモノも、そのほとんどが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 分かりやすく言うのなら、ミノフスキー粒子*4そのものを作っているのではなく、ミノフスキー粒子に近い性質を持つものをこっちの科学力で作っている……みたいな?

 

 オカルト混じりの完全にそっちの世界法則ありきのモノの場合は無理があるが、そうでないものの場合は現行科学で追い付けないだけで、いつか遥か先の未来では手に届く技術となっているかもしれない……みたいなモノの方が多い、とでもいうか。

 まぁ、ドラえもんの道具とかの再現に関しては、今のところなんか大分無茶をして成立させているらしいのだけれど。……その辺り、ゆかりんの能力って便利だよね()

 

 ともかく。

 居るだけで世界を汚染する、みたいな危険性は『逆憑依』達には(本来)なく、それを気にする必要もなかったはずなのだけれど。

 ……ことここに至って、キリアという他の作品で言うところの『原作そのままの人』の来訪を許してしまった私の黒歴史は、いつの間にやらこの世界を汚染する悪性情報となっていたわけである。

 無論、そのまま放置するととても宜しくないことになるため、キリアにその辺りの保全をお願いしてはいるものの……それにしたって万全と言うわけではない。

 

 ゆえに、その驚異に対抗するため、私は更なる黒歴史の扉を開くことを決意して云々かんぬん。

 

 

「……ええと、アンタはつまりなにを言いたいわけ?」

「どうせ汚染されてるならもうはっちゃけてもよくない?」

「よくねーよ!?」

 

 

 ……とまぁ、半分以上は冗談としても。

 従来のものとは方向性が違うため、対策しにくい【星の欠片】に対処する手段がなにもない、というのはとても宜しくない。

 

 なにせ、ユゥイの【散三恋歌】がわかりやすいが、生半可な精神防壁などまさに障害にすらならない、とばかりに魅了してくるわけで。

 ……言うなれば、今の私たちのほとんどは、防弾チョッキも着用せずに銃弾の嵐に晒されているようなもの。

 そりゃまぁ、危機管理の意識が足りてない、と言われてもちょっと否定できないわけで。

 

 ……え?お前は同じ【星の欠片】なんだからなんとでもなるんじゃないのかって?

 キリアならともかく、私みたいなぺーぺーだと無限出力あっても自分のことで手一杯で他の人まで手が回らないので無理でーす。

 ……いや、本来なら向こうもぺーぺーのはずなんだから、普通は拮抗するはずなんだけどね?そこら辺はまぁ、私という【星の欠片】自体がまだ新米なせいというか。

 

 話がずれたので元に戻すと。

 今後ユゥイみたいな敵対者としての【星の欠片】が大挙してくる、なんて可能性がないとも言い切れない。

 それゆえに、そんな彼らへの対抗策が必要だ、という話になるのだけれど……。

 

 

「ええとその、それって今の状況に関係のある話なんでしょうか……?」

 

 

 ルリアちゃんの言う通り、今この場でその話をした、という状況の説明には一切なっていないのも事実。

 ゆえに、ここからはそこの部分の説明、ということになる。

 

 

「いやいや、関係はあるのよ、それもすっごく、ここから先の勝率を左右するくらいに」

「はぁ……?」

 

 

 先ほどは【星の欠片】への対抗手段、みたいな部分しか説明していなかったが。

 そこから更に話を進め、今から私が教えようとしている()()についての解説をしようと思う。

 

 技術、と前置いているように、これは誰にでも覚えられるものである。

 無論、究めるまで行くと長い時間を必要とするだろうけど……これの良いところは、付け焼き刃でも驚くほどの効果を得られる、というところにあるだろう。

 

 

「付け焼き刃でも……ですか?」

「そう、付け焼き刃でも。……って言うと疑問だろうから、先にぶっちゃけておくと……これ、【星の欠片】の一種なんだよね」

「!?」

 

 

 とはいえ、付け焼き刃でも効果がある、というのも変な話。

 なので先に種明かしをしてしまうと、この技術はその根幹に【星の欠片】を持つモノなのである。

 ただ、【星の欠片】を根幹に持つと言っても、なにも使用者に普通の【星の欠片】みたく『自身の極限の活断』を求めるモノではない。

 ……いやまぁ、結果だけを見ると近いものがある、とも言えるかもしれないが。

 

 

「……えーと?」

「武術──特に『道』って言われるようなモノって、人生の道標みたいな意味合いが含まれていることが多いでしょ?そしてその先に『悟り』みたいなものがあったりする。──【星の欠片】における『自分を削る』って言う行為は、基本的に自分という存在の根幹に触れることを目的とするもの。言うなれば、()()()()()()()()()()()なんだよね」

 

 

 すさまじく雑に言ってしまうと、武道が目指す先と【星の欠片】の目指す先は似通っている、みたいな感じだろうか。

 ……要するに、『武道』も一種の【星の欠片】として扱うことができる、というわけなのだ。

 それを形にしたもの。それの名前が、

 

 

「──『神断流』。人の身で神をも断とうとした、地上の星の名前だよ」

 

 

*1
ここでの原作そのままとは、『逆憑依』でも【顕象】でもない、漫画やアニメなどのキャラクターがそのまま現実に現れた、というパターンのこと。こちらへの顕現のさい、()を必要としなかった者、という風にも言い換えられるか。その概念で言うと、当てはまるのはキリアただ一人となる

*2
『オーバーロード』が解りやすいか。モモンガが転移した世界は、本来位階魔法などというものは存在しなかったとのこと。モモンガの世界の人物達が転移したことで、ゲーム世界の法則が転移後の世界に漏れ出し浸食した、ということになるようだ

*3
彼が明確に居る、となるとその背後関係(神座の概念)までこっちに持って来られてしまう、ということになる

*4
『機動戦士ガンダム』シリーズに登場する架空の粒子。既存のレーダーを阻害する効果を持ち、場合によっては推進材的な運用も可能。なんなら集めてビームにもなる。元々は、有視界戦闘に持ち込むのにレーダーが万全だと問題だった(広範囲レーダーがあるのなら、遠くからの打ち合いになるのが普通。ドッグファイトはほぼ発生しない)為、その辺りの説明をするのに生み出されたとかなんとか



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黒歴史でも使えるのならば使え

「元々は、神──この場合は人以外の全てを雑に纏めたものだけれど──そういった超常の存在に振り回される人々が、それらのモノから自由になるために生まれた武術、って感じのモノでね?」

 

 

 神やら悪魔やら、そういった人以外の()()()()()()()

 それらに人の身で対抗し、あまつさえ退けるために生まれたのが、【星の欠片】の一つ、『神断流』。

 ……【星の欠片】って負けるためのモノなのに、相手を退けようとしてるのはどうなん?……みたいなツッコミが飛んできそうだが、一応言い訳的なものは存在する。

 存在するけど、この場では関係ないので割愛。

 

 ここで重要なのは、この『神断流』が【星の欠片】の『どこにでもある』性質を利用しているものである、ということの方だろう。

 

 

「と、言いますと?」

「先ずもって、人が人の力だけで神を打倒する、ってのが夢物語以外の何物でもないのはわかるよね?」*1

「……ここでそれを言うんですか?」

「言うんです。だってそこが一番重要だからね」

 

 

 本来、人が神のような超常の存在を打ち倒すことは難しい。

 仮にできたとしても、事前の準備をしっかりして・相手の長所をできる限り削り取り・こちらのやることをとにかく相手に押し付ける……みたいなことをとにかく積み重ね、それでもなお薄氷の上の勝利と呼べるものが得られるか否か……。

 それくらいの差というものが、人と神の間には存在しているわけだ。

 

 ゆえに()()()()()()為せる、などという触れ込みで生まれたこの流派は、それが成立するために越えるべき壁というものが多すぎるのだ。

 誰でも神を倒せるようにするということは、転じて言えば人の最低ラインを神のそれより上の位置にする……ということに等しい所業なわけなのだし。

 

 

「だからまぁ、そのために色々と盛り込みまくってるのよ、これ。今は神断(かんだち)って名前だけど、元々はかんなぎ──神を奉る者(巫覡)であり、神を薙ぐ者であったとか、ね?」*2

「……いいわねそのネーミング」

「オルタさん!?」

 

 

 その最低限を越えるため、この技術には様々な理屈が詰め込まれている。

 

 元々は神に捧げる舞であったものが、神を嗜める役割を持つようになり、その果てに神を討滅せしめるモノに変化したとか。

 源流が奉納物であるがゆえに、神は神としてそれを()()()()()()()()()()()()()()()()()*3だとか。……まぁ、色々だ。

 

 そういった理屈の中に、『誰でも使える』理由となるものがある。

 

 

「武術における流派っていうのは、基本的に自分一人のためのモノではなく、他者に伝えるためのモノである……ってのはまぁ、なんとなくわかるよね?」

「まぁ、我流みたいな感じで自分しか使わない技、みたいなのも多いけど……体系化して行く先にあるのは、結局のところ誰かにそれを伝えよう、という願いよね」

 

 

 武術は技術であり、技術である以上は他人にも教えられるもの、ということになる。

 ……無論、それだけでは『他人がちゃんと覚えられるか?』というのはまた別の話になってくるのだが……ここで、この流派が【星の欠片】の一つである、ということが重要になってくる。

 

 

「【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】って魔法があるんだけど。これは【星の欠片】の無限性を利用して、対象者のスペックを際限なく上げる技能なんだよね」

「……ってことはつまり……?」

「その通り。神断流にも、使用者のスペックを跳ね上げる効果が備わっているのです」

 

 

 それも、【誂えよ、凱旋の外套を】と比べると、ほんの僅かな依存性すらないという優れもの!

 ……まぁ、そっちとは違って本当に際限なく強くなっていける、ってわけでもないんだけど。

 

 まぁともかく、そっちと同じく『原型保護』とか『上限突破』とかも術式に組み込まれていて、かつ本人の修練に合わせてそのランクが上がる……という、一般的な武術としての性質も持ち合わせるこの流派は、普通の人になにか覚えさせるのならばこれを一番に、と太鼓判を押してもいいくらいの優良流派なのである。

 

 ……ここまでの説明の時点でもわりと大概な感じだが、実はこの流派にはもう一つ、特徴的な効果が備わっている。

 

 

「それは?」

「神断流の使い手はその生涯の内に一つ、()()()()()()を生み出すことを目標としているんだけど。無限数である【星の欠片】の一種であるこの流派は、そうして生まれた()を、()()()()()()()()()()()()性質があるんだよね」

「ええと……?」

「すごく雑に言うと、SAOのソードスキルみたく他の人が作った技を簡単に覚えられる」

「前後の繋がりがわからないんですが!?」

 

 

 その特徴というのが、他の人の作った技が()()()()()()()()使()()()()()()()()()()、というもの。

 元々【星の欠片】はあらゆる場所に存在するものであり、それは例え壁差世界や並立世界であっても変わらない。

 つまり、何処かの道を極めた者が作り上げた一世一代の技も、それが神断流である限り他者に()()()()()()()のである。

 

 ……これは、そもそも神断流が人に降り掛かる理不尽をはね除けるための一助となるように、という願いから生まれたモノであるがゆえの性質であり。

 なおかつそういった理不尽に挑むものは、得てして追い詰められた者であることから、それをすぐさま補助できるように……という祈りも含まれている。

 

 ……雑に言ってしまうと、その技を作った誰かの経験を憑依させる、という形で他者に貸し与えている形になっているのだ。

 そしてその性質を持つがゆえに、どんな威力の技であっても──【星の欠片】がクッションとなり、使い手の負担を軽減する。

 

 これにより、中には『発案者の命と引き換えに生み出された』ような技であっても、それを使う他の者達には悪影響が一切ない、という結果を生むのだ。

 

 

「……今さらっと言ったけど、なんかエグい話になってなかった?」

「実際、自分の体を破壊しながら放たれた技、みたいなのも幾つかあってね?……発案者は半身不随になったりとか悪ければ命を落としたり……なんてこともあったけど、それらの負担まで他の人に伝播することはない、というか?」

「聞き間違いじゃなかったですー!?」

 

 

 ……なお、後に試合の中で活用することになる『涅槃寂浄』とか『虎視眈々』とかも、この神断流に含まれる技の一つだったりする。

 他の【星の欠片】が現れた以上、同じ原理で動いている神断流も上手く行くはず、という目論見からの行動であったが……ちゃんと機能して良かった、というべきだろうか?

 

 まぁ、そこら辺の話はその時にするとして。

 私はこれから勝ちを拾うために、この流派をみんなに広めることを決意したのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「──雪泉殿!?先程落とされたのではなかったのか!?」

「ええ、ですので今ここにあるのは一種の影のようなもの!──題して、神断流・影轍(かげわだち)!」*4

「なんだそれはっ!?」

 

 

 うっすらと、影を纏ったかのような雪泉が突然沸いて出たことに驚き、イッスンは足を滑らせる。

 その隙を見逃す二人ではなく、前方からはルリアが、後方からは影の雪泉がイッスンを逃さぬように迫り──、

 

 

「なんだこれはー!?突然敗退したはずの雪泉選手が現れたかと思えば、イッスン選手を捕まえたあとにまるで煙のように消えてしまったー!?」

「ん~……そういうのありなんですか?運営の八雲さん?」

「え?ええと……あー、どうやら脱落した方の雪泉ちゃんの意思で動いていたものではなく、ある程度……っていうかほぼ別の個人として動いてたみたいだから、一応有りの扱い……かしら?」

 

 

 一応、新しい可能性を見せた、という基準には当てはまるわけだし。

 ……そんな実況席での会話を聞きながら、ルリアの手の内に捕らえられたイッスンは、諦めたように空を眺めるのであった。

 

 ──イッスン、リタイア。

 

 

 

*1
台風や地震を人一人の力でどうにかしようとしている、という風に言い換えても良い。この場合の神とは、人智の及ばぬ相手のことである為、天災も普通に含まれている

*2
巫覡(ふげき/きね)』とは、雑に言えば巫女のこと。『(めかんなぎ)』が女性のことで、『(おかんなぎ)』が男性のことを指す。『かんなぎ』は『巫』の読み方の一つで、他にも『かみなぎ』『かむなぎ』と読むことも。神に仕え、神の言葉を民達に伝える役割を持つ人物のことを指す。『神薙ぎ』でも特に意味は変わらないらしいが、現代人的には神を 薙ぐ(倒す)、という風にも読める為、神に仇為す者としての名前に使われることも

*3
『神断流』の持つ特性の一つ、『神性浸透』。正確には神への攻撃ではなく、神への嘆願──すなわち願いである為、人の願いを聞き届ける必要のある神々達はこれを断ることができない。結果として必中・かつ防御技能無視効果になっている。技を使った相手が単なる人の場合、この効果は失われる

*4
とても雑に言うのなら、『誰でも使える』影分身。あくまでも自分の影を自身の分身として運用できるようにする、というものなので『多重影分身』の代用にはならない



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突然の強化パーツだ、受け取れっ

「……ってことはもしかして、さっきまでのアーミヤ姉ちゃんってば俺の影分身みたいなものだった、ってことなのかってばよ?」

「話を聞く限りだと、そういうことになるね……」

 

 

 寝耳に水、とばかりに報じられたイッスン脱落の一報に、かよう達は慌てて緊急会議を行うことに。

 八雲紫の判断的には問題ない、ということになっていたが……一応、運営側で先程のあれこれに問題がなかったかを協議することになったとかで、今は束の間のクールタイムになっていた。

 

 なので、これ幸いとかよう達は残りの面々で集まり、対策を練ることにしたのである。

 

 

「……検討する、みたいなことを言ってたけど、多分ペナルティとかは発生しないんだよね、これまでの試合の流れをみる限りは」

「うち達もそれを活用してたん。そこら辺の文句は言えないん」

 

 

 ただ、相手方のしてきたことの詳細がわからないため、あくまでも『あれはこの試合中頻繁に飛んでくるものだろう』ということしかわからなかったのだが。

 ……先程現れたのは二つ。イッスンに対して差し向けられ、ルリアと共に彼を挟み撃ちにした雪泉の影と。

 

 

「ナルト君をずっと足止めしていたアーミヤさん、だよね?」

「まさか、こっちの攻撃がクリティカルヒットした途端に消えるとは思ってなかったんだってばよ……」

 

 

 ナルトとれんげがずっと戦っていた、()()()()()()()()()()()()()()()()()アーミヤ。

 ……ナルトの攻撃が彼女の(サバゲー設定上の)ライフを削り取った瞬間、彼女はまるで煙のように消えてしまったのだった。

 ──そう、丁度ナルトの影分身が、敵の攻撃で倒された時のように。

 

 

(……みんなに影分身を教えてた、ってこと?……いや、それだと色々と影響範囲が広すぎる。だってそれって、ほとんど【継ぎ接ぎ】と変わらないはず……)

 

 

 今回のサバゲーは、何度も言うように健康診断の延長線上にあるもの。

 そのため、明確に【継ぎ接ぎ】が発生してしまうような状態は非推奨・下手をすると反則負け扱いになってしまう。

 

 ……まぁ、その話にも抜け道があって、【継ぎ接ぎ】にならない程度の追加要素ならば一応オーケー、みたいな部分もあるのだが……そもそもの話、【継ぎ接ぎ】が起こるか起こらないか、というところはわりとファジーなところがあり、疑わしいようなことはやらない方がいい、みたいな不文律がある。

 

 実際、その辺りを今回のサバゲーに利用できているのは、元々のキャラクターが『多種多様な属性を持つ』ために【継ぎ接ぎ】を()()()()()()状態で運用できるボイロ勢のみ。

 あとはその辺りの見極めの得意なキーアが、それっぽい変化を時限式で付与しているのに過ぎないのであった。*1

 

 なので、今回のこれは()()()()()()()()()()()、という点で不可思議なのだ。

 

 

「え?そんなに変な話なんだってばよ?」

「分身系の技って、大雑把に纏めると()()()()()()ものだからね。原作でやったことがある、とかでもない限りは普通覚えられるものじゃないんだよ」

 

 

 世の中の分身系の技能を思い出して貰えばわかるかもしれないが、そういう技能は()()()()()()()()()みたいなものが少なくない。

 無論、本体の動きをトレースするだけの簡易的なものも有るには有るが、『分身』と聞いて想像するのはナルトの影分身のようなもの、というのがほとんどだろう。

 

 そして、それは技術としてはかなりおかしな部類、ということになる。

 僕のヒーローアカデミアのヴィラン・トゥワイスの個性がわかりやすいだろうが、本来自己というものは唯一無二・無闇矢鱈に増やせば分身同士の争いすら招きかねない、とても危ないものだと言える。

 ナルトの場合、自分同士で相争うというような描写は無かったものの、自分の中の暗い感情との対峙、みたいなものが発生したこともある。

 

 ……そんな感じで、分身という技能はある意味自我の境界を揺らがす可能性のあるもの、ということになるのだ。

 そこら辺全く気にせず使っているような人もいるが、ある意味ではそういう人は()()()()()、という風に見なすこともできるかもしれない。

 

 

「……そ、そんなに危ないものだったのかってばよ?」

「まぁ、そこまで深堀りせずに使ってる、みたいな作品も多いから、絶対に降り掛かる悩みってわけでもないんだろうけどね」

 

 

 ただそれは、あくまでも一次創作での話。

 二次創作──【継ぎ接ぎ】にそれを適用するとなれば、話は変わってくる。

 

 そもそもの話、ここにいる人間は極少数を除いて皆『逆憑依』──すなわち、本来の自己ではない自己を持つ存在である。

 それを無闇に複製した(分身させた)として、それが本人の意向通りに動いてくれる保証はどこにあるのだろう?

 下手をすれば、そちらはそちらで勝手に動き回る……などという別の問題を引き起こしてしまうかもしれない。

 

 そして、それは恐らく()()()()()()()()なのだ。

 なにせ、分身とは自己の複製。……それを為す術は、本来持ち合わせているはずがなく、それを可能にするための出力を捻出するためには、それこそしっかりと根付いた【継ぎ接ぎ】が──それも、分身を使える作品を根幹に持つものが必要となってくるはず。

 

 結果、さっきの()()の正体がわからない、という話に繋がるのであった。

 

 

「八雲さんが問題ない、って言ってたってことは、つまりあれは本人の精神や健康に影響を及ぼさないものだってこと。……その辺りをすぐに判別できたかどうか、って部分はちょっと疑問だけど、それこそ八雲さんの能力を上手く使えば、それくらいならちょちょいのちょいって感じで確認できるのかも……」

「……ええと、結局俺達はどうすればいいんだってばよ?」

「……考えられるのは、あれは影分身っぽく見えたけど、本質的にはリモート操作型……だと、雪泉さんが脱落してる時点で反則だから、予め設定しておいた動きをなぞるタイプ……ってことかな?」

「……それもそれでおかしいってばよ?」

「そうなんだよねぇ……」

 

 

 考えれば考えるだけ袋小路にはまっていく感覚に、かようは疲れたようにため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

「……で、それを確認した私はあの子の末恐ろしさにビビるのでしたとさ、っと」

「ん?なんか言ったかキーア?」

「若い子って怖いよねー、って話」

「なんだそりゃ?」

 

 

 首を傾げるクラインさんに苦笑を返し、改めて周囲を見渡す私。

 ……うむ。

 

 

「改めて、お疲れ様みんな。神断流の技能補助機構ありきとは言え、慣れない技で上手く戦ってくれたね」

「とりあえず、イッスンさんを落とせたのは僥倖でしたね」

 

 

 疲れたように座り込んでいるみんなに、一先ず労いの言葉を掛ける私である。

 いやほんと、みんなよくやってくれたものである。

 

 この中で一番大変だったのは、盾かつ囮役だったアーミヤさんだろう。

 影轍と虎視眈々、それからもう一つ──隠行を可能とする技である柳兎(なぎと)の同時使用は、体力的には問題なくとも精神的に結構来るものだったはずだ。*2

 その辺り、集中力を切らさずに務めきった彼女には惜しみ無い拍手を送りたいところである。

 

 ……まぁ一応、この三つの技は酷使する部分が微妙に被らないものなので、どうにか併用できたみたいな事情もあるのだけれど。

 

 

「そうなんですか?」

「柳兎は歩法、虎視眈々は一つのことへの集中、そんでもって影轍は予め設定をセットしての自律行動……つまりは二つよりも前の部分での労働だから、辛うじてどうにかなる範囲……みたいな感じかな?」

 

 

 なにせ、単純に隠れるというだけならば、柳兎よりも隠密性の高い技は別にもある。

 ただその場合、虎視眈々との併用は無理があっただろうから、そういう意味ではこの三つがベストだった、ということになるわけなのだが。

 

 

「分身っぽいのを作るのにしたって、それこそナルト君の影分身みたく完全自律型の技もあるけど、その場合は下手すると変な誤動作するかもしれなかったから、ぶっつけ本番で使うのはちょっと怖かったりしたしねー……」

 

 

 影轍はある意味で、決まった動きを繰り返すロボットのようなものである。……まぁ、単なるロボットよりは多彩な動きができるんだけど、完全に本人の複製というわけではなく、そこら辺の自意識を含まない複製なのでちょっとややこしかったり。

 それこそ名前の通りに()みたいなもの、というべきかも。

 

 多少は動きを変えられるけど、大きくは変化させられないので本来はこういう戦場には向かないのだけれど……。

 

 

「虎視眈々の逆──相手の視線を自分に引き寄せる技である『鵜目鷹目(うもくようもく)*3をずっと使わせることで、向こうの動きをある程度制御する……っていう手法を思い付いたのは良かったけど、れんげちゃんに逃げられたのは失敗だったなぁ」

「お陰さまで、行動を焦る結果になってしまいましたからね……」

 

 

 ターゲット集中を併用することで、相手の動きをある程度読み切れるものにする、という対処を組み込むことで、なんとか実用化していたのだった。

 ……え?それだと四つ併用になってないかって?いやいや、『鵜目鷹目』は()()()()()()()()使()()()()って形式だから大丈夫大丈夫。

 ……まぁ、流石に影轍に組み込むのは無理があったみたいで、れんげちゃんに途中で逃げられる羽目になったのだけれど。

 

 まぁそういうわけで、確かにイッスン君を落とすことに成功したものの、微妙に課題の残る結果となったのも事実。

 

 その辺りを次に活かすため、私たちもまたかようちゃん達と同じように、作戦会議に勤しむのであった……。

 

 

*1
リリィ化したオルタと、仮面を被っていた雪泉の二人。前者は若返りの薬の効果が切れるまでという条件で、後者は仮面を被っている間のみである種『変身』扱い。そもそもボイロ勢も『変身』を応用しての変化であり、この辺りは紫の大人変化などから続く【継ぎ接ぎ】の利用法方の模索の最先端、ということになる

*2
『影轍』……自身の影を分身代わりに使用する技能。影なので普通の分身のような難しいことは考えられない代わりに、本体への謀反などは発生しない安心仕様。だがそれゆえに複雑なことはできない為、発動時にある程度の行動方針を組み込む必要がある。間借りなりにも分身ではある為、少し位なら技などを使うことも可能。戦闘能力は低い。丁寧に作ることにより、影っぽくない見た目にすることも可能。この場合、ちょっとだけ戦闘能力と思考能力が上がる。『柳兎』……『柳のように跳ねる兎』。特殊な歩法を基幹とする技能で、基本的には回避技(相手の攻撃を()()()()()()()()()()()()躱す)。相手の視線も同じように躱す為、結果として目の前に居るのに認識し辛くなる。隠行として使う場合、他にも有効な技があるので実際には不向き

*3
ことわざの一つである『鵜の目鷹の目』から。『虎視眈々』を相手に使わせる、という技法。必然的に相手の注意がこちらに向くようになる。いわゆるターゲット集中効果だが、デメリットとして相手の攻撃がヒットしやすくなる副次効果がある



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いい加減クライマックスだ、行くぜ行くぜ行くぜ~!

 はてさて、束の間の作戦会議タイムも終わりを告げた。

 運営側からこちらへの事情聴取が行われたが、こっちとしては隠し立てをする意味がないので『神断流』については素直に開示。

 

 ……結果、暫く運営組が頭痛をこらえるように渋い顔をしていたが、ルールになどに抵触したりはしていなかったため、使用は普通に認められた。

 まぁ、認められた代わりに詳しい説明をあとで纏めて報告するように、とも言い付けられたのだが。

 

 

「うーむ、今から終わったあとのことが怖い……」

「ええと、なにか問題でもあるんですか?」

「いやー、私ってば結構な設定魔でね?……神断流って、今の時点で派生技も含めて五百種類くらいあるんだよね……」

「思ってた以上に多い!?」

 

 

 なんなら【星の欠片】でもあるから、意味不明な火力の技もあったりねー。ははは、今から胃が痛いぜちくせう。

 

 

 

 

 

 

 試合再開ののち、かよう達は固まって動くことを選択した。

 各個撃破などされてはたまらない、という部分も少なからずあったが、一番大きいのは相手側の戦力向上がどれくらいのものかわからない……という部分にあるだろう。

 

 現状、このメンバーの中で一番爆発力が高いのは、憑依合体状態のかようだ。

 たぬきの方のビワも、なにかしらの隠し玉を持っていてもおかしくはないが……その辺りはキーア達も折り込み済みのはず。

 実際、先程から会話にも加わらず、なにやらじっとしているビワは、これからなにかをするぞという気合いに満ち溢れているとも言えるわけで──その姿が無防備である、というのも間違いではない。

 

 そのフォローをしなければならないことを思えば、できる限り固まって行動したいというのも仕方のない話なのであった。

 ……あと、もしかしたらコナンが幼児化から戻るかもしれないので、その守護の役割も含むというか。

 

 

(本当なら、この試合が終わるまで戻らないくらいの効果時間だったんだろうけど……)

 

 

 途中で作戦タイムが挟まったことで、彼の幼児化時間は確実に短くなっている。

 もしかしたら、に期待するのは愚かなことではあるが、それを全く考慮しないのもまた問題ではあるだろう。

 

 そういうこともあって、彼女達は固まって移動することを強いられていたのであった。

 

 

「なあなあ、やっぱり別れて行動した方がいいんじゃないかってばよ?」

「高火力の技で纏めて吹き飛ばされるかも、って言うんでしょ?……それはまずないから安心して、とも言ったよね?」

「でもさぁ……」

 

 

 ただ、一人だけ現状の行動方針に懸念を示している人物がいた。……ナルトである。

 

 爆発力が高いのは確かに万全状態のかようだろうが、通常の状態で攻撃力が高いのは、まず間違いなく忍者というものを勘違いしているかのような作品を原作に持つナルトだろう。

 個人で隕石を降らせることができるような世界の人間にとって、大した自衛力も持たない人間達が固まって動くのは、そこを纏めて薙ぎ払ってほしい……と言っているように見えてしまっても、ある意味では仕方のない話である。

 

 実際、もし彼が敵側であり、なおかつ『螺旋手裏剣』ぶっぱを禁じられていなければ、まず間違いなくそれを実行に移していた・もしくは移そうとして運営側から厳重注意を受けていただろうし。

 

 

「毒ダメージの面もある技だからねー、そりゃまぁ非殺傷設定とかあっても迂闊に使わせてらんないっていうか……」

「ぬぐぐぐ……」

 

 

 本来のナルトに比べ、どうにも力こそパワーというか、圧倒的火力で薙ぎ払うことこそ正義というか……そんな小学生的理論で動いている節のあるここのナルトである。

 そりゃまぁ、キーア並みにあれこれと制限が付けられるのも宜なるかな、というか。……それでもなおぶっぱ脳が治らない辺りは筋金入りというか。

 

 ともかく、彼の基本方針的に、今のポジショニングが危ないものに見えている、ということは確かな話。

 そこを理解していたかようは、彼にもわかるように『今このポジショニングでも大丈夫な理由』を説明していたのだけれど……この分だと、もう一度説明した方がいいのかもしれない。

 そんなことを察した彼女は、小さくため息を吐いた後に重い口を開いたのだった。

 

 

「もう一度説明するから、ちゃんと聞いてね?」

「お、おう……」

「まず、高火力技で纏めて薙ぎ払われる可能性だけど……こっちが向こうにそれをするのに対して、向こうがこっちにそれをしてくるんなら運営からストップが掛かる可能性が高いの」

「な、なんでだってばよ……?」

 

 

 一つ目は、こちらが高火力技を使うのと、キーア達が高火力技を使うのは明確に意味が違う、というもの。

 これは正確には、互いの()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも言うべきだろうか?

 

 

「非殺傷設定だけど。……これ多分、キーアお姉さんは()()()()()()()無視できると思うんだよね」

「え」

「キーアお姉さんの使う【星の欠片】っていうのは、()()()()()()()色んな制限をすり抜けられるってもの。……要するに、網に空いた穴を抜けているようなもの。だから制約をきちんと守ろうとする場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 

 大きな網だと、小さな魚は逃げてしまう……というのを思い浮かべるとよい。

 キーアの技能である【星の欠片】とは、世に溢れるあらゆる(制約)の隙間を抜けてしまうもの。

 それは別になにかズルをしているというわけではなく、自然体である限り()()()()()()もの、みたいな感じの概念である。

 

 ゆえに、そんな素振りを見せたことはないけれど──彼女はこのなりきり郷に張り巡らされた『非殺傷設定』を()()()()()、相手を殺傷することが可能だと思われるのである。

 ……もしなりきり郷で殺人事件など起きた日には、SAOでの圏内事件*1のようなことにはならず、真っ先に彼女が疑われる……なんてことになってしまうのだろう。

 まぁ、今では【星の欠片】の該当者も増えたため、彼女だけが容疑者になるということもなくなってしまったのかもしれないが。

 

 ……ともかく、どういう経緯(いきさつ)で向こうに強化がもたらされたのだとしても、少なくとも火力的に一番高いはずのキーアが、加減もせずに攻撃をしてくる可能性は低いのだ……という話になる。

 そもそもの話、例え非殺傷であったとしても、かよう達の側はまともに受けられる人員が居ないわけでもあるのだし。

 

 

「ええと……?」

「マシュお姉さんみたいな盾役が居ない、っていう風に言い換えてもいいかな?……今のキーアお姉さん達のチームにマシュお姉さんは居ないよ、ってツッコミはもういいからね?」

 

 

 それはさっきも聞いたから、とナルトに釘を刺しつつ、改めて説明するかようである。

 

 ……確かに、盾役として優秀なマシュが居ることから目立ってはいなかったものの。

 本来キーアが輝くのは、実は壁役の方なのである。

 

 何故ならば、彼女は【星の欠片】である。

 ……詳しい説明は【永獄致死】の話が乗っている辺りでも読んでもらうとして……ともかく、彼女はあらゆる攻撃を陳腐化できる性能を持っている、というのは確かな話。

 言うなればデコイとしてとても優秀なわけで、そういう意味では宝の持ち腐れ的な面も少なくはないのであった。

 ……まぁ、そんなことを公然と口に出した日には、マシュからの凄い視線に晒される可能性も非常に高いわけなのだが。

 

 ともかく、向こうがこっちの高火力技を受けられる壁役(キーア)が居るのに対し、こちらにはそれを行える人員がいないのだ。

 辛うじて、ナルトに多重影分身をさせて即席の壁にする、くらいが関の山だろうか。汚いなさすが忍者きたない()

 

 ……冗談はともかく、そういう運用をするには、ここのナルトは直情的すぎる。

 非殺傷をすり抜けてしまう可能性のある攻撃かつ、それを受けられる相手が居ない状況で、キーアがそれを戦術的に選ぶ可能性は皆無……というのが、向こうが高火力技でこちらを薙ぎ払おうとしない理由の一つ、ということになるのであった。

 

 

「……でもさでもさ!他の奴らの場合は当てはまらないじゃんか!」

「それがそうでもないんだよね。あのメンバーの中で、広範囲攻撃が制限されてない人が一人も居ないから」

 

 

 とはいえ、これはあくまでもキーア一人についてのあれこれ。

 他の面々が広範囲攻撃をしてこない、ということの理由にはなっていないため、ナルトの疑問ももっともな話……に聞こえるようでいて、そちらにもちゃんとした理由はあった。

 

 まず、広範囲攻撃自体が制限されているメンバーばかりである、というところが大きい。

 ……初戦でやり過ぎた、というのがその理由だが、そういう意味で一部(アーミヤ/クライン)を除くほぼ全員に広範囲攻撃技があった、というのはある意味で恐ろしい話ではあったりする。

 

 とはいえそれも、あくまでこのサバゲーが始まったばかりの時の話。今の彼女達はそれが使えない状況にあるため、そこまで気にする必要がないのも確かなのである。

 

 

「あと、そのあと別の攻撃手段を得たんじゃないのか、って疑問についてだけど……一時的な【継ぎ接ぎ】でもないって話だったから、多分【星の欠片】だと思うんだよね、向こうの隠し玉」

「お、おう?」

 

 

 それと、その辺りの火力低下を補っているものが、恐らく【星の欠片】関連のなにかである、とかようは目星を付けていたため、それが間違いでなければさっきのキーアに掛かる制限と同じ文面が加わるため、余計のこと広範囲攻撃はしてこないだろう……という論の証拠にもなっていたり。

 

 ……【星の欠片】は原則他の技能を持つものには発現しない*2、という【継ぎ接ぎ】との相性の悪さを提示されていたこともあり、付け焼き刃的に持ち出すには丁度よいのだろう、と考えたというところもあったりはする。

 まぁ、()()()()()()()()、という部分に引っ掛かりを覚えないでもないのだが……わりと屁理屈言いのキーアのことである、その辺りは『この【星の欠片】は使う人に発現するものではなく、発現したものをなぞってるだけ』とかなんとか変な理屈を付けているのだろう、とかようは当たりを付けていたのであった。……大正解である。*3

 

 それらの話を総合し、キーア達がこちらを即殲滅するようなことはない、とかようは確信していたのであった。

 

 

「……してたんだけどなぁ、確信」

「うおおおおお影分身影分身多重影分身~!!?」

 

 

 それがつい数分前のこと。

 今現在、かようはその結論を出したことを、微妙に後悔していたのであった。

 

 

「ふんぬんせいていそりゃー!!」

「おかしいってばよー!?クライン兄ちゃんそんなことできなかったんじゃなかったのかってばよー!?」

「はははは、安心しろちゃんと峰打ちだぜー!!」

「嘘だー!!」

 

 

 ぽんぽんぽん、と爆ぜていくナルトの影分身達を見ながら、どうしてこうなったのかとかようは天を仰ぐ。

 目前では、やけに張り切るクラインの奮う刀が、空に銀閃を翻す姿が延々と続いていたのであった……。

 

 

*1
『ソードアート・オンライン』のエピソードの一つ。相手を殺傷することのできない安全地帯・通称圏内で起きた殺人事件に纏わる話であり、他のエピソードとは少し毛色が違ったり(他がアクションならば、ここだけ推理ものになっている感じ)

*2
正確には、『元あった技能を塗り潰す』。個人という器を永久機関に変えるモノである為、他の技能を両立できるような隙間が残らない

*3
『神断流』を発現した存在を仮に定義する場合、それは『集合無意識』ということになる。その為、人間であるならば誰にでも使用権はあるが、別に負担を個人に求めたりはしない……という形式になっているとかなんとか。普通の【星の欠片】が自分を道具に変えるのに対し、『神断流』の場合は道具を貸し出す形式になっている、という風に考えるとわかりやすいかもしれない



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見て!クラインさんが元気に刀を振っているよ、かわいいね

「多分、かようちゃんのことだからある程度予測とかはしてると思うんだよね」

「……あの子、こっちが思っている以上に強敵じゃないですか?」

 

 

 私の言葉に、リリィがげんなりしたように声を返してくる。

 いやまぁ、うん。見た目の年齢からすると、ちょっと大人びているどころではないレベルで深い知性を見せるかようちゃんなので、その感想も仕方のない話ではあるのだが。

 ……あれかな?一回死語の世界に渡っているようなものだから、物事に対して達観してるところがあって、その延長線上みたいな感じ?

 

 まぁともかく、火力云々を除いてもかようちゃんが特筆して注意すべき人物である、ということに間違いはないだろう。

 そこら辺を踏まえると、ある程度こちらの動きを読んでいてもおかしくない、ということになるわけなのだが……。

 

 

「だからこそ、そこら辺の読みを外せそうな人が重要になるってわけ」

「……え、俺?」

 

 

 ゆえに、相手の裏を掻くのに必要な人材は?……という質問に、クラインさんを挙げることとなるのであった。

 

 確かに、かようちゃんは子供らしからぬ知性の冴え渡りを見せる少女ではある。

 ……あるのだが、同時にコナン君とかに比べればまだまだ子供である、というのも事実。いや、見た目だけだと明らかにコナン君の方が小さく見えるけどね?

 

 とはいえ、かようちゃんの読みは流石にコナン君ほどではない、というのもまた事実。

 ゆえに、彼なら読んで対応して来そうなことでも、ある程度はこっちも強行できてしまうのではないか?……ということになるのである。

 

 そういうわけで、重要になるのがこの面々の中で相対的に弱キャラ(※私ことキーアを除く)扱いになるクラインさん、ということになるのであった。

 

 

「……なぁ、遠回しにいじめられてんのか、これ?」

「全然?今の話だと私を抜かしてたからちょっとややこしいけど……仮に私を含んだ場合、君らにとって私の強さの位置付けってどこになる?」

「「「「一番上」」」」

「……デスヨネー」

 

 

 で、面と向かって弱い、というようなことを言われてしまったこともあり、若干不貞腐れたような状態になってしまったクラインさんに対し、補足とご機嫌とりをする羽目になる私である。

 

 ……今の反応でわかるように、周囲からの私の扱いは「ぼくのかんがえたちーとおりきゃら」だ。

 だがしかし、私の設定的な──【星の欠片】の原義に従って考えるならば、本来私の位置付けは()()()というのが正解、ということになる。

 

 これは、【星の欠片】の定義する弱さと、周囲が評価している弱さが別軸のモノであるがために起きるバグ、みたいなものだ。

 何度も言うように、【星の欠片】にとっての『勝ち』というのは、それこそ無限回の試行の中で必然的に現れる『ハズレ』……というとややこしいが、まぁともかく本来は出てこないはずの数値である。

 それがたまたま世間で言う『勝ち』と同じものである、というだけの話であって、【星の欠片】的には特に意味のないモノでしかないのだ。

 

 ……X回戦って一回だけ勝てました、ではなくX回やると一回くらいは失敗(かち)が出ます、の方が感覚的に近いというか。

 いやまぁ、その一回をこうして活用している奴がなにを言うのか、みたいな感じでもあるのだけれど、それはともかく。

 

 話を戻して、【星の欠片】は基本無限の負けを積み上げるモノというのは間違いないが、それでもその中で程度の違い──無限的な話をするのであれば『濃度』の違い、みたいなモノが生まれてくるのも事実。

 基本的にはその『濃度』の濃いモノほど凄い【星の欠片】ということになるわけだが……この考え方は、単純に【星の欠片】を道具として使う場合にも適用される。

 

 

「ええと……?」

「噛み砕いて説明すると、実力の高い相手に使わせるより、実力の低い相手に使わせる方が効果的……みたいな感じかな?」

 

 

 例えば『神断流』の場合、技の中には人の手で次元を砕く、みたいな意味不明の技がある*1のだが……これは()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()というのが近い。

 要するに力量を加算しているのではなく、端からそういう効果を持つ技なのだ、というパターンか。

 そのため『神断流』の持つ補助効果と言うのは、そんな技を使う際に本人に返ってくるはずの負荷を軽減する、という意味合いの方が強い。

 

 なので、例えば元々武器を使えば次元を砕ける、みたいな力量の人に技を使わせるのと、武器どころか箸より重いものを持ったことがない、みたいな力量の人に技を使わせるのでは、後者の方が『神断流』による補助の量が大きい……ということになるのだ。

 

 

「……それがさっきの話となんの関係が?」

「普通、道具が良いからと言って、本人の力量が上手い人に追い付く、なんてことはないのよ。だってそれ、同じ道具を使ったら上手い人は更に上手くなるはずなんだから」*2

 

 

 この話の肝は、『神断流』は確かに道具のようなモノではあるが、その実細かく見ていくと相手を一定の力量に変身させる、ある種の平均化装置である……という方が近いというところにある。

 本質は流派だが、誰でも使えるという道具としての性質があり。

 道具ではあるものの、誰が使っても同じ成果を上げるという平等的な性質も持ち合わせている……。

 

 つまり、『神断流』が一番その性質を活かせるのは、単なる一般人に使わせること、ということになるのだ。

 

 

「……確かに。見た目的には一般市民にしか見えないような人が、突然ワンパンマンの如く敵を一撃で粉砕し始めたりしたら……インパクトとかの面で相手にかなりの精神的ダメージを与えることができるかもしれません……!」

「戦力上昇幅の更に大きな銃器、みたいなのが感覚的には近いかもねー」*3

 

 

 銃のように、誰でも手軽に相手を倒せるだけの力量を得られるモノ……。

 それが『神断流』の持つ性質の中で、一番特筆すべき部分というわけなのだ。

 

 まぁ、実際にはそれだけがクラインさんにこれを勧める理由、ってわけでもないのだが。

 

 

「こ、これ以外にもあるのか……?」

「言ったでしょー、これは【星の欠片】だって。……強い人に使わせても強化幅が狭いってのは間違いじゃないけど、それ以外にも()()()()()とかの面でも結構な違いが出てくるのよねー」

「覚えやすさ?」

 

 

 そのうちの一つが、()()()()()()()()()()()という性質にある。

 

 ……元々『神断流』という【星の欠片】は、神という理不尽に対してそれを涙を堪え歯を食い縛りながら耐えてきた人という()()の願いを由来としたモノである。

 その性質は結果として『神への毒染みた効力』という形で残っているが……それとは別に残っているモノが、()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そこから伝わる『神断流』そのものの性質だ。

 

 弱者が弱者なりに強者へと挑もうとしたことの軌跡、とでも言うべきか。……ともすれば無駄な努力、となりそうなことをやり遂げた奇跡、とも言えるかもしれない。

 要するに、流派として体系化してこそいるものの、真面目に考察すると『何故この動きでこの成果を得られるのか?』の部分がかなり無茶苦茶だというか。

 

 柳兎(なぎと)なんかがわかりやすいが、単なる歩法が認識阻害に繋がる、というのも変な話だろう。

 ……いやまぁ、そういう技も世の中にはあるにはあるが、それらのキチンとした技術と比べるとあまりにも無理矢理感のある部分が散見されるというか。

 柳のように視線も避ける、ってなんやねんというか?

 

 そういうツッコミ処を無理矢理説明付けてしまっているのが【星の欠片】としての性質、というわけで。

 ……要するに、その理屈を納得するためには、ある程度モノを知らない人の方が都合が良い、ということになるのだ。

 

 

「先に他の武術とか習ってる人だと、動きの無駄とか意味の無さとかが目についちゃってまともに覚えられない……みたいな?大雑把な方が空を飛ぶのには向いてる、みたいか感じかも」

「……いや、一時期のクマバチの話じゃねーんだからさぁ」*4

 

 

 もしくはイリヤと比べると、最初全然飛べなかった美遊みたいなものというか。*5

 ……ともかく、ここにいる面々の中で、戦力的には特別ななにかを持たないクラインさんと言うのは、この付け焼き刃を真っ先に付けるのに向き過ぎた人物である……ということになるのは事実。

 それゆえ、これからの戦闘においても彼を基軸にした方が上手く行くだろう、という話になるのでしたとさ。

 

 以上説明終わり!

 

 

「……結局褒められてたのか、これって」

「褒めてる褒めてる。……あ、確かにクラインさんが『神断流』覚えるのに適してるのは本当だけど、だからってここ以外でまともに使えるわけでもない、ってのは覚えといてね?」

「え?なんでだよ?」

「神を断つ、って言ってるでしょ?……ここでは非殺傷設定が既に敷かれてるから問題ないけど、そうじゃないところで人に向けて使うと寧ろペナルティ食らうのよ、この流派」

「なん……だと……?」

 

 

 なお、なりきり郷以外で人に向けて使うと、もれなく凄まじく体が重くなるとか、下手すると自分へのダメージの方が大きくなるなどの不利益(ペナルティ)が発生する可能性が高い*6、という注意を後付けで加えたところ、クラインさんはなんとも言えない表情で固まってしまったのでありましたとさ。

 ……うん、ぬか喜びさせてごめんね?

 

 

*1
覚えれば普通の人でも使える(一応奥義の類いなので、覚えるのに相応の時間は必要とする)

*2
木のバットと鉄製のバットだと明らかに飛ぶ飛距離が変わる、みたいなもの。この場合の力量は『バットに当てられるか否か』となり、そうなれば上手い人の方がヒットやホームランを乱発できる、というのもわかりやすい

*3
なお、銃の場合は結局当てるのが上手いとか下手とかの差があるので、微妙に例えとしては間違っている模様

*4
航空力学的に見るとクマバチは空を飛べないはず、というとある時期に流行っていた議論。実際、クマバチを()()()()大きくすると飛べなくなる。これは、クマバチくらいの大きさだと空気は液体としての性質が強くなり、粘度を持つようになる為。雑に言うと、彼らは空を泳いでいるのである

*5
『プリズマイリヤ』でのやりとりから。理屈ばったところのある美遊は、漠然と空を飛ぶということに納得ができず、暫くの間飛行ができずにいた

*6
具体的には、本来発生する負担軽減が機能しなくなる・場合によっては自分にその技を使った時のような衝撃が来る……など。あくまでも神の理不尽に対しての対抗手段なので、間違っても殺傷してしまうような用途には使えない




時限強化的なモノだったと知って自棄になってしまいました。あ~あ()


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色々ありましたが最後良ければ全て良し、と

「……そのまま勝てるかなー、と思ってたら、最後の最後にコナン君が復活して、そのままボールを巨大化。……止める暇もなかったからまんまと分断されちゃって、そのままだと個別撃破されちゃうって思って集まろうとしたら、そこを予め読んでたかようちゃんが自爆覚悟の禁じ手・四体合体バーストストリームで攻撃してきて、結果最後にコナン君だけが残って向こうの勝ちになったのよねー」

「あそこまでやっといて負けるんかい、って皆からツッコミが入ったのよねー……」

 

 

 はてさて、エキシビションである決勝戦も無茶苦茶な流れで終わり。*1

 今はこうして検査終わりのお風呂タイム、というわけなのであった。

 ……私達以外にも、他の面々達がそれぞれ大きすぎる露天風呂ではしゃいでいる最中である。……無論水着で。

 なんで水着なのかって?お疲れ様会的なあれなので、男女問わず皆で一緒に入ってるからですよ?……この量の人間を受け入れて、まだ余裕がある露天風呂の広さもわりと大概だな???

 

 

「いやー、僕ってば今回ほとんど見てるだけだったけど……キーアさんの新しい手札とかも見れて満足満足~」

「……随分と楽しそうだね、五条さん」

「そりゃもう!本編でも久々の登場だから、これでテンション上げなきゃ嘘でしょ」*2

……敗北フラグ」<ボソッ

「おおっと聞こえない聞こえなーい。悠仁が呪物ならなんでも取り込めるとか、呪術師は処理をミスると呪霊とか()()になるとかの話のせいで、『もしかして僕、負けたあと呪物になって悠仁の強化パーツになったりする?』みたいな空気を感じ始めたりなんてしてないしてなーい☆」*3

「それ大分本音じゃない???」

 

 

 そうしてゆかりんと二人でお酒を呑んでいたら、真っ先に近付いてきたのはかなりご機嫌な様子の五条さんだった。

 

 ……攻防一体の術式持ちの彼は、今回のサバゲーではあまり目立たなかった人物の一人である。

 なんでかって?ある意味私と同じくらいに、あれこれと制限を受けてたからだよ!

 まぁ、冷静に考えたら防御利用の無下限の時点で無理があるよね、というか。まともに防御を抜ける人がいないし。*4

 

 

「攻撃だけならまだなんとかなったかもだけど、防御の方はねぇ……」

「制限するのも難しいから、まったく使わせない以外の選択肢がなかったんですもの。仕方ないと思わない?」

 

 

 無限をなにで割っても無限は無限──。*5

 数式的な概念がそのまま服を着て歩いているようなものである以上、彼への縛りは極端なものにならざるを得ない。

 そのため、彼は防御のための無下限の使用を制限され、結果としてわりとぼっこぼこにやられてしまっていたのであった。……具体的には一回戦落ちである。

 

 ……同じ無限系のキャラなのに、なんでお前はあれだけ頑張れたのかって?

 私の場合は無限は無限でも、濃度の関係あるタイプだったから、かな?

 

 

「無限の濃さ、って部分で制限を受け入れる余地があるってのはわりとずるいよねー。まぁ僕の方も、原作の話が進めばそういう感じの強化が来る可能性あるけど」

「その前に、目の前に立ってる死亡フラグから粉砕しないとねー」

「夢の最強対最強だからな。俺としてもこれからの展開は見物、というやつだ」

「うわでた」

 

 

 そうして五条さんと会話をしていると、横から加わって来たのが宿儺さんであった。

 ……他のみんなと同じように水着着てるの、冷静に考えるとギャグかなにかかな?……って気分になるなこれ。

 

 なお、当の宿儺さんはこちらの視線を目敏く察知し、何故かポージングを決めてくれたのだった。

 うーむ、ファンサービス精神旺盛……。

 

 

「ってか、なんでブーメランパンツなのさ?」

「声優繋がりという奴だ。ハードにロックに決めるぜ、brother?」*6

「まさかの無銘さん!?」

 

 

 でもその四本腕でブーメランパンツなのは、どっちかと言うとカイリキーを思い出すと思うの。*7

 ……などと声を返せば、流石の宿儺さんも微妙な顔を見せたのであった。

 

 

「そういえば、波旬君は一緒じゃないんですね?」

「ああ、アイツなら一足先に上がって、今は風呂後のカレーの用意をしている筈だ」

「汗流したあとにもっかい汗を掻かせようとするの止めない???」

 

 

 

 

 

 

「おっと、モモンガさーん、こっちこっちー」

「む、むぅ。……良いのだろうか、この状況

 

 

 他の風呂へと移動する五条さん達を見送る私達二人。

 ここ、露天風呂って体で色んなものが置いてあるから、普通に見て回る分にも楽しいんだよねー。

 

 で、彼らと同じように中を見て回っていたのだろうモモンガさんとシャナの二人を見付け、こちらに呼び寄せたというわけである。

 なお、モモンガさんはいつものローブを脱いだ姿……だと貧相なスケルトンと化してしまう上、下手するとその上に水着を着るというどこに向けたモノなのかわからない謎スタイルになってしまうせいか、いつぞやにも見た(恐らく)鈴木悟スタイルに変化していた。

 ついでに言うと、隣のシャナは(何故か)白スク仕様である。……なかなかやるじゃない(ニコッ

 

 

「今日はサトルの慰安みたいなものだから。……男の人って、こういうの好きなんでしょ?」

「いや待て、それは誰情報なのだ……?」

「誰って……あれ、誰だったっけ?確か『気になる殿方がいらっしゃる?……貴方の容姿なら、これが最適ではないかと。きっとイチコロですわ』とかなんとか言われて渡されたような……?」

「……気のせいかなゆかりん、突然騒動の火種を投げ込まれたような気がするんだけど???」

「奇遇ねキーアちゃん、私もそんな気がするわ……」

 

 

 なおその白スク、出所不明の危険物であった。

 ……そんな危ないものほいほい着てるんじゃないよ!?

 

 とはいえ、今さら脱げとも言えない状況なのと、とりあえず変な影響は出ていないことを鑑みて、今回はスルーすることと相成った。

 いやだって、ねぇ?替えの水着なんてほいほい用意できるようなものでもないし……。

 

 あと、地味にシャナからのモモンガさんの呼び方が、『サトル』という本名呼びになっていた衝撃もあって、微妙に頭が回ってなかったというか。

 

 

「メジロと話し合って決めたの。サトルを休ませるには、二人で波状攻撃を仕掛けるしかないって」

「あー、ワーカホリックを直すための同盟が意外と進んでた、と」

「何故だ……」

 

 

 まぁ、目を離すとすぐオーバーワークし始めるモモンガさんなので、そのくらいが丁度良いのかもしれない。

 そんなことを思いながら、私はモモンガさんにもお酒を薦めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「最後まで『いいのかなぁ……?』って言ってたわね、あの人」

「まぁ、サバゲーには参加してなかったからねぇ」

 

 

 参加云々の話をするのなら、私の横でお酒呑んでるゆかりんも、選手としては参加してないのだけれども。

 

 ……ともかく、ある程度酒を呑んでべろんべろんになったモモンガさんを背負って、何処かへと去っていくシャナに手を振りつつ(シャナは平気そうだった。……え?幼児体型が酒呑むな?それ私の前で言う?)、改めて杯に酒を注ぐ私である。

 

 

「せんぱい、呑みすぎです」

「おおっとマシュ。やけ酒なので許してちょーだい」

「余計にダメです。なんで許して貰えると思ったんですか」

「ちぇー」

 

 

 その杯を取り上げて行ったのは、我らが後輩マシュであった。

 ほんのり顔が赤い辺り、彼女もお酒を呑んだのかと勘違いしそうになるが……なんのことはない、本編マシュと同じく場に酔っているだけである。

 

 そんなわけで、ほんのりふわふわしたマシュは私達の隣に腰を降ろし、そのまま中空に視線を彷徨わせた。

 

 露天風呂、と言い置いたことからわかるように、この階層は空のあるタイプの場所。

 現在時刻に合わせて変化する空は、現在月と星の輝きが敷き詰められた状態となっている。

 そんな星々を瞳の中に写しながら、彼女は静かに口を開いた。

 

 

「……準決勝では生憎の結果でしたね」

「そっちもねー。いやはや、強いなぁとは思ってたけど、まさかゆかりさん達が勝つとはねー」

「油断していました……まさかアキレウスさん級の移動速度を確保していたとは……」

「カブトとか555(ファイズ)とか、参考になる相手はたくさん居ただろうからねぇ」

 

 

 そう、なんと今回のサバゲー、私たちだけではなくマシュの方も準決勝敗退、という形で終わっていた。

 新人組つよーい、なんて感想もほどほどに、三位決定戦でマシュと戦うことになる……はずだったのだけれど、思いの外準決勝で疲弊していたことと、決勝戦がエキシビションになることを総合して、三位決定戦はお流れになった。

 ……まぁ、あの試合のあとにもう一戦、となると他の人へ加算される追加運動量が洒落にならなくなるので、仕方のない面も大きかったわけだが。

 

 その分、脱落メンバー全投入かつ制限全解除の決勝戦では、皆して無茶苦茶やることとなったのだが。

 ……脱落判定が出ても強制的に復帰させられるのはやりすぎだと思います。

 

 ともかく、結果として戦うことがなかったため、マシュが不満を抱えているのではないかと思いもしたのだけれど……この様子だと、その心配はなさそうだ。

 そんなことを思いながら、改めて空を眺める。

 

 ……手持ち無沙汰なのはいただけないが、こうして空を眺めるのも悪くない。

 

 

「お二人だけで良い空気にはさせませんよー!!」

「うわっとBBちゃん!?」

「あのー、もしもーし。私も居るからー、私も最初っから一緒に居るからねー?」

 

 

 まぁ、そんなゆったりとした空気も、次の瞬間にはあっさりと溶けてしまうのだが。

 そんな時間を楽しみながら、次々にやってくる人々との会話をも楽しむ私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「貴方達はバカなのですか?」

「すみません……」

 

 

 なお、騒ぎが大きくなった結果、ナイチンゲールさんに皆で怒られることになりましたが、なにも問題は……いや、問題しかねぇな、これ。

 

 

*1
誰も彼もが入り乱れるお祭り騒ぎとなりました()

*2
ロボコさんのテンションが上がり始めました

*3
虎杖君に主人公らしい活躍させようとするとどうなるかなー、と考えた結果。宿儺が素直に負けるとも思えない、みたいなメタ読みもある

*4
無下限自体が制限を入れ辛いのに加え、周囲の面々も無下限を抜けるような攻撃はまず規制対象である、という二重苦である

*5
本来の無限の定義上、無限に対してなにをしても無限は揺るがないはず。『濃度』というのも、感覚的に『二つの無限の内、こちらの方が様々な観点から見て大きくなるはず』と思ったからこそ生まれたようなものであり、ある意味では蛇足である

*6
『fate/extra_ccc』におけるエミヤ……もとい無銘の台詞『ハードでロックに決めるぜ、Master?』から。謎のパンクファッションに戸惑っていた彼だが、話が後半に進むとわりと慣れたというか気に入ったというか、こんな台詞を口に出すようになっていくのであった……

*7
ずかんNo.68 たかさ 1.6m おもさ  130.0kg かいりきポケモン 4ほんのうでで せめもまもりも どうじにこなす。 このよのすべてのかくとうぎを きわめているという



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幕間・やっぱり貴方は貴方だった()

 はてさて。

 酒は飲んでも呑まれるな、という言葉がある。*1

 麻薬ほどではないとはいえ、容易く前後不覚を引き起こす酒というのは、古今東西様々な場所でトラブルの種になってきた、というのは皆さん既にご存知かと思われる。

 

 ──ところで。

 ここ・なりきり郷にいる人のほとんどは、『逆憑依』と呼ばれる特異な存在である、というのも皆さんご存知の通り。

 そして彼らに付き纏う縁とでも呼ぶべきものも、これまた皆さんご存知の通り。

 

 そう、彼らの元となった『原作』。

 そこで描かれた展開というのは、彼らの身に()()()()()()()()()()もの。

 再びの困難に辟易するも、再度乗り越えようとするもその人次第。

 

 ……とはいえ、何度体験しても慣れぬこと、というのは往々にして存在するものでございまして。

 これはまぁ、そういう話。

 一人の男の、喜劇染みた悲劇の話なのでございました。

 

 

 

 

 

 

「……いってぇ」

 

 

 寝起きと同時、脳内に響く痛みに男──坂田銀時は顔をしかめた。

 

 その痛みはよく彼を襲うものであったため、すぐにその理由に思い至ることができた。……そう、二日酔いである。

 

 

「……あー、久しぶりに潰れるまで呑んだんだったか……」

 

 

 確か、酒の呑める同年代の人物が新しくここに加わったため、親睦も兼ねて居酒屋に誘ったのだったか。

 

 流石にかつての互助会のように、己を転生者であると勘違いするようなものはこの場所には多くないものの、それでも少なからず発生するモノである、というのも事実。

 ゆえに、その辺りの説明も兼ねてのこの場所の案内、というものが彼の営むよろず屋に回ってくることもある。

 

 まぁ、難しい理屈は抜きに、そういう仕事の場合飲食代が経費で落ちるというのが一番の理由なのだが。

 

 

(……んん?経費?)

 

 

 そこまで考えて、彼は小さな違和感に突き当たった。

 いや、そもそもこの場所──なりきり郷内においては、特定の人物(逆憑依)の飲食に掛かる代金は、()()()()無料だったはず。

 

 それなのに今、経費云々のことが脳裏を過ったのは……。

 

 

「……あー、そういや久しぶりに外仕事、だったんだっけか」

 

 

 現状の自分は、郷の外へと出てきているということ。

 件の案内も、どちらかと言えばここが単なる現実であることを示すためのものであり、郷内の案内はこれから帰ってもう一度やるのだ、ということを思い出したのであった。

 これをもう一回酒が呑める、と考えるやつはダメな大人である。無論彼はそう考えた()

 

 

「……にしても、潰れるまで呑んで()()()()()()()()で済ませて貰える辺り、やっぱすげぇなこのバッジ」

 

 

 ぼさぼさの頭を掻きながら、彼は小さくあくびをする。

 襟元に付けられたバッジは、彼が『坂田銀時である』ことをごまかす、特別なもの。

 本人の意識の有無を問わぬその隠蔽性能は、それゆえに彼を単なる酔っぱらいとして処理し、このホテルへのチェックインを可能としていたのであった。

 

 その事実に感謝をしつつ、流石に外で潰れるまで呑むのはよくねぇよなぁ、と小さく反省をする銀時。

 

 ……と、そこまで考えて再度の違和感。

 

 

(……いや、流石の俺もそこまで考えなしじゃねーよ???)

 

 

 そう、確かに銀時はやる時はやる……裏を返せば平時はちゃらんぽらんな人物であるが、同時にちゃんとTPOを気にする方でもある。

 特に今回は、外で発生した『逆憑依』仲間を迎えに行くための、わりと真面目な仕事。

 

 幾ら相手方と意気投合したからといって、前後不覚になるほど呑みまくるようなことはしない……はずだ。

 そこで断言できない逃れ悲しいところだが……ともあれ、確率としては一対九でまず起きないこと、というのは間違いあるまい。

 

 

(……ってことは、()()()()()()()()()()()?)

 

 

 ゆえに、可能性として浮上するのが、今回の仕事が()()()()()()()()()()()()()()、というパターンだ。

 

 例えばゴジハムが一緒に来ているとでもなれば、彼に後を任せて羽目を外す、なんてことと十分に考えられるだろう。

 まぁ、ゴジハムの場合はごまかしの許容範囲を越えてしまう──正確には、ごまかし先が大型の哺乳類(例・熊など)になり、結果として別種の違和感を生み出してしまうというのが正解──ため、今回みたいな人の集まる場所への同行は叶わないのであるが。

 

 

(となると、一緒に来ていたのは……桃香か?)

 

 

 それらの事情を思い出したのち、こういう仕事に同行する際に一番問題が無さそうな人物を思い浮かべた銀時。

 

 テンションと扱いやすさ的にはモモ──モモタロスがゴジハムの次点に付けるのだが、彼女は基本的に銀時達とは別行動のことが多い。

 ……仮にタイミングよく戻っていたとしても、見た目的にはそこらの少女でしかないので、こういう仕事に連れていくには問題しかないのも大きい。

 

 ごまかしバッジがごまかすのは見た目の違和感だけであり、三十近くの男と十代そこらの少女が並んで歩く光景、というものを軽減はしてくれないのである。

 

 

(下手すると取っ捕まるわな……)

 

 

 万に一つとはいえ、警察にしょっぴかれるような危険を発生させる相手を選ぶことはないだろう。

 そういうわけで、モモは選択肢から外れる。

 

 似たような理由で、Xも考慮外だ。

 彼女の場合は見た目云々的には良くても、ストッパー役にならない時点でダメである。

 

 

(俺が呑んでたらぜっったい『あー!銀時君ずるいです!私も呑みますよー!とりあえず大ジョッキ一つ!』とかなんとか言ってただろうからな……)

 

 

 彼女の場合、XX(ダブルエックス)のOL成分に引っ張られているのか、滅茶苦茶酒を呑む。

 ごまかした際の見た目は金髪の外人のねーちゃんであるため、違和感などは発生しないだろうが……その代わり、彼女はともすれば銀時よりも大量に呑む。

 ()()()()と一緒に飲みに行った時には、銀時がひたすら振り回される羽目になったというのだから、そのテンションは推し量れるというものだろう。

 

 そういうわけで、見た目的なウケは良くても後に続かない、的な意味でXもまた同行者としては失格である。

 

 

(となると、やっぱ安牌なのは桃香なんだよなぁ)

 

 

 そうして消去法的に同行者を推理していくと、最後に余るのが桃香──もとい、劉備玄徳その人ということになる。

 

 新生よろず屋におけるポジションが新八であることもあり、彼女はあのメンバーの纏め役として認識されている。

 ……いや、本来ならばツッコミ役というべきなのだろうが、その辺りの感覚の違いが彼女の役割を微妙に変化させている、というか。

 

 ともあれ、彼女が財布を握っているようなものであり、その流れで纏め役にも収まっているのも事実。

 ゆえに、外の仕事に連れていくのならば彼女以外考えられない、という話になるのであった。

 

 

(……いや、でも待てよ?)

 

 

 と、そこまで考えて再三の違和感。

 確かに、よろず屋メンバーで同行者を見繕うのであれば、該当するのは桃香のはずなのだが。

 だとすれば寧ろ、今の銀時の状況に説明が付かなくなる。

 

 なにせ、彼女は纏め役──言い方を変えると()()()役。

 仲間達の健康に一家言あるタイプ、という方がわかりやすいだろうか?

 

 つまり、彼女を仕事のパートナーとして連れ出している場合、逆に銀時が酔い潰れるなどという状況に繋がらなくなるのである。

 なにせ、彼女が一緒にいるのなら、まず間違いなく『ぎーんーとーきーさーんー?』などと言いながら、彼の暴飲暴食を止めるはずなのだから。

 

 これが意味することは、すなわち今回の相方は桃香ではない、ということ。

 

 

(……ってことは、よろず屋以外の誰かと一緒に出てきた、ってことか……って、ん?)

 

 

 まだぼやけている脳をぐるぐると回し、誰と一緒に来たのかを思い出そうとする銀時。

 ……と、そこで左手に違和感。

 具体的には、自分が身を起こすベッドの上──上布団の、自分の左側部分に()()()()()()ような感触がしたような気がした、と言うべきか。

 

 携帯かなにかか?と思いながら、そっと布団を捲って。

 

 

「……っ!?」

 

 

 思わず、バッとそれを元に戻す。

 気のせいでなければ、そこにあったのは携帯ではなかった。

 ではなんなのかと問われれば……。

 

 

(て、てっててててて、手だよな今の……?!)

 

 

 それはあからさまに『手』であった。

 とはいえ、成人のそれではなく、生後一月程度の赤子の手だったわけなのだが。

 ……とはいえ、そんなものが自分の横にある、という状況に心当たりのない銀時としては、思わず現実逃避をしてしまうような衝撃であったこともまた事実。

 

 ゆえに彼は慌ててベッドから飛び退き、地面に這いつくばるように逃げ出し──そこで、更なる違和感を覚えることとなった。

 

 そう、視線が低くなったこと──具体的にはベッドの高さと水平になったことで、布団の盛り上りが()()()()()()ことに気付いたのだ。

 それは赤子のそれより遥かに大きく、別の誰かがそこにいることを如実に示している。

 

 銀時は思わず喉をごくりと鳴らし、恐る恐るその塊に近付いていくことに。

 そうして、彼が『どうか違いますように』と願いながら布団を捲った先にあったのは。

 

 

「………」<zzz

「oh……」

 

 

 一糸纏わぬ姿で、赤子を抱くように眠る()()()()姿()

 銀時は思わず天井を仰ぎ、どうなってんだこりゃとどうにか昨日のことを思い出そうとして──、

 

 

「すみませーん。坂田さーん、こちらに先輩がお邪魔していませんかー?」

(あっ、俺死んだ)

 

 

 出入り口方面から聞こえてきた声──マシュ・キリエライトのそれを耳にすることで、自分の命の灯火がここまでであることを悟ったのであった。

 ……次回、銀時死す!

 

 

*1
ことわざの一つ。酒には『酔い』というものがあり、それによって意識が飛ぶ、ということもある。世の中には酔って前後不覚になった挙げ句、四肢を切断する羽目になった人もいるので、酒の飲み過ぎには気を付けましょう



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幕間・酒は飲んでも呑まれるな、と言う無理難題

(どどどど、どうするどうする!?これやべーんじゃねーの?!俺死んだんじゃないの!!!?)*1

 

 

 前門のマシュ、後門のキーアとでも言うべき状況に、銀時の焦りは最高潮。

 

 なにせ覚えはないとはいえ、状況証拠だけはバリバリに揃っている。

 この状況をなんの対処もなくマシュに見せたとして、その後自分が五体満足な姿で立っている状況が想像できない。

 まず間違いなく、彼の体は無惨にバラバラにされ、そのま各異聞帯に封印されることだろう。──坂田銀時聖杯戦争の始まりである(?)*2

 

 

(いやいや待て待て落ち着け落ち着くんだ俺、こういう時は素数、素数を数えるんだ……素数は一と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字。俺に勇気を与えてくれる……)*3

「……?坂田さーん?まだ寝ていらっしゃいますかー?でしたら少し確認するだけですので、ちょっと開けさせて頂きますねー?」

おおおおおお起きてまーす!!ちょっと今俺ってば着替え中だからさー!!待っててくんねーかなぁぁぁぁ!!?」

「おおっと、それは失礼致しました。では、私は外で待っていますので、着替えが終わりましたらすぐに呼んで下さいね」

 

 

 混乱する頭でなにかできることはないか?と思考するものの、表のマシュはすぐにでも部屋に押し入る気満々のため、やむを得ず着替え中だと嘘を付く羽目に。

 ……ここに例の嘘付き絶対焼き殺すガール(清姫)*4が居た日には真っ先に焼き殺されていただろうから、彼女がいないことを神に感謝する気持ちでいっぱいの銀時であった。

 

 ともあれ、流石に着替え中の男性の部屋に、無理矢理押し入るようなはしたない真似はしないようで。

 それにより扉の外のマシュは一旦離れ、しばらくの余裕ができたことになるわけなのだが……それも長くは持たないだろう。

 

 

(つーか、なんで頑なに入ろうとしてくるんだ?まるでここにキーアが居ると確信しているような……?)

 

 

 いや、それなら有無を言わさず入ってきて、今頃銀時は粉々になっていることだろう。

 あの盾で殴られた日には、銀時の人生で積み重ねて来た大小様々な罪が爆発のように溢れ出すこと受け合いである。……え?それは別の宝具(イー・バウ)*5

 

 ……ともかく、ああして素直に離れていった以上、確信を持っているにしろいないにしろ、こちらに猶予を与えたということだけは事実。

 ゆえに銀時は、この短い間になんとか起死回生の策を見付け出すしかないのだが……。

 

 

(いやどうしろと!?)

 

 

 ベッドの上にキーアがいる、ということは紛れもない事実。なんなら素っ裸である。

 

 いやまぁ、なんか色々あって一緒にベッドの上で眠る羽目になった、みたいな状況に陥る可能性が万に一つも無いと言えないわけだが。

 それが素っ裸になる可能性にまで限定すると、それこそ億に一つとか兆に一つとか、大体そのレベルにまで落ち込んでしまうというか。

 この人寝る時実は裸族なんですよー、みたいなトンでも設定が唐突に飛んでくるとかでもない限り、必然的に脱がしたの銀時()、みたいなことになってしまうわけで。

 

 

(仮にもしそうだったとした場合、仮にそれ以外なんにもヤってなかったとしても俺の命がめちゃヤバイ(must die)!)*6

 

 

 ──なるほどなるほど。坂田さんはせんぱいの玉の如き肌に素手で・無断で・断りもなく触れてしまったのですね。とりあえず落としますが、文句はありませんね──?

(何故私だけがこんなぁぁぁあっ!!!???)*7

 

 

 想像される最悪の結末に、銀時の背に嫌な汗が流れ始める。

 

 そもそもさっきのマシュとの会話から何分経った?

 男の着替えなんてそう時間の掛かるモノでもないのだから、あまりに長引けばそれだけ不審に思われる可能性も高くなる。

 そうなってしまえば、先ほどの様子からしてマシュが中に突撃してくる可能性はとても高い。

 その結果、ベッドの上のキーアを見られればアウトである……。

 

 

(……いや待て、待て待て。なんかすっげぇ嫌な予感がするんだけど……?)

 

 

 そこまで思考して、銀時はつい目を逸らしていた、もう一つの問題に行き当たった。

 

 確かに、ベッドの上のキーア(素っ裸)は問題である。あるのだが……彼女、なにかを抱いていなかっただろうか?

 そう、彼女はその胸に、一人の赤子を抱いていた。

 そしてその赤子の顔──正確には頭の上半分──は、()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 顔付きも、髪の色も見えなかったという状況に、銀時は改めてドッと冷や汗を掻いた。

 自身の記憶の中に、この状況に近いものを見出だしたためである。

 

 と言っても、別にキーアとゴニョゴニョした記憶、とかではない。

 単にこの状況に当てはまるだろう、()()()()の話を思い出した、というだけの話である。

 

 

(いやー、まさかまさか。……ないない。有り得ない有り得ない。ねーってそんなの……)

 

 

 あれこれと言い訳染みた言葉を脳内で垂れ流しながら、一度被せ直した布団を剥いでいく銀時。

 無論、罷り間違って途中でマシュが入ってきた時に勘違いされないように、キーアの体が欠片でも視界に入らないように慎重に慎重を期し、彼女とは反対側の布団を捲って、である。

 

 その結果、露になった赤子の姿。

 ……とは言っても、キーアの腕が邪魔なので、顔の上半分が見えないのだが。

 

 その強固なバリア(最初全然動かなかった。銀時は起きてるのかと思ったが、キーアは普通に寝てた)をどうにか解除し、そうして現れた赤子の顔に、彼は天井を仰ぎ見ることになったのであった。

 

 

(……マージかー。まさかのシルバー・J・フォックス二世かー……)*8

 

 

 そこに居た赤子の顔は、まるで銀時のそれを赤子にしたかのようにふてぶてしく。

 そしてその髪の色は、銀時の髪の色(銀色)キーアの髪の色(ピンク色)を折衷にしたような、そんな薄ピンクのモノなのであった。

 

 

 

 

 

 

(あーうん、ないない。これで逆に確信したわ、これはなにかの不幸な行き違い、以上)

 

 

 赤子の姿を見たことで、銀時は逆に冷静になっていた。

 赤子の見た目は確かに銀時とキーアの特徴を併せ持っているように見えるが、だからこそ()()()()()と確信したからだ。

 

 なにせ、彼とキーアの間に()()()()()はない。

 精々がたまに仕事で一緒になる、くらいの間柄であり、そんな機会は一切ない。

 ゆえに、仮にそういう機会があるのであれば、それは今回──前後不覚でなにも覚えていない昨日のこと、ということになるが。

 だとすれば、そこにいる赤子は昨日出来て昨日生まれた、ということになってしまう。

 

 

(ないない。んなわきゃーない)

 

 

 流石にそれはおかしいどころの話ではない。

 それに、このパターンの話に覚えがある、というのも彼の結論を後押ししていた。

 いわゆる隠し子騒動である『ミルクは人肌の温度で』と、六股疑惑を受けた『忘年会でも忘れちゃいけないものがある』の二つだ。*9

 

 これらは今の銀時の状況に完璧に合致している。

 なんで同時に起きているんだ、という疑問こそあれ、今の状況がこれらをなぞったものである、というのはまず間違いあるまい。

 大方このあと、マシュやら桃香やらXやらを巻き込んだ結果、酒の飲みすぎで前後不覚になるようなバカなことはしちゃダメだぞ、みたいな教訓を得ることになるのだ。

 

 ならばマシュがあれほど中に入ろうとして来た、ということの説明も付く。

 あっさり引いたのも合わせて、彼女は仕掛人その一でしかないのだろう。

 

 ……ここまでわかれば、銀時としても一安心である。

 突然ドッキリを仕掛けて来たことには、色々と思うところもあるが……酒の飲みすぎが悪かったこともまた事実。

 ゆえに、ここは素直に引っ掛かっておくかぁ、と頭を掻いたところで。

 

 ──ふと、違和感が頭を過った。

 

 

(……いやまぁ、これが色々なぞった結果、ってのが確かだとして。──マシュがこの状況を承知するのか?あの先輩至上主義のあのマシュが??)

 

 

 その違和感は多岐に渡る。

 例えドッキリと言えど、先輩と慕う相手の裸を男に見せようと思うか?

 いやまぁ、ポジション的にお登勢役に合うのがキーアだった、と言われれば納得できなくもないが、だからと言ってあのマシュが納得するとはどうにも思えない。

 

 それだけではない、そもそもこの赤子はなんなのか?

 いやまぁ、実は橋田勘七郎*10の『逆憑依』です、とか言われてもおかしくはないかもしれないが、それはそれであまりにもピンポイント過ぎて、今までの常識的にはこっちにやって来れるキャラだとは思えないというか。

 ……そもそも髪の色が変化している辺り、厳密には色々と違うのだろうし。

 

 最後に、子供の生まれるスピードである。

 さっきは『ないない』と自分を納得させた銀時だが、そもそも普通の人間とは違うルールで生きているという【星の欠片】に、人の常識が通用するモノだろうか?

 下手すると、【星の欠片】関連で生まれる子供は猛スピードで出て来て育つ……なんてパターンも有り得るかも……?

 

 

(……困った、大丈夫だと思ってたのになに一つ確証が取れねぇ……!?)

 

 

 多分これは、たまにある原作の再現だろう、と一度は胸を撫で下ろした銀時だが。

 その実、その考えは楽観以外の何物でもないことに気が付いた彼は、生唾を飲み込んだ。

 

 

 ──要するに、危機はなに一つ去っていない、ってコト?

 

 

 そんな言葉が脳裏に響く中。

 

 

「……ん、んん」

(げぇーっ!!?起きたぁっ!?)

 

 

 問題の人物──キーアが目蓋を擦りながら、周囲を見回している。

 見付かっては不味い、と銀時が身を隠すよりも早く、彼女は自身の腕の中にいた赤子に視線を移し。

 

 

「……にへへ」

(あ、俺死んだ)

 

 

 ()()()()()()()()をその赤子に向ける彼女の姿を見て、彼は自分の死期を悟ったのであった。

 ……次回、坂田銀時死す!デュエルスタンバイ!

 

 

*1
どこぞの卵っぽい見た目の料理人「死んだんじゃないの~?」

*2
『ますますマンガでわかる!fate/grand_order』より。主人公がバラバラにされ、各クリプターに分けられたことから。実際封印みたいなもの

*3
『ジョジョの奇妙な冒険』第六部(part06)『ストーンオーシャン』のキャラクター、エンリコ・プッチの台詞から。慌てた時にこそ冷静に、という意図の台詞だが、実際には動揺が抑えきれておらず数え間違っていたり

*4
『fate/grand_order』のキャラクターの一人。嘘が嫌いすぎて嘘を見破れるほどになった、愛の力()で竜と化したヤバイ人

*5
『fate』シリーズのキャラクター、ロビン・フッドの宝具。正確には『祈りの弓』。相手の毒や病を瞬間的に増幅・流出させることで、毒を爆発させるという効果を持つ

*6
『マストダイ』。死ぬべき、死ぬしかないなどの意味。『デビルメイクライ』における『dante must die(ダンテ死すべし)』が有名か

*7
とある魔神柱の断末魔から。声優繋がりのネタ

*8
銀時によく似た赤子を見た時に神楽が述べた台詞から。そっちは『シルバー・J・フォックス』

*9
それぞれ『銀魂』におけるエピソードの一つ。前者は銀時によく似た見た目の赤子を巡る話、後者は二日酔いから覚めると素っ裸の銀時とお登勢が同じ布団で寝ていた、という話

*10
銀時に似ている赤子の本名。そこからわかる通り、単なる他人の空似である



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幕間・その酒のトラブル、増えるよ()

「……っておわっ、ビックリした銀ちゃんか。……あ、見ちゃいやん」

「みーてーまーせーんー!!俺はなんにもみーてーまーせーんー!!!」

「お、おう……?」

 

 

 暫く赤子を見ていたキーアが、ふと視線を動かした先には自分の死期を悟った銀時の姿が。

 まるで幽鬼のように佇むその姿に、キーアは思わずビックリして後ずさったが……その時同時に、自分が素っ裸であることに気付いて申し訳程度に体を隠したのであった。

 まぁ、その前に銀時はぐりんと首を後ろに向けて、見てない見てないと執拗に繰り返し始めたのだが。……必死すぎて憐れになる有り様であった。

 

 と、そこでなにかに気付いたようにハッ、とした顔をする銀時。

 何事か、と訝しむキーアの前で、銀時は挙動不審な動きのまま出入り口に近付いて行き。

 

 

「……あ、あれ?いねぇ……」

「ん?誰か居たの?」

「いやその、……んん?」

 

 

 部屋の外で待っていたはずの、マシュの姿を確認するために扉から顔を出し……しかしてそこに誰もいないことに気付き、小さく頭を掻いたのであった。

 そんな彼の様子を怪訝そうに見つめながら、キーアは自身の服を身に纏っていく。

 

 そうして着替え終えた彼女はと言うと。

 

 

「じゃあ銀ちゃん、籍入れに行こっか♡」*1

「俺の死亡フラグ仰天MAXっ!!!」

 

 

 にこり、と笑みを浮かべながら、赤ん坊を抱き上げたのであった。……銀時はそのまま壁に顔面からダイブした。

 

 

 

 

 

 

「いやー、やっぱり銀ちゃんをからかうと面白いよねぇ」

「……やっぱりそういうネタかよ……」

 

 

 ケラケラ笑う彼女の様子に、銀時は内心胸を撫で下ろしていた。

 この分であれば、当初の予想通りこの流れは原作のそれを踏襲したものであり、その赤子もなにかしらの手段で用意した赤の他人……というのが間違いなさそうだったからだ。

 

 そう思いながら「いい加減種明かししてくれよ……」と声を挙げた銀時は、しかして不思議そうにキョトンとした顔をするキーアの姿を見て、「あれ?」と首を傾げることになったのであった。

 雲行きが怪しくなった、というか。

 

 

「……種明かし?」

「いや、そこで不思議そうな顔をされても困るんだが?そのガキ、どっかから借りてきたんだろ?」

 

 

 怪訝そうなキーアに、銀時は半ば焦るように言葉を重ねていく。

 それは、嫌な予感が何故か消えないから、というとても単純な理由からのモノであったのだが……それを受けたキーアはと言えば「あー」と小さく頷いて、頬をポリポリと掻きつつ彼に苦笑を返したのであった。

 

 

「あーうん。大分酔っぱらってたもんね、銀ちゃん。そりゃまぁ、詳しいこと忘れちゃっててもおかしくはないか。……でも、だからこそ一つ言わせて貰うね?()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………あー、えーと。すまん、もう一度言って貰えるか?」

「もう一度?……あ、信じてないな~?何度でも言ってあげるけど、この子は私と君の子供だよ、紛れもなくね♡」

「俺の命は今ここで終わりを告げた!!何故だ!?坊やだからさ!!!」*2

「どわぁっ!?いきなりなにしてるの銀ちゃん!?」

 

 

 その答えがある意味予想通りだったため、銀時は首を吊ろうとし始めるのであった。

 で、その突然の凶行を止めたあとで、キーアは苦笑いをさらに深めながらこう言い募る。

 

 

「あーうん、今の言い方だとわかりにくかったかもだけど……別に()()()()()()をしたってわけじゃないよ?」

「……じゃあ、一体どういうことなんだよ」

「はいはい、説明してあげるからそんな情けない顔しないの」

 

 

 殺されるくらいなら死んでやるぅ、とでも言わんばかりの後ろ向きな決意に満ち溢れた銀時を嗜めるように、キーアは昨晩起きたことを説明し始めるのであった……。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、今回はそんなに面倒な話じゃなくて良かったねぇ」

「だなぁ、外に出てくる時ってのは、大抵変な依頼が多いもんだが……」

「殴れば終わる、というのはとてもありがたいことですね……」

 

 

 なりきり郷を離れ、とある居酒屋でのこと。

 私たち一行は、仕事終わりに一杯飲みに来ていたのであった。……あ、マシュはジュースね。本人(原作)と同じく酒には弱いから。

 

 本当なら、彼女を連れて居酒屋に向かう……というのは避けたい行為だったのだけれど、生憎田舎だと夜遅くまで開いてるお店、というのが限られてくるわけでねー。

 場酔いする彼女を連れての居酒屋訪問、というのは半ば地雷行為なのだけど……最近構い損ねてたのもあって、ここで彼女だけ置いて飲みに行く、というのは憚られた次第。

 

 

「でも、そのせいで銀時君の風評最悪ですけどね!なにせ女性四人連れですので!!」

「店に入る時の他のお客さんの視線が凄かったですからね……」

「止めろよそーいう話すんの、酒が不味くならぁ……」

 

 

 まぁ、そのおかげというかせいというか、一人で四人の女性(しかも全部美人)を連れている中年の男、みたいな見られ方をしたため、銀ちゃんの方へ向く視線が嫉妬とか困惑とか犯罪じゃねーの?とか、そんな感じの視線で埋め尽くされてしまったわけなのだが。

 ……滅茶苦茶普通に酒飲んでいるのと、入る前にちゃんと身分証を提示したので大丈夫だろうけど。

 端から見ると、連れてるメンバーに未成年が二人ほど含まれているように見えるから余計のこと……というやつである。

 実際、未だに私が飲んでるのを見て「マジかよ」みたいな顔をしている人がちらほら見えるし。

 

 

「そう言われますと、私達が年嵩が行っている……という風に思われているようにも聞こえるのですが?」

「いやいや桃香、流石にキーアさんと比べられるとみんな年増みたいなものですよー」

「……それはそれで、なんか私がガキっぽいって言われてるように聞こえるんだけど?」

「おおっとあちらを立てればこちらが立たず!」

 

 

 なお、酒飲み達の下らない管巻きなので、内容についてはノーコメント。

 険悪に見えても単なるネタなので、そこまで深い話ではないというか。

 

 そんな感じで酒を飲みながら、話は今日の仕事についてのモノに移り変わっていく。

 

 

「しかしまぁ……あの人、上手くやっていけると思う?」

「さぁねぇ……うちよりは互助会向きの人、って感じだったけど……」

 

 

 殴れば終わる、みたいなことをマシュが言っていたように、今回の相手は暴走している『逆憑依』、といった感じの人物であった。

 いわゆる転生者気取り、というわけだが……そのわりにはそこまで強くなかったというか。

 普通、そういう勘違いをする人物というのは、必然的に再現度が高く実力も高くなる、というのが普通だったのだが……?

 

 まぁ、一応殴れば素直になったわけなので、後の事はゆかりんがなんとかしてくれるとも思うのだが。

 ……字面だけ見るとわりと酷いことやってるように聞こえるな、これ?

 

 

「つっても、あんだけ無茶苦茶やってりゃ殴られて当然、みたいな感じだったがなぁ」

「まぁ、結構好き勝手してたからねぇ」

 

 

 周りの人が一般人だからということで、わりと横柄なことをしていたのも確かな話。

 その辺りの禊も踏まえて、一度殴られておくべきというのも間違いではないかなー、と思う私たちである。

 まぁ、その辺りの記憶に関しては色々と問題があるので、生憎ながら記憶処理をさせて貰ったわけなのだが。

 

 そうして酒を飲みつつご飯を食べつつ、暫く居酒屋で騒いでいた私たちは。

 

 

「なんでこーなるんですかー!!?」

「やー、処理が甘かったのか、なんかこうトラブルを引き寄せるなにかがあったというか……」

「余裕そうですね、せんぱい!」

「いや全然、今にも吐きそう……うぇっぷ」

「せんぱいー!?」

 

 

 そこからの帰り道、何気なく今日のトラブルが起きた現場の近くに足を運び──そこで煌めく【兆し】に気が付き、突然の戦闘に巻き込まれることとなったのであった。

 

 あくまでも単なる【兆し】、未だ形を為していない純粋な力の塊……みたいなモノなので、本来は危険性など無いようなもののはずなのだけれど……この時の私たち、みんなして酔っ払いだったわけで。

 マシュは飲んでいないでしょ、みたいなツッコミに関しては、見事に場酔いした結果現在盾ではなくお盆を構えている、彼女の姿を見れば納得して貰えると思います。

 

 あと、私に対する『おめーも酔っ払わない側だろ!』ってツッコミに関しては、『酔おうと思えば酔える』ってのと『気付けばすぐに酔いも覚めるってことを酔ってるので失念してた』ってので納得して頂きたい。

 ……まぁ、酔っ払っててもどうにかなる程度のはずだった、ってのもあるんだけれども。

 

 ともかく、そんな感じでぐだぐだな戦いが始まったわけなのだけれど……。

 

 

「あっ、やべぇ爆縮するっ!?」

「うげぇ!?」

 

 

 こちらが舐めていることにキレたのか、はたまたそんな意思のない単なる反応なのか。

 ともあれ、件の【兆し】は爆縮──【顕象】に変化する動きを見せたため、流石に慌てる私たち。

 

 単なる【兆し】の段階ならば、高火力で薙ぎ払うことで散らすこともできるが、【顕象】になってしまうと格段に対処が面倒臭くなってしまう。

 これに関しては酔っ払い達が適当なことをしていたせいで引き起こされたものなので、悪いのは私たちってことになるのだが……ともかく。

 

 

「ええい、こうなったら最終手段だ!行くぞぅ銀ちゃん!!」

「え、ちょっまっ襟を掴むのは止めおろろろ」

「銀ちゃーーん!?」

 

 

 とにかく止めなければ、と思った私は銀ちゃんをひっ捕まえて突撃し。

 そして、私たちは【兆し】の放つ光に呑み込まれて行ったのであった……。

 

 

*1
入籍、それは人生の墓場である()

*2
『機動戦士ガンダム』における有名な一幕から。本来は演説に対しての独り言も混じっている



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幕間・見るもおかしな酒の話()

「──で、件の【兆し】が周囲の情報を収集した結果成立したのがこの子、ってわけ」

「ああなるほど……確かに俺とアンタの子、って風にも言えなくはないか……」

 

 

 キーアが説明を終えた時、銀時は納得したように小さく頷いた。

 この赤子、どうにも成立時に近くにいたキーアと銀時の情報を収集した結果生まれたもの、ということになるらしい。

 なのでまぁ、確かに二人の子供と言ってもおかしくはないのであった。

 ……まぁ、あくまでも『そういう風にも言える』というだけであって、本当に二人の子供かと言われると微妙なところもあるのだが。

 

 

「というか、まず間違いなく私は子供とか作れないだろうし、仮に作れたとしたらその子は【星の欠片】なのか?……みたいなツッコミもあるだろうから、あんまり考えたくはないところなのよねー」

「ふーん……ってか、やっぱそういうのダメなのか?」

「ダメというか……その辺りの設定を考えたことがなかったというか……」

「あー……」

 

 

 なお、キーアは微妙な顔でそう言ったが、【星の欠片】の設定を作ったのは中学生の頃。

 ……言ってしまえばそういう下ネタ的なモノを知らない時に作ったモノでもあるため、改めて大人になって見返してみると、人間の生態的に『あれ?』となる部分もあったようで。

 その一つが、【星の欠片】に子供って作れるのだろうか?……という、ある意味当たり前の疑問なのであった。

 

 で、そこに関しては後々考えてみたところ『無☆理』という話になった。

 なにせ基本的に【星の欠片】は『永獄致死(インフィニット・オーバーフロー)』、ないしそれに類似する無限概念を持つもの。

 この無限は原則『前の状態を後の状態で押し流す』という流れを永遠に繰り返すモノであるため、仮に子供が出来たとしてもその次の瞬間には()()()()()()()()()()()()のである。

 

 そのため、まず真っ当な手段で子供を作ることはできない、という話になるのであった。

 ……え?専門用語が多過ぎてよくわからない?ならまぁ、普通に男女のそういう行為を行っても意味はない、とだけ。

 

 

「……こういう話をアンタにさせた、ってバレた時点で死にそうな気がするんだが俺」

「ははは。……内緒の話だね、銀ちゃん♡」

「なんか今回のアンタちょっと変じゃねぇ!?」

 

 

 なお、銀時はこの辺りの話を余りしたくなくて仕方のない様子であった。

 まぁ、罷り間違ってマシュに聞かれた日には、八つ裂きにされること請け合いなので仕方がないのだが。

 その辺りがわかっているからか、キーアは若干楽しげである。

 

 

「……あれ?じゃあなんではだ……げふんげふん。お召し物を身に纏っていらっしゃらなかったのでしょうか?」

「なにその言い方……別に真っ裸って言えばよくない?」

「バカお前、そんなこと俺の口から言わせんなよっ!?」

「んー、なんか変な話になってるような……まぁいいか。で、なんで服着て無かったかだっけ?それに関しては簡単、この子が服を嫌がったってだけよ」

「……だから赤ん坊の方も素っ裸だったのか……」

 

 

 で、彼女が一糸纏わぬ姿だった理由だが。

 それに関しては、赤子の方も裸だったことに理由があった。……簡単に言えば、寝る時にとてもぐずったのである。

 まぁ、汚れは取ったとはいえゲロの掛かった服だったので仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 

 

「え?ゲロ?」

「覚えてなーい?銀ちゃんってばあの後動き回ったのが原因で、思いっきりリバースしたんだけど。私に向かって」

「す、すすすすんませんしたぁーっ!!?」

「おお、綺麗なフライング土下座」

 

 

 なおそのゲロ、飲みまくった後に激しい運動をしたため銀時がリバースした時のモノである。

 赤子を掴んだ直後、耐えきれなくなったのが空に虹を描いたその内容物は、近くにいたキーアの服に盛大に降り掛かったのであった。

 彼女が起きる前に部屋の中にある洗面所を覗けば、そこでハンガーに吊られていた服を発見することができただろう。

 ……まぁ、銀時は後ろを向いていたため、彼女が自身の服を取りに行く瞬間を見ることはできなかったのだが。

 

 とまれ、この世に生まれ落ちた赤子が初めて目にしたのは、自分に向かって飛んでくるゲロの波だったわけで。

 そりゃまぁ、泣き叫んで止まらないのも仕方ないというもの。

 それを落ち着かせるため、彼女は人肌で赤子をあやしていた……というわけである。

 

 なお、起きてすぐに微笑んでいた理由だが、単に赤ん坊が可愛かっただけである。……精神女性化し過ぎじゃない?大丈夫?

 

 

「まぁそこは置いといて……とりあえず、この子を連れて帰らなきゃいけないわけだけど……大丈夫だと思う?」

「……大丈夫、とは?」

 

 

 そうして困ったように笑いながら、彼女は銀時に問い掛けた。

 対する銀時は、その言葉に冷や汗を流しながら答える。……目を逸らしていた問題に、再び対面したためである。

 

 そう、この赤子。

 見た目の特徴が、完璧に両者のそれを引き継いでいるため、一目見ただけでは確実に二人の子供、と勘違いされる可能性がとても高いのだ。

 いやまぁ、先ほどキーアも言ったように、見ようによってはそれは間違いというわけでもないのだが……。

 

 

「その場合、銀ちゃんが真っ黒にされたあと粉々になる可能性が……」

「真っ黒になって粉々?……ゲェーッ!?BB!?」*1

 

 

 それをそのまま見せた場合、起きるのはまず間違いなく銀時の処刑だろう。

 キーア側の後輩達によるそれも恐ろしいところだが、銀時側の面々によるそれもまた恐ろしいところか。

 ……城で潰されたあと粉々にされて槍で真っ二つにされて最後は炎に焼かれる……というのは、下手なアヴェンジャーの攻撃より刺激的だと言えるだろう。

 ──オルタが嬉々として観察すること請け合いである。

 

 

「じゃねぇよ!?俺まだ死にたくないんだけど!??」

「とは言ってもねぇ。既に生まれた命、まさかここで間引こうなんてことは言わないでしょう?」

「……ま、間引く?唐突に恐ろしいこと言うの止めない??」

 

 

 そんなキーアの言葉に、銀時は叫びに近い声を挙げる。

 流石にまだ死にたくはない銀時だったが、そんな彼の様子を見たキーアは、これまた恐ろしいことを言い始めた。

 その口調の軽さとは裏腹に、とても重たい提案が飛んできたことに銀時は驚くが……その様子を見てもなお、キーアの様子は軽いもののままであった。

 

 とはいえ、それも仕方のないこと。

 ここにいる赤子は、赤子の姿をしているとはいえ結局は【顕象】──すなわち中身のない存在である。

 命や意思のあるように振る舞っているものの、その実それらは作り物──いや、真似をしているだけのもの。

 核となるモノを内に持つ『逆憑依』と比べれば、その命に幾ばくの価値があろうと言うものか。

 

 

「……おい、流石にその言い口は良かねぇんじゃねぇのか?」

「あれ?おかしいなぁ。だって銀ちゃん、嫌なんでしょ?だったらほら、その負債は誰かに押し付けないと。──世界の幸福の最大値は決まってる。誰かが不幸になる代わりに、誰かが幸せになるのが当たり前なんだから、貴方が幸せになりたいのなら誰かに不幸を押し付けないと」

 

 

 そんなキーアの言葉に、銀時は違和感を覚える。

 彼女は時々厳しいことを言うこともあるが、だからといってここまで薄情者であっただろうか?

 

 ゆえに彼は怪訝な──ともすれば剣呑な目を彼女に向け。

 そこで、彼女の様子がおかしいことに気が付いたのだった。

 

 

「……おい、アンタの耳ってそんなに大きかったか?」

「なにを言ってるの銀ちゃん。私はみんなの言葉を聞き逃さないようにしてるんだよ?」

 

 

 始まりは耳。

 彼女のそれは普通の人間のそれのはずだったが、今の彼女のそれはまるでエルフかなにかのそれのようになっていた。

 

 

「……アンタの目ってそんなに大きかったか?」

「なにを言ってるの銀ちゃん。私はみんなの一挙手一投足を見逃さないようにしてるんだよ?」

 

 

 次は瞳。

 いつの間にかそれは大きく見開かれ、まるで大きな穴のように変化していた。

 

 

「アンタの口って、そんなに大きかったか……?」

「──バカだなぁ、銀ちゃん。私の口はね」

 

 

 最後は口。

 それはいつの間にか大きな裂け目のように変化し、まるで奈落を覗くかのような深淵を形作っていて──、

 

 

「君達を、決して逃さないようになっているんだよ」

 

 

 そして彼らは、その闇の中に呑み込まれて行くのであった──。*2

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 はて、布団から上半身を起こした銀時は、周囲を一瞥したのちに、深々とため息を吐いた上で、こう呟いたのであった。

 

 

「……再現は再現でもあっち(世にも奇妙な物語)の方じゃねぇか……っ!!」

 

 

 どこからか響くBGM*3に、その確信を深める銀時。

 微妙にイラッとするその音楽は、恐らくいつぞやか彼の仲間が枕元で口ずさんでいたもの。

 要するに、今回のこれはホラーはホラーでも真っ当なホラーの方のパロ回だった、ということになるらしい。

 いやまぁ、悪夢らしい支離滅裂さだったため、微妙と言えば微妙なのだが。

 

 そんなことを思いながら、改めて周囲を見渡す銀時。

 そして彼は、

 

 

「……あれ?」

 

 

 自分の隣の部分の布団が、ほんのり膨らんでいることに気付き───。

 

 

 

 

 

 

「夢というものは、とかく不可思議なもの。

 脳のデフラグの結果生み出されるものだとか、色々な研究がありますが……。

 脳の中で起きていることを、実際に外に持ち出すことができない以上、それはある意味別の世界のようなもの。

 そこでなにが起きているかなど、私達には知り得ないこと。

 つまり、これが本当に夢なのか、はたまた現実なのか。

 私達にはその判別方法がない、ということなのです。

 はてさて、彼はこの無限構造から、抜け出すことができるのでしょうか?

 それは私達にとっては、遠い遠い世界の出来事なのです……」*4

 

 

 

 

 

 

 

*1
水着BBの宝具『(カースド)(カッティング)(クレーター).』のこと。この前のサバゲーの時も使ってましたね

*2
なお赤ずきんパロである()

*3
ドゥルルルル ドゥルルルル ドゥルルルルットゥ ドゥルルルル~♪(by神楽)

*4
タ○リボイスで再生してください()



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二十五章 夏の前の雨の日の
雨と共に落ちぬ()


「ふぅむ、梅雨入り……ねぇ?」

 

 

 窓の外を眺めれば、天気は生憎の曇り模様。

 

 ……なりきり郷の天気は、基本的に外の()()を反映して決められることになっており、ゆえに外が梅雨入りをすればこっちも梅雨入りする……というような仕掛けとなっている。

 

 そのため、この雨は外でも同じように降っているもの、ということになるはずなのだが……。

 それにしては、やけに降り過ぎているような?……という感想が湧いてくる私なのであった。

 

 

「それは……そうかもしれませんね。なんだか例年よりも、雨音が大きいような気がします」

「だよねー?まさか天候操作システムがおかしくなった、なんてことはないと思うけど……」

「たーいーへーんーよーキーアちゃーん!!!」

「うわでた」

 

 

 そんな私の言葉に、マシュが同意の首肯を返してくる。

 

 ……例年の雨音、とやらがパッと思い浮かばないので、こちらからの同意は返せないが……どうにも最初の疑問の通り、雨足が強いというのは間違いがないようで。

 そうなってくると、予測される原因は天候操作システムの故障か、はたまた外の雨が()()()()()()()()()()()()()()か、そのどちらかと言うことになるのだが……。

 

 なりきり郷の天候操作システムは、『ARIA』におけるそれを模倣した、現行の科学技術での再現をあまり考慮していない──いわゆる特記技術によるものだ。*1

 ……もう少し雑に説明すると、区分的にはドラえもんのひみつ道具とかあっち方面のやつになるので、それが壊れると言うのはあまり考え辛い。*2

 

 要するに、構成要素だけ見ていくと()()()()()【顕象】みたいな感じになるので、単なる経年劣化で壊れるようなことはありえない、という話になってくるのである。*3

 無論、外部から破壊工作を施すにしても、それならそれでもっと滅茶苦茶な天候になるはずなので考慮外。

 

 つまりさっきの疑問の答えとしては、端から外の天気がおかしいの一択、ということになるのだけれど……などと思考していると、突然部屋の中に響き渡る女性の声。

 それに身構えると同時、いつもの特徴的な音を引き連れ、私の目の前にスキマが開いたのであった。

 ……うん、どう考えても面倒事の気配なので、こっちの反応が淡白になるのも仕方ないというか?

 

 

「なによぅなによぅ、そんなに邪険にしなくても良いでしょー!!」

「はっはっはっ。そんなに邪険にされたくないんだったら、飲みの誘い以外してこなければ良いんじゃない?」

「──それはこの話が終わったら、ってことで」

「あの、まだ本筋の話が始まってもいないうちから終わった時のことを話すのは、フラグになってしまってよろしくないのではないでしょうか……?」

「……さて、お仕事の話なんだけど」

(スルーされました!?八雲さんに問題を華麗にスルーされてしまいましたせんぱい!?)

(あー、言われて初めて気が付いた……みたいな顔してるわねぇゆかりん)

 

 

 そんなこっちの態度に、露骨に不満げな顔を見せるゆかりんであったが……横合いからマシュに投げられた疑問については考えていなかったのか、はたまた単なるうっかりか。

 ともあれ、彼女は先ほどまでの醜態を華麗に無かったことにして、本題の方に移り始めたのであった。……うーむ、相変わらずぐだぐだである。

 

 閑話休題。突然家に現れたゆかりんが持ち込んだのは、やはりトラブルの一報だったようで。

 

 

「なりきり郷内の雨足が普段より強い、ってのは気付いていたかしら?」

「うん、丁度さっきからマシュと話してたとこ」

「ホント?じゃあ話は早いわね。──これ、()()よ」

「異変?」*4

 

 

 詳しく聞いたところによれば、どうやら外の世界では今、降り止まない雨に大層困らされている……とのこと。

 無論単なる長雨であるのならば、既に梅雨入りしているのだからおかしな話ではない……ということになるはずなのだが、なんと今年の大雨、香○県のダムが溢れる程の規模なのだと言う。*5

 

 

「香○のダムが決壊するレベル……だと!?」

「いやまぁ、実際に決壊したわけじゃないわよ?ただまぁ、この勢いで降り続けるのなら、県民がうどんを茹でるより早く水が満杯になる方が早そうな感じと言うか……」

 

 

 いやまぁ、この話に関してはわりと大袈裟な気もするのだが……ともかく。

 各地の長雨がこのまま続けば、それぞれの場所にあるダムが溢れてしまうだろう……と予測できるくらいに雨が強い、ということに間違いはない。

 

 ゆえに、お偉いさんからゆかりんへと「これは単なる異常気象か、それともそちらの管轄のモノなのか?」というような確認指示が出たのだそうで。

 

 

「で、詳しく調べさせて見たんだけど……どうやら『なりきりパワー』が雨の成分に含まれていたとかで……」

「いやちょっと待った。当たり前みたいな顔して唐突に出てきたけど、『なりきりパワー』isなに?」

「なにって……なりきりする時に発生する特殊なエネルギーだけど?」

「困った、説明が説明になってない」

 

 

 で、それを受けたゆかりんは、郷内の科学者達に指示。

 結果、外の世界で降っている雨の中に、『なりきりパワー』なるエネルギーが含まれていることを確認したのであった。

 

 ……唐突な新単語『なりきりパワー』に、皆さん困惑されてあるかと思われるが安心して下さい、私にもわからん()

 どうにもなりきり──ひいては『逆憑依』に関わるなにか、ということはわかるのだが……言葉の間抜けな響きが、真面目な考察を悉く邪魔してくるというか……。

 

 

「まぁ、お偉いさん方には別の単語で説明してるけど……」

「なにっ、じゃあそれでいいじゃん?!」

「えー、でもそれって『他次元由来奇異現象誘発因子』とかっていう、眼も耳も滑るタイプの単語なんだけど……」

「……うん、『なりきりパワー』でいいや面倒臭い」

「でしょー?」

「お二人とも……っ」

 

 

 だからと言って、お偉いさん方に説明する時に使われるネーミングの方は、なんというか堅すぎて使い辛い感じ。

 ……そのため、必要性のない(=非公式の場)では『なりきりパワー』でいっか!……という結論に達したのであった。……マシュが呆れているというか困っているというか、まぁそんな感じの空気を漏らしていたけれど、ここは敢えてのスルーである。

 

 ともかく、この『なりきりパワー』というのは、どうやら『逆憑依』・ないし【顕象】のような存在が起こした現象などに付加される謎エネルギー、ということになるらしい。

 これがもっと指向性を持つと呪力だの魔力だの、それぞれの世界観に則したモノに変化していくのだとか。

 

 つまり、この雨に含まれているそのエネルギーは、指向性がまだ定まっていないもの……ということになるのだろうか?……この状況で??

 

 

「ああなるほど。今の時点でも一部地域が水没しかねないほどの長雨だというのに、それを引き起こしているのが()()()()()()()()()()()だと言っているようなもの……ということになるのですね、この場合」

「そうそう。これで指向性──願いがないとかなんの冗談だ、みたいな?」

 

 

 普通、日本全域に雨を降らせ続けるとなれば、それに掛かる労力と言うものは相応に大きくなるはずだ。

 

 なりきり郷の周囲一帯に雨をも降らせるくらいならまぁ、私もそう労を要することなくできるかもしれないが……これが県内全域、地方全域、国全域……といった風に範囲が広がっていけば、必ず何処かでギアを上げなければいけなくなる。

 そうなれば、操作する雨の中に含まれるエネルギーは、自然と【虚無】由来のモノに変化していくだろう。

 ……それだけの広範囲に影響をもたらそうと思ったら、それくらいしなければならないのが普通である。

 

 しかし今回の長雨、聞くところによれば観測できるどの箇所における調査結果も、そこに含まれるエネルギーは『なりきりパワー』──すなわち()()()()()()()()()()状態のモノしかないのだという。

 ……ここに危機感を抱かない人間というのは、そう居ないだろう。

 

 

「……あ、だから『異変』って扱いなの?」

「そーいうこと。うちにおける『異変』の基準は、ともすればなりきり郷全域のメンバーを総動員する必要すらある規模のモノのこと。……貴女達の追調査の結果如何では、初の大規模作戦に発展する可能性も否定できないわね」

 

 

 そうした危惧を語った結果、ゆかりんがこの事態を『異変』と呼んだ理由に思い至ったのであった。

 

 

*1
範囲をなりきり郷内部のみ・かつ各階層ごとに個別で管理する……という形で成立している。なので、地球全体の気候を操作できるようなレベルのモノではない。また、ある程度は外の天気に合わせる(無論、異常気象レベルの場合はその限りではない)ことで、天候操作の難易度を下げている面もある(外の天気とまったく違う天気を再現しようとすると、世界的な抵抗が発生する為。わかりやすく言うと消費電力が本来必要な分の二倍になる)。勿論、五月に気温三十度、みたいなものに関しては程度を下げて再現する為、外よりは過ごしやすくなるようにもなっている。……つまり、地下でもわかるほどに雨足が強い、ということは……?

*2
能力再現に別の『逆憑依』固有能力などが関わっているような物品のこと。なりきり郷全体に張られた結界などもこの類いに入る

*3
アスナの持つナーヴギアなどに近いモノのこと。機械類は本来再現度システムとの相性が悪い……ということは何度か説明しているが、その軛を越えて成立しているモノというのは、ある種『生のない【顕象】』と言うのが相応しいようなモノになっている、とも言える為

*4
『東方project』シリーズにおける事件の呼び方。基本的には事件の黒幕による、特異な変化を起こした空間や行動などを指す。なりきり郷においては、ある程度の規模(具体的には四人一組(フォーマンセル))で対処できないような、特級の異常事態を指す

*5
大体枯渇しているものの象徴。県民がうどんを茹ですぎているので水が足りない、というジョークはとても有名。向かいの県が『晴れの国』である岡山であることからもわかる通り、瀬戸内式気候であるこの地域は基本雨が少なく晴天の日が多い場所である。なお、『晴れの国』の称号は香川や埼玉の方が相応しいのでは?……と言われることがあるのも有名である(香川は晴れの日(雲が空全体の二割~八割)一位、埼玉は快晴の日(雲が空全体の一割以下)一位、岡山は降水量1mm未満の日が一位)



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見え隠れするのは、奴

「そーいうわけだから、とりあえず何人か連れて見てきて貰える?」

 

 

 ……というようなゆかりんからの要請を受け、なりきり郷の外へと飛び出した私たち。

 そうして集めた今回の構成メンバーは、次のような感じになっていたのであった。

 

 

「長雨、ねぇ?……世界が沈むほどの雨となれば、それこそ(しゅ)のお怒り……ということになるのかしらねぇ?」

「あー、ノアの大洪水*1的な?……どうだろ、一応この雨が続いてるのは日本国内だけ、ってことになるみたいだけど」

 

 

 まず一人目。いつもの黒いコートとは別の、黒いレインコートを身に纏って鬱陶しそうに空を眺めているのは。

 最近なりきり郷に加わったばかり……にしては、まるで昔から居たかのようにあちこち連れ回されてる感じのする復讐者、ジャンヌ・オルタ。

 彼女は未来視軍団からの熱い()推挙により、探索チームに組み込まれた人物なのだが……そのせいなのか、不機嫌そうな様子を隠すふりすら見せていないのであった。

 

 

「っていうか、よくよく考えてみなさいよ。……主のお怒りならばまだマシな方。雨がずっと降り続いているとかいう今の状況、()()()の気配を感じずにはいられないのよ、私はっ!」

「あー……」

 

 

 その理由は……あー、マスターならわかるんじゃないかなー、とだけ。姉怖いよ姉(真顔)。*2

 

 ……冗談はともかく、この長雨が未だ指向性を持っていないのであれば、なにかの間違いでかの『姉名乗る者』に変化・ないし乗っ取られて()しまう可能性は十二分にあるといえる。

 ゆえに、その可能性が脳の隅にこびり付いてしまった()は、なんとも言えない仏頂面を維持し続けている……ということになるわけなのであった。

 ……後々姉に対しての人身供物にされかねないということを危惧している、とも言う。*3

 

 もし仮にそんな状況に追い込まれた日には、アンタ達も道連れにしてやるわよ……という()の頼もしい()お言葉を頂いたところで、次のメンバーの紹介に移行しようと思う。

 

 

「にしても……珍しいね、君が外行きの仕事に同行するの」

「ぴか、ぴかぴーか」*4

 

 

 視線を下げた先──私の足元付近を歩いていたのは、黄色いレインコートを纏った背丈の低い人物。

 ……発言を聞けばわかると思うが、これは目深にコートを被って顔などを隠した、みんな大好きピカチュウさんである。

 

 彼はごまかしバッジによる隠蔽がそこまで効果を発揮しない*5こともあり、普段はなりきり郷から出てくることはないのだが……今回は大雨が降り続いていることで周囲の視界が霞んでいるため、辛うじて外に出られたのであった。

 

 ……え?そこまでして彼が外にいる理由?

 

 

「ぴか、ぴかぴーかぴーか」*6

「うーん不穏というか、先の()の言葉と合わせて出てくるモノが予想できるというか……」

「止めなさいよ予想をちゃくちゃくと事実に変えようとすんの!?マジぶっ飛ばすわよ!?」

 

 

 ……ポケモンである彼が()()()に外に出たがる、というのが嫌な予感マシマシというか。

 あれだよあれ、噂の海底ポケモン*7出てこねーだろうな、みたいな感じというか。……大地が沈みそうな大雨、って時点である意味確定みたいなもん?そうねぇ……。

 

 で、噂の彼が来るのであれば、それにつられて姉が来る可能性も高まるわけで。

 ……いやでも、一応指向性の方はまだ定まってないから、という希望的観測である。

 

 

「と・に・か・く!()()()が本当に出てこないようにするためにも、私達は大至急この異変を解決する必要があんのよ!!」

「ああうん、そうだねー。……ただまぁ、今のところはとりあえず、道すがらそこらの街々を助けるところから……かなぁ」

 

 

 そんなわけで、今回はこの二人に私を加えたメンバーでやっていこうと思います。

 ……え?構成メンバーが少なくないかって?

 今回のこの異変、範囲が広すぎるのと被害が大きすぎるのもあって、わりと住民総出での作戦みたいになってるからね。そりゃまぁ、あんまり大所帯では動けないというか。

 

 具体的には、私たち三人は主に元凶探しを優先し、他の面々は各地の洪水などの対処を優先する、という形である。

 ……無論今口にしたように、私たちも元凶の捜索だけではなく、道中の危険そうな街の救援をやったりするし、他のチームも救援だけでなく元凶の探索を行ったりもするのだが。

 

 

「……体の良い現場の使い方、って言うべきかなぁ」

「ぴか、ぴかぴーか」*8

 

 

 ゆかりんが日本全土にスキマを開けるのなら、もうちょっといい手段があったのかも知れないが……生憎そこまで便利でもないので、地道な捜索が主な手段になるのは仕方がないというか。

 ……というか、仮にスキマで捜索するとなっても、指向性のないエネルギーの元締めを探すとか、砂漠の中に落ちた宝石を探すようなモノになるので、必要な労力が大きすぎるというか。

 

 ……今の言葉で、なんとなくわかる人もいるかも知れないが。

 ()には可哀想なことに、このメンバーが元凶探索チームとして定められているのには、確かな理由が存在していたりする。

 

 歩けばトラブルに行き当たる、なんてことも言われたりする私ことキーアに。

 陸地を海に塗り替えるなどという、大層な目的に心当たりがある人物二人。

 ……これらを一纏めにしておけば、トラブルの元凶の方からこっちに来てくれるのでは?……みたいな期待が上から掛かっていてもおかしくない。

 

 そういうわけで、一人で「()()()の降臨だけは絶対阻止するわよっ!」と意気込んでいる()には悪いのだけれど。

 彼女に雰囲気を合わせているだけで、私とピカチュウの二人は端から()()()()()なのであった。……まぁ、宛もなく探すよりは、ね?

 

 そんなわけで「ジャンヌどうでしょう」、始まります。()

 

 

 

 

 

 

「ここ数年で『水って怖い』って意識が民間に浸透したような気がするよねー」

「まぁ……そうね。一昔前なら、大雨で休むとかふざけるな……みたいな風潮も少なくなかったし」

 

 

 決壊しそうな川の補強を手伝いつつ、雨の中を動き回る私たち三人。

 

 他の住民と協力して補強することもあるが、それだと結局単なる一般人と同じくらいの協力しかできないため、基本的には誰もいないところに積極的に向かう、という形になる。

 ……具体的には、水量がぎりぎり過ぎてもうみんな避難しているところとか、果てはもう決壊しているところとか。

 

 なお、既に決壊しているところに関しては、他の人にやらせると危ないので私単体での作業だったり。

 

 

「ぴか、ぴかぴー」*9

「って言ってもねぇ。この大雨だと、決壊したところを放置するとマジで沈みかねないし……」

 

 

 まぁ沈むというのは大袈裟なので、正確には水が一切()けなくなる……と言うべきだろうか?

 本来なら排出されていくはずの雨水が、それより遥かに多い量の水が流れ込むせいで結果的に排出口が詰まる……みたいな感じでも良いかもしれない。

 

 ともかく、このまま放置すると誰も住めなくなるので、どうにかしておこうという話になるのは仕方のないことなのであった。

 で、それをやろうとすると『水に流される』という現象そのものをスルーできる私が適任、というか。……ティキ・ミックみたいに、任意透過できる人ならなんとかなるんだけどねぇ。*10

 

 

「まぁ、仮にこの場に彼がいたとして、手伝ってくれるとも思えないんだけども」

 

 

 とかなんとかぼやきながら、ざばざばと水を掻き分け決壊部分に近付いて封鎖すること数回。

 ……水のパワーがヤバいこともあって、生半可な補強では再度決壊するだけということもあり、結構本格的な補強を繰り返している私である。

 なのでまぁ、いい加減この作業も慣れが出てきたというか……。

 

 

「良くないんだけどねぇ、そういうの」

 

 

 そう呟きながら、補強部分に条件付きの海への直通路をくっ付けつつ、街の中の雨水を移動させていく私なのでありましたとさ。

 

 

*1
『旧約聖書』の『創世記』6~9章での一連の出来事のこと。紀元前三千~五千年頃にあった大洪水を元にした逸話だと言われることがあるが、詳細は不明

*2
水着のジャンヌ・ダルク(fgo)のこと。ルーラーではなくアーチャーになった影響なのか、はたまた夏の暑さ(属性:夏)のせいなのか。真実は不明だが、本来の彼女とは違って聖杯に願うこと、というものが生まれている。それが『世界を海水で満たすこと』。……明らかにヤベーヤツである()。一応フォローしておくと、ジャンヌ・オルタ・リリィの絆礼装が『海』に関わるモノであることからわかるように、本来(史実)の『ジャンヌ・ダルク』はともかく、FGOにおけるジャンヌが海に対して少し特別な感情を抱いている、というのはなんとなく察せられる。その辺りが『夏』の暑さで暴走した形なのだろう。……姉成分に関してはノーコメント()

*3
「貴方も家族です♪」

*4
そりゃまぁ……俺が外にいたら、普通は目立つどころの話では済まないからなー

*5
『ごまかしバッジ』は二次元的存在であることを隠蔽するものであるが……そのやり方は、周囲からの見え方を無難なモノに差し換える、というもの。奇抜な髪の色をしている人物であれば、それが許されるような人物──例えばヤンキーだとか、ギャルだとかに見え方を変える、という形で対処をしている。これは、見え方を完全に無難なモノにしようとする場合、必要とされるコストが嵩みすぎる為。変装ではなく認知に働き掛けるモノであるので、余り大きく変化させることができない……ということからの苦肉の策でもある。ただその為『見た目から大きく逸脱したごまかしはできない』ので、結果として獣の類いに使うとゴジハムなら熊に、ピカチュウなら同じサイズの犬などに偽装する、という形になってしまう。ピカチュウはともかく、ゴジハム君に関してはわりとどうしようもない

*6
これは単なる勘だけど、今回俺がいた方がいいような気がするんだよなー

*7
伝説のポケモン・カイオーガのこと。初出『サファイア』での覚醒時には、文字通り世界を海に沈めかけた。伝説のポケモンのパワーが明確にヤバい、と描写された初の例でもある(それまでの初代・金銀における伝説のポケモンは、あくまでも特別なポケモンである……という趣のみの存在に近かった)

*8
つっても、広範囲探索技能持ちとか居ないからなぁ、うち

*9
見た目的には一番危ないし、普通に止めてほしいんだけどなー

*10
『D.Gray-man』のキャラクター。敵側の人物であり、その能力は『選択』。世の万物を『選ぶ』能力であり、彼らにとっての毒である一部の物体を除いた、全ての物質を好きに触れたり触れなかったりすることができる。この場合、流れる水に触れないようにすれば、濁流の中を普通に歩くように進むことも可能



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雨の音、人の声

「……何ヵ所か回ってみたけど、元凶らしきものには出会えないねぇ」

「アイツじゃなきゃなんでもいいんだけど……全然出てこないわね」

 

 

 それからも、あちこちに救援を施しつつ、元凶が飛び出して来ないかなーどうかなー、みたいな気持ちと共に歩き続けたわけだけど。

 ……ううむ、ここまでお膳立てしているにも関わらず、一向にジャンヌ()が現れる気配はない。

 というか、なんならカイオーガもウェザー・ドーパントも雲の王国も出てくる気配がない。……最後のに関してはちょっと違うか?*1

 

 ともかく、元凶の気配が一切ない、ということに変わりはない。

 なりきり郷から出てくる前に伝え聞いた通り、この雨には()()()()()()()()()()()しか含まれておらず、それ以外のなにかしらの介在を予感させるようなものは一切含まれていなかった。

 ……いやまぁ、一つだけ気になることがあったりはしたわけだが。

 

 

「なによ、気になることって」

「いやね、この雨()()()()()んだよね」

「ぴかぴ?」*2

 

 

 その気になることというのが、この雨粒が普通のそれに比べて綺麗である、ということ。

 

 本来、雲と言うのは海水が蒸発し、上昇気流によって上空に運ばれたのち、それが冷えて水になる……という形で生まれるモノ。

 ただ、この水蒸気が冷えて水になり、それが集まり雲になる……という過程には、もう一つ重要な条件が存在している。

 そう、集まった水が雨になるための『核』の存在だ。

 

 

「……核?」

「雲核とか雲凝結核なんて呼ばれたりするものなんだけど……簡単に言うと空気中の埃とかだね」

 

 

 エアロゾル、などとも呼ばれる空気中の微細な物体に、冷やされた水蒸気は吸着し、雨粒となる。

 で、実は驚くべきことに、空気中に核となるエアロゾルが存在しないような環境下においては、水蒸気は雨粒にならず水蒸気のまま漂う……などということが起こりえるのだという。*3

 

 実際には、海水の蒸発の際一緒に巻き上げられた塩の粒なども核となりうるため、そのような環境はほとんど発生しないらしいが……仮にそういった微細な埃が一切ないような環境下の場合、水蒸気による湿度は百パーセントを越えることもあるのだとか。

 

 これは、裏を返すと雨粒は()()()()()()、ということに繋がってくる。

 

 

「まぁ汚いって言っても核が塩の場合があるように、より正確に言えば()()()()()()()()……っていう方が正しいんだろうけど。……あ、降り始めの雨は別ね?その場合だと、雨として落ちてくる際に、空気中の別の埃とか汚れとかを巻き込みながら降ってくる形になるから、普通に汚くなっちゃってるし」

 

 

 雨雲ができる場所というのは、基本海の上である。

 そのため、核として用意されるものの多くは塩の粒。

 ……ゆえに普通の雨は塩が溶けたモノとなり、また降雨の最中に二酸化炭素が溶け込むこともあって、原則的には酸性のものとなる。*4

 酸性雨の場合はそれよりさらに酸性が高いというわけでもないが……ともあれ中性ではない水を普通の水、ましてや純水とは呼ばないだろう。

 

 

「つまり、この雨のおかしいところは──」

「ぴかぴっか?」*5

「そういうこと~」

 

 

 そう、この雨のおかしなところは、本来少なからず酸性を持つはずなのにも関わらず、雨水の性質が中性を示していること。

 そしてそれゆえに、微細な塵すら含まれていないことにあるのであった。

 

 

「……雨として降ってくる以上、絶対に埃や二酸化炭素を取り込むはずだから、この雨水の中になにも──噂の指向性のないエネルギー以外のなにも含まれていない、なんてことがあるはずがない」

「なるほどねぇ……ん?ってことは、もしかしてこの雨……」

「うん、こっちの思っている以上におかしいのかも」

 

 

 それらの原因が、雨に溶け込んだエネルギーにあるのであれば。

 ……もしかしたら、この異変はこちらが思っている以上に大きなモノなのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、変わらず雨を落とし続ける曇天を見上げる私たちなのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど……謎のエネルギーが含まれている、って部分に着目し過ぎて、他の部分の怪しな点を見逃していた……ってことか」

『まぁ、そういうことになるのかも……っていう予想みたいなものだけどね』

 

 

 そもそも、そこまでして隠れる意味がよくわからないし……と告げ、キーアは通信を打ち切った。

 その余韻を暫し眺めたのち、紫は通信機の電源を落とす。

 それから、背もたれに体を預け、天井に視線を移した。

 

 

「──ってわけなのだけれど。さっきの話、どう思う?」

「そうですね……単純に考えるのならば、雨粒内の不純物を件のエネルギーが消し去ってしまった、ということになるのでしょうが……」

「でしょうが?」

 

 

 そのまま、傍らに控える従者──ジェレミア・ゴットバルトに所感を尋ねてみる。

 キーアの観察眼を疑うわけではないが、だからといって多角的な視点からの観察を否定するべきではない。

 

 ……まぁ、単に『うちの従者だって凄いしー』みたいな対抗心がないわけでもないが……ともあれ、そうした主人の言葉を受け、ジェレミアは率直な自分の意見を告げた。

 

 本来、雨粒は弱度の酸性を示し、なおかつある程度の不純物を含んでいるはず……。

 無論、降り始めのモノならばいざ知らず、ある程度降り続いた雨粒はほとんど不純物を含まなくなる……という常識を加えても、やはり『中性の雨である』という違和感を払拭するものではあるまい。

 

 ならば、その違和感をもたらしたのが、あの雨粒に含まれるもう一つの要素──『指向性のないエネルギー』だと見なすのは、ごく自然なことだと言える。

 言えるのだが……そこにジェレミアはもう一つ、疑問の種を差し込んでいく。

 

 

「……そんなことをする理由?」

「もしくは、それが単なる副作用であるのか……でしょうか。雨粒の中から不純物を取り除く必要があったのだとすれば、それはなんのためなのか。そうではなく、雨粒にあのエネルギーを込めた結果起きた副作用に過ぎないのであれば……」

「なんでそんなエネルギーを込める必要があったのか……ってことね。前者なら純水を各地に流す必要があった、ってことだし」

「後者ならば、エネルギーを込めた水を流す必要があった、ということになりますね」

 

 

 無論、この異変の裏に誰かの思惑があるのであれば、ですが。

 そんなことを告げる己の従者に、紫はフムと一つため息を吐く。

 

 確かに、『指向性のないエネルギー』などというものを扱える存在というものは、早々存在しない。

 単純なエネルギー、という意味では存在してもおかしくはないが、それが()()()()()()()()という時点で、不自然ではある。

 ……不自然ではあるが、同時にそんなことをできる相手に見当が付かないことと、それからこの異変が大きな【兆し】であるとすれば説明が付くこと。

 それらの二点により、彼女はこの異変の裏にはなにも居ない、と考えていたが。

 

 

「……どうなのかしらねぇ。これはこっちの案件なのか、彼女の案件なのか。……少なくとも、彼女に教えて貰ったものの中に、そんな感じのモノはなかったはずだけど」

 

 

 もし仮に、これが彼女──キーア関連の事件……すなわち【星の欠片】に関わるモノであるのならば、彼らが裏にいると仮定することで説明ができてしまう。

 

 指向性のないエネルギーとはいうものの、それはあくまでも現行科学で調べた結果出てきたもの。

 ……現行科学では見ることのできない、極小世界をその由来とする【星の欠片】ならば、こちらに感知させない形でこの異変を起こすことだって可能だろう。

 実際、先のジェレミアの言葉は、その可能性を考慮した上でのものであった。

 

 だがしかし、紫はその言葉を聞いた上で判別しきれずにいた。

 その理由は、一連の事件を受けて彼女からある程度の説明を既に受けていたから、というところが大きい。

 

 今のところ、【星の欠片】は彼女の考えた設定に沿ったものだけがこの世界に現れている。

 最近話題をかっさらったユゥイとやらは、少しばかり趣を異にしているが……それでも、設定としては確かに存在していたものを使っている、という時点で大差はないとも言える。

 

 ゆえに、今回の異変──広範囲に降り続ける雨、というものが彼らの仕業である、とは紫には思えなかったのだ。

 なにせ、不思議なことに……彼女の考える【星の欠片】の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 だからこそ、彼女はこの異変がどういうものなのか、ということを測りかねていた。

 なにが起こるのか、なにが起きるのか、なにを起こそうとしているのか……その全てが、見透かせないまま進んでいる。

 

 

(……できれば、素直に姉が出て来て欲しいものね。いやまぁ、あれもあれで大概ではあるのだけれど)

 

 

 のちに起こる問題の大きさを思い、彼女は再びため息を吐き出したのであった。

 

 

*1
『ウェザー・ドーパント』は『仮面ライダーW』に登場する敵怪人の一人。天候を操る効果を持つ、とても強力な存在。『雲の王国』はドラえもんの映画作品『ドラえもんのび太と雲の王国』のこと。作中において、地上が大雨で流されてしまう……という悲劇的な未来の可能性を示したことがある(ドラえもんが消えたりしていなかった為、あくまでそうなる可能性がある、という程度の話ではあったが)。また、ここには含まれていないが、天候操作系の能力は特に強力なモノとして語られていることが多い(『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンドの一つ『ウェザー・リポート』など。こちらは怪雨/ファフロツキーズ現象などと呼ばれる『空から雨や雪以外のあり得ないモノが降ってくる』天候も引き起こすことができる)

*2
綺麗すぎる?

*3
具体的には、湿度400%などという現実的にあり得ない状態になることもあるのだとか。逆に言うと、雲核となる物体の性質(水をよく吸着するなど)によっては、湿度100%をほんの少し越えた程度でも雨が降ることがある

*4
大体pH(水素イオン指数)5.5~5.8。純水の場合はpH7。なお、狭義での酸性雨の基準は『pH5.6以下』とされる為、自然界の雨はほとんど酸性雨である、とも言えたりする。実際には、その雨が持つ性質などで扱いが変わることもあるようだが

*5
中性雨だってことか?



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休憩の最中の雨音を

「……なんだろう、なんか背筋に悪寒が」

「ぴか、ぴかぴーか?」*1

「いや、大丈夫。そもそも私、風邪とか引かないからね!」

「それってそんな自慢げに主張するもんなのかしらね……」

 

 

 そろそろお昼だし……ってこともあって、近くの喫茶店に駆け込んだ私たち。

 比較的雨の影響が少ない地域であったためか、普通に営業していて助かったが……流石に雨の日に外に出掛ける人はそう多くないということなのか、店内に客の姿はほとんどないのであった。

 

 まぁ、こっちとしては普通に営業しているってことの方が重要なので、気にせず注文をしたわけなのだが。

 そうして運ばれてきたハンバーグランチに舌鼓を打ちつつ、午後の予定を話し合う私たちである。

 

 

「一応、引き続き周辺地域の救助を行うわけだけど……元凶の捜索も大事だから、もっと大きく移動してもいいかもしれないねぇ」

「ぴかぴーか、ぴっかぴか」*2

「……思ったんだけど、アンタのパワーであの雲を吹き飛ばす……ってのはダメなの?」

「それで私以外の【星の欠片】が出て来てもいいんなら」

「ダメね、却下だわ。アンタみたいなのはアンタだけで十分よ」

 

 

 まず一つめは、このまま周辺地域の救助を続けるルート。

 元凶を捜索するにしても、それが何処に居るのかも何処にあるのかもわからないこの状況、闇雲に探し回るにも限度がある。……油断しているとあっという間に暗くなりそうだし。

 なので、一先ずは周辺地域の安全を確保することを優先する……という、至極当たり前の行動方針だ。

 

 欠点があるとすれば、かなり受け身のやり方なので、元凶側の気が変わったり事情が変わったりした場合、こちらの対応が遅れて甚大な被害を被る可能性がある……というところだろうか?

 まぁ、これに関してはどのパターンでも起こりうる危険ではあるのだが。

 

 次に、この地を離れて別の地域に移動するルート。

 捜索に関してはまだ一日目であり、全ての場所を回りきったとは言い辛いところはあるが……同時に、ここが平野である以上見ておくべき場所はそう多くない、というのも事実。

 

 平野部は川が氾濫した時に全域が水没しやすい、という欠点こそあるものの、それは裏を返せば、川の部分の治水がしっかりしていれば、注意するところはそう多くない……ということでもある。

 川の氾濫しやすい場所、というのは基本的にはカーブ部分。*3

 ゆえに、この辺りに重点的な見張りを設置し、かつ水量をどうにかできるのであればわりとそれで事足りるのである。

 

 まぁ、言うは易し行うは難し……というやつで、氾濫しかけているくらいの水量を何処に逃がすのか、という問題があるわけなのだが。

 そこに関してはちょっとズルをして、カーブ部分に海へと繋がるワープゲートを用意しておけばよい。

 常に放出してると違和感が目立つので、ヤバそうな時かその手前くらいに使用を制限しておくとなおよいだろう。

 

 さらに、現場判断による大幅放出ができるように細工をしておけば、こちらの事情を知る一般の職員さんにスイッチを投げる、みたいなこともできる。

 ……まぁ、流石に生身の人に現場で待機させるわけにもいかないので、その場合は定点観測モニターでもついでに設置していく形になるが。

 

 このルートの欠点は、以降ここでなにかあった場合に戻ってくるのに時間が掛かる……ということだろうか?

 あと、後を任せた人になにかあった場合が怖い……みたいな。

 この大雨である、不測の事態など想定しても想定しきれまい。

 

 で、最後。案とも言えない案として()から提案されたのが、力業で雨雲を吹き飛ばすという最終手段である。

 

 確かに、今回の異変は長雨そのものに問題があるのだから、それを吹き飛ばしてしまうというのは、単純ながらとても大きな見返りのある手段だと言える。

 ……言えるのだが、様々な点から見て『実際には選べない選択肢』になっているのも確かなのであった。

 

 まず、雨雲を吹き飛ばすと単純に言うが、それをするために必要な技の規模が大きすぎるという点。

 

 雲そのものを操って何処かに散らす、という手もないでもないが……その場合、この雲は直接【虚無】なりなんなり、『指向性のある力』を浴びる形となる。

 そのあとはまぁ、お察しの通り。

 下手すると他の【顕象】や【星の欠片】が湧いてくる……などという大問題を引き起こす可能性が大である。

 いやまぁ、これに関しては放置していても起こりうる可能性ではあるのだが、それを早めてしまう……というのがどう転ぶかわからない、みたいな?

 

 では大規模火力で無理矢理吹き飛ばす、というパターンだが……そもそもの話、雨雲とは凝結した水達が浮遊し集まった塊、である。

 なにを当たり前のことを、と思われるかもしれないが……ここで重要なのは、基本的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点。

 

 要するに、雲を高熱で吹き飛ばしてたとしても、水という原子がそこから消えてなくなるというわけではない、という点である。

 単純な火力で雲を散らしたところで、そこにあった雨達は水蒸気となって四散するだけであり、やがて再び集まって雲を形成するだろう、ということでもある。

 

 また、仮に原子ごと吹き飛ばす方法を取るとしても……その際に必要なエネルギー量というのは、実はとんでもない桁になるのである。

 

 

「……そうなの?」

「雨雲単体のエネルギー換算の数値が思い出せないから、変わりに台風の話するけど……大きい台風だと大地震に相当するくらいのエネルギーを持っている……なんて風に試算されていたりするからね。で、それを単純な火力のみで消し去ろうとする場合、必要なエネルギーってそれより大きなモノ、ってことになるわけ。台風ならある程度範囲が絞れるかもしれないけど、これがこと梅雨時の雨雲になると日本全土が範囲、ってことになるでしょ?──地震相当のエネルギーを、日本全土の上空に向けて放射……とか、それって日本を叩き割ろうとしてるのとなにが違うの?……みたいな?」*4

「うへぇ……」

 

 

 エネルギーと質量は等価である、みたいな話をしたことがあると思うが。

 要するに、大規模質量を扱う自然現象というのは、ただそれだけで凄まじいエネルギーを使用していることになってしまうのである。

 ゆえに、それを力ずくでどうにかしようとすると、頭の悪いことになっていくと。

 

 で、今は単純に火力面について述べたが、本来ならば無理矢理に梅雨を無くす、ということ自体に掛かる問題というのもある。

 

 

「……と、言うと?」

「この長雨は違うけど……単なる梅雨の場合、それによって夏の水源を確保する……っていう性質もあるからね。無闇に雨雲を無くせてしまうと、夏場に水不足に喘ぐ羽目になるってわけ」

「あー、それは確かに……」

 

 

 そう、日本の四季において、梅雨の後に来るのは夏である。

 夏場は暑いもの、ゆえに水は蒸発してしまうものでもある。

 それはつまり、夏になる前に水を確保していないと酷いことになる、ということでもあるわけで。

 

 特に日本は水に深く関わりのある国である。

 稲作のためには豊富な水源が不可欠であるし、世界一安全な水道水にしても、元となる水源が枯れていれば維持は不可能である。

 それらを解消するため、日本には各地にダムが建設されているが……これらもあまりに猛暑であれば干からびてしまうことがある。

 それを避けるため、梅雨の時期にはある程度の降雨を期待する、ということになるのだが……まぁ、これが中々。

 

 

「降ってほしいところには降らなくて、降らなくていいところには降る……みたいなのも多いからねぇ」

「ぴっか、ぴかちゅー」*5

 

 

 例え梅雨の時期になろうが、雨が降りにくい地域にはやっぱり降らない……ということはよくあること。

 

 わかりやすいのは例のうどんの県だろう。

 あの辺りはそもそも気候的に雨が降り辛く、そもそもあそこは一年の晴れの期間が日本一の場所である。

 そこにうどんのために水をよく使う、という話が合わさって、夏場にはよく水が足りない、と言っていることがある印象というか。

 ……いやまぁ、イメージで語っているところが強いので、実際に水不足がうどんのせいなのかはわからないのだが。

 

 ともかく、こうして水不足に喘ぐ場所がある一方で、場所によっては梅雨の度に辺りが水没する……みたいな被害を受ける場所というのも少なからず存在している。

 地名に『水』に関わる名前が含まれる場所は、そこが昔から水に纏わるなにかに悩まされたりしてきた過去がある……なんて話は既に有名だと思われるが、ともあれ水害に巻き込まれやすい場所がある、というのは事実。

 

 そこら辺、上手いことどうにかできればいいのだろうが……自然現象を人の手でどうにかしよう、というのが割りと傲慢な話なのでなんとも。

 

 

「……ま、とりあえずだけど、午後はこの辺りを軽く見て回って、そのあと別の地域に移動する……って形にしようか?」

「ぴっかぴかちゅー」*6

「……はぁ。憂鬱ね、アイツが出てこない分には何でもいいけど、この分だと出てこないなら出てこないで面倒臭そうだし」

「言えてるー」

 

 

 そんな感じで駄弁りながら、昼食を終えた私たちはというと。

 さっくりと勘定を済ませ、周辺地域の軽い見回りをし。

 川の決壊しそうな場所に補強を済ませ、なにかあったら連絡して欲しいと街の担当者に話を付け。

 

 そうして、次の地域へと移動するために電車に乗り込んだのであった。

 

 

*1
どした?風邪か?休むか?

*2
この辺りは平野が多いから、気にすべきところもそう多くはないからなー

*3
特に、カーブの外側は十分な対策をしていないと危険。……単なる水に対しては問題ないという場合でも、上流から大木などを含む濁流が流れてきてぶつかり、結果として堤防が破断する……と言うことも起こりうる為、絶対に安心ということはそうないだろう。大雨時は警報などをよく見て、「これくらいなら大丈夫だろう」などと思わずに避難することを推奨する

*4
雨雲の移動、強い風などの台風の構成要素をエネルギーとしてみた時、平均的な台風だと1~10EJ(エクサジュール)(Eは1018を示す単位)ほどになるとのこと。ちなみにマグニチュード9の地震によるエネルギーがおよそ2EJとのこと。単純なエネルギー量で見ると、日本に来る台風は日本で起きる地震の大半よりなお強い、ということになる

*5
自然現象だからな、人の都合なんてお構いなしってことさ

*6
だなー。俺達の仕事は元凶探索なわけだし



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雨に揺られて貴方は見る

「……まさか、運転見合せ中の地域があるとは」

「ぴっかちゅー、ぴかぴか」*1

 

 

 ホームで黄昏ながら、電光掲示板を眺める私たち。

 ……地下鉄で線路が水浸しになる、というのはごく稀に見たことがあるが、地上部分で線路が水没している……という事態にはあまり出会したことがない身としては、なんというか「マジかー」みたいな気分でいっぱいなわけでして。

 それだけ大規模な大雨、ということはわかるのだが、電車が止まるレベルなのは中々に衝撃的というか。

 

 とまぁ、こうして私たちが立ち往生している時点でわかるとは思うが、現在線路上の一部地域が水没中とのことで、安全確認のため現在運行見合せ中とのことであった。

 

 

「……そういえば気になってたんだけど」

「ん?なんだい()?」

「……アンタのその呼び方についても色々言いたいことはあるけど、それはおいといて。電車ってほら、線路にも電気が流れてるって言うじゃない?」

「ああうん、そうだね。……それで?」

「あれって、水没とかしたら周囲が感電する……みたいなことはないのかしら?」

「ふむ……」

 

 

 で、手持ち無沙汰になったので、とりあえず駄弁ってるか……みたいなことになった結果、()が疑問として提示したのが『線路の電流って水没しても大丈夫なの?』というものであった。

 

 日本の電車で基本的に使われているのは、『架空電車線方式』と呼ばれるものである。

 ……『架空』?と思う人もいるかもしれないが、これは『空想上の』という意味の『架空』ではなく、『空に架け渡す』という意味の『架空』である。

 まぁ要するに、一般的に『電車』と言われて思い浮かべる形……電車の上に電線が走っているタイプのことだと思えばよい。

 

 このタイプの電車の場合、電車を動かすための電力を頭上の送電線から引っ張ってきている形になるのだが。

 その時、電車内でモーターや電灯・冷暖房などに使われた後の電流の逃げ道となっているのが、いわゆる線路になるわけである。

 

 

「……なんで逃げ道なんて必要なのよ?」

「電気ってのは回路……要するに装置が一巡してないと流れないモノだからね。逃げ道──正確には変電所への戻り道を作っとかないと、電車が動かないってわけ」*2

 

 

 プラス側だけ繋いでも、その反対にマイナス側だけ繋いでも回路は動かないわけで。

 プラスからマイナスへ、電気の流れやすい道を作ることで、電気というのは初めて電流になるのである。

 

 ……まぁ、その辺りの詳しい話はそれぞれ確認して貰うとして。

 改めて、水没した際に周囲が感電しないのか、という話になるのだけれど。

 

 

「わかりやすく言うと、線路ってマイナス側なのよ、電極の」

「……マイナス側?」

「そ。正確には電圧の低い側、って言うべきなのかもだけれど……使い終わった後の電流の帰り道、ってことからわかる通り、線路側の電気は電圧がとても低いのよね」

 

 

 具体的には、接地しているため電圧はほぼゼロみたいなもの、というか。

 なので、仮に片足で線路を踏んで、もう片方を地面に触れさせていたとしても、人間に対して電気が流れることはないのだとか。

 

 ただまぁ、電車が通ったばかりだったりすると、この電圧が少しばかり上がって感電する……みたいなこともあるみたいだが。

 ただ、これに関しては感電するのは人ではなく犬や猫のような小型動物に限られるようで、人間にとっては気にするようなものではない、ということは変わらないらしい。

 ついでに言うと、感電と言っても死亡事故に繋がるほどの重篤なモノではなく、人間で言うのなら『ジョークグッズの電気を流すタイプのもの』みたいな感じで、理由がわからない動物だからこそ嫌がる……というような感じになるらしいのだが。

 

 あと、一応この使った後の電気──いわゆる帰線電流以外にも、信号や踏み切りを制御するための軌道回路と呼ばれるものに流れる電気もあるそうだが、こちらはそもそも電車の位置を知らせることを主としたモノであるため、端から電圧は大きくないとのこと。

 

 

「ただまぁ、こっちに関しては大きくは無くともしっかり電気が流れてるわけだから、水没したりすると短絡を起こしたりするみたいでねー」

「ぴっか、ぴかぴかちゅー」*3

「……ってことはつまり、感電はしないってこと?」

「乾電池を水没させても人は感電しないでしょ?……いやまぁ、水の中で電気が漏電してるのは間違いないんだろうけど、人間の皮膚の電気抵抗を抜けないんだから結局は変わらないというか?」

 

 

 今ピカチュウが補足してくれたように、電車が大雨で止まるのは、基本的に信号や踏み切りが動かなくなったり、はたまた本来線路を伝って変電所に帰るはずの電気が、周囲の地面に分散してしまうという、いわゆる地絡や地気の状態になったことで変電所からの送電が(安全のため)ストップしてしまうから、というところが大きい。

 

 逆を言うと、そういうことを気にしないでもいい蒸気機関車の時代は、多少の水没なら気にせず運行していたこともあったとかなんとか。

 ……まぁ、電気関連以外のトラブル──線路のある場所の崩落だとかの危険性もあって、その時より遥かに基準が厳しくなっていることは確かだろうが。

 

 ともかく、大雨になって水没しているからといって、線路の近くにいると感電する……なんてことはないので安心して欲しい。

 ……まぁ、これはあくまでも地上の路線の話、ということになるのだが。

 

 

「……その言い方だと、地下鉄だと違うの?」

「地下鉄の場合、架空電車線方式じゃなくて第三軌条方式*4ってのになってることが多いんだけど、こっちは線路の隣に送電線相当の線路が走る形になってるのよね。……無論、こっちも水没したら短絡状態になるわけだから変電所からの送電がストップするわけだけど……」

「ぴっかぴか、ぴかちゅーぴか」*5

「むぅ……創作とかではよく地下鉄の奥の隠された駅、みたいなのよく見るけど……実際は早々降りられないってわけね」

 

 

 残念、と呟く()に苦笑を返しつつ、再び電光掲示板を眺める作業に戻る私たちなのでありました。

 

 

 

 

 

 

「あのまま待ってても、運行再開の目処は立ちそうになかったから外に出てきたけど……」

「ぴかぴっか、ぴかっちゅ」*6

 

 

 そもそもこの大雨、止む気配が一切無いのだから待ってても無意味なんじゃね?

 ……的な気付きにより、とりあえず水没している現場とやらに行ってみるかー、と軽い気持ちで外に出た私たち。

 

 そうして目にしたのは、先程よりも雨足が強くなったせいで、帰れなくなる前にさっさと家に戻ろうとする人々のひっちゃかめっちゃかな往来なのであった。

 ……エンジンルームまで水没しなけりゃなんとかなる、とばかりに水溜まりをバシャバシャ跳ねながら走っていく乗用車に、とにかく濡れないようにと重武装した歩行者などなど、かなり混沌としていると言えるだろう。

 

 

「……私たちはひみつ道具あって良かったね……」

「って言っても、あんまり便利なのはないみたいだけど」

 

 

 そんな人々の波を逆行するように、私たちは道を歩き続けている。

 無論、雨に関してある程度対策ができているからこそできる行動だが……実のところ、その辺りの対策は結構難航していた。

 なにせ、基本的には再現しやすく使いやすい……みたいな感じであるひみつ道具が、そういう時に限って微妙に汎用性の低いモノが多かったのだ。

 

 効果として一番高いのは『カサイラズ』*7……一吹きすれば一日の間水を寄せ付けない、という効果を持つガスなのだろうが……このひみつ道具、なんと対象が雨に限定されていないため、飲み水まで弾いてしまうのである。

 流石に炎天下以外の環境で、一日そこらで脱水症状になることはないと思うが……扱いにくい、というのは間違いあるまい。

 

 この他のひみつ道具も、大抵は()()()()()()()()()()()*8だとか、はたまた()()()()()()()()()()()*9というような、微妙に外した感じの道具が多く……。

 結果、見た目的に微妙な感じのある『雨そうじ機』*10が今回の持ち出し道具に選ばれることになったのであった。……見た目まんま掃除機なので、周囲の目をごまかすために別のひみつ道具の併用が必要なのは問題点だろうか。

 

 とはいえ、これしかないのも事実なので、仕方なくカッパと併用しながら使うことになったのでしたとさ。

 ……え?無理せずひみつ道具を使わずとも、カッパだけていいんじゃないのかって?

 

 

「……そうすると前が全然見えなくなるんだよねぇ……」

「ぴっかちゅ、ぴかぴか」*11

 

 

 うん、半透明のツバの部分に雨が容赦なく降り込んでくるから、前が見えねーんですよこれが。

 視界確保の面からしても、単純にカッパだけ着た状態ではろくに動けないのは間違いなく。

 

 こうして、ピカチュウの背負った雨そうじ機が雨を吸うのを感じつつ、私たちは現場へと急いだのでしたとさ……。

 

 

*1
ケースとしては少なめだけど、線路が水没するってのもないではないからなー

*2
電流というのは原子に含まれる自由電子が、プラス極の方に向かって進むことを言う。ただしこの自由電子は電気が流れていない時は原子にしっかりと紐付いており、勝手に移動したりはしない。つまり、電子は無理矢理押し出されている形になっているので、押し出すもの・押し出す先がないと流れない、ということになる。回路じゃないと電気が流れないのはそのせい(押し出し先がないと元の場所に戻ってくる)

*3
そのせいで、信号や踏み切りが誤作動を起こすことがあるんだってさ。電車が大雨で止まるのは、基本そのせいなんだよ

*4
電線がそのまま下にある、みたいに思っておくとよい。一応カバーなどはされているが、そもそもかなりの高圧なので詳しい人間以外は近寄るべきではない……ということで、地下鉄内は線路に降りることが禁止されている(ので、踏み切りもない)

*5
地上に比べて危険度数倍どころじゃねぇから、迂闊に地下鉄の線路に降りるのは止めとけよー

*6
雨足が大分強くなってきてるなー

*7
『小学一年生』1986年7月号にて登場したひみつ道具。傘の下にガスを噴出する部分が付いている、という幾分特徴的な形をしている。使うと水がその人を避ける効果があり、雨の日に使えば一切濡れずに移動することができる。……のだが、あらゆる水を弾いてしまう為、プールなどに入るとその人の周囲だけが何かに押されたように歪んでしまう。作中ではプールや風呂・シャワーの水などを弾いてしまっていたが、この分だと飲み水まで弾きかねないだろう。何気に一吹きで一日効果が持続するのも微妙なポイント

*8
『お天気ボックス』『雲とりバケツ』など。効果範囲が個人に絞られるものは、意外と少ない

*9
『アマガエール』のこと。なお水に濡れることそのものをどうにかするわけではないので、買い物などをすると買ったものは濡れたままになる。周囲の雨を自身の着ているコートの中に集めるという『テルテルコート』と組み合わせるという手もなくはないかもしれないが、よくよく考えるとこれも範囲が広すぎるタイプである

*10
『よいこ』1973年9月号に登場したひみつ道具。見た目はほぼ掃除機であり、効果も雨専門の掃除機といったところ。吸い込んだ雨水はゴミとして捨てられる、というよく分からない付随機能がある

*11
土砂降りだからね、フェイスシールド部分にワイパーが欲しくなるよ



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ずぶ濡れ尻尾はどこへ向く

「いやまぁ、単純に水没してただけだから、水を吸い出すだけでよかったのは幸いだったね……」

「個人的には、ここらで一つ中ボス戦でも来るんじゃないか、って身構えてたんだけど……無かったわね、全然」

「ぴっかぁ、ぴかちゃー?」*1

 

 

 はてさて、水没した線路部分に到着した私たちは、そこに溜まっていた水を海へと放出し、かつ緩んだ地盤などを元に戻したわけなのですが。

 ……そういうことをしてるうちに、なにかしらの妨害でも飛んでくるかなー?……などと思っていたお前の姿はお笑いだったぜ、されてしまったのでありましたとさ。*2……いやなんで?

 

 ()も言うように、こちらの妨害をするにはうってつけのタイミングであったため、いい加減なにか出てくるかと思っていたのだけれど……なんというかこう、その辺りの気配一切なし、いっそ笑えてくるくらいただの洪水現場であった。

 

 そりゃまぁ、三人で呆気にも取られるというものである。

 ……いやまぁ、不要なトラブルなら起きない方がいい、ってのも間違いではないんだけどね?

 

 

「でもこう……こっちとしてはそのトラブルの元を探してあちこちかけずり回ってるんだから……いい加減、尻尾の一つや二つくらいは掴ませて欲しいというか……」

「ぴっか、ぴかちゅぴ?」*3

「それ感電するやつじゃん……いいよ別に……」

(´^`)「じゃあ私のしっぽを貸すし……」

「いやだから、なんでそんなに尻尾を掴ませようと……って、ん?」

 

 

 微妙なテンションで歩いている最中、例え話として出した『尻尾』という単語に、やけに食い付いてくるピカチュウさんに投げやりな言葉を返していたところ、なにやら別の誰かの声が聞こえたような気がした私は後ろを振り返る。

 ……のだが、背後には誰もいない。

 空耳か、と思いながら振り返れば、()がなにやら微妙な顔をして、私の下の方を指差していた。

 

 それに従うように、視線を下に向ければ。

 

 

(´^`)「やっとこっち向いたし……しっぽもぬれたし……」

「……いや、しっぽどころか全身びしょ濡れでは?」

(´A`)「……それもそうだし……」

「ええ……?」

 

 

 どこかで見たような姿の、不思議な生き物の姿がそこにあったのだった。*4

 

 

 

 

 

 

(´v`)「私はトトロだし……よろしくだし……」

「ウソを付け、ションボリたぬき」

(´^`)「すぐにバレたし……」

「ぴっかちゅー、ぴぴっか」*5

 

 

 そういうわけで、あからさまにずぶ濡れになっていた……ええと、デフォルメウマ娘?たぬき?を伴って、雨が凌げそうな場所へと移動した私たち。

 

 一息吐いたのち、彼女の濡れた体を乾かしてあげたところ、自己紹介として放たれた冗談を真っ向唐竹割りにしたわけだが……うむ、どう見てもうちのビワの同類、いわゆる『ウマ娘(たぬき)』と呼ばれるものの一つにして原典である、ションボリルドルフ以外の何者でもない存在がそこにいたのであった。

 

 ……いやまぁ、それ自体は別にいいんだけども。

 なんでこんなタイミングで出てきたのか、という疑問はなくもないわけで。

 

 

(´^`)「ビワに頼まれたんだし……ちょっと気になることがあるって言ってたんだし……」

「気になること?ビワが?」

 

 

 その疑問に答えるように、彼女は自分がビワによって遣わされたモノである、と主張する。

 ……ってことは、いつぞやかのビッグビワの時にわらわら湧いていた、たぬき達の生き残りの一匹ということになるのだろうか?

 

 

(´^`)「違うんだし……私は今回新たに増えたやつなんだし……」

「なるほど?……どうでもいいけど、その姿で増えたとか言うの止めない?軽くホラーだから」

?(´^`)「お望みなら増えるし?」<ギュイーン

「止めて、ネタ的にグレーだから止めて」*6

 

 

 そこで改めて彼女に話を聞いたところ、ここにいる彼女はあの時増えたものが逃げ延びていたわけではなく、ビッグビワが新たに生み出した眷属の一体、ということになるらしい。

 つまり──たぬきの厄災!……うん、ギャグかな?

 

 とはいえ仮にもあのビッグビワ──ケルヌンノスから生まれた眷属である。

 見た目のゆるさに騙されると痛い目を見る、というのは間違いないだろう。……でもその前に、勝手に【顕象】を増やすなと私は言いたい。

 

 ともかく、彼女がここにいるのは偶然ではないらしい。

 ビワに頼まれたということは、彼女的にはこのションボリルドルフが必要になる時が来る、と確信していることになるわけで。

 ……ビワに予知技能の逸話は無いはすだが、彼女の大元は先述した通り。要するに、無視するにはちょっと大きすぎるということになるわけで。

 

 

「……はぁ。じゃあまぁ、君もピカチュウみたいにコート着る?」

(´^`)「それにはおよばないし……」

「ん?……ってまぶしっ」

 

 

 小さくため息を吐いた私は、一先ず彼女の同行を認めたわけだが……彼女の背丈はピカチュウのそれと同程度・もしくはさらに低い。

 ゆえに、あからさまに目立つのでどうにかしなければと声を掛けたのだが……こちらのその言葉に反応するように、彼女は眩い光に包まれ……。

 

 

(´^`)「背丈が低い、ということが問題なのだろう?……ならばこうして、頭身を整えてやれば問題ないというわけだ」

「顔ーっ!!」

?(´^`)「む、顔?……おおっと、これは失敬」

 

 

 顔だけションボリのままの、いわゆるシンボリルドルフスタイルへと変身を遂げていたのであった。

 ……八頭身モナーか貴様はっ!?*7

 

 

 

 

 

 

「……もしかしてなんだけど、ビワってやつもアンタみたいに大きくなれるの?」

「ああ、それはどうだろうか?私の場合は、そもそも素材の中に顔だけションボリ、というタイプのものがあったことが一因のようなモノだからな……ああ、大神様(おおかみさま)のように、という意味であれば可能だと思うぞ?なにせ彼女は私と違い、正真正銘の大神様の巫女だからな」

「あたまがいたくなってきた……」

 

 

 当初こそ顔が変だった彼女だが、こちらがそれを指摘してからはすぐさまキリッとした顔に変化したため、最早外から見ただけではシンボリルドルフと区別の付かない状態になっている。

 ……まぁ、尻尾をよーく見ると、ウマ娘のそれではなくたぬきのそれになっているため、実際は物真似に近い状態というのはわかるようになっているのだが。

 

 ……たぬき分が強いということは、つまりオグリには合わせちゃダメなタイプなんだろうな、この人。*8

 

 ともあれ、黙っていれば美人な生徒会長、というシンボリルドルフの姿に変化した彼女は、私や()と同じくレインコートを羽織るだけで他の変装を必要としないで済むようになっていた。

 ……となれば、ますます同行を渋る必要がなく、ゆえに私たちは現在四人組となって、一路駅への道を戻り続けていたのであった。

 

 

「……隣街へ行くだけというのなのならば、わざわざ電車に乗らずとも走っていけば良いのでは?私達なら、十二分に可能だと思うのだが」

「駅に戻って運転見合せが解除されたか確認する、って仕事も残ってるからね。戻らないって選択肢はないのさ」

「ふむ?」

「ぴっか、ぴかぴーか、ちゅー」*9

「むぅ……そういうものか」

 

 

 その中で、彼女から向けられた疑問──わざわざ電車に乗る必要はないのでは?ということについては、そもそも私たちがここまで出向いたのが、電車の運転見合せを解消するためであること。

 それから、仮に走っていける距離だとしても、私たちがそれをやると周囲に雨を吹き飛ばしながらになってしまうため、結果として二次被害を引き起こしかねないから……みたいな答えを返したのであった。

 

 ほら、雨の日に歩行者に水を故意に飛ばすと訴えられるし?*10

 そういうわけなので、素直に交通機関を利用しましょう、という話になるのである。

 

 これらの話を聞いたルドルフは、渋々といった様子を見せつつも、一先ず納得したように頷いたのであった。

 

 

(´^`)「ううむ、折角外に出たのだから走りたかったのだが……まぁ、貴方の判断に従うようにと巫女様(ビワ)から仰せつかっているからな、ここは素直に引き下がるさ」

「……判断に従うついでに、気を引き締め直して貰える?顔、またションボリしてるわよ」

「おおっと、これは失敬」

 

 

 ただまぁ、納得したとはいっても走りたかったという気持ちも強かったようで。

 再びションボリ顔になった彼女に注意を飛ばしつつ、改めて帰路を急ぐ私たちである。

 

 ……こうして急いでいるのは、既に辺りが薄暗くなり始めているがため。

 さっさと隣街へと移動しないと、今日寝るところすら満足に用意できなさそうだからというところが大きい。

 ただでさえこの大雨である、まともに営業している宿泊先がはたして幾つあるものやら。

 

 まぁ最悪、こっちにはなりきり郷から持ってきたひみつ道具が幾つかあるので、それを使って凌ぐという手もあるのだが……。

 

 

「できればあんまり使いたくはないかなー」

「それは何故だ?」

「かべ紙シリーズだからね。意外と目立つんだ、これ」

 

 

 持ち運びやすく使いやすい、ということで渡されたものが『かべ紙シリーズ』であったため、屋外で使うのには向かないのが難点なのであった。*11

 かといって屋内で使うと目立つというね。

 

 ……ううむ、性能的には薄い壁の中にでもスペースを増やせるという、かなり画期的な道具なんだけども。

 剥がされると酷い目にあうという性質がある以上、できれば人目の無いところで使いたい……というのがネックと言うことになるのだろうか?

 

 

「まぁ、これに関しては最終手段だから。とりあえず、さっさと駅に向かうよー」

「わかった」

 

 

 まぁ、使わないのならそれに越したことはない、ということを確認しあって、私たちは駅へと雪崩れ込んだのであった。

 

 

*1
これ、俺らの引き寄せ効果意味あんのかなー?

*2
映画『ドラゴンボールZ 燃えつきろ!!熱戦・烈戦・超激戦』におけるパラガスの台詞『その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ!』から

*3
尻尾?俺の尻尾でいいなら貸すぜ?

*4
ウマ娘(たぬき)の元ネタである『ションボリルドルフ』のこと。尻尾も濡れたし……

*5
寧ろなんでバレないと思ったし

*6
『ドンキーコングリターンズ』のBGMの一つ『ロボマスター ドクターチキン』をバックに、謎の音と共に増えるカイチョーの動画シリーズのこと。他のキャラが増えることもある

*7
匿名掲示板発のキャラクターの一種。単に『八頭身』と呼ばれることも多い。アスキーアートの一種でもあり、モナーというキャラクターが八頭身になったもの、というのが分りやすいか。基本的にはキモいキャラとして扱われるが、『トンファーキック』や『ゲッダン』などの派生パターンも多い

*8
『素敵だな』とたぬき界隈で呼ばれるもの。元々はウマ娘が始まる前のコンセプトアート的な動画において、何故かオグリと一緒にアイススケートをするルドルフという場面が存在したことから生まれたもの。この時は百合的な要素を入れることも想定していたのか、何故か優雅に滑りながら接吻(実際のところは光って見えない)していたりする。それに『FINAL FANTASY Ⅹ』の主題歌である『素敵だね』を怪文書化したものを組み合わせた結果、オグリにとって『イメ損なんだが?』となる謎の物体が生まれることとなったとかなんとか……

*9
それと、まさか水飛沫を上げながら走るわけにもいかない、って部分もあるなー

*10
道路交通法第71条1号内の『運転者の遵守事項』の一つ、『クルマやバイクが歩行者に泥土・汚水などをかけないように努める義務』に対する違反である『泥はね運転違反』と呼ばれるもの。検挙された場合でも違反点数は加算されないが、反則金は(大体五千円程度とはいえ)課せられる。これを払わないと刑事事件扱いになって、更なる罰金が課せられることも

*11
『かべ紙シェルター』『かべ紙秘密基地』などの、壁紙型の拡張型客室タイプのひみつ道具のこと。バリエーションがかなり豊富、かつ壁紙を貼る壁さえあれば利用可能と、汎用性がとても高い。代わりに、モノによっては壁紙の状態が内部の天地を左右することがあったり、単なる壁紙なので外を塞がれると出れなくなるなどの問題点がある(塞がれた場合は通りぬけフープで脱出することは可能)。また、あくまでも壁紙なので剥がされる可能性があるのも問題点か



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ゆらりゆられてなみのよう

「……このごまかしバッジとやら、あまり効いていないような気がするのだが」

「キャラクターであることはごまかせても、頭の上に耳があるってことまではごまかせないからね。……美人のお姉ちゃんがウマ耳カチューシャ付けてる、みたいな感じで処理されてるんだと思うよ?」*1

「むぅ……」

 

 

 電車に乗り込んだ私たちは、つり革に捕まって車体の揺れを感じていたわけなのだが……ルドルフに関しては、それに加えて周囲からの視線も感じ取っている様子であった。

 

 ……さもありなん、ごまかしバッジがごまかすのは、あくまでも本人から漂う創作物としての違和感のみ。

 ゆえに、今の彼女はウマ耳カチューシャを着けた美人のお姉さん、みたいな感じで周囲に認識されているのだろう。

 そりゃまぁ、思わず視線も向いてしまうというものだ。

 

 とはいえ、この状況が続くと視線に晒され過ぎて彼女がションボリ((´^`))しかねないので、折を見てボックス席に移動する私たちである。

 

 

「いやはや、一纏めに降りてくれて助かった……あれは多分学生さん達かな?」

(´^`)「……降り際に写真を撮られまくったんだし……そこからバレたりしないんだし?」*2

「バッジの効力を甘くみちゃいけねぇぜ、例え写真だろうがごまかし効果は発揮されるってもんよ!」

「そこだけ聞くと、どこぞの危険物達を思い出すわね……」

「ぴーぴーぴー?」*3

 

 

 件のボックス席は、先ほどの駅で降りていった学生達が屯していたもの。

 途中ですれ違った時に、なんとも言えない視線をこちらに向けてきていたが……あれかな?やっぱりウマ耳カチューシャが目に付いた感じ?

 

 そんなわけで、降りた先のホームでこちらにスマホを向ける彼らの姿が見られたりしたわけだが。

 一応被写体になった場合にもごまかしバッジの効果はあり、出来上がった写真はミーム汚染の如く、そこに写るものを『シンボリルドルフ』ではなく『ウマ耳カチューシャしてる美人のお姉さん』として認識させるので問題はない。……無いのか?

 

 いやまぁ、普通の往来でウマ耳カチューシャしてる謎の人……という認識になるので、そっちの方があれなような気がするというかなんというか。

 ……それを言うなら()も大概?ごもっとも。

 

 

「うっさいわね刺すわよ」

「おお怖い怖い。……私服姿だと力が出ないってんで、レインコートの中にいつもの鎧着てるの、ある意味原作ヒロイン的回帰だよね」*4

「ぴかっちゅー、ぴかぴー」*5

「うっさいっつってんでしょうが!?燃やすわよ!?」

 

 

 件の()の格好は、具体的に言うなら第一再臨のあれ。

 ……原作でも礼装とかで普通の私服着てたじゃん、みたいなツッコミがあるかもしれないが、彼女の場合素直に鎧を着てないとスペックが駄々下がる……言うなれば再現度が足りてない状態になるので、その辺りは仕方のない話というか。

 まぁ一応、水着姿ならそこら辺の問題はないみたいだけど……そっちはそっちでレインコートの下に水着を着てる、という変態一歩手前みたいな姿にな……原作で既にその姿の水着サーヴァントが居る、だと……?!*6

 

 とまぁ、冗談は置いとくとして。

 ともかく、()をまともな戦力として運用しようとすると、復讐者(アヴェンジャー)狂戦士(バーサーカー)の姿であることが必須条件になる、ということに間違いはない。*7

 

 結果、今の彼女は謎のコスプレをした目付きの悪い姉ちゃんとして、周囲に認識されてしまっているのであった。

 そりゃまぁ、機嫌も悪くなるというものである。

 

 

「……ふむ、どうやら彼女の状況は、一般的なそれらには当てはまらない様子。差し支えなければ、その理由を聞いてもいいだろうか?」

「んー……多分だけど、成立過程に問題があったんだと思うんだよね……」

「成立過程……?」

 

 

 なおこの、『服装がちゃんとしている限り、普通に原作に近しいスペックが出せる』という現象、他にもそれを引き起こしているらしき『逆憑依』が何人か存在する。

 それが、あの新作発表会の時にVRゲームをやった結果変化した人達。……具体的には、クラインさん・雪泉さん・ルリアちゃん・アーミヤさん、それから()の五人である。

 

 この五人、それぞれのキャラクターが公式ピンナップなどで着ている服以外のものを身に纏っていると、なんの力もない一般人レベルに弱体化してしまうのだ。

 逆に言うと、スキンでもなんでも良いので()()()()()()()()()()()なら、特に問題はないみたいなのだが。

 

 力が使えないだけ・一般人レベルの身体能力になるだけならば、気にせず普通の服を着れば良いのでは?……と思われるかもしれないが、実はそこに一つの落とし穴があった。

 

 なんと、服装がちゃんとしていない場合、なりきり郷内の機能のほとんどが使えなかったのである。……分りやすいのは、非殺傷設定からの除外だろうか?

 

 これに関しては、クラインさんがふざけて刀を握ってみたことから発覚したのだが……本来なら血すら出ないはずのところ、彼の手のひらは思いっきり切り傷が入ってしまったのである。

 その時は近くに私が居たので、大事にはならなかったが……ここから『なにかおかしい』と確認することになったた結果、先の問題が浮かび上がったということなのであった。

 

 

「VRゲームのアバターが、『逆憑依』と親和性が高いってのは間違いないんだけど……『逆憑依』がVRゲームをするのとは逆、VRゲームから『逆憑依』になったって流れだと、多分本体との繋がりが上手く行ってないんじゃないかな?」

「……ふむ?」

 

 

 双方に親和性があるため、使うと変なことになる『逆憑依』とVRゲームだが……恐らく、VRゲーム側から『逆憑依』になるというのは、正規の手段ではないためバグなどがあるのだろう。

 ふと見た時にその違いを外から察することは容易ではないが、システム的には別物扱いされている……とかかもしれない。

 

 ともかく、『服装を揃える』という形で体裁を整えていない場合、彼らは見た目こそ創作物のキャラクターそのものだが、ラベル的には中身になった人間のままなのではないか?

 ……というのが、今のところの予測である。

 

 逆を言うと、そんな状態の彼らから得られる情報はとても貴重なものである……ということでもあるので、休みの日などには雪泉さんを筆頭に、みんなが積極的に検査の申し出を受け入れていたりするのであった。

 ……え?雪泉さんが積極的に検査を受けている理由?

 

 

「あー、ルドルフは雪泉さんの服装について知ってる?」

「ふむ?……ええと、確かその名前の人物は『閃乱カグラ』という作品の登場人物だったな?……って、む」

「まぁうん、そういうこと。……一応制服姿って逃げ場もあるけど、あれはあれでどうやら()()()()()って概念が組み込まれているみたいでねー……」

 

 

 彼女の原作である『閃乱カグラ』という作品は、内容こそ結構ダークだったりするものの、端から見る分には()()()()()()タイプの作品でしかない。*8

 なんなら自分から脱いで命駆け(トランザム)する、みたいなシステムもあるので、服を着ていない方が寧ろキャラクターとしては強くなる、などという意味不明な枷が掛けられているのだ。

 

 そうでなくとも、彼女の忍状態のコスチュームは、なんというか色々溢れそうなもの。*9……まっとうな羞恥心があれば、好んで着たいとは思わないタイプの服だと思う。

 

 そこら辺は、彼女の中の人も同意のようで。

 結果として、検査と称して普通の服が着られる機会を逃すのはあり得ない……みたいなことになったのであった。

 

 なお、似たような理由で検査に協力的なのがルリアちゃんである。……彼女の場合は靴履いてる姿が少ないからね、仕方ないね。*10

 まぁ、そのせいで度々『ほら今雪泉さんおかしなこと言いましたよ』とか言う羽目になってるみたいだが。

 ……忍姿の雪泉さんは、おっぱいポジション気にしないとこっちが炭治郎になっちゃう*11からね、仕方ないね。……胸の話なのにお前はキレないのかって?流石にこれは可哀想なのでキレられないっすよ……。

 

 まぁそんなわけで。

 彼女達五人は、服装が下手すると命に繋がるかもしれないということもあり、服装の自由を奪われた民とも言える。

 ゆえに、こっちを見てひそひそ話をする者が見えれば、即座に燃やしそうになるくらいにピリピリしていたのであった。

 ……え?()の場合話の種になってるのは鎧の方じゃなく、額当ての変な防具のせいだろうって?……野郎、人が触らないでおいたことを……!それを口にしたら……戦争だろうがっ……!*12

 

 

「へぇ?つまりはアンタから燃やされたいってことよねそれ?」

「おっとやぶ蛇だった。……でもある意味、ジャンヌ族のトレードマークみたいなもんだよね、それ」

 

 

 おおっと聞かれてた。

 ……というわけで、周囲へのイライラを私一人に逸らすことに成功しつつ、次の駅まで電車に揺られる私たちなのでありましたとさ。

 え、磔刑(たっけい)もとい宝具?

 私ってある意味魔女みたいなもんだから、そういうことされるのお似合いだね!

 ……みたいなこと言ったら『スン……』って止められたけどなにか?

 

 

*1
感覚的には、例のランドから外に飛び出して来た客かな?……くらいのもの

*2
ションボリルドルフの語尾は何故か『~し』とされることが多い。恐らくは『尻尾も濡れたし……』からの連想だろうが、そう考えてみるとルドルフ本人とは微妙に喋り方が違うのだな、となるだろう

*3
ミーム汚染的なー?

*4
『fate/stay_night』において、教会に向かう際にセイバーさんに着せられた黄色いレインコートのこと。彼女が鎧姿のままで尚且つ霊体化できないこと・および士郎の家に女物の服が無かったことからの苦肉の策。のちに遠坂凛との同盟時に死蔵していた服を譲り受けることになるので、ある意味このタイミング限定の服装でもある

*5
セイバーさんなー。まぁこっちのレインコートは、向こうと違って黒だけど

*6
水着イリヤの三臨のこと。透明なレインコートの下にビキニ……と言う頭のおかしい(褒め言葉)スタイル。なおよくよく考えると、二臨のキッズタオルをマントに見立てたスタイルも、わりとセンスが爆発している方だったり

*7
一応『邪竜の魔女ver新宿1999』という逃げ道もなくはないが、あれはあれで雨の日の活動には向いていない。なので結局通常形態に戻るという悪循環……

*8
いわゆるシリアス系お色気ゲー。因みに基本的には大事なところは隠れているが、作品によっては上の方が見えてることもあるとかなんとか。なお、コンプライアンス的にテレビでは控える形となっているが、一応上の方は放送コード的には見えても問題はないのだそうな。刑法的に(猥褻物陳列罪的な意味で)も上は処罰の対象外である

*9
着物系キャラにたまにある、何故肩からずり落ちないのかよく分からないタイプ

*10
イベントごと以外(=通常時の姿)だと基本的に裸足で居ることからのネタ。一応、靴を履いているスキンは幾つかある……のだが、何故かバレンタインスキンのみ裸足である。アニメではちゃんとサンダルを履いていた

*11
『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎が恋柱・甘露寺蜜璃(かんろじみつり)に対して述べた台詞『あっ 気をつけてください!!乳房が零れ出そうです!!』から。台詞だけだとセクハラっぽいが、状況的にはもっと静かに・おしとやかにしましょうという注意的なものである。炭治郎本人に下心は恐らく全くない。……まぁ、彼女は服の前が閉められないくらいに胸が大きいので、その辺り仕方ないのかもしれないが……。なお『おっぱいポジション(パイポジ)』はグラブルの方からなのは言うまでもない

*12
漫画『賭博黙示録カイジ』55話にて主人公であるカイジがバイト先の店長に対し、コンビニの外から述べた言葉。基本的には売上金の盗難をしたと疑われたことが発端となった言葉だが……少なくともこの状況になるまでにお互いに悪いところがなかったかと言われれば、それはノーと言わざるを得ない。とはいえ語録として使われる分にはそんな事情は関係なく、人々は相手の不遜な台詞に戦争を売り買いしたりしているのであった……(適当)



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そことそこにそこそこその人

「……まぁ、そんな感じで私たちは、シンボリルドルフを仲間に加えたわけなのですよ」

『なるほどねぇ……ケルヌンノスが気にするレベルってなると、やっぱりこれって聖書の大洪水的なやつなのかしら……?』

「それだったらもっと、世界規模の雨になってるはずだと思うけどねー。……まぁとりあえず、こっちは明日もあちこち回ってみることにするよー」

『はいはぁい、それじゃあそっちも頑張ってねキーアちゃん』

 

 

 滑り込みでチェックインが間に合ったホテルにて、今日一日の報告をゆかりんに行った私は、端末の電源を切ったのち近くの机にそれを軽く放った。

 かちゃりと音を立てたそれは落ちることなく机の上に留まり、どことなくこちらに抗議を申し立てるような鈍い光をボディに走らせたが……まぁ、そういうことされても問題ないくらい頑丈な自分の体を恨むべき、というか?

 

 ともあれ、今日はもうご飯を食べて風呂に入ったら、そのままベッドに直行してお休みの予定である。

 明日も明日で朝早くから動くことになるだろうから、さっさと夕食などの予定を終わらせたいところなんだけど……。

 

 

「風呂に関してはともかく、食事の方は言われてみればそれはそう、って感じでしたけどね」

「食材配達の遅延ってやつだね。……っていうか、この土砂降りの中をわざわざ配達に来なきゃいけない人達の悲哀を感じるよ私は」

 

 

 生憎とその辺りに関しては、そもそも材料の方がこの大雨のせいで配達されていない……なんてことになっているようで。

 

 一応、食材が届き次第準備を始めるとの説明があったが……無理そうだったらそちらでなにか用意して頂ければ、と頼み込まれてしまっては、こちらとしても首を縦に振る他ないわけでして。

 ……まぁ、その分宿泊費からは値引いてくれるらしいから、そこまで痛手というわけでもないのだが。

 

 それはそれとして、昨今の日本において運送業というものがブラックを越えたブラックになっていることを実感し、思わず戦慄してしまう私である。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なにかもう一押しあれば業務形態としての破綻を迎えそうな感じがするというか?*1

 

 

「と、言うと?」

「え?えーと……()()()()()()()()()、人々の大半が家から出なくなる……みたいなことになれば、必然的に運送業の仕事は増えることになるよね」

「うむ、全国洪水状態のまさに今……という感じの話だな」

「……あー、そう言われてみると今の状況って、現代版ブラックライダーみたいなものってことになるのかな……?」

「ブラックライダーですって?」<キラキラ

「ぴかっちゅ……」*2

 

 

 運送業が崩壊する時とは?……みたいなことを鸚鵡返しにルドルフから問われた私は、一先ず想像できる状況──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、パンデミック状態を例として挙げることに。

 

 流石にバイオハザード的な、人々が他人を襲うクリーチャーになってしまう……みたいなことは早々起きないだろうが、過去世界で起きたパンデミック──天然痘や黒死病(ペスト)のようなものが流行った、という状況が再び繰り返されたりすれば、瞬く間に運送業は地獄の職場へとまっ逆さまに落ちていくことになるだろう。

 

 理由は幾つかある。

 わかりやすいのは、感染を抑えるために極力外出を控えるようになることから生まれる、物資配達の重要性の上昇……だろうか?

 

 何年も外に出ずに暮らせるほどに備蓄がある、というのなら問題はないだろうが……現代人がそのラインの食料を確保している、なんてことはほぼありえない。

 備えの良い家庭でも、精々一月分……それも災害時の必要最小限のモノを備蓄している、くらいが関の山のはずだ。

 

 それはつまり、何処かのタイミングで食料などの物資の調達を迫られることになる、ということでもあり──社会インフラが崩壊しておらず、なおかつその状況下でも外に出ることを選択しないのであれば、必然それを通販などに頼る……ということになっていくのだろう。

 結果、誰も彼もが物を買うために通販に頼るようになり、比例するように運送業者の勤務時間もエグいことになっていく……と。

 

 また、パンデミック下の配達ともなれば、配達員や荷物の殺菌消毒を入念に行う、という必要も出てくることだろう。

 基本的にそれは『サービス』という形で負担が上乗せされる形となるため、結果として運送業者の利益が減る……と。

 利益が減る、で済めばまだマシで、煩雑になる業務に嫌気が差し、結果として従業員が減り、残った従業員に負担が嵩増しされる……なんてことになる可能性も、決して低くはないだろう。

 

 まぁ、どこぞの配達ゲーム*3のように、人を襲うクリーチャーや同業者との争いに巻き込まれることがない、という点ではまだ底ではない、とも言えるのかもしれないが……底じゃないだけでエグいことに変わりはあるまい。

 

 あと、感染を防ぐために家にこもるということは、必然仕事も家の中でしよう、みたいな思考に切り替わっていくことが予想されるわけだけど……なにもかもがオートメーション化されているというわけではない以上、どうしても外に出なければならない仕事、というものも出てくるはず。

 それこそ運送業がその一例だが、そうでなくとも接客業や工場・発電所のような場所での業務の場合、ある程度自動化が進んでいたとしても管理責任者として現地に居なければならない人、というのが少なからず出てくることは否めないだろう。*4

 

 まさか現代の世の中に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、などというものが現れるとは思えないが……もし仮にそういうものがあると仮定する場合、産業などが滞る可能性は十分にあると言える。

 そうして一次産業が滞れば、二次産業・三次産業と下るごとに、細かな負債が雪だるま式に膨れ上がっていく……なんてことにも繋がってくる。

 

 それは結果として、ガソリン価格の高騰などの問題に繋がっていき、末端の仕事である運送業に掛かる負担は目も当てられないほど膨れ上がってしまう……というわけである。

 

 

「この辺り、ドローンの法整備とかが上手いこと行ってたら、もう少しなんとかなってたかもしれないんだけどねー」

「ぴっかちゅ、ぴかぴー」*5

 

 

 そこら辺、ドローンによる荷物配達などの方に技術発展が進んでいれば、もう少しどうにかなったのかもしれないが……。

 生憎、この日本においては『空気を読めない者が一人でもいるのなら、それを考慮したシステム作りを行わなければならない』というような思考が強いため、結果として無人配達は微妙に頓挫している感が強いのであった。

 

 理由としてあげるのなら、徐々に外国化し始めているから……というのが正解なのだろうか?

 元々の日本は村社会……というと言い方が悪いが、いわゆる『お天道様が見てる』的な周囲の視線を気にするべき、的な価値観が基本であった。

 

 ただこれは、宗教観というよりは道徳によるストッパーであり、海外の『神ありき』の考え方とは微妙にものが違う。

 それゆえ維持が難しいところがあり、現代の核家族化などにともなって効力が落ちつつあるのだろうと考えられる。

 

 結果、自分本意な考え方をする者が現れ、それに対処するためにみんなが我慢をする……みたいな方向に進んでしまった。

 取り零しを少なくしようとするあり方は、決して悪くはないとは思うのだが……。

 

 ともかく。

 現代日本において、『法で禁止されていない』と適当なことをする者が一人でも居れば、それを基準にキツめの法が整備されるのは世の常。

 総理官邸にドローンを飛ばす、などという()()()()()()()()()()()ことをやるような人間がいた以上、危険性が殊更に強調されて規制されるのは仕方のないことだろう。

 

 それから、ドローンを使って配達をしようとすると、まず問題になるのが墜落の危険性だろう。

 これは操縦者の操作ミスのパターンもあるし、誰かが悪意を持ってそれを行うパターンも考えられる。

 なんなら、野生動物による攻撃だって気にする必要があるとも言えるはずだ。

 

 それらの問題を総合した際、ドローンなどの無人機による配達、というのはちょっと現実的ではないということになり、結果としてトラックドライバーなどへの負担がまた増えていく……と。

 

 はて、話を戻して。

 ブラックライダーというのは、ヨハネの黙示録に語られる終末の四騎士の一騎であり、地上に飢饉をもたらす役目を持っているとされる。

 

 本来、飢饉と言うのは穀物などの不作・蝗害などによる備蓄などの消失をいう言葉だが……一応、()()()()()()()()()()()集落・集団が飢える場合も含んでおり、『外に出られず食料を調達できない』という状況は、ある意味で飢饉に含まれると言ってもおかしくはない。

 

 蝗害は今でも世界で猛威を振るう災害の一つだが、同時に起きる場所は限られてもいる。

 昔は日本でも起きていたことがあるのを思えば、適切な管理をすればそう恐れるべきモノではない……というのも、そう間違った認識ではないはずだ。

 ……無論、日本が島国だからこそ蝗害を受け辛い、という面もあるのだが。

 

 ともかく、現代において飢饉というものは、そう頻発して起きるものではなくなった。

 ……となれば、現代でブラックライダーがその力を振るう場合、恐らく今回のような()()()()()()()()()()()()()というパターンになるのではないか?……ということになるのだ。

 

 

「……ふむ、まぁ一応筋は通っているな」

「まぁ、私という個人の視点からの物言いだから、専門家さんとかに言わせると鼻で笑われるようなことを言っている可能性もあるんだけどね」

 

 

 なんでまぁ、あくまでも話半分に聞いて欲しいと言葉を結び、そのままロビーからの連絡を待つことにしたのであった。

 

 

*1
なお2023年現在、運送業はほぼほぼ壊滅状態である。理由は幾つかあるだろうが、一番大きいのは『配送料無料がわりに合わなさすぎる』ことだろうか?サービスとして提供するのに無理がありすぎる、とも言えるか

*2
中二病患者が食い付いたぜー

*3
『DEATH STRANDING』のこと。ゲームタイトルと同じ名前を持つ現象『デス・ストランディング(直訳:死の漂着)』により、崩壊したアメリカ合衆国が舞台となる配達ゲーム。クリーチャーもとい『BT』とはあの世から戻ってきた死者であり、『死体を燃やす(火葬)』をしない場合にそこから発生するとされる。……キリスト教の宗教観的に、とてもエグいものであることは間違いない(最後の審判の後、人々は救世主によって蘇る……とされる為、キリスト教的には土葬が普通である)

*4
事故が起きた後の復帰まで自分でこなせる機械、というのはほぼ存在しない。基本的に外部からの修繕が必要となる。その為、その保全を行う人員が必ず必要となる

*5
日本は連帯責任とか大好きだからなー



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一先ず考察回、もしくは箸休め

 さて、ここで一旦今の状況を整理してみよう。

 

 現在、日本全域に降り止まない雨雲がずっと停滞し続けている。

 ともすれば辺りが沈んでしまうのでは?……と危機感を抱きかねないほどの土砂降りであり、なりきり郷上層部はこれを一種の『異変』と認定。

 所属人員達による救護・および原因の解明が申し渡されたわけなのだが……。

 

 

「今のところ、原因らしきものを見付けることはできていない……と」<キュキュキュ

「……なんでもいいけど、そのホワイトボードどっから出したの?」

「ゆぐゆぐから習った」

「……それ、遠回しにうちの(型月)から習ったって言ってない?」

 

 

 ははは、なにを仰るジャンヌ・オルタさん。

 ゆぐゆぐはあくまでも色々あった結果大地の祖のような属性を開花させただけであって、別に星の精霊種であるどこぞのお姫様になったわけではな……喋り方がまんまあの人なんだから似たようなもん?それはそう。

 まぁ、本来のその人のような出会い()*1をしてないのにあの口調、という時点で別物であることは確定的に明らかなわけだが。

 

 ……話を戻して。

 突然部屋の中に現れたホワイトボードの出所に納得して貰ったところで、改めて状況把握に戻る私たちである。

 

 先ほど『水没するかも?』と述べたが、さっきのゆかりんへの報告の時に気になる情報を受け取ったため、そこに関しての補足があったり。

 

 

「ふむ?」

「確かに記録的な大雨で、このまま降り続けてるとその内そこら中沈むんじゃないか?……って不安になるし、実際色んなところで堤防が決壊したりしてるわけなんだけど……」

「だけど?」

「不思議と、それ以上の被害は出てないんだよね。具体的には、家屋が倒壊したーとか、人が流されたーとか」

「……ふぅむ?」

 

 

 それは、全国に救助に向かった面々達からの報告を纏めた結果、明らかになったもの。

 確かに、川が増水して氾濫した……などの被害は聞こえてくるし、そのせいで床下・床上浸水*2が起きた……というような話も腐るほどに上がってきている。

 

 ……にも関わらず、人的被害も建築物への被害も、不思議なほどに報告が上がってきていないのだ。

 無論、そういうことが起きる前にこちらの救助が間に合った、という風に見ることもできるが……。

 

 

「それにしては、山間部ですらそういう話を聞かない、ってのが引っ掛かるところでね?」

「ぴっか、ぴかっちゅ」*3

 

 

 ピカチュウの言う通り、小雨程度ならいざ知らず、今回のような大雨の状況下において、山が一つも崩れない……というのは、寧ろ異常ですらあると言えるだろう。

 

 木々が生えていればある程度耐える……とはいえ、それにしたって限度と言うものがある。

 特に、地面の深いところが雨水によって地滑りを起こす……という場合では、木々の土砂災害防止効果もほとんど意味をなさないだろう。*4

 

 今回の場合、降り続く大雨はまさに、その限度を軽く飛び越えたものだと言えるだろう。

 ゆえに、少なくとも全国で一・二箇所、ともすればもっと多くの山崩れが起きているはず……というのが、当初の予測となっていたのだ。

 

 だが、実際に上がってきた報告において、それらの災害が起きた場所は──少なくとも人のいる場所ではゼロ。

 ゆえに、土砂災害による人的・物的被害もゼロ、ということになっていたのであった。

 

 

「それは確かに……不自然だな」

「でしょう?それに加えて人が流されたとかの被害もゼロって言うんだから、結局のところ今回の雨で人々が受けてる被害って、()()()()()()()()()()くらいしかないんだよね」

 

 

 無論、先の電車のように、進行方向が水没しているため運行を見合わせる必要がある、などの被害は出ている。

 ……出ているが、逆に言えばそれだけなのである。

 確かに往来は帰宅する人達でごった返していたが、そこからなにか命に関わるような事故が起きた、ということもない。

 ──雨の日と言えば、ブレーキの使い方を誤って事故を起こす人も多い*5というのに……である。

 

 それらの話を総合すると。

 今回の長雨において、人々が受けている一番の害というのは、結局のところ『大雨で自由に動けない』ということになってしまうのであった。

 

 

「自由に動けない……ねぇ?そこが相手の目的……ってわけじゃなさそうね、その顔だと」

「本気で閉じ込めたいなら、もっと土砂降りになってるだろうからねー」

 

 

 ここまで状況が揃っているのならば、相手側の目的は人々の行動を止めることなのか?……と言われると、そこには疑問を挟むほかない。

 自由に動けないとは言うものの、()()()()()()()()()()()()()()のがその理由だ。

 

 もし本当に人々を動かしたくないのであれば、もっと大雨にして一切外に出られなくする方が確実だろう。

 日本全国に雨を降らせるだけの技量があるのであれば、それくらいはできてもおかしくはない。

 

 ……が、確かに雨足が強くなったりはしているものの、それによって進むことすら困難になる……みたいな状態には陥っていない。

 雨量こそ台風規模だが、風がほとんど吹いていないせいで、純粋に移動するだけなら意外となんとでもなるのである。……まぁ、車とかの場合は水没の危険を考慮しないといけないわけだが。

 

 と、そこまで考えて。

 

 

「…………そういえば、彼処の水没してた信号機、特に誤作動とかは起こして無かったよね?」

「はい?……ああ、そういえばそうね。アンタの話を聞いてたから、てっきりずっと音を出し続けてたのかと思ってたけど」

「……ピカチュウさんや、ちょっと頼みがあるんだけど」

「ぴっか、ぴかっちゅう」*6

 

 

 ふと脳裏に閃く、一つの疑念。

 その発端となったのは、水没していたにも関わらず、誤作動を起こしていなかった電車の信号機。

 ……確かに、漏電したからと言って必ず誤作動を起こす、というわけではないのかもしれない。

 だがそれにしては──不自然だったような気がするのも確かな話。

 

 ゆえに、その疑念を解消するため、ピカチュウへと声を掛ける私。

 彼はこちらがしようとしていることに直ぐ様気付いたようで、バチバチと気合いを見せていた。……なお、話に付いてこられなかった二人はキョトンとしていた()。

 

 ともかく、善は急げである。

 私は部屋を飛び出してホテルの外に向かい、用意(作成)したビーカーで足元の水溜まりを掬い上げ。

 そのまま部屋に戻り、装置を準備。出来上がったのは……。

 

 

「……なにこの、小学生が使うようなのは?」

「確かめたいことがあってね。……よし、できたよピカチュウ」

「ぴっか、ぴかっちゅう!」*7

「おっと、やる気だね?でもまぁ、確かめるんならそれくらいの方がいいか。……じゃあ二人とも、私の後ろにおいでー」

「はっ?」

「『はっ?』じゃなくて、早く来ないと酷い目にあうよー?」

「……いや、なにしようとしてるのよアンタ達」

 

 

 回路の先には電球、そしてその途中には先ほどの雨水が入ったビーカー……みたいな感じの物体。

 分かりやすく言うと、電球に電気を送るための回路の途中に、さっきのビーカーを挟み込んだものとなる。

 これを虚無でコーティングした空間に設置し、少し離れた位置へ後退。

 電球の反対側のなににも繋がっていない線をピカチュウに渡そうとしたところ、彼はそうじゃないとばかりにこっちへ来るようにハンドサインを見せてくる。

 

 ……確かに、()()()()()が確実か。

 彼の意図を察した私は、キョトンとしていた二人にもこっちに来るように指示。

 首を傾げながら彼女達がやって来る間に、安全のため部屋の中全域を虚無でコーティングしなおす。

 

 これでようやく準備完了、といったところだろうか?

 ()達がしっかりと後ろに来たことを確認して、私とピカチュウは頷きあい。

 

 

「……いくよ!全力!」

「ぴっかっ!!」

「「え」」

 

 

 どこからともなく取り出した()()を、ピカチュウに被せたのだった。*8

 

 

「十万ボルトよりでっかい百万ボルト!いいえ、もっともっとでっかい、私達の超全力!!」

 

 

 互いの右拳を軽くぶつけ合い、左手と尻尾でハイタッチをし、Zっぽい構えから正拳突きをしてパワーを注入!

 ……無論、あくまで雰囲気作りであって、その実態は【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】による時限強化である。

 でもまぁ、(ピカチュウ)とやるならこれだよね、みたいな?

 

 なお、これからなにが起こるのか悟った後ろの二人は、互いに抱き合って震え上がっていたのであった。

 

 

「ピカチュウ!一千万ボルト!!!」

「ぴっかぁ~!ぴっか、ぴぃか、ぴぃぃか、ぴぃぃぃか、ちゅぅぅううっ!!!」

 

 

 放たれるは七色の電撃、一つ一つが凄まじい力を持つ雷の奔流。

 それは狙い違わず回路の先──電流の受け取り口へと着弾し……、

 

 

「……やっぱり、か」

「ななななな、なにが『やっぱりか』よアンタ!?殺す気!?」

(T^T)「死ぬかと思ったし……」

 

 

 ()()()()()、輝かなかったことをその目で確かめたのであった。

 

 

*1
なお、本人的には結構劇的な出会いだと認識している模様。いやまぁ、劇的なのは間違いないのだが、本人と周囲の認識が180度ずれてるとしか言いようがないというか(ロマンスとサスペンス的な意味で)

*2
文字通り、床を基準にどの辺りまで浸水しているのか、を示す言葉。一応、床下浸水の場合は地面からおよそ50cm未満の浸水のことを言い、大人の場合は膝下辺りまで水に浸かる状態、ということになる。この基準は、『建築基準法』において『床の高さは45cm以上とする』という規定があり、それを基準にほとんどの家屋がそれを越える高さ──50cmを床の高さにしている為なのだとか

*3
確かに、山の上ってある程度の雨は耐えるけど、限界を越えるとあっさり崩れるイメージだもんなぁ

*4
土砂崩れには2パターン有り、山の表面だけが崩れ落ちる『表層破壊』、および山の深いところから地滑りが起きる『深層破壊』というものがある。この内『深層破壊』は、山の内部が『安定した部分』と『安定していない部分』に別れていることから起きるものであり、安定している部分に水が溜まって安定していない部分がずり落ちる、みたいな形で発生する。その為、木々による土砂崩れ防止効果の範囲外から崩れる、という形になる

*5
わかりやすいのは高速道路で起きやすい『ハイドロプレーニング現象』。また、そこまで行かずともそもそも雨の日はブレーキが効き辛いモノである為、運転には注意が必要である

*6
なるほど、もしかしてこれが今回俺が一緒に来た方が良かった理由、かな?

*7
よっしゃ!姉さん、手伝ってくれ!

*8
アニメ『ポケットモンスター』より、サトシのピカチュウ専用のZ技『1000まんボルト』。『かみなり』は本来『数億ボルト』なのでこれより電圧は高いはずだが、ポケモンの放つ雷が本来の雷と同じとは言い難かったりするので多分問題はない。七色の雷が敵を襲う技であり、その威力は絶大。なお、サトシのピカチュウと呼ばれる特殊な個体でしか使えない(他のピカチュウは別の技になる)



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どこで知ったかに結構違いのある知識

「水──正確には純水が、電気を通さないってのは知ってる?」

「ああうん、有名よねその話」

 

 

 さて、装置を片付けたあとは説明タイムである。

 純水が電気を通さない、というのはサブカル方面ではわりと有名な話*1であり、またこれは電子機械系の工場などでは、実際に実感する形で関わってくるモノでもあったりする。

 

 

「そうなのか?」

「精密機械の埃なんかを取る時に、純水で洗い流す……みたいなことをする場合があるからね」

 

 

 水には電気が通る、という一般的な常識からすると奇妙なことではあるが、純水が電気を通さないということを知っていれば、ある意味納得できる使い方ではあるだろう。

 それが、精密機器の掃除の際に『純水で洗い流す』という行程である。*2

 

 無論、そのまま放置するのは良くないので、しっかりと乾かす必要性はあるが……クリーンルーム*3などの埃の舞わない環境であれば、その場で乾かしておくというのでも一応問題なかったりする。

 ……ともかく、純水が電気を通さないという性質を持つことにより、色んな場所で活用されているということは間違いあるまい。

 

 

「……ん?じゃあ今の危ないやつはなんだったわけ?」

「その説明をする前に、今の宇宙の状況を理解する必要がある。長くなるぞ?」

「いや、唐突になんの話してんのよ?」

 

 

 ただそうなると、さっきの実験になんの意味があったのか?……というところが疑問点となってくる。

 

 なにせ、今回降ってきている雨が純水であることは、先の検査結果から既に周知の事実。

 このままでは単に、その検査の結果を確定させた……くらいの意味合いしかないということになってしまう。

 

 そこで必要となってくるのが、今の宇宙の状況……もとい、()()()()()()()()である。

 

 

「……しんくうかのでんきていこう?」

「なんで棒読み……ええとね、真空状態の時の電気抵抗って、ほぼ電気が通らないくらいに強いのよね」*4

「……そうなの?」

「まぁ、そもそも()()()()()()のが真空だからね」

 

 

 真空というのは、文字通りそこになにもない空間のこと。

 電気の流れ方については以前述べた通り、物質内の電子が押し出されることによって起こるもの。

 すなわち、押し出される先も押し出した後もない真空というのは、そもそも電気が()()()()余地が一切ないのである。

 

 

「ところで、()はプラズマって知ってる?」

「え?なのです?」*5

「……なんでそっちに行ったし」

「ちょっとした冗談よ……ええとあれでしょ、電気の凄いやつ」

「かなりふわふわとした返答!」

 

 

 さて話は移って、プラズマについて。

 これは物質の第四の状態とも呼ばれるモノであり、言ってしまえば空気よりもさらに拡散した状態、みたいなモノのことである。

 この状態になると本来原子に紐付いている電子が分離し、電荷を帯びた粒子が無秩序に飛び回るようになるのだが……この状態に物質を変化させるためには非常に高い温度を加えるか、はたまた()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……ふむ?」

「こう聞くとなんかややこしいモノに思えるかもだけど……例えば蛍光灯だとか、あとはプラズマテレビなんかにも使われている、とても身近な存在なんだよね」

「……あ、あのテレビって本当にプラズマ使ってたのね?」

 

 

 ……なんかさっきから()の知能レベルが小学生くらいに退行している気がするんだけど、大丈夫だろうか?

 ともあれこのプラズマ、温度を上げて作るのは難しくとも、高い電圧を掛けて作り出す分には、意外となんとかなるモノだったりする。

 それを可能とするのが、()()()()だ。

 

 

「……んん?真空放電??あれ、ちょっと待ちなさいよ、真空って絶縁体だから、電気って流れないんじゃないの?」

「確かに、真空中には()()()しないんだけど、原理の違う放電は起きるんだよね」

「はぁ?」

 

 

 先ほど真空は絶縁体であり、通電はしないと述べたが……真空の特徴というものをもう一度思い浮かべて欲しい。

 ──そう、真空とは『なにもない』場所。……それは裏を返せば、()()()()()()()()()()ということでもあるのだ。

 

 

「……???」

「放電っていうのは、()()()()()()()()()()()()()()モノも含むのよ」*6

 

 

 正確には、低気圧下の気体内を放電させることを『真空放電』と言うそうだが……その辺りの解説は今は省くとして。

 ともかく、気圧の低い環境下においては放電が起きやすい、というのは事実であり、それを様々な物事に利用できるようにしたのが『真空放電』である。

 

 この()()()()()()()()という特徴は、人の利用のしやすさの面からしてかなり画期的であった。

 なにせ、自然界に存在するプラズマ──雷は、空気中を絶縁破壊しながら進むために()()()()()ほどの電圧が必要であるにも関わらず、真空放電のために必要な電圧はその一万分の一以下である一千~一万ボルトほどで済むのだから。

 

 とはいえ、その辺りの細かい話は今回の部分には関係ない。

 ここで重要なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()でさえ、時と場合によっては電気を通す……というところにあるのだから。

 

 

「……なるほど。つまりはこういうことかな?例え純水という絶縁体であったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と?」

「そういうこと。アニメのピカ様が地面タイプに電気を通してて文句言われたことがあるけど、実際雷級の電圧を掛けられて完全に電気を遮断できる物質、なんてのは存在しないようなものだからね」*7

 

 

 そう、どんなに電気抵抗率の高い物質であれど、それには限度と言うものがある。

 

 いやまぁ、今の人類がそれを見付けられていないだけ、という可能性も無いではないが……少なくとも、人の見付けた物質の中で、どれ程の電圧を掛けられても絶対に電気を通さないもの、等というものは存在しないのだ。

 

 無論、純水の電気抵抗が優れていることは間違いない。

 だが、純水を絶縁体として使おうとすると諸々の問題がある、というのもまた事実である。

 

 

「ええ……まだなにかあるの……」

「あるよー。さっき真空はなにもないところ、って言ったけど。()()()()()()()()()()()()んだよね」

「……はぁー?いやおかしいでしょそれは?」

 

 

 その問題と言うのが、純粋な水と言うものがある意味真空に近いものである、という点。

 無論、これは()に反論を投げ付けられる形となる。──そこには水というものがあるだろう、と。

 

 だがしかし、その疑問は『水』というものの性質をよく知らないからこそ出てくる疑問である、という風に返すことができてしまう。

 

 

「水の性質……?」

「炭酸水とかあるでしょ?あれには二酸化炭素が溶け込んでる、ってことになるわけだけど……それ、どれくらいだと思う?」

「え?えーと……半分くらい……だと多そうだから、四分の一くらい?」

「残念、正解は炭酸水の容量の二倍以上でーす」

「……はぁ?」

「まぁ、二酸化炭素が水に溶けやすいから、ってこともあるんだろうけど……コーラとかだと二酸化炭素の他にも砂糖とかも溶けてるってことになるわけだから、あのペットボトルの中にどれだけのものが溶けてるのか、って話になるよね」

 

 

 そう、水の持つ性質というのは、水の中に様々な物を溶け込ませる力が強い、ということ。

 純水とは不純物の含まれないモノであるために、この『物を溶け込ませる』力が普通の水よりも遥かに強いのである。

 

 つまり、例えば純水をそのまま普通の環境に放置している場合、ただでさえ水に溶けやすい二酸化炭素などが自然と溶け込んで行ってしまうのだ。

 そしてそれゆえに純水は純水ではなくなり、結果として絶縁体としての力を失う……と。

 

 また、例え電気を通さないとは言っても、電荷の掛かっている状況下では水面において空気との反応が起きていたりする。

 そこから電気の通る道が出来上がる……なんてことは普通に予想の範囲内。

 つまり、どこぞの作品のように、純水を纏い電気を防ぐ……みたいなことは現実的には不可能だ、ということになるのだ。

 

 ではそれらの情報を総合した上で、先ほどの実験について改めて見てみよう。

 一千万ボルトという臆面をそのまま信じるとしても、現実世界の雷の電圧の十分の一であり、絶縁破壊を起こせる可能性は十分にある。

 また演出面からしてみても、空気中を放電しているということは本来雷と同程度の電圧を保っている、と考えてもおかしくはない。……まぁ、これに関しては空想科学めいているため、参考程度の話だが。

 

 ともかく、先のピカチュウの必殺技が純水の電気抵抗を貫通するに足る電圧であった、と見なすことは十分に可能。

 だが結果はどうだろうか?先の装置は結果として明かりが灯らず、電気が通っていないことを如実に示していた。

 

 つまり、これらが示すことはただ一つ。

 

 

「この水、単なる純水じゃないってことよ」

「な、なんですってー!!」

 

 

 この水は、本当の意味での絶縁体だ、ということだ。

 

 

*1
理論純水(=不純物を一切含まない水)の電気抵抗率は18.24MΩ・cmほど。実際には理論純水を作ることはできない為、それより幾つか抵抗率は落ちる

*2
一部の精密機器などで実際に行われる清掃方法。掃き掃除などはもってのほか(静電気が発生する可能性が高い)こともあり、絶縁体である純水を使っての清掃は寧ろ一般的な手段の一つである。問題があるとすれば、純水自体の調達コストが高いことと、適切な管理をしないとすぐに絶縁性が失われること、だろうか

*3
一部の工場などに存在する特殊な部屋。空気中の塵・埃・微生物や、気密性・温度・湿度・圧力などを管理された場所であり、精密機器の製造などの為に用意される

*4
数値化はできない(文字通り抵抗になるものも導体になるものもない為)

*5
『艦隊これくしょん』のキャラクター、(いなずま)……の、派生キャラのようなものである『ぷらずま』のこと。いわゆる(腹)黒い電。『なのです』自体は普通の電の語尾としてよく使われるもの

*6
気体のような絶縁体に高電圧が掛かった時に起こる現象と定義されるが、その原理は高熱・高電圧などによって原子から電子が飛び出してしまうことにある

*7
雷級の電圧であれば、地球上の物質に絶縁できるものは無いとも言われる



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この水、深い!

「……思わず驚いちゃったけど、よくよく考えたら『なりきりパワー』が溶け込んでるってのは最初から判明してたんだから、別にそう変なことでもないんじゃないの?」

「いやいや、なんやかんやで重要なことなんだよ?件の『なりきりパワー』は、それ自体には()()()()()()()()んだから、尚更ね」

「……そうなの?」

 

 

 さて前回、あの雨水が本来の純水より遥かに強い絶縁性を持つ、ということが判明したわけなのだが……一頻り驚いたあと、()からは「いや、よく考えたら驚くことでもなくない?」というような反応が返ってきたのであった。

 

 確かに、純水そのものの限界を越えた絶縁性を発揮しているのであれば、その原因を別のモノ──溶け込んでいる『なりきりパワー』に求めることは、そうおかしなことではない。

 

 だがその考えには、一つの落とし穴があった。『なりきりパワー』は純度の高いエネルギー……すなわち雑味・()()()()()()エネルギーである。

 指向性というのはある種の雑味であり、それが含まれていないとされる『なりきりパワー』は即ち……。

 

 

「……もしかしてだが、『絶縁性』というのも一種の雑味だ、ということか?」

「はぁ?いやいやそんなわけ……」

「そう、ルドルフ大正解!」

「なんでよ!?」

 

 

 ──電気を通さない(絶縁性)、という個性を持ち合わせるはずがないのである。

 なにせそれは、性質という色の一種。

 無色透明であることが求められるモノには、含まれていてはいけないはずのモノなのだから。

 

 無論、これはあくまでも()()()『なりきりパワー』の話。

 本来【兆し】が持つエネルギーであるそれは、なにかしらの色(指向性)が付いた時点で変化を余儀なくされる……という性質を持つことからの逆算のようなもの。

 ゆえに、ここから導き出されることはただ一つ。

 

 

「こいつは『なりきりパワー』のふりをした別物の力だってことだーッ!!」

「な、なんですってー!!?」

 

 

 ──そう、こいつ【星の欠片】案件だ!

 

 

 

 

 

 

「……え、ってことはなに?この長雨アンタのせいなの?」

「そういうことになる……って言いたいところなんだけどねぇ」

「なにやら歯切れが悪いな……なにか気になることでも?」

 

 

 はてさて、この雨水に含まれる『なりきりパワー』が【星の欠片】の偽装である……とするのであれば、疑問の幾つかはあっさりと解決される。

 

 ピカチュウの放った『一千万ボルト』を防いだのは、【星の欠片】共通の無限残機で説明が付く。

 ……正確には絶縁と言うより誘導なのだが、結果として()()()()()()()()()ということに変わりはない。

 また、不純物の含まれない単なる水になっている……というのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……と考えれば理解は早い。

 

 ……早いのだが、同時に看過できない疑念が浮かぶのもまた事実。

 それゆえに、私は()の言葉に素直に頷くことができないでいた。その理由と言うのが、

 

 

「……【星の欠片】に()()()()()()()()()()()()?」

「いやまぁ、雨が流れに流れて最後に海に帰る……って考えるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()んだけど……」

「なによ、居るんならそいつが犯人でいいんじゃないの?」

「いやー、それは絶対にないと言うか……」

「ぴかっ?」*1

 

 

 今回の事件に関わりのありそうな、雨関係の【星の欠片】にとんと覚えがない、ということになる。

 ……いやまぁ、つい漏らしてしまったように、一応『海』というくくりなら一人、該当しないでもない人がいなくもないのだけれど……。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()、みたいな人だから現状とのギャップが有りすぎてね……」

「「「は?(ピカ?)」」」

 

 

 その人が【星の欠片】として世界に現れる、ということそのものがバッドエンド確定みたいなものなので、まずここに現れるはずがないというか。

 ……言い換えると、実現した瞬間人々の意識が落ちて無くなってもおかしくないというか?

 

 まぁ、そんな感じのある意味『成立すること自体があり得ない』タイプの人なので、端から勘定から抜いていたというか……。

 というようなことを説明したところ、三人から返ってきたのは「なに言ってるのこいつ」という眼差しなのであった。……だから言いたくなかったんだよぅ。

 

 

「ぴっか、ぴかぴかちゅーぅ?」*2

「……余計な心労を掛けそうなのと、区分的にはどこぞの『白痴の魔王』*3的な()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って類いだから……知らないです……

「ぴ か か !」

「ひぃーっ!怒らんといて!一応他にも理由があるからー!!」

 

 

 ゆかりんにはその人のことを知らせていない、ということを知ったピカチュウに雷を落とされたが、それでも弁明はせねばなるまい。

 なので、矢継ぎ早に『今回その人が関係していない』理由を挙げていく私である。

 

 

「ぴぃーっか?」*4

「ええっと……まず出てきた時点で終わる、って言ったけど……それ自体がまずあり得ないんだよね」

「ほう?それは何故だ?」

「わかりやすいのは……『逆憑依』とかでは呼べない……もっと正確に言うと()()()()()()()()点かな」

「……ふぅん?」

 

 

 一つ目は、出てくるのなら必ず本人であるはず、という点。

 これは他の【星の欠片】にも言えることだが……再現に必要な単位が小さすぎること、及び再現体と本体に優位差がない点がとても大きい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という風に言い換えてもいいかもしれない。それくらい、【星の欠片】というのは一般常識から掛け離れた存在なのである。

 

 ──そしてその性質が、その人に関しては顕現の邪魔をするのである。

 

 

「……と、いうと?」

「その人は【星の欠片】だけど、歴とした人間でもある……というと分かりにくいだろうからもっと簡略化すると、完全に【星の欠片】だけになるのは()()()()()()()()()()()()()なんだよね」

「……???」

 

 

 当該人物は、元々とある成り行きにより【星の欠片】を後付けされた存在である。

 ……まぁ要するに主人公的なポジションの人であり、その人がバッドエンドを迎えた時だけ完全に【星の欠片】になってしまうのである。

 で、件の『出てきた時点で終わり』なのは、バッドエンドを迎えたその人のこと。……分かりやすくいうと設定だけ存在するもの、ってわけである。

 

 

「【星の欠片】が呼び出される時は必ず本人、って縛りがある以上、その人を呼び出す時に優先されるのは()()()()()()()()()()()()()方のその人。だから、端から呼び出せるわけがない……ってことになるのさ」

「……あーうん、魔王アデルは普通は呼べない……みたいな?」

「それわかる人どれくらいいるかなぁ……」*5

 

 

 ……ま、まぁわかって貰えたのならなによりである。

 さて、一つ目の時点で大概だが、一応の二つ目の理由も語っておく私である。

 

 

「まだなんかあんの……?」

「あるよー、でっかいのが。──『あのお方』のパートナーだから、その人。なんで、仮にバッドエンドの方じゃないのが来てたとしても、こんな大雨程度で済むわけがないんだよね」

「ぴっ!?」*6

「……?」

 

 

 で、その理由と言うのが──『あのお方』の対となる人物である、ということ。

 ……言うなればキリアよりヤバイ人ということになるわけで、そんな人が出てきたとなれば、こんな長雨程度の生易しい天候変化で済むはずがないのである。

 

 ただこの説明、前から『あのお方』についての解説を聞いたことのあったピカチュウはともかく、その辺りの話に触れたこともない他二人には今一通りが悪かったようで。

 

 

「……アラヤに対するガイア、みたいな?」*7

「「!?」」

 

 

 試しに他の例えを出して見たところ、目に見えて二人が動揺し始めたのであった。

 ……ああうん、ルドルフ用には別の解説持ち出そうかと思ったのだけれど、そういえば元となるビッグビワはケルヌンノスの要素が混じってるから通じてもおかしくないのか……。

 通じなかったら三女神辺りを交えて話そうかと思ったのだが、手間が省けて良かった。……良いのか?

 

 まぁともかく。

 推定される相手が相手だけに、こんなタイミングでは出てこないでしょう……というのが主な否定理由である。

 つーか、仮に出てこられると『あのお方』までこっちに出てくる、なんて阿鼻叫喚どころではない事態になりかねないので丁重にお断りしたいところだし。

 

 ……まぁそうなると、今回のあれこれがよくわからなくなってしまうのだが。

 

 

「……ええと、そうなの?」

「私は立場こそ【星の欠片】でも偉い方に据えられちゃったけど……修練はまったく足りてないから潜んでいる【星の欠片】が誰なのか、ってのは正確にはわかんないわけで……それでも、まったく縁のないモノを再現している状態なら、なんとなくはわかるんだよね」

「……はい?」

「……要するに、水に全然関係ない相手が水を騙ってるのならわかるよ、ってこと」

「ああ、なるほど」

 

 

 私は【星の欠片】としては若輩者だが、それでもそこにどれくらいの【星の欠片】が集まっているのか、ということくらいは感知できる。

 ……【星の欠片】はあらゆるモノを形作る極小数であるがゆえに、ある程度数を集めれば他のものに()()()()()ことができるが、その時発生する違和感は【星の欠片】なら感じられて当然なのである。

 

 つまり、水に関係する【星の欠片】は実在しない、ないし出てくるはずがない以上、この水の中の【星の欠片】は水になりすましているはず、ということになるのだが。

 その気配が感じられない以上、これが本当に【星の欠片】なのか、微妙に確信が持てないでいる……というわけだ。

 

 

「……ええと。ってことは話はふりだし、ってこと?」

「まぁ、【星の欠片】が関わってる可能性が高い……って警戒できるのはいいことじゃないかな?」

「それなんにもできてないのと一緒じゃないのよバカー!!」

 

 

 なお、そこまで話したところ、()から飛んできたのはパンチなのであった。

 ……私が悪いようなものでもあるから、甘んじて受けるぜ(ライフで受ける)*8

 

 

*1
絶対とは、これまた珍しいことをいうじゃねぇか?

*2
それ、八雲のは知ってるのか?

*3
『クトゥルフ神話』における『魔王』と呼ばれる存在、『アザトース』のこと。世界は彼の見ている夢なのだ、という設定がある。似たような設定を持つキャラは意外と多い(『ゼルダの伝説 夢をみる島』のとあるキャラなど)

*4
ほう、聞いてやろうじゃないか?

*5
『魔界戦記ディスガイア2』のとあるバッドエンドにおける主人公・アデルの末路。ソシャゲの方では『暴禍なるアデル』の名前で実装されていたりする

*6
マジで?!

*7
型月用語の一つ。人類の集合無意識である『アラヤ』と、星の無意識であるガイアの二つの抑止力のこと。なお、『あのお方』は区分的には『ガイア』の方の人物(?)である

*8
TCG『バトルスピリッツ』の公式用語の一つ。プレイヤーの残り体力であるライフに対する相手の攻撃を敢えて受けることで、場のスピリット(いわゆるクリーチャー)を守ったり、デュエマのシールドのようにダメージを受けたあとのライフはコストとして使えるので、それを使っての逆転を狙ったりする。『バトスピ』における重要な駆け引きの一つと言えるだろう。また、敢えてダメージを受ける、という意味合いで他のゲームでも使われることがある



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雨飴天アメ雨女

「……だから、事後報告するのを止めろって言ってるでしょーがー!!」

「ゆかりさま、落ち着いて……」

「これが落ち着いてられるかーっ!!」

 

──ある二人組の一幕

 

 

 

 

 

 

「おおっと寒気が。携帯の電源切っとこ」

「ぴかっちゅ……」*1

 

 

 日付は次の日、早朝。

 相も変わらず降り続ける雨に若干うんざりしつつ、朝御飯を食べに食堂に向かう私たちである。

 

 昨日の夕食分とは異なり、朝食分の食材の配達は間に合ったとのことで、そこにはバイキング形式の朝食が並んでいたのであった。

 ……え?宿泊客お前らしか居ないはずなのに、そんなに用意して大丈夫なのかって?

 ここの朝食は外からも食べに来れるタイプのだからね、問題ないね。

 

 

「ぴっか、ぴかちゅぴっ」*2

「宿泊料金だけじゃ賄えないのか、もしくは朝食が美味しくて有名か……ってところだろうねー」

 

 

 とはいえ、こっちとしては悠長に舌鼓を打ってる暇もないため、適当にスクランブルエッグとソーセージとパンと飲み物を用意して、ちゃちゃっと食べてチェックアウトである。

 ……店員さんの「えー……」みたいな視線に胸が痛んだが、すまんな私ら忙しいんや。

 あとでネットの評価で星五入れとくから、堪忍してやー。

 

 

「……まぁでも、売りにしてる方なんだろうな、というのはわからないでもなかったな」

「そういえば、ルドルフはあんまり食べない感じなの?さっきは私らと同じくらいの量だけだったけど」

 

 

 朝食の味を思い出しながら呟いているのだろうルドルフに、そういえばと気付いたことを尋ねる私。

 一応、元がケルヌンノスとはいえ彼女達はウマ娘……でいいのか?

 ……まぁうん、ビワも意外と健啖家なので、てっきり彼女もそうなのだと思っていたのだが……さっきの彼女は、私たち普通の……普通の?メンバーと同じくらいの量しか食べていなかった。

 

 もし仮にそれで十分で、尚且つ本来のルドルフのようなパワーが出せるというのなら、それは燃費が良いどころの話ではないのでは?

 ……というような疑問からの発言だったのだが。

 

 

「……ふっ。そもそも今の私は『ウマ耳美少女』。それが大食いまで見せると属性多過ぎ……と注目されること請け合いなのでな。そういうわけなので至急なにか食べさせて貰えないだろうかだし……

「医者ぁーっ!?」

いや……医者よりシェフを呼んで欲しいし……」<グーッ

 

 

 ──どうやら、ごまかしバッジの貫通を恐れての行動だったらしい。

 盛大な腹の虫の音と共に倒れ込むルドルフ(ver.ションボリ)に、私たちは大層大慌てする羽目になるのであった。

 

 

 

 

 

 

(´v`)「ふぅ……お腹いっぱいだし……」

「ああうん、良かったね。良かったついでに顔戻して貰える?結構見られてるから」

「おおっと」

「……まぁ、もう遅いと思いますけど」

 

 

 空腹で倒れたルドルフを連れ、近場のレストランに雪崩れ込んだ私たち。

 

 そこで箍の外れたようにあれこれと注文し、運ばれてきた料理を食べ尽くしていくルドルフの姿に、どこぞのピンクの丸い玉を思い出したりしつつ……。

 暫く経って彼女が満足した頃には、すっかり周囲に観客達が増えてしまっていたのであった。

 まぁうん、美少女が滅茶苦茶ご飯食べてたらそりゃ見ちゃうよね、仕方ないね。

 

 一応、ウマ娘特有のお腹の膨れ*3は流石にあれなので私の方でごまかしているが、それも踏まえてとっととおさらばしたい感満載である。

 ……ただまぁ、それにも少々問題があって……。

 

 

「ぴっか、ぴかちゅ?」*4

「んー、無理じゃないかな☆」

「ぴかぴー」*5

 

 

 そう、店内で目深にフードを被っている、という不審感がピカチュウへの視線を割り増しにしているのである。

 それも、一人や二人ならいざ知らず、十人近くの人の視線だ。

 

 ……どこに隠れてたん君ら、みたいな人の湧き方だが、どうにもルドルフの大食いがネットでバズった*6かなにかしたようで、その流れで人々が集まってきたということになるらしい。

 で、その下手人なのだろうこの店の女性店員さんは、こちらの視線を受けて「めんご☆」みたいな感じに舌ぺろをしていたのであった。

 ……てめぇ、一般人じゃなかったら締め上げてるところだぞこのヤロー。

 

 とはいえ、彼女だけが悪いのか、と言われればそうとも言えない。

 ルドルフがウマ娘(?)であることは端からわかっており、その燃費がよろしくないことも、オグリ達の前例からしっかりと把握済み。

 それらを踏まえると、彼女がお腹を空かせて倒れる……というのは予測できて然るべき話である。……特に、昨日以前も食事量が普通であったことを思えば。

 

 目立つので我慢していたのだ、というのはすぐに察せられる以上、ルドルフを責めるのはお門違いである。

 つまり、この状況は私の監督不行き届きということになるわけで。

 

 

「つまり私がどうにかしないといけない、ということなのだよ」

「いやまぁ、そこに異論はないけど……なんで立ち上がったのアンタ?」

 

 

 ここから脱出するためには、私がなんとかするしかないというわけである。

 ゆえに私は、ここで一つの禁じ手を犯す……!

 

 

「は?禁じ手?いやちょっと、なにをする気なのよアンタ?」

「こうする。すぅー……はぁー……」

 

 

 雲行きが怪しくなってきたことに、()が困惑したような声を漏らすが……関係ない。

 ──私は私の債務を全うする!*7

 いやそんな大袈裟な、という()の言葉をBGMに、私はその技を解禁したのであった。

 

 

「──あっ!あそこにUFO!」*8

 

 

 ズコーッ、と()が滑った音が聞こえたが、問題ない。

 一部の客達は私の言葉を受けて外を見たし、それで条件はクリアされた。「はぁ?」と怪訝そうな声を上げる()が立ち上がるのを助けながら、客達の後ろを抜けて店の出口へ。

 

 走り去る中振り向いた先には、曇天を切り裂いて現れた円盤が、空の向こうへと去っていき──何事も無かったかのように、再び雨が振りだすという光景が繰り広げられていたのであった。

 

 

 

 

 

 

「……なにあれ」

「ぴかっちゅ、ぴかぴーか、ぴかっぴー」*9

「ああ、超次元サッカー……」

「一応、あのUFOは偽物だけどね。……あー、後からなにを要求されるやら……」

「……?あれはキーアが作ったわけではないのか?」

 

 

 先ほどのレストランからある程度離れた公園で、息を整えていた私たち。

 ようやく落ち着いたことで、()がさっきのはなんなのか、と問い掛けて来るが……それに関してはピカチュウの説明する通り、単なるドリブル技であるとしか言いようがない。

 

 まぁ、サッカーボールもないのにドリブル技とは?……と言われると苦しいが、実際のところこの技は単なるミスディレクションの一種、超次元サッカーの技の中では普通に真似できるモノなので問題はない。

 ……問題がある技?ボールがないとそもそも成立しないようなもの……かな?

 

 とはいえ、ここまで聞けば疑問も湧いてくるというもの。

 本来普通の人でも真似できる技、ということはさっきのUFOはなんなのか?……というのは、ごく自然な疑問だと言えるだろう。

 そしてそれに関しては、単にこう返すしかない。()()()()()()()()()()、と。

 

 

「……他所から?」

「そ。密かに郷にいるキリアに連絡しておいたのよ。合図するからUFO出して、ってね」

「ぴっか、ぴかっちゅぴー」*10

 

 

 よもやあの場でなにか特別なことをする、というわけにも行くまい。

 視線の大半はルドルフやピカチュウに向いていたが、少なからず私や()の方にも向いていたのだ。

 そりゃまぁ、他の二人が特徴的なのだから、残りの二人だってなにかあるのでは?……と疑われるのは当たり前の話。

 

 そんな状況下で私がなにかした日には、ほぼ確実に『マジカル聖裁キリアちゃん』が連想されてしまうことだろう。

 流石に完全に両者が結び付く、などということは無いだろうが……コスプレかなにかと勘違いされて暫く拘束される、という可能性は捨てきれない。

 

 ゆえに、あの場で私が解決策を作り出す、というのは取れない選択肢だったのだ。

 ……そのせいで外からの救助に頼る羽目になったのは悔やんでも悔やみきれない。

 

 

「まぁでも、お陰さまであそこの人達の認識はあのUFOに上書きできただろうけどね。あれはごまかしとか一切されてないから、衝撃度で言うと私たちの姿より数倍上になってるし」

「……ふむ、適当に選んだ対処、というわけでもなかったのだな?」

「あの時選べた方法の中では、わりと上々の部類だと思うよ?」

 

 

 まぁ、だからこそ後が怖いのだが。

 ……それだけ的確な助力だったのだから、想定される報酬がヤバいというか。

 

 とはいえ、今回に関してはほぼほぼ私の確認ミス。

 ゆかりんへの報告遅れの天罰なのだろう、と自分を納得させて甘んじて受けるつもりである。

 ……え?それは別にゆかりんへの謝罪にはならない?知らんな()

 

 そんなわけで、この一件が終わった後の事後処理のことを思って胃を痛めつつ、ようやく調査に戻ることになる私たちなのでありましたとさ。

 

 

*1
あとで怒られても知らねーぜー

*2
最近わりとよく見るよなー、そのタイプのところ

*3
よく食べるウマ娘達がこちらに見せる姿の一つ。『太り気味』とも。そもそもお腹が膨れるほど食べる、というのは漫画的誇張表現であり、仮に膨れるとしてもそれほど大きくは膨れない(というか、そこまで食べれない)ものなのだが……彼女達のそれは、まるで妊娠しているかの如きレベルまで膨れ上がるのであった。なお、その姿で学園内を歩き回ることも。女子校とはいえ、それでいいのかウマ娘……

*4
これ、バレずに外出られると思う?

*5
ですよねー

*6
元々は英語の『buzz』──がやがや言う、噂になるという意味の英単語から来ているとされる言葉。雑に言えば『ネット上で有名になる』ことを意味している

*7
『鬼滅の刃』のキャラクター、煉獄杏寿郎の恐らくもっとも有名な台詞『俺は俺の債務を全うする!』から

*8
『イナズマイレブンGOギャラクシー』に登場する林属性のドリブル技。元々は『コロコロコミック』の一般公募から誕生した技で、中空を指差し相手の視線を誘導することで、それに気を取られている間に相手を抜き去るというもの。相手の視線を誘導する、という意味では立派なミスディレクションの一つ

*9
『あそこにUFO』、ドリブル技の一つだな。まさか本当にUFOが出るとは思ってなかったけど

*10
なるほど、さっきの要求云々はキリア姉さんになにをさせられるのやら、って危惧からかー



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駈ける彼女は疾風の如く

「ところで、ルドルフはさっきので足りてたわけ?」

「うむ、十二分だ。これなら少なくとも今日の夕食までは持つだろう」

「ぴかっぴー……」*1

 

 

 次の場所に向かう途中、ルドルフに調子を尋ねた私。

 返答は上々、といった感じだったが……その言葉を聞いたピカチュウは遠い目をしていた。

 ……まぁ、人型で馬のスペック出そうとしたら燃費が悪くなるのは……ね?

 

 個人的には、人の足の構造で馬の速度を出して大丈夫なのか?……みたいな気持ちも無くはないが。

 

 

「その辺りは普通の馬とそこまで変わらんよ。無理をすれば痛めるし、大規模な転倒ともなれば選手生命が断たれることもある。……まぁ、走れなければ生きられない、という競走馬よりはある程度先がある、とも言えてしまうのかもしれないが」

「……走らないと生きられない?」

「あれ、()は知らない?馬って足がダメになると全身がダメになるようなものだ、って話」

「……あー、あまり詳しくはないかも。次のとこに着くまでに聞いても?」

「まぁ、特に話題もないし……」

 

 

 と、いうわけで。唐突な馬のお勉強である。

 

 

「馬には野生の馬はいない、って話は聞いたことある?」

「……ないわね。っていうか、それって本当なの?」

「そうだよー。野生馬、って触れ込みの馬の種類も幾つかあるけど、純粋な野生ではなく人に飼われていた馬が自然に帰化した、って感じだからね」*2

 

 

 まず一つ目。馬という動物には、野生の種類はいないということ。

 ……これは正確なことを言うと『過去人によって家畜化・ないし品種改良をされたことがない』馬はいない、という意味となる。*3

 つまり、昔飼育されていた馬が逃げ出し野生化したモノはいる、ということになるわけだ。

 

 時は二千十八年、千九百年初頭に絶滅した野生の馬・ターパンについで唯一の野生種だと思われていた『モウコノウマ』という品種が、ゲノム解析により『五千五百年前に飼育されていた馬が野生化したモノ』であると判明したのである。

 それにより、既に他の野生種は現存していないことが判明していたため、同時に完全な野生の馬はどこにもいないことが判明した……と。

 

 一応、半野生とでも言うべき品種の馬も存在はしているようだが……やはり、完全な野生種が既に絶滅している、ということに違いはない。

 

 これは、馬という生き物が人と密接に関わってきた、というところが大きい。

 

 

「一番初めは食肉用として家畜化された、っていう風に言われてるね。その理由は単純で、冬でも飼育しやすかったってのがポイントらしいんだとか」

「……冬でも飼育しやすい、ってのがよくわからないんだけど」

「その当時の家畜って言うと、牛とか羊とかなんだけど……今でも牧場とかに行くと、干し草が大きな丸太みたいに纏められてるところ、見たりしない?」

「あーうん、たまに見かけるわね」

「あれ、冬の飼料として貯めてるもので、ロールベールって言うんだけど……ああいう風に準備しとかないと、牛とか羊とかって冬に餓死しちゃうのよね」

「……それって普通なんじゃないの?」

「馬の場合はそうでもなかったみたいだな。なにせ、馬は木の葉も普通に食べるそうだから」*4

「へぇー……」

 

 

 馬の家畜化が始まったのは、およそ紀元前四千年前だとされる。

 これは、他の家畜──牛や羊、山羊や豚などと比べると遅めのタイミングなのだとか。

 その理由は、家畜──特に食肉用として見た時に、馬は肥え辛く適していなかったから、だとされている。

 

 ところが、一部地域──冬に雪の積もる降雪地帯であるその場所では、草が雪の下に隠れてしまうため、牛や羊の世話に相応の負担が掛かっていた。

 彼らは雪下の草を上に積もった雪を掻き分けて食べる、という習慣がない。それゆえ、夏や秋の余裕のある内に牧草を蓄えておく、というプロセスを踏む必要性があった。

 

 そこで馬が家畜としての有用性を示してくる、というわけである。

 彼らは冬場でも自分で餌を探そうとする生き物だ。

 なんだったら常緑樹の葉っぱだって食べるし、雪の下の草だって上の雪を掻き分けて食べていく。

 ……つまり、その分世話の手間隙が掛からない、ということになるのだ。

 

 こうして、人類は馬を家畜として飼うことを選択するようになっていった。

 そうして行くうちに、馬という動物の利点を人類は体感して行くことになるのである。

 

 

「と、いうと?」

「まず、人に従順だってところだね。犬なんかもそうだけど、人の言うことを聞いてくれる動物、っていうのはそれだけで魅力的なんだよ」

「そしてその従順さと体格の良さから、人が騎乗して移動するのに向いていた……というのもポイントだろうな」

 

 

 その大きな利点の一つが、馬という動物が人に従順であり、その背に人を乗せても機動力が損なわれない──すなわち騎乗に向いていた、という点である。

 

 家畜の中でその背に乗れる、となると他には牛くらいのものとなるわけだが、こちらは頑丈さはともかく、速度については比べ物にならない。

 一応、野生種の中には速度的に優れるものもいるが……そういうものは得てして気性が荒く、とてもではないが人が乗れたものではない。

 

 それを思えば、人より遥かに優れた速度を持ちながら、人に対して攻撃的ではない馬という動物が、どれほど人の暮らしを変え得る力を持っているのかがわかるだろう。

 ゆえに、馬は食肉用だけではなく移動用・さらには荷物の運搬用の家畜として、重宝されていくことになる。

 

 さて、馬という動物は病気に強く、頑丈であるわけなのだが。

 それでも一つ、その身体の構造上どうしても弱点となりうる部分が存在する。それが、

 

 

「蹄、だね」

「蹄……っていうと、馬とか牛とかの足の先の?」

「そう、それだな。私達ウマ娘も、靴に蹄鉄という形でその影響が残っているわけだが」

 

 

 彼らにとっての第二の心臓である、蹄だろう。

 因みに人間でいうところの『中指の爪』に相当するそうな。

 ……なんで中指なのかって?どうにも進化の過程で速度の確保を目的とするうちに、他の指が退化・ないし融合した結果なのだとか。

 まぁともかく、この蹄。

 馬に限らず四足歩行の大型動物にとっては、とても重要な部位として知られている。

 

 

「馬や牛くらいの大型動物になると、心臓の働きだけじゃ末端まで血液が送れない、なんてことになるみたいでね。それをどうにかするために彼らに備わっているシステムが『蹄機作用』なんだ」

「ていきさよう?」

「簡単にいうと、歩行が心臓のポンプ作用と同等の効果を持つようになるシステムだな」

 

 

 そう、文字通りの第二の心臓。

 大型の動物である彼らは、心臓の働きだけでは末端にまで血液を送れず、かつ古い血を心臓まで戻すことができない。

 それを助けるために生み出したのが、『足踏みをすることをポンプの代わりにする』という『蹄機作用』である。

 仕組みとしては蹄が着地・離陸の際に伸縮する、というものなのだが……これにより、彼らはその大きな身体の隅々にまで血液を巡らせることができるようになったのだ。

 

 ……だがそれは同時に、蹄がダメになるとその生に関わるレベルの重症となる、ということでもある。

 

 

「指であり爪である……というように、蹄の生育には日々の食事や歩く際の環境なども関係してくる。野生であれば自然と磨かれるものが、飼育下ではどうしても多様性を持ち辛い……ということで、重要な器官である蹄を保護するための蹄鉄、というものが生まれたわけだな」

「まぁ、野生種は野生種で環境変化に付いていけなかった、みたいなところもあるみたいだけど」

 

 

 飼育下にある馬は、どうしても餌が片寄ったり自由に歩けなかったり、という面で蹄の健康に問題を抱えるパターンがある。

 それを解消するため、人は人間の靴に相当する蹄鉄を生み出すなどして対応して来たのであった。

 

 ……飼育下にある馬がそうして問題を抱えていたのなら、野生種の馬は問題なかった……かと言えばそういうわけでもない。

 事実、野生の馬は絶滅してしまっている以上、そちらにもそちらの問題があった、ということは簡単に想像できることだろう。

 

 で、そちらの問題というのが、蹄になんらかの問題を負った時に、野生種では自然治癒を待つしかないことと。

 それから、馬の住みやすい場所が減ってしまったことの二点である。

 

 

「飼育下なら蹄鉄とか貰えるけど、野生にはそんなのないからね。あと、森林開発とか平地に人が住み始めたとか、馬が自由に動ける環境が減っていったのも問題だったみたい」

「そもそもの話、野生と飼育下のどちらが安全か、という部分もあったようだがな」

 

 

 馬は草食動物であり、肉食動物からしてみれば餌の一種である。

 そもそも彼らが早く走れるようになったのは、それらの捕食者から逃げられるようにするため。

 つまり、走れなくなった馬はそれらの捕食者に食べられてしまう運命だった、というわけである。

 

 また、彼らは進化の過程で足を第二の心臓としたわけだが、それは裏を返せば走り辛い場所はそもそも生息に適さない、ということでもある。

 彼らにとって一番住みやすいのは平地だが、そこには人間という動物が増え始めていた。

 彼らは馬を捕まえて家畜にすることもあったため、野生の馬にとっては明確な敵だったわけである。

 ……まぁ、昔ならば狼などの捕食者の被害から守ってくれる相手、ということにもなるわけなので、どっちが安全かといわれると実際は圧倒的に飼育下だったわけなのだが。

 

 それらの事情も合わさり、野生の馬はみるみるうちに減少。

 結果、千八百年代後半には完全な野生種の馬は絶滅し、飼育下にあった最後のターパンも、千九百年年代には……というわけだ。

 

 

「ってわけで、走れない馬は生きられない……っていうことについてはわかって貰えたかな?」

「まぁ、大体は。……ただこう、治せたりはしないの?そういうの」

「んー、みんななんやかんやと考えたりしてるみたいなんだけどねー、これが中々……」

「……あー、難しいんならいいわよ、素人考えで発言しただけだから」

「まぁ、治せるならそれが一番だ、って思ってるのはみんな同じってわかってくれればいいよ」*5

 

 

 そうして一応の話の結びを見せたところで、私たちは次の目的地に到着したのであった……。

 

 

*1
あれだけ食って夕方までかー……

*2
アメリカの『ムスタング』、日本の『御崎馬』などが半野生・野生馬の種類として知られている

*3
より正確に言うのであれば、豚に対してのイノシシ、犬にとっての狼のような、直系の野生種が現存しないという意味。近縁種であるロバやシマウマなどは現存している

*4
正確には、伐採されていない状態・高い位置にある木の葉を食べられるかどうか、ということになるらしく、しっかりとむしって(=低くて首の届く位置に)あれば、牛だって木の葉を食べることはある

*5
『予後不良』と呼ばれるが、この判断を受けた馬は基本的に安楽死させられることがほとんどである。理由としては、馬という動物に掛かる諸費用がそもそも高いこと(単純な食費だけでも、一月7~10万ほど。2015年時の換算の為、現在だと更に増える可能性大)、治療の為に必要とするモノ・状況の維持にも高額の費用が必要となること(足への負担を軽減する為に吊るす・プールに浮かせるなどの対処が必要)、およびその環境に馬を置いた際のストレスなどが主な要因。先述している通り、歩けない時点で身体の末端から壊死し始める可能性が高いのも大きいか



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水嫌いで有名な生き物と言えば?

 はて、小粋な(?)トークを終えた私たちがやってきたのは、浸水した公園であった。

 ……どうやら、近くの川が氾濫した結果、このような事態になってしまったらしい。

 

 つまり、今回の私たちに求められているのは、ここの水をすべて捌けさせること、ということになるのだけれど……。

 

 

「ふぎゃー!!水だにゃ洪水だにゃ大雨だにゃー!!にゃんでこんにゃ時ににゃーに仕事を任せるのにゃあいつらーっ!!」

「おおう……?」

 

 

 浸水した公園の真ん中、ジャングルジムの上。

 その頂点にて四つん這いになりながら、周囲に叫ぶ人影……人影?が一つ。

 疑問符が付くのは、相手がすっぽりと全身を──それこそこっちにいる()()()()()()()()()覆い隠しているためだが。

 しかしてその幼稚園児ほどの背丈や、特徴的な声色と語尾から、その正体を察することはできる。

 

 ゆえに私は遠慮なく、傍らのピカチュウにこう告げたのであった。

 

 

「……ピカチュウ、でんきショック」

「ぴかっちゅ」*1

「ぎにゃぁーっ!!?」

 

 

 ──そう、電撃による撃墜である。

 まぁほら、想定される相手ならこれくらい余裕で受けられるだろうから……ね?

 

 まぁともかく、ジャングルジムの上に陣取っていた件の人物はそのまま地面へと落下し、そのフードの奥に隠された姿を露にする。

 それはこちらの予想通り……、

 

 

「……ここであったが百年目、って言っておくべきかな?」

「ぴーか、ぴかっちゅ」*2

「……にゃにゃ!?ピカチュウとジャリガール達!?にゃんでこんにゃところに!?」

 

 

 ポケットモンスター・ばけねこポケモンのニャース、その人なのであった。

 ……流暢に喋れる辺り、ロケット団の個体でいいのかな?*3

 

 

 

 

 

 

「あわわわ、予定ににゃい邂逅にゃ、このままだと帰ったら怒られちゃうにゃ……」

 

 

 あわわわ、と実際に言ってしまうほどに慌てているニャースは、しかしその衝撃のせいで自身がいる場所についての意識が逸れている様子。

 ……いやまぁ、そもそもアニメ中のニャースって、()()()()を見せていた覚えがないような気がするので、微妙と言えば微妙なのだが。*4

 

 とはいえそれを指摘するのもあれなので、そのまま話を進めようとして……。

 

 

(´^`)「尻尾も濡れたし……」

「濡れた……?……うにゃぁー!?」

「うわ」

 

 

 どうやらここに来る途中で尻尾が濡れてしまっていたことに気付いたルドルフが、ぽつりと呟いた言葉によりニャースは自身の現状を思い出し、慌ててジャングルジムの上に戻ってしまった。

 ……ううむ、これでは振り出しである。地味に上を見続けるのは首が痛くなるので勘弁して欲しかったのだが。

 

 とはいえここで再度彼を落とそうにも、流石に避けられるだろうことは目に見えている。

 そのため、私たちはまるでマンハッタンカフェのように((눈_눈))*5ジト目をルドルフに向けたのであった。

 

 

(´´^`)「ご、ごめんだし……」

「……まぁ、アンタを責めても仕方ないから、もういいわよ。……で?こんなところでそんなところでふんぞり返ってるアンタは、一体どこのどなた様なのかしら?」

 

 

 まぁ、すぐさまその空気も霧散したわけなのだが。

 わざとじゃないし、本人も気にしてるし。

 

 そういうわけで、話を戻して。

 ()が私たちを代表し、どこからか取り出した旗を突き付けながら、ジムの天辺にいるニャースへと問い掛ける。

 それを受けたニャースはといえば、しばらく『?』みたいな顔をしていたが、やがてなにかに気付いたように顔を輝かせると、一つ咳払いをしたのちにジムの上に仁王立ちをしたのであった。

 

 

「ふっふっふっ。にゃんだかんだと聞かれたら!答えてあげるが世のにゃさけ!」

「一人でもやるんだ……」

「ぴぃーっか、ぴっか?」*6

「止めたげなよ……」

「ぴー」*7

「……おっほんおほん!!世界の破壊を防ぐため、世界の平和を守るため!愛と真実のあ~くを貫くっ!ラブリーチャーミーにゃ敵役!!」

 

 

 それから始まったのは、ある種のお約束。

 ……メンバー全然足りてないんだけど、それでも尋ねられた以上はやらずには居られないらしい。

 まぁ、そういうのは『逆憑依(なりきり)』の性みたいなものだからね、仕方ないね。

 

 

「そう、ニャースでニャース!」

「おー……」

「あ、どうも。どうもですにゃ」

 

 

 そうして最後までやりきったニャースは、一仕事終えた充足感から晴れやかとした顔となっていたのであった。

 なお、こちら側は最後までやりきった彼への惜しみ無い拍手を送ることとなった。

 

 

「……それ」

「ふぎゃーっ!!?」

「あ、流石にそれは酷いぞ()

「ぴぃーっか。ぴかちゅー」*8

(´^`)「流石にそれはダメだって私にもわかるし……」

「えっ、えっ!?でも今のすっごい隙まみれだったわよね!?」

 

 

 なお、一人だけしらーっとしていた()だけは、ニャースのパフォーマンスが終わった途端に攻撃を仕掛けていた(上から剣を降らせていた)ため、敵味方から大ブーイングの嵐を受けることとなるのであった。

 

 おまえーっ!おまえ……作家の端くれがなーっ、折角の見せ場をなーっ、ゆるさーん!!*9

 

 

 

 

 

 

「この度はうちのジャンヌがトンだ粗相をば……」

「いえいえ、頭をあげてくださいにゃ」

(なにこの茶番……)

「なにか?」

「なんでもありませーん……」

 

 

 はて、一先ずの謝罪フェイズを終え、再びの対峙である。……え?今さっきの流れから真面目な顔して対峙するのは無理がある?それはそう。

 とはいえ相手の所属がわからないこと、およびわざわざ自身を悪役と評した辺り、激突は避けられないことだと思われる。

 

 

(´^`)「そうなんだし?」

「実際に悪いかどうかはともかくとして、悪役になったんなら悪役ムーヴしたくなるのがなりきりの常、ってもんなんだよルドルフ」

(´^`)「そういうもんかし……」

 

 

 ……どうでもいいが、尻尾が濡れっぱなしのせいか、ずっとしょんぼりしているルドルフはどうにかならないのだろうか?

 いやまぁ、体型は通常のルドルフを維持している分、まだ頑張っている方なのではあるのだろうが。

 

 とはいえそこを指摘するわけにも行かず、仕方なく反省中の()に乾かすように言っておく私である。

 

 

「そっちもにゃんだか大変そうだにゃ……」

「まぁ、問題児が揃っておりますので」

「ぴっか。ぴかちゅぴー」*10

「ええ……?」

 

 

 あ、こらピカチュウさんや。要らんこと教えんでいいのよ、私のイメージ向上委員会なのよ。

 まぁ、今回ピカチュウの台詞は普通の人にも認識できるようになっているため、別に相手がニャースでなくとも内容は伝わってしまうのだが。

 

 ……さて。

 

 

「よし、仕切り直そうか!」

(´´^`)「流石に無理なんだし……」

 

 

 ぐっだぐだのこの流れの中悪いのだが、いい加減話を戻していきたい。

 というかそもそもの話、何度も言うようにこのニャースは不審者も不審者。

 どこの手のモノかもわからない以上、こちらがやるべきことは真っ先に確保すること、である。

 

 

「にゃにゃ、そうはいかにゃいのにゃ。今回にゃーは密命を受けた身。それを遂行するまで捕まるわけにはいかにゃいのにゃ」

 

 

 ほら、相手も軌道修正を手伝ってくれてるし!

 先程までののんべんだらりとした空気は四散し、私たちの間に流れるのは一触即発の空気。

 ……ニャースはそこまで強力なポケモン、というわけではないが、それでもこの場で強気に打って出られる以上、なにかしらの隠し球を持っていてもおかしくはない。

 

 ゆえにこちらも空気を切り替え、油断なく相手の一挙手一投足を見つめていたのだけれど……。

 

 

「──これでも食らうにゃ!()()()()()っ!!」

「な、なにぃーっ!!?」

 

 

 そこから飛び出したモノに、一同思わず驚愕。

 いやまぁ、ロケット団のニャースといえば、色々と器用なことで有名ではあるが……今回のそれはわけが違う。

 

 彼がどこからか取り出して投げ付けて来たのは、()()()()()()()*11

 小さいと言っても、彼の背丈の半分はあろうかというそれは、しかして彼の原作とは全く関わりのないもの。ゆえに──、

 

 

「(【継ぎ接ぎ】か【複合憑依】か、なんにせよこれだけで終わりってわけじゃないだろうね)みんな、伏せて!」

(´´^`)「あわわだし……」

 

 

 ()()()()にしてくることを警戒して、私は伏せるように皆に指示。

 ()()()()飛んできた小タル爆弾は、そのまま転がり……転がり?

 

 

…………((;ㅎvㅎ))

…………((눈_눈))

「……撤収!やーなかーんじー!!」

「あ、逃げた!!?」

「追えー!逃がすなー!!」

 

 

 ……いくら火薬の詰まった小タルとはいえ、この大雨では湿気てしまうのも仕方のない話。

 無情にもうんともすんともいわず水に沈んだそれを視線で追った私たちは、暫し無言で見つめあったのち……地面に穴を掘って逃げ出したニャースの逃走成功により、その均衡を破ることとなるのであった。

 ……最後までぐだぐだなんじゃが!?

 

 

*1
あいあい、ほどほどにねー

*2
一応俺、本家って訳じゃないんだけどなー

*3
元々はピカチュウを喋らせようとした設定の名残。ピカチュウ自体は鳴き声のみでほぼ完璧な感情表現をして見せた為、結果としてそのお鉢が回ってきた形。なおニャース自身は、喋れるようになる過程で少しばかり酷い目にあっている模様

*4
猫が水嫌いであることから。なお、ニャースはわりと平気どころか、水中用のメカから投げ出されることも多数

*5
競走馬、およびウマ娘の一人。全身真っ黒なのが特徴で、彼女にだけ見える『お友達』がいる。ここでいうジト目は、四コマ漫画などでたまに彼女が見せる表情のこと

*6
なー、今のうちに打ち落としちゃダメかー?

*7
ちぇー

*8
信じらんなーい、ひどーい

*9
Web漫画『金魚王国の崩壊』の主人公、ミカゼが怒りのあまり発した台詞。子供って思ったより残酷なことするよね、という話でもあるかも?

*10
一番バグなのは、こうして一番の問題児が一番常識人、みたいな顔してることかなー

*11
『モンスターハンター』シリーズより、小タル爆弾。黄色い樽が特徴で、火力は高くなくもっぱら大タル爆弾の着火用、という趣のものであった



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掴み損ねた手掛かりは大きい?

「ちぃ、逃げ足の早い……!!」

「っていうか、この大雨で地面に穴掘ってよく大丈夫だよねあの子……」

「恐らく、なにかしらの保護が働いているのだろう。逃走中は危険に合わない……というような感じの」

「あ、ルドルフがしゃっきりした」

「うむ、手間を掛けたな。本当に」

 

 

 雨の中必死にニャースを追い掛けたものの、その逃げ足はあまりに早く。

 ……いやまぁ、混ざっているものを思えば、それも当たり前の話ではあるのだが。

 

 あの時、ニャースがこちらに投げて来たのは小タル爆弾であった。……そのアイテムを使う猫がいる作品、というのは一つしかない。

 

 

「多分、アイルーかメラルーが混ざってたんだろうね。で、アイルーはすでにうち(なりきり郷)にいるから、多分メラルーの方だったんだろうな……と」

「……実際、その二種って区別する必要っていうか、確実に区別できる方法とかあるの?」*1

「いやー、どうだろね?メラルー柄のアイルーがいる、って辺り正直見分け方とかわかる気がしないというか……」*2

 

 

 そう、恐らくあのニャースには『モンスターハンター』の獣人種・アイルーないしメラルーが混ざっていたのだと思われる。

 ゲームシステム的な都合、と言われればそれまでだが……彼らは決して死亡・ないし倒れ(一乙し)ない、という特徴がある。

 いやまぁ、過去作の『ニャンター』の挙動を見るに、正確には凄まじく一乙しにくい……というのが正解なのだろうが。*3

 

 ともかく、そんな丈夫なアイルー(もしくはメラルー)に、元々頑丈であるニャースの性質が混ざればどうなるのか、という話。

 そりゃまぁ、無茶苦茶な生存能力を持っていてもおかしくはないのである。……そもそも、地面の中にいる時ほぼ無敵だし。

 

 そういうわけなので、端から地面に潜られた時点でこちらの負けみたいなものだった、というオチが付いたわけだが……。

 

 

「それでもまぁ、察せられることは幾つかあるよね」

「え?」

 

 

 不思議そうに首を捻る()だが、これに関しては彼の発言を細かく思い出して行けば自然とそういう結論に至る、というだけの話である。

 

 

「怒られる、とか言ってたでしょ?そこから察せられることは二つ。あのニャースは、なにかしらの組織に属しているってことと、その組織はこの雨の理由を知ってる……ってこと」

「ぴぃっか、ぴかっちゅう」*4

 

 

 まず察せられるのは、あのニャースがなにかしらの組織に属していることと、その組織の上司かなにかにこの大雨の調査を頼まれた、ということの二点。

 特に後者──調査を頼まれたという部分に関しては、恐らくその組織はこの雨の理由を知っているのだと思われる。

 単なる調査である場合、『怒られる』という表現が少々違和感を感じるモノとなるからだ。

 

 

「なんでよ?例えばあのニャースが、アニメ本編みたくいっつも任務に失敗してる……みたいなパターンもあると思うんだけど?」

「それはないね」

「……断言したわね」

「そりゃまぁ、だってあのニャースってば()()()()()からね。ああいや、正確には一匹?……ともかく、あのニャース以外の人影がなかった以上、彼が失敗続き……ってのは考え辛いんだよね」

「……なるほど、もし失敗続きなのであれば、補助なり監視なりの要員が加わっていてもおかしくはないな」

 

 

 そう、ルドルフの言うように、もし彼が失敗続きなのであればそれを補助・もしくは監督する役目の誰かが加わっている方が自然なのである。

 特に、今回のような大規模な案件の場合は。

 

 それが無いということは、彼らからすればこの案件は簡単・もしくはその原因について既に目星が付いている、ということ。

 そしてそれゆえに、『失敗すると怒られる』という表現になるのである。……向こうからすればできて当然、みたいなものなのだろうから。

 

 それらの情報を総合した時、出てくる答えが『向こうはこの雨の原因を知っている』ということになるのだ。

 で、この情報とこの雨の性質──ほぼほぼ【星の欠片】が関わっている、ということを合わせると……。

 

 

「……あのニャースが所属してる組織、多分ユゥイとリンボが居るところなんじゃないかなぁ……」

「……ええと確か、その二人って目下のところの危険人物ってやつよね?」

「そうそう、敵……って言うと物騒だけど、概ねそんな感じの関係性の相手」

 

 

 向こうの言う組織とやらは、恐らくユゥイ達が所属しているものだろう、ということ。

 理由としては、【星の欠片】というものについて知識があるのが、現状なりきり郷のトップと私・キリア達と、それから彼女達くらいしか居ない、というところが大きい。

 

 仮にユゥイ達でない場合、こちらの組織の上の方の人間が、こちらに隠れてなにかをしているということになるのだけれど……。

 

 

「噂の『お偉いさん』達ならともかく、ゆかりんにそういう腹芸は無理です」

「ぴかっぴ?」*5

「そうなの。……少なくとも、私に隠し事なんてしないだろうしできないだろうから、そういう意味でも犯人候補からは外れるのよ」

 

 

 その場合の主犯と目されるのがゆかりんになってしまうため、まず間違いなく『ないな』という感想の湧いてくる私である。

 理由は幾つかあるが……人に事後承諾止めろ、って言っているような人間が、よもやこちらに対して事後承諾必要な案件をかましてくるはずがない、というところが大きい。

 

 というか、仮にそんなことしてたら、今までの向こうの愚痴を全部()()つけて返すこと請け合いなので、そんな愚は犯さないだろうというところも大きかったりするのだが。

 あとはまぁ、仮に『お偉いさん』が【星の欠片】に興味を持った、とかなら普通に伝えてくるだろうし、みたいなところもあったりはする。……まぁ、危なすぎるのでそもそも伝えてない、みたいなことも言っていたような気がするのだが。

 

 ともかく、身内側は疑っても無駄、みたいな感じである以上、疑うべきは現在こちら以外で【星の欠片】についての情報を持つ者──すなわちユゥイ様ご一行、ということになるのである。

 ……ただこれ、それが正解だとすると別の問題が浮上して来たりするのだが。

 

 

「別の問題って?」

「……いい?ジャンヌ・オルタ。どうか気を確かに、しっかりと地面を両足で踏みしめながら聞いて欲しい」

「な、なによ急に改まって……怖いんですけど?」

「いいから、なにを聞いても気をしっかり保てるように準備して」

「なに!?マジで怖いんだけどっ!?」

 

 

 そうして渋い顔をすれば、当然()は気にして声を掛けてくるわけで。

 ……懸念が現実のモノとなれば、一番ダメージを受けるのは彼女。

 それゆえに、どれほどの精神ダメージを受けても発狂しないように、と言い含めておく私である。

 具体的にはワンダイスで百の正気度が削れる覚悟をして欲しい、みたいな?……いやもうちょっと多いか。

 

 ともかく、何故そうなるのか?……という前提部分を語り始める私である。

 

 

「まず、ユゥイ本人……は、ちょっとわからないところがあるから保留するとして。その付き人みたいな感覚で連れ回されてるリンボだけど、彼って【複合憑依】なのよね」

「【複合憑依】というと……三人分のキャラが一纏めになっているもの、だったか?」

「そうそう。……なんとなーくだけど、正規の『アルターエゴ』の作り方に似ている気がするカテゴリの一つだね」

 

 

 まず触れるのは、件の人物達の片割れ──リンボこと蘆屋道満について。

 彼との初遭遇の時に、彼はご丁寧に自分が【複合憑依】であることを表明していた。その時に語られた中身は、蘆屋道満、キョウスケ・ナンブ、セフィロスの三人。

 ……声優繋がり、かつ作中にて豹変したことがある繋がりでもあるこの三者を纏めたのがあのリンボの正体である。

 

 そしてこれは、彼が()()であることからの予想なのだが──多分、あのユゥイも【複合憑依】だと思われる。

 

 

「……?【星の欠片】は他の能力との噛み合わせが悪い、みたいな話を聞いた覚えがあるのだが?」

「ああうん、そのはずなんだけど……細かく見ていくと()()だと仮定した方が納得行く部分が多いんだよね」

「ふむ……?」

 

 

 ルドルフの言う通り、本来【星の欠片】は他の能力との噛み合わせが絶望的なまでに悪い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()モノである【星の欠片】は、その性質上他の能力の入るスペースそのものを壊してしまう。

 一応、私の【虚無】の使い方のように、無数の微細数を纏めて操作することで能力を真似る、ということはできるが……それはあくまでも無理矢理模倣しているだけであり、能力を両立させているわけではない。

 

 ゆえに本来、【星の欠片】に【継ぎ接ぎ】などは起こらないはずなのだが……。

 

 

「原案と連載版、みたいな感じの二人のユゥイが混じってるっぽいところを見ると、単一の存在だとは思いにくいんだよね」

「だが、【継ぎ接ぎ】ではないだろうと。……なるほど、だから【複合憑依】か」

「ちょっとー?!勝手に納得してんじゃないわよー!?」

 

 

 事実として、現在のユゥイはおかしな状態になっていた。

 私を『母』と呼ぶそれは連載版の方だし、【星の欠片】なのは原案の方。

 ……名前が同じと言えど、本来混ざり合うはずの無い二つの要素。しかしそれが【複合憑依】であるのならば、一応の説明が付くのである。

 

 

「あれは文字通り、()()()()()()()()()モノだからね。【星の欠片】は人一人を器に回る永久機関。……つまり、三人のうちの一人がそれだったというパターンなら、成立する余地はなくもないんだよ」

 

 

 まぁ、それでも【星の欠片】を混ぜるという無茶をしている以上、本来の【複合憑依】ではなく『アルターエゴ』──新たに抽出された新人格、みたいなことになってしまっているのも確かなようだが。

 

 ……さて、ここまでは前座の知識である。

 もし【星の欠片】が【複合憑依】については受け入れるのであれば。

 

 

「……あのニャースも【複合憑依】っぽかった以上、向こうの組織とやらは【複合憑依】ばっかりのところ、みたいな予測が立てられてしまうわけでね?」

「……いや、なんかこうすっっごく嫌な予感がしてきたんだけど?!」

「はっはっはっ、諦めたまえ。──我々が挑むのは恐らく、悪魔合体(チェイテピラミッド姫路城)級の代物なのだから!」

「いやっ、いやよそんなのいやーっ!!?」

 

 

 これから出会うだろう『原因』も、その可能性が高いことを告げた時。

 暗に私がなにを言いたいのか察した彼女は、嫌だ嫌だと首を左右に振り始めたのであった。

 

 ……ふ、諦めた方が身のためだぜ……(白目)

 

 

*1
メラルーはアイルーの亜種、という扱いである。また、メラルーの見た目はメラルー種以外には存在しない。……分かりやすく説明すると、ニャンター・オトモアイルーなどで使えるメラルー柄のアイルーは、正確には『味方で使えるメラルー』である。言うなれば、真面目に働いているメラルーだということ。メラルー種は好奇心旺盛になりやすいとのことなので、その辺りの本能を抑えている立派な(?)メラルー、ということなのかもしれない

*2
なお、正確には上記説明通りなので、メラルー柄ならメラルーと考えてよいこともあり寧ろ見分けやすかったりする

*3
『モウイチドングリ』というアイルー専用のアイテムが存在する。これは使用することで瀕死状態から復帰するというアイテムなのだが、ニャンターはこれがクエスト開始時に二個補充される(最大値も二個)。つまり彼らの一乙とは『モウイチドングリが尽きた状態で体力がなくなること』であり、実質的に九乙まで許される、ということでもある。さらに、この『モウイチドングリ』はBCで眠ることで補充可能。つまり、残り個数に気を付けて立ち回れば、実質無限の体力を持つ、ということになる。また、地面に潜ると一部(咆哮と震動)以外の全ての攻撃に対して無敵になる、等という素敵な仕様もあったり

*4
まぁ、じゃないと『怒られる』なんて表現にならないもんなー

*5
そうかなー?



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素敵な仲間は増えますか?

「……言葉にすると実現する、だったか。なので明言したくないと?」

「まぁうん、無駄な抵抗だってのは重々わかってるんだけどねー……」

 

 

 錯乱する()を治療するため、しばらくピカチュウ氏によるポケセラピー*1を敢行しているわけなのですが、皆様如何お過ごしでしょうか?

 私に関しましては、これから待ち受けるものについて今から戦々恐々としている次第にございます()

 

 ……いやだって、ねぇ?

 まさか【星の欠片】にも【複合憑依】となる余地がある……なんてことが判明したってだけでも驚きだというのに、下手をするとこれから待ってる相手についても、()()が起きているかもしれない……だなんて言われちゃ、ねえ?

 もはや驚きを通り越して、諦めの境地に入ってしまっても無理はない、ってやつですよホント。

 

 ……いやまぁそれでも最後の意地として、()()を明言することだけは避けているわけなんだけども。

 でもそれも時間の問題というか、無駄な抵抗というか……みたいな?

 

 だって見てごらんなさいよ、今の私たちのパーティ構成を。

 結果的に【星の欠片】を呼び込むための要員になった(キーア)と、端から【姉】を呼び込むための要員であるジャンヌ・オルタ。

 それから、【海の化身】を呼び込むための要員であるピカチュウ……といった風に、てんで向いている方向がバラバラなのである。

 

 本来これは、呼び寄せるものをどれかに限定する・ないし現れたものに対処できる者を加えておく、というような意味合いで組まれたパーティなわけなのだが……ことここに至っては、完全に逆効果になってしまっていたのであった。

 ……まぁ、本当なら()()()()()()()想定でいたのだから、そこに文句を言っても仕方がない部分もあるわけだが。

 

 

「……他二人が呼び寄せる者相当ということは、貴方の方は端から対処目的だった……ということで相違ないか?」

「まぁ、最初から怪しい話ではあったからねぇ」

 

 

 あとは、私が本来対処目的だったのにも関わらず、呼び寄せ役にもなってしまっていた……というのも、問題と言えば問題だろうか。

 

 いやまぁ、『なりきりパワー』の性質からして、こういう事態も(一部を除いて)あり得なくはないかなー、とは思ってたんだけどね?

 現行科学では純粋なエネルギーにしか見えない……とか、()()()()()()()()()()位置にある【星の欠片】からしてみれば、文字通りカモみたいなもんやんけ……みたいな懸念は端から存在していたわけだし。

 

 とはいえ、前述通り例えそうだったとしても、十分に対処はできたはずなのである。

 私より小さい扱いの【星の欠片】は限られているし、その限られた者の中でも、今回の案件に該当する者はほぼいない。

 ならば、出現する【星の欠片】は【星の欠片】としては微妙なモノに限られるはずだし、そもそも状況からして【兆し】が優先する者は他にあるはず。

 

 ……唯一の想定外、【星の欠片】が【複合憑依】になりうるという事実さえなければ、例え姉が出ようがカイオーガが出ようが、なんとでもなるはずだったのだ。

 まぁ結果はご覧の通り、その想定外のせいで滅茶苦茶ヤバい状況に追い込まれているわけなのだが(白目)

 

 

「とはいえ、まだ……まだ確定ではない……【兆し】が現れていない以上、まだどれか単品で出てくるパターンは捨てきれない……!」

「……言ってて空しくならないか、それ」

 

 

 だがしかし、だがしかし。

 シュレディンガーの猫、というわけでもないが現状は五分五分……いや六対四……いや七対三?くらいでまだ決まってはいない。……どっちがどの確率なのかは明言しない()

 

 ここから本気でなにごともなく、聖女や海の化身が単体で現れる、という可能性も決して零ではない。

 零ではないのだから、それを希望に明日を夢見ても問題はないのである。多分。

 

 ……なお、ルドルフからは「現実を見ようよ」みたいな視線を向けられることとなった。おのれ正論を……!

 

 

 

 

 

 

「こうなってくると、勝利の鍵はルドルフにある……ってことになるのかなぁ」

「……私にか?」

 

 

 どうにか持ち直した()を連れ、再び探索を再開した私たち。

 

 出てくるものが怖いのなら、そのまま事態が終息するまで待機していればよいのでは?……みたいなツッコミが飛んできているような気がするが、それは出来ない相談である。

 

 その一番の理由は、向こうの手の者であると思われるニャースが、すでにああして動いているということ。

 ……どういう目的で元凶を探しているのかまではわからないが、ここで手をこまねいていて*2は向こうの思う壺*3……というわけだ。

 あと、姉だろうがカイオーガだろうがそれ以外だろうが、この規模の雨を降らせることのできる相手を、こちらの目の届かない位置に行かせてしまうのは大問題過ぎる……みたいなところもあるか。

 

 ……まぁ、私たち三人で探し回ることで、【兆し】の属性が本当に【複合憑依】になってしまう、という危険性もなくはないが……。

 そもそもの話、【複合憑依】であるニャースが探しているという時点で、私たちが今ここで手を引いても変わらない……とも言えなくはないかもしれない。

 ……言ってて思ったけど、仮定が多過ぎてなにがなにやらだなこれ?

 

 とりあえず一つ言えることがあるとするなら──ニャースが【複合憑依】であると仮定する場合、判明している二種──ニャースとメラルーがそれぞれ『ポケモン』と『モンハン』の縁となる確率が高く。

 その場合、下手すると『カイオーガ』+『アマツマガツチ』*4+あとなにか、みたいな地獄のような【複合憑依】が生まれる可能性がそれなりに高い、という懸念が強いということだろうか。

 

 ……超大型古龍と姉。どっちが危険かについてはそれぞれ議論はあるだろうが……辛うじて会話できるだけ姉の方がマシかなー、と思ってしまう私なのでした。

 いやまぁ、冷静に考えると超大型古龍と比べられる姉ってなんだよ、ってなるんだけどね?

 

 ともかく、話を戻すと。

 現状単体の相手が出てくる可能性は低く、ほぼ確実に【複合憑依】が──下手をすると【星の欠片】混じりのヤバいのが出てくる、と予測されているわけなのだが。

 そうなってくるとこれからの流れで重要になるのが、ビッグビワから派遣されたルドルフなのではないか?……という話が持ち上がってくるのである。

 

 なにせ彼女、ウマ娘としてもたぬきとしても、特に大雨に縁のある人物ではない。*5

 一応、ビッグビワの元がケルヌンノスである……というところから、無理くり雨の氏族*6の話を持ってくることもできなくはないが……そうなるとこのルドルフが、どこぞの魔猪の氏族*7と化してしまうのでないだろうなというか。

 いやまぁ、仮にそうならそうで重要ではあるわけだが。

 

 ともあれ、彼女は今回かなりぽっと出に近い人物である。

 そんな人物が必要とされる、ということは……。

 

 

「……性格の誘導?」

「まぁ、現状考えられるのはそこかなーって」

 

 

 生まれ来る【複合憑依】が、こちらに友好的か否か?……というところに関わってくるのではないか、と思われるのである。

 もっと分かりやすく言うのであれば、【兆し】にとっての『目的』に相当するのではないか、というか。

 

 三位一体という言葉があること、および【複合憑依】は三つの存在を混ぜ合わせるモノであることからもわかるように、『逆憑依』という現象にとって、『三つの要素』という概念はとても重要なモノになっている。

 

 この話の場合に関わってくるのは──は肉体・魂・精神の三要素だろうか?

 肉体は『再現するキャラクター』、魂は『核となる感情・もしくは人』、そして精神に該当するのが『目的』である。

 そして今回の現象──長雨は、()()()()()()()()()()()であり、そこに目的意識はない。あったら『なりきりパワー』ではなくなっているはずだからだ。

 

 ゆえに、『なんのために雨を降らせるのか?』という理由……『目的』を、ルドルフが与えることになるのではないか?……というのが、今回の考察の結果というわけである。

 

 

「……まぁ現状、私がここにいる意味がわからないのは確かだが……その場合、『雨の中で走りたい』とかになるのか?……本当に?」

「……まぁうん、あくまでもその可能性がある、って言うだけだから……」

 

 

 ただこの考察、一つ致命的な問題点があった。

 ……『尻尾も濡れたし』という言葉に代表されるように、彼女の原型──ションボリルドルフは、雨をそこまで好いているとは思えない。

 つまり、この大雨を降らせる力を持った存在に、『雨なんて嫌だし……』という矛盾した感情を宿らせることになるのでは?……という疑念が持ち上がってしまうのである。

 

 なので、微妙に『こうだ』と言いきれない、そんな感じの考察になってしまい、パーティ内の空気はとても微妙なモノになってしまったのであった……。

 いやほら、あくまでそうかも、ってだけだから……。

 

 

*1
『therapy』。テラピーとも。意味としては『治療・療法』となるが、その中でも特に手術や投薬を伴わない心理的・物理的なもののことを言う。有名なところでは動物に触れ合うことで心身を癒す『アニマルセラピー』などがある

*2
『手をこまぬく』とも。漢字は『拱く』。元々は中国の挨拶の一種『拱手(きょうしゅ)』(右手を左手で掴むような形にしたのち、胸の前に持ってきて会釈をするもの。似たような形の挨拶が多く、また左右の手のあり方で意味が変わるなど、色々と奥の深い挨拶)から来ているとか。また『こまねく』自体に腕を組むという意味があり、そこから『なにもせずに(≒腕を組んで)ただ傍観している』ことを示す言葉となったそうな

*3
予期した状態。期待した通りになった、という意味の言葉。博打の一つ、『丁半』にて使われるサイコロを入れる壺から出てきた賽の目が思った(期待した)通りだった、という状態が語源。熟達の壺振り師は賽の目を自由に変えられたとのことなので、まさに『思う壺』だったというわけである

*4
『モンスターハンター』シリーズのモンスターであり、『モンスターハンター3ポータブル』におけるラスボス。『嵐龍』というシンプル極まりない二つ名を持つが、その実更なる異名として『大いなる災い』とも呼ばれる強力無比な存在でもある。嵐のパワーについては散々語っているので、それを自在に動かせるという時点でどれだけヤバいのかは、なんとなく想像できるだろう

*5
一応、『尻尾も濡れたし……』は水溜まりのせいなので、そこが関係しているとも言えなくもないかもしれない。微妙すぎる?それはそう

*6
FGOにおける(恐らく)妖精國の良心の一つ。なお作中時間軸ではすでに滅んでいる模様()

*7
『そんな氏族ねぇのです』。……猪突猛進タイプのとある二人を指す言葉。発言した人物は両者と関わりがあったこともあり、両者が部分的に似通っていることを端的に表した。なお該当者が該当者なせいで、必然的にこの氏族()は妖精國を左右する運命を持つとされている()



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その者、聖女に付き接触注意

「まぁ、あれこれ言ってても話は進まないし、とりあえずは現場まで走ろうか」

 

 

 ……というような感じで、雨の中を走り出した私たちである。

 正直期待不安の未来が動き出している感じが凄いが、ともあれ遭遇してみないことにはわからない……というやつだ。

 

 

「……今すぐ止めておうちに帰りたい……」

「き、気を確かに持つんだオルタ。きっとなんとかなるさ。……いやまぁ、私はその()?とやらを知らないから、結構適当なことを言っているのかもしれないが」

「……アンタのところに『母』って言われてるやつ、居るでしょ?」

「え?ええと……あー、スーパークリークのことか?」*1

「あれと同列」

「……んん?」

「しかもたぬきの方」*2

「んんんんん?」

 

 

 なお、後ろではなにやら話し込んでいる二人の姿があったが……精神安定のためスルーである。

 ……真面目な話、なんでどこの作品にも頭のおかしい家族自称キャラが増えてるんだろうね?*3

 

 

「ぴかぴかぴーっか」*4

「いやな流れだなぁ……」

 

 

 あれかな?みんな大佐だったのかな?ファミコン?

 ……というような愚痴はともかくとして、ようやく次の現場へと到着である。

 

 

「……そういえば、ふと気になっていたのだが」

「んー?なにさルドルフ?」

 

 

 到着したその現場では、マンホールの蓋から汚水が逆流している……という、わりと都市部でよく見る感じの洪水が起きていた。

 

 こういうところ(都心部)の水は下水が逆流していることも多く、大抵匂いや汚れが酷いことになっているものなのだが……今回のそれは見た感じ、単なる噴水かなにかみたいな状態であるようで、作業員の人達は特に気にもせず作業を続けている。

 

 そんな彼らを手助けしていた私たちだったわけなのだが、その最中なにかに気付いたように、ルドルフが一つ声を上げたのであった。

 

 

「処理の仕方によっては、未処理の汚水が川に流される……というようなこともあるのだろう?」

「あー、東京とかでたまにあるやつだね。合流式ってやつ」

 

 

 はてさて、たまに都心部で大雨になった時に話題になる、溢れた水の匂いや汚れ。

 これは、古くからある都市では下水の処理のための管が『合流式』と呼ばれる形式で建築されていることが多い、ということに理由がある。

 

 基本的に都市を作るのに適しているのは、極端な雨が降らず・洪水の起こらない平野……というのは皆様ご存じの通り。

 日本は平野が少ないということもあり、人工的に埋め立てて平野を作る、なんてことも行われていたわけだが……ともあれ、東京という土地がそこまで雨の多い地域ではない、もしくは()()()()()()というのは間違いない話である。*5

 

 また、下水道が作られた時期というのは、それらに掛かるデメリットなどについて、まだまだ習熟の少なかった時分。

 そのため、比較的安価に設営できる『合流式』の下水道管が優先して作られた、というのは仕方のない話なのである。

 ……まぁ、梅雨という雨季のある関係上、実際は世界的に見ても雨のよく降る地域である日本で、その辺りのことを疎かにしてしまっているのはどうなのか?*6……という疑問もなくはないが。

 

 まぁともかく。古くからある都市で、尚且つ今もなお広がり続けているような場所の場合、初期のうちに作られた下水道管を作り変える……というのが難しいことは言うまでもないだろう。

 地下に作るものである以上、上にあるものを退けたり躱したりしなければいけなくなる上に、変わりに導入する予定の『分流式』は費用も必要な管も増えるのだから、なおのことだ。

 

 ……とまぁ、なんで『合流式』の下水道管が残り続けているのか、みたいな話はそこまでにしておいて。

 今度はそれぞれに掛かるデメリットについて、簡単に説明をば。

 

 まず『合流式』だが、これは文字通り『下水』と『雨水』を同じ管に流し込むタイプの下水道管である。

 普通下水はそこまで量が多いものでもなく、また雨も大雨でなければ量としては問題ないくらいの水量でしかない。

 ゆえに、その二つを纏めて同じ管に流すようにすることで、必要なスペースや建築費用・処理の手間を簡略化したのが『合流式』のメリットだと言えるだろう。

 

 デメリットは分かりやすく、雨の降る量が処理場の限度を越えた場合、ほぼ未処理の汚水を河川に放流してしまう形になる……ということである。*7

 

 

「今までそういうことになる可能性があったのは、それこそ台風が来た時くらいのものだったけど……今ではゲリラ豪雨とか、都市部にピンポイントに台風が直撃してくるとかで、雨量が限度を越えることが多くなっちゃったんだよね」

 

 

 一時期、オリンピックの開催が危ぶまれるほどの水質になったことがあったが……それまで水質改善に努めていたのにも関わらず、そんな話が持ち上がってきたのは──水質調査の前に台風や大雨が来て、処理場のキャパを越えてしまったから……なんて話もあるくらいである。

 一応、雨が多くさえなければ、東京湾の水質は普通に泳げる程度には改善しているとかなんとか。*8

 

 ……まぁ、その辺りの話は置いとくとして。

 次に『分流式』だが、こちらは『汚水』と『雨水』を別々の管に通す、文字通り()()()()()()タイプのものである。

 大雨などで一帯が水没するような事態でも、汚水が紛れ込まないため河川の汚染を引き起こしにくいという利点があり、基本的に新しく設営される下水道管はこちらになるのだが……。

 

 デメリットとしては、管の数が単純に二倍になる……ということがあげられる。

 要するに、設置するためのスペース・用意するための金額・さらには他の地下埋設物──ガス管や水道管などとの有無を気にする必要性がある、という問題だ。

 

 更に、以前降雨初期の雨水は大気中の汚染物質や塵を含むため汚い、みたいなことを言ったことがあるが。

 道路の上も決して綺麗なものとは言い難く、それらの汚染物質を含んだ雨水をそのまま河川に流してしまう、という問題点も存在していたりする。*9

 

 ……ともあれ、物事にはメリットもデメリットも付き物。

 それをここで殊更に語る意味はないように思えるが……ここで、この現場が()()()()()()()()()()()()()()()()()、という話に戻ってくる。

 

 そう、今この一帯に溢れている水は、本来下水も混じった()()()のはずなのである。

 だが、実際にはどうだろう?少なくとも見た目上は、その水はまるで清流の如く澄み渡っているのである。

 汚水混じりのはずにも関わらず、だ。

 

 

「……んー、含まれてる『なりきりパワー』の効果、なのかな?」

「汚れを分解・ないし浄化してる……みたいな?……うっわ、言ってて鳥肌立ってきたんだけど!?」

「ぴっかちゅ、ぴー」*10

 

 

 恐らく、雨水に含まれている『なりきりパワー』がなにかをしている、ということなのだろうが……指向性のないエネルギーに、そんな器用なことができるとは思えない。

 仮に綺麗にするのなら、水に触れたものすべて削り飛ばす……みたいな形になりそうだからだ。

 

 こういうところでも、ほんのり【星の欠片】が関わっている可能性を提示されている気がして滅入ってくる私だが、傍らの()の滅入り方はその上を行く。

 ……いやまぁ、彼女にとっては死活問題みたいなものなので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

 

「むぅ、酷い言われようです。私はただ偏に信念を持って、世に雨のあらんことをと願っているだけなのに」

「だから迷惑なんでしょうが。アンタみたいなのは一人でもいらな……い」

「こらオルタ、姉に向かってその口の聞き方はなんですか!めっ、ですよ!」

「……で、」

 

「「「「でたーっ!?」」」」

「でたとはなんですか、人をお化けみたいに。……あれ?でも私ってお化けみたいなものなんでしたっけ?……あれ?」

 

 

 そんな中、しれっと隣に現れた人物に、私たちは驚き戦いて後ずさることになったのでした。

 ……いやホント突然現れたね貴方?!

 

 

*1
ウマ娘の一人。オグリキャップ・タマモクロスのライバルにして親友……すなわち、現在ウマ娘組の中でなりきり郷に来たくて来たくて仕方がないかもしれない人物である(二人ともいるので)。母性が強く、夢の中ではライバル達を赤ちゃんにしてしまったことも。やべー母()

*2
人類母 顕現(クソデカフォント)

*3
どの作品でも探せば大体見付かる姉自称・母自称キャラ達のこと

*4
時代の流れ、ってやつかなー

*5
東京の一年通しての降水確率は、約三割とのこと。また世界の有名な都市も、大体三割程度の降水確率の場所が多い

*6
年間降水量で比べると、世界で二位の雨量を誇っていた時期もあった(流石に今は陥落済)。ただそれでも、世界平均の二倍の雨が降っているのは変わらなかったりする

*7
なんとか頑張って処理すればよいのでは?……と思われるかもしれないが、仮に強行して処理に失敗・施設が損壊するなどの被害が起きた場合、単に下水を垂れ流すより酷いことになる(処理施設には汚水から分離した汚泥なども存在する為)可能性がそれなりに高いことは留意しておくべきである

*8
高度経済成長期に排水を垂れ流しにしていた時と比べれば、劇的なほどに水質は改善されている。これ以上の改善を望むのなら、それこそ東京という都市の建て直しから必要となることだろう

*9
雨水を処理場に送っていては『合流式』と変わらない為、基本的に雨水はそのまま河川に流れるようになっている

*10
汚れた水の浄化……とか、まんま聖女の行いってやつだもんなー



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その姉、最強につき

『鏡面複写した姉類史の濫用』

『無量無数に至る異聞姉類史の総括』

『これらを用いた、仮想姉霊体の構築を確認しました』

 

『生物分類:エニィ(Any)ネスリング(nestling)インブレーサー(embracer) グランドシスター:クラス ルーラー』

 

ANE() が 召喚されます』

 

 

 ──的なアナウンスが聞こえてきそうな今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?*1

 私達は、忽然と隣に現れた姉──もといジャンヌの姿に、戦々恐々としている最中でございます。

 

 いやだって、ねぇ?本当に気配もなく、いつの間にか隣に立っていたモノだから、途中までだーれも気付かなかったんだもんよ。

 っていうか、下手すると周囲の一般人達さえ気付いてなさげだし。「……ん?さっきまで四人だったような?──ああいや、そういえば()()()()()()()()()な、すまんすまん」とか言いだす始末だし。

 

 

「ぴーか、ぴかっちゅ……」*2

「認識汚染とかも持ってそうなんだけど。怖いんだけど」

(´´^`)「もうダメだし……勝てるわけないし……」

「うーんみんなして弱腰……」

 

 

 その不気味すぎる登場の仕方に、こちらのメンバーはすっかり気圧され気味である。……いやまぁ、私もちょっと引いてるんだけど。

 なにせこうして現れた彼女──ジャンヌ()()()その女性は、明確に【星の欠片】として気配を醸し出していたのだから。

 

 

 

 

 

 

1/1

 

   

 

 

 

 

 

 

「あ、いえいえ。私に戦闘の意思はありませんので、矛を下ろして頂ければと」

「……あ、そうなんです?」

 

 

 一触即発の空気であったが、当の姉──もといジャンヌは、至ってのほほんとしている。

 その空気に毒牙を抜かれた私たちは、一先ず臨戦態勢を解除したわけなのだけれど……。

 

 

「はい、この土嚢はこちらで構いませんか?」

「おお、すまねぇなぁ姉ちゃん。随分と力持ちみたいだが、なんか格闘技とかやってんのかい?」

「いえいえ。困っている人を助けるため、少々鍛えているというだけのことですよ」

「なるほどなぁ、正義の味方……みたいなもんかい?」

「まぁ、近いモノではあるかもしれませんねぇ」

 

「……なにあれ」

「現場のおっちゃんと和気藹々としながら、堤防の補強作業を続けるジャンヌ……かな?」

「いや、情況を説明しろって言ってんじゃないのよ?」

 

 

 そうしてここに来た目的の内、もう一方の方である堤防の補強作業を手伝うことになった私たちが見たのは、現場で働くおじさま方と仲良く土嚢を運ぶジャンヌ(元凶)の姿なのであった。

 ……どういうこっちゃ、と首を捻る()と以下数名である。

 

 こうして彼女達が首を捻っている理由、懸命な皆さま方ならお気付きかと思うが……そもそもこの雨、ジャンヌが降らせているものの筈なのだから、この行為はマッチポンプ以外の何物でもないのである。

 単純な話、雨を止めればそれで終わりのはずなのだから。

 

 それをおくびにも出さず、真剣におじさま方を手伝うその姿に、疑問を抱かない者はいない……というわけだ。

 とはいえ現状それを彼女に尋ねるわけにも行かず、仕方なく彼女に倣って現場の手伝いを再開する()達なのであった。

 

 そうして、ある程度の補強作業が終わり。

 こちらに手を振りながら、車に乗り込んでいくおじさま方に手を振り返しつつ。

 改めて、件の人物(ジャンヌ)と向きあった私たちである。

 

 

「……ええと、皆さんお顔が怖いですよ?」

「なにをいけしゃあしゃあと……なに?聖女様は遂にマッチポンプもお覚え遊ばされたってわけ?」

「……はい?まっちぽんぷ?」

「とぼけんじゃないわよ、この雨アンタの仕業でしょ?だったらさっきのあれ、茶番以外の何物でもないでしょうに」

 

 

 こちらの視線を受け、苦笑を返してくるジャンヌ。

 そんな彼女の姿は、少々こちらの知るそれとは異なっている。

 

 まず、ベースとなっているのは『水着ジャンヌ』の第三再臨であろう。あれのツインテール部分が無い状態、というのが一番近いか。

 バトルグラをそのまま大きくした感じ、と言えば受ける雰囲気もわかりやすいかもしれない。

 セイントグラフだと少々奇抜な格好に見えるが、戦闘だとツインテールが目立たなくなるのでわりと普通に見える感じ……みたいな?

 

 とはいえ、ベースは確かにそれだとしても、全体を見れば違ったものであることはすぐさま理解できる。

 なにせ彼女の服、本来の白&緑の配色ではなく、青と黄色の配色に変化しているのだ。

 これは、今回の事件の起因と目されるカイオーガの配色……()()()()。懸命な皆さま方ならお気付きだろうが、そちらの配色は青&赤。

 

 ……つまり、これはカイオーガそのものの配色ではなく。その上位種……というと語弊があるか。

 カイオーガが真の力を現したとされる、原始の姿。──そう、ゲンシカイオーガの配色なのである。

 

 そこから予測されることが正解であれば、ちょっとこの事件解決が難しいかも……などと思っていたりする私だが、一応確定ではないため黙っていたり。*3

 いやまぁ、横のピカチュウさんは気付いているっぽい動きしてるけどね?

 でもまぁ、仮にそうだとすると後がめんどくさいので「違ったらいいなー」みたいな顔をしているというか。

 

 そんなこちらの考えを知らない()とルドルフは、至って真剣な顔でジャンヌと向き合っていたのでありましたとさ。

 

 

「私が?この雨を?……ええと、そうなのでしょうか?」

「……はぁ?」

「いいえその、今一実感が湧かないと申しますか……そもそも私、誰なんでしょう?」

「…………はい?」

聖女(ジャンヌ)としての記憶はあります。海の化身(カイオーガ)としての記憶もあります。ですがもう一つ、あともう一つが掴めなくて、私はわたしはワタシハだれダレ誰

「はっ?ちょっ、なにこれ!?」

「あちゃー……やっぱダメだったかー……」

「ちょっとアンタ!?こいつがどうなったかわかってんの!?」

「あーうん、なんとなくはだけど、ね」

 

 

 そして、そんな視線を向けられた当のジャンヌはというと。

 最初の内は比較的まともに受け答えしていたが、途中から雲行きが怪しくなり……最終的にはこれこの通り、まるで壊れたラジオのようにがったがたになってしまう始末である。

 

 これに関しては──恐らく、【複合憑依】と【星の欠片】の相性の問題、というやつだろう。

 実例として目されるのはユゥイただ一人なので、データとして信憑性が薄いのが問題だが……彼女を例に取ると、本来ドクター・ウェストのように三人分の姿が用意されるのではなく、単一の存在が本来用意されている三人分の属性すべてを包括する、という形で成立している。

 

 ユゥイの場合、最後の一人が誰なのかわからないので例としては不適切なのだが……ともあれ、彼女と同じようなことがこのジャンヌにも起きているのだとすれば、一応説明は付く。

 ……すなわち、【星の欠片】が構成要素に混じる場合、()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「溶かされる……?」

「アルターエゴを例として挙げたでしょ?あれの本来の運用は、複数の女神を混ぜ合わせ、新たな存在を作り上げること──いわゆるハイ・サーヴァント作ることだけど、【星の欠片】入りの【複合憑依】はそれと同じことになるってわけ」

 

 

 本来、【星の欠片】は他の要素と()()競合してしまうため、両立させることが不可能な現象だ。

 しかし、【複合憑依】は三つの存在を一つに繋げるもの。……見方を変えれば、『三人組のグループを一つの個体として扱う』ようなものである。

 

 そして、グループというものは──複数の個性が含まれることを、寧ろ推奨するもの。

 例えば『眼鏡をしているキャラを集めた』グループがあるとして、そこに集うメンバーは『眼鏡』という個性以外、まったく違う方向を向いた者である方が好ましい。

 似たようなキャラを集めただけでは、人気が分散するだけ。

 キャラの相乗効果を狙ったりするのもグループの目的の一つなのだから、個性は被らない方が望ましいのである。

 

 それは【複合憑依】でも似たようなもの。

 わざわざ三つの要素を纏める以上、できればそれらは違う個性を持つものであることが望ましい。

 無論、繋ぎ合わせるためには一定量の共通点は必要となるが……逆を言えば、まったく同じである必要はない。

 

 その性質ゆえ、【星の欠片】は【複合憑依】になら混ざることができるのである。

 ……だがしかし、混ざることができるということと、混ざっても問題がないというのは同じではない。

 

 

「雑な言い方をすると、【星の欠片】って納豆菌みたいなものなんだよね。で、他の人達は普通の菌類……みたいな?」

「ぴっか、ぴかっちゅぴ」*4

 

 

 そう、例え一度成立したとはいえ、【星の欠片】は【星の欠片】。

 その性質が崩れるわけではなく、寧ろ近くに別の存在がある、ということに過剰反応することは必至。

 

 では、【星の欠片】の持つ性質とはなんだったろうか?……そう、()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 その性質が【複合憑依】という現象と混ざった結果、他二つの要素を両立できるモノとして自分を変化させ、それによって三つの要素を溶かした新たな存在として新生するのだ。

 

 そう、今私たちの目の前に居るのは、ジャンヌ・ダルクでもゲンシカイオーガでも見知らぬ【星の欠片】でもない。

 

 今ここで新たに生まれた、新たな【星の欠片】──ジャンヌ・アクアなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

1/1

 

   

 

 

*1
FGO二部七章でのとあるアナウンスから。なお『エニィ・ネスリング・インブレーサー』を雑に和訳すると『あまねく者に寄り添い抱き締めるもの』となる。頭文字を『ANE』にする為、わりと無茶苦茶なことになっているが気にしてはいけない()

*2
ゴーストタイプかなんかかよ……

*3
初登場時はともかく、特性『あめふらし』はそのポケモンが戦闘に出てから()()()()の間天候を雨に変える効果である。……では、ゲンシカイオーガの特性である『はじまりのうみ』は……?

*4
味噌とか醤油とか作ってるところだと、納豆食ったあと入れないとか有名だよなー



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姉と言いつつ……

「……増えやがったあの姉!!」

「ああうん、君らのところだとそういう反応になるのね……」

 

 

 一応、今回のあれこれってわりと大問題のはずなんだけど、あの世界(FGO)の記憶があると『またぽこじゃか増えやがった』的な感想になるらしい。*1

 いやまぁ、トラブルに慣れていること自体は頼りになるんだけどね?

 

 ともかく、ジャンヌ・アクアの対処である。

 現在バグったような挙動を見せている彼女だが、それは恐らく彼女に含まれる三つの要素──【星の欠片】と【英霊】、それから【ポケモン】という要素が()()()()()()()()()()()()()()()ことから来るものだろう。

 こちらは彼女が突然現れたように見えていたが、実際彼女は今現れたばかりだ、ということだ。

 

 

「……ええと、どういうこと?」

「本来『逆憑依』、ないし【顕象】として成立する時、知識や記憶ってものは鮮明に理解できるようになってるんだよ。それこそ生まれたてでもね。……でも今の彼女はそうじゃない。その知識の定着を阻害してるのが、恐らく【星の欠片】ってことになるんだけど……」

「だけど?」

「知っての通り、【星の欠片】は()()()()()()()。だからそれだけを除こうとするのが不可能なんだよね」

 

 

 現在の彼女の様子は、【星の欠片】が他の要素を()()()()()()()()()()()()()ために起きているもの。

 いわば化学反応の途中、みたいなものだということになるのだが……それゆえに、問題となっている部分を取り除く、ということができない状態になっている。

 ……いやまぁ、彼女より小さい【星の欠片】があれば摘出することはできるかも知れないが、その場合()()()()()()()()()()()()ジャンヌが取り残される、などということにもなりかねないのだ。

 

 

「なんでそんなことになるのよ?!」

「化学反応って言ったでしょ?塩酸にアルミニウムを突っ込んだとして、それを元の状態に戻すことができると思う?」

「……無理ね」

「そういうこと。原因は確かに【星の欠片】だけど、それを取り除いたところでそれまでに起きた反応までは巻き戻せないのよ」

 

 

 もしくは、食べて消化してしまったものを、元の形に戻せるか?……みたいな例えでもいいか。

 どちらにせよ、不可能であることには変わりはないのだし。

 

 ともかく、今のジャンヌは本来『逆憑依』などとして生まれる前に行われる処理が、【星の欠片】のせいでバグっている状態である。

 かといって、【星の欠片】を今取り除いてしまえば、あとに残るのは廃人化したジャンヌ……というわけだ。

 

 

「では、私達はどうすれば?」

「簡単な話だよ。反応しちゃってるのは取り止められないなら、いっそのこと反応を完遂させてやればいい」

「……はい?」

 

 

 では、ここで私たちがやるべきこととはなんなのか。

 ……答えは至って単純、今起きているその反応を、()()()()()()()()()()()()()

 現状が不安定であり、反応がまだ途中であるのならば、いっそのことその反応を完遂させて安定させるべきだ、というわけである。

 

 

「そのために必要なのは……」

「必要なのは……?」

「──バトルだよ!行くぞピカチュウ、十万ボルト!!」

「ぴっかぴー。ぴっか……ちゅぅうううぅう!!」*2

「ええ!?」

 

 

 そして、その反応を加速させる方法。これはとても単純で、単に相手を殴れば……もとい攻撃すればいい。

 

 ご存じの通り、【星の欠片】は必ず負けるものである。

 ……それは同時に、彼らは()()()()()()()()ということでもある。

 負ければ負けるだけ、彼らは鉄を打つように鍛えられ、その存在を安定させて行くのだ。

 

 そうでなくとも、そもそも彼女を攻撃する理由があった。……彼女に含まれる要素の一つ、『ゲンシカイオーガ』である。

 このポケモンには、一つの特性があるのだが……それがなにかを知っているだろうか?

 

 

「え?ええと……確か、水着の方のアイツと並べられてることが多かったから……雨を降らす、みたいなやつよね?」

「その通り。でも、それだけじゃないんだ」

「……っていうと?」

 

 

 ()の言葉を受け、視線を向けるのは現在も絶え間なく降り続けている──大雨。

 カイオーガが混ざっている以上、この雨が彼女のせいである、というのは最早疑いようもない事実だが……その場合には一つだけ、疑問点となる部分が存在している。

 

 

「『逆憑依』の再現は、基本的に原作の描写に忠実なわけよ」

「……まぁ、そうね。私も多分ある程度のドラゴンとかなら従えられそうだし。……それで?」

「カイオーガを再現するとなると、その特性も合わせて再現しているはず。そっちの特性は『あめふらし』って言うんだけど──その特性を持っているポケモンが()()()()()()()()()()()()、雨を降らすっていう効果なのよね」

「……んん?」

 

 

 そう、カイオーガの『あめふらし』は、時間制限があるのだ。

 一応、本来の力が発揮されている環境下においては、永遠と雨を降らし続けることも可能だと言われているのだけれど……ともあれ、戦闘関連の調整の煽りを受けて、カイオーガの特性がナーフされたということに違いはないだろう。

 ……いやまぁ、天候変化技を使わない限り永続、っていうのがチート過ぎるのは、誰が考えてもわかりそうなものだけどね?*3

 

 ともあれ、そうしてナーフされたカイオーガなわけだが。

 ──そうなると、この()()()()()()()()()()()()は誰が降らしているのか?……という話になってしまう。

 

 

「設定からそのまま考えるなら、ジャンヌ・アクアが現れてから五ターン、ってことになるのかな?……とはいえ、彼女が生まれる前から雨は降っていたし、今のところこの雨が止む気配もないね」

「……え、ってことはなに?あれに含まれてるのはカイオーガじゃないっていうの?」

「結論を焦らないの。私は最初になんて言った?」

「……ええと、()()()カイオーガ……げんし?」

 

 

 そう、彼女に含まれるポケモンが単なるカイオーガであるのなら、この長雨は彼女のせいではない、などということになりかねない。

 とはいえ、こうして彼女はここに現れたわけで、彼女が原因でないとは思えない。

 

 ならば、考え方が間違っているということになる。……しかし、『逆憑依』におけるキャラクターの再現は、基本あからさまに別軸の人物でもない限り、基本的には最新のそれに合わせられるようになっている。

 ……いやまぁ、知識とかに関しては別軸のそれも覚えていたりするんだけどね?

 

 ともかく、今カイオーガを再現するのなら、そのスペックはナーフされたあとのモノになるはず。

 しかし、カイオーガが最終的に得たのは、ナーフだけではない。リメイク作品が出るに辺り、新しい力を授けられることにもなっていたのだ。

 

 それが『ゲンシカイキ』。現代においては発揮できない本来の力を取り戻した、彼らの真の姿のようなものである。

 この形態になれるポケモンは二体しか存在しないが……その片割れである『ゲンシカイオーガ』は、その姿になるに辺り一つの特性を──それも新しいそれを与えられた。

 

 

「それが『はじまりのうみ』。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ずっと雨を降らせ続けるという特性だね」

「フィールドにいる限りずっと……?」

 

 

 その特性の名前は、『はじまりのうみ』。

 流石に登場当初の『永続的な雨』ではないが、代わりに様々な追加効果を得た()()()()()()()()()()()()()を降らせる特性である。*4

 

 ……さて、()もなんとなく気付いたようだが、説明を続けよう。

 この『はじまりのうみ』、説明文にある通り『自分がフィールドにいる限り』ずっと雨を降らせる、という特性である。

 一応、『ゲンシカイキ』の片割れ──『ゲンシグラードン』の持つ『おわりのだいち』や、彼らを調伏する空の龍──『メガレックウザ』の『デルタストリーム』などで天候を張り替えることはできるが……逆に言えば、()()()()()()()()()()()()とても強力な特性である、ということでもある。

 

 では、この情報を元に、今の情況を整理してみよう。

 まず、この雨は恐らくジャンヌ・アクアに混ざったゲンシカイオーガの特性によるものである、というのは間違いあるまい。

 設定通りの力を発揮すれば、世界を海に沈めることさえできそうな存在だ、日本一つ沈没させかけるのは、寧ろ規模的に狭まっているとさえ言えるだろう。

 

 次に、ではどうやってこの雨を止めるのか?……という話だが。

 

 

「普通の【複合憑依】なら、ゲンシカイオーガの面を入れ換え(引っ込め)ればそれで済むだろうね。前例を見るに、普通にフィールドから居なくなった扱いになるだろうから」

 

 

 思い出すのは、ドクター・ウェストに含まれる人格の一つ・茅場晶彦と、それに対して反応するパイセンのいつものやり取り。

 ……【複合憑依】の人格の入れ換えは、彼女の反応を見るに()()()()()()退()()()()()()とも受け取れる。

 つまり、従来の【複合憑依】であれば、人格の入れ換えをすればゲンシカイオーガをフィールドから離した扱いになる、ということが見て取れるわけである。

 ゆえに、この場合でもそれが出来ればすぐに終わる、ということになるのだが……。

 

 

「まぁ見ての通り、【星の欠片】が混ざると人格の入れ換えはできなくなるみたいだから、引っ込めさせるのは無理だよね」

「えっちょ、じゃあこの雨止めらんないってこと!?」

「話は最後まで聞く。……他の特殊な特性で塗り替える、他の人格(ポケモン)に入れ換える。その両方ともできないのなら、あとはもう一つしかない」

「あと一つ……?」

 

 

 そうして私はようやく──ジャンヌ・アクアにヒット&アウェイを繰り返しているピカチュウに視線を向ける。

 端から全力、端から全速力でジャンヌに立ち向かっているピカチュウだが、結果は思わしくない。

 

 なにせ特殊防御の値が高いゲンシカイオーガと、人間城塞とも称されるジャンヌの混ざりものである。

 その防御力は恐らく、こちらの想像より遥かに高いものになっていることだろう。……混乱したままのため、こちらに攻撃して来ないことだけが救いか。とはいえそれも、いつまで持つものやら。

 

 

「んー、あれを削り切るのは骨が折れるかなー」

「……ああ、なるほど。そういうことか」

「なによ、どういうことよ?」

「単純な話。ゲンシカイキもシステムに縛られているから、()()()()()()()()()()()()()()ってこと」

「……あ」

「【星の欠片】的にも倒されたい。『はじまりのうみ』の解除のためにも倒したい。──ほら、向いている方向は同じじゃない?」

 

 

 そう言いながら、()を促す私。

 今回私たちがやるべきことは、とても単純。──叩いて直す。ただそれだけである。

 

 最初から述べていたことを再度確認し、ようやく私たちの戦闘は始まるのであった……。

 

 

*1
『ぽこじゃか』は、ネットスラングの一つ。アイヌ語の一つであり、次々と姿を現す様を言う……とされるが、実は真偽不明だったり。とある掲示板で有名になり、そこから今の用法で使われるようになったのは間違いないようだ

*2
だよねー。……んじゃまぁ、いっくぜー!!

*3
因みに雨が降っている状態ではかみなりが必中になる。……よくよく考えるとこれもおかしな話である

*4
炎技が無効になるなどの追加効果がある



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固い!固い!!とても固い!!!(涙目)

「……とりあえず、姉って一体なんなのよアンタっ!!」

「あいたっ!?痛いですよオルタ!?というかなんで殴るんですか?!」

「そんなん決まってるでしょ!アンタを直すためよ!!」

「クレイジー・ダイヤモンドかなにかですかっ!?あっ、でもなんとなく、これについては受け止めた方がいい気がします!他の方のとは違って!!」*1

「……(げっそり)」

 

 

 はてさて、戦闘が開始して暫くのこと。

 ……実はちょっと、ダレてきてしまった感じの私たちである。

 いやまぁ、()に関してはご覧の通り、今も元気に殴り続けてるんだけどね?

 

 前回も述べたように、このジャンヌ・アクアは防御方面の固さが尋常ではない。

 なにせ人間城塞と呼ばれるほどに固いジャンヌと、ゲンシカイキでスペックが大幅に上がっているゲンシカイオーガの混ざりものなのである。

 そりゃまぁ、互いが属性反発作用*2でも起こしているのならともかく、相乗効果で固くなるのはある種必然的というか。

 

 ついでに言うと、どうにも悪名高い『ポケモンGO』におけるレイドボスの時のカイオーガの要素も、それとなーく混ざっているようで。*3

 その結果……なんと攻撃を避けるのである。それも結構な頻度で。

 

 ……一応、()の攻撃に関しては、ご覧の通り比較的素直に食らってくれているのだが……それ以外に関しては、ほぼ掠めるだけに終わっている。

 結果、まともなヒットもほとんどない上に、そもそもの体力も高い……という二重苦により、対ジャンヌ・アクア戦はとんでもない長期戦の様相を見せていたのであった。

 

 唯一良かったことがあるとすれば、殴っているうちに反応が進んだのか、人格が安定し始めたことだろうか?

 おかげさまでここから『逃げる』ことを選ぶことはなくなっただろう、というのはとても大きい。【星の欠片】的にも受けるのが正解だろうから、さらに反応が進めばこっちの攻撃を避けるのも止めてくれるかもしれない。

 

 ……え?レイドの時のカイオーガの当たらなさを受け継いでいるのなら、そもそも避けようと思って避けているわけじゃないんだから意味がない?……あーあー聞こえないー。

 ……いっそのこと、()をひたすらバフってぶん殴るのが一番早いんじゃ、という考えが浮かんでくるわけなのだが。

 どうしてか、私の第六感が『それは止めておけ』と伝えてくるため、その手段は取れないでいた……とも付け加えておく。

 

 ともかく、ちまちま殴り続けるしかないこと、それから変わらず雨が降ってて正直寒くなってきたことなどから、()以外のメンバーは最初の勢いはどこへやら、すっかり疲れ果てて近くの建物の玄関下で休むことになっていたのであった。

 

 

(´´^`)「尻尾もびしゃ濡れだし……滅茶苦茶疲れたし……」

「ぴっかちゅ、ぴかぴか……」*4

「まともに当たったのも最初の一回だけ、それ以降は電気なのにカス当たりばっかり……ってんだから、いやになっちゃうよねー」

 

「ほら、見てくださいよオルタ!皆さん休んでますよ!?私達も休みませんか!?」

「ええそうね休んでやるわよアンタを沈めてからね!ところで私、星を集めてバスターで殴ってる(最強に頭のいい戦法の)はずなんだけど、まったくもって減ってなくない!?」*5

「それはほら、私にはあれが付いてますので!」

「あれ?」

「あれですよあれ、黄色い球体に蜂の巣模様(特殊耐性アップ)のあれです!」*6

「……わかった、アンタはやっぱり燃やすわ!!」

「なんでですかーっ!?」

 

 

 ……ダメージ低いと思ったら、全マスターが嫌いなものに挙げるだろう相手のバフ一位の『特殊耐性アップ』まで付いてたんかい。

 遠くから聞こえる二人のやり取りを聞きながら、私たちは顔を見合わせ、大きくため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

「FGOのバフって、よくよく見ないと酷い目にあったりするよね」

「あー、相手が固いという触れ込みだったために防御無視を持ち出したが、実際は『ダメージカット』による固さだったため意味がない……みたいなやつだな」*7

「ぴっか、ぴかぴかっちゅ」*8*9

「……いや、なんの話してるのよアンタ達?」

 

 

 ある程度戦闘時間が経過した頃。

 こりゃダメだ、今日中に終わるもんじゃねぇ……と()が音を上げ、それを受けたジャンヌが『ええと……よくわかりませんけど、一休憩というならご飯にしませんか?』と言い始め。

 

 結果、何故か彼女を伴って、近くの料理屋に入ることになった私たちである。

 ……いやまぁ、相手に交戦の意思がないのだから問題ないと言えば問題ないが、一応敵対?している相手同士がご飯を食べてるとはこれ如何に。

 

 

「にゃー、姉御は色々細かく考えすぎにゃのですにゃ。腹が減ってはにゃんとやら、腹ごしらえは戦士の仕事みたいにゃものですにゃ」

「はい、ニャースさんの言う通りです!……いえまぁ、私が殴られ続けている意味は、未だによくわからないのですが」

「……わからんのはこのメンツだよ(白目)」

 

 

 意味がわからんと言えば、もう一つ。

 そこでジャンヌの横にちゃっかり座っているあの時のニャースも、意味がわからないことの一つであった。

 

 ……こっちが戦闘中に、忽然と姿を現した彼はこちらとジャンヌを見るなり、そそくさと近寄ってきて、こう言ったのだ。

 

 

「にゃー、猫の手も借りたい、というやつではにゃいですかにゃ?」

「……はい?」

 

 

 ……彼の目的がよくわからないが、どうやらこっちを手伝ってくれるらしいとのことだったため、有り難くその手を借りることに。

 ()からは勿論不満というか文句というかが飛んできたが、少なくとも現在やる気ゲージ空に近い私たちに比べれば、遥かにやる気に満ちている彼を利用しない手はない。

 ……任務を失敗できないというのなら、それこそこの戦闘が終わるまではこっちを裏切ることもないだろうし。

 

 そういうわけで、半ばなし崩し的に共闘状態となったわけなのだが。……このニャース、こっちが思っている以上にサポート上手であった。

 

 どうやらメラルー(アイルー)由来の猫スキルに上限がないらしく、そのほとんどを網羅する彼はやれ回復にやれバフにと大活躍を納めたのだ。

 その有能っぷりは、思わず攻撃されている方のジャンヌまで拍手してしまうほど。

 ……照れたように頭を掻くニャースにちょっと癒されたが、結果ジャンヌもちょっと張り切ってしまった(リュミノジテ・エテルネッてしまった)のでプラマイゼロかもしれない。

 

 まぁともかく、すっかり一同に馴染んでしまった彼は、こうして夕食への移動にもほいほい付いてきたのであった。

 ……いや、ええんかい?

 

 

「にゃにゃ、そういえばにゃーの目的について言ってにゃかったにゃ。不思議そうにゃ顔をされるのも仕方にゃいにゃ」

「目的?ニャースさんは、なにかすることがあってここに来たんですか?」

「そうだにゃ。別に隠す必要性もにゃいからバラすけど……にゃーはあにゃたをスカウトに来たのにゃ」

 

 

 そうして問い掛ければ、彼は特に悪びれた様子もなく、自身の()()とやらについて語り始めた。

 それによれば、どうやらこちらの予想通り、彼はジャンヌを自身の組織に加えるためにやってきた、ということになるらしい。

 ただ、それは『そうなればいいなー』的なモノ──いわばサブターゲットであり、メインターゲットは別のモノだとのこと。

 

 

「にゃ。一番の問題はやっぱりこの雨にゃのにゃ。これが降り続けるのはこっちとしても宜しくにゃいので、それを止めるのが最優先にゃのにゃ」

「……ってことは、無理にジャンヌを連れていくつもりはない、ってこと?」

「寧ろ姉御が保護してくれるのにゃら、こっちとしても願ったり(かにゃ)ったりにゃのにゃ」

 

 

 そこまでキャパが多いわけでもにゃいからにゃー、と笑うニャースの姿に、思わずため息を吐く私である。

 ……まぁ、ジャンヌ戦のあとにエクストラバトルが発生する、とかよりはマシか。

 

 

「……え、なに。もしかして終わったあとコイツ見逃す気?」

「まぁ、こっちとしては良いように使いっぱしりにしてるだけだからねぇ、今のところ。……流石にこれで捕まえる、となると恩知らずどころの話ではないというか」

「にゃにゃ。恩に感じて貰えたにゃら、手伝った甲斐があると言うものですにゃ」

 

 

 こちらがニャースを見逃そうとしていることに気付いた()が、甘いこと言ってんじゃないわよみたいな視線を向けてくるが……流石に、ここまで手伝って貰った上でその行為は恩知らずどころではすまないというか、良心が咎めるというか。

 そう返したところ、現状一番サポートして貰っていた()はバツの悪そうにそっぽを向いたのであった。

 ……まぁ、ニャースの『してやったり』みたいなほくそ笑みを見てると、見逃していいのかちょっと不安になる……というのもわからないではないが。

 

 ともかく、何故か敵味方入り交じっての夕食は、終始和やかなままに過ぎていくのであった……。

 

 

*1
『ジョジョの奇妙な冒険』第四部(Part04)『ダイヤモンドは砕けない』に登場するスタンドの一つ。殴ったものを直す/治す効果を持つ主人公のスタンド。応用力が高く、粉々に砕いた地面を『直して』相手の攻撃に対する壁にする、みたいなこともできる

*2
相互関係にある属性同時に起きる作用のこと。基本的には遊戯王の用語だが、『光と闇』のような両立し辛い属性について説明する時などにも使われる

*3
初回のレイドバトルの時、そもそも倒し辛いこと(体力が高い・技の頻度が早い・そもそも攻撃が痛い)に加え、倒したあとのゲットチャレンジにおいては妙に遠い・当たり判定のサークルが小さい・浮遊タイプなので左右にぶれる……などの捕まえ辛さを発揮し、プレイヤー達を阿鼻叫喚の地獄絵図に陥れた。一応ゲットチャレンジに関しては修正が入ったが、それでも難関に数えられるレイドである

*4
タイプ一致弱点技の、俺のかみなりで体力十分の一も削れないとかどんだけー

*5
FGOにおける戦法の一つ。スターをバスターカードに集めてぶん殴る、というシンプルイズベストな戦い方。これを極めたのがグランドサーヴァント・超人オリオンである

*6
FGOのマスター達が嫌うもの第一位の敵バフ。ダメージを割合カットする上に対処法が『カットされても倒せるだけの火力で殴る』しかないという曲者。100%カットの場合はイベント戦であることがほとんどだが、まれに追加ダメージや状態異常で倒すことを強いられるパターンもある

*7
『ダメージカット』は『防御バフ』とは別枠の計算である為、『防御無視』では無視できない……という話のこと。因みに、『追加ダメージ』と『ダメージカット』は同じ枠のバフ。その為、もし高数値の追加ダメージバフが出てくれば、無視できるようになるとされる(『特殊耐性』しか付いていない場合も無視できるのだとか。まぁ大抵『特殊耐性』と『ダメージカット』の両方が付いていることがほとんどなのだが)

*8
あとは何故か攻撃したあと即死するからなんだろうと思ってたら、攻撃相手とは別の敵に『自分に攻撃しないと相手に即死』なんてバフが付いてた、とかなー

*9
『ツングースカ・サンクチュアリ』に登場したとある敵の持つバフのこと。攻撃している相手以外に付いているバフが原因、ということで気付かず攻撃を続けて全滅したマスターも多数



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家族の団らん水入らず()

「……流石にこれはおかしくない!?」

「って言っても、まさか外に放置しておくわけにもいかないしねぇ?」

 

 

 はてさて、夕食を終えたあとどうしようか?……ってなったわけなのだが。

 辺りは既に真っ暗。雨が降り続いていることもあり、流石にこの中でまた戦いを……というテンションではなかったため、明日改めて場を設けることに。

 

 で、それで現地解散……となるのが普通なのだが。

 特に現在その様子がないとはいえ、ジャンヌとニャースをそのまま解散させると、向こうに連れて行かれる可能性はないとも言い切れない。

 さらに、帰る場所のあるニャースはともかく、ジャンヌの方は何度も言うように生まれたて。……ここで解散となると、要するに野宿を強いることになってしまうわけで。

 

 そりゃダメだろう、ってなった結果が、今の部屋の状態なのであった。

 

 

「にゃにゃ、一宿の恩義は一飯で返しますにゃ。朝食のリクエストがあれば、今のうちに受け付けておきますにゃ」

(´´v`)「あ、じゃあスクランブルエッグとソーセージが食べたいし……」

「ぴっか、ぴかっちゅー」*1

「ええと、美味しいものがいっぱい食べられたら、嬉しいですかね」

「にゃにゃ。承りましたにゃ」

「……なんかもう、ニャースってよりアイルーだよね、一応メラルーらしいけど」

 

 

 動物組を個別で部屋を取る、ということができないこともあり、()()()()()()()が集まることとなった部屋の中は、和気藹々とした空気で包まれていた。……一部を除いて。

 

 で、その一部を除いた面々だけど。

 部屋に泊めて貰える、ということにいたく感激したらしいニャースが、明日の朝食は任せてくれと張り切り始め。

 それを聞いたルドルフやピカチュウ、それからジャンヌは各々好きなものをリクエストしていたのであった。

 

 ──そう、件の二人(何故か)パーティ・インである。

 ……敵と第三勢力が一緒の部屋で仲良くしてるとか、なにかのギャグかな?

 というわけで、さっきから()のイライラは最高潮である。まさになんでやねん、みたいな?

 

 とはいえ、こっちには彼女を嗜めたり慰めたりする余裕はない。なんでかって?

 

 

「気を抜くと部屋の中で雨が降りだすんだよなぁ……」

「は?……あ、そっかまだ終わってないからそうなんのね!?」

 

 

 対処しないと、部屋の中が雨でびしゃびしゃになるからだよ!!

 ……そう、【星の欠片】の反応も終わっておらず、戦闘も終了していないこの状況。ジャンヌ・アクアの『はじまりのうみ』は無効化されていないのである。

 いやまぁ、外の雨が止んでない時点でわかる話なんだけどね?

 

 ただこれ、そう簡単な話でもなかった。

 ポケモンバトルなどを見ていればわかるが、戦闘というのはなにも天井のない野外だけで行われるわけではない。

 というか、寧ろジムリーダー戦とか四天王戦とか、大体屋内で行われることが多いのである。*2

 

 じゃあ、そういう場所では天候変化技は不発になっていただろうか?……答えは否、そういう場所でも容赦なく天候は変化する。なんなら屋内でかみなりに打たれることもある。

 

 それが意味することとは、ジャンヌ・アクアは現状屋内に入れる状態ではない、ということ。

 ……戦闘も反応も終わってないのだから当たり前なのだが、それでも現在彼女は部屋の中でニャース達と談笑しているし、のんならさっきの料理屋でも普通に料理を楽しんでいた。

 

 これがどういうことかというと。

 現在、私が彼女に影響を与えないようにしながら雨が降らないように調整している、というのが正解。

 この『彼女に影響を与えない』というのが曲者で、維持するのに大層気を使うのである。

 

 なにせ、迂闊に特性の効果を失わせてはいけない。

 他の人ならいざしらず、私がそれをしてしまうと彼女の中の【星の欠片】に意図せず触れてしまう。

 ……普通の、それこそ【複合憑依】でもなんでもない【星の欠片】ならば、それでも特に問題なく進むかもしれないが。

 ここにいる彼女は、現在【星の欠片】になろうとしている子、というのが正解に近い。

 

 言うなればまだサナギのようなものなわけで、下手に触れてしまうと形──最終的な結果がおかしなことになってまうのである。*3

 単に変なキャラになるのならまだマシで、まかり間違って【星の欠片】としての性質が強調された存在になってしまった日には、まさしくこの世の終わりだろう。

 ……え?具体的にどうなるのかって?

 

 

「今のところあんまり噂の()っぽくないけど……これって多分、ジャンヌ要素とカイオーガ要素が溶け合ってる最中だからだと思うんだよね?……で、今私がしているのは()()()()()()()()()対処。これをもし、今フル稼働中の【星の欠片】が察すると……」

「さ、察すると……?」

「多分、カイオーガの再現に使われている【星の欠片】がそれを止めて、もう片方の方に総力を尽くす形になると思う」

「つ、つまり……?」

「超強化状態の水着ジャンヌ(星の欠片風味)が生まれる可能性が大」*4

「頑張りなさい!!マジで頑張って調整しなさいよアンタ!!?」

 

 

 今の時点で大概おかしい性能の彼女に使われているリソースが、全て『水着ジャンヌ』を構成するために使われることになるから……多分、『姉』属性の【星の欠片】(更なるジャンヌの進化)が新生されることになるんじゃないかなー?

 そうなってしまえばこの世の終わり。【星の欠片】特有の土台権限によりあらゆる属性の姉が跳梁跋扈し、そして誰もそれをおかしなことだと気付けない、気付くことのできない姉達の楽園(ディストピア)が出来上がること必至である。

 

 ……わかりにくい?じゃあほらあれだ。大奥の時のカーマちゃんを思い浮かべてみて?

 で、その無数のカーマちゃん達が全て『水着ジャンヌ』に置き換わってるところを想像して?

 ……その光景に違和感を抱けなくなる、というのがこれから起こる()()()()()()と思えば、その危険度もなんとなく察せられるのではなかろうか。

 

 こちらの言葉にその光景を想像してしまい、見事にSAN値が削れきってしまった()精神分析(こぶし)を使いつつ、改めて咳払い。

 

 そんなことが起きないように、細心の注意を払いながら調整しなければいけないのが、屋内での彼女の特性の暴発を防ぐ作業……というわけである。

 そこまで苦労するのなら、最早外に放置する方が早いのでは?……みたいなツッコミが聞こえてくる気がするが、何度も言うように彼女を外に放置するのはダメである。

 

 それはなにも、ニャースが彼女を連れていってしまうかも、というだけの話には留まらない。

 その理由は、彼女を野宿させることになる、という部分に隠されていた。

 

 

「……ええと?」

「この大雨の中、放置されることになるわけだよね。……それ、普通に耐えられる?気持ち的に」

「あの鉄の聖女様ならなんとかなりそうだけど……」

「うん、その認識が間違いなんだよね……」

「どういうことよ?」

「カイオーガにばっかり目を取られ過ぎ、ってこと」

 

 

 そう、現在一番の問題となっている『大雨』のせいで、微妙に見落としていたが……そもそもこのジャンヌ、生まれたてなのである。

 それも、見方を変えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも言えるような、大分中途半端な状態の。

 

 ……【星の欠片】による二つの要素の再解釈、もしくは統合というプロセスが完了していないため、今の彼女はジャンヌとしてもカイオーガとしても不安定である。

 それゆえ、()()()()()()()()()()()()()が悪影響を及ぼす可能性を、まるで否定できないのだ。

 

 

「……は?」

「なまじジャンヌとしてはそこまで破綻してないから、気が付かなかったんだろうけど……扱いとしては『モノを知らない子供が、一先ず知識にある聖女の物真似をしている』ってのが近いのよ、今のあの子」

「はぁーっ!?」

 

 

 そう、なまじ本物のジャンヌの如き固さだったり、カイオーガ由来の雨が降っていたりしているために勘違いしていたが……今の彼女は情緒未発達の幼女のようなもの。

 そのため、本物のジャンヌなら気にもしないような行為も、表面上はともかく内部でどう処理されているかわかったものではないのである。

 

 では、そんな状態の彼女をこの大雨の中放置したとして。

 最終的に、彼女はどうなってしまうだろうか?

 ……答えは単純、要素として一番強い【星の欠片】に忠実な存在になる、である。

 

 自身の指名に忠実な【星の欠片】が、どういうものなのか?

 ……みたいなことはちょくちょく語っているため、なんとなくわかるだろうが……あえて言葉にするなら、GXのユベル*5みたいになる可能性が高い。

 

 そう、相手からの仕打ちを『愛』と見なす、歪んだ存在になる可能性がとても高いのだ。

 

 

「良い方に見積もってもスパルタクスみたくなったジャンヌ、なんてものが生まれる可能性が高くってね。……これでも外に放置、する?」

「(必死の形相で顔を左右に振るジャンヌ・オルタ)」

「……まぁ、そういうこと」

 

 

 無論、これまでの話は今のところ推論でしかない。

 ……しかないが、同時に一番起きる可能性の高いものであることも間違いない。

 

 ヤンデレジャンヌお姉ちゃんに愛されて夜も眠れないジャンヌ・オルタ……みたいなことになりたくなければ、こっちに協力しろ、オーケー?

 と言われ、()は涙目で顔を縦に振った、というわけなのであった。

 

 ……うーむ、世知辛い。

 

 

*1
ケチャップ多めのチキンライスー

*2
アニメだと天井の開くタイプのスタジアムが使われることもある。また、最近の3D作品の場合は、物理的に大きくなる『キョダイマックス』などの要素もあり、戦闘は青空の下で……ということも少なくない

*3
カブトムシやクワガタを幼虫から育てたことのある人ならわかるかも知れないが、サナギというのは意外と脆いというか、柔らかいものなのである。その為、キチンと準備をしないと酷いことになった成虫がサナギから出てくる、なんてことも

*4
具体的には、『私はお姉ちゃんですよ?』という前に相手側が自然と彼女を姉と呼んでしまうレベル

*5
『遊☆戯☆王GX』が深夜42時アニメなどと呼ばれるようになった大きな要因の一つ。なお、『深夜42時』とは『24+18』のことであり、つまり『夕方6時』台のことを指している。同じく『深夜42時アニメ』などと呼ばれる作品には、放送時間が変わるまでの各『遊☆戯☆王』作品(該当は5D's、ZEXALの一部)や銀魂などがある



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果たし合いのようにはいかない

『……はぁ、なるほど、なるほど。件の異変の元凶とおぼしき相手と、それを探っていた別組織の実働部隊と一緒の部屋で楽しくお話ししてると。……うん、うん、ちょっと待ってねー』

「(色々察して耳を塞ぐ)」

『人の情報処理能力をパンクさせるような話を、一度に持ってくるんじゃないわよこのおばかー!!!』

「耳を塞いでいたのに耳がっ!?」

「ぴかぴか?」*1

 

 

 はてさて、寝る前の報告のお時間である。

 通信機越しのゆかりんは、こちらの鼓膜を破壊するレベルの大声を出したのち、息を荒げながら肩を上下させていたが……やがてはぁ、と深々としたため息を吐き出したのち、どすんと音を立てながら背後の椅子に座り込んでしまった。

 

 横合いから手渡されたカップを手に取り、優雅()に中身を飲み干した彼女は、据わった目をこちらに向けながら口を開く。

 

 

『……まぁ、原因がわかったんなら別にいいわ。それと、追加要員とかは要らないの?一応、そっちのが重要ってわかれば皆を呼び戻すのも可能だけど?』

「あー、それはいいかな?……大勢で囲んで殴る、みたいなことすると本来のジャンヌの持つ悲劇の聖女属性が増幅される、なんて可能性もなくはないし」

『あー、なるほど』

 

 

 そのまま、こちらに手伝いは必要ないのか?と問い掛けてくるが……迂闊に大人数で対戦となると、彼女の要素の一つであるジャンヌ・ダルク──悲劇の聖女であることが強調されかねないので止めておく、と返しておく私であった。

 

 ……型月ジャンヌは精神まで鋼鉄みたいなものなので忘れがちだが、本来ジャンヌ・ダルクといえば()のような、アヴェンジャー的性質を持つキャラとして語られることが多いもの。*2

 その理由として挙げられるのが、彼女の命の終わりは魔女として火刑に処されることで訪れた、という部分にあることになるのだが……。

 

 当時の処刑と言えば、民衆達の娯楽。*3

 すなわち、物理的ではなく心理的な意味での攻撃が、周囲から加えられていたと考えてもそう間違いではない。

 

 そういう意味で、魔女として火刑に処されたという過去を持つジャンヌに対し、複数人で挑む……というのは、彼女の属性を変質させる可能性が万に一つもないと言い切れないため、避けるべきだということになるのであった。

 ……ちゃんと型月ジャンヌとして成立してたなら、そんなことを心配する必要ないんだけどねぇ。

 

 まぁともかく、不要な懸念を持ち込む必要性が薄いことは確かなのもあって、追加要員を受け入れることはないだろう……という話になったわけである。

 

 

「……一番無難なのは、()に色々バフを盛って殴る、だと思うんだけどねぇ」

『でも、第六感が『やめとけ』って言ってるんでしょ、それ』

「そうなんだよねぇ……」

 

 

 そこら辺を細かく突き詰めて行くと、ジャンヌ・ダルクという存在に付き纏う『闇』の部分を利用して成立している、()もといジャンヌ・オルタを攻撃の軸……どころか、いっそ強化を施しまくって彼女のみに殴らせる、というのが安定性から考えて一番確実なのでは?

 ……みたいな話が脳裏に浮かんでくるのだが、それと同時にそれをすると取り返しのつかないことになるぞー、と注意してくる第六感があることもまた事実。

 

 こういう勘を無視して動くとろくなことにならないため、結果として一番確実そうな案は端から却下、ということになってしまうのであった。

 

 

「お陰さまで何日掛かるかわかったもんじゃないよ……」

『一人に任せている判定になるのがどれくらいか?……みたいなところがわからないんだっけ?』

「完全に勘だからねぇ。……ダメってことしかわからんというか」

 

 

 そしてそのせいで今回の案件、どうにも終わりが見えてこない感じである。

 

 ……一応、()が殴る分には確率回避は無視できるみたいだが、そのあとの特殊耐性とか防御アップ・ダメージカットに関しては無視できないらしい。

 なので、与えるダメージは通常のおよそ百分の一、さらにクリティカルはそのさらに十分の一……という驚異の軽減率のため、まったく減らないのである、相手の体力が。

 

 途中、ニャースの猫スキルのお陰で与えるダメージが倍になったりもしたが……。

 今度はそれを見て感動したジャンヌに、毎ターン宝具ゲージチャージが付与されてしまったため、およそ四分(4ターン)に一回だった宝具が二分(2ターン)に一回になる……などという地獄の状況に陥ってしまったのである。

 

 ……じゃあ無敵貫通付与すれば良いんじゃないの?となると、今度はさっきの『()に任せすぎるな』に引っ掛かるようで。

 恐らくだが、()に関しては秒間ダメージ(DPS)に制限が掛けられているのだと思われる。

 その制限だが、宝具による無効化を勘定に入れている可能性がとても高い。……つまり、()に無効貫通を付与すると『やりすぎ』判定になる確率がとても高い、と。

 

 なおこの制限、どうにも()以外のメンバーには課せられていないらしい。

 ……まぁ、ゲームと違って『無敵貫通で回避を無視できない』*4ため、こっちもこっちで秒間ダメージ制限食らってるようなものなのだが。

 

 

『……他の面々にとにかくバフ入れまくって、貴女の『神断流』で必中(虎視眈々)付与すればいいんじゃないの?』

「……使用者にフィードバックがないとはいえ、『神断流』って普通に【星の欠片】なんですよ」

『あ゛』

「まぁ、他の面々にバフもりもりにする、ってのはやってみるつもりではあったけどね?」

 

 

 その話を聞いたゆかりんは、特に深く考えるでもなく『神断流』──相手への攻撃を決して外さなくなる技の一つである『虎視眈々』を使えばいいのでは?……と提案してきたが。

 使用者本人に対して負荷などが向かってこないだけで、『神断流』は立派な【星の欠片】の一つ。

 ……その技も【星の欠片】の性質の発露の一つであるため、今の不安定状態のジャンヌに向けるのは自殺行為である。

 

 特に、『神断流』はポケモンで言うなら『わざマシン』に含まれている技を、そのまま使うようなもの。

 ……そうすることで万人に使えるようにしているわけだが、さっき私がしていたような細かな調整は一切利かない(というか、技の動作やらなにやらを一切合切真似ることで()()()()()()()()()()ようなものなので、そもそも威力の強弱調節機能がない)ため、今回みたいな話──相手を打倒するのではなく弱らせる、みたいな状況にはあまり向いていないのである。

 ……『あまり』って風に言葉に含みを持たせた理由?

 威力を弱めたバージョンを別の技として登録することで、その辺りの制約を回避しているものもあるからですがなにか?*5

 

 ……まぁともかく、今回みたいな話には『神断流』は向いていない、ってことだけは確かな話である。

 

 とはいえ、さっきのゆかりんの提案が徹頭徹尾見当違いだったか?……と言われるとそれはノーである。

 攻撃を必中にすることは不可能だが、追加ダメージや防御無視・無敵貫通などのバフを仲間に盛り、それでどうにか頑張って攻撃を当てる……という方法なら、私たちもダメージソースとして換算することは十分に可能だろう。

 

 

「……まぁ、それでも一週間かかるのが六日になる、くらいの効果しかないだろうけど」

『なんでよ?』

「安全性を考えると、【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】も封印推奨だから」

『……あー』

 

 

 ただまぁ、仮にそれがうまく機能したとしても、短縮できる時間は微々たるものだろう。

 

 理由は、先ほどの『虎視眈々』と同じ理由で、私の持つバフの中でも一番強力な【誂えよ、凱旋の外套を】が実質使用不可になるから、ということになるか。

 ……特殊耐性を無視するには追加ダメージを盛るしかないが、ここに触るバフというのは数がとても少ない。

 

 FGOだと桁が足りてないし、なんならそもそも該当スキルが二つしかない体たらく。*6

 グラブルのそれは最高十万と、わりと実用的に見えるが……実際はあれこれと条件が付いていることが多く、雑に撒けるモノだと四万前後で数ターンと、微妙に頼りないということになってしまう……みたいな感じで、中々活用が難しい。*7

 ……パズドラの『固定ダメージ』が楽そう?あれはあれでスキルか条件付きパズルの結果だし、そもそもリーダースキルの再現とかどうすりゃいいんだかわからんよ。*8

 

 ってわけで、基本的にはグラブル系の与ダメプラススキルを使って強化し、どうにか殴っていくしかないわけなのだが……。

 それがあっても、相手の体力は百万そこら。……ほとんど当たらない攻撃を百回近く当てる必要に迫られるため、そりゃ一日そこらで終わらないのは目に見えてるわけで……。

 

 ……冷静に考えて、一回のダメージが二桁から三桁の()の方が秒間ダメージ的には上、って時点でおかしいんですけどね、ホント。

 これ絶対本編(アプリ)で出たらクソボスの称号を免れないと思います、マジで。

 

 

『……本当にいらないの?追加要員』

「まず必中持ちが必要になるからなー」

『あー……あ?』

「ん?」

 

 

 そうして対策を練る中で、ゆかりんがなにかに気付いたように声を挙げる。

 そのまま彼女は、一人の人間を追加要員候補としてこちらに提示してくるのであった……。

 

 

*1
自業自得では?

*2
聖女キャラとしてだけではなく、そこから失墜する魔女のようなキャラとしても描写されやすい、という意味。fateシリーズのように『本人に闇落ちの気配は欠片もない』というのはちょっと珍しい

*3
相手に石を投げる、罵詈雑言を投げるなど、当時の民衆にとって処刑される相手というのは、ある種の玩具のようなものであった。その性質ととある処刑器具が出会った結果、世界は未曾有の事態へと転がっていくこととなる……

*4
FGOのゲーム性的には、無敵は回避の上位種となっている。因みにグラブルだと相互互換に近いが、無属性ダメージという実質全貫通みたいなモノがある為、結局HPを積むのが正義、みたいなことになっている(無論、それだけで勝てるわけでもないが)

*5
なお、全部の技に弱版が存在するわけではなく、火力の高過ぎるものに対してのみ存在するという形

*6
スキルで使えるのは水着エレナと孔明(エルメロイ二世)の二人のみ。なんなら他者付与できるものに限定すると、孔明のみというレアスキルである。一応、クラススキルに付いていることが多い為、使用者がまったくいないというわけではないし、相手に付与する同一枠のデバフ『披ダメージ上昇』を使えるサーヴァントもいなくはない(こちらは宝具であり、尚且つこっちも二人しか該当者がいないが)

*7
召喚石『ベルゼバブ』の4凸時・かつトランスLv.3時の召喚時追加効果。なお持続ターンは一ターンであり、かつ相手付与型のデバフ形式である。他には六竜召喚石が該当するが、こちらも一ターン継続かつ、それぞれの属性と同じキャラクター限定の効果となっている

*8
パスドラに存在するスキルの一種。相手の防御を無視してダメージを与えられ、キャラによっては1000万のダメージとなっていることも。なおスキルでは該当者一人、リーダースキルでは条件付きパズルが基本である。……というか、高々1000万程度の固定ダメではクリアできないダンジョンの方が多いので、正直余り意味はない



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※ネタバレ:上手くいきません

「あーなるほど、確かにねぇ。必中云々の話をするのなら、確かに僕に話が回ってくるのはある意味で筋……ってことになるわけだ」

「……そういえば領域展開中って、術式必中になるんだったね……」*1

「その方が……」

 

 

 はてさて、次の日の朝のこと。

 相も変わらず雨は降り続けているわけなのだが、その雨中で佇むジャンヌはといえば、少々緊張したような面持ちでこちらを見つめていたのであった。

 ……それもそのはず。その視線の先にいたのは、ゆかりんの提案によって別所(なんと東北の方にいたとか)から呼び寄せられた男性──現代最強の呪術師、『五条悟』その人だったのだから。

 

 いつの間にか領域展開まで使えるようになっていた五条さんだが、そもそも『呪術廻戦』における『領域展開』とは、自身の術式が()()になる特殊な空間である。

 ……現代術師だと『必中』に加えて『必殺』、なんて性質を持っていたりする*2が、五条さんの()()はその方面でもトップクラスの性能を持つこともあり、今回の話にはまさにうってつけなのだ。

 

 ……え?『必殺』を当てるのは良くないんじゃないかって?

 いやいや、これがこと『ポケモン』相手だと、そうでもないのである。

 

 

「そうなの?」

「『つのドリル』とか『じわれ』とか『ぜったいれいど』とか、ポケモンに存在する一撃必殺技*3って()()()()()()()()()()()でしょ?ちゃんと『いちげき ひっさつ!』って表示されるのに」

「……あー、『逆憑依』の再現バランス的には、そうなるのか……?」*4

 

 

 世の中のゲームには、『一撃必殺』*5と銘打たれた技が五万と存在しているわけだが、勿論それはポケモンというゲームにだって存在している。

 ……存在しているけれど、ゲームシステム的にそれは()()()()()()()()とは少々毛色の違うものになっているのだ。

 

 これがポケモンの特殊なところで、世の中の大抵のゲームは『相手を倒す』ことが文字通り『相手の命を奪う』・もしくは『その一歩手前まで相手の命を削る』というものであることがほとんどなのに対し、ポケモンのそれは『一時的な行動不能』状態にさせるものに止まるのである。

 同じ『ひんし』という言葉でも、他の作品のそれが文字通り『死に瀕している』ことを指すのに対し、ポケモンのそれはあくまでも『戦闘不能状態』の別の言い回しに近いというか。*6

 

 ……まぁ、その辺りの違いが浸透していない初代の方では、『瀕死のポケモンに秘伝技を使わせる鬼畜トレーナー』、みたいな捉えられ方をされることも多かったのだが。古い四コマとか探せば出てくるだろうし。*7

 なお、この辺り(ひんし)の話を普通に他の作品のそれと同一に近い形で扱っているポケモン作品として、『ポケットモンスターSpecial』の名前が挙げられたりするが……話がとっ散らかるのでここでは割愛させて頂く。*8

 

 とりあえずここで重要なのは、仮に必殺となるような技を使っても、ポケモンの要素を含むジャンヌ・アクアに対しては『ひんし』になるだけで済む可能性が高い、ということだろう。

 なので、『いいのかなー?』みたいな顔をしている五条さんにおかれましては、普通に使っていただければ問題ない……みたいな言葉を返す私なのであった。

 

 

「うーん、暗に『私は巻き込まれても大丈夫』って言ってるぞこの人」

「実際には全然大丈夫じゃないんだけどね。無限回死んでも負けない、的なやつなだけで」

 

 

 なお、当の五条さんはご覧の通りの表情である。

 ……え?わからん?苦笑いだよ苦笑い。『必殺』って言ってるのに意味なさげなのが間近に居るよ、的な意味の。

 

 まぁ、私達【星の欠片】に関しては、一定量の深度を持つ場合【永獄致死】──あらゆる物事を()()()()()()()()()()()()特性を自動発動するため、そこら辺気にしても仕方ないのだが。

 元々世の中のあらゆる能力に対してどう対処するか?……みたいなひねくれた考えから生まれたモノ(現象)なので、まともに考えるだけ馬鹿を見るというか。

 

 なお、ジャンヌ・アクアに関しては彼女を構成しようとしている【星の欠片】が、一体どういったモノなのかをまったく判別できていないため、彼女が【永獄致死】まで至っているかは微妙に謎である。

 ……まぁ、普通にダメージとか与えられていた辺り、普通にそこまでの深度ではないとは思うのだが。

 っていうか仮にもしその深度にいるとすると、カイオーガ&ジャンヌの相乗効果で伸びた体力(HP)をそのまま『解除不可貫通不可のガッツ回数』に変換する、みたいな地獄になる可能性大なので、そういう意味でも止めて欲しかったりする。

 

 

「……なにそれ」

「いやまぁ、ちゃんと機能してる【永獄致死】なら最大体力『1』固定の無限ガッツになると思うんだけど、今の混じってるジャンヌに発露した場合は、機能が落ちて総体力を回数に変換したガッツになるんじゃないかなー、というか」

「……おっかしーな、なにそのチートって聞こうとしたのに、元々の性能を考えると明らかに弱体化してるのがわかるんだけど」

「そもそもこれ、一定深度の【星の欠片】だと標準装備だからね」

「かんっぺきにクソゲーじゃんそれ」

 

 

 はっはっはっ。一応ガッツが発動すると相手に経験値が入るので、どっちかというと殴れば殴るだけレベル上がるサンドバッグみたいなものなんだけどね。

 

 ……え?ジャンヌに想定したのとは違って、そっちの無限ガッツは『stay_night』のバーサーカー戦みたく、与えるダメージが高いと貫通処理が入るだろうって?*9

 で、結果として本来与えるダメージ分の回数ガッツを削った扱いになり、それによって加算される経験値も阿呆みたいなことになるって?

 さらにさらに、その経験値には型月でいうところの『ヒュージスケール』*10効果付きなので、真面目にバグったくらいのレベルアップを果たしたことになり、最終的に今の位相にいられなくなるだろうって?

 

 はっはっはっ。……大正解です(真顔)。

 なにがあれって、きちんと機能してる【永獄致死】には上限が一切ないのがね。

 なんならダメージのないスキルとか行動とかも全部、()()()の即死ダメージに変換するとかいう意味不明な効果もあるから、相対してるだけで自動レベルアップだ。

 チートMODでも突っ込んだのかな?もしくはグロウアップグロウ?

 ……【星の欠片】にまともに相対するのがどれだけ馬鹿な選択か、という話である。

 

 まぁ、その辺りの話は長くなるので置いておくとして。

 ともあれ、相手の体力を全損させるのが最優先のこの状況、一撃必殺かつ必中持ちの五条さんが適任、ということは言うまでもない。

 なにせジャンヌの厄介な性質──確率回避と膨大な体力の両方を無視できるのである。

 その相性の良さは、まるでソシャゲの特攻ガチャの如しだろう。

 

 

「……まぁ、お陰さまで他の面々には話し掛けて貰えてないんだけどね、僕」

「私はともかく、他の人らは普通に『無量空処』なんか食らったら死ぬからね、仕方ないね」

 

 

 なお、そのために他のキャラ(仲間)は邪魔になる、とばかりにパーティから外されてしまっていたのであった。

 ……バッファーならともかく、アタッカーは特攻前提だと役にたたないからね、仕方ないね。

 まぁ、今回の五条さんの場合は『無差別』特攻アタッカー扱いなので、バッファーも一緒にはいられないんですが。敵味方識別MAP兵器*11になってから出直してください、みたいな?

 

 そのせい、というわけではないが。

 今回新しく加わったルドルフとか、一応今のところ味方なニャースとかとは話せていない五条さんである。

 

 

「唯一話せそうなジャンヌちゃんは、これからボコる相手っていうねー」

「え、えと。す、すみません?」

「謝られても困るなー、調子狂うし」

 

 

 攻撃するんなら、後腐れない相手の方がいいし。……と言いながら、領域展開の準備をする五条さんである。

 

 ……以前の彼の『無量空処』は、未熟な状態であったために効果が変質していたが。

 今の五条さんはあれから修行を積み、ほぼ原作のそれと遜色のない効果のものへと進化を遂げていた。……まぁ、本人的にはまだまだ、らしいのだが。

 外から見る分にはなにが違うのかさっぱりなので、その辺りは本人的なこだわり、という話でしかないのかもしれない。

 

 ともあれ、相手にそれを阻止する意思がない以上、領域展開は恙無く完了し。

 世界は瞬く間に、無限の知覚の中へと放り込まれることとなったのであった。

 

 ……なったんだけども。

 

 

「……ええと、あれ?」

「んん?」

「???」

 

 

 術師ゆえに問題なく動ける五条さん。

 自身のスペック任せで無理矢理動いている私。

 ──そして、()()()問題なく動いているジャンヌ、という三者を抱えたその空間は、まるで三者ともに無限をぶつけられたか(要するに宇宙猫状態)のように、『なにこれ』という表情を浮かべていたのであった。

 

 ……いや、ホントになにこれ?

 

 

*1
領域展開中は相手は自分の中にいる、という判定になる。彼我の距離が0となる為、結果として特別なことをしなくとも当たるようになる

*2
作中では、昔の術師は寧ろ『必中』だけ付与していたらしく、こちらは現代版に比べて比較的習得しやすいとのこと

*3
あと一つは『はさみギロチン』。覚えられるポケモンなどに差はあるが、基本的には『相手の耐えられない固定ダメージを与える』という点では一致している。なお、特性などで耐えることは可能

*4
名前が同じものは、原則として『逆憑依』本人にとって有利になるような効果を取捨選択する、というもの。例えば一息に『魔法』と言っても、『ストレイト・ジャケット』(富士見ファンタジア文庫・榊一郎 著)のような『下手に使うと異形化・精神の崩壊を招く』タイプのものも存在すれば、いわゆる魔法少女達の使うような『夢を形にしたもの』のようなタイプも存在する。『逆憑依』がそれらの能力を行使する場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、原則的には他の穏便な技能の法則を流用する、という形を取るようになっている……らしい

*5
いわゆる即死技。ゲームによってはそれ前提のバランスになっていることも、味方が使う分にはほぼ無意味なものになっていることもある、とても扱いの難しい技のカテゴリー

*6
倒れた仲間の棺を引き連れて動くことになる『ドラゴンクエスト』などがわかりやすいか。こういうゲームの場合、教会などで『蘇生』を行うことになるのがほとんど

*7
ボロボロの死にかけのポケモンに『そらをとぶ』をさせる、など。『ひんし』という言葉を額面通りに受け取るとそうなるのはわかるが、あまりにも絵面が酷い()

*8
作中でわりとポケモンが死ぬ作品。そもそも人へのダイレクトアタックもしてくる為、基本的に殺意が高い

*9
作中の一幕。バーサーカーの命のストックは『一撃の火力の高い技』ならば、耐性を獲得する前に複数削ることも可能なのだとか

*10
レベル限界を無視するスキル

*11
『スーパーロボット大戦』シリーズなどに存在する兵器の一つ。複数を纏めて攻撃できるが、味方ごと巻き込むものと巻き込まないものの差は基本的に『細かな操作ができるか否か』という感じで定められていることが多い



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思ったより堅牢だった(白目)

「それから何度か試してみたんだけど……うん、ダメだねこれ」

『なんでよ!?』

 

 

 あれから何度か、あれこれと条件を変えながら試してみたものの……結果は全て同じ。

 五条さんの『無量空処』では、ジャンヌにダメージを与えることは不可能だ、という結論が出たのであった。

 ……なんなら、『無量空処』展開中の『茈』とかも()()()()()()()()始末である。

 

 

「考えられるのは一つかな。多分だけど彼女、扱いとしては()()()()()()()()()()()()()()()()()()になってるんだと思うよ」

『かんいりょういき?』*1

「呪術廻戦で出てくる技の一つだね」

 

 

 こうなると、ジャンヌが領域を無効化している、と考える方が自然だろう。しかも無意識に。

 ……となれば、自然とその理屈も見えてくる。

 そう、【星の欠片】だ。……またかよ、と思ったそこの君、でもそれくらいしか思い付かんのだ私には。

 

 確かに、ここにいるジャンヌは正式名称『ジャンヌ・アクア』などという、微妙に本来のそれと外れた存在である。

 ……とはいえ、その存在を構成する片割れであるカイオーガの権能(とくせい)である『はじまりのうみ』が機能している以上、ジャンヌ側の技能がまったく発揮されていない、とは思えない。

 というか、実際ニャースの補助を見たあとに宝具である『我が神は(リュミノジテ)ここにありて(・エテルネッル)』を使っていることから、その部分を疑う意味は余りない、ということになるだろう。

 

 じゃあさっきのも、その『我が神はここにありて』で無効化したのでは?……みたいな予測も出てくるかもしれないが、それに関しては違う、と言うことがハッキリとしている。

 何故か?それを理解するにはまず、かの宝具がどういう性質のモノなのかを知る必要があるだろう。

 

 宝具、『我が神はここにありて』。

 絵画に描かれるジャンヌが持つことでも有名なその旗は、史実の彼女が味方を鼓舞するために掲げ続けたモノでもある。

 そこに、彼女の精神性などを加味した設定を加え構成されたのが、俗に『結界宝具』という分類に当てはめられるこの宝具だ。

 

 

「領域展開は一種の結界術だからね。となれば、種別として結界である『我が神はここにありて』に対しては中和されてしまう、という可能性は十二分にあるわけさ」

「とはいえ単なる結界術だと、生得領域……型月で言うところの心象風景の押し付けでもある、領域展開相手には分が悪いんじゃないか?みたいなところもあるんだけど……心象風景云々の話をするのであれば、ジャンヌにもそういう宝具はあるからね」

『あー……自爆宝具だっけ?』

 

 

 とはいえ、幾ら相手の攻撃を()()()効果を持つとはいえ、単なる結界で領域を無効化できるのか?……という部分には少々疑問が残る。

 無論、作品の違いという形でそれが許される可能性もなきにしもあらずだが……ここでは、彼女にも生得領域──心象風景に相当するものがある、ということを例示して行きたい。

 

 それが、今ゆかりんが『自爆宝具』と言ったジャンヌの持つ剣──『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』である。

 

 ラ・ピュセル(La Pucelle)とはフランス語で『乙女』という意味を持つ言葉であり、そこから転じてジャンヌ・ダルクの異名としても使われている。

 そんな彼女の異名を冠するこの宝具は、彼女の最後──炎に焼かれて死ぬ、というそれを攻撃的な解釈で成り立たさせたもの。

 その効果は、己の()()()()を炎として具現し、彼女が『打ち砕くべき』ものを必ず打ち砕く、というもの。

 

 ……いまいちよくわからないと思うので、もう少し噛み砕いて説明すると。

 心象風景とは、自身の内面の世界のこと。

 それを剣として結晶化したこの宝具は、要するにジャンヌ本人と同じ。

 すなわち、彼女の磔からの火刑、という一連の流れを(ほんにん)から火が上る、という形で再現しているのである。

 

 ……他の作品の『ジャンヌ・ダルク』は、この火刑を『復讐するに足る理由』と見ることも多いが、そもこの作品のジャンヌは人を恨むことはなかった。

 ゆえに、彼女の身を包む炎もまた、人の安寧のために必要なものだった──というようなことを思っていても、そうおかしくはない。

 

 実際に彼女がどう考え、どう思ったのかは定かではないが……少なくとも、この宝具によってジャンヌを焼く焔は決して世を呪い恨むモノではなく、人の世のために道を阻むモノを打ち砕く──すなわち浄罪の焔なのである。

 その辺り、聖女と呼ばれつつも苛烈な面を持つ彼女らしい性質、ということなのかもしれない。

 

 とはいえ、今回の話で重要なのは宝具の性質ではなく、この剣が()()()()()()()である、ということの方だろう。

 固有結界は型月作品に登場する技能の一つだが、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()もの。

 ……そう、領域展開と性質が同じなのである。無論、生得領域と心象風景という、単語の違いはあるわけだが。

 

 

「とはいえ、どっちも()()()()()()()()()()()()()()()()って意味では同じようなものだからね。単なる結界術ならともかく、固有結界をぶつけられたら領域展開側が圧勝、なんてことにはならないだろうさ」

『なるほど……じゃあ、さっきのはそういうことだった、ってこと?』

「とはならないんだよねぇ」

『あれぇー?』

 

 

 ただまぁ、これはあくまでも一般論的な話。

 公式で両者が合間見えることはあり得ないだろうから、領域展開と固有結界のどちらが優位なのか……みたいな話は、あくまでもファンの間のお遊びみたいなものにしかならないだろう。

 だから、両者のぶつかり合いがどうなるのか、みたいなところは想像によって語るしかない……ということを述べたいわけではない。

 

 ここで今の話を持ち出したのは、『最終的にはそうなったのではないか?』という部分を共通認識にしたかったから、というところが大きいのだ。

 

 

『……んん?最終的?……どういうこと?』

「確かに、設定を深堀していくと彼女が領域展開に対抗できる可能性がある、ってことは理解できる。……だけど同時に、だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()って風にも言えてしまうのさ」

『はい?』

「さっきのジャンヌ、()()()()()()()使()()()()()()()からね」

『………………あ』

 

 

 そう、この話の一番の問題。

 それは、さっきの戦い(のようななにか)の時、彼女はどちらの宝具も未使用だった、という点。

 

 カイオーガの特性のように、常時発動型ならどうにかなったかもしれないが……ジャンヌのそれは、ちゃんと発動しないと起動しないタイプの宝具である。

 一応『我が神はここにありて』の方は、ジャンヌの持つ規格外の対魔力を、旗を触媒にあらゆる攻撃に対しての守りに変換する……という形式のモノであるため、一種の常時発動型と言えなくもないかもしれないが……。

 

 

()魔力、って言ってるように、通常時は魔力に対してしか反応しないからね。呪術は無理って話はそもそも原作の方でも言われてることだし、多分宝具展開なしで耐えるのは無理だと思うよ?」

 

 

 まぁ、型月における呪術は物理現象扱いとのことなので、単純なフィジカルで耐えてくる可能性もないとは言い切れないが。

 

 ……ともあれ、本来のジャンヌの持つ逸らすタイプの回避は、宝具の効果によるもの。

 ゆえに、宝具の展開もなしにあの現象を起こしていた、というのが考察のノイズになってしまうのである。

 ……え?カイオーガ由来のやつなんじゃないのかって?

 流石に領域展開中だと単なる生物的習性、みたいなものの一つでしかないそれで避けるのは無理がある、というか。

 

 そう、結局のところこの話は、単なる回避ならともかく()()()()()()()()()()()()、という現実の解法がここまでの説明では出てこない、というのが問題なのである。

 

 確かに、ジャンヌ側がしっかりと迎え撃ったのなら、今の結果が導き出せることもあるだろう。

 だがしかし、今回のジャンヌに限って言えば、万全の備えなどというものは一切なかった。

 不意打ちというわけではないが、話を穏便に進めるために素直に攻撃を受けるつもりだった……ということもあって、『避ける』という選択肢自体が最初から存在していなかったのである。

 

 にも関わらず、結果は『ジャンヌが避けた』で終わっている。

 ……となれば、なにかしらイレギュラーな自体が起こった、と考える方がよいだろう。

 

 

「そう考えると、やっぱり怪しい……というか、もう確定的に原因だと思われるのが【星の欠片】だ、ってことになるんだよね」

「奇しくもカイオーガの『はじまりのうみ』はフィールド干渉効果──つまりは領域展開や固有結界に近い、とみなすこともできるし。習性由来の回避も、相手の攻撃を逸らすという形で回避するジャンヌの宝具に似ている、と言えなくもない」

『普段なら、その程度の類似性だと【継ぎ接ぎ】にもならないけど……』

「今の両者の要素を【星の欠片】で代用しようとしている最中のジャンヌなら、結果として()()()()()()()()()()()ような扱いになっててもおかしくはないね」

『あー……』

 

 

 そのイレギュラーを起こすモノとして、心当たりが出てくるのが【星の欠片】というわけである。

 これが仲介役として挟まっている以上、ほんの少しの類似性でも纏められてしまう可能性は少なくない。

 ゆえに、今のジャンヌの回りの雨──『はじまりのうみ』は、彼女の『紅蓮の聖女』の性質と混ざって固有結界扱いになっているとか。

 習性由来の回避も『我が神はここにありて』と混ざり、常時発動型的なものとして変質している可能性がある、という話になってしまうのであった。

 

 なお、そこまで纏めたあと五条さんは、

 

 

「いやー、範囲が日本全土規模の領域とかムリムリ」

 

 

 と、どこか遠いところを見つめながら苦笑を浮かべていたのでしたとさ。……閉じない結界より質悪いかも。

 

 

*1
『領域展開から身を守るために生み出された弱者の領域』と呼ばれる技能の一つ。簡易と付くように、機能的には領域展開の簡易版のようなもの。自身の回りに小さな円の領域を作り出し、相手の領域展開の必中効果を中和する。まがりなりにも『結界』である為、その場から動くことができないなどのデメリットを複数抱えているが、代わりに領域展開よりも習得しやすいなどのメリットがある。特に、領域展開の使えない呪術師がそれに対抗するには必須とも言える……のだが、縛りの関係上『シン・陰流』の門下生以外は覚えられないという、少なくない問題も抱えている



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固すぎて最早殴り疲れたぞ!?

『……ええと、つまり今の状況で五条さんを戦力としてカウントしようとするなら……』

「この雨を止めるのがまず大前提、ってことになるね。扱いが領域みたいなことになってる可能性大だから、必中どころか下手するとこっちの術式がしばらく使えなくなるかもだし。……いやまぁ、領域の押し合いで潰されるよりはマシだけど」

『そんなぁ』

 

 

 はてさて、状況の打開策として派遣された五条さんだったわけなのだけれも。

 ……ジャンヌかカイオーガのどちらか単体、もしくはそこに【星の欠片】が混じってなかったのなら、特に問題はなかったのだろうけど。

 よりにもよってそれらが全部盛りだったために役立たず……とまではいかないものの、単体で状況をひっくり返すには足りてない、という評価になってしまったのであった。

 

 ……まぁうん、【星の欠片】単体なら意外となんとでもなりそうにまで育ってる辺り、やっぱり単一作品の最強クラスに区分される人は違うなー、という感想にもなったんだけどね?

 

 

「なんとかできるって言っても、キーアさん相手とかになると足りてないんだけどねぇ」

「はっはっはっ。逆に私を単体でどうにかできるってなると、それこそ時天空(じてんくう)辺りに単独勝利……みたいなレベルになるんで仕方ないね(白目)」*1

(……イキってるように見えて、どっちかというとなんでやねんって言いたくて仕方ない、って感じねコイツ……)

 

 

 なお、五条さん本人的には私の防御が抜けないのでは意味ない、と不満のご様子。

 ……既存作品で【永獄致死】をどうにかしたいのなら、それこそ空間・法則支配を完全にこなせて初めてスタートライン、みたいな感じだから仕方ないねあははは()。*2

 ……ゲッターと共に永遠の戦い、とかまったくやりたくないんですがそれは。*3

 

 まぁ、その辺りの話はややこしくなるので投げるとして。

 ともあれ、相手方に【星の欠片】があるとしても、本来それはピンキリ。*4

 ……モノによっては普通の技能でもなんとかなるはずなのだが、面倒くさいことに今のジャンヌは変化中のそれ。

 確実性を期そうとすると他の【星の欠片】をぶつける、という最良の手段が取れず、かといって単純火力ではどうにも足りてない……という、なんとも微妙な状態に陥っていたのでありましたとさ。

 唯一の救いは、当事者足るジャンヌが特に暴走もしてない……というところだろうか。

 

 

「つっても、変に刺激しすぎるとおかしくなるかも、なんでしょ?」

「一番わかりやすいのは、姉として完全に覚醒(ぼうそう)するパターンかなー」

(´^`)「今でもわりと大概なのに、この上があるという絶望だし……」

 

 

 とはいえ、それもたまたま……といった赴きが強い。

 特にこのジャンヌは、夏の彼女が基盤となっているもの。

 ……今は他の要素との中和によるものか、必要以上に姉としての主張をしてはいないが。

 前にも触れたように彼女が変に暴走した場合、周囲の人間に認識性の姉災害*5をもたらす可能性が大なのである。

 

 これのなにが恐ろしいって、方向性的にはビーストⅡ・ティアマトのそれとあんまり違いが無いってことだろう。

 ……すなわち、全人類の姉となった彼女が世界を海に沈める、みたいなあからさまにビーストの所業をし始める可能性がある、ってことなのだから。

 よもやジャンヌがビーストに、みたいな驚きとそれが『姉』である、という若干のギャグ感によって世界は抗う間もなく姉に沈む……という最悪のシナリオ完成である。

 

 まぁ、オルタ的には現状でも既にたじたじみたいだが。

 なにせ彼女の横では、楽しそうに彼女にご飯を食べさせようとしているジャンヌが居るわけなのだから。

 ……洗脳とかして来ない分、実際のところは原作よりマシ?それはそう。

 

 当のオルタもどっちかというと照れ隠し的なあれなので、そういう意味でも現状はまだマシな方だというのは間違いないだろう。

 なので、できればこの状況を維持したまま、話を終わらせたいのだけれど……。

 

 

「それだと何日、いいや何ヵ月掛かるかわかったものじゃないんだよね……」

『ぜっったいどこかで無理が祟って崩壊するわよこれ?』

「ぴかっちゅ、ぴかぴー」*6

 

 

 そのままを維持しようとすると、どうしてもこの()が問題となってくる。

 

 なにせこの雨、確かに穢れの浄化などの様々な利点を持っているものの……やはり()()()()()・所詮は大量の水なのである。

 ジャンヌの聖女としての性質と、カイオーガの海の化身としての性質が混ざりあったがゆえの現象なのだろうが……ともあれ幾ら良い性質がある、でごまかすにしても限度はある。

 

 このまま雨が降り続くのであれば、例え洪水などの大災害に発展せずとも、大雨ゆえの問題が積み重なってどこかで事故になってしまうことは容易に想像できる。*7

 ……雨として降ってくる時はともかく、降ったあとの水はわりと放置気味なので、それも仕方のない話なのだが。

 

 

「カイオーガって海の化身なんだよね?だったら、降ったあとの水もどうにかできそうなものだけど?」

「その辺りはまぁ、今のジャンヌが完璧じゃない、ってところが大きいんじゃないかな?あとはまぁ、本来のカイオーガだと『人の被害なんて知ったこっちゃねぇ』みたいなところもなくはない、というか」

「うーん、これだから神様ってやつは……」

 

 

 その話を聞いて、五条さんから質問が飛んでくるが……それに関しては今のジャンヌが不安定であること、それからカイオーガというポケモンがわりと()()()()()であることが理由、と言えるだろう。

 

 確かに、カイオーガは雨を降らせ波を操るポケモンである。

 となれば、降ったあとの水に関しても操れて然るべき、という予想は間違いではあるまい。

 ゆえに、今の彼女がそれをできないのは……それこそ彼女の今の状態が不安定ゆえにその力を発揮できていないから、と見る方が正しいだろう。

 この辺りは、反応が進めば自然となんとかなるものだと思われる。

 

 それから『神らしい神』という話の方についてだが……元々、神というのは人の手の届かぬもの──自然現象などを人の理解の範疇に落としたもの、という場合が多い。*8

 そしてそれは、病魔などと同じく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに変わりはない。

 あくまでも未知であることの恐怖から逃れるためのものであって、相手を制御する術を得たわけではないのである。*9

 

 ゆえに、人の手でどうにもできない自然現象は、それを神の怒りという形で認識することになり。

 ()()()()()()()()()()()()、起きたことをどうにかして受け入れようとする……という方向へと発展した。

 

 つまり、神の気ままは自然の流れ、それを論じることに意味はなく人はそれをただ受け入れるしかない、ということ。

 傍若無人な神に振り回されるが人の定めであり、それを嫌だと願ったところで、人に取れる手段などないということである。

 

 そういう意味で、カイオーガというポケモンはとても神らしいポケモンだと言えるだろう。

 自然の権限として、時に穏やかに・時に激しい海を象徴する彼は、その気ままさのままに人へ恩恵と被害の両方をもたらしていく。

 そこに人への気遣いはなく、あくまでも人が勝手に『恩恵だ』『被害だ』と述べているだけ。……まさに神らしい神、というわけである。

 

 ただ、そんな神らしい神に宗教従事者であるジャンヌが混ざっている辺り、どうにも話はそんなに簡単でもなさそうなのだが。

 

 

「……んー、せめて『神断流』が使えればなー」

「……ああ、理不尽な神に対して特攻、なんだっけ?」

 

 

 ……それはそれとして、この話をしているとどうして『神断流』が使えないのか、みたいな気分になってくる私である。

 いやまぁ、これもこれでしっかりと【星の欠片】だから、ってだけなんだけどね?

 

 でももし使えたのなら、相手の回避とか全部無視れるし体力も一瞬で削れるのになぁ。

 ……まぁ、言っても仕方ないのだが。

 

 なんてことをぼやいていると。

 

 

『……もしかしたら、なんとかなるかも?』

「「「「「え?」」」」」

 

 

 暫し考え事をしていたゆかりんが、そんなことを言い始めたのであった。……なんか嫌な予感がするぞー。

 

 

*1
石川賢氏の作品『真説・魔獣戦線』のラスボス。相撲取りではない。そっちは『ときてんくう』。日本創作内では一番強いのでは?……なんてことも言われる存在だが、その全貌は不明。最強スレとかに行くと中堅扱いされている辺りはご愛敬

*2
なお単純な空間・法則支配だと【星の欠片】側の自殺を止められないので無意味な模様()

*3
『きみ、いいちからをしているね。ゲッターチームにはいらないか?』

*4
本質的には『弱いもの』である為。弱すぎてワケわからんことになる、というのがこの技能のトップ層なので、そこまで振り切っていないモノだと単に(【星の欠片】側が)負けるだけで終わる

*5
最早単なるSCPである()

*6
幾ら建物を崩壊させ辛いって言っても、限度があるからなー

*7
少なくとも交通の便などに大きな支障をもたらす可能性大(電気を通さないとは言っても、蒸発などはする&その水蒸気が再び結露した場合、絶縁性は消える)、単純に人間が外に出辛くなる、という部分でも問題大

*8
『自然神』とも。『八百万の神』は大抵この類い。また、『自然神』意外の神々も、自然そのものが神になったモノではない、というだけで自然を自由に動かすことができる、などの面で関わっていることが多い

*9
なおこの『未知への恐怖』、宗教が必要とされる理由とも言われていたり(『死』の向こうは未知であり、されど必ず訪れるモノである為。その恐怖を抑えたり、消したりするのには人知の外にあるものが必要となる、というわけである)



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なりきり郷、アッセンブル!

 はてさて、ゆかりんが唱えた起死回生の案。

 それは単純に聞く分には、特に問題の無さげな策だと言えた。

 寧ろ、現状で導き出せる案の中では、トップクラスに成功の可能性が見える、というか。

 ただ……。

 

 

「……全員への負担が凄すぎるんだけど!?」

「ぴかっちゅ、ぴかっぴー」*1

 

 

 ここにいる面々、その全ての力を総動員する必要性があったのであった。……なんならゆかりんも参加である。

 

 はてさて、では彼女が持ち出した案がなんだったのか、というと。

 

 

「……いやまぁ、原理的にはわからんでもないんだけどさ。目の前に実例が居るわけだし?」

「【星の欠片】への干渉は()()()()()()()()()()……って気付きが、この作戦を思い付かせたってわけね」<ドヤッ

「ドヤるような話かなぁ……?」

 

 

 そう、それは目の前の少女──ジャンヌの()()を真似ること、だったのであった。

 具体的にいうと、彼女に有効な技能をここで作ってしまおう、というものである。

 まぁ、作るといっても一から作るわけではなく、既にあるものをあれこれ改良して使おう、みたいな話だったのだが。

 

 まず、原型となるのは【星の欠片】の一つ、『神断流』。

 神らしい(理不尽な)神としての性質を持つカイオーガが混じっている以上、この流派の技が特攻レベルでよく効くだろう……というのは、すぐに気が付いて然るべきものだと言えるだろう。

 ただ、現在のジャンヌの状況──存在として不安定であるということから、その状態を直接左右してしまう【星の欠片】に含まれている『神断流』は使用非推奨、というのも確かな話。

 それゆえ、状況の解決に一番向いてるのに実際には使えない、というなんとも八方塞がりな状況に陥っていたわけなのだが……。

 

 

「そこで私の出番ってわけね!」

「いやー、まさか【星の欠片】かそうでないか、の境界が弄れるとはねー……」

 

 

 それをどうにかする手段として持ち上がったのが、ゆかりんの『境界を操る程度の能力』なのであった。

 

 ……まぁこれは、『神断流』が【星の欠片】としてはわりと()()()()──普通の作品での考え方に置き換えた場合に()()技能である、という性質を持つがゆえに可能となったことだったのだが。

 どういうことかと言えば、彼女の能力で私の【虚無】を弄ることはできないが、それよりも大きな『神断流』に関しては手を加えられる、ということである。

 分かりやすく言うのなら──彼女の能力を網とした時、私のそれはその網目をすり抜けてしまうけど、それよりも大きい『神断流』は引っ掛かる……みたいな?

 

 そも、【星の欠片】は本来目覚めもせず、人々に付き従うもの。

 ……ゆえに、ある程度の強者なら操作できてもおかしくないのである。

 いやまぁ、既に励起状態の【星の欠片】が操作できる、というのはわりと驚きなのだけれど。……『神断流』側も今回の事態の収拾に協力的、ってことなのかな?

 

 

「……ああ、そっか。流派って形でも【星の欠片】ではあるんだから、意思とかあってもおかしくないのか」

「まぁ、多分集合無意識的な大分薄い自我だと思うけどね」

 

 

 そんな私の言葉に、一瞬五条さんが怪訝そうな表情を見せたが……直後、【星の欠片】は無数に集まって意思を形成することがある、みたいなことを言っていたのを思い出したのか、納得したように頷いていたのであった。

 

 ……そう、【星の欠片】の正体は微細な粒子であるが、これの一番重要なところは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部分である。

 本来はモノも言わず、現行の物理法則に従って動いている粒子達が、そのルールの崩壊を察して自由に動き始める──というのが、本来の【星の欠片】の目覚めの過程である。

 

 それはつまり、【星の欠片】であるならば()()()()()ということ。

 その形が『流派』という実態のないものであれ、それが【星の欠片】である以上は大なり小なりなにかしらを考えている可能性がとても高い、ということである。

 ……微妙に断言しきれないのは、『神断流』が【星の欠片】としては上位(かい)に類するモノであるため、トップ層である『あのお方』やキリアほどにハッキリとした意思を持っているとは思えない、という感じだろうか。

 

 ともかく、今の状況が()()()()()()()()()()()()()()環境であることは事実。

 ゆえに、『神断流』の側も譲歩してくれたということなのだろう。……本来なら弄るとか無理だろうし。

 

 

「……んん?さっきと言ってること矛盾してない?」

「いやまぁ、実際に出来てるわけだから、それが出来てる理由ってやつを考えてたんだけど……多分、私たちが『逆憑依』だからなんだよね、これって」

「……んー?」

 

 

 ……『神断流』は【星の欠片】としては(よわ)いモノなので、ゆかりんに操作できてもおかしくない──。

 先ほどそう述べたばかりなのに、今度はそれを覆すようなことを宣った私に、再度五条さんが怪訝そうな表情を向けてくるが……なんのことはない、この話の間に理由について思い至ったから、というだけの話である。

 

 そもそもの話、【星の欠片】は私の作った()()()()()()()()()()である。

 ……そのため、本来想定していない『他者による性質の変化』について、どうにも首を捻らざるを得ない部分があった。

 まぁ、実際には私が【星の欠片】を作ったのではなく、それをたまたま発見してしまったというのが近いのだから、私の知らない性質があったとしてもおかしくないのかな?……と一瞬納得しかけたのだけれど。

 

 よくよく考えたら、私の知る【星の欠片】の性質から説明ができるな、と思い直したため発言を翻した、というわけである。

 

 

「……と、いうと?」

「そもそも『神断流』って、【星の欠片】の中でも特に()()()()()()()()()()()やつなんだよね」

「……あー、神って言ってるけど、実際のところは『人以外の理不尽全て』への敵対者、みたいなノリなんだっけ?」

「そうそう」

 

 

 そう、『神断流』はその運用目的からして、他者──特に人以外からの操作に極端に強い・もしくは嫌がるものである。

 ……当たり前だ。もしそれらからの操作を受け入れる場合、本来の運用目的である『理不尽を打ち砕く』という部分に支障がでかねない。

 

 例えばまともに使えば神を一撃で打ち壊す技があるとして、それを使った際に他者からの改変を禁止していない場合、最悪その技を使おうとしたという事実自体を改変される、などということも考えられる。

 ──神なのだから、時間遡行くらい納めていてもおかしくないだろう、というわけだ。

 

 それでは『神断流』としての本分を遂げられまい。

 ゆえに、『神断流』は特に他者からの──特に()()()()()()からの操作に対して強固なはずなのである。

 でも現実的に、ゆかりんは『神断流』の性質を操作している。……彼ら側からの譲歩があったとしても、中々におかしな状態だろう。

 

 ゆえに、私はこの状況に疑問を抱きつつも、そうなってるんだからそうなんだろう*2と思っていたわけなのだが……話している最中に気付いたのである。

 もし『神断流』が重視しているのが()()()()なら、彼らの矜持や理念に反することはないだろう、と。

 

 

「……あ、そっか。『逆憑依』である以上は……」

()()()()()()()。……人が『逆憑依』って道具を使って操作している、って扱いで受け入れてるんじゃないかな」

「……難儀な生態してるねぇ」

 

 

 そう、ゆかりんは【顕象】ではなく『逆憑依』、核として中身に人のいる存在である。

 ……外見こそ妖怪の賢者たる『八雲紫』のそれであるが、中に煌めくのは間違いなく人の魂。

 ゆえに、『神断流』も譲歩することができたのでは?……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないだろうか……ということになるわけである。

 

 ……言い直した理由?『神断流』に譲歩を考えるほどの知性があるとは思えない、みたいな感じというか。

 わりと厳正なルールなので、その穴を見つけたと考える方が正しいんじゃないか?……とかまぁ、そんな感じである。

 

 まぁともかく。結果として、ゆかりんは『神断流』を操作する権限を得た。

 とはいえそれは一過性のもの。

 永遠に操作できるわけではなく、この異変の解決までの限定契約。……その辺りを失念すると、あとで酷い目に合うかもよ?……とだけ釘を刺しておく私である。

 

 

「酷いことって……例えばどんな?」

「流石に命の危険、とかはないと思うけど……突拍子もなく腹筋したくなる、とかはあるかも?」*3

「なにその地味に嫌な罰!?」

 

 

 なお、私の言葉にゆかりんは渋い顔をしていたが……私がデメリットとして思い付くことを述べた途端、いやいやと首を横に振り始めたのであった。

 ……まぁうん、終わったあとも操作し続けなければいいだけの話だから落ち着いて……。

 

 

*1
手隙なやつ居ないとかマジ地獄だぜー

*2
『そうはならんやろ』『なっとるやろがい!!』<ギュルルル

*3
ようこそ腹筋スレへ!……的なやつである()



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必要なものをクラフト……つまりマインなクラ(ry

 はてさて、思いの外一つ目の話が長くなってしまったが、気を取り直して。

 

 現状一番有効そうである『神断流』を、一時的にゆかりんの『境界を操る程度の能力』にて【星の欠片】以外のモノに偽装する、という案が持ち上がったわけなのだが。

 ……無論、それだけで上手く行くほど話は甘くない。

 

 単純にごまかすにしても、『なににごまかすのか?』という部分が立ち塞がってくる。

 ……『神断流』が理不尽()に対して特効性を持っているのは、裏を返せばそれが【星の欠片】──あらゆる全ての根幹である、という性質を持つがゆえ。

 言うなれば、その属性そのものが相手の特殊性を貫通する理由となっているから、なのである。

 さっきの網の話をするのなら、相手の操作できない小ささのモノであるがために()()()()()、とでもいうか。

 

 ゆえに、迂闊に【星の欠片】であることをごまかしすぎると、効果が著しく落ちてしまう可能性が高いのである。

 雑に説明するなら、洗濯洗剤を薄めて使うことで洗浄力が落ちる……みたいな?

 

 そんなわけなので、単純にゆかりんに操作させても、今回私たちが求めるものは作れないのでは?……みたいな部分もあったのだが。

 

 

「それをクリアする策は二つ。一つは、ゆかりんの操作を補助する人員を一人用意すること」

「本来そんなことできる人はいないんだけど……()()()()()()わよね、私の隣に」

「そうだねぇ、ゆかりんの隣にお一人様ほどいるねぇ」

 

 

 それを解消するため、さらに二つの策を投入することとなった。

 

 そのうちの一つが、彼女の操作を補助する人員を追加する、というもの。

 ……これに関しては、『境界』というあやふやなものを()()()()()見ることができる、という素養が必要となるため、該当する人員は限られるのだが……都合の良いことに、ここにはその条件に該当しそうな人物が二人ほど存在している。

 そう、私こと『キルフィッシュ・アーティレイヤー』と『五条悟』の二名である。

 

 私については言うに及ばず、五条さんもまた『六眼』という特殊な目を持っているため、その辺りの問題はクリアできるだろう。

 ゆえに、この二人の内どちらかを補助に付ければ確実性が増す、ということになるのだが……見るだけではなく一緒に弄ることもできる点と、五条さんには別の役目を当てたいという二点から、今回は私の方が補助役に抜擢されることとなったのであった。

 

 これにより、【星の欠片】としての効力を極力失わせないようにしつつ、細かな調整まで行えるようになったわけなのだが……とはいえ、それだけで上手く行くほど甘くはない(二度目)。

 相手の【星の欠片】としての性質を刺激しないようにしつつ、されど【星の欠片】としての特効性は保持したい……となると、どうしても単なる調整では賄いきれない部分が出てくる。

 

 そこを解消するため、もう一つの策が重要になってくるのだが……ここではその説明は後回しにして、別の部分の解説に回りたい。

 

 相手に有効な攻撃を用意する、という部分はどうにかなりそうなことがわかったが、とはいえそれだけではまだ足りてない。

 ──そう、どんな強力な攻撃であれ、当たらなければ意味がないのである。

 特に、今回の相手であるジャンヌ・アクアは、その類い稀なる回避力により、こちらを苦しめてきた相手なので尚更のことだろう。

 

 ……本来であれば、その辺りを上手いこと貫通する役として選ばれたのが五条さんなわけだが、今回の騒動ではいまいち本領を発揮できないでいた。

 

 

「だけどそれは、裏を返せばこうとも言える。──()()()()()()()()()()()()()()()ってね」

「いやはや、贅沢すぎる使い方だねぇ、ホント」

 

 

 しかし、それは見方を変えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という風にも言える。

 ゆえに、今回彼に用意された役目というのが、相手の領域の中和という大仕事なのであった。

 

 ……ポケモンの天候に『すなあらし』というものがある。*1

 文字通りに砂嵐の巻き起こる状態を指すものだが、これに関連する特性として『すながくれ』というものがある。*2

 これは砂嵐に身を隠すことにより、相手からの命中率を下げるというモノなのだが……これと同じことが、目の前のジャンヌにも起きているのではないか?……という予測が持ち上がったのだ。

 

 本来、カイオーガにそのような性質は無いのだが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()のではないか?

 ……という可能性に思い至り、あれこれと確かめてみた結果それが正解である可能性が非常に高い、ということがわかったのだ。*3

 つまり、オルタ以外の攻撃が極端に当たりにくかったのは、雨という環境下で()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのではないか?……ということになるわけである。

 

 すさまじくマッチポンプ感漂う仮説*4だが……もし仮にこれが正解である場合、この大雨が降り続く限り彼女達の再現度は高いままをキープし、本来防御貫通するような攻撃もダメージカット対象になり、かつ回避率も依然高いままを維持し続ける……という、こちらにとって都合の悪すぎる状態が続く、ということになってしまう。

 そしてこれの面倒臭いところは、大雨の影響範囲が広すぎるためにそのバフを無効化し辛い、というところにある。

 

 天候を操作することの難しさは、以前述べた通り。

 されどその難しいことを完遂しない限り、下手をすると与えたダメージの回復までしだす可能性がある……ともなれば、どうにかしてこの雨を止める方法を考えるべき、ということになるだろう。*5

 

 が、しかし。

 この雨を止める、というのはそもそも今回の大目標。それが達成されている時点で話は終わっているのである。

 一応、ごく狭い範囲の雨を止めるだけならば、私にもできなくはないが……少なくとも『神断流』の調整もしながらそっちの調整も、などというのはキャパオーバーである。

 

 

「そこで僕、ってわけだね。……いやホント、贅沢すぎるでしょ今回の作戦」

「それくらいやんないと突破口が見えないってことだからねぇ」

 

 

 ゆえに、今回あんまり良いところのない五条さんに白羽の矢が立った、ということになるのであった。

 ……いやホント、贅沢な使い方だねぇ。

 

 

*1
天候の名前であり、同時に技の名前でもある。使うと文字通りに『すなあらし』が巻き起こり、じめん・いわ・はがねタイプではなく、かつ特定の特性(砂に関連するもの、および特性を無効化するようなもの)を持たず、かつ持ち物『ぼうじんゴーグル』を持っていないポケモンの体力を、ターンの終了判定の度に一定量減らす。あなをほる・ダイビング以外の一時離脱技の時も減る(該当するのはそらをとぶとシャドーダイブ)為、天候の中では意外と強めのものだったり。似たような性質を持つ天候に、対象タイプがこおりになった『あられ』が存在するが、こちらは『スカーレット・ヴァイオレット』では廃止されていたり(代わりに『ゆき』状態が登場)、『すなあらし』と違って特定タイプへのステータス増加の効果が無かったりした(『すなあらし』中はいわタイプのとくぼうが上がる。『ゆき』の場合はこおりタイプのぼうぎょが上がる)

*2
下記の通り、『すなあらし』中に回避率が上がる特性。技の効果ではなく、フィールドの特性として『すなあらし』が起きている場所では野生ポケモンとの遭遇率が下がる効果もある(この特性を持つポケモンが先頭にいる時のみ)

*3
敢えて言うのなら特性『あめがくれ』と言った感じか

*4
雨を降らせているのが、そもそも彼女の特性によるものであることから。……つまり、最初の火種として雨を降らすことさえできれば、自動的にカイオーガとしての性質の補強になり、補強されたのでさらに雨が降る……という、倍々ゲームに発展するわけである

*5
特性『ちょすい』が変化した状態で発現するかも、ということ。本来の『ちょすい』はみずタイプの技を受けた時にそれを無効化して回復、という効果だが、この大雨なら攻撃として見なしてもいいだろう、となりかねないということ。仮にそうなった場合、馬鹿みたいに固くて馬鹿みたいに体力があって毎ターン体力を回復する化物が誕生する、ということになる



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パズルのように組み立てて、一気に転がる爽快感

 はてさて、五条さんに領域と化している雨を中和して貰う、という話だったわけなのだが。

 ……とはいえ、それもまた字面ほど簡単な話ではない。

 

 なにせ、最初の邂逅の時に試した通り、単に領域を展開しても真面目に押し負けてしまうのである。

 相手の領域と判定されているのが、雨の降る日本全土……という、破格の大きさであるがゆえに拮抗のしようがないわけだ。

 領域には領域というものの、これでは無効化の目処さえ立つまい。

 

 

(´^`)「だからって、まさかそっちから増えてくれって言われるとは思わなかったし……」<ギュイーン

「ぴかっちゅ、ぴかぴー」*1

 

 

 そこで彼の補助を担うこととなったのが、なにを隠そうションボリルドルフなのであった。

 

 彼女が最初の出会いの時、奇っ怪な音を立てながら増えようとしていたことを覚えているだろうか?……そう、いわゆる増殖シリーズというやつである。

 単に増えるだけならば、なんの意味もない……どころか、寧ろ事態を別方向に悪化させるだけの話でしかなかったのだが。

 ここに来て、彼女が『ケルヌンノス』から生まれたものである、という性質が利点となりうることが判明したのであった。

 

 二部六章をクリアした人ならご存じのことだろうが、()()妖精國の大地は単なる陸地ではなく、妖精達の遺骸が積もりに積もった結果として、大地へと変じたものであった。……いわゆる星の素材、というやつである。*2

 そして、彼らがその妖精の遺骸(星の素材)でできた陸地に拠点を移す前に、暮らしていた場所は……ケルヌンノスの遺骸の上であった。*3

 メソポタミア神話の原初の海の女神・ティアマト神の最後と同じく、神の遺骸の上に文明を築いた……というわけである。*4

 

 ……その辺りの話には思うところも多々あれど、ここで必要なことはただ一つ。

 

 

(´´v`)「今日の私はグラードンだし……」<ギュイーン

「ぴかっちゅう、ぴかっぴー」*5

 

 

 ──そのケルヌンノスの系譜である彼女には、()()()()()()()()()()ということである。

 

 そう、無限に増える彼女は属性を(ピカチュウとセットにして)整えることで、グラードンと同じく『陸地を広げるもの』としての属性を得るに足る素質があったのだ。

 

 ……まぁ、彼女のそれはわりと真面目に際限のないタイプのモノなので、ほどほどに調整しておかないと地球が丸ごとションボリに……という別方向の厄災にも発展しかねないのだが。

 その辺りはまぁ、腐ってもケルヌンノスの眷属だということだろうk()……え?そもそも密輸の時点でそんな感じだったろうって?*6

 ……折角こっちがシリアスな感じに話を整えてるんだから、そこは合わせてもろて()。

 

 ともかく。

 五条さん単体では足りない干渉力を、相手と同じ立ち位置──対である『大地の化身(グラードン)』として扱うことに成功したルドルフ&ピカチュウを置き、結果として均衡するほどに押し上げることに成功したのが、今の状況というわけである。

 

 本来、ルドルフの増殖行動に天候を操作する効果はないのだが……見立てなどの追加バフが上手いこと機能しているようで、今の彼女は晴れを司る存在となっていた。

 空を見上げれば、私たちのいる場所を基点として左右に綺麗に別れた、晴れ間と曇り空の境を確認することができるだろう。……もはや創世神話である。

 

 そうして、カイオーガの持つ神性を極力抑え込んだところで、五条さんによる領域中和が火を吹く。

 ……ここまでして中和かよ、って感想が飛んできそうだが、それでも一撃で終わらせる道筋がようやく立った、ということは素直に喜ばしい。

 なにせここまで、『どう足掻いても数ヶ月から数年単位の戦闘期間を要する』という試算しか立っていなかったのだ、それをどうにかできるというだけで万々歳だろう。

 

 さて、ここまでの話でジャンヌ・アクアの持つ特殊性──『あめふらし(はじまりのうみ)』に対する『ひでり(おわりのだいち)』の用意、雨状態で起動するジャンヌの宝具を由来とする特殊領域(固有結界)の中和。

 それから、それでもなお立ち塞がる、莫大な体力と防御を貫くための矛としての『神断流』の調整という、重要な要素を見てきたわけなのだが。

 

 ──ここまで来てもなお、一つ足りてないことがある。

 そう、この状況において攻撃役を任される人物だ。

 

 本来であれば、こういう状況において攻撃役を担うことがほとんどである私は、今回明確に裏方に回っている。

 それは、攻撃するための矛──『神断流』の調整には、私とゆかりん両方の力が必要であるがゆえ。

 同じように、他の面々も()()()()()()()()()()別の重要案件のため、その総力を注ぐ必要性があった。

 

 つまり、攻撃役は今まで話題に上がった者以外、ということになる。

 ニャースに関しては……彼は攻撃役ではなく、攻撃役にバフを積めるだけ積む役目を請け負った。

 

 先ほどはその行動に反応して、ジャンヌ側が張り切ってしまうというアクシデントがあったが……今の状況において、その心配はないだろう。

 ジャンヌ本人の意思としてもそうだし、現状の環境がそもそもそれを許さない。

 

 言うなればこの状況、勇者シリーズ系で相手を拘束して最後にぶった斬る……という、〆の部分に入っているのである。

 そのため、ジャンヌが反応して防御を加算してしまう、というような展開には繋がらないし、そもそもその余裕もない。

 ……まぁ、端から見ると集団リンチしているように見えなくもないが、その辺りは攻撃役を()()()()()()()ことでカバーしている、と思って頂くとよい。

 

 ──そう、攻撃役となるのは、ただ一人。

 ここまで話に上がっておらず、かつ今いるメンバーの中では唯一、そもそもにジャンヌの回避性能を無視できていた人物。

 彼女に『神断流』という矛を持たせ、ルドルフの増殖や五条さんの領域によって相手の特殊能力を極力無効化するというのが、今回私たちが導き出した必勝の策。

 

 

「……(これはこれで、なんというか燃えるシチュエーションね)」

 

 

 全てを託された女──ジャンヌ・オルタは、与えられた武器とシチュエーションを前に、ほんのり紅潮した顔を隠しきれずにいたのであった。

 

 

 

 

 

 

「よーし、じゃあ張り切って行くわよー!!」

「「「おーっ!」」」

 

 

 お膳立てされた状況というものに少々の忌避感はあれど、それでもこの状況を解決する方が先決……と皆の心が一つになった時、自然と私からは掛け声が漏れていた。

 一世一代、世界を救うための一大決戦というわけである。

 

 ゆえに、皆のノリも自然と()()()()()になっていくのであった。

 

 

(`´^`)「まずは私達からだし……」

「ぴっか、ぴかっちゅ!」*7

「「おわりの、だ・い・ち・ぃーっ(超電磁、タ・ツ・マ・キィーッ)!!」」

 

 

 まずは一つ目、ピカチュウとルドルフ組。

 彼女達が気合いを入れた途端、巻き起こるのはかみなりを纏ったルドルフ達の暴風である。

 ……え?おわりのだいちでもなんでもない?相手を拘束するのに地割れで挟んでるようなものだから問題はない。(キリッ

 

 

「そんじゃあ次は僕か。合わせるのなら──領域展開・『無量空処』(超電磁ボール)ってところかな」

 

 

 次いで五条さん。

 彼の領域は円のようにジャンヌを包み込み、その動きを短い時間ながら封じ込めることに成功する。

 

 

「次は私達ね!」

「正直ノリが違う気がするけど……ここは敢えてこう叫びましょう」

「「超電磁スピィーンッ!!」」

 

 

 それに続く私とゆかりんは、攻撃の代わりにジャンヌの武器──右手の剣へと調整した『神断流』の使用権を付与する。

 叫んだのはあくまでノリなので、あまり気にしてはいけない。

 

 

「にゃにゃ。これでお膳立ては終了ですにゃ。ご主人、準備はいいですかにゃ?」

「誰がご主人よ、誰が。……でもまぁ、アイツを思いっきりぶん殴って感謝される、って状況は中々いいわね」

「あのー?!オルタってばちょっと私怨が入ってませんかー!?」

「うっさい、黙って磔になってなさいよアンタは。……ああでも、磔だと仮定するとあんまり眺めてるのも宜しくはないか」

 

 

 そして最後、ありったけの猫スキルによる強化をニャースから施され、未だかつてない万能感に身を焼かれながらオルタは不敵に笑う。

 無論、これは相手を滅ぼす戦いではない。相手を救うために打倒する、ともすればどこぞの鋼鉄の天使こそが得意とする戦い。

 

 されどオルタは、この状況にあって笑うことを選択した。

 単に面白かったのもそうであるし、自分という存在がこんな戦いをできることに感動した、とも言える。

 けれど、それを素直に口に出すのは恥ずかしいので、彼女は悪役っぽい笑みを浮かべながら、磔にされたジャンヌと相対するのであった。

 

 

「安心しなさい。苦しまないように一息にやってあげるわ」

「台詞がヤバいんですけどー!?」

「ふん。──天空剣(てんくぅーけん)っ!!」

(どっちかというと暗黒剣だよなぁ、あれ)

 

 

 流れに沿うように、オルタはその剣を天に掲げ構える。

 そのまま彼女はジャンヌに向かって疾走し、その手前数メートルほどの位置で跳躍する!

 

 

「──Vの字、斬りぃっ!!」

「きゃあああーっ!?」

 

 

 斬撃の軌跡はVの字を描き、磔にされたジャンヌをその磔ごと引き裂いていく。*8

 振り抜いた剣を払いながら背を向けるオルタの背後で、ジャンヌは周囲の空間ごと爆発炎上。

 ……必殺技の流れ的には大正解なれど、それって大丈夫なので?……という一抹の不安を周囲に振り撒きつつ、戦いは終わりを告げるのであった。

 

 ……いやこれでいいのか本当に???

 

 

*1
増えすぎてヤバそうになったら、すぐさま止めるけどなー

*2
なおこの状態をとある人物は『気持ちが悪い』と切って捨てたとか。亡骸を積み上げながら無理矢理に存続していた世界である為、仕方のない話ではあるのだが

*3
詳しくは二部六章を参照のこと。一時期『妖精滅べ』が合言葉だったこともある、妖精國の歪みがそこにある

*4
多分一緒にするなとキレられる可能性大()

*5
まさか俺と合わせて、纏う属性を変更できるとはなー

*6
軽いノリと音楽で地球がぽんっとションボリルドルフになる。まさに狂気の沙汰()

*7
それじゃー行くぜー!

*8
一連の流れは『超電磁スピンVの字斬り』から。基本的に一緒にいることが多いので違和感がないかもしれないが、そもそも両作品は別の作品なので、この攻撃はスパロボオリジナルである



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幕間・それではリザルトのお時間です

「えー、あの爆発のあと、爆心地から見付かったジャンヌは真っ黒焦げになりつつも五体満足。……体力だけが全損した状態で見付かりました。ポケモン的に言うのならきぜつ・目を回してる(せんとうふのう)状態ですね」

 

 

 はてさて、ところ変わってなりきり郷・ゆかりんルーム(いつもの)

 

 今回別所で救助などを行っていたメンバー達への説明も兼ねたお疲れ様会の最中、先の騒動の原因とも呼べる者の居る場所で、一体なにが起こっていたのかを解説し終えた私たちは。

 語り終えたと同時に飛んできた、周囲からの拍手にどうもどうもと頭を下げていたのであった。

 ……で、今回の一番の功労者たるオルタはなにをしているのか、と言うと……。

 

 

「はい、本当によく頑張りましたねオルタ。お姉ちゃんがおいしいご飯を食べさせてあげましょう」

「……いや、別に自分で食べられるわよ、これくらい」

「……」<ジッ

「……ああもうわかったわよ!大人しく口開ければいいんでしょこのクソ聖女様!!」

「む、言葉遣いが荒いのは良くありませんよ、オルタ。健全な精神は健全な日常にこそ宿るのです。そんな言葉遣いでは、立派な淑女になんてなれっこ有りませんよ?」

「ああもう、ああ言えばこう言うわねアンタホントに!?」

 

 

 あのように、ここにやってきたジャンヌ──正式にジャンヌ・アクアとして成立した彼女に、あれでもかこれでもかとお世話をされている最中なのであった。

 ……え?妹扱いされるのは御免だ、みたいなことを言ってなかったかって?

 その答えに関しては、彼女の右手を見て頂ければわかると思う。

 

 

「名誉の負傷……でしたか?確かオルタさんが最後の攻撃を務めたとか。……やっぱり、その時に?」

「業腹だけど……まぁ、そんな感じよ」

 

 

 彼女の近くで話を聞いていたルリアちゃんが、その右手の()()を見ながら声をあげる。

 ……そう、現在彼女の右手は使用不可能状態に陥っているのである。

 そしてその理由の一端はジャンヌにもあるため、こうして甲斐甲斐しく世話を焼いている……というわけなのだった。

 

 

「負傷の理由がジャンヌさんであること。それから、実際に不便を強いられているのも事実……という二点から、素直に相手の施しをお受けになっている……ということですか?」

「まぁ、端的に言うとそういうことになるね。右手が使えないのは本当のことだし、その理由(の一つ)がジャンヌにあるから、相手の謝意を無下にもできない……みたいな感じ」<シャイッ☆

「なるほど……ところで、今なにか不自然な間がありませんでしたか?」<シャイッテソウイウイミジャナイトオモウンダガ?*1

「気のせい気のせい」

 

 

 隣で今回の追加メンバーの一人・ションボリルドルフとオグリのやり取りを眺めていた雪泉さんが、話の内容に興味を持ったのか近付いてくる。

 

 彼女の予測は、概ね正しい。

 オルタの負傷は、ジャンヌを助けるための最後の一撃によるもので、いわば一種のバックファイア*2によるモノ、とも言える。

 それゆえ、ジャンヌ側は負い目に感じているし、オルタ側としては「はぁー?結果として助かっただけであって、私はこの聖女様をノックアウトしただけなんですがー?」……という主張が微妙に通り辛いこともあって、結果なし崩し的に彼女のお世話を受け入れているのであった。

 

 とはいえ、それだけならば彼女が素直にジャンヌの介護を受けている、という理由としては少々薄い。

 本人が勤勉、かつ姉たるジャンヌに警戒心の高いオルタであるからして、そのような状況に追い込まれればまず間違いなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが目に見えているからだ。

 

 じゃあ、そこを埋める理由があるのではないか?……となるのは自然な話。

 とはいえここに関しては()()()()()()()()()()()()()()ため、雪泉さん達がその理由を知れるようになるにはゆかりんの承認……もとい、彼女の気持ちの整理が終わるの(もしくは胃の調子が整うまで)を待つ必要があるのだった。

 

 まぁそんなわけなので、ほんのり他の理由があることを匂わせつつ、のらりくらりと躱す完璧で究極ではないキーアさんなのでした。*3

 

 

 

 

 

 

「……やったか?」

「お約束のフラグを立てようとしてんじゃないわよ!?」

 

 

 はてさて、時間は遡って全員協力の合体攻撃の直後の話。

 爆発する要素どこかにあった?……みたいなツッコミもそこそこに、爆煙の向こうを見ようと視線を凝らす私たちである。

 

 いやね?()ってばカッコ付けて、攻撃後の決めポーズとかやるために爆心地からちょっと離れた位置に滑って行っててね?……『天上天下念動爆砕剣』とか、ああいう感じって言えばわかるかな?*4

 まぁそんなわけで、微妙に爆発したあとのジャンヌの様子がわからなくなっているのである。……思わずみんなのジト目が()を襲ったのは言うまでもない。

 

 なによなんなのよ文句でもあんの、と声を荒げる()を適当にあしらいつつ、()()()()()爆煙を眺める私たち。

 ……ここまでくると、先ほどまで騒いでいた()も流石に異変に気付く。

 

 そう、爆煙だと思われていたものはいつの間にか、空に満ちていたはずの曇天と入れ換わっていたのである。

 

 

「え、なにあれ。クラッコ?」*5

「別の問題を引き寄せようとするんじゃないわよ。……でもまぁ、尋常な話ではないのは確かだね」

 

 

 その不気味な光景に、他の仲間も私と()の周囲に集まってくる。

 ……今のところ、向こうがなにかをしてくる気配はないが……最悪の場合、ここから第二ラウンドが始まってもおかしくはない。

 そうして皆が警戒する中──一人だけ、前に進み出る者がいた。

 

 

「にゃにゃ。上手く行ったようでにゃによりですにゃ」

「……ニャース?ってことはまさか、これはアンタの仕込んだ罠ってこと?!」

「ぴっかっ!!」*6

「違いますにゃ」

「そう違うのね!じゃあアンタを倒して……なんですって?」

「ぴか?」*7

 

 

 それは、唯一この一団の中で別の場所の所属であるニャース。

 そんな彼が、意味深なことを言いながら進み出て来たことに、一部のメンバーが過剰反応を示すが……別に彼が仕込んだことではない、と聞いて肩透かしを食らったような顔をしていたのだった。

 

 とはいえ、現状なにが起こっているのか?

 ……ということを知っていそうなニャースが出てきた以上、これが向こうにとって都合のよい状態である、というのは間違いなさそうではある。

 

 

「にゃにゃ。別ににゃー達にばかり都合のよい状況、というわけでもにゃいのですにゃ。彼女がこっちに参加してくれるのが最良にゃのにゃらば、これに関してはそちらにお譲りする……みたいにゃ感じににゃりますし」

(´´^`)「なに言ってるかよくわからないし……勿体ぶるのは止めて欲しいし……」

「じゃあ、こう言い換えますにゃ。──いわゆる両者両得(Win-Win)の状態、というわけですにゃ」

(´´^`)「うぃんうぃん……?」

 

 

 ただ、ニャース自身に言わせれば、別に向こうばかりが得をする状態ではないとのこと。

 ……今までの話の流れからすると、ジャンヌの不安定さが解消されたあとはこっちに任せる、というのがそのままこっちの得、ということになるのだろうか?(そんなの得じゃないわよ、と喚く()は無視)

 

 だがニャースは首を振り、それだけではないことをこちらに示してくる。……ふむ、ジャンヌの加入だけではない、と?

 

 

「にゃー、そうですにゃ。懸命な虚無姫……もといキーア様にゃら、そろそろ気付いてもおかしくはにゃいと思われますがにゃ?」

「……()?」

「お見事」

 

 

 そして、彼がそろそろ気付いてもおかしくない、と述べたことにより、私はその理由に思い至る。

 ……なるほど、この状態自体が都合が良いのか。

 

 

「……いや、勝手に納得してんじゃないわよ???」

「んー、じゃあこう言い換えようか。──おめでとう()()()。ラストアタック賞は君のものだ」

「は?……いや、なに言ってあっつう!!?

Σ(´・д・)「一体なんだし?!」

 

 

 私がニャースの言葉に確信を得たと同時、さっぱり状況のわかっていない()が声をあげ──同時、右手をバッと上に上げて叫び始める。

 言葉通り、()()()()()()()()()()ということなのだろうが……これが予測通りなのであれば、これこそニャース達が望んだこと、ということになるのだろう。

 

 してやられたなぁ、と思いつつ、最早私にできることはないのでどうにでもなーれー、なテンションである。

 まぁ、私が慌てないからと言って他も慌てないわけでもなく。

 

 

「あっつ!?でも痛くない!?でもあっつい!?」

「ぴ、ぴぴぴぴぴかっちゅちゅちゅ」*8

「え?なに?!爆発するの!?オルタちゃん爆発するの!?」

「いやーっ!!?」

「あっはっはっは。なんだこれー()」

 

「それでは、お約束として言わせて頂きますにゃ」

「ほ、ほああああああ!!?」

 

 

「にゃんだかとっても、

い~いかんじぃ~♪

「みぎゃあーっ!!?」

 

 

 そうして巻き起こった爆発によって飛んでいったニャースは、そんな感じの言葉をこちらに投げながら空の向こうに消えていくのであった。

 ……言いたいことは色々あるけど、一つだけ。

 いや、劇場版かいっ!!*9

 

 

*1
ウマ娘の一人『スマートファルコン』の鳴き声(?)その時の笑顔が特徴的(こういうの(◠◡◠))なことも有名

*2
逆火。ガス火炎を利用中、火が火口からガスの供給側に戻ってしまう現象。仮にそのまま逆流が進行してしまうと、ガスの供給元に辿り着いて最悪の場合破裂・爆発することがある

*3
YOASOBI氏の楽曲『アイドル』の一節から。ゲッターは飛び出さないし荒れない()

*4
相手に攻撃を当てたあと、ずざざーって感じで滑っていくやつ。『天上天下念動爆砕剣』自体は、スーパーロボット大戦シリーズのオリジナルロボ・SRXが使う必殺技である

*5
『星のカービィ』シリーズの敵キャラクター。白い雲にトゲと目が生えたような姿が特徴。この世に空と雲がある限り消滅しないのだとか

*6
なんだとぶっ殺してやる!

*7
あれー?

*8
おおおお落ち着けこれはこここ孔明の罠ななな

*9
アニメ『ポケットモンスター』における一つのお約束。ロケット団が爆発などによって吹っ飛ばされ、『やなかんじー!』と叫ぶのが普段のやりとりだが、劇場版などでは事態の解決を祝ってか『いいかんじー!』と叫ぶことがある



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幕間・ドロップ品が必ず嬉しいものとは限らない

 はてさて、突然のオルタ大爆発より数分後。

 みんなして黒焦げアフロヘアーになっていたわけだが、あの爆発規模でこんな姿で済んでいるのは運がイイナー。

 ……などという冗談は通じず。

 

 

「説明、しなさいよ」

「お、落ち着いてオルタ……」

 

 

 こちらにを掛けてくるオルタをどうにか落ち着かせつつ、私たちは場所を移したのであった。

 ……爆煙もとい曇天の向こうから姿を現した、ジャンヌを伴って。

 

 

「んじゃまぁ、とりあえず……ラストアタックおめでとー、オルタ」

「……さっきからなんか違和感あると思ってたけど、ようやくわかったわ。なんでアンタ、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「え?……あ、ホントだ?!キーアちゃんってばさっきまで、オルタちゃんのこと『ぬ』って呼んでたわよね?!」

「おー?そういえばそうだねー」

 

 

 移動した先──近くの公園でベンチに腰を下ろした私は、まず真っ先に、()()()最後の攻撃(ラストアタック)を成功させたことを祝福した。

 ……のだが、流石にここまで来ると気付かれるというもので。

 ()()()()()()()()()()()()()ことに気付いた彼女は、その部分に疑問を差し込んでくる。

 そして、彼女のその言葉を聞いた他の面々も『なんで?』という視線をこちらに向けてきて……。

 

 

「……『ぬ』って呼んでたことに、深い意味は無かったんだよ?」

「その言い方だと、今の呼び方には深い意味があるってことかな?」

(´´^`)「そうなんだし?」

「はっはっはっ。まぁねー」

 

 

 特に隠す意味もないことなので、私は彼らに首肯を返した。

 ……最初に『ぬ』と呼んでいたことに、深い意味はない。

 仮に意味付けをするのなら、『オルタ』という呼び方だと今後オルタ系のキャラが来た時に難儀するだろうなー、と思ったというのが一番近いのではないだろうか?*1

 ほら、沖田オルタちゃんとか、セイバーのオルタとか。

 

 オルタというのは、オルタナティブ(Alternative)の略。

 別の可能性、とでも訳すべきその名前は、それゆえに多数の存在に使われるある種の称号としても扱われている。

 

 

「だから、基本的にはその人個人の呼び方、みたいなのを制定すべきだと思った……みたいな感じ?」

「……ねぇ、その言い方からすると、すっっっごく嫌な予感がするんだけど?」

「あっはっはっはっ。……オルタは勘が良いなぁ」

「…………ちょっと、失礼するわね。ぎゃあああぐわぁぁああふっざけんなぁぁぁあっ!!?

「びぃっ!?」*2

 

 

 ゆえに──私が敢えて『オルタ』、と呼ぶ相手が仮に居るとすれば。

 それは恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるのだろう。

 

 その言葉から、自分の身になにが起きたのかをはっきりと理解したオルタは、頭を抱えながら悶え苦しみ始めたのであった。

 ……まぁうん、そうなるのも仕方ないよねーというか。

 

 なお、まだよくわかってない周囲の皆は、なんだなんだと困惑したような顔をしていたのでした。

 

 

 

 

 

 

「ええとつまり……どういうこと?」

「大雑把に言えば、彼女は真に()()()()()()()()()()()()ってことかな。それこそ、本編の彼女よりも更に深く……みたいな?」

「…………?????」

 

 

 数分後。

 地面に転がって「殺せぇ……私を殺してぇ……」と虚ろな目で呟き続ける脱け殻と化したオルタにドン引きしつつ、ゆかりんがこちらへと疑問を投げ掛けてくる。

 私はそれに対し、できうる限り簡潔に答えを返したのだけれど……簡潔にし過ぎたせいで、逆に伝わらなかった様子。

 ふむ、どう説明したものか……。

 

 

「ええと、二部七章で語られた『異霊(オルタ)化の定義』って知ってる?」

「え?ええと……確か、その英霊本人の根幹……いわゆる矜持がねじ曲がったモノ、みたいな感じだったわよね?」*3

「まぁ、大体そんな感じだね」

 

 

 あれこれ考えた結果、やっぱり子細に説明するしかないか……となった私は、順を追って説明することに。

 そこで最初に切り出したのが、『オルタ』という存在の定義であった。

 

 ……『オルタ』という名称は、実は初代『fate/stay_night』には存在しないモノであった。

 その時は『黒いセイバー』などという呼ばれ方であり、『オルタ』の名称が付くようになるのは他作への登場──格闘ゲーム(Unlimited Code)お祭りゲーム(タイガーころしあむ)など、別の呼び方を必要とする場面がやって来たから、というところが大きかった。

 ゆえに、そもそもの大前提として『オルタ』とは、()()()()()()()姿()だったのである。

 

 そこから作品が多方面に展開するに連れ、意味合いが少しずつ変質して行ったわけだが……初代『オルタ』であるセイバーのそれを例にするのなら、本来『ジャンヌ・オルタ』や『クーフーリン・オルタ』などは微妙に違うもの、ということになってしまう。

 何故なら彼ら彼女らは、本人が辿ることのないもしもの可能性(if)、という性質が強いからだ。*4

 

 

「ジャンヌの場合、聖女であることをやめること。クーフーリンの場合なら、戦士ではなく嫌悪した王になったこと。……FGOで登場しているオルタ達の内、彼らのそれは特に()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言い換えてもいいようなもの、という性質が強いのよね」

 

 

 ゆえ、彼らはオルタではあるものの、本人とは微妙にずれた存在として定義されている。

 

 確かに、存在として細かく見た時に『聖女の矜持を捨てたジャンヌ』や『戦士を止めたクーフーリン』はオルタ以外の何者でもないが、実際のところ彼ら本人がそれをすることはまずあり得ないだろう。*5

 ……だからこそ、彼らは『想像はできるが、できるだけ』という枠に転がり込んだ者、というような性質が強いのである。特に、ジャンヌ・オルタの場合は。

 

 

他の(fate以外の)作品でも出てくるように、ジャンヌ・ダルクの魔女としての姿……みたいなものは、わりと容易に想像できる彼女の別側面、なのよね。あくまでも、一部の作品のジャンヌは闇堕ちなんてしない……なんてメンタルしてるってだけで」

 

 

 そう、史実のジャンヌ・ダルクの末路から、彼女の闇堕ちバージョンというのは、誰でも容易に思い付くもの……というくらいの存在なのである。*6

 ともすれば、型月の設定から考えて『無辜の怪物』を付与されたジャンヌが居てもおかしくない程度には。

 

 けれど実際には、ジャンヌに『無辜の怪物』が入り込む余地は一切ない。……いやまぁ、『無辜の姉』みたいな別方向に最近暴走している気はするけど、それはそれとして、だ。

 ゆえに、枠組みとして存在はするものの、その枠が埋まることはないだろう……みたいな場所に転がり込み、自身の存在を繋ぎ止めたのが現在の『ジャンヌ・オルタ』ということになる。

 

 

「なので、彼女はオルタだけど、厳密には『ジャンヌ・ダルクのオルタ』とは言い辛い。あってもおかしくないから成立してるだけで、方向性的にはそれこそ幻霊でもおかしくない*7のよ」

「……そう言われてみるとそうだなー、ってなるけど……それと今回の話がどう繋がるわけ?」

「言ったでしょ、()()()()()()()()()()()()()()って。……今までの話から、正確なところはわからずともなんとなく答えは見えてきたんじゃない?」

「……もしかしてだけど、今の彼女って属性的に()()()()()()()()()()()ってこと?」

「いやいや五条さん、そんなことあるわけ……」

「五条さん正解ー」

「あるの!?」

 

 

 ここまで語れば、なんとなく答えは見えてくるというもの。

 元義……ってわけではないが、最初に登場したオルタを思えば、ジャンヌ・オルタが微妙にオルタとは言い辛い……となっていることは、ここまでの話でなんとなく理解できるだろう。

 それを敢えて、わざわざオルタと言うのであれば──今の彼女が、元義のそれに近しいモノになっている、と考えるのが正しい。

 

 そう、今のオルタは定義上()()()()()()()()()()、もっと言えば()()()()()()になってしまっているのである。

 とはいえ、本人のように聖女様、というわけではないし、その思考も明確に別なもの。

 ──ゆえに晴れて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるわけなのであった。

 

 なお、その辺りのことをなんとなく感覚で察していたオルタ本人は、死ぬほど胃が痛くなって倒れた。

 ……義理の姉どころか、下手すると双子・ともすれば鏡写しの本人同士になってしまったとか言われてるようなものなのだから、その心労推して知るべし、というやつである。

 

 

*1
元々のキャラクターが闇堕ちなどをして黒くなる、という意味合いで他の作品でも説明の為に使われることがたまにあったりする(公式ではなくファンの間で、だが)。わかりやすいのは正式名称発覚までの『シロコ*テラー』(ブルーアーカイブ)など

*2
うっさ!?

*3
『正義の味方』としてのあり方を捨て、『悪の敵』となった『エミヤ・オルタ』がわかりやすいか。本人の支柱となっている部分を捨て去った姿、とも

*4
なお、そのせいで余計のこと『通常版の方がオルタでは?』とか言われるようになった天草四郎君である()

*5
なお微妙にややこしいことに、ジャンヌ本人は『私は聖女ではありません』とか言ってたりする

*6
『ドリフターズ』や『ロード・オブ・ヴァーミリオン』など。「その仕打ちに怒らぬわけがない」的な感覚か

*7
スキル『うたかたの夢』辺りからも、その性質が窺える



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幕間・雨が怖いと思えるか否か

「……ええとつまり、さっきの攻撃の際に、なんらかの追加要素がオルタちゃんにくっついたことで、オルタちゃんの方にも変化が起こってしまった……ってこと?」

「まぁ、端的に言うとそうなるね。具体的に言うと、今のオルタってジャンヌの()になっちゃってるんだよ」

(´´^`)「対……だし?」

 

 

 地面でぶつぶつ言ってるオルタはそっとしておくことにして、更に続きを説明する私である。

 

 ……ええと、確か今のオルタが定義的には『ジャンヌ本人』になってる、ってところまでは話したんだっけ。

 じゃあその次、なんでそうなってしまったのかってところを話さなきゃいけない、ということになるわけなんだけど……。

 

 

「まず大前提として、私らの誘因作戦ってば実は()()()()()()んだよね」

「誘因作戦?」

「この異変の元凶がもし、まだ形のない存在──いわゆる【兆し】であるのならば、その方向性をできる限りこちらにとって無害なものに誘導しよう……みたいな感じの作戦よ」

 

 

 こっちの作戦目的についてハッキリとは知らされていなかったのか、五条さんが小さく首を傾げている。

 そんな彼に対し、ゆかりんが軽く説明を行っていたが……詰まるところ、私たち三人──キーア・ピカチュウ・オルタ──が元凶探しをすることによって、これから現れるだろう相手の性質を左右しようという目論みは成功していた……というのがここでの主題である。

 

 

「実際これが成功してなかった場合、結果として出てくるのがノアの方舟の逸話……みたいなパターンとか、ウェザー・ドーパントだのヘビー・ウェザーだの、存在そのものがヤバい相手とかになっちゃうパターンも普通にあったから、成功したことそのものは喜ばしいことだったんだけどね?」

 

 

 ただ、それが喜ばしいだけでは済まなかった、というのが今回の話。

 どういうことかというと、雑に言えば()()()()()()()()のである。

 

 

「成功しすぎてた?」

「そ。ルドルフには言ったと思うけど、()()()()勝利の鍵はルドルフにあったはずなのよ」

(´^`)「む、私だし?」

 

 

 ここで話題に出すのは、ルドルフの存在。

 私たち三人が元凶の方向性を左右するために派遣されたことを思えば、そこから外れた形で加わった彼女は、恐らく()()()()()()()()()()()()()()()()ことは想像に難くない。

 

 

「多分だけど……もし仮に敵対的な相手が生まれそうになった時に、その性質を友好的な方向に軌道修正するために派遣されたのがルドルフだった……んだと思うのよね」

(´^`)「……?私にそんなパワーはないんだし……」

「素敵だね」*1

(´´^`)「……一言で説明するのは止めて欲しいんだし……」

 

 

 その理由は、たぬきとしてのルドルフのキャラクターに、オグリとの関係性を強調したモノがあった、というところが大きい。

 ……別に向こうがそれを受けてこちらに好意的になってもいいし、仮にならなくとも、原作(?)的な苦手意識を相手が持ってくれれば、いざという時のストッパーとしてルドルフが機能するようになることも考えられる。

 

 だが、実際にルドルフがやったことと言えば、相手方の海の化身(カイオーガ)としての性質の打ち消し。

 ……できてもおかしくはないことではあったが、本来期待された役割であったかは疑問符が浮かんでくる。

 そこで出てくるのが、思ったよりも相手とオルタとの相性が良かった……すなわち作戦が成功しすぎていた、という考え方なのである。

 

 

「攻撃する時に、オルタ以外の攻撃が全然当たらなかったでしょ?……それって多分だけど、二人の繋がりがあの時点で大分強固だったからだと思うんだよね」

「……なるほど。本人同士に近い判定をされているのなら、寧ろ攻撃を当てられない方がおかしいってわけか」

 

 

 その兆候は、ところどころに見えていた。

 オルタの攻撃だけまともに当たるのは、扱いが『自傷』になっていたからだとすればわかりやすい。

 ……自分がどちらに避けるのか、自分にわからないわけもない。ゆえに回避技能は無効になったが、そもそもの固さは無視できずに残った……と。

 

 そして、そもそもの話として──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そのものが、オルタとの相性の良さを物語っていたとも言えるのである。

 

 

「え、そこから?」

「さっき出てくるかもしれない存在に、ウェザー・ドーパントだのヘビー・ウェザーだのの名前を出したでしょ?……同じ人型でも、最初からそういう能力を持っている者を再現する方が余計な力を使わずに済むし、そもそもあさひさんの本体みたいなモンスタータイプも許容されている以上、カイオーガの見た目でもなんの問題もなかったわけよ」

 

 

 無論、こっちとしては二次創作とかで『水着ジャンヌは世界を海にしようとするタイプのやつなので、カイオーガとかとは相性抜群』みたいな先入観が先にあったため、オルタを誘因材料としてこの異変に投入することにそれほど違和感を覚えることは無かったが……。

 冷静に考えれば、それこそ天候系の能力者でもっと扱いやすい人を探す、という手段も取れたはず。

 ……要するに、知らず知らずのうちに【兆し】の側から指定されてた感すらある、というわけで。

 

 

「……マジで?」

「まぁ、この辺りに関してはあくまでも推測……って感じだけど。【星の欠片】がどのタイミングで混じったのかもよく分からないし、そもそも【兆し】の発生タイミングからしてわからないし」

 

 

 梅雨の始まり、というのはそれまでの天候とその先一週間の天候を比較し、雨や曇りの日が多くなり始める頃を暫定的にそう決めているものであり、明確にその判断が行われるものではない。

 なんとなく雨が多くなって来たので、ここからは梅雨の時期です……というような、とてもあやふやな決め方なのだ。*2

 

 そのため、一度発令された梅雨入りの宣言が後から取り下げられる、というパターンも存在している。*3

 ……まぁ、天気の予想はある種の未来予測であるため、外れることもあるというのは納得の話でもあるのだが。

 

 ただ、だからこそ──今回の長雨が、どこからどこまで【兆し】のせいだったのか、というのも微妙に判別が付かないのである。

 国のお偉いさん方は、強い雨がいつまでも降り続いていることから、これをこちらの管轄の問題なのでは?……と考えていたが。

 もしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という可能性も、普通に存在しているのだ。

 

 

「……いやいや、そんなバカなことは……」

「まー、無いとも言い切れないかな?」

「ちょっとぉ!?」

「冷静に考えてみなよ。ちょっと前の年には、普段全然雨が降らないところで記録的な大雨になって被害が出た……なんてこともあったんだ。あの時、単なる雨で人死にが出るなんて、みたいなことを思った人はそれなりに居たはずだよ?」

「それは……そうだけど」

 

 

 こちらの言葉に、ゆかりんは呆れたようなため息を吐いたが。

 その隣の五条さんは、過去の例を出して彼女の態度を嗜める。

 ……そう、今から十年も遡れば、大雨に対しての意識の差に驚くことは間違いない。*4

 

 学校などを見ればわかるが、単なる大雨警報では休校にならない、ということも少なくない。

 最近は判断が変わったのか、場合によっては休みになることも少なくないようになってきた気もするが……それでも、暴風警報などに比べると扱いが軽い、などと思うこともあるだろう。

 

 それは、日本という国において、雨による被害というのは台風が来た時・梅雨の時といった局所的なものであり、そのタイミングだけ気をつけておけば済む……といった性質が強いからに他ならない。

 今でこそゲリラ豪雨、という形で突然の雨に悩まされることも増えたが、基本的には警戒すべき時期が定まっている。

 

 ゆえに対策の方もそれを前提に築き上げられており、それで基本的には問題がない。

 ──そう、突発的な、それでいて例年とは違う規模の雨が降り始めない限りは。

 

 天気とは、ある程度規則性を持つものである。

 日本で梅雨の時期がある程度定まっているように、地球という大きな環境下においては、血の巡るが如く粛々と進むものである。

 

 ……だがしかし、それは本当に変化のないものではない。

 冷夏と暑夏(しょか)、暖冬と寒冬の差があるように、大まかには同じ季節であれ、細かく見れば違う……などということは往々にして起きること。

 地球という大局から見れば小さなことであるがゆえに、全体としては問題なしと進められるもの。

 

 その違いは、地球からして見れば小さすぎる人間にとっては、とても大きな違いとなる。

 ……つまり、人の認知としては異常気象であっても、地球にとっては「ちょっと日本の辺りが冷たいな?」程度のモノでしかないので、そこまで変なことではない可能性もある……ということである。

 

 

「……そんなのありなの!?」

「いやまぁ、そうも言えるってだけの話だよ。……でもまぁ、この辺りを念頭に置くと、いつまでが自然現象でいつからが【兆し】なのか、正確に把握するのは難しいってのも確かなんだよ」

 

 

 国のお偉いさん方が訝しみ、こちらに調査を依頼し。

 その依頼を受けて、雨水を調べたタイミング。……そこの時点で【兆し】がこの気象を掌握していた、とするのさえも微妙である。

 

 たまたま、その調査員が調べた時に【兆し】があって、それをこの長雨と繋げたがゆえに()()()()()()()()……などという風に考えることも、十分に可能である。

 なにせ、何度も言うように【星の欠片】における水関連の技能は本来成立しないもの。

 ……日本全土の雨を管理するための出力には【星の欠片】が必須だろうが、だからこそこの雨を起こしたのが【兆し】だとは言い辛い。

 

 だからこそ、こうも言えるのである。

 今回の異変は、もしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()なのかもしれない、と──。

 

 

*1
(怪文書は略)

*2
雨や曇りが多くなる期間の前に五日ほど移行期間を取り、その中日(ちゅうじつ)を梅雨入り時期と呼ぶのだとか

*3
予測し直した時に、一週間先の天気予報が変化することもある為。そのタイミングだけたまたま雨が降り続いたので間違えた、みたいなこともある

*4
『特別警報』と呼ばれる今までの警報よりもさらに危険性・緊急性の高い警報が運用されるようになったのが、丁度10年前(令和5年現在)の平成25年のことである。定義としては『数十年に一度』クラスの災害であり、その為『大雨特別警報』の場合は雨関連の警報ながら、避難を前提とした行動を厳命される



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幕間・それでは、いい加減答え合わせです

「こっちの勘違い……?」

「そっ。この雨を引き起こしたのが【兆し】ではないのなら、この雨が長続きしたこと自体が、私たちの勘違いによるものかもしれない……ってこと」

 

 

 規模の大きさゆえ、単なる【兆し】ではこの雨を維持することは叶わないだろう。

 ゆえに、どこかのタイミングで【星の欠片】が混在した、というのはほぼ間違いない。では、この【星の欠片】を混在する理由を作ったのはなんなのか。

 ……その答えが、私たちの()()()だったのではないか、ということになってくるわけだ。

 

 

「自然現象の神格化とかの話でも言ったけど、理屈付けを求めてしまうのは人の悪癖の一つ。……つまり、理由を求めたから向こうが答えた、って可能性があるってことになるね」

「……無茶苦茶じゃない?」

「でもまぁ、そっちの方が筋が通るからねぇ」

 

 

 こちらの言葉に辟易したような様子を見せるゆかりんに、私は一つため息を吐きながら言葉を返す。

 

 ……【兆し】は周囲の気質から生まれるもの。

 集まった気質が核を持てず、そのまま周囲の気質を巻き込み続ける『穴』となれば、【顕象】……【鏡像】と呼ばれるモノへと変化する。

 そして、周囲の気質『から生まれる/を巻き込む』という性質は、見方を変えれば()()()()()()沿()()()()()()という風に解釈もできる。……そう、一種の聖杯のようなものだと考えることができるのだ。

 

 だからこそ、『周囲に望まれたからこそそうなった』と見ることもできてしまうのである。

 

 

「ただ、何度も言うように普通の【顕象】で、日本全土を覆うような規模の天候操作を行えるか?……って言われると、正直ノーとしか言いようがないんだよね。それこそ【鏡像】になって貪欲に気質を吸い上げて、それでもなお足りてないってくらいに」

「……なるほど?」

 

 

 とはいえ、それにも限度はある。……いや、この場合は成長速度とかの問題か。

 日本全土の雲・および雨を操作するとなれば、必要となる【顕象】の力量はとんでもないモノになる。

 再現度の観点から見ても、それができるキャラクターの模倣に必要な気質の量は莫大なモノとなるだろう。【鏡像】という、半ば以上暴走した存在に変質したとしても、それを為すのは一朝一夕どころの話では済むまい。

 

 ──そして、そのような暴走を繰り広げている相手であるならば、こちら側が一切感知できないなどということはあり得ない。

 

 

「その規模の行動を起こせる【鏡像】なら、それこそそのために起こす気質の吸い込みが、明らかに観測できる規模になる。……でも、私たちが実際にジャンヌを確認することができたのは、この雨がこの規模になって暫く経ってからのこと。……要するに、単純な【顕象】の原理で説明しようとすると、どうしてもおかしな部分が出てくるのよ」

「それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()……ってわけでもない限りは、みたいな?」

「そうそう」

 

 

 今となっては大分過去のことにも思えるが……織田信長の【鏡像】と戦った時のことを思い出して欲しい。

 あの時の彼は場の特殊さ・デュエルモンスターズというカードの持つ特殊性・『織田信長』というキャラクターそのものの可能性の過多……などを触媒とし、あの暴威を顕現させてみせた。

 ……が、逆を言うと()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 考えてもみて欲しい。

 デュエルモンスターズは最終的にどこまで行ったのか?*1

 迷い家という場所はどういう性質のところなのであったか?*2

 織田信長というキャラクターには、どんなイメージが付き纏っているのか?*3

 

 ……そう、確かにあの場所の彼は、『ワールド・デストロイヤー』という極大級の技を発動してみせた。

 だがしかし、集められた要素を細かく見ていくと、もっと圧倒的であってもおかしくはなかったのだ。

 少なくとも、あの当時の私が手伝ったくらいで、彼我の戦力差がひっくり返るほどのネームバリューではなかったはずだ。……え?そっちもそっちで『マジカル聖裁キリアちゃん』の知名度補正乗ってたろうって?うっせーそこは流せっ。

 

 おほん。

 まぁともかく、あの状態のノッブの力の上限はもっと高かったはず、というのは間違いない。

 ここから導きだされるのは、【鏡像】の気質吸引は(それを専門にしたモノと比べれば、という注釈は付くが)比較的()()()()、ということ。

 

 つまり、規模の上ではあのノッブよりも大きいと思われる『日本全土の天候の操作』を【鏡像】の気質集めで再現する場合、それこそ一週間・ともすれば一月ほどの準備期間が必要となる……ということである。

 

 

「ついでに言うと、それを誰にも気付かれず静かにやるのならともかく、【鏡像】の場合は確実にバレるやり方でしか集められないわけだから、それに気付かないなんてことはまずあり得ないってわけ」

「織田某の時と比べると、場所の特殊性も足りてないからねぇ」

 

 

 そう。

 確かに、【兆し】やそれに連なる【顕象】・【鏡像】は人の祈りに反応するモノではある。

 だが、それを実際に形にするには、それ相応の時間や資材が必要となってくる。

 そしてそれらは、どこにでもあるわけでもなければ、すぐに集められるわけでもない。

 

 ──翻って、この雨そのものを【兆し】が作った、とは考え辛いということになるのである。

 

 

「……ええとつまり?降り続く雨を作ったのが【兆し】ってわけじゃなく……」

「この雨を維持するのに向いた【兆し】が望まれた、って言う方が近いってこと」

 

 

 言うなれば、この雨の理由として望まれたのがここにいるジャンヌ、ということ。

 彼女を作り出したのは、寧ろ私たちの方である……ということになるのであった。

 

 

 

 

 

 

「だからまぁ、本質的にはこのジャンヌの属性って『雨を司り、それを消し去るもの』って感じになるんだよね」

 

 

 そりゃまぁ、私も見誤るというもの。

 雨が降り出した理由ではなく、雨が降り続く理由──言い換えると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが、正確なジャンヌの存在理由。

 ゆえに、雨に関わる存在として水着ジャンヌとカイオーガが混じっているものの、もっとも必要だった部分は()()()()()()()()()()の方だったのだ。

 

 

(´^`)「……?どういうことなんだし?」

「初めから【複合憑依】だったんじゃなくて、私たちが【複合憑依】にしたんだ、ってこと」

(´´^`)「……よくわかんないし」

 

 

 首を傾げるルドルフ(っていうか、この話の最中ずっとションボリしてるなこの子?)にもわかるように、噛み砕いて説明することにする私である。

 

 まず、生まれた【兆し】はこの長雨の()()になろうとした。

 それが周囲から伝わってくる気質──祈りであったがためである。

 こんなに長く続く雨はおかしい、ゆえにこれには理由があるはずだ──というそれは、実のところ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけの話だったのだが。

 なまじ【兆し】という超常現象を知るものが居たせいで、謂れなき風評を受け入れることとなってしまった。

 

 しかし、流石に日本全土を覆うような雲をどうにかする、というのは一朝一夕では無理があった。

 場や時間・状況を整えに整えてそれでもなお一週間は欲しいところ。……しかし、それでは単なる気象現象と大差はない。

 ゆえに、【兆し】はそれが可能なモノを求めた。──そして、遂にそれを可能にするモノに行き当たったのである。

 

 

「まぁ、雑に言うと私──【星の欠片】ね。なんにでも含まれていて、条件さえ整えばそれこそ()()()()()()()()()()()()()……というそれは、周囲の祈りを受け入れるにはとても都合が良かった」

 

 

 いきなりパッと現れる、というのが比喩ではなく出来てしまうのが【星の欠片】、ゆえに【兆し】はそれを利用することを決めたのだが……ここで困ったことが出て来てしまった。

 そう、雨を直接操作するような【星の欠片】は存在しない、もしくは利用ができなかったのである。

 

 

「世界のどこかにはある自然現象、って言うのが【星の欠片】の前提だから、裏を返すと例外処理が一切ないのよね」

「極まった科学の結果だから、寧ろあやふやな数値が出せない……ってことだね」

 

 

 融通が利かない、とも言う。

 ……まぁそういうわけなので、道具として使うためにはとても迂遠な方法を試すしか無くなってしまった。

 そう、いつも私がやっているのと同じく()()()()()()()である。

 

 

「眩し過ぎるのと暗過ぎるの、どちらも見えないのは同じ……みたいな感じで、方法としては真逆でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってわけでね?……ジャンヌとカイオーガを使って方向性を補正して、上手いこと使ってるんじゃないのか、ってのが私の予想」

「……ぴっか、ぴかっちゅ?」*4

「そういうことだね。決戦の時に私たちの策が効いてたのも、周囲の気質がさっきまでのそれとは反対向きになって、ごちゃごちゃしてたからってのもあるんだと思うよ?」

 

 

 つまり、このジャンヌに含まれてい()のは水関係の【星の欠片】ではなく、どちらかと言えば炎関係の【星の欠片】だということ。

 そっちなら、私にも幾つか覚えがあるので説明ができる。……のだが、それはそれで問題があった。

 

 

「ぴかっぴ?」*5

「日本全土をってなると、恐らく()()()()()()になるってこと」

「……ぴかぴ?」*6

「やってることの規模とか考えると、自然とね?だからまぁ、それだと安定しても暴走の可能性大というか?」

 

 

 そう、【星の欠片】は本来小さなもの。

 ……小さすぎる結果、干渉範囲が広がるという変な性質を持つものの、『炎』くらいのポピュラーなモノを【星の欠片】として解釈しようとすると、どうしても大きくなりすぎてしまうのである。

 いや、大きいと言ってもここでのそれは範囲ではなく()()()()()()()という、【星の欠片】的な評価マイナス点の話なわけだが。

 

 小さければ小さいほど【星の欠片】としては評価されるわけだが、『炎』という形質のものは()()()()()()分割しきれないのである。

 そのため、普通の技能的に言うと『弱い』(【星の欠片】的には『強い』)モノになってしまう、と。

 で、そうなると大前提である『日本全土の天候操作』が出来なくなってしまうわけで。

 ……そこから逆算すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()という答えが導きだされてしまうのである。

 

 

「雨とか水とかを直接操作するのに比べれば、まぁ出て来てもおかしくはないかな?……って感じだから、この【星の欠片】がそれであるという否定はまったく出来なくてね?」

「……ねぇ?すっごい続きを聞きたくなくなって来たんだけどダメ?」

「ダメー。……っていうか、ここまで言えばなんとなく想像付くでしょ?()()()()()()()()()()()()とか、中二病(その道の人)なら絶対触れてる訳だし」

「…………(白目)」

 

 

 なお、ゆかりんが泡を吹き始めたが仕方ない、とスルーする私である()。

 

 ……そういうわけで。

 当初ジャンヌに混ざっていたもの。()()()()()()、ないしはそれをもたらすとして混同される()()()()()()()

 

 ──形式名【終末剣劇・潰滅願望(Lævateinn)】。*7

 ともすれば【星の欠片】として真っ当に過ぎるそれが、当初ジャンヌに混ざっていたモノだと考えられるのであった。

 

 

*1
A.もう一つの世界(カードの裏側)

*2
A.現実とも幻想とも付かぬあやふやな場所

*3
A.歴史のフリー素材()

*4
え、ってことはこの人、どっちかってーとグラードン的なキャラなの?

*5
問題って?

*6
……なんで?

*7
某スルト君のあれ。【星の欠片】としてのそれはあらゆる『滅び』の集合体であり、性質としては『神断流』に近しいモノとなっている



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幕間・やっぱり聖女は聖女です

「レーヴァテインって……そういうのってうちのところのキャラクターとか、それこそオルタちゃん側のあれでしょー!?」*1

「はっはっはっ。……因みに暴走って言ったけど、どっちかと言うと【星の欠片】の基本原理にとっても忠実、って方が近くてね?」

「いやー!!!それ絶対『世界を滅ぼす』ってやつでしょ!!!」

「もー、違うよゆかりんちゃんと教えてたでしょー。『滅ぼしてから新しく作る』だよ」

「どっちにしろ滅ぶでしょ今の世界がー!!」

 

 

 はっはっはっ。

 ……まぁ要するに、世界を滅ぼす力の名前を持った【星の欠片】が、ジャンヌに宿ったモノであったことは確定的。

 つまり、単純に倒したところで次に待つのは【星の欠片】顕現からのこの世界の終わり、だったわけである。……本来なら。

 

 

「本来なら?」

「事実として、この世界は滅んでないわけじゃない?……ってことは、あの過程の中でなにかあったってことになるわけだけど……そういえば、なにがあったっけ?」

「え?えーと……あっ」

 

 

 ここまで来ると流石に気付いたのか、ゆかりんが床で不貞腐れてるオルタに目線を向ける。

 

 ……そう、さっきまでジャンヌそのものの不穏さとかについて語っていたわけだが、彼女(オルタ)に背負わされたモノについては意図的に言及を避けていた。

 今出ている情報は、彼女がジャンヌの対になった、というもののみ。

 では、その()とはなんなのか。……それは【レーヴァテイン】の【星の欠片】としての特異性を知ることにより、明かされるものなのであった。

 

 

(´^`)「それは一体なんなんだし?」

「【レーヴァテイン】は、その名前の通り『滅び』を司る【星の欠片】だってこと。……裏を返すと、それには()()()()()()()()()()()()()ってわけ」*2

(´^`)「炎以外……?」

 

 

 今回の一件、とことんまで『相手に反するもの』を利用しての戦闘みたいな赴きがあったが……この【星の欠片】にも、その性質がある。

 

 どういうことかというと、【レーヴァテイン】はあらゆる滅びの集約なのである。

 滅びの代名詞として北欧の災いの名前を冠しているものの、ノアの大洪水や隕石の直撃のような、あらゆる滅び(アポカリプス)の性質を持ち合わせるモノである……というか?

 

 

「……それってさっきの『雨とか水関係の【星の欠片】はない』って話と矛盾しない?」

「してないよー、だって『滅び』を扱う上で切り替えができるってだけだからね。私の【虚無】で色々再現できるのと原理としては同じだし」*3

(´´^`)「詭弁過ぎるし……」

 

 

 はっはっはっ文句はあの時の私に言ってくれ()。

 ……まぁともかく。あらゆる滅びの集合体であるがゆえに、この【星の欠片】からは色んなモノが引き出せるのである。

 大本となった世界を灼く炎も、地上のあらゆる生命を洗い流す大津波も……だ。

 ゆえに、水着ジャンヌとカイオーガを沿えることで、この【星の欠片】はその性質を『水』に寄せることに成功したわけである。

 あとは、そのまま【顕象】として完成すれば良かったのだが……。

 

 

「良かったのだが?」

「あの雨水の性質覚えてる?絶縁性じゃない方」

(´^`)「確か……結果的に洪水になってたけど、それそのものが周囲に被害を出してはいなかったし……」

「……あーなるほど、それはおかしいね」

(´´^`)「なにがだし?」

「ノアの大洪水をモチーフにしているのなら、その洪水はあらゆるモノを押し流さないといけないことになる。……実際にはそうなってないってことは、そうなるに足る理由があったってことでしょ?」

(´^`)「……なるほどだし」

 

 

 五条さんの言う通り。

 方向性を『ノアの大洪水』に整えた以上、本来であれば日本という国は水没して滅んでいた可能性がとても高い。

 それがそうなっていなかったということは、なにかしらの理由があったということ。──その理由がジャンヌの存在だったのである。

 

 

「えっ!?」

「……まぁうん、そういう反応になるのも仕方ないけども……おかしいとは思わなかった?なんか水着のジャンヌにしては変だなー、というか」

(´^`)「そういえば……言うほど姉としての主張をしていた覚えがないし……」

 

 

 そう、確かに私たちは当初、このジャンヌを奇っ怪な姉的生物として取り扱っていたが……例えば原作の彼女のような、こっちに家族洗脳(ファミリー)パンチをしてくることはついぞなかった。

 これは、ここで出力されたジャンヌがそれほど再現度が高くなかった、と言うところが大きい。

 

 

「いや、もっと正確に言うと()()()()()()()()()って方が近いのかな?原作の奇抜な部分まで手が回ってなかった、と言い換えてもいいけど」

「ぴかっぴ、ぴかちゅぴ?」*4

「そーいうこと。【複合憑依】であることがかなりややこしくしてたってわけだね」

 

 

 件の【星の欠片】の中から望むものを引き出そうとする場合、どうしてもそれ単体では無理が生じてくる。

 

 あらゆる滅びの集合から水に関する逸話のみを取り出す、というやり方でしか周囲の祈りを完遂できないのだから、どうしてもそれを補助するためのモノが必要となってくる……のだが、【星の欠片】はそれを一番単純に行使できる【継ぎ接ぎ】とは相性が悪い。

 必然、選べる選択肢は【複合憑依】一択となり、合わせて二つの概念(キャラクター)を必要とすることになる。

 

 そうして選ばれたのは、水着ジャンヌとカイオーガの二つであったが……この二つのうち、カイオーガは大洪水と相性が良すぎたのだ。

 神の理不尽を以て、陸地を沈めていくその姿はまさに罰の擬人化。【星の欠片】から水・雨の性質を引き出すにはまさに持ってこいの存在であり、ゆえにカイオーガとしての再現度もまた引き上げられて行った。

 ──そうして割りを食ったのが、もう片方の存在となる水着ジャンヌである。

 

 

「『滅び』から必要とする性質を取り上げるために、カイオーガ側が付きっきりになることから、必然的にジャンヌは外見・他者への対応のためのアバター的性質を付与されることとなったわけだけど……外見とほんのりとした性格を再現した時点で、余分に回せる再現度……もとい気質が足りなくなったんじゃないかな?で、結果として水着ジャンヌの肝でもある『姉』属性が微妙に減衰したと」

「ええ……」

 

 

 何度か話したことがあるかは微妙だが……例え【複合憑依】と言えど、再現度という『逆憑依』の原理には逆らうことはできない。

 三つの異なる要素を纏め上げる、という形なので少々わかり辛いが……各々の再現度は一応、個別で判断されてはいる。

 

 単純な『逆憑依』ならまぁ、それでもキャラの使い分け、的なモノとして体裁を保てるが……元々核となる『人』の居ない【顕象】だと、話は微妙に変わってくる。

 そう、あらゆる部分を【兆し】の延長線上で構築しなければならないため、『逆憑依』の時とは別種の問題が出てくるのだ。それが、気質の振り分けの問題である。

 

 

(´^`)「気質の振り分け、だし?」

「そー。まずもって、【顕象】の【複合憑依】自体が珍しいんだよね。……まーそもそも、こっちに友好的な【顕象】自体が珍しい、ってところもあるんだけど」

 

 

 そう、基本的に【顕象】は暴走状態──【鏡像】としての遭遇の方が多い。

 そのため、【顕象】が【複合憑依】になっているパターン、というもの自体に遭遇することも珍しくなるのだ。

 というか、大体の場合ハクさんやアルトリアみたいな【継ぎ接ぎ】方面に流れていくため、【複合憑依】になることそのものも珍しい、というべきなのだが。

 

 

「……ええと、私達が知ってる【複合憑依】というと……」

「CP君、ヒータちゃん、西博士、リンボ、ニャース、ユゥイ……くらいかな?」

「六人か……改めて思い返してみると、【継ぎ接ぎ】とは比べ物にならないくらいに少ないね」

 

 

 そう、なりきり郷に属している……という基準にすると、なんとCP君くらいしか居ない有り様なのである。ヒータちゃんはハルケギニアの方でキュルケの使い魔してるだろうし。

 

 ついでに言うのなら、【複合憑依】との遭遇確率が上がったのも、つい最近のこと。……リンボから始まって、わずか四ヶ月の間にジャンヌも含めれば四人という遭遇率である。

 それ以前は二年近くで三人だったのだから、なおのこといきなり沸いて来すぎ……みたいな感じだ。

 

 

「ゆえに、【顕象】が【複合憑依】になってる実例ってのはある意味ジャンヌが始めて、ってことになるわけなんだけど……だからこそ、ようやくわかってきたことってのもあるわけで」

「それが気質、ってわけかい?」

「そ。まぁ、例の『なりきりパワー』って言い換えてもいいかもだけど」

(´´^`)「それって同じものだったんだし……」

 

 

 気質、もしくは『なりきりパワー』は、『逆憑依』や【顕象】に関わる不可思議エネルギーである。

 これは、『逆憑依』の場合活動の際に放出されることもあるのだが……その原理が、『逆憑依』と【顕象】では微妙に違うのだ。

 

 

「『逆憑依』は自分で生み出せるけど、【顕象】の場合は貯めてあるエネルギーを放出する……みたいな感じになってるって言えばわかる?」

「片方は発電機、もう片方は蓄電池……ってことかな?」

「そうそう」

 

 

 このエネルギー、どうにも『核』となる人から生み出されるモノであり、その『核』のない【顕象】の場合、溜め込んだそれを放出することで代用している、という形になるらしい。

 ……まぁ、放出するといってもすぐ枯渇するような量だと【顕象】としての形は得られないので、実際にはかなりの量を溜め込んでいる、ということになるようだが。

 

 ともあれ、エネルギーと質量が等価である、というのは自明のこと。……その辺りの原理を用いて【顕象】は『核』の代わりとなるものを作っている、ということになるようだ。

 まぁ、大抵の場合『核』を作れず暴走するわけなのだが。

 

 その辺りは長くなるので置いておくとして。

 ともあれ、【顕象】が蓄電池を利用して活動しているようなものというのであれば、【複合憑依】になり辛いのもまた自明の理である。

 単純に考えて『核』を三つ用意しなければいけないということになるのだから、そりゃまぁ自然には発生しないだろう。

 

 ……そこら辺の無理を抉じ開けられる【星の欠片】が関わっていたことが、今回の問題をややこしくした理由なのだろうが。

 とはいえ、それがあっても気質の振り分けの面で問題が出てくるのは仕方のない話。

 その結果としてジャンヌの再現度が下がり──、

 

 

()()()()()()()、ってわけ」

(´^`)「不安定だし……?」

 

 

 そうしてようやく、今回の話の根幹に触れることとなったのであった。

 

 

*1
『フランドール・スカーレット』のこと。きゅっとしてどっかーん!

*2
なおこの『滅び』、いわゆる『エタった』みたいなモノも含むわりと幅広いモノだったり

*3
『滅び』の一形態に該当すれば色々引き出せる、ということ。大嵐で全て吹っ飛ぶ・大地震で全てが崩れ去る、みたいなパターンも網羅している

*4
もしかして、カイオーガ側の相性が良かったから?



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幕間・君は完璧で究極のイケニエ(白目)

「水着ジャンヌとして不安定になったからこそ、本来ならそのまま日本を沈めていてもおかしくなかった、ってところに加減が入ったわけだけど。……同時に、彼女の存在が彼女という【顕象】のウィークポイントになってたってわけ」

(´^`)「ええと……どういうことだし?」

「【複合憑依】は三つ揃ってこそ。……【星の欠片】が混じってるから最終的には一つになるのだとしても、その前に崩壊する可能性が高かった、ってわけ」

 

 

 普通の【複合憑依】が三つの柱で上のものを支えているとすれば、彼女の場合は火の着いた蝋燭二本で支えている、というのが近いだろうか。

 

 ……いやまぁ、考え方としては微妙にずれているのだけれど。激しく燃えている側になるカイオーガの方が、丈夫でしっかりとした柱ということになるのだし。

 とはいえ、これ以外のうまい言い回しも思い付かないので、このまま説明させて頂くことにする。

 

 ジャンヌ側に注がれる気質が少ない以上、必然起きるのは上に乗っているモノのバランスの崩壊、である。

 三本ならともかく、ここでは二本の蝋燭で上のものを支える、という形。片方が極端に短くなったりすれば、必然上のものは崩れて落ちてくるだろう。

 

 片側だけが強くても、その柱の太さが無尽蔵でない限りはモノを支えるのには向いていない、とも言えるか。

 

 

「まぁそういうわけで。どれかの要素だけが強い、っていうのは【複合憑依】的には宜しくない状態。必然、あの時点でわりといっぱいいっぱいだったってわけ。……一回、自分は誰なのかって困惑してた時あったでしょ?」

(´´^`)「そういえばそんなこともあったし……」

 

 

 あの時は【星の欠片】が関わった結果、要素が溶けだし困惑しているのだと思っていたが……実際にはそれだけではなかった。

 生まれた時点で既に彼女は崩壊寸前であり、ともすれば破裂して日本上空の雨雲を更に暴走させていた恐れすらあったのである。

 

 ではあの時、私達はどうしただろうか?

 危うい状態の彼女を前に、どういう選択を取っただろうか?

 

 

「どうって……()()()()()()んでしょ?【星の欠片】の反応が早く進んだ方が安定するとか、ゲンシカイオーガを止めるためにもさっさと『きぜつ』させた方がいいとか、そんな感じの理由で」

「そう、私たちは彼女を殴り倒すことに決めた。……それが、後々の結果を左右していたってわけ」

「はぁ?」

 

 

 さっきから言っているように、あの時のジャンヌは暴走手前であった。

 それを静めるため、ないしは落ち着かせるためには彼女を打倒する、というのが一番であったことは間違いない。

 ……間違いがあったとすれば、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()というところにあったのだ。

 

 

「ぴかぴ?」*1

「【星の欠片】は不安定にはならない。カイオーガ成分は寧ろゲンシカイキまでして絶好調。……裏を返すと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになるのよ、これ」

(´^`)「……なるほど、だし?」

 

 

 そう、確かにカイオーガ成分が気質を吸いすぎていた、というのは確かである。

 だが同時に、さっき例として述べたように──もしそれが単なる細い棒ではなく、橋を支えるような大きな柱にまで育つのであれば、話は別である。

 

 ある意味、あの時の彼女はそれに近かったのだ。

 確かに暴走寸前ではある。だが、そうして暴走すれば()()()()()()()()()()()()()、荒ぶる海の化身としてのカイオーガが全面に押し出され、結果として安定していただろう。……【鏡像】として。

 

 人に被害を与えるか否か、という意味では確かに良くないが、単に一つの【兆し】として見る時に、荒ぶる【鏡像】になること自体は別に失敗というわけではない。

 無論、【複合憑依】としても崩れてしまうため、最終的には【星の欠片】になって消滅……みたいなことになるだろうし、それを迎えたこの世界は滅んでいる可能性大だが……単なる【顕象】の一生としては、そこまで大それたモノでもないのだ。

 

 

「えー……?」

「これに関しては、こうして人と一緒にあれこれしている【顕象】の方が稀、って辺りが根拠かな。結構な頻度で【兆し】が湧いて、専門の人達に討伐されてる辺り【顕象】としては【鏡像】になる方が正規ルートなんだろうし」*2

 

 

 まんま【顕象】であるルドルフの前でこういうこと言うのもあれなのだが、恐らく【顕象】というものは【鏡像】としてのあり方の方が自然なのである。

 中に核を得られず、それを無理矢理気質で埋めて動く……という時点でわりと異質なわけだし。

 ましてやそれが安定し、普通の人のように行動できるなどというのは、最早奇跡の類いと言い換えてもいいのだろう。

 

 それを思えば、仮に彼処でジャンヌが破滅して同時に世界が滅んだとしても、【顕象】の末路としてはそこまで外れたモノではないのだ。

 ……というか、【星の欠片】が絡んでいるから規模が大きくなっているだけで、なりきり郷内で頻発する【鏡像】達の発生とそれの討伐、みたいなものとそう違うものではないだろうし。

 

 その辺りを思えば……酷いことを言うのであれば、ジャンヌが不安定でもなんの問題もなかった。

 カイオーガとしての力を奮い、日本を沈めようとするというその所業はまさに【鏡像】のそれ。──もう少し厳しめの人達がここに来ていたのなら、迷わず討伐を選んでもおかしくはなかったわけで。

 

 ──それを止めさせたのが、不安定ながら人に友好的な姿勢を見せたジャンヌであった。

 それは、ある意味では彼女が不安定だったからこそ起きたこと。

 ……もし原作の彼女のように『姉』としての性質が強かったならば、私たちはともかくオルタは気にせずズンバラリン*3していてもおかしくはなかった。

 

 だが、ジャンヌは原作ほど姉ではなかった。

 それも気質が足りなかったから、という偶然の産物ではあるものの、それでも彼女は私たちに彼女を【鏡像】としてではなく、【顕象】として扱うことを選択させたわけである。

 

 

「結果から言うと、それが失敗だった……みたいな?まぁ、全体的な意味ではなくオルタ的には、って注釈が付くけど」

「……いい加減に本題を話して欲しいのだけれど。結局、なにがどうなってどうなったの?」

「オルタは()()()()()()()()()()()()()()、本質を語るとするならこれかな」

「楔?」

 

 

 さて、晴れて単に討伐されるモノからは外れたジャンヌだが。

 とはいえ、爆発寸前の危険物であることに変わりはない。

 ゆえに、討伐ではなく『きぜつ』させる、という方向で私たちの行動が決まったわけだが……この時、ジャンヌ側にも方針の目処が付いていたのである。

 

 それがなにかというと、目の前の同じ姿の相手を参考にしよう、というものである。

 カイオーガ側にある主導権をどうにか自分側に引き戻し、性質の均衡を図ろうとした……ともいえるか。

 

 そのために必要なのは、ジャンヌとしての再現度を高めること。

 高まりすぎているカイオーガの再現度に比肩するために、自身の質を高めるわけである。

 

 それを思えば、オルタとのやり取りはまさに渡りに船、と言えるだろう。

 なにせ、彼女はジャンヌのもう一つの可能性(オルタ)。……実際にはあれこれと違うところもあるとはいえ、彼女と触れあう度にジャンヌという存在はその再現度を増していくことになる。

 

 ……それだけで済めば、まだマシだったのだが。

 ここで、彼女という存在が【複合憑依】……最終的には一つに溶ける、【星の欠片】の一つであったことが問題となってくる。

 

 

「関係性がある。しかも、ただの関係性ではなく()()()()()()()()を意味する名前を冠する者である相手。戦うことで自身の再現度を高めてくれるそれは、ある意味で()()()()()()()()()()()()()

「……あ、あー!?もしかして……」

「そういうこと。……暫定的に【継ぎ接ぎ】みたいな扱いになってたんだよね、あの時のオルタって」

 

 

 感覚的に近いのは、かようちゃんとれんげちゃんみたいな感じだろうか。

 どちらかが主体と言うわけではなく、どちらもが重要である主人格……。

 

 ジャンヌにとっては、自分という不安定な存在を安定させてくれる相手であり。

 オルタにとっては、自分という存在を生み出す根幹となった、重要な相手。

 ……設定まで掘り出したその関係は、【星の欠片】からしてみれば共に溶かして固めるに足るモノであったわけで。

 

 そして、この【星の欠片】は()()()()()()()()()()()()もの。……それは見方を変えれば、一つの滅びに対して対となる滅びをも含めている、ということになる。

 元々持つ性質自体に、『対』を生み出す機構が含まれている、ということになるわけで。

 戦いの終わったあの時、巻き起こった爆発──集まった気質を糧に、存在の新生を行う──により、ジャンヌとオルタは『対』の存在として生まれ変わったのである。

 それこそ、先の例のかようちゃんとれんげちゃんのように。

 

 

「そう、ハッピーバースデー『ジャンヌ・アクア・オルタ』!いっそルビーとでも呼んであげようかと思った*4けど、それはオーバーキル過ぎるのでオルタって呼ぶね!」

「あああもぉぉおおおおっ!!」

 

 

 二人で一つ、滅びの魔剣を振る双子。

 片側は海を司り、数多を水底に沈め。

 片側は焔を司り、幾多を豪炎に巻き。

 世界を滅ぼす力を得し、聖女から生まれた代行者。

 

 すなわち、アクアとアクア・オルタである。

 ……ギャグっぽいけど、実力的にはやべーことになってんだよなぁ……。

 

 

*1
どういうこと?

*2
どこぞのデビルハンター(ダンテ)さんが相手してるようなのが代表。最近頭がチェーンソーになる同僚ができたとか

*3
『ズンバラリ』とも。相手を一刀両断した時の擬音・ないしは擬態語。忍者ハットリくんの歌や白獅子仮面の歌などに登場するが、正確な語源は不明。『ずんっ』と斬って『ばらり』となることを示しているのだとは思われる

*4
アクアなのでその対はルビー。タイトルと合わせて『推しの子』ネタである



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幕間・オルタはさいきょー()になった。喜べよ()

「……本当は聞きたくないんだけど、詳しい話を聞かせて貰える……?」

「詳しい話もなにも、二人で一つの【星の欠片】になった、みたいな話だと思って貰えれば。実際、【終末剣劇・潰滅願望】って武器型の【星の欠片】だからねー」

 

 

 以前『神断流』に近いものである、みたいなことを言ったと思うが。

 真実、【レーヴァテイン】という【星の欠片】はそれそのものが意思を持つ、というよりは扱うものに世界を滅ぼす権利を与える、というものに近い。

 

 世界を滅ぼす必要が出てきた時に、それを確実に行う力を与える……みたいな?

 そういう意味では、【星の欠片】の中では少々特殊な立ち位置のモノになる、ということは間違いないだろう。

 なにせ、『世界を滅ぼす』ということを積極的に行うもの、ということになるわけなのだし。

 

 

「他の【星の欠片】はあくまで降臨条件だけど、これの場合は寧ろそれこそを目的としているから……みたいな?」

「そうそう。ついでに言うと、『滅び』を司ってるけど別に悪者とかではない、みたいな?」

(´^`)「どういうことだし?」

「滅ぶべき時を見失ったものに滅びを与える、みたいな性質もあるってこと」

 

 

 そもそもの話として、全て形あるものはいつかは滅び去るものである。

 それが一体いつやって来るのか?……という部分に違いがあるだけであって、等しく全てのものはやがて滅びる定めにあるのだ。

 それを人は厭い、永遠を求めたりするわけだが……本来訪れるべき時に訪れなかった『滅び』というのは、とく歪みを抱えていくものである。

 

 

「分かりやすく言うと、キングハサンみたいなもの*1……ってことになるのかな?死なないものに死を与えるもの、みたいな?」

 

 

 そういう意味では、【星の欠片】に対しても使えるもの、ということになるのだろうか?……まぁ、そもそも【星の欠片】は極小の輪廻、一つの死如きではその転輪は止まらないわけだが。

 ……なんかイキってるみたいになりそうなので、そっち方面の話は一先ず置いとくとして。

 

 ともかく、【レーヴァテイン】という【星の欠片】がもたらす『滅び』は、別に悪いものではない。

 なんなら、これを振るうものに世界の悪意を全て押し付けられる……という意味では、ある種の救いであるとも言えるだろう。

 

 

「どういうこと?」

「確かに『滅び』を司るものではあるけど、別に望んで滅ぼしてるってわけでもないのよ。滅んどいた方がいいタイミングで滅べず無理矢理延命してるような世界相手だと、安楽死的な要素も強くなるし」

 

 

 滅びの要因とは、基本的に内から漂うものである。……自業自得の末路、とでもいうべきか。

 とはいえ、それがどれほど自明の末路であるといえど、それで「はい、そうですか」と滅びを受け入れられる者はそうはいないだろう。

 なんとかならないかと足掻きに足掻いて、無理矢理に世界を延命することもままあるはずだ。

 

 ……だが、それらは本来の定めを無視しているもの。

 どこかで無理が出てくることもまた必定。その時、人は必ず「こんなはずじゃなかった」「誰のせいなんだ」などと叫び出すはず。

 ……元はと言えば『死にたくない』という、決して悪とは言えない願いから行った行為だというのに、それを今際の際に責められるのは大変な苦痛だろう。

 

 そういう時に現れる【レーヴァテイン】の所持者は、言うなればそれらの罵倒・批難を浴びせかける丁度いい相手、ということになる。

 元々は自業自得、楽に逝ける時に逝けなかった罰……みたいなものとはいえ、その行為に悪意がない以上、それを殊更に責めるのもまた違うだろう。

 

 つまり、その時の彼等は『恨んでもいい相手』として運用されるのである。

 そういう意味では、憎まれ役の一つとも言えなくはないだろうか。

 

 

「……なんというか、大分あれな感じの技能なのね、それ」

「おおっと、この時点で引いてるとこの後が酷いZE☆」

「まだなんかあるの……?」

「あるよー。あらゆる滅びの集合って言ったでしょ?つまり、この【星の欠片】には()()()()()()()場合とか、はたまた売れ行き不良とかで()()()()()()()()()()()場合とかも『滅び』として含むのよ。すなわち()()()()()()()()みたいなものでもあるわけね」

「うわっ」

 

 

 そして、この『憎まれ役』という役割。

 この延長線上に当たるものとして、この【星の欠片】が司る『滅び』の形が二つある。

 それが、長期連載作品の最後──なにもかもを解決してハッピー()()()とか、はたまた様々な理由で未()に終わった作品とか、そういったものの終端だ。

 ……この二つは、場合によっては続きが生まれる可能性もあるため、滅びと言いつつ凍結の方が概念的には正しかったりするが……ともかく、そういったあらゆる物語の終端を『こいつらのせいにできるもの』みたいな属性を持っている、ということになるのである。

 

 

「君の好きな作品が未完に終わったのも、実は【レーヴァテイン】のせいだったんだよ、って責任転嫁できる……みたいな?まぁそういうわけで、わりとお労しい感じの【星の欠片】なんだよね、【レーヴァテイン】って」

「悪役扱いされるのが美徳、みたいな感じだもんね。説明を聞く限りは」

 

 

 はてさて、そんな感じで『こいつのせいだ』枠である【レーヴァテイン】。……オルタと微妙に相性がいい、ということに気付かないだろうか?

 

 

「あー……聖女ではなく魔女を標榜するのだから、それこそ『こいつのせい』みたいな扱いは望むところ、みたいな?」

「そうそう。そこら辺の相性の良さも、今のオルタの状態に直結してるってわけでねー」

「ぴかっちゅ……」*2

 

 

 そう、本来存在しない聖女の反転存在として、魔女──悪を標榜するオルタは、この()()()()()()()()()【星の欠片】である【レーヴァテイン】との相性が、それこそ笑えるくらいに好相性過ぎるのである。

 ともすれば、端からオルタ相手に発症してればわりと安定してたんじゃ?……と錯覚しそうになるくらいには。

 

 無論、中身に人のいる状態の彼女に【星の欠片】混じりの【複合憑依】が起きた場合にどうなるか?……みたいなことを考えた時に、絶対に大丈夫だったとは口が裂けても言えないが……こうして、別個に確立した【星の欠片】の安定剤として選ばれる分には、そう問題があるわけではない……というのは確かだろう。

 

 結果として、世にも珍しい【星の欠片】が使える創作のキャラクター、としてオルタは新生したわけなのであった。

 ……良かったねオルタ!【レーヴァテイン】とか中二病御用達だぞ!(精一杯のフォロー)

 

 

「ふざけんじゃないわよいらないわよこんなの……」

「はっはっはっ。……まぁ、ともすれば自分も溶けてた、みたいなものなんて使いたくないし持ちたくもないよねぇ」

 

 

 まぁ、当のオルタは机に突っ伏して、ぐちぐちと文句を垂れていたわけなのだが。

 ……五条さんの言う通り、ともすれば死ぬより酷い目にあっていたかも、みたいな感じなのだから仕方のない話なのだが。

 

 

(´^`)「そうなんだし?」

「【星の欠片】自体が他の能力と──ともすれば『逆憑依』そのものとも相性悪い可能性が高いからね。私はまぁ、たまたま上手く行ってるけど……元々の人間部分まで溶け落ちる、なんて可能性は普通にあったわけだし」

(´´^`)「滅茶苦茶ヤバかったし……」

 

 

 なにせ【複合憑依】という枠組みそのものを溶かしに掛かるレベルである。

 それを思えば、ジャンヌ・オルタとしての姿を保てているだけで儲けもの、くらいの話というか。……まぁ、彼女に触れてきた【星の欠片】が武器系の、自分の意思を優先するタイプのモノでなかった、というのもプラスに働いているのだろうが。

 

 これが精神系のやつとかだったら、下手すると思考や存在まで溶けて半ばヤンデレみたいなものになっててもおかしくないというか、それの方がマシというか……みたいなことになってかもなわけだし。

 

 まぁ、そういうのは全部今だから言える例え話、くらいのものにしかならないわけだが。

 

 

「そういうわけで……多分だけど、その右手の紋章──令呪っぽいのは、ジャンヌと貴方の繋がりを示すモノであり【レーヴァテイン】を呼び出すための鍵、みたいなものだと思うよ?」

「これがぁ?」

「そうそう。こう、魔力を集中するイメージで念じてみそ?」

「ん、んんー……ってうわでた!?」

 

 

 そんなわけで、気を取り直して。

 個人の世界も世界は世界、恐らく彼女達の【レーヴァテイン】は固有結界を改造したものになるだろう、という予測から武器を取り出させてみた私は、予想通りオルタの剣が妙にメカメカしい外見になっていることを確認し、先ほどまでの話が事実であることを確認したのであった。

 ……それから、その内オルタ達を『あのお方』の元に案内しなければいけないな、とも。

 

 

「え゛」

「そりゃまぁ、新人だからね、二人とも。……安心して、別に悪い人ではないから。【星の欠片】にしかわからないプレッシャーとか飛ばしてくるけど」

「……いやなんだけど!?アンタの創作の世界に巻き込まれたくないんだけど!?」

「まぁまぁオルタ。大丈夫です、お姉ちゃんも一緒にいますから」

「やっと喋ったかと思えば、アンタはアンタでマイペースね!?」

 

 

 なお、トラブルがまだ終わってないことを悟ったオルタはというと、これから待ち受ける保護者面談(圧迫面接)に、今から戦々恐々とし始めていたのであった。

 ……ゆかりん?この話をどうやって報告しよう、と頭を抱えてますがなにか?

 

 

*1
『fate/grand_order』の星5(SSR)アサシン。冠位(グランド)と呼ばれる特殊な地位を持つ特殊なサーヴァント。『死のないモノに死を与える』という超抜級の技能を持つ

*2
あー、ジャンヌの姉さんの安定剤的にも、【星の欠片】の支柱的にも、まさにベストの存在だったってわけか……



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二十六章 夏休みとか関係なく授業参観(?)はやって来る
星の花火が上がるかも?


 はてさて、梅雨に合わせて意☆味☆不☆明のイベントが挟まっていたわけなのだが。

 そのイベント(と書いてトラブルと読む)を解決している内に梅雨は明け、すっかり真夏日和となってしまったなりきり郷である。

 まさに妖精が胸を刺激する季節、みたいな?*1

 

 

「まぁ、実際には夏休みがどうとか言ってられないような状況、ってわけなのですが」

「そうねぇ、どこもかしこも大騒ぎねぇ」

 

 

 とはいえ、今のなりきり郷的には夏がどう、などと甘いことを言っていられるような空気ではないのだが。

 それは何故か?……その原因は、この前の日曜日に起きたとある出来事にあった。

 

 ──というわけで、ほわんほわんきあきあ~。(唐突な回想スタート)

 

 

 

 

 

 

 はてさて、偶発的に双子の【星の欠片】とでも呼ぶべきモノが生まれてしまったわけなのだが。

 

 ……ユゥイはともかくとして、大本の設定を詳しく知らない相手が【星の欠片】になった、という時点であれこれと学習が必要になってしまったことに間違いはなく。

 そのため、私は【星の欠片】というものがどういうものなのか?……ということを改めて解説するため、一つ席を設けることとなっていたのであった。

 

 

「なるほど、せんぱいが先生役ということですね!なにかお手伝いできることはありますでしょうか?」

「んー、今回に関しては相方をキリアに頼むつもりだからなー。悪いんだけどマシュは生徒側、ってことでお願い」

「なるほど……確かに、キリアさん相手では話になりませんね……」

 

 

 ガッカリです、と肩を落とすマシュ。

 ……彼女には悪いが、今回の解説はかなりややこしいことになるのが目に見えている。

 最終的には彼女に簡潔に纏めて貰う、というのが有効そうだが……それなら最初は彼女を生徒側に混ぜ込んだ方が(質疑応答的な意味で)スムーズに行くだろう。

 そういうこともあって、今回の彼女の立ち位置は私の横ではなく目の前、ということになるのであった。

 

 で、代わりに横に来るのは私みたいな半端者でなく、ガチの【星の欠片】であるキリア。

 ……一応、私は【星の欠片】の発見者(発案者)である。

 そのため、持っている知識は原則間違っていないはず、なのだが……。

 

 

「なにぶんややこしいことになってるからねー。知識の擦り合わせも含めて、キリアにはあれこれと合いの手を入れて貰わないと……」

「んー、別に大丈夫だとは思うけどねー。()()()()()()()()()()()()()()と思うし」

「それが良くないんだってば……」

 

 

 こちらの言葉に対し、いつの間にか隣に現れていたキリアからは楽観的な発言が返ってくる。

 

 ……まぁうん、確かにキリアの言う通りではあるのだ。

 相手は世界法則の最小単位、基盤足るもの。

 現代の物理法則が崩れ去らない限り、基本的には目覚めないはずのもの。

 別に望んで世界を滅ぼすモノではなく、滅びが来なければ目覚めないモノであるがゆえに、結果的に滅びとセットになっているもの。

 ゆえ、「合わせる」という点に関しては疑う必要など全くないのである。

 

 ……とはいえ、そうして出てきたモノは、【星の欠片】の本質ではない。

 望まれたからその形になった、という天然の願望器的性質ゆえに起きることであって、それぞれの【星の欠片】が本来持っている性質・能力・傾向というわけではないのだ。

 雑に言えば、相手を王として担ぎ上げようと虎視眈々と狙っているため、自分を曲げることを一切厭わないというか。

 

 それでは【星の欠片】の危険性が伝わり切らない。

 先の話で登場した【終末剣劇・潰滅願望(レーヴァテイン)】にしても、見方を変えれば『相手という存在を一つの世界と見なせば、それを絶対に倒すための武器として使える』……という風に、デメリットではなくメリットを見出だすことができてしまう。

 無論、きっちりデメリットが存在していることを認知し続けられるのなら、ある程度問題にも目を瞑ることはできるかも知れないが……。

 

 

「それでもしまかり間違って【レーヴァテイン】を濫用する、みたいな方向に向かわれた日には……」

「日には、どうなるのですか……?」

「他の【星の欠片】が湧き始める」

「何故そうなるのですか!?」

 

 

 なんでって……個人を世界と見なして倒す、って言っても別に本当に世界を破壊しているわけじゃないでしょ?……って勘違いしちゃうからというか。

 

 ……そもそもの話として、【星の欠片】は通常観測できないほどの極小存在である。

 また、万物照応──一は全にして全は一だとか、はたまたフラクタル構造*2だとか。……人の体内は縮小した宇宙のよう、と例えられることがある。

 つまり、【星の欠片】からしてみれば、自分より大きい全てはある意味宇宙──世界と同じなのである。

 

 となれば、例え相手が一個人であれ、それを対象に発生する滅びはすなわち【星の欠片】の目覚めのラッパに相当すると見なせてしまうわけで……まぁ、あとはご想像の通り。

 雨後の筍*3の如く、あちらこちらから【星の欠片】が湧いて出てくる……みたいな地獄絵図になること請け合い、というわけで。

 

 そういう意味で、【レーヴァテイン】は特に危なっかしい【星の欠片】だと言えてしまうのだ。

 ……そもそもの話、この【星の欠片】を考える元ネタとなったのは、型月的世界観だったりするし。

 

 

「……私達の、ですか?」

「そうそう。ほら、剪定と編纂の話*4。あれって、世界の運営のためのエネルギーを節約する、みたいなやつでしょ?──【レーヴァテイン】も、始まりはその辺りの考え方に起因してるのよね」

 

 

 終わった世界をいつまでも観測し続けるのは、エネルギーの無駄──。

 そんな感じのことを読み取った当時の私は、それを行う世界のシステムとして【レーヴァテイン】を考案した、というわけなのである。*5

 ゆえ、このシステムは世界の結びを記録するペンである、というのが正解というか。

 そして終わらせたあとは、空いたその場所に新しい世界の種を植える……と。

 

 そう、わりと一般的な『破壊からの創造』をその概念内に持っていると言えるのだ。

 ……まぁ、そもそもの『レーヴァテイン』……もとい、『ラグナロク』自体が世界の終わりから、新しい世界の夜明けを描くもの……みたいな感じであるので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 とはいえ、そうして元ネタがしっかりとしているからこそ、この【星の欠片】は確りと稼働してしまっているわけで。

 ……野放しにしていると危ない、というのはもうわかって貰えたはずだろう。

 

 

「そういうわけで、元ネタとかをキチンと把握しないと、迂闊なことに繋がりかねないってわけ。……で、その元ネタってのも、あくまで私がそうだって思ってるだけだから、本人というか本家というか、ともかく実態を知ってるキリアとの擦り合わせが必要に……って、キリア?なにやってるの?」

 

 

 そんなことをマシュに語りながら、ふと視線を横に動かすと。

 ……なにやらキリアが、曖昧な笑みを浮かべている。っていうか、気のせいじゃなければちょっと冷や汗掻いてない?

 

 珍しいこともあるものだ、と思わず感心してしまう私である。

 なにが彼女の琴線に触れたのかは不明だが、基本的に憎たらしいほど冷静な彼女でも、こうして動揺することはあるのだなー、というか。

 

 ……ただ、そんなある意味でのほほんとした感想は、次の彼女の言葉によって吹き飛ぶことになるのであった。

 

 

「……や」

「や?なにが嫌なので?」

「やややややヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいってばキーアちゃん!!?」

「うわれぶっ」

 

 

 冷や汗を流していた彼女が、ポツリと溢した言葉。

 ……『()』?なにが嫌なのだろう、と聞き返した私は、彼女がこちらにするりと近付いてきて、私の両肩を掴んで前後に揺らし始めたことで、どうにもおかしなことになっていると気付いたのであった。

 

 

「お、落ち着いてくださいキリアさん!?一体なにがやばばばばばば」

「ヤバいのよ不味いのよ酷いのよマシュちゃん!?」

「ちょっま、落ち着いてキリアマシュの顔色がどんどんヤバい色に!?」

「あばばばばばば……」

 

 

 で、その異常事態は止めようとしたマシュにも伝播。

 肩揺らし対象がマシュに移ったことによって解放された私は、涙目になっているキリアと顔色がどんどん青くなっていくマシュの二人をどうにか引き剥がすため、全力を行使するはめになったのであった。

 

 ……数分後、肩で息をする私と嘔吐(えず)くマシュ、それから止めてもなお『ヤバいロイド』と化しているキリア、という意味不明な光景がそこに生まれていたわけだが……。

 

 

「ええい、いい加減説明をせんかっ!!」

「へぶぅっ!?……はっ、私はなにを……」

「よ、ようやく元に戻られたのですね……」

 

 

 流石にこれ以上の暴走は看過できねぇ!……ってことで、思いっきりグーでキリアの横っ面を殴り抜いたところ、彼女はまるで往年のボクシングマンガみたくキリモミ回転しながら飛んでいったのち、急に意識を取り戻したように周囲を見渡し始めたのであった。

 ……ううん、見た目ギャグにしか見えんのだけど……一応、本人的にはふざけているわけではなさそう。

 

 ともあれ、ようやく落ち着いたキリアに改めて声を掛けた私は。

 

 

「……キーアちゃん、来るわ」

「来るわって……誰が?」

「誰って……あの方よ、あの方!」

「へぇあ?」

「あのお方が現世にやって来るのよ!!」

「………………マジで?

「マジよ……」

 

 

 そうして彼女から飛び出した言葉に、思わず鼻水を垂らしながら声を返したのであった。

 ……みっともない?言ってる場合か!?

 

 

*1
T.M.Revolutionの曲の一つ『HOT LIMIT』の歌詞から。コーラを振ったりしまむー(島村卯月)やそに子が服装の真似をしたりと、色々と話題に事欠かない真夏の楽曲。ダイスケ的にもオールオッケー!

*2
『fractal』。自己相似性とも。図形を分解して行く中で、その細かい部分の構造が全体のそれと類似している、という状態を示す言葉

*3
雨の後にはたけのこがぽこぽこ生えてくる、ということから『似たような物事が次々と起こる様』を例える言葉としても使われる

*4
型月世界における並行世界の運営概念。並行世界の概念は無数の分岐を許容するものだが、本当に無限であればどこかでエネルギー的な無理が出るのでは?……ということになり、実際にそれを前提として動いているとおぼしき概念が『編纂』と『剪定』という世界の枠組みである。先のない世界・可能性のなくなった世界はそれ以上見る必要がないと演算を止め、木々の剪定をするように捨ててしまう。それが『剪定事象』であり、これに選ばれたものはどれほど発展・ハッピーエンドであっても容赦なく切り捨てられる

*5
上記の『剪定』とは違い、ハッピーエンドを迎えた世界は【レーヴァテイン】的には名誉の凍結、という形で保存するように設定されている。ある意味ではこの状態に到達することこそ世界の誉れ、みたいなノリですらある



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その人、色々ヤバげに付き

「え?!マジ!?マジで言ってるそれ!?」

「マジも大マジ、っていうかガチよガチ!!さっき向こうから連絡があったわ!!」

「そんな馬鹿な!?」

 

 

 寝耳に水にもほどがある、『あのお方』来訪の知らせ。

 しかも、彼女の場である【星の■海】へのご招待ではなく、まさかの現実世界への訪問宣言である。

 そりゃまぁ、私も思わず耳を疑うというものだ。

 

 だって、ねぇ?基本的に『あのお方』、自分の場所から出てこないのがデフォなんだもん。

 ……思わず出不精とかニートとかみたいな言葉が脳裏を過るが、流石に口にはしない私である。

 いやまぁ、多分そんなこと言ったとしても、『あのお方』は怒りすらしないとは思うんだけども。

 

 なお、こうして慌てふためく私たちに対し、蚊帳の外のマシュはポカンとしていた。

 ……まぁ、あくまでも私たちから聞いたことがある、というだけなのだからさもありなん。

 危険度とかヤバさとか、なんとなくでしかわからないだろうし。

 

 

「……ええと、そんなに危ない方なのでしょうか?その、『あのお方』というのは?」

「ん、んー……危ないとも言えるし危なくないとも言える……()()()()()()()、みたいな?いや、ギャグじゃなくマジで」

「は、はぁ……?」

 

 

 思わずサム(はち)ってしまったが*1……実際、この言葉の通りなのである。

 危ないものだと思えば危なく、危なくないものだと思えば危なくない……みたいな感じというか。

 彼女──『あのお方』という存在は、そもそも滅多なことでは目覚めて来ないものである。

 

 数多の滅びの要因が重なり、()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいな状況でもないと、端から出てくる可能性すらないというか?

 

 

「クロスオーバー……ですか?」

「そうそう。単一世界の滅びだと、普通の【星の欠片】の目覚めが優先されちゃうのよ。……んで、普通の場合は一つの世界に目覚める──現れることのできる【星の欠片】は一つのみ。ゆえに、普通は他の【星の欠片】が現れることはない……」

「『あのお方』が出てくる条件ってね、数多の【星の欠片】が出てこられるような状態が前提なのよ」

「……原理的に不可能なのでは?」

「普通はね。でも──例えば『スパロボ』とかみたいな、複数の作品世界が混ざっている、みたいな世界だと可能になるのよ。なにせ()()()()()()()()()()()()が混ざりあっている、って風に解釈できるから」

「……なるほど、だから『クロスオーバー』なのですね?」

 

 

 彼女の現れる条件は、数多の滅びが重なる時。

 ……【星の欠片】の顕現条件は()()()()()()()であるため、必然的に『あのお方』が現れるような状況というのは、巷に【星の欠片】達が溢れ返っている状況、ということになってくる。

 

 その一つ一つが新世界の礎となり得る【星の欠片】は、本来他の【星の欠片】が目覚めている状況下では新しく目覚めては来ない。

 そもそもが相争うものではないがゆえに、他が目覚めている状況では自分の出番はない、と眠り続けるのである。

 

 それが崩れるのは、数多の世界が一つになったような世界観である時。

 ……そう、『スーパーロボット大戦』シリーズのようなクロスオーバー作品の時だ。

 

 あらゆるモノは生誕と死没の運命を同時に背負う。

 それは物語という分類でも変わることなく、この場合は初回と最終回という形でそれを知ることができる。

 ……これは裏を返せば、クロスオーバーのような作品の場合、()()()()()()()()()()()()()()()と解釈をすることができる、ということになるわけで。

 

 そのため、本来は一つの世界に一つきり、とされる【星の欠片】も、クロスオーバー作品の場合に限り『一堂に会す』みたいなことができてしまうのである。

 ……で、そうなると出現条件が整ってしまうのが『あのお方』。

 本来は並行世界全ての滅び、みたいな条件付けでしか現れることのない彼女だが、こと舞台がクロスオーバーである時だけは話が違う。

 従来のそれより遥かに簡単に出現条件が整ってしまうために、比較的軽いノリで出てくる可能性が大幅に高まってしまうのである。

 

 

「まぁ、本来の出現条件で出てくる時に比べると、かなり穏当なんだけどね?」

「そうなんですか?」

並行世界一つを完全に閉じる(焚書)、みたいな時にだけ出てくるのが本来の『あのお方』の出現の仕方だからね。そうじゃない簡易版の出現になるクロスオーバー関連だと、雑に言うなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな感じになるから」

「……い、一気に俗な話になってしまいましたね……」

 

 

 まぁ、そうして軽いノリで出てくる時は、彼女の役割自体も軽いノリになってしまうわけだが。

 具体的に言うと、クロスオーバー作品全部からぶん殴られる体のいいサンドバッグ……もといラスボス枠、というか?

 

 元々の出現の仕方が並行世界ごとその系統樹を閉じる、というものである関係上、そもそもの時点で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな要素があるとも言えるわけで、その辺りを強調した役割が割り振られる……みたいな感じか。

 まぁ、そういう時は本人もわりとノリノリでラスボスやってくれるので、プレイヤー的にはやりやすいのかもしれないが。

 そもそも【星の欠片】って性質上、やられ役的な要素も持ち合わせているし。

 

 無論、あんまり濫用できるような人でもないので、やるのならイデオンだの宇宙怪獣だの天元突破だの、あからさまに設定段階からインフレしてる作品が乱舞するようなところ、ということになってしまうのだが。

 

 ……ともあれ、ラスボス役を買って出てくれる、というのは裏を返すと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という風にも見なすことができるわけで。

 

 

「言い方を変えると、なにもかもに『それも私だ』*2できる……みたいな?……時間や空間の縛りって結局のところ今の現実──励起している【星の欠片】の決まりごとみたいな感じになるわけだから、あらゆるものより遥かに小さい『あのお方』はそこら辺後から全部自分のせいにする、みたいなこともできちゃうのよね」

「え、ええー……」

 

 

 例えば『魔が差した』という言葉がある。

 自分の肉体に悪魔が入り込んだかのように、普段は絶対にしないようなことをしてしまう、という意味合いの言葉だが……『あのお方』の場合、その『魔』を()()()本当にしてしまえるのである。

 

 無論、実際にはそれらの物事はその人本人のせい、と責められるべきなのだが……彼女の存在を許容する場合、本来なら自業自得となるような物事でも彼女のせい、という形で責任転嫁してしまえるのだ。

 更に、そうして責任転嫁したあとに彼女の撃退に成功すれば、以後その人の今まで積み重ねてきた罪は全て清められた状態になる、というオマケ付き。

 ……まぁ、流石に撃退後に再び『魔が差す』とかやり始めたらちょっと擁護不可能だが……そこから先になにも悪いことをしないのであれば、しっかりと罪を償ったという判定にしてしまえるのである。

 

 現代的な感性では、まさに『なに言ってるんだコイツ?』的な話だが……彼女という存在を許容し、かつ彼女がラスボスとして顕現する場合、あらゆる悪行は彼女のモノという形で処理され、なんなら撃退後かつて悪人だった人が見違えるほどに善人になる、みたいな展開も許されてしまうのだ。

 そう、それが許されるだけの格を持つのが、彼女という存在の特殊性。

 あらゆる全てに含まれるモノであるがゆえに、あらゆるものに()()()()()()()()()()()として扱われるのである。

 

 ……まぁこの辺りの話、深掘りすると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな解釈もできてしまうのだが。

 

 

「その辺はまぁ、『ラスボス役をしてる方が都合がいいでしょう?』みたいな、彼女の意向によるところも大きいんだけど。……意識という人間にとって一番重要な要素を好きにすることができる相手なんて、ぶっ飛ばしてなんぼ……みたいな?」

「は、はぁ……」

 

 

 とはいえ、【星の欠片】全ての意向として、基本的に人の自意識に干渉するのは宜しくない……となっているため、できるけどやってないしやらない、みたいな感じではあるのだが。

 一部は時を遡ってやったことにできるので、人間側のリクエスト(悪役になって欲しい)に合わせて後からやったことにする、みたいな感じになっているというか。

 

 ……ともかく。

 危険であることを望まれればラスボスとして振る舞うし、安全な相手であることを望まれれば全てを庇護する母の如き振る舞いをする……というのが『あのお方』の基本原理。

 そういう意味では、こうして彼女の来訪を殊更に騒ぎ立てる、というのは宜しくないということになるのだが……。

 

 

「それとこれとは話が別!例えばお母さん扱いするとしても、私らからしてみれば怖い教育ママ的な扱いに近いからね!!」

「えー……」

 

 

 だからっていきなりの来訪を歓迎できるかと言えば、話は別。

 親元を離れて暮らしてたら、ある日突然アポもなしに家に来た母親、みたいなものなのだから騒がないのなんて無理なのである。

 そういうわけで、私とキリアは変わらず『えらいこっちゃ』と慌て続けていたのでしたとさ。

 

 

*1
『サムライ8 八丸伝』のようなことを言ってしまった・やってしまったという意味の言葉。独特な言い回しが多い作品であった為、こうしてネタに使われることも多い

*2
『スーパーロボット大戦』シリーズのキャラクター、ユーゼス・ゴッツォの台詞。元々は真のラスボスとして設定されたキャラクター(恐らく版権キャラ)が別にいたが、それが使えなくなったために急遽用意した彼をラスボスに据えた為に生まれた言葉なのだとか(『スーパーロボット大戦α』)。伏線やらなにやらを全部一人のせいにできる魔法の言葉……だが、裏を返すとそこに至るまでの描写不足を露呈するモノでもあるので、あまり誉められたやり方ではない(普通はわざわざ相手が言い出さなくても、それまでの描写から推測できて然るべきである為)



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その感覚が誰にでも通用するわけではない

 はて、唐突な『あのお方』来訪のお知らせから一夜明け。

 なんとか平静を装うことに成功した私たちは、それでもなおそわそわと体を震わせていたのでありました。

 

 

「……あのお方、ねぇ?一応聞いておくんだけど、うちに来る理由ってどんな感じ?」

「一応、例の説明会の補助、って話らしいけど。詳しく知りたいのなら、私から説明するのが一番でしょう……みたいな?」

「うーん、ちょっとした説明を求めたら社長とかその道の権威とかが出張って来た感じ……」

 

 

 で、そんな私たちの姿を見たゆかりんは、なんとも言えない様子で机に頬杖を付いていたってわけ。

 ……まぁ、向こう的にも寝耳に水なのと、そもそも『【星の欠片】わかんないよ~!』ってなってる*1のを解消するための解説を開こうっつってるのにその大元締めがやって来るとかワケわからん、みたいな感じなのだろうけど。

 

 

「……っていうか、そんなに偉い人ならもうちょっとちゃんとした歓迎するべきなんじゃ?」

「あー、それに関しては変に畏まる必要はない、って話らしくてねー」

「なんで?」

「そもそも全部知ってるから」

「……監査の日だけ良いカッコしても意味ないよってこと?」*2

「言い方どうかと思うけど……まぁそんな感じ」

 

 

 件の説明会は、今から二日後の水曜日に開催する予定である。

 で、『あのお方』もそれに合わせてこっちに来る、とのことなので、正味なところ今から慌てていても意味がない、というわけで。

 とりあえず、ゆかりんに対しては当日慌てられても困るので……みたいなノリで伝えることになったのであった。

 

 まぁそんな感じなので、ゆかりんも微妙に対応に困っている感じなのである。

 

 

「そりゃそうでしょうよ……まぁ、それに関しては当日の私に投げるわ。今この時点であれこれ言ってもあれだし」

「うーん投げやりな反応……」

「誰のせいよ、誰の」

 

 

 はっはっはっ。いやー、一体誰のせいなのかなー?

 ……冗談はともかく。【星の欠片】云々の話は説明会の時にするので今は置いとくとして。

 そのまま、別の話に話題は移っていくのであった。

 

 

「そういえば、前回の解説の時にイッスン君とかを【顕象】の【複合憑依】に含めなかったのはなんで?」

「ん?……あー、そういえば含めてなかったね」

「……もしもーし?」

「いや冗談だから。理由があって省いてただけだから」

 

 

 だからそんな顔しないで頂戴、とジト目でこっちを見てくるゆかりんに返す私。

 ……確かに、イッスン君の元である『少彦名命(スクナヒコナ)』とか、クモ子さんの元である『陽蜂(ヒバチ)』とかは、その性質上【顕象】の【複合憑依】と言っても間違いではないかもしれない。

 では何故、この二例に関してあの時省いたのか?……それは、この二例が『擬獣(ビースト)』であったから、というのが大きいのであった。

 

 

「ビーストだと別なの?」

「明らかに【顕象】じゃなくて【鏡像】でしょってのと、撃破後に生まれた子達は【複合憑依】ではない……ってのが大きいかな。なんていうかこう、【星の欠片】こそ関わってないけど結果としてはそれに近い……みたいな」

「……言われてみれば、イッスン君もクモ子ちゃんも、なんならかようちゃんも【複合憑依】ではないわね……」

 

 

 そう、彼等はどちらかといえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()結果、【複合憑依】のような状態になった者達。

 それゆえに、他の【複合憑依】達とは微妙に性質が違うのである。

 ……強いて言えば、獣になることで【星の■海】を目指した結果、要素が溶け混ざってしまったスクナヒコナに関しては、【星の欠片】によって変質したモノと言えなくもないかもしれないが。

 

 ともあれ、彼等は三つの要素を束ねるのではなく、一つのモノとして運用するために作られたようなもの。

 端から暴走前提(【鏡像】)であるため、そういう意味でも【顕象】であるとは言い辛く、前回の解説では省いたのであった。

 無論、そのあとに残った者達も【複合憑依】ではない、という時点で微妙に違うものということになるのだが。

 

 

「そういう意味では、やっぱりオルタ達がちょっと特殊なのよね……あと一つの要素がわからないユゥイだって、恐らくは【星の欠片】三つの【複合憑依】って感じだろうから、微妙に二人とは違うし……」

「いやちょっと待ちなさい?その【星の欠片】三つの【複合憑依】ってのは初耳なんだけど?」

「あれ?そうだっけ?」

 

 

 まぁ、それらの話を総合すると、オルタ達のパターンが特殊過ぎて頭が痛くなってくるのだが。

 ……最初は【複合憑依】だったけど、オルタとの相互状態になった結果どうにも【複合憑依】の要素は外れてるみたいだし。

 いやまぁ、【星の欠片】が混ざると一つに溶かされる、ってのも状況証拠からの予測であって、それが正解だとも限らないわけなのだが。

 

 などとぶつくさ言っていると、ゆかりんからツッコミの声が。

 ……あれ?私ってばその辺りの話してなかったんだっけ?……と過去の自身の発言を思い返し、「あ、そういえば話してなかったわ」と手を叩く。

 ……ゆかりんからの視線が痛いが、一つ咳払いをして気を取り直し。

 

 

「……帰ってからキリアと話してね。今までの情報を総合すると、三つ分【星の欠片】が混ざってる可能性が高い、ってなったのよ」

「そういうのは早く言いなさいよ……で、なんでそう思ったの?」

「そもそも【散三恋歌(EPAS)】自体が三位一体の類いだから、よ」

「……おおっと?」

 

 

 改めて語ろう……としたところで、横合いからキリアの言葉が飛び込んでくる。

 ……そう、最初から散『三』恋歌、と書いているように、この【星の欠片】は三つの要素の集合体なのだ。

 

 

「愛には四つの形態がある……って言ってるのに、なんで『三』なんだってなるでしょ?──それはつまり、この【星の欠片】そのものが元々三つの要素を一つに纏めたモノであるがゆえ。……で、その三つの要素というのが『寵愛(Bless)』『恋慕(Gift)』『嫉心(Envy)』ってわけ」

「へー……」

「へー……って、なんで貴女まで感心してるのよ?」

「なんでって……知らんかったからやけど?」

「はぁ???」

 

 

 ……なんてまぁ、知ったらしく言ってみたものの。

 この辺りの話、私初耳なんですけどね、これが。

 

 

 

 

 

 

「初耳って……そもそもこれ、貴女が考えたものじゃなかったの?」

「最初っから私()()()って言ってたじゃん……実在してる時点で色々おかしいって言ったじゃん……」

「…………それもそうね?」

 

 

 なんで発案者が初耳なんだよ?……的なツッコミがゆかりんから飛んでくるが、なんのことはない。

 何度も言うが、現実に存在してしまっている時点で私が考案者、と言い張るのには無理がある。

 世界のどこかにあった法則の種を、たまたま観測してしまったと考えるのが自然だろう。

 

 先の話──【散三恋歌】が三つの要素の集合体というのも、私が考えた時には【寵愛】と【恋慕】の二つしか決まっていなかったので、【嫉心】に関しては完全に初耳である。

 愛することと愛されることの対比までは考えたが、最後の一要素を決めあぐねていたというか。

 ……そういうわけなので、それぞれの視点を天・相手からのもの(寵愛)人・自分からのもの(恋慕)地・第三者からのもの(嫉心)としているそれは、私的にも創作意欲を刺激される話で……え?そういう話じゃない?

 

 まぁともかく。

 最後の一要素がわからない、と言っていたそれが【嫉心】であるとするのならば、必然的にそれぞれのユゥイ達に他の【星の欠片】が割り振られた、という風に考えることもできるだろう。

 

 

「……ユゥイちゃんそのものが【散三恋歌】の使い手、みたいなこと言ってなかった?」

「言ったけど……実は説明してないことが一つあってね?」

「まーたーせーつーめーいーぶーそーくーかー!!?」

「ひはひひはひ、やめへっへはひゅはひん」

 

 

 その発言を聞いて、こちらに(スゴい)視線を向けてくるのがゆかりんである。

 ああうん、そうだよね。ユゥイが【散三恋歌】の使い手だ、みたいなこと言ってたもんね私。

 でもね?さっきの話を聞いていれば、なんとなーく理由にも思い至るんじゃないかってアーティレイヤー思うワケ。*3

 

 

「……まさか?」

「そのまさかー。ユゥイが【散三恋歌】を使う、ってことは確かに決まってたし、その戦い方もある程度は設定してたけど。……逆を言うと、それ以外の細かい部分はなーんにも決まってなかったんだよね……」

 

 

 そう、【散三恋歌】が三つの要素が纏まったモノであることとか、それを使うのがユゥイであることとかは決めてあった。

 ……が、裏を返すと()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 三つの要素が一つに、ということは三人の【星の欠片】が一つになった結果なのかとか。

 ユゥイという存在そのもののパーソナリティとか、そういう部分は空白になっていた部分が少なからず存在していたのだ。

 そこら辺も、彼女の存在に驚いた理由だったというか。……いやまぁ、口にはしてなかったけどね?

 

 なおゆかりんからは「さーいーしょーにーいーえー!!!」と怒られることとなりましたとさ。

 ……いやホントごめんて。

 

 

*1
『用語わかんないよ~』とも。2020年8月25日にTwitterに投稿されたとあるイラストが元ネタ。近年飛び交うカタカタ単語(アサインとか)に囲まれた人の顔が泣きながら『わかんないよ!』と叫ぶもの。とある界隈でしか通じない単語などを指してわからん、と叫びながら自己解釈するその姿がウケたのか、しばらくそれを元ネタにしたイラストが増えたりした。なお、正確には『わかんないよ!』なのだが、広まっていく内に『わかんないよ~!』になっていたとか

*2
仕事において、本社の監査の人が来た時だけ真面目にやる、みたいな所業のこと

*3
FGOのキャラクター、テスカトリポカのとある場所での台詞『テスカトリポカ思うワケ』から。突然の砕けた口調にビックリした人多数だとか



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知らないことは罪ではなく、知りすぎることもまた罪ではない、かも

「……はぁ。なるほど、改まって説明会しよう、なんて話になるわけだわ。そもそも貴女にとってもブラックボックスが多かった、だなんて」

「いやー、まぁ細かいところが抜けてる、くらいのものなんだけどね?」

 

 

 まぁ、その細かいところが多岐に渡るため、私としてもちんぷんかんぷんなところが点在してるわけなのだが。

 

 ……そんなわけで、ゆかりんからのお叱りを受けて正座で反省中の私である。

 なんか最近私怒られてばっかじゃない?基本的には私起因の問題は起きてないはずなのにおかしいなー。

 

 

「だまらっしゃい。状況の共有が出来てないのは普通に罪なのよ」

「うーむぐうの音も出ない正論……」

 

 

 まぁ、こんな感じで早々に論破されてしまうわけなのですが。

 ……ともかく、私自身にも知識の欠けがある、ということに間違いはなく。

 そこら辺の再確認の意味も込めて、次の説明会を計画したというわけなのでしたとさ。

 

 

「……はぁ。まぁ、元々【星の欠片】関連は要注意事項だったし、手間が増えたわけではないと納得しておきましょう。……それで?他になにか伝え忘れてることとかはないの?」

「んもー、ゆかりんってば心配性だなー。今さら伝え忘れてることとか、そもそも伝え忘れてることを忘れてるんだからわかるわけないじゃーん」

「殴るわよ?」

「殴ってから言うのは酷くない……?」

 

 

 ……まぁ、知識の擦り合わせが出来てないのだから、迂闊に伝えて間違った対策とか立てられても困る、って部分もなくはないのだが。

 

 

「間違った対策ぅ?」

「例えば、ついこの間のジャンヌの話。私の知識の上では『水』に関わる【星の欠片】は居ない・もしくは軽々しく出てこないはず……って話だったけど、もしかしたら本当は私が知らない(考えてない)だけで、並行世界のどこかには『水』に関わる【星の欠片】がいてもおかしくない、ってことにならない?」

「……まぁ、決めてなかったものが決まってたんだから、知らないモノが増えててもおかしくはないわね」

「でしょう?前回はたまたま私の知識(きおく)が間違ってなかったから問題はなかったけど、もしあれが【終末剣劇・潰滅願望(レーヴァテイン)】ではなく他の【星の欠片】だったのなら──」

「……だったのなら?」

「最悪あの場で世界滅亡、なんて可能性もあったかも」

「……気軽に世界滅亡を結果に据えようとするの止めない?」

「別に私がそう(滅ぼ)したくてそう(滅ぼ)してるわけじゃないんだよなぁ……」

 

 

 そもそも当初、私は該当する【星の欠片】が存在しないと認識していたため、()()()()()()()()()()()()()だと解釈していたのだ。

 ゆえに殴って止める、なんて原始的な方法が有効だ、と思っていたわけだし。

 

 

「……ちょっと待ちなさい。なんか今気になること言わなかった?色がなんとか……」

「あ、そういえばこれも説明してなかったっけ?【星の欠片】って細かい性質を得る前の状態がある、っていうの」

「まっっっったく聞いた覚えがないんだけど????」

 

 

 あー……そういえばこれも伝え忘れか。

 原則的に現実世界に出てくる【星の欠片】は既に色──細かい性質を得た状態で出てくるのが普通であるため、あまり考慮する必要がないと捨て置いてたけど……。

 

 

「今回みたいなのは()()()()()、と考える方がわかりやすいから、そういう意味では予め知っておいた方が良い知識だった、ってことになるのかな?」

「……おいィ?」

「いやごめんて。……普通はまず人目に付くものじゃない上に、こういう特殊な事例の時に起きていたことの理解のために持ち出すとわかりやすくなる……ってだけだから……それに概念的には、もうゆかりん達も知ってるようなモノだし」

「……?知ってるってことは……他の要素に近いってこと?」

「まぁ、そんな感じ」

 

 

 端的に言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていうだけの話であり、それが特別性を持つかと言われれば全然違うため、本当に話の理解に役に立つ、くらいの意味合いしかないのだ。

 そもそも概念的には近いものを、既にゆかりん達は知っているわけなのだし。

 

 ……というわけで、勿体ぶらずにそれがなんなのか、という話をすると。

 

 

「『逆憑依』や【顕象】にとっての【兆し】と同じようなものなのよ、それって」

「【兆し】と?」

 

 

 私たち『逆憑依』や、ジャンヌ達【顕象】がこの世界に現れる時、その先触れとして出現するもの──【兆し】。

 これは、なにかしらの祈りや願いが集まり『それを実現するための気質を集める核となるもの』というような性質を持つものだが……件の存在は、【星の欠片】におけるそれに近しいものなのである。

 ……まぁ、正確には【星の欠片】の材料、という方が近い気もするのだが。【兆し】におけるところの祈りや願いは、()()にはまだ付与されていないものだし。

 

 

「…………???」

「簡単に言うと、祈りや願いって言うのは【星の欠片】的には能力そのもの、みたいな扱いになるのよ。それを実現する無色の力が()()であり、祈りや願いという色を着色した結果が【星の欠片】というものである、みたいな?」

 

 

 原則的に、【星の欠片】とは極小の存在である。

 ……今さらなにを、と思われるかもしれないが、しかしこれがとても重要なのだ。

 

 例の『あのお方』の所に赴いたスクナヒコナ(ビーストⅣi)が自身を喪失し、散り散りになったあとイッスン君に再編されたりしていたが……そもそも、【星の欠片】の基本原理は()()()()()()()()()()である。

 付随するあらゆる要素・価値を削ぎ落とし、それでもなお(いろ)を保つ──。それを最初にやらされるのが【星の欠片】だ。

 裏を返せば、件のスクナヒコナもその洗礼を耐えきれれば【星の欠片】になっていた、ということになるわけなのだが……まぁ、その辺りは今は置いとくとして。

 

 つまり、世に現れる【星の欠片】は一度なにもかもを失い、そこから改めて譲れないもの──祈りや願いによって色を取り戻すわけなのである。

 そしてその色こそが、無限に拡散し続ける自己を繋ぎ止める唯一の手段になるわけなのだが……そうなる前、単なるエネルギーの一欠片……みたいな段階が一応存在していて、それが【兆し】に近しいものと言うことになるのだ。

 まぁ、自己のなにもかもを削ぎ落とす……という工程が挟まる関係上、普通は『あのお方』の居城以外では確認もできないのだが。

 

 

「なんでよ?」

「ここだけ【兆し】とは反対なんだけど……そのままだと普通に霧散しちゃうんだよね。原子とかクォークのレベルまで分解された存在が、そこからどうにかして元の人間に戻ろうとしているようなもの……って言えば、その難しさもわかるかな?」

「うぇー……」

 

 

 そう、普通の場所で【星の欠片】になろうとすると、その場で自分という存在の結合を完全に解く必要がある。

 

 それは言うなれば、電子生命体が零と弌に分解されたあと、自力で元に戻れと言われているようなもの。*1

 ……普通は不可能なので、それを補助してくれているのが『あのお方』の居城、ということになるのだ。

 拡散し分散し、世界に溶けていこうとする要素を一所にかき集め、やがて【星の欠片】になることを待ち望んでいる……というか。

 

 まぁ、無理そうだったらイッスン君みたいに、とりあえず固めて外に出してくれたりもするのだが。

 とはいえその場合は拡散した自己は完全に消滅するため、実質的に転生したとか言った方がいいような気もする。

 

 ともかく。

 一つの形あるものが【星の欠片】になろうとする時も、新しく【星の欠片】がなにもないところから生まれようとする時も、共に経由する無色の力の塊。

 それこそ、【星の欠片】にとっての【兆し】──【零弌(こころ)】。

 零と弌の狭間で永遠を回す『あのお方』が言祝(ことほ)ぐ、磨かれて角も色も消え失せた円の形だ。

 

 

 

 

 

 

「『こころ』、ねぇ。…というか。それが、ジャンヌちゃん達の時にどう関わっていたのよ?」

「さっきも言ったように、【零弌】の時点では【兆し】のように()()()()()()()のよ。やがて【星の欠片】になるものではあるけど、その実なんになるかは周囲からの祈り次第……みたいな?」

 

 

 普通の場所で【零弌】としての形を保てていたのは……性質的に近しい【兆し】が共にあったから、という感じだろうか。

 

 ともかく、ジャンヌがジャンヌとして生まれる前・【兆し】の段階では恐らく【零弌】も共にあり、故にこそ周囲の祈りを殊更に受けやすい状態だった、ということは想像だに難くない。

 性質的には反対なので、【兆し】と【零弌】は反発しあうのでは?……というツッコミには、【零弌】側は普通に(確立していないとはいえ)【星の欠片】であるため他のモノからの支配を容易く受け入れる、ということで答えとしておく。

 端的に言うなら、【兆し】の吸引効果と【零弌】の祈りの実現効果が滅茶苦茶奇跡的に噛み合った、みたいな?

 

 ……まぁ、それのせいでリアルタイムに周囲の祈りを反映しやすくなった、というデメリットもあるのだろうが。

 不安定状態では【星の欠片】として定まりきれず、【レーヴァテイン】の上面だけなぞっていたのだろうし。

 

 ともかく。

 あれが【零弌】であり、周囲の祈りを受けて【レーヴァテイン】になる方へと舵を切ってくれたから助かったものの、そうでなければこちらの行動に関係なく未知の水系の【星の欠片】になっていた、という可能性も捨てきれない。

 そういう意味で、中途半端な知識で【星の欠片】に相対するのは止めた方がいい……ということになるのであった。

 

 

「……ここまでの説明に間違いとかある?」

「ないと思うわよ?まぁ、ちゃんとした答え合わせをしたいのなら、『あのお方』の来訪を待った方がいいと思うけど」

「思わせ振りなこと言うなぁ……」

 

 

 なお、ここまでの説明に関して、キリアからは一応の及第点を貰うこととなったのでしたとさ。

 ……話すのに神経使うなぁ、これ。

 

 

*1
デリートされた後のデジモンが、外部からの干渉なしに元の形態に戻ろうとする……みたいな感じか。概念的には『死んでから復活する』に近い



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権威でもなんでもないので間違える時は間違える

「結局例の人(あのお方)に確認しないことには確定的な情報にはなりきれない……ってことね」

「まぁ、その辺りは仕方ないというか……」

 

 

 あれこれ話をこねくりまわしたけど、言いたいこととしては結局一つ。

 私は別にこの世の全てを知る賢者、というわけでもないので、その知識にはどうしても偏りや欠けがある、ということである。

 

 自分の知ってる情報を使ってなんとか理解できる答えを捻り出してるだけであって、もっと上の視点から見た時に間違ったことを言っていてもおかしくない、というか。

 無論、知識のアップデートはできる限りするようにしているため、まったく見当外れのことを言っていることは少ないだろうが……だからといって手放しに信用できるほど確度のある情報とも言えない、みたいな?

 

 

「……いつになく弱気ね?」

「致命的な間違いこそあんまりないけど、ちょくちょく外してるってことを突き付けられるとやっぱりねー……」

「ああ、意外と凹んでたのね、貴方」

 

 

 前回の一件……ジャンヌ達の話についても、こうして今見返すことである程度正解に近いモノを導き出せたと思っているが……逆を言えば、問題対処中は不正解ではないものの正解とも言いきれない、みたいな対処しかできていないということでもある。

 あれだ、格付けチェックで『絶対アカンやつ』は選んでないけど、正解の方も選べてない……みたいな?*1

 

 そういうわけなので、微妙に自身の行動を反省してるというか、これからやって来るであろう事態に向けて自身のレベルアップを図る必要に駆られた、というか。

 まぁ、そんな感じの心境なのである。

 

 

「って言っても、どこまで頑張ればいいのか、みたいな目安がないのも確かなんだけどねー……」

「……?やれるだけやればいいんじゃないの?」

「【星の欠片】的にはそういうのノーセンキューかなー……」

「今の時点でわりといっぱいいっぱいだものね、キーアちゃんってば」

「?……ってああ、そういえば貴方って分不相応に偉い席用意されたようなもの、って言ってたわね」

「そうなんだよねぇ~……」

 

 

 とはいえ、頑張りすぎも考えもの。

 今でこそ普通に過ごしていられているが、もし()()()()()()()()()()()()()でも芽生えてきた日には……などと考えてしまうと恐ろしくて仕方ないというか。

 

 何度も言うが、本来【星の欠片】は新しい世界になりたい、誰かをその世界の王の座に付けたい……と考える存在である。自分が王になりたい、ではないのがミソ。

 これは上級……()()()()()()()()()()に当たる【星の欠片】ほど強くなってくる衝動であり、キリアのすぐ上なんてポジションに据えられた私には本来縁のない衝動のはず、なのだけれど。

 

 そもそも私ってば、色んな偶然が重なってこのポジションに落ち着いた……みたいなイレギュラーであり、本来位階が下がるに当たって相対するはずの衝動との対話とか、全然やってないのである。

 

 

「……まーたこっちの聞いてない話してない?」

「え?……あ、そういえばそうか。【星の欠片】のランクダウンの話とかはしてないんだっけか」

「……ねぇ、実際貴方の頭をかっ捌いて全部の情報垂れ流しにした方が早いんじゃないの?」

「とんでもなくスプラッタな提案するの止めない???……って言っても、そんなに難しい話じゃないわよ。単に上位の属性を持って生まれた【星の欠片】でも、研鑽の結果……文字通り(うが)ち研ぐことで純化(ランクダウン)できる、ってだけの話だから」

「……ふむ?」

 

 

 実のところ、【星の欠片】が生まれた時の位階というのは、それぞれの性質によってバラバラなのである。

 例えば先刻話題に上がった【寵愛】などは、【星の欠片】としてはそこまでランクが低い、というわけでもない。

 上位と言ってしまうほどではないが、かといってキリア達とは比べるべくもない……というか。

 

 それに対して【散三恋歌】の方は──だとしてもキリアとは比べるまでもないが、【寵愛】よりは遥かに下──純化した状態であると言える。

 これは、一つの愛──誰かに与えるモノでしかない【寵愛】より、四つの愛のどれをも表現できる要素である【散三恋歌】の方が【星の欠片】として磨き抜かれている、ということに他ならない。

 言うなれば、余計な角が削れて小さくなっている、というか。

 

 ……ここで重要なのは、【散三恋歌】は四つの愛を纏め上げたのではなく、実際には四つのどれをも表現できるようになったのだ、ということ。

 説明する上ではわかり辛いので『纏め上げた』と言うが、その本質はまったく逆であるということにある。

 

 

「ええと……」

「纏め上げる、だと大きな一つになったって感じでしょ?……でもそれって【星の欠片】の原理的にはなんか変、ってならない?」

「あー……小さい方が偉いって言ってるのに、纏めるって言葉だとなんだか大きな括りになった、みたいな感じになるわね……」

「そういうこと。とはいえその辺りを言葉で説明しようとすると難しいから、他人に説明する時には『纏める』って言ったりするけどね?」

 

 

 とはいえ、それはあくまでもわかりやすく説明するための措置。

 本質としては真逆──一つの物事のための要素を、更に細かく砕いて色んなものを示すのに使えるようにする、というのが【星の欠片】における文字通りの研鑽である。

 そして、この違いがわからないことには、ランクダウンする時の衝動、とやらの意味もわからなくなってくるのだ。

 

 

「……その、ランクダウンの時の衝動、ってなんなの?」

「簡単に言うと……自己保存の衝動、かな?そんなに細かく自分を砕かなくても、今のままでも貴方の祈りは叶うよ……みたいな?」

 

 

 首を傾げるゆかりんに、私は身振りを加えながら説明を続けていく。

 ……【星の欠片】は細かい粒子のようなもの、というのは前から言い続けていると思う。

 そして、普通の存在から【星の欠片】になる時は、自己の消失とも言えるべき試練を受ける……とも。

 

 無限の数を集めても、本来弌には──越えられない壁を越えることはできない、とされるほどの微細数。

 それが【星の欠片】だが、実のところそれは単なる入り口に過ぎない。

 

 キリアやあのお方のレベルになると、無限を無限で割って更に無限で割り……という操作をそれこそ無限回繰り返してもなお()()()()()、というような小ささになっており、そこまで行くに当たって削られるモノ、というのも相応に多くなっていく。

 

 初めは単純な肉体に始まり、そこから魂・精神といった風に、本来ヒトを構成するあらゆる要素を削りに削り、それでもなお意識によって群体を繋ぎ止めるだけの祈りを持つ……。

 そうして磨かれた先にあるモノ達があり、それが先の【散三恋歌】のような存在なのである。

 

 そして、そんな風に己を削って行く者達にやって来るのが、いわゆる甘言──仏教における『魔』達の誘いに該当するものだ。

 

 

「己が身を削る、というそのあり方はある意味では宗教的な修行のそれに通じるモノがあってね。だから、特定のタイミングで強い衝動に襲われることになるのさ」

「……なるほど?」

「まぁ、宗教におけるそれとは違って、別に衝動に屈してもいいんだけどね?」

「そうなの?」

「純化した魂から響いてくる解答、みたいなものだからね。屈するというよりはそこで十分だと悟る声、みたいな感じというか」

 

 

 ……今言ったように、甘言に例えられるものの、別にそれに甘えること・従うことに問題はない。

 己という存在を粉々に分解していく中で、表出した混ざり毛のない願望──言い方を変えれば『祈り』と呼べるそれは、言ってしまえばそれこそがその【星の欠片】の限界である、ということを示すものでもある。

 

 端的に言うなら、普通は把握しきれない体からのギブアップコールが、明確に認識できるようになった……みたいな感じだろうか?

 肉の体も魂の防壁もない状態では、精神の軋みはすぐに把握できる……みたいな。

 

 そういうわけなので、衝動に従うことに問題はなにもない。

 強いていれば、人によってはそれでもなお()()()()()()()()()()()()()、というくらいだろうか。

 

 

「……どういうこと?」

「祈り、って言ったでしょ?表面的な祈り、心の奥底で密かに願っている祈り、自分自身も気付いていないような祈り……みたいな感じで、もっと自分を粉々にしていったら自然と見えてくるものもある、ってこと」

 

 

 それらは間違いなく自身の祈りである。

 ……が、自分のことを間違いなく全て知っている、という人間はいないだろう。

 どこかに自分も把握しきれていないような感情が隠れていて、その祈りはいつか叶えられることを願っている……なんてことは、普通にありふれた展開だと言えるはずだ。

 

 強いて言うなれば、【星の欠片】として研鑽する先に、その隠された祈りを見付ける可能性はとても高い……ということか。

 そして、そうして秘された祈りほど、細かく小さく純粋である……とも。

 

 

「だから、そういう隠された祈り──精神の向こうにあるそれを掘り起こした【星の欠片】は、例外なく比類なきモノとして讃えられるってわけ」

「……なるほどねぇ。んで、それが貴方の話とどう関係が?」

「…………具体的に言うと、ポジション的に衝動を三つほどスキップしてる、はず」

「…………なんて(what's)?」

「キリアの一つ上、って言うなれば肉体・魂・精神の三界──三つある大きな衝動を越えた先、って形になるからね。ほら、滅茶苦茶ズルしてるっていうか、下手なことするとその辺りのスルーした衝動が全部纏めてやって来そうというか……」

「それは……大事ね」

 

 

 雑に言うなら、クラスチェンジの試験を不正を使ってスルーしてるのが今の私、みたいな?

 ……で、ここから頑張ろうとする場合、下手を打つと「んん?クラスチェンジの試験を受けてますか貴方?」みたいに難癖付けられて、最悪三つ分の大型試験を纏めて受けさせられるような羽目に陥るというか。

 

 ……死ぬほど酷い目に合うのが見えているので、どうにもやる気が出ないというか。

 いやまぁ、やらずにいる方が面倒、ってのもわかるんだけどね?

 

 ……というようなことをゆかりんに伝えたところ、彼女からはなんとも言えない苦笑いが返ってきたのでしたとさ。

 

 

*1
バラエティ番組『芸能人格付けチェック』のこと。様々な分野からお題が出され、それの正解を選んでいく……という番組。食べ物などは無理があるが、音楽や絵画などの視覚・聴覚を使ったお題ならば視聴者も参加できるのが特徴。一部の問題は三択になっており、それぞれが『正解』『不正解』『絶対アカン』となっている。このパターンの時『絶対アカン』は『不正解』二個分・すなわち二ランクダウンの選択肢になっている。また、問題によっては『正解』一つに『絶対アカン』が二つ、もしくは『絶対アカン』の代わりに選ぶと即失格(正確には『写す価値無し』になる)という選択肢・『絶対ありえへん』が混ざることも



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彼女は完璧で究極(ガチで)な星の女神様

「まぁ、その辺りも『あのお方』が来るまで放置!正直あんまり考えたくない!」

(……綺麗に投げたわね)

 

 

 難しいこと考えてると頭が痛くなる!

 ……ということで、問題を一時棚上げした私である。……後から結局やらなきゃいけなくなるって?その時はその時の私がなんとかするわよ(テキトー)

 

 ……実際、変に慌てても解決手段が降ってくるわけでもなし。

 となればどっしり構えている意外対処法なんてないのである。

 というわけで、逸れに逸れた話を元に戻して。

 

 

「『あのお方』が来るに当たって、聞いておきたいこととか纏めたいんだけど、なりきり郷側からはなにかある?」

「……んん?私達から聞きたいこと?」

「そうそう。一応『あのお方』ってばアカシックレコードとかの親戚みたいなものだから、大抵のことは答えてくれると思うよ?」

 

 

 まぁ勿論、()()()()()()()()()()()()()、と注釈は付くが。

 

 さっき『アカシックレコードの親戚』と例えたように、彼女の視座は私たち普通の人間のそれとはまったく異なっている。

 それは、ともすれば心に秘めた隠し事や、本人自身が気付いていないような祈りに渡るまで、ありとあらゆるモノを見ることができる……というのと同じようなもの。

 

 ……ゆえに、本来見えているべきではないものなども、彼女の知識の中には含まれている。

 そのため、どうしても答えられないことというのも出て来てしまうのだ。

 基本的に【星の欠片】は世界の行く末をどうこう、みたいなことはしないわけなのだし。

 

 

「……んん?新しい世界を作るものなのに?」

「自発的にはやんないのよ。……ってか、仮に自発的に世界をどうこう、なんてし始めたら対抗手段なんにもないじゃないの」

「……まぁ、それはそうだけど」

 

 

 ゆかりんからは不思議そうな声が返ってくるが……基本的に、【星の欠片】が自発的に前の世界を滅ぼそうとする、みたいなことはまずない。

 

 それそのものが滅びの具現とも言える【レーヴァテイン】であっても、その実それを振るう相手に滅びの権利を与えているだけであって、武器(レーヴァテイン)そのものが勝手に動いて世界を滅ぼす、なんてことはないのだ。

 ……いやまぁ、その時の所有者の願い次第では、それを叶えるために自発行動する……みたいなこともあるかもしれないけれど。

 でもそれにしたって、あくまでも所有者の願いによって動き始めただけであって、【星の欠片】側が自発行動しているわけではない。

 

 ……まぁ、だからこそあのユゥイはまともな状態ではなさそう、みたいな話になるのだが。

 本来【星の欠片】は本人そのものを分解し分断し割断し尽くした先に至るもの。……自己の我欲はその過程で純化し祈りと化すため、逆に欲がなくなるというか。

 

 

「簡単に言うなら、自分の欲を()()()()()()()()()()()()()、みたいな?あらゆる全てに含まれる固有の()()()そのものになる、みたいな感じなのが【星の欠片】だから、自分本意で動く意味がなくなるというか……うーん、上手い例えが思い付かないなぁ」

「……要するに、自他の境界が薄れる……みたいなことでしょ?」

「あー、そんな感じ?」

 

 

 例えば『愛』というものは、それこそ物言わぬ虫にすらあるものだ。

 ……無論、それが自覚しているモノか、はたまた本能からくるモノであるかというような違いはあるだろうが……ともあれ、人が『愛』と呼ぶようなものはわりと普遍的に存在している、というわけである。

 

 ならば、その『愛』というものを言語化するのに最低限必要なモノ、とでも言うべきモノに成った者が居たとして。

 その存在が、声高々に『愛』を叫ぶ、などということはあり得るだろうか?

 

 私はない、と思う。

 自らの存在が『愛』の実在の証明となるような存在になった以上、わざわざ声をあげずとも確かにそこに『愛』はあるのだから、そんなことよりも他のことに時間を使った方が有意義である。

 例えばこう──『愛』はない、という人間に『愛』を与えるために奔走する、とか?

 

 ……【星の欠片】という存在は、原則的にそんな奴らばっかりである。

 己の中に合った欲──祈りをこそ自分自身であると定め、それに見合うように己を研鑽し続けた先に至るもの。

 それを支配するのではなく、誰もがそれを手に取れるような位置に()()()()()()()存在。

 それこそが【星の欠片】の前提であり、故にこそあのようになんかヤンデレっぽい空気を滲ませるのは、なんかこう違うのである。

 

 

「……途中まで真面目な話っぽかったのに、なんか結論がアレじゃない?」

「って言ってもねー。基本的な【星の欠片】のスタンスって、キリアみたいな()()()なのよ。……あの時のユゥイみたいに積極的に【星の欠片】を使って攻撃、ってなると実際はそのものではなく担い手、て考える方がしっくり来るというか。で、担い手云々の話をすると【複合憑依】って考えるのが正しいって感じになるというか……」

 

 

 基本的に、【星の欠片】は自分から行動はしない。

 例え目の前にいる相手が主神だろうが獣だろうが、こちら側から喧嘩を売ることはまずない。……キリア?あれは喧嘩を売らせてるみたいなモノなので……。

 

 そんなキリアでも、基本的に自分からなにかをする、ということはまずない。……これ見よがしに相手を煽ったりするかもしれないが、そこに特段特別な理由はないというか。

 請われてから動く、が基本なので思ったよりも融通が効かない……みたいな?

 

 そういう意味では、あの時のユゥイはジャンヌ達に近いモノだった、ということになるだろう。【複合憑依】の一つに【星の欠片】を据えることで、実質武器のように使っている……というか。

 ただまぁ、そうだとするとやっぱり謎の三人目がいる、ということにもなってしまうのだが。……娘と原作と、あと誰が混じっているのやら。

 

 そんな風に考え込む私の横で、ゆかりんがぽつりと疑問を溢した。

 

 

「……貴方はどうなの?」

「へ?私?」

「そ、貴方。貴方ってば、【星の欠片】を結構自己都合で使いまくってる気がするけど?」

「ええと、私の場合はごちゃごちゃしてるか……いや、もしかして私も【複合憑依】だったり……???」

「……なんか触っちゃいけない質問だった気がしてきたわ」

 

 

 その疑問とは、なんで私は平気で【星の欠片】を使いまくっているのか?……というもの。

 それに私は『基本的にはみんなのため』と返そうとして──その発言は他発的に見せ掛けて大分自発的だな?……と気付いたのであった。

 

 原則的に自分のために【星の欠片】を使うことはできない。

 それは、願うものと使うものが一致してしまうため。

 酸素そのものが酸素を欲しい、というのはおかしいだろう……みたいな感じか。

 

 この場合の『酸素が欲しい』は、そこに特別な意味が付随しない。

 ……なにかを燃やすのに酸素が足りないとか、標高の高い山なので酸素が足りてないだとかは、その『必要』が酸素そのものの出した願いではないため、原則他発的なモノとして処理される。

 

 自分のために【星の欠片】を使う、というのはすなわちそういうこと。

 そこに意味が付随せず理由がなく結果も特に意味がないため、()()()()()()なのである。

 ……逆を言うと、そこに意味や理由・価値ある結果が生まれる場合、それは自分に使っているように見えても他人に使っているのだ、という風に解釈できるのだ。

 

 ゆえに、私は今までの自分の行動を他発的、実に【星の欠片】らしい使い方だと思っていたのだけれど……。

 いや、よくよく考えると大分自分本意だなこれ?

 

 だって、他人が嬉しいのは()()()()()

 無論、どこぞの愉悦神父みたいなのが笑ってるのはちょっとイラッと来るけど*1──その笑みが愉悦と掛け離れたモノだったならば、私はきっとそれを喜ぶだろう。

 

 それはおかしい。

 なにせ、正常な【星の欠片】は()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()のだから、特定のことのみに喜ばないのだ。先の例でいうなら、愉悦神父の横で一緒に愉悦してる方が正しい、みたいな?

 

 ……いやまぁ、もうちょっとややこしくはあるのだが。

 病める時も苦しい時も悲しい時も喜ばしい時も怒り狂った時もその他諸々も、それが人の辿るものであるのならば全てが喜ばしい……みたいなメンタルなのが正常な【星の欠片】なので。

 一応、『ヒト』が『ヒト以外』の者の横暴によってなにかしらの不利益を被る、みたいな時には怒るけど……まぁそのくらいである。

 ……この『ヒト』ってのも、正確には『人類』──ホモサピエンスだけを指してるってわけでもないのがややこしいところだけど、そこは置いといて。

 

 ともかく、基本的にずっと笑顔なのが【星の欠片】。

 そういう意味で、普通の人と同じく笑ったり怒ったりしている私は、【星の欠片】的には大分おかしいのは間違いない。

 ……さっき言ったように、三つの衝動と向き合っていないから、という可能性もあるが……どちらかと言えばユゥイやジャンヌのように、【星の欠片】を道具として使っている……という方が近いような?

 

 となると、その先例から逆算して私は実は【複合憑依】だった、ということに……???

 などと混乱していると。

 

 

──安心して。貴方は少なくとも【三界合】ではないわ──

「こ、この思念波は……!?」

──そう、私よ。……なんてね──

「ぎゃあぁぁああああでたあああぁぁあっ!!?」

──まぁ、まるで幽霊にでも会ったみたいね?──

「アンタだよっ!?」

 

 

 ふわり、と脳内に響く声。

 まさかと周囲を見渡せば、いつの間にやら近くの席に腰掛ける女性が一人。

 ───『あのお方』こと、『星女神』さまのお通りだ!……吐きそう。*2

 

 

*1
みんなご存知言峰の綺礼さんのこと。『愉悦』という言葉に『他者の破滅や不幸などをにやにやと楽しむ』という意味合いを付け加えた立役者(?)。元々『愉悦』という言葉には『物事を心の底から楽しむ』と言ったような意味しか無かった。そういう意味で、昨今の『愉悦』という言葉のネットでの使われ方の始祖、ということになるだろう

*2
『あのお方』の別名。本名と言うよりは役職名、といった感じ



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上位者に振り回されるのはよくあること()

 はてさて、『あのお方』こと『星女神』様がこうして御光臨なさったわけなのですが。

 私とキリアの二人は、直ぐ様土下座の体勢へと移行したのでありました。

 

 

「……えっと、なにやってるの二人とも?」

「こ、こらおバカゆかりんっ!!相手は天下の『星女神』様ぞ?!許可なく御尊顔を拝んでしまった日には、首どころか魂が粉々になってもおかしくないんじゃぞ!?」

「ひぇっ!?」

──安心して、そんなことはしないわ──

「な、なんだビックリして損した……」

──ああでも、あまり私を見続けるのは良くないかも。美し過ぎるものでも発狂する、なんてことがあるのでしょう?別に私は美し過ぎるわけではないけど……知らず知らずの内に私の一部になっていた、なんてことはあるかも知れないわね──*1

「 」

「ゆかりんが一瞬で真っ白に!?」

──ちょっとした冗談だったのだけれど……思いの外ノリが良いのね?──

「あ、悪魔たん()……」

──褒め言葉として受け取っておくわね?──

 

 

 ……うーん、このお転婆姫様感。

 想定した通りというか、まんま過ぎて逆に怖くなるというか……。

 ともあれ、我ら【星の欠片】の指導者というか、保護者というか。

 そんな感じの存在である『星女神』様は、随分とフランクなご様子でこちらに御光臨遊ばされたのでありました。*2

 

 

 

 

 

 

 はてさて、滅茶苦茶唐突に現れた『星女神』様を連れた私たちが、一体なにをしているのかというと。

 

 

──……んん、程好い辛さね。私はあまり食事を必要としないけど……それでもこれが美味しい、ということはわかるわ──

「……お褒めに預かり恐悦至極」

(なにこの状況)

(こっちが聞きたいわよ……っ!)

 

 

 ──そう、昼御飯を食べているのである。

 なお、今回チョイスされたのはカレー。人間達に人気のメニュー、ということで『星女神』様が興味をお持ちになったのが切っ掛けである。

 

 ……いやまぁ、それ自体は別にいいんだけども。いや良くないけど。

 でも、なんでよりによって波旬君の所の店を選ぶのか。

 ほら見てみなよあの波旬君の様子を!なんかいつもと全然違う空気をだしてるけど??!!

 

 

「いやー……なんて言うのか……こう、自分に触れてくる優しい手付き……とはまた違うか。内側から喚起される歓喜の感情、みたいな?……ここにいるのが俺だから大丈夫だけど、もし元の俺の方だったら絶対即刻発狂してただろうというか……」

「あー……」

 

 

 こっそり話を聞いてみたところ、『星女神』様を視認したことで今まで感じたこともない……否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、難しい顔になったのだとか。

 ……十中八九カレーじゃない方の波旬の感覚、というやつなのだろうが、確かにそりゃ発狂してもおかしくないわ。

 

 世界の理という大悟からの干渉、というべき原作のそれとは真逆の、しかして結果は同じというべき感覚。

 あまねく全てを抱き締めるそれと、あまねく全てに()()と知覚させるそれ。

 ……方法は違えど答えは似ているそれは、確かに本来の波旬を激怒させて然るべきだろう。

 唯一違う点があるとすれば──『星女神』のそれは、原作における彼の弱点とほぼ同じ、ということだろうか。

 

 

「──あらゆる存在を細かく分断していった時、必ず現れるもの。……それそのものと呼ぶべき彼女は、奴の感覚で言えば細胞の中に己以外のモノが無数にある……みたいなことになるわけか。それだけならばまぁ、全て潰して潰して潰して……となるだけだろうが、潰す腕にも、それを視る目にも、なんなら己という魂そのものにも()()がある、などと気付けば──ともすれば発狂死でもするのではないか?」*3

「おおっと宿儺さん、解説どうも」

「なに、気にするな。俺はデザートを持ってきただけだから、な」

 

 

 ……あまねく全てに含まれる彼女は、ともすれば相手そのものですらある。

 それゆえ、彼女の干渉を防ぐ手段は一切ない。

 自身に自分への干渉を禁じる、みたいな制約を負わせても意味がないラインのモノなのだから、彼女という存在の意味不明さは随一だろう。

 

 ……というか、彼女のスキル的にはもっとエグいことができるので余計に無理があるというか。

 

 

「……どういうこと?」

「『星女神』様のチートスキルその一~。【偽界包括】~」

「……ぎかいほうかつ?それってどういうものなの?」

──あら、私の話?じゃあ食事のお供に、少し語りましょうか──

 

 

 おおっと、流石に聞こえてるか。

 ……いやまぁ、彼女の性質的には聞いてないふりをしてくれてたんだろうけども。スキルの話なら流石に自分からした方がいい、ってなったのかな?

 まぁともかく、この人はわりと真面目に『真面目に考えちゃダメ』な類いの相手である。

 その一端を、彼女の口から語ってもらうこととしよう。

 

 

──()()()()()()()()()()()()と書いて、【偽界包括】。これは文字通り、他の世界を私の中に抱え込んでいる、ということなの──

「偽物の世界?……あっ、ちょっと待って嫌な予感してきた!?これこの前の話と繋がってるんじゃないの??!!」

──はい、よくできました──

「わぁやっぱりー!!?」

 

 

 ……などと言った矢先、ゆかりんが頭を抱えて叫び出した。

 あーうん、そりゃ最近ずっと説明してたからね、気付いてもおかしくはないか。

 なお、その辺りの話を聞いていない波旬君と宿儺さんは、互いに顔を見合せ首を傾げている。

 

 

「……おい、一人で納得せず、こちらにも話をしろ」

「……この人、多分全人類をその中に抱え込んでる……」

「……は?」

「だーかーらー!!一人の人間は一つの世界!わざわざ纏めて、なんて言ってるってことは滅茶苦茶纏めてるのよこの人ぉっ!!」

「「…………????」」

 

 

 うーん、ゆかりんが壊れてしまった。いやまぁ、気持ちはわかるけどね。

 じゃあ、壊れたゆかりんに変わって、私がわかりやすく説明をば。

 

 私たち【星の欠片】にとって、一つの『ヒト』というのはとても大きなものである。……それこそ、それを宇宙とか世界とかに比喩するほどには。

 人間の構造と宇宙の構造はフラクタル的な考え方ではとても似ている……みたいな話をしたように、微細数である【星の欠片】からすると『ヒト』の構造はまさに宇宙なのだ。

 

 ……『星女神』様は、あらゆる全てと比べて一番小さいもの。

 ゆえ、彼女の見上げるモノというのは、全てが全て宇宙──世界に等しい。

 そしてこれは、考え方の転換なのだが──底と天井の違いとはなんだろうか?方向が上か下か、というだけでそれが限界値である、ということに代わりはないだろう。

 

 ……この考え方から発展したものに『極値逆転』という思考方法があるのだが、これを元にすると一番底である彼女は()()()()()()という風にも見なすことができる。

 ()であり(無限)。この考え方は世界の至るところで触れることができる。……世界で一番有名な宗教に出てくる『アルファ(最初)にしてオメガ(最後)』などがそれだ。

 

 そういう意味で、彼女のそれはそう奇抜な考え方ではない。

 おかしなことがあるとすれば、彼女が極小の存在である、ということだろうか?

 

 ともあれ、彼女は万物に含まれるものでありながら、万物を含むものとしても定義される。

 ゆえに、彼女についてはこういう風にも言うことができる。

 ……数多のヒトに含まれるのだから、数多のヒトを含んでいてもおかしくない、と。

 

 

「……なんて?」

「もっと簡単に言うなら、彼女の中には無数の世界が──ドラえもんやらアンパンマンやらポケットモンスターやらファイナルファンタジーやらfateやらマーベルユニバースやら、ありとあらゆる世界が含まれているってこと。そこにはちゃんと人々が暮らしてるし、その人々の中には『星女神』様が含まれてもいる。……永遠の入れ子構造、みたいな?」

──そして、やろうと思えば私はそこからその人達を呼ぶこともできるわ、こんな感じに──

「こんにちわ、ぼくドラえもんです」

「うわぁっ!?」

 

 

 その体の中に、今を生きる世界そのものを無数に納めたもの。

 ……比喩抜きに女神と言っていいような性質を持つのが彼女、というわけである。

 これが、彼女のチートスキルその一、【偽界包括】。

 あらゆる全てを己の内に持ち、それらを時には外へ招くこともできる超抜技能。

 更にはその『世界』は時間軸の違いまで含むため、ともすれば連載当初の人物と連載終了後の人物を分けて呼ぶ、なんてこともできたり。

 

 ……並行世界や二次創作、クロスオーバーによる変化のようなものも対応可能なのだから、彼女の中にある命のバリエーションの豊富さと言ったら。

 そしてこれは、彼女と敵対するとその中から()()()()()()()()とかが呼び出されてもおかしくない、ということでもある。

 

 

「ね?喧嘩売るのバカみたいでしょ?……まぁ、これ以外にも色々あるんだけど」

「一つ目の時点でもうお腹いっぱいなんだが?」

 

 

 疲れたようにため息を吐く宿儺さんに、私は胃痛を堪えた笑みを返すのであった。

 ……そうじゃないのはわかってるけど、感覚的には黒歴史が形を持ってやって来た、みたいなモノだからね仕方ないね!(吐血)

 

 

*1
特に能力を抑えている、などということはないのと、『視る』というのは相手への干渉である、ということから『見続けると私からの(無意識でやってる)干渉をそのまま受け続けるかも知れませんよ』の意味。無論、彼女のそれはキリア達のそれより更にヤバいため、視てるだけで体の端から分解され始めててもおかしくない

*2
『遊ばす』は『する』の尊敬語であり、女性の使う丁寧語『遊ばせ』にも派生する言葉。更に『~れる』まで付けると更に敬意を深めた言葉になる。具体的には天皇陛下や皇帝閣下など、その国の元首レベルの相手への尊敬語になる

*3
原作において波旬は自身の苛立ちの理由をとある少女のせいだと誤認し、その人物を凄惨に殺したのだが……その結果として意図せず座に着いてしまい、己の中に他の存在を招き入れてしまうこととなってしまった。……座ってそういうものよ、と言われればそうなのだが、他のモノに興味の一切ない波旬には理解できなかった模様。そもそもが自分に付随する奇形嚢腫によって『一人になりたい』という渇望を他者に向けるものとして変化させた彼にとって、数多の命を受け入れる座というシステムは致命的に相性が悪かった……或いは良かったのであった。……因みに、【星の欠片】と彼の相性は同じく最悪/最高。人間の体はそもそも無数の細胞の塊であり、しかしてそれらは個別の思考を持たない……という前提を覆すこれは、言うなれば彼の『一人になりたい』という渇望を絶対に叶えさせないものとも言える(彼自身が【星の欠片】にでもならない限り、絶対に彼より弱いもの(細胞/分子/原子)があり、それらにも意思がある。目覚めさせなければ無言なのだが)。その為、彼の渇望は再現なく狂気と共に膨張して行くが──そもそも【星の欠片】は勝っても意味のないもの。というか寧ろ強くなれば強くなるだけ滅茶苦茶増えるので、最終的に発狂し過ぎて(周辺宇宙ごと)爆発するかもしれない。はた迷惑すぎる……



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わりとお転婆、わりとおしゃま

 一騒動あった昼食を終え、外に出てきた私たち。

 件の『星女神』様は観光を続ける気満々のようで、付き合わされる私たちの胃腸は悲鳴をあげ続けているのであった。

 

 

──だったら別に、私一人でもいいのよ?──

「そんな恐ろしいことできるわけないじゃないですかやだー!!」

 

 

 出歩くだけで世界が滅びそうな相手を、一人で放置なんてできるわけないじゃないですかやだー!!

 

 ……いやまぁ、そんなつもりは一切ない、ってのはわかるのである。だってその気だったら私らに抵抗の手段全くないからね!!(白目)

 

 

「……え、もしかしてキリアさんでもダメなの……?」

「はっはっはっ。……そういうのは相方様にお願い致します

「いつものキリアさんらしからぬ反応!?」

 

 

 そんな弱気の私たちを見て、ゆかりんがビックリしたように口を開くが……見てごらんよこの借りてきた猫みたいな状態のキリアを。

 ……彼女ですらそんなことになるのに、私がもっと縮こまらんでどうすんじゃい!(錯乱)

 

 ……キリアより小さいし、なんならキリアより干渉範囲広いし。

 いやまぁ、【偽界包括】くらいならまぁ、キリアにも対抗はできるんだけどね?実際彼女ってば本気出せば相方様に並ぶかも?……くらいの出力にはなるし。

 

 

──私達以外では唯一【零弌概念】を使える人、だものね貴女──

「……れいいちがいねん?どっかで聞いたような……?」

「あー、どっかで話したこともあるかも?……丁度いいし、次の店に行くすがら話しとこうか」

 

 

 と、いうわけで。

 引き続いて『星女神』様のチート技能その二、かつ相方様と本気出したキリアがちょっとだけ使えるモノ、【零弌概念】の解説である。

 

 

「どこかで話したことがある気がするけど……『零』と『弌』。これを扱うのが、【零弌概念】ってわけ」

「……説明は?」

「え?これで終わりだけど?」

「なんにもわかんないんだけど!!??」

 

 

 こちらの言葉に、うがーっと声をあげるゆかりん。……うーん期待通りの反応。

 まぁ確かに、これだけだとなんのこっちゃと言う話なので、もう少し込み入った話をすると。

 

 

「【星の欠片】って、とかく小さい方がいいってのは知ってるでしょ?」

「そうね、何度も聞いてるし」

「小さいってことは、要するにそこに込められる()()が減る、ってこと。大は小を兼ねる……ってのはちょっと違うけど、くくりを大きくすると色んなモノを纏められる……っていうのはわかるよね?」

「ええと……人間と犬は別の生き物だけど、『哺乳類』ってくくりだと同じ仲間……みたいなことになる、とか?」

「うん、まぁそんな感じ。普通の技能って、上に昇る過程で色んなモノを含んでいくわけで……それはつまり『意味』を重ねてるってこと。【星の欠片】はその反対、自身の『意味』を削ぎ落とし、小さく小さくなっていくのが主題なわけ」

 

 

 一般的な技能において、成長とは含む『意味』が増えることである。

 例えば炎系の技能を極めるとして、単に着火するところから、能力が成長していくと火の勢いが増したり、その温度を変えられるようになったり、はたまた燃やせる範囲や物が増えたりする。

 

 これは、その能力が持ち合わせる『意味』が増えた、と考える事ができるわけだ。

 火を操る能力が相手を燃やす能力になり、相手を()()()燃やせる能力になり……みたいな。

 場所・対象の物・温度・範囲・速度などなど、『燃やす』という単語に様々な設定(いみ)を付け加えられるようになった、と言うべきか。

 

 それに対し、【星の欠片】のアプローチは全く意味不明の方向に向かう。

 先の『火を操る』能力で言うのなら、まずは『火』そのものになるところから始まる、というか。

 

 これは『体を火に変えられるようになる』という意味ではなく、文字通り己のなにもかもを『火』に変える、という意味である。

 一時的にそうなるのではなく、恒久的にそうなる、と言うか。

 

 ……この辺りが分かりにくいのは、単に『火になる』という場合、能力を高めて『火を司る者になる』みたいなパターンでも、結果としては類似したものになる……というところにあるだろう。

 数値的にはプラスとマイナスで全く逆の方を向いているのに、結果としては同じようなものが返ってくるからわけがわからなくなる、というべきか。

 とはいえ、【星の欠片】の原理を理解する、というだけならそう難しいことはない。

 

 

「さっきから例に挙げてる『火』だけど、これは特定の物質のことではなく、物体が特定の条件下で酸素と結び付く時に『光』や『熱』を発する現象のこと。……つまり、『火』っていうのは『光』と『熱』と『酸素』と『物質』という要素が詰まってる、ってことになる。……こんな感じで、要素をひたすら分解して行くのが【星の欠片】の基本原理ってわけ」*1

 

 

 まぁ、この場合だと()()()()()()()()()()()()()()()使()()()モノに分解は出来ていないため、【星の欠片】的には微妙に片手落ちなのだが。

 

 ……ともあれ、そんな感じで情報を削っていくと、やがて色んなモノに適用できるような小さいものが出てくる。

 これが【星の欠片】。それがある/ないという二要素のみで、大抵のものを表現できてしまう極少数である。

 

 

「火の能力者が氷を生むことはできない。……熱系の能力ならどっちも扱えるけど──【星の欠片】である場合の『火』だと、『ない』を使って氷を作ったりすることもできる。……すっごい非効率的だけどね」

 

 

 火の能力者が、氷を作ったり水を生み出したりすることは難しい。

 ……科学的なアプローチを使えば、気化熱やら雲やらを使って雨や雪を降らせる、なんて方向にもいけるかもしれないが……それはやはり、『火だけを使って氷や水を作った』とは言い辛いだろう。

 

 これが【星の欠片】の場合は出来てしまう。

 あらゆるモノに含まれる『火』、という形になっているため、この場合の『火』とは氷にも含まれている扱いになるのだ。

 ……無論、虚数とか負数とかであっても()()()()扱いになっている、という抜け道的なものはあるが。

 そして、そういった正数でない部分まで使っているからこそ、本来『1+1=2』で済むような式を煩雑・複雑怪奇にしてしまう……というわけである。

 

 さて、話を戻して。

 私たち【星の欠片】の言う『モノ』が同じ名前の『物』とは微妙にずれている、というのは確かな話。

 先の『火』ならばそれ単体では燃えもしないし暖かくもないし光もしない……みたいな感じであり、それらが無数に集うことで人の認識できる()になる、という感じか。

 

 そして、件の『零』と『弌』にも同じことが言える。

 確かに数字の『0』や『1』と同じ響きを持つが、かといってそれらと同一かと言われれば全く違う。

 辛うじて『ない』と『ある』に近い意味合いはあるだろうが──そう明記できるほどの(いみ)があるわけではない。

 

 複数集めて組み合わせれば、確かに『ない』と『ある』、はたまた『0』と『1』という要素になるだろうが、逆を言えばそれ単体にそこまで大きな意味はない。

 ゆえに単に『零』と『弌』としか言えないもの。それが『零弌概念』の扱うものである。

 

 

「あとはまぁ、【星の欠片】にとっての()()──【零弌(こころ)】を構成するものでもある、かな?」

「……ってことは、【星の欠片】を自由にできる概念……みたいな感じなの?」

「どっちかというと、【星の欠片】を成立させうる心──無限に霧散する自己を繋ぎ止めるそれを作る材料そのもの、みたいな感じ?」

「……もはやスケールが大き……いいえ小さすぎてワケわかんないわ……」

 

 

 まぁ、説明してる私もちょっとわけワカメなんだけど。

 ……【星の欠片】を使ってる当人としては、わりと感覚でやってるところも多いし。

 そういう『勘』的なものが【星の欠片】的には重要だってのも、間違いない話なんだけどね?

 

 ともあれ、削りすぎて意味が無くなったような状態になっているもの、というのが【零弌概念】である。

 そして、そのレベルまで削られたからこそ、あらゆるモノに含まれていてもおかしくない、という判定になっているというか。

 

 ……あ、あと『零』と『弌』、という風に対になるものが一つに含まれる、という形式になるのが【星の欠片】のお決まり的なやつなのだが、これが度々話題に昇る『相方様』にも関わってきたり。

 

 

「どういうこと?」

「それ単体で成立する、みたいなものは【星の欠片】にはない、ってこと。物事は単純化してもそれが『ある/ない』を無視することはできないからね。悪魔の証明的なあれで、確認できる範囲にない……みたいなパターンもあるけど」

 

 

 そう、基本的に【星の欠片】には比類無き頂点、みたいなものはない。

 

 あるように見えても、その状態だと不安定になるのが常なのである。

 これは『星女神』様もそうで、『相方様』が見付かるまではわりと破壊神的な不安定さを見せることすらあった。

 そしてこの対となる相手、【零弌概念】のネーミングと同じく()()()()()()()()としてカウントされる形になっている。

 二つ合わせて一つ分……というとちょっと語弊があるが、二つ纏めておいた方が式とか作る時に簡単になる……みたいな感じ。

 

 これはなんと、キリアについても同じことが言えたり。

 ……つまり、彼女にも実は相方が居るのである。

 

 

「で、さっき言ってた『本気』云々は、その相方と一緒になった時のことなんだよね。……【星の欠片】ってそんな感じに二つ以上のモノを纏めて扱える時にランクが上がる、みたいなのが結構いっぱいあるんだよねー」

「……その『纏める』と『ランクが上がる』ってのは、あくまで普通の感性で理解する場合の話、ってことよね?そっちのあれではなく」

「そうそう。なんでまぁ、相方がいる時だけキリアは『星女神』様と同等?くらいにはなれるのよ」

「……いや、指先が触れられるくらいになる、ってだけの話ですからね?誇張表現よくないわよ???」

「えー、でも【虚無】ともう一個合わせて【零弌】に近くなる、ってのは本当のことじゃん」

「今できないことを持て囃されても困るのよ……」

 

 

 端的に言うと、キリアが母なので父がいる……みたいな?

 そんなことを言えば、キリアはなんとも言えない顔をしたのであった。……ホームシックかな?(適当)

 

 

*1
燃焼とは物質の急激な酸化である、ということ。光と熱はその際に付随するものである



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不幸な生け贄一人二人(多分まだ増えます)

「なんてこと言ってる内に次の場所に付いたねー、とりあえずライネス冷やかすかー」

(……なんて哀れなライネスちゃん。でも仕方ないわよね、お偉いさんが選んだんだものっ)

(とかなんとか考えていますね、思考を読まなくてもわかります)

 

 

 あれこれ話している内にたどり着いたのは、現在開店準備中のラットハウスである。

 いつもならそういう時に中に入ったりはしないのだが……緊急事態だから仕方ないね!

 

 

「そういうわけだから出とろ!アケロイト市警だ!!*1

「うわぁ!?なんですかなんなんですかなんなんですのの三段活用!?」

──あら?──

 

 

 この状況、私たちだけでどうにかするのはフカノウラ(不可能だ)!*2……ってな感じに店内に押し入った私たちは、そこで店内の清掃をしているライネス……ではなく、ウェイター姿の上条さんと出会うことになったのであった。

 彼はこちらの突然の奇襲に困惑しきり、手に持った雑巾を思わず宙に放ってしまっていたが……そうして飛んだ雑巾は綺麗な放物線を描き、彼の登頂部に着地していた。……安定の不幸っぷりである。

 

 で、そこで済めばいつもの上条さん……って感じだったのだが、そこで声を発した……いや思念を飛ばしてきた?のが傍らの『星女神』様である。

 どうやら目の前の人物……上条さんについて、なにか言いたいことがあるご様子。

 

 

──いえ、そこまで大仰なことではないのですけれど……なるほど、誰がやったのかはわからないけれど、上手いやり方を思い付いたものね──

「……え、ええと。その、キーアさん?この、わたくしめの顔を繁々と眺めていらっしゃる美人さんは、一体どちら様なので……?」

「おおっと上条さん的には守備範囲かな?かな?*3でも残念、その人お相手いるから上条さんに脈はないよ?」

ばっ、いきなりなにを言ってくれやがりますかこのお嬢さんは?!……いやっていうかとりあえず止めさせて!?なんだかわからないけど滅茶苦茶心臓がバクバクする!?見つめられてると心拍数が加速してる気が滅茶苦茶するのしますよするんですよの三段活用?!」

(……前兆の感知が暴発でもしてるのかしら)*4

 

 

 まぁ、さもありなん。

 仮に原作スペックの『幻想殺し』があってもまず色々と無理がある相手だからなぁ、『星女神』様。

 

 ……そもそもが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから、特定作品の特定技が特攻になる……みたいなのは宜しくない、ってのも理由なんだけども。

 でもそれの解決方法が【永獄致死(インフィニット・オーバーフロー)】──あらゆる干渉を全て過大化させて自身の死に結び付け、かつその死自体も他の死が無限に押し流すため意味あるものとして処理されない──が()()()()()()()()()()()()ってのは、正直力業過ぎてどうかと思うのだよ当時の設定考えた私よ……。

 

 

「……寧ろ原作版の『幻想殺し』って、『星女神』様に触っちゃいけないものの筆頭じゃなかったかしら?」

「…………そういえばそうだった☆」

「ねぇー!!?私の知らない話で勝手に納得するの止めましょー!?特になんかヤバそうな話でそれするのはー!!」

「その前にこの人止めて欲しいんですがー!!?」

──ふむふむ、なるほどなるほど……──

 

 

 わぁ、一瞬の間に収拾が付かなくなったぞ。

 誰のせいなんだよ誰の。……私か(自問自答)。

 

 そういうわけで、とりあえず一番止めといた方がいい上条さんのところから仲裁に入る私とキリアなのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、その方が件の方……というわけか。いやはや、持て成しが遅れて申し訳ないね?」

──いいえ、気にしないで頂戴。面白いものも見れたし、ね──

 

 

 あれだけ騒げば流石に他の面々も気付くというもの。

 そんなわけで、このラットハウスに寝泊まりしている他の面々……と言っても後は精々ライネスとピカチュウくらいのものなのだが、その二人が二階から降りてきて暫し。

 簡易の挨拶を済ませた私たちは、改めて近くのテーブル席に集まっていたのであった。

 

 なお、本来ならもう少しすると午後の開店時間なのだが、来店した相手の正体が判明した時点で臨時休業になっている。

 ……この辺りは、所詮道楽目的の店だからできること、ということだろうか。

 まぁ、この会話が予想より短く済むようなことがあれば、私たちが帰ったあとに改めて午後の開店となることもあるかも知れないが。

 その辺りはここの従業員ではない私たちには関係ないことなので、とりあえず流しておく次第である。

 

 

「……あれ?そういえばBBちゃんは?一応彼女のリアル側の本拠地ってここのはずだけど……?」

「彼女なら今日は『お休みを頂きますね~☆』とかなんとか言ってどこかに出掛けたよ。……もしかしたら、この状況を予め察知してたのかもね」

「うーん、あり得なくも無さそう……」

 

 

 因みにだが、本来この店の端の方でふよふよしてるはずのBBちゃんは、今日はどこかに出掛けているとのことでその姿はない。

 ……彼女のことなので、余計なトラブルに巻き込まれる前に逃走を決め込んだ、ということなのかもしれない。

 絶対に無いとは言い切れない辺りが彼女らしい、という感じか。

 

 まぁ、居ないなら居ないで後々巻き込まれるだけだろうし、と一先ず置いておく私である。

 ……え?どっかから『巻き込まれること確定なんですかぁ!?』って声が聞こえた気がする?気のせいでしょ多分。

 

 そんなわけで話を戻して、原作仕様の『幻想殺し』を『星女神』様に触れさせるべきではない、という部分に付いての解説である。

 

 

「正確には【永獄致死】にぶつけるべきではない、って話なんだけどね。でもまぁ、単なる【永獄致死】にぶつけるより、『星女神』様にぶつける方がヤバイってのは間違いでもなんでもないけど」

「……それは【永獄致死】とやらの法則性に問題がある、ということかい?」

「そういうこと。『幻想殺し』の欠点ってなんだっけ?」

「え?えーと……()()()()()()()()()()()()()()ってことの話か?」

 

 

 確かに『幻想殺し』という異能はとても凄いものである。

 それが自然のモノでないのならば、一度触れただけで消し去ってしまうというそれは、異能バトルの世界ではまさにジョーカーの如き活躍を約束されたもの、ということもできるだろう。

 ……とはいえ、欠点もある。自分に対してプラスとなる異能すら打ち消してしまう、というのは明確な欠点だと言えるだろう。

 それとは別に、欠点というには微妙なものとして、量や種類が多すぎるモノなど、一部の異能はすぐに打ち消す……ということができないというものが挙げられる。

 

 作中で該当するのは『竜王の殺息』や『アドリア海の女王』、『魔女狩りの王』などか。

 これらは異能が単一ではない・量が多い・個数が多い……などの要因によって、消すのに時間が掛かる・ないし消しきれずに弾かれる、などの反応が起きたもの達である。

 

 これらを念頭に置くと、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かつ()()()()()()()()()()()()()()()()()()……という【星の欠片】は、まさしく『幻想殺し』にとってはどうしようもないものの一例、ということになるのだが……その辺りは長いしややこしくなるのでここでは置いておく。

 

 注目すべきなのは、【星の欠片】の一つ・【境界線】と呼ばれる区分の中に含まれるものである【永獄致死】との()()()()()の方だろう。

 

 

「……なんか今、初めて聞く単語が混じってた気がするんだけど?」

「【境界線(オーバーライン)】のこと?……あれ?説明してなかったっけ?」

「されてないと思うけど……」

「そっか……でもまぁ、そんなに難しいものでもないよ。『無限を肯定する』もの、っていうだけだから」

「…………それってわりと重要なやつなんじゃないの?」

「前提みたいなものだからね。それがある、っていうこと自体はわざわざ考察する必要もないというか」

 

 

 そもそも、【星の欠片】としてはランクのバラつきが激しいものだから、説明しようとすると更に話が長くなるから今はちょっと遠慮して起きたいというか。

 

 ……元々【星の欠片】とは別のものだったのを、ある時設定を纏める時に一緒にしたものだから、その分そっちの設定もノートが何冊も埋まるくらいにあるというか。

 みたいなことを述べれば、説明が更に伸びることを察したゆかりんは「……あとで簡易レポート送って頂戴」とだけ溢したのであった。中々無理を仰る……。

 

 まぁともかく、【永獄致死】は『無限』というものを再現する際に生まれたものである、ということだけ今は分かっていれば良い。

 ここでポイントとなるのは、『無限を作る』という行為自体は()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 

 

「……あれ?そこ引っ掛かるの?」

「この場合の『無限』って、言い換えると『永久機関』のことだからね。そうなると普通ではないな、って気持ちにならない?」

「あー……確かにそれはなんか引っ掛かりそうだな……」

 

 

 私の言葉に、上条さんが頭を掻きながら肯定の言葉を返してくる。

 

 ……単なる発電機関ならまだしも、永久機関だと途端にオカルトの話めいてくるのは、それがほぼ確実に作れないものだから。

 出力の桁が大きすぎて、実質的に永久に使えるようなもの*5……というのならまだなんとかなるのだが、文字通りに無限で永久だと()()()()()()()()()()()異端・異能としか言いようがないのである。

 

 なので、【境界線】の類いは『幻想殺し』で一時的に無効化はできる、と。

 ただ、際限のないダムの水を人の体一つで押し止めようとしているようなものなので、どこかで確実に弾き飛ばされてしまうのだが。

 ……問題なのは、この永久機関が基本的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という部分にある。

 

 

「いわゆる第二種永久機関──仕事も熱もエネルギーも一つの装置の中で完結しているタイプのやつだね。【境界線】は基本的にそういうタイプなんだけど、【永獄致死】も例に漏れず。……これの場合は『死』がエネルギーであり仕事であり装置である、っていう全部一纏めタイプなんだけど……そういうのを無理矢理止めた場合ってどうなると思う?」

「……嫌な予感しかしないんだけど?」

 

 

 件の【永獄致死】は、死をエネルギーとして扱い、それを回し続けることで死という概念を繰り返す……という永久機関となっている。

 

 とはいえ、機関である以上そこに使われる死と生み出される死が同一であるか?……と言われると疑問符が浮かぶところ。

 つまり、この装置の中では無限の死が無数に繰り返されている、というわけである。

 無論、それらを外に漏らすことはないため、外から見ると単一の死にしか見えないわけだが……これを無理矢理止めた場合どうなるのか。

 

 死が無限に重なり、始端も終端も見えない状態になっているからこそ、それらを長大な一つの死としてカウントしているわけなのだから、それを無理矢理に止めた時に起きるのは『死の濁流』、というわけだ。

 それも、無限に折り重なる死……などという、人の観点で言うと意味の分からないものが、それこそ無数に流れ出してくる……という。

 

 

「【境界線】は原則第二種永久機関としての形を保つように補正されるから、漏れ出た死もその内元に戻るとは思うけど……見ただけで世界全ての死を幻死するような一粒が、それこそ津波のように溢れだしてくるとすれば──それによって引き起こされる災害がどんなものになるのか、なんてのは言わなくてもわかるよね?」

「うへぇ……」

 

 

 まぁ、そんなことになるのはそれこそ現象を問答無用で止めてしまう、みたいな相手と対峙した時くらいのものなのだが。

 時止めも無限の数で無理矢理突破するのが【星の欠片】なので、そんなパターンはそれこそレアパターンなんだけども。

 

 ともあれ、普通の上条さんと『星女神』様を触れあわせてはいけない、というのはその延長線上。

 本来の【永獄致死】より遥かに下となる彼女は、そこに含む『無限』の質がそれこそ比ではない。

 ともすれば系統世界全域に渡る生命の死、を幻視させられる羽目になるのだから、面白半分でもやるべきではないということになるのだ。

 ……っていうか、桁がでかすぎて想像もできんわ正直。

 

 で、さっきまでそんな危険な出会いに等しいものと言えなくもなさそうな二人なんだけども。

 

 

──少なくとも、私と彼ではその心配はしなくてもいいみたいよ?──

「あー、やっぱり?」

 

 

 みたいな反応が返ってきて、予想通りだと胸を撫で下ろし……。

 

 

──先に言っておくけど、貴女の予想とはちょっとずれてるわよ──

「……なんですと?」

 

 

 ……などと本人から返されたことで、思わず鳩が豆鉄砲を食らったような顔を晒すことになったのであった。

 うーん、トラブルの香りぃ~(白目)

 

 

*1
PS4ソフト『Detroit: Become Human』の主人公の一人・『RK800』ことコナーの台詞『開けろ!デトロイト市警だ!』を元としたネタ台詞。そもそもこの台詞自体が(直前までと比べると驚くほどに)大声なことも相まってネタになった、という経緯がある。アンドロイドである為感情の起伏が極端すぎる、ということなのだろうか?

*2
『ロマンシング サ・ガ』シリーズのキャラクター、カール・アウグスト・ナイトハルト殿下の特徴的な喋り方から。絶妙に棒読み気味なのが笑いを誘う

*3
上条さんの好みの相手は寮の管理人のお姉さんだとか。要するに歳上が好みとのこと

*4
上条さんの戦闘センスを一方通行が推測した時に述べた言葉。『本人の意図しない微弱な動き』を予め感知している、というもの。相手の行動をある程度予測して動ける為、右手以外は(一応?)一般人スペックである彼でも敵に食らい付けるのだとかなんとか。なお、某霊長類最強女子のタックルのように予備動作がない・前兆のない相手や、それらの情報を好き勝手に出せる神のような相手だと分が悪くなるとか。……寧ろ現実にそういうことできる人が居る、ということの方がビックリである

*5
核融合やブラックホールエンジンなどが該当。特に後者は質量をそのままエネルギーに変える、というのが机上とは言え実際にできることであるのを考えれば、破格の発電方法であるし、実質的に永久機関のようなものだと考えてもそこまでおかしくはない(桁が大きすぎるので)



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それは誰からの贈り物なのか?

 はてさて、さっきから『星女神』様と『幻想殺し』は合わせちゃダメ、みたいな話をしていたわけなのですが。

 ここにいる上条さんのそれは、あくまで似たようなものを再現しているだけであり、その心配は無いのだろうなーと安心していたところ、別方向から爆弾を落とされる形となったのでありました。

 

 

「ええと、ずれてるとは……?」

──確かに、彼の右手に宿る『それ』は、本来の彼のそれを模したモノ。かの世界で生まれたものではなく、ゆえに魔術師達の願いの結晶……などというものではない。ここまでは問題ないかしら?──

「ええまぁ。そのまんまだとこの世界に来られないだろう、って話ではありましたし」

 

 

 そうして問い返した私に、返ってきたのは彼のそれが本来のそれではない、という当たり前の話。

 

 ……『幻想殺し』というシステム自体が、ここに彼が現れることを阻害してしまうだろうことから、予め手を加えられている……というのが、これまでの彼についての通説であった。

 同時に、恐らくそれを施したのが『あのお方』──すなわち『星女神』様である、とも。

 

 

──そこがずれてるところ。言っておくけど、彼については私、なんにもしてないんですからね?──

「……なんですって?」

 

 

 そんな私たちの予想に対し、彼女から返ってきたのは予想外の言葉であった。

 ……え?あれ?関わってないんで?上条さんの成立云々の話に???

 

 そうして困惑する私たちを見て、『星女神』様ははぁ、と一つため息を吐いている。

 

 

──まぁ確かに、本来の彼のことを思えば、私がなにかをしていると思ってしまうのもおかしくはないけど……()()()()()、そんな意識の陥穽を突かれた……ということになるわね──

「ま、まさかバックドア*1的な?!」

「いかん!上条さんが爆発する!!」

「え!?なに?!どういうこと!?!?ねぇどういうことなんですかこれ!!?!?!」

──うーん、どうにもシリアスになりきらないわね──

 

 

 ……話を聞くに、どうやら先ほど彼女が上条さんを繁々と眺めていたのは、自身の仕事っぷりに感嘆していた……というわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるらしい。

 すなわち、ここにいる上条さんは『星女神』様以外の誰かの手によって送り込まれた者。……すなわちスパイと言うことである!(キリッ)

 

 そして、上条当麻なんて相手を敵地に突っ込ませる理由など一つしかない。

 こちらが安心した時を見計らって『幻想殺し』を解放し、ここら一帯を次元の狭間に葬り去るためだ……!!

 

 まさしく鉄砲玉運用、もしくはトロイの木馬。

 爆発する前になりきり郷から放り出さなきゃ、などと言い始めた私たちと、突然危険物扱いされて困惑する上条さんを見て、再度『星女神』様からはため息が返ってきて……。

 

 

──満足した?──

「個人的には落下スイッチでも押しておきたかったですね」

「上条さんの頭の中に爆弾が!……ってやつね」

「よくもこんなキチガイ展開を!」*2

──……ちょっと付いていけないかも──

 

 

 これは処置無し、と思わず匙を投げられる格好となったのであった。

 ……あれー?

 

 

 

 

 

 

「……え、これ【継ぎ接ぎ】なんですか?」

──恐らくは、だけどね──

 

 

 はてさて、衝撃の一言から始まった騒動が一先ずの終息を見せてから、再び開かれた『星女神』様の口から語られた言葉。

 それは、ここにいる上条さんの持つ『幻想殺し』は、色んな技能を【継ぎ接ぎ】されて作られた複製(レプリカ)である、という予測なのであった。

 ……予測と言いつつ、『星女神』様の語るところなのでほぼ間違いなく事実なのだが。

 

 とはいえ、今までの予想とはまったく別方向に話が飛んだことに、こちらとしては驚きを隠せないが……同時に、「なるほど」と一つの納得をも得ていたのであった。

 

 

「そりゃまた、なんでよ?」

なにもかもをすり抜けられる人(『星女神』様)、っていう例が最初に頭にあったから、思考がそっちに引き摺られちゃったけど……冷静に考えると、まず真っ先に考え付く原因が存在しているから……って感じ?」

「真っ先に考え付く原因……?」

「あっ、なるほど。確かにそりゃそうだ」

「え、上条さんはわかったの、今の話?」

「まぁ、なんとなくだけども」

 

 

 そんな私の様子に、ゆかりんは怪訝そうな視線を向けてくるが……この件に関しては()()()()()()上条さんは、私の言葉で真っ先に疑うべき相手、というものにたどり着いたらしい。

 それを見た私は、彼にそのまま答えを言うように目線で合図をして──、

 

 

「なんでもできる、ってのは確かに疑うに値する理由だ。……けど、そもそもの話として、()()()()()()()()()()()()を疑うのが筋、ってやつなんじゃないのか?」

「え?でもこれってこの人がやったんじゃ……って、あ゛」

──気付いたみたいだから答え合わせをするけど。……私、『逆憑依』という案件においては別に()()()()()()()()()()ですからね?──

 

 

 そうして返ってきた答えに、ゆかりんは小さく呻き声を挙げたのであった。

 ……続けて『星女神』様が付け加えた事が、今回の一件の答えである。

 

 いつの間にか、私たちは『逆憑依』に纏わる事件の首謀者を彼女──『星女神』様である、と誤認していた。

 ゆえに、ここにいる上条さんとその腕のあれこれも、彼女がやったのだと思い込んでいた。

 

 だが、冷静に考えればそんなことはあり得ないのである。

 なにせ彼女は【星の欠片】の中でも特殊な存在。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 物語の結びを担うことはあれど、物語の始まりを告げることは無いのだから。

 

 

「倒すべきラスボスとして現れることはあるけど、その実そういう時の彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()……言うなればデウス・エクス・マキナ(ご都合主義の権化)として現れることがほとんど。……裏を返すと、彼女自身が物語の理由となることはほとんどないのよね」

──付け加えるのなら、誰かに請われて動くことはあっても、私自身の意思で今の世界をどうこうしよう、という気持ちで動くことは……()()()()()()()あり得ない、ということになるわね──

「……今までの説明を聞いてれば、確かに……ってなる話ね」

 

 

 大昔──彼女がその対たる『相方様』を得る前であったならば、その当時の彼女の行動理念的に()()()()()()()()()()()()()()……もとい新しい世界の法則として目覚めようとする、なんて話もあったかもしれないが。

 今の彼女にその気は一切無く、やると言ってもついさっき説明したような『クロスオーバー作品の大トリとして色んな問題を背負い込んでくれる』、くらいのことしかしないだろう。

 

 ……いやまぁ、それも大概な話ではあるのだが、今回の話についてはそのスタンスがとても重要となってくる。

 ──そう、この『逆憑依』異変は、彼女のスタンスが変わっていない限り()()()()()()()()()()()()()ということになるからだ。

 いや、もっと言えば【星の欠片】達ですらないはず、というか。

 

 無論、【複合憑依】のような抜け道がある以上、まったく一切これっぽっちも【星の欠片】が関わっていない、とは断言できないが……。

 それでも、この『逆憑依』という異変を起こすに当たり、【星の欠片】に頼っていないことだけは確実だ。

 なにせ、そもそもの話として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 何度も言うように、【星の欠片】はその目覚め自体が世界を壊すもの。

 その上、ここにいる二人はその中でもトップ(No.1)その次(No.2)、という特殊な部類の存在。……本来なら、こうして和気藹々と会話なんぞしていられるわけがないのである。

 

 それがこうして何事もなく過ごせているのは、偏に彼女達にその気が一切ないから。

 言ってしまえば彼女達はゲスト(DLC)キャラクターなのである。

 

 

「……また随分と変な方向に話が飛んだわね?」

「そうでもないわよ。最近はそうでもないけど、DLCって本筋(メイン)のストーリーとは関わらないもの、ってのはまだまだ多いでしょ?後からキャラを加えようとすると、既に完成している物語を大幅に弄らないといけなくなったりするから」

「それは……そうね?」

 

 

 それこそスパロボ辺りがわかりやすいか。

 特定の条件を満たすと仲間になるキャラクター、みたいなのはストーリーの上ではそこまで目立つモノではない、ということが多い。

 それは何故かと言えば、普通にやっていると仲間にならない・もしくは居なくなってしまう相手だからである。

 

 単純に考えて仲間に居る時と居ない時、二つのパターンの話を作る必要が出てくる上、それが話に食い込んでいれば食い込んでいるほど、それを考える必要のある文章の長さが多くなっていく。

 ……時々会話に参加させる、くらいならまだどうにかなるかも知れないが、そうでないなら話を一つ追加するくらいの覚悟をすることになるだろう。

 無論、それをやりきった作品もあるにはあるが……基本的に作家の負担が爆上がりするので、原則的には選ばれないやり方である。

 

 そして、ここで話題にしているのは正確には『隠しキャラ』ではなく、『DLCキャラ』。

 モノによっては完全に後付けになるキャラクターである。

 ……それがどれほど無茶を言っているのかは、なんとなく想像ができるはずだ。

 

 これを彼女達に当てはめると、そもそも居るはずのない彼女達が異変の首謀者、などというのは流石に意味がわからないことになる。

 ──ゆえに、彼女達はどこまで行っても傍観者なのだ。

 

 

「そうなると、上条さんをどうにかした相手、っていうのは必然的に絞られてくる。そしてその上で、『逆憑依』関連のあれこれに被害をもたらさないようにできる相手、となると……」

「それこそ、この『逆憑依』を起こした相手、ってことになるってわけだな」

 

 

 そしてそれゆえに、上条さんの右手をどうにかした相手、というのも必然的に見えてくる。無論、そのやり方も。

 

 ──キャラクターの見た目は再現できるが、能力そのものを再現するのは無理がある。

 ゆえにその右手は後付け(つぎはぎ)であり、色々な能力を組み合わせ(つぎはぎし)て似せたモノ。

 

 そのため本来のそれとは違い、無効化できないモノも出て来てしまった。それでは問題なので、彼そのものに問題を起こすような事象は弾くようにして……。

 

 そうして出来上がったのが、ここにいる上条当麻。

 純正の彼ではなく、()()()の彼なのであった。

 

 

*1
裏口とも。意図的なセキュリティ・ホール。一度侵入に成功したあと、再度セキュリティを掻い潜る、などということをせずに済むようにするためのもの。侵入される側が警戒していない裏口を作ってしまう……という形式の為、防ぎ辛く気付き辛い

*2
ボルガ博士、お許し下さい!



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生け贄要因を確保だ確保!

 はてさて、『星女神』様との会話により、上条さんって思ったより重要人物なのでは?……と悟ることとなった私たち。

 こうなっては話を私たちだけで済ませるわけにもいくめぇ、ということで急遽、地下から琥珀さんを呼びつけることになったのでしたとさ。

 

 

「いえその……そういうのは例の説明会の時にやればいいのでは……?」

「なにを言いますやら。こんな重要なことを当日いきなり言われても困るでしょ?」

「いやまぁ、それはそうなんですが……」

 

 

 なお、呼ばれてやってきた琥珀さんは、頻りに『星女神』様を気にしていた。

 ……あーうん、ビーストⅣの一件から神とかの上位者達には人一倍敏感になってるみたいだから、どうにも気になって仕方ないんだろうね。

 

 あとはまぁ、そもそも彼女の話によって自分が呼ばれることになったのもあって、なにか自分にも良くないことが有るんじゃないか、と警戒しているのかも。

 ほら、上条さんがおかしいことに気付いたのは彼女だけだったわけだし?

 

 

──確かに。貴女ほどに【継ぎ接ぎ】とやらが合致している人、というのも珍しいかも?──

ほらー!!?キーアさんが余計なこと言うから私まで目を付けられたじゃないですかぁーっ!!?」

(これ私のせいかな……?)

 

 

 で、そんなことを口にしたせいなのか。

 続いて『星女神』様の口からこぼれ落ちたのは、どうにも琥珀さん自体も特殊っぽそう、という感じの言葉なのであった。これには琥珀さんも憤慨もの()。

 

 ……まぁ、琥珀さんが特殊な部類に入りそう、というのは前々から言われていたことでもあるので、それが確定しただけでしかないというのも確かなのだが。

 

 

「いえまぁ、それはそうなんですけどね?でもその、改めて明言されるにしてもこちらの心の準備と言うものが……」

──なんだか勘違いしているみたいだから言葉を挟むけど、私の言っているのは彼女達の思っているそれとは少々赴きが違うわよ?──

……ひょ?

 

 

 あ、琥珀さんが石化した。

 ……いやまぁ、本当に石になったわけではなく、突然の言葉に固まってしまっただけなわけだが。

 ともあれ、こちらの思っていることとは少々違う、というのはどういうことかと訪ねる私。

 

 

──姿が変化するのではなく、魂に紐付いている……というのは、そもそもの『逆憑依』という現象の性質からすると、おかしいなどという話で済まない……なんて思わない?──

「……あー、言われてみると……」

 

 

 彼女の言うところによれば、そもそも実体になんの変化も与えない『逆憑依』、というのはおかしいにも程があるとのこと。

 

 実際、琥珀さんのようにそもそも『なりきり』に関わったことのない『逆憑依』の対象者、というのは意外と数が存在する。

 例として挙げるのならば、かようちゃんとれんげちゃんのような二人で一つの存在や、オルタやルリアちゃん達のようなフルダイブゲームを切っ掛けに変質した人達だ。

 

 前者に関しては、そもそも核となる肉体が半ば失われた──端的に言えば霊体に対しての『逆憑依』であったため、おかしなことになったという風に理解することができる。

 ……『逆憑依』がなにかしらの基準で()()()()()()()()()()()()()()()()、という予測が間違いでないのならば、これは保護に失敗した上でどうにかしようと足掻いた結果、ということになるからだ。

 

 後者に関しては、フルダイブという形式を利用することで『逆憑依』のシステムを誤動作させた、というのが近いだろう。

 そもそもに『逆憑依』とフルダイブ形式のゲームにはなにかしら近い部分があるのだとすれば、それを悪用・ないし活用すれば『逆憑依』を人為的に起こすということは不可能ではない。

 ……というか、そもそも琥珀さんの()()自体、実際にはフルダイブ形式に繋がるような方法であったみたいだし。

 

 

「あー、脳波計測とそれを誘導するための様々なシステムの複合、だったのよねそういえば」

「大分後から資料を貰った結果分かった話、だけどね」

 

 

 そう、当初はどうやっていたのか不明だった一般人に対する【継ぎ接ぎ】付与実験だが、守秘義務やらなにやらの制約をなんとか突破して提示された資料には、いわゆるメディキュポイドとか医療カプセルとか、そんな感じのモノを活用した手段が記載されていたのであった。

 ……まぁ、当時はフルダイブというほどアレな手段ではなく、いわゆる錯覚とかを活用したシステムであったみたいだが。

 

 

「いわゆる催眠治療に近いものですね。被験者を一時的に昏睡させたのち、スピーカーによる音声や機械の振動などを用い、()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいな感じでしたから」

 

 

 気を取り直して復活した琥珀さんが述べたように、初期も初期の【継ぎ接ぎ】付与実験に使われていたのは、催眠などを活用した手段であった。

 ……幻、ないし空想の存在であるそれらを、実際に存在するモノのように扱うとなれば、それくらいしか手段がなかったというのも事実。

 とはいえ、それが結果的にフルダイブ形式のそれと同じように、現実の感覚をごまかす方向に進んだのは偶然というわけではないだろう。

 

 

──言うなればトランス……霊媒師達が霊をその身に降ろす時の状態と同じ、ということですもの。それが一番目的に則している、というのは間違いないでしょうね──

 

 

 そもそもの話、『逆憑依』という単語自体が、霊媒師やシャーマン達に霊が降りる、ということを意味した単語だとも言える。

 その場合に本来使われる『降霊』とこれが違うのは、なにも降ろすモノが()()()()()()()()()()ということだろうか。

 ……裏を返せば、『逆憑依』とは『降霊』というものの範囲が広がったもの、ということになるだろうか?

 

 まぁ、その辺りは今は重要ではないので置いておくとして。

 ともあれ、それらの事実を鑑みた場合、琥珀さんの状態がおかしいというのは間違いないだろう。

 なにせ、現状彼女の本体扱いされているマジカルステッキだが──『逆憑依』として見ても『降霊』として見ても、おかしいところしかないのだから。

 

 

「……まぁ、確かに。『逆憑依』は核を守るための鎧のようなもの。だとすれば、()()()()()()()()()()()()()、みたいな反応が出てくるのはおかしいですからね」

「『降霊』の方に関しても似たようなもの。そもそも相手が霊でなく杖、すなわち物だし。降りてきたはずのものが別の()を持っている、っていうのも冷静に考えると意味が分からないし」

 

 

 まず第一として、『降霊』とは物質世界に干渉手段を持たない存在に肉の体を貸す、みたいな一面も持ち合わせている手法である。

 そういう意味で、あからさまに物質としての姿──杖として現れている、という時点で意味がわからない。

 一応、『逆憑依』側の再現度のために付随する物品、みたいな手法があったりはするものの……これに関しては()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな時点でおかしな話であるというか。

 

 

「あの時は、物に意思が宿る……みたいなパターンだと変なことになる、みたいな感じだと思っていたんだけど……」

「狭義にはモノ扱いできてしまうロボット──エー君っていう存在のお陰でその論調も微妙になっちゃったのよねー」

 

 

 いやまぁ、エー君は一応【顕象】なので、今回の例に挙げるのはちょっと微妙なのだが……。

 それでも、無機物に心がある、みたいなパターンとしては類例として挙げて然るべきだろう。

 

 それを念頭に置くと、琥珀さんの現在の状態がおかしい、ということが浮き彫りになってくる。

 ……確かにエー君は【顕象】だが、それを制御するためのパイロット、みたいな形での核を持っていないわけなのだから。

 

 そもそもSDの∀ガンダム自体レアキャラなのだから、本来ならロラン君でも再現して付随物に∀ガンダム、みたいな方向に行こうとするのが普通なのだし。

 いやまぁ、機械類は再現し辛い……というのは前提として。

 

 

「でも、そういう意味だと琥珀さんは余計におかしいんだよね。だってステッキの方、ある程度は再現されてるわけだし」

「魔術礼装って寧ろ科学技術に近いもんねぇ……」

 

 

 ただ、その辺りのことを考えると、そもそもマジカルステッキがここにある、というのもおかしな話なのである。

 

 確かにこれは魔術というオカルトの産物だが、その実方向性的には機械類のそれに近しいモノだ。

 ……流石になのはちゃんのところのやつに比べればまだオカルト寄りだろうが、それでも魔術を技術として物品に納めたもの、というそのあり方は道具のそれとしては機械の扱いに近いと言っても間違いではないだろう。

 ルビーちゃんもAIみたいなもの、と言ってもおかしくはないのだし。

 

 ならば、再現の際になにかしらの瑕疵が発生してもおかしくない、ということになり。

 他の機械類と同じように、中途半端な再現ならばいっそなにも出てこない、みたいなパターンになるはずということになるわけだが。

 

 実際のところ、琥珀さんには()()()()()()()()()()()()()()()()()()が【継ぎ接ぎ】されていた。

 ……こうして整理すると、おかしなことまみれである。

 いやまぁ、成立してるんだからそういうものなんだろうなー、と思っていた私たちが言うことではないのだが。

 

 

──その特殊性の理由。それが、()()()()()()()()()()()()()()ということになるのよ──

「…………」<ブクブク

「琥珀さんが泡を吹いて気絶した!?」

 

 

 なお、その後明かされた事実に、琥珀さんは思わず意識を手放していましたが問題しかありません(白目)

 

 



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確かに生け贄にするとは言ったが、こんな仕打ちを予想していたわけではない(白目)

「そのまま寝込んでしまった……」

「お労しや琥珀上……」

 

 

 我らが『星女神』様から告げられた言葉がショッキング過ぎたのか、そのまま寝込んでしまった琥珀さんを布団に寝かしつつ、改めて彼女から話を聞くことにした私たち。

 そこで語られた話は、私たちに新たな驚きをもたらしたのでした。

 

 

「……まさか本当にステッキ側が本体だとは……」

「人としての姿が再現されたもの、だなんてねぇ……」

「例のなりきりパワー?ってやつで構成された体だったとは……」

 

 

 元の『幻想殺し』じゃなくてよかった、と胸を撫で下ろす上条さんである。

 ……さっき崩れ落ちた琥珀さんを咄嗟に()()()支えていたもんね、君。

 

 そう、『星女神』様の語るところによれば、どうやら琥珀さんの本体のように見えている体は、その実『まどマギ』の魔法少女達の体、というのが近いようで。

 ……まぁ、流石にあれほど悪趣味、というわけではないようだが。

 

 

「人間の自意識を、杖などという生き物でもなんでもない物質にいきなり突っ込んだりしたら、それこそ自我の崩壊を招いてもおかしくない……っていうのは、言われてみればそうよねぇって感じの話ね」

「そういうもんかー、で納得してたからね」

 

 

 いやまぁ、研究が進めばどこかで気付いていてもおかしくない話ではあったのだが。

 ……そう、本来人の精神を宿すに値しないモノ──脳皮質的な観点で──である獣や人外の者達よりもなお、人の精神を留めるに値しないモノ。

 それが、無機物という存在なのである。

 

 そもそもに『考える』という行為を行う器官がないし、例えなんらかの手段で意識を保つことができたとしても、今度は動かせない体という障害が付き纏う。

 ……なにを当たり前のことを、と思われるかも知れないが、これが彼女の場合はとても重要な話だったのだ。

 

 

「創作世界において、無機物に転生する……みたいな話はそれなりに存在している。剣に転生して人に使われてみたりだとか、はたまた自販機に転生してバリア張ってみたりだとか、ね。*1……でもそれは、あくまでも()()()()()()()()()()()()()()()。単純に独房に繋がれっぱなしでも気を病むことがあるのに、それが視界や四肢を直接封じるものなら……どれほどその人の精神を削るものか、ってやつね」

 

 

 拷問の一つに、『ホワイトトーチャー』と呼ばれるモノがある。

 直訳すると『白い拷問』とかそんな感じの意味となるこの拷問は、簡潔に説明すると()()()()()()()()()()拷問である。

 視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚。それらの五感を様々な器具を使って奪い、外界からの刺激を全て遮断するこの拷問は、一説によれば一時間以上耐えられる人間は居ない、とまで噂されるものだ。

 それは何故か?答えは単純、自己の境界線が揺らぐどころか破壊されかけるから、である。

 

 

──人というのは、存外色んなモノを絶えず感じているもの。そしてそれを指標に生きているから、五感が一つ奪われる度に指標が一つ失われていく……ということね──

「最終的には自己のみが残るけど、それも周囲に刺激がないのであれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。特にこの拷問の場合、自分を自分で痛め付ける、みたいなこともできないようにされるものだから……まぁ、誰のやったことなのか、なんてわからなくなるわよね」

 

 

 無論、それだけが理由というわけでもないだろう。

 だがしかし、自己の発露・他者の認識を封じられた結果、徐々に精神の均衡を欠くようになる……ということは間違いない。

 

 ……さて、これを踏まえて無機物に対しての転生、というものを真面目に考えると。

 

 

「……感覚器官なんてなに一つ付いてないんだから、自動的に五感を封じられた状態になる、ってわけか」

「更に体を動かすこともできないから、動いて打開策を探ろう……なんてこともできないわね」

 

 

 ……うん、普通に発狂するよね、というか。

 無論、自己に埋没する……という形で回避はできるでしょう。

 好きなことを考えたり、嫌なことを考えたり、はたまた脳内でストーリーでも紡いだり……。

 

 けれどそれも、続けて行えるのは二・三日のこと。

 五感の制限・行動の制限などが付随している場合、どうしてもふとした時に()()を意識してしまう。

 そうなればもうおしまい。なにを考えていても()()が脳裏を掠めるようになり、時間感覚が麻痺し、『この制限はいつ終わるのだろう?』という疑問に脳内が支配されてしまう。

 不安を煽る疑問が脳内を巡り出せば、思考はそれに囚われ固定化し、やがて変えられない現状に絶望し発狂する……というわけである。

 

 いやできるでしょ、と思っている人は触覚とかを甘く見ている人なので、その辺りを封鎖した状態で体感してみてからもう一度考えて貰いたい。

 ……いやホント、ふとした時に自分に対して自分で刺激を与えていること、結構多いからね?

 

 まぁともかく。

 結構見掛ける感じの無機物転生だが、その実わりと発狂するパターンがすぐ間近に控えている危ない橋、というのは確かなわけで。

 だが、創作世界の人々は、それらをわりとひょいっと乗り越えていたりする。……時々乗り越えられていない人もいるけど、ここでは割愛。

 

 ここで重要なのは、()()()()()()()()()()()()()()()なのが、無機物への転生である……ということ。

 それを可能にしているのが、今回の場合は『逆憑依』というシステムである、ということだ。

 

 

「……端的に言っちゃうと、中途半端な【継ぎ接ぎ】でマジカルルビーになる、なんて()()()()()()()()ってことよね」

「ルビーちゃんはわりと動き回る方だけど、それでも人が杖になっても大丈夫……ってことを保証してるわけじゃないからね」

 

 

 そもそもルビーちゃんの中身って()()だし。

 ……そう精霊。すなわち()()なのである。

 杖に精霊を封じ込め、まるでAIのように扱っている……というのが正解であり、それはいわば()()()()()()()()()()()()()()()()()というべきなのだ。

 

 ゆえに、喋って動き回るからといってその杖に人の精神を突っ込んでも大丈夫、などということにはならない。

 そもそも杖のような体の動かし方、などというものが人の知識にはないのだから、結局四肢を縛られているのと同じようなもの。

 周囲の認識の仕方も同じようなもの。……なんとなくできる可能性はあるが、同じように()()()()()()()()()()()()だってある。

 

 それらを総合するに、真っ当な『逆憑依』ならともかく、後天的に・類似性があるというだけの理由で・一部分のみの【継ぎ接ぎ】が上手く行く、などという可能性はほぼゼロなのである。

 ……少なくとも、相手が無機物である限りは。

 

 とは言っても、実際にはこうして琥珀さんはマジカルルビーの【継ぎ接ぎ】として成立しているわけで。

 ……ならば、そこには成立するに足る理由があった、と考えるべきだろう。

 そうして思考して行った時に答えとして浮かび上がるのが、()()()()()()()()()()()()という考え方なのであった。

 

 

「まさか『ソウルジェム』の考え方が応用されてるとはねぇ……」

「現状を成立させるために必要な要素だけを使ってるから、【継ぎ接ぎ】としては検出されてなかったのねぇ……」

 

 

 そう、『ソウルジェム』はその名の通り()()()()

 人の肉体から魂を抜き取り、それを加工するという技術なわけなのだが……それを元にした技術が使われていたのだ。

 

 何度も言うように、『逆憑依』は核となる人物を守護するための鎧のようなモノでもある。

 本来の人を創作の人物という殻で包み込み、外界からの干渉より護る……。

 そのあり方は、見様を変えればソウルジェムのそれに似ていると言えないだろうか?

 

 

「魂を核となった人、ソウルジェム自体を被っている創作人物達……って考えるわけだな」

「そういうこと。……ソウルジェムと違うのは、本来残される体ごと核として内部に納める、ということだけど……」

 

 

 改めて、魘されている琥珀さんを見る一同。

 ……彼女は『逆憑依』としては失敗例であり、実験としては成功例であるという触れ込みであった。

 

 それは、彼女のそれが完全にキャラクターを被るモノではなく、部分的にキャラクターを顕現させる形であったがため。

 そして他の例はそもそもその地点にまで辿り着かず、ゆえに彼女は完成こそしていないものの、ある程度の結果は出ていると判断された。

 

 ──その判断が間違っていた、と言うのが今回の話。

 魔法少女システムを参考にして、活動用の体と本体である杖……という形式で紐付けられていたとすれば、これは立派な成功例ということになる。

 まぁ、参考にしただけであって、実際にはルビーちゃんの中にちゃんと琥珀さん本来の体は入っているようだが。

 

 

「……無理矢理やろうとしたことと、彼女自身の相性。それから、対象のキャラクターという要素が揃って始めて起きた成功例、もしくは事故……ってことなのかしら?」

「悪魔合体で事故った、みたいな?」

「……まぁ、間違ってないかも?」

 

 

 結論。

 琥珀さんは自身のキャラクター・憑依させようとした人物・そしてそのやり方などがたまたま合致、かつ事故ったために()()()()成功し、ルビーちゃんを顕現させることに成功した。

 そしてその際、通常の成功ではなく偶然・偶発的な成功であったため、そのまま成立させると実質的に失敗──具体的には発狂するため、成立の過程で【兆し】が必要な要素を検索。

 結果、見付け出した『魔法少女システム』を利用し、成功時の混乱に乗じて活動体としての琥珀さんを作った。

 

 これは、杖の体では持て余す身体操作技能を活用するためのものであり、同時に偶発的な成功による歪みを是正するためのもの。

 それゆえ、極力違和感を生じさせないように調整されており、それを気付くには『星女神』様級の視点が必要だった……と。

 世界を騙す必要のあるモノであるため、隠蔽もかなり高度であったということか。

 

 ではそれを誰がやったのか、というと。

 

 

「……上条さんの腕を作った人と同じ人、ってことになるよねぇ」

「あーなるほど、ここで繋がるのか……」

 

 

 琥珀さんが来る前に話していた、本来の話題の中心。

 偽物の右手を持つ、上条当麻。そんな彼をこの場に送り込んだ、まだ見ぬ誰かということになるのであった。

 

 

*1
前者は棚架ユウ氏の作品『転生したら剣でした』、後者は昼熊氏の作品『自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う』のこと。両者ともアニメ化する・しているので触れやすい方



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まだ見ぬ貴方に思いを馳せて

「……うーん、そういうのって『星女神』様がやってるんだろうなー……で思考を止めてたから、ここで黒幕?が別に居るってなると、なんというかこう……話が振り出しに戻った?みたいな感じが……」

「まぁ、確かに。なんというか……全部が全部無駄になったわけじゃないんだけど、ほんのりと徒労感がしてくるというか……?」

 

 

 まだ見ぬ黒幕(?)、上条さんの右手と琥珀さんの体を作り上げた誰か。

 ……『逆憑依』という異変そのものを起こした誰か、ということになるのだから、ここまで突拍子もないことをやれてもおかしくはないという納得はあるのだが……同時に、ここまで一切、その姿の影すらも見せていない、という状況には色々と言いたいことがあるというか?

 

 いやまぁ、『逆憑依』のシステムというか理念というか、そういうものを見る限り決して悪い人ではないんだろうなー、とは思うんだけどね?

 先の二人にしても、上条さんはそのままこっちに来たら、それこそ大量殺人犯みたいなことになりかねないわけだし、琥珀さんの方はほっとくと投身自殺をしていたようなもの、ってわけだし。

 

 その辺りを鑑みると、とりあえず事を大きくしないように……という配慮?的なものが見て取れるわけで、ゆえに悪人ではないのだろうなー、という感想になるというか。

 ……まぁ、代わりに『逆憑依』関連の厄介事を投げ込んでくれやがった相手、という感じにもなってしまうので、こっちの印象的にはプラマイゼロ……みたいな感じになってしまうのだが!

 

 

「あら手厳しい。それくらいは多めに見てあげてもいいんじゃないの?」

「それは不可能だねぇ、今までのあれこれことか、これからもやってくるだろうあれこれとかを思うと、とてもじゃないけど多めには見れないというか、多めに見た結果がプラマイゼロというか……」

「まぁ、一理ある……ってやつだね」

 

 

 こちらの様子を見て、キリアが苦笑を浮かべながら声を掛けてくるが……こればっかりはなんとも。

 ほら、こうしてライネスだって賛同してくれてるわけだし?

 

 ……確かに、『逆憑依』が起こったことで助かったもの、というのもあるのだろう。

 特にかようちゃんなんかは、本来ならそのまま死亡していたはずの存在であるため、『逆憑依』による恩恵をフルに受けている人物、ということになるだろう。

 

 ……だが、それと同じくらい『逆憑依』があったことで起きた問題、というのも数少なくない。

 特にビースト回りのあれこれは、『逆憑依』というシステムが悪用された結果、という風に考える方が正しいだろう。

 それらの要素を総合すると……正直、マイナス面の方が多いような気がしてくるというか。

 

 そうなってくると、プラマイゼロという評価は寧ろかなり譲歩した結果出てきたもの、ということになってしまうわけで。

 そんな感じのことを伝えれば、それを聞いたキリアは更に苦笑を深めていたのであった。……なんか、やけに相手の肩を持つね?

 

 

 

 

 

 

「……はい、気を取り直して上条さんの右手の再検査と私の体の検査、張りきって行ってみましょー」

(……おかしい、杖モードに目なんてないはずなのに、今の琥珀さんからは『今死んだ目をしている』んだろうなー、っていう波動が伝わってくる……)

 

 

 いやまぁ、あんな衝撃的な話を聞かされたあとの当人様なのだから、寧ろそれを幻視してしまう方が普通のような気もするが。

 

 ……そんなわけで、テンションはいつも通りに見えるけど、どうにも空元気のような気がしてならない琥珀さんの宣言により始まった、緊急健康診断開催のお知らせである。

 

 まぁ、正直なにも見付かる気が(普通なら)しないのだが。

 なにせ数ヶ月前に、大規模な健康診断をやったあとなのである。

 ……なりきり郷には多種多様な創作のキャラクターが勢揃いしており、それに比例するように医療技術も質が高い。

 

 まぁ、まだここには居ない医者のキャラクターとかもたくさん存在するので、まだまだ伸び代があるとも言えるが……ともあれ、そこらの病院より遥かに先進的だったり革新的だったりする医療が受けられる、ということは間違いないだろう。

 

 ──これは裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ。

 ……つまり、前回の健康診断で見逃してしまったものを再度検査したところで、それをやっている人間が同じである以上はまた見逃してしまう可能性の方が高い……ということである。

 

 

「だが……今は違う!」<ギュッ*1

「そういえば、無料公開してたから一時期流行ってたねぇ、それ」

 

 

 多分恐らくそのうち来るでしょうね、K先生。……それはともかく。

 

 確かに、現状の郷の科学や医術で見付けられないものを、再度検査したところで発見することは難しいだろう。

 だが今回、この場には『探る』という点においては何者の追随も許さない極限の一・『星女神』様がいらっしゃる。

 彼女の協力を得られるのであれば、前回見付けられなかった異変も確認することが可能なはずだ。

 

 ……問題があるとすれば、彼女が素直に手伝ってくれるかどうか、ということになるわけだが……。

 

 

「……?そこ、悩むところなのか?」

「悩むところなのデス。なにせ『星女神』様が見付ける・探すという行動において誰の追随も許さない……というのは確かな事実なのデスが、それと同時に彼女はどこまで行っても【星の欠片】なのデスよ」

「……なんでもいいけど、なんか発音おかしくね?」

「そんなことないデスよ?」

 

 

 まぁ、私の発言云々については置いとくとして。

 

 実際、彼女が【星の欠片】のトップである、ということに変わりはない。

 それはつまり、彼女は誰よりも【星の欠片】の性質に縛られている、とも言い換えられる。

 端的に言えば、彼女の協力を得るのはとても難しい……ということになるだろうか?

 

 

「そりゃまた、なんでだい?」

「【星の欠片】の基本原理は新しい世界を生み出すこと。……それはあくまでも誰かの願いに沿った結果のものであって、【星の欠片】自身が願ったものとは言い辛いんだよ」

「……つまり、自発的に手伝うことはないってことかい?」

「まぁ、簡単に言うとそうなるね」

(……なんで今の説明でわかるんだ?上条さんはさっぱりのことですわよ???)

 

 

 ……なんか微妙な顔をしている上条さんはスルーするとして。

 

 今の世界を回すのは人であって、私達【星の欠片】が回しているわけではない──。

 根本的に小さきものを目指す【星の欠片】は、世界を生む権能を持ちつつもそれを自分達が運営している、というような意識はほとんどない。

 誰かに請われ、望まれ、願われた結果として新しい世界を生むものである私たちは、言ってしまえば自分のために願いを使う権利がほぼほぼないのである。

 

 それが基本であるがゆえに、私たちは基本()()()()()()()()しかしない。

 積極的に世俗に関わろうとしたり、はたまたなにかを変えようと行動したりはしないのだ。……誰かに請われた結果として、なにかを変えたりすることはあるけれども。

 

 この意識はトップに近付けば近付くほど強くなり、キリア辺りにもなれば己への自戒としても機能するようになる。

 ……つまり、自発的に行動すること自体が世界を変化させるものである、と自粛し始めるのだ。

 

 まぁ、わからないでもない。

 上の方の【星の欠片】はまだしも、キリアより下の【星の欠片】ともなれば、ただ視線を向けただけでも干渉した、と判定されてもおかしくない……というか、明らかに過干渉に当たるレベルなのだ。

 ましてや、実際に近付いて言葉など交わそうものなら、それこそ今代の世界を滅ぼすことに決めた……などと勘違いされてもおかしくないだろう。

 

 ……それほどに、トップ層の干渉力・ないし汚染力は高過ぎるのだ。

 ゆえに、例え明らかにこちらになにかを願われているのだとしても、それを明確に文書化したり契約にしたりしないと動いてくれない、ということになる。

 わかりやすく言うと、絶対にサービスはしてくれない……みたいな感じだろうか?……ただほど高いものもない、が感覚的には近いかも。

 

 

「……なんか一気に俗な話になったな?」

「まぁ、人が普段何気なく選ぶ選択って、私たちみたいな【星の欠片】からすると、世界を左右する選択肢とほとんど変わらない……とか、そんな感じの話になっちゃうからね」

「うーん、複雑怪奇……」

 

 

 上から押し付けるのではなく、土台という下の方から干渉する……というのが、【星の欠片】の基本。

 言うなれば『当たり前』の方から操作していく感じなので、自重しないとすぐに酷いことになるのだ。

 

 なので、その辺りの認識を双方に浸透させるため、例えあからさまに『手伝って』と言われているような状況でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()というか。

 ……落ちた消しゴムを拾ったら世界が滅んだ、なんてバタフライエフェクトがそこら中に転がっているようなもの、みたいな?

 

 そういうわけなので、当の『星女神』様もこの話を聞いておきながら、基本的にはニコニコと笑っているだけである。

 ……ここから手伝ってくれるかどうかは半々、と言ったところだろうか?

 

 

「そういうわけだから、頑張って交渉してね琥珀さん」

「なんで私なんですかぁ!?」

「そりゃまぁ、私も【星の欠片】の端くれですので……」

「そういえばそうだったぁ!!」

 

 

 なお、この交渉に関して私は戦力外である。

 同じ【星の欠片】が頼みこむとか普通はないからね、仕方ないね。

 ……え?お前はわりと特例側だろうって?知らなーい。

 

 

*1
医療バトルマンガ(!?)『K2』における構文の一つ。独特な言い回しが中毒を誘う……。このパターンの場合は、以前は無理だったことが技術の進歩などによって可能になった時に使われる。なお『ギュッ』という擬音は重大なことや決意を述べる時に『K2』内で使われるもの。恐らくは『気を引き締めた時の音』『覚悟を決めた時の音』だと思われるが詳細は不明



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調べても正確なことがわかるとは限らないとは限らない(?)

「な、なんとかオッケーを貰いました……」

「なんにも言わずに笑顔で見続けられるのってわりと堪えるよね」

 

 

 琥珀さんは あのお方の 助力を得た!(テッテレー)

 ……うん、その交渉の間『星女神』様はずっと薄い笑みを浮かべ続けていたんですけどね。

 

 なんて言えば良いのかな、徹○の部屋でギャグをやらされる芸人を見てるような感覚?*1

 なにをしても笑みを崩さない相手の前で、必死に助力を請うその姿は正直ちょっと興奮……げふんげふん。

 うん、ちょっと可哀想になったというか。途中で手伝うべきかなー、なんて頭を過っちゃったし。

 

 なお、この場において琥珀さんと同じく調査対象である上条さんについては、交渉には混じらないように厳命しておいた。

 なんでかって?彼の説得とかまっっったく通じない相手だからね、『星女神』様って。

 

 

「自分の中の結論が強固……っていうのとはまた別ですもの、あの方のそれって。だからまぁ、上条君のいつもの説得とか、そこからちょっと奇を衒ったやり方とか……まぁ、全部無駄な予感が凄いというか?」

「……上条さんは役立たずではありませんのことよ……」

「滅茶苦茶凹んでる……」

 

 

 基本的に上条さんの説得というのは、ともすれば説教・話術サイドなどと呼ばれるもの。*2

 言うなれば相手の言動の中の矛盾を突いたり、はたまた本人が押し隠している本音を引き出そうとするものである。

 

 その結果として、相手が自身の本質を思い出したり自身の間違いを悟ったりするわけなのだが……。

 これは裏を返せば、相手が矛盾を許容していたり・はたまた正しいことを正しくしているという信念があったりなど、そこを叩いてもなにも起きないようなものの場合は、全く歯が立たないのだ。

 自身の正道からずれている、という状態を異端とみなし、それを叩いて直している……と認知するのであれば、言葉による『幻想殺し』ということになるわけだが……ゆえに、その話術の弱点もある意味そちらに似る、ということか。

 

 で、対『星女神』様に関してだけれど。

 そもそもの話、【星の欠片】は紛れもない弱者であり、それを由としたモノ達である。

 ……扱える範囲がでかすぎて弱者に見えないというツッコミは、そもそもこれらは強者が当たり前に使っていたものが当たり前に返ってきているだけなので問題はない。多分。

 

 ともかく。

 強者の傲慢を折り、弱者の助けを掴む……といった感じの上条さんの話術では、傲慢ではない強者と助けを求めていない弱者には部が悪い。

 

 作中で彼が出会ったのは基本的に前者だが、【星の欠片】達は原則後者の方。

 望んで踏み台になっているし、誰かに使い潰されてなんぼ……みたいな相手には彼の話術は効果がない。

 

 ましてや、相手はそんな存在の元締め、とでも言うべきモノ。

 ……そりゃまぁ、どんな会話の方向性に持っていったとしても薄く笑みを向けられるだけ、というものである。

 下手すりゃ嘲笑でも向けられる方がまだ心情的にマシ、『青いわね』みたいな感想すらない微笑みを向けられ続けるとか、まさしく拷問以外の何物でもないだろう。

 

 その辺りの結果は端から予想できたため、上条さんには張り切っているところ悪いのだが、最初からお祈りメールを送らせて頂いたというわけなのであった。

 ……え?当たって砕けられもしない方が辛くないかって?

 相手が勝手に砕けるのを見るよりはマシなんじゃねぇかな……。いやまぁ、例え話であって砕けてるところなんか全く見えないわけだが。

 

 そんな、単純に説明しているだけで頭がこんがらがってくる【星の欠片】の性質の話は脇に置くとして。

 ともあれ、琥珀さんの頑張りにより、『星女神』様からの許可が降りたので、これでようやく二人の精密検査ができるというものである。

 ……どうせなので、彼女のやり方を見学させて貰うとしよう。なんかの役に立つかも知れないし。

 

 

「……?ええと、キーアさん達とはやり方が違うんですか?私はてっきり、キーアさんが【虚無】を使うような感じでこう、スキャナーみたいなやり方をするんだと思っていたのですが……」

「いやいや、そのやり方で見付かんなかったから『星女神』様のお力をお借りするんでしょう?そんなチンケなやり方じゃないよ」

「ち、チンケ……?」

 

 

 そんな私のやり方を見て、首を傾げるのが琥珀さんである。

 ……どうやら、SFとかでよくあるスキャンシステム的な検査を予想していたみたいだが、甘いにもほどがある。

 

 確かに、私が他人の体を検査するのなら、外から【虚無】によるサーチを行う、というやり方になるだろう。

 だがそのやり方は前回の健康診断において、極めて類似するやり方をしていたことから無意味である、ということがわかっている。

 

 ……いやまぁ、普通ならそれで見付けられるはずなんだけどね?

 サーチと単純に言ったけど、【星の欠片】を用いてのそれはもっと複雑怪奇。

 言うなればミクロサイズよりも遥かに小さなカメラを無限数用意して、それで頭の天辺から爪先までを写しながら探査するようなもの。

 こと見逃さない、という点においてはそれこそ自身より大きな【星の欠片】なら絶対に見逃さない、というほどの精度である。

 

 産毛がビルに見えるほどの倍率のカメラで全域を確認する、みたいなやり方なのだから、本来それで見失うわけがないのだ。

 顕微鏡一台ではなく、顕微鏡無限台で一度に確認してる……というようなものなのだから。

 

 つまり、今回見付けなければいけないものは、決してミクロのそれでもないし、マクロのそれでもない。

 見えないもの・隠れているものを見付け出すためには、小さなカメラなど必要がないのだ。

 

 では、どうやって二人を検査するのかというと。

 

 

──そうね、では実際にやってみましょうか──

「はい?……うわっ!?突然足元に魔方陣的ななにかが!?」

「うぇっ!?これ俺触らない方がいいやつ?!」

──別に触っても構いませんよ?特になにもおきないでしょうから。少なくとも、貴方の右手(それ)では、ね──

「なんか今とんでもないこと言われた気がするんですがー!?」

 

 

 すい、と『星女神』様が右手を動かせば、途端に二人の足元に展開される七色の魔方陣。

 ……これはそれ自体が彼らに干渉するモノではなく、どちらかと言えば()()()()()()()()()ためのモノである。

 え?なにを繋ぎ止めるのかって?それはねー。

 

 

──星女神(starlight-diva)】、限定励起。出力範囲、『星天彩具(monochrome)』に調整。掌握・管理・断定──正常起動。『星の歌よ、その色を詳らかに』──

「ふぇ!?なになになんなんですかこれ!?」

「あ、動いちゃダメだよー。いつもならパッとやってパッと終わるはずだけど、今回は検査も兼ねてるからちょっと危ないし」

「はいいいぃ?!?!」

 

 

 真下の魔方陣が輝きを増す。

 その虹色の輝きの本質は、()()()()()()()()()()()()ということを示すもの。

 言うなれば、無数の色を揃えることで()()()()()()ためのものである。

 

 ではこの場において、例外を無くす必要のあるものとはなんだろうか?

 答えは単純、

 

 

──倫理解放、『星解』──

──siは゛ rA n ni e3818dこe a k o──

 

 

 ()()()()()()()()()、である。*3

 

 

 

 

 

 

「……ぶはっ!?」

「あ、戻ったかな?……なるほどなるほど、こんな感じかー」

 

 

 はてさて、先ほどの『星女神』様の行動からおおよそ一分ほど。

 術の影響から戻ってきたのか、琥珀さんが大きく息を吐いたことで私は検査が終わったことを認識したのであった。

 

 ……で、当の検査を受けた二人についてだけど。

 うーん、予想はしていたけどどっちも顔色が悪い。いやまぁ、さっきまでどういう状態だったのかを思えば、それも仕方のないことなんだけどね?

 

 

「さ、さっきのは……なんなんです……?」

──なにって……そうね、貴方達にわかるように説明するのなら、()()()()()()()をした、というのが近いのかしら?──

「お、オーバーホール……?」

 

 

 息も絶え絶え、という様子の琥珀さんの質問に対し、『星女神』様の返した答えは『オーバーホールをした』というもの。

 ……()()()における健康診断。それがオーバーホールであるが、そのやり方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というものになっている。

 

 当然、先ほどのそれもそのやり方に倣うわけなのだが……人間相手に対してやる場合のそれは、端的に言うのなら『一時的な【星の欠片】化』ということになるか。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 

 

──先ほどの魔方陣は、その際に意味消失を行わせないようにするもの。あとはまぁ、勝手に()()になろうとするのを防ぐ役割もあるかしら?──

「なっ、なっ」

 

 

 思わず言葉に詰まる琥珀さんだが、無理もない。

 何度も言うが、【星の欠片】になるというのは一種の自殺である。

 無論、今回彼女がやったそれは本家本元の()()とはやり方の違うものだが……本質的に似通っているとも言えなくもない。

 いやまぁ、実際のところ『星解』は()()()()()()()()()、ともすれば【星の欠片】のそれより意味不明であり、同時に【星の欠片】のそれより遥かに安全ではあるのだが。

 

 

「…………」

「あ、その目は信じてませんね?でも一応言っておきますけど、【星の欠片】より安全なのは本当ですよ?『星解』中は範囲内のあらゆる因果が解かれる。その結果としてあらゆる結合・事象・運命が一時的に()()()()()()()が……だからこそ、『死』のようなシステムも機能不全に陥りますし」

「…………?(なに言ってるんだこいつ、という顔)」

 

 

 先ほど『星女神』様が使った『星解』というモノは、言うなれば因果のオーバーホールと呼ぶべきモノ。

 あらゆる物質間の繋がりを一度解してしまうそれは、一時的にあらゆる因果を零にするものである。

 

 これにより、変な干渉がされている時はそれらが解消されるし、中になにかが隠れていたとしても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、実際に目視することすらできるのである。

 ……まぁ、あらゆる因果を零にしてしまう関係上、特定の存在以外ではそもそもその効果時間を認識できない、などということになってしまうわけなのだが。

 

 そこら辺も含めて、実質【星の欠片】専用の技術というか?

 ほら、私たちってそもそも因果が断ち切れ霧散しそうな体を気合(祈り)で維持する、ってところから始まるわけだし。

 

 なお、説明されてもわからんという感じの二人に対し、私は『とりあえず、検査は終わったよ』と納得させる作業に移行する羽目になったのでしたとさ。

 うーん、本末転倒……。

 

 

*1
1976年から今なお続く長寿トーク番組である某作品のこと。どんな相手にも動じない彼女は、ともすれば究極のボケ殺しとして機能することも。その場合の芸人側の悲哀は計り知れない……

*2
決戦前など、わりとよく喋る。相手側に迷いなどがあるととてもよく効く。逆に迷いがない・強い信念がある相手や、同義・倫理的にも相手の方が正しい時などにはほぼ効かない

*3
特殊技能、『星解』。本来は世界全ての因果を『零』にするもの、もしくは因果を『忘れさせる』もの。思い出すまで因果はなににも繋がっていない状態になる。この状態で因果を操作すると、効果が消えた際に()()()()()()()()()()()()と世界から認識される。あらゆる因果を『零』にするため、やろうと思えば相手を構成する元素を一度全て分解し、別の人間の元素と入れ換えてしまうようなことも(相手になんの副作用も与えずに)可能。できることが多過ぎてわけがわからないタイプの技能



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検査の結果は……妖精!(?!)

「……とりあえず、もう二度とやりたくないです」

「ああ、それはそうかもね」

 

 

 例え認知できなかったとしても、感覚として自分の体が散り散りになった感触、というものはあっただろう。

 

 普通に生きていたのであれば、まず味合うことのない感覚である。……そりゃまぁ、何度も体験したくはないだろうというか?

 実際のところ、【星の欠片】のそれとは微妙に違うものとはいえ──ほぼほぼ似たようなモノであるわけだし。

 

 ……ともあれ、人間のオーバーホールなどという、聞いているだけでなんだか心臓がドキドキしてくる検査を終えた二人は、それぞれその結果を聞くために神妙な面持ちで椅子に座っていた、というわけである。

 で、それに対して検査結果を伝えてくれる相手であるはずの、『星女神』様の方についてなのですが……。

 

 

「……もしかして、わりと楽しんでいらっしゃいます?」

──あら、わかっちゃうかしら?基本的に私はあそこ(星の■海)から出ることはないから、こうして人と触れあえるのがわりと嬉しくてね──

 

 

 ……【星の欠片】達は基本的に大抵のものを好ましく見ている、みたいなことを説明したと思うが。

 無論、それは元締めである『星女神』様であっても同じこと。

 ……同じであるということを踏まえてもなお、嬉しそうにしているとはっきり判断できる彼女の様子に、思わず苦笑いをしてしまう私なのであった。いやだって……ねぇ?

 

 チラリ、と視線を向けた先。

 ……いわゆる王女様とかお姫様とか、そんな感じの高貴な存在であることを匂わせるドレスを纏っていたはずの『星女神』様は、現在琥珀さんが着ていたような長い白衣を纏い、右手にカルテを持って丸椅子に座っていたのである。

 端的に言うと女医みたいに見える姿、というか。

 

 うん……形から入る、っていうことなのかな?かな?(白目)

 

 

──どう?この格好、似合っているかしら?──

「僭越ながらお一つ突っ込んでも良いのでしたら……なんでクラハドール風の眼鏡の直し方なんです?」*1

──いいわよね、この直し方。カッコいいというか便利というか──

(こ、答えになってねぇ~……)

 

 

 そりゃまぁ、そんな様子を見てしまったら『星女神様楽しそうだなー』みたいな感想になるのも仕方ないというか。

 

 ……生真面目なだけが【星の欠片】ではない、ということを身を以て証明してくれている……という風にも解釈できるが。

 同時にトップがこれなのだから、他の奴ら(星の欠片)も似たようなもんやぞ、と示してくれているようでもあるというか……。

 

 ともかく、あれこれと先行き不安になってしまったのが今の私、ということが分かれぱいいや、うん。

 仮に今の『星女神』様の様子を放置したところで、直接なにかしらの問題が出てくるわけでもない……というところまで含めて。

 

 

 

 

 

 

 はて、期せずしてお楽しみ遊ばされる『星女神』様を見ることとなったわけだが、気を取り直して。

 

 

「それで、二人の様子はどんな感じだったので?」

──結論から言わせて貰うと……初見の印象通りの存在だった、という感じかしら?──

 

 

 改めて二人の調査もとい検査の結果を尋ねたところ、返ってきたのはそんな感じの言葉なのであった。

 ……ええと、『星女神』様から二人への最初の印象、というと……。

 

 

「上条君の方が『面白そう』『ずれている』、琥珀ちゃんの方が『珍しい』『(他の人の見解と)ずれている』……って感じだったわね」

「うーん、どっちにしろずれてるのか二人とも……」

「ぴーか?」*2

 

 

 キリアが補足を入れてくれたが……概ね『違う』ことを面白がっていた、みたいな感想になるだろうか?

 ……まぁ、この場合の『違う』とは単純な差異のことを指すのではなく、『星女神』様が思わず指摘してしまうような『違い』ということになるわけなのだが。

 ──そうだね、ピカチュウ(トリムマウ)の言う通り有り難くない共通点だね!

 

 ……この突然会話に混ざってきたピカチュウ、ここがラットハウスの中の一画であることからわかるように、実際は最初の方──ライネスが起きてきた辺りからずっと近くにいたわけだが。

 最初の方はライネスと同じく、極力目立たないようにと息を殺していたのであった。

 

 それは何故か?……二人とも、『星女神』様に目を付けられることを嫌がったからである。

 なにせ、先手で絡まれた二人はこのように、見るからにグロッキー。

 その原因は二人が『星女神』様基準でも珍しい相手だったから、というところが大きいが……そもそもそうなったのは彼女の洞察力・推理力・嗅覚・それから単純な解析力が高かったからこそ。

 

 つまり、幾ら模範的・一般的『逆憑依』を気取ったところで、それは所詮仔細を調べられないために暫定的に下された評価でしかない、ということ。

 その安全は実は、嵐の中心に放り出され束の間の凪を見た小舟のような危ういもの、ということになるわけなのである。

 ……そりゃまぁ、できればお近付きにはなりたくないなー、みたいな反応をされても仕方がないというか?

 

 まぁ、現在こうして近付いてきていることからわかるように、その心配はまさに杞憂というやつだったのだが。

 ……うん、ピカチュウにしろライネスにしろ、『星女神』様からは特にアクションはなし。

 普通に接してくれる普通の相手……みたいな感じなので、二人とも胸を撫で下ろしたというか?

 

 

「……まぁ、実は『星女神』様がわざと伝えずにいる、みたいなパターンもなくはないわけですが」

ぴかっぴ!?*3

「そんなパターンもあるのかい!?」

──……あらあら。キーアも随分と私に慣れたみたいね?そんな冗談を言う余裕があるなんて──

「これは余裕ではなく、隙あらば周囲の奴らみんな沼に引き摺り込んでやる……という私なりの気概ですのであしからず」

──……それはそれで後ろ向き過ぎる、とツッコんでおくべきなのかしら?──

「どうでしょうねー」

 

 

 なお、特別とか珍しいとかの話をすると、現状トップクラスに珍しい──ともすれば街中で絶滅危惧種にでも出会ったかのような反応をされている私という先例がいる、という話になったりならなかったり。

 ……そういうわけなので、どうせならコイツらもなにか珍しいところでも見付かんねーかなー、などと後ろ向きなことを考えていたりする私ですが元気です(?)

 

 ……いやまぁ、真面目な話をすると『星女神』様のお眼鏡に叶うようなことなんて、普通にない方がいいんだけどね?

 

 

「だってそれって、下手すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな状態であるとも言えるわけだし」

──貴方はまさにそれ、ね。今回の二人はそれよりはちょっとランクが()()()……いえ、()()()と言うべきかもしれないけれど──

「ですよねー!!」

 

 

 うん、そもそもが()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるため、彼女の言う『珍しい』はそれこそ天文学的な確率見付かるようなものであることが()()、みたいなラインなのだ。

 

 ……言い方を変えると、どう珍しいのかが周囲に伝われば、下手すると他の人からもあれこれと干渉される理由になりうる……というか?

 分かりやすく言うと、本来勇者しか使えない『デイン』系の呪文をただの村人が使えたら……みたいな感じ?*4

 もしくは特別な理由もなく『直死の魔眼』の視界の歪さに耐えられる存在だった、みたいな。*5

 

 本来特別であるはずのものを、それを正当に利用できる条件から外れたものが使えている……というのは、それの原理がわからずとも気になってしかるべき存在である、みたいな?

 

 まぁそういうわけなので、『星女神』様に見初められるというのは厄介事が後々押し寄せてくることを証明してくれている、とも言えるわけである。

 ……そりゃまぁ、初動で一先ず距離を置いた二人(ライネスとピカチュウ)には色々と言いたくもなるというか?

 言いたくなった上で、その反応で正しいよと拍手((*’ω’ノノ゙☆パチパチ)を贈りたくもなるというか。

 

 ……まぁ、そんな感じの複雑な感情が胸の内を渦巻いているというわけです、はい。

 

 

「……ほとんど八つ当たりじゃないか、それ」

「うるせー!私と立場を代われー!!こんな特別要らんのじゃー!!」

「ぴかっぴぃ」*6

「きぃーっ!!!」

「はいはい、一旦落ち着きなさいな。そもそもの話、二人の診断結果を聞くのが先決、でしょ?」

「ぬぐぐぐキリアに正論を説かれるとは……」

「……今日の貴方、全方向に狂犬なの?」

 

 

 躾けて欲しいのならそうするけど?

 ……と言った母上(キリア)が顔は笑ってるけど目が笑ってなかったのでジャンピング土下座しつつ、改めて閑話休題(話を戻し)

 

 先述の印象通り、ということは上条さんは普通の彼の存在からずれていて、それが面白く。

 琥珀さんの方は、本来の『逆憑依』の原理からは微妙にずれていて、それが珍しい……と。

 

 事前の簡易診断がそのまま正解、と言い換えてもよいその言葉は、つまり上条さんの右手が『幻想殺し』ではなく他の技能を【継ぎ接ぎ】して作られた模造品であることを示し。

 琥珀さんの方は、本来なら成立しないはずの【継ぎ接ぎ】を成立するように他の要素を密かに忍ばせた結果、更に有り得ない存在に変異していた……ということになるか。

 

 

──そして、それをやったのは同じ人……なんだけど──

「なんだけど?」

──ごめんなさいね、それが誰なのかは、私にもわからないわ──

「「ええーっ!!?」」

 

 

 ここまでやったのに!?

 ……みたいな悲鳴を挙げる二人に、『星女神』様は珍しく気まずそうな笑みを返したのであった。……ふむ?

 

 

*1
初期の方の『ワンピース』のキャラクター。眼鏡の位置を直す時、指先を使うのではなく手のひらを使う癖がある。爪をデコっている時などにこうやるととてもやりやすい

*2
それって嬉しくねー共通点だよなー?

*3
マジで!?

*4
一部の『ドラゴンクエスト』における設定。『聖なる雷の呪文』と呼ばれ、勇者に類する存在しか使えない、ということが多いが、『~モンスターズ』シリーズなどではモンスターが覚えることも。因みに耐性を持つ武具・キャラが少ないのも特徴だったり

*5
型月シリーズに登場する異能の一つ。あらゆる物の死を視るという特級の魔眼。実は正確には魔眼でないのだとか

*6
暑中見舞申し上げます(御愁傷様ー)



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その瞳に見えるもの、数多であれば

「……技術体系が違いすぎる、今まで見たこともない形式だから、私の記録にはない……ですか」

「まぁ、そういうこともないとは言えないね。全てのモノに含まれるのが【星の欠片】の特徴だけど。同時に、いつでもそれが目覚めてるってわけでもない……ってのも特徴の一つだから」

 

 

 あれだけ大掛かりなことをして、手掛かりがないとは何事か?

 ……的なツッコミが飛んできそうだが、これに関しては寧ろ()()()()()()()()()()()()()()、みたいなところがあるというか。

 そんなことを二人に告げる私である。

 

 彼女(星女神様)は確かに数多の世界に遍在するモノであるが、とはいえ何時でも何処でもどんな時でも世界の全てを見ている、というわけではない。

 彼女が詳細にモノを見ようとすると、同時にその場所で彼女が目覚める要因を作る、ということにも繋がってしまうからだ。

 

 ……言い方を変えると、その場所にある世界(現実という【星の欠片】)()()()()()()()()()()()、気を利かせて配慮してしまう……ということになるか。

 

 

「数多の世界の滅び、っていうのが彼女の目覚めの条件だけど。そんな彼女が自発的に動こうとすると、()()()()()()()()()()()()()()のよねー」

「数多の世界が滅びそうだから目覚めるんじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいな?」

「そーいうことー」

 

 

 彼女の目覚めは滅びという事象と結び付いているため、端から条件が満たされている場所……クロスオーバー作品とかならともかく、そうでない場所では因果を入れ換えてしまうことがあるのだ。

 具体的には、単なるほのぼの作品なのにも関わらず、いきなり宇宙人が攻め込んでくる因果がどこからともなく沸いてくる……みたいな?

 

 無論、そういうことが起きないように、極力目立たないように世界を覗く……ということもできなくはないのだが。

 それではその世界の子細を知ることはできない。感覚的にはアカシックレコードの表面だけを撫でているようなもの、というわけである。

 ……いやまぁ、それでも十分といえば十分なんだけどね?

 なんなら【偽界包括】で自分の中に写した方の世界を視る、なんてやり方もあるし。

 

 でも、今回みたいに彼女にも覚えがない、みたいなやつだとその微妙な差異が問題になってくるというか。

 ……そう、この場合の『彼女にも覚えがない』というのは、私たちのそれとは根本的に種類が違うのである。

 

 

「未来視ができる相手に()()()()()()()()とか()()()()()()()()()()()()()()()みたいな対処があったりするけど。要するに、『星女神』様の覚えがないっていうのは()()()()()()()()()()()ってことになるのよね」

「未だ生まれていないもの……?」

「そ、未だ生まれていないもの。昔の作品とかで、近未来を描いていたりする作品があったりするでしょう?今見ると失笑もののやつ」

 

 

 古くは真空管を電子頭脳の部品に使ったロボットなんてものが出てくる作品もあった*1が……人の想像力というのは、無限に見えてわりと有限であったりする。*2

 

 その当時に得られるデータを使ってしか未来は予測できないため、偶然や必然・努力や閃きで新しく生まれる技術によって発展するシステム、というものに対応しきれないのだ。

 一昔前の作品は携帯電話こそ個人端末の極点、とばかりにそれを発展させたようなアイテムが出てくることも多かったが、現実的にはスマートフォンという個人で持てる映像端末が主流になった、とか。*3

 

 未来を視る、というのはそれだけ難しい。

 蝶が羽ばたいたくらいで未来は変わらないというけれど、その実その羽ばたきからなにかを見いだせる人がいるのなら、未来は驚くほどにその姿を変える……。

 

 つまりはまぁ、そういうこと。

 彼女──『星女神』様は確かに、過去や未来の区別無く世界を視ることのできる目を持つ存在だが、それでもなお()()()()()()()()()()というのは存在して然るべきなのだ。

 

 

「自身の意識による死角、ですか……」

──そう。例えば、確かに私はあらゆるものより小さいもの、と定義される存在だけど……もしかしたら、本当は私より小さいものがまだ存在してもおかしくはない……──

「え、そこ突っ込んじゃうんですか?」

──ええ、突っ込んでしまうの。……とはいえ、私達の小ささは未明領域で『その可能性もあるかも』と唱えるもの。ここで出す例としては少々不適切でもあるのだけれどね?──

 

 

 分かりやすい死角として、彼女は『自分より小さいもの』という存在をあげた。

 ……まぁ本人の言う通り、『小さい』という概念がある上で自分より小さい存在を考慮しないなんてことがあるのか?……というツッコミ処のある話なので、この場合の例としては不適切ではあったりするのだが……。

 それでも、なんとなく『見逃しは起こりうる』ということを認識するには十分であることも間違いないだろう。

 

 敢えて言い換えるのなら『常識』ということになるのだろうが……そういう思考できる範囲、とでも呼べるものがあることがわかれば、その外からやって来るものがあった時に対応しきれない可能性がある、というのはすぐに思い付く欠点だと言えるはずだ。

 

 世界に絶対──百パーセントはない。

 まず起きないだろう、まず出くわさないだろう……というような可能性を無視する、ということはできるが、その実無視した可能性が牙を剥いてこない、という保証は何処にもない。

 

 

「それだけならまだマシで、まったく認知もしてないし影も掴めていない、突然降って湧いたような選択肢が飛び出して来たとき、それに対処するのはほとんど不可能に近いと言えるでしょう?」

 

 

 身構え方がわからない、他の場所の常識なのでわからない、全くの未知、理解のできない事象……。

 考慮できる極小の可能性ではなく、思考の外から飛んでくる極小の可能性は、それが持つ意味を理解するところから始めなくてはいけない以上、それを完全に対処するというのは不可能に近い。

 

 分かりやすい例で言うのなら──『機動戦士ガンダム00』の劇場版に出てきたELSとかだろうか?

 

 彼らは人の常識を知らなかったため、遭遇時に相手がしてきた行動──攻撃をコミュニケーションの手段だと勘違いした。

 また人類側も、相手が自分のことを理解させるためにしてきたこと──脳量子波による会話を脳への攻撃だと勘違いした。*4

 

 いわゆる不幸な行き違い、というやつなわけだが。

 とはいえ、これらを未然に防げたか、と言えばノーだと言うしかないだろう。

 

 人ではないものの思考形態など想像するより他ないし、ある程度の知性がありながら群体型、というのも理解のし辛い相手だ。

 また相手側も、他の知性体が自分達のようなやり方をしていない、ということを気付くには無理があった。

 なにせ拙いとはいえ、自分達が使う伝達手段(脳量子波)を人間達もまた使っていたのだから。

 

 なまじ前例があるものだったため、余計に勘違いを進行させたとも言えるそれは、ゆえに互いの認識の溝を深めることとなった、というわけである。

 

 

──私の場合、そこまでの認識の溝を視ることはほぼないでしょうけど……それもまた認知の軛に縛られている、と見なすこともできるでしょう。少なくとも、認知できていることを前提としている以上は……ね──

「……まぁ、なんとなくわかりました。作品内の人物は作者の知らないことは知るよしもない、みたいなやつですね」*5

──……うんまぁ、その認識でも間違いはないわね──

 

 

 ……最終的には琥珀さんに簡潔に纏められたが、まぁそういうことである。

 彼女──『星女神』様に関しては、『作者の知らないこと』に相当するのが未だ生まれていないもの、ということになるだけで。

 

 とはいえ、これはこれで問題である。

 気を付けるべきは未知、ということがわかったのはいいが。……それが完全な未知であるということは、備えのしようがないということでもあるのだから。

 

 

「……あれ、経験則からどうにかなんねーのか?」

「普通の人ならそれでもいいんだろうけど、なにせ『星女神』様規模だとねぇ……」

「アカシックレコードやら根源の渦やらに触れてる人の隙を突く、みたいなことになるからねぇ。……いやまぁ、結構突かれてる人を見るような気もするけど、それって大抵慢心してることがほとんどだし」

 

 

 本来、未来視というのは創作的にとても扱いにくい技能である。*6

 制限無く全ての未来が見える、となればそもそも問題が起きる余地がなく、仮に問題が起きたとしても未来視能力者が手を抜いている、などという評価になるからだ。

 

 無論、知っていても変えられないものはある、というのも事実(カッサンドラのあれとか*7)だが、それも見方を変えれば作劇の都合、ということになる。

 言い方を変えると、十全に未来視が使える人間の活躍を読者に納得行く形でお出しするのは不可能に違い、みたいな感じか。

 ……なにもかもマッチポンプみたいな空気になるため、茶番感が増すとも言う。

 

 とはいえこれはあくまでも作劇内での話。

 現実的には違う……と言いたいところなのだが、『星女神』様辺りになると話が変わってくる。

 言うなれば、彼女のポジションは先ほどの『制限無く未来が見える』タイプのそれに近いのだ。

 

 作劇的には有り得ないそれが有り得ている、という時点でも大概だが、その上で今回は()()()()()()()()()()などという、それ手を抜いてるのとなにが違うん?……みたいな状況なのである。

 無論、彼女は手を抜いているなんてことは一切ない。……いやまぁ、部分的には手を抜いているわけだが、その対象に含まれていないものなわけで。

 

 では、この状況を成立させるものとはなんなのか?

 ……その答えになるのが、先ほど言っていた『作者の知らないこと』、認知の外から来るものというわけである。

 

 

「水銀さんみたいなやつ、ってことになるのかな?完璧な世界を打ち崩す外患、みたいな」

「……実際に来るものがどういうものなのかは別として、その言葉の時点で最早げっそりなんですが?」

「ですよねー」

 

 

 完璧だの絶対だの、そんなものをうち壊すものが大抵おぞましいものである……というのは色んな作品で頻出する設定なわけで。

 ほぼ完璧なモノである『星女神』様をまんまと出し抜くとなれば、一体どれ程のものなのか。……そんなことを想像させられた二人は、とてもげんなりとした顔をしていたのでしたとさ。

 

 

*1
手塚治虫氏の作品『鉄腕アトム』の主人公・アトムのこと。少なくとも真空管で彼レベルの人工知能を稼働させるのは無理があるのだが、当時はまだトランジスタやダイオードも生まれては居なかった。発想は凄いが技術が足りていない、とも言えるか

*2
自身の知識にないことは浮かんでこない、ということ。小説や漫画を作る時に色んな経験を積むべきと言われるのは、発想の土台を広く持つべきという意味合いでもある

*3
一昔前の作品を今見ると技術の部分で違和感が出てくることがある、という話。そしてその話で特に取り上げられることが多いのが、携帯端末の発展速度であるということでもある

*4
そもそも送ってきた情報量が多すぎた為に、受けた側が脳を焼き切られてしまった、という理由もある

*5
作者は自分より頭の良いキャラは書けない、とも。どんなキャラであれ、結局は自分というフィルターを通してしか出力できない、ということでもある

*6
大抵なにかしらの制約を持っていることが多い

*7
『視た未来を他者に信じて貰えなくなる』というもの。神の呪いである為、回避手段がない(恐らく狼少年的なやり方も無意味だと思われる)



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思惑は絡み合い、人はなにかを視る

(──まぁ、本当に彼女の認知の外から来るものなら、の話だけど)

 

 

 ──とはいえ、この辺りの話はあくまでも()()()()()()()()()()

 初手で切って捨てた説──『星女神』様が()()()()()()()()()()()場合には、あっさりと崩れ去る話でもある。

 

 とはいえ、その辺りは口に出さない私。

 それが正解の場合は、彼女がわざわざ見逃していて・尚且つ自分の風評が悪くなることも厭っていない……ということになってしまうため、どう考えてもそっちのパターンの方が面倒臭いというか、嫌な予感でいっぱいだからだ。

 いやまぁ、【星の欠片】が今更自分の風聞を気にするか、って話でもあるのだが。

 

 とはいえこの辺りは指摘する方が不適切、ということに間違いはなく。

 ゆえに、このまま穏便に話を終えることにした……というわけなのでしたとさ。

 ……穏便とは?みたいな疑問は受け付けません。

 

 

 

 

 

 

──私から言えることはそれくらいかしら。……ああ、あとはこれを──

「……これは?」

 

 

 はてさて、げんなりしている二人に気を取り直すように、とばかりに手を叩いた『星女神』様。

 その音につられて顔を挙げた琥珀さんに対し、彼女はどこからか小さな物体を取り出して、彼女の手元にゆっくりと飛行させたのだった。

 

 で、そうして飛ばしたものがなんだったのかと言うと。

 

 

──『星因』……と言ってもよくわからないでしょうから、まぁ記録媒体だと思えばいいわ──

「はぁ、記憶媒体……?」

「それ一つで1クエタ*1バイトくらいは余裕で保存できるわよ?」

「……はい?」

「因みに通信速度は100(ロナ)*2bpsが最低くらい?まぁ技術が進めばもっと早くなるかもだけど」

「頭沸いてらっしゃいます???」

 

 

 なに言ってるんだこいつ、みたいな顔をしている琥珀さんだが、無理もない。

 なにせ今『星女神』様から渡されたモノは、見た目的には普通のUSBメモリに過ぎないにも関わらず、その実態は【星の欠片】由来の技術でいっぱい……という、ともすれば嫌がらせとすら思われかねないものだったのだから。

 

 具体的に説明すると……現行(2023年)のSSD・HDD*3の容量の最大値が大体15~20テラ()バイト。

 テラ()の次の単位がペタ()だが、それのペタ()倍がクエタ()という単位である。

 因みに、ロナ()はクエタの一つ下の単位なので、それの千分の一ということになるか。

 

 ……まぁ要するに、今の科学技術的には絶対に届かない範囲のアイテム、みたいな?

 そりゃまぁ、そんなもんをポンッと渡されても困るというか、下手すると危険物以外の何物でもないので嫌な気にしかならないだろうなー、というか。

 

 

「……危険物?それって中になにかやべーもんでも入ってるのか?」

「いやいや、そうじゃなくて。このレベルの記録媒体だと、()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「……どういうことだ?」

「雑に言ってしまいますと、現行の記録媒体の容量として一般的な単位──テラの1018倍の容量、ということになりますからね。更には話を聞く限り、通信速度もなんらかの方法で加速させているということになりますから……もしこれに使われている技術が再現出来た日には、それこそ世界が変わると言っても過言ではないでしょうね」

「……そ、そんなに?」

「そんなに、です。……光ファイバーの通信速度の理論限界がおよそ250Tbpsなんですから、それこそ桁違いなんですよこれ」*4

 

 

 今琥珀さんが語ったように、現状のメモリーやデータの通信速度からすれば、このメモリーのそれらは破格の一言。

 

 現行の技術において、恐らくは一番データを保存する量が大きいモノだと思われる『DNAストレージ』*5は、一グラムのDNAにおよそ200Pバイトのデータが保存できる、とされている。*6

 USBメモリの大きさなんて、精々十グラム程度のモノだと考えれば……このメモリがどれくらいおかしいのか、というのもなんとなくわかるだろう。

 

 というか、『DNAストレージ』は未だ研究段階の代物。*7

 現行で実用化されている大容量メモリとなると、磁気テープによるモノになる*8わけだが……そっちは最高でも600Tバイト*9くらいだし、HDDやSSDに関しては先ほど述べた通りである。

 ……どういう原理なんだ?くらいの疑問は持って然るべきだし、仮に再現できるのならそこら辺の技術を研究している会社を全部廃業に追い込めることになるわけだから、そりゃまぁ触りたくねぇってなってもおかしくはないというか。

 

 ……まぁ、今回の話で一番あれなのは、この超絶メモリーがさっきまでの話のお詫びに渡されたものに近い、ということだろうが。

 これ一つで国家予算が幾つ吹き飛ぶのか、みたいな価値のあるモノがポンッと渡されたわけなのだから、そりゃまぁ『もしかして私死ねって言われてます?』みたいな顔になるのも仕方ない、というか?

 

 なお、実際にはもっとやベーモノが中に収められていたりするのだが。

 

 

「この上まだ厄ネタが待ってるんですか……?もう私見なかったことにしてこれをしまっておきたいんですが……」

「止めといた方がいいと思うわよ?なにせそれ、さっきまでの検査結果とかのデータが入ってるみたいだから」

「ゑ?」

「メモリ側に補助システム入ってるから普通のパソコンでも確認できるのがいいところだよねー」

「ゑ゛?」

──あと、その辺りの解析に使えそうなプログラムとかも入れておいたから使ってね?──

「……上条さん、あとはお願いします。……きゅう」

「待って!!?俺をこの場に一人にしないで!!?」

 

 

 いつの間にか厄ネタを察知して逃げたライネスとピカチュウ。

 そのため、この場には私たち【星の欠片】組と、哀れな被害者……もとい、検査を受けた二人だけしかおらず。

 そんな中、情報の洪水によってキャパをオーバーした琥珀さんが意識を投げ出し、結果として上条さん一人だけが取り残される形となっていたのでしたとさ。

 うーん可哀想(他人事)。

 

 ……え?ゆかりん?かなり最初の方で気絶して、今はアザラシみたいに横たわってますけどなにか?

 

 

 

 

 

 

「……ええと、それから一体なにが……」

「え?聞きたいのマシュ?ここからなにが起きたのか、恐ろしくもおぞましいことが起きたのか、子細を端から端まで聞きたいのマシュ?」

「そ、そこまでは言ってません!」

 

 

 はてさて、日付は変わって次の日。

 説明会を前日に控えた火曜日……というわけなのだが、生憎?と、『星女神』様はこの場にはいない。

 なぜならば、ちょっとこの場所を見てみたい……と彼女からのお願いを受けたキリアがエスコートを行っているから、である。

 

 ……流石にずっと引っ張り回されてちゃ気も休まらないでしょう、ということで私は同行を免除されたわけだが……正直こっちの見ていない場所でなにをしてるやら、的な感覚からあんまり落ち着いてられない感じである。

 なので、マシュに前日までのあれこれを解説しているのだが……これが中々。

 

 改めて口にしてみると、短いながらあれこれ有りすぎたというか?

 そもそもこれ、あくまでも前座なんだよなぁと胃が痛くなってくるというか。

 ……あとはまぁ、比較的真面目な話ばかりしてたのでいい加減適当な話をしたいというか()。

 

 そんな気持ちが多重に積み重なった結果、半ば愚痴めいた話が続いたというわけなのである。

 なお、だからといってマシュを巻き込みたいとは思わない私なのであった。

 彼女には荷が重い……みたいな部分もなくはないが、どっちかと言うと真面目キャラにシリアス成分が混ざると引っ込みが付かなくなる、みたいなところの方が大きいというか?

 

 

「……まぁ、私がその場にいたらもっと色々と質問をしていたかもしれませんが」

「でしょう?ただでさえ本番前なのに、今の時点で濃ゆいもの投げ込まれても対処できんよ……」

 

 

 やはり、どこまで行っても『まだ本番じゃない』ってのが大きいというか。

 そんなことをぼやきながら、今ここにはいない二人へと思いを馳せる私なのでありましたとさ。

 

 

*1
『1030』倍を意味する国際単位系(SI)接頭語。2022.11に国際度量衡総会が決定した、比較的新しい単位。漢字の単位で言うと『100穣』となる

*2
『1027』倍を意味する国際単位系(SI)接頭語。2022.11にクエタなどと共に制定された比較的新しい単位。漢字の単位で言うと『1000 (じょ)』となる。また、人間を構成する原子の数が大体4~6(ロナ)個くらいなのだとか

*3
それぞれ『ソリッド・ステート・ドライブ』『ハード・ディスク・ドライブ』の頭文字を取った言葉

*4
なお、この場合の限界値はあくまでも単一の光ファイバーを使用した状態でのもの。伝送路を増やすなどすれば、総量として増加はまだまだ可能である。……なお、あくまでも理論値であり、現状の通信網における光ファイバーの通信速度は1Gbps。更に、次世代の通信技術として期待される『6G』の場合はおよそ100Gbpsほどである

*5
文字通り、『デオキシリボ核酸』ことDNAをデータ保存の為に利用しよう、という方法。遥か昔のDNAも解読できる、ということでデータの長期保存に適しているのでは?……とされている。データを塩基配列に変換する、という方式なので、DNAに書き込むというよりはデータに見合ったDNAを作る、という方が近い

*6
コロンビア大学の研究チームが2017.03に達成した記録。その後、マイクロソフト社の出資したチームが同じ重量のDNAに1ゼタ(Z。1021倍を表す単位)を越えるデータを保存することに成功した、と発表したとか

*7
物理的なストレージであるため、読み書きなどに問題を抱えている

*8
カセットテープとかのあれ。今ではデータの保存技術が格段に進化しており、かつ安価・保存がしやすいなどの理由から昔よりも利用されている節すらあるとか

*9
理論値。とはいえ、現行での基準サイズである10cm×10cm×2cmのものであれば、普通にそこらのHDD・SSDより大きい容量のものがあったりする



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幕間・ちょっと気を抜きましょう

「そういうわけで、私の気分転換に付き合うといい!」

「突然連絡してきたと思ったら、また急な話だな……」

「いやまぁ、こっちも暇だったしいいんだけどな!」

 

 

 そんなわけで。

 あれこれとストレスのたまる日々を忘れるために、男共?を呼び出した私である。

 ……え?疑問符が付いてる理由?そりゃもうキリトちゃんが混じってるからですが?

 

 そんなわけで、今日呼び出したのは顔見知りの男性陣何人か。

 ……呼んだけど都合が悪いとかで居ない人もいるのだが。具体的には銀ちゃんとか。

 

 

「あれに関しては、単に暑い中あれこれしたくない……ってだけの気もするけどな」

「一理どころか百里ある」

「……そこでその主張を認めると、お前さんが俺らを炎天下の中連れ回す極悪人……ってことになるんだがいいのか?」

「お?この程度で炎天下とは笑わせますねぇ。見てご覧なさいよこのなりきり郷の外のくそ暑さ(ファッキンホット)*1を。外の気温を参考にして温度の変化を~、みたいなことしてるのがここだけど、それでもこの異常気象一歩手前どころかオーバーしてるような気温は流石に参考にはしておらんわっ」

「……いや悪かったから。謝るから端末押し付けてくるんじゃねーよ……」

 

 

 まぁ、銀ちゃんは単に「このくっそ暑い中で遊んでられるかぁ!!」とかなんとか言って、部屋に引きこもってジャンプ読んでるだけだと思うのだが。

 で、暫く経ったら桃香さんかゴジハム君辺りに「真っ昼間からクーラーの効いた部屋で休んでるんじゃありません」とかなんとか言われながら追い出されるのである。

 

 ……昔の夏の風物詩みたいなもんだったなぁ、昼間にクーラーは勿体ない、みたいなの。*2

 今それを地上(なりきり郷の外)でやったら怒られると言うか炎上するだろうなぁ。

 そう考えてみると、この数十年で真夏の気温ってバカみたいに上がったんだなぁ、と思わずしみじみしてしまう私である。

 

 なおさっきの銀ちゃんところの話の続きだが。

 なんでXちゃんは追い出し組に入ってないのかと言うと、

 

 

「はっはっはーっ!謎のヒロインXX参上!どうです銀時君も、夏の暑さが辛いのなら水着になるというのは!」

「いや止めてくんね?お前みたいなのが着るのと違って、銀さんみたいなおっさんが往来の目の付くところで水着なんて着てたら、普通に通報されて普通にしょっぴかれるだけだっつーの!」

「?ここはなりきり郷なんですから、服装の奇抜さ卑猥さ程度では取っ捕まったりしませんよ?」

「あーそうだった!!ここ色んな世界観混じりまくってるから、外での常識とか通じないんだったー!!でもやっぱり俺が水着ってのはなし!!俺別にソシャゲとかに出てねーから!いつでもどこでも水着で動き回るようなキャラじゃねーからー!!」

「ほぅ、水着でないのなら構わないのですね?」

「…………はい?」

「ふっふっふっ、声繋がりでリーシャのところの話(グラブルのこと)については把握済み。なんでも今のご時世、真夏の暑さに耐えるために()()()()()()()()、なんてこともあるのだとか。*3ですので今回銀時君に用意してきたのはこちら!!」

「ゲェーッ!!?ブーメランパンツwithサンタ帽子とつけ髭ぇーっ!!?」

 

 

 ……とまぁ、そんな感じで普通に真夏の暑さに適応しているから、だったり。

 

 実際、公式のソシャゲが存在する……みたいな作品の場合、ガチャキャラがどれだけ実装できるのか?……というのは割りと死活問題。

 FGOやグラブルみたくキャラを増やし続けられるのならともかく、限られたキャラしか使えないような作品の場合は、とにかく同じキャラのバージョン違いを用意し続ける……みたいなことをしないと苦しいだろう。

 

 そうなると絵面的に問題になるのが、服装がTPOと噛み合わなくなる……というやつである。

 

 特に、普通の状態はそこまで強くもないが、特定の服装の状態だと無双するほどに強い……みたいな感じの場合、真夏の炎天下の中着込んだサンタが走り回ったり、はたまた真冬の極寒の空の下、布一枚二枚程度しか纏わぬ水着キャラ達が敵を殴って回ったり……という、なんというかちぐはぐな世界観が構築されることも稀にある、というわけである。

 なんなら、公式のゲームではなくコラボ先なのに水着などの別服装がある*4……みたいなパターンもあるというのだから、TPOを無視した服装の問題、というのはかなり根深いモノがあると言えるだろう。

 

 とはいえ、悪いことばかりでもない。

 現実……もとい、普通の場所でやるならともかくとして、場所として特殊ななりきり郷内であれば、そういう問題についての共有は終わっている。

 ……つまり、年がら年中水着やサンタ服で動き回るものがいたとして、誰も問題にもしないし殊更に注目もしないというわけである。

 

 従って、暑いんだから水着で行動する……みたいなのは寧ろ日常茶飯事。

 服装のあれこれで文句を言うのは素人みたいなもの、ということになるのだ。

 

 なんなら、Xちゃんの場合は「ロボです」と言い訳することも可能なので、なおのこと咎めにくいし咎められないのだ。

 ……まぁ、巻き込まれる銀ちゃんに関しては御愁傷様、だが。

 

 

「…………」

「なんでそこで目を逸らしたし、キリトちゃん」

「いやほら、例のゲームのお陰で俺ってば、こっちの姿にも一応服装が一通りあるから……」

「あー……アスナさんに誘われたんだね、プール行こーみたいな感じで……」

 

 

 なお、銀ちゃんところとは別に、誘ってくる身内がいるキリトちゃんは微妙な顔をしていた。

 ……彼女が言ってるのは恐らく例のソシャゲ──コードレジスタでの長髪の方のキリトの水着のことだろう。

 

 ただあれ、見た目は確かに女の子だけれども中身はGGO仕様……つまり男性なわけで。

 そこを踏まえると、流石に今のキリトちゃんに着せるには色々と憚られるというか……え?プライベートビーチ的なところで二人だけで泳ごうとかなんとか言ってた?……あっ(察し)

 

 ……割りとあの人色ボケだよなぁというか、なんやかんやで他の女の子相手に結構ヒーローしてたりするから()()()()()もするよなぁ、などという言葉を飲み込む私なのでしたとさ。

 

 

「……そ、そういえばハセヲ君の方は、アルトリアもといリリィに誘われたりとかはしなかったの?」

「んぁ?……いや、この間来たばっかりのジャンヌとかに色々と世話を焼くとかなんとかで、暫く遊びには行けません……的なメールなら来たが……」

「ほほう」

 

 

 で、話題を変えるために話を振ったのがハセヲ君。

 彼もまぁ、リリィに引っ張られてあちこち連れ回されたりしている身なのだが……そこにあるのは恋愛感情というよりは親愛……雑にいうと姉と弟のそれみたいな感じなので、キリトちゃんみたいなアレな感じはないのであった。

 ……いやまぁ、原作のハセヲ君を思うと、なんか不思議な気分になるのだが。

 

 

「……んだよ不思議な気分って」

「ゲームシステム的にやれないだけで、本編のハセヲ君ってペルソナも真っ青の複数股野郎みたいなもんなのに、よくもまぁここでのハセヲ君は大人しいもんだなぁというか」

「……おい、ここはキレていいところだよな?」

「どうどう、ハセヲどうどう」

 

 

 その辺りのことを正直に話したところ、こめかみに怒りマークが見えるくらいに()()()をするハセヲ君が現れたりしたが、正直その辺りの風評は避け辛いものというかなんというか。

 ……まぁ、今の彼には関係ないことでもあるので素直に謝って、最後の一人を待つことにしたのであった。

 

 

「……しかしまぁ、ブルーノが来れなかったりクラインが来れなかったりした結果、アイツが来ることになるとはなぁ……」

「色々とまぁ、ビックリする話だが……まぁ、なくもないのかもな、今だと」

 

 

 で、その一人を待つ間、特に話すこともないので必然、会話の内容はその最後の一人についてのものになっていく。

 

 いつものメンバーが大抵来れないとか無理とかで欠席したため、たまたま連絡先を持っていたその人()にも誘いを掛けてみたのだが……片方は断り、もう片方は快諾をしてくれたのだった。

 なおこの時、私たちはそれぞれの判断が逆だと思っていたため、思わず顔を見合わせたりしている。

 

 それくらい、こういう集まりには参加しないような相手だと思われていたわけなのだが……なにか心変わりがあったのか、誘われなかったので今まで出てこなかっただけなのか。

 その辺りが話題の中心となり、白熱していく会話が続きに続き……。

 

 

「おーい、お待たせー……って、なになになんの話?」

「いやねぇ、今日一緒に行動することになるもう一人の話……って、ん!?」

「おー、なるほど俺の話かー。……それって俺が聞くのよくないんじゃねーの?」

「「んんん?!」」

「……ん、なんだよみんな、俺の顔見て不思議そうに。それともなにか?こうして威圧感のある姿を見せた方が良かったか?

「うぁぁぁ宿儺だぁ!!?」

「す……宿儺が街を練り歩いてるッ!」

「……いやどういう反応だよ、それ」

 

 

 ふと掛けられた声に、思わず普通に返答をしてしまい……その声が()()()()()()()ものであることに気付いた私は、振り返って驚愕することになるのであった。

 なにせ、そこにいたのは一人の青年──別に腕が四本合ったり、目が四つ合ったり、口が二つあったりするわけではない、普通の青年。

 故にこそ私たちは呆気に取られ、思わず彼に視線を向けて……その見た目にそぐわぬニタリ、とした笑みを浮かべ、いつもの彼の姿──宿儺さんの姿になったことに、私たちは思わず悲鳴を挙げることになったのであった。

 ……それ虎杖君じゃねぇの!?

 

 

*1
文字通り『クソ暑い』という意味の言葉だが、ここでは『探偵!ナイトスクープ』の企画でカナダ人女性に熱湯風呂を体験させた時のものが元ネタ。それが2013年の記録的な猛暑の際ネットで出回り、ネタとして定着した。因みにこの時の気温は今の基準でも普通に暑い(最高気温41.0℃を記録した場所も)

*2
ここ数十年で夏の気温が上がりすぎたことを示しているとも言えるネタ・風物詩の一つ。今ほど外が暑いわけでもなく、打ち水・風鈴などでどうにか誤魔化せた時代は、クーラーは贅沢であると使わないところもままあったとか。この時の感覚が残っている高齢者などは、その感覚のまま冷房を使わずに熱中症になることも多い

*3
『ぐらぶるっ!』1069話での一幕。夏の暑さに耐えかねた面々が、服装を変えようと飛び込んだのは冬服のしまってある場所。思わずビィが『そんなところには厚い服しかねえだろう』と止めるものの、出てきた団員は(所々ファーのようなモコモコは付いているものの)普段着より遥かに露出の多いクリスマス服を着て出てきたことに困惑したのであった……。ソシャゲにおいて、クリスマスに限らず露出の多い服が多いことを揶揄したモノとも言えなくもない

*4
分かりやすいのは『シノビマスター 閃乱カグラ NEW LINK』だろうか。覚醒時に服装が変わる都合か、普段着から水着に変化するコラボキャラがとても多い。なんなら『シノマス』の場合一部のキャラを除いて他のキャラの服を着せる、ということができるため、明らかに服ではない泡とかを着せることも可能だったり。……自分のところとコラボ先の双方で、泡を着れるのはDoA組くらいのものだろう



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幕間・意外な人と一緒に歩く

「幾らここが見た目とか服装に頓着しないっつっても、限度ってものがあるだろ?それにほら、普段の俺だと喧嘩とかになる可能性も滅茶苦茶あるし」

「だからって、まさか虎杖君状態で来るとは思わないわよ……」

 

 

 あれから一息吐いて落ち着いた私たち。

 改めて視線を向ければ、そこに立っていたのは見慣れない青年──虎杖悠仁の姿をした宿儺さん。

 

 そう、今回同行する最後の一人とは、なにを隠そうこの宿儺さんだったのです。

 まぁ、まさかこの人がTPOを弁えたような格好をしてくるとは、夢にも思わなかったわけなんだけども。

 

 ……でもまぁ、本人の言うことも一理ある。

 なにせ本来の彼の姿といえば、一応人間であると言われているにも関わらず、あからさまに人外の様相。

 その姿が伝説に語られた飛騨の大鬼神・両面宿儺のそれに近似しているからこそ、彼はその名で呼ばれるようになったわけなのだから……そりゃまぁ、普通の人は怖がるに決まっているというか。

 

 そういうわけなので、余計なトラブルを避けるために姿形を整える……というのは、ある種当たり前の行為だと言えるのであった。

 ……まぁ、それをやっているのがかの『両面宿儺』でなければ、と注釈が付くだろうが。

 

 

「まぁ、否定はしない。俺ってば普通の宿儺ってわけでもないから、こうして今の俺(悠仁)を取り繕うのも全然苦じゃないけど……本来の俺だったら絶対やらないっていうか、寧ろ怖がる奴ら全員膾切りにしながら嗤ってるだろうなぁというか……」

「ですよねー」

 

 

 今しがた本人が述べたように、本来の『両面宿儺』と言えば、女子供をこそ好んで甚振って遊ぶような存在。

 ……そういうキャラに有りがちな小物ではない、というのが面倒臭いポイントである。*1

 なにせ、現状判明している範囲の能力の時点で最強クラス、隠しているものやら後に得たものまでカウントすれば、ほぼほぼ無敵と言い換えてよいラインの存在なのだから。

 

 ……ついでに、弱者相手には傲慢だが強者相手には慎重……という、戦う上で厄介この上ない性質まで持ち合わせているのだから質が悪い。

 趣味の一点だけマイナスで、それ以外は強者として普通に箔や格がある……となれば、そりゃまぁ作者から贔屓でもされてるのか、なんてツッコミも出てこようと言うものである。

 

 まぁ、強者としての魅力をマイナスに叩き込むくらい、弱者に対してのあれこれが小物臭すぎるのも本当なのだが。

 

 

「それを俺に言われてもなぁ……性格悪いほど強い、ってのが呪術師の基本なんだし、そりゃまぁ作中最強格ともなれば趣味の悪さの一つや二つくらい……みたいなもんなんじゃねーの?」

「うーん……これを宿儺本人が言ってる、というのがやっぱりおかしいと言うか……」

 

 

 なお、何度も言うがあくまでもこれらの批評は()()()()()()()である。

 

 ここにいる宿儺さんは、恐らく原作の彼と比べると遥かに弱いだろう。……代わりに、ある程度取っつき易くもなっているのであった。

 ……っていうか、取っつき易くなってないと例え滅茶苦茶ランチが美味しいとはいえ、彼の店に客が来る……なんてこと自体がないだろう。

 自分に作るのならまだしも、他人に対して飯を作る……なんて、絶対にしそうにないし。

 

 

「そういう意味じゃあ、声の影響力は凄い……ってことになるのかな。この声で料理人……とだけ条件付けをすると、大層な数の人間が該当するからな

「エミヤん以外にも、店主さんとか葉山くんとかもいるからねぇ」*2

 

 

 そうした変化のきっかけを作ったのが、いわゆる中の人であるというのは興味深い。

 

 恐らくはだが、元々なりきりをやっていた時に元の宿儺のままではいろいろと不都合があったため、取っつき易い面を探した結果……ということになるのだろう。

 そのお陰というかなんというか、こちらは彼との対峙をすることなく、こうして友人として触れ合えるわけで……キャスティング様様、というわけである。

 

 

「キャラ付け、ねぇ。……俺なんかはそのまんま話が進めば精神的に成長するが、宿儺は暫定ラスボスってこともあって変化は望み辛ぇもんなぁ」

「最初のうちはナルトと九喇嘛みたく、憎まれ口叩き合いながら仲良くなったりするのかなー、なんて思ってたもんだけど……」

結果はあれ(体の引っ越し)、だからねぇ。……ちょくちょく提示されてはいたけど、本当に相容れないタイプだったんだなぁというか……」

「……いや、俺に視線を向けられても困るんだけど?」

 

 

 そんな話を聞いて、しみじみと語り始める周囲の面々である。

 ……ハセヲ君も初見は取っ付きにくいタイプだが、それは作中の出来事によってある意味歪められた状態。

 問題を解決する度に人間として成長していった彼は、最終的にはとても頼れる人物になった。

 

 その事実がある以上、彼は周囲から遠巻きにされる、なんてことはもうあり得ない。

 例え今、彼の再現度が低くぶっきらぼうであったとしても、やがて至る場所を知る人達は多少の悪態で離れるようなことはしないだろう。

 

 対して宿儺さんは……実際本当にラスボスになるのかは不明だが、ともあれ現状一番の壁であることも事実。

 ハッピーエンドを掴むには必ず打倒しなければならない相手である上、最早和解の道なんて欠片もあるように思えない以上、宿儺という存在の心象が良くなるなんてことはまずあり得まい。

 仮にあったとしても、それは悪役としてのカッコ良さなどの方面であって、味方になるとかならないとか、そういう話では決してないはずだ。

 

 ……似たようなポジションの九尾の狐(九喇嘛)と違い、軌道修正は望むべくもないだろう。

 

 そう考えると……なんというかまぁ、本当に原作そのままの彼でなくて良かった、と思わざるを得ない私たちなのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ついでだから聞くけど……やっぱり、そのまんまのキャラでやるのは無理があった感じ?」

「んー、例えば俺と(悠仁)の二人でやる、とかならまだなんとかなったのかもだけど……」

「だけど?」

「掛け合い禁止だったんだよね、そのスレ」

「あー……」

 

 

 そのまま、流れでスレ時代の話に移行する私たち。

 私たちの話は結構知られているため、ここはやはりあんまり外に出てこない宿儺さんの話、ということになったのだが……。

 そこで出てきた発言は、私たちに一つの納得をもたらしたのであった。

 

 さっきも少し触れたが、原作で傍若無人だったり自分勝手だったりするキャラをなりきりする、というのは中々に難しい話であったりする。

 いやまぁ、単純にキャラクター同士を話し合わせたりするのであれば、そこまで問題ではないのだ。

 ……いや、実際には問題あるけども。キャラの発言と中の人の発言はイコールではない、みたいな擦り合わせが結構必要になるけども。

 それでも、名無し達との会話に比べれば、キャラ同士の会話なんて遥かに簡単であるのは間違いあるまい。

 

 それは何故か?

 ……名無しを呼んできて行うなりきり、というのは少なからず客をもてなしているようなものである、という部分があるからである。

 

 

「単純になりきって遊ぶって言っても、それこそ子供の頃のごっこ遊びのようなモノもあれば、演劇のように他人に見せることを目的としたモノもあるからなー」

 

 

 キリトちゃんの言う通り。

 一口になりきりと言っても、それがどういう性質のモノなのか、というのには結構な違いがある。

 その中でも大きなモノの一つが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というやつだろう。

 

 子供のやるなりきり──ごっこ遊びは、つまるところ()()()()()()()()である。

 憧れのキャラクターになりきり、自分もいつかそうなりたいと願ったり。はたまた、人気のキャラになりきって注目を集めたり。

 その根底にあるのは、それらのキャラになりきって自分が楽しく・気持ち良くなりたいという思い。

 ……他人に見せるためのモノにそれが一切ない、などと言うつもりはないが、逆に自分のためのモノに他者の介在する余地があるかと言われれば、それは微妙なところだろう。

 

 無論、他人に称賛されるほどになりきれるんだ、みたいな感じのモノもあるだろうが……それでも、それらの報酬系は自己の中で完結するもの。

 言い方を変えれば、自己満足で終われるものなのである。

 言いたいことだけを言って、やりたいことだけをやるようななりきりは、まさにこの系譜のモノだと言えるだろう。

 

 対して他者に見せることを前提としたなりきり──いわゆる演劇や芝居のようなものは、必ず他者の批評を介在する必要がある。

 最終的には自分に返ってくるとはいえ、その過程の中で必ず他者にもなにかを与えることになるのがこの系譜の特徴だ。

 そしてそれゆえに、最終的に満足だけが残るとは限らない。

 自身の演技が拙いなどの理由があれば、他者から得られるモノは批判というマイナスのものだけ、ということになる場合も少なくはないはずだ。

 だからこそ、もし他者からプラスの評価を得られた時は──自己の充足は一人で満たすそれを遥かに上回ることだろう。

 

 それを得るにはまず、独り善がりのなりきりを捨てる必要がある。

 自分だけが楽しい、自分だけが面白い……というようなものは、基本的に他者には面白いとも楽しいとも思われないものだ。

 稀に、自身の面白いを他者に波及できる者も存在したりするが……そういうのは一握りの人間だけ、というのが相場。

 

 少なくとも、趣味でなりきりをしているだけの人間に求めるのは、中々に酷なモノのはずだ。

 なにせ彼らは素人。……他者に見せることを想定していなかった、想定していたとしても見通しの甘かった者が大半なのだ。

 そういう意味で、なりきりという遊びは意外と奥の深いものだと言えるのだ。

 

 ……話がずれてきた気がするので軌道修正。

 ともかく、名無しという客を呼んでくるタイプのものが先の話の後者──他者に見せることを意識するものである、ということは間違いあるまい。

 それを前提にすると──当たりの強いキャラというのは、それだけで不利になるのである。

 それは何故か?……好き好んで悪態を付かれたいと思う人間は、普通は特殊な部類になるからだ。

 

 

「喧嘩腰の相手に話し掛けたいとは思わないように。上から目線の相手にも、できれば近付きたくないと思うのはある意味当然のこと。……そういう意味で、原作そのままの宿儺とか、会話になる気が全くしないもんね」

「掲示板上だからそんなことはできないけど……もしリアルに対峙したら、まず間違いなく嗤いながら切り殺されるもんな……」

「ネット上の人間とか、まず間違いなく宿儺からしてみれば弱くてつまらないものでしかないしな……」

 

 

 悪役として魅力があるというのは、得てして()()()()()()()()()()()()みたいな評価が隠れているもの。

 ……場合によってはキャラ一人のみ、他全て客である名無しのみ……みたいなことがままある質雑型において、宿儺のようなタイプは本気で向いてないのである。

 一応、注意書きなどでそこら辺をごまかす手もなくはないが……自身の返答のみでその辺りを無視できるくらいでないのならば、その内スレが崩壊するのは目に見えているというか。

 

 それでも、なりきりをしてみたいという欲は消せないだろう。

 そういう時に役に立つのが、声繋がりのネタなどを使うというものであり。

 そしてそれを上手く使った結果が、ここにいる宿儺さんになる、というわけなのであった。

 

 

*1
わりと珍しいタイプ。弱者を甚振って遊ぶ、という絵面がカッコ悪いこともあり、それなりの強さならともかく作中最強格でこのタイプなのは、それこそ不倶戴天の敵、みたいなモノくらいにしか見られない。……その時点で和解の線はなかった、とも言う

*2
それぞれ『fateシリーズ』『異世界食堂』『食戟のソーマ』のキャラクター。分かりやすく料理に関わりのあるキャラクター繋がり



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幕間・誰もが仲良く、はとても難しい

「まぁ、そこまで大仰なことを考えてたわけでもなく、『なるほど宿儺ってエミヤとかと同じ声なのか。……しかも料理人?ならそっち方面だ!』みたいな軽いノリで始めたんだけどな」

「うーん、前回までの解説がなんだか茶番じみて来たぞぅ」

 

 

 結構あれこれ語ったけど、本人はそこまで難しく考えてないよ*1、みたいな反応を返され思わず苦笑する私である。

 ……まぁうん、偶然今の状況に合致した、みたいな可能性は少なからずあるだろうなーとは思っていたけれども。

 

 ともあれ、色んな意味で今の宿儺さんで良かった、というのは間違いないだろう。

 特に私と原作の宿儺さんは相性が悪い……もとい、相性が悪すぎて酷いことになる予感しかしないし。

 

 

「ん?そうなのか?」

「そうだよー。そもそもの話、【星の欠片】って理不尽に対しての理不尽みたいなものだからねー」

 

 

 私の言葉に、キリトちゃんが首を傾げているが……何度も言うように、私の属する【星の欠片】という存在は、原則的にか弱い上、さらには私の今の姿は女性で子供。

 ……先の本来の宿儺が甚振る相手の特徴に完全に合致している、と言えてしまうだろう。*2

 

 そもそもに【星の欠片】自体が、強者に対しての理不尽とでも呼ぶべき存在。

 負けることを確定するせいで、それ以外のあらゆる事象が無茶苦茶になる……という理屈のそれは、彼みたいな()()()()()()()()()()()()()()にはまさに猛毒の如し、という感じになるのだ。

 

 

「【星の欠片】の理念的にも、あの宿儺は最早ヒト扱いされないだろうからねー*3。結果的にはこっちの無限敗北&無限レベルアップの存在放逐もさくさく進みそうというか」

「なんつーかまぁ……原作通りで無くてよかったな、マジで」

 

 

 わけのわからんことになるのは御免だ、みたいな顔をするハセヲ君に対し、宿儺さんは苦笑いを返していたのだった。

 

 

 

 

 

 

「んで?話はこのくらいにするとして、今日は一体なにをするつもりなんだ?」

「うーん、とりあえずストレス発散!……としか考えてなかったからなー」

「おい?」

 

 

 はてさて、辛気臭い話はここまでにするとして。

 今日の目的はそもそもこれまでに溜まりに溜まったストレスを発散すること。

 無論、このままぐちぐちと話を続けても、それなりにストレスは発散できるだろうが、余計なストレスをまた生産する可能性も否定はできないため、他のことをしようということになったのだが……。

 うん、なにしよっか?

 

 ……いや、これは私が無計画というわけではなくだね?

 単純に、なりきり郷内でやれることが多過ぎてどれかに絞る、ということができなかっただけというか。

 あとはまぁ、他の面々がしたいことをする……みたいなのもあった方がいいかなー、というか。

 なので、決して私が優柔不断というわけではないのです、以上。

 

 

「……いや、大分優柔不断じゃねーかな?」

「シャラップ!やりたいことなんて人によって違うんだから、多数決を採用するのは決して間違いないの!」

「へいへい……」

 

 

 そういうわけで、一先ず一回目の多数決。

 そうして決まったのはバッティングセンターなのであった。

 

 

「……おっ、キーアちゃんじゃん久し振りー!」

「おおうユッキじゃん。……いやまぁ、そりゃそっか。野球好きが行くところなんてそりゃあ限られてるよね」

「おっと聞き捨てならないぞー?私はちゃんと球場にも行ってるんだからねー!」

「なりきり郷内の球場って、超次元サッカーとかバヌケも真っ青の無茶苦茶野球やってるところじゃん。私何度地球が滅ぶ姿を幻視したか分からないよ?」

「○チロー居んのここ!?」*4

 

 

 いやまぁ、多分彼めいたことができる人ってだけで、本人のなりきりとかではないと思うよ?生物(なまもの)厳禁だし。

 

 ……まぁそんな戯れ言はともかく。

 立ち寄ったバッティングセンターで久し振りに野球アイドル・姫川友紀に再開したりしつつ、私たちは例のスーパーピッチングマシーン・恋査さん(Ver.3.14)と相対することになったのでありましたとさ。

 

 

「なんだその中途半端なバージョン。円周率かなにかか?」

「いやー、そういえばあれからもう二年経つのかー。なんだか昨日のことのように思い返せ……はしないけど、銀ちゃんが数々の魔球に苦しめられていたのはすぐに思い出せるぞー」

「おっ、なになに皆で恋査ちゃんに挑む感じ?」

「……いや、なんで付いてきてるのこの人?」

 

 

 はてさて、このバッティングセンターの名物である恋査さんだが、しばらく(※約二年)見ない内に随分と様変わりしたようで。

 なにせ、あの当時は見た目がチアガールだったのが、原作の彼女と同じ看護師のそれになっていたのだから。

 

 ……そこ?と思われるかもしれないが、彼女もまた『逆憑依』から派生した技術によって誕生した存在。

 となれば、原作みたいな能力を発揮するには原作のような格好をするのが一番……え?原作の彼女はそもそもピッチングマシーンじゃねぇ?それはそう。

 

 ともかく、噂のピッチングマシーンに挑むため、まずバッターボックスに入ったのがハセヲ君であった。

 

 

「あんまり体を動かすのは得意じゃねーんだけどなぁ」

「頑張れー銀髪の子ー!!設定レベルは低いけど球の速度は速いはずだよー!」

「銀髪の子って……」

「まぁ、ユッキが知ってるの私くらいだからね。今のうちに挨拶しとく?」

 

 

 名前を知らないので、ユッキの声援が見た目を元にしたものになっており、それを聞いたハセヲ君の気が抜けたりしていたが……ともあれ、バッティングそのものはそのまま進められることに。

 で、実際に投げられた球についてなのだけれど……。

 

 

「……え、今のなに?」

「うーん、見たことない魔球だったなぁ……ユッキはわかる?」

「ああ、あれ?なんか最近は色々試してるみたいで……うん、今のは『加速するパス(イグナイト・パス)』の原理を参考にした球だとか?」

「……バヌケじゃん!?」

「あっはっはっ。他にも『ファイヤートルネード』を元にした球とかも見たことあるよ?」

「超次元サッカーじゃん!?」

 

 

 投げられた球は、ハセヲ君の手元に到達する前に露骨に加速したため、私たち一同は首を捻ることに。

 

 ……いやまぁ、伸びる球なんてものも確かに存在するけど、あれは投げた側の回転の掛け方が上手いことにより、空気抵抗を受け辛くなって予想よりも上の方を球が通ってくる……みたいなものなので、実際に途中で加速しているというよりは速度が落ちない、という方が近いというか。

 

 などと考察しながら隣のユッキに尋ねてみたところ、返ってきたのは()()()()()()()()()()()()()()()()という、俄には信じがたい話なのであった。

 

 ……っていうか、『加速するパス』と同じ原理だとすると、途中で球に触れてるってこと?それって反則では?

 と思ったが、どうやら手で触れているわけでも、どこかから他の球をぶつけて加速させているというわけでもなく、ピッチャーが球よりも速い空気の塊を投げてぶつけることにより加速させている、とのこと。

 

 ……それ、普通にそのパワーで投げた方がいいのでは?と思わなくもないが、急加速するほうが眼が慣れないので打たれにくいとのこと。

 まぁ、どこぞのウサギとかに比べれば原理的にはわからなくない*5が……それでもやっぱりおかしいとしか言いようがないというか。

 というか、そもそもの話としてなんでバヌケを野球で再現してんねん。聞けば超次元サッカーも再現し始めてるみたいだし。

 

 ……などとツッコミを入れたところ、返ってきたのは「ある時今投げられる全部の魔球をクリアした人が現れてねー。その人に対抗するために、野球以外のモノにも手を出すようになったんだって」という言葉。

 なにその野球漫画の主人公みたいな人……いや、実際にその類いのなりきりなのか?

 などと思いを馳せながら、次々飛んでくる魔球に苦戦するハセヲ君を眺める私たちなのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて、次は俺かー」

「頑張れー!虎杖くーん!」

「虎杖君呼びなんだ?」

「本人的にも今の姿だとそっちの方がしっくり来るんだって!」

 

 

 うーん、一時的な【継ぎ接ぎ】みたいなもの、なのかなー?

 などと思いながら、バッターボックスに立った宿儺さん(虎杖モード)を眺める私である。

 

 流石に本人には劣るとはいえ、虎杖君モードでもパワー面では普通に上位だと思われ、バッティングの成果に期待が掛かるわけなのだが……。

 

 

「ふんっ!!」

「おお掠った!さっすがぁ!」

 

 

 一打目はバットの上を掠める結果に。

 振るタイミングは完全に一致しているということであり、これはホームランに期待が掛かるのだが……。

 

 

「ぬっ!?」

「あ、あれ?さっきと投球が違う?」

 

 

 二打目は完全にタイミングを外された形に。

 普通は同じタイミング・同じ球速の球が飛んでくるはずなのだが、さっきのとは違う球が飛んできたために空振りになったのであった。

 ……特に操作をしない限り、その辺りが変化することはないはずなのだけれど……。

 

 

「────」

「な、なんか嫌な予感……」

「ピーガガ……私ハ、打タレルワケニハイカナイノデス」

「喋った!?」

「なるほど面白い……抗ってみせよ、()く許す」

「こっちもなんかキャラが違う!?」

 

 

 ロボットであるはずの恋査さんが拙い声を発し、それに対して宿儺さんが虎杖モードを解除し。

 ここに、唐突な激突の幕が上がったのであった。……なんで?

 

 

*1
『月刊少女野崎くん』より、『脚本の人そこまで考えてないと思うよ』から。この台詞は本来脚本の人はちゃんと考えてやっている、という勘違いの台詞なのだが、『ジョジョ』における『だが断る』と同じく誤用の方も多い(本当に脚本相当の人がなにも考えていない、という時にも使われる)

*2
仮に本当に相対させた場合、ほぼ確実に宿儺側が嬉々として【星の欠片】を叩き潰し、そのあとはいつも通りに無限回の戦闘が発生し、結果的にここから居なくなる……と思われる。相手のやりたいことをやらせまくって自滅させる、みたいな感じなので宜なるかな。ついでに言うと、まず間違いなく侮るし甚振る対象となる見た目をしている、というのも好相性(女性かつ子供、かつ絶対的に弱者)

*3
【星の欠片】の言う『ヒト』とは、単にホモサピエンスのことを示しているというわけではない、ということ。なので人の中にもヒトと認められない者が存在している

*4
一時期のイチローのネタ。正式名称は『イチローのレーザービームで人類滅亡』。『8時だョ!全員集合』のコント終幕時のBGM『盆回り』と、NHKで放送された『地球大進化~46億年・人類への旅~』での小惑星が地球に激突した際の映像が使われるのがお約束

*5
ハランデイイ



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幕間・負けず嫌いは勝つまで勝負する

「唐突なバーサスが始まった件」

「うーん、例の人に打たれたのがそんなにショックだったのかなー。実際、その人以外に打てたって人、聞いた覚えがないし」

「大人げねぇな?!っていうか最早知性が宿ってないこれ!?」

 

 

 というわけで、唐突なバッティング勝負である。

 挑んでくるのはバッティングマシーン・恋査さんで、対するのはちょっと本気を出した宿儺さん。

 ……変則的過ぎる勝負だが、二人の気迫は十二分である。っていうか、恋査さん半ば【顕象】と化してない?大丈夫?

 なんというかこう、ロボットらしからぬ性質が顔を覗かせている感が凄いというか、ね?

 

 まぁ、調査とか調整とかは琥珀さんがやっているのだろうから、一応は安心の……はず……。

 ……よくよく考えたらなんにも安心できねぇな?(つい最近『星女神』様から明かされたあれこれを思い出しながら)

 

 ううむ、以前は琥珀さんにやらせておけばある程度安心、みたいな話のはずだったのだが……今となってはちょっと不安が残る感じというか。

 いやまぁ、今でも大半の技術者より遥かに信頼性やら信憑性やらがある、というのも確かなんだけどね?

 でもほら、今の科学だとどうしても感知ができないものがある、と知れた状態だと……ねぇ?

 

 とりあえず、今度『星女神』様に見て貰うか、彼女から貰ったデータで(胃を痛めながら)バージョンアップを図ったであろう琥珀さんに見直して貰うかすることにして。

 一先ず、この世紀の?対戦の行く末を見守ることにする私である。

 

 

「では一つ、宣言でもしておこうか。俺は十球以内に必ずホームランを打つ

「……ピーガガッ、ソレハ 不可能 デス。私ハ アナタヲ 打チ取リマス」

「……ケヒッ、吼えるではないか。そうでなくてはなぁ……」

 

「……なぁ、あれ大丈夫なのか?やべぇ方の側面出てない?」

「いやまぁ、ここの宿儺さんだし大丈夫だよ……多分。それより、私はやっぱり恋査さんが、こっちの思った以上に感情を出してきてるのが気になるかなぁ……」

「……ああ、一応は単なる機械なんだっけか、アイツ。……なんか唐突に喋り始めたけど」

「一応、最初からスピーカーは付いてたみたいだよ?まぁ、私もあそこまで色々喋ってるのは始めて見たけど」

「……あー、そこの一団。聞こえてるからな?」

「おおっとこれは失礼」

 

 

 小声でひそひそ話してたのだけれど、どうやら本人にも届いていたらしい。

 恋査さんは相変わらず突っ立ってるだけだが、宿儺さんの方はほんのりやる気を削がれてしまったようだ。

 なので一時タイムを挟み、やる気を再度充填しなおしてからバッターボックスに立った宿儺さんである。

 

 そうして再度の一球目、飛んできたのは……。

 

 

「速っ!?」

「うわ何キロ今の!?」

「ええと……百八十?!」

 

 

 スピードメーターが捉えた先程の球の速度は、なんと驚きの時速百八十キロ。

 メジャーリーグにおける最速が百七十前後であることを思えば、実にそこから十キロ上の速さ、ということになる。

 いやまぁ、一部には軽い球を使ったとはいえ百九十近くの速度を出していた人もいるらしいが。*1

 

 ともあれ、こんなところで初球の様子見みたいに飛んでくる速度ではない、というのは確かな話。

 無論、戦闘系の漫画やアニメのキャラなら、このくらいの速度は見慣れていてもおかしくはないが……。

 

 

「……速いな。それもこれが全力というわけではないように見える」

「マジで!?」

「あーうん、確かに。後ろのバットが変形してないってことは、魔球でもなんでもない単なる普通の球、ってことだし」

「そういえば恋査さんだから、原作の彼女の背後にある編み棒に対応してるんだっけ、あれ」

 

 

 宿儺さんが言うには、先ほどの球は本当に単なる様子見でしかないのだという。

 

 その後のユッキの言葉で思い出したが、そういえばあの恋査さんは原作と同じく、背後にある特殊なユニット──原作のそれが編み棒と呼ばれる赤く咲く華であるのに対し、彼女のそれはラッシュデュエルの『球児皇ホーム』のそれに例えられるような、木製バットの翼──を組み換えることにより、あらゆる魔球の噴出点を自身の手元に出現させる……みたいな存在だったはず。

 ……あらゆる魔球の噴出点ってなんだよ、とツッコミたいところだがここは我慢。*2

 ともあれ、彼女があらゆる魔球の再現者である、ということに間違いはない。

 

 しかし先ほど、彼女の背中の翼は微動だにしていなかった。

 それはつまり、純粋なバッティングマシーンとしてのスペックのみで発射されたのが先ほどの球、ということ。

 ……最初に見せた『加速する魔球(イグナイト・ボール)』の原理的にも、彼女はまだまだ本気を見せていないということである。

 

 だがそうなると、これから彼女の球を彼が打つのは難しい、ということになりそうだが……?

 

 

「……はっ、どこに目を付けているんだお前は。よくよく状況を見るんだな」

「はぁ?なにを言って……はっ!?こ、これは!」

「あー!?宿儺君ちゃんと振り切ってる!?」

「なるほど、球の速さに気を取られ過ぎてたってことか……」

「バットに跡がある、ってことは当ててたのか、あの球に」

 

 

 そこで宿儺さんは、こちらに不敵な笑みを向けてくる。

 その言葉に改めて彼を見直してみれば……これがビックリ、先ほどはなにもできずに球を見逃したように見えていたが、その実素早くバットを振って素早く元の体勢に戻った、というだけの話だったのだ!

 ……いや、なにその無駄に高等で無駄なスイング技術?

 

 とはいえこれで無謀な挑戦である、などと言われることがなくなったのは事実。

 なにせハセヲ君が今述べたように、彼のバットには球が掠めたことを示す跡が付いていたのだから。……焦げたような痕跡になってる辺り、余程の高速で振ったということか。

 

 ただまぁ、なんとなく自身のスペックに振り回されている感がある、というのも事実。

 先ほどの時もそうだが、球に掠めているというのは素直に凄いのだが、同時に()()()()()()()()()というのが引っ掛かるというか。

 ……あれだ、パワーは十分だけど狙いが定まってない感じがある、みたいな?

 

 

「まさかバットを振る時に目を瞑っている、とかでもなかろうし……」

「あれだ、宿儺特有の煽り癖が出てるとかじゃないか?なんかの作品で打てる球をわざと空振りする時は球の上だか下だかを通す、みたいなのを見たことがある気がする」

「……本当かそれ?」

「なんの作品で見たのか忘れたけど、そういう描写をどっかで見たのは本当だぜ!」

「へー」

「…………」

 

 

 そんな彼の様子を見ながら、好き勝手なことを話す私たち。

 幸い、バッターボックスの宿儺さんは特に怒ることもなく、ピッチャーもとい恋査さんと向き合っていたが……んん?

 なんかこう、私の気のせいでなければ彼の耳が赤い気が……あ゛。

 

 

「……とりあえず、打球の邪魔になるし一回黙ろうかっ。恋査さんも私たちが黙るの待ってるっぽいしっ」

「ん?あ、ああ……(なんだいきなり?)」

 

 

 とんでもない()事実に気付いた私は、さりげなくみんなに黙るように指示。

 ……いきなりなにを仕切っているのかという話だが、指摘そのものは真っ当であったため、皆は素直に従ってくれたのであった。

 

 はてさて、そんなこんなで第二球。

 バットを構え、真剣な眼差しで()()()()()()()宿儺さんになんとも言えない視線を向けつつ、来る球を見定めようと目を凝らした私は。

 

 

「……ゲェーッ!!?魔の秘球!?」

「なに!?知っているのか雷電!?」*3

「誰が雷電じゃい!!……おほん。『魔の秘球』はかつて週刊少年マガジンにて連載されていた野球漫画『黒い秘密兵器』という作品に登場する魔球の一つなのだ」

「『黒い秘密兵器』……?」*4

 

 

 飛んでくる球が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というその魔球に見覚えがあり、思わず叫ぶことになったのであった。

 ……といっても、有名な野球漫画である『巨人の星』に影響を与えたとされる作品の内の一つだとされる*5、として紹介されているのを見たというだけで、そこまで詳しいわけでもないのだが。

 

 ともあれ、件の作品──『黒い秘密兵器』には総計六つの魔球(作中では『秘球』と呼ばれる)が存在し、その中でも最後から二番目に当たるタイミングで登場したのが『魔の秘球』だ。

 この魔球は原理は全く不明ながら、バッターから見た時にその球の軌道が大きな一つの球に見えるように()()()()()()という特徴を持つ。

 

 ……正直口で説明されても分かりにくいと思うが、とにかく普通に投げられる球ではない、というのは間違いあるまい。

 一つの球を中心にして、その周囲を飛んでいるだけ……とでも言われた方がまだわかるというか。

 

 そしてこの魔球、なんとなく想像が付くかも知れないが……非常に危なっかしい。

 最終的にはミットにたどり着くように投げるとはいえ、少しでもミスすれば到達点がずれた上、バッターにぶつかってしまう危険性が他の球よりも遥かに高いのだ。

 ……ピッチャー側から見たら、ストライクゾーンの周りをぐるぐる回っているようなものなのだから、そりゃそうだとしか言えないわけだが。

 

 ともかく、いきなり飛んでくる球種としてはあまりに奇っ怪、かつ危険な一球。

 こんなもの打てるのか、などと思わず心配してしまった私だったのだが……。

 

 

「……ぜいっ!!」

「縦に、」

「斬った!?」

「……いや斬るなよ!?」

「……はっ!?つい迎撃をしてしまった!?」

 

 

 なんと宿儺さん、これを粛々と叩き落とした。……術式で。

 もろに体に当たるタイプの球だったせいか、攻撃と勘違いしたらしい。

 ……いやまぁ、怪我をしなくて良かったけど……お互いにこれがバッティング勝負だってこと、忘れてません?

 

 

「いやー、いいもの見れたよー!まさか『魔の秘球』とはねー!でもまぁ、大リーグボールとか投げられるんだから、三号の元ネタっぽいのに関わりのあるやつにも触れてても当然、だよね!」

 

 

 なお、ユッキだけはリアルな魔球が見られてご満悦でしたとさ。

 うーんこのリアルやきうのお姉さん……。

 

 

*1
特殊なトレーニング中の、特殊なトレーニング用のボールを使っての記録。実際のメジャーでの最速記録は169km/hほど

*2
一応、原理的には原作の彼女と同じ

*3
漫画『魁!!男塾』における一種のお約束。作中で飛び出した技術に対し、それを解説する人……というネタ

*4
原作・福本和也氏、作画一峰大二氏の野球漫画。1963~1965年までの間、週刊少年マガジンにて連載された。原作者は秘球の描写を詳細に書いていなかったらしく(「これまで誰も見たことのなかったような球だった」などの抽象的な描写のみだったとのこと)、後に『巨人の星』の担当を勤めることとなる宮原照夫氏と、喫茶店で話し合って子細を決めたのだとか。その為なのか、最後の秘球である『かすみの秘球』が『大リーグボール三号』に類似しているとかいないとか

*5
有名なのは『ちかいの魔球』(原作・福本和也氏、作画・ちばてつや氏)。原作が同じである辺り、描写の部分は担当者の宮原氏の影響があるもしれない(≒こちらも詳細な魔球の描写をしていなかったのでは?)



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幕間・これ一つだけというわけではないので

 はてさて、そのあとも魔球に対しての宿儺さんの挑戦は続いた。

 

 時に殺人的な(というか、元ネタの方は野球ではなく殺人だ、などというツッコミも入っていた)『殺人L字ボール』*1を歯で噛み止めたり、時には時速二千キロにすら達するという、最早色々間違えている『光速球』*2に対し「あの男の相手をするよりはマシだ」と述べて、その速度を零にして見せたり(なお、それができるんなら普通に打てよとツッコまれた)。

 ともかくそんな非常識な対決は続き、都合一時間ほど経過した今……。

 

 

「……ふっ、大義であった。褒めて遣わす」

「ピガガ……ッ勿体ナイ言葉」

「……なにこれ?」

「さあ?」

 

 

 対決を終えた二人には奇妙な友情が芽生えたのか、互いに握手をして健闘を称えあう姿が見られたのであった。

 ……キリトちゃんも言ってるけど、なんなんだろうねこの光景。

 なお、ユッキに関しては素直にこの光景に感動し、涙まで流していた。……っていうか、なんなら顔がどことなく往年の野球漫画みたくなっているというか。暑苦しいともいう。

 

 ともあれ、二人の対決を観戦し終えた私たちは、そのままバッティングセンターを後にすることに。

 ……目的が変わってるとか、キリトちゃんと私に関しては結局バッターボックスに立ってない……とかのツッコミはスルーである。

 

 このまま、恋査さんに挑むだろう他の客の様子を観戦するつもり……というユッキとはここで別れ、そのまま外に出れば空はまだまだ太陽が元気な感じ。

 いやまぁ、お昼の時間にはまだちょっと遠い……って時点で仕方ない話なのだけれど、それでもこれから更に暑くなるなどと言われてしまうと、即刻クーラーの効いた室内に戻りたくなってくるというか。

 

 ……とはいえここでバッティングセンターに出戻りするのもあれなので、暑さを押してそのまま街をぶらり旅敢行である。

 

 

「外よりは涼しいっつーけど……いや、あちーよやっぱり」

「紫外線とかは端からある程度カットしてくれてる……ってのはありがたいけどなー。肌の手入れとかよくわからないし」

「まぁ別にそのままなんの防護もなしに紫外線を浴びても、私ら『逆憑依』だから肌が痛んだりはしないんだけどねー」

 

 

 じりじりと照り付ける太陽に手を翳しながら、ハセヲ君が小さくぼやく。

 ……外の気温は最近熱帯か亜熱帯か……というほどに暑くなっているとの噂だが、それに比べれば郷内は涼しくなるように設定されている、というのも本当の話。

 

 とはいえ、それも精々二・三度程度のこと。

 三十五度が三十二度になると猛暑日が真夏日になるわけだが、そうして名前が変わったからといって、体感温度が劇的に変わるというわけでもなく。

 なのでまぁ、暑いのが苦手な人間にとっては外も内もない、みたいな話になるのであった。

 ……まぁキリトちゃんの言う通り、あくまでも暑さだけが問題なのであって、有害な紫外線などについてはある程度発生しないように考慮されていたりする……なんて部分もあるため、どっちにしろ外よりはマシだったりするのだが。

 

 なお、完全に発生させないようなシステムになっていないのは、人体がビタミンDを生成するのに紫外線が必要だからである。

 一応食事からもビタミンDを補給することは可能らしいが、どちらかといえば日光もとい紫外線に当たる方が早いのだそうで……なんというか人体って面倒だなぁ、などと思ってしまったり。

 ま、私ら『逆憑依』なんで、その辺りはあんまり気にする必要ないんだけどね!……『逆憑依』以外の普通の住人のために必要?それはそう。

 

 そんな感じでぐだぐだと話をしつつ、街を歩く私たち。

 そうして道を行く途中で……、

 

 

「……アイスクリンの屋台、だと……!?」

「え、なにそれ?」

 

 

 懐かしい空気を滲ませる、一つの屋台と出会ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 アイスクリン、という食べ物をご存知だろうか?

 アイスクリームではなく、かといってかき氷でもない……かつての夏の風物詩。

 ……とは言っても、それが風物詩として全国規模を誇っていたのは、恐らく昭和の頃までの話だと思われるのだが。

 まぁ、一部の地域では観光名所的なものとして残っていたりもするのだが。私の知識はそっち由来である。

 

 あとはまぁ、コンビニとかスーパーで『懐かしのアイスクリン』みたいなネーミングで売られているのを見たことがある、みたいな人もいるだろうか?

 ……ともあれ、このアイスクリンという氷菓はアイスクリームやかき氷とは別物の存在である。ではなにが違うのかというと。

 

 

「アイスクリームとは違って、乳成分がほとんど入ってないんだよね」

「へぇ、じゃあなにが使われてるんだ?」

「鶏卵と脱脂粉乳とかかな。そのお陰でアイスクリームより遥かに安い、みたいな特徴があったみたいだよ。……まぁ、アイスクリームも卵を使うレシピはあるっていうか、そっちの方が一般的だけど」

「ふーん?」

 

 

 鶏卵は物価の優等生、などと呼ばれる食材である。

 ……まぁ、最近は色んな要因によってちょっと値上がりしてしまっているが、昔は単純に牛乳よりも安いものであった、ということは間違いあるまい。

 なので、それを主に使い・尚且つアイスクリームよりも行程も手順も少ないアイスクリンというのは、全体的に掛かるコストが低いのである。

 なにせ、クリームにする行程とかが入るアイスクリームと違って、アイスクリンの方はほぼ材料混ぜて冷やして固めるだけだからね!

 

 なお、その製造方法的にもどっちかといえばかき氷の仲間に近く、食感もシャーベット状・かつ味はミルクセーキのそれに似る……みたいな感じのモノになるそうで。

 だからというわけではないが、嫌いな人が少ない類いの氷菓、ということになるのではないだろうか。

 まぁ、卵がダメな人には無理だろうけど。

 

 と、アイスクリンの説明はその辺にして。

 この炎天下の中、折角屋台と出会ったのだから買わなければ損、ということで人数分のアイスクリン(と、それを乗せるコーン)を購入した私たち。

 大きいカップに入ったアイスクリンを掬ってコーンに乗せれば、気分は幼い時の夏の日である。

 

 

「実際に買ったことはねーけど……なんかこう、懐かしい気分になるな」

「味もなんかこう、懐かしって感じ?」

「……ふむ。デザートに採用するのもありかもしれんな」

「こんなところで仕事の話をするんじゃありませんっ」

「いてっ」

 

 

 冷たいもの食べてる時に仕事のこと思い出してるんじゃないわよ……とツッコミを入れつつ、しばしの休憩。

 近くの木陰に腰を下ろし、人々の往来を眺めながらアイスクリンを齧る私たちである。

 

 炎天下の空の下を、人々が左右に歩いている。

 少しでも涼しくなるように、とばかりに霧が飛ぶ中を進むひとや、手持ちの扇風機で束の間の涼を得ながら歩く人。

 それから、私たちのように冷たいものを食べながら、友達らしき人と一緒にどこかへと向かう一団……。

 

 戯れに向けた視線だが、中々に興味深い光景が左右に流れていき、それを肴に冷たいアイスクリンを口に運ぶ。

 

 ──そうして暫く経って、残ったコーンの欠片を口の中に放り込み。

 

 

「ん、休憩終了!おっちゃんごちそーさまー」

「馳走になった。また近くに来たら寄らせて貰うぞ」

「熱中症で倒れないように、水分補給とかしっかりなー」

「直射日光が当たり辛いところに移動とかしとけよ」

 

 

 屋台のおじさんに挨拶を投げながら、私たちはその場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、美味しかったねぇ」

「意外と色んなフレーバーがあるのな、アイスクリン」

「製法的に簡単だから、匂い付けもわりと簡単なんだよねぇ」

 

 

 さっき食べたアイスクリンの感想を言い合いながら、次の目的地を目指して歩き続ける私たち。

 ……まぁ、目的地と言ってもそれが決まったのはついさっき、アイスクリンを食べている最中だったのだが。

 

 なにせ、ろくに目的も定めずに始まった珍道中である。

 一応はストレス発散、という主目的があるが……それにしたってさっきのアイスクリンでわりと解消された感があるというか。

 いやまぁ、今現在は夏の暑さに対するストレスが溜まり始めているため、さっさとどこか涼しい屋内に入りたくて仕方なくもあるのだが。

 

 そういうわけで、次に向かったのはゲームセンターなのでありましたとさ。

 ……ゲーマー二人からのリクエスト、というやつである。

 

 

「なんつーかこう、久しぶりに格ゲーとか協力ゲーとかがしたい」

「……『tri-qualia』じゃダメなので?」

「あれだとフルダイブゲーになるだろ?たまには単に画面に向きあってゲームしたい時もあるのっ」

「そういうもんかねー?」

 

 

 キリトちゃんの主張に首を傾げながら、四人いるから丁度いい……とエクバの筐体に向かう私たちである。

 

 エクバ……もとい『機動戦士ガンダム EXTREME VS.』は、その名前の通りガンダムをモチーフにした協力型対戦アクションである。

 二対二という形式と、様々なガンダム機体が使えるのが特徴であるのだが……もう一つ、この作品を象徴するモノがある。それが、

 

 

「シャア!そこはちゃんとカットしろシャア!」

「……ええい、これでは道化だよ!」

「倍返しだー!!」

「シロー、無駄弾は控えてください」

はい……

 

「うーん、外に比べりゃ遥かにマナーはいいけど……やっぱりうるさいねー」

「カミーユのなりきりとかだと、寧ろ積極的に殴りに行ったりするけどな」

「……前言撤回、やっぱり動物園だわ」

 

 

 対戦相手や相方相手への罵詈雑言飛び交う空気、通称『ガンダム動物園』だろう。

 時にプレイヤーを猿、などと例えることすらあるこのゲーム。その対戦風景は、初心者が足を踏み入れることを躊躇させて余りあると言える。

 

 ……チーム対戦型のゲームにはままあることだが、勝った時には自分のお陰、負けた時には味方のせい……みたいな思考になる人がそれなりに多い。

 それが行きすぎた結果が動物園と揶揄されるような環境、というわけだ。

 まぁ、そこに目を瞑れるのなら、原作再現も豊富でガンダムを自由に動かせるゲーム、ということでとても魅力的な作品だったりするのだが。

 

 なお、なりきり郷のそれは『逆憑依』達がやってることも多く(ろぼは持ち込めないことが多いため)、結果としてある程度のマナーを周囲に浸透させるのに一役買ってたりするとかなんとか。

 まぁ、血の気の多いキャラとかだと普通に手が出たりすることもあるみたいだが。

 ……でもそういうのって一種のファンサービス的なあれでもあるので、それはそれで問題にはなってなかったり?

 

 ともあれ、軽く一戦ほどやっていく?

 みたいな感じで筐体に近付いた私たちは。

 

 

「ふははは雑魚乙!!私のエクシアに敵うもんですか!!」

「……なにやってるのクリス?」

どぅわぁキーアぁっ!!?

 

 

 滅茶苦茶勝鬨挙げてる見覚えのある人物を発見し、思わず声を掛けていたのであった。

 ……いや、マジでなにやってるし。

 

 

*1
作画・中島徳博氏、原作・遠崎史朗氏の作品『アストロ球団』に登場する魔球の一つ。単なるスローボールに見えるが、その実凄まじい回転が掛かっており、迂闊にバットで触れるとそれを伝って打者の額ないし頭部にぶつかる……という特徴を持つ。物騒な名前だが、作中では実際に触れてしまった相手を本当に殺してしまった。なお、投げた時点でのバッターボックスに合わせた回転が掛かっており、それによって打者に飛ぶという原理であるため、投げられた後に反対側のバッターボックスに移動すると対処できる。無論本来なら反則だが、殺人ボールとか投げてくる相手に遠慮はいるまい

*2
松田一輝氏により『週刊プレイボーイ』にて1984~1986年に連載された『愛星団徒(あせんだんと)』に登場する魔球(?)。はてなマークが付いているのは、あくまでも早すぎる球でしかないため。とはいえ初期状態で時速200km/h、最終段階では時速2000km/h以上というその速度は最早兵器のレベルである。なお、この作品は連載誌からわかるようにエログロ有りのタイプのため、見る際には注意が必要



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幕間・それは代償行為かなにか?()

 はてさて、四人で遊びに来たゲーセンにて、動物園などと揶揄されることもある筐体・エクバにかじりつく見覚えのある人物が一人。

 ……特に捻りもなく牧瀬紅莉栖その人なわけだが、いやマジでなにやってるの君?休みだから遊びに来てたとか?

 

 

「なななんでもないわよ!別にちょっと声繋がりで使ってみよっかなー、みたいなことなんて考えてないったら!」*1

「……語るに落ちたってやつでは?」

「……はっ!?誘導尋問とは中々やるわね……っ!!」

(俺の目には、こやつが勝手に自爆したように見えたのだが……)

 

 

 などと思っていたら、全部向こうからゲロってくれた件。

 ……あーうん、確かにっていうかそういえばというか、クリスの彼?的な例の『狂気のマッドサイエンティスト』さん、彼女が今さっき使ってた『俺がガンダムだ』な人と声が同じなんだっけか。

 まぁ、それはそれで『なんで後期主役機じゃなくて前期主役機の方を使ってるのか?』っていう疑問が湧いてくるわけなのだが。

 

 

「それに関しては単純明快、そやつがそっちの方が好……げふんげふん。とあるゲームで主人公機なのにも関わらず、かなり長期の間放置されておったから変な愛着が湧いた……というやつじゃな」*2

「その声は……ハクさん!」

「うむ、我じゃよ」

 

 

 そんなこちらの疑問に答えるのは、両手に紙コップ──中には黒い液体、もといコーヒーが入っている──を持ちながら歩いて来たハクさん。

 ……どうやら今日の彼女、クリスと一緒に遊びに来ていたらしい。

 

 

「私達も居るよー」

「ってうぉっ、かようちゃんとれんげちゃんも?……クリス、こんなところに二人を連れてくるとかなに考えてるの?」

「その顔分かって言ってんでしょアンタ!?」

 

 

 で、そんな彼女の後ろからひょっこりと顔を出したのが、なにを隠そうれんげちゃん&かようちゃんのちびっこペアなのであった。

 ……いつぞやか(※大体一年以上前)とは違い、どうやらエー君とかしんちゃんとかは一緒ではないらしい。

 

 となると、この四人でゲーセンに遊びに来た、ということになるのだと思われるが……いや、なんでまたゲーセン?

 前回のそれを思い起こすのであれば、またクリスの給料日だった……とかになるのかもしれないが。

 

 そんなことを考えながら聞き返せば、返ってきたのは『どっちかと言えばハクさんに付いてきた』のだ、という言葉。

 ……え、マジで?あんまり外に出るイメージのないハクさんが、皆を誘ってゲーセンくんだり*3までやってきたんです?

 

 

(なれ)の我へのイメージには、色々と言いたいこともなくはないが……まぁ、あれだ。アグモンに土産話として出す話題探しに、たまにあれこれやっておるんじゃよ、これでもな」

「はぁ、アグモンへの会話のために……ねぇ?」

 

 

 そうして胡乱な視線を向けると、ハクさんは半眼でこちらを睨みながら、はぁとため息を一つ。

 そのまま話を聞くところによれば、彼女の数少ない(?)交遊関係の一つ、アグモンとの会話のためにたまーにこうして『いつもはやらないこと』をして回ったりしているらしい、とのこと。

 

 まぁうん、会話の種を探すのは決しておかしな話ではない。

 ……ないが、なんというか『意外』という言葉を繰り出さざるを得ないというか。

 いやだって、ねぇ?一応白面の者から派生した存在である彼女が、まさかこんなに負の念()の渦巻く場所に積極的に来たがるとは思えなかったというか。

 昔の自分に忸怩(じくじ)たる*4思いを持つ彼女にしては、わりと冒険していると言えてしまうというか……。

 

 

「我としても、当初ゲーセンに来るつもりはなかったのだが……」

「なかったのだが?」

「あやつが行くと言っておったでな。……同僚みたいなモノでもある身としては、気にならないと言うと嘘になる……というやつじゃな」

「あやつ?」

 

 

 そんな疑問を持たれることは彼女もわかっていたのか、バツの悪そうな顔をしながら彼女は一点を指差す。

 その指の先を視線で追うと、そこに鎮座していたのは……。

 

 

(※例のBGM)

(´´v`)「なかなか素敵なことになってきたし……」<ギ- プリッ

(´^`)「ゆるされよ ゆるされよ 同僚の意味不な行動にドン引きするの ゆるされよ」

「ひぃっ!?増えてる!?」

 

 

 いつぞやかにも見た、中の馬が全部ウマ娘(たぬき)と入れ替わっている競馬ゲームと。

 その中のキャラクター達を大量生産するルドルフ、それからその所業にちょっと引いているビワの二人(?)なのであった。

 

 

 

 

 

 

( ´^`)「新キャラを増やしたいと聞いて、お手伝いしに来たんだし……」

( ・ヮ・)「わたしはその付き添いなのかー」

「はぁ、なるほど?」

 

 

 一度増殖を止めて貰い、改めて事情を聞いてみたところ、判明したのは次のような話であった。

 

 なんでも件の競馬ゲーム、流行りに乗ってたぬきを採用したのはいいものの、元ネタの方の追加速度に人形の生産速度が全然間に合ってなかったとのこと。

 ……そりゃまぁ、有象無象を問わずごった煮状態の掲示板で出来上がっていく文化、後追いするにはちと厳しいモノがあるのは仕方ないというか。

 

 とはいえ、それを言い訳にもできない。

 何故ならば、たぬきとはその混沌としたコンテンツ性と、リアルのネタも交えた流動性こそが売りの作品。

 田舎町のショッピングモールにある寂れたゲームコーナー、みたいなところにある競馬ゲームみたいな状態にしていては、魅力半減どころの話ではない。

 

 ……要するに一度寂れさせるとそのまま廃れる、ということになるわけで。

 担当者はどうにかして、できる限りネタに付いていく姿勢を見せ続ける必要に迫られたのであった。

 

 いやまぁ、確実に担当者の自業自得というやつなのだが……ウマ娘そのものはやってなくても、たぬき自体は毎週欠かさず密輸されたのを見ている……みたいな層も居る以上、顧客請求率の高い商材であるたぬきを簡単には捨てられない、というのもまた間違いではなく。

 そうしてどうにかできないだろうか、と首を捻っていた担当者が見付けたのが、キング・オブ・たぬきと呼んでも差し支えがないと言えるションボリルドルフ、その人だったわけである。

 

 

( ´v`)「いわゆる爪の生え代わりとか抜け毛みたいなものなんだし……だったら有効活用できた方が嬉しいんだし……」

( ・ヮ・)「陸軍としては海軍の提案に賛成なのですなー」*5

「……ん、んん?」

 

 

 よくわからないが、ビワ的にはオッケーらしい。

 いやじゃあなんでさっきドン引きしてたし。……と問い掛けると、「流石にあの増え方と擬音はビックリした」との返答が戻ってきたのであった。

 

 ……ともかく、担当者的には渡りに船ということもあり、大喜びでルドルフの協力を歓迎したとのこと。

 で、彼女は張り切って小さいたぬき達を量産し……。

 

 

( ´^`)「まさかベイブレード的なことになるとは思ってなかったし……」<

アラヨイショーヨーイーショヨイショー……

「そうだルドルフ。お前が、作った」*6

「……そのネタは解りにくないか?」

「おおっと」

 

 

 結果、たぬき達は色んな筐体に流用され始めた、というわけである。

 見ろよママン、たぬきの輝きは暖かい……()。*7

 

 冗談はともかく、あちらこちらにたぬきが見える、という状態は最早笑うしかない。

 以前のそれとは違い、普通の生物なのだから余計のことと……え?区分的にはスマブラのファイターみたく、無機物が一時的に意思を得て動いているようなもの?

 それはそれでビックリなんじゃが……。

 

 とまぁ、経緯はそんな感じ。

 たまたまゲーセンの区画担当者がルドルフに出会い、彼女に協力を取り付け。

 それを受けたルドルフが変なことをしないように、監督役としてビワが同行し。

 そんな彼女を見て、話の種になるのではないかとハクさんが付いてきて。

 じゃあどうせだし、たまには遊ぶかーとクリス達以下数名も同行した……みたいな感じか。

 

 

「とりあえず、各々がここにいる理由はわかったけど……なんでクリスはエクバやってたんで?」

「いやその、昔とった杵柄というか……」

「へー」

 

 

 そうしてみんなの理由が明らかになるに連れて、逆に浮き彫りになるのは「なんでクリスはエクバしてたの?」という疑問。

 

 たぬきのゲームで遊んでるならまだわかるのだが、何故にガンダムゲーに……?

 という私の疑問は、なんとなく解消されたようなされてないような。

 

 ……とはいえ、ここでそれを追及し続けることに意味があるとも思えなくなってきたので、いい加減開放してあげることに。

 あからさまに安堵のため息を吐くクリスを横目に、改めて自分の連れの方に戻る私である。

 

 

「……で、どうする?結局エクバする?それともたぬきする?」<

アラヨイショーヨーイーショヨイショー……

「なんかモノを回転させたくなってくるなこのBGM……」*8

 

 

 で、戻った先で聞くのは、これからなにをするのかということ。

 当初の予定通りエクバに走るのもいいが、いっそ目玉に成り上がったたぬき系ゲームを遊ぶ、というのも選択肢に入るというか。

 

 そんなことを問い掛けると、思ったより乗り気なのが宿儺さん。

 ……どうにも、ビワの大本であるケルヌンノスとか、その影響が気になっている様子。

 

 

「いやまぁ、俺にとってもある意味同僚みたいなもの、みたいな?」

「……ふむ、となると我とも同僚みたいなものか。……連絡先を交換しておくか?」

「お、やるやるー」

「……白面の者と両面宿儺が一緒に居る、って書くとヤベー状況にしか聞こえないよね」

 

 

 実際のところは、二人して呑気に連絡先の交換をしているだけなのだが。

 そんな、見る人が見れば卒倒しそうな光景を背景にしつつ、私たちは早速氾濫するたぬきコンテンツに突撃するのであった……。

 

 

*1
鳳凰院凶真もとい岡部倫太郎と、刹那・F・セイエイの声優は同じ……というネタ

*2
『スパロボDD』での話。主役キャラにも関わらず、暫くの間(※およそ二年)の間武器の追加が無かったことから。キャラによっては武器が九つあるのに対し、彼は三つしか無かった。……まぁ、彼以外にも不遇なキャラはそれなりに居たのだが。一応、最近はちょっとずつ不遇機体も減っている……かも?

*3
『下り』が変化したもの。基本的には遠い場所へわざわざやってきた、みたいな意味合いとなる

*4
深く恥じ入る、という意味の言葉。因みに『忸』も『怩』も『恥じる』という意味の言葉であり、『忸怩』は一種の強調語であると言える

*5
元ネタはコーエーのゲーム『提督の決断』において登場する台詞『陸軍としては海軍の提案に反対である』。陸軍と海軍が仲の悪いことを揶揄した台詞……みたいな感じのモノ

*6
『串本節』、およびそれをマンボ風にアレンジして劇中で使用した『機動戦士ガンダム サンダーボルト』から。『そうだルドルフ~』の方は『サンダーボルト』の主人公であるイオ・フレミングに対し、とあるシーンで使われた煽り文が元ネタ(『そうだ英雄。お前が、殺した』)

*7
『ブレンパワード』のキャラクター、ジョナサン・グレーンの台詞『見ろよママン、オルファンの輝きは暖かい』から。特徴的な言い回しの多い彼の台詞は、色んなところでネタにされている(『クリスマスプレゼントだろ!』など)

*8
たぬきでは横回転するルドルフと組み合わせたモノが一般的なことから



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幕間・たぬき、それは君が見た光(?)

「うおおおお行けーっジャスタウェー!!」

「なんの行けゴルシ!芦毛なら誰でもいいやつとかぶっ飛ばせー!」

「格ゲーにもなってるのかコイツら……」

 

 

 画面をところ狭しと跳ね回るたぬき達を眺めつつ、周囲を見渡す私。

 

 ……意識して見てみると、たぬきゲームの多いこと多いこと。

 基本的には通常のキャラがたぬきに差し変わっている、という感じの作品ばかりであり、正直たぬきである必要性がない気もするのだが……その辺りは元からそうなのでツッコミを入れるだけ無駄というか。

 まぁでも、流行りものになにかしらのパロディネタが氾濫する、ってのは昔から繰り返されてきたものの一つだから……。*1

 

 

「二次創作でも多いもんね、感動したシーンを好きなキャラでやってみる……みたいなの」

「そうそう。そういうのが繰り返されて、やがてまた新しい作品ができる……みたいな?」

 

 

 創造は模倣から始まる、みたいな?

 ……そんなわけで、溢れるパロディたぬき達の中から、選び出したゲームがこちら!

 

 

「『ジタバタタヌキ えくすとりーむばーさす』……って、結局エクバじゃねーか」

「ゲームスピードが本家より遥かに遅い*2から、比較的初心者向けだよ」

「ジタバタしてるからってことか……?」

 

 

 そう、ハセヲ君が突っ込んだように、エクバのたぬき版である。

 ……一部たぬき素材のあるガンダム達*3がそのまんま出てたりするが、流石に本家ほどの速度はない模様。

 あと、ゲーム内意志疎通システムにスタンプが採用されているが、それらが全部たぬきになってたりする拘りようである。*4

 

 ……え?さっきツッコミ損ねたけど、そもそもデジタル筐体だと増えたルドルフとか関係ないのでは、ですって?

 ノンノン、君はルドルフをなんだと思っているのかね。電子の世界にだってすでに侵攻済みだよ()*5

 

 

「……ん?ってことはもしかして、このゲームって本当は単なるエクバ……」

「さー!とりあえずなに使おうか!一応初心者におすすめなのはオーソドックスなミホノブルボンだけど!」

「お、おう?」

 

 

 ……キリトちゃんが気付いてはいけないところに気付きかけていたので、軌道修正。

 とりあえずゲームを楽しむ、という方向に誘導した私は、初心者である彼女に懇切丁寧に説明をしてあげるのであった。

 

 さて、では一騎目であり初心者にも使いやすいキャラ、ミホノブルボンの説明だが。*6

 元ネタであるウマ娘でのミホノブルボンは、彼女のさらに元ネタである競走馬のミホノブルボンにつけられた、とある異名を強く押し出したようなキャラ付けをされている。

 

 それが、馬に対して付けるには些か奇妙な感じのする『サイボーグ』というもの。

 これの由来は、元馬の正確無比な『逃げ』の技術にあるのだとか。

 

 

「まるで機械が仕事を繰り返すかのように、まったく崩れないペースで走り続けるその姿から、『サイボーグ』なんて異名が付いたってわけだね」

「へー」

 

 

 長距離を走るとなれば、多少はペースの乱れが生じるもの。

 ところが、当のミホノブルボンは徹底的に同じペースで走り続けられたのである。

 ……まぁ、流石にコンマ単位ではぶれていたりもしたが、それでも生きた馬が見せる走りとしては驚異的。

 ゆえに、ミホノブルボンは称賛を込めて『サイボーグ』と呼ばれたのだとか。

 

 で、ウマ娘としてのミホノブルボンは、その『サイボーグ』という異名からキャラクター性を広げられており。

 いわゆる綾波系──無機質で無感動な、ロボットのようなウマ娘として設定されているのだ。

 ……いやまぁ、あくまでも基本造形がそうってだけで、正確には無感動なのではなく表情に出辛いだけであったり、『サイボーグ』と呼ばれることを逆手にとって、ロボットネタを繰り出すお茶目なところがあったりと、単なる無表情キャラというわけでもないのだが。

 

 まぁでも、原作がそうだとしても二次創作では特徴が誇張される、みたいなことは日常茶飯事。

 結果、たぬきとしてのミホノブルボンもまた、ロボット(ちから)*7が高めのキャラになっているわけである。

 

 

「……なるほど、だからなんかガンダムっぽいんだな、こいつ」

「おっちゃんを元にしてる、みたいなものだからね。基本にして基礎のキャラを原型にしてるから、癖がなくて使いやすいってわけ」

(おっちゃん……?)*8

 

 

 エクバもといタヌバにおけるミホノブルボンは、そのキャラクターの基本造形をガンダム──いわゆる初代のガンダムのそれを元にしている。

 

 そのため、遠距離にビームライフル・近距離にビームサーベルと言った基礎的な武装から。

 シールドを構えての突撃、敵の速度を低下させる投擲武器・ビームジャベリン、射撃を打ち消すハンマーなどなど、実に多彩かつ種類の多い武装を持ち合わせる扱いやすい機体として……え?原作の方のおっちゃんは確かに万能機系ではあるけど、決して扱いやすいタイプではないって?

 

 ともかく、戦場を選ばず一定以上の戦果を出せる機体、ということは間違いない。

 元のおっちゃんと違い、使い手の技量が足りてなくても成果は出せるタイプなので、初心者から上級者まで幅広くおすすめできる名機体……もとい名たぬきと言えるか。

 まぁ、個人的にはミホノブルボンがビームライフルとか振り回せてるの、わりと不思議であったりするのだが。

 

 

「そりゃまたなんでさ?」

「本人が超機械音痴だから」

「……そんなに?」

「そんなに。触れた機械は必ずご臨終する、ってレベル」

「それは……なんとも」

 

 

 なにせ彼女、サイボーグなどと呼ばれるわりに極度の機械音痴なので。

 触れただけで壊す可能性があるレベルなのは、中々居ないだろう。

 

 

 

 

 

 

「さて、一先ず幾つかおすすめを挙げたけど……どれ使う?」

「いや、ツッコミ処が多すぎるんだが?」

 

 

 あれから暫く時間を掛けて、オススメのキャラクターを紹介し続けたわけなのだが……それを聞いた面々は、なんとも言えない顔で筐体を見つめていたのであった。

 それは何故か?……まぁ、恐らくは紹介されたキャラ達のツッコミ処の多さが理由なのだろうが。

 

 というわけで、ざっと振り返ってみよう。

 まず一番最初がミホノブルボン。これはガンダムを元にしてるのでオーソドックスで使いやすい。

 次はヒュッケバイン(白)。こちらも比較的使いやすいタイプの機体で……。*9

 

 

「そこだよ!!なんでガンダム元ネタゲームにヒュッケバインがいるんだよ!教えはどうなってんだ教えは!」

「……?これはガンダムVSガンダムじゃなくて、たぬきVSたぬきですが?」

「そうだったなクソッタレェッ!!」*10

 

 

 うん、ノリツッコミありがとうキリトちゃん。

 ……そう、二つ目の時点で引っ掛かっていた、というわけである。

 

 ヒュッケバインのは、スーパーロボット大戦シリーズにおけるオリジナル機体の一つ。

 その見た目は、藍ないし紺色のロボット……といった感じなのだが。

 ツインアイにV字のアンテナ、特徴的な顔……などなど、どこぞの人の言葉を借りれば「目が二つついててアンテナはえてりゃマスコミがみんなガンダムにしちまうのさ」、的なことを言いたくなるような造形をしたいるのである。*11

 なんなら、ガンダム作品に多く関わるデザイナーである『カトキハジメ』氏のデザインだったりするし。

 

 ……それが理由ということなのかは不明だが、一時期映像作品や立体物に恵まれない時期が続いたこともある。*12

 今ではその辺りは解消したのか、普通に立体物も増えてきたが……流石にガンダム元ネタの作品に出てたら突っ込まざるをえなかった、というやつだろう。

 まぁ、たぬきとして存在する以上、普通に出てきてもなにもおかしくはないのだが。……でもそのトリコロールカラー*13は許されな(ry

 

 話を戻して。

 二つ目の時点でツッコミ処満載だったわけだが、三つ目も中々である。

 そういうわけでオススメ機体三機目、圧倒的火力で必ず相手を一騎は打ち落とすとされる『宇宙戦艦ヤマト』を……。*14

 

 

なんでだよ!!?仮にもロボットものが元ネタだろこれ?!」

「なんでと言われても、たぬきとしての素材があるからとしか……」

「ああくそ、無駄に美麗な素材用意しやがって!!」

 

 

 ……うん、そりゃまぁ突っ込むよね、というか。

 一応、元ネタのエクバにだって巨大なキャラ、というものは存在する。

 ミーティア装備のフリーダムやジャスティス、サイコガンダム系列やビグザム、それからデビルガンダムなどなど……。

 だが、それらは大抵プレイヤーが使えるものではなく、ボス専用機体であることがほとんど。

 そういう意味で、この『宇宙戦艦ヤマト』は色々と規格外というわけである。

 

 なにせこのゲームの中でも最大級の大きさ、かつ火力も最高峰。

 ……一応、最大火力の武装である『波動砲』を使うと、その時の体力に関わらず撃墜扱いになる、という強さ調整が施されてはいるものの……。

 それを使わずに攻撃することも可能で、そっちだと圧倒的な体力と防御力で凄まじいまでの塩試合に持ち込むことができるともなれば、作品を間違えているとしか言いようがないというか。

 

 まぁ、だからこそ初心者にも扱いやすい、みたいなところもあるのだが。

 やることとっても単純だし、なに食らってもスーパーアーマーだから相手の動きを見ることもできるしね。

 でも大会とかだと出禁になるのはご愛敬()。

 

 ……さて、三機目の時点でもうお腹いっぱいかも知れないが、この解説はまだまだ序の口。

 フェルシー&ウインディ*15のペア機体とか、どう見てもモスラ以外の何者でもないオベロン・ヴォーティガーン*16とか、意味不明なキャラはたくさんあるのだ。

 特にモスラの方は常にホバリングしてるから一部のキャラは詰み相性になる、なんて特徴もあるぞ!調整しっかりしろやクソァ!*17

 

 なお、これらの説明は全て受け売りである、ということを最後に記しておきます。

 流石だなマシュ、でもなんで知ってるのマシュ。ヘビープレイヤーなの?……え?クリスに誘われてわりとやってた?クリスェ……。

 

 

*1
コロナの時に流行った『りんごの子』こと辻野あかりなどが該当。単なるパロディではなく、そこからさらに発展させたものが流行るのも同じか

*2
四方八方を飛び交うビームや攻撃・機体を見る必要もあり、ゲームスピードはかなり速い

*3
有名なのは『バエル』や『エアリアル』辺りか。他『ウィング』や『ダブルオー』なども存在する

*4
そういうゲーム共通の悩みとして、謝罪用スタンプが煽りに使われる、などということもある模様。煽り ダメ絶対!

*5
(´´^`)「画面に入るくらいわけないし……」

*6
たぬきだとほとんどガンダム扱い。飛行モーションも廃熱モーションもあるよ!

*7
『聖戦士ダンバイン』などに登場するエネルギー、『オーラ(ちから)』から。『りょく』とは読まない

*8
元々はとある掲示板由来(たぬきの元ネタと同じところ)の、RX-78-2ガンダム……いわゆる初代のガンダムに対しての呼び名。ガンプラを使ったネタジオラマにおいて、ガンダムの立ち位置が大抵歳上のおじさん的なものだったから広まったネタ、とも。初代を知る人も基本的におっちゃん・おばちゃんと呼ばれるような世代だから、ということもあるようだ。そこから、最近の作品のガンダム達におっちゃん的絡みをしている姿が目撃されるようになったとかなんとか

*9
『スーパーロボット大戦』シリーズのオリジナルロボット。見た目がガンダムっぽいが、設定的には『パーソナルトルーパー』と呼ばれる分類のメカ

*10
『教えは~』から『クソッタレ』までは、いわゆる『ワッカ構文』と呼ばれるもの。FFⅩのキャラクター、ワッカがとある場所で発した台詞が元ネタ

*11
漫画版『機動戦士クロスボーン・ガンダム』の一話に登場する台詞。因みに、昨今ではこの特徴に当てはまらないガンダムも何機か存在する(わかりやすいのはGルシファーなどか。反対にその特徴に当てはまっているがガンダムには見えない、という『ガンダム・グシオン』なんてのもいる)

*12
いわゆる『ヒュッケバイン問題』。公式もネタにしているのか、とある作品では全てのヒュッケバインが撃墜の憂き目にあうことに……。異名の『バニシング・トルーパー』もリアルになってしまった

*13
いわゆるガンダムカラー。白・赤・青のことで、フランス国旗にも使われている。なお、本来の『トリコロール』とは『三色』という意味なので、これ以外の組み合わせでも問題はない

*14
『宇宙戦艦ヤマト』シリーズにおける旗艦。ロボットじゃないけど『スーパーロボット大戦V』に登場したことで話題をかっ浚ったりもした

*15
見た目がなんとなく似ているフェルシー・ロロとシンコウウインディのペア。ウインディの方は同名のポケモンとのペアもある

*16
たぬき動画に出現する怪生物。躍動トリオの中ではキャストリアだけちゃんとした素材があるので、寧ろ彼女の方が例外なのかも

*17
1994年にSFCで発売された格闘ゲーム『ゴジラ 怪獣大決戦』におけるモスラの話。このゲームでは空にいる敵への攻撃手段が乏しく、ずっと飛んでいられるモスラは一部のキャラを除けばかなりの強キャラになっている。格闘ゲームにおいて飛ぶやつが強いのはお約束である(格ゲー版『ジョジョの奇妙な冒険』におけるペットショップなど)



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幕間・ゲーセンに屯するのはよろしくない

 タヌバを確りと楽しみ、次のゲームへと移行した私たち。

 ……試合内容?聞くな。グリッドマンとかシン・ユニバースロボ*1とかが跋扈するゲームが、まともな試合になるわけないでしょうが。

 っていうか、その前に説明した奴らの時点でお腹いっぱいだわ。

 

 ……そういうわけなので、次やるゲームはできれば対戦もの以外がいい、ってリクエストされたってわけ。

 なーのーでー……。

 

 

「たぬきの話なんだから、やるならやっぱり競馬だよね!」

「対戦ゲームは止めようって言わなかったか???」

 

 

 いやいやなにを仰いますやら宿儺さん。

 競馬は他人と競うものではなく、自分自身との戦いを主眼とするものだよ?(適当)

 

 いやまぁ、当事者が騎手と馬の場合はその限りじゃないけど、少なくともこうやって観戦したり単勝……げふんげふん。

 ……()()()()()()()()()、などと考察する分には、他人との競争要素なんて欠片もないんデスよ?

 

 まぁこの筐体、純粋な競馬じゃなくてトライアスロンとか障害物競走とかみたいなやつなのだが。

 

 

「もしくはハチャメチャ大感謝祭?」

「スイッチで新しく出るゲームかな?」

 

 

 くにおくん的な。*2

 ……ウマ娘の版権元であるサイゲが、ギルティギアとか出してるアークと仕事している縁で生まれた作品、ってやつなんだろうけど、初報の時はビックリしたよね。*3

 直接殴りあいとかはしないんだろうけど、それにしたってくにおくん方式のゲームとか出していいんだ……みたいな?*4

 

 まぁ、たぬき的には「いつものことでは?」みたいな感じなのだが。

 ルドルフは既にストリートファイターになれる逸材だっ。*5

 

 

「それはともかく。今回挑戦する筐体は『GI-WorldClassic(ジーワン・ワールドクラシック)』シリーズのたぬき仕様。育成ゲームと馬券ゲームの二つが一つになったオーソドックスなスタイルで、個人用のモニターと大型のモニター、それからプレイヤー達の前を走る競走馬のミニチュア達が特徴的なゲーム機だね」*6

「なんだその説明口調……」

 

 

 なんでかって?メダルゲームやらない人はまったくピンと来ないだろうからね!仕方ないね!

 

 そう、メダルゲーム。

 昨今ではSwitchに移植された『釣りスピリッツ』*7などを代表とする、お金を賭けないタイプの賭けゲームの一つ……みたいなやつである。

 ……え?『釣りスピ』は競馬みたいにメダルを賭けてるわけではないだろうって?そういうの詭弁って言うんですよ。

 

 ……冗談はともかく。

 これらのメダルゲームはメダルを投入して遊ぶゲームであり、かつゲームの成果がメダルとして返ってくるタイプのゲームである。

 先の『釣りスピリッツ』なら、メダルを使って釣竿を選び、魚が釣れればメダルが貰える……みたいな感じというか。

 

 で、一口にメダルゲームと言っても、その形態は多岐に渡る。

 実際の賭博とかでも見かけるスロットやパチンコ・競馬や麻雀のような、将来のパチカ……げふんげふん。

 ……ギャンブラーを養成してるのかな?みたいなツッコミを入れたくなるようなものから。

 メダル落とし(プッシャーゲーム)・クレーンゲーム・じゃんけんマシーンなどなど……普通のゲームがメダルを使うモノに変わっているだけみたいなものまで、実に様々だ。

 

 そしてこれらは、普通のゲーセンのゲームよりもコスパが高い、みたいな性質を持ち合わせている。

 正確には費用対効果的が高い、的な?

 

 例えばクレーンゲーム。

 基本的に原価と同じくらいの金額を掛けるとモノが取れる、みたいな仕様であることがほとんどである*8このゲームは、ある意味では非常にコスパの悪いもの、と考えることもできる。

 ゲームを遊ぶ(時間の浪費)、という部分に価値を見出だせないのであれば、フリマかなにかで直接勝った方が楽、なんてことにもなりかねないからだ。

 まぁ、実際にフリマとか店とかで買おうとすると、付加価値が付けられて原価より遥かに高い……なんてパターンも多いわけだが。

 

 だがこれがメダルゲームとなると、話が変わってくる。

 換金出来てしまうとそのまま賭博になってしまうため、基本的にはゲームを遊ぶ、という部分に価値が集中することになるわけだが……それは裏を返せば、メダルゲームをする際は時間の浪費こそが主題、それこそが目的となるということでもある。

 ……言い方が悪いので言い直すと、単純に遊ぶことだけを目的にできる、というわけだ。

 

 考えようによっては、家でゲームをしているようなもの。

 ゲームを遊ぶことを主眼としているのだから、景品まで求めるのは邪道……みたいな?

 いやまぁ、排出されるメダルが景品みたいなものと言われれば、まったくもってその通りなのだが。

 

 この点は格ゲーなどがわかりやすいか。

 格ゲーは対戦を主眼としたゲーム筐体だが、その実ゲームの遊ぶ時間の長さを価値と見るのであれば、対人戦は凄まじくコスパが悪い。

 格ゲーにおけるワンクレジット(一回のプレイ)とは、基本的に『負けるまで』を指す。……正確にはCPU戦を最後までクリアする、というのも含んでいるが……ここでは割愛。

 

 このシステム、誰よりも強い人間にとっては、挑んでくる人間が存在する限りずっとプレイしていられる……という形態になるが、そうでない人間にとってはものの数十秒でお金が飛んでいく、というエグいシステムになりうる。

 

 言ってしまえば『勝てなきゃ価値がない』みたいなものであり、そこにあるのは非情なる弱肉強食の世界というやつだろう。

 そのため、家庭用ゲーム機だったりパーティゲーム式のゲームだったりをやっていた層からは、不満を覚えられることとなるわけだが……その辺りも再び割愛。

 ここで重要なのは、時間的コスパの面である。

 

 格ゲーにおいて報酬だと考えられるのは、対人戦に勝利した時の再プレイ権──正確には継続プレイ権か?──だろう。

 一応CPU戦においても貰えるものと言えなくもないが、こちらはラスボスを倒すと終わり、という点で有限である。*9

 対して対人戦の場合、他人が挑み続けてくれて・尚且つ勝ち続けられるのならば永遠に──とは言っても店の閉店時間などはあるだろうが──ゲームを続けられる、ということになる。

 

 だがこれは先ほどから言うように、『勝たなければそこで終わり』という意味でもある。

 さらに、無限に見えるこの報酬の加算も、見方を変えれば他人のプレイ権を奪っているだけであり、全体で見るとコスパは果てしなく悪い、ということになってしまう。

 

 対してメダルゲームの方だが……格ゲーのそれと同じく、勝ち続けるとプレイ権が得られる、という点では類似していると見なすこともできるだろう。

 現金に還元できない形にすることで、ゲームプレイを継続しやすくなっている……という風に見ることもできる。一回のプレイに掛かる金額が、他のゲームより遥かに安い……というわけだ。

 

 無論、ゲームによっては一回のプレイ時間に相当するものが一秒未満……一瞬になってしまう、みたいなモノも存在するわけだが、同時にそういうゲームは当たった時のリターンが大きい、というパターンが大きい。

 メダル落としゲームなんかはそこが顕著で、もし一枚のメダルで数百枚のメダルを落とせたのなら、そこに発生する射幸心はとてつもないモノになるだろう。

 

 ……うん、触れちゃったからごまかすの止めるけど、結局のところメダルゲームって射幸心を煽って時間を浪費させるゲームなんだよね。

 他の類似のゲームと違って、リターンを『ゲームのプレイ権』もといメダルの払い出しに絞ることで、当たりやすさと一回のプレイの金額を下げてるってだけで。

 

 メダルゲームで数万円を溶かした、みたいな話は往々にして聞かないと思う。

 ……いやまぁ、どこかにそんな人もいるかも知れないけれど、基本的には見掛けることのない存在のはずだ。

 何万円ですら希少なのに、パチンコのように数十万スッた、なんてのは最早ソシャゲのウルトラレアみたいなものだろう。

 

 そう、射幸心に包まれてゲームをし続ける……というのを価値だと見るのなら、これほどコスパの良いものもないというわけなのだ。

 なんならメダルが増える、っていう状況自体に興奮する人も居るだろうし。

 少なくとも、『当たればお金になって返ってくる』みたいなことを言われるパチンコや、『形には残らないけど思い出には残る』みたいなソシャゲよりは、遥かに健全である……みたいな?

 

 まぁ、五十歩百歩であることも認めるけどね。

 っていうか最初に言ったように、ギャンブラー養成所みたいなモノでもあるので、のめり込んだ結果『当たれば~』の理論を受けてメダルゲームを時間の無駄と唾棄し、代わりにもっと地獄なパチンコとかスロットにずぶずぶに……みたいな可能性もあるわけだし?

 

 

「……お前はメダルゲームを擁護したいのか貶したいのか、どっちなんだ?」

「え?どっちも?何事もバランスでしょ、バランス」

「どこぞの真島かよ……」*10

 

 

 なお、ここまで熱く?語ってみたところ、みんなから返ってきたのは呆れたような、はたまた諦めたかのような微妙な視線なのでありましたとさ。

 ……私は単に事実を列挙しただけなのに、おかしいね?

 

 ともあれ、事前説明も終わったことだし……ということで、微妙に気乗りしないみんなを後押しして、私たちはたぬき大感謝祭に挑むことになったのでした。

 

 

*1
前者は『電光超人グリッドマン』などに登場する主役ヒーロー、後者は『シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース』の四キャラクターが合体した狂気の産物。なぜ、胸にゴジラの顔があるのだ?!(A.カッコいいから)

*2
2024年発売予定のゲームソフト『ウマ娘 プリティーダービー 熱血ハチャメチャ大感謝祭!』のこと。ドットとなったウマ娘達がところ狭しと暴れまわるアクションゲーム。どこかで見たことがある、と思った人多数

*3
『グランブルーファンタジーVS』の縁、というべきか。また、『ARC SYSTEM WORKS』は現在『くにおくん』シリーズの版権を持っており、その辺りもこのゲームの成立に寄与したのでは?……なんて言われることも

*4
コンプラ的にいいんだ?という話。二次創作のガイドラインには『暴力的なモノは禁止』となっているが、そもそも実在馬の名前を借りているものなので一次創作でも微妙なのでは?……みたいな感じというか。とはいえ、その辺りを解消する為のドット絵、と言えなくもないかも?

*5
ションボリルドルフの素材から。竜巻旋風脚・波動拳・昇竜拳の『格ゲー三種の神器』も完備。『ストリートファイター』以外の技も使えるぞ

*6
GI-WorldClassic(ジーワン・ワールドクラシック)』は、コナミの提供する競馬ゲーム筐体。他にもセガなどが作っていたりするが、今回は何の因果かこの筐体

*7
メダルゲームの一つ。ギャンブル筐体からスライドして来たようなモノが多いメダルゲームの中では珍しい、ファミリー向けの筐体……とはいえ、昔ならともかく最近はこのタイプのモノが多く存在しているようだ

*8
いわゆる『確率機』、かつペイアウト率の設定されているもののこと。お店の損になりにくく、運が良ければ安く景品が手に入る……みたいな感じのもの。なお場合によっては原価以上の設定をしている悪質な店があることも

*9
格ゲーでクリアした時に『ゲームオーバー』と言われるのはこのせい(?)

*10
『リコリス・リコイル』のキャラクター、真島の口癖『バランスを取らねぇとなぁ』から。ツッコミを入れているキリトとは声繋がり(?)



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幕間・メダルが増えると友達増えるね(!?)

 はてさて、前回あれこれと説明をしていたわけだが……ここでもう一度、軽くおさらいを。

 

 今回私たちが挑戦するのは、いわゆるメダルゲーム方式の競馬ゲーム……の、たぬきバージョンのもの。

 個人個人のためのモニターと、観客達が見るための大きなモニター、それから視覚的に分かりやすくするようにということなのか、筐体のど真ん中に設置された競馬場とそこに屯するたぬき達のミニチュアが特徴的な筐体である。

 ……え?中のたぬきは生物(なまもの)みたいなもの?一応無機物って言ってたから……。

 

 ともあれこのゲーム、多人数でやることを前提としているからなのか、中々凝った仕様が導入されていたりする。

 その内の一つが、タイムスケジュールを組んで行われるレースの存在だ。*1

 

 

「真ん中のミニチュア競馬場では、実際のレースが毎時毎日行われてる……ってわけだね。で、それを観戦して単勝とか三連単とかに賭けてみるのもよし、競技に参加するたぬきを育てるために、自前のモニターとにらめっこするもよし……みたいな?」

「なるほど、育成と試合を両立するために、結構考えられてるんだな」

 

 

 競馬と言えば、一般人がやることは基本的には賭け事だが、機会があれば馬主の方になってみたい……という人も多いはず。

 このゲームは、その辺りの夢も叶えてくれる……というわけである。

 ……え?単に馬主になりたいってだけなら、普通の競馬ゲームでも十分?そっちはほら、他人と賭け事するとかは出来ないから……(目逸らし)*2

 

 まぁともかく、競馬場に行かないと楽しめないこと──その場の空気とか食べ物以外ならば、わりとお手軽に楽しめてしまうというわけである。*3

 それでいて、メダルゲームなので一回のプレイはお安め、と。

 ……まぁ、実際のゲームとはかなり仕様が変わっている、というのも事実のようだが。

 具体的には、くにおくん方式のなんでもあり大乱闘、みたいなノリになっていることと、オリジナルの馬……もといたぬきを育てられるということだろうか。

 

 

「オリジナルのたぬき?」

「そ。普通のゲームにも、配合って形で新しい馬を生み出す機能はあるんだけど……このゲームのそれは、まったくの無から新しいたぬきを生産することができるんだ」

「どういう……ことだ……?!」

「聞くより慣れろ……ってわけで、ほい」

「名前入力画面……?」

 

 

 なんじゃそりゃ、と聞いてくる一同に、実際にその画面を提示することで説明する私。

 

 いわゆる自動生成、みたいな感じのモノであるこれは、まず最初に名前を入力することから始まる。

 ……まぁこれは仮決めなので、後から変更することもできるのだが……実はこの時点で、ある程度どんなたぬきが生産されるのか?……みたいな傾向が定まっていたり。

 

 ともあれ、とりあえずは名前を付けないことには始まらないので、代表で宿儺さんに入力して貰うことに。

 ……などと言っていたら、他のところで遊んでいたクリス達も集まってきたな?

 

 

「『マコラテイオー』……」

「いや、その名前はどうなのよ?」

「う、うるさいなぁ、なんにも思い付かなかったんだから仕方ねーだろ……」

 

 

 で、そんな衆人環視の中で宿儺さんが付けた名前は……ええと、もしかしてまこーら……もとい『八握剣異戒神将魔虚羅』さんから取ったやつですかこれ?*4

 貴方、本誌の展開にわりと引いてたじゃないですか、なんでそこでこの名前……え?パッと思い付いたのがこれしかなかった?

 

 ……ともかく、名前からするとむくつけきマッチョになったトウカイテイオー、みたいなイメージが湧いてくるネーミングだが、他が思い付かないのであれば仕方あるまい。

 どっからか『ワケワカンナイヨー!』って悲鳴が聞こえてくる気がするけど、無視だ無視。

 

 

「じゃあ、右下の決定ボタンを押して貰える?」

「こうか?」

「そうそう。で、次に幾つか質問が出てくるから、それに順番に答えて行ってね」

「質問?ふむ……」

 

 

 で、一先ず名前を仮決めすると、次に現れるのは幾つかの質問群。

 相性診断とか性格判断とか、ああいうので出てくるようなもの……だと思って貰えばいい。

 内容的にも『速く走れたら嬉しい?』とか『誰よりも強くなりたい?』とか、単純なものしか流れてこないし。

 

 そうして幾つかの質問を抜けると、今度は毛色や長さの好みを聞かれることとなる。

 ……まぁ、毛の長さに関してはあんまり関係はないのだが。

 たまーにケルヌンノス……もといビワハヤヒデのたぬき版であるもこもこ状態になるか否か、に関わるくらいだし。

 

 そんな感じで全ての選択を終えると、『これで構わないか?』という最後のチェックがやって来る。

 結果を見てから変える、ということはできないので、これが最後の後戻りポイントになるわけだが……宿儺さんは今回始めてということもあり、そのまま決定ボタンを押したのであった。

 

 すると同時、モニターの中の特殊な機械に先ほどまでの質問への答えなどが飲み込まれて行き、中でぐるぐるとかき混ぜられていき、デンッ!デンッ!!デンッ!!!……という効果音と共に、中から溢れる光が銀・金・虹の順番で変化していく。

 ……おおっとこれは、SSR到来のフラグ……!

 

 

「……え、まさかのガチャなのかこれ?」

「いいえー、ガチャではありませんよー?さっきの質問群を名前から何まで全部同一のを選べば、まったく同じたぬきになりますし」

「そ、そうか、確かにそれはガチャじゃな……」

「まぁでも、途中の質問群はランダムですし、質問の量自体も数万単位であるらしいですけど」

「やっぱりガチャじゃねぇかなこれ?!」

 

 

 その光景に既視感を抱いたのか、宿儺さんがこっちを向きながら声を挙げる。

 ……一応、完全に同じ選択をすれば同じ見た目・同じステータスのたぬきが生まれるため、ガチャだと言われると違うということになるだろうか。

 まぁ、その後続けて説明したように、質問部分がガチャみたいなものなので、結局全体を見るとガチャです、となるのも仕方ない話だったりするのだが。

 

 あとついでに言うと、名前の変更タイミングが最初・ガチャ前・最後にあるのは、質問の偏りを見て結果をある程度変えられるように、という運営からの慈悲だとかなんとか。

 最後の変更に関しては、単に見た目にあった名前を付け直したい、という要望に合わせて追加されたものらしいけど。

 

 ともかく、モニター内の輝きはとどまることを知らず、さらに加速していく。

 ……んん?流石にこのパターンは知らんな。輝きが虹になった時点で、すぐに生まれたたぬきが出てくるはずなのだが。

 

 だが、モニター内の機械はなおも回り続けている。

 まるで限界が間近だといわんばかりに悲鳴をあげる機械と、さらに強くなる輝き。……え、マジでなにこれ?

 なんてことを思った私たちの前で、モニターは周囲を真っ白に照らすほどの極光を放ったのであった。うおまぶしっ!

 

 

「い、いったいなにが……」

『──問おう』

「え」

 

 

 数秒後、真っ白になった視界が、ようやく元に戻り始めた中、周囲の静寂を切り裂くようにモニターの中から響く声。

 

 なんかどこかで聞いたことあるような──具体的には家の中とかお隣さんとかから聞こえてきたことがあるような、そんな声色に「え、マジで?」と思わず声をあげる私。

 慌てて宿儺さんの前にあるモニターに皆で近付けば、こちらはまだ先ほどの発光の余韻が残っているのか、真っ白な画面になにかのシルエットがうっすら見える……みたいな状態になっている。

 よもや、あのたぬきがやってきたのか?

 ……などと事態の成り行きを固唾を呑んで見守る私たち。

 そうして皆の視線を集めたモニターは、やがてその白色を普段のそれへと戻して行き……。

 

 

『──ドクター(あなた)が私の、プロデューサーさん(指揮官)ですか?』

「………んん?」

『契約はここに。我が真名、マコラテイオー。貴殿(トレーナー)の命を果たすため、粉骨砕身の覚悟で挑むと約束致しましょう!』

「……え、なにこれ?」

 

 

 そこに現れたのは、なんとも形容しがたいキャラクターであった。

 尻尾は確かにたぬきである。ゆえに、彼女は紛れもなくたぬきではあるのだろう。

 だがしかし、その他の部分がツッコミ処満載であった。

 

 まず、右手に持つのは輝く聖剣。

 ……エクスカリバーかと見せ掛けてデュランダルの方である辺り、恐らくは声とこの武器がかの幻覚を表しているのだろう。

 それから、着込んでいるのは黒のパーカー。……ドクター、という呼び方から察するに、どこぞのCEOの要素のようである。

 

 さらに、左手のマイクと背中の物騒な機械。

 ……プロデューサーという呼び方と、指揮官という呼び方からしてアイドルと艦娘の要素を表している、ということになるのだろうか?

 わかりやすい要素は、その五つ。だがしかし、そのキメラっぷりは高々五つ程度の要素では終わらんぞ、と言いたげな空気さえ滲ませていた。

 

 ……つまり、これは恐らく……。

 

 

「……『八キャラ纏め異戒たぬき魔虚羅(まこーら)』、ということになるのではないでしょうか……?」

「なんだそのゲテモノ合体!?」

 

 

 いや、貴方の選択の結果ですからね?

 現れた謎過ぎるキャラクターを前に、宿儺さんは悲鳴のような声を挙げたのでした──。

 

 

*1
季節ごとに特別なレースが開催されたり、はたまた現実の日程に合わせてレースがローテーションされていたりする

*2
ゲーム内通貨より、メダルという物理的なものを賭ける方が興奮する……みたいな話か。実際のギャンブルに手を出して数万・数十万・数百万と無駄にしてしまうよりかはまだマシ……みたいな部分もあるかもしれない。なお馬主になるのなら、さらに数千万・数億単位で飛んでいくこともあるのでさらにヤバい。無論うまく行けばリターンも大きいが

*3
最近の競馬場でおすすめされている楽しみ方。それが、賭け事には関わらず、馬の競争を眺めながら食事をしたりするというもの。競馬場で提供される食事を家族と楽しむ、みたいな方式である。競馬はギャンブルの一種ではあるが、その実パチンコなどとは違い国営のモノである。その為、他の賭博と比べると、実はクリーンなイメージを保つのに結構気を使っていたりする。その一貫の内の一つが、単なる馬のスポーツとして競馬を観戦する……という楽しみ方の提示である

*4
『まこーら』という呼び方は、実在のVtuber『兎田(うさだ)ぺこら』のあだ名の一つ『ぺこーら』を元にしたもの。名前の最後が『ら』で終わるキャラにたまーに付けられている。『八握剣異戒神将魔虚羅』は『呪術廻戦』に登場する式神の名前。ポジション的には『fate』シリーズの『ヘラクレス』に近いか



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幕間・なにがなにやらわからない日

「……まさかとは思うけど、【顕象】だったりするんじゃないだろうな……?」

「うーん、可能性としてはなんとも。ルドルフの増殖体……とは、微妙に原理が違うような、同じなような……って感じですし」

「ええ……?」

 

 

 モニターの中で堂々と立つマコラテイオー。

 ……同時に、ミニチュア達が屯する筐体部分にも同じ見た目のたぬきが発生したわけだが、このゲームの仕様上あれは今こうしてこちらに視線を送ってきている、モニターの中の彼女と同一人物(?)のはず。

 ……ガチャめいたキャラ獲得方法だったわけだが、これがたまたま【顕象】……もとい【兆し】と同期した、という可能性がないわけではない。なにせあからさまに様子がおかしかったわけだし。

 

 ただ同時に、『かもしれない』程度で留まるのもまた確かな話。

 このゲームの詳細なシステムを知らない以上、さっきのもルドルフの増殖と同じ原理である……という可能性は捨てきれないわけだし。

 それゆえ、これに関しては一先ず保留、ということになったのであった。

 

 

「……とりあえず、他の人達はどうする?ガチャに挑戦してみる?」

「もうガチャって言っちゃってる件」

「っていうか、今のを見たあとに俺もやろう、なんて気分にはなんねーよ!?」

 

 

 で、残りの面々にどうするか?……と尋ねた結果、返ってきたのは『やんねーよ!?』という言葉なのであった。

 ……うん、見えてる地雷に突っ込む人間はいない、みたいな?いやまぁ、まだこれが地雷に溢れたモノである……という確証もないわけだが。

 でも先例の通りまたヤベーものが生成される、みたいな可能性が高い気がしてくるのも確かなわけでして。

 

 

『なるほど。マスター(指揮官)は心配性ですね』

「そりゃ心配もする……話し掛けてきた!?」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ?貴方はことを起こす度にトラブルを起こさないと気が済まないわけ???」

「面目ない……」

 

 

 やっぱりこれ【顕象】でしょ!?

 ……と半ば確信した上で、諸般の連絡先にあれこれ一報を入れて待つこと数分。

 慌ててやってきた琥珀さん……ではなく、彼女に検査道具を持たされてやってきた一般の研究員さん(最近雇われた『逆憑依』でもなんでもない普通の人)が調べた所によれば、この『マコラテイオー』はルドルフ達と同じタイプの【顕象】であるとのことであった。

 

 

(´´^`)「思いがけず妹が出来てしまったし……」

(´・ヮ・)「無闇に増えるのは止めておくべきかもしれませんなー」

『むぅ、困らせたいわけではなかったのですが……』

 

 

 モニター前でぽよぽよしている二人(とテイオー)の姿はわりと癒し系だが、実態はその反対というか。

 ……とはいえ、増殖はヤバいっぽいので止めといた方がいいかも、みたいな話には納得しかなく……。

 

 

──その必要はないわ──*1

「頭の中に突然声が!?」

──ファ○チキください──

「なに今の声!?」

──生憎だけど、うちはロー○ン派よ──

「なんの話ぃ?!」

 

 

 なんてことを話していたら、突然その場に居た人達の脳内に響き渡る軽やかな声。

 

 ……ええ、特に捻りもなく『星女神』様のその人のお声だったわけですが、これが初体験のクリスやハセヲ君達は大慌てである。

 まぁ、いきなり脳裏に人の顔が浮かんでくれば……ねぇ?

 なので緊張を解すためにテレパシーの定番を一つ流したわけだが、うまく行ったかは微妙なところである。

 

 ともあれ、突然の『星女神』様からの連絡である。……というか、なにが『その必要はない』のだろうか?

 

 

──増えるのを止めようとしていること、よ──

(´´^`)「……まさかの私達向けの連絡だったし」

(・ヮ・)「どういうことー?」

 

 

 そう疑問に思えば、返ってきたのはルドルフに対しての言葉だった、という趣旨の思念。

 ……うん?増えるのやばそうって控えるのが宜しくないと?……なんで?

 そう思いながら問い返すと、返ってきたのは次のような理由であった。

 

 曰く、ルドルフが増えることができるのは、原作……たぬきでの彼女の影響もあるが、その大本はビッグ・ビワハヤヒデ……もとい、ケルヌンノスの呪層の機能が分化した部分に相当するのが彼女だから、というところが大きいのだという。

 ……それだけだと『増えるのヤバくね?』って感じなのだが、この話にはここで現れたケルヌンノスがどういうものであったのか、という部分が重要になってくる。

 

 そう、かの存在はそのままケルヌンノスとして現れたのではなく、たぬきにおけるもこもこのビワハヤヒデと同一視されることでこちらに顕現した。

 そしてその時に、単なる呪層ではなく()()()()()()()として眷属──ほかのたぬきを増やす、という機能を獲得していた。

 

 

「……なるほど、その機能がそのまま彼女に受け継がれているのだとすると、寧ろ増えることで発散しないと呪いが溜まる、なんてことになりかねないのね?」

(´´^`)「まさか私のこれに、そんな意味があるとは思ってなかったし……」

 

 

 その機能を核に持って生まれたルドルフは、それゆえに寧ろ()()()()()()()()のである。

 溜まりに溜まった呪いをたぬきとして実体化させて放出する、という形で処理しているのだから、それが滞る方がよっぽど問題……みたいな?

 ……でも確か、どこかのタイミングで呪層が増える原因──周囲の悪意やらを吸収するというビッグ・ビワハヤヒデの機能は停止した、みたいなことを聞いた気がするんだけどなー?

 

 

──ええ、ですからそれが()()()()なのですよ──

「……んん?『星女神』様のせい?」

 

 

 その疑問の答えも、『星女神』様の口から明かされた。

 確かに一度、ビッグ・ビワハヤヒデはその姿を消した。

 それは、周囲の悪意やら怨念を呪いとして吸収し、それをたぬきに変えて浄化する……という一連の機構を維持する必要がなくなったため。

 言い方を変えれば、周囲に漂う邪気(的なもの)が対処の必要な量を下回っていた、というわけである。

 

 ……いやまぁ、正確にはビワハヤヒデの手を借りずともある程度他の面々で対処できる状態になった、というのが正しいのだろうが。

 敵対的な【顕象】を即座に撃破できるほどになりきり郷の戦力が整ってきた、とも言えるか。

 

 だがしかし、最近になって邪気の浄化が間に合わなくなってきた。

 その理由は多岐に渡る。『擬獣』の跋扈、【星の欠片】達の来襲。

 けれどその中で一番大きな理由だったのが、紛れもなく『星女神』様の現世への降臨、だったのだ。

 

 

「……あー、言われてみればそりゃそうか。本来『星女神』様の降臨は数多の世界の滅びとセット。この人が居る、ってだけで世界にストレスが掛かってもおかしくないわけだ」

「ふむ、世界のストレスはすなわち邪気のようなもの、ということか?」

「そういうことになるねぇ」

(´´^`)「私が増えるとストレス発散になるんだし?」

「少なくともガス抜きにはなるねぇ」

 

 

 本来、易々とは現れず……かつ、真っ当に現れるのならその時点で世界は滅んでいる、みたいな存在が『星女神』様である。

 そのため、単にそこに居るというだけでも、世界が感じるストレス──歪みは大きいのだ。

 となれば、必要なくなったはずの変換機構──負の念を浄化するシステムである、たぬき生産システムの再稼働も視野に入るというわけである。

 

 ……まぁ、現状一番大きいストレスが『星女神』様の存在であるだけで、システムの再稼働の判断自体はその前──それこそ彼女の初登場となった大雨のあの時に決まっていたのだろうが。

 ともあれ、これでルドルフの増殖を止めるのは良くない、という理由の一端は判明したわけだが……もう一つ、彼女が増殖を止める必要がないということを示す理由があった。

 それがなんなのかというと……。

 

 

──その子が生まれた理由、ね──

『む、私ですか?』

 

 

 ルドルフの増殖をきっかけに生まれたとおぼしき、マコラテイオーの生まれた理由。

 それはどうにも『星女神』様に原因の一端があるらしく……?

 

 

──単純な話よ。私という存在が顕現している状況では、()()()()()()()()()()()()()()()()もの──

「……あー、もしかして?」

──端的に言うと、私がこっちに居る間はこういうことが起きやすくなる、ってことね──

「あー…………」

 

 

 そういえばそうだったわ。

 ……と呻く私の脳裏に思い浮かぶのは、彼女の設定の一つ。

 世界が滅ぶ時というのは、最早順序だった物事すらあやふやになるもの。

 定められていたはずの物事がバラバラになり、本来な()()()()()()()()がそうならなくなる。

 

 

「……ええと?」

「現実という【星の欠片】がその役目を終え、次の【星の欠片】に役割を引き継ごうとしている状態……()()()()()っていうのは、そういう風に解釈することもできるんだよ。で、それをもうちょっと分かりやすく言うと……()()()()()()()()()()()()()ってことになる」

「今までの当たり前が無意味になる、ってこと?」

 

 

 クリスの言葉に、そういうことと頷く私。

 ……本来出てくるはずのない『星女神』様の存在は、そういったシステムを誤動作させることがある。

 つまり、()()()()()()()()()()()()というような、本来確率的に小数点のような出来事でも、()()()()()()()()ことは普段より多くなる、というわけである。

 

 ……つまり、言い方を変えると。

 

 

「マコラテイオーが生まれたのは()()、ってことだね」

「「「「えーっ!!?」」」」

 

 

 そんな私の結論に、皆からは驚愕の声が飛んできたのであった。

 ……そんな驚かれても私のせいじゃないし……。

 

 

*1
『魔法少女まどか☆マギカ』より、暁美ほむらがよく言う台詞



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幕間・まぁ気にせず遊びなよ?

 突然の『星女神』様との会話から早数分。

 とりあえず問題を先送りして遊ぶことにした私たちは、現在阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 

 

『速い速い!マコラテイオー驚くほどの速さだ!誰も追い付けない追い付かせない!!』

「レースの最初から最後までずっとトップで逃げ切るとか、そんなんチートやチート!!」

「……まさかとは思うが、魔虚羅の能力も混じっているのかこいつ……?」*1

 

 

 ……主にまこーらが強すぎるせいで。

 

 いやねぇ、まさかこんなに強いとは思わないじゃない?

 このゲームの主題である障害物競争は言うに及ばず、ダート・芝といった基本的なレース場から、水辺・岩場のような普通走るのには向かないような場所まで。

 ありとあらゆる場所に適正ありどころか最高級ランクの適正、だなんてそんなのチーター以外の何者でもないというか?

 それもこれも恐らくこのまこーら、魔虚羅としての適応能力がしっかり働いていると思われるからで……。

 

 

『……もしかして、やりすぎましたでしょうか?』

(´´^`)「やりすぎっていうか……もはや我を妨げるものなし、って感じだし……」*2

(´・ヮ・)「完全に出禁の流れですなー」

『そんなぁ』

 

 

 本人としてはあんなに軽い感じだが、やっぱりオリキャラとはいえたぬきはたぬき、走れないのは嫌な様子。

 ……ううむ、実質【顕象】なのだから、筐体の外に連れ出すのは無理ではないだろうが……連れ出したあとも色々苦労しそうだと思うと、どうにも楽観視もしていられないというか。

 

 

「……まぁいいかぁ!宜しくなぁ!」*3

「あ、諦めたぞこいつ」

「もしくはキャパオーバーだな。いっつもそんな感じだが」

 

 

 後ろの二人うるさい。

 私は単に、できれば悲しいことになる人が少なければいいなー、って思っているだけなのだから。

 だからこう、これから遊ぶ度になにかしらの問題の発生が認められる状況だとしても、とりあえず気にしないことにしたんだよ!

 

 

「はぁ?」

「さっきの星神の台詞か。()()がいる限り起きないことは起こりやすくなる、という」

「そういうことでーす!いつもより【顕象】発生の条件付けが緩い代わりに、【鏡像】になる確率は下がってるみたいだから、もうそれでいいんじゃないんですかね!!」

 

 

 彼女──『星女神』様自体は『逆憑依』関連の元凶ではないものの、彼女の存在自体が【兆し】の起きやすい環境を作ってしまう、というのも確かな話。

 ……彼女が戻るまで続く話だと言うのなら、最早抗ったり難しく考えたりするだけ無駄である。ストレスがキャパオーバーしただけともいう。

 

 そんなわけなので、なんかそこら中から色々悲鳴があがってるような気がするのは気にしてはいけない。いいね?

 

 

「なにもよくねーよ!?」

「ですよねー」

 

 

 ……そうも行かないのが現実。

 というわけで、周囲で起こっているトラブル解決のため、走り回ることになる私たちなのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……そんな終わり方だったから、この後リザルトに移ると思ったでしょ。まだだよ!!」

「誰になにを言ってるんだお前は……」

 

 

 はてさて、周囲で起こった様々なトラブルを解決した私たちは、ゲーセンから外へと飛び出していた。

 ……なお、別にあのままあそこにいたら更なるトラブルが襲い掛かって来そうだったので逃げた、みたいなことではない。ないったらない。

 

 で、そのトラブルの先陣を切ったマコラテイオー、彼女はそのまま宿儺さんに付いて行きたそうにしていたのだが。

 流石に発生直後の【顕象】をそのまま連れ歩くのは……ということで、例の琥珀さんとこの新人さんにお任せすることになった。

 ……いやまぁ、彼には大変申し訳ないことに、あのあと発生した他のトラブルも一応片付けたあと後処理全部任せ、みたいな形になってもいるのだが。

 

 まぁ、特に問題が見付かったりしなければ、その内宿儺さんのところのお店の看板たぬきとして活躍することでしょう、多分。

 

 

「そういうわけで(?)、私たちはご飯を食べるために近くの料理屋に向かっていたのであります」

「だから、なんなんだよさっきからその説明台詞は……」

「後からゆかりんに提出する報告書に、添付する予定の映像を合わせて撮ってるんで、その関係?」

「いつの間に……」

 

 

 で、一先ずさっきまでのトラブルのことは頭から追い出して。

 現在私たちが向かっているのは、最近なりきり郷内に新規店舗がオープンしたとあるステーキ店である。

 ……え?いきなり?さわやか?そんな有名店ではないよ……。*4

 

 

「聞いたことのない名前のステーキ屋だったな……確か、GHN……だったか?」

「イヤーナンノ略ナンデショウネー」

「……その片言、まさかなにかの原作持ちということか?」

「ハッハッハッナンノコトヤラ。……いやまぁ、ステーキ屋って時点で違うだろうから安心して良いと思いますよ?」

 

 

 件のお店は『GHN』というのだが、無論単なる当て字であることは明白。*5

 ……とはいえ、元ネタと思われるお店はそもそも定食屋、さらにはステーキと言っても店の形式通りの定食タイプなのだが。

 え?元ネタのやつは明らかに定食って感じじゃない?そもそも個室?*6

 

 ……と、ともかく。

 件の作品のファンが作った店だろう、というのが大方の予想である。

 よもや()()()()を頼んでもなんの問題もないはず……というわけで。

 

 

「いらっしぇーい!!」

「……独特な挨拶だな」

 

 

 意気揚々と店内に入った私たちは、中を一通り見回してみる。

 昼時ということもあり、店内は活気に包まれていた。……よく見ると、席が全部埋まっているような?

 こりゃーしばらく待たされるかもなぁ、などと思いながらカウンターに近付く私である。……このお店、席に付く前に料理を頼む形式なのだ。

 

 

「ご注文はー?」

「ステーキ定食でー」

 

 

 こちらの注文に、ぴくりと反応を見せる店主。

 ……まぁうん、この店の元ネタが()()なら、その反応を返してくるのが普通だよねー。

 などと薄笑いを浮かべながら、返ってきた『焼き加減は?』の言葉に『弱火でじっくり』と返す私である。

 

 いやー、まさかこのやりとりができる店があるとはなー。

 ……などとニコニコしている私と、流石にここまでお膳立てされるとここがどういう店なのか、ということを察したらしい他の面々。

 そんな三人にいい店でしょー、と声を掛けようとして。

 

 

「お客さーん、奥の席へどうぞー」

「はっはっはっ……あれ?」

 

 

 店内は満席だと思っていたのだが、何故か奥の方に案内されることに。

 ……あれー?単なるファンの溜まり場、的なものだと思ってたんだけどなーおかしいなー?

 

 などと首を捻るも、流石に店主に睨まれては行動せざるを得ず。

 仕方ないのでみんなを引き連れ、奥の席へと歩いていく私。

 で、閉ざされていた扉を開くと……。

 

 

「……わーぉ」

「わーぉ、じゃねぇよ。わかってて頼んだんじゃねーのかお前は」

 

 

 思わず漏れた声と、返ってくる頭部への衝撃。

 ……ハセヲ君のツッコミが入ったわけだが、こっちとしては痛いとか言ってる場合ではなかったり。

 

 なにせ目の前に鎮座するのは、大人数で座ることを前提としているかのような大きなテーブルと、そのテーブルに嵌め込まれている大きな鉄板網。*7

 熱せられたその鉄の板の上では、既に大きな牛肉がじゅうじゅうと音を立てており、鉄板のない木目の部分には白米の盛り付けられた茶碗が人数分。

 

 ……ええ、ぶっちゃけて言いますと、『HUNTER×HUNTER』の第二百八十七回ハンター試験会場へのエレベーターである個室が、そのまま存在しているわけでして。

 

 いやまぁ、単に気分を盛り上げるために、原作そのままを再現した……ってだけだとは思うんですけどね?

 でもほら、さっき『星女神』様にご忠告を頂きました通り、現在本来なら起きないようなことがとても起こりやすい環境、というものになっているわけでございまして。

 

 そうなるとこの状況が、私が勘違いしているだけでいつぞやかのハルケギニア紀行のように、いつの間にか異世界へと転移させられているという可能性も決して零ではないわけでして。

 ……いや、普通に宣伝とかされてたし、普通のお店だとは思うんだけどね?でもこう、ここまでお膳立てされるとちょっと自信がなくな……やべぇ動いてる!地下に向けて下降してるよこの部屋!!?

 

 地下百階まで降りていくとされるこのエレベーター、それ相応に時間も掛かるため、手持ち無沙汰になる……ので、その隙間を埋めるために食事が付いてくる、みたいな感じでいいのだろうか?

 なので仕方なく、私たち四人は席に座っていい匂いのするステーキに手を付け始めたのだった。

 

 そして、それを食べ終えたくらいのタイミングで、周囲から鳴り響いていた駆動音が消え。

 同時、目の前の壁が左右へと開いていき、そこに現れた光景は──。

 

 

「……最近そういうとこ行かなかったから忘れてたけど、そういえばそういうシステムあったね……」

「うちは導入してないから、まったく気付かなかったぞ」

「食後の運動に原作っぽいものを、ってことなのかなー」

「そうだとするなら、ちょっと趣味が悪い気がするがな」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()蟻達と戦う、この店のお客さん達の姿なのであった。

 ……あー、個人ダンジョン……そんなのもあったねー……。

 

 

*1
『魔虚羅』はあらゆる事象への適応、という能力を持っている。背中の方陣が回転することで適応が完了し、相手の状態に見合った攻撃ができるようになったり、受けたダメージを回復・及び一度受けた攻撃への耐性を獲得する。なお、あくまで耐性である為、飽和攻撃などで無理矢理に倒すことは可能である、とのこと。無論、宿儺級の力があって初めてできることではあるが。『typemoon』作品をやったことがある人は、ヘラクレスの『十二の試練』を思い出すかもしれない

*2
『我を妨げるもの無しって感じだなw』は、元々スーパーマリオ64のTAS動画に登場したコメントの一つ。特に元ネタのない、独特な痛さの滲み出るその場に見合ったコメント(TASマリオなので、壁も距離も無視する≒妨げるものがない)だった為、じわじわと流行っていったのだとか。今でもマリオ系のTASなどで出てくることがある

*3
『チェンソーマン』第四話において、自らの相棒となるパワーが魔人であることを知り、それって大丈夫なの?……と疑問に思ったあと、彼女の()()()を見て発した言葉。正確には『まぁいいか!!よろしくなあ!』

*4
それぞれステーキで有名な店、『いきなりステーキ』及び『炭焼きレストランさわやか』のこと。どうでも良いが予測変換で『すみや』の時点でさわやかが出てきたのはこれ如何に

*5
『HUNTER×HUNTER』における第287回ハンター試験の会場への入り口となる定食屋の名前は、ハンター文字で『めしどころ ごはん』と書かれている。『()()()』ということ。なお、リアルには『めし処 めしや』という名前の定食屋が存在していたりするとかなんとか

*6
定食のイメージ。お盆に料理の皿が複数乗って出てくる……みたいなもの。因みに『定食』という言葉は『一定の食事の献立』という意味合いの言葉。古くはコース料理のようなものを指す言葉だったが、今日では決まった料理のセット、というような意味合いで使うことがほとんどなのだとか

*7
要するに、焼肉屋のテーブルみたいなもの。定食、という触れ込みでこれを出されたら驚くこと受け合いだろう



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幕間・そういうの良くないのでは?

 はてさて、図らずも食後の運動まで用意されてしまっては、本気で挑まないのも失礼というやつだろう。

 ……っていうか、見た目を『HUNTER×HUNTER』の蟻*1によく似せたモンスター達が跋扈している辺り、店主も店主で生半可な運動は認めないって言ってるようなものだし。

 

 そんなわけなので、ちょっとゴンさん的なノリで蟻達を千切っては投げ千切っては投げする私なのでありましたとさ。

 

 

「いや、本当にゴンさん化する必要あったか?」

「こういうのって気分だからね!」

 

 

 まぁゴンさん化と言っても、いつぞやかのはるかさんたちが『こっちだ……(this way ……)』していたのとは違い、あくまでも私ืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืの髪が逆立ってるって程度の変化なのだが。*2

 あ、でもオーラとか見える人が見たら、ノヴさんみたくしおしおになるかも?*3

 

 

「うわぁ!?なにそれ!?」

「これってiphoneだと見られないらしいから、そういう人はAndroidかpcを使って確認してね☆」

「なんの話ぃ!?」

 

 

 うん、詳しい話は注釈を読んでね☆

 ……とまぁ、そんなメタい話をしながらも、向かってくる蟻達を千切っては投げ千切っては……あ、ネフェルピトーだ『ボืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืืื』しないと(使命感)*4

 

 

「そんにゃ使命は忘れグエーッ!!?<ドゴ

「……なぁあれ、さっきの奴ってここのモンスターじゃなくて、普通の『逆憑依』だったんじゃ……」

「なぬっ!?それはやべぇや早く大天使の息吹使わないと!」*5

「ツッコミたいところは色々あるが……使えるのか、それ」

 

 

 そりゃまぁ、ハンターファンなら試すよね、できるだけのスペックがあるのなら。

 まぁ、ご存じの通りあくまでも【虚無】で再現してるだけなんだけど。

 

 ……そんなわけで、天井に頭から突っ込んで動かなくなっていた人物──関節が人らしからぬものになっている、全体的に纏う空気感がネコな存在──を慌てて引っ張り出したのち回復させ。

 

 

「ひぃっ!!お願いだから殺さにゃいで欲しいにゃ!!」

「おおう、なんという露骨なキャラ付け……」

 

 

 件の人物が、ネフェルピトー……の、ちょっと……いやかなり?微妙なレベルのなりきりであることを知ったのであった。*6

 ……いや、マジで無事でよかったね!?

 そのキャラ付けだと、キャラクター補正ほぼ無いようなものだよね!?

 

 

「いや無事ではにゃかったからね!?僕普通に三途の川見えてたからね!?」

「なにを仰る。さっきの私、本気は出してないけど()()()()()()()()()()()()のですよ?いやまぁ、一応時間遡行もできなくはないから、仮に()()()()()としても引っ張り戻すことはできたけど……そうでなくとも粉々になっててもおかしくなかったというか」

「怖っ!?にゃにこの人怖っ!!?」

 

 

 うん、()()()()()()()()()の影響ってわけじゃないけど、少なくともゴンさんスタイルの時にネフェルピトーに出会ったのなら吹っ飛ばすのが礼儀、みたいな意識があるというか。……一種のギャグみたいな?*7

 いやまぁ、実際のところはまったく笑えないスプラッターシーンなわけだが、どつき漫才的なノリで相手をボコるギャグ描写、みたいなものも世の中には存在するわけで。

 あとはほら、普通に敵だと思ってたから手加減する理由がない……というか?

 

 ……そういう意味では、蟻系の敵キャラが湧いてるところで蟻のキャラやってるのは自殺行為というか。

 なので私は悪くない、以上。……え?本当にそう思ってるかって?

 いやまぁ、わりと真面目に頑丈で居てくれて助かったというか……変に手を汚さずに済んで良かったというか……。

 

 

「……え?さっきとキャラ違くにゃいかにゃこの人?」

「多分、ちょっとハイだったんだろうな……」

「ああ、よくあることだから気にしないでいいよ」

「よくあることなのか……」

 

 

 ええい、うるさいぞそこの二人(ハセヲとキリト)

 確かにちょっと、さっきまでのゴンさんモードだとテンションがおかしかったってことは認めるけど!

 ……というわけで、ゴンさん(バーサク)モード終了のお知らせである。

 普段の私なら、ああやって攻撃する前に気付いてただろうからね!仕方n()正直すまんかった(土下座)*8

 

 ……はい、相手が頑丈だったから良かったものの、ともすれば人身事故でしたので私自重致します……。

 ってな感じに、正座しながら浮遊する私である。*9

 反省していることをアピール、ってわけじゃないけども。

 

 

「……いや、どうにゃってるのにゃそれ?」

「全身から発する申し訳ないという気持ちを限界突破させて、大地の束縛と反発するパワーを発生させております……」

「にゃんて???」

 

 

 なおこれは別に私が楽をしようとしているわけではなく、申し訳なさでその身が飛ぶ──言い換えれば恥ずかしさで何処かへと消えてしまいたい気分である、ということを端的に表すための手段の一つである。

 なので更に申し訳なさがアップすると、もっと宙に浮いて地下から地上へと飛び出して行くことでしょう。

 私はそうならないように、今から誠心誠意反省を積み重ねる次第なのです、はい。

 

 

「それとは別に、そっちがしてる隠し事を見逃してあげる、って分で相殺してる部分もあるけどね」

「……にゃんのことだかわかりませんが、ありがたく受け取っておきますにゃ」

「いえいえ♪」

 

 

 ……まぁ、バーサクしてるとはいえ、私が問答無用で攻撃した……となれば、この人物にちょーっとばかり問題がある可能性、というのも否定できない……というか寧ろ確定的なのだが。

 その辺は隠している理由、的なものを察知して周囲には知らせない私である。

 

 なんとなーく誰なのか、というのはわかってるけど……問題を起こす気がない内は見逃しておく、みたいな?

 なお、当のネフェルピトー本人は小さく身震いしたあと、その話は無かったかのようにこちらに話し掛けてくるのであった。

 

 

「で、ここ限定の道連れがまた増えたと」

「にゃにゃ。とりあえず補助は任せて欲しいにゃ」

「私にも任せて欲しいにゃ。横のやつより上手くやるにゃ」

「……にゃんで僕はこんにゃにライバル視されてるにゃ……?」

 

 

 え?なんとなく?

 ……とまぁ、その見た目で殴りあい得意じゃねーのかよ、みたいなツッコミを飲み込みつつ、彼女と並んで前線組にバフを掛ける私である。

 

 彼女の場合は、どこからか取り出したほら貝を吹くことで周囲にバフをばら蒔いているが……なんのこれしき、私は正座で浮きながら網を持ち、その中の塩を周囲にばら蒔くファンサービスだっ。

 

 

「嫌がらせじゃないのかこれは……」

「なにを仰いますやら宿儺さん。清められたお塩は不浄を清めるんですよ?」

「俺も清められそうなんだが???」

「はっはっはっ。……敵に投げるだけに留めておきます」

 

 

 ううむ、原作だと正のエネルギーには耐性がある、みたいな話だったと思うのだが。

 ……え?そもそもここの宿儺さんは原作みたく誰かに憑依してる状態の『逆憑依』ではない?

 分かりやすくいうのなら、『呪霊としての両面宿儺』として『逆憑依』が行われている?あー……確かに?

 

 そんなわけで、大した効果ではないもののあんまり気持ちのよいモノでもないとのことなので、諦めて敵に塩投げるだけに留める私なのでありました。

 うーむ、さっきから細かいミスが積み重なっているような……。

 

 

「キーア、お前さぁ……疲れてんだよ……」

「ここぞとばかりに人を芸術品にしようとするの止めない?」*10

 

 

 なお、こっちのミスを見てからかってきたキリトちゃんは(シメ)ておいた。舐めたことしてくれやがったからね、仕方ないね。

 

 

*1
『キメラアント編』に登場した敵対生物のこと。正確な表記は『キメラ=アント』。第一級隔離指定種に指定されている危険な昆虫ではあるが、本来の大きさは作中のキメラアント達と比べると遥かに小さい(それでも、昆虫としてはかなり大きい)。だが、その特殊な生態──摂食交配(他者を捕食することにより、子にその形質を引き継がせる)という産卵形態により、多種を絶滅させる可能性を持つ危険な昆虫であると言える。なお、次代の王は普通の交配を行い、更なる次代の女王を生ませるとのこと。また、女王が死亡した場合は普通の兵隊蟻も子を為すようになる……とのことだが、その場合は現実の蜂と同じく、あくまでも生まれるのは兵隊蟻になると思われる

*2
文字が飛び出ているように見えるのは、声調記号と呼ばれるものの仕様によるもの。声調記号とは声の高低を表現する為の記号であり、同じ音節でも一部分の声の高低が違うと意味が変わる、というような場合にそれを明記する為に使われるもの。その内タイで使われる声調記号は『上や下に積み重ねる』ことができるため、結果として列を飛び出させることができる……ということになる。なお記号の使用上、原則iPhoneからでは見えないとのこと

*3
護衛軍であるシャウアプフの纏う禍々しいオーラを見たノヴが、恐怖から一瞬で髪が白くなってしまった状態のこと。『しおしお』の方は『名探偵ピカチュウ』における、とある場面のピカチュウの様子から。なお、この時のノヴは単なる死への恐怖によって怯えたのでなく、万が一に相手に捕まった場合、自身の持つ情報の全てを吐かされた上で全滅する……という様を幻視した為

*4
原作における『ゴンVSネフェルピトー』の一幕より。異様な姿となったゴンが、ピトーを思い切り上空に蹴り飛ばすシーンの効果音。彼の代名詞でもある

*5
『HUNTER×HUNTER』内の作中ゲーム『グリードアイランド』に登場するSSランクのカード。ナンバーは17で、効果は対象者の病気や負傷を治すというもの。その効果は絶大で、瀕死の重症だろうが不治の病だろうがたちどころに治してしまうのだとか。……ただ、あくまでも念の効果で生み出されたモノである為、本当になんでも治るのかは疑問が残る

*6
護衛軍の一人にして、三人の中では一番最初に登場した人物。初登場時はまさに化け物、といった存在だったが、話が進むごとにちょっとずつ人間らしくなっていった。最終的にはほぼ猫耳美少女と化しており、その死を悼んだ読者も少なくなかったとか

*7
亘井氏の二次創作『強くてハンターハンター』のこと。物語の最初からゴンがゴンさんだったら、という前提によるギャグ作品。女の子がエr()……可愛いのも特徴。作中では因縁はまだないはずなのだが(そもそも最初期時空で蟻達が居るのもおかしいのだが)ゴンさんはピトーを見ると『ボ』せずにはいられない、という特徴がある。基本的にギャグであり、かつ(少なくとも原作と比べると)平和

*8
へぇい(気さくな挨拶)皆さんはこちらのベイブレードをg()すまんかった。……という一連の流れは、ためにならない(てち)氏のトライピオ解説動画から

*9
別にメガテンシリーズのスカサハ師匠ではない

*10
どちらも『進撃の巨人』からのネタ。『疲れてる~』の方はとある場面でエレンがライナーに告げた台詞、『芸術品~』はとある場面でのダリス・ザックレーの台詞から



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幕間・誰しも理由はあるわけで

「おっしゃぁこれで終わりぃっ!」

「うーむ、よもやメルエムまで居るとはな……」

「流石に本物よりは遥かに弱いとは思うけど、ビビるから止めて欲しいよな……」*1

 

 

 こんなところで出会っていい敵ではない、みたいな?

 野生のラスボスみたいなものなので、そりゃ心臓に悪いわというか。

 

 ……そんなわけで、食後の運動と表したダンジョン攻略もこれにて工事完了です。

 流石にTASさんやRTAさんほどの手際ではなかったと思うが、中々の好タイムだったのではなかろうか?

 

 

「その考えはとても甘い。あと百フレームほど短縮してから出直すべき」

「なるほど百フレームほど早かったかー。……今の声誰の?」

「え、誰かなにか言ったか?」

「いや誰も?」

「えー……?」

 

 

 途中、なにやら怪奇現象に出会ったような気がしないでもないが……うん、多分なにかの勘違いだろう。

 もしくはほら、マリカのコースレコードをなぞるゴースト的なモノに違いない。……それはそれで恐怖?それはそう。

 

 ……ともかく、迂闊にタイムアタックとか口にするの止めよう、と心の中で誓いつつ、戦利品を持って帰りのエレベーターに乗り込む私たちである。

 なお、ここで出会ったばかりのピトーさんに関しては、『僕もまだまだ修行が足りにゃいにゃ。にゃのでまだまだここで頑張るにゃ』と言ってここに残ることにしたため、同行はしていない。

 

 ……うん、彼女の言うまだ頑張るべきだ、という主張には確かに頷けるところがあるが。

 正直、ここ以外の場所で頑張った方がいいんでない?……的な忠告が喉元から出掛かった私である。

 まぁ、よくよく考えたらこれ『フレンドに呼ばれたから抜けますねー』*2的なお断りの文句だな、と途中で気付いたため止めておいたわけなのだが。

 他の面々は気付いていない……というか()()()()()()()()のだし、わざわざ波風立てる必要もないというか?

 

 

「……でもやっぱり、その姿でこのダンジョンに居続けるのは自殺行為だと思うんだよなぁ

「なんか言ったかキーア?」

「なんにもー?……とりあえず、この戦利品どうしようかね?」

「あー、モンスターを討伐したわけだから、なにかしらの素材でも落ちるのかと思ってたけど……」

「まさかの武器直泥だったからな。*3……しかもわりとキワモノが」

 

 

 そんな内心は置いておいて。

 話を今回の戦利品に戻すと、どうにも扱いに困る感があるというか。

 

 ……まず前提条件をおさらいするとしよう。

 このダンジョンに登場する敵対者──いわゆるモンスターは、そのほとんどが『HUNTER×HUNTER』に登場するキメラアントに類似したモノとなっている。

 流石に戦闘力や食性まで彼らと同じ、などということはなかったが……挑戦者に与えるプレッシャーというのは、わりと真に迫っていたと言えるだろう。

 

 ──そう、食性。

 本来の彼らは、人を好んで食するような存在である。

 それは摂食交配という特殊な生殖方法を持つから、という部分も無くはないが──そもそも彼らが雑食である、という部分も大きいだろう。

 なんでも食べられるが、どうせなら美味しいものが食べたい……とまで思考しているかは不明だが、その食性を前提とした彼らの呼び方が一つ存在する。──美食の蟻(グルメアント)というものだ。*4

 

 グルメ、という単語が飛び出したことで、前提その二。

 ここに居る人物の内、一人『グルメ』という単語に関わりの深い者が存在する。──そう、宿儺さんである。

 原作の彼もまた、人を好んで食べるという食通(グルメ)だ。

 なんなら人間調理のための専属料理人まで居る始末。

 彼自身もある程度料理をする方、だと思われているからこそ今ここに居る宿儺さんは料理人になっているわけなので、彼とグルメもまた切り離せない関係だと言えるだろう。

 

 そして前提その三。

 これは他の面々は気付いていなかった──というかそもそも本人について噂程度にしか聞いてないはずだが、あのピトーは恐らく以前外で出会った【複合憑依】のニャース、その人である。

 ……ユゥイの話ばかりしていて失念していたが、よくよく考えたらあのニャースも最後の構成要素が不明だった人物の一人。

 なので、最後のそれがネフェルピトーだったとしてもおかしくはない。

 

 ……とはいえ、ここで重要なのはそこではなく、彼女の構成要素の中に含まれるもう一人──そう、アイルーの方。

 サポート手段豊富な彼女は、敵として出てくるアイルーというよりは、味方として運用されるオトモアイルーの方の『逆憑依』と考える方が正解だろう。

 そうするとどうなるのか。──前者二つと共通点が発生するのだ。そう、()()()()()()()()()()()()が。

 

 いわゆるキッチンアイルーという存在だが、アイルーもまた優れた料理人として伝わる存在。

 なんならそのネコの手で見事な料理を作る、という時点で中々の強者だと言えるだろう。これにはキャットもびっくり驚き。*5

 

 それら三つの前提により、ここには単なる『HUNTER×HUNTER』の再現ダンジョン……という特徴だけではなく、()()()()()()()()()()()()みたいな空気がいつの間にか発生していた、というわけだ。

 ……それだけならまぁ、途中でトリコとかその関係者に出会う、みたいなイベントが発生するだけで終わっていたのだろうが。

 そこに変に噛み合ってしまったのが、()()()()()()()()()()()()()()なのであった。

 

 オンラインゲームはそのほとんどが『ハックアンドスラッシュ』と呼ばれる形式である。

 元々はTRPGの用語であり、『叩き切る(hack)』『切り込む(slash)』という単語からわかるように、とにかく相手を倒すことに主眼を置いたプレイスタイルを意味するそれは、昨今のほとんどのハンティングゲームに当てはまる楽しみ方だと言えるだろう。

 それはモンハンにおいても変わらないわけだが──そういったゲームには、実は大きくわけて二パターンの分類がある。

 それが、武器の直接ドロップ方式か、素材のドロップ方式かの違い……なのだが、今その辺りの違いを詳しく語る意味は余りないので割愛。

 

 重要なところをピックアップすると、より『ハックアンドスラッシュ』という言葉に相応しいのは、武器の直接ドロップ方式である……ということになるだろう。

 

 倒した敵からドロップした武器で、さらに強い敵を倒しに行く……。

 武器の強化などの手間を挟むことなく、あくまでも敵を倒すことにのみ集中できるそれは、より『敵を倒す』という部分を楽しむのに適した形態である、ということは疑いようもないだろう。

 ……まぁ、昨今のゲームで純粋にドロップ品そのままで戦う、みたいなモノは少ないような気もするが。大抵強化システムも普通にあったりするし。

 

 その辺はともかく。

 単に敵を倒す、ということを主眼に置くのなら、武器の強化はともかく、武器の作成に関しては手間だと考えて省略する、というのもゲームバランス調整の仕方の一つであるのは間違いあるまい。

 

 ではそれが今回の話になんの関係があるのか、ということになるが。

 モンハン式の素材ドロップでは、単に敵を倒すことだけに耽溺はし辛いということ。

 敵を倒すために武器を作るのではなく、武器を作るために敵を倒しているという方が近いように思える……という話になるか。

 

 ……かつて、モンハンがPSPで流行っている時に、その人気に肖る・ないし奪い去ろうとする作品が幾つもあった。

 その内の一つに、直接武器がドロップする形式の作品が存在した。『ファンタシースターポータブル』シリーズである。

 

 件のゲームはモンハンとはまた方向性の違う作品であったが……それゆえにそれなりのヒットを生み出した。

 言い方を変えると、一時期『モンハンか、ファンタシースターか』みたいな人気の二分を迎えた時が存在したのである。*6

 

 なので、その時期を覚えている人間が居ると、ドロップ物の認知にある程度偏りが生まれるわけで。

 ……今回の場合、料理人要素が強めであることから選ばれたそれは、本来素材を集めて作るものなのだが。

 それをそのままドロップさせる、というような方向性に持っていかれたようで……。

 

 

「……まさかの『シエロツール』だもんなぁ、今回のドロップ品」

「……一応食器だし、宿儺にやるってのは?」

「いや、流石に俺もこれは使わんよ」

 

 

 結果、私たちの手元にあるのは、滅茶苦茶大きなフォークとナイフ。*7

 ……モンハンに登場する武器が、メルエムからのドロップ品として出てきたというわけなのであった。

 いやなんでさ?

 

 

*1
『キメラアント編』におけるラスボスのような存在。ゴンは直接戦ってないので、ストーリー的な元締めというべきか。当初は化物以外の何者でもなかったが、ストーリーが進む内に真の王として覚醒して行ったが、結局人と蟻は相容れられなかった

*2
マルチプレイ系のゲームにおいて、穏便にパーティを抜けるための台詞。元々は『モンスターハンター』シリーズがネットワークプレイを導入した結果生まれた言葉なのだとか。基本的には『そのパーティが合わない』ということを日本人的感性で遠回しに伝えるモノでもある為、昔はともかく今使うと相手に不快感を与える、かも?なお、本当に友達に呼ばれたからというパターンもあり得る為、全部が全部『合わなかった』ことを示すものでない

*3
『直泥』とは、『直接ドロップ』の略。入手経路が複数存在する場合、相手を倒した時にドロップしたものを指すことがほとんど

*4
キメラアントは気に入った食物を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()こともある生物。その為、もし人間を捕食してしまうと()()()()()()()()()()()可能性がとても高い

*5
『ネコ』で『料理をする』繋がりの『タマモキャット』のこと

*6
特に『ファンタシースターポータブル2』が顕著。当時(2009年)はまだネットワークを利用してのオンラインプレイのできるハンティングアクションが、携帯機には存在していなかった。その中でインフラストラクチャーモードによる本格的なオンラインプレイを搭載したこのゲームは、文字通りにプレイヤー達の常識を覆したのである

*7
『モンスターハンター』シリーズに登場する武器の一つ。見た目は大きなフォークとナイフだが、説明文によれば『ムッシュ・シエロ』なる人物が()()()()()()()()()()()()()()()使()()()とのこと



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幕間・ここからそうなるのは予測できるか?

 明らかに、人が使うには大きすぎるフォークとナイフを手に、途方にくれる私。

 ……いやまぁ、そもそもモンハン世界の武器でもあるのだから当たり前なのだが、それにしたってこんなん貰ってどうしろと?

 的な言葉が脳裏を駆け巡っているのか、みんなして誰も欲しがらないのですがそれは。

 

 いや、だからって私が貰っても困るんですよこれ。

 私基本的に徒手空拳だから使いどころないし、そもそも双剣なんだからキリトちゃんかハセヲ君が持てば良くない?

 

 

「いやいらねーから。それは確かにレア物かもだけど、それにしたって色々限度があるわっ」

「いやー、元のゲームでのレア度的に考えると、実際そこまでレア物ってわけでもないかも……」*1

「だったら余計にいらんわ!?」

「あー、俺もパス。っていうか冷静に考えてみろ、リアルでそんな武器持ってたら普通に捕まるっつーの」

「……それもそうだ」

 

 

 そんな私の発言は、このようににべもなく断られてしまったわけなのだが。……ううむ、残念。

 

 仕方があるまい、使いどころが無いものを溜め込む趣味はないのだが、それ以外に対処も思い付かないからいつぞやかの良く切れるハサミと同じく、虚無空間(アイテムボックス)にしまい込んでおくとし……あっ。

 

 

「……今、不穏な呟きが聞こえた気がしたが?」

い、いやいやいや。なんでもない、なんでもないですよー?全然動揺してないっすよ。私動揺させたら大したもんっすよ*2

「そのガッタガタに震えた声でなんにもない、は通らねぇんじゃねぇか……?」

 

 

 思わず声が漏れた私と、その声に耳聡く反応してくる宿儺さん。いや耳いいな?

 ってそうじゃなくて……いや、ホントになんでもないんだって。

 そう、全然なんの問題もないの。まさかさっきの武器をハサミと同じところに入れたら、合成の壺*3みたいなことになって合体してしまった……なんてことあるわけナイナイ。

 

 

「つまり……あったんだな?」

「…………はい

 

 

 いやちゃうねん。

 こんなことになるとは、まったくこれっぽっちも予想して無かったねん。

 確かにどっちもドロップ品だし、かつダンジョン・コア関連の物品だけども。こんなん予想する方が無理というか?

 

 関係ないけど、ルドルフってその性質的にダンジョン・コアと同じようなものだけど、互いの出所って近いところにあったりするのかね?

 どっちもなりきり郷に転がり落ちてくる負の念を、なんとかして浄化する……みたいなものだし。

 

 ……なんて風にあれこれ言ってみたけど、その程度で彼がごまかされてくれるわけもなく。

 仕方なく、しまい込んだナイフとフォークを、改めて外に引っ張り出し直す羽目になる私であった。

 

 

「……見た目は先ほどと変わってないように見えるが?」

「見た目はそうですね。……ええと、さっきしまったところには、既に別のものが入っていたんですよ。それが、端的に言うと凄まじく良く切れるハサミ、ってやつでしてね?」

「ハサミ……?」

 

 

 私の両手で煌めく二本の食器は、確かに一目見ただけでは先ほどとの違いを判別することはできない。

 だがもし、『解析』のような探査系のスキルを扱える者であったのならば、そこに込められたエネルギー?的なものの強さを見て、大いに驚いたことであろう。

 

 ……件の良く切れるハサミのレアリティは、エピック(英雄級)

 で、さっきのナイフとフォークの方はレア度2。

 ……単純に比較はできないが、ナイフとフォーク側が遥かに低ランクである、ということはまず間違いないだろう。

 

 なので、普通はお互いに合成などできるはずもなく、仮にできたとしても、完成品は二つの武器の中間のランクになる……みたいな結果に落ち着くはずだった。

 ……はずだったと言っていることからわかるかと思うが、実際にはそうはならなかったわけで。

 

 

「……んん?」

()()()()と言ったでしょう?これはまぁ、いわゆるアイテムボックス的な性質を持つ空間なわけですが……それを構築している技術の根幹が、私たち【星の欠片】のそれを由来とするモノであるわけでして……」

「なんだか凄まじく嫌な予感がしてきたんだが?」

 

 

 ……なんで今回に限って、という話だが……うん、そうだね『星女神』様だね!

 あのお方が顕現中は、少ない確率の物事こそ起きやすくなる……みたいな効果があるってことは、既にさっきの段階で伝えてたよね!

 そもそもこのナイフとフォークのドロップ自体、その効果の影響を少なからず受けてのものだし。

 

 というわけで、はい。……はいじゃないが?

 ともあれ、そうしてこのアイテムボックスもとい虚無空間は、どうやら合成ボックスとしての効果が()()()()()()()、更に中に合成用のアイテムが二つ収まったことで起動。

 本来ならレア度違いのものを合成すると──虚無経由ならランクが平均化されるはずのところ、今回はまるで悪魔合体に失敗したかの如く、レア度を合算・もしくは乗算してしまったようで……。

 

 

「……はい、こちらレジェンドランクの装備品、『トリコツール』です」

「………………なんて?」

「トリコです、トリコツール。トリスタンで女の子(トリ子)、って意味のバーヴァンシーとかではないです」

 

 

 

 惚れた腫れた、みたいな話でもない。

 

 ……ともかく、合成された武器のレアリティは、なんと最高ランクに当たる伝説級(レジェンダリー)

 そんな素晴らしい武器の名は『トリコツール』。

 伝説の美食家・トリコの使った食事の手段──レッグナイフやフライングフォークなどを、概念的に再現した一級品である。

 

 ……などと説明したところ、みんな意味がわからなさすぎて首を捻っていた。まぁうん、そりゃそうなるよねぇ……。

 

 

「あー、厳密にはトリコさん本人の要素が混じってる、というよりは()()()()()()()()()()()()()()()、って解釈した方がいいんだけど……」

「????」

デスヨネー(その反応知ってた)。……ええと、『神断流』について聞いたことは?」

「何故このタイミングでそれの話をするのかはわからんが……一応聞いたことはあるぞ?」

「俺もー」

「俺も俺も」

 

 

 さてどうしたものか……と考えた私は、一先ずこの武器に付随している機能について、軽く説明をすることに。

 

 いつの間にか、虎杖君の姿のまま宿儺さん本人の喋り方になってるなぁこの人……とは突っ込まずに内心で思うだけに留めつつ、最初に話題に出したのは『神断流』のこと。

 この場で出てくる話題としては不適切に見えるが、その実この【星の欠片】が今回の話に深く関わっている、ということも間違いなく。

 ではなにが?と問われると、それは『神断流』というものの性質に理由が隠されているのであった。

 

 

「……ふむ?」

「『神断流』は不条理に抗う人のための牙、みたいな感じのものだけど……それをなすために最初に求められたのが、()()()()()()()()()()だったんだ」

「……んん?」

 

 

 わかりにくいのでもう少し噛み砕いて説明すると。

 そもそもの話、単純な人間が神のような不条理に抗う、というのはとても無理がある。

 純粋なスペック面でもまず対抗できないし、特殊な能力の話をすれば()()()()()()()()()()()()()()()という話になるだろう。

 

 それを埋めるのが『神断流』だが……とはいえ、指標もなく闇雲に抗ってみたところで、成果は得られないだろう。

 ……これを言い換えると、新しい技を考えるのに参考も無しにやるのは無理がある、となるか。

 

 

「……なんか俗っぽい話になったな?」

「まぁ、元を正せば『神断流』も私の考えたモノの一つだからね……」

 

 

 なので、俗っぽい話になるのは仕方がないというか。

 ……いやまぁ、実際のところは私が考えたわけではなく、他所の世界にあったモノを()()()()()()()()()というのが正解らしいけど。

 

 話を戻すと、元々『神断流』は私が物語などを考える際、誰でも使えて尚且つ偉そうな奴の顔を殴り飛ばせるように、みたいな感じで考えられた流派。

 ……なんだけど、子供の想像力でそんな大したものが作れるわけがない、というか?

 いやまぁ、あくまで最初期の頃の話であって、高校とかになってからは自分で考えたりしてたけども。

 

 ……ここまで言えばわかると思うが、元々の『神断流』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなものだったのだ。

 わかりやすく言うと、『神断流』というフィルターを通すことで負担を軽減しつつ『流星一条』を誰でも使えるようにする、みたいな?

 

 

「なにそれ怖っ」

「人の極致の再現、って言ったでしょ。……アーラシュさんのあれってまさに人の極致じゃない」

「まぁ、それはそうだが……」

 

 

 そういうわけで、そもそも『神断流』には他者の技を誰にでも再現できるようにする、みたいな性質があるのだ。

 それが、今回の合成の際追加効果として()()()()()()、と。

 

 

「……ん?つまりこいつは……」

「振るとレッグナイフとかフライングフォークとかが撃てます」

「……便利、なのか?」

「多分……?」

 

 

 いやまぁ、危ないって方が強い気もするが。

 なにせ飛んでいく攻撃も、切れ味がさっきのハサミと変わってないし。

 

 二本の食器を持ち、どうしたものかと唸る私たちなのでありましたとさ。

 

 

*1
基本的にはネタ武器の類い。モンハンは時々実用的なネタ武器が居るので油断はできないが

*2
プロレスラー・長州力氏のとある場所で発した台詞『俺キレさせたら大したもんだよ』から。芸人・長州小力氏の方は『キレてないですよ』という台詞も使うが、元ネタの長州力氏の台詞は『キレちゃいないよ』だったとか

*3
『風来のシレン』シリーズ、及び『不思議のダンジョン』シリーズに登場する、中に入れたものを合成させる壺。中身を取り出すには特殊な巻物が必要なパターンや、壺を割って取り出すパターンがある。……が、壺自体入手し辛いことも多く、使い回しの為に巻物を探す必要があることも



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幕間・ケセラセラは大切な考え方

「よし、もう知らん!封・印!」

「それでいいのか……?」

「迂闊に合成しないように、他のモノと絶対に触れないようにしたからヨシ!」

(ぜってーよくねぇやつだこれ!?)

 

 

 考えるのめんどくせぇ!

 ……となった私が、トリコツールを再度虚無空間に放り込んで暫く。

 エレベーターが地上に到着し、私たちが放り出されたのは繁華街の一角であった。

 ……昼飯食べたのにまたお腹空いてきたんだが?*1

 

 

「ガキかよ……」

「いやでも、仕方なくない?スーパーとかコンビニのじゃなくて、ちゃんとした店の肉まん*2の香りとかもうやべーに決まってるくない?」

「落ち着け、よくわからんテンションになってるぞ!?」

 

 

 繁華街と言えば中華のお店だよね!

 ……ってわけじゃないけど、辺りを漂う点心*3の香りに空腹中枢がビンビンに刺激されてる感じありありの私である。

 話は変わるけど、繁華街に中華の店のイメージがあるのってなんでなんだろうね?

 

 

「……繁華街と中華街は別物*4、というのは置いておくとしてだ。一番大きいのは、戦後復興の時期における中華街の役割、というやつだろうな」

「む、戦後っていうと……第二次世界大戦?」

 

 

 こちらの言葉に、そうだなと小さく頷きを返してくる宿儺さん。

 彼の言によれば、第二次世界大戦後に戦勝国となった中国と、その影響の強かった中華街は、敗戦国としてどん底に落ちていた日本国の中で、ある意味では希望のようなものになっていたのだという。

 

 

「戦後の日本は完全に貧困国だったからな。ゆえに食料難にもみまわれた……が、中華街の人間は違う。ある種の治外法権のようなモノであったその場所では、潤沢な資源──この場合は食料か。それが惜しげもなく運び込まれていた。必然、中華街は当時の日本で唯一、まともに飯にありつける場所だったというわけだ」

 

 

 無論、当時の感覚で言うのならかなり割高な食事であったことも確かだがな、と告げる宿儺さん。

 ……戦前は五十銭前後だったチャーハンなどの料理が、戦後には十五円前後……すなわち三十倍にも値段が跳ね上がっていたというのだから、その物価上昇の勢いは並大抵のものではなかっただろう。

 

 それでも、中華街に行けば美味しい料理にありつける……というのは、当時の人に生きる活力を与えた。

 それこそ、厳しい取り締まりを行う警察の目を掻い潜ってでもそこに通いたい、と思う程度には。

 

 そうして、中華街は戦後復興の中で重要な立ち位置を確保していき──日本人に『中華は美味しい』などの意識を芽生えさせていったわけなのだった。

 

 

「結果、料理と言えば中華、みたいな感じで色んなところに出店されるようになった……と」

「大雑把に言えばそうなるな。それとまぁ、『やっぱり中国は凄い』というような意識を植え付けることにもなったのかもしれん」

「まぁ、一時期言い方は悪いけど舐められてたみたいなところあるしね、中国って……」

 

 

 まぁ、あれに関してはいつものブリカ……*5失礼。()()()()()()があれしてこうして中国が弱ってた、みたいなところが強いとは思うわけだが。*6

 

 ともあれ、戦後のあれこれがあって中華が日本に急速に広まった、ということがわかったところで……。

 

 

「よし、特製肉まん食べよう!」

「結局食うのか……」

 

 

 近くの中華店に入り、一個五百円くらいの少しお高めの肉まんを購入することにした私なのでありました。

 ……あ、お土産に何個か包んでもらおっと。

 

 

 

 

 

 

「いやあ、満足満足~♪」

「実際上手かったな、あそこの肉まん」

 

 

 ちょっと早めのおやつ、と言った感じに大きめの肉まんを一つ、ペロリと平らげた私たち。

 あとで文句を言われてもあれなので、ゆかりんやライネス向けにお土産として買った肉まんを虚無空間に……突っ込む前に確認。

 別の収納スペースを開いたことを目で確認・指差し確認したのちに、そのままお土産入りの箱をシュー!超エキサイティン!!

 

 

「なんでバトルドーム……」

「夏暑すぎて終わったから?」

「久しぶりに新作があったからな……ってなんの話だ?」*7

 

 

 んー、ツクダロイドの話?*8

 もしくはいつもの日清に半笑い、みたいな。

 ……あっちを聞いてると、原曲に合いの手が無いのが微妙に違和感になるんだよねー。

 

 とまぁ、お前海鮮(特に貝類)苦手だからシーフード食べないだろ、みたいなツッコミをスルーしつつ、次の場所へと歩き続ける私たちである。

 

 

「……原曲が春一番想定で春、コラボが暑い云々から夏の曲だとすると、その内秋と冬をテーマにした替え歌も出てきたりするのかね?」

「本格的になんの話だ。……ところで、俺達は今どこに向かっている?」

「んー……現状は宛もなくぶらついてる感じ?」

「なるほど。……では、俺の所用を済ましても構わんな?」

「……ん?宿儺さんの所用……?」

 

 

 適当なことを駄弁りながら歩いていると、宿儺さんからの提案が。

 今現在、私たちは目的も宛もなく辺りをぶらぶら歩いているわけだが、それなら自分の用事を済ませてもいいかという発言であった。

 

 それを受け、ふむと顎に手をおいて考える私。

 実際、さっきある程度ダンジョンで動いていたこと・それからさっき大きめの肉まんを食べたことから、あまり積極的になにかをしよう……みたいなテンションでないことも確かな話。

 というか、足を止めると日陰で休みたい気分に駆られることもあり、彼の提案に反対する理由がないというか。

 

 試しに他の二人にも確認を取ってみたところ、彼らも特に希望はないとのこと。

 ……じゃあまぁ、唯一希望を出した宿儺さんに付いていく、というのが現状最適解か。

 そう悟った私は、彼の言葉に承諾の意を示したわけなのだが……。

 

 

「いやー、まさか食材の仕入れとは……」

「飯の話もしたからな。ちょっと試したいメニューも湧いてきたというわけだ」

 

 

 そうして向かうことになったのは、繁華街の中に点在する様々な食材の店。

 ……言い方を変えると八百屋だの肉屋だの、そういう個人商店なのであった。

 

 

「……そういえば、今って○○屋って呼び方するのよくないんだっけ?」

「そうだな。理由はよく知らんが、八百屋であれば青果店・肉屋であれば精肉店とでも呼び変える方がいい、と言うことになるらしいな」*9

 

 

 店先に並ぶ食材を比較したりして一つ一つ選びながら、ふと最近耳にした話を口にする私である。

 ……○○屋という呼び方がよくないというその話は、この場所に居る人ならば誰しも『あること』が思い付くもので。

 

 

「……ロー君どうするんだろうね?」

「さてな、今のところ本誌の方での登場機会は暫く無さそうだが、これで次回登場時に呼び方が変わっていた日には笑ってやる他ないだろう」

 

 

 まぁ、ああいうのって基本自主規制──それによって不快な思いをする人が居るだろう、と先回りしてやっているものらしいので、罰則もないし気にせず使い続けているような気もするけど。

 などと駄弁りながら、トマトやキュウリを選んでいく私たちである。

 

 

「いやー、農園が郷の内部にあって良かったよー。今外では阿呆みたいな暑さだろう?野菜も牛もなんもかんも夏バテ、みたいな感じで酷いらしいからねー」

「全部一纏めに夏バテ、というのはあれだが……まぁ確かに。今年の夏は殺人的なのは間違いあるまいな」

 

 

 店主さんは苦笑いしながら、目前に並ぶ野菜達を眺めている。

 ……この気分転換が開始した当初にも触れたが、今年の外の夏は平均気温三十度越え、みたいな意味不明感溢れる素敵な()気温である。

 そのため、野菜が焼けてしまったりそのせいで腐ったり、はたまた牛が暑さで食欲が減衰し、牛乳が全然出なくなったりと言った被害を被っているのだという。

 

 なりきり郷内の気温は外のそれを参考にしてはいるものの、基本的には自ら熱を発生させて気温を上げている、みたいな感じのものであるがゆえ、外ほどの気温にまでは上げないことが普通だ。

 ……いやまぁ、こんな異常な暑さでなければ外に合わせるのがほとんどなんだけど、今年はマジで異常な暑さみたいだからねー。

 

 なので、今のところ郷内の気温は外のそれの大体マイナス五度ほど。

 上がっても三十度程度の気温であるがゆえ、遥かに過ごしやすくなっているのであった。

 

 ……まぁ?そもそも郷内の電気って使い放題だから、外の気温を全く気にしないのなら部屋の中でクーラーガンガンにしていてもなんの問題もないのだが。

 銀ちゃんとかが良い例で、先述通りよろず屋の中で滅茶苦茶クーラー効かしてジャンプとか読んでるだろうし。

 

 

「で、それを見咎めたゴジハムとかに外に放り出される……と」

「幾ら無料って言っても、そこまで厚かましく使えるかどうかはまた別問題だからね……」

 

 

 無論、使っていいからといっても無制限に使い続けていれば良い顔をしない人が居る、というのも当たり前の話。

 ……そろそろ放り出されてるんじゃねーかなー、と思った私は、試しに連絡でもしてみるかなーなどと思いながら、目の前の玉ねぎを選り分けていたのでありましたとさ。

 材料的に、これはカレーかなー?

 

 

*1
「私も中華を食べたいんだが?」「何を言うとるのかよーわからんけど、とりあえず目の前のハンバーグ片付けてからにし」「わかった」

*2
中華料理・点心の一種。挽き肉やタケノコなどの豊富な具材を皮で包んで蒸したもの、というのが一般的。起源となる『饅頭(マントウ)』を考案したのが諸葛孔明であるのが有名

*3
中華料理においては、軽い食事・間食を意味する言葉。ちなみに点心を食べながら茶を飲むことを『飲茶(やむちゃ)』と言う。明確な定義はなく、主菜やスープ以外であればなんでも点心になりうるとか。代表的なのは小籠包・餃子・肉まんなどだろう

*4
飲食店に限らず、複数の商業施設が立ち並び、人の賑わっているのが『繁華街』、その中でも特に中華に関する店が集まっているのが『中華街』

*5
イギリスの蔑称、『ブリカス』のこと。『ブリテンのカス野郎』の意味。京都人を更にエグくした感じの行動をすることで有名。……え?英国紳士はんと一緒にされたら恥ずかしいわー?

*6
『アヘン戦争』のこと。アヘンを巡るイギリスと中国の戦いであり、ここでの敗戦が遠因となって日清戦争に負けた、と考えることもできなくはない

*7
それぞれゆこぴ氏のボカロ曲『強風オールバック』のシーフードヌードルバージョン、及びそれを元にした『バトルドーム』のMADのこと。歌詞が今の状況に合っている……

*8
『バトルドーム』の製造・販売元である『ツクダオリジナル』のCMを音源素材としたMAD、及びその声をボーカロイドのように呼んだもの

*9
なおこの制限、緩くではあるが2011年時点で存在したらしい(検索すると出てくる)



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幕間・ようやくいつもの人が揃ったのでは?

……そうだよその予想通りだよチクショーメ……

「ん、ってことはもしかして、Xちゃんに水着もといサンタ服を薦められたり?」

「ええ……なんで知ってんだよ怖ぇーよニュータイプかよ……」

 

 

 はい。

 ……予想通りというかなんというか、クーラーの効いた部屋から追い出されたらしい銀ちゃんを途中で拾った私たちですが、引き続き買い物中でございます。

 なんでも、基本的に食材は懇意にしている農家とかに卸して貰っているけど、たまにはこうして見て回るのもいいな……とかなんとか。

 

 ここって農家も居るんだー、と思ったのは内緒。

 まぁ、農家漫画とかもあるし、居てもおかしくはないんだけども。

 

 

「普通の農家の人もちょくちょく居るんだっけ?」

「あったことはないけどね。……表と違って時間とか温度とか日照時間とかまで操作できるみたいだから、もう農業という名前の別物と化してるらしいけど」

 

 

 キリトちゃんの言葉に、ゆかりんから聞いた話を思い出しつつ答える私。

 農業のキツさは、基本的に自然に任せるしかない、というところにあると思う。

 

 ビニールハウスや工場の中で育てられるようなものならともかく、大抵の野菜や果物は自然環境下でしか育てられない、みたいなものがほとんど。

 人の手で人工受粉する、みたいな感じで幾つかの過程を代替することもできなくはないだろうが……それがはたして報酬に見合っているか、というと微妙なところだろう。

 

 原則、野菜や果物の単価というのはそう高くない。

 ……ブランドの付くようなものはその限りではないが、大抵は一山幾らで売られるもの、というのがほとんどだろう。

 ゆえに、あまり手間を掛けすぎると価値に見合わなくなるのだ。

 だから、自然環境下で育てられるもの──極論を言えば手間の掛からないものほどよい、ということになる。

 

 まぁ、実際にまったく手間隙を掛けずに青果を育てている、というところはほとんどないだろうが。

 自然に任せるということは、自然による試練を受け続けるということでもあるわけだし。

 

 

「特に虫食いはダメだね。農薬使わない方がいい、みたいな神話を簡単に崩してくるし」

「確か……虫に食われたくない、って感じに野菜が毒を発生させることもあるんだったか?」

「有機栽培の幻想、というやつだな。*1……先のキメラアントではないが、虫共はとかく食に貪欲……いや、生に貪欲だからな。食べられるモノは食べ尽くさんばかりに食い荒らしていく。野菜側も堪ったものではない、というやつだな」

(……なんでこいつら教育番組みたいな話してんだ?いや、ある意味いつものことだけどよぉ)

 

 

 大雨、日照り、台風、食害。

 自然に任せるということは、自然の影響を受け続けるということ。

 無論青果側もただではやられないわけだが……その結果人間にも被害が飛んでくるというのであれば、できれば勘弁して欲しいとなるのも道理である。

 ……なにもかも自然のままがいい、なんてのは現実を知らない人の戯れ言、というべきか。

 

 そう考えると、なりきり郷内の農業を取り巻く環境の、なんと優しいことか。

 例えば受粉。先ほど人間が行うパターンもある、と述べたがここでは虫任せである。

 ……虫食いが発生するのでは?と思われるかもしれないが、ここでの受粉方法は()()()()()()()()()()なのだ。

 いやまぁ、正確には虫と対話できる能力者の仕事の一つ、らしいが。

 

 食害を起こすような虫は端から中に入れず、人と強制できる虫のみを招き入れた環境……みたいな感じか。

 ある意味では人工的な自然──巨大なビニールハウスの中のようなもの、ということになるが、本来のそれと違い掛かる費用は遥かに安い。

 なにせ電気も水も肥料も使い放題なのだから、寧ろ元手ゼロでも始められる安心具合というか。

 ……なので、なりきり郷の農法に慣れきってしまうと、外でなにも育てられなくなるとかなんとか。

 

 そこら辺宜しくないとのことで、できる限り外の環境に近付けた場所もあるらしいが……それでも、急な猛暑や大雨、大風や虫による食害を気にする必要がないというのは、ゆりかごの中で育てられているようなものと揶揄されても仕方がないだろう。

 ……まぁ、苦労しなくていいなら苦労なんかしたくない、っていう主張もわかるため、その辺りの調整は難航しているみたいだが。

 

 でもその辺りはお偉いさんの話なので、ここにいる一般的住人の私たちには関係ないのでした。

 なので気にせず買い物を続けましょー。

 

 

「食料と言えば……肉とか魚とかの方面も色々研究してるんだっけ?」

「おっとキリトちゃん、そっちに触れちゃう?」

「え、なんだよいきなり……」

 

 

 ……まぁ、そんなすぐに話題を切り替えられるわけもなく。

 歩いていく途中で肉屋を目にしたキリトちゃんが、ふと思い出したように声を上げたために、今度はなりきり郷内の肉・魚事情に話が傾いていくのでありましたとさ。

 

 はてさて、野菜などの植物には明確な意識はない……みたいなことが嘘だと言われるようになったのはつい最近だが、それを思えば肉の提供先──牛や豚、魚のような大型の生き物に意識がない、などと言う人はそういないだろう。

 菜食主義者(ビーガン)もさまざまだが、その一集団に『動物を食べるのは可哀想』というような論拠を掲げる者がいる、というのはとても有名だ。

 

 まさかここでもそういう人がいるのか?……と思われるかもしれないが、その通りと言うか寧ろそれより深刻というか。

 

 ピカチュウとかを見ていればわかるが、『逆憑依』の範囲はなにも人型の生き物に限られてはいない。

 有名な動物のキャラクターであれば、普通に『逆憑依』として現れることは容易に想像できるだろう。

 

 ……すなわち、迂闊に畜産などしていると、産まれた子供が『逆憑依』でした、みたいなことが頻発しかねないのである。

 明確に人殺ししてるようなもの、だと言われれば流石に躊躇もしよう。

 とはいえ、流石に近未来的な食事とか出されても困る、というのも確かな話。少なくとも赤城さん辺りはボイコット間違いなしである。

 

 そもそも、食事とは人の楽しみの一つ。

 美味しいものが食べられるというのは、日々のストレスの解消にもなる。

 ……『逆憑依』達がストレスを感じているか、というところには議論の余地があると思うが、ともあれ食を奪えば暴動に繋がる恐れがある、というのは間違いあるまい。

 

 とはいえ、それで普通に外と同じやり方をするというのは無理がある。

 先の『逆憑依』の発生の可能性もそうだし、そうでなくとも畜産の是非は難しいところがあるだろう。

 そこで、現在なりきり郷で用いられているのが……、

 

 

「この培養肉というわけだな」

「ば、培養肉……?」

 

 

 一つの細胞から増やした肉……いわゆる培養肉と呼ばれるものなのであった。*2

 ……あ、今怪しいお肉だと思ったでしょ。

 実際、SDGsが叫ばれる昨今になってからまともに広まり始めた感じのあるものだし、その研究もまだまだ半ば。

 なので、外でそれを作ろうとするとコストが嵩みすぎて現実的じゃない……みたいな問題があったりするわけ。

 

 ……だけど。その辺りはなりきり郷、現行の科学の最先端の集まる地。

 培養肉のデメリットのほとんどを、ここでは解消しきっていたのだった。

 

 

「培養肉のデメリットって?」

「まずはとにかく費用が嵩むってことかな。従来の培養肉は、『多能性幹細胞』っていうなんにでもなれる細胞を増殖させるところから始めるんだけど……これの確保がねー」

 

 

 多能性幹細胞というのは、わかりやすく言うとどんな臓器にでもなれる夢の細胞、というやつである。

 それゆえ、培養肉として用いるとそこからモモ肉・むね肉・ハツ(心臓)レバー(肝臓)をまとめて作ることができるのだが……それの確保に問題があった。

 

 この多能性幹細胞がある代表的な場所は、受精卵の中。

 いわゆる胚性幹(ES)細胞というやつだが、これは提供元が受精卵──すなわち生き物として生まれ落ちる前段階であるため、それを破壊して取り出す……という部分に倫理的な問題が存在していたのである。

 培養肉は生き物を殺さないのが一番の特徴なのに、これでは本末転倒ではないか?……というわけだ。

 

 そこで代わりに出てくるのが、人工多能性幹細胞……いわゆるips細胞と呼ばれるものである。

 

 これは、リプログラミング因子と呼ばれるものを導入した細胞で、文字通り()()()()()()()()()()()()()()と呼ぶべきもの。

 本来分化してしまっている細胞を、まっさらな状態に戻したわけである。

 

 これにより、どの部位の細胞からでも、全ての臓器を作り出すことができるようになった……のだが。

 これもこれで問題があり、その一つが()()()()()()()()()()というものなのであった。

 

 

「ガン細胞に?」

「この方法って、要するに無理矢理細胞の制限を取っ払ってるわけだからね。その結果、増殖させた先で遺伝子異常が発生する可能性を否定できないんだよ」

 

 

 元々は、細胞をリセットするためのリプログラミング因子の一つが、ガンを発生させる可能性のあるものだったこと、および因子の導入にレトロウイルス*3を用いていたため、そのウイルスが遺伝子を傷付けてしまうことがガン発生の理由だったそうだが……。

 それらを使わない手段を確立した結果、必要な臓器に分化させる時にこそ問題(ガン)が発生しやすい、という問題に突き当たってしまったのだとか。

 

 これは、出来上がったips細胞に質の違いがあることによるモノであり、質の悪いips細胞はガンを発生させる可能性が高くなるのだとか。

 それゆえ、昨今のips細胞研究ではそれらのガンの発生要因を潰す、ということを最優先に研究が進められているというが……。

 

 

「それを越えても、食肉としては天然物より味が良くない、みたいなところがあるらしいね」

「あー、それはなんとなく予想が付くな」

 

 

 費用と思わぬトラブル、というところを抜けたとしても、今度は味の面での問題が立ち塞がる。

 ……そう、培養肉には思った以上に問題が多いのだ。

 

 では、なりきり郷ではどうやってその問題を解決したのかと言うと……。

 

 

「答えは単純。ビッグライトさ」

「ビッグライト?」

 

 

 そこには、夢を叶える青いロボットの道具の考え方が活かされていたのであった。

 

 

*1
虫食い部分に人間にとっても毒となる成分が発生することがある、というもの。場合によっては虫食い部分だけではなく、果肉全体に毒素が発生することもある。基本的に虫が食べる際に果肉の成長具合を気にすることはない。……つまり、種が生成される前に(≒美味しくない状態でも)食い尽くされる可能性があり、それを避ける為に毒素を発生させる……というわけである。また、単に虫に食われた部分が腐る・もしくは食害を起こした虫が特定の病気を媒介しており、それの感染源となるといったパターンもある。また、食害を受けた作物はアレルゲンが増える、などという研究もあり、虫が付かないように育てているのならともかく、有機栽培ならなわでも体に良い、などということは決してない

*2
家畜を殺さずに肉を食べられる、として期待されているものの一つ。現状ではコストに見合っているとはいえないが、人獣共通感染症による畜産の危機などを思えば、今後研究が加速することは約束されているとも言えるか

*3
逆転写酵素を持つRNAウイルスの一群。自身のRNAで細胞のDNAを書き換える(逆転写する)ことで、その細胞を自身を増やす工場にしてしまう。名前の『レトロ』はラテン語で『逆の』という意味であり、DNAが転写されてRNAに、更にそれを翻訳してタンパク質に……という中心原理(セントラルドグマ)()の働きをする為『逆転写』ということ。この機能を生かしてDNAを書き換えるというのが、レトロウイルスを使用しての遺伝子導入である



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幕間・美味しいもののためにえんやこら

「まず、培養肉の従来の問題って、結局のところ『多能性幹細胞』を使ってたところにある……って考えになったらしいんだよね」

「そこから!?」

 

 

 ここの研究者達が真っ先に考えたのは、『多能性幹細胞』は止めた方がいい、というものであった。

 

 確かに、生物の生育に関係なく安定して食肉を提供しようとする場合、一つの細胞片からあらゆる部位の肉が作れるというのがベストだろう。

 だが、それで問題を出していたのでは本末転倒である。

 制限を取り払ってなんにでもなれるようにすると、その過程でガンになり易くなる……という部分は特に。

 そこで考えたのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……というものであった。

 

 

「……なんて?」

「心臓なら心臓の細胞を、肝臓なら肝臓の細胞を用意して増やせばいいんじゃないのか?……って考えたってわけ」

「……なる、ほど?」

 

 

 細胞の制限を取り払うと問題が起きると言うのなら、最初から取り払わなければよい。

 必要な細胞を、必要な分だけ増やせばいい……というのが、ここの研究者達が出した結論であった。

 

 とはいえこれ、典型的な『言うは易いが行うは難し』の事例であり……。

 

 

「ヘイフリック限界──いわゆる細胞分裂の限界ってやつだけど、これが引っ掛かったわけ」

「あー、細胞分裂の際にDNAは少しずつ欠けていく……みたいなやつだっけ?」*1

 

 

 正確には、染色体の末端にあるテロメア*2が欠けていく、という話なのだが。

 

 ともあれ、細胞分裂──DNAの複製を繰り返す度、その先端にあるテロメアはわずかながらに減っていく。

 それがある程度進み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような状態になると、それ以上細胞は分裂することができなくなる。

 これが分裂限界、いわゆるヘイフリック限界と呼ばれるモノであり、こうなってしまった細胞はそのまま老衰して死滅する……いわゆるアポトーシスに陥る、というわけである。

 

 このシステム、何故存在するのかと言うと……完全な状態のDNAでない場合、複製の際にエラーを起こす可能性が高いから、というところが大きい。

 

 

「染色体部分まですり減った状態で増殖した場合、本来含まれているはずの情報が欠けたまま増える、ってことになるわけ。で、その増殖の際にも染色体は短くなる。本来磨り減りを肩代わりしてくれるテロメアが、既にないわけだからね」

 

 

 要するに、テロメアが無くなった時点で、その細胞はガンの予備軍になっている、ということ。

 それゆえ、テロメアが短くなってしまった細胞はガンになる前に自分から死ぬ、もしくは免疫細胞などに捕食されるというわけである。

 

 ……体を維持するシステムとして必要だ、ということはわかったが、こうなると困るのが培養肉としての利用である。

 

 ある程度の回数までなら、普通に取ってきた細胞片でも増やすことはできる。

 ……が、成体から細胞片を取るのであれば、既にテロメアはある程度短くなってしまっているわけで、その時点で細胞の分裂回数は残り少ないということになってしまう。

 それではちゃんとした食肉としての利用は難しく、仮に出来たとしても多能性幹細胞を利用したパターンとは比べ物にならない、ということになってしまうだろう。

 

 更に、そちらのパターンほどではないかもしれないが、ガンのリスクは付き纏う。

 単純に生きているだけでもガンの危険性は少なくないのだから、培養肉ならなおのこと……というわけだ。

 

 そういうわけで、それぞれの部位の細胞をそのまま増やす、というのは名案に見えて全然そうでもなく、少なくとも表の科学者達は選ばない方向性だった、というわけだ。

 

 

「……テロメアってのは治したりできないのか?」

「できなくはないよ?テロメラーゼって言って、減ったテロメアを補修する酵素があるから」*3

「じゃあそっち方面d()「まぁこれ、基本的に使える細胞が限られてるんだけどね。最初からそれを前提にしてるものでもない限り、基本的には単にガン細胞になるってだけだったみたいだし」……マジかよ」

 

 

 ここまで話して疑問になるのが、「じゃあなんとかしてテロメアを治せばいいのでは?」というもの。

 細胞分裂の度にテロメアが短くなるのが問題なのならば、それをなんとか伸長させれば細胞分裂の回数を増やせるのでは?……という考え方だが、これについてもある程度研究は進んでいる。

 ──進んだ結果、基本的には利用できたモノではない、というのが結論となっていた。

 

 これは、テロメアを補修する酵素──テロメラーゼと呼ばれるモノの発見と、それを一番上手く利用できている細胞が、それこそ()()()()()()()()というところが大きい。

 いやまぁ、それ以外にも上手く使っているものは存在するのだ。人間で言うのであれば、生殖細胞──いわゆる精子や卵子や、先の幹細胞のように。

 

 ただ、これらは最初からテロメラーゼによる補修を前提としているからこそ上手く扱えるだけで、他の細胞をテロメラーゼで延命してもガン細胞になるだけなのだという。

 ……いや、考え方としてはテロメラーゼによる延命は、人工的にガン細胞を生み出しているだけ、とも言えるか。

 

 これは、通常の細胞には「分裂回数のカウント機構」が備わっているから、だと思われる。

 先のアポトーシスだが、細胞分裂が不可能なほどにテロメアが短くなった、ということを細胞自身が認知しているために起こるものでもあるのだ。

 

 コピー機のインクがわかりやすいだろうか。

 あれは中のインクの量を記録しているメモリが存在するが、その部分のリセットを掛けずに中身を補充してもコピーはできない……みたいな。

 たまに残量を無視してコピーができる機械も存在するが、その場合インクを補充していなければ勿論その色は出ない、ということになる。

 

 テロメア関連の話も、それに同じ。

 先ほど説明したように、リプログラミング因子によってリセットを掛ければ大丈夫だろうが、その場合は多能性幹細胞──要するにその細胞に分化する前の状態にまで戻されてしまう。

 そうなると、以前の細胞との連続性はある意味途切れてしまっている、ということになるだろう。

 無論、培養肉としては問題ないわけだが、どうにも本末転倒感が漂うというか。

 

 ……ともかく。

 従来の方法で、それぞれの細胞をそこから増やす、というのには問題が付き纏うことがわかったと思う。

 ではそれをここの研究者達がどうやって解決したのか。その答えが、前回口にした『ビッグライト』にあるのであった。

 

 

「ビッグライト、ねぇ?」

「ドラえもんの数ある秘密道具の中でも、ビッグライトやスモールライトみたいな、存在の縮尺をそのまま弄る……っていう道具は、現行の科学からしてみると意味不明の物体なんだよね」

 

 

 まぁ、元々が『あったらいいな』という子供の願いをそのまま叶えているモノなのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 どういうことかと言うと、あれらの道具は端的に言って()()()()()のだ。

 

 

「あり得ない?」

「質量保存の法則ってやつ。ビッグライトやスモールライトみたいな拡大・縮小の道具って、それがやってることが大分おかしいんだよ」

 

 

 基本的に、原子や分子という基本的な粒子は、それらの質量や重量を変化させることはできない。

 

 錬金術が基本的に無理だとされるのは、特定の粒子を別の粒子に変化させることは通常の環境では不可能だから、というところが大きい。

 ……何度か語っているように、凄まじい熱やエネルギーを用意できるのなら、それを用いて別のモノに変化させるということもできなくはないが……それをするくらいなら最初から当該の物質を用意する方が早いというものである。

 

 ともあれ、基本的に原子や分子は変化しない、というのは間違いない話。

 これがなにを意味するのかと言うと、ビッグライトの場合は()()()()()()()()()()()()()()()、スモールライトの場合は()()()()()()()()()()()()()という問題に繋がるのである。

 

 

「……あー、もうちょっと簡潔に説明してくんね?」

「細胞の大きさは変わらない、みたいな理解でもいいよ。そうなると、大きくなった時には本人の細胞が増えたりしない限りすっかすかになるし、小さくなった時には細胞がみっちり詰まって下手するとブラックホールになる、みたいなことになるんだよ」

「お、おう?」

 

 

 最小構成のパーツの大きさが決まっている状態で、より大きいもの/より小さいものを作ろうとするとどうなるか、みたいな話だろうか。

 

 レゴブロックを思い浮かべて欲しい。

 これで手のひらサイズの車を作ったあとに、その後子供が乗れそうなサイズの車と、親指ほどの大きさの車を作ろうとすると、それぞれ必要なレゴブロックの数はどうなるか……みたいな?

 レゴのサイズが変化しない、と考えた場合、大きなモノを作ろうとすれば必要な個数は多くなり、反対に小さなモノを作ろうとすると必要な個数は少なくなるはず。

 

 ……ただ、それだと困ることがあるだろう。

 特に小さい方は、もはや一つのブロックしか使えず車に見えない、なんてことになりかねない。

 これを人体に当てはめると、質量保存の法則を破ることができない限り、小さくなった人物の細胞数はもはや人としての姿を保てないほどのモノになる。

 脳の細胞の数まで減るのだから、下手をすると小さくなった途端に意識のない単細胞生物になる、なんてことになりかねないのだ。

 

 大きい方は大きい方で、まるでガス状生命体のようなことになるだろう。

 人一人分の原子のまま巨大化させようとすると、中身がすっかすかになるわけである。

 

 ……だが、実際にはそうはなっていない。

 どちらのライトを使っても、彼らは普通に行動することが出来ている。

 つまり、そこから考えられる答えは二つ。

 一つは、足りない/多すぎる細胞などは別空間から確保/別空間に避難させることで補っているパターン。

 そしてもう一つが、質量保存の法則を完全に無視してそのままサイズを拡大・縮小しているだけ、というパターン。

 

 この内、培養肉に転化する際に有用となったのが──、

 

 

「それらのライトは基本的にその考え方の良いとこ取りだ、ってことよ」

「良いとこ取り……?」

 

 

 分裂させることが問題になるのならば、いっそ分裂させなければよい……という考え方なのであった。

 

 

*1
レナード・ヘイフリック氏らによって発見された、細胞の分裂回数の限界のこと。なおこの限界、大半の動物と原生動物には存在するものの、それ以外の植物や菌類には存在しないことがわかっている(あくまでテロメア由来の限界が無いだけで、それ以外の限界が存在することはある模様)

*2
染色体の先にある特殊な末端構造。これ自体も染色体ではあるが、他の部位と違い遺伝的な意味は持ち合わせていない。雑に言うなら『余白』と言ったところか

*3
テロメアを伸長・補修する機能を持った特殊な酵素。文字通りテロメアを治してくれるのだが、特定の部位や細胞でしか基本的には使われていない(後述する生殖細胞・および幹細胞など)。また、テロメラーゼそのものにガンを誘発する因子があるとのことで、これを上手く抑制できればガンの進行を抑えたり、治療したりできると注目されている



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幕間・そもそもお前らどういう存在?

「ビッグライトで大きくなった食物って、スケールは大きくなってるけど、それを取り巻く法則としてはそのまま()()()()()()()()()()()()()っぽいんだよね」

 

 

 例えばどら焼きを大きくすると、そのどら焼きは感覚的に複数のどら焼きが一つになったようなもの、みたいな扱いになっているというか。

 ……よくよく考えると変な話なのだが、ともあれその方が都合が良いというのも確かな話。

 さっきのスケール云々の話をするなら、もしそのまま大きさを変化させているだけだと()()()()()()、なんてことになりかねないからだ。

 

 

「食べられない?」

「さっきのレゴの話で例えるなら、ブロックの大きさを巨大化した、ってパターンだと分解できる場所は小さい時と変わらないでしょ?つまり、その状態で普通の物理法則の人達が食べようとすると、原子が大きすぎて噛み砕けない、ってことになるわけ」

 

 

 より正確に言うのなら、噛み砕くのに原子を砕くだけのパワーが必要になる、というべきか。

 ……相手の法則が自身のそれと違う以上、それを自分の体内に吸収しようとするとそれをどうにかする手段が必要になる、みたいな?

 今は分かりやすく『原子の大きさ』と言ったが、そこまでミクロの世界を見なくとも、タンパク質とか塩分の時点で大きさが違うのだから、それを消化するのも無理があるというわけである。

 

 いやまぁ、例えばドラえもんの中にあるエネルギー炉とかなら、規格違いの栄養素でもエネルギーに変えたりできるかもしれないが。

 あれ多分縮退炉とかの類いだろうし。

 

 ……ともかく。

 

 単に原子の規格を拡大して全体の大きさを調整する、というのはそれ単体では──やられた本人的にはよくても、それに対して触れる側としては問題大なわけである。

 

 ところが、ドラえもん作中においてそういう問題が提起されたことはない。

 ……いやまぁ、私の知らないところでやってたりするかも知れないけれど、とにかくパッと思い付くものではないというのは確かだ。

 そうなると、拡大/縮小の際に必要な質量を他所から持ってくる/他所へ持っていく、という行程を経ていると考えるのが自然だが……それはそれで問題である。

 

 特に問題なのは巨大化の方。

 縮小の方は……まぁ、質量の逃がし方的なモノがあるならどうにかなるだろうが、巨大化の方はそうもいかない。

 よく、昆虫を人間大にすると凄まじい力になるが、実際にはそんなに巨大化できない……みたいな話を聞いたことがないだろうか?*1

 あれは外骨格が大きな体を動かすのに向いていない、*2みたいな理由などが存在するが……実のところ一番の問題なのは酸素濃度の方なのである。

 

 

「酸素濃度?」

「そ。昔の地球は酸素の濃度が高かったから、()()()()()()()()()()()()()()()()()、って説だね」

「……んん?俺は昔()()()()()()()()()()()()()()()()()って風に聞いたけど……」

「そっちの説もあるけど、水棲昆虫とかの生態からすると逆の方が正解っぽい、って風に思われてるんだよね」

 

 

 話がまたずれるが……基本的に、水中での呼吸というのは水に溶けた酸素をどうにかして取り込む、という形式になる。

 魚であれば(えら)*3呼吸になるが、そういう器官を持たない場合は皮膚呼吸が主、ということになるわけで。

 そしてここからが問題なのだが……酸素というのは基本的に()()()()()()()()*4

 裏を返すと生き物の体内には溶けやすいのである。ヘモグロビン*5とかのお陰で。

 

 そのため、呼吸器官が常に水に触れている、という場合体内に酸素が入ってくることを制止することができないのである。

 なんなら二酸化炭素は逆に水に溶けやすいので、それらの交換がかなり活発に行われるというか。

 無論、あくまでこれは()()()()()()()()()()()()()にのみ降りかかる問題なわけだが……これが古代の世界だと、わりと死活問題になるのだ。

 

 

「……ああ、酸素は基本的には体に毒、というやつだな」

「ああん?なに言ってんだオメェ、酸素がなかったら窒息するだけだろうが?」

「いやいや銀ちゃん、宿儺さんの言う通りだよ。刃牙とか読まなかった?」

「……銀ちゃんジャンプっ子ですしー」

「ははは……」

 

 

 今宿儺さんが言ったように、基本的には酸素というのは毒なのである。

 

 ……例として挙げた刃牙はちょっと方向性が違うが、酸素というのは適切な量でないと──多くても少なくても毒になる、というわけだ。

 特に問題なのが、酸化という現象。*6

 これは要するに物質が科学的に酸素と結び付く現象のことだが、これが起こると基本的に物質は()()()()のである。

 身近な例だと、『錆』がわかりやすいだろうか。

 あれは基本的には『酸化鉄』、すなわち酸化してしまった鉄なのだ。

 

 そしてこの酸化、なんと人体の中でも起こっている。

 いわゆる『活性酸素』と呼ばれるものが引き起こす老化現象の原因であり、酸化を起こさないようにするのが健康長寿の秘訣なのだとか。

 

 話を古代の生き物達の話に戻すと。

 水棲昆虫達はその生態状、水中内に溶け込んだ酸素を取り込みやすい。

 そして古代の地球は、今よりも酸素濃度が高かった。

 

 高濃度の酸素は容易く生き物を死に至らしめる。

 だが、水棲である限り酸素の供給量を調節することはできない。

 じゃあどうするのか?……それが、体を大きくすることによって体内の酸素比を低くする、という対処だったのだ。

 

 

「……体が大きくなると、酸素を取り込む量が減るのか?」

「相対的にはね?体積が二倍になっても、表面積は二倍にはならない。裏を返すと、大型化した生物の体表の面積は比率が代わり、結果として取り込む酸素の量もそんなに増えないってわけ」

 

 

 合計二百キロになるように集められた虫と、実際に二百キロある単独の虫とでは呼吸量の総計は違う、みたいな感じか。

 また、純粋に体積当たりの酸素の濃度も変わってくるため、酸素中毒にならないようにするには巨大化するのが適していた、というわけである。

 

 で、いい加減本題に話を戻すと。

 

 

「酸素濃度が低くなるに連れて、大型の昆虫達はその姿を消した。活動のための酸素を補給しきれなくなったからだね。……では問題だけど、普通の人間が大きくなったとして、必要な酸素量は変わらない?」

「……いや、その分たくさん必要になるな?」

 

 

 巨大化が成立するのは、基本的に酸素濃度が高い場合のみ。

 でなければ、現状の酸素濃度に見合った大きさに変化していくしかない……。

 という話を前提において、ビッグライトの巨大化に焦点を当てると。

 

 ……そう、()()()()()()()?という疑問が浮上してくるのである。

 もし、ビッグライトの効果中は取り込む酸素なども拡大する、みたいな原理であるのならば、息が出来なくなるというような問題は発生しないだろう。

 自身の周りだけ法則のスケールが変化している、というのならば一先ず自身の生存に支障はないはずだ。

 

 だが、それだと先の話と矛盾する。

 自身のスケールがそのまま大きくなっているのであれば、嫌な言い方になるが皮脂などの老廃物が体から剥がれ落ちた時、地上にとんでもない被害をもたらすことになる。

 原子の大きさごと変動させているのだから、落ちてくるものはある程度細かくなっても普通の人のスケールでは()()()()()のだ。

 

 これは、先のどら焼きが普通に食べられる、という点からも()()()()()話。

 ならば前回出した例の内、前者の方──足りない質量をどうにかして確保している、と考える場合。

 こちらもこちらで問題が出てくる。そう、この場合の大きくなるとは、文字通り()()()()()()()()()()()()()()、見方を変えれば成長しているのだと言い換えてもよいものになるのだ。

 そうなるとどうなるのか?……そう、活動のために必要とするあらゆるものが、その必要量を飛躍的に増加させてしまうのである。

 

 

「カロリー、酸素量、重力への耐久エトセトラエトセトラ……。巨大生物は自重を支えられないみたいな話もあるし、問題は山積みだよね」

 

 

 そうなってくると分かりやすく問題になるのが、先ほどから触れ続けている酸素。

 

 ……薄くても生き物は死ぬと言ったが、巨大化によって必要な酸素量が増えてしまう場合、そこに待つのは急激な酸欠である。

 仮に大量に空気を取り入れて賄う、ということが出来たとしても、それはそれで今度は周囲に酸素不足を振り撒く、という問題を発生させるだろう。

 なんなら、吐いた空気に混じった二酸化炭素で温暖化の危機、なんて話にまで発展するかもしれない。

 

 つまり、先ほど提示した『答えとして考察される二例』は、そのどちらかだけを取ると必ず矛盾が生じるのである。

 

 

「なるほど、ゆえに()()()()()()()()()ってわけか」

「そういうこと。ドラえもんの道具ってわりとオカルトめいたところもあるから、そこら辺両立しててもおかしくないよねって感じ?」

 

 

 まぁ、いわゆる『進みすぎた科学は~』ってやつなのかもしれないが。

 

 ともあれ、ビッグライトやスモールライトを実現させようとする場合、予測される二例の良いとこ取りをしなければまともに出来上がらない、というのは確実。

 

 そしてそれは、培養肉の生産にも同じことが言える、というわけなのである。

 ではそれがなんなのか?

 

 

「──その前に会計を終えてから、だな」

「へーい」

 

 

 その核心に触れる前に、買い物を終わらせることにした私たちなのでした。

 

 

*1
蟻などが顕著。自身の体重の数十倍のものを持ち運びすることが可能なパワーを持つので、仮に人間大にすると1t以上のモノを持ち上げることも可能に……?

*2
証明のデータが無いので眉唾らしいが、外骨格は外から質量を支えるもの。すなわち、下の方でも触れているが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので強度が足りない可能性があるのだとか

*3
魚類などが持つ呼吸器官。毛細血管が張り巡らされており、ここに水を通すことで水中の酸素を濾し取る。また、鰓にはアンモニアの排出機能・および体内の塩分の調節機能も備わっている

*4
それでも水中に全く溶けていないわけでもない。別に溶けやすい場所があれば、すぐに移動してしまうが

*5
人間などの血液中に存在するタンパク質。主に赤血球の中に存在し、血が赤い理由でもある。なお、名前は『ヘム』+『グロビン』であり、実は単一の物質ではない。『ヘム』は鉄を含む化合物であり、これが酸素と結び付くことでそれを運搬することを可能にしている

*6
より正確にいうと、対象となる物質が電子を失う化学反応。主に鉄・水素が特に酸化しやすい



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幕間・夢の技術なのだから夢を使おう

「さてじゃあ改めて、ここの科学者が培養肉のために出した結論について、だけど……」

 

 

 買ってきた食材を眺め、その中から一つの食品トレーを手にとって皆に見せる私。

 選んだのは、『豚肉』と表記されたお肉の入ったトレー。……無論これも、件の培養肉であったりするわけなのだが。

 まぁ、見た目に関しては普通のバラ肉なんだけどね?

 

 

「培養肉を人工的に分裂させようとすると、どうしても問題が残る。だから一つの細胞片を()()()()()()()()()()()()()()ってわけなんだけど……」

「そのままやろうとすると、質量保存の法則に引っ掛かる?」

「そういうこと。だから研究者達は『いっそ』と開き直った。()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()

……ってね」

「あー、それってつまり……?」

「そ。なりきり郷だからこそできること──『創作由来の技術』の有効活用に舵を切ったってわけ」

 

 

 具体的に挙げるのならば、複製系のスキルとかが代表だろうか。

 ビッグライトそのものは現状作れなくとも、例えば細胞一片でも残っていれば()()()()()()()だとか、単純に同じものを()()()()()()だとか、そういう能力を持つ者達に協力を要請したのである。

 

 そして、それらの様々なスキルを解析・複合し、改良に改良を重ねた結果出来上がったのが……。

 

 

「ここに書いてある『拡大複製機』ってわけ」

「生産者の名前ェ……」

 

 

 豚肉の値札シールに併記されている、生産者の名前。

 ……そこにはとても人の名前だとは思えない、『拡大複製機』という漢字が記されていた。

 無論『カクダィ・フクセ・イ・キ』みたいな意味不明の名前*1ではなく、文字通りの単なる(?)機械である。

 

 なりきり郷の誇る異界技術の粋を結集したこの機械、方向性的にはフエールミラーのような複製系の道具に近い。

 それらと明確に違うのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という部分だろうか。

 

 

「それも、さっきビッグライトで出た諸般の問題を、華麗に回避した形でね」

「ビッグライトの問題と言うと……」

「細胞の増加だと必要となるエネルギーその他諸々の問題が、細胞の拡大だとそれを受ける側のスケール差による問題が、ってやつだね。この機械は複製したものに、それらの問題を回避する性質を付与するものってわけ」

 

 

 雑に言うのなら、増え方の原理的にはスケールの拡大だが、それを受け取る側には細胞の増加に近い状態でモノを与えられる……みたいな感じか。

 これは、一種の概念付与によるところが大きい。

 同一の細胞には同じ管理ナンバーを割り振り、管理ナンバーが同じ細胞は()()()()()()()()()()()()()()、みたいな感じというか。

 

 

「管理ナンバー?」

「例えが難しいんだけど……個体・液体・気体は確かに個別の元素を持つものだけど、基本的には大枠の状態で管理される……みたいな?」

 

 

 酸素とかがわかりやすいだろうか?

 酸素は化学式でO2──酸素原子が二つくっついたモノであるが、基本的にその酸素分子を一つだけ取り扱う、ということはほとんどない。

 大抵、ある程度の体積を持つガスの状態で扱われるのがほとんどだろう。

 

 それはつまり、『酸素分子の集まり』という形で酸素を管理している、と考えてそう間違いではあるまい。

 ただそれは、その酸素の塊から『酸素分子』を取り出すことはできない、ということを示すモノではない。

 

 ……うん、自分で言っててなんだけど、あんまり例えとしては上手くないなこれ?

 まぁ、豚肉は『豚の肉』である限り『豚肉』であることに違いはないけど、その実部位とかで肉の種類をわけることはできる……みたいな感じでいいかな?

 

 

「説明雑か?」

「ははは……まぁ、とりあえず同種として括れるものとして扱うことで、概念的に一個のものと扱っているってことで……」

 

 

 その辺りの原理を詳しく説明しろ、と言われても困るので『そういうもの』なんだと納得して頂きたい。

 

 ともあれ、こうして一つの種類を『一個』として扱うとどうなるのか。

 それはなんと、概念的に纏めることで質量周りの話をごまかすことができるようになるのだ。

 

 

「……んん?」

「酸素分子が無数にある、じゃなく()()()()()()()()()()と単位を変えた、みたいな感じかな?で、単位が変わることで重さとか質量とか、物理的にあってしかるべき理屈付けに解釈の幅を差し込んだというか」

「……よくわからないんでもう少し簡潔にまとめてくれ」

「んー……内容量を正確に測れなくした、みたいな?」

「はい?」

 

 

 モノの重さを知ろうとする場合、直接測るのが一番簡単だろう。

 しかし空気のような気体の場合、それを測るのは難しい。液体や個体と違って纏まりがなく、容器などに納めることが難しいためである。

 そういう時に便利なのが、特定の範囲内にどれくらい原子・分子が含まれているのか、と計算することだ。

 これにより、原子・分子一つ分の重さがわかっていさえすれば、おおよその重さを推測することができるようになる。

 

 ──先の質量周りのごまかしとは、その物質の中にどれくらいそれを構成する素材が含まれているのか、ということを測れなくするモノだと考えるのがわかりやすい。

 そこに()()があることはわかるが、()()の中にそれを構成する物質がどれだけ含まれているかを推測することができないのならば、最早一塊の()()として扱うしか無いだろう。

 

 ……またもや分かりにくい説明だが、まぁそんな感じ。

 総質量を推測できないようにすることで、それが実際には質量保存の法則などの物理法則に反していたとしても、それを認知させないというわけだ。

 ……まさに頓知、もしくは屁理屈の結晶というか。

 

 

「……いや、幾らなんでもあやふやすぎやしないか?ってか、そんな技術で作られたものを食べても大丈夫なのか……?」

「そこら辺はまぁ、『俺の宇宙では音が聞こえるんだよ』理論ってことで……」

「最後の最後に力業過ぎる!?」

 

 

 まぁ、無理なものを実際には無理なまま、色々ごまかして成立させているものなので説明できなくても仕方ないというか?

 そんなことを宣いながら、私は件の豚肉を買い物袋の中に戻すのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「ストレス発散も十分だろう。足りてないならあとで飯でも食いに来い」

 

 

 ……そんなことを述べながら、買ったものを抱えて自身の料理屋に戻っていく宿儺さんを見送った私たち。

 暫くして手を振るのを止め、残ったメンバーで顔を見合わせることになったのだけれど……。

 

 

「うーん、宿儺さんもああ言ってたけど、実際あれこれしてたらもうこれで今日は終わりでいいかなー、みたいな気分になってきたんだよねー」

「じゃあ、ここで解散するか?」

「でもそれだと銀ちゃんが可哀想というか……」

「あー、確かに。俺達は朝から動いてるけど、銀時はさっき追い出されたばっかりだもんなー」

「……おいこら、人聞きの悪いこと言ってんじゃねーよ」

 

 

 確かに私はまぁ、わりと満足した感じはあるけど。

 さっき合流したばっかりの銀ちゃんに関しては、ここで解散となると家を追い出されたばかりなのに即出戻り、みたいなことになってしまうわけで。

 ……それはなんというかこう、哀れというか?

 いやまぁ、本人にそれを言ったらスッゴい嫌な顔をされたわけだが。追い出されたわけじゃねーし、自分からジャンプ買いに出てきただけだしって言われたわけだが。

 

 ……ところで、今日って何曜日だっけ?

 

 

「あん?そりゃ勿論火曜日……あ゛」

「語るに落ちた、ってやつだな……」

 

 

 あのジャンプ狂いの銀ちゃんが。

 月曜の早朝……深夜?にコンビニに突撃し、入荷されたばっかのジャンプを手に取ることを密かに楽しみにしている銀ちゃんが。

 よもやよもや、月曜日の次の日(火曜日)になってからジャンプを購入する……なんてことは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 それは彼自身がよく知っていることであり、それゆえに彼の発言には嘘しかなく。

 

 

「清姫の『逆憑依』とか居なくて良かったね?もしいたら確実に鐘に閉じ込められて焼かれてたよ?」

「……ソウダネヨカッタネー」

 

 

 視線を逸らす銀ちゃんの様子に、私たち三人は思わず苦笑を浮かべてしまうのであったとさ。

 

 

*1
日本語の発音などが、異世界や海外の人には変に聞こえる……みたいな話。特に母音が多い為柔らかい印象を受けたり、かと思えば『た行』『な行』『ら行』の判別が効かずに『ダダダダダ』と機関銃のように聞こえる、なんてこともあるようだ。また、発音方面では母音の連続する言葉(例:会社。k「ai」shaと繋がるが、英語の場合これは『アイ』ではなく『アィ』のような発音になる)などが難しいとのこと



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二十七章 授業参観だと思ったか?三者面談だよ!!
星が語るならそれは真実?


 はてさて、あれこれあった火曜日から一夜明け、遂に水曜日である。

 

 ……すなわち、『星女神』様への質問会の日当日、というわけだが。

 その会場であるとあるホールでは、昨日から急ピッチでその質問会のための施設設営が行われているのであった。

 

 これは、言い換えれば『根源の渦』だとか『アカシックレコード』だとか、ともかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()への質問ができるチャンス、ということになるわけで。

 それゆえ、時間としては休憩も含めておよそ十時間ほどの質問会になるにも関わらず、参加したいと表明した人物がとにかく多かったのだ。

 

 ──それはもう、この会場では希望者全員を集めることは不可能だ、というくらいに。

 

 

「とはいえ、いつぞやかの健康診断の時みたいなことはできないし……」

「確かあそこ、今は設備とかの保守点検中なんだっけ?」

 

 

 ならば以前健康診断の時に使った、なりきり郷内部の人間を全て集められる規模の施設を使えばいいのでは?

 ……みたいな疑問が思い浮かぶかもしれないが、あの施設はそうそう何度も使えるモノではないとのこと。

 一回使ったら保守点検や設備の補修など、少なく見積もっても三ヶ月くらいは利用は不可能なのだとか。

 まぁ、一週間程度とはいえ多種多様な人間が──それも百万に近い人数が寝泊まりしていたのだから、寧ろその程度の設備点検期間で済むということの方が驚きなのだが。

 

 ともあれ、それらの状況を踏まえて今回選ばれたのが、現地には抽選によって選ばれたごく少数の面々が集まり、他の参加したがっていた面々はオンライン参加を促す……というやり方なのであった。

 ……言ってて思ったけど、どこのお祭りなんだろうね、これ。ソシャゲの周年記念とかで見るやつじゃない?*1

 

 

「まぁ、ある意味ではお祭りのようなモノですよね、実際」

「おおっとはるかさん。そちらのお偉い様方の様子はどんな感じで?」

「少なくとも、急進派の方々は全員オンラインも含めて参加不可です。もし罷り間違って彼女の機嫌を損ねるようなことでもあれば、それこそ世界の終わりに繋がり兼ねませんから」

「うーん、『星女神』様にそのつもりはないはずなんだけど……人間の欲望のあれこれを思うとどうも大袈裟と言えない空気……」

 

 

 そうして話し込む私たちへと声を掛けてきたのは、久しぶりに公職らしい仕事をしていたはるかさん。

 

 ……いやまぁ、今の彼女の立場はどこにも属していない──敢えて言うならなりきり郷よりのフリーなのだが、かつては急進派の末席(まっせき)に名を連ねて*2いたことも相まり、彼らとの調整役として駆り出された……ということになるようだ。

 まぁ、その結果はさっきの彼女の言葉を聞けばわかるように、ある意味『お察し』というやつだったようだが。

 

 そこら辺の調整に関して、こちらとしては『大変そうだなー』くらいの感覚だったのだが……当のはるかさん本人を見た時、そんな感想は容易く吹き飛んでしまった。

 

 ……だってさ、明らかにお疲れモードなんだもん、はるかさん。

 既に目の下に隈ができてるんだもん。着用しているスーツも、なんかどことなくボロッとしてるし。

 

 もしココアちゃんが今のはるかさんの姿を見たのなら、まず間違いなく『お願いだから、お姉ちゃん休んでー!!』とか言い出すに決まっているくらい、見ただけでわかる疲労感である。

 ……いつもならそのココアちゃんの言葉で『ええ!休むわ私ー!』くらいのノリになるのに、今回そんなことは無さそうなのもお労しさが増すポイントというか。

 

 

「ふふふ……仕方がないんですよ……どこから嗅ぎ付けて来たのかはわかりませんが、今現在この場所に凄い人が来ている、ということだけは掴んでいたんですもの、向こうの人達」

「あー、そうなると完全にごまかすのは無理ねぇ。……でも、だからといって全部話すのもそれはそれで問題あり……と」

「ええ。もし仮に全容を把握していたのであれば、無理矢理にでも向こうの息の掛かった人員を送り込もうとしていたことでしょうから」

「うーん、どうして人類は足の引っ張りあいをしてしまうのか……」

 

 

 思わずはぁ、とため息を吐きあってしまう私たちである。

 

 ……最近は保守派側に押されているものの、急進派側は昔から異界技術の積極的利用推進派である。

 まぁ、気持ちはわかるのだ。あんまりリアルのことに口出ししたくはないが、色々とキナ臭い感じがするのも確かなのだし。主に周辺国が。

 

 特に赤いの。*3彼らは綺麗なご題目で滅茶苦茶やるタイプの筆頭株。

 

 ……現状、国内の情報規制がこの国にしては珍しくかなり高いこと・それから仮に見付かっても『極東の国のオタク文化(要するに単なるコスプレ)』としてしか認識されていないことから、さしたる問題にはなっていないものの。

 もし仮に海外でも『逆憑依』が発見される、なんてことになれば大混乱は必死。

 ……その程度で済めば上等で、それを使っての戦争の画策とか、更に発展してヒロアカとかマーベルユニバースみたいに『逆憑依(能力持ち)』への差別、とかに進展しないとも限らない。*4

 

 戦争に関しては、洗脳という技術が別に創作の中にしか存在しないモノではないとか、はたまた『逆憑依』には核となる元の人間が存在する以上、それらの血縁関係を辿った脅しとかも考えられるのが頭の痛いところである。

 ……これ、赤いのの常套手段でもあるからね。

 

 いやまぁ、別に赤いのだけが悪いわけでもないのだが。

 どこぞの超大国家君も、そういうのの実在を知れば『世界の警察として~』とか言い出しかねないわけだし。

 

 それを思えば、日本国内のみに話が収まっている現状はまだありがたいのだ。

 特に超大国家の方は、向こうの創作の中で一番人気であるマーベル系が出現し始めたら、別方向でヤバい面もあるし。

 

 

「まぁ、そうなったらもうどうしようもないので、最悪『星女神』様か本気を出したキリアに世界対象の『星解』して貰ってなにもかもなかったことにするしかないんだけど……」

「……お一つお伺いするんですけど、それって全滅エンドとなにが違うので?」

「『逆憑依』関連の記憶と、もしかしたら創作の記憶が吹っ飛ぶかもしれないけれど……人に扱えないような力が世界から消える、って点ではハッピーエンドじゃない?」

「メリーバッド*5の間違いじゃないそれ?」

 

 

 まぁ結論としては、なんだかんだで日本万歳、ってことかなー。

 いやまぁ、問題山積みなのはわかった上での話、ってやつだけど。

 

 

 

 

 

 

「で、こっちは希望者の選別会場と」

「応募者多数だったもの。……まぁ、面白半分に応募してきた人も多いし、眉唾だけど一応……みたいなのもそれに準じてたけど」

「まぁ、噂は広まってただろうけど、それが本当だと確信できるかと言えばまた別の話だもんねぇ」

 

 

 はてさて、施設内に足を踏み入れると、メインの記者会見会場?的なモノの隣に一つスペースが確保されていることが確認できる。

 これは、なりきり郷全土から送られてきた参加申込や質問の類いを選別するための場所であり、そこでは現在(なんだか久しぶりに見た気がする)蘭さんや、お手伝いとして出向してきた『書類仕事もお任せください!』とやる気を見せていたマシュなどが、パソコンを前に画面とにらめっこをしていたのであった。

 

 ……八雲回線を応用した緊急連絡により、なりきり郷全土に『星女神』様襲来の報は届けられていたが、とはいえそれがどれほど大変なことなのか?……ということにみんなが気付けたかと言えばそれはまた別の話。

 いやまぁ、私のことが有名なので、それに合わせて噂とかは広まっていたみたいだけど……知名度、という点では『星女神』様はここでは無名みたいなものなので……。

 

 なにせ彼女、何故か()アニメが存在する私と違い、その設定を知るには私の黒歴史ノートを見る以外の手段がない。

 ……どこぞの菌糸類がプロトタイプを隠しているのと似たようなもので、なんとなく内容を知ってる人が少数・その他大多数は(作者が有名なので)そういうものがある、ということだけを知っているのが関の山。

 

 そのため、今回の説明会に応募してくるモノの大半は、噂を聞いて『とりあえず』『もしかしたら』『なんとなく』みたいな気持ちの者も多いのである。

 ……いやまぁ、私から言わせて貰うと『なんとなくでも、他所の人が作ったオリキャラに付いて知りたい』と考える人が居る、ってだけでわりと驚きなのだが。

 

 

「そこはほら、キーアさんの知名度も貴方単体のそれではないですから……」

「頑張ってせんぱいの良さを広めておきました!」

『私も手伝ったんですよ、せんぱい♡』

「私も、身近な人には危険性とか言及しておいたわよ?」

「……これ感謝するより怒るべきなのでは?」

 

 

 いやお前らのせいかいっ。

 思ったより参加希望者が多い理由の一端を垣間見て、思わず渋い顔になってしまう私なのでありましたとさ。

 

 

*1
リアルイベントのこと。現地でしか楽しめない出店系を除き、ステージでの催し物などは動画配信サイトでの中継をする、ということが多い

*2
特定の集団に所属している、ということを謙遜して述べる言葉。末席とは『立場の低い人間の座る席』のこと。下座とも。この言い回しは基本的に謙譲語だが、他人に使う場合は、その特定の集団に対して悪いイメージがあるような書き方をされることが多いように思われる。……謙譲語なのだから他人に使うのが間違い、というのは禁句

*3
社会主義国家のこと。元々はフランス革命の際に使われた赤旗が起源。この赤旗は本来フランス王国において戒厳令(特定の条件下において、憲法などを一時停止し軍部が行政権・司法権などを掌握すること。緊急時に軍が独自判断で動けるようにするもの、といった感じのもの)が発令されていることを示すものなのだが、フランス革命の際に革命派が抗議の為に採用したことを契機とし、以後社会主義・共産主義のシンボルとなっていった。また、ロシアでは炎をイメージさせる赤色は正義(ないし愛・勇気)の色であり、反対に雪をイメージさせる白は悪の色なのだとか

*4
人は自身と違うものを許容できない、という話。もしくは、許容できるのはそれを受け入れる懐があるから、というべきか。言い換えれば余裕であり、それを脅かすような類いの違いであれば、他のことは許容できる人でも意見が変わる可能性は決して低くない

*5
受け手の視点如何によってはハッピーエンドにもバッドエンドにもなり得る結末のこと。基本的には登場人物にとってはハッピーエンド、視聴者や周囲の人からはバッドエンドのように扱われるものが該当するが、これが逆でも一応成立する。『楽しい・陽気な』という意味の『メリー(merry)』を使った和製英語



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前準備が長くなる

「えーとなになに……『この世界にドラゴンボールのような願望器があるのかを知りたいです』……うちって天草居たっけ?」

「さぁ?居たかもしれないし、別のそういうのを求めてる人がダメ元で応募してきた、とかかもしれないわよ?」

「なるほど、じゃあこう返すしかないね。『貴方様の更なる躍進を応援しております』……と」

「なんでお祈りメール風……?」

 

 

 人数的に終わりそうもないので、私たち三人もマシュ達を手伝うことになったわけなのだが。

 応募文を見ていると、まだまだ会ったことのない人とか居るんだなぁ、と驚かされてしまう私である。

 さっきのはどことなく天草四郎──救済に邁進する聖人の空気を感じたが、それ以外にも特定の人物を想起させるメールは複数存在した。

 

 

「わりと多いのがこれですね。『私の運命の人はここに居ますか?』という類いのもの」

「あー、恋愛系の作品のキャラとか?」

「恋愛ものに絞らずとも、作中で恋人関係の方がいらっしゃる場合は、相手がなりきり郷内・更に広げて日本国内に居るのか?……と気にしていらっしゃる方も多いようです」

「……ねぇ、あからさまにスルーするの止めない?」

「……いやだって、ねぇ?」

 

 

 その中でも、特に酷似した内容のモノが複数送られてきており、その内容が自分の『相棒/パートナー/恋人』などの相手が、今現在この世界に存在しているのか?……というもの。

 以前どこかで述べたように、ソシャゲの主人公の類いは『逆憑依』し辛く、それが先述の間柄に入っている人については御愁傷様、という感じなのだが……。

 

 それでも諦めきれない、みたいな人は結構多いらしい。

 そのため、そんな彼ら彼女らの送ってきたメールに関しては、目に見えるほどの……怨念?執念?のようなものが立ち上っているのであった。

 ……これ、物理的な便箋でも電子的なメールでも構わず立ち込めているものだから、みんな思わずスルーしてしまったんだよねー。

 

 それをゆかりんに見咎められたものだから、渋々一つ便箋を手にとってみたのだけれど……。

 

 

「うわこっわ!!」

「え、なになにいきなりなに!?」

「敵襲ですか?!マシュ・キリエライト、直ちにオルテナウスに換装を……」

「ああいやいや、違う違う。書いてある文字と込められた念にビックリしただけ」

 

 

 指先から伝わるおぞましい気配に、思わず便箋を放り投げてしまった私である。

 ……大分大袈裟な反応だったため、周囲に要らぬ心配をさせてしまったが……いやでも、これに関しては仕方がないんじゃねーかなー、と私は思ったり。

 

 ……怪訝そうに首を捻る一同に、私は放り投げた便箋を再度掴むと、それを彼女達に広げて見せるのであった。曰く、

 

 

『拝啓、初夏も終わり盛夏に近付こうかと言う今日。

先方様に付きましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

さて、突然話題を変更してしまって申し訳ないのですが、此度はやんごとなきお方が御忍びでこの地にいらっしゃった、とのこと。

聞けばそのお方は、あらゆるものに精通する至上のお方。

あらゆる問いに答えるその姿は、まさに一種の夢のようなもの、と拝聴致しました。

付きましては、一つ確認して頂きたいことがございます。ええ、()のことです。

彼は私の愛しい人、分け難き半身。それと離されること、幾星霜。

私は、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうにございます。

つきましては、先方のお手を取らせることに幾ばくかの躊躇を感じるものの……

私とあろうものがありながら何故誰とも知れぬ人間と笑いあって──

 

「ひいっ!!?」

「ま、まるで清姫さんのような凄まじい気配です……!!」

 

 

 はい。……はいじゃないが?

 

 まぁともかく、文面からすら漂ってくるおぞましさに、思わず私が手を離したのも仕方ない……みたいな?

 なおこれ、適当に選んだ便箋だったわけだけど……他のスルーしていたものに関しても、同じような気配が漂っている辺り恐らく中身は似たような内容だろう。

 

 ……こういうのを見ていると、さっきの話にも抜け道がありそうというか。

 

 

「はい?」

「ソシャゲの主人公は、基本的には『逆憑依』にならない……ってやつ。複数のキャラクターに等しく敬愛や恋慕を抱かれる、みたいなのが主人公には多いけど、それって冷静に考えるとおかしな話じゃない?」

「だけど今は違う!」<ギュッ

「……多分百カノ(恋太郎君)の話してるんだろうけど、あれは例外中の例外だからね?」

 

 

 話に出すのは、『逆憑依』としてのソシャゲ主人公の成立の難しさ。

 ……時には数百に及ぶ相手から、等しく敬愛や恋慕を抱かれる人物像……と言われて、普通はどんな人間を思い浮かべるだろうか?

 ゆかりんが口走ったように、今なら恋太郎君を思い浮かべるという人も居るだろうが……一昔前、そのポジションとして該当しそうな属性というと、実のところそう多くはない。

 

 恐らく、なにかしらの宗教の教祖……みたいなモノを思い浮かべることだろう。

 わかりやすいのは──円堂守だろうか?いやまぁ、彼を『教祖』と言うのはネットの悪ノリの延長線上でしかないわけだが。*1

 

 ……円堂守は、初代『イナズマイレブン』シリーズの主役を努めたゴールキーパーである。

 サッカー大好き、愛すべきサッカーバカ……と言った感じの彼は、作中においてライバル達とぶつかり合い、その度に絆を紡いできた。

 

 これは、『イナズマイレブン』がソシャゲではないものの、ある意味ではそれに近しい性質を持っていたから、というところが大きい。

 どういうことかというと、このゲームは『サッカーRPG』なのだが、それに加え選手の収集要素も持ち合わせているのである。

 初代が千人、最新作として予定されているものに関しては四千五百人近くというそのキャラクター数は、そのそれぞれにしっかりとしたキャラクター性を持たせている、という点で恐るべきものだ。*2

 

 ……そんなイナズマイレブンだが、先ほども言ったように()()()()()()()がある。

 ゲームでは単純なスカウトシステムだが、これがアニメ化される時に拡大解釈?されたのだ。

 そう、同じサッカーを愛する者同士、俺達は仲間だ──みたいなノリに。

 

 ホビーアニメ特有の『そのホビーが世界の命運すら左右する』というものが合わさり、彼らは『サッカー』という宗教の元に集った同士となった、というわけである。まさにサッカー万能論。

 

 ……まぁ勿論、あくまでもネットの悪ノリなわけだが。

 とはいえサッカーがあればなんでもできる、みたいなノリであることは事実。

 ゆえに、数多の人間達を纏めるのに『サッカー』という偶像を使っている、という風にも見えてしまうわけだ。

 実際には、円堂守自体に焼かれている人もいるような気がするが、そこは置いておいて。

 

 ともかく。

 個性の違う、性別も違うような人間達を──数十人ならともかく、数百人規模で纏めあげようとすると、それを可能とする『なにか』が必要になる、というのは事実。

 これが『FGO』なら冠位指定・グランドオーダーについてだし、『アークナイツ』ならドクターやロドス・あの世界の環境によるもの、みたいな感じになっていくわけである。

 

 では、その辺りを踏まえて『ソシャゲの主人公』というキャラを改めて見返してみると……人物像が一つに纏まらない、という事実に辿り着く。

 悪人から善人、普通の人から人ではないモノなど、『ソシャゲの主人公』というのは多種多様な存在との交流を強いられるもの。

 ……そして、それらの交流の結果というのは、基本的にプレイヤー側には『良いもの』しか開示されないのである。

 具体的には、『隙あらばこちらを殺そうとしている相手が、最後までそれを邪魔され続ける』のような。

 

 仲間として使える以上、それがプレイヤー──主人公に牙を剥くなど以てのほかだが、それが描写をねじ曲げてしまっている……というわけだ。

 

 この問題は、敵キャラがプレイヤー側で使えるようになった時に発生しやすいが、少ないながらも主人公に協力的な相手でも発生することがある。

 そう、敵対している人物同士が主人公の元に集う場合だ。

 

 互いにどちらかが悪……という関係でない場合、その関係性に口を出すのは明らかに過干渉となる。

 そしてその場合でも、主人公は上手く立ち回っているということが多い……顔を付き合わせれば殺しあいになるような相手に対して、である。

 

 その辺り、各作品があれこれと理由を付けているわけだが……それが余計に主人公の人物像を見えなくしてしまう、というわけだ。

 

 それらの問題ゆえ、『主人公という幻想を世界に投影できない』みたいな感じで、『ソシャゲの主人公』は『逆憑依』になり辛いわけだが……。

 

 

「最近の主人公って、わりとその辺り割り切った描写をしていることも増えたでしょう?」

「私の先輩や、グラブルの主人公さんなどが顕著ですね。アニメになると、どうしてもある程度のキャラ付けが必要になりますし……」

 

 

 最近の作品は、それでは困るとばかりに主役を描写することも増えてきた。

 ……わかりやすいのはアニメの『恋姫夢想』*3だが、あの作品はルートによって描かれるキャラが違う、そして主人公との関わり方も違う……ということで、思いきって主人公の存在を消してしまった作品である。

 

 その結果、謎の百合アニメのようなことになってしまったが……ファンからの反応は散々であった。

 主人公に自己投影をするプレイヤーだけではなくなった、ということだろうか?

 

 ともあれ、主人公を描写しない、というのにも問題がある。

 そこで生み出されたのが、『アニメの主人公は別物』という、ある種割り切った描き方なのであり。

 そしてそれこそが、『ソシャゲ主人公』達の抜け道となるのではないか、と私は考えているのであった。

 

 

*1
『イナズマイレブン』の主人公。リーダーでありゴールキーパー、更にはムードメーカー。作品によってはリベロとして攻撃ポジションになったこともあるうえ、必殺技によっては彼と他数名で放つ技、というのもある。意外と攻撃的

*2
なので一時期、とても流行った。……妖怪ウォッチにしろそうだが、作品を()()()()()()のは得意なことが分かる

*3
2008年などに放送されたアニメ『恋姫†無双』のこと。そもそもが三国志である為、アニメ化の際の描写に違和感を抱いた人も多かったとか(基本的にはギャグアニメである為)。無論この作品が好きな人もいるので、どこを重要視したのか、というところが大きいのだろうが



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誰でもない貴方、誰かである貴方

「一種の例外処理、ということですか」

「そういうこと。……で、それが是だとすると、さっきの手紙についてもある程度説明が付くのよね」

「さっきの?」

 

 

 これまでの話を踏まえた上で、『ソシャゲの主人公』のようなキャラクターが『逆憑依』になろうとする場合、『アニメや漫画での同名キャラクター』を使えばいいのでは?……という話になるわけだが。

 これには一つ、明確な落とし穴が存在する。

 そう、彼らは『ソシャゲの主人公』そのものではなく、見た目や名前が同じ『そっくりさん』だ、ということだ。

 

 ……なにを当たり前のことを、と思うかも知れないが。

 これがもたらす()()というのは、中々に恐ろしいものなのだ。

 

 例えば、『A』というソシャゲがあるとする。

 このソシャゲのアニメ版が『B』、漫画版が『C』であるとし、それぞれ描いている時期やタイミング・エピソードが違うと仮定するとしよう。

 

 ソシャゲは『終わりのないマラソン』*1というように、それが続く限り絶えず新しい要素を付け加え続けなければならない。

 そのため、『B』の時期の一番人気のキャラと、『C』の時期の一番人気のキャラ。

 それから、『A』における現時点での一番人気のキャラが全て違う、みたいなことは容易に発生する事態である。

 

 ……もっと分かりやすく言うと、『B』でのヒロインと『C』でのヒロイン、それから『A』における(暫定の)ヒロインが全部別人、みたいなことになるわけだ。

 

 で、それを踏まえた上で『B』の主人公が『逆憑依』になったとする。

 その場合、彼にとってのヒロインは『B』の時の彼女だろう。ゆえに彼はその彼女とこちらでも仲良くなる……のだが。

 

 それをこちらに存在する『A』や『C』のヒロインが見ればどうなるだろうか?

 ……そう、『浮気者』という感想を抱くに違いない。

 実際のところは別人なのだが、名前と見た目と性格は同一であるため、その辺りの判別に支障が出るというわけだ。

 

 で、さっきの手紙。

 ……最後の方に『そいつ誰』みたいなことが書かれていたように、件の彼女は恐らく『逆憑依』になった彼を既に見付けている。

 見付けているが、同名の別人であるという事実に耐えきれず、『あれはなにかの見間違いだよね?』と問い掛けてきている……というわけだ。

 

 

「なんで、対応を間違えるとカナシミノーとか中に誰も居ませんよとかになりかねないんで、ちょっと慎重にならざるを得ないというか、やっぱり見なかったことにしてスルーしたくなるというか……」*2

「……スルーした場合、矛先がぜっったいこっちに向くわよ?」

「だよねぇ……」

 

 

 ……まぁうん、他人の恋路に迂闊に触れるべからず、ということで……。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、さっきのに関しては実際にそれの番が回ってきた時に考えるとして……次に多いのはこれね」

 

 

 ちょっと暗い話になってしまったが、気を取り直して。

 次に多いメールについての話に移る私たち。……なのだけれど。

 これはこれで、なんとも微妙な気分にならざるを得ない私たちなのであった。

 なんでかって?それはねー……。

 

 

「『逆憑依』前の自分について知りたい、ねぇ」

「ほんのりと思い出せたりするけど、基本的には抜けてるモノ……という感じですものねぇ」

 

 

 そう、『逆憑依』になる前の自分についての情報。

 それらが得られないか?……というメールなのであった。

 

 一般的な『逆憑依』は、自分が()()()()()()()()()()()()()()()()ということを知っている。

 なりきりという導線から今の姿に変化したわけだが、その記憶が自身の中に残っているからだ。

 

 ……分かりやすく言うと、文字通り『逆憑依』されたような状態、というわけだが。

 それゆえにそこに起こる問題というのも、『憑依』のそれと似たようなモノとなっている。

 それが、前の人格の記憶を思い出すことに支障がある、というもの。『逆憑依』が起きた時点で人格の優先度は今のキャラクターのそれが高くなっており、ゆえに思い出せる記憶もそちらのそれが基本となってしまっている、というわけだ。

 

 一般的な『憑依』が起こった際、以前の人格を塗り潰してしまう……というのと似ているか。

 まぁ、基本的には今の人格側で物事を考えたりしているため、前の記憶が思い出せないことが深刻な被害をもたらす、なんてことはないものの……。

 

 

「まぁ、喉に骨が引っ掛かってるような、スッキリしない感じは残るよね」

「あとはまぁ、過去の自分に関係のある()()()に出会えさえすれば、わりと思い出せる……というのも知りたい、って声が出てくる理由かしら?」

 

 

 頭の隅で、ずっと主張している……みたいな感じになるので、ふとした時に気になってしまう……とのこと。

 それで済めばまぁ、単に気になるねー……くらいの話で済むのだけど。

 何人か、過去のことを思い出せている人物がいることが、彼らにこの質問を投げ掛けることを選択させた、ということになるらしい。

 

 

「まぁ、私とマシュのことなんだけど」

「あとはココアさんなどが有名ですね。……意外と目立つ人物ばかりなので、周囲の方への請求力は中々のモノなのではないかと」

 

 

 そう、それは私たち。

 ……ことあるごとに話題になることもあってか、私たちが過去のことを覚えている、ということが周囲に知れ渡っているようで。

 その結果、私たちの姿を見るたびに、先ほどの衝動がどんどんと強くなる……みたいな感じのようだ。

 

 まぁ、衝動と言ってもさっきから言ってるように『気になるなー』くらいのものでしかなく、今回答えが得られそうなので質問してみた……くらいの軽いノリが多いみたいだが。

 実際、メールの内容は深刻さを感じさせるものではないわけだし。

 

 ……ただ、ねぇ?

 

 

「……『逆憑依』の真の目的を思うと、知らせてもいいものなのか微妙な気がするというか……」

「あー、ココアちゃんとかの話から、なんとなーく目的については割れてきてるんだったわね……」

 

 

 この『逆憑依』に込められた願いというか意味を思うと、彼らにそれを伝えるのははたして正解なのか?……という疑問が湧いてくるというか。

 

 ……私の予測する『逆憑依』の本来の意味は、なにかしらの理由で()()()()()()()()()()()()を保護しているのではないか、というもの。

 しかも、この世界においてそんな目に合っている人だけを対象としているのではなく、他の世界からも該当者を引っ張ってきている気がする、というか。

 

 これは、なりきり郷内の人間の数が五十万人を越えているにも関わらず、表の方で同量の行方不明者についての報道がない……というのが大きな決め手となっている。

 日本国内の人間の数はおよそ一億人だが、そこから考えると五十万人というのはおよそ二百分の一。

 

 ……これは見方を変えると、二百人も人がいれば一人は該当する、というもの。

 つまり、行方不明者が全てこの世界から出ている場合、話題にならない方がおかしい……ということになるのだ。

 だって一都市で考えると二千五百人居なくなってる、ってことになるからね。

 

 ゆえに、話はこの世界だけに留まらないわけだが。

 これもまた、過去のことを伝えていいのか悩むポイントになるわけで。

 

 

「……貴方はこの世界の人間ではありません、なんて突然言われても困りますよね」

「キャラクターとしてなら『そういうこともある』って割り切れるだろうけど、恐らく一般人である以前の自分達が納得できるか、というとそんなことないってなりそうだよね」

 

 

 そう、キャラクターとしてならば、他の世界に呼び出された……みたいな状況にもある程度折り合いを付けられるだろう。

 だが、そういった特別な事情のない、普通の人間が突然『お前はこの世界の人間ではない』と伝えられて、はたして全うな判断ができるのか?……みたいな問題があるのだ。

 

 いやまぁ、過去のことを思い出したとしても、人格の主体は『逆憑依』したキャラクターの方なので、いきなり取り乱したりすることはないだろうけど……。

 

 

「余計な心労になる、という点ではあんまり褒められたことではないわよねぇ」

「だねぇ」

 

 

 今のそれは『気になるなー』程度のものだが、知らせた結果『疎外感』に発展する可能性があるのなら、知らせないのも一つの選択なのでは?……みたいな気分になるというか。

 あと、最初に言っていた『命を失うようななにか』からの避難としてここに来た、というタイプの人の場合はそれに加えてさらに、『自分が命を失うような状況にいた』という心労を負う羽目にもなりかねないというか。

 

 

「……そう考えると、ココアちゃんって逞しいよねー」

「自慢の妹ですから。……というのは別として、自惚れになりますが私が常に傍に居る……というのも一種のセラピーのように効果を発揮している、のかもしれませんね」

「なるほど?」

 

 

 それらの話を統括すると、『知っている』方に区分される人物で、かつ『命を失うような状態にあった』ことを覚えていながら、普通に元気に暮らしているココアちゃんって凄いなぁ、と思ってしまう次第。

 ……それを告げたところ、はるかさんからはちょっと自慢気な空気が漂ってきたが……ふむ。

 

 

「仮に知らせるのなら、こっちの人だけに限る……ってことになりそうだね」

「?それは何故?」

「ココアちゃんとはるかさんみたいに、親族に一緒に居てもらうのが一番だろうから、ってこと」

「なるほど……」

 

 

 心身の安定を願うのなら、それを補助する支柱を用意するべき──。

 そのようなことを述べたところ、ゆかりんからは納得の頷きが返ってきたのでしたとさ。

 

 

*1
特にサーバー運営費が鬼門。メンテナンスや保守点検など、なにもしてなくても稼働させるだけで色々持っていく金食い虫である。また、サーバーは大きくすればするほど運営費が嵩む、というのも問題点。よく『サーバーに繋がりません』という状況にユーザーからの文句が噴出することがあるが、こういうのは大抵『そのタイミングだけアクセス数が多くなっている』ということが多い。つまり、『サーバーに繋がらない』ということが無いようにサーバーを大きくする、というのは基本的に無駄遣いなのである(そのタイミングだけどうにかすればあとは前のサーバーで問題ないのに、サーバーを大きくしてしまうと余分が出てしまう=余計な費用が発生している、となる為。特に、昨今の『サーバーに繋がらない』というのは、なにかしらのイベントなどのタイミングで、アカウント売買の業者がリセマラを敢行している……ということが多く、それに耐えられるレベルのサーバーとなると、下手をすると運営を傾けるレベルのサーバー維持費が掛かってくる恐れも。この辺りは『FGO』において、外国からのアクセスを弾いたら今までずっと鯖落ちしていたのが滅多にしなくなった……という話がわかりやすいか(アカウント売買の業者は、基本的に中国・韓国に居を構えていることが多い為))

*2
カナシミノーも中に誰も居ませんよも、どちらもアニメ『SchoolDays』から。要するにスプラッターな状態



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問題は山積みでも、やらないことには終わらない

「じゃあ、『前の自分について知りたい』という人に関しては、出身がこの世界であること・親族や恋人など、近くで見守ってくれる人がいる……って人だけを対象にする、ってことでいいかしら?」

「はい、それが良いのではないでしょうか?」

 

 

 過去のことを知りたい……というのは切実であり、同時に適当でもある。

 一般的な『逆憑依』が命の危機に瀕した相手の緊急避難であることはほぼ明白だが、同時にそれだけが全てではないからだ。

 

 私たちのように以前のことを明確に記憶しているタイプは、それこそ前の『自分』がそこまで切羽詰まった状態ではなかった、ということを明確に覚えている。

 わかりやすいのは──キリトちゃんやハセヲ君だろうか?

 彼らは『tri-qualia』というゲームをプレイすることで、今の姿に変化した者達。

 そしてそれゆえに、ともすれば私たちの()()よりも鮮明に、前のことを覚えている存在である。

 

 そんな彼らは、自分が命の危機に晒されたわけではない、ということを明確に知っている。

 ゆえに、彼らにさっきの話をしても、微妙に納得して貰えない可能性が高いだろう。

 

 ……いやまぁ、『tri-qualia』経由の『逆憑依』が特別な例である、というのも確かな話なのだが。

 

 そういう意味で言うと、やはり今回の話においてモデルケースとなるのはココアちゃん、ということになるだろう。

 そして、彼女が前のことを思い出してなお、安定しているのは恐らく()()()()()()()が近くにいるため。

 

 ……その時点で、出身がこの世界でない人は考慮から外れる。

 無論、こちらで新たに信頼できる人を見付ける、という対処もなくはないだろうが……死の間際の恐怖を思い出したのち、それを克服できるほどの安心感となると……なんというかこう、相手にヤンデレる未来がそれなりに発生しそう、みたいな懸念があるというか。

 

 その辺りの安全性が確保されたのであれば、そういう人にも伝えても問題ないだろうが……現状はその方法も思い付かないので、異世界出身の人への返答は今のところ保留、である。

 ……え?その辺の違いをどうやって判別するのかって?

 そりゃもう、『星女神』様の目に掛かれば楽勝ですよ。なんたってあの人、あらゆる世界をその身に宿す人だからね!

 

 それはそれとして、異世界出身以外にも対象から外れる人はいる。

 それが、『前の自分』が天涯孤独であるなど、頼れる相手が明確にいない場合・及び『死の間際』の発生要因に、その()()()()()()()()()()()()()()、である。

 

 

「……と、言いますと?」

「前者に関してはダメなのはわかりやすいよね。無論、家族以外の頼れる人がいる、ってパターンもあるから一律全員ダメって話でもないけど」

「まぁ、ココアちゃんのことを参考にするのなら、できれば仲の良い家族がいる、という方が望ましいわよね」

「では、後者の方は?」

「こっちはまぁ、さっきちょっと触れたのとは()、って感じかなぁ」

「逆?」

 

 

 前者に関してはそこまで難しい話でもないので、説明はそこそこにするとして。

 後者の方は、さっき『異世界出身者の対処』についての心配事で触れたものに近い、されどタイミング的には逆……みたいな感じだろうか。

 ……そう、『異世界出身者の対処』において、対象者が相手にヤンデレる可能性を危惧したのに対し、こちらの場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というパターンであると言えるだろう。

 

 

「あー……それは」

「『死の間際』から掬い上げる基準、ってのが全くわかってないからね。今は『逆憑依』の元になった人側の過失を例に上げたけど、それの反対で()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなパターンだと、そのあとに待ってるのってそれこそ『中に誰も居ませんよ』じゃない?」

「うへぇ……」

 

 

 基本的に、『逆憑依』の罹患者は前のことを朧気にしか覚えていない、というのがほとんどである。

 それがある意味では、前のことを積極的に思い出そう、という気概を発生させないでいる一因となっているわけだが……それゆえに、自分の末期を覚えていない、ということも肯定してしまっているわけだ。

 

 死の間際の恐怖、などというものは覚えていてもろくなことはないため、忘れているのならそのままがいいというのも確かな話。

 どっこい、前のことを思い出したあと、それを安定させるのに『前の繋がり』を利用する今回のパターンの場合、『前の自分』の死のきっかけになったのが『前の繋がり』である、というパターンが少なからず存在する可能性を考慮しないといけなくなるのだ。

 

 そのパターンの場合、『前の繋がり』を利用するとほぼ必ず、死の間際のことを思い出してしまうことになるだろう。

 そうなった場合、どうなってしまうのか?……結果は火を見るより明らか、というやつだ。

 

 こっちとしても、積極的に殺人犯を排出したいわけでもないため、その危険性がある人物に関しては確実に、今回の対象から外して行きたいと思う所存である。

 

 

「この辺り、耐えられたように見えても愛憎を裏で募らせてる……とか、普通にありえるからねー」

「げに恐ろしきは人の感情……ということかしら。……ところでマシュちゃん、大丈夫?なんだかボーッとしてるみたいだけど」

「い、いえ。大丈夫です」(私ってヤンデレなんでしょうか、なんてことは思っていません、はい)

「…………?」

 

 

 ……まぁ、そういう裏話がある人でも、()()()()()()()()()()()()()()……という点ではこの結論も微妙なのだが、そこに関しては黙っておく私である。

 誰にでも適用できる話、ってわけでもないしねー。

 

 そんなわけで、今回二番目に多かった質問──『自身のルーツについて知りたい』というのに関しては、『星女神』様側に伝えるか伝えないかを全任せする、という方向で話が決まったのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……話が決まったあとでこういうこと聞くのもあれなんだけど……実際、大丈夫なの?手が足りないとかは……」

「んんー?……ああ、全部『星女神』様に丸投げすること?それに関しては大丈夫。昔の()()()()()のあの方なら、そりゃもう自爆というか地雷というか、そんな感じだったりもしたでしょうけど……」

「今の彼女ならば問題ない、と?」

「そういうことー」

 

 

 一先ずの対応を決めたところで、他の細かい質問を確認していた私たち。

 そんな中、メールを読み進めていたゆかりんがそこから目線を上げ、こちらに問い掛けてくる。

 内容はさっきの対応についてのモノだったが……まぁでも、彼女についてさほど詳しくない彼女達にとっては、()()()()()()()()()()便()()()()()()()、という状況は不安視してしまうもの、ということになるらしい。

 

 とはいえ、それに関しては完全に杞憂である。

 何度も言うが、彼女はその存在概念が最初から複数の世界に起因するもの。

 言い方を変えると、演算力としては億どころか兆・いやもっと多くのタスクを同時にこなしてなお余裕がある、という存在なのである。

 ……いや、これだと勘違いを引き起こすので、もう少し正確に言うと。

 

 彼女は無限概念である【星の欠片】の元締めのような存在。

 ゆえに、数多ある()に自分の欠片をマンツーマンどころかそれこそ無限ほど注ぎ込んだとて、欠片も問題のない存在なのだ。

 

 

「…………?????」

「あーうん。もっと簡単に言うとね、私たち【星の欠片】って人型になってる時点で()()()()()()なのよ。で、彼女の場合は更に、その無限集合である人の形をした端末を、それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけ。一人一人に対して割く端末の数なんて、それこそ細胞一つ分でも足りてるのにも関わらず、ね」*1

 

 

 もっと分かりやすく言えば、処理がオーバーフローしたりアンダーフローしたりする可能性は全くない、ということ。

 なにせ処理システム側が既にオーバーフロー・ないしアンダーフローしているようなもの。過大処理によるフリーズ(オーバーフロー・アンダーフロー)を数で無理矢理解決できてしまうような相手なのだから、手間隙が多い程度で音を上げることなどぶっちゃけあり得ないのだ。

 

 じゃあもし仮に、彼女に問題が出る場合があるとする時、その問題とはどういう形で現れるモノなのか。

 ……答えは単純、それが()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「……う、うん?」

「何度か触れてるけど、過去の『星女神』様ってどっちかと言えと人間絶許派だったのよね。今は『例の人』のお陰でそんなこと一切窺わせないけど」

 

 

 今の彼女が穏やかなのは、偏に彼女を嗜める相手ができたため。

 裏を返せば、その人が居なくなるようなことがあれば、再度酷いことになる可能性は捨てきれない、ということになるか。

 まぁ、その人も色々とややこしくはあるけど彼女と同じ無限概念であるし、そんな可能性は万に一つもやってこないだろうとは思うわけだが。

 

 とはいえ、無いだろうと言っても一応開会して起きたい、という気持ちも分からないではない。

 そこで私が気を付けるべきこととして例示するのが、

 

 

「彼女に悲劇を見せすぎないこと、かな」

「悲劇を、ですか?」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう私は結論付けるのであった。

 

 

*1
なお、この説明でも微妙に足りてない。細胞一つを満たす【星の欠片】が無限数、更にそれより小さい【星の欠片】が一つにつき無限数……という入れ子構造かつ中身は常に無限、というのが基本である為、その末端である『星女神』がとれほどの数なのか?……というのは、とてもではないが把握しきれない



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彼女が見上げるものは遥か遠く

「彼女が荒ぶるモノであったのは、遥か昔のこと。そして彼女がそんな風に荒ぶったのは、世界の悲劇を()()()()()()ため。……悪い言い方をすると、救済系のラスボスとかと同じ思考になっちゃったから*1、なのよね」

「あー、たまにいるわよね、一部だけを見て全体を理解した風になっちゃう人」

──ええ、わりとよく見ますよね──

「ぶふぉっ!!?」

 

 

 あ、思いっきりゆかりんが吹き出した。ちょっときたないんですけどー?(棒)

 

 ……まぁ、私は『星女神』様が近付いてきてること知ってたんですけどねー。

 などと溢せば、ゆかりんは小さい声で「教えなさいよぉぉぉっ!!?」と叫びながらこちらの襟を掴み、私の頭を前後に揺らし始めたのであった。

 はっはっはっ、お戯れをお戯れを~。(笑)

 

 ……冗談はともかく、教えなかったのは別に彼女に意地悪をしたとか、そういうことではない。

 

 

「はぁ?!」

「いやだって、ねぇ?()()()()()()()()()()()()だから、そこを突っついても精々苦い顔をされるだけ……と言いますか」

──まぁそうねぇ。若気の至り、というのが大正解なのでしょうし──

「ええ……?」

 

 

 単純に、『星女神』様自身も「責められても仕方ない」と納得していることなので、多少突っついたところで問題になる余地がないというか。

 ……いやまぁ、限度を越えて突っついてたら、そりゃまぁなにかしら苦言とか飛んでくるかもしれないけれど……そんなことするのって単なる命知らずでしょう?

 だからまぁ、敢えて忠告しておく必要もないというか。

 

 

「な、なるほど……?い、いやでもこの人が近付いてくるのを黙ってるのは酷いと思うんだけど!?」

「酷いもなにも、気付いてなかったのゆかりんだけだからなぁ」

「へ?」

「あ、はい。入り口の方は視界に入っていましたので、順当に」

「私もはるかさんと同じですね」

 

 

 なお、彼女の接近を知らせなかったのは話が別、と矛先を変えてきたゆかりんだが、そこに関しては()()()()()()()()()()()()()という点で、彼女の確認不足・もしくは気配察知不足としか言いようがないわけで。

 ……そこまで告げたところ、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、小さく縮こまったのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「さて、今日の主役のお出ましってわけだけど……『星女神』様、キリアは何処(いずこ)に?」

「……あれ?そういえば居ないのね、彼女」

──彼女には別件を頼んでありますので、ここには来ませんよ──

「なるほど……なるほど???」

 

 

 さて、今日の説明会の主役である『星女神』様の登場により、いよいよ本番か……と気を引き締めようとした私たちだったものの、その隣に本来居るはずの人物の姿がないことに気付き、思わず首を傾げることに。

 

 ……そう、何故かキリアの姿がどこにもないのである。

 彼女は今回『星女神』様の横に立って、彼女の言葉の中に時々混じる専門用語を解説する役割を割り振られていたはずなのだが……その疑問に対し、目の前の『星女神』様から返ってきた答えは『彼女は他の仕事をしている』というもの。

 ふむ、翻訳作業より優先される仕事、とな?

 ……内容が気になるところだが、私としてはそれより気になることがたった今発生したわけで。

 

 

「……ええと、つかぬことを御伺いするのですが、『星女神』様?」

──ええ、なにかしら?──

「……その、御身の発言を翻訳する役割は、一体誰が……?」

──そんなの、一人しかいないと思わない?──

「……マジですか」

──ええ、マジもマジ・大マジってやつね──

 

 

 ……嫌な予感的中、とでもいうか。

 うん、そりゃそうだよね。『星女神』様の話す専門用語とは、すなわち【星の欠片】にまつわるモノのこと。

 それを翻訳──解説するとなると、必然的にその単語に精通している必要性がある。

 彼女がそれの第一人者のようなモノであり、二番手に位置するのがキリアだったのだから……彼女ができないとなれば、私にお鉢が回ってくるのは必然的、というわけで。

 

 ……マジかよ。折角裏方で楽できるかなーと思ってたら、表舞台に引っ張り出されるんかい……。

 

 とはいえ、文句は言えない。

 これがもし、キリアが適当な理屈を付けて敵前逃亡したというのなら、勿論彼女を責めてもなんの問題もないのだが……今回は『星女神』様の別命を受けてのこと。

 それを責めるというのは、すなわちそんな命令をした『星女神』様に文句を言っている、というのと然程違いがないわけで……。

 

 いやまぁね?仮に彼女に不満をぶつけたところで、多分穏やかな笑みを返されるだけでそこまで大事にはならないだろうけどさぁ?

 それと実際に文句を言うか否か、ってのは別問題なんだよなぁ……。

 

 ……みたいな言葉を呑み込みつつ、今後の動きについて確認する私である。

 キリアの代わりをさせられる、となると必然的に馬車馬みたいに働かされる可能性が高いからだ。

 

 

(そ、そうなのですか?)

(いやまぁ、本人にそのつもりはないと思うんだよ?けどねー……)

 

 

 そんな風に彼女に確認を取る私に、マシュから疑問の念話が飛んでくる。

 まぁうん、表面上はそんなことしそうに見えない、ってのは確かな話。『星女神』様の見た目って、リゾートとかでお休み遊ばされているどこかの皇族……みたいな空気感だし。

 

 だが、忘れてはいないだろうか。

 彼女は『星女神』、あらゆるものに含まれ、あらゆるモノを見通す存在。

 ……それはつまり、彼女は相手のスペックとかスタミナとかを全て把握し、ともすればそれらをゲームのステータス画面のように常に把握できるような存在*2、ということになるわけで。

 

 

(つ、つつつつまり……)

(ええ、その通り。彼女はこっちが『できる』と確信どころか()()()()から、弱音とか泣き言とか絶対に許してくれないの。……というか、弱音とか泣き言とか言うような余裕をくれないというか)

(ひぇっ)

 

 

 そう、彼女の中では『フルスペックで働くのなんて当たり前』なのだ。

 なので、相手のフルスペックを端から把握した上で、ちゃんとやればできる量の仕事を投げてくる……と。

 

 無論、相手のスタミナ・及びその回復力に合わせて仕事の質や量を変化させるため、一般人や普通の能力者とかならそこまで大事にはならないだろうが……。

 例えばどこぞの船長(イアソン)や銀ちゃんのように、ある程度追い詰めた方がスペックを発揮できるような相手なら容赦なく追い詰めに掛かるし。

 五条さんやワンパンマンみたいな最強系の人なら、常に全力・最終的に汗まみれで倒れること前提……みたいな仕事を投げてくるのだ。

 

 そして、その対象が【星の欠片】である場合──任される仕事の質と量は、まさに異次元のレベルに突入することとなる。

 そう、【星の欠片】はその程度が低く(こっちの感覚では強く)なるほどに、些細なことでもその一欠片を全損させるようになる──言い方を変えれば起きる反応が大袈裟になるもの。

 そしてそれゆえに、彼らの全力稼働は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような形になる。

 

 ……うん、今回の場合は仕事を任されていたのはキリア──『星女神』様からするとすぐ()に位置する相手。

 ゆえにその無茶振りのレベルは、恐らく異次元を越えた異次元。

 私ができるのだから貴方も大丈夫よね?大丈夫じゃないなら本気も解禁するように……くらいの話になっていても全然おかしくないのだ……!!

 

 

──うーん、私のイメージについてちょっと話し合いたいところだけれど……でも確かに、キリアの仕事をそのまま貴方にさせる、というのは無理がありそうというのは確かかもしれないわね──

(キリアさんが捌き切れないかもしれない仕事……!?)

(一体なにを解説させるつもりだったのこの人……?!)

──……気のせいかしら、他の人からの視線も微妙な感じに──

「わかってて仰ってますよね貴方様???」

 

 

 なお、当の『星女神』様は困ったような顔をしていらっしゃったが……口元がほんのり弧を描いていた辺り、楽しんでいることはまず間違いなさそうなのであった。

 うーん、流石というかなんというか……。

 

 

*1
一部の作品などに見られる『世界を救う』ことを目標に掲げた敵役のこと。それを志した理由は幾つかあるが、ここでは『人の醜さを一度に見すぎた』パターンが該当。無論、一事が万事なわけもなく、そういうのは単に悲観的すぎるだけのことが多いのだが。なお『一事が万事』とは『一つのことから他の全てを推し量ることができる』という意味の言葉。『一を聞いて十を知る』は似ているように思えるが、こちらは『それができるくらい頭の回転が早い』ことを指すものなので微妙に違う

*2
因みに、細かく色んなパラメーターを見ることができる為、現在その人がどんな問題を抱えているのか?……ということも一目見ただけですぐに把握できたり(塩分不足とか睡眠不足みたいな肉体的なものから、仕事で不安を抱えている……というような精神的なものまで全部カバーしている)。地味にリアルで出来たら嬉しいなー、となりそうなシステム



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隣に立って、言葉を紡いで

「……で、結局私めはなにをお手伝いすれば宜しいので?」

──そうね、キリアに頼もうと思っていたのは通訳と選別、それから選択だけど──

(……あ、端から問題になりそうなものは弾け、って言われてるなこれ?)

 

 

 改めて『星女神』様に対し、これからの説明会で私に求められることはなんなのかを尋ねたわけだが。

 ……ふむ、さっきまでやってたことが早速功を奏した、ということなのかもしれないなこれ?

 一応、気を利かせてやってたことなんだけど、結果オーライみたいな?

 

 ……そういうわけで、今のところはそう大それたことを頼まれたりはしなさそう、という感触である。

 まぁ、それだけならキリアである必要性あるのか?……って疑問もあるので、多分きっと恐らくそれで終わりではないのだろうけど。

 

 

──……?ええと、私の勘違いだったらごめんなさいなんだけど……メールの総数って数百万件なのよね?──

「はい?……あー、同じ人が何回か送ってきてるのもあるんで、総計したらそれくらいになりますね。生憎お一人様一通まで判定にさせて貰ったので、その場合は一番切羽詰まってそうな質問だけに絞ってますけど」

──……なるほど。どうにも話が噛み合ってないと思ってたけど、そこからだったのね──

「……??」

 

 

 そんな風に自分達の仕事ぶりにうんうんと頷いていると、何故か『星女神』様からは困惑したような視線が。

 ……何事?と思いながら声を掛ければ、彼女はなにやら不穏なことを呟き始める始末。

 ええと……なんかやっちまいましたかい?私たち……?

 

 

──やったかどうかで言えば……()()()()()()()()()()()()()()()、という感じかしら。……ああいえ、貴方は私のあれこれを()()()()()()()から、そういう気を遣ってしまうのは仕方がないのでしょうけど──

「はい?」

──別に量とか内容とかは気にしないの、今の私はね。さっきの『通訳』『選別』『選択』に関しても、単に私の言葉を通訳して欲しいだけで、私の()()を選別して欲しいだけで、私の話す内容を選択して欲しい……というだけの話なんですもの──

「…………はいぃ???」

 

 

 ……ん、んん?

 あれ?もしかして元々のキリアの役割って、『星女神』様に失礼にならないようにこっちの調整をする……のではなく、『星女神』様側の発言を失礼にならないように調整する方、ってこと……?

 そう呟き返せば、彼女は『そういうこと』と一つ頷いて。

 

 …………。あー、うん。

 

 

変に気を利かせ過ぎたかぁ……

 

 

 自分が空回りしていたことに気が付いた私は、顔を真っ赤にして縮こまることとなったのでした。

 うわ恥っずー……。

 

 

 

 

 

 

「ええと……つまりどういうことなのでしょうか?」

「端的に言うと、『要らん気を回しすぎた』ってこと。悪い言い方をすると、『星女神』様を信用してなかったってこと」

──こらこら、あまり露悪的な物言いをするものではないわ──

「あ痛っ」

 

 

 状況が掴めず困惑するみんなを代表して、マシュがこちらに質問を投げてくるが……なんてことはない。

 ある意味では私が一番、()()()()()『星女神』様を信じていなかった、というだけの話である。……まぁ、そんなことを言った途端に当人からはデコピンが飛んできたわけだが。

 ……額を擦りながら、詳しい説明に移行する私である。

 

 

「さっきまであれこれ話してたでしょ?『星女神』様周りの話」

「ええと、救済系ラスボス云々のこと?」

「そうそれそれ。……それは確かに過去彼女がしたことだけど、同時に()()()()()()()()()()()()()()()。……言い換えると、今のこの人には全く当てはまらないってこと」

「……?それっておかしくないかしら?本人もその可能性は拭えない……みたいなことをさっき言ってたと思うんだけど……」

「程度の問題よ、程度の問題。……もっと大雑把に言うと、私が許容量五割(50%)くらいで考えてたのに対し、『星女神』様本人は九割(90%)くらいで話してたってわけ」

 

 

 まず、致命的に掛け違えていたのが、互いの限界ラインの想定値。

 ……以前の彼女が一割(10%)くらいで破壊神になっていたとするのなら、私は今の彼女だと五割くらいでそうなるのでは?……と予測していた。

 ところが、本人的にはそれより更に余裕があった……というのがここでの問題である。

 つまり、さっき私たちが選り分けた質問群は、今の彼女にとっては全然問題のないモノだったのだ。

 

 それはつまり、相手が怒るだろうと余計な気を回していた、というのに等しい。

 その行為自体が相手を怒らせることもある以上、余計な気の回し過ぎは悪手だと言わざるを得まい。

 

 また、単純に質問を選り好みするつもりがなかった、というのも互いの認知の違いだと言えるだろう。

 

 人の悪いところを見続けた結果、一時世界を滅ぼすモノとなった『星女神』様……。

 それは確かに間違いではないのだが、同時に彼女は紛れもなく【星の欠片】である。

 私達【星の欠片】は、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()。『星女神』様は見通す範囲が広すぎるせいで、暴走したこともあるわけだが……本来、人の悪意なんて見慣れてるはずなのである。

 

 色々な悪条件が重なって、それこそ天文学的な確率でしか発生しないような事が実際に起きてしまった──。

 それが『星女神』様の暴走の本質であり、ゆえにそんな滅多にどころかまず起こるはずのないことを前提にして、以後の対策を練るなどと言うのは、石橋を叩いて渡る*1どころのレベルの話ではなく……。

 

 

「せ、せんぱい!話が脱線し始めています!」

「おおっと。……まぁともかく、悪いパターンとその状況で起きることをなまじ知ってしまっているから、気付かぬ内に大分警戒してた……って感じに思ってくれればいいわ」

「な、なるほど……?」

 

 

 おおっと、変な方向にヒートアップし過ぎてたようだ、失敬失敬。

 

 ……結論としては、今述べた通り。

 過去に起きた最悪の事例を手に取り、『こんなこと二度と起こしては行けない』と叫んでいたようなもの、ということになるわけだが。

 確かに、過去酷いことになったのなら、もう一度同じことにならないように注意する、というのはなにも間違ったことではないだろう。

 

 だがしかし、その問題が起きる確率が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──言い換えると生きている内にどころか、これから先地球が滅びるまでに一度見ることがあるかないか?……くらいのものである場合、それに備え続けることに意義はあるのか?

 ……というような、平和な時代での防衛費の是非、みたいな話になっていたわけである。

 

 で、ようやく話は元に戻るのだけれど。

 先ほど、彼女がキリアに任せようとしていたここでの仕事は『通訳』『選別』『選択』。

 それぞれ、彼女の言葉の通訳、彼女の話す『失言』の選別、それから彼女の話す内容の選択……ということを彼女は述べていたわけだが。

 そう、これは()()()()()()()()()()を特記しているだけであり、()()()()()()()は当然ながらに説明が省かれているのである。

 

 どういうことかって?さっき『彼女が仕事を任せてくる時、基本的には死ぬほど任される』って言ってたことを思えば、なんとなーく理解できるかもしれない。

 あと、さっきまでの私たちの仕事が『気を遣いすぎ』であった、ということも踏まえるとなおよし。

 

 

「……え、もしかしてだけど……キリアちゃん一人にあの量のメール全部読ませる気だったの……?」

「さ、流石にそれは……」

──……?なにかおかしいこと言いましたか?時間もそう多くないのですから、ひたすらに答え続けるしかないと思っていたのですが──

えー……?

 

 

 ゆかりんが嘘でしょ、と呟いたが……それが正解。

 彼女にとって()()()()()()()()()()であり、仮に問題があるとしてもこちらで判断するので問題はない、くらいのノリなのだ。

 ……とはいえ、単純に彼女の尺度だけで決定すると不都合があるので、その辺りを調整する役目を殊更に強調した、という。

 

 なのでさっきの三つ以外、キリアに頼まれていた仕事としては──大量のメールを()()()()()()()()()とにかく全部読み上げること、があったというわけである。

 で、読み上げられたそれを『星女神』様は聖徳太子みたいに複数聞きながら答えていく……みたいな?

 あ、さっきの三つの仕事もちゃんとやらなきゃいけないから、キリアの分身自体も結構な人数必要そうだよね()

 

 ……うん、そりゃなんか、仕事が少ないように見えるはずだよ。

 向こうとこっちでスケール感とスタンスが違うんだから、こっちの尺度で語るべきじゃねぇどころの話じゃないというか……。

 

 なお一つ、ここで嬉しくないお知らせがあります。

 

 

「な、なにかしら?」

「……さっきの三つの仕事以外に手が回りそうもありません」

「え゛」

 

 

 こちらの言葉にゆかりんが絶望したような声をあげるが、でも仕方がないんだ。

 ただでさえ、『星女神』様の言葉に修正入れるとか恐れ多いやら恐ろしいやらなのにも関わらず、彼女の感覚で言うとその恐ろしい状況を()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 ……いやまぁ、彼女自身もずっと話しっぱなしになるし、なんなら発言の訂正も受け入れなきゃいけない辺り、決してこっちだけが大変というわけではないんだけども……。

 でもキリアがやるのならともかく、私がやるんならさっきの三つの仕事で手一杯。

 ……つまり、彼女に対してメールを読み上げる人員が必要──それも一人や二人じゃ足りないほどに、ということになるわけで。

 

 ……うん、手伝って貰おうか、ゆかりん達。

 大丈夫大丈夫、読み上げだけだから難しいことなんにもないから。あと君ら【星の欠片】じゃないから、ちゃんと休憩については考えてくれるだろうし。

 まぁその代わり、休憩入れてもちゃんと全部返答が終わるように、と計算して仕事を積んでくるだろうから、働く総量としては変わらないだろうけど!

 

 

「い、いやー!!!」

「ふははは、死なば諸共じゃー!!」

──……やっぱり私の扱いおかしくないかしら?──

 

 

 なお、それを聞いたゆかりんは逃げ出しましたが、このメンバーの中では彼女が一番替えが利かないので大人気なく全力出して取っ捕まえましたとさ。

 

 

*1
とても用心深く物事を行うこと。また、用心し過ぎていることを揶揄する意味合いとして使われることも。由来は昔の日本の橋は木造であり、ある程度脆いモノであったのが石橋になり、頑丈さがアップした……が、それでも橋は橋なので壊れないか心配して叩く人がいた、ということから



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振り返り型で攻めるぜ!

「──とまぁ、そんな感じで始まった説明会は、みんなの多大な犠牲を払った上で完遂されたわけなのですよ、はい」

「なるほどねぇ。……ところで、私の気のせいなら問題ないんだけど……なんか内容はしょられてない?」

そこにないならないですね(そんなことないですよ?)*1

「本音と建前が逆っ!?」

 

 

 もしくは話数と話数の間に挟まれて消滅したか?

 

 ……冗談はともかく、説明会の次の日である今日。

 前日のそれは大盛況?のうちに幕を閉じ、概ね成功したと言っても問題はない感じだったのだが……だからこそ、幾つかの疑問を生み出すことにもなっていた。

 その疑問を解消するため、いつの間にか戻ってきていたキリアを取っ捕まえ、その話を聞こうとしているというわけである。

 

 

「ふむ、疑問?」

「具体的には、結局アンタがなにを頼まれてたのかってこと。あれから考え直したんだけど、『星女神』様の性格上()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてのが想像付かないのよ」

 

 

 まず第一の疑問が、何故キリアに別の仕事を割り振ることになったのか?……という部分。

 

 私たち【星の欠片】は、本来他者を差別・区別しないモノである。

 ()()()()()()()()()()()()()()のでそこを振り分ける意味がない、ということでもあるわけだが……。

 それゆえに、本来の【星の欠片】の判断基準は大抵多数決になるのだ。より数の多い方を優先する、というか。

 

 それゆえ、先の話にそれを当てはめると……キリアに任せた仕事は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになってしまう。

 だが、それにしてはこうして戻ってきたキリアに、忙しそうだった気配が見えないと言うか……。

 

 

「……一つ勘違いを訂正しておくけれど。私の仕事はまだ終わってないわよ?」

「……へあ?」

「今もまだ仕事中ってこと。色んな所に分身を派遣してるから、本体である私は休憩中ってわけ」

「……なるほど?」

 

 

 その疑問に関しては、すぐに答えが返ってきた。

 戻ってきていたから勘違いしたが、彼女はまだ仕事中である……という答えが。

 

 確かに、彼女ならば無数の分身に仕事を任せ、代わりに本体は休息に専念する……みたいな動き方も十分に可能だろう。

 一つ問題があるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、過酷な仕事を任されている可能性があるということだが……。

 

 

「まぁ、過酷と言えば過酷かしら。なにせ今回の私の仕事って彼女の予測の裏取り、みたいな感じだから」

「……ん?裏取り?」

「そ。【偽界包括】で一応の確認は取ってあるけど、現実の世界でも見ておいて欲しい……ってことでね」

「そ、それはまたなんとも……」

 

 

 そんな私の予測は、次のキリアの言葉によってほぼ肯定されることになった。……【偽界包括】で確認したことの裏取りって、それ()()()()()()()()()()をお願いされているようなもんやんけ。

 分身という方法を使っているとはいえ、それができるキリアも大概意味不だよ……とは口に出さず、一つ目の疑問が解消したことを喜ぶ私である。

 

 

「で?一つ目ってことは二つ目もあるんでしょう?」

「そっちは貴方への疑問というか、説明会で出た疑問なんだけど……」

 

 

 となれば、この調子で数々の疑問を解消して行くしかあるまい。

 そういうわけなので、ここからちょくちょく回想が挟まります()

 

 

 

 

 

 

 タイミング的には、昼休憩の辺りだったろうか。

 開始から『ひたすら質問を受けては投げ返す(マシンガン)』かの如き忙しさであったが、それも一時的に休止するタイミングに差し掛かったというか。

 いやまぁ、『星女神』様本人はまだまだ答えられるわよ?……みたいな顔してらっしゃるんですけどね?でも私らが付いていけないんですよ正直!

 

 

──うーん、他の子にはともかく、貴方にはもっと頑張って貰いたいんだけど──

「無茶を言わんといて下さい……私まだ【星の欠片】になってから二年そこらのぺーぺーなんですよ……」*2

──二年しか経ってない割には、結構使えてる方だとも思うのだけれど──

 

 

 はっはっはっ、止めてください言葉の裏に『だからもっと使えるようになるわよね?』みたいな意味を仕込むの(白目)

 

 ……ともあれ、こうして会話できるだけまだ余裕があるのも確か、なのかもしれない。

 なにせ他の面々、皆地面に膝と両手を付いて死にそうになってるんですもの。……やらされたことと言えば、ひたすらメールを読み上げ続けたってだけなんですけどね。

 但しひっきりなしかつ十秒でメールを二つ読み上げる、くらいの速度ですがっ。

 

 

「さ、さんそがたりない……」

「す、すぱるたすぎます……」

「ほしがみえるすたー……」*3

──……ちょっと張り切り過ぎちゃったかしら?──

「そう思うのでしたら午後からは手加減して頂けると……」

──ええ、()()()()()()()加減しておくわ──

「……ちぃっ!!」

 

 

 疲労困憊で酸素を求め喘ぐ皆の姿に、流石の『星女神』様もやり過ぎたことを察したのか、自重しようみたいな台詞が漏れたが……あくまで彼女達にだけ、と続いたため思わず舌打ちする私である。

 とまれ、午前中は順調だったので午後もこのままなら問題なく進み、また夕食のタイミングで切ったあと夜の部に続くのだろうなぁと思っていたのだが……。

 

 

──…………──

「『星女神』様?」

 

 

 午後の部の前に一応片付けておくか、とメール達を纏めていると、その内の一つを私の手から掠め取り、しげしげと眺める『星女神』様。

 一体何事?と彼女の動きを眺めていた私は、

 

 

「うわっ!?いきなりなにを!?」

──これは、答えなくてもいいものね──

「はいぃ???」

 

 

 彼女の手の内で、そのメールがぼわりと燃え尽きたことに驚愕する羽目に。

 当の本人は至って普通、というような空気を醸し出していたが……。

 

 

「あの時燃やしたメールに付いて、キリアならなにか知ってるんじゃないかなーって」

「……なんで私が知ってるって思ったわけ?」

 

 

 時間は戻って、現在。

 その時に燃やされたメールの内容……というか、それを彼女が燃やす必然性について、キリアがなにかを知っているんじゃないか?……というのが、二つ目の疑問。

 その言葉を聞いた彼女は、一瞬渋い顔を浮かべたが……逆にこちらへと問い返してくる。

 

 それに私は、ある種の確信を込めてこう答えた。『あのメールの内容が、恐らくキリアに確認させていることにも関わっているのではないか?』……と。

 

 じゃあ、そのメールにはなにが書かれていたのか、という話だが。

 そこにはとてもありふれた疑問が──人間が抱く疑問としては、ごく普遍的なモノが書かれていた。

 そう、『恋人とはどうやったら上手く行きますか?』と。

 

 

 

 

 

 

「……あー、うん。気付いてるみたいだから言うけど。……相方様、最近姿が見えないのよね」

「相方様の?」

 

 

 こちらの言葉に、隠し切ることは不可能だと思ったのか、キリアは渋々といった様子で言葉を紡ぎ始める。

 それによれば、『星女神』様の対となる存在である相方様──『月の君』の姿が最近見えなくなっているのだという。

 

 端的に言ってしまえば失踪した、ということになるわけだが……それもおかしな話。

 相方様は『星女神』様を殊更に大事にされているため、彼女に黙ってどこかへ行く、などということ自体がほとんどあり得ないのである。

 だが現実として、かのお方は何処かへと姿を消してしまった。

 

 ……『星女神』様本人は、恐らくその必要があったのでしょうと答えていたそうだが、それでも心配なのは変わらず。

 で、今回【偽界包括】まで使って()()()()()()ことを確認し、そしてそれを更にキリアにも確認させている……のだとか。

 

 

「まぁ、相方様相手だと私の探知とか穴の空いた袋みたいなもんで、幾らでもすり抜けかねないんだけどねぇ」

「『星女神』様と同格だからね、仕方ないね」

 

 

 ……ただ、格としては相手の方が凄いので、ほぼ気休め以外の効果はないみたいだが。

 あと、さっき多数決云々の話をしたが、確かに存在そのものが無限数である【星の欠片】が対抗馬なら、そりゃ敵うわけもないと納得する私である。

 ……それから、恋愛関連の質問の度にコンマ一秒程度フリーズしてた理由も理解した()

 

 

「それはまた……なんとも」

「他の面々は気付かなかったみたいだけど、流石に側で見てた私はねぇ」

 

 

 あからさま過ぎて気付かない方がおかしいというか?

 そんなことを述べれば、キリアは乾いた笑いを浮かべていたのであった。

 

 

*1
『そこに無ければ無いですね』は、店員などが言う台詞。『他の場所に移動などはしておらず、また在庫をバックストックに置いてあったりもしないので、陳列されているはずの場所に無いのなら無いです』というような意味合い。なお実際にそこまで把握してなくても、対応が面倒臭い時に断りの台詞として使われることもある

*2
『ぺーぺー』とは、未熟者・取るに足らない人物という意味合いの言葉。由来は『平々』が鈍ったモノであるという説、したっぱが『へいへい』と媚びへつらう言葉が変化した説、平安期に使われた『へへやか』という表現が変化したという説などがあるが、基本的には『平々』の変化説が一般的

*3
『fate/stay_night』において、遠坂凛や衛宮士郎などが述べた台詞。基本的には強烈な一撃を貰って視界に星が瞬いていることを指す



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これはそれ、あれはどれ、君はあれ

「それで?気になることっていうのは、それだけ?」

「あ、あともう一つ。これはさっきまでのとは毛色が違うんだけど……」

 

 

 よもや『星女神』様の対となる存在である、『月の君』様が所在不明の状態に陥っているとは。

 そりゃまぁ、『星女神』様の微妙な空気も宜なるかな、というやつか。

 ……なお、私的にも気にならない話というわけでもないのだが、そうは言っても相手は()()『星女神』様の対となるお方。

 言い方を変えると、私が心配したところでまったくの無意味、みたいな相手なのでちょっと優先度は下がるのだが。

 

 いやだって、ねぇ?

 よく考えればわかる話だけど、私が『月の君』様を心配するって言うのは要するに、私が恐れ多くも『星女神』様を心配する……っていうのとほぼ同義になってしまうわけで。

 

 ……なにかの間違いで、実質的なナンバースリーに放り込まれてしまっている私だけど、実際の実務経験的には新人・生まれたて・赤ちゃんと同義も良いところ。

 元々ナンバーツーであるキリアが心配するのならともかく、私みたいなぺーぺーが心配したところで、それこそ初心者が車の整備を手伝います……と言っているのと大差ないわけで、そりゃまぁやるだけ無駄……どころか、下手するとそうやって心配すること自体が迷惑になりかねない……みたいな?

 

 そんなわけなので、この問題に関してはあくまで頭の片隅に置くだけに留め、もう一つの疑問の方に話をシフトしていく私である。

 で、肝心のもう一つの疑問についてなんだけど……。

 

 

「……露骨にスルーされた質問があった?」

「そ。ただ、そのメールに関しては『星女神』様が回収しちゃったから、さっきのやつみたいに後から確認を取る……みたいなこともできなかったんだけど」

 

 

 説明会の始まる前、『星女神』様本人が『原則的に全ての質問に答えるつもりである』みたいなことを言っていたと思う。

 

 なりきりに身を置いていた身としては、なんとも崇高な台詞だなぁとちょっと感動したりもした*1のだが……実際の質雑応答においても、彼女と同じ気持ちで開始したにも関わらず、空気が読めなかったりあからさまに場違いだったりする質問のせいで初志が崩れる、ということは珍しくもない。*2

 なので、『星女神』様にもそういうことあるんだなぁ、と思わず感心してしまったのが、件の『スルーされた質問』なのであった。

 

 恋愛関連の質問でフリーズしたりしていたのよりも更に露骨に、あからさまに今質問を見て見ぬふりしたぞ……と認識できる動きで投げ捨てられた質問。

 ……いやまぁ、本当に投げ捨てられたわけじゃなくて、それを読み上げようとしたゆかりんの背後から手が伸びてきて、スッとそのメールを取り上げてしまった……というだけなのだが。

 ……なお、それをやられた本人は本気でビビってました。気配が察知できなかったみたいですね()

 

 ともあれ、『星女神』様がそんな露骨な反応を示すことはほとんどなく、それゆえに気になってしまうのもある意味では当たり前のこと。

 なので、それについてなにか知らないか?……とキリアに尋ねることにしたのであった。

 

 

「……ゆかりちゃんが知ってるんじゃないの?」

「それがね、基本的に送られてきてたメールって二つ折なり四つ折なり、開かないと中が見えないようになってるのがほとんどでさ……」

「ああなるほど、中身を確かめる前に取られちゃった、ってことね」

「そういうことー」

 

 

 読み上げられる前にスルーすべき対象のものだ、と認識していた『星女神』様は流石だが、お陰さまでなんの話をスルーしたのか、こっちにはまったくわからなくなっているのは問題というか。

 ……というか、ある種地雷っぽい恋愛関連の質問でも、ちょっとフリーズしただけで結局答えてる辺り、そんな彼女が『スルー』以外の選択肢を取り得ない質問、という時点でちょっと不可思議すぎるというか?

 

 実際、本人も言っていたように原則答えられないモノもなければ、スルーの必要があるモノも早々存在していないはず。

 ……そのはずなのに、結局持ち帰ってしまい内容について悟らせない……というような質問となると、気にならない方がおかしいというか。

 というか、仮にそれについて触れて欲しくないのなら、彼女の能力からすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいは余裕でできるわけで、その時点で色々おかしいというか。

 

 

「……ふむ、そう言われると、確かにおかしいわね」

「でしょー?なんというかこう、()()()()()()()()()()()()()()()()()、とかに繋がりそうというか……」

 

 

 そうなってくると予測されるのが、件の質問に答えるという姿を()()()()()()()()()()()()()()から……みたいな、なにかしら別の理由が絡んでいるのではないかという予測が立つのである。

 彼女の能力を思えば、そんな不自然な態度を見せる必要がない……という点からも、敢えてこの不自然さを気付かせる目的があったのでは?……みたいな邪推もできてしまうというか。

 

 まぁ、邪推と言いつつ、これに関してはほぼ確実だろうとも思っているし、それに関してキリアも賛同の意を示してくれたわけだが。

 彼女的にも不自然な態度だ、とは思ったらしい。

 

 

「……ただまぁ、それが正解だとするとちょっとややこしいことになるわねぇ」

「と、言うと?」

「『星女神』様、今ご自分の場に帰ってるのよね」

「うげ」

 

 

 ただ、次に彼女が答えた内容が厄ネタだった。

 どうにも『星女神』様、現在はご自分の居城にお戻りになっているらしい。

 本格的に帰ったと言うわけではなく、あくまでもちょっと用事があるから……というような意味合いの帰郷らしいが、さっきの話が間違いでない場合、少々どころかかなりややこしい話になる。

 

 どういうことかと言うと、つまりこれって『例のことが気になるのなら、私の居城まで聞きに来なさいね?』と言ってるようなもの、ってことになるのだ。

 

 あの場での返答だけが問題になるのなら、それこそ私の家とかゆかりんルームとか、話をするのに適している場所は幾らでもあるだろう。

 ……それらを利用しないということは、裏を返すと()()()()()()()()()()であるか、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……それも【星の欠片】周りのことで、みたいなパターンになってくる。

 

 というか、わざわざ彼女の居城への来訪を必須とする辺り、内容はほぼ【星の欠片】についてのそれであると考えて間違いないだろう。

 ということは、例の質問はもしかするとユゥイ辺りが投げてきたもの、ということになるのかもしれない。

 ……いや、【星の欠片】相手の防諜の難しさは何度か触れたけど、それにしたってヤバくね?平気でメールしてくるじゃんあの子……。

 

 いやまぁ、これもあくまで予想であって、それが本当だとは限らない。……個人的には九割九分九厘正解だろうなぁと思うのだが、それでも毛程の先くらいでも可能性がある以上は絶対、とは言い切れない。

 なので、あくまで可能性としてこの話は保留とすることに決め、『星女神』様のご帰還をお待ちすることにした私たちなのでありました。

 ……へたれとか言うなし。

 

 

*1
いわゆる『全レス宣言』。スレ主の意気込みとしては確かに素晴らしいのだが、実際にやろうとすると結構大変なもの。特に、なりきりスレッドとかだと全レス数が1000単位ということも多く、また人気な作品だと矢継ぎ早に質問が飛んでくる、ということも(一時期は)あった。……一日の返答許容量を越えた質問が飛んできた途端に瓦解する、儚い誓いとも言えるか。たまに気合いで一時停止状態から全部返しきる猛者も居るが、基本的に数十レス貯まった辺りで暗雲が立ち込め、数百レス貯まった時点で失踪の危機である

*2
多いのがセクハラ系・犯罪系の質問。一つや二つならどうにかできる人も多いが、複数個になるといっそ運営に頼んでレスを削除して貰った方が早いことも多い……が、その場合荒らしが発生する可能性を含むので判断が難しい。……え?セクハラ系とか投げまくって来る時点で既に荒らし?それはそう



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得たからこそ問題になることもある

「例の説明会、大好評で終わって良かったわねぇ」

「まぁ、色々と疑問が解消したって人も多いみたいだからねぇ」

 

 

 無論、この世界出身の人物でない場合に過去のことを知らせて貰えなかったりとか、みんながみんな望んだものを手に入れられた……というわけではないみたいだが。

 それでも、大多数の人にとって満足のいくものだった、ということは間違いないだろう。

 

 ……まぁ、だからこそ新しい問題が発生したりしてもいるわけなのだが。

 そういうわけで、件の説明会から一週間、場所はゆかりんルームからお送り致しまーす。

 

 部屋の中を見渡せば、そこにいる面々は前回の説明会に参加していたメンバーの内、マシュと『星女神』様を除いた面々が揃っていた。

 ……え?その二人はどうしたのかって?

 単にマシュは別件の仕事をやってるのと、『星女神』様は相変わらず御自身の居城に引きこもってるだけというか。

 ……まぁ、『星女神』様に関しては単に引きこもっているだけ、というには色々と問題があるのだが……今回は取り敢えずスルーしても構わないだろう。

 なにせ、問題はそっちではなくこっち……なりきり郷で起こっているわけなのだし。

 

 

「いやー、まさか脱走者?が発生するとはねー……」

「まぁ、可能性としてなくもない……という話ではあったのよね。当人の過去がどれほど重要なものだったのか、というのはそれこそ人によって違うでしょうけど……」

()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてものが隠れている可能性は否定できませんものね」

 

 

 うーむ、と皆で唸るわけだが……問題としてはそう難しいモノではなく、数名のなりきり郷所属メンバーが、密かにここを出て元の家に戻ってしまった……というだけの話である。

 無論、無断で許可も得ずに外へ出ているということが問題、というのもそうなのだが……それぞれの動機が掴めないのもまた、微妙にこちらの頭を悩ませる部分だったり。

 

 どういうことかというと。

 彼らが脱走した理由、というものは恐らく『星女神』様に自分の過去を聞いたから……で一致しているはずなのだが。

 問題は、そこから『脱走をする必要性』について話を進めると、途端に個人個人でてんでバラバラな理由に分岐してしまう……という状況に陥ってしまうのである。

 

 例えば、単に自分の家族の顔が懐かしくなって会いに行った……みたいなのであれば、対応優先度としては限りなく低くなるだろう。

 無論、相手方の家族さんは驚くことになるだろうが……それでもいきなり居なくなった家族が戻ってきたとなれば、感覚としては『嬉しいなぁ』というのが大きいはずで、そこまでややこしいことには……あー、なるかもしれないけどそれも他のに比べれば可愛いもの、みたいな?

 

 

「家族の姿が変わってしまった……みたいな話については、国から予め伝えられてるはずですもの。最初は困惑するかもしれないけれど、最終的には受け入れられるんじゃないかと私は考えているわ」

「まぁ、うちもそんな感じだったしねー」

 

 

 思い起こすのは、私が家に帰った時のこと。

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()*1、というのは後に知ったことだが、ともあれそれを抜いても似たような結果になるだろうというのはなんとなく予想が付く。

 

 いやまぁ、本来互いが再度出会う……なんてパターン自体、この騒動が何事もなく終わって元に戻れた時、くらいの想定なので、その辺りを語るのはちょっとあれなのだが。

 どういうことなのか、というのを語ろうとすると長くなるのだが……今回は必要なのでしっかり語っていこうと思う。

 

 ではまず、なりきり郷に所属することになった場合に行われる、一連の処理についてだけど。

 

 まず、『逆憑依』になった時の状況によって、早々に二パターンに別れることになる。

 その二パターンというのが、直前の記憶を()()()()()()・はたまた()()()()()()()

 ……記憶のある人は持ち物に過去の自分を示すモノがほんのり残っている、もしくはがっつり残っているため、そこから現在の私達にたどり着けないように・もしくはたどり着いても問題のないように処理が施されることとなる。

 

 私やマシュ・キリトちゃんやハセヲ君なんかがこのパターンで、過去の電話番号などはそのまま現在の端末に引き継がれているものの、そこから本来の家族についての情報を得ることができるために、向こうの家族には『電話しても繋がらない、もしくは電話を取ることができる状態にない』というような説明がされることとなる。

 このパターンの場合、誰が誰の家族だったのか?……というデータを確りと把握しておくことができるため、後々なにかしらの問題が起きた時に確認を取りやすい……という利点があるものの、同時に相手側の家族へのケアをしっかりと行っておく必要性が発生するため、わりと一長一短でもあったり。

 

 対し、本人に記憶のないパターンについてだが。

 このパターンの場合、その人の過去を示すような手がかりが一切ない、ということも少なくない。

 言ってしまえば着の身着のままそこにいるようなもので、相手方の家族だの親友だのの情報はまったくない、という状態になってしまっているのだ。

 こうなるとケアもなにもなく、取り敢えず本人を保護することを最優先にされることになるが……一応、保護した場所の付近で行方不明者の捜索願が出ていないか、というようなことの確認はしているらしい。

 

 無論、情報がなにもないのでそれが当人のことなのか、という確認はできないわけだが……最近は捜索されている人物が普通の行方不明なのか、それとも『逆憑依』に関わるモノなのかの判別ができる機械ができた(以前触れた『なりきりパワー』がその辺りの技術を発展させたのだとか)そうで、一応の安心を届けるくらいはできるようになったとのこと。

 ……まぁ、それはそれで普通の行方不明者にはなんの慰めにもならない、という別種の問題を発生させたりもしているわけだが、それに関しては警察さんに頑張って貰うということで……。

 

 ともかく、対象の『逆憑依』に記憶があるかないかで対処が変わる、ということだけ覚えておけばよい。

 で、この記憶のあるなしだけど、基本的には『ない』人の方が多いのは、ここまでの話を聞いていればなんとなくわかると思う。……じゃなきゃわざわざ『星女神』様に尋ねよう、なんてことにならないわけだし。

 

 ここで問題なのは、『知らない』側の家族については、なりきり郷側も把握しきれていないということ。

 一応、『逆憑依』関連の行方不明者の家族なのだろうな、というリストは存在するものの、それがどの『逆憑依』者に関連する人物達なのか、ということまではまったく把握できていないのである。

 

 これは記憶という繋がりが、『逆憑依』の際に一回途切れてしまっているため。

 その途切れ方もかなり雑であるために、どの切れ端がどの切れ端に合うのか、ということさえ容易に判別できなくなっているためである。

 それゆえ、『逆憑依』関連だろうという予測は付けられても、それが誰の家族なのかまでは一切判別ができない……ということになってしまう。

 

 そうなるとどうなるのか?……なりきり郷から飛び出した『逆憑依』達の足取りを辿るのが非常に難しくなる、ということである。

 

 

「どれがどれに紐付くものなのかわからないから、今のままだと全国津々浦々を片っ端から探すしかない、なんてことになりかねないのよねー……」

「まぁ、それに関しては最悪私がなんとかできるからいいけど……問題、それだけじゃないんでしょう?」

「そーなのよねー……」

 

 

 ……とはいえ、単に探す対象が多い、というだけならばそこまで問題ではない。

 こっちには人海戦術において最強クラスのキリアがいるし、なんなら私もある程度なら手伝いはできる。

 ゆえに、散らばった『逆憑依』を探す、という面に関してだけならば、そこまで大きな問題にはなりえないのだ。

 

 となれば、問題はそこ以外。

 誰が何処に行ったのか、ということよりも問題になることというと……。

 

 

「記憶なし組の家庭環境とか、過去の人間関係がまったくわからないことの方……ということですよね?」

「そーいうことー……」

 

 

 そう、先ほどから何度も触れているように、『記憶なし』組の過去についてはわからないことが多い。

 ……わからないことが多いと言うことは、説明会の前にも触れていた問題──家族や恋人・信頼できる人……()()()()()()()()によって自分が命の危機に瀕していたかもしれない、という可能性を確かめる術がこちらにない、ということになる。

 

 つまり、彼らが飛び出した理由が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という可能性を否定できないのだ。

 そしてもし仮に、この懸念が事実だった場合……。

 

 

「早急に止めに行かないとヤバい……んだけど」

「説明会からもう一週間経過してるんだよねー……」

 

 

 なにがあれって、もう例の説明会から一週間経ってるんだよねー。

 ……手遅れでは?そんな言葉が脳裏に閃く今日この頃なのでありましたとさ。

 いや、笑い事ではないんだけどね?

 

 

*1
携帯番号がMNPされてるのも特殊で、誰がやったのか不明だったり。普通は本人に繋がるのは宜しくないので、そのまま解約・もしくは特例で元に戻るまで番号は保留にされる



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問題だけ積み上げても崩してはいけない

「……というか、なんでこんなタイミングでこの話を?」

「誰も彼もが飛び出してたのならわかりやすかったんだろうけど……出ていったのって数人だったのよね……」

 

 

 後手後手過ぎるでしょう、というこちらの言葉に頭を抱えるゆかりんである。

 ……なりきり郷の所属メンバーはおよそ数十万から数百万人ほど。

 その内の三桁にすら満たない人数の脱走者……などと言われてもすぐに把握できるモノではなかった、ということになるらしい。

 

 一応、『星女神』様にそういうこと(脱走)しそうな人を予め聞いておけば、ある程度問題を抑制できたのかもしれないが……正直それを尋ねるような気力は、あの時の面々には残っておらず。

 そしてそれを尋ねられるほどにこちらが元気になったタイミングでは、既に『星女神』様は御自身の居城に引きこもったあと、という……。

 なんというか、悉くタイミングが悪いというか?

 

 そんなわけで、こちらとしては後手に回りまくって半ばお手上げですという、なんとも言えない状態に陥ってしまっていたのでしたとさ。

 ……唯一救いがあるとすれば、外部協力者として互助会の面々の手を借りることはできる、ということだろうか?

 

 

「例の説明会の時、モモンガさんの独断で情報をシャットアウトしてたみたいだからね……」

「まぁ仮に彼がやらなくても、私の方から止めといた方がいいって助言はしてただろうけどね?」

 

 

 私の言葉に、キリアがうんうんと頷いている。

 ……そう、今回の騒動には互助会──向こうの組織は一切関わっていないのである。

 それもそのはず、向こうの面々は『星女神』様による説明会があった、ということ自体を知らない……という人がほとんどなのである。

 それが何故かと問われれば、向こうの構成メンバーにその秘密があった。

 

 ……そう、ある程度是正されて来たとはいえ、向こうはまだまだ『自分を転生者だと思っている』者が多い場所。

 そんな彼らに過去のことを教えたとして、ろくなことにならないだろうなというのは両方にとって共通認識だったのである。

 

 こっちで生まれ変わった本人の記憶(自分のモノではない記憶)、と解釈してくれるならまだマシな方で、罷り間違って今の認識との衝突やら混同やらでも起きた日には、一体どんなトラブルに発展することやら……。

 比較的落ち着いている人物の多かったこっち(なりきり郷)側の面子ですら、こうして脱走騒ぎを起こしていることを思えば、『星女神』様の言葉は互助会には劇薬過ぎる……という判断は決して行きすぎとは言えまい。

 ……というか、仮に過去のこと以外について尋ねたパターンだったとしても、そこから別種のトラブルの火種が発生しそうな気がするので、余計のこと『星女神』様と互助会は引き合わせるべきではないというか?

 

 まぁ、そんなわけで。

 向こうの人はこっちでなにかがあった、ということくらいは把握しているものの、それがどういう内容なのかまでは知り得ていない。

 そしてそれゆえに、今回の捜索においては特に問題もなく手を借りることができている……というわけなのであった。

 

 ……え?そもそも彼らの手を借りなければならない理由?

 それはほら、こっちの面々もわりと手が足りてないというか……。

 

 

「……脱走騒ぎを起こしたのは数十から百人未満くらいだけど。それ以外の、『星女神』様の言葉であれこれと考える羽目になった人物を含めると……わりと機能停止状態に近いのよね、今のなりきり郷って……」

「特に対象を絞ったりしてなかったから、端から伝えられない面々を除いてほぼ全員がなにかしらの知識を得た、みたいなことになっているものね……」

 

 

 ……ぶっちゃけてしまうと、結果として脱走しなかっただけで現状仕事ができるような精神状態ではない……という人物が過半数を締めてしまっているのである、現在のなりきり郷は。

 

 確かに、彼女に聞くことによって一番大きな影響を発生させるだろう物事は、前述するように『自身の過去について尋ねる』ことだろう。

 だが、誰も彼もがそれを選んだわけではない。多かった質問として挙げられていた『自身の想い人』関連の質問や、それ以外の質問というのも普通に存在はしていたし、それによって発生した影響、というのも決して軽微ではない。

 

 あのジェレミアさんでさえ、尋ねた内容まではわからないものの、その質問によって動きに精彩を欠くようになったというのだから、その影響範囲の広さは決して甘く見て良いものではないだろう。

 ……まぁ、あくまでもちょっとボーッとしてるなー、くらいの影響であって、死亡事故とかに繋がるほどの問題……ってわけでもないのが、今回の問題の対処が遅れる理由にもなっているため、正直一長一短な気もするのだが。

 

 ともあれ、郷内の仕事を任せるのならともかく、外に出て捜索やらを任せようとするとボロが出そう、というのは間違いなく。

 そういう意味で、精神状態に問題のない外部の手を頼るのが一番であることもまた間違いではない……というのが、今の私たちの置かれた状況ということになるのだろうか?

 

 

「……っていうか、個人的にはジェレミアさんが尋ねたいことがあったってこともそうだけど、ゆかりんが特になにも尋ねなかったのもわりと不思議なんだけど?」

「それはまぁ、私も自分のことについては覚えてる側だってのと、それ以外で特に尋ねてみたいことも無かったって言うのが大きいんじゃないかしらね」

 

 

 そうして会話をする中で、ふと思ったことを口にする私。

 内容は『ゆかりんなにも尋ねなかったんだね?』という軽いモノだが……実際、聞き方に反してわりと不思議に思っていたりする私である。

 

 だって、ねぇ?

 八雲紫としてはともかく、()()()()()()()()的にはわりと聞きたいこととか多そうな気もするのだけれど。

 ……という私の疑問は、彼女の『私も記憶はあるタイプだし』という言葉によって解消……されないわけだが。

 

 確かに、過去のことを知っているのなら、わざわざ『星女神』様に尋ねる必要のあること、というのはそう多くない。

 そもそも『星女神』様への質問で過去のことを尋ねる者が多かったのは、それが先述した通り現在から辿ることが難しいモノであるがゆえ。

 ……私たちのように覚えているのならともかく、覚えていない組の過去を辿るのならば、それこそサイコメトリーのような過去視が必須となる。*1

 しかも、単なる過去視だと()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()可能性が高いため、それらの影響を一度断つ必要性まで出てくるのだ。そりゃまぁ、『星女神』様のようなチートを用いずにどうこう……というのは不可能に近いだろう。

 

 だが、裏を返せば彼女の協力が必要なのって、()()()()()なのである。

 例の質問──『自身の想い人』については、最悪自分で調べるなり調べ事が得意な人に任せるなりで賄えるし、それ以外の質問に関しても絶対に『星女神』様の手助けが必要か、と問われれば答えはノーだろう。

 ……そう、道が途切れているせいで辿ることができない『自身の過去』以外の疑問は、時間と人員さえ掛ければ到達は不可能ではないのだ。

 

 だから、それについて知っている面々──私やマシュなんかが質問がない、と辞退するのはそうおかしい話ではない。

 ……話ではないが、同時にそれはゆかりんにとっては微妙な話となるだろう。

 何故かって?それは勿論、私たちと彼女には明確な違いがあるからである。そう、()()という違いが。

 

 自分一人のために使うのであれば、それこそ自身の過去を知ろうとする以外では勿体ない……というのも間違いではないだろう。

 だがしかし、自分一人のためだけではなく、この組織の行く末を案じる目的で使うのなら──『星女神』様への質問権というのは、中々得難いものだと言えてしまうはずだ。

 彼女の目ならば、これから起こるトラブルを事前に書き記して貰う……なんてことも普通にできてしまうわけだし。

 

 だが、ゆかりんはここまでの話を聞いてなお、首を横に振った。

 不思議に思って尋ねると、『それは良くない』という答えが返ってくることに。

 

 

「そもそも、貴方も言っていたでしょうに。【星の欠片】に頼りすぎるべきではない……って」

「……あー」

 

 

 その答えは、色々と失念していた私の頭をガツンと殴り付けるのであった。

 ……あー、なるほど。個人個人相手にあれこれするのならともかく、ゆかりんの立場として尋ねるのは最早()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになりかねないのか。

 言われてみればそりゃそうだわ。自分が【星の欠片】だから完全に失念してたわ、マジで。

 

 ……ということは、ゆかりんは個人で聞くこともなく、かといって責任者としては端から尋ねる気はなかった……ってことか。

 ううむ、私が思っている以上に指導者としてしっかりしてる……?

 

 

「寧ろ、貴方がちょっと抜けてるだけだと思うんだけど?」

「言ったなこやつめ」

 

 

 ははは、と笑い合う私たちである。

 ……え?なんか周囲が引いてる?気のせいじゃないかなー。

 

 ともかく。

 細かい疑問を投げるのはここまで。

 ここからは、さっさと脱走した面々を探しに行くことを優先した方がいいだろう。

 残りの話はこの件が解決してから、ということで。

 

 そういうわけで、私はキリアをゆかりんの補助に置いて行くことにして、そのままゆかりんルームを飛び出したのでしたとさ。

 

 

*1
過去の存在と現在が連続しておらず、単に過去を辿ると今『逆憑依』している存在の過去を辿る、という無意味なことに陥る。仮に過去視で過去を割り出そうとする場合、本体である核部分に触れられる技能が必須となる



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わりと登場頻度が高いのは多分お気に入りなのでしょう

「……ん?つまりわし、大人気とな?」

「いきなりなにを言うとるので?」

「いや、なんか持て囃されておる気配を感じたでな」

 

 

 わしってぷりちー?*1

 ……とかなんとか宣うミラちゃんにデコピンをお見舞いしつつ、道を歩く私たちである。

 

 今回のメンバーは私とミラちゃんの二人。

 ……他にも捜索のため外に出た人員はいるものの、チームとして纏められたのはこの二人となっている。

 理由は、私たち二人が一番索敵範囲と対応範囲が広いから。……そうだね、いつも通り遊撃班ってやつだね。

 ミラちゃん本人的には、「わしにばっかり仕事が回ってくるのおかしくね?」みたいな感じのようだが……古今東西の実力者系おじいちゃんを与えておけば、わりと機嫌が良くなるのも重宝されてる理由のような気がしないでもない私である。

 

 ……ほら、一番好きなのは今までと変わりなくダンブルドア氏とガンダルフ氏らしいけど、その他のおじいちゃんでもわりと問題無さげというか。具体的には山爺とか?

 いやまぁ、そもそも山爺ってば互助会所属のメンバーなのだから、最初の内は騒いでなかった辺り守備範囲外なのかなー、って思ってたんだけどね?

 

 

「……ぬ?ここって山爺殿も所属しておられるのか?」

「え、会ったことないん?」

「全く知らぬ。影も形も見たことがない」

「ええ……?」

 

 

 ……というような感じで、自分と同じところに彼が所属しているという事実を知らない様子だったのだ。

 とはいえ、よくよく考えたらそれも仕方のない話。

 彼らは『泥身(ザ・ヴァニティ)』──本体達が『逆憑依』を拒否し、姿と力だけこちらに送り付けたタイプの存在である。

 それを自覚し、この一連の騒動がまだ嵐の先触れ程度でしかないと悟った彼ら『目覚め』は、基本的には静観を決め込むことにした。

 それは、後々に襲い来る本命に対して対抗するための力を蓄えるため、みたいなものであったが……それはともかく。

 

 そうして彼らが姿を隠していた、というのは本当の話。

 そして、水銀さんやマステリはともかく、山爺が彼らよりもなお深く身を隠していた、というのも本当の話である。

 ……原作からすると、敵方の総大将と立場が入れ換わったかのような状態*2だが、ともあれ彼の存在を認知するのが難しくなっていた、というのは確かだろう。

 

 ゆえに、例え同じ組織に属していたとしても、彼のことを知らなくてもおかしなことはない、というわけである。

 ……彼の存在を知っていた私も、その時に話題に出すまでは彼のことを他人に話したことも無かったしね。

 

 そんなわけで、彼のことを知らせたその日に、ミラちゃんは颯爽と山爺に握手とか色々求めに行った、というわけである。

 なお、当人はとても困惑していた。……『泥身』である彼は明確に本人とは断絶しているから、本人扱いされるのは困る……みたいなあれだろう。

 まぁ、ミラちゃんに言わせれば『本人から託され、かつ本人に恥じぬように過ごしておるのであれば、それは最早本人のようなモノではないかのぅ?』ということになるらしいが。

 ……それを聞いた周囲の面々が『目から鱗』*3って感じに驚いていたのは記憶に新しい。

 

 ともあれ。

 そうして新たな老人強キャラとの接点を得たミラちゃんはメンタルの安定度が高まり、それに合わせて仕事を頼まれる頻度も上がっていった……というわけである。

 そうして仕事の頻度が高まればキャラクターとしての再現度も上がり、更に実力が上がって複雑な仕事も任されるようになり……と、まぁ言ってしまえば仕事のステップをスキップ混じりに駆け上がっているような状態になっている、というわけだ。

 ある意味、こっちでのレベル五の扱いに近くなってきているというか?

 

 

「うむぅ、わしとしてはそこまで大それたことはやっておらんのじゃがのー」

「……この間のお仕事の時、新たに生み出したのはなんだったっけ?」

「む?この間の仕事?わざわざお主が口頭に持ち出すとなると……この間の【鏡像(ドッペル)】討伐の時のやつか?ええと確か……ダンテのやつも一緒じゃったから、奴の武具を真似た精霊を呼び出したんじゃったか……?」

「──うん、そういうことやれる時点で君も大概だと思うよ私」

 

 

 ……いや、自分と相手の原作を思い出せお主。

 ダンテ君の武具ってことは、どう考えても悪魔やんけそれ。それをどうやって精霊として召喚したし貴様。

 っていうか、そもそも『逆憑依』で【継ぎ接ぎ】経由せずに他作品の技や武器を使えるようになるのはかなりレアケースだっつーの。

 ……などと述べるものの、本人はよくわかってない様子である。うーんこの無自覚天才……。

 

 まぁともかく。ミラちゃんもいつの間にかよく分からない領域に上がってきていた、ということだけ分かればそれでいいよ、うん。

 そして実力者になったからには、仕事はさらに忙しくなっていくんだろうなってことも。

 

 そう返せば彼女は、「忙しいばかりなのは勘弁なんじゃがのー」と、呑気な感想を漏らすのであった……。

 

 

 

 

 

 

「さて、世間話はそれくらいにしておくとして。わしらは今回何処を目指しておるんじゃったかのぅ?」

「んー?……私ら二人じゃないと困るような相手のところ♡」

一気にやる気が失せてきたんじゃが?

 

 

 はてさて、他愛のない世間話はこれくらいにしておくとして。

 いつの間にか実力者として周囲から太鼓判を押される*4ほどに成長したミラちゃんと、最初から最高戦力扱いされて死ぬほど酷使されている私の二人が揃って行動しなければならない理由、というものについて改めて触れていきたい。

 

 無論、最初に述べたように他の面々を手助けする……みたいな、ある種の遊撃役を求められているというのも決して間違いではない。

 ……ただ、単に遊撃役として運用するのであれば、私たちをわざわざ一緒のチームにする必要もない、というのも間違いではない。

 なにせ私ら、分身とか軍勢とかを使って人海戦術めいたこともできるタイプの人達だからね。

 一人で一チーム以上の人手を動かせるから、より広範囲を手助けしたいのなら個別に運用する方が遥かに効率がいいのだ。

 

 それをせずに、敢えてこの二人でチームを組ませている理由。

 それは、遊撃役として方々を回る中で、この戦力を一度に注ぎ込まないと話にならないような相手が出てくる可能性がある……ということになる。

 

 なんとも物騒な話だが、それでも『誰を仮想敵にしているのか?』を聞けば、きっとみんな納得するはずだ。

 では一体誰が仮想敵なのか?……というと。

 

 

「まさかの五条さん、なんだよねぇ」

「ふむふむなるほど五条のやつめが……五条のやつめが!?

 

 

 おおっと、ノリツッコミみたいなテンション。

 ……そう、今ミラちゃんが驚いたのも無理がない相手。

 それが、今回私たちが一番の危険人物──仮想敵として警戒している相手、五条悟なのであった。

 つまりはあれだ、『五条悟を処刑せよ』みたいな?*5

 

 

「……そのフレーズじゃと、もう一人の無下限使いなり六眼使いなりが沸いてこぬか?」

「お望みならそのポジションやってもいいけど?」

「その目隠しどこから引っ張ってきたお主?」

 

 

 んー?そろそろみんな大好き2Bちゃんとか9S君とか来るんじゃないかなー、と思って用意しといたアイテム……みたいな?

 実際、あの二人に五条さん混ぜるとわりと馴染むんだよね、キャラ造型が結構近いから。

 ……などという与太話は置いとくとして。

 

 ともかく、今回の脱走話において、一番の警戒対象になっているのが五条さんである、というのは間違いない。

 ……最初の内は率先して他の面々の対処に当たるために飛び出した、のだと思われていたのだけれど、よくよく飛び出したタイミングを見ると()()()()()()()()()、というのが今回の警戒理由である。

 

 え?なんで一番に出ていったら警戒されるのかって?

 そりゃ勿論、あのタイミングで外に飛び出す理由がない……ってのが一番大きいというか。

 

 

「あー……連れ戻すべき相手もおらぬ内から外に出ていた……ということは、それはすなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということであっておるかのぅ?」

「うん、ミラちゃん大正解。……って言っても、そんなに難しい話でもないけどね、これ」

 

 

 唯一難しい点があるとすれば、基本的にここの五条さんはあれこれ言いつつも仕事に関しては結構真面目だった、ということだろうか?

 そんな彼が真っ先に飛び出したのだから、いち早く脱走者を見つけたのだ……と勘違いしてしまうのはそう変なことではない……みたいな?

 まぁ、時系列を冷静に整理すれば、色々とおかしいことには気付けてしまうわけだけど。

 

 そうなると問題なのが、彼が()()()()()()()()()()()()()?……という部分。

 過去のことを聞いて……というのが第一候補だが、性格の基盤が五条さんになっている以上、そこまで動揺を誘うものなのか?……みたいな疑問はなくもない。

 なくもない程度なのは、表に出さないだけで結構ナイーブなところがあるから、というのが一因だったりするが。

 原作の彼、親友の闇落ちに結構心を痛めてたりしたしね。

 

 なので、飛び出した真実如何によっては、彼が短絡的な行動に及ぶ可能性は零ではない。

 ……ただ、零ではない彼が起こす行動を止められるか?……と言われると、正直その場に居合わせてギリ、みたいな感じがするというか。

 

 そういうわけなので、できればなんにもせずに思い止まっていて欲しいなー、ついでに見付けやすいところに居て欲しいなーと思う私なのでありました。

 ……他力本願過ぎる?事件発覚時点で探しに行けたなら良かったんだけど、ねぇ?

 

 

*1
『かわいい』という意味合いの『プリティ(pretty)』が訛ったもの。人によっては『みやびちゃんぷりちー!』なる台詞を思い出す人も居るかもしれない。もしくは『妖怪ウォッチ』においてジバニャンなどが所属する種族、『プリチー族』などか

*2
『千年血戦篇』における敵対者・『滅却師(クインシー)』達がどういう状態で期を窺っていたか、ということから。彼らは影に隠れていたが、ここの山爺も基本的に日の下には出ていない

*3
何かが切っ掛けとなり、急に視界が開け物事を理解できるようになったということ、その状態。由来は『新約聖書 ―使徒行伝・九』内の説話から。救世主の奇跡により、盲目の男がモノを見えるようになるのだが、その時の文章に『男の目から鱗のごときモノが落ちて目が見えるようになった』と記されている。この男は元々救世主を迫害する立場だったのだが、奇跡によって目が見えるようになった為『回心した』という風に記されている。その為、古い使い方では『誤りを知り、迷いから覚める』という意味合いで使われていたのだとか

*4
人物や品物の品質を保証する言葉。『太鼓のように大きな判子』を押すことで品質を保証している、ということになるようだ。また、『太鼓判』そのものは判子のことではなく、かつて武田信玄公が自国の貨幣として流通させた『甲州金』のデザインに、今の硬貨と同じように特徴的な絵図(丸印)を装飾させたが、その装飾こそが金貨の価値を証明するもの=太鼓判である、とする説がある(その装飾が削れていると金貨としての価値が認められない=金貨を削って金を取られないようにする為の手法)

*5
BLEACHの映画三作『The DiamondDust Rebellion もう一つの氷輪丸』におけるキャッチコピー『日番谷冬獅郎を処刑せよ。』から。わりと衝撃的なフレーズ



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捜索は難航、仕事は順調

「……んー、流石に早々見付かるものでもないよねー」

「まぁ、向こうもわしらが駆り出されておるのは、早々に理解しておるじゃろうしのぅ」

 

 

 二人であちこちを回りながら、他の面々の手伝いとかフォローをする日々である。

 

 日付は私たちがなりきり郷を出てから既に一日が経過しており、その間に他の捜索メンバーと合流してその手伝いをしたり、はたまた分身を一つ貸して発見したメンバーの護送を手伝ったりと、通常の仕事そのものはわりと順調に進んでいた。

 

 ……まぁ、今愚痴っていた通り、肝心要の五条さんについてはさっぱり情報がないんだけども。

 それもそのはず、探している向こう側も基本的には派手な行動をしていない、というのが大きい。

 

 彼の捜索に駆り出されるメンバーとなると、基本的に限られて来る。

 今ここにいるこの二人以外で選ぶのなら、出身作品が同じで呪力を探知できる夏油君等がパッと思い浮かぶが……彼については直々に辞退を申し出られていた。

 理由については『別方向に再現判定受けそうなのが宜しくない』とのこと。

 ……片方が離反状態で二人が出会う、というのが原作の闇落ちルートの再現扱いになりかねないから、ということになるか。*1

 原作と違って闇落ちしそうな相手が反転しているが、それはそれで『逆だったかもしれねぇ……』*2と流されそうなので宜しくない、とのことである。

 

 まぁ確かに、私としても変に相手の神経を逆撫でしそうなフラグは立てたくない、というのが本音である。

 なので、夏油君に関しては今回の捜索から外されることとなったのであった。

 

 ……ただ、そうなると五条さんの捜索が面倒臭い、というのも事実。

 呪力を辿る、という一番の判別方法が早々に抜けたのだから、後は地道に探すしかないわけで。

 

 ……いやまぁ、私にもできなくはないんだけどね、呪力による探知。

 でも、流石に本職のそれと比べると精度が落ちるのは仕方ない、というか。……結局のところ、【虚無】の万能性に頼って無茶をしてるってだけだからねぇ。

 

 なので、向こうが()()()()()()()()()()()()()()()に抑えてしまうと、途端に感知が難しくなってしまうのである。

 一応、そのレベルの呪力操作だとできることはそう多くはない、という(こちらにとっての)利点もあるんだけども。

 大したことができなくなるので、向こうのやりたいことをやらせないようにする……という目的では用を成しているとも言えてしまうわけだし。

 

 ただ、結局のところ相手を見付けて確保するまでは、五条さんがなにをしようとしているのか・そしてそれは危険なことなのか?

 ……という部分の確証が取れないままであることも事実であり、ゆえにこちらに余分な心労を投げ掛けてくる状態のまま、ということになってしまうわけなのだが。

 なので、できれば早急に彼を見付けてしまいたいところなのだけれど……。

 

 

「流石に、彼の捜索に労力を全部注ぎ込めるほどに暇、ってわけでもないんだよねー」

「なんやかんやと忙しいからのぅ、結局」

 

 

 はぁ、とため息を吐く私と、その隣でうんうんと頷くミラちゃんである。

 

 そう、何度も言うが私たちは遊撃役。

 そのため、他の面々の手伝いを蔑ろにすることはできないのだ。……私たちの補助を勘定に入れた状態で動いてるからね、みんな。

 そしてその結果として、細々と他の人達の手伝いに労力を割く必要が発生し、肝心の五条さん捜索は片手間でのモノになっている……というわけなのであった。

 この辺り、五条さんが今のところは(比較的)大人しくしている、というのも問題になっていると言うか……。

 

 

「もうちっと派手になにかしておるのなら、そっちを優先しても文句は言われぬのじゃろうが……見るからに優先度低いからのぅ、今のあやつ」

「そこら辺も向こうの策略の内……ってことなのかねぇ」

 

 

 そう、本来五条さんクラスが反乱などを起こした場合、それの対処優先度は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になるのが普通なのだが。

 今回の彼は、こちらの探知を防ぐためなのか非常に慎重・消極的である。

 ……それが現状のそれと変な反応を起こし、結果として『通常であればいの一番に対処するべき相手なのにも関わらず、他の木っ端の相手を優先してもいい状況に陥っている』のだ。

 

 これは、実質良くない傾向である。

 本来優先的に対処するべき相手が消極的であるために、そのための労力を他に割いているというのは、裏を返せばその相手が急激に積極的に動いた場合に対応が後手に回る、ということ。

 つまり、必ず相手が有利な状況を築ける状態にある、ということになる。

 

 普通の相手ならともかく、作中で最強キャラの一人として認識されている五条さんに先手を取られる、というのは実質こちらの敗北を意味していると言い換えても過言ではない。

 ゆえに、ある意味では相手側が優位を誇っているとも言える、この状況をどうにかして打破する必要があるのだが……。

 

 ……いや、無理だよなーというか。

 それこそ、この極小呪力をかっちり探知できる人物──夏油君を引っ張ってくるでもしない限り、こっちの優位にひっくり返す要因がないというか。

 でもそれをすると変な方向で再現扱いになりそうなので、できればやりたくないというか。

 ……となると、後は私よりも探知能力の高い相手──それこそキリア辺りを引っ張ってくるくらいしかないが、それはそれで問題があるというか、今のキリアは『星女神』様の様子を探るのに忙しいので他のことに回す余裕はないというか。

 

 ともかく、現在こっちに取れる対処で、今の状況を好転させるようなモノは無さそうだというか?

 そんなわけなので、結局流されるままに目の前の仕事を片付ける日々が続いている……というわけなのであった。

 ……いやまぁ、既に何年もやってるような空気だけど、実際この繰り返しに入ってから一日しか経過してないんだけどね?

 でも一日やれば、なんとなくこれから先のことも見えてくるというか……。

 このまま流れのままに仕事をしていても、求められる結果には辿り着けないだろうなぁというか。

 

 

「んー、こういう時こそ桃香さんとかが未来視でなんとかー、とかしてくれればいいんだけど……」

「それに関しては無理、と言っておったのぅ。『範囲が絞りきれないのでこれに関しては無理です~!』だったか」

 

 

 こうなってくると、ズルでもなんでも使って状況を好転させたくなるが……パッと思い付く方法である『未来視による判別』に関しては、そこの元締めである桃香さん直々に『無理』とのお言葉を頂いているため、あまりあてには出来ないというか。

 

 ……今起きていないことでも、未来に発生することであるのならば察知できる……という、未来視の有用性は誰もが認めるところではある。

 が、未来視が有効活用できる状況というのは、実際のところかなり狭い範囲になるのが普通なのだ。

 

 それが何故かと言えば、基本的な未来視は『未来を見たこと自体が未来を左右する』がため。

 そして、それがなんとかなるタイプの場合は()()()()()()()()()()()ため、というところが大きい。

 

 未来を見ると未来が変わる、というのは大抵の未来視が抱える欠陥の一つである。

 あくまで術者の観点からの話であるため、絶対に左右されるというわけでもないが……大抵の場合、未来視で見た未来は『見なかった時点での未来』、前提として『未来はわからない』というパラメーターありきの未来であることがほとんど。

 それゆえに、『未来を知った』時点でわざわざその未来が確定するように行動しない限り、自然にその未来からは外れていくというのが普通である。

 

 そしてもし、その行為を必要とせず見た未来がそのまま訪れるのであれば、それはそれでその未来が『変化させ辛いものである』と証明することになる。

 見た、という結果を無視しているかのようにその未来に収束するというのであれば、その未来は大きな力で変化させなければ必ず来るものということになり、ゆえにそれを回避するのは難しいということになり……。

 

 ……長くなりそうなのでここで切っておくが、ともかく『未来視』が存在する状況と言うのは、意外と面倒臭いのは確かである。

 そして今回の場合、それらとは別ベクトルで面倒臭いことになっていた。

 そう、『未来視』で相手の状況を探るには、その対象が多すぎるのである。

 せいぜい十人前後ならともかく、今回なりきり郷を飛び出したのは数百人近く。……全体としては少ない数だが、『未来視』で把握するには多すぎるのだ。

 

 それぞれについて予測したものが、他の予測の邪魔をする……みたいな感じで、未来視同士が干渉してしまう可能性もあり、今回未来視班はかなり大雑把な予測しかできていないという。

 そして大雑把な予測であるがゆえに、なんとなくの指標としてしか利用できていない……とも。

 

 

「こうなってくると、みんなに脱走を薦めたのが五条さん……なんて可能性すら脳裏に過るんだよなぁ」

「流石にそこまではしておらぬと思うがのぅ」

 

 

 こうまで五条さんに都合が良いと、今回の騒動をお膳立てしたのが彼なのでは?……みたいな突拍子もない話まで浮かんできてしまう私なのであった。

 ……いやまぁ、ミラちゃんの言う通り『んなわけないやろ』って感じではあるんだけどね?

 

 

*1
丁度アニメでやってる(やってた)話。根本的なところを語るのであれば、夏油が真面目すぎたのが宜しくなかった……ということになるのだろうか。戦う理由を自分以外のところに置くと、他人によってその支柱が乱される可能性が高くなる……というか。もしくは、『呪術師は性格が悪いほど強い』という話に対して、彼の性格は良い方に区分されるモノだから……みたいな。何にせよ、人に希望を抱きすぎだし()()()()()()()()、ということは間違いないだろう

*2
NARUTOにおいて登場した台詞の一つ。第485話『近く…遠く…』に登場した言葉であり、ナルトが過去の自身を思い起こし、少し掛け違えば自身とサスケの立場は逆だったかもしれない(≒ナルトが木の葉を潰そうとしていたかもしれない)と思ったというシーンなのだが、それに合わせて互いの技・利き手などが反転している映像が挿入される。その絵面が『書き間違い』に見えたりもする為、ネタとして広まることになった



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無限には無限を持ち出すのが一番速いがそのタイミングがない

 はてさて、前回に引き続きお仕事をしつつの五条さん捜索、ということになるわけなのだが。

 今のところ、彼の所在に繋がるような情報は一切入ってきていない、というのが現状なのであった。

 

 そのため、私たちは一時休憩をとるために、近くのファミレスに雪崩れ込むことに。

 暑い外気から冷たい店内に逃れた私たちは、おしぼりで手を拭いつつメニューに視線を走らせるのであった。

 

 

「……とりあえずドリンクバー、頼む?」

「寧ろこういうところで頼まぬやつがおるのか?……それはいいとして、ついでに昼食にしておくか?」

「んー、時間帯的にはまだ早いんだけど……」

 

 

 ふと視線を向けた先に備え付けられていた時計が指す時刻は、現在が大体お昼から一時間ほど前であることを示している。

 タイミング的には、少し早めのお昼ご飯にしても問題はないのだが……それを許容するには、お腹がそこまで空いていないのが問題であった。

 なんというかこう、もう少しお腹の空いた状況で食べ始めたいというか?

 

 

「ふむ、じゃあ軽めのモノでも頼むかの?というか頼ませよ。わしはいい加減甘いものが不足しておるのじゃ」

「……いや、それに関しては飲み物でも満足できるでしょ、貴方」

 

 

 原作でもベリージュースとか買い込んでたじゃない、と私が述べると、ミラちゃんは『ファミレスのドリンクバーとか、大して甘いもの取り揃えておらぬじゃろうに』と反論してくる。

 ……んむ、言われて見ればそれもそうか。

 大抵の場合、ドリンクバーに用意されてる甘いものって言うと、ミルクティーか炭酸系・カルピスとかその辺りだもんね。なんというかこう、目新しさがないというか。

 

 まぁ、だったらドリングバーに拘泥せず、普通に飲み物を頼めばいいんじゃないか、って気分でもあるのだが。

 ほら、店によるけど飲み放題じゃない甘いものを用意している、ってパターンもあるし。

 

 

「むぅ……じゃあこのジャンボパフェを」

「おいこら、飲み物から離れてるでしょうが」

「軽く摘まむだけじゃよ、甘いものは別腹別腹じゃ」*1

「都合のいいこと言ってぇ……」

 

 

 などと返せば、ミラちゃんは最終的に大きなパフェ(フルーツやらクリームやらがめっちゃ乗ってるやつ)を頼み始めたのであった。

 

 ……いや、飲み物頼むって話はどこにいったし。

 というか、流石にその量だと普通に昼食みたいなものだと思うんだけど?

 ……という私のツッコミは右から左へ抜けているのか、彼女は特に気にした風もなくパフェを頼み、やってきたそれを美味しそうに食べ始めたのであった。

 

 うーん、見てるこっちが胸焼けしそう……。

 いやまぁ、私たちの見た目的には、そういうのを食べてる方が『らしい』ってのも確かなんだけどね?

 でもこう、実際に甘いものが喉を通るかは別というか。……いや、私も好きだけどね?甘いもの。

 

 

「でもこのくそ暑い(ファッキンホット)な外から冷たい店内に入って、真っ先に食べるのが甘いもの……ってのは色々ツッコミ所が多いというか」

「じゃから、別腹と言うておろうに……」

 

 

 喉が乾いてる状況下で、甘ったるいものに食指を伸ばせるほど強くはないかなー。

 ……みたいなことを述べたところ、それでもなおミラちゃんは心外です、みたいな態度を取っていたのであった。

 あーうん、良いんじゃないかなもう別に……私もミルクティー飲むし……。

 

 

 

 

 

 

「うむ、甘いものはやはり日常を豊かにするのぅ」

「結局三杯もパフェ食べてたんだけどこの人……」

 

 

 その小さな体のどこにあの量のパフェが入るというのか。

 人体の不思議を改めて噛み締めつつ、店内から外へと出る私たち。……それと同時に、むわっとした空気が私たちを襲う。

 

 いや、郷内と比べると遥かに暑い、ということは予め聞いてたけど……それにしたって暑すぎじゃないかね、今日。

 なんか八月にも関わらず、本土直撃コースの台風がポンポンやって来てるからそのせいもある、みたいな話も聞いたが。

 

 

「台風が来るから暑いと言うよりかは、この時期に直撃するような台風が居ることそのものが暑さの証明……だったかの。基本的には台風は低気圧じゃし」

「なるほど?」

 

 

 台風とは熱帯低気圧の勢力が増したもの、という風に考えられる。

 そのため、夏の暑い時期は高気圧に阻まれて本土に上陸することはほとんどない……のだが、今年のように高気圧の配置が変だったり、はたまた偏西風などの影響が強い場合は実に複雑怪奇な軌道を描くことになるのだとか。*2

 いきなり急カーブしたり、はたまたUターンしたりするのは大気が不安定・もしくは特定の気圧が強すぎる・ないし弱すぎるためなのだとか。

 

 ……まぁ、それはそれとして今年はどの場所も暑い、というのも本当の話らしいのだが。

 日本が三十五度の酷暑で騒いでいる中、もっと暑い国だと(体感気温だが)七十度の意味不明な領域にまで達しているらしいし。*3

 ……温暖化、というやつなのだろうか?

 

 

「なんにせよ、暮らしにくくなったと思うのは間違いではないのぅ」

「秋が完全に無くなりそう、なんて話もあるしねぇ」

 

 

 十月終わりまでこの暑さが続きそう、などという話もあるのだから、本当に勘弁して欲しいというか?

 まぁ、なりきり郷内は例年の気温を参考に温度を調整するだろうから、秋はしっかり秋の気候だろうとも思われるわけだが。

 

 ……そういえば、互助会の方はどうなのだろう?

 旧所在地の方はそこまで空調に気を使っているイメージはなかったが、新しく移った方は地下に設置されていることもあって、気温についてはそれなりに気を遣うように努める空気になっていた気がしたけども。

 

 

「ああ、それに関してはそちらからの技術提供もあったし、確り管理していくと言うておったのぅ。まぁ、あの環境で暑苦しかったりしたら普通に死ねるしの」

「まぁねぇ。地下だと熱がこもりやすかったりするし」

 

 

 そんな私の疑問は、ミラちゃんにあっさりと肯定される。

 ……やっぱり、気温の調整は最優先事項だったということか。

 まぁ、まだ拡張が続いているようだから、工事の現場とかはほんのり暑かったりするのかもしれないが。

 熱中症は怖いので、その辺りの対処はしっかりしておいて欲しいところである。

 

 ……はて、そんなことを話しているうちに、どうやら別のチームと合流したようだ。

 私たちの目の前には、なにかを探すように辺りを動き回る(そして、そのせいで汗だくになっている)知り合いの姿が。

 

 

「ぬぅ……暑すぎぬか、今日……汗の流しすぎで死が見えてくるレベルだぞ……」

「うゆー、なんか頭が痛くなってきたかもー……」

「む、それはいかん。この冷たいポカリを持って、影の下に避難だ!」

「はーい☆了解だに……あー!キーアちゃんだぁ!!」

「はいキーアちゃんですよ、お久しぶりきらりん」

 

 

 それは、見てるだけで「でっけぇ」という気分になる、サウザーさんときらりんの星コンビ。

 そんな二人が、汗を掻きながらなにかを探し回っているのだから、とかく目立つことこの上ないのだが……例のごまかしバッジ的なものを持っているのか、周囲の人からは特に気にもされていないのであった。

 ……いや、キャラとして目立たなくとも、その背の高さは普通に気になると思うんだけどね、私。

 

 ともあれ、遊撃役としては大変そうにしている相手がいるのなら、それを手伝うのが普通のこと。

 そのため、彼女達に合流してその仕事を手助けするために話を聞いたのだけれど……。

 

 

「ふむ、この辺りでの目撃情報、ねぇ?」

「そうなのー。なんだか見たことのある人がいるー、って噂になってたんだにぃ」

 

 

 ポカリだけだとあれだろう、と近場の自動販売機から買ってきたアイスを手渡しながら聞いてみると、彼女達はこの付近での目撃情報を頼りに相手を探している最中なのだとか。

 

 具体的な相手の姿、というのは情報が錯綜しているため今一要領を得ないみたいだが……見たことある、というのがテレビや漫画での事ならば、ほぼ確実に『逆憑依』の誰かがこの近くでうろちょろしているのだろう。

 なので、二人は周囲をそれこそ草の根を分けるように探していたのだが……この暑さでは仕事も思ったように進んでいない、とのこと。

 というか、仮に本当にこの近くに相手がいるのだとしても、この暑さだと今の時間に行動するのは諦めてどこかで休んでいるのでは?……なんて予想も立ってしまったのだとか。

 

 

「まぁ、言われてみると確かにのぅ。この暑さで対処なしに動き回っておっては、早々にバテるだけじゃろうしのぅ」

「『逆憑依』なら普通の人より頑丈だろうけど……だからっていつまでも炎天下の中動き回るのは自殺行為だからねぇ」

 

 

 ……まぁ確かに?

 この殺人的な暑さの中、外で行動し続ける余裕があるとは思えまい。

 普通の人に比べ、『逆憑依』はわりと頑丈なので、この暑さの中でもある程度は普通と同じように行動できるだろうけど……それでもいつまでも行動できる、というほどのものではない。

 なので、行動するタイミングをせめて日が沈みかけたくらいに、と定めて今は休んでいるという可能性は普通に高いだろう。

 ……高いのだが、同時にその辺りを逆手にとって、なにかしらの手段を用い暑さを回避して今このタイミングで行動している、なんてパターンも普通にあり得る話ではある。

 ……というか、ここまで手伝ってきた相手が探していたのが、まさにそんな感じで暑さ対策ばっちり……みたいなのも普通にあったし。

 

 今回きらりん達が探している相手がそう、という保証もないが……そうじゃないという保証もない。

 結局、相手方が尻尾を出すまで私たちも暑いのを我慢するしかない、という話になってしまうのだった。

 

 

「……とりあえず、作業服いる?ファン付きのやつ」

「貰っておこう、俺ならば普通に似合うしな。きらりには他の暑さ対策を用意しては貰えぬか?」

「んー、考えてみる」

 

 

 ……まったく対処をしていないわけでもないが、現状だと足りてないだろうと思った私は、ファンの付いた作業着をサウザーさんに渡すことに。

 日光に肌を直接晒すことを避けつつ、内部の空気を循環させることで体温を下げる効果を期待できる空調付き作業着は、炎天下の中行動するのなら必需品に近いだろう。

 ……まぁ、流石にアイドルであるきらりんに着せるにはあれなので、彼女には別の対策を考えておくが。

 

 そんなわけで、私たちはきらりん達に合流し、まだ見ぬ相手を探すことになったのであった……。

 

 

*1
甘いものを前にした人がよく言うこと。実際、胃の中を整理して新しく食べたものが収まるようにする、みたいな動きが体内で発生してるとかしてないとか

*2
高気圧が日本列島を覆っている場合、台風はその外周を進むように動く。その為、7・8月の台風は基本的に本土には上陸し辛い。……裏を返すと、高気圧の配置が普段と違う場合、それによって不可思議な軌道を描くことも十分に考えられる。また、今年のように偏西風などの影響が強い場合も、一見意味不明な軌道の理由になることも

*3
因みに、日差しを遮るなどの対処をしない場合、エアコンの付いてない車内は容易に70度に達することがあるのだとか



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暑い暑いと言いすぎて暑くないのに暑い気がする……

「……すずしーい。でもハンディ扇風機ってぇー、ある程度暑くなりすぎると無意味になるんだよねー?」

「まぁ、そこら辺の熱風を単に叩き付けるだけ、みたいなことになったりするからねぇ」*1

 

 

 一先ず応急処置、ということで手渡したハンディー扇風機で風を浴びながら、大変だねぇと声をあげるきらりん。

 ……確かに、涼しくなるために使っているものなのに、逆に熱中症が進行する恐れがあるというのならば、そりゃ堪ったものではないだろう。*2

 それもこれも、外気が体温より高いラインにまで上がってしまっているのが原因である。

 

 ……いやホント、なんでこんなに暑いんだか。

 日本ってば、もうちょっと涼しい場所だった気がするんだけどなー。

 まぁ、愚痴っても涼しくなるわけでもなし、いい加減なところで切り上げてお仕事に戻ることにするのだが。

 

 

「そういえば……いつぞやか使っておったひみつ道具、あれを持ってくれば良かったのではないかの?」

「……んん?ミラちゃんってばもしかして『腕クーラー』の話してる?あのひみつ道具なら、あのあと封印処理が入ったよ」

「なんでまたそんな奇異なことに?!」

 

 

 そうして仕事に戻る中、ふと思い付いたように声をあげるミラちゃんが一人。……どうやら、去年の今頃に使っていた道具についての話をしているようだ。

 まぁ、私としては『あれ?あの道具彼女の前で使ったことあったっけ?』……と、微妙に記憶が曖昧で首を傾げていたのだが。

 

 ……ともあれ、去年の今と同じくらいの時期に、外へ出る際に使っていたモノというのが『腕クーラー』という、ドラえもんのひみつ道具の中でもかなりマイナーなモノだった……というのは間違いない。

 ゆえに、彼女は今回も同じものを使えば良いのでは?……と声をあげたわけなのだろうが、それは叶わぬ話。

 なんでかって?件のひみつ道具は使い方を謝って、無事封印処理を受けてしまったからです(真顔)

 

 ……ドラえもんのひみつ道具が色々とおかしい、ということは何度か触れているため、みんなご存じのことかと思う。

 子供の夢を叶える、ということを第一にしているため、現実の物理法則を無視しまくっていることがほとんどなのが、そのおかしさの一端を担っているわけだが*3……件の『腕クーラー』も、その例に漏れず色々とおかしい類いのひみつ道具だったと言えるだろう。

 

 気温に関するもののほとんどが、なにかしらの欠点を抱えているのがひみつ道具の特徴だが……『腕クーラー』は使用者を凍結させてしまう危険性、というものがあった。

 そもそもの話、単なる冷感グッズが凍結の危険を孕むという時点でおかしいのだが、それを踏まえてもなお『あまりにマイナー過ぎて詳しい使用法が不明』という点の方が大きかった『腕クーラー』。

 ……前回の使用の際は、私が細心の注意を払うことでどうにかまともに運用できていたのだが、その時のデータから『もう少し雑に扱ってもよいのでは?』……みたいな話が持ち上がってしまったのだ。

 

 

「その結果が、使用状態のまま外気温が違う場所への移動をしてしまったことによる、()()()()()()()()()。……誰が四界氷結しろっつった*4、みたいなことになってねぇ」

「……つまり、一フロアまるごと凍ってしまったと言うことかのぅ?」

「あさひさんが愚痴ってたよ。『こんなの冰龍以外の誰が暮らすんっすか?』って」*5

「そのレベルまで行ったかー……」

 

 

 くそあっついところ(熔地庵)を実験場所に選んでいた、というのも悪い影響をもたらしたようで。

 ……あの灼熱の空気の中でも快適に過ごせるのなら凄い、というのは確かに間違いじゃないんだけど、そうして稼働状態のまま他のフロアに移動するのは失敗以外の何物でもないというか。

 

 まぁそんなわけで、熔地庵の上のフロアに移動した件の人物は、その外気差によって『腕クーラー』を暴走させてしまう結果に陥ってしまった、というわけである。

 ……上の階が寒くて下の階が暑い、という両極端となった二つのフロアにゆかりんが頭を抱えたのは言うまでもあるまい。

 唯一救いがあるとすれば、パオちゃんみたいな氷系の能力者や生物達には好評だ、ということだろうか?

 まぁ、彼ら以外だと絶対零度*6の環境になってしまったその場所には足を踏み入れることすら叶わない、なんてことになってしまったりしているのだが。

 

 なお、暴走した『腕クーラー』に関しては、試していた研究員と一緒に私が【虚無】経由で回収したのち、『腕クーラー』だけ虚無空間に放逐しましたとさ。

 ……完全にバグってダイヤルが機能しなくなってたからね、止めらんないのならもう封じ込めておくしかないのさ、マジで。

 

 そんなわけで、件の『腕クーラー』は危険物認定され再度の製造も禁止……どころか、気温操作系のひみつ道具は全面的に研究禁止の憂き目にあったのであった。

 まぁ、またフロアごと凍結されても困るのでさもありなん。

 

 無論、研究員達からはブーイングが上がったりもしたみたいだが、上司である琥珀さんの要請をスルーしていたマッド共だったことが発覚し、『これ以上余計な迷惑を振り撒くのなら貴方達、()()()()』と言われて大人しくなったとかなんとか。

 ……うん、今説明しながら思ったけど、モブも割りと濃ゆいななりきり郷。

 

 話を戻して。

 とりあえず、ドラえもんのひみつ道具はちょっと使い方をミスると、それだけで世界の危機に繋がるようなものも多い。

 銀河破壊爆弾、なんて直球のネーミングな危険物もあるし、なにかしらの対策が思い付くまでは研究が一律禁止になったわけで。*7

 その制限は既に生み出されていた、今のところ無害なひみつ道具達にも波及し……結果、琥珀さん謹製の道具だけが生き残った……というわけなのである。

 

 

「……あやつも大概マッドじゃと思うんじゃが?」

「それはそうだけど、その分リミッターとかちゃんと付けるから……」

 

 

 なお、ミラちゃんからは『他人のことをとやかく言うが、実際それは五十歩百歩と言うやつでは?』……と言いたげな視線が飛んできたが、その五十歩こそ重要な差異である、と返せば『……確かに!』と納得していたのでしたとさ。

 まぁ、普通に考えても二倍違うからね、五十歩と百歩って。……え?そういう意味じゃない?*8

 

 

*1
とても極端な話をすると、製鉄所などで高熱に熱した鉄などを考えればよい。形を変形させる為に必要な鉄の温度は800~1000度ほどだが、その状態の鉄が発する熱が周囲に風と共に放射されることはよくある。無論対処していない場合、普通に火傷する。もしくは、火山の近くを考えればよい。マグマによって暖められた空気が肌に当たれば、容易に死を招くだろう。すなわち、風とは無条件に涼しいものでない、というわけである

*2
なお、脱水症状を進める可能性も高い。基本的に風が涼しく感じるのは、表皮の汗が蒸発する時に熱を奪う……というサイクルが、風によって早められることにある。なので、汗を掻く環境から離れない場合、『汗を早く蒸発させることで涼しくする』という状態をとにかく繰り返すこととなり、結果として体内の水分を通常より早く消費してしまう、という事態に繋がる。また、外気が高すぎる場合は汗の蒸発による体温の低下が上手く働かない、なんてことが発生する可能性も。その場合は体温を下げる為に汗を掻く→温風により汗だけが渇き、体温が下がらない→体温を下げる為に更に汗を掻く……という繰り返しになり、脱水状態が進行してしまうのだとか

*3
スモールライト/ビッグライトについて話したのも記憶に新しい。それ以外のモノにしても、基本的に物理法則・ないし現実の倫理や規範に反したもの、というものが多く、かつそれが(一応は)単なる子守りロボットであるドラえもんに買えてしまう、ということの方がおかしいのも一緒。『銀河破壊爆弾』とか何の為に持ってるんだ……

*4
BLEACHのキャラクター、日番谷冬獅郎の使用する技の中でも恐らく一番強いもの。()()()()()()()とその間の空間に含まれる地水火風の全てを凍結する、という意☆味☆不☆明な威力を誇る。日番谷本人ではなく相手が四歩進むと、なのが肝。つまりこの技の影響下にある場合、攻撃をする為に近付くことも防御する為に下がることもできなくなる

*5
『モンスターハンターワールド:アイスボーン』に登場するメインモンスターたる古龍・イヴェルカーナの別名。実は純粋に氷属性のみを操る古龍としては、メインシリーズ初のモンスターなのだとか(亜種で氷属性になるキリンや、風と氷を操るクシャルダオラ、メインではなくフロンティアではあるが、始種と呼ばれる特殊な存在であるトア・テスカトラなどが該当)

*6
数値的には『-273.15度』のこと。統計学的には、物質の(分子レベルでの)振動が完全に止まった状態のこと。因みに、普段使われている摂氏温度は水の状態を基準に温度が定められている(凍る温度を0度、沸騰する温度を100度)が、絶対温度(ケルビン)においては物質の振動が完全に止まっている状態≒絶対零度を0度としている。その為、摂氏温度を絶対零度に変換する場合は『+273.15』を、その反対の場合は『-273.15』をするだけで簡単に変換できるとのこと。分子の振動を基準にしている為、『動きが一切ない≒エントロピーが0』の状態よりも下が存在せず、それゆえ()()零度と呼ばれる。逆に言うと、物質の振動の上限が存在しない為、高温の方は限度が不明になっているのだとか。余談だが、現行の科学では絶対零度に到達することは不可能だとのこと(想定される方法では、エントロピーを0にすることが不可能である為。数式的には『無限で割る』のを真面目に考えるようなものになるのだとか)

*7
直球で危険物な道具は、他にも『対処を間違えると永遠に増え続ける上その速度が速すぎる』バイバイン、『様々な働きを持つ細菌を自由に作り出せるが、ネーミングからしてどうなるかが予測できてしまう』イキアタリバッタリサイキンメーカー、『銃型のタイムふろしきのようなものであり、悪用法もそれに似る』年月圧縮ガンなどが挙げられるか。……というか、直球で『危険なひみつ道具』で調べるとわんさか出てくる。子供の夢をそのまま叶えることがどれほどヤバイのか、すぐに理解することになるだろう……

*8
由来は中国の漢文『孟子』から。梁の恵王が『自分は善政をしているのに人民が近隣国より増えないのはどうしてか?』と孟子に尋ねた時に、例え話として返されたモノ。戦場で五十歩逃げた者も、百歩逃げた者もどちらも『逃げた』という事実は変わらない……つまり、貴方の善政も近隣国のそれと大差ない、なので人民も特別考慮していないと返したのだとか。他国と比べる前に、人民そのものにもっと気を配るべきだ……ということでもある



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仕事は仕事、ちゃんとしよう

「ふむ、結局この暑さをどうにかする手段はない、ということかの?」

「いやまぁ、なくはないよ?」

「あるんかい」

 

 

 はてさて、長々話しながらも仕事の手を休めることはない私たちである。

 

 きらりん達がなにを探しているのかはわからないものの、人海戦術こそ捜索の華・とばかりに二人(分身)をフル活用しているわけだが……相手が見付かるまで暇なのも確かな話。

 そのため、二人の話題は先ほどから引き続き『この暑さの回避方法』ということになったのだが……一応、ひみつ道具に頼らない納涼手段、というのもなくはない。

 ただ、やり方がやり方なのであんまりおすすめはしないというか……と返せば、ミラちゃんは『あー、なんとなく予測が付くぞぅ……?』としかめっ面を晒していたのであった。

 

 ……まぁうん、ミラちゃんも結構付き合いが長いし、私がなにを想定しているのかはなんとなーく察せられるよねー。

 なので特に隠し立てもせずに言ってしまうと、その納涼方法とは()()使()()()()()である。

 

 

「……んに?キーアちゃんを使った納涼?」

「二人にはそこまで詳しく話したことはないから、一応簡単に説明すると……私の使う【虚無】って、見方を変えると微細な()が無数に居る、みたいな判定の技術なんだよね」

「……ふむ?」

で、それを利用して無数の私が自爆することにより、周囲の温度を下げようってわけ*1

「待てい、今の一瞬でツッコミ所を無数に投げるでないわ!?」

 

 

 どういうこと?……と首を傾げるきらりんに、軽ーく説明をする私。……と、それを聞いてわからん、という顔をするサウザーさんである。

 まぁうん、かなり詳細を省いて説明してるから、そりゃわかりにくいよねー。

 なので、ちゃんと説明することにした私なのだけど……。

 

 

「……いや、それは無しだろう」

「えー?一番楽だよー?」

「楽でもなんでもこっちの気分が良くないわ!!感覚的には自殺幇助*2以外の何物でも無いではないか!?」

 

 

 汗が蒸発することによる体温の低下、というのを(虚無)の蒸発で代用する……というのが今回の提案だが、今度は詳細に説明しすぎて大反対されてしまった。

 きらりんに至っては「……んゆ?つまりキーアちゃんが世界で、世界がキーアちゃん……?そっかー、そういうことなんだー。うん、なんだか世界のことがわかってきた気がすゆー☆」などと淀んだ目で口走っており、ミラちゃんに「どうしたきらり!?支離滅裂なことを口走っておるぞ!?」などと心配されていたし。

 

 ……いや、そこまで変なこと言った覚えはないんだけどねぇ?

 私たち【星の欠片】の共通点として、自身の末端と本体の価値は同一であり、それゆえに末端の視点を本体のそれとして扱える……というか、末端と(仮の)本体のどちらが重要ということもないのでどれかが欠損しても問題はないし、どれを本体としても間違いではない……ということを示しただけなのだけれど。

 ……改めて説明すると、どこぞの()()()()()()みたいな生態してるな、【星の欠片】。*3

 

 まぁあの蜘蛛と比べる場合、正確には私たちは『単独種』は『単独種』でも『最弱無限の単独種』みたいなことになるのだろうが。

 ……というような話は余計な部分なので、ここでは置いておくとして。

 

 ともかく、幾ら()を無駄遣いしても総量は一切減らないし、そもそも普段の能力使用自体()を消費して行っていることなので、殊更に忌避する必要性はないのだが。

 感覚的には『体力を消費して技を使っている』のと大差ないわけだし。

 

 

「……なら最初からそう言えばよいではないか。わざわざ猟奇的な言い方にする必要がどこにある?」

「えー?そんなに猟奇的だった?寧ろ私的には『か弱く小さな者達が力を合わせて事を為す』──感覚的にはピクミンとかあの辺りみたいなモノでしかないんだけど」*4

「むぅ、一緒にするなとツッコミたいところだったが、よく考えたらあの植物共も割りと大概な生態だったな……」

 

 

 引っこ抜かれて付いてって、遊んで戦って死んでいく……。*5

 あっちは食べられてだが、【星の欠片】は玉砕するのがデフォなので、そこだけちょっと違うかなー?

 

 ……うん、見た目は割りと可愛らしいけど、ピクミンの世界観ってわりとシビアだから例え話としては間違いでもないんだよね。

 まぁ、生き物達のリアルを描いているようなものなのだし、ちょっとエグみが噴出するのは仕方がないってことなのだろうけど。

 

 ともあれ、私の能力を細かく見るとわりとエグく感じるけど、その実単に生き物の縮図が一つの生命体に圧縮されてるだけなので、そこまで嫌悪するモノでもない……というのは確かな話。

 その上で、どうしても『嫌だ』と思ってしまうこと自体は否定しない。

 自然界を見て残酷だ、と思う人は確かにいるわけだしね。……あとマシュはそういうの関係なく嫌がりそうだし。

 

 まぁ、彼女の要望を完全に叶えようとすると、微細な欠片である()を一個の私として認識できるほどに拡張する必要があり、その結果として『私ハーレム』みたいな気持ち悪い絵面を生み出すことになってしまうので、我慢して貰うようにお願いしているのだが。

 

 

「……何故そんなことに?」

「細かくしても私は私ってことは、細胞サイズになっても私であることは変わらないわけで。……『せんぱいの後輩としては、どんなせんぱいでも守らなくては!』ってことになるらしいよ?」

「ええ……?」

 

 

 イメージとして、小さな私が集まって大きな私になっている……みたいなことを言ってしまったのが運の尽きというか。

 今のマシュには、小さな私が徒党を組んで大きな私になっているように見えている、みたいな?

 

 なので、彼女の中では()()()()()()()()()()()()()、みたいな無茶な願いが熟成しているのでしたとさ。*6

 ……マシュ、恐ろしい娘!

 

 

 

 

 

 

 ──で。

 そのあとどうしたのかと言うと、私提案のクールダウンメニューは結局却下される運びとなった。

 確かに暑いは暑いが、それでも若干以上に猟奇的な手段は取れない、とのこと。……こっちの感覚で言うと、氷ピクミンを水に放り込んで凍らせる……みたいなノリでしかないんだけどねぇ?*7

 

 ともあれ、クーラーレベルの気温低下で無い方は了承された。

 こっちは魔法でできる範囲──【虚無】を使ってないので問題なし、と判断された形である。

 ……いやまぁ、【星の欠片】の共通原理として、自分の理以外の何物も利用できない以上、【虚無】じゃないだけでこれ(魔法)も小さな私のお仕事ってことに代わりはないんだけどね?

 でもその辺りを説明してしまうと、またさっきみたく止められてしまうので止めておく私である。

 

 ……まぁ、ミラちゃんにはその辺りのことバレてるので、滅茶苦茶ジト目で見つめられたりしたのだが。

 とはいえ彼女はもっと深い部分──そもそもこうして普通に過ごしているだけで、小さな私は消費されている──ということも知っているので、暫く見つめて来たあとため息を吐くだけに留めてくれたのだが。

 ……まぁうん、【永獄致死】の話まで知ってるのだからさもありなん。*8

 

 そんなわけで、一先ずみんなの回りに涼風を巡らせる、という魔法を使った私。

 結果、サウザーさん達は周囲の暑い空気から開放され、小さく息を吐いていたのだった。

 

 

「いや、倫理的に断りはしたが……この暑さはやはり堪えるからな、どうにかできるのならばして欲しい、というのは間違いなかったのだ」

「まぁ、三十五度とかだからねぇ。……ミラちゃん覚えとく?この魔法」

「一応聞いておくが、誰でも使えるものということで間違いないのかの?」

「うん、普通の魔法だからね、これ」

 

 

 冷気属性を含まない、純粋な風属性のみで気温を下げる……という、ちょっと特殊な技法が含まれているものの……概ね普通の魔法と言っても間違いではないだろう。

 習得難度にしても、普通に風を吹かせるよりちょっと難しい程度で収まってるはずだし。

 

 というようなことを述べたところ、ミラちゃんは「じゃあ教わっておくかのぅ」と言いながらメモを取り出したのであった。

 ……あ、これサウザーさんに聞かれないように『本当に問題はないのか?』と聞こうとしてるな?

 

 もー、そんなに警戒しなくてもいいのに。

 確かに私が使う場合は()()()()()()()()()()()()()()けど、それでもこれは普通の魔法をちょっと改良したもの。

 使うために自分の命を削る必要なんて、一切ないのに。

 とは思うものの、【星の欠片】が使っている技術なんて警戒するべきというのも確かなので苦笑に留める私である。

 ……この前『誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)』を一般向けに変換できないかと試したら、自分の命(最大体力)を削って使う魔法になったことが関係してるわけではない。ないったらない。

 

 ともあれ、一般向けの術理をメモに書き記してあげると、ミラちゃんはそれを目を皿のようにしながら眺めたあと、満足げに一つ頷いたのでしたとさ。

 

 

*1
通りすがりの先輩「なによ?」

*2
ほうじょ。わきから力を添え手助けすること。いわゆる『援助』と同じ意味だが、わざわざこの言葉を使う場合は負のイメージが付与されることが多い(自殺幇助──自殺の手伝いや、殺人幇助──人殺しの手伝いなど)。似たような言葉に教唆(きょうさ)、『教え(そそのか)す』がある(こちらは相手に犯罪を犯すように誘導する、みたいなイメージ)

*3
型月ワールドにおける最強生物『ort』のこと。細胞の一片でも残っていれば復活するという生命力、および心臓だろうが末端神経だろうが重要度が変わらず、何処が欠損しても普通に動ける……という、言い方を変えると『全ての細胞がES(なんにでもなれる)細胞』という無茶苦茶な生態を持つ。それ以外にも驚異的な能力を多数持つが、『一部位が全ての部位を代替できる』という点に注目すると、【星の欠片】になんとなく似ていると言えなくもない。……逆に言うと、【星の欠片】達はみんな弱いortみたいなもの、という恐ろしい話になってしまうのだが。なお、一つの細胞の重要度が本体全体と同一、というのが【星の欠片】の本質なので、防御力だけ見ると実はortよりヤバかったりする(概念的な防御に近いので、どっちが優れているというわけでもないが。……というか、一粒死んだら全体が死んだようなもの、という扱いになる時点で生き物の生態としては寧ろ最低の部類である。総数が無限だからどうにかなってるだけなので)

*4
ゲームソフト『ピクミン』シリーズ、およびその作中に登場する不思議な生き物の名前。初代主人公・オリマーが自身の好物である『ピクピクニンジン』によく似ていることから名付けたもの。複数の種類が存在するが、(一部を除き)単体ではそこまで強くない。賢いリーダーに率いられることで力を発揮するタイプ

*5
ピクミンのテーマソング『愛のうた』の歌詞から。いじらしい空気を感じるが、ピクミン達はオリマーをリーダーとして利用している面もあり、一概に健気なのかというと微妙なところもあるとかなんとか。まぁ、自然動物との間に友情は成立するのか?……みたいな話なので、詳しく語ると色々アレな気もしたり

*6
『理想はオリマーさんとピクミンさんのような関係、かと!』とはマシュの弁。……ミニキーアを率いたいと?

*7
『ピクミン4』から登場した新種のピクミン。氷に寄生したピクミンであるらしく、冷気に強く、相手を攻撃する際に耐性が無ければ凍らせてしまうことも。……凍って砕けると素材に出来ないが、それを補って余りある戦闘力を誇る。また、一定数水に放り込むとその水を凍らせることもできる為、ギミック攻略にも大活躍だったり

*8
人間は新陳代謝を繰り返すことにより、およそ五年から七年で全ての細胞が入れ替わるとのこと。これの見方を変えると、およそ五年から七年で前の自分は死ぬ、ということになる。その代謝の間隔が極端に短くなったのが【星の欠片】であり、それを肯定するのが【永獄致死】であるということ



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空を見よ、見えるはずだあの星が()

「そっち行ったよー!」

「ぬぅ、すばしっこい!だが退かぬ!媚びぬ!省みぬ!!」*1

「おお、格ゲーと同じ動き」

 

 

 ついに二人が探していた相手にたどり着き、それを追い詰めるフェイズに移行したわけなんだけど。

 ……ううむ、なんというか私たちの手伝い必要なさそうというか?

 

 だってこの二人、そもそも身体能力の高いサウザーさんに加え、なんか魔改造入ってるきらりんのペアだからね。

 闇雲に探すのならばともかく、一度視界に入った相手を見逃す道理がないというか?

 ……あと、フレーム単位の見極めが必要な修羅達の動きをしているので、単にこっちの目が追い付かないのもあるか。

 っていうか気のせいじゃないなら、今さっき相手でバスケしようとしてなかったかなこの人達?

 星とか稼ぐ必要ないからねマジで。一撃必殺する必要ないからね?だからグルングルンサウザァしなくて良いってば!*2

 

 ……とかなんとか言いながら、確保完了です。

 確保した相手はそのままゆかりんに連絡し、スキマで直葬()である。

 え?ゆかりんは原作の彼女みたく好きな場所にスキマを開く、ってことはできないんじゃないのかって?

 それを解消するために開発されたのが、最近リリースされたアプリである。

 

 

「電波を間借りして感覚を延長する……って、なにかの刑法とかに引っ掛かったりしないのかね?」

「寧ろ、なにに引っ掛かると思うたのかを尋ねたいのじゃが?」

「……無断電波使用?」

「別に無断というわけでないのぅ」

 

 

 基本的には自分の行った場所、もしくは自分の知っている人の手前にしか発生させられず、それをどうにかするためになりきり郷の人員を現場に向かわせる必要がある……というのが、ゆかりんのスキマの制限であった。*3

 それなら、出ていった人達の足元に開くとかして相手を回収できるのでは?……というツッコミが飛んできそうなのでそこについても触れておくと、もう一つ制限があるのでそれは無理……ということになっている。

 

 そのもう一つの制限と言うのが、相手の位置の把握。

 相手が現在何処にいるのか、ということがわかっていない状況下では、正確に相手の元にスキマを開くことができないのである。

 一応、なんとなーくで開くことはできなくもないみたいだが……その場合はかなり発生位置がずれることになるのだとか。

 

 それは酷い時だと一キロ近くずれることもあるらしく、そうなった場合無関係の人を巻き込む可能性も大になるので、よほど緊急の場合でも無ければやりたくないとのことであった。

 ……そもそもの話、スキマはごまかしバッジでの認識阻害対象外だから、普通の人に見付かった時点で大騒ぎ確定だし。

 

 そんなわけで、私たちがビーコン扱いで現場に向かう際にも、携帯電話などで連絡する時に大まかな現在地を知らせる、という過程がこっそり必要になっていたのでしたとさ。

 

 ……でもまぁ、それだと不便だというのも間違いない。

 ゆかりんが変身の要領で大人の『八雲紫』を一時的に【継ぎ接ぎ】する、という方法で能力の強度を高めるやり方もあるが、これはこれで本人への負担が大きいのでそう何度も多用できることではない。

 

 そんなわけで製作されたのが、今回のスマホ用アプリ。

 その名も『スキマネットワークver.2.563』である。

 

 これは、なりきり郷内に張り巡らされている『八雲回線』から発想を得たアプリであり、その内容は『八雲回線の拡張』となっている。

 ……なりきり郷内には、ゆかりん専用の見えないホットラインがところ狭しと張り巡らされているが、これは彼女の能力範囲を広げ・かつ正確にする効果も持ち合わせている。

 回線を自身の体の延長線上であると認識することで、細かなスキマの発生位置の調整などを行っている、というわけだ。

 

 これにより、なりきり郷内限定ではあるものの、ゆかりんは変身せずともそれと同じくらいの能力規模を維持することができるようになったのだ。

 ……まぁ、普段からずっと接続しっぱなしだと疲れるので、もっぱら自身の悪口やなにかしらの緊急事態が起きた時だけ、自身への自動接続を認める……みたいな設定にしてるみたいだけど。

 

 ところでこの回線、見えない・触れないという性質からわかるように、基本的には光や音のような『波』で構成されたものとなっている。

 それは言い方を変えると、この回線を通して電話線やインターネット回線に接続することもできる、ということになるわけで。

 

 いやまぁ、単純にネットに繋ぐとキャパオーバーで寝込むらしいんだけどね、ゆかりん。

 とはいえ折角接続できるのだから、なにか活用法はないかと検討され……結果発案されたのが『回線で繋がったスマホを自分の体の延長線上として扱う』という利用法であった。

 

 簡単に原理を説明すると、まずこちら側がアプリを起動。

 アプリを起動するとパスワード入力が求められるので、ささっと入力したら暫く待機。

 この間、スマホのGPSなどを活用し、現在地の情報を集めることが平行して行われている。

 ……暫くすると、なりきり郷に設置されたメインサーバーへのアクセスが完了し、準備状態に移行する。

 この時、現場のスマホとメインサーバーは()()()()()()()()()()()()ような状態になっているのだとか。

 

 で、ここまで来るとメインサーバー側からゆかりんへの連絡が行く、というわけである。

 いきなりネットの海という広大な場所に放り込むと溺れかけるが、一本の線で繋がっておりそれだけを辿ればよい……という状況なら、ゆかりんのキャパを越えないというわけだ。

 

 で、さっきの『八雲回線』による拡張と同じ感覚でメインサーバーとの接続により能力範囲を拡張し、スマホの先にスキマを開く……と。

 

 この方法が確立したことにより、ゆかりんの利便性は格段に上昇した。

 直接現場に赴く必要性が限りなく減ったのは、大きな利点の一つだと言えるだろう。

 最悪、アプリを起動した状態のスマホをスキマで飛ばし、大まかな位置から細かな座標まで近付く……みたいな荒業もできるようになったし。

 

 あと、相手が関係者なら直接アプリをダウンロードして貰い、そのままスキマで呼びつける……みたいなこともできるようになった。

 アプリのダウンロードという一手間こそ必要だが、最早原作並みの利便性だと言い換えてもいいくらいだろう。なにより、本人への負担が少ないのがとても大きい。

 

 そういうわけで、スマホ一つあればなんでもできる、とばかりにやれることの増えたゆかりんなのでしたとさ。

 で、今回はその便利アプリを使い、わざわざこっちから連絡をする必要もなく逃亡者をなりきり郷に送り返した、というわけなのである。

 その一連の流れを見たサウザーさんは、暫く目をぱちくりとさせていたのだった。

 

 

「……ううむ、噂には聞いていたが凄まじい能力だな……」

「もっと再現度高かったら、こんなアプリもいらないんだけどね。……でもその場合は今より胡散臭さとか暗躍度とかが上がるだろうから、正直あんまり利点はない気がするけど」

「ふむ……ままならぬ、というやつだな」

 

 

 細かな制限こそあれど、その制限さえ突破できれば問答無用で長距離間を移動できるスキマ……。

 今回はワープゲートのような使い方だが、応用を考えればキリはあるまい。相手をゲートで移動させている途中にスキマを閉じる、みたいなことをすれば攻撃にも転用できるし。

 

 まぁ、見た目が大層グロいことになるのと、どう考えても手加減ができないので使う相手は【鏡像】に限られるが。

 ……というか、組織の代表者であるゆかりんを気軽に戦力として運用する、ということ自体があり得ない話だったりもするわけだが。

 え?その割には移動手段として滅茶苦茶気軽に使ってる気がするって?それはほら、単にスキマを開くだけなら座っててもできるから……。

 

 ともあれ、彼女の能力がとても利便性が高いことは事実。

 ゆえに国のお偉い様方からの覚えもよい、というのは中々のセールスポイント、ということになるのではないだろうか?

 

 

「む?使っているのか?政治家共が?」

「直接の上司に当たる人と、そのお仲間くらいではあるみたいだけどね。あと、あんまり頻繁に使ってもあれだから、緊急時か隠し事をしたい時にだけ呼ばれてるみたいだよ」

 

 

 そう、確かに長距離への移動も魅力的だが、閉鎖空間から痕跡も残さずに移動できる手段、としてもゆかりんのスキマは優れている。

 いわゆるアリバイ工作にも持ってこいであり、そういう意味でも重宝されてるとかされてないとか。

 ……まぁ、そういう需要の時はゆかりんも話に巻き込まれるパターンらしく、帰って来た時には色々と聞かされたことに頭を悩ませたりもしているみたいだけど。

 

 そこら辺はまぁ、お偉い様方と交流がある以上仕方のない話……ってことで、本人は納得してるみたいだけどね。

 でもまぁ、納得してるからといってストレスが無くなるわけでもないというか。

 

 なので、ジェレミアさんには主人の健康管理を頑張ってくださいね、と声を掛けたりしているし、ジェレミアさん本人も『イエス・ユア・ハイネス』って返してくれたりしているのだった。

 ……なんでもいいけど、そこ『マイロード』とかじゃないんだね。いや、私ジェレミアさんの上司じゃないけど、でも王族とか皇族とかでもないというか……え?お約束?そっかー。*4

 

 

「……なにをぶつぶつ言っておるのだ?」

「こっちの話ー」

 

 

*1
サウザーの台詞の一つ。元々はケンシロウにボコボコにされたあと、それでもプライドから立ち向かった時の言葉。AC北斗の拳ではいわゆる波動拳(↓↘→)コマンドで出せる技『極星十字拳』の台詞として登場

*2
AC北斗の拳では、特定の攻撃を相手にヒットさせることで星を獲得することが可能(正式名称・北斗七星ゲージ)。七つ獲得することで一撃必殺技を発動することができるようになる。『グルン~』はサウザーの一撃必殺技『天翔十字鳳』の見た目が『サマーソルト(一回転)しながらピラミッドの上に飛び乗り、そこから鳳凰の闘気を相手に飛ばす』というものであること、及び有名なトキのコピペ『ジョインジョイントキィ』から

*3
より正確に言うと、本人がその場所に行ったことがあるという『記憶』、もしくは自身の知り合いがそこにいる、という『絆』を必要とするという形。なので、テレビで見ただけの場所には『記憶』の形が足りず、知り合いでない場合は『絆』が足りない……という形でスキマの強度などに問題が出る模様

*4
ハイネス(highness)』とは王族・皇族に対する敬称。直訳すると『殿下』になる。『ユア・ハイネス』は呼び掛ける際の殿下、という意味になるようだ



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無限を見付けるのは意外と難しい

「こちらの用事は一先ず片付いたから、そっちの用事を手伝っても構わんぞ」

「お、マジで?ありがたーい」

 

 

 そんなわけで、サウザーさん達が仲間になった!

 ……みたいな感じに四人パーティになった私たちである。

 そうして引き続き、遊撃役として他の面々の手伝いをしつつ、五条さんのことを探しているわけなのだが……。

 

 

「それにしても、影も形も見えぬとは……余程警戒されているのか?」

「まぁ、そもそも相手が五条さんだからねぇ……」

 

 

 実のところ、五条さん捜索は既に二日目。

 ……この流れだと、更にズルズルと時間が経過していく恐れが非常に高い。

 なんでかって?サウザーさんの言う通り、影も形も見付けられてないからだよ!

 

 幾ら相手が息を潜めて隠行しているとはいえ、その痕跡すら見付けられないのは中々に苦しいというか。

 ……まぁ、実際のところは見付けられない方が普通、みたいな感じではあるのだが。

 

 前回少し触れたように、五条さんを探すのに一番確実なのは『呪力の残り香』を探知することだ。

 大本を辿れば『なりきりパワー』が、それぞれ違う作品の技能を再現するために必要なエネルギーに(なんらかの手段で)変換されている……ということになるのだろうが、だからといって『なりきりパワー』を探知すればいいというわけでもない。

 変化したあとのエネルギーは『なりきりパワー』としては感知されず、あくまでもそれぞれの変化後のエネルギーとして感知されるためだ。

 

 というか、もし仮に変化後も『なりきりパワー』として感知できるのだとしても、周囲に他の『逆憑依』が居るような状態では結局、変化後のエネルギーの探知をしなければいけなくなる。

 単なる『なりきりパワー』には、性質の差もエネルギー量の差も存在しないからだ。

 ……いやまぁ、正確には集まっている『なりきりパワー』の総量、という形で量の判断はできるんだけども……複数の『逆憑依』が集まっている状況と、一人の人間に『なりきりパワー』が集中している状態の区別が、現在使われている『なりきりパワー』の検知器にはできないので意味がない、というか。

 

 なんでそんなことに?……と思われると思うので詳しく説明すると、この『なりきりパワー』は性質として【星の欠片】のそれに近いモノを持っている。

 具体的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということになるのだが、それは要するに現状では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と判別する形で認識している、ということになるわけで。

 ……わかり難いのでもっと雑に言ってしまうと、つまりそこに()()()()()があるからそれが対象のモノだ、と仮決めしているわけだ。

 

 え?もっとわかり辛い?じゃあうーん……なにも映らない空間があるとすれば、逆にそこには『映らないようにするなにかがあるはずだ』と認知できる……みたいな?

 砂の山が不自然に凹んでいれば、そこになにかが置いてあるのではと疑ってもおかしくない……みたいな。

 

 

「ふむ、目に見えないモノだからこそ、その『見えない』という状態こそがそこになんらかの存在がそこにあると証明している……と?」

「ステルスみたいに、こっちの視線をごまかしてる……ってのが近いのかな」

 

 

 視界以外の全てが、そこに『なにもない』ことに違和感を訴える状態、とでもいうか。

 ……そんな感じに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という状態を察知してそれを『なりきりパワー』の介在がある……と判断しているのが、今の検知器のやり方である、と。

 

 要するに、直接的に『なりきりパワー』を感知・判別しているわけではないので、その性質の違いまでは感知しきれないのである。

 結果、一ヶ所に『逆憑依』が集まっている状態と、一人の存在が多量の『なりきりパワー』を放出している状態との判別ができない……と。

 まぁ、さっきから言ってる通りキャラクターの異能の原動力として変換された『なりきりパワー』は感知できず、【兆し】や【鏡像】のように存在として成立しきれていないか、はたまた暴走している相手くらいにしか意味のないものなのだが。

 

 まぁそれでも、【星の欠片】に似ていると私が言うことからわかるように、【星の欠片】からするとなんとなく判別できないこともない。

 ……本当になんとなくなので、機械とかに判別させようとするのはほぼ不可能だろうけど。

 

 もう少し正確に判別しようとするのなら、『なりきりパワー』が【星の欠片】として扱う時にどれくらいの位置になるのか?……というのを明確にしないといけないだろうし、もし仮にそれをしてしまった場合は『似ているだけ』から正式に【星の欠片】扱いになる、なんて弊害も起きそうなのであんまりやりたくはないというか。

 

 

「……それでどういう弊害が出るのだ?」

「『なりきりパワー』は【兆し】が集め、その後『逆憑依』や【顕象】になる時にそれぞれのキャラクターの異能を再現するために個別のエネルギーに加工されるわけだけど……その流れを【星の欠片】と同じと解釈する場合、『なりきりパワー』という因子を組み換えて他のエネルギーにしている──すなわち現在存在する『逆憑依』や【顕象】は全て『なりきりパワー』によって構成されている、と言い張れるようになるから……最悪、みんな一つに纏められる、なんてことになる可能性も……」

「怖っ!?」

 

 

 うん、分かりやすく言うと『人類補完計画』成功、みたいな?

 ……仮に『なりきりパワー』が【星の欠片】と同一の物体であると判断した場合、一番問題になるのはそれを制御する核となる人物が居ない、ということになる。

 私やキリアみたいな存在が居ないので、全体を統括して貰えない……みたいな感じか。*1

 

 で、その場合どうなるのかと言うと……全ての『なりきりパワー』が【星の欠片】として励起し、自分達の統括個体を作成しようと動き出し──結果、『逆憑依』【顕象】問わず全て一塊の【星の欠片】として統一される、と。

 その後、改めて統括個体となる人物が生成され、その後また分裂する……みたいな感じになるんじゃないかな、多分。

 

 

「なんでそこで仮定形……?」

「いや、普通の【星の欠片】と発生の仕方が反対だから、どうなるか未知数というか……」

 

 

 普通の【星の欠片】はまず統括個体から生まれ、その指示により眠っていた他の同位体である【星の欠片】が目覚める、って形だから、『なりきりパワー』の場合は想定される流れが真逆になってよくわからん……みたいな?

 まぁ、まず間違いなく宜しくない状況になるのは確かではある。

 なので、少なくとも【星の欠片】である私なんかが『なりきりパワー』を辿って人を探す、というのは余り多用すべきではないということになるのであった。

 前回は大丈夫でも、今回や次回まで大丈夫という保証がない……みたいな?

 

 そういうわけなので、こっちが五条さんを探す場合は素直に呪力を感知するしかない、ということになるのだけれど……。

 そもそもの話、同じネーミングのエネルギーでも本当に同じものではない、ということはよくあること。

 一口に魔力と言っても、その性質が人に取って毒である場合も、はたまた単に人の生命力の別名でしかないという場合も混在している。

 

 ゆえに、五条さんの呪力を辿るのならば()()()()()()()()()()()()()のが確実であり、そしてそれ以外の方法はほぼ無意味なのだ。

 

 

「同じ原作の出身者でなくば、その呪力とやらの細かい差異を判別できん……ということか?」

「まぁ、そんな感じ。そうでなくとも魔力や巫力や呪力、って感じで似たようなものもいっぱいあるし、たまたま波長が似てるエネルギーが存在したら、本家本元以外で判別するのはほぼ不可能……ってことになりかねないからね」

 

 

 偶然というのは恐ろしいもの。

 いや、この場合は収斂進化*2とかの方が近いのかな?……まぁともかく、全く違う作品の全く違うエネルギーが、その実細かく見ていくと性質的に似通っている……みたいなのはよくあること。

 そしてそれゆえに、本家本元を知る人間以外はその判別ができない……みたいなのもよくあることなのである。

 

 なので、私がなんとなく探す……というのも、微妙に信憑性が低くなる結果になっているのであった。

 なんやかんやでその原作とは無関係だからね、私。

 

 

「あとはまぁ、単純に五条さんが無限使いかつ、それで移動とかもできる存在だから、こっちの接近をこっちが気付くより遥かに早く察知して、全力で逃げてるって可能性もあるかな」

「物理的に逃走していると?……それ、捕まえられなくないか?」

「こっちが正解だとすると、わりとお手上げだねー」

 

 

 そして最後に、単純に五条さんがすばしっこいので捕まえられないのかも、という身も蓋もないことを言って、私はこの話をおしまいにするのであった。

 単に喋っててもなんにも解決しないからね、仕方ないね。

 

 

*1
【星の欠片】はそれそのものでは意味がないが、それゆえに本来自身を【星の欠片】であるとは認知しない・できない。この場合、その認知をもたらすはずの統括個体(キーアやキリア・『星女神』のような存在)が居ないことにより不安定になる為、その不安定を解消するのに統括個体を作成しようとする。結果、一度全ての【星の欠片】を集結させ、その内の一個体に統括権限を付与する……というイベントが発生する

*2
同系統の存在でもないのにも関わらず、似たような形質を得たモノが存在すること、及びその進化のこと。原則的には、別種の生き物が同一の環境に置かれた際に、似たような形質を獲得することを指す。わかりやすいのはモグラ(哺乳類)とオケラ(昆虫類)か。両者は土の中で暮らしているが、その前足が地面を掘り進めるのに適した形としてなのかとても類似している。また、イルカ(哺乳類)やサメ(魚類)も、生活環境が類似している為か姿形が似通っていると言える



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いい加減にしろよこの現代最強(キレ気味)

 はてさて、五条さんを見付けるのはとても難しい……という、元も子もないような話をしてから、およそ一時間ほど。

 私たちは他の面々と出会いそれを手伝ったりしながら、各地を回っていたわけなのだけれど……。

 

 

「……この暑い中を、あちこち走り回らせる五条のやつは鬼畜なのでは?」

「言えてるー……」

 

 

 こうして、相手を見付けられないまま走り回ることに、次第に疲労感が蓄積されていたのであった。

 

 ……いやホント、全然見当たらないんだけどあの人?

 確かに、前回語った通りに彼の発見は難しい……というのは本当のことである。

 徘徊タイプの伝説ポケモン*1みたいなもので、こっちの接近を察知して他の場所に移動する……なんてことが延々と繰り返されている可能性は言うまでもなく、そもそも相手のスペック的にはそれより遥かに遠くへひょい、っと逃げている可能性も否定できないわけで。

 ……それらを総合すると、確かにその足取りを追うのは至難の技だと言える。

 

 言えるんだけど、それにしたってなんの情報もないのはおかしすぎるというか。

 そもそもの話、なにか目的があって外に出たのなら、その目的から遠く離れてしまうのは余り宜しくないはず……というのも問題だ。

 

 今回の脱走事件は、()()()()()『星女神』様から自身の気になる話を聞いたことによるもの。

 自身の過去・家族のこと・恋人のこと……内容に差はあるだろうが、基本的には自分の中に燻る疑問に解を求めるため、ということで概ね一致している。

 

 そこにはある種の焦燥感があり、それは裏を返せば例え誰かに──この場合は郷や互助会から派遣された、ある意味での追っ手に──追われる形になったとしても、早々諦めきれないモノでもあった。

 というか、諦められる話なら後々めんどくさいことになる『脱走』なんて端からするはずがない、というか?

 

 そういうわけなので、脱走した人はそもそも追っ手(こちら)から逃げよう、という気持ちが薄いのだ。

 自分が捕まることよりも、自分の中の疑問に決着を付けることを優先してしまっている……というか?

 また、それゆえなのか基本脱走した人は()()()()()()()()()()

 今のキャラクターを演じるよりも、本来の自分自身を優先してしまうような隙のある人物が脱走している率が高い……という感じか。

 

 まぁ、あくまで比率的にそっちの方が多いというだけで、五条さんを始めわりと再現度の高い人物にも脱走者は出ているのだが。

 ……そこら辺は、『星女神』様から聞いたことがその人にとってよっぽど衝撃的だったのかも、と推測することはできなくもない。

 無論、詳しいことを聞きたいのなら『星女神』様か本人に当たる必要性があり、前者は無理なので実質的に無意味な設問と化していたりするのだが。

 

 なんでかって?個人の事情に必要以上に踏み込む気がないのと、それでもなお敢えて踏み込むというのなら、それは『脱走者が何処に向かったのかを推測するため』に情報として知りたい……という動機にしかならないからですね……。

 

 

「相手の行き先を尋ねるために、本人に理由を尋ねる必要がある……などという、本末転倒なことに陥っているというわけだな」

「相手にそれを聞ける状態にあるのなら、そんなことするより前に相手を捕まえた方が早いからね……」

 

 

 雑に言えば、相手の場所を推測するために相手に脱走した理由を聞くようなもの。

 ……それを尋ねられるような近距離にいるのなら、わざわざ尋ねる前にさっさと捕まえるべき、というわけである。

 基本的にみんな携帯端末の電源落としてるから、遠方から尋ねるってこともできないしね!

 

 で、この辺りの話を纏めると、五条さんの足取りが()()掴めない、という事実の異常さが浮き彫りになってくる。

 そう、脱走者の目的が『誰かに会う』ことであるのなら、その痕跡は必ず特定の場所に集中する。

 例えやって来るのが誰なのか、ということを個別に判断できなくても、『逆憑依』の反応が特定の場所に集中しているのなら、とりあえずそこに近付けば誰かしらは取っ捕まえられる……というわけだ。

 いやまぁ、正確には『逆憑依』そのものを察知するというよりは、変な噂などが集中している場所を探す……みたいな感じだけど、どっちにしろ『探しモノ』という目的地がある以上、最悪そっちを判別できれば罠を張るようなノリで待ち伏せが成立するわけだ。

 

 ……なのだが、当の五条さんは全く足取りを掴めていない。

 これがなにを意味するのかと言うと、彼は脱走者でありながらなにかを探しているようには見えない、ということになる。

 目的があってそこに向かおうとしているのではなく、特に意味もなくあちこちを回っているだけに見える、というわけだ。

 

 

「モノにしろ人にしろ、目的があるのなら……そしてそれが脱走の理由であるのなら、その周辺に痕跡が残るのが普通……ということじゃの」

「実際、他の人達はそのやり方で捕まえられてるからね」

 

 

 他の脱走者達は、例え一度こちらに追われて離脱したとしても、暫くすれば隙を見て目的地に近付こうとする。

 まるで帰巣本能みたいな感じだが……ともあれ、どれが誰に対応するのかわからずとも、『逆憑依』関係者の親類や親しい人物だと目される存在達のリストがこちらにある以上、大まかに警戒すべき場所というのは判別できる。

 それらを合わせれば、相手を待ち伏せするのは決して難しいことではないのだ。

 

 ……まぁ、待ち伏せした結果相手を捕まえられるか、というのはまた別の話なのだけれど。

 なにせ彼らは腐っても『逆憑依』、なにかしらの特殊能力を持つもの。

 その能力如何によっては、待ち伏せした人員では対処しきれない、みたいなことが普通に起こりうるわけだし。

 

 

「それを助けるのが、遊撃役であるわしらの仕事じゃしのぅ」

「助ける必要がないのが一番だけど、そう上手くいく話でもないしねー」

 

 

 そういう時に、近くにいる私たちのような遊撃役が手伝いをする……というわけだ。

 これで待ち伏せの成功率は大幅にアップ、相手の確保率も大幅アップでこれで昇進確定だ、みたいな?いやまぁ、私は昇進とかおことわり(No,Thank You)だが。*2

 

 ともかく、これで五条さんのおかしさはなんとなくわかったことだろう。

 他の脱走者が明確な目的を持ち、例え邪魔をされても猪突猛進的に目的への邁進を止めないのに対し、当の五条さんは()()()()()()()()()()()()()()()()に、こちらの追跡をのらりくらりと躱している。

 これでは、待ち伏せも推測も不可能である。……っていうか、そもそも痕跡を察知できてないので推測もなにもないというか?

 

 そんなわけなので、私たちの五条さん捜索は早々に暗礁に乗り上げていたのが、更に潮が暫く満ちそうにもないので動けない……みたいな感じに陥ってしまっていたのであった。

 

 そりゃもう、深々としたため息だって漏れてしまうというもの。

 そもそも炎天下の中西へ東へ大忙しだったのだから、相応に疲労が溜まるのが当たり前というか。

 

 ……と、言うわけで、私たちは早々に休憩へと移行。

 冷たい店内の中で、再びメニュー表と向き合っていたというわけである。

 

 

「いやもう、経費で落とすにも限度はあるけど……暑いし見付からないし暑いし見付からないし忙しいしで、休憩しないわけにもいかないと言うかっ」

「気持ちはわかるが、一先ず落ち着け」

 

 

 グラスが割れる、というサウザーさんのツッコミを聞き、小さくため息を吐いたあと中の飲み物をがーっと飲み干す私であった。

 ……いやね、なにがあれって私冬生まれだから夏の暑さ大嫌いなのがね……(完全な私情)。

 

 ついでに言うと、このままの流れだとまず間違いなく五条さんは最後まで見付からず、それに伴い私たちの仕事も終わらないということになるわけで。

 ……そりゃね、ちょっとずつイライラゲージも貯まってくるというもの……って、ん?

 

 

「どうした、キーア?」

「……いや、気のせいかも」

 

 

 店の側面、道路側にあるガラス張りの窓の向こうに、見覚えのあるあんちくしょうの姿がスッ、と見えたような気がした私は、暫くそれを探すように視線を動かすものの……ううむ、やはり気のせいだったのか奴の姿はない。

 暑さで幻覚が見えたのかも……と頭を振って、とりあえずおかわりを淹れるためにドリンクバーへ向かう。……って、ん?

 

 

おっとやべ、退散退散……

「……えっ!?ちょっ、はっ!??!?」

「ぬわっ?!なんだキーアどうした!?」

 

 

 気のせい……じゃねぇ!

 今明らかにドリンクバーの前に居たんだけどあの現代最強(五条さん)!?

 咄嗟に駆け寄るも、その姿はまるで空気に溶けるように消えて行く。……そして、私の手はさっきまで彼が居たはずの場所を、虚しく空振りした。

 

 ……あ、あいつ……まさかとは思うけど、こっちをからかうために脱走しやがった……?!

 脳裏に閃いたその言葉は、驚くほどにしっくりとくる理由だった。

 なにかを探しているのなら、痕跡が一つも残らないのは不可解。だがしかし、相手が『かくれんぼ』をしているようなノリだとすればどうだろう?

 ……うん、痕跡は隠すのが普通だよね。それから、あんまりにも見付けて貰えないと鬼役をからかいたくなる、ってのもわからないでもない。

 

 …………うん、…………………うん。

 

 

「殺す……」

「ぬぉわ!?キーア顔怖っ!!?」

「お、落ち着いてキーアちゃん!ここ人前!人前!」

「うおーっ止めてくれるなアイツは絶対殺すー!!」

 

 

 ……愉快犯じゃねぇか!!ふざけやがって!!!

 思わず殺気を漏らす私に、他のみんなが慌てて近寄ってくるのであった……。

 

 

*1
『ポケットモンスター金/銀』から登場した、マップ上を逃げ回るタイプのポケモンの非公式な総称。『徘徊伝説』とも。代表的なのは『ライコウ・スイクン・エンテイ』の通称三犬。なんの変哲もない草むらから伝説のポケモンが飛び出してくる、という仕様が子供達の心を擽ったとか。現在は『ソード/シールド』における『ガラル三鳥』が最後の登場であり、現行策である『スカーレット/バイオレット』には今のところ存在しない……が、そもそも『ソード/シールド』の徘徊タイプ自体DLCで増えたモノなので、最新作でも同じように増える可能性は普通にあるとも言える。なお、基本的には一度見付けるまで図鑑での分布検索ができず、人によってはそういうポケモンがいる、ということを知らなかったということもある模様

*2
相手の言葉に対し、それを拒否する言葉。アスキーアート付きで見ることも多いかもしれない



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目的違いだったというお話

「で、どういうことなんじゃ?」

「いや……冷静に考えるとおかしいことだらけだったんだよ、あの人の行動……」

 

 

 きらりんに(物理的に(首をキュッ☆っと))涼しくされることにより、どうにか落ち着きを取り戻した私は、ドリンクバーから当初の予定通り飲み物を持ってきたのち、それを脇においてテーブルに突っ伏していた。

 いやぁ、うん。……一応落ち着いたけど、それでも沸々と怒りが湧いてくるというか、あの野郎ふざけやがってというか……。

 

 何度か語っているように、他の脱走者と理由が同じであるとは到底思えなかったのが、今までの五条さんの行動である。

 なにせ、なにか目的があるにしては行動に一貫性がない。

 他の脱走者は特定の目的・場所に対して邁進しているのに、彼だけは単に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのがその理由。

 ……一応、目的の相手や場所をこちらに知られたくないので、慎重に慎重を期して行動していると考えることもできなくはなかったが……。

 

 

「それにしては、特定の場所に寄り付くという素振りもなかった、と?」

「足取りが掴めないって言っても、なんとなく近くには居たんだろうなぁってくらいはわかったからね」

 

 

 まぁ、かなりギリギリのラインで捜索していたため、かなり大雑把な探知しかできなかったが……それでも、彼が特定の場所やモノに執着しているようには見えなかった。

 

 ……これに関しても、彼の移動速度や行動範囲が速く広いために絞りきれない、という可能性も無くはなかったが……。

 いやでも、やっぱり五条さんが本気でなにかに執着したのなら、それこそこっちの捜索なんてなんのその、妨害は上からぶっ壊しちゃうよ~、くらいのノリの方が想像しやすいというか。*1

 

 要するに、こういう場合に想定される五条さんと比べて、行動がずれてしまっていて違和感バリバリなのである。

 ……だがこの違和感、こっちの想定が間違っており、彼が執着……というとあれだけど、ともかく目的としているものが別だとするのなら、一応筋が通らないでもないのだ。

 

 

「その言いぶりからすると、五条のヤツがなにを目的としているのか理解した、ということか?」

「…………す」

「んん?聞こえんなぁ」

「私と喧嘩したいとか思ってるんだと思います……っ!」

「…………んん?」

 

 

 そう、その目的というのが。

 ()()()()()()()()()()()、というのが今回判明したことなのであった。

 あんちくしょう、滅茶苦茶挑発してやがる……っ!!

 

 

 

 

 

 

「……話が見えんのだが?」

「これに関しては、ほぼ勘になるんだけど……多分、五条さんが『星女神』様に尋ねたのって、自分の過去についてじゃないんだと思うんだよね」

「は?」

 

 

 こちらの放った言葉に困惑していたサウザーさんだが、続けて放った言葉によりその困惑はさらに加速していた。

 ……困惑されても困るというか、正直今述べた通りとしか言いようがないのだが……確かに、説明不足であることは否めない。

 なので、私の推理を交えながら『何故五条さんは脱走などと言うことをしたのか?』ということを語っていこうと思う。

 

 

「まず、『星女神』様がこっちに知らせずに回収してしまった質問達。……あれ、多分なりきり郷内に燻る火種について、だったんだと思うんだよね」

「いきなりヘビーな話題になったのぅ……」

 

 

 まず始めに語るのは、『星女神』様がこちらに内容を知られる前に、回収してしまった幾つかの質問について。

 

 ……予想なのだが、あれは多分『質問自体が事件(イベント)のきっかけになるタイプのもの』だったのだと思われる。

 内容についてはそれこそ本人に尋ねてみないとわからないが……ともかく、そんな質問があった、ということをこっちに知られてしまうと、そもそもに事件が起きる前に解決なり制限なりができてしまうタイプのモノだったのだろう。

 

 

「……事件のきっかけになるもの、なぁ」

「星ちゃんはー、なんでそんなことしたのぉー?」

「(星ちゃん……?!)……ええと、そこら辺は彼女の性質的なモノ、というか……」

「性質ぅ?」

 

 

 微妙そうな表情で唸るサウザーさんと、小首を傾げこちらに問い掛けてくるきらりん。

 ……呼び方が凄いので訂正したい気もするが、本人が気にしなさそうなので微妙な気もする私である。……って、今はそこは関係なくて。

 

 話を戻すと、『星女神』様は別に争いを嫌うタイプの存在ではない。いや寧ろ、【星の欠片】的には()()()()()()()()()のが基本。

 無論、種としての絶滅まで行くような選択であれば止めるかも知れないが、そうでなければ闘争そのものを禁止するようなタイプではない。

 

 言うなれば『闘争による進化』の肯定派なのだ、【星の欠片】という存在達は。*2

 なお、面倒臭いことに『闘争による進化の否定派』についても肯定派だったりする。

 雑な言い方をするのなら『最終的に滅亡しないのなら(なんでも)オッケーです』、みたいな?*3

 

 

「なんだその傍迷惑な主張は……」

「実際基本的には傍迷惑な存在だからね、【星の欠片】って。あまねく人々が笑顔でいるにはどうするべきか、みたいなことを大真面目に考えているような奴らだし」

「うっわ」

 

 

 わぁ、露骨に嫌な顔してる。

 ……まぁでも、それも仕方のない話。

 皆仲良く、なんて願望は子供の頃に卒業すべきモノであり、大人になって真面目に語るようなモノではないのだから。

 ……いやまぁ、完全に捨ててしまうのはそれはそれで違うので、付き合い方向き合い方に問題がある……っていう方が正解というか。

 不要な争いを起こさないように努める、ということ自体は生きていく上で必要不可欠な考え方ではあるわけだし。

 

 ここで問題なのは、【星の欠片】はあらゆる全てより弱いモノである、ということ。

 翻って『基本的には負ける存在』ということになるわけだが、これは見方を変えると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということにもなってくる。

 

 

「あらゆる負債を押し付けるのに丁度良い……?」

「絶対に無くならない共通の敵になれる、みたいな考え方がわかりやすいかな。……まぁわかりやすいだけであって、【星の欠片】についての本質云々の話とは微妙にずれるんだけど」

 

 

 無限に数があり、どんな存在でも簡単に打倒できてしまう存在。

 無限湧きする雑魚、みたいなモノである【星の欠片】は、とりあえず倒す相手としては非常に都合が良いのである。

 その辺りを突き詰めると、クロスオーバー作品のラスボスとして君臨してくれる『星女神』様に繋がるわけでもあるし。

 

 では何故、私たちは倒されることを望むのか。

 答えは簡単、『闘争による進化』において消費される『敗者』、それを人々の中から生まないようにするため、である。

 

 

「無論、それだけが理由ってわけじゃないけど……無数の私たちを乗り越えて、いつか進化の向こう側にたどり着くのであれば、それに勝る喜びはない……って真面目に考えてる奴らが大半、みたいな感じというか?」

「なにその究極の奉仕体質」

 

 

 極まれば、その人のための世界となって消えるつもりすらある存在……というのは、以前から語っていることではあるが。

 それらは結局のところ、人が今のままで終わらず、もっと素晴らしい生命体に飛躍して行くことを望んでのこと。

 そのために踏み台にするモノが必要であるのなら、喜んで踏み台にされようと望むのが一般的な【星の欠片】なのである。

 

 ……なので、ユゥイの現状がますますワケわからなくなるのだけれど、今回は関係のない話なのでスルー。

 

 ともあれ、この『他人の飛躍のために踏み台になりたい』というのは、半端者である私にすらほんのり存在する欲求。

 ……となれば、その元締めである『星女神』様の欲求(それ)がどれ程のものなのか、という。

 

 ただ、彼女の場合はその視座の関係上、人間の価値観では『なんでそうなるの?』みたいなことが(他の【星の欠片】に比べ)頻繁に起こる。

 見ているモノが広すぎて、『それって貴女が踏み台になってるんです……?』みたいな疑問が噴出するような展開も多いのである。

 まぁ、なにもかもに含まれていてなにもかもを含んでいる、なんて相手の思考回路を読めというのも無理がある話だとは思うが。

 

 ……とにかく。

 先に語った『踏み台を望む』意思、それから『人々の飛躍を願う』願望。

 それらが噛み合った結果、彼女の行動は基本的に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………んんんんん?」

「言い方を変えると、人死にが出ないのなら人間同士の戦争も認める、ってこと。無論、それによって進化するモノがあるなら、って前提ではあるけど」

「何故そうなる?!」

「何故って……考えるな、感じろ?」

「ふざけるなぁ!!?」

 

 

 いや、ふざけてはないんだけど……。

 まぁともかく、『星女神』様は五条さんからの質問を確認し、恐らくそこに彼が成長したいと願っていることを悟ったのだろう。

 それゆえに、彼に告げたのだ。『この後そこから脱走すれば、貴方の成長の糧になるモノが追ってきますよ』と。

 

 ……うん、これ五条さんの成長イベントでもあるけど、()()()()()()()()も兼ねてやがりますね『星女神』様?

 

 

*1
だって僕、最強だから

*2
──愛しているの、貴方達を……とか言えば良いかしら?──「YA☆ME☆TE!?」

*3
なおそれを聞いて「邪神め、ゆるさん!」とかすると喜ぶ模様



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つまり今回の私はハンターってことだ

「……つまり?」

「雑に言うと七十五話」*1

「……それはほぼほぼ殺しあいなのでは!?」

 

 

 はっはっはっ。あくまでモノの例えだよ、モノの例え。

 ……とはいえ、五条さんは恐らくそれに近い飛躍を望んでいる。

 自身という玉を磨くため、私との対決を望んでいるのだ。

 

 ……よく分からないのは、それがどうにもかくれんぼという形式になっているらしい、ということ。

 戦闘は戦闘でも、生き死にに直結するようなものではないということだ。

 この辺りは『星女神』様の入れ知恵、ということになるのだろうが……彼女はどういう結末を見ているというのか。

 

 まぁ、彼女の遠大な視座を私が把握するなど、烏滸がましいどころの話ではないのだが。

 ……でもこう、予めこうなることを先に教えてくれても良かったんじゃないかなー、みたいな?

 まぁ、そんなこと言ったら──だって、聞きに来なかったのはそっちじゃない──とか言われかねないのだが。

 

 話を戻して。

 今までの五条さんの行動が外になにかを探しに出たのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()のだとすれば説明が付く。

 ……付いた結果、本気で探さないとこの話は終わらない、ということも判明してしまった。

 

 なにせ彼が望むのは本気のかくれんぼ。

 ……そう、こちらが全力を出さなければ、その足跡すら踏ませないレベルのエグいやつである。

 

 

「……あ、なるほど。本気でやるからには見付からないように動くのは本意だが……」

「だからといって、いつまでも隠れ続けていたいってわけでもない。相手が自身の意図に気付き、本腰を入れて探してくれないと単に勝手に隠れてるだけ……ってことになるからね」

 

 

 彼が姿を隠しているのは、雑に言ってしまうと私との対決の手段としてそれを指定されたため、だろう。

 だがしかし、私はそのような話があったことを知らなかった。……知らなかったので、探索の目的が微妙にずれていた。

 

 それでは、対決として成立しない。

 掛け違えた目的は、決して交差せず平行線のままである。──その均衡を崩すために、彼はわざと私に姿を見せた、というわけだ。

 

 

「ただ、そうだとすると一つ気になることがあるんだよねぇ……」

「気になること?」

「それはもしかして、五条のヤツが()()()()()()という話と関わりがあるのかのぅ?」

「……む、忽然?」

 

 

 まぁ、こっちをからかうつもりだった、というのも間違いではないだろう。「怒らせた方が本気になるかなーと思って」とかなんとか言い出してもおかしくないし。

 ……それはそれとして、気になることが一つ。

 それは彼が私の前で()()()()()()()()()()()()()()()こと。……これ、五条さん単体だと説明が付かないんだよね。

 

 

「彼の術式は『無下限』。一応、それの応用で闇夜に紛れる……みたいなことは出来てもおかしくはないんだよね。無限の壁で光を遮断できるのなら、見えなくなるって結果自体は引き起こせる方が普通だし」

 

 

 そう、彼の術式で成し得る消え方というのは、恐らく光学迷彩めいた先のそれではなく、闇という光の届かぬ場所に溶け消える方だろう。

 それが何故かと言えば、周囲の空気に紛れるという消え方は、単純に無限を運用しただけでは発生しないモノであるがため。*2

 

 以前にも何度か触れたことがあるが……無限というものを扱う場合、そこに例外処理を設けない場合に起きるのは()()()()()()である。

 自然に存在する物体の色や形を判別できるのは、その物体に太陽光が反射し、それによって細分化した光を眼球が受け取っているため。

 裏を返すと、反射しないモノの形や色は正確には判別できなくなるのである。*3

 

 わかりやすいのはブラックホールだろうか。

 あれは光すら抜け出せない超重力の塊であり、それゆえに観測することがとても難しい。

 仮に観測できても、ブラックホールそのものを観測するわけではなく、その周囲に漂うガスなどから『そこにブラックホールがある』ということを認識する、という形になってしまう。*4

 

 そこになにもない状態も、ブラックホールによって光が逃げられないようになっている状態も、共に目視に頼る場合は違いを判別できない……というわけだ。

 

 これと同じことが、無限による壁を定義した場合にも起こりうる。

 この場合は光は逃げられないのではなく、目的のモノに到達できない……という形になるが、なんにせよ物質に当たって眼球に届くはずの反射光は、決して観測されない。

 ゆえに、無限の壁というモノが現実に存在するのであれば、特に特別な事情がない限り()()()()()()()、ということになるのだ。

 もっとも、その場合の黒は『なにもない』ではなく、ブラックホールと同じく『あるはずのモノがないので黒く見える』、という形のモノになるわけだが。

 

 それを踏まえると、五条さんが空気に溶けるようにして消える、というのは些かおかしい。

 彼が彼自身の力のみを使って姿を消すのであれば、それは恐らく()()()()()()()()()()という形になるはずだからだ。

 

 いやまぁ、実際には『0.5秒の領域展開』みたいなことをして、こっちの認識を歪めた可能性も無いではないが……他の人にならともかく、私相手にそのごまかしは不可能に近いだろう。

 互いに無限使いなので能力が無効化に近いことになるのは勿論、私には『神断流』がある。

 ……『虎視眈々』一つでもお釣りが来るレベルで、相手を見逃さないことには自信があるとも言えるか。

 

 にも関わらず、彼は忽然と空気に溶けて見せた。

 咄嗟の『虎視眈々』だったため、狙いの甘さがあったとしても……完全に逃げられてしまう、というのはおかしい。

 なにか、そういう『隠れる』という行動に対して、特に強い能力を持つ()()の補助を受けていたのでは?……と疑ってしまうほどには。

 

 

「もしそうなら、『虎視眈々』から逃げられたのも説明が付く。これって調整が聞くから、隠れるのが得意な相手とそうじゃない相手では集中の度合いが違うし」

「んー、頑張るつもりなのと凄く頑張るつもりなのとではー、必要なぱわーが違うから……みたいな?」

「まぁ、そんな感じ」

 

 

 そもそもに、『虎視眈々』はとても疲れる類いの技である。

 本気でやれば次元隠蔽だろうがお構いなしに見続けていられるが、その規模で見続けるのは相当に体力を消費するのだ。

 なので、普通は相手から想定される隠蔽力に合わせた出力に抑える、という行程を挟む。

 隠れるのが得意な忍者と、普通の一般人のどちらに労力を割くべきか、みたいな感じか。

 

 それと咄嗟に使った、ということもありあの時の『虎視眈々』はレベルとしては『多少隠れ慣れた人を探す時』程度のモノになっていた。

 その状態で『幻術級の隠蔽力』の相手を見ようとしても、そりゃ簡単に逃げられて当然……というわけだ。

 

 

「つまり、今回の五条さんには協力者がいる。それも、逃げることにパラメーターを全振りしたような相手が、ね」

 

 

 そしてそれゆえに、こちらに必要とされる労力も跳ね上がるだろう、と私は締め括るのであった。

 

 

*1
正確には『呪術廻戦』75話『懐玉-拾壱-』。呪術の核心に触れた五条が、奥の手である『虚式「茈」』を発動するシーンなどが有名。……だが、ここではその前の部分、五条悟が『天上天下唯我独尊』と述べた部分を指す。要するに覚醒シーン。なお、話のタイトルである『懐玉』は、優れた才を持つことを示す言葉。この場合の『玉』は宝石のことを指し、全体として『宝石を懐く』というような言葉となる。『懐玉』のタイトルの付く話は、全て『五条悟という(宝石)が磨かれていくさま』を記した物となっている

*2
自分の背後に有るものが透けて見える、という状態を再現しようとする場合、簡単なのは『背後の状態を予測し、予めそれに見合うペイントをすること』。擬態生物の隠れ方がこれであり、周囲の環境に紛れるようなものを予め用意しておく、という形になる。因みに光学迷彩の代名詞的な存在であるカメレオンだが、その実異性へのアピールの為に体色を変化させる・もしくは他のオスへの威嚇目的……という利用法の方が多いとのこと。他にも『光の屈折・回折』などを利用した迷彩が研究されているが、今のところ実用的なものは完成していない。……なお、無限による反射光の消滅は、レーダーのような反射光・反射波を利用したモノにとっては普通にステルス扱いとなる(反応がないのと同じ結果になる為)

*3
『黒色無双』という光をほぼ反射しない塗料があるが、これで上手く塗ると継ぎ目や段差などが全く視認できなくなる。場合によってはとても危ない(先端が尖っていても視認できないのでそのまま掴んでしまったりする)

*4
光すら呑み込むブラックホールだが、その存在を認識する為に使われる周囲のガスは、ブラックホールの中から飛び出したものも含まれている。これらのガスや塵はブラックホールの外縁を回るのだが、その時『降着円盤』と呼ばれるモノになり、摩擦などによって明るく輝く。ブラックホールの観測の際、主に目印となるのはこの『降着円盤』である



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ヤツの姿を追え!追って捕まえろ!

「……なぁ、めっちゃくちゃバレてないかこれ?」

「あー、キーアさんならもうアタリを付けててもおかしくはない、かも?」

「いや笑いながら言うことじゃねぇぞ?!オレ戦闘はからっきしなんだからな!?」

「いやいや、そういうのは心配しなくていいよ。隠れてるのが見付かったのなら、そこから先はもう足の速さの問題だから」

「いやまぁ、オレに被害が飛んでこないならなんでもいいけどよ……」

 

 

 

 

 

 

 さて、今の五条さんには協力者が居る、ということがほぼ確実となったわけだが。

 ……恐らく、その相手というのも『星女神』様の差し金だろう。

 

 

「え、つまり五条のと一緒にいる相手は【星の欠片】の誰か……ということになるのかのぅ?」

「ああいや、差し金っていうのはそういう意味じゃなくてね……」

「むぅ?」

 

 

 ああうん、今のは私の言い方が悪かった。

 首を傾げるミラちゃんにごめんごめん、と片手をあげるわたしである。

 ……確かにこの言い方だと、『星女神』様が助っ人を用意したみたいに聞こえるもんね。

 実際にはそういうわけではなく、互いに求める能力を持つ相手を引き合わせた……いわゆるマッチングアプリ*1みたいなことをした、ということになるわけなのだが。

 

 

「……なんというか、いきなり俗な話になったな」

「わかりやすい話の方がいいでしょ?変にあれこれと語るよりかは」

「まぁ、それはそうだが」

 

 

 こちらの言葉に、微妙な表情を見せるサウザーさん。

 とはいえ、変に小難しい話をされてもわかりにくい、というのも事実だろう。……え?お前が言うな?うるせーやい。*2

 

 ともかく、自身の成長を望んだ五条さんと、そんな彼の目的を果たす能力を持ち、かつ彼と組むことで当人の望みも叶うような相手……というのを、『星女神』様は他の人の質問に答えながらピックアップしていたのだろう。

 そうしてそのうちの一人と引き合わせ、その場で『彼と共に行動すれば貴方の願いは叶う』というようなことを述べた……というのが私の予測である。*3

 

 まぁ、あくまでも私の勝手な予測なので、細かい部分に関しては間違っている可能性もあるだろうが……でもまぁ、大枠では合っていると考えていいと思う。

 ……え?なんでそんな風に断言できるのかって?そりゃ勿論……勘、かな?

 

 

「いや、勘て」

「とは言うが、キーアの勘はわりと馬鹿にできぬがのぅ。その辺りの嗅覚は流石というべきか……」

「堪に頼ってなんとかして来た、って場面が多すぎるからねー私」

 

 

 困惑するサウザーさんに対し、ミラちゃんは得心したように頷いている。

 まぁそんな感じなので、虫の知らせに関しては全面的に参考にするように努めているんだよね、私。

 ……なんてことを語りつつ、議題はこれから私たちが取るべき行動についてのものへと変化していく。

 

 なんとなくだけど、向こうはこちらにバレないようにしながらもこちらを観察できる位置に待機している……という可能性が高いように思われる。

 

 

「その心は?」

「相手側が半ば痺れを切らし始めてるのと、()()ってフォーマットだとこっちがどうやっても見付けられないような場所にまでは逃げないだろう……っての言うのの両方かな?」

 

 

 先ほどから述べているように、これは五条さんが今より強くなるための試練の一種である。

 ……まぁ『星女神』様の思惑的には、私にも【星の欠片】としての完成度なり習熟度なりを上げさせようとしている、という可能性もあるのだが……そこまで考慮して話をしようとするとややこしくなるので、ここではあくまでも五条さん側の立場のみを考えて話すことにする。

 

 そうするとどうなるかというと、前述通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは宜しくない、ということになるわけだ。

 

 モノの表面を磨くというのは、究極的には単なる凸凹であるそれらの尖りを、あらゆる手段を用いて取り払っていく……という行程を繰り返すことを言う。

 それにはヤスリを使って削ったり、はたまた摩擦で材質を溶かすなどの手段が思い付くが……それらのどの手段を用いるにしても、素材に傷を付ける──()()()()()()()()()()()()()()、ということは変わらない。

 モノを綺麗に磨き上げるには、様々な困難にわざとぶつける必要がある……というわけだ。

 

 これを修練にも適用すると、すなわち平坦な道のりでは己を磨くには足りない、ということになる。

 時折己の想定外のことが起きたり、はたまた今の自分ではどうにもならないようなものに出会わないままでは、その行程を研磨と呼ぶことはできない……とでもいうか。

 

 山頂の岩が水に流され麓にたどり着くまでに、他の石や岩にぶつかって角が取れていく様……とかの方がわかりやすいだろうか?*4

 なんにせよ、トラブルのない人生は味気ないことは間違いあるまい。

 

 ゆえに、誰にも見付からないような完全な隠蔽、というのは己の成長のためのプラスにはなり得ない。

 なにせ、そこには一切の変化がない。

 誰にも見付からないほど完成された隠蔽ならば、それは最早隠れていないのと同義。なにせ、誰もその人を探そうとはしなくなるのだから。

 

 

「なんで、自分の成長を望むのならまず『遠方に逃げる』というのは選択肢から外れる。通常の状態でも見付けられないのに、そこに更に範囲まで加算されたらそれこそ『星女神』様に頼むくらいでもないと、ね」

「砂漠の中に落ちた宝石を探すようなもの、というわけか……」

 

 

 私の言葉に、サウザーさんが小さく唸り声をあげる。

 ……確かに、砂粒と同じ大きさの宝石を落としたとして、それを砂漠から見付け出すのは骨が折れるどころの話ではないだろう。

 まぁ、その場合でも『星女神』様なら()()()()()()()()()()()ってやり方ですぐに発見できたりするのだが。無論、それ以外の手段も色々取り揃えているし。

 

 ……ここまで考えてから思ったけど、もしかして五条さん『星女神』様に喧嘩とか売ってないでしょうね?

 実際、彼女が無茶苦茶な存在であることは間違いなく、それに相対することを選べばまず間違いなく自身のレベルアップは成るだろう。

 ……代わりに、自分の遠い完成形とか呼び出されてぼこぼこにされる可能性も普通にあるわけだが。ほら、士郎君VSアーチャー、みたいな?*5

 

 その場合、無限使いとして原作レベルになった『逆憑依』としての五条さんが出てくるのか、はたまた実際に原作の五条さんの同位体が『星女神』様の体内から呼び出され戦闘になるのか、どちらなのからわからない。

 ……最悪並行世界から五条さん本人を連れてくる、とかもやりかねない人なので、恐らく酷いことになることだけは確実だろう。

 

 そういう意味では、変に本人対決になるよりかは、私に向かってくる方が幾らか面倒臭さが減っている……と言えなくもないか。

 いやまぁ、私としてはそういうお仕事はパス、って言いたいところなんだけどね?

 でも五条さんのことだから、絶対こういう機会に喧嘩を売るのは止めないだろうなー、というか。……そうなるとやっぱり『星女神』様にも喧嘩を……(以下無限ループ)

 

 

「……おい、自分の世界に引きこもるではないわ」

「おおっと、失礼ミラちゃん。もっと失礼なヤツがいる可能性が頭から離れないでねぇ」

「なんとなくなにを考えておったのかはわからんでもないが……そういうのは後にせよ。現状仕事は山積みゆえ、の」

「へーい……」

 

 

 なお、途中でミラちゃんに怒られてしまったため、五条さんがやらかした可能性については一先ず脇に置くことにした私である。

 ……いやまぁ、確率的には『ほぼやってる』レベルでも、確認するまではシュレンディンガってる*6、というか?

 

 それってほぼ確信していると言っているようなものでは?……というツッコミは受け付けませんので宜しくお願いします()。

 

 

*1
恋愛や結婚を目的とした男女を引き合わせるサービス、及びその為のアプリのこと。お見合いがもっとフランクになったもの、と言えなくもないか。確りとした運営会社が提供しているモノもあるが、怪しい会社の作っているようなアプリもある為、使用にはそれなりに注意が必要。その性質上、自身の個人情報を大なり小なり運営側に提供する形になる為、酷い会社の場合は変に食い物にされる可能性があるからだ。なお、そうでなくとも男女の仲というのは拗れやすいもの、いわんや情報だけで相手を判断して会いに行く、という形になるマッチングアプリならなおのこと。トラブルになる可能性はとても高いので、適切なつきあい方を見極める必要性がある。……結婚できる人はこういうものに頼らずともパートナーを見付けられたりするので、変に理想の高い男女が集まる可能性も高い、というのも問題だろうか

*2
特に最近は自身の黒歴史ノートに纏わる話が多い為、密かに胃を痛めている模様

*3
──喜びなさい、術士。貴方の願いはもうすぐ叶うわ──「……あれ?なんかこれ変なものに巻き込まれるフラグ立ってない?」──強くなれるのなら本望、でしょ?──「うわ否定してないよこの人、コワー……」

*4
上流の岩が下流に流れる内に角が取れて丸くなることを『円磨(えんま)』という。丸くなる要因は主に川底の他の石などにぶつかって角が欠ける・ないし磨耗する為。これを繰り返す内に、石は自然と丸くなっていく

*5
『fate/stay_night』のルートの一つ『Unlimited_blade_works』におけるワンシーン。自身の未来の可能性であるアーチャーとの対峙、及び戦闘。自身の完成形とも言える相手との対決は、衛宮士郎という存在の実力を高める上ではこれとない機会でもあった。……殺されかけている状況下でそんなものを意識できるのであれば、だが

*6
思考実験『シュレンディンガーの猫』から。確認を取るまではまだ確定じゃないから……というごまかしの言葉




※自動投稿のタイミングミスりましたがこのまま続行します(白目)


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消えた五条さんの謎(ぐだぐだ風味)

 はてさて、前回五条さんは近くにいるだろう(というのと、多分恐らく確実に『星女神』様にも喧嘩を吹っ掛けている)ということをなんとなーく悟った私であるが。

 そうなると先ほど触れていたもう一つの理由──相手が痺れを切らし始めている、という話にも一応の説明を付ける必要性があるということになってくるだろう。

 

 

「まぁ、こっちもそう小難しい話ではなく、相方の隠蔽能力が思ったより()()()()ってのが痺れを切らした理由……ってことになるんでしょうけど」

「ふむ……?低すぎるからではなく、高過ぎるから痺れを切らした、と?」

「そういうこと」

 

 

 サウザーさんの言葉に、私は小さく頷きながら答えを返す。

 咄嗟の利用だったために幾らか精度や範囲が落ちていたとはいえ、五条さんの相方と目される人物は私の『虎視眈々』から逃げおおせて見せた。

 ……それは裏を返すと、下手をすると他の誰にも彼らを見付けられないという可能性がある、ということになってしまう。

 

 それは何故か?……わかりやすく言うと再現度の問題、ということになるのだろうか。

 

 

「何度か言っているように、私達【星の欠片】はこの再現度って考え方と()()()()()()()()。塵にすら満たないような一欠片が再現できた時点で、あとは【星の欠片】そのものが持つ無限性によりどうにでも出来てしまう以上、本来なら『逆憑依』として一番引っ張ってきちゃいけない部類だからね」

「本来の再現度の考え方で言うならば、大規模な事象を引き起こすには相応の格とでもいうものが必要じゃが……お主の場合はその辺りを数で無理矢理カバーする、ということができるからのぅ」

 

 

 ミラちゃんの言う通り、本来再現度という物差しで事を起こそうとする場合、そこに必要とされるエネルギーや労力というのは()()()()()()()()()()()()()()()

 これだけならば単に当たり前のことを語っているだけに過ぎないのだが、これが『逆憑依』相手だとまた違ってくる。

 ……そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 わかりやすく言うと……一般的な電子機器を動かす際、必要なのは電力の供給源、いわばコンセントである。

 そして、単に家庭向けの家電を使うのなら特別な資格などは必要とされないが……仮に電気配線を弄ろうとしたり、はたまた配線に触れるようなDIYを個人で行おうとする場合、電気工事士という特殊な資格が必要とされる……みたいな感じか。

 もっと雑に言うのなら、再現度とは一種の資格である……ということになるかな?さっきの電気工事士が再現度に当たる、みたいな。

 

 

「単純に電子機器を動かすのは『逆憑依』で言うところの『普通に生きる』行為で、電気工事士の資格は『逆憑依』で言うところの『個々人の特殊能力を使うために必要な再現度』……みたいな?」

「再現度が高ければ高いほど、そのキャラクターにとっての本領・奥の手・切り札のようなものが使えるようになっていく……難易度の高い資格を取るほどに、対応できる仕事が増えていくように……ということでいいかのぅ?」

「そういうことになるね」

 

 

 再現度が低いうちは、そのキャラクターなら出来て当然、ということすら満足にできないこともある。

 そして再現度が高くなると、そのキャラクターにとっての奥の手や、最終決戦でようやくたどり着いたような境地にも触れられるようになる……。

 ある意味ではレベルキャップということになるのかもしれないそれは、ゆえにこそ『逆憑依』というものが一筋縄ではいかない理由にもなっている。

 再現度を上げすぎると、個人の性質にも影響を及ぼすわけだからね、仕方ないね。

 

 ……だがしかし、【星の欠片】においては話が変わってくる。

 再現度という考え方で【星の欠片】を解釈してしまうと、そもそも『逆憑依』として成立した時点で再現度の上限を叩いてしまうのである。

 正確には、自身の影響範囲──どこまで遠くの【星の欠片(自分)】を動かせるか?──という評価に変化するというのが正しいのだが、これはそもそも【星の欠片】自体の評価の仕方なので再現度とは無関係というか。

 

 ともあれ、『逆憑依』になった時点でレベルマックス、みたいな考え方で問題はあるまい。

 レベル1が最大レベル、というのはどことなく寂しいものはあるが、そういう生態の存在なので仕方がないというか。

 

 では、そうなるとどうなるのか。

 ……そう、一般的な『逆憑依』が高い再現度を持たないとやれないようなことが、【星の欠片】の場合は(その【星の欠片】との相性にもよるが)あっさりと出来てしまうということになるのだ。

 

 

「例えば『指先に火を灯す』……ネギまで言うところの『火よ灯れ(アールデスカット)*1みたいな技法なら、そこまで労を要せずやれちゃうかもしれないけれど……これが『周囲を焼き払う』……同じくネギまで言うなら『燃える天空(ウーラニア・フロゴシース)*2とかになると、必要な魔力も再現度も跳ね上がるわけで。……でも【星の欠片】の場合、その二つのうち再現度の方に関しては完全に無視しちゃえるんだよね。代わりに【星の欠片】の動員数、って方向に負担が向いちゃうけど」

 

 

 まぁ、その辺りは【星の欠片】なら自然にできるものなので問題はない、みたいな?

 

 ……そう、問題はない。【星の欠片】はそうなった時点でレベルマックス、すなわちそれ以上の成長がないもの。

 ゆえに、極端な話成り立てでも自身の十全を発揮できてしまうのである。……え?お前この前【星の欠片】の成長、みたいな話してなかったかって?

 あれは成長ではなく変化であり、転身であるので問題はない。……詭弁だと思ったかもしれないが、これは事実である。【星の欠片】は成長しない。仮に扱える範囲が広がったのであれば、それは別の【星の欠片】に変化しただけ。

 つまり、その【星の欠片】としてできることは最初から変わっていないのである。

 

 

「聞けば聞くほど単なる詭弁にしか聞こえんのじゃが……」

「この辺りは詳しく理解しよう、ってのが無理ある話だからね。『星女神』様もキリアも私も、究極的に考えると多重人格みたいなもんでしかない……って点で理解が追い付かないでしょうし」

「む、むむ?」

 

 

 単純に数を集めても到達できない数、という定義のされるものに『到達不能基数』があるが、【星の欠片】における個人の限界はそれに近いものがある。

 例えばユゥイの持つ『散三恋歌』は『寵愛』『恋慕』『嫉心』の三つの【星の欠片】が統合されたものであるが、これはすなわちそれらの三つの要素を無限数纏めると『散三恋歌』に到達できる、という意味になるのだ。

 

 ……え?わかりにくい?

 まぁ、この辺りは説明が難しいので……『寵愛』+『恋慕』+『嫉心』=『散三恋歌』、くらいに思っておくといいかもしれない。

 それを念頭に置いた上で、『寵愛』以下三つの他の【星の欠片】との関係を式にすると……『寵愛』+『恋慕』+『嫉心』≠『虚無』、みたいな感じになる。……この三つを無限数纏めても『虚無』にはならない、というわけだ。

 また、先の式も引き継ぐため『散三恋歌』≠『虚無』も成り立つ。

 

 この、『幾ら集めても他の【星の欠片】にならない』のがいわゆる私達(【星の欠片】)にとっての限界、ということになる。

 自分という存在を幾つ重ねても到達できない壁がある、という感じか。

 ……まぁこの辺りの説明、全部わかりやすいように反転してるので、正確には『自身の割断限界』ってことになるわけだが。

 

 ともあれ、【星の欠片】にとっての進化は進化ではなく、どちらかと言えば研磨に近いので別の宝石に変化したりするわけではない。

 無価値な石ころのように見えて宝石の原石だったのなら、磨けば光るだろうというわけだ。

 

 ではそれらを前提に置いた上で話を戻すと……最初から全力全開を出せる私達【星の欠片】は、多くの面で普通の『逆憑依』より有利である、ということになってしまう。

 実際にはそんなに簡単な話でもないのだが……少なくとも、同じ現象を起こす時に必要とされる再現度の面では、どう考えても普通の『逆憑依』に勝ち目はない。

 

 となると、少なくとも技術面では他の追随を許さない存在である【星の欠片】のうちの一人である私が、あまつさえ技能を使った状態で見逃した相手……というものの捜索難易度がどれほど高いのか、という話。

 もっと簡単に言うのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるのだ。

 

 

「そ、そこまでか?!」

「まぁ、何度か言うように私も本気で探せてたわけじゃないから、本来これは過言も過言なんだけど……それが過言になるのは私たちが全員()()()()()()()。偽物も本物になってしまう……みたいな性質のある【星の欠片】ならともかく、それ以外の『逆憑依』達はどうしても本来の彼らより数段落ちた性能しか発揮できない。その状態で、推定気配遮断レベルA以上の相手を見付ける自身、ある?」*3

「……ないです……」

「でしょ?だから、他の人に見付けるのはほぼ無理、って話になるのよ。で、そうなるとかくれんぼとしても成立しなくなる……と」

 

 

 大雑把に言うなら、『気配感知:B』くらいのもので探してたら相手が一枚上手だった、みたいなことになるのだろうか?

 ……ともあれ、郷の内部でそのレベルの感知を使える相手を探す場合、それこそシャナ辺りを引っ張ってくる必要があるわけで。

 そりゃまぁ、向こうも対決が成立しなくなると若干焦ってしまうのも頷ける、という話になるのでしたとさ。

 

 ……まぁこの場合、相方さんの『気配遮断』レベルが高すぎる、という話にもなってくるのだが。

 純正ハサン級じゃんね、こんなの。

 

 

*1
『魔法先生ネギま!』シリーズにおける、初心者用の呪文の一つ。杖の先に火が灯る……という、ごくごく単純な効果をもたらすが、水の中でも燃えることからわかるように、一般的な火を起こしているわけではないようだ。因みに『アールデスカット(ardescat)』で一単語であり、意味合いはラテン語で『燃やせ』といった感じのものになるのだとか

*2
同じく『魔法先生ネギま!』に登場する魔法の一つ。広範囲焚焼殲滅魔法とも呼ばれる、文字通り広範囲を焼き払う為の呪文。エヴァンジェリンの使う『こおるせかい』と同じくらいに難しいモノとされるが、あちらに比べると幾らか難度は低いのだとか。以前も少し語ったが、『絶対零度』はそもそも発生させること自体が難しい、というのもその理由かもしれない

*3
因みに該当者は本職のハサンなど。英霊級の隠蔽を弱体化状態で見破れ、という無理難題である



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石ころぼうしとか、わりと危ないそうで

「……よかったね、滅茶苦茶褒められてるよ?」

「なんにも嬉しくねぇ!寧ろ身の危険を感じるんだが!?」

「はっはっは、そりゃそうだろうねぇ。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って時点で、キーアさんからしてみれば問答無用に『そろそろ狩るか……♡』とか言ってもおかしくないわけだし」*1

「怖ーよ!?死ぬじゃんオレ!?」

「言葉の綾言葉の綾。……まぁ、死なないにしろ滅茶苦茶便利にこき使われる可能性は高いねぇ」

「どっちにしろ死にそうなんだが?!」

「過労死で?上手いこと言うね君」<ケラケラ

「笑い事じゃねえっての!?」

 

 

 

 

 

 

「…………」<ジーッ

「どうしたキーア、眉間に皺など寄せおって」

「なんかこう、不穏な空気を感じたというか……」

 

 

 具体的には、近くで舞台裏トークしてるヤツが居る、みたいな感じというか。

 ……いやまぁ、この分だと近くに五条さんと件の相棒さんが揃ってる、ってことだろうとは思うのだが……確証が持てない辺り、相手の隠蔽能力の高さに舌を巻きたくなる気分、というか。

 

 もし、これを相手の手加減なしに攻略しようとするのであれば、こっちもこっちで手加減をしている余裕がなくなる可能性は高く……()()()()()望んでいない私からすれば、五条さん側が譲歩してくれるなら有り難く飛び付く次第、というか?

 ……【星の欠片】を最大限活用しないと見付けられなさそうな相手、って点で正直『星女神』様が想定してるのは私が本気を出す方……という気がするのは、一応の懸念点と言えなくもないか。

 

 流石に直接横やりを入れてくることはないと思うけど、なにをかしら間接的に起こるようなフラグを立てられている、という可能性について頭の片隅に置いておいた方がいいかもしれない。

 まぁ、私が気を付けた程度でなんとかなるのなら、『星女神』様も早々表には出てこないような気もするのだけど。

 

 ……とかなんとか考えながら、ドリンクバーで注いできたメロンソーダに舌鼓を打つ私である。

 

 

「んー、ファミレス店特有の薄めたドリンク、って感じ~」

「それは褒めとるのか貶しとるのか、どっちなんじゃ……?」

「褒めてるよ?」

「マジでか」

 

 

 この味は中々体験できないよね!(テキトー)*2

 ……はてさて、適当に過ごしているわけだが、別に自棄になったとかではない。

 単に向こうの出方を待っているだけの話である。

 

 完璧な隠蔽は勝負にならない、と先ほどから述べているように、この対決において主導権があるのは基本的に五条さん側である。

 私が【星の欠片】としての技能を最大限活かし、隠れている相手の中から私を励起する……とかやれば、それこそサクッとこの対決は終わりを迎えるだろうが、それはそれで問題点が山積みとなるので避けたい行為だ。

 

 というか、今回に関してはわりと私も頭に来ているので、『星女神』様の狙い通りにことが動くのは我慢できないというか?

 なので、実質的に【星の欠片】を直接使うのは厳禁である。

 ……まぁ、そうなるとさっきから言ってる『こっちに相手を看破する手段がない』って問題に突き当たるわけだが、その辺りは向こう側が『今のままだと勝負にならない』と痺れを切らし始めていることからなんとかなると思われる。

 

 ここで一番嫌なのは、五条さんの気が変わること。

 いやー、やっぱりキーアさんの本気が見たいなー?……とかなんとかほざきながら、さっきまでの判断を取り下げる……とかやられると本気で困るわけだ。

 向こう側がどこかで尻尾を出してくれるならともかく、【星の欠片】を使わないと見付けられない……となった時点で詰みである。

 

 

「……いや、ある意味それでもいいのかな?」

「む?なにをぶつぶつ言っておる?」

「いや、逆に考えるんだ……みたいな?」

「……それはつまり『負けちゃってもいいさ』、ということか?」*3

「そういうことー」

 

 

 そこまで考えて、閃きが脳裏を過る。

 そう、詰みということは投了──すなわちこちらの()()ということ。

 勝負をしたい、という話なのだからこっちの負けが決まるのであればそれはそれで良いのでは?

 いやまぁ、勝ちが決まったあと素直になりきり郷に戻ってくるのなら、という注釈は付くだろうが……もし帰ってこないようなら、その時はもう勝負は付いてるので普通にキリアを投入しますよー、というか。

 今回の話、私が【星の欠片】を使うのが嫌、ってところも大きいのだから、そこら辺の制限がないキリアに任せるのは普通にありでしょ、みたいな?

 まぁ、その場合は帰ってからキリアの説得をする必要があるんだけど……多分、これに関しては普通に成功すると思われる。

 

 

「それはまた、何故?」

()()()()()()()()()

「こ、こいつ……プライドを売りやがった……!?」

 

 

 うるせー!プライド捨てて命が拾えるなら安いもんじゃー!

 ……というわけで、最悪の場合は恥も外聞も捨てて(キリア)に頼ることを即決した私は、このままこの対決をドロップアウトする宣言を──そこっ!!

 

 

「ぬぉわっ!?」

「あちゃー、僕じゃなくて()()()に揺さぶり掛けてくるかー。んじゃま、逃げよっか」

「えっちょ、うわーっ!!?」

 

「え、なになになんなの今の?」

「んー、カマ(殺気)掛けました☆」

「鬼か貴様……」

 

 

 突然別のテーブルの方にパンチを繰り出した私に、皆がビックリする中。

 空を切った感触と共に、仄かに聞こえたのは二人の男性の声。

 片方は知らない声だが、もう片方は聞き覚えがある。……五条さんの声だ。

 

 片方側はかなり焦った声を出していたので、今私の拳が擦ったのがそっちだろう。

 まぁそのあと、気配は店内から完全に消えてしまったのだが。……相方さんの能力、ってことか。

 でも声が聞こえたのでオッケーです。……聞こえたってことは、こっちと繋がりが一瞬でもできた、ってことだからネ☆

 

 で、そんな一瞬の攻防に困惑する皆に、私はさっきまでの話が相手のボロを出させる一種のブラフだった、ということを告げるのであった。

 

 

 

 

 

 

「つまりぃ~……どういうことぉ?」

「店内になんとなく居るんだろうなぁ、って思ったから、相手が尻尾を出すのを待ってたってだけだよ」

 

 

 改めてメニューから頼んだパフェを頬張りつつ、きらりん他数名の疑問に答えていく私である。

 

 まず、キリアに頼るというのは紛れもなくブラフ。

 これに関しては、プライドどころか尊厳まで投げ捨てる羽目になりかねないので、実際には絶対選ばないしやらない行動である。

 ……なのだが、その辺りは恐らく面識のない相手である相方さんには理解できなかった、というわけだ。

 

 

「……五条の方は『適当言ってるなーキーアさん』と笑っていたが、もう片方の相手はそうではなかった……ということかのぅ?」

「まぁ、端的に言うとそうなるね。……なんでその相方さんが協力してるのか、ってのはわからないけど……多分、私以外に出てこられるのは嫌、ってことになるんだろうね」

 

 

 この相方さん、『星女神』様が手紙を読んだ上で五条さんに引き寄せた相手、ということになるわけだが。

 

 恐らくその時に『星女神』様の恐ろしさについてなにかしら思い知らされるような目にあったのだろう。

 そして、恐ろしい目に遭うついでに『これから挑む相手は私より弱い子よ(要約)』と言われた……みたいな?

 

 ……まぁうん、『星女神』様と比べられるとか畏れ多いにもほどがあるのでその辺りは仕方ないのだが、だからこそ相手側にはなんとなく『あれよりはマシ』みたいな意識があったのではないだろうか。

 その上でしっかり隠蔽はこなしてる辺り、そのスペックの高さと警戒心の高さに舌を巻いたわけだが……。

 

 ともあれ、私以外の【星の欠片】に出てこられては困る、というような驕りがあったことは間違いあるまい。

 そんな状態で私のブラフを聞いたせいで、ほんのりとではあるが平常心では居られなくなった……というわけだ。

 

 

「で、そうして揺れたところに殺気を叩き付けた、と」

「殺気、なぁ?……俺達にはまったく感じられなかったわけだが?」

「そりゃそうよ、これ単なる殺気じゃないもん」

「あー、もしかしてそれも『神断流』とやらの技の一つ、ということかのぅ?」

「そうそう。『鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)』って言うんだけど、特定条件を満たした相手だけに殺気を叩き付ける、っけとができるんだよね」*4

 

 

 言うなれば、こちらから殺気をぶつけるのではなく、見た側が殺気の壁にぶつかる……みたいな感じの技ということになるのだろうか?

 普通の睨み付けが相手を視認する必要があるのに対し、こちらは相手がこっちを見て勝手にビビる、という形なので相手の位置が判別できずとも問題がない……という部分で、この状況にピッタリの技だったわけだ。

 

 で、突然殺気の壁にぶつかって困惑した相方さんは、その困惑により一瞬だけ隠蔽能力の制御を失った。

 結果、声だけが私達に聞こえてきた……というわけである。

 まぁ、そのあとすぐに立て直して逃げていった辺り、やっぱりただ者じゃないっぽいけど……。

 

 

「さっきも言ったように、聞こえたってことはこっちと繋がりができた、ってこと。……一度掴んだからにはもう離さない、ってね」

「おー……」

 

 

 一度繋がってしまえば、あとはこちらのもの。

 その繋がりを途切れさせないように維持し、その足取りを追えばよい。

 

 

「つまり、私の勝ちだ!五条悟!」

「……ところで、この試合の勝利条件ってなんになるのかのぅ?」

「おっと?」

 

 

 こうして勝利宣言をした私だったが……ミラちゃんの言葉に出鼻を挫かれることとなったのであった。

 ……あれ?相手を捕まえれば勝ちでいいんだよね、これ?

 

 

*1
『HUNTER×HUNTER』より、ヒソカの有名な台詞。新しい玩具(ゴン・キルア)を見付け、古巣である旅団を捨てる(狩る)ことを決めた際のもの。なお、正確にはハートマークではなくスペードマーク

*2
因みに、濃縮液を水などで薄めるという作り方をするのが一般的なドリンクバーの飲み物だが、原価はおよそ十~三十円程度であり、大抵の場合元を取る(=代金分飲む)ことは不可能である

*3
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(part01)『ファントムブラッド』より、主人公・ジョナサンの父ジョースター卿が幼少期の彼に告げた台詞『逆に考えるんだ~』から。愛犬・ダニーがおもちゃを咥えて離さないことに困り果てたジョナサンが父親に対処を聞いた時、大まかに言えば発想の転換的な文脈で、いっそあげてしまえばよいと告げたもの。これを思い出したジョナサンは、その時のピンチを脱する為に敢えて本来自分がやりたいこととは逆のことをやり、それにより逆転の糸口を発見した

*4
中国唐代の詩人「杜甫」の漢詩「兵車行」を元ネタとする四字熟語。この漢詩は徴兵される兵士達の悲惨を歌ったモノであり、その最後の方に『鬼哭』『啾々』の文字が記されている。四字熟語としては『悲惨な死に方をした亡霊の呻きが響く状態』、そこから転じて『恐ろしい雰囲気』という意味となる。『神断流』としては、自身に殺気を纏わせることで見た相手に威圧感を与える、という技法。見ただけで自身の死を幻視するほどの濃度により、相手の心を折る



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意外とややこしいことになってきた予感

「……そういえば、私たち側の勝利条件ってなんなんだ……?」

「さっきも貴様が言っていたように、相手を捕まえればそれでよいのではないか?」

「いや、それだと微妙に足りてないというか……」

「……む?」

 

 

 サウザーさんの言葉に頭を振る私。……いや、向こう側の勝利条件はわかっているのだ。

 端的に言えば、それはこちらにギブアップをさせること、ということになるのだろう。

 無論、それだけが条件かと言われれば違う気もするのだが……メインとなる条件がそれである、というのは恐らく間違いではない。

 ここで問題なのは、()()()()()()()の方。*1……最優先ではないが、達成しておきたい次善の目標についてである。

 

 これは、いわゆる『試合に勝って勝負に負けた』*2、というような状況を引き起こすものだと言えるだろう。……ああいや、向こう視点だと逆になるのかな?

 ともかく、メインの勝利条件がこちらのギブアップであるのなら、サブの勝利条件は恐らく五条さん本人の願いではなく、相方さんの願いに関係するもの……という可能性が高い。

 

 だとするとどうなるのか?

 ……答えは単純、()()を私たちが察することは──現在こちらが持ちあわせている情報の少なさゆえに不可能である、ということになる。

 とはいえ、これはそれ単体で問題になること、というわけではない。

 

 じゃあ一体、なにと組み合わされば問題になるのだろうか?

 ……それは『他者の思惑との噛み合い』、ということになる。

 

 

「……他者の思惑との、」

「噛み合い~?」

「そ。たった一人の誰かとの相性ではなく、そこらに転がる数多の思惑との噛み合い方。……それが、今回予測される相手に対し、こちら側が一番問題としなければならない部分ってわけ」

 

 

 例えば、五条さんの思惑。

 それは恐らく彼自身の成長となるわけだが、そのためにはある程度の難行──試練が必要となる。

 

 原作においては『最強』の名を欲しいままにする彼に対し、その成長を促すような試練を用意するとなれば……そう、それこそマシュのようなレベル五相手でも足りているかは微妙。

 そもそも『最強』を標榜している以上、狙う相手は限られる。

 ……そこで相手が私、となる辺りは正直勘弁して欲しいところだが、ともあれそれが選択としておかしいことか?……と聞かれると、こちらとしては頷き辛くもあるというか。

 

 その辺りは詳しく語ろうとすると長くなるのでカットして結論だけ言うと、彼の思惑的には私が敗退したあとはキリアに喧嘩を売りに行く、という可能性が非常に高い。

 裏を返せば、現状一番()()()()()()()()()のが私だった、というだけの話になるのである。

 ……え?五条さんへの風評被害が酷い?

 見た目幼女に喧嘩吹っ掛けてくるのは、普通に印象悪くない?いやまぁ、今さら私がそんなことで彼を見限るか?……って話ではあるのだが。あと向こうがそこを気にするのか、って言う()

 

 ところが、今までの彼らの行動から考えるに、少なくとも相方さんの思惑としては()()()()()()()()()()()()()()()()()、と思っている可能性が高い。

 つまり、五条さんの思惑とほんのり接触事故を起こしているのである。

 

 また、この件に関わってくる思惑として大きいものの一つに、『星女神』様の思惑があるわけだが。

 彼女は周囲に求められたことに、真摯に返しただけ……だという建前で、恐らくは私の研磨(しゅぎょう)も今回の件に捩じ込もうとしている。

 

 ……とはいえそれは今すぐに、というほど切羽詰まったモノではなく、これから長いスパンを掛け【星の欠片】としての自覚を養っていく……みたいな感じのものだろう。

 でなければ、そもそもに彼女自身が出張ってくるはずだからだ。……あのお方、穏やかに見えて本質は荒神側だし。

 今でこそ色々あって落ち着いているものの、元々はかなりスパルタな気質の人であることは間違いなく、彼女が本腰を入れているのなら恐らく他人に任せる……なんて甘いことはしないだろう。*3

 そういう意味で、今回の彼女の思惑というのはかなり軽いもの、ということになる。

 

 ──どっこい、相方さんから見た時にはそうは映らなかった。

 そこでどういう会話があったのかはわからないものの、恐らく彼にとって『星女神』様はこの上ない邪神に見えたはずだ。

 自分の能力──あらゆる相手からの完全な隠蔽とも呼べるそれを、まるで無かったモノのように扱うことができる相手。

 それは恐らく、彼にとってはなによりも恐ろしいものだったのだろう。

 

 考えてもみて欲しい。

 通常の私が発見できない、となるとそのランクは次元隠蔽クラスになる恐れすらある。

 ……言い方を変えれば、能力を発動している状態の彼を見付けることはほぼ不可能、ある意味では()()であるということ。

 

 そんな無敵の能力が、至極あっさりと──それも、相手からしてみればなんの労力も掛けずに解ける程度のモノでしかない、と提示された時。

 ──はたして人は、平静な状態を保つことができるだろうか?こちらの全力を指先一つで破るような相手を、真っ当な存在だと認識できるだろうか?

 

 答えは否、本来のその人物の性質など考慮されることはなく、ただ純粋に『危険な相手』とだけ認識されるはずだ。

 ……恐らくだけど、『星女神』様は今回彼──相方さんの質問に答える際、なんの気もなしに潜伏中の彼へと声を掛けたのだと思われる。

 無論、そこに彼を脅かすような意図は……まぁ、多少からかう気持ちはあったかもしれないが、その程度。

 見る人が見れば『じゃれついてるだけだな』と判断できるような、そんなレベルのものでしかなかったはずだ。

 

 どっこい、相手はそうは受け取らなかった。

 いつでも自身の首を刈り取ることのできる相手が、気まぐれに自分に声を掛けてきた……くらいにしか見えなかったはずだ。

 その時はそれで済んだものの、もし仮にこの流れで自分の望みを叶えられなかった場合、次に挑むことになるのはその相手に近い存在、もしくはそれそのものになる。

 ……そんなのは嫌だ、と喚くことは想像だに難くない。

 というか、そこに関してはこっちも利用させて貰ったので考慮には入っているわけで。

 

 じゃあなにが問題なのか、というと。

 ……その追い詰められ具合に見誤りがあった、ということ。

 それにより、相方さんの望みとやらがこちらの思う以上に『重い』モノである・もしくは『重くなってしまった』可能性が高くなった、ということである。

 

 

「……ふむ?」

「言っちゃあなんだけど、五条さんの思惑とか『星女神』様の思惑とかは、わりと軽いんだよね。最悪、今回のあれこれで達成できずともなんとでもなるというか、別の機会が与えられる可能性は高いと言うか」

「じゃが、その相方とやらにとっては違う……ということかのぅ?」

「多分ねぇ。いやまぁ、もしかしたら『星女神』様に質問した直後はそうでもなかったのかもしれないけど、そのあとはやってきた相手に恐怖して『今回達成できなければもう二度と達成できない』、なんて風に思い詰めてる可能性も少なくないというか……」

 

 

 思惑のぶつかり合いが問題、と最初に述べたが。

 この場合はつまり、他の思惑とぶつかり合った結果、相方さんの中での思惑の重要度が意図せず上がってしまった、ということになるのだろうか。

 ……他の面々はわりと軽いノリなのに、彼だけ重い状態になってしまったというか。

 

 こうなると、下手に捕まえるのも宜しくあるまい。

 そこまで思い詰めてしまっていては、最悪の場合この話が終わったあとに失踪とかしかねない。

 そうなるとこっちにはもう捜索は不可能、ということになってしまう。

 ……いやまぁ、絶えず『虎視眈々』しとけば見失うことはないだろうけど、その場合は何度隠れてもすぐに見付けられてしまう……ということで、別方向に病む可能性があるというか。

 

 

「つまるところ、対処を誤ると別の問題を誘発する可能性が出てきた……ということか?」

「そういうこと。それを避けるのなら、相手のサブターゲット──相方さんの思惑を可能な限り叶えた上で、五条さんをぼこぼこにする(メインは達成させない)必要があるんだけど……」

「こっちに相手の情報はほぼなく、かといって単純に捕まえてから、とすると相手の思惑次第では別の問題を誘引する……ということになるのぅ」

「なんでここに来て、変な方向に厄介になってくるのかなぁ!?」

 

 

 思わず机に突っ伏した私を誰が責められようか、いや誰も責められまい。

 ……というわけで、一応相手の行き先を『虎視眈々』で把握しつつ、これからどうしたものかなー、と頭を悩ませる私たちなのでありました。

 

 

*1
『モンスターハンター』シリーズなどに登場する『サブターゲット』のこと。そのクエストの根本的な目的とは別に、補助的なものとして制定されるモノ。こちらを達成しても帰還することができ、『相手のモンスターを倒さないと終われないので、必然的に一回の戦闘が長くなる』という問題を解決する一助にもなっている。なお、最近の作品では特に条件もなくクエストから帰還できるようになった為、システムとしてはまた別のものに変化している(『バウンティ』など)

*2
『試合』という形式の上では勝っているものの、互いの精神面や体裁・試合後の状態を含めた上で考えると純粋に勝ったとは言い辛い……みたいな状況を示す言葉。単純な勝負では発生せず、ある程度のルールが必要とされる場面において発生する状況。その為、わかりやすいのは『卑怯な手を使って試合に勝った』状態などになるだろう。また、ここではメインターゲットを試合、サブターゲットを勝負と対応させている形になる。勝利条件が二つ以上ある場合、優先度が低いものは取れたが高いものは取れなかった……という感じだろうか?

*3
具体的には、本気で相手を磨く気があるのなら○弱点克服の為苦手な相手との組み手×苦手が直るまで(下手すると∞)○得意なことを伸ばす為、成長した自分との戦闘×彼女が良いと認めるまで(こっちも∞)とかが絶え間なく飛んでくる。無論死なない程度に調整はしてくれるだろうが、場合によっては(サイヤ人みたいに死にかけるほど強くなる、みたいな場合)マジに殺しにくることもある(無論本当に殺したりはしないし、仮に死んだら蘇生してくれる。やさしい。……やさしいか?)



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そろそろ君が誰なのかを教えておくれ

 はてさて、思いの外相方さんが面倒臭……もとい厄介なことになっている可能性がある、という問題が浮上したわけだが。

 とはいえ、考え付く対処方法はそう多くはない。

 その中で一番確実性が高いのは、()()()()()()()()()()()()……というパターンだろう。

 

 

「五条めに、か?」

「そ。彼も今回強くなる、って思惑を叶えようと動いているわけだけど……その実、そこまでその思惑の優先度が高くないというか、最悪他の人(キリアとか)を後日宛がってもなんとかなりそう、という気がするというか……」

「本気ではあるじゃろうが、全力ではない……ということかのぅ?」

「そうそう」

 

 

 先ほども語ったように、今回の騒動の発端となった五条さんだが、その思惑の優先度は意外なことにそう高くはなさげである。

 雑に言ってしまえば、『実行できる機会が巡ってきたのでやってみた』くらいのものである可能性が高く、それゆえにその機会を再度用意する約束さえしてしまえば、この場を納めることはそう難しくないように見えるのである。

 

 ……いやまぁ、これについてもこっちの勝手な予測であり、実際はもっと真剣な話だったりする可能性も否定はできないが……だったらわざわざこの場から逃げないだろうというか、こっちが【星の欠片】を使うように強要してくるだろうというか?

 要するに、他者の意思を踏みにじってまで目的を達成しようと言うような熱はない、ということになるか。

 そこら辺を上手く突いていけば、できる限り穏便にことを納める……ということは不可能ではないはずなのだ。

 

 

「まぁ勿論、相方さんと五条さんの関係性にもよるんだけどね」

「迂闊に意気投合しておったりすると、自分のことは後回しでもいいが相手の方は……みたいなことになる可能性もあるからのぅ」

 

 

 で、ここでも問題となってくるのが相方さん。

 単に『星女神』様に引き合わせられただけの相手だが、それにしては息があっているというか、相手側に合わせた行動をしているような気がするというか……。

 

 いやまぁ、今回の対決のメインがかくれんぼであるため、そこを強力にサポートしてくれる相手に譲歩しているだけ、という可能性もなくはないんだけども。

 でも、それを踏まえてもなお五条さん側が『気を遣いすぎ』のような気がするので、互いにとても気があった……とかそういうことになるのかもしれない。

 

 もし仮にそれが正解なら、五条さん側から切り崩すのは中々に難しい、ということになるだろう。

 最悪、相方さんの求めるものによってはこちらになにも教えてくれない……なんて事態に陥る可能性もゼロではない。

 

 

「……ううむ、どこまで行ってもその相方とやらの思惑に待ったを掛けられる、という感じだな……」

「そうなんだよねぇ……だから、次点で有効そうなのが『星女神』様に尋ねる、ってことになっちゃうんだよねぇ……」

「あー……」

 

 

 はぁ、とため息を吐く私。

 ……うん、五条さんに聞くのがダメなら、その次に有効な手って『星女神』様に話を聞く……ってことになっちゃうんだよね。

 そう、現在自分の居城に引きこもっており、そこに到達できる人間相手との対話しか受け付けていない……という状態の彼女に面会する、というのが。

 

 無論、これもこれで相手が素直に答えてくれる、とは限らない。

 貴方が自分で考え、そして答えに到達することこそが貴方の成長に繋がる……とかなんとか言われてしまったら、その時点で会話終了である。

 

 そうなるともう、ぶっつけ本番でクリアしていく……みたいなやり方が最善手になりかねないわけで。*1

 できればそうじゃないことを願いたいのだが……そうでなくとも、わざわざ彼女の居城に乗り込んで話を聞く、という行動自体が避けたい行為である。

 

 だって、ねぇ?そもそも彼処に行くのに文字通り死ぬほど苦労するのに、その上やっと出会えた『星女神』様から『全ては貴方の頑張り次第です』なんて返された日には、そのあとのやる気メーター全損するというか……。*2

 

 

「そ、それほど大変なのか、その場所に行くというのは?」

「んー、サウザーさん達には話したことないけど……私、【星の欠片】としてはかなり半端者なのよね」

「むぅ?」

 

 

 そんな私の様子に、そこまで嫌がるような行為なのか?……と問い掛けてくるサウザーさん。

 その問いに私が返すのは、【星の欠片】としてのキーアはかなり半端・もしくは中途半端な状態であるという事実。

 ……以前どこかで述べたことのある、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という話を告げたのであった。

 

 この試練、最大で三度受けることになる可能性があるのだが──実はその度に『星女神』様との謁見を挟むことになる。

 と言っても、この時に出会う『星女神』様は試験用に生み出されたAIのようなモノであり、キチンとした会話をすることはできないのだが。

 あくまで試練に必要なことしか喋らない、というか?

 

 ……だがしかし、コピーみたいなものだからといって実力が劣る、というわけでもなく。

 というか【星の欠片】の性質上、例えコピーだとしても実力に差異は出ないのが普通*3……つまり、ここでの『星女神』様達が放つプレッシャーというのも、本物と遜色ないということになるわけで……。

 

 

「そのプレッシャーの中で、自身が【星の欠片】として認められる実力である……ということを示さなきゃいけないのよ。それも、肉体を失った時(一回目)魂を失った時(二回目)精神を失った時(三回目)の順でね」

「ふむ……最大で三度、というのはそういうことか」

「なんだかぁ、とっても不穏な言葉が聞こえた気がすゆよ~?」

 

 

 私の言葉に、うんうんと頷くサウザーさんと、珍しく冷や汗を流しているきらりん。

 

 ……うん、きらりんの懸念は間違いではない。

 試練では三度『失った時』の反応を見られる訳なのだが、この場合の『失った』とは文字通り()()()()()()()()()のこと。

 何度か触れているように、【星の欠片】はとても小さなモノである。

 ……その小ささは、本来付加されている『情報』を剥ぎ取った際に手に入るもの。

 

 単純に『その名前の人間である』という情報から、果ては『命を持つものである』というような情報まで、ありとあらゆる情報を剥ぎ取り、その【星の欠片】でしかないものに純化していく……というのが、【星の欠片】における修行である。

 なので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である三つのそれ──【三柱の醒称】*4に関しては、人という存在を構成する要素──肉体、魂、精神の殻を順に脱ぎ捨てて行く、という手順を踏んでいく必要があるのだ。

 

 まぁ、大抵の【星の欠片】は肉体の壁までしか辿り着けず、それよりも下にある魂・精神の壁に辿り着くことはほとんどないのだが。

 具体例を言うと、『寵愛』とかは肉体の壁より上、『散三恋歌』は精神の壁より下……みたいな?

 ……え?いきなり例外が飛び出してる?

 精神の壁より下には新しい壁はないから、実力的にはピンキリなので……。

 

 まぁともかく、【星の欠片】の修行は三つの壁と深い関わりがある、ということは間違いあるまい。

 では何故今回、それについての詳しい話をしたのかと言いますと。

 

 

「……『星女神』様の居城って、その精神の壁の更に下──言うなれば()にあるんだよね……」

「…………なんと?」

「更に言うと、私ってば【三柱の醒称】をクリアしないままに、立ち位置的に精神の壁の下に位置する存在になっちゃったから、彼女に会いに行く場合自動的にその試練を越えないといけなくなってるというか……」

「oh……」

 

 

 そう、今の私が『星女神』様の居城に乗り込んで話を聞こうとする場合、本来なら一つの壁を越えるのに(本人の感覚で)数億とか数兆とかの時間を必要とするような試練を、それこそ三つまとめて攻略した上で。

 更に、こちらの求める答えがそこまでやっても得られないかも?……というある種の恐怖を抱えたままでないといけない、という半ばなにかの罰ゲームかな?……みたいな状態を乗り越えなければならないのである。

 いやもう、この選択がこの状況では次善の策になっている、という時点でやってられねーというか?

 

 そこまで語り終えたことで、他の面々は今の状況がわりと詰みに近くなっていることに、ようやく気付いたのであった。

 ……いや、問題的には『相方さんの願いがわからない』っていう、とっても単純な話なんだけどね?

 それを解決するのに、その前に片付けておかないといけないものが多過ぎて、結果的に大問題みたいになっているというか……。

 

 うーん、控えめに言ってもクソゲー(白目)

 

 

「……そうなると、実際に取れる手段はこれしかないのぅ」

「おっとミラちゃん、なにか起死回生の手段でも思い付いたのかな?かな?」

「うむ、恐らくわしらが取れる手段の上では、これ以外のものはありえんというほどのモノになるじゃろうのぅ」

「おお、いつになく自信満々……ではでは、その手段っていうのは?」

 

 

 そうして白目を剥く私に対し、隣のミラちゃんは考えを纏め終えたのか、こちらに声を掛けてくる。

 どうにも、この状況をひっくり返す策を思い付いた、ということになるらしい。

 

 流石ミラちゃん、頼りになるぅ!……と歓喜し、先を促す私。

 その言葉を聞いたミラちゃんは、ゆっくりと私を指差して……指差して?

 

 

「お主、赤ちゃんになって身売りせよ」

「……なんて(Pardon)?」

 

 

 あまりにも奇抜な策を、私に実行するように告げるのであった。

 ……いや、どういうこと???

 

 

*1
「なるほどTAS。私もやってみたい」「誰この子!?」

*2
苦労して会いに行った仙人に『解決方法はない』と言われるようなもの。骨折り損のくたびれ儲け、というやつである

*3
そもそもコピー自体は簡単にできる。その【星の欠片】を含む大きな区分のものを複製する、という形で十分である。単にコピー機で紙をコピーするだけでもコピーは可能。難しいのは、それを使って何かをする方……ということになる

*4
【星の欠片】に課せられる三つの試練、その総称。肉の体を削ぎ落とし、魂という生死の境を削ぎ落とし、そして最後に個という存在理由を削ぎ落とす。その先になおも残るモノがあることを証明し、『星女神』に覚()したと()えられたことを示すもの



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誰かを頼るのも立派な成長(by母)

「いや言い方よ……」

「でもまぁ、とりあえずなにをするのかはわかりやすかったじゃろう?実際、身売りをするようなものというのは間違いないわけじゃし」

 

 

 はてさて、突然のミラちゃんの爆弾発言より暫し。

 その言葉の真意を問い質すため、私たちは彼女に話を聞いていたわけなのだが……思ったよりもまともな答えが返ってきたため、思わず唸る羽目になっていたのであった。

 ……いやまぁ、幾ら本質的にはまともな案だったとしても、さっきの発言がかなり突拍子も無いものであった、ということに間違いはないのだけれども。

 

 

「とは言うがな?お主が彼女(『星女神』)の居城に行くのを(いと)うように、キリア殿もそう気が進むモノではないのじゃろう?」

「まぁ……そりゃねぇ。っていうか【星の欠片】なら誰だって嫌がると思うよ?言うなれば会社の社長に話をしに行くようなものなんだし」

 

 

 実際はそれよりももっと深刻な感じなのだが、分かりやすく言うと相手のポジションが上司──それも一つや二つ上ではなく、最下位(平社員)最上位(社長)のレベルで離れている、ということになるのは間違いないわけだし。

 

 ……そう、さっきのミラちゃんの発言の真意は、『お主が色々な事情からやりたくないと申すのであれば、それよりかは気楽にできるであろう相手に任せるしかあるまい』というもの。

 つまり、キリアにごまをすって*1代わりに行って貰え……という意味合いになるのであった。

 

 確かに、私が行くのとキリアが行くの、どっちが心情的に楽かと言われれば、キリアの方が遥かに楽であることは間違いないだろう。

 彼女は正式に『三柱の醒称』を終わらせているため、私のように突発的な試練の発生に怯える必要性はないし。

 気持ち的にはぺーぺーである私よりも、遥かに役職的にも『星女神』様に近い分、その辺りの畏怖感は少ないはず。

 

 ……それらの感情が一切ないというわけでもないので、そこを負担させるつもりならばこっちもなにかを差し出す必要があるわけだが、その差し出すものとしてミラちゃんが考案したのが彼女の母親欲。

 それを満たさせるために、私に赤ちゃんになれ……などという突拍子もないことを告げてきた、というわけなのであった。

 

 まぁ……一応、話として筋が通っていないというわけではない。

 彼女(キリア)がその性質上、母親として振る舞いたいという願望を抱えていることは間違いではない。ないのだけれど……。

 

 

「なんじゃその歯切れの悪い口ぶり。反論があるのなら聞くが?」

「反論と言うか……それだけだと成功するか微妙な気がする、みたいな?」

「なぬっ!?」

 

 

 私の様子に、訝しげな態度を取るミラちゃん。

 そんな彼女に対し、私は素直な感想を告げるのだった。

 

 ……そう、とても言いにくいのだが、相手に与えるのがそれだけだと足りてない可能性が高い。

 とはいえ、それは彼女が見込みを違えているというわけではなく、私たち【星の欠片】にとって『星女神』様との一対一の対面が、(色んな意味で)どれ程重苦しいモノなのかが感覚的にわかっていないから……という面の方が大きい。

 

 どういうことかと言うと、先ほど『平社員と社長』みたいなものと例えたが、それはわかりやすさを優先した説明であり、もう少し実情に近い例え方をすると──『平信者と教祖』の方が近い、ということになるのだ。

 

 

「……それはどう違うのだ?」

「全然違いますよー!」

「これだから『愛など要らぬ!』などと言うやつはダメだ!」

「何故俺はいきなりディスられたのd()……いやちょっと待った誰だ今の!?」

 

 

 誰って……通りすがりの警察官さん()ですがなにか?*2

 

 ……冗談はともかく、社長と平社員・教祖と平信者ではかなり状況に差があるだろう。

 そう、前者があくまでも立場的な忌避感であるのに対し、後者はそれに加えて信仰という精神面での忌避感が混ざる、という点で前者のそれより『重い』のである。

 

 

「わかりにくいなら、教祖を神様とかに変えてもいいよ。……相手が絶対的に上位の存在であるがゆえに、畏れ多くて声を掛けるどころか顔を見ることさえできない……みたいな感じというか」

 

 

 まぁ、そのレベルまで行くと今度は過剰に多く見積もっている、ということになるのであれなのだが……なんとなく把握する、という点ではそれくらいに考えておく方がなにかと便利であることも間違いではない。

 

 単純な立場からの顔の合わせ辛さだけではなく、心理面で『この相手には敵わない』という意識があるため、可能であれば余り近付きたくない……というか。

 無論、恩恵も与えてくれるため決して蔑ろにしていいような相手でもないのだが、気まぐれにこちらへ不利益を振り撒いてくる可能性が決してゼロではない、という点で気を許すには足りてないというか……。

 

 

「……不利益を与えてくる可能性があるのか?」

「結果的に不利益になる、ってだけで別に害を振り撒いてるってわけじゃあないけどね。でもほら、やんごとないお方が無茶苦茶やってる時に、その従者にできることってやんわりと嗜める……くらいしかないでしょう?」

「……あー、天竜人とかが近いのかのぅ?」*3

「あれと一緒にするのはどうかと思うけど……取り扱い注意、って点では似てるとも言えなくはないかも?」

 

 

 アイツらみたいに癇癪を起こさないだけましだけど、その代わり自身の行動を止めるのなら理路整然とした反論を必須とするため、結果として関わりたくない度では似たようなもの……みたいな?

 例えば、今回の騒動の元を辿れば、彼女が郷内の人達の疑問に答えたから、ということになるわけだが……それを理由に説明会を止めることはできない、ということになるか。

 

 疑念を抱えて生きてきた者が、その疑念が解消された時にどう動くか?……というのは、なんとなく予測はできるものの、完璧に予想することは不可能に近い。

 例えば恨んでいる人がいるとして、その恨み人の所在を教えられた時、大抵の場合人はその恨み人に仕返しをしようと動くだろうが……中には、それを望まぬ人もいるかもしれない。

 

 人の心の動きは予想できず、予知してはいけない。

 ゆえに、心に起因する問題を理由に物事を止める、というのは彼女には通用しない理屈なのである。

 それによって成長するものがある以上、そこに悪を見出だすのは無意味なのだから。

 

 ……要するに、彼女のやることを止めるには、感情論以外の理由が必要だということ。

 可哀想だからとか憐れだからとか、そんな他者の感情由来の制止は逆効果、というわけである。

 寧ろ、彼女には遥か先が見えているはずであるため、そこを根拠にされるとこっちが折れるしかなくなるというか。

 

 そういうわけなので、彼女が行動する時は例えそれが今現在にどれほどの被害をもたらそうと、後々にプラスに傾くことは確定しているため、それをひっくり返せるだけの()()()を用意できないのなら大人しく従うしかない、ということになる。

 ……ほぼ確実に止める手段がないという点においては、とりあえず殴れば止められなくもない天竜人より厄介、と言えなくもないかもしれない。

 

 それらの背景を総合すると、なんとなく彼女に苦手意識を抱いている、という【星の欠片】も少なくないのだ。

 ……そうでなくとも本質的には全ての『母』であるし、頭が上がらない者の方が多いわけでもあるのだが。

 

 で、話を『キリアに任せる』という部分に戻すと。

 一応、他の【星の欠片】と比べれば立場的にも心理面的にも近い位置にいるキリアだが、それでも彼女と『星女神』様の間には容易く越えられないほどの壁がある。

 

 その壁を越えることを強要する、となれば必要とされる『貢ぎ物』は、並大抵のモノでは足りないだろう。

 確かに彼女は私を子供扱いすることを好むが、それは常日頃の延長でもあるので微妙に貢ぎ物としては足りてない、というか。

 ……いやまぁ、あげたらあげたで普通に喜ぶとは思うんだけどね?

 

 

「つまり、彼女が『星女神』の元に行くことを承服するレベルの貢ぎ物が必要である、と?」

「簡単に言うとそういうことになるねー」

「ふむ……お主を簀巻きにして差し出すだけでなんとかなると思っておったが、そう甘い話はないということか……」

「いやいや、考え方としては間違ってないよ?【星の欠片】の中でもトップクラスに位置するのがキリアだから、そんな相手に渡して意味のあるモノなんてそう多くはないし」

「むぅ、ということは他の物で代用する、というのは無理ということか」

「?いやいや、もっと簡単な方法があるでしょう?」

「簡単な方法……?」

 

 

 目の付け所は悪くない。

 悪くないが、それだけでは足りているとは言えない。

 だがしかし、他の方法で代用するのは難しい……。

 となれば、こちらができることなどそう多くはないだろう。……というか、普通に考えればやるべきことなど一つしかない。

 

 

「そう、一人で足りないのなら二人、二人で足りないのなら三人」

「ま、まさか……?!」

「そのまさかもまさかよ。貴方達も赤ちゃんになれば解決、ってわけ」

「イヤじゃっ!!?」

「そんなわがまま通るかーっ!!」

「……いやちょっと待て、その言い種だと俺達も赤ん坊になれと言うことか!?」

「そうだが?」

「地獄絵図ではっ!?」

 

 

 そう、赤ちゃんセットをおお中元にする……それこそが今回の最善手なのだ!

 なお他の面々からは続々と悲鳴が上がったが、そんなものは考慮外である()

 

 

*1
自身の利益の為に、他者へと媚びへつらうこと。漢字では『胡麻を擂る』と書く。そこからわかるように、語源は『胡麻を擂った時の様相』から。炒った胡麻をすり鉢で擂ると、内側の色んなところにくっ付くのだが、この様子を『自身の好悪を問わず、利益の為ならばどんな相手にでも接触しに行く』人と同一視した、ということになる

*2
たまに現れる隠れ両さんです

*3
『ONE PIECE』に登場する"世界貴族"の別称。作中の八百年前に世界政府という組織を作り上げた20人(正確には19人)の王達の末裔。描写的には典型的な『悪い貴族』であり、その存在を疎ましく思う者も少なくない……が、迂闊に歯向かえばどうなるかわかったものではなく、また下手に『良い貴族』になってしまった天竜人も、他の天竜人に処刑されたり虐げられた民達に反逆される可能性があるなど、中々に闇の深い集団。なお、服装は宇宙服の様なもので基本統一されている



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見た目的にキツさのベクトルが違う()

「……本当にそれしか方法はないのか……?」

「くどい!どんなに汚れようが、誰の子であろうが構わぬ!最後にキリアの子供であるならばよいっ!!」*1

「無茶苦茶すぎることを言い出したぞこいつ!?」

 

 

 はてさて、キリアに『星女神』様の元に行って貰う、ということの対価に必要となるのは、私たちがまとめて彼女の子供として甘えに行くこと、という結論が出たわけなのだけれど。

 ……うん、そりゃまぁ嫌がられるよね、特に大の大人であるサウザーさんには。

 

 きらりんに関しては、芸能人としてのプロ意識(と、アイマス系統では幼稚園児の格好とかよくあることという意識*2)から特に気にしている様子はないどころか、「こういう時はぁー、スモックとか着ていった方がいいかなー☆」などと言い出すほどの余裕っぷりだが、その他二人は文句たらたらである。

 ……いやまぁ、見た目年齢がほぼ私と同じミラちゃんに関しては、本人の羞恥心とか無視すればスモックも普通に似合うとは思うんだけどね?

 でもほら、見た目はごりっごりの成人男性であるサウザーさんが対象となると、見た目のエグさが酷いことになるというか……。

 

 

「筋肉もりもり、マッチョマンの変態じゃ、としか言いようがないのぅ」*3

「着んぞ、絶対に俺は着んぞ!?」

「大丈夫大丈夫、私たちはドン引きするかもだけどキリアは受け入れてくれるから」

「それはそれでこっちがドン引きなわけだが!?」

 

 

 もー、うるさいなーサウザーさんは。

 そもそも貴方、純粋に『北斗の拳』原作のキャラではなく、イチゴ味の方主体なんだから今さらその辺り恥ずかしがる必要あるのー?

 ……などと言ってみたものの、本人は『それとこれとは話が違う』と取りつく島もないのであった。

 

 むぅ、つってもなー。この状況がなー。

 

 

「なにか問題でもあるのかのぅ?」

「いやね?さっき頼みに行くんなら皆で、ってな感じのことを声に出したわけじゃない?」

「……それが?」

「頭の中で考えてるだけならともかく、実際に口に出して宣言しちゃった以上、最早無かったことにはできないんだよね」

は?

「いやそんな驚愕されても、言葉通りとしか言えないんだけど?」

 

 

 渋い顔をする私に、ミラちゃんが声を掛けてくる。

 そうして、何故渋い顔をしているのか、ということの理由を述べる私。

 

 何度か言うように、【星の欠片】はあらゆるものに含まれていることを()()()()()()()()()()()()()()である。

 現行の人類には観測不可能な微細領域にその本質を置くものであるため、それがあることもないことも証明できない……という性質を持っているわけだが、だからこそその『証明できない』という部分を悪用しているとも言えるわけで。

 

 つまり、彼女が目覚めている世界において、彼女の目や耳をごまかすことは不可能、ということになる。

 なにせ、その辺の至るところに彼女の目や耳……どころか、見方を変えれば()()()()()()()()()()と捉えることも可能なわけで。

 

 

「ひぃっ!?」

「まぁ、プライバシーの侵害とかはたまた個人の意思の尊重とか、そういう諸々を含めて彼女(キリア)として目覚めることはほぼないんだけども。……逆にいうと、そこら辺を侵害しない程度ならちょっと覗き見とかも普通にできるんだよね」

 

 

 分かりやすく言うのであれば、遠隔でサイコメトリーができるようなもの、というか。

 ……銀河の端から端ほどに離れていようが即座に情報を共有できたりする辺り、正直サイコメトリーとしても大概あれなのだが、その辺りはそもそも【星の欠片】自体が大概あれ、という話にたどり着くだけなのでここでは割愛する。

 

 重要なのは、脳内という明らかにプライバシーの問題に引っ掛かるような場所ではなく、ある種公共の場所である普通の場所で発した言葉は、そのままキリアに届いてしまうということ。

 言い方を変えると、さっきの『赤ちゃんになれ』宣言とかは普通にキリアに聞かれていると考えても間違いない、ということだ。

 

 

「……つまり、さっきの貴様が発した『全員で向かわねば頷くまい』、というような意味合いの言葉は既に相手に届いている、と?」

「まぁ、そうなるね」

 

 

 ぎぎぎ、と軋む音が聞こえてきそうな感じに顔をこちらに向けてくるサウザーさんに、私は苦笑を以て答える。

 結果、その発言を聞いた彼はと言うと。

 

 

「オゥアーッ!!?」

「死んだーっ!!?」

 

 

 口から血反吐を吐きながら、地面に仰向けに倒れてしまったのであった。

 お労しや、サウザー上……。

 

 

 

 

 

 

「……のぅ、せめて見た目くらいは問題ないように、サウザーを性転換させるというのはどうかのぅ?」

「見た目はそれでどうにかなるかもしれないけど、そのあとあの人(キリア)にでれっでれに甘やかされて戻ってこれるか?……って判定をクリアできるか疑問じゃない?」

「なるほどね~、きらりん達もその試練をクリアーしなきゃいけない、ってことだネ☆」

「……サウザーのことばかり心配している場合ではない、ということではないか!?」

「貴様ら……もう少し俺のことを労ってもバチは当たらんぞ……?」

「いやもう、話はそんな低レベルなところを通りすぎてるんで」

「低レベルではないわ!!滅茶苦茶高レベルの問題だわ!泣くぞ!!?」

 

 

 はてさて、唐突に始まったサイドクエスト。

 なんだけどこれ、あんまり時間を掛けてると向こうの相方さんが色々と精神的に限界になる……なんて可能性もあるため、できれば早急に決断して郷に一度帰宅する必要があるのだけれど。

 ……うん、なんだこれ地獄かね?*4

 

 見た目のキツさを回避するためにサウザーさんを一時的に変身させる……というミラちゃんの提案は一見良さげに見えるが、その実その変化した状態でキリアからの子供扱いを捌く必要があり、精神的にそのままぽっきり折れかねないという懸念が拭えない。

 え?仮にぽっきり折れた場合?その時は『魔法少女ストロベ☆サウザ』が始まるだけですね。

 ……変な方向に【継ぎ接ぎ】が固定化する恐れもあるため、基本的にはやりたくない方法である。

 

 なので、サウザーさんにはその格好のまま幼稚園児になって貰うしかないのだけれど……うん、それはそれで私らが耐えられるのかなー、というか。

 いやまぁ、見た目のキツさだけなら見なきゃいいだけの話だし、そもそも私たちの方もキリアからの子供扱いを耐えなきゃいけないわけで、そこに関しては意外と問題なく進むかもしれないんだけどね?

 

 ただまぁ、それはそれでキリアがどれくらいで満足するのか、っていう限界がわからないという懸念も隠れていたりするのだけれど。

 ……『星女神』様の居城に向かう際に掛かる心労がキツいのならば、相応に半日近く足止めを食らう可能性もあるというか、寧ろ半日掛かること前提で進めた方がいいというか……。

 

 

「なぬっ、半日とな?!それは良くないのぅ、とっとと戻らぬと……」

「いやまぁ、掛かる時間に関してはそこまで心配しなくてもいいよ。どうせ皆を可愛がるってなったら、ほぼ確実に閉時空間作ってその中で……って話になるだろうから」

それ遠回しに半日で終わらぬと言っておらぬか?

そうだけど?

「oh……」

 

 

 なおこの『最低半日』という予測、向こうのプライベート空間に引き込まれた上での話なので、現実空間における経過時間は恐らく一分にも満たないモノになると思われる。

 そのため、さっきキリアの部屋に入っていった奴らがすぐに出てきたと思ったら、なんか作画がおかしいことになってる*5……みたいな事態が巻き起こること必至、というか?

 

 その辺は実際に試練をクリアできた時に考えるとして……一応、問題点はそれくらいということになるのだろうか?

 

 キリアが『星女神』様の居城に行って話を聞いてくるまでに掛かる時間については、こっちも『星女神』様のプライベート空間なので経過時間は気にする必要まったくないし。

 ……まぁ、代わりに彼女の部屋から出てきた私たちと同じく、『星女神』様の居城から戻ってきたキリアも作画崩壊を起こしている可能性があるわけだが。……そういう意味では等価交換?

 

 ともあれ、現状思い付く最大の問題点は、サウザーさんが潔く(?)スモックを着るか否か。

 サイズに関してはきらりんサイズの服が普通に流用できるため、コピーして渡している。……ズボンだけは別個で用意したけど。

 

 そういうわけなので、私たちは現在固唾を飲み、サウザーさんがスモックに袖を通すのを今か今かと待ち構えているわけなのだけれど……。

 

 

「……なぁ、どうしても着ねばならぬか?」

「だめでござる。どうしても着ねばならぬでござる」*6

「ぬぐぐぐぐ……」

 

 

 やっぱり決心が付かないのか、サウザーさんは大きなスモックを片手に唸り続けている。

 と、そんなサウザーさんを見かねたのか、すくっと立ち上がったきらりんが、

 

 

「もー!!Pちゃんも頑張んなきゃ、ダメー!!」

「のぅわっ!!?」

「ぶふっ!!?」

「貴様ぁっ!!?吹き出すではないわっ!!」

「ご、ごめんごめん」

 

 

 彼の手からスモックを引ったくり、そのまま頭にスライド・イン!

 結果、むくつけきマッチョがスモックを着る……という、珍妙かつ不可思議な状況が成立することと相成ったのであった。

 

 ……うん、可哀想だから写真は撮らないであげるよ、うん。

 

 

*1
『北斗の拳』のキャラクターであるラオウがユリアへの愛を語った際の台詞。全文は『くどい!!だれを愛そうがどんなに汚れようがかまわぬ 最後にこのラオウの横におればよい!!』。ある意味では純愛の極致みたいな台詞である為、ここだけ抜き出すとちょっといい言葉に聞こえてしまったり。なお自分の愛が届かないのなら殺す、とか言い出すので実際はアレである

*2
文字通りの意味。デレマスもミリマスもシャニマスもスモック(日本では、幼稚園児が着ているものが有名。元々は農作業の際、服が汚れないように重ね着するもの)を着るイベントが存在する。なお流石にsideM組は着てない

*3
『貴様、どこで北斗真拳を習った?』『説明書を読んだんだにぃ☆』

*4
FGOのイベント『見参! ラスベガス御前試合~水着剣豪七色勝負!』において、自分を姉だと主張するヤバい聖女(ジャンヌ)を倒す為に、自分を母だと主張するヤバい(頼光)を起用しようとする主人公達を見た際の台詞。まさに言葉通りのイントゥヘル(地獄へようこそ)である

*5
イメージ的にはぼっちちゃん(ぼっち・ざ・ろっく!)のあれ

*6
『fate/stay_night』における衛宮士郎の台詞『───だめでござる。今日は断食でござる。』から。因みに三択の選択肢の一つであり、選ぶと士郎は『だめでござる。今日は断食するでござる』と微妙に違う台詞を述べ始める。なおこの後色々あって士郎は死にかけた()。それとこれは余談だが、この選択肢を選んでもセイバーからの好感度は下がらない。単にお腹の虫の音を聞かれた照れ隠しが飛んでくるだけである



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そんなに決意が必要なことなのだろうか?

「それじゃあ……行くぞ!」<バーン

 

 

 ……というわけで、四人全員がスモックを着用し終えた結果、遂に私たちはキリアの元に旅立つ準備を終え、なんとなく並んでポーズを取ることになったのであった。

 気分はスターダスト・クルセイダースである。……え?それだと何人か帰らぬ人になる?*1

 

 冗談はそのくらいにして、早速郷に戻ってキリアに会いに行きたいところなのだけれど……。

 

 

「なんだその口ぶり、これ以上の問題は勘弁だぞ……」

「いや、ちょっと先走り過ぎてたからあれだけど……郷へ帰るのに、()()()()?」

「どうするって……そんなのスキマか公共の交通機関を使うしか……あ゛」

 

 

 言い淀んだ私に対し、サウザーさんが勘弁してくれと声をあげる。

 ……うん、私としても勘弁したいというか勘弁してくれって感じなんだけど、ここで目を逸らすとそっちの方が大変なので敢えて口にするね?

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()

 ……勢い余ってスモックに着替えてしまったが、現在私たちが居るのは出先である。

 つまり、ここからなりきり郷に戻る必要がある、ということになるのだが……。

 

 

「あー……スキマを使うのであれば、その性質上どう足掻いても八雲のと顔を合わす必要がある、と?」

「そうそう。で、ほぼ確実に笑われるよね、この格好を見て」

 

 

 まず、一息に向こうに戻るのであれば推奨されるのはスキマを利用すること、ということになるだろう。

 ……その場合、スキマの元締めであるゆかりんに連絡をする必要がある上に、基本的に向こうでの出口はゆかりんの居室(ルーム)、ということになる。

 

 いや、一応脱走者を送る時とかは出口が別の場所に設定されてる、ってこともあるんだけどね?

 でも今回スキマ便を利用するのは、彼女の顔馴染みである私たち一行。……特に難しいことを考えることもなく、流れで出口がゆかりんの部屋になる、という可能性はとても高い。

 

 無論、彼女がなにかしら別件で忙しい……とかでもあれば、例外的に別の場所が出口に選ばれることもあるだろうが……働いている人を労う役割も複合しているのがゆかりんなので、ここしばらくバリバリ働いていた私たちはまさにその労いの対象、ということになるだろう。

 ってことは、最低限声を掛けるくらいはしてくるということになるわけで、必然的に彼女の前に私たちの()()()()を晒す機会がやってくる、ということにもなるわけで。

 

 ……まぁうん、最初はキョトンとするだろうけど、絶対に笑い出すよね、ゆかりん。

 なんなら笑ってる途中にサウザーさんまで着てることに気付き、笑いが加速したあと急に真顔に戻って『なんで?』とか言い出しかねない。

 そうなったら、サウザーさんのガラスの心は粉々に砕け散ってしまうこと請け合いだろう。*2

 そこから彼の復帰に時間を取られ……ともなれば、相手側が色々と痺れを切らす可能性も否定できない。

 

 つまり、現状スキマを使っての移動……というのは、結果的に時間を浪費する状況に繋がる可能性がとても高い、ということになってしまう。

 

 

「かといって、公共交通機関を使うのは憚られるのぅ」

「ごまかしバッジはあるとはいえ、それがごまかせるのはあくまでも『そのキャラクターである』という一部分。……大きい男女と小さな女子が揃ってスモックを着ている、という状況の珍妙さは補正の対象外……」

「外出た瞬間終わったわ、ということだな……」*3

 

 

 何度か触れているように、ごまかしバッジのごまかし範囲はそこまで万能、というわけではない。

 主に特級の違和感の元である『創作物のキャラクターであること』を認識させないようにすることを主眼としており、それ以外のあからさまにおかしなことについてはスルーなのだ。

 

 これは、そもそも周囲にいる無差別の対象に認識阻害を差し込むというのが、労力的に結構大変なモノである……という点が大きいわけだが、それ以外にもそれらの負担を減らすために発生する嘘を意図的に減らしている、という部分も相応に大きかったり。

 どういうことかと言うと……わかりやすいのは『バレにくい嘘の付き方』だろうか?

 

 

「徹頭徹尾嘘で塗り固めた話よりも、ところどころ本当のことを交えた作り話の方が疑われにくい……というやつじゃのぅ」

「バッジの場合『創作物のキャラクターであること』以外はありのままをそのまま出力させる……ってことを、術式的な縛りに盛り込んでいるってわけだね」

 

 

 全てが嘘で固められたものというのは、言ってしまえば疑いを持つためのフックを無数に持っている、というのに近い。

 

 無論、火のない所に煙は立たず……なんて話は嘘だと断じて疑う人もいるけれど、一般的には『疑う』という行為をするためには、そのためのきっかけが必要となるのが普通だろう。

 で、そのきっかけというのが嘘の匂い、もしくは感触……みたいなことになるわけだ。

 

 なので、その取っ掛かりが無数にあるような状態では、人は物事を疑わざるを得なくなる。

 ……まぁ、無数の嘘でまみれさせることで、逆に疑う気を無くさせる……みたいな手法もあるけれど、そういうのは応用が効き辛く汎用的な技術に落とし込むのは無理があるだろう。

 

 ゆえに、嘘を隠し通すのに有用かつ誰にでも簡単に真似できる……となると、本当のことの中にほんの少しの嘘を混ぜる、という形になるのだ。

 

 ごまかしバッジも、機能的にはその考え方に準拠していると言える。

 術式の構成に『付く嘘は自分が創作物ではないと偽ることにのみ絞る』と設定することで、全体の強度及び嘘の看破を防ぐための楔にしている……という感じか。

 ともあれ、その性質上寧ろごまかしバッジは他のことをごまかせないのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるわけだ。

 

 なので、『創作物がリアルに動いている』という違和感に匹敵するような違和感が発生している場合、それによって視線を集めてしまうというパターンには対応できない。

 ……というか、無理にそれに対応しようとすると前提である『一つの嘘のために他の嘘は繕わない』という話に抵触し、結果として主目的の隠蔽が機能しなくなる……なんて話に派生しかねないのだ。

 

 これをどうにかしたいのなら、術式を拡張させるか・もしくは新規のシステムを作るしかないのだけれど……。

 

 

「術式の拡張は無理だね。これに関しては今の状態で成立するように調整されているから、ここから新たな対象を付け加えるのはそれこそ神域の天才でも不可能でしょ」

「そう言われると少し挑んでみたくもなるが……まぁやるにしても、時間のない今ではなく余裕のあるどこか別のタイミングで、ということになるのぅ」

「……つまり、今すぐどうこうすることは完璧に不可能、だと?」

「そういうこったねー」

 

 

 まず、術式の拡張は無理だろう。

 ごまかしバッジはそのシステムに、様々な隠蔽技術からのフィードバックを受けているが……その成立過程の際、一つの結論が出されている。

 それは、隠蔽対象を増やしすぎると成立しなくなる、という当たり前の結論。

 完璧な隠蔽は寧ろ『そこにないという違和感を発生させる』ために、そこから嘘を見破られる危険性を伴う……というものだ。

 

 これはまぁ、以前にも話したことのある『結界』関連の話を思い出せば、なんとなく理解できるだろう。

 

 周囲からその範囲内を完全に隠蔽できた場合、そこには『認識できないなにか』が発生してしまう。

 意識を逸らすようなタイプなら、特定位置に近付くと別の方向に行きたくなるとか、はたまたなんとなく近寄り辛くなるとか……。

 ともかく、そんな感じで『ありえないこと』が発生する。

 その『ありえないこと』自体を認知させないようにすることもできるが……それが完全に・完璧に起動するかはまた別問題。

 何故ならば、こういう結界は()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 一部でも例外があるのならば、そこから芋づる式に違和感が掘り起こされる可能性は決してゼロではない。

 そういう意味で、絶対に認知されないもの……というのは難しいのだ。

 

 

「で、新規システムも無理かな。……簡単なのは石ころぼうし*4とかの技術を流用することだろうけど、あれは場合によってはとんでもない大事故に繋がりかねないから研究禁止筆頭だし」

「……まぁ、誰にも気付かれずに朽ちていく、などという可能性がある以上は、なぁ?」

 

 

 一応、話によっては石ころぼうしを被った者同士は認識できる、みたいな抜け道はあるけれど……逆に言えば、自力でどうにかできない状態に陥ると発見は絶望的、ということでもあるわけで。

 ……というか、仮に研究できても能力として過剰の域なのでアレだろうなー、みたいな?

 

 逆を言うと、現在のごまかしバッジ以上の性能は過剰である、ということでもある。

 目的は達している以上、それより上を目指すのは費用的にも必要性的にも技術的にもわりに合わない、というわけだ。

 

 ……長々語ったけど、つまりなにが言いたいのかについて述べると──。

 

 

「公共機関を使うのは実質不可能、もしくは周囲からの好奇の視線を我慢する必要がある、ってことだね」

「……どっちも嫌なんだが」

 

 

 一人に大笑いされるか、はたまた大勢にくすくすと笑われるか。

 その二つに一つしか私たちに与えられた選択肢はない、という残酷()な事実なのであった。

 うーん、これはひどい。

 

 

*1
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(part03)『スターダストクルセイダース』において、DIOがいるとされるエジプトに向かう際のやり取りから。四人が並んで立つ姿はどことなくシュールでもある。なお『何人か帰らぬ人になる』というのは、実際にこのメンバーの内何人かが死んでしまうことから。ちょっとしたブラックジョークである

*2
サウザー「おっと、心はガラスだぞ」?「……私の台詞を取らないで欲しいのだがね」

*3
天気がいいから(周囲からよく見えるので)進めない

*4
ドラえもんの道具の一つ。正確には消えるというよりは周囲の全てから認識されなくなる、というモノらしいが、その性能が異常。被っている人間の存在自体が認知から外れる為、石ころぼうしの存在を知っていてもそこから誰かが隠れている、というような可能性に辿り着けなくなる。半ば概念系の道具に片足を突っ込んでいるレベル。一応帽子が外れる・破れるなどすれば効果が切れるが、逆に言うとそれらの状態に陥らない場合、例え道路で交通事故にあって事故死したとしても、周囲の誰にも気付かれないまま放置されることになる。この場合、周囲の腐敗菌などにも気付かれない為、事故当時のまま放置される可能性がとても高かったり。なお、存在を消しているのではなく認識できなくしているだけなので、普通に轢かれたり落ちたり事故ったりはする(ぶつかった側は気付かない。例えボディが凹もうが、いきなり凹んだとしか認識しない)。一応後年の描写では他の石ころぼうし着用者には認識できるとされているが、そこから脱いだ場合に再度忘れてしまうのかなどは不明である。また、エピソードによっては性能が高過ぎて忠実に再現すると問題があるのか(もしくは、その辺りの設定がキチンと決まっていないのか)前述の特徴が無視されていたりすることも



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悲しいことになってますけど元気に行きましょう()

 結局、みんなの笑い者になるくらいなら一人に大笑いされた方がマシ、ということでゆかりん便を選択した私たち。

 

 ……私たちが創作物のキャラクターだということはバレないだろうけど、代わりにスモックを着用したおもしろ集団として写真を撮られる可能性を思えば、(そこからこっちの素性がバレる心配はないにしろ)止めといた方がいい、というのは道理だろう。

 なのでまぁ、二つを比べた時に必然的にゆかりんの方がマシ、となるのもまた道理なのである。

 

 ……え?なんで一度脱いでから移動する、って選択が出てこないのかって?

 そんなの、サウザーさんが一度このスモックを脱いだらば、もう二度と着ることはないだろうから……以外の理由があるとでも?

 流石にきらりんの奇襲も二度目は成功しないだろうし、そうなると自動的にこれからの行動が全部無意味になること請け合いなので、そりゃまぁ端からスモックを脱ぐ……という選択は考慮の外になるのが普通というか。

 ……サウザーさんが濃ゆい顔でガチ泣きしてる?知らなーい。

 

 ともあれ、この服装のまま移動するしか道がない以上、選べる道は二つのみ。

 そして私たちは、その二つの中から比較的マシな方を選んだ……というわけである。

 

 

「ま、マシ……そ、そうね確かにマシな方ね……ぶふっ!?

「……散々笑ったというのにまだ笑い足りんのか、この魔女め」

「イヤだって、この光景を見て笑わない人の方がおかしいっていうか……ぶふぅっ!?

「貴様~~~っ!!!?」

 

 

 ──で、至極当然の結果として、大爆笑のゆかりんが出来上がったってわけ。

 いやまぁ、実際彼女の言う通りかなり『マシ』なんだけどね、この状況。

 なにせ本来想定されていた真顔で「なんで?」と言われることについては回避してるわけだし。

 

 では何故、その最悪の状況を回避できたのかというと……なんのことはない、()()()()()()()()()()()()()()()というだけの話になるのであった。

 

 

「いやまぁ、実際『なに言ってるのこの人』とは思ったけどね?」

「これからスモックを着たメンバーでそっち行くよー、って言われて困惑しない人がいるのなら、寧ろ私が教えて欲しいくらいだね」

 

 

 そう、いきなり相手にこの姿を見せれば笑われることは間違いないし、その流れで「なんでそうなった」と詰問を食らうのも予想できる。

 となれば対処は単純、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 突然のスモック軍団に困惑し・爆笑し・詰問する……という流れになるのが問題なのだから、その流れを最初から破壊してやればよい……という、とても単純かつ明快な話なのであった。

 

 事実、ゆかりんはこちらの状態に困惑しつつも、今回の事態とどうしてそうなったのか?……の部分を理解しており、結果として実際に顔を合わせた時に巻き起こった大爆笑も、本来の──『突然私たちの姿を見た時』に起こるそれと比べれば、遥かに小さなモノとなっている。

 更に、その爆笑のあとにやってくるはずの詰問も、こちらが先に説明することで発生しなくなっており……それに付随して発生するサウザーさんの拗ねフェイズも、こうしてスキップすることに成功していた。

 

 ──これはもう、S勝利は無理だとしてもA勝利くらいは貰えたのではないだろうか?*1

 と、思わず自画自賛してしまうキーアさんである。

 

 

「その辺りの感覚はよく分からないけど……でもまぁ、『なんで?』って聞く必要がなくなったのは大きいわよね」

「それとまぁ、ほんのり拗ねフェイズっぽいもの自体は発生しておるようじゃしのぅ?」

「ええぃうるさいっ!オレは拗ねてなどおらんわっ!!まったく……」

 

 

 こちらの言葉に苦笑を返してくるゆかりんと、隣のサウザーさんの様子を見て肩を竦めるミラちゃん的には……精々B勝利、くらいのものになるらしいが。

 

 ……まぁ確かに、この二人の様子を見てちょっとキレてる感のあるサウザーさんは、微妙に拗ねフェイズに入っていると言っても過言ではないかも?

 とはいえ、本来の拗ねフェイズ(それ)が下手すると丸一日どころか一週間近くフォローに時間の掛かるモノであることを思えば、今回のこれはまさに月とスッポンであり、必要な労力も遥かに低いということになるわけだが。

 

 ……そこら辺考慮すると、甘めに見てA勝利、厳しめに見てB勝利が妥当……ということになるのだろうか?

 

 

「まぁ、今回のこれをS勝利できる人がいるってんなら、寧ろ参考までに見せて欲しいくらいだけどね」

「……気のせいかのぅ、なんか今変なフラグが立った気が」*2

「はっはっはっ。……無かったことにできないかなぁ?」

 

 

 ダメ?ああそう……。

 なんか変なフラグを踏んだ気がするなぁ……と後悔しつつ、とはいえこれ以外の方法を取れた気もしないので、一先ず納得しておく私たちである。

 ……うん、仮になにか別のトラブルが飛んでくるのなら、それの対処はその時の私たちに任せるってことで……。

 

 その未来の自分達が聞いたら『きゃあ、じぶんごろし』*3とか言わなければいけなくなりそうな言葉を吐きつつ、改めて現状把握である。

 

 今回の私たちは、なりきり郷から脱走した人達を回収するため、ここを飛び出した。

 その仕事そのものは順調であったが、けれど実はそれらの仕事はサイドミッション。

 一番重要なメインミッションは、脱走者の一人に特級術士・五条悟が紛れていることと、その人物を拿捕(だほ)する*4ことにあった。

 

 まさか彼が脱走するとは……という驚愕もあれど、それよりなにより『彼が脱走を選択する』ほどに芯を揺さぶられること、というのが思い付かず捜索は難航した。

 

 なにせ、彼の原作的にそれらの切っ掛けとなりそうなものはこの世界には無く、もしくは切っ掛けになりそうなほど(こじ)れてはいない……というような状態。

 言い方を変えると、『五条悟』を起因とする可能性がまったく想定できなかったのである。

 

 そのため、彼の動機は(五条)自身ではなく、彼の依り代となっている核──『逆憑依』をされている一般人の方にあるのでは、という結論に至ったのだ。

 

 だが、こちらも捜査は難航した。

 なにせ、『逆憑依』される前のことなど、覚えていない者も多いしこちら側で子細に確認できているとも言い辛い。

 寧ろ会いに行こうと思えば会いに行ける私やマシュ・かようちゃん達がおかしいだけで、実質的に『逆憑依』は天涯孤独の身と言ってしまってもそう間違いではないのだ。

 

 ゆえに、彼が探しているのは(本人)由来のものであり、五条悟由来のモノではない以上、それをどうにか辿るのであればそれこそ『星女神』様のような、相手の状態に関わらず全てを認知できる存在くらいしかいない。

 

 そのため、この時点でも彼女(『星女神』様)に話を聞くのは有効手段の一つであったが……現在の彼女の状態が宜しくなかった。

 なんと今の彼女、普通の手段では絶対に会えない場所に引きこもっていたのである。

 また更に、その情報から『今の状況を作った元凶に、彼女が関わっているのでは?』という予測も立った。……引きこもったタイミングが不自然だったためである。

 

 ゆえに私は、この事件が私の成長のためのイベントである可能性に思い至り、それを正解だと確信。

 更にそこから芋づる式に、五条さんに脱走を(結果的に)促したのも『星女神』様である、と感付いたのであった。

 

 

「まぁ、感付いたところで手の平の上ってのは変わってないんだけど」

「それは言えておるのぅ……」

 

 

 寧ろあの人の裏ってどうやって掻けばいいんだろうね?

 ……愚痴はともかく、彼女が意識的にしろ無意識的にしろ関わっていることがわかれば、そこからなんとなく五条さんの目的も予測できてくる。

 そう、五条さんは誰かを探して外に出たのではなく、そんな彼を追ってやってくる相手と戦い・己を高めたいだけだったのだ。

 そしてそれを叶えるために、自身の存在を隠し通せる『誰か』を紹介された……と。

 そしてその『誰か』にも願いがあり、その願いを蔑ろにすると後々面倒なことになるかもしれない、と悟ることとなった。

 

 

「つまり、どう足掻いても『星女神』様にコンタクトを取らずに進むのは悪手、だけど私はどうしても彼女の居城には行きたくない……!」

「その嫌さ加減は、こうして幼稚園児の格好をしてキリアちゃんに頼みに行くのが苦にならないくらい……と」

「いや、苦にはなってるよ?『星女神』様のところは単なる苦より遥かにアレ、ってだけで」

「……その言い種、あとで怒られない?」

 

 

 ゆえに、私たちは『星女神』様に話を聞くことを決めたが……純粋に聞きに行くのは実質不可能。

 そのため、恥を忍んで幼稚園児の格好までしつつ、『星女神』様よりかは幾分話しやすい(やりやすいとは言ってない)相手、キリアに頼み事をするために戻ってきた……と。

 

 まぁ、こうして戻ってくるだけでも問題が発生してる辺り前途は多難だが……やらねば終わらないのだから、やるしかあるまい。

 

 

「そういうわけでー、改めて気合いいれて行くぞー!」

「「「おー!」」」

 

 

 そうして気持ちを一新した私たちは、改めてキリアの元に向かうことにしたのであった。

 あ、他の人には見られたくないので、もう一回スキマを開いて貰ってもいいかなゆかりん?

 ……いい?やったー!ありがとゆかりん愛してる!ちゅっちゅっ!

 

 

*1
『艦これ』などに登場するミッションの評価基準。戦闘の内容から総合して判断されるモノであり、基本的に『S勝利』は相手の壊滅・自陣の無傷などが条件となる。ゲームによってはもっと細かいところを見ることも

*2
?「言質は取った」

*3
『ドラえもん』に登場する台詞の一つ。『ドラえもんどらけ』というエピソードにおいて、キレ散らかしたドラえもんの一人が『やろう、ぶっころしてやる』と襲い掛かってきた時に、襲われた側のドラえもんがこの台詞を述べながら逃げ回った。……なお、後に逃げ回っている方も『やろう、ぶっころしえやる』と言う羽目になる()

*4
相手を捕まえること。特に、外国・敵国の人物を捕まえることを指す。今回は相手(五条)が敵みたいなポジションにいるので、一応該当しているとも言えなくもない



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(精神的な)死の、先を行くもの達よ(スモックを着ながら)

「ここがあの女のハウスね……」

「あの女ねというか……そもそも貴様の家だろうここ、同居してるんだし」

「いやまぁそうなんだけど、こう突入前の再確認みたいなものというか……」

 

 

 はてさて、ゆかりんに別れを告げ、やって来たのはキリアの居る場所……端的に言うと我が家である。

 

 彼女は基本的に客分(きゃくぶん)*1であり、このなりきり郷においてなにかをする義務を背負っていない。

 ……いやまぁ、【星の欠片】は極論飲まず食わずで活動できてしまうので、そこら辺の心配が一切ないからこその扱い……ということになるわけなのだが。

 

 それでも、一応現世にその姿を現している以上、スペースを圧迫していることだけは確かな話。

 そんなわけなので、家人のほとんどが出払っている現在、彼女は我が家を守る役目を背負っているのだった。

 ……え?なりきり郷内ならわざわざ家がどうとか気にする必要、あんまりないんじゃないのかって?

 

 確かに、ここで生活している人のほとんどは『逆憑依』の対象者。

 元々が『なりきり』であることも手伝い、基本的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という方針で動いている者がほとんどである。

 

 ……何故ほとんどなのかって?

 そのキャラクターにとっての恥という判断基準で動くと、時おり()()()()()()()に該当するパターンがあるからですね……。*2

 

 

「オレなどがいい例だな。世紀末に住まう修羅共など、現代社会にとっては害悪以外の何物でもないわ。……いやまぁ、変に噛み合うこともあるにはあるが」

「今の世の中はしがらみが多いからのぅ」

 

 

 正確にはスピンオフの方が出典のため、例としては微妙に不適切なのだが……本人が名乗り出たのだから失礼にはならないかな?

 そんなわけで例に上げさせて貰うと、原作のサウザーさんは子供を奴隷にしてピラミッドのような陵墓*3を築かせていた。

 更には仲間の一人をそそのかして裏切らせ、南斗聖拳の分裂を引き起こしたりもした。

 

 雑にまとめてしまうとケンシロウが倒すべき強敵(とも)の一人なわけだが、それゆえにその言動をそのまま採用すると現代社会に真っ向からぶつかることになる、というわけである。

 ぶっちゃけ単なる悪役だからね、サウザーさんって。

 ……まぁ、それだけだとも言い切れない背景を持ってたりもするのだけれど。

 

 なお、変に噛み合う云々については、いわゆるアウトロー達を纏める時はそういうキャラの方が都合が良い、的な意味である。

 一般的な倫理や社会規範からあぶれた相手を、一般的な常識で従わせようっていうのは無謀だからね、仕方ないね。

 

 で、話を戻すと。

 なりきり郷に居るのならば、家に泥棒が入ったりする可能性を気にする必要性が薄い、というのは本当の話である。

 先述した通り、悪人の『逆憑依』であっても基本的には現代社会のルールに従うためだ。

 

 ……ただまぁ、これに関しては()()()()()()()()()()という注釈が付く。

 再現度低い者であったり、はたまたそのキャラクターにとっての『悪事』の意味合いが特別なものであったりなど、様々な理由から()()()()()()()()()()()()()()場合は問題がないのだが。

 再現度が極端に高い(要するにレベルが高い)場合や、はたまた悪事でしか他者と関われないという制約を背負っている者など、どうしても悪事を行う必要性がある……というような『逆憑依』も少なからず存在するのだ。

 

 これまたサウザーさんを参考にさせて貰うと……例えば『ターバンの少年(ガキ)』が『逆憑依』になった場合、かつそれの出典がイチゴ味の方であった場合、まず間違いなくサウザーさんの脚を得物で突き刺しに来るだろう。

 それも、彼が『ターバンの少年』であり続ける限り、絶対にその行為を止めることはできない。何故か?それこそが彼のアイデンティティだからである。

 

 そもそも『ターバンの少年』は原作において、単にサウザーさんの『愛とは虚しいもの』という主張を強調するための舞台装置の一人、即ちモブでしかない。

 つまり、本来『逆憑依』としては強度が足りず、その存在をこちらに現出するに足りないのである。

 ……え?以前彼より更に印象の薄いモブ達も出てきてたじゃないかって?

 あれはあれで同属性のモブの集合体、みたいな特例だからなー。

 

 まぁともかく、『ターバンの少年』がまともにキャラクター性を担保しようとすると、『逆憑依』の性質上イチゴ味のそれが選ばれる可能性が非常に高い、ということは間違いない。

 ただそうなると、『イチゴ味のターバンの少年』としての自己を保つために、彼の一番の特徴である『相手の脚を武器で刺す』という行動が、まるで呼吸のような重要行動として定められてしまう可能性もまた、非常に高くなってしまうのだ。

 ……『逆憑依』が本来なりきりである以上、そのキャラクターを象徴する行為はそう簡単には曲げられない、というわけである。

 

 似たような問題を抱える人物には、平穏を尊びながら自身の嗜好のために他者を踏みにじることに躊躇がない爆弾魔・吉良吉影*4や、基本的には義理人情の人だが、金のこととなると暴走の止められない不良警官・両津勘吉*5などが挙げられる。

 ……対して再現度が高くないことに救われてはいるものの、ともすればやベーことになるのが目に見えている人物達でもあるため、警戒するに越したことはないというか。

 

 なお、吉良さんの方に関してはもし仮に再現度が上がってしまった際、その衝動のぶつけ先として代償(インステッド)を用意しておくべきでは?*6……みたいな話もあったりするのだが。

 

 

「あったりするのだが?」

「吉良さんのスタンドって、要するに爆殺でしょう?……それに対して代償となりうる相手が、今のところ一人しか居なくてねー」

「あー……(色々と察した顔)」

 

 

 ……うん。

 ある意味彼のそれって、ストレスの発散みたいなものであるわけで。

 となると、単に爆破されても問題のない肉体を持つ人物、みたいなのを用意しても仕方がないという話になりかねないのだ。

 寧ろ、爆破されたのにピンピンしている人物、ということで余計にストレスを感じさせる可能性があるというか。

 

 そんなわけで、分かりやすく爆破とかに強いブルアカ*7組の投入は見送られた。

 ……そもそもブルアカ組自体、まだここでは見たことがないので机上の空論以外の何物でもないけど。

 

 で、キチンと爆破によって(少なくとも表面上は)ダメージを負い、かつ彼の嗜好である『美しい手を持つ女』に該当し、ストレス緩和に貢献してくれそうな相手……というのが、実は一人存在した。

 ……いやまぁ、私とかキリアとかでも問題はないんだけどね?

 でもそれはマシュから却下されたし、キリア自身にもパスされたのでここでの対象ではないというか。

 

 では、その相手──殺人鬼吉良吉影の『代償』となりうる相手とは誰か?

 ──そう、それはなにを隠そう我らのパイセン、虞美人その人なのであった。

 

 

「爆破すれば実際に体は飛び散るし、見た目は普通に美人だし肌とか体型とかも綺麗だし。……うん、少なくとも持ち合わせている属性的には、吉良さんに一番似合っている相手ってことになるんだよね……」

「……細かく見ると『あっ、噛み合わねー』となるわけか」

「ソウダネー」

 

 

 ……うん、データだけ見ると滅茶苦茶適合してるんだけどね?

 ただこう、吉良さんとの性格の噛み合わせが微妙だし、そもそもパイセンが項羽さん以外に興味を抱くのか、という問題がねー……。

 まぁ、今のところ吉良さんも再現度が上がりすぎてるということもないし、緊急手段的なものとして覚えておくのがよい……くらいの話なんじゃないかなー?

 

 ……で、泥棒云々の話に戻ると。

 一つの街ほどの人が集まれば、そこに住まう人間の性格というのは、まさに千差万別となるだろう。

 それと同じく、『逆憑依』も複数集まればそこに持ち合わせる性質は千差万別となる。

 ゆえに、それらの違いを許容する私たちは、許容するがゆえに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というわけなのだ。

 ……え?わからん?まぁ、これに関してはそういうものだ、と思って貰って……。

 

 あと、『逆憑依』以外にもたまに【顕象】……人に多少なりとも被害を出す以上は【鏡像】と呼んでもいいかもしれないが、ともかく彼らによる突撃、みたいなことが起きる可能性も決してゼロではなかったりする。

 ……大抵特に目標もなく突撃してくるため、対処が遅れると家が無茶苦茶になったりするので、迷惑度はこちらの方が遥かに高いかも?

 

 総括すると、自宅警備員*8などと冗談めかして言ってもそう間違いではないもの、というのが今のキリアの立場なのであった。

 ……からかい半分に呼んでも、ダメージ欠片もないだろうけど。

 

 

*1
客としての扱い、もしくはその扱いを受ける人のこと

*2
悪人は悪人らしく動くだろう、ということ

*3
正確には星形(南斗十字星を模したもの)

*4
『ジョジョの奇妙な冒険』第四部(part04)『ダイヤモンドは砕けない』のボスキャラクター。平穏無事を何より重視するが、本人の主義嗜好自体が周囲に不和を呼ぶタイプの人物。具体的に言うと、自分の平穏を脅かす相手には欠片も容赦しないし、自身の嗜好のこととなると相手を殺すことも辞さなくなる。『最もドス黒い悪』の一人

*5
『こち亀』の主人公。いわゆる不良警官であり、パチンコもやるし競馬もやる、密造酒も作るし不正もやりまくる。ただしそれらは基本的に金儲けの為であり、それ以外の部分は意外と真っ当に(?)警察として働いていたり。でも二重戸籍はどうかと思います()サブカルチャーに造詣が深く、特にミリタリー方面はとても強い

*6
『断裁分離のクライムエッジ』における用語。作中の『権利者(オーサー)』(簡単に言うと殺人鬼の武器を受け継いだ人)が抱える殺人衝動を受け止める役目を持つ人。いわゆる代償行為の相手。但し、扱う武器の能力によっては代償を用意することが困難な場合も(作中の殺害遺品(キリング・グッズ)の一つ・『破砕粉壊のスレジハンマ』は付随効果が『物体の剛性低下』であり、普通に受けるとまず死ぬ。代償行為である以上、相手を殺してしまっては意味がない)

*7
ソーシャルゲーム『ブルーアーカイブ』のこと。作中に登場する『生徒』達は、基本的に銃で打たれようが爆発に巻き込まれようが、怪我はすれどまず死ぬことはない

*8
読んで字の如く、自宅を警備する人……ではない。元々は2000年代にネットで生まれたスラングの一つであり、その意味は『ニート』の別名。自宅に引きこもっているのではなく、自宅に常駐することで家を守っているのだ、というある種の強がりである



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星の女神様はなんでもお見通し

「さて、雑談もこのくらいにして……覚悟はできた?みんな」

「正直気は進まんが……やらねば終わらんのだからやるしかあるまい……」

「うわ、すごい嫌そうな顔」

 

 

 なんというか、すごいしかめっ面というか?

 ……全力で『オレは嫌です』オーラを出すサウザーさんに苦笑しつつ、改めて自宅の扉に手を掛ける私である。

 

 これから私たちは、家の中でこちらを待ち受けているだろうキリアに話し掛け、彼女にこちらの要求を飲まさなければならない。

 

 その要求は、私に代わって『星女神』様の隠し事を尋ねること。

 ……一応この場では、五条さんと一緒に行動しているはずの『相方さん』のあれこれさえ判明すれば、あとのことはなんとでもなるはず……ってのも間違いじゃないんだけども。

 それだけだと()()()()についてだけしか解決しないため、できれば他の情報も掴んでおきたいところ……とでもいうか?

 

 

「他の事件……?」

「言い換えると、()()()()()()()()()()()のこと。私たちの現在最大にして最悪の壁は、件の相方さんだけど……正直、たったそれだけのために『星女神』様が引きこもるのか、って話でね?」

「それは、今回の事件が貴様の修行のような意味を持ち合わせている、ということを含めての話か?」

「それも含めての話、だね」

 

 

 突然話を付け加え始めた私に、周囲の面々が怪訝そうな視線を向けてくるが……私は最初から、あれこれと考えていたのだ。

 曰く、『星女神』様がわざわざ訪ねてこい、と引きこもるには『相方さん』の話は──言い方は悪いけど()()()()と。

 

 彼女はその性質上、()()()()()()()数億年先のことさえ知ることができるほどの視界の広さを持つ。

 ……裏を返すと、彼女の裏を掻くことはほぼ不可能、ということである。

 その辺りはまぁ、以前にも触れたことがあるのでなんとなく知っている人も多いと思われるが……それだけだと知りえない彼女の秘密、というのも確かに存在しているわけで。

 

 で、その秘密の一つが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 どこまで言っても近似としての百パーセントにしか達せず、ゆえにそこから発生するハプニングは彼女にもどうにもできないものである、ということだ。

 ……これも、知ってる人は知ってるかな?

 

 

「……裏を掻くのは不可能なのではないのか?」

「これ、裏からあれこれじゃなくて手元でいきなり持ってたモノが破裂した、みたいな話だから」

「詭弁が過ぎるのでは?!」

 

 

 いやまぁ、正面から未来視を蹴っ飛ばして発生するバグみたいのものなので、狙って発生もさせられないし……。

 私の言葉に納得のいっていない様子のサウザーさんだが、そこを深掘りしても『無理なもんは無理』としか言いようがないので、ここに関しては無理矢理にでも納得して貰う。

 なにせ、私が気にしているところはそこではないのだし。

 

 

「むぅ?」

「さっきも言ったように、彼女の──『星女神』様の裏を掻くのはほぼ不可能。そこを更に深掘りすると、さっきのバグも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってところが大きいのよ」

「……さっきから主張が二転三転しておらんか!?」

「その辺りは【星の欠片】のややこしさってことで……」

 

 

 さっきとは更に反対の話をし始めた私に、サウザーさんは苛立たしげに頭を掻いていたが……まぁうん、これに関しては半分くらい私がわざと分かりにくい説明をしているから、というところが大きい。

 

 では、分かりやすく説明するとどうなるのか。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となる。

 

 

「…………????」

「『星女神』様の未来視は、その性質上()()()()()()()()()って言った方がいいものでね。……生き物の選択・偶然の産物。そういった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことについては、寧ろ知らない方がおかしいんだよ」

「う、うむ?」

 

 

 ……この反応だと、どうにもよく分からないらしい。

 ええと、じゃあもっと簡単に説明すると……。

 

 以前──といってもそんなに前ではなく、こちらに『星女神』様が顔を出した初日辺りに話したことだけれど。

 彼女……『星女神』様は、基本的に世界を見てはいない。

 それが何故かと言うと、『見る』という行為は見る側と見られる側、という関係を作ってしまうものだから。

 視線を感じる、ということがあるように、見るという行為はなにも外に発していないようでいて、その実相手になにかしらの反応を引き起こしてしまう程度には、()()()を発しているわけである。

 

 そうして反応が起きるということは、即ち自分を見ている誰かがいる、と認識させてしまうことに繋がる。

 ──そう、本来認知してはいけないものであるはずの、『星女神』様の存在を逆説的に証明してしまうのである。

 それを望まない彼女は、原則として世界を見ない。……それが、その世界の破滅を引き起こすものであるがゆえに。

 

 だがしかし、既に彼女の存在が認知されている世界については別である。

 ()()()()()()()()()()もあり、彼女は遠慮なくその『目』を活用し始める。ちらりと一瞥しただけである程度のことを看破してしまうその目を、本気で活用し始めるのである。

 

 そうなるとどうなるのか?

 答えは単純、彼女はその世界の始まりから終わりまでの、ありとあらゆる『起こりうる可能性』をその裡に刻むのだ。

 

 

「裡に刻む……?」

「【偽界包括】って言ってね。彼女はその構成要素の中に広大な世界を丸々一つ抱え込んでいるのさ。で、その世界の中に自分が見た可能性をしまい込むってわけ」

「……スケールがデカすぎて意味がわからんのだが?」

「まぁ、ここでは単純に自分用のアカシックレコードを持ってる、みたいに思えばいいよ」

「それもそれで大概だな……」

 

 

 私の言葉に、まるで意味がわからんとばかりの顔を返してくるサウザーさんである。

 ……え?他の面子?ミラちゃんが納得してる横で、きらりんが首を傾げてましたがなにか?

 

 まぁともかく、『星女神』様の裏を掻くのが不可能な理由が『彼女自体がその世界のアカシックレコードみたいなものになるため』というのは間違いあるまい。

 だからこそ、彼女の裏を掻くのならそこに書かれていないもの──()()()()()()()()()を使う必要がある、ということになるのだが……その話はここでは置いておく。

 

 ではなんの話をするのか、というと。

 さっきのバグ云々の話に戻ってくる、というわけで。

 

 

「その世界のアカシックレコードと同一化しているようなものである『星女神』様にとって、そこで起こるほとんどのことは既知のことだけれど──だからといって、本当に見たことのあることばかりが起こるわけでもない。天文学的な確率の向こうに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もの、なんて現象が起こることがある。──これが、いわゆるバグってやつ」

 

 

 特定の処理を重ねた結果起こるものや、偶然に偶然が重なって起きるもの。

 ……原因はなんでもいいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()が起きることがある。

 それがいわゆるバグであり、そのバグそのものを未来視で捉えることはできない。

 何故かといえば、そのバグは未来視上では()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「……は?」

「正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな。言い方を変えると、未来視に映らないのに実際に起こっている現象、みたいなことになるのかな?」

 

 

 もしくは、『自分はおかしなことじゃないよ』と偽証しているというか。

 ともかく、単純な未来視上では絶対に気付けない異常。それがバグであり、普通の未来視能力者はこのバグに対処することはできない……どころか、その違和感に気付くこともできない。

 何故かといえば、このバグは()()()()()()だからである。

 

 

「横?」

「並立世界方向、って言ってもいいかな。金太郎飴の切る前・切ったあとでもいいかも」

 

 

 パッと見た時に違いがわからないが、その実切り落とした方と残っている方は別物……みたいな?

 正面から見た時にはその見た目は大差ないが、横から見ると太さが明らかに違う……という考え方でもよい。

 つまり、未来視という見方をしている(正面から見ている)限りは絶対に違和感に気付けないもの、というわけだ。

 

 その違和感を、『星女神』様は認知することができる。

 それは何故か?彼女は未来視と共に、並立世界視も合わせて行っているから、である。

 

 

「……そもそも、その『並立世界』とはなんだ?」

「並行世界のもっとややこしいバージョン、かな?単純な並行世界視より更に範囲の広いもの、といってもいいかも」

 

 

 正確には、重なった世界や隣り合わせの世界・飛沫やコピーの世界なども含むのだが……ややこしいのでここでは割愛。

 ともあれ、彼女は他の未来視能力者と比べ、多角的に未来を見ることができることは確かな話。

 それゆえに、本来認知できないバグを認知することができるのである。……まぁこのバグの場合、横から見ると『なんとなく違和感がある』となるだけで、周囲の未来の状態と照らし合わせないと正確にそこにバグがある、と確証も持てないわけだけど。

 

 で、この話が今回のあれこれにどう関わるのかというと。

 

 

「彼女にはわかるってことは、裏を返すとそのことを秘匿してても私たちにはわからない、ってことだよ」

 

 

 彼女はこれから起こるトラブルを、意図的に隠している可能性が高いということだ。

 

 



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母は強しと言うけれど、限度があるのでは?

「意図的に隠している……?」

「そう。普通の未来視じゃわからないってことは、そこで起きる想定外のトラブルに対処するのは、とても難しいってことになるでしょ?」

「……あー、少なくともここに在中しておる未来視部隊とやらでは、対応が後手になるのが目に見えておるのぅ」

 

 

 私の言葉に、ミラちゃんが遠い目をしながら頷いている。

 ……そう、なりきり郷ではトラブルを未然に解決するため、未来視ができる『逆憑依』で結成された部隊が存在する。

 筆頭として桃香さんがカウントされている……というのがちょっと不安を煽るが、そもそも彼女はスキルで言うところの『千里眼:EX』*1持ちに相当するため、(勤務態度はともかく)彼女のもたらす情報はとても正確なものとして、普通に重宝されているわけだ。

 

 ──そんな彼女でさえ、未来視のバグというものは見分けることができない。

 いやまぁ、並行世界視が含まれるタイプの未来視であるのならば、そこから気付くことも決して不可能じゃない(他の世界の同一時間との差異を見分ける、などすればよい)とはいえ、そのバグのずれ方が並行で収まらず、並立の方にまで達していたらどうしようもないだろう。

 

 そして恐らく、今回『星女神』様が黙っているものの中には、その『彼女が辛うじて気付けるレベル』のバグが混ざっている、という可能性が非常に高い。

 何故なら、彼女は基本的に試練を与え人の成長を促すモノだからだ。

 

 

「言い方を変えると──今回は私への試練だけど、黙っている方は皆への試練だろう……みたいな?」

「ああ……彼女が黙っていればそもそもそれを知りようがないし、仮に知ったとしても彼女に直接問い質せる者も居ないということか……」

 

 

 サウザーさんの言う通り。

 黙っているのが私への試練でないのならば、私が気付く可能性は低くなるだろう。

 私もほんのり予測系の技能は持っているものの、それで見えるのはあくまでも自分の近くのことだけ。

 

 キリアならもうちょっと広範囲を見ることもできるだろうけど……それが試練であるのなら、彼女がそれをこちらに伝えてくることはないだろう。

 比較的こちらに近い立ち位置だとはいえ、彼女も本質的には『星女神』様と同じく試練を与える側なわけだし。

 

 つまり、『星女神』様が自身の居城に引っ込んだのは、言い方を変えると()()()()()()()()()()()()でもある、ということになる。

 彼女がもし、特になにもせずにこちらに居たままであれば……恐らく、私たちの気は緩んでいただろう。

 

 世界の滅びの先駆け的な存在であるとはいえ、それは彼女が目覚める前、及び彼女が相方を得るまでの間の話。

 今の彼女は普通に人類の保護者であり、人の手ではどうにもできないような災厄に見舞われたのならば、普通にこちらを助けてくれるはずだ。

 ──だがそれは、本来の【星の欠片】の理念からすると、微妙に噛み合わないものでもある。

 

 どんなものにとっても敗者(した)になるのが【星の欠片】の原則。

 そしてそれは、自分達を踏み台にしてでも先へと飛躍して欲しい、という願いの現れでもある。

 それを、普通の神の如く庇護する……というのは、正直侮辱と取られてもおかしくない状態なのだ。

 いやまぁ、今の世の中的に『子は全て親から離れ独立するべき』なんて論法が真っ当に受け入れられるか、って話でもあるんだけど。

 いわゆるコンプライアンスの問題、みたいな?

 

 ……『星女神』様がコンプライアンスを気にするのか?という話は置いておくとして。

 ともあれ、本来の【星の欠片】の理念からすると、人を庇護し導くのは正反対のやり方、ということになる。

 

 なので、ここで彼女は『私はいつでも貴方達を導くわけではありませんよ』と主張するため、及び私たちに更なる飛躍を期待して、自身の居城に引きこもったのでは?……という予測が立つのであった。

 

 

「……うん、それそのものは別にいいんだよ。実態はどうであれ、親が子供のすること全てに口を出す、ってのがよくないのは間違いじゃないし」

「問題があるとすれば、()()()()()()()()()()()()()……ということかのぅ?」

「そういうこと……」

 

 

 で、そこに隠れている問題点は、ミラちゃんの指摘通り。

 ……うん、言っていることそのものは決して間違いじゃないのだ。

 

 最初にやり方を教えるくらいならまだしも、常に子の傍に立って彼らのやることを補助し続ける……というのが、子の成長に宜しくない可能性が高い、というのは。

 だが同時に、一回教えたのだからもう一度やれるよね?……と言って全部任せてのは、それはそれで子の能力に過剰な期待を抱きすぎ、というか。

 

 教えればなんでもできる、というのはわりと幻想である。

 懇切丁寧に教えても覚えられない、ということは往々にして発生すること。

 その理由は人によって様々だろうが──少なくとも、単一の正解など存在しない、ということは間違いあるまい。

 

 ──そう、単一の正解など存在しない。

 これは即ち、彼女のように見ている範囲が広い存在の場合、それらの中から落ちこぼれるモノを見ていない、ということと同義である。

 例え確率が一パーセント未満であっても、純粋に対象が増えれば該当者は増える。

 確率として見た時は変わらずとも、個々人に目を向ければあぶれる人は確かに増えているのだ。

 

 すなわち、一人にできるのだから皆できるよね、は暴論以外の何物でもない……ということ。

 今回の場合、私という存在が試練を越えた、ないしこれから越えるのだから、他の人達だってできるよね?……という論法が罷り通っているかもしれない、ということになるのだ。

 

 

「なので、そこら辺の勘違いを訂正するためにも、彼女に話を聞く必要があるんだけど……」

「その場合、別の試練が起動し自動的にさっきの勘違いを補強してしまう……ということか」

「そういうことー」

 

 

 さっきから口にしている通り、今の私が彼女の元に行くのは自殺行為である。

 なにせ試練が纏めて襲い掛かってくる可能性大だからね。

 

 無論それも問題だけど、今回の場合もっと問題なのが『その行為がさっきの話を補強してしまう』点。

 私が聞きに行くと試練が発生するということは、彼女の元にたどり着いた時点で私は試練に打ち勝った、ということでもある。

 なんてったって、試練を成功させなきゃ私は死ぬようなもの、だからね!

 

 ……この時点で私は試練によって成長した、ということになり。

 結果として、『星女神』様は更に躊躇いなく、他の人への試練を敢行することだろう……正確には彼女が試練を出しているわけではない、というのがポイント。

 一人がフルマラソンに成功したのだから、他の人だってやれるはず……くらいの無茶振りをしようとしているといえば、なんとなく危険度も伝わるだろうか?

 

 なので、言い方は悪いが……孫に期待する祖母に、母親から『うぉ…それは流石にやりすぎ……』と言って貰う必要がある、というわけなのである。

 で、あわよくば私の試練だけでなく、これから起きるだろう他の人への試練についても知っときたいなぁ、と。

 

 ……うん、普通に重いな、必要な条件が。

 こっちは四人でスモック着てるだけという、大分間抜けな状態なんだけれども。

 でもこれがないと戦いの部隊にも立てないかもしれないんだよなぁ……(遠い目)

 

 

「さっきの話か……」

「そう、実際のところ、『星女神』様より遥かにキリアの方が、試練を出す側として似合ってるってことだからねぇ……」

 

 

 同じく微妙な顔をしているサウザーさんの言葉に、深々と頷く私である。

 ……うん、『星女神』様がその名前の通りに神であるのならば、キリアってその敵対者である悪魔……もっと言えば魔王だからね、そりゃ人を苦しめるのがお仕事というか。

 え?今から私たちがやることも、ある意味では私たちが苦しんでいるので試練みたいなモノなんじゃないのか、だって?ううん、一理ある()

 

 

「しっかりしてぇキーアちゃーん☆」

「べふぅっ!?」

「ううむ、綺麗なビンタだったのぅ……」

 

 

 そうして半笑いする私に、きらりんから飛んできたのは気付けのビンタ。

 ……いや普通に痛いんだけど、でもお陰で腹は決まった。

 やらなきゃいけないことなのだから、ここでうじうじしていても始まらないのだ。

 っていうか、見た目的に恥ずかしいのはサウザーさんくらいのもので(後ろで抗議するサウザーさんは無視)、私たちは寧ろ似合っているくらいなのだ、これで胸を張らずにどうするというのか。

 

 そんなわけで、さっきから話をしている間中、ずっと握りっぱなしにしていた玄関のドアノブを開く。

 そうして家の中に乗り込み、乗り込み……?

 

 

「ああ、おかえりなさいキーア、それから他の子も。お世話(ごはん)にする?お世話(おふろ)にする?それとも──お・世・話?」

「ひぃっ!!?」

 

 

 ──踏み入れた室内は、まさに異界であった。

 綺麗に整えられた()()、整理された()()()()()()()()()()

 設置されたベッドは四人分──大きさは大の大人が寝転がっても大丈夫そうなそれは、天井から吊り下げられたベッドメリー*2と組合わさり異様な威圧感を放っている。

 

 なにより、室内で異質な圧力を放っていたのは──今回の私たちの目標、キリア。

 彼女は恍惚の表情を浮かべ、片手には哺乳瓶を、もう片手にはガラガラを持ち、こちらの到来を盛大に歓迎していたのであった。

 

 ……やベーぞデストラップ(ははおや)だ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()

1/1

 

   

 

 

*1
文字通り、千里先を見るスキル……というのは低ランクでの話。Aランクを越える千里眼は未来視すら可能とする。また、評価規格外(EXランク)の千里眼は、それ未満のモノとは意味合いが違う、とも言われている。なお、『FGO』のゲーム内において、実際に使えるスキルとしての『千里眼:EX』は今のところ実装されていない

*2
赤ちゃん用のベッドの上に吊り下げるおもちゃ。ベッドベルとも。回転しながら音を立てることで、赤ちゃんの気を引くことができる



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後遺症は酷いぞ、がっかりしろ

「……い、せんぱいっ!」

「はっ!!?」

「よかった、無事だったのですね……!」

「……まま、おっぱいほしい」

「無事じゃない!?」

「……はっ!?す、すまない。ただちょっと母乳が欲しくて……」*1

 

 

 はてさて、語るも思い出すも恐ろしい赤ちゃんタイムからしばし。

 気を失っていた私は、任務から戻ってきたらしいマシュに抱え起こされていた。

 

 朦朧とする頭で周囲を見渡せば、そこにあの時見た光景はもうなかった。

 ……無かったのだが、なんというかこう精神に直接揺さぶりを掛けてくる記憶があるような気ががががが

 

 

「しっかりして下さいせんぱい!」

ぶへぇっ!?……いやうん、別にこれくらいじゃなんともないけどさ、マシュは自分のパンチが平成ライダーくらいは普通にあるってことを自覚するべきだと思うよ……」

「え?あっ、すすすすすみませんせんぱい!?」

 

 

 そうして若干発狂してる私にマシュからの精神分析(こぶし)が飛んでくるわけだが……うん、貴方十トンの盾振り回せるんだからそこら辺考慮してもろて……。*2

 流石に顔にめり込んだり(前が見えねぇ)はしなかったものの、わりと普通にダメージになってる辺り体が資本の奴らの攻撃は、例えそれが気付け目的でも安易に受けるべきじゃねぇな……と思う私なのでした。

 

 

 

 

 

 

「はて、気を取り直して……みんな大丈夫?」

「おっかさん、だっこー」

「きらりもー」

「みらはねみらはねー、ままごとー」

「思ったより大丈夫じゃねぇなこれ」

 

 

 ああうん、まさに死屍累々というか……。

 思う存分子供として可愛がられたんだろうなぁ、というのがよく分かる他のみんなの様子に、思わず白目を剥いてしまう私である。

 ……当の母親(キリア)が居ない辺り、存分に楽しんだあとさっさと目的を果たしに行った、ということなのだろうか?

 

 

「その辺りはなんとも……私が戻った時には、すでに皆さん今の状態でしたので……」

「ええと……見苦しいモノ見せてごめんね?」

「見苦しいだなんてそんな!……その、せんぱいがそういうのがお好きなのでしたら、私もその……」

「こんな見苦しいところを見せ続けるわけにはいかないね!ほらみんなさっさと目を覚ます!」

「ぐへぇっ!?」

「痛いっ☆」

「にゅわっ!?」

 

 

 なお、試しに尋ねてみたところ、マシュはキリアの姿を見ていないとのこと。

 ……それ以外の話については触れるとヤベーイ感じしかしないので、サクッとスルーしてみんなに精神分析(こぶし)である。

 後ろで残念そうな顔をしてるマシュがいる?そんなの無視だ無視!

 

 そんなわけで、上から順にサウザーさん・きらりん・ミラちゃんの頭を順に(はた)いて精神汚染を落とした私。

 頭部への突然の衝撃に、三人は目を白黒とさせていたが……しばらくして、先ほどまでの自分達の痴態に気付き、天を仰いだり頬に手を当て顔を真っ赤にしたりなどしていたのだった。

 

 

「……詳しいことを思い出そうとすると頭痛がする……」

「現実を直視したくない、ってことだろうね。安心して、みんな同じだから」

「いやな仲間意識じゃのぅ……」

 

 

 というかね、いつの間にか着ていたはずのスモックがいつもの服に戻ってる、って辺りが飛んでる記憶を想像することすら躊躇わせるというか。

 ……うん、そのレベル(着替えさせて貰う)まで退行してたの私ら、みたいな?

 そんなわけなので、この話についてはこれにておしまい、封印処理である。

 

 ではこれからどうするのか、ということになるのだけれど……。

 

 

「……うーん、どっちだろうこれ」

「どっちとは?」

「私らが正気に戻るまでに戻ってきてない、っていうのが単にタイミングを見計らっているのか、はたまた『星女神』様への聞き取りが難航しているのかがわからない……みたいな感じ?」

「なる……ほど?」

 

 

 さっきの赤ちゃんタイムが私たちの記憶から飛んでいる……というのは、単にその記憶が私たちにとって忌まわしいものであるから……というのも多分にあるだろうが。

 それ以上に、前述していた通りその時間が()()()()()()()()()、という実質的なほぼ無制限みたいなものだったから、というところが大きいのだと思われる。

 あれだ、ソードアート・オンラインの『アンダーワールド』編において、そこで暮らした二百年分の記憶をデリートしたキリト君達みたいなもの……というか。*3

 

 一説によれば、人間の脳の容量は一ペタバイト以上あるらしいのだが……それでも、人はモノを忘れていくのが基本である。

 それは、脳の構造が一般的な記録媒体とは違っているため。

 ニューロン間の接続・シナプスの強度の調整によってもたらされるそれは、限界というものが非常に判別し辛いのだ。

 

 基本的な記録媒体は、その媒体の特定の場所に情報を書き込む、という手法を取るため、どこそこには既にデータがある……と直感的にわかりやすいのだが。

 脳の場合は適宜『適応的忘却』という、過去のデータを今のデータと照らし合わせて更新したり、はたまた不要なデータを忘れる、といった行動を自然に行っている。*4

 そしてこれは、人間であれば基本的に働いているモノであるがゆえ、純粋に記憶だけを詰め込んだ時に、どれくらい入るのかが分かり辛いのだ。

 

 例えば、記録媒体に『一』という文字を無数に記憶させる場合。

 機械の場合、記憶するものに手を加えずそのまま記憶させるので、データの中には『一』という文字がびっしりと詰まるが。

 脳の場合、不要なものは最初から纏めてしまうので、『一×無数』みたいに一行にも満たないデータに纏められてしまう……みたいな。

 機械に同じ事をさせようとすると、『同じものは纏める』という命令を別にしておく必要がある。

 そういう意味で、同列に語るのが難しいのだ。

 

 さて、人の記憶に話を戻すと。

 創作などにたまに登場する完全記憶能力者──英語で『ハイパーサイメシア(hyperthymesia)』と呼ばれる能力があるのだが、この能力を持つ人間は現実にも存在し、かつそれが原因で寿命が短いなどの不利益は被っていないのだという。

 ……いやまぁ、なんでも覚えているせいで今と過去との区別か付かないとか、嫌なことも忘れられないので精神を病みやすいとか、別方向の不利益はあるらしいのだけれど。*5

 

 ともあれ、すべての物事を記憶していたとしても、それで脳の容量がパンクすることはないのだという。

 ……記憶の整理の仕方が上手いのか、はたまた脳が増える記憶に合わせてニューロンを増やしているのかは定かではないが……ともかく、人間の脳において、容量が足りなくなるから忘却する……というのは微妙に間違いである、ということになるだろう。

 

 ならば何故、人は忘却するのか。

 答えは完全記憶能力者のデメリットでも語った『それを覚えていることで不利益を被るため』というのが正解なのだろう。

 

 悪い記憶が残りやすいのは、その記憶から警戒心を持つことができるため。

 起きた出来事が危険なモノであるならば、その危険から逃れられるように備えるためだろう。

 また、同じように悪い記憶を忘れてしまうのは、それによって行動が狭まってしまうことを避けるため。

 警戒するのは悪いことではないが、その警戒が基本的に無用の長物であるのならば、それを覚え続けていることは自身を萎縮させる結果に繋がりかねない。

 

 良い記憶に関しても似たようなもの。

 危険に備える、という目的からすれば『危険から逃れられた』というような記憶は不要なものであるし、また『良いものを手に入れた』というような記憶であれば、再度良いものを手に入れられる可能性からその場所を記憶しておく、ということに繋がりやすい。

 

 個人によって、どちらの記憶を優先するのかには差があるだろうが……なんにせよ、その個にとって重要でないもの・邪魔になるものは忘れられる、というのが正解なのだろう。

 

 

「……つまり、せんぱい方は先ほどまでの記憶を忘れたいほどに恥じている、ということですね?」

「間違ってないけど……身も蓋もなく解説するのどうかと思うよ私……」

「え?……あっ、いいいえそんなつもりはなくてですね!?」

 

 

 ふふふ、折角小難しいこと言って煙に巻こうとしたのに、マシュにサクッと要約されちゃったぜ。

 引きたいし媚びたいし省みたい……(背後で聞こえた「おいっ!?」というサウザーさんのツッコミはスルー)

 

 

*1
『彼岸島 最後の47日間』より、邪鬼(オニ)の一体・牛乳女の中毒性を持つ母乳の虜になった、石田亮介というキャラクターの台詞。この母乳、中毒性はあるが栄養は全く無く、これだけを飲み続けると最終的に餓死する、というわりとエグいもの。……一番エグいのは、我が子から引き離され子に母乳を与えることの出来なかった彼女が、その能力を得てしまったことかもしれないが

*2
『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』にマシュが参戦した際、彼女との戦闘にネコアルクが勝った時の勝利画面での台詞から。『10トン以上の鉄で殴られると、すごく痛い』とのこと。また、平成ライダー達の初期フォームは、大抵パンチ力5トン前後である。……まぁ、いつか語った通りこの『5トン』が何を指すのかは不明なので、マシュのパンチ力が彼らに匹敵するかどうかも謎なのだが。……でも10トンを振り回せる膂力はやはり驚異的だろう

*3
物語の終盤において、現実世界の10分が100年になる……という、限界加速フェーズに突入した世界に20分ほど閉じ込められたエピソード。その結果、200年の間にアンダーワールドを平和に統治したとかなんとか。なお、人間の心と同義とされるフラクトライトの記憶容量は150年分であると目算されており、それを50年超過したキリト達はもう起きることはないと思われていたのだが、三週間の昏睡ののち、無事に帰還した……その後、200年分の記憶は消去された……のだが?

*4
逆に、AIなどの場合新しい記憶を優先してしまい、以前に覚えた記憶を忘れてしまうということがある。これを『破滅的忘却』という

*5
現実世界での同能力者は三桁に満たないほど。そんな彼らはその記憶力が原因で寿命が減る、ということは無いそうだが、全ての記憶を忘れない為に嫌な記憶が鮮明なまま残り続ける……という、別方向に嫌なデメリットを背負っているのだとか。また、その時に感じた気持ちなども鮮明なまま残るそうで、結果として過去と現在の区別が付け辛くなる(もしくは、過去の感情を過去のものとして処理できない)のだそうな



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君が帰ってくるまで私たちは眠らない

「……まぁ総合すると、私らの記憶が吹っ飛んだのはそれが長すぎて精神ダメージが過大だったからだけど、同時にその時間は現実時間では一分にも満たないもの。……そこからわかるように、彼女(キリア)には時間の制限はないのに、未だに戻ってきてない……っていうのがどういうことか、ってことだよね」

「期を見計らっているのか、はたまた単純に向こうでの話が長くなっているのか……だったか?」

「そういうこと」

 

 

 気を取り直して、現在の状況を纏める私。

 キリアにとってなにかをするのに時間の経過など必要ない。にも関わらず、その時間経過が起きているというのは、そこになにかしらの意味がある……ということである。

 

 パターンとしては二つあり、前者はキリアがこちらの様子を窺っているもの。

 これに関してはその理由が色々と予測できるため、こちら側がどうする、と決めるのは難しいと思われる。

 

 ……いやだって、ねぇ?

 これでもし、行きに赤ちゃん達に見送られたから、帰りも赤ちゃん達に迎えて欲しい……みたいなやつだったら、こっちは逃げ出すしかないけれど。

 そういうのではなく、単純に向こうがさっきまでの行いを反省して、微妙に顔を見せ辛い……みたいなパターンでも成立することを思えば、正直考えるだけ無駄というか。

 ……素直に向こうが焦れて出てくるのを待った方が良い、みたいな?

 

 そういうわけなので、こっちに関しては気にしない方向で良い、ということになるのであった。

 で、問題はもう一つのパターン、単純に『星女神』様からの聞き取りが予想以上に難航している場合なのだけれど……。

 

 

「そっちの場合、最悪私たちはなんの成果も得られない……なんてパターンも予想しとかないといけないんだよねぇ」

「なぬっ、なんの成果も得られんだと!?あそこまでやっておいてか!?」

「ああ落ち着いてサウザーさん、まだあくまでも可能性の話ってだけだから」

「むぅ……」

 

 

 私の予想した内容に、ある意味では今回一番迷惑を被っていたと言ってもおかしくない立場である、サウザーさんから抗議めいた声が上がる。

 ……まぁうん、あんだけ恥ずかしい思いをしたのに、『なんの成果も!!得られませんでした!!』*1された日には、そりゃ怒り心頭になってもおかしくはないだろう。

 

 とはいえ、これはあくまでも可能性の話。

 ()()()まだ、確定した話ではないのでここで怒っても仕方ないのである。

 

 

「……その言い方だと、半ば確定しているように聞こえるがのぅ」

「ああうん、一番最初の目的だった『五条さんの相方』の情報に関してはまぁ……なんとか入手できるんじゃないかなぁ……?」

「そのレベルなのかっ!?」

 

 

 ……目敏いミラちゃんが指摘したように、私としては八割くらいなにも得られない可能性が高いと思っている。

 なんなら、『最低限これだけでも知れたらいい』というラインである『五条さんの相方』についての情報も、この状況だと得られるかどうかあやふやな感じというか。

 

 何故かというと、結局()()()()()()()()()()()()()()という部分に話が繋がるのであった。

 

 

「それってぇ、そんなに重要なことなの~?」

「うん、本来現実の時間が経過したことを認知できるほどに議論が白熱する、ってことがありえないからね」

 

 

 不思議そうに首を傾げるきらりんに、私はため息を交えながら答えていく。

 

 何度か言うように、【星の欠片】はその構築段階から『無限』というものを前提とした存在である。

 そのため、相手が同じ【星の欠片】である場合、あらゆる行動を()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「……???」

「私たちの使う『無限』は物理的なモノであり概念的なモノ。だから、時間みたいなモノにも()()ことができるんだよ」

 

 

 より正確に言うのなら、時間という概念の中にも【星の欠片】が含まれている、ということになるか。

 つまり、もっと単純に言ってしまうと、私達は時間を無限に細分化できてしまうのだ。

 それも、一時間を無限に割るとか・一秒を無限に割るとか、結構無茶苦茶なことをやれてしまう……というくらいのレベルで。

 

 

「なるほど、無限に分割することが前提なので、分割する対象の方を変えて実質的な時間の長さを変化させているのですね?」

「……マシュは相変わらず理解が早いね……。その通り、マシュの言う通り、分けるのなら無限にするのが基本だから、量を調節する場合私達は分けるものの方を選ぶってわけ」

 

 

 流石はマシュと言うべきか、言いたいことをサクッと理解してくれる。

 

 彼女の言う通り、私達が起こした事象の量を調節する場合、そもそもの分けるものの量を選ぶ、という方式で調節している。

 それが何故かと言うと、無限概念である自己を保持するため──単純に言うと無限に割る以外の小回りが一切効かないためである。

 寧ろ、変に細かく調整しようとすると自己の崩壊を招きかねないというか。

 

 

「さらっと恐ろしいことを言うな貴様……」

「その辺りは、現実に『無限』という概念を無理なく顕現させようとした結果、ってやつだね」

 

 

 一種の自己保持回路みたいなもので、『今私は無限なので明日も無限です』みたいな証明を行っているのが、基本的な【星の欠片】なのだ。

 そのため、途中で無限であることを止めると、翻って()()()()()()()()()()()()と世界に判断され、不純物として処理されてしまうのである。

 

 ……いやまぁ、そうやって処理されても、世界の状態が不安定なままならそこら辺からリポップできたりはするんですけどね?

 でもその辺りの話は今回関係ないので、ここでは放置。

 

 必要なのは私達が物事を起こす場合、基本的にその量はある程度のパターンがある、ということの方。

 つまり、時間というものを無限分割する際、表面に量として現れるモノにもパターンがある、ということである。

 

 

「ふむ?」

「相手が普通の人間だったりする場合、無限なんてモノをそのままぶつけたら普通に頭が弾けちゃう……ってのは、五条さんの術式を知ってればわかる話だよね?」

「ああ、『無量空処』は一秒に満たない時間でも半年近くの情報量を流し込まれる……というやつじゃな?」

 

 

 最近の人が一番()()()()()『無限』は恐らく、五条さんの使う術式達だろうが……そんな彼の領域展開・『無量空処』は、領域内の相手に対し『無限回の知覚と伝達』を強制する、というかなりエグいものである。

 

 先ほど、人間の脳は基本的にパンクすることはないと言ったが……それも対処する時間が用意されていれば、の話。

 一秒にも満たない時間の間に、一年近くの情報が波のように押し寄せるとなれば、それは流石にどうしようもないだろう。

 ……まぁ、この場合は知識の貯蔵が溢れたというよりは、処理が多過ぎてオーバーフローしたという方が正解だろうが。

 

 ともかく、普段から無限に触れているとかならともかく、なんの耐性も持たない相手に無限をぶつけるのは──例えそれが物理的な量を持たぬ情報であっても無謀、というのは間違いあるまい。

 

 それは【星の欠片】であっても同じであり、どころか五条さんのそれよりも遥かに切羽詰まった問題として降り掛かっているモノなのだ。

 何故かって?【星の欠片】がどういうものなのか、もう一度思い出してみたらわかるんじゃないかな?

 

 

「……万物に含まれるもの。言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()。それゆえに、ふとした瞬間にも周囲のモノに無限を振り撒きかねない……ということですね?」

「そういうこと。私達はどこにでもある、だから誰にでも無限を近くさせてしまう可能性がある」

 

 

 そう、これまたマシュの言う通り。

 私達【星の欠片】は積み上げた結果の無限ではなく、一つのモノを無限に割った結果現出するもの。

 それゆえ、例外が一切ないのである。確かにあるものの中から無限を見いだすために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がゆえに。

 ……言い換えると、ふとした瞬間に相手に無限を知覚させてしまう可能性がある、ということでもある。

 

 というか、【星の欠片】が目覚めた時の滅びの一因・先触れの一つだからね、『世界に無限が溢れ壊れていく』ってのは。

 

 

「……怖っ!!?」

「うん、【星の欠片】って怖いの。しかもオンオフしかできなくて、量の調節はほぼできないの。……で、その数少ない量の調整方法が対象を変える、ってことなんだけど。……それでもやっぱり()()でしょ?それで割るでしょ?……普通はそれでできたモノを知覚なんてできるはずがないんだよね」

「なるほど、本来無限は式に入れられぬもの。それを無理矢理動かしても、まともな数値にはならんはずじゃからのぅ」

 

 

 で、問題点はミラちゃんの言う通り。

 無限は数字ではないため、それで割り算をしても答えは出ないのが普通なのだ。

 無限の原則的には、無限をなにで割っても無限にしかならないように、なにかを無限で割ってもなににもならないのだ。

 

 ……さて、この話を踏まえた上で、今の状況をもう一度考えてみよう。

 現在、キリアはこちらに戻ってきていない。

 それも、彼女がここを出てから少なくとも()()()()()()()()()()()

 ──本来無限を扱うキリアにとって時間の制限はほぼないにも等しいのにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「これが意味することはただ一つ。キリアが既にこっちに戻ってきているのに顔を見せるのを渋っているか、はたまた向こうで『星女神』様からの話を聞くのが難航しているか。──同じ無限使い同士だから、抵抗すればそこには無限対無限……本来答えのでないはずの無限を含む計算において、唯一違う答えを出しうる状態が引き起こされることもある、ってことになるからね」

「なんと……」

 

 

 それはつまり、キリアが尋ねることを『星女神』様が拒否している可能性が高い、ということになってしまうのだった。

 ……いや、そこまでするってどういうことよ?

 

 

*1
『進撃の巨人』より、845年の壁外調査から戻ってきたキース団長(エレン達の教官になるスキンヘッドの男性……の、若き頃の姿。髪はふさふさ)が、調査兵の一人の母親に対して述べた台詞。その母親の息子は右腕を残して巨人に食い殺されており、せめて息子は役に立ったのだ、と思いたくて声をあげた母親に対し、無念を滲ませながら叫ぶこととなった



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そんなに試練を受けさせたいのかよ、アンタ達はっ!

 キリアが未だに戻らないのは、『星女神』様の抵抗にあっているから……。

 

 凄く端的に言えばそういうことになるわけだが、これが事実だとするととても面倒なことになる……というのは、私が明言しなくてもわかるだろう。

 

 

「そもそも五条めがさっさと掴まらぬから、というだけの話だったはずだが……」

「なんだか話が大きくなってきた気がするにぃ……」

 

 

 話を聞いた二人も、こんな感じでうんざり顔。

 まぁ、話の着地点が再び遠ざかったようなものなのでさもありなん。

 とはいえ、一応は懸念の段階でしかなく、実際はキリアが単に出現するタイミングを計っている、というこっちにとっての最良とも言えるパターンも残っているので、そちらを期待したいところである。

 

 ……というか、そうじゃないとこうして話している内に戻ってこないことが、イコール向こうの議論が紛糾していることになってしまう恐れががががが。

 

 

「……ああ、さっきの話を総合すると、一秒経過がそれこそ世界の開闢から終焉までの長さである、という可能性もあるのか……」

「互いに無限使いだから打ち消しあって、結果普通の議論の長さになってる可能性もなくはないけどね」

 

 

 まぁ、【星の欠片】って濃度のある無限を使うモノでもあるので、単一的な無限がぶつかり合ってるわけじゃない……なんて話にもなりかねないのだけど。

 正直その辺りは考えても心労にしかならないし、黙ってお茶でもしながら待ってる方がマシなんじゃないかな……?

 

 

 

 

 

 

 ──などと言っていたのが昨日のこと。

 それから私たちは、大体丸一日分の待ちぼうけを食らっていたのであった。

 

 

「……いやおかしくね!?幾らなんでも時間掛かりすぎじゃね!?」

「お、落ち着いてくださいせんぱい……」

「これが落ち着いていられるかぁ!?これアレじゃん!!滅茶苦茶議論が紛糾してるんじゃなければ、私が直接来ないのなら梃子でも動きません……みたいなこと言われてるヤツじゃん!!」

「はっはっはっ、その可能性大だねぇ」

 

 

 なんだよこの状況!……なんだよこの状況!?

 

 などと私が叫んでしまうのも仕方のない話。

 なにせ、一向に自分達を探しに来ないものだから、五条さんの方から近くまで寄ってきてるんだもの。

 

 ……まぁさっきの声の状態からわかる通り、どこにいるのかは全然わからんのだけれど。

 正確には、『虎視眈々』により相手の存在を見つめ続けてはいるものの、向こうの五条さんが間に無限を挟みやがったのでいつまでも見通せない……みたいな感じなのだが。

 向こうが無限を解除すればすぐに看破できるが、一応まだ掴まる気はないらしい。

 でもわざわざ近寄ってきてる辺り、煽ってると取られても仕方ないんじゃないかってキーアん思うワケ。

 

 ……ともかく、色々とぐだぐだな状態であるが、なにより一番あれなのは()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだろう。

 無限割る無限で普通の議論時間になっているとしても、丸一日分の時間経過は長すぎるし。

 かといってそうじゃない(無限は片方だけ)なら、今度は無限で割ってるのに一日分の時間の厚みができている……ということで、発生している議論の時間が天文学的を通り越して到達不可能基数とかに達しそうな感じになってるし……。

 というような感じで、もはやまともに議論なんてしてないだろう、というのは共通認識になってしまっているのだった。

 

 こうなると、目を逸らし続けていた()()()()()()が正解、ということになりかねない。……そりゃまぁ、私も思わず荒れると言うものである。

 で、その第三の選択肢というのが……。

 

 

「キリアが『星女神』様に逆に説得されちゃったパターン。すなわち、私が素直に向こうに行くのを二人で待ってるパターン……ってことになるんだよぉ!!?」

「うわくっそウケるwwww」

「ウケてんじゃねぇこのクソガキ五条ぉぉぉおっ!!!」

「おおお、落ち着いてくださいせんぱい!本当に落ち着いてくださいっ!!!」

 

 

 そう、ミイラ取りがミイラ*1……はちょっと違うけど、キリアが『星女神』様側に取り込まれてしまった、というパターンなのであった。

 つまり、神・展・開!……アンデラ的な意味で(白目)*2

 

 

 

 

 

 

(◞ᾥ◟ )「なんなんだよぅ……そんなに私が苦しむのが見たいのかよぅ……」

「ありゃ、落ち着いたかと思ったら今度はしょぼしょぼになっちゃった」

「お労しやキーア上……まぁ偏にお主の生まれが悪いのじゃが」

「どこぞの扉おじさんみたいなことを言うな貴様……」*3

 

 

 はてさて、一通り叫ぶ──躁の時間が終われば、次にやって来るのは鬱の時間である。

 部屋の隅っこで体育座りをしながら地面にのの字を書く私は、もはやなにをする気力も湧いてこないのであった……。

 

 いやだって、ねぇ?

 まさかこんなに強硬なまでに『こっちに来い』って言われるとは思わないじゃない?わたしゃシンジ君かっつーの。

 じゃあ向こうはゲンドウ?つまりマダオ?まるでダメなおっかさん?……いやダメだこれだと寧ろ母親って認めてるからキリアは喜ぶだけだ……。*4

 

 とまぁ、そんな感じで思考は建設的ではないもので埋め尽くされてる感じである。

 あとミラちゃん、その扉おじさんめいた台詞に関してはこう返すよ。誰が生めと頼んだ、誰が造ってくれと願った*5ってね……。

 

 

「ありゃりゃ、思ったより重症かなこれ」

「元はと言えば貴様のせいだろうが……」

「いやいや、僕としてはもうちょっとサクッと終わる予定だったんだよ?思ったより()が使えたってだけで」

「……そういえば、その彼とやらは「あ、それに関しては黙秘するから。知りたいなら頑張って探ってね☆」……やっぱりお主、一度殴られた方が良いのではないか?」

 

 

 そんな私を他所に、向こうではミラちゃん達と五条さんの会話に花が咲いている。

 

 ……いやまぁ、ここまで来ればなんとなく、五条さんの相方が誰なのかってのはわからなくもないんだけどね?

 でもこう、素直にその人かどうかと言われると、微妙に疑問点が残るので黙っているのだが。

 なんというかこう、厄介事の匂いがするのだ。具体的には【継ぎ接ぎ】とか【複合憑依】とか【顕象】とか【星合憑依(ステラ)】とか。

 

 ……え?唐突に新単語が挟まったって?

 多分【星合憑依】のことだろうけど、これは単に【複合憑依】に【星の欠片】が混ざったモノに便宜上別の名前を与えた方が良いだろう、ってことで生み出された造語なんで別に新しい概念が増えた、とかではないよ?

 因みに名前の由来は勿論、みんな大好きアーラシュさんの宝具である。*6ともすれば自分ごと燃え尽きる可能性が高いってところから、一瞬を燃やす星の如く……ってことだね。

 

 まぁともかく、その辺りの厄介事の匂いがする……というのが、現状の五条さんの相方さんに対しての感想である。

 というか、その辺りの厄介事にできる限り触れないように……みたいな意味合いも含んでの『星女神』様に話を聞く、っていう選択だったのだが……。

 こうまで裏目になると、目測を誤ったかなーという感想になってしまうというか。

 ……いやまぁ、相方さんの目的がややこしそう、って部分は変わってないし、そこを尊重するとやっぱり『星女神』様に話を聞いた方がいい、ってのは変わらないんだけどさ。

 

 ともあれ、このままだと埒が明かないのも確かな話。

 じゃあどうするのか、という話なのだが……うーん、やっぱりやりたくないけど『星女神』様のところに行く、という方法しかないのかなー。

 やだなー、このまま死ぬほどしんどい目にあうのやだなー、とぼやきながら部屋を転がる私である。

 

 

「ああせんぱい、なんとお労しい……っ!!」

「……なんでちょっと楽しそうなんじゃろうな、あやつ」<ヒソヒソ

「確か『管理願望』があるみたいな描写があるから、今のキーアさんにその辺りの欲を刺激されてるんじゃない?」<ヒソヒソ

「……///……おほん!おほんおほん!!」

 

 

 なお、その横ではマシュがほんのりヤンデレを発症し、その姿をミラちゃんと五条さんの両名にからかわれて咳払いをしていた。……うーんカオス。

 このまま無駄に時間が過ぎていくのかなぁ、なんて思いながら転がる私は、

 

 

「ちょっとー、キーアいるー?用事があるんだ……けど?」

「ん?」

「……んん?」

「これだーっ!!!」

「ひぃっ!?なになになんなの一体!?」

 

 

 私を訪ねてやってきたオルタに、一筋の希望を見いだすのであった。

 

 

*1
人を捜していた人物が逆に捜される側になること。転じて原因を取り除こうとしていた人物が、逆に原因になってしまうことを指す。また、相手を説得しようとした結果、逆に相手に説得されてしまう……というような場合のことも言う。語源は勿論エジプトなとに存在するミイラ。この言葉ができた当時のミイラは薬や燃料などとして重宝されており、それを入手する為にピラミッドに侵入する者などが後を断たなかった。ただ、当時は今ほど周辺が整備されているわけでもなく、道すがら砂漠で迷ったり、はたまたピラミッド内で迷ったりすることで結果的に餓死し、腐敗菌の生息できない環境である砂漠では腐敗が進まず、結果として砂の上で求めていたミイラになる……ということが起きていたのだとか

*2
週刊少年ジャンプにて連載中の漫画・戸塚慶文氏作の『アンデッドアンラック』及び、その中での神の所業から生まれたネットミーム。作中の神はまさに邪神であり、そこからこの作品における『神展開』はいわゆる胸糞系のモノを指すこととなった。作中人物の一人がファンという名前であり、かつ基本的にはダメな方の人間に区分されることもあり、『アンデラ』界隈では『神展開』『ファンです』が罵倒と勘違いされかねない……というネタになっているとかなんとか(前後の文面から理解できる為、あくまでもネタである)

*3
『最後の扉が』もとい機動戦士ガンダムSEEDのキャラクター、ラウ・ル・クルーゼのこと。元々は単に彼の発言の一つでしかないのだが、対戦アクションアーケードゲーム『機動戦士ガンダムVS』シリーズにおける彼の撃墜台詞としての『扉がっ…!最後の扉が!』など、とかく『最後の扉』に拘る彼の姿にいつの間にかこう呼ばれるようになったとかなんとか。アスランはおもちゃじゃないんだぞ!トゥ!トゥ!ヘァー!ヌォォォォォォォ!!

*4
シンジ君もゲンドウも『エヴァンゲリオン』シリーズから。マダオだけ『銀魂』から

*5
アニメ映画『ミュウツーの逆襲』におけるミュウツーの台詞。クローンである彼の怒りを強く示した言葉

*6
『FGO』より、『流星一条(ステラ)』のこと。有名なアーチェリー選手が矢を射る際の台詞に使っていた為、微妙にお茶の間に流れたこともあったり




次章に続きます。


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幕間・たまには普通の夏休みが楽しみたい

「──花火大会?」

「そ。今年は夏らしいことをちゃんとやろう、ってことになってねー」

 

 

 場所はいつものゆかりんルーム。

 クーラーの効いたその部屋でゴロゴロしていた私は、ゆかりんが会話の種にと投げてきた言葉に、その身を起こして聞き返していたのだった。

 

 ──花火。そのルーツは、一説によれば古代中国の狼煙にあるという。

 煙が何故花火の起源?……と思うかもしれないが、花火を『観客に見せるもの』と捉えると、なんとなくその理由が見えてくるかもしれない。

 

 

「遠方への伝達手段として見た場合、ってことよね」

「そういうことだねぇ。狼煙から祝砲、祝砲から花火……みたいな発展の仕方というか」

 

 

 狼煙は遠方に情報を伝える手段の一つであり、火薬が発明されてから生まれた祝砲などもまた、連絡手段の一つである。

 直接的には、ヨーロッパにおいて祝砲が改良されていった結果が花火に当たるのだろうが、それが『見せる』ことを主目的としたモノである……ということに注目した場合、起源となるのは狼煙の方……ということになるようだ。*1

 

 話を戻して、花火大会について。

 なりきり郷における夏、というのは外のそれとそう変わらない。

 ……変わらないが、一つだけ明確な差異が存在する。それが、ここは()()()()()という厳然たる事実なのであった。

 

 

「直接のお偉いさんじゃないけど、上の方から『屋内で花火をするのはちょっと……』みたいな小言が入っててねー。あんまり大規模なのは今まで出来てなかったのよ」

「まぁ……普通に考えて体育館で打ち上げ花火なんてするか?……って話だからねぇ」

「うちの中身は青天井だけどね」

 

 

 そう、なりきり郷で花火をするというのは、極論建物の中で花火をすると言っているのと大差ないのである。

 そりゃまぁ、お偉い様の中には難色を示す人もいるだろうなぁ、というか?

 実際のところは、建物の中と言ってもそこに青空とかが広がっているわけなのだが。……冷静に考えると『なに言ってるんだこいつ』案件だなこれ?

 

 まぁともかく。

 そうして一部のグループから難色を示されていたがために、今までなりきり郷内では大掛かりな花火大会を開催することは出来ていなかったのだが。

 今回、そのグループからの理解を引き出すことに成功し、晴れて花火大会を開催することができるようになったのだという。

 

 そのため、ゆかりんはその草案を私に聞かせていた、ということになるのであった。

 

 

「……でも、あんまり大掛かりな花火大会だと、十月の記念祭と色々被らない?」

「そこに関してはほら、向こうは住人達もあれこれ用意するけど、こっちは()()()()に用意して貰う……って感じで区別するから」

「……ん?外部の人?業者でも入れるの?」

 

 

 だが、それを聞いた私には一つ疑問が。

 今までなりきり郷で大掛かりな花火大会──夏祭りがなかったのは、その二ヶ月ほどあとに私たちの大半が故郷とする、例のスレの創立記念祭がこちらでも開催されるから……みたいな面もあったのではないか。

 そしてそれが正解であるのならば、八月の段階で張り切りすぎると十月が辛いのではないか?……と。

 

 ただ、ゆかりんは私の疑問を想定していたのか、そうではないのだと声を返してくる。

 それによれば、今回の夏祭りは外部の人に委託するとのこと。

 ……確かに、十月の記念祭はその性質上、ここにいる住人達が店やイベントをそれぞれ運営する……という、いわゆる文化祭形式のそれである。

 ゆえに、夏祭りは住人達はあくまでもお客様として参加する……というのは、それぞれの祭りの違いを生み出す上でとてもいい区別点であることは間違いないだろうが……。

 

 ええと……外部の人って、どこに頼む気なので?

 一応、なりきり郷は政府直下の秘密組織?的な扱いであり、一般層に施設を解放したりはしていない。

 まれに来る外の人も政府の息の掛かった者であり、ここでの出来事をキチンと黙秘できる人物に限られている。

 ……まだ小さなご子息にまでその話がキチンと伝わっている辺り、なんというかスゲーなー、くらいの感想しか出てこないわけだが……。

 

 ともかく。

 このなりきり郷に入ることのできる外部の人、というのはとても限られている。

 その限られた中から、更に花火師やら屋台運営ができる人やらを選別する……となると、更に人数が少なくなってもおかしくないだろう。

 

 正直なところ、無理難題以外の何物でもないような気がするのだが……そんな私の懸念に対し、ゆかりんは一瞬呆けたような顔をしたあと苦笑を浮かべたのだった。

 

 

「ああうん、確かに『外部の人』って言ったら普通はそういう反応になるわよね」

「……その言い方だと、私の考え方は間違ってるってこと?」

「部分的にね。……よーく考えてご覧なさい?所属的にはうちの外になり、かつその上である程度の組織力を持ち、かつここに入っても問題のない組織。──貴方の記憶の中に該当するモノがあるでしょ?」

「……あ」

 

 

 そうして返ってきた言葉に、私は得心したようにぽんと手を打つ。

 確かに、()()ならば私たちから見て外部に当たるし、人員も多く技術力などに関しても文句無しだろう。

 

 ──そう、『新秩序互助会』。

 今回の夏祭りの運営は、彼らの手腕に掛かっているということになるのであった。

 

 

 

 

 

 

「そういうわけでな。リーダーであるモモンガは現在手の離せない用事に捕まっているため、私が代わりに出向いたというわけなんだ」

「なるほどねぇ……」

 

 

 そんなわけで、ゆかりんとの会話からそう間を置かずにやってきたエミヤんを連れ、なりきり郷内を歩く私である。

 

 一応、エミヤんは前回の創立記念祭などにも参加しているため、なりきり郷内の構造については知っている方の人物なのだが……今回は夏祭り、規模としては記念祭のそれに匹敵するモノを予定しているとのことで、詳しい立地の確認が必要となり、その案内を私が買ってでた形になるのであった。

 まぁ、ゆかりんはまだ仕事があるみたいだったし、それに私が同行した方が行く先々で一々説明する手間が省けるだろう、みたいな意味合いも含んでいるのだが。……なんやかんやで有名人だからね、私。

 

 

「しかし、既にわかった気でいたつもりだったが……こちらの設備は本当に充実しているな。向こうも移設は完了したとはいえ、方向性的には軍隊などのそれのままだからな……」

「寮生活に近いってことでしょ?元々娯楽設備も精々酒保*2みたいなモノしかなくて、あとは共有スペースに設置されてる大型テレビしかなかったわけだし」

 

 

 そうして街を歩く中、エミヤんが興味深そうに周囲を見渡している。

 ……無理もない、元々『互助会』はこちらのようにのほほんとしている組織ではなかった。

 流石に構成員同士での激突などはなかったようだが、それでも日々彼等が求めるのは自身の向上・ただその一点。

 自分が転生者だと思っている者が多かったため、その実力を取り戻すということ以外に視点が向けられなかったのである。

 

 そのため、施設としての機能も軍隊のそれに近くなり、結果そこにある物もそれに準拠したモノになってしまった……と。

 今でこそ基地を移転したため多少マシにはなっているものの、やることがトレーニングジムでのトレーニングか、酒保に置かれた数少ない甘味や飲み物に舌鼓を打つ・もしくは共用スペースに置かれている大型テレビでヘビロテされている『マジカル聖裁キリアちゃん』を見るしかない……くらいしかなかったらしいし。

 

 ……いや、個人的にはその中に紛れ込む『キリアちゃん』にツッコミを入れたいところなんだけどね?

 まぁ、色々考えた結果住民の情操教育?にヨシとされた、みたいな話は聞いているため、これ以上のツッコミは止めておくけど。*3

 

 ともあれ、『互助会』側の設備がお世辞にも良いものではなかった、ということは確かな話。

 それゆえ、改めて施設内を歩き回る中で、エミヤんがあちこちに興味を持つのもまた仕方のない話、ということになるのであった。

 

 

「そう言われると私がおのぼりさんのようであれだが……いや、間違いではないな。実際、向こうと比べるのならばこちらの設備は月とすっぽん、というやつになるわけなのだから」

「まぁねぇ。こっちと違って、本当に地下にスペース取って作ってるところだから、場所が足りないってのはどこまでも付きまとう問題なわけだし」

 

 

 私の言葉に、一瞬エミヤんが微妙な顔をしていたが……言葉にする前にそれが正しい認識である、と納得したようで頷くだけに留めていた。

 ……スペースの有効活用云々に関しては、この夏祭りが成功すればこっちとの提携が更に強化され、空間拡張技術の提供も確約されたりするかも知れないので、とりあえず頑張ってねと言っておく私である。

 

 

「まぁ、そこに関しては全力でやるさ。……そういうわけだから、花火を飛ばした際に一番映える場所を教えて貰いたいのだが、マスター?」

「マスターって呼ぶの止めてって言ってるじゃん……とりあえず、候補地を幾つか紹介するってことでいいかな?」

 

 

 こちらを揶揄うようにマスターと呼ぶエミヤんに少し辟易しつつ、私は彼を連れ添って候補地となる場所へと歩き始めたのであった……。

 

 

*1
因みに、狼煙の起源は秦の始皇帝の時代(紀元前250年~)にまで遡るとか。花火の起源が13世紀前後と黙される辺り、時期的にはかなり離れていると言える

*2
軍隊の基地・船舶内などに設けられ、下士官などを対象に日用品や嗜好品などを安価に提供していた売店のこと。米軍での呼び方に倣い『PX(Post eXchange)』と呼ばれたこともあったが、現在では普通に売店と呼ぶことが多い。元々『兵隊酒屋』くらいの意味合いであった海外の同システムを日本に採用する際、帝国陸軍が『酒保』と訳したのが起源だとか。創作物などでは、雰囲気作りの為に売店ではなく酒保と呼ばれていることも多い

*3
キーア「誰がヨシ!って言ったんですか?」(キレ顔)



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幕間・トラブルの種について考えるのは止めるべき

「ふむ……確かにこの広さならば、夜の空に花火が良く映えるだろうな」

「障害物もほとんどないッスから、どこでも見られるのもポイントッスねー」

「湖畔から見る花火ねぇ……人気高そうだねぇ」

 

 

 はてさて、幾つか候補地を巡っている私たちだが、現在はあさひさん──もとい、ミラルーツさんの居住区である湖のある草原へと足を運んでいた。

 少し前ならここを候補地に、なんていうのは論外中の論外だったのだろうが……あさひさん(ミラルーツ)との交流が進んだ結果、こういうことをするための交渉ができるようになったのは大きな進歩、というか。

 

 

「……その言いぶりだと、かつての彼女は近付くことすら危うい存在だった、ということかね?」

「私はその当時のあさひさん……もといルーツさんの状態を知らないからなんとも言えないけど。まぁ、ワンフロア丸々自分の居住地として貰ってる、って時点で察してください」

「おっと、もしかして私の話ッスか、いやーんえっち」

「……これは突っ込むべきところかね?」

「イヤだエミヤんったら、突っ込むとかえっちなんだから」

「左右から私で遊ぶのは止めないかっ!?」

 

 

 いやほら、エミヤんって無自覚ドン・ファンだから。

 そのうち猛り昂ってイダイナキバとかになりかねないから。……そのドンファンじゃない?そりゃそうだ。*1

 

 ともあれ、昔のあさひさんがヤバい人だった、というのは数々の状況証拠から確定的。

 一応、ハロウィン(一回目)の時におまけクエストで見掛けた時には、なんというかわりと今のキャラに近い感じだったような気はするけども。

 

 ……そういえば、あの時ってサウザーさんが【顕象(シャドウサーヴァント)】として登場してたっけ?

 タイミング的には既に互助会の方に『逆憑依』の方のサウザーさんが在籍しているはずだから、もしかしたらあそこで出会ったのはユニヴァースの方のサウザーさんだったりしたのかも……え?そこで本家のやつだったんじゃ、ってならないのは何故かって?だってハロウィンだぜ?

 

 

「……恐ろしいほどに説得力があるな」

「もしくは、流石にハロウィンで消費されるのは可哀想というか。……いやまぁ、実際に『逆憑依』として成立しているサウザーさんがイチゴ味、って時点でわりとアレだけども」

 

 

 私の言葉に、難しい顔をしながら唸るエミヤんである。

 本家であるFGOのハロウィンも、一年目はそこまで大それたモノじゃなかったのに二年目の時点で城の上にピラミッドが降ってくる、とかいう意味不明具合だったからねぇ。

 まぁ、三年目になるとみんな大好き()チェイピ城になるわけだけども。

 

 ハロウィンとサウザーさんの話はともかく。

 私が知り合うより前のあさひさんが、一つのフロアを丸々与えられるほどに危険視されていたのは間違いあるまい。

 それを思えば、こうして他の人間が足を踏み入れてもいいか?……と交渉できている辺り、色々と変わっていってるんだろうなぁとしみじみしてしまうというか。

 ……この分だと、他の禁足地*2にもその内立ち寄れるようになるかも?

 

 

「……待ちたまえ、その言いぶりだとこの場所の他にもそういう場所があるのか?」

「『逆憑依』って元の存在を再現する、って形の存在だから、元々が規格外の存在だと大した再現度じゃなくてもエグい実力になる、みたいなことが多いみたいだからねー。……この傾向、人型から離れるほど強くなるみたいだから、流石に一番強かったのは今の姿になる前のあさひさんだろうけど、そこまで行かないくらいの人ならそれなりに居てもおかしくない……というか?」

「軽く言うことではないと思うのだが……」

「最悪、そういう場合はワンフロア与えればいいッスからねー。なりきり郷にスペースの問題はないッスよ」

「つくづく羨ましい話だな……」

 

 

 禁足地、という言葉にエミヤんが目敏く反応してくる。

 以前は今のようにフレンドリーではなかったあさひさん──もといミラルーツの居住区が一番の禁足地だったのだろうが、今ではこの通り。

 となれば、自動的に()()()()()()()()の称号は他に移ろうというもの。

 

 単純に溶岩地帯なので踏み入れるのに苦労するフロア・熔地庵の深層領域──一帯を覆う溶岩の出所となる存在が座す場所だとか。

 はたまた、隔離塔のような重要施設内の一区画・今なお対処が思い付かず凍結されたままの存在が眠る場所だとか。

 厄災級・接触禁忌種・禁忌のモンスター・原作者も知らないドラゴンとかの跋扈する自然区域とか。

 まぁ、そんな感じに普通は足を踏み入れない場所、というのはなりきり郷内に割りとありふれているのである。

 ……まぁ、サンタクロース業務をこなす時とかには普通に突撃するんだけどね、そういうところにも。

 

 それはともかく、これらの存在達を好きにさせられるのは、偏にこのなりきり郷がスペースの問題から解放されているため。

 そうでなければ無理矢理彼等に枷を掛けてどうにかする、という正直無理難題以外の何物でもない方法を試さなければならなくなっていたのだから、そういう意味では初期メンバー達の研鑽様様、というか。

 

 ……みたいなところまで語れば、羨ましそうにエミヤんは苦笑を浮かべていたのだった。ふむ……?

 

 

「その笑い方からすると、スペースの問題でなにか苦い目にでもあってたり?」

「君は目敏いな……一度、乙事主と思わしき相手にあったことがあるのだが……」

「いきなり爆弾発言を落っことすの止めない?」

 

 

 その様子が気になったため、続きを促した私だったのだが……すぐに後悔した。

 いや乙事主って。ジブリじゃん。もののけ姫じゃん。首すぽーんじゃん(?)。

 

 いやまぁ、私も会ったことはあるよ、もののけ姫の関係者。それも主人公。

 ……でもあの人、レベル1でネタ発言しかできないタイプだったけどね!!

 

 まぁ一応なんとか成長?して、今では普通の会話くらいはできるようになったみたいだけど。

 ただまぁ、本当に()()()()()()()ことしかできなくて、ちょっとでもアシタカらしい話し方をしようとすると途端に話せる言葉が元に戻っちゃうらしいのだが。

 まさに「お前にアシタカが()り通せるのか」、みたいな感じというか?

 

 話を戻して。

 どうやらエミヤんが任務のために互助会の外に出た時に、怪我をした乙事主に出会ったことがあるのだという。

 幸いすぐに命に別状があるようなモノではなかったが……乙事主が怪我をする、という自体が少々問題であるため、エミヤん的にはすぐにでも保護したかったらしい。

 

 

「怪我をしてるのが問題なんッスか?」

「そりゃ問題で……あー、そういえば最近の人ってもののけ姫見たことない、って人も多いんだっけ?それなら知らないのも仕方ないか……」

「?」

 

 

 うーん、思わぬジェネレーションギャップ……。

 

 最近の人というのはデジタルネイティブであり、小さな頃からネットワークに触れながら生きている。

 それは言い方を変えると、小さい頃から触れるメディアが()()()()()()()()()()()、ということでもある。

 ……更に言い方を変えるのならば、()()()()()()()()()()()()()()となるか。

 

 ジブリ作品は世界に名だたるモノではあるが、それゆえにそう易々と配信はできない。

 今やテレビはメディアとしては弱いものになってしまったが、それでもその発言力などは決して低いものではない。

 そんなテレビにとって、ジブリ作品の配信権利はとても重要なモノなのである。

 そのため、ジブリ作品はサブスクのようなネット配信には対応していない。──言い方を変えると、()()()()()()のだ。

 

 ゆえに、ネットを中心に立ち回る若い人には、ジブリ作品の知名度が低い。

 ……子供の興味を引くものとしてアニメをテレビで見せ、そうして夢中になっている間に家事や仕事を終わらせる……というのが昔の核家族における子守の方法だったわけだが、その立ち位置がそのままネットに移行してしまったわけである。

 

 なにせ、動画配信サイトなどであればビデオやDVDの入れ換えの手間がない。

 子供がどんなコンテンツにも手軽に触れられてしまう、という問題こそあるものの、それでも長時間子供の面倒を見てくれる、という点ではこれ以上無いアイテムだろう。

 まぁ、その結果として偏ったコンテンツばかり接種してしまったり、はたまた量が膨大であるために倍速視聴が習慣付いてしまったり……など、色々とおかしなことになってしまっているわけだが。

 

 ネットの功罪についてはともかく、最近の世代がネットと共にある、ということは事実。

 ゆえにネットに無いものにはアンテナが伸びず、結果として世代間の断絶が進んでいる……というわけである。

 

 そんなわけなので、改めてあさひさんに「乙事主が怪我をしているとヤバい理由」を話した私。

 ……『逆憑依』は自身の逸話に弱い、ということを当時のエミヤんが知ってたか別だが、ともあれこのままだとタタリ神に変貌してしまう可能性があることは理解できた。

 それゆえ、エミヤんは乙事主を互助会に招きたかったのだが……。

 

 

「なにぶん、彼の巨体だ。互助会に彼を連れていくのは問題しかなかったのだよ」

「ごまかしバッジも効果薄そうだから途中で注目されそうだし、仮にたどり着けても中に入れない可能性が高かったってわけだね」

 

 

 当時の互助会の設備は、移設前のそれより更に小規模のもの。

 それゆえ、乙事主を迎え入れるようなスペースも無かったのだという。

 結局、その時は当時のリーダーであったキョウスケさんがなんとかしたらしいのだが……。

 

 

「…………」

「どうかしたかね?」

「いや……なんかこう、どこかでトラブルの種になるんだろうなぁというか」

 

 

 思い出してしまったのは、さやかちゃんのこと。

 ……将来的にヤバいことになる相手を、ある種の封印を施して隠しておく……みたいなことをやっていたっぽいと判明した今、件の乙事主もどこかに隠されているのかも、とちょっとイヤな予感がしてきた私なのであった。

 いや、当時のキョウスケさんが悪意からそういうことをした、ってわけじゃないのはわかってるんだけどね?

 それでもどこかでトラブルの種になるんだろうなぁ、と思うと苦い顔を隠しきれない私なのでありましたとさ。

 

 

*1
『ポケットモンスター』シリーズから。『ドンファン』はゴマゾウの進化系であり、分類はよろいポケモン。体を丸めるとタイヤそっくりになり、そのまま転がることで高速で移動することができる。『イダイナキバ』はパラドックスポケモンと呼ばれる特殊な存在の一つであり、ドンファンの牙が立派になった、マンモスのような雰囲気を持つ存在。ドンファンとは違い丸まったりはしない。なお、『ドンファン』は『首領(ドン)』+『エレファント』という意味合いの名前であり、スペインにおける伝説的な女(たら)し『ドン・ファン』とは関係ない

*2
本来は神社や寺院において立ち入ることを禁じられた場所のこと。そこから転じて純粋に足を踏み入れてはいけない場所、としても使われる。元の意味的に『神聖な場所なので入ってはいけない』という意味の場合も



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幕間・そういえばこの人、元エロゲの主人公だった

 まぁ、まだ出会ってもないトラブルに胃を痛めていても仕方ない……ということで、乙事主のことは脇に置くことにした私たち。

 そのまま場所の利用交渉をしたところ、あさひさんの好きなものをエミヤんが作る、という形で話は締結したのであった。

 

 

「ふむ、場所としてはまだまだ足りないわけなのだから、他の場所にも足を運ぶべきなのだが……」

「時間帯的にも丁度良いし、先にあさひさんのリクエストを済ませたら?」

「……それもそうだな」

 

 

 で、本来ならばそのまま他の場所にも利用交渉をするために足を運ぶべきなのだけれど……。

 まず前提として、ここにいるエミヤんは『逆憑依』である。

 ……なにを今さらと思うかもしれないが、これには一つ重要な意味が隠されている。そう、今の彼は()()()()()()ということだ。

 いやまぁ、正確に言うと英霊としてのスキルが失われている、となるわけなのだけれど。

 

 もう少し詳細に説明すると、今のエミヤんには『人類史に刻まれた偉人・英雄達の影』であるという属性が失われているのである。

 ……いや、エミヤんの場合だと()()()()()()()()()()()()というのが近いのかな?*1

 

 以前、互助会の面々は自身を転生した存在である、と勘違いしていると述べたが──その理由の一つにもなっているのが、この『霊的属性の消失』なのだ。

 具体的には、霊体化による物理干渉の無効化や、英霊として召喚される際に付与されるクラススキルの剥奪などが起きており、その代わり今の彼の体は歴とした人のそれになっている……みたいな?

 

 いわば生身の人間になってしまったということであり、またそうして生身になってしまったため、スキルの幾つかが機能停止状態になっていると()()()()()()()……とも言えるか。

 ……そのお陰で自身の能力低下を転生による不全、と捉える人が多かったわけだが……その辺りの話は今は関係ないので置いといて。

 

 ここで重要なのは、今のエミヤんは()()()()()()()()ということ。

 ……そう、サーヴァントとして召喚されていた時と違い、今の彼には食事などの必要性が生じているのである。

 現在の時刻はおおよそ正午。……ある程度は食事を摂らずとも動けるとはいえ、霊体とは違い補給なしに何時までも動き続けられるわけでもない。

 

 そういうわけで、あさひさんからのリクエストに答える意味も加え、この場での調理活動が推奨されるのであった。

 

 

「なんというか、わりと不便というか大変というか……みたいな感じっすねー」

「不便と言う点では、そこまででもないよ。そもそもサーヴァントである時も、食事という形でないだけで魔力の補給は必要としていたわけだからな」

「でも、わざわざ立ち止まってご飯をー、って感じではないっすよね?」

「……まぁ、手間が増えたということは否定はしないさ。勿論、その手間が嫌なものか?……と問われれば、私はノーだと答えるがね」

 

 

 やろうと思えば地脈からエネルギーを補給する、みたいなことも出来る龍種らしいあさひさんの発言に、エミヤんは小さく苦笑を浮かべていた。

 

 ……まぁ、食事って栄養補給だけじゃなくて娯楽の意味合いもあるわけだし、そこに文句を挟む意味もないということだろうか?

 エミヤんの場合、自分が食べるより他人に食べさせる方が好きっぽいけど。

 ……あと、一応交渉の対価として食事の提供を求めたあさひさん側が、そういうことを言うのはどうかと思います。

 

 

「いやほら、だってアレっすよね?エミヤさんといえばその手練手管(てれんてくだ)で数々の女性の腹を膨らませてきた()()()()()、って話っすよね?」*2

「──待て、なにか凄まじいまでの勘違いをしていないかね君?」

「確かに。エミヤんと言えばその熟練のテクニックで、数々の女性を虜にしてきたというドン・ファン。……いちアイドルとしては警戒して当然か……っ!」*3

「二人とも、私で遊ぶのは止めないか!?」

 

 

 いやだって、ねぇ?

 エミヤんが女の敵なのは本当の話だし。精神的にも、肉体的にも。

 ……この話の難しいところは、彼的には「料理の腕のことを言い方を変えて如何わしく聞かせている」となるけど、こっち的にはそれもあるし()()()()()()()……ということになってしまうところにあるだろうか。*4

 うん、エミヤん自身は頷かないだろうけど、彼が無自覚に女心を弄ぶタイプなのは間違いないわけだし。*5

 

 まぁ、可哀想なのでご飯の話である、と合わせてあげるのだが。

 ……でもやっぱり色んな(ひと)に粉をかけているように見えることは反省するべきだと思うな。

 マシュからの絶対零度の視線を浴びないためにも。

 

 

「…………」

「……?なんで私の方を無言で見つめて来るの二人とも?」

「いや……鏡は必要かな、と思ってね。ご所望ならすぐにでも用意するが?」

「なんで!?」

「いやー、それに関しては私もノーコメントっす」

 

 

 ──最終的に、何故か私が白い目で見られる羽目になりましたとさ。……なんでさ?!

 

 

 

 

 

 

「しかし……まさかこんなことになるとはな」

「はっはっはっ。まぁ食前のいい運動と解釈すればいいんじゃないかなー」

 

 

 はてさて、ちょっとした会話劇のあと。

 私たちはあさひさんの居住区として使われている陸地の中でも端の端の方にある、とある草原へと足を運んでいた。

 

 なりきり郷においてスペースの問題は払拭されている、というのは何度も述べていることだが、それがどれほどのモノなのか?……というのはいまいち理解し辛いと思う。

 天井が無く青空が見えると言っても、それは果たしてどこまで続いているのか?……だとか。

 はたまた、地平線が見えるほどの広さだが、壁のようなものはあるのだろうか……とか。

 

 それらの答えは『フロアによる』となるのだが、その中でもあさひさんの居住区は特別広いものだと言えた。

 扱いの区分的には主神級なのだから当然と言えば当然なのだが、それにしたってなんというかこう……規格外?と言いたくなるというか。

 

 勿体ぶるのもあれなので口にしてしまうけど、あさひさんに与えられたフロアの広さは、なんと()()()()に相当する。

 ……そう、星一つ分。私たちが移動していた湖付近の立地は全体の一割にすら満たず、その周囲には海や別の大陸などなど、実際の地表上のそれと同じものが用意されているのである。

 

 

「……いや、広すぎでは?」

「初期メンバーの頃に()()()()()()()()()()()()()()()()()を流用した……みたいな形らしいよ?」

「君以外の面々もわりとアレなんじゃないか?ここの住民は」

「んー、否定はできないなー」

 

 

 勘違いしないで欲しいのは、こんなに広いのはあさひさんの居住区として使われているこのフロアだけであり、かつこのフロアは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 なりきり郷の創設初期、ストッパーとなる人間もほとんどいない時に深夜テンションで「やれるだけやってみよう」となった結果生まれた、ある意味では黒歴史であるそれを流用した形なのだ。

 

 なので、ここ以外のフロアに星一つ分の広さはない。

 広くても精々大陸一つ分くらいの大きさなのだ。……それはそれでおかしい?まぁそういうところなので、ここ。

 やりすぎでは?……みたいな顔をしつつ、どこか羨ましげに声を発するエミヤんに苦笑しつつ、改めて私たちが足を運んだ場所に意識を戻す。

 

 確かに、彼女にこのフロアが与えられたのは様々な偶然から。

 ……だがしかし、そこに必然性が無かったのかと言われればそれはノーとなるだろう。

 

 先ほども少し触れたが、あさひさんの本来の姿であるミラルーツは、ある種の主神のような存在である。

 それが意味するのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 普通の『逆憑依』ならばそんなことは起こりえないし、また再現度の高い『逆憑依』でも早々起こることではない。

 

 ……今のあさひさんならばともかく、創設初期の彼女は再現度的にはかなり低い存在であった。

 何度も言うように、ある程度の強さを原作で持っている存在は、その再現度が低くても他者と比べた場合の力量が高くなる可能性がある。

 それがなにを意味するのかと言うと、自身の意思によらず周囲に影響を与えてしまう可能性がある、ということになるだろう。

 

 自身の力を制御する、というのにもある程度の力量が必要となる。

 大きすぎるエネルギーをいきなり抱え込んでしまい、それを発散するしかできない……なんて話も創作ではたまに聞く話だろう。

 

 それと同じことが、程度の低い『逆憑依』にも起こりうるのだ。

 本来の自身の力量を再現しきれないため、自分の力を制御しきれず。

 その上で、再現度の性質からパワー自体は他の面々とは比較にならないほどに高い……みたいな。

 

 わかりやすく説明すると、当時のあさひさんは周囲の環境を改変してしまうほどのエネルギーを抱えながら、それを制御する術を持たなかった……と。

 

 それゆえ、星一つ分の広さを持つこのフロアは、ある意味で格好の()だったのだ。

 彼女が自分の力の制御を覚えるまで、その影響を外に漏らさずにいるための。

 

 ……長くなったが、結局なにが言いたかったのかと言うと。

 

 

「……しかし、まさか()()()()()()使()()()()()をご所望だとは。……材料が用意できるという点も踏まえて、わりと頭の痛くなる話だな」

「扱いとしては【鏡像】とかに準じるみたいだけど……それでもまさかハンターの真似事することになるとはねー」

 

 

 ──突然のハンター編、開幕のお知らせというわけなのであった。

 まさかトリコツールを使うタイミングが来るとは思わなかったよ!!よ!!!

 

 

*1
要するに、よくある『エミヤ転生もの』に近い状態、ということ。それゆえに『自分は転生したのだ』という勘違いを助長したとも言える

*2
勿論、美味しい料理で……の意味

*3
勿論、美味しい料理で……の意味。?「彼の料理は食べていて幸せな気分になりますね!」

*4
とある匿名の月の王「ばかじゃないのばかじゃないのばかじゃないの」

*5
無銘としての発言だが、『可愛い子なら誰でも好きだよ、オレは』などの台詞は怒られても仕方ないと思われる。その上で誰とも深い関係にはならないというのだから、こんなに酷い男もいないだろう



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幕間・ハンターとしては装備を着ない丸腰状態

 はてさて、先ほどの会議?の席であさひさんが求めたのは、なんとアプトノスを使った料理であった。

 

 ──アプトノス。

 モンスターハンターシリーズに登場するモンスターの一種であり、どちらかといえば世界観を補強するためのモブ……みたいな扱いの生き物である。*1

 言い方を変えると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるのだが……その理由は、モンハン世界での彼等の扱いがこちらにおける牛などの家畜のそれに近い、というところにあった。

 

 ホーミング生肉……アプケロスとは違い狩りやすく、また温厚である彼等は作中において荷物の運搬に使われたり、はたまた卵や肉を食料として有効活用されることも少なくなかった。

 スタミナ回復アイテムとして有名である『こんがり肉』作成のために、ハンターに殴り倒されることもしばしば……といえば、その悲哀もなんとなく感じられるのではないだろうか?

 

 まぁ、だからってその辺りの罪悪感解消とばかりに、向こうが積極的にハンターに攻撃しにくるタイプのを登場させるのもあれだと思うわけだが。……お前らのことだよアプケロス(ホーミング生肉)リノプロス(ロケット生肉)*2

 

 ともあれ、彼等が現実の家畜と同じく、人々の生活に密接に関わっていることは間違いない話。

 それゆえ、世界がモンハン世界に侵食される場合、一番最初に現れるのが彼等……ということにも繋がるのであった。

 

 

「他には環境生物か。……確か、ドスヘラクレスなども採取できるのだったか?」

「説明文を真面目に受け取ると強すぎる、ってことになる例のアレでしょ?私は見たことないけど、あさひさんの言うところによれば『探せばいるはずっす』ってことらしいね」

「ほう、それはそれは……」

 

 

 大型モンスターではなく、世界観を補強するための存在達が優先して現れる……ということを聞き、エミヤんが真っ先に連想したのはどうやらみんな大好きドスヘラクレスさんのことだったらしい。

 ……()()()()()って名前も、ある意味彼にとっては縁深いモノ……ってことになるのかな?

 まぁその辺りを今の彼がどう思っているのかは謎なので、とりあえず触れないまま話を進めるが。

 

 さて、環境生物達もそこらに湧き始めている……ということから分かるように、この辺り一帯はすっかりモンハン世界に侵食されてしまっている。

 そのため、そのままほっとくと更なる大型モンスターが湧き始めるかも?……ということで、狩猟による事実上の駆除が大々的に推奨されているのであった。

 

 

「まぁ、妥当だな。放っておくと他のモンスターの発生要因になったりするのかもしれないのだろう?」

「だねぇ。ランポスとかギアノスならまだしも、ティガレックスとかリオレウスとか出てくると堪ったもんじゃないし」

 

 

 以前、パオちゃんの部屋とあさひさんのフロアが概念的に繋がり、パオちゃんの部屋側にモンハンの雪山が顕現していた……ということがあったのを覚えているだろうか?

 

 あれは言うなれば、パオちゃんの構成要素として含まれていた『ベリオロス』と、あさひさんの本来の姿である 『ミラルーツ』、二つのモンスターが揃ったことで()()()()()()()()()()()()()()と属性が強まった結果起きたことだったわけだが……。

 このパターンの場合、『逆憑依』側の意向を世界に反映しやすい、という特徴があることがわかっている。

 わかりやすく言うと、環境の調整を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということだ。

 

 例としてわかりやすいのは、雪山で縄張り争いもせずに暮らしていたドドブランゴとティガレックスの姿だろうか?

 あの二種は共に区分としては大型モンスターであり、仮にライズやワールドの仕様が反映されていたのなら、まず間違いなく縄張り争いをしていたことだろう。

 そのことに関して、あの時のあさひさんは『(ルーツ)のお膝元で無意味な争いなんてさせるわけがない』みたいなことを言っていたが……あれはある意味誇張表現だった、ということになるか。

 

 彼女のお膝元ならばモンスター達は大人しくする……というのが正確であるのならば、こうして侵食されたフロアを危険な場所として認識する必要がない。

 これはつまり、無意識によって発生する侵食──それも『特定のキャラが複数集まっているのだから、そこはその作品のパワーが強い』という原理にて行われるそれとは違う、『単にその個体が強すぎるために発生する侵食』は個人の意思を反映していない、ということになるだろう。

 

 言うなれば、勝手にその世界が再現されているだけなので、力量が上がるまではその侵食を止めることもままならず、かつそこに追加で顕現する者達も、必ずしも侵食元に対して従順ではない……ということになるか。

 雪山で遭遇するティガレックスと、こっちで遭遇することになったティガレックスは狂暴性が比較にならない……みたいな?

 

 幸いにして、このフロアは星一つ分の広さを持ち、それらを侵食するのに無意識のそれでは圧倒的に速度が足りてない。

 それゆえ、今現在はあくまでも環境生物・次点でさほど脅威ではない小型モンスターの顕現に留まっている……と。

 

 これだけだと悪い面しかないように聞こえるかもしれないが、実際にはいいところもある。

 それは、雪山にいる友好的なモンスター達と違い、こちらに現れるモンスター達は原作そのままの姿・行動を取るということ。

 ……言い換えると、基本的に攻撃することに心が痛まない、という話になるのだった。

 

 

「ポポの肉って美味しいって聞くけど、雪山にいるあの子達を攻撃するのはちょっとねー……」

「そこではティガレックスすら、犬や猫のような扱いなのだったか。……いや、大型犬の如く飛び込んでくるティガレックスというのも、命が幾つあっても足りないような気がするわけだがね」

 

 

 尻尾をびったんびったんと嬉しそうに左右に振りながら、こちら目掛けて走ってくるティガレックス……。

 

 言葉の上ではちょっと可愛げも見えるが、その実相対するとこちらに爆進してくる巨体(いつもの)*3となるため、ちょっとどころかかなり命の危機を覚えることになったりするが……そこら辺の体格差などは弁えており、ぶつかる直前でブレーキを掛け『なでてー』とばかりに頭を差し出してくるに留まるため、心臓のバクバクに耐えられるならわりと楽しいと思います。爬虫類好きとかは特に。

 

 そんな感じで、本来なら危険過ぎるティガレックスすらこの様子であるため、冗談でも攻撃しようという気が湧かないのだ。

 ……というか、なんか雪山のモンスター達はそもそも食事をしているかどうかも微妙であるため、モンスターの見た目をしただけの妖精とか精霊なんじゃないかなー、というか。

 地脈とか大気とかからエネルギーを得ている可能性が高い、みたいな?

 いやまぁ一応仮想空間内なので、リソースの分配が微妙にやり方が違う……みたいな可能性もあるけど。

 

 対し、こっちで出てくる小型モンスター……ランポスは、ゲームで見たのと同じようにこちらを包囲し攻撃してくる。

 そのため、こっちも情け容赦なく攻撃できるというものなのであった。

 ……まぁ、仮に攻撃されても大して痛くないんだけどね、これが。

 

 

「確か、この施設内では非殺傷設定が適用されているのだったか」

「『逆憑依』と【顕象】、それから普通の一般人相手にだけ、だけどね。こっちのモンスターは【鏡像】扱いみたいだから、普通にダメージは通るし」

 

 

 その理由は、このなりきり郷に張り巡らされている『非殺傷設定の結界』。

 これは『逆憑依』及び一般人に対しての致死性攻撃を大幅に減衰するという代物。

 本来であれば【顕象】などは対象外のはずなのだが……特例なのかなんなのか、こちらに敵対的でなければ【顕象】であっても保護対象に入るのである。

 ……いやまぁ、流石に減衰率は下がるみたいだけど。

 

 ともあれ、そういうこともあってこちらは向こうを張り倒せるし、向こうはこっちにろくなダメージも与えられない……ということになるのでしたとさ。

 ──まぁこれ、恐らく小型モンスターにしか通用しないらしいんだけどさ。

 大型モンスターはその個体自体が世界の肯定のための楔になるので、こっちの法則に縛られない可能性が高いとかなんとか。

 

 

「だから定期的な駆除を必要とする、というわけか」

「そうそう。ランポスならいいけど、イャンクックくらいでも出現の可能性が観測されるとヤバい……みたいな」

 

 

 そういうわけで、今まではあさひさん一人で・彼女の状態が落ち着き、かつこちらとの交流が始まってからは郷内の『逆憑依』達を交える形で、この辺りの狩猟が解禁された……と。

 ──なので、こういうこともある。

 

 

「──ん、珍しい顔が見えたと思えば……久しぶりだなデーモンガール。息災だったか?」

「ダンテさん?」

 

 

 アプトノス狩猟のため歩いていた私たちは、ランポスの集団に突貫し吹っ飛ばしている一人の男性──ダンテさんと邂逅することになったのであった。

 

 

*1
『モンスターハンター』シリーズに登場する草食種のモンスター。灰色系統の体色・鶏冠(とさか)のような角・トゲの生えた尻尾・肩辺りから尻尾まで続く背鰭などが特徴。モンスターの一種ではあるものの温厚にして臆病であり、ハンターに攻撃してくることはほとんどなく、大型モンスターが現れれば基本的に逃げていく。基本的には大型モンスターの餌としての役割を割り振られているとおぼしく、大型モンスターが弱った際にエネルギーの補充先として倒されることもしばしば。最新作である『モンスターハンターライズ』ではリストラされており見ることはできない。なお、名前はアプ()()スでありアプ()()スではない……のだが、『モンスターハンターストーリーズ』の公式サイトにおける『オトモン』の項に記載されている、アプトノスの画像をスマホなどで長押しした際に出る説明文が『アプノトス』になっていたりと、どうにも勘違いを誘発しやすい模様(実際作者も間違えていた)

*2
共に『モンスターハンター』シリーズに登場する草食種。どちらもアプトノスに比べ好戦的であり、視界にハンターが入ると執拗に追い掛けて追い出そうとしてくる。アプケロスはのっそりのっそりと動きながらいつまでも追い掛けてきて頭突きをしてくるし、リノプロスに至ってはファンゴ種の如く突撃までしてくる。全体的に鬱陶しいのはリノプロスの方だが、アプケロスもしつこい上に遅い為、思わぬタイミングで妨害される可能性を思えば大差はないかもしれない

*3
ティガレックスの技の一つ。ハンター目掛けてドスドス走ってくる。ハンターは死ぬ



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幕間・色々語られてないことも多いので

「…………」

「どうしたのエミヤん、なんか渋い顔をして」

「いや…………」

 

 

 はてさて、思わぬ相手──ダンテさんとばったり遭遇した私たちはというと、そのままパーティを組むことになっていた。

 理由は幾つかあるが……一番は()()()()()()()、ということになるのだろうか?

 

 

「この場所におけるモンスター達は、あのホワイトガールの放つエネルギーにつられて寄ってきたもの、と見なすことができるが……それらが集まりすぎると、必然デカブツの発生要因にもなりやすいのさ」

「なるほど?」

 

 

 純粋な生き物というよりは概念が形を持ったものに近いため、複数揃いすぎると別の形に変換されなおしてしまう……みたいな感じか。

 大抵の場合はどこぞのスライムの如く、複数の個体が統合されてドスタイプに変化する……みたいなことが多いらしいが、ごく稀に集まりすぎて別種に変化しようとすることもある……と。

 

 それを防ぐため、ダンテさんのようなハンター達はモンスターを狩り尽くしている……とのことであった。

 

 ……というような話をしている間、エミヤんはずっと難しい顔をしていたのである。

 時折ダンテさんの顔を見つめては、むむむと唸るのを繰り返す……みたいな?

 

 流石にそんな反応をしておいてなにもない、ということもないだろうと声を掛けたものの……うーむ、微妙な反応。

 一応、ダンテさんになにか悪感情がある……というわけでは無さそうなのは幸いだろうか。

 まぁ、だとするとなにを唸っているのかがよくわからない、ということになるのだが。

 

 そうして首を傾げていると、意を決したように彼は面を上げ、ダンテさんに近付き……、

 

 

「……つかぬことを尋ねるが、君は本当にダンテかね?」

「…………what's?」

 

 

 突然、そんなことを口にしたのであった。

 ……いや、真面目になんで?

 

 

 

 

 

 

「いきなり俺が俺か、と尋ねられた時にはなにかと思ったが……なるほど、色々とそういうことをする理由、とやらは揃ってたってことか」

「ああ、すまないな……突然あんなことを聞いてしまって」

 

 

 さて、突然のエミヤんの爆弾発言からしばし。

 近くの岩場に腰を下ろした私たちは、先ほどの発言の真意を問い質し──それが必要なモノであったことを理解、はぁとため息を吐いていたのであった。

 

 では何故、エミヤんがあんなことを言ったのか、というと。

 その理由を端的に述べれば『リンボのせい』ということになる。

 

 

「まず、奴と声が同じであること。……感じる空気こそ違えど、どちらも同じ声質であることに変わりはないだろう?」

「ああうん……リンボもとい道満が【複合憑依】ってことは割れてるけど、それだけしか知らないならアレの性質上分身とかを疑うのも無理はないよね……」

 

 

 まず一つ目、ダンテさんと道満の声が同じである、という部分。

 本来なら声が同じ、というだけならば疑いの種にはならないのだが……こと道満に関しては別。

 

 彼は優れた陰陽師であり、かつ仙術にも通じた怪僧。

 それゆえ、自分の分身を式神を用いて作り出していたりもした。

 その逸話?が根拠となり、今こちらに現れている『逆憑依』の道満にも、それらの技術が発現している可能性はとても高い。

 

 また、ビーストⅢi/L──陽蜂の情報を得ているのならば、自分と同じ声のキャラクターは分身として利用しやすい、という話も知り得ているかもしれない。

 この辺りは【継ぎ接ぎ】にも言えることだが──なんの関係もないものに変化したりするよりも、なにかしらの関わりがあるものに変化する方が楽であり精度も上がるのだ。

 そのため、道満が分身として()()()()()()()()()()()()()()()、という話に関しては否定が難しいということになる。

 

 ……とはいえ、主役級のキャラを分身として活用する、というのは中々に難しい話。

 陽蜂のようにビースト級の出力があるのならまだしも、そうでないのなら主役級のキャラの再現には実際の『逆憑依』のそれと同じ負担が掛かる必要性がある……。

 ゆえに、本来ならばここでダンテさんを疑う意味はない(≒本来できるはずがない)のだが……実は、()()()()()()()()()()が疑いの理由になってしまっていたのだ。

 

 

「オマージュキャラクターに補強を加えれば元のキャラに近付く……考えてみれば、ありえなくもない話だねぇ」

「俺としては、そちらさんに俺をイメージさせるようなキャラがいた、ってことの方が驚きだけどな」

 

 

 そう、それが型月ファンでも限られた人しか知らないような、死徒二十七祖の第十八位。

 通称、復讐騎エンハウンス。*1

 原作者直々に『ほぼダンテ』と明言された人物なのであった。

 ……いやまぁ、戦闘スタイルと見た目がダンテさんに似てるだけで、目的とか性格とかはどうにも全然似てないっぽいんだけども。*2

 

 ともかく、型月世界にダンテさんに結び付くようなキャラがいた、ということは間違いない。

 だが本来の彼が登場するのは『月姫2』──構想くらいしか語られていない架空の作品であるため、その姿も実際にはわからないため分身もなにもないはずなのだが……。

 

 

「見た目はほぼダンテさんって言われてるから、ある程度なら形を整えることは可能なんだよね……」

「そうして出来上がった雛型に、後から近似するような概念を【継ぎ接ぎ】していけば(ダンテ)に近付けることも可能……だろう?まぁ、彼の活動期間的に噛み合わないようだから、まさしく杞憂以外の何物でもなかったわけだが……」

 

 

 そう、イメージとして『ほぼダンテ』という情報がある以上、そちらを元にすることでなんとなくの姿を作り上げることは不可能ではないのだ。

 それゆえ、道満がダンテさんの姿を分身として利用する、という可能性は決してゼロではない……ということになってしまうのだった。

 そりゃまぁ、思わず疑ってしまってもおかしくはないというか。

 

 まぁ、最終的にはダンテさんの活動開始時期と道満の活動開始時期的に、微妙に噛み合わないのでこの心配は杞憂である、ということになったのだが。

 

 

「その道満とやらが道満として振る舞うようになるよりも前に、俺が活動を始めてるから違うだろう……って話だったか?まぁ、疑いが晴れる分には文句はないが……そんなに厄介なやつなのかい、その道満ってのは」

「あーうん、単に道満ってだけならそうでもないんだけど、そこに混じってるモノがねー……」

 

 

 そこまで話して、結果的に疑われていたことになるダンテさんは特に気にした風もなく笑っていたのだった。

 ……うん、そうして豪気なのはこっちとしてもありがたい。

 一応謝罪はしたものの、身に覚えのないことで疑われた、ということに変わりはないわけだし。

 私も一瞬疑っちゃったしねー……。

 

 それはそれとして、自身の疑いの種となった人物である『道満』という存在に、興味津々な様子のダンテさんに苦笑する私たちでもあったり。

 

 ……さて、そこから提起された『道満は危険なのか?』という問題だが……個人的には、()()()()()()()()()()()()()()と返しておきたいところ。

 確かに、原作における道満は『晴明に勝つ以外ならなんでもできる』と揶揄されるくらいには器用な存在だが、それはあくまでも原作における彼の話。

 こちらにおける話として語るには、彼の能力が技術に裏打ちされたモノである、ということがネックになってくる。──そう、再現度の問題だ。

 

 かつて『じゅうまんボルト』という技を使う際、再現度が足りてないとどうなるのか?……みたいなことを話したことがあるが、その考え方を彼にも適用すると、その技能のほとんどがまともに使えない、という予想になってしまう。

 何故かって?さっきから言うように道満の実力はかなりのもの、言い換えると普通に強いのである。

 

 強ければ強いだけ、その本領を発揮するためには再現度の高さを必要とする……となれば、彼の技術方面の強さが『逆憑依』と相性が悪い、ということはなんとなく察せられるだろう。

 そのため、単に道満が『逆憑依』として現れた場合、よっぽど再現度が高くなければ脅威とはなり辛い、ということになるのだ。

 ……再現度が高い場合?そもそも再現度が高い奴は道満でなくても脅威なので問題ないですね(?)

 

 ところが、である。

 今こちらに現れている道満は、単独の憑依ではなく複数──三つの存在が一つの器に注がれた【複合憑依】。

 本来問題となる出力面が解決されるため、厄介度が上がっているのだ。

 

 それだけではない。

 確かに道満も危険視すべき相手だが、それ以外の構成要素も大概危ない相手なのであった。

 

 

「……なるほど、世界の監視者(アインスト)星を滅ぼす者(ジェノバ)……そりゃビッグネームだ」

「混ざってるのが悉く危険人物なのがねー……」

 

 

 彼自身が述べていたことだが、彼の構成要素となるのは道満以外にキョウスケ・ナンブとセフィロスの二人。

 

 ……本来キョウスケさんは普通の人(?)だが、ここでの彼は【継ぎ接ぎ】が混ざっているようで純粋な彼ではなくアインストの要素が混じってしまっているとのこと。

 そして、セフィロスに関しては言わずもがな。……元の人物から豹変している存在というのも、彼等三人の共通点となるわけだ。

 

 そしてその三人のどれもが、やりたいことをやらせたら酷いことになるのが目に見えている存在。

 なんなら、本来の主人格と思われるキョウスケさんが一番の危険人物、という状態である。

 セフィロスさんに関しては最悪、クラウドさん投げとけばある程度誘導できるからね。

 

 ……どこからか響いてきた『止めてほしいんだが』という言葉をスルーし、一先ずの結論を出すと。

 単に『逆憑依』してきた道満ならそこまで危険視すべきではないけど、【複合憑依】としての道満は普通に危険人物である……ということになるのであった。

 

 

『楽しそうに話してるとこ悪いっすけど。そろそろご飯持ってきて欲しいんっすけどー』

「おおっとそうだった。いい加減本来の目的を果たしに行きますかー」

「んじゃあ、俺もそっちを手伝うかね」

 

 

 ……などと話していると、どこからかあさひさんの文句が飛んできたため、私たちは会話を切り上げ元の目的──アプトノスの狩猟を終えるために下ろしていた腰を上げたのだった。

 

 

*1
『月姫2-the dark six-』(仮題)に登場するとされる主人公格のキャラクターの一人。同じく主人公格である遠野志貴とは、互いに殺しあいながら時に協力もするような関係になるのだとか。『魔剣アヴェンジャー』と『聖葬砲典』という長銃を駆使して戦うとのこと。……魔剣は彼のヒトとしての部分に反応しその右手の神経を破壊し、長銃は死徒としての部分と反応し左手を腐らせる。吸血鬼としての超抜能力は持たず、左右の武器に苛まれながら戦う彼は志貴とは別ベクトルで滅びに向かいながら戦うもの、ということになるのかもしれない。なお、リメイクに辺り二十七祖の設定が変更されてもなお第十八位であった為、もしかしたら現行の設定では何らかの能力を持ち合わせている……かも?

*2
片手に長剣・片手に長銃という時点でどういう動きをするのかは分かりやすい



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幕間・あと一人いれば本格的なハンティング

『お腹いっぱいっす!満足したっすよー』

「ふむ、それならば良かった。私としても、珍しい食材を調理できて楽しかったよ」

 

 

 はて、それからの話はサクッと進んだ。

 ……いやまぁ、アプトノスの狩猟に手間が掛かるというのも早々無いことだろうから、当たり前と言えば当たり前の話なんだけどね?

 寧ろ大変だったのは()()()()()()()()()と、そうして狩ったあとの方。

 

 まず狩り方に関してだけど、こうして狩猟に向かう前にあさひさんからのリクエストがあった、というのが問題であった。

 曰く『たくさん食べたい』『最低でも一匹は()()()を食べてみたい』というもの。

 ……たくさん食べたい、という方に関してはそもそも現れたモンスターは狩り尽くすべき、というこちらの法則的にさしたる問題ではない*1が、もう一方に関してはそうも行かなかった。

 なにせ『丸焼き』である。……簡単に丸焼きというが、それを美味しい料理にするためには結構な手間が掛かるのだ。

 

 

「丸焼きというとそのまま火に掛ける、というイメージが強いかも知れないが……その実必要な行程は多岐に渡る」

 

 

 そう語り始めたのは、調理を手伝うと声を掛けた際にこちらを制してきたエミヤんだが……ともあれ彼の言うところによれば、丸焼きを行う際に気を付けること、というのは以下のモノであった。

 

 まず、大型のモノは丸焼きにするのは不向きである。

 これに関してはとても単純、まずもって中心部までしっかり火が通らない、というところが大きい。

 

 実際、現実にも牛の丸焼きを食べられるところはあるにはあるが、そこでは専用の器具を用意した上で、さらに切り分けの際に肉を焼き直す……という行程を必要とするモノがほとんどである。

 まぁ、牛肉の場合はある程度レアでも食べられはするだろうが……保健所などから指導が入るのでちゃんと焼く、という行程を追加する必要があるというわけだ。*2

 

 ここからわかるのは、大型のモノを丸焼きにする際一般的にイメージされるような光景の通りには行かない、ということ。

 モンハンの肉焼き機のように『肉を刺した棒を火に掛け、くるくると回しながら焼く』というのがまず難しい。

 牛一頭の重さはおよそ七百キロ前後であり、それを回し焼くのに必要な筋力もアレだし、焼き方の都合上ずっと回し続けないといけないのもアレである。

 

 さらに、丸焼きといっても一切下処理が要らないというわけでもない、というのも問題だろう。

 内臓や頭は普通取っておくべき*3だし、そうでなくとも血抜き*4をしっかりしておかないと肉の味が落ちてしまう。

 

 そして最後に問題となるのが、調理時間。

 丸焼きはその名の通り『丸焼き』するものだが、それゆえにどうしても調理時間が伸びてしまう。

 

 牛よりも遥かに小型な豚の丸焼きに掛かる時間が半日、かつそこまで焼いても中は生焼けの部分がある……という時点でなんとなく察せられる話ではあるのだが。

 というか、単に姿を残したままの生き物を食べたい、というのならオーブンでも使った方が余程上手く焼き上がるというか?

 

 ……単に調理をするだけでもこれだけの問題が発生するのである、いわんやそれを美味しくしようとすれば……というわけだ。

 

 

「そもそも、今回狩ってきたアプトノスは一般的な牛よりもさらに大型だ。……これを丸焼きにする、となれば想定される問題もさらに広範に渡るだろうな」

「なるほどな、こいつの調理が難しいってことはわかった。……だが、アンタの顔に『できない』なんて言葉は書かれていない。一体どんな解決策を思い付いたってんだい?」

「かの有名なデビルハンター殿に期待されては、こちらとしても緊張せざるを得ないが……なに、そこまで難しい話でもない。彼女の力を借りれば、それで加熱に関しては話が済むからね」

「む?デーモンガールがか?」

 

 

 で、そこで有用となるのがなんと私。

 ……より正確に言うと【星の欠片】なのであった。

 物体を内部から温める、というと電子レンジ……ひいてはマイクロ波を想像するかもしれないが、牛よりも大きいモノを調理できるサイズ・かつ出力となると、なんらかの法律で止められるか罰せられるかする可能性が高い。

 

 なんでかって?その規模だと普通に兵器転用できかねないからだよ!

 まぁ、実際にはマイクロ波の性質上、まともに使える兵器にはならないだろうけども。そもそも稼働のために必要な電力量が桁違いになるわ。*5

 

 だが、そういうものが丸焼き調理の際に便利だろう、というのもまた事実。

 マイクロ波は水分に吸収されやすく、またそれ以外のモノには反射・ないし透過するため、モノを内部から温めるのに向いている。

 また、水分に対して吸収される性質上、食品内部の細菌などを的確に殺菌する手段としても優れている。*6

 なにせ、生き物は大抵が水分を含むものであるがゆえに、だ。

 

 なので、下手にフライパンで調理するよりもレンジでチンした方が食中毒になり辛い、なんて話もあるのだが……それもきちんと利用できている場合の話だし、微妙に話題がずれてきているのでここでは割愛。

 ともあれ、調理の際にレンジが使えるのはありがたい……ということに間違いはないだろう。

 

 そこを前提にすると、【星の欠片】が調理に応用できるのならばこれ以上に便利なモノはない……と言い切ってしまっても問題はないということに気付くはずだ。

 なにせ、【星の欠片】は()()()()()()()()()()()()()()もの。そしてそこから周囲に影響を与えることも可能なモノでもある。

 簡単に言ってしまえば、これを調理に応用すると完全に焼きムラのない料理を作ることができる、ということになるのだ。

 

 

「扱いとしては『細胞一つ一つに発熱させる』みたいなことができる、ってことになるわけだからね。そりゃまぁ、こういう大型のものを丸焼きにする上では重宝すると思うよ?」

「細胞一つ一つに対してアプローチを変えられる、というのも利点だな。部位によっては熱を加えすぎると味が落ちる……などということもあり得るわけなのだから」

 

 

 焼きムラを作らないということは、同様に一部だけを焦がしてしまう、ということもないということになる。

 丸焼きの場合は特に、表面だけが焦げてしまい内部は真っ赤、みたいなことが頻発してしまう。そういう事態を防げる、というだけでも利用価値は十分に高いと言えるだろう。

 

 ……そういうわけで、手伝いを買って出た私はいつの間にかコンロ扱いされていた、というわけなのでありましたとさ。

 いや、いいけどね?流石にエミヤんの調理の手際見てたら、他の部分で手伝うのは無理だってわかったし。

 

 そんなこんなで出来上がったアプトノスの丸焼き。

 中までしっかり火の通ったそれはあさひさんの好評を呼び、また今度食べたいとまで言わせることに成功していたのでありましたとさ。

 なんなら全体の調理時間も一時間に満たないあたり、大成功と言い換えてもいいくらいだというか?

 

 

「まぁ、まだ他の場所にも回らなければならないからな。それと、頼んでおいたことは大丈夫かね?」

「それなら大丈夫ー。しっかり用意しておいたよー」

「なるほど、ならば結構だ」

 

 

 私たち様に別個で用意したアプトノス料理に舌鼓を打ちつつ、エミヤんからの問い掛けに準備万端と返す。

 横のダンテさんはなんのこっちゃ、みたいな感じに肩を竦めていたが……まぁ、その辺りは後のお楽しみ、ということで。

 

 

「……そういえば、ダンテさんはこのあとどうするんで?なんかこっちが勝手についてくるのかなー、と思ってましたけど」

「ん?んー……そうだな、そこまで真面目にやるべきこともないし、今回はアンタ達についていくことにしよう。なにが起きるか楽しみなところもあるしな」

「……トラブルが発生することを前提に喋るの止めません?」

「起こらないとも思ってないだろう?」

……仰る通りで

 

 

 なお、そういえば別についてくるかともなんとも聞いてなかったな?……と思った私が聞き返したところ、なんとも言えない評価を貰うことになる一幕があったりもしたが……わりといつも通りのことなので言うべきことは特に無い。無いったら無い。

 

 

*1
本来の『モンスターハンター』におけるハンターは『自然の調律者』としての意味合いも持ち合わせている。無闇矢鱈にモンスターを狩り尽くすのではなく、あくまでもヒトとモンスターとの避けようの無い諍いを防ぐため、互いの領分を守るモノ……というべきか。現在におけるリアルのハンターも、似たような役割を持つ。増えすぎた種は他の種や人の生活圏を脅かし、結果としてその種全体の滅びを誘発する為である。分かりやすく言えば、増えすぎた猪はエサを求めるが『エサを求めること自体に罪がなくとも、それを求めるものが増えすぎれば結果として多種を滅ぼす脅威となる』というような感じだろうか。ある意味では彼等自体が密猟者のような脅威になっている、とも。……なお、今回のキーア達は密猟者みたいな真似を推奨されている、といういささか不可思議な状態である

*2
必要とする設備の大きさの関係上、ほぼ確実に屋外での提供になる、という部分も大きいと思われる

*3
火がしっかり通らないということは、すなわち生の部位を提供する可能性がある、ということでもある。その為、食中毒の原因などとなる肝臓などは取っておく必要がある。また、加熱してもしなくても食べられない部位などは取っておく方がよい、という面もある(わかりやすいのはホッキョクグマの肝臓。含まれるビタミンAが非常に多く、人が口にした場合例え1gでも死に至る可能性があるとのこと。ホッキョクグマ以外にも似たような性質を持つ生き物は多く、基本的に内臓は口にしないのが無難)

*4
生き物の体内から血液を全て抜き取ること。これを行うことにより獲物の体温を素早く下げて腐敗速度を抑えたり、はたまた解体時に血が飛び散るのを防いだりする。また、生き物によっては血液内に人間にとって有害な菌や寄生虫が存在することもある為、飛び散った血からの二次感染を防ぐ意味合いもあるのだとか。生き物によっては死んだふりをする場合もあり、そういった相手を確実に仕留める……という意味合いで行われることもある

*5
指向性エネルギー兵器、などの名称で研究はされているものの、マイクロ波はその威力が距離に反比例するという性質などから、例えば『COD』シリーズなどに登場する兵器のような速効性のあるものはまず作れない、作れたとしても大型化するし必要電力もバカみたいに高くなる、とされる

*6
あくまでも『優れている』であり確実に殺菌できるわけではない、というのは覚えておくべき。何故ならば、モノによっては加熱ムラが発生するから。冷たいところがあるということは、すなわちそこにはマイクロ波が届いていない、ということでもある。届いていないのだから殺菌もなにもないのだ。『正しく使うと殺菌()できる』のだと覚えておこう



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幕間・当初の目的を忘れるのは悪い癖

 はてさて、あさひさんの居住区から離れ、私たちが向かった次の場所はというと。

 

 

「……草原の次は溶岩地帯、ということか?」

「エミヤん、モンハンからは一旦離れよう?」

「おおっと」

 

 

 一般には『熔地庵』と呼ばれる溶岩地帯、その深層領域。

 ここら一帯の溶岩の源流となる生物が住まう、そんな危険区域なのであった。

 なお、まがりなりにも溶岩地帯なので、なんの準備もなしに踏み込むと酷い目に合います。

 具体的には着てるものが燃えるとか、頭髪がチリチリになるとか。……いやまぁ、命の危機にならない分だけマシなんだけどね?

 なにせ溶岩の温度は八百から千二百ほど。

 ……サブカルに触れている人にとっては桁が少ないように聞こえるかも知れないが、人体を燃やすために必要な最低温度が千度前後とされていることを思えば、普通に危ない温度であることは察せられるだろうし。

 

 いやまぁ、空気って熱伝導率悪いから、直接溶岩に触るとかしなければそう大変なことにならない、ってのも確かなんだけどね?

 

 まぁともあれ、ここも花火大会の会場として借りようとしている以上、事実上の管理者には話を通して置かなければいけない、ということになるのだけれど……。

 

 

「……その管理者さんとやらが見えないんだが?」

「あれー?留守かなー?」

 

 

 額の汗を拭いながら辺りを見渡していたダンテさんが、なにも居ないぞとばかりに声をあげる。

 

 ……本来なら常時そこに居るはずの場所──深層領域における()の存在の定位置、()()()にて鎮座しているはずなのだが、今相手の姿はそこにない。

 彼はその性質上、周囲に与える影響が強すぎるためここから動くことは滅多にないのだが……ううむ、急な用事でもできてしまったのだろうか?

 

 まぁ、待っていればそのうち戻ってくるとは思う。

 何度も言うが、彼はその存在がもたらす影響が強すぎるため、半ば封印に近い形でこの場所に留まっているのだ。

 ゆえに、長時間この場を留守にすることはありえない。

 ゆえに、こっちとしては単に待っているだけで大丈夫、ということになるのだけれど……。

 

 

「うーん、途中で誰かに捕まってる可能性もあるし、一応迎えに行こうか」

「ふむ、誰かに捕まる……というのは、その言いぶりからすると悪い意味ではない、ということか?」

「ん?……あー、そういえばちょっと悪い意味にも聞こえるね、さっきの。一応、悪い意味として言ったわけじゃないよ?」

 

 

 彼がこの熔地庵中の溶岩を生み出しているようなもの、ということもまた事実。

 となれば、溶岩を求める存在達に群がられているという可能性もある。

 そうなると人のいい彼のことだ、彼等の求めるまま時間を浪費してしまう可能性は十分にあるだろう。

 

 そこら辺も踏まえて、一応迎えに行った方がいいかなー?……という判断になったわけなのだが、どうやらエミヤん的には『悪い人に捕まる』的な意味に聞こえたらしい。

 ……一応、なりきり郷内にも区分的に『悪人』にカテゴライズされる人、というのは存在する。

 するけど、その『悪行』というのも基本子供のやるようなものにまでスケールダウンされている。

 

 それゆえ、彼の心配するようなことはないと返しつつ、納得したエミヤんとダンテさんを連れて高山口をあとにしたのでした。

 

 

 

 

 

 

「…………うー、動いているから暑いよー」*1

「まぁ、ここの場合は動いてなくても暑いだろうがな」

 

 

 はてさて、高山口を離れてしばらく経ってのこと。

 各地を順繰りに周りながら『彼』を探しているものの、その気配はどうにも見当たらない。

 具体的には、こっちが移動すると向こうもワンフロア移動している感じ、とでもいうか。……ペイントボール*2忘れた時のモンハンを思い出すと言えば、わかる人はわかるかもしれない。

 

 

「あてもなく探し回っている気分、ということか。……最近の作品ではそういうこともなくなった、と聞いたな……」

「そもそも物食べた時のポージングとかも無くなったみたいだからねー」

 

 

 思わずモンハンの話をしてしまったため、会話の内容は再びそっち方面に偏っていく。

 

 昔のモンハンは不便だった、というのはベテランハンター達が口を揃えて述べる事柄だが、事実現行作品をやったあとに古い作品に触れるとそのギャップに目を剥くこと頻りだろう。

 ともすれば白目を剥く羽目にさえなりそう、みたいな?

 

 なにせとにかく面倒臭かった。

 どう面倒臭かったのかは、ネットで動画でも漁れば幾らでも出てくるのでここでは割愛するが、敢えて一つ挙げるのならば『食事後のガッツポーズ』が一番わかりやすいだろう。

 

 これはゲームのプレイスタイル構築のための一種の枷、とでも言うべきものである。

 回復アイテムを使うとガッツポーズが強制的に挟まり、結果として操作不能時間が出来上がる……というものだ。

 

 

「実際の戦闘でそんなポーズしてたら死ぬどころの話じゃないだろうが……相手もある程度動きが遅いからこその調整、ってやつだったんだろうな」

「実際、初期のモンスター達に今の高速化したハンターなんてぶつけたら、多分普通に狩り尽くされてるからねー」

 

 

 ダンテさんの言葉に頷く私。

 今でこそハンターは縦横無尽に動き回るが、それは相手となるモンスター側も速度が上がったからこそ。

 もし仮に今のハンターの動きを過去作に持ち込めたのなら、ほぼ確実に蹂躙劇と化すだろう。

 ……つまり、ゲームスピードの調整という意味もあった、ということである。

 あるいは、モンスターの動きをできうる限り現実の生き物に近付けると、そういう調整をしなければ一方的になる……ということか。

 

 まぁ、プレイヤー側からすれば『なにやってんだお前ぇ!!』*3でしかないわけだけど。

 ダメージを受けたから回復してるのに、またダメージを受けてしまうような隙を晒すのは堪ったもんじゃないというか?

 今でも頻度は減ったもののたまにある『回復のためにまごついていたらいつの間にか敵がこちらに攻撃してくる間際だった』、が頻繁に起きてたわけだし。

 

 

「ティガの突進を避けて回復アイテム使ったら、ハンター越しにティガがこちらに旋回してるのが見えた時の絶望感よ……」*4

「ああ、初めてティガと戦闘した時か……避けて回復のつもりがそもそも避けきれていない、というやつだな」

 

 

 しみじみと語る私たちである。

 ……まぁ、今ではプレイヤー達の要望などを取り入れ、滅茶苦茶軽快に動き回るようになったわけだが。

 そしてその代わりに、昔のハンターだと避けきれないような攻撃をモンスター達がしてくるようにもなったわけだが……昔と今、どっちがいいのかは人による……のかも?

 

 

「どうしてだ?速い方が喜ばれそうなもんだが」

「歳を取るとアクションゲームができなくなる、って聞くじゃない?」

「あー……」

 

 

 体が付いていかないし、視線も追い付かない。

 自身と相手のスペックに振り回され、結果としてゲームが嫌いになる……みたいな?

 そういう高齢ゲーマーも多いらしいし、そういう人はわりと放置ゲーに流れて行くらしいとか、まぁそんな話もあるけど言ってて楽しい話でもないので割愛。

 そもそも私たち、そういうこと気にするような歳でもないしね!

 

 さて、いい加減元の目的に話を戻すけど。

 こうして話している間にも()を探して熔地庵中を歩き回っていたわけなのだが、生憎と見付かっていない。

 あの巨体なので、遠目からでも本来なら見付けられるはずなのだが……そうはなってない辺り、もしかしたら彼もまたあさひさんみたいなことになっているのかもしれない。

 

 

「……ん?あのドラゴンガールと一緒ってのはどういうこった?」

「あさひさんのあの姿って、ミラルーツのまんまだと他の階層に遊びに行けないから……みたいな問題が発生したから生み出した変身形態であって、別に【継ぎ接ぎ】とかではないらしいけど……それと同じように、『あの姿』のままだと他所に行けないから移動用の姿を生み出したのかも……みたいな?」

「…………???」

 

 

 おおっと、ダンテさんが首を傾げたまま固まってしまった。

 こっちがなにを言ってるのか、よくわからなかったらしい。

 この辺りは、元々のスペックが高い存在の『逆憑依』は『逆憑依』であってもわりとわけのわからないことができる、という話を知らないと分かりにくいかもしれない。

 

 要するに、あさひさんのあの姿は(敢えて誇張した言い方をすると)有り余るパワーを使って新しい姿を作り出した、というのが近いのである。

 

 

「……あー、魔族だのが変装するのに近い、ってことか?」

「どっちかと言うと『逆憑依』の枠組みの中で『逆憑依』してる、ってのが近いのかな?まぁ、あくまでそんな感じってだけで実際に『逆憑依』が発生しているわけじゃないんだけど」

 

 

 もう少し分かりやすく言うのなら、『逆憑依』の力で別のキャラになりきりをしている、となるか。

 人外スペックをフル活用してなりきっている、とかでもいいかもしれない。

 無論、『逆憑依』としては成立していないので本人由来のスキルとかは使えないのだが……それを無理矢理再現している、みたいな?

 念能力で言うと『念能力を使って念能力を作ってる(念能力を作れる念能力を作った)』みたいな、無駄遣いの極致みたいなやり方になるか。

 

 無駄遣いってわかってるのになんでそんなことを?……みたいな疑問が飛んできそうだが、一応これにも利点はある。

 そう、『逆憑依』にならないことだ。

 

 

「単純に私たちがなりきりをこの姿でやっても、なにも起きないか最悪【継ぎ接ぎ】が発生するだけだけど、彼女達のそれはスキルまで自分のパワーで再現するから既に【継ぎ接ぎ】になっているみたいな扱いになって、余計な面倒を背負込まずに済む……みたいな?」

「ふむ?」

 

 

 普通の【継ぎ接ぎ】は私たちの行動に対して『誰か』がスキルを付け加える……みたいな形だが、あさひさん達のそれは付け加えられる前に自分で用意するので『誰か』が『あれ?もうあげたっけ?じゃあいいか』と勘違いする……みたいな感じか。

 つまり、取り外しできる【継ぎ接ぎ】よりもさらに手軽であるのだ。

 ……まぁ、強大な存在が人化するようなものなので、ある程度以上の再現度を持つか・はたまたそもそもの存在が強大過ぎるかの、いずれかの条件を満たす必要があるわけだが。

 

 

「ともあれ、件の人なら外出用の姿を新たに設定する、みたいなことができてもおかしくはないわけですよ、わりと普通に存在の格としては結構なモノがありますからね」

「ってことはここの主はアカムトルム*5とかその辺り、ってことか?」

「いや、モンハンじゃないですね」

「……ふぅむ?」

 

 

 私の発言を聞いて、ダンテさんはここの主がアカムトルムだと思ったようだが……それは違う。

 とはいえそれをここで明かすのもあれなので、相手が誰なのかは出会うまでのお楽しみ、と私は声を返すのだった。

 

 

*1
ブルーアーカイブより、水着ホシノの台詞『動いてないのに暑いよ~』から。ブルアカ人気の火付け役とも言える台詞。因みに派生として『動いてるのに寒いよ~』がある

*2
古い『モンスターハンター』シリーズに登場するアイテム。『ワールド』以降には存在しない。特殊な匂いの付いた染料が詰まったボールであり、これをモンスターにぶつけることで一定時間モンスターの位置を探知する効果を得られる。説明文からわかるように、匂いで相手の位置を探知するアイテム。その為、時間経過で匂いが落ちてしまうと相手の位置がわからなくなる。エリア移動の際に効果が切れるとわりと悲惨

*3
『ONE PIECE』より、ルフィの台詞の一つ。正確な表記は『何やってんだお前ェっ!!!!』。映画『スタンピード』におけるモノが有名だが、画像として出回っているのはエニエスロビーでのルッチ戦の一コマの方

*4
ティガレックスの技の一つ。通称『ドリフト突進』。通常時は一回旋回するだけなのだが、怒り状態だと()()旋回する。希少種だと三回旋回かつハンターを正確に追い掛けてくるという恐怖

*5
『モンスターハンター』に登場するモンスターの一種。とてつもなく巨大だが、古龍ではなく飛竜種



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幕間・炎系のキャラの性格って意外と難しい

 はてさて、前回から引き続き熔地庵を探索中の私たちなのですが。

 

 

「──ぷはっ、あー生き返るー……」

「あっついところで飲むキンキンに冷えた飲み物は上手いだろう?もっと買っていっておくれよ!」

 

 

 あまりの暑さに一度休憩しよう、ということになり最寄りの集落にあった売店に寄ったところ、そこで店番をしていたおばちゃんと雑談で盛り上がっていた……というわけなのでした。

 いやまぁ、個人的なことを言わせて貰えれば、こんなところで店番なんてしてて大丈夫なんおばちゃん?……って感じなのだけれど。

 

 

「この辺りの家はどこも特別製でねぇ、熱をそもそも通さないのさ」

「なるほど。……いや、そうじゃなきゃそもそもこんなところに家なんて立たないか……」

 

 

 おばちゃんの言うところによれば、この辺りの建築物は全て超耐火性かつ超断熱性、ゆえに老人がうろうろしていても問題ないのだとか。

 言われてみれば、その辺りしっかりしてないとそもそも人なんて住めないよなぁ……と納得する私である。

 

 この耐火・断熱効果は家の中心部に据えられた神棚*1を中心に発生しており、ここのように人々の集まる集落みたいになっている場所だと、効果範囲が重なって集落全部を覆うようになっているのだそうだ。

 

 ……まぁ、場所が場所ゆえに例外処理ができないらしく、安全な家の中では火の気が全く使えない、というなんとも言えないことになっているらしいが。

 料理する時とか大変では?……と聞いたところ、この辺りは全家庭オール電化だよ、という身も蓋もない返答が返ってきたのであった。

 地熱発電してるから電気代ゼロ円なんだって。……いやまぁ、他のところもそもそも電気代はゼロ円だけども。

 

 

「このフロアだけで完結している、ってのは意外と珍しいんだってさ」

「なるほどな……にしても、外と内とで気温が違いすぎるだろう、マジで」

 

 

 そんなことを話しながら、集落をあとにする私たちである。

 なお、どうでもいいこぼれ話だけど。

 なにもかもレンジでチン、だと味気ないということでどうにかして火の気を使おうとした結果、溶岩の上に耐火・耐熱性の網を置いてその上でモノを焼く……いわゆる『溶岩焼き』とでも言うべきものがここの名産になっている、というなんとも言えない話があったりする。*2

 

 ……みたいな会話をしつつ、周辺を見渡す私たち。

 目的の人物である『彼』の姿はどこにも見えず、どうにも徒労感が見えてきた感じである。

 っていうか、これだけ探しても見付からない辺り、やっぱりあさひさんみたく外行き用の姿を作ってそっちでうろうろしている、ということなんじゃないだろうか?

 

 

「仮にそれが正解だとすると、このフロアに居ないということもあり得るのではないかね?」

「あ、それはないですね」

「言いきるということは、なにか根拠が?」

「何度も言いますけど、彼はこの溶岩地帯の元締め。……言い方を変えると()()()()()()()()()()()()()()()なので、そう易々と外には出られないんですよ」

「ふむ?」

 

 

 そんなことを私が言えば、エミヤさんが探している相手がこのフロアに居ないのではないか、という可能性について論じてくる。

 ……が、それに関してはきっぱりと否定しておく私である。

 何故かと言えば、それは彼がこのフロアの元締めであるから。言い方を変えると、このフロアを溶岩地帯に変えたのが彼だから、ということになる。

 

 この辺りは先述したあさひさんのパターンと同じ。

 元々が強大であればあるだけ、そしてそれを制御する手段を持たないのなら持たないだけ、彼ら特異な『逆憑依』は自身の周辺を自身に取って最適な環境へと()()()()()()()変換・ないし侵食してしまう。

 そしてこれは、後々に自身の技能を制御できるようになっても、ある意味で問題が残り続けるものなのなのだ。

 どういうことかと言えば、変化させられた環境は不可逆である、というところが大きい。

 

 

「敢えて誤解を恐れずに言うのなら、周辺区域に自分という存在を【継ぎ接ぎ】している、ということになるのかな。自分という存在が周囲の環境を肯定するし、周囲の環境もまた()()()()()()()()()()()()()()()()本人を肯定する……みたいな」

「外付けの再現度補助設備……みたいなものってことか?」

「まぁ、そんな感じですね」

 

 

 周囲の自然環境そのものが、巨大な自身のバックアップになる……みたいな感じでもいいかもしれない。

 これらも含めて制御できてこそではあるが、仮に制御できたとしても既に出来上がった環境をゼロに戻すことはできない……というか。

 寧ろ、本体と違って理性などが付随しないため、バックアップとなった環境は自己の維持・保存を最優先し始めるため、下手に本人が離れてしまうと暴走を始める可能性大なのだ。

 

 じゃあ、たまに遊びに出て自身のフロアを離れているあさひさんはどうなのか?……という話だが、これに関してはとても簡単な理由が一つある。

 

 

「それは?」

「あれは分身だ、ってことですね。わかりやすい類似例を述べると、本人は変わらず星の裏側に居るけど分身をカルデアに送ったジーク君みたいな感じ、というか」

 

 

 もしくは、本体である龍が微睡みの中にて得た姿をそのまま現世でも使っている……みたいな。

 ともかく、本体かつ制御ユニットでもある体は元の居住区に残したまま、精神だけ外に出て活動している……みたいな感じなのが今のあさひさんなのである。

 無論、それが徹頭徹尾正解ならばあのあさひさんには肉の体がない……すなわち外でモノを持ったり食べたりできない……ということになってしまうので、厳密には色々違うわけなのだが。

 まぁ、邪龍・ファヴニールに対するFGOでのジーク君、が一番近いんじゃないかな、やっぱり。

 

 なお、この説明に関してはエミヤんには通じたものの、ダンテさんには微妙に通じず、その辺りの説明をするのにちょっと時間が掛かったということを合わせて記しておく。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、それからも熔地庵内の至るところを見て回ったものの、彼らしき存在の姿は見当たらず。

 ……ううむ、別に花火大会開催まで時間がそんなに残っていない、というわけでもないけど。

 どうせなら今日中のうちに、あさひさんと彼を合わせてあと一人くらいは許可を取っておきたかったのでこの足止めは予想外というか。

 

 時刻的にまだ三時前くらいなのに諦めが早くない?

 と思われるかもしれないが、実のところ熔地庵における三時は外での夕方に近いものであり、これ以上の滞在は少々無理が出てくるため推奨されていないのだ。

 

 

「無理が出てくる……とは?」

「具体的に言うと、大体午後四時くらいから熔地庵中の溶岩の入れ換えが始まるんだよね」

「溶岩の」

「入れ換え」

 

 

 なんでそんなことに?……と首を傾げるエミヤんに対し、私は熔地庵において夕方から朝方に掛けて行われる、とあるイベントを答えとして返す。

 感覚的には、風呂屋のお湯を張り替える……みたいなのが近いのだろうか?

 

 この熔地庵内の溶岩は彼が管理するものである、というのは先述した通りだが、それが指す意味をもう少し詳細に説明すると、ここら一帯の溶岩は全て()()()()()になるのである。

 雑に言うと『溶岩を吹き出す生き物』みたいなことになるのだろうか?

 まぁそういうわけなので、新鮮な溶岩(?)を供給するため、大体午後三時を過ぎた辺りから外出禁止令が一部区域に発令され、それから翌朝八時くらいまで物理的に溶岩が移動して危なくなるのである。

 

 具体的には、一度彼の体に吸収されたあと、再び溶岩として吹き出す……みたいな感じになるわけなのだが……。

 その結果として彼自体にも近付けないし、さっきの集落みたいに対処もしていない単なる街道なんかは、とてもじゃないけど人が進めるような状態ではなくなるのだ。

 なにせ、平気で道の上を溶岩が垂れ流される形になるからね。

 まぁ、その時に周辺に転がっているゴミとかも纏めて回収される形になるため、区域内の清掃にも役立っていたりするらしいのだけど。

 ……一応注釈を入れておくと、ここでいう『ゴミ』は誰かがポイ捨てしたものではなく、高熱に晒された結果ダメになった道路の破片などのことなので悪しからず。……悪しからずかな?

 

 まぁともかく、このフロアそのものの基本構造みたいなモノなので、これをこちらの都合で止めることは不可能。

 ……っていうか、さっきも言っていた『バックアップ』部分の半自動的行動でもあるため、ある程度の誘導はできても本人にも止めることは不可能なんだけど。

 

 ともあれ、これが開始されると介入する手段はないため、件の彼に会うのなら明日の朝まで待つ必要がある……ということになるのだった。

 ……その時間帯になれば戻ってくるという意味では、単に彼に会おうとする場合寧ろ絶好の機会ということになるんだけどね。

 今回は会っただけでは話が終わらないため、実質的なタイムアップの宣言になってしまっている……というわけなのであった。

 

 

「まぁ、今日中に話を纏めるのは無理だけど、次の日の朝に何処か行ったりしないように言い含めておくことは可能だから、一応高山口まで戻ってみる?」

「そう……だな。ここまで探して急に相手が見付かる、ということもないだろう。なら、戻って相手を待つのが最善……ということで間違いないだろうな」

「へぇー、そうなんだー」

「!?」

 

 

 これ以上の捜索はほぼ無意味。

 ……となれば、もう高山口に戻って彼を待った方がいいだろう……とエミヤんに告げ、彼がそれに頷いたのを確認した私の隣に、いつの間にか現れていた一つの人影。

 それは全身が燃えたまま話しかけてくる、奇妙な存在。

 ……探し人である『彼』らしき姿が突然現れたことに、私たちは思わず身構えていたのであった。

 

 ──まぁ、当人はのほほんとした笑みを浮かべていたのだが。

 

 

*1
神を奉る為、家の中に設置された棚。基本的には神道に関わるモノであり、位置は大抵天井の近くであることが多い

*2
なお、本来『溶岩焼き』という場合、溶岩が冷えて固まった岩板を使ってモノを焼くことを指す。間違ってもマグマの上でモノを焼く、ということではない



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幕間・超越種の考えることはよく分からない

 はてさて、突然私たちのすぐ近くに現れた、炎に包まれた謎の人物。

 火に巻かれているにも関わらずのほほんとしている様子から、彼が私たちが探していた『彼』であることはほぼ確定なのだが……なんというかこう、実際に相対した私たちは思わず閉口していたのだった。

 いやだって……ねぇ?

 

 

「……なんでその人?」

「んー?いやー、なんだかいつでも燃えてそうだから?」

「燃えているという言葉の意味が違うような気がするのだが……」*1

 

 

 火の向こうに見える彼の顔。それは、どう考えてもヒロアカの荼毘の顔だったのである。*2……いや、なんでその人?

 

 一応、本来の彼に比べると顔の火傷がない……などの特徴が見て取れるため、荼毘そのものというよりは『大きくなった燈矢』という感じなのだが。

 あと、喋り方も荼毘・燈矢のどちらとも違う感じなので、真面目に姿だけ借りている感じ……みたいな?

 ……そもそも絶えず燃え続けてるから顔なんてよく見えない?それはごもっとも。

 

 ともあれ、この特徴的に彼が私たちが探していた相手、ということに間違いはないわけなのだが……うーん、やっぱこの人色々拗れてるな……?とか思ってしまう私である。

 いやだって、ねぇ?この姿じゃなかったとしても、扱いとしては微妙な方だろうってのは間違いじゃないし。

 

 

「……そういえば、結局彼の本体はなんなんだ?道中でも誤魔化されていたが……」

「え?あー……うん、そのなんというか、ね?」

「なんだなんだデーモンガール、普段のアンタが嘘みたいに口下手じゃないか?」

 

 

 とまぁ、そんな感じに微妙な顔をしていたら、エミヤんが不思議そうな顔をしてこちらに問い掛けてくる。

 ……あーうん、結局相手がどういう存在なのか、ということを一切告げないまま探していたんで、そういう疑問が出てくるのは仕方ないとは思う。

 思うんだけど、だからって説明してしまうのもなー、と微妙な顔になってしまう私であった。

 

 いや、別にこの人が悪い人・ないし悪い獣ってことではないのだ。

 流石にミラルーツと比較すると格は低いけど、決して弱いってわけでもないし。

 ……無いんだけど、作中の描写がねー、なんというかねー。

 

 ちらり、と荼毘の姿をしている彼の方を見やる。

 原作での彼は、登場当初こそ影のある悪役……みたいな感じだったが、話が進むに連れその裏事情が明らかとなり、微妙に同情しきれない人物像へと変化して行った。*3

 いやまぁ、普通に考えたら同情されてしかるべき、なんだけどね?

 でもこう……なんていうのか、『いじめられるヤツにはいじめられる理由がある』なんて戯言*4に、一瞬頷いてしまいたくなるような空気感があるというか。

 あれだあれ、被害者が加害者でないという保証はない、みたいな?

 

 そんなわけなので、境遇に比してあまり同情されていない──下手すると寧ろウザがられている、みたいな評価になるのであった。

 で、この『実態と評価が乖離している』という部分が、彼の本体である存在にも当てはまるのである。

 ちょっとぼかしていうと、元の元?になっていると思わしい生き物は、本来()()()()()とまで呼ばれるほどの無くてはならない存在なのだが、その動きとか様々な要因から人々に嫌われている……みたいな。

 

 やっていること的にはもう少し評価されてもおかしくないが、その存在に付随する別の部分で評価が下げられている同士……みたいな繋がりなのだろう。

 そういう意味では、彼の姿として荼毘はピッタリである……ということになるのだろうか。

 まぁ、性格面はまっっったく似てないので、結果として下手ななりきりを見せられているような状態になっているみたいだが。

 

 ……さて、いい加減言及するのを避けられなくなってきたのでどうしたものか、と彼を見たところ。

 

 

「あーうん、いいよいいよ。こういうのは実際に見た方が早いだろうからねー」

「申し訳ない……」

 

 

 こちらの視線を察した彼は軽く苦笑を浮かべながら、左手をひらひらとさせていたのだった。

 ……結果的に気を使わせてしまったが、実際直接姿を見た方が早いというのは間違いではない。

 そういうわけなので、私は彼の変化を黙って見守ることにしたのだった。

 

 そうして私が頷いてすぐ、彼の纏う炎の勢いが跳ね上がる。

 あらゆる全てを呑み込んで燃やし尽くすかの如き業火は、彼の仮初めの姿を焼き払いそれを原子の塵に還していく。

 そうして生まれた塵は、されどそのまま炎に消えることはなくその中を漂い、別の形を作り上げていく。

 二本の足で立っていたそれが、次第に四足のそれに変わっていき、全体のシルエットもまた判明して行くのだが……しかし、それは明確な個とは言い辛いものであった。

 

 敢えて口にするならば、それは炎そのものが形を持った存在……ということになるのだろうか?

 灼熱の身体なのではなく、灼熱そのものが身体であるというべきか。

 赤熱したそれは近くにいるだけで肌を焼くかの如き熱を持ち、私たちを赤く照らす。

 それは、彼の存在が()()()()()()()()ことを示す証左。……初登場時には伝説であることを疑われるような姿を見せていた彼が、伝説に相応しき力を持つことを証明するもの。

 

 本来であれば、その姿は彼の暴走の先にあるものなのだが──ここにいる彼はその姿こそを本体と定めているがゆえ、暴走などとは縁遠い。

 ……まぁ、代わりにこのフロア以外のどこにも行けない……なんて誓約を負ってしまったわけなのだが。

 

 とはいえ、伝説としての格を得た彼の力が凄まじい、ということに変わりはあるまい。

 ゆえに見よ、仰ぎ見よ。その炎熱の身体を、星を滅ぼさんとする業火の身体を。

 

 彼の者の名はヒードラン。かこうポケモンヒードラン。

 高山口──()()()()()()()()に住まいし炎の伝説。

 そして、その彼がその名に恥じぬ業火を纏った姿である。

 

 

 

 

 

 

「こりゃまた……凄い姿だな」

「ああ、どこぞの炎の巨神を思い出す威容だ……」

『あはは、そう言って貰えると嬉しいなー』

 

 

 はてさて、彼の正体はポケモンのヒードラン……それも暴走形態がデフォルトになっているというかなり特殊な存在だったわけだが。*5

 何故彼のことを告げたがらなかったかというと、彼の別名……あだ名……蔑称?に問題があったからであった。

 

 その名前の由来は、ヒードランが初登場した時の動き・姿・説明文などによるもの。

 曰く、ヒードランは十字のツメを食い込ませて壁や天井を這い回るのだという。

 ……また、とある作品において彼を出現させる場合、特定の手順を踏む必要があるのだが……その結果現れるヒードランは地面から飛び出してくるわけでも、はたまた火山から現れるわけでもない。

 そう、天井からポトッと落ちてくるのである。……効果音が軽いため、本当にポトッと落ちてきたとしか言いようがない。

 

 それらの説明文・描写と見た目が合わさり、彼の呼び名として使われたもの。

 それが、『ゴキブロス』なのであった。……そう、台所とかに出てくる憎いあんちくしょうが元ネタである。*6

 

 うん、見た目もどことなくアレに似ていると言えなくもないんだよね、ヒードランって。

 一応名前と体付きなどから察するに、トカゲ系であるというのが本当のところなのだろうけど……ツメを食い込ませて這い回る、という説明文が宜しくないというか。

 トカゲだって壁や天井を這い回るんだから、そっちで間違いないはずなんだけどね、なんというかね。

 

 ……なお、描写的な扱いは悪いけれど、戦闘面では結構優遇されているというのがヒードランの特徴でもある。

 なにせ専用技持ちであり、その技名も『マグマストーム』と格好良く、かつ効果も拘束系でありながら火力が高い……と致せり尽くせりだし。

 更にはタイプもはがねとほのおの複合でありながら、特性『もらいび』によるフォローもあり耐性が十一種、それでいて伝説らしいステータスも持ち合わせるため全体的に強い……という優遇っぷりである。

 

 ……いやホント、描写だけ追い付けば伝説としての格は十分なのよ。

 で、そんな彼が唯一まともな?描写を貰ったのが、今の彼の姿である暴走形態。

 アルセウスのプレートである『ひのたまプレート』による強化形態と考えることもできるそれは、それゆえに伝説に相応しい描写を兼ね備えた、と見ることもできる。

 ……いやまぁ、本当は暴走なんですけどね。本体のヒードランは炎の身体の中に囚われてたし。

 

 でもまぁ、ヒードラン愛好家からしてみれば折角の強化形態、どうにかして使ってみたいなー、となるのも分からないでもない。

 

 ……実際にこの人がそこまで考えていたかは微妙だが、ともあれ現在彼がこの姿になっていることは間違いあるまい。

 そういうわけで、彼はこのフロアの溶岩を生み出す元──ハードマウンテンの主として、この場に居るということなのであった。

 

 ……あ、危惧してた『二人が微妙な顔をするかも?』って部分に関しては問題なかったです。やったね。

 

 

*1
物理的に燃えているか、もしくは風評的な意味で燃えているかの違い。風評の方は『燃え尽きた』という判定が難しく、それに伴い鎮火の判断も難しい(物理的な場合は燃えるものが無くなれば消えるが、風評の方はそれが目に見えないのでわからない)

*2
『僕のヒーローアカデミア』における悪役(ヴィラン)の一人。自分ごと燃え尽きるほどの炎を操る、火傷に覆われた怪人

*3
親の教育が苛烈であった為にねじ曲がった……という感じなのだが、それでもちょっとねじ曲がり過ぎ……というか、可哀想な過去があるのならなんでもやってもいいのか、みたいなところに引っ掛かるというか。とにもかくにもやり過ぎというのが的確であり、それゆえに本来擁護されてしかるべきなのに賛否両論にまで行っている……といった印象

*4
いじめ側の言い訳として有名な一文。……なのだが、第三者的に見ると『本当に?』となることも多い難しい概念。少なくとも『かつていじめていた側がいじめられる側になった』ような場合は一瞬判断に迷うのでは無いだろうか

*5
第四世代『ダイヤモンド・パール・プラチナ』から登場した伝説のポケモン。恐らくモチーフはサラマンダー、すなわちトカゲなのだが、動き方やら擬音からゴキブリ扱いされることがある不遇なポケモン。そもそも図鑑解説もどことなく威厳がなく、ともすれば一般ポケモンにすら見えてくる有り様である。無論、スペックなどの面は流石伝説、と言った感じなのだが。なお、最新作における『テラスタル』(自身のタイプを変更する強化システム)を使って虫タイプになる構成があるが、ネタに見えて『もらいび』(ほのおタイプの技を受けると回復する)と組み合わせると弱点が2タイプだけになる、という中々強い状態だったりする

*6
元ネタは、改造ポケモンに登場するオリジナルのポケモンの名前。後年純正ポケモンにゴキブリモチーフと思われるものが登場したが、そっちは一目見てゴキブリだとは気付けないような美麗なポケモンになっていた



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幕間・許可を取ってからが大変なんだ

『それでー、花火だっけー?いいよーやっちゃってー』

「そ、そうか。それはありがたい。……終わってから考えてみると、見付けるまでが勝負だったのだな……

 

 

 はてさて、目的のヒードランもとい荼毘さん?……あ、燈矢の方がいい?さいですか。

 ……ともあれ、燈矢君を発見できた以上、やるべきことはただ一つ。そう、花火大会の交渉である。

 

 当初、その話し合いは難航するかと思われたのだが……今こうして、比較的あっさりと完了してしまった。

 なんなら、他の交渉が難しいだろうエリアへの紹介状?的なモノまで貰ってしまったし。

 

 ……いや、全身火だるま状態の燈矢君が正座して机に向き合い、やけに達筆な筆捌きで紹介状を書いてくれる……という状況そのものは、いわゆる『シリアスな笑い』なのかなこれ?……みたいな感じに、私たちの思考を容易く機能不全に叩き落としたわけなのだけれども。

 でもまぁ、状況的にこちらに好都合な方に事が運んでいる、ということは間違いない。

 

 ゆえに私たちは、意気揚々とこのフロアをあとにしようとして──、

 

 

「ああそうだ、時間的にももう遅いし、泊まっていったら?」

「……いつの間にか移動禁止時間になってる?!」

 

 

 燈矢君の言葉に、出発するタイミングを逃したことを察したのであった。

 ……意外と……長く話し込んでたんやなって……(白目)

 

 

 

 

 

 

「まぁなんにもないところだけど、ゆっくりしていってよー」

「おじゃましまーす……」

 

 

 はてさて、図らずも燈矢君の住まいにお邪魔することになった私たちだけれど。

 実のところ、内心ではわりと戦々恐々としていたのだった。

 何故かと言えば、彼の本質が問題。……うん、暴走ヒードランだよね。っていうかそもそもほのおタイプのポケモンだよね。

 

 これのなにが問題かと言うと、ずばり体温感覚が普通の人とは全然違う、というところになる。

 ……要するに、普通の人には耐えられないような熱さでも、彼らにとっては平常運転であるという可能性がある、ということだ。

 一応、ここにいる三人はただの人間ではない。

 ……ないが、だからと言って過酷な環境に身を置き続けたいかと言われればノーである。

 

 なので、できればこういうお誘いを受ける前にこのフロアを去りたかったところなのだが……まぁうん、なってしまったからには仕方ない。

 仕方ないので覚悟を決めて、心頭滅却の心意気を発揮しようとしていたわけなのだけれど……。

 

 

「……あれ、暑くない?」

『その台詞からすると、僕の居住区だから高温だと思ってたってことかなー?』

「え、あ、いやその」

 

 

 案内された彼の居住区──高山口(ハードマウンテン)に足を踏み入れた瞬間、私たちを襲ったのは寧ろ涼しいくらいの空気なのであった。

 いや驚いた、普通に空調が効いてるくらいの温度なんだもの。

 一部の女性は肌寒い……と感じてもおかしくない*1その気温に、思わず漏れた言葉が聞かれていたことに思わず慌てる私だったが……それを聞いた燈矢君はといえば、さして気にした様子もなく笑っていたのだった。

 

 ……いや、今の姿はヒードランの方なんだけどね、暴走状態の。

 まぁ見た目が暴走状態ってだけで、サイズは普通のヒードランのそれだし、なんなら凄まじく理性的・暴走による負担も無さそうなんだけど。

 

 でも、それだとそれで疑問が出てくる。

 これだけ涼しいと、彼にとっては極寒に近い状態になっているのではないか、ということだ。

 図鑑説明だかで『自分の身体が溶けてしまうほどの体温』と記されているヒードランだが、だからといって身体を冷やしてもいいというわけではないだろう。

 流石にマグマッグだのマグカルゴだのの一部のポケモンに比べればマシだろうが*2、それでもほのおポケモンならば下手に体温を下げるべきではない……というのは当たり前の話に近いのだろうし。

 ちょっと違うけど、尻尾の火が消えると死ぬとされているヒトカゲみたいなもの、というか?*3

 

 そんな私の内心の疑問が顔に出ていたのか、燈矢君はその炎の身体の口に当たる部分をにやり、と笑みの形に曲げる。

 

 

『大丈夫、だってここの気温は僕にとっても適温だからねー』

「……んん?いやでも、普通にクーラー効いてるような……」

「いや待ちたまえキーア。内装をよく確認してみろ」

「んん?内装を確認?ええと……」

 

 

 そうして漏れ出た言葉は、こちらの予想外のもの。

 ……私がちょっと肌寒いかも、と思うような気温が適温?

 そんな馬鹿な……と言葉を続けようとして、なにかに気付いたエミヤんが部屋の中をよく確認するように促してくる。

 

 いや、部屋の中をよく確認しろって言っても、別に何の変哲もない普通の部屋と言うか……()()()()()

 一瞬の違和感に再度部屋の中を見渡し、それがなにに対するモノであったのかを悟る私。

 それと同じタイミングでダンテさんもこの部屋の違和感に気付いたのか、私より先んじてその答えを告げたのだった。

 

 

「……なるほど、こんな場所にあるにしては()()()()()ってわけか」

『そう、ここは特注品なんだよ』

 

 

 私たちは先ほど、火山の火口付近にあった入り口へと招かれていた。

 そうして進んだ先にあったのがこの部屋だったわけだが、それもそれでおかしいのである。

 

 どこがおかしいのかと言えば、火口の付近である以上どこもかしこも暑いはずなのに、という部分。

 言い方を変えれば、例え地下だろうと普通の家具は燃える可能性が高い、ということになるか。

 

 特に、地面や壁に触れている部分が良くない。

 本来地面というのはそこまで熱伝導率が高い方ではないが、それでも火口付近なら話は別。

 常に加熱され続けているようなものだから、その熱が冷める暇がないのである。

 

 それゆえ、普通の家具をそんな場所に置いておくとその内発火してしまうのである。……これが一つ目。

 

 そして二つ目、こっちの方が重要なのだが──超高温区域だと空調はまともに動かない、という部分。

 一般的なエアコンは室外機という、室内の熱を外に逃がすための機械が付属している。

 エアコンは基本的にその内部にある冷媒と呼ばれるモノを使い、室内の熱を奪って外に出す……という方式で動いているのだ。

 そのため、外気温が幾ら高くても(効率は落ちるだろうけど)問題ないように思える。……思えるが、それは思えるだけ。

 

 よく機械類に熱はダメ、と言うが……それは室外機に関しても同じこと。

 一般的な室外機は五十度ほどの外気に耐えると言うが、それはあくまでも()()普及したものに関して。

 最近の日本の夏が暑くなりすぎたからこそ基準が上がったわけで、それよりも昔──今より遥かに涼しい時期を基準にした室外機は()()()()()()しか耐えられないのである。

 

 ……今四十三度って、って思ったでしょ?

 そう、昔なら四十度越えなんて早々あり得る話ではなかった。けど最近はそれを越えるような気温を記録する場所も増えてきた。

 そうなるとどうなるのか?室外機が壊れてエアコンが機能しなくなるのである。

 

 なお、日本より遥かに暑い場所では、更に耐熱性の高い室外機を備えたエアコンが使われている……という話を前提において。

 では、溶岩地帯でまともに動かせるエアコンは作れるだろうか?……答えは『出来なくはないだろうが、恐らく費用やらなにやらが跳ね上がる』。

 

 そもそもの話、絶えず溶岩が吹き出しているような場所に人は居を構えない。

 いつそれらの溶岩に飲み込まれてしまうか定かではないからだ。

 そうでなくともモノによっては自然発火するような環境、絶えずその近くで暮らそう……という気持ちにはならないはず。

 

 ゆえに、その極限環境下で動くような機械というのは、需要が限られるため割高となる。

 必要なモノですらそうなるのだから、エアコンのような空調類なんて余計のこと需要が細くなるだろう。

 細い需要だからコストが上がり、コストが上がるので値段も上がる。……まさに悪循環である。

 

 そして、その話が間違っていないことを示すかのように、燈矢君の居住区内にはエアコンの影も形も存在していなかった。

 いや、仮に存在したとしても、そもそも室外機を置く場所がないだろう。

 私たちが彼の家に滞在することになったのも、元を正せば『この時間帯、溶岩の入れ換えという名の地獄が顕現するから』というところが大きいわけだし。

 ……分かりやすく言うと、安全地帯である集落や燈矢君の居住区のような一部の例外を除き、全部溶岩に飲み込まれてしまうということである。

 そりゃまぁ、外に出てる室外機なんて一撃というか。

 

 つまり、この場所はそもそも冷房を使うのに向いていない。

 それなのにこの場所が涼しいということは、なにか別の手段で私たちに涼しいと感じさせているということになるわけで。

 で、その手段も決して単純なものではないはず。炎の身体を持つ彼が快適、と告げる以上は単純に空気を冷やしているとは考え辛く──、

 

 

『君は色々と考えるのが好きなんだねぇ』

「え?……あ、ごめんなさい」

 

 

 ……などと考えていたことが全部口に出ていたらしい。

 にへらっとした笑みを浮かべる燈矢君に、思わず恥ずかしくなってくる私だが……ここまで考えたのだから、一応答えは明記しておこう。

 

 そう、ここには恐らく『個人個人が快適だと感じるようにするなにか』が設置されている。

 ……ドラえもんの『テキオー灯』のようなモノが使われている、という感じか。

 それゆえ、特別な設備を必要としないまま、本来生活環境の被らない相手同士が同じ場所に滞在できている……ということになるのだと思われた。

 

 ……つまり、また琥珀さん案件だよ!あの人本当に手広いな!?

 もっと褒め称えてくれていいんですよー、と嘯く彼女の姿を幻視しつつ、私たちは部屋の案内をする燈矢君の背を追うのだった……。

 

 

*1
一般的には、筋力量が少ない為に寒さを感じやすいとされる(動くことで熱を生み出す筋肉が少ないので身体が暖まりにくいとのこと。また、筋肉と脂肪は択一式だが、脂肪の方は一度冷めると温度が上昇しにくいのだとか)

*2
ポケモンの一種。マグマがそのまま動いているかのようなポケモンであり、モチーフはナメクジとカタツムリ。分類も『ようがんポケモン』とかなり直球。さらにマグカルゴに至っては体温が一万度という色々おかしい種類。真面目に考えるとトレーナーが一瞬で消し炭になる

*3
こちらも図鑑説明文より。そんな重要な部位を身体の外に出すんじゃない、と思った人が多数だろう



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幕間・気難しい人はほとんどいないのです

 はてさて、思わぬ足止めから一夜明け、燈矢君の居住区にて。

 

 

「うーん、話には聞いてたけど……流石の料理の腕だねぇ」

「お褒めに預かり光栄だ。ダンテの方も……特に問題はなさそうだな」

「ああ、これだけ旨けりゃ幾らでも食えるさ」

 

 

 で、現在私たちはエミヤんの作った朝御飯に舌鼓を打っている最中である。

 昨夜の晩は燈矢君が夕食を振る舞ってくれたのだが……それらは大半が()()()()()調()()()()()()()であり、美味しいには美味しいものの色々と不満点の残るものであった。*1

 

 いやまぁ、なんでそうなったのかっていう理由はわかるんだけどね?

 こんな火口の近くで食材の調達なんて、早々できる訳がないんだし。

 なんなら高温環境下だからなんもかんも萎びるわい。

 ……そういう意味では、例え焼き物ばっかりであっても調理の体裁をなしてるだけマシというか。

 

 

「下手をすると煮込みまくった味のしない肉、とかが出てきてもおかしくない状況だからな」

 

 

 とはダンテさんの言。……どこぞのブリテン料理かな?(白目)*2

 ……まぁともかく、炎そのものとでも言うべき相手から出てきた料理としては、普通に食べられるモノだったことは間違いない。

 

 その点を踏まえた上で──やはり『もっと美味しいものを食べたい』と思ってしまうのは人の性。

 ってなわけで、私が『虚無』経由で食材を室内に持ち込み、それを調理器具諸々投影したエミヤんが料理したものが、今日の朝御飯になるというわけです。

 

 いやもう、これが美味しいのなんの。

 言い方は酷いけど、昨日のあれはこれに比べたら月とスッポンってやつだね、本人がそう言ってたし!

 ……うん、自分からそういうこと言い出すのはこっちがギョッとするから止めて欲しいかな……気にしてない、ってのがすぐにわかる良い行動だとは思うけども。

 

 

「そう?僕的にはそういうの長引かせるべきじゃないと思うけどなー」

「それはそうなんだけど、その姿でそんなこと言われるとなんというかこう……ねぇ」

 

 

 なお、当の燈矢君は首を傾げていた。……ほのおタイプなのでからっとしている、ということなのだろうが……からっとし過ぎててちょっと付いていけない感がなくもないというか?

 まぁ、本来の姿が強力であることも合わさって、細かいことを気にしないんだろうけども。

 でもその姿と言動が噛み合わないから、やっぱり違和感凄いです()いや、わざとやってるんだろうなぁってのはわかるんだけどね?

 

 

「……そうなのか?」

「あさひさんもそうだけど……彼らみたいなのはわざとクオリティの低いなりきりをしている、みたいなところもあるだろうし」

 

 

 こちらの言葉に首を傾げるエミヤんに対し、私はスクランブルエッグを口に運びながら答えを返す。

 

 元々が強大な存在であるがゆえに低めの再現度でも力量的には高くなる……というパターンである燈矢君を含めた面々には、ある問題点が存在する。

 それは、幾ら力量に換算した時には強力であっても、『逆憑依』としては未熟である……という部分。

 言い換えると、普通の『逆憑依』より影響を受けやすい状態にある、ということになる。

 

 

「ん?そりゃおかしくないか?ファイアボーイにしろドラゴンガールにしろ、力量的には強者になるんだろう?だったら生半可な干渉は弾けると思うんだが」

「この場合の影響ってのは普通の攻撃とか誘導とかじゃなくて、『逆憑依』関連の影響のこと。言い換えると、【継ぎ接ぎ】とかが発生しやす過ぎるのよ」

「……うん?」

 

 

 ダンテさんの言葉に、私はフォークを置きながら答える。

 

 あさひさんを筆頭とした彼らは、単一の個体として見る場合は確かに驚異的である。

 本来のスペックの一割にすら満たないだろう状態でもなお、生半可な『逆憑依』なら蹴散らすそのパワーは、すなわち『逆憑依』がパーセンテージでその辺りを管理しているため。

 現実的に再現度がどれくらいあれば『逆憑依』として成立するのかはわからないが……ともあれ、例え一パーセントであってもそれを運用する元の資源の量が多ければ、答えとしてはおかしなことになる……というのは【星の欠片】の話でも散々説明している通り。

 

 百の内の一つなら答えは『一』だが、万の内の一つならば答えは『百』である。

 これが、割合で物事を管理する際の問題点。

 総数で見れば法外な量になっていたとしても、割合で見れば全然多いものではない──寧ろ少なく見える、なんてことはよくあること。

 

 そしてこの割合はあくまで一人の人間に乗っかる分の計算式であり、また『逆憑依』してくる存在をどれだけ引っ張ってくるか、ということを指し示すモノでもある。

 ……わかやすく言うと、本来その器には入らないような量であっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もの、ということになるか。

 

 純粋な人間を対象にしての『全体の一パーセント』と、ミラルーツを対象にしての『全体の一パーセント』は、単純な量で見た時には絶対に釣り合わないが、それを割合で管理しているために()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな?

 

 これがなにを意味するのかというと、残り九十九パーセントは()()()()()()()()()()()()ということ。

 言い換えれば、そこに他のモノを収めることが可能だし、パーセント的にもっと広範囲に渡るものが収まれば、結果として主体がそっちに変わってしまう可能性がある、ということでもある。

 

 こっちを単純に説明すると、一パーセント分のミラルーツ成分と三十パーセント分の他のキャラの成分が『逆憑依』として一つの人に乗っかった場合、キャラとして表に現れるのは三十パーセントの方になる……みたいな感じか。

 棒グラフだと割合的に多いのは後者だが、実のところこのグラフには奥行きがあり、そこを可視化すると一パーセント分のスペースに膨大な量のモノが乗っかっている……とか?

 総量で見ると明らかに前者の方が勝っているのに、用意していた置場所が狭いために扱いが悪くなっている……という考え方でもいいかもしれない。

 

 ともかく、『逆憑依』として考えた場合、力量よりもそれが締めるスペースの方が優先される、ということに間違いはない。

 そしてそれゆえ、あさひさん達のような存在は【継ぎ接ぎ】のような後天的な属性の変化に気を付けなければならない……と。

 

 

「例えばもし、あさひさんが今よりも遥かにあさひさんの真似(なりきり)が上手くなってしまった場合、その時に【継ぎ接ぎ】の判定が発生するわけだけど……似ていれば似ているだけ一人の器を締める『再現度(パーセント)』は上昇する。結果、『あさひさんの姿をしているミラルーツ』じゃなくて『ルーツのコスプレしてるあさひさん』になる可能性が高いんだよ」

「……なるほど、主体がひっくり返ってしまうのか」

「それになんの問題があるんだ?」

「大有りだよ。主体がミラルーツ側だから今は問題ないけど、もし主体があさひさんになった場合はまず間違いなく、ミラルーツのパワーなんて制御できなくなるし」

「……あー」

 

 

 この話の問題は、『逆憑依』としては再現度が高い方の存在が優先される、という点。

 基本的な【継ぎ接ぎ】は主体となる存在に別のキャラの特徴などが付随する、という形になっている。

 言い換えると、他のキャラの真似だったり特徴が引っ付いていたりする()()()()()、みたいな感じだろうか?

 精神の入れ換わった状態、という理解の仕方でもいいかもしれない。

 

 だがしかし、あさひさん達のような存在が迂闊に高再現度のキャラを【継ぎ接ぎ】してしまった場合、主体がそちらに引っ張られ過ぎてしまうのである。

 その結果、主体の状態では制御できていた有り余るパワーを制御できなくなる……と。

 

 この話、実はわかりやすい実例が私たちの近くに存在している。……そう、アルトリアだ。

 

 

「君のところの居候の一人、だったか」

「そ。で、そのアルトリアなんだけど──()()()()()()()()()なんだよね」

「……む?」

 

 

 普通にアルトリアと呼んでしまっているし、なんなら姿もリリィのそれである彼女だが……本来の主体はアンリエッタ──ゼロの使い魔におけるヒロインの一人が、彼女の根幹となる存在である。

 マーリンがあれこれやった結果、今の彼女になったと言うことだが……裏を返すと、彼が介入する前の彼女は()()()()()()()()()だった可能性が非常に高い。

 だがしかし、現状の彼女はアンリエッタではなくアルトリアとして認識されてしまっている。……この状態こそ、主体と【継ぎ接ぎ】が入れ換わったものと考えられるわけだ。

 

 幸い、パワー的にヤバイのはアルトリアの方であり、アンリエッタ成分が暴走したとしても普通に抑えられるだろうし抑えているのだろうが、それを同じように『単なるアイドルとしての芹沢あさひ』に求めるのは酷というものだろう。

 そういうわけで、あさひさんは『単なるアイドルとしての芹沢あさひ』が間違っても【継ぎ接ぎ】されないように、わりと崩した状態の彼女としてなりきっている……ということになるのだった。

 

 で、それに関してはここにいる燈矢君も同じ。

 罷り間違っても荼毘ダンスなんて踊らないような好青年的キャラクターとして振る舞うことにより、間違っても【継ぎ接ぎ】が起こらないように注意している可能性が高い……ということになるのであった。

 

 

「まぁ、本人達が意識してそうしてるかは微妙だけどね。『なんとなくそうした方がいい』という虫の知らせ的なモノにしたがっているだけ、って可能性の方が高いし」

「へー、そうなんだー」

「……ね?」

「なるほど……」

 

 

 そこまで語り終えたのち、私はのほほんとした様子の燈矢君を眺めながら、小さく肩を竦めたのでしたとさ。

 

 

*1
主な献立は『焼きトウモロコシ』『各種串焼き』など。流石に高熱でざっと焼く、みたいなことはしていない

*2
元々ブリテンにも家庭料理は存在したが、産業革命などの折にその技術などが失伝したとのこと。それだけが理由ではないが、それ以外に有名なのは『当時のイギリス人は食に拘りが余りなく、とりあえず肉を食う文化だった』などがあるとか



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幕間・諸々の許可は取り終わりました

 さて、一夜明けた燈矢君の居住区でエミヤん謹製の朝食を食べたのち、手を振る彼に別れを告げそこをあとにした私たちは、それからもなりきり郷内の各所を歩き回り……。

 

 

「で、許可を取り終わったから二人を連れてここまで戻ってきたってわけ」

「なるほど?」

 

 

 現在こうして、ゆかりんルームのソファーに背を沈めていたのであった。

 いやもう、大変だったのなんの……。

 一番大変だったのが何処か、と言われるとちょっと迷うけど……やはり、ワンフロア全部海という異常環境だったあそこだろうか?

 

 

「……ワンフロア海?そんなところあったかしら……」

「ああ、ジャンヌ・アクアちゃんの居住区だね」

なにやってるのあの子!?

 

 

 そう告げれば、首を捻りながら「そんなことしそうな人なんていたっけ?」と溢したゆかりんである。

 ……まぁうん、あさひさんや燈矢君みたいなタイプで、そういうことをしそうな人というのは居ないだろう、今のところは。

 

 どっこい、最近加わった面子にはそういうことする人がいる……というわけで、下手人はジャンヌ・アクアである。*1

 基本的にはオルタと一緒に行動している彼女だが、自分の部屋……部屋?も欲しいと述べたため、ゆかりんにその申請をしていたのが大体一月前。

 

 で、その時ゆかりんは出された書類をあんまりよく読んで無かったんだけど……居住希望範囲がワンフロアだったんだよねー。

 あの時のゆかりんは他にも色々と案件を抱えていたため、書類に関しても流し読みしていた……ってわけ。

 

 いやまぁ、仕方のない話ではあるんだけどね?

 普通フロア一つを借りたい、なんて言ってくる人なんて早々いないし。

 ……早々いないだけで一部にはいる、というのもポイントだろうか。

 それゆえに、許可が降りたことに対してジェレミアさんも疑問を覚えたりしなかったんだろうし。

 

 

「……ああ、既に上司が確認を取っていることに加え、そもそも『水着のジャンヌ・ダルク』相手であれば、一つ分のフロアを与えて暴走を抑える……みたいな方針を打ち出してもおかしくないと判断した、ということか……」

「惜しむべくは、その上司ろくに内容読んでないんで確認は取れてないんですよ……ってところかな……」

「随分と杜撰な話だな……」

 

 

 ワンフロアを借りたいなんて話は普通は弾かれるか、もしくは相手を見て検討するというのが普通。

 

 例えば銀ちゃんがワンフロア借りたい、なんてことを言い出したとしても、まず書類の時点で弾かれてしまうことだろう。

 これから従業員が増えすぎたりでもしたらあり得なくもないかもしれないが、少なくとも現状の彼がフロア丸ごと借りることは不可能、と見ておいた方がいい。

 ……逆に言うとフロアごと貸し出した方がいい、と判断されれば借りられるということ。

 あさひさんなんかはまさにその一例であり、ミラルーツが市街地で暴れない、という利を得られるのならフロア一つくらいなら安いもの、と判断されるというわけである。

 いやまぁ、厳密に言うとあさひさんのパターンはこの話に例えとして出すのはあれなんだけどね?

 

 それから、そもそもワンフロア分の価値がそこまで高くない、というのもポイントだろう。

 空間操作技術の未熟な頃ならいざ知らず、現状のなりきり郷はほぼスペース無限みたいなもの。

 例えば本来の上条君みたいに、そういう技術を無効化して次元の狭間に消えてしまいそう……という話ならともかく、そういうことじゃないのなら厳しく貸す・貸さないを管理する必要もないのである。

 ……じゃあなんで銀ちゃんは借りれないのかって?単純にワンフロアも要らんでしょ貴方、って部分も多いかな……。

 

 ともあれ、理由があるのなら貸すし、そこまで逼迫していないのならワンフロアも要らないでしょ、となるのが普通のパターン。

 それを前提とすると、確かにジャンヌ・アクアの場合は考慮の必要がある、ということになるのがわかるだろう。

 

 流石に本家本元の水着のジャンヌ(頭が夏)と比べれば幾分マシとはいえ、それでも彼女にだって海を求める心がある、ということは事実。

 それが単なる欲求で済んでいる内はいいが、もし仮に衝動レベルにまで発展してしまった場合、下手をするとなりきり郷全土を海に沈めたい、などと言い出す可能性は零ではない。

 

 ならば、適度に欲求を発散する場としてワンフロアごと貸し出す……というのは寧ろ対処として適切ですらある。

 ゆえに、ジェレミアさんがその辺りを()()してしまうのも仕方のない話、ということになるのだった。

 

 ……そう、誤認。

 ジャンヌ・アクアをよく知る人ならわかることだが、彼女の海への欲求は下手をすれば邪リィ*2のそれと同程度。

 言い方を変えると『周囲が海だと楽しいなー』くらいの軽いモノなのである。

 なので、本来なら一部屋丸々水浸し、くらいでも十分満足できてしまうのだ。

 

 その時の彼女は申請の仕方をよく知らず、とりあえず借りられる中での最大値を申請しただけであり、言い換えると「多分これは無理だって弾かれますよね」くらいの気持ちだったのだが……結果はご覧の通り。

 で、彼女は彼女で「折角借りられたのですから、自分のできる最大限を試しましょう!」とばかりに張り切り、結果としてワンフロア丸々常夏の海、みたいな場所ができあがったのだった。

 

 ……うん、できあがった、だけで済んでれば良かったんだけどねぇ……。

 

 

「なにその不穏な言葉は……これ以上なにかあるって言うの……?」

「いやー、ははは。──その海で()()()()()()()()()、って話があったと言えば理解して貰えるかな?」

「……もうやだーっ!!」

「あはははは」

 

 

 まぁ、うん。

 突然ちいかわになったゆかりんは置いておくとして。

 私の言っている内容がよく分からないだろう二人──ダンテさんとエミヤんにもわかるように、改めて説明し直す私である。

 

 まず件の『アカリちゃん』と言うのは、水の惑星・アクアを舞台とした癒し系漫画『AQUA』『ARIA』シリーズの主人公……と起源を一にすると思われる、ハルケギニアにて水先案内人をやっている平民の少女のこと。

 中に核となる人がいる、という訳ではなさそうなので恐らく区分的には【顕象】になるのだろうが……ともかく、本来彼女はこちらの世界にやって来ることはまずあり得ないタイプの人物である。

 

 なにせ、彼女の扱いはハルケギニアに暮らす一般人、というもの。

 見た目的に主人公そのものであるとはいえ、その姿に纏わる運命とは無関係であるはずの人物なのである。

 言い方を変えると、ハルケギニアの水の都・王都トリスタニアの外に出ないまま一生を過ごすはずの人……みたいな?*3

 

 さて、それを前提とした上で、さっきの私の発言を思い返してみよう。

 ……うん、ジャンヌ・アクアの居住区で彼女らしき人を見掛けた、って言ったよね私。

 

 

「あ」

「……もう察したみたいだけど続けるね。確かにまあ、水無灯里といえば不思議なことに縁のある人物だけど。アカリちゃんの方は扱い的には他人の空似、つまり彼女自身にそういう不思議なことに関わる余地は、本来ほとんどないってこと。……そんな人物がこっちに居るということは……」

「彼女がなにかをしたのではなく、()()()()()()()()()()──すなわち、ジャンヌ・アクアの作った海がハルケギニアのそれと繋がった結果、彼女がこちらに迷い込んでしまった……ということか?」

「せいかーい」

 

 

 そう、今しがたエミヤんの言った通り。

 アカリちゃん自身に原因がないのなら、必然的に今回の一件の原因はこちら側──ジャンヌ・アクアの作った海にある、ということになる。

 すなわち、なにかよく分からないことが起きてしまった結果、ジャンヌ・アクアの海はハルケギニアのそれと繋がってしまった……ということになるのであった。

 

 いやまぁ、私としてもわりと意味不明なんだけどね?

 ハルケギニアへの移動手段は、以前の事件の際にあれこれと手を加えた結果、私の部屋にあるクローゼットの奥にある世界扉に限定されているはずだったのだから。

 そりゃもう、この話を聞いた時には思わず目が飛び出るかと思ったっての。

 

 なお、発見されたアカリちゃんはというと、自身に向かって手を振るジャンヌ・アクアに手を振り返したあと、そのまま来たところを戻って水平線の向こうに消えていった、とのこと。

 後日向こうのルイズに確認したところ、こっちに現れたアカリちゃんはそっちのアカリちゃんで間違いない、との発言が返ってきた(本人に聞いて確認したらしい)が……ゆかりんに伝えるとまたお腹痛いと言い出しそうだったため、一先ず保留にしていたのだった。

 ……保留にした結果伝えるの忘れてる?はてなんのことやら。

 

 

「もっと早くに言いなさいよー!!」

「はっはっはっ、いいのかなそんなこと言って。その時のゆかりん、別の案件が重なって死にかけてたけど」

「……え、ってことはあの時?……あー、確かにちょっと無理だったかも。そんなの聞いたらキャパオーバーでぶっ倒れてたかも」

「でしょー?」

 

 

 なお、その辺りの話を聞いたゆかりんが、案の定プリプリと怒り始めたけど……この事件が発生した当時、ゆかりんは別の案件に胃を痛めていたため、この話まで聞かせていたら恐らくぶっ倒れてたよ?

 ……と返せば、あーと呻きながらこちらの行動に一定の理解を示してくれたのでした。

 

 無論、『そのあとの報告を忘れてたのはギルティです』って言われて逃げられなかったんだけどね。うーん理不尽。

 

 

*1
カイオーガ要素が混じってるんだからある意味当たり前の話である

*2
『ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ』のこと。ネーミング法則としては『ジャンヌのオルタがサンタを目指したらリリィになった』という形になる

*3
厳密には【顕象】ではないと思われる為、キャラクターとしての強制力などにも左右されない……ということ。言い方を変えると『単なる他人の空似』となるか



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幕間・花火の事前準備、開始!

「まぁその辺りの話はおいおいってことで……いい花火師知らない?」

「またいきなりね……」

 

 

 一通り怒られたところで、強引に話を戻す私である。

 いやまぁ、確かにあの海については色々と気になることはあるけど、それはそれでこれはこれ。

 今は花火大会の恙無(つつがな)い運行こそ重要であり、それ以外のことは些事なのである。多分。

 

 ってわけで、場所取りの話が終わったのだから次にやるべきことは一つ、腕のいい花火師の捜索で間違いないだろう。

 ……まぁ、こっちに関してはそこまで本腰を入れて探すつもりがない、という話だったりもするのだが。

 

 

「なんでよ?ちゃんとした花火大会をするのなら、必要不可欠な項目だと思うけど……」

「そもそもの話として、花火師のキャラクター自体が少な過ぎてね……」

「……あー、言われてみれば……」

 

 

 そんな私の様子に、不思議そうに首を傾げるゆかりんだが……これに関してはそう難しい話でもない。

 単に、花火師であることを自身の特徴として採用しているキャラクター自体がそう多くない、というだけの話だ。

 

 いやまぁ、探せばいないこともないのだ、花火師のキャラクター。

 BLEACHの志波家姉弟とか、原神の宵宮だとか。……あとはパチンコとかロックマンエグゼとかにもいるんだっけ?*1

 まぁ一応、そんな感じに該当するキャラクターも幾つか挙げられなくもないわけだが、実のところ()()()()()()()()()()()()()()()()のも正解なのである。

 

 無論、私の知識の範囲が狭く浅いだけで、もっと探せば他にもいたりする、のかもしれないが……逆に言うと()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 誰もが知るキャラクター、という区分で囲ってしまうとさっき挙げた面々ですら引っ掛からないかも?……となるのだから、『職業:花火師』で探せるキャラクターの少なさに頭が痛くなってくるくらいの思いだろう。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が問題となる『逆憑依』においては、単純に探すよりもさらに該当者を確保することが難しくなるのである。

 そりゃまぁ、無理して花火師を探そう……みたいな気分にはならないというのも、無理のない話というか?

 

 というか滅多なことを言うと*2、エミヤんと一緒に普通の花火師さんの仕事場に行って、その内容を見てくる……みたいなことをする方が遥かに楽、みたいな話になりそうでもあるというか。

 ……この辺りは、模倣が得意なキャラであることが利点になっている……みたいな?

 

 

「あー……そういうのもできなくはないな、確かに」

「でしょー?まぁ、流石にそれは本職の人達に失礼にもほどがあるから、そんなことするくらいならちゃんとしたところに頼んだ方がいい、ってことになるんだけど……」

「その場合はこっちにその()()がない、って話になるってわけか」

「せいかーい」

 

 

 まぁ、そのやり方はいわゆる最後の手段であり、おいそれと選べるものでもない……というのも確かな話なのだが。

 

 そもそも今回の花火大会自体わりと思い付きで、来年もまた同じ事をするとは限らないのだし。

 覚えたはいいけど使うのは今回限り・二度と利用することはない……みたいな話になったら、技術を盗まれた側からすれば激怒どころの話ではない、みたいな?

 

 そういうわけで、郷や互助会の中で該当者を探せないのなら一般の花火師を雇うべき、という至極真っ当な話に戻ってくるわけなるのだけど……こっちはこっちでそういう()()がない、というある意味当たり前の壁にぶつかってしまうわけである。

 

 これに関しては、不良品を掴まされては堪ったものではない……という部分もあるが、そもそもに郷内に入れていい人間かどうか?……という部分も引っ掛かってくるため、純粋に該当者が少ないのだ。

 

 前者に関しては、そもそもこちらに花火師との繋がりがないので、職人の良し悪しがわからない……ひいては適切な価格帯がわからず、とりあえず安いところで……ってなった結果安かろう悪かろう、みたいなことになりかねないという意味。

 そして後者に関しては、そもそもなりきり郷自体許可の降りた人物以外は早々入れない場所である、という至極当たり前の誓約部分の話である。

 言い換えると、職務以外の部分で秘匿事項が加算された時にちゃんと黙ってくれる人であるか?……みたいな?*3

 

 これに関しては、腕のいい職人さんだから黙っててくれるだろう、という単純な話でもない。

 花火を打ち上げる、となれば必要なものは多岐に渡る。

 打ち上げ用の筒や火薬の点火装置、そもそもの花火玉などなど……それらを危険なく持ち込むための人員も必要だし、適切に運用してくれる人員も必要となる。

 

 それらの人間全員に秘匿義務を負わせる、となればそう易々とは進まないのは目に見えており、そこら辺も踏まえると該当する花火師達も狭まってくる……という悪循環である。

 いやまぁ、秘匿っていっても余計なことを言いふらすな、的なアレであり、そこまで厳しいわけでもないんだけどね?

 ……でもまぁバイトテロ*4的なことを思えば、リテラシーの高い人達の方が安全……みたいな話にはなってくるというか。

 

 ……そこら辺を総合すると「やっぱり私たちの手でやった方が早くね?」みたいな結論が頭を過るわけだが、それはそれでアレだなーと思わないでもない私である。

 火薬の扱いとか、素人がやっていいものでもないしねー。

 

 

「んー、信用の置ける花火師、ねぇ。……確かに、すぐにすぐ思い付く相手ではないわねぇ」

「でしょー?かといって自分等で作るのもなー、ってなるわけで……じゃあ、考慮に値するのって一つじゃない?」

「ふむ、代案ってこと?」

 

 

 私の言葉に、ゆかりんもむぅと唸りながらも頷いてくる。

 他所でやるのならともかく、なりきり郷でやる分には花火師の確保が(色んな意味で)難しい、ということが理解できたからだろう。

 ゆえに私はその流れのまま、密かに考えていた代案を一つ、ここにいる面々に披露することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「んー……エミヤ君というか、向こう(互助会)はそれでいいの?」

「そもそもの話、そこまで形式に拘りがあるというわけでもないからな。こちらで徹頭徹尾全てやる、というのなら危険性の無いものの方がありがたい……というのは間違いないだろう」

「俺としてはちゃんとした花火が見てみたい気もするが……まぁ、あれこれ考えてみるとデーモンガールの案が一番いい、ってのもわからんでもないさ」

 

 

 はたして、私の出した代案は一応の賛同を得ることができた。

 いやうん、花火師の確保がさっくり終わるんなら、ここまで面倒臭いことにはなってなかったんだけどね?

 でもうち、今のところ原神系のキャラを見たこともないし、BLEACHにしたって一部のキャラを見たことがあるかなーくらいで、空鶴さんとかに関しては気配すら感じた覚えがない。

 なので次善の案になるのが外から花火師を招く方法だが、こっちも解決すべき問題が山ほどある……と、なりきり郷にて花火大会を開くことの難しさは折り紙付き。

 

 だがまぁ、そもそもの話として今回のこれは『夏らしい』ことをしよう、みたいなわりとゆるーいもの。

 それをきっかけに互助会となりきり郷の連携を強化しよう……みたいな、ある意味打算まみれのイベントでもあるわけで。

 いや、打算って言ってもお偉いさん方の話であって、現場組である私らには全く関係ないんだけども。

 

 ともかく、互助会側が祭を成功させた、という実績が作れれば一先ず問題はないわけで、だったら今回は花火そのものについては代替案で済ませる……というのは悪くない手だと思うのだ。

 実際、『花火大会』という名目だけど屋台とか普通に出す予定みたいだし?

 そっち側で全力を出すのなら、それはそれで問題ないという話になるわけだ。

 

 あとはまぁ、別に今年だけのお祭りってわけでもないので、代案が物足りないのであれば来年はちゃんとした花火を打ち上げよう、ってことでもいいのだし。

 ……そんな感じのことを考えた結果、採用された代案がこちら。

 

 

「しかし、仮想花火とはな……色々と考えたものだ」

「いやー、熔地庵での交渉中に思ったんだよね。仮にこれ、交渉が成功したとしてもこのフロアに花火を持ち込むのは自殺行為じゃ、ってね」

「……確かにな」

 

 

 材料を全て【虚無】に置き換えた仮想花火。

 これを夜空に打ち上げよう……というもの。これなら、花火作りの経験がなくても、なんとなく『こういう絵を見たい』と考えながら作れば、それなりの物ができあがる。

 材料が材料なので私が向こうに出向く必要はあるものの、安全性の面からすると素人が火薬を扱うより遥かにマシ、ということは間違いあるまい。

 そういうわけで、使うのは花火玉ならぬ虚無玉、ということになったのだけれど……。

 

 

「どうせなら……」

「ふむ、ふむふむ……なるほど?」

 

 

 その製法を聞いたエミヤんからの提案により、私たちは更なる改善案を思い付くこととなったのであった。

 

 

*1
一先ずさくっと検索して出てくるのはその辺り。これ以上を見付けようとするとそれぞれの作品を詳しく知っている、というのが前提条件として加わってくる。言い方は悪いが『マイナー』になってしまう、ということ

*2
思慮が浅いこと、ほとんど起こらないこと、当たり前であること、度を越していること……などの意味を持つ言葉。因みに『~言う』まで含めると基本的には浅慮としての意味合いが強くなる。その場合は失礼なことを言う、という風に言い換えられるかもしれない

*3
SNSに勝手に写真を挙げない人かどうか、というような意味合い。一人二人ならともかく、職場の人全員に課そうとすると意外と難しかったりする(不利益を被っていると感じると普通に晒される為)

*4
バイトが起こす企業のイメージが下がるような無茶苦茶な行動。『そういう人間を雇う方が悪い』とばかりに企業イメージが駄々下がるのでとても危険。バイト側が悪い場合もあれば、ブラック企業なので報復されただけというパターンもあり意外と難しい問題



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幕間・簡単なアンケートにご協力ください

「これはまた、なんとも面白いものを考え付いたモノだな」

「と、いうことは……」

「ああ、こちらからは特に文句はない。実際、他所の組織に火薬を持ち込む、というのはどうなのだろうかと考えていたところだ。……まさに渡りに船、というわけだな」

 

 

 ゆかりん側の賛同を得たその足で、互助会のモモンガさんのデスクへと向かった私たち。

 途中、一緒に付いてきたダンテさん絡みで一悶着があったりはしたものの、概ね穏やかに会議は進み……結果として、彼からも承認を得ることができた。

 

 そうと決まれば善は急げ、忙しいのはこれからなのでさっさと準備に向かいたいのだけれど……。

 

 

「ああ、済まないが待って貰えないだろうか?」

「おおっと、一体なんですかモモンガさん?」

「そう身構えないで貰えると助かるんだがな……」

 

 

 勇み足でモモンガさんの執務室を飛び出そうとした瞬間、背中に向けて飛んでくる彼の言葉に思わず立ち止まる羽目になる。

 

 ……彼の言い方的に面倒事の空気をひしひしと感じたため、できれば聞かなかったことにして互助会内へと繰り出したいところなのだが……そうは問屋が卸さない、とばかりに笑みを浮かべる彼の姿に、思わず後ずさってしまう私である。

 っていうか、骸骨の顔でどうやって笑ってんのそれ?*1

 

 

「さてな。……話を戻すが、これから互助会内を回るのだろう?だったらその時に一緒にして欲しいことがあってな」

「はぁ、して欲しいこと?……ややこしいことでしたら断りますけど?」

「私に対してそんなことを言えるのは、君くらいのモノだろうよ……おほん、まぁそちらの用事のついでにこれをお願いしたい、というだけの話だ」

「ふむ……?」

 

 

 へっへっへっ、いいのかい私は他所の組織のお偉いさんでも無礼な物言いをしてしまう女なんだぜ……?*2

 嘘、単に相手がそれくらいの距離感を許してくれてるから、それに甘えてるだけです。じゃなきゃあまりに恐ろしい&不敬すぎてやってられんわ。

 ……え?お前さんはわりと失礼なタイプだろうって?そういうこと言うやつはあとで屋上な。

 

 ……それはともかく。

 にっこりとした笑みを苦笑に変えたモモンガさんが人差し指をすい……と動かせば、私の手元に降りてくるのは一枚の紙切れ。

 落ちてきたそれを掴んで内容を読んでみれば、なるほど私たちの用事のついでに、という彼の言葉がどういう意味なのかがすぐに察せられ……。

 

 

「ん、了解でーす。じゃあ、これ以外にはなにもない?ないよね?……ってなわけで行くよー、エミヤんにダンテさん」

「あ、おい待ちたまえ!……失礼する、モモンガ殿」

「それじゃあ俺も付いて行くとするか。さよならだ、アンデットキング」

「ああ、気を付けてな」

 

 

 そのまま、受け取った紙を懐にしまった私はというと、もう引き留めるような用事はないな?ないな??……と念押ししたのち、モモンガさんの執務室を今度こそあとにしたのだった。

 ……これ以上仕事を積まれるのは嫌だからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「ところで、さっきアンデットキングから受け取ったモノについての説明はしてくれないのか?」

「そんなに大したものじゃないよ、こっちの用事のついでにアンケートをお願いする……みたいな感じのやつだから」

「アンケート?」

「そ、簡単なアンケート」

 

 

 はてさて、執務室を飛び出して暫し。

 実質的なモモンガさんの私室でもあるそれは、他の互助会メンバー達の居住区からは幾分離れた位置にあり、彼以外のメンバーと顔を合わせるには暫く掛かるだろう……というのが私の予想である。

 施設内での飛行移動などは禁止されているため、つかつかと早歩きすることになっているが……所詮幼女ボディのそれは早いわけでもなく、遅れて飛び出して来た他二人に早々に追い付かれることとなった。

 ……いや、別に置いていくつもりとかは一切ないんだけどもさ?

 

 まぁともかく、こっからも長いのでさくさく進みたいため、さっさと歩いてきてくれるのはありがたい。

 ……ありがたいついでに担いでくれたりすると(歩幅的に)早いのだが、それに関しては断られた。

 なんでも「馬に蹴られる趣味はない」とのこと。……その馬、法螺貝を持ち歩いていたりしません?

 

 

「その流れだと君は銅鑼を持ち歩いている、ということになりそうだが……」*3

「私は実際に持って無くてもその場で作れるので」

「創造系の能力持ちならでは、ってやつだな」

 

 

 呆れたような視線を向けてくるエミヤんに肩を竦めれば、隣のダンテさんはけらけらと笑みを浮かべていた。

 

 ……話を戻して、モモンガさんからのお仕事の話。

 それに関しては然程難しいモノではなく、簡単なアンケートのお願いのようなモノであった。但し対象は、互助会に所属しているメンバーのみ。

 

 

「……む、ということは私もか?」

「そういうことになるねー。あと、さっき渡されたのは原本で、それをコピーしてみんなに渡して欲しい……みたいなことでもあるみたい」

「ナチュラルにコピー機扱いされているな……」

 

 

 私たちがモノを複製できることを前提にしている、的な?

 まぁ、そもそもそれができないとこっちの仕事も終わらないわけなので、そこに関しては単なる前提条件……というやつでしかないのだが。

 

 そんなわけで、懐にしまった原本をひょいと取りだし、そのままコピー。

 出来上がった複製品をエミヤんに渡せば、彼はそこに書いてある内容を流し読みしたのち、微妙な顔を浮かべていたのだった。

 ……多分、私と同じ感想を持ったのだと思われる。

 

 

「……また微妙な顔をしているな。一体なにが書いてあったんだ?」

「…………誤解を恐れずに言うのなら、()()()()の案内のようなモノだ」

「研修……?」

「因みに私も、キリア側でのアンケート記入を求められてたりするよー」

 

 

 会話する二人の言葉に挟むように、自身にもアンケートを求められていることを告げておく私である。

 

 ……うん、結局キリアとしてのデータはこっち所属のままで、そのあと脱退の手続きとかなにもしてないからね。

 言ってしまえば単なる怠慢なのだが、向こう(モモンガさん)はそう受け取らなかったらしい。

 

 ……個人的には、こっちの人員を改めて確認するために参加しておきたいところなのだけれど……マシュが許してくれるかなー?

 最近なんか前にも増して「付いていきたいでシュ」って顔に書いてることが多いからなー。

 まぁ、今回みたいにその辺りの主張を振り切って外に出る、という方向性でも別に問題はないのだけれど。……多分。

 

 

「多分、って君なぁ……」

「いやー、お仕事だからほら、ね?」

「その内監禁されても知らないぞ……」

「その時はその時でどうにかするから大丈夫」

 

 

 ほら、無いものを捕まえて置くのって難しいし?

 ……冗談はともかく、そろそろどこかで埋め合わせをした方がいいかなぁと思っている私である。

 むくれマシュのうちはいいけど、焼きマシュになると困ったことになるし?

 

 とまぁ、私と後輩のなんとやら……に関しては置いとくとして。

 件のアンケートだが、その内容はこの花火大会が終わってそう時を置かずして、互助会所属メンバー全員を連れて研修旅行……という名の慰安旅行を行う予定なので、何処に行きたいかをメンバーに尋ねる……という形式のモノである。

 何気に『不参加』についての設問がない辺り、一応強制参加という形になるらしい。

 

 そういうの一種のパワハラなのでは?……と思わなくもないが、そもそも互助会にある娯楽って食事かテレビ、あとは鍛えることが好きな人はジムで汗を掻く……くらいしかないので、寧ろ福利厚生的には『今までやってなかった方がおかしい』類いなのかもしれない。

 ……なお、私もアンケートの対象者である、というのはこのアンケート用紙の原本の方に記載されていた。

 エミヤんに渡したコピーからはその文面が消えているため、私が言わなきゃわからなかっただろうけど。……まぁ、別に隠すことでもないし?

 

 

「なるほど、ってことはこの中だと俺だけ仲間外れ……ってことか?」

「結果的にはねー。まぁ、ダンテさんは郷の方の福利厚生を活用して下さい……ってことで」

「……その論理で言うと、君は実質ダブルワークというやつになるのではないか?」

「おおっと、その辺りは掘り下げちゃダメだぞエミヤん。税金はちゃんと納めるべきだけど、キーアとキリアは別人だから合算されても困るしネ!」

「とんでもないこと言ってないかね君?」

 

 

 そんなわけで、この面々の中ではダンテさんが微妙に仲間外れになっている、というわりとどうでも良さげな話になるのでしたとさ。

 というか、そもそものことを言うとここまでこの人が付き合ってくれている、というのもわりと不思議なんだけどね。

 ……声繋がりで疑われているかも、とちょっと気にしてるのかもしれない。いやまぁ、実際どうなのかはわかんないけどね?

 あとエミヤん、別名義で働いてるんじゃ、とかグレーすれすれの部分を突くのは止めよう、誰も幸せにならない。

 

 そんな他愛のないことを話しながら、私たちは他の面々が集まっている居住区に向け、つかつかと歩き続けていたのでしたとさ。

 ……やっぱり誰か背負ってくれない?ダメ?そんなー。

 

 

*1
骨は本来固い為、感情表現に使えるのは開閉くらいのものしかないはず、という意味。なお、骸骨タイプのキャラクターは世に無数に存在するが、素直に口の開閉のみで感情を伝えるようなタイプはごく稀であり、基本的には骨が肉のように柔らかく動くことが多い

*2
山川純一氏の漫画『くそみそテクニック』に登場するキャラクター『阿部高和』の台詞『よかったのかホイホイついてきて。俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ』から。迂闊な行動をした相手への戒めとして使われることもあるが、基本的にはそっち系のネタ。ネットで有名になりすぎて知らない人はいない、くらいの勢いを持っていたこともあるが、例のアレと同じく敏感なネタなので使いどころには注意が必要

*3
いつの間にかマシュの持ち物として定番になった法螺貝と、とあるイベントでFGOの主人公が唐突に鳴らし始めた銅鑼から。実際に持ち込まれたら変なセッションが始まる……のだろうか?



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幕間・残暑の夜空に火の花が咲く

「ふーん……珍しくこっちに顔を見せたわねって思ってたら、そんな愉快なことになってたなんてねー」

「そうそう、お仕事忙しくて大変ってやつなのですよ。……ってわけではい、アンケート用紙とこっちの用事」

「……なるほど、これが噂の……」

 

 

 はてさて、居住区に着いてからは他二人とは別行動である。

 こっちの人からすれば初対面となるダンテさんを一人にするのは色々とアレ、ということで向こうにはエミヤんを同行させ、こっちは数時間ぶりの一人旅……みたいな?

 

 そんなわけで、真っ先に向かったのが顔見知り──アスナさんの部屋であった。

 以前と変わらず綺麗に整頓されたその部屋の中で久方ぶりの再会を祝ったのち、そのままお仕事の話に移行したら微妙に呆れたような顔をされたが……ちゃうねん、別に私がワーカーホリックだとかそういう話ではないねん。

 だから生暖かい眼差しを向けてくるのは止めて……なんて話しながら、アンケート用紙と一つの玉を渡したわけである。

 

 で、今しがた彼女に渡した野球ボールサイズの玉こそ、今回私たちが用意した秘密兵器──名付けて『プライベート花火』なのであった。

 

 

「……何処となく、ドラちゃんの道具みたいな名前だね」

「まぁ、イメージ元は実際それだからね。……なお、この名前で検索すると言葉の意味そのままのものが引っ掛かるんで、商標とかは取れないです」

「寧ろ取ろうとしてたの……?」

 

 

 いやしてないから、そんな微妙な顔しないで頂戴な。

 ……みたいな中身のない会話を行いつつ、詳しい説明をしていく私である。

 

 この『プライベート花火』、作りとしては先述した通り【虚無】を利用した簡易的願望器……みたいなモノとなっている。

 対象の想像した花火を再現する方向に()()機能を与えられたタイプのものであるこれは、内部に納められた無数の【虚無】が持った人間の思考を読み、それを再現するために自身を組み換える……という形式を採用している。

 

 いわゆる『ブレイン・マシン・インターフェース』*1の一種とも言え、これを応用すれば様々なオーバーテクノロジーが実現できることだろう。

 ……まぁ、今のところ私かキリアにしか作れないので、量産性が限られているのが問題なのだが。

 あと、わざわざ最初から機能を『花火を作る』という方向性に絞って作っているため、他のモノに使う場合は製法を変える必要性があるので応用性に難があったり。

 

 

「なんでそんな面倒なことを?」

()()()()()()()()()()()()()使()()、って方式だと一部のトラブルメイカーには絶対渡せなくなるから」*2

「あー……」

 

 

 なお、なんでそんな面倒臭い方式になっているかというと……分かりやすいのは去年のハロウィンにて登場した『流れ星の指輪』のレプリカ・『シューティングスター・オルタ』の話だろうか?

 

 あれはエミヤん以下数名が総力をあげ、ハロウィンの優秀賞として作り出した景品だったわけだが……その方式は、モモンガさんのところの魔法の一つ『星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)』を制限を掛けて搭載する、という形のモノであった。

 で、件の『星に願いを』という魔法は、本来ゲーム内で定められた選択肢から一つを叶える……というランダム性のあるモノだったのだが、転移に際して『願いを叶える魔法』として変質していた。

 

 言い方を変えると一種の願望器になった、ということになるわけだが……それを根幹部分に用いて作られた件の指輪は、その魔法に外部から制限を加えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()もの、という形になっている。

 なんなら魔法使用のための魔力も内蔵分に限定して制限を強めに強めていたりしたわけだが……それでも、それの利用によって想定されるパターンにはなりきり郷の滅亡が含まれていたし、事実なんか滅んだっぽい記憶もある。

 

 あの時は、外部から誰かの干渉があり、その滅び自体は虚数事項として処理されたみたいだが……今回の場合、そちらより質が悪い。

 もし仮に、最初から機能を一つに絞られた状態で作られた【虚無】でなかった場合、そして件の指輪と同じく外部からの干渉で機能を制限していた場合。

 ──ほぼ確実に、世界が滅んでいただろう。

 

 

「……そんなに?」

「そもそもの話、【星の欠片】自体が願望器だからね。しかも細胞より遥かに小さいにも関わらず、その存在があやふやな部分に起因するから物理法則(今の世の理)をナチュラルに無視るし」

 

 

 まず【星の欠片】そのものが願望器である、ということでワンアウト。

 制限を受けている──()()()()()という形になるため、どうにかしてその制限を解除できれば、それだけでお手軽に聖杯がお一つ完成である。

 

 その次に【星の欠片】そのものの性質──()()()()()()()()()()()()()という時点でツーアウト。

 私やキリアが直接操ってるならともかく、そういうものからの接続を意図的に切り離して作る*3のがお約束であるため、こっちの制御が効かないのは寧ろ想定通り。

 ……ということは、自由になったら代わりに【星の欠片】の欲求に従って動く可能性が高いってことになるわけで、そうなると使用者を『王』にしたてあげようとする可能性大なわけである。

 

 そして三つ目、エネルギー源そのものが【星の欠片】である、という時点でスリーアウト。チェンジどころか退場である。

 要するに【星の欠片】である時点でエネルギー切れは一切望めないわけなのだから、一度起動してしまうと目的を果たす以外に停止する理由も止める手段もほぼないのである。

 

 いやまぁ、そういう稼働状態でも本体である私たちが触れれば止まるだろうけど、逆に言うと止めるためには絶対に私たちが現場に向かわなければならない、ということにもなるわけで。

 ……面倒なことに、分身を差し向けても止まらないのが目に見えている*4ため、今回みたいに多数の人間にモノを渡す場合、物量的にどうしようもなくなるのが目に見えているのである。

 

 そういうわけなので、端から機能が一つしか無いもの──幹細胞ではなくそれぞれに分化した細胞として作らなければならない、ということになるのだ。

 

 で、滅亡を回避するにはこの方式を採用するしかないけど、そうすると今度は生産性に難が出てくる……みたいな?

 他のモノに応用する場合、その都度それぞれの用途に見合った【虚無】を作る必要があるし、それらを分身に作らせることもできないので単純に手が取られ過ぎる……という感じか。

 

 まぁ、私たちのそれは科学の行き着く先でもあるので、何処かの遠い未来では上手く利用している可能性もあるのだが、それに関しては今のところ何時やってくるかもわからない未来……ってことで考慮に値しない、ということになるわけで。

 

 そんな感じのことを語れば、アスナさんは『花火一つに大袈裟な話が付いてくるんだね』と苦笑を一つ浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「──まぁ、そんな感じにみんなと話して、見てみたい花火を想像して貰ったってわけ」

「なるほど……その東奔西走の成果が、こうして私達が今見上げている光景、ということなのですね」

「そうだねー」

 

 

 はてさて、そんな感じにアスナさん達以下互助会の面々に話をして、彼らの望む花火を作って貰ったのが数日前のこと。

 仕事を終えた私はこの花火の打ち上げ方をエミヤんに伝えたあと、以降は向こうの仕事に一切口出しせずになりきり郷で果報を寝て待ってたわけなのだが……。

 

 浴衣を着用し街に繰り出した私たちは、その夜空を覆う満天の花火達に、思わず見惚れていたのだった。

 

 ……いやもう、これが凄いのなんの。

 なんとなく誰が想像したのか分かる花火達は、その本質が願望器である【虚無】によって出来上がったモノであることも手伝い、普通の花火ならまず実現不可能な絵面を次々と夜空に焼き付けている。

 

 特に、打ち上がった花火達の色が混ざり合って別の絵を作り上げた時など、我がことながら『そんなのあり?!』と叫んだものだ。

 まぁ、内容に関してはノーコメントだが。

 なんでって?アスナさんからキリトちゃんへの惚気みたいな内容だったからだよ!

 三つも四つも花火を作りたい、というものだから『随分と熱心だなー』なんて呑気に思っていた当時の私を叱りたい気分である。……ともすれば十八禁だぞあの絵面……。

 

 とはいえ、そんな感じに凄いものが空に打ち上がっている、ということは間違いない。

 このノリなら、来年の花火大会も虚無花火を続行する、みたいなことになりそうだと半ば確信してしまうようなそれは、絶えず眼下の人々を照らし──、

 

 

「──来年も、何事もなくこの花火を見られるといいですね、せんぱい」

「……そうだねぇ」

 

 

 思わず夏の終わりを名残惜しみながら、私とマシュはずっとその花火達を見上げていたのだった──。

 

 

*1
脳とコンピューターなどの間で情報のやり取りを行う為の装置のこと。『ブレイン・コンピューター・インターフェース』とも。『ソードアート・オンライン』のナーヴギアなどはまさにこれ

*2
研究者気質の人間には絶対に任せられない、の意味。できるのならやってみたい、となるのはある種の人間の性だが、その先が必ずその人の身の破滅に繋がっているのなら止める義務がある、とも

*3
そうしないと相手のプライベートを阻害する為。世界の裏側どころか宇宙の反対側でも情報を一瞬で共有できるので、情報リンクを切っておかないと相手が願ったこととかも本体にすぐバレる

*4
程度にもよるが……静観するならまだマシ、ともすれば相手側に同調する可能性もある。その場合はミイラ取りがミイラ、と茶化すより酷いことになる



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二十八章 三者面談だと思っていたら家庭訪問だった、なにを言って(ry
これが私の答えだ!私の嘆きだ!……安いって言ったヤツ屋上な


「……つまり?私達の紹介に相乗りしよう、ってこと?」

「端的に言うとそういうこと!だってオルタ達の招待を期限未定で決めたのは『星女神』様だからね!」

「本人が決めたことじゃから、文句を言われる筋合いはない……ということじゃな」

 

 

 はてさて、前回私が思い付いた秘策。

 それは、向こうへの訪問を私主体にするのではなく、オルタ達を主体にするというものであった。

 

 これだけだとなにが違うのかわからないと思うので、補足を入れると。

 私が主体で向こうに行く場合、『三柱』を無視することはできない。

 一度向こうからの召還を受けたことがある私の場合、『星女神』様の居城へ向かうショートカットが使えなくなっているのである。

 そのため、どうしても『三柱』に付随する試練のことも無視できなくなっていた。

 

 じゃあどうするのか?裏口入学しかないでしょ!

 ……とまぁ、どこかの塾講師に怒られそうなことを言い出す私である。*1

 正攻法が無理なのだから、邪道を使ってやるぜへっへっへっ……というわけだ。

 まぁ、邪道と言っても他人の正式な訪問に同行する……っていうわりと正統派っぽいやり方なんだけども。

 

 

「ん?じゃあ何故今までやらんかったのじゃ?」

「付き添いパターンも、一回やったら次からは対策されるからですね……」

「なんと」

 

 

 こうなると問題になってくるのが、八割方正攻法なのになんで今までやりたがらなかったのか、という部分。

 これに関してはとても単純で、一回使ったら次はもうない……という点が大きい。

 

 件の『三柱』はそもそも回避できるものではなく、今回のような触らずにここまで来ている状態の方が珍しい……みたいなことは、今までの会話からなんとなく分かると思う。

 その上でもし仮に『三柱』をどうにかして回避しようとする場合、その手段は二つ──偶然彼女の居城にたどり着くか、もしくは()()()()()()()()()()()しかないのだ。

 

 偶然に同行する?……って時点でよく分からなくなるかも知れないが、この場合の『偶然』は文字通りの意味ではなく、正確には『三柱』を無視して【星の欠片】になった状態のことを指す。

 原則的に【星の欠片】は『三柱』を回避できないので、それを回避してしまっている状態は扱いの上では()()になってしまう……というだけの話だ。

 

 で、この『偶然』はその性質上、実は狙って起こすことができる。

 そもそもの話、【星の欠片】は『三柱』の内の一つ──最初の柱に到達したことで目覚める……というのが一般的だが、私のようにそれをしないままに覚醒する、というパターンも少ないながら存在するわけで。

 その状態でなんの準備もなしに『三柱』に触れさせると、まず間違いなく良くない状況になる……ということで、『星女神』様から一回だけ直通路(ショートカット)の使用が許されるのだ。

 まぁこの直通路、正確には他の【星の欠片】に自分の場所まで案内させる、という形なのだが。……私のパターンだと、キリアと一緒に向かっていたりする。

 

 ともかく、これにより一度だけだが『三柱』を回避して『星女神』様のお膝元まで行くことができる、というわけだ。

 ……で、このパターンの場合、その恩恵を()()()()()()()()()ということにもなってくる。

 もう一方に『三柱』を触れさせないようにするには、こっちも『三柱』を経由しない道を通らなければいけない……みたいな?

 

 正規ルートは勿論『三柱』を通る方だが、そもそも相手に『三柱』を通らせるなって言われてるんだから、同行者もそっちを通るわけにはいかないだろう。

 ──必然的に同行者も『三柱』を回避できる、というわけである。

 

 まぁこれ、本来なら別に恩恵でもなんでもないのだが。

 普通の【星の欠片】は『三柱』には既に触れているわけで、それを今さら触る触らないと言ったところでなんの問題も関係もないというか。

 

 ……ただ、私にとってはこれ以上ない恩恵である、ということも間違いない。

 なにせ今の私、『三柱』関連の話をずっと後回しにしてるわけだからね!

 その内やらなきゃとは思ってるけど、少なくともそれは『今』ではないからね!!

 っていうか今そんなことしてたら下手すると、残りの年末までの日数、全部寝たきりで過ごさないといけなくなるからね!!!

 

 

「そこまでか……?」

「柱を一つ潜るのに一生分、二つ潜るのなら一生かける(×)一生分、三つ同時なら一生かける(×)一生かける(×)一生……みたいなことになるのが本来の()()なんだから、寧ろ一年未満に収まってる分遥かに軽くなってるんですけど?」*2

「そこまでか…………!?」

 

 

 夏から年末まで寝っぱなし、という話にサウザーさんが怪訝そうな顔をしていたが……その実真面目に【星の欠片】として過ごそうとすると滅茶苦茶時間が掛かるんだ、と告げればその表情は驚愕のそれへと変化したのであった。

 

 ……まぁうん、前もちょっと触れた気がするけど、『三柱』は『捨てる』ための場所。

 一つ目では肉の体を捨て、二つ目では魂の軛を捨て、最後の三つ目では精神の拘りを捨てる……という形で自身を構成する要素をひたすら捨てていくそれは、それゆえに()()()()()()()()()()()()()()

 クリアすると自動的に世界の破滅因子になるのだから、生半可なクリア条件なんて設定するわけがない……というのも間違いではないのだが。

 

 ゆえに、これを真面目にクリアしようとする場合、一生掛かってもどうしようもない……なんてパターンの方が大半なのだ。

 実際、大多数の【星の欠片】は第一の柱に触れた時点で止まり、その先に進むことはほとんどない。

 そしてそれらの【星の欠片】は世界を左右するような権限も得ず、最小の世界で微睡み続けるのである。

 

 ……というのが普通の場合だが、私の場合は第一の柱に触れない内に第三の柱の向こうに立っている、という意味不明な状態である。

 つまり、やる前から第三の柱までの負債を押し付けられている、というようなものなのだ。

 

 このまま【星の欠片】として過ごし続けたいとは思っていないこともあり、そんな地獄に自分からダイブするような試練なんてお断り……ということになるわけである。

 

 

「まぁ、実際に戻れるかどうかはわかんないんだけど……」

「そこら辺は御愁傷様としか言えぬのぅ……」

 

 

 ……まぁ、『星女神』様が積極的に試練を受けさせようとしてる辺り、私に元の姿に戻る余地があるのかよく分からない部分もあるのだが。

 下手すると、元の『俺』と今の『私』で別々の存在になる可能性すらあるというか?

 

 その辺りは真面目に考えるとテンションが死ぬので、一先ず置いておくとして……ともかく、受ける負担的に真面目に『三柱』と向き合う暇なんて早々ないので、できうる限り回避していきたいのが本音である。

 で、その本音を前提とした上で再度話を戻すと。

 

 

「オルタ達の付き添いとして案内人役に収まる、というのは確かに今選べる選択肢としてはベストだけど、同時に今回その権利を使うと次回以降私は『星女神』様の居住区には足すら踏み入れられない、ってことになるね……」

「それが何故かと言えば、直通路(ショートカット)の使用は自身が理由の場合と他者が理由の場合の二回までしか使えないから……だったか?」

「そうそう」

 

 

 早々にこの選択を選ばなかったのは、近くにオルタ達が居なかったので思い付かなかった……というのも理由の一つではあるが、それより大きいのは使った時点で『星女神』様への謁見が二度と不可能になるから、という部分。

 正確には正規ルートを使えば会いに行けなくもないが、その場合私の廃人化フラグと引き換えなのでできれば踏みたくない……と。

 

 というか、もっと率直なことを言ってしまうと、こっちの選択肢と得られる報酬が釣り合っていない……というのも理由の一つになる。

 

 だってさ、よく考えてご覧よ?『星女神』様と言うのは言い換えると『生きた聖杯』、やり方によってはなんでも叶えてくれる神様のような存在なわけ。

 そんな相手への謁見権利を使って得られるのが、かくれんぼで隠れている相手の能力や事情……って、明らかに釣り合ってないでしょこれは。

 いやまぁ、それ以外の選択肢が実質潰されてる辺り、本質的には実は釣り合っているのかもしれないけれど……それでも、絵面とか字面とかから想像される結果と手段は、釣り合わないようにしか思えないというか。

 

 まぁ、そこら辺の悲喜交々が合わさった結果、できればオルタへの同行はやりたくないなー……なんて気分になっていた、というわけである。

 

 

「だけど今はもう別!予想通りにキリアも向こうに付いたんだったら、こっちだって四の五の言ってられるかっての!!」

「お、おう……キレ散らかしているな、今のキーアは

感覚的には苛められているようなもの、ということじゃろうからのぅ……そりゃまぁ逆ギレしてもおかしくはないというか

「おいこらそこぅ、誰が四人に分裂しそうな鬼じゃい!」*3

「……いや、誰もそんなことは言ってないが?」

 

 

 だがもはや、うだうだ言っている暇はなくなった。

 相手が『星女神』様一人ならともかく、キリアまで向こうに付いたのなら悠長なことは言っていられない。

 こちらが持てる全ての手段を使い、相手の思い通りにならないように動かないと納得できまい!

 

 ……ってなわけで、ようやく最後の手段を切るつもりになった私なのでありましたとさ。

 

 

「あ、一応保険としてみんな連れてくからね、向こうに」

「なんの保険!?」

 

 

*1
塾講師にしてマルチタレントである『林修』氏の発言『いつやるか?今でしょ!』から。彼の代名詞であるこの台詞が流行語になった年と彼のタレントとしてのデビューは同じ年であり、何気に彼の人気の取り方がうまいことを示しているとも言える

*2
一生の三乗。

*3
『鬼滅の刃』の的キャラの一人、十二鬼月・上弦の肆である半天狗のこと。声が山寺さんなのでパイセンが一瞬反応するが、性格があれなので多分キレ始める



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みんなおいでよほしめがみのうみ

「はてさて、突発的『星女神』様謁見ツアーにご招待~♪」

普通に嫌なのじゃが!?

 

 

 前回、『星女神』様の謁見にみんなを連れていくと告げたところ、盛大なブーイングが巻き起こったわけなのだが……なにも私が自分の感じたストレスをみんなにお裾分けしよう……なんてことを考えたわけではない。

 いや一滴ほども考えてないってわけじゃないけど、それでも一滴分じゃあ大したこともな……なに?お前基準で行くと一滴とか普通の人にとっての世界全てに匹敵するんじゃないのかって?いやいやそんなことはないですよ?本当に。

 

 ……その辺の話はともかく。

 これに関しては本当に『保険』としての意味合いが強いのだ。

 

 

「さっきから繰り返し述べているが……なんに対しての保険なのだ?」

「そりゃもう、向こうから理不尽なことを言われたりされないようにするための保険ですよ?」

「むぅ?」

 

 

 とはいえ、なんのための保険なのかわからないというサウザーさんの発言ももっともだろう。

 実際、【星の欠片】相手には武力による抵抗とか意味がないのだから、【星の欠片】に関わっていないという意味で一般人となる彼らを連れて行っても肉壁にすらならないのも本当の話。

 

 ……となれば、彼らが居ることによって得られる保険というのは、彼らの実力によって得られるものではなく、あくまでも()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになってくる。

 

 

「……いるだけで?」

「そ、いるだけで。……一度説明したことがあると思うけど、原則的に【星の欠片】って()()()()()()()()()()にしか発現しないんだよね」

 

 

 で、その理由というのが──既に()()()を得ている者には【星の欠片】は発生・発現しないというもの。

 より正確に言えば、自身の支配領域が強い存在には自然に【星の欠片】が目覚めることはほぼない、という感じだろうか?*1

 

 

「……ふむ?」

「わかりやすく言うと、なんらかの能力を持つ人には能力として【星の欠片】が与えられる(目覚める)ことはない、って感じになるのかな。技能(スキル)スロット的なものがあるとしたら、そこを完全に埋め尽くして消去もできなくする……みたいな感じのモノだからね、【星の欠片】って」

 

 

 何分、あらゆるものを捨てていくことで自身を磨く【星の欠片】は、技能として見た場合にかなり特異なモノとなっている。

 普通の技能なら経験を()()が、【星の欠片】ならば経験を()()……といった感じに。

 

 その性質上、既になにかしらの技能(スキル)を覚えている場合、ほぼ百パーセントの確率でその人物は【星の欠片】を知覚することも、それ関連の技能を覚えることもできない。

 いや、正確には覚えている技能に関わりのある【星の欠片】であるならば、()()()()()()()()()ではあるものの覚えられなくもないのだが……その場合は【星の欠片】と入れ替わる形で、覚えていたモノは全て消滅する……なんて潔すぎるデメリットがあったりするので、基本的には考慮に値しないというか。

 

 

「何故だ?方法があるのなら頭の片隅くらいには留めておくべきだと思うが」

「そのパターンの場合、今持ってる全てを捨て去るっていう()()()()()()()()()()いけないんだよ。よく言うでしょ、最初から持ってないのと、一度手に入れてしまったものを手放すのでは苦しみが違うって」*2

「む……」

 

 

 不思議そうな顔をするサウザーさんに、一度手に入れたものを手放す苦しみについて語る私である。

 ……そうでなくとも『外からの補助』というのが他の【星の欠片】達の助力である以上、彼らの『苦しいのは私たち(星の欠片)だけでいいよ』という()()を押し退けなければいけないのだから、尚更だろう。

 

 ついでに言うと、今あるものを捨ててでも……となる動機は大抵憎しみとか怒りとか、そういう感情であることが多いけど。

 そこから【星の欠片】になろうとすると、それらの原動力()()捨てなければならなくなる。

 ……ある意味本末転倒以外の何物でもないので、余計におすすめできないというか。

 

 まぁそんなわけなので、既になにかを持っている者が【星の欠片】になる、という状況はあまり考慮する必要がないのである。

 

 

「……それはわかったが、それが保険とやらとどう関係するのかのぅ?」

「単純に言うと、向こうに行ったあとで無理矢理ルートを曲げられる可能性が減る」

「ルートを、」

「曲げられる???」

 

 

 ただ、この話が保険という言葉と結び付かない、というミラちゃんの言葉ももっともな話。

 なので本題に触れると──一般人が増えれば増えるだけ、相手側が無茶苦茶をする可能性が減る、というところが大きい。

 言い方を変えると、相手からの干渉が減るということになるか。

 

 

「さっきのはあくまでも一般的な状況・一般的な人の場合の話でね。【星の欠片】という概念の大本である『星女神』様、かつその本拠地である『星の■海』の場合はまた違ってくるんだよ」

「……前々から気になっておったんじゃが、その『なんとかかい(■海)』の前半はなんと言っておるんじゃ?毎回毎回ノイズでも走ったかのように聞き取れんのじゃが」

「ん?あー……ええと、『し・か・い』……これなら聞き取れる?」

「……四海(しかい)?」

「生()の方のし、ね。つまりは()海ってこと」

「……塩分濃度が高い、とか?」

「ちゃんと元の意味*3に沿ってる方だよ」

「…………物騒すぎではないか?」

 

 

 いや、そもそも【星の欠片】自体『死』とは密接に関わりあっているし、今さらというか?

 

 ……まぁともかく、『星女神』様の肚の中、と言い換えてもいい『星の()海』において、本来の【星の欠片】のルールは役に立たないということに間違いはない。

 いや、寧ろ『星女神』というルールの中に自分から飛び込む形になる、という方が正解というか?

 ……とにかく、外の法則とはまったく別の法則に支配されている、ということに違いはない。

 

 そのことを端的に示すのが、件の『三柱』となる。

 柱の一つ目──『想起の柱(モノクローム)』は、目覚めた【星の欠片】が一番最初に触れるモノであり、その下を潜り抜ければ『想起』──肉体からの解脱を果たしたと認定されるものなのだが、それゆえに一つの逆転現象を起こしている。

 

 

「それが、『想起の柱』に触れたものは【星の欠片】である、という逆転現象ね」

「……あー、【星の欠片】に目覚めたから触れるものである、というのが……」

「触れられたのだから【星の欠片】に違いない、って認定されるってわけね」

 

 

 まぁ要するに、本来の【星の欠片】への覚醒方法とは全く別のルートが生じる……という形になるか。

 ()()()()()()()()()()()()()()なのだから、()()()()()()()()()()とも言えなくもない……みたいな。

 反証としてはかなりいい加減かつまず取り合って貰えないような論理だが、少なくとも『星の死海』では成り立ってしまう道理、というわけである。

 

 字面だけ聞くとなんと迷惑な、と思うかもしれないが……これが中々どうして、そこまで問題にもならないのである。

 

 

「何故だ?」

「何故って……そもそも『星の死海』へと渡航許可自体、【星の欠片】じゃないと得られないモノだからね」

「……なるほど」

 

 

 それが何故かと言えば、そもそも『想起の柱』に触れられる──『星の死海』に足を踏み入れられる時点で、その存在が【星の欠片】であることは明白だから、である。

 

 基本的に『星の死海』には一般人は足を踏み入れられないため、『想起の柱』に逆転現象が付与されていても然程問題はないのだ。

 ……まぁ、私みたいに()()()()()()()()()()()者が、その時点ではまだ引き返せるのに()()()触れてしまう……みたいな事故も無いとは言わないが。

 そもそもの話、事故だとしたら『星の死海』に入ってしまった時点で遅かれ早かれ……みたいな部分も無いとは言えず、あまり問題にする意味もないというか。

 

 ともかく、通常の運営において問題が発生することはない、というのは間違いないし、『星女神』様側もその辺りは気にしているということも間違いはない。

 ──そう、『星女神』様は気にしているのである。『想起の柱』に限り、()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 

「制約を無視?……ってまさか」

「まさかもまさかよ。本来なら既になにかを持っている人は【星の欠片】に目覚めることはないけど、『想起の柱』に触れたのなら話は別。問答無用でその人の技能は剥ぎ取られ、代わりに元あったものと関係性のある【星の欠片】が割り振られる。──その人の意思を無視して、ね」

 

 

 これは、偶然『星の死海』に落ちてきてしまう、というような存在がそもそも()()()()()()使()()()()()()()()可能性が高い、ということにも引っ掛かってくる話。

 最終的に全て捨てることになるとはいえ、それまでになにも持たずにいるわけでもないだろうということである。

 

 ゆえに、『想起の柱』に触れられるような因果を持つのなら、遅かれ早かれそうなるだろう……という感じで、その時点での相手の状態を無視する作用が働く、と。

 ……これもまぁ、普通に運用してる分には問題はない。()()()()()()()()()というだけの話だからだ。

 

 ──が、今回みたいなパターンは別の話。

 

 

「私が君達を連れていく場合、流石にそれは考慮の範囲外になる……つまり、向こうが無意識にこっちのルートを操作して、私だけ『想起の柱』を潜らせよう……みたいなことが極端にやりにくくなるんだよ……!!」

「こ、こいつ!!俺達を囮に使うと宣言しているだと!?」

「そうだよ悪いか!!私は死ぬほど辛い思いなんてしたくないんだよぉ!!」

「未だかつてなく魔王っぽいこと言っておるのぅ、こやつ」

 

 

 向こうが干渉する暇もなく一般人まみれで向かえば、変なことは出来ないだろう!!……という、かなり外道なやり方なのであった。

 

 まぁ、私ってば魔王なのでこういう選択肢もありだよね、みたいな?

 なお、周囲の面々からは呆れたような視線が返ってきたが……笑いたくば笑え、私ゃ死ぬような苦労は背負いたくないんだよ!

 ……と返せば、その視線はそのままに苦笑が返ってきたのだった。

 

 

*1
自我が強い・能力が強いなど。失うことなど有り得ない、みたいな状態

*2
完全に知識の無いことに違和感を抱くことはできない、とも。類似した何かから警戒する……ということもできるのだから、『全く警戒心を抱かない』というのはそう自分を律しているか、もしくは本当に何も知らないパターンくらいしかないということ。それは苦しみや痛みにも同じことが言える、という話

*3
アラビア語で『死の海(dead sea)』と呼ばれていたことから。塩分濃度が高すぎて、生き物が棲めないことからそう呼ばれたのだとか



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どれだけイヤなんですか、と星の女神は言った

 はてさて、オルタ以外の面々を連れていく利点……利点?を説明した私だが、これに関してはオルタにも意味のある話だったり。

 

 

「え?私にも?」

「オルタの場合はかなり特殊だからね。だからまぁ、『星女神』様も強要はしないだろうしすることもないだろうけど……それでもまぁ、試練の先延ばし手段は覚えておいて損はない、というか?」

「なる、ほど?」

 

 

 本人はどうもピンと来ていないようだが……実際、彼女にとっては覚えておいて損はない手段であることは間違いないだろう。

 無論、【星の欠片】なんて危険物には二度と関わらない、というなら無駄な知識ではある。

 ……その反対、これからも【星の欠片】に関わろうとするのなら──特に、()()()()()()()()()()()()()()のなら、この手段はとても有用であると言えるだろう。

 

 

「そうなの?」

「関わらない、と決めたのなら多分すっぱりとオルタへの影響は剥ぎ取ってくれるからね。伊達に女神様名乗ってないというか」

「それはまたなんとも……」

 

 

 言い方を変えると、接着剤より小さいところから剥がし液を流し込めるようなもの、とでもいうか。

 ……スケールが一気に矮小になった気がしないでもないが、そもそも【星の欠片】ってそういうものだから仕方ない。

 

 ともかく、彼女に【星の欠片】の影響を剥がして欲しい、と頼めば後遺症すら一切なく、それらを切り離してくれるだろうことは間違いない。

 ……間違いないが、同時にその選択肢を選んだ場合、オルタは二度とこちらの話には関わることができなくなるだろう。

 

 

「え゛っ」

「彼女に頼む、っていうのはそういうことだから。例外を許さないその手腕は、一度振るえばありとあらゆるものを剥ぎ取って見せる。──つまり、因果から根刮ぎいっちゃうのよ」

 

 

 ほぼ癒着しかかっている【星の欠片】を剥がそうとすると、そうするしかないとも言う。

 ……スポンジに浸透した液体(せんざい)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っているようなものなのだ、本来の【星の欠片】の除去というのは。

 

 なによりも小さいものであるがゆえに『一つ残らず』という部分が引っ掛かりやすく、かつスポンジに染み込んだ液体(せんざい)のように『何処から何処まで』という範囲すら絞り辛い。

 ……それらの性質から、彼女以外の存在がそれを無理矢理行おうとする場合、いっそ新品を買ってしまった方が早い──という、なんというか無茶苦茶な結論に至ってしまうのだ。

 

 

「……その、あんまり聞きたくないんだけど『新品を買う』って」

「ものの例えだから正確には──新しい肉体を作ってそっちに魂を移し変える、みたいな?」

「それもそれで大概な話なんだけど!?」

「でもこれ、『想起の柱』ならともかくその先の柱に到達してたりすると使えなくなるんだよね」

 

 

 主に、【星の欠片】との結び付きの根幹がどんどん細かくなるせいで。

 ……肉体を新しく作ってそっちに魂を移し変える、という形で済むのなら本当に楽で、実際入り口で立ち止まっているような【星の欠片】達は普通に引き返せるのだ。

 ゆえに、それよりも先に進んだ者の場合、【星の欠片】の発生起因が肉体から魂、魂から精神、精神からなにもない『無』──といったように、『どうやって取り除けと?』みたいなことになってしまうため、結果として引き返すもなにもなくなってしまうのだ。*1

 

 実際、私なら肉体からの切断までしかできないし、私より位の(たか)いキリアであっても、普段は魂まで・本気を出せば精神まで(但しその場合しばらく行動不能になる)しか切り離せない。

 ……掛かる負担から考えれば魂に結び付いた【星の欠片】がギリギリであり、それより下の結び付きは最早切り離そうと考えること自体が間違いのレベルになるというか。

 

 それらを考えると、【星の欠片】をどうこうするより、結び付いているモノを捨てて新しいものに取り替える方が遥かに楽、という話になってしまうのだ。

 結果、魂の移し変え……などという、聞いているだけで禁忌っぽい話になってしまう……と。

 

 

「で、話を『星女神』様に戻すと。彼女の場合、ほぼ癒着としか言い様のない状態からでも、それらを二つに分解する──それも双方に瑕疵を発生させないで、みたいなことができるってわけ」

「でも、因果は剥ぎ取っちゃうんでしょ?」

「そこら辺は認知の違いかな。言い方を変えると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「……???」

 

 

 対して『星女神』様の場合。

 私たちの場合は無理矢理破る、みたいなことしかできないが、彼女は剥離剤を持っている……みたいに考えるとわかりやすい。

 無理矢理断ち切るというよりは、自然に剥がしに掛かる……というか。

 

 ただ、自然に剥がすとなると少々()()()()()()()()()

 というのも、どれだけ自然に整えたとしても、それが他者の手によるものであることは変わらないからだ。

 外から干渉してわけるという手法である以上、どうしても『なんらかの干渉があった』という記録は残ってしまう。

 記録が残れば因果となり、因果となれば再びの癒着を招く危険性を生む。

 一度覚えた知識は思い出せないだけで脳の片隅に残り続ける、というやつだ。

 

 言い方を変えると、一度【星の欠片】を得たモノはそれを捨てても再度【星の欠片】を得てしまう可能性が高い、ということ。

 ──それを避けるために行うのが『因果ごとの剥離』だ。

 

 言うなれば、そうなるきっかけごと取っ払う、ということになるか。

 テレビを設置してないのにN○Kなんて見れないだろう、みたいな感じだ。*2

 この場合、向こうは少しでも映像を受信できるモノがあればあれこれと理屈を付けてくる*3ため、それを回避するためにあらゆる映像媒体を捨てていく、という対処を取ることになる。

 

 ──そう、あらゆる映像媒体を、だ。

 

 

「これは言い換えると『なにかしらの不思議に遭遇する確率』みたいなもので、それが残る限り【星の欠片】との縁を完全に切ることはできない以上、そこを完璧にするためにはどうしても切除する必要があるもの、ってことになる」

「……なるほど。じゃから二度と関われぬ、というわけか……」

「こっちの話に首を突っ込むってことは、不思議なことと遭遇する確率を持ち続けるってことだからね……」

 

 

 例外を許さず対処する、となればあらゆる可能性を潰さなければなるまい。

 ゆえに、一度オルタが今の状況を捨てると決めたのなら、彼女(『星女神』様)は二度とこちらの問題に関わることがないように、ありとあらゆるきっかけを根刮ぎ剥ぎ取って行くことだろう。

 ──その場合、下手をするとジャンヌ・オルタという存在自体、この世界から消え失せる……なんてことになりうるやもしれない。

 

 

「そこまで?!」

「まぁ、あくまでもこの根・この世界の中での話だけどね。……でも、ジャンヌ・ダルクが悪に堕ちた形、なんて類似例ごと剥ぎに掛かる可能性が高いから、その場合は他所の闇系ジャンヌとかも消えちゃうかも?」

「この世界だけの話っつっても、範囲が広すぎるでしょうが!?」

 

 

 言い方を変えると、ジャンヌ・ダルクが闇堕ちするような要因ごと潰れる……みたいな?

 下手すると本人が魔女として糾弾された過去すら消えるかもしれないので、影響範囲的に広すぎるという彼女の言葉を否定する理由はないだろう。

 

 とはいえ、それくらいしないと【星の欠片】との因果というのは解消できないのだ。……簡単に捨てる、と決めるのを思い留まるには十分な理由と言えるだろう。

 

 それからこっちは()()()()()を安易に決めない方がいい理由。──私と同じ目に合う、である。

 

 

「……あ゛」

「今の私が向こうに行きたくないとごねてるのは、偏に向こうが試練を受けさせる気だから。そしてその試験を受けなければいけない理由は、()()()()()()突然に【星の欠片】になったから。……貴方と私は似た者同士なのよ、実はね」

「い、いやな似た者同士じゃな……」

 

 

 そう、彼女も扱いとしては私と同じ、突然【星の欠片】になった存在である。

 ……ということは、本質的に抱えている問題も似通っているということ。具体的には、この訪問の後・もしくはその最中に試練の話をされるかもしれないということでもある。

 一応、私と違って一回目の彼女は、そこまで積極的に誘われはしないだろうが……私と違い【星の欠片】としての扱いは(かる)い。

 

 ……言い換えればしたっぱということであり、上司である『星女神』様の提案を断るのなら、それなりの理由というものが必要になってくる。

 少なくとも、『星の死海』に再度踏み込む用事があった場合、逃げ切れない可能性は大いに大だ。

 というか、相手のそれは善意なのでまず間違いなく押し切られる。目に見えている。

 

 なのでその場合、めでたくオルタの死亡フラグが立つ……と。

 いや、死なないけどね?死ぬほど辛いってだけで。

 

 とはいえまぁ、せめて心の準備ができるまでは待って欲しい、という訴えもわからないでもない。

 そこら辺を踏まえ、今回の私の手段を覚えておくと後々役に立つかもよ?……ということになるのであった。

 

 

「なるほど……よーく覚えておくわ」

「そうそう、覚えておいてねー。私がなにも自分の保身のためだけにこんなこと言ってるわけじゃない、ってことをよーく覚えておいてねー」

(……こやつ、自身の方法を使うには新人の【星の欠片】が必要、ということはついぞ口にせぬままだったのぅ……)

 

 

 ミラちゃんからの無言の眼差しが痛いが、これも必要経費である。

 済まんなオルタ、これで最後だ……なんてことはないはずだから、多分。

 このノリだったらそのうち新しい【星の欠片】とか来るはずだって!少なくとも向こうに行ったらすぐに試練、なんてことにはならないはずだって!(※フラグ)

 

 とまぁ、そんな感じにみんなを宥め賺して、いよいよ私たちは『星女神』様の居城、『星の死海』への一歩を踏み出したのでありました。

 ……うん、本当だよー?ウソ付いてないよー?逃げてないよー?

 …………本当だってば。

 

 

*1
【星の欠片】の断捨離()は最終的にその精神すら捨て去ることとなる。結果、何もない場所から【星の欠片】だけが噴出している、というような若干ホラーな絵面に到達することになる(そこまで行くと見た目を整えることはできるようになる)

*2
みんな大好き()国営放送。建前の上では公共放送だが、例外を許さない姿勢はいっそ国営放送だった方が楽なのでは?……と思わないでもなかったり

*3
念の為、放送法により某公共放送は『受信できる設備があるのなら必ず契約しなければならない』と定められていることを記しておく。……ならやっぱり国営放送で良いのでは?というのは禁句



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真っ暗闇に降るマリンスノー、それは恐らく

「ゼロに還る際の一欠片、かな」

「なにか言うたかのぅ?」

 

 

 なんでも、と溢しながら歩を進める私。

 そんなこちらの様子を横目で見たミラちゃんはというと、しばらくこちらを眺めたのち興味を失ったようにふい、と視線を反らしたのだった。

 

 ──『星の死海』、第一層。*1

 真っ暗闇の中、白い砂漠の中に同じく真っ白な建物がぽつぽつと立ち並ぶ……という、なんとなく既視感を覚える風景を眺めながら歩き続けている私たちである。

 時間としては恐らく一時間も経っていないと思うが──既に、精神的な疲労を訴える者も少なくなかった。

 

 

「んにぃー……ここはとっても綺麗だけどぉ、なんだか物悲しくもなってくるよー……」

「全ての壱が還り、零が生まれる場所だからね。そりゃまぁ、一般的な人の感性だと色々感じるのが普通、というか」

 

 

 その筆頭、ともいえるきらりんだが──彼女に関しては、向こうに残ってもいいよと予め伝えてあった。

 北斗の拳混じりになっているとはいえ、彼女は単なるアイドル。

 ……一般人である彼女には、この道は負担が大きすぎると判断したがためである。

 まぁ、実際にはこの通り『ここまで来てきらりだけ行かないってのは無いと思う』と言いながら付いてきたわけだが。

 

 ……その意気やよしだが、とはいえここでの疲労は肉体に対してのモノでなく精神に対してのモノ。

 何処まで持つかは未知数であるため、ダメそうなら即座に休憩に入る予定である。さしもの『星女神』様も、それについて文句を言うことはあるまい。

 

 

「……え、休んだくらいで文句を言われるのか?」

「本来なら、ね。分かりやすく説明すると、ここに訪れるってのは一種の巡礼だから」*2

「あー……」

 

 

 そんな私のぼやきを拾い、サウザーさんが驚愕の声をあげる。

 まぁ確かに、休憩を挟んだくらいであれこれ言われることがある……みたいな発言だったので、彼の驚きもわからないでもない。

 

 だが、考えてもみてほしい。

 そもそもの話、この場所に入れるのは本来ならば【星の欠片】のみ、そしてこの道は彼らが自身の持つものを()()()ための道。

 ……つまり、『苦しい』『辛い』『悲しい』といった()の感情などというものは真っ先に捨て去られるべきもの。

 言い方を変えると、そもそもこの道を歩ける人間(そんざい)が辛い、などと言い出すわけがないのである。

 いやまぁ、正確なことを言うと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って感じの方が近いのだけれど。

 

 

「……怖っ!!?」

「そう、怖いんですよーこの怖いのも序の口なんですよー。私が普通にやって来るのを嫌がった理由をわかって貰えましたかー?」

(でもそれってアンタの作った設定よね、という顔)

「んー?言いたいことがあるなら聞こうかオルター?なんなら今からルート変えてもええんやでー?」

「ちょっ、アンタも嫌だからルート変えたんでしょうが?!」

「あっはっはっ、道連れ(オルタ)がいるなら多少は我慢するよ?」

「こいつ性格悪すぎない!?」

 

 

 あっはっはっ。魔王とか自称するやつを捕まえて今さらなにを言うやら。

 ……冗談はともかく、これに関しては()()()()()()()と思った設定がたまたま本当に実在した……という、型月におけるクトゥルフのそれと同じ原理のものなので、私に責任があるかと言われれば無いのである。だって偶然だし。(※ただの開き直り)

 なので、その辺りを突っ込むのならこっちにも相応の手段があるぞ、という至極まともな返答でしかないのであった。

 

 ……はてさて、話を戻すと。

 本来この道──『星の死海』第一層、『想起への道』は肉の身体を捨て去るためのモノである。

 肉の身体に起因するあらゆる正負の感情──お腹がすいただとか、歩きすぎて足が辛いだとか。

 はたまた、美味しいものを食べて元気が出ただとか、よく眠れたので疲れが取れただとか。

 

 そういう、身体に対して作用するもの全てを()()()ことが求められ、かつ本来なら()()()()()()()それらの除去を行うことができる……という、全自動人間性剥奪ロードなので、こうして休む休まないの話をすること自体がありえないというか。

 なので、『星女神』様もこの道を真っ当に進む相手には、相応の対応をする(肉の苦しみを剥ぎ取る)のが普通なのである。

 

 

「……聞けば聞くほど来るんじゃなかった、という思いが増していくのだが?」

「入る前にも行ったけど、今回はそういう決まりは全部機能してないから大丈夫よ」

 

 

 ……そう、()()()と口酸っぱく言っていることからわかるように、これらの現象はあくまでも()()()()()()()()()()()()()()に掛かるもの。

 今回は初回訪問のオルタ達を『星女神』様のお膝元に連れていくことを目的としているため、それらの効果は自動的にカットされているのだ。

 

 じゃなきゃ他の人なんて連れてこない……というか、他の人がいるからこそ間違ってもその辺りの機能を有効化なんてできないというか。

 場所由来の効果なので、普段みたいにピンポイント爆撃もできないしね。

 

 

「ピンポイント爆撃……?」

「話を聞いてて疑問に思わなかった?あらゆるものよりも小さい存在だからこそ、あらゆるものに例外なく作用するってのが売りなのに、近くに一般人がいるからって効果の対象を絞れなくなるのか?……って」

「まぁ、多少は疑問に思っておったが」

 

 

 とはいえ、その辺りは門外漢じゃからのぅ……とはミラちゃんの言。

 

 ……そう、【星の欠片】がその小ささで相手の拒否を掻い潜るモノである以上、普通の技能のように()()()()()()()()()()()()()()()なんてことは、本来百パーセントあり得ないことなのだ。

 一応、使い方──含まれている【星の欠片(自分)】自体を対象にする……みたいなことをすれば、範囲を絞り辛くなることもあり得るだろうが……それでも絞り辛くなるだけ。

 寧ろある程度以下(いじょう)の【星の欠片】ならば、その辺りの制御ができないなんてありえないわけで。

 そう考えると、前回の解説──近くに一般人がいると本来の『星の死海』の役目を果たせない、なんてことはあり得ない話のように思えてくる。

 

 となると、それを覆すなにかがあるということになるのだが……これは、この『星の死海』がある意味で『星女神』様の体内のようなものである、という部分に理由があった。

 

 

「……いや、自分の中という方が寧ろあれこれできるモノではないのか?」

「それがこと【星の欠片】の場合はややこしいのよ。『星の死海』は『星女神』様の体内に居るのと同じだけど、この場合の『体』と見なされるのは()()()()()()()()なのよ」

「最小構成数?」

 

 

 私たち【星の欠片】が無限概念である、というのは何度も説明している通り。

 特定の物体を無限にわけることにより、そこに生まれた『一つ』を自身の存在の基幹にするもの……というのも、これまた説明済み。

 これは言い換えると、普段の姿はあくまでも微少な埃のようなものが集まった結果であり、【星の欠片】についてちゃんと語る場合はその微細な埃の方を見なければならない……ということにもなる。

 

 ……つまり、この『星の死海』という世界はその実『星女神』という【星の欠片】の()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 

 

「…………????」

「分かりやすく言うと、【星の欠片】を集めて世界を作ってるんじゃなく、一つの【星の欠片】の粒の中にある世界がここ、ってこと」

 

 

 細胞一つ分の世界、とでもいうべきか。

 人体という大きな世界の中のできごとでも、さらにその外にある世界の中でのできことというわけでもなく。

 それよりも小さいもの──人の細胞一つ分の範囲(せかい)の中で繰り広げられていること……みたいな?

 いやまぁ、概念的には細胞一つ分だと広すぎるんだけど、わかりやすさを重視するとそんな感じになるというか。

 

 ともかく、仮にこの世界を物理的な大きさで確認する場合、その大きさは顕微鏡でも確認できないほどに小さな場所、ということになる。

 ではこれがさっきの話にどう関わるかと言うと──、

 

 

「……あ、きらりわかっちゃった」

「なぬ?」

「つまりぃー、()()()なんだね?」

「は?」

「そういうことー」

「は??」

 

 

 おおっと、きらりんにはわかってしまったらしい。ちょっと意外。

 いや、別に彼女をバカにしてるわけではなく、他の面々が気付けていないことが不思議だというか。

 なにせ、今までの説明から答えについては既に推測できるはず。……ミラちゃんくらいは、普通に答えにたどり着いてもよさそうなものなのだが。

 

 と、そこまで言われたミラちゃんはしばらく下を向いて考え事をしたのち、おずおずと顔を上げながら声を発したのであった。

 

 

「……まさか、相手の干渉範囲自体がこの世界一つ分より小さくならない、ということか?」

「は???」

「ミラちゃん正解ー」

「はぁ????」

 

 

*1
『想起の柱』が立つ空間。星の瞬く夜空の下、白く塗り潰されたような建物達がぽつぽつと見える砂の大地が特徴的。なおこの砂、正確には砂ではなく死して空から降り積もる()()の残骸である、という説が有力的。まさに『星の砂』、ということだろうか(リアルの『星の砂』も、その実態はとある生き物の死骸──残った殻である)

*2
各地の聖地や霊場を訪れること、及びその当人のこと。特にその聖地が到達し辛い場所にある場合、そこへ向かうことそのものが宗教的な修行となることもある



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向かう方向が違うので色々ややこしい

「まず、【星の欠片】は小さいものを操る技能()()()()もの、っていうのはいい?」

「まぁ、うむ」

 

 

 正直わかっていない部分も多いが、と正直に告げるサウザーさんに笑みを返しつつ、地面に絵を描きながら説明する私である。

 

 全ての【星の欠片】は目に見えないほどの小さなものを扱う能力だ。……厳密には能力ではなく単なる現象なのだが、その辺りは今は関係ないので割愛。

 その原理は、未明領域──一定以下の小さいものは観測を(現行科学では)行えない、という部分に起因する。

 言うなれば、そこを確認することはできないので、そこでなにが起こっていても否定のしようがない……ということになるか。

 

 一応、現行科学的には一定以()の領域で起きることは基本無視できる、という感じのことがわかっているわけだが……それはあくまでもこの世界に敷かれた『物理法則』というルールによるもの。

 ルールそのものを張り替える【星の欠片】からしてみれば、知ったこっちゃないと無視されても可笑しくはないものである。

 ……実際のところは物理法則に綻びが出ないと現れない辺り、結構今の世界に譲歩していると言えるわけだが……ともかく、普通に暮らしている分には【星の欠片】という存在を気にする必要性は全くない、ということに変わりはあるまい。

 

 で、その能力の根幹──小さいことというのは実のところ、全ての【星の欠片】において共通のものなのである。

 言い方を変えると()()()()()()()()()()()()、となるか。

 

 

「共通でないとおかしくなる?」

「あらゆるものよりも小さいからなんにでも含まれる……ってのが【星の欠片】の原理だから、【星の欠片】が二つ並ぶとややこしくなる……みたいな話かな」

 

 

 もしくは、本来【星の欠片】が一つの世界に二つ以上現れることはない、という原則があるからこその辻褄合わせとでもいうか。

 ……いやまぁ、設定的なことを言うのなら現実も【星の欠片】ではあるので、二つの【星の欠片】が同じ世界に発生した時に交代劇が起こらなかった場合の話、ということになるのだろうが。

 

 

「……????」

「【星の欠片】は別名滅びの因子。該当世界が綻び、今ある法則を保てなくなった時に次の世界を作るための種子のようなもの。……まぁ、基本的に前の世界は綺麗さっぱり消えちゃうから、端から見ると前の世界を滅ぼしたのは【星の欠片】に見える……みたいな話になるんだけど」

 

 

 今ある世界がその形を保てなくなった時にしか現れられない……というのが、一般的な【星の欠片】の制約である。

 それゆえに事情を知らずにその状況だけを見ると、前の世界の住人からは新しい世界が侵略して来たように見える……という、ある意味勘違いの極致が発生するわけなのだが。

 それに関してはまぁ、仕方ないというかそれでいいというか、まぁその辺りの感想が【星の欠片】達の共通見解である。

 誰かを恨むことで救われるのなら、そうして恨まれるのは自分達でいい……みたいな?

 

 まぁ、この辺りの話は深掘りするつもりもないので流すが……ともかく、新しい【星の欠片】の目覚めは以前そこにあった【星の欠片】の滅びであり代替わり、ということに違いはない。

 つまり、普通の場合二つの【星の欠片】のどちらが()()()()()()()()()?……ということを確認する暇はない、ということになる。

 

 

「……んん?小さい?」

「そ、小さい。【星の欠片】は共通条件として『なによりも小さい』という情報を持つけど、通常の顕現において二種以上の【星の欠片】の大小を比べる機会は一切ない、ってことになるのよ」

 

 

 言い換えると、単純な【星の欠片】の代替わりの場合、両者の大小に殊更意味はない……ということにもなるか。

 以前その世界を支配していた法則──【星の欠片】よりも大きいモノが新しい世界の種子となることもあるし、その反対も起きうるということ。

 これは、原則互いの大きさを比べる必要がないから、という部分が大きい。

 なにせ、新しい【星の欠片】の発芽タイミングにおいて、以前の【星の欠片】は既に枯死寸前であることは前提でしかないのだから。

 

 

「つまり、単純な優劣で次代の世界を決めてるってわけじゃないってことね。人からすれば理解不能かもしれないけれど、次の世界が前の世界より()()()()()──いや、人の尺度に合わせるのなら()()()()()場合でも、世界の交代は普通に行われるってわけ」

「それは……システムとして問題なのではないか?基本的にこういうのはより優れたモノになるように運行すべきだと思うのだが」

「普通ならね。でも【星の欠片】にとってはそうじゃない」

「何故だ?」

「何故って……『星女神』様が()()()()()()()()()よ」

「……あ、あー」

 

 

 私の言葉に首を捻っていたサウザーさんだが、どうやら意味がわかったようで頻りに頷いていた。

 ……確かに、生き物であるのならば『よりよく』『より素晴らしく』といった風に高みを目指すのは当たり前のこと。

 だがしかし、【星の欠片】の場合はそうした優劣の場合、既に一番劣る(すぐれた)ものが決まりきっている。──そう、『星女神』様だ。

 

 彼女は『自分より小さなものはあるかもしれない』と言っていたが、しかしそれを観測することは叶わない。

 何故ならば、彼女の抱える概念自体がそれを否定するからだ。

 ──そう、全にして一(αにしてω)。彼女の場合は『零弌概念』だが、このシステムはその性質上()()()()()()()

 一番の底は一番の天井であり、逆もまた然り。──その性質を満たすのが彼女である以上、もはやその辺りを語る意味がないのだ。

 

 確かに彼女より小さいものはあるのかもしれない。

 が、そうして生まれた小さなものはその実大きなものであり、その大きなものより遥かに小さい部分にはまた彼女が現れる……という、永遠の入れ子構造が発生している。

 言い換えれば『彼女より小さいものも彼女』であり、『彼女より大きなものもまた彼女』なのだ。

 なので、『彼女より小さいもの』は語る意味がない。概念的にも口語的にも混乱の元にしかならないため、単に『一番小さいのは彼女』と認識しておく方がよい。

 

 で、それを前提に置く場合、優劣を語る意味がなくなっていることに気付くだろう。

 誰が見ても明白に(ちょうてん)にあるモノが『星女神』様なのだから、それ以外の【星の欠片】は極論どれも同じなのだ。……少なくとも、(ちょうてん)を目指すという点においては。

 

 なので、【星の欠片】の代替わりに関しても、特に前のものより優れている・劣っているということを理由にしない。

 単に新しく目覚める世界だった、というだけのことでしかない。

 

 

「そしてそれゆえに、互いの大きさを気にする必要もない……ってわけ」

「……そういえば大きさ云々の話だったな、これ」

 

 

 で、ようやく話は元の部分に戻ってくる、と。

 二つ以上の【星の欠片】の大小を比べる意味はなく、その機会もない……というのが今の話の趣旨だが、だからといって()()()()()()()()()()()()

 絶対的に小さい『星女神』様が存在するので気にはされないが、一応【星の欠片】同士で大きさを比べること自体はできるわけだ。

 

 そうなると問題になるのが、どうやって大きさを比べるのか、という点。

 確かに比べられるとは言うが、元来大小に意味を持たない【星の欠片】はそのままではどちらが大きいのか、みたいなことを確認できない。

 

 ……まぁ、当たり前と言えば当たり前の話。

 未明領域で好き勝手しているわけだから、そもそも両者の大きさを測る基準自体が決められない。

 と、いうわけで、なにを以て両者の大小を決めるのかと言うと、それが到達階数──『柱の制覇率』になるのであった。

 

 

「また新単語が……」

「これはそんなに難しくないよ。ここにある三本の柱のうち、どの本数まで到達できたか……みたいな話でしかないから」

 

 

 最初にこの階層にある柱を『想起の柱』と呼んだが、同じように他の層にある柱にもその名前というものが存在している。

 で、この柱はそれを潜る度に【星の欠片】を削るものである、と先ほど述べたことからわかるように──一つ目の柱の到達者と、二つ目の柱の到達者では()()()()()()()()のは決まりきっている、ということになるのだ。

 

 ゆえに、【星の欠片】同士の大小を語る際はこの柱の到達本数が基準となる。

 で、ここからがちょっとややこしいのだけれど──到達本数が同じ場合、それらの【星の欠片】は相手より小さく、相手より大きいという風に扱われるのだ。

 

 

「……いや、どっちだ?」

()()()()、だよ。原則的に【星の欠片】同士の大小を語る意味はないと言ったように、互いは互いより小さくて大きいんだ」

「?????」

 

 

 何度か語るように、【星の欠片】はその小ささゆえになんにでも含まれるもの、ということになっている。

 ……が、その根拠は見えないほどの小さな世界。確認できないその場所での優劣というのは、極論()()()()()()()になってしまうのだ。

 

 歴とした証拠──到達本数を示せるのなら話は別だが、そうでないならどちらが大きくて小さいのかなど、極論その【星の欠片】の主張に頷けるかどうか、みたいなことになるというか。

 そういうこともあって、【星の欠片】同士の大きさは比べる意味がほとんどない、ということになるのだが──こと『星女神』様だけは違う。

 彼女は【星の欠片】の根幹であるため、彼女の小ささを疑う必要がない。

 なので彼女は必ず小さく、それをいちいち確認する意味もない。──そう、()()()()()

 

 

「絶対に小さいのだから論ずる意味がない──つまり、彼女より小さいものはありえない。だけど、この世界は私たちより大きく、そこにある私たちは()()()()()()()ということになってしまう。その矛盾はさっきの話──彼女より小さいものも彼女、という概念で補えるけど……」

「結果として、ここにあるものは全て彼女自身である、という属性を持つ。──結果、自分で自分を触るという別種の矛盾を生むため、結果として全体判定しか行えない……と」

「きらりんの『お手て』ってのは、ここが『星女神』様の手の上であり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って意味合いだね」

 

 

 分かりやすく言うと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな感じになるか。

 普通に考えてできるはずのないことであるそれは、それゆえに無理を生じる。

 結果、手の平の内側と外側は皮を挟んで触れている……みたいな、大分無茶苦茶な論理を持ち出すしかなくなる、と。

 

 で、そうしてそもそもが無茶をしているため、さらに細かい指定──人差し指の爪で人差し指の第一間接に触れなさい、みたいなことはできないのが当たり前になる。

 この世界で個別の一人をどうにかしようとするのは、つまりはそういうこと。

 一応他に誰も近くにいなければなんとかなるみたいだが、裏を返せば『近くに誰かがいる』という判定が続く限りは向こうに手出しはできない、ということになるわけで。

 

 

「以上、説明終わり。サウザーさん達に私とオルタはとても助けられている、という話なのでした」

「お、おー?」

 

 

 そんなわけで、ちょっとした講義の時間は終わりを告げたのだった。……できればこうしてうだうだ言ってる内に目的地に着きたかったんだけど、ねぇ?

 

 



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楽して得られるモノもなく

 はてさて、相変わらず歩き詰めの私たちだが、目的地の影もまだ見えていない。

 一応、ショートカットをちゃんと進めていることだけは間違いないのだが……うーむ、やっぱり長いなぁ、この道。

 

 

「ショートカットなのにそんなに長いのか……?」

「前も言ったけど、一生分の行脚に比べればなんだってショートカットでしょ」

「いやまぁ、それはそうなのだが……」

 

 

 まだ着かないの?……とでも言いたげなサウザーさんに、改めて本来の行程の場合に掛かる時間を提示する私である。

 まぁ、正論が人を救ったことはない……なんてことを述べた人がいたように、この話を聞いたサウザーさんは納得するどころかさらにげんなりしていたわけだが。

 

 一応、『星女神』様に会う、ということだけを目標とするのなら、柱を一つ潜る方が簡単(?)であるというのは間違いない。

 ……それで間違いはないのだけれど、そちらの方法の場合体感する時間的には一生分のそれになるため、まず間違いなく気疲れするというか、気疲れで済めばまだいい方だというか……。

 しかもそっちの方法の場合、オルタはともかく私の場合はもっと酷いことになるし……。

 

 

「……あー、もしかして?」

「普通のパターンの場合、柱を一つ潜る度に『星女神』様との面(せつ)タイミングがあるのよ。でも私の場合、本来三つ分柱を潜ってないといけないのを後回しにしてるから……」

「一つじゃなくて三つ分踏破したあとじゃないと、目的の人(『星女神』)に会えない……と?」

「そーゆーことー」

 

 

 ミラちゃんの言葉にはぁ、とため息を返す私である。

 ……うん、こういう特別扱いならご遠慮します、というか?

 

 まぁともかく、そういう決まりごとなのだから回避することはできない、というのも確かな話。

 なのでどうにかして、安全に進める裏道はないかと探し続けている、ずる賢いキーアさんなのでしたとさ。

 

 ……で、オルタに関してもその状況だけを見れば、私と同じく試験を免除された状態ということになるのだけど……彼女の場合、宿した【星の欠片】の強度的に『想起の柱』一つ踏破すれば話は終わるため、私に比べれば遥かに楽ができるというのも間違いはない。

 ないんだけども、楽だとは言っても本来一生分(の、体感時間を)掛けて踏破するものなので、五十歩百歩どころか『死ぬほど苦労する』のと『死ぬまで苦労する』ののどちらがいいか?……くらいの地獄の選択肢であるということも間違いなかったりする。

 ……この辺り、正規ルートを通ってない【星の欠片】故の悲哀というべきか、はたまた裏口入学したんだから仕方ないでしょ、と思うべきかは微妙なところである。

 

 

「……そういえば、アイツはどうなのよ?」

「アイツというと……アクアの方?」

 

 

 そんな話をしていたら、今はここにいない相方──ジャンヌ・アクアの方のことを思い出したのか、オルタが疑問の声を上げる。

 確かに、彼女達は二人で一つの【星の欠片】。

 オルタが試練を受けるのならアクアも受けるべき、みたいな彼女の(憤り混ざりの)抗議は正当なものである、と言えなくもなさそうだが……。

 

 

「そもそもの話、【顕象】って柱との相性が良くない……いや()()()()から、あんまり関わらせていいのかよくわかんないんだよねー……」

「……良くないならともかく、良すぎる……のぅ?」

 

 

 話を横から聞いていたミラちゃんが、不思議そうに首を傾げる。

 この話に関しては、【顕象】の発生の仕方が関わってくるわけだが……。

 

 

「……まぁ、まだまだ時間は掛かるだろうし、道中の話題作りってことで今度はこれの説明しよっか」

「参考までに聞いておきたいのだが、その話が終われば目的地に着くのか?」

「たぶん着かないですね」

「長すぎるだろうこのショートカット……」

 

 

 だから一生分の行脚に比べればうんぬんかんぬん。

 ……うへぇとでもぼやきだしそうなサウザーさんを宥めつつ、改めて咳払い。

 それでは授業(?)の第二回、【顕象】と【星の欠片】の親和性についてのお話である。

 

 

「まず、【兆し】という周囲の気質──願いを集める()と、誰かの願いを叶えたいと願う【星の欠片】……って聞いてどう思う?」

滅茶苦茶相性がいいって思う

「あ、はい。だよね」

 

 

 いや、なんでそんな被せ気味なのサウザーさん。言ってることは間違ってないけどさ。

 

 ……ともあれ、【兆し】と【星の欠片】の相性が良い、というのは互いの性質が噛み合うことからも、すぐに察することができる話なのは間違いないだろう。

 その流れで【兆し】が変化したものである【顕象】とも相性がよい……というのもまた察しやすい部類であるのも間違いあるまい。

 

 だがしかし、その時点では相性はよい──あくまで()()止まりであり、()()()()と称するには足りないように思われる。

 ここで考慮すべきなのが、【星の欠片】は他の要素があると目覚めず、また無理矢理突っ込んだ場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部分。

 ──これは、相手が例え【顕象】であれ()()()()()()()()現象なのである。

 

 

「……ん?」

「言い換えると、仮に【顕象】が【星の欠片】を取り込んだ場合、最終的には【星の欠片】が【顕象】であると()()()()……みたいな構図になるってことかな」

 

 

 以前、『星女神』様が『逆憑依』関連のモノを【星の欠片】で解体するのは難しい、みたいなことを言っていたが、それでも【星の欠片】側にできることはある。

 

 ──そう、詳しい原理はわからずとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来原理もわからないのに完全に同じもの作るのは無理があるが、こと【星の欠片】に限って言えば対象への理解とできる範囲は別であるため、見たものを見たままに再現(コピー)することだけは可能。

 つまり、【星の欠片】で【顕象】を再現すること自体は不可能ではないのだ。

 

 

「さらに、本来【星の欠片】は自立意思──自分で方向性を定めるような性質を持たない。基本的には願望器の一種だから、自分から勝手に行動しようとはしない」

「……あー、だけどその性質も【顕象】を再現した場合は──」

()()()()()()()()()()()()()っていう目的をもコピーするからね。結果として、【星の欠片】の持つ願いを叶える力と、【顕象】の持つ願いを集積するあり方が噛み合いすぎてしまうってわけ」

 

 

 正確には、【星の欠片】でそこを再現すると些か過剰になりすぎてしまうきらいがある、という感じか。

 ともかく、この両者は『願い』を起点にはしていても、その向いている方向性が別々であるため、組み合わせると行ける場所が広がりすぎてしまう……というわけである。

 ……まぁ、その運用方法はどうなのか、って話でもあるから、【顕象】相手に【星の欠片】が自然発生する確率はかなり低いだろうけども。

 

 

「……そうなのか?」

「本来の【星の欠片】のポジションって、魔法のランプのそれに近いんだよね。誰かに呼ばれたからやってきて、呼んでくれた相手の願いを叶える──みたいな?」

 

 

 確かに互いの相性はいいだろう。

 だが、そもそもの話【星の欠片】は()()()()()()()()()()()()

 他の存在の願いに叶えることはほぼあり得ないのだ。

 なので、自然な環境下において【顕象】が【星の欠片】を発生させることは──こちらもほぼあり得ない。

 ……まぁ、その辺りは細かいことを言うと『逆憑依』にもほぼ確実に発生しないでしょ、ということになるのだが。

 

 

「そうなの?」

「中に人がいる分まだ発生率は高い方だろうけど、そっちの場合は逆に()()()()()()()()()()()パターンが多くなるから……」

「あー」

 

 

 そう、言い方を変えると『逆憑依』はそれそのものが能力みたいなもの。

 中に人を核として持つというのは、その人物を守るための殻として『逆憑依』を纏っている……ということにもなるわけである。

 そう考えると、スタンドとかその辺りのモノに近いのかも?……みたいな感じに思えない?と尋ねてみれば、周囲のみんなはうんうんと頷いていたのだった。

 

 はてさて、話を戻して【顕象】と【星の欠片】についてだけど。

 この両者はその起点が『願い』でありながら別の方向を向いているモノであるため、組み合わせやすく親和しやすい……という特徴を持つ。

 ……持っているが、その実向いている方向の違いが自然と互いの末路を決めてしまうわけである。【顕象】は目的、【星の欠片】は手段……という感じに。

 

 で、そうして生まれたものはどうなるかと言うと……まず間違いなく、【鏡像】とかの厄介な存在になるわけで。

 

 

「む?」

「倫理とかって人が作って人が守るモノでしょ?単なる【顕象】ならまぁ、そこら辺の感性も出来上がりの際にインプットされるけど……【星の欠片】が混ざるとその辺りも溶けちゃうから……」

「なんと?!」

 

 

 もしくは、子供に好きにやらせると時に大人がドン引くようなことをし始めるのに似ているというか。

 ともあれ、【顕象】と【星の欠片】を併発したものがブレーキのない特急電車になる、というのがほとんどのパターン。

 ゆえに、周囲に甚大な被害をもたらす可能性が高くなる……なんて予想が立ってしまうのだった。

 

 で、件のアクアについてだけど……まず【顕象】であることは間違いない。

 だがしかし、彼女の場合は単なる【顕象】ではなく【複合憑依】である。──それがもたらす影響については、以前説明した通り。

 簡単に言うと、単に【顕象】に【星の欠片】をぶち込むよりも遥かに安定する──言い方を変えると暴走の危険が少なくなる、ということになる。……え?安定するまでは他よりヤバイだろうって?

 

 ともあれ、今のアクアが安定していることは間違いない。

 ……間違いないが、だからといってこの『星の死海』になんの考えもなしに連れてきてもいいのか?……と言われると話は違ってくる。

 

 

「そもそも彼女みたいなパターンが初なわけで、どんな影響を及ぼすかは全く不明。……だったら、本人と近い上に『逆憑依』だから暴走の恐れもほとんどない相手を利用するのは間違ってない、と思わない?」

人のことを実験動物扱いしてんじゃないわよー!!

ホゲアーッ!!?

「あ、思わず燃やしちゃった」

 

 

 最終的な結論を口にしたところ、物理的に燃やされたキーアです。

 ……いや、この仕打ちは酷くね?確かに私も色々悪かったかもだけど。

 

 などと言えば、オルタはてへぺろしながら謝罪の言葉を返してきたのだった。

 うーんこの鬼畜。私が言えた義理ではないけどね!

 

 



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つらつら話せばずらずら並ぶ

「まぁとりあえずあれでしょ?下手に連れてこれないしなにが起きるかわからないから様子見、みたいな」

「まぁうん、そんな感じ」

 

 

 顔に付いた煤を拭いつつ、オルタの言葉に同意を返す私である。

 ……そもそも【星の欠片】がリアルに存在しているって時点で色々とアレなのだ、そりゃ警戒しすぎるなんてことはあり得ない……みたいな?

 まぁ無論、ぶっつけ本番的に見ていくしかないので、この警戒も単なる杞憂であるという可能性も否定できないわけだが。

 

 そんなことを言いながら、さくさくと道なき道を行く私たちである。

 ……肉の体を特殊な状態に変換しているようなモノなので、身体的な疲れが発生しないことだけがここでの利点……というようなことを語った覚えがあるけど、改めてそれを強く実感する次第である。

 こんな砂(?)まみれの道とか、普通に歩いてたら絶対筋肉痛とか捻挫とかになってるだろうし。

 いやそもそもその前に、あまりの歩きにくさに音を上げてるかも?

 

 

「それほどか?……と思わんでもないが、その口ぶりからすると他に理由があるということでいいのか?」

「おっ、聞いちゃう?そこ聞いちゃう?」

「何故にちょっと嬉しそうなのだ貴様は……」

 

 

 足元に広がる白い砂のようなもの。

 見渡す限りの地面・その全てに敷き詰められたものが一体なんなのか。

 ……いやまぁ、ほんのりその答えについては触れてるけど、明確なところは明かしてないわけだから次の話題には丁度いいんじゃないなーって。

 

 そんなわけで、疲れている様子の一同の休憩タイミングでのお話。

 第三回は『星の死海』の役目について、をお送りします。

 

 

 

 

 

 

「なんだかー、教育番組みたいな感じだにぃー☆」

「まぁ、実際そのノリではあるかなー。披露する機会のないはずだった設定を語ろうとするなら、ある程度なにかに肖った方がやりやすい、みたいなところもなくはないけど」

「ああ……一応お主の黒歴史、的な意味もあったんじゃったか……」

 

 

 ええまぁ、リアルになっちまったというか、リアルを観測してフィクションだと誤解していたというか、どっちにせよ私が道化であることは間違いない……的な意味では違いないですね?

 ……などとミラちゃんの言葉に白目を剥きつつ、適当な岩とかに腰掛けた面々へと説明の体勢に移る私である。

 

 先ほど既に触れているが、『星の死海』とは全ての壱が還り、零が生まれる場所。

 簡単に言い換えると、死した命が生まれ変わるための場所、というような感じのところになる。

 

 

「輪廻転生──地獄や天国のようなもの、ということか?」

「ちょっと違うかな。それらはまだ人としての意識が残ってたりするでしょう?──この場所は違う。人としての未練は持ち込めない。いや、()()()()()()。人としてやるべきこと全てを終え、その命の役目を全て終えたモノが還ってくる場所……ってことになるのかな?」

 

 

 仏教で言うところの成仏──輪廻の輪からの解脱、というのが近いのだろうか?

 まぁ、成仏の場合は『現世の煩悩を断ち、仏の世界に行く』というような感じであるため、それはそれで別種のモノであるような気もするのだが。*1

 

 どういうことかと言えば、この世界──『星女神』様の解釈からすると『仏になる』というのはやるべきこと全てを終えた、とは扱わないからである。

 

 

「『仏という存在に変化した』と認識するからそうなるんだけど……まぁ要するに、単なる成仏は人の世界の外に出た──単に視座が変わったと見るからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()って理屈になるってわけ」*2

 

 

 仏様達は世俗の悩みからは切り離されているというが、それでも人の世界から救いの声を聞いたりはしているわけで。

 ……いやまぁ、私は仏教にわかなので実際には色々と違うのかも知れないけれど、要するに仏だろうが仙人だろうが、己の意思がある以上は役目から逃れられてはいないのでは?……と考えたというわけである。

 

 そのため、彼らの属するような超自然的世界も、この場所から見ればまだまだ色々背負っているなぁ……ということになるわけだ。

 

 

「背負っている……のぅ?」

「そ、背負ってる。役目にしろ意思にしろ、そういったモノは最終的に消えていくもの──()()()()()()()()()()()()と定義している、と言ってもいいかな。でもこれは別に文明とかイラネー!……的な意味じゃないんで、そこは勘違いしないように」

「はぁ……?」

 

 

 よくわからん、という感じのオルタである。

 まぁ、この辺りは宗教観的なものも絡む話なので、わからないならわからないでもいい。

 前提として覚えておくとなんとなくわかりやすいよ、ってだけの話だし。

 

 

「なにがわかりやすいのよ?」

()()()()()()()()()?……ってこと。この砂は雑に言うと、()()()()()()()()なんだよね」

「……ふぅん?」

 

 

 私の言葉に問い返してくるオルタに対し、これ見よがしに見せるのは地面から掬った砂。

 私の手の隙間からサラサラと溢れるそれは、しかし特別ななにかを持ち合わせているようには見えない。

 

 ……それもそのはず、これらの砂は砂のように見えて砂ではない。

 感覚的に砂だと受け取っているが、その実これらの本質は『壱』なのである。

 

 

「いち?……ああいや、『星女神』の、ということか」

「ミラちゃん正解。──そう、この砂は『星女神』様が司るモノと同質の物体、ってことになるね」

 

 

 その言葉を聞いて、得心したようにミラちゃんが呟く。

 ……彼女の言う通り、この場を埋め尽くす『砂のようなもの』は、『星女神』様の扱うモノ──『弌』と同質のものなのだ。

 言うなれば、要素を削り取った結果最後に残ったもの、ということになるか。

 

 

「輪廻転生とか、人が死んでも魂は巡る……みたいは話があるでしょ?それが成立するのは、魂の記憶がリセットできるから。……言い換えるとリサイクルできるから、ってことになる。記憶の消去不充分で前の記憶が蘇ることもある、って辺りにリサイクル品の空気を感じないでもないよね?」

 

 

 なら、ゴミの最終処分──細かく砕いて埋めるのに相当するモノがあってもおかしくはない、みたいな?

 まぁ、この言い方だと人をゴミ扱いしているような感じになるのでアレだが……わかりやすさの面ではこれ以上もあるまい。

 

 そう、輪廻転生がリサイクルなら、それすらできなくなったモノがたどり着く場所──埋め立てなり焼却なり、そういった行為に相当する場所がここ『星の死海』である、ということになるのであった。

 

 

 

 

 

 

「ということは……この砂はプラスチックチップ*3のようなもの、ということか?」

「お、サウザーさん鋭いねー。……焼却場みたいな、的なことを言ったけどそこまですることは稀でね。基本的にここにやってきたものは細かく砕かれて新しい材料になるのさ」

 

 

 肉体・魂・精神……。

 己を示す三つのそれを粉々に砕き、以前の存在との因果を完全に断つための場所。

 それが『星の死海』であり、またそれゆえに別の見方をすることもできる。それが、先ほどから触れている『やり残し』の部分。

 ここへ自然にたどり着くということは、すなわち己のやるべきことを全て終えた、という証明。

 言い換えれば『お前は役目を全て果たしたぞ』という証左になるのである。……一種の表彰のようなもの、というべきか。

 

 まぁその辺りの話はともかく、ここに来る者達は例外なく砕かれる定めにある、ということは間違いあるまい。

 で、【星の欠片】もある意味ではその流れで生まれたもの、ということになるわけだ。

 

 

「……あー、工程は確かに同じ、ということになるかのぅ?」

「三つの要素を順番に砕いて行って、そこらに溢れる『星の砂』にする……っていうのが本来のここの目的だからね。その繰り返しの中で、たまたま変なことになってしまったのが【星の欠片】だってのは間違いじゃないよ」

 

 

 違いがあるとすれば、【星の欠片】になるものは()()()()()()()ということか。

 ……粉々に砕けてまでなお、自身のやるべきことが残っていると自認できるものだけが動き出す、みたいなことになるのかもしれない。

 どっちにしろ恐怖映像なのは間違いないが。砂まで砕いたのに喋り出すわけだし。

 

 ……ともかく、纏めるとこの世界に広がる砂は元々なにかしらの存在であり、それらが役目を終えて砂の形にまで砕かれたもの。

 そして、砂まで砕かれる条件は輪廻転生のような超自然的繰り返しも含む、あらゆるやり残しを終えた時である……ということか。

 

 

「だからまぁ、『知らず知らずの内に誰かの骸を踏んでたんじゃ?』みたいな警戒は要らないよ、オルタ。そこにあるものにはそれらの要素はないし、仮に残っていると思うのなら寧ろ侮辱になるからね」

「おおおお、思ってないわよそんなこと!!」

 

 

 それ、思ってたって自白しているようなものでは?

 ……などと言えばキレられるのは目に見えているため、口にはしない私である。

 

 ……そう、今述べたように、ここにある砂は確かにかつて人であったりしたのだろうが──今は単なる砂でしかない。

 そしてそれは悲しむことではなく、寧ろ喜ぶべきこと。

 人としての姿を捨て、砂になってしまうほどに己のやるべきことをやり通した人達なのだ。

 それは超越者達ですら早々辿り着けぬ境地。悟りの外にある真なる無。

 それに触れた彼らは、確かに『やりきった』人達なのだともう一度告げ。

 

 

「よし、休憩終わりー」

「はいはい……」

 

 

 私たちはまだ終わってないのだから、歩くしかない……と諭すように声をかけ、再び私たちは道なき道を歩き始めたのでした。

 

 

*1
仏教は『悟り』を得て、物事を正しく見ることができるようになり、最終的には俗世のあらゆる縛りから解放される……『解脱』する、という状態を目指すものである

*2
壁差(へきさ)概念。第四の壁に相当するものが、世界には無数に存在するという考え方。この考え方に則るのであれば、人の世のしがらみから逃れたとて仏の世のしがらみに囚われるだけ、ということになる。……実際にどうなのかは別として

*3
読んで字の如く、プラスチックの欠片のこと。様々な製品を作る際の材料として重宝される




五「……僕もやりきれたのかねぇ」


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そろそろなにか見えてきてもいいのでは、という嘆き

 はてさて、それからも疲れが来る度に立ち止まってあれこれと語りつつ、それでも前へ進むしかないと皆の背を押してきたわけなのだけれど……。

 

 

「……ねぇ、何日経過したのよ今」

「さぁねぇ。現実では一時間も経過してないはずだけど」

「時間歪み過ぎでしょここ……」

 

 

 それでもなお、『星女神』様の居城にはたどり着かずにいたのであった。

 

 ……まぁ、こうなることについて私は納得している。

 本来三つの柱を越えなければいけない場所に、それを無視して直行しているのだからそりゃそうだ、としかいいようがないわけなのだし。

 とはいえ、その辺りの納得はこの場所の設定を知る私だからこそ。

 他の面々は肉体の疲労こそないものの、精神的な疲れがいい加減オーバーし始めたところなのであった。

 

 まぁ、無理もない。

 この場所──『星の死海』には朝も昼も夜もない。

 空からマリンスノー*1のように『星の砂』が降り注いではいるものの、変化なんてその程度のもの。

 ……言い換えると、この場所は景色が代わり映えしないのである。

 

 歩いても歩いても近付いているのかわからないくらいのスケールに、変化のない周囲の景色。

 よく夜中の高速道路では居眠りが多い*2、なんて話があるが……ある意味今の状態はそれと似たようなもの。

 入ってくる刺激が一切変わらないため、時間感覚が余計に歪んでしまっているというわけなのだった。

 ……そもそもに時間の流れが遅いのだから、余計のことである。

 

 そりゃまぁ、こんな環境に放り込まれて無事でいられる方が不可思議……とまで考えたところで、私は一つの気付きを得た。

 

 

「あー……なるほど。そりゃそうだよね」

「……なんじゃ一体、わしらはもうギブアップしたい気分なんじゃが……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ、『星女神』様は」

「──なんじゃと?」

 

 

 もうたくさんだ、とばかりに声をあげるミラちゃんに、私はその考えこそが『星女神』様の狙い?であることを告げる。

 言い方を変えると、ここでギブアップすると向こうの思い通りになる……ということになるか。

 それを聞いた面々が、血相を変えてこちらを見詰めてくる。

 これからの発言次第ではアレだぞ、みたいな視線に思わず苦笑し──そのまま、これが『星女神』様の()()である可能性が高いことを告げたのだった。

 

 

「試練?というと……柱の?」

「そっちだとみんなに取っては単なるデストラップでしょ……いや私たちにもデストラップみたいなもんだけど。……ええとそうじゃなくて。要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って向こうが考えた……考えた?結果が今なんじゃないかな、ってこと」

「……ふむ?」

 

 

 思い返すのは、以前私がショートカットを使った時のこと。

 その時は特に苦労することもなく、『星女神』様のお膝元まで直行できたのだが……よくよく思い返してみると、その時と同じ道を使っているにも関わらず()()()()のである。

 

 

「おいィ?そういうのは始めに言うべきじゃあないのか???」

「いやごめんて……その時私を連れていってくれたのはキリアだから、その関係でなんとかなってたんじゃないかなーって思ったのよ」

「……もしかして、またなにかわしらに伝えておらんかった設定を思い出した、ということかのぅ?(こめかみピクピク)」

「端的に言うとそうなるね☆」

「いっぺん死ね!!」

ライフで受ける(すみませんでした)!!」

 

 

 いやー、ははは。

 ……うん、ごめんなさい。

 個人的に長い道についてはそこまで気にしてなかったから、気付くのが遅れたというか、前回キリアに連れていって貰った時も、道中はあれこれ考え事してたから時間経過についてきちんと認識してなかったというか……。

 とにかく、今こうして『あれ?明らかに長くね?』って思う(いとま)があったからこそ気が付けたというかなんというか。

 ……誤魔化さずに言うと、徹頭徹尾私が悪いので罵倒や攻撃は甘んじて受けます、はい。

 

 その上で言わせて貰うと、ある程度時間を掛けないとたどり着けない仕組みにされていた……もしくは()()()()()だろう、ってことも間違いではないかなーと……。

 

 

「説明、さっさとする!」

「サー!イエスサー!!」

「誰がサーだ!?」

 

 

 ってなわけで今回の授業最終回、『星女神』様のお題についての解説、はっじめーるーよー()

 

 

 

 

 

 

「まず大前提として、『星女神』様としては試練を課したくて課したくて仕方がない……って部分があるんだけど」

「傍迷惑過ぎぬか?」

「等価交換にうるさい、ってことにしといて下さい……」

 

 

 まず前提になるのが、『星女神』様は与えるだけの存在ではないということ。

 彼女からなにかを得るのであれば、それに対して私たちの側もなにかを差し出す必要性がある……という話について、だ。

 

 これはなにも彼女が意地悪をしているというわけではなく、彼女から貰うだけだとその後に思いがけぬ不運が待ち受ける可能性が高い、という部分が大きい。

 

 

「なんでそんなことに……」

「辻褄合わせの話になるのかな?彼女のそれは無から有を生じさせているようなものだから、そこにもっともらしい説明を付けないと反動が来るというか……」

 

 

 彼女(『星女神』様)という【星の欠片】は同族の中でも最小(さいだい)、言い換えればもっとも弱小(きょうだい)な存在である。

 そのことを如実に示すのが、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()部分。

 ……【星の欠片】の原理上、『無』も()()()()()()として扱っているだけなので、そこからなにかが生まれたとしても特に不思議はないのだが……それを現実という世界法則が受け入れるかは別の話。

 

 いや、設定的に正確な言い方をすると、それを認めてしまうがゆえに世界が歪む……という感じになるのかな?

 まぁともかく、なにも考えずに行動すると世界が無茶苦茶になる、ということに違いはない。

 

 なので、彼女がなにかをする場合、それが周囲に悪影響をもたらすつもりがないのであれば、必ず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()形になるのである。

 火を起こすのなら、それを広めるための火種を求め。

 水を生じるのなら、大気の中に見えないほど小さな水の粒があることを認めさせる……みたいな感じで。

 

 

「なんにもないところからモノを出したわけじゃないですよー、ってアピールするわけだね。で、この考え方は彼女の行動のほとんどに適用されるわけ」

「と、いうと?」

「相手が世界でなく個人であっても、基本的にはこの流れを踏むってこと」

 

 

 私たち【星の欠片】にとっては、『個人』という存在も世界の一つとして扱われる、みたいなことを述べたことがあると思うが、それは『星女神』様にとっても同じということになるか。

 そのため、個人の願いを叶えるような場合にも、彼女は必ず原因と結果をセットにする。

 まぁ、個人相手の場合はちょっと縛りが緩くなって、願いに対しての代価を求めるくらいに落ち着くんだけども。

 

 で、この話を今回のそれに当てはめると。

 私たちは彼女への面会を求めてここに来たわけだが、その『彼女に会う』という部分での対価はどうするのか?……という話になってくるのだ。

 

 

「……ん?」

「もっというと、ここで求められる対価は『話を聞くことに対してのもの』だけじゃなく、『彼女に会うためのもの』も余分に含まれているってことになるね」

「……なんでそんなことに?」

「あー、極論()()()()()()()ってことになるのかな……?」

 

 

 もしくは私のせい、というか。

 言い方を変えると『素直に柱の試験を受けないのが悪い』、みたいな?

 とはいえ、そこを素直に受けたくないからあれこれしてるわけだから、それをどうにかするのは不可能なわけだけど。

 

 

「……要するに、裏道を通っているから別の対価を払えと言っている、と?」

「本当ならそんなことにはならないはず*3なんだけど……そこら辺を正当化するのに施した理論武装が()()()()()()()()()()って扱いになってるというか……」

「は?」

「いやその、言ってしまうと『その方達も付いてくるのならその方達にも試練が必要ですよね?』みたいな感じというか……」

「……付いてきただけ損ではないか!?」

「そうですねごめんなさい!!」

 

 

 いやーうん。

 一応、みんなが居ないと言い訳としては成り立たない、というのは間違いではない。

 ないのだが、これは『星女神』様個人に向けての話。

 システムとしての『星女神』様に対しての対価としてみると、払いすぎになってしまうのである。

 結果、その歪みがこうしてやけに長ったらしい旅路という代価として現れている……と。

 

 因みにだが、もし仮にオルタだけ連れて付添人としての仕事をまっとうした場合、向こうに着いた途端に私だけ『想起の柱』に直行させられる、というデストラップが発生すると思われる。

 これを回避するためにはミラちゃん達を同行させる他ないが、その場合はそうでない場合と違って『星女神』様のところにたどり着くまでの時間が試練として加算される……と。

 

 私個人(&オルタ)にとってはみんなを連れてきた方が楽だが、その楽さは別ベクトルの面倒くささを引き寄せている……という、なんとも言えない話になるのであった。

 まぁうん、そもそも『星の死海』って『星女神』様の体内みたいなものだから、融通の効かないシステム面があれこれやって来るのは仕方ないってことで……。

 

 

「ふーざーけーるーなー!!!!」

再びライフで受ける(ホントにすみませんでした)!!」

 

 

 

*1
海中において、上層から下層に向けて落ちていくホコリのようなもののこと。これらは懸濁物(けんだくぶつ)と呼ばれるが、その実態は水に溶けない固体物質。わかりやすく言うと微生物や、生き物が分解される途中の有機物のこととなる

*2
周囲の視界が代わり映えせず、また基本的に減速を行うこともほとんどない為足に掛かる負担も変わらない……など、言うなれば同じ姿勢で同じ刺激を受け続ける環境が続くことにより、集中力などが途切れ眠くなってくるというもの。『高速道路催眠現象(ハイウェイヒプノーシス)』とも

*3
オルタの付添人云々の話



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公私で対応が違うのは当たり前

 はてさて、今回のあれそれが個人としての面とシステムとしての面が微妙に食い違っているために起きた事故……事故?ということを明らかにした私たち。

 こうなってくると問題なのは、この『試練だと思わしき長丁場』があとどれくらいで終わるのか誰にもわからない、ということになるだろうか。

 

 

「……なんで?」

「この試練は『星女神』様が出そうとして出したモノじゃなく、システムとしてオートで弾き出されたものだから」

「うーむ、お役所仕事の問題点……」

 

 

 言い換えると、突発的に出来上がったものなので本来多少は含まれるはずの()()が足りてない……みたいな?

 

 口煩く『星女神』様の厳しさを説いてきた私ではあるが、それが人への憎しみとか恨みのような負の感情から生まれたものではない……ということについては流石に知り得ている。

 つまりは親しき仲だからこそでてくる軽口のようなものなわけで──それによって向こうが憤慨してなにかをする、みたいなことが起きることもない……というのもまた知り得ている。

 

 総括すれば『単に苦しめるためだけの試練が自然発生するわけがない』となり、今私たちが直面しているものが自然なものではない、というのはすぐに察せられるわけである。

 いや、正確には個人のやり口としてこのやり方が自然に出てくるわけがない……という意味合いであって、この状況が色々噛み合った結果自然と導きだされたものである、ということは間違っていないのだが。

 

 ……自分で言っててなんだけど、話がこんがらがってきたんだが???

 

 

「説明し続けるとそうやってドツボに落ちる癖、いい加減直したらどうかのぅ」

「面目ない……」

 

 

 唐突に宇宙猫になった私を呆れたように見つめてくるミラちゃんに苦笑を返しつつ、一つ深呼吸。

 

 ……うん、要するに公私混同をしないのが『星女神』様だってだけで、今回の試練はその公私の内『公』の部分が強く働いた結果。

 で、『公』の方はルールに厳格であるため、そこから繰り出される試練はきっちりと規則に縛られたものが出来上がる。

 そこに『顔見知りだから』とか『相手はか弱い存在だから』みたいな容赦は一切ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という究極のお役所仕事の元、半ば以上に理不尽な話を投げ付けられてしまう……ということになるわけだ。

 

 これの厄介なところは、()()()()()()()()()()()()定められた後にはそれを課した『星女神』様自身にも、試練の変更が利かないという部分。

 そこを曲げてしまうということは、すなわち世界を曲げるに等しい。……先に語った等価交換の話に引っ掛かり、別種の理不尽を投げ付ける形でしか変えられないのである。

 

 

「と、いうと?」

「今回のがろくな装備もなく山を登れ……みたいな話だとすると、装備についてはともかく、登る山については絶対に変更が利かない……みたいな感じ?」

「……装備の途中調達は認めるが、そっちはそっちで別の試練が飛んでくる……ということか?」

「そういうこと」

 

 

 頭のいい人は話が早くて助かりますね……。

 

 今しがたミラちゃんが述べた通り、このパターンの場合『装備の調達』に関しては多少の融通が利く。

 何故ならば、この例文の場合『山を登る』部分を変えると話が別物になってしまうから。

 ゆえに、例え登る山が富士山だろうがエベレストだろうが、その目標だけは変えられない……ということになるのである。

 

 で、それゆえに変更する箇所として真っ先に目に付くのが『ろくな装備もなく』の部分なのだが……。

 確かに、ここを変更することは可能である。

 例文の場合は『山を登る』部分だけが確定事項であり、『ろくな装備もなく』に関してはどう解釈しても()()()()()()()()()()ことを禁じてはいないからだ。

 

 

「……そうか?」

「そうじゃない場合は装備を使()()()()()()()()って文になるからね。使用不可ではなく事前準備不可なんだよ、この文」

 

 

 首を傾げるサウザーさんに、私はこの文の規制について説明する。

 そう、目標部分ではなく前提部分に当たる『ろくな装備もなく』という文は、あくまでも事前に準備をしてはならないということしか告げていない。

 もしこれが常に装備を使ってはいけない、という意味ならば恐らく『ろくな装備もない()()』というような文になっていることだろう。

 ……細かく見えるかもしれないが、その細かさは【星の欠片】にとってとても重要なものである、ということも間違いない。

 

 

「それが何故かと言うと、ほんの少しの隙間でも私たちにとっては大扉みたいなものだから。……見方を変えると『隙があるなら利用して当然』みたいな考え方が主流、ってことになるね」

「ええ……?」

 

 

 そう、ほんの少しでも隙間があるのなら、私たちは十全の力を発揮できる。

 言い換えると、隙間が空けているのは余裕の現れか、もしくはその隙間を相手が利用することを期待している……ということになるのだ。

 

 なので、寧ろそれを利用しないのは相手に対して失礼な行為に当たる、ということになるのである。

 ……私が裏道探してるのも、その辺りに理由があったりなかったり。

 

 

「……あー、もしかして今回のあれこれも怒られているわけではない、と?」

「うん、寧ろどんどんやれーって感じだと思うよ。まぁそれと同時にちゃんと試練は受けてほしい、とは思ってるだろうけど」

 

 

 公の部分ではちゃんとしろと思ってるけど、私の部分ではよくやったと思ってる……みたいな?

 

 まぁその話については置いておいて、先の例文に話を戻すと。

 今語ったように、装備を途中で調達することは禁じられてはいない。

 だがしかし、同時に『途中で道具を用意する』という行為が別の規制に引っ掛かるわけである。

 ……いや、正確にいうとそれを思考の範囲に含めた時点で、新しく規制が生まれてしまうというべきか。

 

 

「……ん?どういうことだ?」

「例文だけだと指定してない規制がある、ってこと。『山を登る』『装備の事前準備禁止』以外のことは読み取れないでしょ?それはつまりなにをしてもいいってことではなく、問題が起きたらその都度新しい規制が増やされていくって意味なのよ」

「なんだと……?!」

 

 

 確かに私は先ほど『隙間を利用するのは寧ろ褒められる行為』みたいなことを述べたが……それはあくまでも相手が隙間だからこそ。

 なにもモノが置いてないだだっ広い空間を隙間とは呼ばないだろう、という極々普通の話もちゃんと関わってくるのである。

 

 先の話の場合、『装備もなく』という文は開始時点までのことしか定めておらず、開始後の調達まで縛っているわけではないからこそそこが隙間となっていたわけだが。

 それ以外の部分──具体的に装備とはどういうものを指すのかだとか、はたまた調達する際に山のモノは使っていいのか・反対に山の外から取り寄せていいのか、いっそ下山して買い集めて来てもいいのか……みたいな部分はまっさら、言い換えるとなにも決まっていない。

 

 そう、()()()()()()()()()()

 それはつまり()()()()()()()()ということと同義であり、なにもないのだから隙間という『モノとモノの間に生まれるもの』もまた発生しようがない、ということになるのだ。

 そのため、その部分の話をする場合は新たに別種の規制が()()()()()()()()()()()()()発生する、という歪なことになってしまうのである。

 

 

「なんでそんなことに……」

「【星の欠片】が法則をあれこれするものだから、かな。極端な話、あらゆる全てに含まれるっていうのは、ちょっと本気を出せば周囲のモノを好きに動かせる……ってことにも繋がるわけだから」

 

 

 では何故こんな行き当たりばったりな対処が認められているのかというと、そうでもないと【星の欠片】のやることを制御できないから、というところが大きい。

 小ささを極めた結果、なんにでも含まれている()()()()()()()()()()()()()()()のが【星の欠片】。

 それは見方を変えると、()()()()()()()()どこからでも湧いてくる可能性がある、ということにも繋がってくる。

 

 型月(タイプムーン)作品における『抑止力』の考え方が分かりやすいだろうか?

 あれは世界法則として働いているとは言われているものの、実際にどの部分が抑止力の仕業なのか、ということはわからないのだと語られている。

 その場で起きた全てが抑止力の仕業なのかもしれないし、実際には小石一つ分の干渉で誰かの足を取っただけなのかもしれない。

 ……それがあるともないとも言い辛い時、それの干渉を全く無かったと証明することはできないだろう。

 

 それと同じく、【星の欠片】は小さな世界に身を置くがゆえに、原則として確認ができない。

 確認ができないので証明ができず、それゆえにそれの干渉もまた否定できない……。

 そんなものをどうにかして制御しようとする場合、決まりきったやり方というのは悪手にしかならないだろう。

 なにせ決められて(設置されて)いる。──それはつまり、その決まりごとの中に隙間を見いだすことができる状態、ということ。

 無論、隙間の一切ない決まりごとの場合もあるが──大抵、なにかしらの穴は見つかるもの。

 

 穴に罠を仕掛けることは基本認められないため、そうなったら穴から出たあとで捕まえるしかない……ということになるのである。

 

 

「……いや、もうちょっと事前に対処するとか、そういうのは無いのか?」

「言ったでしょ、【星の欠片】はなんにでも含まれている可能性があるって。どこぞの宇宙刑事みたくマイナス一秒のタイミングで影響を生じさせることも不可能じゃない*1から、予め準備するとかあんまり意味がないのよ」

「ええー……?」

 

 

 言い換えると、能力行使の際過去と現在の境がほぼない……みたいな?

 なので、事前に対処したところでそれよりも前のタイミングで動かれたら意味がない……みたいなことになってしまうと。

 まぁ、それに関してはこっち側も同じことが言えるわけだけど……結局どっちが小さいのか、みたいな話になるので不毛以外の何物でもないというか。

 

 では、今までの話を総合して、これから私たちがどうするべきなのかというと。

 

 

「今の長距離走をそのまま続けるか、向こうの容赦を期待して別解を探すかの二つに一つ、かな」

「……後者は実質的に選べなくないか?」

 

 

 素直にこの長丁場をやりきるか、もしくはそれを降りて別の道を探すのかの二つに一つ。

 ……なのだが、今までの話を聞いた結果『後者はまた別の苦労を背負うだけになるのでは?』という結論を出したらしいみんなの言葉に、私は小さく肩を竦めるしかないのだった。

 

 ……まぁうん、そういう見方もあるよねー。

 

 

*1
謎のヒロインXXのスキル『乗着 EX』のこと。装備したという事実をマイナス1秒に発生させる荒業。要するに(装備に関しては)隙がない



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わりとドツボに嵌まるタイプ()

「何故余計な面倒を増やそうとするのか……」

「面倒を増やそうとしてるんじゃないよ、抜け道を探そうとしてるだけだよ」

「その考え方で失敗はしておらんのかもしれぬが、それに付き合わされる方の身にもなれと言わねばわからんか?」

「アッハイ」

 

 

 あらやだガチギレしてらっしゃる。

 ……今回の話、みんなキレてばっかだな?いやまぁ、その一端を担っている人間が言うことではないが。

 

 とまぁ、そんなわけで。

 結局のところ、このいつ終わるとも知れぬ長丁場は試練の一つであり、かつこれを決めたのは『公』としての『星女神』様であるため、遠慮も容赦もなく必要な分の距離を歩かされるだろう……ということが判明したわけだが。

 ……うん、中々に拷問だなこれ?

 

 

「うーん、みんなを連れてくるのがどれくらいオーバー扱いになってるか、こっちからじゃ推測できないからなー」

「そんなにか?」

「そんなに。そもそもの話をするなら、一般人はここに来れないし来ちゃいけないからね」

 

 

 そう、『公』の部分で要素を検分している以上、そこに含まれる各々の事情というものはまったく勘案されていない可能性が非常に高い。

 ……言い換えると、色んな打算の上で選ばれたものである、ということが考慮されていないということになる。

 

 どういうことかと言うと、今回のあれそれは『私(&オルタ)が柱回りの試練を避けるためにやったこと』であるが、それはあくまでも動機でしかない……と判断されている、ということ。

 で、それゆえに動機の部分は考慮しないので……結果として『本来この世界に入ること・および進むことが大きな負債となる存在』達──私とオルタ以外の面々が()()()()歩いている、という判定になるのだ。

 

 言い換えると、その分の危険という代価を支払っている、ということになるか。

 ……で、その事実を『星女神』様の公的感覚で解釈すると、進むべき距離が伸びる……と。

 

 

なんでよ!?こっちの負担増えてるじゃないの!?

「この辺り難しいんだけど……試練である以上、それは相手のためのものだからってことになるのかな?」

「はぁ!?」

 

 

 まぁ確かに、歩く距離が増えると言うのは単にこっちの負担──払うものが増えているように見えてしまうのは間違いではない。

 間違いではないが、それはあくまでも人の世の理として考えた時の話。

 彼女──『星女神』様の理論で言うのなら、寧ろ試練とは()()()()()()()()()()()()、みたいな扱いになるのである。

 なにせ、試練である以上それを越えた先には報奨がある。──越えられなければただの負債だが、越えられたのならば大いなる福音となるわけだ。

 

 

「ああなるほど、宗教的な考え方に近いのだな……」

「まぁ、そうなるのかな?試練を得ること自体が報酬に近い……みたいな?」

 

 

 よく、とある宗教の神様が『試練ばかり与えて救ってくれない』ので邪神、みたいなことを言われる時があるが……あれはその実、人が堕落しやすいことを前提として、その堕落を避けるための()()()みたいなものである……と考えると納得が行くのだ。*1

 無闇に救うとその救いに甘えて堕落するのだから、そうならないように厳しい教えを投げ続け、それでも信じられるモノのみが最終的に人として救われる……みたいな。

 

 言うなれば『なにがあっても清廉潔白でいられるように試している』ということになるわけだが、それを前提とすると試練もまた福音である、ということがわかる……かもしれない。

 あれだ、甘やかすとよくないタイプの人に厳しくしている人、みたいな。

 感謝はされ辛いけど、のちのちその対応こそ自分に必要だったと実感する羽目になるものというか。

 

 ……まぁそんな感じで、人ならざるモノの課す試練というのは、その実贈り物でもあるわけで。

 となると、試練を受ける側が厳しい枷を背負っている──試練に臨む意思を見せているのなら、それにあわせてこちらも厳しく指導せねばならない、みたいな反応になるのはそうおかしなことでもないわけで。

 

 いやまぁ、昨今の体罰禁止な風潮とは真っ向から対立するものであるので、わかりにくいのも確かなんだけどね?

 でもこう、神の愛ってそんなものというか、なんでもできる相手に依存するのは堕落への道でしかないのだから、そうやって厳しく当たるのは決して間違いじゃないというか……。

 

 閑話休題。

 ともかく、一連の流れがそういったやりとりを『是』とする『公』の部分の『星女神』様なりの愛である、ということは間違いない。

 なので、そこには一切の温情なく・奉納されたモノに見合った試練が飛んでくることもまた違いなく……ということになるのである。

 

 

「傍迷惑な……」

「一応、さっきも言ったように試練と報酬はセットだから、これが終わったあとみんなにもなにかが得られている可能性はとても高いと思うよ?」

「元はと言えばお主のせいなんじゃが???」

「いひゃいいひゃい」

 

 

 あとはまぁ、彼らの立場があくまでも()()()()()()()()()()、というのも今回の状況に影響してるのかもしれない。

 先の代価云々の話において、その価値をさらに上乗せしている形になっている……みたいな?

 

 元々今回の『星の死海』への旅は、五条さんの相棒となった相手を探るためのもの。

 ……言い換えると、この旅路をクリアしたところで他の面々に利益はほとんどないわけである。

 一応、一連の騒動の解決が早まるかも……みたいな、間接的な恩恵はあるものの……それがこの決死行(けっしこう)?に見合う代価かと問われると首を傾げるほかあるまい。

 ──つまり、ここでも代価の払いすぎが疑われる、ということになるわけだ。

 

 

「……真面目にわしらを連れていかなければ丸く収まっておったのでは?」

「さっきも言ったけど、その場合私死ぬので嫌です」

「死ねー!!そこは大人しく死んでおけー!!」

「いーやーどーすー!!!」

 

 

 こう考えると、ミラちゃん達を連れてきたのは悉く悪手に思えるわけだが……そっちの場合はことが終わった時に私という廃人が一人発生する形になるので良くないです()

 

 ……いやマジで。君らは知らんからこう臆面もなく私に死ねと言えるけど、正直単なる死の方が遥かにマシなものが飛んでくる時点でそんなん受けられるわけがないというか。

 

 っていうか元を正せばそんなものにいち一般人でしかない私が耐えられるとでも思っているらしい『星女神』様とキリアがおかしいというかだってそうだよね体を失い魂を失い精神を失うってのが三柱の試練だけどそれ単なる喪失じゃなく無限概念としての己を整える意味合いもあるから文字通り無限の責め苦だしってことは言い換えると自分を無限に粉々にしていく感覚を耐えろってことになるわけでそんなん耐えられたらそいつは一般人じゃないっていうか考え方を変えると今の私の体はそれに耐えたという扱いでここにあるわけでつまり私が三柱の試練に挑む場合見ないようにしているそれらの苦痛を改めて思い起こすみたいな扱いになって発狂するならまだしも普通に廃人になる可能性の方が高いというかなんというか……。

 

 

「わかった、わかったから!そこについては突っ込まぬから、いい加減ぼそぼそ言うのを止めんか!?」

「あ、そう?わかって貰えたならいいんだ☆」

「こいつ……」

 

 

 まぁうん。多少は誇張したけど、実際に私が『三柱の試練』に挑んだ場合に起こることとしては、わりと予測できる範囲なのは間違いないわけで。

 ……今はなんとなくで『虚無』とか使ってるけど、そこの原理とかを否が応にも体験する羽目になれば今の私とか消し飛んでもおかしくないというか、寧ろ()()()()()()()()()()()()()()()()というか。

 

 ともあれ、件の試練を受ける心の準備が全く済んでいない、ということは間違いない。

 願わくば、これからも試練なんて一切受けずに過ごしたいものだが……まぁうん、今回の『星女神』様やキリアの態度から見るに、回避し続けるのは難しいんだろうなぁ……。

 今回はまだどうにかなりそうだけど、次また同じようにこの『星の死海』に来訪しなければならなくなった時は、私も覚悟を決めなきゃいけないんだろうなぁ……などと思ってしまう私なのであった。

 

 

「……その場合、角度はどれくらいにしないとダメだと思う?」

「唐突に話を変えるなというか、覚悟という言葉に妙な意味を加えるなというか……」

 

 

 その辺りどう?……とサウザーさんに尋ねてみたところ、俺に聞くなとでも言わんばかりに額を抑えていたのだった。

 ……まぁうん、私が()()()()覚悟を決めても仕方ないだろ、ってのもわからんでもないんだけどね?*2

 

 

*1
試練しか与えないのでなく、そもそも試練自体が贈り物であるという考え方。人は放っておくと堕落するもの、という前提と併せて考えると、主がとても人のことを思っていらっしゃるのだと確信できるのだとかなんとか(なお、試練から逃げる選択肢もある、とする場合もあるとか。結局人が良いように受けとればよい、ということなのかもしれない)

*2
『ブルーアーカイブ』より、生徒の一人である『歌住サクラコ』が纏う『ユスティナ聖徒会の礼装』のあだ名(?)パッと見は普通のシスター(特に上半身)なのだが、下半身が何故かかなりの鋭角なハイレグ。そのスケベな格好は下ネタ大好き『浦和ハナコ』に『この緊迫した状況でそのような破廉恥な服装を着ることこそが覚悟なのですね!』と言った感じの誤解(?)を生じさせ、結果として彼女も水着姿になるのだった。その為、様々な作品でエグい角度のハイレグを着る人が現れる度に『覚悟』などと言われるようになってしまったとかなんとか。なお、リアルでこういうモノを履く場合はストッキングなどを併せて着用しないと、公然猥褻などで捕まる可能性があるので要注意



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面倒なことに、向こうから迎えに来るのもNGである

 はてさて、これ以上のズルはダメ(要約)と言われれば素直に歩くしかないわけだが。

 ……うーん、相変わらず近付いているという実感がないので、気分が沈んでくる感じが拭えないぞぅ。

 特に問題なのが、この分だと走っても大して変わらないだろうなぁという部分か。

 

 

「……と、いうと?」

「『公』の部分で決めている以上、どういう形であれ短縮は不可能だろうってこと。言い換えると時間なりスタミナなり、定められた量を消費しないと終わらない……みたいな?」

 

 

 疲れたように問い掛けてくるサウザーさんに、私は例を上げながら答えを返す。

 

 先んじて『星の死海』においては肉体的な負担はない、と述べたことからわかるように『スタミナ』は実際には鍵ではないだろうが……例えばこの世界の中での歩いた時間とか、はたまた精神に掛かる負担の量だとか。

 そういったモノを独自の概念で観測し、それが規定値に達した場合に次の場所へ行けるようになる……という、いわゆるノルマ方式であると思われるわけだ。

 

 で、これの問題点はノルマは一つではないという部分。

 精神的な負担の意味ではもう結構なモノだと思われるが、経過した時間がノルマに含まれる場合走り回るだけ無駄、ということになりかねない。

 じゃあだらだら歩けばいいのか?……と言われるとそれも疑問である。

 例えば平均速度がノルマに含まれていたら、それこそいつまでも試練が終わらない……なんてことになってしまうかもしれない。

 

 

「それはそれでさっきの説明で言うところの『払いすぎ』になるから、試練が楽に……はならんのか、説明的に」

「向こうの払いが悪い、ってことになっちゃうからね」

 

 

 待遇に対しての文句が試練の停滞だと考えるなら、そりゃ試練も増やされるというもの。

 

 ……これが仕事なら、待遇に対しての文句というのは基本賃金についてのものになり、仕事を増やせだなんて意味合いには取られないのだろうけど。

 生憎、このパターンの場合私たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 言い換えると進んで試練を受けている扱いになるので、その状況下で文句を言うというのは『試練が簡単すぎる』という扱いになるのだ。

 そりゃまぁ、試練が加算されるのが御褒美、みたいな扱いになるのも仕方ないというか。

 

 なので、現状の最適解はなにも文句を言わず、淡々と試練をこなすこと……なのだが、それにしたって既に結構な距離・時間を進んで来ているため、『終わりが見えない』というただ一点が他の面々の精神をガリガリ削っていることに変わりはなく。

 ……こうなってくると、この環境自体が普通の人には毒でしかないんだなぁ、としみじみ感じてしまう次第である。

 

 

「その言いぶりだと、お主にとっては今の状況は苦ではないと?」

「私だけじゃなくて、オルタにとってもそんなに苦ではないはずだよ?」

「なぬっ?!」

「黙秘!黙秘権を行使するわ!!」

 

 

 ……まぁうん、普段は意識しないようにしているものの、私も【星の欠片】の端くれではある以上、時間感覚に関してはわりとおかしい部分があるわけで。

 精神へのダメージを緩和する方法として有名なものは、心を透明にしてなにもかもをスルーする……みたいなモノがあるが、そういうのを特に意識せずに使えるだけの素養がある、と言えなくもないのである。……まぁ、原理的には普通のそれとはちょっと違うけど。

 

 で、これは同じく【星の欠片】の端くれであるオルタについても、近いことが言えてしまうわけで。

 確かにちょっと疲れてはいるものの、周囲のそれと比べると二段階も三段階も軽めであるために、密かに戦々恐々としている様子のオルタなのであったとさ。

 

 ……まぁうん、『こんなにも普通の人と認識の差があるとは思わなかった……!』とかネタに走っちゃいそうになるよね、わかるわかる。

 

 

「お主達のために走っているようなものなのに、お主達には大して苦ではないと……?」

「おおっとやぶへび。……そんな状況下でこの事実を告げるのはどうかと思うけど、これを告げないと多分先に進めないので心を鬼にして告げようと思いまーす」

「この状況で一体なにを言うつもりだ貴様は……」

 

 

 なお、その話を聞いたミラちゃんとサウザーさんは怒り心頭、という感じである。

 ……うん、巻き込んだのは私なのでその怒りについては受け止める所存だけど、その上で次の事実を語ると色々崩壊しそうだなぁ、とちょっと申し訳なく思う。

 いやまぁ、気付かなかった私が悪いってのも間違いないんだけど、その上で彼らにも責任の所在を乗せなきゃいけないのが心苦しいというか。

 

 そう口にしたことで、二人からは「責任?俺達に??なんで???」みたいな視線が飛んでくるが……うん、本当にゴメン、でもそう表現するしかねーんだわこれ。

 

 

「返答次第では貴様の首の骨を折るぞ……」

「折ってくれても構わんけど、その場合この試練一生終わらんよ?」

「は?」

「うん、改めてなんでこんなに長いんだろう今回の試練……って考えてたんだけど、多分二人が()()()()()()()()()()って認識してるからだと思うんだよね」

「は???」

 

 

 いやうん、一般的な感性ではそうなる、ってのはわからんでもないんだけどね?

 でもほら、これって試練だからさ。ついでにであろうとも実際に試練を課されているのは個人なんだわ。

 

 ……ここまで走ってこないと気が付けなかったのは、苦しそうな人物とそうでない人物の()()が別れていたから。

 そう、【星の欠片】であるかそうでないかで精神に掛かる負担が違うように見えたため、その可能性に思い至らなかったからというところが大きい。

 実際、こちらの負担が大きいなら試練が増える……という原理には沿っているように思えたのも一因だろう。

 私たちにとっては然程苦がないので()()()()()()()()()()()()()()()、逆にそうでない面々には苦が大きい──不満が多いので試練が増える、みたいな。

 

 ……トレーニングは大抵最初の内は苦痛が大きいが、繰り返す内に身体が作られていき最初よりも負担の大きいものでも然程苦ではなくなる……みたいな話が近いのだろうか?

 ともかく、彼らか苦しいのは『星の死海』で過ごすには適さない状態だからであり、それゆえそれが早く慣れるように……みたいな親切?が試練を増やす動機になる、みたいな。

 

 まぁ、本来ここに来るパターン──偶然に落ちてくる場合、必死でこの環境に慣れなければその先に待つのは自身の意味分解であるため、多少のスパルタは優しさのうち……みたいな認識もあったわけだが。

 ……言い換えると『そのままだと死ぬので死ぬ気で慣れろ』みたいな?

 

 それらの情報があったからこそ、現状がその話から微妙に()()()()()、ということに気が付かなかったわけである。

 あくまでもずれているだけで、それらの要素もしっかり存在していたのも理由の一つだろう。

 

 ……これ以上は言い訳の積み重ねにしかならなさそうなので、結論を一つ。

 全てはこの場にいるもう一人──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「はい?」

「私は『星女神』様はギブアップするのを待っている、みたいなことを言ったけど──これは『()』の部分の話。諦めた方が話が早いですよね、そんな苦労はしない方がいいですよね──っていう、人に寄り添った優しさの部分の話。それに対して『公』の部分はさっきから言ってるように、厳しさの担当。この環境において、真っ当な存在は生き辛いどころか過酷の一言。そこで必死に生きようとしているモノには、そのための強さを与えられるように更に試練を課す……のだけど、その厳しさの中の優しさに気が付けなければ、単なるDVみたいなものでしかない。──そして、この環境下ではそのDVを否定したままでは先になんて進められない。ここまでは大丈夫でも、その先に進むのならそのDVに耐えられないモノに先はないからね」

 

 

 軍隊の訓練なんかがわかりやすいだろうか。

 あれは現代人の感性からしてみればブラック以上のブラックだが、そもそも軍人が放り込まれる場所はその訓練よりなおもブラックな世界である。

 そしてその環境では泣き言も甘えも許されず、そんなことを述べた奴から死んでいく──つまりそれへの備えとなる事前の訓練は、例えどれほどキツいモノであろうと『必要なこと』でしかない……みたいな?

 

 今回の試練についても似たようなもの。

 連れてこられなければ必要はなかった、という点においては私の責であり、そこを責められるのは仕方がないものの。

 ここから引き返すには()()()()()()()()()()()より他ない。──つまり、嫌だと言っても進むしかない状況。

 

 そんな環境で否と叫ぶことに、一体なんの意味があるのか。

 一先ず元の平穏な世界に戻るために、この過酷な世界を踏破する意思を見せなければならないのではないか?

 ……大袈裟に言ってしまうと、そういう感じの状況に陥っていたわけである。

 

 そして実は──きらりんはただ一人、この場においてこの環境に適応していたのだった。

 

 

「激流を制するは清水……だにぃ☆」

「つ、()()()()()、だと……!?」

「いや待て!?前に休んだ時には疲れてただろうお主も!?」

「うん、ちょっとねー☆でもでもぉ、そのあと考え方を変えたら楽になったのー☆」

「「…………」」

 

 

 大口をあんぐりと開ける二人に対し、さっきまで疲労を隠せない様子だったはずのきらりんは、至って元気そうに微笑んで見せている。

 

 ……うん、今まで語ったことは決して間違いではない。

 ノルマがあったり、それが付き添いとして他の面々を連れてきたことで増えていたり、そういう部分の考察は間違ってはいない。

 だがしかし、一つだけ間違っていたことがあった。【星の欠片】だろうとそうでなかろうと、ノルマに差はなかった。

 それが増えた理由は、人数が多いからなんていう理由ではなかった、というだけの話。

 

 

「……うん、二人が走るの楽しめばもうちょっと早く終わってたんじゃないかなって……」

「「……嘘だっ!?」」

 

 

 苦しくないトレーニングは既にその人の血肉になっている、と言えばわかりやすいだろうか?

 苦しいトレーニングは更に上へと飛躍するためのもの。つまり試練でありそうして苦しそうにしているだけ追加で試練が増える、みたいな。

 そしてそれは別に悪意ではなく、『とても熱心な方ですね』くらいの善意……というとあれだが、より高みを目指す求道者みたいな認識になっている……という感じだろうか。

 

 あえて悪い言い方をするなら、いつまでも走っている二人がいるので、他のみんなも併せて走らされ続けている……ということになり。

 そう考えてしまうと、二人に責任がないとは言えなくなってしまう……という、なんとも酷いことになるのであった。

 

 ……いやまぁ、システム面が変な噛み合い方した結果だから、一般的に考えると二人は全然悪くないんだけどね?

 途中でなにを思ったか『ナギッ』し始めたきらりんがこういうのに適正があった、ってだけで。

 

 なおその後、二人に『ふりでいいから鍛練たのしーみたいに振る舞ってみて』と言いながら走ってみたところ、数分も経たない内になんだか本当に楽しそうに走り始めた二人がいたこと、およびそのまま『星女神』様の館についたことをお伝えしておきます。

 ……今までの苦労はなんだったんだろうね、って口に出すと宜しくないので思うだけにしておきます。

 

 



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ようやく話が進みそうです()

「いやー、なんで今までわし達は苦しい苦しいと唸っておったのかのぅ?こんなにも身体が自由に動かせるというのに!」

「ああ!俺も今や身体がとても軽い!こんな気持ちで走るのは始めて、というやつだ!!」

うわぁ……

これはひどい

洗脳でもされてるみたいだにぃ☆

──人聞きが悪いことを言わないで下さい、そうでもないとここでは上手くやっていけない、というだけの話なんですよ?──

 

 

 はてさて、無事……無事?に『星女神』様の館に到着した私たちなのだけれど。

 件の二人は一種のランナーズハイみたいな状態に陥っており、なんというか見ていて怖いのであった。

 ……いやまぁ、こうならないとそれはそれで問題があった、というわけなのだから怖がるのは違うはずなんだけども、それはそれとしてなんというか、洗脳でもされているようで空恐ろしいというか。

 

 でもまぁ、洗脳というのもあながち間違いではないのが問題というか?

 この場所は何度も言うように『公』としての『星女神』様の影響と、『私』としての『星女神』様の影響がまるで混沌の如く渦巻く場所。

 言い換えると容易くそれらの影響に振り回される可能性がある場所ということであり、それらを避けるにはきらりんのように影響を避けるか、はたまた二人のように端から片方の影響を受けっぱなしにするか、くらいしかないわけなのだから。

 ……そういう意味では、やっぱりきらりんの方がおかしいのかな?

 

 

「キーアちゃんひどーい!でもきらりんは気にしないよぉ☆だってきらりんはきらりんパワーで無敵だからにぃ☆」

──実際、きらりさんはそのパワーとアイドル力・北斗真拳の合わせ技でこの場の影響を脱しているようですからね、中々凄いことだと思います──

「……えっとぉ、褒められてるってことでいいのかな?かな?」

「大丈夫、褒められてる褒められてる」

 

 

 ともあれ、ようやくたどり着いたのだから話を進めなければ、ということで当初の目的を果たそうとする私である。

 

 

「……当初の目的ってなに?」

「なにって……そりゃ勿論……なんだっけ?」

「おい?」

 

 

 いや、冗談冗談……とは言い辛いか。

 確かに表での時間経過はほぼないと言ったものの、それが精神的な意味での時間経過を否定するモノではない、というのも事実。……っていうか、そのせいで二人があんなに()なってしまったわけでもあるので、ちょっと思い出すのに時間が掛かるのも仕方ないのだ、多分。

 

 というわけで、順序付けて思い出そう。

 まず、『星女神』様に色々聞いてみよう、という催し?があったことからだ。

 

 

「え、そこから?」

「そこから。後から思い出したこととかのお陰で、当初とは見方が異なってる部分もわりとあるしね」

 

 

 こっちの提案にオルタがマジで、みたいな顔しているが……途中で述べた通り、【星の欠片】案件は寧ろ場当たり的対応こそ最適解。

 それゆえに当初持っていた情報だけだと見えてこない部分がわらわら湧いてくるので、そこを確認するために振り返りをするのはとても理に叶っているのだ。

 決して万策尽きて総集編とかを始めたわけじゃない。無いったらない。*1

 

 

「……それ実質そうだってぶっちゃけてるようなもんじゃ」

はーい振り返りスタートー!!元々は五条さんが突然なりきり郷から脱走した、って話から始まったんだよねー」

 

 

 はい、余計なことを口走るオルタはスルーして考察&振り返りスタートー。

 事の発端は『星女神』様の説明会だけど、それが問題として取り沙汰されるようになったのはそのあと、話を聞いた面々が脱走を始めたから……という部分になる。

 

 これは、大半の『逆憑依』にとって過去の自分、というものに大しての飢餓感とでも言うものが、こちらの想定とかけ離れたものだったというところが非常に大きい。

 心にぽっかりと穴が空いたような状態、というのが表現としては正しいのだろうが……ともかく、そんな感じでなりきり郷内の大半が機能不全に陥り、結果として脱走者の捜索に外部の手を借りる必要が出てきた、と。

 

 で、それによって私とミラちゃんという懐かしのチームが出来上がったのだが……これがまぁ、なんとも効率がよく、一部を除いた面々は颯爽と郷に送り返すことに成功したのだった。

 

 

「……まぁ、よりにもよってその一部とやらが五条さんだったわけだけど」

「あー、今なにかと渦中の?」

「そう、今なにかと渦中の」

 

 

 まぁ、その一部が厄介だったわけだが。

 その一部──五条さんは、個人的にも世間的にも『なにかを聞いて脱走する』というイメージが湧かない相手であった。

 

 当時はなんとなく『そんなことをしそうにない』というイメージでの感想だったわけだが、最新(原作)の彼の話を思うとそれも納得できるというもの。

 数々の無限使いと同じく、彼もまた他の人とは視座が違ったから、というのがその理由だったわけである。

 ……まぁ、その情報が無くても『かつての親友に誓っていた』みたいな方面から、なんとなく他者への態度も察せられなくはなかったのだけれど。

 

 ともあれ、自身の心を動かされるほどのなにか、というものを持ち合わせている印象のない彼が動いたことに疑問を持ちつつ、私たちは彼を探して方々を駆けずり回り……、

 

 

「結果、彼の動機が『強くなる』というごくごく単純なものだった、と知ったと」

「まぁ、本当に()()()()()()()はこれからの話次第だけど、基本的に五条さんの目的が強くなることであるのはまず間違いないだろうね」

 

 

 敢えてツッコミを入れるのなら、()()()()()()という辺りだが……これに関してはこれからその辺りの話を聞けば自ずと判明するだろうから、ここで推測することはしない。

 重要なのは、五条さんの出奔理由は後ろ暗いモノではない、ということだろう。

 

 

「で、それを悟った辺りで五条さんに協力者がいる、ってことが判明したと」

「消える相手、だったかしら?……で、確かその相手にもなにかしらの願い的なモノがあるって話だっけ?」

「そうそう。で、その願いは恐らく五条さんと共にあることで叶う・もしくは叶いやすくなると」

 

 

 で、五条さんが連れている協力者。

 これがまたかなり強力……もしくは特定方面に特化した相手であり、これを打ち破るのであればその動機を知るより他あるまい、という結論に至ると。

 ……言い方を変えると、彼の願いを叶えない限りまた同じような挑戦?が待っている可能性が高い、となるか。

 

 

「だから、その辺りを知ってるだろう『星女神』様にコンタクトを取ろうとしたんだけど……」

ここ(星の死海)に引きこもってたから色々やらなきゃいけなくなった、と?」

「そういうことー」

 

 

 うん、本当に色々やらされたモノである。

 そのまま私が向かう方式だとヤバイので、あれこれと抜け道を探し……結果としてここにたどり着くことに成功したものの、そこまでに支払った代償は決して軽くはなかった。

 ……なにが悲しいって、このあと別の形で今回の件に関わったみんなに詫びを入れないといけないのがね……。

 いやまぁ、私個人としては死にたくない(比喩)のでやるしかなかったんだけども、それはそれこれはこれというか。

 

 

──ええ、楽しみにしていますね──

「……うへー」

 

 

 ああうん、これは死にましたわ(白目)

 ……私が死んでも代わりはいるもの、多分。

 

 まぁ、その辺りの話はそれを受けるであろう明日以降の私に投げるとして。

 ともあれ、こうして色々やらかしたりこなしたりはしたものの、どうにか目的地にたどり着いたことは事実。

 ゆえに、『星女神』様に今回の目的──五条さんの協力者についての話を聞きたいのだけれど。

 

 

──その前に、オルタちゃんの用事を済ませてからでいいかしら?──

「あ、はい。どうぞどうぞ」

 

 

 その前にパパっと終わらせるから、とでも言わんばかりの彼女の言葉に思わず頷く私である。

 オルタは「ちょっとぉ!?」と抗議の声をあげたが……まぁうん、ちょっとチクッとするというか、まぁそんな感じですぐに終わるものなので、気にせずサクッと受けて貰いたいというか。

 ここで『星女神』様のやることを拒否して変に時間を取られたくもないし、うん。

 ……などと声を返せば、彼女はしばらく唸ったあと渋々『星女神』様の方に近付いて行ったのだった。

 

 

「……あ、すぐ終わるってのはこっちから見た場合の話であって、そっちの認識では早くて一日くらいは拘束されるからそのつもりでね☆」

「はぁ?そういうの先に言いなさ(『星女神』様に頭を触れられ少しフリーズ)くぁwせdrftgyふじこlp?!?!!!?

「あ、終わったみたい」

「オルタちゃん、凄い声だったにぃ……」

 

 

 なお、死にはしないだけで死ぬほど酷い一瞬を過ごす羽目になる……と直前で告げたのは、別に意地悪ではなく心の準備をする時間を与えるためであり、かつ()()()()()()()()()()()()()()()()()である、ということをここに記しておきます。

 主張が矛盾してるって?こうしないと一瞬の世界に準備した気持ちが焼き付いてしまうから仕方ないね……。

 言い方を変えると、心の準備をした瞬間が無限に引き伸ばされ、その準備した心根を基準にした状態で審査を受ける羽目になるので想像以上にキツい、みたいな感じだけど。

 

 分かりやすく言うと、『準備した』というフィールド魔法が発動した状態で新しくカードを使う羽目になる、みたいな?

 この『準備した』という状態、あらゆる処理の次に挟み込まれるため対応札が全部無駄になるのだ。時の任意効果の発動タイミングがずっと潰されるようなもの、というか。*2

 

 精神的に意外どころかかなりキツいことになるので、そういうのを軽減するためにも深く考え始める前に審査を受ける必要があった、というわけだ。

 あと、説明しとかないとあとからうるさく言われる、みたいな部分もなくはない()

 

 ともかく、最低限の審査を終えたオルタはというと、奇声を上げながらしばらく跳び跳ねていたのだった。

 うーん、一種の尊厳破壊……。

 

 

*1
『万策尽きた』とは元々アニメーション制作現場を描いたアニメ『SHIROBAKO』のキャラクター、本田豊の口癖。アニメ制作においてスケジュールが追い付かず、結果として成果物が完成しなかった(=落ちた)時などに使われた為、そこから『アニメーションにおいて、本来放送するはずのモノが間に合わず総集編などで話数をごまかした・もしくは埋めた』と判断されるような場合に視聴者側がネタとして言うものになった。……そもそもの話、よっぽど余裕のあるスタジオでもなければアニメ制作現場は基本修羅場である、というのは念頭に置いておくべきではある

*2
『遊戯王OCG』の用語。現在のカードにはほとんど発生しない(時の任意効果を持つカードがほぼ新登場していない)ので、基本的には昔のカードについてのもの。『~時に発動できる』というテキストであるのが基本なので『時の任意効果』。この『時』というのは条件が満たされたその瞬間のことであり、いわゆるジャストタイミングでしか発動できず、そのあとに別の効果処理が挟まると発動できるタイミングを逃してしまう。わかりやすいのは『リリースして特殊召喚』。この際カードをリリースするので『墓地に送られる』時に発動できるカードの効果を使用できるように思えるが、実際には『リリースして特殊召喚するまで』が一連の流れ──すなわち間が無いため、墓地に送られたカードは発動できるタイミングを逃してしまう



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トラップ系なら効くんじゃないかと実は前々から考えてました

「なにあれ!?なにあれ!!全くわけわかんなかったんだけど!?……ああでも、なんとなくならわかるような!!?いやでも全然わかんないような!!!?」

「落ち着いてオルタ。混乱してるのはわかったから、襟を掴んで頭を前後に揺らすのは止めて」

 

 

 うーん、メンバーの大半が一時的狂気に陥ってるんだけど、これもう実質ゲームオーバーじゃないかな?(錯乱)

 っていうかオルタの感想に関してはそれ、一応まだ一次審査的なものでしかないので、後々本番相当のモノが待ち構えているわけでもあるんだけど……その辺り大丈夫?

 

 ……とかなんとかまぁ、ちょっとばかし気になることはあれども。

 ともあれ、無事にオルタの話が一段落した、ということに違いはないだろう。

 なので、今度こそ本題を尋ねるためにも、他の面々を落ち着かせに向かったわけなのだけれど……。

 

 

「……もう今すぐにでも帰りたくなってきたんだが」

「気持ちはわからんでもないけど、まだ我慢して。なんせ戻る場合もそれはそれで大変だからね。──行きはよいよい帰りは怖い、って言うでしょ?」

「先の道のりより大変だとでも!?」

「まぁ、場合によるけどねー」

 

 

 ……うん、変にハイテンションになってたせいで、一種の躁鬱状態──さっきのが躁なら、今は鬱になっているらしい。

 あからさまに沈んだ様子を見せる二人に、私は思わず苦笑いを返していたのだった。

 

 まぁ、明らかに情緒がおかしかったしなぁ、二人とも。

 一応、ハイテンションバフ的なモノであって別に悪いものではないのだが、それでもまぁいい気がしない……というのはわからないでもない。

 ……一般人はそうしないと大変ですよ、って話でもあるんでまたさっきみたいなテンションになって貰うタイミングも来るんですけどね、これが。

 

 

「嘘だろ……」

「口調が崩れるほど絶望する気持ちもわからないでもないけど、やらないと死ぬほど酷い目に合うんだから仕方ないんですよ」

「……来るんじゃなかった……」

 

 

 あーうん、埋め合わせはするのでそれで勘弁して……。

 とまぁ、どんよりしている二人を宥め賺し、ようやく『星女神』様に向き直った私たちである。

 ……で、待ちに待った本題を尋ねる前に一つ。

 

 

「……その、『星女神』様?」

──はい、なんでしょう?──

「先に来てるはずのキリアの姿が見えないんですが……」

──別件です。お気になさらず──

「えー……?」

 

 

 先にここに来ているはずにも関わらず、視界のどこにも見当たらないキリアについて尋ねたところ、返ってきたのは『ここにはいない』という簡素な答え。

 ……いやうん、こっちに戻って来なかった時点で、私たちがキリアにやったことはほとんど意味が無かった……というのはわかってたけども。

 

 そっかー、いないのかー。

 前回みたく『星女神』様に使いっ走りにされてるのかー。

 

 

──不満ですか?──

「いえ、寧ろ溜飲が下がりました」

──まぁ──

 

 

 ……うん、言い方は悪いけど『ざまぁw』って感じ?

 あれだけやったのになんの成果も得られませんでした、ってされた以上は多少なりとも鬱憤がなくもなかったけど。

 こうして便利に使われているのなら、幾らかその気持ちも解消されようというもの。

 

 まぁ、この辺りは私より他の面々の方が色々とあれだろうから、これ以上の言及は避けるけど。サウザーさんとか、この中だもかなり思うところがあるだろうし。

 

 

「ええい止めろ!思い出させるな!あれは黒歴史だ!!!」

「はいはい。……じゃあまぁ、当初の目的を果たしたいところなんだけども」

 

 

 キリアについてはそのくらいにして、いよいよ本題に入ろうと思うのだけれど。

 その前に、改めて『星女神』様の様子を確認する私である。

 ……うん、薄く微笑んでいらっしゃるんですよね、『星女神』様。

 これはあれだ、暗に『答えませんよ?』って言ってる顔だな??

 

 

「……いやいやいや、それはないじゃろ?ね、『星女神』殿?」

──(完璧で究極なアルカイック・スマイル)──

……(唖然)((;゚Д゚))

 

 

 私の言葉を受け、ミラちゃんが試しに問い掛けてみるものの……ああうん、これは絶対に答えるつもりがない時の顔ですね……(諦め)

 とはいえ、どうもこれは『答える気がない』というよりは、『答えなくても良いでしょう』って感じの顔なわけなのだけれど。

 

 

「……ん?それはどういう……」

「わざわざ口にさせるのは行儀が悪い、みたいな感じとも言う。……簡単に言うと『もう気付いてるでしょう?』って意味合いかな?」

「……おい待て、その言いぶりだと」

「いや、ここに来ないと確定はしなかったよ?だって根拠がないし」

 

 

 大雑把に言うと、この『星女神』様のお顔の意味は『今貴方が予想しているのが正解ですよ』となるか。

 

 ……まぁうん、あのレベルの隠行が使えてなおかつ他人もその対象にできる、って時点でなんとなく候補があったってのは間違いではない。

 ただまぁ、それはあくまでも状況から予測できる()()というだけであって、そこから決め打ちするには色々と足りてなかったのだが。

 ──()()()()()()()という扱いだったろう、というのも二の足を踏む要因になっていたというか?

 

 

「……間違えたら負け?」

「候補としてかなり有力なものはあったけど、それがもし間違ってたら取り返しが付かない……みたいな感じ?どう取り返しが付かないのかはわからないから、単なる勘でしかないけど」

 

 

 そこら辺を踏まえた上で敢えてこの勘を読み解くのなら、多分『間違えると変なフラグを踏む』とかになるのだろうか。

 

 ……まぁともかく、その勘を信じて予想の確信を得るためにここまでやってきたわけだけど。

 確信を得るための情報である『相手がなんのためにこちらに喧嘩を吹っ掛けてきたのか?』という部分は、どうにも答えられない話ということになるらしい。

 

 それが()()()()()()()()()()()()()()()も話してくれる様子は無いため、結局確信は得られずじまいのようだが……。

 代わりに『その予想は合っている』と言外に示しては貰えたため、『解説はできないけど解は得た』みたいな状態になったのであった。

 ……トゥルーエンドは無理だけど、グッドエンドには到達できそう……みたいな?

 

 

「それは良くないやつなのでは……?」

「あくまでモノの例えだから。……実際、相手の正体が予想通りなら、一先ず逃げられるようなこと自体は避けられるし」

 

 

 例え方が悪かったせいか、微妙な顔でこっちを見るサウザーさんに問題はない、と答える私。

 ……予想が合っていると示された今だからこそ言えるが、恐らく『失敗した時に起きること』とは五条さん達の失踪である。

 

 今は勝負の形式であるがゆえに、彼らはほどほどにこちらに姿を見せているけれど……向こうの勝ちが決まったのなら、もう二度とこちらに姿を見せることはなくなるだろう。

 そしてその場合、一度こちらが見抜けなかったという事実が【継ぎ接ぎ】されてしまうため、余計のこと探し出すことが困難になる……と。

 

 

「なんでそんなことに……?」

「どっちかというと相手側にそういうバフが乗る、みたいな感じになるのかな?『星女神』様に聞いてから行動に移してるせいで、余計にそういう付加要素が発生しやすくなっているって面もあるだろうけど」

 

 

 ただ一度失敗しただけで発生する要素としては重すぎでは?……とでも言いたげなミラちゃん達だが、何度も言うようにこれは『星女神』様になにごとかを尋ねた結果発生したトラブルである。

 それは見方を変えると、この一連の騒動の見届け役として彼女が擁立された、ということになる。

 ……言い換えると彼女のお墨付き、ということになるわけだ。

 

 それゆえ、このトラブルが終わりを告げる時、その結末は思った以上に重たいものになってしまう……と。

 今回の場合だと恐らく【星の欠片】にも見付けられないほどの隠行の使い手、みたいな()が相手に付いてしまう……ということになるか。

 そしてそれは同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という意味合いにも繋がってくる。

 なにせそれを保証するのが『星女神』様なのだ、これを否定することの難しさは既に語った通りである。

 

 

「まぁ、あくまで彼女が保証してるからこそのモノだから、彼女自身には適用されないわけだけど……」

──だからといって、私が約束を反故にするつもりはありませんので──

 

 

 ……とまぁ、こんな感じ。

 現実的に動かせる戦力としては最大値?な私が無理だとすると、もう他の誰であれ無理ということになってしまうわけだ。

 そこを回避できるだろう二人──キリアと『星女神』様は、恐らく手伝ってはくれないだろうし。

 

 ……言い換えると、今回の騒動は件の人物が『星女神』様のお墨付きを得るためのもの。

 それゆえ、こちらが敗北条件を満たしてしまうと非常に不味いことになる、というわけである。

 そこら辺を勘として感じ取っていた私は、そうならないように行動することを強いられていた……と。

 

 まぁ、それだけだったのなら単純な話だったのだが、そこに私の『試練保留』とかが加わってややこしくなって行った……とあうのが真相だろう。

 

 あとは五条さんがなんで協力してるのか、という話だけど……恐らくモデルケースにしている、ということになるんじゃないだろうか?

 

 

「モデルケース?」

「強くなりたいんだろう、って話だったでしょう?それがどこから発生した感情なのかは不明だけど、でも実際本来(原作)の彼でも足りてない、みたいな話が出てきた以上はおかしな感情だとは言い切れなくなったわけで……」

 

 

 今これを言うと後出しとか言われそうだが……五条さんの術式を考えた時、その無限を越えられそうなものというのを一つ、以前から考えていたことがあるのだ。

 

 それは、トラップ。予め置いておくタイプのもの。

 無論、単なるトラップだと微妙なので──殺傷力のないもの。意識の外に仕掛けられるものなら当たるのでは、という予測である。

 説明は注釈に譲る*1が、設定を練ればその術式を持ったキャラと五条さんを絡ませる話とか書けるのでは?……みたいに考えていたことがあったのだ。

 

 そうでなくとも、彼の無限はどうにも隙があるように思えた。

 無限──集合として見るのなら、濃度の話があってもおかしくないのにその方面の言及はされないし、みたいな感じで。

 ……そしてそれらの疑念は、彼を研究し始めた五条さん自身も感じていたことだろう。

 ゆえに彼は強くなりたいと願った。そしてそれを満たすために──、

 

 

「手本を見て自身の術式を改良した宿儺のように、五条さん自身も私に勝った相方を手本にして、無限(星の欠片)に勝てる無限を作ろうとしてるんじゃないか、ってわけ」

「……なんか、また大それた話になってきたのぅ……」

 

 

 相方の羽化(勝ち)を参考にしようとしているのではないか。

 それが、今のところの五条さんの動機なのではないか、ということになるのであった。

 

 ……なんでこう、変なところで繋がるのかねぇ?

 

 

*1
相対距離ではなく、絶対距離的な考え方。もしくは、こちらが距離を詰めるのではなく()()()()()()()()()という考え方。彼の術式を彼我の間に無限を挟むと解釈する場合、()()()()()()()()()()ならどうにもできないのではないか、というもの。『相手に接触する為には自分が近付かなければならない』状況では無限を適用できないのでは?……という感じか。無論、単に設置されているものなら遠くから攻撃するなり引き寄せるなりすればいいが、どうしても踏まなければならない場合にどうにかすることはできないのでは、とも。座標的に考えると、点Aを経由しないと目的の場所に行けない場合、その点Aを無限でスルーすることはできない(高速で通りすぎることはできても、そこを通らない別ルートを創造することはできない)という感じ。宿儺の空間指定斬撃が効いている辺り、恐らくそう間違った考え方ではないだろう(そこからいなくなるわけではないので、場所そのものを指定されると離れる以外の対処が不可能、という意味合い)



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そりゃまぁ、こんな世界なんだから一理ある

 はてさて、五条さんが以前から自分のことを最強だとは思えなくなっていたのではないかということと、最近の原作の話の流れが重なって彼の目的とおぼしきものが見えてきたが。

 そうすると、彼に協力している相方さんの動機と言うのも、その正体と合わせることでなんとなく察することができるようになる。

 

 

「と、いうと?」

「まず、隠れるって行為は基本的に弱者のすること。誰にも見付けられないほどのそれは、見方を変えると病的なほどに周囲を警戒している人物のもの……という風に考えることもできる」

 

 

 基本的に、擬態や隠れるという行為のほとんどは、その存在が他者から搾取──捕食なりなんなりされる対象であるため、それらを避ける・つまり生きるための足掻きであることが多い。

 言い方を変えると、他者に脅かされない存在はほとんど隠れることはない、ということになるか。

 

 まぁ、ほぼと言ったように獲物を取る際に相手に見付からないように隠れる……みたいな例外パターンもあるが、それでもなお『隠れる』という行為が防御的なものであることに変わりはない。

 そもそも、どんなに強者であっても睡眠の時には安全な場所に()()()()()──すなわち隠れるのだから、生きるために行う隠行は基本他者の脅威を念頭に置いたものであることは間違いないだろう。

 ……見方を変えれば、獲物が逃げるというのも自身を飢えという危機的状況に追い込む脅威である、と解釈することもできるわけだし。

 

 そんな『隠れる』という行為を、ある種極めたと言っても過言ではないその力量。

 ……それを見てまず思うのは、『そこまでする必要性があるのか?』というもの。

 まずもって、その隠蔽力は()()の一言でしかない。

 

 

「無論、本気で探すんなら見付けられるだろうけど……()()()()()()()()()()()()()って時点でおかしいよね、っていうか」

「純正ハサン級の気配遮断、だったか。……まぁ確かに、イメージとしてはアマチュアの試合に殴り込んできたプロ、くらいの差はある気がするのぅ」

 

 

 相手が相手──極小であるがゆえに通常の手段で再現すると意図せず完全再現になってしまうという性質を持つ【星の欠片】相手だから必要に見えてくるが。

 そもそも現状この世にいる【星の欠片】なんてせいぜい五人、それにしたってうち二人(キリア&星女神)はやる気なし・うち一人(オルタ)はまだまだ未熟、かつ本来ならアクアと二人で一人分……とまぁ、大半が対処の必要性すら見えない部類。

 比較的対処が必要におもえる残り二人も、明確にヤバいと思われるのは現状敵対しているとおぼしきユゥイくらいで、残る一人である私は味方である。

 ……とまぁ、その高水準な隠蔽力を活かせる相手、というのがほとんどいないのだ。

 

 無論、味方側にいる【星の欠片】達もいつ敵対するかわかったものじゃない、と警戒しているのならばそれもわからないでもないが……そういうのって、どっちかというと相手側が裏切るパターンの方が多いだろうからなんとも言えないし。

 

 

「……ああ、流石に郷に敵対するような相手ならば、五条のやつも協力しようなんて気にはならんということか」

「五条さんが強くなりたい、って思ってるのは確かだろうけど……そのために本格的に裏切り者になろう、とまでは思ってないだろうからね」

 

 

 基本的に、五条さんの行動指針は『非術師を守る』という方向性で定まっているだろうし。

 ……いやまぁ、出会った当初の彼──五条悟として中途半端だった頃の彼ならまぁ、あり得ないとも言えなくはないだろうけど。

 それにしたって限定的な話しすぎて、考慮には値しないだろう。

 

 ……ということは、だ。

 件の相方さんの能力は、どちらかというと『たまたまトップ層にも効く技能だった』だけで、端からトップ層対策のために生み出されたものではなく。

 されど、そのレベルの能力を持つからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……という考え方になるのだ。

 

 

「ふむ?」

「簡単に言うと、たまたま作った能力が【星の欠片】にも部分的ながらに効くことに気が付き、それをさらに磨くことがこれから先の脅威に対して有効な手段になることを見越して一時的な敵対を選んだ……みたいな?」

 

 

 そして恐らく、その行動を決意させたのが『星女神』様の発言だったのだろう、という話に繋がってくるのである。

 無論、先ほどの言葉通り彼女自身はこの説に肯定も否定も示さないけど……()()()()()()()()()()()()()()()なので、このまま話を続けても問題はないだろう。

 

 

「つまり……件の人物の能力は天然物ではなく、なにかしらの結果によって人為的に生み出されたもの、だと?」

「そ。言い換えると後付けの能力ってことになるけど……それが天然物と同じようにちゃんと成長することを示唆されたのなら、ある意味同じ外付けの能力である五条さんにしても、成長の余地を示されたことになる……みたいな?」

 

 

 なお、ここでいう『後付けの能力』とは、生物としての身体能力以外のもの全てのこと。

 それが先天性の物とどう違うのかというと、能力そのものの成長性の有無が比較的()()ことが多い、という話に繋がってくる。

 

 例えば『無下限術式』を例にあげると、解釈の余地はあるけどそれそのものの成長については微妙なところがある……という感じになるか。

 無限を使ってあれこれするものの、そこから発展して能力の基礎が()()()()()()()になることは無さそう、みたいな?

 

 もう少し分かりやすく言うのなら、炎系の能力者は基本的に()()()()()()()()()()()()()()()……ということ。

 能力の根幹が決まっているため、対応力は同時に応用力になってくる……という感じだろうか。

 まぁ、その辺りの話を突き詰めると『天然物の能力』とやらがそもそも該当数が少ない、という話に突き当たってしまうのだがそこら辺は割愛。

 

 ともかく、完全に完成された能力であれば、それを使ってできることは原則単なる応用に留まる。

 だがしかし、それがもし未完成な能力であるのならば──その能力は全く違うスキルツリーを伸ばすことができる、ということになるのだ。

 先の例で言うのであれば、単なる炎系の能力者ならば『炎』というものの解釈を広げるしかないが、そうでないのならばそもそも『炎』という形に捕らわれる必要もない……みたいな?

 

 そして恐らく、『星女神』様が示した成長性というのはその方向性のもの。

 ──それを五条さんにも同じように示したというのであれば、彼は『無下限』という形式から逸脱しようとしている、ということになってくるのである。

 

 

「……なんだか思ったより大事になっておらんか?」

「まぁうん、かなり大事だよねぇ。でもほら、似たような例は既に見たことがあるんだよ、私たち」

「んん?」

 

 

 己の殻、という縛りを脱しようとしている彼の姿に、なんとも言えぬ渋い顔をするミラちゃんだが……この話、そこまで突飛なものとも言い辛い。

 なにせ私たちは、既に己の殻から逸脱した人物というものを発見している。

 で、その人物というのが、なにを隠そう──、

 

 

「我らがゆかりん、ってわけ」

「まさかの!?」

 

 

 そう、ここで唐突に話に巻き込まれるゆかりんなのであった。

 いやー、まさかゆかりんがねー(棒)。

 

 

「本来の自分からの逸脱というのは、本来再現度という形で(原作)の自分に近付くことを奨励される『逆憑依』において、向かう先が完全に真反対なもの。言い換えると()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになるわけだけど。……そう考えて見ると二次創作を原典に取る、って形で納得していたゆかりんの存在が急にノイズになるんだよね」

「あー……部分的にとはいえ結構あれこれできておるしのぅ、あやつ」

 

 

 そう、本来の自分が正しいと見るのなら、そこから外れまくっているゆかりんはそもそも成立すら難しいはず。

 一応、そこら辺の理屈付けとして以前は『二次創作の八雲紫を再現している』と考えたわけだが……それが間違いであり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であると考えるとどうだろう?

 

 言い方は悪いが、原作以外は全て二次創作である。

 原作より良い結果を目指そうが、結果的に悪い事態に陥ろうが、どっちにせよ『原典ではない』という意味合いでは同じこと。

 言い方を変えると、原作より強くなってもそれが『再現度』を基準にした評価の中では無意味なものでしかない、ということになる。

 

 これは、相方さんや五条さんの現在の行動指針にしても同じこと。

 能力の成長の道筋が示されたとしても、その道を進むことが『逆憑依』として正しいかと言われればノーである。

 そして、再現度が本当に絶対的ならばその道を目指すこと自体が間違い、ということになる。

 そうして成長させた能力は、その実間違った成長だということになりかねないからだ。

 

 その説の反論となるのが、なにを隠そうゆかりんの存在そのものなのである。

 彼女は原作とはかけ離れているものの、それでもなお『八雲紫』である。そして、その能力も色々あった中で、原作に劣る部分もあれば勝りそうな部分もある、という状態にまで成長していた。あんまりこっちがその部分を認知しないままに。

 

 

「まぁ、もっとあれなことを言うと【継ぎ接ぎ】自体がおかしい、ってことになるんだけどね」

「……まぁ、割りと意味不明じゃからのぅ、そいつ」

 

 

 なお、最終的な結論はそうなった。

 ……冷静に考えなくても、『再現度』云々の話からするとノイズ以外の何物でもないからね、【継ぎ接ぎ】って。

 

 



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そりゃまぁ、誰だって苦しいのは嫌だし辛いのは嫌だよ

 さてはて、相方さん達が成長を望み、ある意味でその理想?形であるゆかりんという存在が既にいる……ということを示したわけだけど。

 そうなると、今の五条さんが目指しているのは『二次創作の五条さん』ということになる。

 

 

「二次創作の、のぅ?」

「そ。……奇しくも原作における彼は、より強い相手である宿儺に負けてしまったわけだけど*1。……その事実はある意味、ここにいる五条さんに対してより強い渇望をもたらしたんじゃないかな?」

 

 

 まぁ、その気持ちをより確かなものとして実感したのは、こうしてなりきり郷を飛び出して、最近の原作の展開を読んでからだろうけど。

 ……実際、相手の宿儺は本気を出して・もしくは出せておらず、その状況にも関わらず()()()()()()()()()()()()()()()というのは、結局五条さん側の不利を如実に示していたことになり、少なからず焦りを生んでもおかしくはなかったわけだし。

 

 ただ、本来その焦りというのは、この世界で結実することはないはずのものだった。

 不思議な現象、というものが無いわけではないこの世界だが、それでもここが現実である以上『逆憑依』達にはある程度の分別──ブレーキというものがあった。

 勿論、原作の彼らほど無茶ができるわけではない……と心の何処かで認知していたからこそのモノであることも事実だろうが、それでも彼らは虚実を問わぬ正真正銘その人物自身でもある。

 

 ならばやはり、それらのブレーキはあくまでも彼らが憑依した、核となる人物由来のモノであり──言い換えれば、それらの善性は彼ら()の存在によって担保されていた、ということになる。

 そして、それらの核は彼ら(逆憑依)という防御膜で覆われており、原則露出することはありえない。

 仮に露出することがあるとすれば、それは彼ら(逆憑依)という膜が一切合切取り払われた時、ということになるだろう。

 

 言い換えると、彼らの善性を担保する核はまず露出せず・仮に露出する事態に陥った場合でも、そもそも彼らという膜──()は失われているということ。

 ゆえに、彼らが世界や周囲を傷付ける可能性はほぼ十割の確率で()()()()()ということになるわけだ。*2

 

 その焦りが結実することはない、というのはそういうこと。

 彼らが『逆憑依』である限り、ほぼ全ての戦闘行動は単なるじゃれあいでしかなく、命のやり取りにまで至ることはない。

 数少ない例外である【鏡像】に関しても、それが対処できる範囲に収まる限りはそう問題ないだろう。

 

 

「……ああ、だからこそ【星の欠片】なのか」

「そういうこと。……まぁ、彼とは縁深い無限概念だったから、ってところも少なくはないんだろうけど」

 

 

 ──そう、問題となる種が、彼らしかいないのならそれで問題はなかったのだ。

 

 先ほど【星の欠片】に該当する存在で、敵対的なモノは今のところ一人しかいない……みたいなことを述べたが。

 この技能の説明をよく覚えている人なら、こう考えることもできるだろう。──そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 本来であれば【星の欠片】の目覚めは、一つの世界の死と同義。

 ──つまり、そもそもの話として()()()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 今回はたまたま五人も目覚めている状態にあるわけだが……真面目に考えるとこの世界、()()()()()()()()()ようなものってことになるわけで。

 ……そりゃまぁ、警戒してしまう人間が現れるのも宜なるかな、というか。

 

 もしくは、私たち以外にもまだまだ【星の欠片】達は現れるだろうと見越している、というパターンもあるだろうか?

 実際、私の存在が他の【星の欠片】に対しての呼び水になる……というような感じのことを言った覚えはあるし、そうして集まった【星の欠片】が、全て安全なものだとは限らない。

 ……いやまぁ、そもそもの話をすると安全な【星の欠片】なんていない、ってことになるのだが。

 彼らの欲求云々の話を覚えているのなら、そこに関しては異論を挟む余地はないだろうし。

 

 

「特に制限を設けなければ、基本的に新世界の秩序になりたがる、だったか?……いやそんなことを望めば、それこそそこの『星女神』に止められるのではないか?」

「その場合は寧ろ、『星女神』様がいることを承知の上で行動するヤベーやつ……ってことになるから、そこら辺の理論武装が完璧になる可能性の方が高いよ?」

「……あー、止められないような理由を持ってくる可能性がある、と?」

「そういうことー」

「うへぇ……」

 

 

 まぁ、この状況を見て、それでもなお蜂起するやつがいるのなら……の話になるわけだが。

 ……まことに不本意ながら、今ここにいる【星の欠片】の半数以上は最弱三人(トップスリー)が占めている。

 であるなれば、それらに対して明確な説得の手段を持ち合わせていなければ、そもそも蜂起なんてしないという風に見るのが自然だろう。

 

 一応、私に関して言うと、例えどれほど説得力のある話が持って来られたとしても、今ある世界を終わらせるつもりはない……と反対する気概でいるものの、他二人に関してはそこまで強情というわけでもない。

 もし仮に二人が納得──思わず唸ってしまうような理由が持ち込まれてしまった場合、彼女達は直接の手助けこそしないものの、積極的に妨害することさえもしなくなるだろう。

 ──いわゆる静観、というやつである。

 

 そうなってしまうと、実質こちら側で動かせる戦力は私だけ、ということになる。

 ……もし相手側がコンビ以上の人数でかち込んできた場合、その時点でゲームオーバーだ。

 対処の手が追い付かず、何処かのタイミングで相手の行動を素通ししてしまうだろう。

 

 なら二人に増えて手数を増やせば?……みたいなことを思うかもしれないが、その対策は相手側が更に人数を連れてきた時点でお釈迦*3だし、そもそも私が増えられるのは【星の欠片】の特性ゆえ。

 ……言い換えると、相手だって増える可能性があるということになる。

 一応、【星の欠片】の性質的に遥かに格上(かくした)相手なら増えることを否定したりもできるだろうけど、それもやっぱり個人……いや()()相手の話。

 複数の別の【星の欠片】で徒党を組まれると厳しい、というのは変わりあるまい。

 

 そこまで考えた上で話を戻すと。

 まず、相方さんの能力が限定的であるとはいえ【星の欠片】相手に効いている、というのが一つ目のポイント。

 この場合の効いているというのは『効果的である』という意味合いではなく、【星の欠片】側が禁を破らないと対処できない、という意味合いにおけるものである。

 

 

「禁?」

「前に一回触れたかもだけど……【星の欠片】は『なんにでも含まれることを否定されないほど小さいもの』だから、極論敵対している相手とかにも含まれている……ってことになるんだけど。それって要するに、制限を取っ払うと『相手から自分を生やせる』ってことになるんだよね」

「うげぇ」

 

 

 もしくは、憑依転生みたいな感じで相手の自意識を【星の欠片】で塗り潰す、みたいなこともできるというか。

 ……まぁ、理論的にはできるってだけで、その手段を積極的に取ろうとするモノは居ないわけだが。

 答えは単純、【星の欠片】にとって意思というものはとても尊いもの。特に個人のそれは、不可侵にして無闇に変化させるべからず……ということで、普段は禁則事項として制限しているのだ。

 

 相方さんのそれはまさに、その禁則を破らないと対処のできない類いもの。

 言い換えると、【星の欠片】的にはやられるととても困るもの、ということになるのだ。

 なので、普通の(?)人が【星の欠片】に対抗するためにはこれが必須になる、ということになるのだ。

 

 

「それから二つ目だけど……方向性は違うけど、無下限の考え方は【星の欠片】のそれに近い……言い換えると彼の成長の糧としては最良に近い、ってことになるかな」

「成長の糧?」

 

 

 そして二つ目のポイントは──なんやかんやで【星の欠片】は五条さんにとって親しみ深いものに近い、という話になるのだけれど……。

 長くなりそうなのでちょっと飲み物でも用意しようか、ということで移動を挟むことになったのであった。

 

 

*1
原作(2023年10月現在)における展開から。まぁメタ的に見ると色々と五条側の負けフラグはそこらにあったわけだが、あそこまで綺麗に負けるとは思わなかった人が多数だと思われる。なお、その後の展開()。……恵君これ元に戻れる?仮に戻れても酷いことになってない???……と思った人(ry

*2
ブレーキを壊すのは不可能に近く、仮に壊せてもその時点で車体はなくなっている……というような意味合い

*3
モノがダメになるという意味合いの言葉。語源として有名なモノは『阿弥陀仏を作ろうとして間違ってお釈迦様様を作ってしまった』というもの。……だが、微妙に意味合いが通らない為、『お陀仏』の言い換えなのではないか、という説もある。こちらはこちらで『鋳物を作る際の火が強すぎてダメになった』となるが、これもこれで矛盾があるとかで正確な語源はわからないのだそうな



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辿るべきお手本があるなら辿ってみたくもなるもの

「五条さんの術式って、周囲のありとあらゆるものから無限を見いだすもの、って感じのやつらしいんだよね」

「ふむふむ」

 

 

 はてさて、改めて場所を移したわけだが。そこは『星女神』様が試験を受けに来た人に、最後の質問をする時に使われる場所──見た目はお茶会(ティータイム)の会場みたいなところだった。

 ……まぁ、多人数で話をする時に使えるような場所、となるとここくらいしかなかったというだけの話なのだろうが、微妙に落ち着かない気分の私である。

 あれだ、この話が終わったあと、そのまま私の面接に移行しないだろうな?……とそわそわするというか。

 

 流石に面接が始まったら逃げることは不可能、そのまま流れで柱にシュー!超、エキサイティンッ!!……されるだけなので、可能な限り避けたい流れなのである。

 まぁ、そんな警戒をしていることがバレると、普通に逃げ道を塞がれるだけなので表面には一切出さないわけだが。

 

 それだけだと対策不足に思えるかもしれないが、何度も言うように【星の欠片】にとって精神──心とはなによりも優先すべきもの。

 それを侵害するくらいならなにもしない方が美徳、ってくらいのラインのモノなので、こうして頭の中で考えている内は問題ないのである。

 ……まぁ、相手が『星女神』様だと【偽界包括】で間接的に見抜いて(私に聞いて)きかねないので、警戒はいつまでも緩められないのも事実なのだが。

 

 そんな水面下の戦いはともかく、話題は五条さんの術式についてである。

 彼の術式──『無下限呪術』は、周囲の至る場所に無限を見出だすもの。

 言ってしまえば、彼我の間に無限を作り出すものとなるわけだが……それゆえに『彼我』の対象ではない攻撃は当たる、という弱点があったのだと思われる。*1

 まぁ、言うは易し行うは難し、それを実行できる存在というのはほぼいなかったため、()()()()()問題なかったわけだが。

 

 

「原作の宿儺はまこーらを先生として対策を見出だした、みたいなことを言ってたけど……多分、五条さんの術式って()()()()()()()()()んだよね」

「線分上?」

「プラスかマイナスかってこと。虚数云々の話があるからややこしいけど、つまるところ線分に対して左右(iの方向)に術式が拡張出来てなかったんじゃないかなって」*2

 

 

 いわゆる複素数──実数と虚数の組合わさった数字である。

 虚数そのものが存在しない数値なのでごっちゃになるが、架空の質量とここでの左右(iの方向)は別物として扱う。

 

 それを踏まえた上で五条さんの能力を語ると──まず、彼我の距離というのは基本プラスである。

 互いの距離がマイナスになる、ということは本来ありえない。一方向にのみ視点を向ければマイナスになる(五条さんの正面を測定の基礎とすれば、背後に回ればマイナスになる)こともありえるだろうが、普通に考えてそういう場合は『手前○メートル』とか『後方○メートル』と言い表すものだろう。

 

 それを踏まえると、()の術式が基本的に一方向のみに視点を絞ったモノである、というのが見えてくる。

 そうして考えた方が、術式によって現れる事象が自然と理解できるからだ。

 

 

「ほう?」

「まず、普通に使った際のバリア──止まるやつについてだけど。これに関しては単純、反比例のグラフは軸には触れられない、って奴だね」*3

 

 

 いわゆる収束、というやつである。

 特定の数字に近付いて行くけれども、決してその数値そのものにはならない……というやつだ。

 

 これは、無限に距離を割り続けるために起こること、という風に解釈できる。

 前進んだ距離の半分進む、という処理を彼我の距離という限られた中で繰り返し続けている……という風に解釈してもいい。

 

 彼我の距離という制限がある以上、何度足しても答えはその限界を越えない。

 その結果、無下限に囚われた物体は運動を止めたように見える……と。

 まぁ、原理的に考えると『止まったように見える』だけで、こちらには観測できないほどに微量な距離を進み続けていることにはなるわけだが。

 

 で、この順転の術式を強化すると、『引き寄せる』効果を持つ『蒼』になる……のだが、ここが微妙にわかり辛い。

 彼は原作で『マイナス一個のリンゴのような虚構を作り出す』と述べているが、それをするには式に虚数を代入できないといけない。

 ──そう、順序が逆なのである。

 

 確かに、無限級数には虚数を代入しても発散/収束する式というものは存在している。

 何故なら、虚数とはそれ単体ではマイナスでもプラスでもないから。

 さっき述べたように、これは線分的に考えて本来存在しない左右()方面の数値なのである。

 

 となると、さっきの『彼の術式は左右()方向に拡張できていない』という話が引っ掛かる。──出来てるじゃん、みたいな感じで。*4

 

 

「だからまぁ、敢えて言い換えるなら術式における虚数と術式拡張の上での虚数は別物、ってことになるのかな?前者が『i』なら後者は『z』みたいな?」

「……奥行きの意味合いも込めて、か?」

「まぁ、そういうこと」

 

 

 話を戻そう。

 線分Xにとっての虚数iは、グラフにした時に線分Yのそれと重なるものである。

 ……あるが、それがイコール線分Yは虚数である、となるかと言えば別の話。

 その辺の話はこれから後に触れるとして、ともあれ彼は線分Xに対してのYではなく、単に虚数を用意していたという体でさっきの話をすると。

 

 まず、距離を無限で割る際、そこに出てくる答えというのは多種多様になる。

 マイナス方向に触れなければいいのだから、そこに出てくる数値には複素数は含まれている、ということになるわけだ。

 なので、軸Xに対して虚数方向にずれた位置にいたとしても、特に問題はない。

 

 そして、答えに虚数を含む複素数を用意できるのなら、マイナスを生み出すことは容易である。

 虚数同士を掛け合わせるとマイナスになるためだ。

 なので、それ用の無限を二つ用意して掛け合わせればマイナス──引き寄せる力については説明が付く。

 彼我の位置がマイナスになるような計算式を弾き出せば、純粋に引っ張る力として扱うことは可能だろう。

 まぁ、作者本人も説明に難儀するものらしいので、これが合っているとは全く思っていないが。

 

 で、反転に関しては更に単純。マイナスが作れるのならそれを二つ掛け合わせればプラスの出来上がりである。

 

 ここまで語ってわかるのは、虚数を持ち出すわりに挙動が純粋である、という点。

 仮想の質量を作る、という点では結構おかしなことをしているが、そこ以外は単純な距離のプラスマイナスを操る能力に見える、という話になるか。

 

 

「言い換えると、無限の適用範囲が限定的……みたいな?まぁ、数字が大きすぎるからそれだけでも十分強力だけど、解釈の幅を広げられたらもっと色々できたんじゃないかなーというか」

 

 

 実際、引き寄せと弾き飛ばしが使える時点で便利である、というのは間違いあるまい。

 一方通行(アクセラレータ)みたいなことができる、という時点で対物戦闘においては敵無しに近いし、事実彼は現代最強の術師の名前を欲しいがままにしていた。

 ……が、同じく無限に関する技能を持つ存在からしてみると、もっと上を目指せたのでは?……と思わなくもないのだ。

 それができなかったのか、はたまた思い付かなかったのかは別として、だ。

 

 

「あらゆる場所から無限を見出だすって、つまるところ【星の欠片】みたいに万物の極点(さいかそう)を見出だす素質があった、ってことでしょ?現代法則において無限は異質、ゆえにそこから弾き出せる答えも異質になるんだから、突き詰めれば次元越え──どこぞの第四位さんみたいに『零次元』*5に至る目もあった、なんて嘯くこともできたかもだし」

 

 

 まぁ、実際に次元の壁を越えるのなら、それこそ単なる無限ではなく到達不能基数を用いた『本来単純な操作では越えられない壁を越える』というやり方が必要になる可能性が大だけれども。

 そこまで制御できるのか、みたいな問題があるので机上の空論のような気もしないでもないが、やれるかやれないかで言えば『可能性はある』となる方というか。

 

 ……ややこしくなったので話を戻すと。

 彼の術式の基礎である停止・収束・発散については、見た限り三次元(せんぶんじょう)に留まっている。

 なので、その次元の上──実際にそうであるかは別として、四次元(へいめん)以上からの攻撃には対処ができない、と。

 

 

「虚数の理解が及んでいても、それの活かし方が悪かった……みたいな話でもあるのかな?四元数(クォータニオン)*6まで行けてたら、擬似的とはいえ防御も出来てたんじゃないかと……」

「いや話がややこしくなりすぎておるわ」

 

 

 あ、そう?

 ……まぁともかく、もうちょっとどうにかできたんじゃ?と思ってしまう要素があり、かつ自身と同じような技能の使い方をしていて、かつ自身とは別の方向性を保った存在──【星の欠片】が、宿儺に対してのまこーらのような先生になりうる可能性、というのは十分にあるだろう。

 

 そこら辺を踏まえると、今回の五条さんがなんだか好戦的な理由もわかってくる。

 ──そう、サンプルが沢山欲しいのだ、きっと彼は。

 

 

*1
第三者、線分に対しての平面。正確には三次元上の話なので四次元相当になる。基本次元違いの相手の行動というのは、低次元側からどうこうするのは不可能に近い(線分の場合左右にしか逃げられないので、相手がその線分を全部対象にできる場合──例えばその線分が紙に書かれたモノである場合、その紙自体をどうにかされる……みたいなことをやられるとどうしようもない)

*2
より正確に言うなら、軸に対しての回転方向。線分上で回転?と思うかもしれないが、これが使えるか否かで空間把握の便利さなどが変わる画期的なモノでもある

*3
収束の例として視覚的にわかりやすいもの。X軸にしろY軸にしろ、数値が多くなると反対側の数値が0に近付いていく。つまり、『0に限りなく近付く≒収束する』。見方を反対にすると『0から限りなく離れていく≒発散する』という風にもなる

*4
なお、実際には『i』しかないのなら左にしか拡張できない。『i』を掛け合わせてマイナスを作り、さらにそれに『i』を掛けないと右にはいけない為である

*5
『とある』シリーズのキャラクター、レベル5第四席『麦野沈利』の可能性の一つ。基本的に高次元に至る方が凄そうに見えて、零次元だけは例外だったという話。極端な話、これに触れられるのなら距離や防御を全て無視できるようになる

*6
虚数を三種類使うことで三次元のグラフでありながら四次元的な利用ができるようになったもの。現代のゲームではほぼ確実に使われている便利なやつ




自分で書いててこんがらがったのでその内しれっと書き直すかもしれません。


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大抵の物事は基本的に似たような面を持つようになる

「……じゃあ、『星女神』にも喧嘩を売ってるかも、というのは……」

「そうした方が自分の糧になるから、ってことだろうね」

 

 

 今回の五条さんのあれこれが、色々あって自分のことを見直した結果である……というのが結論になるわけだが。

 ……出会ったばかりの彼のことを思い返すと、よくぞここまでという気分になってくる私である。

 なにせ、出会った当初の彼はというと、『人気があるからやってみた』というミーハーにも程がある存在だったのだから。

 いやまぁ、なりきりをするきっかけなんてそんなもんだ、と言われるとなーんも言い返せないのだけれど。

 

 

「あー……それは確かに。わしなんかアニメが始まる前からじゃったしのぅ」

「ってことは、漫画を見てからってこと?」

「いいや、書籍版の挿し絵を見てからじゃのぅ」

「あー……」

 

 

 そういえば、レーターがレーターだからどこぞのVtuberさんに似てる、みたいな感じで話題になってたこともあったっけ。*1

 まぁいわゆるカップ焼きそば現象的*2なものであり、そう時を置かずしてその話題も風化したわけだけど……。

 

 ともあれ、なりきりを始めるきっかけなんて基本的には『やってみたい』という簡素かつ純粋なものがほとんど。

 であるならば、『目立ちたい』『ちやほやされたい』程度の軽い理由で始める人間がいるのも、そうおかしな話ではない。

 

 

「まぁ、私とマシュはちょっと違ったんだけどねー」

「そうなのか?」

「うんまぁ……小説書くための練習の一環、みたいなやつだったんだよねぇ」

「へぇ」

 

 

 ……そういう始め方があるのなら、私たちみたいなパターンもあり得るだろう。

 そう、元々私とマシュの二人は、なりきりをするためになりきりをしていたというよりは、別の目的のために始めたという要素の方が強かった。

 で、その理由と言うのが『人物像の把握』。言い換えると、会話を通してその人物への理解を深める……というものだった。

 

 実際、単にキャラを理解するだけならば原作を読み進めるだけでも十分だが。

 そこから『そのキャラクターを動かそうとする』と、それはそれで別の技能が必要となってくる。

 その技能を磨くため……というとちょっと堅苦しいが、まぁそんな気分で始めたのがなりきりだった……というのが私たち二人の始まり、ということになる。

 

 まぁ、なんの因果か二次なり一次なりの小説を書く前に、こうしてその本人になってしまうというよくわからない状況に巻き込まれてしまったわけだが。

 

 ……話を戻して、五条さんについて。

 私たちが出会った当初の彼が『目立ちたい』『ちやほやされたい』というような意味合いでなりきりを始め、結果として『逆憑依』になった……という事情を知った上で、今の彼を見ると。

 なんというかこう、本来の彼はわりと生真面目だったのだろうなぁ、という感想も浮かんでくるのである。

 

 

「生真面目?」

「始めた当初はそうでもなかったけど、色々ある内に『五条悟』に近付いて行った結果、彼の思想に恭順し始めたというか……『五条悟』として恥ずかしくない存在になろうとし始めたというか。作中最強キャラとしての自覚が芽生えだした、みたいな?」

「ふむ……」

 

 

 五条悟というキャラクターは、その見た目や能力ゆえにとても華やかな存在である。

 ゆえに、そんなキャラをなりきりしてみたい……と思った時に、『カッコいいから』みたいな単純な感想が飛んでくるのもそうおかしな話ではない。

 そして、そんな単純な感想であるからこそ、その姿になれただけでも満足しうるモノであっただろう。……一種のコスプレ扱い、みたいな?

 

 だが彼は──きっかけがあったとはいえ、より五条悟らしくあることを選んだ。

 その結果、そのネームバリューに負けない存在になろうと足掻いている……。

 

 足掻く、というのは『五条悟』らしいとは言い辛い気もするが、だからこそ彼が二次創作の『五条悟』として歩み始めた証、とも言えるのかも知れない。

 そんなことを思いながら言葉を紡げば、なるほど……みたいな反応が周囲から返ってくる。

 

 

「まぁ確かに……先の先天的な能力云々の話ではないが、元から最強であるならばそれ以上を目指す意欲は湧かぬも道理。そういう意味では、最期の時にその理由が現れた原作の奴と、ここにいる奴とでは別人のようなものというのもおかしくはないか……」

「なんだかちょっと深い話になっちゃったねぇ」

 

 

 長々と語り続けたので、ちょっと疲れた。

 ……これは私の感想なので、周囲が抱くそれは長々と話を聞いたので、となるだろうが……ともかく、皆が皆疲れているということは間違いあるまい。

 

 なので、『星女神』様に密かにアイコンタクトをした私は、彼女が微笑み返して来たことを合図に一時解散をみんなに告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

「自由行動とは言うが……これ、どこまで行っていいものなのかのぅ?というか、そこらのモノは触れていいものなのかのぅ……?」

「そこまでびくびくしなくても、触っただけで死亡フラグみたいな危険物はないよ。……多分」

「そこは断言して欲しいところなんじゃがのぅ……」

 

 

 一時休憩、と言われて解散したみんなだが……そういえばここ『星の死海』だったわ、という感じで基本的に部屋の中で椅子に寄り掛かっている面々である。

 ……うん、言われてみればそりゃなんもないところなんだから、休憩も本当に休む以外することないよね。盲点ってほどじゃないけど、迂闊だったのは確かというか。

 

 とはいえ、今さら休憩はなしとも言えないし、かといってなにかしらの用意をするような暇……スペース?もない。

 外は確かにだだっ広く、仮に街でも作り出せば暇も潰せようが……その街、一時間もしないうちに消えるよと言われて心休まる人間がどれほどいようものか。

 

 ……そう、確かにこの場所は土地の問題が一切ないように見えるが、その実『星女神』様の中──言い方を変えると心象世界のようなもの。

 その造形は彼女の心次第であり、実際街のようなものを作りあげることは不可能ではないものの……言い換えると彼女の夢のようなモノなのである。

 ──つまり、彼女の一声ですぐに瓦解するもの、というわけで。

 

 それだけならばまぁ、私たちが街中で楽しんでいる間は維持に気を回して貰う、みたいな方法で顕現時間を伸ばすこともできるかもしれないが……お忘れでないだろうか、そもそもここで言う世界の支配者とは、『公私』の彼女であるということを。

 ……つまり、『私』の部分の『星女神』様が維持しようとしたところで、『公』の部分の『星女神』様が無駄と断じると酷い目にあう、ということである。

 

 具体的には、出来上がった街は常に蜃気楼のように揺れ続け、例えすぐに霧散することはないとしてもそう遠からず()()なることを予測させる……悪い言い方をすれば今にも崩れそうな街、ということになるわけで。

 そんな人工的に再現した『直死の魔眼の視界』みたいな街、誰が好き好んで進み入ろうと思うのか。

 そういうわけで、外のスペースにあれこれ作るのは不可能。

 結果として、この館の中でできることを探すしかない、ということになるのだけれど……。

 

 

「ここに来るまでに館の内部をさらっと見たが……なにもないにも程がないか?」

──そもそも私一人が居るだけの場所ですから。他人に見せる必要も、必要以上に着飾る必要もないのですよ──

「うぬぅ……」

 

 

 外観こそわりと立派に見えるものの、その実この館の中身は()()()()()

 元々『星の死海』に辿り着いた者達の目標として作られた館であり、その中ですることも単に【星の欠片】としての自覚を問うとかそういう方向であるため、長期間滞在することをまったく想定していないのである。

 

 そのため、結果として調度品とか絵画とか、こういう館なら最低限一つくらいはおいてありそうなものすら一つもない、という非常に殺風景な景色と化していたのだ。

 ……流石に、このお茶会の周囲はちょっと気にされている感じはあるけど。

 

 

「でもまぁ、それだけ。ここから一歩外に出れば、そこには全てが真っ白で現実感のない館の内装が続くだけ。そこから更に外にでても、待ち受けるのは星の砂が降り続く漆黒の景色だけ……」

気が狂いそうなのだが?

──ある意味それが狙いのところもありますからね──

「そうだここ試練の場所だった」

 

 

 思わず、とばかりに愚痴を溢すミラちゃんたちだったが、返ってきた『星女神』様の言葉に見事に撃沈していた。

 ……まぁうん、宿泊用の場所でもないし、歓楽用の場所でもない。

 基本的には苦行方面の修行を行うための場所なのだから、そりゃまぁ精神に負担をかける方向に進むのは仕方のない話、というか。

 

 まぁ、拷問に使われるという噂のホワイトルームとやらよりは人間味はあるので、そこで満足して貰うしかないだろう。

 ……そういうところと比べられる時点であれ?それはごもっとも。

 

 

「……仕方ない、ウノでもする?」

「流石に間が持たぬし、ありがたく参加しよう」

「あ、きらりもやるー☆」*3

「……なんかこう、上位存在が一人命を落としたような気が」

「?」

 

 

 その後、流石にこのまま無為に時間を過ごしても回復なんてしないだろう……ということで、遊びに精を出すこととなったのだが。

 ……なんだろ、全然関係ないところで誰かが『ぐわーっ!?』って感じに倒されたような気がするのは。

 

 そんなメタな感想を抱きながら、私たちは暫しの休憩時間を過ごしたのだった……。

 

 

*1
リゼ・ヘルエスタ氏のこと。実際並べると姉妹のよう

*2
『カップ焼きそば』と『焼きそば』は似ているが別のものである……ということから、類似・ないし模倣したものがまったく別の価値を得ることを意味する言葉。単に外見が似通っている、という意味で使われることもある

*3
『グランブルーファンタジー』のコラボキャラクター、赤城みりあのサポートスキル『みりあもやるー!』から。『アイドルマスターシンデレラガールズ』とのコラボキャラである彼女は、当時としてはそう珍しくもないSRのキャラクターであり、そこまでの注目を与える存在ではなかった。……のだが、当初の彼女のサポートスキルの効果が問題だった。その効果は『サポートメンバー時に一定確率でメインメンバーと交代する』というもの。……要するに勝手に戦線を崩壊させてしまうのである。その為、一時期の彼女は使い勝手が悪いどころか害悪のレベルで使用を推奨されないキャラにされていたのだ(一応、最初からメインに置いておけば問題はない)。運営も流石に間違ったのかと思ったのか、その後このスキルの効果は『サポート時に応援効果』といった旨のモノに変更され、この騒動は終わりを見せた……かに見えたが、新しい主人公のジョブ『エリュシオン』の登場により別の形で再燃。詳細は省くが、この二人を合わせるとどんなに強力な敵でも即死させてしまうことができるようになり、結果酷い祭りになったのだった。この事から、この台詞には『みりあも()るー』という物騒な響きも加わることになったとかなんとか



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それではそろそろお暇させて……え、ダメ?

「だー!!負けた!」

「これで今の勝敗は……どうなっているんだ?」

──皆さん大体二勝ずつしている感じ、ですね──

 

 

 はてさて、意外と白熱しているウノ対決は、いつのまにやら本題そっちのけでどこまでも加速していき──。

 結果、優勝商品まで出るレベルの大大会(だいたいかい)と化していたのだった。

 ……まぁ、商品と言ってもちょっと高級めなお茶菓子が出てくるー、くらいのものなわけだが。

 

 

「場所が場所だから、もっと良いものが出てくるんじゃないかと思ったそこの貴方、それをやると遊びで済まなくなる可能性大なので、これくらいのものでいいんですよ」

「誰に向かって説明しておるんじゃお主?」

 

 

 なお、すぐ近くに『星女神』様がいるんだから、もっと良いものを優勝商品に提供して貰うとかできるんじゃ?……とか思っている人がいるかもしれないので補足しておくと。

 

 その場合、今みたいなお遊びの大会ではなく、下手すると命のやり取りにまで発展する、ガチの試練と化す可能性が高いのでこれでいい……という話になるのだ。

 今私たちの近くに居るのは『私』の方の『星女神』様だけど、だからといって『公』の方の『星女神』様の影響が一切ない……ってわけじゃないからね、仕方ないね。

 

 ……まぁそんなわけで、色んなことそっちのけでウノ大会は白熱を極めていたわけなんだけども。

 

 

「ただいまー。まったくもう……って、なにやってるの貴方達?」

「……あ」

 

 

 そこに折よく(悪く?)戻ってきたキリアによって、色んな理由から若干暴走していた私たちは、強制的にストップさせられることになったのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「……そもそもの話、これ五条君の事情云々の時点で大分本題から脱線してたんじゃないの?」

「いやそこはほら、ここから戻ったらその辺確認してる暇とか無さそうだから、今ここで語るしかなかったというか……」

「外に出たら早期解決を目指すから、って?……それでも、本格的に語りたいのならゆかりちゃんも混ぜてあげなさいよ、この件に関しては彼女も無関係じゃないんだし。自分のことなんだから知りたいに決まってる……ってのは、貴方にもわかる話のはずだけど?」

「アッハイ」

 

 

 いやはや、母は強しというやつだろうか。……え、これに関しては関係ない?

 まぁともかく、戻ってきたキリアによって半ば迷走していた私たちは本題へと立ち戻ることになったのだが……その前に十分反省していることを示すかの如く、みんなで正座を披露していたのであった。

 勿論(?)『星女神』様も含めたみんなで、である。

 

 

「……いや、貴方までなにをやってるのよ」

──いえ、こうして誰かに怒られるのは新鮮だな、と──

「貴方まで子供ポジションに行かれちゃうと、私が困るのだけど?!」

 

 

 まぁご覧の通り、『星女神』様に関しては悪ノリの産物のようなものだったみたいだが……ともあれ、今までの流れを断ち切るには丁度よいきっかけとなったことは間違いあるまい。

 

 そんなわけで、気を取り直した私たちは本題へと回帰することになったのだけれど……。

 

 

「一応聞いておくんだけど、キリアってば今までなにしてたの?私たちのお願いを聞いて先にここに来てるはずだったのになんでか居ないし、どころか寧ろこっちに余計な問題投げ付けるみたいな形になってたし」

「え?……あ、あー。ええとその、別に貴方達のことを蔑ろにしたわけではなくてね……?」

 

 

 その前に、偉そうにこっちに説教をしてきた彼女自身、こちらから怒られる理由があることを忘れているようだったので、そこを問い質すことに。

 彼女は最初「なんのこと?」みたいな顔をしていたが……それも一瞬。

 そもそも自分が何故ここに来たのか?……という元々の理由を思い出した様子で、ほんのり青褪めながらあれこれと弁明し始めたのだった。

 

 それによれば、当初はしっかり私たちのお願いを果たそうとしていたらしいのだが……。

 

 

「まーうん、貴方達にどうしても()()()()()()()()()()()()()って彼女から聞いたら、流石に反対するわけにもいかないでしょ?」

…………(눈_눈)(無言のジト目)」

──理由はまだ言えませんが、試練以外に貴方達がここに来る必要性があったことは確かですよ?──

「それはもしかして……」

「俺達も、ということか?」

──貴方達である必然性はありませんでしたが……【星の欠片】以外の誰かの同行が必要だった、ということは確かです──

 

 

 どうにも、『星女神』様に説得されて諦めた、ということになるらしい。

 ……まぁ確かに、彼女が『必要』と言うのなら逆らう方がおかしい、というのはわからないでもない。

 

 基本的に彼女の視座は私たちとは別軸であり、ゆえにこそ『必要』などという強い表現を使うことはほとんどない。

 彼女に取ってはあらゆる全てはただ流れるものであり、それに一々干渉すること自体が無粋・ないし不必要な干渉。

 相手から求められれば応じることもあるだろうが、彼女から自発的に動くということは──その影響範囲を鑑みてもほぼあり得ないことになるのだ。

 

 そんな彼女が、わざわざ『必要』と言いおいた以上、それはもはや必然のようなもの。

 ……いや、正確には満たさないとヤバい必須フラグみたいなものだろうが、どっちにせよ結果は同じ。

 ゆえに、キリアが当初の目的を諦めたというその流れそのものには、特に疑問を挟む必要性はなかったのだが……その内容の方が、微妙に疑問点の多い話になっていたのだった。

 

 そう、内容そのものは【星の欠片】以外の同行者が必要……という、そこまで複雑でも難しいモノでもないわけだが。

 そこに付随する条件──同行者の選定についての部分が不可解であった。

 彼女の言いぶりだと、どうにも今ここにいる面々である必要性はない、ということになるわけだが。

 では逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()……という条件にも読み取れることについての否定がない、というようなパターンとはなんなのか?……という、疑問が湧いてくるというか。

 

 単純に読み取るのであれば、【星の欠片】以外の存在がこの地に足を踏み入れることに意味がある、ということになるが……。

 

 

「そこに一体なんの意味があるのか、ってことでしょ?……まぁ今回の話には関係ないことだから、今は気にせず置いておきなさいな」

「うーん、地雷でも仕掛けられているかのような、そこはかとない不安感……」

「爆発するまで対処不可、というやつじゃのぅ」

「うーん予め対処しておきたい……」

 

 

 釈然としない様子の私に、キリアが気にするなと声を掛けてくるが……うーん、喉に魚の骨が引っ掛かったような違和感というか、はたまたなにか起こるのが目に見えているのに対策を練ることを禁止されているもどかしさというか……。

 ともかく、このもやもやは暫く解消される見込みは無さそうだ。

 

 仕方ないので彼女たちの言う通り、胸のうちにしまいこんで話を戻す。

 

 

「で?『星女神』様の説得に応じたことはわかったけど、そのあとなにしてたのよ?」

「……えーと、黙秘権は……」<チラッ

──別に隠すことでもありませんし、喋って頂いても構いませんよ──

「……あー、そういえばちょびっと話題に出したこともあったから、今さら必死に隠す必要もないのね……彼女からの許可も出たから言うけど、私は『月の君』様に会いに行ってたのよ」

「……あれ?『月の君』様って行方不明になってたんだよね?……見付かったの?」

「あーうん、見付かったというか、()()()()()()()というか……」

「……??」

 

 

 で、再び話を戻して、キリアがなにをしていたのかを聞き直したのだけど。

 どうやら、以前話題に出したこともある『星女神』様の対・『月の君』様関連の用事に駆り出されていた……ということになるようだった。

 

 確か、その話題が出た時は『月の君』様が行方不明になっていて、かつ『星女神』様でも見付けられない状態になっている……みたいな話だったか。

 まぁ、その辺りは私が心配しても仕方がないということで、当時は流していたのだけれど……ふむ、今の言い方的にはこっちが見付けたというより、『月の君』様側がなにかしらの手段で自分の位置を知らせて来た……みたいなことになるのだろうか?

 

 

「まぁそんな感じ。それと付け加えて置くけど、この話は貴方にも関係あるわよ」

「へ?なんで私にも?私が必要になるパターンが見えないんだけど……」

「『なるほど、私の居ない間にそんな面白……大変なことになっていたとは。……じゃあ、私の迎えには彼女を指定することにしようかな。そっちの準備ができたら合図をしてね、ここに来るための条件とか送るから』」

…………わぁ

「泣いちゃった」

 

 

 ……わぁ、なんか知らん内に、いきなり次のトラブルが予約されたんだけど?

 泣いていいかな、泣いていいよねこれは?

 

 思わず周囲に視線を向ければ、【星の欠片】ではない面々はよく分からないという顔をしながらも、なにか面倒なことに巻き込まれたのだろうなと察した顔をしつつ……。

 

 

「「敢えて言おう、ザマァwwww」」

「ぬぐぐぐ……」

(仲が良いのですね)

 

 

 巻き込まれた被害者としての面も強い彼らは、苦笑いをしているきらりんを除いて皆、同じような煽りをこちらに投げ付けてくるのだった。

 ……ぐうの音もでねぇ。

 

 



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予約されたトラブルは誰に振り掛かるかわかったものではない

「いやー、ここに来てからずっと不満を抱えてきたが……」

「ここに来てこんなメシウマ案件が飛んでくるとはのぅ!!愉快愉快!!」

「ぬぐぐぐ……」

 

 

 ええい、ここぞとばかりに『プギャー(m9(^Д^))』しおってからに……!

 でもまぁ、ここまで巻き込んだのは私であることも確かなので、微妙に言い返し辛い気分の私である。

 それで気が済むならある程度は受け入れるべき……みたいな?

 

 

「……そうやってメシウマしてるのはいいけど、貴方達にも無関係な話じゃないのよ、それ」

「はははは無様無様……なんて?

 

 

 そんな風に仕方なく黙り込んでいたのだけれど……おや?なんか風向きが……。

 

 高笑いをあげる二人に対し、少々気まずそうに声を掛けたのはキリア。

 それほど大きな声ではないそれは、けれど二人の耳にしっかりと届いたのか。

 彼らはぎぎぎ、という擬音が聞こえそうな動きでキリアの方に視線を移していく。

 

 それを最後まで見届けたキリアは、大きくため息を吐いたのちにこう告げたのだった。

 

 

「『ほう、普通の人間も?なるほどなるほど……じゃあ彼らも私の挨拶が必要な相手ということだね、一緒に呼んで貰っても?』……だ、そうよ」

「「……神は死んだ!!」」

 

 

 あーうん、御愁傷様……?

 

 

 

 

 

 

「なんで……なんでそんなことに……」

「さっき言ってた【星の欠片】以外の人間がこの場所に向かう必要のあった理由……の、これがその内の()()って感じかしら?」

「待て!?その言いぶりだとこれ以外にもまだなにかあると!?この時点でわりと大概なのにか!?」

「あははは……黙秘しまーす」

「ノォォォォオオォォッ!!!?」

 

 

 あーうん、なんかこう……大分愉快なことになってるね、これは。

 

 唐突に発生した、今回の騒動が終わった後のイベント予約。

 端的に言うと『月の君』様へのお目通り……なのだが、どうやら今回みたいにこのメンバーで向かうことが推奨(きょうせい)されているらしい。

 

 この辺り、因果がややこしくなっているので単純に私のせい、というわけでもないらしいが……まぁうん、この面々を選定したのは私なので、そこに関しては確実に私が悪い……ってことになるのかな?

 まぁ、一々謝ったりはしないけど。さっきからずっと責められてたようなもんだし()。

 

 で、嘆きの声をあげる二人とは対照的に、特に文句も言わずにニコニコ(※正確には苦笑い)しているきらりんに声を掛ける私である。

 

 

「んー?どうしたのキーアちゃん☆」

「いや、きらりんはなんでなんにも言わないのかなーって」

「今のきらりにはー、そういうのそこまで問題じゃないからにぃ☆まぁ、みんなが不機嫌な(仲良しじゃない)のはよくないなー、とは思ってたけど☆」

「あ、左様ですか……」

 

 

 うーん、菩薩メンタル。

 そもそも言動に反して普通に常識人なきらりんが、トキさんのノリで拳法まで極めてるものだから精神性がかなり洗練されてるんだろうなぁというか。

 ……そう考えると、イチゴ味基準のサウザーさんも意外と頑張っている、って扱いになるのかなー。

 

 

「おい?そこで何故わしについてなにも言わんのじゃ??」

「いやー、ミラちゃんはミラちゃんだからほら……」

「遠回しに面倒臭いみたいな扱いをするでないわ!!」

 

 

 いやほら、最近はそこまででもないけどわりと暴走する方なのは確かだし……。

 渋いおじさまが出てきたら確実に弾けるのだから、そこがどうにかならない限り普通扱いは無理だよ……と返したところ、『それは今は関係ないじゃろうが!!』とキレられてしまった。

 ……でもほら、今のミラちゃん『月の君』様の情報気にしまくってるのがバレバレだし……。

 

 

「……な、なんのことかのぅ?」

「後で文句言われても困るから、先に言っておくけど……『月の君』様は女性だから、ミラちゃんの想像しているようなタイプじゃないよ?」

「ななににを言っておるのかわからんのぅうぅ!!とりあえずポリコレ準拠お疲れ様じゃのぅ!!」

(色々テンパってるのがバレバレね……)

 

 

 ……うん。なんとなーくだけど、彼女が『月の君』という名前を聞いて想像した相手というのが、彼女好みのお爺ちゃんなんだろうなー……みたいなのは把握していたというか。

 まぁ、誰も性別についてどころか、その見た目についてすら言及してなかったからこその珍事と言うやつなのだろうが……哀れなり、ミラ上(兄上的ニュアンス)。

 

 ……まぁうん、昨今になって色々と改善の向きが出てきたけど、やっぱりふとした時に『女性の相手なのだから男性』みたいなことを思ってしまうのは大多数だろう、みたいな話でもあるのかもしれない。

 たまーにテレビで流れてる、映像だけ映して音は無し……みたいな広告?の最後に『どんな声が聞こえましたか?』みたいなことやってるやつとか、大抵の人は同じような答えを出すだろうし。*1

 

 とはいえ、それがはたして本当に問題なのか、と言われるとまた別の問題のような気がするのだ。

 

 

「……アンタ、なんかまた別の問題発生させようとしてない?」

「そんなに深くまでは突っ込まないよ。あくまでこの『なんでもかんでも垣根を取っ払えばいいのか』ってところに疑問を感じた、ってだけだから」

「それが余計な火種だって言ってるんだけど……」

 

 

 などと話していれば、オルタが呆れたような諦めたような、微妙な表情でこちらに声を掛けてくる。

 それは多分『また脱線するのか』みたいな意味合いも含まれているのだろうが……別に今回の話に関係ないというわけでもないので、ちょっと補足して元に戻れば問題ないだろう。

 というわけで続行します。

 

 

「ガバチャーの権化……!!」

「やかましい。……まぁとりあえず話を戻すけど。昔に比べて『区別』と『差別』の判断ができなくなってるんじゃないかなー、って話」

「区別と差別?」

「例えば子守りは昔女性の役割だったけど、最近なら男性側もやるべき……みたいなことになったでしょう?」

 

 

 ジト目で見てくるオルタを華麗にスルーしつつ、例としてあげるのは子守りの話。

 女性の仕事として挙げた場合、特に負担が大きいものとして知られるわけだが……なのでまぁ、それを男性も手伝おう・ないし率先してやろうという最近の風潮は真っ当なものだと思う。

 ……思うが、それがはたして本当に()()()()()()()()()()という点では、まだまだデータが足りないところがあるように思われる。

 

 

「なんでよ?」

「一番わかりやすいのは()()()()()()ことかな。男性が手伝うって場合、基本的に子供に与えるのは粉ミルクってことになるけど……使う場合と使わない場合、一月で大体一万円近く出費が増えるわけ」

「それは……微妙に痛いわね」

「そう、()()()、ね。……あとは、外へ出掛けるとなると荷物が増える、みたいな部分もあるわね」

 

 

 わかりやすいのは、お金が掛かるというもの。

 ……微妙とは言うが、月一万円を捻出するとなると困るのも確かな話。

 そもそもミルク代以外にも子供の養育にはお金が掛かる。

 ……となれば、昔みたいに男性ばかりが働いてどうにかなる、という状況も少なくなるだろう。

 結果、子供をずっと見ていられる時間がなくなり、保育園などに預ける必要が出てくる……と。

 

 実のところ、保育園や幼稚園というのは義務教育ではない。

 言い方を変えると()()()使()()()()()()()()()()と言い張ることもできるのである。*2

 これらのことを総合すると見えてくるのは、子供の為にお金を稼ぐことで、子供と一緒にいる時間が削られているのではないか?……ということ。

 

 まぁ、これはかなり極端な話*3なのであくまで問題提起として置いておくが……他にも、男性が子育てをするという部分において、問題になりそうな話というのは存在している。

 

 

「さっきの保育園繋がりで言うなら、男性が迎えに行ってたりすると噂になりやすい、みたいなのがあるね」

「噂?」

「『あそこの奥さん、旦那さんに迎えに来させてるのね』みたいな周囲の奥さんの噂話」*4

「あー……」

 

 

 言い換えれば、女の敵は女……みたいな?*5

 自分のところではない、他の家庭というのはその内部事情が見えない以上、どうしても想像でモノを語りやすい部分である。

 で、意外と常識というものに縛られている彼ら彼女らは、そういった場で他と違うことをしている人を見ると変な噂を作り出しやすい……と。

 

 この辺りはわかりやすく言うと『村八分』とかの『自分達と違うことをしているものは異物として弾く』精神がほんのり作用した結果だろうが……まぁうん、言って変わるとも思い辛い部分なのでどうにかできるかは微妙というか。

 

 で、この話を拡大していくと『マイノリティ』達の話に突入して行く……と。

 

 

「……微妙に戻ってきたわね」

「問題の根幹としては、そう違わないからね。見方を変えれば誰だって少数派になることはある。あるけど、そこで少数派の意見を採用しろ、と言われて採用できるか否かはまた別の話だから」

 

 

 例えば、既に付き合っている同性同士のカップルがいたとして。

 彼らが『自分達を認めて欲しい』というのは、まぁ特に問題は無いだろう。

 ()()()()()()()()()()()()という証明が難しいのは異性間であっても同じなので、そこをあーだこーだと言うのはまた別問題だろうし。

 

 ……そういう意味で、ここで引っ掛かってしまうのは()()()()()()()()()()()になる。

 何故かと言えば、通常の場合は普通に違法になるものが彼ら相手だと糾弾しにくくなるから、というところが大きい。

 

 

「これは性的マイノリティに限らず、人種的な話の時も同じなんだけど……『特定の集団に属している』から迫害されるのと、問題や事件を起こしたから取っ捕まるのでは意味合いが違う……って部分が混同されやすく・もしくは意図的に混同し始めることがある、って話ね」

「あー、一部のアホがやらかす……みたいな?」

「そうそう」

 

 

 日本人だけなのかは定かではないが、基本的に集団を評価する時に善行に関しては全体を、悪行に関しては個人を見て判断する……ということがとても多い。

 いわゆる連帯責任的なあれとも言えるが、ともかく悪目立ちする個人が属している集団、というのは同じように悪目立ちするように思えてくるのである。

 

 それがあるからこそ、そういう偏見は良くない……みたいな話も持ち上がって来たわけだが、ここで悪目立ちする奴らがその話を悪用し始めたので話がややこしくなったというか。

 ……結局集団(マイノリティ)の中でのマジョリティが不利益を被っているわけだが、ここでおかしいと思えないとヤバいわけである。

 少数派が集まった中ですら、さらにその中の少数派が無茶苦茶やっている……という事実に。

 

 

「まぁ、そういう手合いって陣頭指揮には向いてるんだけどね。でもあくまで革命を主導するのに向いてるだけで、革命後に政治を回すのには全く向いてないというか」

「……で、その話が今回のあれそれにどう関係あると?」

「『月の君』様は、そういう意味ではマイノリティの極致だって話」

「はい?」

 

 

 それで、それらの話がどう今回の話に関係してくるのかと言うと。

 件の『月の君』様は、見方によってはマイノリティの代表みたいなモノでもある、という話になるのであった。

 

 

*1
公益社団法人ACジャパンが提供している映像『聞こえてきた声』のこと。漫画風の背景と文字・一部SEのみが映し出され、最後に『その文字はどんな風に聞こえたか』と問い掛ける。気付かないうちに決め付けを行っていないか?……という啓発系の作品

*2
因みに、2019年時点で保育園にも幼稚園にも通っていない3歳以上の幼児は、全国で14万人ほど居たとのこと

*3
()()()子供は幼稚園や保育園に通わせる。これは、別に子供の面倒を見る暇が無いからという意味合いではなく、そこに通わせることで他の子供達との関係を持って欲しい……みたいな部分も含まれている、立派な『子供の為の行動』の一つである。結局のところ正解は子供の数だけある、ということになるか

*4
噂話は基本相手の人権を無視するモノである、とも

*5
夫の話をしているが、その実この噂が指摘しているのは『夫にやらせて自分は他のことをしている』妻への非難である、という意味



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彼女は月の君、ある種の父のようなものだ(女性だけど)

「マイノリティの極致、ねぇ」

「あくまで結果的には、だけどね」

 

 

 少数派の代表、みたいな面があるのが『月の君』様……という話に突入したわけだが、これはある種『星女神』様の対だから、みたいな部分もなくはない。

 彼女があらゆるモノを含む存在であるがゆえに、『月の君』様はあらゆる要素から弾かれた存在として成立している……みたいな?

 まぁ、実際のところその真価というか本質というか、そういうモノを感じ取ることは私たちにはできないのだが。

 

 

「そりゃまた、なんでよ?」

「認知の結果として本当に『無い』のなら、なにも見えないし聞こえないはずだから。……極端なことを言うと、『月の君』様が存在する、ってことを証明できないのよ」

 

 

 完全になにもないのであれば、それを認知するきっかけすら掴めないだろう……みたいな?*1

 そのため、普通の人間の感性で言うと『居ても居なくても同じ』ということになるのである。

 ……え?だから今まで見付けられなかったんじゃないかって?本来なら同質の存在である『星女神』様には効かないんですよ、その隠蔽能力……。

 

 

「そうなの?」

「正確なところを言うと、彼女と『星女神』様は物質と反物質の関係に近くてね?だから例え本気を出してお隠れになっても、同じように『星女神』様の方も本気を出せば打ち消し合いがどこかで発生するモノなのよ」

 

 

 いわゆるアクティブソナーみたいなもの、というか。*2

 もしくはなにもないのと全てがあるという状態は反転関係であるため、どちらかを極端まで満たすと片方が成立しない状況が生まれるもの……みたいな感じだろうか。

 どちらも無限概念であることは変わらないので、本来埋まらない世界という器を擬似的に埋まったことにできる……とも言えるかな?

 

 まぁともかく、互いに全力であるならば必ず接地面が生まれ、結果として打ち消し合いが発生し互いが何処にいるのかわかる……というのが彼女達の関係である。

 そういう意味で、『星女神』様の探知が効かないというのはわりと異常事態であった。

 少数派の極致であるとはいえ、『星女神』様に探知できないとなると最早少数どころではなく完全に無くなった、と考えてもおかしくはないくらいに。

 

 

「そう考えると……『月の君』様側も能力の解釈を新たにした、ってことなのかもしれないなぁ」

「能力の解釈、ねぇ。……そういえば水系の能力者、みたいなこと言ってなかった?」

「おっと、よく覚えてるね?そうそう、『月の君』様は水系の能力──もっと言えば、()をその基盤とするお方だよ……って、ん?」

 

 

 ……おっと、そういえばちょっとだけ触れたこともあったか。では、その時のおさらいも含めて。

 

 ここで言う『月の君』様は、以前ジャンヌ・アクアの騒動の時に触れた『海関連の【星の欠片】』、その人で間違いない。

 まぁ、あの時も触れたように、【星の欠片】として顕現している場合は即世界の終わり、みたいな存在なので、恐らくは色々と変質・ないし裏技を使っていることは間違いないだろう。

 

 ……ん?ってことはもしかして、『月の君』様は今【星の欠片】としての姿──バッドエンドを迎えた時のそれじゃなくて、本来の人の姿でやって来ている……?

 なるほど、だったら『星女神』様が感知できないのも仕方ない。

 なにせ人の時の『月の君』様ってば、元々悪神と化した『星女神』様を討伐するために現れた反存在……みたいな人物だったから。

 

 

「……んん?なんか今さらっと新しい話を捩じ込まなかった?」

「新しいというか、説明してなかった話というか……まぁ、今までの話をしっかり聞いてたら、なんとなく察せるレベルの話だと思うよ?」

こっちが察せられるのと、アンタが説明してないのは別問題なんだけど?

「お、おう……ごめんて……」

 

 

 し、仕方なかったんや……実際にこっちに来てるのを確認した『星女神』様はともかく、迂闊に『月の君』様の話をすると色々ヤベーから……。

 まぁ、今現在はその存在がこちらに害のない状態で安定している、ということが判明しているため、話題にあげることを遮るような障害はなにもない、ということになるわけだが。

 

 そんなわけで、ここからちょっと『月の君』様の詳細解説のお時間である。

 説明しとかないと後で怒られそうだからね、仕方ないね。……なので五条さんと相方さんに置かれましては、まだまだ現実世界で待っていて頂きたく……そういえばこっちって時間の流れが違うんだっけか。じゃあ謝る必要はないな!()

 

 というわけで、開き直って全部説明する勢いで解説する所存である。張り切っていこー。

 

 

 

 

 

 

「まず、名前の『月の君』がなにを示してるのか、だけど」

「そんな細かいところから説明する必要があるの?」

「彼女を理解するには一番必要な部分だからね。……なんで彼女が月なのかっていうと、『星女神』様が地球だからなんだよね」

「……はい?」

「言い方を変えると、二人は惑星と衛星の関係ってこと」

 

 

 わかりやすいのは、『神咒神威神楽(かじりかむいかぐら)』の主人公・坂上覇吐とラスボス・波旬の関係だろうか。*3

 ……そう、『星女神』様の一部から生まれた存在が『月の君』様の元となった人間なのである。

 言い換えると、ラスボス『星女神』を倒すための特攻キャラとして生み出されたのが『月の君』様の元となった人物だった、となるか。

 

 まずもって、『星女神』様は打倒することを()()()()()()()()()()()()()である。

 なにせ相手は全てのモノに含まれる【星の欠片】、その中でももっとも小さいとされる存在。

 あまりに小さすぎるがゆえに構造のループを起こし、なにもかもより大きいなんて相反する属性まで持ち合わせる彼女は、おおよそ全ての出来事において『出来ないことがない』。

 

 そんな相手に対抗するには反物質──存在そのものが相手にとって毒になるようなモノを作るしかないだろう。

 その思考の元、とある世界の存在が決死の覚悟で彼女の一部から作り上げたもの。それこそが『月の君』様なのであった。

 

 

「少数派の極致……っていう属性も、その時に付随したものだね。相手が多数派の極致なんだから、対抗するにはそうじゃないといけなかった……みたいなところも大きいけど」

「……もしかして、大多数より少数の意見の方が強く見える、みたいな話だったり……?」

「そういう面も無いとは言えないかなー」

 

 

 本来マイノリティは弱いものだが、マジョリティ側に瑕疵がある場合に強く出られなくなる……みたいな?*4

 そういう法則性を利用した……と言われるが、詳しくは知らない。

 

 お前が考えたんと違うんかい、と言われそうだが……その辺りはあんまり詳しく決めてなかった、言い換えると私は()()()()()()()()()ので、実際に彼女が顕現した結果、そこがどういう風に整合性を持たされたのかはよくわからないのである。

 まぁ多分、最小でありながら最多である『星女神』様の要素を抽出してどうにかしたのだろう。

 

 ともかく、彼女は暴走した『星女神』様を討伐するために生み出された。

 ……生み出されたのだが、大抵のルートにおいてその大願が果たされることはなかったのも事実。

 

 

「ルートって……なに?ADV(アドベンチャー)的なあれだったの?」

「そういうんじゃなくて、設定を練る時に何度も書き直したってのが正解かな?で、最終的にそれらを纏める時に、ボツったやつも別世界線の話……みたいにしたのよ」

「なんでそんな余計にややこしくなるようなことを……」

「言わないで、その時はそうした方が面白くなる、って思ったのよ……」

 

 

 まぁうん、ややこしくなったのは間違いないので、そこに関しては言い訳はしない。存分に()()()私を責め立ててくれい()

 ……ともかく、『星女神』様への毒として生み出された彼女は、基本的にその毒を発揮することはなかった。

 何故かと言えば、結局のところ『月の君』様の理解者となりうるのは『星女神』様しかいなかったから、ということになるだろうか。

 

 

「天然自然に生まれたのならともかく、彼女の生まれって要するに強い『星女神』様への恨み辛みから、だからね。……作った人がそんな精神状態で、『月の君』様へまともな対応が取れると思う?」

「あー……数々の作品でよく見た展開が頭を過るわね……」

 

 

 うん、唯一の相手への対抗策なのに、何故か滅茶苦茶迫害してる……みたいなあれだね(白目)

 

 まぁ、気持ちはわかるのだ。

 確かに彼女は唯一の対抗策だが、見方を変えると怨敵のダウンサイジングバージョンでもある。

 ──言うなれば、殴っても問題ないサンドバッグにも近い、というか。*5

 

 結果、流石に直接的な暴力こそ受けなかったものの、精神的な暴力はたっぷり受けて行った彼女は──それでも、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「耐えたの!?」

「耐えたの。なんなら『ここまでして願う彼らの悲願を、私は必ず果たさねばならぬ』と決意するくらいよ」

「精神性おかしいでしょそれ……」

「いやまぁ、それがそうでもないんだよね。なんてったって彼女は『星女神』様の写し──元々の彼女が()()()()()()()()()()()()のだから、彼女もまた優しすぎるのは道理だったんだから」

「……あー、型月とかでよく見るやつー……」

 

 

 それもそのはず、彼女の元となった『星女神』様もまた、実のところ世界のためにその身を捧げた末に絶望して狂った、いわゆる世界救済系のラスボスだったのだから。

 ……ある意味では、英霊・エミヤと衛宮士郎の関係にも近いのかも知れない。

 

 ともかく、そんな感じの出自を持つものだから、彼女は基本的に周囲を憎まず、『星女神』を止めるために奮闘することになる。

 ……なるのだが、そうして戦い続ける中でかつての彼女を知り、『星女神のことも救ってあげたい』と願うようになるのだ。

 例え世界の全てが彼女を糾弾するとしても、私だけは彼女の味方になりたい──少数派になりたいと。

 

 

「……あ、あー。なるほど、そうなる……」

「で、基本的にほとんどのルートで、彼女は人のまま『星女神』様の暴走を止めるんだけど。そのために一種の武器として使うのが『星女神』様から抽出する形で生み出された【星の欠片】、『星天海鏡』。──星瞬く天と、それを鏡のように写し出す海を意味するものってわけ」

 

 

 彼女が海であるのは、天に輝く無数の星を彼女(星女神)と捉えたがため。

 彼女はその全てを写し出す海でありたい、と願ったのだ。

 ……まぁ、本来なら彼女の対として男性になるはずが、母なる海を自身の力の欠片と定めたせいで女性になった、みたいな理由付けになってたりもするのだが……その辺は些細なことである。

 

 

*1
『悪魔の証明』(誤用)のようなもの。無いものの証明は難しいが、だからこそ本当に無いのであればまずそれを確かめる術からして見付からない、ということになりかねない。ちょっとでも可能性があるのならば、屁理屈を捏ねて実在を偽証することもできる為、それすら出来ないとなるとまず想像すらできない、ということになる

*2
自分から音波を発し、それが反射して戻ってくるまでの時間や距離などから相手の大きさ・距離などを測る方法。対となる『パッシブソナー』は相手側が発する音を察知するタイプであり、言い方を変えると相手が音を発さないと発見できないが、こちらは自分から探しに行くものである為静止している相手でも見付けられるという利点がある。代わりに自分から音を発することになる為、相手側のパッシブソナーに引っ掛かってしまう可能性がある

*3
神座シリーズ第三作『神咒神威神楽』の主人公とラスボスは、関係性としては兄弟として扱われる……のだが、その実弟である覇吐は、波旬にとっては自身の身体の一部を切り離したモノでもある。その為、彼の持つ超常の力が彼には無意味となり(正確には一部が無効。それは他者を唾棄するモノである為、半身(自分自身)とも言える覇吐には効かない)、彼を倒す余地というものが生まれることになるのだ

*4
少数の意見が無視されない環境と言うのは、そのほとんどが多数側に少数派への負い目があるから……という考え方。この『負い目』とは別に大したことでなく、単に『少数派に悪いことをしたなぁ』という軽いモノでも構わない。要するに『便宜を図った方が良い』と少しでも感じる要因が無ければ、基本的に少数派を気にすることはないだろうということになるか

*5
無論、そういうのは大抵勘違いである



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それは星を跨ぐ恋文の如く

星天海鏡(せいてんかいきょう)……ねぇ?」

「海に関連する【星の欠片】が他に無いのは、必然その属性が彼女と被るから……ってところが大きいね。なにせ彼女は少数派だから」

「あー……能力被りはご法度、ってこと?」

「そういうことー」

 

 

 まぁ、とことんまで『星女神』様と対称的にする意味合いもなくはないが。

 ……ともかく、『月の君』様の原型となった少女は、そんな感じで海を自身の力の源とした。

 

 となると、恐らく疑問が一つ浮かんでくると思う。

 そう、敬称である『月』ってどっから出てきたの、と。

 

 

「……そういえば、さっきは『星女神』を地球に見立ててる、みたいなこと言ってたわね。でもこの話だと『星女神』は天の星に見立てられている……正直、素直に考えるなら『星女神』の方を月に見立てた方がいいんじゃないの?」

「理由は幾つかあるけど──反転した、ってのが一番大きい理由かな?」

「反転した?」

「『月の君』様になるのは、正確にはバッドエンドの時だけって言ってたでしょ?さっきの『星天海鏡』も彼女自身に宿ったモノというよりは、後付けで使える武器みたいなものの扱いだし」

 

 

 わかりやすく言うと、『月の君』様にとっての『星天海鏡』は、他の人にとっての『神断流』に近いというか。

 あくまで武器のようなものであり、それを使うことが自身を削っていく──【星の欠片】としての完成に近付くものではない、というか。

 

 だが、先ほどから言っている通り、本来『月の君』様がその名前で呼ばれるのは彼女がバッドエンドに到達した時。

 そしてそのエンドに到達する条件というのは、本来単なる武器であるはずの『星天海鏡』を自身に同化させ、そこから純化させることにあるのだ。

 

 

「純化、ねぇ」

「正確に言うと、柱の試練を踏破すること……って意味だけど。彼女がそれを行ったことが、私たちの今の状況の遠因になっている……っていう点では無関係とは言い辛いね」

「……ええと、もしかしてなんだけど」

「オルタは察しがいいね。──その通り、『星女神』様がこの世界で『公私』に別れてしまっているのは、極論『月の君』様がここを踏破してしまったからなんだよ」

 

 

 本来、『星天海鏡』単体だとランク付けが難しい。

 誰かに宿るわけではなく、かといって『神断流』のように誰にでも扱えるわけでもない。

 実質的に『月の君』様の原型となった少女専用のモノであり、その時点で彼女が【星の欠片】になるのは既定路線のはずなのである。

 ……それを既定路線とせず、人のまま『星女神』様に並び立てる場所にまで到達するのが彼女の到達点であり正規ルートだが、とある展開においてはそうならず、【星の欠片】であることを選択してしまう場合がある。

 

 その時、彼女は本来あやふやな『星天海鏡』を確たるモノと定めるため、柱の踏破を行うのだが……。

 その展開を迎える時、『星女神』様と彼女の立場は逆転している。

 ……言い換えると、本来であれば人の世を壊そうとするのは『星女神』様の方だが、この場合は『月の君』様の方になっている……ということになるだろうか?

 通常であれば人類の守護者なのは『月の君』様の方だが、このルートに限っては『星女神』様の方がその役割になっている……みたいな。

 

 どちらのパターンにおいても、『星女神』様が柱の試練を『月の君』様に受けさせる理由はない。

 破壊神(てき)の時は純粋に拒否するだろうし、守護神(みかた)の時は止めるべき相手として拒否するだろう。

 

 ──が、そもそも彼女(星女神)は全てを含む存在。

 敵や味方のように見える状態でも、その実正確には()()()()()調()()()()()()()()であり、反転状態は顕在化してないだけで底の方に沈殿しているのだ。

 

 つまり、その時の立場が敵であろうが味方であろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その結果、本来は混ざりあって片寄った答えを出すことはないはずのモノが、きっちり別れて別々の答えを出すようになってしまっている……と。

 

 ……わかりくい?じゃああれだ、ロールパンナちゃん*1は善と悪の心を持っているけど、ここでは『善』と『悪』のロールパンナちゃんに分裂してるようなもの、と思えばいい。

 その理由は、相手も同じように『善』と『悪』を持つ相手であり、今の自分と同じように『善』と『悪』に別れてしまっており、それぞれに対応しようとした結果……みたいな感じで。

 

 

「……余計にわかりにくくなってない?それ」

「まぁ、ここに関してはそんなに深掘りするもんでもないから……ともかく、私たちが公私での『星女神』様の対応の違いに翻弄される羽目にになったのは、見方を変えると『月の君』様が『月の君』様として成立する際に無理矢理『星女神』様の一部を味方に付けたから、ってところが大きいってわけ」

 

 

 元々『星女神』様の一部から生み出されたモノである『月の君』様は、少なからず『星女神』様の力を使う素養があった。

 それを悪用……というとあれだが、まぁ活用して自身の【星の欠片】としての深度を深めたわけである。

 

 結果、ポジション──善悪の立場が入れ替わった二人は、立ち位置にも変化を来すこととなった。

 元々天の星──災いをもたらす凶兆であった『星女神』様と、大地──人の暮らす場所を守護する『月の君』様はそっくり立場が入れ替わり、その際に『月の君』様は自身の性質──少数派であるというそれから『天に無数に輝く星々ではなく、地球という星にとっての唯一である月』を自身の象徴として選んだ……と。

 

 

「で、ここからちょっとややこしいんだけど。人としての『月の君』様の最終到達地点ってのが、この『人の敵になった自分』を反面教師にしているところがあるんだよね」

「……はい?」

「並行世界の自身の末路を見て、ああはなるまいと気持ちを一新した……みたいな感じに思ってくれればいいよ」

 

 

 どちらかしか掴めない選択では、結局のところなにもかも取り零す……と理解したのかもしれない。

 どこぞの爆弾魔さん*2に言わせれば、『両方を掴む選択肢を用意するのなら、その反対──なにもかもを失う選択肢も必然存在する(用意すべき)』ということになるのだろうが……結局、正史の『月の君』様は両方──『星女神』様も人間達の安寧も勝ち取って見せた。

 そしてその上で、両方を取り零した自身の形を自戒として自身の名に使用した……と。

 

 

「つまり……どっちのパターンも、最終的な呼び方は『月の君』だってこと?」

「その名前に込められた意味はまったく違うし、あくまでもバッドエンドありきの暫定的な呼び方だけどね。バッドエンドの方が『かつて敵対した相手からとった皮肉のような名前』だとすれば、こっちは『それを自身の慢心や傲慢を戒めるためのモノとして活用する方向に舵を切った結果の名前』になるわけだし」

「ふーん……」

「それと、何度か触れたこともなかったあるけど『月』って存在自体が二面性を持つものだから、ってのも理由になるね」

「なるほど……」

 

 

 ……オルタ(中二病患者)がほんのりキラキラしていることから分かる通り、月という衛星に付きまとう風評というのは二種類ある。

 

 一つは、狼男──恐らくは狂犬病患者が、月の明かりすら刺激が強すぎて苦しみ吼える姿が『月に吼える』という姿だけ抽出され、その後の伝説の中核になった*3──のように、夜に住まう者共の拠り所としての『闇』の性質。

 そしてもう一つは、夜を照らすモノとしての『光』の性質。

 こちらはどうも日本などの一部での認識、ということになるようだが……ともかく、月に関する風評は善悪どちらにも傾き辛い、ということになるのだと言い張ることはそう難しくないはずだ。*4

 

 ……ついでに言うと、太陽を『陽』──男性的なものと言うように、月は『陰』──女性的なものとして語られることも多く、それゆえに先の『海』と合わせて彼女が女性である理由の一つになっている、と見ることもできなくはないだろう。

 

 ともあれ、最終的に彼女は自分を『月の君』と自称するようになる。

 そしてそれを自称する頃には、その状態が人であろうが無かろうが、どちらにせよ『星女神』様の対として並び立てるほどの存在となっている……というわけなのであった。

 

 

「なるほど、ねぇ」

「で、多分こっちに来てる『月の君』様は──」

「バッドエンドじゃない方、ってこと?」

「──正直、どっちかわからん」

なんでよ!?

 

 

 で、それを踏まえた上で結論を出したのだけれど。

 何故かオルタには怒られてしまった。解せぬ。

 

 

*1
『アンパンマン』シリーズに登場するキャラクターの一人。本来は善の心のみを持った状態で生まれるはずだったが、ばいきんまんの介入により悪の心も持ち合わせることになった……という、児童文学出身とは思えないわりと重い出自の存在

*2
『鋼の錬金術師』のキャラクター、ゾルフ・J・キンブリーの台詞のこと。アルが述べたある種の理想論的台詞に対しての返答

*3
『狂犬病患者』が狼男伝説のイメージ元になった……という話の根拠は、患者が示す行動にその理由がある。『狂犬病患者』達は神経過敏になる為、様々な刺激に対して過剰に反応を示すようになる。それらは基本的に『刺激が強すぎて痛い』という形で現れるのだが、その結果として眩しくない()に活動期間が絞られ、かつそれでも月の明かりが眩しい為月に向かって吼えるようになる。また、狂暴性が上がる為人に襲い掛かることもあり、また狂犬病は犬等に噛まれて豹変する(ように見える)為、そこからも狼男のイメージの原型になった可能性は高い……とのこと

*4
西洋では夜は怖い、というイメージが転化して月にも良くないイメージがあるが、日本などの場合夜に行動する為の微かな明かりとしてだったり、はたまた夜を彩るモノとして愛でるモノ、みたいなイメージとなっていることもあり、そこまで悪いものとしては扱われていない



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人の恋愛観に迂闊に首を突っ込むべきではない

「えー?さっきまでの説明におかしいとこでもあった?」

「結論がおかしいって言ってるのよ私は!!」

 

 

 襟元を掴んだオルタが私の頭を前後に揺らすが……そんなに変なことを言っただろうか?

 さっき『星女神』様の状態にも触れたことだし、それを思えばそうおかしな結論ではないと思うのだが。

 

 

「ああ゛?」

「公私で別れてる、って言ったでしょ?……それ自体がおかしいと言えばおかしいのよ、だってその状態は『月の君』様に合わせたものだから、相手が善悪どっちかなら()()()()()()()()()()()()()()()わけだし」

「……んん?」

 

 

 そもそもの話として、『星女神』様の性質である『数多を含む』というのは、くっきり形の別れたモノが集まっているというよりは、形のないものが渾然一体*1となっている、というのが正しい。

 明確な形を持たないが、その中に全ての因子を持ち合わせているので適宜必要な要素だけを取り出せる……みたいなのが本来の形なのだ。

 

 まぁ、それだと今みたくこっちにフレンドリーな彼女にはならないだろうが……同時に、だからこそ【星の欠片】以外の来訪が叶ってしまっている、という風にも言えなくはない。

 見方を変えると、こうして意志疎通ができる存在となっているからこそ、他の面々の苦労が増す結果となった……みたいな?

 

 

「本来、【星の欠片】以外の存在が『星の死海』に入ることは不可能。一応、その存在が輪廻転生を諦め、命としての価値を全て星に還すことを決めたのなら入れないこともないだろうけど……それって結局身投げとなにが違うの?……というか」

「……まぁうん、自殺するのとなんにも変わらないわよね……」

 

 

 私の言葉に、オルタは冷や汗を一筋垂らしながら小さく頷きを返してくる。

 ……まぁ、これに関しては一般人に対して厳しいわけではなく、【星の欠片】の場合はその条件でも自身として行動できる──言い換えれば条件そのものは全く変わっておらず、それを受ける相手側にその準備がないというだけの話になるのだが。

 

 ともかく、本来ならそもそも到達不可どころか侵入不可な場所に入れるようになった結果、余計な負担を受ける羽目になったという風にサウザーさん達からは解釈できなくもないわけで。

 ……となれば、今の彼らの苦労が『月の君』様の性、というのも強ち間違いとは言い辛くなってくるわけである。

 

 

「……いや、そもそもその辺りの話がよくわかってないんだけど。なんで『月の君』の状態と『星女神』の状態がリンクするのよ?」

「前に少し触れたけど、『星女神』様と『月の君』様は対の存在。二つ揃ってこそ完璧・完全なわけ。……まぁ、見方を変えるとその対が最初は存在しなかったから、『星女神』様は暴走していた……ってことにもなるんだけど、その辺りはまた別の話になるからここでは割愛するわね」

「はぁ」

 

 

 そんな私の説明に、気を取り直したオルタが疑問をぶつけてくる。

 疑問が最初──なんで『月の君』様がどっちなのかわからない、という部分に戻ってきたわけだが。

 これに関しては、二人が『二人で一つ』だからこそ、というのがとても大きい。

 

 私たち【星の欠片】は基本的に太極図のような『対があってこそ完璧となる』ような存在だが、それは一番弱い(つよい)『星女神』様であっても同じこと。

 ……同じだと気付かなかったからこそ、当初の彼女は暴走を繰り返していたわけだが……それに関してはまた別の話になるため今回は割愛。

 

 ここで重要なのは、本来の『星女神』様が渾然一体──その状態で既に()()()()()()()()()なのにも関わらず『月の君』様という対を必要としていたという部分。

 言い換えるなら、彼女達は本人の状態がどうであれ、必ず相手にとって()()()()()()()()()ということになる。

 

 

「……ん、んん?」

「さっきのバッドエンド云々の話がわかりやすいかな?例えば『星女神』様が善の位置に立つのなら、対となる『月の君』様は悪の位置に立つ。反対になれば立ち位置も入れ換わるってわけ。……なんだけど、本来の『星女神』様には善も悪もない。そしてそれがデフォであり、対となる『月の君』様も同じような状態になるんだけど……」

「なるほど、今のように『星女神』が『公私』に別れていると、対となる『月の君』とやらも同じように『公私』……対であることを意識するのであれば『私公』に別れておるということになるわけか」

「おっとミラちゃん、意識が戻ったんだね!」

「やかましい、人が危篤だったみたいな言い方をするでないわっ」

 

 

 原則、『星女神』様がどちらかに傾いている状態というのは、同じように『月の君』様もどちらかに傾いている状態、ということになる。

 無論、片方が右ならもう片方は左──みたいな感じで、決して同じ方向に片寄ることはない。

 必ず反対側に寄っていき、同じ方を向くことは()()あり得ない。

 ……わざわざ『まず』と付けたように、例外はある。

 その例外と言うのが、『星女神』様が渾然一体と化している──すなわち本来の状態である時。

 

 この時の彼女は全てを含むため、本来ならあり得ない『右も左もどっちも見る』という状況を生み出すことができる。

 このパターンの場合『月の君』様は『右も左もどっちも見ない』となり、傍目にはやっぱり視線が合わないように思えるが……そこは無限概念、そこにちょっと隠し味(無限)を加えるだけで解釈は恐ろしいほどに変わってくる。

 

 以前ちょっとだけ触れた『極逆論』*2という考え方だ。

 これによれば『(極端に)左右を見る』行為と『(極端に)左右を見ない』行為には共通点が生まれる。

 それは『その行為に耽溺している』ということ。

 それぞれの行為に努めているだけならともかく、それの行為に無限を代入してまで推し進めるのであれば、そこには別の意味が発生して然るべき。

 そして、そうして生まれた意味まで反転することは無いだろう。

 

 ……屁理屈染みているが、ともかく『星女神』様が渾然一体となっている場合、二人は敵対者としてではなく同盟者として同じ方向を向く余地が生まれる、というわけなのである。

 

 で、今回の『星女神』様の状態なんだけども。

 ……うん、『公私』というのは本来善でも悪でもないのだが、それを受ける側からするとどうにも悪や善に見えてくる、ということはあるだろう。

 

 やって来た人間に試練を与える『公』の面は、普通の人には悪に思えてくるだろうし。

 迎えた人間をもてなす『私』の面は、普通の人には善に思えるはずだ。

 ……が、それはあくまでも一方向から見た場合の話。

 与えるものが試練である以上、それを潜り抜けた存在が以前より強くなる……という面に視点を向ければ『公』の行いは善に思えるだろうし。

 同じように、もてなしという形で客人達を()()()()()()()、という風に解釈するのであれば『私』の行いは悪に思えてくるはず。

 

 ……言い換えると、渾然一体ではないものの、今の『星女神』様は善悪どちらにも振り切らず、かといってどちらでもないとも言い難い状態なわけで。

 となれば、そんな彼女の対となる『月の君』様も、同じようにどちらとも言い難く、されどどちらでもないとも考えにくい状態になっているはず、ということになるのだ。

 気を取り直して会話に入ってきたミラちゃんの言を借りるのであれば、『星女神』様が『公私』に別れているのだから、『月の君』様は『私公』に別れているはずだ……みたいな?

 

 なおこの場合、一応反転関係になるのは保たれているはずなので『公』の方が一見こちらに優しく見えて、『私』の方がこちらに厳しく見える……という形になっていると思われる。

 うん、ややこしいな!!

 

 

「なんでそんな面倒臭いことに……」

「さっきも言ったように、本来この二人は対としてあるから……かな?敵対はしてないっぽいからバッドエンドのはずはないけど、それなら『星女神』様の状態は悪側──人に対して厳しい存在として固定されてるはずなのにそうじゃないからね」

「人に対して厳しい……のぅ?」

「具体的には作中後半のベジータみたいな感じ」*3

「逆にわかりにくいわ!」

 

 

 つまりはあれだ、ツンデレだ。

 ……いや、ツンデレな『星女神』様とか想像できんけども。

 

 ともかく、今こうして悪い面も良い面も見える『星女神』様、というのがわりとイレギュラーなことは間違いあるまい。

 私が必要以上に彼女を恐れていたのも、その辺りの話からして今は優しそうに見えるけど、その実そのムーブはあとから『なーんちゃって!!』的なことをするためのモノだと疑っていたから……って部分も少なくはないし。

 

 まぁ実際のところはこの通り、『星女神』様は普通の人と同じような感性を持っていた、というだけの話だったわけだが。

 

 なお、この話をずっと横で聞いていた『星女神』様本人はというと、まるで笑顔を張り付けたかのような状態で地味に怖かったことを付け加えておきます()

 

 

*1
前漢の武帝の頃、淮南(わいなん)王の劉安が編著したとされる哲学書『淮南子(えなんじ)(正式名称は『淮南鴻烈解』)』にて使われた言葉。意味としては『異なるものが互いに溶け合い、区別が付けられない状態』となる

*2
改めて説明すると『前提となる要素が極端なモノである場合、それらを語る軸とはまた別の場所で結果に類似する点が現れる』という考え方。わかりやすいのは『明るい場所』『暗い場所』は共に光源という軸では両端だが、それらの状況を極端にした場合どちらの場所も『人には見えない』場所になる……という同じ結果が生まれる。屁理屈の極みなのでまともな論法ではない

*3
いわゆるライバル枠、それも敵から味方になったタイプのそれのこと。まだ敵としての感覚が残っているが、その実そこから再び敵対するビジョンが見えない感じ



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二人はいつでも一緒なのか?

 はてさて、『月の君』様がどんな状態なのか地味にわからんくて怖い(要約)という話をしたわけだが。

 いまいち危機感の共有には至っていないような?なんでかなー。

 

 

「……既にキャパオーバーなのよ、色々と」

「あーうん、なるほど。でも今回の話が終わったらすぐに呼ばれると思うよ。具体的には幕間とかで」

スッゴいメタな台詞!*1

 

 

 こういうのは基本的に拙速を喜ばれるものだからね。

 だからまぁ、私たちの用事──五条さん達の捕獲が成功すれば、その次の日にはきっと『月の君』様の元に向かうための準備が始まることだろう。

 粗相の無いように、みたいな感じで『星女神』様からなにかを授かる、みたいなこともあるかもしれない。

 一つ問題があるとすれば、かのお方が何処にいらっしゃるのかこちらはわからないということだが……こっちに対していい笑顔でサムズアップしてるキリアが知ってるでしょ、多分。

 なのでまぁ、場所の問題もとりあえずはなし、と。

 

 そんなわけで、一先ず『月の君』様関連の話はここで切り上げ、いい加減本題──外に戻ろうという話になるのだけれど……。

 

 

「ええと『星女神』様?」

──はい、なんでしょう?──

「そのですねぇ、もし宜しければ戻る際にショートカットを使わせて頂いても……」

──ええ、いいですよ?──

「そうですよねダメですよね……いいんですか!?

──寧ろ、ここでダメだと言う理由がないのですが……──

 

 

 ダメ元でショートカット利用の申請をしたところ、なんと『星女神』様からは許可の返答が。

 

 いや、最悪の場合こっから戻る際は普通の道を戻れ、なんて言われる可能性も無くはないと考えていたのだけれど……そういえば他の面々は柱なんて通れないんだからそりゃそうか、当たり前だったわ。

 ……当たり前ではあるんだけど、私とオルタも通っていいって辺りに疑問を感じなくはないというか?

 

 

「……あー、そういえば試練……」

──当初の予定ではここで受けて貰う予定でしたが……嫌がっている相手に無理矢理やらせるのはよくありませんからね。此度は免除と言うことに致します──

「さ、流石『星女神』様!優良女神!優しくて綺麗でカッコいい!!」

「分かりやすく手の平返したわねこいつ……」

 

 

 そんな私の疑問を感じ取ったのか、『星女神』様は今回の試練を免除する、という旨の言葉をこちらに告げたのだった。

 ……一体どういう心変わりだ、と思わないでもないが、受けなくていいのならそれに越したことはない。進んで受ける理由もないし。

 そもそもこの試練自体、ここに来なきゃ受ける機会も理由もないのだから、これから二度と『星の死海』に足を踏み入れなければ再試練の心配もない。

 

 ……ふはははー!これは勝った!逃げ切った!!

 私は二度とここになんか来ないし、【星の欠片】としての自覚なんて持たないぞJOJOー!!!*2

 

 

──それに、そもそもあの方の元に行くのであれば、どうせ遅かれ早かれという話ですし……──

「      」<ピシッ

物理的に凍り付いた!?

 

 

 ……まぁ、そんな内心を見透かしたような言葉が『星女神』様の口から飛び出したことで、その熱狂も急激にクールダウンしたわけなのですが。

 これはひどい(真顔)

 

 

「『星女神』様の鬼!悪魔!!ちひろ!!!」

──ちひろさんもずっと擦られてますね?──

「仕方ないわね。拝金主義はいつだって嫌われるもの。その憎しみは数々のショップ担当キャラに受け継がれて行くのよ……」

「まぁ、初代とも言えるちひろ自身は、公式では拝金主義とは全く関係ないんじゃがの」

「そこら辺はイメージの問題、というやつだな」*3

 

 

 外野がうるさいが、これは一大事である。

 彼女の言葉を素直に解釈するのであれば、それは『月の君』様の元に行く予定があるから問題ない、ということになるが。

 それはつまり、こちらには回避も逃避も不可能であることを示すのだ。

 

 

「というか、『月の君』とやらのところに行くのが代わりになる、ってのもよくわかんないんだけど?」

「さっきから言ってるけど、ここにいる『月の君』様は本来のルートのどちらでもない可能性が高いんだ。それがどういうことなのかというと……」

「いうと?」

「『星の死海』への旅再び、の可能性が非常に高い」

「……はい?」

 

 

 私の慌てぶりを見て、事情のわかっていない様子のオルタは微妙そうな顔をしているが……それは未だ現状に理解が及んでいないからこそ。

 なので、彼女にも分かりやすく説明してやると……答えは単純、再び『星の死海』に潜らなければならない、ということに他ならない。

 

 

「なななな、なんで?!『星女神(こいつ)』じゃなくて別の奴に会いに行くだけなんでしょ!?」

「最初の方に説明したけど……『星の死海』は物理的な場所ではなく、精神的な場所。言い換えると生得領域だとか心象風景だとかと似たようなモノ、ってことになるんだけど……」

 

 

 オルタが言いたいのはつまり、ここは『星女神』様の世界なんだから『月の君』様に会いに行く分には関係ないでしょ、ということなのだろうが……。

 まず第一に、『星の死海』というのは何処か特別な場所ではなく、あくまでも『星女神』様の精神世界である。

 他の作品では生得領域とか心象風景と呼ばれているようなものが、『星女神』様にとってはそういう名前だった……というだけの話なのだ。

 

 とはいえこれだけだと『月の君』様側にも関係がある、という話がよくわからない。

 その理由を紐解くには、先ほどまでに話した内容全てを思い出す必要がある。

 

 

「思い出す……?」

「そ。『星女神』様と『月の君』様は対であるだとか、対だからこそ反転の性質を宿すとかね」

 

 

 必要なのは、本来今の『星女神』様自体の状態もおかしいのだ、という理解。

 互いが対である以上、安定するのは自身とは反転した位置に相手がある状態。

 となれば、色々な意味で善悪どっちかに片寄っている方が()なのである。欠けたものを相手が補ってくれるので、多少のことでは揺るがなくなるわけなのだから。

 

 が、ご覧の通り今の『星女神』様は大分ややこしい状態。

 渾然一体ではなく、されど二面性を持たないわけでもなく。一人で安定するために二つの要素を持っているように見えて、その実相手の存在を否定していない……。

 

 こんな状態の彼女に対し、『月の君』様がどうなっているのかと言うと──恐らく、それら全てを含めて反転しているだろう。

 渾然一体であり、されど二面性は無いように見えて。一人では安定しないように見えるが、されどその状態は安定して見える……みたいな。

 

 無論、その子細を私たちが見ることはできないだろう。『星女神』様にしろ『月の君』様にしろ、その性質を支える根幹は目に見えない小さな小さな世界のそれ。

 それを認知するには私たちの知覚はあまりに大きすぎる。

 ゆえに、その不安定さを理解できるのは恐らく、大きく誇張されたペルソナ(人格)部分のみ。

 

 そしてそのペルソナは──現在、公私という形で私たちに触れあっている。

 それは恐らく、『月の君』様の方も同じであり……。

 

 

「ええい、話が相変わらず長いのよ!結論だけ述べなさいよ結論だけ!!」

「えー……じゃあ簡潔に。『星女神』様の『星の死海』が反転したものを『月の君』様も持ってるし、今回と同じように彼女に謁見する際はそこに潜らされるだろうって話」

「……はい?」

「ついでに言うと、お二人は対だからそこに宿した意味合いもほぼ同じ。……自動車免許はどの教習場でも同じものが取れるでしょう?それと同じで、『月の君』様の『星の死海』も【星の欠片】としての試練の意味を持ち合わせるってわけ」

「…………はい?」

「本来なら、そんなことにはならない──基本的に『星の死海』は『星女神』様の精神世界(それ)だけの名前だけど、例外的に()()()()()()『星女神』様の対としてある『月の君』様の場合、その扱いはほぼほぼもう一人の『星女神』様になる。……ゆえに、その精神世界も『星の死海』のようなものである、試練をそっちで受けても問題ないってことになる……ってわけ」

「……………………………はい?」

「更に付け加えると。『星女神』様の『星の死海』と『月の君』様の『星の死海』はそこに込められた意味こそ同じだけど、対としての性質は生きてるから総和が同じだけで構成は異なる。……言い方を変えると、柱の試練に望む場合は優しい『公』が受け持ってくれるけど、受けないのなら厳しい『私』が待ち受けるってことになるね。……まぁ、『公』の側が優しくても試練の内容そのものは変わらないから、結局こっちに今回みたいな逃げ道が無くなる……っていうバッドニュースしかないわけだけど」

「…………か、」

「か?」

神は死んだ!!

「……オルタがそれ言うの、色々と皮肉だよね」

 

 

 まぁ、叫びたくなる気持ちはわからんでもない。

 今回だってどうにか試練を回避した感じなのに、次回は強制参加な上回避手段無し・かつ試練を受けない方が厳しいことになるというイジメみたいな構成なんだから。

 

 

「……それと、そこで笑ってる二人。忘れてるみたいだから改めて言及しておくけど、君らも強制連行なんやで」

「「…………あ゛」」

「えっと、その……が、頑張ろーね二人とも☆」

「「……神は死んだ!!」」

──神様の集団自殺ですかね?──

「皮肉にもほどがありますよ『星女神』様……」

 

 

 うーん、誰も幸せにならない……。

 そもそもこっから外に戻って五条さんとの追っかけっこ再開なんだけど、大丈夫なんかね色々と?

 

 

*1
『こっちはこっちで大人しく待ってるから、急がず慌てずに来るといいよー』(逃げてもいい、とは言ってない)

*2
『ジョジョの奇妙な冒険』第一部(Part01)『ファントムブラッド』における敵役、ディオ・ブランドーの台詞『()()()()()()()()()()!ジョジョ──ッ!!』から。何かを止める際に使われたり、はたまた言葉を変えて何かを宣言する台詞としても使われる

*3
こういう場面でネタにされるちひろさんだが、本人にはそこまで商売っ気はない。エイプリルフールとか年末年始とかにコスプレしている事務員さん、くらいのものである。偏にPvP型のイベントが元凶というか。……なお、後年のショップ担当キャラはそういう風評を最初から計算に入れている、みたいなパターンも出てきていたり



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長い話もそろそろ終わりでして

「……帰りたい……」

「今帰って来たばっかりなんだけど」

 

 

 はてさて、『星の死海』から無事戻ってきた私たち。

 戻る前に幾つか聞きたいことなども確認できたため、暫くあちらに向かう必要性はないはず、である。

 まぁ、似たような場所に行く必要性はあるため、どこかで情報の整理でもした方がいいような気もするが……。

 その辺りは今回の一見が終わってから、ということになるだろう。

 

 

「ということは、さっさと見付けて終わらせる……みたいな感じ?」

「まぁ、うん。向こうの目的が【星の欠片】への対抗策を得ること、っていう予想が正しいのなら、それを鍛えるのは今じゃない……というか、もっとお誂え向きの場所があるというか」

 

 

 具体的には『月の君』様のところとか。

 ……『私』の部分が強い『星女神』様の『星の死海』ではわりと逃げが効いてしまうため、修行という目的では利用し辛いだろう。

 そういう意味では、父性──子を突き放す、もしくは子を厳しく育てる存在としての性質が強い『月の君』様の『星の死海』の方が、成長の糧になるという意味では余程向いているはずだ。

 実際、『星女神』様もその辺りを自覚しているからこそ、自分のところでどうこうするのではなく『月の君』様のところに行きなさい、という態度を示していたのだろうし。

 

 まぁ、だったらそのことだけさっさと告げればこんなに長い間(※現実では数秒未満)こっちを拘束する必要もなかったんじゃ、って気もしないでもないのだが。

 ……ああいや、向こうであったことを報告書に纏めてゆかりんに提出し、それによって『希望者は月の君様道場の受講をオススメします』(※要約)と遠回しに伝えるように、っていう意味だったりするのかも?

 

 

「……なにそれ」

「『星女神』様と『月の君』様は対、って話はさっきもしたでしょ?この『対』って性質は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから、この場合()()()()()()()()()『星女神』様と対になるように()()()()()()()()()『月の君』様、って感じになるのが自然なのよ」

「なにそれ……」

 

 

 そんな私の予想を聞いて、怪訝そうな顔をするオルタである。

 ……いやまぁ、こっちも単純に言えば『星女神』様が意外と表に出てくるので、対である『月の君』様は滅多に出てこないというキャラ付けになるのが一般的……みたいな話でしかないのだが。

 と、そう伝えれば今度はげんなり、みたいな顔になるオルタであった。……ワケわからん、ということなのだろうか?

 

 

「といっても、そんなに変な話じゃないんだよ?単にそこにあるだけで世界に影響を与えるような存在が二人居て、片方が表にいるのならもう片方は安定のために裏にこもる……って共同作業してるだけだし」

「そういうこと言ってんじゃないのよ……」

「はぁ、じゃあどういう……?」

「あーもう、私はいいのよ私はっ。……そもそも、さっさと五条のやつ探しに行くんでしょうが」

「おっと、そうだったそうだった。このままだとまた解説で時間を使いきるところだった」

「メタい話してんじゃないわよまったく……」

 

 

 ならばもう少しわかりやすく説明するか、と思ったのだがどうやらそういう話ではない様子。

 ……はぐらかされる形になったが、確かに足踏みは十分したのだからさっさと目的を果たすべきなのは間違いない。

 ただでさえこの後更に面倒なことが待ち受けていることが確定しているのだ、五条さん如き……というとあれだが、ともかく彼一人もとい彼ら二人に何時までも時間を浪費させられている場合ではないのだ。

 

 

「……あれ、もしかして僕今すっごい喧嘩売られてる?」

「そうよ売ってあげてるんだから買いなさいよ。言っとくけど、貴方が挑戦者(チャレンジャー)だから」*1

「……滅茶苦茶煽るじゃん」

 

 

 ()()()近くに居た五条さんに強めの煽りを投げつつ、彼を捕まえる準備に入る私である。

 ──彼らが()()を目指すのなら、例えそれが与えられたモノであれ、偽りのモノであれ、最弱(さいきょう)を歌う私はその頂を見せねばならぬのだから。

 

 

「いやまぁ、ホント不本意だけどね!そもそも最弱(さいじゃく)って言ってもまだ(うえ)にいるし!なんならその片割れが隣に居るし!!」

「どーも母です。娘の真実をお話します」*2

「その前フリは止めて!」

 

 

 ……まぁ、私程度で最弱を名乗るのは烏滸がましいことも事実なのだが。

 同時に試練からもそろそろ逃れられないとなれば、いい加減実力相応の心構えをする必要性がある、ということも確かだろう。

 

 なので、ここは一つ圧倒的な力の差と言うものを彼らに教え込むとしよう!ついでに私がどこまでできるのかも確認だ!

 ──と、言うわけで。

 

 

「──『開闢(しげん)』『虚無(しゅうまつ)』を束ね、『無欠(しじゅう)』を見出し我が根源に奉る。其処より別たれし我が肢体、その根幹を今定義し直しここに奉ず」

 

 

 ──言の葉は一種の自己暗示であるという。

 特徴的なワードを並べ、自身という存在を再定義する際、敢えて口頭にすることに意味があるとも言えるか。

 

 ……なのでオルタさんよ、『なにそれカッコいい』みたいなキラキラした瞳でこちらを見るのは止めとくれ。

 恥ずかしいと思うと恥ずかしいからそう思わないように注意してるんだ、そこでそんな目で見られると私は中二病じゃねぇ、って叫びたくなるんだよ。

 

 ……いやお母様?そこで不思議そうな顔されても困るんですが。

 え、なになに?【星の欠片】云々の設定を考えたのはお前……違いますー!どこぞの型月の小説家と同じで、私のそれは何処かの世界で実際に存在していたものをたまたま言い当てただけですぅー!!

 なんならそちらがこっちへの干渉権を得るために、私という一個人を端末として操った可能性も……え、それはない?あくまでも偶然一致しただけでその考えはまさしくお前の素である?

 

 うわああああああ……!?(突然の頭痛)

 

 

「っ……、我は一つを知らぬもの。我は数多を知りうるもの。矛盾の果てに、己が価値を定めるもの」

「あら、持ち直したわね」

「横からあれこれ言うのは止めてやらぬか……?」

 

 

 これも一種の試練だってかぁ?ふざけんな!(涙目)

 ……とはいえその感情を表に出すとこの行程をまた最初からやらされる羽目になるので、頑張って耐える私である。

 頑張れ私、この詠唱も恐らくここでしか使わないから恥ずかしいのは今回だけだ!……ん?フラグ?

 

 ともかく、意識を集中して、己を再定義する言葉を紡ぐ私である。

 ……とはいえ、完全に再定義し直すわけではない。

 その役割は恐らく『月の君』様の試練が受け持つはずなので、この場で必要なのは本来使えるかわからないものを、今一時だけでも使えるように己を改変すること。

 そのための痛み(だいしょう)が精神へのそれだと言うのなら、これは必要な痛み。

 ゆえに逃げることは許されず、ただ耐えながら言葉を紡ぎ続けるしかないのだ。

 

 ゆえに、額に嫌な脂汗を掻きながらも私は前を向き続ける。

 

 

「星の欠片の末席にして、最先端の我が真名は【   (■■■■)】!なればその御名において、我は根源の一つを借り受けよう!!」

「お、来るわよみんなー。身構えときなさーい」

「身構えるって……アイツ、何するつもりなのよ?」

「んー?単純明快よ。()()()()()()()()()()()を認知するのは、今後の育成計画の上ではとても重要なことでしょ?……()()()()、ね」

「はぁ?」

 

 

 行程は最終段階。

 言葉を紡ぐ度に自身という存在の意味や組成が切り替わるのを感じるが、それそのものに痛みはない。

 本来の私はそれを既に越えているはずだからか、はたまた別の理由か。

 ……越えているはず、というのが間違いでないならば、例の試練でこの辺りの痛みがフィードバックする羽目になるということだし、越えてないなら越えてないで改めて味わう羽目になる……というのだから、どちらにせよ震えざるを得ないのは私へのイジメ以外の何物でもないというか。

 

 いやホント、なんで私なんだろうなぁ、という嘆きを胸の奥にしまいこみつつ、準備ができたことを悟る私である。

 ──今ならば、届かないものにも届くことだろう。

 その確信を得ながら、私は一つ息を吸い込み。

 

 

「【    (■■■■)】、限定励起(circled separation)。出力範囲、『想起の柱/星天彩具(monochrome)』に調整。掌握(Cultivation)管理(Decomposition)断定(anthesis)──正常起動。『星の歌よ、その色を詳らかに』」

「え、なにそれ」

「……あら、そういえばここにいる人に、見たことのある人はいないのだったかしら?だったらまぁ、忠告。身構えた上で、抗わないように」

「は?なにその難し、ってなにこの虹色の光……」

 

 

「──倫理開放、『星解』」

 

 

 

 

 

 

「いやーははは。……なにそれ」

「……極まると、こういうことしてくるのが、【星の欠片】ってことよ……」

「おっと」

 

 

 ふらり、と倒れ込んできた彼女を抱き止め、周囲を見渡す。

 どうにも、周りのみんなも大して状態は変わらない様子。少なからず気持ち悪さを訴えたり、はたまたこちらを驚いた様子で見詰めていたり。

 

 それもそのはず、僕の隣で肩に手を置く彼を──()()()()()()()()()()()()()()()姿のそれを見れば、何故自分達にそれが認知できるのか?……と疑問に思うのが普通だ。

 その辺りも含め、抱き抱えた相手に視線を向け、ポツリと呟く。

 

 

「いやホント。……最強が聞いて呆れるね」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ぽっかりと抜け落ちた空白の時間。

 おおよそ十分ほどのそれに、僕は挑むべき壁の高さを改めて思い知らされることになったのだった──。

 

 

*1
『呪術廻戦』において、五条悟が宿儺との戦闘の際に述べた台詞。彼が言った言葉を逆に言い返されている形となる

*2
いわゆる関係者による暴露の前フリ。なお、本当に関係者が話しているよりも、関係者のフリをしている人間の作った嘘の暴露話であることも多い



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幕間・まずは次の話の前にリザルトを

「あ た ま い た い」

「ここが動画サイトなら、大きな赤文字で表示されそうな発言ですね」

 

 

 はてさて、五条さんを無理矢理取っ捕まえてからはや二日。

 その間私がどうしていたかと申しますと、ぶっ倒れて生死の境をさ迷っておりました(爆)

 

 いやまぁね?確かに無茶をした自覚はあるけど、あれは必要な無茶だったから仕方ないというか、ここで意地を張らないと問題だと言うか……。

 まぁ、だからといってマシュからのお叱りが減るわけじゃないんですけどね(白目)

 実のところ死にかけてたのは一日だけで、それ以降は真っ赤に泣き腫らしたマシュに睨まれて大人しくしてるしかなかった、というだけの話なのですが。

 

 あと、今迂闊に顔を見るとまた怒ってしまいそう……ということで、初日以外はアルトリアが私の見張り役となっていたり。

 別に見張ってなくても何処にも行かないよと言いたいところなのだが、やったことがやったことだけに色々やらなきゃいけないことが多くて、ベッドの上に留まっていられるか微妙な部分があるのも確かな話。

 

 ……なので、強制的に仕事とかやることとか全部ストップさせる意味も含め、ベッドから降りることを禁止されていた私なのでしたとさ。

 

 

「……まぁ、検査の上では特段異常らしき異常は認められなかったがな」

「おっとブラックジャック先生」

 

 

 で、そんな私が何処に運び込まれていたのかというと。

 なりきり郷内においては恐らく並び立つ者は……いやまぁ結構いるけども。

 それはそれとして、他の人がほとんど来ない上にそもそも他所に移動するのにも苦労する……という意味合いで地下千階、隔離棟併設のブラックジャック先生のお膝元(びょういん)が選ばれたのでしたとさ。

 

 そんな僻地にある病院の主治医・ブラックジャック先生はと言えば、手元のカルテを見ながら難しい顔をしていらっしゃる。

 ……ううむ、これはもしかして、あれじゃな?

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……正解だ。わかっているならもう少し分別ある行動をお願いしたいものだがね」

「ぬぐっ」

 

 

 何度か検査を受けたことがあるものの、その全てが()()()()()()()()()()()であることに疑問を抱いた……みたいなあれだろうか。

 まぁ、平均的と言っても毎回数値のブレはあったはず、だけども。

 

 ……はい、お察しの通りそもそも【星の欠片】相手に普通の人間相手の検査がどれくらい意味があるんだ、って話でして。

 いやまぁ、ここはなりきり郷・創作世界の存在達が闊歩する魔境。

 ゆえに検査項目や種別・程度など、ある程度は対応できるように配慮や考慮は行き届いているはずだけども。

 ……そもそもの話、【星の欠片】は現行の科学で見付けられないほどの極小の世界を基盤とする存在。

 そしてそれは創作世界の科学相手でも変わらないため、同じ【星の欠片】……それも()()()()()()()()()()()正確な状態を把握することなんて不可能なのだ。

 

 ……え?わかり辛い?

 んじゃまぁ雑に説明すると……要するに普通に検査してもそれが実際の数値なのか、ごまかしの入った数値なのか判別方法がない……ってこと。

 まぁ見た目にも健康的だし、そういうごまかしのよくある例としての数値にブレがほとんどない……みたいなこともなかったから、今まで気付かれなかったんだろうけども。

 

 

「まったくだ。ASTとALTの比率だのγ-GTPの数値が健康な人間のそれより多いだとか、無駄に凝った偽装を施されているものだから気付くのが遅れたぞ」*1

「あー……ははは。まぁそこら辺は必要経費、ということで……」

 

 

 本人的には、あんまり意識してなにかをしてたってわけじゃないんだけどね。

 でもまぁ、酒飲みならこれくらいの数値にはなるだろう、みたいな調整をしてたのは事実です、はい。

 

 とまれ、ブラックジャック先生がその辺りの小細工に気付いたのは事実。

 それゆえ、数値的に健康であっても()()()()()()()()?……という疑問を抱いてしまったのも確かだろう。

 何度も言うが、普通の人に【星の欠片】の状態を判別するのはほぼ不可能なわけだし。

 

 

「……つまり、この一件で貴方に劇的な変化があったとして、()()()()()()()()()()()のであれば私たちに判別する術はない……ということですね?」

「そうだけど……()()()()()()()なにもないわよ。使ってなかった、使えると思ってなかったものの錆び落としをした……って方が近いわけだし」

「ふむ?」

 

 

 その話を聞いて、横からアルトリアがこの話題の本質部分を突いてくる。

 ……要約すると、ブラックジャック先生はこう言いたかったのだ。倒れるような真似をしておいて、本当になにも問題はないのか、と。

 

 確かに、周囲に絶対異変を察知されないのであれば、極論私が黙っていれば問題はない……という風に誤認させることもできる、ということである。

 なので、医者である彼がその辺りを気にするのは当たり前だろう、ということになるか。

 

 ……まぁ、その辺りについては杞憂としか答えようがない。

 確かに【星の欠片】相手でなければ隠し通せるわけだが、逆に言うと同じ【星の欠片】には──それも私より明らかに小さい相手には隠しようがないのだから。

 そう、キリアが居る以上その辺りの話は正直気にしすぎ、としか言いようがないのだ。

 

 例えばこう、キリアが敵側でこの世界の崩壊を望んでいる……みたいなパターンなら、唯一の対抗手段になりうる私の存在が機能不全になる、というのは寧ろ願ったり叶ったりであるため黙秘・ないしごまかしに荷担することもあるかもしれないが、生憎彼女はそういう役割を負ってはいない。

 この世界における彼女は傍観者・ないしは助言を与える役であるため、例えば彼女に私の様子を詳しく尋ねれば、一切の抵抗なく全てを詳らかに教えてくれることだろう。

 ……その仮定で本来一般人が知らない方がいい知識、みたいなものが出てくる可能性はあるが……まぁ誤差だよ誤差。

 

 

「……因みに、好奇心から尋ねるのですが、この場合の知らない方が良い知識とは?」

「これから数日後に貴方は太りますよ、とかの助言?」

「!?」

 

 

 いやまぁ、これは冗談……とも言い辛いか。

 千里眼のようなものも使えるのが彼女なので、その複雑な視座から放たれる言葉が純粋な忠告かどうかはまた別……みたいな。

 例えばこの『太るかもよ?』という忠告も、その実それが起因で自身の動きが鈍り、どこかで致命的な隙を作るきっかけになるので触れた……みたいな可能性もあるわけだし。

 とはいえ、彼女の見る未来はあくまでも予測の類い。

 どこぞの世界のように見た未来を固定(測定)する、などということはないため回避は容易な方だろうと思われる。

 

 ……話を戻すと。

 例え私が隠し事をしていたとしても、その隠し事が致命的ななにかに繋がるのであればキリアは決して秘密にはしないだろう。

 そして別に致命的ななにかでなくとも、聞いた相手が相応の対価を用意するのなら普通に教えてくれる可能性はとても高い。

 

 そういう意味で、今の状況で私が嘘を付いたり隠し事をしたりする可能性は限りなくゼロである、ということになるのでしたとさ。

 

 

「……()()()()、ですか。まぁ、今回はそれで納得すると致しましょう」

「ははは……」

 

 

 ……うん、今アルトリアが含みを持たせたことでこちらに気付いていることを知らせたように、双方の視点で必要だと思われる場合はその限りではない……というのも本当だったりするわけなのだが。

 とはいえそれも今回のパターンには当てはまらないので問題はない。

 さっきも触れたように、今回私がぶっ倒れたのは使えるはずだけど使ったことのなかったものをぶっつけ本番で使ったから、というところが大きいわけだし。

 

 

「わかりやすい例だと……眠ってた魔術回路を叩き起こした、みたいな?」

「……ああなるほど、シロウのように、ということですね?」*2

 

 

 こちらの言葉を聞いて、納得したように頷くアルトリア。

 そう、今回の私が倒れたのは私の存在が変質したとかの重篤な理由ではなく、本来持ち合わせている技能を実際に使用してみたら思った以上に負担が大きかった、というところが大きい。

 というか、仮に私が変質するとすればそれは()()()()──『月の君』様の試練を受けたあとのことになるだろう。

 なにせ試練を受けなきゃいけないわけだし。

 

 ……と答えれば、何故か二人とも微妙な顔をしていたのだった。

 

 

*1
それぞれ肝機能の検査の為に調査を行われる特定の物質達のこと。ASTは『アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ』、ALTは『アラニンアミノトランスフェラーゼ』γ-GTPは『γグルタミルトランスペプチダーゼ』の略。γ-GTP以外は肝細胞で、γ-GTP自体は胆管で作られる酵素であり、これらが血中に多く見られる場合それぞれの場所になんらかの異常が起きている……ということを間接的に把握することができる。肝臓に負担を掛ける行為として飲酒を定める場合、どの酵素も多くなる傾向にある

*2
『fate/stay_night』の主人公、衛宮士郎のこと。27本の魔術回路を体内に持ち合わせるが、そのほとんどが物語の開始時点で機能していなかった……のを、作中のとあるタイミングで叩き起こすことになる



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幕間・医者としてはやらせたくない……みたいなあれ

「……その表情はどういう感情なので?」

「むざむざと不健康になろうとする相手に付ける薬はなんだったかな、という顔だよ」

「むぅ」

 

 

 さて、相変わらずベッドの上からお送りしているわけなのですが。

 これまでの話を聞いた二人はというと、なんとも言えない仏頂面をこちらに向けてきていたのでした。

 

 ……まぁうん、ぶっ倒れた人間が再度ぶっ倒れに行くと言っているようなものなのだから、これが他人の話なら私も止める側に回っていたところだろう。

 無論、今回に関しては私がぶっ倒れる側なので止める気も止まる気も一切ないわけなのですが()

 というか、止めさせてくれないだろうし……みたいな?主に先駆者(他の【星の欠片】)の皆々様が。

 

 

「こちらとしてはその当人達に文句の一つでも投げてやりたいところだが……無意味なのだろう?」

「人格相当の物を持ち合わせてはいるけど、その実【星の欠片】はみんな現象そのものみたいなものですからねぇ」

 

 

 はぁ、とため息を吐きながら愚痴を溢すブラックジャック先生に対し、私はそう答えを返した。

 

 根本的には【星の欠片】って、本来精神らしきものすら砕けて消えてるはずの存在だからねぇ。

 偶然と必然の繰り返しで意識があるように動いているだけだから、ある種の哲学的ゾンビみたいなものというか。

 ……まぁ、その原理自体現行科学では全く解明できたモノではないので、真実心がないと言い張ることも難しいんだけども。

 その辺りは実際の哲学的ゾンビの証明問題とは逆、みたいな?

 

 ついでに言うと、それが正解なら説明が難しいのが三例ほど存在することになる、というのも問題だろうし。

 

 

「三例と言うと……」

「私でしょ、ユゥイでしょ、オルタとアクアでしょ。……ほら、三例」

 

 

 それは一体誰を指しているのか、とでも聞きたげなアルトリアに、具体例を挙げて説明する私である。

 まずはなにを隠そう私。唐突にトップスリーに叩き込まれたものの、それゆえに色々追い付いていない感のある期待の()ルーキー。

 そもそもが『逆憑依』であることも交え、真っ当な【星の欠片】と見なすのは難しい特例だと言えるだろう。

 

 その次、謎の状態で暗躍する私の義理の娘・ユゥイ。

 どうにも『逆憑依』の原理的にもおかしなことになっているようだが、それを抜いても【複合憑依】の【星の欠片】なので特例も特例というか。

 ……【星の欠片】なのに明確に自分の欲を優先しているように見える、というのも特異的な部分だろう。

 

 そして最後、本当の意味でのニューカマー・期待の新星。

 それがオルタとアクアのジャンヌコンビ。彼女達に関してはなにもかもオリジナル()な私やユゥイと違い、版権キャラに【複合憑依】と【星の欠片】がくっついている……という点において、前者二例に負けず劣らずの特例組である。

 彼女達もまだ自身の【星の欠片】との同期が上手く行っていないため、このあとの展開によってどうなるかはまだ予断を許さないとも言えるが……まぁなんとかなるんじゃないかなー、というか?

 

 ……いや、別に適当なことを言ってごまかしているとかではなく、一応まがりなりにも『星女神』様のお膝元に行って戻って来てる実績はあるわけで。

 ならまぁ、『月の君』様の元に向かってもいきなり酷いことになる、みたいな可能性は限りなく低いと見ていいと私は思う。

 

 

「その三例が特別なのはやはり……」

「まぁうん、『逆憑依』だって点だよね。外側の変化を決して中に浸透させないというか」

 

 

 あれこれ挙げたものの、やはりこの三例が特別である理由はただ一つ、私たちが『逆憑依』であることにあるのだろう。

 本来の【星の欠片】はその人が持つ可能性の全てを無に帰した結果たどり着くもの。……にも関わらず、私たちは核という形でかつての私たちを何処か違う場所に避難させている。

 それは見方を変えると、【星の欠片】の成立条件を満たせていない──失うべきものを失わないままにその場所に立っている、ということになるわけで。

 

 っていうか、数多の因果を一時的に無にする『星解』発動下でもその辺りのリンクが切れない辺り、なんというか真っ当なもんじゃないでしょこれ感が更に強まったようにも思うのだ。

 ……いや、これに関しては私がやる前、『星女神』様が検査のために使った時点で気付いていたことではあったのだけれど。

 

 

「……今の私たち(外見としてのキャラクター)かつての私たち(中身の核)が切り離されることが無かった、ということか?」

「そういうことですね。……まぁ、『星解』は因果切断ではなく因果を解すもの──()()()()()()()()()()()()()()()()ではあるんですけども」

「ふむ……?」

 

 

 とはいえ、単に『星解』を受けて無事だった……というだけでは正確な判別はできない。

 本来『星解』は因果を断つ──繋がっていたものを無理矢理切り離すものではなく、あくまでも自然の流れとしていつかは離れていくモノを今、()()()()()()()()()()()()()()()()だけのもの。

 分かりやすく言えば、洗濯ばさみの持ち手を握っただけ、みたいなものなのである。

 

 そこに挟んであるものを退かすわけではなく、あくまでも挟まれていたものを自由にしただけ。

 特になにもしなければ、そこにあるものは再び挟まれる──元の因果に立ち戻るだけなのだ。

 

 なので、調べることだけを目的とした『星女神』様の『星解』が例え『逆憑依』の核との繋がりまで解していたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()なにごともなく戻ったのだ、と言い張ることも不可能ではない。

 ……正確には()()()()()()()()()、となる。

 その微妙なニュアンスの違いは、私が無理をしてでも『星解』を発動したことと無関係ではない。

 ……というか、『逆憑依』における核との繋がりにまで干渉できていたのならば、こうして私がここにいることは無かったのだ。

 

 

「その場合、キーアではなく()()()()()()()()()()()()()()、ということでしょうか?」

「その通り。あの時の『星解』の発動祈念は『全ての異常の正常化』。だから彼──メレオロン*1さんは透明化を解除されてたし、五条さんも対応できなかった」

 

 

 何故ならば、あの時私が発動した『星解』の目的──対象は、自然ならざる全てのもの。

 言い換えると、あの場で能力を発動していたり()()()()()()()()()()()()()()()()するのを正常化する、というものだった。

 なので、『逆憑依』という明らかにおかしな状況は、真っ先に正常化されるはずだったのだ。

 

 しかし、結果はどうだ。

 確かに正常化は為された。デフラグやデバッグは終わりを告げ、おかしなものは正しいものへと置換されたはず。

 ……にも関わらず、私たちは未だなお『逆憑依』であり続けている。

 どころか【複合憑依】が混ざっているせいで不安定な面すらあったオルタ達が元気になっている……みたいな、本来そうはならないはずの出来事まで起こっている始末。

 

 これはすなわち、【星の欠片】の影響範囲よりも遥かに小さいか、もしくはこちらの知る現象とは全く別のものを起因として発生している現象だと仮定するより他ないのだ。

 

 

「言い換えると全く未知の現象、ってこと。こうなるともうお手上げだね、『逆憑依』を発生させた存在の善性は信じてるけど、逆にもし善人じゃなかったら、私たちは対処も対抗もできないまま相手の思う通りに動くしかなかった……なんてことになりかねないし」

「相手の目的がわからない……というわけではないからこそ問題、ということですね」

「だねぇ」

 

 

 ある意味、『ぼくのかんがえたさいこうののうりょくたいけつ』みたいになっているというか。

 救いがあるとすれば、そういうのによくある他者を軽んじるモノはない、ということだろう。

 一応、『逆憑依』が本来失われるモノ()を守るために生み出されたモノである、というのは確定的だし。

 

 ……まぁ、それはそれでなんのためにこんなことをしてるのか、何故創作のキャラクター達を保護膜に選んだのか……みたいな部分に疑問が残るんだけども。

 なんてことを宣いながら、私は起こしていた体をベッドに倒したのだった。

 

 

*1
『HUNTER×HUNTER』の登場人物。初出はキメラ=アント編。カメレオンが人になったような姿を持つキメラアントの一人。元々はジェイルという名前を与えられた師団長だったが、女王の死後に放浪の旅に出た結果、その最中に人間の時の記憶を思い出し蟻に敵対することとなった。念能力『神の不在証明(パーフェクトプラン)』という自身の存在を認知できなくする力を持つ。ドラえもんの『石ころぼうし』級の隠蔽力を持つが、あちらと比べると隙も多い(息を止めている間だけ・自身から離れた体液などは対象外など)が、触れた相手を能力対象にできる『神の共犯者』という派生能力がある為、一概にどちらが上とは言い辛いかもしれない



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幕間・ちょっとだけ小休止

「……滅茶苦茶暇なんだけど」

「でしょうね。まがりなりにも病院ですから、娯楽などはそう多くはないでしょうし」

 

 

 はてさて、しばらく安静にしてないとダメ……というのは変わらないため、大人しくベッドに寝転んだ私なのだけれども。

 

 ……うん、見事に暇でやんの。テレビも有料だから気軽に見れないし。*1

 どうせ暇なんだからとスマホでゲームでもしようかと思ったけど、ここ地下千階だから電話以外ろくに通じないし。

 

 ……いや、正確には電波というかwi-fiとかは飛んでるんだけども、この辺りで飛んでるそれは医療用のやつなので、仮に繋いだとしても何処かに繋がるわけでもない……というか。

 そもそもパスワードわからんから接続のしようもない?それはそう。

 

 

「有線の方なら問題はないがね。無線の方に関しては別に……というやつだ」

「そこは普通逆じゃないの……?」

 

 

 基本的には有線の方が信頼度が高いものなのだから、そっちを医療用に引っ張るものだと思うのだが。

 そもそも医療現場で無線電波とか宜しくない、って話になりそうだし。*2

 ……ただこれ、どうにもここが隔離棟だから、みたいなところもなくはないらしく。

 

 

「結果として幽閉されているようなものですから、彼ら用に信頼度の高い設備は優先して回している……でしたか」

「まぁうん、処分じゃなくて保護のための隔離だもんね、ここの階層の住民……」

 

 

 院内という閉じた空間だけで運用すればいい……というか、下手に外部との接続経路を用意しておくと、緊急時にハッキングでもされた日には目も当てられないことになる……。

 みたいな、保安とか安全とかの面からスタンドアローンであることを推奨される、というのも病院のシステムの特徴である。*3

 そこら辺を思えば、無線だけでシステムを賄えてしまうのもなんとなく納得できるというか……。

 

 それと、今私たちが触れたように『この階層に住まう人の種別』というのもポイントであると言えるだろう。

 

 ()()棟、と明記されているように、ここに住まう人達は医療従事者を除けば、なんらかの理由から幽閉されている者が多い。

 彼らは罪を犯した結果としてここにいるのではなく、他者との不用意な接触が不幸を発生させる可能性がある──言い換えれば彼ら自身に過失は未だないにも関わらずここにいる……という、ある種の不当な幽閉状態にあると解釈することもできる。

 なので、こうして幽閉してしまうことの代わりに外の情報くらいは得られるように配慮する……みたいな対処になるのは寧ろ当然の結果、みたいな感じになるのだ。

 

 ……まぁそれと、地下千階にもなると無線での地上との通信が無謀の域になる、みたいな部分もなくはないだろう。

 ただでさえ、有線だとしても地上との距離が長すぎてちょっとラグるのだから。*4

 

 

「仮に一階層二メートルと考えても、単純計算で二キロ。その程度なら意外とどうにかなりそうにも思えますが……その実この計算は、各階層が建築基準法に準拠していることを前提としたもの。ご存じの通り、各階層が二メートルそこらで収まるかと言われれば否、ですものね」

「あさひさんのところとか、擬似的な宇宙まである*5からね……」

 

 

 一番空が高い(=距離が長い)のは、恐らくあさひさんのとこの草原になるのだろうが……他の階層だってそれに負けず劣らずの高さを誇る。

 無論、有線だからと言ってそれらの距離をまっすぐ突っ切っている……というわけでもない(時空間操作技術によるショートカットなどが採用されている)が、それでも思った以上に長い距離を敷設(ふせつ)されている、というのは間違いではあるまい。

 

 それゆえ、特になにも考えずに外のサイトとかにアクセスしようとすると、それなりのラグが発生するのである。

 具体的には……物にもよるけど最短で一秒以下、最長ならば三十秒以上……みたいな感じに。

 無論、単に調べものとかをするだけならページが表示されるまで待てばいい、というだけの話になるけど……動画を見るとかゲームやるとかしようとすると途端に悲惨なことになる、と。

 

 郷内での通信だけなら別に無線でも問題ないんだけどね。そのための専用端末だし。

 

 

「確か……通信システムにユカリのスキマを利用しているのでしたか?」

「いわゆる5Gならぬ5Sってやつだね。『第五世代スキマ通信システム』」

 

 

 今現在私たちが使っている通信端末は、実のところ当初のそれとは代替わりをしている。

 理由は幾つかあるが……大きいのはゆかりんがスキマを自在に操れるようになったこと、及び郷内が広大になりすぎたため、通信に更なるラグが見られるようになったことになるだろう。

 

 この場合のラグとは、地下千階にあるこの場所だけに留まらない、他の階層でも起こるものの話になる。

 ……さっきも触れたが、階層ごとに高さ──距離が全然違ったりするのがこの場所。

 その上、いつの間にか人が増えていたりすることがあるように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 こっちに関しては滅多に起きないことだが……一回、一階層全部機械文明みたいな場所が突然現れた*6ことがあり、それに伴って旧式の端末は通信障害を起こすようになったのである。

 

 多分、件の階層が中途階に突然現れたせいで電波妨害の壁を作ってしまった、というのが理由なのだろうが……ともかく、これでは無線通信などろくに使えなくなってしまった、というのも確かな話。

 そういうわけで、通常の空間とは別の場所──迂回路としての利用にスキマ空間へ白羽の矢が立った、というわけなのであった。

 

 無論、これはゆかりんのスキマ操作技能が上がったからこその手段。

 そしてまだその技能には伸び代があるため、劇的な改善がある度に世代が積み重なってきた……と。

 

 現行の通信規格は『第五世代スキマ通信システム』──通称5Sだが、既に次世代通信規格についての検討が重ねられている段階である、とのこと。

 ……まぁ、実際には外の通信規格をなりきり郷用に落とし込んでいる、みたいな部分もあるみたいだが。

 

 そういうわけなので、単に通信することを優先するのならば、wi-fiではなく通常回線を使えばいい、ということになるのだけれど……。

 

 

「その場合はギガがね……」*7

「郷内の通信は無料ですが、外へとアクセスするとなると普通に通信料が必要になる……ということですね」

 

 

 うん、そこら辺は普通の端末と変わらないというか?

 無線を使うのなら無料でいいが、通常の通信は普通に通信料を取られる形になるため、使いすぎると通信制限を食らったりするのである。

 一応、郷の内部に電話を掛けたりそこにあるサーバーにアクセスしたりする分には、料金は掛からないんだけどね。

 

 でもまぁ、スマホゲームとかは普通に外のサーバーにアクセスする形になるので、下手に無線を切ると一瞬でギガが消滅するので注意が必要……と。

 いやまぁ、オンライン対戦系のゲーム以外なら、その辺りのことは端から念頭に置いた上でシステムを組んでいるため、意外と通信料は取られないのだけれども。*8

 

 ……まぁともかく、色んな意味でここから外のゲームに触れる、というのはハードルが高いというわけなのであった。

 

 

「なのでこうしてソリティアに励む、と」

「……一人でやってるよ、とでも言えばよいのでしょうか?」

「それ遊☆戯☆王ーっ!」

 

 

 結果、一人でトランプを遊ぶ羽目になった、というわけなのである。

 ……可哀想なモノを見る目で見るんじゃねぇやい!!

 

 

*1
なお、何故病院のテレビが基本的に有料──テレビカードを購入しての視聴になるのかというと、それらの娯楽は治療に必須のものではない……言い換えると保険で賄えないものだから、というところが大きいのだとか。医療はサービス業ではないので、そこで発生する金額を医療費に含むことはできない……ということになる。同じような理由で冷蔵庫なども有料であるパターンがある

*2
医療機器によっては電波によって誤動作を起こす可能性がある為。逆に言うとそういうものがない普通の病床だと使用に問題がない……ということで、無料wi-fiを設置している病院も増えてきている……が、ペースメーカーを使用している人がいる場合は控えるようにお願いされることも(一応、最新式のペースメーカーはそういった誤動作が起こらないように電波防護を十分に行っているが配慮は必要だろう)。逆に言うと通常の医療機器も電波防護を密にしておけば無線が使える、ということでもあったり

*3
例えば電子カルテを利用する場合、その大本がクラウド型の場合は必然的に外部のネットワークに接続する必要が出てくる為、そこにハッカーなどの警戒が必要となる。無論、院内ネットワークだとしても不正アクセスの可能性は消えるわけではない(現地に行ってシステムに侵入すればいい)のだが。そういう意味では紙などの物理保管は強く(直接盗む以外の手段がない)、それゆえに電子への移行が進み辛い、という弊害を引き起こしていたりもする

*4
因みに、日本⇔ブラジル間(およそ17400km)のネットにおけるラグは大体0.3秒ほど。フレーム換算だと8フレームくらいずれる。……調べものならともかく、対戦ゲームだと致命的なズレ

*5
一応有限ではあるものの、通信距離として考えると例え光だろうが明らかに遅延するような長さは確保されている為、余り慰めにはならない

*6
多分『アーマード・コア』とか『勇者王ガオガイガー』とかの世界観な場所。迂闊に踏み入れるのは危ない、ということで一時期封印処理を施されていた

*7
通信制限に引っ掛かるまでのデータの許容量のこと。本来ギガとは接頭辞でありデータ量などの意味はないが、会社によってはプリペイドカードの形で追加購入できることなどもあり、若者を中心にしてこういう意味合いを持つようになったとかなんとか

*8
普段の通信だけなら、意外と問題は起きない。にも関わらずソシャゲなどの通信料が高くなるイメージがあるのは、アップデートの際に発生するダウンロードデータが巨大だから、というところが大きい(大きいアプデだとゲームによっては200MB~1GB以上のダウンロードを必要とすることも。無論これをダウンロードする場合、それと同じだけのデータをやり取りしたことになるのでギガが大きく減る)。無論、常に通信が必要な対戦系ゲームはそこに更に追加される形になる



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幕間・それではそろそろ旅の時間です

「キルフィッシュ・アーティレイヤー完全復活!」

「…………?」

「……いや、そこで不思議そうな顔をされても困るんだが?これ私の本名なんだけど」

「……あっ、ななななるほど!せんぱいとお呼びすることがほとんどの上、そちらの名前で呼ぶこともまずないので忘れていました!BBちゃん反省です☆」

「BBェ……」

 

 

 はてさて、日付は変わって次の日。

 もう帰っていいよ(要約)、というブラックジャック先生のお墨付きを貰ったため、意気揚々と病院の外に出てきた私は、そこで私を迎えにやって来ていたBBちゃんと鉢合わせることになったのだった。

 

 なので、快癒祝いとしてちょっと景気付けの声をあげてみたのだけれど……うん、知ってた。

 自分的にも名前の間は『・』だったか『=』だったかちょっと迷ったし。っていうか、基本的に愛称である『キーア』の方でしか呼ばれないしね。*1

 そもそも『キルフィッシュ・アーティレイヤー』って名前自体、元ネタからの逆算で生み出された造語みたいなもんだし。

 

 

「あー、そういえば例のノートに書いてありましたね。元ネタとなるのはキリアさんの方で、彼女の名前に語感が近い呼び名を考え、そこに合わせる形で名前を作った……みたいな?」

「世の人達は名前を考えるのに悩むと言うけど、実際そういうのって下手に意味合いとか気にする必要ないんじゃないかなーってキーアん思うわけ」

 

 

 いやまぁ、緻密に計算された名前……というのも悪くはないと思うけども。

 でもほら、その結果として絶対に人の名前じゃないよそれ、みたいな揶揄されるのもあれじゃないと言うか。

 キャラクターの特徴を捉えた名前、ってのは覚えやすいけど記号化が進んでいるとも言えてしまうわけだし。

 

 ……そんなわけで、キリアに関してはともかく『キルフィッシュ・アーティレイヤー』の名前に関しては語感が最優先となっている、というわけなのである。

 なので語感から『キルフィッシュ』の綴りを想像すると『メダカ』になるのは気のせい、というわけなのだ。そんなん気にしてへんからね(目逸らし)

 

 

「メダカの方は正確な綴りがキリフィッシュ(killifish)、でしたか。確かに近いですねぇ。でもせんぱいの技能的に、小魚が集まって大きな魚に見せ掛ける……みたいな方面だとこれはこれであり、なのでは?」

「その場合愛称が『キーア』じゃなくて『キリー』とかになりそう」

「……あ、あー。確かに……別に愛称のルールに従って呼んでいるわけでもなし、日本人的に呼びやすそうなものが優先される可能性は大いに大です……」*2

 

 

 まぁ語感最優先と言いつつ、全く意味のない言葉なのかと言われればそれもまた別の話でもあるのだが。

 ……一応、仮に『キルフィッシュ』に意味を与えるのなら『キル』──『殺す』という意味合いの方に傾くのだろうし。

 なんとなくだが、この名前を考えた時には『自死』とかについて考えていたような気がするし、となれば『キルセルフ(kill self)』という言葉から思い付いたんじゃないかなー、というか。

 実際、【星の欠片】は絶えず欠けていくものなので、そういう意味でも似合うと言えば似合うわけだし。

 

 ……それはそれとして、確かにメダカを小魚と捉えるのなら、そこからスイミーよろしく『群れるもの』イメージを取り出す、というBBちゃんの発案も悪くないように思える。

 思えるが、思えるだけ。……キリアに対してのキーア、という語感からの逆算であることが前提である以上、最終的な呼び名がキーアでなくなりそうなその案は、例えその時思い付いていたとしても採用しなかっただろう、と私は考える。

 

 いやまぁ、名字に相当する『アーティレイヤー』が『アート』+『レイヤー』、すなわち世界というキャンパスになにかを描くもの、としての意味合いを込めたものだと解釈するのなら、そっちの方が穏便な意味になりそうな気もしないでもないのだが。

 ……今のままだと『自死の有り様を世界に刻む』みたいな、何処のアーティストだテメーみたいな意味合いになりそうだし。

 

 

「……いや、それは間違いではないのでは?【星の欠片】的に」

「そりゃそうだけど……名乗る度に自殺志願者とか言われたらかなわんでしょ、マジで」

「それは確かに」

 

 

 っていうか、この辺りの話は全部裏話……いわゆる黒歴史であり、公共の場で名前の由来とか語ったことないし。

 ……というわけで、意味があったのか無かったのか曖昧な会議を打ち切りつつ、私は彼女を連れて目的地へと歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、私今回休んじゃダメかしら?」

ダメです。『逆憑依』としてはもしかしたら一番先に進んでるかも、みたいなことを言われた以上、今回の同行は拒否権無しです」

「そんなぁ」

 

 

 はてさて、目的地のゆかりんルームにて。

 どうにか自分の気持ちに折り合いを付けたらしいマシュと合流し、中に入って今後の行動についての会議を始めたのだけれど、いつもならこっちに文句を言いながら絶叫してるイメージの強いゆかりんが、ずっっと机に突っ伏していたのだった。

 ……まぁ、無理もない。

 なんか知らんけど唐突に横合いから電車にぶつかられたようなものだし、今回の話。*3

 

 そう、今回の議題である『月の君』様の居城へ向かうメンバーの選定だが、『星女神』様の居城へ向かった面々は確定として、その他に五条さん、相方さんもといメレオロンさん、それから途中で話題に上がったゆかりんの三名もまた、同行が半ば強制的に決定していたのだった。

 

 前者二人に関しては、『星女神』様に並ぶもう一つの最底辺(ちょうてん)である『月の君』様との謁見はもはや既定事項……みたいなところがあったのだが(いやなんだけど?!と叫ぶメレオロンさんは無視)、それとは別枠のゆかりんに関しては、どっちかというと彼女に対しての評価が正確であるかどうかを確認するため、みたいな要素の方が強かったり。

 ……言い換えると緊急性が低いようにも見受けられるため、どうにか回避できないかと足掻いているということでもある。

 

 まぁ、確かに?

 単に確かめたいというだけならば、彼女の休みを待ってもいいような気がしてくる。

 ……無論、それはあくまでもゆかりん側を優先した場合の話。

 現状『星女神』様が表に立っていることを思えば、そもそも出会えるのかわからない相手となっている『月の君』様を優先する方が正解だろう……という、至極もっともな意見が(主に私から)出たため彼女の意見は無視される形となっていたのだった。

 

 

「なんなのよぅ、その傍迷惑な性質ぅ……」

「お、いいのかな?そんなこと言って。言っておくけど性質的に対になるから今は『月の君』様の方が厄介に聞こえるけど、本来トラブルメイカーなのは『星女神』様の方なんだぜ?」

「……うへぇ」

 

 

 で、そうなった原因と言うのが、『星女神』様との会話の中で彼女の話題が飛び出したから。

 ……一応『星女神』様と面識があるので、彼女が確認を『月の君』様に譲ったからこうなった、とも解釈できるわけである。

 みんな纏めて顔を見せに来い、と仰ったのは『月の君』様自身なので勘違いしそうになるが、そもそもその起因自体が『星女神』様が話題に出したからであることを勘違いしてはいけないのだ。

 分かりやすく言うなら、『月の君』様の行動はある種の山びこのようなものとも言える……みたいな?

 

 その辺りの意味合いを私の言葉から察したのか、ゆかりんはなんとも言えない呻き声をあげながら再び机に突っ伏したのだった。

 

 

「……その、私が同行するというのは……」

「それに関してはさっきも言ったように承服しかねるかな。『星女神』様のところならともかく、『月の君』様のところは性質の反転した場所。……言い換えると死ににいくようなものだし下手に人数増やして変なフラグを踏むのもよくないから、呼ばれた人間以外は行かない方がいいんだよね」

「むぅ……」

 

 

 そんな主の姿を見て、私が支えねばと奮起するジェレミアさんは流石だが……今回その忠義は寧ろ悪い結果を引き寄せかねないので抑えて貰いたい、というのが私の本音である。

 ……うん、最初は『星女神』様の居城なんて行きたくないと思ってた私だけど、今の『月の君』様の状態を聞いたあとだとそっちの方がよっぽど天国だった、と発言を翻したくて仕方ないというか。

 

 先の会話で何度か触れたが、『月の君』様は父性の象徴、みたいなところがある。

 ここでいう父性は家族を守るもの、みたいな意味合いも含むが……『星女神』様が母としてそれを優先している現状、その対である『月の君』様は父性の()()()()を体現しているだろうな、という嫌な予感がひしひしとするのだ。

 

 その過激な面と言うのが、いわゆる試練としての父性の発露。

 越えるべき壁としての父性の君臨であり、言い換えるなら獅子がその子を谷底に突き落とすが如く……ということになる。

 

 それが正しい場合、『星の死海』に足を踏み入れた途端に大連続狩猟みたいなとんでもをやらされる可能性が高い、というか。

 ……っていうか私とオルタに関してはもう確約されているというか(白目)

 そしてその厳しさは、なにも【星の欠片】達だけに発揮されるモノではない。

 わざわざ呼びつけた以上、『死ななきゃなにを課してもよい』みたいなことをされてもおかしくはないのだ。

 生憎、その場合私たちも自分のコトに必死で助ける暇なんてない……みたいなことになりかねないため、余計なトラウマを負う人間が出ないように配慮するのは当然の話なのだ。

 ……っていうか、今の状態だと下手をすると『呼んでないやつは知らん』ってことで試練ではなく攻撃になる可能性もあるというか。

 

 そういうわけで、今回の会議のほとんどは再び拗ねたマシュとジェレミアさんの説得、という意味合いの方が強いのでしたとさ。

 

 

*1
なお、一般的には『・』は姓名の区切り、『=』はそれで結ばれた単語が一繋がりのものである、と示すものであるとのこと。なので、この場合『=』を使うと名前しかない(=姓がない)ということになるのだそうな。日本人には少しわかり辛い概念である

*2
日本人の場合聞いた単語をそのまま一部切り取って呼び掛ける(例:アナスタシアを『アナ』と呼ぶ等)が、海外の場合はその国毎の短縮法則に従った呼び方になる(例:ロシアではアナスタシアの愛称は『ナーシャ』)、ということ。国によっては一つの人名に複数の愛称があることも(例:英語圏における『ロバート』の愛称はロブ・ボブ・ボビー・バート・バーティー等多岐にわたる)。そもそもキーアの愛称法則自体割りとアレ(姓名から一文字ずつ拝借するスタイル)

*3
いつもは彼女がぶつける側(紫のスペル『廃線「ぶらり廃駅下車の旅」』のこと)



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幕間・来るもの拒み、来たものを苦しめる

 まるで北風のよう、とでも言えばいいのか。*1

 想定される『月の君』様の状態を思えば思うほど、『星女神』様ってまだ甘かったんだなぁと納得するというか。

 

 そういう事情もあり、呼ばれてないと明確に区別できる面々は極力連れていかない、というのが今回の結論になるのだけれども。

 

 

「…………」

(滅茶苦茶わかりやすくむくれておるが?)

(そうは言われてもどうしようもないんだが?)

 

 

 せんぱいの盾を自称するマシュへの説得は、その分難航するのもまた既定路線……みたいな感じなのであった。

 あれだ、明らかに酷い目に合うのがわかっているのに、その場所に行くことを止めないのは後輩失格では?……みたいな意味合いも含んでいるというか。

 

 ……原作(FGO)でも危険を承知で主人公を送り出さなければいけない場面は多々あるのだから、それを元に説得すればいいんじゃないのか、って?

 甘いなぁ、そんなんで止められるなら最初からやってるよ……。

 

 

(……()()()()()()()()()()、とは中々に難儀じゃのぅ)

(そこら辺も対の概念ってやつだね……)

 

 

 主人公が危険を犯し、それをマシュが見ているだけ……というパターンというのは(メタ的な事情を置いておくと*2)他のカルデアメンバーが大幅に減少したから、というところが大きい。

 マシュというキャラクターは盾役としての活躍が主ではあるものの、それ以外の方面でも優秀であるため他に盾役を任せられる人員が居るのなら裏方に回った方がより有効なのだ。

 ……まぁそもそもの話、マシュは戦闘要員として教育を受けてない・もしくは受けられるわけがなかったというのも大きいのだろうが。

 

 ともかく、断章(EoR)で戦闘能力を失った彼女がオペレーターとして活躍し始めたことをきっかけに、そこから徐々に彼女は裏方としても重宝され始めたわけである。

 ……ついでに、新キャラの描写に幅が持たせられるようになった、とも言えるか。

 

 それはそれとして、である。

 こうした背景から、マシュ自身は前線に出られなくても活躍の場がある、わりとオールラウンダーな存在となったわけなのだが……ゆえに、今回みたいなパターンだと彼女が申し出る協力を断り辛い、という状態に陥るわけで。

 

 まず盾役としてとても優秀であるがゆえに、前線への投入が真っ先に提案される。

 ……今回の場合、呼ばれてない存在に関してはその耐久力がどれほど高かろうと意味がない可能性が高いため却下。

 そして次に、オペレーターとしても優秀であるので『星の死海』内の観測などを買って出る。

 ……こっちに関しては、そもそも【星の欠片】自体が極小──()()()()()()モノであることを考慮し断ることになる。

 

 で、この『気付きにくい』という部分だが、大きく分けて二つの理由が含まれている。

 一つは文字通りの『気付きにくさ』。レーダーなどの監視網にとかく引っ掛かり辛く、どうにかして把握しようとするのならばそれを為すために専用の機械などを導入する必要が出てくるだろう。

 

 それでも観測できるかは微妙だ。なにせ相手は『月の君』様──『星女神』様と対である彼女は、それゆえに観測のし辛さも同一なのである。

 一応、原理的には今の『星女神』様の逆──全体像が大きすぎるためこちらに把握できるのは一部分……みたいな話を極論化した概念理論を展開しているのだろうが。

 これは寧ろ通常の【星の欠片】観測装置では()()()()()()()()()()ため、観測は困難どころか不可能に近い。

 かといって普通の観測装置では観測など不可能……となれば、彼女用に新しく作る必要がでてくるわけで、あまり現実的ではない。

 

 二つ目は結果として気付けない・ないしは気付くことを知らず知らずのうちに避けているパターン。

 こちらは分かりやすく言うと『クトゥルフ神話』の神性達のようなもの。……違うのは、向こうと違いこっち側が知らぬ間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだろうか。

 

 純粋な『クトゥルフ』の神性達の場合、直視をすると発狂する──という事実からわかるように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だがしかし、一部の【星の欠片】の場合はそれを認知しようとする人間側が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 ……まぁ、これは正確に言うとその人間の中にも【星の欠片】が含まれるからこその反発作用、みたいなものなのだが……ともかく、認知することが自身を危険に巻き込むことを無意識で認知し、体の側が意識させないように振る舞っているというのは間違いではないだろう。

 

 そのため、この法則が発動するような【星の欠片】相手の場合、例え目の前に対象となる【星の欠片】が存在しようと、その人間の目には『なにも映っていないように処理される』のである。

 ……それを単純に言葉にすると『気付き辛い』となるわけだ。

 結局自分の体が勝手に見ないふりをしてるだけで、そこに気付いてしまえばピントを無理矢理合わせることは不可能ではないわけだし。

 無論、そんなことをした場合『クトゥルフ』の神性宜しくSANチェックの憂き目にあうわけだが。

 

 話を戻して、マシュがオペレーターとして協力を申し出た場合についてだけど。

 まず観測用の機材が足りない。そしてその上で、もし仮に観測できてしまった場合に彼女の正気が危ない。

 

 ……となれば、前線だけではなく裏方としても彼女を同行させるのは憚られる、という話になるのだった。

 っていうか、『月の君』様の許可さえあるのなら前線の方がまだ安全なので、そういう意味でも今のマシュに手伝いをさせるわけにはいかないというか。

 

 

「……認知云々の話なら、寧ろ前線の方が危ない気がするのだが?」

「その辺りは意識して認知するか不意に認知するかの違い、ってことになるのかな?いやまぁ、形式の上ではどっちも意識して認知してるのでは、とツッコミが入ることは承知の上で、だけど」

「????」

 

 

 ……あーうん、わかり辛いか。

 じゃあもっと簡単に言い換えると、目の前で敵を見付けた時と何処かから狙撃された時、より警戒を必要とするのは果たしてどちらか?……みたいな感じだろうか。

 

 

「ふむ……?」

「有効視野と周辺視野*3のどっちが不意を突きやすいか、みたいな話でもあるのかな。相手の一挙手一投足を子細に観察できる状態と、方角以外の全てが不明なスナイパー。より危ないと思ってしまうのはどっち、とも言えるかも」

 

 

 まぁ、至近距離に居ても得物が危なかったり、スナイパーも豆鉄砲みたいな武器なら危なくないだろうとか、その場その場でそこら辺の危険度は変わるだろうけど……ともあれ、認知の外と認知の内、より致命傷に繋がりやすいのはやはり前者・認知の外からの攻撃であることは間違いないだろう。

 

 で、これを『月の君』様云々の話に当てはめると。

 近距離での認知は『相手が危ない』と把握しながら観察できるが、遠距離にある相手の認知は『なにをしてくるかがわからない』──危険度の正確な判定ができない状態で視線を向けてしまう、ということになってしまう。

 これだけだと問題点がわかりにくいが、【星の欠片】が無意識に攻撃を行っていると仮定し、かつその攻撃は精神的なもの──相手が『危険である』と感じていればいるほど威力が減衰するものである……とすれば、その危なさもなんとなく理解できるかもしれない。

 

 

「……認知の外から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()視線が飛んでくる、ということでしょうか?」

「簡単に言うとね。危ないと認知していれば危なくないけど、それを確認できるのは近くにいる時だけ。……そんな相手なら、寧ろ遠くにいる方が危ないってならない?」

 

 

 さっきの『気付けない』理由の二番目が悪さをしている、ということになるのだろうか?

 無意識で相手を認知しないようにすることで防御しているわけだから、更にその外側の『無意識という意識を行っていない』状態であれば防御もなにもない……みたいな。

 

 ともあれ、今の『月の君』様を安全地帯から理解しようとするのは全くの逆効果である、ということは間違いあるまい。

 ゆえに、それならまだ前線に来た方が安全……などという、なんともあべこべな結果が出力されることとなるのだった。

 ……まぁ、今回はさらにそれに『招待してないやつは知らん』がくっつくため、『全く関わらない』以外の対処は全部悪手、みたいなことになってるんだけどね!もしくは『招待された人物』は虎穴に入るつもりで突っ込むか!

 

 

「……私はそれを止めて欲しいのですが」

「諦めましょう、マシュさん。今回はこのグレートデビルなBBちゃんもお手上げなので、せんぱいにお任せするしかないのです」

「BBさん……」

 

 

 おお、ナイスアシストBBちゃん!

 万能性、という意味ではある種マシュの上位互換めいたところのあるBBちゃんでも無理となれば、マシュも諦めが付くというもの。

 ……いやまぁ、スペック的にはそうでも人格的には違うだろう、と言われるとあれなのだけれど、ここにいるBBちゃんは通常種とはちょっと違うし……。

 

 ともかく、不満そうなマシュを軽く抱き締めながら頭をよしよしと撫でるBBちゃんの姿に、私は小さくサムズアップを送っていたのでしたとさ。

 

 

*1
イソップ寓話の一つ『北風と太陽』より。俗に『厳しい人・試練を与える人』のイメージとして語られる。なお、本来の寓話的にはよく知られる『コート』の話だけではなく『帽子』の話もあり、こちらは北風の行動が上手く行ったパターンとなっているのだとか(帽子を吹き飛ばすのは簡単だが、強い日差しでは直射日光を避ける為に寧ろ帽子を目深に被ってしまう、という話)

*2
イベントの場合、そこで実装される新キャラクターを見せ場を作る為に(様々な理由から)マシュが待機になる、というのがお約束。何故かと言うと、彼女を連れた状態で尚且つ新キャラにも役目がある、となると主人公とのやり取りよりそのイベント内でのボスと新キャラのやり取りが主体になる……という形式になることがほとんどだから。というか、マシュがガード役として優秀過ぎる為役割被りがほとんど不可能なのである

*3
視界の用語。その範囲内で動いているものを把握できるのが『有効視野』で、できないのが『周辺視野』。より正確に言うと、中心を見ている状態で情報を処理できる範囲。基本的に一点を注視している場合や夜間などは『有効視野』が狭くなるため、その外側は視野の中ではあっても見えていない、ということになる



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幕間・初っぱなからクライマックスです

「いやはや、出発前からトラブル続きでやになるね。……あ、もしかしてもう既に試練は始まっている……?」

「止めなさいよそういう怖いこと言うのは!?」

 

 

 まだ私納得してないんだからねぇ?

 ……と涙目で叫ぶゆかりんを宥めつつ、一度後ろを振り返る。

 今回同行できない面々は私たちの旅立ちを見送るとのことで、こちらの背に心配そうな視線を注いできていた。

 そんな状況で『試練は既に始まっている』とか言ったら余計に心配させるでしょ、と怒るゆかりんである。……うむ、確かに。

 

 

「確かにじゃないのよ確かに、じゃ」

「いででで」

 

 

 反省しなさいよ、とでも言いたげにこちらの耳たぶを引っ張るゆかりんに辟易しつつ、改めて見送り組に向き直る私たち。

 

 

「んじゃまぁ、いってきます。お土産はないのでそのつもりで」

「そんなことはどうでもいいので、無事に戻ってきてくださいね」

「あ、はい」

 

 

 まるで戦地に旅立つ人を見送るかのような暗ーい雰囲気に、思わずジョークを一つ飛ばしてしまったが……あ、はい。BBちゃんしかまともに反応してくれねーでやんの。

 ……散々『月の君』様や『星の死海』の詳細を語って怖がらせたお前が悪い?

 でも説明しなかったら説明しなかったで、あとからあれこれ言われるじゃないですか……。

 

 

「それは当たり前です。せんぱいは色々と秘密主義めいたところがありますので」

「単に黒歴史を開帳したくないだけなんだけどなぁ……」

 

 

 そうぼやきをこぼせば、マシュからこちらを咎めるような言葉が放たれ、周囲もそれに同調するように頷き始めたのだった。

 

 ……【星の欠片】関連の案件って漏れなく私の黒歴史と重なるから、口を開くのが思わず重くなってしまうってだけなんだけどなぁ。

 あとはまぁ、重なるってだけで完全なイコールでもないから、私の中での認識と実際の事象が違った場合を想定して、あんまり明言しないようにしてる……みたいな部分もなくはない。

 それと……()()()()パターンに関しては、()()()()()()()()()()()とされている可能性もなくはない、かな?

 

 とはいえその辺りも確実ではなく、言葉にすることで余計なトラブルを引き込む恐れもあるので心の中で呟くだけに留めておくけど。

 

 話を戻して、黒歴史云々という言葉を聞いた面々は少しだけ気の毒そうな顔をしたあと、「それでも、やっぱり事前に伝えないのはよくない」と口を揃えて言い出したのだった。

 ……やっぱり試練始まってない?私だけ先行体験みたいなあれで。

 

 

 

 

 

 

「それで?私は今回初参加だから、その『星の死海』とやらへの行き方なんてわからないのだけど……どうやって行くの?」

「それに関してなんだけど……キリア(母さん)に頼もうかと」

「ふぅん?」

 

 

 はてさて、万が一にも居残り組が付いてこないように……と、先ほどのゆかりんルームとは別室にやってきた私たち。

 ここから『月の君』様名義の『星の死海』に渡り、彼女との謁見を済ませなければいけないのだけれど……そこでゆかりんが発したのが、先ほどの疑問である。

 

 確かに、特定の場所に向かうことを目的としているにも関わらず、郷の外に出るでもなくさっきの場所からちょっと離れただけ……というのは、ここからどうやって目的地に向かうのかという面も含めて理解ないし想像し辛い……みたいな彼女の主張もわからないでもない。

 

 とはいえ、これに関しては単純な話。

 そもそも『星の死海』とは現実に結び付いた座標を持つものではない。

 ……【星の欠片】の中でも一部の存在だけが持つ心象風景──精神世界であり、そこにたどり着くために必要なのはどちらかといえばその当人との繋がりの方なのである。

 

 

「繋がり?」

「物理的なものじゃなくて精神的なもの……と言っていいのかは謎だけど、まぁとにかく繋がりを辿って行くってのは間違ってないよ」

 

 

 微妙に言い淀んだ私に、ゆかりんが不思議そうな顔をしているが……この辺りは【星の欠片】ってなんじゃらほい?……ってことを思い出せばなんとなく理解できるんじゃないかなーと。

 ……そう、数多のモノ達より小さなモノであるそれらは、その性質ゆえに()()()()()()()モノでもある。

 言い換えると、()()()()()()()()()()()()とも言えてしまうのだ。極論、『有る』モノにならその全てに含まれているわけなのだし。*1

 

 ただ、だからと言って好き勝手に『星の死海』に向かえるか?……と言われるとそれは別の話。

 何度か説明した通り、現実というテスクチャが強い環境において、原則【星の欠片】は表に出てくることはない。

 それはつまり、通常の世界において【星の欠片】との繋がりというものも存在しない、ということでもある。

 

 微小世界という『観測ができないので定まらない世界』を由来にしている以上、それを無いと断言することはできないが、同時にあると確信することもできない……。

 それゆえ、通常時においては現実という法則が優先され、『無いとした方が都合がよい』みたいな感じで処理されてしまうわけなのだ。

 

 なので、その状態から【星の欠片】にアクセスしようとする場合、なにかしらのきっかけとなるものが必要となる。

 

 

「きっかけ、ねぇ?」

「これに関しては私もそうだからね。この名前・この姿の存在は【星の欠片】を扱える、という設定を『逆憑依』──そういうキャラのなりきりをしていた、ってことで補強してるわけだから」

「……なるほど。じゃあキリアさん達の場合は?」

「彼女達が生じた時の話はまた別として……少なくともこの世界に彼ら彼女らが現れることができるようになったのは、私という先遣隊が現れたからってのは間違いないと思うよ」

 

 

 それが私の場合は『キーアというキャラのなりきりをしていた』という部分と、それが『逆憑依』の種になったという部分。

 ……『無いと証明できない』ものを『あるかもしれない』ものとしての解釈に少し押し込めた、とでもいうか。

 ほぼ確実に零だったものをもしかしたら零じゃないかも?……という認識に変えたというか。

 ともかく、目覚めるはずの無い摂理を目覚めさせるきっかけとなったのは間違いあるまい。

 

 そしてその仮定が更なる火種となり、他の【星の欠片】の到来を許容する空気を作り上げた……と。

 そういう意味で言うと超絶戦犯な私なのだが、その辺りを口にするとほぼ確実にマシュとかに泣かれるので頭の中だけに留めておく私である。

 

 ……ともかく、【星の欠片】自体の顕現にも結構面倒なやり取りが含まれているわけなのだから、更にそこから一歩進んだ場所──無いもの(星の欠片)の心の中に飛び込む、ともなれば難易度が激上がりすることは容易に想像できると思われる。

 

 

「まぁ、確かに。虚数よりも実体の無いものに飛び込め、って言ってるようなものなんでしょ、それ?」

「そうだね。【星の欠片】的な見方をすると、虚数はかなり()()()モノになるから」

 

 

 まぁ、【星の欠片】解釈としての虚数と現実における虚数は微妙に別物であり、【星の欠片】側の虚数は普通に最弱(さいきょう)方面の一角になるわけだが。

 ……と、キリアの方を見ながら半笑いを浮かべる私である。

 

 

「……なぁに?言いたいことがあるのなら聞くけど?」

「いえ別に。お母様は凄いなーと思っただけでしてよ?」

「その似非お嬢様言葉は止めた方がいいと思うけど?」

 

 

 ははは、と笑い合いつつ話を戻す。(なんか怖がってる周囲はスルー)

 今回の目的は『月の君』様の居城・心の中の世界である『星の死海』への渡航ということになるわけだが。

 予め招かれているとはいえ、それ自体が繋がりにはならない。……っていうか、その程度で繋がり扱いされるなら『星女神』様が彼女を見失うわけがないというか。

 

 

「あー……(つい)というかパートナーというか……ともかく、そういう深い関係なのよね、その二人って」

「そ。そんな深い関係の二人より、たまたまお家に招かれた赤の他人の方が繋がりが強い……なんてことはあり得ないというかあり得ちゃいけないよね?」

(無言で頷く一同)

 

 

 そう、本来の『月の君』様と『星女神』様は二人で一つ。

 互いが欠けては立ち行かぬ、比翼連理の存在。

 ……ならば、そんな切っても切り離せぬような間柄の二人より、赤の他人の方が繋がりが強い……なんてことはあり得ないだろう。

 いやまぁ、この論法だと『じゃあ誰もたどり着けなくね?』ってなるので()はある、ということになるわけだけども。

 ……と、その『穴』に当たる人物(キリア)に視線を向ける私である。

 

 

「……違うわよ、『星女神』様も複雑そうな顔をしてらっしゃったけど違うわよ。どっちかと言うと『星女神』様に探してくるように頼まれたうえ、『月の君』様からも『じゃあ返答を頼むよ』って感じに体のいいメッセンジャー(伝書鳩)扱いされてるだけってのが真相だからね」

「はーい」

 

 

 ……うーん、死にそうな顔をしている。

 あれだ、喧嘩ではないんだけどちょっと険悪な空気になった恋人達の間に挟まれてる友人……みたいな感じというか。

 糸電話における糸相当なのが今のキリアの立ち位置であり、ゆえにそこを指して嫉妬とかされても困る……みたいな。

 

 まぁともかく、地味に胃痛に悩まされるような状態にあるのが今の彼女、ということになるわけで。

 ……なんというかこう、御愁傷様です。

 

 そんなわけで、隠れた恋人が直接ではなく彼女を介して自分に連絡して来ている……みたいな状態になっている『星女神』様と、そうして微妙な嫉妬オーラを浴びてたじたじになっているキリア。

 それから、そんな二人を眺めて恐らくけらけら笑ってる『月の君』様……という、踏み込みたくねーって感じの場所が私たちの戦場です()

 

 

「ふふ、怖いか?私はとても怖い

ふふっ、私も怖い

 

 

 自分のことで手一杯なのに、痴話喧嘩まで挟むの止めてくんねーかなー。

 なんてことを思う私たち一同なのでした。

 

 

*1
概念的な『有る』なので、極論『なにもない』も『なにもないという状態がある』と判定される。それゆえ、『そもそもそこに至るすべての仮定/過程が認知されていない』モノでない限り、【星の欠片】が含まれていないものはない、ということになる



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幕間・おいでませ『月の君』様の海へ

「無限の彼方へさぁ行くぞー(死んだ目)」

「カッコ付けて落ちろと!?」*1

 

 

 はいまぁ、その通りです。

 ……ってなわけで、お腹を抑えて呻くキリアにお願いし、特殊なゲートを開いて貰ったわけなのだけれども。

 ここを一歩抜ければそこは戦場、なにが襲ってくるかわかったもんじゃない鉄火場である。

 

 そういうわけなので、清水の舞台どころではない覚悟を持って飛んでほしい、と願ったところゆかりんからは当たり前のようにツッコミが飛んできたのだった。

 ……まぁうん、精神の世界なのだし、気持ちで負けてると宜しくないというか?

 とはいえ私とオルタ、それからアクアは負ける可能性大なんですけどね(色んな意味で)初見さん。

 

 

「だ、大丈夫なのでしょうか……?」

「知らないわよ、どうせこのパターンなら離れてても繋がってる私たちは酷い目に合う……ってんで連れてきたけど、本当に連れてきただけであって庇うとか犠牲にするとか全部考慮の外だし」

「お、オルタが自棄っぱちに……!なんとかならないんですか、キーアさん?!」

「無理でーす私は私のことで手一杯でーす。まぁそっちは最悪キリアが負担を頑張って肩代わりしてくれるよ、多分」

「うーん投げ槍な信頼……」

 

 

 で、精神的に負ける可能性大な今回の主役(?)である私含む三人は、なんとも言えないテンションで入り口の縁に手を掛けていたのでした。

 ……ビジュアル的にはヘリコプターから飛び降りようとしている、というのが近いのかな?

 まぁ実際にはそこら辺の部屋の扉を擬似的なワープゲート……もといエクスチェンジゲートに変換したってだけなのだけれど。

 

 まぁ、位相の低い世界へと飛び込んでいくのだから、一種の飛び降りとして認識しても間違いではないと思うよ、私は。

 ……とかなんとか言いながら、仕方ないので先陣を切って飛び込む私である。

 キリアを最後尾にしないといけない都合上、必然的に彼女に着いていかないといけないオルタ達も後回しになるからね。

 ってことは、この中で唯一【星の欠片】である私が真っ先に飛び込まないと後の面々が尻込みしちゃうってわけだね。

 ……うん。

 

 

「ねぇゆかりん、一緒に飛び込まない?」

「いやよ!?」

「じゃあミラちゃん」

「いやじゃ、犠牲になどなりとうない」

「……きらりん」

「きらりは二人を連れて飛び込むよ☆ちゃんと連れてくから安心して☆」

「あ、はい」

 

 

 ……道連れでもいないとやってられねー、とばかりに近くにいた面々に声を掛けるものの、みんな素っ気ない返事でやんの。

 いやまぁ、きらりんだけはこっちの別の心配を片付けてくれる感じだったので、流石頼りになるぅって感じだったんだけども。

 

 ……こうなっては仕方ない。

 いつまでも先頭で詰まっていても仕方ないし、意を決して飛び込む他あるまい。

 と、いうわけで。

 

 

「五条さん」<ガシッ

「えっちょっまっ」

「あーいきゃーんふらーい!!」

「ボードも無しにリフは無茶だって!?……ってあ、この人ボードになってる!?」

『トラパーの波を感じるんだ!君ならできる!』

「なんでこのタイミングでふざけるかなこの人!?」

『ふざけないとやってられないんだよぉ!!』

「うわぁ切実」*2

 

 

 目立たないように後ろに下がっていた五条さんの首根っこを取っ捕まえ、二人して大空に飛び込む(I can fly)

 無論、このままだと地面に激突してぺちゃんこ、もしくは地面に設置された試練にそのままシュー!……するだけなので、私自身はリフボードに変身して五条さんに装備。

 

 いやー、見た目だけだと五条さん(目隠しモード)ってボード系滅茶苦茶似合うよね!

 ……という現実逃避を行いつつ、空を華麗に舞うのであった。

 

 なお、そこから地上までは特になにもありませんでしたとさ。……肩透かし感凄いんだけど!?

 

 

 

 

 

 

「なにかが起こるって話だったけど……」

「うーん、個別にじゃなくて纏めてってことなのかも」

「それ僕らも君達のキッツい試練を受ける羽目になる、ってことにならない?」

「強くなりたいって動機で問題を起こした人ばっかだから寧ろ好都合、みたいなあれなのかも」

「あれーおっかしいなー言い訳のレパートリーが一気に吹き飛んだぞー」

 

 

 それはまぁ自業自得ということで。

 ……ってなわけで、ある意味今回の騒動の引き金となったとも言える五条さんには諦めて貰うように誘導しつつ、他の面々が空から降りてくるのを待つ私たちである。

 

 まず真っ先に降りてきたのはサウザーさんとメレオロンさんのコンビ。

 本当ならメレオロンさんは五条さんと一緒に降りてくる予定だったのだけれど……すまんな、その役割は私が取っちまった。

 ……というわけで、元々一人で降りてくる予定だったサウザーさんに同行することにした、という形になるらしい。

 

 え?なんで一人で降りてこないのかって?

 そりゃ、確かに彼はキメラアントだから頑丈だし、あの高さから降りても特に怪我とかはしないだろうけどさ?

 

 

「流石に無意味に痛いのは嫌だってさ」

「物理的に見えるのに精神的ダメージに区分されるからね、ここでの衝撃って」

 

 

 ……まぁ、そういうわけである。

 なお、本来の予定通りに五条さんと降りてきた場合、無下限による快適な(?)フライトが約束されるとのことだったのだが……。

 

 

「ふははははは!!下郎の皆様!おはようございます!!」

「いぃいいいいぃいいぃぃやあぁあああぁぁぁあぁあぁあっ!!!?」

「oh……」

 

 

 現在、彼は天翔十字鳳のポーズで落ちてくるサウザーさんの首に手を回して必死に掴まっている状況。

 具体的に言うとその手を離したらそのまま真っ逆さま、みたいな体勢である。

 そりゃまぁ、あんなに大声で絶叫だってするよなーというか。

 ……え?じゃあサウザーさんは大丈夫なのかって?腐っても()あの人世紀末の住人やぞ、これくらいの高さなら余裕で着地でき、

 

 

「……スッゴい音立てながら地面に突っ込んだけど?」

サウザーさーんっ!?

 

 

 こっちが説明し終わる前に彼らは地面に到達。

 何故か着地姿勢すらとらないままだった彼らはそのまま衝突し、周囲に土ぼこりを舞い上げた。

 それが晴れた時そこにあったのは……彼らの形にくり貫かれたように空いている地面の穴、だったのでした。……古典的昭和ギャグ!?

 

 

「ふ、このサウザーを殺すには足りんとだけ言っておこう」

「あ、生きてた。流石サウザーさん頑丈だね」

「ふははは、もっと褒めるがよい。ついでにここらの地面の堅さも確かめておいたぞ」

「サスガサウザーサンガンジョウダネー」

「はっはっはっはっ。……これ褒められてるってことでいいのよな?」

「好きに解釈したらいいんじゃないかなー」

 

 

 なお、地面をくり貫いた本人であるサウザーさんはピンピンしていた。……背中のメレオロンさんは気絶してる?知ら管()。

 ついでに言うと、五条さんがサウザーさんの頑丈さにぱちぱちと拍手を送っていたけど……多分これ『これだからゴリラは』とかそういうことを考えているやつだと思う。

 

 ともあれ、彼らは特に問題なく(?)降りてきたため、残りのメンバーも意を決したように飛び降りてくる。

 

 

「にょわー!!きらりんふろーと☆」

「……空を舞う不思議な病人?」*3

「一応私の補助もあってのことよ?」

「そこを補助するのなら顔面に打ち付けてくる風とかもどうにかして欲しかったんじゃがのぅ……」

「……?いや貴方、自分で防護できるでしょうに」

「…………なんでわし、自分のこと無力な子供だと勘違いしてたのかのぅ?」

「いや、知らないわよ。きらりちゃんが近くにいたからとか?」

「にょわ?」

「あー、ありえるかものぅ……」

 

 

 次に降りてきたきらりんチームは、『フワーッ!』って感じに地面に降りてきたのだけれど……見た目はそこまで速度があったわけでもないにも関わらず、何故かミラちゃんだけ髪が爆発したように広がっていたのだった。

 ……どうやら、きらりんが不思議なパワーで、ゆかりんが自前の能力で空気抵抗を逃がしていたのに対し、彼女はなにもせずにそのまま打ち付けてくる風を受けていた、ということになるらしい。

 なんでそんなことに、って感じだったのだが……あーうん、きらりんと一緒だと杏ちゃんみたいになっちゃうとかそういうあれのようだ。

 言い換えると自分を単なる幼女だと思ってた、みたいな?

 

 なんとも言えない空気を纏う彼女に、思わずみんなが苦笑したのは言うまでもない。

 

 

「無効化されるかと思ってたんだけど……意外となんとでもなったわね?」

「一応聞くけど、途中で無効化された場合はどうするつもりだったのよ?」

「そりゃ勿論、私が先に降りて受け止めるとかしてたわよ?」

「なるほど、流石ですねキリアさん!」

 

 

 で、最後の組であるキリア以下三名だが、こちらは特にトラブルも無く降りることに成功していた。

 ……通常ルートがとかく厳しくなる可能性が高いこの場所において、能力の無効化とかが一切飛んでこなかった、というのは確かに疑問点ではある。

 あるが、同時にそこに至るまでも特に妨害がなかった辺り、あくまで試練はこれからであって入場までは妨害しない……みたいなあれなのかもしれない。

 

 まぁ、今までの『月の君』様へのイメージからすると、微妙に違和感があるのも本当の話なのだが。

 

 

「……はっ!?まさか降りてくる間にこっそりメンバーを入れ換えているとか?!」

「流石にそんな回りくどいことはしないわよ。──それより、早速柱のお出ましよ」

「おおっと」

 

 

 思わず深読みする私に対し、キリアがこちらの肩を叩きながら注意を促してくる。

 そうして視線を上げた私は、目前にいつの間にか現れた巨大な柱──『想起の柱』の姿に、思わずとばかりに小さく唸ったのだった。

 

 

*1
『トイ・ストーリー』より、主人公の片割れである『バズ・ライトイヤー』の台詞から。前者はキャラクターとしての彼の名台詞であり、後者はおもちゃとしての彼の台詞である(そちらは正確には『飛んでるんじゃない、落ちてるだけだ。かっこつけてな』)

*2
『あーいきゃんふらーい!』『リフ』『トラパー』などの単語は『交響詩篇エウレカセブン』より。『トラパー』はこの作品に登場する特殊な粒子であり、正式には『透過性光粒子(Transparent Light Particle)』と言う。これが作る波に乗るために『リフボード』があり、彼らはボードに乗って空を滑るように飛ぶ。この場合は空気中の【星の欠片】をトラパーに見立て、それに乗って飛べというわりと無茶難題だったり

*3
元ネタは『東方輝針城』における博麗霊夢の二つ名。そこから肖り『北斗の拳』のトキが空を飛んでいる場合にこう呼ぶようになったとかなんとか。ここのきらりんの要素にトキが含まれていることからのネタ



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幕間・第一関門のお知らせ

「これが噂の柱ってことね」

「見た目はなんの変哲もない大きな柱って感じだね」

「なにか飾りがある、とかじゃねーんだな」

 

 

 みんなが口々に好き勝手な感想を溢すも、目の前の柱は特に反応を返すこともなく佇んでいる。

 第一の柱──通称『想起の柱』は、その名の通り『想起』させるものなのだが、とはいえそれが世間一般のそれと同一であるかと言われると首を捻らざるを得まい。

 

 

「……んん?どういうこと?」

「単純に単語について考えると『想い起こす』ってことになるでしょ?……でもこれ、【星の欠片】がその形を細かく砕く(次の形に進める)ためのものなわけで……」

「ふむ……原石から宝石に加工するようなもの、ということか」

「そうそう、そんな感じ」

 

 

 この柱というのは、何度も言うように【星の欠片】にとっての試練である。

 そしてその試練と言うのは、【星の欠片】がその深度──どこまで己という存在を(かい)すことができているか、ということを問うもの。

 結果としてその深度に到達したと認められるだけで、柱そのものは単なる加工機械のようなものでしかないのだ。

 

 ……となれば、そこに込められた『想起』というのが、単に『想い起こす』ことだけを示すものなのか?……という疑念が湧くのも自然な流れといえる。

 

 

「で、その疑念の答えと言うのが──」

「込められた意味は、正確には想いを()()()()()こと。私たちはそれを『掌握(Cultivation)』と呼ぶわね」

「かるてぃべーしょん?」

「確か……耕作だとか栽培だとかの意味を持つ英語だね。にしても掘り起こす……掘り起こすねぇ?」

「自身を穀物と捉え、それを収穫する……というイメージかのぅ?」

「そうそう」

 

 

 ご存じの通り、【星の欠片】というのは様々な場所に人知れず存在するモノである。

 とはいえ、目覚めたばかりの【星の欠片】は()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということを直感的に感じとることができない。

 

 ……全てが等価値(どれも主人格)であるのだから、自身が目覚めたところで他の自分(星の欠片)が目覚める保証はない……というだけの単純の話だが、このままでは無限数としての本領を発揮できないのもまた事実。

 寧ろ、大半の【星の欠片】とは他の自身の認知すらできず、単なる小さなものとして消費されるのが常ですらあるのだ。

 

 それらは単に『欠片(dust)』と呼ばれ、こんな場所にまで堕ちて来なくてよかった……なんて風に他の【星の欠片】から喜ばれることもあるのだけど、その辺りは話がずれるのでここでは割愛。

 

 重要なのは、この柱──『想起の柱』はそういった『欠片』達を【星の欠片】へと砕く(堕とす)モノである、ということ。

 そしてそのために行われるのが、あらゆるモノに含まれる自分(星の欠片)の認知である。

 

 

「あらゆる全てという大地に眠っているモノを()()()()()という意味と、自身という存在がどういうものなのかということを()()()()()という意味。その二つが合わさった結果、この柱には『想起(Cultivation)』の名前が与えられているってわけ」

「なるほど……ってん?確かキーアさん、柱のことなにか別の名前で呼んでなかった?」

「おおっと、そういえばあの時の詠唱は性質的にルビも地の文もどっちも認知できてて当たり前なのか……」

 

 

 本来は小さな世界で微睡んでいる他の自分を叩き起こし、自身が無限数であることを思い出す……それがこの柱によって引き起こされる事象。

 まあ、その際に『他の自分』などという不確かなモノを認知するために一回生き物としての生を捨てる、みたいな仮定を挟む必要があるのだけど……。

 これに関しては【星の欠片】になった時点で気付かずとも行われている自然の摂理のようなものなので、どちらかと言えば『思い出す』に相当するものと言えなくもないかも?

 

 ……などと説明していると、五条さんが不思議そうに尋ねてくる。

 その内容は、以前私が『星解』を使った際の詠唱文についてのもので。

 ……そういえばあれって原理的には『統一言語』とかと同じものだから、音節だけでなく意味ごと聞こえててもおかしくはないのか。

 そうなると、『想起の柱』そのものの呼び方が『Cultivation』ではない、ということに疑問が及ぶのもおかしな話ではない。

 

 

「この辺りはちょっと複雑なんだけど……『想起の柱』って呼び方自体がある意味後付けなんだよね」

「……んー?どういうこと?」

「【星の欠片】という存在にとっては『想起(Cultivation)』という概念の方が先にあって、それを引き起こす柱だから『想起の柱』って呼んでるってだけの話」*1

「……んー?」

 

 

 ……あーうん、わかり辛いか。

 じゃあこう言い換えよう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ、と。

 

 

「……ふむ?」

「もっと言うと、この柱に触れた後その先に進めたのなら『特定の位階に到達した』と認める……って視覚的に分かりやすくするために生まれたモノであって、元々はそんなわかりやすい指標なんてなかったんだよ」

「……資格のカード代わり、ということか?」

「運転免許証みたいなもの、と言い換えてもいいかもね」

「なんだか一気に俗な話になったわね……」

 

 

 私たち【星の欠片】に対して与えられる試練の内の一つの名前が『想起』であり、そこを越えたモノを呼び表す(称号)が別個にある。

 それが()()()()であるわけだが……同時に、試練である『想起』は【星の欠片】が力を奮う際の工程でもあるのだ。

 先の詠唱に含まれていた『掌握(Cultivation)』はまさにそれであり、ゆえにそちらと混同しないように──二つを呼び分ける必要がある場合、称号としての名を借り受けている……と。

 

 

「で、それが【星天彩具(monochrome)】。己という色を以て、天に輝く星を彩れるようになったと示すもの。……白黒(monochrome)でどうやって、と思うかもしれないけどその辺りは【星の欠片】的に()()()()()()()()()()()()()として選ばれた、みたいな感じだから気にしないでね」

 

 

 

 

 

 

「……単語が被らないように、と言うのならまた別の名前を与えるべきなのでは?」

「だからさっきも言ったでしょ、これに関してはそもそも最初は存在しないものだったから、便宜的にそう呼んでるに過ぎないんだって」

「むぅ」

 

 

 はてさて、以前の詠唱で述べていた『想起の柱(monochrome)』についての話はこれくらいにしておくとして。

 いや、説明責任を逃れているとかではなく。

 なにせこの話、このあと耳にタコができるほど繰り返す羽目になるだろうから。

 

 

「……はい?」

「流石にみんなはここだけで済むというか、なんかこう上手いことどうにかするんだろうけど……ショートカットが無い以上、どう足掻いても()()()()()()()()()()()()()()()()()わけで」

「……あー」

 

 

 流石に【星の欠片】ではない他の面々はなんかこう上手い具合にスルーさせて貰えるとは思うけど……私やオルタ達はそうもいかない。

 いや、オルタ達に関しては一先ず『想起』だけで済むのだからまだマシで、私の場合は残る二つ(Decomposition・anthesis)についての踏破を考えないといけないわけで。

 

 ……ついでに言うと、踏破そのものは免除されるとしても、そもそもショートカットが使えない以上、『月の君』様の元に向かうには柱を通らなければなんともならない……みたいなこともあり、結果的に『柱』についての解説のタイミングは都合三度ある、というなんとも言えない状態に陥っているのだった。

 その度に柱の話を一から全て行うのもあれだし、かといってここで全て話すにしても実物を前にした方が説明しやすい……みたいな意味合いもあったり。

 

 

「な、なるほど……まだ一本目なのか、そういえば」

「そうそう。で、前回柱を通ってないのにあれだけ精神的時間を浪費させられたことを思うと、必要な説明をその都度やるくらいならさっさと柱に挑むべきだってのはなんとなく理解できるでしょ?」

「それは確かに」

 

 

 また、もしここで子細とは言わず説明に時間を取られた場合、いつまで経っても『月の君』様に出会えない……なんて未来が幻視できてしまうのも理由の一つ。

 なので、今回の分の説明はここまでにしておき、私たち【星の欠片】組は試練に挑む前の最終調整に移ることにしたのだった。

 

 

「ふれーふれーキーアちゃん☆」

「……で、あれは?」

「【星の欠片】組だけど試練は既に受けてるから気が楽って感じでこっちの応援に移った薄情な母親」

「わぁ」

 

 

 なお、唐突にチアリーダーと化したキリアについては気にしない方向でお願いする。

 ……ツッコミしてる心の余裕なんてないんだよ察しろ!

 

 

*1
『想起の柱』という一単語ではなく、『想起』を引き起こす柱ということで仮に呼んでいるだけ、ということ。メガネみたいな形なので『眼鏡橋』と呼ぶが、その実橋そのものの名前は別にある……みたいなのが近いか



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幕間・千々に切れて霧散し果てる

……めっちゃこわい

「気持ちはわかる」

 

 

 まぁ、一種の自殺みたいなものだからねぇ、これ。

 一応、本来の【星の欠片】がやる試練(それ)よりは幾分楽なはずだけど、だからといって屋上から飛び降りる勇気が出るかはまた別の話である、みたいな?

 

 ……そんなわけで、柱の前に進み出たもののそれに触れるのに躊躇している私とオルタ、およびアクアである。

 

 

「これ、私たちは見てるだけでいいのかしらね?」

「今のところ『月の君』様からなにかを言われてる様子もないし、一先ずは傍観していていいんじゃないかしら。まぁ、三人の試練が始まった途端になにかしらのトラブルが降り掛かってくる可能性も否定はできないけどね?」

「そうやって怖いこと言って脅すの止めない?!」

 

 

 私たちの背後では、待機組がなにやら呑気に話をしているが……変わって貰えるのなら変わって貰いたいものである、切に。

 いやまぁ、自分でやるしかないのだからどうしようもないのだけれど、なんとなく自身の瞳孔がぐるぐるしてるのが自分でもわかるくらい緊張してるのでダメそう、というか?

 まぁ、仮に交代して貰ってもやっぱりなにかしらの面倒ごとが飛んできそうな気もしたので、結局逃げ場はないと思い知る羽目にもなったのだけれど。

 

 ──はぁ、と大きくため息。

 時間が長引けば長引くほど、余計な解釈が挟まる余地を生むことになるのは明白。

 ……となれば、それがもたらすトラブルより目の前の()()の方が容易い、と自身を鼓舞し。

 

 

「──死なばもろとも、行くぞぉ!!」

「あっちょっ、ふざけっ」

「きゃあっ」

 

 

 未だ躊躇する他二人の手を取って伸ばすように、私は目前の柱に触れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「小さな世界の全てが うん わかって……きたぞ…… そうか 無限と零と私との関係はすごく簡単なことなんだ ふふふ……どうして宇宙にこんなにも生命(いのち)が溢れたのか……」*1

「大きな星が点いたり消えたりしている……あはは、大きなあれは彗星かしら?……いや、違うわね。彗星だったらもっとパーっと動くもの。にしても暑いわねぇ、出られないのかしら、ここ。ねぇー?ここから出してよー、誰かー」*2

「私が──私たちがお姉ちゃんです……!!」*3

 

「なんだこの地獄みたいな光景」

 

 

 ──はい、正気を取り戻す前の私たちの姿がこちらになります(白目)

 面白半分に記録されたそれを確認した私たちは、揃って頭を抱えたわけだけど……しゃあないねん、この時の私たちってば色々見えすぎてワケわからんことになってたんだし。

 

 

「見えすぎっていうと……宇宙が?」

「まぁ、うん。『想起』によって叩き起こされる範囲はこの宇宙の全て。……言い方を変えると、いきなり宇宙の端から端まで全ての場所にある微細粒子の動き方やら性質やらのレベルの詳細情報をいきなり頭に叩き込まれた、みたいなものだったわけだし。分かりやすく言うと疑似『無量空処』みたいなもんよ」*4

「……唐突に僕にまで飛び火させるのよくないと思うよー」

 

 

 無限に近い情報を頭に叩き込まれる、という状況を簡潔に説明できてしまう貴方の能力が悪いのよ、と責任転嫁する私である。

 

 ……ともかく、一応は『想起の柱』の踏破に成功した、ということで間違いないはず。

 実際私たち三人は柱の向こうに移動できているわけだし、状況証拠的にこれで一つ目の試練に関してはクリアしたと言えるだろう。

 ……言えるはず、なんだけどねぇ?

 

 

「……ねぇ、だったらこの柱ってどっかに移動してくれたりとかしないの?」

「いやー、そうなる予定……見積もり?だったんだけどねー……」

「だったんだけど?」

「……予想を外した、ってことになるのかなこれは?」

「「「ふざけんなーっ!!?」」」

「うわびっくりした」

 

 

 そうして唸る私を他所に、柱の向こう──入り口側に立つ五条さん達から通れないんだけど(※意訳)、という言葉が飛んでくる。

 ……本来の予想通りであれば、私たちがこの柱を踏破した?時点で件の柱は地面にでも沈んでいき、結果として他の面々も五体満足に通り抜けられるようになるはず、みたいな話だったのだけれど。

 ご覧の通り、そびえ立つ柱はうんともすんとも言わない。

 地面に沈む際の振動すら一震えほどもなく、周囲は至って平穏……いっそ無音ですらある。

 

 ……つまり、それがなにを意味するのかというと。

 この(試練)他の人間(一般人相手)にもまっったく容赦するつもりがない、ということになるわけで。

 いやまぁキリアが彼らの補助に入るのなら、サファリパークに自家用車で突っ込むくらいの危険度にまで下がるとは思うけども。

 どちらにせよ、サファリパークに生身で突っ込まされるようなものだった私たち三人に比べれば遥かに楽、というのは間違いない。

 

 ……いや待った、もしかしてこれ向こうにキリアがいるから、逆に試練の難易度の許容値が上がってたりとかする?

 彼女が守ることが前提になるから、その条件の中で()()()()()()()()()()()みたいな基準になっている……とか?

 それが正解だとしたら裏目どころの話じゃないけれど、そもそもキリアが居ないと今回の話自体成立しないわけなのだから、ここで迂闊に話題に出すと無用な火種になりかねない……というわけで、仕方なく黙っておくことにした私なのであった。

 ……後で怒られるのならその時はその時、ということで。

 

 ともあれ、この柱の様子からしてみんなも(簡易的な)試練を受ける必要がある、ということになるわけだが。

 それを素直に知らせてみたところ、みんなからは予想通りの反応(悲鳴)が返ってきたのだった。

 

 

「いやいや、いやいやいやいや、待ちなさいよだってそれ無量空処みたいなものなんでしょ?いや聞いてる限りそれよりは優しめみたいだけど、でもなんの準備もなしに受けさせるようなもんじゃないわよね絶対!?」

「本来の性能の無量空処なら、ごくわずか(0.2秒)でも一般人には激甚なダメージ。*5……それより軽いって言われても、実際にどのくらいのダメージを負うことになるのかは想像もできないね」

無茶苦茶じゃないの!?ええと、私のスキマでなんとかなる?なるわよね???」

「えー、大変申し上げにくいのですが……多分、スキマで防御しようとすると余計に酷いことになるよ」

なんでよ!?

既にガードしてる扱いになる(キリアが居る)から」

「うぐぬぬぬ……」

 

「……えっとぉ、水みたいになって回避とか……」

「多分、スマブラの『無敵時間が切れるまで照射され続ける』みたいなことになるかと……」*6

「だよねっ☆(ひきつった笑み)」

「そうなると、必然他の奥義での回避も無意味か……」

「……わし、今から帰っても「ダメです」ダメかぁ」

「俺の透明化も……意味ないよな……(白目)」

 

 

 ご覧の通り、皆必死である。

 ……必死であればあるほどよい、とか言われそうなので寧ろこれこそ正答というか(遠い目)

 その辺り、やっぱりスパルタだな『月の君』様……と思わずぼやく次第である。

 っていうかこれあれだな?どういう動きをしても最終的にみんなに『想起の柱』に触れさせるつもりだったな?

 

 

「どういうことよ?」

「例えば私たちが触れる前になんとかして向こうに進む、みたいなことをしようとすればいきなり足元に草とか生えてきて足が取られる……みたいなことになってた可能性が高いってこと」

「雑っ」

 

 

 いやまぁ、あくまでこれはものの例えだからね?

 柱に触れるかどうか悩み続ける私たちの横を抜けて柱の向こうに抜ける、となった際にはかなり無茶をしなくてはいけない。

 ……よく見ると無茶をすれば抜けられそうではあるのだ、今でもなお。

 

 でも多分、この空気感からするとそうやって細い隙間を通ろうとした途端に柱が膨れ上がる、みたいなことをやって来てもおかしくないというか。

 今は近くにいないので膨れてないだけで、近くにいるのなら気付かれないように触れさせようとか普通にしてただろうなーというか。

 

 ……なんにせよ、向こうは誰一人として試練から逃すつもりはない、ということは間違いあるまい。

 

 

「そういうわけなんで……みんな頑張って、私たちはこっちでみんなが来るのを待ってるから」

「~~~~、~~~~!?」

 

 

 声にならない悲鳴をあげる一同を眺め、苦笑とため息を一つ。

 ……これ、私たちが早々に抜けて良かったなぁ、下手に躊躇ってたら本当にエグい時間掛かってただろうなぁ、とぼやく私なのでしたとさ。

 

 

*1
漫画版の『ゲッターロボ號』における大道剴の『號 おれは死なないよ』から続く一連の台詞より。真ゲッターに乗り込んだことでゲッターという存在の恐ろしさに発狂し、この機体を破壊する為に自爆を敢行したが……その結果真ゲッターの自己修復機能に巻き込まれ一体化。その結果ゲッター線と一つとなり、上記の台詞を発し始める……。見た目が完全に人から逸脱していること、およびその台詞が陶酔しているようにも思えることからかなり怖いシーン

*2
『機動戦士Zガンダム』において最終決戦後に主人公、カミーユ・ビダンがコクピット内で呟く台詞群より。ニュータイプとしての感受性が高まり過ぎた結果、バイオセンサーの機能を越えた効果を発揮できるようになったものの精神的な負荷が大きくなり、更には敵であるシロッコの悪意を直近で浴びた結果精神が崩壊してしまった。このことがとある赤い彗星の道行きを左右することにもなった、ある意味象徴的なバッドエンド

*3
いつもの。

*4
『呪術廻戦』のキャラクター、五条悟の領域展開の名前。相手に無限回の試行を強いることで処理のオーバーフローを起こさせる。なんやなんやでこれそのものが破られてはいない(発動妨害や領域展延による防御)辺り、作中最強の名前は伊達ではない……のだが、単に無限回の試行を行うだけなら【星の欠片】は標準装備である。……その辺りが、ここの五条悟に色々と影響を与えた可能性は否定できない。『愛でるべき花が噛み付いて来ないって保証はないと思うわけよ』

*5
一応後遺症が残らない程度の威力ではあったが、それでも一般人は全員気絶した(寧ろそれを狙ったわけだが)

*6
ニンテンドーSwitch用ソフト『大乱闘スマッシュブラザーズSpecial』の一人用モード『灯火の星』のムービー描写から。ファイター達をスピリットに変える(要するに消し飛ばす)ビームが照射された際、一部のキャラクター(WiiFitトレーナー)が無敵で回避しようとしたが持続時間が足りずに逃げ切れなかった、というもの。正に最悪の敵……といった感じだが、どこぞのストーカーには叶わなかった()



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幕間・長引くほど苦しいぞ、思い切って飛べ(無責任な発破)

 はてさて、先ほどから数分ほど経過した今。

 ぽつぽつと柱に触れる者が現れ、その度にさっきの私たちみたいな精神崩壊者が生まれているこの状況、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 私と致しましては、最後の最後まで残りそうな面子が決まりきっていてあれだなー、みたいな感じでございます()

 

 

「ま、まだ頭がふらふらするよぅ~……」

「その程度で済んでる辺り、一応加減はされてるんだね、やっぱり」

「ええー、これでぇ~……?」

「そうじゃなきゃみんな、柱に触れた途端に【星の欠片】に(他の能力無く)なってるよ」

「……あ、なるほどぉ」

 

 

 で、真っ先に試練を越えた人物──きらりんがふらふらしているのを支えつつ、現状についての解説をする私である。

 

 以前にも述べた通り、【星の欠片】はその人物に宿る全てを千々に散らすもの。

 そして今彼らが受けている試練は、()()()()()()()()【星の欠片】に目覚めてしまうものである。

 ……【星の欠片】の目覚め方の一つである『自身の矮小さの自覚』を突き詰めたものが『想起』であるのだから、必然この試練がまともに稼働しているならば、柱に触れた人はみんな【星の欠片】に変貌しているはず……ということになるのだ。*1

 

 そういう素振りがなく、あくまでも精神的な体調不良で済んでる辺り、キリアの補助があるとはいえ大分加減をされている……という評価になるのは仕方のない話なのだ。

 まぁ、だからといって一歩間違えれば即死案件なものに触れさせるのが正しいのか?……って部分が許されたわけでもないのだけど。

 相手が相手なので訴えられないだけ、みたいな感じというか。

 

 

「個としての終わりと、それを迎えた上でなお個を保つ始まり。……自身の把握と掌握、って意味では他の能力にも応用は利く方だけど、だからってスパルタ過ぎやしないかなぁというか……」

「……あ、もしかしてぇ、悟ちゃんの要望に答えた結果……ってことなのかにぃ?」

「(悟ちゃん?)まぁ、多分そうだろうねぇ。個の分解まで行かずに個の解体程度で済ます*2のなら、普通の能力にも活用できるってのも確かだし」

 

 

 ぼやく私に対し、得心したような声をあげるきらりんである。

 

 ……そう、別名『掌握』とも呼ばれるように、『想起』は自分という存在への理解度を極度にあげるもの、と見なすこともできるのだ。

 全てが微細な【星の欠片】で作られていると知ることは、それ即ち万物を理解するのに等しいがゆえに。

 

 簡単に言うと、組成とか原理とか法則とか、そういったもの全てに適応される【星の欠片】について知ると、同時に色んなモノにその理屈を応用できるようになるのだ。

 何度か私たち(星の欠片)の能力行使は『無限を応用しての総和』みたいなことを述べたことがあるが、それゆえにどんな計算式にも代用できてしまう。

 

 式の簡略化などを行わない、無駄にまみれた計算式であるそれらは、だがそれゆえに()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……雑に言うと、迂遠ではあるもののあらゆる全てを理解できるようになる、ということになるか。

 

 単純な計算問題も複雑な文章題も、はたまた社会や福祉の疑問や経済の流れと言った、ありとあらゆるモノを同じ式で計算できるようになる……というのは、言い換えればそれらの価値を正確に測ることができるようになる、ということでもある。*3

 ……まぁ、だからこそ私たち(星の欠片)は全てを等しく価値あるものと扱うようになってしまうのだが……そこまで行くと普通の社会生活では寧ろ足枷になるので、普通の人がそこまで極端に走る必要はない。

 

 ここで重要なのは、例え遠回りで長々と時間が掛かって応用に向かないとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の方。

 その経験はまず間違いなく、普通の能力行使の際にも活用できるものだ。

 

 確かに【星の欠片】をそのまま計算式に用いるのは無駄まみれであるものの、視点をミクロにまで落とせば全てのモノに同じ法則が流れている、と実感できるわけで。

 ──その感覚は、凝り固まった固定観念を崩すのに丁度良い刺激となるだろう。

 

 

「長くなりそうだからサクッと纏めると、例えば反転術式。これを他人にアウトプットするのは才能やらなにやらの関係から凄まじく難度が高いらしい*4けど、【星の欠片】的に見るのなら自己と他者の境界なんて大したことはない──言い換えれば自分と他人を区別する必要なんてない、ということになる。この考え方と感覚をそのまま応用できるのなら、()()()()()()()()他人に反転術式を使うこともできるようになる……みたいなことになるわけ*5

「なるほどにぃ?」

 

 

 まぁ、自己と他者の境界をあやふやにし過ぎるのは良くないので、活用の仕方としてはわりとギリギリだし。

 他人への反転術式の行使と、この『自分と同じ扱いで他人に反転術式を行使する』行為は似ているようで全く別──つまりそれによってどんな問題が発生するかわかったものじゃない、という点で実は例として挙げるのはちょっとあれだったりするのだが……わかりやすい例えが思い付かなかったので仕方がない。

 

 ともかく、【星の欠片】そのものではなく【星の欠片】の原理を応用するだけでも、普通の能力の解釈範囲を広げるには十分であり、それをやれるようにするには擬似的に【星の欠片】に触れるのが一番手っ取り早い……というのは確かな話。

 ゆえに、今回彼らが柱に触れなければならなくなったのは、ある意味では()()()()()()()()()()()という理由になってしまうのであった。

 ……酷い言い方をすると自業自得、みたいな?

 

 

「私、別に強くなりたいとか願ってないんだけどぉ!?」

「ゆかりんに関しては『逆憑依』の中で一番の変わり種、みたいな感じだからサンプルとして選ばれた感じだと思うよ?」*6

「まさかの実験動物扱いぃっ!?」

 

 

 なお、その話を柱の向こうから聞いていたゆかりんが、悲鳴混じりの叫び声をこちらに向けて投げてきたわけなのだけれど……。

 彼女という存在がある意味『逆憑依』の中の特異点みたいなものになっており、そんな彼女に【星の欠片】を体験させるとどうなるのか?……みたいな実験的意味合いもあるんじゃないかなぁと伝えると、その悲鳴は更に悲痛()なものへと変化したのだった。

 可哀想だけど、私を恨むのは筋違いやでー。

 恨むんなら『月の君』様にしといてやー。恨んだ結果どうなるかは知らんけどー()

 

 

*1
『星天想起』。視野の拡大を主な目的として行われる試練であるが、【星の欠片】基準のそれは『自身が何処にでも含まれている微細な粒子であることを自覚することにより、何処にでも含まれているのだから見れない場所なんてないと認知する』という、何言ってるのこの人……みたいなモノとなっている。物理的な存在の活断を理屈に持つこと・そしてそれが無限にあることを理由にあらゆる死角を消している。この試練をまともに踏破した場合、宇宙の端に居ながら反対側の出来事を瞬時に知る、みたいなことも可能になる上、自分の体調を正確に把握することなども可能になる(死角がないので自分の内側も見えるようになる)

*2
ここでの分解は文字通りの(物理的な)分解を指すが、解体の方は客観視という意味合いになっている。本来人間は自身の体調不良の原因すらろくに確認できないが、ここではそれが行えるような・もしくはその為の感覚を掴めるような試練が用意されていた、ということ

*3
なお『想起』だけだと物質的な分解に止まる為、あくまでも基礎的な価値としての高低を判別できるようになる、という程度に留まる。個人個人による価値の増大や縮小については範疇外、と言い換えてもいい

*4
『呪術廻戦』作中において反転術式が使えるのは数名であり、かつそれを他人に使用した描写がある者となると僅か三例のみとなっている(家入硝子、乙骨憂太、両面宿儺)。そもそも反転術式自体が高度・かつ消費の激しいものである(正の呪力を作り出すには負の呪力同士を掛け合わせる必要があるので、単純に倍の消費となっている)こともあり、それを自分の体内という一種の領域から外に発する、という行為がどれほど難しいのかは言うまでもないだろう

*5
縛りを用いずとも、【星の欠片】のラインまで視野の高さを下げられるのなら、他人に反転術式を使うことは普通に可能になる……という意味。ただしある意味では暗示・洗脳に近い裏技のようなモノである為、使い方を間違えると他人を()()()直す、ある種の無為転変みたいなことになる可能性もあったり。そうでなくとも自他の境界線を壊す恐れがあるため、その実あまり褒められた応用法とは言い辛い

*6
【継ぎ接ぎ】の結果そうなったのではなく、端からその状態の存在として『逆憑依』し、かつそこから成長している……という点で特別。近い存在に劉備もとい桃香がいるが、彼女は成長面においては紫には及ばないので選外となった。?『なんだかわかりませんけど助かりました!』



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幕間・はたして彼女に加減という言葉はあるのか

ぜぇー……ぜぇー……かひゅー……

「おおうすっごい過呼吸。ほらゆかりん大きく吸ってー、吐いてー」

死ぬぅ……その内死ぬやつぅ……

 

 

 どうにかこうにか柱を抜けてこっちにやってきたゆかりんだが、そのダメージはとかく甚大である。

 まぁ、一番(ぐろ)いのがゆかりんと言うだけで、他の面々も似たり寄ったり、大体グロッキーだったりするのだが。

 比較的大丈夫そうなのは、最初にクリアした結果休む時間を十分に得られたきらりんくらいのもの、ということになるのだろうか?

 そうは言ってもクリアできただけ僥倖……みたいな部分もなくはないと思う私なのだが。

 

 そう、私のこの言い草からもなんとなく察せられる通り、ある程度時間は掛かったものの、他の面々も(試練)を乗り越えることに成功していたのである。

 この結果には、私たち先に試練を終えた組もビックリだったり。

 ……具体的には、メロオロンさん辺りはギブアップするんじゃないかなー、とか少し失礼なことを思っていたりもしたのだが。

 当の彼はゆかりんに先行すること五分ほど前に柱を踏破し、近くで大の字になって寝転んでいたりする。

 

 

ぜぇー……かひゅー……王に対峙した時くらいに緊張したが……なんとか……なったぜ……*1

「あーなるほど、以前(原作)の経験から『死に立ち向かうための心構え』を持つための難易度が下がってた、ってわけね……」*2

 

 

 どうやら、彼という存在そのものに刻まれた記憶──原作での恐怖が彼の足を先に進めた、ということになるようだ。

 

 こういう時、元の作品で死ぬほどの目に遭った人は強いというか?

 逆に今回が死の恐怖初体験だったりすると、躊躇したり足が止まってしまったりするのだろう。

 ……まぁ、今回の面々でその辺りの心配が必要だったのは、実のところ一番最初に踏破したきらりんくらいのものだったりするのだけれど。

 

 

「一緒にいるせいで調子が狂ってるけど、本来コイツって単なるアイドルだものね……」*3

「そういうオルタちゃんはこういうの得意そうだけど、意外とダメだったにぃ?」

「うううううるさいわね、私にも苦手なものの一つや二つあるわよっ」

 

 

 なお、今しがたきらりんが突っ込んだように、オルタが意外とダメージが深かったのも事実。

 ……そもそも彼女自身成立過程が特殊なタイプなので、本人由来のそこら辺の耐性がいまいち発揮できてなかったのが理由じゃないかなー、というのがこちらの分析だったりする。

 

 まぁ、その辺りの話は置いておくとして。

 今回この試練が一番血肉になりそうな人物──五条さんがどうなっているのか、というのを確認するため視線を動かすと。

 なんと彼、天を仰いで静かに涙していたのだった。……いやどういう状況!?

 

 

「……そうか、こんなにも単純なことだったのか」

「あ、あのー?五条さーん?もしもーし?」

「俺は全、俺は一、全は俺、一は俺。……限りなき繰り返しの果て、至るは大悟──慈悲は決して相手に与えるもの非ず、それは本来……」

「(それ以上はヤバいから)目を覚ませぇ!!

ほげぇ!?

 

 

 やだ、なんかヤバい宗教にはまった人みたいになってる……目を覚まさせなきゃ(使命感)

 ってな感じに斜め四十五度からチョップを入れたところ、彼は「気軽に無限抜くの止めようよ……」と言いながら正気に戻ったのであった。

 ……無限抜く云々は前々からそうだったでしょ、というツッコミは置いておくとして。

 

 

「あのまま続けてたら、ゲッター線ならぬ【星の欠片】に導かれる羽目になってたよ?──具体的に言うと、私の仲間(星の欠片)になって死ぬ」*4

「あ?……あーうん、なるほど。ああいう感じなんだね、正規ルートでの【星の欠片】への変化って」

 

 

 そうして正気に戻った五条さんへと、しっかり自分を持つように注意を促す私である。

 ……うん、さっきの彼はどう見ても私やオルタ達みたいな偶発的なパターンではなく、必然的に【星の欠片】になってしまった人達に見られる言動だった。

 

 さっきも少し説明したが、『想起』の試練は【星の欠片】への覚醒……堕落?ルートと紙一重のもの。

 それに対する心持ちを間違えれば、容易く転がり落ちてしまうものでもあるので、気を引き締めておかないとヤバいのである。

 

 この辺りは、死への恐怖ではなく死への()()に近い感覚を持っていたからこその失敗パターン……ということになるのかもしれない。*5

 

 

「死への慣れ、ねぇ?」

「自他問わずに*6、ね。……そういう意味ではサウザーさんも危ない方なんだけど、あっちはギャグ世界の人間だから多少は補正が掛かった……みたいな感じになるんじゃないかな?」

「んー、やっぱり危険物なんじゃないの【星の欠片】って?」

 

 

 そこを否定する術を私は持たないかなー。

 

 ……【星の欠片】は自身を矮小化する中で無限概念を内包するようになるのだが……その理由は『極小の概念を突き詰めると消失と生成との繋がりも見据えなければならないから』、というところが大きい。

 ある一定()()の【星の欠片】は『永獄致死』──『無限死』の概念よりも下であることが確定するため、その成果を自身の体で再現することができるようになる。

 ……『死に死を重ねる』ことで生きていると世界に誤認させるモノである『永獄致死』を再現できるようになることで、結果として『死を尊ぶ』感覚を養うことにも繋がってしまうのだ。

 

 ……分かりやすく言うと、死を殊更に忌避する理由がなくなってしまう、みたいな?

 生と言うものの特別性を誤認し、結果として死に浸ることを間違いだと思わなくなってしまうとも。

 普通の生命としてはその考え方は致命的であり、かつ自身の生を無価値と断じるモノでもあるので最終的に自身が本来納めるべき債務(つとめ)も他者に任せる形になってしまう……というか。

 

 なんにせよ、『想起』の試練を深く理解してしまうと、結果として『永獄致死』の下の位置に潜り込むことになってしまい、結果として【星の欠片】になる以外のルートが無くなる……と。

 

 この辺りは言葉で説明しようとするとややこしくなる一方なので、『想起』の試練で満点回答を出してしまうと漏れなく【星の欠片】確定ルートであること。

 及び、この試練で満点を出す前提条件は『死』という概念に対して忌避感が薄れていることである……ということを覚えておくと良いと思う。

 

 ……まぁ、この『死への忌避感が薄れている』というのは本来、自己の否定を積み重ねたモノが最終的に当てはまる条件であり、他者などに対してのそれとは向きというか方向性というかが違うのだが……そこら辺普通に混同()()()()()のが【星の欠片】の性質なので、ある意味仕方ないというか。

 

 ともあれ、元々戦闘などによって『死』と近い存在は、『想起』の試練における前提条件を満たしてしまいやすいというのは確かな話。

 そういう意味で、五条さんが色々と危ないのはある意味予測できた事態なのであった。

 

 

「でもまぁ、『月の君』様が認めてるというか推奨している以上、こっちに止める権利も拒否権もないんだけどね?」

「んー、前々からちょっと思ってたけどわりと邪神だねその人?」

「そもそも【星の欠片】自体大抵邪神みたいなもんなんだから、その極北である『月の君』様達が邪神じゃないわけがないからね、仕方ないね」

「なんという開き直り……」

 

 

 なお、崖から飛び降りる(比較的ソフトな表現)のを止めるどころか寧ろ推奨するのって普通に邪神扱いもやむ無しでは?

 ……みたいなツッコミが五条さんから飛んできたが、こっちとしては返す返答はただ一つ、『そうだが?』でしかなかったりする。

 

 うん、まともに起動すると特定の存在を王に祭り上げ、かつその存在にとって最良(※最良とは言ってない)の世界へと周囲を変革する……なんてはた迷惑極まる生態をしているのが【星の欠片】。

 それも、その行動の原動力は自身のためではなく、『そうすれば人はもっと輝ける』とかいう余計なお世話以外の何物でもないモノなのだから、そりゃあ巻き込まれた側からしてみれば悪以外のなにに区分されるというのか、みたいな?

 

 ……で、その極致であるはずの『星女神』様が若干マイルドになっているのだから、彼女の対である『月の君』様がアレになっているのは予測できて然るべき、みたいな話でしてね?

 

 

「これからが私にとっての真の地獄だ……!」

「……あ、そっかこれより先はそもそも僕達触れないどころの話じゃないんだっけ?」

 

 

 ゆえに、これからその横暴()をもろに受ける羽目になる私は可哀想、という話にも繋がってくるのでしたとさ。

 ……切に帰りたい……。

 

 

*1
ここでの『王』とはキメラアントの王、メルエムのこと。元々は傍若無人な暴君といった存在であったが、とある人間との出会いにより真に王足る存在へと変化していった。……が、そうは言っても生き物としてわかりあえない相手であった為、対決は免れなかった

*2
『勝てたのなら死んでも構わない』という気持ちではなく、『死なない為に勝ちに行く』ような心構えのこと。死を間近にしながらそれを恐れず、けれど侮らずにいる状態

*3
『え?アイドルってロボットに乗ったり世界を救ったり無限力を使ったりする人のことでしょ?』『……おかしいなー、一応別々のキャラを思い浮かべてるはずの台詞なのに、全部当てはまる人がいるぞぅ?』?『宇宙、生命、ゆるふわ……滅ぶべし!』『『誰だ今の』』

*4
一般人が持つと頭がおかしくなって死ぬのが【星の欠片】である()。台詞の元ネタはとある有名なネットプレイヤーで、そちらは『闇の力(ダークパワー)っぽいの』

*5
さっきの例でいうところの『勝てたのなら死んでも構わない』に近いもの。『死』を恐れるべきものとも尊ぶべきものとも見ていない為、結果として【星の欠片】に触れることで『死』がどれほど尊ぶべきモノなのか、みたいな感じの感覚に触れて一気にそっちに傾いてしまう……というもの。真面目な人ほど宗教にはまりやすい、みたいな話とある意味では類似している

*6
どちらも同じ意味ということではなく、【星の欠片】を通すと自他の境界線が薄れる為結果的にどっちから入っても同じ結論に達する(※今を生きる人尊い、みたいな感じ)になってしまうという意味。言うなれば【星の欠片】のやり方、正しくないよ、と言えるだけの前提がないという判定になる



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幕間・DIEジェストでも酷いと思う

「はっはっはっー、もう破れかぶれじゃ皆のもの行くぞー!」

「完全に発狂しておるのぅ……」

「精神分析いる?」

いるっていう前に殴るのやめない?

 

 

 はてさて、一先ず全員が柱を越えたため、恐らくここから先は私だけが酷い目に合うことが約束されたわけだが……。

 正直とても気が重い。一つ目の時点で大概だが、二つ目以降はもっと大概なのでやりたくなさすぎてヤバいのである。

 

 

「確か……『肉体』『魂』『精神』の順番だったっけ?」

「そういうので『魂』の方が優先度が低いのは中々珍しいのぅ」*1

「それに関しては簡単な話よ、私たち【星の欠片】にしてみればより大切なのは『精神』──人が持つなにより重要な要素だってだけの話だから」

 

 

 以前少し触れたことがあるが……柱に設けられた試練と言うのは、それぞれ『肉体』『魂』『精神』を()()()()()()()だと言える。

 より正確に言うのであれば、それがない状態でも自己という存在を確立できるようにする……みたいな話になるのだが、詳しく語ると日が暮れるのでざっくり触れるに留めておく。

 

 一つ目の試練である『想起』とは、単一の肉体というある種の枷を取り除き、【星の欠片】としての性質を自身のものとするためのもの。

 言うなれば、人間であることを止め自身が粒子であることを認知するためのものだと言える。

 

 

「自分の身体があるという認識を持ったままだと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう【星の欠片】の基礎部分とぶつかって最悪発狂するから……っていうのが理由の一つになるのかな?」

発狂するの!?

「と言っても、バーサーカー的なあれじゃなくて、さっきの五条さんみたいな感じだけどね。あの状態を突き詰めると最終的には『俺は大自然であり大自然は俺』みたいなことになっていくし」

「怖っ!?」

 

 

 より大きな循環の中に含まれてしまう……みたいなのがイメージとしては近いだろうか?

 逆を言うと、『想起』によって目指す場所というのは、その『大きな循環』こそが自分であると認知することになるわけだが。*2

 ……言っててなんだけど、ヤベー宗教みたいだねこれ。

 

 

「まぁともかく、万物全てに含まれる自身を認知する……って言うのが目的である以上、最終的には自分こそ全て、みたいな勘違いをしてしまいそうになるのは仕方のない話なんだよね。──実際にはその真逆、全ての自分を焚べて人は素晴らしいものを作っている……言うなれば人間の凄さを認知するのが正解なわけだけど」

「分かり辛ー」

 

 

 まぁ実際のところ、最終的には全部人間賛歌になるため、危ない宗教染みているのは間違っていなかったりするのだが。

 ……ともかく、『想起』によって【星の欠片】は人の身体に縛られなくなり、量子テレポート的なことが可能になるわけである。

 

 

「もしくは、スワンプマン問題を気にしなくなったとも言えるかも?某人形師*3さんみたいに、『記憶と性能が同じなら本物も偽物もない』と認識するようになった、みたいな感じでもいいかも」

「……ねぇ?それ私もそうなってるの?いつの間にかそんなことになってるの???」

「心配しなくてもオルタはそこまで行ってないよ。前も言ったけど、『想起』の柱をクリアしたとしてもそこから下に行かないといけないわけでもないし」

 

 

 その時の説明に倣って述べるなら、『引き返した』人達ということになるか。

 試練そのものはクリアしたけど、その先に進んで肉体を捨てることは拒否した……みたいな?

 まぁ、肉体が同一でなくとも魂・精神が同一であるなら問題ない、と割り切れる人の方が少ないだろうからそれは仕方ない。

 

 ともかく、オルタ達もその例に倣っているため、自己の同一性を失ってはいない。

 精々道が開かれたこと・および他の【星の欠片】達に認められたくらいで済んでいるはずだ。

 武装タイプの【星の欠片】であることも相まって、以前までと同じように行動できるのは間違いあるまい。

 

 ──そこから逆算すると、次の試練以降は肉体の同一性は捨て去らなければならない、ということになるわけで。

 

 

「……今さらではないかのぅ?」

「逆よ逆。()()()()()()()()()()()()のにそれを使ってた、みたいなモノなんだから私」

「……むぅ?」

 

 

 今ミラちゃんがツッコミを入れたのは、恐らく私が軽率に人型以外へと変化していたことについてだろう。

 

 あれは『想起』を前提とした行為であり、肉体の変化は自己の変化に当たらない──詳しく言えばそれより下の要素である『魂』と『精神』には影響がない、ということを知っているからこそ行えるモノである、ということになっている。

 

 分かりやすく言えば、例え私が女性だろうが男性だろうが、はたまた人間だろうがそうでなかろうがそれらは全て『キルフィッシュ・アーティレイヤー』に相違ないと理解した状態である、ということになるか。

 見た目が本人の証明にならずとも、それ以外の部分で証明を行っているとも。

 

 ともあれ、自己の保証を別の場所でしているからこその変化であるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()のが一連の試練達ということになるわけで……。

 

 

「次の試練では魂の同一性を失うことになる。そうなると、自己の証明のために使えるのは精神面だけってことになるわけ」

「ふぅむ……精神鑑定でもするのか?」

「そんな分かりやすいことをするわけじゃないよ。【星の欠片】なら見える確認方法があるってだけ」

「ううむ……?」

 

 

 何度も言っているが、【星の欠片】はあらゆるものに適用できる最小単位である。

 ……ゆえに、肉体や魂、果ては精神の同一性についても、【星の欠片】が認知できるのなら・そして必要な位階まで視野を広げられているのなら、それを証明できるのである。

 

 とはいえ、なに言ってるのかよくわからんという人の方が多いだろうから、可能な限りわかりやすく説明すると。

 例えば、現状の私たちの世界において、辛うじて実態を証明・ないし認知できるのは肉体についてのあれこれ……言い換えると物質的なモノについてまで、ということになる。

 もっと単純に言うなら、私たちがどうにかできるのは()()()()()ということになるわけだ。

 

 その上で、例えば二十六次元以上の観測を行うことで、俗に『魂』と呼ばれるものの波動を掴むことができるとする場合。*4

 それはすなわち、普通の人間であっても二十六次元以上の観測を行えば『魂』に触れられる──干渉・証明できるということになる。

 

 私たち【星の欠片】は寧ろ観測次元を落としていくような感じなので、丸っきり同じ考えだとは言えないが……ともあれ、認知の範囲が広がることで証明できるものが増える、という部分に違いはない。

 

 

「つまり、次の試練は『魂』に触れられるようにするためのもの、ってこと?」

「五条さん的には『真人』みたいに、って説明になるのかな?*5……だからって試練を受けてみたいとか言っちゃダメだからね?正直一般人どころか並の【星の欠片】も普通にギブアップするような試練なんだから」

 

 

 そうして認知・干渉を行えるようにした上で、自身の魂を解放する──己を単一・同一と定めるものを自らの手で捨てる、というのが次の試練、通称『励起』と呼ばれるものである。

 これは、魂というラベルをひっぺがすことにより、他者に含まれる自分(星の欠片)を動かし、かつそうして影響を与えた他者を()()()()()()()()()()ためのもの。

 言い方を変えると、洗脳扱いされない洗脳のための技術、ということもできるものだ。

 

 

「……なんて?」

「例えば、『想起』までしか使えない(越えていない)人が他人の中に含まれている【星の欠片】を操ろうとすると、場合によっては()()()()()()()()みたいな危険があるわけ」

「……さらっと恐ろしいことを言わなかったか?」

「言ったよー。でも、『励起』まで使える(越えている)人が同じ事をすると、その辺りの危険性がなくなるわけ。……遊戯王的に言うと、前者は単なるコントロール奪取、後者はモンスターのコントロール権は相手のまま、効果だけこっちが使わせて貰う……みたいな感じになるのかな?」

「わりと真面目になにを言ってるんだお前は??」

 

 

 と言われても、この辺りは普通にワケわからん範囲の話だからなぁ……正直遊戯王での説明が一番わかりやすいだろう、ってくらいには。

 

 ともかく、『想起』と『励起』では他者への干渉の際の危険度がダンチ、というのは間違いない。

 その上で、『励起』の場合魂方面のファイアウォールなどを回避しやすくなるのも特徴の一つ、ということになるのだろう。

 他者と自己の魂の違い、というものを捨て去った形になるため、そこを起因とする防御が役立たずになるというか。

 

 そんな感じのことをあれこれと話す内に、次なる柱は目前まで迫り。

 

 

「……よーし、ちょっくら死んでくる」

待てぃ

 

 

 意を決した私の発した言葉に、周囲からツッコミが飛んでくることになったのでしたとさ。

 ……言いたいことはわかるけど字面が悪い?それもそうだ。

 

 

*1
大体の場合『肉体』『精神』『魂』(左に行くほど優先度が低い)の順番であることが多く、三位一体として扱う場合は魂を頂点とした三角形になる場合も(=肉体と精神の優先度が同じ)

*2
ゲッター線的に言うなら『ゲッターと同化する』のではなく『俺こそゲッター』となるということ。……何言ってるのこの人()

*3
型月作品のキャラクターである蒼崎橙子のこと。()()()()()()()()人形を作ることができる人物()

*4
三田誠氏の作品『scar/edge』シリーズでの設定。『魂成学(ソウルトロジー)』と呼ばれる学問において、二十六次元以上の高次元において観測される特殊な波動こそ、魂の一端であると定めたもの

*5
『呪術廻戦』における特級呪霊の一人。魂を知覚できる存在として、序盤の強敵役を務めた



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幕間・なおかなり省略されている模様

 はてさて、やってきました次の試練。

 こちらは『管理(Decomposition)』……もとい『励起(Decomposition)』と呼ばれるモノであり、その正式名称は【星海烙印(stigmata)】。*1

── それぞれ『デコンポジション』が分解、『スティグマータ』が烙印という意味の英単語である。

 

 

「……分解って単語が、なんで管理って言葉のルビに?」

「【星の欠片】的には、自分のライン(大きさ)まで分解した方が管理しやすいでしょ?」

「あー……」

 

 

 そんな私の解説を聞いて、ゆかりんが疑問の声をあげるが……基本的にこういうのは【星の欠片】的に見てどうか?……というのが優先されるということを伝えれば、なんとなく理解できたのか呻きにも似た納得の声を返してきたのだった。

 ……まぁうん、ワケわからんと言われればわからんのもなんとなく理解できるから、その反応についていちいちツッコんだりはしないけども。

 

 ともあれ、こうして対峙したのだからさっさと終わらせるより他あるまい……ということで、早速『励起の柱(stigmata)』に触れようとしたところ、横合いに立っていたキリアからストップが掛かることに。

 ……思わぬ足踏みに、無意識にジト目を向けてしまうのも仕方のない話というか?

 

 

「ちょっと、変なところで止めないで欲しいんだけど?っていうか下手にストップすると、やる気もとい死ぬ気が失せるんだけど?」

「その気持ちはわからなくもないけど、その前によく柱を見なさいな」

「……はいー?柱をよく見るぅ?」

 

 

 ただ、そうしてジト目を向けたキリアから返ってきたのは、謝罪ではなく忠告の言葉。

 その言葉を受け『なにを見ろと言うんだ、ここにあるの単なる試練の柱でしょ?』……と訝しみつつ視線を前に戻した私は、そこでようやく柱のちょっと上の部分になにかが張り付いている……ということに気が付いたのだった。

 

 ……微妙に手の届かない位置に張り付いているため遠目では確認できず、仕方なく浮遊しながらその『なにか』へと近付く私。

 そうして接近するにつれ、張り付いているそれがなんなのかを認識した私は──それがそこにある意味がわからず、しかめっ面をする羽目になったのだった。

 

 

「んん?なになに、なにがあったのよキーアちゃん?」

「……んー、いやまぁ、内容的には寧ろ知らせるべき……か。ほい」

「なによその不安になる台詞……って、メモ?」

 

 

 張り付いていたものをひっぺがして下に戻れば、こちらの様子を窺いながら不思議そうに首を傾げるゆかりんの姿が。

 そんな彼女の様子に苦笑しつつ、ひっぺがしたモノを渡す私である。

 ……この状況下でしかめっ面になるというと、なにか別種の面倒事が発生したのではないかと身構えるのはわからんでもないが──(まさ)しく、()()()()()()というやつだ。

 

 柱に張り付いていたのは、正確には付箋(ふせん)

 柱の色()に紛れるような色合いをしたそれは、裏返すとメッセージ欄が儲けられており、そこになにやらこちらへのメッセージが記されていた……というわけである。

 ……やってることだけ見ると、昼休みとかに伝言を張り付ける学生みたいな微笑ましさがあるが、そこに書かれている内容は一切微笑ましくもない・寧ろ恐ろしさすら感じるものなのであった。

 

 

「えーとなになに……『試練には一名同行のこと』……って、は?」

「……端的に言うと、『月の君』様は道連れをご所望じゃ」

「ええー!?」

 

 

 そう、それはこの試練に挑む際の条件のようなもの。

 ……言い換えると、それを満たさないままに試練を受けても合格にはならんよ、という後付けの制約である。いじめかな?()

 

 で、その追加条件の内容というのが、この『励起の柱』に挑む際に私一人ではなく他の誰かを同行させろ、というもの。

 ……暗に同行者に死ねと言っているかのような条件だが、もしかするとそこの辺りを考慮して試練が簡単に……なってない?さいですか……(白目)

 

 そして恐らくだけど、どこにも明記はされていないものの、()()()()()()()()()()()()()()()()になっていると予想される。

 

 

「な、なんでよ!?」

「これは試練を受ける際の条件だから、()()()()()()()()()()うえにともすれば試験を受ける相手──この場合は私の手助けをできてしまうような相手は、端から選考対象外でしょうね……ってこと」

「な、なるほど……」

 

 

 更なる追加条件にゆかりんが悲鳴をあげるが……これに関しては少し考えればそうなる理由が理解できる分、まだ優しい方である。

 

 結局のところ、これは『ちゃんと試練を受けろ』という趣旨のモノ。

 正確に意味を解説すると『自分以外の誰かを保持(護衛)しながら進め』という意味合いになるのだ。*2

 ……なので、自分で自分を守れるどころか、下手をすると護衛役()を逆に守ることができてしまうキリアは連れ添いとして不適切、ということになるわけである。

 

 で、この件に関して敢えてよかった部分を絞り出すとすると、キリア以外は誰を選んでも問題はなさそう……という部分になるのだが。

 正直、それが本当によかった部分に該当するのかは疑問を挟まざるを得なかったり。

 

 

「一般人でも辛うじて触れる『想起の柱』はともかく、『励起の柱』なんて【星の欠片】以外には即死トラップ以外の何物でもないからね、仕方ないね」

「スパルタにも程があるでしょそれ……」

 

 

 無茶苦茶言いやがる、みたいな顔で呻くゆかりんに対して思わず苦笑を返す私である。

 ……いやまぁ、こんなことになってるのは多分私のせい……というか、私の位階(ランク)のせいなんだけどね?

 

 

「……どういうこと?」

()()()()()()()()()()()だと思われてるってこと。……確かに降って沸いたような能力だけど、それでもキリアの次の位置に据えたのが『星女神』様である以上、その辺りの見極めは既に行われている……ってことは間違いないはずだからね」

 

 

 言うなれば『自覚が足りない』ということになるだろうか?

 既に前もって『星女神』様による見定めが済んでいる以上、その位階に相応しいことができるようになっている・もしくはその資質があることを認められているわけでもあるのだから、その辺りの確認もしないわけにはいかないだろう……みたいな。

 本来『励起の柱』は自己の魂を砕くものだが、私の場合その次の部分も既に納めているはずなので、他の人と一緒に試練を受けた場合、そちらの魂の崩壊を精神面から保護できるはず……みたいな?

 寧ろ、できない方がおかしいと思われているレベルというか。

 

 ……この分だと、最後の試練とかもっと酷いことになる予感がひしひしするのだが……そもそもそこに辿り着けるかどうかの時点で困っている現状、一先ずは目の前のことに注力する他あるまい。

 ってわけで、じゃあ誰を連れていくのかって話に戻るんだけど……。

 

 

「……流石にぶっつけ本番は勘弁して欲しいので、ここはオルタで」

ファーッ!!?

 

 

 いきなり『励起』の影響下で他人の保護を同時にやれ、とか言われても恐ろしすぎるため、キリアほどではないもののそこら辺に耐性がある──もとい、失敗時の巻き戻しが利きやすい同族(星の欠片)であるオルタをチョイスすることにした私であった。

 ……選ばれたオルタ当人は「なんでよなんでそこで私なのよ別にアクアの方でも良くない!?」と喚いているが……いやー、アクアの方は流石にここに突っ込むのはちょっと……。

 

 

「はぁ?!」

「いやほら、忘れてるかもしれないけどアクアってば【顕象】なので。……庇護膜としての『逆憑依』の役割を果たせない可能性が高いから宜しくない……みたいな話、何度かしてるでしょ?」

あ゛

 

 

 ……『逆憑依』とは恐らく失われるものを保持するための器、ないし保護膜のようなものだと推測されるわけだが、【顕象】の場合はその保護膜自体が一個の存在として動いている、という一種のエラーのような存在である。

 この辺り、『逆憑依』そのものが意思あるモノだからこそのバグ、ということになるのだろうが……。

 ともかく、より重要な中身を持つからこそ、そしてそれが周囲から隔離されているからこそ外見の補正・ないし保持力が上がっている『逆憑依(せいきひん)』と違い、その辺りの保証のない【顕象】はそもそも【星の欠片】周りのあれこれと相性最悪なのだ。

 今でこそ安定してるけど、本来ならどこかに閉じ込めて監視しといた方が安心……っていう程度には。

 

 なので、端からアクアは考慮外。

 また、他の一般人組も基本的にはバツ。

 ……となると、消去法的にもオルタしか残らない、ということになってしまうのである。

 

 

「なんでよ!!?」

「恨むのなら自分の生まれを恨むのだね……」

 

 

 まぁそもそも、今回対象外でもどうせ次でみんな巻き込まれるし()

 ……というわけで、嫌がるオルタを引き摺りながら、私は『励起の柱』に触れたのでしたとさ。

 

 

*1
【星天彩具】が天の星を彩るモノであるのなら、【星海烙印】の方は星の海に浮かぶ烙印を示す。星を産む海において、それらに負けぬほどに自己を主張するモノ(烙印)、ということになるか

*2
通常は『自分の身を守れ』という試練だが、そこより先に進んでいる扱いなので『他の人も守りながら進め』という風に試練の難易度がアップしているということ



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幕間・信じるという暴力()

……わたしはからすです

「なにがどうなってるのこれ……?」

「魂の同一性の部分に踏み込んだ結果、自己の証明があやふやになった……ということだとは思うが、それが何故こうなるのかは門外漢なわしらにはわからんのぅ……」

 

 

 はてさて、『励起の柱』を踏破した私とオルタだが。

 ……うん、暫くの間の記憶がないんだよね、マジで。

 どうやらいち早く復帰したのは私の方だが、まだ心ここにあらずな感じのオルタはというと、何故か鳥みたいなポーズをして虚ろな目でなにごとかをぼやいている……という、色々と正気を疑う状態に陥っていたのだった。

 ついでに言うと、他のみんなの発言によればさっきまでの私も似たようなものだったのだとか。

 

 

「具体的にはワニだったわね。『わたしはわにです』ってぼやきながらゴロゴロ転がってたわ」

絵面はわりと笑えるけど、それ多分実態の上では全然笑えないやつよね?

 

 

 ゆかりんの説明的に、その時の私も今のオルタのように舌っ足らずな言葉を溢しながら転がっていたのだろうが……それがワニの真似、もとい自身をワニだと思っての行動だったとすれば、途端に笑えない話となる。

 ……いやだって、ねぇ?ワニが横方向に転がるっていうと、あからさまに獲物をぶち転がそうと(デスロール)してる時のやつだし。*1

 

 

「……そう考えると物騒ね。というかもしかして、今のオルタちゃんも絵面はあれだけど実態は物騒とかそういう……?」

「いや、これに関しては多分なんにもないよ。本当にカラスだと自分を勘違いしてるだけ」

「な、なぁんだ。心配して損し……いややっぱそれはそれでおかしいわね???

「まぁ……はい」

 

 

 データ的にいうと、ヘッダ*2の部分がぶっ壊れたので他のものに誤認されてるような感じというか?

 ……一般的に個人を証明するものとしては最高峰となるのが魂であり、それの同一性に疑問が発生するとなれば意味不明な状態になるのは寧ろ当たり前のこと。

 

 その辺りを考慮すると、恐らくこれは『励起』の後遺症ということになるのだろう。

 

 

「後遺症、ねぇ……?」

「たまに『励起』が全く苦にならないって人もいるけど……基本的にはなにかしら交渉なり不具合が出たりするのが普通の話。……その辺りのリカバリーができるかどうか、みたいなところも見られていると思った方がいいでしょうね」

「へー……」

 

 

 魂に関する干渉方法を学ぶ、みたいな一面もあるのが『励起』なので、必然的にそこに不良が発生した時にそれを解消できるようになっておくべき……みたいは部分もあるというか?

 

 わかりやすいところだと……自分という存在に別の存在が転生して来た結果、それがいなくなったあとも魂のラベルがその人物のままになってしまった……みたいたパターンの解消、とか?

 ……うん、わかる人にはわかると思うが、『月姫』のシエル先輩に起こったあれそれを例えに使った形である。

 

 

「シエルというと……カレー好きのシスター、だったっけ?」

「ある意味型月という作品の存亡に近い場所にいる人だね」

「存亡?」

 

 

 ほら、『そんな死徒いねぇよ』とか。*3

 ……メタい話はともかく、作中におけるシエル先輩はとある存在に関わったことで、間接的に不死の身体を手に入れることとなったのだが。

 その理由というのが『自分という存在の魂のラベルが別の存在のモノに書き変わったから』、ということになるのだ。

 いやまぁ、正確には魂という個を識別する絶対的なシステムにエラーを起こしたため、世界の側が『おかしいでしょ』と干渉してくるようになった……みたいな感じなのだけれども。

 

 

「同じ魂の名前(ラベル)を持つ人がいるから、片方が無事ならもう片方も無事……みたいな感じなんだっけ?」

「その説明だと双方に影響が出そうだから訂正すると、正確にはシエル先輩の方はコピー、ないし類似品みたいなものであって本体相当の方が無事だからこっちも無事、みたいな影響かな」

 

 

 なので、作中において本体側に分類される存在が討ち滅ぼされた時には、彼女もその不死性を失うことになったわけだが。

 ……まぁ、その辺りは話し始めると長いのでこの程度にしておくとして。

 

 例えば、『励起』を正しく習得した【星の欠片】であるならば、本体側の討滅を待たずとも、シエル先輩の魂のラベルを元に戻すことが可能なわけである。

 まぁ、魂に触れそれをどうにかできるようになるというものなのだから、寧ろできない方がおかしいのだが。

 

 

「同じように真人の無為転変擬きとか、はたまた烙印みたいに魂の内から湧く力を行使するだとか……そういう、魂に関わるあれこれを息をするように行えるようになってれば、『励起』の試練を終えたと胸を張ってもいい……みたいなところがあるんだよね」

「……なんというか、そもそもの時点で大概よね【星の欠片】って」

 

 

 こちらの説明を聞き、はぁとため息を吐くゆかりん。

 確かに、説明だけ聞いていると『なんだこのチート!?』となる感じだが……お忘れではないだろうか、【星の欠片】って極めるの凄まじく難しいのだ、ということを。

 

 

「人の生涯ではなく()()()()()を繰り返してなお極められるか否か。……というか、大抵の存在はそもそも『想起』の時点で引き返して一生を終える……小さな世界から大きな世界を仰望する、なんてことはしない。使えないモノだとして捨て去って、普通の能力に戻る方が当たり前……みたいなものだからね。基本的には罰ゲームなんだよ」

「その罰ゲームをやり通した結果得られるもの、ってこと?」

「遊び人から賢者に転職……みたいなののもっとエグいバージョンになるのかな?」*4

「……なんだかスケールが一気にダウンしたわね」

 

 

 三つの要素を捨てる、というややこしい話をせずとも、基本的に【星の欠片】は小さいもの──その小ささを極めた結果として、あらゆるものに自身を見いだすまでに至ったもの。

 裏を返すと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()モノなのである。

 

 価値がないものをそのままにせず、どうにかして価値を見出だそうとした結果……とも言えるかもしれないが、どっちにしろその道が険しく・かつ苦しくて辛いものであることは間違いない。

 なんの因果か、私は先に()()()()()そののちに証明をする、という逆路を進んでいるが……本来、私の立ち位置になんの積み重ねもない状態から至ろうとすれば、それこそ無限の時間を注ぎ込んでもなお出発点すら見えない……なんてことになるのがオチだろう。

 

 そういう意味では恵まれているとも言えるが、同時に『なんだこの罰ゲームみたいな流れ?!』となるのも仕方ないというか。

 ()()()()()()()()()のに、私の場合は決して諦められない──既に辿り着いていると定められているため、どうにかしてこれらの試練を踏破しなければならないのだから。

 ……まぁ、その辺りのややこしさを踏まえ、ある程度は手加減されているとも感じているわけだけども、それでもなお『やだなー』という気分は抜けないのであった。

 

 

「わがまま……と切って捨てるのは簡単だけど」

「それなら変わってくれ、と言われても文句は言えないよってね。……別に私、なりたくてこうなったわけでもないしね」

「…………」

 

 

 ……うん、思いの外暗い話になってしまったので、いい加減この話題は打ちきりである。

 

 オルタが復帰するまでの時間繋ぎ程度の気持ちで話題に出したはいいが、結局話が終わってもまだ戻ってない辺りなんとも言えない感じだが……いや待て、これあれだな?

 

 

「……ちぇすとっ」

「あいたっ!?わ、私はなにを?さっきまでの仲間に囲まれながらクルミを突っついてたはずじゃ?」

「いや、どういう幻覚よそれ……」

 

 

 確かに私は自力で戻ったが、それをオルタにまで強要するのは違うのでは?……と遅蒔きに気付いた私は、とことことオルタの背後に近付いてチョップ。

 脳天への衝撃によって気を取り直した彼女は、暫く前後不覚で周囲を見渡していたが……こちらに視線を向けたのち、ふにゃりと相貌を崩して泣き始めたのだった。

 いわく、『死ぬかと思った』。

 ……うん、それについてはそりゃそうでしょ、としか言えない私である。そういうもんだしね、『励起の柱』って。

 

 なお、周囲からの視線がなんだか厳しい気がするのは──多分、今の今まで解決策に気付かなかった私を責めているから、だろう。

 いや、仕方ないじゃんさっきも言ったけど私『できた』って因果ありきでここにいるから、そうじゃない人との感覚の差異がどんくらいかわからないんだもの。

 

 ……『励起』を終えた人間がさっさとそれを使って起こしてやればいい、という文字にすればそれだけのことに気付くのにも、色々整理してからじゃないと難しかったんだもの。

 

 

「……で?」

「反省代わりに暫く正座してます……」

 

 

 そんな言い訳は全て封殺され、私は大人しく反省することになったのでしたとさ。

 微妙に幼児退行してるオルタに膝枕をしつつ。……これ、次までに戻ってるかなぁ……?

 

 

*1
ワニが獲物に噛みついたあと行う行動。わかりやすく言うと『捻り千切る』為の動き。ワニの噛む力はとても強く、その状態で捻りを加えれば容易に相手を引き千切ることができる、というわけである

*2
コンピューター用語で、データの先頭部分のこと。ここに定義されるデータにはデータそのものの情報が含まれており、それに従って読み取りなどを行う。逆を言うとヘッダが壊れていても中身のデータは失われないが、代わりにデータそのものを読み取ることができなくなる……感覚的には金庫の鍵を無くしたような状態となる。鍵と違うのは、中身のデータとあっていなくても形式的に間違ってなければ読み込み自体はしてくれること。無論、読み取りできるとは言っても実際には中身は読み取れないで終わるのだが。破損データ扱いされないだけ、とも

*3
『カリー・ド・マルシェ』なる人物に纏わる話。きのこの言うことは話し半分に聞きましょう、等と言われる理由の一つ()

*4
一部のドラゴンクエスト作品の話。魔法使い系・僧侶系の特殊職である賢者は特定のアイテムを使うか、遊び人でレベルを上げることで転職することができる



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幕間・最後だよ、みんな死ね(不適切な表現)

 はてさて、暫くの反省ののち、なんだかまだ微妙に退行気味なオルタを引き連れつつ、先への道を進む私たちである。

 

 

「次の柱で最後らしいけど……なにが起こるのか、みたいな予想はあるの?」

「多分みんな死ぬ」

「……とても物騒!!」

 

 

 その道すがら、ゆかりんが最後の試練についての質問を投げ掛けてきたのだが……正直なところ、なにが起こるかは全く不明である。

 

 いやまぁ、酷いことになるでしょうという予感はあるのだが。

 なにせ今回、ほとんど居る意味のない一般人組まで連れてくるように、とのお達しである。

 ……この場合の「居る意味のない」とは【星の欠片】ではない的な意味であって、得られるものがなにもない……という意味ではないので悪しからず。

 

 

「と、いうと?」

「『星女神』様のところではこっちに無茶振りをしないようにするための囮……もとい安全装置みたいなものだったけど、こっちではその反対──みんなを危ない目にあわせたくないならもっと頑張りなさい、みたいに発破をかけるための起爆剤扱いでしかない……みたいな?」

「そんなところでも反対なんじゃのぅ……」

 

 

 原則的に、『星の死海』というのは【星の欠片】以外が立ち寄ることのできない場所である。

 その理由は幾つかあるが……一番わかりやすいのは、普通の人がそこに立ち寄ることはほぼ自殺に等しい、という部分になるだろう。

 

 対策も無しに踏み入れば、まず間違いなく足先から分解されて塵一つ残らない……それが、本来の『星の死海』のあり方。

 一応、『星女神』様の場合はこちらに友好的なこと・および加減をしてくれていたことなどから特に問題はなかった……()()()()()()けど、ともあれそれほど大きな問題が起きていたわけではなかった。

 だがしかし、彼女の対としての性質が大きい『月の君』様の場合、友好的ではあっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな部分や、そもそも加減を一切していない……などの理由から始まる前から問題しかなかった、というわけなのである。

 

 ……まぁ、問題があったとしても『向こうに呼ばれてしまっている』以上、行かないという選択肢は端から用意されていなかったのだが。

 その辺りもある意味では対であったせい、ということになるのかもしれない。

 なにせ『星女神』様の方は、一応嫌なら無理にとは言わない……みたいな譲歩できる部分が普通にあったわけだし。

 

 

「そんな向こうの配慮を、こっちにも理由があるにせよ押し通した(好意をふいにした)……みたいな解釈もできてしまうわけだから、『月の君』様側はその反対……()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな扱いになってるわけでね……」

「その辺りの機微はわしらにはよくわからぬが……とりあえず、あっち(星女神)よりこっち(月の君)の方が事前準備に時間が掛かった、というような意味合いで良いのかのぅ?」

「……まぁ、大雑把に言うとそうだね」

 

 

 なので、『月の君』様の方はこちらに拒否権がなかった。

 呼ばれたモノは必ず行かなければならないし、呼ばれていないものは決して同行してはいけない。

 それを破れば、今以上に酷いことになっていただろう。……無論、今が酷いことは前提として、だ。

 

 ともかく、『星女神』様側の試練が優しかった以上、『月の君』様側の試練が厳しくなるのは自明の理。

 さらに、向こうでは(結果的に)試練を受けずに『星女神』様と対面できたけど、それゆえこちらは()()()()()()()()()()()絶対に『月の君』様に出会えない仕様になっているはず。

 

 ……そこら辺を加味して考えると、どうにもまだまだ物騒なことが起きそうな予感がひしひしとしてくるのである。

 いや、試練そのものはもう最後の一つしか残っていないので、それが滅茶苦茶難題になるだろう……的な予感になるわけなのだが。

 

 

「まぁ、その辺りは本当に今更な話なんだけどね。だって『星女神』様の方と違って、キリアが同行してなかったら真面目にみんなここに来るまでに死んでただろうし。……正確に言うと分解されてた、だけど」

「……そうね。『星女神』様と違ってこっちは『星の死海』の出力が一切抑えられてないから、生身で放り出されていたら数分もしないうちに粉微塵に分解されていたでしょうし」

「こわー……」

 

 

 さっき私がオルタにしてたこと(瀕死状態からの復帰みたいなこと)を、キリアはここに入った当初からしていた……というような話になるか。

 

 ……【星の欠片】の特質を利用しての分解は、それと同じ位階に自身がいない場合に、対処の方法が一切存在しない。

 肉体の分解は『想起』の物質操作を覚えていなければまず必殺だし、魂の分解ならば『励起』の魂魄操作無くして対処は不可能。

 ご丁寧に、柱ごとに周辺の分解条件が切り替わっており、事前にキリアが保護を行ってくれていなければ、単に柱に近付いただけで床の染みになっていた可能性が非常に高い。

 

 流石にそんな人殺しみたいな真似はしないだろう、と言いきれないのが『月の君』様の恐ろしいところ。

 ……いや、正しくは『星女神』様が優しいので、対である『月の君』様はそれくらい厳しいはず……ということになるわけだが。

 

 ともかく、キリアが居てくれなければまず間違いなく初手全滅であったことを思えば、これから先に待ち受けるものはまず間違いなく()()()()()()()()()()()()()()()()と予測が付くのである。*1

 

 

「……マジで?」

「正確に言うと、そうして全滅したあとに()()()()()()()()()()?……ってことを問うているわけなんだけどね?」

 

 

 ぶっつけ本番・スパルタの極み……みたいな?

 ともかく、キリアの次点に位置される存在である、という設定を持つ私ならば、そうして無理矢理全滅させられたとしても容易に建て直しが可能……と評価されている可能性が高いことは否定できない。*2

 なので、その辺りの性能を実際に確かめるため・そしてその試練からの逃走を阻むため、こうしてなんの関係もない面々も『星の死海』に招かれた……ということになるのであった。

 

 

「なるほどねぇ、そういう意味でも発破扱い……と」

「まぁ、そこら辺はあくまで私に向けての見え方であって、五条さん相手とかの場合だとまた別の意味があるとは思うけどね」

「……あー、あっちにお願いしたのがこっちにも影響してる、ってこと?」

「そういうこと」

 

 

 まぁ、こうして五条さんに告げたように、まったく関係がないのかと言われると微妙な面々もいるわけなのだが。

 ……そこら辺も含めて、色々試練を出す気でいるというのが正解だろう。

 

 だがしかし、五条さん相手の試練がはっきりと行われていると確認はできていない。

 強いていうなら初回、『想起の柱』に触れたのがそれだと言えるだろうが……あれで彼が成長したか、と言われると微妙と言う他ないだろう。

 

 また、誰に試練を与え誰は無関係なのか?……みたいな話は、結局のところ『月の君』様自身にしかわからない。

 となると、それらの試練を最後に纏める可能性は非常に高い。

 というか『逆憑依』自体、成立の仕様が精神面に振れている感が強く、それらの存在を鍛え上げるのならば『想起』『励起』では足りていないと言わざるを得まい。

 

 ……『想起』に軽く触れさせることで試練の下地を作り、最後の試練でみんなを纏めて恐怖のどん底に陥れる……。

 そんな鬼畜めいた行為を画策している、と想定しておいた方が、実際になにか起きた時に対処する余裕がとれるというもの、みたいな?

 

 

「そういうわけなので、みんな死ぬ気でいてね。死ぬ気を高めすぎて額から炎が吹き出るくらいに」

「マフィアになれとでも言っておられる?」

 

 

 そんなわけで、これからもっと酷い目にあうから準備しろよ(要約)と告げたところ、みんなからは微妙な視線が返ってくることとなったのであった。

 ……こうして小粋なジョークでも挟まないとやってられないでしょってだけの話なんだけど、そこで首を捻られても困るんだよなぁ……。

 

 

*1
【星の欠片】は前提として『全てを受け止める』モノであることから、回避しているという状態は評価がとても低い。回避盾よりちゃんとした盾役の方が尊ばれるのだ

*2
あくまで試練の範囲では、という意味。流石に本気で下位(じょうい)組に挑まれたらキーアでは対処不能。基礎的な方法なら無理はないはず、ということ



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幕間・最後の柱が今開く(クルーゼ並感想)

 あれやこれやと話しているうちに、ようやく最後の柱がその姿を見せる。

 

 最後の柱、精神についての試練を課すそれは、『断定(anthesis)』──もしくは『隆起(anthesis)』と訳されるもの。

 そして、柱としての名前は。

 

 

「【星鏡心樹(keel)】。星を鏡に、心を大樹に例えるもの。竜骨(keel)の名を持つことからわかる通り、【星の欠片】にとっては一番の基礎となる部分でもある」

「竜骨、ねぇ?」

 

 

 これは言い換えると、そこを操作する術を持たずともそれに寄り添ってはいる──それを前提に全ては動いている、と定めているということ。

 文字通りの基礎・基盤であり、迂闊に操作すれば自身の存在の根幹から崩れ去るような、基本的には触ることを忌避するような部分。

 ──それさえも恐れず触れてこそ、【星の欠片】は大成(anthesis)すると定める最後の試練である。

 

 

「なるほど……ところで、あんしすぃすって?」

「『開花』って意味の英単語だね。【星の欠片】としての全てを花開かせた、って感じになるのかな」

「ふぅん……?」

 

 

 耕し(Cultivation)解し(Decomposition)花開く(anthesis)

 小さな種を育てるように、【星の欠片】もまた手間隙を掛けてこそ大成するもの。

 そういう意味では、他の能力と大差ないとも言えるのかもしれない。

 

 ……まぁ、だからこそこうして余計な労力を割く羽目に陥っている、とも言えるわけだが。

 なにせ能力の原理がまったく別物であったのなら、少なくとも五条さん辺りが同行する意義は薄れていたわけだし。

 

 

「それそのものじゃなくて、考え方が応用できるからこそ学ぶ意味がある……みたいな?」

「敵を知る、みたいな方向性だと寧ろ邪魔にしかならないしね」

 

 

 悪戯に恐怖を煽るだけ、というか。

 ……何度か言うように、【星の欠片】は極小の存在。それをそのまま受けとると、こちらの対策という網を軽々すり抜ける極小の侵略者(インベーダー)、ということになってしまう。……端的に言って質が悪すぎる、というか。

 

 その性質上、対策はまったくもって無意味。

 なにせ方向性が今まで人が出会ってきたモノ()と違いすぎる。

 打ち倒す(撃退する)ために打ち倒すと寧ろ不利になる(悪手)とか、まず引っ掛からないほうが珍しい地雷だろう。

 

 その上、あらゆる場所から突然生えてくる、などということも可能。

 ……全てのものに含まれている、という性質を真面目に考えると籠城も無意味になるのだから、この存在を知ることによる恐怖──いつなんどき自身が奴らに食い殺される(なってしまう)かわからない、というエイリアン・パニック染みた恐ろしさに押し潰される可能性の方が高いと言えるだろう。

 

 ……実のところ、【星の欠片】は人間に対して敵対的どころか友好的ですらあるのだが。

 とはいえそれもまた程度を知らず、友好的過ぎて()()()()()()()()()()()()()()()、なんてヤンデレ以外の何物でもない発露の仕方をするかもしれない……いや寧ろそれが正規ルートみたいな相手だと知れば、それはそれで恐怖でしかないかもしれない。

 

 ともかく、変に彼らの知識だけ得ても良いことはないわけで、そういう意味では深く関わらず学べるところだけ持っていく、くらいが丁度良いように思われるわけである。

 ……深く関わらなくても、【星の欠片】的には自分から得た知識で道を切り開いて行く姿を見るのは好ましいわけだし。

 

 

「過保護ではないんだよね。とかく人の選択を後押ししたくて仕方がないってだけだから。……限度を知らないから迷惑がられるわけだけど」

「それについては身近に例があるのでなんとなくわかります」

「……キリアのことだよね?あれなんで視線を逸らすの?なんで???」

 

 

 ……私、別にみんなに親切の押し売りなんかしてないと思うんだけど?

 え?死ぬようなトラブルが飛んできたらまずその身を(てい)すのは良くない?いやほら、それは私の場合死が軽いというかなんというか……。

 あ、はい。命懸けで相手を守るのはある意味では暴力だと、はい、はい……ええと、その通りにございます……。*1

 

 ……おかしいな、なんで『隆起の柱』についての解説をしてただけなのに、私が責められる流れになってるんだ……?

 いやまぁ、ゲームでマシュが蒸発したシーンを例えに出されては、私としても納得せざるを得なかったのだけれども。*2

 

 ……ええい、とにかく最後の試練である。

 気合いを入れ直す……もとい、ここが全ての終着点のつもりで気合いを入れろと皆に告げた私は、再度柱になにか張り付いていないかを確認し──見事、()()を見付けることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

「また付箋、じゃのぅ」

「今回はなんと書いてあるのだ?」

「………………」

「さっきよりもさらに渋い顔!?」

 

 

 はてさて、再びの付箋──恐らくは『月の君』様からの伝言を見付けたわけだけど。

 そこに書いてある内容を見た私は、思わず周囲にこれ以上ないくらいの仏頂面を晒していたのだった。

 

 ……いやだって、ねぇ?よもやよもやというか、まさかまさかというか。

 うんまぁ、()()は確かにそういう性質もあるし、()()()と同じで他の人にも使えるだろうけどさ?

 

 

「……ここに来て、唐突に勉強タイムを挟み込まれることになるとは思わなかった」

「はい?勉強タイム?」

「ん」

 

 

 こちらの言葉に「なんのこっちゃ?」とでも言いたげな視線を向けてくる周囲の一同に、私は付箋に書かれた言葉を見せることで答えとする。

 そこに書かれていたのは、『試練の前に皆に【俯視】を授けること』という文字。

 無論、唐突な新単語の登場にみんなは疑問符を頭上に浮かべていたわけだが……。

 

 

「『神断流』ってあったでしょ?【星の欠片】だけど誰にでも扱えるってやつ」

「ああ……オルタちゃんに付与してアクアちゃんをぶん殴ったやつね」

「言い方ぁ」

「……よくよく考えたら、あの時のメンバー半分くらい揃ってるのねここ」

 

 

 それが以前彼らも触れたことのあるもの──『神断流』と似たモノであることを告げると、なんとなく得心がいったのか小さく頷き出したのだった。……一部だけ。

 まぁ、それも仕方のない話。ミラちゃんを筆頭に、互助会メンバーは初めて触れた単語・概念だろうし。

 なのでその辺りをちょっと説明したところ……、

 

 

「突然ミラちゃんが興奮し始めた件について」

「……そういえば、未知の技術に興味津々なタイプなんだっけ、その子」

 

 

 聞いたこともないスキル系統ということもあってか、ミラちゃんが『全部覚えるー!!』と突然駄々をこね始めたのだった。

 ……いや全部て。*3道具としての性質が強い『神断流』とはいえ、上位の技は使えるようになるには相応の鍛練が必要なんやぞ?*4

 まぁ、SAO(ソードアート・オンライン)におけるソードスキルのように、ある程度の動作アシストはあるわけだけども。

 

 

「と、いうと?」

「例えば射撃武器系統の技を纏めた式──いわゆる流派に相当する一群があるんだけど、その中に『鷹狩(たかがり)』って技があるのね」

「初出情報をポンポン出すの止めない?」

「例えがないと分かりにくいでしょ?……まぁともかく、この『鷹狩』ってのは端的に言うと障害物を避けて相手に当てる射撃方法のことなのよね」

「……ふぅん?」

 

 

 なんのこっちゃ、と問い掛けてくる五条さんに対し、私は『神断流』の技の一つ──『鷹狩』を例にあげて解説する。

 この技は障害物の向こうに隠れた相手を射つための技だが、その実()()()()()『鷹狩』の場合はそこまで大それたことはやってないのである。

 単に相手が何処に居るのかを予測し、それが何処から出てくるのかを予期してその予測地点に()()()()、みたいな感じというか。

 

 ……高度な予測演算を必要とするとも言えるが、その実そこら辺を補助してくれる技も『神断流』には存在するため、字面ほど不可思議なことをしているわけでもない。

 そもそも『神断流』自体が『原型保護』とか掛かりまくってるから、その演算に必要なリソースとかは肩代わりしてくれるし。

 

 とはいえ、これだけだと例に挙げるのは微妙なので……派生技である『白鷹狩(しらたかがり)』の方に話を移そう。

 

 

「……派生技?」

「同系統の技で動きや効果が違うものだね。格ゲーとかで追加入力すると性能が変わる……みたいなのあるでしょ?ああいうのだよ」*5

「ああ……ヴォルカニックヴァイパー*6とか?」

「そうそう、そういうの。……で、『白鷹狩』の場合は予測射撃じゃなくて()()()()()()()()()相手にヒットするんだよね」

「……???」

「そんな脳が理解を拒んでいるような顔をせんでも……」

 

 

 いやまぁ、基礎技が単なる技術の範囲に収まりそうなのに、派生技は明らかに物理法則とか無視してたらそういう反応になるのもわからんでもないけど。

 ……でもまぁ、この辺りは『神断流』が()()()()()()()()()という性質を持ち合わせていることを思えば、なんとなく理解もできるかもしれない。

 

 

「で、その逸話を再現するために、使う人間の方もその時の動きをなぞらせる──言い換えるとシステムアシストをしてくれるってわけでね?」

「なるほど……確か神への奉納物、みたいな意味合いもあるんだっけ?つまりその流れで動きそのものが一種の儀式化していると」

「せーかい」

 

 

 まぁ、単に動きをなぞるだけだとシステムアシストは発生せず、それらを為した人のことを学んだり、はたまた鍛練によって必要な技量値を満たすことによって初めて発動ができるようになる……みたいな部分もあるのだが。

 ……この話で諦めてくれれば良かったんだけど、ミラちゃんは余計に技習得に熱意を燃やし始めたのだった。うーんこのスキルマニアめ……。

 

 

*1
自己犠牲系ヒーローにぶつけるべき言葉。『目の前で傷付きながら自分を守っている』という姿は色々と精神面で衝撃的すぎる、ということ。特にそうして守ってくれている相手が自身にとって大切な存在である場合、『傷付いている相手になにもしてやれない、どころか自分という存在のせいで傷付けてさえいる(=自分がこの場に居るので守らざるを得なくなっている)』という解釈ができる為、とても精神に宜しくない

*2
先の『自分を守るために傷付く人』の一例。地表を焼く大熱量を前に盾となった少女は、ただ一人の先輩を守るために全力を尽くし、見事にそれを成し遂げたが──

*3
前も述べたが、派生も含め『神断流』は五百以上の技がある

*4
いわゆる奥義の類い。『テイルズオブ』シリーズの如く『秘奥義』相当の技も存在するが、そこまで行くと習得難易度もかなり上がっているし火力もおかしくなっている

*5
わかりやすいのは『波動拳』と『灼熱波動拳』か(両方とも『ストリートファイター』シリーズより)。見た目はほぼ同じだが後者の方が少しコマンドが複雑になる代わり、ヒットした相手を燃やすなどの効果がある

*6
『ギルティギア』シリーズの主人公・ソルの技の一つで、いわゆる『昇龍拳』枠(=対空必殺技)。追加コマンドを入力することで叩き落としたり殴り飛ばしたりする



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幕間・ここに来て足止めである

「……っていうか、そもそも本来の条件である【俯視】の話も終わってないんだけど?」

「そういえばそっちも『神断流』と同じ、とお主言っておったのぅ!!わしそっちも覚えたいのぅのぅ!!」

「うっわ(ドン引き)」

 

 

 うーんこのスキルマニア(通算二度目のツッコミ)。

 ……まぁ確かに、『神断流』を例え話に挙げた以上、突然話題に上がった【俯視】も同じように普通の人に覚えられるモノである、という予測は間違いではない。

 とはいえ、個人的にはこれを覚えさせてもいいものか?……みたいな戸惑いもあったりする私なのであった。

 

 

「えっと、どういうこと?」

「チャンネル云々の話は知ってる?空の境界で出たやつ」

「ええっと確か……人の常識のことだっけ?」*1

 

 

 首を傾げるゆかりんに対し、例に挙げるのはチャンネルの話。

 とは言っても放送局の話ではない……とも言いきれないのだが。実際元ネタの作中ではそれを例えに使った形だし。

 

 人が見ている世界を一つの番組──放送局として捉え、超能力を持つものは他の人と見ている放送局(チャンネル)が違う……みたいな例え方をしていたのだったか。

 そしてこれは、基本的に一人の人間に付き一つのチャンネルしか見れないモノでもある、と。*2

 

 まぁ、ここでいう常識(チャンネル)とは社会通念的なそれではなく、生き物としての当然の権利──身体に備わった機能の方を指すものなので、それこそ複数持っているのはおかしいというのは当たり前の話なのだが。

 

 

「人間としては必要のない機能……というのが他のチャンネル(常識)だからね。そういう意味では、精々持てて二つぐらいが関の山ってことになるんじゃないかな?それ以上持ってると、各常識間のズレによって心身に異常を来す可能性が高いというか」

「……いやちょっと待った、ここでそんな話をするってことは……」

「そ。件の【俯視】──『傍観者(Onlooker)』は、人の常識(チャンネル)を増やすものとも言えるんだよね」

「うわぁ」

 

 

 で、ここまで語った上で【俯視(Onlooker)】のことに話を戻すと。

 

 この【星の欠片】は『神断流』と同じく、普通の人にも特に悪い影響を与えずに使わせることのできるモノの一つだと言える。

 ……言えるのだが、同時に能力そのものでなく()()()使()()()()()()()()()()()が個人に対して変な影響をもたらすことを微妙に否定できない、そんな危なっかしいものでもあるのだ。

 

 それが何故かといえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()というところが大きい。

 

 

「見え方を増やす?」

「共感覚って知ってる?音が見えたり感触を味わったりするってやつ。あれに近い感じで、視界に情報を付け加えるタイプのやつになるんだよね」

 

 

 妖精眼*3のように嘘が見えたりする、みたいな感じか。

 それらと違うのは、この技能が与えるのは正確には見え方ではなく干渉方法である、ということ。

 分かりやすくいうと、本来触れられないモノに触れられるようにする技能でもある、ということになる。

 

 

「……???」

「わかりやすいのはアクションゲームとかによくある『手に入れるとフィールドに変化が現れるアイテム』の類いかな。見えるようになったこととそれを活用できるようになったこと、それらは一セットではあるでしょ?」

「あー……マリオのスイッチとか?」*4

「まぁ、間違ってはないかな?」

 

 

 視界そのものに特殊な効果を与えるもの、とも言えるだろうか?

 そういう意味では一種の魔眼とも呼べなくもないわけだが……つまりそれは【俯視】が一種の超能力──()()()()()()()()と判定することもできるわけで。

 

 

「あー……それでさっきの話に繋がるってわけね。二つ以上の常識(チャンネル)はその人の人格に異常を来す可能性がある、っていう」

「まぁ、これも【星の欠片】である上に後付けのものだから、本来の超能力とかと比べると遥かにその辺りの危険性は低いんだけどね?」

 

 

 原則的に他のものに負ける……言い換えると優先度が低いとも言えるのが【星の欠片】である。

 そのため、その一つでもある【俯視】による常識というのも、その人が本来持ち合わせる常識と比べれば強度が低く、人格を汚染するまでの悪影響を及ぼす可能性はそう高くない。

 

 なのに何故、私がこれを教えることを渋っているのかというと……。

 

 

「『逆憑依』って、チャンネル云々の話で見ると思いっきりチャンネルを増やしてる側なんだよね……」

「あっ」

 

 

 そう、先ほども言った通り、基本的に人が持っていていいチャンネルというのは二つまで。

 それ以上はなにがしかの異常を本人に来す可能性がとても高く、それゆえその愚を侵すことは承服しがたいのである。

 

 それを踏まえた上で、私達『逆憑依』という存在を見ていくと。

 ……うん、初期段階で外見と内面、二つのチャンネルを持っていると認識できてしまうよね……。

 なんなら相手が超能力者である場合、それが異界常識によるモノであるのならば別のチャンネルをさらに持ち合わせている、ということになってしまうわけで。

 そんな相手達に【俯視】を教えるというのは、ある意味人為的かつ後天的にチャンネルを増やそうとしている、と見られてもおかしくないのだ。

 

 まぁ一応?『逆憑依』における内面というチャンネルはそれ単体で一つ分と判定されるほど自我を出しているとは言えず、また【俯視】側も一つ分とはカウントし辛いので合わせて一つ──すなわち外見との合計でも二つになるだけ、みたいな解釈も取れなくはないけども。

 その甘い見立てで飛び降りさせるのははたしてありなのか?……みたいな疑問は拭いきれないわけである。

 いやまぁ、既に散々崖から突き落としてるだろ、と言われたら私は否定の言葉を持たないわけだけどね?

 

 とはいえ、ゆかりんの『境界を操る程度の能力』とかはほぼほぼ別のチャンネルを増やしている側だし、ここら辺に【俯視】を教えるのは躊躇われることも間違いではない。

 ……ないんだけど、さっきのメモ的にゆかりんだけ例外、ともし辛いんだよなぁ。

 

 っていうか、『呪術師』も特殊な素養を必要とする能力者として見るのなら五条さんだってそうだし、アクアやオルタは端から論外。

 ミラちゃんなんかもろに魔眼持ってるからアウトだろうし、メロオロンさんは普通に念能力者(超能力者)なのでこれもダメ。

 

 ……となると、一般世紀末住人(?)なサウザーさんとかきらりんとかくらいしか安心できる人はいない、ってことになってしまうわけで。

 うん、なんというかもう気にするだけ無駄かも、って色々投げたくなるのも無理もないみたいな?

 

 

「というわけで、とりあえず比較的安全そうな二人に試しに【俯視】を使って貰って、大丈夫そうなら他の人にも試してみる……ってことでいいかな?」

「……まぁ、それが安牌というやつだろうな。あいわかった、この帝王サウザーが先陣を切ってやるとしようではないか!」

「サウザーちゃんだけには任せておけないから、きらりも頑張るにぃ☆」

 

 

 そうしてあれこれ説明したのち、とりあえずお試しで安全そうな二人に確認して貰い、特に悪影響が感知されなければ順番に安全そうな面々から試していく……という方向性で話は纏まったのだった。

 なお、早々に試したくてうずうずしているミラちゃんはというと、危険性は一番くらいに高い(魔眼+仙人+転生or憑依?……と、チャンネルに該当しそうなものが多すぎる)ため一番最後である。

 

 

「何故じゃあ!?殺生過ぎるぞそれは!?」

「代わりにキリアから『神断流』の手解きを受けられると言ったら?」

「わしはいい子じゃからな。安全が確認できるまでは大人しくしておるよ」

(変わり身早っ)

 

 

 それを告げた直後のミラちゃんは、それはそれは荒れていたが……別のエサをちらつかせたら即大人しくなった。

 ……いや、それでいいのか軍勢のダンブルフ……。*5

 

 

*1
『空の境界』第三章『痛覚残留』において、超能力者の説明に使われた概念。テレビのチャンネルを人間の常識に例え、人間同士で会話が通じるのは共通のチャンネルを持つから、と説明した。その上で、超能力者は通常の常識(チャンネル)とは別の常識(チャンネル)を持ち、それによって()()()を引き起こすとした

*2
複数のチャンネルを持つものはそれぞれの常識に振り回される為、結果として狂人になってしまう……みたいなこと。わかりやすいのは『直死の魔眼』。死を視るというその瞳は、真っ当な人としての感性を叩き壊してなお有り余るモノである

*3
妖精達が持つとされる特殊な瞳。『グラムサイト』とも。ケルトにおいて、月には『グラム(glam)』という妖精が存在すると信じられており、その妖精が与える特殊な瞳(=視界(sight))であるからグラムサイト(glamsight)と呼ぶのだとか。妖精達の持つそれは世界を切り換える当たり前の機構であり、それによりまだこの世に現れていない前兆や、生き物の思考などを視ることができるのだという

*4
『スーパーマリオワールド』の巨大スイッチと、その対となる複数の色の『!』ブロックのこと。スイッチを押していない場合ブロックは実体化しておらずそれを利用することはできない。スイッチを押すことで初めて、その色に対応したブロックが実体化し、足場として利用したりアイテムを入手したりできるようになる

*5
ミラの技能に対する執念はとても強い、みたいなことは度々明記されている。とはいえこんなに暴走するのはここでくらいのことだろう



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幕間・他人の視ているものを自分も見る、となると?

「……これはまた、なんとも言えぬ……」

「わぁー、すっごいすっごーい!」

 

 

 比較的安全だろう二人に【俯視】を付与して早数分。

 特殊な視界を得た二人は、その世界に驚きを隠せない様子である。

 ……あるのだが、個人の視覚なので他人には共感し辛いのが難点というか?

 

 

「そういうわけなので……欲視力(パラサイトシーイング)』ー

「なんでドラえもん風……?」

 

 

 それでは他の人にこの能力の本質を伝え辛い……もとい、危険性がわかり辛いので、彼ら二人の視線を間借りすることにする私である。

 ……こういう時、安心院さんは便利だよね!

 

 ともあれ、再現し(借り)て来たのは『欲視力』。*1

 作中人吉善吉君に貸し出されたスキルであり、その効果は他者の視界を盗み見るもの。

 さらにその際、その人間が考えていることまで纏めて認知することができるため、見ている方向だけではなく次に相手がどう動くか、みたいなところまで把握できるとのこと。

 

 ……まぁ、他人の心を覗くようなモノでもあるため、その当人の心が嵐のようなものであれば嵐に揉まれることに。

 はたまた漆黒の闇であれば無明の荒野に放り出されることになる……みたいな、別方向のデメリットも存在しているみたいだが。

 

 

「……危なくない?」

「って言っても、これ以外の方が寧ろ危ないんだよね。【俯視】は視界にあって視界にあらず、その人自身の魂の見方。……言い換えると、直接他者が見えないからこそ汚染しない、ってものでもあるから」

「……ん、んん?」

 

 

 あ、こいつまたややこしいこと言い始めたな、って顔をゆかりんがしている。

 確かに、『欲視力』の時点で他者の心身の影響を受けるデメリットがある、みたいなことを言っていたにも関わらず、この能力でないと【俯視】を覗き視る際の心身の影響をカットできない……みたいな話に聞こえてくるわけだし。

 

 とはいえこれは些細な誤解ゆえのもの。

 今少し触れたように、『欲視力』は他者の視界を盗み見るもの。

 そして【俯視】はその能力の()()()──言い換えれば、正確にはこれは視界ではないというだけの話なのだから。

 

 

「……余計にややこしくなってない?」

「じゃあこう言い換えよう。『欲視力』が盗み見ることができるのは肉体の視界(チャンネル)。魂の視界(チャンネル)を増やす【俯視】を直接視ることはできない、ってね」

「……それ、意味あるの?」

「あるよー?言ったでしょ、他所はともかく【星の欠片】にとって肉体と魂は所詮精神の下位に過ぎないって。──『欲視力』は()()肉体の視界を盗み見るモノだけど、その付随として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なるほど。間接的に精神を覗き視ることができる、と?」

「五条さん正解ー」

 

 

 私たち【星の欠片】にとって、肉体と魂は辛うじて魂の方が優先度が(たか)いが、それよりさらに下位(じょうい)に位置するのが精神である。

 ……他所の作品だと肉体と精神が等価とされることが多いせいというかお陰というか、ともあれそれによって直接ではなく間接的に触れられる余地ができた、ということになるわけだ。

 ある意味では仕様の穴を突いたバグ技、みたいな感じだろうか?

 

 ともあれ、【俯視】に対して『欲視力』を適用すると、それそのものをそのまま映し出すのではなく、あくまでもそれを視ることによって起こる()()()()()だけが間接的に映し出されるわけで。

 それにより、本来他人の【俯視】を直接間借りすることによる悪影響をカットできる、というわけなのだ。

 ……まぁ、元々の『欲視力』のデメリットである『盗み見されている側の精神状態による悪影響』に関しては無防備極まりないので、そういう意味でもサウザーさんときらりん以外を被験者に選ぶのは躊躇われた、みたいな話にもなってくるわけだが。

 

 

「まぁ、きらりん側の視界に関しては、長く見続けるとちょっとはぴはぴしちゃうかもだけどぉー、その辺は勘弁してね☆

「既にちょっと影響を受けてるっ!?」

にょわ?

 

 

 ……なお、命に関わるような影響が出辛いだけであり、この二人に関してはパッション(イチゴ味)的影響が出る可能性については全く考慮していないため、こうなることもある……。

 みたいな感じで、私の言動が暫くおかしなことになったが問題はない。

 少なくとも他人の【俯視】を直接覗くよりは遥かにマシである。

 

 

「そ、そんなにヤバイの……?」

「【俯視】による視界って言うのは、簡単に言うと()()()()()()()()()()()()なのよ。自身の魂を通すことによって自分には問題ない景色に変えている……というか?だから、少なくとも自身が【俯視】を持たない状態でその視界を直に視るのは、自身の魂を他人のそれに委ねているようなもの……みたいなことになるわけでね?」

「つ、つまり……?」

「最初は『欲視力』で過負荷(マイナス)の視界を覗き視た時より酷い状態になって、そのあと時間経過と共にその辺りの吐き気とかが全く無くなっていく……みたいな?あ、吐き気が無くなるってのは慣れたってことで、この場合の慣れる相手って他人の魂についてだから、その結果()()()()()()()()()()──深淵を覗いて深淵になる、みたいなことになるわね」*2

こっわ!?

 

 

 単純に言うと、【俯視】はその視界にアクセスするための鍵であると同時に、それを見る際に保護膜となるモノでもある……みたいな感じだろうか?

 

 正確には自身の魂をそれらの視界を得られるように加工する、という方が近いわけだが……ともあれ、そうして得られる世界はまさにその人個人のためのもの。

 他人が見ることを全く考慮していない混沌の坩堝のようなものであり、対策もなしに覗き込めばミイラ取りがミイラになるのは必然というわけである。

 

 ……まぁ、この辺りは【俯視】以外の【星の欠片】でも代用は効くのだが、その場合は逆に自身を【俯視】の位階に近付け自分自身で見ればいい……という話になるため、逆に無意味なことになってしまっていたりするのだった。

 

 

「【俯視】の位階は魂に関係するモノだってことから【星海烙印】であることは一目瞭然だけど──その実誰でも使えるようになるもの、って言われてるように他の同じ位階と比べるとアクセスのしやすさは格段に()、だからね。……まぁ、キチンと扱えば便利な劇薬……みたいなモノだから、その辺りの注意書きにはキチンと従ってね、みたいなのが正解ってことになるのかな?」

「便利な劇薬……劇薬ねぇ……」

 

 

 なお、ここまでの話を聞いていたゆかりん達は、『便利な』という部分が引っ掛かった模様。

 まぁ確かに、ここまで【俯視】のデメリット部分にしか触れていないため、それが役に立つとかなんとか言われても首を傾げてしまうのは無理もない話かもしれない。

 

 ……と、いうわけなので、いい加減解説は終わりにして実地のお時間である。

 用意したのは大きめのモニター二台。これに二人の視界を映し出すことで、【俯視】の感覚を間接的に掴んで貰おう、という流れになる。

 

 

「……いやちょっと待った。確か『欲視力』では直接【俯視】は覗き視れないんだよね?」

「?そうだけど?」

「でも代わりにそれを視ている二人の反応は視られると。……質問なんだけど、どうやって二人の反応を映すわけ?というか、そもそも反応が視られたとしてそこからどうやって便利さを知るわけ?」

「あー、そこは単純。このモニターには仕掛けがしてあってね?こうしてこうすると……」

 

 

 と、そこで五条さんから質問が。

 モニターに映すのはいいが、相手の反応などという()()()()()()()()()をどうやって認識させるのか。

 そして仮にそれが見えたとして、そこから【俯視】の利便性をどうやって知るのか。

 

 ……中々鋭い目の付け所である。

 ゆえに私は、答えの代わりにモニターに向かってリモコンを操作。

 結果、明かりのついたモニターに映し出されたのは、三人称視点の映像と、

 

 

『にょわー、これはなんだか暖かい感じ☆あ、あっちはきらきらしてゆー!』

『ううむ、これはあれだな……固い。こっちはサラサラ?うーむ、なんとも奇っ怪な……』

「字幕と……ミニキャラ?」

「いわゆる実況方式ってやつだね。それと、映像に被さってるエフェクトが、本来二人が【俯視】で視てるモノを思考から逆算して擬似的に再現したもの、ってことになるね」

 

 

 本物はもうちょっと漠然としたイメージみたいな感じなんだけど。

 ……と言いながら私が指し棒で示した先に映るのは、きらりん側だと焚き火のような絵文字に星のような絵文字。

 サウザーさん側だとならば大きな岩のようなものと、一画に広がる砂の山。

 共にそれらが実際に視界の中にあるわけではなく、【俯視】によって得られた視界の中で『彼らがそのように感じたもの』をエフェクトとして張り付けたもの、ということになる。

 

 で、このモニターはタッチ式なので、それらのエフェクトに触ると……右の方の映像の流れていない部分に詳しい解説のようなものが映し出される。

 それと同時、画面の下の方ではきらりん達の感想がミニキャラの吹き出しのような形で垂れ流されている……。

 

 もうお気付きだろう。この画面が一体何を利用したモノなのか、ということが。

 

 

「そう、いわゆるb○imシステムってやつだ!」*3

「突然の実況動画!?」

 

 

 突然始まったRTA的ななにかっぽい流れに、周囲は混乱の渦に叩き落とされたのであった──。

 

 

*1
『めだかボックス』に登場する能力(スキル)の一つ。『異常(アブノーマル)』なのか『過負荷(マイナス)』なのかは不明。元々は安心院なじみの持つ一京を越えるスキルの内の一つであり、とあるきっかけによって人吉善吉に貸し出された。後に別のスキルに改造されてなくなっている

*2
正確には、『魂のレンズ』を使うのに問題ない形に変化する、という方向性。【俯視】をレンズとするのなら、それを使えるのは本人自身。そしてその状態(=無防備)で魂の視界を見続けるのは、それこそ魂を無防備にさらけ出しているのと変わらない。その為、生き物としての防衛本能が発動し、その場における安全な状態──他人のレンズ(たましい)に合わせて変化する、という結果が出力される

*3
実況動画でよく使われる動画形式。下と右側に枠が儲けられており、そこには解説などが書き込まれる。有名になった時に使っていた人物に肖った名前であり、考案者は別にいる



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幕間・キチンと認識したので判定です

「あー、リアルタイム解説だとこの動画方式は使いやすい……みたいな話を聞いたことあるなぁ……」

「まぁ、その創始者?の趣味嗜好のせいで、別方面にちょっとアレだったりすることもあるんだけどね?」

 

 

 なおうちでは例の語録は基本出禁である。

 そうとは知らずに使っているパターンもあるため、使ってたからと言って罰則があるわけでもないんだけどね?

 

 

「そりゃまた、なんで?」

「最近の世の中は変な繋がりをしているのか、はたまた昔からそういう流れは変わらないのか……若い子がどっかから覚えてきて使う、みたいなことが結構あるから。流行語大賞とかにノミネートされてることもあるしね」*1

「ええ……?」

 

 

 当たり判定がでかすぎるともいう。

 似たようなのにボーボボがいたりする*2が、似たようなのが他にもいるって時点で世の中わりとアレだと思う。

 

 とまぁ、事前情報についてはそれくらいにして、モニターに映った動画についての解説に戻ろうと思う。

 

 

「まず、動画部分のエフェクトは、本来【俯視】で視えているものを再現したもの。正確にはこんな感じではないんだけど、視ている二人の反応から逆算するとこんな感じ……みたいなことになるのかな?」

「……この映像だけじゃと、さっきお主が言っておった懸念が全く感じられんのじゃが?」

「そりゃまぁ、感じられちゃったら大事だもの。さっきも言ったけど、本来【俯視】で視えるのは()()()()()()()()()()()()()()()。他の人にも同じように見えてしまったのなら、その時点で魂の同化が始まっていると言っても過言ではないからね」

「……やっぱりこれ危ない技術なのでは?」

「何度も言ってるでしょ。他人が視るから危ないんであって、本人だけが視てる分には問題ないんだよ」

 

 

 最初に解説に取り掛かったのは、動画部分──周囲の枠内ではなく、実際に二人が見ているモノに特殊なエフェクトを張り付けたそれについて。

 動画部分は単に二人の物理的視界をそのまま投影しているだけなので、必然解説するのはエフェクトの方になる。

 

 で、このエフェクトはさっきも言ったように、二人が【俯視】によって視ているモノを可能な限り簡略化して張り付けたもの、ということになる。

 ……実際にはこんなにデフォルメが効いてないとか、はたまたもっと大量に見えているかも……みたいな違いはあるが、概ね同じようなものが見えていることは間違いないだろう。

 

 とはいえ、映像だけ見ていると──特にきらりんの方は『なんだかファンシーだな?』みたいな感想しか出てこないのは百も承知。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、下手にこの映像に危機感なぞ持たれても困るのである。

 

 その理由の一端については、先ほど述べた通り。

 この映像を見て、違和感を抱かない──本人達と見え方が同じになってしまった場合、それは魂のレベルで相手と同化しているに等しい状態ということになる。

 

 一応、精神面では別物なのでまだ引き返せるとは思うが……処置が遅れれば一種の多重人格のような状態に陥る可能性が高く、そうなった場合はそれこそキリアや『星女神』様に頼まなければ元に戻ることは不可能だと言えるだろう。

 いや、下手するとその二人でもどうにもならない、なんてことになる可能性も……?

 

 

「無駄に危機感煽るの止めなさいよ!?」

「いやー、でも実際そうなんだよ?確かにこの二人は【星の欠片】の中でも最下位(さいじょうい)に位置する存在だけど、だからといって【俯視】の使い方を間違えた場合にできることが最適か?……って言われると違うわけだし」

「……ん、んん?どう言うこと?」

 

 

 そうして首を捻る私に、ゆかりんがツッコミを飛ばしてくるが……別にこれは悪戯に恐怖心を煽っているわけではない。

 

 そもそも【星の欠片】において最下位(さいじょうい)とは、なによりも小さいことを示すもの。

 その小ささと無限数が合わさることにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということを証明するモノなのである。

 

 それはつまり、単純に時間と手間を考えるともっと効率のよい相手がいても(手段があっても)おかしくない、ということになるわけで。

 

 

「……つまり?」

「餅は餅屋*3、ってこと。特に制限をせずに餅を作る、ってなった場合に素人と職人で勝負になるわけがないでしょ?【星の欠片】は極論()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなものの究極。端からちゃんと仕事できる人を連れてきた方が速く済む……ってのはわからない話でもないでしょ?」

「いや、わからなくはないけど……今それを言うの?なんでもできる人たち、みたいな紹介を今までしておいて?」

()()()()()()ではその認識でなにも間違ってないからね。それだけ【俯視】周りの話はややこしいってことだね」

「はぁ……?」

 

 

 正確に言うのなら、使()()()()()()()()【俯視】は、だが。

 そしてその間違えるというのも、本来であればその間違いによって発生する問題を自力で解消できる存在──先の【星海烙印】到達者(魂を操作できる者)にしかできないことなので、問題になることの方が珍しい。

 ゆえに、そもそも『星女神』様やキリアが対処に駆り出されることも稀、という話になるのだ。

 

 ……で、話を映像周りのモノに戻すと。

 動画中のエフェクトは本人達の魂の視覚のデフォルメ。

 そしてここからが重要なのだが、これらは適当にデフォルメされているわけではなく、ある一定の法則を以てデフォルメされている、という仕様になっている。

 

 

「一定の法則と言うと……」

「諸星ちゃんの方がファンシーで、サウザーの方はちょっとリアル調だけどほんのりギャグっぽくもある……みたいなこと?」

「うん、それ。それこそが『魂の視覚』の本質、ってやつでね?」

 

 

 この、一定の法則と言うのが、言い換えると『魂の視覚』──即ち【俯視】によって見えているものの性質、ということになる。

 ……なにを言っているのかよくわからないのでもう少し簡略化すると、『共感覚』における『音を感じる』時の『感じる』部分、『色を視る』時の『視る』部分を他人にも理解できる形にしたもの、ということになるだろうか?

 

 

「ふむ?」

「例えばこの焚き火みたいなの。これは『熱さを感じるもの』に対してのきらりんの【俯視】をデフォルメしたものだけど、実際にそこにあるのは焚き火じゃなくて……」

「あっ、猫?!」

「えーっ!?」

 

 

 その辺りの説明のために指し棒で指したのは、画面内の焚き火の絵文字。

 これをタッチすることでエフェクトが消え、その下にあるもの──一体なにを焚き火のように視ていたのか、ということが白日の元に晒される。

 

 結果、現れたのは焚き火とは結び付かないであろう子猫。

 ……この時点で【俯視】が一般的な視覚とは全く別物であることがわかると思うが、もう少し詳しく解説することでそこら辺の理解も進むと思われる。

 なので、問題に抵触しない程度に詳しく語っていきたいと思う。

 

 

「多分、『焚き火を囲んで静かにしている時』の感覚に近いものを子猫から感じているってことになるんだろうね」

「……ええと、ほっとする……みたいな?」

「安心とか、まぁそういう系列だね。──ただこれ、焚き火の絵文字だからそうだろうって予測になるけど、その実この『焚き火の絵文字』は容易く変わるものなんだよね」

「はい?……って、あ?!」

 

 

 再度画面をタッチすると、先ほど焚き火が表示されていた場所には代わりに花の絵文字が。

 ……人の感じているものというのは絶えず同じではないので、こうして変化することもある。

 ゆえに、表示されているものが重要なのではなく、『ファンシーな形にデフォルメされている』ということの方が重要になる、ということになるのだ。

 

 

「結論から言うと、きらりんの【俯視】は周囲をファンシーに視るものだということ。そしてそのファンシーの根幹に触れると私たちもきらりんに同化する……ファンシーになってしまう、というわけ」

「えー……」

 

 

 まぁ、その結果として語ったことに関しては、なんとも気の抜けたような視線が返ってきたわけなのだけれど。

 ……笑い話ではないんだけどね、実際。

 

 

*1
古くは『草』(笑うという意味合いのスラング。元々は嘲笑方面だった)『壁ドン』(相手を壁際に追い詰める、的な意味合い。元々は苛立ちから壁をドンと殴ることだった)など、言葉というのは流動性である為いつの間にか別の意味になったり、はたまた元々使われていた場所とは全然違う場所で使われていたり、ということが時折発生する。その為、元ネタの方で覚えていると『その言葉を使うのか』とちょっと驚愕してしまうような言葉を若い子達が使っていたりすることも。そこで変に話し掛けてしまうとキモがられるので気を付けよう()

*2
当たり判定がデカい的な意味で。特に呪術廻戦で言われていることが多い

*3
物事はそれぞれの専門家に任せるのが一番いい、という意味合いの言葉。下手に素人が付け焼き刃の知識で挑むより、プロに任せた方が結果的に時間も掛かるお金も少なく済む、みたいな意味合いで使われることもある



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幕間・共感が必ずしも素晴らしいとは言い難い

「これ以上詳細に語ると本当に危ないから、あくまできらりんの【俯視】はファンシーなんだ、っていう体で進めるけど……これはつまり、本来全くファンシーじゃないものに関してもファンシーに視える、という意味合いでもあるんだよね」

「本来ファンシーじゃないものを……?」

 

 

 いまいち危機感が見られないが、とはいえあんまり危機感を持たれても、そこから同化する可能性がある以上は子細に説明しすぎるのもよくない……。

 ということで、とりあえずその辺りの説明は置いておき、【俯視】そのものの利便性について触れることに。

 

 視え方を増やすという前説明の通り、【俯視】は物の視え方が増える技能であるが、これだけだとそれよる利便性──付加される価値効果がまったくわからない。

 どころか、本題部分を語る前にデメリットについてばかり触れていたため、寧ろ覚えたくないモノのように思えてくる始末。

 

 では何故、先にデメリットから語ったのか。

 それは、デメリットを知っていたとしても覚えたくなるような、そんな利点がこの技能に隠されているからに他ならない。

 そのうちの一つというのが、先ほども少し触れていた『本来触れられないものに触れられるようになる』という部分。

 ……とはいえ言葉の上だとわかり辛いので、ここは実践である。

 

 

「ってわけできらりん」

「にょわ?なにかなキーアちゃん?」

「さっきの猫がいいかな。ちょっと連れてきて貰える?」

「んー?よくわかんないけど……いいよ☆」

 

 

 そういうわけで、きらりんに連れてきて貰ったのは先ほど彼女の視界において焚き火と同一視されていた物体、もとい猫。

 ……実際に近くで見たことにより、先ほどの焚き火が意味するモノをなんとなく察した者もいるみたいだが、そこを突き詰め過ぎるとそれこそ同化するのでほどほどに、と注意だけして猫に視線を戻す。

 

 ──その猫は、特に【顕象】でも『逆憑依』でもない、普通の野良猫であった。

 ……なんで『星の死海』の中に野良猫が?と疑問に思うものもいるかもしれないが、これに関しては『星女神』様と同じく『月の君』様も【偽界包括】を使うから、というのが、答えとなる。

 言ってしまえば、今ここにいるのは本当にただの野良猫でしかない……ということだ。

 

 そして、特別な背景を持たない野良猫である以上、()()()()()()()()()というのもなんとなく予測できるわけで。

 

 

「問題?なにか問題があるのかい?」

「まぁ、単純に見ただけじゃわかんないようなもの、だけどね。……で、きらりんはこの子の問題、わかる?」

「んー……」

 

 

 私の予測はともかく、他の面々はこの猫が抱える問題……というものに心当たりがない様子。

 ……いや、正確にはなんとなくこうじゃないか?……という懸念はあるものの、あくまで懸念。

 言い換えると『絶対にそうだ』と確証が取れるものではなく、それゆえにあてずっぽうにしかならないということになる。

 

 それこそ動物医でもいれば、なんとなくでもその問題とやらの足掛かりを掴むことはできるかもしれないが……生憎この面々の中に医者はいない。

 ……つまり、存外に大人しいこの猫は、『存外に大人しい猫』としか認識できないわけだ。

 

 それを踏まえた上で、きらりんに改めて確認を取る。

 単純に見るのではなく【俯視】を使って視るように、と言外に示しつつ。

 その言葉を受け、きらりんが私の抱えた猫をしげしげと眺め初めておよそ一分後。

 ある一点に視線を向けた彼女は、一瞬「ん?(にょわ?)」と首を傾げたあと、何度か確認し直すような動きをしたのち、難しい顔をしながらこちらに視線を向け直して来たのだった。

 

 

「……えっとぉ、もしかしてこれ、かなぁ?」

「なるほど。じゃあさらにもう一つ。()()()()()()()()?」

「……やってみゆ」

「えっ、ちょっ!?」

 

 

 その視線に頷いて、私は更なる指示を与える。

 それを受けたきらりんは暫し躊躇ったが、意を決したようにきっ、と猫に視線を向け直し。

 私の手の内から猫を受け取った彼女は、目を凝らしながら自身の右手を()()()()()()()()()()

 隣から漏れた驚愕と衝撃交じりのゆかりんの言葉を聞き流しつつ、きらりんはゆっくりと手を進めていく。

 

 最初はおっかなびっくり──猫を傷付けないように慎重に進めていたきらりんだが、途中でなにかに気付いたような顔をしたあとは、最早なにを気にするでもなく手を猫の体内に沈めていった。

 ──ここまで来れば、周囲もなにかがおかしいことに気が付いていく。

 

 そう、沈み込んでいるきらりんの手の長さと、猫の体の大きさが全く釣り合ってないのである。

 本来なら貫通して反対側に出ているはずのそれが、肘を通り越して二の腕に至るまでが沈み込んでもなお見えてこない……というように。

 

 そして、ずぶずぶと右腕を沈めていたきらりんは、ようやく目的のモノにたどり着いたようでその顔を輝かせ、ずるりという音がしそうな勢いでそれを引き抜いた。

 ──引き抜いた右手には、なにやらファンシーな謎の物体が一つ。

 それがなんなのかを周囲が認識する前に、きらりんはそれを右手の握力で粉砕。

 

 それと同時、先ほどまで大人しかった彼女の腕の中の猫は、なにかに気付いたように左右に首を振ると、自身を捕まえている人間に対して迷惑そうに『にゃあ』と鳴いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「んふふふー。いい食べっぷりだにぃー☆」

「確かに、さっきまでの様子が嘘のようじゃのぅ」

 

 

 私が用意したキャットフードを前に、件の猫はまるで今までなにも食べてなかったのだ、と言わんばかりの様子で餌を口に運び続けている。*1

 そんな猫の姿をしゃがんで見ている二人は、元気そうなその動きに思わず頬を緩めていたが……。

 その輪に入っていない内の一人、ゆかりんは不気味なモノを見るような目でその様子を窺っていたのだった。

 

 

「……ねぇキーアちゃん」

「なぁに?」

「……【()()】って、そういうこと?」*2

「あー、()()()()()()に捉えちゃった?先に種明かしすると()()()()()()ってことになるかな。人間と違って体の小さい猫の場合、内臓の不全は即命に関わる*3ってだけの話だからね」

「……な、なるほど」

 

 

 そのまま、ゆかりんがこちらに疑問を投げ掛けてくるが……あーうん、中途半端に知識があるから勘違いしたみたいだ。

 なのでその勘違いを正しつつ、さっききらりんがなにをしたのか、ということを間接的に解説する。

 それを受けたゆかりんはというと、勘違いで恐れを抱いていたことに恥じるように縮こまっていたのだった。

 

 

「勝手にそっちだけで納得されても困るんだけど?」

「おおっと五条さん。でも貴方ならなんとなくどういうことだったのか、ってのはわかるんじゃない?」

「あー、まぁなんとなくは。……それこそ、最初の方に例えに出されてたのが正解に近い、ってことくらいは、ね?」

 

 

 そんな私たちのやり取りを見て、他の面々も近付いてくる。

 お腹いっぱいご飯を食べて満足したのか、きらりんの腕の中にすっぽりおさまっている猫の姿を見つつ、やっぱり【俯視】も大概だよなぁ、としみじみ。

 

 ……それでは種明かし。

 先ほどきらりんがやったことは、【俯視】によって視えたモノへの干渉。

 ()()()()()()()()による、本来ならば触れられないものを触れることによる()()、とでも呼ぶべきものなのであった。

 

 

「治療……治療か。あれを治療というのは、ちょっと躊躇われるけど……」

「そう?最近の世の中──特に異世界転生、ステータス表示について触れられるようになった今なら、なんとなく理解できるような気がするけど」

 

 

 自分の体の中を知ることは難しい、という話を聞いたことはないだろうか?

 特に、沈黙の臓器と呼ばれる肝臓の状態。

 人間が生きる上でともすれば心臓より重要かもしれないにも関わらず、そこに発生した問題が自覚症状として現れることはほとんどなく、仮に現れても最早手の施しようのない末期症状であることが大半……という、人になにも知らせてくれない臓器。*4

 

 もし仮に、この臓器の病気の兆候を早期に発見できたなら、人の死亡確率は格段に下がるだろう。

 だが、それをするには微かな前兆を掴むか、もしくは直接臓器の状態を見るしかない。

 将来医療用ナノマシンの実用が現実化すればなんとかなるかもしれないが……それまでは勘や些細な兆候を見抜くしかない。

 

 そんな沈黙の臓器も、もし『ステータス』という能力が現実にあれば、あっさりとその問題を突き止めることができるだろう。

 なにせ『ステータス』には全てが映る。自身のスペックだけではなく、一体なにを原因としてダメージを受けているのか……といった、本来自身では気付くことのできない部分まで。

 

 

「そう、【俯視】の効果の一つは、まさにこの『ステータス』と同じ。本来なら見えるはずのないものを視えるようにする、特殊な視覚。隠されたものを暴き正すための能力、ってわけだね」

 

 

 それこそが、【俯視】の持つ能力の一つ。

 物理的な視覚ではなく魂由来の視覚であるがために、本来なら遮られてしまうものを透かし見ることができる、というものなのであった。

 

 

*1
ともすれば()()()()()()()()()なくらい

*2
【俯視】のルビは英語名でない時は「()()」である

*3
毒などの話。人間にとっては致死量に全く満たない量であれ、他の小さな生き物には即座に命の危険を招くことになる……ということ。逆に言うと、人にとって致死量でも大きな動物には問題なし、というパターンもある

*4
痛い、という自覚症状が出た時には最早壊死寸前、みたいなことが多い。これは、肝臓そのものには痛覚が存在しない為。痛みは周辺器官から発生するものであり、その時点で手遅れになってしまっているわけである



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幕間・視ることは一種の干渉である、とは何度も言ってました

「なるほど、先ほどのモノは病気とその根元を視ていた、ということになるわけだね」

「そういうこと。さっきの焚き火ってのは、正確には『火の勢いの強くない』焚き火だった。──この時点で、この猫が弱っていることは明白だったってわけだね」

 

 

 はてさて、引き続き解説である。

 きらりんが【俯視】によって見たのは──大雑把に言えば猫の状態と見た目、雰囲気を合わせて出力したものである。

 

 勢いの強くない焚き火というのは、命を燃やしていることとその勢いが弱いことを同時に知らせるもの。

 揺らめく炎に時々違う色が混じるのは、その炎がキチンと燃焼できていない*1こと……すなわち、なにかしらの病気を患っていることを示していた。

 

 今回の場合、恐らくこの猫に起きていたのは腎臓病、もしくはそれの初期段階。

 猫の死亡要因として一位に上がるのはガンだが、そうしてガンで死亡した猫を解剖すると腎臓に影響が出ているのが当たり前……と言われるように、猫にとって腎臓の機能障害というのは必ず向き合わなければならないものだとされている。*2

 

 本来、腎臓という臓器は体内に貯まった毒素などを体外に排出するためのモノであるとされる。

 この臓器の機能が落ちると、体内の毒素が正常に体外に排出することができなくなり、結果として死を招く……という結果に繋がるのだというのだが、そうした『腎臓の機能が落ちる』ことの原因の一つに、尿の排出部分にゴミ──細胞の死骸が詰まってしまう、というものがある。*3

 

 通常、血液中のゴミは別の細胞がそれを捕食することで、血液中を正常に保つのだが……その時、血管中の細胞が死骸(ゴミ)なのか正常なモノなのかを判別するための特殊な目印が発生するのだという。

 この目印があるものを免疫系などは排除するように定められているわけだが、逆を言うとその目印の付いていないモノは、例えそれが明確にゴミであったとしても攻撃(そうじ)しないのだそうだ。

 

 で、この目印というのは普段血管中にあるのだが、腎臓の機能が低下すると尿中に移動する。

 尿の中のゴミを掃除するため、活動の場所を移動するのである。

 その結果、尿中に含まれる詰まりの原因が排除され、尿が正常に排出されるようになる……と。

 

 で、いわゆる腎不全などという病気は、なんらかの理由でこの詰まりの解消が行われなくなった結果、起こるものでもあるのだそうだ。

 

 

「……腎不全の理由についてはなんとなくわかったけど、それがさっきの行動とどう繋がるの?」

「ゴミの目印となるタンパク質をAIM(apoptosis inhibitor of macrophage)*4って言うんだけど、普段は血中にあるって言ったよね?これ、このタンパク質が単体で血中にあるわけじゃなくて、抗体の一種である免疫グロブリンM(IgM)*5って物体にくっつく形で存在してるのね」

「はい?」

 

 

 それがくっついたモノがゴミである、と判別されるわけだから、適当に転がしておいて勝手に他のモノにくっついた結果、正常な細胞がゴミ扱いされてはたまらない……ということなのだろう。

 それを考えると、普段は定められた場所に納められている……というのはわからないでもない。

 

 ……わからないでもないのだがこの抗体、一部の生き物にとっては些か面倒な状態になっているのだそうだ。

 

 

「面倒な状態?」

「猫以外にもカワウソなんかもそうかも、って話になるんだけど……血液中の抗体からAIMが離れにくいんだって。その離れ憎さはなんと、人の千倍くらいだとか」*6

「せんば……っ、ええっ?」

 

 

 そう、本来ゴミの目印となるこのAIM。

 猫などの一部の生き物の場合、その役割をほとんど果たせていないのだという。

 何故そんなことに、という部分に関してはまだ研究が進んでいないため、詳しいことはわからないが……ともかく、AIMが正常に機能しない以上、猫達にとって腎臓の機能は容易く障害が起きてしまうもの、ということになる。

 

 ただ、障害そのものは問題ではないそうだ。

 これは人間に関しても同じで、老廃物の排出の面もある尿というのはそもそも些細なことで詰まりやすい。

 なので、知らず知らずのうちに急性腎障害が発生していることもあるのだとか。

 だがそうして起きた腎障害は、その実放置していても問題はない。

 心臓などと違い、短期間なら機能が停止してもそのあと問題なく稼働すればなんとでもなるからだ。*7

 

 じゃあ何故重篤な状態になってしまうかというと、障害発生時には連鎖して尿管の詰まりが起きるから、というところが大きい。

 

 

「AIMも毎回尿の中に進む必要はない、ってことだね。腎機能が正常に働いている場合、多少尿中にゴミが混じっててもそのまま排出できるってわけだ」

「なるほど……問題のない場合でも、多少はゴミが混じってるってことね?」

「そういうことー」

 

 

 つまり、正常な状態なら問題ないが、異常が起きた場合はAIMを使ったゴミの駆除が必要になる、ということ。

 そして、この詰まりを解消できない場合、腎機能が回復せずに悪化する──いわゆる腎不全に繋がる、というわけである。

 

 

「ホースの口を絞った時と同じかな。短期間ないしある程度水の通り口が確保されている場合、精々狭い隙間から勢い良く水が飛び出す程度で済むけど、なにも出てこないほどに口を絞ったままだと、蛇口に取り付けたホースの方が破裂したりする……みたいな?」

「あー……それと同じことが体内で起きる、と?」

「端的に言うとそうなるね。……で、さっきも言った通り猫のAIMはそもそも離れ辛い。更に、猫はその起源が砂漠にあるからなのか、水をあまり飲まない……言い方を変えると、尿を溜め込む性質がある……」

 

 

 猫の起源が砂漠にあるというのは有名な話だが、それにともなって尿の頻度が少ない、ということはあまり知られていない。

 水分の補給がし辛い環境で生きていたこともあってか、そもそもあまり水を飲まず、結果として尿の頻度も下がる……。

 更に、ストレスで尿を我慢する、みたいな行動もする場合があり、とかく猫というのは尿に悩まされる生き物なのである。

 

 塩分をあまり取らせないように、というのも水をほとんど取らないために血中の塩分濃度が上がりやすいため。

 ……さらに、あまり水分を取らないくせにお気に入りの場所を優先する性質*8であるため、日中暑い場所に陣取って熱中症になる……みたいなこともあるのだから、なんというかこう頑固というかなんというか……。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 ともかく、猫にとって腎臓の障害、というのは死活問題。

 さらに、前述したように体格が小柄になればなるだけ、毒物の致死量は少なくなっていく……。

 

 尿内の毒素や、腎機能そのものの不全。

 それらは唐突にやってきて、唐突に猫達の命を奪うもの。

 昨日元気でも今日は虫の息、そしてそうなってしまえばもう助かる手段はない……。

 そんなことが罷り通るのが、猫を取り巻く病気の問題、ということになるのだった。

 

 

「……ん?ってことはつまり、さっきの諸星さんは……」

「直接詰まりを取った、ってわけじゃないよ。どっちかというとその概念を捕まえた、というか」

「……んん?」

 

 

 ここまで語れば、先ほどきらりんがなにをしたのかも見えてくるというもの。

 ……とはいえ、それだけだと勘違いするのでもう一つ。

 確かにきらりんはこの猫の腎不全を治療したわけだが、それは例えば『直死の魔眼』のように病気の原因を直接殺した、というわけではない。

 より正確に言えば、『そうなるように動いている周囲の流れを掴み、断ち切った』という形になる。

 

 

「……???」

「あくまでも間接的な干渉、ってこと。方向性としてはそれこそ『無為転変』の方が正解。魂の形を変えると肉体がそれに従う……というのと同じで、きらりんにだけ視える世界で起こした行動が、結果として物理的なこっちの世界にも波及した……って形だね」

「……やっぱりヤバい技能では?」

 

 

 まぁ、持たせる人に持たせればヤバいことになるのは確かだねぇ。

 だがしかし、【俯視】の恐ろしさ?はそれだけに止まらない。

 

 

「えー、まだなにかあるのー?」

「あるよー、っていうかこれが本質。『その視え方は誰にも阻害されない』。少なくとも魂の防御ができないなら視られていることにも気付けないし、仮に魂の防御ができたとしてもそれをすり抜ける。雑にいうと文字通りの『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』なんだよね」

「……はい?」

 

 

 そう、実質的な防御不可。

 それこそ、【俯視】が持つもっとも恐ろしい機能ということになるのだった。

 

 

*1
炎の色は温度を示すが、それゆえに色の違う場所は何らかの理由で炎の温度が下がっている──すなわち正常に燃焼できていないことを察知できる、というもの。ガスコンロなどで一部だけ赤い炎になっている場合、そこだけ炎の噴出口に詰まりが発生している可能性が高い……等という風に利用する

*2
詳しくは文中で解説されるが、基本的には体質的なモノであり解消は難しいというのが正解。特にあまり水を飲まない、というのは致命的

*3
正確には、腎機能が落ちたタイミングで発生することで、その回復を大幅に遅延させるもの。短期間の障害なら回復の目はあるが、それが慢性化すると完治は難しくなる

*4
雑に訳すと『マクロファージの自死を抑制するもの』。白血球の寿命を伸ばすモノだが、それ以外の機能が暫くよくわかっていなかったのだとか

*5
五種類存在する免疫グロブリンのM型。ウイルスや細菌に感染した初期に作られる尖兵のようなもの

*6
猫はそもそも先天性の遺伝病として腎臓病になりやすいのだそう。その理由の一つを担っているともいえるのが、尿内のゴミ掃除を行うAIMが正常に機能していない、というもの。逆をいうと、これを外部から補給することで猫の腎臓病を治療できるのでは?……と期待が持たれている

*7
毒素を貯めて排出する器官なので、逆に言うと毒によるダメージが致命的になるまでは耐えられるということでもある。無論いつまでも耐えられるモノではなく、あくまで短期間に限った場合の話だが

*8
上記のストレスで尿を我慢するのと合わせ、気まぐれな性質のある猫の病気を防ぎ辛い理由にもなっている(暑いのでと移動させるとストレスとなり、結果として病気になる……みたいな負の連鎖を起こしやすい)



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幕間・心霊治療みたいなものなのです

「……え、無為転変みたいな効果しておいて、防御不可なのこれ?」

「一応魂を認識できるのなら触れられているな、みたいなのはわかるけど……そもそもその人だけのチャンネル(常識)だからね。結局のところ、相手と同じチャンネル(常識)を持ってないと止めようにも触れないのさ」

「うわぁ……」

 

 

 相手の持つ常識を知らなければ、一体なにを防げばいいのかがわからない。

 されど、相手の持つ常識を知るということは、その常識に汚染される──言い換えるとその相手になってしまう。

 

 多重の意味で回避不可、防御不可。

 それこそが【俯視】と呼ばれるものなのであった。

 

 ……ただまぁ、それだけだと単なるクソ技なので、回避の手段が一つ。

 

 

「位階が【星海烙印】──魂の区分であること、また即座に影響が出るというよりは、徐々に反応していくというのが正解だから……魂の知覚ができて、かつそれに触れてなんとかできるのなら変化を相殺する、みたいなことはできるよ。それこそ【俯視】より下位(じょうい)の【星の欠片】持ちならなんとでもなるし、同じ【俯視】使い同士でもなんとかなるかな」

「あ、一応なんとかはなるのね、なんとかは」

「まぁ、対処療法みたいなものだけどね?」

 

 

 一応、【星の欠片】でなくとも魂を操作できる存在ならば、受けた影響を排除することは難しくない。

 ……そういう意味で、【俯視】の一番の恐ろしさはその手軽さ、ということになるのかもしれなかった。

 

 

「無為転変級の干渉手段を、今さっきのきらりん達みたいにさらっと入手できるわけだからね。そりゃまぁ、色んな意味で覚えておいた方がいい……みたいな気分になるでしょ?」

「確かに。知る前ならともかく、知ったあとだとこんな危なっかしいけど使いでのあるもの、覚えないわけにもいかないなって気分にもなるね」

 

 

 本来、一部の存在が自身の力を高めた結果として覚えられるような、そんな高等技能を一瞬で獲得できてしまう。

 ……その利便性と恐ろしさは凄まじく、見たことも聞いたこともないのならともかく、知ったあとに知らぬふりを貫くのは不可能だと断言してしまっても問題ないだろう。

 

 だって、【俯視】以外の手段は遅きに失しすぎる。

 初めから──それを知る前から扱えていたのならともかく、そうでない人間が魂の知覚・およびその先の魂の操作など覚えようと思えば、それこそ何年掛かるかわかったものではないだろう。

 いや、ともすれば数十年・数百年掛かっても覚えられないかもしれない。

 

 そう考えると、扱い方を誤ると危ない技能であるとはいえ、かなり手軽に魂への干渉手段を得られる上に、ともすれば()()()()()使()()()()()()()()()()()()使()()()……となれば、覚えない方が悪手ですらあるだろう。

 

 

「……ん?ちょっと待った、他の技能にもなんか影響あるの?」

「あるよー?さっきも言ったけど【俯視】によって増えるのは、正確には新しい常識(チャンネル)。それってつまり、五感の延長線上で()()()()()()()()のとほぼ同じだからね」

「!?」

 

 

 さっきのきらりんがわかりやすい。

 防御不能というのは結局のところ、他の相手への触れ方が()()()()()()()()()()、ということの付随効果のようなもの。

 光や音・触感のような五感とはまた別の認識手段が増えたからこそ、それがなんなのかわからない相手には遮ることができないというだけなのである。*1

 なので、肉の体を突き抜けて病気の原因となる部分に直接触れることもできる、と。

 

 そして、人の持つ能力というのは、それらの五感や拡張された感覚を通じて発揮されるもの。

 感覚という経路を使って相手に触れるもの、とも言える。

 つまり、【俯視】の影響下で生来の能力を使った場合、その経路を使って相手に触れることができるようになるのだ。

 

 

「例えば、ツボを押す時って皮膚の上から触れるものでしょ?なに言ってるんだって感じだけど。でもそれってツボと皮膚の間にある筋肉とかを無駄に刺激してしまう、ってことにもなるよね?──でも、【俯視】と併用すると、ツボそのものだけを刺激する、なんてことができるようになる」

 

 

 まぁ、ツボというのはその周辺の区域全てを指すことも多く、特定の方向から纏めて刺激することで初めて効果を発揮する……なんて場合もあるので、単にツボがあるだろう場所だけ触れても意味はない、なんてこともあるかもしれないけれど。

 ……そういう意味では例えとして不適切なのだが、わかりやすさ重視ということで……。

 

 まぁともかく、【俯視】は新しい常識を視る目と、それに触れるための権利を与えるもの。

 それに対する触れ方を指定するものではないので、本人のやり方次第では色んなモノに応用できるのである。

 例えば、矢を射る時に【俯視】で相手と経路を繋ぎ、それを通すことで百発百中……みたいなことだって、あっさりとやれてしまうだろう。

 

 

「……なるほど。つまり僕の茈を絶対当たるようにすることもできる、と」

「なんなら範囲そのままで特定の相手にだけ当たる、みたいな風にすることもできるよ。術式には手を加えずに」

「うへぇ」

 

 

 ことの重大さがわかったのか、思わず苦笑いしながら天を仰ぐ五条さんである。

 

 ……本来当たる相手を限定する、みたいな追加効果を付与する場合、通常の手段では様々な縛りを設ける他ない。

 繊細な呪力操作を行える五条さんと言えど、攻撃力や範囲を減衰させず・かつ無関係な相手だけ避ける……みたいな感じに術式を操作するのは、骨が折れるどころの話ではないだろう。

 領域展開などであれば、そもそも範囲内無差別であるからこその効果とも言える以上、そんな付与効果は端から付けられない……なんてパターンも有り得なくはない。

 

 ──そんな無謀を、【俯視】はあっさりとクリアする。

 この世界で自分にだけしか触れられないモノであるため、縛りもなにもない。

 単にいつもの延長線上で、触りたくなければ触らなければいいだけのこと。

 そこに難しい理屈は存在しない。()()()()()()()()()()()()()、というだけの話。

 

 なので、例えば【俯視】の影響有りの状態で『無量空処』を使った場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなことがただ自然と息をするように行えてしまう、みたいなことになるのだ。

 ……ハロウィン(渋谷事変)時の羂索涙目、である。*2

 

 

「……なるほど、領域展開をさせないための非術師の壁、更には仮に敵のみを領域内に閉じ込められたとしても、そうして領域を逃れた非術師は外に張られた帳との間に挟まれ圧死する……という、あの時の呪霊側の対策が全て無に帰すのか」

「敵を見付け次第【俯視】の上から『無量空処』張ればそれで済むからね。なんなら【俯視】の方の必中・防御不可は真人じゃないと気付けもしないから、領域展延とか簡易領域とかも無意味な可能性大だし」

「うわぁ」

 

 

 あの時の相手側の策が悉く無価値となるため、恐らく白目を剥く他ないだろう。

 というか、魂に対して直接『無量空処』を叩き込むみたいな扱いになるだろうから、受ける影響も甚大になる可能性大というか。下手するとそのまま祓われない?

 

 で、その上で足止め効果は全くなし。

 まさしく路傍の石を蹴飛ばすが如くあっさりと乗り越えられてしまうため、羂索は「キッショ」なんて言う余裕もないはずである。

 ……唯一(羂索側に)救いがあるとすれば、【俯視】は魂でモノを視るものの、基本的には視界に準ずるもの。

 その時点で視界に入っていないモノを捉えるには視界以外のなにかで視る必要性があり、そうした場合初回の『無量空処』では羂索が範囲外となる可能性が高い、ということだろうか?

 

 

「あれ、そうなの?」

「【俯視】で周囲を避けるとは言ったけど、その実やり方としては【俯視】で必要な相手にだけ当てる、の方が正解だからね。ってことは、目の前の呪霊達の対処を優先するわけだから、それより外の相手にはそもそも当てないように、って感じになるわけ」

「……そっか、渋谷駅全域にすると他の呪術師も対象になっちゃうもんね」

 

 

 なので、領域展開といいつつ狙った相手だけに領域効果を発揮する全く別の技術になっている、みたいな?

 だから、仮にそういう状況になった場合羂索は五条悟が生きている限り無理、みたいな思考になって死ぬまで影に潜む……みたいな方向に舵を切るだろう……ということになるか。

 まぁ、お目当ての術式持ちである真人を必然的に見捨てる形になるため、彼が再び暗躍し始める……()()()()()()()()のが何時になるのかも不明になるわけだが。

 

 ともかく、【俯視】の利便性と恐ろしさはその人が持つ技能如何によっては何倍にも膨れ上がる。

 その効果を知れば、多少のデメリットがあっても覚えたい・使いたいと思ってしまってもおかしくない……というわけなのだ。

 

 

「まぁ、だからこそデメリットの方を先に説明して置くことで、可能な限り覚えることへの忌避感を抱かせるわけだけど……」

「わけだけど?」

「……今回、『月の君』様直々にここにいるメンバー全員に覚えさせるように、って言われちゃってるんだよね……(白目)」

「あー……御愁傷様?」

 

 

 なに考えてるのあの人、みたいな気持ちを私が抱いてしまうのも仕方のない話、というか。

 ……いやまぁ、次の柱に触れるのなら、最低限自分で魂の保全くらいできないと話にならんよってことなんだろうけども。

 

 まったく、なんでこんなにスパルタなんだか……と、大きなため息を吐き捨てる私なのでありましたとさ。

 

 

*1
見られたくないのなら姿を現さなければいいし、触られたくないのなら離れればいい。が、【俯視】によって得られるのは干渉手段ではあるものの、その実それがどうやって触れているのか、というのは本人にしかわからない。相手に識別できない干渉方法である為、何に気を付けるべきかわからない。その結果回避も防御も()()()()()()()()、という判定になる

*2
『呪術廻戦』において、五条悟が封印されるに至った一連の戦い。彼が封印されなければ後の事件は起こらなかっただろう、と考えるとかなり影響力の高い事件だとも言える。なお、仮に【俯視】持ち状態の五条悟が羂索入り夏油を見た場合、一瞬の静止すらなく中身が別物であることを看破する(魂が違うのを実際に()視できる)為即座に祓われる。仮にどうにかして獄門疆に封印できたとしても、【俯視】による干渉はそもそもどうしようもない(この世に彼以外持ち得ない干渉手段なので対応不可)ので、内側から獄門疆を抉じ開けて出てくる五条悟……みたいな(羂索にとっての)悪夢のような状況が発生する



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幕間・それではみんなで崖へとダイブ!

「……いや、これヤバいわ。呪術の確信に触れた時並に興奮してきたかも」

「まぁ、元々視る能力を持ってる人は、余計にそうなりやすいんだよね。今まで視てきたものより、更に一段階以上深い部分を視れるようになった……とも言えるわけだから」

 

 

 ほんのり興奮している様子の五条さんに、思わず苦笑いを返してしまう私である。

 

 ……【俯視】によって増える視界というのは、通常の視界系技能のそれとは方向性が違う。

 要するに【星の欠片】としての性質──本来認識できない極小の世界を根拠とするモノであるため、大抵の場合全く違うその視界に魅せられてしまう可能性が非常に高いのだ。

 

 遥か高みから見下ろすのではなく、地の底から天を見上げるような感覚……されどそれは自身を惨めにするものではなく、周囲にあるありとあらゆるものが輝いて見えるような、そんな感じの視界。

 ……世界って素晴らしい、とか素で叫びそうになるといえば、その感動(おかしさ)もなんとなく共感できるだろうか?

 

 とはいえ、その感覚に酔いすぎるのは宜しくない。

 それは【星の欠片】が全般的に持つ感覚──自身を薪にして世界をもっと素晴らしくしよう、という行き過ぎた奉仕精神を刺激するもの。

 であるので、適当なタイミングで後頭部を小突いて正気を取り戻させる私である。

 

 

「……いやこっわ。これこっわ」

「直接【星の欠片】になった時に比べれば遥かに軽いから。あと、一度認識すればそれ以降は単なる増えた視野として扱えるから、遠慮なく使い潰しちゃって」

「……わーお」

 

 

 それをその視界も望んでるし……と声を掛ければ、五条さんは微妙に引いたような笑みを浮かべていたのだった。

 

 ……ともあれ、全員に【俯視】を教えることに成功した以上、やるべきことは一つである。

 

 

「よーし、そろそろ行くか……『隆起の柱』」

「あ、そういえばそのための事前準備だったんだっけ」

「……話の腰を折るの止めない?」

 

 

 ようやっと話の終わりが見えてきたのに、それを遅延させるようなこと言うの止めない……?

 ぽん、と手を打ちながら元々の目的を今思い出したような声をあげるゆかりんに、思わず脱力する私であった。

 

 

 

 

 

 

「さてはて、さっき(※六話以上前)にも言ったように、『隆起の柱』は精神に関するモノ。……それより前の『想起の柱』が肉体を、『励起の柱』が魂についての試練を下すものであるように、『隆起の柱』は精神に関しての試練を下すものってことになるわけだけど……」

 

 

 はてさて、気を取り直して対『隆起の柱』についてだけど。

 この試練が試す──もとい攻撃してくるのは精神について。

 本来、通常の世界観においては精神より魂の方が位階が高い……ということもあり、いまいち脅威度の分かりにくい試練だと思う。

 とはいえそれも、いわゆる『ISHI』の力*1とかの話をすれば、なんとなく危険性も見えてくるというもの。

 

 

「意思の力?」

「『ISHI』ね、ローマ字表記の方*2。カルナさんだとか光の奴隷達の『まだだ』とか、そういう『精神によって物理法則を無視し始める』類いのやつ」

「あー、ああいう……」

 

 

 原則的に魂の方が格が上……のはずなのだが、その辺りの道理を蹴っ飛ばすような存在がたまに現れることも事実。

 それらの実例が、いわゆる『ISHI』の力を持つもの達。

 彼らはその強靭な意思力により、今ある世界の理をねじ曲げるに至った異常者である。

 

 ──そして、『隆起の柱』はそういう『ISHI』こそ打ち砕くもの、とも言えるだろう。

 

 

「と、言うと?」

「精神をなによりも尊きものとして置く【星の欠片】において、『まだだ(土壇場の覚醒)』なんて誰でもできるって()()()()ってこと。結局のところ、『ISHI』による法則のねじ曲げの恐ろしさは、それが本来あり得ないものだからこそ。起きて当然、って扱いだと威力が半減するんだよね」

 

 

 言うなれば、擦りすぎて飽きられた展開とでもいうか。

 いやまぁ、【星の欠片】的には水戸黄門とかのようなお約束、何度見ても嬉しい展開なのだけれど……それが他者にとっても同一かと言われれば別の話。

 

 つまりなにが言いたいかと言うと──『隆起の柱』の試練においては、精神力の強さは全て平坦化されるということだ。

 

 

「平坦化……?」

「個人の力として認められない、ともいえるかも。貴方が『まだだ(土壇場の覚醒)』するなら自動的に周囲も『まだだ(土壇場の覚醒)』する、みたいな?」

 

 

 言うなれば、突出することがなくなる……ということになるか。

 精神がもたらす他者との違いすら平坦に均し、ありとあらゆる違いを均一のモノに落とす。

 

 ……その中ですら輝くものを見せよ、という主旨のモノとなるわけだが、その実それを果たせるものはほぼいない。

 輝こうとすれば全てが輝く。それは言うなれば、己の目指す最果てが常に隣にあるようなもの。

 願わずとも叶い、願えば叶う最高の世界とでも言うべきか。

 ……逃れることの()()()()黄金の夢。

 それが、この試練を表す一番の言葉ということになるのだろう。

 

 

「良い意味での『無限月読』みたいな感じ?夢物語としてではなく、実際に周囲が自身の理想になっていく感覚というか。【星の欠片】の技能を自分本意に使えば余裕でできることだからこそ、それゆえに自身の望みを捨てることができなくなっていく……というか」

 

 

 何度も言うように、柱の試練が求めるのは自己の死。

 肉体的な死、魂的な死、精神的な死。

 それらの死を、己の意思で果たしてこそのもの。

 そしてそれらは、嫌々捨てるのではなく喜んで捨ててこそ。

 あらゆる全てを与えられてもなお、それを捨て去ることができる存在であることを望む、というものなのである。

 ──ある意味では、紅世の王達を受け入れるために自身の可能性(存在の力)を全て差し出すフレイムヘイズ達のように、というか。

 

 そういう意味で、光の奴隷というあり方は【星の欠片】とは近しく、しかして遠い。

 彼らは遥か高みに──ともすれば近付く全てを焼き尽くす輝きに惹かれて駆け上がるが、【星の欠片】はその反対。

 光すら届かぬ無明の地に自身を沈めながら、されど天に輝く光を尊げに見上げ続ける──誰もがその場所に届くようにと願い続けるもの。

 

 それゆえ、光の奴隷達の象徴的な力である『ISHI』の力というのは、【星の欠片】となる上では相性が非常に悪い──どこかで捨てなければならないもの、ということになるのである。

 

 

「捨てないのならそもそもここに来るんじゃない、みたいな?……平坦化されたあと、それ(ISHI)を捨てられないのなら彼らは恐らく『それでも』と柱を抜けていくのでしょう。けれどそれは試練を越えたのではなく、試練を途中で止めたということ。【星の欠片】ではなく、あくまで彼らとして登っていっただけ……ということになるわけね」

 

 

 まぁ、これはあくまで試練だからこそ抜けられるというだけの話であり、仮に攻撃として『隆起の柱』──【星鏡心樹】を使った場合、彼らは急速に()()()ことになるのだろうが。

 

 

「お、老いる?」

「結局のところ、土壇場の覚醒と言っても成長の一種であることは変わらないからね。言ってしまえばそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなものなんだよ」

 

 

 成長と老化は裏表、と言うべきか。

 終わらない命は人の生ではなく、神や化け物のもの。

 それゆえになによりも人を尊ぶ【星の欠片】にとっては無価値なもの。

 ()()()()()()()()()()()とばかりに薪にしてしまうことになんの後悔もない、というわけだ。

 まぁ、人の成長は一代で終わるものではなく、何代も積み重ねてこそのものである……と認識しているからこそ、という面もなくはないが。

 

 ……ともかく、【星の欠片】において老いとは決して罰ではなく、寧ろ報奨。

 永遠に生き続けるのは停滞の証、ある意味では罰ゲームのようなモノなので、苦しいだけだから止めなさいとばかりに剥奪して行くのである。

 ……まぁ、この辺りは一般的な終わりである『死』を繰り返して有名無実化している【星の欠片】だからこその感覚、ということになるのかもしれないが。

 決して終わり()は悪いものではない、みたいな?

 

 

「とにかく、精神の老い──それも正しい形のそれ(自身の役目を全て終えたという証)を突き付けられて、それでも『まだだ(生き続けようと)』するのは人ではない。その時点でそいつは光の奴隷ですらなく、全く別の醜悪ななにかに成り果てているわけだから、寧ろそんな自身を許せるわけないでしょ君達が……みたいなことになるってわけ」

「老兵は死なず、ただ去るのみ……みたいな?」*3

「端的に言うと、ね」

 

 

 悲嘆や怒り、悲しみを積み重ねて老いたのならともかく、『隆起』によって与えられる精神の老いとは充足を積み重ねた、『己の人生は良いものだった』と確信する類いのもの。

 それすら振り払ってなお生にすがり付くのは、最早光の奴隷ですらない。……ゆえに、彼らにとってこれは実質的な死刑宣告(よく頑張ったねという褒め言葉)として働く、というわけである。

 実際、これによって得られる最期というのはその人の理想の完成形となっているだろうし。

 

 まぁ、それに巻き込まれた他の一般人にとっては堪ったものではないだろうが。

 それもまぁ、【星の欠片】が一人の存在を王として押し上げた結果……ということで。

 

 

「……やっぱり傍迷惑の権化では?」

「だから対策しよう、って話なんでしょ?」

 

 

 主役でもなんでもない人からすれば、主役の行動に巻き込まれるのも、主役として召し上げられるのも共に迷惑……みたいな?

 今更なことをぼやくゆかりんにそう返しつつ、私は一つため息を吐くのであった。

 

 

*1
精神が肉体や魂を凌駕しているとしか言えない状況のこと。『ソードアート・オンライン』シリーズの心意などが同義語か

*2
名前の響きは同じだが、決定的に何かが違うことを表す表現。古くは蹂躙系オリ主と化した『YOKOSHIMA』(『GS(ゴーストスイーパー)美神 極楽大作戦!!』の主人公・横島忠夫のこと)や『U-1』(『Kanon』の主人公・相沢祐一のこと)などを一言で表現する為にも使われた。最近のキャラで有名(不名誉)なのは『HACHIMAN』(『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公・比企谷八幡のこと)だろうか

*3
『Old soldiers never die, they simply fade away』。兵隊歌『老兵は死なず(Old Soldiers Never Die)』の中の歌詞の一つであり、『役割を終えたものは表舞台から去る』という意味として使われる。戦争という一種の舞台で華やかに自身を魅せた存在も、その舞台が終われば注目されることはなくなる。例えその人間が生きていたとして、かつてのように注目されることはあるまい……という、ある種の悲哀も感じられなくもない



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幕間・触れたのなら、そこは光の世界である

 自死を求めるものであるが、それらはその実()()()()()()()()()()

 ……そんな感じの性質を持つ柱の試練達だが、前回述べた通り『隆起』のそれはその中でも最高峰と呼べるようなものとなっている。

 

 上条さんが原作において『自分はいないけど万事上手く行っている』世界を見せられて心折られていた*1が、この『隆起』の試練もある意味性質としてはそれに近い。

 ……いやまぁ、そこで見せられるのは『自分という存在が肯定された上で、尚且つ万事上手く行った』世界なのだが。

 

 

「そしてそれは決して夢幻(ゆめまぼろし)ではなく、この試練から引き返して現実に戻ってしまえば実現できるモノでもある。無論、【星の欠片】の究極的奉仕による貴方のための世界、って形ではあるけどね」

「普通なら『それ作り物の世界じゃん』ってなるんだけど……」

「恐ろしいことに、言ってしまえばそうして生まれた世界は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしかないんだよね……」*2

 

 

 言うなれば、それを偽物と言ってしまうのは今までの自分のなにもかもを否定するのに等しい、というか。

 積み重ねた努力がきちんと花開いた世界、願ったことがちゃんと叶った世界。

 運や神といった外的要因による理不尽を極限まで排除した、人が人であるならばそれ以上を得ることは絶対にない理想……。

 

 そしてそれは、【星の欠片】が関わっているからということでいびつに見えるが……その実、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()普通に実現できるモノでもある。

 単に、一般的な世界での実現可能性が一パーセントを割る、というだけの話であって。

 

 ……その辺り、下手に夢幻であるより質が悪いというか。

 まぁ、極小で現状確認不可であるとはいえ、【星の欠片】そのものは科学技術の延長線上にあるのだから仕方のない話でもあるのだが。

 

 

「いつかはたどり着く技術、だったかのぅ。……具体的にどれくらい先なのかのぅ?」

「さぁねぇ?前借りしてるから奉仕体質なんてくっついてるけど、技術として使えるようになる頃にはそんなものは無くなってるだろうねぇ」

「判別方法が微妙に嫌なやつじゃのぅ……」

 

 

 そういう意味では、いつかはミラちゃんにも使えるようになるもの、ということになるのだろうが……彼女にしては珍しく、習得には消極的であった。なんでだろうねー(棒)

 

 ……冗談はともかく。

 この試練における障害は、いわゆる耐えるものの中でも一番の難敵。

 それそのものは寧ろ好ましいモノである、というそれを捨てること。

 己の得られる最大限の幸福を捨て去り、あくまでも自身は他者のための道具である……とでもばかりに意思を捨て去ること。

 そしてそれでもなお自身を見失わず、人という存在の明日を夢見られること。

 

 それこそが、【星鏡心樹】として認められる条件ということになるわけである。

 で、それを踏まえた上で私は敢えてこう言おう。

 

 

なーに言ってんだこいつ???

「よりにもよって自分で言うのか……」

 

 

 いや、誰だよこんなもの考えたやつ。……私だったわ!

 

 思わず黒歴史に頭を抱えて転がり回りたい気分である。

 確かにさぁ!世界平和なんてもんを実現しようとすると、誰もが他者のために意識せず動ける、みたいな状況を構築する必要があるのはわかるけどさぁ!!*3

 こんなんまともな精神でどうにかできるわけないやんけ!攻略不可のクソダンジョンやんけ!!責任者呼んでこいやぁ!!

 

 

「みんな聖母なら争いなんてないよねってか!?やかましいわ!!マザコンは赤い彗星だけで十分ですっての!!」

「なんだか唐突にどこぞの大佐さんに飛び火したわね」

「突然話題に上げられてビックリだろうな向こうも」

 

 

 いやまぁ、当のロリコンマザコンファミコン大佐は少なくともなりきり郷にいた覚えはないけどね?!

 ……ってなわけで、思いの丈を散々吐き出し肩で息をする私であったが。

 

 

「……よし、行こうか」

「うーん死んだ目……」

 

 

 ここで駄々を捏ねても仕方ない、といい加減死地に飛び込むことを決め、皆と共に一歩前へと踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「────ほら、いつまでそうしているつもりだい?」

「んん……?」

 

 

 ……はて、私は一体何をしていたのだったか?

 寝惚け眼で上半身を起こせば、そこはどうやら教室の中。

 自分はどうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 黒板の上に備え付けられた時計を見れば、時刻はお昼過ぎ。……どうやら誰に起こされることもなく、この時間まで寝続けたということになるらしい。

 

 

「全く。寝るのなら素直に保健室に行けばいいのに。姉さんは病弱なんだから、それくらいは許されると思うけど」

「……突然の眠気は私の病弱さとはまた別問題です。それより、もっと早く起こしてくれても良かったのでは?」

「気持ち良さそうに寝てたからね。憚られたってやつ」

「人の間抜け面を眺めていたかっただけでは……?」

 

 

 すっかり寝こけてしまったことを恥じつつ、起こしてくれなかった──というか、後ろで寝ている私を教師達に悟らせないように立ち回っていた彼女の姿に、思わず憤りを感じてしまう私である。

 絶対この子、面白がってこういうことをしたのだろうということがわかってしまうから、余計のこと。

 

 そうして抗議する私に軽薄な笑みを返してくる彼女は私の大切な()であり、病弱な自身をサポートしてくれる相手でもある。

 ……私が深窓の令嬢、みたいな容姿だからと言うわけではないだろうが、彼女は何処となく男性的であり共学でありながら王子様扱いされることもあって──、

 

 

「ほら、また考え事。知恵熱なんてことはないだろうけど、ボーッとしてるとまた勘違いされるよ?」

「……誰かさんのお陰で、脳の再起動に時間が掛かっていることは否めませんね」

「なるほど、お姫様はご機嫌斜め、と。……いやごめんて、怒らないでよ私が悪かったから」

 

 

 ……この妹は、いちいち私をからかわないと会話できないのだろうか?

 そんなことを思いながら、改めて彼女に声を掛ける。

 

 

「──■■。もういいですから、お昼にしますよ」

「はいはい。どこでも付いていきますよお姉さま」

 

 

 ……ちょっと拗ねたような台詞になってしまったからか、彼女は小さく苦笑を返してきたのだった。

 

 

 

 

 

 

──それ以上の狼藉は許しませんよー──

「……はっ!?」

 

 

 突如頭の中に響いた『星女神』様の声に、思わず身震いする私である。

 ……いや、なんやさっきの夢。というかだ、

 

 

「……なんでよりにもよって()()()()持ち出してくるんですか『月の君』様……」

「何故、何故と問うのか。そうだなぁ……その方が面白い(かわいい)から、かな」

「……『星女神』様ー、『星女神』様ー?貴方の相方様、なんというか悪い癖が進行してませんかー?というかこの人こんなにプレイボーイみたいなあれでしたっけー?」

──安心しなさい、からかわれてるだけよ──

「それのどこが安心できる要素があるんです???」

 

 

 いつの間にか目の前で座っている女性──男装の麗人、みたいな空気を纏うその人物に心当たりのあった私は、思わず渋い顔になっていたのだった。

 

 ……『星女神』様の相方であり、今回一連の騒動の元締め……原因?となっている存在、『月の君』様。

 彼女は今、先ほどの()()()()学生服を着たままの姿で、こちらを面白そうに眺めている。

 無論、私の方もさっきの()()()()の姿なので、さっきのはいわゆる白昼夢に相当するものだと理解できる。

 ……理解はできるのだが……。

 

 

「……ええと、()()()()()()なので?」

「そういうこと、とは?」

「惚けないでくださいよ……使われなかった設定を元に新しく使う設定を構築する、みたいなことをする作家は普通にいる。私もその例に漏れず、色々と設定を使い回したりしたものですが──確かに、()()()()()()()()()()()はのちに()()()()()()()()()()()()()()。……貴方はそちら側、ということなのですか?」

「いいや?全然?」

「そうですかそっち側……じゃないんかいっ!?」

 

 

 この、病弱な姉とそれを甲斐甲斐しく()支える妹、という構図は、『月の君』様の原型となったキャラクターの、更に原型となる者のそれ。

 そしてその人物は、のちにユゥイのモデルとしても使い回されている……。

 

 となれば、わざわざこの世界を見せてきた辺り、遠回しに『月の君』様は向こう側に属する存在である、と伝えてきてるのかと思ったのだが……いや、違うんかい。

 じゃあなんで今このタイミングで見せてきたし。

 

 

「そりゃまぁ、その姿こそ()()()()()()()、というか?」

「────いや、それは」

 

 

 その問いに返ってきた答えに、思わず閉口する私である。

 ……確かに、私の源流であるキリア……の、更に源流であるのが今の私の姿。

 それぞれは別の存在であり、ゆえにこそこの姿はキリアともキーアとも別のモノである。

 ──だが、元となった要素としては……。

 

 

「……()()()()()、ということですか?」

「まぁ、君が先に進むのなら、それは切っても切り離せないからねぇ」

「…………本当に、意地の悪い」

「ははは、褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 

 こちらの皮肉もなんのその、柳のように受け流す『月の君』様の様子に思わず歯噛みする私である。

 ……いやまぁ、この人に私が叶うわけもないんだけどさぁ、それにしたってさぁ……。

 

 思わずはぁ、と深いため息を吐きつつ、そのままではなんにもならないので気を入れ直して視線を前に戻す。

 彼女は変わらずこちらを見ていて、その瞳に映る私の姿もまた変わらず──。

 

 

「さっ、そろそろ起きる時間だ。他の子達はサービス。色々と教えておいたから、後で確認しておきたまえ」

「ご親切にどうも。……その内はっ倒して差し上げますのでご随意に」

「おやおや。随分と強気になっちゃってまぁ。──まぁ、それが目的だったから、私としては構わないのだけどね」

 

 

 その内、意識が白み始める。

 どうやら、今回私がすべきことは終わった、ということになるらしい。

 なんとも遠回り、なんとも傍迷惑な旅路であったが──確かに、必要なモノであったことも確かな話。

 そのことを噛み締めながら、『月の君』様に軽口を返す。

 ……お節介な彼女の気遣いに感謝しつつ、私は意識を浮上させて行く──。

 

 

 

 

 

 

「……えっとキーアちゃん、その髪は……?」

「心機一転というか、キーアVer.2というか。……まぁ、中身は変わってないから安心して」

 

 

 視界に映る、()()のそれを払いながらゆかりんに微笑み掛ける私。

 ……原点回帰というか、黒歴史に向き合った結果というか。

 ともあれ、新しくなった自身の姿を誇るように見せつつ、私は起きてきた他の皆の様子を確認しに向かうのだった。

 

 

*1
上条当麻に膝を付かせるたった一つの冴えた方法。彼は人の為に動く者でもある為、そうして自身が動くよりも何もしないほうが上手く行く、というのはある種何よりも強い毒となった

*2
『偽物の世界』などと呼ばれるモノというのは、基本他者によって形作られたモノであるということ。【星の欠片】によって生み出される世界というのは、結局のところ願望器に願って生まれた世界と同義である為、何処までも『自分が作り上げたもの』でしかない。他者に責を問えないもの、とも

*3
()()()()()闘争すら肯定する環境、とも。正直真面目に考えれば考えるほど『それは人間に辿り着ける境地なの???』となるので、正直あまり深く掘り下げるべきではないのかもしれない



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二十九章 フラクタル・ハロウィン・カーニバル!~エリザ・エリザ・エリザ、エリザベート大進撃~
新生してもやることは変わらない


「その、せんぱい?」

「ん?なにマシュ?」

「いえその……な、なんでもないでしゅ……」

「?」

 

 

 はてさて、傍迷惑な試練から早一週間。

 ……なんだか後輩がよそよそしいです。いやまぁ、理由についてはなんとなくわかるんだけどね?

 

 そう、その理由と言うのは今の私の見た目。

 先日の試練云々の踏破報酬……というと語弊があるが、現在の私の姿は今までの私のそれとは一変していた。

 以前の私そのままの姿であるキリアを横に置けば、その差は一目瞭然。

 ……具体的には、髪の色がストロベリーブロンドから白髪……もとい銀髪に変わっているのが今の私である。

 

 

「……え、わしとキャラ被りしておらぬかお主」

「銀髪幼女キャラは二人もいらないって?ならどっちがこの世界に必要な人材なのか勝負する?」

「ほんのりキャラも変わっておらぬかお主!?」

 

 

 ……というのは、起き抜けのミラちゃんとの会話である。

 いやまぁ、別に本気で争うつもりで声を掛けたわけじゃないけどね?あくまでもじゃれあいの延長線上というか。

 そもそもほとんどストレートな彼女と違い、私の髪の毛って滅茶苦茶ウェーブ掛かってるからシルエットの時点で別物だし。

 

 ……とまぁ、その辺りの話は今現在関係ないのでここまでにしておくとして。

 マシュの話に戻ると、この姿になってから微妙によそよそしいというか、何処か腰が引けているような気がする私である。

 

 

「まぁ、今のキーアちゃんなんとなーくだけど近寄り辛いものねぇ」

「ゆかりんまでそんなことを言う、酷い!私はなんにも変わってないのに……よよよ……」

「……うん、なんかちょっと絡み辛くなったような気も」

「わかったわかった、冗談だからちょっと距離離すのやめて」

 

 

 ちょっとしたお茶目心じゃんかよぅ。そんなに引く必要性ないだろうがよぅ……。

 いやまぁ、ちょっとテンションがおかしい気がする、と言われると否定しきれないのも確かなんだけどね?なんてったってバージョンアップしたわけですし。

 

 

「バージョンアップ、ねぇ?……その、以前一回消滅したあとに復活した、ってのはそうじゃなかったの?」

「んー、どっちかというとその時のパッチがようやく馴染んだ結果、というか」

「はぁ?」

「んにゃ、こっちの話。ところで、ゆかりんがここにいるってことはまたなにか厄介ごと?」

「おおっとそうだった。ハロウィンのお知らせよキーアちゃん」

「あ、そういえばもうそんな時期か」

 

 

 なお、現在地はゆかりんルームではなく私の自宅。

 ……つまり、ここにゆかりんが居るということはトラブルのお知らせ、ということになるわけで。

 こたつの上のかごからみかんを取りつつ尋ねてみれば、予想通り問題発生のお知らせが返ってきたのだった。

 いやまぁ、いつものハロウィンってだけの話なんだけどね?

 

 

「それで?今年は一体なに?どこぞのユニバースロボの如くチェイテとピラミッドと姫路城が変形合体したりでもした?」*1

「当然の如くエリちゃん絡みだと考えるのね……いやまぁ間違いじゃないけど」

 

 

 はてさて、ハロウィンである。

 ……元々はケルトのお祭りであり、その内容も実際のところは新年を祝うような意味合いのものだった*2わけだが。

 今となっては子供達が仮装をして、お菓子をねだるものへと変化している。

 世間様では、それに合わせて騒ぎたいモノが騒ぐための口実になり掛かっている感もあるが……ともあれ、死者の霊を鎮める、みたいな意味合いが消えているわけではないのだろう。

 生者が騒げば死者も騒ぐ、みたいな感じというか。誰が騒いでいるのかの境がわかり辛くなるので、死者も寂しくないだろうというか。

 

 そんなハロウィンだが、ソーシャルゲームだとまた赴きが変わってくる。

 春には新生活やらなにやらで騒ぎ、夏は休みなので騒ぎ、冬はクリスマスやら新年やらで騒ぐ……。

 そんな感じに、一年の間にはなにかと騒ぐ機会と言うものが設けられているものだが、秋にはそういうものがない。

 

 いや、紅葉やらなにやらを見に出掛ける……みたいな、静かなイベントは幾つかあるのだ。

 食欲の秋だったり、運動の秋だったりで用事を作り出すことも不可能ではない。

 

 ──そう、不可能ではない。

 これらの用事というのは、極論を言うと別に秋である必要がないのである。

 無論『新年度』という観点から考えると、周囲との歩調も合うようになるだけの時間が過ぎており、夏の暑い時期を過ぎているため大がかりな行動を始めるのに向いていて、食べ物もよく熟れているためそっち方面を目的に動くのもあり……みたいな、秋頃が旅やらパーティやらに向いている、というのは確かだろう。

 

 とはいえ、そこに必然性はない。

 新年度──新しい生活に慣れるためにあれこれしよう、みたいな動機もなく。

 真夏──暑さを乗り越えるため、様々な方法で涼を得ようとする必要もなく。

 雪景色──厳しいそれを乗り越えるために一致団結する、という機会すらない。

 

 言うなれば、秋というものには行事の必然性が薄いのである。

 あったとしても収穫とかの仕事方面に向かうのがほとんど、というか。

 そしてそれらは、ソーシャルゲーム内においては祝い辛いものとも言えるだろう。

 

 なにせそれらはゲーム、娯楽。

 ……それ自体が秋に楽しむものに被ることもあり、わざわざこのタイミングでと特記する必要もない。

 ついでに、収穫の面を強調しようにもソーシャルゲームにおける収穫とはユーザーの課金である。……課金キャンペーンでもするのか、というか。

 下手なことをすると炎上が見えるため、そこを触ることはまずないだろう。

 その他、運動やら食事やら芸術やら、秋に取り沙汰されるものを無理矢理突っ込む方法もなくはないが……微妙に乗りきれないモノになるのもなんとなく目に見えている。

 

 そういう意味で、秋頃に行われる固有の祭り(イベント)であるハロウィンというのは、ソシャゲにおいてとても重要度の高いモノになっている、ということになるのであった。

 

 

「……まぁ、それを踏まえたとしてもFGOのハロウィンはなにかおかしい気もするけど」

「うーん、エリちゃん周りの不穏さがギャグじゃなくて本当に不穏であるなら、最初からネタを仕込み続けた……ってことになるんだろうけどねぇ」

 

 

 ブレエリちゃんの宝具ランクとか。*3

 この分だと今年はハロウィンは無さそうだし、その辺りの完結編は来年に流れてしまいそうな予感もあるが……エリちゃんのことだからクリスマスをハロウィンでジャックした、とかやりかねないので恐ろしいところである。

 マイルーム会話でもサンタに反応を示していたりするし。

 

 ……とまぁ、FGO内でのエリちゃんの話はこの辺にしておくとして、改めてなりきり郷の方のエリちゃんの話に視点を戻すと。

 彼女本人は、流石に本家本元エリちゃんみたいな理不尽感はない……というか、『逆憑依』であることも手伝って普通に良い子……エリちゃんシリーズ中一番無害(?)な九紋竜エリザに次ぐ・もしくは上回る無害さを誇るのだが。

 それがなにやら変な化学反応を起こしているのか、彼女本人の無害さに反して巻き起こすトラブルは本家本元に勝るとも劣らない、みたいな規模になっていることがあるのだ。

 

 ……まぁ、その辺りは今までの私たちの歩みを知っていれば納得できる話だと思うわけだが。

 ともあれ、ハロウィンの時期にエリちゃんの動向に注意する、というのは訓練されたなりきり郷民ならば自然とやっていること。

 それゆえ、今回もそこまで気にせず(もとい、私たちが気にせずとも他の面々が気にしてくれている)に目の前の問題に取りかかっていたわけなのだが……。

 

 

「それが裏目に出た、というべきなのかしらね……」

「なるほど、その言い方だと注意してただけじゃどうにもならないようなことになった、ってわけね」

「まぁ、端的に言うとそうなるわね……」

 

 

 私も、この間の件の報告とか後始末とかに追われた後で気付いたわけだし、とため息を吐くゆかりんである。

 ……この分だと、さっきの私の冗談も意外とバカにできないかもしれない。

 

 なにせ、前回のハロウィンのこともあってなりきり郷内の警戒指数はかなりのもの。

 シャナやダンテさんは言うに及ばず、トキさんや外部からモモンガさんとかも気にしてくれていたはずなのにも関わらず、彼らが揃って『手に負えない』と言っているに等しいのだから。

 

 そんなわけで、これからゆかりんが告げるだろう言葉を警戒し、身構えていた私はというと。

 

 

「……まぁ、見て貰った方が早いわね。というわけで、どうぞー」

「はぁい、私の出番ですねー」

「……んん???」

 

 

 玄関の方へ向けてゆかりんが声を掛けたこと。

 および、それに返ってきた声が聞き覚えのないものであったことに、思わず首を捻ることになったのだった。

 そして、呼ばれてやってきたのは……。

 

 

「お初にお目にかかります!私、『なりきり郷』と申します!本当の名前はもう少し堅い感じなのですが……これの方が通りが良いですよね?」

「……えっと、どういうこと?」

 

 

 ふわっとしたドレスを纏った、まさにお姫様と呼ぶべき風貌の少女。

 そんな彼女の姿と言葉を聞いて、私はゆかりんに詳細な説明を求めるように詰め寄ったのだった──。

 

 

*1
『シン・エヴァンゲリオン』『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』の『シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース』に属する四者が合体した『シン・ユニバース・ロボ』のこと。仮面ライダーがほぼおまけなのは内緒

*2
古代ケルトのドルイドによる信仰によれば、新年の始まりは冬の始まりでもある11月1日──サウィン祭から、とされていた。その前日である10月31日は日本で言う大晦日のようなものだった、とされている

*3
『エリザベート【ブレイブ】』の宝具強化の結果。とあるタイミングで追加された彼女の強化は、なんと宝具ランクが既存のモノから逸脱した『ランクV』になるというものだった。……相手がギャグの塊エリザベートであること、及び彼女の宝具が『超電磁スピン』もとい『コンバトラーV』のパロディであることから、それを前面に押し出したものだろう……すなわち単なる『エリ補正』だろうとする人がほとんどだが、唯一なんの情報もない『ビーストⅤ』が残っていること・および彼女自身にはわりと不穏な描写が幾つか散見されることもあり、微妙に依田話になりきれないまま『エリザビーストⅤ』説は燻り続けている……



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そういうこともある、と示されてはいる

 にこにこ、と笑みを浮かべながら正座をしている少女。

 そんな彼女をこたつの前に座らせつつ、私はゆかりんと小声で話をしていた。……彼女が何者なのか、ということを問い質すためである。

 

 

「誰もなにも……今本人が答えを言っていたでしょう?」

そうじゃなくて。なんでそうなったとか、どうしてこうなったとか。付随するあれこれを説明しなさいって言ってるのよ私は……!」

 

 

 いやまぁね?

 昨今は擬人化界隈も盛況を過ぎたとはいえ、それでも建物の擬人化というのは意外と珍しいもの。

 それでも既存の──言い方を変えると有名な城やら場所やらではなく、わざわざ一部の人間しか知り得ないこの場所がその対象に選ばれる、というのは些か納得が行かない。

 というか、ここって区分的になにになるのさ?都市?城?単なる地名?

 

 というかだ、なにかの理由でこの場所の名前を名乗っているだけで、実は別のものが正体である可能性も普通にあるだろう。

 ……その辺りを突き詰め始めると、もうとっととトラブルの起因を聞いた方が早い、ということになるわけで。

 

 そんな感じで笑顔で問い詰めていると、ゆかりんはあんまりことの重大性を感じさせない語り口で、今回のトラブルの始まりについて語り始めたのだった──。

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、いつの間にかもうハロウィンねぇ」

 

 

 そう彼女がぼやいたのは、自身の執務室にて。

 

 時期としては十月の下旬、もうしばらく経てばハロウィンの時期……というようなタイミング。

 そこで彼女は、ここまでに起きたあれこれ──トラブルの数々を報告書に纏めながら、自身の有能な補佐役であるジェレミアから休憩を具申されていたのであった。

 

 その具申と共に差し出された暖かなココアを啜りつつ、椅子の背に軽く体重を掛け、天井を仰ぎ見る。

 ──脳裏を過ったのは、トラブルに忙殺されることで意識から外れていた行事……ともすれば、ここまでに起きたトラブル全てと釣り合う可能性すらある特級の祭事、ハロウィンについての思考であった。

 

 本来、ハロウィンなんて外様のイベント、日本人としては仮装をするかしないか・子供達に渡すお菓子を選別するとか……まぁ、それくらいのことしか問題にならないはずのもの。

 どこぞの都市部のように、若者達が集まってトラブルを引き起こす……というのならともかく、『やりたい人がやればいい』くらいで済むような話のはずなのである。

 いやまぁ、だからって真島の兄さん辺りがお菓子を配ってたら、内容はともかく警戒するとは思うけども。

 

 とはいえ、それらの話は一般的なことについてであって、こと『なりきり郷』という特殊な立地においてはまったく別の印象となる。

 ……いやまぁ、仮になりきりとか、そうでなくとも普通の創作物とかであっても、本来はそこまで変なことにはならないはずなのだが。

 

 

「……いえ、ケルト方面の話を詳しくするような場所なら、或いは……?」

「仮にそうだとして、その辺りの機微などを正確に把握しているこちら(日本)在住の人物がどれだけいるものか、という話になるのではないかと」

「……まぁ、そうよねぇ」

 

 

 一応、ハロウィンの源流とされるケルト関連の話を扱っているような場所なら、現代の緩みきったそれではなく緊張感やシリアス感を交えたハロウィンというのも語れるのかもしれないが……。

 そもそもの話、ケルト方面の神話や古い風習を知る人がどれほどいるのか、というもっとも過ぎる話に派生しかねないので流す紫である。

 

 ともかく。

 近代におけるハロウィンという行事の()()()を引き上げているのは、主に一つ。

 その存在のことを思い浮かべ、思わず渋面を作りながらココアを啜った紫は──、

 

 

「子ネコ~っ!!楽しい楽しいハロウィンのお知らせ、よぉ~!!」

「ぶふっ!!」

 

 

 執務室の扉を蹴破らんばかりの勢いで抉じ開けた人物──悩みの根幹であるエリザベートの姿を視認した途端、思わず噎せることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

「……あら?居ないわね子ネコ。いつもならマシュと一緒に話してるんだけど」

「ちょっ、なっ、まっ」

「紫さま、一先ず落ち着いて」

 

 

 執務室に突撃してきたドラ娘──エリザベート・バートリーは、不思議そうな顔で室内を眺めている。

 彼女からしてみれば、目的の人物との遭遇を願う際にもっとも確率の高い場所、くらいの思いで訪ねて来たに過ぎないのだろうが……直前まで彼女のことを考えていた紫からしてみれば、タイミングが良すぎて思わず吹き出してしまうのも無理もない話。

 ゆえにしばらくえずいていたわけだが……その背を献身的に擦るジェレミアの気持ちは幾ばくか。

 

 ……ともあれ、しばらく室内を見回していたエリザが彼女達の様子に気付き、「……なにやってるの貴方達?」と声を掛けるのはそれから数分後。

 そして、それを受けた紫が「誰のせいだと思ってるのよ……!」と仄かな怒気を見せ、彼女を困惑させたのはそこからさらに数分後となるのであった。

 

 はてさて、そんなやり取りを経てソファーに座り直した彼女達。

 まず口火を切ったのは、この執務室の主である紫の方。

 彼女は開口一番、エリザに対してこう問い掛けたのだった。

 

 

「……一体、どういう心境の変化?」

「心境?……あー、去年までの話?確かに、これまでの私は折角のハロウィンに乗り気じゃなかったわね」

 

 

 紫の放った問い掛けに、気まずげに視線を泳がせるエリザ。

 それもそのはず、去年までの彼女はどちらかと言えばハロウィンを避けていた。

 その理由は言わずもがな、『エリザベート』というキャラクターとハロウィンの相性が()()()()()()というところが大きい。

 言い換えれば、彼女にその気がなくともトラブルの方から向かってくるレベル……というか。

 

 他所のゲームや創作物を見ればわかるが、ハロウィンというのはそもそも日本に入ってきたのが遅く、定着率もそこまで高くない。

 そのため、日本特有のアレンジもそこまでされておらず、元となった祭事をそのまま真似ている……という風情が強い。

 

 ゆえに、ちょっとしたイベントとしては扱われても、それがトラブルの主軸になるようなことはそう多くないのである。

 仮にあったとしても、ハロウィン用のお菓子が盗まれたのでそれを取り戻しに行くとか、お盆に近しいモノであることから霊達との話に派生するとか……まぁ、そんな感じである。

 

 で、それを念頭に置いた上で、エリザの出身作の一つ・FGOにおけるハロウィンを思い浮かべて見よう。

 ……辛うじて一年目はまだしも、二年目は魔界村交じりで三年目は例のアレ(チェイピ城)

 その次は一度エリザから離れようとしたように見せ掛けて、日朝幼女向け番組交じりのカムバック・エリザベート。

 その更に次とその次は、それぞれ童話と水滸伝が混ざる意味不明振りである。

 

 

「ハロウィンという名目で、かつエリザベートが関わってるのならなにをやってもいい……と思ってる節があるわよね、どう見ても」

「い、一応仮装という点では受け入れられる話……なんじゃないかしら?」

 

 

 弁明するエリザだが、本気でそう思っているとは思い辛い顔をしている。具体的には目を逸らしている。

 

 ……まぁ、無理もない。

 一年目の魔女っ子はともかく、その次はビキニアーマーの勇者、その更に次はまさかのメカエリちゃんず。

 主題じゃなかった時にも鬼に混ざった状態で現れたし、その次で主題に返り咲いたらシンデレラ、更にその次には水滸伝の無頼漢と混ざって幼女化……。

 脈絡もないし統一感もない。水着とかサンタにならない分あれこれ変化しすぎ、とでも言わんばかりの状態である。

 

 まぁ、ハロウィンを一人占めしているにも等しいため、その分新しい服を貰いまくっているとも言えるので、一部の人には微妙にヘイトを貯められていたりするみたいでもあるが……その辺りは今は関係ない話だろう。

 

 ともあれ、ハロウィンがすっかりエリザの祭りの様相を呈するとともに、それに従ってハロウィンという祭りそのものがわりとなんでもありなものに勘違いされている……ような気がする、というのは間違いじゃないだろう。

 そしてそれを本人としてではなく外の視点として知っている今のエリザは、それがもたらす迷惑というものをこの上なく理解し、ゆえにその火種を他所に飛び散らさないように警戒している……みたいな。

 

 

「そんな感じだったのが、去年までの私だったワケ。でも私ね、ようやっと気付いたの。──そういう姿勢こそ、寧ろ周囲にトラブルを撒き散らしていたんじゃないかって」

「……なるほど???」

 

 

 だが、そうして縮こまっていても、トラブルは変わらずやってくる。

 そこでエリザは考えた。──これはもしかして、自身がハロウィンを拒絶しているからこそ起こることなのではないか、と。

 

 

「……うん?」

「考えてもみて?私が意識せずとも、ハロウィンはやってくるしトラブルも発生する。時期が問題だから、と可能な限り外に出ないようにしてたけど、それでもスッゴいことになったわけじゃない?……これ、私がハロウィンを拒絶しているから、余計のことハロウィンが意固地になった結果なんじゃないかって思うの」

「ハロウィンが」

「意固地になった結果……???」

 

 

 ハロウィンはそもそも単なる祭事。

 そこに特別な意味を付与しているのは私たちであり、その前提がある上で自身がそれを拒絶するというのは、ある意味で自然な現象を差し止めるようなもの。

 津波の前に壁を作り、結果としてその壁より高い波を生み出してしまうようなものなのではないかと、エリザは考えたのだ。

 

 

「だから、今年は敢えてハロウィンを楽しんでみようと思うの!……あ、流石にライブはなしね。こっちはどうしようもないから。代わりに、ハロウィンそのものは満喫する気満々ってわけ」

「なるほど……それでトラブルの規模が下がったら儲けもの、みたいな話ってことね?」

「そう、それそれ!それに、仮にトラブルが起きるとしても去年みたいなのを経験したあとだと、大抵のことは笑って済ませちゃうでしょ?」

 

 

 いやまぁ、本当に笑って済ませられるわけじゃないけど。

 ……ある程度トラブル対処への経験値が貯まったことにより、昔ほど振り回されずに済むだろうという予測が立つというのが近いのかもしれない。

 

 ともかく、自身が否定するからこそ反発して来ているのであれば、それを受け入れればある程度トラブルの規模を減らせるのでは?

 ……と考えたエリザは、そのために必要な人員を揃えるために走り回っている、ということになるのだった。

 

 

「だから子ネコを探してるんだけど……どうにも見当たらないのよねー。さっき家に行った時も、見覚えのない銀髪の子しか居なかったし」

(……これ、見間違えてるわねこの子?)

 

 

 なお、そのメンバーとして真っ先に採用されるべき少女は、最近イメチェン()していたため、彼女には気付かれなかった……なんて、なんとも言えない話になっていたのだった。

 

 



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間違っていてもいなくても、起こる時には起こるもの

「……え、突然(いつも通り)入ってきたくせに、こっちを見て変な顔してるなーと思ってたけど……あれって私のことを私だと認識できて無かったの……?」

「そりゃまぁ、ねぇ。貴方って姿はころころ変わるけど、それでも髪の色に関しては一切変化してない、ってパターンがほとんどだったし。そんな人間の髪色が変わっちゃったら、思わず本人だと認識できなくなってもおかしくはないと思わない?特に、急いでいる時ならなおのこと、よ」

「い、言われてみれば確かに……!?」

「せんぱい……」

 

 

 

 

 

 

「……ま、まぁうん。貴方の主張はよくわかりました。確かに、私たちはこれまで原作のエリザベートのイメージに引き摺られ、決して貴方(エリザ)とハロウィンを組み合わせてはいけない……と考えていましたが、それがまったく無意味どころか寧ろ悪手に当たる対処であった、という可能性については一切考慮していなかった」

「でしょでしょ?だからまぁ、今回だけ試してみようかなーって。……今ならほら、子ネコの上司?とかいうすごい人もいるみたいだし、私のせいでなにか起こってもどうにかなるんじゃないかしら、って思ったのよ」

(──ふむ、行き当たりばったりに見えて、意外と考えていらっしゃるというべきか)

 

 

 突発的な提案に見えて、意外と後先を考えているというか。

 ……そんな風に感心するジェレミアを他所に、二人の話は続いていく。

 

 

「でもまぁ、いきなり全力全開ってのも……こう、躊躇する面があると思わない?」

「まぁ、ねぇ。今のところ、貴方の話は全て机上の空論。もっともらしい推論を並べ立ててはいるけれど、それが真実である保証は何処にもないものね」

「そうそう。だからね、本格的なハロウィンの前にちょっとした()()をしようと思うの」

「試し?」

 

 

 その内容は、先ほどまでの議論をひっくり返すようなもの。

 とはいえそれも仕方のない話。エリザベートとハロウィンというのは、基本的に起きるトラブル全てに首を突っ込むFGO主人公が、それでも忌避の感情を見せるもの。

 ……まぁ、その忌避の主な対象はエリザベートの開くコンサートの方であり、巻き起こるトラブルに関してはそこまで……いや仰天することもあるけれど、かといって他のイベントより殊更面倒なのか?……と問われればノー、と答えるだろうものでしかないわけだが。*1

 

 その証拠にというわけではないが、一度ハロウィンのことを忘却するような事態に見舞われたあとは、特にハロウィンを怖がる素振りを見せなくなっているのである。

 まぁ、忘れてからのエリザが『シンデレラ(童話)としての要素が混じったせいか、普段に比べればまだ聞ける方の歌声になっている』*2ものだったり、はたまた『水滸伝の無頼漢と混ざるためか幼女化し、結果としてライブとかアイドルへの憧れがどこかへ飛んでいった(結果、歌による被害が激減した)』*3ものだったりと、本来主人公が恐れていたライブがほぼ発生しなくなった、というのも理由の一つなのかも知れないが。

 

 ともあれ、主人公がハロウィンを忌避しなくなったのが『エリザベートの変化』によるものであるとすれば、今回の彼女の心境の変化はまさに『エリザベートの変化』に相当すると考えてもそうおかしくはあるまい。

 ……おかしくはないが、同時に変化としては少なすぎるのでは?と感じてしまうのも事実。

 

 そのため、実際にハロウィン当日にその可否を確かめるのではなく、予め試しとなる行動を幾つかクリアすることで危険性の無さをアピールしてはどうか?……と彼女は言いたいらしい。

 

 

「まぁもちろん?ハロウィン以外だとトラブルの発生確率は低い、って見方もあるけど……同時に、今の私は二年分のハロウィンゲージを持ち越した状態。そこからハロウィンに相当する行動を起こせば、きっとなにかが起こるはず……なのよ!」

「(ハロウィンゲージ?)……で、そこで起こるトラブルが手に負えなければ諦めて、どうにかなりそうだったら本格的に今年のハロウィンに参加する、と?」

「まぁ、簡潔に纏めるとそうなるわね」

 

 

 どう?と問い掛けてくるエリザを他所に、紫は自身の思考に埋没する。

 

 ……確かに、ハロウィンの度に彼女を監禁拘束するのは忍びないし、そもそもそこまでやってもなんらかの事情でハロウィンが爆発する、というのも以前までの経験からわかっている。

 ならば一度、彼女の思う通りにやらせてみてはどうか?……という気持ちが強い。

 実際、今このタイミングならば大抵のことはなんとかできる人物(【星女神】)もこちらを気にしているし、そもそも自分自身も以前の試練である程度洗練されている。

 

 

「しれん?」

「ああ、貴方は知らなかったわね。私とキーアちゃん達は、彼女の上司の元でちょっとした強化訓練?みたいなものを受けていたのよ」

「あら、ある意味お揃いね!……にしても、なるほどなるほど。ユカリもなんだか変わったと思ってたけど、そんなことがねぇー」

 

 

 それによる変化というのは、どうやら単に見ただけでもなんとなくわかってしまうものであるらしい……ということを、目の前のエリザの反応から認識する紫。

 そうなると、少々自負というか自信というかが湧いて来るのも事実。

 ゆえに天秤は許可の方に傾きつつあり──、

 

 

「いいんじゃないのか?なんだったら、俺も付き合うぜ」

「その声は……ダンテ!ダンテね?!なんだもう、居たんなら言いなさいよ、このっこのっ」

「いてて……相変わらずお前さんはデンジャラス・ガールだな」

 

 

 その傾きを後押しするように、室内に居たもう一人が声を上げる。

 その人物──ダンテは、彼女達が話していた場所とは別、もっと奥にある応接室で紫の仕事が終わるのを待っていたのだが……その最中、飛び込んできたエリザの話を立ち聞きしていたのだった。

 

 彼女の主張を聞いた、ダンテの反応は概ね良い。

 そもそもの話、なりきり郷がハロウィンの危機に直面した一回目の時、彼女を手伝ったメンバーの内の一人が彼、ダンテである。

 言い換えると腐れ縁というわけで、それゆえに彼女の苦悩をある程度知っていたのも反応に寄与したというわけだ。

 

 これが仮に、もう少し傍若無人な相手だったら賛同しなかっただろうが……ここのエリザはそこまでの人物ではない。

 ゆえに、彼もまた協力してやってもいい・問題が起きたら解決に走っても構わない……とまで心を許してくれていた、というわけである。

 

 それゆえに、紫は決断する。

 ここにいる面々ならば、恐らくなにが起こっても内々に納めることが可能だろう。

 ならば、長く続くハロウィンの呪縛をここに解くことを宣言するのも、吝かではない。

 

 

「──よし、やりましょう!今年のハロウィンは大手を振って楽しむわよー!!」

「やったー!!私頑張るわー!!」

「オーケー、後詰めは任せな。デーモンだろうがデビルだろうが、なにが出てきても切り捨ててやるよ」

 

 

 ゆえに、彼女は快諾を示す。

 エリザがやる気であるがゆえに、ダンテが乗り気であるがゆえに、なんとでもなると彼女は首を縦に振る。

 

 

(……なんでしょうな、この得も知れぬ不安感は)

 

 

 そんなムードの中、彼女の頼れる従者だけは、得も知れぬ不安感に顔を曇らせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「──なるほど、エリちゃんが、ねぇ」

 

 

 ここまでの話を聞き終えた私は、湯飲みの中のお茶を飲み干しながら一つため息を吐く。

 

 ……あーうん。

 確かに、ここにいるエリちゃんがハロウィンに巻き起こるトラブルについて、心を痛めていたというのは知っている。

 なんなら二年目に関しては、微妙に記録が無茶苦茶になってる辺り……虚数事象か、それに似た処理が施されるようなとんでもない事態になった、というのもなんとなく察せられる。

 いまいち記憶に無いが、願望器的なものが暴走してなりきり郷もろとも爆発したんじゃないか、というのが予想だが……ともあれ、それらのトラブルの起因にエリちゃんが居た、ということに変わりはあるまい。

 

 原作そのままの彼女なら、多少は凹みつつも前を向いて歩きだしたのだろうが……ここのエリちゃんは微妙にネガティブ。

 それゆえに原作の彼女の欠点の幾つかを乗り越えられていたりもしたのだが……今回は、それが事態をややこしい方向に誘ってしまったのだろう。

 

 ついでに、それに関わる他人達のタイミング、というのもよろしくなかった。

 私の見た目が変わっていたせいでトラブルの発生タイミングに同行できなかったし、ゆかりんはなんとなーく気が大きくなっていたため冷静な判断ができなかったみたいだし。

 

 ……ただ、そうなると気になることが一つ。

 

 

「ダンテ君がやけに乗り気なのが気になるのよねぇ……」

「あー、それなんだけど……」

 

 

 確かに、初回ハロウィンの同行メンバーだったダンテ君が、エリちゃんの提案に乗り気である……というのは、言葉の上では納得できなくもない。

 ……無いのだが、トラブルの匂いに敏感な彼が、こんなあからさまな状況に了承の意を示すだろうか?……という部分が微妙に引っ掛かるのである。

 なんというか、この場面なら一応否定派の立場に回って様子を見るとかしそう、というか?

 

 そんな私の疑問を感じ取ったのか、ゆかりんが口を開こうとして──、

 

 

「それなら簡単ですよ」

「……簡単?簡単ってどういうこと?」

 

 

 それを制するように、静かにしていたはずのなりきり郷ちゃん?が声をあげる。

 視線を彼女の方に向ければ、その表情はにこにことした楽しげなもので。

 ……けれど何故だろう、どことなくその笑みに不穏なものを感じてしまうのは?

 

 そんな風に私が警戒していることなど知らぬとばかりに、目の前の彼女は自身が述べようとしたことをそのまま口に出す。

 

 

「そのダンテさんは偽物。ハロウィンの悪魔がそれを邪魔させないように遣わした、ある種の使い魔のようなものだったのですから」

「は?」

「因みに、形式的には私の()に当たります」

「は???」

 

 

 その言葉が、どれほどの混乱を私たちにもたらすのかも理解しないままに。

 突然放たれた衝撃の言葉に、私たちは揃って凍りつくこととなったのだった──。

 

 

*1
ハロウィンと聞いて精神崩壊していた主人公も、最近はそこまででも無いような空気である。……別方向に酷い目に合い始めたので慣れたのかもしれない(肉体を悪魔にされているの(変則的自分との戦い)を見ながら)

*2
ミュージカル交じりになっているため、常に芝居掛かった──言い換えると歌うような台詞となっている

*3
それ以外にも、このエリちゃんはエリザ属の中でも特殊な面が多い(基本的にはいい子である、など)



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連鎖するトラブル、予見しても避けられません

「……ええと、ハロウィンの悪魔?母?」

「ええそうです。つまり私は正真正銘ハロウィンによって産み出されたもの、ということになるわけですね」

「…………(説明を求めるような視線)」

「あーうん、話が前後しちゃうけどちゃんと説明するから……」

 

 

 突然のカミングアウトに、周囲が凍りつく中。

 そうして場を凍らせた本人であるなりきり郷ちゃん自身は、先ほどから変わらぬ笑みをこちらに向け続けている。

 

 ……爆弾発言を落としたくせに説明する気はない、とばかりのその態度に思わずゆかりんに助けを求めるような視線を向ければ、彼女はあーとかうーとか唸りながら天を仰いだあと、はぁと大きなため息を吐いたのち、再び説明を再開したのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて、試しって話だったけど……具体的に案とかはあるの?」

「それなんだけど、一つ考えていたことがあるの」

「考えていたこと?」

 

 

 試運転のようなものをすることが決まり、『ではなにを以て試しとするのか』ということを話し始めた紫達。

 その中でエリザは、一つの案を彼女達に披露した。

 

 

「今の私は、発散できなかった『ハロウィンゲージ』を溜め込んだ状態。つまり、意識してハロウィンを祝おうとすれば、それが例え当日でなくともある程度ハロウィンの影響を引き出せるはずなのよ」

「……ちょっと待って。当たり前のような顔をしてさっきから登場してるけど、『ハロウィンゲージ』ってなに?」

「はぁ?さっきまでなにを聞いてたのよユカリ」

 

 

 いやちゃんと全部聞いてたが?

 ……と言いたくなるのをぐっと堪え、エリザに説明を促す紫。

 そんな彼女の様子に「仕方がないわねぇ」と一つ嘆息をし、説明を始めた彼女の言によれば、『ハロウィンゲージ』とは次のようなものであるとのことだった。

 

 

「ふむ……エリザ粒子*1などを含む『ハロウィンを成立させる要素』を一纏めにしたエネルギー……ねぇ」

「単純にエリザ粒子だけを対象としてないのは、ここだとそれ以外にも色々な不思議粒子が混在してるから……ってわけ」

 

 

 ハロウィンを行う際、そこで起きる不思議な現象を全て肯定するもの・そのために使われる様々な理由付け……。

 その根拠となるものが『ハロウィンゲージ』なる不思議エネルギー。

 その実態は、エリザ粒子などの多種多様なエネルギーの混合体であるのだという。

 

 

「……つまり、なりきりパワーとかも?」

「そう、なりきりパワーとかも。……下手をすると【星の欠片】とかもほんのちょっぴり混じってるかもしれないわね」

「危なくないそれ?」

「ハロウィンについてしか機能しないから、字面ほど危なくないわよ?」

 

 

 彼女の言によれば、『ハロウィンゲージ』として纏められていることからわかる様に、含まれているエネルギーこそ多種多様であれ、それが引き起こす事象は必ずハロウィンに関係するものに限る……ということになるらしい。

 なので、含まれているものにどれほど物騒なエネルギーがあったとしても、それを警戒する必要はないのだとか。

 

 

「まぁ、とは言っても他に含まれているモノを見ちゃうと、思わずストップを掛けたくなるのもわかるのよね……」

「エリちゃんがそんなことを言うってことは、そんなに(普段なら)危ないものが含まれてるの……?」

「んー、わかりやすいところで言うとこれかしら」

「……?なにこの、青く輝く液体」

ヌカコーラ、って言えばわかるかしら?」*2

「ぬぉわたぁっ!!?」

「ひぎゃぁーっ!!?」

 

 

 とはいえ、言葉だけで納得できるかと言われればそうではないだろう、と腕組みをするエリザ。

 彼女のそんな様子に、思わず尻込みする紫の前に差し出されたのは、ほんのりしゅわしゅわしながら青く光輝く液体。

 コップに入ったそれを不思議そうに眺めた紫は──続くエリザの言葉に思わずそれを吹っ飛ばしてしまうのだった。

 

 放物線を描きながら飛んでいったコップは、そのまま内容物ごとエリザの頭上にジャストヒット。

 仕出かしたことの大きさで叫ぶ紫と、突然頭に飛んできたヌカコーラの冷たさに叫ぶエリザとで執務室が慌ただしくなる中、その騒動を納めんと奔走するジェレミアの愚直な献身が火を吹き……。

 まぁ、なんやかんやあって事態が収拾の兆しを見せた頃、ソファーに座り直した(ついでに頭も洗って服も着替えた)エリザはというと、改めて説明を再開したのであった。

 

 

「……まぁ?私も断りなくあれを引っ張り出したのは悪かったと思ってるけど。……だからって私の頭に放り投げることはないでしょう。無事だったからいいものを」

「いやその、ホントごめんなさい……」

「仮に本当に危なかったとしても、貴方なら放射線くらい普通に無害化できるでしょ?」

「イヤソノ、ホントニモウシワケナイト……」

「……はぁ。まぁ、慌てふためく貴方の姿が面白かった、ってことで多めに見てあげる」

「アッハイ,ドウモアリガトウゴザイマス……」

(お労しや紫様……)<ホロリ

 

 

 まぁその前に、ちょっとした皮肉タイムが始まったわけだが。

 ……そもそもの話、八雲紫の原作には普通に核反応とか操るヤバいキャラがいるのだから、今さら放射線がどうのでビビる必要性がないのだ。*3

 というか彼女の能力的には放射線の有害性なんて緩和できて当然、ビビり散らかす姿を見せる方が間違いなのである。

 いやまぁ、一般人がヌカコーラを目の前にして冷静でいられるか、と言われればそれはノーなのだが。

 

 

「……でも、前もって言っていた通り、あれも『ハロウィンゲージ』の中に含まれるモノだから、仮にあれで影響があると言っても飲んだ人間がハロウィンの虜になるくらいのもの、なのよ?」

 

 

 敢えて言うなら『ヌカコーラ・ハロウィン』みたいな?

 ……それはそれで恐ろしい気がするけど、とは口が裂けても言えない紫である。

 

 ともあれ、『ハロウィンゲージ』の方向性を知る上では、この上ないサンプルであったことは間違いないだろう。

 ……彼女の知らぬところではあったが、実はこの中には無限の力を持つとある文明人達の意思を宿すエネルギーだの、生物に進化を促すエネルギーだの、その名前を聞けば白目を剥くであろうモノがまだまだ含まれているのだが──知らぬが花、というやつである。

 

 とりあえず、本来なら危ないエネルギーも、『ハロウィンゲージ』という区分に含まれている内はその危険性も減少、ないし方向性の決まったものになっているわけで。

 そしてそれは、現在エリザを中心におよそ二年分溜め込まれている。

 ……正確には、二年分丸々溜まっているわけではないのだが……ともあれ、ハロウィン当日ほどではなくとも、それに近しい影響を発揮できるほどには勢いを得ているわけで。

 

 

「……でも、それだと普通に暴発しない?」

「そこで、試しの方法よ。これだけのエネルギーがあるんだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……あ、なるほど。新しい配布エリちゃんを作るってことね」

そういうこと(Exactly)!」

 

 

 ただ、そのままハロウィンの事前演習をしたところで、発生するのは前祝い……もといハロウィンゼロ日目のお知らせだろう。

 ゆえに、このエネルギーの発散のさせ方も考える必要がある。

 そこで彼女が考えたのが、本家のように新しいエリザベートの姿を作り出すことで、エネルギーを消費しきってしまおうというもの。

 

 思い通りに新しい姿が生み出せればハロウィンを制御したことになるし、臨界寸前の『ハロウィンゲージ』の消費も行える。

 また、仮に失敗したとしても、エネルギーの方向性を『新たな存在の創造』に絞ることで、その影響を可能な限り無害な方向に持っていくことも可能。

 

 

「さっきも言ったように、『ハロウィンゲージ』はあくまでハロウィンに関係することにしか作用しないエネルギー。言い換えると、内容物の物騒さに反してその実できることの幅がかなり狭いってわけ」

「本来ならなんでもできるような性質のモノでも、出力が足りないしそもそもハロウィンにしか使えないから、よっぽど変な方向に行かない限り世界の滅びとかには派生しないってことね」

「そ。それもハロウィンに相応しい存在を生み出す、って形で出力するから、ハロウィンが過ぎ去れば自然と無害になるって寸法よ」

 

 

 絶対にレールから逸脱しないようにルールを重ねがけしている、とも言えるだろうか?

 ともあれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という縛りがある以上、その力が例え主神級になろうともハロウィン当日が過ぎれば自ずとその力は減じていく……という安全装置(フェイルセイフ)まで用意したのだから、これで失敗する方が不思議ですらある。

 

 そう判断した紫は、彼女の提案を快諾。

 ここに、シン・ハロウィンエリザ開発実験がその開幕を告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

「……ツッコミ処は幾つかあるけど、とりあえず一つだけ。なんでよりにもよって『シン』とか頭に付けたのよ!?」*4

「あ、あの時はみんな熱にうかされてたのよぅ……」

「それもハロウィンの悪魔の仕業でございます、みたいな感じですね」

「……やっぱりハロウィンって悪なのでは?」

「しっかりいたせー!!」

 

 

*1
エリザベートが発するとされる特殊な粒子。初出は多分『ハロウィン・ストライク!魔のビルドクライマー/姫路城大決戦』。『ガンダム』シリーズにおけるミノフスキー粒子のようなものと思わしい(ビームとかバリアとか飛行にも使える)が、詳細は不明。というか多分理解してはいけない類いのあれ

*2
核戦争により荒廃したアメリカなどを舞台としたRPG『fallout』シリーズに登場する清涼飲料水のこと。主に回復アイテムとして使われ、その蓋は通貨にもなる。青く輝く炭酸水というべき物体だが、その輝きはなんとあの『デーモンコア』と(恐らく)同じチェレンコフ放射によるもの。即ち放射性物質を含む飲み物、という恐ろしすぎる物体なのである。なおフレーバーによっては白く輝いたり、オレンジ色に輝いたりもする模様()

*3
うつほ『うにゅ?』

*4
『新』じゃなくて『シン』。色んな『シン』を内包するもの



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努力 未来 そしてハロウィンパーティ

 話を聞いている内に、だんだん頭が痛くなってきた私ことキーアである。

 

 ……うん、普段なら気付くであろう不穏な空気が、悉くスルーされ続けたと言えるこの状況。

 これが噂のハロウィンの悪魔のせいであると言うのなら、そりゃまぁハロウィンなんて滅ぶべきなのでは?……みたいな感想が出てくるのも仕方のない話と言うか。

 

 

「ところで、ここで言う『ハロウィンの悪魔』って、チェンソーマン的なやつなの?」

「いいえ?どちらかと言えば形而上学的な存在として『悪魔』の呼称を使っているだけであって、なにかしらの原典を持つ存在であると断言できるものではないですね」

「……思ったよりヤベー話なんじゃないのこれ?」

 

 

 創作物ではなく、本物の悪魔の話なのでは?

 いやまぁ、どこまで本気の話なのかもわからんので、完全に鵜呑みにもできないのだけれど。

 

 ともあれ、聞くだけで危うい『シン・ハロウィンエリザ』の研究が始まってしまった、ということは理解できた。

 理解できた上で、そこからなにがどうなってなりきり郷が一個の存在として成立するに至ったのか、ということを解き明かさなければなるまい。

 そしてそのためには、彼女達の足跡を引き続き聞くしかなく……。

 

 せんぱいお茶です、とマシュから手渡された緑茶を啜って一息吐きつつ、私はゆかりんに続きを促したのだった──。

 

 

 

 

 

 

「ところで、生み出そうとしているもののイメージとかはもうできてるの?」

「イメージ?……そうね、今のところそれっぽいものは一つ、思い浮かんでいたりするのだけど……」

「するのだけど?」

「これが中々、上手い具合に形になってくれないのよね……」

 

 

 蓄えられた『ハロウィンゲージ』を無害なものに変換する……。

 そのためには、ハロウィンに連なるなにかを作り出さなければならない、というのが彼女の主張。

 そしてそれは、『エリザベートが関わるのなら荒唐無稽でもそれはハロウィンである』というある種の概念誘導により、そこまで難しいことではなくなっている……わけなのだが。

 

 とはいえ、それでも本当になんでもあり、というわけではない。

 少なからずハロウィンを意識させる要素は必要であり、それをどう表現したものか……という点で、エリザは蹴躓いている最中なのであった。

 

 

「ふむ……それってつまり、今までのエリザシリーズを想起させるのは宜しくない、ってことであってるかしら?」

「そう、そうなのよ。焼き直しでは使いきれない、完全に新造しないとダメ!……でもだからといって、『配布にも霊衣にもなってないから』なんて理由でJAPANに逃げるのもNG。……そうなると、どうにもいい感じに案が纏まらないのよね……」

 

 

 その理由は、都合エリザシリーズは七種以上に及ぶから、というもの。

 ……原点であるエリザ、ハロウィンらしさを追求した魔女っ娘、奇抜さを狙った戦士風。

 まさかの二種パターンで血の伯爵婦人を解釈しなおしたロボ達に、童話を取り込んだ姫様としての姿と、今までの自身からもっとも離れた状態となったちみっ子。

 

 単純にエリザの名を冠するだけでも七種、外見だけは出ている日本風(JAPAN)も合わせれば八、更に自身の未来の姿であるカーミラ達を混ぜれば十種。

 ……これだけのバリエーションが存在すると、そこに少しでも近似してしまうと現れるのは彼女達になってしまうのである。

 

 

「……それのなにが問題なの?」

「問題大有りよ!この場合、私の霊衣(ドレス)って形じゃなくて、新しい【顕象】(サーヴァント)って形になっちゃうんだから!」

「……あー」

 

 

 それによる問題、というものが最初よく理解できなかった紫だが……続くエリザの言葉に、その意味を深く理解する。

 そう、今までにない姿として定義できずに『ハロウィンゲージ』を消費した場合、それによってもたらされるのは簡単に言うと新たな【兆し】の召喚(ガチャ)なのである。

 

 分かりやすく言うのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()、というべきか。*1

 それも、生まれるのは恐らく『逆憑依』ではなく【顕象】の方。……つまり、原作のエリザベートそのままの存在が現れる、ということになるわけで。*2

 

 

「本来、既にこの世界に現れている『逆憑依』ないし【顕象】と同じキャラクターは、その成立条件が整ったとしても現れない・出現できないのが普通だけど……」

「生憎私以外のエリザが増えない、なんて保証はどこにもない。原作からしてそうなのだから、普通に二人に増える可能性大なのよ」

「うわぁ……」

 

 

 更に、問題なのがエリザベートの特殊性。

 本来、『逆憑依』などの【兆し】関連の存在は、全く同一の存在は現れない──分かりやすく言うと既に『八雲紫』が居る状態で、新たに『八雲紫』が増えることは有り得ない。

 その原理は不明だが……ともあれ、全く同じ見た目の存在は出てこないのが普通なのである。

 

 ……その事例を嘲笑うかのような挙動をするのが、俗にいう英霊達なのだが……その中でもエリザベートは、殊更におかしな挙動をしかねない。

 同じように見た目が類似しているキャラがぽこぽこ増える『アルトリア属』と違い、エリザの場合はそれぞれのキャラが完全に別モノ扱いになっている。

 一応、『アルトリア属』の方はなにかしらの理由付けがされていることがほとんどだが、エリザの場合はほぼそれがない。

 

 分かりやすく別物であると察せられるのはロボ二人とロリっ子一人で、それ以外は『何故それらが別個存在扱いされているのか』が全く不明、という意味不存在なのだ。*3

 

 

「まぁ、ちょっと悪し様に語りすぎなような気もするけど……ブレイブエリちゃんの成立過程とそのあとの扱いを見ると、正直大袈裟とも言い難いのよね……」

「しれっと増えた上でしれっと合体して新形態、更に後々その形態も別個体になっている……ですものね……」

 

 

 我が身のことながら、思わず遠い目をしてしまうエリザである。

 ……どこぞの学士殿が聞けば必ず発狂することだろう。

 

 ともかく、エリザベートにおける別個体判定というものはとても緩い。

 そしてその緩さゆえに、【兆し】関連の話では更にややこしい状況を招いていく。

 ──完全に新規でない場合、【継ぎ接ぎ(霊衣)】判定が出ないのだ。

 

 

「過去に合ったモノを参照し、それを成立させる……という方向になるってわけね。その結果、過去の配布(エリザ)を想起させてしまった場合、百発百中でその姿の私が別途構成される……って結果に行き着くってわけ」

「うーん傍迷惑……」

 

 

 今回必要なことは、可能な限り面倒ごとを飛び火させずに鎮火させること。

 そのためには必ず()()()()()()()()()()【継ぎ接ぎ】として『ハロウィンゲージ』を消費しなければならない(≒彼女が扱える状態に誘導しなければならない)わけだが、それをするためには過去の配布された自分達からはある程度離れたデザインにしなければならない……。

 それも、可能であればその姿自体でハロウィンを想起できるように、という条件(おまけ)付きで、である。

 

 そうなると、一番の障害となるのが初期配布のハロウィンエリザ、もといキャスター版のエリザベート。

 彼女は初期も初期の存在……FGOにおける最初の配布キャラ、ということもあって今ほどなんでもあり、という存在ではない。

 

 それゆえ、その見た目も魔女の服装になったエリザベート、というシンプルさであり、クラスも彼女の派生としては有り得ないとは言えないラインの魔術師(キャスター)

 ある意味ではハロウィンにおける優等生であり、それゆえに彼女を想起させない形でのシン・スタイルを目指さなければ全て無為と化す、という強敵の中の強敵である。

 

 かといって外しすぎれば、数々の配布エリザ達に阻まれる……。

 特に、日本風のエリザである『エリザJAPAN』は安易な逃げを封じるハードルとして立ち塞がる存在の一角。

 日本風アレンジ、という誰もが思い付く派生を封じつつ、それでいて実際には存在していない……というその立ち位置は、数々のエリザファンを泣かせてきた存在だと言えるだろう……!

 

 

「……ええと、話が脱線しているようなので軌道修正致しますと。真っ当なハロウィン風は初代の配布エリザ殿に、そうでないものも()()()()()()()()()という属性が日本風のエリザ殿に誘引される可能性が高く*4、そうなると日本風からかけ離れた存在であることが望まれる……ということで宜しいかな?」

「そう、そうなのよ!……それが難しいのよねぇ」

 

 

 以上の話をジェレミアが纏め、要点を改めて明らかにする。

 特に問題なのはやはり初代(ハロウィン)架空(JAPAN)、その二つ。

 せめて架空(JAPAN)がなんらかの形で実装されていればまだ話は違ったのだろうが、それこそ無い物ねだりとしか言いようがない。

 

 ゆえに、今彼女達ができる対策はただ一つ。

 ハロウィン過ぎないようにハロウィンを感じさせつつ、かといって日本風にはならないように他のエリザにも被らない形のエリザの新たなスタイルを見いだすこと。

 それこそが、今回のクリア条件になるのであった。

 

 

「……無理では?」

「無理じゃないの!やるのよ!安全なハロウィンのために!!」

「えー……」

 

 

 さっきまで確かにあったやる気がごりごり減っていくのを自覚しながら、それでもやるのだと奮起するエリザを前に、紫達はこの問題の難しさを改めて噛み締めるのだった──。

 

 

*1
最悪のパターンの場合、一人増えたのでもう何人いても同じでしょ、とばかりに増え始める可能性もある。?「理解不能理解不能理解不能!!何故そうなるどうしてそうなる!?原理も理屈も道理も全て蹴っ飛ばすんじゃなあぁあぁぁいっ!!!」?「あら、知らなかったの?エリザに常識は通じないのよ?」?「ああああああ!!」

*2
同時に聖杯案件自動発生のお知らせである

*3
かと思えば本人のお着替えの時も(他のサーヴァントと同じように)ある。エリザを真面目に考察するべきではない……

*4
新しく作ろうとすると、の意味。ほんのちょっとでも日本風の空気があればエリザJAPANに塗り潰される



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解決策は一瞬の閃き(ただし徹夜で思い付くのはNG)

「うーん、ハロウィン……ハロウィン……日本でいう盆……先祖の霊達の鎮魂……」

「ユカリがああして唸り始めてからはや数分。……なにか思い付くと思う?」

「いやぁ、どうだかなぁ」

 

 

 なんとか解決策を思い付けないだろうか、と思索を巡らせる紫と、その周囲でヒソヒソと会話する他の面々。

 

 ……気概だけはたっぷりあったエリザだが、それも空回り気味であることに違いはなく。

 それゆえ、彼女は早々に思考することに飽き始めていたのであった。これにはダンテも苦笑い、である。

 まぁ、実のところ聡明な部分も持ち合わせないでもないエリザにとって、答えのない疑問に(かかずら)い続けることは時間の無駄……と、即座に認知してしまっていたからこそであるとも言えなくもないのだが。

 

 そう、答えがない。

 この問題には、原則正答がない。

 真っ当な手段が真っ先に封じられ、かつ邪道・奇策の類いも解釈の幅で絡めとる……という構造になっているこの難問は、ある意味では逆理──パラドックス*1の域にすら達している。

 

 まぁ、だからこそその絡まった縄を一刀両断できた時、付随する難問も解かれるだろうという確信がある*2わけだが……そこまでエリザがキチンと認識しているわけではない。単なる勘である。

 そして、それが勘……あやふやなモノであるからこそ、彼女もまた真剣味を保ち続けられなかった……という今の状況に繋がるのだった。

 

 

「ハロウィンなんだからハロウィンらしく……というのが原作(FGO)的に思考の枷を嵌められているようなもの……っていうのはわかるんだけど、だからといって全く関係ないものをくっ付けられるほど、思考が外れているわけでもないのよね、私」

「……それをお前さんが言っている、ってこと自体が原作派からすると驚きの結果ってやつだろうよ」

「あら、そう?」

 

 

 はぁ、とため息を溢すダンテと、にこっと笑みを溢すエリザである。

 

 ……そうして笑みを向ける中で、そういえば……と一つ彼女の中に思考の種が生まれる。

 といっても、現状を打破するためのものではなく、目の前の彼についてなんとなく思うことがあった、というだけの話なのだが。

 

 それは、ダンテは王子として役不足か、はたまた役者不足であるかというもの。

 原作においてガウェイン──マッシュ騎士を『アーツ(Arts)三枚持っていそうな素敵な騎士』と称したエリザだが、その流れで行けば目の前の彼は『クイック(Quick)三枚持ちの風来坊』というのが表現的に正しいのだろう。

 

 実際、彼の動きをFGOに当てはめたのなら、星をジャラジャラ出した後に一枚のアーツ(Arts)バスター(Buster)でクリティカルを出す……というのが容易に想像できる。

 無論、彼自身の原作を思えばスタイルチェンジ──アルトリアのように全てのカードをバスターにしたり、はたまたドゥルガーのようにアーツまみれにしたり……みたいなこともできそうではあるが。

 

 ──などと、取り留めもない思考が彼女の中で巻き起こっているのは、偏に彼女の飽きが頂点に達した照査であり──。

 

 

「これだぁーっ!!?」

「ひゃんっ!?」

 

 

 ゆえに、突然の叫び声に小さく飛び上がることも、その思考の迷走を思えば仕方のないことであると言えたのであった。

 ……他二人の男達が小さく嘆息したことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「理解したわ!必要な勝利の方程式を!!」

「ず、随分と自信満々じゃないユカリ?……ええと、右手のそれは?」

「?知らないってことはないでしょう、遊戯王カードよ遊戯王カード!」

「……ねぇユカリ、私が言うのもなんだけど()()を持ち出すのは悪手中の悪手だと思うの」

「エリちゃんがスッゴい心配そうな顔で私を見てくる!?いやいや、違うから!別にこのカードを使おうとはしてないから!!決闘者(デュエリスト)エリちゃんなんて生み出そうとしてないからねっ!?」

「そ、そう?ならいいのだけど」

 

 

 我が意を得たりとばかりに興奮する紫と、その右手に燦然と輝く一枚のカード。

 エリザからは裏地しか見えないが、流石にそれがなんのカードであるのかを見間違えるようなことはない。

 

 それは、このなりきり郷でも流行しているカードゲームの一つ、『遊戯王デュエルモンスターズ』のもの。

 たまにそこらの広場で「ふぅん、流石だと言いたいが……流石だ」*3とか言ってるどこぞの社長っぽい人とかが遊んでいるモノの一つであり、同じくカードゲームの一種であるデュエル・マスターズなどと人気を二分する大家の一つである。

 

 ……なお、他のカードゲームも細々と流通してはいるようだが、単純にプレイヤー数的な話になるのか外で見かけることはほとんどない。

 まぁ、それらのカードは基本座ってやるものであること・及びなりきり郷開発部が早々にデュエルディスクを開発・流通させたことで流行を(結果的に)作ってしまったことなどが原因であることはほぼ間違いないが。

 因みにだが、現開発部室長であるとあるコハッキーの言によれば、

 

 

「後々空間拡張技術・ソリッドビジョンシステムを応用して他のカードゲームもスタンディングに対応・ないしテーブル席への変形を儲けることで、イメージしたり少女達の戦いを再現できるようにしたりするつもりです」

 

 

 ……とのことであったが、「それ明らかに問題発生のフラグでしょうが!?」と目の前の紫に止められたとかなんとか。

 まぁ、カードゲームと世界滅亡はセットみたいなモノだから仕方ない。

 

 話を戻して。

 カードゲームと言うものの危険性を知るはずの人物である彼女が、それを手に持って興奮している……という状況に危機感を覚えてしまうのは、寧ろ正常な証。

 ……それを異常の代名詞であるエリザがやっている、という状態が興奮している紫に冷や水を浴びせる形となったのは言うまでもなく、彼女は慌てて弁明に入ったのだった。

 

 曰く、このカードはインスピレーションの助けになっただけであって、エリザ(問題の種)カード(問題の種)を組み合わせようとしたわけではないと。

 

 

「フュージョンしようとしたわけじゃない、ってこと?」

「ノー!!フュージョンノー!!」

「ふぅん……じゃあ、そのカードは一体なんなのよ?」

「……ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。その答えは──これよ!」

「……ええと、なにこのカード?」

 

 

 気が狂ったわけではない。

 そう主張する紫の言葉に一先ずの納得を見せたエリザは、更なる説明を要求。

 それに対して彼女は、自身の持つカードを表返す──エリザに表面が見えるように持ち変えることで答えとした。

 

 そうして現れたカードの名前は『冥骸府-メメントラン』。

 最近増えたカテゴリの一つ、『メメント』に属するフィールド魔法の一つなのであった。

 

 

「……なるほど、『死者の日』ですか」

「ジェレミア正解!ずらしを加えるのなら類似の祭りに、っていうのは対策の初歩の初歩ってやつよね!」

「ししゃのひ……?」

 

 

 そのカードを認識し、真っ先に反応を示したのはジェレミアであった。

 メメント・モリ──ラテン語において『死を忘るるなかれ』という意味を持つ言葉をその由来とするこのカテゴリは、メキシコの祭りの一つ・『死者の日』をモチーフに持つカード群である。

 

 

「死者の日と言うのはメキシコにおいて()()()()()()()()()()()()()()()()で、その内容は死者を偲び感謝するというもの。祭りの飾りには髑髏や()()()()が使われ、初日に帰ってくる霊と二日目に帰ってくる霊の違いから、供え物もチョコレートなどのお菓子であったのが酒類へと変わっていく……とされていますね」

「……それ、ハロウィンじゃないの?」

「実際、起源(ルーツ)としては同じだったのではないか、とも言われていますね。そのせいというわけではないですが、近年の日本ではその両者を意図的に混同して合わせて祝う……というパターンもあるのだとか」

 

 

 死者の日と呼ばれるその風習は、日本における盆・ケルトにおけるハロウィンなどと同じく、先祖の霊を敬い鎮めるものだとされる。

 それらとの明確な違いは、この祭りは笑みを伴うものであるということ。

 死を恐れるのではなく、死者と共に笑い楽しく祝うことで彼らの無念を払拭する……みたいな意味合いを持つものである、ということだろう。

 

 

「楽しむ……なるほど。同じカテゴリの子達がどことなく楽しそうなのは、そのししゃのひ?ってのが下敷きにあるからなのね?」

「そ。あと、もう一つモチーフになっているものがあるんだけど……それは貴方の方が縁深いかも?」

「ん?私に?」

「貴方個人にって言うよりは、貴方の出身作に……って感じだけどね」

 

 

 そう言いながら、取り出したカードは『冥骸合竜-メメントラル・テクトリカ』。

 メメントにおけるキーカード・エースカードであり、そのモチーフとなる存在はアステカ神話における冥府神・ミクトランテクートリ。

 ……冥府神、という一点を思えば、とある全能神を想起させる存在だとも言える。

 実際、その存在が判明した当初は、そちらがモチーフであるのではと思っている人も多かったような気がするし。

 

 

「……もしかして」

「そう、第二部七章にて登場した全能神。──テスカトリポカ。アステカ神話をもモチーフに持つカード群、ってことになるのよね、この子達」*4

 

 

 そして、直接その名前を口にした彼女は──にやり、と意味深な笑みを浮かべていたのだった。

 

 

*1
逆理もパラドックスも同じ意味。二律背反とも。直感などに反した結果を導くが、それに対する反論を容易に見付けられないもののこと。矛盾を起こしているように見えるが、その間違いを指摘できない(≒指摘のしようがない)ような状態

*2
ゴルディアスの結び目のこと。イスカンダル王の遠征におけるエピソードの一つ・難題の象徴であり、『ゴルディアスの結び目を切る』とすると日本語的に『快刀乱麻を断つ』とほぼ同じ意味となる

*3
海馬瀬人ではなくその物真似をしているとある人がよく口にする言葉。君も医学会に貢献しないか?()

*4
星5(SSR)アサシンである『fate/grand_order』のキャラクターの一人。アステカ神話における主神の一柱であり、その名前は『煙を吐く鏡』を意味するという。かの作品においては、秘匿者(クリプター)、デイビット・ゼム・ヴォイドの契約サーヴァントとして登場。そちらはこちらが召喚できるものと違いクラスがルーラーになっている



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寝不足の閃きは大抵ドツボ

「……まぁ、テスカトリポカを想起した、っていうのはなんとなくわかったけど。それが問題解決にどう繋がっていくのよ?」

「話は最後まで聞きなさいよ。FGO関係者がテスカトリポカと聞いたのなら、ついでに想起するモノがあると思わない?」

「ついでに想起するモノ?……ええと、それってもしかして主人公の家を自称する……」

「そう、トラロック!彼女の存在こそ、私達が問題を解決する最良の手段だったのよ!」

「えー!?」

 

 

 例の全能神を思い出した、ということはわかったが。

 はたしてそれが今回の解決策とどう関わってくるのか?……ということには思い至らなかったエリザ。

 そんな彼女に教えるように、紫はそこから更に想起しろと言葉を繋ぐ。

 

 ──そう、全能神たるテスカトリポカが、自身の()として扱っていたとある存在。

 その名をトラロック。主人公の()を自称するという、ある意味ではまったく新しいアプローチの方法を生み出したキャラクターである。

 

 

「つまり……どういうこと?」

「いい?まずハロウィンの近似的祭事である死者の日、という形で私達はメキシコ、ひいてはアステカ神話へとアクセスする手段を得たわけ。更に、その神話の全能神であり最高神でもあるテスカトリポカの言葉、というある種の信託とも言えるそれを以て、更にトラロック──正確にはそれそのものではない、役割を羽織った者(プリテンダー)への派生権さえも得た──」

「……え、もしかしてユカリ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「大正解!!」

「……わ、わぁ。私貴方のこと誤解してたかも。やる時はやるのね、盛大に」

 

 

 その姿から紫は、一つの答えを導き出していた。

 トラロックの本来の姿は都市に宿った精霊、()()()()()()()()()()である。

 その考えをハロウィンという祭事に当てはめ、ハロウィンそのものを擬人化させよう……というのが、彼女の思い付いた策。

 

 すなわち、アルティメット・ハロウィンエリザである!

 いや、ちゃんと正確に表記するなら『シン・アルテミット・エリザ』になるだろうか?

 

 ……なお、本来ならそんな大それたことは行えないのだが、ここはなりきり郷、もとい『逆憑依』の影響下。

 言葉による説得力を増し増しにしていけば、あからさまにおかしな結論でも何故か成立する、そんな場所である。

 普段はそれを『口は災いの元』として忌避しているが……今回はそれを逆に利用しよう、ということになったわけだ。

 

 そして、その話を聞いたエリザはと言うと──驚くと同時、仄かな尊敬の念を紫に対して抱き始めていた。

 なにせ、エリザからしてみれば紫と言うのは詰めが甘い領主、といった印象。

 トラブルの後始末を他人に投げ、椅子に座ってふんぞり返っている……とか、そんな感じのイメージだったのである。

 

 まぁ、責任は全部私が取る、と泰然としているとも言えるし、そもそも全てを他人任せというのもエリザの勘違い、というやつなのだが……ともかく、紫に対しての心象があまりよいものではなかった、ということに違いはあるまい。

 

 ところが、今の紫はどうだろう。

 エリザには思いもよらなかった斬新な方法を打ち出し、かつそれを実行に移せるだけの下準備も十分。

 ──つまり、エリザは今の紫の姿にある種のカリスマを見たのだ。

 

 ……なお、賢明な読者諸君はなんとなく理解しているだろうが、この二人まともな精神状態ではない。

 見ればわかるが瞳孔がぐるぐるしている。完全に錯乱状態である。

 

 従者たるジェレミアはおろおろと右往左往しているが、同じように外様で成り行きを見守っているダンテが微動だにせず、ただ面白そうに笑っているため止めるに止められない。

 そしてそのダンテの方も、本来はハロウィンを世界に広めるために【兆し】から派生した存在だったりするのだが……彼女達の語る内容がぶっ飛び始めたため、笑うしかなくなっていたりする。ちょっとなに言ってるかわからない状態、というわけだ。

 

 そのため、ストッパーがいない。

 計画の無謀さを指摘する者がいない。

 結果、無謀かつ無茶苦茶なその案は賛成多数により可決し、流れるように実験が開始。

 

 ハロウィンという概念そのものと化した究極のエリザを生み出すためのそれは、見事なまでの失敗と『なんでよー!?』という二人の悲鳴と共に、真っ白な輝きの中に呑み込まれていったのであった──。

 

 

 

 

 

 

 ……はてさて、ゆかりんから事の顛末を聞き終えた私なのだけれど。

 とりあえず、感想としては次のようになる。

 

 

「お ば か !!」

「あいたっ!?」

 

 

 虚空から取り出したるハリセン(数百話ぶりの登場)によりツッコミを繰り出したわけだが……いやホントに。

 焚き付けたのは恐らくハロウィンの悪魔とやらなのだろうが、その結果行くとこまで行ってしまったのはゆかりんとエリちゃんの二人。

 

 ……となれば、その当人を叱らないわけにも行くまい。

 そんなわけで、暫く当事者達へのお叱りタイムが挟まることとなったのであった。ゆかりん涙目である。

 

 

「うー、仕方ないでしょー、実際なにかしら対処しなきゃいけないのは確かだったし、エリちゃんの意志をここで折ったらそれこそ再起不能だったでしょうし……」

「そりゃまぁそうでしょうけど……そもそもなんで貴方達だけで決めたのよ。呼びゃいいでしょうよ私とか他の面々とかを。エリちゃんは見つけられなかったって言ってたけど、それってつまり最初の内は私を呼ぶつもりがあった、ってことでしょ?」

「……あっ」

「それもすっぽ抜けてたってわけね……」

 

 

 うーんこの。

 ……まぁ、その辺りも思考を誘導されていた、ということなのだろう。

 私相手にはそういうの(思考誘導)は効かないし、それによって彼女達の動きを邪魔されるのはハロウィンの悪魔としても困る結果だった……というのであれば、一応の納得もできなくはない。

 

 ……できなくはないが、どうにも最後の方は二人のコントロールを失っていた節もあるし、そう考えると悪手以外の何物でもなかったのでは?

 と思わないでもない私である。

 

 

「えっと?」

「トラロックのことを話題に出した時点で、ハロウィンの悪魔の思惑は全部外れた、ってこと。……多分だけど、本来なら溜まりに溜まった『ハロウィンゲージ』を使うってタイミングで、自分がその場に割って入ってその力を掠め取ろう……みたいなことを考えていたんじゃないかしら?」

 

 

 そう言いながら、ちらりとなりきり郷ちゃんの方に視線を向ける私である。

 

 ……ハロウィンの悪魔なる存在が二人を誘導したのは、恐らく不安定な自身を確固たる存在として確立するため、というのが正解だろう。

 恐らくだが、形而上学的な存在である悪魔の一種であるかの存在は、ハロウィンという概念のごく一部しか利用できていなかったのだ。

 ダンテ君の姿をしていたのも、恐らくはハロウィンに活動実績があり、かつ再現できる中で一番戦闘力が高かった……というのが大きいのだろうし。

 ……それはつまり、ハロウィンという概念の中でしか行動できていなかった、ということになる。

 

 ハロウィンの悪魔なのだから当たり前なのでは?

 ……という疑問が飛んできそうだが、それに関してはこう返すしかあるまい。『ハロウィンの』悪魔と『ハロウィンの悪魔』では意味合いが違う、と。

 ハロウィンという祭事の中でしか動けない存在と、ハロウィンという名前を背負う存在とではその強度が違う、とでもいうか。

 

 ともあれ、かの存在は自己の完全な確立のため、『ハロウィンゲージ』をなんとかして掠め取ろうとしていた。

 そのためにはなんとしてでもそれを消費する方向に話を持っていく必要があり──そうして誘導した結果、思惑を達成しすぎた、と。

 

 

「ええ、あくまで私の中に残る残滓から読み取れる限りは、って感じですけど。ゲージの使用を決意させたまでは良かったけど、その消費の仕方が想定外だった……みたいな感じですね」

「想定外、と言うと……」

「多分だけど、諦めてエリちゃんを増やす方向に行くと思ってたんじゃない?結果は霊衣(継ぎ接ぎ)──言い換えると羽織るものを作る方向に行っちゃったわけだけど」

 

 

 この辺りはまさに言葉の綾とでも言うべきか。

 もしくは口は災いの元?

 

 ……ともかく、言葉遊びが想定より上手く行きすぎた結果、というのが正解であるのはまず間違いあるまい。

 当初の予定であれば、ハロウィンの悪魔が想定していたのは新たなる霊基の創造だったのだろう。

 霊衣という形で創造するのは不可能に近く、どう想定してもなにかしらの既存エリザに引っ掛かって成就しない、と考えていたのだとも言えるか。

 

 ところが、暴走したゆかりんは『シン』とか『アルテミット』とか付けることにより、それらの問題を力業でクリアしてしまったのである。

 例え既存のモノを想起させようとも、それは『新生(シン)』であり『究極系(アルテミット)』である……と定義付けることで。

 

 

「プリヤ世界でクラスカードを使って変身した衛宮士郎(お兄ちゃん)みたいなもの、というか。あれって過去作の色んなエミヤシロウを想起させるけど、それらとは別物の存在だったでしょう?……その時ゆかりんがやってたことは、偶然その流れに沿うものだったってわけ」

「な、なるほど……」

 

 

 過去のエリザの姿を想起させたとしても、それはそもそもその想起こそを意図したモノであるので問題ない……みたいな?

 ともかく、名付けによる制御を図らずも達成していたゆかりんは、そのまま行けば見事に『シン・アルテミット・エリザ』を爆誕させていたことだろう。

 ──そしてそれは、恐らくなりきり郷崩壊を招いていたはずである。

 

 

「えっ」

「だって『シン』で『アルテミット』ですもの。……出てくるの、どう考えてもヤバイやつじゃない」

「そのことを私の母も察知していたようで……結果、そもそもの起点──トラロックの考え方、概念の擬人化という部分を流用して他の出力を見出だした、って感じになるみたいです。有り体に言えば、私の母は起爆寸前の爆弾を横から掠め取って安全な場所で爆発させた、ってことになりますね」

「えっ」

 

 

 暴走ゆかりん達がそのままエリちゃんを新生させていた場合、発生したのは恐らく『U-オルガマリー』のような敵性体の降臨。

 ビースト・ハロウィンなる奇怪生物が誕生することを察知したハロウィンの悪魔は、そもそもこの奇天烈(きてれつ)な儀式(?)が成立することとなった要因──トラロックのあり方を利用し、別の──もっと身近なモノの擬人化へと派生させることを決意。

 

 自身という存在を、トラロックにおける精霊と同一視させ、荒ぶるハロウィンゲージを全て消費し──結果、なりきり郷の擬人化として出力した、と。

 つまり、始まりこそ私利私欲で動いたハロウィンの悪魔は、最終的になりきり郷を救ったのだ。

 

 その行いに敬意を表し、無言の礼を取る私たち。

 ただ、当事者たるゆかりんだけは、話の流れに付いていけずにぽかんとした間抜け面を晒していたのだった──。

 

 



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終わったと思ったか、これからがスタートだ

「さて、まぁなんとなく事件の大枠はわかったけど。……それで?どうせ他にもなにかあるんでしょ、この分だと」

「……あ、ああ。そうだったそうだった。この子は寧ろ素直な方だから、今回の一件の中では比較的楽な話に分類されるんだったっけ」

「一瞬で不穏な空気を再展開するの止めない???」

 

 

 この子は素直って、それってつまり()()()()()()()()()()ってことじゃないですかやだー!!

 

 いやまぁ、ハロウィンだって言ってるのに当事者たるエリちゃんの姿が見えなかったり、そもそも件のハロウィンゲージが全てなりきり郷ちゃんの構成に使われたのなら問題なんて残ってなくない?

 ……みたいな話になりそうだったりと、よくよく考えれば不穏な空気はそこらに転がってたわけだけども。

 それでもほら、たまには私の方にトラブルが転がってこずに終わる日があっても……無理?お前はトラブルに遭遇する運命の元に生まれた存在?──うん、知ってた(全てを諦めた表情)

 

 

「せ、せんぱいのお顔がアルカイック・スマイル一色に……!?」*1

「慈悲の表情、って言うとそうでもないのに、アルカイック・スマイルって形で横文字にすると、途端に不穏な空気を感じてしまうのはなんでなのかしらね?『アルカイック』って響きが悪いのかしら」

「言ってる場合ですか八雲さん!?このままだとせんぱいがあまねく衆生を救う救世主に!?……あれ?それはそれで良いのでは?せんぱいが世界を導くのならそれがベストなのでは?」

「おっと、戻ってきなさいマシュちゃん。信仰の自由*2は誰しにも認められた権利の一つよ?」

「ぶへっ!?……よ、容赦ないですね八雲さん……」

 

 

 ……なんだこの展開?

 ちょっとこの世の儚さに想いを馳せていたら、唐突にマシュがたんこぶ作ってたんだが?

 高級食材量産体制かな?私としてはRPGよりストーリーだった時の空気感の方が好きだけど。

 まぁあの世界観のまんま話を広げるのは中々難しいだろうなー、とも思うわけなんだけどね?……いやなんの話だ?*3

 

 ふぅ、どうやら大乱闘にチョコボ頭の彼が参戦したことを皮切りに、別たれた二つの企業が再び手を取り合ったことを祝う電波がどっかから紛れ込んだ、ということになるらしい。*4

 まさかCMで堂々とビッグブリッヂ流すとは思ってなかったからね、仕方ないね。

 ……え?ビッグブリッヂなのはゾンビとかキングギドラとか隕石とかと戦うやつで、あっちで流れてるのは『バトル2』っていう別の曲?

 いや、似てないあの二つ?流れる場面も近いというか一種の切り替えみたいなものだし。*5

 

 ──などという与太話はここまでにしておいて、いい加減軌道修正。話を戻して、ハロウィンの話題である。

 聞けば、どうにもこの『なりきり郷』ちゃん以外にも、トラブルの種が蒔かれている様子。

 ……真面目に考察するなら、今この場にいないエリちゃん絡みのなにか、ってことになりそうなんだけど……。

 

 

「そうでもあるし、そうでないとも言えるわね」

「サム8語録かなにか?……え、違う?トラブルの種って部分と解決役として走り回ってる部分を一遍(いっぺん)に述べようとしたらこうなった?」

 

 

 唐突に心眼が足りん(要約)とか言い出したゆかりんに困惑する私だが、どうやらそれはこちらの勘違いだった様子。

 ……というか、エリちゃん実働部隊側に回ってたのか。確かに意外とスペック高いもんなぁ、彼女。

 

 

「ええ。()()()()()()エリちゃんが各所に向かって……」

「待った。ちょっと待った。さらっと言うの止めよう本当に」

 

 

 どちらとも言える、ってそういう意味かい!!

 ……つまり、どうやらハロウィンエリザシリーズ全集合、ということになるらしい。

 

 それ精神的なところはどうなってるの?……って感じなのだが、どうやら本人に聞いたところによれば、一時的に自我が広がっているとのこと。

 集合無意識ならぬ集合エリ識、という感じだろうか?……言っててなにそれって感じだが、とはいえなんとなくでも納得するにはそう呼び表すしかないので仕方ない。

 

 ともかく、付随して現れたエリザシリーズは敵ではなく、こちらの味方とのこと。

 ……さっきも言ったように、意外と戦力としては頼れる部類であるエリちゃん達を戦力として運用する必要がある今回のトラブルの種……というのが今から恐怖でしかないのだが、はたしてこのまま聞いていいものか?

 

 

「まぁ、だからといって聞かないわけにもいかないんだけど。……今回のトラブルの内、一番大きいのは一体なに?」

「実は、()()()()()()()()による()()()()の侵食がね……」

「流石にそれは呑み込めないかなぁ!?」

 

 

 思わず「なんでかなァ!?」的な顔*6になってしまった私だが、それも仕方のないこと。

 なんか今、迂闊に聞こえてきちゃいけない類いの名前が飛び出して来た気がするなぁ!?

 ……え?気のせいじゃない?確かに『ハロウィンORT』がなりきり郷内に出現してる?*7

 

 

「……聞かなかったことにして寝てもいい?」

「ダメですせんぱい!!例えハロウィン関連の話だとしても、相手はORTです!!放置は確実に良くないことになります!!」

 

 

 流石にちょっとそれは……。

 思わず「キーアさんちょっと横になりますね」と宣いそうになる衝撃。

 あれかな?もしかしてこういうことがあったりしたのかな???

 

 

『鏡面複写したハロウィン史の濫用』

『エリザザベート達に宿る異聞エリ類史の総括』

『これらを用いた、仮想ハロウィン霊体の構築を確認しました』

 

『生物分類:ワン(one)ラディアンス(radiance)シング(thing) グランドサーヴァント:クラス フォーリナー』

 

『ハロウィンORT が 召喚されます』

 

 

 ──みたいな感じのことがさ!

 

 よもやよもや、恐らく『逆憑依』関連だから、本物ほどの危険性はないだろうけども……。

 それでも、FGOの主人公達が血反吐を吐きながら、様々なモノを犠牲にしたり力を借りたりしながら、ギリギリにギリギリを重ねどうにか打ち破った怪物。

 

 輝けるただ一つの星(One Radiance Thing)の名前を持つ、異星侵略種。

 蜘蛛とも呼ばれるその存在の降臨に、思わず私は天を仰ぎながら大きくため息を吐く羽目になったのだった。

 

 ……うん、これあれだな?

 下手にトラロックを概念的に参考にしたせいでというべきか、第二部七章の要素が今回のハロウィンに【継ぎ接ぎ】されたとか、そんなあれだな?

 と半ば確信しながら、キリアとか『星女神』様とか手伝ってくれるかなぁ?……と、取らぬ狸の皮算用を始めた(要するに現実逃避)私である。

 

 いやホント、ビーストよりやべーもん唐突にぶち込むの止めない……?

 

 

*1
口元だけ笑みを浮かべた形式の笑み。ギリシャのアルカイック期の彫刻によく見られる表現である為、そこから名前が取られている。基本的には生命感・幸福感を示す為の表現だとされるが、口だけが笑っているように見える≒目が笑ってない、という風に解釈されることも。そっちの場合は怖さを覚える表情として認知される

*2
日本国憲法第二十条等に規定された『信教の自由』の中に含まれるものの一つ。思想・良心の自由の側面を持つものでもある

*3
『マリオストーリー』および『ペーパーマリオRPG』のこと。高級食材は作中の絶滅危惧種『コブロン』を叩くことで取れる『タンコブ』のこと。見た目はたこ焼きによく似ている珍味。『空気感~』云々は両者のイメージ的な話から。絵本をゲームにしたような感じの『マリオストーリー』に対し、黒い任天堂なども組み込まれた『ペーパーマリオRPG』の方は少々大人向けの様相が強い

*4
『大乱闘スマッシュブラザーズ』に出演したクラウド・ストライフと、2023年にリメイクが発売する『スーパーマリオRPG』から。どちらも任天堂とスクエニが一緒に仕事をしている、という点で関わりがある(正確にはスクウェアと、だが)。一時期不仲説が根強かった為、再度彼らが手を組んだ際にはとても驚かれた

*5
前者は『丸紅』のCM『できないことは、みんなでやろう。『紅丸』篇』のこと。鎧武者に扮した堺雅人氏が『ビッグブリッヂの死闘』をBGMにゾンビやキングギドラや隕石と戦うという映像で、それぞれ直前まで戦っていた相手と次なる敵に対して共闘する、という流れになっている。その為最後には味方サイドのキングギドラ、という珍しい絵面になる。後者は『スーパーマリオRPG』のCM、および隠しボスである『クリスタラー』との戦いで流れるBGM(名称不明。『FF』シリーズの『バトル2』のアレンジ)から。マリオの世界観ではまず見ることのないような見た目のラスボスと、そのBGMは当時のプレイヤー達に相当な衝撃を与えたとか。リメイクの方のCMではこれが売り、とばかりに現れている辺り向こうもその衝撃を理解していると思われる。また、この二つの曲は『FFⅤ』におけるギルガメッシュの戦闘BGMとしても有名である

*6
『FGO』において太公望がたまにやる表情。まさに『なんでかなァ!?』って感じの表情

*7
「つまりこれは、『空想樹海紀行』ならぬ『ハロウィン祭事機構』オルト・ハロウィンってわけね?」「上手いこと言った、みたいな顔するの止めなさいよエリちゃん!ほらなんかORTの動きが良くなったし!?」「あ、口は災いの元なんだっけ。エリザ失敗☆」「し、思考がオーバーフローしてる……!?」



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仮装祭事紀行 オルト・ハロウィン

 そういえばこのなりきり郷も、ある意味地上に伸びる地下世界のようなもんだよなー。

 そこら辺も【継ぎ接ぎ】発生の要因なんだろうなー、とため息を吐く私である。*1

 

 ──唐突なオルト・ハロウィン発生の報に、一時騒然となった室内だったが、今は比較的落ち着きを取り戻している。

 それは何故かと言われれば、当のオルト・ハロウィン自体の性質によるところが大きいのであった。

 

 

「祭事渓谷、ねぇ。恐らくだけど、本来のオルトの浸食固有結界──水晶渓谷とか空想樹海とかと同系列の能力、ってことだけど……」

「効果は周囲をハロウィンにすること。……原種達と比べると遥かに穏当な効果よね」

 

 

 ゆかりんが頬杖を付きながらそう述べるが……まったくもって同意である。

 

 本来『侵略異星外来種』とかなんとか、そんな感じの物騒な名前で呼ばれるオルトと呼ばれる存在は、型月世界観的には『どうしようもない絶望』として語られるモノである。*2

 曰く、堅く・柔らかく・温度差に強く・鋭い外皮を持ち、地球上のあらゆる手段を以てしても傷付けることは叶わず、そもそも死の概念というものすら持ち合わせていない……。

 

 その脅威というか恐ろしさというか、実際に相対する羽目になったマスター諸君は十分すぎるほどに味わったことだろうと思うが……ともあれ、そうして対峙した相手すら本来の原種ではなく亜種だった、というのだから救われない。

 ……とりあえず、オルトという存在が意外と学習能力が高い、ということは間違いないだろう。

 

 その学習の結果、ということなのか。

 亜種たるオルトは、本来の自己の能力とはまた別の方向性を持った能力──浸食固有結界を得ていた。

 本来のそれが周囲を水晶に変化させていく『水晶渓谷』だったのに対し、亜種オルトのそれは周囲の植物を全て空想樹に変えていくという『空想樹海』と呼ばれるものであり、その変化は数少ないオルトの情報を知るもの達にとって、驚愕をもたらすに足る情報であった。*3

 

 それと同じように、今なりきり郷に現れたオルト・ハロウィンも、自身の浸食固有結界の効果を変化させている。

 それが、『祭事渓谷』。周囲をハロウィンに変化させていく、という効果の浸食固有結界である。

 

 ……うん、ツッコミたいところいっぱいあるよね?

 でも今は大人しく概要を聞いて欲しい。聞いたあとで『なんでだよ!!』ってツッコんで欲しい。

 そのうちFGO本編で似たようなこと起きるかもしれないけど、その時はその時でみんなで笑ってオルトを狩ろうな!(ヤケクソ)*4

 

 

「ハロウィンゲージの消費による私の創造の対として生まれたものであるので、かの蜘蛛は最初からハロウィンの使者としての属性を持っていた……というわけなのです」

「ええと……黄昏の腕輪とクビアみたいな?」*5

「……よく分かりませんが、方向性を異にする同位体、という方向性であるのであれば問題ないかと?」

 

 

 まず、そもそもオルト・ハロウィンが生まれたきっかけというのは、ハロウィンゲージの総量となりきり郷ちゃんの実体化に必要なエネルギーの量が()()()()()()()()()()、というところが大きい。

 つまるところ、なりきり郷ちゃんの創造だけではエネルギーの暴走を止めるに至らなかった、ということになるのである。

 

 

「……人一人を創造するのって、結構なエネルギーが必要だと思うんだけど?」

「ええ、その通り……なんですけど、それを踏まえてもなおエリザさんが無意識に集めていたハロウィンゲージの総量には遠く及ばなかった、というわけですね」

「あの子一介の『逆憑依』のはずなのに、背負わされてるものが大きすぎない?」

 

 

 脱、ハロウィン!……がここのエリちゃんの掲げた目標じゃなかったんかい。

 離れようとしたら反作用でハロウィンが追っかけてきた、ってレベルなんだが???

 下手するとその内ハロウィンの理を司る神の一柱、みたいなことになってそうでお労しさが半端じゃないんだが……。

 

 ま、まぁともかく。

 無意識にエリちゃんが集めていたハロウィンゲージが多すぎて、人一人の創造では収まり切らなかった、というのは事実。

 そもそも場所の擬人化、という形で可能な限り消費量を水増しした上でこの状況なので、こっちが思っているより大事だった可能性は否めない。

 ともすれば、その内自然に破裂して周囲を消し飛ばしていた、とかの事態が起こっていた可能性も否定できない、というか?

 

 

「そういうわけなので、ハロウィンゲージに火が着いた時点で早急に消費する必要が生じたわけです」

「その『火が着いた』ってのは、一度貴方を創造しようと動かしたから、ってことよね?」

「端的に言うとそうなりますね!」

 

 

 なので、それだけのエネルギーを一度稼働させ始めてしまった以上、急に止めることなんて不可能。

 しかも、一度方向性を定めてしまったのだから、他の向きに急転換するのも至難の技。

 言ってしまえば、停止直前ではなく運行中の新幹線を別の線路に移動させようとするようなもの。

 線路の切り換えを用いずにそれを行おうとしているのだから、まず大事故になるのが普通というわけである。

 

 なので、その時点でできることはそのまま走らせること──なにかしらの存在を創造することだけ。

 それも、場所の擬人化では足りなかったのでそれよりリソースの多そうな相手を見繕って、だ。

 ──この時点で、エリちゃんの思考に余裕はまったくなくなった。

 

 

「八雲さんがどうだったのかは知りませんが、少なくとも直接ハロウィンゲージを操作する形になっていたエリザさんの方は、『このままじゃ無理!!』ということは如実に感じていたはずです。……そりゃまぁ、思考がパニックになるのも仕方のない話、と言いますか?」

「あー……『え?足りてないの?これで?』『え゛、このままだとエネルギーの行き場がなくなって爆発する?!マジで言ってるのそれ!?』『え、えっとえっとえっとえっと、すごい生き物!?すごい生き物を作ればいいのね!?ええとええと、すっごい生き物すっごい生き物……あ゛』って感じになったのね……」

「ご名答でーす」

 

 

 とにかく早急にエネルギーを使用しないと、まず間違いなく自身は弾け飛ぶ(爆心地の間近なので)。

 それだけで済むのならまだマシで、場合によっては周辺区域──下手すると日本国ごと吹っ飛ぶと感覚で理解してしまった彼女は、走馬灯のように自身の記憶の中のすごい生き物、達を思い出してしまい……結果、彼女の原作でもあるFGOに出てきたすごい生き物──オルトを想像してしまった、と。

 

 

「そこからはあれよあれよという間にハロウィンゲージが消費され──結果、オルト・ハロウィンなる怪生物が生み出された、というわけですね」

「で、実際に対峙したことがあるのは亜種──攻撃性の低い・もしくは目的意識の低い方だったから、そちらの例に倣い件のオルトの目的は使われたエネルギー……ハロウィンゲージの性質に寄った、と」

「そういうことになりますね!」

 

 

 オルト一つを創造するのに必要なエネルギー量がどれくらいなのかは分からないが、ともかくハロウィンゲージはエリちゃんの願い(※願ってません)を受諾。

 有り余るそれを有効活用し、結果オルトを生み出すことに成功した、と。

 

 ……ただ、そうして生み出されたオルトは原種のそれではなく亜種からの派生。

 攻撃性が低い、とされたかのオルトと同じであるため、目的意識のない──言い換えれば主体性のない存在であった。

 それゆえ、自身の目的を外付けのモノとして必要とし、結果使われたエネルギーをそのまま目的として定めた、と。

 

 それゆえ、オルト・ハロウィンは今のところハロウィンを求めるだけの生き物と化している。

 周囲に無差別にハロウィンを振り撒くだけなので、危険性は他のオルトと比べれば遥かに低い、というわけだ。

 

 ……まぁ、だからといって放っておくと、そのうち地球上全てをハロウィンにし始める可能性が大なのだが。

 

 

「地球上全てをハロウィンにする……?」

「クリスマスとかお正月とか、全部ハロウィンの延長線上になるってこと。ハロウィン以外の全てが認められない世界になる、と言い換えてもいいかも?」

「それはそれで微妙に傍迷惑ね……」

 

 

 さらに面倒臭いことに、ハロウィン属性を持たないモノをハロウィンに同化してしまう(≒仲間にしてしまう)ため、迂闊に抵抗するとハロウィンにされて無力化されてしまうとのこと。

 現状はハロウィンの申し子であるエリちゃん達が可能な限りハロウィン汚染を防いでいるが、この分だと一週間も経たない内に地球上は全てハロウィンに沈むとのことであった。

 ……絵面はギャグだがわりと地球滅亡の危機である。

 

 

「あとねー、一番ヤバイのがオルトってだけで、実は他にも色々とハロウィンの空気に誘われて出てきてるヤバイのがいるみたいでねー。そういうのも含めて、全部解決して欲しくてここまで来たってわけ」

「なるほどなるほど。……部屋で寝てていいかな?」

「ダメー!!本来ならハロウィン過ぎれば全部消えてたんだろうけど、オルトがいる以上ハロウィンは常に保たれ続けるからハロウィンが終わる道理はないのよー!!」

「うーんこの。ここでも実質的な王なのねアイツ……」

 

 

 なお、ゆかりんの言によれば、オルト・ハロウィン以外にもトラブルの種は振り撒かれているとのこと。

 ……相手がオルトでさえなければハロウィン当日を過ぎれば全部露と消えて終わっていたのだが、どうにも空想樹的な事象継続効果をこっちのオルトも持ち合わせているらしく。

 

 結果、全てのトラブルの種を解決したのちにオルトを倒そう!……みたいな、縮小版総力戦を決行させられる羽目になったのであった。

 ……うーん、ボックスイベかなー?()

 

 

*1
FGO二部七章の舞台は『地下世界(シバルバー)』であったことから

*2
曰く『ラスボスより強い隠しボス』。ドラクエならダークドレアム、FFならオメガウェポンなどと同じような扱いということだろうか?

*3
二部七章に登場するまで、あくまで情報だけが一人歩きしていたのがort。亜種とはいえその能力の一端を示されたことにより、確かにこの生物が『ラスボスより強い隠しボス』などと呼ばれるに足る存在であることを身を以て実感することになったのであった

*4
サンタオルトとか来てみんなでサンタオルトを狩ろう、とかやられても不思議ではないという意味。今年のクリスマスはオルト狩りで素材収集だ!……いや怖いよ(真顔)

*5
初代『.hack//』に登場する特殊なアイテムと、それがもたらす歪み・反存在とでも呼ぶべき存在。正確にはクビアそのものは『カウンタープログラム』であり、黄昏の腕輪が異常なアイテムであるからこそそれの対処の為に生み出されたクビアも異常な存在となる……というような関係性であった。言ってしまえば白血球のようなもの。『G.U.』においては対象範囲が広がり、結果として世界を揺るがすレベルにまで至ることになった辺りも、ガンによって暴走した白血球などを思わせる



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トラブルが起きたのだからすることは一つ()

 やる気はでないが、相手がオルトである以上は動かないわけにもいかず。

 仕方なく、マシュを連れて家を出る私なのであった。

 なお、なりきり郷ちゃんは当初家に置いていくつもりだったのだが……。

 

 

「トラブルの種達は巧妙に姿を隠しています。私のナビがあった方が探しやすいと思いますよ?」

 

 

 とのことで、結局連れていくことになったのであった。

 うーん、彼女が本当にこの場所の擬人化であるのなら、できれば前線には連れて行きたくないんだけどなー。

 

 

「彼女の受けた傷が、同様にこのなりきり郷の破壊に繋がりかねないから……ですね?」

「うんまぁ、そういうこと。……こういう無機物──それも建造物の類いと強く結び付いた存在ってのは、基本互いの損傷がフィードバックするものだからねぇ」

 

 

 いわゆる九十九神とその化身の関係性、とでもいうか。*1

 擬人化の概念の起源とも言えなくもない九十九神は、人が大切にしてきた物品には神が宿る、とする民間信仰の一つである。

 ……まぁ、元を正すと宿るのは妖怪であり、なんなら九十九年(百年に一つ足りない)使っておきながら捨てやがって、みたいな恨みの感情を持つモノであったらしいが。

 

 その話にしたって、『百年モノを使うと化けて出る』という迷信が先にあり、実際に化けてでたのでこれは本当だったんだ、みたいな感じに肉付けされていったのだろうが……。

 

 

「百年ちゃんと使ってれば、例え化けてでても祟られることはなかったんじゃ?……みたいな再解釈があったんじゃないかなって思うのねー」*2

「当時における百年というのも、しっかり確認していたかと言われると微妙ですからね」

 

 

 言い換えると、そもそも『百年』というのも目安でしかないよね、みたいな?

 ……それよりも前に化けて出られるだけの力は蓄えており、それをしなかったのは偏に()()()()()()()()()()()、と解釈することもできるというか、昨今の九十九神の解釈はそっちのような気がするというか。

 

 ともかく、長く使ったものが命を持つ、という考え方は古くからあるものであり、特別な考え方ではないというのは確かだろう。

 海外でも『アニミズム』*3という形で存在している辺りまさに、というか。

 

 で、話を戻すと。

 そういう無機物に宿る存在というのは、原則その無機物と状態を同期しているのが普通である。

 

 例えば宿っているのが茶碗だとして、それが綺麗にされていれば宿っている側も身綺麗になるし。

 仮に茶碗が欠けてしまっていたら、宿っている方もどことなくボロボロになったりする。

 もし茶碗が粉々に砕けてしまった日には、宿るモノも同じように粉々に砕けてしまうだろう。

 

 これは、昨今の作品で語られるような擬人化──特になにかしらの本体とでも呼ぶべきモノを持つような存在においても、似たようなことが言える。

 仮に城の擬人化であるならば、元の城が華美な見た目をしていればそのキャラも相応に派手になるだろうし、城が壊れるごとにそのキャラの服も破損していく……みたいに。

 

 

「この辺りを真面目に語るのはあれなんだけど……本体というべきモノがあるとして、それを体に見立てるとどうなるか?……みたいなことになるんだと思うんだよね」

「外装は服、絵柄があれば顔や表情。キャラクターから元の存在を想起させることも必要とされる擬人化というのは、裏を返すと特定の部位の破損を照応させられてしまう……ということですね」

(やだ、滅茶苦茶真面目に考察されちゃった)

 

 

 流石はマシュ、全力ですな。

 ……冗談はともかく、マシュの言う通り擬人化というのは元となった存在をある程度想起できるようにしないといけない。

 そうでなければ擬人化である意味がないというか、勝手にそのキャラを擬人化した存在であると主張している変な人になるから仕方ないというか……。*4

 ともかく、本来人格を持たない存在にそれを付与するとなると、それらしい個性を元の姿から見いだす必要があるのである。

 

 例えば真っ白な外壁が特徴的な城があるとして、その城を擬人化するとなればその『白さ』を何処かに加えよう、見映えのよい特徴にしよう……と考えるのが普通である。

 さっきの例で行くなら真っ白な着物、という形になるのだろうが……インパクトが足りないのなら全身真っ白にするとか、そういう形での懸案が必要となってくるだろう。

 

 そうして生まれたキャラクターは、ある意味でその『白さ』に理由がある存在、ということになる。……呪術的な繋がり、と言い換えてもいい。

 それゆえ、その白さの根幹となった部位──真っ白な外壁がなんらかの理由で失われた時、そのキャラクターもその『白さ』を失う結果に繋がる……と。

 

 これは逆パターンでも同じことが言える。

 キャラクターの白さが損なわれることがあれば、それは擬人化元である城の方にもなにかしらの異変が生じる……というわけだ。

 例えば墨で汚されたのなら、実際の城の外壁にも墨による汚れが発生する……みたいな。

 

 

「……擬人化作品ってわりとアダルトな作品も多いじゃない?」

「せんぱい最低です」

「まだなにも言ってないわよ!?」

 

 

 ……なお、こうして説明しつつ、脳内で想像していたのが『艦これ』とかだったため、実際の物体の損傷や汚れがキャラに反映され、かつそれと逆のことも起こりうる……という状況の絵的な説明が、可能な限りぼかして述べると『刃牙の家』*5になってしまったため、思わず口に出したのだが……。

 そのせいで、マシュからは汚物を見るような眼差しを向けられる羽目になってしまったのだった。

 ……いやだってさぁ!?仕方なくないエッチなの多いよ擬人化作品!?

 

 

「えっちなのはいけないと思います!」

「……どっから出てきたのXちゃん」

「いえ、なんだか言わないといけないような気がしまして」

 

 

 なお、そんなことを言う貴方は煩悩にまみれている……みたいなツッコミが横合いから飛んできたため、思わず愕然とする羽目になる私なのであった。

 ……違うし……別にエッチな話をしようと思って話題にあげたんじゃないし……。

 

 

 

 

 

 

「…………」<ムッスー

「ほらせんぱい、機嫌を直してください。本当にせんぱいがなんの意味もなくそういう話をしたとは思ってませんよ」

「……いや、他所でやってくれないかなそういうのは?」

 

 

 はてさて、なにか起きたらとりあえずラットハウス……のスタンスでいつも通りやって来たわけですが。

 現在、私は横合いから切り分けたパンプキンケーキをこっちの口に近付けてくるマシュにイヤッ!……と対処している最中なのでした。……ちいかわかな?

 

 

「やかましい、人魚の煮付け出すぞ君」

「おっと永遠の命は間に合ってますので。……真面目な話をすると、【星の欠片】的に相殺どころか黙殺するレベルなんで効かないと思います。方向性的に正反対だし」

「本当に真面目に語るやつがあるか!!」*6

 

 

 なお、コーヒー豆をごりごり砕いていたチノちゃん……もといライネスが、こっちの様子に怒り心頭とばかりに声をあげていたが……無理もない。

 なんでかは知らない()けど、私とマシュがラットハウスに入ってから客の入りが増えたからね!ハロウィン特性セットが飛ぶように売れてるから嬉しい悲鳴ってやつだな!()

 

 

川´_ゝ`)「なに、気にすることはない。確かに彼女にとっては道楽の類いだが、私達としては腕を振るう良い機会だからね」

「おっとウッドロウさん。……なんか雰囲気変わりましたか?」

川´_ゝ`)「久方ぶりの出番だからね。恐らくは空気化していたということだろう」

「冗談にもならないこと言うの止めませんか……?」

 

 

 貴方が言うと洒落になっていないというか。

 

 ……ともあれ、裏の調理場から注文の品を持って出てきたウッドロウさんに挨拶をしつつ、そういえば上条君の姿が見えないな、と辺りを見回す私である。

 

 

「トウマならオルト対策に駆り出されたよ。相手は極限の単独種とはいえ、所詮は『逆憑依』。今の出力の下がった状態ならば、相応に対処は可能だからね」

「うーん、クロスオーバーモノとして見ると火種すぎる発言……」

 

 

 その疑問に答えたライネス曰く、上条君は現在エリちゃん以外でハロウィン属性なしにオルトを押し留められる存在の一人として、前線に駆り出されているとのこと。

 ……往年のなんでもそげぶ、を思い出すような内容の発言だが、その辺りは型月民も人の事言えた立場じゃないのでお口チャックする私である。

 いやまぁ、そういう議論は繰り返されるもので、どの時期でもなにかしらの作品が過剰に持ち上げられていることはよくあるんだけどね?メカクシシリーズとか。

 

 ……これ以上話すと余計な火種が振り撒かれそうなので今度こそお口チャック。

 こちらを懐柔しようとあれこれやってくるマシュを極力無視しつつ、ライネスからの話を静かに聞く私であった。

 

 

*1
付喪神とも。長い年月を経た器物には精霊が宿る、という内容の説話。人々はそれを厭って煤払いと称し立春頃に物を捨てていたが、その恨みによって却って化けて出る結果となったとか。そうして化けた九十九神達は節分頃に人々に復讐を企てたが、結果返り討ちにあい仏門に帰依した……とか。その話の中では『百年』という具体的な年数が語られているが、『八百万』と同じく正確には『長い年月』を意味するものでしかない、と見るのが普通。……とはいえ、『九十九神』という表記の方はそれを元にしたものである為、まったく無意味かと言われれば別の話になるだろう

*2
もしくは、八百万の神──神道の考え方と混ざったか。仮にも神と名が付くのだから、同じように敬い始めてもおかしくはない

*3
ラテン語の『anima(霊魂)』から作られた用語。ありとあらゆるモノには命が宿る、と考える信仰体系の一つ

*4
それを受けとる側からの批判が大きくなる、とも。少し違うが、ホームズを名乗るキャラであるならば『シャーロック・ホームズ・ハンド』(両手の指先を付き合わせるポーズ。彼が考え事をする際によくするポーズとして原作で語られている。コナン君もやってる)をさせるべき、みたいな感じか。それがないとホームズ由来のキャラではない、と言われることもある(『モンスターストライク』のホームズなどがたまに言われているのを見掛ける)

*5
格闘技漫画『バキ』シリーズにおける刃牙の実家の様子から。滅茶苦茶に落書きが施されている。これを人にやっていると考えると……?

*6
ちいかわの長編『島編』でのやり取りから。ちいかわでこんな話をすることになるとは思わなかった、という評判多数()



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ウルトラマンを呼べと言われることもあるので()

「……私としては、こんな忙しさはいらないからさっさと終わらせて欲しいんだがね?」

「って言っても、それが無理なのはライネスが一番よくわかってるでしょ?」

「…………まぁ、亜種の亜種みたいなものとはいえ、曲がりなりにもオルトだからねぇ」

 

 

 はぁ、と大きなため息を吐くライネス。

 実際、今のラットハウスの盛況振りには、オルト・ハロウィンの存在がまったくの無関係であるとは言い辛い。

 

 確かに、オルトは型月世界観における絶望の象徴。

 FGO民も撃破に成功したものの、その実本来の原種とでも呼ぶべき相手より攻撃性が落ちていたりだとか、打倒のために協力してくれていたのが本来推定ラスボスであった人物だったりとか、なにが欠けても渡りきれないギリギリの綱渡りの結果であった……ということは十二分に承知しているわけだが。

 それが同時に、その脅威を正しく認知する結果に繋がるかと言えば、それはまた別の話なのだ。

 

 ……え?言ってることがおかしい?

 撃破できたのは様々な要素が重なった結果であり、再度同じ事をやれと言われても不可能だということは認知しているんじゃないのかって?

 うむ、そこの認知とオルトへの感情というのは切り離して考えるべきだね!

 

 

川´_ゝ`)「実際、倒せてしまったということが、一種の愚弄のようなモノになっている節はあるからね。真に最強であるのならば、何者にも侵されぬ領域でなければならない……というような」*1

「言ってることはあってるんですけど……そのお声で最強云々の話をされると、なんか裏切られそうな予感がひしひしと……」

「なに、気にすることはないさ」

(微妙に寄せてきた!?)

 

 

 眼鏡無いのに眼鏡掛けてそうというか、その眼鏡を砕いてわたてんしそうな気がするというか。*2

 ……そんなウッドロウさんの空気感はともかく、彼の言うことは事実である。

 

 ストーリーの流れや状況・そこまで積み上げてきた様々なフラグなどを無視して結果だけを抽出し、あまかもその相手が与しやすいモノだと誤認させるような話、というか。

 ……ともかく、最強の名を冠するものは一度でも負けるととことん馬鹿にされる、という風潮はかなり古くからあるもの。

 オルトの場合もその例に漏れず、『倒せたのだから大したことない』みたいなことを言う人というのも、少なからず存在するわけで。

 

 まぁ、本気でそんなことを思っている人間はそう多くなく、あくまでネタとして述べているモノがある大半だと思うが……しかしてその手の感覚というのは伝播するもの。

 分かりやすく言うと、現状なりきり郷を襲っているオルト・ハロウィンを、真に脅威として見ているものはそう多くないということになるのだ。

 

 

「タイミングがハロウィンなのも良くない、というやつだね。そのせいでみんな『なんだ普段のハロウィン(いつもの)か』なんて気持ちになっているんだよ」

「実際にエリザベートさん関連の話である、というのも誤解を助長しているわけですね……」

 

 

 今年の夏、FGOにて登場した派生ケルヌンノスみたいなものだと思われている、とも言えるだろうか?

 ……要するに、必要以上に脅威を軽視する風潮が蔓延っているというわけだ。

 

 本来のオルトであれば、こんな悠長なことはしていられない。

 この地に住まう存在全てを動員し、それでも勝ちの目は一切拾えない……くらいの戦力差が本来想定されるべきもの。

 こっちがどうにかしようと思うのであれば、適応や理解がすなわち死に繋がる【星の欠片】をぶつけるくらいしかない。

 

 それにしたって、亜種の見せた解析能力が悪い方向に作用すれば、【星の欠片】を自身の浸食固有結界にしたオルト……などという悪夢以外の何物でもないものが爆誕する可能性もあるのだ。

 

 ……いやまぁ、実際のところどうなるかはわからんのだが。【星の欠片】のそれは見方によっては()()()()()()()()()()()モノとも言えるので、その方面から進めると普通に模倣し始める気もするし。*3

 元となる原理が『無限死による間接的な死の否定』であるため、生きようとする意志がもはや意地汚さのレベルまで昇華されているオルトにとっては決して認められないもの、なんて判定になる可能性もある。

 

 結局、オルト対【星の欠片】に関しては『原作が違うので比較できません』と置いておく方がいい気もするので、結果として対処として選ぶのは間違っているという話に落ち着きそうなのでたった。

 

 ……話を戻すと、どうにか対処できそうな【星の欠片】は様々な理由から止めといた方がいい、となると実質用意できるのは再現度による出力制限を受けた『逆憑依』達だけ、ということになる。

 

 そしてそれにしたって、最高戦力であるマシュを原作と同じように使い回す、というのは中々難しい話になるだろう。

 あれ、ゲーム的には体力ゲージがゼロになっているが、実際のところは致命的な攻撃を受ける前に撤退している、というのが近いだろうし。*4

 ……つまり、原作と同じ気分でマシュを数回投入しようとすると、途中で逃げ切れなかった場合にゲームオーバーとなるというわけである。

 

 それを思えば、『倒せば戻ってくる』とされていた情報体──オルトのエネルギー源にならないサーヴァント以外の存在で相対するのは悪手中の悪手。

 生身の人間は一切近付くべきではない、という結論に至るのであった。

 

 

「まぁ、そもそもそっちのオルトは周囲に宇宙線──いわゆる放射線を致死量レベルで振り撒いていたわけだから、戦闘うんぬんの前に近付くなって話なんだけど」

「普通に即死するだけでしょうしね……」

 

 

 まぁ、そうでなくともオルトの持つ各能力が、人が近付くことを悉く不可能にしているわけだが。

 

 その話を前提に現状のオルト・ハロウィンを見ると、こちらが言いたいこともなんとなく見えてくるだろう。

 ……そう、原作のそれと比べたらもはや()()()()()のである。

 浸食固有結界自体はあのオルトも持っているというのに、だ。

 

 

「まず、原種や亜種の圧倒的な危険性である水晶化や空想樹化、ならびに宇宙船の放射が一切ない……というのがポイントだろうね」

「代わりにお菓子を放出してるくらいだからなぁ」

 

 

 その理由だが、ほとんどのオルトの技能がオミット・ないし他のものに入れ替わっていることが主になるだろう。

 

 浸食固有結界の効果は周囲のハロウィン化。

 つまり、周囲にハロウィンの法則を振り撒くことであり、結果として起きる事象がかなり穏便化されているのである。

 オルトの進行がある種のトリック扱いされている、というのも事態が深刻になりきらない理由だろう。

 これが律儀にトリックオアトリートされていた日には、迂闊にトリートを選んで()()()()()()()人が現れていてもおかしくないくらいである。

 まぁ、結果としてはただ進むだけでも驚かせているようなものなので、そこら辺の判定は発生してないらしいが。

 

 更に、本来発生しているはずの宇宙線は何故かお菓子の放出に入れ替わっていた。

 ……その材料は何処から?という疑問もなくはないが、以前『高エネルギーを上手く使えば好きな物質を作り出せる』みたいな話をしたように、恒星級のエネルギーを使って無茶苦茶してるのかもしれない。

 まぁ、それならそれで『放射線出まくりのお菓子』が誕生するのが普通なので、なにかしら別の法則が関わっている可能性も高いわけだが。

 

 ともあれ、現状のオルトが『ただ徘徊しお菓子を配っているだけ』みたいなものである以上、それに脅威を見い出す人の方がおかしい、みたいな話になるのも無理のない話であり。

 結果、現在ラットハウスでハロウィンを満喫する客達のように、今の状況を楽しいだけのイベントだと勘違いする者達が大量発生する原因となっていたのだった。

 

 

「……まぁうん、私もオルトが単に徘徊してるだけなら、そういう感覚でいるのも間違いじゃないかとは思うんだけどねー」

「それにしては付随するモノが厄介すぎるというか。……確か、他に出てきている存在も大概なんだろう?」

 

 

 とはいえ、彼らを責めることはできない。

 現状、オルトはなにかを目標にして進んでいるようには見えない。

 一応、放置しておくと永年ハロウィンが成立しそうであるため、討伐しないといけないというのは間違いではないが……同時に、一生ハロウィンであることが許容できるなら危険度は全く無い、という風にも誤認できてしまう。

 

 ──そう、誤認だ。

 オルトは無意味に徘徊しているのではない、自身が対決すべき相手を待っているのである。

 それが、ここに生まれた自身に与えられた目的であるがゆえに。

 

 その対決すべき相手と言うのが、なりきり郷各所に現れたトラブルの種達。

 今はまだ隠れて蠢動(しゅんどう)しているだけだが、彼らは自身の完成を待ち、オルトと対峙することを望んでいる。

 

 そのうちの一つ、四つのユニバースを掛け合わせた存在。

 それこそが、

 

 

「シン・ユニバースロボ。完成していたとはね……」

「いやまだ蠢動してるからね?完成してないからね?」

 

 

 シン繋がり……いや、寧ろこれに呼ばれて来たのか。

 ともかく、四つの『シン』を組み合わせた狂気の沙汰、シン・ユニバースロボなのであった。

 

 ……一ついいかな?勝手に戦え!!*5

 

 

*1
最近では五条さんが似たような話になった。最強を名乗るのなら誰にも負けるなよ、みたいなことを思う人は一定数いるということだろう。無論、本当に最強だとそれはそれで別の人から文句を言われたりもするのだが

*2
『BLEACH』のキャラクター、藍染惣右介のこと。ウッドロウとは中の人が同じ。また『わたてん』は『私が天に立つ』の略称であり、『私に天使が舞い降りた!』の方ではない

*3
自身を細分化した結果、あらゆるモノに含まれる自身を見いだす……という【星の欠片】のあり方は、全ての部位が代替可能なオルトの生態に近いものになる、という話。【星の欠片】もそれを根本的に滅ぼすのであれば、全てに含まれる全ての【星の欠片】を一斉に滅ぼさなければならない。……なお、死という現象を寧ろ活用している為、単に攻撃しただけでは滅びるどころか寧ろ彼らに活力を与える結果になるという、悪意の塊みたいな技能も持っている

*4
捕食される前に逃げている、ということ。実際に相対した際に逃げられるとも思えないので、ある意味ではゲーム的な都合となる

*5
映画『エイリアンvsアバター』のキャッチコピーの一つ。なお、タイトル的にとある作品達が想起されるが、実のところそれらの作品とは全く関係のない、いわゆるB級映画の類いである



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最近特撮界隈も活気に溢れているので

「シンユディバーズ?ソンナドオンドゥルア゙ドゥワケナイジャナイカ?」*1

「あ、はい。ありがとうございました」

(珍しくマシュが困惑してる……いやまぁ気持ちはわかるけども)

 

 

 ラットハウスの外に出た私たち。

 一先ずなりきり郷内の空気感を確かめるため、辺りにいた人達から話を聞くことにしたのだけれど……うん、真っ先に声を掛けた相手があれだったというか。

 

 見事なオンドゥル語に思わず感服しつつ、結局なに言ってたんだろうあの人……と、去っていく男性の背を見送った私たちである。

 ……っていうかあれ、ブレイドでよかったのかなぁ……?

 

 

「特撮系の『逆憑依』は変身後の姿こそ本体、と言うような方も多いですからね……」

「見た目で判別できないのは、なんというかあれだよねぇ」

 

 

 あれか、あくまで演者は演者であって本人ではない、みたいな?

 原作では『老婆のような嗄れた声』と書かれているのに、アニメになると普通の少女の声になっていたヴィクトリカ・ド・ブロワみたいに、あくまでそのメディアではその姿になるだけで本当は違う……みたいな扱いというか。*2

 

 まぁそういう感じで、特撮系の『逆憑依』は変身後の姿はともかく、変身前の姿からそれがなんの『逆憑依』なのか?……ということを察することはほぼ不可能となっているのだった。

 ……え?元が二次元ならともかく、三次元のリアルな人をそのまま模すのは宜しくない?*3

 

 ともかく。

 さっきの彼がオンドゥル語を使ってたからと言って、それがイコール彼が仮面ライダー(ブレイド)である、とは繋がらない。

 たまたまオンドゥル語が母国語な人がそこにいただけ、という可能性も決して零ではないのだ。

 

 

「言ってて悲しくならないかい?」

…………(;「「))

「目を逸らすくらいなら最初から言わなきゃいいのに」

 

 

 なお、一緒に付いてきたライネスからツッコミが入ったが……言ってる本人だって無茶苦茶言ってるなぁ、とは思ってるんだからほっといて欲しいと思う私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「ところで、なんでさっきの彼をそのまま帰したんだい?私達の目的を思えば、彼の行き先は私達のそれと重なるんじゃないかと思うんだけど」

 

 

 はて、忙しさに爆発したライネスが『ええい、私は休む!行くぞキーア!』とかなんとか宣いながら同行してきたわけなのだが。

 いや、それでいいんかい?……というツッコミはウッドロウさんの『なに、気にすることはない』の一言によりあっさり返されたのだった。

 

 ……正確には、『疲れているようだから少し気晴らしをしてくるといい。なに、店の方は暫く私が見ていよう』と送り出してくれたわけなのだけれど。

 まぁ、流石にココアちゃんが『バイトの時間だー!……ってなにこの人だかりー!?』ってやってきたからこそ言い出せることだった、という部分もあるだろうが。

 あとはまぁ、単純に人足もちょっと少なくなってきていた、というのもあるかも知れない。

 

 ともかく、ラットハウスを抜け出して私たちに同行することとなったライネスは、さっき走っていった剣崎(仮)君のことを思い出しながら声をあげる。

 

 ……現在私たちが探しているトラブルの種、そのうちの一つであるシン・ユニバースロボは、その構成員の中に仮面ライダーを含む存在である。

 そして、特撮系の『逆憑依』はその特殊性ゆえ、他の面々とは離れて──彼らだけで集まっている、ということが多い。

 

 ……まぁ、どこぞの爆裂娘はどっかんどかんと爆発を多用することの多い彼らのところによくお邪魔してるらしいが、それに関しては私たちとは関係ないので割愛。

 マシュと同じような声でもキャラは別だから余計のこと、である。

 

 ともかく、彼ら独自とも言えるネットワークを持つのが特撮系の『逆憑依』達であり、それに渡りを付けるのであれば直接向かうのは悪手……とまでは言わないが、それなりに手間が掛かるのは事実。

 ゆえに、恐らく特撮系であるさっきの剣崎(仮)君を引き留めるのが普通だろう、というのが彼女の主張なわけなのだが……。

 

 

「実際、最初はそのつもりだったのよ。ベルトっぽいものも見えたし、恐らく特撮系だろうからって」

「じゃあ、余計のことなんでだい?」

「……オンドゥル語は流石にちょっと」

「……あー」

 

 

 当初、彼に声を掛けたのはその腰にベルトらしきものが見えたため。

 このなりきり郷でああいうわかりやすいベルトをしているというのは、ほぼほぼ自身が特撮系であると主張しているようなもの。

 ゆえに、彼に付いていくことで目的地に向かおうとしていたことは間違いない。

 

 ……ないのだが。

 生憎私もマシュもオンドゥル語は習得言語外。

 つまり、彼に付いていく場合聞き取りも対話もできない会話を繰り返すか、はたまた無言で付いていくしかないということになるわけで。

 それはなんというかこう……お互いにあれというか、相手に対して失礼というか。

 

 そんなわけで、彼を頼りに目的地に向かう方法は泣く泣く却下された、というわけなのだった。

 

 

「……そもそも私が案内できますけど?」

「そりゃまぁ、場所は確かに貴方が知ってるでしょうけど……元々特撮系の人達が気の良い人達だからと言って、彼らの場所に勝手に足を踏み入れたら良い顔はされないわよ」

 

 

 なお、私達の言っていることがよくわかっていないのか、はたまたそんなこと気にせずに押し通ればいいじゃないかとでも思っているのか、なりきり郷ちゃんは自身を指差して不満げにしていたが……。

 幾ら特撮系の人達が穏やかで大人であったとしても、彼らのプライベート空間に無断で立ち入れば良い顔はされないだろう。

 

 そう考えると、誰かしらを頼って足を踏み入れるのが一番ということになるのだが……うーん。

 生憎、私たちに特撮系への繋がりは……って、あ。

 

 

「あ?」

「いや、一人行けそうな人がいたなーと」

 

 

 そういえば一人、私たちの知り合いに特撮系の人達にも顔が知られていそうな人がいたなー、と思い出す私。

 とりあえず、彼女を目的に進むのが現状における最善、ということになるだろうか?

 

 

「よし、じゃあとりあえずその方向で行こう。三人ともいい?」

 

 

 私の問い掛けに、三人は特に反論することもなく頷いてくれる。

 その様子を確認し、私たちは一先ず今来た道を戻ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?キーアちゃん戻ってきたの?なんで?」

「人を探しててね。そしたらさっきラットハウスで見たなー、と思って戻ってきたってわけ」

 

 

 まぁ、今もまだ滞在してるとは限らないんだけども。

 とはいえ最初にここに来た時には途中まで同行してたし、なんならそのあとハロウィン限定ケーキを結構な数頼んでいたから、まだ食べ続けている可能性は十分にあるんだけど。

 

 ……などと言いながら、()()()()()()()()を見回す私である。

 数十秒後、店内の一画に積み上げられた皿達を発見した私たちは我が意を得たり、とばかりにその場所に近付いていき──、

 

 

「さっきぶりXちゃん。ちょっと顔貸して貰えるかな?」

「……え、なんですか皆さん揃いも揃って?というかあれ?顔貸してってことはもしかして私なにか強請(ゆす)られるんです?」

 

 

 そこでケーキに舌鼓を打っていた、Xちゃんに声を掛ける。

 ……そう、私たちの知り合いの中で特撮系に渡りを付けられそうな人物というのは、なにを隠そうXちゃんのことだったのだ。

 まぁ、姿の一つであるロボ警察はモロに特撮系が元ネタなので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 実際、彼女は訓練だとかで特撮系の人達のところに場所を借りに行ったり心構えを聞いたりすることも多いらしく、こちらの話を聞いて直ぐ様協力を約束してくれたのだった。

 

 

「あ、それはそれとしてこれを食べ終わってから、ということで宜しいでしょうか?実はそれなりに頼んでしまっていてですね?」

「……あれだったら、私が虚無に保管しとくよ?時間経過が起きないからテイクアウトしても味は落ちないし」

「なんと!流石はキーアですね!」

 

 

 まぁ、話を出したタイミングがタイミングだったので、ちょっと時間が掛かりそうにもなったけど……。

 美味しいケーキを食べたいというのが根幹であることを察した私が、今あるケーキもこれから来るケーキもどちらも保管する……と告げれば、彼女は喜んで席を立ったのであった。

 味も風味も落ちないことが約束されているから、こういう時に話が早くていいね、虚無式保管庫。

 

 

「……ちょっと待った、どんだけ頼んでるのよ?!」

川´_ゝ`)「なに、気にすることはない。メニューの端から端まで一通り頼まれた、というだけの話だからね」

「いやなに考えてるのXちゃん!?」

「いやーその、ハロウィンなのでちょっと贅沢をしようかなーと……」

 

 

 ……なお、精々テーブル一つ分くらいの量かと思っていたケーキの量だが。

 暫くの間──具体的には一時間近く運ばれてきたケーキを虚無式保管庫にしまう行程が挟まることになり、驚愕で胸がいっぱいとなる事態に陥ったりもしたが──こちらから言い出したことなので途中で投げ出すこともできず、暫く足止めを受けることになったというのは、恐らく笑い場話にしておくべき事態だと思われる。

 ……いや、これ後々銀ちゃんにバレたらあれこれ言われるやつじゃない?

 なんでお前だけでこんなにケーキ食べてんだよ、俺だって甘いもの大量摂取してえよドカ食いしてえよ気絶はしねぇよ、って言い出しそうというか。

 

 ……と声を掛けたところ、当の本人は視線を逸らしてなにも聞こえない、みたいな顔をしていたのだった。

 

 

*1
『シン・ユニバース?そんなもの本当にあるわけないじゃないか?』

*2
桜庭一樹氏のミステリー作品『GOSICK -ゴシック-』のヒロインのこと。原文では老婆のような声とされているが、実際にアニメになったさいは大人びてはいるものの、普通の少女の声となっていた。それ以外にも、メディアによって見た目などが違うということは結構ある話であったり

*3
『ジャッジアイズ』の主人公をそのまま『逆憑依』させるのはちょっとあれかなー、みたいな話。他人の空似と言い張るのは無理がある



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ポージングで会話するくらいの話

「ようやっと終わった……」

「全て一品ずつでよかったですね……」

 

 

 どうにかこうにかXちゃんの頼んだケーキ達をしまいこんだ私。

 個人的にはこれを再び外に出す必要があるのか……と憂鬱でもあるのだが、背に腹は変えられない。

 彼女を経由しないと特撮系の人には渡りを付けられないので、嫌が応にもやらなきゃいけな……え?そこまで深刻な話ってわけでもないだろうって?

 まぁ後腐れがない方が都合が良いのは確かだから……。

 

 そんなわけで、再びラットハウスを後にした私たち一行。

 Xちゃんの伝を使い、特撮系キャラの犇めく場所へゴー、である。

 

 

「それにしても……もうそんな時期ですか。こんなところで向こうの風物詩に出くわすとは思っていませんでしたが」

「?風物詩ってなにが?」

 

 

 そうして道すがら、ふと思い出したとばかりにXちゃんが声をあげる。

 ……のだが、微妙に内容が意味不明である。

 風物詩というと、特定の季節を感じさせるもの……ということになるわけだが、現状それっぽいのなんてハロウィンくらいのもの。

 そしてそのハロウィンは、今時『出くわすのが珍しい』みたいな言い方をされる行事ではない。

 

 

「ああ、あれですよあれ。オルト・ハロウィン。向こうのモノと比べると些か違いが見えますが、概ね同じ原理で動いているようですので珍しいなーと」

知らない世界(サーヴァント・ユニヴァース)の話するの止めません???」

 

 

 そうして首を捻る私に、Xちゃんは遠くに見えるオルト・ハロウィンを指してそう告げるのだった。

 ……いや、作中で詳細の明らかになってない世界の話をされても困るんだわ。

 

 

「仮装祭の蜘蛛は四つの遣いと共に現れる……などと言いますが、これから向かう先にいるのはあくまで一つ扱いなんですよね。四つ合体してますけど」

「止めてー!!微妙に与太話だと否定し辛いこと言うの止めてー!!?」

 

 

 うんうん、と頷きながらこちらの知らない世界の風物詩を語ってくれるXちゃんだが……これあれだな?遠回しにシン・ユニバースロボをどうにかしても話はまだ続くって忠告されてるってやつだな?

 しかもXちゃん本人に忠告のつもりはなく、単に自分の故郷(?)のことを語っているだけで……忠告しているのは世界とかそっちの方ってやつ。

 

 いやまぁ、本命足るオルト・ハロウィンに手付かずである以上、今回の話が長丁場になるのは薄々察していたけども。

 こうして実際にその片鱗をお出しされてしまうと、嫌が応にも実感してしまってうえってなるというか……。

 

 ともかく、聞いているだけで憂鬱になってくるユニヴァーストークを止めさせるため、私はXちゃんの口を閉じさせに掛かったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はい……はい。ええ、宿泊の予定はありません。用事が済めば早急に出ていく予定ですので。……え?寂しいことを言うな?久しぶりに来たんだからもうちょっとゆっくりしていけ?その申し出はありがたいのですが、こちらも用事(ケーキ)が詰まっていますので。……はい、はい。ではそのように」

 

 

 検問所?的な場所に入っていったXちゃんを待つこと数分。

 中から聞こえてくるXちゃんの言葉に耳を傾けつつ、暇を潰す私たち一行である。

 ……え?なんで四人とも壁に寄り掛かって腕組みしてるんだって?単純に空き時間を潰したいだけなら、四人でおしゃべりでもしていればいいだろうって?

 

 それはほら、会話をしてもいい雰囲気があるからこそ、みたいな話というか。

 ……その言い種だと、現状私語は禁じられているみたいに聞こえる?……まぁうん、実質的にそんな感じというか……。

 

 先ほどから言うように、ここは特撮系の『逆憑依』達が集う居住区。

 そこは普通の場所とは少し違うルールが敷かれた場所であり、私たち外様の人間はそれに抵触しないように注意を払う必要がある。

 

 わかりやすい例で言うと、少なからず実在の人間が関わってくることによる違い、ということになるだろうか?

 他の『逆憑依』は基本的に二次元──アニメや漫画、ゲームのキャラクターが現実世界にやって来た、というような状態の存在である。

 そしてその出自ゆえに、実際にリアルで見るとちょっと不思議な気分になるタイプでもあるというか。

 あれだ、それらの二次元媒体の姿と全く同じわけではないが、確かに彼ら本人だと納得できるなにかがある……みたいな?

 

 少女漫画などがわかりやすいが、絵柄をそのまま現実の人に反映すると眼球が大きくなりすぎる、みたいな話がある。

 顔の半分以上の大きさの瞳と言うのは、その実()()()()()()()()()()()()()()

 ……より正確に言うと、構造上顔面から把握できる瞳の大きさというのは、眼球の一部でしかないということになるか。

 

 極端に顔から飛び出しているのならともかく、眼球と言うのはその大半が顔の中に埋まっているもの。

 まさしく氷山の一角と言うべきありさまであり、かつ極端に瞳が盛り上がっていたりでもしない限り、それは九割以上が顔面の中にある、ということを証明するものでもある。

 

 ……つまり、少女漫画における眼球というのは、頭の内蔵物の大半を占めているということ。

 というか、下手すると左右の眼球が互いに干渉するレベルで大きいかもしれないのだ。

 

 そんなモノをリアルに出せるわけがない。

 髪の色くらいならともかく、眼球は特にリアルと二次元で差の出る部分、というわけだ。

 ただ、そこで問題となるのがいわゆる実写化問題というもの。

 表現の差でしかないそれは、しかしてキャラクターの特徴としても認識されているため、メディアを変えると同一人物として認識し辛くなる……という話である。

 

 よく実写化で批判を受けるのが、キャラクターが似ていないというもの。

 邦画でよく起こるそれは、原作のそれを想起できないという意味合いの言葉である。

 

 これの理由となる一番の要因が、パーツの大きさ。

 二次元のキャラクターは基本的に目が大きく、鼻や口は小さいもの。

 対してリアルの人間というのは、目が小さく鼻や口は大きいもの。

 方向性が真逆であるため、例え顔以外の部分を完全に再現してもたった一つ、顔の違いによって違和感を増し増しにしてしまうのである。*1

 

 これは本来、私たち『逆憑依』にも起こって然るべきもの。

 二次元の存在が現実に出てきた場合、その容姿はリアルのそれに沿ったものになるわけだが……それによって原作のキャラクターを想起できなくなる、という可能性は十二分に存在する。

 なんなら絵柄の違いが現実という形で平均化されることで、本来全く別のキャラクターがよく似通った見た目になる……なんて可能性も存在している始末。

 

 この辺りは黒髪ストレート系のキャラクターがよく当てはまる話、ということになるだろうか?

 これらのキャラクターは自身の作品単体なら問題はなくとも、似たようなイメージのキャラクターを集めると絵柄以外の部分での個性付けが難しくなるタイプの存在である。

 まぁ、基本的にこのタイプはいわゆる王道──他が奇抜である中で一人だけ正道であるからこそ目立つ……というタイプであるため、大袈裟なキャラ付けを必要としないことから起きるある種の必然、ということになるわけだが……。*2

 ともあれ、絵柄の違いという差異すら省いてしまうと、個性が埋没する危険性があるのは間違いあるまい。

 

 分かりやすく言うと、同じ絵柄でたきなと澪と凛を並べると誰が誰だかわからなくなる……みたいな話だ。*3

 まぁ、これは極端な例ではあるが……実際に私たちについて回る問題であることも事実。

 にも関わらず、私たちは個人を見間違えるということがない。先の例──黒髪三人娘が仮に一緒に現れたとしても、それらを判別できないなどと言うことは起こらない。

 

 そしてこれは、『逆憑依』同士だと細かい認知ができる……みたいな話ではない。

 外からの来訪者(いっぱんきゃく)に同じ設問を振ったとしても、同じようにキチンと見分けることは可能だろう。

 その理由こそが、私たちに備わった()()()なのであった。

 

 いわゆる気配とも近いそれは、個人を見た時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも言い表すことができる。

 先の三人ならば、愚直なまっすぐさを感じさせるのがたきなで、ほんのり愉快な人物であることを窺わせるのが凛。

 それから、恥ずかしがり屋の性分が見えるのが澪……みたいな感じか。

 

 これらは本来彼女達の話し方などから感じるものであり、立ち姿だけから感じるものではないのだが……私たち『逆憑依』の場合、それらの言語的理解を経ずとも感じられるものとなっている。

 恐らく『逆憑依』として成立する際にキャラクター性が焼き付くような形になっているのだろう、とは琥珀さんの言。

 実際後付けで琥珀さんと化した彼女も、周囲に『月姫の琥珀』と認知されていることから、恐らくそう間違った推測ではないと思われる。

 

 ……ともかく。

 本来二次元からリアルへの転換(コンバージョン)は違和感を伴うものであるが、直接的な容姿の近似以外の部分で個人の把握を済ませている部分もある、というのは確かな話。

 実写版『約束のネバーランド』のシスタークローネみたいなもの、とでも言うべきだろうか?*4

 

 そんな感じでキャラを成立させているわけだが、それが特撮系だと少々話が変わってくる。

 例えば変身ヒーローにおける変身後を主体とするのではなく、変身前の状態も包括してキャラを再現する場合。

 極端な話、役者をそのままコピーすればそのキャラクターとして見ることはとても簡単になる。

 三次元同士の再現であれば違和感は発生せず、かつ言動などがキャラクターそのままであればそれを他のモノと誤認する可能性はほぼ無に等しい。

 

 しかしそれは同時に、実在する人物の模倣にすら繋がってくる、という危うい話にもなってくる。

 他人の空似とはいえ、実際に現実に存在する相手と同じような姿になっているわけだから、トラブルの火種は確実に存在するというわけだ。

 

 そのため、なりきり郷に存在する特撮系──もっと言えば実写系の『逆憑依』というのは、他の『逆憑依』とは別種の違和感とでも呼ぶべきモノを持ち合わせている。

 それが、感じられるキャラクターとしての圧が強い、というもの。

 最早威圧感に近しいレベルになっている、といえばその特異性もなんとなく理解できるだろうか?

 

 これは、リアルではあっても()()()()()()()()()──ライダーで言うところの変身後では発生せず、変身前の姿にのみ発生するもの。

 その正確な効果は『演者とは似てないと感じる』というモノなのだが……その仔細はともかく。

 

 ここで重要なのは、生身の実写系の『逆憑依』は、単に普通に立っているだけで多少なりとも威圧感を発してしまう、ということ。

 もし元々威圧感を感じさせるようなキャラクターであった場合、それらが相乗効果を発揮してヤバイことになる、という部分である。

 

 

(……筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ)

(まさか実際にその台詞を言いたくなる日が来るとは思ってなかったよ……)

 

 

 検問所的な場所で、アサルトライフルとおぼしきモノを肩に担ぎながら、無言でこちらをジッ、と見詰めてくる上半身裸の男性。

 ……今となっては映像の中でしか見ることのできない、若かりしハリウッドスターの生き写しのようなその人物は、しかしてそれを見る私たちに言い様のない威圧感を感じさせていたのだった。

 

 いやまぁ、ある意味この状況は第三次大戦前夜みたいな緊張感だけどさぁ?*5

 

 

*1
実際のところ、服装もダメ出しをされることが多い。これは基本的に衣装は新造されるモノであり、作中人物達の『着古した感じ』が一切しないところが大きいとされる(新品の服に着せられている感覚に近いか)。その辺りもこだわっている作品は、実写でも評価が高いことが多い(有名なのは実写版『るろうに剣心』)

*2
黒髪でクール系、というのは一種の王道(テンプレ)であり、大抵の作品に探せば一人は居る属性でもある

*3
それぞれ『リコリス・リコイル』の井ノ上たきな、『けいおん!』の秋山澪、『アイドルマスターシンデレラガールズ』の渋谷凛。全員外見だけならクール系黒髪少女である

*4
見た目は全然違うのに、確かにそのキャラクターだと認識された好例。原作とは人種も違うが、それでもほとんどの視聴者は演者をシスタークローネだと認識したとか

*5
上記の話は洋画『コマンドー』から。ある意味この映画も風物詩みたいなものである



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どういうことなの……

 はてさて、コマンドーな人の無言の視線に晒されつつ、Xちゃんの帰りを待つこと数分。

 ……そろそろ彼から『見てこいキーア』*1とか言われるんじゃないか、と内心戦々恐々とし始めた頃、ようやく検問所?の中からXちゃんが戻ってくる。

 

 

「はい、皆さんお待たせしましたー。……おや、メイちゃん今日は非番なんです?」

「ちょっとぉ!?」

「うわっ、なんですか一体?」

 

 

 ……戻ってきたのはいいのだが、顔見知りにでも声を掛けるかのように例のムキムキマッチョマンに話し掛けるものだから、思わず詰め寄ってしまった。

 いや、どう考えてもその人はトラブルの元ぉ!!

 

 

「んん?トラブルの元……?……ああ、そういえばこの星のジャパンと言う国ではメイちゃん人気者なんですっけ?」

「なんでどことなく世間知らずの外国人みたいなノリになってるねん」

「は、はい?」

 

 

 ただ、Xちゃんはこちらの慌てぶりがよくわからないとでも言うかのように、普通に彼を手招きするのであった。

 ……ええとこれ、冗談で言ってるのかと思ったけどマジでやってたりする……?

 

 

「まぁ、コマンドーは確かに名作だけれど、それがイコール最近の人が見ているとは繋がらないからねぇ」*2

「Xちゃんもしかして、中の人私より遥かに若いの!?」

「え?ええと……どうなんでしょうね?」

 

 

 そんな私の疑問に、横からことの成り行きを見守っていたライネスが声をあげる。

 ……確かに、元となる作品を見たことがないのなら、Xちゃんのこの反応もわからないでもない。

 わからないでもないが……ええ?マジで?見たことないの?コマンドーを?

 

 ううむ、なら仕方ない……のか?

 いわゆる筋肉万能論にも通じる作品であるコマンドーは、作中の主人公、ジョン・メイトリックスが目の前に立ち塞がるモノを全て吹き飛ばしていく痛快アクションである。

 ある意味では、往年のアメリカらしい作風であるとも言えるかも。

 

 ……そしてそれゆえ、彼に関わったものは皆大抵酷い目にあう、と。

 その実態だけを見れば、娘のために頑張る元軍人のお父さんでしかないのだが……。

 それでお出しされる映像が、見張り役をサイレントキルした上で寝ているように偽装し、キャビンアテンダントに『連れを起こさないでやってくれ。死ぬほど疲れてる』と声掛けした後離陸中の飛行機から飛び降りて逃走するだとか。

 はたまた、尾行相手にバレた結果その人物が上司に連絡しようと入った電話ボックスを中の人ごと放り投げて阻止するだとか。

 極めつけに重機で店内に突撃し、必要なモノを『お買い物(拝借)』していくだとか。

 ……まぁともかく、枚挙に暇がないのである。*3

 

 いや、映像として見てる分には面白いんだけどね?

 滅茶苦茶やるしシュールだし一々発言があれだし、で笑いどころ満載だし。

 ただ、遠くから見ている分には笑える話でも、自身の近くでやられると途端に笑えなくなるというのはよくある話。

 彼の行動はまさにそれであり、視界に入ったならば巻き込まれること請け合いというか。

 

 唯一救いがあるとすれば、流石に敵対者以外に戦闘態勢を取ることはない……ということだろうか。

 もし仮に彼のそれが無差別相手だった場合、目についたが最後『お前は最後に殺すと約束したな、あれは嘘だ』とかなんとか言われてお陀仏する光景が容易に想像できるというか。*4

 ……絵面は徹頭徹尾ギャグだが、やられている方は堪ったものではない。

 

 

「メイちゃんメイちゃん、言われてますよ?」

「……一割は事実だ。耳がいたい」

「しれっと九割軽減するの止めない?!」

 

 

 なお、私の話を聞いたXちゃんが、横で仏頂面を崩さないままのメイトリックス氏に声を掛けていたが……当の本人はしれっとATフィールドなんて目じゃないレベルの軽減バリアを張っていたため、思わずツッコミを入れてしまうことになったのであった。*5

 ……とりあえず、普通に彼が人格者で良かったね、マジで。

 

 

 

 

 

 

「力を貸そう」

「いやその」

「力を貸そう」

「えっとそれは」

「力を貸そう」

「アッハイ、よろしくお願いします……」

 

 

 筋肉の押し売りには勝てなかったよ……。

 

 そんなわけで、何故か積極的に自分を売り込んできたメイトリックス氏を一向に加え、特撮系自治区についに足を踏み入れた私たちである。

 ……いやまぁ、自治区とか大層なことを言ったけど、別にそこまで外と変化があるわけでも……。

 

 

「素晴らしい背景演出は素晴らしい爆発から!……というわけで、今回は火薬多めで行きますよ!大丈夫大丈夫、流石に私の爆裂呪文ほどではないですから!まぁでも本番では撃っちゃうんですけどね!爆裂呪文!!」

「ベグヴィンヴァオンドゥルバグヴァヅガズクダナァ」*6

「……すいませんせんぱい。ちょっとお話してきますね?」

「え、あ、はい」

 

 

 ……などと言った矢先、周囲に響き渡る少女の声。

 傍らの後輩(マシュ)と同じような声色のそれは、殊更に爆発を強調するものであり……それを聞いたマシュはとても綺麗な笑みを私に向けたあと、何処かへと歩き去ってしまったのだった。

 

 ……それから数秒後、なにやら叫び声やら打撃音やら聞こえてきた気がするが気のせいである。『ホワァマシュサン!?ナンデマシュサンガココニ!?キョウハオヤスミノハズ……』とか、『ギョワー!!?スミマセンスミマセンオサエマスバクハツヨクハオサエマス!デスカラソレハヤメテー!!?』とか、なんか悲鳴のようなものが聞こえたなんて事実はありません。……ないったら。

 

 

「……ふぅ。お待たせしましたせんぱい。先方は快く聞き入れて下さいましたので、もう耳障りな発言をお耳に入れることもないかと存じます!」

「……アッ,ハイ.アリガトウゴザイマス……」

 

 

 数分後、笑顔を張り付けたマシュが戻ってきたが……頬になにやら赤い液体が飛び散っていたような気がするが恐らく気のせいである。

 仮に本当にそうだったとしても、『なりきり郷』内では命のやり取りはできないので大丈夫なはず。

 なのでこちらの視線に気付いて頬を拭ったマシュは、あくまでほっぺにお米とかが付いてたので照れながらそれを取っただけであり、実在の人間の進退とは全くもって関係ございません。

 

 

「……ほう、中々骨のあるやつがいるみたいだなX」

「あはは……マシュさんは時々鬼神みたいになりますからね。怒らせない方が無難というやつなのですよ」

 

 

 なお、そんなマシュの様子を感心したように腕組みで眺めている人もいたりしたが……うん、流石にマシュがそっちの人になったら私泣くからね、みっともなくぐっちゃぐちゃに。

 

 ……とまぁ、進入当初こそトラブルがあったものの、そこからはトラブルらしきトラブルが発生する気配はない。

 まぁ、そもそもここにいる特撮系の人たちというのは、そのほとんどが敵役ではなく主役サイドの人たち。

 必然周囲に迷惑を掛けるような行動は自粛するタイプの集まりであるため、トラブルなんて起きるはずもないという話になるわけなのだが。

 

 

「ふむ、主役らしく正道を歩んでいる……ということかな?」

「まぁ、ほとんどのパターンではって話であって、本当に特撮系の人たちがみんなトラブルを起こさないってわけでもないんだけど。なにせどこぞの世界の破壊者とかも普通にいるらしいし」

「それはまた……なんとも物騒ですね」

 

 

 ただまぁ、実のところその辺りの話が百パーセント確実なこと、というわけでもないのも事実なのだが。

 理由はライネスに告げたように、主役と言っても善人ばかりではないという点。

 某世界の破壊者は若干微妙だが……野生児達(アマゾンズ)とかは迂闊に登場させると酷いことになる例の一種だと言えるだろう。

 

 まぁ、基本的に特撮は子供達のものであるという感覚もあってか、そういう分かりやすく善人ではない主役、というのは少ないわけで。

 そのお陰で私たちも変な被害に巻き込まれることなく進めている……という事実もあり、微妙に複雑な気分だったりもするのだが。

 

 ともあれ、現状トラブルらしきトラブルに遭遇することもなく、目的地へと向けて邁進できているというのも事実。

 ここはこのまま何事もなす目的地に到達し、そのままシン・ユニバースロボを倒すなり仲間にするなりして終わらせよう、と気を緩めていたわけなのだけど……。

 

 

「……おや?貴方は……」

「ゲェーッ!?実写版私ぃ!?」

「え、あ、え!?実写版のせんぱい?!なんですかそれ!?」

 

 

 そうは問屋が卸さないというか、はたまたトラブルが向こうからやってくるのが正常な動作というか。

 ……ともかく、私たちが足を止めざるを得ない、異常事態が目の前に広がることになる。

 

 それは、最近行われたメディアミックス。

 ()()()()()『マジカル聖裁キリアちゃん』がアニメであるのならば、そこから生まれたスピンオフのようなもの。

 それこそが、実写版『聖裁キリア』。──そして、それを元にしたと思われる新たな『逆憑依』、実写キリアちゃんなのであった。

 

 ……うん、ツッコミ切れないぞこれ!?

 

 

*1
『コマンドー』における死亡フラグの一つ『見てこいカルロ!』から。メイトリックスが逃げた物置小屋に銃弾の雨霰をお見舞いしたのち、部下の一人に対して上官が死亡確認を要求し、その結果小屋の中に入った部下──カルロは見事に死亡したのだった。まぁみんなどうせ遅かれ早かれ死ぬ()ので大した差ではないのだが

*2
実は1985年製の映画である為、最近の人が知らなくてもおかしくはない。多分最近の人が見ても楽しめる作品であるとは思うが

*3
なお、吹き替えは二種類存在するが、特に有名なのは主人公であるメイトリックスの吹き替えが玄田哲章氏のモノだろう。屋良有作氏の方は原文に忠実な訳といった感じでこちらも良いものではあるのだが、訳文が独特でありそこが魅力となっている前者の方を好む人も多いだろう。その辺りは最早好みである

*4
有名な敵の死亡シーンの一つ。これより以前に『面白い奴だ、気に入った。殺すのは最後にしてやる』と述べているのもポイント。ついでに言うと死ぬ羽目になった相手の絶叫がちょっと笑いを誘うのもポイント。あまりにも迫真過ぎるので思わず吹いてしまうのだ。あれほど見事な絶叫もないだろう

*5
筋肉式防御、ダメージは激減する(自動車に轢かれたのにそのまま起き上がって走り出す姿を見ながら)

*6
めぐみんは本当に爆発が好きだなぁ



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鏡と言い張るには違いが大きく

 はてさて、あまりの驚きに一瞬フリーズしてしまったが……いや、でもこれは仕方なくない?

 

 現在私の目の前にいるのは、()()()の髪の色ではなく、以前の髪の色──ピンクブロンドの髪を棚引かせた少女。

 さっきの特撮云々の話そのままに、顔の作りは違うけどどことなく私──正確にはキリアの方*1を想起させる姿をした人物である彼女は、恐らくその感覚そのままにもう一人の私、とでも言うべき相手であることは間違いないだろう。

 

 

「……いや、ちょっと待ちたまえ。それは色々とおかしいぞ、そもそも『逆憑依』には同一人物の縛りがあるんじゃなかったか?」

「それに関してはうちのリリィとXちゃん、それからエリちゃんとかと考え方は似てるわね。()()()()()()()()()()()、みたいな?わかりやすい例で言うと原作では兵長はリヴァイだけど、実写では同ポジションはシキシマって別のキャラクターになってた、っていう」*2

 

 

 無論、そんな異常な状況を見て他の面々が疑問を抱かないはずもない。

 それらを代表するように、率先してライネスが声を上げたが……確かに、『逆憑依』において同一人物の顕現というのはほぼあり得ないこと、というのは確かな話。

 

 ……だがしかしこれ、『ほぼ』なのである。

 裏道と言うか抜け道と言うか、そういうものは確かに存在しているのだ。

 それが、()()()()()()()()()()()と判別されるパターン。

 いわばカップ焼きそば現象……いや、それより差異が少ないものを()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも言えるので、ちょっと違うかも?

 

 わかりやすく言うと、それこそアルトリアシリーズになる。

 例えばセイバークラスのアルトリアとランサークラスのアルトリアは、外見はほぼ別物であるがその実内面はほぼ等しい。

 最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)の効果で思考が少し人のそれから外れているだけで、大本のアルトリアとしての性格はほぼ変化していないのだそうだ。

 ……まぁ、だからこそお互いがお互いの出番を食い合う関係になっているわけだが、そこら辺は割愛。

 

 ともあれ、性格面に着目すると両者はほぼ同一人物となり、『逆憑依』的には本来同時顕現不可の制約が付いてもおかしくはない……のだが、恐らく実際のところは両者が同時に存在することは可能だと思われる。

 

 これは、カラーリングの変化に近く外見はほぼ変わらないセイバー/ランサーの正規版と、それぞれのオルタの場合でも恐らく話は変わらない。

 一応、それらが許される理由の一番大きなところは『原作でそうなっているから』というところが大きいのだろうが……ともかく、()()同一人物ならば同時顕現は可能である、という可能性があることに違いあるまい。

 

 

「……い、いえ。その例えだと八雲さんのパターンはどう説明するのですか?彼女は原作の彼女からはかけ離れている。であるならば、原作通りの八雲紫というキャラクターが『逆憑依』してくる可能性を否定できない、ということになってしまいます」

「それもまぁ、『そういう描写が原作に存在していない(別人として自分同士が邂逅したことがない)』とかで説明できそうだとか、『八雲紫』としてではなく『マエリベリー・ハーン』*3としてなら両立できるだろうとか色々言えるけど──一番はこれね、単純に()()()()()のよ」

「あ、空きがない……?」

 

 

 ただそうなると、明らかに原作とは違う性格になっているゆかりんのような場合はどうなるのか、という疑問が出てくるのも事実。

 賢いマシュが早速その問題点を指摘して来たので、私は最近この姿になったことで見えるようになった、『逆憑依』というもの制約の一つを開示することにする。

 

 それが『空き』──正確には『器の専有』というべきもの。

 以前『逆憑依』というのは原作を『英霊の座』のように扱い、そこから写し身(コピー)をこの世界に降ろしてその中に核となるこの世界の人を入れる……というような形であると述べたが、そこからさらに進んだ内容となる。

 

 

「コピーガードみたいなもの、ってことになるかな。同名のラベルが貼られた情報は一つしか持ってこれない……みたいな?」

 

 

 無論、先の例のアルトリアやエリちゃんのように、なにかしらその存在が同時に現れることのできる設定があれば、無視できる程度の緩い縛りではあるのだが。

 ……というか、じゃないと八雲紫とマエリベリー・ハーンは両立できない、ということになってしまう。

 一応、公式的には二人が同一人物と明言したことはないにも関わらず、だ。

 

 

「強く世間から信じられていて、かつそれを明確に否定する要素がない場合、その事象はまるで真実であるかのように扱われる……みたいな話かな。だからってそれを本当に真実として扱うと、公式的にはバカにされてもおかしくない……みたいな?」

「また色々と問題になりそうなことを……」

 

 

 こちらの物言いにライネスが額を押さえているが、話はまだまだ続くので頑張ってほしい、とだけ返す私である。

 

 ……ともかく、『逆憑依』における器の降臨には、弱めではあるが制約がある……というのは確かな話。

 そして、弱いと言ってもその制約を破るには相応の理由が必要である、というのも確かな話なのである。

 つまり、二次創作めいたゆかりん、というキャラクターはその制約を破るには『弱い』のだ。

 

 

「あんまりにも解釈を加えすぎて、最早原型もない──例えば名義だけの一次キャラ(HACHIMAN)みたいな状態なら、普通の八幡君と両立することもあるでしょうけど……ゆかりんのあれって『幻想郷の少女達は酒を飲む』ことの延長線上・拡大解釈の類いで大まかな部分は普通に八雲紫そのものだからね。結果として、『八雲紫』という枠組みから逸脱はしておらず、ゆえに『八雲紫』の器は専有されている……ってことになるわけ」

「な、なるほど……」

 

 

 ゆかりんに関してはそんな感じだが、それとは逆に専有が弱いタイプの『逆憑依』というのも幾つか存在する。

 それが『ポケモン』『デジモン』のような、見た目が同じだが別個の個体が普通に多数登場するタイプの作品。

 彼らの外見は実のところ人で言う『人種』に近いモノであるため、『逆憑依』的には器の専有が起き辛いタイプのキャラクター群だと言えるだろう。

 実際、『逆憑依』と【顕象】という形ではあるけど、ピカチュウはこっちの知る個体とは別の個体が出てきたこともあったし。

 

 ……で、ここまで語ってから話を私と彼女(キリア)についてのそれに戻すと。

 

 

「まず、実写とアニメというメディアの違いが一点。……とはいえこれはさっきも言った通り、差異としては『器の専有』を突破できるほどの強いものじゃない。だから、他にもそれを補強する情報が必要になる」

「……例えば、前提が違うというような?」

「…………もしかして、マシュってば実写の方も詳しかったり?」

「それはもちろん!媒体が違うとはいえせんぱいはせんぱいですので!」

「お、おぅ……」

 

 

 うーんこの。

 ……まぁ、私が詳細を語らずとも把握している、というのは説明の上で助かる話ではあるのだが。

 

 さて、では前提が違うとはなにか、という話だけど。

 実写版はアニメが受けたことで製作されたものであり、その関係性は実のところさっき例に挙げた『進撃の巨人』と近いものがあるのだ。

 つまり、私の目の前の彼女は『キーアをアニメにした結果変身ヒロインになった』ものではなく、『最初からキリアという存在として生み出された』ものである、というような。

 そういう意味でも、リヴァイとシキシマの関係性に近いものがあるというか?

 

 

「なるほど、だからこそカップ焼きそば現象というわけか。見た目こそ似通っているが、その実両者は全くの別人である、という……」

「まぁ、実はこれだけだとまだ弱いんだけどね、理由」

「……む?いや、これで十分なんじゃないのか?」

「このパターンの場合、私がキリアに変身すると目の前の子の存在が揺らぐ可能性が高いんだよね」

「……なに?」

 

 

 だが、まだ。

 これらの情報だけでは、彼女が特に不調を訴える様子もなく、普通に立っている理由としては弱い。

 

 それが何故かといえば、結局のところ彼女は()()()()()()()()()実写版を元としているため。

 より支流に近いモノがあれば、その存在を脅かされる可能性が高いのだ。

 言ってしまえば、以前の私がキリア(母の方)の到来によって色々と不調になっていたのと同じ、と言うか。

 

 

「元となるモノが存在するなにか、という関係性だとそれが余程かけ離れていない限り別個の存在としては認められないってわけ。これが例えば元ネタは同じでも見た目は全く違う、って形なら問題はないんだけど……」

「なるほど。目の前の彼女は少なくとも外見を以前の君──もっといえばキリア君達に寄せているともいえる。ゆえに、繋がりを否定するには弱いってわけだ」

「そういうこと」

 

 

 カップ焼きそば現象であることが逆に足を引っ張っている、と言うべきか。

 見た目が近似で元ネタも同じなら、それらを別個の存在と言い張るための理屈が足りていない……とも。

 

 ゆえに、彼女がこうして安定している──もっといえば、この場で私がキリアに変身したとしても問題がないだろうと思われる理由がある、ということになる。

 そして、それはとてもシンプルでわかりやすい理由だったのだ。

 

 

「それは?」

「私が()()()()()こと。わかりやすく言うと、今の私は『キーア』という器を専有してないんだよ。だから彼女は空いたキーアの器に収まったし、その上で『キーア』という原型を持たないからキリア(母の方)とのコリジョンも起こらないってわけ」

「…………????」

「……あれ?」

 

 

 それは、私がキーアという存在から脱却したという事実。

 外見変化としては髪の色が変わったくらいだが、そこに込められた事実はとても多い……みたいなことを述べたのだが、周囲の反応は『わけわからん』とでも言いたげな虚無顔であった。

 

 ……これは……追加説明フラグじゃな?

 

 

*1
さらに言うならキーアの変身した姿としてのキリア

*2
実写版『進撃の巨人』で唐突にリヴァイ・アッカーマンと差し換えられた人類最強の男、それがシキシマと呼ばれる男である。後に実はリヴァイともう一人、別のキャラクターの要素を持ち合わせる存在だったことが判明するのだが、少なくとも公開当時その辺りの話はまだだった為、実写版の評価を下げる要因でしかなかったとか。……なお、現在では色々と裏話が判明したこともあり、彼のキャラクターも幾らか見直されるきっかけになったとかなんとか

*3
『東方project』における『秘封倶楽部』を中心とした外の世界でのストーリーに登場する人物の一人。見た目と能力が八雲紫に酷似している為、ファンからは同一人物……もとい八雲紫の過去の姿がマエリベリーなのでは?……と推測されている。一応、公式から明言されたことはない



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平たく言うと後進に道を譲った、というだけの話

「え、ええと……つまり、どういうことなのですか?」

「うーん……結論だけ言うと私という存在の位階が一つ上がった……もとい()()()()ってだけの話なんだけど、それだとよくわかんないってまた言われそうだから、順を追って説明するね?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 

 うーん、できればさっさと次の話に進みたいのだが。目の前で(キリア)待たせてるわけだし。

 ……とはいえ、確かに今の私の状態についてしっかりと説明したような覚えがない……というのも事実。

 なので、自身の中で色々と整理するという意味も含め、現在の私の状態を説明することにしたのだった。

 

 

「ええと、この間の騒動は覚えてるよね?『星女神』様やら『月の君』様やらのやつ」

「ああ、私たちは巻き込まれないように避難してたやつだね」

「……いやまぁ、そのトラブルに対する嗅覚は流石だと思うけど、『星女神』様の方はともかく『月の君』様の方は逃げる必要なかったと思うけどなー……」

 

 主に、下手に首を突っ込む方が危ない……的な意味で。

 正直な話、一般人……一般人?が関わるというのなら、二人とも対して危険度に違いはない(対処手段がない、的な意味で)わけだけど、敢えてどちらかの危険度を上に見積もるとすれば、やはり『月の君』様の方ということになるだろう。

 

 片方が太陽(あんぜん)であるならば、もう片方は北風(きけん)になるのがあの二人の根本的な在り方。

 二人揃って一つ、という性質はそれほどまでにその存在を縛る……とでもいうか。

 

 ともあれ、確かにあの二人に迂闊に関わるのが危ない……というライネスの感覚はそう間違いではない。

 間違いではないのだが……ある意味どこぞの魔導元帥と同じく、彼女達の方から関わってこようとすると逃げられるモノではない、というのも事実。

 ……裏を返すと『逃げられた』のではなく『見逃された』形でしかないため、あんまり本人の嗅覚を褒めすぎるのもなー、とか思わないでもない私なのであった。

 いやまぁ、今回の話には関係ないから黙っておくけどね?

 

 とりあえず話を戻すと。

 二人の超越者からの試練(きたい)にまんまと乗っかってしまった私は、現在とても特殊な状態に陥っている。

 詳しく言うと『逆憑依』と【星の欠片】が混じったような状態、ということになるのだが……この()()()()()()というのが難しい。

 

 

「難しい……と言いますと?」

「理路整然と区分けされた部分と、混沌と混じりあった部分が点在する形……って言えばいいのかな?秩序めいてもいるし、混沌めいてもいるというか……」

「はい?」

 

 

 綺麗に混ざりきっているわけではなく、かといって無秩序に並べ立てられているわけでもない……。

 料理に例えるのなら、所々ダマの残る水溶き薄力粉……みたいな感じだろうか?

 項目ごとにきっちり別れている部分と混在する部分がはっきりしているともいえるかも。

 

 これのなにが問題かと言うと、私の分類上の区分すらあやふやになっている、というところが大きい。

 とある部分では『逆憑依』としての性質が表に出ているが、また別の部分では【星の欠片】としての性質が表に出ているため、どちらかの尺度でモノを語ろうとすると必ず引っ掛かりができる……というか。

 

 

「……問題点がよくわからないから、具体例を挙げて欲しいんだけど?」

「そうだねぇ……例えば中身(かく)の保全。これは【星の欠片】の場合思いっきり中身を害する結果になるけど、『逆憑依』の場合は中身の保全こそ最重要項目だからかなり手厚く保護されてる。具体的には、二十六次元以上上のレベルで汚染に対する保護があるんだけど……」

「……ああ、魂の観測次元とか言うやつか。我らが偉大な執筆者の作品の一つに語られるという」

「そうそう、それそれ。『逆憑依』を作った人がその作品からのキャラクターなのか、はたまた()()()()()のためにその作品を頼ったのかはわからないけど……ともかく、『逆憑依』における中身の保全ってのはかなりの高次元からそれを行っている、ってのは間違いないわけ」

 

 

 とはいえ、どちらの事象についても詳しく知り得ているとは言えないのが私たち。

 ……問題点がどこにあるのか、なんてことをすぐに理解するのは難しいため、比較的わかりやすい話を例に上げる私である。

 

 そこで選んだのは、中身(かく)の保全に関する部分。『逆憑依』が強く保持し、【星の欠片】が積極的に破壊しにいく部分、ともいえるもの。

 本来……というか以前の私の場合、『逆憑依』部分は中身を守ろうとし、【星の欠片】部分はそれを(積極的ではないにしろ)壊しに掛かっていた、という感じになるのは否めない。

 実際、両者は相性があまり良くなく、『逆憑依』としての性質が過剰反応しやすいのが問題点であった。

 ……まぁ、いつぞやかのジャンヌ・アクアとかに比べれば、私に現れていた拒絶反応なんて可愛いものだったわけだが。

 

 ともあれ、中身の保全という目的において、両者は油と水のように混じりあわず反発するもの、という認識はそう間違いではないだろう。

 仮にそれらを両立させる場合、アクアのように完全に混ぜ合わせてしまうしかないというのが普通の考えになるわけだ。

 

 

「その物言いは……」

「まぁ、そういうこと。以前はくっきり色分けできたけど、今の私の場合中身の保全は()()()()()()()()()()()()()()()。混ざりあってると言ってもいいかも」

 

 

 その普通が、今の私の中では崩れている。

 混ざりあわずに調和しているのだ、以前は隙を見せればいつでも塗りつぶしてやる、と言わんばかりだった【星の欠片】(くろ)が、あくまで縁をなぞるだけに留めている……というような形で。

 

 

「『逆憑依』単体だと問題のある部分を補強してる、とも言えるかな?反対に【星の欠片】だけだとどうにもならない部分は『逆憑依』が補助している……みたいな?」

「なるほど……本来両立しないものが両立している、ということか。……ただ、その説明だけだとさっきの話とは矛盾するんじゃないのかい?」

「そこら辺が面倒くさくてねー……多分だけど、()()()()()()()()()()()みたいな感じで、適宜お互いが配慮してるみたいな感じというか……」

「は?」

 

 

 私の言葉に『なに言ってんだこいつ』みたいな反応を示すライネスだが……これに関しては私も上手く言語化はできない。

 こっちの判別とは別の地点で、『それが最良となる』結果になるように二つの要素が出力を勝手に調整している……というのが一番近いだろう。

 そこに私の意思の介在はないが、どうあれ私の判断・意思意向の邪魔にならないことだけは確か、というか。

 以前であれば、中身の保全を無視した行動(【星の欠片】の行使)にはなにかしらの反動があったが、今はそれが一切ない……というのが一番わかりやすいかも?

 

 

「無理が無理じゃなくなった、とも言えるのかな?本来出るはずの反動とか不可とかを別の概念が抑えるようになったというか……」

「……それは、せんぱいが無茶をしやすくなった、ということでしょうか?」

「いや、無茶をしやすくなったというか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というか。前なら出来ても寝込んでいたようなことを、普通に健康なまま行使できるようになったというか」

「そ、それはよかった……のでしょうか?」

 

 

 あーうん、マシュの言いたいことはわかる。

 それって結局無茶の上限が上がっただけなんじゃないの?……と言いたいのだろう。

 その辺りは……うーん、今の私の限界というものがわからないのでなんとも。

 こうなった結果、再現度回りの話もどうも変なことになってるみたいだし。

 

 

「再現度が?」

「今までの私は『逆憑依』としての面が強かったけど、今の私は【星の欠片】としての面が強いのよ。……まぁ、完全に【星の欠片】になったってわけでもないから、全く再現度の影響を受けないってわけじゃないんだけど……なんていうのかな、自分の中の中で再現度を完結できるようになってしまった、みたいなところがあるというか」

「……あー、即興の演技のようになっている、と?」

「そうそう、そんな感じ」

 

 

 ライネスの言葉が一番近い、ということになるのだろう。

 今の私は、現在進行形で『キーア』という存在を演じているような状態。

 そのため、()()()()()()()()()()()として扱われているのである。

 

 ……元々【星の欠片】は再現度との相性が良い(=少ない再現度でほぼフルスペックを発揮できる)存在だったが、さらに今の私ならそこに再現度によるブーストまで加えられるようになった、というか。

 極論、瞬間的な出力に限るなら『星女神』様達を(した)回ることも不可能じゃなくなった、みたいな?

 

 

「そ、それはとんでもない強化なのでは?!」

「瞬間的な話であって、恒常的に上回れるわけじゃないけどね。これは──そう、ネギまで言うところの咸卦法*1みたいな感じ?」

「すぐにガス欠する、と?」

「純粋な合成じゃなく、微細世界での概念融合だからねぇ」

 

 

 普段の──勝手に調整してくれてるのとは違って、自分で意識してやらなきゃいけないというのもポイントなのだと思われる。

 

 ともあれ、色んな面で以前の私とは別物になった今の私だが、先の説明の中にそれを一番印象付ける要素が一つあったことがわかるだろうか?

 

 

「今ここにいるせんぱい自身が原作、というものですか?」

「そ。私が以前書き上げた黒歴史じゃなくて、今ここにいる私自身が私を形作る。──それはつまり、一つの存在として私が独立したってこと。結果、以前の私──『逆憑依』のキーア、という席が空いてしまったってわけね」

 

 

 それが、『今は私自身が原作である』というもの。

 それはすなわち、ただそこに生きる人達と同じく()()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 それゆえ、今の私は以前の要素を残しつつも、明確に別個の存在として独立し。

 その結果、確かに存在した『逆憑依』のキーアという席は、現状棚空き状態に陥っている……ということに繋がるのであった。

 

 

「まぁ、だからと言ってその席に直接彼女が座った、ってわけでもないんだけどね」

「そんなことをすれば以前の君の二の舞、ってやつだからね」

 

 

 まぁ、語ろうと思えばもうちょっと語れることもあるのだが、キリもよいのでこの辺で。

 次に、待たせ続けた目の前の彼女──キリアについての話に移行するとしよう。

 

 

*1
『魔法先生ネギま』シリーズに登場する技術の一つ。魔力と気という、本来反発する二つのエネルギーを混ぜ合わせる技法。これを使用できる人間は莫大な力を発揮できるようになるが、二種類のエネルギーを同時に使う為ガス欠も早いという欠点がある



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もう一人の私、いつかの私

 はてさて、ようやく実写版の私、という存在についての解説に移行するわけだけど。

 その前に、ざっと実写版『聖裁キリアちゃん』についての解説を挟もうと思う。

 

 実写版『聖裁キリアちゃん』はアニメ『マジカル聖裁キリアちゃん』から派生した作品の一つである。

 ……一つである、と言い置いたことからわかるように、実のところ『マジカル聖裁キリアちゃん』という作品のメディアミックスというのは、かなり多岐に渡っている。

 まぁ、それらのメディアミックスの場合、どちらかというと『色んな会社が協力する大クロスオーバー作品』であるという点が前面に推し出されており、一応の主役である『キリアちゃん』よりも他のキャラクター達の方が目立っている……ということの方が大半なのだが。

 

 具体例としてカードゲームを挙げると、これは基本的なシステムはそこらのカードゲームとそう変わらない、オーソドックスなタイプのものとなっているのだが……。

 ポケモンカードゲームにおけるエネルギー、ワンピースカードにおける『ドン!!』カードのような立ち位置に『キリアちゃん』カードというものが存在しているのだ。*1

 

 

「き、キリアちゃんカード……?」

「アニメのキリアの活躍に倣ったもの、と言うべきかな?基本的に該当回のゲストキャラクターを補助するのがキリアちゃんの基本だけど、カードゲームでも同じ役割をしてるってわけ」

「せ、世知辛くないかいそれ……?」

 

 

 うん、とっても世知辛い。

 他のカードを出すためのマナ*2として消費されたり、はたまたカードの持つ効果を発揮するためのコスト*3として消費されたり……ともかく、一つのキャラとして扱われている感じが全然しないというか?

 いやまぁ、元を正せば原作アニメも似たようなモノなんだけどね?ゲスト達を輝かせるための露払いとか強化手段が主、というか。

 

 

「風のない場所で大規模な突風を起こして仮面ライダーWCJE*4を仮面ライダーWCJGE*5に変身する手助けをしたりとか、はたまたパートナーとはぐれたアグモンとガブモンに彼らの声を届けてオメガモンにジョグレス進化する手助けをする*6とか……まぁ、そういう活躍が主だからねぇ」

「それぞれの原作だと映画でしかやれないようなことをほいほいするのはどうなんでしょうねぇ?」

 

 

 そこはほら、劇場限定フォームに更なる活躍の場を与えたってことで……。

 

 まぁともかく、アニメにおける『キリアちゃん』というのは基本サポート役。

 周囲の人間に本領を発揮できる場を提供するのが主な仕事であり、それを反映した各メディアミックスもその活躍に準じたものになっている、というわけなのである。

 

 そんな中で生み出された新たなスピンオフ、実写版『聖裁キリアちゃん』。

 だがしかし、こっちの作品は賛否両論な出来上がりとなっていたのだった。

 それは何故か?こちらの作品では、『キリアちゃん』のスタンスが違ったためである。

 

 

「折角実写なんだから、『風都探偵』*7とのコラボだったからこそできた仮面ライダーWとの共演・その助力みたく、他の特撮作品にもそんな感じのことをしてくれるのかと期待して見に行った人達は……」

「そこで、まったく方向性の違うせんぱい(キリアちゃん)を目撃することになるのですよね……」

 

 

 まぁ、そもそもの話ライダー組はオールライダーシリーズで高頻度に劇場限定フォームを使っていた、みたいな話が前提にあるからこそ……みたいな感じだったのだろうが。

 

 ともかく、実写となった『キリアちゃん』は、他者をサポートするいつもの彼女ではなかった。

 寧ろその反対。()()()()()()()()()()()()という特殊性を生かし、全ての創作世界に敵対する悪役として君臨していたのである!

 

 ……え?どっかで聞いたことある?そうだね、実写版『キリアちゃん』の部下にはみんな大好き『世界の破壊者』とかもいたね。(白目)

 

 まぁ、そっちとの違いは誰かに望まれて敵対することとなった彼とは違い、キリアちゃんは自ら望んで敵対者となったことだが。

 具体的には出来の悪いメアリー・スーとなることで、各作品の敵も味方もなく協力させて自身を討ち果たさせようとしたというか。

 ……うーん、ルルーシュとか『星女神』様とかを思い浮かべる所業……。

 

 

「なんでまたそんなことに……」

「監督の人の思いつき……と見せ掛けて、CP君の無茶振りの結果だとか?特に玩具販売で色々なところが乗っかってきたこともあって、それらを思う存分ぶつけられる相手が求められたとかなんとか……」

「うわぁ」

 

 

 まぁ実際、その時に登場した玩具はそれなりに売れたらしいからね。

 

 キリアちゃんは味方としてサポートするのも得意だけど、敵側に立って討ち果たされることでその活躍をサポートするのも得意だったというか。

 ……分かりやすく言うと、それらの玩具を使うヒーロー達は格好良かったのだそうな。

 これが見目かわいい女の子に対して攻撃してたのなら文句を言われそうだが、それらの武器を向ける際には暗黒に呑み込まれた状態──分かりやすく言うと怪人形態になっていて、目的も『今まで助けてくれた彼女を救い出す』みたいな感じだったからそう文句も出なかったみたいだし。

 

 ……うん、今のでなんとなく賛否の『否』が見えたと思うけど、一応説明しておく。

 この映画におけるキリアちゃんの立ち位置は、敵の大ボス。

 ……であると同時に、敵の魔の手から救い出すべきお姫様、としての立ち位置も含んでいたわけである。

 

 具体的には、彼女が敵対したのは世界に普遍する悪意全てを自分に集めたから……みたいな?

 

 

「正確には、悪事を行わせようとする意識の集合……みたいな感じでしたか?もし仮に物理的に倒せるのなら、これ以上ない敵役になる──ぶっちゃけるとなんにも気にせずぶん殴れる相手、みたいな?」

「まぁ、そのせいで『ご都合主義すぎる』とか『夢女かなにか?』とか、そういう批判を浴びることにも繋がったわけだけど」

 

 

 まぁ、制作側の要望全部詰め込むとこうするしかなかった、みたいなところもなくはないのだろうが。

 

 ……いやだって、ねぇ?

 一応はこの作品もアニメの派生ではあるのだ。……ってことは、キリアちゃんの基本性能・方針は同じということ。

 つまり、素直に作ると『彼女の補助を受けた上でかつ早々に倒れない敵』というものを捻出しないといけない、ということになるわけで。

 

 さっきも言ったが、キリアちゃんの補助と言うのは本来制限や制約などから、容易には使用できない最強形態を早期に使用できるようにする、というほどのもの。

 必然、単話ごとのゲストキャラならともかく、色んなキャラが一堂に介するような舞台では完全に持て余してしまうのだ。

 その上で、各玩具が売れるようにキャラクター達の見せ場をしっかり作らなければならない……となれば、必然キリアちゃんの存在を制限する他ない。

 ……ないのだが、それならそもそもキリアちゃんと名乗る映画にする必要がない。

 ライダーならばいつものオールライダー系と同じノリでいいのだ。

 

 なので、ある意味での主役──映画での敵役のポジションにキリアちゃんを据えるしかなかった、と。

 かつ、そのままだと女の子をみんなで寄って集ってぼこぼこにするヒーロー……という酷すぎる絵面になるので、彼女は悪くない……みたいな状況にするために、世界から悪意を自身に集め、それを自身ごと倒して貰うことで世界を平和にしようとしている……という自己犠牲の面を与えた、と。

 ついでにその辺りがわかりやすくなるように、キリアちゃんの配下にそういう系統のキャラを配置しておくなどして。

 

 その結果生み出された作品は、色々な声が掛けられたものの興業としては大ヒット。

 そのため第二作の計画もあるとかないとかという話なのだが……正直次回はもう無理だろう、という話も多い。

 スイッチ版スマブラの如く、再度同じ規模でやるのは無理な類いだから仕方ない、みたいな感じになっているのだった……。

 

 

「……いや、なんというか……やっぱりメアリー・スー味が」

「それはもう、そもそもの(キーア)の時点でそんな感じだから仕方ないってことで……」

(あ、気にしてる顔してますね)

 

 

 なお、ここまでの話を聞いたライネスからは、当然の如くツッコミが飛んでくることになるわけなのだが……そこら辺を突き詰めると原案()である私の時点でそんなもの、ということになるので余り深掘りしないでほしい、と嘆願することになるのであった。

 

 まぁうん、実際なんでもありのキャラだからね、仕方ないね!(ヤケクソ)

 

 

*1
『ポケモンカードゲーム』における『エネルギー』は、ポケモン達が技を使う為に必要なもの。基本的には直接ポケモンに重ね、技毎に決められた種類・枚数を用意していく形となる。『ワンピースカードゲーム』における『ドン!!カード』は、毎ターン1から2枚、最大10枚までコストエリアにチャージされていくもの。カードの発動の際にコストとして払う(=レスト(横向きに)する。ターン開始時にレストされたコストは縦に戻る)か、キャラクターに重ねてパワーを+1000したりするのに使う

*2
『マジック:ザ・ギャザリング』などに登場する概念。土地などのカードから発生し、それを指定数消費して召喚・カードの発動を行う

*3
基本的に土地などのマナを発生させるカードというのは墓地送りにはならない(各ターンの最初に未使用状態に戻され、再度マナを発生させられるようになる)が、コストとして消費する場合はそれらのカードを墓地に送ることで効果を発揮する形となる。この概念としてわかりやすいのはポケモンカードのエネルギー。基本的にエネルギーは一度ポケモンに付けたらそのままだが、技の内容によってはコストとして捨てる必要があったりする

*4
『サイクロンジョーカーエクストリーム』。『仮面ライダーW』における強化形態の一つ

*5
『サイクロンジョーカーゴールドエクストリーム』。CJEからの更なる変身・強化形態とも言える特殊な形態。仮面ライダーWとしては最強形態でもある。初登場時はみんなの祈りを受けて変身した為、ある種の奇跡によるものとも言えなくもない

*6
『アグモン』『ガブモン』『オメガモン』は全てデジモンのこと。彼らの進化もまたある種の奇跡によるものといえる

*7
『仮面ライダーW』のアニメ・漫画版。わりと珍しい特撮(三次元)から二次元作品になった存在



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君は完璧で究極の?

「しかし、そうなると彼女は……」

「実写版の私を元にしている以上、そのキャラクター性はそっちに準拠しているんだろうなーというか。……いやまぁ、微妙に違う可能性もあるんだけどね?」

「そりゃまた、なんで?」

「自己犠牲系ラスボスタイプだと、『星女神』様との類似性が発生して微妙に私と切り離せなくなる」

「あー……」

 

 

 はてさて、実写版キリアちゃんについて長々と話してきたわけだけど。

 彼女がそのまんまキリアちゃんだと、それはそれで問題になる……というか、安定しないだろうというのも事実。

 何故かと言うと、彼女の安定のためには『キリアちゃんはキーアとはなんの関係もない』と証明することが必要であるため。

 

 ……キーアの空いている席を使わせて貰ってるのに?……みたいなツッコミが飛んできそうだが、これに関しては()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが正解なので私からはなんとも。

 下手に深入りすると深みにはまるので、表面だけなぞっておいて頂きたい……という、なんとも言い辛い話になってくるのである。

 

 ただでさえキリア(母の方)と見た目が近く、かつやってることが『星女神』様に近い……みたいなことになっているのだ、これ以上キーアとの繋がりが証明されてしまうと、第二の私になるだけというか。

 ……その場合、流石に二度も無事ということはないだろうから、彼女はキリア(母の方)の【虚無】に呑み込まれて消える、という可能性が非常に高い。

 そうなると後味が悪いどころの話ではないので、できれば違ってほしいと思う私である。

 いやまぁ、実際に目の前の彼女が無事そうな辺り、その心配はないとは思うんだけどね?

 

 

「……ええと、そろそろこちらからお話をしても?」

「おおっと、どうぞどうぞ」

 

 

 そうして一通りの説明が終わったことを悟ったのか、目の前の彼女──キリアちゃんがおずおずと口を開く。

 口調こそおしとやかだが、節々から『私、よくわかりません』というオーラが発散されている辺り、恐らく彼女の知識はあくまで実写版『聖裁キリアちゃん』のそれに限定されているのだろう。

 アニメ版の方だったら、もうちょっとこっちの話に理解を示してきそうだし。

 

 

「……そうなのかい?」

「まぁ、向こうは向こうで色々出してない設定とか匂わせとかあるから。それがまんま(キーア)のことである、って可能性はゼロじゃないし」

 

 

 なお、ここでライネスが私の発言に首を捻っていたが……正直今語ることではないので後回し。

 アニメの方ではキリアちゃんがキーアちゃんと分離してたりするが、そっちが『魔王』を名乗ってたり敵側の補助をしてたりと、色々匂わせがすごいのだけれどそれを匂わせだと理解するのには私という存在を知ってることが条件だったりして、色々ややこしいし。

 

 ……え?なんでお前の存在を広めるようなことしてるんだって?そもそも私単なるオリキャラよ?知ってればわかるって言っても知らないのが大多数だから問題なんてあるわけないじゃん。

 ……という、CP君からの押しに負けた結果である。

 まぁ、ノンフィクションをフィクションとして流してても、その元の人を知らなきゃノンフィクションだって気付きようもないのは本当のことですしおすし……。*1

 

 

「というか、なんでそんなことを?」

「表向きには『毎週放送してるけど幾らなんでもそんなにぽんぽん話なんて思い付くわけないじゃないか』ってことだけど……多分本音は『キーアの周りは面白いねー』だと思う」

「あー……」

 

 

 いやまぁ、どっちかが嘘ってわけではなく、どっちもそういう面があるって感じだろうが。

 ……とまぁ、アニメ版のキリアちゃんのエピソードはわりとなりきり郷での騒動が参考にされていることが多い、みたいな話はそこまでにしておいて。

 いい加減、置いてけぼりになっているキリアちゃんにマイク(発言権)を戻そう。

 

 

「あ」

「……いえまぁ、構いませんよ?別に私のことは放置して頂いても。なんとなくですが、私がこうなれた理由が貴方、ということは察することができましたので」

(キリアちゃんの方だから丁寧な物言いだ……)

(清楚……)

 

 

 相変わらず、控えめな笑みを浮かべてこちらを見ているキリアちゃんである。

 ……なんというか、私ともキリア(母の方)とも違う感じというか。

 あれだ、私のやるキリアちゃんはキーアという存在あってこその変装であるため、同じような物言いでも背後のキャラクター性がほんのり透けているけど、ここにいる彼女は最初からキリアとして生まれているので口調通りのキャラクターになっている感じがある、というか。

 

 事実、他の面々もなんというか狐に抓まれたような顔をしている辺り、違和感マシマシなんだろうなー……みたいな感じである。

 

 

「……せ、清楚なせんぱいというのも……」

「マシュ?」

「……はっ!?い、いえ!なんでもありま」

「マシュさん?なにか私に問題でもありましたか?」

「……ふぅ」

「マシュ???」

 

 

 まぁ、約一名別の方向に違和感を発揮している不審者(こうはい)も居たわけなのだが。

 ……いや『ふぅ』じゃねぇよ???

 

 アニメの方の『キリアちゃん』がなりきり郷での騒動を元ネタにしていることがある、というのは先ほど述べた通りだが、その流れで『キリアちゃん』の方によく登場するキャラクター、というのが存在する。

 それはこの作品にしては珍しいことに、版権キャラではなくオリジナルキャラクター。

 他者の補助を基本とするキリアちゃんが、それに専念することで危険に陥るような場合にその身を守るために現れる守護の騎士……。

 

 まぁうん、言うまでもなくマシュなんだけども。

 何故彼女そのものではないのかと言えばそれは単純、基本的に『キリアちゃん』に出てくる版権キャラは理由付けした上で原作から出向して来た人物だから。

 ……つまり、素直にマシュに私を守らせるとほぼNTRみたいなことになるのである、原作の主人公君達に対しての。

 

 NTR絶対許さない勢である私としては、そんなことになったら首をかっ斬り腹をかっ捌いて詫びる覚悟なので、CP君に『それだけは止めろォ!!』と懇願した次第である。

 ……え?今のこの状況(リアル)は良いのかって?いやほら、ここにいるマシュはマシュだけどマシュじゃないから……。

 少なくとも、本編のマシュはお鶴さんみたいな顔をしながら息を荒げたりしないというか。……え?中の人はショタ相手ならワンチャンやりそう?

 

 まぁともかく、今目の前のマシュと原作のマシュが別物、というのはすぐにわかること。

 そのため、思わず目が点になっているキリアちゃんを背中に隠しながら、様子のおかしいマシュの頬を思いっきり引っ張る私なのでありましたとさ。

 

 

いひゃいいひゃい(いたいいたい)いひゃいえうえんあい(いたいですせんぱい)

「その痛みが君を正気に戻すんだ、しっかり味わいたまえ」

あひゃあいあうああ(あやまりますから)ひゃええうああいー(やめてくださいー)

「うーんいつもとは逆……」

 

 

 涙目でこちらに懇願するマシュだが、微妙にまだ視線が危ないのでお仕置き続行である。

 なんかライネスから生暖かい視線が刺さってきているような気がするけど、今はマシュへの教育的指導に忙しいので無視。

 

 ……なお、完全に大丈夫と言える状態まで戻すのに三十分くらい掛かったけど私は元気です(白目)

 

 

 

 

 

 

「ええと、改めて自己紹介を。キリアです、よろしくお願いしますね」

「はい、よろしくねキリアちゃん。私はキーア、貴方とはまったくこれっぽっちも一切関係ない赤の他人だけど仲良くしてね?」

「アッハイ」

 

 

 改めて、すごく落ち着いた()マシュを隣に、右手を差し出して来たキリアちゃんと握手をする私である。

 ……え、なんか遠い目をしている?なんでだろうなー。

 

 冗談はともかく、今の私と彼女に繋がりがない、というのは本当の話。

 さっきの話がよくわからない、という辺り彼女にキーアとしての知識はなく、それゆえに彼女の能力の基幹はアニメのそれと同じく『よくわからないなにか』ということになるのだろう。

 匂わせはあれど、恐らく最終回になっても明かされることはないだろうから問題はない、というか?

 

 

「……『逆憑依』達に知られている、というのはいいのかい?」

「こういうのは無辜の判定と似たようなものだからね。確かに『逆憑依』の人達は街を一つ形成するくらい多いけど、それでも地球に住んでいる人達の総数よりは遥かに少ないでしょ?」

「うーん、言いたいことはわかるけど凄まじい暴論……」

 

 

 ライネスの疑問については、それを知っている人達が総人口より遥かに少ない以上は問題ない、と返しておく。

 ……それで良いのか、って感じのツッコミが帰ってきそうだが、全世界に知られている設定・かつそれらが本当にキリアちゃんの元ネタであると認知できる人が溢れている……という二点が満たされない限りは問題がない、というのは本当のことなので問題はない。ないったらない。

 

 

「結局のところ、私とキリアちゃんがイコールになっている人の認識じゃないと意味がないんだよね。そしてそれを意味がない、と判断するのが恐らく集合無意識である以上、その総数に遠く及ばない論説なんてマイノリティとして消えていくのが関の山ってわけ」

 

 

 この辺り、なりきり郷に集う『逆憑依』が()()()()()()()()()()()()()というのも理由の一つというか。

 あれだ、本来ならこの世界の集合無意識だけを考えればいいはずが、他所の世界の集合無意識も気にする必要が出ている……みたいな?

 

 ともかく、彼女と私が設定的に切り離されている、ということが重要なのは確かな話。

 そして、彼女がこうして曖昧な表情を浮かべられている以上、その辺りは問題がないと察せられるのである。

 ……え?微妙な顔をしている理由?そりゃまぁ、ねぇ?

 

 

「唐突に他人の黒歴史を開帳されてもそりゃ困惑しかしないでしょ」

「自分で言ってて悲しくならないかい、それ」

 

 

 ふふふ、すっごい苦しい。転げ回っていい?()

 

 

*1
実際、リアルに起きなさそうな出来事ならまず疑われることはない。それが真実現実で起きたことだと認識できるのは、予めそれが本当だと知っている存在だけである



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なんというか横道に逸れすぎである

 はてさて、目の前の彼女が私だけど私じゃない、ということがわかったわけだけど。

 

 

「……これって今回の主題じゃないんだよねぇ」

「あっ」

 

 

 そう、確かに彼女の存在は驚愕であったけど、別にそれが今回の主題かと言われればまったくそんなことはないのだ。

 いやまぁ、ハロウィンの特殊な空気が彼女の存在の成立しやすさを跳ね上げた、って可能性はなくもないんだけどね?

 

 

「その辺りはよくわかりませんが、私がここに来たのはつい先日であるのは間違いないですね……」

「あらやだそうなの?ごめんねー、こんなバタバタしてる時期に」

「バタバタで済むんですかね、これは……」

 

 

 思わず、と言った風に遠くを見詰めるキリアちゃん。

 その視線の先の先には、若干掠れた状態で蠢くオルト・ハロウィンの姿が見受けられる。

 ……うん、少しでもオルトって存在について知っているなら、あんなもの()が普通に蠢いている状況というのがどれだけ異常か、ということにもすぐ思い至ることだろう。

 必然、バタバタなどという言葉で表せるような状況ではない、という感想にもなる。

 

 だがまぁ、実際今は『バタバタ』程度で済んでいる、というのも事実。

 あのオルトが原種・ないしFGOでの亜種と同じなら、私たちはこうまで悠長にはしてられなかっただろう。

 その辺りも踏まえると、やはり私たちの現状はまだまだぬるい、ということになるのであった。

 

 

「……いえでも、やっぱりオルトはあれではありませんか?」

…………(;「「))

「露骨に目を逸らすのは止めませんか!?」

 

 

 なお、生真面目なキリアちゃんには通じませんでした。

 いやー、なりきり郷ではよくあることってことで……ダメ?

 

 

 

 

 

 

「それにしても……シン・ユニバースロボ、でしたか?先ほども申しました通り、私がここに来たのはつい先日なので、あまり詳しいことは窺っていませんが……それに繋がりそうな話についてなら、うっすらと聞いたことがあるような気がします」

「マジで?!」

 

 

 はてさて、キリアちゃんを一行に加えることとなった私たち。

 本来ならこの場で別れるはずの彼女を同行させることになったのは、主に彼女が『シン・ユニバースロボ』についての噂を聞いたことがある、という部分にあった。

 Xちゃんはここに入るのには必要だったが、その先──目的である『シン・ユニバースロボ』の捜索に関しては役に立たなかったのである。

 

 

「酷い言われようですが……まぁ、知り合いに尋ねた結果があれでは返す言葉もないですね」

「みんな『知らない』って顔だったもんね」

 

 

 それもまぁ、隠してるってわけではなく本当に知らないって感じだったというか。

 ……そう、Xちゃんの知り合いである特撮組達は、その全てが『シン・ユニバースロボ』についての話を全く知らなかったのである。

 いやまぁ、正確には『シン・ユニバースロボ』という正気を疑う存在そのものについては知ってたけど、それが現在この地区付近に潜んでいる……ということは知らなかったというか。*1

 

 まぁ、そもそもその辺りを掘り進めると、そもそもここに『シン・ユニバースロボ』が潜んでいることを知らせてきたのは誰なのか、って話に繋がるのだが。

 ……一応、それの答えは予知組によるものってことになるんだけど、どうにも情報があやふやというか、読み取れるものが少なすぎるというか……ともかく、大まかな位置こそわかってもそれ以上は現地でどうにかするしかない、みたいな事態に陥っていたわけである。

 

 なので、Xちゃんには密かに期待していたのだけれど……結果はこれだ。

 いやまぁ、悪いのは彼女じゃないんだけど……ねぇ?

 

 ともかく、事ここに至って私たちは指標らしき指標を失い……それを見かねたかのように声を掛けてきたキリアちゃんの案内によって、とある場所へと向かって歩き始めていたのであった。

 

 

「それにしても……『勇姿は青より来る』だったっけ?なんのこっちゃと思ってたけど……まさかそのまんま()のことだったとはねぇ」

「いやまぁ、なりきり郷内に海がある、だなんて普通は思わないだろうから仕方ないけども」

 

 

 で、そうして向かっている場所というのが、この特撮系の地区の端……そこにあるという海辺。

 正確には、そこにあるという海岸沿いの洞穴。

 ……どうやら、その辺りで謎の影を見たという人がいるらしい。

 

 

「特撮といえば海の撮影もありますが……それでもスーツがダメになったりすることを考え、そう頻繁に使われることはない。必要ではあるけど使用頻度は多くない……ということで人の目が少なかったのが、Xさんのお友達に認知されていなかった理由でしょうね」*2

「なるほど……確かに海での撮影なんてそうそう見ませんしね」

 

 

 ある意味Xちゃんのフォロー、とでもいうか。

 ともあれ、向かうべき場所が本来人の近寄らない場所であるなら、他の人達が知らないのも無理はない。

 ただ、そうなるとキリアちゃんが噂を聞いた相手、というのが気になるところだが……それに関してはあっさりと氷解した。

 

 

「……まぁ、他に誰もいなくて被害を気にする必要性がない、となれば確かに向いてるよねぇ……爆裂魔法の試し射ち」

「その結果としてこれから会いに行く相手にダメージを与える可能性があったということは、決して見逃してはいけない部分ですけどね」

(口調は普通だけど空気が痛い……)

 

 

 そう、キリアちゃんが話を聞いた相手というのは、なにを隠そう例の爆裂娘だったのである。

 なんでも『海といえば爆裂!爆裂といえば私……ということで、皆さんの背景を賑やかにする以外の時はそちらでレッツ爆裂!してる私ですが、やっぱり明確な目標というのは欲しいもの。なにもない場所にぶっぱなす爆裂魔法もそれはそれで乙なものですが、やっぱりド派手に相手を破壊してこそ!そんな私の願いを天が聞き届けたのか、ある時から海の中にそこを優雅に泳ぐ何者かが現れたのです!私はこれ幸い、とその影に対して爆裂魔法を放つようになったのですが……これが中々すばしっこいというか頑丈というか、思ったようには行かなくて……って、あの、マシュさん?なんでそんなこう、怖い顔を?ええとその、私用事を思い出したのでちょっイッタイメガァー!?』とかなんとか。

 ……うん、あの子はなんというか、もうちょっと自重とか覚えた方がいいんじゃないかなー。

 

 まぁともかく、例の爆裂娘が推定蒲田(かまた)くん*3……もといシン・ゴジラ第一か第二形態に対して爆裂魔法を撃っていたこと、及びそれが回避・ないし効果なしであったというのは恐らく事実だろう。

 その情報を頼りに、私たちは海へ向かっているというわけなのだった。

 

 

「にしても……流石にハロウィンだなって感じだね」

「道行く人達も仮装をしていらっしゃいますからね」

 

 

 で、そうして道を進んでいる私たちなのだけれど。

 すれ違う人達──生憎特撮系の人達ばかりだからか、見た目は普通の人っぽい──がみんな仮装をしていることに、改めて今がハロウィンなのだなぁと実感しているのであった。

 ……いやまぁ、遠景に見えるオルト・ハロウィンの時点で今がハロウィンであることは疑うべくもないんだけどね?

 

 

「こう、ハロウィンというとエリちゃんってイメージが強すぎて、普通に仮装しているだけの人が不思議に思えてくるというか……」

「エリザベートさんが視界の中にいない、というのが不思議に思えてしまうというわけですね……」

 

 

 思わず苦い顔になってしまう私たちである。

 ……なんというか、随分毒されてたんだなぁ私たち、みたいな気分になるというか。

 

 根本的なことを言えば、エリちゃんが関わっていようがいまいがハロウィンはハロウィンなのだ。

 そのはずなのだが……エリちゃんが視界の中にいない、というのが違和感になっているというか。

 いやまぁ、今回もエリちゃんとハロウィンの話ではあるんだけどね?でもその状況下でかつ解決に走る際に彼女が隣にいない、というのが不可思議に思えてくるというか……。

 

 ともあれ、些細な違和感を振り払いつつ道を進む私たち。

 そうして人波を掻き分け進むうち、周囲は少しずつ殺風景なモノへと変化していき……。

 

 

「ここが、噂の場所ってわけ?」

「そうなるかと。……確かに、人気がないのも頷けますね」

 

 

 恐らくは防風林なのだろう林を抜け、開けた視界。

 そこに広がったのは、いわゆる灰色の空気──くすんだ色と言ってもおかしくはない、もうすぐ嵐が来そうだと実感するような空気感の海辺。

 これから最終決戦なり、はたまたシリアスな戦闘なりが始まりそうな時化た海を前に、私たちは暫し立ち止まる。

 

 それは何故か。

 答えは単純、その海辺にいたモノ達に思わず驚愕していたからだ。

 そこにいたのは四つの影。大きなトカゲのような生き物、モヒカンのようなシルエットの人型。

 マフラーを棚引かせた人型に、両肩が突き出ているような見た目の人型。

 それらはそれぞれ、シン・ユニバースロボを構成する存在達の特徴と合致していた。いたのだが……。

 

 

「……いや、小さくね!?」

「正確には、ライダーさん以外が……ですね。……蒲田さんも小さいですね?」

「いやなんでみんな同じサイズ……」

 

 

 彼らの大きさ、それが問題だった。

 そう、みんな同じ大きさ……具体的には普通の人間のそれと同じくらいの大きさだったのである。

 ……いや、大分小さいなこれ?!*4

 

 

*1
「シン・ユニバースロボ?あああの、なんでお前ら合体してんだよって感じの」「映像的に正義の味方っぽい動きだったけど、シンゴジ混じってる時点であれだよなぁ」「というかなんでグッドサインとかしてんだよアイツ。リーダーなのか?」「さぁ……?」

*2
なお、スーツの素材によるものなので塩がイコール服に悪い、というわけではない。寧ろ染料が洗った時に落ちないようにするのに塩と一緒に洗う、ということもある。基本的には使い方次第、手入れの仕方次第ということ

*3
シン・ゴジラ第二形態の独特な姿と、そんな彼が現れた場所から名付けられた愛称。実際の彼は汚臭などを放っておりとても近付けたものではないが、そのなんとも言えない愛嬌のある顔などからグッズ化が意外と多かったりする

*4
ライダー以外みんなもっと大きいので、そう考えると最早ミニチュアレベルである



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組体操かなにか?

「…………」

「喋らないんだ……」

 

 

 遂に邂逅した私たちとユニバースチーム。

 しかしその邂逅は、当初予定されていたものとは全く別のものとなっていた。

 何故かというと、相手側が基本なにも喋らないから。

 一応反応はしてくれるのだけれど、あくまで身振り手振りだけ。

 言葉に関しては一言も喋らずにいるのである。

 

 

「……ふむ、恐らく彼らは本来ユニバースロボとしての姿が基本であり、こうして分離することを想定していなかったということかな?」

「ってことは、必然的に【顕象】か。まさか『逆憑依』四人で合体、みたいなことにはならないだろうし」

 

 

 顎に手を置きながら、ライネスが予測を述べる。

 彼らは喋らないのではなく喋れない。その理由は現在の彼らが不安定な状態であるから……ということになるのだろうか?

 本体である『シン・ユニバースロボ』としての姿を取れないため、非常手段的にこの四人(?)の姿になっているが、それゆえに意志疎通の面で問題が発生している……みたいな。

 

 まぁ、そうなるとなんで分裂してるの?……って当然の疑問にぶち当たるわけだけど。

 不安定だからって四人(?)になる必要性はないんじゃない、みたいな?

 

 

「純粋に小さなユニバースロボになるー、みたいな感じでいいんじゃないかなーって」

「その辺りはよくわかりませんが……ともあれ、彼らが探し物ということでよろしいのですよね?」

「え?あ、ああうん、そうなるけど……」

 

 

 とはいえ、問題はそこではない。

 彼らが探し物であるユニバースロボなのだとすれば、私たちがすべき事は彼らをオルト・ハロウィンと戦わせるということになるのだけれど……。

 うーん、この状態の四人が合体したところで、恐らく精々ちょっと大きな……ワンピースのキャラくらいの背丈のユニバースロボが出来上がるだけだろう。*1

 それでも十分大きいが、やはりオルトと戦うには無理がある……。

 

 

「というか、仮にこの四人が合体するとして、ちゃんとしたユニバースロボになるのかい?」

「え?……あー、あー……」

 

 

 と、そこで横合いからライネスのツッコミが。

 ……確かに、ユニバースロボの構成は頭と胴体・シン・ゴジラ、左右の腕と脚・ウルトラマンとエヴァンゲリオン。

 そして、頭の上に仮面ライダーがほぼ乗っているだけ、というもの。

 実のところ、戦隊ものの合体ロボは頭だけのメカ、みたいなのもいたはずなので構造としてはそうおかしなものでもないのだが、それはそれとしてこの場合問題がでてくる。

 それが、各パーツの大きさの問題。

 ……うん、少し考えればわかる話だが、このままだとシン・ゴジラに肩車される仮面ライダーの絵面しか出てこないのである。

 

 

「……どう足掻いてもバランスの面で見映えが酷いことになりますね」

「い、いやほら!もしかしたらゲッターみたくモーフィング変形とかするかも……いやそんなことできるなら分裂すんなや!!」

「!」<ビクッ

「あ、ダメですよキーアさん。大きな声で脅かしては」

「え、あっはい」

 

 

 どこの組体操だ、みたいな絵面しか思い浮かんで来なかったので思わず叫んでしまったが、その声に蒲田くんがビックリしたようで跳び跳ねていた。

 ……のをキリアちゃんが見ていたため、そのままちょっと叱られる羽目になる私である。

 

 おかしーなー?私ってば一応彼女の元みたいなものだから、彼女にとっての姉とか母とかのはずなんだけど……。

 え?自分からその辺りの繋がりはないって主張してただろうって?

 

 ……まぁともかく、私よりしっかりしてる感のあるキリアちゃんに首を傾げつつ、改めて思考に戻る。

 

 私たちがここに来た目的は、ユニバースロボを味方(?)にしてオルトと戦わせること。

 そして、それをするのに相手側の準備が間に合ってない場合、手助けをしてそれができるように引き上げること。

 

 

「ということは、彼らをちゃんと戦えるように手伝わなければいけない、ということだね」

「そうなるんだけど……なにをどうすればいいんだろうね、これ」

 

 

 今の彼らがまともに交戦できる状態だとは誰も思わないだろう。

 つまり、私たちは彼らがオルト・ハロウィンと戦っても力負けしない程度にまで成長させる必要がある、ということになるのだけれど……。

 いや、ロボの成長ってどうすればいいので……?

 真っ当な人ならば、なにかしら訓練でもすればレベルが上がるかもしれないが、彼らはその性質上あくまでも『ユニバースロボ』の分離状態扱い。

 つまり、単純な訓練では成長が見込めない可能性が非常に高いのである。

 

 

「いやまぁ、今までも色んな人達の訓練とか請け負ってきたけどね?……そもそも訓練の意味がなさそうな人達が相手だったことはないんだわ」

「うーん、いわゆる根性論お断り、といえやつだね。……なんて冗談めかして言ったはいいものの、実際どうしたものやら」

 

 

 うーん、と唸る私たち。

 いやまぁ、頑張ればなんとかなるような気もするのだが、同時に()()()()()()()()なのが問題というか。

 ……そう、さっきも言ったような気がするが、あくまでもこの話はサブイベント。

 本筋は如何にしてオルト・ハロウィンを退けるかという一点。

 つまり、彼らの話だけに注力していられないのである。

 

 

「なるほど、頑張る必要があるというのは、すなわち時間も相応に掛かるということ。……となれば、今の状況では選んではいられませんね」

「そういうことー。こう、代わりに私のやり方を覚えてくれる人がいるならいいんだけど……」

「……では、こうしたらどうでしょう?彼らへの指導は私が代わりに行う、と」

「キリアちゃんが?」

 

 

 しかし、できうる限り短期間で彼らを戦場に送り出せるように、となるとどうしても私が直接指導する必要がある。

 ……正確には、他の面々にその指導方法を使わせる手段があれば代われるのだが、多分難しいだろうなーというか。

 

 うん、いつもの(【星の欠片】ブートキャンプ)だね。

 これは普通の訓練とは違い、相手にエネルギーをそのまま付与するようなものでもある。

 経験値を文字通りの経験としてではなく、その当人のエネルギーとして換算している……みたいな?

 なので、本来成長しないような相手にも戦力の増強・使えるエネルギーの増大などの形で影響を及ぼす……と。

 

 ゆえに、今回彼らに施すのならこれに限るのだが……流石に【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】のようにパッと付与してパッと効果を発揮して終わり、とは行くまい。

 その場合の問題は、この魔法による強化はあくまで時限制である、ということ。

 対オルト戦闘において、一定時間で戦闘が終わるなどと考えてしまうのは、見積もりどころか考えが甘いとしか言いようがない。

 というか、下手すると制限時間超過した上で元に戻って撃退、とかされかねないというか。*2

 

 流石に原種や亜種のオルトのように、戦闘に負けると即座に吸収されるなどということはないだろう。

 精々、負けてもちょっと頭ハロウィンになるだけで済むはずだ。

 ……が、オルト側はそうもいかない。

 相手には適応進化の類いの技能がある。つまり、一度戦った相手には再度戦闘した場合鎧袖一触になる可能性がとても高い。

 時間稼ぎとしてすら運用できなくなるとなれば、貴重な一枠──オルトに対抗できる札を無駄に消費するのは避けたい。

 

 そのため彼らになにかを施すのなら、時限制ではなくしっかりと根付いた力を授けるべきということになる。

 ……なるのだけれど、その場合使うのは【階梯突破(オーバーリミット・シフトアッパー)】の方。

 うん、もろに【星の欠片】系統の力なので他人には任せられないよなぁというか?

 

 例えばこの場にキリア(母の方)がいれば、彼女にその辺りのことを任せるということもできただろうが……生憎彼女はいない。

 そうなるとこの案は無しかなー、でもそれ以外の手段もなー。

 ……などと呻く私に、おずおずと声を掛けてきたのがキリアちゃんであった。

 

 私の代わりに彼らの指導を受け持つ、という彼女であるが……そういえば、と思い出すこと一つ。

 

 

「……あー、【過剰黎明(アストラライズ・エヴォケーション)】?」

「ええ、あれならなんとかなるでしょう?」

 

 

 そういえば彼女、キリアじゃん。

 ……いや、ボケたとかそういうことではなく。

 彼女は実写版『聖裁キリアちゃん』の『逆憑依』であることを改めて思い出した、というだけの話だ。

 

 映画内の彼女は敵として立っていたが、その実できることなどは全てアニメ版(原作)のそれとは変わらない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という性質は変わっていないのだ。

 

 それはつまり、彼女もまた私のように彼らを補助する力を持っている、ということ。

 それも、原理については解説をしていないため、それが発揮されるのはある種魔法少女の──最近の()()ではなく、古い時代の『なんでもありな魔法少女』のそれに近いものとして扱われている。

 

 ……つまり、前の私みたいに自分の身を削る必要が一切無いのだ。

 だってそれは、言ってしまえば子供達の夢をそのまま叶えているようなもの。

 そこに難しい理屈はなく、そこに複雑な理由はない。

 ただそう願われたからそうなる、というだけのシンプルなものなのだ。

 

 

「一種の願望器みたいなもの、ということか……」

「そうそう。だから、下手なことを言うと私より向いてるかも知れないというか?」

「なるほど……では、この場はキリアさんに任せる、ということに?」

「まぁ、現状それ以外に上手い手も思い付かないし……任せてもいいかな?」

「はい、どうぞお任せを」

 

 

 元は同じなのに、随分とファンタジーな存在になってるなこの子……などと思いつつ、四人の指導を任せる私たちである。

 なお、ここでXちゃんとはお別れ。キリアちゃん一人では足りないだろう労働力を補給するため、他の住民達との交渉などをやって貰うこととする。

 

 

「……それでその、貴方はお残りにならないので……?」

「お前達には返すものがある」*3

「ひえっ」

 

 

 なお、一番置いて行きたかった人は付いてくるそうです。

 彼にカメラ(注目)が向かなかった結果がこれだよ!!(涙目)

 

 

*1
ワンピースキャラは気軽に三メートル越えの身長だったりする、という話。わかりやすいところで行くと、ドーナツ好き()のシャーロット・カタクリは身長509cm。なんと五メートル越えである

*2
まずまともに撃退するのに苦労するだろう。少なくとも二・三回復活してくるのは覚悟しないといけない

*3
意訳:ほとんど活躍できなかったので付いていきます



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予言がわかりやすいことは有史史上一度もない()

「さて、特撮村(?)から無事に出てこられたわけだけど……次の目的地はどこの予定なのかな?」

「うーん、次の予言は『朱の中から巨神は再臨する』って話になるんだけど……」

「再臨、という辺りに不安を覚えないでもないですね……」

 

 

 はてさて、無事に特撮地区から脱出した私たち一行。

 次に目指す場所については、今のところ目星が付いていない状態なのだが……とりあえず、現状手元にある予言から考えてみる次第であった。

 

 予め貰っていた予言は全部で四つ。

 さっきのシン・ユニバースロボ達を謳った『勇姿は青より来る』というものと、今しがた私が呟いた『朱の中から巨神は再臨する』というもの。

 それから、他に二つ──『白光』と『黒雲』というそれらを含めた合計四つが、現状私の知り得る予言ということになるわけなのだが……。

 

 

「まがりなりにも予言・文章って形になってる前二つに比べると、残り二つの意味不明感が凄いというか……」

「確か……その単語だけなんだったかい?残り二つの予言っていうのは」

「……それは予言というのか?」

「ええと、予言者達が告げている以上は……多分……?」

 

 

 うん、メイトリックス氏にまでツッコミを受けてしまうくらい、残りの予言は予言としての体を為してないというか?

 

 ……そう、さっきの二単語は文章の頭部分だけを語ったとかではなく、真実()()()()()()()()ものなのだ。

 正確には、予言として与えられたのが単語──それを連想する情景だけだった、というか。

 前二つがある程度文章になっていることもあり、余計に残り二つの尻切れトンボ*1感が強まっているというわけである。

 

 一応、予言者組の取り纏め役でもある桃香さんに聞いたところによれば、

 

 

「いやー、それがですね?残り二つに関しては向こうから干渉されているのか、はたまた彼らのいる場所の問題なのか、それらがいると思われるロケーション以外について全く不明なんですよねぇ」

「はい?」

「『白光』の方は文字通り真っ白な明かりの中。そして『黒雲』の方も、文字通り光一つない暗闇の中。……辛うじて雲のようなモノの中だと判別できたため『黒雲』としているわけですが……もしかしたらどちらも全然違う場所、なんてこともあるかもしれないですね」

「えー……」

 

 

 ……とのことであった。

 

 まぁ、一番最初に選んだシン・ユニバースロボの予言はともかく、その次に選んだ『朱』の予言に関しても、率直な感想を言わせて貰えば『まるでわけがわからん』となるんですけどね。

 いやだってさぁ、『青』の方はまだその文体からネロちゃま──水着ネロちゃまの説明文のそれと同じ()に着目したモノである、ってのはわかるけども。*2

 

 

「朱の中ってなんだ、とか。巨神って単語が凄くいやな予感がするとか、そういう方面の予測は立つけど場所の予測にはあんまり役に立ってないというか……」

「辛うじて『中から』という表現から、なにかしら赤いもの中から現れるのだ、と予測ができるくらいでしょうか……」

 

 

 辛うじて文章になっている『朱』についても、正直なにか読み取れるかと言われれば微妙である。

 一応、マシュの言うように『中から』という表現に着目し、このなりきり郷の中でも赤が強調されそうな場所……かつ中に入っていられるような赤、ということで炎燃え盛る灼熱の地・熔地庵を目的地に定めては見たものの……。

 

 

「炎で巨神、というとどこぞのフラれストーカーしか出てこないのよねぇ、脳裏に」*3

「主体がオルトである以上、他の四種は恐らく型月系のキャラクターではないと思うのですが……なにぶん確証もないですからね……」

「……二人はなにを悩んでるんだ?」

「唸りたいのは私も一緒なんだけどね……」

「???」

 

 

 うん、炎の中から巨神、といわれると快男児(ナポレオン)にどかーんと吹っ飛ばされた例の彼が、頭の中で主張を始めるというか。

 ……いや、多分ないとは思うんだけどね?

 でもこう、状況証拠が揃いすぎているとどうにも疑わずにはいられなくなる、というか。

 

 そんな風に唸る私たちを見て、わからんとでも言わんばかりに肩を竦めるメイトリックス氏であった。

 

 

「ええと、一応場所としては此処で間違っていないようです、とだけは言っておきますねー」

「はいはい、ありがとねなりきり郷ちゃん。……ありがとついでにこれから出会うだろう相手について教えて欲しいんだけどー……」

「それに関しては不明でーす。直接確かめてくださーい」

(本当に不明なのかなぁ……)

 

 

 そうして唸る私たちを見かねてか、なりきり郷ちゃんが探す場所は間違っていない、ということを告げてくれるのだけれど……うーん、肝心なところをぼかされている感じがひしひしと。

 いやまぁ、隠したりごまかしたりする理由がそうまで多くもないし、その場合の理由も彼女に当てはまるか微妙なのでなんとも言えないのだが。

 

 ……ともかく、ここで愚痴っていても仕方ない。

 現状私たちは熔地庵と呼ばれるフロアの入り口付近に立っているわけだが、ここからこのフロア全土をあてもなしに探すとなると、相応の時間が掛かることとなる。

 

 さっきも言ったが、そんな悠長なことはしていられない。

 ゆえに、さっさと進むためにホバー移動なりなんなりみんなにさせる必要がある、ということになるのだけれど……。

 

 

「随分と上手く進むんだな、どこでやり方を習った?」

「(原作という名前の)説明書を読んだのよ」*4

 

 

 ……うん、うーん?

 あれだ、なんかこう変な方向に修正を食らっているような気が……?

 

 とりあえず、今回迅速な移動のためにみんなへと付与したのは『(フロート)』、絶対大丈夫なカードキャプターさんの使う魔法の一つである。*5

 本来これは空に浮く、というだけの効果を持つモノなのだが……そこにさらに背中に風の噴出点──婚后さんの『空力使い(エアロハンド)*6を組み合わせることにより、高速ホバー移動を可能にしているのだった。

 

 ……え?超能力と魔術(魔法)を一緒に使うとヤバイんじゃないかって?*7

 その辺りの負荷・負担を無限死で踏み倒せるのが【星の欠片】の良いところだよネ☆

 ……いや嘘。嘘付きました。現状マシュの目の前でそんなことしたら死ぬほど怒られるので別のやり方してます、はい。

 

 

『だからッテ私みてーなノ作るのモどうかと思うガナー』

「ええと……チャチャゼロさん、のような?」*8

「いいえ、それを参考にした『キーあん』です」

 

 

 そのやり方というのが、能力の使用者を別個に用意する、というもの。

 ……従者というよりは『ストレイト・ジャケット』における魔族(メレヴェレント)、それの伯爵(カウント)級が備える副顔・『謡うもの(シンガー)』の方が近いような気もするが。*9

 え?突然専門用語ばっかで意味がわからん?

 まぁ、雑に言えば小さい私が増えました、くらいの感覚でいいよ。下手に増やすとあれだから、正確には二重人格を切り分けた、くらいの意味合いの方が近いけど。

 

 

「……それ、余計にややこしくないかい?」

「私と同一だけど同一じゃない、っていうややこしさを表そうとするとどうしても一言じゃ説明できなくなるからね。それならまぁ、ちょっと分かりにくい方がいいんじゃないかなーって」

「説明を放棄しているだけなのではー?」

 

 

 ええいうるさいうるさい。

 隣でキーあんが『けケッ、ご主人ハ随分卦体(けったい)ナ思考回路してんネー』とか言ってくるが無視だ無視。

 

 ……ともかく、本来一つの存在が同時に魔術ないし魔法と超能力を同時に行使することで発生するダメージを回避し、上手いこと運用するためにキーあんが生み出されたというのは事実。

 恐らくここでの用事が終われば消えるだろうけど、それまでよろしくねと改めて挨拶をさせたのだった。

 

 

「…………」

「ところでそこの少女はなんで真っ白に燃え尽きている?」

「あー……彼女のことはスルーして頂戴。死ぬほど尊さにやられてる」*10

「……なるほど」

 

 

 なお、マシュがキーあんを見て暫く固まったのち、ほんのり笑顔を浮かべて真っ白に燃え尽きていたが……彼女の思考回路はわからない。

 多分心にアグネスデジタル*11でも降りてきたのだろう、多分。

 

 

*1
物事が中途半端な状態で止まっていること。最後まで完成していないこと。ここでいうトンボは昆虫のトンボ……とは微妙に違う。由来となるのは草履であり、鼻緒がトンボの羽根に似ていることから『トンボ草履』、さらに草履のかかと部分が磨り減って欠けているのを『尻切れ草履』と呼んでいたことから、それらを組み合わせ『欠けている草履』を物事が途中で止まっていることに例えたのだとか

*2
水着ネロの台詞『劇場は海より来る』、及びマテリアル内『七つの冠』の説明文『□□は海より来る』から

*3
FGOより炎の巨人王・スルトのこと。また『フラれストーカー』という呼び名は『ヴァルキリープロファイル』シリーズの錬金術師、レザード・ヴァレスのあだ名、およびとある敵モンスターの名前から。きっぱりフラれたのに付きまとっているので『フラれストーカー』。一応スルト君はフラれた後付きまとってはいないが

*4
『コマンドー』内のやり取り『説明書を読んだのよ』から。文字通り説明書を読んだだけで驚くようなことはなにもないです()

*5
『カードキャプターさくら』シリーズに登場する『クロウカード』の一枚。アニメオリジナルであり原作漫画には登場しない。風船に羽根の生えたビジュアルをしている(カードの絵柄は気球)。複数人を同時に浮かべ、かつ無音で移動できる為似たような能力の『(フライ)』(主に一人を高速で飛行させるモノ)とは使い分けとなる

*6
『とある科学の超電磁砲』の方に登場するキャラクターの一人・婚后光子(トンデモ発射場ガール)の能力。物質に空気の噴出点を付与し、そこから風を噴射することでモノをロケットのように飛ばすことを可能とする。遅延発動もできる為地雷のような使い方も可能。また、相応に噴出点を設置する必要性があるが、巨大な鉄塔でさえも吹っ飛ばせるとのこと。まさにトンデモ発射場ガール

*7
とあるシリーズにおける設定。能力者はそれを行使する為に脳の回路を組み換えているので、その状態で魔術を使おうとすると最悪死亡する

*8
『魔法先生ネギま!』シリーズにおけるエヴァの従者。ナイフ攻撃を主とする小型操り人形。基本的にカタカナの片言で喋る

*9
『ストレイト・ジャケット』に登場する敵性体・それが備える特殊な器官。二つ目の顔とも呼べるそれは、絶えず呪文を詠唱し続けている。隙を消す、という面ではこれ以上ない器官

*10
『コマンドー』のやり取りから。こちらは『死ぬほど疲れてる』

*11
『ウマ娘』のキャラクター。ウマ娘ちゃん同士の絡みに興奮するいわゆるオタクなキャラクター。今日も彼女はどこかで元気に尊死しているのだろう……



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たまにいたよね、こういう時期に

 尊死したマシュの復帰を待っていては日が暮れる……ということで、キーあんに支えて貰いつつそのままホバー移動。

 灼熱の大地を眼下にしながら、私たちは熔地庵を奥へ奥へと進んでいく。

 ……うん、その灼熱の大地、ってので気付いたのだけれど。

 

 

「……これ、よく見たら溶岩じゃないね」

「ふむ?……なんと、まさか加熱された水飴だったとはねぇ……」

 

 

 どうにも、暑さが以前より弱いような?

 そんなことを思いながら、腕に魔力の膜を纏わせ赤熱する粘性のそれを一掬い。

 ……その結果、それが溶岩などではなく水飴──正確には熱せられた結果熔け出した飴であることに気付くことになったのだった。

 そりゃなんかこの前より暑くないなー、なんて感想にもなるというか?*1

 いやまぁ、それでも素手で触れたら火傷じゃ済まないんだけどね?

 

 ……ともかく、平時と変わらないように見えた熔地庵もハロウィンの影響をしっかりと受けている、ということを認識した私たち。

 この分だと思わぬ変化に出会(でくわ)しそうだなぁ、なんてことを考えながらホバー移動を続けていく。

 

 

「おい見ろよ小松!こいつはマグマキャンディじゃねぇか?!お、あっちにはショコラストーンがいっぱいだ!」

「ま、待ってくださいトリコさん!流石にこんなに暑いところをそのまま進むのは僕には無理ですよ~!?」

 

「……なんかこう、あんまり見えてほしくないキャラがいたような気がするんだけど?」

「スルーしておこう、今のところ本筋に関わりそうではないし」

 

 

 なお、その道中で美食家っぽい二人が見えたりもしたが、精神安定を取ってスルーした。

 あの世界わりととんでもないからね、少なくともオルトがいる状況で混ざって欲しくはないから仕方ないね。*2

 

 

 

 

 

 

 はてさて、飴の溶岩の上をひたすらに飛び続けるが、今のところ目的の相手らしき影は見当たらない。

 道中なにを思ったのかマフティーダンスをしている荼毘君……もといヒードラン君と遭遇したりしたものの、彼からも有力な手掛かりは得られなかった。

 

 

「寧ろなんで踊ってるの、ってツッコミを入れる羽目になったというか……」

「『荼毘ってキャラは踊るものなんでしょ?それにハロウィンって言ったらこの踊りだとか?』……だったか?なんというかこう、話には聞いていたが……」

「聞いていたが?」

「……想像以上に荼毘らしからぬキャラ付けだったな」

 

 

 それは確かに。

 ……まぁ、そういうキャラだからこそ特に不自由を感じずに過ごせている、という部分もあるのだろうからこっちとしてはスルーするより他ないわけなのだが。

 

 ともあれ、違和感に首を傾げるライネスはスルーして、そのまま残りの見れていない箇所を目指して進む私たちである。

 

 

「今までは入り口からまっすぐヒードラン君のところを目指して進んでたから……」

「北か……」

「メイトリックスさんの言う通り、向かうなら北側だろうね」

 

 

 即席で作った地図を前に、向かう方向を調整する私。

 先程は入り口から東進してきたわけだが、そうしてたどり着いたのはフロアの奥。

 ここから壁……壁?沿いに北へ向かい、壁に突き当たったら南、また壁に当たったら今度は西……という風に、四隅を綺麗に埋めていく形で進むのがいいだろう。

 

 ……え?それだと中心部分を確認しきれなくないかって?

 それに関しては心配しないで貰いたい。なんでかというと、

 

 

「ハロウィンという言葉に騙されそうになるが……やはり蜘蛛は蜘蛛だな」

「だねぇ。……一応、各階層間は次元断層になってるはずなんだけどねぇ」

 

 

 ちゃんとした階段からじゃないと、他の階層に移動はできないはずなんだけど……。

 

 この感想からわかるように、オルトはなんと各階層をそのままぶち抜いて進行しているのである。

 ある意味七章の再現のようなもの、とでも言えばいいのだろうか?

 まぁ、特に目指しているモノがあるというわけではなく、フロアの中心部に空けた穴を上に下にと移動しているだけ、のような状態なのだが。

 

 ……中心部に建造物のなかった熔地庵はともかく、他のフロアの中心部には普通に建造物が存在したため、それらはオルトにぶち抜かれた結果大穴と化している。

 一応、なりきり郷内の『非殺傷設定』はオルトにも適用されるようで、その時の衝撃で命に関わる怪我をしたという人はいないようだが……代わりに、超近距離であのオルトの波動を浴びせられる結果となったため、それらの人々は漏れなくハロウィン化してしまってもいる。

 あれだ、七章で言うところの空想樹の種のポジションにされているというか?

 

 

「まぁ、やることは周囲の生物の殲滅じゃなく、周囲の生物のハロウィン化だけど」

「言葉の上だけだと意味不明だけど、その実やってることはオルトの力を応用しての洗脳みたいなものってわけだ。オルト本人をどうにかしないと解除できない永続効果、みたいなものだと考えれば質が悪いどころの話ではないね」

 

 

 人の生き死にに関わらないだけで、結局オルトの存在維持に使われているのだから問題しかない……というべきか。

 ハロウィンが終わらないということは、あそこでうろうろしているオルトが消える余地がなくなるということ。

 生きることにとかく貪欲であるオルトらしい、悪辣な自己保持方法だと言えるだろう。

 

 ……いやまぁ、やってることはハロウィンを永遠に続けるためハロウィンから抜け出せない人間を増やしている、という微妙に緊張感を削がれる行動なんだけどね?

 

 ともあれ、いつもの精神鑑定(こぶし)を使っても解除できない精神異常、というのも見方としては間違いではなく。

 やっぱりオルトはオルトだな……などと、FGOでのオルトの活躍を知らない人からすれば『なんか抱く感想おかしくない?』みたいなことをぼやきたくなる私なのであった。*3

 

 

「まぁ、オルトの話は一先ず置いておいて。目的の相手、どんなのだと思う?」

「また急な話題転換だな……俺は強いやつ、と答えておこう」

「その心は?」

「ドンパチするならデカイ方が映える」

「……それは確かに」

 

 

 とはいえ、未だ私たちはオルトに挑む権利すら与えられていない状態。

 拡大するハロウィンに関しては、同じエネルギー(?)を持つため対抗できるエリちゃんずにお任せし、私たちは他の四つの予言達を探す仕事に戻ることにする。

 

 ……で、その流れで件の四つの予言──その対象となる存在達への考察に話が移行するわけなのだけれど。

 最初彼らが『隠れたトラブルの種』と言われていたことからわかるように、彼らは素の状態だとこちらに協力する気のない、ともすれば自分達が新たなトラブルを引き起こすような問題児達である。

 幸い、一番最初に出会ったシンゴジ君達は、そもそもなにかしらの被害を巻き起こそう……みたいな意思のない状態であったが、他の面々までそうだとは限らない。

 

 その場合、相手が協力する気になるようにしなければならない、ということになるだろう。

 シン・ユニバースロボ達ならば彼らの成長を必要とする、みたいなことが他の三つでも起きるはず、と言い換えればいいかな?

 

 で、そんなことをする必要性がある──それをする価値があるということになると、四つのトラブルの種はそれらが力を合わせることでオルトを撃退するに足る力を持っている可能性が高い、ということでもある。

 そこら辺を鋭く感じ取ったメイトリックスさんは、これから出会うだろう相手も大きく強いはずだ、と告げたわけである。

 

 ……ただねぇ?

 この人の口からその類いのことを告げられると、なんとなく彼こそがその『トラブルの種』当人なんじゃ、みたいな気持ちも少なからず湧いてくるというか。

 

 

「あー……ムキムキマッチョマンだもんねぇ」

「ムキムキマッチョマンだからねぇ」

 

 

 うん、往年の中の人なら無敵で最強、みたいなイメージも少なからず存在しているというか?

 流石にオルト相手にどうにかなる、とは思いきれないけど……でもここのオルト、戦力的には遥かに弱いからなぁ。

 だったらある程度の戦力が四つ揃ったらどうにかなりそう、とも思えなくはないというか。

 

 そんなことを考えながら、ホバー移動しつつ北へと向かう私たちなのであった。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 その威容を前に、私たちは息の呑んでいる。

 唖然、と言い換えてもいいかもしれない。それくらい、目の前にあるものは非常識だった。

 正直、冗談めかして言った『ここでの探し物はもしかしてメイトリックスさんなのかも?』という言葉が本当であった方が幾分かマシ、というか。

 

 ……いやまぁ、メイトリックスさんと出会ったのはこことは違う階層。

 すなわちなりきり郷ちゃんの『探し物はこの階』という言葉と微妙に噛み合わないため、あり得ない話なのはわかっているのだが。

 

 ……ともかく、こんな微妙な現実逃避をしてしまうくらい、私たちの目の前にあるものは異常であった。

 それは、三つのメカが合体して出来上がる巨大なロボット。

 装甲車・タンクローリー・バス。それらの三つが合体し、町内の平和を守る(大嘘)──。*4

 

 すなわち、伝説巨神イデオン。

 それこそが、現在私たちの前に鎮座するロボの状態で。

 

 ……一ついいかな?そういえば一年目のハロウィン以来ですね貴方!!(涙目)*5

 

 

*1
参考までに、飴を作る際には140度まで加熱したのち100度くらいにまで冷ましながら成形するとのこと。なお溶岩は大体900~1200度くらい

*2
ジャンプ漫画『トリコ』のキャラクター、トリコと小松のこと。迂闊に絡ませたくない理由は、この作品がいわゆるハンター……それも食料となる相手との戦いを主軸にしたものである為。迂闊にオルトに会わせるとオルトを食べようとしそうだし、かつそれが出来そうなのが始末に負えない(実のところ、『トリコ』は終盤のインフレ速度がかなり速い)のがその理由である

*3
二部七章において『型月最強の生物』である由縁を存分に示したオルト。しかしそれを実際に見ることとなったプレイヤー達は、揃ってこう思ったという。『いや、そこは死んどいてくれよ……』と。生き汚さまでトップクラスだったのだから、そりゃ恐れより呆れも浮かぶというものである

*4
イデオンの出来上がった経緯。始めにロボの見た目ありきで始まったのだそうだ(おもちゃメーカーに『このロボでアニメを作って』と無茶振りされたのだとか。その時の原案が装甲車(Aメカ)タンクローリー(Bメカ)幼稚園バス(Cメカ)が合体するというもの)

*5
イデ「一年目からずっとスタンバってました」



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確かに朱いな……(白目)

 いやなんでじゃ。……いやなんでじゃ?

 

 などと、思わず乱暴な言葉使いになってしまったが、それも仕方のないこと。

 イヤだってだねぇ、考えてもご覧よ。

 オルトがヤバイオルトがヤバイ、って言ってる横で唐突に波導ガン構えたイデオンがいたらどう思うか。

 やべえっていうか地上でそんなもの振り回すなというか、ともかく正気でいられないのは確かな話だろう。*1

 

 というかだ、そもそもオルトの時点でいっぱいいっぱいなのに、イデオンなんて引っ張ってこられたらそりゃもうやってられるか、ってなるのが普通というか。

 ……さて、なんでこんなにキレ散らかしてるのかわからない人もいるだろうから、大雑把にイデオンについての解説をしておこうと思う。

 

 伝説巨神イデオンは、千九百八十(1980)年に放送された富野(とみの) 由悠季(よしゆき)監督のロボットアニメである。

 元々は株式会社トミー*2が持ち込んだ企画であり、その時の主役ロボ・イデオンは装甲車・タンクローリー・幼稚園バスが合体したもので、それに合わせてロボットの装甲に『地球連合軍』だの『そろようちえん』だのの文字が描かれていたりした。

 

 言ってしまえば無茶振りの類いだったわけだが、富野氏はそれらのメカに『第六文明人の遺跡』という設定を加え、人と人との争いの果ての物語を作り上げたというわけだ。*3

 

 さて、この主役メカであるところのイデオン。

 大抵の人は『スーパーロボット大戦』シリーズで初めて触れた、という人が多いと思われるのだが。

 それらの作品では決まって『バランスブレイカー』としての役割が与えられていることが多い。

 射程が文字通りの無限──マップの端から端まで届く効果範囲であるとか、特定の条件を満たすとエネルギーが文字通りに無限となり、幾らでも武装を使うことができるようになるとか……そういった武勇伝に事欠かない。

 

 その理由となるのが、イデオンを動かすために使われるエネルギー──通称イデ。

 一応、各メカには核融合エンジンなどが搭載されているらしいが、実のところそれらの動力源ではイデオンを動かすためのパワーが足りないのだそうな。

 それを補う……どころか寧ろ主体となって動かしているのが、先述したイデ。

 これは、『第六文明人』の意志が依り集まって生まれたモノであり、人の意思に呼応してその出力を上げる特殊なエネルギーでもある。

 

 そしてこのイデ、作中の描写によれば全宇宙のエネルギーのほぼ百パーセントを占めるだけの力を持つとされているのだ。

 そう、イデ以外のエネルギー──ブラックホールや太陽などの高エネルギー体達すら、イデの前では一パーセントの出力にすら満たないのである。

 それはもう、作中で言われた通りに『無限力』と呼んでも差し支えないくらいに。

 

 ……私は何度か、現実世界で無限を持ち出すことがどういうことかを口にして来たが、このイデオンはそれを見事にやりまくる。

 力をさほど発揮していない時でもそれなりに強いが、真に力を発揮した際には一騎当千……どころか、一騎当千万ほどの無双ぶりを発揮するのだ。

 イデオンソードは宇宙(そら)を(文字通り)割り、イデオンガンは目前の敵達を全て破砕する。

 

 その暴威はもはや神もかくやであり、ある意味俺Tueee系の走りであるとすら言えるかもしれない。

 ……まぁ、仮にイデオンを俺Tueee系の作品として見た場合、報われなさが強すぎて誰も憧れないだろう可能性が高いわけだが。

 

 ともかく、イデオンという存在がとんでもない厄ネタである、ということは間違いない。

 単純な戦力面で見てもそうだし、内包するイデの厄介さで見てもそうであるだろう。

 

 

「争いを憂う超越者、って感じの概念だからねぇ……」

「まず間違いなく、私たちにとっては福音ではなく厄災でしかないからねぇ」

 

 

 敢えて悪く言うと、理想論の権化というか。

 ……まぁ、元々の第六文明人とやらは現行の人類達より遥かに精神的に優れた存在であったらしく、そんな彼らからすれば争いを続ける現行人類達が愚かに見えてもおかしくはない、というのはわからないではないのだが……。

 

 結局のところ、彼らの求める精神的な成熟とは仏教のそれと近い、あらゆる欲の放棄に近い。

 欲があるから人は争うし、互いを比べたがるし、違う相手を羨ましいと思ってしまう……。

 それらは確かに醜いものでもあるが、同時に人の世を前に進めるための原動力でもある。

 

 その辺、恐らく今新たにイデオンが描かれたとして、埋められぬ溝になりそうな気がしないでもない私だが……その辺りは横道に逸れすぎているのでとりあえずここで打ち切っておく。*4

 

 ともかく、本気で無限を振り回せるイデオンならば、まず間違いなくオルトを撃滅せしめることができるだろう。

 ……できるだろうが、実際にやられた場合地上が酷いことになるのはまず間違いあるまい。

 なにせイデオンソードは作中での最大威力なら惑星を真っ二つにするし、イデオンガンに至っては惑星を粉々にした上でその反対側にいる艦隊を完全に壊滅させる威力。

 

 それらの威力を地上で発揮した日には、まず間違いなく地球が無茶苦茶になるだろう。

 だがしかし、それゆえに火力を下げるのは厳禁である。

 流石に原作ほどの不死性があるとは思えないが、それでも相手はオルト。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……という化物なのだから、手加減した結果下手に生き残られでもした日にはイデの効かないオルト、などという更なる化物の誕生すら危ぶまれるわけだ。*5

 

 いやまぁ、実際のところ無限力にも適応できるのか否かはまったくわからないわけだが、危ない橋なら渡りたくない……というのも事実。

 そのため、やるのなら絶対に死んだと確信できるような火力を持ち出すしかあるまい。

 ……そうなると地球ごとってことになってしまうので、結局イデオンなんて持ち出すもんじゃない、っていう話になってしまうのだった。

 

 

「ところで……『朱』がイデオンならば、『黒雲』は……」

「ヤメロォ!!考えないようにしてたんだぞぉ!?」

 

 

 なお、イデオン……ジム神様がここに鎮座しているのなら、その対のような扱いをされるザク神様もいてもおかしくない……みたいな話が出てきたりもしたが、必死に聞こえないふりをする私なのであった。*6

 ……いやだって、ねぇ?イデオンに比べたら遥かにマシ……というか、無限力とかの使徒でもないから危険性はほぼない、と言い換えてもいいザク神様だけど。

 その実、イデオンと並び立てても見劣りしないように見えるようなロボットが、純粋な人類の科学だけで生み出されてる……って時点で逆に危ないというか。*7

 

 

「それってつまり、下手すると今の人類にも扱えるかも……ってことだからねぇ」

「参考書か」

「はい?」

「あー……今まで完成させたことがなくても、お手本として革製品があるならその技術にたどり着くかも、ってことかな」

 

 

 神妙な顔で『参考書』と呟いたメイトリックスさんだが、多分言いたかったのは今私が述べたことだろう。

 

 技術の進歩と言うのはまさに日進月歩。

 つい先日立ち止まっていたようなことでも、些細なきっかけで劇的に伸びることもある。

 その些細なきっかけになりうる、という点でザク神様はとてもよろしくない。

 なので、できればこの予想は外れていてほしいのだが……実際どうなるかは出会ってみなければわからない。

 

 

「そもそも、このイデオンをどうするのかってことすら決まってないからねぇ」

「そうなんだよねぇ……」

 

 

 今のところ沈黙を保ち続けるイデオン。

 それは無限力が存在しないからなのか、はたまた自身を扱うに足る搭乗者を求めているからか。

 直接確認することができない以上、私たちにできることは想定することのみ。

 

 願わくば、このイデオンが余計な被害をもたらすことのないように……と呟きながら、私たちはその威容を眺め続けていたのだった。

 

 

*1
比喩でもなんでもなく『銀河を切り裂く』超威力。下手に地上で使えば地表ごとあらゆるモノを消し飛ばすことだろう

*2
現『タカラトミー』のかつての姿。2006年に株式会社タカラと合併するまで様々な玩具の制作会社として名を馳せた

*3
じゃないとこんなデザインまともに使えない、とのこと。実際イデオンの見た目は安易にカッコいいとは言い辛いものがある(肩が上に出っ張りすぎ、というか。逆にイデオンモチーフのキャラを作る時のわかりやすい特徴になっていたりもする)

*4
因みに、イデの求める理想の形はあくまで融和である、と思わしき描写が存在する(漫画版。敵方の総大将、ドバ・アジバが娘であるカララとその恋人・ベスに対して『縁を切る』という形で争いを止める描写が存在するが、雑誌から単行本になる際に加筆され『イデが発動する』結果となった。わかりあえぬ価値観をスルーすることで衝突を回避する、という手段の一つを思いっきり否定している)。求める理想が高すぎてヤバい

*5
適応力の化物でもあるオルトの原作での描写。直死系の運命死を再生ではなく新生という形で越え、主人公達の召喚術式を学んで悪用し……と、とかく対応力がヤバい。その上で単純なスペックすら高いと言うのだから、起こすべきではないという結論が出るのも宜なるかな

*6
イデオンを『ジム』に似ていると捉えたことから生まれた『ガンバスター』の呼び方。モノアイタイプの主人公メカ、というのは意外と珍しい

*7
一応は現行科学の延長線上である『縮退炉』を搭載した()()。つまり戦艦二機の合体ロボ、という超スケールである



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そうよ、みんな星になってしまえー!

 暫くの間イデオンを監視してみたものの、特に動き出す様子は見られない。

 かつてこの機体と出会った時も、動き出したのは特定の場面だけだった辺り、なにか起動に条件とかがあるのかもしれない。

 ……まぁ、動かないのなら動かないでそっちの方が都合が良いので、こっちとしては無理に起動条件を調べよう……なんて気にはならないわけなのだけれど。

 っていうか、下手するとイデって私たち【星の欠片】のこと嫌ってそうだし……。

 

 

「そうなのかい?」

「まぁ、在り方としてはわりと"負"の無限力に近いからね、私たちって」

 

 

 概念として小さいものを目指す【星の欠片】は、その性質上基本的には負け組──切り捨てられたものと結び付きやすい。

 負けが決まっているからこそ逆に勝負の意味が無くなる、なんて性質とかまさにそれだろう。

 ……その性質を保つために無限性を利用しているわけだから、【星の欠片】は歴とした無限力の一つ、というわけである。

 

 それでいて、私たちは寧ろ人々の争いを()()()()()()

 その先にあるだろう彼らの躍進を期待している。寧ろ、下手な意味での仲良しこよしなど求めていないというか?

 ……この話を字面通りに受け取ると『周囲に戦争の種を振り撒くもの』ってことになってしまうわけだが、そこに関しては反論があるような、ないような。

 

 

「まだるっこしい。どっちなんだ一体」

「基本的に推奨はしないんだよ、静観はするけど」

「どっち付かず、ということですね」

 

 

 ある種の日和見主義というか、放任タイプというか。

 ……【星の欠片】は、基本的に人のすること全部手放しで褒めるタイプの厄介者である。

 それは言葉通り、誰かを救うのも陥れるのも、はたまた攻撃するのも守るのも全部ひっくるめて『それが人がすることなら』由とする類いの存在。

 褒めて伸ばすと言えば聞こえは良いが、その実間違った方向に進んでいても忠告などは一切しない。

 

 何故ならば、【星の欠片】の愛する『人』というのは個人ではなく総体。

 人類という種が次代にバトンを繋ぎ続ける様を尊ぶモノであるため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という可能性を常に見続けているのだ。

 

 ……わかりにくいので簡単に言い直すと、例えば『テイルズオブファンタジア』のダオスはこのゲームのラスボスだが、その実彼が主人公の世界に対して警告した『魔科学』の使用についてのあれそれは、考えなしに使い続ければ星を滅ぼすものとして一定の正当性があった。

 似たような例──星を食い潰して人を生かす、みたいなやり方をしてしまっている作品は幾つかあるが、それはつまり『今は良くても後々良くないことになる』ということを如実に示しているとも言える。*1

 

 無論、突然今のインフラを潰して他のものに変えろ、などと言われても無理があるのも事実。

 現実においてもそう易々と方向転換できないことは、皆骨身に染みているだろう。SDGsとか。*2

 ……その上で、長期的な目線に立った時に今のやり方を続けるのが間違いである、というのも正解なわけで。

 

 そういった、人の視点以外の視点から物事を判断する場合、今の成功が後の失敗である、と察する機会は多いのだと言える。

 あれだ、キュゥべぇの言い分にもある程度正当性はある、みたいな?*3

 

 とはいえ、それはあくまで人外の視点に立った場合。

 人の視点からそれをよし、とするのは無理があるのもまた事実。

 そこら辺の舵取りは難しく──結果、【星の欠片】が選んだ答えは()()()()()()()だった、というわけである。

 

 間違えるのも良し、正しい道を進むのも良し。

 良いと思って悪いことをするのも、悪いと思いながら良いことをするのも、全て全てそれが人の行いであるのならば否定しない。

 但し、それらの行動に人以外の思惑が絡むのならそれは止める。

 何故ならばあらゆる咎も責も報奨も、あくまで人自身が受け止め理解するべきモノであるがゆえ。

 

 それはある種の優しさであり、厳しさでもある。

 自身以外(神や悪魔)への責任転嫁を認めない、ということでもあるわけなのだから。

 

 

「……とまぁ、そういうわけで。私達(星の欠片)は人に期待しているし期待していない。あくまで人が人のままたどり着く場所を見たいだけで、そこに誰かの干渉を望まない。……まぁ、その上でできるなら良いところに行って欲しいから、自分達(星の欠片/道具)を使うことで行ける場所があるなら喜んで手伝ったりもするってわけ。……大抵やり過ぎるけど」

「やり過ぎる……っていうと、具体的には?」

「前から言ってる通りその人のための世界を作るとか」

「やり過ぎの規模が違いすぎやしないか?」

 

 

 まぁ長くなったので纏めると。

 私達【星の欠片】は、あらゆる意味でイデとは対称的な立場なのである。

 彼らは人を『自分達を振るうに足る存在になって欲しい』と誘導するが、私達は『自分達を振るった先に辿り着く場所が見たい』ので端から協力的だし。

 彼らは『人の憎しみを悪いものだと切除しようとする』が、私達は『人の憎しみもまた人の力だからそれが必要なら寧ろ焚き付ける』こともある。

 

 彼らは強者としての視点から人を見定めるが、私達は弱者の視点から人を仰ぎ見る。

 ……それらの点を細かく上げていくと、寧ろ仲良くなれる要素がまっったくないという話になるわけで。

 

 まぁ、互いに無限力であることは間違いなく、ぶつかり合えば酷いことになるのは明白。

 なので、少なくとも私が見ている間は起動する気はない、みたいなことを考えていてもおかしくはないかなー、とか思ってしまうのであった。

 

 ……え?この場に私がいない場合?

 最悪マシュ辺りを取り込んで起動しだしてもおかしくはないんじゃないかなー。

 いやまぁ、うちのマシュだとイデ好みではないかもだけど。

 

 

「あー……ホムンクルスというか、感情の希薄なタイプってわりと好きそうな感じあるよね、イデって」

「争いを起こさない精神性を尊んでいる感はあるからね。天草とか話が合うかも?」

 

 

 もしくは、どうしても譲れない点が出てきてエグい仲違いをするか。

 ……天草の求めた理想はイデのそれに近い気もするが、実際どうなるのかはわからない。

 どちらにせよ、このなりきり郷には天草はいないので意味のない考察だ、くらいに留めておく方がいいような気もする。

 

 

「……と、言うわけでこうして話してる間にも動き出す気配がない、ということでとりあえずイデは後回しってことにしとこうか」

「……あ、なるほど。無意味にお話を続けていたわけではなかったのですね」

「遠回しに無駄話が長いって言うの止めない?」

 

 

 い、いえそんなことは……とおたおたするマシュに苦笑いを返しつつ、一応人避けの結界を張ってからこの場を後にする私たちなのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて、イデを後回しにするのはいいけど……次はどこを探そうか?」

「確か残りは『白光』と『黒雲』でしたか。……辛うじて、『白光』の方が見付けやすいような気がするような?」

 

 

 はてさて、熔地庵を離れた私たちは、エレベーターの前で次の目的地を検討していた。

 

 現状オルトが留まっている場所──特撮地区にて発見したシン・ユニバースロボの構成機体であるシンゴジ達。

 それから、先ほど私たちが発掘()してしまった古代文明の遺跡、イデオン。

 ……正直この時点でいっぱいいっぱいだが、悲しいことに彼らはまだ前座である。

 いやまぁ、竜頭蛇尾的に後二つは大したことない、ってパターンもあり得なくはないけどね?

 でもなんとなく機動兵器で揃えられてるんだろうなぁ、という気はしている私である。相手があれ(オルト)だし。

 

 ……ハロウィンである以上、そのうちギガフレーム・メカエリチャンとかも出てきそうだし、そうなるとシラカワ博士も張りきり出しそうで嫌だなぁというか。

 

 

「スパロボにおける無限力って、ある種『運命』の別名みたいなところあるから、シラカワ博士イデ嫌いそうなんだよなぁ……」

「イデオンVSネオ・グランゾンとかただの悪夢では?」

「アストラとネオグラは戦わせちゃいけない、って設定が残ってるなら同じようにイデともぶつけちゃダメだろうしなぁ……」*4

 

 

 まぁ、ネオグラは紫・もしくは深い青といった感じの機体カラーなので、今回の話には関係なさそうなのは良いことかなー。

 

 

「……そんな風に考えていた時期が私にもありました」

「言ってる場合かー!?宇宙がー!?宇宙そのものがー!?」

 

 

 ははは。相変わらず口は災いの元ー。(白目)

 

 ……うん、機体色は違うしそもそもハロウィンに合わせてパワーが上がる、ってわけでもないから関係ないだろうなーと思っていたわけだけど。

 そういえばあれだね、シラカワ博士──もといシュウさんがグランゾンの強化に余念がないはずがないよねっていうか?

 

 ……メカ系は再現度の縛りから『逆憑依』としては基本再現しきれず、アスナさんのように特例(スキル)として持ち込むか、はたまたこちらで新たに作り直すほかない。

 その例で言うなら、シュウさんはこっちでグランゾンを一から作った、ってことになるわけだけど──その先を目指さないはずがなく。

 

 

「私のグランゾンがヒンドゥー教や仏教と関連付けられていることはご存知ですか?破壊神ヴォルクルス──破壊の神、と名付けられた相手をヒンドゥー教の主神(シヴァ)と同一視し、その別名でもあるマハーカーラの名を持つシステムによって運用する……。ですが本来マハーカーラとは仏教の神。シヴァという外敵(かみ)を討ち滅ぼす為に生まれたモノであり、本来同一視されるようなモノではない……のですが、その辺りは宗教のややこしいところ。姿形をそっくり写すことでその威光ごと写し取ろう、というような意図があったのかもしれませんが……その結果、かの神は化身(アバター)として呑み込まれた、とも言えるのかも知れません。……ある意味、私という存在を端的に現しているとも言えるのかも知れませんねぇ。ですから、こうして本来込められた意味のように、破壊神(ヴォルクルス)を踏み潰す偉大なるもの(マハーカーラ)、という私が出来上がったと。……正直その流れについては色々と申し上げたいことはあるのですが……今は止めておきましょう。ところでマハーカーラが日本においては大黒天──ひいては大国主と習合されている、ということはご存知ですか?なんでも大国主は一度殺されたあと蘇った逸話があるとかなんとか。……ここでも私の人生に符合するというのですから、なんとも皮肉な話があったものです」

 

 

 シュウ・シラカワが運命と言うものを嫌悪するのは、自身の運命が他人によって縛られていたことがあるため。

 その軛から逃れるため、彼は一度自身の死を体験していた。

 

 ──そして前回のハロウィン、私たちは皆一度死んでいたとおぼしい。

 それを誰かが回避してくれていたわけだが──こういう場合、『逆憑依』の再現度に関わる話として扱われることもあるわけで。

 

 そう、今のシュウさんは、ネオ・グランゾンの自力変身へのフラグを得ている状態。

 ならば、そんな彼がネオ・グランゾンへの変身を試さないはずがなく。

 ……え?なんで今なのかって?そりゃ勿論、この時期なら自分が無茶をやってもある程度お目こぼしを貰えげふんげふん。

 まぁ要するに、トラブルを起こすのなら一辺に、というありがた迷惑な気遣いである。

 

 が、ここで誤算があった。

 本来の彼ならば失敗しなかったのだろうが、ここの彼はまだまだ未熟。

 結果、変貌したネオ・グランゾンは暴走した。

 背後に輝く光輪『バリオン創出ヘイロウ』は再現なくその光量を上げ、そのエネルギーを迸るほどに漏出せしめている。

 

 それは最早、()()()()()()()()()()()姿()であり。

 

 

「それはそれとして、なのですが。……ちょっと助けて貰えませんか?」

「シュウさんの口から聞きたくなかった言葉!!」

 

 

 次のお題が『暴走ネオ・グランゾンの停止』であることは、最早疑う必要性もないのであった。

 ……これはもう泣いてもいいんじゃないかな私!?

 

 

*1
似たような例だと『FINAL FANTASY Ⅶ』の『魔晄(ライフストリーム)』などがある

*2
持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)』。17のゴール、169のターゲットからなる国際目標。『つくる責任 つかう責任』『エネルギーをみんなに そしてクリーンに』などが一般人に身近なものだろうか?お題目としては立派だが、上記の作品などと同じく視点が長期的かつ性急すぎるので中々浸透しきらない面も

*3
なお、実際に【星の欠片】がキュゥべぇに出会うとやることに一定の理解を示しつつ殴り倒す、という形になる。エネルギー問題の解決くらいなら【星の欠片】を使えば幾らでも解決できるし、そもそも【星の欠片】は人間贔屓だからね、仕方ないね()

*4
二つの機体が本気で戦うと宇宙が消滅するとか。アストラナガン自体強力な機体だが、その発展?系であるディス・アストラナガンは『負の無限力』に関わる機体である為、同じ無限力に関わるイデオンとも戦わせない方がいいだろう、という話になる



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お手合わせで死にかけては堪ったものではない

はてさて、なにが悲しくて暴走ネオ・グランゾンなんて厄物と戦う羽目になったのか。

 その辺りを語るため、時間を少し巻き戻すことにしよう。

 

 

「……ええと、ここは?」

「訓練場の類いだね。思いっきり暴れても大丈夫なように、一フロア丸々戦闘に耐えられるような設計になっているとかなんとか」

 

 

 熔地庵を離れた私たちが向かったのは、巨大な訓練場。

 二次元のキャラクターといえば戦ってなんぼ……というわけではないが、戦闘に全く関わらないキャラというのも稀である。

 

 そのため、腕前やらなにやらが鈍らないように体を動かす場所として設計されたのが、ここを含む訓練場の類いというわけだ。

 ここは殊更に大きいが、主に破壊力が高過ぎる存在達が全力を出すことを想定した場所、ということになるらしい。

 

 

「まぁ、ここに関しては滅多に使われることはないようだがね。なにせこの広さだ、これを十二分に活かして動き回るとなれば、それこそ超人─ドラゴンボールのキャラクターのような身体能力が必要となる。それも『逆憑依』のそれではなく、本来の原作、そのままの彼らの身体能力が……ね?」

「……うん、これもうフロア一つ分の広さって言っても過言じゃないよね?」

「室内のはずなのに地平線が見えますね……」

 

 

 そもそも居住区などは結構な広さを持っているが、それでも一つのフロアは大抵一つの市くらいの大きさだ。

 それも、大きな市ではなく小さな市、広さにすると六十平方キロメートルくらい、というか。

 

 一つのフロアが大体正四角形のような形であると仮定すると、その一辺の長さは八キロほど、ということになる。

 人間の背の高さくらいの位置から地平線を見る場合、その距離はおよそ五キロほど。

 そのため、先ほどのマシュの言葉はおかしい、といえことなる。普通の生活でも、地平線らしきものは見えるはずだからだ。

 

 ──と、なればここで答えとして浮かぶのは一つ。

 普段よりも高い位置──本来なら世界の端(かべ)が見えるような高さですら、壁らしきものが見えないような状態にある、というような。

 ……あとはまぁ、先ほどのライネスの例えからなんとなくわかるだろう。

 この場所は、ドラゴンボールにおける『精神と時の部屋』を模した訓練場である、ということが。

 

 そう、室内に一つの惑星が浮かんでいるような状態になっているのだ、この場所は。

 ……空間操作技術の極み、とでも言うべきだろうか。

 

 

「流石に時間の流れまでは弄ってないようだけどね。……でもまぁ、室内の訓練場にここまでの広さを与えるほどの技術力、というのは凄いと思うよ」

「実際、ここは訓練場というより珍しい場所としての観光地的な利用の方が多いみたいですね」

「まぁ、単に訓練したいだけならここまで広い必要ないしねぇ……」

 

 

 辛うじて、距離減衰を確かめるのにループ構造になっているこの場所が適している、みたいな感じというか。

 ……観光地としての利用の方が多い、というマシュの言葉からわかるように、この場所は『精神と時の部屋』の再現としての完成度が結構高い。

 

 流石に完全密閉などはできないらしいが、ドラゴンボールのキャラクター達が思いっきり暴れ回っても問題のなさそうな広さや、惑星を模した空間・真っ白な景色など、知っている人ならば「あーこれこれ」となる要素が詰め込まれているというか。

 ……正直ここまでする必要があるのか、といった感じだが、後々必要になる可能性を踏まえて製作に踏み切ったとかなんとか。

 

 まぁ、今のところこの空間が必要になるような『逆憑依』はほとんど現れていない、ということになるようだが。

 基本的には宝の持ち腐れ、というわけだ。

 

 

「まぁ、かめはめ波だの元気玉だのワールド・デストロイヤーだの、世界を破壊するような規模の技を想定した場所だからねぇ」

「そんな火力出せる人何人いるんだってね。……あー、一応天子(ぶろんこ)さんはいけるのかな?」

 

 

 一回『全人類の緋想天』で相殺してたことあったし。

 ……いやまぁ、あの時は私が補助した上で、チャージもかなり過剰にやった結果だけども。

 

 まぁともかく、レベル5組でも無理がある……特にマシュみたいな攻撃面はそうでもないタイプとかならば、ここまでの広さがなくても十二分に訓練ができるのは間違いないだろう。 

 言ってしまえば無駄な広さ。そのため、訓練場として使われるのは極々稀、ということになっているのだそうな。

 

 ……稀、ということはたまにはそっちの目的で使われている、ってことになるわけだけども。

 

 

「まぁ、まったく該当者がいないってわけでもないだろうからね。かくいう君も、仮に全力を出すのならこれくらいの広さが必要だろう?」

「……いやあのねライネス?私達【星の欠片】は寧ろ狭いところで訓練する方が向いてるわけでね?仮にここまでの広さが必要となると、【星の欠片】で無理矢理なにかを再現する時、くらいしかなくて……」

「ほう、なるほどなるほど。その口ぶりからすると、やはり私の予想は当たっていましたか」

「……げ」

 

 

 そんな私の言葉を聞いて、意味深な視線を送ってくるライネス。

 ……大方いつぞやかの運動会で見せたようなやつの話をしているのだろうが、そもそも【星の欠片】が本領を発揮するのは観測できないほどの極小領域。

 ああいう広域攻撃は無駄を極めた結果であり、やれるけど訓練になんて全然ならないもので……みたいなことを説明しようとしたところ、聞き覚えのある声が辺りに響いた。

 この、落ち着きがあるけど妙に胡散臭くも感じる声は……。

 

 

「おや、胡散臭いとは侵害ですねぇ。まるで私の声が信用できない、と仰っているかのようだ」

「貴方は自分と同じ声のキャラの内何割が敵なのか、ってことをよくよく思い返した方がいいと思うわよ?」

「ふむ?……そうですね、一割くらいでしょうか?」

「思いっきり盛ったわね今」

 

 

 幾らなんでも一割はないわよ一割は。多分最低でも三割は行くわよ貴方、味方や主役も多いけども。

 

 ……ってなわけで、私たちの前に現れたのはシュウ・シラカワ博士。

 この世界ではかなりのエンジョイ勢とも言える、琥珀さんと同じ研究開発などに携わる賢者の一人である。

 

 

「どうも皆さん、揃って見学かなにかですか?」

「見学?」

「おっとご存知なかったようで。先ほどから話している内容的に、てっきりそのためにここにいらしたのかと思っていたのですが」

「ええと……?」

 

 

 そんな賢者()の一人であるシュウさんは、こちらにニコニコとした笑顔を向けて来ている。

 ……なんだか不穏なことを言っているが、横に視線を向けるとライネスがそっぽを向いていた。……ふむ?

 

 

ラ イ ネ ス ?

「いや、捜索も行き詰まっていただろう?ここらで一つ気分転換でも……と思ってね?」

気分転換でシュウさんの実験を見学しようとするのは最早狂気の沙汰なんだが??

「い、一回くらいはこの目で見てこの耳で聞いてみたかったんだよぅ……」

 

 

 どうやら、まんまとライネスに嵌められたらしい。

 ……いやまぁ、そんな深刻な話というわけでもないけど、目的を隠してこちらを誘導していたことは間違いないので処罰対象、というか?

 っていうか、もし私が最初から彼がここに来るって知ってたら、まず間違いなく付いてこなかっただろうから黙ってた、ってのが如実にわかるのがもうね?

 ……なので、ライネスは頬引っ張りの刑である。

 

 ……え?なんでシュウさんがいたら来なかったのかって?

 そりゃ勿論、私がこの人苦手だからですよ。前出てきた時も言ってなかったっけ?

 

 

「ふふふ、つれませんねぇ。貴方相手ならば私も早々加減をせずに済む。研究の進捗も幾分速まると思うのですが」

「貴方側の利益しかないでしょうがそれ……」

「おや、それほどの力を持ちながらそれを振るうことに少なからず喜びがないと?」

「ないわよ前も言ったけど。……まぁ、今は前の時とは意味合いが違うけど」

「ほう?」

 

 

 そう、この人私のことを体のいいサンドバッグかなにかと勘違いしているのである。

 寧ろ、「私の作るものなど未熟も未熟。ゆえに貴方に評価して頂きたいのですが?」とかなんとか言い出す始末。

 

 ……いやまぁ、確かに最初の方ならばその言い分もある程度納得はできたのだ。

 当初のグランゾンはジムもかくや、という低出力の弱々ロボットだったし、機能のほとんども再現できてなかったし。

 

 ただ、そうだったのは本当に初期の初期だけで、そもそも二回目の実験の時点で防御面はほとんど完成していたというか。

 ……グランゾンのバリアは「歪曲フィールド」。

 すなわち空間の操作に関わるモノであるため、既存の異界技術の応用がすんなり進んだ結果らしいが。

 ともあれ、初回の気分で壊さない程度に殴り掛かったら、寧ろこっちが腕を痛める結果となったのは記憶に新しい。

 

 その後も模擬戦を頼まれる度にグランゾンの完成度は上がっていき、現象最後にその勇姿を見たタイミングとなる去年のハロウィンにおいては、試作縮退砲……もとい『ブラックホール・ディスラプター』の試作にまで漕ぎ着けており、その進化速度に思わず恐れおののいたモノである。

 

 ……え?二年でその程度なのかって?

 いやいや、ジムがガンダムを悠々越えたと考えたら、この飛躍っぷりはおかしいとしか言いようがないからね?

 まぁ、それをなし得るだけの知能をシュウさんが持っている・ないし発揮した結果なわけだから、一番恐れるべきは彼ということになるのだけれども。

 

 

「いえいえ、私などまだまだですよ。今日も()()()()()()の試作とテストのために訪れただけに過ぎませんし」

「なるほどマハーカーラねぇ……マハーカーラ!?

「おおっと」

 

 

 今聞き捨てならない単語が聞こえたんだけど!?

 ……マハーカーラというのは、本来仏教の神様の名前である。

 ヒンドゥー教のシヴァ神に対抗するため生み出された、文字通りその権威・神威を簒奪するための写し身……というと怒られそうだが、それはともかく。*1

 それを元ネタに持つのが、グランゾンのネットワークシステムであるマハーカーラ。

 破壊神・ヴォルクルスの力を引き出すためのシステムであり、同時にそこからかの神を打ち倒さんとする彼の野望を示すモノでもあるのだが……これの一番の特徴はこれだろう。

 

 

「まさか、今日のテストって……」

「その通り。ネオ・グランゾンへの変身試験と言うわけです。お分かり頂けましたか?」

「oh……」

 

 

 グランゾンよりなおヤバい、ネオ・グランゾンへの変身のために必要なもの。

 にこやかに語るシュウさんを前に、私は思わず白目を剥いていたのだった……。

 

 

*1
そういう意味では、ヒンドゥー教側の『化身』も、近くの宗教を取り込む為のシステムではある



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そりゃまぁ、言われてみればそうなるでしょというか

「い、いやいや!でも今回の話には関係ないはずだから!まだマシ!」

「……?失礼ライネス嬢、今回の話とは?」

「今の時期を思えばすぐに答えは出ると思うよ」

「……ああ、そういえば蜘蛛が蠢いていましたね。冬も間近なのに珍しいな、とは思っていましたが」

「君……」

 

 

 今回のシュウさんの試験がネオ・グランゾンの運用試験である、ということを彼から聞かされた私は、思わず取り乱したわけだが……同時に、それでもまだ()()ではないと思い直したのである。

 ……どこがって?そりゃ勿論、シュウさんのこれはハロウィンとは無関係だろうってことだよ!

 

 どういうことかと言うと、ハロウィンのトラブルの種となるのは原則()()()()()()()()()()()()()()()()という話になる。

 シュウさんは今回初めて加わった存在でもないし、グランゾン自体も去年より前かもしくは去年に完成?したもの。

 つまり『今回生まれたもの』という縛りからは外れるのだ。

 ……え?その区分だとキリアちゃんが怪しくなる?それは……そうねぇ……。

 

 

「おい?」

「いやほら、今のところ問題はないわけだけど、後々なんか起きる可能性は一応考慮してるから……」

「ならばいいが……」

 

 

 確かに、キリアちゃんに関してはわりとギリギリというか、なにかフラグを感じたのも事実。

 そのため、彼女には内緒で監視役的なものを設置しているため、なにか変なことになったらすぐさま急行するつもりではある。

 

 ……まぁ、今回生まれたもの、ってくくりだと実はイデオンがちょっと微妙だったりするのだが、あれに関しても注意しておく理由?みたいなものはあったり。

 

 

「そいつは一体なんだ?」

()()()()()宿()()()()()ですね。以前にあの機体が出現した時は、確かに動き出しはしましたけど中身はイデではなかったので……」

 

 

 というか、じゃなきゃ当時の面子でイデオンを相手になんかできないし……。

 それに先ほど全くこちらに反応を示さなかったのも、中身が伴ってないのであればそれも納得というか。

 確かイデオンって、その機体に元から備え付けられている動力源じゃろくに動かせないらしいし。

 

 ……そういうわけなので、あのイデオンに関しては『イデが今回宿る』可能性を危惧し、こちらもキリアちゃんのところと同じく監視役を設置して確認中、というわけである。……分身系技能様々、ってやつ?

 

 つまり、これらの例から想定される『危惧すべき相手』というのは、すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、シュウさんとグランゾンはその条件からすると警戒の対象範囲外ということになるのである。

 

 

「ね?最悪の状況は回避してるでしょ?」

「なるほど。闇雲に行動しているのかと思っていましたが、その実意外と考えてらっしゃるんですね!」

「……なりきり郷ちゃんは私のことなんだと思ってるの?」

「え?ご本人が一番のトラブルメイカーなのに棚上げしている人、とか?」

「ノー!?私黒幕やったことないよ?!基本解決のために東奔西走してるだけだよ!?」

 

 

 風評被害にも程があるわっていうか、まるで原作でのゆかりんの扱われ方(※旧バージョン)みたいな感じというか。

 ……まぁ確かに?キルフィッシュ・アーティレイヤーとしては魔王(あくやく)自称してるわけだし、そういう(黒幕)扱いされるのは仕方のない部分もあるわけだけどさ。

 

 なんてことを心の内でぼやきつつ、空気を改めるため咳払いを一つ。

 ともかく、今回『トラブルの種』になると目されるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだけ。

 そのため、今年でもなければハロウィン関連でもないシュウさんとグランゾンは警戒外となるわけである。

 

 

「なるほど。まぁ私としましても、未完成品であの蜘蛛とぶつかり合うのは御免被りたいところではありますので、関係がないと言われるのは願ったり叶ったりではありますが」

「それは良かった。……良かったついでに、試験も後日にするとかできません?」

 

 

 私たちこれからあの蜘蛛の対策のため、またまた走り回らないといけないので……的な言葉を裏に秘めた眼差しをシュウさんに向ける私。

 それを受けた彼は、にっこりと笑みを浮かべて──、

 

 

いやです。

「即答!?」

「何故私がたかが蜘蛛のために、自分の研究を後回しにしなければいけないのです?寧ろここでグランゾンを完全なものとし、その五体を塵一つ残さずこの宇宙から消滅させるのが一番早いのでは?……なんて風に思ってしまうくらいですよ」

YA☆ME☆TE!?

 

 

 それ周辺宇宙ごと吹っ飛ばすやつでしょうが!?

 縮退砲なんて、こういう周囲の環境から切り離されたような場所でもないと迂闊に試験もできんわ。

 ……などと憤慨したところで、「だからかぁ……」と声が漏れた私である。

 ああうん、ネオグラになったあと縮退砲試すつもりだっていうなら、この訓練場でもないと無理があるよね……。

 

 要するにこの訓練場を借りた時点でやる気マックス、なにが起きようが実験を止めるつもりは毛頭ないということ。

 そうなると、必然的にライネスがここに誘導したのもそのせい、ということになるのかもしれない。

 

 

「……どういうことだ?」

「縮退砲っていうのは、物凄く雑に言うと『超新星爆発を引き起こす』ものなんだけど、これが発生した場合発生箇所の半径五十光年以内の生命はまず壊滅的な被害を受けるんだよね」

「…………なんだって?」

「地上どころか太陽系内で撃つなそんなもん、みたいな威力ってこと」*1

 

 

 まぁ、実際は超新星爆発といっても本来のそれよりは小規模らしく、影響範囲ももう少し狭くなる可能性があるのだが……。

 そもそも光年というのが光が一年に進む距離、すなわちおよそ十兆キロであることからわかるように、例え規模が小さかろうがそんなもの地上でぶっぱなすんじゃねぇ……としかならないわけで。

 どう考えても逃げ場ないからね、それ。

 

 ……そして、そんな甚大な影響を与える武装を、高々別位相の空間である、というだけの場所で使用して問題がない、なんてことは口が裂けても言えないだろう。

 つまり、私がなにが言いたいのかというと。

 

 

 このまま。

 シュウさんの気の向くままにやらせると。

 知らない内になりきり郷どころか太陽系が滅ぶ。

 

 

 ……この話のポイントは、ネオ・グランゾンは縮退砲を撃つ時謎の空間に転移している、という部分。

 ()()()のネオグラが縮退砲を撃つ分には、味方側が被害を気にする必要は一切ないということである。

 一応、所詮は演出なのでそこまでの破壊規模はないだろうとか、色々反論も思い浮かばないでもないのだが……『超新星爆発を起こしている』という一点は演出でもなんでもない事実であるため、それによって引き起こされる被害については演出だと切って捨てるわけにもいかないのである。

 あれだ、ゲームシステム的な都合で不屈*2とかで耐えられるけど、本来なら文字通り蒸発してるのが普通……みたいな?

 まぁ、原作性能そのままの威力ならイデオンにしろ他のロボットにしろ、迂闊に参戦なんてさせられなくなることも多いだろうから仕方ないのだけど。

 

 ともかく。

 元がゲーム原作だとその中でのダメージやらなにやらでイメージを固められてしまうことも多いが、実際に現実として向き合うとなればキチンと設定面を気にするべきというのは道理。

 ……それゆえ、このままシュウさんの好きにさせるのは論外。

 防御に関しては一級品であるマシュや、ある種のチートである私を()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが、ライネスがここに私たちを誘導した本当の狙いだったのだろう……ということになるわけなのだ。

 

 

「……なるほど。そう言われれば納得だな」

「わかって貰えてなにより。……さて、んじゃまぁ気は進まないけど……シュウさんの実験を手伝うかねぇ」

 

 

 ここでシュウさんの気持ちを変えさせるのは難しいだろう。

 となれば、さっさと実験を終わらせるのが最善というのは間違いあるまい。

 

 ゆえに、私たちはにこやかに笑うシュウさんに承諾の合図を送ったのだった。

 

 

「…………?」

 

 

 マシュ一人だけが、なにかを気にするような素振りをしていたことに気が付かないまま。

 

 

*1
ちなみに、太陽系の大きさは大体0.0005光年ほど。つまり、他所の惑星系や銀河などで起きた超新星爆発でも、地球が壊滅的な被害を受ける可能性は意外と高いということでもある

*2
『スパロボシリーズ』における特殊コマンドの一つ。精神コマンドと呼ばれるモノであり、旧作においてはあらゆる攻撃のダメージを『10』に抑えるという壊れ級の防御技能。最近の作品では『ダメージを8分の1に抑える』という形になっていることが多い。効果時間は一回のみ、もしくは一戦闘のみである為、集中砲火されると辛い。そういう時は効果時間が1ターンでかつダメージを4分の1に抑える『鉄壁』を使うといいだろう



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そうなるんやねぇ、という諦め

「さて、それでは早速実験に移ろうかと思いますが……なにかご質問は?」

「はいはーい」

「それではキーア嬢、どうぞ?」

 

 

 はてさて、いよいよネオ・グランゾンの試験となるわけだけど……その前に質問タイム。

 幾つか聞いておきたいことがあるので、その辺りの確認を取っていこうと思う。

 

 

「まず始めになんだけど、試すのはマハーカーラ……ネオ・グランゾンへの変身機構と、その最強武器・縮退砲についてってことであってる?」

「ええ、概ねその通りです。ネオ・グランゾンへの変身は言わずもがな、これが成立しないことには話が進みませんからね。それから縮退砲についてですが、これが曲がりなりにも使用できるのであれば、ネオ・グランゾンという機体としては十分に完成したと言えることでしょう」

 

 

 そうして始めに尋ねたのは、今回の試験において確認する事項。

 本命はやはり縮退砲であり、それを発射するための下準備としてネオ・グランゾンへの変身が必要なので、そちらも目標として定められている……という形になる。

 

 

「どういうことだ?」

「縮退砲は超新星爆発を引き起こす武器だって言ったけど、そのために必要なエネルギーの確保は通常のグランゾンだと不可能なんだよね」

 

 

 一口に超新星爆発といっても、それを引き起こすには様々な条件が必要となる。

 

 まず第一に、とてつもない質量、ないしそれと同等のエネルギーが必要となるという点。

 

 そもそも超新星爆発と言うのは、恒星などの重い星がその活動の最後に引き起こす最後の輝きのこと。

 ここでいう重い星とは、具体的には太陽の八倍の質量を持つような星のことであり、そういった星はその終わりに超新星爆発という特殊な最後を迎えるのである。

 

 因みにそうじゃない星は白色矮星と呼ばれる高密度の天体となり、そうなる際に生まれた余熱によって白く輝き、やがて黒色矮星となって黒く静かに崩れていくのだとか。*1

 ……ブラックホールにならないのかって?そこがまた難しいところで、ブラックホールになるのは超新星爆発を起こすような質量を持つ星の中でも、太陽のおよそ二十倍の質量を持つモノでないといけないのだ。

 それが何故かと言うと、超新星爆発の()()()()()()に理由がある。

 

 

「超新星爆発は星の最後の姿ですが、そのあとに生まれるものもある。具体的には中性子星というものなのですが、これの質量が太陽の一から三倍の範疇*2にある場合、それは星としての体裁を保てなくなる。要するに重力によって星が中心に向けて落ちきってしまう、というわけですね。その結果、皆さんのよく知るブラックホールが生まれるわけです」

「なるほど……」

 

 

 具体的には、重力と縮退圧*3の均衡が破れるのがそれくらいの質量なのだとか。

 均衡が破れると、周囲の物体は星の中心部に向かって重力に引かれ落ちていく。

 それらは中心部に集まってさらに質量を上昇させ、それに伴って重力をも上昇させていき……結果、超重力の穴であるブラックホールになる、と。

 

 まぁ、これはあくまで自然に生まれるブラックホールの発生の仕方ということになるわけだけど……太陽の二十倍以上の質量を持つ星が超新星爆発を起こした場合でない限り、ブラックホールになりうる質量──太陽の一から三倍ほどの質量の中性子星は生まれないのだそうな。

 結果、ブラックホールが生まれるのは一定以上の重さの星の終わりの時だけ、ということになる。

 

 

「今の発言からわかる通り、太陽はブラックホールにはなり得ません。少なくとも自然には、ね」

「質量とエネルギーは相互互換だから、エネルギーを注ぎ込めば無理矢理ブラックホールにすることは可能ってことだね」

 

 

 で、それを無理矢理やるのがグランゾンだと。

 ……超新星爆発のあとにブラックホールが生まれる、という説明からするとあとから出てきたモノの方が強いようなイメージが沸くかもしれないが、それに関してはピンきりと言ったところ。*4

 少なくとも、超新星爆発のあとに生まれるブラックホールは、その元となった爆発に比べれば持ち合わせるエネルギーは下であるわけだ。

 

 

「言い方は悪いけど、いわば残りカスみたいなものだからね。重力臨界は極論質量を放り込みまくればその内到達するけど、超新星爆発を起こす場合は明確にそれを引き起こすだけの質量──エネルギーがいるから」

 

 

 バイバインで増えた栗饅頭がブラックホールになったとして、それは超新星爆発よりも高いエネルギーを持つのか?……という話というか。

 いやまぁ、ブラックホールになったあとも増え続けるのであれば、その内合体して超巨大ブラックホールになり、超新星爆発のエネルギーを上回ることもあるだろうけども。

 

 ……ともかく、極論を言えば爆発なんて派手なことをしなくとも、ブラックホールを作ること自体は可能。

 それゆえ、明確に爆発という結果を必要とする超新星爆発のほうが、必要となるエネルギーもそれによる被害も共に大きい、ということになるのであった。

 

 で、それを起こすために必要なエネルギーは、質量的に考えると太陽の八倍以上。

 ……それだけのエネルギーを用意するためには、素のグランゾンでは役者不足というわけである。

 そこで必要となるのが、ネオ・グランゾンの持つ機構の一つ『バリオン創出ヘイロウ』。光輪(halo)の名前からわかる通り、ネオ・グランゾンの背後で輝く黄色いあれである。

 

 これは重粒子バリオン*5をエーテルの揺らぎから生み出すために必要なモノであり、これを利用することで莫大な質量とエネルギーを発生させているとのこと。

 これにより、先の大きすぎるエネルギー・質量を賄っているわけだ。

 

 逆に言うと、このシステムが無いと縮退砲は発射できないわけで。

 そりゃまぁ、その辺りの設定が整理された結果、遥か昔に存在した『試作型縮退砲』も消えるわなというか。

 ……そのあとさらに説明を見直して『ブラックホール・ディスラプター』なるものに派生するわけだが。

 

 閑話休題。

 ともあれ、縮退砲を明確に使うにはネオ・グランゾンに変身することが必要である、ということがわかったと思う。

 で、そのまま次の質問に移る。それは、

 

 

「ぶっちゃけ、ネオ・グランゾンって必要?」

「……なるほど。記録には残っていませんが、確かに私は『試作型縮退砲』のリメイクとも言える『ブラックホール・ディスラプター』を発射していた。……その点だけを見れば、無理にネオ・グランゾンを目指す必要はないのではないか?……と思えてしまうというわけですね?」

「まぁ、縮退砲にだけ拘るなら、ねぇ?」

 

 

 真実、ネオ・グランゾンの試験は必要なのか、という部分。

 ネオ・グランゾンは確かに強力な機体だが、同時に問題点も存在している。

 それは、この機体に備わっているもう一つのシステム──『ヴォルクルスの羈絏(きせつ)*6と呼ばれるもの。

 システム・マハーカーラの中核を為すこれは、ネオ・グランゾンの両肩に走る黄色い線の部分に搭載されたモノであり、ヴォルクルスの力を引き出すために必要な要素でもある。

 

 

「グランゾンからネオ・グランゾンへの変身のためにはこのシステムが必要不可欠だけど……その実、その説明通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なものでもある……」

「ええ、その通り。ネオ・グランゾンへの変身の際、機体の各部に錬金術・および呪術理論による強化を施し、かつバリオン創出ヘイロウの呼び出しまで行うための呼び水……それこそがマハーカーラの必要性。つまり貴方はこう言いたいのでしょう?この世界に邪神・ヴォルクルスは存在しない。ゆえにネオ・グランゾンへの変身も行えるはずがない……と」

「まぁ、端的に言うとねぇ」

 

 

 確かにネオ・グランゾンは強力な機体ではあるが、同時に危ない機体でもある。

 その一番の理由は、邪神・ヴォルクルスの依り代となりうる危険性。

 シュウ・シラカワという男の自由を縛るものである、という点となる。

 

 無論、原作においてその呪いは解除されていたし、そもそもこっちには邪神がいないだろうからその危険性は半減以下となっているわけだが……同時に、力を借りる相手がいないということでもある。

 言ってしまえば、別の手段が必要になるわけだ。

 

 

「まぁシュウさんのことだから、その辺りは折り込み済みなんだろうけど……同時に、そこまでしてネオグラに拘る理由があるのかな、って話にもなるわけで」

「……ええまぁ、確かに。ネオ・グランゾンは魅力的ですが、同時にその火力や機能は過剰気味、現状では必要性が薄いということもできるでしょう」

「だったら……」

「だからといって、目指さないわけにもいかないのですよ、私は」

「…………」

 

 

 うーん、このわからず屋め……。

 でもまぁ、確かにシュウさんの言葉にも一理ある。

 折角『逆憑依』となったのだから、自身の限界に挑みたいとか、元々持っていたものをこっちでも使いたいとか、そういう感慨については否定する手段を持っていない。

 

 なので、彼が頑なな姿勢を見せること自体は、こっちとしては否定も批判もしきれないのである。

 どうしてもやりたいのであれば、やりたいようにさせるしかないというか。

 

 

「……はぁ、わかりました。こっちとしては聞きたいことは聞いたから、他の人が質問あるならそっちを聞いてあげて」

「ええ、ご理解ありがとうございます」

 

 

 特に、シュウさんの言動に無理に突っ掛かるのは敵対判定されかねないし……。

 そんな内心を押し留めつつ、私はシュウさんにマイク(発言権)を返したのだった。

 

 

*1
余熱?と思った人は中々鋭い。真っ白に輝く白色矮星だが、その実星としての寿命はもう尽き果てている。内部の核は反応をしておらず、そこから新たに復活することもない。また、白く輝くと言うものの高密度・かつ低面積となっている白色矮星が放つ光というのは(本来それが持つエネルギーと比べ)とても弱い。言ってしまえば、死体が輝いているだけなのである。……なおこの白色矮星(したい)、その熱が完全に消えるまでには千億年掛かると試算されており、そのあとに至るとされる黒色矮星に至っては()()()寿()()()()()()()()()()数兆年かけてバラバラになるという、死後の方が寧ろ長いくらいだったりするのだそうな

*2
正確には1.5~2.5倍の間

*3
高密度の物体内における電子同士に発生する圧力。原則温度とエネルギーというのは連動するものだが、フェルミ粒子(≒電子)がフェルミ縮退(電子が取りうる形態の最低値に達しており、それ以上エネルギーが下がらない状態)を起こしている場合、温度は低いのにエネルギーは高い、という状態が起こりうる。それによって発生する余計な圧力が縮退圧である

*4
ブラックホールにも規模がある、ということ。恒星から生まれたブラックホールは上記の通りだが、天の川銀河の中心部などには太陽の数百万から数千万倍の質量のブラックホールが存在しているのだとか。これらは複数のブラックホールが合体して生まれたものだとされるが、実態はまだまだ不明である

*5
ハドロンと呼ばれる素粒子のグループに含まれるものの一つ。三つのクォークが強い相互作用によって結び付いたものであり、非常に安定した存在になっている。具体的には陽子や中性子などが該当

*6
馬などに付ける手綱のこと。また、そこから転じて相手を束縛することなどをも意味する言葉。『羈』も『絏』も共に手綱の意味合いを持つ



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その結果がこれだよ!!

 結局あのあと、他の人達から新たな質問が出ることはなかった。

 ……いやまぁ、ブラックホールだの超新星爆発だのバリオンだのレプトンだの、色々単語が出てきたのでそれの理解に努めていたというのが正解なのかもしれないが。

 え?レプトンの話はしてない?*1

 

 

「まだるっこしい。つまりはどういうことだ?」

「核みたいな超兵器は、持って嬉しいコレクションである方が望ましい、って話」*2

「……流石の俺も、それが大分はしょった例えなのはわかるぞ」

 

 

 あら、それは失礼。

 ……いやまぁ、どこぞの国防産業理事(盟主王)*3には悪いのだけれど、こういう兵器は死蔵されている方が遥かにマシ……ってのも事実なので、この主張を曲げる気もないわけだが。

 今回は、それよりも遥かに硬い主張が飛んできたため、やむなくこっちが折れたってだけで。

 

 

「おや、まるで全ての元凶となる人間がいるかのような発言ですね」

「……幾らなんでも白々しすぎない?」

「ふふふ、冗談ですよ」

 

 

 その当人──シュウさんは、先ほどから変わらずニコニコと笑みを浮かべている。

 どうも、ネオ・グランゾンをその手で顕現させられるかもしれない、というのが嬉しくて仕方ないらしい。

 ……いや、本来ならできて当たり前なことでもあるため、いまいちいつものニコニコ顔と判別が付き辛いところもあるわけだが。

 

 あれだ、純粋に喜んでいるのかいつもの泰然とした態度の延長なのかがわからない、みたいな?

 まぁ、現状その辺りを問い質したところではぐらかされる可能性大なわけだが。 

 

 ……ともかく、彼が『シュウ・シラカワ』である以上、ネオ・グランゾンを目指さないわけにはいかない、というのは確かな話。

 それゆえ問答はここまで、ここからは件のネオ・グランゾンが暴走しないように注視する時間である。

 

 

「暴走、暴走ねぇ……実際、暴走すると思う?」

「確率としてはほぼないだろうと思ってるよ。少なくともシュウ・シラカワがそんなぶっつけ本番でチャレンジするとは思ってないし」

 

 

 そうしてシュウさんの準備を見守っていると、横合いから小声でライネスが話しかけてくる。

 内容は、この実験が失敗に終わるかどうか、みたいなもの。

 ……これが琥珀さんとかなら、意外と失敗したりもするのだが……ことシュウ・シラカワが行う実験において、失敗などと言うものが発生しうるのかと言われると甚だ疑問である。

 

 ……いやまぁ、本人は「私も完璧人間というわけではありませんので、時に失敗することもあるのですが……」とかなんとか、過去の失敗を例にして説明し始めそうな気もするのだが……あれだ、キャラクターイメージは早々覆るものでもない、というか?

 

 そもそも、彼の失敗と言うのも基本的に彼自身に過失があるとは言い辛いモノばかり。

 他人に自身の生へ介入されることを嫌がるのは、彼の失敗が他人に起因するものがほとんどだからこそだろう。

 ゆえに、現状他者の思惑が絡むとも思えない状況であることも含め、私は失敗についてさほど心配していないということなのである。

 

 

「……すみませんせんぱい、一つよろしいでしょうか?」

「おっとマシュ?そういえばさっきから黙ってたけど……なにか気になることが?」

「はい、なんと言っていいのか……少し違和感があると言いますか」

「違和感?」

 

 

 そうしてライネスと会話していたところ、さらに横合いからマシュが話に加わってきた。

 おずおずと、けれどはっきりと会話に介入してきた彼女に内心ビックリしつつ、その発言に思わず眉根を寄せることに。

 違和感というそれがなんなのか、詳しく尋ねていくと……。

 

 

「まず、シュウ・シラカワ博士は失敗を前提とした実験を行うような人物ではない。そうですよね?」

「まぁ、うん。なにより自身の人生を害されることを嫌うがゆえに、その要因が自身にあるのなら徹底的に原因を潰すタイプの人だからね」

 

 

 言い換えると、自他ともに厳しいというか。*4

 ……自由を殊更に求めるものは自由に縛られる、なんて話もあるが、彼は実質そちら側の人間だと言えるだろう。

 それゆえ、それを脅かすモノに対して徹底的な対策を講じるし、やられたあとは必ずやり返す。

 

 ある意味では子供っぽくもあるわけだが……その辺りは深掘りするとろくなことにならないので割愛。*5

 ともかく、彼が『失敗の可能性が大半』というような状況を静観する、などということはあり得ないことだけは間違いあるまい。

 

 

「それから、ネオ・グランゾンの構造的に従来のやり方は本来無意味、ないし効果が薄いものである、というのも間違いないですね?」

「ええと……ネオ・グランゾンは邪神から力を借りる・ないし邪神をぼろ雑巾のように利用するものであるから、逆に言うと邪神が存在しなければ成立しない……って部分のことだよね?」

「ええ、そうです」

 

 

 次に触れたのは、代替案を用意していない限り純粋なネオ・グランゾンへの変身はほぼ確実に失敗するだろう、という部分。

 邪神というあからさまなこの世界の存在ではないものを利用することで霊的・呪的な効果を発揮した結果、グランゾンはネオ・グランゾンに変身するわけだから、その大本となる邪神が実在しなければそもそも変身なんてできるはずがない……という話だ。

 

 とはいえ、これは霊的な力を利用する際()()()使()()()()()()()()()()()という点が大きく*6、邪神に操られる可能性というデメリットを思えば他の霊的な存在に力の借り受け先を変更する、という対処を取る方がいいのは確かな話。

 

 その辺り、シュウさんのことだから上手くやっているのだろうが……これで実は力の借り受け先が『星女神』様とかだったら私は笑うしかない。

 実際、この世界で明確に霊的でかつ力の借り受け先として適している存在となれば、それこそ『星女神』様とか『月の君』様とかになるだろうし。

 ……その場合ネオ・グランゾンまで準【星の欠片】の仲間入りとなるため、私としては正直止めて欲しい感いっぱいなんだけども。

 余計なトラブルの匂いが露骨にするし。

 

 ともあれ、それらは今のところ余計な心配でしかなく、ここで語っても仕方がない。

 仮に本当に準【星の欠片】になるようなことがあれば、そうなってしまったあとに議論をするべきで、今それを問題視するのは間違っているというわけだ。

 

 

「それは何故だ?事前に片付けられるのなら片付けておくべきだと思うが」

「【星の欠片】になるってのはそもそも才能ありきだから、仮に目指したとしてもなれないってことも多いんだよね」

「……なるほど?」

 

 

 その一番の理由は、目指したからと言ってはいなりました、みたいなことにはならないという部分。

 この前私たちが受ける羽目になった試練達をこなさないと認められない、というのだからその辺りの苦労は言わずもがな、というわけだ。

 

 ……ともかく、ヴォルクルス代わりのエネルギーがどうなっているのかはわからないが、先の話から考えるとその辺りの代替案を考えていないはずがない、ということになる。

 なので、実質的にここも心配の必要がないということになるのだけれど……。

 

 

「なるほど……大体わかりました」

「マシュが世界の破壊者に!?」

「いやそうではなくてですね?というかせんぱい、話の腰を折らないでください」

「はーい」

 

 

 これらの話を聞いて、マシュは自身の考えが纏まったのか下げていた視線を上に戻す。

 そのまま、彼女は自身の感じた違和感がなんだったのか、こちらに説明してくるのだった。

 

 

「まず思ったのは、今ここにいるシュウ・シラカワは()()()()()()()()()()、という部分」

あっ

「……キーア?」

「せんぱいはお気付きになられたようですが、このまま続けますね。原則私たち『逆憑依』は、現在展開されている作品の情報は、例えそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 で、そうしてマシュが一言めに発した内容で、私はさくっと彼女の違和感が意味するところを気付いてしまった。

 ……そう、本来シュウさんは最終的に邪神の支配から逃れ、逆にそれを打ち倒すにまで至る。

 

 となると、だ。

 本来彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 元々の彼自身の人格が漏れ出てきた、とも言えるわけだが……ともかく、彼のライバルであるマサキ・アンドーが思わず二度見するくらい彼は変化するわけで。

 

 それを前提に今のシュウさんを見ると、あまりに以前の彼のままなのである。

 確かに、普段は以前と同じような態度を取っていることが多いとしても、だ。

 言うなれば他者への対応の際に思いやりの気配がない、みたいな感じというか。

 

 これが意味するところは、ただ一つ。

 

 

「……つまり、あくまで仮定となりますが……現在のシラカワ博士はなにかしらの存在から干渉を受けている可能性が非常に高い、ということです」

「……え、ヴォルクルスがいるってことかい?」

「そこまでは断定できませんが……シラカワ博士に気付かれないように、彼の方向性を誘導している存在がいることは否定できません」

 

 

 彼はまた、何者かに狙われているということだ。

 

 

*1
元々ハドロンの対として生まれた概念で、軽粒子とも呼ばれるもの。ハドロン側が強い相互作用に深く関わりがあるのに対し、レプトンに含まれる粒子は強い相互作用の影響を受けない(他の三つの力の影響は受ける)。含まれるのは電子など

*2
『機動戦士ガンダムSEED』より、ムルタ・アズラエルの台詞『核は持ってりゃ嬉しいただのコレクションじゃあない!強力な兵器なんですよ?兵器は使わなきゃ。高い金かけて造ったのは使う為でしょう?』から。抑止としての戦力、というものを否定しているとも言える台詞であり、現状の世界情勢では全く頷けないものとなっている。元を正せば彼の言い分にもある程度の正当性はあるのだが、それによってもたらされるのが絶滅戦争であるなら、結果使ってはいけないものになってしまっている、ということになる(歯止めが効かなくなる、という意味で)

*3
上記の『ムルタ・アズラエル』を演じた声優・檜山修之が他に演じたキャラクターのうち『勇者王ガオガイガー』における獅子王凱の愛称である『勇者王』に準えてアズラエルを呼んだもの。『無限のフロンティア』のハーケン・ブロウニングであれば『派遣王』と呼ばれるし、FGOのとあるキャラが声と立場繋がりで『勇者王』と呼ばれていたりもする

*4
基本的に慇懃無礼な彼だが、真に認めた相手には礼を尽くすこともある。また、自身の自由を最優先にする性格はヴォルクルスの影響下にあった頃の特徴であり、蘇生によりその束縛から逃れたあとは本来の穏やかな性格などを垣間見せる場面も見られるようになった。……が、基本的には今までの態度と同じ態度で通しているのも事実である

*5
彼の子供の頃の一件より。この事件のせいで彼はヴォルクルスと契約することになり、かつ女性に対しての不信感を覚えることとなった

*6
ヴォルクルス側もシュウに執着している、ということ。彼の能力の高さを買っている為、隙あらば再度洗脳しようと狙い続けている。その結果、向こう側がそのきっかけとなる助力を惜しまない、という形になっている



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お気に入りにこびりつく汚れのように

 はてさて、もしかしたらこの世界にもヴォルクルス、もしくはそれに似た邪神が現れようとしているのかもしれない。

 

 その影響がシュウさんの目的意識を頑なにしているのかも、ということを自身の感じた違和感から察したのがマシュというわけだが……いやはや、筋の通ったいい論説であった。

 とはいえ、それに素直に頷けるかと言うとそれはノーである。

 

 

「それはなんでだい?」

「いや、もし仮にそういうのが居るのなら、私の探知に引っ掛かるだろうし」

「……言われてみればそうだね」

 

 

 確かに、今のシュウさんが頑なに見えるのは間違いない。

 だが同時に、そこにロマン的なものが入り込んでいるだろうことも間違いはないだろう。

 確かに『シュウ・シラカワ』として見ると彼の今の行動は操られているようにも見えるが、同時に『逆憑依の』シュウ・シラカワとしてみるのなら単なるごっこ遊びの延長にも思える、というか。

 

 

「ややこしいところだけど、私たち『逆憑依』って原作の本人ではあるけど、同時に全くの同一人物ってわけでもないんだよね」

 

 

 わかりやすい例ではゆかりんとか、それこそ今のマシュもそうであるというか。

 ベースとして原作の本人達が呼び出されてはいるけれど、そこに聖杯の知識的なノリでこっちの世界での常識や経験などが付与されているため、扱いとしてはどこまでも二次創作でしかないというか。

 

 実態としては間違っているけれど、『逆憑依』の核となった存在と半ば融合しているようなものである、と言えばいいだろうか?

 考え方の方針に中身がある程度影響している、とかの方が通りがいいかもしれない。

 

 無論、あくまでこの姿(『逆憑依』)の私たちのアイデンティティは見た目のそれに準じており、そこにほんのりスパイスとして中身の人格が影響しているという形だが……どちらにせよ、今の私たちを『原作そのままです』と言い張るのは無理があることに間違いはあるまい。

 

 それはあのシュウさんにしても同じこと。

 基本、『逆憑依』……ひいてはなりきりというのは()()()()()()()()()()()()()もの。

 そのキャラを好きな人がそのキャラの意識に影響するのだから、そもそも最初からある程度の思考誘導を受けている、と見なす方が普通なのである。

 

 そのため、今のシュウさんの様子も『洗脳が溶ける前の彼のスタンスが好きだった』のでそっちの方に寄るように中身が干渉した結果、と見なす方が自然であるということになると。

 ……どちらにせよ、仮に彼を操作する何者かが存在するのであれば、その繋がりを私が見逃すはずもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()とかでもなければ、今の私の索敵をすり抜けるのは不可能に近いのだ。

 

 

「なるほど。ではせんぱいの発言に反論していくことに致しましょう」

……ひょ?

(……お前は最後に殺すと言ったな?)

 

 

 いや言われてないよ?

 ……なんか露骨な死亡フラグを立てられたような気がしたので反論したが、ともかく普段こういう状況になったら折れてくれるマシュが一切控えるつもりがないことに気付き、『あれ?もしかしてなにか見逃してる?』と不安になる私である。

 そしてその不安は、見事に的中することとなったのであった。

 

 

「せんぱいが見逃す可能性のあるもの。……というと、一つだけ存在します」

「と、いうと?」

「相手がまだこの世界に現れていないもの──【兆し】であること。結果だけを先にこちらの世界に寄越し、そこまでの経路はこっちに出てきた時に改めて構築する……というその流れは、単純な探知・感知では把握の難しい相手であることは以前の経験から実感済みのことと思われます」

「…………」

 

 

 彼女が話題に出してきたのは【兆し】。

 予め知ろうとする場合に未来予知以外の手段がないそれは、確かに私の感知でも容易に知ることのできない相手であることは間違いない。

 それと同時、相手があくまで『誘導』という迂遠な手段を取っていることの理由にもなっていた。

 正確には、望んでその方法を取っているわけではなく()()()()()()()()()()()()()、という形になるが。

 

 

「【兆し】の時点でもある程度の干渉力があることは以前の事例から明らかではあるけど、その時でも予めそれらの問題・干渉を知ることは一部の者にしかできなかった。そしてそれらを感知するための手段は予知・予言であるため言うほどあてにもできなかった……というやつだね」

「確定するまであやふやだからこそ【兆し】である、ということですね。そして確定してしまえばその時点でそれより過去の事象に手を出すことも不可能、と。まさしく、私達の世界で言うところの『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』のようなもの、ということになるでしょうか?」

 

 

 私たちが【兆し】と呼ぶそれは、その存在が確定するまであらゆる計測を無視する存在でもある。

 確かにそれによる影響はあるのに、そこに起因するものを調べようとするとなににも繋がらなくなる……。

 文字通りに『因果が定まっていない』というべきか。それゆえ、時に本来核となるものすら捕まえられず、【鏡像】などという敵対者へと変貌することもあるわけだが……これは最初から【鏡像】になると定められているわけではない、ということでもある。

 

 ボタンの掛け違いがあれば、いつぞやかに戦うことになったぶふあ声の信長だって、私たちと同じように暮らしていたかもしれないということだ。

 それと同じく、今こうして私たちと一緒にいる『逆憑依』達も、なにかしらの変化が起きれば【鏡像】として処理されるだけだったかもしれない、というわけである。

 

 つまり、【兆し】として現れただけでは、その後のことは全く不明だということ。

 それと同時、今予測できることはどこまでも予測でしかないということもまた、一つの事実となる。

 結果としてどうなったかだけが重要であり、そこまでの経路は『決まったあとに全て定まる』というか。

 

 ……それが事実であることは今までの経験から理解しているが、同時にマシュはこうも言っているのだ。

 今私たちが出会ってきたものは、全て単なる【兆し】でしかないのかもしれない、と。

 

 

「……つまり、どういうことだ?」

「四つの予言はつまり()()()()()()()()()()()()()()()、すなわちそれらの全てが【兆し】であったことを示していたってこと。……分かりやすくいうと、実のところ現時点では本当に『シン・ユニバースロボ』にあの四体が合体するのかも定かではないし、イデオンの中にイデが宿るのかも不明。そして、シュウさんを後ろで操る相手がいるのかも、それが邪神なのかも不明ってこと」

「随分と話が巻き戻ったな……」

 

 

 言い換えれば、『最終的にオルトをどうにかする』こと以外の全てが未定、あらゆる選択肢が確率としてそこらに転がりまくっているというか。

 

 現状の予想図としては『黒雲』相当のなにかと他三種を纏め、オルトに対抗するということになっているが……。

 

 

「例えばあの四体が合体しない挙げ句にシン・ゴジラが暴れまわるとか、合体はしても正義の味方じゃなくシン・ゴジラがロボパワーで暴れまわる結果になる可能性もあるし。例えばイデが宿ったはいいけど即座に人を見放してイデを発動させるかもしれないし、もっと人に対して悪意を持つようなものが宿った挙げ句、なりきり郷をイデオンガンで地表ごと吹っ飛ばす……なんてことになるかもしれない」

「それらは全て、可能性という形では確かに存在するもの。実際に実現されるかはそれこそ確率による、と言ったところですが……結果を見ない限り、それらの可能性を予め潰すということは不可能。何故ならば、【兆し】による現象の創出はあくまで結果から原因に向かっていくものだから……というわけですね」

「雑に言うと『今邪神が存在しなくても、結果邪神がいたことになる』可能性は常に存在している……ってことだね」

「……I'll be back?」

「いきなり原作変えるの止めない?」

 

 

 いやまぁ、実質的な過去改変に近いわけだし、その言葉は関係性がないとも言えないわけだけれども。*1

 ともあれ、現状私が気配を探れないとして、その相手が今現在【兆し】であるのならばそれは無理もないこと。

 なにせ今この世界に私が探すべき相手は存在しない。存在しないのだから探せない、それをしようと思えば()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性を見るもの──予知によって知るしかないのだ。

 で、そもそも予知というのは複数の道筋から相手を見付け出すモノでもあるので、どうしたって綺麗に捉えることはできないと。

 

 

「……つまり、どういうことだ?」

「仮にこれからシュウさんがなにかやらかすとして、それを今の私たちが止めることはできないってこと」

 

 

 ともすれば、止めたことが要因となって暴走する、なんてこともあり得るかもしれない。

 いや寧ろ、止めたことで悪化する可能性も否定できない。

 相手があくまで可能性であるため、確実に止める手段がないというのが悪質、というべきか。

 

 ……ともかく、これから私たちは『暴走は起こるもの』としてそれに対する必要がある、ということ。

 そして、そのために予めなにかしらの用意をするのも悪手である、ということがここでのマシュの発言の意味。

 

 もっとも、本当になにも知らずにやられていたらそれこそ大惨事なので、こうして知らせる必要はあった……という形に落ち着くのであった。

 なお、メイトリックスさんは『まだるっこしい』とキレていた。……まぁ、この辺はややこしいし面倒臭いから仕方ないね……。

 

 

*1
映画『ターミネーター』から。メイトリックス氏とは演者が同じ繋がり



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長話は年寄りの証拠

 はてさて、これからグランゾンが暴走するのに対策を練っちゃダメ、という『なにそれ罰ゲーム?』みたいな話を聞いた私たち。

 簡単に言い換えると『ぶっつけ本番こそ正義』みたいな感じだが、そんな正義犬にでも食わせておけ*1感満載である。

 

 

「でもまぁ、守らないと余計に酷いことになる可能性大なのだけれどね」

「ぐぬぬぬ……可能性論の面倒臭さよ……」

 

 

 でも、その正義に沿わない方がめんどくさいことになりそうであることを思えば、迂闊な行動もできまい。

 ……うん、実際に事が起きる……確定するまで観測ができない、もとい観測することが事象の確定と等価である波動関数的性質と、【兆し】としての()()()()()()()()()()()()()()()性質が滅茶苦茶噛み合った結果の大問題、というか。

 

 なんにせよ、現状暴走するのが()()()()、それ以外の予測できないものに化けられても困る……という結論から、二次創作のジレンマみたいなものに悩まされることになったわけである。

 

 

「二次創作のジレンマ?」

「正確には『歴史の修正力』とかそっちの方だね。タイムパラドックスを是正するための働き、というのが原型ってことになるのかな?」

 

 

 二次創作というのは、基本原作の話を元にして形作られる別の物語である。

 だが、二次創作を名乗る以上、原作から完全に掛け離れることは難しい。

 いやまぁ、中にはそういう二次創作もあるにはあるが……そういうのは大抵『二次創作である必要がない』とかいう批判を浴びることになるものである。

 

 そう、二次創作はどこまで行っても二次創作。

 それゆえ、原作を感じられる要素を残すことを求められる……というわけである。

 で、その結果として『原作で起きる事件は、新しいキャラクターや設定の変更を加えても起こりうる』というスタンスが取られる……と。

 

 その過程とでもいうべきものが、SF作品などで語られる『タイムパラドックス』、及びそれを是正する働きである『歴史の修正力』に似ている……というのが、ここでの主題となるだろうか?

 

 タイムマシーンなどを用いて、過去の事象を改変すると必ずぶち当たるのが『タイムパラドックス』である。

 時間の矛盾というその名前からわかるように、過去の出来事を覆すことで深刻なエラーを産みかねない……というのが、ここでの問題。

 

 わかりやすいのはいわゆる『親殺しのパラドックス』*2だろうが、それ以外にもそもそも過去になにかを送る、ということ自体がパラドックスの引き金になりかねない。

 それは何故かと言えば、送るもの如何によっては()()()()()()()()()()()()が現れてしまうことになるから、である。

 

 

「いわゆるオーパーツだよね。……現在見付かってるオーパーツはあくまで疑惑で済んでるけど、例えば過去の地層からスマートフォンが見付かったりしたらとんでもないことになるよね?」

「そうだな。別の意味で問題になりそうな気もするが」

「おっと、神の手の話は止めようか」*3

 

 

 その道の権威が周囲を騙し始めるパターンは特殊なあれだから止めよう()

 

 ……それはともかく。あからさまに過去の地層だとわかる場所から、明らかに相応の経年劣化を経た現代の器物が現れた場合。

 それは、あからさまなパラドックスを引き起こすことになるだろう。

 ともすれば、その器物の設計図が何処かに転がっていて、それを参考に今ある器物を作りあげた者がいる……などという、子孫と先祖がイコール……みたいな話にもなりかねない。

 

 これはわかりやすい例だが、そもそも単純に人が過去に戻るだけでも大問題なのである。

 現代に戻ってくるのならまだ影響は少ないが、例えば過去の世界でその人物が死んでしまった場合。

 そこには『現代人の死体』という、あからさまにおかしなものが残ってしまうことになる。

 聞いたことはないだろうか、過去の人間と現代の人間では骨格に差異がある、みたいな話を。

 

 

「背丈とか骨の形とか、今の人と昔の人では全然違うらしいからね。なんなら、遺伝子検査で日本人だとわかったのに背丈が高過ぎる、とかでも問題視されるかも」

「元々着ていた服なんかも問題だろうね。ナイロンなんかは自然分解されず、精々が粉々になるだけだから……」

「後にナイロンの切れはし、という形で発掘されるかもしれないと?」

「まぁ、そうなるね」

 

 

 人間一人分の移動でもこれだけ影響が残る。

 そしてそれより小さなものでも、場合によっては無視できない影響が残る。

 となれば、過去改変・ないし過去移動によって発生する矛盾というのは、私たちが思う以上に大きなものなのだということになる。

 なので、そうした改変が起きても問題ない、とするために用意されたのが『歴史の修正力』だ。

 

 

「取り沙汰されるのは大抵大きな変化に対してのそれだけど、細かい変化だって修正力は見逃してないってわけだね。さっきの『当時にしては大きな日本人』も一人だけそうなら目立つけど、突然変異的に当時の一般人の中からも発生していたら目立たなくなるでしょ?」

「……その突然変異を起こしているのが修正力だと?」

「そういうこと」

 

 

 言ってしまえば、大小様々な帳尻合わせとなるか。

 ……それをしない方が後々厄介なことを招き寄せることになるのだから、やらない理由がないとも言えるけども。

 

 ともかく、歴史を少しでも変えるとそれを修正・ないし代替する()()()があるとすれば、タイムマシーンや過去改変の可能性を否定する必要性がなくなる。

 そういう意味で、『歴史の修正力』という概念は必要だった……というわけだ。

 

 で、話を二次創作云々の部分に戻すと。

 二次創作における原作のストーリーと言うのは、本来変化して然るべきものである。

 寧ろ、二次創作なのだから変化するのが正解というか。

 なにかしらの『原作にない要素』を加えるのが二次創作であり、それゆえにそれらはある種の過去改変などに当たる……みたいな?

 

 だが同時に、真面目にその影響を考え始めるととんでもない労力を必要とする、というのも事実。

 例えば面白さを優先し、五人組のキャラクター達に六人目を加えたとして。

 原作で後々公式に六人目が増える、なんてことになったら目も当てられないだろう。

 その反対に、その五人組に『五人組でなければならない理由』が新たに付与されたりしたら、その六人目はどうするのかという問題が湧いてくる。

 

 これらは原作の方から突然殴られたパターンだが、そうでなくとも原作にない要素を加える、というのにはリスクが伴う。

 完全に完結した作品ですら、一つの要素を加えた結果起きる様々な影響を考慮し尽くさなければいけないのだ。

 二次創作、というものが本来抱える問題、というのは意外に大きいと言える。

 

 その負担を軽減するものとして、『歴史の修正力』を持ち出すことがあるわけだ。

 これは、強力なその概念を二次創作にも持ち込むことにより、多少の追加要素程度ならば大筋に影響を与えることはない、と問題の幾つかを省くことのできる要素である。

 これにより、二次創作を書く負担を大幅に減らすことができるわけなのだが……。

 

 

「代わりに、多用しすぎると読者に飽きられるのよね」

「まぁ、原作と変わりがないのなら、普通に原作を見ればいいだけの話だからね」

 

 

 それが抱える問題はまぁ、ライネスの言う通り。

 加えた要素が変化をもたらさないのなら、別にわざわざその二次創作を見る必要性が薄れるのである。

 ……この考え方の発展系が『アニメになった時にオリジナル要素が加わる』なので、ほどほどにしておくべきモノでもあるわけなのだが。

 

 ともあれ、この辺りが二次創作のジレンマ、ということになるだろう。

 二次創作であるのだから原作にはない要素を加えるべきではあるが、加えすぎるとその原作である必要性がなくなるか、はたまた加えた要素による影響に悩む羽目になるし。

 かといって加えても変化がない、もしくは変化が少ないのであればわざわざ二次創作をする必要性が薄れる。

 

 その辺りの舵取り感覚が上手い人が、いわゆる『面白い二次創作』を書く人、ということになるのだろうが……まぁ、その辺りは今回の話からずれ過ぎてるのでここまでにしておくとして。

 

 ともかく、そういう二次創作のジレンマに近いような状態に、今の私たちは置かれている……というのが、今回話したかったことになるわけである。

 

 

「……一ついいか?」

「はいはい、なにかな?」

話が長い

「…………」

(私たちが言わなかったことを、ズバッと言いきったな……)

(流石はメイトリックスさんです……)

 

 

 いやまぁ、うん。

 貴方ならそういう反応をするだろうなー、みたいな予測はなくもなかったけどさ。

 でもほら、シュウさんの準備が終わるまで手持ち無沙汰であったことも事実。

 なら、私がこうして話をすることで時間を潰す、というのは間違いじゃないと思うんだけどなぁ……。

 

 ……そんな感じで、思わず´⌯ ̫⌯`)(しおしお)*4になってしまう私なのであった。

 

 

*1
『犬にでも食わせておけ』ないしそれと同じような言い回しの言葉は、元は恐らく『夫婦喧嘩は犬も食わない』などから発展したものだと思われる。昔(昭和より前)の犬のご飯は人間の食べ残し──すなわち残飯であったことから、『犬にでも食わせて~』の場合は取り合う必要のない、価値のないものといった意味合いとなるだろうか

*2
過去に戻って自身の親を殺した場合、自分はどうなるのかという矛盾。『歴史の修正力』的には殺せない、もしくは殺したと思ったら別人だった……となる可能性が高いとされる。相手が先祖のパターンだと、ドラえもんのセワシのように『関係ない』みたいなことも起こりえるだろう

*3
『ゴッドハンド』で検索すると出てくる大事件のこと。日本の考古学が中々発展しない最大の理由

*4
『葬送のフリーレン』より、フリーレンがたまにする顔。巷では『しょぼしょぼフリーレン』なんて風に呼ばれているとかなんとか



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お前かぁ!お前が元凶かぁ!!

 はてさて、シュウさんの準備が完了するまでの暇潰しも終わり、黙って待つこと数分。

 いよいよ全ての前段階が完了したのか、淡く輝き始める具らんぞん。

 その輝きは最初こそ弱々しいものだったけれど、次第にその光量を強め、最終的にはとても直視していられないほどの極光と化す。

 

 まぁ、そのせいで相手の変化を見逃すと困るので、予めみんなにはサングラスを渡していたわけだが。

 ……あ、最初から眼鏡してるマシュだけは眼鏡付近に黒い靄を出すことで閃光防御に変えてるんで悪しからず。

 

 ともかく、光の中でシルエットが変わっていくのを眺めながら、内心相手に対しての準備を整えていく。

 

 

『……ふぅ、第一段階は成功、ということでしょうか?』

「んー、そうみたいだねー」

 

 

 光が収まり、そこに鎮座していたのは魔神、ネオ・グランゾン。

 登場当初と比べると、他にも実力が並ぶ機体が複数現れたため相対的に格の下がったような気がするが、そもそも並ぶものが増えただけで実力自体は変わっていないため、舐めて掛かることなんてできやしない驚異の機体。*1

 本来邪神の力を必要、ないし利用しなければ変化できないはずのそれは、しかして私たちの前にその威容を惜しみ無く披露していたのだった。

 

 

(……となると、ヴォルクルスないしそれに相当する邪神がやっぱりいる、もしくは今生まれようとしているってことかな……)

 

 

 相も変わらず、それらの気配は察することができないが……実際、目の前にこうしてネオ・グランゾンが鎮座している以上はそう確信せざるを得まい。

 ……問題は、相手方がどのタイミングで仕掛けてくるかだが……。

 

 

『さて、それでは早速準備をお願いしたいのですが、いかがでしょう?』

「んー、縮退砲の試験ってこと?」

『流石にフルパワーをいきなり、というのもあれですので最初は武装の確認から始めようかと思うのですが』

「ああ……他にも色々あるもんね、武装」

 

 

 

 意外なことに、先ほどまであれほど縮退砲に拘っていたように見えたシュウさんは、他の武装の確認を優先すると発言。

 ……ネオグラの武装の中で一番危険なのは確かに縮退砲だが、その一つ前の武器である『ブラックホールクラスター』も大概危ないのは間違いあるまい。

 まぁ、それも含めて大抵の武装はグランゾン時代から使えたモノであるため、どちらかと言えばどれくらい威力が上がったのか、を確かめる意味合いの方が強いような気もするのだが。

 

 ともかく、初手銀河滅亡があり得ないのであればそれに越したことはない。

 もしかしたらこの小手調べが()()()()()()()()()()という可能性もなくはないが……だとすれば相手の状態や種別の判別を行う隙も見えようというもの。

 

 というわけで、私たちは彼の提案を二つ返事で了承したのだった。

 

 

『では、まずはこちらです。──ワームスマッシャー!!』

「おおっと全天周攻撃!」

 

 

 始めに選ばれたのは、ワームホームを開きそこにビームを照射することで相手の周囲三百六十度全てから砲撃を行う武装、ワームスマッシャー。

 手前に相手がいるのに全然関係ない方向から攻撃が飛んでくるうえ、曲がるビームのように射線を見切ることが非常に難しい難武器である。

 

 それこそ、後ろに目を付けているのでファンネルのオールレンジ攻撃も避けられる……みたいなどこぞの天パでもないとそうそう回避できないだろう。*2

 

 

「まぁ、避けちゃうんですけどね!」

「というかそのためのサングラスだったのかこれ……」

 

 

 メイトリックスさんに渡して、その見た目をターミネーターにするためだけの小道具だと思ってた……とはライネスの弁。

 ……いやまぁ、そういう意図が一切ないとは言えないけどね?

 

 はてさて、私はともかく他の面々まで死角からの砲撃を避けられたのには理由がある。

 それが、さっき閃光防御のために手渡したサングラス。

 これ、正確にはサングラスじゃなくてマジックミラーの類いで、かける電圧によって透明度が変化する特注品なのである。

 で、今は透明度が高く黒さの一切ない状態になっているのだけれど……そこに、背後の映像を投影することで後ろへの目としているのだ。

 

 コナン君の『追跡眼鏡』の改良版、とでも言えばいいだろうか?

 眼鏡の弦に付いた小型カメラで背後を撮影し、リアルタイムでレンズ部分に投影する……というやり方で、後ろを振り向くことなく背後の状況を確認できるようにしている、というわけだ。

 まぁ、ライネス辺りはそれが確認できても回避できるかは微妙なので、現状は簡易礼装・ミニトリムマウによるスケート移動(※半自動)の補助ありきなところがあるわけだが。

 

 

「いやはや、作っておいて良かったね月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)*3。流石に本家本元のそれと比べれば天と地なのだろうけど、こういう時にはとても有用だ」

「ところで、ピカチュウ(トリムマウ)との名前被りについては……」

「こっちをこれ以上研究するつもりは今のところないからね。だからこっちはあくまでも『ミニ』なのさ」

「なるほど?」

 

 

 そもそも私は戦闘は専門外なんだ、人理焼却案件に呼ばれでもしない限り……などと述べながら、彼女はすいすいとワームスマッシャーを避けていく。

 ……半自動なせいで時々イナバウアー*4とかさせられていたが、あれどっかで腰を痛めたりとかしないのだろうか?

 

 ともかく、見えないのならまだしも見えてる攻撃を避けられないほどどんくさい人間はここにはいないため、全天周攻撃はその雨が止むまでひょいひょいと避けられ続けたわけである。

 

 

『なるほど、貴方に避けられるのは想定内でしたが、他の方もとは。これなら、加減をする必要はなかったかもしれませんね』

「おっとやぶ蛇だったかな???」

 

 

 無論、そんなにひょいひょい避けられたらシュウさんがどう思うか、という話で。

 

 ……なるほど、巻き込まれた形になった非戦闘員に関しては、当たっても怪我をしないように加減をしていたらしい。

 らしいが、その結果このようにひょいひょい避けられていたのでは、流石のシュウさんもちょっと考え直すくらいはしてしまうわけで。

 

 

『では、こちらはどうでしょう?──グラビトロンカノン、発射!』

「ちょっとぉ!?」

 

 

 それは大人げないのではないかなー?!

 次に選ばれた武装、グラビトロンカノンと呼ばれるそれは、周囲に高重力を発生させるMAP兵器である。

 今回はどうやらOG系──重力球を周囲に降らせるものだったが、作品によっては高重力のフィールドを周囲に展開する……すなわち()()()()()()()()()()()パターンになることもあるという、意外と危険な武器だ。

 ……いやまぁ、触れられるほどの近距離に重力球投下、ってのもやってることとしては身近にブラックホール設置、みたいなものなので大抵逃がす気がないのだが。

 

 とはいえ、流石にこれを単純な身体スペックで回避するのは無理な話。

 なので、マシュに目配せをしたあと他の面々を纏めてひっ掴み、彼女の背後へと全力疾走。

 

 

「──マシュ!!」

「はい、お任せ下さい!其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷──顕現せよ、『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」 

『ほう……?』

 

 

 そのまま、彼女に宝具の開帳を指示。

 彼女が叩き付けるように設置した大盾を中心として、何者にも侵されぬ白亜の城が顕現し、高重力球達を悉く防いでいった。

 

 

「流石はマシュの宝具だねぇ」

「いえ……恐らく耐えられるのはここまでです。更に強力な攻撃に関しては、なにかしらの補助が必要になるかと」

「これだからメカ系は……」

 

 

 正確には、持ち込んだモノではないメカは……という感じか。

 もし『再現度』による縛りを受けていたのなら、そもそもマシュの盾を揺るがすことも難しかっただろう。

 あくまでこの世界で建造されたものだからこそ、元々のカタログスペックを発揮するに至っているというか。

 ……まぁ、普通はここまでのメカは早々製作できないので、その辺りを可能にしたシュウさんの執念が凄い、ということでもあるのだが。

 

 ともかく、基本的には圧倒的なマシュであっても基本は『逆憑依』。

 原作そのままのスペックの相手が出てくれば苦戦するのは当たり前、というわけだ。

 

 

『……なるほどなるほど。となると、ブラックホールクラスター以上の武装に関しては、マシュさんの助力は期待できないと?』

「はい、非常に残念なお話ですが……」

 

 

 その話を聞いて、テンションが下がったように思えたのがシュウさんである。

 ……これはあれかな?マシュの防御力ならもしかしたら、縮退砲とかも耐えられそうと思っていた、とか?

 

 いやまぁ、確かにマシュの堅さは凄いけど、それでも地球破壊級の火力なら蒸発することもあったわけで、ちょっと過信が過ぎるような気も……。

 ともあれ、この空気感だと実験はこれで終わり、という流れになりそうである。

 こっちとしては邪神の気配が掴めないことが心残りだが!そるでも余計な戦闘が減るのなら文句はない。

 

 

『仕方がありませんね。では今回の試験はこのくらいに……くらいに?』

「おおっと???」

 

 

 ───なんて風に気を緩めたのが悪かったのか。

 シュウさんの言葉とは裏腹に、ネオ・グランゾンはその身の輝きを増していく。

 そして、グランゾンとヒンドゥー教、および仏教との繋がりを語る──言い換えれば彼の焦りを示すような会話が挟まり。

 

 

『それはそれとして、なのですが。……ちょっと助けて貰えませんか?』

「シュウさんの口から聞きたくなかった言葉!!」

 

 

 そんな、ある意味彼らしくない発言と共に、暴走ネオ・グランゾンとの戦いが始まったのだった。

 ……うん、控えめに言ってクソゲーだなこれ!!

 

 

*1
設定の変遷。当初は並ぶもののいない超兵器の印象だったが、『魔装機神』の話が進んだ今となっては『ラ・ギアス七大超兵器』の一つ、という形で落ち着いている。因みにこの呼称は『魔装機神F』におけるトロフィーの名前から。対象となる機体達の真価を、一つのステージで一度に発揮させた時に貰えるやりこみ要素である

*2
『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイのあだ名とその台詞から。殺気は感じられるのが基本

*3
fateシリーズにおけるエルメロイの至上礼装。水銀で作られたゴーレムで、作中ではメイドの姿をしている(?)

*4
フィギュアスケートの技の一つ。『足を前後に開き、前足のヒザを曲げた状態で両足のつま先を180度開いて滑る』というもので、元々は旧西ドイツの選手『イナ・バウアー』氏が初めて披露したものなのでこう呼ばれるようになったとか。なお、世間的に有名な『上体を大きく反らせる』イナバウアーは正確には『レイバック・イナバウアー』と呼び、元々のイナバウアーはあくまでも足に着目する技だったとのこと



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この邪神は必ずぶちコロがす(半ギレ)

『私のネオ・グランゾンに生半可な攻撃は通りません。ですので中にいる私のことはお気になさらず、完全に破壊するつもりでどうぞ』

「そういう他人事っぽい言い回しは止めない!?」

『はっはっはっはっ。半ば他人事ですので』

「ふざけるなー!!?」

 

 

 はい。……はいじゃないが?

 ともあれ、予想されていた通りに暴走しやがったネオ・グランゾンである。

 暴走ついでに無茶苦茶やり出してるんですけど、これこっちに勝たせる気ありますかね???

 

 具体的になにが起こっているのかを箇条書きにすると、以下の通りになる。

 

 

 ・ワームスマッシャーによる全方位攻撃(死角からの攻撃優先)

 ・グラビトロンカノン(魔装機神版)による周辺区域への超重力範囲攻撃

 ・グランワームソードによる近距離迎撃

 ・空いてる箇所にとりあえずネオグランビーム乱射

 ・大雑把にブラックホールクラスターばらまき

 ・上記を全部纏めてやりながら、さらに縮退砲の発射シーケンス

 

 

 ……うん、多少は加減しろや!!

 幸い、全部纏めてやってるせいで火力が下がっていること、およびそれらの使用に動力を割いているせいで、縮退砲のチャージがかなり遅くなっている……という、こちらにとっての有利な面もなくはないのだが……うん、この中でまともに動けるのが私とマシュ・それからメイトリックスさんの三人くらい、って時点で色々察して欲しい。

 いやまぁ、メイトリックスさんが動けるのはわりとビックリなんだけどね!?

 この人強いって言っても、一応は単なる軍人さんのはずだし!

 

 

「俺が真っ先に脱落すると言ったな、あれは嘘だ」

「お、おそらくですが!あのサングラスから他の同演者のキャラクター達の力を借り受けることに成功しているのではないかと!」

「部分的・かつ短期間のみの【継ぎ接ぎ】ってこと?!そりゃ強いわ!!」

 

 

 なんてったってシュ○ちゃんだもんねあの人の外の人!

 ターミネーター成分だけでも結構やれそうだわ!!

 

 ……とまぁ、意外な戦力が発覚したとはいえ、手数が足りてないのも確かな話。

 ライネスはまずこんな高重力下で動けるようなキャラじゃないし、なりきり郷ちゃんに関しては下手にダメージ受けさせて本体が欠けた、とかになっても困る。

 ……いやまぁ、本体の頑丈さと同じくらい頑丈、という可能性もあるけれど、間違って縮退砲なんて受けた日には普通に破壊される可能性大、なので迂闊に前になんて出せたものではない。

 

 ってわけで、二人は戦闘範囲外に後退して貰うことになったわけだけど……。

 うん、向こうがワームスマッシャーとかで手数を補ってくる限り、こっちの人数はどれだけ多くても足りたもんじゃないのである。

 だってあれ、ワームスマッシャーだけで確かな最大捕捉数七万近くあるはずだからね!!

 

 

『しかもそれはグランゾンの時点での話、ですからね。ネオ・グランゾンともなれば更にその累乗倍の捕捉数……などという可能性も視野に入れておくべきだと言えるでしょう』

「七万近くって言うのも、十六進数で十六ビットの時の最大値だもんね!!」

 

 

 だったら次のパワーアップで三十二ビットになるのは予測できるもんね!!クソァ!!*1

 ……うん、目標捕捉数四十億強*2とかどうやって避けろと。

 しかも発射される方向自由自在の上、高重力による鈍足効果つきやぞ。

 いやまぁ、もしフルスペックだったら鈍足どころか潰れてる可能性大なんだけども。

 

 ……ともかく、現状のネオ・グランゾンは自身の持てる武装全てを使っての抵抗中。

 そのため、壊すために近付こうにもその前に迎撃され、かといって遠方から攻撃しようにも、そうしてスナイプ体勢に移った時点で後ろから撃たれる、というわりとどうしようもない状態に陥っていたのだった。*3

 

 というか、だ。

 そもそもの話、人間大の存在がロボットを相手にする、というのがまず無理筋なのだ。

 何故かと言うと、それぞれの戦闘規模が違いすぎるのその理由。

 FGO組は機神とかと戦っているのでまだマシな方だが……それでも、苦戦に苦戦を重ね、自陣営にも相手と同格・ないし相手の戦力を削げる存在を加えての対抗がやっと。

 そう、基本的にこの対戦カードはこっちが大幅に不利なのだ。

 

 その最大の理由こそが、戦闘規模の違い。

 城壁を壊せたら凄い、みたいなことを話している存在の前で『星を破壊できます』とか言い出したら目が点になるでしょ、みたいな話というわけだ。

 ……いやまぁ、fate組だと一部惑星級の火力を出せるやつ、みたいなのもいるけども。

 でもそういうのが使えるのって一部のサーヴァントが様々な制限を突破した上で……みたいな感じであって、現在外でうごうごしているオルトみたいに『特になんの制約もなくやろうと思えばやれる』みたいな感じではない。

 

 ……その例で言うと、ネオ・グランゾンとかはまさに『大した制約もなく惑星が破壊できる』タイプに分類されるわけだ。

 そうでなくとも、そもそも大陸級・国家級の火力を出せる人型存在、というのが貴重。

 fate的に言うと『対国・対界』級となるわけだが、そういうのって説明をよく読むとゲーム内ほどポンポン撃てるものではない、と書かれていることが多い。

 

 みんな大好き『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』も、ゲーム内演出は最早『世界破壊級です』と言った顔をしているが、本来あのレベルの火力を現在の地上で発動することは不可能。

 精々、二回改修される前の初期エヌマが地上での基本火力&演出、ということになるはずだ。

 

 まぁ、演出が派手になりすぎている、というのはスパロボ側でも言えることなのだが……『天上天下一撃必殺砲(HTBキャノン)』とか演出で星を爆散しまくるが、実際にそんなことやってたら侵略者側と変わらないし。*4

 

 ……ともかく、演出抜きで火力の高い攻撃となると、スーパーロボット側の方に軍配が上がるのはほぼ確実。

 一部の存在が対抗できるくらいで、基本的に立ち向かうべき相手ではない……というのが共通認識になるわけなのだ。

 

 

『まぁ、一部にでも対抗できる存在がいる、ということ自体がおかしな話なのですがね。ここでは貴方とか?』*5

「だからって望んで戦いたいわけでもないんだよなぁ!?」

 

 

 まぁね?一部の作品がスーパーロボット達よりヤバい、ってのは事実なんだけども。

 中二系作品でインフレ激しいところとか、それこそドラゴンボールとかね!!

 

 ……でもまぁ、作品的にそういう火力が認められている、ってだけなので、もし仮にその世界でスーパーロボットを作るとなると、その分わけのわからない火力になりそうな気もするのだが。

 人型の時点で十分なのに、それでもなおスーパーロボットが必要ってことになるわけだし。

 

 因みにこれ、全く適当な予測かと言うとそうでもない。

 特にドラゴンボールに関しては、改造人間という形で作中の大抵の人物より強いやつ、みたいなのが出てくることがあるので余計に。

 ……いやまぁ、あれは生身の延長線上でもあるので厳密にはロボットと言い辛いかもしれないけども。*6

 

 ともかく。

 普通に考えると、ロボット相手に生身で挑むのは危険、尚且つ今回はそんなロボットの中でもトップクラスに危険なネオ・グランゾン相手。

 これが罰ゲームじゃないならなにが罰ゲームなのか、あれか?罰ゲームじゃなくてデスゲームとでも言いたいのか??

 ……みたいな、愚痴の中でも最早呪詛に近いラインの言葉が胸中をぐるぐる回っている私なのでした。

 

 

とりあえずこんな状況を引き起こした邪神は出てきたらぶちコロがす……

「お、落ち着いて下さいせんぱい!ぶちコロがすのでしたら私もやりますので!!」

「お前もやるのか(困惑)」

 

 

 普通にぶちギレの私と、密かにキレてるマシュ。

 はたしてどっちの方が敵対者的に怖いのだろうか?……などと、思わず真顔でこっちにツッコんで来たメイトリックスさんの反応を見つつ、他人事のようにそう考える私なのでありました。

 

 

 

*1
昔のゲームは数値の管理に16bit型を使っていた、という話。16進数の『ffff』(=16bitで扱える最大数)は10進数に直すと『65535』となり、大雑把に言うと七万近くとなる。因みに32bitで扱える最大の16進数は『4294967295』(『4,294,967,295』≒大雑把に五十億)となり、実のところ『65535』を二乗した数より大きい(そちらは『4294836225』、三桁区切りにカンマを入れると『4,294,836,225』となる)。24bitは?と思われるかも知れないが、少なくともゲームの世界では単純にCPUを偶数個詰みにする、という形で性能向上を図っていた為、元となるCPUの8bitの偶数倍以外は使われなかった形になる(その為24bit以外にも40bitや48bitのCPUなどが存在しない)

*2
数値の後に付く『強』『弱』は、それぞれ雑に言うと『切り下げてその数値になる』『切り上げてその数値になる』数のこと。『強』が切り下げ、『弱』が切り上げ。10500は『一万強』で、9600は『一万弱』。地震の震度に使われる『震度五弱』や『震度五強』とは意味が違うので注意(地震の方は震度五の中でも()()方/()()方の意味)

*3
マシュも恐らく破壊はできる(ブラックバレル)が、準備に時間が掛かりすぎるので現実的ではない。スパロボ風の演出でブラックバレルを発射するシーンは見てみたいが

*4
『スーパーロボット大戦OGs』での演出から。恒星らしき星に相手をビームごと叩き込んで爆散、というドラゴンボールみたいなことをやり出す。流石に太陽ではないと思うが、攻撃の度に恒星が爆発するのでどっちにしろやりすぎである

*5
生身の方が強いのでは?と冗談で語られる『機動武闘伝Gガンダム』組などは、作中でも対ロボット戦をこなしたりしている。今川作品がそういうもの、と言われたら否定しきれないが

*6
人造人間達のこと。具体的には人造人間17号。『GT』では超17号、『超』シリーズでは『宇宙サバイバル』編において最終的な勝者にまでなるほどの強さを誇る(とはいっても、後者に関しては敵が味方と相討ちになった結果生き残った、という形だが。とはいえ神やらなにやらが跋扈する環境でも一角の強者として認められている辺り、元が単なる人間だとは思えない強化幅である)



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その命脈を断つ!

「さて、冷静になって考えてみたけど……いや、マジでどうするかね、この状況」

 

 

 飛び交うビームをひょいひょいと避けながら、どうしたものかと首を捻る私。

 現状無茶苦茶やっているため、本当に無茶苦茶なものを発射できずにいるというのが今のネオ・グランゾンの状況なわけだが、とはいえ遅くともチャージを進めている、というのも事実。

 

 このまま逃げの姿勢だとそのうち縮退砲が飛んできてゲームオーバーというわけだが、そうなる前にどうにかしようにも、この攻撃の嵐の中ではなんとも。

 

 ……いやまぁ、私一人なら意外となんとでもなるのだ。

 最悪【永獄致死(無限ガッツ)】でごり押しすればいいわけだし、ヴァルキリープロファイルの如く。

 あれも大概クソ戦法だが、それをリアルにやれるのが私たちの特徴のようなものであるわけだし。*1

 

 まぁ、実際にはその戦法は封じられているわけだが。

 理由としては単純、この戦場にマシュがいるという一点。

 今も彼女はネオグラの攻撃をガードしつつ、こちらのことを密かに監視……そう、監視している。

 本人としては『せんぱいが無茶をしないように』というあれなのだろうが、実質的に監視以外の何物でもない状態になってる辺りに過保護さを感じないでもないというか。

 

 そういう生き物なのだからその行動をとやかく言うのは間違いなのでは?……みたいなことを思わないでもないが、それをバカ正直に伝えると最悪大泣きされるので言わない私である。

 ……というか、下手にその方面の行動を取ろうとすると、代わりに彼女がもっと相手に突っ込んで行って蒸発しかねないというか。

 

 私と彼女では命の重さというか差し出す際の軽さというかが全く違うため、そんな無意味なことはさせられない。

 ……となれば、【永獄致死】でごり押すのは最後の手段となるのだった。

 まぁ、私としてもその手段は最後の手……というか、そもそも選択するつもりがないやつなので、禁じられることそのものについてはどうこう言うつもりもないのだが。

 

 ……え?じゃあどうするつもりなのかって?

 確かに以前の私だとごり押すのが一番だったけど、忘れてやしないだろうか?

 ()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 

「そういうわけで──撃ってきなさいよ、縮退砲」

『……ほう?』

「せんぱいっ!?」

 

 

 なので、そのお披露目も兼ねて──挑発する。

 無論シュウさんにではなく、その機体を裏で操る相手に対して、だ。

 

 今までの攻防でわかったが、件の邪神はこの段階ですらその存在の尻尾すら掴めていない。

 恐らく、縮退砲で周囲を更地にしたあと、邪魔するものがいなくなったタイミングで現れるように仕込まれているのだと思われる。

 

 原則縮退砲を撃たれたらゲームオーバーなのに、戦闘のクリア条件である邪神の出現タイミングが縮退砲を発射した後に設定されている……という、こちらに勝たせる気の一切ないクソゲー状態、というのが現状だと言えるだろう。

 なので、従来のやり方だと私が無理矢理耐える、以外の解法が存在しない悪問と化していたわけだ。

 

 随分と小賢しい真似をしてくれたものだが……とはいえそれも以前の私ならば、の話。

 今現在の新生キーアさんならば、別の解法も用意できるというわけである。

 

 それゆえの挑発、それゆえの余裕。

 シュウさんを通してこちらを見ているだろう邪神は、その余裕を不遜と捉えるはず。

 科学的な実証・実績によって発生する事象を武器とするロボットを使っているからこそ、それによる攻撃は原則的に超常の法則で防御することは叶わない。

 何故か?それは私たちが今いる世界が『現実』だからだ。

 現実には超常現象なんて存在しない。全ては物理法則に支配され、それによって運行されている。

 

 引き起こすための引き金として邪神が必要である、といってもネオ・グランゾンにおけるそれは()()()()()()()()()()()としてのもの。

 ……言い換えるのなら、自身の特殊性はそこまで必須というわけでもないのだ。

 

 それゆえ、そもそもこちらで建造されたネオ・グランゾンの武器は、原則的に『逆憑依』達では防御ができない。

 恐らく、原作そのままのマシュを連れてくる、などしたとしても場所が現実である限りはこちらの負けは必定だろう。

 

 ──ゆえに、その前提があるからこそ、今の邪神に負けは万に一つ・億に一つもあり得ない。

 ゆえに、目の前の存在の戯言が、なによりも耳障りな雑音として響く。

 

 

『……なるほど、こうなりましたか』

「……縮退圧、増大!重力崩壊臨界点、突破!これは……せんぱい!」

「はいはい、想定通りの結果で笑いもでないわね」

 

 

 それゆえ、相手の動きは予想しやすかった。

 ネオ・グランゾンは瞬時に中空を飛翔。こちらの攻撃が届かないほどの高所にたどり着いたあとは、先ほどまでの猛攻を全てカットし、縮退砲の発射シーケンスを爆速で進めていく。

 それは、先ほどまでのノロノロとした歩み──牛歩が、まるでチーターの全力疾走に変化したかの如き劇的な変化。

 早送りで進んでいるかのように、全てのシーケンスは加速し──ネオ・グランゾンの目の前には、黒く禍々しき光球が一つ。

 

 縮退砲、その核となる縮退星であるそれは、解放の時を今か今かと待ち構えており──、

 

 

『──では、貴方の足掻きを見せて下さい。縮退砲、発射』

 

 

 それは、ゆっくりと・だが確実に、私たちの元へと落下し始めたのだった。

 

 

「──さて、偉そうなこと言ったけど、手伝って貰える?」

「……せんぱい?」

「後輩に華を持たせる、ってわけじゃないけど──あれくらい、防御できなきゃ嘘でしょ?」

 

 

 さて、目論見通りに縮退砲が発射されたわけだが、このまま手をこまねいていては文字通りにお陀仏である。

 無論そんなつもりはないので──近付いてきていたマシュに声を掛けた。

 これからやろうとしていることは、私一人で全てを片付けるモノではないと示すために。

 

 そんな私の言葉になにか感じ入るものがあったのか、マシュは暫く目蓋を瞬かせていたが……やがてその表情を引き締め。

 

 

「はい、せんぱい!私は貴方の後輩、マシュ・キリエライトですので!」

 

 

 と、不敵な笑みを見せたのだった。

 ならば、こちらもその期待に答えなければなるまい。

 ゆえに私もまた、自身の力を開放する。

 

 

「──【星の欠片】はあらゆる全ての下にあるもの。そしてそれゆえに、あらゆる場所を繋ぐもの」

 

 

 集合無意識や、量子のねじれ。

 物理的に隣り合わないものにも情報が伝播する手段、というのは確かめられていないものの、それがあるとする証拠のようなものはそこらに転がっている。

 

 それらは目に見えないほどの小さな世界に由来するものであり──ゆえに、それを否定するのはとても難しい。

 なにせ、人には明確に見通せない世界がある。

 現在という法則に従う限り、そこを見るために越えなければならない壁があるがゆえに。

 奇しくもそれもまたかの魔神の力──ブラックホールに纏わるモノであり、それゆえにかの存在の力は私たちにとっても馴染みは深い。

 

 とはいえそれはまた別の話。

 この場で必要なのは、私たちが()()()()であるという一点。

 それは『物語を紡ぐものは自身の体験したことしか紡げない』という言葉と結び付き、意味を変える。*2

 ──人の想像は、どこまで行っても現実には敵わない。否、人の想像は()()()()()()()()()()()()()という風に。

 

 まぁ、その事実を人が真に理解できる日が来るかどうかは、私にはわからないが──そも、我が身の()()は、そこにたどり着いたものを先取りしたようなもの。

 ──ゆえに、こういうこともできるのだ。

 

 

極値逆転(paradoxical effecter)、全力稼働。天は地に、地は天に。語れ、その輝きを。謳え、その道程を。【偽界包括(Another Earth)】限定再現。──マシュ!」

──真名、複合開放。これは数多の祈り、幾多の言葉を重ねた道の先。いつかその場所に辿り着くために──私は、今の自分を貫きます!!」

 

 

 本来アクセスできない、並行世界の彼女達に触れ、そこから少しずつ力を借りる。

 そして、いつか辿り着くかもしれない──その先の先へと彼女を導く。

 一人で足りないのなら二人、二人で足りないのなら四人。

 そうして積み上げに積み上げ──()()()()()()()()をここに引っ張り込む。

 ゆえに、彼女のそれは。

 

 

「集結せよ!『遥か至りし夢想の城(ロード・キャメロット)』!!」*3

 

 

 開放された星の暴威を、まったく漏らすことなく封じ込めたのだった。

 

 

*1
味方側だからこそ許される戦法。『ヴァルキリープロファイル』におけるガッツも他の作品に漏れず『死亡時にHP1で耐える』効果だが、その制限がない。正確には発動確率はある(最大強化で50%)のだが、それ以外には全く制限がない。体力が一定以上ある時、みたいなよくある制限すら無い為、場合によっては永遠に相手の攻撃を耐えることも可能。敵にやられたら確実にコントローラーを投げる類いの能力

*2
夢などもその人の経験である、という話。創作とは他所の世界を夢で見た結果、という考え方がある

*3
様々な世界のマシュ・キリエライトから力を借り受けた結果生まれた白亜の街、とでも言うべきもの。【星の欠片】の本来の理念『一つで足りないのなら複数で』を体現したとも言える宝具。ある意味ではマシュ版『炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)



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神の傲慢、その体現

 その光景は、まだ見ぬ邪神の目からはどう写ったのだろう?

 

 本来『逆憑依』では絶対に防ぎきれないはずの縮退砲を、例え並行世界の自分達の力を借りたとはいえども、完璧に抑えきって見せたマシュ。

 目の前で行われたそれは衝撃的であり、故にこそ邪神の精神を揺さぶるに足るものとなっていたはず。

 

 ──そう、不遜な人の子が、傲慢にも神の御手をはね除けたのだと解釈できてしまうほどに。

 であるならば、相手が取る次の行動も目に見えようと言うもの。

 

 

「……!!せんぱい、あれを!!」

「予想通り過ぎて思わず笑いが出るやーね!」

 

 

 状況をいち早く察知したマシュの言葉とほぼ同時、目の前で起きた()()を解決するために走り出す私。

 

 ──人の傲慢をその身に再度刻み付けられた邪神がまず行ったことは、傀儡とすべく機体内に確保していたシュウ・シラカワの強制排出(リジェクト)であった。

 まさか邪神がそんなことをすると思っていなかったシュウさんは無防備にそれを受けたため、普段ならなんとでも対処できそうなところ空中で無様に固まってしまっている。

 

 そのまま放置すれば地面に血塗れもんじゃ焼きが一つ完成……などということには、本来なりきり郷の持つ非殺傷効果により行き当たらないはずなのだが。*1

 今現在、ハロウィンという特殊性に当てられて、なりきり郷そのものが擬人化しているという異常事態。……まともに稼働してくれるかは正直微妙なところである。

 

 いや、そもそも非殺傷というのも命に関わらないというだけの話であって、実のところ殴られれば相応に痛いし刺されてもやっぱり痛いのだ。

 となれば、普通に全身打ち付けて悶絶する羽目になる、というのは容易に想像できる。

 なので、そういうのを避けるため──、

 

 

「はいキャッチ!目の前で意味不明な状況が起きた時みたいな顔してますけど、大丈夫です?」

「──いえ、まぁ、はい。ちょっと混乱している、ということになりますかね。まさかあの邪神がこのようなことをするとは……いえ、違いますね。()()()()()、ということですか」

「うーん、流石はシラカワ博士。理解するスピードがこっちの予想より遥かに速い……」

 

 

 受け止めたシュウさんの様子を見るに、解説いるかなーと思ったけどまったく必要なさそうである。

 ……とはいえ、自分の中で纏めたり()()()()()()()()()()()ためにも、心の中で整理するくらいはしておこう。

 

 まず、シュウさんがあれほど驚いていたのは、彼の思う邪神、破壊神サーヴァ・ヴォルクルスの作中における彼への執着心を知るからこそ。

 

 何度倒されようと、それが本体でないこともあり復活を遂げ、かつ隙を見せれば再度洗脳しようと目論む……。*2

 シュウ・シラカワという存在の持つ能力を高く買っているからこその行動ではあるが、見ようによっては高位存在から狂愛を受けていると捉えてもそう間違いではあるまい。『破壊神に愛され過ぎて迂闊に隙を見せられない』*3みたいな?

 ゆえに、ここまであっさりと放り出されたこと──このまま行けば悠々と傀儡にできたにも関わらず、それを為さずに投げ出されたことに疑念を抱いた、というわけである。

 

 ……だが、これに関しては少し考えれば答えは自ずと現れる。

 そう、彼を操ろうとしていた存在はヴォルクルスそのものではなく、それとよく似たなにかである。

 極論、彼に拘り続ける理由は特にないのだ。

 

 とはいえ、それでも依り代などの面から傀儡はあった方が良いように思われるが……それは邪神の顕現がこの世界において『逆憑依』の類型として扱われる、という部分に問題がある。

 分かりやすく言うと、彼を傀儡にしてこちらに顕現しようとすると、最終的に【継ぎ接ぎ】として処理されてしまうことになるのだ。

 無論、その場合でも邪神がその力を奮うのに問題はないだろうが……中身の核を優先する法則に縛られることにもなるため、結果として()()()()()()()()()()()()()()()()()()というような事態に陥ってしまうのである。

 

 簡単に言えば、このまま顕現しようとした場合『サーヴァ・ヴォルクルス』としてこちらに現れるのではなく、『邪神に操られたシュウ・シラカワ』としての顕現になる、というか。

 ……あくまでもシュウさんにとっての設定面の追加分に過ぎなくなる、という感じだろうか?

 

 まぁ、邪神の影響力的には後天的な【複合憑依】になる、という方が近いとは思うのだが……どちらにしろ、本来の彼らのような『隙あらばその自由を奪おうとする』ような関係にはなり得まい。

 どこまで行ってもシュウ・シラカワの中身()が優先されることになるため、結果的に原作ほど迷惑な存在にはなり得ないというか。

 

 その辺りの話を最初に理解していたため、シュウさんはわりと楽観的に構えていたというわけである。

 こちらの自由を縛ろうとした結果、それが寧ろ相手自身を縛ることとなるのだから、彼からしてみればお笑い草・復讐しようとせずとも復讐が成立する一種のギャグのようなものだった……みたいな感じ?

 

 ……だが現在、邪神は彼を捨てた。

 それはつまり、このまま進むと彼の思い通りに──なにもせずとも単なる追加アイテム扱いされることを知覚したからだろう。

 

 とはいえ、単に彼を手離しただけでは問題が残る、というのも事実。

 まがりなりにも神であるヴォルクルスは、こちら側に依り代がない限りは現世に現れることができない。

 ではどうするのか、ということになるのだが──これもまた、『逆憑依』の利用がポイントとなっていた。そう、【顕象】ないし【鏡像】である。

 

 本来【兆し】は核となる存在なくば『逆憑依』足り得ないが、しかしそのまま自身の定める気質とでも言うべきものを貪欲に集め続けることで、その気質自体を核として運用できる。

 その結果生まれるのが【顕象】や【鏡像】と呼ばれる存在達だ。

 そしてこれは神の依り代として見た場合、自身の定め統べるものをそのまま集め続けるだけで自身を降臨させられる、というある種の自己顕現機能を持つ、と考えることもできるのである。

 

 以前織田信長と相対した時、あり得ないほどに強力な存在に変貌していたが……あれもまた、『逆憑依』ではなく【鏡像】であったからこそ。

 自分という存在に纏わる要素を貪欲に集め続けることで、実質際限なく自身を再現できる、というわけだったのだ。

 分かりやすく言うと、そこにあるだけで勝手にレベルアップし続ける存在……とでもいうか。

 

 その辺りの話は今までも何度かしたことがあるが、その成長に限度がないからこそ【鏡像】は危険であり、排除すべき存在として扱われるわけである。

 ……限度のない成長は、しかしてこの世界においては認められず、やがてはエネルギーの塊となって虚ろな孔(ブラックホール)と化すのが目に見えているがゆえに。

 まぁ、そうなるまでエネルギーを溜め込む前に、誰かに見付かって処理されるのが関の山なので、基本的にはあり得ない仮定なのだが……ともかく。

 

 そこら辺の話を置いて改めて考えると、なるほど傀儡を用意せずとも自身を顕現させうる【鏡像】というシステムは、邪神にとって渡りに船だと言えるだろう。

 なんの制約もなく、制限もなく己が力を振るうことができる依り代を得られるとなれば、そのまま傀儡にしようとした時寧ろ自身が付属物となりかねない今のやり方は、寧ろ悪手以外の何物でもない。

 

 ゆえに、かの邪神はメインプランを捨ててサブプランにあっさり切り替えた。

 傲岸不遜にして愚かな人間達にその身のほどを教えるため、自身を自身のちからで以て降臨させる方向性に舵を切った。

 

 ──見よ、破滅の蒼き魔神が変貌していく様を。

 命なき鋼の巨人はそのまま神の依り代となり果て、その姿を生物めいたモノへと変化させていく。

 ネオ・グランゾンとサーヴァ・ヴォルクルスが融合したかのような、異様なりし機体。

 翼広げた女性のようにも見えるそれは、しかして生け贄にされた誰かを模しているかのようにも見え。

 ……とかく悪趣味である、ということに代わりはあるまい。

 

 

「さしずめ、アヴァターラ・ヴォルクルスと言ったところですか」

「破壊神の化身、ねぇ。化身らしく、本体よりは弱ければいいんだけど」

 

 

 その威容を見上げ、忌々しげに口を開くシュウさん。

 自身の愛機であるネオ・グランゾンが見るも無惨な姿に改変されたわけだから、その怒りもむべなるかな。

 

 ……とはいえ、ヴォルクルスそのものではなくネオ・グランゾンをベースに変化した、というその姿に少々不吉なものを感じるのも事実。

 その懸念は間違っていないと誇示するかの如く、邪神の胸にて輝くのは漆黒の光球。

 

 

我ガ力ノ前ニ、消エ失セルガヨイ、人間

「──第二戦開幕の合図、って感じかな?」

 

 

 これ、一応中ボスとかその辺りの話のはずなんだけどなぁ。

 そんなことを思いながら、まるでグラビトロンカノン(Ver,OG)の如く周囲に浮かべられた縮退砲の種達と相対する私たちなのであった。

 

 

*1
通常時は普通のコンクリートなどだが、それがそのままの固さだとぶつかった相手の死を招くような場合に硬度が劇的に低下し緩衝材代わりになる、という形で発揮される。無論下がマットになっていようが無防備に倒れれば痛いものは痛い

*2
なおそのせい?というわけでもないが(連作モノで初期に出るボスキャラクターが格を保ち辛い問題)、最終的には再生怪人みたいな扱いを受けることになるのであった。彼らより格の高い相手が現れた、というのも理由としては大きい

*3
『ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCD』のタイトルから。妹の人気が(いろんな意味で)異常



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はりきれ!マシュ・キリエライト

「マシュ!」

「お任せください!貴方が邪神であるのならば、この白亜の城塞に傷一つ付けることはできません!!」

 

 

 通常攻撃扱いで縮退砲が飛んでくるのは想定外かなー?

 そんなことを思いながら、こっちも強化形態のマシュをガンガン前に突っ込ませる私である。

 

 とはいえ、このスーパーどころかハイパーなマシュも時限強化、いつまでもこの強さってわけではないので決着は早めに付けたいところ。

 ……っていうか、じゃないとこの訓練場倒壊しそう感凄いというか。

 

 いやね、縮退砲が通常攻撃にランクダウンされてるってことは、要するに()()()()()()()()()()()()ってことになるわけで。*1

 ……うん、ヴォルクルスの武装集を見たことがある人はわかるかもしれないけれど、彼の武器ってなんというか規模が狭いんだよね。

 少なくとも、演出的にはネオ・グランゾンに遠く及ばないレベルというか。*2

 

 一応、破壊神たるサーヴァ・ヴォルクルスの攻撃は形あるモノに対して特攻──剛性を無視して崩壊させる呪詛のようなものを含むとされ、派手な攻撃をせずとも相手を倒すには十分、みたいなところもあるのだろうが……。

 やっぱり見た目的にちょっとショボい、というのは否めまい。比較対象が縮退砲だから余計に。

 

 さて、そんなヴォルクルスがネオ・グランゾンの力を手に入れたとなると、これまた話が変わってくる。

 物理的な破壊力の最高峰とも呼べる超新星爆発に、それによって生じるブラックホール──超重力によって引き起こされる潮汐分裂。*3

 この時点で生半可な防御は無意味だが、そこにさらに邪神の持つ呪詛による防御不可特性が加算されるわけだから──これを防御うすることは、最早あらゆる存在にとって無理難題と化していることだろう。

 先の『物理法則の極致として処理されるため、架空の想念である『逆憑依』では本来一秒も耐えられるものではない』という話も含め、この場にいる存在にはまさに手の打ち用のない存在として猛威を振るうはずだった、というわけだ。

 

 

「それを貴方が押し止めた、と?」

「何度か言うように、現実ってのは【星の欠片(わたしたち)】だからね。この場に限っては、アイツの言う現実にはご退場願ってるってわけ」

 

 

 無論、それをどうにかしたのがシュウさんの言う通り私である、ということにもなるのだが。

 

 先ほどの行動──唐突な特殊技能の開帳。

 使ったのは【偽界包括】の限定起動だが、これには大きく分けて二つの意味がある。

 

 まず一つは、マシュに対して並行世界へのアクセス権を与える、というもの。『星女神』様達の持つ【偽界包括】と同じものであるこれは、その時に説明した通りに()()()()()()()()()()()()世界である。

 

 成長していない自分、成長した自分。

 強くなったり弱くなったり、はたまた男性であったり女性であったり。

 可能性として──それが例え一パーセント以下の微細事象であれ、()()()()()()()()()()()()()()その全てを収集するこの世界は、それゆえに外に開かないままに外を見通すモノとなっている。

 

 ……分かりやすく言うと、原作じゃないけど原作とまったく同じもの、というか。

 ともかく、これに繋がることはすなわち数多の異世界と繋がることと同義。

 それゆえ、マシュは先の宝具──『遥か至りし夢想の城』を展開するに至った、というわけである。これが一つ目。

 

 そして二つ目──これは相手の優位を削ぐためのもの。

 すなわち、相手の絶対性を阻害するためという意味合いになる。

 

 これは、【星の欠片】そのものの特性がそうさせる、というべきもの。

 彼らは一人の存在のために世界を作りたがると言ったが、その性質上()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……実際は滅びと言っても穏便な交代劇なのだが、ともあれ【星の欠片】の顕現が今という法則を揺るがせる切っ掛けとなりうる、ということに違いはあるまい。

 

 ──そう、現実(ぶたい)が切り替わるのだから、その現実(ぶたい)をあてにした行為は失敗するのだ。

 ゆえに、今のヴォルクルスが使う縮退砲に、本来ほどの絶対性はない。

 少なくとも、私が【偽界包括】を使い続けている間は、本来の性能の千分の一もろくに達していない、ということになるはずだ。

 まぁ、それでも人一人が抗えるような規模のモノでないのだが、今のマシュはそれができるぐらいに強化されている……ってわけで。

 

 ただこれ、実はわりと深刻な問題がある。

 科学(げんじつ)の力を弱め、異端(ちょうじょう)の力を強めるという風に設定されているため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「ふむ、それはもしかして、貴方の()()があくまで環境変化の技能だから……ということであっていますか?」

「まぁ、端的に言うとね。そういう法則の世界にしているってだけだから、特定の一人だけを強化とかはできないんだよね」

 

 

 より正確に言えば、そこまで(単一強化を)やってしまうとごまかしが効かなくなる……という感じか。

 

 何度も言うが、【星の欠片】は()()()()()()世界を滅ぼしたがるものである。

 それゆえ、その恩恵だけを抽出するのは至難を極めるのだ。

 そこに注視しすぎると、結果として他のものを滅ぼし尽くしてしまうがゆえに。

 

 ……正確に語るならば()()()()()()()()()()()()()()()となるが、どちらにせよそれまでの世界が死滅することに違いはあるまい。

 それを避けようとするなら()()()()()()()()()()ことが必須となる。

 その結果、敵も味方も相応に恩恵を受けるように設定しなければならなくなる、ということになるのであった。

 

 つまり、現状の邪神があれほど無茶苦茶をしているのは、その実私のせいでもあるということ。

 無論、並行世界からの自身との同調はさせていないが……代わりに、科学法則より異常法則の方が優先される、という性質は利用されてしまっている。

 

 わかりやすく纏めると、邪神が今放っている縮退砲はその実『魔術によって構成されたもの』である、ということになるか。

 それゆえ、ヴォルクルスの性質に強く影響されており、マシュ以外のメンバーでは迂闊に触れることすら危険になっている、と。

 ……まぁ、『遥か至りし夢想の城』の効果で敵対する悪属性対象の攻撃は激烈な威力の減衰を受けているので、実際はそこまで怯える必要もないのだが。

 

 

「とはいえ、彼女の強化が時間制限のあるものである以上、なにかしら攻勢に移っておきたい……ということですね?」

「流石はシュウさん、話が早い」

 

 

 ただ、それは言い換えるとマシュには攻撃に移る暇がない、ということ。

 張り切って全部ガードしてくれているが、状況だけ纏めると私が行動する以前とほぼなにも変わっていない、ということですらある。

 いや、ハッキリ攻撃に移る暇がない分、先ほどよりも戦局は悪化していると言い切ってしまってもいいかもしれない。

 仮にそんなことするとマシュが「そんなぁ」と凹んでしまうため、口にはしないが。

 

 

「ええ、戦局の悪化と言いますが、彼女がああして張り切ってくれないことにはそもそも勝負にすらならない。──それで?そんな状況を深く理解する貴方は、私に一体なにを求めるのですか?」

 

 

 そうして状況を纏め終えたのち、こちらに不敵な眼差しを向けるシュウさん。

 それを見返しながら、私はこれからの作戦について口にしたのだった──。

 

 

*1
強化形態のお約束。視覚的に強化されていることがわかる為ロボットモノ・特撮など幅広い作風で使われる

*2
最強技である『ハイパーソニックウェーブ』『アストラルバスター』などのこと。最強技が二つなのは、作品形態によってどちらの火力が高いかが異なる為(『OG』系列ならアストラルバスター、『魔装機神』系列ならハイパーソニックウェーブ)。どちらも基本的にはビームによる攻撃である

*3
惑星がロッシュ限界(天体が破壊されずに他の天体に近付ける限界の距離のこと)より内側に入ってしまい、潮汐力(潮の満ち引きに関係するともされる重力の偏り。地球の場合、月の引力がその移動に伴って位置を変えていくことで、結果として重力の偏りが起きる)によって引き裂かれてしまう現象のこと。ブラックホールも天体の一種なので、その近辺に入ることで起きる天体の崩壊は潮汐分裂となる



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打ち砕け、奴よりも素早く

「……なるほど、そのようなことが」

「可能性としては幾らでも語れるからね。──それで?手伝ってくれる?」

「ええ、私がしたこと……という部分については些か語弊がありますが、ともあれ()()に好きにさせるつもりなない、というのも事実。──今は、貴方の手を取ることに致しましょう」

「ん、ありがと」

 

 

 というわけで、シュウさんに協力を取り付けることに成功したわけだけど。

 ……うん、セーフ!

 この流れだと私が彼を利用しようとしている──()()()()()()()()者だと判定される危険性もなくはなかったが、どうやらそれは杞憂だった様子。

 いやまぁ、なんか意味深に笑ってらっしゃるので、こっちがなにかミスったら即座に処断される可能性はゼロじゃないのだが。

 

 でもまぁ良かった、どこぞのハイブリッド・ヒューマンみたいなことにならなくて……。*1

 などと、内心胸を撫で下ろす私である。

 

 

「おや、私としてはそのように行動して下さる方が面白かったのですが」

「よりにもよって面白いって言ったよこの人?!」

 

 

 まぁ、彼的には喧嘩を売る理由が減った、とか恐ろしいことを口にするきっかけになってたりするのだが。

 ……口調からでは冗談かどうか判別できないのが恐ろしいところである。

 

 ともかく、彼との交渉の成功を以て、全ての準備は整った。

 あとは、マシュという最強の盾が機能している間に、()()()()()()()()()だけである。

 

 

「では、お手並みを拝見させて頂きますよ、虚無の姫君。貴方のその手が、なにを掴むのか──」

「はいはい、とくと御覧(ごろう)じろってね」

 

 

 とかく楽しげに語るシュウさんを前に、私は再び偽界を開く準備を始めたのだった──。

 

 

 

 

 

 

 ──作品の展開、というものには時々突拍子もないものが現れる時がある。

 

 子供向けの玩具であったLBX──『ダンボール戦機』が、美少女系ゲームである『装甲娘』に派生したように。

 はたまた、本来アダルトゲームであった『対魔忍』が、なにを血迷ったのか子供も遊べるRPG、『対魔忍GOGO!』なるゲームを生み出すことになったり。

 

 ファンタジー世界や殺伐とした世界に住まう人々が、現代で普通の学生をやっていることになったり。

 はたまた、聖なる杯を求めて相争う間柄のキャラクター達が、なんの因果か料理を作ってただ語らうだけの話を展開したり。

 

 元のジャンルとはまったく違うものとして、生み出されるスピンオフ作品達。

 これらは基本、元の販路以外の新たな市場を開拓するための冒険、ということになるわけだが……それが冒険である以上、成功する確率はそう多くはない。

 

 かの有名な航海者、クリストファー・コロンブス氏も、航海そのものには成功すれどそれ以外の部分については成功しきったとは到底言えないように、新たな世界に漕ぎ出すというのはそれだけ失敗が多く付くもの。

 ましてや、彼のように一度成功してもその後に続かない、ということもありえる。……人が安定を求めるのも、ある種仕方のない話ではあるのだろう。

 

 ──とはいえ、それらの成功・失敗の話は今回あまり関係はない。

 なにせ彼女の持つ特殊な世界、【偽界包括(アナザーアース)】はその名の通り、異なる世界を包括するもの。

 そこには()()()()()()()()()()()()()()ものも普通に含まれている。──可能性の過多・過少をモノともせずあらゆる世界をその裡に蒐集するそれは、なるほど一つの並行世界と見なしても問題はあるまい。

 

 ……突拍子もない設定。

 あり得ないだろうと笑われるような概念。

 それらが成功する確率が幾ら低かろうと、それが想念として現れたのであれば──想像できてしまったのであれば、それは確かにその裡にある。

 

 ならば、それを世界に知らしめることも容易いもの。

 なにせ彼女は現実を侵すもの、現実に成り代わるもの。

 現実(いま)が彼らを阻むのなら、代わりに彼らを肯定するのが彼女の役目。

 見よ、荒唐無稽なるその世界は、今や数多を奮わす万雷の如く──。

 

 

 

 

 

……ナンダ、ソレハ

 

 

 それに気付いたヴォルクルスが述べたのは、そんな感じの唖然とした言葉であった。

 

 ヴォルクルス、と便宜上呼ばれている彼だが、その実事ここに至るまで『ヴォルクルス』としては完全に顕現できているとは言えない状態であった。

 それは何故かと言われれば、彼が【兆し】であるがゆえ。

 そこから先に進むために、周囲の環境を完全に崩壊させた後──すなわち、なりきり郷と呼ばれる施設の完全破壊を前提に定めていたがため。

 

 本来それは制御を奪ったネオ・グランゾンの力により容易く果たされるはずであったが──現状が語るように、その前提は果たされていない。

 それゆえ、その存在は不完全な存在──邪神としても【鏡像】としても、共に不安定なものと変じていた。

 ゆえに、その存在を繋ぎ止めるため『不完全な姿で何度も顕現していた』というヴォルクルスの性質を利用した、というわけである。

 

 ……簡単に述べたが、本来それは容易く果たせるものではない。

 様々な条件が重なった結果、ある種の偶然的にそれが行えるようになったというだけの話。

 だからこそ、彼は早急にこの施設の破壊を推し進めなければならないのだが──目障りな盾兵が健在である限り、それは難しいように思われた。

 

 とはいえ、それも相手が健在ならばの話。

 目の前の盾兵は奮戦してはいるものの、徐々にその勢いを減じさせている。

 こちらが無尽蔵に近い攻撃を行えるのに対し、所詮相手はただの人の子。

 持久戦ともなれば、この天秤は容易く傾くことは容易に想像できた。

 

 ──だからこそ、何故盾兵がその無謀な戦いを続けていたのかを考慮するべきだったのだが。

 不完全な顕現であるからこそここにある邪神にとって、目の前の目障りな相手を滅ぼす以外の選択肢は存在しえなかった。

 

 

「──そういう意味では、私は貴方に同情している、とも言えるのかも知れません。殲滅されるべくして生まれ落ちた貴方が、それ以外のことを思考に乗せる余裕などと言うものが生まれ落ちる余地はなかった、ということになるのですから」

 

 

 その姿を改めて見て、男──シュウ・シラカワは憐憫の念を抱く。

 確かに、この存在は自身の自由を侵そうとしたが……その実、その行為自体が必要に迫られて──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも言えるのだから、大なり小なり感慨を覚えてしまうのは無理からぬ話である。

 

 ──無論、だからといって手を抜くようなことをしないのが、彼が彼たる所以であるわけだが。

 

 そうして()()()()()彼の右手には、黒く輝く球体の姿。

 その様子は安定しきっており、あらゆる変化を感じさせない。……不気味な沈黙、と言い換えても問題ないものであった。

 

 

ソレハナンダト聞イテイルッ!!!

「ははは、自身を脅かすものともなれば、気にもなりますか」

ナニィ……!?

「──動力などにオカルトめいたモノを利用してこそいますが、実際に起こすのは物理学……現実に基づいた理論によって発生する事象を攻撃に転用している、というのがネオ・グランゾンであることはご存知ですね?」

 

 

 そこから漂う不穏な空気に、邪神は思わず声を荒げるが──対するシュウは余裕の態度を崩さない。

 いや、よく見ればそもそもシュウの姿もどこかおかしい。

 いつもの白衣の上に、なにやら鎧や甲冑のようなものを所々装備しているその姿は、見る人が見れば『聖闘士』などを想起させるもの。

 ──人によっては、それこそ『装甲娘』のようなモノを想起するかもしれない。

 

 

「そして現在、この近辺において現実感は薄れている。……そうさせるモノがあるからこその話ではありますが、ゆえにこそこの場所で全力を出そうと思えば、それに対応した別種のモノを用意する必要に迫られる、というわけです」

 

 

 それがこの姿、ということですね。

 そう笑う彼の姿に、邪神は警戒を崩さない。

 先の盾兵の如く、今のこの男が脅威であることを感じ取ったからだ。

 

 ──無論、それを感じ取ったからと言って、彼に対処ができるかは別の話なのだが。

 

 

「とはいえ、それほど余裕があるわけでもありません。──終わらせると致しましょう」

ヌ、ヌォ、オオオオオオオオオッ!!!

 

 

 右手に浮かぶ黒球を、そのまま自身の目の前に差し出すように移動させる。

 そこから漂う脅威の香りに、邪神は形振り構わず縮退砲を撃ち放つが、

 

 

「無駄ですよ。……エネルギーを高めねば微細な世界は見えない、でしたか。そこを捉えられるほどのエネルギーを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()技術。微細世界を開く新たな原理……とはいえ、それを貴方に言っても意味はない。ですので、事実だけを認識しておきなさい。──あなたは、ここで終わりです

 

 

 それらのなにもかもを呑み込むかの如く、黒球から放たれた極太の光線。

 それはまるで、互いの配役が反転したかのように──シュウこそが邪神の立場に立っているかのような錯覚を引き起こし。*2

 

 それを自覚しきらないまま、邪神は断末魔さえあげられないままに消滅したのだった。

 

 

*1
『スーパーロボット大戦』シリーズのオリジナルキャラクター、スペクトラ・マクレディのこと。オリジネイターと呼ばれる特殊な存在になることを夢見る、()()()()()()()()()()存在(かなり細部をはしょった表現)。続編が出ないことで結果的に命拾いをし続けている人物。因みに『ハイブリッド・ヒューマン』というのは一種の人造人間のこと

*2
ヴォルクルスの(本来の)最強武装が極太ビームで、それをシュウの方が使っているという今の状況が色々と『逆だったかも知れねぇ……』感を発生させている、という意味



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知ってるか、まだ敵は残ってるんだぜ……(白目)

「い、今のは一体……」

「さて。敢えて名付けるのであれば『ネオ・グラビトン・ライフル』などでいいのではないでしょうか?どうせ再度使うこともないのでしょうから」

 

 

 自身が纏っていた鎧を消し去りながら、シュウさんは肩を竦め一つ嘆息する。

 

 ──自身の乗機を鎧として纏う、という意味合いにおいては聖闘士というより装甲娘──言い換えればそういう類いのゲームに近い概念によって変身していた彼だが、余りお気には召さなかったようである。

 いやまぁ、私としてもそういう系統の作品が成功する、なんて風には余り思えないわけだけども。*1

 

 ……ともあれ、人の身でネオ・グランゾンのような力を扱う経験は恐らく彼の糧になる……と説得した甲斐があったことは確かだろう、とネオ・グランゾンごと消失した邪神のいた辺りを見る私。

 あれをこちらの手札で真っ当に倒そうとするとそれこそ私があれこれしないといけなかったので、そういうことしなくてよくなったのは正直ありがたいというか。

 ……代わりにシュウさんに借りを作った形になる?うんそうねぇ……。

 

 まぁ、今はとりあえず中ボス戦が終わったことを喜ぼう。

 なんならそのご褒美?的なものもあるだろうし。

 

 

「……ふむ、ご褒美……ですか。それはどのような……」

「見てればわかるよ。……まぁ、シュウさんにとってはご褒美というより、損害がゼロになる……って方が近いかもだけど」

「……なるほど?」

 

 

 そう話す私たちの前で、邪神の消え去ったあとの空間に電気のようなものが走る。

 それは次第に勢いを増し、プラズマのように辺りを一瞬染め上げ──、それが明けた瞬間、そこに鎮座していたのはネオ・グランゾン。

 その姿を見たマシュが、一瞬警戒を露にするが……それを右手で押し留め、よく見るように告げる。

 

 そう、現れたネオ・グランゾンは()()()ネオ・グランゾン。

 邪神の影響を受けていることを示すような意匠はどこにもなく、まっさらな姿を誇るように見せ付けていた。

 

 

「……これはつまり、そういうことですか?」

「まぁ、扱いとしては【継ぎ接ぎ】に近いだろうけどね」

 

 

 隣でその威容を見上げるシュウさんに、私はそう話しかける。

 ──エネルギー源となる邪神。その形で定着したとでも言えばいいのか……奇しくも、原作におけるネオ・グランゾンのそれに近いような形に落ち着いた、というか。

 

 ……とはいえ、これはこれで色々と報告が面倒だなぁ、と思わないでもない私なのであった。

 扱いとしては無機物に【継ぎ接ぎ】した【顕象】、みたいな感じになるのかなー?

 

 

 

 

 

 

 正直こんなものまともに報告とかやってられないので、シュウさんにそのままネオグラと一緒にゆかりんのところに行って貰うようにお願いし、そのまま次の場所へと向かうために施設の外に出た私とマシュ。

 

 出てきた私たちを見て、ライネスが「終わったのかい?」と聞いてきたため「グランゾンは完全体になったよ」と返しておいたが……うん、その時のライネスの顔と来たら。

 

 

「いや……そうもなるだろう。ネオ・グランゾンとの相性によるとはいえ、普通は起こらないことが起こっているわけなんだから」

「この分ですと、最後の一つもとんでもないことが起きそうですね……」

「止めてくれマシュ、これ以上頭が痛くなるのは耐えきれない……」

 

 

 はぁ、とため息を吐く彼女は見た目の年齢に見合わぬ苦労性を感じさせるが……その辺りはみんなそんな感じでもあるので特筆する必要もないかも?

 

 ともかく、次なる相手──最後の予言である『黒雲』について探索を続けているのだが、これが中々。

 

 

「最初の『青より来る』を海と解釈し、『朱の中から』というのを炎の中と見立て。『白光』は背後の光輪の輝きと捉えた……というのなら、『黒雲』もそういう類いとして考えるべきだけど……」

「まず黒雲が立ち込めている場所を探さないと、だからねぇ」

 

 

 これらの予言は、わりと捻りもなく直球で状況を指し示しているように思われる。

 となると、『黒雲』も文字通りに黒雲立ち込める場所のことを言っている、ということになるのだが……ここで、なりきり郷という立地の問題が出てくるのだった。

 

 そう、基本的に黒雲が立ち込めているような場所なんてないのである。

 何故ならば、なりきり郷内の天候は全て調整された・人工的なものであるがゆえ。

 

 黒雲が何故黒いのかと言うと、それは内部がしっかりと詰まっているから。

 光が雲の中を通り抜けられず、結果として四散してしまっているからこそ人の目に光が届かない──すなわち黒く見えるのである。

 

 で、雲の中身が詰まっているというのは、言い換えると雨の元となる水蒸気が大量に集まっている、ということ。

 そして、それだけ大量の水蒸気が集まっていると、それらの粒による多大な摩擦が発生して雷を発生させる要因を産み出してしまう、というわけだ。

 

 基本、雷のような巨大な電圧を持つものを制御することは難しい。

 雷ほどの電圧ともなると、並大抵の耐電性では耐えられないのだ。

 ……つまり、人工的に天気を操作する場合、雷が発生するのは望ましくないということ。

 そのため、なりきり郷内に発生する雲は()()白い雲、白雲なのである。

 

 

「だから、『黒雲』立ち込める場所、なんてものを探す余地がない……と。一応、少ないながらに黒雲が発生するような場所もあるが……」

「基本的に立ち入り禁止区域、なんだよねぇ」

 

 

 人の立ち入りを基本考えていない、というのなら熔地庵のような場所も存在するが……そういうところは()()()()()そうなっている場所。

 必然危険性はそちらと同じであり、余り立ち入りたいとは思えない。

 ……まぁ、前者の例からすると多分そこなんだろうなぁ、という気もするのだが。

 

 

「で、その目的地というのは何処なんだ?」

「電気系能力者達の楽園、カタトゥンボ。実際に存在する雷多発地域から名前を貰ったこのフロアは、耐電装備無しに立ち入ることは禁止されているほどの危険地帯だよ」*2

 

 

 なにせ、直通のエレベーターが存在しないほどの危険地帯である。

 ……いやまぁ、相手が電気なのだからそれも仕方のない話なのだが。

 

 空間的に遮断されているため、本来想定されるそれよりは危険性は少なくなっているが、それでも一つ部屋を挟んで準備をしてから立ち入る……という行程を必要とする辺り、下手をすると熔地庵より危険性が高いというか。

 まぁ、金属製の物体が少しでも触れていれば通電してしまうわけだから、それくらい気を付けないと危ないということでもあるのだが。

 

 ……ともかく、なりきり郷内で黒雲を探そうとすると、その筆頭となるのは間違いなくこのフロアである。

 なりきり郷ちゃんもそう言っているので、最早間違いはないだろう。

 一つ気になることがあるとすれば、何故かこちらの問いに言い淀んでいたことだが……。

 

 

「まぁ、行けばわかるでしょ。というわけで、耐電装備を用意しつつ行軍だー」

「はい、せんぱい」

 

 

 まぁ、今さら怖じ気づいても仕方がない。

 というわけで、最低限の耐電装備を用意しつつ、唯一の移動手段である隣接フロアに向かって歩く私たちである。

 

 ……とまぁ、そんな感じで歩き出しは良かったのだ。

 元気が溢れているというか、空元気でも進もうという気概があったというか。

 どっこい、今となってはみんな意気消沈としている。

 それもそのはず、たどり着いたフロアにその答えがあった。

 

 

「おっ、さっきぶりだなアンタ達。自己紹介は必要か?」

「……いえその、お構い無く……」

「そう言うなって!アンタ達もこの先──ベジタブルスカイに用事があるんだろ?視線で解るさ!」*3

(これはどっちだ?マジにあるのかトリコ特有のあれか???)

 

 

 密封フロアとなっているそこは、一度外側の存在を招き入れたあと一度完全に密閉し、耐電装備を身に付けたあと内側の扉を開く……という、ある種のエアロック*4のような仕組みになっている。

 敢えて名付けるのならエレキロック、とかになるのだろうか?

 内部と外部の電位を均等にして感電を極力防ぐ、みたいな。

 

 ……ともかく、その『電位を整える』という仮定を挟む関係上、中に入った人物は暫く待たされることになるわけで。

 そうなれば必然、一緒に入った相手の顔を見ることもある。……引き延ばしは止めよう。

 私たちと一緒にエレキロック内に入ったのは、先ほど熔地庵でスルーしたトリコ達一行。

 

 そして彼らが目指しているのは、この先──カタトゥンボ内にある()()()()()()、野菜達の楽園・ベジタブルスカイ。

 かもしれない、と半ば疑問系なのは、彼ら『トリコ』のキャラクター達が、自身の原作に周囲を巻き込むタイプの存在であるため。

 ……言い方は悪いが、彼らは狂人の類いなのだ、色んな意味で。

 

 

「……そんなにヤバいやつらなのか?」

「んー、例えば今ここで雷が落ちてきたとするでしょ?普通の人は感電するとか避けるとか、まぁそういう話になるんだけど……」

「おっ?なんだなんだサンダージュースの話か?特定の場所でしか飲めないが、ここでありつけるんなら願ったり叶ったりだな!」

「……この人達だとこうなる」

「なるほど、わからん」

 

 

 メイトリックス氏が小声で私に話し掛けてきたのを、耳聡く聞き付けたトリコ君が近付いてくるが……一応訂正しておくと、『サンダージュース』なる飲み物は(原作にも)存在しない。

 が、『トリコ』のキャラクター達はそれが食べ物・飲み物だと思い込んだら()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 なので、例えば彼らの前に単なる雷が落ちてきた場合、先の『サンダージュース』なる飲み物として扱われ、実際に飲めるようになってしまうのだ。

 まぁ、あくまでも『トリコ』のキャラクターが関わった時にだけ起きる特殊事象なのだが。

 

 ……なんでそんなことになるのか詳しい理由は不明だが、ともかく彼らが関わるとろくなことにならない、というのは間違いあるまい。

 

 

「……でも、この分だと別れることは不可能、なんだよねぇ……」

 

 

 ニコニコと笑いながら、私たちの隣に立っているトリコ君達。

 ……これはどうしようもないな、と諦めの表情を浮かべる私だが、誰かなんとかしてくれませんかねマジで……(白目)

 

 

*1
取って付けたような装備感、ということ。鎧として洗練されていないというか、あくまで元となったロボットの意匠を想起させる為だけのものというか

*2
ベネズエラのマラカイボ湖に注ぐカタトゥンボ川の河口付近で起きる自然現象、『カタトゥンボの雷』のこと。『マラカイボの灯台』とも。一分間に28回もの落雷が観測されることもある、世界有数の落雷多発地域

*3
『トリコ』世界において、天空に続く巨大な蔓『スカイプラント』を登り、途中の積乱雲を突っ切った先にあるとされる野菜の楽園

*4
宇宙船などに用意されている、気圧差のある部屋の間を移動する為の部屋。気圧の急激な変化は身体に多大なダメージを与える為、それを避ける目的などがある



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フォークとナイフ乱れ飛ぶ嵐

 さて、突然トリコ君と小松君の二人を同行者として加えることになった私たち。

 正直言えば加えたくはなかったのだが、この状況下から別行動に持っていくのは至難の技であるため、仕方なく同行を許したのであった。

 

 

「んー?なんだか様子が暗いな。これでも食うか?」

「……それは?」

「ビーフチキンの焼き鳥だ。上手いぞ?」

「…………」

 

 

 エレキロック内の荷電には時間が掛かる。

 原理的には静電気発生装置のそれになるわけだが、そうして帯電させたあと周囲の電圧からの保護を十二分に行うには、創作由来技術による電荷の固定が必要になる。

 その辺りの詳しい原理はよく知らないが……なんにせよ、この部屋での滞在時間がそれなりに必要である、ということは間違いあるまい。

 

 そのため、どうしても手持ち無沙汰になってしまうわけなのだが……トリコ君達はお構い無しにご飯を食べていた。

 流石にこの場で調理を始めたわけではないが、用意していたバッグから調理済みのモノを取り出して食べているので微妙さ加減は変わらないだろう。

 ……いやまぁ、彼らのスペックとそれを把握するための仕組みからして、食事によるエネルギー補給が重要なのはわかるんだけどね?

 

 なお、彼が差し出してきたビーフチキンとやらだが、これも原作には存在しない。

 正確には、それのさらに上位版といえる「牛豚鳥」という三種の肉が楽しめる生物がいたりするが、今彼が差し出したものはそれではない。*1

 ……そこからも解る通り、彼らの纏う法則は最早彼ら自体が作り出していると言い換えてもよく……。

 

 

「……ひょっひょ(ちょっと)?」

「難しい顔してたら上手いもんも不味くなっちまうぜ?」

「……食べるとも言ってないんだけどね、私」

 

 

 口腔内に突っ込まれた焼き鳥の串に目を白黒させつつ、それをやった下手人──トリコ君を軽く睨む私。

 だが彼はそんなことお構い無しに、美味しく食べろとばかりに私に声を掛けてくる。

 

 見れば、他の面々も同じように焼き鳥の串を渡されており、なんとも言えない表情を浮かべていたのだった。

 

 

「……まぁ、彼の言う通りだろう。今から渋い顔をしていても仕方ない、というやつだ」

「まぁ、そうだけども……いや待った、なんで他のみんなは直接口に突っ込まれてないのよ?」

「?いや、いきなり串なんて突っ込んだら危ないだろ?」

「おいまてやこら」

 

 

 私は危なくないのか?と問い返したら、彼から返ってきたのはキョトンとした顔。

 

 ……まさかとは思うが、人間扱いされてないとかないでしょうね?

 仮にそうだとすると、ほんのり「美味しそう」とか思われてそうで怖いんだけど?

 

 そんな風にツッコミを返したら、彼からは「いや、俺だってなんでもかんでも食べたいとは思わないんだが……」と不満げな顔を返されることになったのだった。

 ……これ、私が悪いのかなぁ?!

 

 

 

 

 

 

「入ってすぐは、意外と平和そうなんだな」

「これを見てそう言える辺りやっぱおかしいよ貴方……」

 

 

 さて、エレキロックを介した体内の電荷の平均化を終え、意気揚々?とカタトゥンボ内に入場した私たち。

 ……そしてすぐに後悔することになったのだった。

 だって滅茶苦茶雨が降ってるんだもんよ……。

 

 電気を帯びまくった雨粒であるため、なんの対処も無しに触れると漏れなく感電する……まさに電涙(でんるい)とでも呼ぶべきそれは、しかして対策を先にしておいたので単なる強い雨、程度で済んでいる。

 ……済んでいるのだが、だからこそ余計に横の人達の行動が際立ってしまうというか。

 

 

「おおーっ!採れ立てのサンダージュースのお出迎えか!小松、ちゃんと採取しとかないと勿体ないぜ!」

「と、トリコさん!皆さん引いてますから!とりあえず落ち着いて!!」

 

 

 そう、()()()()()()()()とか、まさに雷の絞り汁(サンダージュース)と呼んで然るべきものだろう。

 ゆえに、トリコ君達が喜び勇んで水筒に溜め込もうとするのも、ある意味では予想範囲内となるわけである。

 ……いやまぁ、言葉の上では止める側に回っているように見えて、その実ちゃっかりと水筒に雷涙を溜め込む小松君にみんなの目が死んだ、というのが一番の問題点だろうが。

 

 うん、常識人と言ってもあくまで()()()()()()()()()常識人、というのが小松君なのだ。

 ゆえに、彼にストッパー役を期待するのは端から間違い、というか……。

 

 

「……サンダージュースはともかく、風の強さも凄いな」

「大きな雲ができる環境ってことは、それだけ温度の変化や水分の蒸発・それらに伴う上昇気流が盛んに発生しているってことの照査だからね。そりゃまぁ、雨以外の気候条件も悪くなるのは当たり前というか」

 

 

 一先ず彼らの行動は置いておいて、改めてフロア内を見回す私たち。

 

 大抵のフロアは横に広いのだが、このフロアは縦に広い形となっている。

 ……冷静に考えると地下施設であるのに縦が広い、というのもおかしいのだが……その辺りはここがなりきり郷である以上仕方ない、というか。

 

 ともかく、広すぎて最早成層圏まで続くような高さとなっているそこには、このフロアの特徴でもある黒雲が高く高く繋がっている。

 無論、そこからはバチバチと電気の迸る音とでも言うものが響いていて、迂闊に近付けば感電などの電気被害を容易に引き起こすだろう、ということが見て取れるわけなのだが。

 ……一応、このフロア内に進入する前にそれらに対する対策はしておいたが、それでも高電圧地帯に無策で突っ込めるほど万全、というわけではない。

 

 

「だから、できれば上に昇るまで・もしくは登った先で目的のモノが見付かってほしいんだけどね……」

「仮に見付からなかった場合は、あの黒雲の中に突撃する必要が出てくる……というわけか」

「まぁ、簡単に言うとそういうことになるね……」

 

 

 なので、ここに探し物のためにやってきた私たちとしては、そんな危険地帯に突っ込むことなく目的を果たしてしまいたいのだけれど……。

 

 思い浮かぶのは、今までの予言の結果。

 蒼い海から現れたシン・シリーズ、朱の炎の中に鎮座していたイデオン。

 そして、自らが白光を放っていたネオ・グランゾン。

 ……それらを前提として考えると、まず間違いなくあのバチバチ言っている黒雲の中に探し物がある……と見てよさそうで。

 

 たまらずはぁ、と大きなため息を一つ。

 いやだなぁ、行きたくないなぁという思いが胸中を渦巻いて仕方がない。

 とはいえ、そうやって立ち止まっていてもなにも解決しないのも確かな話。

 改めてため息を一つ吐き、それでも無駄な足掻き的な行動として、黒雲の中以外の場所を探しは始めることにしたのだった。

 

 

「うーむ、雷雲鳥とかライトニングフェニックス*2とか見掛けるんじゃないかと思っていたが……居たのはこいつくらいだったな」

「ぴーか、ぴっかぴーか」*3

 

 

 で、それから数分後。

 付いてくるトリコ君に「なんで付いてくるのさ、さっさと上に登ればいいじゃん」と問い掛け、「いや、お前達が探してるってものが気になってな。もしかしたら俺達が探してるものにも関係あるかもしれないし」と答えが返ってきたりしつつ。

 可能な限り黒雲を避け、フロア内を確認したわけなのだけれど……縦に広い分、このフロアは横方向にはさほど(あくまでも他のフロアと比べたら、だが)広いわけではないため、あっさりと確認は終了してしまっていた。

 

 で、その間に見付けたモノと言えば、現在ライネスの頭に乗っかっているピカチュウ──トリムマウくらいのもの。

 どうやら彼、今日は休みだったらしくここで電気浴を楽しんでいたらしい。

 そこをすわ食べ物か?……と勘違いしたトリコ君に引っ張り出された、と。

 

 

「そこで食べ物だ、勘違いしなかったのはいいことだけどね」

「流石の俺も、こっちに友好的な相手ぐらいはわかるって。……友好的じゃなかったらちょっとあれだったが」*4

「ぴっかぴーか!」*5

 

 

 いやまぁ、味についての明記があるポケモンも幾つか存在するし、場合によっては食べられてるってこともあるんじゃないかなー?

 その辺りはぼかされてる部分もあるので、実際にはどうなのかはわからんけども。

 

 ……ともかく、トリムマウを一行に加えた私たちは、次なる目的地──積乱雲の向こうに視線を向ける。

 

 

「ふむ、スカイプラントも無しにこれを登るのは骨が折れそうだが……どうやら、最初の仕掛けは十二分に効果を発揮しているみたいだな」

「電磁誘導的ななにか、ってことでいいのかなこれ……」

 

 

 道と言える道もないその先に、雲の上側に広がる部分がある……という話があるが、実際どうなのかは知らない。

 

 だがしかし、そこになにあるかは別として……エレキロック内で施された仕掛け──電荷を自身の中に留めるというそれは、副次的に電気に弾かれる、という効果を持つことになっていた。

 ……言い換えると、今ならこの黒雲を──電気を多く含んだこの雲を足場にできる、ということである。

 

 それを確かめるように、雲の上でピョンピョンと跳ねるトリコ君。

 そんな楽しげな彼の姿を見ながら、私たちは「どうか、雲の上に目的のモノがありますように」と密かに切実な願いを抱くのであった……。

 ……そういうのって裏切られるのが常?うるせー!!

 

 

*1
『トリコ』に登場する読者投稿の猛獣の一体。鳥の翼と牛の体躯を持った大型の豚、といった見た目の生き物。部位によって牛・豚・鳥と肉の味が変わり、かつその乳も牛乳より濃厚。骨から取れる出汁も三種の旨味が詰まったものが取れる、まさに夢のような食材。少ないながら養殖もされているが、基本的には野生種が大半

*2
『トリコ』において、積乱雲内を飛んでいた大きな鳥。羽が稲妻を弾くなどの特徴から、積乱雲内でも自由に飛ぶことができるとのこと。因みに『雷雲鳥』の方は原作にはいないオリジナル

*3
俺休みの日だったんだけどなー

*4
ラッキーの卵、ヤドンの尻尾、コイキングそのもの……などが有名

*5
ポケスペよりヤバそうなこと言うの止めない?



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雲の上にあるものとは

「……うーん、変な踏み心地だ」

「落ちたら面倒だぞー、落ちないように進めよー」

 

 

 なんだろう、ふわふわというか変に固いというか、新雪を踏んだ時に近いというか……。

 決して気持ちの良いものではない、不安定な足場の感覚に思わず顔を顰めてしまう私である。

 というか、その上で変な踏み方すると跳ねるのだから、フォールガイズで雲でできた道を登る時と似たような心境になるというか……。

 

 

「……あ、思い出したら腹が立ってきた。丸い棒をギリギリ飛んだら登りきれる、みたいな階段作るの止めなさいよマジで。何回かマッチしたけど誰もクリアできてる人見たことないんだけど?」*1

「唐突になんの文句をぶん投げているんだ……?」

 

 

 あれよ、競争ゲームに変な高難易度はいらないというか。*2

 

 ……とまぁ、唐突に蘇ってきたムカムカを適当に投げ捨てつつ、ピョンピョンと雲を登っていく私たちである。

 

 

「……うーん」

「どうしたのトリコ君?足元を見つめながら唸ったりして。なんとなくなに考えてるのかわからなくもないけど

「いやなに、白いんなら甘いのかと思ったんだが……黒いと苦いのかなって思ってただけさ」

なんでもかんでも食べられること前提に考えるの止めない?

 

 

 貴方の食欲だと、下手すると足場全部食べきっちゃうでしょうが。

 ……とかなんとかツッコミを入れたりしつつ、順調に登っていく。

 途中、小松君が足を滑らせて落下しそうになった時は、私が腕を伸ばして助けたりもしたけど。

 

 

「……お前、まさかルフィを食っちまったんじゃねーだろうな……?」

「いや食べてないわよ?確かにあの世界のシステム的に、仮に能力者を食料として消費したらそのまま能力が継承されそうな気はするけど」*3

「と、トリコさん……流石に失礼ですよそういうの……」

「む……いやすまん。手が伸びるというと、どうしてもアイツを思い出しちまってな……」

「いえ、これに関しては手を伸ばす以外の方法で助ける手段も持ち合わせているはずなのに、敢えて手を物理的に伸ばす方法を取ったせんぱいが悪いので気にならさずとも大丈夫です」

「マシュが私に冷たいんだが???」

「なんでもかんでも甘やかしてくれるタイプじゃない、ってのは知ってるだろう君?」

「……左様でございますね……」

 

 

 なお、咄嗟に(物理的に)腕を伸ばしたせいで、何故か私が責められる流れになったりしたのだが。……理不尽じゃねこの流れ?

 

 まぁともかく、多少のトラブルはありつつも、私たちは積乱雲の中を比較的順調に進んでいたわけである。

 ……ゆえに、その順調さこそがある種のフラグだった、というか。

 

 

「……これ、私たちが探してるものであってるかなぁ?」

「定義としてはまぁ、間違いは無さそうだね。……ただ、今までの流れからするとちょっと怪しくもあるかな?」

「二人とも、現実逃避してる暇があるんならさっさと避けた方がいい」

「「はーい」」

 

 

 突然酷くなった雨風、それから雷。

 下手に登ろうとするとまず間違いなく振り落とされる悪天候の中、私たちの目の前に現れたのは一つの長大な影。

 

 ──それは、本当に長大な影であった。

 影の途切れる場所が見えない……すなわち、どこまでも続いていると錯覚しそうになるほどの巨大さ。

 それはその巨大さからしてみれば細く、されど逞しく。

 まるで無限大を描くかのように、黒雲の中を貫通している。

 

 そして、先端と思われる部分──恐らくは頭だろうと思われるそこには、威厳溢れる龍……東洋の龍とおぼしき顔がある。

 一瞬、千剣山に住まうという蛇王龍の名が頭を過るが──かの龍はどちらかと言えば雷に縁深いとは言い辛いので除外。*4

 

 となれば、あれがなんなのかは自ずと絞れてくる。

 雷を操りし東洋の龍……の、姿をした()()()()()()()()()

 ──真・龍王機、ないし応龍皇。*5

 その姿を模したとおぼしき黒い影が、私たちの目の前にゆったりと漂っていたのだった。

 

 

「……まぁ、こいつが現れた途端雨風が強くなったんだから、こっちに剣か売ってるのはまず間違いないんだがな」

「真っ黒だから『黒雲』……ってのは、安直が過ぎるよねぇ」

 

 

 というか、今まで出会った相手(?)がなんやなんやと敵対的ではなかったのに対し、目の前の影の応龍皇……影龍皇とでも呼ぶが、こいつからは敵意らしきものしか感じられない。

 つまり、これは単なる敵だということであり──。

 

 

「とりあえず、戦闘態勢!マシュはライネス達の防御を!」

「お任せください!」

「オーケー!じゃあまぁ、行こうかトリコ君!」

「おっしゃ、昼食前の腹拵えと行くかぁ!」

 

 

 その首がなにかを吐き出すために大きく仰け反ったのを確認して、私たちは対応するために動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、行き掛けの駄賃だ!持ってけ──十連、釘パンチ!!

「おお、トリコの十八番だ!」

 

 

 滅茶苦茶ナチュラルに空中を駆け抜けて行った気がするんだけど、いつの間に『月歩』覚えたんで?*6

 ……などというツッコミもほどほどに、影龍皇の顔面に放たれたのはトリコ君お得意の釘パンチ。

 二重の極み*7にも似た原理を持つこの技は、打撃の威力を内部に浸透させ破壊するという何気にえぐいもの。

 

 相手の剛性に関わらずダメージを与えるため、固い相手ほど有効打になるのだが……。

 

 

「技のキャンセルはできたが……いまいち効いてるのかどうかわからねぇな」

「今なにかしたか?……みたいな感じに無造作に下がった首を戻したね」

 

 

 恐らくは龍王豪雷槍とか応龍豪雷槍とかの『口から雷撃を吐き出す』攻撃を行うつもりだったのだろうが、顔を思いっきり殴り飛ばされたことでそれらはキャンセルされた。

 ……のだが、相手側にそれを気にするような素振りはない。

 いや、寧ろ端からこちらのことを気にしていないのか?単に攻撃するべきと定められているからこそ、それを忠実にこなしているだけだと。

 

 その証拠、とでも言わんばかりに、隙の大きい雷撃を止めた影龍皇は自身の鱗を分離させ、

 

 

「……もしかして、空想樹の種と同種の存在か?!」

「まぁ、そうなるねぇ。確か龍鱗機、だったかな?」

 

 

 即席の軍隊として、それこそ山ほどの量の波状攻撃を仕掛けてくる。

 しかも、波状攻撃と言いつつその規模は甚大。……鱗自体の大きさが並の機動兵器より巨大であるといえば、その攻撃がどれほど規格外であるかも知れようか。

 ……マシュ一人では対処が難しいかもしれない。

 

 

「どこで使い方を習った?」

「説明書を読んだんだよ……って、まさか私がこのやり取りをすることになるとは思わなかったなぁ!」

「お、お二方とも!反撃するのはいいのですが、できれば私の背中から出ないで頂けると!」

「無茶を言うなよマシュ!私に仲間を背後から撃つような趣味はないぞ!」

「ぴーか、ぴかぴーか?」*8

 

 

 とかなんとか言っていたら、突然の爆発音。

 見れば、ミニトリムマウをロケランに変化させたライネスが、龍鱗機を攻撃したらしい。

 マシュの背後からひょいっ、と飛び出しての攻撃だったため、守りきれなくなるから止めてくれと彼女が抗議をしているが……どうにも本物の龍鱗機よりは弱そうだとはいえ、その数と巨大はやはり脅威。

 ゆえにライネス達も手伝わないとじり貧になる、と判断した結果のようだ。

 

 なお、なりきり郷ちゃんはぴったりマシュの背後にくっついている。

 まかり間違って雷撃なんて受けた日には、彼女から伝播してなりきり郷全体が感電する……なんてことにもなりかねないので宜なるかな。

 

 ……とはいえ、今のところ拮抗しているように見えても、相手が応龍皇をモデルにしているのであれば問題は山積みだ。

 

 

「と、言うと?」

「鱗って言ってるでしょ?あのデカさからして鱗が何枚あるんだって話」

「……まさか、あれ全部攻撃してくるってのか?」

「まぁ、だからこそ超機人の長、だなんて呼ばれてるわけだし……」

 

 

 先ほどライネスはこの鱗を『空想樹の種』と例えたが、ある意味それは正解に近い。

 ()()()()()()という点で、彼らの恐ろしさは個体の精強さよりもその数にあることは間違いあるまい。

 ……そんなとこまでミクトランめいてなくていいのだが、ともあれ泣き言を言っている場合でもない。

 

 そもそも影龍皇という敵がいるのに、そこから生み出される雑魚に手間取っていてはキリがない。

 下手すると、それを好機と見て先ほどの雷撃発生準備に再度移行するかもしれないし。

 

 

「……仕方ない、ちょっと荒っぽく行くとしよう。幸い、これが相手なら余計な心配をする必要もないし」

「ん?なにするつもりだ?」

「──ある意味、君たちの真似事かな?」

「俺の真似事……?」

 

 

 要するに、これの対処に時間を掛けすぎるとゲームオーバー、ということ。

 なので私は、これらを一掃するための準備を始めることに。

 ……相手が影だからこそできる方法であり、他の形態──それこそ空想樹の種とかだとちょっと危うかったが、これなら問題はあるまい。

 

 ゆえに、どこからか(虚空から)取り出したのは一つの呼び鈴。

 ハンドベルに近い形をしたそれは、まるでガラス細工のように透き通った一品である。

 ……なお、これがなにか特別なアイテムであるというわけではなく、どちらかと言えばこれを使った『音』の方に意味がある、という形だ。

 

 

「ダンスパーティって知ってる?『灼眼のシャナ』って作品に出てくる宝具の一つなんだけど」*9

「ん?いやまぁ知って……まさか?」

「まぁ、あれそのものってわけじゃないんだけどね。──そういうのを、私は真似できるってだけ。──虚無式・開

 

 

 どんなものでも数に頼って無理矢理再現できる、というのが【星の欠片】の利点である……みたいな?

 というわけで、概念構築。

 対象は周囲の無機物。……その中でも黒いものに限定。

 効果の仕様上どうしても範囲が大雑把になってしまうのがこの技の悪いところだが、今回は相手側がある程度絞りやすい姿をしてくれているので助かった。

 

 ……今から使うのは、同族殺し(カインドレス)と呼ばれる虚無の使い方の一つ。

 この姿になったからこそ使えるようになった、【星の欠片】としての力の一端。

 対象となった存在の頭を楽器とし、音を反響させ連鎖的に爆破する無慈悲な一撃。その名を、

 

 

──虚焦。……みぃんな、爆ぜちゃえ」

 

 

 ……爆ぜちゃえ、まで含めて詠唱である。

 ポイントはメスガキが囁くように……ってなに言わすんじゃい()

 

 なにを考えてたのか、当時の()

 などと思いつつ、手に持った鈴の音が響き、対象となったものが連鎖的に爆ぜていく。

 鱗が全て爆ぜ、影龍皇が爆ぜ、黒雲が爆ぜ……って、あれ?

 

 

「……そうだな、雲も無機物だな、うん」

「あっはっはっはっ……ごめんみんなー!!

 

 

 突然足場がなくなって、私たちはみんな仲良く地面に向かって落下する羽目になったのでしたとさ。

 ……うん、敵は倒したから許して!マジで!!

 

 

*1
基本無料ゲーム『フォールガイズ』に関するあれこれ。フォールガイズに登場するプレイヤーキャラクターは、モノを持ち上げる力以外全てが貧弱なキャラクターだが、その身体スペックのギリギリを発揮することでギリギリクリアできるコース、というものが結構な割合で存在する(特にクリエイターズコラボ)。上に登っていくタイプに顕著で、この場合『頂点になる部分以外に乗ると滑って落ちる』円柱を複数中空に設置し、それを貧弱な身体スペックで登っていくことになるようなパターンが該当。できるやつはできるかも知れないが、少なくとも唐突に用意されていきなりできる類いのモノではないので、大抵ランダムでその手のステージが選ばれると誰もクリアできずに終わる、ということが多発する

*2
無効試合になる確率が高い為。特にパーティゲーム・基本無料ゲームのような『プロ以外が入り乱れる』環境においては、高難易度マリオみたいなステージは即抜け推奨ですらある(クリアできるならいいが、できないなら単なる時間の無駄である為)

*3
黒髭や(恐らく)ビッグマムなどが該当。能力者の身体を自身に取り込むことで、その能力を自身のモノにした実例

*4
『モンスターハンター』シリーズのモンスター、ダラ・アマデュラのこと。巨大な山に巻き付く巨大な蛇型の古龍。天変地異そのものとも言われる規格外の存在

*5
『スーパーロボット大戦』シリーズに登場する機動兵器、超機人と呼ばれるものの中でも特に格の高い『四霊』の一つ。その巨大さは万里の長城にも例えられる

*6
『ワンピース』に登場する空中歩法の一つ。空気の壁を踏んで空を()()技法

*7
『るろうに剣心』に出てくる技。ほんの僅かな時間差をおいて打撃を重ねることにより、物質の剛性を無視して衝撃を与える技。まともに受けると粉々になる威力

*8
ええ~?本当にござるかぁ~?(主ってば割りと愉悦趣味だったでしょ、的な意味で)

*9
作中に登場した宝具の一つ。周囲の燐子(存在の力を使って作られた存在)を一斉に爆破させる効果を持つ



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晴れた先に見えるもの

「まったく、酷い目にあったよ、誰かさんのせいで」

「うぐっ」

 

 

 ライネスからジト目で見られ、思わず言葉を詰まらせる私である。

 ……うん、トリコ君以外のみんなから同じような視線を向けられてるから、息が詰まりそうでやんの。

 いやまぁ、わかるけどね?そういう視線を向けられる理由は。でもさー。

 

 

「あのまま戦ってたらじりじり持久戦で磨り減らされてたと思うんですけどー!」

「それはそうだが、だったらその状況を打開する行動を取る前にこっちに許可を取れと。別に言うほど喫緊の状況ってわけでもなかっただろう今さっき」

「ぬぐぅ……」

 

 

 あのまま戦ってたら、いつまでもあそこで足止めを受けていた可能性が高い。

 相手の影龍皇が『黒雲』の条件に見合うかも微妙だったため、とりあえず一掃することを選んだのはそうおかしな判断ではないはずだ。

 

 ……まぁ、影龍皇含む周囲の黒雲ごと吹っ飛んだのは流石に予想の範囲外だったわけだが。

 確かに『虚焦』は範囲指定の難しい技法だが、だからといってなにもかも吹っ飛ぶわきゃないというか。じゃないとこんな場所で使えないというか。

 ……などとぶちぶち言う私を見かねてか、マシュが声を掛けてくる。

 

 

「え、ええとせんぱい?できれば先ほどの『虚焦』という技?についてお教え頂けるとありがたいのですが……」

「ああ、そこに関してはマシュに同意だね。さっきの技をどういう意図で使ったのか、是非ご教授願おうじゃないか」

「……むぅ」

 

 

 なんだろうね、このどことなく漂う『素人質問で失礼ですが』感……。*1

 ともあれ、確かに説明が必要と言うのも確かな話。

 というわけで、突然の説明会in青空教室開幕、である。

 

 

「ぴっかぴかちゅー」*2

「やかましい。……とりあえず、さっき私が使った『虚焦』っていうのは、【星の欠片】である【虚無】を戦闘に使うことを前提とした流派……的なものの中の一つだね」

「流派?」

「使える人間ほとんどいないのに、って言いたげだけど……正確には、そういう風に纏めておいた方が管理が楽だから設定としてそうしておいた、ってだけの話だよ」

 

 

 要するに、例のノートに書かれているものの一つ、ということである。

 まぁ、【虚無】の中でも特殊な部類として想定していたため、ノートの内容を知るBBちゃん辺りでも把握しているかは謎だが。

 

 

「それはまた、どうしてだい?」

「純粋にノートの一番最後の方に書いてたってのが一つ、それからまず使えるものじゃないってのが一つかな」

「使えるものじゃない?」

「初期も初期に考えてたものだから、原理とかちゃんと考えてないってこと」

 

 

 他に私が考えたもの──例えば『神断流』とかは、一応それが使えるようになる理屈みたいなものを考えながら組んである。

 どっこい、さっきの『虚焦』を代表とする流派──通称『虚無式』は、起こる現象だけが決めてあってそこに至る可能性については考えていない。

 言い換えると、ドラえもんのひみつ道具の如く荒唐無稽なのだ、『虚無式』の技というのは。

 

 

「……でも、先ほどは使えていましたよね?」

「そりゃまぁ、あくまでも()()()()()()()ってだけだからね。前にも言ったけど私の創作は()()()()()()()()()()()()()を電波的に察知して作り上げたもの、と解釈するのが丸い。……ってことは、『虚無式』に関しても私が原理を受信しなかっただけで、存在そのものはしてたってわけ」

 

 

 まぁ、だからこそ()()()()()()()使()()()()()()ということになるのだが。

 ……『逆憑依』は根本的にはなりきり、再現するもの。

 新しく作り出すモノではないため、知らないモノについては再現もなにもないというか。

 

 

「なるほど、そういえば今の君は個別の存在として独立している、とも言っていたね」

「うむり。だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()ものについても触れられるようになったってわけ」

(……うむり?)

(何故今うむり……?)

 

 

 久しぶりに接種する機会があったからですがなにか?*3

 

 ……冗談はともかく、今の私が再現度の話から半ば離れている、というのはキリアちゃんに出会った時に説明した通り。

 そしてそれゆえ、以前のままなら原理があやふやであるがゆえに使えなかった『虚無式』も、()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()わけである。

 

 その辺りを前提として、改めて『虚焦』について解説すると。

 

 

「トリコ君には簡単に説明したけど、『虚焦』によって引き起こされる現象って言うのは『ダンスパーティ』のそれに近いんだよね」

「『ダンスパーティ』……『灼眼のシャナ』シリーズのキャラクター、"狩人"フリアグネが多数持つ宝具のうちの一つですね。元々は燐子を使って戦闘を行う『燐子使い』に対する対抗手段だったそうですが、作中では寧ろ『燐子使い』に近い側が活用する結果になっていた……」

「『燐子使い』云々については私も今知ったけど……うん、起きる現象に関してはそれが一番近いね」

 

 

 ──『ダンスパーティ』。

 ハンドベル型の宝具であり、その効果は『その音色を聞いた燐子の爆破』。

 正確には、鳴らした音に燐子を共鳴させ、存在の力の炎の鼓動を加速せしめ最後には限界を迎えさせる……みたいな感じらしいが、そこまで詳しい説明は必要ないのでここでは割愛。

 必要なのは、『虚焦』との類似性のみである。

 

 

「『虚焦』も原理としては似たようなものなんだよ。まぁ、正確にはあまねく全てに含まれる【虚無(星の欠片)】を共振させる、って感じだけど」

「なるほど、固有振動数を活用するのか」

「せいかーい」

 

 

 物体には、固有振動数と呼ばれるものが存在する。

 ものが振動する際、自然と維持される振動数……とでも言うか。

 分かりやすく言えばその物体が振動した時、一番振動しやすい振動数……みたいな感じか。

 

 これは、ギターの弦を弾いた時に同じ音がなる理由であったりもする。

 音と振動は密接な関係があり、特定の音が出るというのはすなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()ような感じ、というか。

 ともかく、この固有振動数というのはあらゆる物体に存在している。

 ……そのせいでと言うと語弊があるが、問題になるのが『共振』という現象だ。

 

 この固有振動数というのは、物質が振動する場合自然とその振動数になる、というもの。

 この『振動する場合』というのが曲者で、音が振動である以上()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 音を鳴らした時、異様にそれが残り続ける経験がないだろうか?

 あれは鳴らした音の振動数に近い固有振動数を持つ物体が、つられて震えているがゆえに起きる現象なのだ。

 そして、そのせいで思わぬ騒音被害に繋がることもあるのだが……その辺りの話は割愛。

 

 ここでは、『共振』がもたらすもう一つの弊害について注目していく。

 

 

「それが振動の増幅とそれによる破壊だね。固有振動数に該当する振動を外部から加えられ続けると、振動は加算・増幅され、やがて物質が耐えられないほどの振動に達し──」

「ついには壊れる、と。ガラスコップを声だけで割る、とかそういうやつだね」

 

 

 洗濯機が大きな音でガタゴトと揺れてうるさい、みたいなことを経験したことはないだろうか?

 あれも共振による被害の一つ。洗濯機の発する振動が加算・増幅された結果洗濯機そのものが動き出してしまうほどのエネルギーを得てしまった、というわけだ。

 

 この共振という現象、元の振動が小さくともそれが継続的に外部から供給され続けている場合、振動の合成が発生し最終的に『その振動では絶対に動かないもの』も動かせるくらいのエネルギーになってしまう。

 七人掛かりで押してもびくともしない釣り鐘が、固有振動数を理解した人間の指押し一つで動いた……みたいな実験もある。

 振動、というものが持つ力は例え小さくとも侮るべきではない、というのがよく分かるだろう。

 

 で、それを踏まえた上で『虚焦』の話に戻ると。

 これは、相手に含まれる【星の欠片】に対して固有振動数による共振、さらにはそれによる振動の過大化と破壊を起こすものである。

 ……あるのだが、これをそのまま鵜呑みにするととんでもないことになる。

 

 

「とんでもないこと?」

「【星の欠片】ってあらゆるものに含まれるわけじゃない?例外はないっていうか。……ということは、なにも考えずに共振を起こすと、周囲のものが全部塵になってもおかしくないってことに……」

「ひぇっ」

 

 

 そう、共振というのは物質の持つ固有振動数を利用したもの。

 そして【星の欠片】はなんにでも含まれるもの……もし仮に【星の欠片】の持つ固有振動数の数値を正確に理解できた場合、文字通り一切の例外なく周囲の全てを焦土にできてしまう、ということになるのだ。

 それも、術者本人も含めての壮大な自爆として。

 

 

「だから、固有振動数と言いつつ別種の条件付けをして使うものってわけ。さっきは『黒雲』……というよりは黒い無機物、って感じで対象指定してたんだけど」

 

 

 まぁ、実際はもう少し絞った範囲(じゃないと、身に付けている黒いものも合わせて爆ぜる)だったのだが……ともかく、単純な【星の欠片】単体指定ではなく、条件付けの上での使用でないと危なっかしいのはまず間違いあるまい。

 ……その癖、明確に指定しすぎると【星の欠片】を対象とするという部分を逸脱してしまい、効果が発揮できなくなったりするのだから困り者である。一対多においては結構使い勝手いいんだけどね。

 

 

「……つまり?」

「黒雲まで含めた覚えはなかったってこと。……ってことは必然的に答えがでてくるでしょ?」

「影龍皇はそもそも黒雲だった、ということか」

「あたりー」

 

 

 これまでの話を総合すると、見えてくる答え。

 それは、影龍皇は影とかではなく黒雲が姿を変えたもの、すなわちあそこにあったのは徹頭徹尾黒雲だけだった、ということ。

 ……もしかしたらトリコ君側の話に引っ張られて、黒雲状の生き物だったりしたのかもしれない。

 そんなことを語れば、「だったら食ってみたかったなぁ、あいつ」などと呑気なことを彼は言っていたのだった。

 

 

*1
要するにトラウマ、ないし責められている空気感のこと。『素人でもわかるような問題点があるぞ』という意味合いでもある(なおこれを言う人の立場)

*2
雲は全部吹き飛んじまったからなー

*3
ジェネリックうむりでも嬉しいものは嬉しいのだ



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大抵は気付かぬうちに

 はてさて、黒雲が消し飛ぶことになった理由を語ったわけだが、ともあれそれはそれとして問題は山積みである。

 

 

「ん?そうなのか?」

「目的のブツが見当たってないからね……」

「そうだな、オルトに対抗できそうなモノは見付かってないな」

(……なんでオルトの部分だけ小声?)

(彼に聞かれたら一緒に行く、とか言い出して聞かなさそうだろう?)

(その心配はもっと早くにするべきだったんじゃないかなー……)

 

 

 まぁ、そんな私とライネスの念話はともかくとして。

 

 私たちがここに来たのは、元はと言えば予言にあった『黒雲』の言葉を頼りに探し物をしていたがため。

 ……その黒雲はさっき私が綺麗に吹き飛ばしてしまったわけだが、となるとここは予言の場所じゃなかった・もしくは影龍皇は予言の相手じゃなかった、ということになってしまうのだ。

 

 

「んんん?そりゃまたなんでだ?」

「あれはあからさまに【鏡像】だったってことと、昨日今日に生まれたような相手じゃなかったこと、それから倒したあとになにも出てこなかったから……ってのが答えかな。さっきのヴォルクルスは倒したあとにご褒美的なものが貰えたけど、今回はなんにも落ちて(ドロップして)ないしね」

 

 

 トリコ君の疑問に、指折りしながら答えていく私。

 まず第一に、あの存在規模ならまず間違いなく【鏡像】だった、という点。

 

 何度か話しているように、通常の『逆憑依』や【顕象】だとどうしても再現度の壁が立ちはだかる。

 基本的には『逆憑依』よりも【顕象】の方が再現度の制限は高くなるが……それでも、影龍皇もとい応龍皇をそのまま再現できる程の高さにはなりえない。*1

 その点で、あれは【鏡像】でしかありえないわけだ。

 ……まぁ、正確には機体そのものではなく、影で再現した形だったが。

 それでもやはり、あれだけの雲をそのまま操れるという時点で、能力の規模が大きすぎることだけは間違いあるまい。

 

 その次が、倒した結果?周囲の黒雲ごと吹っ飛んでしまった、という点。

 あれを真面目に分析すると、あの影龍皇は黒雲だった……ということになるわけだが、そうすると推定【鏡像】であるアイツは()()()()()()()()()()()()()()()()ということになってしまう。

 

 

「……あ、なるほど。このフロアの竣工・開設は今よりもっと前のことです。ということは……」

「いつから現れたのか、って点ではまだ論争できなくもないけど……とはいえ、この辺り一帯の全ての黒雲を掌握する、ってのも一日やそこらでできることじゃあない。……だったら、あれはハロウィンとは無関係の敵で黒雲の制御もずっとちまちま続けてた、って考える方が普通でしょ」

 

 

 予言に語られる相手は、その存在の成立理由が『ハロウィンに関連するもの』であった。

 ネオグラの時の邪神は若干怪しいが、それもあれが【兆し】だったことから考えて()()()()()()()()()()()──すなわち成立がハロウィンである、という形で理解できなくもない。

 ……まぁ、イデオンみたく以前のハロウィン・ないしそれに関わるタイミングで生まれていたのなら、それもまた別の話になるのだが……。

 

 

「イデオンは一応だけど本筋に関わってきてたからね。*2……ってことは、本筋と関係ないところで沸いてた【鏡像】は対象外ってわけ」

「なるほど……」

 

 

 なんだかんだ言って、イデオン自体はハロウィン……ハロウィン?関連生まれだということが確認できる存在。

 となればそういった素振りも見せず、今回唐突に現れた形になる影龍皇はハロウィンとは無関係、とするのが一般的な見方になるわけだ。

 

 それから三つ目、撃破後の報酬が貰えていないという部分。

 実はこれが一番大きな、影龍皇がハロウィン関係ではないと判断する理由だったりする。

 

 

「と、いうと?」

「なりきり郷におけるハロウィンって、基本的にはFGO……ないしソシャゲの文脈に乗った形で発生するものなんだよね*3。だから、ハロウィン関係の敵役(【鏡像】)を倒した場合、それに付随してアイテムがドロップするんだよ」

「た、確かに。落とすものの大半はハロウィンということからかお菓子の盛り合わせなどでしたが、確かに今まで出会った彼らはなんらかのドロップ品を落としていました!」

 

 

 原理としては、簡易的な願望器の性質も持ち合わせる【兆し】、そこから派生した【鏡像】を撃破した際、周囲に余計な被害を起こさせないようにその『願いを叶える力』を別のものに発散させている……とかになるのだろうか?

 ともかく、平時は別としてハロウィンやクリスマスのようなイベント事の際、なりきり郷内には共通の概念のようなものが適応され、結果として倒した敵はその時期に因んだアイテムを落とすようになる、というわけだ。

 

 なお、平時の場合は倒した敵は空気に還る。

 恐らくはこの辺りのおかしな現象とそれを支えるための力場的なもの(多分『なりきりパワー』)に還元されているのでは、とのことだが詳しいことは不明である。

 ……まぁ、その還元先が今回みたいなイベント事の時にリソースの配分を行ってくれている……と考えるのが普通なので、そこまで詳しく研究するものもいないみたいだが。

 真面目に考えると頭がいたくなる、的な意味で。

 

 ともかく、イベントの最中は敵を倒すとアイテムを落とす、というのは常識なわけだ。

 ところが、さっきの影龍皇はなにも落とさなかった。

 なんなら塵一つ残さずに消滅した。……私が使った技のせい、と思われそうだがそれは違う。

 

 私の使う【虚無】は、確かに微細な世界を巡る技能。

 それゆえ、それに由来する分解はそれこそ何者にも抗えぬものに見えるが……倒したアイテムのドロップ化、というのはこの場所に敷かれた()()

 言ってしまえば一種の【星の欠片】による干渉であるため、幾ら私でもシステムそのものを阻害することはないのである。

 ……っていうか、阻害すると下手したら私がなりきり郷になるわっ。*4

 

 

「……どういうことだ?」

「ええと、せんぱいの【星の欠片】は端的に説明しますと、ルールの擬人化のようなものなのです。そのため、他のルールにかち合った上でかつ迂闊に勝ってしまうと、そのルールとせんぱいが交代してしまうという悲劇に繋がると言いますか……」

「なるほど、わからん」

 

 

 うーん、メイトリックス氏がクエスチョンマークを浮かべている。

 ……とはいえ説明してるのはマシュなので、そのうち理解させられることだろう。

 ってわけで彼らのやり取りはスルーするとして。

 

 敵がアイテムを落とす・もとい敵がアイテムになるという一連の流れは、一種のシステムである。

 同じシステム系の技能を持つ私の場合、そのシステムごと破壊もできるが……その場合、新しく私がシステムを作る必要が出てくる。

 それはどう考えても問題なので、そうはならないように加減というか、システムとかち合わないように攻撃しているわけだ。

 

 ……なおこの辺りの話、実は今の姿になったからこそ浮上した問題なので、以前の私については当てはまらないから悪しからず。

 ここで重要なのは、あくまで今の私のことだけ、というわけだ。

 

 それを踏まえてさっきの戦闘を思い返すと、確かに私の攻撃がやりすぎの粋であったことは否めない。

 ……否めないが、同時にこの姿の私にしか使えない攻撃であったことも確かで、それが間違いないのなら無差別ではあっても()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

 で、システムそのもののことを無機物とは普通言わないし、【星の欠片】的な認識としても同一。

 なので、先ほどの攻撃の対象には入っていない、ゆえに私はシステムを攻撃してない。

 ……というか、仮に『虚焦』でシステムに攻撃したのなら、融通の効かない効果範囲のせいで、まず間違いなくなりきり郷が崩壊してるって話だ。*5

 黒雲で全身を構成されていたため、纏めて吹っ飛んでしまった影龍皇君がその証拠である。

 

 ……長々語ったが、つまりなにが言いたいのかというと。

 

 

「ドロップ品を落とさなかったってことは、あれはハロウィンの法則に従ってない部外者だったってこと。イベント中に他のイベント始めたとか、もしくはイベントできないからメイン進め始めたみたいなノリだったってことだね」

「FGOを始めたばかりの新人みたいなムーブだね」*6

 

 

 あれはたまたま遭遇した一般通過ボスだった、ということになるのであった。

 

 

*1
応龍皇の場合、その生態的な区分は半生体機動兵器……すなわち機械と生物の中間、ということになる。その上で万里の長城に匹敵する巨大さである為、まず間違いなく何かしらの再現度的な制約を受けるはず、ということになる(機械の再現難度や巨体・超存在の再現難度など)。それらをクリアしたかのように、普通に『影の応龍皇』として稼働していた為、【鏡像】以外だと説明が付けられないということになる

*2
初年度のハロウィンのこと。ハロウィンそのものがずれ込んでいたので若干特殊だが、そもそもあの時はハロウィンと神在月の概念が混ざった結果でもあるので問題はない(?)

*3
イベントごとに設定されたアイテムを集め、それを別の有用なアイテムに交換する……という形式。直接ドロップでいいのでは、と思われるかもしれないが、集める量が多くなければ「することがない」とか言われかねない為、大抵は周回数かさ増しも踏まえて直接ドロップはしない・ないししても低確率ということが多い(一部のイベントなどを除く)。実際にどうなのかはともかく、上層部は『ゲームを触っている時間』を指標にしている為、そこが極端に短くなるような方針は難色を示されるものである(なので時短系の施策は中々実装され辛い)

*4
【星の欠片】という概念は適用範囲がかなり広い、ということ。システム的なものにも適用される為、下手なことをすると『お金の単位は円です』みたいなところにも干渉できる、ということになるし逆を言えば『円を司る【星の欠片】』みたいなものも存在しえる、ということになる(但しこの場合、現実という形で纏まって成立しているものなので、個別の【星の欠片】として独立して動くことはない)

*5
システムに対する攻撃となる為、あらゆる法則が粉々になって最終的に無になる

*6
イベントにメインストーリー進行度の制限がある際、イベントに参加できない初心者達に他のマスター達が進める言葉。それが『いいからさっさとメイン進めろ』である()



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影のように消えて爆ぜて

「一般通過ボス、ねぇ。……つまり、最初から食うとかそういうのは無理だった、ってことか?」

「まぁ、冷静に考えるとそうなるねぇ」

 

 

 あとに残るものがなにもない以上、食べるとかそういうのは論外である。

 ……以前サンマ鬼を赤城さんと沈めた時にも、似たようなやり取りがあったような?

 あれも時期的には、ハロウィン直前って感じだったはずだが。

 

 ともかく、相手が一般通過中ボスだったと考えると、この場所にはもうなにもないかと思われる。

 一応、晴れ渡った空の向こうにトリコ君達が探す……ベジタブルスカイ?だかなんだかが存在するという可能性はゼロではないが……。

 

 

「……いや、()()()()()()()()()()()()()()()。恐らくはさっきの黒雲と共に消しとんだか、もしくは端から存在してなかったかのどちらかだろう」

「──下手をすると『空の上に野菜の天国がある』という情報を知る存在を好んで引き寄せるタイプ……というやつだったのかもしれないね、あれは」

「ん?どういうことだ?」

「空にあるという野菜達も、全て単なる影だったのかも知れないということさ」

「……なるほど、蟲惑魔か!」

「そーいうこと」

 

 

 ……いきなりなにを言い出してるのだろうか、この二人は。

 ライネスの言葉になにかを理解したのか、大きな声を出しながら納得したように頷くトリコ君に、思わず困惑してしまう私である。

 というか、蟲惑魔?*1もしかして、さっきの影龍皇のことを言っているのだろうか?

 だとすれば、あの姿は実は葉っぱみたいなものだったと言い出すのでは──。

 

 

「……あー、なるほど。確かに、方向性としてはそれだったのかも」

「なんだ、お前といいアイツといい、なにを理解したって言うんだ?」

「メイトリックスさん、皆さんはあれが()()()()()()()()()()()と仰っているのですよ」

「擬態?」

 

 

 少し考えたことで、さっきの話がなにを意味していたのかを悟る。

 ……トリコ世界の生き物の中には、こちらの世界の生き物の特徴を、殊更に強調したような存在が数多く生息している。

 その中でも特に脅威と言えるのが、なにかに擬態するもの──獲物を誘き寄せるために、なにかしらの()を吐くもの達である。

 

 紙に擬態するペーパークロコダイル、ブドウの木に擬態する舞踏ぶどう。

 陸上にいる時限定だが、そこにある様々なモノに擬態して獲物を待つメガオクトパスなどなど、嘘を吐くことで獲物を捕らえる捕食者というのはそう少なくない。

 それらの捕食者と、さっきの影龍皇は同じタイプの生き物だったのではないか?……と二人は話していたのだ。

 

 恐らく、実際にあの積乱雲を抜けた際には野菜の楽園──雲の上の菜園が広がっていたのだろう。

 それを実際に見たものがいたからこそ、こうしてトリコ君がここに赴くきっかけになったと。

 ……同時に、そのような噂を流したのもあの影龍皇だった、という可能性があるわけで。

 

 

「言い方を変えると、()()()()()()()()()()()そういう性質を持った、ってことになるのかもしれないけれど」

「つまり、アイツは家畜みたいなもんだったってことか……やっぱり、適切な処置をしてたら食えたんじゃねぇか?」

「まぁ、その可能性は少なくないかもね」

「マジか!?クソー!!」

 

 

 ……【兆し】は周囲の想念を、祈りや夢と呼ばれるようなものを集めることで成長する。

 となれば、その中心となった願いが彼のものだった場合、その意向を強く受けていた可能性は少なくない。

 

 端的に言えば、あの影龍皇は特殊調理食材*2だった、ということになるわけだが……どっちにしろ、試す機会が再度訪れるかはわからな……い?

 

 思わず、空を見上げる。

 私の突然の行動に、周囲は不思議そうな顔をしていたが……すぐに、その行動がなにを意味しているものなのかを実感することとなった。

 

 先ほどまで、遮るものもなにもなく晴れ渡っていた空。

 ──そこに、ポツリと浮かんだ一つの影。

 それは天高くに座しており、ゆえにそれがなんなのかを目視するのは至難を極めたが……すぐに、一々視認しなくともそれがなんだったのかを知る羽目になる。

 

 

「……なっ?!」

「まさかとは思うが……()()()()()()、というやつかな?」

「でしょうね……どうやら向こうさん、素直にここから帰す気はないみたいだ」

 

 

 周囲のみんなが、驚いたように声をあげる。

 ほんの小さな黒点だったそれは、みるみるうちに周囲へと広がっていく。

 もくもくと、ギラギラと、ゴロゴロと。

 様々な音を立てながら、立体的に・瞬間的にそれは大きくなって──再び、長大な黒雲を形成した。

 

 そうして時を置かず、再び雨と風・雷が私たちを襲い始める。

 それはまるで、初めてこのフロアに私たちが立ち入った時のように。

 そしてそれはつまり、再度あの影龍皇がこちらの挑戦を待っている、ということに他ならず……。

 

 

「……ってことは、もう一回チャンスがあるってことか?!アイツを食べるための!?」

「あーうん、そういうことでいいんじゃないカナー?」

「よっしゃあ!!行こうぜ小松ー!!」

「わっちょっ、トリコさーん!!?」

 

 

 ゆえにトリコ君だけが、現状を喜ぶように大声をあげていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「おいキーア、これはどういうことだい?」

「どういうこと、っていうのは?」

「惚けるなよ。さっきの説明通りだとすると、取り零しなんて発生する余地は一つもなかっただろうに」

 

 

 さて、大喜びで小松君を連れて再戦の準備をしているトリコ君を他所に、眉をひくひくとさせながらライネスがこちらに近付いて来る。

 

 内容は先ほど私が話していたこと……『虚焦』の効果について。

 先の説明に間違いがないのなら、こうして再度影龍皇……もとい黒雲が現れるなんてことは無いはずなのでは、という確認のため声を掛けてきたということなのだろう。

 とはいえ、

 

 

「始めから()()()()()()()()()()()のなら、この状況も一応の説明は付けられるよ」

「……主体じゃなかった、というと」

「雲を発生させる装置的なものの方に【兆し】が関与してたのなら、こうして時間を置いたら復活する……ってのもわからなくはないってこと」

 

 

 この場合の装置とは、別にドラえもんの道具とかでもいいし、このフロアに仕掛けられたシステムそのものでもいい。

 とにかく、あくまでも私があの時『虚焦』の対象にしていたのは『黒い無機物、かつあの鱗に関連するもの』だけ。

 なので、その条件から外れたものが根本理由だったのであれば、『虚焦』による影響が終わったあとに復活する可能性は決してゼロではない。ないのだが……。

 

 

「……その言い種だと、なんでこうなったのかについて予測が付いていると?」

「まぁ、確証はないけどね。……とりあえず、もう一回同じようにやってみてからが本番、ってことになるんだけど……」

「なるんだけど?」

……もし予測が正解だったら、って思うとその先が辛い……

「はぁ?」

 

 

 思わず項垂れる私に、ライネスがわけがわからん、とばかりに声をあげる。

 

 ……いや、状況をよくよく見てみると、色々と説明が噛み合ってしまうのだ。

 ()()()、お菓子だけと言わず豪華な食事を楽しむものでもあるのだから、そういう意味で彼らは適任の一つだし。

 実際、全部終わったあとに起こることを予想すると、彼らが適任の可能性は更に高くなるし。

 

 ただそうだとすると、必然的に()()なってしまうわけでもあって。

 ……そりゃまぁ、心労とかが響いてくるのも仕方がないというか。

 

 そんな風にうにゃうにゃ言ってる私をライネスは怪訝そうに眺めていたが……やがてその脳内で私が断片的に漏らした情報が結び付いたのか、顔をサッと青褪めさせたのだった。

 

 

「えっ、まさかそういう……」

「その可能性がとても高いってわけ。……これから試した結果がどうなるか、次第ってとこもあるんだけど」

「うわぁ」

 

 

 問題を共有できたことににっこりと笑う私と、こんな問題なら共有したくなかった……とばかりに肩を落とすライネス。

 互いに苦笑いを浮かべながら、改めて空に視線を移す。

 

 そこには、もはや先ほどまでとなんら変わらぬ威力を取り戻した雷鳴り響く黒雲が、こちらの挑戦を今か今かと待ち構えていたのだった──。

 

 

*1
『遊戯王OCG』のカードカテゴリーの一つ。食虫植物をモチーフにしたテーマで、人に見える部分は一種の擬態・釣り餌だとされる

*2
『トリコ』に存在する食材の種別の一つ。調理する為に特定の手順・道具等が必要となる食材のことで、代表例として挙げられるのは僅かな刺激で全身が毒に染まってしまう『フグ鯨』。個体によってらんだむである体内の毒袋の位置を瞬時に把握し、かつ包丁を入れたことをフグ鯨に気付かれないほどに繊細な動作で取り除かねばならない……という、色んな意味で捌き辛すぎる食材だが、これに負けず劣らず面倒な手順を必要とするものが多く存在する



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ガッツリ食ってガッツリ育て!

「しかし、アイツが特殊調理食材だとなると……小松に任せるしかないってことになるのか?」

「冗談止めてくださいよトリコさん!?そもそもあんな大雨の中じゃなんにもできませんよ!?」

「だよなぁ……」

 

 

 再びの対峙に、トリコ君が唸る。

 ……勢いよく飛び出したはいいが、相手の対処に手を焼いていたことを思い出して立ち止まったらしい。

 

 現在対峙している相手である影龍皇は、その構成材質的には雲──水蒸気とその摩擦によって発生する静電気が主体である、と考えることができる。

 ある意味では、以前本土上に大雨を降らせていたジャンヌ・アクアの同類、ないし亜種という風に見れなくもないわけだ。

 

 

「……規模の差こそあれ、どちらも水に関わる存在だと言うことでしょうか?」

「端的に言うとそうなるね。……亜種ってのは、ジャンヌの方は雷──電気を通さなかったけど、こっちは寧ろ電気を積極的に帯びている、ってことかな」

 

 

 マシュの言葉に然り、と頷く私である。

 ……あくまで同類であって同種ではない、というのがポイントだ。

 言い換えると、規模的に影龍皇の方は普通の【鏡像】で説明が付けられなくもない、みたいな感じというか。

 向こうは日本全土だったけど、こっちは精々フロア一つ分の雲を操作しているだけ……みたいな?

 

 まぁ、一フロア分と言いつつ縦に長いため、単なる【顕象】だと無理があるというのも確かなのだが。

 

 

「……ふむ。日本全土を覆う雲となると、そもそもそれを操るためのエネルギーを【鏡像】が得られたとしても()()()()()()()()()とかなんとかって話だったか。それを埋めるのに、あらゆるモノに含まれる【星の欠片】を伝達物質として利用しているのではないか、という結論になったとか?」

「そうだね。実際には【複合憑依】が混じって変なことになってたけど……それを前例として考えると、今回はそこまでのエネルギー規模は必要ないというか?」

 

 

 もしくは、向こうでは足りてなかった『エネルギーを溜め込む時間』が十二分に与えられていたか、だが。

 先ほど消し飛ばした黒雲程度では、あれが溜め込んでいるエネルギーの数パーセントにも達していない……みたいな予測でもある。

 

 ……あちらと違い、対話の意思を持っていない──すなわち留まろうとする()を持っていないということなので、それゆえに上限なくエネルギーを溜め込む【鏡像】が正体である、とするのが丸いだろう。

 問題は、あれがいつ頃成立したモノなのか、という部分。

 ハロウィンに成立したモノではない、もしくはその可能性が高いのがあそこに鎮座する影龍皇である。

 ……となると、エネルギーを溜め込んでいる期間がこちらの予想以上に長い、という可能性が出てくるわけで。

 

 確かに、あの時のジャンヌよりは規模は小さいのだろう。

 この世の中にあるもので、無限を軽々に振り回す【星の欠片】に量で勝るものはそう存在しない。

 ……だが、それが救いにならないほどにあの影龍皇がエネルギーを溜め込んでいるとしたら、正直笑えないことになる。

 

 ……え?またややこしい話をしてるから、とっとと重要なところだけ話せ?

 んじゃまぁ、簡潔に一つ。

 

 

「鱗の処理が面倒くさすぎるんだよなぁ……」

「そう、俺もそう思ってたところなんだよ」

 

 

 基本、龍の鱗というのは『鱗』と聞いて人が思い浮かべるもの──魚と蛇の鱗、それぞれの特徴を併せ持つものだとされる。

 

 魚の鱗は体の外部に出ている骨のようなモノであり、単一で剥がれ落ちることもある。

 それに対して蛇──爬虫類の鱗は人の爪と同じく表皮が角質化したものであり、皮膚と一体化しているため単一で剥がれ落ちることは(一部の例外を除いて*1)ない。

 

 また、魚類の鱗は粘液を伴うため触るとぬるっとしているが、爬虫類の鱗はそういったことがないためさらっとしている……など、同じ『鱗』であってもその性質はまったく異なるものだと言えるのだ。

 

 それを踏まえて龍の鱗を思い浮かべてみる。

 すると、基本的には地上で暮らすモノであること・それからその蛇に近い姿などから、生えているのは爬虫類系の鱗に思えるが……。

 先の影龍皇の鱗を見ればわかるように、魚のように単一で剥がれ落ちることもある……と、両者の特徴を併せ持っていることが理解できるはずだ。

 

 これの何が問題なのかというと、魚の鱗は骨と同じであるため剥がれたあと再度生えるのにそれなりの時間・エネルギーを必要とするのに対し、爬虫類のそれは端的に言うと表皮の変化であるため、仮に爬虫類側の原理で生え変わるのなら必要なエネルギーはそう多くない、という部分。

 爪と同じ、ということは根本的には老廃物であるため、骨の形成よりもそれに必要な労力──エネルギーが比較的安くなるのだ。

 

 それを踏まえて先ほどの影龍皇のことを思い出して貰いたい。

 ……そう、鱗を機動兵器に変換して攻撃する、というその行為は本来相応のエネルギーを必要とするはず。

 だがしかし、あれがあくまで鱗として生成されるのならば……そこに使われるエネルギーは、少なくとも本格的な攻撃に掛かるそれより遥かに少ない、ということになる。

 

 分かりやすく言うとこうなる。

 ──鱗の処理が凄まじく面倒、だ。

 

 

「食材の処理の際、鱗はしっかりと落とすのが基本だ。……が、アイツの場合その鱗がそれこそ無限に沸いてくる可能性がある」

「必要なエネルギーの低さと、溜め込んでいるエネルギーの総量から底が見えないってわけか……」

 

 

 先ほども私がやったように、あの鱗はそれこそ()()()()()()()()()()くらいの力業を使わないことには、真っ当に片付けられる気のしない規模のもの。

 ……ライネスは喫緊じゃないんだからと反論していたが、こうして改めて情報を並べてみると普通に必要な処置だった、と言いたくなってくる次第である。

 

 

「……そこだけ見たらそうだが、食材として見たのならそうじゃないんだろう?」

「まぁ、そうだねぇ……鱗を全部剥がしてからじゃないと、その身を捌くのは夢のまた夢……って感じだろうねぇ」

 

 

 一応、先ほどと同じように『虚焦』を連打して相手を殲滅する、という手もなくはないだろう。

 ただ、恐らく相手の本体はさっき倒した邪神と同じく、【兆し】のままこちらの探知などを回避していたと思わしい。

 じゃないとこの黒雲をエネルギーとして確保し続けることは難しいだろう、ということからの予想だが……ともかく、相手の本体を直接指定して『虚焦』をぶち込む、というのはほぼ不可能だと言っても過言ではない。

 

 

「いやまぁ、頑張ればやれると思うよ?……ただその場合、打ち込む場所と相手が問題というか……」

「問題?」

「『虚焦』の取り回しの悪さはさっき説明した通り。……で、【兆し】のある場所っていうのはそれぞれ個別の場所ではなく、言うなればこの世界と位相の違う別世界──そういう存在が成立する()()()()()。……ってことは、そこにいる【兆し】に『虚焦』を打ち込むと……」

「ああなるほど、他の【兆し】も全部巻き込むのか」

「それだけで済めばいいけど、下手すると【兆し】の場所と『逆憑依』や【顕象】の核を保存している場所は同じ、なんてパターンも懸念されるわけで……」

「……最悪の場合、【兆し】を対象に『虚焦』を使うと、その関連となるもの全てが塵に還るかも……ということでしょうか……?」

「うん、そうなるね」

「それは……なんというか……」

 

 

 蟻を駆除するのに爆弾をセットするようなもの、というか。

 ……周囲ごと巻き込んでもそれが殲滅できるのなら構わない、なんて暴論はまず通らないだろう。

 ということは、今の影龍皇を『虚焦』で倒し切るのは完全に持久戦になるし、やり方もさっきと同じく本体ごと吹っ飛ばす、という形にしかならないということになるわけで。

 

 

「でも、それぐらいしないとあの鱗を全部剥がすのは無理がありますよ?!」

「うーん、鱗を剥いだ状態でスタンさせる、とかして一瞬止められるのならまだなんとかなるかもだけど……」

「そっちに関してもキーアしかできないんだろう?」

「ノッキングできる人が別にいるんなら、まだなんとかなるんだけどね」

 

 

 鱗の総数が多すぎる上、出したそばから生えてくる仕様上敵機の供給を止めるのが非常に難しい。

 というか、そもそも黒雲というのが水と電気の複合であるがゆえ、それによる周囲への影響も考えないといけない。

 さらに、それらは調理の前段階であるため、それが終わったあとにようやく本体への包丁が入る、という形になる。

 ……前段階の時点でも大概だが、本体側にもなにかしらのギミックがあった日には、そちらの対処にさらに人員を持っていかれることになるだろう。

 

 そして、なによりも厄介なのは。

 恐らく、それらの苦労は()()であるということだろう。

 

 

「……せんぱい?」

「さて、この難敵をどう調理したものかねぇ」

『──では、私が手を貸したらどうでしょう?』

「!?」

 

 

 私の発言に違和感を感じたマシュが、なにごとかと尋ねて来ようとするが……その前に、周囲に響く男の声。

 それは周囲に響き渡り、警戒するトリコ君を嘲笑うかのように瞬時にその場に現れ。

 

 

『私のネオ・グランゾンならば、鱗落とし程度お茶の子さいさいと言うものです』

「シュウさん!?」

 

 

 その勇姿──完全に機体を我が物としたシュウさんの言葉に、マシュ達が驚いたような声を上げたのだった。

 

 

*1
バクチヤモリと呼ばれる爬虫類は、敵に捕まった際に自身の鱗を落とすことで敵の注意を惹く。いわゆる尻尾切りの派生だが、鱗を落としてそれを行う爬虫類はとても珍しい。鱗を落としたあとは表皮(の、変化である鱗)が剥がれ落ちる形になる為、内部の肉が露出することになり少々ショッキングな見た目になる



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彼らは包丁、扱うのは小松

「……確かに、ネオ・グランゾンのワームスマッシャーがその捕捉数を伸ばしていたのなら、あの数の鱗を一人で受け持つことも不可能ではない……か」

『その通り。突然念話で呼び出された時はなにごとかと思いましたが……なるほど、完成したネオ・グランゾンの肩慣らしには丁度よい相手だと言えるでしょう』

 

 

 ワームホールを潜ってこの場に転移してきたシュウさんは、黒雲の中に鎮座する影龍皇を前に不敵な笑みを溢す。

 

 はからずもスーパーなロボット大戦的展開になってしまったが……ともあれ、彼が来てくれたのなら数の問題はある程度解決できるとみていいだろう。

 前回も解説した通り、彼の扱う機動兵器『ネオ・グランゾン』の武装の一つ・ワームスマッシャーは、グランゾンの時点でも七万近くの捕捉数を誇る対多数兵装。

 それが変化したことで順当に捕捉数を増やしたのなら、その予測される捕捉数はおよそ五十億。

 数値の上では無限には程遠いが、物理的な話をすればほぼ()()と言っても差し支えのない数であるといえる。

 

 ……無限には程遠いのに何故?みたいなツッコミが飛んできた気がするので一応説明すると。

 基本、数を数えられないほどの無数、というものを簡潔に表現する際『天文学的な』という言葉が使われるが、これには明確な基準というものはない。*1

 現在話題の中心になっているものに対し、それが語られる中で一般的に頻出する数字より大きく上回るような状態……みたいな時に使われるというような感じであり、ゆえに『億』でも『兆』でもさらにその上の単位でも、語る内容によっては『天文学的な』数値になるわけだ。

 

 さて、それを踏まえて話を戻すと。

 主に魚類の鱗というのは、基本的に幼魚の時から成魚になるまで、その総数に変化はないのだという。*2

 その本質が骨であると述べたように、成長に連れて鱗も大きくなるのだ。

 それによって覆う範囲が広がり、同時に体表の保護も確実に行えるようになる……と。

 

 また、蛇を代表とする爬虫類達の鱗が表皮の変化である、と先ほど述べたが……総数の部分では魚と変わらないそうで、生まれた時から成長しきるまで、鱗の大きさは変われどその総数は変化しないとのこと。

 ……つまり、それらと共通する特徴を持つ龍の鱗というのも、生まれてから育ちきるまで、その総数に変化はないということになるわけだ。

 

 さらに、体の巨体さと鱗の総数に相関はなく、あくまで決まった数値である……と考えた時、同じような体型である『蛇』とその鱗の総数はさほど変わらない可能性が高い、ということにもなる。

 参考までにニシキヘビ類の体鱗列数*3は六十から八十ほど、体長は百から百五十センチメートル。

 それを計算すると大体全体の鱗の数は二千から四千枚ほど、くらいになる。

 

 これは腹や顎などの部分を除いた鱗の数を大まかに数えたモノなので、実際にはもう少し多いだろう。

 また、相手が龍という特殊な生き物であること・およびその長さを考慮して、幾つか色目を付けて……影龍皇の鱗の総数は十万ほど、と仮定する。

 

 ……そう、多く見積もって十万である。

 一枚一枚が並みの機動兵器より大きな鱗、ともなれば例え長大な体を持とうとも、その総数はそこまで増えはしない。

 とはいえ、元々爬虫類の鱗が多くて四桁台、魚の場合だと三桁どころか二桁になることもあると考えれば、影龍皇の鱗の数は遥かに多い──天文学的、と言い換えられなくもない。

 

 あくまでも『言い換えられなくもない』と言うのがポイントで、これを踏まえた上でネオ・グランゾンの捕捉数を見てみるとどうだろう。

 ……うん、こちらはあからさまに天文学的、と言えてしまうことがわかるはずだ。

 二桁だ三桁だ四桁だ、などと競っているところに持ち出された六桁、そしてそれをさらに越える九桁の数値。

 そりゃまぁ、『こんなの余裕だよ』と言ってしまっても、それを傲慢だと責めることはできないだろう。

 

 

『解説ありがとうございます、と言っておくと致しましょう。……彼我の桁数が大幅に違う以上、例え相手側が無尽蔵に鱗を運用したところで焼け石に水。私のグランゾンの前ではまさに赤子の如し、というわけです』

「ゆえに鱗の処理は気にする必要はないってわけ。ということは──」

「なるほど、本体へのノッキングが届くってわけか!」

「そういうこと!そのあとの処理に関しては、小松君の勘に頼る形になるけど」

 

 

 そして、邪魔な鱗の処理の道筋が見えたのなら、本体をどうにかする道筋だって見えてくる。

 

 倒すのではなく動きを止める、というだけならば私一人でどうにかできる。

 どこぞのノッキングマスター*4じゃないが、指一つ動かせないように抑え込んでみせようじゃないか。

 ……そうして前処理の目処が立ったのならば、次に仕事をするのは料理人──小松君である。

 

 生憎、ここまでやっても雨風・雷に関してはそのままとなるだろうが……本体の抵抗に比べれば、そんなものは児戯のようなもの。

 そもそもマシュが手隙であるのだから彼女に守って貰えばいいし、普通の調理器具では歯が立たないというのならトリコ君に包丁代わりになって貰えばいい。

 

 

「熱を冷ましたい、というのなら私のミニトリムマウを出そうじゃないか」

「水銀で熱を冷ます、というのは本来意味がわからないのですが……ライネスさんの月霊髄液ならば、その辺りを気にする必要性はあまりないのかもしれませんね……」*5

「ぴっか、ぴかっちゅー」*6

 

 

 他の面々も、己のできることで貢献していくと宣言する。

 ……つまり、今小松君の近くにいるのは、すべて彼が扱う調理器具のようなものになった、ということになるわけで。

 

 

「……わかりました!皆さん、手を貸してください!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 

 そこまでお膳立てされて、震え立たぬ料理人もいまい。

 覚悟を決めた小松君は、みんなを見渡したのちに力を貸して欲しい、と力強く告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

『ではまず、抑え込むとしましょうか。──『ワームスマッシャー』!!』

「じゃあこっちも、久しぶりに──天よ、我が手のままに地に堕せ!【破天・戒】!!

 

 

 こちらの攻勢を予知したのか、影龍皇から飛び出してくる龍鱗機達。

 そのまま放置すれば先ほどの二の舞になるため、私とシュウさんは続けて行動する。

 

 相手の総数より遥かに多いビームによる飽和攻撃に、そうして鱗の抜けた本体を抑えるための天からの重圧。

 ……シャナと戦う羽目になったあの時以来の【破天】、その派生である【破天・戒】はその名の通り相手を戒めるもの。

 天を崩して相手を束縛する檻の如く扱うそれは、その規模ゆえに今の私でなければ扱いきれない技でもある。

 

 

「なるほど、周囲の大気ごと束縛のために利用するから、それによって天候の方もある程度制御できるのか!」

「あくまでついでに、だから全体的に操作できるわけじゃないけどね。でもさっきよりは雨風もマシになったでしょ?」

「──はいせんぱい!これなら十二分に、抑えきれます!いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)】!!

 

 

 そうして弱まった雨風を、マシュが宝具を持って押し留める。

 ランクというか種類と言うかが先ほどより下がってしまっているのは……多分、さっきのがわりと頑張り過ぎていたからか。

 そこら辺を見越していたわけではないが、結果的には彼女の負担を減らすことができたとポジティブに考えよう。

 

 

「小松!こっからどうする!」

「ひとまず、この龍の頭まで連れていってください!本質が雲であるのなら、他の部分をどうにかしても意味はないと思いますので!」

「了解!みんな、しっかりついてこいよ!」

「オーケー、じゃあメイトリックス君、よろしく頼むよ」

「ああ、任された」

 

 

 そして、互いに肩へと二人──それぞれ小松君とライネス──を乗せたトリコ君・メイトリックス氏が、影龍皇の体を駆け上って行く。

 トリコ君はさすがの身体スペックだが、それに追い縋るメイトリックス氏も中々の脚力だと言えるだろう。

 

 

「さすがは、筋肉もりもりのマッチョマンってわけだね」

『そうですね、あの様子ならば上りきる分には問題ないでしょう』

 

 

 問題があるとすれば、その後ということですか。

 ……そう呟くシュウさんの視線が、こちらに向いていることをなんとなく察する。

 ネオ・グランゾンの中にいるのにそれを感じられるのは、それだけ彼が現状を把握しているからなのだろうか。

 

 

『先ほどの念話の際にも窺いましたが……本当なのですか?』

「……まぁ、そう考えるしかないからねぇ」

 

 

 状況が揃いすぎている、ともいう。

 ……それらの情報を纏めると、先ほど彼に念話で告げたことが真実だ、と判断せざるを得ないというか。

 

 私がそう告げると、彼はそれきり黙り込み、状況を静観していたのだった。

 無論、影龍皇の足掻きは軽く踏み潰しつつ、だが。

 

 

 ──そうして数分後、影龍皇の調理が終わった、という報が私たちの元に届くことになったのだった。

 

 

*1
真面目に考えると『天文学で扱われる数』となるが、それこそ本当に日頃目にしないような数字が飛んでくる為、例えにならない(例えば、この宇宙に存在する星の数は垓だの穣だのになり、地球上の砂粒の総数より多いとされる。逆に言うと地球上の砂粒の数の話をする場合は『天文学で扱われる数』が使える、ということになる)

*2
魚の種類にもよるが、二桁から三桁ほどであるとされる

*3
蛇の鱗を数える際の基準。腹側を除いた胴側の鱗を斜めに数えるものであり、その数から蛇の種類を判別するのに使われる

*4
『トリコ』のキャラクター、次狼のこと。普段は年老いた男性の見た目なのだが、それは実は意図的にリミッターを掛けた状態。本気を出せば本来の地球より遥かに大きく頑丈な、トリコ世界の地球を単騎で破壊できるほどの化け物となる。それだけではなく、ノッキング(食材を麻痺させ鮮度を保つ行為)による時間停止のような意味不明の技まで使いこなすという、とんでもない存在

*5
水銀には強い毒性がある為、本来口に含んでしまうような場所にあるのはよくない。というか単に触れるのもアレルギーを発症する可能性があるのでよろしくない

*6
周囲の電気を誘導するくらいなら俺にもできるぞー



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彼らは好き嫌いなく食べるやつら

「おおーっ、これがアイツから出来上がった料理か!」

「まさかこんなことになるとは思ってなかったですけどね……」

 

 

 はてさて、影龍皇を倒してからしばらく。

 再度相手が現れたりしないかを警戒していた私とシュウさんだったが、結局再び影龍皇が現れるようなことはなく。

 黒雲が消え去り、すっかり晴れ渡ってしまったフロアの中心部では、小松君によって調理された影龍皇の頭が、その実食を今か今かと待ち構えていたのであった。

 

 ……え?なんか説明の際の表現が変だった?

 いやいや、説明に関してはこれであってるんですよ。なんでかというとね……。

 

 

「……まさか、ハロウィンのかぼちゃみたいなことになるとは」

「色々と衝撃的、というべきなのでしょうかね」

 

 

 そう、影龍皇は小松君による下処理を終えたことで撃破判定が出たらしく、それ以降は彼が調理をしていた部分──頭以外の部位が全て散り散りになって消えてしまっていた。

 ……いたのだが、残った頭の方が問題だった。

 どうやらこれ、扱いとしては一種の『かご』のようなものになっているらしく……。

 

 

「まさかアイツが()()()()()()()()()()みたいなもの、だったとはなー」

「いや、ツッコミどころしかないんだが?」

「お、落ち着いてくださいライネスさん……」

「……これは食ってもいいものなのか……?」

「大丈夫だと思いますよ、危険な気配は感じませんし」

「ぴっか、ぴかっちゅぴ」*1

「……いや、そういう意味じゃあないと思うよそれ」*2

 

 

 頭蓋骨に当たる部分を切って開けたところ、中にはさまざまな野菜が自生していた、というわけなのだった。

 ……端的に言うと影龍皇の中身が家庭菜園になっていた、みたいな?

 正直自分で言ってて「なに言ってるんだこいつ」感が凄いが、実際そうとしか言えないのだから仕方ない。

 

 ついでに言うと、骨に当たる部分以外は可食部らしく、こっちは野菜なのに肉の味がする……みたいな不思議材質になっているそうで。

 それを取り零さず全て料理に使おう……と画策した結果、最初に例えたようにハロウィンのカボチャみたく目と口・鼻の部分がくり貫かれたような見た目になった……と。

 

 ……うん、なんか強引にハロウィンに合わせてきたなぁというか?

 いやまぁ、これをやったのは小松君なので、合わせてきたのはあくまで彼の方、ということになるわけなのだが。

 

 

「で、過程はともかく出来上がったのがこれ、と」

「はい!ここまでたくさん野菜があるなら、やっぱりこうするのが一番じゃないかと!」

「黒野菜たっぷりのあったか鍋、ってところか?いやー、滅茶苦茶うまそうだな!」

 

 

 ……ともかく、影龍皇を調理した結果出来上がったのは、豊富な野菜と影龍皇の肉──実際には植物性──を団子にしたものを放り込んで、贅沢に煮込んだ鍋料理。

 見た目が全て黒いため、トリコ君の言うように黒野菜……黒鍋料理、とでも呼ぶべきものとなったそれは、見た目的にはあんまり美味しそうには思えなかったり。

 

 

「えー!?」

「いや、そりゃそうだろう。黒い食材、というのは確かに幾つか種類があるが……こんなに真っ黒になるほど突っ込む、なんてこと早々ないだろうに」

「……人間の食い物に見えん」

「あっはっはっはっ……元が黒いせいで、色味を付けようとしても全部黒に呑まれちゃうんですよね……」

 

 

 その辺りは調理人である小松君も気にしていた様子。*3

 ……確かに、黒い食材というのは少なからず存在はしている。茄子やひじき、海苔なんかはその代表格だといえるだろう。

 だがしかし、それらが料理に締める割合は少なかったりするのがほとんど。

 

 一応、茄子のおひたしだとかのり弁だとか、黒っぽい料理も無くはないが……それらも、よく見れば黒一色だけ、ということはない。

 茄子は外側は黒くても中身はそうではないし、のり弁は海苔単体ではなく揚げ物などを上に乗せるので色味は多くなる。

 

 それらを踏まえて、この鍋料理を見てみよう。

 黒一色の野菜達は切り分けた中身も黒く、肉団子も同じように真っ黒。

 なんなら滲み出る出汁すら真っ黒い有り様で、境目が辛うじて認識できなければ最早単なる黒い塊、と誤認されてもおかしくない状態だといえなくもなかった。

 

 一応、世の中には黒い料理──イカスミパスタのようなものもあるわけだが、基本的には黒いものが食欲を増進させる、という風には思われないだろう。

 なので、小松君も色味を変えようとあれこれ工夫をしていたみたいだが……出汁まで黒となると、最早変化のさせようがないというか。

 基本的に黒に勝てる色なんて存在しないからね、仕方ないね。*4

 

 ……ともかく。

 見た目がどうあれ、恐らく美味しい鍋になっていることは間違いないだろう。

 そういう意味では、是非とも食べてみたい気分はあるのだが……。

 

 

「……え、ええと。どうしましたキーアさん?」

「ごめんね、ちょっと覚悟をさせて」

「はい?」

 

 

 特に疑問を挟むこともなく、こちらにお椀を渡してくれた小松君には悪いのだけれど……これをそのまま食べることには、少々精神的な忌避感があるというか。

 

 ──当たり前である。

 ()()()()()()()()()を思えば、この料理が抱える問題は多岐に渡る。*5

 ゆえに、迂闊に口に入れていいものか悩んでしまうのだ。

 

 

「んー?食わねーのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……こう、ちょっと箸が伸び悩むというか」

「あー……確かにこんだけ真っ黒だとな。でも小松の料理の腕に間違いはねーから、安心して口に入れていいと思うぜ」

 

 

 そんな私を見て、訝しげに首を捻るトリコ君。

 こちらを気にせず料理に口を付けようとしていた、シュウさん以外の面々もこうして悩む私の様子を見て、その箸を止めてしまっている。

 

 ……こうなってくると、こちらとしても箸を付けないわけにもいくまい。

 こちらが料理の黒さに怖じ気づいている、とトリコ君が勘違いしている間に、さっさと片付けてしまうのがベスト……ということになるというか。

 

 

(ええい、南無三!)

 

 

 

 意を決し、黒い料理の中の具材の一つ──恐らくは白菜だと思われるものを箸で取り、口に運ぶ。

 

 ──そして、私は若干の後悔を滲ませることになったのだった。

 いや、不味いとか苦いとか酸っぱいとか、そういうマイナス面の話ではなく。

 

 

「……美味しい……」

「だろ?小松の飯は滅茶苦茶うめーんだよ」

 

 

 ばんばん、とこちらの背中を叩いてくるトリコ君に辟易しつつ、他の食材にも箸を伸ばす。

 

 黒が全ての色を飲み込む……と先ほど述べたと思うが、この野菜達もその性質を一部受け継いでいる、ということになるのだろう。

 周囲の具材が持つ旨味を全て呑み込んだかのように、深く複雑な味わいをあらゆる食材が持っている……とでも言うべきか。

 それでいて肉団子であればしっかりと肉の味が、白菜なら白菜・大根なら大根の味もそこに含まれていて、それらは確かに他の味に負けずに主張しているというのだから、なんとも。

 

 黒はあらゆる色を混ぜた先に現れるものであるが、この鍋に関してはあらゆる旨味を集めたもの、ということになるのかもしれない。

 一度食べたら病み付きになる、まさしく至高の一品と呼ぶべき料理であった。

 

 ……まぁ、()()()()()食べたくなかったのだが。

 

 

「……なんか、あんまり嬉しそうじゃねぇな?」

「いやまぁ、美味しいのは美味しいんだよ?……だからこそ、こっちの懸念が本当だった、ってことがほぼ確定になったのが頭が痛くてね……」

「懸念?」

「……トリコ君に関しては微妙だけど。でもまぁ、こっちは確定だよね」

 

 

 思えば、問題としては最初から一貫しているというか。

 ──あの予言は言及している部分が少なく、こちらが探しているものについて意図的にぼかしているようですらあった。

 それは恐らく、相手との遭遇の際に変に警戒しないように、みたいなお節介の面もあったのだろう。

 ……正直逆効果のような気がひしひしとしているが、予言にそんなことを言っても仕方あるまい。

 

 ここで重要なのは、ただ一つ。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 そしてその中でも──、

 

 

「【鏡像】を料理にしてしまえる、というその特異性。──小松君は【顕象】で、私たちの探している『黒雲』その人だ」

「はい?!」

 

 

 小松君の特異性は、群を抜く。

 ……探していた相手は機動兵器ではなく、()()()()調()()()()()()()()()()のだと、私は半ば確信していたのだった。

 

 

*1
うめぇうめぇ、畑の肉ってこういうことかー

*2
タンパク質が豊富で畑で取れる、ということから大豆の別名として使われるのが『畑の肉』だが、だからといって肉の代わりに大豆を食べれば万事安心……というわけでもない。含まれている必須アミノ酸や、体内への吸収率などの問題から動物性タンパク質の方が優秀な点も多い。無論脂質などの面を見ていくと話は変わってくる為、自身に必要なものを適切に摂取するのがいいだろう

*3
イカスミパスタや茄子のおひたしなど、食材の黒さゆえに黒くならざるを得ない料理というのは確かに存在するが、好き好んで真っ黒にする必要は薄い、というのも確かな話。『焦げたもの』のイメージからか『苦い』という印象を持たれやすいのも理由だろうか?実際にはコーヒーやココアなど飲料系には黒いものが多いし、おむすびなども海苔に包んでいるものは一見黒くはあるわけだが。なお、海外に寿司が進出した際に生まれた『カルフォルニアロール』だが、あれが内巻きになっているのは向こうの人が黒い海苔を嫌がったから、だとする説があったりする

*4
色の三原色を混ぜると黒になる、という話。光の方は混ぜると白になるのに、と不思議に思うかもしれないが、そもそも色の三原色は原色ではなくシアン(水色)マゼンタ(赤紫)イエロー(黄色)の三色。これらは混ぜる濃度を変えることであらゆる色に対応できるものであり、そうなる理由はそれらの色が『光の三原色の補色』である為。言い換えると、光に含まれるそれぞれの色味を吸収することで反射する色を変えている、ということ。なので、色を全て混ぜてしまうと全ての光を吸収してしまい、結果として反射される光がなくなるので黒くなる……ということになる

*5
一番分かりやすいのは『元は黒雲──水蒸気のはずなんだけどこれ?』という疑問



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蜘蛛じゃない、あれは蟹なのよ!

「え?……え?」

「おや、マシュさんがオーバーフローしてしまったようです。流石に突拍子もなさすぎましたか」

「その言い種だと……君は今のキーアの世迷い言を予め聞いていた、という事でいいのかな?」

「ええまぁ。こちらに呼び出された際、念話で詳しいことは幾つか」

 

 

 はてさて、小松君こそ私たちの探していた相手だ、と告げた結果巻き起こったのは『んなアホな』みたいな空気の蔓延。

 ……まぁ確かに?私もこれを自分が言ったのではなく他人が言っていたのであれば、『マジかこいつ』みたいな顔になっていたのはほぼ間違いないわけだが。

 

 何故そうなるのか、といえば──やはり、トリコ君の方ではなく小松君の方を指定した、という部分になるだろう。

 この二人を並べて『どっちが特別?』と問われれば、大半の人が主人公であるトリコ君の方を選ぶはずだ。

 

 ──まぁ、だからこそ、という面も無くはないのだが。

 

 

「……突然のことに驚いてしまいましたが、確かにお二人の内どちらが特別か、という問いには小松さんの方を挙げるべき、というのは私にも理解できます」

「あー、食運だったか?食に愛される才能、みたいな話だったと思うけど」

「作中最高峰の食運の持ち主は別だけど、小松君の食運も普通にヤバいラインだからね」*1

 

 

 二人をよくよく見比べた時、よりどちらが重要なのか……という点において、『トリコ』という作品がなにを目的としたものなのか、という部分が重要視されることを考えると、自ずとどちらが特別なのだろう、という問いの答えは収束する。

 

 ……確かに、トリコ君は戦闘力の面で言えばかなりのもの。

 インフレを繰り返して行くその姿は、大インフレの先輩たるドラゴンボールのそれを思い起こさせるほどであり、ゆえにこそ彼が特別であると認知することは間違いではない。

 

 ……ないのだが。

 そこで問題となるのが『インフレしていく』作品である、という点。

 彼は確かに強者であるが、同時に彼より強い存在が全くいない、ということではないのだ。

 インフレして行く作品というのは、基本的にその物語を進めるための要素──イベントとして、自身より強い誰かをライバル役に置く、ということが繰り返されるものである。

 

 先に例に上げたドラゴンボールで言うのなら、ピッコロ大魔王に始まりベジータやフリーザ、セルや魔神ブウのような存在達が、その時点での悟空より強い存在として現れるわけだ。

 悟空はそんな相手に勝つために、自身の戦闘力を上げていく……その繰り返しの中で、比類するものなき強者になっていくわけである。

 

 この形式の作品の問題点は、物語を続けるにあたって『新しい敵』を用意し続けなければならない、という部分。

 それも、基本的には小細工には走らず、純粋にこちらの戦力ではどうしようもない相手を供給し続けなければならないという点である。

 強い主人公の例としてよく挙げられる悟空だが、その実最強系の主人公達とは微妙に文脈が違うのだ。

 ……まぁ、見方を変えれば『格下扱いされても最後には勝つ』という属性を持っていると判断することもできるため、クロスオーバー作品などで最強系主人公とぶつけても最終的にはいい勝負をできる可能性を付与されている、と見なすこともできるわけだが。*2

 

 そんな悟空と同じタイプなのがトリコ君、ということになる。

 ……もっと細かく言えばジャンプ系主人公は大抵この『成長型』の主人公であるのだが、それゆえ実のところ『本人の特別性』においてはさほど重視されない、みたいな部分も多くなるのだ。

 

 いや、ツッコミが飛んでくるのはわかる。

 悟空は微妙だが、トリコ君や一護君、ナルト君のように血筋が特別……みたいなキャラもジャンプ主人公には多い、ということは。

 ただ、その特別というのが()()()特別、というのはこの中だと一護君──次代の霊王とされる彼くらいのもの、というのもまた確かな話。*3

 ()()()()()()な出自の主人公、というのは中々存在しないのだ。

 何故かと言えば、その属性は主人公が持つものというよりは、主人公が守る相手・ないし仕えるべき相手に付随することの多い属性であるがゆえ。

 言い換えると、それはヒロイン属性に近いものになるのである。*4

 

 一昔前の『守られるお姫様』的属性、とも言い換えられるかもしれない。

 何故そうなるのかと言えば、そういった属性は『代えの利かない』ものであるがゆえ。

 例えば『滅びた王国の唯一の血筋』みたいな出自を持つ人間がいた場合、そのキャラを中心に据えるとどうなるのか。

 ……答えは、その人物の死が同時に作品の死、いわばゲームオーバーに繋がってしまうのだ。

 何度もやり直せるゲーム作品ならいざ知らず、もしも(if)を基本描かない・描けない漫画やアニメ作品において、その属性は主人公の活躍の幅を狭めてしまう()にしかならないわけだ。*5

 

 敗走まではいけても、そこから死亡するまではやれない……みたいな感じというか。

 プロットアーマーで『死なない』と紐付けられているようなもの、とも言えるかもしれない。

 自身の死を伴わない敗走が下らない、などと言うつもりはないが……同時に、読者に『なにかしらがあって勝つんでしょ』と思わせてしまう危険性があることも同時に覚えて置かなければならない、とでも言うべきか。

 

 ともかく、『特別な属性』持ちを主人公に据えるのは意外と難しい、というのは覚えておくべきだろう。

 無論、それらの属性を持った主人公をきちんと動かしている作者もいるのは確かだが……負けて成長するみたいなタイプとは相性が悪い、というのも確かなのだし。*6

 

 ……話を戻して、これらの情報を『トリコ』という作品に当てはめてみると。

 確かにトリコ君はわりと特別な出自なのだが、実のところ無二というわけではなく()()が存在する。

 一応、持っているグルメ細胞の悪魔が特殊であるような描写はあったものの……あれはどちらかと言えば成長フラグの方であり、なければないで成長のきっかけを掴めないので特別と言い張るのは微妙なところ。

 

 作中の最終話においては宇宙へ飛び出し、自分よりもさらに強大な相手がまだまだ存在する、と示唆していたことから……戦力的な頂点はまだまだ先、と見なすこともできる。

 ……つまり、トリコ君はまだまだ成長期、目指す頂きはまだ彼方であるわけだ。

 

 それに対して小松君の方だが、こちらは確かに彼より上の食運を持つ存在も示唆されてはいたものの、そちらが一応美食家であるのに対して彼は料理人なので種別が違うともいえる。

 さらに、彼自身の調理の腕もかなりのもので、食運は成長することはない……と考えれば、その属性は『特別な出自』に該当するとも考えられる。

 なんなら、先ほどの『ヒロイン属性』云々の話からしてみても、作者や読者からあるしゅのヒロイン、として定義されていた彼は見事に当てはまっていると言えるだろう。

 

 ──つまり。二人を並べた時、あくまで戦闘職──極端なことを言えば他の誰かに変えても一応回せなくもないトリコ君と、専門職──特殊調理食材など、彼でなければどうにもできないものが明確に存在する小松君とでは、重要性の高低は火を見るより明らか、ということになるのだ。

 ……例えば、トリコ君じゃないと倒せない敵でも入れば、話は違ったのだろうけど。

 

 

「……一応、料理人というのも本来なら代えが利く存在だと思うのだけど?」

「そこは『食運持ちの料理人』という存在として見ると、ってことかな。……同じ文脈で『食運持ちの美食家』としてゾンゲ君が候補に挙がりかねないのはノイズだけど」

 

 

 戦闘職なのに戦闘できないのはどうなの?……みたいな。

 

 まぁともかく、二人の内どちらを特別だと選出するのか、と問われれば私は小松君を推す、というのは間違いない。

 ……ただ、これだと彼が特別だという理由にしかならず、彼が【顕象】であるという理由にはならないように思えてくるのだが……。

 

 

「そこで『逆憑依』の性質が話に絡んでくるわけだ」

「……なるほど。作中トップクラスの食運を再現しようとすると、生半可な『逆憑依』の再現度では足りない、ということになってしまうのですね」

「そういうこと。そのレベルでなりきれる人、なんて早々発掘できるもんじゃないからね」

 

 

 ──そこで、特殊技能である『食運』の再現に、生半可な『逆憑依』では耐えられないだろうというのが理由に上がってくるわけである。

 これは、影龍皇が本来()()()()()()()()()()()()()()というのが一番の証拠になってくる。

 

 半分生身とはいえ、本来の影龍皇──応龍皇は機械生命体。

 ついでに言えば、野菜とはまっったく関係のない存在である。

 さらに、さっき私が消し飛ばした時の状況からもわかる通り、影龍皇の構成材質は黒雲──水蒸気と、せいぜい静電気である。

 

 要するに、それを調理した結果が野菜鍋、というのがどう考えてもおかしいのだ。

 そのおかしな状況を成立させるのに『食運』が必要だと考えれば、この状況を引き起こせるだけの『食運』持ちの小松君が【顕象】ではない、などとは思えないということになるわけである。

 

 

「なるほど、よくわかりました。……それで、僕が仮に【顕象】だとして、そこからどうなるのでしょう?」

「……今日の夕食は水晶蟹(オルト)の鍋かな、ってこと」*7

「はい?」

「ハロウィン仕立て、ってことかな。……あっ、てことは他のみんなもさっきみたいに包丁代わり、ってことカナー?」

「……ええと、どうしたんですこの人?」

「すみません小松さん。せんぱいは現実を受け入れきれてないみたいです……」

「語ってる内はよかったけど、結論にたどり着く頃には壊れてたってことか……」

 

 

 で、ここまで語ったことで、私たちが探していた『黒雲』が小松君だった、というのが確定的になったわけだけど。

 ……それでどうなるのか、というのがさっきも話した『オルトの調理』になる辺り、今日って厄日なんじゃないカナーってキーアん思うわけ。

 

 ……ふて寝していいんじゃないかなこれ(真顔)

 

 

*1
『トリコ』に登場する特殊な概念の一つ。本来はかつて存在した美食の神々のグルメエネルギーが大本なのだとか。強い食運を持つものは食に愛され食に導かれるという。特殊調理食材の捌きかたが勘でわかる、みたいな効果もあり、強大な食運ともなれば滅びかけた星を再生することすら可能とする

*2
あるいは、そうなることを読者に期待される……とも

*3
例えばナルトだが、『里長(五影)の息子で人柱力』という属性で見ると我愛羅が、『大筒木アシュラ』の転生体として見るのならば千手柱間が、同じ属性持ちとして挙げられる。一応、どっちも満たすのはナルト本人くらいではあるが、それ以外は『後に積み重ねたもの』であり、生まれからして特別という部分とは微妙に異なってくる

*4
逆に言うと、男性なのにヒロインみたいに言われる・扱われるキャラクターにはこの属性が付随することが多い、ということでもある

*5
戦記ものの作品では主人公によく付随しているが、そのパターンの場合本人の死に様が描かれることはほとんどない。史実系ならば、最後に討ち死にすることもあるので描かれる場合もある。逆に言うと、負けることが前提となっているような作品なら死亡することもある

*6
そういう意味で、『逃げ若』はかなり特殊な作品である。他人が真似するのは非常に難しいだろう(一応史実に則している為、ある程度の荒唐無稽も()()()()()()()()()、で通せる面もなくはない)

*7
とても大きな分類で見ると仲間とも言えなくもない、という暴論にも程がある暴論



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どうしてそんなことになるんですか?(現場猫顔)

「オルトの調理、ねぇ。アイツの生態を知ってる身からすると、まさに『なに言ってるんだこいつ』って感じなんだけど……」

「トリコ世界なら探せばいそう、という辺りが恐ろしいですね……」*1

「その辺はインフレ世界怖い、みたいなもんと言うか……」

 

 

 一番強い存在がいつまでも一番強い、なんてことは少年漫画においては許されないというか。

 現実でも一強すぎると興醒め、とか言われたりするんだから仕方ないね!*2

 

 ……ってなわけで、そのうちオルトないしその近似種をリンゴをもぐかのようにムシャムシャする奴らが現れてもおかしくない、というトンでも論法で肯定していく次第である。

 そもそもオルトって『オールトの雲』出身であることがほぼ確定的だし、そう考えると同じような個体が無数にいてもおかしくないからね!きのこそういうの好きそうな気がするし!*3

 

 ……とまぁ、ある程度のキチゲ*4を発散しつつ冷静に冷静にビークールビークール。

 キルフィッシュ・アーティレイヤーよKOOLになれ。……ウッディ!!*5

 

 

「とてもではないが冷静ではない、という情報を積み重ね続けるのは止めたまえよ……」

「これが冷静でいられるか!言い出したのは確かに私だけど、それが許される世界だなんて認めたくないんだよ!!」

 

 

 呆れたような声を掛けてくるライネスに、私はくわっと顔を強ばらせながら反論する。

 

 ……うん、今ももぞもぞしているだろうハロウィン・オルトは、確かに原種や亜種と比べると遥かに弱いのだろう。

 だがしかし、そこは腐ってもオルト。

 水晶渓谷ならぬ祭事渓谷となったそれは、周囲にハロウィンを撒き散らしながら広がっていく。

 その性質こそ穏当であれ、それが世界規模のモノであることは疑いようがあるまい。

 

 そう、腐っても世界規模なのだ、あのオルトは。

 それゆえに、それに対抗できるものは限られてくる。

 

 作中で『星を破壊できるものは存在としての位階が一つ違う』みたいな話があったと思うが、その例でいうと揃えられた四つの存在は過剰な戦力にも思える。*6

 

 シン・ユニバースの面々はウルトラマンがわりと大概だし、それに準拠するように他の面々も大概。*7

 イデオンは言わずもがな、ネオ・グランゾンは映像を素直に受けとれば宇宙級の火力持ち。

 そういう意味では、トリコ君達は少し戦力として下がってしまうが……小松君の方が対象であったことで、特殊戦力的な意味で寧ろ重要度が上がったまである。

 

 ……ともかく、これだけ揃えればオルトも倒せるのでは?……と思うような面々であることは間違いない。

 但し、彼らが原作準拠の能力ならの話だが。

 

 

「機動兵器類が混じってるからなんとも言えないけど……それでもシン・ユニバース組は何気に全部生物(なまもの)だから再現度に引っ掛かりそうだし、小松君は言わずもがな。イデオンは中身があるのかどうかもよく分からないから……この中だとネオ・グランゾンくらいかな、まともに地球破壊クラスの火力が出せそうなのは」

「実際にはそんなことはできませんがね。少なくとも、私単独であれをどうにかしようとした場合、別空間への転送の時点で面倒なことになりそうです」

「あー、浸食固有結界……」

 

 

 恐らく大半が【顕象】なのだろうが、だからこそ出力には上限が設けられてしまっている。

 これが【鏡像】なら本家並みのスペックも出せたのだろうが……その場合は確実にこっちに敵対してくるため、結果として敵が増えるだけになるのが問題というか。

 

 まぁ、『逆憑依』状態よりは遥かに強いのも確かなので、その点はまだマシとも言えるけど……だからどうした、と言われればそれまでの話でもある。

 

 それはそれとして、先の四つの内オルトを安定して倒せそうなのはネオ・グランゾン一騎のみということになるが、同時にそれは彼が全力を出せる状況を整えられてこそ、という問題がある。

 

 ブラックホールクラスターでは火力が足りない、となれば必要なのは縮退砲。

 だがしかし、ゲームでの描写その通りの火力が出るのであれば、まず別位相への敵対者の転移を伴う必要性がある。

 そこで問題となるのが、オルトがデフォルトで持つ能力──浸食固有結界。

 

 周囲を自身にとって有利となる環境に作り替えていくその能力は、空間系の能力にとって恐ろしいまでの毒となる。

 それは位相転移の場合でも変わらず、ゆえにネオ・グランゾンは実質的に位相転移を封じられている、と言い換えてもいい。

 ……正確には、オルトを対象としての位相転移が行えない、という形だが……どちらにせよ、オルトに対して攻撃するのに必要なフィールドを展開できない、という意味では結果的にオルトへの攻撃を封じられたのと同一だといえるだろう。

 

 

「もっとも、その辺りはあの無限力の使者に関しても同じことでしょうが。地上で振るうには射程無限、などというものは無用の産物どころか邪魔以外の何物でもないですからね」*8

「いやまぁ、それに関しては向こうが出力を絞るとかしてくれればなんとかるから……」

「絞ると思いますか?彼らが」

「……無理かな!」

 

 

 ……うん、争いを煽りながらそれでも融和せよ、みたいなこと言い出すのがイデである。

 となれば、やる気の出ない時はともかくやる気満々の時に出力を絞る、なんて真似はしてくれそうもない。

 なんなら無駄な長射程に巻き込まれる人を敢えて見逃している、くらいは言い出しそうだ。

 

 そこら辺を踏まえても、イデオンを主戦力に据えるのは無謀の極みだろう。

 となれば、ある程度手加減もできそうなシン・ユニバース組がメイン戦力としてはもっとも相応しい、ということになるのだが……あれはあれで四つにわかれていることが不安を加速させる。

 

 特にシン・ゴジラ。……本来の方向性としてはオルトと同じ『人類の脅威』であることは間違いなく、育て方をミスると普通に敵対してきそうで怖いというか。

 その辺りは、キリアちゃんがうまいこと誘導してくれてればいいのだけれど……今のところなんの報告もないからなぁ……。

 

 

「便りがないのは良い便り、ってことだと思っておくとして……とりあえず、今からするべきことはもう一回イデオンのところに行くこと、かな」

「おや、それは何故?」

「結局起動してないからだよ、アイツ。……【星の欠片】とは相性が悪いから拗ねて寝てるだけ、だったらいいんだけど」

 

 

 はぁ、と小さくため息を吐く私。

 ……今現在育成中のシン・ユニバース組はともかく、まともに起動していなかったイデオンに関してはどうにかしてそのエンジンに火を入れる必要性がある。

 その結果イデが普通に発現するのなら問題だし、しないのならしないで問題というか。

 

 ……一応、私がイデの代わりをしてエネルギー源になる、みたいなこともできなくはないが、手段としては本当に最終手段というか。

 何度も言うがイデと【星の欠片】は相性が悪いため、下手にイデオンを私が動かすとイデがキレて殴り込んで来かねないのだ。

 ……まぁ、曲がりなりにも無限概念である双方がその程度の小競り合いで済む、というのはまだマシな方だとも思うのだが。

 

 そんなことをぼやきながら、一先ずみんなで熔地庵へ移動したのだけれど……。

 

 

「……どうしてこうなった!?」

 

 

 そこでこちらを待ち構えていたのは、溶岩を纏って襲い来るイデオン……という、色んな意味で意味不明な光景なのだった。

 いや、マジでなにがどうなってこうなった!?

 

 

*1
読者公募の猛獣が存在することもあり、世界観の広がりはかなりのもの。ゆえにそのうちオルトみたいな相手を食事にしようとする可能性は大いに高かった

*2
他に並ぶものがいないほどの強さというのは、すなわち試合をしても結果が決まりきっているということ。試合展開そのものを楽しめるのならともかく、結果が決まっているのならそれが全てだろう、と考える人も少なくはない。ゆえに、勝負事において強すぎる存在というのは敬遠されることもある(逆に、あまりに強すぎてそれ自体がエンタメになるようなパターンもある)

*3
『オールトの雲』とは、太陽系の外側に存在するとされる天体群。彗星の供給源とも呼ばれ、ここから長い距離を小さな星が飛んでくるのだとか。オルトはここ出身である可能性を示唆されているが、もしそこにある天体全てがオルトの近縁種だったのなら……下手なホラーよりもホラーだろう

*4
キチガイゲージの略称。簡単にいうとストレス値。溜まりすぎて爆発すると気違いみたいに暴れまわる羽目になる、ということか。溜め込みすぎて発狂する前にストレス発散をしよう、という意味合いでもある。なお単語が単語だからか、このゲージの発散の際は本当に発狂したような状態になる人が後を立たないとかなんとか(言い換えると、ストレス発散時に発狂染みた動きをする人が『キチゲを溜めている』ということになる)

*5
『KOOL』も『ウッディ!!』も『ひぐらしのなく頃に』の主人公・前原圭一の台詞から。『KOOL』はクール(cool)になれ、と自身に言い聞かせるにも関わらず全くクールになりきれていない彼の状態を、彼のイニシャルである『K』と『COOL』という単語を組み合わせて表現したもの。『ウッディ!!』の方はとある際の彼の掛け声のようなものであり、一応は空耳の一種。トイ・ストーリーの主人公とは何の関係もない

*6
例えば『冥王計画ゼオライマー』の主人公機体・ゼオライマーはチート機体としてよく挙げられる存在だが、意外なことに地球を一撃で破壊するような火力を発揮することはない。他、エヴァンゲリオンもサードインパクトなど特徴的なものはあれど星そのものを破壊するようなものではないし、ガンダムなどは言わずもがな。無論、実際にはそれをできる火力を持つけど星を壊すつもりがないのでやってない、という存在もいるだろうが、純粋に惑星破壊規模の火力と言うのは一段上の火力である、ということは間違いない。なので、人間サイズでそれが行えそうなドラゴンボールのキャラクターは大抵ヤバイ、となるのである

*7
特に、シン・ウルトラマンに登場する敵である天体制圧用最終兵器ゼットンは、恒星系ごと吹き飛ばす過剰火力の極みである

*8
文字通りの無限である為、単に横に振り抜いただけで地平線までの建造物が全部真っ二つ、間違って縦に振ろうものなら地球が真っ二つである



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燃えろよ燃えろ、命の隅から隅まで

 ──過激にファイヤー!……とでも言えばいいのだろうか?*1

 

 そんな冗談が脳裏をぐるぐる巡る今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 私は現在、なんか炎の巨人みたくなってるイデオンと対峙中でございます。……スルト君かな?*2

 

 

「まぁ、イデオンもある種の終末装置ではあるが……ともかく、あれはどうなった結果だと思う?」

「うーん……仮にあのイデオンが外側だけ・つまり器しか無かったんだとすれば、そこに余計なものが流れ込んでしまった結果とか……?」

 

 

 冗談はともかく、機体の各部から炎を噴出しながら進むイデオンは控えめに言って地獄の一言である。

 

 なんでそんなことになったのかというと、恐らくは中になにも無かったからこそ余分なものが入り込めた……みたいなことになるのだろう。

 実際、さっき私が言っていた『私がエネルギー源になって動かす』という案も、中になにもいないことを前提としたものではあったわけだし。

 

 ただ、仮にそうだとするとあのイデオンの中には現在なにがいるのか?……ということが新しく問題になってくるというか。

 イデオンという存在が本来まともに動くようなものではない、というのは以前説明した通り。

 そこら辺を埋めているのが超エネルギーである『イデ』だったわけだが、となると今あのイデオンを動かしているのはそれに匹敵しかねないなにか、ということになってしまう。

 

 ……冗談で出したスルト君、という呼び方が冗談にならない感じとでも言えばいいのだろうか?

 

 

「ふむ、敢えて言語化するとすれば……炎の元素の精霊のようなものが内部に入り込んだ可能性がある、ということになるのかな?」

「まぁ、四大元素クラスの存在だと仮定するのが丸いのかなぁ」

 

 

 もしくは、そう思う周囲の想念がそうさせている……みたいな?

 周囲の溶岩達をある種の自然の脅威──神威と見なせばそれが神格を持つこともなくはないだろう。

 そうしてきっかけが生まれれば、【兆し】との相乗効果で『そういうもの』を呼び寄せてしまう可能性は十二分にある。

 

 ……ただその場合、現在あのイデオンに含まれる炎は()()()()()()()()である、という可能性もまた高くなってしまうわけなのだが。

 

 

「ふむ、なにを原典とした存在なのかわからない……と?」

「どころか、これからなにかを原典にして発現する……みたいな感じになるかも?……モノによってはエグいのが発現しかねないというか」

「なるほど、瓢箪から駒ということか」*3

 

 

 例えとしてスルト君を挙げていたが、それが本当になる可能性も普通にあるというべきか。

 

 ……いや、スルト君ならまだマシで、炎型の生命体ということで『ヴァンパイア』シリーズのパイロンだとか、はたまた『X-MEN』シリーズのフェニックス・フォースだとか、そういうもっと危ない類いの存在になる可能性も否定はできないのだ。*4

 なんてったってイデと比べられるような相手だからね、仕方ないね!……仕方なくなんかないが???

 

 ともかく。

 今の状況ではあのイデオンになにが含まれているのかは不明。

 ゆえに対処は後手に回るか、はたまた()()()()()()()()()()()()()()()()ような方法を使うかの二択に絞られる。

 

 

「……ん、いや待った。その言い種だとまさかとは思うが……」

「うむ、私が思いっきり吹っ飛ばすのが一番簡単だと思うよ?その場合あの器ごと吹っ飛ぶだろうから、後でイデに無茶苦茶キレられそうだけど」

「できれば遠慮願いたい話だな……」

 

 

 ……うん、後者の方は簡単だけど選んだあとのことまで思うと選ぶべきじゃない、みたいな感じだが。

 なにが含まれているかわからない以上、火力的には申し分なくともネオ・グランゾンで攻撃するのは避けたい。

 となれば、彼の代わりになりうるのは私くらいしかいない……という単純明快な答えであるわけだが、それはそれでやり過ぎるのが目に見えているのでなんとも。

 

 ……と、そこまで考えて思い浮かぶ案が一つ。

 

 

「……あ、そっか。【偽界包括】使えばいいのか」

「ええと、それは確か()()()()()()()()()()()()()()ことでそこにいる存在の力を借りる、みたいなものだったか?……いや待った、此処でその話が出ると言うことは……」

「うん、()()も普通に対象」

 

 

 まぁ、本家本元の『星女神』様とか『月の君』様のそれと比べると、ある程度の観測が必要になるんだけども。

 ……とはいえ、それでも相手に対処するために()()()()()()()()、というその性能は凄まじい。

 なんならもっと時間を掛ければ相手の成長後の姿を用意する、みたいなこともできるので汎用性の高さは折り紙付と言えるだろう。

 

 下手に私が攻撃するより、遥かに安全にことを終えられるはずだ。

 ……問題があるとすれば、他二人のそれと比べると私のそれは発動までに時間が掛かる、ということだろうか?

 あの二人の場合は過去とか未来・平行や並立・壁差に至るすべての軸において『現れた』のなら『記憶する』から。

 ……分かりやすく言うとタイムラグが一切ない、どころか寧ろ生まれる前から知っている、のレベルになるというか。

 

 

「まぁとりあえず。穏便に解決する方法を用意するから、その間の時間稼ぎよろしくー」

「軽く言ってくれるなぁ……」

 

 

 いやまぁ、そっちも大変だろうけどこっちも大変だからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「……仮称ファイヤー・イデオンから攻撃の予兆!恐らくは純粋な格闘かと思われます!私が受け止めますので皆さんは退避、ないし反撃の準備を!」

『まったく、手加減をするというのも中々難しいものですね』

 

 

 立ち止まって【偽界包括】の準備をする私の目の前では、こちらに対して敵対行動を取り始めたイデオンに対処するみんなの姿がある。

 相手がなにを思って攻撃してきているのかは不明だが、ともあれ降りかかる火の粉は振り払わないわけにもいかず、主にマシュを中心とした迎撃体制が組まれていたのだった。

 

 ……え?なんでマシュが主体なのかって?

 相手の火力的にマシュで十分抑えられるというのが一つ、それから立ち止まる私の防衛ということで彼女が張り切ったのが一つ。

 最後に、唯一の機動兵器を持つシュウさんは補助に回って貰うように示唆したのが一つである。

 

 それぞれ上から順に、あくまでもイデそのものが動かしているわけではなく、効率の面で穴があることから火力が下がっているという点。

 それから、マシュの防御力は本人のテンションにも左右されるため、現在の張り切り具合だと仮に向こうがもう少し火力が高くても問題はないだろうという点。

 それから最後に、下手に反撃できないシュウさんは周囲の隙を消すように動いてくれる方がありがたいという点などから、この運用が自然と決まった形である。

 まぁ、巨大兵器に対して切り払いができるだけありがたい、みたいな感じというか。

 

 ともかく、今のところは危なげもなくファイヤー・イデオン?とやらの攻撃を凌いでいる一行。

 この分なら私の技能チャージも滞りなく終わりそう……などと考えてしまったのがフラグだったのか。

 

 

『……不味いですね、歪曲フィールド全開!』

「っ、其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷──顕現せよ!

 

 

 奇妙な音と不気味な光。

 突如イデオンから発せられたそれに、警戒を露にする一行。

 それもそのはず、光はともかくとしてその音の方は、イデオンの特徴的な攻撃の一つが飛んでくることを知らせるものだったのだから。

 

 ──イデオンソード。

 右手から放たれる極光の剣は、文字通りの無限射程を持ってして相手を両断せしめる裁きの一撃である。

 単純に無限射程である、というその属性のみで無下限すら突破しかねないその攻撃は、なるほど生半可な対処では防御しきれぬ一撃だと言えるだろう。

 

 無論、今目の前にいるイデオンはイデを宿さず、ゆえにその一撃も本来のそれに比べれば遥かに劣化している。

 ……しているが、それを補うように燃え盛るその一撃は、本来のそれとはまた別の方向でこちらに危機感を煽るものでもあった。

 

 

「……くっ!!」

『なんという高温……これは迂闊に受けられたものではありませんね』

 

 

 それもそのはず、このイデオンソードは圧倒的な火力と射程を失った代わりに、熱による継続ダメージなどを発生させられるようになっていたのだから。

 一撃そのものの熱は防げても、それによって熱せられた周囲の空気までは防御しきれない……とでもいうべきか。

 一応、歪曲フィールドの効果で熱を近付けさせないようにしているものの、もし仮にフィールドを破られでもすれば、周囲の溶岩地帯よりも遥かに高温なその熱気を直接ぶつけられる……なんてことにもなりかねない。

 

 なりきり郷そのものの効果により、その熱気で人が死ぬことはないだろうが……逆に言えば、死ねない状態で熱気の中に放り出されるようなものであるともいえる。

 強制的にサウナに放り込まれた上、そこから逃げることも叶わないとなればそのうち脱水症状や熱中症で倒れかねないというか。

 言い換えると、間接的にこっちを殺す手段がある、とでも言うべきか。

 

 

──I'll be back.

「おいバカしっかりしろメイトリックス!それはお前じゃなく別のやつの台詞だ!」

「ぴっか、ぴかっちゅぴっ」*5

 

 

 騒ぐ他の面々を見ながら、私は現状を打破すべく【偽界包括】の展開を急ぐのだった──。

 

 

*1
『マクロス7』の主人公、熱気バサラの台詞の一つ。バサラと言えばこれか『俺の歌を聞け』が真っ先に彼の台詞として挙げられるだろう、というほどに有名なもの

*2
クク……風評被害だ、と言っておく

*3
冗談が本当になってしまうこと、ありえないことの例え。ここでいう『駒』とは将棋の駒ではなく馬のこと。瓢箪のような小さなものから馬のような大きなものが出てくる、というありえない状況を例えている

*4
どっちもラスボス級の危険物。宇宙規模であることは間違いない

*5
実は結構余裕じゃない君?



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炎に炎で対抗するのは意外と有効

『まだ時間は掛かりますか?』

「ごめん、あと三分……いや一分持たせて!」

『それはまたなんとも……中々の難題を』

 

 

 前回に引き続き、ファイヤー・イデオンとの戦闘中なわけだが……これが中々。

 シュウさんが意図的に歪曲フィールドの出力を上げることでなんとかもたせているが、それは同時に剣と盾のうち剣の担当である彼が本来の役目を果たせていない、ということでもある。

 

 これは、単純にマシュとイデオンの相性が悪いのが問題だった。

 一部のマシュを思い出して貰えばわかるのだが、彼女の防御と言うのは自身についてはわりと度外視している部分がある。

 というか、じゃないと彼女だけが消し飛ばされる……なんて状況がありえない。*1

 

 その理由は、彼女の持つスキル『自陣防御』が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()モノであるから。

 言い換えると、自分を含めない縛りがあるからこそワールドエンドクラスの攻撃(人理砲)を対処できた、ということ。

 ……つまり、彼女は相手の攻撃の余波による自身への被害を防ぎきれないのである。

 

 もっとも、相手の実力によってはそれも問題ないはずだった。

 限界を越えた防御を発揮する際、相手からの影響を削減しきれないのでそれを埋める手段が必要となる……というのが『自陣防御』が必要である理由なので、余裕で耐えられるような攻撃ならば『自陣防御』のデメリットを気にする必要もないのだ。*2

 すなわち、相手がイデオンで(限界を越える必要が)あるからこそ問題になっている、というわけで……。

 

 

「……くっ、これくらい……っ」

「無理をするなよマシュ。例え本物には及ばないとは言え、仮にも無限力なんてものを謳う存在が使っている器なんだ。ともすれば、発揮できる力の上限はこちらの予想を上回りかねないんだぞ」

「くっ……」

 

 

 中身がイデそのものでなくとも、その器がそれを納めるに足る大きさを持つものである、ということは変わらない。

 

 簡単に説明すると()()()()()()()()()()()となるわけだが、故にこそその火力は部分的に彼女の防御限界値の上を行ってしまっている。

 結果、余剰分が彼女の体力を削ることとなり、それを嫌ったシュウさんが防御役に徹する必要がでてきてしまった……と。

 

 一応、さっきみたいにマシュにもう一度【偽界包括】による強化……敢えて名付けるのならば【偽装召喚(パラレル・インストール)】を行う、という手もないではないが……。

 

 

「一日に二度もやるのはおすすめしないね」

『一応訪ねておきますが、その理由は?』

()()に支障が起きかねない」

『──なるほど』

 

 

 それは最終手段も最終手段、現状ではほぼ確実に選ぶことのない選択肢であった。

 

 理由は単純明快、例えそれが複製の世界であれ、そこにある者達は一種の本物。

 ……言い換えると、【偽装召喚】は『逆憑依』の上から『逆憑依』をしているようなものに近いのである。

 よりその人本人である属性が高まる、とでも言えばいいだろうか。*3

 

 本来『逆憑依』とは本物のガワを持ってきて、その中に核となる魂を埋め込む……みたいな感じのもの。

 中身は保護され休眠し、代わりに外側が考え動くため原作の彼らに近しい行動を行うが……同時に、彼らは扱いとしては英霊の座から呼び出されたサーヴァント、すなわちコピーに近いものである。

 

 ゆえに、この世界での経験は原作の彼らにはフィードバックはされない。

 反対は頻繁に起きるが、こちら側が向こう側(原作)に影響を与えることは滅多にないのだ。

 

 だが、【偽装召喚】の場合その前提が崩れてしまう。

 本来一方通行、こちらの情報を受け取ることのない原作という絶対的な存在。

 それと等価にして複製でもある【偽界包括】内の彼らは、『逆憑依』と長く触れすぎるとその参照先を自身に書き換えてしまうのだ。

 

 本来【偽界包括】内の存在は、原作という絶対の存在からしてみれば所詮は二次創作(コピー)に過ぎないのだが、同時に【偽界包括】は偽物を極めきった結果、本物と遜色ない状態となった存在。

 ゆえに、外から付けられた価値観(ラベル)を介さないと、真贋の判定が曖昧になってしまう。

 

 この辺りはデータのコピーの話がわかりやすい。

 デジタルデータというのはどちらが本物でどちらが偽物、ということを断じることがとても難しい。

 何故なら、それが保存されている場所や保存された時間などの間接的な要素でしか『どちらがより古いのか』、すなわちどちらが元になっているのかを語れないからだ。

 なんなら、タイムスタンプなどの差異となり得る部分を完全に書き換えてしまえば、どちらが最初に作られたモノなのかも曖昧になってしまう。

 

 ……物理の存在と違って容易に複製できてしまうからこその問題と言うわけだが、原作という存在と【偽界包括】についても近いことが言えてしまうのだ。

 

 基本、【偽界包括】を持つものの観測を起点として対象となる原作と同じ存在を作る、というような仮定になっているわけだが。

 その際に本来生じうるコピーミス(不具合)、というものが原則発生しないため、どちらが本物なのかというのは()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そしてその上で、さらにそこからコピーを作ってしまうとどうなるのか。

 ……コピー元が違えどどちらもコピーであることは変わらず、結果そこから元のデータを辿ってもその真贋を判定することはできなくなってしまう。

 その結果、『そう言えてしまう』という事実が拡大解釈され……『逆憑依』の参照先が本来不正である【偽界包括】内の存在になってしまう、と。

 

 これの面倒臭いところは、データ的にはミスとも言いきれない点。

 相互にデータをやり取りするのがあるべき姿だとするのなら、どう足掻いても大本のデータにはアクセスしかできない原作より、こちらの経験を書き込むことでアップデートを図ることのできる【偽界包括】側の方がある種健全である、と判断できなくもないのだ。

 

 その結果なにが起こるのかと言うと、本来再現度などで調整されているガワの影響が深刻化し、中身の核にまで波及してしまう。

 分かりやすく言うと、本来の『逆憑依』なら起こらない()()()()()()()()が発生するわけだ。

 

 

『中の人間との同化、ですか』

「『逆憑依』ってやつは原作に近付けることを目標にするくせに、()()()()()ことは考慮してない・もしくはさせようとしてないってわけ。そこにある制限みたいなものをバグ技で突破するような形になるのよ、やりすぎると」

「なるほど、侵食率みたいなものが設定されている変身アイテムみたいなもの、ということだね。二本使えばもちろん性能は上がるが、その分侵食率も二倍になる……と」

「……まぁうん、その説明で理解できるならそれでいいよ」

 

 

 ハザードトリガーとかみたいな扱いなのはどうかと思うが、実際暴走の代わりに本人そのものになってしまう、という危険性がある時点で変わりはないとも言えなくもない。

 

 まぁともかく、【偽装召喚】を安全に使用するのなら一日一度までが限度、それ以上は中身と外見の癒着を進める可能性が高くおすすめできないのは確かである。

 ……え?そういうのってどこかで二度めの変身をやる羽目になる?いやだなーそういうお約束。

 仮にそうなった時、本来考えられるデメリットを別方向に回避した結果さらに変なことになりそう、という意味も含め。

 

 

「うーん、特撮とかのお約束。……まぁ私が権限握ってるんだし、大丈夫でしょ」

「ぴっかぴかぴ?」*4

 

 

 トリムマウうるさい。

 ……ともかく、現状はマシュをどうにかするような手段は残されていない。

 となれば、外部から別の救いの手が来るのを待つしかない、という消極的な方法しか残されていない、ということになってしまうのだけれど──。

 

 

「……なるほど、だったら僕が来た意味はあったみたいだね」

「えっ?」

「ここは彼に肖りこう叫ぼう。──赫灼、熱拳!!

 

 

 その願いを聞き届けたかの如く、私たちの前にヒラリと舞い込んでくる炎の塊が一つ。

 

 それは、この熔地庵に住まう特殊な存在。

 炎で構成されたその体は、相手の炎を受けてもなお変わらず燃え盛っている。

 本来想定される本人のテンションと違うのは、あくまで彼がその姿を仮初めのものとして定めているがゆえ。

 

 ……されどそれは、この場においてある種の皮肉──原作の彼がなりたくてもなれなかったものへの錯覚を引き起こすような登場の仕方で。

 イデオンソードを炎の拳で払った彼は、人好きのする笑顔をこちらに向けながらこう告げたのだった。

 

 

「確か、こういう時はこういえば良かったんだったかな?──大丈夫、僕が来た

「だ、荼毘さん!?」

 

 

 そう、現れたのはこの熔地庵の主──荼毘ことヒードランだったのだ!

 

 

*1
防御するのなら自分の命についても考えるべき、という話。少なくとも一部の彼女にその思考はなく、スキル『自陣防御』は十全以上の効果を発揮した

*2
そもそも発動しなくても防げる

*3
同ラベルのT1とT2のガイアメモリ(『仮面ライダーW』)を同時差しするようなもの、とでも言うべきか。属性が強まるが同時にデメリットも強く甘受する形になる、とも

*4
それフラグでは?



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色々とドリームチーム

「……うん、ぶっつけ本番みたいなものだけど、上手く行って良かったよ」

「な、何故荼毘さんがここに……?」

「なんでって、僕の家の近くで騒いでたらそりゃ気になるってものじゃないかい?」

 

 

 イデオンの発生させた炎を自身の炎で相殺しつつ、荼毘君はこちらに朗らかな笑みを返してくる。

 

 ……炎とマグマはモノが違う、みたいなことを仰っていた海軍の大将がいたが*1、炎同士でも色々と勝手が違うというのは事実。

 具体的には、科学薬品による火災や独自に酸素を供給できるものの火災などが当てはまるだろう。

 言い換えると、単純に水を掛けても消えないような炎、というべきか。

 

 これに関しては花火がわかりやすい。

 大抵の花火は火薬と共に酸化剤が配合されており、これが熱を与えられると酸素を発生させる。*2

 結果、水の中でも酸素が供給される上、それによって絶えず燃え続けることで熱が下がらず火も消えない、という状況を発生させるのだ。

 

 また、水を掛けると水素を発生させてしまうナトリウムなんかも、水による消化を受け付けない素材の一つだろう。

 これらの禁水性物質*3は化学反応による熱と、水の分解によって発生する水素により文字通り爆発する。

 その上で、すべての反応が終わるまでは水による消化を受け付けない。

 化学反応は無限に起こるモノではないが、同時に材料が供給され続けるのならば持続するもの。

 ならば、後から材料を継ぎ足すに等しい『水による消化』が逆効果、というのは容易に察することができるだろう。

 

 こういう状況において、消化活動を行う際に重要となることが一つ。

 燃焼とは基本的に酸素を介すものであるため、酸素を供給できなくすれば基本は消える……ということ。

 ゆえに、こういった水を使えない状態での消化には粉末式の消火剤*4が使われる他に、もう一つ特徴的なやり方が存在している。

 

 それが、先に酸素や燃えるものを使いきってしまう方法。

 他の火災で問題となる火災を制御する、というやり方である。

 

 

「炎っていうのはどこまでいっても他者に依存するものだからね。燃えるものが無ければ消えるし、燃えるための要素がなくても消える。そういう意味では、他の炎というのは炎の天敵にもなりうるわけだ」

 

 

 とはいえ、やり方如何によっては余計に被害を広げることもあり、最終手段的に用いられる手法であることも確かだけど……と告げる荼毘君である。

 

 例えば、大規模な森林火災が起きたとする。

 このまま放っておくと火災はどこまでも延焼していくが、かといって消防車などのキャパシティ的には今すぐ消化する、というのは難しい。

 

 こういう時に使われるのがバック・ファイア──迎え火やバーン・アウトなどと言われる手法。

 火災の進行方向先にある可燃物を先に燃やしてしまうことで、そこから先に延焼が広がらないようにする手法である。

 

 炎は自然現象であり、生き物ではない。

 ゆえに、それに定められたルールに沿って行動するのが普通。

 そのため、可燃物が無ければ燃え広がらない……という当たり前の対処の前には沈黙せざるをえないわけである。

 

 また、これに似ているようで違うやり方として『爆風消火』というものがある。*5

 こちらは炎ではなく爆発を利用するやり方だが、燃焼のための酸素や可燃物を吹き飛ばすことで炎を消す、という意味合いでは似たようなものであると言えなくもないかもしれない。

 

 ……ともかく、火に対する火というのは意外と効果のあるものである、ということは間違いないだろう。

 それが能力者の使う炎にまで当てはまるのか、というところには多少の疑問もなくはないが……こうして相手の炎を押し戻せてる辺り効果はあるのだろう、多分。

 いやまぁ、少年漫画的な表現の範疇、という可能性もないではないが。

 

 ともかく、機体を通して炎を発射するイデオンと、体そのものなマグマの塊である荼毘君では、どちらが優位かと言うのは一目瞭然。

 ……そう簡単に壊れたりはしないだろうが、やはり機体から熱を吹く、というのが負担になりかねないイデオンの方が不利であることは間違いあるまい。

 

 ゆえに、この対決において荼毘君側の負けはほぼない、ということになるのだが……。

 

 

「……おおっと、これは意外だね」

「炎の様式を変化させた……?」

「ますますなにが入ってるんだこいつ、って感じだなぁ」

 

 

 このままでは勝てないことを察したのか、相手は無秩序に吐き出していた炎を変化させる。

 

 それは、研ぎ澄まされた刃のような変化。

 圧縮された結果硬い物質のように密度の上がったその炎は、生半可な炎であれば焼き切るほどの鋭さを得た。

 ……ある意味では、イデオンという存在には似合わぬ小手先の細工、ということになるのだろうか?

 

 とはいえそれが効果的であることは間違いない。

 炎同士ならともかく、それが別の形態を得たのであればその性質を活かした攻撃を行えるようになった、と見るべきだろう。

 

 ──そんな風に、第二ラウンドは開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

『ところで、向こうの複製に関しての進捗は?』

「今の流れのせいで検索のし直しだよ!悪いけど追加であと一分!」

 

 

 気を抜いたのが悪いというか、相手が一枚上手だったというべきか。

 ……ともかく、先ほどまでなんとなく掴みかけていた相手の正体がするりと腕の間をすり抜けてしまったため、【偽界包括】による複製の検索(さくせい)もふりだしに戻ってしまった。

 

 これが本来の使い手──『星女神』様や『月の君』様なら問題はなかったのだろうが、そうではない私には検索とう仮定は省略できないのでどうしようもない、というか。

 ……そういうわけなので、他の人には悪いのだがもう暫く対抗をお願いしたい私である。

 

 まぁ、先ほどまでよりは遥かに楽そうでもあるので、なんとか時間を稼ぐことはできそうでもあるのだけれど。

 

 

「一瞬警戒してしまいましたが……寧ろ今の方が対処が簡単のような気がしますね」

「それ、向こうからしたら噴飯ものの台詞だと思うけどなぁ」

『下手に密度を上げたせいで、純粋に物理攻撃に近付いてしまっていますからね。……そうなれば彼女のこと、その堅牢な盾の前には型もなし……という感じでしょうか?』

 

 

 その理由は、マシュが盾役として前に出やすくなったことに理由があった。

 

 先ほどまでのイデオンの発生させる炎は、いわば現象としての炎。

 防ごうと思うと単純な盾では難しい、不定形の攻撃であった。

 そこに炎熱の追加効果まで付随していたのだから、生身の人間である彼女には非常に辛い相手だったわけである。

 

 だがしかし、今のイデオンの攻撃は物理的な破壊力を伴うようになった結果、逆に普通の物理的な防御でも対処しやすくなってしまったのである。

 ……いやまぁ、密度が上がった結果発する熱も高くなってるんだけどね?

 ただ、純粋な熱に関しては荼毘君が吸収して無効化しているため、結果としてイデオンの攻撃は物理的な破壊力の方が重視される結果になってしまったのだ。

 

 で、その破壊力というのも本来のイデオンからすれば全然足りておらず。

 結果、先ほどまでの不甲斐ない自分を払拭するように、発奮するマシュによる的確な防御に全て阻まれることになってしまったと。

 で、盾たる彼女が正常に機能すれば剣であるシュウさんも十全に働けるようになる、というわけで。

 

 

『弱いものいじめのようで気が引けますが……どちらにしろ私たち側に有効打がないのも事実。ですので精々張り切って、貴方の足を引っ張ることと致しましょう。──ワームスマッシャー!』

「なるほど、攻撃の起こりを邪魔すると……なんとも的確な対処だねぇ」

 

 

 後のことを考えるとイデオンを破壊することはできないので、こっちが行うのはほどほどの攻撃……という感じだが、それでも的確に動きの起こりを潰していくシュウさんは流石、というか。

 

 ともかく、荼毘君の参加により本来の役目を果たせるようになった二人は獅子奮迅の活躍を見せ、結果私が【偽界包括】を発動するまでの時間を稼ぎきったのであった。

 ……うーん、パーティメンバーの選出ってやっぱり重要なんだなぁ……。

 

 

*1
『ワンピース』大将・赤犬の台詞『お前はただの"火"わしは"火"を焼き尽くす"マグマ"わしと貴様の能力は完全に上下関係にある』から。一瞬『?』となるが、純粋に炎のみの能力である『メラメラ』と、副産物として炎も出せる『マグマグ』ならば確かに後者の方が凄い気はするだろう。また、火の正体がどこまでも他者(可燃物・酸素)に依存する現象であるとするなら、マグマはそれ単体で成立するモノであるので『燃焼の元を断つ』……的な意味で理解することもできなくはないかもしれない

*2
因みに何故花火の中に酸化剤が含まれているのかというと、花火のように劇的な反応を発生させる為には空気中の酸素だけでは足りていないから。純粋に火を着けただけではちろちろと燃えるだけに留まり、一般的な花火のような『爆ぜる』感覚は味わえない。線香花火の最後の燃え残り、みたいなものがずっと続くとすればイメージとしては分かりやすいか

*3
水との接触により発熱・発火・可燃性ガスの発生などの危険な状態を引き起こす物質のこと。ナトリウムなどが有名で、これを水に接触させると熱と水素の発生により派手に爆発する。一応、初期段階の爆発については別の要素によるモノらしいが、結果として水とナトリウムの反応に移行してからは、水素の燃焼による爆発に移行することに間違いはない

*4
この粉末消化は基本的に『物理的な周囲の空気との遮断』『薬剤の反応によって発生する炭酸ガスなどによる酸素の希釈』『負触媒効果による燃焼の阻害』を纏めて行うものであり、効果が非常に大きい。……のだが、粉末である為使用後の周辺への汚染を処理するのが大変、という別種の問題を抱えていたりもする

*5
燃焼箇所の近くで爆発を引き起こして火災そのものを吹き飛ばす超荒業。油田のような消火が著しく難しい場所などで使われる。その際の爆発は火を伴うモノではないのが望ましい



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これは何処にいる誰のお話なので?

 はてさて、ついに【偽界包括】による複製の生成に成功したわけなのだけれど。

 複製された相手を見て、私たちは思わず間抜けな顔を晒していたのだった。

 

 

「……ええ、マジで言ってる……?」

「これはまた……なんとも」

「でも、状況的にはそういうこと、なのですよね……」

 

 

 そう、私たちがここまで驚いている理由。

 それは、複製されて出てきた存在があまりにも予想外だったため。

 ……勿体ぶるのもあれなので答えを述べるが、【偽界包括】で複製されたイデオンの中身はなんと、小さな火の精だったのである。

 仮に名付けるのなら『火蜥蜴(サラマンダー)』、となるだろうか?

 

 

「……キュルケの使い魔のヒータちゃんのあれとは、また違うタイプね」

「こう、ファンタジー作品に多数存在する、一般的な姿のサラマンダー……というべきでしょうか?」

 

 

 体の全てが炎で構成されているトカゲ……言い換えると、荼毘君の本体であるヒードランが小型になったような姿、とでも言えば分かりやすいだろうか?

 そしてそれは、一般的なファンタジー作品に登場する、よくあるサラマンダーの姿……ということでもある。

 

 

「……つまり、原作がわからない、と?」

「そういうことになるね。……これがイデオンに勝てずに単に負けてくれてたら、私の【偽界包括】がミスってたってことで納得できたんだけど……」

「あれほど猛烈な攻撃を見せていたイデオンが、小さな火蜥蜴如きにあっさりと降参しましたからね。……中から出てきたのも、見た目が同じものでしたし」

 

 

 この話の問題は、あらゆる部分が噛み合ってないこと。

 イデオンという器に自身を収められるだけの力、それをある程度は扱える技量、そしてマシュを苦しめるだけの熱量。

 

 明らかに、力量としては一神話の主神級であってもおかしくはない。

 にもかかわらず、中から出てきたのは単なる火蜥蜴一匹。

 大山鳴動して鼠一匹、どころの話ではない。

 

 ──となれば、答えとして沸き上がるのは一つ。

 

 

「……逃げられた、かな」

「複製されることで自身のことを明らかにされるのを嫌った、ということですか」

「それがわかる上にそれを嫌がる、って時点である程度絞れはするんだけどね」

 

 

 それこそ、先ほど例に挙げた主神級の存在であるとか、力量的にはその辺りであることを容易に想定しやすい。

 ……もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()か。

 

 

「……と、いうと?」

「分かりやすく言うと相手が【星の欠片】なら簡単には複製できないし、『逆憑依』そのものを複製するのもちょっと無理があるね」

「……?今それを行おうとしていたのでは……?」

「【顕象】と『逆憑依』だと複製の難度が違うんだよ」

 

 

 今の私が複製できないのは、大きく分けて二つ。

 

 分かりやすいのは【星の欠片】の方。

 本来のそれが世界の理・新たな秩序であることからわかる通り、【偽界包括】もまた一つの世界であるため内部には自然に【星の欠片】が発生することはない。

 一応、『星女神』様や『月の君』様辺りならばそこも踏まえて複製をすることはできるだろうが……今の私はそこまで【偽界包括】に習熟しているとは言い辛い。

 

 後者である『逆憑依』の方については、そのあり方が複製の難易度を上げる一因となっている。

 中身である核に見た目・普段の人格であるキャラクター性を付与する『逆憑依』は、単純に考えて二人分のリソースを必要とするが、それに加えて内在界についての演算も行わなければならないのだ。

 

 

「……内在界?」

「おっと初出のワードだった。……っていっても、別に難しいことは言ってないよ。よく『人一人を一つの世界と解釈する』みたいな話があるでしょ?あの話を【星の欠片】向けに翻訳・転用した概念ってだけだから」

 

 

 人の体内は一種の異界である……みたいな?

 錬金術の概念である『全は一、一は全』にも繋がる話だが、人一人が自身という世界を抱えていると解釈する場合、『逆憑依』は中々に複雑な構成をしていることが見えてくる。

 

 核となる中の人間が持つ世界と、外見となる外の人間が持つ世界というのは基本混じりあうものではない。

 ……正確には、中身の世界から発生する影響を外の世界はある程度受け取っているわけだが、その反対は原則発生しない。

 その小さな断絶が、【偽界包括】による複製の難度を跳ね上げるのである。

 

 言い換えると。

 現在の基礎概念である『現実』という法則に則って生きている人間を単に再現するだけならなんの問題もないが、装備として『現実ではない』法則を纏っていると問題が出てくる……という感じか。

 雑に言うなら『異世界転生したやつは再現し辛くなる』だろうか?

 

 まぁ、本当に雑に説明しすぎていて、微妙に誤解を発生させかねないのだが。

 

 

「誤解、というと?」

「異世界転生なんて現実にはないでしょ?でも『逆憑依』は現実に──少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()なわけだ」

「……なるほど、『現実』というものの判定がとても厳密である、ということですね」

「そういうことー」

 

 

 今のこの世界においては、『逆憑依』だけが『異世界転生』扱いされている……というのが正解なのかも?

 言葉の上ではどの『異世界転生』も同じだが、その実その言葉を持ち出す時基本的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というか。

 

 例えばこの世界が『オーバーロード』の世界だったりすると、私はモモンガさんを複製することは不可能である。

 ……実際には彼の中身は本物の鈴木悟の複製である、みたいな話もあるので完全に、とまでは言えないが……少なくとも、その世界の『現実』が鈴木悟の生きる世界であるならば、本人の複製はともかくモモンガさんの複製を行うことは至難を極める。

 

 その理由というのが、複製の際に属性のラベルを張り替えてしまうため。

 転生者や『逆憑依』は()()()()()()()()()()()()()()()、というような感じの属性を持つもの。『逆憑依』の場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが、どちらにせよ『外が偽、中身が真』という扱いであることに差はあるまい。

 これは彼らが転生者や『逆憑依』である限り変わらない属性、ということになるわけだ。

 

 ところが、【偽界包括】による複製というのはその状態に関わらず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものである。

 偽物が本物に劣るとは限らない、みたいな感じでフォローをしているものの、それでも『原作ではない』という属性は変わらない。

 

 ……そう、なんでもかんでも『偽物』としてしまうために、転生者や『逆憑依』なようなものを複製すると本来変化しないはずの中身──なにがあっても本物であるはずのその部分を偽物に書き換えてしまうのである。

 その結果、存在としての本質が変化してしまい、複製しきれないという結果に繋がってしまう……と。

 

 ただこれ、本来は問題になるはずのない話だった。

 本物であることがなにより重要となる、というような話が基本的にそう多くないのが一点。

 ……少なくとも多重構造になっていないのなら、そこら辺は幾らでもごまかせるので問題ないのだ。

 

 また、仮に多重構造になっていたとしても、その世界に現れた【星の欠片】はその世界の『現実』であるため、同一の世界に住まう相手のラベルを保持することは難しくない。

 仮に互いの『現実』がずれていたとしても、その場合複製される側が創作の存在である、という属性が付与されていることがほとんどであるためこちらも問題にはならない。

 端から複製されている存在を複製しても、それがデータ由来なら確かめようがない……みたいな話だ。

 

 ──故に、『逆憑依』というものがどこまでもイレギュラーとなる。

 今この世界にいる【星の欠片】は原則この世界の『現実』ではない。

 その上で、どちらの『現実』が優先されるということもない。

 ……互いの『現実』が同一ではないのにも関わらず平等・同等であるという状態が珍しいうえに、その状況下で異世界転生に等しいような状況が巻き起こっている、ということになるわけだ。

 

 この特殊な状況が【偽界包括】による複製に対して不具合を起こすため、少なくとも私が複製を行おうとすると『逆憑依』相手には使えない……ということになるわけなのだ。

 

 なお、これはあくまで『複製として外に出力できない』だけの話であり、例えばさっきマシュへと強化を施したような『能力の貸出』の面については特に問題なかったりする。

 ……まぁ、あの時のあれは【偽界包括】内の『逆憑依』のマシュを通して()()()()()()()()達の力を借りていた、という形なので別に外に出力しようがしまいがあんまり変わらないのだが。

 

 

「……貴方の技能と『逆憑依』が色々とややこしい事情を抱えていることはわかりました。それで?今回の相手の予測については?」

「あーうん……多分このタイミングで逃げることで【星の欠片】なのか『逆憑依』なのか、そのどちらかを判別させることを避けたかった……って感じかな?」

「どちらなのかを判別できれば、次からは確実に対処されるから……と言うことですか?」

「まぁ、どうにも今回の話(ハロウィン)とは別口っぽいからねぇ」

 

 

 なにを目的にしていたのか、それを探ることは相手が消えてしまったためわからんけども。

 

 ……そんな風に締め括りながら、私たちは複製の火蜥蜴と見つめあう火蜥蜴をなんとも言えない顔で眺めていたのだった……。

 

 



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グレンキャノンもだ!カーシャも!

「まぁとりあえず、イデオンを沈黙させられたんだから万事オッケーってことで!」

「ふむ、そうなると結局君がこれを動かす、ということでいいのかな?」

「……あー、うん。逃げた相手がなにかを仕掛けてる可能性もあるし、私がやるしかないかなー」

 

 

 はてさて、無事にイデオン撃破!……と、無邪気に喜べるような話ではないのも確かな話。

 色々と謎の残る結果であり、そのままこのイデオンを対オルトに持ち出すのは宜しくないような気がする。

 ……主に誰かに操られていたことがある、という属性が付いてしまっているせいで。

 

 そもそも、イデオンの機体というのは厳密には()()である。

 見た目上そんな要素を感じさせないだけで、方向性としてはピラミッドや古いお城なんかが変形合体しているようなもの。

 ……方向性的にはFGOのテノチとかが近い、とでも言うべきか。

 

 

「遺跡という神の座す場所をそのままその五体とすることにより、神の力を振るうに足る神体とした……ということか」

「神のために作られたものなのだから、そのまま神の体として使うのになんの支障もない……ってやつだね」

 

 

 まぁ、最近はその論法を逆手に取って『今の時代に残されている遺跡は実はロボットなんだよ』(超要約)とかする作品も増えてしまったわけだが。

 

 ……ともかく、本来遺跡というものは単一・もしくは一つの神話体型に対して捧げられしもの。

 故にその区分から外れたものには使用する許可も降りなければ、使用するために必要なエネルギーも賄えないはずなのである。

 無論、相手が【星の欠片】ならば『万物に必ず含まれている』という性質の()()によって自身をそれらの神である、と誤認させることもできるのだが……。

 

 

「さっきの奴がお仲間(星の欠片)ならやりやすいんだけど、もし仮にそうじゃなかった時が大変なんだよね……」

「具体的には?」

「イデにしか使えないはずのイデオンを他所の存在が動かした、ってことになってそういう逸話補正が付く。……もっと分かりやすくいうと、オルトに制御を奪われる可能性大」

「うわぁ」

 

 

 オルトの本体は後ろの円盤、というのはFGOを最新章までやってる人ならご存じかと思うが、マテリアルによればもしかしたらそれすら擬態で()()()()()()()()()()()()()()……かもしれない、みたいな話があるのだ。*1

 

 それを前提に先ほどの状況をもう一度確認すると、イデオンはなにやら炎型の存在に操られていた、ということになる。

 ……うん、イデオンをオルトの器として利用できそうな気がしてこないだろうか?

 

 この話の一番の問題は、仮にこれが成立しうる話であるのならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになってしまうこと。

 ……さっきイデオンの機体は遺跡である、と説明した時にピラミッドや古いお城を例えに出したのを覚えているだろうか?

 そして、FGOにおけるハロウィン、その象徴となっているとある物体。

 

 ……そう、ハロウィンのオルトにとって『チェイテピラミッド姫路城』は神体となりうる可能性があるのだ。

 そしてその論法が通じるのなら、同じ遺跡であるイデオンもまた器として最適ということになり、そこに先ほど『炎型の存在に操られていた』という事実がぴったり重なり……。

 

 

「最悪の場合オルト・イデオン降臨のお知らせ……ということですか」

「なんだいその悪魔合体!?」

「なーにが質悪いって、これが成立するならまず間違いなくこの星は滅ぶってところだよ……」

「次から次へと衝撃的な事実を列挙するのはやめたまえ!?」

 

 

 あっはっはっ、もう笑うしかねー(白目)

 

 ……順を追って話そう。

 まず、単純にオルト(原作)とイデオン(原作)が戦う場合。

 これは恐らく、イデオン側の圧勝である。

 

 そもそもの話、オルトが脅威であるのはその登場作品が原則人の物語であること、および星を破壊する火力と言うものを気軽に容易なんてできない、というところにある。

 逆を言えば、それらから外れた作品においてはオルトという存在の脅威度は格段に減ってしまうのだ。

 

 原作者が冗談めかして言ったウルトラマンや、シュウさんみたいな異様な火力を持っている類いのロボット系、それから人間ながら単一で星を破壊する火力を持っているドラゴンボールのような超人達。

 これらは、恐らくオルトを前にしても対抗できる・もしくは打倒できるとおぼしき存在達である。

 

 無論、彼らも無傷で突破できるかと言われれば微妙なところがあるだろう。

 

 純粋火力以外での打破が難しい、という辺りドラゴンボール系列は単なる気功波で消し飛ばそうとするのならともかく、迂闊に『破壊』だとか『元気玉』だとかを使うと面倒なことになりかねない。

 完全に消滅させられればいいだろうが、原作のセルみたいに下手に細胞一つでも残ってしまうとそこから復活、とかしてきかねないだけの恐ろしさがオルトにはある。

 その上で、例えば『破壊』を学習してしまったら軽率に『破壊』をけしかけてくるようになるかもしれないし、『元気玉』の理論を自身の浸食固有結界に応用し、周囲の存在から()()()()()()()()()()()みたいなことをやりかねない。*2

 

 また、ロボット達も発生させる事象が純粋物理ならともかく、『アカシックレコードから存在を消し去る』*3という特殊も特殊な技を使って倒し損ねた、なんてされたらもはや目も当てられない。

 無論、その辺りの技ならば本来倒し損ねることなんてありえないのだが……相手はとにかく生き汚いオルト。

 そもそも細胞一つあればそのうち再生する、と明言されている以上その根絶は文字通り黒光りするGレベルのものだと思っておいた方がいいだろう。*4

 

 ……そういう意味で、ドラゴンボール勢が微妙にノイズになるわけだが。

 火力は申し分ないのに、舐めプして逃したりしそうな感じが一定以上拭えないというか。

 あとはまぁ、気で防御できればいいが、近付いた際の結晶化を防げないとそのまま吸収されそうというか。

 ……死語の世界が明確に存在するので、そこを認識されるとドラゴンボールによる蘇生すら悪手になりそうで怖いというか。

 

 ともかく、他所の作品からしてみれば絶対的な存在ではないかもしれないが、対処をミスればそのまま終わりかねないという意味では決して舐めて掛かってはいけないというのがオルト、ということになるだろう。

 

 で、そこから話を戻して……そういう意味合いにおいて、イデオンがオルトに負ける可能性はほぼない、と言ってもいいだろう。

 まず、火力に関しては問題がない、どころかオーバーキルですらある。

 文字通り()()()()()()攻撃ができる*5のがイデオンであるため、あくまで惑星規模の耐久力であるオルトには荷が重すぎるのだ。

 また、細胞一つ残らず消滅……というのも、銀河ごとぐちゃぐちゃにしかねないイデオンガンがある時点で問題なし。

 

 ……というか、英霊達をエネルギーとして活用できていなかったあたり、イデに関しても恐らくオルトが利用することはできないだろう。

 吸収はできるかもしれないが、そもそも無限力なので幾ら吸われたところで問題はない。

 

 唯一、イデ側が舐めプをし始めたら問題となるかもしれないが……基本的にイデは滅ぼすと決めた相手に容赦は一切しない。

 なので、オルト相手に舐めプをする可能性はゼロ、ゆえにオルトに勝ち目は万に一つもない……となる。

 

 原作同士ならそれで話は終わるのだが、ここにいるのは複製品。

 そうなると、幾つか問題が出てきてしまう。

 

 一つは、先ほども話したそれぞれに付与された属性について。

 原作から遥かに弱体化している彼らは、原作ほど圧倒的な存在ではない。

 ゆえに、本来確実に負けるはずのオルト側に勝ち目があるどころか、この場においては寧ろ特攻まで貰っているレベルで有利に近いのである。

 

 二つ目は、仮にその相性通りに勝負が決まった場合。

 オルトはその対応力が特に厄介な存在だとされているが、もし仮にオルトがイデオンを自身の体として運用した場合、なにが起きるだろうか?

 答えは簡単、その器に刻まれし因果を読み取り、無限力の扱いに触れる……である。

 

 

「!?」

「あくまで可能性の話だけどね。……でももし仮に無限力の概念を学んで、それを実現できるようになったら……」

「おぞましいどころの話じゃないんだが?!」

 

 

 まぁ、これに関してはイデオンを十全に扱えるようになる、みたいな意味合いでしかないのでそこまで問題ではない。

 概念がわかったところで、オルトが無限力になるわけでもないしね。

 

 問題はそのあと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()話。

 

 

「オルトがハロウィンしてるのは、強い目的意識によって行動を左右される性質があるからこそ。もし仮に、そんな存在がイデなんて極論の極致に触れたらどうなるか──火を見るより明らか、ってやつじゃない?」

「……オルトがイデになる、と?」

「オルト・イデでもイデ・オルトでもいいけど……悪魔合体以外の何者でもないよね」

 

 

 主にアポカリュプシス一直線、という意味で。

 ……そういうわけで、仮に今のイデオンを運用するのなら、オルトに絶対触れられない位置に下がる必要性がある、という話になるのでした。

 必然、私の立ち位置も大分後方になる、と。

 

 

「……ん?もしかして私たちが前に出る必要性があると……?」

「そういうことだね!一応マシュも前に出て貰う予定ではあるけど!」

「こんなところで総力戦再びしなくてもいいんじゃないかなぁ!?」

 

 

 予言の四つが戦うのだ、と考えていたライネスの悲鳴が響いたが、多分問題ないと思います(適当)

 

 

*1
原種であるオルトの変形にそういう形態を想定していたとのこと。星を覆うクモの巣となるそれはまさに異形も異形

*2
『元気玉』は善人にしか使えないのだが、オルトはそもそも単に生きているだけ。そして生存競争に善悪はない。さらに浸食固有結界の性質の参考にするだけ、なのでなんの問題もなく成立しうるわりとヤバげな派生

*3
サイバスターの武装『アカシックバスター』などが該当。わりと連発する癖に設定が物騒すぎる技

*4
攻撃を薬剤と考えると、薬剤耐性を得ることでそれらに対処する彼らのあり方は確かに近いと言える

*5
主題歌である『復活のイデオン』の歌詞の一部。『銀河切り裂く(有言実行)』とか揶揄されたりする(白目)



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オルトの日、ある人の日

「えー、改めて配置についてだけど。私は万が一にもイデオンをオルトに触られないように、大分後方から火力支援するね」

「それはどのくらい後方から?」

「亜種のオルトが触手を推定二十キロは伸ばせるって話だから、弱体化を考慮して十五キロくらい?」*1

「それほとんど地平線の向こう側では???」

 

 

 いやだって、実際にそれくらい伸びるかもって言われてたし……。

 その距離で咄嗟に避けるのが困難な位の速度で触手を伸ばしてくるというのだから、そりゃまぁ安全を取るならかなり離れないと危ないというか。

 人間大ならともかく、ロボットみたいな大型の存在が咄嗟に動くのは難しいんだからさもありなん。*2

 

 一応、イデオンを利用する関係上距離による攻撃の減衰、みたいなことを考えないでいいのは有難い。

 私自身はイデではないけど、【星の欠片】そのものは普通に無限力の一つと言っても過言ではないので、武装の取り回しそのものには差異はないだろうし。

 

 一つ問題があるとすれば、届きはするけど攻撃方法は限られる……というところだろうか?

 まさか街中でミサイルぶっぱするわけにもいかないし、罷り間違って周囲の物体に被弾した時が怖すぎる。

 私が扱う以上イデオンは【虚無】の属性を纏うわけだが、それってつまりあのミサイルが全部フォトン・トルピードみたいなことになる、って話になるわけだし。独裁者かな?*3

 

 

「……イデオンのミサイルってなんか特別だったりしないのかい?」

「いんや、作中では装弾数が多いってだけで取り立ててすごい武器ではないね」

「そのミサイルはどれだけ詰まってるんだ?」

「大体一万五千」

「!?」

 

 

 うん、比較的他より弱いとは言っても、それだけありゃ大抵の相手は沈められるよねというか……。

 なにがあれって、これを私が運用する場合はミサイル達は自動装填、かつ補充が無限になってさらに属性・虚無が付与されるっていうね。

 下手するとわかりやすいガンとかソードより密かにヤバいかも?

 ……そういうわけなんで、あからさまに周辺区域への被害がヤバい(万が一打ち落とされたりするとその場で対消滅し始めるので余計のこと)ため、今回はミサイル封印である。

 

 同じような理由で、ガンも禁止。

 巻き込む範囲が広すぎてオルトがやる前に私が(なりきり郷を)破壊する、みたいなことになりかねないし。

 なんなら効果範囲が本来のイデより狭い代わりに、破壊規模が【虚無】の属性のせいで跳ね上がっているから局所に対しての危険性ならこっちのが上だろうし。

 

 

「そうなりますと……近接戦闘は無理ですから、使えるのはソードのみということになりますか」

「それも、使い方は手をまっすぐ伸ばした状態で、ビームみたいに運用する……って方法に限られるね。間違っても原作みたいに薙ぎ払うのは不可能だし、威力を絞らないといけないから扱い難しそうだし」

 

 

 ゆえに、今シュウさんが言ったように使える武装はイデオンソード一つに絞られる。

 それも、本来の使い方のような薙ぎ払いはオルトどころか周りごと切断することになるため不可、さらに込めるエネルギーを細かく調整しないとオルトに届くどころか背後の壁まで……なので扱いが難しい、といいとこなしである。

 

 ……それもこれも、私とイデオンの相性が良くないのが悪いのだが。

 いや、どっちかというと良すぎるので悪い、という方向性なんだけども。

 

 

「イデって強い精神の人達が集まってできたもので、それが求めるのは正しい生命体って感じだけど。【星の欠片】は弱い者達がそれを極めて果てに至ったもので、求めるのは進み続ける生命体……みたいな感じで、鏡写しな感じになってるんだよね」

 

 

 あれだ、嫌ってる相手ほどどことなく似てしまう……みたいな。

 私達【星の欠片】が最終的に願うのは、私達(星の欠片)を踏み越えて進化に辿り着くもの。

 強弱の差を抜きにするとゲッターに近いわけだが、求めるものの性質から無限力に近しいもの、としてイデにも対応しうるわけである。

 

 それで、イデオンは無限力(かみ)がその力を振るうための器。

 ……そのせいで、【星の欠片】が仮にこれを動かそうとすると思わずやりすぎてしまうのである。

 分かりやすくいうと手加減がし辛くなる、みたいな。……精神力(SP)の消費が十倍になるようなものというか。

 本来なら一億の私達(星の欠片)を動員すればいいところで、勢い余って十億投入してしまうようになるというか。

 ……【星の欠片】は無限の自分達を適切な数動員することであらゆる現象を模倣するもの。

 ゆえに、動員数が過剰になってしまうのは能力の制御的にはまっったく嬉しくないのである。過剰火力とか求めていないからなおのこと。

 

 あとはまぁ、イデオンという器そのものが人に対しての試練の象徴とも言えるため、気を付けないと【星の欠片】の本能が暴走しやすくなる、というのもよろしくない部分だろうか。

 長く使い続けると『倒されるべきラスボス』として行動したくなるというか?

 

 

「そうなったらオルトどころの話じゃないよね。……そうならないようにあれこれ気を遣うから、余計のこと近接戦闘なんてやれたもんじゃないし、イデオンソードも単にスイッチ押すだけ、みたいな照準合わせ以外の簡略化が必要になるってわけ」

「言ってることが無茶苦茶なんだが?」

 

 

 まぁ、その辺りは慣れて貰うしかないというか……。

 

 ともかく、後ろから援護攻撃すると言っても、基本的にはそんなに役に立つことはないだろう。

 イデオンソードで串刺しにして相手の動きを止める、くらいはできそうな気もするがやりすぎると適応化からのなにが起きるかわかったもんじゃない、状態に移行しかねないし。

 

 

「なにが起きるかわからない、とは?」

「ああうん、本来ならオルトが【星の欠片】を学んだところで問題はないんだよね。私達(星の欠片)って死にたがりだから、とにかく生き延びたいって相手とは相性が悪すぎるし」

 

 

 ……この『なにが起きるのかわからない』という言葉に反応したメイトリックスさんがいたので、追加説明。

 

 オルトが生き汚いのは皆さんご存じの通りだが、それとは全く反対の性質を持つのが【星の欠片】である。

 一際目立つ特徴である【永獄致死】がその筆頭だが──私達は死を積み重ね、死に死を被せた結果()()()死を越えたものである。

 

 それを成立させる条件の一つに、『己の生に拘らない』というものがあるわけだが……それは一つボタンを掛け違えると『成仏』などに派生するものでもある。

 今の生に執着せず、自身のなすべきことをなした結果至るのが成仏だが、そこから邪道に外れたのが【星の欠片】だと言えなくもない……というわけだ。

 

 逆にいうと、生あるものが最終的に目指すべき境地に近いものでもあるため、その理解を行うことはもしかしたら万に一つでも起こりうるものかも、ということになる。

 実際、【星の欠片】の中には本来なら仏に至っていただろう、みたいな者も少なくない。

 

 この事実が示すのは、【星の欠片】は別に特別な素養がいるものではない、ということ。

 心持ち次第では普通に至ってしまう可能性があり、そしてそれは恐らく人の進化の面から見ると恐らく退化に当たる、ということ。

 ……そこら辺が踏み台にされる理由であり、そのせいでオルトみたいな存在にはまったく噛み合わないし理解できないもの、ということになるわけである。

 特別な素養があるものはそもそもこの境地に至らない、というか。

 

 

「どっこい、オルトそのものはそれが有用ならなんでも学ぶ存在。ってことは、本来噛み合わないはずのそれを無理矢理学ぶ、みたいな事象が発生する可能性もゼロではないんだよね。結果、生と死の境界がオルトの中で流転し──」

「流転し?」

世界がオルトになる

「……は?」

「まぁ、最悪のパターンだと、って話。普通は純粋に対消滅するし自爆するだけに留まるはずなんだけど、あのオルトは原種や亜種からも離れた存在だから、【星の欠片】を理解する可能性が天文学的な確率だとしても存在しうるってわけ」

 

 

 まぁ、存在するとしてもその確率が成就するような世界は剪定──観測されないものだろうから、起こることはまずありえないのだが。

 仮にそれが許されるパターンがあるとすれば、オルトに【星の欠片】を学ばせることに意義があるような状況、ということになるか。

 

 ……個人的にはそんなものはない、って感じなのでナイナイ、と答えておきたい次第である。

 

 

「まぁ、そもそも私が不用意に長時間足止めとかしなければ問題ないって話だから、今回気にする必要性は本当にないんだけどね」

「じゃあなんで話題に出したし」

「んー、今までの傾向から……裏を掻くため、かな?」

「はぁ?」

 

 

 散々口は災いの元、と言ってきたのだからいい加減対策の一つや二つ思い付くというか。

 

 ……まぁそこに関しては詳しく語る意味もないのでスルーするとして、とりあえず私が後ろに下がるのは既定事項。

 あとは他の面々の位置取りについて、ということになるのだけれど……。

 

 

「とりあえず小松君は私と一緒に後ろ、かな。彼の場合は調理場の俯瞰のためだけど」

「確かに……今回みたいな状態ですと、なるべく広い視野を持っていた方がいいですからね」

 

 

 その辺りはすでに決まっているようなものなので、流すように説明していく。

 まぁ、その中でマシュとライネスが揃って最前線、ということを告げたせいでライネスから泣きつかれることになるわけなのだが。

 

 

*1
『空想樹海紀行 オルト・シバルバー』内での描写から。かなり離れていた主人公達にも容易に攻撃できるほどの長距離射程かつ、戦闘画面の描写からその速度もエグいのがよく分かる(普通の距離に触手を伸ばすような速度で結構な距離に攻撃してくる)

*2
反応速度的な意味でもあるが、もっと大きいのは人間大に換算した時に同じような動き、となるとロボットの大きさによっては負荷が大きくなりすぎる部分。大きくなればなるほど端から見て人と同じような動きに掛かるエネルギーは高くなる(腕を振る、というのを見た目だけ同じにする場合(≒一動作に掛かる時間を同一にする)、指先の速度は比べ物にならないことになる(そもそものスケールが違うため、同じ『腕を振る』でも指先が通過する距離が遥かに長くなる))

*3
『ガンダム Gのレコンギスタ』内の描写・装備。『フォトン・トルピード』はGセルフのパーフェクトパックに導入されている装備であり、その実態は『光子対消滅反応魚雷』──SF作品等に登場する光子魚雷である。当たると対消滅する粒子をばら蒔く危険兵器。『独裁者』は、作中のとある人物が主人公を指して述べたもの。宇宙艦隊戦ならともかく、対ロボット同士の戦闘で光子魚雷なんて出てきたらそう呼んでも仕方ないかもしれない(誤解を招く表現)



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戦力の正確な判断は作戦立案にとても重要

「な ん で そ う な る!?」

「ははは。いや別にいじめとかじゃないから。だから頭を前後に揺らすのはやめめめめめ」

 

 

 マシュとライネスがオルトの目の前で作戦行動、という配置が決まった瞬間、渦中の彼女がこうしてキレ散らかすのは目に見えていた。

 なんてったって(原作の)彼女はオルトに相対したことが()()()()()()()()()()人物。*1

 となれば、その脅威は痛いほどに身に染みていることだろう。

 

 ……そういえば、疑似サーヴァント達はオルトに捕食されても問題なかったのだろうか?

 マシュは色々な都合から、決定的に危機的な状況になったら逃げる、という形で捕食されることを免れていたが……そもそもそうして逃げる理由の大半は、生身の存在が捕食されれば文字通り助からないから……というところが大きいはず。

 

 それは、現世の人間を器として降臨する形となる他の疑似サーヴァント達でも変わらないはず。

 でも作中ではその辺りを言及された覚えはないから……あれだ、あくまで並行世界の存在に降ろしている形だから、影響は他には及ばないとか?

 いやでも、英霊の座にまで影響が発生しているとか言ってたしなぁ……考えられるとすれば、捕食の際に器と霊基を切り離して安全を担保している、とかだろうか?

 

 もしそうじゃないけど大丈夫だったとするのなら、遠く離れた世界で器となった存在と同一である人物が、突然の悪寒に襲われたりしたのかもしれない。

 ……などとあれこれ考えていたのだが、ライネスがいよいよプルプルし始めたので中止。

 

 ともかく、彼女の怒りはわからないでもないが、私もなにも彼女に愉悦を見出だしたくてこんなことをしている……みたいな意地悪ではない。

 この配置は、ちゃんと意味のある配置なのだ。

 

 

「キーワードは『記録』、だよ」

「……記録?」

「そう。君──ライネスがFGOに実装される際に行われたイベント。そこで君自身が発した台詞というやつだね」

「……なんでもいいが、なんで君微妙に私の台詞を真似たような口調を使っているんだい?」

「んー、気分?」

「やっぱり愉悦してるだろ君!?」

 

 

 いやいやそんなことは(にっこり)

 

 ……ともかく、想起すべきは彼女の実装イベントである『レディ・ライネスの事件簿』。*2

 この話の最後の方で起きるイベントの一つに、魔神柱との再びの対決……というものがある。

 

 いわゆる時間神殿の再現、みたいな感じの話なのだが……本来なら、これは絶望的な状況であるはずだった。

 なにせ、本来の時間神殿は様々な事情から英霊達が大挙して手伝いをしてくれたからこそ、無数の魔神柱を突破することができたのだ。

 

 だがしかし、今回はそのようなことはない。

 相手側も数を減らしているとはいえ、それを踏まえて減らした箇所にリソースを回した状態。

 つまり、どう足掻いてもこちら側の戦力で打倒が叶うような相手ではなかったのである。*3

 

 その状況をひっくり返すために使われたのが、主人公の記憶。

 その特異点が再現記憶であったからこそ、可能となったある種の反則行為。

 

 

「それが、主人公が()()()()()()()()()()()という事実をライネスの宝具で拡大解釈し、魔神柱の天敵としての性質を獲得させたっていう話」*4

「……あー、人類史において彼ほど魔神柱を打倒した人間もいない……だったか。サーヴァントはそういう概念の上ではあくまで道具として扱われるから、それを指揮していた彼・ないし彼女の方にこそそういった逸話は適用される……と」

 

 

 それが、疑似サーヴァントであったライネスの持つ宝具による、敵対対象への弱点の創出。

 そもそも記憶によって形作られた世界において、『冠位時間神殿』での出来事は信用に足る情報強度を持っていた、というわけだ。

 それゆえ、主人公は魔神柱への特攻能力を持ち合わせることになり、絶望的だった戦力差は十二分に覆せるものへと変化していった……と。

 

 ──それと同じなのだ、今回の状況は。

 

 

「……はぁ?」

「逸話による補正。それはまぁ、こっちの世界だと【継ぎ接ぎ】という形で頻発するものだとも言える。そもそも『逆憑依』自体、その原理はサーヴァントのそれに近しいものである可能性が高い。──そう、私たちもまた『記憶』に近しいもの、と言えるわけだね」

 

 

 わけがわからない、とばかりに首を捻るライネスに、私は一つ一つ丁寧にその理由を挙げていく。

 

 私たち『逆憑依』や【顕象】は原作のキャラクター達が現実の世界にやってきたものだが、その実それのキャラクターはそのままこちらの世界にやって来ているわけではなく、あくまで複製に近しいもの。

 言い換えてしまえば私たちも『記憶』である、ということになってしまうわけだ。

 

 さらに、そんな私たちは己を起因とする記憶、こちらの世界で新たに獲得した記憶などによる()()()()というものを獲得しやすい状態にある。──そう、【継ぎ接ぎ】だ。

 

 それらの事前情報を元に、今現在の私たちの状況を考察して見ると、この状況下において前線に出すべき存在、というのが見えてくる。

 それが、総力戦という形でオルトを倒したことにより、それに対する特攻を持っている可能性・ないし獲得しうる可能性を持ち。

 ハロウィンの中でも突飛も突飛な類いの作品を自身の原作として持ち。

 そして、先の話題においてその特攻を特攻として顕在化することに寄与した人物。

 

 

「……は?まさか、そういう?」

「そう。今回ライネスに求められているのは、状況を整えることでオルトに【継ぎ接ぎ】を発生させること。それによる弱体化を狙うのが貴方の一番の役目ってわけだね」

「…………う、恨むぞ原作の私ぃ!!」

 

 

 そう、この場においてライネスという存在はオルトに対して一番脅威である可能性が高いのだ。

 

 オルトは確かに恐ろしい存在だが、それでも【顕象】もとい【鏡像】であることは変わらない。

 ゆえに、【継ぎ接ぎ】が発生しやすいというマイナス面をあの存在も持ち合わせている上に、存在そのものに付与された弱点であるため克服することも不可能。

 わかりやすくこっちが責めるべき箇所と化しているため、そこを責めない方が寧ろおかしいレベルとなっているのだ。

 

 それらの事情を説明したところ、その有用性や説得力を完璧に理解してしまったライネス。

 逃げられるものではないと併せて悟った結果、彼女は元々の自分への恨み言を叫び始めたのだった──。

 

 

 

 

 

 

「さて、頭を抱えて呻き始めたライネスは置いとくとして……他の面々の配置を確認しよう」

「ほ、放置していいのでしょうか……?」

 

 

 まぁ、終わったあとに色々労ってあげる予定なので多少はね?

 とはいえ彼女のフォローだけに気を遣うのもあれなので、一先ず置いておいて他の面々の配置について。

 

 基本的に、今回の戦闘は三段階ほどの動きを予定している。

 まず一段階め、ライネスをオルトに張り付かせて弱点創出ならぬ【継ぎ接ぎ】の発生を狙う。

 これが起きないことには後の作戦が続かないため、これを確実に行うために一先ず他の面々も補助を行うこととなる。

 

 

「一番大変なのはマシュだね。ライネスを抱えた状態でオルトの周りを走り回り、とにかく【継ぎ接ぎ】が発生するまで耐える必要があるから」

「その際、反撃はしないほうがよいのですよね?」

「そうだね、下手に攻撃をした結果なにかしらに適応されても困るから」

 

 

 同じハロウィン属性のエリちゃん達ならばその辺りを気にせず攻撃できるらしいので、どうしても攻撃をしなければならない時には周囲の彼女達に任せるのがいいだろう。

 

 基本的にはマシュがライネスを抱えて走り回るわけだが、そうして周囲を走り回っていたらオルト側がなにかを察する、ということもあるかもしれない。

 そうなったら向こうがライネスを狙ってくる、なんてこともあり得るのでその時の交代要員となるのがトリコ君である。

 

 

「ナイフとフォークは一応概念系じゃなくて物理系だから、オルト相手に使っても問題はないだろうしね」

「じゃあ、俺がライネスを抱えて動く方がいいんじゃないか?」

「オルトの周りで動き回るFGO出身者、ってのも【継ぎ接ぎ】の発生率に関係するからね。できればマシュが抱えたまま動き回った方がいいんだよ」

「なるほど……中々難しいんだな」

 

 

 周りのエリちゃん達でFGO成分は間に合ってそうな気もするが、生憎とオリジナル以外はハロウィン属性の方が強めであるため余りあてにはならない。

 マシュ・ライネス・オリジナルエリちゃんとその他で恐らくは四人分くらいの判定になる、という形だろう。

 

 その人数で【継ぎ接ぎ】を狙うのはわりとギリギリなところがあるため、トリコ君に全部任せるのは宜しくない。

 一応、ある程度逃げ回ったあとならばマシュとライネスを一緒にしておかなくても問題はなくなるだろうから、その時合わせてオルトの攻撃が激しくなる可能性を予測している……みたいな形である。

 最初からはダメだが、途中からはほぼ確実にやる羽目になる……みたいな?

 

 そんな感じで、連絡を入れておいたキリアちゃんが来るまでの間、私たちは自身のポジションについての確認を推し進めていったのだった──。

 

 

*1
総力戦においてはプレイヤー自身が召喚したサーヴァントのみが使える仕様である為。持っていなければ動員できないし、そもそも持っていても最後まで使わないこともあるのでその場合は相対したことがない、という話にもなるだろう

*2
『ロード・エルメロイ二世の事件簿』とのコラボイベント。既に実装されていた孔明(ウェイバー)からさらに派生して、その義理の妹であるライネス、および内弟子グレイが実装された。内容としては主人公の記憶に関わる話、ということになる

*3
なおレイドイベントだった為リアルのマスターの方の反応は真逆であった()もっと寄越せよバルバトス!

*4
ライネスもとい司馬懿の宝具『混元一陣(かたらずのじん)』のこと。当たり前に勝つことに特化した宝具であり、『既に倒したことがある』などの情報が揃えばそれを元に弱点を創出することすら可能とする。格上殺しのようなある種のジョーカーに対しては滅法強いが、相手側が純粋に実力が高いような場合では相性が悪い。とはいえ今回のように『既に倒したことがある』場合、本来勝てないような相手にもチャンスを作ることは可能だが。偶然の勝ちを必然の勝ちにする、とも言える



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打倒せよ、オルト!

「なるほど……私達も基本的には陽動、ということですね」

「【継ぎ接ぎ】が発生してからじゃないと、迂闊に手出しができないんだよね……エリちゃん達以外」

 

 

 同じハロウィン属性のエリちゃんならば攻撃も防御もできるが、その実同じ存在同士が殴りあっているにも等しいため、大したダメージが入らない……という感じか。

 そして、ハロウィン属性を持っていない存在が迂闊に攻撃を仕掛けると、現状ハロウィンに掛かりきりになってくれているオルトが()()()()()()()()()()可能性がある……というわけだ。

 

 一応、この部分に関してはデメリットであると同時に、適度な対応を心掛けることさえできれば、こちらの望む属性に相手を変化させられる──【継ぎ接ぎ】を付与することができる、というメリットにもなっているのが難しいところだ。

 ゆえに、あえて一つだけ言えることがあるとするならば……相手側が【鏡像】で良かったね、みたいな感じになるだろうか?

 じゃなきゃ、こんな少数精鋭でオルトに挑む、なんて手法は許可されなかっただろうから。

 

 

「なにせ、一歩間違えると無謀にもオルトに挑み、ものの見事に討ち取られた冠位一人と色位六人のチームや、同じ類型の二十七祖先代五位みたいなことになりかねないからね」*1

「なるほど。再現する記憶如何によっては、永劫に勝つことに叶わぬ化け物に変化してしまう可能性がある……というわけですね?」*2

 

 

 私たちの本質が記憶・記録である以上、原作において発生した物事というのはある種の運命のように働く。

 そうであるからこそ、打倒したという因果があればそれを辿ることもできるが──同時に、どうしようもない存在であったことすらも辿ることのできる因果として存在し続ける。

 

 大雑把に言えば、今のままでは取りうる可能性が多すぎるのだ。

 不利も利も共に降り掛かる状況下において、迂闊な行動を取ることはできまい。

 それはつまり、あらゆる状況で最善手を取り続ける必要があるということで──戦闘とは得てしてそういうものであるとはいえ、多人数が絡む場合はそうも言ってられないだろう。

 

 一人のミスが全体を巻き込む可能性が大である、と予め知らされている状況において、最適な選択を取り続けることは並大抵のことでは叶うまい。

 まず間違いなく、心の弱い誰かが崩れてそこが起因となり、全てが終わってしまうことだろう。

 

 ゆえに、それを()()()()()()()ために、失敗した時に起こりうる結果の方を変えてやる必要があるというわけだ。

 

 

「【継ぎ接ぎ】によって因果を強調させ、致命的な失敗になりうるところを『まぁまぁ大きめの失敗』程度に格下げさせようってわけ」

「……それでも大きめの失敗、なんですね」

「十分だと思うわよ?何せ致命的な方は一切の取り返しが付かないけど、大きめな方は死ぬ気で頑張れば巻き返しはできるんだから」

 

 

 苦笑する小松君に、結局は気持ちの問題である、と返す私である。

 

 こっちも相手も原理としては逆憑依(なりきり)、であるならばその勝者は必然どちらが()()()あれたか、になる。

 

 中身のない演者である【鏡像】はいわばNPCのようなもの。

 再現度は大きく変化もせず、原則一定であるが──ゆえにこそ、機械の如き正確さで他者の追随を許さない。

 そしてそれは、半ば機械のそれとも称される存在であるオルトに取ってはプラスに働く。──普通にしているだけで再現度の判定が大きく上がるのだ。

 

 その状態を人が越えるには、相応の覚悟が必要となるだろう。

 少なくとも、恐れや怯えを含んだままでは無理がある。

 そんな状態で、自分らしくあれと言われて実行できる者がどれだけいるだろう?

 目の前に自身の命の終わりを突き付けられて、演じていることを止めてしまわない存在がどれだけいるだろう?

 

 ……一瞬脳裏に『メソッドアクター(夜凪景とか)』が思い浮かんだ*3が、言ってしまえばそういう酔狂な存在でもなければ無理、というのが今の状態だとすれば、それを普通の人にやれというのがどれほど無謀なことかわかるというもの。

 

 ゆえに、この戦いを『命を賭けるもの』ではなく『人としての尊厳を賭けるもの』くらいにランクダウンさせる必要がある、というのがここまで第一段階で述べてきたことだった、というわけだ。

 命じゃなくて社会的な立場、というのは正直あまり変化が感じられないかもしれないが……あれだ、命あっての物種、ということで。

 

 

「まぁ、生きてなかったら飯も食えねぇからな」

「無駄に命を散らす意味はない」

「それを貴方が言うんですか……」

 

 

 ともあれ、言いたいことは伝わったようで、最初みんなの間に流れていたえもいわれぬ緊張感、みたいなものは消えたように思う。

 世界の命運ではなく、せいぜい自分の身の振り方くらいにまでスケールダウンしたわけだから、気持ちも幾分軽くなった……みたいな話だろう。

 

 いやまぁ、まだなんにも始まってないんでその感覚は錯覚なんだけどね?

 でもここでそれを指摘してもいいことないので、大人しく黙ってるキーアさんなのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

「すみません、急いで来たのですが道中色々あって……」

「ああうん、大丈夫大丈夫。シンゴジが混じってる時点で邪推されるのは仕方ないから」

 

 

 見た目もあれだし原作での所業もあれだから仕方ない。

 まぁ、彼女の特訓の成果なのか、今のシンゴジは往年のお茶目なゴジラ、みたいなコミカルな動きをするようになっているわけだが。

 ……顔とかは変わってないので、なんというかシュールギャグみたいなことになってるけど。

 

 

ギャアギャア(酷いっすよ姐さん)

「誰が姐さんじゃいっ。……ともかく、みんな揃ったんならいよいよ作戦開始だ、私たちでオルトを落とす──名付けてオペレーション・シューティングスター!」

「なんだかクロスオーバーしそうなプロジェクト名ですね」

「流れ星だからね、仕方ないね」

 

 

 なんか無駄に高いらしいねあのソフト。*4

 ……とまぁ、関係ない話はそれくらいにして。

 

 私たちが目下敵として判断しているハロウィン・オルトは現状、なりきり郷内に上下の穴を開け、好き勝手に移動している最中である。

 

 本来各階層に物理的な繋がりはないに等しいのだが……溢れ出る無尽蔵に近いハロウィンゲージを潤沢に使い、その無茶を成し遂げているらしい。

 ……無尽蔵に近い、って辺り本来のオルトと大差ないようにも思えるが、使えるのがハロウィンに関係することに限定されているため、今はまだどうにかなっている。

 なっているが、ほっとくと永遠にハロウィンを続けようとするため、何処かで止めなければなるまい。

 

 ただ、適当に止めてしまうとこれがとんでもない問題を引き起こす。

 外から止められた、という状況が原作において『とある勇者王』に心臓をぶち抜かれた状況と同一と判断され、再起動の準備を許してしまうのである。

 

 そしてこのオルトを停止せしめた勇者王、というのも問題だ。

 アニメ作品に明るい人ならば、この名前を聞いて思い出すのは恐らく一人。タイトルからして明言している『ガオガイガー』、その主人公たる『獅子王 凱』だろう。

 実はその凱とこの『勇者王』、呼ばれ方も同じなら声も同じという、あからさまにそちらを意識して作られたキャラなのだが……それだけなら単なるパロディで済んだところ、彼の境遇は『獅子王 凱オルタ』と言えてしまうほど、()()()()()()()()姿()とでも言うべきものだったのである。*5

 まぁ、それだけなら最悪『ガオガイガー好きなんだなー』くらいで済んでいたのだが……ここに来て『逆憑依』の持つ『風評に左右されやすい』という面が牙を剥いてくる。

 

 ……わかりやすく言うと、第一段階でロボ組を前に出させ過ぎると、その時点で敗北決定になるのだ(ハロウィン要素の方が優先されるメカエリちゃん除く)。

 詳しい理屈は解説に譲るが、ともかくこの辺りもライネスが前に出ないといけない理由の一つ、ということになる。*6

 

 

「特にシンユニロボは、この段階での相性が最悪だね。合体ロボな上に胸にロボ以外の顔がある、って時点で勇者適正爆上がりだし」

「そもそもイメージ先が戦隊ロボですから、要素の類似性については語るべくもない……ということですね」*7

 

 

 いや、真面目に狙ってんのかこの配置、となるというか。

 ……まぁ、要素てんこ盛りであるシンユニロボは、ラーニングされる可能性のある技術もてんこ盛り……って時点で実のところ端からオルト戦には向いてないにも程があるのだが。

 

 ともかく、第一段階でまともに対峙できるのはグランゾンくらいのもの、しかし縮退砲以外での撃滅に確実性が欠けるためメイン戦力としてはカウントし辛く、結局ロボ組は全員補助に回るしかない、という話になるわけで。

 

 

「なんていうか……世知辛いね、色々と」

 

 

 思わずため息が漏れるのも仕方ないと、私たちは頷きあうのでありましたとさ。

 

 

*1
オルトと交戦したことがあると明言される面々。どちらも最終的には死亡しているが、オルトの詳細がわかる度にわりと株が上がってたりする

*2
こちら側に悪い要素が【継ぎ接ぎ】(アナライズデコードディセーブル)されるということ。こうなるともう勝ち目は一切ない

*3
『死を恐れない』人物に没頭し(なりきっ)てしまえば、本人は死にたくなくてもそれを回避する手段を取れなくなる可能性がある、ということ

*4
ニンテンドーDSソフト『ロックマン エグゼ オペレート シューティングスター』のこと。DSソフトは移植し辛いせいか高くなりやすい。ロックマンに関しては『流星』シリーズが総じてその影響にある

*5
仲間を全て失い、一人だけ生き残った勇者王という、勇気を示す先を失った存在

*6
カマソッソがオルトの心臓をぶち抜いた、というのが数々の記録の断片から『ヘルアンドヘブンした』とネット民達に受け取られた、という文脈から『ロボットが迂闊にオルトと相対するとその時の状況再現が始まる』。彼に全てを託して皆フュージョンし、それでもなお殺しきれなかった……という一連の流れが全部再現されるとも。なりきり郷が地下世界であることも手伝って起こる確率のとても高いイベント

*7
勇者ロボや戦隊ロボになんとなく共通する特徴として、胸に動物の顔がある、というものがある(無いのもいる)。逆に言うと、胸に特に意味もなく(かっこいいから)動物の顔があるロボは勇者の系譜、と考えることもできる



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お約束、というのはこの世界でも強い概念

 さて、オルト戦がめんどくさい、という話を何時までもしていても仕方ないので、建設的な話を。

 

 第一段階──叩き落とした判定を何事もなく経過させられれば、そのあとほみんなで殴る余裕も生まれるだろう。

 特に最初は最悪の相性だったシンユニロボは、ここまで来ると寧ろメイン戦力にカウントされるようになる。

 

 何故かというと、一度目の再起動を終えた扱いになるために『勇者王』の再現ではなくなる、というのが一点。

 そしてもう一点が、()()()()()()()()に場の概念が切り替わる、というものになる。

 

 

「戦隊もののお約束?」

「演劇上でのお約束、とも言えるかも。言い換えるなら()()()()()()()()()()()ことはないだろう、みたいな感じ?」

 

 

 少なくとも、間を置かずの二連戦・かつリベンジマッチ判定ならば負ける方が難しい……とでも言うべきか。

 これがもし間を空けて──他の相手と戦ってからもう一度、みたいな感じだと微妙なのだが、少なくともこの場においては戦うのはオルト相手のみ、である。

 

 これもまた、『逆憑依』が抱える性質の一つ、と言うべきだろう。

 場の雰囲気に乗る、もしくは文脈に乗るとでも言語化すべきそれは、言うなれば『再現できる状況なら自然とそれを再現してしまう』とでも言うべきものだ。

 元々がなりきりである以上、原作の名場面を彷彿とさせる状況が来たなら()()()()()()()()()()とも。

 そういう場の空気がある種の強制力を発し、原作再現を円滑に進めるというわけである。

 

 ……で、この強制力の強さは先んじて一段階目の時に話した通り。

 その再現が終わった、と判定が降りるまでは容赦なく再演しようとするため気が抜けないが、それがこちらに有利をもたらす展開ならば、黙っていてもこっちに風が吹いてくるという中々ありがたい現象ともなるわけだ。

 

 

「まぁ、こっちで意識してそうなるように仕向ける、ってのが中々難しいから上手く活用できるかっていうと普段は無理、ってなるんだけどね」

「ほう、それは何故です?」

「基本的には原作再現をしたい、っていう周囲の気持ちの発露だから。言い換えると()()()()()()()()()()()()()()の総量が一定以上になった時に発生する現象、ってことになるのかな」

 

 

 そんな私の言葉に、シュウさんが不思議そうに問い掛けてくる。

 ……いやまぁ片眉を上げて尋ねてくる形式だから、ともすれば皮肉を言っているようにも見えるわけだけど……ここで皮肉を言う意味もないので単純に聞いてきている、というのはすぐわかるというか。

 

 ともかく、彼の疑問に答えると。

 この『場の空気』とでも言うべき強制力は、ある意味その名の通りの性質を持っている。

 そう、周囲が『やろう』『やるべき』『やらないと』、みたいな感じでその展開を望んでいるため、それをやるしかなくなっている……みたいな感じに近いのだ。

 

 良い時なら単純に演劇を見るようなものだが、悪い時は宴会芸を強要しているようなものというか。

 ……ともかく、周囲の意見を無視できないような状況下にこそ働くもの、というのが正確なところになるのだろう。

 

 そのため、この強制力が発生するタイミングというのはとても限られている。

 少なくとも、今回みたいな『大勢の人間の目が集まっている』状況と同じくらい熱がある場合でなくては発生しない、というか。

 ……逆に言うと、オルトみたいに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()存在相手では、強制力の発生をほぼ抑制できないということでもあるのだが。

 

 だってみんな自然と見ちゃうからね!オルトの方を!

 そして自然とその脅威を知っている人が周りにそれを教えてしまい、そのまま芋づる式に認知が高まってドン、というわけだ(白目)

 

 ……今の話からわかったと思うが、その性質上巨体を持つもの──ロボットやウルトラマンのような巨大生命体──達は必然、この強制力を発生させやすい部分がある。

 単純に立っているだけ、とかなら影響も薄いがなまじ誰かと対峙している、とかになるとそのまま怪獣退治開始のお知らせ、というわけだ。

 

 ついでに言うと、ネオ・グランゾンが暴走したのも、多分この強制力が関わっている可能性が高い。

 

 

ほう?

「止めて世界の理に喧嘩を売ろうとしないで。……それから今話した通り、あの場にいた人数だとそこまで強力な強制にはならないから。どっちかと言うとあの邪神が事を起こしやすくなった、くらいの話でしかないから……」

 

 

 ……うん、彼が気にしたって辺り嫌な予感したけど、やっぱり彼は『強制』って辺りに思うところがあったというだけの様子。

 とはいえこの強制力は『逆憑依』ないしその関係者間で共有される感覚、言ってしまえば『逆憑依達の集合無意識』によるものであるため、解消しようとすると全ての『逆憑依』を全滅させる、くらいしないといけないため抑えるように促す私なのであった。

 

 ともかく。

 無数の人間による『こうなったらいいな』『こうなってしまうんじゃないか』と言うような思念が強制力となるわけで。

 相手が大型生物──遠目でもハッキリ見えるからこそ、その思念が集まりやすく強制もされやすい、というのが今の状況。

 

 それだけなら単に怪獣映画になるところだが、現状は遠くから見てもその大型生物がハロウィンに関係するとわかること、および周囲でうろちょろしているエリちゃん達に見覚えがある人達が、それを広めていることで大事には至っていない……みたいな感じというわけ。

 

 そこから話を動かす場合、状況を進める必要があるけど……そうなるとハロウィンによるごまかしが消え、オルトという存在の危険性が再び顔を見せる可能性は大。

 そんな状況下で勇者系ロボなんて出したら『これ一回目だ!?』なんて風に思う人は少なくないだろうから、その時点でゲームオーバー、ゆえにシンユニロボは出せない……というのがこれまでの話。

 

 それがもう終わった話である……と認識されたのなら、今度シンユニロボに向けられる概念は『トラロックのポジション』ということになる。

 

 

「……それだけだと負けそうじゃないかい?」

「そこで『ロボとかは遠目からでもその存在を認知できる』ってのが効いてくるってわけ。……シンユニロボってかなり最近の存在だから、わかってることってその初報の時のCM内の描写、くらいなんだよね」

 

 

 無論、トラロックは作中で相手を暫く押し留めただけとも言え、戦力として優秀かと言えば疑問が残る。

 それを解消するのが、シンユニロボ側の描写。

 彼らは唐突に現れた新星であり、その情報というのはそこまで多くない。

 初登場時の映像で()()()()()()()()()()()()()()()()と、あからさまになにをパロディしているのか──()()()()()()()()()()()ことを如実に表していた、というくらいのもの。

 

 それだけなら、短い出番過ぎて参照元としては心許なかっただろう。

 それを補強するのが、彼ら自身の映画が存在する、という部分である。

 

 

「……なるほど、それぞれの作品で自身達の性能を既に示しておくことで、()()()()()()()()()()()()を予め想像しやすくしておいた、という風に扱われるというわけですね?」

「そういうこと。あれだけの戦闘力を持っている存在が集まったんだから、その合体先であるこのロボットだって強いはず……って気持ちを共有しやすくしてるって風に扱われるわけ」

 

 

 その気持ちを補強するのが、CM内の描写。

 ……初合体補正ありきとはいえ、並みの戦隊ロボが霞むような圧倒的パワーを感じさせる動きは、そういった作品をよく知る人間ほど圧倒されたことだろう。

 そこまで詳しく知らない私でも、あのCM内のシンユニロボには『強そう』なんて子供みたいな感想しか浮かんでこなかったし。

 

 そして、イメージ先が戦隊ものであるというわかりやすい指標がこれまでの話と混ざると──オルト側の役割まで変化するのだ。

 そう、シンユニロボ対オルト──シンユニロボ側に見合う敵怪獣としてオルトが選ばれたのでは?……みたいな認識に。

 

 

「そうなればこっちのもの。一度負けた判定を抜けてる扱いになってるから、言うなれば今は映画のクライマックス・強敵オルトをついにシンユニロボが打倒する……という展開が始まっているんだ、っていう風に周囲を錯覚させられるってわけ」

「そうなるとどうなる?」

「大惨事大戦だ……じゃなくて、さっきの強制力云々の話も加わってオルトを倒す隙というか流れというかが発生する、ってわけ」

 

 

 そうなることを期待されているので、こちらも期待通りに動きたくなる・動けるように補正が掛かる、というか。

 ……雑に言うと『がんばえぷいきゅあー』みたいなノリということになるわけだが、それが実際効果的なのだから特撮万歳、みたいな。

 

 そう考えると、初めに特撮村に行かされたのも今の展開を読んでのこと、ということになるのかなと思ってしまう私なのであった。

 

 




ハロウィン終わりませんでしたァ!
……これも永遠のハロウィンのフラグ……?


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戦え!シンユニロボ~侵略異星生命体、襲来~

 さてはて、勇者王扱いされないのなら戦隊ロボ扱いされ、オルト相手だとそっちの方が都合がいい……みたいな話をしたわけだが。

 とはいえ、それだけで倒せるかと言われればちょっと微妙、となるのも確かだったりする。

 

 

「あーうん、抵抗は絶対されるし()()()()()()それを期待されてもいるだろうからねぇ」

「プロレス……っていうとあれだけど、一進一退のハラハラ感は応援する意味って点では凄く重要だからね」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()、そこまでに苦戦をすることを求められることもある。

 

 一応、判定としてはリベンジマッチになるはずだから、再び敗北寸前……みたいなところまで追い込まれることはないと思うけど。

 逆に言うと、相手側の格を下げないためにある程度いい勝負をすることを()()()()可能性はとても高い。

 特に今回の場合、確かにシンユニロボ側の補正も強いが、オルトに掛かる『型月最強の生物』という期待もまた強いのだ。

 

 

「なるほど……場の空気を利用する以上、観客達の内心と言うものは少なからず場を左右する、ということですか」

「まぁうん、言ってしまえば()()()()()みたいなもんだからねぇ、これって」

 

 

 ご都合と言い張るには不都合なことが多すぎるけども。

 ……ともかく、周囲の無意識を利用しているものである以上、都合のよい部分だけ利用する……みたいな使い方がある意味難しいのは当たり前。

 ゆえに、それを前提に置いた対応を求められるというわけである。

 

 今回の場合だと、幾ら戦隊ものの文脈を借り受けられるとしても楽勝にはならないだろう、みたいな感じか。

 相手が並大抵の怪獣ならそのまま押しきれたのだろうが、オルトは長い間設定だけで『型月最強』の称号を賜り、実際に登場したことでその名を確固たる地位にしたもの。

 ……その性質が無意識に『簡単には負けないだろう』という空気感を生み、結果として五分五分の勝負になる可能性がある……と。

 

 まぁ、そうなる理由の幾つかに、シンユニロボ自体がわりと歴史が浅い、って部分も含まれるのだろうが。

 

 

「シンエヴァを基準にするならそれなりになるんだけどね。*1でもあの四体が合体したのはつい最近だから、『シンユニロボ』自体の積み重ねが足りてない感じはあるよね」

「……神秘の積み重ね、とは少し違いますが……同じ事を思う人間がどれほどいるのか、という違いを場の空気を左右するものと考えると、確かにシン・ユニバースロボ側のイメージ面が足りないような気はしてきますね……」

 

 

 設定面だけなら多分十分なんだけどね。

 ……ともかく、色んな情報を考慮すると圧倒、とは行かずわりといい勝負するんじゃないかなー、というのが今の予想。

 それだと(長引くだけ不利なので)こっちの方が不味いんじゃないかと思われそうだが、その実その状況に持ち込むとオルト側もあくまで強力な生命体、程度にまで存在の幅を制限されるので()()()()()()()()()()()()を選択肢に入れられる分楽だったりするのだった。

 

 

「他のメンバー、ですか?」

「本来ならオルト相手に数を頼もう*2と意味はないけど、第一段階を抜けたあとなら恐らく問題はないのよ。その時点でオルトの絶望的な部分は抜けたあとだから」

 

 

 そう、一段階目の役割が『オルトの心臓を抜く』に相当する以上、必然的にそれを終えたあとのオルトというのは(言い方はあれだが)倒せるオルト、ということになる。

 圧倒的であることは変わらないが、辛うじて手が届く高さにはなった、というか。

 

 そしてそれは本来の──原作におけるオルトについての話であり、その減衰率をここのオルトにそのまま当てはめると中々爽快なことになる、というわけだ。

 

 

「なるほど、言い方を変えればシン・ユニバースロボと互角かそれより幾つか上、程度にまで下がっている以上数で押せばなんとかなると?」

「まぁ、他にこっちが見落としてることがなければ、だけどね。とにかく、第二段階ではとにかくシンユニロボを起点にみんなで殴り掛かるのが最善ってわけ」

「ふむ、では第三段階では?」

「それはね──」

 

 

 

 

 

 

(なーんてことを話してたんだっけか)

 

 

 はてさて、時間は進んで作戦開始後。

 第一段階の成就のためマシュがライネスを抱え、オルトの周りを走り回って宝具の準備をし始めてしばらく。

 

 こちらとしては危ない時に手を出す、くらいのちょっかいしか掛けられないのだが……。

 

 

「……んん?」

 

 

 オルトの攻撃を遠方から弾いた際、なにか嫌な感触がしたことをきっかけとして、注意深くオルトを確認した私。

 その時点では、相も変わらずハロウィンを撒き散らす姿しか見えなかったのだけれど……。

 

 

「んんんん……???」

 

 

 再度、マシュからトリコにライネスが手渡される際に遠くから邪魔した時、一瞬の触れあい……もとい衝突のタイミングでとても嫌な感触がしたことを確認し、思わずなんで?と首を傾げた私。

 

 

「どうされましたか、キーア」

「おおっと、えーと……」

「メカエリで構いません。ここにパイロットはいませんが、貴方は十分に信頼に足る存在だと認識していますので」

「あ、はいんじゃメカエリちゃん」

 

 

 そんな私を目敏く発見して声を掛けてきたのが、こちらの補助にとやって来た八人のエリちゃんズの内の一人、メカエリちゃん(一号機)。

 才気溢れる淑女としての面を強調した、とも言える領主らしさに満ちたエリザベート……みたいな感じの彼女は、見た目のトンチキさに反してなんというか、話しているとちょっと気後れするタイプの人物である。

 

 そんな彼女がこちらを気にしている、という辺り意外と気に入られているようで、なんでそんなことに?……みたいな気持ちもなくはなかったが。

 よく考えたらこのメカエリちゃんって、こっちのエリちゃんが原作の属性に合わせて分裂した……みたいな感じの存在だから普通に彼女の延長線上なんだなと納得したのだった。

 

 ……相変わらず言いたいことがわかり辛い?

 んじゃまぁ単純に言い換えると、こっちのエリちゃんの分身に近いから基本の記憶もこっちのエリちゃんだってこと。

 こっちのエリちゃんが私と仲が良いのだから、そこから分裂した扱いの彼女達も仲が良くて当たり前、というわけだ。

 

 その辺りはともかくとして、彼女は私が首を捻っているのを目敏く発見したようで、この状況でなにを気にしているのかを確認しに来たのだろう。

 

 なので、私はさっきの接触の際に感じたことを彼女に話すことに。

 

 

「……ふむ、拒絶、ないしは激昂ですか」

「まぁうん、あえて言語化するのならだけどね?」

 

 

 そう、私がオルトの攻撃を弾いた際に感じたのは、そんな感じの強い感情。

 まるで私自体に対して()()()()()()()()()()()()()()かのようなその感情の発露に、思わず困惑すると共になにか見落としがあるのでは?……と嫌な予感が浮上したわけなのである。

 

 そんな私の言葉を聞いて、ふむと思考の海に沈むメカエリちゃん。

 

 

「……キーアを厭う……?仮にあのオルトに原作での記憶があるのなら、より強い感情を抱くのは恐らくあちらの合体ロボのはずなのでは?……いえ、これも人民達の勝手な思い込み、あの勇者王(カマソッソ)あちらの勇者王(獅子王 凱)と同じ姿となったとは言い辛い……」

「ああうん、ネタで言ってたのが本当だった、って感じだけど見た目まで類似するかは別の話だからね」

 

 

 確かに、オルトが嫌がりそうな相手、というのを予想するとカマソッソになるのはわからないでもない。

 自身の心臓をぶち抜いた相手を嫌がる、というのは生き物として自然なのだから。

 

 ……ただ、幾らカマソッソが『獅子王 凱オルタ』と呼ばれていようが、それはあくまでもファン達の勝手な呼び方、非公式なもの。

 ゆえに、最終的なカマソッソの姿がガオガイガーに近いものになった、なんてことはありえないしそれをオルトが嫌うかもわかるまい。

 いやまぁ、場の空気的にはそんな感じなんだろう、って感じで周囲の思考の動きを誘導しているわけだけど。

 

 ……ただ、そんな話よりももっと重要なことがある。

 

 

「……そもそもの話、オルトって誰かを憎んだり恨んだりするの?」

「…………シバルバー、足掻きに足掻いたあの姿まで行けば、もしかしたらパイロット(主人公)に対してなにかを思う、ということもあるかも知れません。ですが確かに、あの姿のオルトにそのようなことを思う余分があるか、と問われると疑問が……あ゛」

「あ?」

 

 

 なんか今、メカエリちゃんらしからぬ声が聞こえたような?

 そんなことを私が思う前で、メカエリちゃんは冷や汗をだらだらと流している。

 

 ……それ、なにが流れてるんです?

 なんてツッコミを私がする前に、彼女は恐る恐るといった様子で声を発したのだった。

 

 

「……もしかすると、ハロウィンゲージのせいかも知れません」

「……はい?」*3

 

 

*1
最初の『序』から『シン』が完結するまで、大体14年ほど経過している。子供が生まれてから中学卒業するくらいの経過日数

*2
『数を頼む』とは人数の多さを頼りにして事を優位に進めようとすること。『レスレリアーナのアトリエ』の主人公(レスナ)が唐突にこの言葉を使い、武士みたいな言葉遣いだと話題になった(邪知に長けている、とか)

*3
※枠外解説はされていましたが作中人物は内容物に気が付いていません



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地雷はそこらに転がってる~ならもう踏むしかないじゃない~

「    (白目)」

「……私たちが八人に別れたあと、少し気になって確認したの。()()()()()()()()()()()()()()()というのは、本来真っ先に確認すべきことでしょう?……まぁ、オリジナルの私は『ハロウィンにしか使えない』という属性を重視して、その辺りを怠ったようだけど」

 

 

 まぁ、その判断自体は責められないわ。

 だって、私もたまたま気になって調べただけだもの──。

 

 そんなメカエリちゃんの言葉を聞きながら、私は彼女に渡された書類を確認し、プルプル震えている。

 ……いや、こんなん震えるに決まっとるやないかい。

 

 

ねぇなにこのハロウィンゲージの内訳!?なんか気のせいじゃなければゲッターとかイデとか書いてあるんだけど!?

「気のせいじゃないし目の錯覚でもないわ。……あと、その二つに関しては自己申告してくれたからわかりやすい*1ほう、他にも自分からは特になにも言わない未知のエネルギー……みたいなものが幾つか観測されているわ」

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

 

 今!このタイミングで!こんな地雷みたいな情報を渡してくるんじゃないよ!!いやまぁメカエリちゃんを責めても仕方ないんだけども!!

 

 ……叫んだらちょっと冷静になってきたため、改めて先ほどの彼女の発言について思考する。

 

 ハロウィンゲージなる謎エネルギーについては先のゆかりんの解説内でも触れられていたが、その時彼女達が話題に挙げたのはヌカコーラ・およびそこから推測できる放射線・ないしは核エネルギー。

 厳密に言えば核分裂の際に引き起こされるエネルギー、とでも言うべきなのだろうが……どっちにしろ一般人にとっては危なすぎるものであることは間違いないだろう。

 

 それが見逃されたのは、偏にハロウィンゲージ全体の方向性のせい。

 これらの集められたエネルギーは、()()()()()()()()()()()()()という縛りを設けることで、こちらの世界で十全に動く理由を得ていたのである。

 

 ……なんかもうこの説明文の時点で不穏だが、ともあれハロウィンについてだけ効力を発揮するのなら()()()()()()()()()()()()()()()()となるのはわからないでもない。

 そのため、その中身──なにが構成要素として含まれているのか、という部分はあまり詳細には調べられていなかったのだという。

 

 それは、そのエネルギーが変換されオルトとなり、エリちゃん達が八人に分裂しても同じ。

 彼女達はエネルギーそのものより遥かに危険度の高い存在が目の前に現れたことで、その確認を後回しにした……もとい優先度を下げてしまったのである。

 

 その中で、こうして私の横──オルトからは離れた位置に配置されたメカエリちゃんだけは、他のエリちゃん達と比べて余裕ができ……ゆえに、後回しにしていたエネルギーの組成に目を向けることができた、と。

 

 

「なにせ私は鋼鉄の魔嬢ですので。そういったものを調べるための機能というのも一通り揃えているわ」

「なるほど……言い変えるとメカエリちゃんだからこそ気付けた、と」

「一応、二号機でも同じことは出来たと思うわ。彼女の方はオルトへの鉄槌を下すことを優先したから、できるというだけでこのタイミングでそれをしたかどうか、というのはわからないけど」

「あーうん、向こうの方がなんというか厳しい感じするもんね……」

 

 

 とまぁ、メカエリ間の感性の違いは置いとくとして。

 ともかく、こうして私の横に来たからこそ彼女はハロウィンゲージを詳しく調べる機会を得て、そうしてその中で特に主張する二つのエネルギーに気が付いた、と。

 

 ……当の二つのエネルギー、ゲッター線とイデだが、共にある作品で『無限力である』と括られたものであり、同時に方針が反対であるためよく対立するモノとしても知られている。

 

 かたや純粋な闘争本能──後世で後付けされたものとはいえ、とある存在を討ち滅ぼすために同族との闘争すら許容するあり方を持つゲッター線に対し。

 かたや純粋な防衛本能──文化の違い、人種の違い、考え方の違い……人の断裂を生むあらゆる障害を乗り越え、融和することを求めるイデ。

 

 ……まさしく、あり方としても求める結果としても正反対であり、この両者は同じ世界にあればまず間違いなく争い合う関係にある、ということになるだろう。

 まぁ、両者が今のところ両立したことのある世界において、ゲッター線側がその本性というか、求めるべき先を示したことはあまりなく。

 どっちかというとゲッター線側が常識人、みたいな扱いになっているのはある種の笑いどころのような気がしないでもないが。

 

 ……ともかく、この両者が揃う場合対立する、というのは半ばお約束。

 ゆえに生じる問題と言うのが、外から見ると()()()()()()()()()()()ということになるだろう。

 

 

「……なるほど。本来無限力──その発現が明確に世界へと影響を与えるモノであるにも関わらず、両者が揃った環境においては()()()()()()()()()()()()()。その結果、一般人にも明確に目で見てわかるほどの影響が発するはずが、今回のように調()()()()()()()()()()なんてことに繋がった、と」

「そういうこと……いやまぁ、私が調べよう、って意識を持たなかったのも理由の一つだけど」

 

 

 あれだ、ハロウィンのことを真剣に考えると頭が痛くなるから無意識に避けてた、というか。

 

 ……実際、メカエリちゃんの報告書を見たあと、私の方でも組成を調べてみたのだ。

 結果、思わず白目を剥いたわけだが……ともかく、根本原因であるエネルギーへと目を向けるのが遅れた、というのはわりと致命的なミスであるし、そうでないとも言える。

 

 

「と、言うと?」

「……イデオンをここで凍結するしかなくなった」

「あっ」

 

 

 ……そう、イデオンの中から忽然と消えていたイデ。

 それは最初から入っていなかったのではなく、ハロウィンゲージの中に含まれていただけだったのだ。

 

 最初にイデオンが登場したのが神有月──出雲でのことだったので失念していたが、彼の次の登場はその年のハロウィンロスタイムだった。

 ……そう、端からこの世界のイデはハロウィンの使者だったのだ。

 

 ということは、だ。

 あの時彼処に置かれていたイデオンは、言うなればたまたまイデがハロウィンの話をするため、ハロウィンゲージに集合した際に脱いでいただけのもの……みたいなことになるわけで。

 

 それを火事場泥棒みたいに使用している今の私は、イデから滅茶苦茶睨まれている状態ということになる。

 ……となれば、だ。最悪、ハロウィンゲージ内のイデはこちらに無理難題を吹っ掛けてくる可能性が大、ということになり──。

 

 

「最悪、オルトを倒したあとに召喚される可能性が生まれた」

「……ネットでの『生きるために人の意思を擬態し取り入ろうとする姿』を学習・もとい参考にしてオルトが動き、それをイデが指示する……ということ?」

「そういうこと(白目)」

 

 

 うん、オルトとも融和しろ、とか無茶苦茶言ってくる可能性大ですね(白目)

 ……いやまぁ、本家本元とやれ、と言われるよりはマシだろうけど、それにしたって難易度ルナティックどころの話じゃないんですがそれは。

 

 ついでに言うと、イデオンを私に使われている状況を嫌って取り返しにくる可能性もあるし。

 ……それに関しては寧ろ向こうの好きにさせ、取り返された直後に私が『星解』から凍結を狙う、みたいな方法で完全に排除することもできるからまだマシだけども。

 

 ただ、そうなると必然的にイデでの支援は不可能、ということになる。

 ……オルトに取られるかイデに取られるか、みたいな話がなくなるだけヨシ、とでも思わないとやってられない。

 

 そんな風に歯噛みする私の前で、事態が更なる変化を遂げる。

 

 

「……!キーア、あれを!」

「は?……えっちょっ、いや確かに構成要素に含まれてたけどもぉ!?」

 

 

 最初にそれに気付いたのはメカエリちゃん。

 彼女が指差したのは空、本来ならばなにか問題の起きるはずのない、()()()()()空。

 今、そこに見えるのは高速で落ちてくる一つの隕石……隕石!?

 

 そう、街一つ分くらいの大きさの隕石が、こちらにも明確に見える大きさと速度を伴って落ちてきているのである。

 もしやと思うが……これはあれか、ハロウィンゲージ内の『源石』による影響、というやつなのか?!

 

 天災を引き起こすとされる『源石』のは危険性については、今さら議論する必要はないだろう。

 だがしかし、あれもハロウィンゲージに含まれている以上、基本的には害のないものとなっていたはずなのだが……これあれだな?イデが私に目を向けてるせいで隙ができた、とかそういうあれだな?

 

 

「どういうこと?」

「なんやかんやでイデとゲッターはあのエネルギーの中の纏め役だった、ってこと!穏健派と過激派のそれぞれの代表、みたいなもの!」

 

 

 上が統率を緩めたため、その下の構成員が好き勝手なことをし始めた、とも言えるか。

 特に、特定個人(主に私)への加害に上が傾いている以上、下の構成員も同じ相手に攻撃する大義名分はある……みたいな感じで。

 

 

「だからって唐突に隕石は止めてほしいなぁ!!」

 

 

 俄に慌ただしくなる眼下の街並みを横目に、私は一先ずの脅威である隕石と対峙することになったのだった……。

 嫌がらせかな、これ?

 

 

*1
文字通り自己申告してきた。精神に干渉してくるエネルギーならではの現象



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ここからが本当の地獄だ……!

「とりあえず、空中にあるんならなんとでもなる!イデオンソード!」

「流石ですね、キーア。……さらに隕石は迫っていますが」

「なに考えてんだアイツゥ!?」

 

 

 あれか、オルト側の生存本能が刺激され始めた結果、本来ハロウィンにしか使えないはずのエネルギーに、他の事柄への適応が生まれ始めた……とかそういう?

 

 ……そんなことを思いながら、隕石(メテオ)っていうより隕石群(メテオスウォーム)になっている攻撃をイデオンソード(ver.キーア)で薙ぎ払う私である。

 いやマジで、こっちの射程がバカみたいにあること&相手が隕石なので空中にあるって条件が重なってなければ、対処とか難しいどころの話ではなかったと思うんだけどこれ?

 いやまぁ、トリコ君は「メテオスパイスだとぉ!?」とかなんとか言いながら、こちらが撃ち漏らした隕石を砕いたりしてたけど。*1

 

 ……そう、撃ち漏らし。

 どうもこの隕石、オルトの意思によって降り注いでいるようで、主に狙っているのがライネス達になっているのである。

 担がれてるライネスが見たことないくらいに顔を歪めてあれこれ叫んでいるのが見えるが、確かにこんな集中攻撃受けてたらそんなことにもなるわな、みたいな?

 端的に言うとトラブルに巻き込まれて泣き叫ぶワンピキャラ、みたいなことになってる。お労しやライネス上……。*2

 

 滅茶苦茶集中して狙われているため、隕石の頻度もひっきりなし。

 その上でオルト自身も普通に攻撃してきているため、なんというか手が足りない。

 

 いや、ソードしか使えないからってところもあるんだけどね?

 幾ら射程が長かろうと、基本的には薙ぎ払い──直線上の隕石しか破壊できないため、そこから漏れたモノへの対処が遅れてしまうのである。

 一応、ガンなりミサイルなり使えればもうちょっと楽なんだけど……それが不可能、というのは先ほど説明した通り。

 

 そのため、少なくない数の隕石がトリコ君達の周りに落ちてくる、という状況が繰り返されているのであった。

 

 

「……これは私も前線に向かうべき、なのですが……」

「それを阻むように、パンプキンスケルトンが大挙してるんだよなぁ!」*3

 

 

 なので、前線の援護のためにメカエリちゃんを前に出したいところなんだけど。

 それを邪魔するかのように、周囲に溢れ始めたパンプキンスケルトン。

 ……ハロウィンゲージによる召喚、ということなのだろうがそれらの召喚に掛かるコストがかなり低いのか、それこそ溢れるような量のスケルトン達がこちらに向かっているのである。

 

 一体一体の戦力はまったく高くないのだが、それを発生させているのがハロウィンゲージ──イデが含まれている、というのが宜しくない。

 分かりやすく言うと、イデオンで触れたくないのであるこいつら。

 そのため、こちらに近付いてくるスケルトン達をメカエリちゃんに排除して貰わないと、空を飛来する隕石を打ち落とす暇が捻出できず。

 そうなればトリコ君が対処できる量を超過してしまい、そのままライネスごと潰されて作戦失敗になる、と。*4

 

 というか、このスケルトン想像以上に邪魔いんだけど!?

 倒せるとはいえ無尽蔵に湧いてくるせいで、前線のマシュも思うように動けてないみたいだし!

 

 

「ぐぬぬ、虚焦が使えれば楽なんだろうけど……」

「確か、対象とするもののせいで使えない……ということだったかしら?」

「まず間違いなくエリちゃんごと消し飛ばす形になるからねぇ……」

 

 

 大群相手と言えば虚焦、と言いたいところだけどこの場であれをまとめて消すとなれば対象は『ハロウィン』、すなわちこの場にいるメカエリちゃんとかもまとめて消し飛ばす形になるので非推奨。

 ……というか、下手するとその辺のハロウィンの飾りとかまでのまとめて吹っ飛びかねないので無理、みたいな?

 

 そういうわけなので、誰かしら一騎当千の存在を引っ張ってくる必要性があるんだけど……それすら封じるように、オルト本体の『祭事渓谷』が邪魔をしてくる。

 そう、予め対処をしてない人間がオルトに近付こうとすると、ハロウィン属性に汚染されオルトおよびその関連物への攻撃が効かなくなるのである。

 

 一応、遠く離れたこの辺りのスケルトンくらいなら、なんの準備もしてない人でも倒せはするのだけれど……ここから先に進めばもうダメ。

 なにかしら対策を持ってないとハロウィンに染められ、結果として押し留められはしても撃退はできない、メカエリちゃん達と同じ扱いになってしまうのである。

 

 この辺りはライネスの対策(ほうぐ)が成立すればどうにかなるとはいえ、それまでまともに対処できないというのは中々に苦しいと言えるだろう。

 

 祭事渓谷によるハロウィン付与、およびそれによるオルトないしその眷属への有効打の軽減・制限。

 源石由来の自然災害による隙消し、およびある程度以上の戦力を持たない相手の足切り、ないし攻撃の強要。

 さらに、こちらの最高戦力であるイデオンの使用方法の限定。

 

 ……向こうの対処は恐らくやれることを全部やる、という形式なのだろうが、見事に噛み合いすぎて嫌になる。

 これを越えてどうにかしようとするのならば、なにかしらこちらに有利を生む増援、みたいなものが欲しいところだけど……。

 

 

「──なるほど、ならわざわざ出向いた甲斐はあったと言うことね」

「……誰?」

 

 

 そんなことを私が考えていると、背後の方から響いてくる声。

 反応したメカエリちゃんがそちらを向き──それでもなおそれが誰なのか、というのがわからずに困惑した様子を見せた。

 

 ……まぁうん、気持ちはわかる。

 なんというかこう、色々とツッコみたくなるような相手だろうから。

 この口ぶりからわかる通り、私はこの声の主を知っている。

 そして、()()()()()()()()()()()()()のもまた、私だったりする。

 

 何故かと言えば、彼女は私の知り合い……友達であり、かつ彼女はそのままだと外に出ることは不可能であったがため。

 ……同じ作品の別のキャラクター(アーミヤ)とはその理由を意にするが、どちらにせよあんなもの(海の怪物)の関与を否定しきれない状態で外に出すことは不可能に近いだろう。

 

 私がやったことは、そのあんなもの(海の怪物)との繋がりを断ち切ること。

 その上で、彼女という存在を消失させないこと。

 そのために必要だったのは、名前という意外に強い繋がり。

 元となった存在が同一であるのならば、【継ぎ接ぎ】や代替の原理により元となった存在から問題だけを切り離せるのでは?……という、ある種の実験の結果ともいえるだろう。

 

 まぁ、それを実行に移すためにあれこれと必要な別の実験があり、それらを終えるまで彼女への施術は延びに延びたわけだが……こうして成功している辺り、良かったと言っておくべきなのかもしれない。

 

 ただ……うん、原作そのままのキャラがいい、って人には怒られそうな状態になっていることも間違いないというか?

 分かりやすく言うとフォーリナーをキャスターに変更した、みたいな感じだからねこれ。*5

 ただまぁ、内包する危険度的に対処しないのはありえない話だったので、こうするしかないというか本人も納得した上での施術だったというか。

 

 ……うん、勿体ぶるのは止めよう。

 モニターを切り替え、映し出された背後には一人の女性の姿。

 

 赤いドレスを身に纏い、前方を見つめる銀髪の女性。

 その口許には笑みが浮かび、見つめる視線は猛禽──ないしはシャチのよう。

 本来ならば大剣を持つその手には、現在二振りの朱き槍が握られており──、

 

 

「さて、ダーッっと行ってドンッと倒してパパッと片付ける……のは、この姿だと難しいから。精々、貴方達が十全に動けるように補助してあげるわ。──我が名(スカジ/スカディ)に紐付けられし力、我が声に応えて門を開け

 

 

 その二槍を、彼女はすいと宙を切るように振るう。

 それと共に紡がれる祝詞は、彼女の言うように彼女の名前に紐付けられた別人の力を起動するためのもの。*6

 排除された海の怪物の代わりに、その隙間に放り込まれたのは北欧の女神の力。

 ──その名から連想されるとある異聞の王、さらにはその存在に紐付けられたとある神殺し。

 影の国の女王が持つそれを、()()に合うように構成概念を調整したそれは、

 

 

来たれ彼の(ふね)、写し身の(ふね)。『死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)』──私()に、勝利をもたらしなさい!

 

 

 ──()()()()()*7を召喚せしめる、魔境の扉。

 アビサルハンターもとい北欧の女神の依り代、『スカジ=スカディ』となった彼女は、呼び出した艦の先端に立ち、こちらにウインクを贈ってくるのだった。

 

 

*1
『トリコ』のキャラクター、三虎の使う技の一つ。文字通りスパイスによる流星群とでも言うべきものなのだが、その破壊力が異常でありこれの影響により地上は壊滅的なダメージを受けることになった

*2
目が飛び出したり白目を剥いてたり滅茶苦茶泣いてたりしながら、「ああああああああ」と叫ぶ姿のこと。ウソップとかナミとかがよくやってる

*3
FGOのハロウィンに大量発生するカボチャを被ったスケルトン達のこと。メタルになったりすることもある

*4
死なないだろうけどそのあとの作戦が決行できなくなるのでどっちにしろ失敗

*5
そのキャラの根幹である部分が問題だからと言って変えてもいいのか?……みたいな話。特に彼女の場合、その戦闘力の理屈の元となっているのはアビサルハンター──海を屠る為に海の力を利用している、というところにある。無論、そういった対処に共通する懸念点、『ミイラ取りがミイラになる』もとい使っている力に汚染される、という部分が大問題であることも間違いないのだが。特に彼女の場合、その海の怪物の中でも王・ないし神に相当しうる存在を受け継いでしまっている為、危険度としてはかなり高い

*6
なお、『濁心スカジ』がバッファーなのも、代わりにスカディ様を放り込むのにプラスに働いたとか(スカディもバッファーなので)。なお水着の方は寧ろ相性最悪の模様(スカディ側も魚≒海の生き物を扱い始める為)

*7
彼女の属する『ロドス・アイランド製薬』は巨大な陸上艦を拠点としている。アーミヤもびっくり



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バフ効果って意外とバカにできない

「あれは……アークナイツの?いやでも、あの宝具はスカディの……?」

「細かいことは言いっこなし、よ!とりあえずあの面倒なやつの干渉は弾いてあげるから、さっさとぶん殴ってきなさい!」

「あらほらさっさー!」

「キーア!?」

 

 

 すさまじくややこしい身の上となったスカジが宝具を展開──巨大な陸上戦艦が現れ、それによるバフ効果が周囲に行き渡ったことを確認し、そのままイデオンを前進させる私。

 その姿にメカエリちゃんが困惑の声をあげるが……それも当然、先ほどまで近付きたくないとか言ってたやつが、平気でオルトに近付き始めてるんだからその驚きも一入、というやつだろう。

 

 とはいえこれには理由がある。

 その理由と言うのが、先ほどスカジが展開した宝具『死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)』。

 彼女の力の源である海の怪物(シーボーン)を押し入って代わりに収まったスカサハ=スカディの宝具であるそれは、本来はさらにそこから遡って死の国の女王・スカサハの持つモノであるとされる。

 

 そちらが使用されたのは派生作品の一つ・『EXTELLA LINK』でのことだが、その時は広範囲に攻撃を加える対軍としての用法であった。

 スカディの場合はそれとは違い、自身の庇護下にある味方に対して幸運と祝福を与えるものへと変化しており、スカジが使ったものも基本的にはこちらに準拠している。

 それが何故かと言われれば、彼女の中の海の怪物を排除するのにそちらの方が都合が良かった、というところが大きい。

 

 本来の彼女の性質というのはスカディよりもスカサハの方に近いが、しかし本来『スカサハ』と『スカディ/スカジ』という存在には共通点、ないし経由点というものが存在しない。

 これは、『fate』における英雄像の構築が()()()を重視しているから、というところが大きい。

 

 スカサハとスカディが同一の起源を持つ、というのはとある人物のみが提唱していた説であり、本来ならばそれが縁となるようなことはありえない……のだが、その説を補強できるだけの様々な前提があったからこそ成立し得たのだ。

 

 例えば、ランサー……クーフーリンがルーン文字を使う、という点。*1

 地域としては近いが、神話としてはまったく別物である北欧とケルトという二つの神話間を跨がる要素となってしまったそれは、翻ってこの二つの神話を結びつける理由として使われることになった、といえる。……悪く言うと失敗を別の形に変化させた、ということか。

 また、fate世界には『無辜の怪物』と呼ばれる概念がある。

 風評によって他者を変貌させうるそれは、しかして良い影響であれば『可能性の光』という別種のスキルに変化する。

 そしてそのどちらも、民衆の祈り・願い・思いに強く影響を受ける、という点では大差はない。

 

 つまり、『スカサハとスカディは同一の起源を持つ』という情報が無辜によって補強され、そこにランサーがルーン文字を使う、という事実を加えればそんな依田話もあり得るもの、として昇華されるわけだ。

 

 ……とはいえ、これはあくまでもfateという世界の中での話。その論説を外に持ち出すことは叶わず、ゆえにアークナイツのスカジにfateのスカサハをそのまま【継ぎ接ぎ】する、という方法は使えない。

 

 ゆえに、より簡単に繋がりを示せるもの──あからさまに同じ起源であることを示す『スカディ』と『スカジ』という形で繋がりを構築する必要ができた、というわけだ。

 そしてこちらは、先ほどまでの繋げ辛さとは裏腹に非常に代替しやすい関係となっていた。

 

 その理由は三つ、見た目の空気感とゲーム内キャラとしての役割、それから名前。

 見た目の空気感は、互いの服装のこと。

 共にドレスを身に纏い、どこか浮世離れした空気を持つ両者は、相応に繋がり易い属性であると言える。

 

 ゲーム内キャラとしての役割は、周囲にバフを撒くバッファーとしてのもの。

 共に戦略を一変させうるほどの能力を持ち、戦場に一人置いておきたくなるキャラである。

 

 三つ目は……まぁ、今さら語る必要もないだろう。

 これらの三つの要素や細々とした関連点を強調し、スカジの中から海の怪物の影響を抜いた、というわけだ。

 

 ……言葉では簡単なことのように述べているが、これが中々大変だった。

 なにせここまでの要素、基本的には無理やり『そうだ』と言い聞かしてるようなものなんだもの。

 空気感に関してはそもそもスカジが濁心となった後で比べてるので今の彼女にゃ関係ないし、バッファーとしても微妙に役割が違う。

 唯一疑問を挟まないでいいのは名前だけで、どちらかと言えばそこから他の方面に強弁を加えていった形になるわけで。

 

 ……そこまでしないと抜けない海の怪物の影響、というものに色々文句を言いたいところだが、しかしそうでもしないと『逆憑依』としては無茶苦茶になるのだから仕方ない……みたいな。

 

 そう、今の彼女は『逆憑依』としてはかなり歪なことになっている。

 本来ならばアークナイツの──アビサルハンターとしての彼女がここにあるはずだったにも関わらず、それを排除してなお彼女として成立させようとしているのだから。

 

 とはいえ、それも仕方のないこと。

 わりと人気がある方である気がするアビゲイルとか葛飾北斎とか、そういう『外様(とざま)の神』に関わる存在は基本的に『逆憑依』にはいないのだから。

 ……なりきりとして掲示板で見たことがない、というわけでもないのにも関わらず、である。

 

 シャナがアラストールを連れていないように、彼女達の場合も契約した神々を内包しない、という形でこちらに来てもおかしくないような気がするのだが──クラスとしてフォーリナーであることが重要な彼女達の場合、恐らくその状態が『逆憑依』の条件に当てはまらないのだろう。

 なので、例えばこちら側で『ジャック・ド・モレー』を見掛けることがあった場合、それは例外なく男性の方としてこちらに顕現するはずだ。

 

 ──そういう前提がある上での、スカジである。

 本来ならば彼女もフォーリナーの類いとして処理されそうなものだが……彼女達の属するアビサルハンターとは、毒を以て毒を制す類いの存在。

 言い換えると仮面ライダーとかその辺りの存在に近いものであり、それ単体では再現すべき神性というものがいない。

 言い換えるとスカジだけが特殊だった、というわけだ。……いやまぁ、ミヅキ君とかも大概ではあるのだけれど。

 でもあっちはアビサルでもアビサルハンターでもない単なるエーギルだし……いや、これ以上は長くなるから止めておこう。*2

 

 ともかく、スカジだけが『逆憑依』として成立しうるにも関わらず、一般的なフォーリナー達と同じ問題点──『海の怪物(外様の神)』の影響を受ける可能性を持っていた。

 ゆえに、その危険性を排除する必要性がどうしても存在した……というわけである。

 

 

「いやホント、本人的にはどうなのかはわからんけど、こっちはすっごい大変だったんだよ。要素が要素を潰さないように、本人の人格を阻害しないようにって感じで。……幸いスカディ様は力だけ貸す、みたいな感じで納得してくれたけど」

「……その言いぶりからすると、【継ぎ接ぎ】成分であるはずの彼女と話をした、という風に聞こえますが?」

「……さて、張り切ってオルトを倒すぜ!」

(露骨にごまかしましたね……)

 

 

 ……うん、上手く行ったんだからいいんじゃないかな!!

 

 ともかく、今のスカジはスカディの力を振るう者、ある種の疑似サーヴァントみたいなことになっているわけだ。

 そしてそれ故と言うべきか、その能力の影響力はかなり強いものになっている。

 どれくらいかと言うと──オルトの『祭事渓谷』を中和するくらいには、だ。

 

 

「……なんと?」

「と言っても、これはオルトが本来のそれより遥かに強さが下だから、って前提あってのことだけどね。施術の際に引っ張ってきたのは()()()()()()()()()()()だったから、スカジ側の能力が高いのは当たり前だし」

「ああ、噂の【偽装召喚(パラレル・インストール)】というものですか?」

「いんや、これは別の……って、そこはどうでもいいのよどうでも」

(……また聞かれなくない内容だったみたいね)

 

 

 なんかメカエリちゃんが私を見る目が大分胡乱なものになっている気がする……。

 とはいえ今は詳しい話をしている場合ではない。

 確かに今のスカジの影響力がオルトのそれより強い、というのは間違いではない。

 ……ないのだが、その出力を何時までも維持できるか、と言われればそれはまた別の話になるのである。

 

 

「と、言いますと?」

 

「いやこいつの干渉すっごいんだけど?!滅茶苦茶ごりごり削れてる!!?これ後でアーミヤに怒られ……あ゛*3

 

「……ああいうこと」

「なるほど。腐ってもオルト、生半可な策では食い破られるということね」

 

 

 原作を同一にする存在、かつ()()による影響を受けない存在の一人であるスカジの干渉は、オルト内部の源石の効果を著しく低下させる。

 それにより空から降り注ぐ隕石は姿を消し(正確には飛来する前に削り飛ばされ)、残る祭事渓谷もフィールド効果で中和することに成功しているのだけれど……そこまでやってもなお、この優位は時間制。

 そもそもの話、スカジがあの宝具を展開するのに結構なエネルギーを必要としているため、与えられた猶予は数分程度でしかないだろう。

 

 その間に、作戦第一段階から第二・第三まで終わらさなければならないわけだが……第一に関しては終了の目処が立っている。

 ならばやるべきことは一つ、

 

 

「オルトを行動不能にする!行くよメカエリちゃん!」

「了解。オープンコンバット、メイガス・エイジス・エリザベート・チャンネル、行動開始」

 

 

 数十キロの距離を一瞬で駆け抜け、私たちは主戦場へと足を踏み入れたのだった──。

 

 

*1
本来彼が使うのはオガム文字。当時はケルト周りの資料が少なかった為にこんな珍事が発生したのだとか

*2
海の怪物達は自身の神・王となるべき個体を幾つか選定しており、その内の一人がスカジ(の中の存在)であるとのこと

*3
「あとで」「お話が」「あります」「アーミヤより」(ヒュッと息を呑んだあとガタガタ震えるスカジ)



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短期決戦、行っくよー

「よく頑張った!ライネスは下がってて!」

「もう、もうこんな無茶はしないからな私は!!!」

 

 

 長い時間稼ぎの結果、ようやく『混元一陣(かたらずのじん)』が成立した*1らしく、目に見えてオルトの出力が下がっていく。

 ……とはいえこれもあまり長引かせると適応されかねないため、ここからは時間との勝負となるだろう。

 

 ゆえにスカジに合図を送り、領域の押し合いから純粋なバフへと効果の変更を打診。

 こちら側のステータスの向上を図り、そのままオルトとの混戦へと移行していく。

 

 

「まぁ、ここまで来ても私がすることは補助だけどね!くらえピンポイントイデオンパンチ!!」*2

「なにその意味不明な技!?」

 

 

 イデオンソードを伸ばさず手に集中させて殴るだけの技ですが?『縛鎖全断(アロンダイト)()過重湖光(オーバーロード)』みたいな感じというか。*3

 いや、結局あんまり直接触れたくない、ってのは変わってないんだよね。

 イデが向こうに含まれてる、ってのは変化してないわけだし。

 

 無論、仮に触れたとしても早々に負けるつもりはないけど……仮に負けたら元々中に入ってるもの、という性質からイデはするっとイデオンに戻るだろうし、その流れに乗ってオルトもイデオンに侵入するだろう。

 そうなったらいつぞやかの懸念──オルト・イデオンの完成である。……悲惨どころの話ではないので避けるのが当然、というか。

 

 

「いやまぁ、そもそもの話オルトの中にイデがある、って現状がアレと言われたらそうなんだけどね!?」

『確かに。ハロウィンでなければ既にゲームオーバー、と言ったところですねぇ』

 

 

 うん、ハロウィンゲージ内にイデがいた、ってこと自体が既にダメと言われりゃそりゃそうだ、としか言えないんだけどね!

 そのせいで私が無理して前に出なきゃいけなくなったわけだし!

 

 ……逆に言うと、ハロウィンにしか使えないものに含まれていたからこそ、(比較的)大事にならずに済んでいるわけでもあるのだけど。

 それと同時、イデがイデオンに戻るというのは『ハロウィンから抜ける』ということになり、ついでにオルトの方もハロウィンから抜けることになるのでダメ、という話に繋がるわけなのだが。

 

 ともかく、メイン戦力はシンユニロボに任せ、私は補助に集中。

 遠く離れた位置からでは行えなかったパリィを率先して行っていく形になる。……え?なんでそんなことする必要があるのかって?

 

 

「可能な限り教導してみましたが……付け焼き刃程度、と言われれば言い訳はしません」

「仕方がない!下手なこというと暴走してた可能性もあるんだから、それがなくなっただけでも十分十分!」

 

 

 そう、シンユニロボ側が若干ぎこちない動きだから、というところが大きい。

 彼らの調整はキリアちゃんに任せていたわけだが、それが最後まで進まなかったというわけだ。

 

 ……とはいえそれも仕方のない話。

 彼らは『シン・ユニバースロボ』としての自覚すら薄い状態だったのが、そこから合体してキリアちゃんの指示を聞くところまで進歩しているのだから、むしろ成長速度的には結構なものなのだ。

 単純に時間が足りなかった、というだけの話でしかないし、それでも最終的な状況の再現・ないしその空気には問題ない、と判断したからこそ実践投入したわけなのだし……みたいな感じというか。

 

 まぁ、まともな戦力が彼らと言うだけで、それを補助する面々は寧ろ豪華にも程がある感じなんだけど。

 ともあれ、その辺りの戦力使用の割り振りは調理長である小松君の領分、ということになる。

 オルトの最終的な無力化にはこれが必要、という部分があるので疎かにするわけにはいくまい。

 

 

「そういうわけで悪いんだけど、鉄火場任す感じになってごめんね!一応涅槃寂静の視点をそっちにも共有しておくから、それで大筋は確認してね!」

「は、はい!わかりました!…………どうやってこのモニターに共有してるんだろうこれ……?

 

 

 そんなわけで、当初の予定とは違い前線に出てくる羽目になったため、自動的に小松松君も鉄火場入りである。

 なお現在の彼の居場所はCメカのコクピット。

 ……Bメカが空いてるのはそこが大分不吉だからであり、それ以上の意味はない。

 いや、作中のBメカ搭乗者みんな死傷してるからそりゃ避けるでしょ、というか。*4

 

 ともあれ、Cメカのモニターに涅槃寂静による俯瞰視点を共有し、少しでも彼の全体把握の助けになるようにしておく。

 そうした配慮を方々に投げつけながら、私はオルトの攻撃をパンチで捌き続けるのだった……。

 

 

 

 

 

 

「くらえエクスカリバー!これもある種の逸話特攻じゃい!」

「詭弁にも程がありますが……実際よく効いていますね」

 

 

 右手を手刀の形にし、エネルギーを纏わせ短めのイデオンソード扱いにする……。*5

 まさしく小手先の技、という感じだがこの形式がそもそも聖剣のそれを思わせるため、案外オルトによく効くというか。*6

 ……本来外敵特攻なんぞ発生するわけもないのだが、これもある種の名前繋がりというわけか。

 

 そんなやり取りを行いながら戦闘を始めて早数十秒、戦局としてはなんとも言い辛い感じになっていた。

 私やグランゾンの攻撃は決定打にはなりきらないため、シンユニロボによる必殺技を叩き込む必要があるのだが……先ほどから何度も避けられている始末。

 

 これは、キリアちゃんの指示を受けてからシンユニロボが動く、というラグがあるからこその問題……とでも言うべきもの。

 わかりやすく言うと、彼女の指示をオルトが耳聡く聞き付けて回避してるのである。……口頭による指示の思わぬデメリット、というか。

 

 そのため、現状与えられているダメージは私やグランゾンによる(比較的)ちまちまとしたもの。

 オルトを打倒するには全く足りておらず、そうこうしているうちにスカジのフィールド効果が発動限界を迎える懸念がなされており、中々厳しい状況である。

 

 

「この話の面倒臭いところは、スカジのフィールドだからこそここまで耐えてる、って部分だよね」

「と、言いますと?」

向こう(オルト)が適応すべき方向性に悩まされてるってわけ。アークナイツ系列に分類するべきなのか、FGO系列に分類するべきなのか迷ってる、とも言えるかも」

 

 

 オルトのフィールドにはなるべく触れたくない、何故なら適応が進むから……みたいな話があったような気がするが、実はこれに関しても先の『混元一陣』によって弱体化させられている。

 それは純粋な侵食力の面でもそうなのだが、それ以上に同時に対処できるものの数が下がっている、という点が一番低下している・劣化させられている部分になるのだ。

 

 言うなれば、さっきまでは問答無用でなにもかも触れたら消していたが、対象が無数で無量であれば寧ろ押される形になった……みたいなものというか。

 いやまぁ、どっちにしろ対応力の化け物であることは変わらないのだけど、処理落ちを狙える分今の方が楽なのは確かなわけで……。

 

 ともかく、今のオルトは原作における分析・対応力もガクッと下がっており、その部分を突くのにスカジのフィールド・もとい宝具はかなり有効になっているのだ。

 

 その一番の理由は、彼女の分類。

 現状の彼女はアークナイツのキャラともFGOのキャラとも言い辛いものとなっており、結果として適応・対処のために検索するべき情報が膨大なものになってしまっているのだ。

 本来ならばそんなことでオルトが処理不良を起こすことはないのだが、現状のこいつはその辺りの演算力ごと低下している状態。

 結果、取捨選択するべき情報を全て確認してしまうようになぅており、結果としてスカジという存在そのものが認識し辛くなっている……と。

 

 無論、彼女だけがそうであるというわけでもない。

 イデオンを使う私も、四つの作品が混じっているシンユニロボも、中身の邪神が実は何処産のものなのかわからなくなっているグランゾンも、全てオルトにとっては演算しにくい存在。

 ゆえに誰が相対しても、今のオルトにとっては面倒臭いものなのだが……とはいえ相対し続けていれぱそのうち解析されるだろう、というのも間違いではない。

 

 腐ってもオルトということか、現状のこいつは自身の弱体化原因である『混元一陣』に狙いを絞っている。

 そのため、その弱体化が解けた途端に牙を剥いてくることは確定だろう。

 ……まぁ、単に『混元一陣』を解いただけだとハロウィン属性に関しては外れないため、単に最初の状態に戻るだけではあるのだが。

 

 なので、どうにか効果時間の間にオルトを沈黙状態にまで押し込んでおきたいのだけれど……。

 

 

「こんだけ攻撃して元気となると、シンユニロボの攻撃以外で致命傷を与えるのは不可能に近いのかもねぇ……」

「もしくは、なにかしらのギミックがあるか、ですね」

 

 

 相も変わらずピンピンしているオルトの姿に、私は思わず苦い顔をしていたのだった。

 

 

*1
便宜上そう呼んでるだけで宝具を使ったわけではない

*2
『マクロス』シリーズに登場する技の一つ『ピンポイントバリアパンチ』のこと。元々は格闘戦時にマニピュレータ(※ロボットにおける腕のこと)を保護する目的のものだったが、打撃力の向上にも役立った為様々な場面に応用されることになったとか

*3
リボルケイン、相手は死ぬ()

*4
胴体部分に当たるのがBメカなのだが、動力源の調整もここで行うそうな。その為の人員が一人乗っているのだが、彼はサブパイロット扱いでかつ彼は死なない。死ぬのはメインパイロットの方であり、それは左のシートに乗る人物となる為一種の死亡フラグとして認識されているのだとか。なお、正確には一人だけ、一番最初に乗った人物は以後乗らなかった為生き残っている(最後にイデが発動するまで、だが)

*5
『聖闘士星矢』のキャラクター、山羊座のシュラの技。光速の速さで放たれる手刀であり、作中においては大地すらも断ち割った。また、『FGO』におけるベディヴィエールの宝具『剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)』およびそこから放たれる『一閃せよ、銀色の腕(デッドエンド・アガートラム)』も聖剣を彷彿とさせる手刀、という点では類似している(というか、恐らくイメージ元が前者である)

*6
一時とは言えオルトを倒したのは聖剣のエッセンスから製作された特殊武装かつ主砲『人理定理・未来証明(ヒュームバレル・レイプルーフ)』であったことから



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お前は蟹なんだよ!このまま鍋にしてやらぁ!

「うーん、生きたいという意識による概念不死でも獲得しているのかこいつ……?」

 

 

 シンユニロボがやられると最早対抗策ゼロであるため、彼らに向かうヤバげな攻撃(主に触手)を手刀で切り払う私である。気分はトリコ君、みたいな?

 

 

「あ、確かに。ナイフで戦うトリコさんみたいですね、今のキーアさん」

「図らずしも、って感じだけどね。あと釘パンチはできないし」

 

 

 一応、小松君の認識上ではこれらの戦闘行為は調理であるため、そこに携わる私もある意味トリコ君みたいなもの、と言われれば否定はし辛い。

 あえて言うのなら本人はちゃんと居る、ってことだが……最終的な到達地点はともかくとして、今の彼だとオルト相手には幾分劣るため、ライネスのボディガードに専念して貰ってたりするので近くにはいないのだけど。

 

 

「つーか、可能ならあんまり近付くなとも言われてるんだよな。仮に本気のオルトになった場合、祭事渓谷じゃなく水晶渓谷になったら目も当てられねぇからってんで」

「そりゃそうだろうよ……亜種の時点でも大概だったんだ、【継ぎ接ぎ】の恣意的利用による原種への回帰、なんて覚えられた日にはみんなお陀仏だよ」

 

 

 ……というのは、離れてる二人の会話である。

 

 ともかく、現状の私がトリコ君の代わりとしてここに立っているようなもの、ということは間違いあるまい。

 そのせいってわけなのか、手刀の切れ味も次第に増しているような気がするし。

 

 

「その上でなおダメージがまともに入ってないってんだから嫌になるよねー」

「向こうも多分同じことを考えてると思いますけどね」

 

 

 すぱすぱと触手を切りつつ、うんざりしたように声をあげる私であった。

 ……時々返す刀とばかりに本体に切りつけているのだが、これが中々。

 切れ目は入るのだがそれも一瞬、次の瞬間には塞がっているのだからたまらない。

 

 ……あれか、ゲッター線も混じってるみたいだから、再生力が強化されてるのかな?

 まぁ、こっちがあくまで牽制として攻撃してるから、というところもなくはないのだろうけど。

 

 

「確か……やり過ぎるとよくないんでしたっけ?」

「そうそう。今のオルトは弱体化してるけど、そのせいでハロウィン成分が抜け掛かってるから」

 

 

 正確には、死にたくないという本能がエネルギー……ハロウィンゲージの方向性を変化させかねない、というべきか。

 本来ならばハロウィンにしか使えないそれを、『自身の生存こそハロウィンに必須のものである』と誤認させることで別の用途に引き出しているというか。

 所詮は誤認なので、そこからさらに別方向に変化させるのは難しいのだが……急激にダメージを与えすぎるとその誤認の範囲が広がる恐れがある、というか。

 

 ……全部仮定なのは、結局ハロウィンゲージのこともハロウィン・オルトのこともろくに理解できていないため。

 これらの予想が間違いの可能性も相応にあり、かつそれの検証のための時間も取れないため探り探りやるしかないのだ。

 

 とはいえ、それでもわかっていることはある。

 ハロウィン関連同士だと決着がつかない以上、この場でオルトに致命傷を与えられるのはロボット達三騎のみ。

 その内イデオンこと私とネオ・グランゾンの二人は、概念的な即死手段を持たないため仮にオルトを滅ぼそうとすると周囲ごと、という形になること。

 ゆえに、戦隊もののお約束──必殺技が文字通り必殺である、という性質を利用するためにシンユニロボが適任である、ということだ。

 

 で、その必殺技が普通にやると避けられるため、ほどほどにオルトをボコって避けるような余裕を無くしておきたい・そのためにある程度ダメージを与えたい……というのが今の周囲の目的になるわけだが、一撃必殺以外は望むべくもないため意外と調整が難しい……みたいな話になっているというか。

 

 いや、一番いいのは羽交い締めにするとか、そういうのだと思うんだけどね?余計なダメージを与えないから適応もなにもないし。

 

 

『なるほど、できるのならばそれが一番確実ですね。できるのならば、ですが』

「オルト相手に組み付くとかマジで単なる自殺志願者なんだよなぁ……」

 

 

 幾ら今はまだハロウィン属性が強いとはいえ、流石に羽交い締めになんぞしたらオルトの生存本能はマックスになるだろう。

 そうなったらハロウィンの縛りは真っ先に邪魔になるため、迷わず適応を目指すはず。

 ……適応目標が散ってる今ならともかく、そうなったら真っ先にハロウィン属性は剥がれ落ちることだろう。

 

 そうなればスカジのバフは全部無効化されるし、すぱすぱと切れてる触手も切れ辛くなるし、同時にイデオンに触れられる可能性も高くなるのでゲームオーバー、と。

 ……というか、羽交い締めにできるのが私もといイデオンかグランゾンしかいない辺り、その時点でダメそうな匂いがすごいというか。

 

 

『イデオンはまさに論外ですが、私のグランゾンもあまり長期間は抑えておけないでしょうね。下手をすると数分もしないうちに取り込まれる……なんて可能性も否定はできないでしょう』

「今はオルトの機能はほとんど停止してるけど、流石にハロウィン属性外れたら活性化するだろうからねぇ……」

 

 

 敵性体の離脱を阻む銀糸、レボルーション・ウェブだったか。*1

 任意による戦線離脱を禁じるこの技能は、今のオルトには備わっていない。……いや、機能していない。

 この辺りもこのオルトが原種や亜種より弱い、という証左になっているのだが……同時に、ハロウィン属性から解き放たれた時に使ってこない、と言い切れる理屈もない。

 

 つまり、迂闊にオルトを羽交い締めにした結果、ハロウィン属性への適応が急激に進みそれを排除できるようになったならば、まず間違いなくオルトはそれらの機能を再起動するだろう。

 そうなればまぁ、一貫の終わりである。……一応は『星女神』様辺りがなんとかしてくれるとは思うが、どっちにせよ世界が一度終わることは間違いあるまい。

 

 ついでに言うと、そんなことになったら彼女の失望ゲージが貯まって世界への敵対者フラグが……、

 

 

「いや待て!?そんなものが立つのか?」

「かもしれないね、ってだけの話だよ。この程度なら貴方達だけでもなんとかできたでしょうに、とか思われてたらなくもないというか」

「求める基準が厳しすぎるだろうが!!」

 

 

 うん、そこに関しては反論もない。

 

 ……まぁともかく、できれば失敗したくないというのがわかって貰えればそれでいい。

 そんなわけで、現状ではシンユニロボ君の必殺技をなんとか当てる方法を探りつつ、その一貫としてほどほどにダメージを与えては適応されない程度に回復を繰り返されている……というのが実態なのであった。

 

 

「……そういえば、なんでキーアさんそのものは適応されてないんです?」

「前も言ったけど、『生きたい』と願うオルトにとって『死にたい』が根幹にある【星の欠片】は意味がわからないしできるなら理解したくない類いのものなんだよ。だから、それで攻撃をしたらとりあえずダメージは与えられるってわけ。GOD EATERの偏食因子*2とかと考え方は近いんじゃないかな?」

「ええと……アラガミ細胞は嫌いなものは一切食べない、みたいな話でしたっけ?」

「そうそう、そんな感じ」

 

 

 嫌いなものをぶつけて攻撃しているので、向こうも積極的に学習しようとはしてないというか。

 ……まぁ、アラガミ細胞ほど偏食家ってわけでもないだろうから、あんまり多用すると逆ギレ的な対応が飛んでくる可能性もないではないのだが。

 

 

「……?いえ待ってください、偏食家……?」

「おっと小松君、なんか突破方法見付けた感じ?」

「ちょっと思い付いたんですけど……」

「…………なるほど?ちょっとその発想はなかったわ」

 

 

 そうして話題に出したものが、この状況を打開する手段を閃くきっかけになるというのだから、世の中わからないものである。

 

 

 

 

 

 

 作戦としては、至って単純。

 ……なのだが、結果的に私への負担が増してるのは、なんというか隠し事の罰なのだろうかとちょっと首を捻らざるを得なかったりするというか。

 

 

「とはいえ、今のところこれより良い案も思い付かないから実行するんだけど、ね!ってなわけで──拡散する過剰黎明(マルチプル・アスエボ)】!*3

「!?」

 

 

 私の言葉と行動に、初めてオルトが驚愕の姿勢を見せた。

 それもそのはず、オルト的には苦手なものに当たる私の気配が、唐突にイデオン以外からも立ち上ぼり始めたのだから。

 

 私の使う技能の一つ【過剰黎明(アストラライズ・エヴォケーション)】は、私自身が他者のための武器になる……みたいな感じのものである。

 基本的には他人の持つ武器に憑依的なことをして、【星の欠片】によるレベルアップを行う……みたいな感じのものなのだが、その際【誂えよ、凱旋の外套を(エスコート・ステート)】と同じ原型保護──伸びたステータスによる自己崩壊を防ぐように設定されている。

 その際、それらの自己崩壊を防ぐ──もとい、肩代わりしているのが私……もとい【星の欠片】なのだが、雑に言うとそれこそがオルトにとって驚愕だったのだ。

 

 全ての細胞が全ての細胞の代替となりうるオルトにとって、自身でもないどころか単なる得物の代替となって消え失せる【星の欠片】、なんてものはまさしく理解の範疇外。

 まっったく理解したいとも思えない要素の一つであり、それで攻撃された日には思わずビクッ、となるぐらいに嫌なものになっている。

 

 それが、周囲に唐突に無数に現れたというのだから、彼の混乱も一入というものだろう。

 さらに、イデが嫌がっているのはイデオンに入っている(【星の欠片】)なので、それ以外の()には反応すらしない。つまり、

 

 

「必然、固まっちゃうよねぇ!!」

「今です、ユニバースロボ!」

「!!」

 

 

 勝手に対処してくれるイデは動かず、ゆえにシンユニロボの攻撃にも付与された()のせいでオルトは動きを思わず止め。

 

 結果、オルトはまともに必殺技をくらい、そのままお約束の如く爆発したのだった。

 

 

*1
亜種のオルトが使ったスキルの一つ。端的に言うのならクモの巣。糸に掛かった存在は逃走できなくなる

*2
なんでも食べるアラガミ細胞だが、そこには「嗜好」とでも呼ぶべきものがある。それを司る因子であり、「嫌う」因子のものは原則捕食されない。作中の建造物やゴッドイーターの体内などに投与されており、アラガミによる被害を一定量食い止めている

*3
もっと腕にシルバー巻くとかSA☆



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……あれ?さっきまで私たちが食べていた蟹鍋は??

「やったか!?」

「フラグを立てるなフラグを!?」

 

 

 爆風を前に、思わずお約束のやり取りをする私たち。*1

 もうもうと立ち上る黒煙はオルトを覆い隠し、その姿がどうなったのかを容易には知らせない。

 それが一抹の不安をこちらにもたらすが……その煙が晴れた時、オルトはしっかりと機能を停止していたのだった。

 ……ついでに言うと、なんか全身がオレンジ色に染まっていたりもする。

 

 

「……カボチャになった、ということなのかこれは?」

「蜘蛛でも蟹でもなく南瓜(なんきん)かぁ……」

 

 

 うん、色さえ除けば聖剣砲の直撃を受けた亜種のオルトと同じ姿、というべきか。

 ……そうなると必然的に次の形態*2を警戒してしまうが、今のところそういう変化はなし。

 

 どうやら、そこから本来は塵になって消えていく……という流れになるところを、小松君による『食材概念の付与』を受けて固まってしまっているらしい。

 分かりやすく言うとごく簡単な下拵えされた状態扱い、とでもいうか?

 ……他者を捕食するオルトが、食材としてまな板に乗せられているとはこれ如何に。

 

 

「いやまぁ、端からそれを狙っての部分も強いわけだけど。より強い方向性を【継ぎ接ぎ】して無力化しようって感じだったわけだし」

「今さらですけど……これって本当に調理しても良いものなんですかね……?食べた後に細胞を突き破って出てきたりとかしないですよね……?」

「地味に怖いこと言うね小松君???」

 

 

 なんだその出来の悪い宇宙生物みたいな再生の仕方。*3

 ……よく考えたら、私もとい【星の欠片】はそれやろうと思えばできるな?*4

 なんてことを呟いたせいで一時小松君が引いていたが……ともかく、第三段階──オルトの調理開始である。*5

 

 現状のオルトは敗北したこと・およびその際に付与された【継ぎ接ぎ】──お前は食材なのだ、という概念により休眠状態となっている。

 トリコ風に言えばノッキングされた状態、というわけだが……ここから対処をミスると再び再起動する可能性大なので行動は慎重に、だ。

 

 

「とりあえず……全身の肉を柔らかくするために揉んでみますか?」

「具体的にはどうやって?」

「んー……確か生半可な方法だとダメージにすらならないような外皮なんですよね?じゃあちょっと、グランゾンさんに頼んでみましょう」

「えっ」

 

 

 まずオルトの全身を柔らかくするため、揉み込んでみることに。

 そのために使うのがブラックホール、というのはなにかの冗談のようだが、実際それくらいしないとオルトの外皮を歯が立つくらいに柔らかくする、というのは達成できないのでしかたない。

 ……本当に仕方がないのかそれ?

 

 

『……流石の私も、グランゾンでの調理というのは初体験ですね』

「世の中にはロボットでピザを焼いたりする作品もあるから、料理そのものは別に珍しい話でもないってのがあれだよね……」*6

 

 

 微妙そうな内心を感じさせる声音のシュウさんだが、それ以上の文句を口に出すことはなく素直に小松君の指示に従っている。

 

 ……下手に反抗した結果オルトが再起動しても困る、ということなのだろう。

 実際、料理が完成するまでは気が抜けないのは確かであるため、絵面に反してパイロット達に走る緊張感は紛れもなく実戦のそれなのであった。

 いやまぁ、やっぱり絵面はあれだけどね?!

 

 

「……ふむ、分子単位での揉み込みなら流石に良い感じみたいですね。じゃあ今度は身を小分けにしようと思うんですけど……」

「そういえば今さらだけど、このオルトって中身なんなんだろうね?」

「そういえば、本物は中身が炎なんですっけ?」

「しかも一兆度のね。……流石にそんなもの再現しきれないとは思うけど、その代わりこいつハロウィンゲージ製なんだよなぁ……」

 

 

 見た目の色味通り、中はカボチャだったりするのか。

 はたまた、オレンジを炎の色と解釈して中身は炎のままなのか。

 ……いやまぁ、仮に炎だとしても味とか付いてるトリコ世界的炎に変化してる可能性大だけど。*7

 

 とはいえ、仮に変化してなくて元のまま、だと下手に包丁()を入れた途端に周囲が蒸発する……みたいなことになりかねないため、比較的安全そうな爪先にちょいっ、と傷を入れてみる私である。

 ……え?さっきその辺り気にせずばかすか攻撃してただろうって?

 生きてる間なら向こうも自身の中身がヤバいことに気付いてるから制御してるけど、そういうのが消えてる今だと誰もそういうことしてないから危ないでしょ?*8

 FGOだと、死体も残さず消し飛ばしたからその辺りの心配はなかった……みたいな可能性もあるし。

 

 そんなわけで、可能な限り本体から離れた部分に傷を付け、内部構造を確認したところ。

 

 

「……やっぱり蟹なのでは?」

「ぷりっぷりの身が出てきましたね……」

 

 

 外皮の下から現れたのは、蟹のそれを思わせるぷりっぷりの橙色の身。

 そのまま茹でてかぶりついたら美味しそう……という感想を抱かせるそれは、見た限り炎ではなさそう……いや?

 

 

「よく見ると表面が揺らめいてるねこれ……」

『ふむ、敢えて名付けるならホムラガニの身、みたいなことになるのでしょうか?』

「唐突になにを言ってるのシュウさん……?」

 

 

 出てきた身を子細に確認したところ、熱くはないが燃えていることが判明。

 ……つまり、炎が蟹の身みたいな集合を構築しているのがこのオルトの肉、ということになるようだ。やっぱり蟹じゃねぇか。

 

 そうなると途端に鍋にしたくなるのが人情(?)と言うものだが、小松君はそうは思わなかったらしい。

 出てきた身を確認した彼は、なにを思ったのかCメカを降りてオルトの元へダッシュ。

 死体とはいえオルトに近付くのを躊躇っていた私たちはその行為を止められず、

 

 

「……これは」

(迷わず食べたー!!?)

 

 

 ゆえにその後の彼の行動──()()()()()()についても、同様に止めることができなかったのだった。

 いや、それにしたってよくもまぁ躊躇せず口に入れられるなそれ……。

 

 なんてことをこっちが思っていると、突然光輝く小松君。なんの光!?

 

 

「……やっぱり、これカボチャですよキーアさん」

「ええっ!?その見た目で!?」

「この見た目で、です!ですがただのカボチャじゃありません、ド級のカボチャ──ドスカボチャですよ!」*9

「……いや、ドリトライなのかモンハンなのかはっきりさせない?」

 

 

 どうやら、彼の言うところによればオルトの身は初見の感想通り、カボチャのそれに近似しているらしい。

 あくまで近似なのは、それ以外にも複数の旨味が詰まっているから、ということになるらしいが……だからってドスカボチャとはこれ如何に。

 

 ともかく、味がカボチャ系と言うのなら蟹のような調理は止めた方がいい、というのは確かだろう。

 基本的にはそのまま茹でるのが蟹だが、カボチャでそれをしてもまず美味しくはならないだろうというか。

 

 ……それと、関係ないが小松君が光ったのはオルトの身が彼にとっての適合食材*10だったから、ということらしい。

 ここにきて成長するのかこの人……みたいな気分だったが、よく考えたらこの人【顕象】なので【鏡像】を食べてその権能を奪った、みたいな扱いなのかもしれない。

 

 ともかく、オルトが野菜系の味であるならば調理法は決まった、とばかりに小松君はてきぱきと下準備を指示してきて、私たちはその指示通りにオルトを細切れにしたりしていくのだった。

 

 ……自分で言っといてなんだけど、衝撃的な発言だねオルトを細切れ、とか。

 

 

*1
古典的フラグの一つ。死亡確認をするまでは相手の死亡なんて決まってない、寧ろ生きてると仮定した方がよいというある種の教訓。時々死亡確認してもなお死んでない時があるのでなおのこと、である

*2
恐らく作中の主人公とプレイヤーの心が一つになった瞬間。また、オルトが宇宙ゴキブリ呼ばわりされる発端となった出来事でもある。思わず無惨みたいになった人も多分多数

*3
体を突き破って出てくる……という描写と言えば『エイリアン』だろう。苗床というとエロい意味を思い浮かべる人も多いかもしれないが、こっちのグロい方を思い浮かべる人も少なくないはず。どっちにせよ他種族なら何してもいい、みたいな感覚があるだろうことは間違いないと思われる

*4
と言っても突き破って出てくるというよりは、各構成物質内に()()()()の【星の欠片】を励起させる、という形でありそこから出てくるのは確かだが突き破るというよりは抜け出る、の方が表現としては近い。そもそもそこらの物質にも含まれているのが【星の欠片】である為、わざわざ生き物内から飛び出してくるのは趣味が悪い以外の何物でもない

*5
推奨BGM:おもちゃの兵隊のマーチ。3分クッキングのテーマソング

*6
実在するピザ造りロボット……ではなく、『反逆のルルーシュ』内に登場するロボット(KMF)の一つ、ガニメデのこと。学園祭での催し物の一つとして、巨大ピザを作るのに使われた

*7
作中では『コンソメマグマ』なるものが登場しているが、こちらは人の食べられる温度にすることの難しさからなのか生き物でもないのに捕獲レベル2800が設定されている

*8
実際、生きている時には体内環境が整えられている為問題ないが、死亡したあとはそれらの機能が停止する為腐敗しガスを発生、適切な処置を施さないと爆発する……みたいなパターン(クジラなど)が存在するのでそう変な話でもない

*9
打ちきり漫画『ドリトライ』内の台詞『でも ただのリトライじゃねぇぞ 何度でも心の強さで立ち上がり前に進む ド級のリトライ ドリトライだ!』と、モンスターハンター内のアイテムにおいて『より大きいもの』という意味合いを込めて付けられる『ドス』から

*10
トリコ内の用語。グルメ細胞の成長の為の鍵のようなもので、食べると失った四肢などを瞬時に再生させられるほどの回復力を得られたりする



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オルトを食べて僕達元気!(謎のキャッチフレーズ風)

「よし、後は少し味付けをしてそのまま煮込むこと数分……これで行程は全て終了しました!」

 

 

 小松君の完了報告に、みんなから歓声があがる。

 都合数時間に及ぶ調理は、オルトが明確に特殊調理食材であることを示すものであった。

 いやまぁ、この場合は小松君の干渉によって特殊調理食材になった、という方が近いのだろうが。

 

 ともかく、カボチャ系の食材であると定められたオルトは、密かに確保されていた影龍皇由来の野菜と共に煮込まれ、美味しいポトフに調理されたというわけである。

 ……仮に名付けるなら『クモカボチャと影野菜たっぷりのポトフ』とかになるのだろうか?

 

 

「うん、上手い!でも食レポは期待しないで頂戴!」

「……いえ、この味をしっかりと文章で伝えるのは難しいと思いますので、それは仕方のないことだと思いますよ?」

 

 

 ほかほかと湯気をあげるポトフを一口、その旨味に感嘆を溢す私。

 ……なのだが、こういう場面でよくある味のレポートは期待しないで欲しいとも告げる羽目になった。

 なんでって?味の深みが凄すぎて語彙力が足りないのです()

 

 ちょっとだけ表現するとすれば……影野菜が何故真っ黒なのか、みたいな部分に波及するというか。

 光と色の三原色の話をしたことはあったと思うが、この野菜の色もそれを元に説明できる。

 そう、そもそもこの野菜達自体が様々な野菜の集合体みたいなものであり、味もまた複雑に混ざりあっているわけだ。

 

 それゆえ、この野菜で出汁とか取るとエグいレベルの深みが出るわけなのだが……その辺りは確かこの野菜達を鍋にした時にも話したんだっけ?

 それを踏まえた上で、このポトフの話に戻るんだけど。

 こっちはそれらの複雑な味のバランスを持つ黒野菜達が、なんと完全に脇役になっているのである。

 代わりに主役となっているのはオルトの身。

 ……カボチャ系のそれがポトフの主役になっている、というのは意外だが、これがなんとも。

 

 黒野菜が持つ深みが、全てオルトの身の味を引き立てるためのスパイスになっているのである。

 その相乗効果はもはや言葉では表しきれず、今の私に言えることは『オルトの身は単なるカボチャ風味のものではなかった』くらいのことになってしまう……みたいな感じだ。

 

 もっと私に語彙力があるのなら、どの野菜がどの味を引き立てエグみを抑え……みたいなことを解説できるのだろうに……。

 

 

「……結局食レポしてる、ってツッコミはした方がいいのかい?」

「はっはっはっ。……上手い人はもっと上手いってことで!」

 

 

 ライネスからツッコまれたため、反省を促すダンスでごまかす私なのであった。

 ……そういえば、よくよく見ると今年も居たな、マフティーダンス(※マフティーとは関係ありません)してるパンプキンスケルトン……。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、目下のところ最大の脅威であったオルトを調理し、なりきり郷および地球の危機は去った、と言いたいところだったのだけれど。

 

 

「そうは問屋が卸さない……ってことなのかなぁ、これは」

 

 

 思わずボソッと呟いてしまった私を、一体誰が責められるのだろう。

 

 きっかけはほんの些細なこと……いや、ここはこう言い変えるべきか。

 まるでシンフォギア第一作におけるボス・フィーネが倒された後かのよう。*1

 

 目の上のたんこぶ──現状の自身が反抗したところであっさり返り討ちにあうだけ、みたいな相手が既に存在するからこそ、蜂起できなかった……。

 そんな者達が、自身を抑え込んでいる目障りな蓋とも言えるその存在の陥落により、再び蠢動(しゅんどう)し始めた……というのが正解か。

 

 まぁ、分かりやすく言うと『オルトが倒れたので好き勝手しますねー』みたいな主張で動き出したやつがいた、というわけである。

 ……うん、まぁあからさまに放置されてた人とかいたからね、その事自体は別に予測できて然るべきなので、そこまで嘆くとか悲しむとかそういうことはない。

 

 なので、ここで特筆すべきは一つ。

 蜂起したのは、別に一組だけってわけでもなかったという部分だろう。

 

 

「「…………」」

 

 

 見つめあうのは二人の少女。

 

 片や今もっとも春だと言っても過言ではない、()()()()()()()()劇的なヒット映画の主演にして助演。

 ある種の後釜として生を受け、ゆえにその後釜という役目に忠実に動き始めようとした者。

 

 そしてもう片方、破滅を避けるための片割れとして生み出された……みたいなことを言っていたが、そもそも彼女の生まれる原因となった存在自体が今回の騒動の引き金であり、それを親と嘯く彼女がその意思を継いでいないはずがない……といった感じのポジションの人物。

 

 ……うん、勿体ぶって遠回しに説明してみたけど、身も蓋も無いことを言えば現在対峙しているのは、キリアちゃんとなりきり郷ちゃんの二人なのであった。

 これには自身の料理に調味料を振り掛けたところ、何故かテロい*2呪物に変じてしまい、首を捻っていたエリちゃんもびっくりである。

 

 

「……これ、食べた方がいいと思う?」

「流石に捨てていいと思う」

 

 

 睨みあうような形になった両者を横目に、エリちゃんが掛けてきた言葉に助言を返す私であった。

 ……ポトフうめぇ(現実逃避)

 

 いや、そりゃ現実逃避だってしたくなりますよ。

 さっきまでいい子にしてた二人が、突然豹変してこんな感じに蜂起し、さらに同時に蜂起した自分以外の人間を見たことでフリーズした、なんて笑い話にしかならないし。

 

 とはいえ、いつまでもフリーズしたままということもありえないだろう。

 仮に再起動した場合、キリアちゃんの方はすっかり手懐けているシンユニロボによって暴れまわりそうだし。

 なりきり郷ちゃんに至ってはこの場所そのものに紐付いた存在、ゆえになにをしてくるのかわかったものじゃない。

 

 なので、仮に動き出した場合その出鼻で挫けるように、密かに準備してた私なのだけれど……。

 

 

「……ふむ、では私も再度蜂起してみるといたしましょうか」

いきなりなに言ってるのショウさん???

 

 

 その隣で静かにポトフを食べていたはずのシュウさんが突然立ち上がり、自分も蜂起するだとか言い始めたものだから、思わず先ほどまでの準備を忘れて彼のことを見上げてしまうのも仕方のないこと。

 え、なに?冗談?悪ノリ?そのどっちだとしても私はみんな殴るけどいいの???(おめめぐるぐる)

 

 ……と、こっちまで正気を失いそうな気分になっていたところ、ちょんちょんと背中を誰かが突っついている感覚が。

 こっそり振り返ったところ、そこにはいつの間にか近付いてきていた小松君の姿。

 身を屈め目立たないようにしていた彼は、口許に手を当てながらこっちに近付いてくる。

 

 ……他の人には聞かれたくないような話、ということなのだろうか?

 よくわからんが彼を疑う意味もないので、素直に内緒話に応じる私。

 

 ……そしてすぐさま、それを受けたことを後悔したのだった。

 

 

「……すみませんキーアさん、この料理にはとんでもない副作用が含まれていました」

「はい?副作用?」

「ええ。オルトっていうのは生き汚さの化身、みたいなものなんですよね?」

「うんまぁ。最後のは最早生きてると言っていいのかは謎だけど」

「まぁ、自身の存在の連続性をそこまで重視していない、というのは確かですよね。どの細胞もどの細胞に成り代われるからこそ、姿形や属性にそれほど拘泥しないというか」

「……あーうん。確かにオルトって存在が残ってるんならそれでいい、みたいなところはあるかも」

「それです」

「はい?」

「この世界のオルトは、自身の存在をハロウィンの化身と定めた。それゆえに、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

「……いや待った、いやな予感がしてきたからそれ以上の説明は」

「そして、先ほどまで暴れまわったオルトは、それでもハロウィンとして認められてはいた。自分で周囲を塗り替えといてなにを言っているんだという話ですが、ともかく()()()()()()()()()()という図式は少なからず成立していた。……つまり、この場で暴れ始める存在は少なからずハロウィンなんです

君がなにを言っているのかわからないよ小松君!?

 

 

 彼が話した内容を、簡単に纏めるとこうなる。

 ……この料理、自身の肉体を諦めたオルトの意志が溶け込んでしまっている、と。

 本来ならばその意思を抜く作業をもう一つ挟む必要があったのだが、これが初めての調理ということもありその行程に気付かなかった……と。*3

 

 言ってしまえばフグ鯨のようなもの。

 解毒に失敗しても身の上手さは変わらないため、命を惜しまずそれを食べようとする──ないし()()()()()()()()、というのと同じことがこの料理でも起きていたのだ。

 

 そして、オルトが望むのは自己の存続ただ一つ。

 それを為すものが誰であれ、オルトが続いていると解釈できるのならなんでもよい……みたいなのは、本編での彼の変貌ぶりを見ればなんとなく理解はできるはず。

 

 つまり、この料理を食べたものは一定の確率でハロウィン存続のための尖兵と化してしまうのだ。

 ……おのれオルトぉ!!!(最早やけくその叫び)

 

 

 

 

 

「で、その後フリーズから復帰した二人、および蜂起しようとしたシュウさんを止めようとした私の前で、実は座っていた配置が魔方陣みたいになってるってことで、なんらかの儀式の要項を満たしてしまったエリちゃんズにより、料理の鍋を媒介として召喚式が成立。残っていたハロウィンゲージとかオルトの残留思念とかをパワーソースにして生まれたビーストⅤi──仮称サカーニィ(ビーストエリちゃん)にもうこの話の責任全部おっかぶせてぶっ倒してしまえ、ってやったところ新生して出てきたのがここにいるUーエリザマリー(適当なネーミング)でございます」

「やっぱり次の年からハロウィンに参加するのは止めときましょう、マジで」

「否定できないわ、マジで」

 

 

 ……うん、ツッコミしきれねぇや(白目)

 

 

*1
シンフォギアにおけるクール毎のボスは、基本的に第一作におけるボス・フィーネが存在することで行動できずにいた、という話から。続き物では珍しく、作を経る毎にボスの規模が小さくなっていく形式。とはいえ戦闘が楽かと言われるとそうでもなく、主人公側にリミッターが設けられていたり・最終的な戦力はフィーネに見劣りしないくらいになったりと苦戦する展開自体は相応に存在する

*2
『fate/extra ccc』において初登場したエリザが、とあるきっかけから主人公に対して料理を振る舞った際、主人公側が想起した言葉。酷いのを通り越したその料理は、ただ食するだけでその不味さによる生命の危機を覚悟しなければならない程の致命的な味、として『破壊活動(テロ)い』と称された

*3
本来の小松なら気付く為、この辺りは再現度不足ということなのだと思われる




ハロウィン・完!


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幕間・今年の配布サーヴァントの栄光は誰に

「それは勿論この私、Uーエリザマリーに決まっていましてよ!」

「いやー、イベントの舞台・私達が立つ場所であるここを重要視するのでしたら、やはりなりきり郷そのものであるこの私が最適なのでは?」

彼女(キーア)を主人公だと定義するのであれば、その写し身である私こそ相応しいのではないでしょうか?」

 

いや、真面目になんの話???

 

 

 思わず首を捻った私を、いったい誰が責められるのだろう。

 

 ハロウィンの終了報告のため、ゆかりんにあれこれ説明しつつ今回発生した『逆憑依』達の紹介をしたところ、「もう知らん」とばかりに全員の面倒を見るよう押し付けられてしまった私。

 仕方なくその三名──キリアちゃん、なりきり郷ちゃん、Uーエリザマリー──を我が家に連れて帰ってきて。

 そのまま直前までの疲れからか泥のように眠って……起きてみたらこれ、である。

 

 助けを求めるようにマシュに視線を向けるものの、彼女も曖昧な笑みを浮かべて沈黙しているため、どうにも役に立ちそうにはない。

 そんなぁ、と自身の不甲斐なさ……不甲斐なさ?を責められたマシュが消沈しているが、生憎それを慰めるような暇もない。

 とりあえず、意味のわからない不毛な争いをしている三名を止めなければ。

 

 ──と、いうことで。

 

 

「久方!ぶりの!!ハリセンスマァァァアッシュゥゥゥウゥッ!!」

「「「!?」」」

 

 

 昔懐かしハリセンアタックにより、彼女達の頭の中から諍いを始める気持ち、とでもいうべきものを弾き飛ばした私なのでありましたとさ。

 

 

「……いえ、思わず納得仕掛けましたがいがみ合う気持ち?とやらを体内から弾き飛ばすとはこれ如何に???」*1

「前々から(なりきり郷として)見続けていましたので、なんとなくは察していますが……やっぱり、貴方おかしいですよね色々と」

「おおっと、ケンカを止めたらなんか変なものを見る目で見られてるんだけどどういうことかなマシュ?」

「ええと……せんぱいが珍生物なのは否定できないことですので……」

「マシュ!?」

 

 

 あれおかしいな、確かにせんぱい全肯定Botみたいなキャラではなかったけど、基本的には私を讃えてくれるタイプだったと思うんだけどな?

 ……そんな感じで、ほんのりマシュに裏切られた気分になりながら、その日の朝は始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

「で、改めて聞くんだけど、

さっきの争いisなに?」

「「「私達三人のうち誰が配布サーヴァントだったのかという考察」」」

「ええ……?」

 

 

 改めて聞き直してみても、全く意味がわからないんだが?

 

 とりあえず朝食をみんなで食べて、片付けなどが終わった食後の時間。

 午後からはハロウィンの痕跡確認などに忙しくなるため、午前中は休んでおこう……みたいな気分でいた私は、そこで改めて起き掛けのあの騒動がなんだったのかを三人に問い質したわけである。

 ……で、返ってきたのが今の言葉だったと。

 うん、この子達ソシャゲに頭をヤられてるのかな???

 

 

「酷い言いぶりですわ!ですが許しましょう!私は寛大な領主ですので!!」

「アッハイ、アリガトウゴザイマス……?」

「素直なのは良いことでしてよー!」

 

 

 うーん、なんだろうねこの似非お嬢様みたいなキャラ。

 

 仮称サカーニィ、別名Uーエリザマリーなる名前を拝命した彼女は、今回のハロウィンにおけるラストボス……みたいなポジションの存在である。

 究極のハロウィンエリザ、とでも言うべき彼女はその実、本当はエリザではないらしい。……いや、見た目とかは完全にエリザなんだけどね?

 

 仮称として付けられた名前──ビーストⅤiとしてのそれから考察するに、どうやら彼女は現状依田話も依田話である『エリザビースト説』を触媒にして生まれた存在、ということになるらしい。

 そして、その依田話に説得力を持たせるための要素として──()()()()()()()()()()()()、という方向性を与えられているのだとか。

 

 

「ノー!彼女と私の成立過程は正反対!同一と扱うのはマナーがよくなくってよ!」

「アッハイ」

 

 

 ……いやまぁ、明確には本人じゃないって部分では似たようなもの……アッハイナンデモナイデス。

 

 とりあえず、彼女はその性質としてはエリザの血に流れる竜の血、その源流となるものになるらしい。

 だから、正確に言うのであれば『彼女がエリザに似ている』のではなく、『エリザが彼女に似ている』となるのだとか。*2

 

 ……頭痛持ちとしてわざわざスキルにまで言及されることがある、という人物はとても少ない。

 その数少ない人物がネロなのだが、彼女のそれは毒杯を飲まされたことによるものであり、同時に獣たる自身からの干渉ゆえのものでもあるとされる。

 エリザベートの場合、FGOに来てからはスキルとして表現されたことはないが……持っていたことは確かな話。

 

 わざわざスキルとして明言される頭痛が、普通のそれとは全く別のものである可能性は捨てきれず、ゆえに彼女のそれは何者かからの干渉なのでは?

 ……みたいな話が生まれ、そこから様々なフラグを元にビーストエリザの可能性を論じられるようになった、と。

 

 まぁ、ハロウィンに増えるエリザ、というのがどうも彼女特有のものであるらしいなど、色々不穏な話は出ていたので仕方のない話ではあるのだが。

 

 ともかく、彼女の場合はエリザの祖先に当たる者であり、そこにそういった依田話が集まった結果イマジナリィとして目覚めたということになるらしい。

 なので、基本的にはエリザと同じもの扱いをするべきではないのだけど……当初の『ハロウィンに際して新しいエリザを生み出す』というゆかりん達の目的はひっそり生存扱いされていたらしく、そこも巻き込んだ彼女の自認はわりとエリザそのもの、だったりするのであった。

 

 ……言ってることがよくわからん?んじゃまぁ究極のエリザが誕生した、ってことでいいよそれであってるし(なげやり)

 

 

「ですけど、その成立過程はどちらかというとイベント終わりに発生するもの。……言ってしまうとそのタイミングでの新規星五サーヴァントのそれだと思うのですが?」

「むぅ……」

 

 

 で、そんなUーエリザに反論しているなりきり郷ちゃん……ややこしいのでなーちゃんと呼ばれるようになった彼女。

 

 そんな彼女の言うところによれば、イベント展開的に一番最初に加入した仲間である自分こそが、作中展開を通して絆などを深め正式加入させるタイプの配布キャラだ、ということになるそうで。

 

 ……言ってることはわからんでもないけど、それを頑なに主張する意味がわからないのだがこれは私が悪いのだろうか???

 そもそも配布サーヴァント争い、というのが意味がわからんというのは禁句。

 

 

「ですが、私もある意味主人公の似姿であり、イベントなどで配布されるタイプのキャラ造形だと思うのですが?」

「まぁ、それはそうですわね。他作品の主人公を参加させる際に、そのまま持ってくるものもあれば別キャラめいたアレンジを利かせる……なんてこともよくあることというわけですから」

「貴方はどちらの味方なんですか?!」

「最早配布にはなれそうにもないので、とりあえず争わせてみたいだけですわ!」

「最低だこの人!?」

 

 

 で、最後の一人であるキリアちゃんだけど。

 彼女は彼女で私と同じような姿であることをアピールポイントとし、他の面々と渡り合っている。

 

 正直『配布』であることが決まるとなにか良いことがあるのか?

 ……みたいな部分から謎な私としては、全く共感も賛同もできないのだが……何故か三人は、期待を込めたような視線をこちらに向けてくる。

 

 ……ええと、もしかして私に判定させようとしてるの君達?

 

 

「ええ、私達だけで話していても千日手。ならば外部の人間に話を聞くのは道理、ということでしょう?」

「ついでに言いますと、実のところ貴方以外にも既に聞いたあとなのですよ。皆さん現在の票を見たあと、綺麗に三分割されるように意見を分散させてくれやがりましたので、なんにも決まっていないのですが」

「ですが、裏を返せば票は横並びということ。……つまり、貴方の投票に全てが掛かっているのですよキーア」

(みんなして面倒事を私に投げ付けやがったな!?)

 

 

 なんてことだ、もう助からないぞ☆

 ……冗談はともかく、三人の目は本気と書いてマジと呼ぶほどに据わっており、この話題が決して適当に流してよいものではない、と主張しているかのよう。

 そんな眼差しで迫られたら誰だって面倒を避けるよ、とはとても言えた空気ではない私は渡された紙とペン、それらに視線を巡らせたあと……。

 

 

「……ちょっと用事を思い出したから出掛けてくるわね!」

「あっ、逃げました!!」

「追いなさい!そんなに遠くには行ってないはずよ!!」

「マシュさんも手伝ってくたさいますよね!?」

「アッハイ、キリアちゃんの言うことならヨロコンデー!」

 

 

 即座に逃げ出したのだった。

 こんなところにいられるか!私はゆかりんの所に逃げる!!

 

 なお、あっさり見付かってゆかりんも巻き込んだ一騒動が起きるきっかけになるのだが、それはまた別の話。

 

 

*1
実は『神断流』の応用である。わけがわからないのも当たり前

*2
初登場である『extra ccc』の初期段階での宝具『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』。彼女の声が衝撃波を伴ったものになる理由の一つであり、言ってしまえば竜種のブレスに相当する。発動時には自身の槍に飛び乗って大声を響かせるが、その状態では後ろに巨大なアンプ……もとい城は出てこない。で、この『サカーニィ』というのが、ハンガリーの古い信仰に登場する天気を司る悪霊、精霊であるのだが……何故か竜になっている。また、本来のサカーニィは肩から()()()()(ハンガリー語でキレンツ(kilenc)は九つの意味)生えているらしく、更には明けの明星を手に持ち、人を石に変えるのだそうだ



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三十章 何度目かの正月ですがトラブルの気配は止まりません
新年開けましたがおめでたいかはわかりません


 長かった気がするハロウィンを終えると、いつの間にか年が開けていた。いやマジで。

 

 

「……ハロウィンに色々ありすぎて、クリスマスが自粛ムードになったのが効いているってことか?」

「そうだねぇ。……サンタ役をやったことのあるローさん的には、ちょっと物足りなかったりする?」

「変なもん継ぎ足されなくて済むのは、寧ろありがたい」

「あっ、さいですか」

 

 

 年明け、ということもあってご近所さんとかに挨拶しに出ていたのだが、途中で出会ったロー君に少々驚かれることになったのであった。「お前、まさかキーア屋か?」みたいな感じで。

 ……そういえば今の私、前とは見た目が変わってましたね……。

 

 これ、もしかして家の人達以外の知り合い全員と、同じやり取りをしないといけないんだろうか?

 そんな感じで、少しばかり憂鬱な気分の私なのであった。

 

 

「とはいうがな。お前さんの髪色といえば、ある種のアイデンティティだっただろう?それが変わればあれこれ言われるのは当たり前だと思うんだが」

「まぁうん、元ネタにルイズが含まれてるってことの証左みたいなものだったから……あ゛っ

「なんだいきなり、鶏が首を絞められたような声なんか出して」

「いや……向こうに行った時どうしようって思って」

「向こう?……ってああ、ハルケギニアだったか?」

 

 

 そっかー、私の髪の色って個人の判別の上では、結構重要な要素だったんだなー。

 ……なんてことを思った次の瞬間、そういえばそれが重要な場所が明確に一つあったことを思い出した私。──そう、ハルケギニアである。

 

 今の私が向こうのキーアちゃん達と同じ顔と判断されるかどうかは、さっきまでのロー君達の反応を考えると微妙だと言えるだろう。

 つまり、ここに至るまでの色々な話を全部聞かせる必要がある、ということになるわけで……今から憂鬱である。

 

 いや、単に行かなきゃいいだけの話でもあるんだけど、流石にそれが許されるような状況か、と言われると微妙な話でして……(家の一室に設置し直した、とあるクローゼットのことを思い浮かべながら)。

 ……正月の挨拶と称して向こうに行く際、誰か一緒に連れていかなければな、とため息を吐く私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「新年明けましておめでとうございます」

「ああこれはご丁寧に。……ところでどちら様で?」

「これだよ()」

 

 

 挨拶する度困惑増えるね♪ぽぽぽぽーん()*1

 

 ……いやまぁ、確かに最近出掛けても、誰かに話し掛けられることがなかったなぁ……とは思ってたけど。

 まさかそれが、みんなして私をキーアと認識していなかったからだ、だなんて理由だとは思わないじゃない……。

 

 で、その流れでお隣の銀ちゃんのところでも、挨拶の際に「誰?」と言われる羽目になったと。

 ……髪の色というのがどれだけ個人の判断に役立っているのか、という良い例なのかもしれない。

 

 

「まぁ、キーア屋の場合そのピンクの髪は早々類例がいない、って点で個人の判別を容易にさせていた部分もあるから、些か仕方ねぇ話だと思うが」

「ってことはなに?例えば桃香さんが髪の色変わったら、みんなわかんなくなるって言うの?」

「……髪色が変わった上に態度まで変わってたら、もしかしたらわからねぇかもしれねぇな」

「……あれ?遠回しに私の雰囲気が変わった、って言われてるのこれ???」

 

 

 いやだって、以前ならそっちから話し掛けてきてただろうし……。

 みたいなことを言われれば、そうだったっけかと思わず首を捻らざるを得ない私である。

 

 言い換えると以前より近寄りがたくなった、ないしフレンドリーじゃなくなった……みたいな話になるわけだが、本人としてはまったくそんなつもりはないので、正直怪訝な顔しかできないというか……。

 ともあれ、これから何度味わう羽目になるのだろう、という微妙な気分を噛み締めつつ、改めて銀ちゃん達と新年の挨拶を交わす私である。

 

 

「ああよろしくよろしく。……ところでお年玉についてなんだが……」

ほう(我招く)欲しいんならくれてやるよ(無音の衝裂に慈悲はなく)文字通りお年玉だがな(汝に普く厄を逃れる術もなし)*2

「ちょっとした冗談じゃねぇか本気にするなって!!?」

 

「…………」<ジーッ

「え、ええと、Xさん?なんでそんなに見つめてきていらっしゃるので……?」

「いえ……そろそろ宇宙警察として対峙した方が宜しいのかと思いまして」<チャキ

「真顔でツイン・ミニアド*3構えるの止めない!?」

 

「ああ桃香さん、貴方の後輩がまた一人増えたので宜しくねー」

「はい?後輩?……未来視能力者でも増えましたか?」

「Uーエリザマリーちゃんって言うんだけど、今度挨拶も兼ねて連れていくから仲良くしてあげてね」

「はははなにを言っているのかわかりませんが宜しくお願いしますねー」

(めっちゃガタガタ震えておる……)

 

「モモちゃんは良いこだねーお年玉あげようねー」

「ナチュラルにガキ扱いすんの止めろって!?」

「モモがうちの中で一番年下なのは、単なる事実なのだ。素直に貰っておくといいのだ」

 

 

 ……ふぅ。

 お隣さんとの挨拶だけでドッと疲れたんだけどどうすればいいかな?(白目)

 

 特に、Xちゃんは冗談と言って済ませてたけど、ほんのり視線の中に本気が混じってたから、彼女についてはちょっと警戒が必要になっちゃったし。

 ……多分、今の私が以前のそれとは違うことをなんとなく察した、ということなのだろうが……。

 今のところ敵対の意思もなければ【星の欠片】としての役割を果たすつもりもないので勘弁して欲しい、という感じである。

 

 ……桃香さん?(ビーストとしての)後輩を紹介しただけですがなにか?

 

 

「なんでもいいけどよぉー、この次はどうするんだ?」

「んんー?とりあえずしばらくは挨拶回りかなーと。サボってたわけじゃないけど、こうなったタイミングで私と一緒にいなかった面々には説明が必要そうだし」

(それはサボってたって言うんじゃねぇのか……?)

 

 

 ともかく、一通り銀ちゃん達への挨拶が終わったので次の場所へ。

 横のロー君が微妙な顔をしていたのでニッコリと笑みを返しておき、そのまま彼を引き連れて挨拶回り再開である。

 ……え?なんで彼を連れていくのかって?そりゃもう、彼が話してくれると信頼感がダンチだから、というか?

 

 銀ちゃんも最初私がキーアであることを疑っていたけど、ロー君からも確認が取れたらあっさり信じてくれてたからね。

 ……それは私に信用がないからでは?おい誰だそんなこと言った奴正解だ!

 

 

「それは偉そうに胸を張る話じゃねぇだろうが……」

「いやまぁ、言われてみてようやく理解した、みたいなところがあるので……」

 

 

 髪の色程度じゃ本人の判別には関係ないだろう、って思っていたところのみんなの反応ゆえ、必要以上に問題視してるところもなくはないというか。

 ……あとロー君が暇そうなので道連れに丁度よかった、という面もなくはないが口にはしない。

 

 いやね?本当ならマシュでも連れてくれば早かったんだろうけど、生憎彼女は家で食事の準備中。

 ……おせちとかは作らなかったので普通に準備が必要なのと、ある程度人を集めて新年会をする予定なのでその分も……みたいな感じで手が回らなくなったのである。

 

 一応、私も手伝おうかとは言ったのだが……挨拶回りも大事だと言われれば頷かざるを得ず、結果として一人で外に出る羽目になったと。

 

 ……他の面々?BBちゃんはマシュの手伝いだし、かようちゃんも右に同じ。

 ハクさんは新人三人に対しての色々な指導を受け持ってるし、CP君は相変わらず部屋に籠りきり。

 エー君とれんげちゃんは早々に遊びに出ていったし、それに続くようにしてナルト君やらアライさんやらも出ていったし。

 うん、あと家に残ってるのはアルトリアとカブト君くらいのものなんじゃないかな?クリスとかは子供達の引率としてついてったし。

 

 ……今改めて口にしてみてわかったけど、居候増えすぎでは?雑にカウントした結果二十人くらいいるんだけど?

 

 

「そんなにいるのか?」

「面倒事かつ見付けたのが私なら自分で責任を取れ、とばかりにゆかりんから投げられるから……いやまぁ、部屋が幾らでも拡張できるから、みたいなところもなくはないんだろうけどね?」

「ああ……そういえばそんな機能付いてたな。使わんから忘れてたが」

「そもそもロー君ってば自宅に戻ってるの?なんとなく職場で寝てるイメージがあるんだけど」

「…………」

「そこで露骨に目線を逸らすのは答えを言ってるようなものだと思うんだけど???」

 

 

 うーんこの。

 ……いやまぁ、相も変わらずなりきり郷に医者が足りない、ということは確かなので少ない彼らに負担が集中する、ってのは知ってるんだけどね?

 それでもなんとか回っているのは、なりきり郷内の非殺傷設定と傷の治りやすさによるもの、ということなのだろうが。

 

 でも確か、ナイチンゲールさんが現れた辺りに『医者が適切な休養を取れずしてどうされるのですか?!』とかなんとか、数少ないブルアカキャラである蒼森ミネさんと一緒に厳命されたとかなんとか聞いてたんだけど……。

 そう言いながら視線を向けたところ、露骨に視線を逸らすロー君が見られた、というわけである。

 

 ……うん、これは密告チャーンス、というやつじゃな?

 

 

「止めろ、俺もあれについては黙っててやるから」

「なるほど交換条件。……でもここで黙ってもそのうちバレるというか、今受けとかないと後々余計な負担になる可能性大だと思うんだけど」

「…………」

「また視線逸らしたよこの人」

 

 

 いやまぁ、私もあんまり人のこと言えないんだけども。

 

 

*1
公共広告機構ACの映像作品の一つ『あいさつの魔法』内の文章『挨拶する度友達増えるね』『ぽぽぽぽーん』から。自粛がもたらした必然の流行とも言える一つの例

*2
『ヴァルキリープロファイル』における大魔法『メテオスウォーム』の詠唱文から。文字通り隕石の群れを引き寄せて攻撃するものだが、色んなゲームで類似の魔法があるのがある意味恐ろしい類いの攻撃でもある(大抵の場合、描写通りの隕石が落ちてくるなら術者もタダではすまない為)

*3
『謎のヒロインXX』の持つ武装。二つのロンゴミニアドを逆さにしてくっつけたような見た目であり、その威力は凄まじいという言葉では表しきれないほどに凄まじい



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誰も彼も知らない人扱いしてくる!

 はてさて、互いに痛み分け?になった話は一先ず脇に置いて。

 次に向かったのはよくお世話になる場所の一つ、ラットハウス。

 実のところ、前回のハロウィンの際にちゃんと顔を合わせていない人物が少なからず存在するため、さっきのやり取りを繰り返す羽目になる可能性大な場所だったりもする。

 

 

「そうなのか?」

「説明とかする前に入れ違いになっちゃったからね。そのあとラットハウスに何回か行ったことはあるけど、話し掛けられたりはしなかったし」

「それってまさか……」

「『見たことない人がいるけどいつの間にか常連になった人かな?』とか思われていてもおかしくないね」

 

 

 ライネスと話しているところは多分見られているけど、そこから話し掛けられたりしたことはなかったので多分勘違いされてるだろうなー、というか。

 ……そんなわけで、入る前から憂鬱な気分の私なのであった。

 

 とはいえ、いつまでもぐちぐち言ってても仕方ない。

 決意を固め、店内に足を踏み入れる私。そんな私を出迎えたのは、

 

 

「いらっしゃいませー♪……あれ?最近よく見かける人だよね?……というか、トラファルガーさんも一緒?」

やっぱり……(白目)

「え?」

 

 

 こちらを見てそんな言葉を発するココアちゃんと、私の隣であちゃーとばかりに天を仰ぐロー君なのであった。

 ……うん、知ってた。

 

 

 

 

 

 

「えっ!?キーアちゃん?!どうしたのイメチェン!?……はっ!?もしかして、ライネスちゃんと義姉妹の契りを……?!」

「いやなんでやねん」

 

 

 うーん、アニメ本編でよく見たあわあわ顔だ。

 こんなところで見られるなんて私は幸せだなー(棒)

 ……うん、予想通り過ぎてため息も出ねぇや。

 

 そんなわけで、店内に入っていつものカウンター席に座った私は、ロー君を交えてこれまでの話を簡単に説明し──結果、ライネスと義姉妹になろうとしている、などという愉快な勘違いをしたココアちゃんが生まれた、というわけなのだった。

 ……もしかしてだけど、髪色だけで判断してたりしない???

 

 

「……違うの?」

「いや違うよ。別にイメチェンでもないよ。色々あって色が変わるような目にあったってだけ」

「…………?…………はっ!?もしかしてキーアちゃん、不治の病に……っ?!」

「うん、確かに銀髪と白髪の区別って難しいけど、だからってそれを病気で真っ白になった、と解釈するのは流石にアニメの見すぎだと思うよ」*1

「ふぇ?」

 

 

 うん、二次元的表現としてよく使われる『一夜にして白髪に』とか『不治の病で白髪に』とかだけど、あれって基本的に見た目のわかりやすさ重視だからまず『そうはならんやろ』としか言い様がないというか。*2

 

 一般的に髪が伸びるスピードというのは大体『三日で一ミリ』ほど。

 髪の毛が原則死んだ細胞の塊である以上、既に生えている髪が一度に変化するということはあり得ない。

 仮に全ての髪の毛が白くなるとすれば、それは()()()()()()()()()()()()()()()ということでしかないのだ。*3

 

 なので、例えばほぼ丸坊主みたいな人なら一晩で全部真っ白になる、なんてこともあるだろうが。

 私みたいに髪の長い人間が真っ白な髪になる場合、真っ当な新陳代謝においてはそれ相応の時間が掛かるのだ。*4

 

 ……なので、私の髪の変化を仮に物理法則に当てはめる場合、一番近いのは染色・ないし脱色したということになるのである。

 

 

「いわゆるホワイトブリーチってやつだね。髪の中の色素を抜く形になるわけだけど、色が濃いものほど抜かないといけない色素が多いから髪にダメージを与えやすいんで、日本人にはあんまりおすすめできないものだったりするんだよね」*5

「なるほどー。……ということは、キーアちゃんがぐれちゃった!?」

(#^ω^)「ねぇこのやりとりいつまで続ければいいのかな?」

「ひえっ」

 

 

 半ば楽しんでるでしょ、と叱るついでに尋ねてみたところ、「少し……」と返してきたためこめかみぐりぐりの刑に処されたココアちゃんなのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「酷いよちょっと遊んだだけなのに~……」

(#^ω^)「ほう、懲りてないと。もう一セット行っとく???」

「ひゃあ!?痛いのは嫌だよー!助けてお姉ちゃーん!」

「ココア……流石に今のは貴方が悪いと思うわ」

「お姉ちゃんに裏切られた!?」

 

 

 がーん、と擬音が聞こえてきそうな程に愕然としているところ悪いが、そんなの当たり前だと思うんですが(小並感)。

 いやまぁ、中身的には小学生とかそれくらいだったはずなので、微妙に子供っぽくなってる可能性は少なくもないのだけど。

 

 そんな、原作的にはみんな学年が三つくらい下に見える……みたいな話は置いといて。*6

 とりあえず、ラットハウスで説明をするべきもう一人──はるかさんに向き直る私である。

 

 

「とまぁ、色々ありましてこんな感じになりました」

「その色々の部分を窺うと胃が痛くなりそうなので詳しくは窺いませんが……それ、どの辺りの方にまで伝わっているんです?」

「特段喧伝した覚えはないのでほとんど全然」

「……それ、大変なのでは?」

「ええまぁその辺りはひしひしと実感している次第でして……」

(しわしわになった……)

(しわしわだ……)

 

 

 ……うん、基本的には常識人に含まれる彼女からの言葉に、思わず胃を押さえる私である。

 

 ちょっと見た目が変わっただけなのに、こうまで別人扱いされるのはこれ如何に……え?ベリショになったリナリーが最初読者から本人扱いされてなかったようなもの?*7

 あーうん、そう言われると納得できなくもない……かも?

 いやまぁ、今の人にリナリー云々の話をして通じるのか、みたいな疑問を感じないでもないけども。

 

 

「というか、まだ続いてるのあれ?」

「細々と続いていますね。*8なんなら9Sとかネトゲ嫁とかウィザーズ・ブレインとか、最近完結したりしてますよ?」*9

「!?」

 

 

 シャナだって新刊が出ますし……とか言われれば、私としても令和ってなんなんだろう、って気分になってくる。

 あれだ、平成の残滓があれこれ湧いてきすぎというか……え?平成だけじゃなく昭和とかも飛んできてる?

 

 ……う、うん。昔の作品が元気というのは良いことだろう、と話を締める私であった。

 あんまりその辺深掘りすると隣のロー君の原作とかどうなんだ、って話になるし。*10

 

 

「それでは、ここでの挨拶も終わったということで、次の場所に向かうのかな?」

「おっとウッドロウさん。そうですね、今日はまだまだ忙しいので、申し訳ないのですが次の場所に向かおうかと」

「なるほど。では彼女達も一緒に連れていって貰えないかな?こちらの方でもお得意様への挨拶をしておこう、と思っていたところでね」

「……!なるほど、お受けいたしました」

「え?え?どういうこと?」

「これからおやすみ、ってことよココア」

「……なるほど?」

 

 

 そうこうしている内に、厨房の方からウッドロウさん、それから上条君の二人が歩いてくる。

 ……実は上条君には挨拶をしていなかったのだが、さっきの間にウッドロウさんから説明があったらしい。

 怪訝そうな顔はしているものの、特に引っ掛かることもなく挨拶は終わり……そこで、ウッドロウさんが提案を投げてきたというわけである。

 

 彼自身はこのままここに残ってすることがあるらしいが、他の面々はそのまま挨拶回りや初詣にでも行ってきなさい、という話のようだ。

 特に断る理由もないのでそれを承諾し、改めてラットハウスの前に集まることを約束してバイト組が家に急いで戻るのを見送る私。

 

 

「……なんだか、大事になってきたな?」

「まぁ、神社にも寄る予定だったからいいタイミングだった、ってことで」

 

 

 私と同じようにここで待つことにしたロー君と世間話をしつつ、他の面々が戻ってくるのをのんびり待つのであった……。

 

 

*1
なんなら白髪(はくはつ)白髪(しらが)でも別。基本的には銀髪の方が呼び方として褒めている感じがあり、白髪の方は病弱・老人のようなイメージのキャラに対して使われやすい。なお色の表現の仕様上、作者の主張や読者の見方によってどちらであると捉えられるかは変わる為、正確な定義は難しい

*2
白髪のイメージに『病弱・老人』のイメージがあると語った通り、突然白髪になることで何かしらの病を患った・とてもショックなことがあった・突然老いたなどの情報を視覚的に伝えることができる

*3
新陳代謝の結果として髪が伸びる為、一夜にして髪が生え変わるとなれば汗やら老廃物やらで凄いことになると思われる。それゆえにそういう描写を加える作品も少なからずある模様

*4
キーアは腰くらいまでの長さなのでおよそ1メートル(=1000ミリ)、これが真っ当に新陳代謝によって生え変わるとするなら、大体十年ほど必要ということになる(正確には9年と幾つか)。女の髪は命、と言われるのは伸ばすのにも手入れにも相応の負担が掛かるから、ということがよく分かるだろう

*5
黒色に染色をしても思い通りにならない……ということで、ある程度の脱色を最初にしてから染色する、ということもあるので、わりと選択肢に上がりやすいものでもある

*6
絵柄の問題。原作の彼女達は中学生くらいに見えるが、その実中学生なのはチノちゃんとその同学年のみであり、他のメインメンバーは高校生である

*7
『D.Gray-man』内でのとあるイベント。初登場時はツインテールであった『リナリー・リー』が、戦闘の結果その髪のほとんどを焼失する(どころか、重体の大怪我も負っている)というもの。その後ベリーショートになってしまい、作中時間が進んである程度髪が伸びるまで、読者から『可愛くない』とかなんとか言われる羽目になった。なお伸びてからは昔とは違う可愛さ、と評判になっていたりもする。女性キャラの髪型変更の難しさを語る一例とも言えるが、ベリーショートの女性にはどちらといえば格好よさが求められる一面もある為一概には断言し辛い

*8
現在28巻、29巻は2024年の年末から2025年の始めの辺りに出ると予想されている

*9
それぞれ『9S』が12年ぶり、『ネトゲ嫁』こと『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』が3年ぶり、『ウィザーズ・ブレイン』が9年ぶりに刊行しており、それぞれ完結している

*10
『週刊少年ジャンプ』1997年34号(8月4日号)から連載開始。なので2024年1月現在で連載26周年である



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初詣といえばおみくじ、おみくじといえば……?

「挨拶回りって言うけど、具体的にはどういうところに行けばいいのかな?」

「私がこれからそれなりに色んな所に回る予定だから、それについてくればわりといい感じになるんじゃない?」

「なるほど、だからウッドロウさんはああ言ったんだねー」

 

 

 手間隙は削減してこそ、みたいな?

 

 ……そんな感じの世間話を続けつつ、カラコロと音を立てながら道を行く私たちである。

 そう、この音からわかる通り、ココアちゃん達は晴れ着にフォームチェンジ☆……しているのだ!

 

 

「はるかさんが着付とかできるの意外でしたね……」

「まぁ、ある種の嗜みとでも言いますか……」

 

 いやどんな嗜みだ?

 ……とか思わないでもないが、そもそもはるかさんについて知ってることが重度のシスコンってことしかないな、と考え直した私である。

 

 凄腕エージェント!凄腕エージェントですからね!?……とかなんとか宣う彼女に「元でしょ」と言葉をぶつけ沈黙させ、あわわと慌てるココアちゃんを肴に進むことしばし。

 

 

「げ」

「げ、とは中々ご挨拶じゃないオルタ?それともなにかな?仲良くお姉ちゃんと初詣に出かけてるのを見られたくなかったー、とかそういうあれかなー?」

「そういうウザ絡みが予想できたから会いたくなかったのよっ!!」

 

 

 そこで、ココアちゃん達と同じように晴れ着に身を包むオルタ達と鉢合わせたのだった。

 

 色違いのお揃いの着物を着た二人は、なるほどとても絵になる感じ。

 というわけで、周囲の人々に「一枚いいですか?」って感じに写真を撮られていたため、人集りができていたので気付かれてしまった……と。

 

 

「こんなことなら断っとくんだったわ……」

「まぁまぁ。あ、これとかとても綺麗に撮れてますよ?」

「アンタはほんっっとマイペースねぇ!?」

 

 

 オルタは頭を掻いて嫌そうにしているが、対するアクアの方はマイペースに周囲から貰った写真を彼女に見せ、楽しそうに笑っていたのだった。

 ……構図が『ミステリー・トレジャー』のそれと同じなのは写真撮った人の趣味か何か?*1

 

 構図に如何わしい意図はなにもないのに、どことなく淫靡な空気を感じるのは何故なのか。

 私たちはその謎を探るため、アマゾンの奥地に……。*2

 

 

「変なこと言ってんじゃないわよ……それより、なんかすることがあったんじゃないの?」

「おおっと、そうだったそうだった。ここの宮司さんに挨拶をしなきゃいけないんだった」

「はぁ、宮司?」

 

 

 オルタの言葉で、ここに来た目的を思い出した私。

 そうそう、ここに来た一番の目的は宮司さんへの挨拶だったのだ。 

 

 他の面々は私の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げている。

 ……そりゃそうだ、少なくとも彼女達の認識では、ここに勤める宮司さんはなりきりでもなんでもない、単なる一般人に過ぎないのだから。

 

 とはいえ、それも仕方のない話。

 そもそも彼は()()()()()()()()努めているのだから、見破れないのは仕方がないのだ。

 

 

「……誰かの変装、ということかい?」

「まぁ、端的に言うとそうなるね。ついでに言うなら多分大抵の人が知ってる人だよ」

「???」

 

 

 変装してるのに知ってるとはこれ如何に?

 ……みたいな感じに顔を見合わせる面々だが、この辺りは実際に宮司さんと顔合わせした時に解説するのでそこまでお預け、である。

 

 ともかく、神社にやって来た一番の目的は宮司さんだが、それ以外にも細々とした目的は残っている。

 

 

「具体的には初詣とおみくじ、ね。ってわけで、早速お参りから済ませちゃおう」

「はーい。お賽銭って五円でいいのかな?」

「いいと思うよー」

 

 

 そういうわけで、ジャンヌ姉妹(姉妹じゃないわよ、と憤慨するオルタは無視)を一行に加え、そのまま賽銭箱のある場所へ。

 各々お賽銭を投げた上で鐘を鳴らし、手を合わせ一年の無事などを祈っておく。

 

 数分それに使ったあと、その場からぞろぞろと移動して売店に。

 破魔矢を買う春香さんなんかを横目に、みんなでおみくじを引いていく。

 

 

「わっ、大凶!?」

「おっ、持ってるねココアちゃん。最近のおみくじってそもそも大凶を入れてない、ないし一つしか入ってないってことが多いらしいから、どこぞの殺人貴じゃないけど選ばれたものの証って奴だよそれ」*3

「仮にそうだとしても嬉しくないよー……」

「まぁまぁ。こういうのは枝に結べばいいのよ」

 

 

 結果として、ココアちゃんが大凶を引くというトラブルがあったが……確率論的には寧ろレア、みたいな話をすることで慰めることになったのだった。

 え?他の人の結果?ロー君と私が凶だったくらいで、他の面々は普通に吉とか出してましたがなにか?

 

 なお、オルタが大吉を出していたのだけど「……これ、皮肉とかじゃないわよね?」とか不満げな顔をしていたことも付け加えておきます。

 この状況に巻き込まれていること自体が不運、みたいなことを言いたいのだろう、多分。

 

 

「それで?アンタはここからその宮司とやらに顔見せに行くってわけ?」

「まぁ、必要最低限のことは済ませたからね。オルタ達は別に出店とか回っててもいいけど?」

「ここまで来て、さっきの思わせぶりな言葉を聞かされて、一緒に行かないなんてないっての」

「ふーん」

 

 

 で、それでオルタ達とは別れてもよかったのだが……さっきの話が気になってしまったらしく、そのまま同行するとのこと。

 ……その流れだと結局最後までついてくる結果になりそうだが、そういえばオルタも最終的に家に誘おうと思ってはいたので手間が省けて良かったのかな、と思い直す私なのであった。

 

 と、言うわけで。

 てくてくと歩いていく先は神社の裏手、宮司や巫女さんなどが出入りする関係者以外進入禁止、みたいな場所。

 周囲の人達が一瞬『なんで部外者が?』みたいな顔をしていたが、私が手を振り返したことでなんとなく誰なのかを察したらしく、軽く頭を下げて仕事に戻っていく。

 

 

「……なんだか手慣れてませんか?」

「そう?たまたまだよ、たまたま」

 

 

 まぁ、右も左もわからないまま放り出された()に一先ずの仕事先を与えた、ということで色々脚色された話を聞かされていたりするのかもしれないが。

 そんなことは彼女達には関係ないので説明しない私である。

 ……正確には、相手に会わせてから説明した方がいい、というだけの話なのだが。

 

 そんな私の態度に首を傾げる面々に微笑み返しつつ、さらに奥の方へ。

 歩みを進めたのは神社の奥の奥、居住区に当たる部分。

 そこには現在人気はなく、そもそも部外者が足を踏み入れる余地の無い場所であり、流石に他の面々も「いいのかなー」みたいな顔をし始めて……。

 

 

「おおっと、どうされましたかな?こちらは私の私室ですので、参拝客の方が見たがるようなものはないはずなのですが」

「お邪魔するわよー、あと見に来たのは貴方の様子だから、ここまで来させたそっちの落ち度だったりするんじゃないかしら」

「……ふむ?」

 

 

 いや、マジで。

 ここまで歩かされたの、彼が見付からなかったからってところが大きいし。

 

 そんな愚痴を呟きながら私達が相対したのは、なんとも冴えない見た目の宮司。

 草臥れた、という言葉が似合ってしまうその姿は、ともすれば五十代どころか六十代くらいに見えてしまってもおかしくないくらいの老け方で。

 そこに誰かの面影を見ることもできなかったがゆえに、他の面々は揃って困惑していたのだった。

 

 ……まぁ、さっき私が『変装みたいなもの』って言ったのに、この姿を見て困惑するのはどうなんだ、みたいな部分も少なくはないのだが。

 

 

「いや、そんなこと言ったってだな……」

「生憎、キッドとかあの辺りの変装技術なら予測もなにもないだろう」*4

「ん、それもそっか。……で、もしかしてだけどそっちも不思議そうな顔してるの、私が誰だかわかってないからってことでいい?」

「……あ、あー!なるほど!君か!」

 

 

 そんな私の言葉に、渋い顔で反論してくるライネス達である。

 ……確かに、変装のプロ相手にそこから本人の予想を、と言われても困るのは確かかもしれない。

 でもまぁ、みんな知ってそうというのならそこまで候補は多くないと思うのだが。

 

 キッドじゃないしルパンじゃない、となれば。

 最近の人が誰でも……は言いすぎかも知れないけれど、それなりに知名度がありそうな変装の名手、なんて。

 それこそ、片手で数えられるはず。

 

 

「その節はどうも。……宮司役を任せられるとは思っていなかったが」

「……あー!?ロイド・フォージャー!?」

「まぁ、流石にこの顔を見せればバレるか」

 

 

 冴えない宮司の下から現れた顔。

 ……本業スパイであるその男の偽名は、ロイド・フォージャー。

 アニメも大人気なスパイコメディ、『スパイファミリー』の主人公の一人である人物なのであった。

 

 

*1
FGOのイベント『虚数大海戦イマジナリ・スクランブル』の初開催時にピックアップされた星5礼装のこと。絵柄は水兵モチーフ水着のジャンヌとジャンヌオルタが座ってこちらにポーズを取っている、みたいな感じのもの。なおイラストレーターのnipi氏はオルタ好きで有名であり、公式で採用されたこの礼装を見て一部のプレイヤーは良かったですね、と思ったそうな

*2
1970~80年代のテレビ番組『水曜スペシャル』内で放送された『川口浩探検隊シリーズ』、ないし2000年代にテレビ番組『スイスペ!』内にて放送された『藤岡弘、探検隊シリーズ』に共通する言い回し『謎を解明するため○○へと向かった』から。大抵ジャングルがアマゾンの奥地に向かわされる

*3
お金を払って悪い気分になりたい人間などいないだろう、という話。とはいえ誰も彼も吉だとそれはそれであれなので、大体凶が十分の一くらいの確率で入れてあるのだとか。そして大凶はそもそも入れない、ないし一つしか入ってないパターンが多く、結果として確率論的には寧ろ『持っている』という扱いになる。『殺人貴』云々は月姫シリーズのキャラクター・七夜志貴の台詞『運が良かったな。大凶にあたるなんて、選ばれた人間の証だよ』から

*4
怪盗キッド、ルパン三世などの変装技術はまず見破ることは不可能である



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スパイでコメディ、ゆえに大変

 スパイである彼に名前はない。

 いや、コードネームとして『黄昏』という名前はあるにはあるが、彼はスパイとなる際に本名を捨てた。

 

 ゆえに、彼を指す名前として使うのならば、偽名であるそれ──ロイド・フォージャーというそれを使うべきなのだろう。*1

 

 

「まぁ、俺はここに来た当時はそんなことも忘れていたんだが」

「記憶喪失……っていうとあれだけど、前後不覚ではあったみたいなんだよね」

 

 

 そんな彼は、なんの因果か私の斡旋により、この神社の宮司として生活していたのだった。

 ……え?なんで変装してるのかって?

 そりゃ勿論、この世界に彼の役割が無かったからだよ?

 

 

「……んん?」

「スパイファミリーってある意味勘違いものの文脈を持ってるじゃない?そのせいって訳じゃないんだけど、なにかを演じてない時の彼ってちょっと不安定になるのよね」

「ええ……?」

 

 

 正確には、他の家族達が居ない状態で『ロイド・フォージャー』を自称しても、あまり(再現度的な意味で)効果がないというか。

 ……他の家族が揃っていてこそ、『ロイド・フォージャー』として認められる、とも言い換えられるかもしれない。

 多重に演じている判定になるため、再現度の補正が掛かり辛いのかも?

 まぁ、だとしても有り余る『黄昏』としてのスペックはある程度発揮できてる辺り、あくまで気の持ちようの話なのかもしれないが。

 

 

「そんなもんなの?」

「なにぶんあんまり例がないからねぇ。一応近い例にはコナン君とかがいるけど、彼の場合は身体の大幅な変化ってものが付随してるから」

「あー……本来の自分とそうでない自分との間に明確な壁がある、ってことか?」

「そういうこと」

 

 

 今の自分は本当の自分ではない、と客観的に認識できる事実が有るか否か、みたいな話なのかな?

 本来ならその程度で揺らぐものではないのだろうが、そもそも私たちは『逆憑依』。

 性質として()()()()()と定められるモノであるため、そもそものキャラクター自体が演じたものだとややこしくなる……とか?

 

 正直同じようなパターンというのがあまりない……敢えて言うならクラウドさんが一番近い?

 とはいえ彼の場合は記憶喪失などを含んだ結果として、本来の本人の人格から掛け離れた……という状態。

 ロイドさんみたく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのとはまた趣が異なってくる。

 

 なので、ここではあくまで事実を語る、という意味で……このなりきり郷に現れたばかりの彼が、そもそも自身の認知すら危うい状態だったということだけを伝えておくのだった。

 

 

「……それ、他の人は知ってるの?」

「そりゃもう。って言っても大分特殊な感じだったから明確に知ってるのはブラックジャック先生とか、それから報告先のゆかりんくらいのものだけどね」

 

 

 まぁ、それも大体半年近く前の話なので、こうして他の人に開示してもいいかなー、ということになったのだが。

 経過観察的に問題無さそうだとブラックジャック先生からお墨付きを貰った、ということでもある。

 

 

「……なんというか、大変だったんだな」

「個人的にはもう宮司でいることに慣れきってるから問題はないんだがな。……今さらロイドとして動け、と言われても困るくらいだというか」

「なぁこれ本当に大丈夫なのか???」

「大丈夫っていうか、ロー君論文みたことあるんじゃない?」

「は?」

「『特殊事例を抱える被験者に対しての【継ぎ接ぎ】治療の有用性』」

「……あのレポートか!?」

 

 

 なお、私としてはロー君が不思議そうにしてるのが逆に不思議だったり。

 ……だって彼、【継ぎ接ぎ】を有効活用できないか?……という研究の被験者かつ成功例の一人として、普通にデータの公開がされている人物だし。

 

 以前、隔離塔──ブラックジャック先生が仮住まいとしている地下千回のその施設に住まう患者達への治療方法として、【継ぎ接ぎ】を活用できないか研究していた時期がある……みたいな話をしていたことを覚えているだろうか?

 そう、静謐のハサンちゃんが多重人格者になっていたあれ、である。

 

 ……彼女へのそれは上手く行った、と手放しに喜べるような成果は出ていなかったが、その失敗を糧により安全に・かつ必要な部分にだけ作用する【継ぎ接ぎ】のさせ方、みたいなものが研究され続けていたのだ。

 そして、その研究の成功例として他の医者達にも開示されているカルテの元が、なにを隠そう今この場にいる彼のそれ、なのである。

 

 

「まぁ、どっちかと言うと経過観察の結果が有用なデータとして認められた、みたいな感じの意味合いの方が強いらしいけど。……完全に元に戻すことはできなくても、創作要素を極度に落とした形態を付与できる、みたいな点でも興味深い結果となったとかなんとか」*2

「俺としてはまともに動けるようになっただけでありがたい話なんだがな」

 

 

 あっけらかんとして答える彼の様子に、微妙な表情を隠しきれない他の面々である。

 

 ……まぁうん、今のロイドさんが仮にアーニャやらヨルさん*3と出会ったとして、原作のような関係を築けるのか?

 というような疑問を抱いてしまう、というのはわからないでもない。

 

 だがそれは、『逆憑依』ならばある意味仕方のないこと。

 ……サンジ君とかがわかりやすいが、キャラ造形としては原作のそれに近いにも関わらず、特徴的でわかりやすい部分を発揮できないままに過ごして(なりきって)いた、みたいな人は少なくない。

 

 

「黒足屋が?」

「あれ?そういえばロー君ってサンジ君と会ったことないんだっけ?」

 

 

 と、そこで意外な人物から疑問の声が上がり、思わず言葉をストップしてしまった私である。

 

 ……で、そうして発言を止めた後で、よくよく考えたらそれも当たり前か、と思い直した。

 サンジ君が彼らしくあるために選んだのは、原作のキャラクター達の隣ではなく、侑子の隣。

 つまり、基本的に『tri-qualia』に入り浸っており、医者として忙しい生活を送るロー君とは接点の持ち用がなかったのだ。

 ……VRゲームとか医者の視点や読者の視点からすると胡散臭過ぎる、みたいなところもあって余計に接点がなかったというか。

 

 

「まぁ、『逆憑依』なら勝手にフルダイブになる……みたいな話を聞いて、健康被害云々の話が頭を過らねぇ医者なんぞいねぇとは思うが」

「ははは。……まぁそこはともかく。サンジ君は元々自分のスレでは紳士的なキャラとして通してた。それは別になりきりが下手だったからじゃなく、原作みたいにメロメロになっていい相手が居なかった、というところが大きいわけでね?」

「……まさかとは思うが、()()()()()()にやれる相手としてその女を選んだ、とでも?」

「ああ、ポリコレとか余計な話は止めてね?そもそもサンジ君の中の人って女性だった気がするから余計に」

「…………難儀な」

 

 

 いやまぁ、サンジ君の中の人の性別云々は私も最近知ったので、その辺りを責めることはできないんだけども。

 

 ……とはいえ、納得できる部分も幾つかある。

 あのサンジ君はなんというか、女性に対して紳士的過ぎるのだ。

 無論原作の彼が紳士ではない、なんてことを言うつもりはないのだが、それでももうちょっと女性に対しては……気持ち悪い?

 まぁ、悪い言い方をすると必死さが足りない、というか。

 

 その辺りが『女性視点で理想化された面』であるとするならば、なんとなく納得できなくもないのである。

 ……その結果、フェミニスト(正しい意味or間違った意味)としてややこしくなっている、というのは笑っていいのやら泣いていいのやら。*4

 

 ともかく、彼があんまり女性に対してがっついていないのは確かな話。

 それが中の人補正であるとするならば一応の納得は行くが……同時に、キャラクターとして寂しい気がするというのも事実。

 

 例えば、鬼畜でエッチなことで有名なランス*5が今ここにいたとして、外道なことにもエロいことにも興味を示さない……となると、思わず目を疑うことだろう。

 ……いや、最終作ではわりと丸くなったらしい*6とは聞くが、それでも全くエロに走らないランスなどランスじゃねぇ、というのは変わりあるまい。

 

 

「言ってしまえば、今のロイドさんの状況も似たようなものなのよ。家族が周りにいない以上、『ロイド・フォージャー』としては暮らし辛い。ゆえに、『黄昏』として──スパイとして誰かに変装している方が安定してしまう、みたいな」

「……黒足屋もそうだったと?」

「侑子の前だけとはいえ、()()()あれるのは精神安定的に有効だったみたいよ?」

 

 

 個人スレでもないのに個人スレみたいになる、というのはなりきりにおいて往々にして発生すること。

 その中でキャラクターらしさを維持するには、他者との関わりを基盤としたイメージは時に切り捨てる必要もある。

 名無しを他者として触れあう……みたいな方法もあるが、それにだって限度はある。

 異性相手に態度が変わるというパターンにしてみても、名無しが同性ならば違和感のある描写ということになってしまうわけだし。

 

 ……とはいえ、そうして切り捨てたものが、いつまでも自身の中にないまま、というわけでもない。

 本人がそれを取り戻したい、と思うことは少なくはなく。

 ゆえにサンジ君みたいに、他所のキャラクターに救いを求めることもある。

 

 今のロイドさんは『黄昏』であることに安定を求め、それが成就したがゆえにこんな感じだが。

 もし仮に、原作のような家庭を築けるような相手と出会えば──新たな仮面として、『ロイド・フォージャー』を被ることもあるだろう。

 

 言葉にしてしまえば、その程度の単純な話。

 それが彼の場合、アイデンティティとして結構大きかったので大変だった、みたいなことでしかないのだった。

 

 

「……そんなもんなの?」

()()()()()に納めたの。……まぁともかく、言いたいことは一つ。ヨルさんみたいな人やアーニャみたいな人を見掛けたらここを紹介してあげてね、ってこと」

「結論が大分雑になったんだが???」

 

 

 まぁ、なんやかんや言って同僚がいないのは悲しいことなので。

 そんな感じの言葉で締めて、私達は彼の居住地を後にしたのだった。

 

 

*1
遠藤達哉氏のスパイコメディ『SPY×FAMILY』の主人公の一人。凄腕スパイ『黄昏』が、父親としての変装の際に作り上げた嘘の顔。精神科医として働いている為、もし仮に宮司で無かったらロー達の同僚になっていたかも?(スパイとして怪しまれないように、普通に医者としての仕事を行えるレベルなので)

*2
現状の彼はゆかりんとかが使っている変身に近い、ということ。別の自分というペルソナを被ることで精神を安定させている、とも

*3
両者とも『SPY×FAMILY』のキャラクターであり、主人公格。それぞれロイドと同じように特殊な事情を隠し持っている

*4
サンジ自身は歴としたフェミニストであるが、今の世の中でそう呼ぶとちょっとややこしい、ということ。『フェミニスト』という言葉に変なイメージがこびりついた弊害

*5
『鬼畜王ランス』などの主人公である彼のこと。コラボするとエッチなことができない体にされることも多いが、彼の性格的に他所のキャラだろうが普通に手を出す、すなわち意図せずNTRみたいなことをしてしまう可能性が大である為、ある意味仕方のない処置ではある

*6
子供が出来たのが大きいのだろうが、そもそもシリーズが長くなりすぎて世間の価値観などが変化した結果、という部分も少なくはないと思われる



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ちょっと暗くなったので明るくふるまいましょう

「……新年早々ややこしい話だったな」

「私的には意外とロー君に他のワンピキャラとの接点がないんだなぁ、ってちょっとしみじみしちゃったけど。パールさんとか」

「……俺の中の人間はともかく、俺自身は全く接点が持てねぇ奴代表だな、あれは」*1

 

 

 まぁ、登場タイミング的に知る機会もないしね……。

 そもそも物語序盤のやられキャラその一、みたいな立ち位置のキャラと連載が進んだ結果準メイン級にまで格上げされたキャラじゃぁ、知ってても話しかけ辛いとかあるかもしれんし。

 

 いやまぁ、なりきり板じゃあそんなこと言ってらんないんですねどね?

 

 

「極論自分が好きなキャラを勝手にやってるだけ、だからな」

「メジャーなキャラばかり、ってわけでもないですからね。うち(FGO)で言うなら……バイキングの王様(エイリーク)が同僚、みたいな?」*2

「遠回しに地味、みたいなこと言ってると奥さんから呪われるぞオルタ?」

「……いや、流石にここにまではやってこないでしょう?ないわよね???」

 

 

 メジャーなキャラをやりたがる人ばかりではなく、時にマイナーなキャラが集まってくることもある。

 ……というか、そうじゃないといつぞやかに遭遇した『明らかにモブにしか見えない民衆達』みたいな『逆憑依』が一定数居る、ってことに説明が付かないわけだし。

 

 そんなわけで、自分の他にスレに顔を出すキャラが犬猿の仲……みたいなパターンを鼻で笑うような、自分と相手に接点ゼロな環境すら見越してやらねばならないのがなりきり、なのであった。

 ……まぁ、そこまで覚悟してなりきりしてる、って人はそう多くはないとは思うけど……心構え的な意味で、みたいな?*3

 

 ともかく。

 折角数少ない同じ原作のキャラなのだし、ちょっと話し掛けるくらいはしてみてもいいんじゃない?……みたいな感じで話を終え、境内を出た私たちであった。

 

 

「で、こっからの予定は?」

「家に戻るのは夕方の予定だから、このまま挨拶周り続行かなー。特に目的地らしい目的地……っていうと、大きく階層を移動していく感じになるけど」

 

 

 大雑把に目指すべき場所はまず地下千階、隔離塔だろうか?

 なんやかんやと去年もお世話になったブラックジャック先生への挨拶とか、あとはあの後のスカジの経過とかを確認する必要があるというか。

 

 

「スカジと言うと……アークナイツ出身の人物だったか。何故かうち(FGO)のスカディと混ざってたけども」

「そうでもしないと、キャラ背景的に外に出せないんだから仕方ないね!」

「背景って言うと……()()のとこのフォーリナーみたいなもの、って奴だっけ?それ、あのシャナとか言う奴と同じ扱いなんじゃないの?」

「シャナってことは……アラストール?」

「そうそう」

 

 

 で、私が出した『スカジ』という名前に真っ先に反応したのが、遠目ながらその姿を視認したことのあるライネス。

 ……どうやら彼女がスカディ様の宝具である『死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)』を使っていたことを、目敏く視認していたらしい。

 

 そのこと自体は特に隠すものでもないので、普通に認める私だが……そこに異論を唱えるのがオルタ。

 一応アークナイツについての予習はできているのか、スカジがその裡に秘めるものは本来干渉して来ないはずでは?……みたいなツッコミが飛んできたのだった。

 

 確かに、海の怪物(シーボーン)の扱いがシャナにとってのアラストールと同じであるならば、再現度の壁に引っ掛かって顕現する可能性はゼロ……みたいなことになるのが自然。*4

 それを『ありえない』と否定しきれなかったのは、偏にそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部分が大きい。

 

 

「はぁ?」

「極端な話、シャナの能力って自在法なわけでしょ?天罰神としての権能・ならびにそれによる出力の高さを無視すれば、一応は他の人物にも再現できる……みたいな」

「凄まじいまでの暴論だが、一応は納得できなくもねぇな」*5

 

 

 基本的にその人しか使わない、みたいな感じなので勘違いしやすいが……彼女達のそれは自在法という共通規格によってもたらされるもの。

 ……より正確に言えば『存在の力』を変化させたもの、というべきか。

 

 似たような例としては『悪魔の実』や『斬魄刀』、『忍術』などがある。*6

 個々で見ると個性的であり同一のものなどなにもないように見えるが、その実それらを大別する区分はしっかりと存在している……みたいな?

 

 そこから考えると、スカジのそれもアビサルという区分けとして、他者と一纏めにできる区分のモノに思えるかもしれない。

 では、それらとなにが違うのか。──正確には、()()()()()()()()

 

 

「ん?一緒?」

「そ。何故シャナのアラストールは許されなくて、スカジの中の海の怪物は許されうるのか。ナルト君の中の九尾は許されなくて、何故一護君の中の()()()()は許されるのか。それは、それらの内部人格が()()()()()()()()()()()()から。『逆憑依』の観点からすると多重人格判定になるから、ってこと」

「多重人格?」

 

 

 そう、多重人格。もしくはペルソナ(仮面)とでも呼ぶべきか。

 例えば一護君の中の二人──斬月は、しかして一護君本人以外に認知できる存在、とは言い難い。

 いやまぁ、たまに実体化させられることもあったりするけども、基本的には一護君の中にいるものであって、その外に出てくることはほとんどない。

 

 ……これだけだとナルト君もそうだ、ってなりそうなのでもう少し突っ込むと、一護君のあれはそもそも一心同体どころか本人そのものなのだ。

 

 

「己の魂を写しとり磨き上げられるそれは、言ってしまえば人の人格そのものを一部切り取ったようなもの、ということができてしまう。まさしく我は影、真なる我……みたいな感じ、ってわけね」

「そこから己を認められれば多大な力を得る……みたいな?」

「そうそう」

 

 

 ナルト君の場合、九尾……もとい九喇嘛(クラマ)はナルトの別人格、というわけではない。

 あくまで別の存在が彼の中に封印されているだけであって、本人とは別の存在として成立しているのだ。

 

 アラストールもそちらと同じく、シャナの人格の一部を切り分けて生み出した存在、とかではない。

 別世界の天罰神と呼ばれる存在が、同族達の横暴を見てそれを諌めるために現れた……みたいな感じなので、端からシャナとは別個の存在なわけだ。

 

 ……まぁ、こういう言い方をすると一護君ってば微妙にノイズなのだが、ノイズだからこそスカジの話をするには合っている、とも言えてしまうのが悲しいところ。

 

 

「と、言うと?」

「他の斬魄刀は()()だけど、一護君とかの特殊なパターンの場合元々本人ではないものが本人の写し身の位置に収まった、みたいなパターンだから判別が難しいって話。で、スカジのそれも方向性的にはそっちに区分される、みたいな?」

 

 

 先の例で言うなら、九喇嘛がナルト君本人から分かたれたモノになっている、もしくはそうなってしまった……みたいな感じだろうか?

 本来なら明確に別存在なのに、システムに組み込まれた結果本人(別人格)判定を得てしまっている、みたいな。

 

 本来の斬魄刀は己の魂を写すもの。

 言うなれば本人の似姿だが、一護君を筆頭とした幾つかのメンバーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()を己の写し身として定めてしまっている。

 斬魄刀のシステム上、それらは確かに本人の魂から生まれたもの、と判定されてしまっているが……厳密に考えるとそれって本当に本人?……ってなるというか。

 

 スカジにとっての海の怪物というのは、区分的にそれに近いものになってしまっている。

 己の力の源である海の怪物由来のそれが、()()()()()海の怪物の顕現先になってしまっている……。

 それによって異格──濁心を呼ぶ水となってしまっているというのだから、色々と皮肉というか……。

 

 まぁともかく、中の()()によって変貌した濁心もまたスカジ、として判定されていることから色々察してほしい。*7

 

 

「まぁ、それだけだと精々『暴走形態がある』程度の話でしかないんだけど、ここで海の怪物が同一視される相手、っていうのが問題になるわけで」

「あー、にゅるっと這い寄ってくる?」

「そうそう、にゅるっと這い寄ってくる」

 

 

 海の怪物の元ネタは、ほぼ恐らくクトゥルフの神々だろう。

 そしてその同一視があるからこそ、『逆憑依』におけるクトゥルフ神話は危なっかしいものになる、と。

 

 

「イメージに左右されやすい『逆憑依』の場合、クトゥルフ神話って体系そのものが【継ぎ接ぎ】を誘発しやすいモノになっててね?……結果、クトゥルフ系に区分されそうな作品の描写は全部【継ぎ接ぎ】の恐れがある、ってことになる……と」*8

「うわっ」

 

 

 ネタにされやすい弊害がここに、みたいな?

 ……まぁ、神の化身であるとかフォーリナーみたいな代行者であるとか、そういう属性を持たない相手への【継ぎ接ぎ】は、幸いにしてそこまで大事にならないみたいだけど。*9

 逆に言うと、例えばアビーがいた場合凄まじくヤバいことになる可能性大、というか?

 

 そんなわけで、スカジは現状唯一現れた海の怪物(クトゥルフ)関係者であるため、万全に万全を期した対応を探られていた……というわけなのであった。

 

 

「そんな彼女がこちらです」

「許して!アーミヤ許してこの通りだから!」

「わわっ!?ゆ、許しますからすがり付くのは止めましょう!?」

「ええー……」

 

 

 で、地下千階についた私たちが見た光景がこれだった、というわけなのでございます。

 ……別れたくないと駄々を捏ねる元カレかな?

 

 

*1
作中時間的にも最低二年、位置的にもグランドラインの中腹と東の海……と、接点を持ちようがない距離感

*2
エイリーク・ブラッドアクスのこと。短い出番の中に良いキャラであることを滲ませるが、出てない奥さんの方が濃ゆい為相対的に薄くなっているというキャラ呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪う

*3
実際滅多に起こらない。なりきりには『他人に見せる』面も含むことから、よっぽど上手い人間でもないとマイナーなキャラでは人を呼べない、ということが多発する為、基本的にメジャーキャラのなりきりの方が多くなる

*4
別のキャラ二人分再現する必要がある、ということ。仮に成立するとしてももう一人誰かを加えて【複合憑依】になるだろう、とも

*5
自在法が『存在の力』を使って起こす超常現象の総称であることからの強引な纏め方。実際のところ、他者の自在法を真似るのは難しく、一般化している封絶などの方が珍しいレベル

*6
大別すると同一となるが、起こす現象は個々に違うものの例え

*7
なお、この理論からするとシュウはチカを出せてもおかしくない、ということになる(ファミリアは設定的に本人の人格の一部(深層心理など)を利用したものである為)

*8
具体的にはブラッドボーンなど。脳に瞳(啓蒙)を宿しやすくなる

*9
精々SAN値がゼロになる(復帰可能)くらいのもの



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アーミヤ元CEOは癒されたい

 はてさて、いきなり修羅場?みたいなものを見せられた私たちなのだけれど。

 

 

「いやー、良かったわCEOに許して貰えて。これで私の今後も安泰ってものよ」

「……一つだけ訂正させて貰いますと、今の私はCEOではないです」

「今は、でしょ?」

「……遠回しにクーデターでも企てていると仰ってませんかそれ?」

 

 

 今はこの通り、みんなでこたつに入ってアイスを食べるくらいにまったりしていたのだった。

 ……うん、スカディ成分だと思うんだよね、これ。

 そう感じた私の視線の先では、美味しそうにアイスを食すスカジの姿。……その子供っぽさはなるほど、周年記念礼装のスカディ様の無防備っぽさを彷彿とさせる感じである。*1

 

 

「……ん?それって褒めてるの?貶してるの?」

「安心してるよ、なにごともなさそうでよかったって」

「答えになってなくないそれ?」

 

 

 こちらの言葉にジトッ、とした視線を向けてきたスカジだが……暫く微笑み返してあげると諦めたように小さくため息を吐いたのち、再びアイスに向き合い夢中になり始めたのだった。

 ……やっぱ子供化してないこの人?

 

 

「まぁ……そもそもスカジさんはアビサルハンターとしてずっと戦い続けて来た身。言い換えると今の彼女はそれらの軛から解き放たれた状態ということになりますので……普段の自省が全部剥がれ落ちてる、ということになるのかもしれません」

「自省、自省ねー」

「なによその言い草、文句があるなら買うけど?」

「売ってないし買わなくていいです」

 

 

 適当な軽口を投げ合って、こちらもアイスの蓋を開ける。

 ……うん、この部屋に通された時に、みんなアイスを手渡されていてね。

 そんなわけで、束の間のアイスタイム開催のお知らせ、というわけなのでしたとさ。

 

 

「それはいいんだが……この後ろで鳴り響いてる音はなんだ?」

「え?甲賀忍法帖」

「それはバジリスクだろうが……っ!!」

 

 

 いや、○○タイムって言われるとつい反射的に……。*2

 まぁ、パチンコとかやらない人なので、踊ってる愉快な兄ちゃんしか脳内に出てこないのだけど。

 

 ……とまぁ、話は前後したけど改めて現状の解説をば。

 地下千階にまで降りてきた私たちが目にしたのは、多分面会にやって来たのだろうアーミヤさんの足にすがり付き、『CEO許して!』とばかりに謝り倒すスカジの姿だった。

 

 うん、突然こんなものを見せられれば思考もフリーズするというもの。

 実際他の面々も『なに……?』とばかりに固まっていたのだが……いち早く復帰した私が『何故こんなことになったのか?』ということを思い出したため、素早くフォローに回ったというわけなのである。

 

 

「そのフォローの仕方というのが、彼女と一緒になってアーミヤ君の前で焼き土下座をし始める……というのは、正直場の混乱を収める気が一切ないのかと正気を疑ったけどね」

「本当にすまないという気持ちで……胸がいっぱいなら……!どこであれ土下座ができる……!例えそれが……肉焦がし骨焼く鉄板の上でもっ……!」*3

「本当にやるやつがあるかっ!!」

 

 

 まぁ、そこで私がしたことは今しがたライネスが語ったように、スカジの横で私が焼き土下座をする……ってモノだったわけだが。

 でも仕方ない、スカジがスカディ様の力を受け入れることになったのは、偏に私たちのやったことのせい。

 となれば、彼女が責められる謂れというのは少なからずこっちにも掛かってくるのである。

 

 

「そうなんですか?」

「ええまぁ……道中語りましたが、彼女をこうしたのは主に私。なので彼女がすることには多少なりとも私にも負うべき責任、というものが発生するのです」

「結構暴論では……?」

「こうした方が都合が良い、みたいな面もありますけど」

「はい?」

「こっちの話です、お気になさらず」

 

 

 あれだ、わりと猪突猛進というか、雑な面があるので自責だけで賄える話じゃないんだぞ、とブレーキにでもなって貰えれば重畳(ちょうじょう)、みたいな?

 ……今お前がそこを心配するのか、みたいなこと言ったやつはあとで校舎裏な。

 

 ともかく。

 スカジが謝り倒していたのは宝具『死溢るる魔境への扉』によって召喚したのがロドス・アイランド号の影であったことが理由だろう。

 ……実際どういう原理なのかわからないが、もし仮にあの影の船が本来のロドス・アイランド号とリンクでもしていた日には、それを勝手にオルトにぶつけるなどという大戦犯間違いなしの行動だったため、それを理由として謝り倒すのはわからないでもない。

 

 多分、あの時ハロウィン対策に駆り出された面々のうち、私たちが合流してない舞台にアーミヤさんが含まれていたりしたのだろう。

 で、オルトと対峙してる時に他の面々の中から彼女の姿を見つけてしまったスカジが、これは後で埋め合わせしないと酷いことになるぞ……と悟ったと。

 

 まぁ、当のアーミヤさんは実のところ別に全然怒っておらず、彼女の読唇(どくしん)が間違っていたというなんとも言えないオチが待っていたわけだが。

 

 

「いやでもだって、あの状況・あの気迫のCEOからあの言葉以外を読み取るのは無理だと思うのよ私……」

「一体なにを読み取ったんですか……私は『頑張れスカジさん』とか、そういうことしか呟いてませんでしたよ?」

「いいえ、あれは絶対『あとでお話がありますので顔を洗って待ってるように』とか、そういうことを言っている目だったわ……」

「私のことなんだと思ってるんですか?!」

 

 

 ここで魔王、っていうと本当に怒りそうなので黙る私たちである。

 ……え?そこで黙る時点で最早明言しているようなもの?せやな。

 

 もー!……とばかりに怒るアーミヤさんからのぽこぽこパンチ(意外と痛い)を甘んじて受けつつ、苦笑いを一つ。

 ともあれ、ハロウィンの後始末がようやく終わった、と胸を撫で下ろす私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、あの奇行についてはそれでいいとして……ここはどういう場所なんです?」

「隔離塔内の談話室……みたいなところになるのかな?周囲からチラチラ視線を感じると思うけど、それはここの住人達が物珍しさに集まってきてる……みたいな感じというか」

「なるほど……?」

 

 

 はてさて、話は現在の私たちがいる場所──広目の空間の一画・フローリングの上に畳が敷いてあって、その上に炬燵がある──についての話になるわけなんだけど。

 ここは、アーミヤさん達と合流したあとに移動した場所、隔離塔内部の談話室にあたる部分の部屋である。

 

 時期的に冬であるため、外で会話し続けると普通に寒いので建物内部に移動した、みたいな話なのだが……同時に、隔離塔がそろそろ隔離塔としての規模を縮小できるかどうか、みたいなことにもなっていたので、その確認も含めての訪問……という意味合いも含まれていたり。

 

 

「縮小?ここなくなっちゃうの?」

「完全にはなくならないけどね。ただまぁ、アーミヤさんとかスカジとかの研究結果からアークナイツ組の行動制限が解除されそうだったり、他の面々も問題点を解決する目処が立ったから、その分の人達のスペースは減らそう……みたいな話になっているというか」

「へー」

 

 

 元々、隔離塔に隔離されていた面々というのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というような存在達。

 逆に言うと、周囲への被害を発生させないと判断されたのならば、隔離しておく理由がないのである。

 

 そのため、毒の体の制御方法を手に入れた静謐さんだとか、はたまた源石由来の症状を封じ込めることに成功したアークナイツ組なんかは、ここから出る目処が立ったのである。

 今日は、その辺りの最終確認の意味合いもなくはない……というか?

 

 

「他の面々はエー君から提供されたナノマシンと、アーミヤさんから得られたデータで比較的穏便な治療が行われてるんだけど……スカジだけは色々と事情が事情だったうえに治療も別口だったんで、こうして直々に私が見に来たってわけ」

「……ん?ってことはもしかして、私の移動先って……」

「まぁ、私の家だね。もしくはアーミヤさんのとこだけど」

「んー……まぁ、素直にキーアのとこにお世話になっておくわ。CEOとは顔を合わせる機会も多そうだけど、貴方とはここで別れたらなんだかそういう機会が減りそうだし」

(……暗に出番が欲しいって言われてる気がする?)

 

 

 おお、メタいメタい。

 ……いやまぁ、実際にスカジがそう考えてるわけじゃないだろうけど、結果的にそんな感じになってる感があるというか。

 ともかく、結構特殊なことになっているスカジはこのまま合流し、私たちの挨拶回りに付いてくることになったのだけど。

 

 

「アーミヤさんは?」

「スカジさん以外にも確認するべき相手がいますので。……あ、一応弁解しておきますが、別にここでロドス・アイランドを設立しようとか、そういうことは考えていませんからね?!」

(……さっきのスカジの話、微妙に気にしてる……)

 

 

 無理もない、結局呼び方が『CEO』のままだし。

 ……あれ、そういえば原作での彼女の呼び方ってどうだったっけ?

 多分、ここではまだそこまで親しくないのと、半ばからかってるような面も含めての『CEO』呼びなんだろうなぁ、とは思うけど。

 

 ともかく、アーミヤさん的には変に反抗勢力扱いされるのは御免らしい。

 他のアークナイツ組を引き連れて蜂起しようだなんて思っていませんからね、みたいな感じのことをこちらに告げる彼女と別れた私たち一行は、次の目的地へと向けて前進を始めたのでしたとさ。

 

 

*1
2020年、四周年記念の礼装である『英霊祭装』におけるスカサハ=スカディの姿のこと。服装そのものには子供っぽさはないのだが、左手の食べかけのスイカバーやら、立ち姿から感じる気負わなさすぎる態度が子供に見える、ということで話題になった

*2
パチスロ『バジリスク甲賀忍法帖』シリーズにおいて、大当たりに相当する場面で発生するもの『バジリスクタイム』およびそこで流れるアニメでの主題歌『甲賀忍法帖』のこと。および、それを元にした『黒人男性のダンスに先の音楽を合わせた』動画のこと。キレが良すぎるダンスと終わり際の動きがとてもぴったり

*3
焼き土下座とは、文字通り自身を焼きながら土下座をする、というもの。熱せられた鉄板の上で土下座をするのが一般的(?)。元ネタは『賭博黙示録カイジ』に登場する懲罰の一つ



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熱々(ホット)溶岩タイザー

 はてさて、アーミヤさんと別れ、代わりにスカジを一行に加えた私たちは、次の目的地に向けて移動中。

 

 ……なのだけれど、先ほどからココアちゃんから突き刺さるような視線が飛んでくるんですが、これ如何に?

 

 

「えっとね?キーアちゃん、彼処は取り壊しじゃなくて縮小、みたいなこと言ってたじゃない?」

「彼処?……ってああ、隔離塔のこと?」

「そうそう。で、その理由はみんなの病気が治ったから、みたいな話だったけど……もしかして、誰か治らない人とかいるんじゃないのかなーって思って」

「……鋭い目の付け所だね、ココアちゃん」

「え?そ、そうかなー?」

 

 

 そうして飛び出した問い掛けに、思わず感心してしまう私である。

 結果的に褒められた形になるココアちゃんは、ちょっと照れ臭そうに頬を掻いていたが……確かに、彼女の言う通り()()()()()()()()()()()()()()()()、というのは隔離塔の存続意義として含まれている、というのは間違っていなかったりする。

 

 

「……あれ?治らない人じゃなくて?」

「治らないっていうか、治しようがないって感じかな。理由としてはそれが()()()()()()()()()()()()()ってところなんだけど」

「せいしんめん?」

 

 

 勿体ぶるのもあれなのでぶっちゃけると、彼処に残るのはいーちゃんである。戯言シリーズの。

 

 彼はただそこにあるだけで周囲を狂わせる、という『無為式』と呼ばれる存在。

 それゆえ、他者との触れあい自体を彼が厭ったのだ。

 

 

「……なるほど、彼のそれは体質に近い。ゆえに再現度による優先度も高く、劣化もほとんどせず成立してしまっている……と?」

「多分ね。ただまぁ、仮に再現しきれなくてもコナン君達みたいになにかしらの要素が【継ぎ接ぎ】されて元のそれを再現し始める、みたいな可能性はゼロじゃあない。……言い方は悪いけど存在罪*1、みたいなもんだよね。ロイドさんと同じく、彼自身の安定を促す身内もいないし」

 

 

 少なくとも、私が知る限り他の戯言シリーズのキャラはなりきり郷にはいない。

 割合に物騒な人間が多かったり、そもそも再現性に難がある複雑なキャラクターをしていたりと、『逆憑依』として選ばれ辛い構造をしているのもポイントなのだろう。

 

 ……あと、作中で明確に死亡した表現があるキャラクターは、仮に再現しやすくても『逆憑依』にはなりにくい、みたいな制約もあるだろうし。

 人気が出ようが死ぬ人は死ぬ、みたいな作品だとこういう弊害があるというか?

 

 

「作中の死亡描写が良くないのか?」

「良くないっていうか、逸話弱点になる可能性が高いというか?例えばマシュだと、強大な敵の明らかに防げないような攻撃に晒されると()()()()()()()()()()、みたいなことになりやすいというか。……いやまぁ、人理砲レベルの攻撃に晒される機会なんて早々ないけども」*2

 

 

 言ってしまえば、これも【継ぎ接ぎ】の一種というか。

 原作であった要素が再び発生した時、それに対して抵抗するのが難しくなるとでもいうべきか。

 ……ともかく、本来中の核を守るために呼び出されると思わしき『逆憑依』が、その本分すら果たせずあっさり消滅するというのは避けたい、というのは誰でも思うことだろう。

 

 ゆえに、戯言シリーズのキャラは多重の意味で『逆憑依』としてやって来づらい、ということになるのであった。

 

 

「その上で、(いーちゃん)の安定に貢献しそうなのはほんの一握り。……じゃあまぁ、閉じ籠っていようかってなるのはわからんでもないというか、そう思ってくれる彼で良かったというべきか……」

「……でも、それだと可哀想だよ?」

「向こうはそうしてあれこれ言ってるこっちを眺めて楽しんでるから大丈夫だよ」

「…………あれ?」

 

 

 なるほど、優しいココアちゃんは一人でずっといなければならない彼を心配していた、ということらしい。

 でもその辺は最初から医者達とかも懸念していて、結果こちらから干渉せず、あちらからも干渉しないことを徹底すれば問題ない、ということが判明していたのだった。

 

 本来『見る』という行為は立派な干渉だが、例えばジャンプを読んでいる人がその内容を改変する、というような影響は発生しえない。

 それをするのならば、必ず読者側が『見る』以外の干渉をする必要がある。*3

 

 つまり、今の彼は私たちを()()()()()()()()()()()()()のだ。どこぞのマーリンみたいなもの、というか?

 

 

「なんで、ココアちゃんが心配するほど向こうは気に病んでないってこと」

「ん、んんー……いいのかなぁ、それで」

「これ以上許した結果、なりきり郷存亡の危機にでも発展されたらことだからね。なんやかんやここってなにも企んでないってわけでもないし」

「あー……」

 

 

 いやまぁ、悪の組織みたいな話ではないけども。

 でも、あれこれと頭を悩ませ、日々考えごとをしている人物が多いというのも事実。

 (いーちゃん)のそれは善悪の区別なくなにもかも狂わせるものなので、用心し過ぎることは無価値じゃない。

 ……下手するとそうして用心すること自体狂うので余計のこと、である。

 

 なので、彼自身の提案もあって今の状況に甘んじているのだと告げると、ココアちゃんは微妙な顔をしつつも一応の納得を見せたのだった。

 ……まぁ、彼女がその辺気にする理由は、わからないでもないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、隔離塔云々の話が終わって、やって来たのは熔地庵。

 年中溶岩が沸いてる危険地帯にして、安全地帯では露天風呂などが人気のスポットである。

 

 ここに来た目的は勿論、荼毘君もといヒードランさんへの挨拶、なのだが……。

 

 

「……なんか、やけに気球が多いね?」

「そうだねー、それも上の風船?部分だけのやつ」

 

 

 思わず空を仰げば、辺りに広がるのは気球の群れ。

 正確には、今しがたココアちゃんが述べた通り、気球の上部分──気嚢(きのう)と呼ばれる部分だけが浮いている形になる。*4

 下に籠などはなく、まるで空に浮かぶクラゲのような見た目となっているそれらは、しかして一般的に人が思い浮かべるような大きさのそれ、というわけではない。

 具体的に言うと人一人分かもう少し、くらいの小さい気球であり、それらが視界のそこらに飛んでいる……という状況なのである。

 

 ……うん、どうやって浮いてるんだろうね、この気球達。

 いやまぁ、気嚢内の気体が溶岩の熱で暖められて浮力を得ているんだろうなー、というのはわからんでもないのだけど。

 ただこう、それだけだと宙に停滞してるのは意味がわからんというか。

 

 そうして「なんだろうねこれ」「ねー」みたいな感じで会話していると、一部の面々の反応が目に入る。

 ……具体的にはライネス・はるかさん・ロー君の三名だったわけだが、揃って「あー……」みたいな、微妙な顔をしていた。

 いやそれ、どういう感情……?

 

 

「知らないのか、キーア」

「……?いや、なにか既視感はあるけど思い出せないというか」

「なるほど。じゃあ……あー、丁度よく来たみてぇだから、あれを見るのが早い」

「ん?来たってなにが?」

 

 

 ロー君が微妙な顔をしながら、とある方角を指差す。

 その動きにつられて視線を動かせば、その先に見えたのは小高い丘のようなもの。

 その頂点に、なにかがいることを察知した私は、その何者かに視線を凝らして……あっ、と思わず声を漏らしたのだった。

 

 言われてみれば、この地形は確かに。

 溶岩地帯に浮く小さな気球……それはつまり、それを乗り継いで向こう側へと向かうためのもの。

 では乗り継ぐのは誰なのか?気球なんて不安定なものに乗り、その先へと向かう存在。

 

 それは、誰もが知る世界的スター……の、初登場作品であるちあるゲームの、ボス役……のキャラクターの弟分。

 ボス役のキャラクターの名前を冠した作品のうち、彼が取っ捕まりそれを助けるために弟分が活躍する……みたいなコンセプトのもの。

 

 その作品内の隠しステージにおいて、溶岩の中に浮かぶ気球を乗り継ぎ先へと進む……というものがあることを思い出した私は、ゆえにこそ彼処にいるのが誰なのかを悟ったのだった。

 

 

「……ディディーコングじゃんあれ!?」

「ウキャ?」*5

 

 

 国民的スーパースター、マリオの初代ライバルであるドンキーコング。

 彼を主役として発表された『スーパードンキーコング』、二作目の主役であるチンパンジーの男の子。

 真っ赤な帽子がトレードマークのディディーコングは、こちらの言葉を聞いて不思議そうな顔をしていたのだった。

 

 

*1
誕生罪とも。そこにあるだけで、本人の意思と関わらず周囲に被害をもたらしてしまう存在に対しての呼び方。『仮面ライダーアマゾンズ』の泉千翼などが該当するが、いーちゃんの場合彼より救いがあるのがなんとも

*2
Q.この間の縮退砲とか当てはまるのでは?A.せんぱいの補助もありましたが、大半は気合いです!(マジかー、という気持ちといやそうだよなー、という気持ちが半々のキーアさん)

*3
例えばアンケートを書くのも『見る』以外の干渉であるし、感想をネットに呟くのも『見る』以外の干渉である。ここでいう『見る』ことによる干渉とは、ただ読み進めるだけで書いてある内容を改変する、というものなので普通に考えてあり得ない、という話になる。『無為式』による干渉を『見る』および『雑誌』に当てはめるとそんな変なことになる、というお話

*4
熱した空気を包む為の部位、球皮とも。これが膨らみ浮力を得ることで気球は浮く。ガス気球と熱気球では浮力を得る原理が微妙に違う

*5
あれ?オイラのこと呼んだ?



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多分誰もが思うこと

 ここでまさか新キャラに出会うとは……。

 そんな気持ちでいっぱいの私たちの前に、チンパンジーの男の子であるディディーコングは気球を巧みに操って下へと降りてくる。*1

 ……ゲームでも思ってたけど、それどうやって制動してるんです?

 

 

「ウキャ?ウキャキャキィーッ!」*2

「さっぱりわからん」

「ウキャ!?」*3

 

 

 うむ、二重の意味でわからん(真顔)。

 いやまぁ、一応私の場合は『動物会話』とかの再現で相手の言葉を聞き取るー、とかできなくもないけども。

 でもそれって、何度も言うように無限概念である【星の欠片】の数に任せた超力押し解決法なんだよね?

 ……そんなわけで、微妙に翻訳する時に雑味?的なものが混じったりしてしまうというか。具体的にはノイズとか翻訳のニュアンス違いとか。

 

 なので、『多分こんなこと言ってるんだろうなー』ということはわかるものの、それが正解かどうかは微妙に疑問が残る結果となるわけである。具体的には注釈とか(突然のメタ台詞)。

 

 

「……よくわからないが、通じてるのなら問題ないんじゃないか?」

「いやいや、ある意味私という存在によるフィルターを被せてるってことになるからね。例えば本当は笑顔で毒を吐くようなキャラだけど、その毒の部分が意味の理解には必要ないからってカットされてたらそりゃ別物になるでしょ?」

「具体的には?」

「京都弁が東京弁(ひょうじゅんご)になる」

「それは最早別言語では???」

 

 

 いやまぁ、イギリス語を京都弁に直す、くらいだと意外となんとかなりそうだけどね?*4

 でもまぁ、「ぶぶ漬けどうぞ」を「おとといきやがれ」にしてしまうような翻訳だと、感じるイメージは大幅に変わるでしょうねー、というか。

 

 それだけではない。例えばディディーコングの場合、色んな作品のイメージから一人称を『オイラ』にしてしまうが、その実目の前の彼までそうだ、とは言いきれない。

 というか、そもそも彼らはチンパンジーで人の言葉とか話せないのだから、各媒体の彼の言葉自体翻訳者の主観が混じっている、と解釈することもできる。

 

 そうなると、誰も彼本人が自身をどう呼んでいるのか?……という部分に正しい解釈を当てはめられない、ということになるのだ。

 そこら辺を気にし始めると、どうにも夜しか眠れなくなるでしょう?……みたいな話になるわけである。

 

 

「……まぁ、言いたいことはなんとなくわかったが。それって結局、君以外の誰がやっても付きまとう問題、ということになるんじゃないのかい?」

「……ソダネー」

「じゃあスルーでいいな。さっさと翻訳するように」

「へーい……」

 

 

 いやまぁ、確かにそうなんだけどね?

 言語化の難しさ云々の話をするのであれば、母国語以外全部全滅……どころか、母国語でも下手するとバツが付くこともあり得るわけだし。

 

 でもそこでそこまでバッサリ切られると、それはそれでなんというか思うところが出てくるというか……みたいなことを口にすれば、「お前のそれは長くなるから後で(要約)」とばかりに再度切り捨てられることになったのでした。

 うーん、ぐうの音も出ない正論……。

 

 

 

 

 

 

「で、結局彼はここでなにをしてたんだい?」

「ええとだねー……」

「ウキャー、ウッキャキャキャ、ウキィー……」*5

「……ふむ、熔地庵の奥に用がある、らしいよ?」

「なんだ、ワニの親玉でも殴りに行くのか?」

「ウキッキ、ウキャキャキィ」*6

「ワニは関係ないって。友達に会いに行くらしいよ?」

「なるほど。……一ついいか?」

「なに?」

「うきゃっ?」*7

「……ほんやくコンニャクとかねぇのか、流石にテンポが悪すぎるぞこれ」

 

 

 で、改めてディディーコングから話を聞いていたのだけれど。

 それに待ったをかけたのがロー君だった。……言われてみれば確かに、今までの人語が話せないタイプのキャラ達は、基本的にツッコミしかしていなかったためわざわざ翻訳する必要性が薄かった。

 そのため、今みたいに私が間に入って通訳する、みたいな過程が必要なかったのだ。

 

 だが今回の場合、話を聞く相手として彼にメインを張って貰う必要があるため、必然的に翻訳し続けることを求められる。

 結果、こうしてわざわざ二度手間?みたいなことになっているというのだから、確かにロー君の苦言も宜なるかな、というやつだ。

 

 ……だがこれ、解決しようと思うとちょっと面倒臭かったりする。

 

 

「どういうことだ?」

「ほんやくコンニャク。確かに琥珀さんが開発してたりするよ?するんだけどね……」

「なんだ、あるんじゃねぇか。だったら最初から「対象外」……なんだって?」

「対象外なんだよね、人以外の言語には」

 

 

 何度か語っているように、ドラえもんのひみつ道具というのは真っ当な機械とは言い辛い。

 未来の技術でー、などと嘯いているが、その本質は『子供の夢を叶える』こと。

 そこに昔の『科学はいつかなんでもできるようになる』というイメージが重なることで説得力を持たせている……という形式のものなのだ。*8

 

 つまり、ドラえもんにおける科学とはその実、魔法と大差ないものなのである。

 言い換えると、物事の原因・原理としては一片たりとも信用ならないもの、というべきか。

 

 それを踏まえた上で、なりきり郷にて実用化されているひみつ道具を見ていくと。

 異界技術という一種の裏技を用いてはいるものの、基本的には現行の科学を組み合わせた結果としてそれらを再現している、というのが正解。

 そのため、ほんやくコンニャクもその実態は『ナノマシンを仕込んだコンニャクを食べることにより、体内に取り込まれたナノマシンが声帯付近に張り付き、発せられた言葉をリアルタイムで翻訳して発信する』という形のものとなっている。

 

 

「元のほんやくコンニャクだと、話し掛けようとしている相手に通じるように翻訳する、って形でしょ?ドラえもんがドイツ語を話してるのを聞いて驚くのび太、みたいな話もあるし」*9

「……魔法みたいな科学ではあるが、法則性はあるってことか?」

「まぁ一応ね。仮に統一言語を話してるのだとすると、周囲で聞いている人にも意味が通じないとダメってことになるし」

 

 

 というか、仮にほんやくコンニャクで誰もが統一言語話せる、となると傍迷惑なことになるのが目に見えてるし。

 具体的にはコンニャク食べてない人達が一々止まったり跪いたり踊り出したり、とかしかねない。

 同じ統一言語話者じゃないと影響下から逃れられないらしいし。

 

 つまり、実のところ今なりきり郷にある材料・技術でオリジナル通り誰にでも通るほんやくコンニャク、というものを作るのは不可能。

 できあがるのは、一般的な翻訳システムを内蔵したナノマシンくらいのもの……という話になるのだ。

 それが示すことはつまり、

 

 

「ほんやくコンニャクでは猿語とかの動物会話を翻訳することはできない、ってこと」

「……つまり、どう足掻いてもお前の翻訳を間に挟む必要がある、っことか?」

「まぁ、そうなるね。でもそれだとテンポが悪い、ってロー君の主張も一理あるので──」

「あ?」

 

 

 動物の言語を完全に解明した、という話がない以上ほんやくコンニャクは役に立たない、ということだ。

 つまり私が訳すしかない、というわけだが……確かに話が間延びするのは問題だ。

 

 と、言うわけで──、

 

 

『……オイラ、風邪でもないのにマスクをすることになるとは思わなかったよ』

「こうして私の一部から作ったマスクでリアルタイム翻訳して貰おうと思います」

「……それができるんなら最初からやれ、ってのは野暮か?」

「野暮でしょ、今回は一部から作っただけだけど、根本的には私を口元に張り付けろ、って言ってるのと同じなんだし」

『言い方ァ!?』

「まぁうん、想像するとちょっと……となりますよね……」

 

 

 ちょちょいっと作ったマスクをディディー君にあげることで、翻訳して会話する、という過程を大幅に短縮。

 これにより、ほぼノータイムで会話できるように状況を変更することになったのだった。

 

 なお、ロー君が初めからやれよ、みたいなことを言っていたけど。

 実のところ、会話がここまで長引いたこと・およびマスクの作り方などの面からその辺りの説明と納得をディディー君に求める必要があった、などの部分により最初からこの状態で、というのは難しいと伝えることになったりもしたが誤差みたいなものである。

 

 ……と、いうわけでいい加減本題に戻るんだけど。

 

 

「その、君のいう友達ってのは誰のことなんだい?」

『ダビっていうやつのことだよ!お正月だからおいで、って言われたんだ!』

「……ダビ?」

 

 

 その結果、彼の目的地も私たちと同じ、ということが判明したのだった。

 ……偶然にしては出来すぎてるな?

 いやまぁ、多分本当に単なる偶然なんだろうけども。

 

 

*1
『ドンキーコング』シリーズの主人公・ドンキーコングの弟分。チンパンジーだが長い尻尾を持つ(実際のチンパンジーには尻尾がない)。赤色のベストと帽子がトレードマーク。初登場は『スーパードンキーコング』であり、元々はポジション的に『ドンキーコングJr.』の後釜として設計されたとかなんとか(『Jr.』本人は現在のドンキーコングの父親であり、初代ドンキーコングは『Jr.』の父……と、若干わかり辛いポジション)。なおその『Jr.』だが、2023年の映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』ではドンキーコングの二代目として登場、さらにややこしいことになっている

*2
ええー?オイラにもよくわかんないや

*3
えー!?

*4
どちらも皮肉を分かりにくく(上品に)言うタイプの言語。気遣いが足りてると取るべきか、嫌味が過ぎると取るべきかは難しいところ

*5
オイラ、ここの奥に用があるんだ!けど今回のオイラってばジェットとかなんにも持ってないから、どうしようかなーと悩んでたんだけど……

*6
いや違うよ……単に友達に会いに行くだけ。まぁ、その手段がなくて立ち往生してたんだけど

*7
なに?

*8
高度成長期の幻想、とも。当時の科学は人類の発展を永遠に約束するようなものに見えた、ということ。それゆえ、夢物語を叶える為の理屈として広く持ち出された、というわけである。……現実には、科学はなんでもありの夢の手段ではなかったわけだが

*9
『ゆうれい城へ引っこし』というエピソード内での描写。基本的にほんやくコンニャクを食べる場合は相手、ないし自分達側の場合は全員が食べるという形である為、微妙に描写の少なかった『他言語を話す話者が複数いる場合、ほんやくコンニャクの効果はどうなるのか?』という部分を示したものとしてわりと貴重。結果として、第三者となったのび太にはドラえもんが急にドイツ語を話すようになった、という形で認識された



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友達たくさんなのはいいことだ

『へぇー、君達もダビのところに?奇遇だねー』

「こっちとしては、彼の元に向かうために毎回気球を用意してくれてる誰か、ってのが気になるけどね」

 

 

 普通に考えるのなら荼毘君本人なのだが、果たして常に燃えてる彼にそんなことができるのか?……みたいな疑問もなくはないというか。

 いやまぁ、こんなところに浮いてる気球なんだから、多分耐火性・耐熱性は中々のものなのだろうとは思うのだが。

 

 そんなわけで、私たちは現在気球を乗り継いで先へと進んでいる……などということはなく。

 特に制限もないので、普通にみんなを浮かして移動している最中である。

 ……え?他人を浮かせるのはそれなりに難儀、みたいなことどっかで言ってなかったかって?

 その辺りはほら、私も成長したということで……。

 

 まぁともかく、流石にこの人数で気球を乗り継いで……みたいなのは無理がありすぎることは確かであるため、こうして浮遊状態にすることで高速移動している、というわけなのである。

 

 

「そもそもの話、あの気球をそのまま追っ掛けると滅茶苦茶時間が掛かるし……」

「比較的落ちても問題のない場所をルートに取っているから、まともに渡ると安全ではあっても時間的には……ってやつだね」

 

 

 今しがた触れたように気球のルートが冗長すぎる、というのも問題の一つではある。

 

 原作みたいに溶岩の海を突っ切る、という形ではなく可能な限り付近に陸地があるような場所に設置……浮遊?されているため、結果として目的地に向かうのにかなり大回りになっていたのだ。

 安全面を考慮するのは確かに必要なことだが、荼毘君の所在地は熔地庵の最奥。

 ……言い換えるとどこかで必ず危ない橋を渡る必要のある立地、ということになるので正直意味があるかなぁ、という感想になるのである。

 

 あとはまぁ、なりきり郷内ならフィールド効果による死亡も起こらないので、仮に溶岩に落ちてもどこぞの配管工みたく叫び声を上げながら跳び跳ねる、位で済むという事情も……え?あれはあれでやり過ぎると一乙するだろうって?*1

 

 それ以外にも、仮にここの面々が全員気球を乗り継ぐ、となった場合に生じる問題点は幾つかあるが……それに関しては現在のみんなの服装を見て貰えればわかる話なので割愛。

 

 

「……まぁ、着物で跳び跳ねろってのは無理があるだろうな」

「それにライネスやココアちゃんなんかは、乗り継ぐ際のジャンプ力が足りない……とかになりそうだしね」

「もー!流石にそんなミスはしないよー!」

『……ええと、オイラ仕様だから多分普通の人には無理があると思うよ……?』

「え?」

「空中で謎の二段ジャンプができること前提だからね……」*2

 

 

 しかも側転中にいきなりその場で飛び上がる、とかいう意味不機動である。

 ……流石に大化の改新とか飛鳥文化アタックとかの更なる無法*3を必要とするような難易度ではないものの、それでも真っ当な人間には不可能な配置で置かれているのだからたまったものではないだろう。

 っていうか、気球の制動を前提としてるような場所もあるし。

 

 

『あれってオイラ達にはできるけど、他の人にはできないみたいなんだよね』

「一時的な【継ぎ接ぎ】が発生してる、ってことなんでしょう。ゲームでできたことなんだからできてもおかしくはない、みたいな法則が働くというか」

 

 

 最初彼にあった時にも話題になった、気球の制動技術。

 ……基本的には平面移動ではあるが、それでも普通の人間がなんらかの器具もなしに気球を移動させる、というのは無理がある。

 にも関わらず、ディディー君達にはそれができる、というのは──気球とコングファミリー、という組み合わせで一時的な【継ぎ接ぎ】が発生していると考える他あるまい。

 

 裏を返せば、彼のいない状態で気球に乗ったところで、私達は単にそれに乗れるだけ、という扱いにしかならないということ。

 なんなら、基本的に体重の軽いディディー君を前提としているため、私達が乗ったら普通に落下する可能性大、みたいな面もある。

 

 それら、複数の要因を鑑みた結果が今の移動方法である、ということを改めて教えられたココアちゃんは、思わず肩をがくり、と落としていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「え?気球?知らないけど?」

「マジで誰が設置してるんだあれ……」

 

 

 はてさて、浮遊移動は特に問題が起きることもなく、その行程を完遂。

 結果として早々に荼毘君の家に到着することができたわけなのだが……同時にあの気球は彼が用意したものではないという事実も明らかになり、なんとも微妙な空気を醸し出すことになってしまったのだった。

 

 

「……まぁ、別になにか危険があるって訳でもないし、スルーしよう!」

(投げた……)

(見事に投げたな……)

 

 

 気にはなるが、とはいえ現象としては単に気球が浮く、というものでしかない。

 他の場所ならともかく、熔地庵の上空を飛び回るような物好きは早々いないので、特に問題はないだろう。

 

 そんなわけで、当初の目的を思いだし荼毘君に年明けの挨拶をする私達である。

 

 

「はい、明けましておめでとう。……そういえば一つ聞くんだけど、前と呼び方違うよね?なんで?」

「……ええと、燈矢君だとわかり辛いかなー、と……」

「ふーん?まぁ、別に好きに呼んでくれていいけどねー」

 

 

 ……本人が燈矢の方がいい、と言ってたのにあれだが。

 なんというかこう、『燈矢』という呼び方だと微妙に本人が思い浮かばないというかなんというか。

 あとぶっちゃけ『燈』の字が出し辛げふんげふん。

 

 ……まぁともかく、彼の様相からすると荼毘君の方が通りがいいだろう、みたいな部分からの呼び方である。特に他意はない。ないったらない。

 そこに変な意図がない、と理解してくれた本人からも了承が取れたので、今度からも荼毘君と呼んでいこうと思う次第である。

 

 

「……いや、本当にそれでいいのかい?又聞きではあるが、君の方からそう呼んでくれ、と頼んだと聞いたけど」

「んー?……まぁ、確かにそうだね。でも僕もあとから考えたんだ。寧ろ燈矢って呼ばれる方があれなんじゃないかな、って」

「は、はぁ?」

 

 

 ……あーうん、どっちで呼ばれてもあんまり変わらないような気がする、みたいな?

 もしくは、燈矢呼びだと被害者的性質が強くなりすぎてあれ、みたいなところもあるのかも。

 

 今の彼を見て、どちらの呼び名が似合っている気がするか?……と聞かれたら、大半の人は『燈矢』の方を思い浮かべるだろう。

 少なくとも、にこやかに笑う荼毘なんて想像できない、となるはず。

 

 ()()()()()、今の彼に燈矢と呼び掛けると本人の性質が【継ぎ接ぎ】されかねない、ということにもなる。

 あさひさんがわりとあさひさんしているので忘れがちだが、彼らのそれはあくまでその姿を顕現用のそれとして定めただけであり、別に彼らそのものになりたくてやっている、というわけではない。

 それゆえ、変に【継ぎ接ぎ】を誘引するような状況はノーサンキュー、ということになる。

 その辺りが、彼が呼び方の変更を許してくれた理由なのかもしれないな……なんてことを思いつつ、出されたお茶を飲む私であった。

 

 

「……まぁ、本人が納得しているのならいいが。それで、挨拶は終わったのだから次に向かうんだろう?」

「それなんだけど……」

「……なんだその、気まずげな顔は」

 

 

 ともあれ、これにて荼毘君への挨拶は終了。

 さっさと次へと向かうべき、というライネスの話は間違っていないのだけれど。

 ……うん、今私達がいる場所が何処なのか、ってことを思い出して欲しいというか。

 

 

「は?場所?」

「下手に飛んできたからちょっと忘れてるのかもしれないけど……ここって熔地庵なのよ」

「はぁ、それがどうし……あっ」

 

 

 そう、私達が今いる場所は、熔地庵の最奥。

 浮遊して飛んできたとはいえ、そこに向かうまでにはそれなりに時間が掛かる。

 

 ……ということは、だ。

 一帯が溶岩で覆われている熔地庵、その階層の特徴は豊富な溶岩による様々な自然現象。

 その内、人工的に近い形で行われるのが全面の溶岩の入れ換え──午後四時から行われるそれだが、その時以外にも自然現象としての溶岩の噴出、というのは発生しうる可能性が大いにある。

 

 つまりはまぁ、そういうこと。

 ここに来た時点で周囲の溶岩活動が活発化しており、結果この家の外は現在溶岩で水浸し?みたいなことになっているのである。

 

 

「要するに、今外に出ると普通に焼けるってこと」

「なるほど……じゃあ暫くここで足止め、ってことか」

「うん、最長で明日の朝までね」

「……おい、聞き間違いか?今明日の朝までって聞こえたが?」

「聞き間違いじゃないよー、タイミングが悪いってやつだね」

 

 

 現在の時刻は大体お昼頃。……そろそろ一度ご飯でも食べに行きたいところなのだが、本来であればこの時間帯に足止めをくらう、ということはあり得ない。

 基本的には溶岩の入れ換え──噴火のタイミングを午後四時になるように調整を施しているわけだが、それはある意味突然の暴発を防ぐ目的も兼ねているわけで。

 

 よく、地震を人為的に発生させることで大型地震を起こさないようにする……みたいな話があるが、それを実際にやっているのがここの溶岩関連なのだ。

 ……とはいえ、そっちの話の問題と同じように、人為的な発散では実のところ本命を抑えるのには足りていない、という部分も変わっておらず。

 

 ゆえに、今回みたいに突発的な溶岩の噴出により、暫く移動を制限される……なんてことも起こりうる。

 問題なのは、そうして突発的に発生した噴出というのは、基本的に人為的なそれより遥かに規模が大きくなりやすい、ということで……。

 

 

「うん、予測だと明日の朝までずっと噴火してるってさ」

「……あれ?帰れないってこと?」

「このままだとね」

「それって大問題じゃ!?」

「そうだねぇ」

「もー!?なんでキーアちゃんはそんなに落ち着いてるのー!?」

 

 

 ──うむ、どうしようもないね。

 そんな感じで、私はお茶のおかわりを飲んでいたのであったとさ。

 

 

*1
『スーパーマリオ64』などで見られる表現。マグマに落ちるとケツに火が着いて跳び跳ねる。ダメージを受けるだけで即死ではないが、動きが強制的に跳び跳ねるものに変更される為、場合によってはそのままライフが削りきられることも。逆にこの時の移動を活かして遠い場所に到達する、みたいなことをやる人もいる

*2
アクションゲームキャラ特有の身体能力のこと。特にコング達はローリング途中・かつ落下中みたいな状況下でも再度ジャンプできたりする。原理は不明

*3
どちらもTAS・RTAなどで使われる技法。飛鳥文化アタックの発展系なので、その後の時代かつ発展であることを強調した『大化の改新』と呼ばれるようになった……など、両者は関係深いモノでもある



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溶岩の海を泳ぐように(マグマダイバー)

 はてさて、呑気にお茶を飲んでいるようにしか見えない私だけども、別にここから帰ることを諦めたとかそういうわけではない。

 確かに、今現在外に出てしまうと、溶岩に埋め尽くされたこのフロアを見ることになるだろう。

 ──だからといって、ここで足を止める理由にはならない。

 

 

「……まぁ確かに、このまま足止めされると最悪次の日になってしまうわけだから、それは避けたいところだけど……」

「そうは言うが、ここからどうやって戻るつもりだ?」

「それはもちろん、溶岩を泳ぎます」

「は?」

「溶岩を泳ぎます」

「は???」

 

 

 いや、そんな「わからん」と言わんばかりの顔をする必要なくない?

 やることとしてはとても単純なんだし。……あ、いや。泳ぐってのは誇張表現かな?

 

 そう答えを返せば、周囲の面々はなんのこっちゃ、とばかりに顔を見合わせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……(状況が状況なので流石にひき攣った顔)」

「あーうん、予め安全だと説明されていても、そうなるのは理解できるよ。僕はそういうの平気だから、微妙に感覚が違う気もするけど」

『みんなー、気を付けてねー』

 

 

 はてさて、やることが決まったのならこれ以上駄弁っている時間が惜しい……とばかりに、二人の見送りを背中に受けながらみんなを引き連れ外に出た私。

 無論、そのままなんの対策もなしだと大火傷間違いなし、なのだが……ここで、なりきり郷のダメージ軽減効果が火を(?)吹いた。

 

 具体的になにをしたのかって?

 極々単純に、私がそのダメージ軽減効果を増幅したってだけの話ですがなにか?

 まぁ正確にはなー(なりきり郷)ちゃんにバフを盛った、という形になるのだけれど。

 

 

「なるほど、確か【過剰黎明(アストラライズ・エヴォケーション)】……だったか?あれで本人(けしん)経由で非殺傷設定の効果を増幅した、と」

「そういうこと。現在私達がダメージ無視をして歩けるようになっているのは、非殺傷の範囲が拡大された結果ってわけだね」

 

 

 元々、そこら辺の溶岩から受けるダメージが即死じゃないからこその荒業、とでもいうべきだろうか?

 要するに、受けるダメージを極端に減らした上で強行突破しているわけだ。*1

 これなら、元々のスペックが大して高くない面々でも溶岩を歩ける……というわけである。

 

 まぁ、端から見たら今の私たち、平気な顔で溶岩の中を歩いているなんとも不気味な集団……ってことになっちゃうんだけども。

 

 

「うー、最初に大丈夫だって言われたけど、それでもなんだか変な感じだよー……」

「右に同じく、です。……感覚的には、お湯の中を歩いているだけ……というような気分なのですが」

「見た目がどうしても現実に引き戻してくるからねぇ……どう言い繕っても溶岩以外の何物でもないわけだし」

「ダメージを極力減らした結果、深めの風呂の中を歩いているような状態になってる……って感じだからね。それだけならまぁ、単に変な気分ってだけで済むけど……場合によっては溶岩に潜って移動しないといけないから、ますます気分的にあれになる……みたいな?」

 

 

 端的に言うと『溶岩が発生させるあらゆる事象がお湯と同程度になる』、というくらいの軽減率なわけだが。

 それだけだと『溶岩は水じゃない』という部分で色々問題がでてくるため、そっち方面は私が別口で保護していたりする。

 ……具体的にいうと、人肌に触れて低温になった溶岩が固まらないように、みたいな?*2

 

 溶けた岩と書くように、溶岩の主成分は高熱になって溶け出した金属系の物質など、本来硬質の物体。

 ゆえにそれらは空気に触れるなどして温度が下がった場合、最終的には岩石状の物体に変化する。

 

 つまり、溶岩の中を考えもなしに泳ぐと、最終的には固まってどうしようもなくなる……というわけである。

 なんなら、普通のお湯や水と同じ扱いで泳いだ場合、肺とか胃とかで冷えて固まってしまう……みたいな危険性もあるというか?

 いやまぁ、普通なら心配するような話ではないのだが。

 あくまで人間側に温度保護あるからこそ、それに触れた高温の物体は必然的に冷めていく……というだけの話なので。

 

 そこら辺を考慮した結果、溶岩の固化を阻害するバリアみたいなものも一緒に併用することで、溶岩を泳ぐことができるようになっている……というわけなのである。

 ……いや、何度も言うように正確には歩いてるんだけどね、私たち。溶岩で見えないかもだけど、地面に足は付いてるし。

 

 

「……いや、これなら溶岩の上を歩くってんじゃダメだったのか?」

「そっちを選ぶと他にも必要な条件が増えるので……」

「増えるんだ……」

 

 

 なお、見た目のアレさなどを総合してロー君が文句を言ってくるが……現状は移動を自身の足に頼っているからこそどうにかなっている、という面もあるため無理ですと返す私であった。

 言うなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな?具体的には粘性の液体の中で移動するための補助とか。

 

 なので、これにさらに『溶岩の上を歩く』みたいな補助まで付与してしまうと、あまり好ましくない状況に陥る可能性大なのである。

 具体的には、アクションゲーでノーダメチート突っ込んだような扱いになる……みたいな感じ。

 

 

「……それのどこが悪いんだというか、なんでそういう扱いになるんだ?」

「要素の複合の結果チート使ってるように見える、って形になるとそういう類いの【継ぎ接ぎ】が発生するってこと。今ならぎりぎりダメージ判定を避けながら移動しているだけ、って言い訳できるのよ。マリオがマントで溶岩の下飛んでる、みたいな感じで」

「わかるようなわからないような……」

 

 

 まさにマグマダイバー!……みたいな?*3

 

 まぁともかく、不便な点を一つでも残すことで変な影響を弾く……というのは余計な【継ぎ接ぎ】を防ぐ上では重要な対策方法。

 そこら辺を理解した上で行動してください、というのが私からの要望ということになるのでしたとさ。

 

 

「……よくわからないんだけど、貴方以外がやる分にはいいのよね?」

「まぁ、一応は。結局のところ今の補助(バフ)を全部私が受け持ってる、ってのも【継ぎ接ぎ】フラグの補強になってる面はなくもないし」

「そう。じゃあ……はい」

「おおっと?」

 

 

 で、そこまで説明したところで、スカジから声が掛かる。

 その発言に間違いじゃない、と返せば彼女は小さく頷いて、すいと腕を一振り。

 ……するとどうだろう、みんなの足が地面から浮き上がったではないか。

 これはあれだな、スカジ本人というよりはスカディ由来のルーンでみんなを浮かした、とかそういうあれだな?

 

 

「少なくとも、単に歩くよりは早いでしょ?……元の私ならみんな担いで走る、とかもありだったんだけど」

「あーうん、今の貴方って肉体労働はそこまで得意ってわけでもないもんね……」

「代わりにあれこれできるんだから、文句を言ったらバチがあたるけどね」

 

 

 やれやれ、と肩を竦めるスカジに苦笑いを返し、周囲に視線を向け直す。

 他の面々は文字通りに溶岩を泳ぐ形になったため、少々戸惑っていたが……やがて各々好き勝手に泳ぎ始めたのだった。

 あれだ、着物で泳ぐ……みたいな意味不明な状況にちょっとハイテンションになってる人もいる、みたいな?

 

 

「見て見てキーアちゃん!バタフライだよー」

「着物の袖のせいで、見た目がスッゴいことになってる!?」

「というかお前、バタフライとかできたんだな……」

「流石はココアね!お姉ちゃんも頑張るわ!!」

「対抗してはるかさんまでバタフライを!?」

 

 

 世界広しと言えど、バタフライしてる着物着用ココアちゃんとかここでしか見られないでしょう。

 その横に視線をずらせば、その姉まで同じようにバタフライしてるし。

 

 ……そんななんともずれてる感想を抱かせるような光景を見ながら、私たちはこのフロアを抜けるために溶岩を泳いで行ったのであった。

 

 

*1
RPGなどでたまにあるダメージ床の突破方法。固定ダメージではなくキャラクターのステータスを参照してダメージを与えてくるようなものの場合、計算式に関わるステータスを強化することでダメージを抑えられる。似たような対処に『継続回復(リジェネ)を付与した上で無理矢理押し通る』というものがある。突破した先にその時点で入手できれば攻略が楽になる、みたいなアイテムがある場合は積極的に狙っていきたい行為でもある

*2
人肌の温度は精々40度。溶岩が大体1000度であること、および人側にダメージが発生しないということは、常に体温がそこから上がらないようになっているわけでもあり、それを実現しようとする場合『人体にもたらされる外部熱を常に発散させる』必要がある。……結果、この状態の溶岩は何かしらの対策を練らない限り『触れている範囲は冷めやすくなる』。普通に溶岩に人を放ったら起こらない問題(あっという間に人間が燃え尽きる為。温度が低下すると言っても一度にも満たない可能性大)

*3
スーパーファミコン用ソフト『スーパーマリオワールド』から。溶岩の即死判定は実はその全体ではなく水面部分にある、というもの。横から侵入するなどが出来れば溶岩を泳ぐ(飛ぶ?)ことも可能。抜ける時には注意しないと普通に即死する。『マグマダイバー』という単語そのものは『新世紀エヴァンゲリオン』のタイトル(第拾話『マグマダイバー』 )。そこから、溶岩に飛び込む・溶岩の中を進む様などを『マグマダイバー』と呼ぶようになった



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正月疲れは抜けてきましたか

「……まぁ確かに、あれが自然に収まるまで待ってたら、一日程度で済むとは限らないけども」

「でしょー?今回のは自然発生したやつだから、下手すると一日で終わらないなんて可能性もあったんで、どうしてもあのタイミングで抜けないとダメだってなったんだよねー」

 

 

 うむ、服の耐火性などを強化してみたりもしたものの、それでも限度というものはある。

 

 溶岩側の攻撃力を下げ、着物側の防御力を上げる。

 単体ではそこまでの効果でなくとも、二つ合わせれば効果は絶大となるが、とはいえそれらも計算式的には単なる加算。

 乗算になるものではないので、カットできるダメージにも上限があるというわけだ。*1

 結果、着火寸前の服装状態で溶岩を泳ぎきる……みたいなギリギリの状況を過ごさなければならなかった、ということになるのである。

 

 が、それも全体を見ればまだマシな方。

 あの後更に溶岩が勢いを増していた場合、服に関しては諦める必要が出ていた可能性大だった。

 それを思えば、あのタイミングで出てきたのはわりとベストだった……ということになるわけである。

 

 ……みたいな感じのことを、出先でたまたま合流したゆかりんに説明していたのであった。

 

 現在の私達の所在地は、地下三十八階。

 いわゆる地下料理街みたいな感じの、私達が初めてここに来た時にご飯を食べに出掛けたあそこだ。

 

 

「あの時も大概広かったけど……今じゃあ更に色んなキャラが増えた結果、更に規模が拡張されてるんだよね」

「ここは変わらないけどねー」

「まぁ、うちはそれが売りのようなものですので」

 

 

 相変わらず美人な店員(マキ)さんが運んできた料理に舌鼓を打ちつつ、午後からの予定を話す私達。

 そこでふと、ゆかりんじゃない(結月の)方のゆかりさんが何故この店に入り浸っているのか、ということを唐突に理解した私なのであった。

 

 

「……あれ?もしかしてゆかマキ?」*2

「は?なにが?」

「いや、ゆかりさんがなんでこの店贔屓にしてるのかなぁ、ってふと思ったんだけど……見た目は全然違うけど、店員さんの呼び方が『マキ』だからなんじゃないかなー、というか」

「あー、弦巻の?」

「そう、弦巻の」

 

 

 同じボイスロイドの。

 ……いや、普通に弦巻のマキさんいるんだけどね?

 以前の健康診断の時に、他のボイロメンバーと一緒にチーム組んでたんだけどね?

 

 

「それはそれで別腹、なのかなぁって」

「人聞きの悪いことを言わないで下さいよ……」

「とかなんとか言ってたら影、やっぱりお好きなんですね」

「だからからかうのは止めてくださいってば!単にここの料理のお味が好きなだけなんですよゆかりさんは!」

「なるほど?」

 

 

 で、そんな話をしてたらひょっこり顔を見せてしまうゆかりさんである。

 ……よく見りゃ他のボイロ面子もいますね?

 あれから増えたということもなく、五人で行動するのも変わらないらしい。

 

 

「へぇー、ゆかりんってば私のことそんなに好きだったんだー」

「いや違……いや違わな、いや違……?、??」

「それくらいにしてあげてください弦巻さん。ゆかりさんがショートしてます」

「へへへ。いやなんていうか、ゆかりんを弄れる機会ってそう多くないからやれる時にやっとかないと、って思ってねー」

「機会がない、ってだけで弄られてたら叶わへんなー」

「私はその気持ちわかるよ。お姉ちゃんは弄られてる時が一番輝いてるし」

「え?」

「え?」

「……止めましょう、こういうパターンは収拾がつかなくなるやつです」

 

 

 というか、小学生に止められてて恥ずかしくないんですか貴方達……とはきりたんの言。

 ふむ、ここのきりたんはメスガキとかそういう系列ではなく、真面目系のタイプであるようだ。*3

 ……え?嘘付くな?その右手の粥はなんだって??

 

 

「キーアお姉さんには効きませんのであれですが、他の人には普通に効くんですよね、キュケオーン」

「なんか本来操れないはずなのに、普通に召喚してたのなんだったんだろうねあれ」

「なにを言ってるのかはよく分かりませんが、あれ多分シャドウだったからどうにかなった、とかそういうやつだと思いますよ」*4

 

 

 いや、なにを話してるんだろうね私達。

 あれかな、残骸(レムナント)の話で盛り上がってるみたいな感じかな???

 ともかく、あれこれと暴走するボイロ達を落ち着かせるきりたんの手腕は中々のモノ、と言わざるをえまい。

 

 

「おや、意外と好評価。これはもしかして、お年玉など貰えるフラグなのではないでしょうか?」

「別にあげてもいいけど、その場合貴方からも貰うけど?」

「え?……あー」

 

 

 で、ネタに乗っかる嗅覚も中々のモノ、と。

 でもあれだね、身内への観察眼は中々のものだけど、それ以外に向ける視線は若干抜けてる感があるというか。

 

 どういうことかと言えば、ここに集っている面々の大半が幼女……もといロリっ子に分類される存在である、ということ。

 

 私は勿論ゆかりん(八雲の方)もそうだし、ライネスだってそう。

 ココアちゃんは見た目高校生……と言い張るのは難しい上にそもそも中身が恐らく小学生。

 見た目成人女性なスカジも、中身にスカディが混ざっていることで若干精神年齢とか幼くなってるし……みたいな感じで、明確にお年玉が貰えそうな相手というと、ロー君かはるかさんくらいに絞られてしまうのである。

 

 そういう意味で、私にお年玉を集るのはミス……という話になるのであった。

 無論、かしこいきりたんは今の短いやり取りで全部その辺りの話を理解したようで、あーあと肩を竦めていたわけなのだが。

 

 

「慣れないことはするもんじゃないですね。そもそもキルケー成分が漏れ出てる関係上、どっちかと言えば他人にあげたい方の人間ですし」

「それはそれできりたんが他人に貢いでる、って感じで騒ぎになりそうだけど」

「……完全に悪い男に貢ぐ少女の図、ですね」

「言い方ぁ」

 

 

 意外と尽くすタイプのキルケーなので、それが滲み出てるここのきりたんも区分的には尽くすタイプ、と。

 まぁ、あくまで滲んでるだけなので、本質的にはきりたんだし【継ぎ接ぎ】でもないし……みたいなことになるみたいだが。

 

 とまぁ、一先ずきりたんについての話はここまでにして、と。

 

 

「ご飯食べたら次はどこ行こうかねぇ」

「おや、なにかご用事でも?」

「正月の挨拶回り中なんですよね。明けましておめでとうございます」

「はい?……ええと、明けましておめでとうございます……?」

 

 

 今言うんだ……みたいな感じに困惑するゆかりさんを眺めつつ、頼んであった唐揚げ定食に箸を付ける私である。

 

 ……うん、やっぱりここで定食を頼むと付いてくる鶏ガラスープは上手い。

 単品で頼めるものじゃないことと、そもそも副菜未満なものであることもあって中々手軽に楽しみ辛いが……そこら辺を踏まえてもなお食べたくなる味、というか。

 まぁ、わりと本格的な中華系のスープがなんで定食屋で?……という疑問も生じなくはないが、そもそもここそういう店なんで……みたいな?

 

 

「お褒めのお言葉、ありがとうございます」

「いえいえ。そういえば、他の【顕象】の方が挨拶に来たりとかは?」

「幾らかお見えになってますね。アルトリアさんはいつものようにお見えになりましたし、ハクさんもビワさんを連れ立ってお見えに」

「うーん、見事にうちの身内しかいない……」

 

 

 いやまぁ、基本的に【顕象】は保護観察対象であり、その大半がうちの庇護下に投げられるんだから、それも当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 ともかく、店員(マキ)さんから【顕象】達の正月事情を窺い、ふむと手を顎に置く私。

 ……そういえば、ビワの本体に挨拶しに行ったことがないな?

 

 

「え?あの子の本体って……基本、あの子だけ残して世界に溶けた、って話じゃなかった?」

「そのあと何度か顕現し直してるって話もあったでしょ?」

「あー、そういえば……」

 

 

 思い出すのは、今まで色々あった出来事。

 そして、それによってビワ以外に生み出された新たなたぬき、ションボリルドルフの姿。

 彼女もまた、【顕象】の一人ではあるがうちの所属ではない、というタイプの人物。

 

 そこまで思考して、次にすべきことを定めた私。

 

 

「よし、在野の【顕象】達の把握もかねて、ビッグビワやルドルフに挨拶しに行こう」

「簡単に言うけど、向こうの所在とか知ってるの?少なくとも私は知らないけど」

「それに関しては単純明快、普通に聞けばいいのさ」

「誰に?」

「そりゃ勿論、」

 

 

 部下であるビワに対して、でしょ?

 そう返したところ、何故かそのやり方が頭から抜け落ちていたらしいゆかりんは、ぽんっと手を叩いて「なるほどその手が」とか呟いていたのだった。

 ……いやゆかりん、正月疲れとかでも貯まってる?

 それ以外無いと思うんだけど……とは、言わないでおく優しいキーアさんである。

 

 

*1
ゲームにおける計算式などで、効果としては同じに見えるのに最終的な火力が大分変わる……といった際に採用されていることを疑うべきシステム。分かりやすく言うと『攻撃力30%UP』と『ダメージ30%UP』は見た目上同じであり、それらをそれぞれ加算した場合(例えば両者四回)最終的なダメージは『2.2倍(1+0.3×4)』になる。ところが計算式的に加算でないこの両者を組み合わせて使う場合(それぞれ二回)、最終的なダメージは『2.56倍((1+0.3×2)×(1+0.3×2))』となる

*2
結月ゆかりと弦巻マキのカップリングのこと。見た目的にも類似点がない二人だからこそ寧ろはまる、みたいなタイプの組み合わせ

*3
東北きりたんのキャラ付け。大抵の場合生真面目なキャラとなるか、他人を煽るタイプになるか、はたまたなんか変な方向に暴走するか……というパターンになることが多い

*4
FGOコラボイベント『盈月剣風帖』内の描写。黒幕はキュケオーンのキャスター……もといキルケーを洗脳できなかったのだが、このコラボイベント内では召喚して見せた為原作を知っているプレイヤーは思わず『!?』となったとかなんとか。恐らくは召喚してきたのがシャドウサーヴァントだったので、そっちならなんとかなるということなのだと思われる



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豊かな自然が自慢のスポットです

 はてさて、目的地が決まったのだから善は急げ、とばかりに昼食をかっ込む私。

 他の面々を急かすことはしないが、代わりに私の方は準備万端……みたいな状態に持っていっておく。

 

 

「なんだかやけに張り切ってるけど……ビワちゃんの居所にあてでもあるの?」

「寧ろそれがないから張り切ってるんだよ。今日は普通に別行動で、相手が何処行ってるのかとか把握してないから」

「なるほど……」

 

 

 そんな私を見て、怪訝そうに問い掛けてくるゆかりんだが……どちらかと言えばビワ本人が自由人なため、所在が全くわからないので張り切る必要がある……みたいな感じの方が正解である、と返す私である。

 

 いやね?他の──例えば普通に人型である面々とかは、何処かに出掛けているにしてもその所在を探るのはそう難しいことではない。

 気配を辿る……みたいなややこしいことをせずとも、その容姿を元に目撃情報を探せば普通に見つかるからだ。

 アルトリアみたいな特例を除けば、原則同じ姿の存在は居ないのだから。……いやまぁ、カップ焼きそば現象みたいなことはたまーに起きるけども。*1

 

 ともあれそれを前提とすると、ビワの見付けにくさは彼らの数倍上……ということになってしまう。

 

 まず、他の面々と比べると遥かに()()()というのが最初のポイント。

 ……うちの面々の中で最小であるイッスン君とは比べるべくもないものの、それでも彼女の次に大きい人となると、かようちゃんやれんげちゃんになる……ということを思えば、その小ささがどれほどのものか?……というのはなんとなく想像が付くはずだ。

 小学生より小さい、となればそれは最早赤ちゃんとかその辺り、ということになるわけだし。

 ……姿形の小ささが見付けにくさに直結する、というのは今さら語るべくもないだろう。

 

 とはいえ、それだけならば探すのがそこまで難しくなるようには思えない、というのも確かな話。

 何故かと言えば、彼女の見た目が特徴的だから。

 要するに、他の誰かと見間違えるはずもないのだから、目撃情報が少なかろうとその少ない情報で十分のはず……という話である。

 

 

「それを阻害するのが、最近またもや増え始めたたぬき達……ということなのです」

(´v`)「呼んだかだし?」

「呼んでな……いけど都合はいいからとりあえずそこにいて」

(´^`)「はーいだし……」

 

 

 そう、本来それで十分なはずのところを、()()()()()()要素がある……というのがこの話の本題。

 

 それはずばり、ひょっこり現れたこのションボリルドルフのように、最近再び増え始めたたぬき達のせい……ということになるのであった。

 ……いや増えるって言っても君のあれ(ギュイーン)じゃねぇから、やめてね?なんか最近、密輸の方では見てないような気もするけども。

 

 ともかく。

 キャラクターをよく知ってる人ならまだしも、たまたま見かけただけの同じくらいのサイズのたぬき達を、全部正確に判別しろ……というのはそれなりに無茶な話。

 結果、今の状況でビワの目撃情報を募ったところで、ルドルフやオグリ・おいたん*2とかの目撃情報が飛んでくる可能性の方が大きい……ということになるのだ。

 

 

「結果、探し辛さが上がってると。……スペちゃん居たよ、とか言いながらバーヴァンシーの写真見せられた時の私の気持ちがわかるか?」*3

「そういえば……スズカちゃんと同じ声なのに、たぬきバージョンのメリュジーヌを見掛けたことはないわね……」*4

「おいこら話を逸らすな、いやまぁ確かに見たことないなー、とは私も思ったけど」

 

 

 多分作画コストとウマ娘外の作品だから、って理由の合わせ技だとは思うが。あとは作る人の熱意?

 

 ……まぁともかく。

 似たような体型のキャラがわらわら湧いてる状況で、特定のキャラクターのみをピックアップしろ、と言われても難しいのは当たり前の話。

 いやまぁ、オタク的にそれくらい余裕では?……みたいな気分もなくはないかも知れない*5が、例えオタクであれ興味がない・もしくは自身の教養の範囲外のキャラを、突然見せられた挙げ句特定のキャラだけピックアップしろ……と言われて十全にこなせる人がどれだけいるのか、みたいな話にもなるわけで。

 

 ……要するに、現状目撃情報なんか募っても、デマだの見間違いだの悪戯だのが混じるせいで、まともにあてになる情報が埋もれる可能性大、なのである。

 ならばまぁ、私が気配でも探った方が何倍もマシ……みたいな?

 

 

「まぁ、ビワ達って大本が一緒だから、単に気配探るだけだと普通に勘違いするんだけどね」

「じゃあダメじゃないの……」

普通なら(単に)、って言ったでしょ?要するにもうちょっと詳しく調べればいいのよ」

「んん?」

 

 

 そんな私の言葉に、どういうこっちゃとゆかりんは首を捻っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「にしても……こっちに付いてきてよかったの?ゆかりさん達と遊んでたんじゃ?」

「基本的にいつも一緒にいますので。あとはまぁ、こっちに付いていった方が面白そうなのと、だからといって全員で付いていくのはあれかなー、みたいな話し合い(じゃんけん)がありまして」

「うーむ、面白さ優先のスタイル……」

 

 

 いやまぁ、どうせなら面白おかしく……みたいな感覚はわからんでもないけど。

 ……というわけで、あの後きりたんを一行に加えることとなった私たちは、私の先導でビワを探して一路自然溢れる階層にまで足を運んでいた……というわけなのであります。

 具体的にはあさひさんの本体がいるところ、みたいな?

 

 

「そう考えてみると……なんというか、昔ここは禁足地だった、なんて言われても冗談かなにかと勘違いされてもおかしくないわよねぇ」

「ああ……確か、ミラルーツの居住区って関係上、迂闊に足を踏み入れるんじゃねぇ……みたいな扱いになってたんだったな」

「いやまぁ、今も私がいるって部分では変わらないんっすけどね?」

「親しみやすさが増した、ってことでしょ?」

 

 

 いつの間にやら混じってた混じってたあさひさんと会話しつつ、私たちは草原を進む。

 

 ……美しい湖畔を望む大草原、といった風情のこの場所は、その穏やかな空気とは結び付かない存在・ミラルーツの居住区である。

 そのため、以前は他者が足を踏み入れることを禁じられた場所であった。

 当時は対話の糸口すらなく、罷り間違って相手の怒りでも買った日にはどうなることかわかったものではない……みたいな懸念が解消できなかったため、である。

 

 それが今ではこうして、本人(?)同行の元歩き回れるようになったというのだから、なんというか当時からしてみれば驚愕の事態だろうなぁ、みたいな?

 

 

「……そういえば、あさひの姿なのってあくまでその日の気分、みたいな話だったと思うんですけど、その辺りどうなんです?」

「実際そうっすよ?キーアさん達の前だと基本この姿、ってだけで」

「ふむ?」

 

 

 そうして過去を懐かしむうちに、そういえば初対面の時って確かハロウィン関係だったなーとか、あさひの姿なのはあくまでその日の気分みたいなもの、みたいな話をしてたよなーと思い出す私。

 ……その日の気分、と言いつつ基本あさひさん以外の姿を見た覚えがないことに気付いた私は、その部分について尋ねてみることに。

 

 そうして返ってきたのは、実際にその日の気分で姿を変えているということと、およびそれだと毎回挨拶から始めないといけないから、私たちの前ではあさひの姿で統一している……という意味合いの言葉なのであった。

 

 ……言われてみれば確かに、毎日姿が変わるとなれば、どうしたって同一人物であると判別することに遅れが生じる。

 例えば多くの龍種のように、魂の色を見て判別しているというのなら別だろうが、そんな視点を持ってる奴がどれだけいると……あ、いや。よく考えたら【俯視】覚えた人達はできるな……。

 

 ま、まぁともかく。

 普通の面々に対しての説明やらなにやらの手間を思えば、確かに『毎日姿が変わる』なんていうのは混乱の元。

 つまりはあさひさんなりのこちらへの配慮、ということになるので疑問に思うのはある意味失礼ということになり、その辺を踏まえて一つ謝罪を入れることになった私なのであった。

 

 

「まぁ、別に気にしてないっすから別に構わないっすよ」

「そう言って貰えると助かります……で、単純な好奇心から尋ねるんですけど、他の姿ってどんなのがあるんで?」

「え?えーと、例えば()()()()()()()()とか……」

「おぃィ???」*6

 

 

 実は謝る必要性なかったんじゃねぇかなこれ?(真顔)

 思わず声が低くなる私に、あさひさんは「いや、これに関してはあんまり見せる姿じゃないんっすよ?」と返してくるのだった。

 ……見せる見せないの話じゃないんだよなぁ……。

 

 

*1
『カップ焼きそば現象』とは、元々はオマージュキャラが元のキャラとは全く別のキャラとして確立すること、という意味合いの言葉(わかりやすいのは『アルセーヌ・ルパン』と『ルパン三世』)。一部では単に見た目が似ているキャラに対しても使われる(実際ここでキーアが言っているのはこちらの意味合いの方)

*2
たぬき動画内での『シリウスシンボリ』のこと。トウカイテイオーのおじさんとして行動していることが多いからこその呼ばれ方。実際のウマ娘の方だともうちょっと気難しい感じになるのでおいたん感はない。なお『おいたん』という言葉は舌足らずの子供の言う『おじさん』から転じたモノであり、また『おじさん』として有名な『フルハウス』のジェシー・コクランと同じ吹き替え声優の声をたぬきのシリウスに当てた作品から広まったもの、考えることもできなくはないかもしれない。卵と鶏の話かもしれない()

*3
中の人(せいゆう)が同じであることの一例。他、FGOならばメリュジーヌ(サイレンススズカ)、謎の蘭丸X(トウカイテイオー)などが該当する。……デュランダル?そもそもあの子幻覚でしょうに()

*4
ビワと似ている、ということで作成されたとおぼしきケルヌンノス以外だと、キャストリア・モルガン・カボチャ仕様の女マスターなどがたぬきとしてよく見掛ける部類

*5
元素は覚えられないけどアイドルグループ48人は覚えられる……みたいな類いの話。単に興味が記憶を助けている、というだけの話なのだが、それで納得できないのがお偉いさん方というわけである

*6
『fate/prototype』シリーズのヒロイン(?)、沙条愛歌のこと。人の姿をした全能であり、見た目だけなら可愛らしい少女でもある



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たぬきって他の国だと珍しいんだってね

 はてさて、あさひさんがわりと危ないことをしていると知り、そこら辺の指導が入ったりしたが気を取り直して。

 

 ……いやまぁ、あの姿をあんまり使わない……ってのは本当だと思うんだけどね?

 彼女達は【継ぎ接ぎ】が発生しないように留意して人の姿を構成しているとのことだったから、そういう危ないキャラは長時間使ったりしないのだろうし。

 

 とはいえ、それでも怖いものは怖いので止めてほしい、というのも本当の話。

 なので、しっかりと言い含めておく必要があった、ということなのである。

 

 

「……そういえば、こうして怒られるのってなんか新鮮な気がするっすね?」

「本当に懲りてるのかこの人」

「いや……多分……きっと……恐らく……?」

「滅茶苦茶自身無さげ!」

「元々のあさひさんの空気感が、余計に反省してる感を阻害してるというやつですね……」

 

 

 ……まぁ、それなりに長時間説教を受けたはずのあさひさんの様子は、ご覧の有り様だったわけなのですが。……効いてるのかなこれ?

 

 とはいえ、本人としても気にしてるはずのことをあまり長時間詰め続けるのもあれなので、この話題はこのくらいにして。

 改めて気を取り直し、本来の目的であるビワ探しに戻る私たちであった。

 

 

「そういえば、確か真面目に探せば云々……みたいなこと言ってたわね貴方?」

「うむ。昔の私ならともかく、今の私なら特定個人のみをピックアップするのはそう難しくないからね」

「なるほど?」

 

 

 普通の手段で探すのが難しい理由は、前回語った通り。

 その上で、単なる詳細検索でも難しいという話になるのは、ビワ達の持つ性質に問題があった。

 

 それが何かと言えば、このなりきり郷に存在するたぬき達は基本()()()()()()()()()()()という点。

 要するに、気配とかで探ろうとすると余計に見分けが付かなくなるのである。

 

 

「扱いとしては、多重影分身してるナルト君の()()()()()()()()()()()()()()()……みたいなことになるのかな?」

「なるほど……そもそも違いがないから見分けようがねぇ、ってことか」

「まぁ、あくまで気配とか魂とか、そういう根幹的な部分を見て探そうとするからそうなる……ってだけの話なんだけどね」*1

 

 

 見た目で探すのであれば、寧ろビワの姿は完全に個性を得たものとして扱われるわけだし。

 

 ……一応、たぬき系列の中でもルドルフだけはわりと特殊なのか、彼女に関してだけは個別で見分けることも可能なのだけど……。*2

 それ以外は全てビッグビワの同位体、みたいな扱いになっているため、寧ろ目による確認以外だと途端に難度が跳ね上がるのである。

 ……で、視認による確認は興味のない人達の()()だと信憑性の面で問題が出てくる、と。

 

 ならばどうすればいいのか?単純な話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 

「……それが難しい、って話だったんじゃねぇのか?」

「昔の私ならね。今なら色々できるから、【俯視】と『涅槃寂静』を組み合わせる、みたいなこともできるんだよ」

「……ええと、確か【俯視】が特殊な視界で」

「『涅槃寂静』が黒バスの『鷹の目(イーグルアイ)』みたいなやつでしたっけ。つまり、広範囲を直接俯瞰視点で見る、みたいなことをしていると?」

「なんなら『虎視眈々』も混ぜてるから、ターゲット切り替えみたいな要領で対象の頭上からの俯瞰視点を確認することもできるよ」

「……いまいち想像し辛いんだけど?」

「九画面モニターみたいな感じ、くらいの理解でいいよ?それぞれの画像をタッチすると大きく表示できる、いわゆる監視カメラみたいな視界というか」

「それ酔わないっすか?」

 

 

 いやぁ、千里眼とか使うより負担少ないし……。

 まぁともかく、先ほど出会ったルドルフから縁を辿って近くのたぬきを探し、さらにそれを元に同じ魂を持つ存在を【俯視】で検索。

 見つけたらそれぞれに『虎視眈々』でマーキングし、それを頼りに『涅槃寂静』で上から監視する……という、大分力業の解決方法ではあるが、これが有効なのは説明した通り。

 

 問題があるとすれば、こんなに技能を重ねると普通に過労で倒れるレベルだということだろうか?

 まぁ、あくまでも以前の私なら、の話であって今の私ならちょっと頭が痛いくらいで済むわけだが。

 

 

「キーアちゃん頭痛いの?」

「使いすぎて、って意味でね。別に耐えられないような頭痛がする、とかそういう話ではないから問題はないよ」

「いえ、以前なら過労で倒れる……という辺りに心配しない要素が見当たらないのですが?」

「そこら辺はほら、新生キーアさん様々ってことで」

「えー……」

 

 

 なお、頭痛云々の話を挟んだせいでココアちゃんを筆頭に微妙な顔をされたが……いやまぁ、本人が問題ないと言ってるのでそれでいい、ってことにならんかね?

 ……ならない?でも他に手段もないので堪忍しておくれやす。

 いやまぁ、単なる挨拶回りでなにしてるの、とツッコまれると痛いのだけど。

 

 

「というか、それができるなら本体のビッグビワを直接探せばいいんじゃないのか?」

「ビワを連れたうえで特定の場所でちょっとした儀式をしないと出会えないんで……」

「微妙に面倒臭いなそれは……」

 

 

 最近たぬきが増えているものの、ビッグビワ自体は基本世界に溶けて姿を隠しているため、その意思に謁見するにはキチンとした手順を踏む必要性がある……みたいな感じというか。

 その手順というのが、ビワを連れた上で特定の場所に向かう……というものだと言うのだからなんとも。

 

 ともかく、ビワを見つけないことにはビッグビワには出会えないわけなので、ビワを探すことをなによりも優先するのは間違いではないのだ。多分。

 

 

「……ビッグビワに会いに行くのは確か他の【顕象】を探すためだったと思うけど、さっきの能力の組み合わせで探すとかはできないのかい?」

「ビワに関しては魂の繋がりから【俯視】で辿れるけど、他の【顕象】は【顕象】であること以外に繋がりがないから私だと辿るのは無理かなー」

「なるほど無理……いやその言い種だと君以外はできるのか?」

「『星女神』様と『月の君』様なら多分」

「……そこを持ち出されると黙るしかないな」

 

 

 実質人間には無理、って言ってるのと変わらないからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「そんなわけで、ビワを発見しましたー」

「早っ」

(´^`)「巫女様あっさり見付かったし……」

(´・ヮ・)「見付かってしまいましたなー」

 

 

 はてさて、さっきの話から数分後。

 私の腕の中でじたばたしてるビワを見て、周囲の面々はビックリしたような顔をしている。

 いつもの流れだとこのパターンは大抵見付からないまま長引く、みたいな感じだから早々に見付かってビックリしてる……とか、そういう話だろうか?

 いやまぁ、気持ちはわからんでもないけど、さっきから何度も言ってるじゃないですか。

 

 

「私は新生キーア、以前までの私とは違うとな……」<キリッ

「なるほど……髪が銀色になったことでチートオリーシュみたいになったと」*3

「ねぇ私君達になにか酷いことしたかな?流石にその呼ばれ方はあれだと思うんだけど???」

 

 

 いやうん、銀髪美形チート転生とか地雷の第一人者だけども。

 細かく要素を見ていくと、実は九割どころか十割私に当てはまってて思わず苦笑しちゃうけど。

 でもほら、それって遠回しどころか純粋に愚弄というか暴言というか、いずれにせよ相手を傷付ける言い回しだから止めた方がいいと思うの……()

 

 そんな風に思わず涙目になる私だが、頭を一つ振って気を取り直し。

 

 

「とりあえず、ビワを確保できた以上はさくっとビッグビワを呼び出すとしようか」

「特定の場所じゃないとダメなんじゃ?」

「自然の多い場所、って指定だからそこの森でも大丈夫だよ」

「特定の場所の範囲が広すぎじゃない?」

 

 

 近くの森に赴き、ビワを設置。

 彼女に頼み込むことでなりきり郷に溶けたビッグビワの因子が励起され、結果私たちの目の前に聳え立つような大きさのビッグビワが出現したのだった。

 

 

「……なんか、色おかしくない?」

(´^`)「しまっただし……正月だからおめでたい感じになってるし……」

(´・ヮ・)「見事な紅白カラーですなー」

 

 

 ……何故か日の丸みたいなカラーリングになって。

 いや、なんだこの独創的な見た目……おめでたくはあるけど……。

 

 

*1
目で見ると『これはビワハヤヒデのたぬきです』と認識できるが、魂や気配などで探ろうとすると『これはたぬきです』となってしまう、というような話。違いを形作っている部分が全て後付けである為、下手に根幹を見てしまうと違いが消えてなくなる……という形式。裏側のカードを並べられたうえで、特定のカードを引き当てろと言われているようなもの

*2
人型になれるように【継ぎ接ぎ】されている為、その【継ぎ接ぎ】を見分ける目印にすればよい。さっきのカード云々で言うなら、一枚だけ絵柄付きのスリーブに入っているようなもの

*3
地雷系オリ主にありがちなこと。最強系・アンチに断罪・銀髪美形とくれば「あー」となる人多数のはず。あまりにイメージが共有されてるせいか逆張りする作品も多い。なお銀髪じゃないなら地雷度は下がる……と見せ掛けて、過剰な美形設定は基本的に地雷要素なので他の髪色でもあんまり変わらなかったり



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おめでたいのなら幾つでも詰めばいい

「…………。…………」

(´^`)「これは明けましておめでとうございます、と言ってるんだし……」

「あっはい、これはこれはご丁寧に……」

 

 

 無言で頭を下げるビッグビワと、その言葉を代弁するたぬき達。

 それに合わせ、こちらも深々と頭を下げ返したわけなのだが……なんなんだろうね、この状況。

 いやまぁ、互いにやってることは新年の挨拶、ってことで間違いないんだけどさ?

 でもこう、この規模でやられるとなんか変な気分になるというか。

 

 ……ともかく、一通りの挨拶を済ませ、当初の目的である他の【顕象】達の所在についても確認する私である。

 

 

「……。…………」

(´´^`)「それもいいけど、ちょっと話に付き合ってほしいと言ってるし……」

「話?ビッグビワが……私に?」

「…………」

(・ヮ・)「その通りですなー」

 

 

 まぁ、本人……本馬?からは「まぁまぁそんなに急がずに」みたいな反応が返ってきたわけなのだが。

 あれだろうか、久々に人の前に姿を表したから人との会話が恋しい、みたいな流れ?

 

 

「それもあるかも知れないが、単に私達を待っていたという面も少なくはないだろうな」

「おっとオグリ?それにタマモとマッキーも」

「ウマ娘組大集合、っちゅーやつやな」

「私はたまたまこっちに来ていた、というだけですけどね」

 

 

 そんなことを言っていたら、私たちが来た方向とは反対側から歩いてくる一団の影。

 それはオグリを筆頭とした、現在所在の判明しているウマ娘関連のキャラクター達三人の姿であった。

 ……え?タマモは純粋なウマ娘キャラとは言い辛いだろうって?そこを追求しすぎると怒られるのでほどほどにしとけ、というやつである。

 

 

「まぁ、今となっては所属コミュニティが増えて良かった、って思っとるでー」

「まぁ、関西弁コミュニティって感じで纏められかねないもんね、タマモって」

「内緒やで、ぶっちゃけイヤやと思っとるねんそういう雑な纏め方……って、なにやらすんやボケー!」*1

 

 

 うーん、綺麗なノリツッコミ。

 やはりタマモには関西人の血が流れている……?

 とまぁ、そんな依田話は置いておくとして。

 

 そのあとも、じゃらじゃらとやってくる他の面々達。

 

 

「あれ?キーアなのだ。キーアもお呼ばれしたのだ?」

「おっとアライさんとハクさん、それからパオちゃんも。出掛けるって話は聞いてたけど、ビワに呼ばれてたの?」

「いいや、たまたまというやつじゃの。まぁ、御同輩の気配を感じたというのも理由の一つではあるが」

「あー、そういえばそっか、ハクさんとビワは同期というか、ともかくわりと関係の深い成り立ちだもんね」

「吾は面白そうだから付いてきただけー。ところで最近そっちで吾と書いて『()』って呼ぶ人が増えてたけど、これって吾のキャラクターが被りになって大ピンチだったり?」*2

「安心しろ、なに一つとして被っておりゃあせんわ」

「そうかなー。吾ってば結構賢者なんだけど」

「君が賢者なら世の中の人全員大賢者じゃい」

 

 

 まず現れたのは、うちの居候でもある獣娘三人組。

 どうにもビッグビワ再顕現の気配を察知したハクさんが、様子を見るために近くに寄ったという形らしい。

 

 立ち寄った結果特に問題も無さそうだったため、そのまま帰るつもりだったのだが……私たちがいることを確認して、どうせなら宴会に混ざるかと判断したとかなんとか。

 ……いや待って、これから始まるのって宴会なんです?

 

 

「美味しいものが食べられると聞いて」<ニュッ

「突然あらぬ方向に向かうからなんだと思っていたが……これはまた、大きいな……」

「おおっと、赤城さんとハーミーズさん?」

「またビワとは無関係そうなところが来たな……」

(´v`)「初めましてだし……私はルドルフだし……」

「え、ああこれはご丁寧に……?」<ナンダコレ……

(´´^`)「そんなに見られると照れるだし……」

 

 

 次に顔を見せたのは、美味しい料理の気配を察知してやってきた赤城さんと、その付き添いとして付いてきたハーミーズさんの二人。

 

 その服装は冬らしく暖かそうなものだが、遠出をするのには向いてなさそうな感じの靴でもあったので、近場から歩いてきたのかもしれない。

 ……もしかして、近場にいたからこそ美味しそうな匂いを察知した、ということなのだろうか?

 

 なお、ハーミーズはたぬきを見るのが初めてなのか、ルドルフの周囲をぐるぐる周りながら、頻りに不思議そうな顔をしていたのだった。

 ……見つめられてるルドルフは照れてた。

 

 それからあとも、見知った人・見知らぬ人に限らず、たくさんの住人達がやって来て……結果、ビワの周りには都合百人ほどの人々が集まる形となっていた。

 

 

「……こんなにここに人が集まるのって、かなり珍しいんじゃない?」

「珍しいというか、基本的には初めてのことだと思うっすよ?私の本体がいるせいってわけじゃないっすけど、ここに人が来ること自体が珍しいっすし」

「あー、侵入制限とかは既に解除されてたけど、以前までの流れでわざわざここに来ようなんてことを思う人がいなかった……みたいな?」

「そういうことっすねー」

 

 

 集まってくるのはいいのだが、あさひさん……もといその本体であるミラルーツ的にこれはいいのだろうか?

 ……などと心配しつつ彼女の方に視線を向けるが、あさひさん自身の反応はわりとあっさりしたものなのであった。

 

 なんでも、彼女の本体はそもそもこの階層の位相違いの場所にあるため、来訪者が誤って遭遇する可能性もないのだとか。

 なので、幾ら人が押し寄せようとも基本的には気にする必要がない、みたいな?

 触れなきゃいいのか、みたいな気持ちもなくはないが……そう思えるようになったのが私たちとの交流の結果、という可能性もあるため深くは突っ込まない私である。

 

 ともかく、突然始まった宴会に参加しつつ、周囲を見渡す私。

 集まったのは百人程度だが、その周囲にはビワの分身としてのたぬき達の姿もある。

 時々元ネタが同じキャラ同士が顔を合わせ、一言二言会話を交わしたのちに意気投合してコップを掲げていたり。

 

 ……気のせいじゃなければ、みんなお酒とか飲んでない?顔真っ赤なのが幾人か見える気がするんだけど?

 

 

(´^`)「気のせいじゃないみたいだし……料理と一緒にお酒も振る舞われてるんだし……」

「……それってトラウマなのでは?ビワっていうかケルヌンノス的な意味で」

(´・ヮ・)「だから本人は手を出してないのですなー」

「確かに……本人の前にも並べられてはいるが、一切手を付けてないな」

 

 

 そんな私の疑問は、あくまでビッグビワ自身は見てるだけ……という形で済ましているという、その様子を認識することで氷解することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、唐突に始まった宴会はきっちり一時間で終息した。

 

 酒も入っているのにそんなにきっぱり終われるのか?

 ……という疑問もなくはないだろうが、その辺りはビワ側が一枚上手だったというか。

 

 

「まさか提供してるお酒に細工がしてあるとは……」

「酒に細工をする、という部分にトラウマがあってもおかしくなさそうなものだけど、その辺りは我慢したってことなのかな?」

 

 

 ライネスと二人、ふぅむと細工の妙に感心の声をあげる。

 ……要するに、酒精*3後付け(継ぎ接ぎ)のものだったのだ、ここにある酒達は。

 道理で飲んでも酔っぱらわねぇなあと思ったのだ。

 ……え?そもそもお前は飲んでも酔わねぇだろうって?酔いそうな気配がなかった、ってことだよ。

 

 ともあれ、あとからアルコールを飛ばせる仕様となっていたこのお酒は、短期間の酩酊感を味わうにはもってこいの代物。

 なんなら悪酔いする前に、酔いどころかアルコール自体を体から取り除くこともできるとあって、これからの宴会向けにどうか?……とかなんとか言われてるそうな。

 

 

「……まぁ、たぬきビールって呼び方は安直すぎる気もするけども」

「今のところアルコールの全てを入れ換える……みたいなことは想定していないので、あえてわかりやすい名前にしているそうですね」

「色々考えてるんだなぁ……」

 

 

 思わずその巨体を見上げれば、ビッグビワは照れたように後頭部を掻いている。

 ……酒のせいで酷い目に合うことを減らしたい、みたいなことも考えているらしいとルドルフ達から聞いたが、なるほど酒で失敗した(?)存在ゆえの視点、ということなのかもしれない。

 

 閑話休題。

 集まっていた客達の大半は宴の終わりと共にこの場を去っており、残っているのはおおよそ十数人程度。

 たぬき達は逆にほとんどが残っているため、端から見ると彼らに囲まれているように見えなくもない。

 ……いやまぁ、別に向こうになにか意図があるわけではないのだろうが。

 

 ともあれ、残った十数人には見覚えのある顔もあり、見覚えのない顔もあり。

 つまりこれは、こちらの目的を覚えていたビッグビワが気を利かしてくれた、ということなのだろう。

 なにせ、そこにいる面々の幾人かは、私たちが探していた【顕象】──それも()()()()()()()()()()()も含まれていたのだから。

 

 ちらり、と彼らから視線を逸らし、ビワの方に視線を向ければ。

 深い体毛に覆われ分かりにくいものの、ビワがこちらに笑顔を向けていることがわかり、私は思わず苦笑してしまったのだった。

 ……いや、さっきの宴会は必要だったんです?

 

 

*1
『呪術廻戦』のキャラクター『禪院直哉』の台詞『内緒やで ぶっちゃけダサいと思っとんねん 術師が得物持ち歩くの』から。『スナックバス江』の森田と合わせこの三人の台詞は誰が言ったものか、ということを問うクイズがあったりする(なおタマモの方はゲームの方ではなく『シンデレラグレイ』の方が想定されている)

*2
『fate』シリーズのキャラクターの一人、プトレマイオスの一人称が『(われ)』と書いて『あ』と読むことからのネタ。中々衝撃的な一人称である。本人自体は、老年期と若年期の二つの姿が楽しめるとても豪華なサーヴァント

*3
アルコールの漢語表現。現代では普通にアルコールと呼ぶ為、あまり使われる表現ではない



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新年で辰年だけど関係ないとばかりにわらわらと

「ん、私達を探してるって聞いた。だから自己紹介」

「あ、これはご丁寧に……」

 

 

 そんなわけで一人目、ついに現れたブルアカからの刺客・砂狼シロコである。*1

 ……なんかどうも、純粋な本人と言うよりはネットミームに染まった結果としての彼女っぽいけど。

 

 

「……どうしてそう思ったの?」

「いやこう、なんか肉食系の空気感が……」

「ん、正解。仕方ないから銀行を襲う」*2

「仕方ないから!?」

 

 

 あーうん、これは本人かは微妙ですわ(真顔)

 ……先生役がいないから先生()襲わない、とかだろうか?

 逆に言うと先生に相当する相手がいたら襲いかねない(性的に)ってわけなのだが。……どうしてこんなキャラになってるんだこの人……。*3

 

 

「ん。他のキャラは知らないけど私は知ってる、って人は多い。あと真似しやすい」

「あー……実態はともかく、無口系のキャラっぽいもんね……」

 

 

 ギャグ汚染を払拭するのは難しい、みたいな話だろうか?

 ……ともかく、そんなシロコさんは私たちに一言挨拶すると、パオちゃんやハクさんの方へと歩いていったのだった。

 

 で、そうこうしてるうちに次の人が早速近付いてきたのだけど……。

 

 

「私が挨拶に来たじゃない。盛大に歓迎するじゃない」

「うわ、さっきよりもミーム汚染が酷い」

「……仕方ないじゃない。本当はそんなに『じゃないじゃない』言うキャラじゃないけれど、そこを抜かすとそもそもポッと出キャラに近いからキャラ付けが薄いじゃない」

「自分で言うんだそれ……」

 

 

 そう、この喋り方からわかるように(?)、次に私たちに近付いてきたのは七崩賢・断頭台のアウラ。*4

 こちらも同じように、ネットミームの影響が大な状態での顕現である。……いやなんで?

 

 いやまぁ確かに、彼女の言うことも一理ある。

 彼女の出番は短く、アニメにおいては三話ほど、それもしっかり登場している部分に限ればさらに少なくなる、という始末。

 一応、『葬送のフリーレン』は過去の回想も多い作品であり、そのうち再登場する可能性はなくもないが……少なくとも、グッズ化においてあんなに推されるようなキャラとは言い辛いのである。*5

 

 であるならば、何故彼女がここまで有名なのかという点だが……それこそミーム化による恩恵、と見た方がわかりやすい。

 彼女のやられ方があまりに特徴的であったため、そこから見出だされる属性が誇張されやすい土壌が整っていた、というべきか。

 

 

「だから、逆に中身(中の人/核)がない状態で出力されると、必然的に今の私みたいにミームが核になっちゃうじゃない」

「その姿に纏めきれない、みたいなやつだよね。……【顕象】だからこその悩み、みたいな?」

「まぁ、そんな感じじゃない。個人的にはどうにかしたいから、これから頑張っていくじゃない」

「それはなんというか……頑張って?」

「なに他人事みたいな顔してるじゃない。アンタもそのうち巻き込まれるじゃない」

「はい?」

「私の種族。忘れたとは言わせないじゃない」

「……あー、なるほど。今はこんな感じだけど、本来放っておいていいタイプのキャラじゃないと……」

「そうじゃない。今はミーム分が勝ってるからいいけど、そうじゃなかったら即殺処分が妥当じゃない」

「さっきから言ってるけどもう一度言うよ、それ自分で言うの!?

「そこら辺はミーム様々じゃない」

 

 

 いや、胸を張るようなことかなぁそれ。

 

 ……『葬送のフリーレン』における魔族というのは、原則わかりあうことのできない存在だとして定義されている。

 生存のために必要なのかは定かではないが、人を騙し殺し食らう生態を持つ、として原則敵対者以外の何物でもない扱いを受けているというか。

 

 一説によれば、魔族達には罪悪感がなく、そこから発生する忌避感もない。

 忌避感そのものは存在するが、あくまでも自身の生存に影響をもたらすものに対しての忌避感であり、人における道徳観のようなものは発生し得ない……と。

 動物みたいなもの、というよりは昆虫的な思考、というべきか。

 いや、虫も時折愛に近いものを抱いているとされる時があるし、そういったものとは無縁であるとされる魔族達はもっと意味のわからないものというか?

 

 ともかく、本来の魔族が人類にとっての明確な敵対者である以上、こうして現れたアウラも向こうの価値観に沿うのであればさっさと倒してしまうべき、というのはわからないでもない。

 

 その辺りを躊躇わせる、ないし止めさせる理由と言うのが、今ここにいるアウラがミームに汚染されきった姿だ、という部分。

 本来持ち得ない倫理や愛について、なんとなくでも理解できるようになっているため、その違いによって彼女は【鏡像】ではなく【顕象】に分類されているわけだ。

 

 無論、彼女がこれから自身の変革を望む場合、その先に()()()()が用意されていることは言うまでもなく。

 そしてその道に進んでしまった際に、彼女が【鏡像】として再認定されてしまう可能性もまた、しっかりと用意されていることは疑うまでもない。

 

 それを避けようと思うのであれば、彼女との交流は必然避けるべきではない、ということになり……。

 

 

「……私が言うのもなんだけど、貴方って生きてるだけで問題を引き寄せる体質なのね」

「事実だとしても明確に言葉にされると辛いなぁ……」

「まぁ、精々頑張るじゃない」

 

 

 あれだ、これこの人も居候に加えた方がいいな?

 ……と、遅蒔きながらに気付いたのだった。ええい、肩ポンするんじゃないスカジ!

 

 まぁ、連れていくにしてもこの挨拶周りが終わってから、ということで一先ず離れていくアウラを見送り、次の面会者に顔を合わせる……前に、飛び込んできたトラブルに対処する羽目になる私である。

 

 

「助けてほしいんだが???」

「素敵だね」

「恐れていたことが現実に!?」

 

 

 それは、オグリとルドルフの邂逅。

 ……オグリの方はともかくとして、ルドルフはたぬき成分の強い個体。

 つまり、計画段階の謎PV──スケートするオグリとルドルフ、という意☆味☆不☆明のノリを思いっきり引き継いでいるわけで。

 

 結果、気持ちの悪い状態でオグリに付き纏うルドルフ、というある種の地獄絵図が展開されていたのだった。

 これにはタマモも思わず唖然……とはなってないようで。

 

 

「よー考えてみ?うちのオグリってどういうキャラや?」

「どういうキャラ、とは?」

「持っとるスキルをよー思い出してみぃ、ってことや」

「持ってるスキル……『勝利の鼓動(スーパーサイヤ人)』と『王の友(サー・ランスロット)』のこと?……って、あ」

「そういうことや。……そもそもそこらの女子みんなメロメロにしとるような奴が、今さらカイチョーさん引いたかて言うほど問題になってへんやろ、というか」

「あー……」

 

 

 その理由と言うのが、オグリの持つスキル。

 私が知るのはスーパーサイヤ人化(勝利の鼓動)アルトリアの友(王の友)の二つだが、そのうちの後者──フランスの騎士の名前を冠すそっちのスキルが、大層問題というか。

 

 このスキル、発動中はナチュラルにフランス騎士っぽい動きになるのである。

 言うなれば()()()()()()()()()()()みたいなムーヴをし始める、というか。*6

 

 これのなにが問題かと言うと、本気で走ると基本的に『王の友』がアクティブになる、という点。

 必然的に、誰かが屋上から落ちそうになっているのを助けたりすれば、颯爽と駆け付ける形になるし。 

 全力で運動した際は、汗がきらきら輝くような姿を周囲に見せ付ける形になる。

 

 ……女子校の王子様状態を容易に発生させる、といえ場合、その問題点も見えてくるだろうか?

 結果、今のオグリは女性ファンが滅茶苦茶多いのだ。

 そのため、今さらルドルフがちょっかいを掛けてきたところで問題なんてあるはずがない、というか。

 じゃあなんで助けてくれ、なんて言ってきたのだろう?

 

 

「そんなものは決まっている。私は誰かのものになる気はないからな。結果、こうしてルドルフが近付いてしまうと、他のお嬢様方に嫉妬されてしまうだろう?」<キラッ

「えっ……」<トゥンク

「今ときめく要素あったかな?」<ヒソヒソ

「恋は盲目言うからなー。なにやってもときめくようなお年頃なんやろ」

(´´^`)「止めるし……私が惚れっぽいみたいなことを言うのは止めるし……」

 

 

 ……返ってきた答えはこれである。そのうち刺されるんじゃねーかなこの人(真顔)

 いや、困ってるのは困ってるんだろうけど、原作(たぬき)のオグリが見たら「マジか」って顔しそうというか。

 

 これ、真面目に取り合う必要ないんじゃないかなー。

 そんな感じで白けてしまった私が、一先ず彼女を放置して挨拶に戻ったのはある意味仕方のないことだと思う。

 勝手にやってろ、ぺっ。……みたいな?

 

 

*1
『ブルーアーカイブ』アビドス高等学校二年、対策委員会に所属のセミロングの銀髪・左右の瞳孔の色が違うことなどが特徴の少女。メインヒロイン級の扱いを受けるミステリアスかつクールな少女だが、クールであることが行き過ぎてとんでもないことをし出す一面も

*2
とんでもないことの一例。自身の高校を建て直すために真面目に考えて出した案が銀行強盗であった。根がアウトロー過ぎる……

*3
先生に対して普通に好意的である為。元々エロゲの企画だった、なんて話もあるように『ブルアカ』のキャラはその大半が先生に対して好意的だが、その中でも重めの好意を抱いている側に分類されるのが彼女である

*4
『葬送のフリーレン』のキャラクターの一人。敵対種族である魔族の中でも特に強大とされる『七崩賢』の一人であり、(あくまで連載の流れとして)一番最初にフリーレン達と出会った幹部級の人物でもある。……のだが、彼女にとっての弱点・特攻に当たるフリーレンとかち合ってしまった結果、ろくに見せ場もないうちに負けてしまった。本来ならこんなにあっさり倒せるような相手ではないが、読者からすればそんなことは(後にならないと)わからない為、必要以上に弱く見られている感がある

*5
フリーレンとコンビ扱いになっていることも多数。ドラゴンボールで言うなら『桃白白(タオパイパイ)』辺りが推されているようなものなので、余計に不可思議に見えるはず

*6
端から見ると下心ありありに見えるが、本人的には本当に単なる親切の延長でしかない、ということ。すさまじく罪作りな男、それがランスロットなのである



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私と貴方は友だちじゃないけど

「ようやく終わった……」

「なんやかや結構挨拶してくるやつが多かったじゃない」

「人気ね貴方、って言えばいいかしら?」

「こんな人気はいらないんだよなぁ……」

 

 

 ようやく終わったビワのところでの挨拶会。

 結局都合二時間ほど掛かったわけなのだが……こちらの疲労感と引き換えに、成果としてはほどほどな感じなのではないだろうか?

 まぁ、【顕象】なのになんか『逆憑依』に近い気がしないでもないようなのが多かったように思うのは、地味に気になる点ではあるのだが。

 

 

「と、いうと?」

「普通の【顕象】って原作そのものって感じのパターンが普通だけど、アウラみたいにそれだと問題があるから参照元がネットミームになってる……みたいな?」

「ああ、八雲のみたいになってるということか」

「端的に言うと、ね。……案外、中身を確保し損ねた個体だったりするのかもだけど」

「その辺りは私にはなんとも言えないじゃない。こうなる前のことをしっかり覚えてるわけがないのだし」

「そこら辺は明確に『逆憑依』じゃない、ってことだろうね」

 

 

 いやまぁ、『逆憑依』にも以前の自分を覚えてない、みたいなパターンがないわけじゃないけど。

 というかあやふやであることがほとんどというか?……稀にはっきり覚えてるような人もいるけど。

 

 

「キーアお姉さん達、なに話してるん?」

「そうそう、かようちゃんとかその筆頭だよね」

「……?かようがどうかしたん?」

「昔のことって忘れやすいよね、ってこと」

「???」

 

 

 たまたま近くにいたれんげちゃんを見て、その数少ない例であるかようちゃんを思いだし、うんうんと頷くことになった私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても……ビワから直々に『これが全部ではない』と告げられるとはねぇ」

「安心して警戒を怠らないように、ってことなんだろうけど……それにしたってなんか唐突だったような気がしないでもないというか」

 

 

 あさひさんやビワ達に別れを告げ、挨拶回りに戻った私達。

 アウラをメンバーに加える際、一応お約束として「アウラ、私に同行しろ」とか言ってみたけど……ノリのいい彼女は自分の首を切る時みたいなノリで「この私が……こんな……」とかやってくれたのが記憶に新しい。

 

 

「わりと私が仲間になるルートの二次創作多いじゃない。やっぱり私は人気キャラじゃない」

「でも種族が魔族だから描写が難しいんだよね」

「……倫理と道徳・愛がないって難しすぎるじゃない」

 

 

 服従させる魔法(アゼリューゼ)、なんてもののせいでそっち(えっちな)方面でも人気なのは良いのか悪いのか。

 まぁ、人間の多様性的にどんなものでも、アダルトな方面での活躍が見込まれてしまうのは仕方のないこと……というやつなのかもしれん。

 

 そんなことをぼやきながら、カランコロンと音を立てつつ進む私たち。

 次なる目的地にあてがあるわけではないため、半ば行き当たりばったりの道程だが……個人的な感というか、こういう時はそういう動き方の方が上手く行く、というか。

 

 

「……こいつはなにを言ってるの?」

「あら、語尾が『じゃない』じゃないわね。早速ここにいる効果が出てきた感じ?」

「茶化さないで欲しいのだけど?……不自然にならない程度に口調が変わってるだけじゃない」

「あー、『じゃない』って付く喋り方が優先される、みたいな?」

「……そういうことじゃない」

 

 

 いやなに話してるのこの子達?

 ……まぁ、言いたいことはわかる。日本語は表現の幅が広いので、似たようなことを言う場合にでも言い方の差が付けられる……みたいなことだろう。

 特にアウラの『じゃない』の場合、それは語尾であるため大抵の文章に繋げられる……けど、それでも文脈的におかしくなることもあるだろう。

 その辺を踏まえると、話す内容的に『じゃない』という語尾に繋げられないような話の場合、彼女の口調もある程度自由になるのかもしれない。

 ……まぁ、だからどうしたと言われると困るのだが。

 

 ともかく、二人の会話をBGMに進むこと数分。

 勘に任せて歩いていた私は、ようやく目的?である相手を見付けることに成功したのであった。

 

 

「それで、なにを見付けたのよ?」

「ほら、あれ」

「んん?……のび太じゃない」

「うわぁっ!!?」

「……大声で叫ばれたじゃない」

「まぁ、頭に角生えてるしそこはね?」

「それを言うなら貴方なんて魔王じゃない」

「ひぃーっ!?食べないでー!!?」

「……滅茶苦茶ビビってるじゃない」

 

 

 私が見つけたのは、道の両サイドにある林の中で、ぷるぷる震えながら頭を隠す子供が一人。

 ……上下の服装や空気感から察するに、これは『ドラえもん』ののび太で間違いあるまい。

 反応からすると、普通にここに現れたばかりの『逆憑依』とかだろうか?

 

 なんとなく、あのまま歩いていれば誰かに会える気がする、ということで移動を続けていたが……うむ、これは要確保対象だな、うん。

 

 

「……挨拶回りの予定じゃなかったのか?」

「サブターゲットってやつよ。それに、なんとなくだけど放置は不味い類いの相手、みたいな気配がしてたから……」

「まぁ確かに……彼を放置するのは色んな意味でおすすめしないね」

 

 

 周囲を私たちに囲まれ、この世の終わりみたいな顔でガタガタ震えてるのび太君である。

 ……なんでこんなに震えてるんだろうと思ったが、よく考えたら今の同行メンバー、ココアちゃんとはるかさん以外はわりと怖いタイプの人しかいねーわ。

 中身的にはぜんっぜん怖くないんだけども。

 

 で、怖い人筆頭のロー君がへたり込んでいるのび太君に視線を合わせるためにしゃがみ込む。

 思わずビクッ、と震えるのび太君だが……そんな彼の様子を無視するようにロー君は彼の頭をガシッと掴み、逃げれないように固定。

 そのまま、簡単な触診に移行したのであった。

 

 

「ひぃーっ!?」

「やかましい、黙れないなら俺が黙らせてやるぞ?」(動かれると正確な診断ができないので止めてください、の意味)

「…………?!」

「おやおや。そうして口を塞ぐのはおすすめしないよ?なにが起きるかわかったものじゃないからね」(口内の確認ができないから隠すのは止めた方がいい、の意味)

(こ、こここ、殺されるぅ!?助けてドラえもーん!!?)

「これはひどい」(これはひどい、という意味)

 

 

 なんだこれ。

 ……のび太君って普通に機転が利くタイプだから、下手に逃げ道とか残しとくと普通に逃げられかねないってことでみんなで囲んでるんだけど。

 その結果、弱いものいじめ感が跳ね上がってるんじゃが。

 今にも失神しそうな彼の様子は大変庇護欲を刺激するが、仮にここで手を緩めると普通に逃げ出しそうなので特になにもしない私である。

 

 ……あとはまぁ、地味にのび太君そのものに私があんまりいい印象を持ってない、というのも助けない理由かもしれないが。

 

 

「そうなの?」

「まぁ、周囲に持ち上げられやすすぎるというか。……一人くらいトゲトゲしとかないと全部押し付けられそうというか?」

「あー……映画とか?」

 

 

 不思議そうにこちらに訪ねてくるスカジに、その理由を答える私。

 

 ……普段はちょっと抜けてる小学生……くらいの扱いの彼だが、その実最初から元の未来では会社を興すくらいには変に行動力のある人物でもある。

 また、ダメな彼が持つ数少ない特技……みたいなモノである彼の銃撃の腕前やすぐ寝られるという特徴が、二次創作なんかでは戦士に必要なものとして定義されている……みたいなのも、人によっては見たことがあるのではないだろうか?

 

 それらを総合すると、彼は【継ぎ接ぎ】の影響をとかく受けやすい存在、ということになる。

 いつの間にか物語の主役に祭り上げられている確率が大、というべきか。*1

 

 彼自身は一応単なる小学生であり、本来世界の命運みたいなものを任せられるような存在ではない。

 それでもそれを任せられるような事態に陥るのは、偏にドラえもんのせい……と言えなくもない。

 見方によっては、『なんでも叶える』ドラえもんのもたらす反作用、と取ることもできなくはないわけだ。

 

 それだけならドラえもんの方を気にすればいい、という話になるのだが……ここで彼が映画で起きるトラブルを複数回乗り越えている、というのが問題になってくる。

 つまり、彼自身にその気がなくても周囲の読者達の祈りによって、彼は祭り上げられやすい性質を持っている……と。

 

 そして、本来『逆憑依』とは【兆し】に端を発する祈りによって現れしもの。

 ……彼自身の性質と【兆し】の性質が合わさると、他の面々より遥かに再現度の判定が緩い、みたいなことになりかねない。

 

 その辺り、ある種ここでは先輩となるしんちゃんとかは弁えているというか、気にするポイントを理解できているけど……恐らく今このタイミングでここにやってきたばかりののび太君の場合、自分がそんな危険人物だってことには欠片たりとも気付いていない可能性が大なわけで。

 

 そこら辺自覚して貰うためにも、私くらいは反抗的な目線でも送っておこうかなと思っている次第なのであった。

 

 

「まぁ私怨がないとは言わないけどね!クロス談義でのび太君持ってくる奴らはみんなタヒね!」*2

「最後の最後に凄まじい当て付けが飛んできたわね……」

 

 

 というか基本ダメな少年、みたいな文脈だったのに銃得意とかどうなん?……みたいなツッコミもなくはないけど!!

 いや、今の時代に役に立たんとか言うけど、普通にクレー射撃とかでオリンピック選手目指せばええやろがい!

 結局真に持たざるものとは言えんやんけテメー!ドラえもんまで貰ってんじゃねぇよ!!

 

 ……とかなんとか、あれこれ思い付く自分がいないとは言わない。

 言わないけど態度には出す。ええい、この恵まれ男め!

 

 

「……あの人、なんであんなに睨んでくるんですか……?」

「気にすんな、多分またわけのわからん論理飛躍してるだけだ」

「はぁ……?」

「早速ロー君といつの間にか仲良くなってやがる……!」

 

 

 幾らなんでも早いわ!!

 ……そんな感じの私のパルパル攻撃は、なにごとかと察知してやってきたゆかりんに後頭部を殴られるまで続いたのでしたとさ。

 

 

*1
のび太を別の作品にクロスさせる、という話は意外と多い。時に相手側の主人公を踏み台にすることも多い、というかドラえもんが一緒だと八割そうなる。ドラえもんがチートなので仕方ないのだが、元のドラえもんがそこまで高性能ロボットでもないことを思うと、余計に相手側を愚弄しているようにも思えてくる(そんなつもりはないかもだが)

*2
ドラえもんありきの部分が多いので、他所の世界に彼を持ち出しても上手く行くかは五分……みたいな話。そもそも映画がスケール大きな話にし過ぎ、という部分もあるが。タイムパトロールは節穴か何か?もしくはのび太達で十分で自分達が出てくる必要はないと思っているとか?……なのはの管理局と同じく、設定的にこういう組織は変なことになりやすいという一例でもある



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危険人物なのは間違ってないです

「なにも本気で殴る必要ないでしょうに……」

「完全にヒートアップしてたじゃない貴方……物理的に止めないと飛びかかってたでしょ」

「…………」

「目を逸らすんじゃないわよおバカ!!」

「いてぇ!?」

 

 

 はてさて、のび太君を前にしてパルパル*1してた結果、こうしてゆかりんに思いっきりぶん殴られることになったわけなのですが皆様いかがお過ごしでしょうか?私は元気です()

 ……まぁうん、のび太君を見てると色々ツッコミたくなるのが我が性分、こうなることは想定して然るべきではあったのですが、実際にこうして出会うまでどうなるかの想定など無意味なので仕方がない云々かんぬん。

 

 

「……その、なんで僕のこと、そんなに嫌いなんです……?」

「謙虚すぎるやつが嫌いってのも大きいと思います」

「謙虚……?」

「ええい、止めなさいって言ってるでしょうに!」

「今の向こうから聞かれたんだから仕方なくない!?」

 

 

 ええい、ぼこすか殴りおってからに、バカになったらどうするんだバカになったら。

 ……え?頭を殴ると脳細胞が死ぬってのは本当のことだけど、お前の場合脳どころか全身纏めて死んでるからある意味関係ないだろうって?それはそう。

 

 ……とまぁ、私お得意の体を張ったネタにドン引くのび太君を見つつ、これからどうするのかについて思考する私。

 うむ、確かに意外と持ってる方の癖してなにも持ってない、みたいな動きをするのび太君に嫉妬する気持ちがあるというのは嘘じゃないが、同時にその前に語っていた懸念についても嘘ではない。

 

 彼が今までの作品達からくるイメージ──ある種の無辜を背負いやすいというのは本当の話。

 ある意味では私よりもトラブルに巻き込まれやすい体質である、というのは確かなことなのだ。

 それだけだと問題点がわかり辛いが、()()()()()()()()()()()()ということに着目すればその理屈も理解しやすいだろう。

 

 

「ええと……?」

「原則的に、のび太君が()()()()()()()()で物事を解決する、というパターンはとても少ない。そもそもドラえもんという作品の作りが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というものだから仕方ないんだけど……今の君は、トラブルの起因になっているのに解決策を用意できない状態なんだよ」

 

 

 まぁ、こっちでひみつ道具を作ってる第一人者である琥珀さんとかを巻き込めば、一応その辺りは解決できるかもしれないが……それは同時に、琥珀さんにドラえもんとしての属性を強く意識させるものである、ということにもなりうる。

 無論、ひみつ道具と名の付くもの・ないしそう呼ぶしかないような道具を作っている時点でわりとあれな気もするが、それよりもなによりも『のび太君と関わる』方が影響力が高いことは言うまでもない。

 ……つまり、琥珀さんがたぬき動画みたいに青く染まる日もそう遠くないかもしれない、という話になるわけだ。

 

 

「……あー、あんまり喜ばしい話ではないわね」

「ええと、よくわからないんですけどー……ここにドラえもんっていないんですか?」

「いるわよ?一応ね」

「じゃあそういう心配をする必要はないんじゃ……」

「一定の確率で局部を露出するタイプだけどね」

「一定の確率で局部を露出する!?」*2

 

 

 こちらの言いたいことを理解したゆかりんがうーんと唸り、そんな彼女の様子を見てのび太君が不安げに声をあげる。

 ……その言葉の内容を聞いて、ゆかりんは答えを返すが──返ってきた内容に、のび太君は原作でよく見る驚き顔で答えていたのだった。

 

 うむ、今までスルーしてきたわけだが……このなりきり郷には、一応ドラえもんが在籍している。

 ……いるのだが、その実態は完全にネタ方面の存在であった。いわゆる『レベル1』想定の存在、と言うべきか。

 

 基本的にあまり話に関わってこない彼らだが、別に存在が無視されているというわけではない。

 寧ろ、彼らがそれらのキャラクターの枠を埋めていることによって、余計な問題を未然に防いでいる可能性すらあるのだから、今となっては普通に感謝されている部類というか……。

 

 

「ええと、どういうことですか?」

「例えば、なんらかの作品のボスキャラが居るとして。普通、そういうのがそのままこっちに来ると滅茶苦茶迷惑になる、ってのはわかる?」

「え?えーと……ギガゾンビとかがこっちに来る、みたいなことですか?」

「そうだけど……真っ先にそれをあげる辺りそれだけ印象深いってことかな?」

「まぁ、普通にヤバイですし……」

 

 

 こちらの話を聞いて、のび太君が例にあげたのはギガゾンビ。

 ドラえもんの映画のうちの一つ『のび太の日本誕生』に登場する敵役である彼は、ドラえもんシリーズの中でも特に語り継がれる部類の悪役である。

 

 それが何故かといえば、彼がドラえもんの来た未来よりもさらに先の未来から現れた存在だから、というところが大きい。

 わかりやすく言うと、なんでもできる存在として描かれるドラえもんより遥かになんでもありな存在、ということだ。

 未来の科学、という言葉である種の魔法とも呼べるものを成立させているのがドラえもんだと述べたことがあるが、その理屈で言うならどう足掻いても勝てる筋のない存在、とでもいうべきか。

 ……リメイクの方では科学ではなく原始的な力で勝つ、みたいなことになっている辺り大分トンチが効いている感がなくもない。

 

 一応、このギガゾンビもゲーム作品に派生させれば和解の道筋があり、なんとかできなくもない類いではあるのだが……逆に言うとゲーム要素を持ってこないと、普通に世界征服を企む危険人物として処断するしかない、ということでもある。

 そうなってくると、端から登場させないか、はたまた登場しても問題ないように処理する……というのが対策として有効である、ということになるだろう。

 その対処として有効なものの一つが、再現度が足りない上に変な方向にねじれてしまって本来の姿を完全に再現できないようにしたもの……なんて解釈もできてしまう『レベル1』達、ということになるのであった。

 

 まぁ、正直これを対処というのは憚られるわけだが。

 そういうなりきりをしていた人を、ある種バカにしているようにも聞こえるわけだし。

 

 

「本人が楽しいのが一番……って話でもあるから、そういう人が出てくること自体を否定するようなことはないけどね」

「はぁ、なるほど……?」

「そういう対策の一つとして数えられるのが、例のドラえもんってわけ」

「あ、そういえばドラえもんの話だった」

「えー……?」

 

 

 で、話は例のドラえもんのことに戻ってくる。

 件のドラえもんは、原則まともに会話が成り立たないタイプの存在である。

 機械類がそもそも再現度との噛み合わせが悪い、というのは何度も言っていることだが、それでもそれが必要なものであれば──再現(なりきり)するキャラクターがロボットやアンドロイドであるならば、そこら辺の制限はある程度緩くなるもの。

 

 とはいえ、緩くなろうが再現度が足りないと問題が出てくる、というのは変わらない。

 件のドラえもんはそこに『ネットでの変なキャラ付け』に引っ張られることで、成立し得ない部分をある程度無視することに成功している例の一つである。

 そして、成功してはいるもののそれはあくまで『逆憑依』として成立するか否か、という部分についてだけの話であり、『ドラえもん』というキャラクターとしてはまた別の話。

 結果、効果のないひみつ道具をポケットから出しながら、時々一定の確率で卑猥な単語を呟く、という存在として成立しているのである。

 

 ……あ、一応補足しておくと、元ネタが元ネタだからかあくまで言葉として卑猥な単語を呟くだけであり、なにか見てはいけないようなものをどこからか取り出すというわけではない。謎の効果音(ボロン)は付いてくるけども。

 

 

「これだけだと単にドラえもんって作品に喧嘩売ってるだけに見えるけど、例えば『ネズミを前にしたドラえもん』みたいなものをスルーできる、って利点もあるんだよね」

「あー……」

 

 

 おっと、この例えは流石にわかりやすかったらしい。

 ドラえもんと言えばネコ型ロボットなのにネズミが苦手、というのが特徴の一つだが、この特徴には付随する彼の行動というものがある。

 

 それが、苦手なネズミに対しての反応。

 真っ当なドラえもんである場合、ネズミを前にしたらまず間違いなく『地球破壊爆弾』ないしその派生を取り出すことが想定されるのだ。

 基本的には追い詰められた時の反応であって、毎度毎度『地球破壊爆弾』を取り出すわけではないが……逆に言うと、キャラの個性として昇華されているその動きは()()()()()()()()()()()()行動でもある。

 ……わかりやすく言うと、例え本来なら再現度的に不可能であっても、この状況を引き起こすとドラえもんは『地球破壊爆弾』を()()()()()()()()のだ。

 

 そういう危険な状況を、件のドラえもんは回避してしまえる。

 変なタイミングで変なことを言い出すことに目を瞑れば、危険性は普通のドラえもんより遥かに低いと判断してよいということになるわけだ。

 ……まぁ、代わりに普通のドラえもんが見たい層には嬉しくない、ということになるわけだが。

 

 

「とはいえ、ドラえもんってわりとポンコツなところもあるから。……再現度足らずで余計にポンコツになるのとどっちがマシなのか、みたいな話に発展しかねないというかね?いやまぁ、そういうキャラに世界の命運が掛かってくるようなもんを与えるな、って話なんだけど」

「その辺りはそういう作品だから仕方ない、ってわけね」

「ええと、うちのドラえもんがとんだ迷惑を……」

「同じことが君にも言えるんだけどね」

「えっ」

 

 

 いや、最初からそういう意図の話だったじゃんこれ。

 思わずなんで、とでも言いたそうなのび太君に対し、君も大概要注意人物だよと返す私なのでありましたとさ。

 

 

*1
嫉妬していることを示す擬音のようなもの。元ネタは『東方project』のキャラクター、水橋パルスィの名前から。嫉妬心を操る程度の能力を持つこと、及び自身も嫉妬していることをよく明言することからその様子を『パルパルしている』と例えられるようになったとかなんとか

*2
とあるSNSに存在するドラえもんの二次創作(?)基本的にはひみつ道具の名前を呟いているだけだが……?確率で呟く仕様なので、一時期ガチャ宗教の御神像として扱われたことがある



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寧ろ子供向けの方が危ない

「うそだぁー!?」

「うそじゃないですー。さっきも少し触れたけど、しんちゃんだってその辺りの講習はちゃんと受けてるんだからね」

「ええー!?」*1

 

 

 うーん、さっきから原作相当のびっくり顔のオンパレードだな、のび太君。

 

 まぁ、気分としてはいきなり危険人物として指名手配を受けた、みたいな感じだろうから仕方ないといえば仕方ないのだが。

 とはいえ、子供向け作品はみんなこんな感じで危険度を孕むので、どうしようもないと諦めるより他ない。

 

 

「どうしてー!?大人向けの方がよっぽど危険なんじゃ!?」

「生憎だけど、これに関しては子供向けだからこその問題なので……」

「子供向けだからこその問題ぃ!?」

「うむ。()()()()()()()()()()って言う、ね」

「あ」*2

 

 

 ……うん、流石にここまで言えば気付くというもの。

 彼みたいなのが危ない理由、その一番の原因は結局子供向け作品は毎年映画を流す、という文化が根付いているからというところが大きい。

 

 現状なりきり郷でその辺りの話に該当するのは、毎年なにかしら爆発させたり大量殺人が起きたりするコナン君のところ。

 それから、毎年日本を揺るがしたり埼玉を揺るがしたり世界を揺るがしたりする騒動の起きるしんちゃんのところ、などが上げられる。

 

 それ以外にも、毎年なにかしらの映画作品を送り出しているものというのは、基本的に子供向け作品であることが多い。*3

 ……ライダーとかは厳密には同作品ではないのだが、映画になると以前までの作品も集合することが多くなっているため該当する。

 

 まぁ、この辺りは真面目な話、日本で作れるシーズン系作品が子供向け以外ほとんどないから、みたいな部分も大きいとは思うのだが。

 あれだ、普段のテレビ放送もやりつつ映画を撮るようなスケジュールがまず確保できないし場所もない、みたいな?*4

 

 ……ともかく、子供向け作品が毎年映画が増えるというのは本当の話。

 そしてそれが真実である限り、普段のテレビ放送とは別種の『売り』を演出する必要に駆られるわけで、結果毎年とんでもない騒動に発展し続ける……と。

 

 その意味で言うのであれば、ドラえもんと名探偵コナンは騒動の深刻さではトップクラスを争う作品だろう。

 しんちゃんも大概なのだが、規模が結構変動するためこの二作より対処の必要性は落ちる。

 

 コナン君の方は、見たまんま人死にや建物への甚大な被害が。

 ドラえもんの方は、そもそもが魔法使いのようなものであるため、相応に起きる騒動が甚大化しやすいというところに問題がある。

 そしてのび太君には悪いのだが──彼はドラえもんという作品の主人公であり、同時にトラブルの発端となることの多い人物でもある。

 そのため、概念的に()()()()()()()()()()()と考えられてしまうのだ。

 

 そのことを念頭において、今の彼の状態を見てみよう。

 彼が問題の起点である、とするならばそれを解決するための方法を持つのがドラえもん、ということになる。

 が、そのドラえもんはこのなりきり郷にも存在するものの、前述した通り基本的には役に立たない存在。

 ……役に立たないことで役に立っている、とも言えるのがここでのドラえもんなのだが、こうしてのび太君まで揃ってしまうと話が違う。

 

 要するに、今の状況は映画での中盤──なにかしらの理由でドラえもんが道具などを使えず、のび太達がピンチになる状態として処理されるのだ。

 結果、その状況による季節性【継ぎ接ぎ】の誘引などを引き起こし、最悪の場合にはなりきり郷崩壊の憂き目に繋がる……と。

 

 

「えー!?」

「嘘じゃないわよ?実際、さっきは説明から省いたけど、貴方達と同じようなポジションとして扱われる『マジカル聖裁キリアちゃん』の主人公であるキリアちゃんとか、去年の最後の方酷い目にあってたんだから」

「…………(それ本来なら貴方が受けてたはずの被害よね、という顔)」

(今の私とは切り離されて別人になってるから仕方ないでしょ、という顔)

 

 

 なおここまでの説明、既に実体験として味わったあとの話だったりする。

 

 ……うん、ハロウィンの時は私が別枠に移動して後釜がやって来た、という事象に対してそこまで深刻に考えてなかったんだけども。

 その実、今まで我が事だからこそ対処できてたものもあったんだなぁ……と遠い目をする羽目になったり。

 いやマジで、キリアというかキーアというか、その存在が引き寄せる厄介事があれほどとは……。

 

 ……映画なんて彼女の原作である実写しかない『マジカル聖裁キリアちゃん』ですらそうだったのだ、単純に五十作品近く映画のあるドラえもんなんて、どうなるのかは火を見るより明らか。

 警戒しても足りないというか、警戒しすぎて丁度いいくらいの区分に当たるため、私も心を鬼にして対処に当たっているのである。

 

 

「あとあれだ、やっぱりトラブルメイカーとしての体質の問題もある」

「体質の問題……?」

「わりといい性格してるでしょ、貴方。ちゃんと言い含めてても普段なら『いやなんとかなるでしょ』みたいに流してしまうというか」

「あー……」*5

 

 

 で、それとは別に彼の性格面での問題、というのも理由になる。

 ……ドラえもんの原作とかを見ればわかるのだが、のび太君って結構雑というか、調子に乗りやすいというか……。

 ともかく、トラブルを燃え上がらせる才能がある、みたいな傾向があるのである。

 

 まぁ、早期にトラブルを解決できてしまうとお話にならない、という作劇上のメタを含む描写である気もするのだが、ともかく彼に注意一つもなく……いや仮に注意をしたとしても、それがしっかり彼に伝わってなければいい加減なことをしだす、というのがのび太君であることは間違いあるまい。

 まぁ、彼自身はまだ小学生であるため、殊更に判断ミスなどを責めるのはよろしくない、というのも確かな話なのだが。

 

 ……総括すると。

 そもそものキャラクターが持つ特性として、彼はトラブルメイカーであり。

 尚且つその性格面においても、起きたトラブルや火種を盛大に出火させやすい性質を持つ、というのが彼こと野比のび太。

 ゆえに、その辺りの実感や自重を覚えて貰うため、これからゆかりんのところでスパルタ指導を受けて貰うことになるのであった。

 

 

「えー!!?」

「えーじゃありません。テストで目標点取れない限り寝れないからそのつもりで」

「えーっ!!!???」

 

 

 ……結果、こっちでもテストに悩まされるのび太君が発生することになったわけなのだけれど。

 すまないな、のび太。このテストは強制イベントなんだ。

 ちゃんとゆかりんの話を聞いてたらゼロ点なんて絶対取らないようなテストだから、その辺把握した上で臨んでくれたまえ。

 ……え?話を聞いてりゃわかるなんて説得がのび太に通じるかって?……頑張れ!!(やけっぱち大声)

 

 そんなぁ、と泣き崩れるのび太君には悪いが、彼には早急に自分の立場を理解して貰う必要があるため、心を鬼にしてスキマ送りにする私であったとさ。

 

 

*1
近年新設された『影響度』関連の講習。別名『無辜の怪物に関しての研究、及びそれの自覚についての講習』。型月の用語である『無辜の怪物』とは人々の風評によって存在をねじ曲げられる……という現象のコトを指すが、これは近年のSNSの普及によって容易に発生してしまうものでもある。『無辜の怪物』はデメリット方面の影響であり、メリット方面の影響だと『可能性の光』という名称になる……のだが、どちらにしろ本人の意思に関係なく周囲の思う○○、という形で方向性をねじ曲げられていることに代わりはない。『逆憑依』の場合は直接的に本人に影響があるわけではないが、周囲がもたらす空気感により【継ぎ接ぎ】が発生しやすくなる……などの影響をもたらす為、警戒するに越したことがなかったり。一応『ごまかしバッジ』などによって本人を意識させなければあまり問題がないのだが、ドラえもんやポケモンなどの知名度が高い存在は、それらの視線が周囲になくとも影響を受ける……ということが判明した為、その辺りどれくらい気を付けるべきなのかを学ぶ……ということで、なりきり郷への初登録の時を初回とし、本人に定められたレベルに応じて年数回の講習への参加などが義務付けられることとなった。無論キーアは強制参加である(現状の彼女は『影響度』からは解放されているが、代わりに周囲の『影響度』による問題を解決する際に現場に派遣される確率が高まった為)

*2
内容の過激さ、という意味合いでは大人向け作品の方が遥かに危険に見えるが、その実それらは『影響度』の観点からすると()()()()()()()()()()()ものである為ここで語る危険度からは外れてしまう。この章の冒頭の方でロイドがロイド以外に扮していたのも、実のところ『スパイファミリー』がファミリー向け作品としてかなり影響度が高くなり、こちらの把握していない場所で勝手に家族が成立してしまうと酷いことになりかねないから……みたいな面もなくはない。劇薬同士を反応させる際、慎重に取り扱うのと方向性的には同じ

*3
他に該当するのは『プリキュア』シリーズなど。これも映画内での被害規模が大きくなりやすいタイプ

*4
日本で現在長期のドラマ作品として有名なのは恐らく『相棒』『科捜研の女』『水戸黄門』シリーズなどだろう。刑事もの・医療もの・時代劇は一話完結タイプで続けやすい、ということか。逆に言うとそれ以外の作品は1シーズンで完結することが多い……というより、海外ならドラマになっているようなものが日本だとアニメになっている、というのが近いのかもしれない

*5
『なんでお前はゼロ点ばかり取るんだ』という旨の言葉を担任から受けた際に、『だって先生がくれるから』というような言葉を返したことがある……というのが答え。わりと図太いというか、図々しいというか……。発想の仕方が閃き型なだけであって、実際はわりと頭が良いのではないか、とも感じさせるエピソード



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それではいい加減次に行きましょう

「なんというか……かなりの大騒動だったじゃない」

「私が言えた義理じゃないけど、のび太君ってわりと重要人物だからね」

「本当に貴方が言えた義理じゃないわね……」

 

 

 スキマに消えていったのび太君の残滓を惜しむように見送ったのち、気持ちを切り替えて前を向く私達である。

 彼の犠牲は忘れない……もとい、こっちでの常識を存分に学んでからまた出会いたいというか?

 まぁ、【顕象】じゃなくて『逆憑依』であったことは不幸中の幸い、というやつなのだとも思うわけなのだが。

 

 ともかく、時刻はおおよそ午後三時頃。

 そろそろ挨拶回りを終えて家に戻りたいくらいの時間なので、次の場所に向かったあとに戻ることにしよう、と呟く私である。

 

 

「なるほど……戻る時は同行しても構いませんか?」

「ん?……うん、別にいいけど、ゆかりさんとか呼んでこなくても大丈夫?」

「……あ、なるほど。ここからゆかりさんを呼びに戻るような時間はない、と仰っているのですね」

 

 

 そんな私の言葉を聞いて、きりたんがこのまま同行してもいいかと尋ねて来るのだが……こっから先は余計な寄り道もせずに、最後の挨拶を終わらせてから家に戻る予定であることを伝えれば、そこに付随する意味も同時に察してくれたのか、彼女は直前の判断を撤回するような動きを見せたのだった。

 

 ……うん、これから向かう先では電話を掛けるようなスペースもなければ、そもそも電波自体が届かない。

 つまり、他の面々を誘う場合は全部終わったあと、うちに着いてから……ということになるのだ。

 

 ……新年会が始まって暫く経ってから合流するつもりならそれでもいいかもだが、ゆかりさんのことだから「あとから合流するのはちょっと……」と遠慮する可能性大。

 結果、一人だけボイロ組の中で参加する人になる可能性大ともなるわけで、そりゃまぁきりたんも遠慮するというもの。

 そこ未来をありありと想像できたためか、彼女は一時離脱と相成ったのであった。

 

 

「他、なにか用事がある人は今のうちに抜けておいた方がいいよー?」

「……なによ、やけに慎重じゃない?まるで()()()()()()()()()()()()()()()って部分の方が主題のように聞こえるけど」

「そうだよ?」

「……ん?」

 

 

 で、再度抜ける人はいないのかと聞いたところ、不思議に思ったのかスカジが声をあげた。……なんでもいいけど『じゃない』って語尾が混じるとちょっとアウラを幻視するね。

 

 

「なに?他の奴らに『じゃない』を使うな、と言い含めろとでも言ってるわけ?」

「そういうわけじゃないけども……」

「アンタまで使うなじゃない」

「あら、久しぶりに使ったわね、それ」

「……話がずれてるじゃない」

 

 

 そんな私の様子に、不満げな視線を向けてくるアウラだが……あれだ、わりと弄られキャラめいた空気も持ってるのが二次創作でのアウラでしょ、みたいに返せば微妙な顔をしていたのだった。

 

 話を戻して(閑話休題)、先ほどからなにか他の用事はないのか?……と尋ねているのを、遠回しに『今のうちに抜けておかないと酷いことになる』と言っているのではないか?……と判断したらしきスカジ。

 そして、その読み取り能力に賛辞を贈る私……というのが、先ほどのやり取りの意味である。

 で、肯定されると思ってなかったスカジは、思わず首を捻ったと。

 

 ……でもまぁ、それも仕方のない話。

 こんな風に匂わせてる時点で、もとい()()()()()()()()()()時点で、気付く面々は気付いて空を仰いでいたのだから。

 

 

「え、なにこの状況。滅茶苦茶怖いじゃない……」

「もっと恐ろしいものがこの先待ってるんだよ……」

「え?」

「のるなアウラ!!戻れ!!!」

「はぁ?なにを言ってるじゃない……」

「いいやもう遅い……言ったそばからまた油断……アウラは死んでもアウラのまま……」

「いやマジでなに?!わけわからないじゃない?!」*1

 

 

 ははは、アウラは面白いなぁ()。

 

 ……冗談はともかく、推定出現してからまだ日が浅いアウラはともかく。

 なりきり郷暮らしの長い他の面々──スカジを筆頭にした面々は、これから向かう場所に見当が付いたようで、各々他の用事がないかと思案している様子。

 その様子はまさに必死そのもので、事情のわかっていないアウラの困惑は増すばかりである。

 

 

「諸事情 諸事情 些細な 諸事情 そういうアウラは事情を知らぬ 己の立場の危うさ知らぬ 私の言葉の危うさ知らぬ 困惑している今そこに」

「な、なんでうちはラップ……???」*2

「そこはキーアラップと呼んで頂戴。……まぁそれはともかく、みんなが必死になってるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだよ、アウラ」

「は?????」

 

 

 うん、こうしてジリジリ説明しているのは、相手のことを完全に明言してしまうと逃げられなくなるから、というところが大きい。

 

 ……逃げるとはまた大袈裟な、と思う人もいるかも知れないが、今までの私たちの旅の軌跡を覚えている人ならばある程度見当が付くだろう。

 そこから逆算すれば、どうしてこうまで言い淀むのか、というのもなんとなく察せられるはず。

 

 ……相手を明確にするということは、すなわち向こうに今から行きますよ、と宣言しているようなものなのだから。

 

 

「……よく分からないから、短く纏めて欲しいじゃない」

「んじゃあ、簡潔に。──アウラ、自戒しろ」

「いきなり殺すなじゃない……ん?()()?」

「口にした時点で取り下げられなくなるでしょ、ってこと」

 

 

 口は災いの元、とも。

 ……要するに、他人にも認識できるように言葉を発した時点で、覆すことが不可能になる……みたいな話。

 

 そうこうしているうちに、ロー君が『そういえばトキに呼ばれていたんだった。じゃっ』みたいな感じで一抜けし。

 それに続くように『あっ、そうだそうだラットハウス組はラットハウス組で集まって新年会する予定だったんだ』とライネスが声をあげ。

 彼女の言葉に同調するように『そ、そうでしたね!私達はここで抜けますね!とても名残惜しいですけど!!』『そそそそそうだね!ごめんねキーアちゃん!!また今度!!』とはるかさんとココアちゃんが頷いて抜けていく。

 

 で、抜けるに抜けられずに残ったのがオルタとアクア、スカジに事情のよくわかっていないアウラだった、と。

 

 

「くっ……大して話に絡みもせず、目立たないままフェードアウトしようって作戦が……っ!!」

「そりゃ無理ってもんだよオルタ。ここにいる面々で唯一抜ける理由があろうともダメ、って言われる人間の一人なんだから」

「そうよねクソァッ!!」

「もう、軽率にそんな汚い言葉を使ってはいけませんよオルタ。そういう時はこう言うのです。──クソ喰らえ(Oh my fucking god)、と」*3

「……私が言うのもなんだけど、それ絶対アンタの口から出てきちゃいけない台詞よね?」

「私はアクアですよ?」

(都合のいい時だけジャンヌじゃないアピールしてやがるこいつ……!?)

 

 

 巻き込まれ筆頭役であるオルタは頭を抱え、その隣のアクアは悟ったように遠い目をしている。

 で、さらにその隣のスカジはというと。

 

 

「正直言うと、ちょっとだけ楽しみだったりもするのよね。私はその辺り話に聞くだけだったわけだから」

「うーん、ポジティブと言うべきか怖いもの知らずと言うべきか……」

「そこは勇敢だ、ってことにしておいて頂戴」

 

 

 なんとまぁ、隣の二人とは少し様子が違い、なんだか楽しそうにしているのである。

 まぁ、彼女はこういう話に本格的に参加するのは何気に初めて。……今は忌避感や恐怖心よりも単純な好奇心や興味が勝る、ということらしい。

 それが何時反転するやら、とちょっと心配でもないが……意外と向かったあともケロッとしているかもしれない、なんて感想を私に抱かせるのであった。

 

 

「……もういいんじゃない?いい加減説明が欲しいのだけど」

「後悔しない?」

「いいからさっさと話すじゃない」

 

 

 で、最後の一人であるアウラはと言うと。

 いい加減結論が先延ばしにされ続けたこともあり、イライラがマックスに達している様子。

 ……それが急転直下で冷めていく姿を目の当たりにするのは心苦しいのだが、彼女がそれを望んでいるのだから仕方ない。

 ゆえに私は、今このタイミングまで明言を下げたこの後の目的地について、明確に口にしたのだった。

 

 

「これから挨拶に向かうのは『星の死海』。『星女神』様の居城であり、『月の君』様もこちらを見ている明確な異界。ともすれば、あらゆる存在が意味を失うような極小の海、だよ」

「……唐突に用事を思い出したじゃない。私はこれで抜け「生憎離脱受付は終了しました、以後は強制イベントです」ふざけるなじゃない……」

 

 

 ……【顕象】間で情報の伝達でもしてるのかな?

 私が『星女神』様達の名前を出した途端、冷や汗を長し出したアウラの様子に、なんやかんや危険性については伝わっているのだなぁ、と思わず感心してしまった私なのであった。

 ……え?感心する暇があるなら私を見逃せ?ほっほ、無☆理。

 

 

*1
「のるな~」はONE PIECEの『マリンフォード頂上戦争編』内での台詞、『言ったそばからまた油断』はるろうに剣心のキャラクター、斎藤一の台詞から。漫画ではなくアニメでの台詞

*2
とある掲示板で流行ったコラの一群『ナルトス』の一つ。ラップのように韻を踏んだ台詞で構成されているのが特徴

*3
スラングの一つ。『oh my god』よりも意味合いの強い台詞だが、『god』と『fuck』という下手に使うと問題になる単語が二つ含まれている為、基本的に普通の会話では使われない



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おいでませ正月から海水浴(?)へ

「こ、この七崩賢が一画、断頭台のアウラがこんなことで……!!」

「おう、無様に散る噛ませ役みたいなムーブしても逃げられないわよ?」

「ちっ、じゃない。そこは騙されていて欲しいじゃない」

「幾らなんでも大根役者過ぎるわ!!」

 

 

 はてさて、次に向かう場所を聞いたアウラが駄々を捏ね始めたが、生憎こうして言葉にしてしまった時点でキャンセルは不可。

 というか、下手すると君の右手辺りから『星女神』様の手が生えてきて取っ捕まる、みたいな恐ろしすぎる状況が発生してもおかしくないため、諦めて素直に同行して欲しい私である。

 

 

「は?なに言ってるじゃない。そんなのホラー過ぎるじゃない」

「おや、そこまでは聞いてないのか。『星女神』様は【星の欠片】の元締めだから、こんな感じに他人の意志はそのままに人の体を操ることもできるんだよ(涙目)

「は?……ひいっ!?人が!?人がキーアの腕から生えてきたじゃない!?

「なにそれ怖っ」*1

──随分と好き勝手言ってますね、キーア──

 

 

 ……おかしいなぁ、単に事実を口にしただけ……アッハイ、まるで化け物みたいな説明したことは謝りますのでそれ以上のお戯れはご勘弁を……。

 

 まぁそんなわけで、噂をすれば影……『星女神』様(分身)のお出ましである。

 私はともかく、他の面々が彼女に会いに行こうと思うのなら補助必須なので迎えとして寄越した、みたいなやつだろう。

 そこを気にするぐらいなら、他の面々に対して与える精神的ダメージの方を気にして欲しかった感が強いけど。

 ほら見てくださいよ『星女神』様、貴方の登場の仕方に滅茶苦茶ドン引いてますよみんな。

 

 

「え、ええと……つかぬことを聞くんだけど、それって大丈夫なの……?」

──彼女の腕を丸々犠牲にした、ということですか?ご心配なく、彼女もまた私と同じ【星の欠片】……ゆえにたかが四肢の損失程度で、問題になど発展することはあり得ませんから──

「いやまぁそりゃ確かにそうなんですけど、なんというかこう手加減と言うものをですね?」

「私よりよっぽど魔族じゃない……」

 

 

 みんなを代表して、スカジが問い掛けを──今思いっきり私の右腕を犠牲にして現れたことを確認しているが、これに対して『星女神』様はあくまで軽い罰のようなもの、と素っ気ない対応。

 

 ……いやうん、確かにそうなんですけどね?【星の欠片】の本質が小さな小さな粒子であり、この姿は端的に言えばそれらの粒子の集合でしかないというのは事実。

 そしてそれゆえに、例え四肢に相当する部分を喪失したとしても、わりとあっさり補填できるというのもまた事実。

 事実なんだけど、だからってそんな適当に犠牲にしていいものかと言われると疑問符が付くというか。

 

 ……みたいなことを愚痴りながら、肩口からすっぽり失われていた右腕をナメック星人よろしく生やす私である。

 アウラからは魔族じゃない、というツッコミが入ったが……そんな初期の設定、覚えている人そんなにいないんじゃないかなー、とか思わないでもない私である。*2

 

 一通り生え変わった右腕の調子を確認したのち、改めて『星女神』様と向き直る。

 彼女は今の一連の流れで禊は済んだ、と判断してくれているようで、特にこちらに言葉を投げ掛けてくることもない。

 ……言い換えると『さっさと準備しろ』と無言で訴えかけていることになるわけだが、そうなると問題になるのが他の面々の様子なわけで。

 

 

「……準備できてる?」

「できてるわけないでしょうが!!!」

 

 

 ですよねー。

 

 

 

 

 

 

──結局十分ほどインターバルを挟む必要がありましたね──

「誰かさんのお陰で、ですね」

──…………──(真顔で見詰めてくる『星女神』)

「~♪」(口笛吹いてるキーア)

「……なんというか、前とは変わりましたね、色々と」

 

 

 迎えに来た『星女神』様(分身)を一先ず待たせておいて、他の面々が落ち着くのを待つ私。

 結果、彼女達が心の準備を終えるまで大体十分ほど必要となってしまったわけだが……正直、『星女神』様がもう少し考えて出て来てくれればそれでよかったんじゃないかなぁ、なんて思わないでもない。

 いやまぁ、スカジやアウラに説明するにはあれが一番早い、ってのはわかるんだけどね?口で説明してもわかりにくいし。

 

 ……みたいな感じでやり取りをしているのを見たアクアが、微妙な顔で口を開く。

 その内容に思わず首を傾げるが、隣のオルタも似たような顔をしていたため一端首を戻す私である。

 

 

「……ええと、どういうこと?」

「ちょっと前ならこいつも私達みたく引き気味だった、ってこと」

「今はなんと言いますか……対等?みたいな空気感になっていらっしゃるような……」

「あー、それはまぁほら、この髪の色が答えというか」

「髪の色が?」

 

 

 どうやら、前に比べて私が『星女神』様に対して萎縮していない気がする……と、二人は言いたいらしい。

 確かに、前までの私ならこの状況下、文句を返すこともなくひたすら恐縮していたことだろう。

 その理由には今の私の髪色が関わっていたりするのだが……それだけだとなんのこっちゃ、という話である。

 

 でもまぁ、その辺りを詳しく解説しようとするとまた時間が掛かるため、今回は割愛。

 とりあえず、髪色の変化と共に色々変わったのだ、くらいの認識で十分だと思う、とだけ返しておくのであった。

 

 

──端的に言いますと、()()()()()()()()()のですよ、彼女──

「貴方のスパルタのお陰ですよ、ありがとうございます」

──……そのせいでこんな感じにグレてしまったのです。今までは可愛い孫娘みたいなものだったのですが、これでは反抗期以外の何物でもありませんね──

「は、はぁ……?」

 

 

 今の彼女との距離感は、口うるさい上司とその部下……みたいな感じが近いのではないだろうか?

 以前までのそれが社長と平社員、くらいの感じだったので大躍進というか。……もっと間があったかも?

 

 ともあれ、そんな感じで雑談を交えつつ『星の死海』を進む私達。

 今回は単なる正月の挨拶、ということもあり道中の試練などは全て停止中。

 素通りして直進距離を進んでいるため、比較的あっさりと『星女神』様(本体)の居住地にたどり着くことに成功したのだった。

 

 

──そういうわけで、お疲れ様私。暫く休んでいて頂戴──

──了解したわ私。貴方達はこのまま奥に進んでね──

「了解でーす、行くよみんなー」

「今のは一体なにじゃない……?」

「なにって、分身からの報告を受ける別の分身、みたいな?」

「それ必要なの……?」

 

 

 あれだ、同じ使い方ばっかりするとマンネリ……もといやり方が固定化されて宜しくないから、みたいな?

 ただでさえなんでもできるようなものなので、やり方の多彩さで世の中への新鮮味を失わないようにしてる……みたいな。

 

 ともかく、さっくりと『星女神』様のお部屋までたどり着いたのだから、さっさと挨拶を済ませて帰ろう。

 そんな感じのことを考えながら先に進んだ私は、しかしてそこで巻き起こる新たな事件について、全く予測ができていなかったのだった──。

 

 

 

 

 

 

「──ちょっと待ちなさい!そのあとの話は?!」

「そちらに関してはこの『星女神』様謹製報告書の方に纏められておりまする」

「……いや待ちなさい、これ以前渡されたエグい保存量のメモリじゃないの!?何文字書いたのよその報告書!?」

「いえいえ、4K画質で製作されてるだけですので……」

「まさかの映像報告!?」

 

 

 ……時間は飛んで、新年会の真っ最中。

 あの場でなにが起きたのか、というのは報告書の方に説明を譲るが……簡潔に告げるのならアウラが真っ白に燃え尽きたりした、とだけ。

 

 とはいえ既に終わった話でもあるので、今の私は夕食を食べること優先お酒を飲むこと優先、である。

 ……え?目の前のゆかりんは、全くそんなテンションじゃなさそうだって?

 

 

「まぁまぁ、新年なんだから仕事のことなんて忘れてお酒どうぞ」

「もがっ!?」

「ある意味辛み酒みたいなもんね……」

 

 

 折角新年会なんだから、仕事なんか忘れなさいとばかりにゆかりんの口にお酒を突っ込む私である。

 問題があるなら明日の私にぶん投げる!これこそ精神安定の一番のやり方!

 ……明日の私から恨まれる昨日の私、という部分には目を逸らすが吉である。

 

 

「最近のせんぱいは大体いっつもそんな感じでは……?」

「じゃないとやってられないからねー」

「そういうものですか……」

 

 

 隣でホログラムってるBBちゃんから、呆れ顔と共にツッコミが飛んでくるけど……まぁうん、髪がこうなってからはわりと適当さに磨きが掛かった気がしないでもない、というのもわからないでもない。

 とはいえその辺りをツッコまれ続けると困るので、露骨に話題を逸らす私である。

 

 

「そういえば、のび太君は大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃないので自室で自習中です」

「あれまぁ」

「なんなら勝手に【継ぎ接ぎ】を使ってズルをしようとしていたので、その辺りなんにもできないようにした上で缶詰中です☆」

「あんれまぁ……」

 

 

 まぁ、逸らした結果思わず天を仰ぐ羽目になったのだけれど。

 ……いやその、なんでこう期待通り()の動きをするのかな彼は。

 

 

「うわーん!!こんなの今日中に終わるわけないよー!助けてドラえもーん!!」

 

 

 どこからか聞こえて来たような気がした彼の叫び声に、誰もが苦笑したことは言うまでもない。

 ……あとで残りものでも持っていってあげようかね。

 

 

*1
ある種の洗脳として見た場合、【星の欠片】の性能はわりと意味不明……というのは以前から何度か語っている通り。やろうと思えばアウラの天秤を『勝ったと見せ掛けていきなり反対方向に傾ける』『いつの間にか左右が逆になってる』などの手段でおちょくることも可能

*2
『ドラゴンボール』において、ピッコロさんがよくやるやつ。自力で切れた腕を生やすことができる為、作中ではわりと気軽に腕が切り飛ばされる。『魔族』云々に関しては、初代ドラコンボールにおけるピッコロ大魔王がその肩書きの通り『魔族』の長であったことから。……後半の設定を見ればわかる通り、彼は本来魔族でもなんでもないナメック星人の一人(から分かたれた悪の心)であるのだが、一応彼から産み出された部下達は魔族としか呼びようがないのも事実である(ナメック星人とは似ても似つかない)




今回は短め。次回から幕間です。


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幕間・令和やぞ???

「大変だー!!ぬきたしがアニメ化だ!!」*1

「大変よー!!霊夢と魔理沙がクワガタとカブトムシに!!」*2

「大変です!SEEDの映画があれがこれでこうなって大ヒット御礼です!」*3

「ええい、令和ちゃんは今年も絶好調だな!!?」

 

 

 ツッコミどころが多過ぎて辛いんだが!!?

 そんなわけで、朝っぱらからみんなに叩き起こされた私です。なんだこの状況(白目)

 

 

「いやー、まさかあれがアニメ化するとは……ウルジャンで連載始めた時も正気を疑いましたが、あれが許されるなら対魔忍アニメ化も夢じゃないですね!」

「健全な対魔忍、とかやってる時点で無理じゃないかな?」

 

 

 おめでたいまにん、じゃないんだよ(真顔)。*4

 ……ってわけで、話し相手一番手はBBちゃん。タイトルが二ヶ所ほど白塗りになってるキービジュアルはどうなん?

 って気がしないでもないけど、そもそも僧侶枠だの異種族レビュアーズだのアニメ化した今の業界にタブーとかはもうないのかも知れない、と達観する私である。

 

 まぁ、元エロゲーながら世界規模の売上を誇るまでになったFGOみたいな例もあるわけだし、夢を見る分には好きにしたらいいってことなのかもしれない。

 どうでもいいけどうちは多分小次郎貰います()

 

 

「いやほんとに、なに考えてるのかしらね向こうの責任者。一応前例がないわけでもない、って辺りまるっきり想像できないものではなかったみたいだけど……」

「その前例ってポプテピの二人でしょ?流石に霊夢と魔理沙だと方向性違わない?」

 

 

 二番手はゆかりん、内容は唐突に発表された模型、クワガタとカブトムシの霊夢&魔理沙仕様について。

 ……話を聞いて手元のスマホでポチポチ検索したところ、確かに二人をイメージした甲虫達が表示され、思わず宇宙猫になった次第である。

 なんだこりゃ、昆虫化異変かなにか?

 

 

「そのせいで他のキャラも昆虫にしてみよう、なんて奇特な集団が動き始めてるわ、これからの【継ぎ接ぎ】関連の原因になるかもしれないし注視しておかないと……!」

「なに?ゆっくり昆虫解説でもすんの?」

 

 

 やる夫とやらない夫でも巻き込むの?……それはまた違う人の動画だって?*5

 

 まぁともかく、異変って言っておけば大抵のトラブルは許容されるのが幻想郷、ひいては東方projectである。

 そこ出身のゆかりんとしては、こういう話には食い付かざるを得ないんだろうなぁ、と思いつつ「スキマのせいでゆかりんが昆虫化するとなんか酷いことになりそう」とは口に出さない私であった。

 

 

「公開からはや数日……商品展開を見越してかある程度情報が公式から公開されていますが、概ね見に行った方々の評判は良いもののようですね」

「特にシンとデスティニーのファンが浄化された、みたいな話を聞くね。なんか実態のある分身?みたいな、お前どこのGガンダムだよ……みたいなことしたって噂で聞いたけど」

 

 

 最後は劇場版『ガンダムSEED』の話を持ってきたマシュである。

 私達は年齢的に全く世代じゃない(デスティニーが二千四年らしいので、その頃私達は幼稚園とか小学校とかその辺り)けど、ファン達の嬉しそうな悲鳴がSNSとかで拡散されているのは見えた。

 ……噂話に聞いただけでも、当時のSEEDは悲喜交々だったらしいので、こうして良い感想が飛び交っていること自体は喜ばしいことだと思う。

 思うのだけれど……。

 

 

「その結果、シュウさんが荒ぶり出したのはどういうことなので?」

「ええとですね……今回の新機体?の武装の一つが『ディスラプター』という名前らしく……」

「ああ……ブラックホールディスラプター……」*6

 

 

 何故か、SEEDとは全く関係ないはずのシュウさんが精力的に活動し始めたのはこれ如何に。

 ……説明を聞いたらなんとなく理由はわかったけど、彼が張り合いたくなるような武装があの世界で飛び出した、ってことも大概あれなような気がしてくる私である。

 

 

「あ、それはそれとしてサムライレムナントコラボは好評だったみたいですよ、せんぱい」

「正雪さんにヤバい設定付与されてて草」

 

 

 いや草じゃないけど。

 ……正雪さんは召喚される度平らかな世を目指すらしいけど、そこに座の記録が影響しない──静謐ちゃんみたいにどこかで答えを得てもそれはその個体だけのもの、ってなるのが痛ましさと恐ろしさを両立するのはっきり言って地獄では?*7

 いやまぁ、森宗意軒が外道だった、である意味済む話ではあるのだが。……あとは正雪さんがあまりに純粋なのもよろしくない、みたいな?

 

 ともあれ、朝っぱらから色んな話題を振られて起こされた私だが、実のところ渡りに船だったり。

 

 

「と、言いますと?」

「ちょっと出る用事があるというか。最近自力で起きるのが辛いから起こして貰えたのは結構ありがたかったりするんだよね」

「最近って……そもそもせんぱい、基本的に自分で起きれるような人じゃないじゃないですかぁ」

「おっと、そこに触れるのはご法度だぞ☆」

 

 

 はっはっはっ。朝が苦手なのは昔からってのは間違いないね!

 ……ともかく、用事があっても早々に起きれないタイプの人なので、こうして起こしに来てくれるのはありがたい。

 

 ゆえに手短にありがとうを言って、出かける準備を始めようとしたのだけれど……。

 

 

「出かけるとは言いますが、一体どちらに?」

「んー?ちょっとデートにねー」

「なるほどデートに……デート???

 

 

 出かける目的を話したところ、周囲が固まることになったのであった。

 ……あれ?また私なにかやっちゃいましたか?(笑)

 

 

 

 

 

 

「もしかして俺達殺そうとしてたりする?」

「あははは、そんなことはとてもとても」

「嘘つけ!」

 

 

 はてさて、「どういうことなんですかせんぱい!?」とすがり付いてくるマシュやBBちゃんをヒラリと躱しつつ、やって来たのはデート……もとい、かなり久々の男子会……男子会?であった。

 え、なんで疑問系なのかって?出先でかつ『tri-qualia』内で集合してるからですねぇ……。

 

 

「見た目が男子なのハセヲしかおらんからのぅ」

「他は中身はどうあれ、全員女の子だねぇ」

「最早女子会って言った方がいいのかもしれませんね」

「いやそもそもなんでここ集合なんだよ……普通に現実で現地集合でよかったじゃねぇか……」

「そりゃ勿論、新年明けてすぐだからそんな暇がない人も多いからだよ?特にすーちゃん(夏油君)とミラちゃん」

「そういやコイツら別組織所属だった……!」

 

 

 ゲーム内の喫茶店に集合した私達。

 そこに揃った面々は、ハセヲ君以外みんな女の子の姿であった。

 

 ……なんでかと言うと、私とミラちゃん・キリトちゃんは純粋に姿が女性であるから。

 そしてそれ以外の二人──夏油君と五条さんの二人は、『tri-qualia』内でのアバターが以前と同じたきなと千束のままだから、というところが大きい。

 本来『tri-qualia』内では『逆憑依』そのものの姿になるのが普通なのだが、この二人のアバターはその辺りの誓約を突破している。

 さらに、相も変わらずこれを誰が贈ってきたのかわからないこともあり、アバターを破棄するにも破棄できない理由があるからそのまま使っている……みたいな感じの話になるのだった。

 

 まぁ、その結果として絵面が原作ゲームみたく女子を侍らしている()ハセヲ君、みたいなことになっているのだが。

 

 

「くっ……なんでこういう時に限ってブルーノのやつは来ねぇんだよ……」

「そりゃまぁ、アイツはアカウント持ってないからなぁ……」

「作れよ!なんで作らないんだよアイツ!!」

「多分アンチノミーの方に姿が固定されるからじゃない?」

「……マジかよ……」

 

 

 周囲からの冷ややかな視線に辟易し、ここにいない人物──ブルーノちゃんに愚痴を投げ付けるハセヲ君だが、それに関してはそこの二人(夏油君と五条さん)以外アバターの法則を突破できていないこと。

 および、『逆憑依』の性質的にブルーノちゃんが『tri-qualia』内にログインした場合、その姿がアンチノミーのそれで固定される可能性が高いことを伝えれば、諦めたように椅子に座り直したのだった。

 

 まぁうん、ハセヲ君も大概だがアンチノミーも大概目立つ見た目だからね、やりたくないって気持ちはわからんでもない。

 

 

「……いややっぱダメだ!俺がこうして目立つんならアイツも目立て!!それが対等な友達付き合いってやつだろ!?」

「おっと誤魔化されなかったか。んじゃまぁもう一つ理由を付け加えよう」

「ああ?!」

「VRゴーグルとブルーノちゃんの相性がとても()い」

「…………」

 

 

 ただ、それでもやっぱり現状に文句があることは変わらない……とばかりに声を上げたハセヲ君。

 仕方ないので最後の手段……もとい、ブルーノちゃんがなんで頑なに『tri-qualia』をやりたがらないのか、という真なる答えを述べたところ、今度こそハセヲ君は神妙な顔で椅子で大人しくなったのであった。

 ……最悪現実でもアンチノミーモード固定になるかも、となればVRゴーグル被りたがらないのも納得である。

 

 

*1
18禁ゲーム『抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳(わたし)はどうすりゃいいですか?』のこと。ウルトラジャンプで漫画が連載され始めた時も大概だったが、今度はアニメ化の報である。角川は正気なのか?

*2
フジミ模型の自由研究シリーズの新作。霊夢がクワガタムシに、魔理沙がカブトムシになって登場する。……とは言っても、あくまでカラーリングがその二者を元にしたものになっているだけで、ポプテピピックコラボのように二人の顔が模様になったりしているわけではない。それから、自由研究シリーズの過去作を見ればわかるが、これらのコラボカラーリングそのものは大して珍しくもなかったりする(キン肉マンやエヴァンゲリオン、マジンガーZカラーの昆虫達が既に存在する)

*3
『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』のこと。『SEED DESTINY』から20年経過した新作は、ファンも大満足の作品になっているようだ

*4
2023年冬コミケで登場したブース『健全な対魔忍』のこと。『おめでたいまにん』は隣の普通の対魔忍ブースに付記されていたフレーズだが、台詞の初出自体はそれよりも前

*5
まなしな氏の動画シリーズのこと。昆虫とウルトラ怪獣について解説されている。手書きの昆虫や怪獣を使っているのが特徴

*6
『ディスラプター』とは『disrupt』から派生した単語であり、意味合いとしては『破壊者』などになる。元々エドモンド・ハミルトンのスペースオペラ『スターキング』に登場する架空の兵器の名前としても使われており、そこに着想を得ている可能性も少なくはない。無論、単に英語に訳した結果である可能性も普通にある

*7
本人が『何度でも平らかなる世を目指す』という旨の発言をしている為、もし仮にFGO以外の世界線で呼ばれるようなことがあればヤバいことになるかもしれない、という話



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幕間・久方ぶりの集合

 はてさて、荒ぶるハセヲ君を鎮めた私たちだが、実のところ久しぶりに集まろう……としか事前に話していなかったため、微妙に手持ち無沙汰になっていたりする。

 

 

「現実で集まるのは無理、ってことでここ選びましたが……別にしたいこともないんですよね」

「下手に動くと仕事に発展しそうだもんねー」

「あー確かに。ここも大概ブラックボックスだからねー」

 

 

 たきなもといすー()ちゃんがため息混じりに吐いた言葉に、氷の溶けかけたジュースをストローでかき回しつつ千束……もといさー()ちゃんが同意の声をあげる。

 

 ……確かに、このゲーム内で下手に動くのは事件の香り、というのは間違いないだろう。

 無論、彼女達の場合はそもそもそのアバター自体が厄物なので、動く動かないはあんまり関係ない気もする……というのも間違いないのだが。

 

 

「……あ、厄物といえば」

「聞かないわよ」

「実は最近SAOエリアが出来上がって……」

「聞かないって言ったのになんで話すのかなぁ!?」

 

 

 そんな中、ふと思い出したように声をあげたのがキリトちゃん。

 ……それは別にいいのだが、事前に嫌な予感がした私は聞かないよ、と耳を塞ぐポーズ。

 それにも関わらず、彼女は話題を提供しきったのであった。人の話聞かないねこの子???

 

 それにしても、SAOエリアと来たか。

 ……いつぞやか、茅場さんが『この世界は浮遊城を求めている』みたいなことを言っていたような覚えがあるが……ついにその辺りの回収が始まった、ということなのだろうか?

 

 

「……ん?浮遊城?」

「アインクラッドのことだね。この世界はあの城を生み出すために生まれたものだ、って開発者の一人である茅場さんが言ってたことがあるんだよ」

「このゲームあやつの製作だったのか……」

「エグゼイドの社長も含むけどね」

「不安感が爆増したんだが???」

 

 

 そんな風にあれこれ考えていると、あまりこのゲームで遊んだことがないというミラちゃんから疑問の声が。

 

 ……同室のアスナさんからなにかしら聞いていそうなものだが、よく考えたら茅場さんって外に顔を出す時は基本ウェスト博士の方になっているので、スタッフクレジットまで確認しないと出てこない茅場さんや社長のことは案外わからなかったりするのかもしれないなぁ、と一人納得することに。

 実際『tri-qualia』のゲーム部分には、二人の癖とか空気感とかは感じられないわけだし。

 

 

「……そうか?」

「コラボが強すぎて、そういう疑問が出てき辛いんだよここ……」

「言われてみれば確かに……」

 

 

 ……レベル制ではなくプレイヤーのスキルに頼ったゲームシステム、という辺りも二人のゲームとして見るとちょっと疑問が浮かばないでもない、というか?

 辛うじて茅場さんの方はこういうの好きそう、みたいな感じはあるけど。

 あの人確かもう一つの世界を作りたかった、みたいなこと言ってたはずだし。

 

 ともあれ、そういったほんの少しの匂いも、多種多様なコラボシリーズが全部押し流して行くというのだからたまらない。

 ついこの間なんて随伴キャラの見た目に非常食……もといパイモンが実装されたとかなんとかでお祭りになってたし。*1

 この分だとペロロ様*2とかが実装されるのも時間の問題だろう。

 

 

「え?ハ○ドリ君?」*3

「流石にそれを同一視するのは、過激なファンから○されてもおかしくないと思うよ」

「じょ、冗談だってば……」

 

 

 途中さーちゃんが寝ぼけたことを口走っていたが、そんなこと例の人に聞かれたら首の骨折られてもおかしくないぞ(意訳)、と返せば流石に発言を撤回していたのだった。

 ……ゲーム内だと無下限とか関係ないからね、仕方ないね。

 

 

「そうそれ!地味にずるいよねキーアさんとハセヲ君!」

「いや、俺は寧ろ外でなんでもできねぇんだからこれくらいは許して欲しいんだが……」

「そういう意味ではキリトちゃんがおかしいんだよね、なんで外でも空飛べたりするの?」

「そんなこと言われても……イシュタルの服がおかしいだけというか」

「あるよぉ!武器あるよぉ!!」*4

「止めろよ……」

 

 

 で、話題はそこから『tri-qualia』内でチート臭い動きができる面々への愚痴に。

 ハセヲ君はあくまでゲーム内でしか発揮できない能力なので勘弁してくれ、と呻いているが……キッピー知ってるよ、最近夢とかで『力が欲しいか……』的なやり取りをスケィスとやらされてるってこと。

 以前は自分のことをあてにするな、みたいな空気感だったと聞いているが……なにか心境が変化するような事件でもあったのだろうか?

 

 それとは別に、おかしなことになっているのがキリトちゃんである。

 彼女は後天的な『逆憑依』……と言うと語弊があるが、このゲーム内でアバターを入手した結果キリトちゃんになった、というわりと特殊なタイプの存在である。

 

 聞けばこうして変化する前は確実に男だったそうで、その辺りをブルーノちゃんにあれこれ言われたりもしたそうだが……。

 ともかく、アバターが現実の姿にも変化をもたらした、という点が後を引いているのは間違いあるまい。

 

 何故か?この間ゲームで手に入れたとか言ってたイシュタルの衣装の効果──空を飛べる、というのが現実でも適用されているというのだ。

 まぁ、空を飛ぶと自動的にあの痴女衣装になるらしく、本人的にはあまり使いたがらないのだけれど。

 

 恐らくアバターから変化したタイプであるため、同じようになにかしらのキャラクターのアバターを与えられると【継ぎ接ぎ】が発生するのだろう、と琥珀さんが言っていたが……。

 そう考えると、やっぱり本体に影響を与えずアバターが本人の姿ではない、というさーちゃんとすーちゃんのアバターも大概厄物だなぁ、と改めて確信する次第だったり。

 

 

「……話が戻ってきてません?」

「おおっと」

「ってことは、この後はSAOエリアに移動だな!」

「いや行かないよ?……行かないってば!?」

 

 

 なんで今日のキリトちゃんはこんなに強引なんです!?

 

 

 

 

 

 

「で、押しきられちゃってみんなでやって来た、ってわけだ」

「……こうしてここまでやって来たことで、なんでキリトちゃんがあんなに強引にここまで連れてきたのかわかったんですけどね」

「ふふふ、実は結構楽しみにしてたんだ、キリトちゃんも私も」

 

 

 はてさて、強引なキリトちゃんの誘導により、本当は近付きたくもなかったSAOエリアにやってきた私たち。

 そこで出会ったのは、こうして楽しそうに声をあげるアスナさんだった、というわけである。

 ……おのれキリトちゃん、男子会だっつってるのにデートの予定入れてやがったのか!……え?お前もデートだなんだと言って家を出ただろうって?知らなーい。

 

 まぁともかく、キリトちゃんがアスナさんと予定を入れていた、ということは間違いあるまい。

 ただまぁ、これに関しては少々彼を責められない理由もなくはなく……。

 

 

「いやだって、SAOエリアだろ?……アスナが滅茶苦茶強いとは言え、俺ら二人だけで挑むのは流石に無謀が過ぎるというか」

「あーうん、この浮かれようだと止めようとは言えないよね……」

「あ、キリトちゃんったら酷いんだ。なんやかんや言ってもそっちだってちょっと楽しみにしてたくせにー」

「それはほら、キリトなんだし多少は、っつーか……」

「このゲームバカどもめ……」

 

 

 うん、ご覧の通り。

 ……自身の原作に関わる話であることから、二人ともそれを見て見ぬふりができない状態にあったわけである。

 この辺は『逆憑依』にそういうところがあるので責められない、というか。再現できるものなら再現したい、と思ってしまうのは仕方がないことというか。

 

 そこで二人だけで突っ込まないだけ、寧ろ自制が効いているとすら言えるわけで、こうなってしまうと私たちも怒る気が失せるというもの。

 ……仕方がないので、いい加減腹を括ることにしたのであった。

 

 

「それにしても……アスナさん、またイメチェンした?」

「うふふ、新しい装備を試したい……って気持ちもなくはないんだよね」

 

 

 で、そうして落ち着いたところで、改めてアスナさんに視線を向ける。

 彼女の服装は、いつものそれとはまた別のものになっていたのだが、どう変わっていたのかわかるだろうか?

 ……答えは単純、いつもは真っ白な鎧──初期の彼女が纏う血盟騎士団のそれが、今は真っ黒な鎧へと変化しているのだ。

 分かりやすく言うと、アスナオルタ……みたいな見た目と言うか?

 

 まさかの悪堕ち?……って感じなのだが、これがわりと冗談でもなんでもなく……。

 

 

「まさか報酬ドロップで『決戦武装:大神使』なんてものゲットするとは……」

「頼光さんみたいな戦いをするんだったら、その反転みたいなものである丑御前の方も極めないとね!」

「えー……」

 

 

 そう、今の彼女は丑御前──FGOにおいて頼光さんの別の面、とされている存在のそれを真似したような状態になっているのだった。

 まぁ、完全に真似しているというよりは、オルタって言葉に従って悪堕ちしたみたいな感じに振る舞う気、みたいな方向性らしいけど。

 

 わざわざ目元を隠すバイザーまで新調した、と言われれば思わず引きつった笑いしか浮かぶまいというもの。

 これからこんなの()に突撃される羽目になる浮遊城に、思わず同情してしまう私なのであった……。

 

 

*1
『原神』におけるナビゲーターに相当するキャラクター。一人称は『オイラ』だが、性別は女性だとされる。『非常食』というあだ名は、とあるイベントで彼女のことを主人公が紹介する際に出てくる選択肢から

*2
『ブルーアーカイブ』に登場するニワトリのような見た目のキャラクター。作中のキャラクターブランド『モモフレンズ』の内の一種。生徒の一人『阿慈谷ヒフミ』が好きなキャラとして公言しているのが有名。というかある種の過激ファンであるとも

*3
『ぬきたし』におけるマスコット。名前からして公然猥褻物。なんなら語尾すら猥褻物。その方向性はどことなくフリーダム系野球マスコット達を思い出さないでもない……

*4
『ソードアート・オンライン』において、現実で咄嗟に背中の剣に手を伸ばす動きをしてしまったキリトに対して放たれた煽り『ないよ、剣ないよぉ!!』から。それだけそういう対応が(長年のSAO生活で)身に染みていた、ということでもあるのであまり笑うべきではない



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幕間・空に浮かぶ城、そこに佇むのは

「……一層から攻略開始、かつログアウト禁止の再現のため特定の場所以外では帰還コマンドすら出てこないとは……」

「ここ全体がダンジョン判定だからこそできること、ってやつだな!」

 

 

 はてさて、内部に入ったところそこは草原でした。

 ……つまりはアインクラッド第一層というわけだが、ここで私たちが目にしたのは帰還不可の文字。

 どうやら、作中のログアウトできない状況の再現のため、安全な場所でしかダンジョンから抜けることができない仕様になっているらしい。

 

 いやまぁ、街とかの安全な場所なら抜けられる辺り原作より遥かに優しいんだけど、そこ拘るとこなんだなぁと遠い目になるというか……。

 まぁ、城に侵入する前のあれこれに比べれば、この程度で済んでいるのは寧ろラッキーなのかもしれないが。

 

 

「あー、そうですね。あそこまでやってなにもお咎めなし、というのは中々寛容と言うか……」

「寧ろ傲慢って言うべきじゃないかしら?お前達じゃあ所詮はこの程度、って言われてるみたいというか」

「……いや、そこで私を見つめられても困るんですけどね?」

 

 

 私の言葉に、すーちゃんがうんうんと小さく頷き、その横でアスナさんが小さく笑みを浮かべていた。

 ……彼女の笑みはよく見ると引き攣ったもので、そこに込められた苛立ちの感情を隠しきれていなかったのだけれど。

 

 何故こうなったのかと言えば、今しがた少し触れたようにアインクラッド侵入前に一騒動あったから、というところが大きい。

 

 ここ『tri-qualia』において実装された浮遊城アインクラッドは、厳密にはSAO(ソードアート・オンライン)のそれではなく、ALO──『アルヴヘイム・オンライン』において実装されたものという方が正解である。*1

 分かりやすくいうと、『tri-qualia』の大地から空を見上げた際、天空に見える空飛ぶ城……みたいな感じになっているというか。

 

 また、『tri-qualia』では移動の際に『.hack//』シリーズにおけるエリアワードを使用することで、自動生成ダンジョンを構築しているが。

 特定のエリア──例えばロストグラウンドのような場所の場合、原作のワードをそのまま使用されていたりする。

 それを踏まえたうえで、あの浮遊城に与えられたエリアワードは『遠き 叡知の 進む先』。……茅場晶彦の求めたそれを隠喩するような言葉が宛がわれているのだった。

 

 ……ここまででなにが言いたいのかというと。

 ああして浮いている浮遊城は、厳密には()()()()()()()()()だ、ということだ。

 

 

「にも関わらず、『とりあえず外から攻撃したら叩き落とせたりしないかしら?』とかなんとか言いながら大神使(ほうぐ)使用して周囲を混乱の渦に巻き込んだってんだから、なにかしらペナルティがあってもおかしくはなかったよねー」

「……それ以上その口を開くのであらば、今すぐここで真っ二つに断ち割って差し上げても宜しいのですよ?」

「アスナさん、丑御前漏れてる漏れてる」

「おっと。……もー、さーちゃんが変なこと言うからだよ?!」

「はいはい、ごめんごめんって(今一瞬マジで斬られるかと思った!?)」

 

 

 ……うん、フィールドに干渉できるレベルの武器を貰った結果、それの試し撃ちがしたい……みたいなテンションになってたらしくってね?

 あとはまぁ、色々思うところのあるアインクラッド相手なので、手加減とか無用かなーみたいな感じに全力ぶっぱしてたというか。

 

 その結果、周囲が雷撃で無茶苦茶になったのは言うまでもない。

 ついでに言うならその破壊の中心部で『おのれ、我が道を阻むか浮遊城……!いいでしょう、いつかその大層な玉座(てんくう)から引き摺り下ろし、その全てを(こわ)してくれる……!』とかなんとか恐ろしい声色で呟く黒色の騎士、なんてものが居たものだから、一時期一般プレイヤーが恐慌状態に陥る始末である。

 ……呪いの装備なんじゃねぇかな、大神使。

 

 で、それに付随してなんでさっきアスナさんがこっちを見てきていたのかというと。

 現状の私が本気を出せば、例えシステム的には別物であっても、概念的に結び付けて本体にダメージを与えられるんじゃないか?……と彼女が疑っているからだったり。

 ──いやまぁ、そういうのはハセヲ君に言って貰って。

 

 

「やらねぇしやれねぇからな!?そもそも射程圏外だっての!!」

「そっか、残念。……スケィス使えたらやれそうじゃない?」

「余計な災禍を持ち込ませようとしてんじゃねぇよ!?」

「いやいや、なに言ってるのハセヲ君。私は単にこのゲームを(こわ)そうとしてるだけだよ?」

「おいキーア今すぐこいつからあれ(大神使)引き剥がせぇ!!」

「アスナさん単に悪ノリしてるだけだから気にしなくていいよ」

「はぁっ!?」

「あっ、もう。キーアちゃんってばばらさないでよー」

(俺は時々アスナが怖い……)

 

 

 フィールドだろうがPCだろうが、等しく干渉できるデータドレイン使えるハセヲ君の方が適任だろう、と話題をパス。

 パスされたハセヲ君は暫くアスナさんに遊ばれていたが……普段はその役割を全部請け負っているのだろうキリトちゃんは、なんとも言えない笑みを浮かべていたのだった……。

 

 

「──とまぁ、そんな感じだったからね。でもまぁ、そもそも大神使をアスナさんに与えたのって運営だし、あれくらいの騒動は想定してたのかも?」

「むぅ、それはそれで向こうの掌の上、って感じがしてやだなー」

「まぁまぁ、落ち着かぬかアスナよ。……とりあえず、こうなったからには素直に攻略するのだろう?」

「最後までやるかはわからないけどね。変に深入りして、変な反応起こされても困るし」

「問題は、運営がそれを許してくれるかだよねぇ……」

「だねー……」

 

 

 で、時間は戻って今現在。

 叩き落とすのは諦めて素直にカオスゲートに向かい、エリアワードを入力してアインクラッドに突入した私たち。

 その結果、この第一層──原作のキリト君がイノシシ狩りをしていたフィールドに足を踏み入れることになったのだけれど。

 そこで何気なく(あるいは手癖・心配から)システムウィンドウを呼び出し、ログアウトボタンがグレーアウトしていることに気が付いた……と。

 

 いや、思わずさっきはみんなしてビビりまくったよね。

 まぁそれを見計らったように運営からのショートメールが届いて、そこに書いてあるお知らせを読むことになったのだけれど。

 ……一般人からしても冷や汗ものだと思うんだけど、実際にそういうことが起き得ると知っている私たちからすれば、まさに冗談で済む話じゃないというか。

 

 ゆえにまぁ、アスナさんがさっきより過激になってるのは仕方の無いこと……え?さっきの件に対してのペナルティみたいなもんかもしれないだろうって?

 

 

「……うん、ちょっと自重するね」

「あっはい」

 

 

 今しがた私の脳内で巻き起こったツッコミが、アスナさんの脳内でも発生したのだろうか。

 彼女は先ほどまでの様子が嘘のように大人しくなり、小さくしゅんとし始めたのだった。

 

 ……まぁうん、落ち着いたんならそれでいいよ、うん。

 

 

「ですが……実際どこまで深入りしたものか、というのは悩ましいですね。今のところはこちらの杞憂だと思いますが、これが杞憂で無かった場合が怖いですし」

「確かにのぅ。今のは変に警戒しすぎたこっちの自爆、とも取れるが……」

「この浮遊城が出来上がった目的に裏があるなら、一般層だけで攻略させるのは後が怖いんだよねー」

 

 

 で、落ち着いたところでこれからの行動目的について、である。

 

 この浮遊城アインクラッドは、恐らく運営は運営でもプログラムが用意したものである、ということは間違いあるまい。

 基本的にイベント事は外から提案という形でプログラムに入力され、それを受諾したプログラム側が自動生成するという形式になっている、らしい。

 その上で、今までアインクラッドは導入しようとしてもできなかった、とも聞いている。

 

 要するに、今ここにある浮遊城は、プログラム側が『その時が来た』とばかりに用意したものだ、ということ。

 で、あるならば。

 この城にはなにかしら明確な目的がある、ということでもある。

 その目的がなんなのか──例えば、大量の一般層を閉じ込めて『逆憑依』を量産しようとしている、みたいな眉唾な話だって気にしておかなければならないのだ。

 

 

「実際、『tri-qualia』が原因となって『逆憑依』になった、って人も複数いるからね」

「俺とかアーミヤさん達とかだったか。……システム的に親和性が高いってだけの話だから、実のところはその辺り意識してるわけじゃないかもしれないけど」

「その辺りはまぁ、プログラムに直接聞いてみるとかしないとわかんないだろうね」

 

 

 実例であるキリトちゃんを眺めつつ、ため息を一つ。

 ……危ないといえば、そもそも既に『逆憑依』になっている面々も同じ。

 バレンタインの時の幽霊列車騒動でこの世界に回収されることとなった社長さんとその娘さん……みたいな感じで、この世界は()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいなことを茅場さんが言っていたことがある。

 それを元にすると、この世界が求めているのは『逆憑依』としての誰か、なのかもしれないという予測が立つのだ。

 

 それが既に成立している存在なのか、それともこれから成立させようとしている存在なのか。

 その答えはそれこそ本人(プログラム)に聞かないとわからないだろうが……ともかく。

 

 

「危険がそこにある、という以上は単にログインしただけで戻るわけにはいかない、ってのも確かだよね」

「あとはまぁ、なんやかんやで楽しみにしてるっぽいキリトちゃんの期待に答える必要もあるよねー」

「……いやその、あくまでやらなきゃいけないのなら楽しむべきってだけの話でだな?」

 

 

 ここで尻尾を巻いて帰る、というわけには行かないのは明確。

 ゆえに、とりあえずログアウトができる安全な街まで進んでみよう、という話になるのだった。

 

 

*1
プレイヤースキルに重きを置いた、ある意味で『tri-qualia』とも相性の良さそうなMMO。『ソードアート・オンライン』シリーズに登場する作品であり、プレイヤーは妖精の一人として他種族との戦いなどを楽しんでいく作品となっている。作中の出来事により一時存続を危ぶまれたが、運営が移管されたことにより無事存続することとなった



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幕間・地味に増え続けていたので

「おー、キリの字!お前も来てたのか」

「クライン!なんだよ来てるんなら一言声を掛けてくれればいいのに」

「いや……その集団に混じる勇気はないわ、俺」

 

 

 街に着いたところ、そこには複数のプレイヤー達がひしめき合っていた。

 どうやら情報を探したり道具を買い揃えたり、みんながみんな思い思いに行動をしているらしい。

 

 で、そんな集団の一角──情報収集を終えたのか、民家の壁に背を預け息を吐く男性二人に視線を向けた私たちは、それが見知った人物であったことに目を丸くしていた、と。

 

 二人の男性の片割れ──クラインは、キリトちゃんが発する言葉に対し、頭を掻きながら視線を逸らしている。

 ……要約すると、ハセヲ君みたいに周囲の視線に刺されたくない、ということだろう。

 

 まぁ、気持ちはわからないでもない。

 単に見た目だけなら、美少女集団でしかないからね、この一団。無論ハセヲ君除く。

 まぁ、実態は変な奴ら大集合なので、別に外から見た時のような華やかさはないのだけれど。

 

 

「むぅ、随分な言われようじゃのぅ」

「そういう台詞は、外から持ち込んだベリージュースを手放してから言うてもろて」

「む……いやこれはMPを回復するためにじゃな?」

「横にウィンドウで警告出てますよ?」

「ぬぐっ」

 

 

 思わず、とばかりに反論を口に出したミラちゃんだが、そういうのは隣に浮かんでる『つかってもこうかがないよ』の警告を消してから言って貰いたいものである。*1

 あからさまにもう回復できないのに飲んでるやんけ、単に飲みたいから飲んでるだけでしょ君。

 

 ……っていうか、アインクラッド内にベリージュースは売ってないから買い足しできないんだけど、その辺りどうするつもりなんで?

 

 

「その辺りは抜かりないぞ。こうしてカンスト数収納済みじゃ」

「うわっ!?千個近く持ってる!?」

「あはは……ゲームならではって感じだね……」

「ここがゲームであることを前提とすると、逆にそんなに持ってる必要ねーだろって話になるんだがな」

「ああ、ベリージュースのMP回復量は……確か総MPの三割だったか」

「……ええいやかましいわ!わしがなに飲んでようと勝手じゃろうが!!」

 

 

 なんて思ってたら、凄まじく力業な解決方法を提示されてしまった。

 

 ……いやうん、確かに千個近く持ってりゃそうそう枯渇することはないだろうけども。

 それはそれで、ゲーム的には百個くらいでも持て余し気味になりそうな回復アイテムをなんでそんなに……?みたいな話になるというか。*2

 

 まぁ、ここが『.hack//』とかの世界みたいに、特定のアイテムコレクターが跋扈しているとこなら問題ないとは思うけど。

 でもこの人使ってるもとい飲んでるんだよなぁ……しかも美味しそうに。

 

 

「ミラちゃん」

「むう、まだなにかあるというのか……」

「飲んでもいいけど、周囲の目がないところでね」

「ぬ?……あっ

 

 

 ……やはり、ゲーム世界での物の味というものに興味が行きすぎて、今の私たちが抱える問題点に気付いていなかった様子。

 

 ただでさえ今の彼女は目で見てわかる──『賢者の弟子を名乗る賢者』の主人公・ミラそのものだと判別できる姿。

 一応、ゲームの中なのであくまでコラボアバターかなにかだろう、と判断されるけど……それでも衆目を集めやすいことに変わりはない。

 

 となれば、必然彼女の動きが()()()()()()()()()()、ということも話題に上りやすくなるわけで。

 ……その結果、なんか滅茶苦茶美味しそうに飲み物飲んでいる、ということにも気付かれるわけである。

 

 あからさまに他とは違う動きを──自然な動きをしているキャラが居るとなれば、それこそ噂になるのは当たり前の話。

 それは同時に、余計な問題が飛び込んでくる確率を上げてしまうのと同義。

 なんなら、今私たちが居る場所──アインクラッドと合わせて、チートかなにかと勘違いされる可能性も大である。

 

 まぁ、実際のところある意味チート……ハードウェアチートみたいなものであることは間違いないのだが、それはともかく。

 変に話題になりたくない、なるべきではない私たちとしては、ミラちゃんの今の行動は褒められたものではない、ということになるのであった。

 

 ……え?禁止じゃなくて注意に留まる理由はなにかって?

 そりゃ勿論、ここ(『tri-qualia』)で食べたり飲んだりするものは独特の楽しみがあるから、禁止しちゃうのはストレスに繋がるからですがなにか?

 

 

「特にサンジ君の作るパフェは、ここ以外だと楽しみ辛すぎるからね、基本的君ってば年がら年中ここに居るし」

「はっはっ、そうやって褒めて貰えるのは嬉しいねェ」

 

 

 ……で、ここまで来てようやく私たちが出会った男性二人組──クラインさんとその相方についての話に戻ってくる。

 うん、今の流れでわかったと思うけど、クラインさんと一緒に居たのってサンジ君だったんだよね。同じ声が左右から聞こえてくる!

 

 

「まぁ、実際そういう繋がりだからな俺ら。サンジの飯って言ったら旨いことで有名だから、ちょっと食べに行ったらこう話が弾んで……みたいな?」

「そうそう。侑子さんにちょっと見てきて欲しい、って頼まれたのもあるんだけどな」

「侑子に?」

 

 

 なるほど、確かにネットでも有名になってたような?

 ワンピースのサンジが店員に居る店、みたいな感じで。

 

 ……しかし、これまた気になる話が出てきたというか。

 侑子がサンジ君にアインクラッドの偵察を頼んだ、ということだが……本人が来なかったのは、意外と本人の戦闘力が高くないという部分もあるだろうが、恐らくは彼女がこの浮遊城の求める世界であった時、面倒なことになるのが見えるから……みたいな話だろう。

 

 そもそも侑子がここにいること自体、ある意味では『tri-qualia』に閉じ込められたから……みたいな話だし。

 その延長線上として、このアインクラッドもまた侑子を求めている……みたいな可能性はなくはないだろう。

 まぁ、なんのために侑子を求めているのか、みたいな部分がわからないのであくまで憶測になるけど。

 

 ともかく、今ここにサンジ君とクラインさんが居る理由、みたいなものはわかった。

 となれば、次にすることは一つ。彼らが集めた情報を共有して貰えないかを聞くことだろう。

 

 

「ん?聞きたいんなら話してもいいが……」

「なにかしら対価を渡すべきでしょ、そういうものだから」

「そうだなぁ……」

 

 

 別になくてもいいんだが……みたいな感じのクラインさんだが、この辺りは決まりをちゃんと守る意思を見せておくべき部分、みたいな?

 ……誰もいないところならともかく、現状この場所は衆目に晒された場所。

 そんなところで一方的な情報のやりとりなんてしていたら、後々他所からたかられる可能性大というわけである。*3

 

 なので、こちらから対価としてなにか渡そう、という話になるんだけど……。

 

 

「うーん、一応交渉って形式にしておこうか?そっちの情報ってどんな感じ?」

「一応、一層の大体の情報は集めてきてあるぜ」

「うわっ……それって結構高くなるんじゃないの?」

「まぁ、まともに情報屋が扱うとするなら、かなり吹っ掛けられるやつだな」

 

 

 ううむ、意外と優秀というか?

 彼らが集めてきた情報というのは、どうやらこの一層に関連した情報、そのほとんどであるとのこと。

 まぁ、プレイヤーとして情報を最初からある程度知っているクラインさんがいたからこそ、みたいな部分もあるのだろう。

 

 それから、だからこそ見えてくる本編との違い……みたいな部分とか。

 原作では、ベータプレイヤーだからこそ引っかかる罠……みたいなものもあったらしいし。*4

 なお、その辺りの悪辣な罠のようなものはとりあえず無かった、と先に教えて貰ったりもした。これくらいなら他に聞かれても、みたいな感じのようだ。

 

 

「他のやつらも気になってるだろうしな、その辺りの話は」

「なるほど……クラインさんがそれを口にすることで、周囲への拡散も期待できるってわけだ」

 

 

 この辺りは、周囲が抱いている微妙な危機感、みたいなものを解す目的もあるらしい。

 ……確かに、クラインさんとアスナさんがここに居る上に、舞台がアインクラッドとなれば警戒されるのも間違いはあるまい。

 まぁ、パッと見た感じキリト君が居ないせいで、実はここにいる面々は運営が用意したNPCみたいなものなんじゃ、なんて憶測も生んでるみたいだけど。

 

 

「しっかり居るんだけどね、キリト()()()だけど」

「そーっと近付いたあと、俺を見て『あれ?』って感じに帰って行くんだよな……」

 

 

 ソードアート・オンラインが『一人の特別なプレイヤーの話』みたいなものであることから、今回のこれもそれに倣ったものなのでは?……なんてことを思うプレイヤーは多い、ということなのだろう。

 まぁその結果、夢を砕かれたみたいな感じに去っていく人がいっぱい居るのは、正直どうなんだと思わないでもない私なのであった。

 

 

*1
ゲーム『ポケットモンスター』において、使っても意味のない消費アイテムを使おうとした際にでるメッセージ。プレイヤーが目にしやすいのはいわゆるドーピング系アイテムを使用した際。設定された数値まで使うとそれ以上ステータスを上げられなくなる為、その際にこの文言が表示される

*2
大抵のゲームにおいて、消費アイテムの所持数上限は99個であることが多い。これは二桁で表示できる数の最大数であるが、これを100にすると今度は三桁表示できるのにそれ以上持てないのか?……と疑問が湧くから、みたいな面もあるのかもしれない

*3
無料だと客の質が下がる……みたいな話。その場所を利用できる層が増えれば勿論ビジネスチャンスも増えるが、同時に問題のある相手にかち合う可能性もまた増える、ということ。世の中のソシャゲは基本無料で客層を広く保っているが、同時に普通に有料にしていたら届かない相手にも届く/届いてしまうことで発生する問題・ないし利点が多くある

*4
一層ボスであるイルファング・ザ・コボルト・ロードの攻撃パターンが有名。体力が減ると武器が変わるというのはベータと同じだが、その内容が曲刀から刀に変更されていた。一応、ゲームシナリオ的にはベータから本編の間にボスの交代劇があった、ということになるらしい(つまりベータと本編では別人)



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幕間・そういうこともあるのかもしれない

「……なるほど、これはとんだ失礼を……」

「いえいえ。私たちももし自分が当事者じゃなかったら、同じ事をしてたかもしれませんので」

 

 

 はてさて、私たち(主にアスナさんとクラインさん)を見て勘違いするプレイヤーが少なくない中。

 私たちは、とある一般プレイヤーと会話をしている最中であった。……二人に気付いただけではなく、他の面々もなにかしらのキャラ(の、コラボアバター)だと認識してしまったからである。

 

 まぁ、私だけは微妙に首を傾げられたのだが。

 ……髪の色が彼女の記憶の中の存在(マジカル聖裁キリアちゃん)と違ったため、微妙に結び付かなかったらしい。

 他の面々は原作まんま……というと一人おかしいのだけれど、少なくとも髪色の変化はないのでイメチェンかな?くらいで済んだのかも。

 

 

「キーアちゃん、言いたいことがあるならハッキリ言っていいのよ?」

「一般の人に怖がられてて草」

「そ、それはその……バイザーが良くなかったというか……」

 

 

 ……で、件の人物であるところのアスナさんはというと、流石に自分の姿が端的に言って怖い、と思われていたことにちょっと傷付いている様子。

 まぁ、本人的にはちょっとしたイメチェンでしかなかったのに、思ったより重く取られてしまったことに後悔?みたいなものがあるというか?

 

 ……でも仕方ない。だってバイザーと鎧の色からわかるけど、今回の彼女のイメージ元ってあからさまにセイバーオルタなんだもの。

 それがアスナさんに(イメージとして)くっついているのだから、ある程度詳しい人なら変な想像をしてもおかしくないというか。

 

 

「変な想像?」

「オルタって悪堕ちってイメージでしょ?正確には違うらしいけど。*1で、映画の方とか見たことあるなら暴走とか敵に洗脳されたとか、そんな感じに見えるってわけ。……それから、『tri-qualia』自体はALOに似てるってこととこのアインクラッドの実装の仕方、さらに原作でのアスナさんのポジションを考えると……」

「……あーなるほど。うすい本でよくある展開、ということじゃな」*2

「なるほど、キーアが大嫌いなやつか」

「そうそう私が嫌いなやつ……いやまぁ確かにそうなんだけど、そこで私を話に出す必要ある???」

 

 

 ……雑に言ってしまうと、ALOのラスボスに寝取られた結果の姿、みたいに思われそうというか?

 本来白い姿が黒い姿に変化しているというのは、古今東西悪堕ち要素のあるファンタジーで多用されて来た姿であるわけで。

 

 で、アスナさんの場合原作での隙?みたいなものがあるのでそういう想像も容易である、と。

 ……いやまぁ、隙云々の話をするとSAOのヒロインってみんなそういう要素が少なからずある、ということになってしまうわけなのだが。

 だってそういう話からキリト君が救うことで惚れられる、みたいな流れがほとんどだし。

 

 

「敢えて言うなら、リズベットちゃんとリーファちゃんだけ隙云々とはちょっと違う感じというか?」

「あー……他の面々が危機からの救助って形が多いのに、その二人は普通に出会ってる感じに近いからか?」

「まぁ、そういうこと」

 

 

 出会いから惚れられるまでの展開の中に、なにかしら他者による危機が発生しない……みたいな感じというか。

 そういう話を書く際に、自然と原作のエピソードに挟み込める話がない、とも。

 

 アスナさんならオベイロン、シリカちゃんならロザリア関連、シノンなら新川恭二……というような、酷い目にあう可能性を想定できる相手・タイミングがないというか?*3

 なので、仮に彼女達でそういううすい本を書こうとすると、作者側がそういう展開を作る必要がある……と。

 

 まぁ、そう考えるとリーファちゃんはあれだな、となるのだが。やはり胸か……(遠い目)*4

 

 ともかく、今のアスナさんが『なにかあった』結果に見える、ということは確かな話。

 そりゃまぁ、一般プレイヤーからしてみれば怖く見えても仕方あるまい。

 

 ……そういう意味で、現在私たちに付いてきているこの人は、中々奇特な人と言えるのかもしれないが。

 

 

「えっあっ、ええとその……」

「ああ気にしないで。別にそれが悪いって言ってるわけじゃないから」

 

 

 こちらの言葉に、恐縮したように縮こまる(ような空気を感じる)プレイヤーが一人。

 ……見た目からわかる通り完全に一般PCなのだが、この人もまたアスナさんとクラインさんを見て声を掛けてきた人の一人である。

 

 なお、声から察するに多分女性。

 見た感じそこまでプレイングが上手いってわけでもないので、単純に上手そうな人に話が聞けないかと近寄ってきた可能性も否めない。

 無論、見知ったキャラクター達に物珍しさを感じて近付いてみた、というだけの可能性もあるが。

 

 

「そう考えると、やっぱりアスナさんがノイズなんだよなぁ。あからさまに黒いしアスナさんだってすぐに結び付かなくない?」

「え?……ええとその、実は最初鎧については気にしてなくて……」

「ん?」

「その、皆さんと話している時は外してたじゃないですか、バイザー」

「あー……」

 

 

 なるほど、移動を始めるまでは確かにアスナさんは顔を外気に晒していた。

 そこから戦闘フィールドに戻るとなった際に、防具としてバイザーを装備し直したのだ。

 

 なので、そうなるまでは彼女の素顔を見る機会があった、と。

 ……言われてみれば、確かに顔が見えているのならアスナさんであると認識するのはそう難しくない。

 だってバイザーの下は普通のアスナさんなんだもの。目の色が変化していたりしない、というか?

 あからさまに洗脳されたような痕跡が見えない、とも。

 

 逆に言うと、バイザーを掛けるとその辺りの判別ができなくなり、外見からの印象で認識するしかなくなる……と。

 

 なお、この会話の結果アスナさんは躊躇なくバイザーを投げ捨てた。

 なりきりとしてはあった方が良いのだろうが、やりすぎて本当に悪堕ちしても困る、とか思ったのかもしれない。

 

 ともあれ、この一般PCさんを連れて行動することになったのだけれど、なにも適当に受け入れたわけではない。

 では何故、目立ちたくないとかなんとか言いながら明らかに噂の出発点・開始点となりうる相手をパーティに迎え入れたのかというと。

 

 

「……ところで、もしかしてだけど私たちに声を掛けてきた理由の中で一番大きいのって、()()だったり?」

「あ、はい。そんなところというか……当たったはいいけど上手く使いこなせなくて」

 

 

 視線を相手の背後に移せば、彼女は恥ずかしげな空気を纏わせながら、自身が背負った()()を撫でて見せる。

 

 ……『tri-qualia』が結構無茶苦茶なゲームである、ということは以前語った通り。

 その無茶苦茶さは、私たちのような『逆憑依』以外でも、ある程度ならキャラの真似を──アニメやゲームのキャラクターの真似を出来てしまう、というところにも現れている。

 

 例えば、巨大な鉄塊の如き大剣を背負い、傭兵のように戦う人物が居たり。

 例えば、拳のみで戦うストリートファイターのような存在がわらわら存在したり。

 例えば、ファンタジー系列に思える作風にも関わらず、近未来的武装も普通にポンポン存在するため、それらを扱うキャラの真似もできてしまったり。

 

 そういう流れを継ぐもの、というべきか。

 はたまた、そういう流れを助長するものというべきか。

 この『tri-qualia』内では、結構な頻度でコラボガチャというものが開催されている。

 そして、それらのガチャの中には、特殊な仕様のアイテムが含まれているのだ。

 

 どう特殊なのかといえば、それはそのアイテムの()()()

 他のアイテムがこのゲーム相応の──と言っても、他のゲームに比べればリアリティは雲泥の差だが──グラフィックなり性能だったりするのに対し、それらのアイテムはあまりに滑らかな──それこそ、ゲームが違うかのような質感を持つのだ。

 

 そしてそれらのアイテムは、それゆえになにかしらの特殊技能を付与されている。

 言い換えると、一種のユニークアイテムだというわけだ。

 

 ……一応追記しておくと、これらのアイテムはプレイヤー間の争いを助長するためのものではない。

 何故かといえば、結局のところこれらのアイテムはごっこ遊びのためのものだからだ。

 

 端的に言うと、スペック的にはこれらの武器・アイテムより優れたものが存在し。

 また単なるごっこ遊びとしても、少しスペックや質感が下がるがほぼ同じ見た目のアイテムなどが代用として実装されている。

 つまり、余程拘りがなければ妥協は十分に可能、というわけだ。

 

 そもそもの話、原作外のコラボゲームなどでキャラクターの見た目を再現する際、必要なのはあくまでもアバターとしてのそれだけ。

 完璧に原作そのまま、みたいなものは寧ろ求められていないというべきか。

 あるいは、仮にそうしてしまうとゲームの中から浮いてしまう、とも。

 

 さて、話を彼女の背中のそれに戻すと。

 それはいわゆるガチャの当たり、とでも言うべきもの。

 それぞれのキャラクターを象徴すると言っても過言ではない、それがあればそのキャラだと誰もが認知するようなシンボル。

 そういうものに定義されるそれを、彼女は偶然にも入手してしまったらしい。

 そして、たまたまでも入手したのだから、これを使いこなせるようになりたいとも。

 

 とはいえ、彼女はあくまでも一般プレイヤー。

 別にその作品の再現に熱をあげるほど入れ込んでいるわけでもない。

 なので、ある程度使ってみて無理そうだと思ったのなら、どこかのオークションに投げるつもりでもあったそうな。

 

 そんな彼女だったが、ここで運命のイタズラがあった。

 なんの因果か、彼女がたまたま選んだ移動先に、この()()に関わりのある人物がいたのだ。

 正確には、原作を同一にするキャラクターを再現しているプレイヤーが。

 

 彼女達はそれらのキャラクターとして自然な態度を取っており、ゆえに恐らくは上級者なのだろうことが窺える。

 また、他者と会話する様子からはいきなり話掛けても邪険にされる可能性は低い。

 

 それらの話を総合した結果、彼女はその人物に──アスナさんに声を掛けることを決めた。

 途中、変な行き違いもあったが……寧ろ、原作そのままから崩しても本人であることを保っているその姿に、見習うべき姿勢とでも言うべきものを感じ、同行を願い出たと。

 

 なんとまぁ、生真面目な気質なのだろう。

 そんなことをこちらに思わせる彼女は、自身の背負った()()()()()()──ウルティマラティオ・ヘカートⅡを愛おしげに撫でていたのだった。

 ……うん、本当にオークションに流すつもりがあったのか、心配になるような姿ですね(白目)

 

 

*1
『自分の中の格となる部分を裏切ったもの』(要約)とのこと。『正義の味方』から『悪の敵』になったエミヤ・オルタがそういう意味ではわかりやすい

*2
主に18禁同人誌でよくあるやつ。敵方にあれこれやられた結果洗脳されて敵対する、みたいな感じと書くと一般作品でも見なくもない展開になる

*3
寝取りをする男を新しく生やす必要性があるかないか、とも。オリジナルキャラを突っ込まずに済むとも考えられる

*4
SAO内で一番胸が大きい為か、そういう本がわりと多い。……キリトがそういうことされる本も意外とあったりするのはどういうことなのか()



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幕間・嫌な予感しかしないけど止めるには道理が足りない

 はてさて、推定シノンとしてリーチが掛かっているとおぼしきこの少女。

 一応、背負ったヘカートⅡ*1以外にシノンを連想させるような部分はない。

 声が似ているということも、ましてや言動などが似ているということもない。

 あくまで、その背負いものだけが彼女を匂わせているという状態である……のだが。

 

 

(……ナルト君の一件を思い出すなぁ)

(確か……わしが合流する前にただの人から変化した、とかじゃったかのう)

(あれをただの人、というのは憚られるけどね)

 

 

 どうにも、似たパターンで『逆憑依』となった人物──ナルト君のことを想起してしまうというか。

 ……基本的には珍しいパターンのはず、なんだけどねぇ?

 

 

(場所が宜しくないんだよなぁ……)

(あー、俺達みたいなパターンってことか?)

(一応、動きからして最新式のHMDとかを使ってるわけじゃないとは思うんだけど)

(だからって安全か、って言われると疑問が先立つってわけか……)

 

 

 そうなってくると問題なのが、ここが『tri-qualia』の中であるという点。

 一応、相手が使っているのは以前発表された新型HMDとかのような、フルダイブ系のマシンではなさそうだが……だからといって安心か、と言われるとそれも疑問である。

 

 確かに、フルダイブ系のマシンの方が『逆憑依』の発生率が跳ね上がるため危険性は上がるが、だからといって普通のHMDが安心かと言われればそれはノー……というのは、うちのキリトちゃんを見ていればなんとなく理解できるだろうというか?

 そういうわけなので、今の彼女はわりと危うい状態にあるということになるのだった。

 

 ……ただまぁ、この場において気にするべきことは他にもあったり。

 

 

(『逆憑依』が起きる大体の基準、みたいなのについて聞いたことは?)

(いや、俺は知らねぇな。キリの字は?)

(俺もあんまり。アスナはそういうの詳しいんじゃないか?)

(うーん、知らないこともないけど……正直キーアちゃんに比べたら全然、って感じじゃないかな?)

(まぁ、この中で一番詳しいと思われるのは、キーアで間違いないのう)

(……いや、別に詳しさを問い掛けたわけじゃないんだけど)

 

 

 概要だけでも聞いたことがあるか、みたいな話だったんだけどなー。

 ……まぁいいや。

 とりあえず、『逆憑依』が起きる条件とおぼしきものに、()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高い、というものがある。

 

 ここで言う『危機』は主に生命の危機を指しており、例えばココアちゃんの元となった少女は、はるかさんの言葉が正しいのであれば余命を気にする必要のあるレベルの重病人であった。

 また、こっちは特殊な例になるがかようちゃんなんかはもろに生命の危機を間近にしていたことが、彼女達の証言により明かされている。

 

 ……この辺り、『逆憑依』する前の記憶が判然としないことも多いために余り検証は進んでおらず、絶対にこれが条件だとは言い辛いところもあるが……。

 まぁ、裏付けが取れるケースにおいて、それが占める確率が高いことは嘘ではない。

 

 また、『逆憑依』が起きやすくなる例として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものがある。

 

 これに関しては、琥珀さんが唯一人為的に『逆憑依』を起こせた、という点からの逆算・およびそれを前提としての検証の結果判明したことなのだが……。

 例えば、以前のその人が清廉潔白な人物であったのならば『逆憑依』によって現れるキャラというのも清廉潔白であることがほとんど、という形になる。

 

 無論、絶対にそうなるというわけではないのは、いわゆるレベル4──自身とキャラが噛み合わないというパターンがある以上明白だが。

 それでも、大半の『逆憑依』において()()()()()()()()が選ばれる、というのは間違いではない。

 

 ……それらの情報を総合すると、この子もしかしたら()()なのではないか、ということになってしまうのだ。

 

 

(そう、というと?)

(……作中のシノンと同じだとすると、もしかして正当防衛で誰かを……)

(そして、それを知った誰かに付け狙われている……みたいな可能性もあるかも)

(……いや、流石にそりゃ論理が飛躍しすぎじゃねぇか?)

(まぁね。でもまぁ、気にして見といた方がいいかも、ってのは本当だよ)

 

 

 変に突出する癖があったりしたら特に。

 ……生き急いでいる、いや()()()()()()()みたいな兆候が見えたらアウトである、みたいな感じというか?

 もし仮にそうなったら、寧ろ『逆憑依』を止める方が宜しくない。

 そういう裏事情がなく、たまたま何処と無く似ているために『逆憑依』が発生し掛かっている……という形なら止めた方がいいが、もし現実で問題が起きているのなら成り行きに任せた方が良い……という扱いになるのだ。

 

 そこら辺の見極めをしっかりしていこう、という注意喚起であると話を纏め、念話を終了する私である。

 

 ……うん、念話だったんだよね、今さっきまでのやりとり。

 チャットだと例え表に出さずともなんとなくなにか話している、ということを察せられる可能性があるためにこっちを選んだんだけど……。

 

 

「……ええと……」

「どうかしましたか?」

「え、ええと……なんでもないです……」

 

 

 ……なんでかな、この子こっちがなにか裏で話してる、みたいに気付き掛けてる気がするんだけど。

 これはあれか、既に『逆憑依』が発生し掛かってるとか?

 あれだ、クラインさんとアスナさんとキリトちゃんという関連キャラが揃っているから、そういう反応が進みやすくなってる……みたいな?

 

 うーん、このまま先に進んでもいいものか……。

 とはいえここでいきなり引き返すのも、それはそれで宜しくなさそうだ。

 こっちを気にしつつも歩を進めることを止めない少女の姿に、私はなんともいえない気分でため息を吐き出したのだった──。

 

 

 

 

 

 

「火力たっか」

「その分扱いが難しいんですよね。今の私だと他のサイドアーム*2を持ち込むのは難しいですし」

 

 

 一先ず『逆憑依』云々の話は置いておくことにして、彼女の今の動きを確認することにした私たち。

 

 アドバイスをするにしても、彼女がどれくらい動けるのかを見なければわからない……。

 という建前で始まった戦力検分は、少なくともこんな低階層で振り回すような武器じゃない、というヘカートⅡへの評価に終始してしまう形になったのだった。

 

 いや、塵も残さず消し飛んだんですけど敵キャラ。

 確かにアンチマテリアルライフルだし、並大抵の敵だと相手にならないだろうなぁとは思ってたんだけど……。

 

 

「まさかレアポップのコワッパが跡形もなく消し飛ぶとは……」

「確かアイツ無駄に防御が高いから、殻に閉じ籠ってる間はまともに戦闘にならねぇってタイプだったよな……?」

「殻ごと吹っ飛んだぞオイ……」

 

 

 ……うん、みんなが驚愕しているように、以前突然遭遇した結果酷い目にあったレア敵・コワッパの防御ごと吹っ飛ばすという無茶苦茶を達成したのである。

 

 いやまぁ、重量などの問題から寝そべって狙撃するしかない──咄嗟の取り回しが悪い、という欠点があるにしたって、そんなデメリットを吹き飛ばすような軽快すぎる威力だというか。

 しかもアンチマテリアルライフルなので、有効射程はおよそ二キロ。

 ……ほぼ一方的に攻撃できる距離であるため、近距離が疎かとか言われてもデメリットになってないというか?

 

 ……まぁ、本人が言う通りどうにも武装枠を相当圧迫するようで、今の彼女だとこいつを背負ってる限り狙撃しかできない……みたいな感じになっているようだが。

 一応、無理をすれば中腰で撃つこともできるらしいが、その場合は命中率はお察しになるとのこと。

 

 ……原作のシノンはわりとSTRを鍛えているらしく、いわゆる竹槍戦法*3も形にはなるみたいだが、ここでの彼女はそうはいかない……ということになるようだ。

 まぁ、その辺りの話を含めたとしても、その火力と有効射程の時点でお釣りが来る気もするわけだが。

 

 

「でも、折角ならもっと上手く使いたいって思うじゃないですか?……そう、どんな場所でも即座に狙撃体勢に移れるくらいには」

「まぁ『tri-qualia』はセンス重視だから、その辺りはとにかく練習するしかないね」

「……ですよねー」

 

 

 はぁ、と肩を落とす少女。

 まだまだ道は長い、と言った感じである。

 

 ……ただまぁ、こうしてみんなの前でヘカートを使ったことで、やっぱりこれを手離すのは惜しい……みたいな気分にもなったようだが。

 気持ちはわからないでもない、あれだけ軽快に敵を吹っ飛ばせるなら、ストレス発散とかの方面でも役に立ちそうだし。

 

 

「ストレス……」

「おっと、なにかわけありだったり?とはいえリアルの話はご法度だから、ここは聞き流しておくねー」

「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 

 ……うん、失言だったかも。

 さっきまでの様子が嘘のように『スンッ……』となってしまった少女に、思わず冷や汗を垂らす私である。

 周囲の面々の視線も痛いし、これはやらかしてしまったんだぜ☆……いやゴメンて。

 

 

「と、とりあえずそちらの現状は把握しました。攻略の上で邪魔になる可能性はゼロなので、今日は登れるところまで登って見ませんか?」

「あ、はい。宜しくお願いします」

 

 

 どうにか話題を軌道修正し、ふぅと額を拭う私。

 そうして、私たちは本格的にアインクラッドを攻略し始めたのだった……。

 

 

*1
ギリシャ神話の女神である『ヘカテー』の名前を持つ、フランスのPGMプレシジョン社が開発した狙撃銃。同社の開発する『切り札(ウルティマ・ラティオ)』シリーズの中では最大となる『12.7mm弾薬』を使用する為、その破壊力はかなりのもの。有効射程は1.8km、発射速度は825m/s。大きさは大体1.3mほどであり、一応持ち運びできなくもないサイズ

*2
副兵装。メインの武器とは違い、常に使うわけではなく特定の状況においてのみ使う武装。近距離用のナイフなどが該当する。現在の少女は重量オーバーの為、ヘカート以外の装備がない状態

*3
長物≒ライフルを小脇に抱えた状態で突撃し、その状態でゼロ距離射撃を行う戦法。見た目が竹槍を構えて突撃する姿に似ている為こう呼ばれる。正確には『スコープを覗かずに撃つ』ことを指し、そう言った形で前線に突撃してくるスナイパーを『凸砂』とも呼ぶ。本来のスナイパーのスタイルからは遠く離れた動きであり、まず現実的にやれるものではない戦法でもある(まずそんな長物持って動き回れない)



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幕間・ある意味とても縁深い話

「……さっきも思ったんだが、SAOのモンスターだけが出てくるってわけじゃねぇんだな」

「まぁ、それだとSAOのゲームやればいい、って話になっちゃうしねー」

 

 

 突撃してくるドスファンゴ*1を回避しながら斬りつけるクラインさんに、小さく苦笑を返しながらとどめの一撃を脳天にぶちかます私。

 哀れなドスファンゴはその一撃によって体力を全損し、特徴的なエフェクトを残しながらポリゴンの塊となって霧散していったのだった。……そこはSAO仕様なのね。

 

 現在私たちが居るのは第五階層。

 ゲームなどでは遺跡をモチーフにした作りとなっており、クォーターポイントほどではないものの五階ごとの区切りとなる階層であることも相まって、ここから難易度が少しずつ上がっていく仕様となっている。*2

 

 それはここ『tri-qualia』でも変わらないようで、先ほどまでの階層では雑魚モンスターといえば単なるブルファンゴだったのだが、ここではドスファンゴがそれなりの頻度で湧いてくるようになっていたのだった。

 まぁ、流石にモンハン本編ほどタフではないのだけれど。

 

 

「急所攻撃とかで十分対処できるからな」

実際のゲーム(モンハンの方)だったらこんなことできないよねー」

 

 

 仮にできるとすれば、一時期環境を無茶苦茶にした()()くらいのものというか。

 ……そう返したところ、いまいちピンと来なかったのか「アレって?」と聞き返してくるキリトちゃんである。

 

 

「えーと、アイルーっているでしょ?二足歩行の猫の」

「ああ……いるな。それが?」

「あれって登場したのがセカンド(2nd)Gの頃だったんだけど、その時って自分の雇ってるアイルーを通信を通して他人にも雇用(はいふ)できるようにする機能が付いてたんだよね」

「……そりゃまた、なんで?」

「ランダム性が幾つかあったみたいだよ?毛並みとかカラーリングみたいな戦闘とは関係ない部分から始まって、覚えるスキルとかどういう行動を優先するか、みたいな部分まで」

 

 

 なので、その辺りの解説を休憩がてら行うことに。

 語るのはモンハンのマスコットであるアイルー、その中でもハンターと一緒に戦ってくれる相棒のような存在であるオトモアイルーについて。

 

 彼らがハンターに付いてくるようになったのはPSPにおける第三作、モンスターハンターという作品が明確に跳ねた記念碑のような作品とも言える『モンスターハンターポータブル2ndG』。*3

 国内だけで四百万本売り上げたこの作品において始めて、アイルーはハンター達と共に戦場で戦うようになったのだが……その当時はまだまだシステムとして荒削りなものであった。

 

 具体的には、その時は基本囮にするのが基本戦術……みたいな感じだったというか。*4

 

 

「今みたいに積極的に攻撃に行ったりしてくれなかったみたい。猫らしく気まぐれだったとか?一応、性格によっては攻撃を優先してくれることもあったみたいだけど」

「……性格が違うとどうなるんだ?」

「まったく攻撃せずに採取に精を出したり回復だけしてくれたりとか?」

「……確かに囮にしかならなさそうだな」

 

 

 現状の最新作である『ライズ』では戦闘も採取も回復もなんでもやってくれる辺り、その違いは明白と言えるだろう。

 そりゃまぁ、モンスターからのターゲットを分散するくらいにしか使えない、なんてことを言われてしまうのも宜なるかな、というか。

 

 無論、それは性格やステータスの吟味を怠った結果、というのも間違いではない。

 何度も連れ歩き成長させることで、攻撃の際にモンスターから素材を入手するようになったり、小型のモンスターであれば撃退できるくらいには強くなったりもするのだ。

 あとはまぁ、なんだかんだと言っても猫なので、見てて癒される……みたいな効果もあったそうな。それに関しては今も、だが。

 まぁともかく、どちらかといえばソロで遊ぶ際に場面を賑やかしてくれる相手、みたいなものだったのは確かなのだろう。

 

 ……それだけならまぁ、大した話ではないのだが。

 PSP全盛期である当時は、同時に()()()()()の全盛期でもあったため、大きな問題を引き起こすこととなる。

 

 

「問題?」

「ある意味キリトちゃんにも関わりがある*5かな?──チートだよ、チート」

「……うん?今もそれはある程度問題になってないか?」

「当時は特に知識の薄いような人でもすぐに手が届く、ってくらいに一般化してたんだよ」

 

 

 主にPSPが高性能のわりに改造しやすかったから、という所が大きいとは思うが。*6

 ……まぁともかく、当時のモンハンはチート問題とも付き合う必要性のあったものだ、ということは間違いあるまい。

 無論、酷くなるのはこれから先──舞台(ハード)が3DSに移ってからということになるのだが。*7

 

 ともあれ、当時のモンハンチート界隈で有名になったもの──被害が一般層にも広がりやすいものの一つに、アイルーを利用したものがあったことは確かな話。

 

 

「……ん?どういうことだ?」

「さっきアイルーは配信できる、って言ったでしょ?……要するにこれ、改造アイテムの配信と方向性的には同じことなのよね」

「あっ」

 

 

 ……そう、この話においてアイルーが問題になるのは、それが他者に受け渡せるものだったという点。

 言い換えると、ステータスを改竄された──チートを施されたアイルーを、簡単に他者に受け渡せてしまったという部分にある。

 そう、単純なステータスの改竄程度であるため、他のプレイヤーのデータに移動させたとしても特に問題なく機能してしまうのだ。

 

 チートと言うのは原則、それを使用するプレイヤーがなにかしらの特殊な手段を用いる必要があるもの。

 言い換えれば『道具がなければできない』ことなのだが、これに関しては他者から貰うという形でその条件を容易く満たせてしまう手軽さこそが問題だったのだ。

 ハンター本人のステータスを改竄するより遥かに簡単に行えるこの行為は、それゆえにそれが問題であると気付けない人間にとって『寧ろ何故使わないのか?』と考えさせてしまうほどのものだったわけである。

 

 

「その結果発生したのが、攻撃力の値をバカみたいに上げてどんなモンスターでも一撃で倒せるようになった()()()()()()アイルーと、それに頼りきりでまったくプレイヤースキルの磨かれていない初心者……みたいな地獄の環境だったってわけ」

「うわぁ」

 

 

 そうしてそのアイルーに付いた名前が、悪魔猫・ないし悪魔アイルー。*8

 当時のとある掲示板においては、おおよそ尋常な生き物とは思えない姿として例えられるコピペが出回るようになったとされる、おぞましきチートの産物である。

 

 ……この話が何故話題になったのかと言えば、やはりその導入の容易さにあるだろう。

 友達から貰えばそれですぐに使えるのだから、それこそ導入に対する心理的抵抗さえ越えてしまえばなんの準備もいらない。

 通常のチートが一応『そういうツールを自ら進んで使う』という、ある種の物理的抵抗を越えることを必要とすることを思えば、当時のプレイヤーの中でこれを使わずに済ませられた者達はある意味鋼の精神の持ち主だったんじゃないか、とすら思えてくるレベルだ。

 

 

「そ、そこまでか……?」

「当時はチートに対する認識が今ほどしっかりもしてなかったしね。やらない方が悪い、くらいに考えてた人も結構多いんじゃないかな?」

「えー……」

 

 

 その辺りを語り出すと、とある政治家さんにも飛び火するのでこのくらいにしておく*9けど……まぁともかく、今から見れば明らかに犯罪になるような行為でも、それが『犯罪である』という認知が進んでいなかった当時ならその広がりようも……というわけで。

 

 こう考えると、今の時代はチートとか改造とかに対する認知が進んだんだなぁ、と思わないでもない私である。

 ……いやまぁ、代わりに内部データの解析みたいなグレー?ブラック?みたいな方向に進んでいる人もいるようなので、その辺りどうなんだろうなぁとも思うのだが。

 

 ……とまぁ、ここまで語り終えたことである程度休憩できたので、チート云々の話は一度打ち切るとして。

 いやほら、あんまり深掘りしてると私たちとチートの境界って?……ってなるから宜しくないし?

 

 

「……?えっと、もしかしてこれ(ヘカートⅡ)のことを仰ってます……?」

「ああいや、キリトちゃんとか存在が諸にそうだから」

「……ああ、そういえばビーターってそういう意味でしたね」

 

 

 不思議そうに首を捻る少女にごまかすような笑みを返しながら、私たちは遺跡の奥へと進んでいくのだった……。

 

 

*1
『モンスターハンター』シリーズに登場する巨大な猪のモンスター。小型の猪であるブルファンゴの親玉(ドス)のようなポジション。ハンターを見付けると突進してくる面倒臭い()モンスター。一応ボス格なので他の大型モンスターと一緒に出てくることが少ないのは救い……だが、代わりに小型種の方は普通に出てくる上こっちが大型モンスターと戦っていても容赦なく突っ込んでくる為、ハンター達からは大層嫌われていた。最新作である『ライズ』では大型モンスターが居ると逃げるようになったので、不快感は軽減されたとかなんとか

*2
アニメには第二層から第七層は登場せず、いきなり第八層に飛ぶことになる為これらの階層の情報は後年明らかになったもの。主に『プログレッシブ』などで明らかになっており、特に第五層は『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ』における主題となる舞台である

*3
事実、それ以前の同シリーズの売上は国内180万程が最大値。それでも十分なミリオンセラーだが、2ndG以降の売上は桁違いのものになっている(特に『ワールド』は世界売上2000万越えである)

*4
性格による行動ムラやサボり癖などから、基本的には賑やかしでしかなかった。プレイヤーが動かせるようになったニャンター、およびそれ以降(ワールド/ライズ)の彼らからすると雲泥の差である

*5
彼の異名の一つ『ビーター』は『ベータテスター』+『チーター』の二つの単語から作られた造語

*6
改造できる型のPSPがネットオークションで高騰する、ということも起きていた。ゲーム以外に音楽プレイヤーとしても優秀だったりする

*7
改造クエストの蔓延は当時多くの子供が持ち合わせていた3DSの方が広がりやすかった、ということでもある

*8
通常数百程度の攻撃力を数万単位に跳ねあげたもの。それだけだと殴られたらすぐやられる為、防御も同じくらいに跳ねあげたものが一般(?)的。また、先の説明通り性格によっては高攻撃力も無駄になりかねない為、そちらも弄ってあることがほとんど(攻撃力は爆弾には影響しない為、大抵直接攻撃のみを行う性格にしてある)

*9
子供にそういう類いのモノを使わせていることを普通に公言していた人がいたとかなんとか



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幕間・ボスだー!

「アリだー!?」

「なんてこった、このゲームは地球防衛軍だったのか……」

「言ってる場合か!?滅茶苦茶湧いてきてるぞこいつら!?」

 

 

 はてさて、第五層のボス部屋にやってきた私たち。

 本来ここのボスとなるのは『フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス』──アインクラッドを第一層から書き直す、という名目で作られた『ソードアート・オンライン プログレッシブ』において登場した巨大なゴーレムのはず、なのだけれど。*1

 

 原作通りでは面白くないということなのか、この層のボスとして選ばれたのは巨大な蟻の一群であった。

 ……そう、巨大な蟻の()()である。

 

 なんとまぁ恐ろしいことに、本来ゴーレムが遺跡と一体となって襲ってくるはずのこのフロアは、今や巨大蟻の巣穴として増改築されてしまっているのだ。

 

 至るところに横穴の空いたこの広間において、死角を消すことは不可能に近い。

 ……というか、出てくるのゴーレムだと思ってたせいで普通に真ん中まで進んじゃったからボス広間から退避もできないし。

 

 

「……ボスを倒さねぇと出られねぇってのは、どこのゲームも同じなんだな」

「なんでお前らそんなに余裕そうなんだよ!?」

「いやまぁ、既に似たようなことやったことがあるから……」

「はぁ?!」

 

 

 とはいえ、焦っているのはクラインさんくらいのもの。

 それが何故かと言えば、似たようなギミックのダンジョンに関しては既に体験しているから、というところが大きい。

 無論、この場合の似たようなダンジョンというのは原作での()()のことではなく、なりきり郷で体験することのできるもの──企業ダンジョンのことなわけだが。

 

 

「……きぎょうだんじょん???」

「うむ。企業が経営してるダンジョン、みたいな感じのものでね。ダンジョン・コアの性質からその企業の主要取り扱い商品に因んだモノに変化するのが特徴なんだよね」

「……????」

 

 

 おっと、クラインさんが宇宙猫と化してしまった。

 蟻がいっぱい湧いているこの状況下においてはその行為は自殺志願者となにも変わらないため、適度にフォローしておく私である。具体的には影分身じゃい!

 

 

「あとはまぁ、コイツがいる時点で単なる数の暴力に勝ち目はねぇ、って部分も少なくねぇな」

「……いや、そうは言っても向こうの飛ばしてくる蟻酸とかどうすんだよ……?」

「肉の盾作戦だ!ぐわーっ!!」

「悲鳴をあげながら突っ込んで行った!?」

 

 

 巨大蟻がなんぼのもんじゃい、ということで無数に増えて群がりに行く私である。……蟻が逆に数に集られるとはこれ如何に。

 

 あとはまぁ、地球防衛軍の蟻と言うと蟻酸を飛ばしてくるもの*2だが、それに関しては私が人の壁になることで防ぐとしよう。

 滅茶苦茶痛いがそれで済むのなら安いものさ!……だからここでのあれこれはマシュには他言無用な!

 

 

「……なんでまた?」

「『何故せんぱいは私という盾がありながら盾役を率先して志願するのですか!?』って怒られるから」

「そこは素直に怒られとけよ」

 

 

 

 

 

 

「ふぃー、やーっと終わった……」

「結局巣穴の蟻達を全滅させるまで終わらなかったな……」

 

 

 開いた扉を前に、一つ息を吐く私たち。

 都合三十分ほどに及んだボス戦攻略は、超人海戦術による飽和防御を軸として展開し、見事に終幕を見せた。

 ……のはいいのだが、難易度高過ぎやしないかとちょっと渋い顔になる面もあり。

 

 

「明らかに多すぎたからなぁ、敵の数が」

「うーん、もしかしたら攻略の仕方をミスったのかもしれないけど……そうじゃなかったら確実に難易度の調整ミスだよねぇ」

「攻略の仕方?」

「ああうん、なにか条件があったのかもって」

「見付けられなかったからゴリ押したってことだね」

 

 

 まぁ、ゴリ押しとは言っても比較的穏当な()ゴリ押しだったのだけれど。

 本気でゴリ押すならアスナさんが大神使どーん、とかになってるだろうし。

 

 ……ともかく、今回のフロアボスの攻略法になにか別解があったのではないか、という疑問が湧くのは当然の話。

 何故かといえば、こんなゴリ押しが効くの私たちしかいないからである。

 

 いやだって、ねぇ?

 向こうより量的に上回る存在が、相手の動きを逐一止めながら仕留めていく……とか、それ単なる弱いものいじめじゃんというか。

 そしてなにより、そういう戦い方をしておいて三十分近く掛かってる辺りが問題というか。

 

 戦闘において、数というのはとても有力なアドバンテージである。

 それを最大限に活かした上でこれだけ時間が掛かったというのだから、常識の範疇で用意できる戦力であれば逆に擂り潰されてるはず……となるのはなにもおかしくないだろう。

 言い換えると、私みたいなのがいないとそもそも戦場に立つ前に振り落とされる可能性大、というか?

 

 仮にこれが実際のアインクラッドで用意されたボスだった日には、みんな五層で死亡していたところだろう。

 閉じ込められた人員全員突っ込んでも足りてないどころか、先ほどの私の動きに合わせるならかなりの人数を壁として使い潰すこと前提になるわけだし。

 

 そういう意味で、調整をミスっているかこっちがギミックを満たさないまま──本来負けイベントであるものを無理矢理押し通ったか、ということになるのだ。

 

 

「具体的には?」

「あからさまに敵の数が多くて削りきることを想定してないっぽいから、あるとすればそれらの敵の数をギミックで大半吹き飛ばせるか、はたまたこのボスをスルーして先に進む方法があるか。あとはまぁ、一匹だけ司令塔──女王蟻みたいなのがいて、それを倒せば終わるパターンとかかな?」

「あー、それっぽい……」

 

 

 まぁ無論、これくらい乗りきれると運営側が想定して鬼畜難度を投げてきた、という可能性も決してゼロではないわけだが。

 ……ともかく、無理矢理攻略してしまった以上その辺りを詳細に検証するのは不可能に近い。

 

 なのでさっきのボスのことは一先ず忘れ、上階の転移門を起動させに行くことに。

 その辺りの処理は特に詰まることもなくあっさり終わったため、一先ず先の階層を試し見しに行く私たちである。

 

 

「ええと、確か本来の第六層はパズルモチーフの場所なんだっけ?」

「そうだな。ほぼ扉にパズルが設定されていて、解かないと使えないなんてことになっているくらいにパズルまみれの場所のはずだ」

 

 

 私の呟きに、キリトちゃんが首肯を返してくる。

 正規ルートにパズルが仕掛けられているとかなんとかで、とにかくパズルをさせることに心血を注いでいるような場所だとかなんとか。

 

 さて、その情報を前提として、改めて私たちの目の前にある第六層の大地を見てみよう。

 

 

「……グラブルかな?」

「もしくはALOか?……少なくとも、SAOでこんな立地を出されたら堪ったもんじゃないな」

 

 

 ……うん。

 なんとまぁ、一応アインクラッドの中のはずなのにも関わらず、そこに広がるのは一面の空と、そこに点在する幾つかの浮島達。

 グラブルを思い出したのも当たり前の話で、こんな風景はそうそうお目にかかるものではない。

 

 ……というか、本来SAOでは底の見えない状態での落下はほぼ墜落死と同義。

 流石の茅場さんもそんな鬼畜なフィールドは作っておらず、ゲームがバグった結果現れたホロウ・エリアでもないと見られないエリア構造なのである。*3

 そりゃまぁ、空を飛ぶことを前提としたALOのフィールドか、とぼやきたくもなるというか。

 

 いやまぁ、そこら辺の話を置いとくと、普通に景色はいいし見張らしもいいしで中々よさげなフロアに見えるんだけどね?

 ──不意の落下で確実に死ぬ、ってところを抜かせば。

 本来墜落死はアンイクラッドの外に身投げした時しか発生しないものなのだから、それが単純な攻略の時点で発生しかねないフィールドなんぞあってたまるかというか。

 それこそ、ゲームでしか出せないフィールドだし、内部的には一度も落ちずに渡りきった扱いしかできないだろう。

 

 色んな意味で()()()()()フィールドなので、思わず立ち止まってしまうのも仕方のない話といえる。

 

 

「……で、アスナさんはなにやってるんです?」

「え?えっと……私たちが落ちるのは嫌だけど、どういう仕様なのかは確かめておかないとって思って……」

「だからって大神使を実験台に使うのはどうかと思うよ……」

 

 

 心なしか泣いてるような気がする、というか。

 ……大神使の大きさは下手なビルよりも高いため、それを利用してどれくらい底が深いのか確かめているということなのだろう。

 

 それはいいのだが、どうも底の判定が存在しないのかあの巨体があっという間に下に落ちていく姿を見せられては、こっちとしても微妙な顔をするより他ないだろう。

 

 酷いっすよ姉御、とばかりに落っこち続けていく大神使君には同情を禁じ得ない。

 ……まぁ、彼の尊い犠牲のお陰でわかったことも多いので、そういう意味では仕方のない犠牲ともいえるかもしれないが。

 

 ともかく、このフロアにおいて武器やアイテムの落下による紛失は、普通に消滅するということで間違いなさそうだ。

 大神使はユニーク枠であるため、落下して消滅してもアイテム欄?から完全に消滅するわけではないみたいだが、他のアイテムの場合は普通に無くなると見て良いだろう。

 ……つまり、迂闊に武器とかを吹っ飛ばされると普通に装備をロストする羽目になる、と。

 

 

「うーん、ここもなにかしら攻略フラグがあるのか、はたまた純粋に落ちないように頑張れ、ってことなのか……」

「なんかここまでのあれこれを見てると、頑張って落ちるなって言われてる気がする……」

「確かに」

 

 

 なんでこんなに殺意が高いのか。

 思わずそんな愚痴を溢しつつ、一先ず休憩のため第一層に戻る私たちなのであった──。

 

 

*1
『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ』などにおける第五層のボス。地面の青いラインを罠のように使用し、踏んだ相手に巨大な足や手による攻撃を仕掛けてくる。ゴーレム自体も攻撃を仕掛けてくる為、中々に厄介な相手

*2
実際には噛みつきをする個体と蟻酸を飛ばす個体とで別れている

*3
ゲーム『ソードアート・オンライン ホロウ・フラグメント』に登場するバステアゲート浮遊遺跡のこと。ゲーム的には普通に落下死の恐れがある、実際にSAO内で実装されていたらクソゲーにもほどがあるホロウ・エリアの一つ



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幕間・なにかしら制限とか必要なんじゃないですかね

「……あれ、そのまま開放しておいてよかったのかのぅ?」

「とはいっても、封鎖とかできるもんじゃないからねー……」

 

 

 目の前に広がる浮島から、逃げるようにしてアインクラッドの外に出てきた私たち。

 一先ず休憩、ということで侑子の店にやってきたのだけど、そこで『あのまま第六層を誰でも入れるようにしておいて良かったのか?』……という議題が持ち上がることになったのだった。

 

 一応、私としてはあのままでもいい……というか、あのままにしておくしかないとは思っている。

 これが明確にアインクラッドそのものであるならばともかく、現状の彼処は単にデータとして再現されただけの場所。

 

 ゆえに浮島から滑り落ちたとて、単に(ゲーム的に)死亡したあと近くにリポップするだけだろう、と考えられるからである。

 まぁ、ゲームだから死んでもいい、というのは大概アレな考え方と言うか、元々デスゲームだったものを再現したフィールドで死ぬのは意味が違うだろうとか、色々反論も思い浮かばなくはないのだが……。*1

 

 

「少なくとも試したい、とはならないでしょ。あれは創作だ現実じゃない、と分かってても『もしかしたら』って感覚は消えないでしょうし」

「まぁ、それゆえに誰かに煽られる可能性もゼロではねぇけどな」

「気にするとしたらそこだよねー……」

 

 

 真っ当な感性の持ち主であれば、恐らくアインクラッドでふざける、なんてことはできないはず。

 ……無論、ハセヲ君の言う通り、それゆえに他者を煽る人間も現れそう……というなんとも言えない話もあるのだが。*2

 

 

「ええと……すみません、一ついいですか?」

「ん?なにか問題でもあった?」

 

 

 そうしてうーん、とみんなで唸っていると。

 同行者である少女ちゃんが、おずおずと手を挙げていた。

 なにやら疑問?でもあったようで、こちらに声を掛けてきた彼女に私はその内容を問い返したのだけれど……。

 

 

「その、なんで皆さんはあのフィールドについて難しそうな顔を?えーと、キーアさんの言う通り、落ちても単にリスポーンするだけなんですよね?」

「 」<ピシッ

「それと、なんだか皆さんナチュラルに食べてますけど……いつの間にそんなエモート増えたんです……?」

「 」<ピシッッ

 

 

 ……oh。

 いや……あれだな。

 

 

(すっっっっっかり普通に仲間(逆憑依)だと思ってたなこれ???)

(そういわれてみると、まだこやつは可能性の段階じゃったのぅ……)

 

 

 表では苦笑を浮かべつつ、脳内では念話を通じて他の面々と会話する私。

 

 ……うん、うっかりしてた。

 そういえばこの子、シノンになりうるって王手が掛かってるだけであって、厳密にはまだ『逆憑依』でもなんでもないんだった。

 そりゃまぁ、私たちがなんか深刻そうに話してることにびっくりするのも仕方ないわ。……ついでになんか美味しそうにパフェとか食べてることにも。

 

 っていうか、そもそもの話その前のボス戦の時点で『なにかおかしいな?』とか思っていてもおかしくはないだろう。

 実際、あの戦闘での私の動きってあからさまにおかしかったし。

 ……いや、彼処までおかしい動きをしたのは第五層が初めてであって、そこまでの戦闘では対して疑問に思っていなかった可能性の方が高いけど。

 

 でもまぁ、時々空中歩行(スカイウォーク)してるサンジ君とか、「レア泥率アップ効果とかあったよな?」とか呟きながらデータドレインしてるハセヲ君とか、あとさっきの大神使ぽいぽい放ってたアスナさんとか。*3

 そんな感じで私以外の面々もワケわからんことしてたから、ちょっと判別が遅れたのかもしれん。

 ……でも流石に第六層の躊躇はそれらとは違うので目についた、と。

 

 うーん、とはいえもし彼女がこっちの思う通りシノンになることが定められた存在なら、これらの話は遅かれ早かれ知ることになるもの。

 ゆえに別に知らせても構わないかなー、と思わなくもないんだけど……。

 

 

(ただ、起こってないことを先に想定して動くと肩透かしを受ける、ってのもこの世界の常なんだよなぁ……)

(……ああ、なんだからしくないとは思ってたけど、その辺り気にしてたのか)

(しないわけにも行かないでしょ、ただでさえ口は災いの元なんて風に言われるんだから)

(あー……)

 

 

 むぅ、と脳内でため息を一つ。

 生憎、この世界において未来視というのは信用ならざるモノの一つ。

 いやまぁ、抽象的な予言なら問題はないのだけれど、はっきりと明言するようなものは信憑性がどうにも、というか。

 

 流石に桃香さんとかマーリンとかのレベルになればあれだけど、あれは同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からこそできること。

 言い換えると、ピンポイントで一つの未来だけ見ている、みたいなパターンでは信頼性がまっったく担保されないのである。

 まぁ、その辺りは『未来を視ることによる未来への影響』という、本来見逃すべきではないものがある以上仕方のない話なのだけれども。

 

 ともかく、今の状況で彼女に話を明かすのが正解なのか不正解なのか、微妙に判別しきれないのは確かな話。

 ゆえに、他の面々にも尋ねてみるわけなのだけれど……結果はおおよそ半々、という形になったのだった。

 

 

(こやつが迷うような判断の場合は基本的に迷わせ続けた方が良い)

(今までの経験上、ってやつだね。私もそっちに賛成かな)

(俺は反対かなぁ、遅かれ早かれ起きることってのは間違いなさそうだし、だったら予め教えておくのは無駄にならないと思う)

(俺もキリトに賛成だな。こういうのはうだうだしてるだけ無駄だ)

 

 

 キリトちゃん達の言い分はこんな感じ。

 ミラちゃんとアスナさんは伝えない方がいいだろうという感じで、反対にキリトちゃんとハセヲ君はさっさと伝えるべき、というスタンスのようだ。

 

 

(んー、僕的には微妙かなー。最初キーアさんも言ってたけど、『逆憑依』の条件の話を思うと相手の事情がわからない状態で先に話を進めるのはどうかと思う)

(私は反対だな。『逆憑依』の目的・意義が考察通りであるなら、さっさと伝えてその発生を促した方がいいだろう)

 

 

 すーちゃんとさーちゃんの二人は、思考の中まで女の子っぽくする必要はない……ということなのか、普通に男口調で自身の主張を語ってくる。

 それによれば五条さんの方は伝えない方がいい、夏油君の方がさっさと伝えるべきというスタンス。

 

 ただし先の四人が『私の話すこと』という面に着目しているのに対し、こっちは『伝えられる相手の事情』の方を気にしている、という部分が違いとなるか。

 

 

(うーん……俺としてはなんとも。つーか起きるか起きねぇかも分からねぇ段階で話すことなのか、って感じだったんじゃねぇのか?)

(俺としては伝えておくべきだと思うぜ。それによって気を付けるべきモノについても思考が及ぶようになると思うしな)

 

 

 で、最後の二人。

 クラインさんとサンジ君の二人はこんな感じ。

 自分が『tri-qualia』を通して『逆憑依』となったクラインさんとしては、ここで『逆憑依』が起きるかどうかについて懐疑的。

 そしてサンジ君の方は、そもそも『逆憑依』は起きるということを前提とし、その上で気にすることが他にあるのではないかという主張であった。

 

 ……確かに、今さっきまで私たちが気にしていたこと──あの浮島をそのままなんの警戒もなく進んでいいのか?

 という部分を説明しようとすると、最低限この『アインクラッド』が不安定な──本当に単なるイベントステージなのか、という懸念を抱いていることを伝えなければならない。

 それは同時に、その疑念を抱く理由となったものである私たち『逆憑依』についての話もした方がいい、という話に繋がるわけで……。

 

 ただ、現在そう(逆憑依に)なっていない彼女に伝えることで、なにかしら変な変化を招いてしまう可能性もまた否定はできない。

 そう考えると、やっぱりこの意見の結果──割れたそれが実情を示している、ということになるのかもしれないのだった。

 

 そんな風に脳内会議を経た結果、態度にも思わず唸る、という形で反映されてしまったわけなのだが。

 それを見た少女が、何事かを呟こうとしたタイミングで──、

 

 

「おーい!ニュースだニュース!!」

「え、なんだよいきなり」

「いきなりレイドボスが出てきたんだよ!例の最新階で!」

「はぁ?」

 

「…………!」

 

 

 店内の離れた席。

 そこに座る相手に駆け寄ってきた別のプレイヤーが、なにやら興奮した様子で彼に声を掛けている。

 耳を傾けてみれば、どうやら『アインクラッド』の第六層で、突然レイドボスが発生したとのこと。

 

 先ほどまで私たちの話題となっていた場所でもあるそこに発生した異常、はたまたイベント。

 そのタイミングの良さ、もしくは悪さを見るに、全く関係のない──意味のない話だとは思えない。

 

 他の面々と顔を見合わせた私は、一先ず直前までの話を棚上げし、再び第六層へとトンボ返りすることになったのだった。

 そして私たちはそこで……。

 

 

「ビィイイイイイイイイイイイィィィィィィッ!!!!」

「 」

「 」

 

 

 叫ぶ小さな竜の巨大な姿?を見付けることになったのであった。

 ……まさかのオイラァ!?

 

 

*1
キリト「死んでもいいゲームなんて温すぎる、みたいな?」キーア「よりにもよって君が言うのその台詞?」

*2
いわゆる度胸試しの類い。成否があやふや、もしくは否の方に片寄っている物事にあえて突撃することにより、ビビってないと示す若者の無謀

*3
二年後にサンジが覚えていた空中移動、それが『空中歩行(スカイウォーク)』である。別名だが恐らく原理的には六式と同じだろう。『データドレイン』の方は相手のデータの書き換えの際、その時に奪ったデータをアイテムという形で放出しているとも考えられる



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幕間・チャカポコチャカポコ……(例のBGM)

 うーん、BGMまで例のちょっと気の抜けるやつになってる……。*1

 

 思わずそんな現実逃避をしてしまう私たちの目の前で飛んでいるのは、見上げるほどに巨大な竜の姿。

 ……いやまぁ、作中の表現に倣うならトカゲ、とでも言うべきなのだろうか?

 

 

「オイラはトカゲじゃねぇえええぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「ひぃーっ!!?滅茶苦茶五月蝿い!?」

 

 

 まぁ、トカゲ扱いは彼にとっての逆鱗、こうしてぶちギレボイスが返ってきたわけなのですが。

 

 ……はい、ここまでの描写でわかると思いますが、現在私たちが見上げる先にいるのは、アスナさんの大神使に迫るほどの大きさに巨大化したビィ君なのでした。

 ──ここにルリアちゃんが居なくて良かったな???

 

 

「確かに、彼女までいたらもう完璧に『るっ!』の世界でしかないな……」

「そうなったらこっちもパロディモードで対抗するっきゃねぇからな……」*2

「できるかなぁ……?」

 

 

 濃度が違いすぎる気もするが。

 ……え?そもそもギャグにギャグを重ねようとするな、と怒っておけって?それはそう。

 

 ともかく、唐突にアインクラッドに現れたレイドボス、その正体が巨大ビィ君であることがわかったのは僥倖。

 ……なのだが、それはそれとして問題が山積みなのも間違いではなく……。

 

 

「ええと……さっきからなんの話を……?」

「ごめんね、詳しいことはまだ説明できないの。でもこれだけ覚えておいて。──二千十七年エイプリルフール、初めて本家プレイヤーの前に姿を現したビィ君。その時の彼の最大体力は、当時のプレイヤーがまともに削りきれるような桁ではない()()*3

「……はい?」

 

 

 こちらの様子に困惑しきりの少女に、私は現状を知らしめるために一つの事実を教える。

 

 この『tri-qualia』にはレベルシステムが導入されていない、という話は以前にもしたと思う。

 それゆえ、このゲームにおける武器防具のステータスは、通常のMMOより遥かに重要なものとなっている。

 例えば相手が防御値を持つ場合、それが例えどれほど低い数値であろうとも手強い存在に変化してしまう……という具合に。

 使われている計算式の都合上、例え数値が『1』違うだけでも最終的なダメージに大きな差が出てくる……みたいな感じというわけだ。

 

 以前戦ったコワッパが手強い敵扱いだったのも、本来防御値が『1』あるだけでもダメージ軽減率としては破格のモノになる……という話であるところに、実は原作と違って『からにこもる』が防御アップ行動として別個に用意されているから、というのが大きかったりする。

 

 その際の防御値の上がり幅は、デフォルトが『1』のところなんと『3』。

 ……たかが『2』上昇しただけと思うかも知れないが、驚くなかれ防御値は『1』あればおおよそ三桁のダメージ軽減、『2』ならば四桁、そして『3』なら五桁のダメージ軽減を行うというとんでもスペックなのである。*4

 

 ……まぁ、これは攻撃値の補正を全く受けてない時に発生するダメージについての簡易的な軽減率なので、実際には装備を整えればそこまで酷いことにはならないのだが。

 ともあれ、まともにやると五桁ダメージ軽減してくるような相手を文字通り消し炭にした、少女のへカートⅡの威力もわかろうというものである。

 

 で、それを前提としたうえで言うのだけれど。

 防御値、および攻撃値の補正がとかく大きいこのゲームにおいて、体力というのは逆に少なめに設定されている。

 何故かと言えば、レベル制でないためにダメージが全然伸びないから、というところが大きい。

 装備による補正以外でダメージを大きく伸ばすことが不可能に近いため、膨大な体力をちまちま削ることになるとゲームとしてとんでもない苦行に化けてしまうからだ。

 

 適正装備帯で挑むことが推奨されるというだけで、やってることはレベル上げの代わりに装備ドロップを狙うようになっただけ、とも言えるわけだが。

 無論、どれほどいい装備を持っていようが『当てられなければ意味はない』のも確かなんだけど。

 

 

「まぁ、たまにいるマゾゲーマーは装備補正を調整してダメージ最小・受けるダメージ即死級でボスを攻略……みたいな頭のおかしいことしてたりするんだけど」

「えぇ……」

 

 

 本人のプレイングこそ一番の武器、みたいな感じだからやれるやつはやれる……みたいな?

 例え与えるダメージが『1』だろうが、それこそ目にも止まらぬ速度で攻撃できるならDPS的には問題ない、とも。

 ……まぁ、そういうのやってるのってどこぞの鳥頭の人とか、そこのキリトちゃんみたいな変態ゲーマーくらいのものなわけだが。

 

 ともかく、そんな変態染みたことをするのは一部のゲーマーだ、ということを前提においたうえで、あのビィ君のステータスを解析してみよう。

 それによれば、彼の総体力は四万。……流石に原典の四億とか言う頭のおかしい数値ではなく、その一万分の一に低下しているが……代わりに、防御値がおかしい。

 

 現在第六層だから、ということなのかその防御値は『6』。

 ……単純に考えると、攻撃補正が全く無い場合およそ八桁のダメージをカットしてくる防御率、ということになる。

 で、八桁というのが具体的にどれくらいなのかと言うと。

 

 

「要するに一千万台のことなので、要するにあのビィ君にダメージを『1』与えようとすると単純に装備補正無しで一千万ダメージを与えないといけない、ってことになるね!バカかな!!

「うわぁ」

 

 

 いや、こんなところで出て来ていいボスじゃないんだけどこれ!?

 実質的な総体力とすると四千億ってことになるから、寧ろ原典より強くなってるじゃねーか!!

 

 ……という私の叫びは空しく空に消える。

 いやまぁ、適正装備帯ならとにかく手数があればいいし、適正装備より一つ上なら意外といい戦いになりそうではあるのだ。

 問題があるとすれば、この辺りのプレイヤーに攻撃値が『6』の装備を持っている人がどれだけいるのか、という話の方。

 

 

「ええと……?」

「このゲームにおける装備は、インフレに置いていかれ辛いのが特徴なんだよね。細かく設定されたパラメーターとかもあるにはあるけど、最終的には攻撃値の強化をすればいいんだから」

 

 

 まぁ、だからこそ攻撃値や防御値の上昇に必要なアイテムは貴重品なのだが。

 ……実質的に攻撃値や防御値がレベルとして機能している、とも言えるのかもしれない。

 

 一応、武器自体の攻撃力や切れ味など、鍛えられるパラメーターというのは多く存在している。

 ……いるけど、結局攻撃値(レベル)を上げるのが一番よく効く、というか。

 スキルのダメージ補正とかは攻撃値じゃ間接的にしか上がらないし、上を目指すならやっぱり鍛えないといけないんだけどね。

 

 この辺りは恐らく、この『tri-qualia』というゲームがとかくコラボが多いから、というのが理由として強いのだろう。

 基本的に、ゲームというのはインフレするもの。そしてコラボというのは短期的、一過性のものであることがほとんど。

 実装したタイミングは強くても、メインが進めばそのうち取り残されて時代遅れになるのが常、というか。

 

 その辺りの解消……ということなのかはわからないが、全体の攻撃値・防御値のレベルキャップという形で調整が施されているこのゲームにおいて、コラボアイテムは愛を注ぎ込めば十分にいつまでも使える装備になっている……というわけだ。

 まぁ、逆に言うとそこに商機があるということで、攻撃値や防御値のレベル上げアイテムは基本課金以外での入手が非常に限られているのだが。

 ついでにいうと、コラボ武器はその時の適正補正値を初期値として持つけど、ドロップ品も同じことが言えるため入手した時期によっては初期補正が全然違う、みたいなことになるので基本ドロップ品に持ち変えた方が手軽に強くなれたりする……とか。*5

 

 その辺りの話を踏まえたうえで、現在の補正上限値(レベルキャップ)は『7』。

 ……確かにあのビィ君に挑むのなら丁度いいくらいなのだが、ここで一つ手前の階層である第五層の適正補正値を見てみると。

 

 

「うん、あのゴーレムでも『3』なんだよね……」

「うわぁ」

 

 

 そう、補正値の上昇はとても緩やかなのだ。

 具体的には、現状の補正値『7』はエンドコンテンツの類いというか?

 少なくとも、こんなアインクラッドの低階層で出会うような相手ではない、とも。

 

 実質体力四千億の、あからさまに様子のおかしいビィ君。

 ……思わず顔を青くしてしまう私の気分もわかって貰えようというもの。

 

 

「オイラにひれ伏せぇ!」

「つまりこんなことされたら普通に死ぬってことぐえー!!

「キーアが浮島と一緒に死んだ!!」

「この人でなしぃ!!」

「え、ええー……?」

 

 

 で、私はこちらの話が終わるのを待ってたかのように右手を叩きつけてくるビィ君に対し、ターゲット集中を自身に掛けた上で他の面々から離れた浮島に移動してそれを誘導。

 結果、無残に破壊された浮島と共に空の藻屑と化したのでありましたとさ。呆気ねぇな……()

 

 

*1
『黒ビィんの翼』。プロトバハムート戦における戦闘曲『黒銀の翼』のアレンジBGMであり、初出は2017年エイプリルフール。深い闇を湛えたビィとの戦闘BGM。なんか裏でチャカポコ鳴っており、ボーカルもビィの中の人に変更され、かつ歌詞も彼に因んだものに変化している

*2
『.hack』シリーズにおけるなんでもありの空間。初代から連面と続くギャグの系譜

*3
難易度『darkness』での話。マルチ仕様なのだが、当時の同程度の難易度である『プロトバハムート戦』が体力二億・参戦可能人数30人なのに対し、こちらは体力四億・参戦可能人数18人と明らかに難易度が上がっている

*4
正確には、発生するダメージを該当の桁数で割り算し、答えが1未満になった場合ダメージが発生しない、という処理。その為、防御値が『1』の場合、相手に『1』ダメージを与える為には補正無しで100のダメージを与えられるような攻撃をする必要がある(元々与えられるはずのダメージ÷100=最終的なダメージ)

*5
最初から強化された状態で手に入るので、ドロップ品を使う方が強化アイテムなどを節約できるということ。全体のレベルキャップは同じなので、手間暇と金を掛ければ古い武器も最前線に持っていけるけど、その分の労力を最前線でドロップした武器に注ぎ込んだ方が早く安く強くなれるよ、ということ



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幕間・武器がとにかく強いのがこのゲームの特徴である

「くそぅ、キーアの尊い犠牲は忘れないゾ!」

「ええ!彼女のために私たちは勝たないと!」

「ああ、全力で行くぞ!」

「え、その……えー……」

 

 

 はてさて、私があっさり撃墜されたのち、なんかわざとらしいまでに張り切る面々を見て、少女がなにか言いたげにしているわけだが。

 その視線は、みんなととある一方を行き来しており、なんというか忙しない。

 

 とはいえそれもそのはず、さっき撃墜された私が早速近辺にリポップしているのだから、困惑しない方が珍しいとまで言えるだろう。

 でもまぁ気にせんといて、これも分身のちょっとした応用だから。

 

 

「なんだァ今のは……手応えが無さすぎだぜぇ……」

「そりゃまぁ、注意を引くための陽動だからね(小声)」

 

 

 なお、でっかいビィ君の方はまんまと騙されている様子。

 ……いやまぁ、私が手応え無いのは本当のことだから仕方ないんだけどね?

 多分百人やれば百人倒せるような雑魚ステータスだし。

 まぁ、ステータスに大きな伸びが出にくい、というのは他のプレイヤーだって同じなんだけども。

 その辺りはほら、他の面々は装備がちゃんとしてるって相違点があるし。

 

 

「……?その言い方だと、貴方は装備が整ってないの?」

「整ってないというか、整えられないというか……」

「?」

 

 

 そんな私のぼやきを聞いていたのか、少女が不思議そうにこちらに声を掛けてくる。

 確かに、この言い方だと私は装備がちゃんとしてない、ということになるわけだが……これに関してはちゃんとしてないというより()()()()()()()()という方が近かったりする。

 

 そんな私の言葉に、さらに不思議そうに首を傾げる少女だが……これに関しては現状話すものでもないのでとりあえずスルー。

 その代わりに、彼女にこれからの作戦を伝えることにする私であった。

 

 

「一応聞いておきたいんだけど、そのへカートⅡの攻撃値って幾つ?」

「え?えーと……『3』、かな」

「なるほど、流石は最近の景品だけはある」

 

 

 尋ねたのは、彼女の持つへカートⅡのステータスについて。

 レアボスであるコワッパを軽く吹っ飛ばせる辺り、それなりの性能は持っているはずだと踏んでいたが……。

 なるほど、彼の防御値と同値の攻撃値を持っているのだとすれば、あんなにあっさり吹っ飛ばしたことにも頷ける。

 

 頷けるが……恐らく仮に攻撃値が『2』や『1』であっても変わらず倒していたような気がする、というのは私の気のせいじゃないだろう。

 

 

「……と、いうと?」

「攻撃補正の方が凄いんじゃないかなって。多分だけど倍率結構高いんじゃない?」

「え、えーと……『しっかり狙いを付けることで威力上昇』みたいなスキルは確かにあるけど」

 

 

 武器や防具のパラメーターというのは、基本的に三桁を越えることはない。

 二桁前後のそれを補正値による計算に放り込んでダメージなどの判定をするため、あまり大きな数にすると普通にバランスを崩壊させてしまうためである。

 

 ……しかし、それだけだと武器種に拘る意味が無くなってしまう。

 単純にDPSを考えるなら手数の多い武器──双剣などを握るのが一番賢い、ということになるだろう。

 

 その辺りの是正のため……ということなのか、各武器種には特殊なスキルが付与されることがある。

 例えば短剣なら『攻撃速度上昇』、弓矢なら『貫通力強化』『射程上昇』などというような。

 

 これらのスキルは武器種によって発現するものが決められており、例えば長剣に『攻撃速度上昇』が付くことはないし、その逆で短剣に『破壊力上昇』が付くこともない。*1

 代わりに必ずそれらのスキルが武器に付与されているわけでもなく、有用なスキルがしっかり乗った武器を入手するためひたすらドロップ品収集を繰り返すプレイヤーも多い、というわけだ。

 

 で、話を彼女のへカートⅡに戻すと。

 これはキリトちゃんのアバターと同じくコラボガチャで手に入れたモノとのことだが、以前説明した通りそれそのものは多少珍しい武器、という程度のものでしかない。

 ごっこ遊び、ないし見た目を寄せるための装備としての需要が基本であり、それを使ってゲーム世界を蹂躙しよう……みたいなことはできないようにされているわけだ。

 

 だがしかし。仮にそうだとしても、拭いきれないアドバンテージというのがあるのも事実。

 それが、以前少しだけ触れていた『特殊技能(スキル)』の話。

 より正確に言えば、その武器種に発現しうるスキルを全て揃えた上で、一つ特殊なスキルが付与されている……ということになる。*2

 

 

「粘れば一応、特殊スキル以外は集められなくもないんだよね。まぁ、それを粘るのが大変なんだけど」

「ええと、どれくらい大変なんです?」

「スキルの抽選率には高低があるから、ものによっては一ヶ月掘り続けても理想武器が出ない、なんてこともあるとか」*3

「ひぇ」

 

 

 雑に言うと、その労力を全て短縮できているという一点で、既に羨ましいと思われてもおかしくない、みたいな?

 ……これも前に言ったことだが、それらのアドバンテージがあってなおコラボ武器は他の武器に追い付かないこともある。

 そう考えると、特殊スキルも付かない通常ドロップのコラボ武器は掘る価値がない、ということになるのかも?

 

 まぁその辺りの是非は置いておいて。

 話をガチャで出る当たりの方に戻すと、通常ドロップ品に比べると特殊スキルが付与されるという一点が上、ということになるわけだが。

 とはいえ、そうして付与されるスキルというのはそこまで強力ではない、ということが多い。

 ()()()()()()()()()()、他に上位互換が存在することが多いのである。

 具体的には、先ほど彼女がへカートⅡに付与されていると言ったスキル──仮に『コンセントレート』*4呼ぶとするならば、その倍率が遥かに上のものがある、と言った具合に。

 

 

「……これより?」

「それより。まぁ、精々二倍から三倍とかだろうけども」

 

 

 同武器種に付く同系統のスキルがあるとして、大体それの二から三倍が通常のドロップ品に付与されるスキル、みたいな?

 まぁ、実のところそれだけ差があるのには理由がある。

 その理由は、これが()()()()()()()()という部分にあった。

 

 

「?」

「そのスキルは厳密には『コンセントレート』じゃない、ってこと。スキル枠に普通の『コンセントレート』がグレーアウトしてたりしない?」

「え?……あ、本当だ。確かにある……」

 

 

 さっきガチャの当たり武器は『発現しうるスキル全てが付与される』と言ったと思うが、これは同じような区分のスキルが特殊スキルとして付与されたとしても、変わらずに遂行される部分である。

 ……代わりに、初期状態では今確認したようにグレーアウト*5しているのだ。

 何故かというと、これらのスキルは()()()()()()

 

 

「……?」

「グラブルとかFGOとかやってたら知ってると思うけど、系統が同じとされるスキルは効果が重複しなかったりより高い効果に統合されたり、はたまた上限があるから付与しすぎても意味が無かったりするんだけど。系統違いのスキルはそれらの制限がなく付与できて、かつ効果が乗算になるんだよね」

 

 

 グラブルで言うなら片面と両面、FGOで言うなら攻撃力アップと宝具威力アップ・カード性能アップのようなものか。

 似たような効果であるが内部的には別種の効果として扱われており、同時に付与すれば高い効果を期待できる……みたいな感じと言うか。

 

 それと同じことが、特殊スキルの方のコンセントレートと通常スキルのコンセントレートにも言える。

 つまり、本来であればこれらのスキルは重複するのだ。

 ゆえに、特殊スキル側のコンセントレートは効果を低めに設定されていると。

 じゃないとあからさまに効果が高くなりすぎるわけだ。

 

 

「……ん?じゃあなんでグレーアウトしてるのこれ?」

「単純な話、それは補正値を上げると解禁されるんだよ」

「なるほど……」

 

 

 で、グレーアウトされているのがなにを意味しているのか、だけど。

 これは、現状では効果がないことを示している。スキルが有効になっていない、というわけだ。

 

 何故かと言われれば、これは強化することで解禁されるスキルであるため。

 ……要するに、なにもなしに解禁すると強すぎる、と判断されているわけだ。

 なので、強化することで解禁される、と。

 ……さっきも言ったが強化には貴重なアイテムを必要とするため、それをするだけの価値があるかどうかを自分で考えないといけないんだけども。

 

 

「で、今からそれを解禁しようと思います」

「……は?」

「頑張れ、君が今回の主役だ」

「は……え……???」

 

 

 でー、今回はー、それを解禁して彼女にビィ君を倒して貰おう、ってプランらしいっすよ?

 ……と告げたところ、彼女は困惑したように声を上げたのだった。

 

 

*1
その為、実は理想編成だと各武器種は同じくらいのDPSになるよう調整されている(プレイヤー本人が扱いやすい武器種による為、実際はある程度差が出る)

*2
ライフル種の場合付与されるスキルとして主なモノは『装弾数上昇』『貫通力上昇』『破壊力上昇』など。なお基本全部付与される為、場合によっては扱いにくくなることも(『装弾数上昇』などは武器の重さも増える。一応『軽量化』のスキルも付くが、他の重たくなるスキルも付与される為最終的には通常のそれより重くなる)

*3
このゲームのメインコンテンツ()。一応アレキサンドライト終身刑などに比べれば良心的。……比べる相手が酷すぎる?知らんな、そんなことは俺の管轄外だ()

*4
『concentrate』。集中、濃縮といった意味の英単語。集中することで何かしらの効果を得る、という意味合いでゲームなどによく使われている

*5
パソコンなどにおいて、現在選択できなくなっているモノを示す方法。その名の通り選択肢などが灰色になっており、選べないように外され(アウトし)ている



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幕間・最終的にどうなるかなんて目に見えるよね

「オラオラァ!威勢が良かったのは最初だけかぁ?!オイラはまだまだピンピンしてるぜぇ!!」

「うーん、多少動きは鈍重になってるけど、そもそも火力が高すぎる……」

 

 

 前線にてビィを撹乱する役目を負ったキリトは、彼の攻撃を縦横無尽に避けつつもそう溢した。

 

 現在いるメンバーの中で、唯一()()()()を持つ*1彼女はこの浮島のあるフロアを、可能な限り陸地に止まらないようにしながら移動し続けている。

 それは何故かと言えば、単純に相手のビィの攻撃力が高すぎるからだ。

 

 現状のビィは、特に姿を変えるということもなく原作そのまま──パワータイプやスピードタイプの姿ではない、通常の姿のまである。*2

 まぁ、姿はそうでも大きさは比べ物にならないわけだが……ともあれ、それに比例するように攻撃力も過大になってしまっている、というのが問題だった。

 他の姿のような多彩な攻撃こそないものの、単純な腕の振り下ろしすら大地を砕き割る超火力になっているのである。

 

 そして、先ほどキーアが身を以て確かめたように、このフィールドにおいて落下するということは、すなわち死。

 ……つまり、数少ない浮島を破壊されればされるだけ、他の面々が戦闘に参加できなくなり詰みの可能性が高まってしまうのである。

 

 

(……SAOそのものみたいに、死んだら本当に死ぬってわけじゃないのはありがたいけど)

 

 

 仮に落下死したとしてもリポップするだけ、というのはキーアの動きからわかっているが……だからといって地面がなくなってしまえばそれも意味がない。

 最悪改造ロックマンのように、スタート地点に陸地がないのでそのまま落下してゲームオーバー、みたいな詰み状態にされかねない。*3

 

 まぁ、一応キリト自身が空を飛べるため、落下死する前に拾って安全な場所に逃がす、ということはできるだろうが……。

 

 

(その場合は俺一人でこれと戦う、ってことになるわけか……)

 

 

 そうなれば現状戦闘できるのは己のみ。

 仮にキーアが現実と同じように空を飛べるのなら、多少はなんとかなっただろうが……。

 え?さっき現実みたいに分身してなかったかって?あれは彼女のアバターに付与された特殊スキルなので……。

 流石に現実みたいになんでもできる、というわけではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()を、今回は切り札の一つとして定めているわけだが……はたして上手く行くものか。

 などと考えていたところ、頭上に差す黒い影。

 

 

「オイラの前で余所見とは、随分と舐められたもんだぜぇええええ!!!」

「おっと。……ええ、金星の女神の加護を持つ私にとって、()()()()なんて余所見をしても勝てる程度の相手ですもの」

「……その言葉を後で後悔しても遅いんだぜぇええええ!!」

 

 

 ビィによるはたき落としが迫ることを知らせるそれを、キリトは余裕を持って回避する。

 

 ……確かに、当たれば撃墜必至の攻撃であることは間違いあるまい。

 だが同時に、それは工夫の全く無い単純な力押しの攻撃であり、イシュタルの加護()を持つキリトにとって遅すぎることに違いはない。

 仮に相手がスピードタイプだったら別だが、今のビィには素早さの欠片もない。

 

 

(……まぁ、無いって風に見せ掛けてる可能性もなくはないが)

 

 

 無論、実はこちらを油断させるために間抜けなふりをしているだけ、という可能性も否定はできない。

 実はスピードタイプなどに変化できるにも関わらず、それをひた隠しにしているのかもしれない。

 仮にそうだとすれば、相手が狙っているのはこちらの戦力把握だろう。

 

 現状空を飛べるのはキリトだけであり、そのキリトが戦線離脱を余儀なくされれば、その時点でほぼ詰みのようなもの。

 ゆえに、ビィは冷静にこちらの戦力を測り、万が一にも自身が打破される可能性をゼロにしようとしているのかもしれない。

 

 まぁ、仮にそうだった場合はあまりに高性能なAIを積んでいるな、という話にも繋がってしまうわけだが。

 それこそ、【顕象】もとい【鏡像】である可能性を疑ってしまう程度には。

 

 

(……なにはともあれ、だ)

 

 

 今自分にできることは、時間稼ぎ。

 そのことを十分に知るキリトは、それを相手に悟られぬよう、目一杯金星の女神(イシュタル)を真似しながら、相手を煽り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「……なんか、ちょっとノリノリじゃねぇかアイツ?」

「なんだかんだで空を飛べる、ってアドバンテージを活かせるタイミングが無かったからね……」

 

 

 主にこのゲームにおいては無法すぎるため。

 ……初お披露目かつ最大の活躍となった『再現ビーストⅡ』の時はまだしも、普段使いで飛行なんて使ってたら一人だけ別ゲーの開幕である。

 一応、今回の同行者となった少女の持つへカートⅡのように、空中に対して攻撃を行えるような武器種もあるにはあるが……だからと言ってそれが当てられるか、といえばまた別の話。

 

 何故かと言えば、現状持ち出していないからわかり辛いが……実のところイシュタルの船にして武器、マアンナもしっかり持ち合わせているから、というところが大きい。

 要するに、本来なら防御もバッチリなのだ、あの姿のキリトは。

 

 それこそキーアがなにかしら対策を練って攻撃する、みたいなことをしなければほぼ勝ち確というような性能であるのだから、封印してしまうのも宜なるかな。

 そういう意味で、今のキリトはちょっと浮かれているとも言えるわけだ。

 

 

「まぁ、だからといって仕損じるような人じゃない、ってのはハセヲ君も知ってるでしょ?」

「まぁな。……だからこそ俺達の方は、アイツが上手くやることを信じてできることをやるってわけだ」

 

 

 で、それ以外の面々──キリトとキーア、件の少女を抜いたメンバーはというと、現在念話で飛んできた作戦を実行中。

 離れた浮島をひょいひょいと飛び移りながら、フィールドの中心部へと移動を続けていた。

 

 また、キリトに関しても彼らから付かず離れずの位置をキープしつつ、ビィを誘導し続けている最中。

 

 

「しかし……上手く行くのかのぅ、これ」

「行って貰わないと困るよねー、私たちじゃあ無理があるし」

「まぁ、そうですね。少なくともこの姿では、大した火力も出せませんし」

 

 

 そうして飛び移る中、ミラが溢した言葉を悟が拾い、それに傑が小さく頷きを返す。

 ……彼女達は今回、本当に特にできることの無い面々。

 出せる火力が標準的なものに留まっているため、こういう大型のボス相手だとできることがほとんどないのが原因だ。

 

 とはいえ、彼女達がこの場に居る意味が全く無いのかと言われれば、それはまた別の話。

 こうして逃げ続けることにもまた意義があるため、彼女達はあれこれ言いつつも安全な場所ではなく危険な場所に、敢えて逃げ続けている。

 

 問題があるとすれば、そのことにビィが気付くかどうか。

 

 

「精々甘く見るがよい、創星の竜の器よ。わしらの反撃は、ちとばかり痛いぞ?」

 

 

 届くはずもない挑発の言葉を投げ掛けながら、ミラはまた次の浮島へと飛び移り始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

「やぁっと捕まえたぜぇ!!これでお前らもおしまいだぁっ!!」

「ぐっ……!!」

 

 

 さて、ある程度の時間が経過した頃。

 向こうに自分を脅かすような武装がない、もしくはそれを準備する暇がないと確信したビィは、早速進撃を開始。

 先ほどまでの鈍重さが嘘かのような俊敏な動きでキリトちゃんを捉え、誇らしげに天に掲げて見せたのだった。

 ……どうやら、そのまま握りつぶすつもりらしい。

 

 

「キリトちゃんをぉぉ、離しやがれぇぇ!!」

「ん?なんだぁ、飛べるやつまだ居たのか。でもなんにも持ってねぇのにオイラに向かってくるのはバカじゃねぇか?」

 

 

 それを見過ごさないのが、紳士でありフェミニストであるサンジ君。

 ビィ相手には隠していた空中歩行(スカイウォーク)を使い、高速で相手に迫るサンジ君だが……対するビィは呆れたように嘲笑する。

 

 なにせ、サンジ君は見た限り丸腰。

 そんな状態で一体なにをするつもりなのか、と鼻で笑ったわけである。

 無論、

 

 

「こうするんだよ……"肩ロース(バース・コート)シュート"ォ!!

「!!?いでぇ!?なんだこいつオイラの腕を蹴り上げやがったぁ!!?」

 

 

 ──彼がその程度で怯むのか、という話だが。

 サンジ君のアバターは、原作のサンジができることを可能な限り再現できるように、と作られたもの。

 ゆえにその攻撃は巨大生物相手であろうと普通に届きうる牙。

 それをまともに受けたビィの腕は大きく弾かれ、キリトちゃんを握っていた方の手にぶつかってその拘束を緩ませる。

 

 

「──、簡易発動!山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』!!

「ほげぇあっ!!?」

 

 

 すかさず、拘束を逃れたキリトちゃんが宝具を発動。

 しっかりチャージしたわけではないため、それは威力が大幅に下がったものだったが……それでも、顔にぶつけられれば怯みもする。

 拘束を完全に脱したキリトちゃんはその隙に空を駆け、十分な距離を取る。

 

 数秒後、顔の周りに発生した土煙を払ったビィは、原作でもよく見掛けるマジギレ顔を晒していた。

 

 

「やってくれるじゃねぇか……これから第二ラウンドってことかぁ?」

「──いいえ、これで終わりよ」

「あん?」

 

 

 そんな彼が発する気迫は、かなりのもの。

 遠く離れた私たちにも届くのだから、それと真っ正面で相対している二人が感じている圧力はいかほどのものか。

 

 とはいえ、それを感じさせることなく啖呵を切る姿は流石、というべきか。

 その姿に思わず笑みを溢しつつ、傍らの彼女に合図を送る。

 

 

「いきなりなにを寝ぼけたことを言ってんだおめぇ?」

「それがわからないのなら、やっぱり貴方は単なるAIってことなんでしょうね。──女神は、別に一人だけじゃないのよ」

「はぁ?──!!?」

 

「──教えてあげる。敗北を告げる弾丸の味、『ファントムバレット』*4

 

 

 その合図を受けた少女は、一度息を吸って吐いたのち──目標をスコープ内に納め、静かにトリガーを引いた。

 

 ──目標(ビィ)がスコープの中で弾けたのは、それから一秒も経たない時間ののちのことであった。

 

 

*1
「あれは()()です」という詭弁

*2
『ぐらぶるっ!』におけるビィの変身形態のこと。正式名は『パワー特化型』『スピード特化型』。他にも『斬撃特化型』や蜂の姿になったものなどがある

*3
正確にはバグ改造の方。まさに『つみて゛す、でなおしてまいれ』

*4
『ソードアート・オンライン』の第三章のタイトル、および『テイルスオブザレイズ』のコラボにおいてリタの魔鏡技としてシノンの攻撃が選ばれた際に与えられたへカートⅡによる狙撃を指した技名。また、『敗北を告げる弾丸の味』はシノンが時々発する台詞でもある



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幕間・しぶといのは竜のお約束

「がっ!!?」

「あらしぶとい。流石は腐っても竜、ってことかしら」

 

 

 遥か遠方より、流星の如く放たれた一つの魔弾。

 それは過たずビィの核──心臓の部分を撃ち抜き、そこに大きな風穴を開けることに成功していた。

 本来なら、その時点でポリゴンとなって霧散してもおかしくないのだが……目の前のビィは瀕死の様子ながら、明確にそれを耐えてみせた。

 ──()()()()()()()()()()()

 

 とはいえそれを相手に悟られては元も子もない。

 ゆえにキリトは先ほどと変わらず、イシュタルの真似をしながらビィを煽るのであった。

 

 

「くっ……くくく、中々やるじゃねぇか。だけどよぉ、オイラを倒すにはちょっと足りなかったみてぇだなぁ?」

「そうみたいね。見た感じリジェネもあるのかしら?」

「その通りだぜぇ。生半可な攻撃はそもそも効かず、例え効いたとしても一撃で倒せないのならそのあと回復して元通り……つまり、お前達にオイラを倒す手段なんてない、ってことなんだぜぇ!!」

「ふーん。ところで、一ついい?」

「なんだぁ?」

 

 

 彼が語るところによれば、このビィというレイドボスは高い防御値・高い体力の上に、更に継続回復(リジェネ)まで持ち合わせているとのこと。

 

 ゆえに、彼を倒すのは不可能に近いとも。

 ……確かに、一般プレイヤーがまず越えられない防御値の上、それを越えた上でかなりの倍率の攻撃を当てなければならず。

 しかも、それが例え『1』でも相手の体力を残す結果となれば、ほぼ確実に体力を全快される結果となる……と。

 

 なにせ追撃にも高火力を求められるのだ、さらに二の矢があってもそれを当てる暇が無ければ意味がない。

 なるほど、彼が慢心し増長するのも理解できる。理解した上で、油断なく構えている辺り狡猾にもほどがある。

 

 だからこそ、キリトはそれを理解した上で、さらに煽りをいれる。

 ──そんなことは、端から折り込み済みであるがゆえに。

 

 

「悠長にお話をしてる暇がある、なんて思ってる辺り、竜の傲慢ってやっぱりあれよね。──敢えて言うわ、付き合ってくれてありがとう、ってね」

「は?なにを言って……!?」

 

 

 彼女の言葉に訝しむ様子を見せたビィは、しかし背後に迫る何者かの気配に振り向き──そして仰天した。

 そこにあったのは、周囲の浮島が幾つか繋ぎ合わされたような大きさの、まさに壁と言う他ない巨大な物体。

 それが、加速しながら自身に襲い掛かって来ているのである。

 

 

「お、おおお!!」

 

 

 意味がわからないが、ビィは反射的にそれを受け止めた。

 何故なら、例えビィであってもこれは耐えられるか怪しいものだったからだ。

 

 詳しい計算などは省くが、こういうフィールドオブジェクトにぶつかったことによって発生するダメージというのは、原則防御値を無視するようになっている。

 例えどれほど頑丈な鎧を持とうが、落下して地面にぶつかればただでは済まない、というわけだ。

 

 フィールド側が向かってきた時にどういう扱いになるかは不明だが、しかしダンジョンには左右から壁が迫ってきてプレイヤーを押し潰す、みたいなギミックもある。

 ……となれば、こういうパターンにおいても致死ダメージが適用される可能性はゼロではない。

 

 ゆえにこの壁を受け止めたビィの判断は間違いではない。

 間違いではないが──その前に試すべきものがあったことも確かな話。

 

 

(いや、攻撃すれば割れたんじゃねぇのか!?……いやダメだ、こうして受け止めたからこそわかる!こいつ()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 

 それは、この壁が壊せるのか否か。

 こうして受け止めた今だからこそわかるが、その前に破壊を試すべきだったことは間違いない。

 それを選べなかったのは、直前までキリトの戯れ言に付き合っていたから。

 つまりこれは、相手の策略ということになり──、

 

 

「──おおっと、流石にこの程度では縛りきれぬか。なら次の手、というわけじゃな」

「───!?」

 

 

 そうして次の動きを探ろうとした瞬間、耳元で聞こえてきた少女の声。

 見れば、いつの間にか自身の肩に一人の少女が立っているのが見える。

 

 その少女──ミラは、ビィが未だ冷静であることに感心したような様子を見せると、バッとその場から飛び降りた。

 飛行能力も無いやつがなにを、と思わず目で追えば、彼女を抱き止めたのは先ほども空を走っていたサンジとかいう青年。

 

 だがしかし、先ほどその人物はビィより遥か離れた場所に跳んでいたはずで、にも関わらずこうまで迅速にその少女を拾えたということは──、

 

 

「さーちゃん、ファイヤー!」

「了解。撃ち抜きます──!!」

「!今度はなっ!!!?」

 

 

 その思考を掻き消すように、再度別の少女達の声。

 そしてそれを聞いた瞬間、弾け跳ぶ目の前の壁。──それと同時、自身に襲い掛かってくる高熱と炎。

 理屈は不明だが、不壊属性を持っていたはずの目の前の壁は崩壊し、爆炎と瓦礫をビィの身に降り注がせることとなっていた。

 

 とはいえ、咄嗟に防御体勢を取ったためダメージは軽微。

 ゆえにそれは直ぐ様回復し、相手の策略は徒労に終わったと確信して、

 

 

──大いなる天から、大いなる地に向けて

「……!!」

 

 

 今度こそ、特級の危機が迫っていることに全身が総毛立つ。

 振り返れば、いつの間に準備したというのか、キリトの背後に揺らめく大きな星の影。

 それは瞬く間に圧縮され、小さな弾丸として彼女の武器──天の船・マアンナによって引き絞られる。

 その間、およそ一秒にも満たず。ゆえにビィが出来たことは、

 

 

「今度こそ、本気よ!山脈震撼す、明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』!!

「う、うおおおおおおあああああああっ!!」

 

 

 その砲撃に、自身の拳を合わせることのみ。

 先ほどの爆発とは比べ物にならない、文字通りの致死の一撃。

 まともに食らえば先ほどの射撃と同じく、自身を脅かすに違いないその一撃は、されどもビィの拳による攻撃と相殺し、彼の命を危ぶめるには至らない。

 

 その姿に、キリトは内心震え上がっていた。

 前提条件が違うとはいえ、この一撃(必殺スキル)はあのティアマト神にすらダメージを与えたもの。

 それを自身の攻撃によって相殺するとは……あのティアマト神が劣化して再現されたものであるとはいえ、流石は創星の竜の器と言うことなのか。

 

 ……とはいえ、その驚愕を表に出すことはない。

 ()()()()()()()調()、ならばすることは一つ。

 

 

「は、ははは!残念だったなぁ!オイラはこの程度じゃやられ」

「何度も言わせないで。私は言ったわよ、付き合ってくれてありがとうってね」

「───!!」

 

 

 ここまで言われれば、ビィも悟るというもの。

 目の前の攻撃は確かに相殺しているとはいえ、それが止む気配はいまだない。

 ゆえに彼は前を向き続けなければならず、背後はがら空き。

 ──そう、先ほどの狙撃を受けることとなった、無防備な背後はがら空きのまま──!

 

 だからビィは、背後の羽根に指令を出した。『オイラを守れ』と。

 即座にその羽根は硬度を増し、あらゆる攻撃を通さぬ堅牢な盾となる。

 ──これで背後は完璧、とビィが笑みを浮かべた瞬間。

 

 

「──何度でも、撃ち込んであげる。敗北を告げる、弾丸の味。『ファントムバレット』!!

「が、あっ!?」

 

 

 ──衝撃は、横からやってきた。

 何故、と考えながら視線を横に向ければ、その遥か遠方に空を駆ける黒き巨大ななにかの姿が見えた。

 

 

「まったく……大神使を維持するにも結構な労力がいるんだから、ね!」

「ありがとうございますアスナさん。どうにか、私の役目をこなせました」

「あ、いや違うの!貴方に愚痴ったわけじゃなくてね?!」

 

 

 それは、アスナの召喚する大神使と、その背に乗る少女達の姿。

 彼女達は背後からの狙撃が警戒されていることを前提に、狙撃ポイントを移動していたのだった。

 ……理屈はわかるが、大神使が空を駆けることができている理由は不明である。

 

 ともあれ、再度の狙撃を許してしまったビィ。

 されど、結果としては先ほどと同じ。この狙撃ではビィの体力を全損できず、ゆえにビィは回復の余裕を得る。

 それを阻むのが目の前の攻撃であるならば、それを打破すればいいというだけの話!

 

 

「残念だったなぁ、オイラはどれだけ傷付こうが動きはにぶらねぇ!ここまでやって押しきれなかったお前達の負け……っ!?」

「何度も言わせないでって、それこそ何度も言ってるでしょ?──もう終わってるのよ、アンタは」

 

 

 ゆえにビィは今度こそ目の前の攻撃に集中しようとして──先ほどまでとは比にならない、命の危機を感じ取った。

 

 確かに、さっきの攻撃も、今目の前にある攻撃も、共に自身を危ぶめる威力のものであることに違いはない。

 だからこそ彼はそれを警戒し、ここまで対処を行ってきた。

 

 だが、突然現れたこの気配はなんだ?

 そこにあるのはたった一つの念。──()()()()という、ただ一念。

 首元に刃を突き付けられているような、余りにわかりやすい殺気。

 だからこそ解せない、何故この規模の殺気がことここに至るまで一つも察知できなかった?

 

 

「うーん、ある程度想定はしてたけど……ここまで札を切らされるとなると、このゲームを舐めてたと言わざるを得ないのかも。──だからまぁ、これに関しては得難い教訓として、しっかり胸に刻ませて貰うわ」

 

 

 聞こえるはずの無い独白が耳に届く。

 

 それが発せられたのは、最初狙撃が飛んできた位置──このフロアの開始地点である浮島。

 そこに一人佇むのは、銀の髪を棚引かせる一人の少女。

 彼女はまるで両手になにかを──恐らくは鞘に収まった刀を持っているかのように、静かに構えを取っている。

 

 それだけだ、彼女がやっていることはそれだけ。

 なのに何故、それを見ていると体が震えるのか。

 その理由を、ビィは理屈ではなく本能で理解していた。

 

 なにも持ってない?なにをバカなことを。

 アイツは持っている、自分に届きうる牙を持ち合わせている──!

 

 全力で防御しても足りるかわからない、今すぐにでも後ろを向いて待ち構えたい。

 だがしかし、それを目の前の金星が許さない。この手を離せばお前を焼き尽くすと明確に主張し続けている。

 ゆえに、ビィにできたことは。

 

 

「う、お、ああああああああああっ!!!!」

「っ!まだそれだけの力が」

 

 

 驚いたキリトの前で、異音を上げながらビィの羽根が変貌していく。

 いや、それはもはや羽根とは呼べまい。──翼。創星の竜に相応しき、荘厳にして優美なる王の翼。

 恐らく、それを攻撃に転用すればこの場に居る全てを殲滅できるほどの力を持つ、余りにも雄々しき翼。

 それほどのモノを自身が顕現させた事実に喜びの声すら上げそうになったビィは、

 

 

「あ、自分から特攻対象であることを強調してくれるとは、ありがとねー」

「────」

 

 

 自身の選択が──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを、今さらながらに悟るのであった。

 されどもう止まらない、これから起きることは確定事項。

 今さら他の対処もできず、ゆえにその刃は牙を剥く。

 

 

────神断流、派醒

「う、お、あ、ああああああああああっ!!!!」

 

 

 意味の無い叫びが喉から絞り出される。

 なにを言おうとも変わらぬ、絶対の滅び。

 それをもたらす一閃が、今、

 

 

「『龍封・断天閃』」

「──────」

 

 

 彼の者の防御をあっさりと貫き、その身を縦に割る。

 その様をキリトは見て──恐ろしい、と息を吐いた。

 可能な限り周囲に影響は与えない、という彼女の言葉を信じ、以降の攻撃を任せたが──。

 

 

「いや、おかしいだろこの威力」

 

 

 思わず素に戻って、呆然と呟く。

 ──巨大なビィを割ったその一閃は、その後ろに控えていた浮島ごと、直線上の物体を全て縦に断ち割っていたのだから。

 

 その光景に暫し唖然としていた彼女は、されど気を取り直して最後の締めに掛かる。

 こごまでやってなお、倒したというエフェクトか出現していなかったためだ。

 ゆえに、対抗するビィの力が失われたことを確認し、駄目押しを指示しようとして。

 

 

「オイラは、オイラは、()()()()ぁあぁああああああっ!!!」

「……えっ、はっ!?」

 

 

 最後の最後にビィが叫んだ言葉に、別の意味で唖然とする羽目に。

 直後、彼女の攻撃はビィを飲み込み、その五体を全て爆散させ──。

 

 結果、『討伐おめでとう!(Congratulations!)』の表示と、爆発のあとから落ちていく小さななにかを発見することとなったのであった。

 

 



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幕間・お祭り騒ぎのあとに

「オイラはトカゲ!」

「精神崩壊してやがる……」*1

 

 

 はてさて、巨大ビィ君が爆発四散した結果、そこから飛び出した小さな物体。

 回収されたそれは、なんと小さな……と言っても元々のサイズなわけだが、ともかくビィ君本人なのであった。

 

 なんでや、とツッコみたい気分を抑えつつ、彼から話を聞こうとしたのだけれど……ダメだこりゃ、完全に精神崩壊してやがる……。

 いやまぁ、わりと真面目に死にかけたのだろうから、それも仕方のない話なわけだけど。

 

 

「いや言い方ぁ」

「一番追い詰めたのキーアさんだと思うんだけどなー」

「え?私攻撃なんてしてないけど?」

「え、でもあれって……」

「いや予め説明しておいたじゃん、あの戦闘中私は攻撃担当としては全く役に立たない、って」

「ゑ?」

 

 

 ……なんかこう、話が噛み合ってないな?

 んじゃまぁ、先ほどの戦闘の反省会の意味も込めて、ちょいと解説に移るとしよう。

 

 

「オイラも詳しい話が聞きたいぜぇ」

「お、正気を取り戻したみたいだね?じゃあとりあえず前提から話すけど──あの戦闘において、役割が限られてたのはクラインさんただ一人だね」

「いやまぁ、キリの字やアスナちゃんがおかしいだけで、普通のプレイヤーってあんなもんだからな?」

 

 

 まぁ、これが仮にSAOならそんな泣き言言ってられなかっただろうけどよぉ、と頭を掻くのはクラインさん。

 今回の戦闘においては基本逃げ回るのみの役割、という形になっている。

 

 ……とはいえそれも仕方のない話、なにせ外ならまだしも『tri-qualia』内のクラインさんはほぼ一般プレイヤーのようなもの。『逆憑依』特有のプラス効果はあれど、それだけでは火力面で全く足りてないことは言うまでもなく。

 その辺りを補えるものを持っている面々ならいざ知らず、クラインさんは今のところそういうものを持ってないので今回は囮・誘導役として立ち回って貰うことになっていた。

 

 

「……?囮ってそっちの姉ちゃんじゃねぇのかぁ?」

「キリトちゃんのこと?それに関してはビィ君も身に染みてわかってると思うけど、主な役割は煽り役と最後のとどめ役だよ」

「あー……あれ無茶苦茶だったもんなぁ」

 

 

 ここまで話したところ、不思議そうな顔をしたビィ君がキリトちゃんを指差した。

 囮、という意味では目の前であれこれやってた彼女の方が印象に残ったらしい。

 

 ……まぁ実際、囮という扱いでも間違いではない。

 単に複合して色々役割を押し付けられてた、というだけの話であって。

 

 彼女の主な役割は、唯一の飛行能力持ちとしてビィ君を撹乱すること、およびその流れで可能な限り自身に視線を向けさせ続けること。

 そしてその最後に、宝具──もとい必殺スキル*2によるとどめを刺すことである。

 

 実のところ、うちの面々でビィ君を倒せる存在は彼女くらいしかいなかったのだ。

 

 

「あれ?キーアは?」

「生憎外ならいざ知らず、ここでの私はダメージディーラー*3ではないので……」

「……そういえば、五層での戦闘でもどちらかというと補助役でしたね……」

 

 

 少女ちゃんが思い出したように呟いたが……その通り。

 基本的に『tri-qualia』での私はバッファーであり、火力を出すようなポジションではないのだ。

 

 その辺りを踏まえると、まともにやってビィ君にダメージを与えられるのは──イシュタルの能力を持つキリトちゃん、大神使で押し潰しに掛かれるアスナさん。

 それから、ギリギリダメージを通せそうな少女ちゃんと、それから反則になるけどハセヲ君くらいのもの、というか。

 

 

「……ん?そいつもなにか出来たのかぁ?」

「今回は裏方に回って貰ってたけどね。一応、やろうと思えば出来なくもないと思うよ?」

「その結果BANされるんならまだマシで、罷り間違ってAIDAでも生まれた日にゃ謝っても許されねぇことになるだろうがな」

 

 

 そう、ハセヲ君の場合は『データドレイン』という反則技があるため、一応ビィ君相手でも対処できなくないのだ。

 

 ……まぁ、流石にあの大きさの相手を改変しようとする場合、明らかにゲーム自体への負荷が掛かりすぎるだろうから無理があるわけだが。

 というか、『データドレイン』に関しては必殺スキルでもなんでもなく、普通に仕様外攻撃だから多用禁物だし。

 

 

「……え゛、それマジでデータドレインだったのか?なんかそれっぽい技とかじゃなく?」

「俺の場合この姿が『逆憑依』としての基本だからな、寧ろ使えねぇ方がおかしいんだよ。……つーか、そういう意味だとお前らも大概危ねぇんだからな?」

「あー、心意のこと?多分使ってる気はするんだよねー……」

 

 

 私の言葉に、キリトちゃんが思わずとばかりに呻き声をあげる。

 確かに、あの危ない攻撃トップクラスであるデータドレインが本物である、というのは驚愕の事態だろう。

 どっこい、危なさ云々で言えばキリトちゃん達だって同じだというか。

 

 ……そういう意味では、ネトゲからの転移であるためこの空間と相性が良いと言うだけで、特に危険な能力のないミラちゃんはかなり安全な部類というか?

 

 話を戻して。

 今回ハセヲ君は、データドレインをフィールドオブジェクトに対して()()()使用して貰っていた。

 内容は、そのオブジェクトの属性の書き換え。

 破壊可能なオブジェクトであるそれらを、データドレインによって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 

「……あ、ってことは?」

「ご明察、あの浮島で出来た壁は、ハセヲ君がせっせと夜なべして作ってくれたモノだったんだよ」

「夜なべって……」

 

 

 より正確に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように細工された壁、というか。

 クラインさん率いる面々は、浮島を次々と跳び回りながらその細工を施していたわけである。

 

 

「で、それに可燃性の液体を仕込み、さらに無数の軍勢を召喚してお主に特攻させたのがなにを隠そうわしの仕業、というわけじゃな」

「なんか裏に居る気はしてたけど……そうかぁ、ゴーレムの群れだったのかあれって……」

 

 

 で、この世界と相性がよいお陰である程度自由にゴーレムを召喚できるミラちゃんが、先の浮島の壁を押してビィ君に突撃していた……と。

 あとはついでにビィ君の近くに寄ることで、キリトちゃんに宝具のチャージ時間を与える役目もあったというか。

 

 

「代わる代わる展開することで、お主を困惑させる役目も負っていたというわけじゃな」

「で、俺の場合は空を走れるってことで、手の足りない部分の手助けってのが主な役割だったわけだ」

 

 

 その役目を終えて飛び降りた彼女を抱き止めたサンジ君は、全体的な補助の役割。

 

 キリトちゃんが取っ捕まった時の救助や、飛び降りたミラちゃんの確保など、もう一人の飛行()能力持ちとして、彼は結構重要な役目を振られていたわけである。

 もしビィ君の防御がもう少し巧みであったのならば、それをその都度妨害するようにもお願いされていたり。

 

 

「……確かに、オイラの手を蹴っ飛ばすだけのパワーはあるから、そういう役目には持ってこいだなぁ」

「まぁ、あくまで弾くだけでダメージは入ってなかったがな。……その辺は武装の問題っつーか」

 

 

 まぁ、このゲームの宿命というか、装備品として優秀な靴がないため火力要因にはなれないわけなのだが。

 それでもノックバック誘発できるだけ十分なんだけどね?

 

 サンジ君がそんな感じで便利枠だったのに対し、ピンポイント起用だったのがすーちゃんさーちゃんの二人である。

 本来の姿ならともかく、今の二人は少女の姿。

 ……火力要因としては運用できないが、代わりにその姿に見合った射撃能力を備えていたため、そっち方面で活用した形になる。

 

 

「いや、このゲームのバッファーって凄いねー。強化幅エグすぎって言うか」

「代わりにデメリットも大きめですけどね。……その戦闘中攻撃行動及び防御行動不可、というのは中々重たいといいますか」

 

 

 で、今回はすーちゃんの方をうずまき擬きによる狙撃主、さーちゃんの方を観測主としての起用となった。

 

 これは、付与術士(エンチャンター)の持つスキルを活用するための配置。

 付与術士の覚えられるスキルには、自身が攻撃・および防御行動を行えなくなる──観測主に徹する代わりに、対象一人に特殊なバフを付与する、というものがある。

 この特殊バフ、命中精度や火力など、様々な部分を強化することができるかなり強力なものなのだが……一人がほぼ棒立ち化するデメリットの方が重すぎるため、滅多に使われないものだったり。

 

 その代わりと言うことなのか、とりあえずスキルを使うだけならばサブ職に付与術士を追加するだけでほとんど手間も要らなかったりするので、今回みたいなパターンでは有効活用できるというか。

 ……正直、強化なしの二人の火力だと武器の関係でほぼ役立たずなので、そっちの方で押すしかないというか?

 

 とはいえ、図らずも二人の共同作業みたいなことになったのが功を奏したのか、二人のコンディションは最高潮。

 見事、難しいはずのギミックの起動をこなしてみせた……と。

 まぁ、できると見込んでお願いしたので、やってくれなきゃ困るわけだけども。

 

 

「私たちの場合は、キーアちゃんにバフを掛けて貰った大神使で遠方から狙撃ポイントを探す、って感じだったかな?流石に背後からはもう通じない可能性が高い、って話だったし」

「私の方は、最初の一撃からずっとキーアさんにバフを掛けて貰いっぱなしというか……」

「え、バフ?」

「はい。さっきの付与術士が覚えられるスキルがどうとか……」

「…………」

「そんなに見つめなくても教えるってば」

 

 

 で、アスナさんと少女ちゃんは、二人でビィ君の横っ腹をぶち抜くため大神使で遠方を移動。

 私が大神使に付与した『天駆けるモノ(スカイウォーク)』の効果で移動する大地となったその上で、少女ちゃんはひたすら攻撃の機会を窺っていたわけだ。

 

 ……で、今しがた彼女が触れたけど。

 私が使ったバフというのは、確かに付与術士が覚えられるスキルではある。

 ……あるのだが、これを覚える条件が中々に厳しく、現状多分私しか覚えていない……と思われるモノになってしまっている。

 そしてそのスキルこそ、私が『攻撃なんてしてない』という証拠になるのだが……あれこれ述べるより、スキルの効果を告げた方が早かろう。

 と、いうことで。

 

 

「まず、覚える条件が『メイン職が付与術士であること』」

「え、サブじゃなくて?」

「うん、サブじゃなくて。……攻撃手段をサブ職に頼る形になるから、スキル覚えるのが辛いんだよねこれ」

 

 

 条件はまず、メイン職が付与術士であること。

 付与術士はその名の通り周囲の味方にバフを付与したり敵にデバフを掛けたりする職なのだが、びっくりすることに攻撃スキルを一切覚えないのである。

 サブ職のスキルはメイン職を育てることで解禁されていくものなので、自身でジョブ経験値を稼ぎ辛い付与術士をメインにすると、育成が茨の道になってしまうのだ。

 

 一応、サブに入れて育てる分にはまだなんとかなるが……その場合、サブ職のスキルを使った場合メインが機能不全に陥る、みたいなことになる可能性もあるので問題山積みというか。

 ピンポイントで使いたい時だけセットするならともかく、普段使いとなるメイン職に付与術士を入れるのは正気の沙汰じゃない、というのは確かだろう。

 

 ……まぁ、その辺り私の場合はなんとかなる余地があったわけだけど。

 

 

「……?……あ、もしかして」

「そう、マジカル聖裁キリアちゃんのお陰というか、この姿になっても付与術士との相性は良いまんまなんだよね」

 

 

 キリアちゃんが基本的に他者の補助特化であったためか、このアバターにおいてもその時の追加効果が有効になったままなのである。

 そのため、メイン職なのにサブ職として育成できる、みたいな効果を得ていたというか。*4

 ……まぁ要するに、サブ職で戦闘できていたと。

 

 その辺りはややこしくなるのでまたいつか説明するとして、ともかくそうして付与術士をメインにすることで覚えられるスキルの一つに、【他者集中:EX】というものがある。

 これは先ほどさーちゃんが使っていた【他者集中】の上位版であり、かつ付与術士の覚えるスキルの中では数少ない『使用する場合術者がその戦闘中攻撃・防御行動を行えなくなる』というタイプのデメリットを抱えるもの。

 

 その分通常のバフより高性能、というのが売りなのだが……基本的に強化率が対象のステータスが倍に到達するかしないかくらいのものであるため、有用ではあるものの使いにくい……という評価を受けているものでもあった。

 ……あ、この説明は普通の【他者集中】の場合の話ね?*5

 

 どっこい、【他者集中:EX】の場合は話が違う。

 確かに強化幅には然程差はない。無いのだが──効果範囲が違うのだ。

 

 

「効果範囲?」

「具体的に言うと、一時的に強化対象の()()()を上昇させる効果がある」

「え」

「攻撃値ないし防御値を一段階、場合によっては二段階上げられるってわけ」

「……チートでは?」

「その分攻撃と防御だけじゃなく移動も縛られるんだけどね。正直スキルのダメージ倍率が高いヘカートⅡ相手だからこそ意味があったというか」*6

 

 

 攻撃値『3』でギリギリ『5』にダメージを与えられるくらいの補正があるからこそ輝く、みたいな?

 

 あとはまぁ、相手がコラボ武器であるため、補正値の上昇で重複スキルが有効になるというのもプラスに働いたというか。

 結果、攻撃値『5』相当になった上に更なる火力プラススキルも有効になったヘカートⅡは、巨大ビィ君の体力をあと一歩で全損させるほどの威力になった、というわけである。

 

 

「……あれ?じゃああの攻撃は……?」

「『龍封・断天閃』のことだろうけど……あれ、ノリでそう呼んだだけでやってることは『龍属性・神属性・巨大属性を持つ対象に対し、属性を満たすごとに成功率・効果の上昇するデバフ』をぶつけただけだからね?」*7

「……あー、ビィ君がバハムートの器だからこそ、よく効いたってことか……」

「最後にその辺りのことを否定したからこそ、効果範囲から逃げられたとも言えるね」*8

 

 

 巨大な自身から小さな自身を切り離し、属性をそちらに置き去りにすることでデバフの対象から逃れた、とも。

 ……その辺りの判断が咄嗟にできる辺り、なんともクレバーな存在だなぁ、と思わず唸ってしまう私のなのでありましたとさ。

 

 

*1
『ぐらぶるっ!』などでたまにビィ君が陥る症状。オイラは社会の歯車!

*2
ここでのイメージは『<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-』におけるそれ、エンブリオ自身の名前を冠する強力な一撃のこと。英霊の持つ逸話の具現とも言える宝具は、この世界においてそういうものと同じ扱いをされている。なお、詠唱をすることで威力を上昇させたりしている為、破棄すれば即時発動も可能だがその分最大威力からはかなり劣化する

*3
『Damage Dealer』。『ダメージを与える(deal damage)』からの派生であり、文字通り相手にダメージを与えることを主目的とした職のことを指す。いわゆる火力職

*4
本来はメイン職のついでにサブ職に経験値が入るという形だが、彼女の場合サブ職のついでにメイン職に経験値が入る、という形で運用できていたということ

*5
【他者集中】……自身の攻撃・防御をその戦闘中封じる代わりに、術の対象者のステータスを1.3~1.7倍する。因みに普通のバフスキルは大体1.1~1.3倍がほとんど。付与術士側が弱いのならともかく、基本的には二人で攻撃した方がDPSなどの面で優勢である為、余り有効活用されることはない

*6
【他者集中:EX】……自身の攻撃・防御・移動をその戦闘中封じる代わりに、術の対象者のステータスを1.8倍し、補正値を効果時間中一段階上昇。ステータスの上昇効果を『攻撃の一瞬』もしくは『防御の一瞬』に絞る場合、代わりにその瞬間だけ対応する補正値を二段階上昇。この効果によって補正値が上昇した場合、武器の強化を行ったのと同じ扱いをする(強化によって解禁されるスキルが存在する場合、それらが効果時間中のみ解禁される)

*7
本来の『派醒』ではない『龍封・断天閃』をゲーム内の仕様で再現した、ということ。真っ二つになったのはデバフを受けた部分が巨大ビィとしての存在を保てなくなった為。このスキルによってもたらされるデバフは『龍・神・巨大属性を全て持つ相手のスキル・ステータスを無効化する』であり、それによって超回復・巨大化などが無効化された。なおビィ本人は小さいそれが本体であり、外のそれはいわゆる強化骨格みたいなものであったので、それを即座にパージ・かつ自分は『龍でもないし神でもないし巨大でもない』と主張することでデバフの範囲から逃れた形。なお本来の『龍封・断天閃』はデバフの部分が攻撃になった上で射程範囲が更に広くなる(具体的には地平線(≒およそ4km先)まで届く)

*8
なおこのデバフ、『tri-qualia』の仕様に合わせてあるものの実際はキーアが裏から手を回して(虚無を使って)でっち上げた架空スキルである。誰も覚えられるやつがいねぇ!



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幕間・ビィ君の受難が始まる

 はてさて、先ほどの戦闘についての解説・反省会が終わったことで、ついに目をそらしていた事実に触れなければならなくなったわけだが……。

 

 

「……えっと、どうされましたか?」

(どう思う?)

(どうって……どうしてこうなった?)

 

 

 周囲の視線を不思議そうに受ける少女。

 ──そう、()()。彼女はここまで行動してなお、シノンへと変化することはなかった。

 彼女の名言?まで口にした上、ヘカートⅡによる大物狩りまで成し遂げたにも関わらず、である。

 

 だがしかし、その理由らしきものもなんとなく見えていた。

 その理由と言うのが、座っている彼女の膝の上。

 

 

「……手付きはすっげぇ優しいのに、なんでかな?オイラさっきら震えが止まらねぇんだ……」

「うーん、可愛いねビィ君……」

「ひぃぃい………」

「うわぁ」*1

 

 

 そこには、ほんのり青褪めた顔で彼女のなでなでを受け入れるビィ君の姿が。

 ……うん、声繋がりかな?(遠い目)*2

 

 そうなのだ、小さなビィ君を拾って反省会をする際、彼女はごく自然にビィ君を抱き上げ、自身の膝の上に乗せたのである。

 そのあまりにも自然な動きにはビィ君も反応できず、こうして無防備に彼女のなでなでを受け入れる羽目になったと。

 ……まぁ、例の人のそれと違い、その力加減はビィ君のことを考えた優しいものになっているわけだが。

 

 とはいえ、あくまで撫でる力が優しいというだけで、自身の膝の上から移動させる気がないというのは間違いあるまい。

 ゆえに、ビィ君はほんのり恐ろしさを感じて青褪めている、というわけなのである。

 

 ……うん、これは御愁傷様って言っとくべきなのかな?

 当の少女はにっこにこしててこっちの話そっちのけ、って感じだけど。

 

 

「……ところで、君って【鏡像】じゃなくて【顕象】ってことで良いのかな?」

「オイラはドロップ品!」

「……どういうことだ?」

「えーと、さっきまで【鏡像】だったけど、倒された際にドロップ品として新生した結果【顕象】になった、みたいな感じかな……?」

「ええ……?」

 

 

 あと、今の彼が大人しい理由も合わせて判明した。

 倒す、という一連の行為を以てある種の禊とし、結果単なる一個体に零落*3した、という形になるようだ。

 まぁ、最後の最後に自分から龍であることを捨てたからこそ、みたいな部分もあるようだが。

 

 

「だから今のオイラには変身能力とかないんだぜ。基本的にこの姿でやり過ごすしかねぇんだ……」

(なるほど、それで余計に逃げられなくなっていると)

 

 

 うーんこの。

 ……トラウマ的な成功率の低下に加えてそもそものスペック低下まで重なれば、そりゃまぁ逃げるに逃げられなくもなるわな……という感じである。

 

 ビィ君本体に関しての解説はこれくらいにするとして、改めて少女の話。

 この分だと、彼女は『逆憑依』としては成立しない、もしくは成立しないギリギリであることに意味がある……みたいなパターンなのかもしれない。

 いや、要素が二つしかないから三つ目が来るのを待ってるだけ、みたいな可能性も……?

 

 

(どういうこった?)

(多分単純に進めてたら、どこかでヘカートⅡを使うことによる逸話蓄積からの『逆憑依(シノン)』になってたんだろうな、と思うんだけど……それに待ったをかけたのがこのビィ君に対しての反応、みたいな?雑に言うと、行動面での『逆憑依』対象はシノンだけど、彼女との相性の面ではカタリナさんの方が強いんじゃないかな?)

(なるほど……?)

 

 

 かつて、『逆憑依』は要素が二つある場合には発生しない、みたいなことを言ったことがあると思う。

 

 単一のキャラになるか、三つの要素を集めて【複合憑依】になるか。

 ……一応、単一のキャラになる場合に他の要素がくっついて【継ぎ接ぎ】になる、みたいなパターンも存在するが……そういうパターンは大抵()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という形で補正されている。

 

 分かりやすい例がいまいち思い浮かばないが……例えば桃香さん。

 あの人は『原作軸で存在してもおかしくない立場の彼女に、型月要素を盛り込んだ』キャラクターであるが、かといって盛り込まれたキャラクター……エミヤのような言動をすることはない。

 一応彼女が戦うとなると、干将・莫耶が主武装になるらしいが……その見た目も中華系の武器っぽさが上がった形になるらしく*4、あくまで要素としてエミヤが含まれている、ということしかわからない。

 

 二つの要素が共にメインにはならない、というのはそういうこと。

 あくまで桃香さんがエミヤっぽくなってるだけであって、それらの優先度は間違いなく桃香さんの方にあるわけである。

 割合が五分五分になることはなく、確実にどちらかが多くなる・少なくなるように配分が片寄る……というべきか。

 

 裏返すと、『逆憑依』というのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もの、ということでもある。

 今の少女は状況・武器などの要素からシノン成分を高めているものの、本人の性質・および手元のビィ君によってカタリナ成分をも高めている。

 そしてその比率は──目には見えないのでわかり辛いが、恐らく一対一(1:1)

 ゆえに彼女は『逆憑依』にならず、そのままの姿でそこにあり続けている……と。

 

 

(この均衡を崩すべきなのか保つべきなのか、私には全くと言っていいほどわからんのだよね。『逆憑依』のフラグが立つってことはなにか問題を抱えている可能性大だけど、基本的に私たちってその問題自体を解決しに行ったことってほとんどないし)

(そう……なのか?)

(唯一かようちゃんの一件がそれっぽいけど、あれはあれで彼女の命の終わり(もんだい)否定(かいけつ)した、というのとはまた別だから……)

 

 

 正確には『終わったものに続きを付け足した』、というべきか。

 ……トラブルの根本を片付けに行ったわけではなく、そもそも起因を潰すのが正解かもわからず。

 やったこともないので正しいとも言えず、ゆえに静観するしかない……みたいな感じというか?

 

 まぁ、あくまで問題そのものを私たちが横から解決しようとすることに忌避感があるだけであって、向こうからSOSがあればすぐにでも手伝う準備はあるのだけれど。

 

 

(ならいいんじゃねぇのか?)

(常に後手になる、ってことに目を背ければ……って話になるからねぇ)

(あー)

 

 

 いやまぁ、積極的に先手を取りに行ってないだろと言われればそれまでなんだけども。

 

 ……でもねぇ、別に私たち彼女の恋人でもなければ親友でもない、あくまで今日あったばかりの知人程度の仲なわけで。

 踏み込んでいい線引きがわからない以上、下手に地雷を踏んで事態を悪化させた、みたいなことになったら目も当てられないというか……。

 

 そんな感じのことが積み重なって、どうしようかなーと頭を抱えている最中なわけである。

 ……まぁ、結果的に要素が釣り合う形になってしまったのは、そうして静観していたからって面もあるのだけれど。

 

 

(あの流れなら、普通にやってれば今頃シノンになってただろうからねぇ。……まさかビィ君とかが好きなタイプの人だとは思ってなかったというか)

(惰性で付き合ってれば向こうから問題が進展する、って呑気に構えてたせいってことだろ?)

(仰る通りで……)

 

 

 うーん、ハセヲ君が手厳しい。

 ……まぁ、彼自身も本気でこっちを糾弾しているわけじゃなく、話の流れでこう言った方がいいと思っただけで、自分にも責任があると感じているみたいだから反論はしないが。

 

 ──うん、そうなんだよね。

 静観してたのが問題、というならここにいたみんなが悪いということになってしまう。

 とはいえ『逆憑依』周り、それもそれが成立する瞬間についてなんて、誰も正確な情報は知り得ていない。

 なんとなく()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな空気感はわかるけど、それにしたって『tri-qualia』が絡むと基準が緩くなる、みたいな話もある。

 

 つまり、こっちが深刻に捉えているだけで、実態はとても軽い──思春期なら抱えてない方がおかしいような問題が、『逆憑依』の種として選ばれているなんて可能性もあるわけで。

 ただでさえネット上で相手のプライベートな部分を尋ねる、なんてご法度を侵さねばならないのだ、そりゃまぁ誰だって日和見主義になるってもんだろう。

 

 ゆえに誰かを責めることはできない。

 できるのは、ややこしくなった現状をどうしようか、と頭を抱えることくらいのものである。

 

 

「……?みんなどうしたんだろうね、ビィ君」

「オイラは愛玩動物!」

 

 

 そうして難しい顔をして唸る私たちを、当事者の少女は不思議そうに見つめていたのだった──。

 

 

*1
『ぐらぶるっ!』におけるビィ君の弱点。それは彼を猫可愛がりする(のに撫でる際籠手を外さず彼の後頭部を削る)カタリナさんである。何なら性的に見ている節もある(作品内描写より)。なお本編の彼女とは全く別の存在、というのは言うまでもない

*2
シノンとカタリナは同じ声

*3
『れいらく』。零れ落ちると書くことからわかる通り、元々ある程度の格を持つ存在が落ちこぼれる、というような意味合いで使われる

*4
原作のそれがエミヤのそれなら、彼女が使うそれは虞美人が持っているモノに近い形になっている



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幕間・それはそれとして先に進みまして

 結局、問題解決については投げることにした。

 今の彼女の均衡を崩し、どちらかに傾けるのがいいのかもわからない以上、成り行きに任せるのが一番だと判断したためである。ビバ日和見!

 

 ……まぁ、日和見に移行した一番の理由は、本人がさっきまでに比べてリラックス──安定しているから、というところが大きいが。

 もしこれが本人のメンタルバランスガッタガタなら、早急になにかしら対策を考えるべきところだけど……ご覧の通り彼女の様子は健康そのもの。

 

 ビィ君によるアニマルセラピーでも行われているらしきその姿に、一先ず彼の身を差し出して安定するならそれでいいや、となった次第である。

 

 

「オイラは哀れな犠牲者!」

「ははは……まぁうん、頑張って……?」

「でも、本当によかったんですか?私がこの子を頂いちゃっても」

「見た感じ特別な効果とかない()*1みたいだし、貴方が居なかったらそもそも倒せてなかっただろうから気にしないで」

「はぁ……」

 

 

 なお、ドロップ品扱いであるビィ君の所有権は彼女に譲った。

 ……彼がドロップ品であるということに気付かず、なんなら私たちの会話すら右から左に聞き流して彼を愛でていた彼女は大層驚いていたが……。

 ビィ君を手離したくないオーラを滲ませていたこと、およびドロップ品としての彼には特に変な能力はない()ことから、私たちは満場一致で彼女にビィ君を渡すことに決めたのだった。

 

 当のビィ君からは、恨めしいという念が漏れていたが……すまんな、既に成立した【顕象】よりまだ成立してない『逆憑依』の方が優先度は高いんや。

 

 などと心の中で謝罪しつつ、話を戻してここからどうするかということになるのだけれど。

 

 

「うーん、別にビィ君ってフロアボスでもなんでもないんだよねー……」

「……あ、そういえばそうか。唐突に湧いた野生(?)のボスでしかないから、別に倒しても次のフロアへの道が開いたりはしないんだね」

「お主、大概はた迷惑というやつではないか?」

「オイラはドロップ品!」

(恨めしい気持ちを隠してまで、ドロップ品として振る舞うことで追及から逃げてやがる……)

 

 

 あれだけの戦闘を終えたあとでなんなのだが、実のところあれは突発的に発生したモノであって本筋のボスというわけではない。

 そのため、掛かった労力に対して得られるものがほとんどない、というなんとも言えない状態になっているのである。

 分かりやすくいうと、使ったモノに対してリターンが無さすぎ。

 

 

「特に必殺スキルを使っちゃった面々が、ね」

「えーと……確かこのゲームでの必殺スキルってのは、一日のうちに使用できる回数の定められた強力なスキル……って認識で良かったか?」

「そうなるね。……特にキリトちゃんの宝具(あれ)は必殺スキルの中でも特別なモノの一つ。一日にフルチャージバージョンは一回しか使用できないから、今回はもう使えないね」

 

 

 特に、費やしたリソースとして痛いのが必殺スキルの使用回数。

 キリトちゃんの『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』が一番痛いが、それ以外にも貯め無し版は一日三回なので残り二回、私も『他者集中:EX』は一日三回なので残り一回という有り様である。

 

 

「……あれ、一回?なんで?」

「攻撃の瞬間だけ強化、みたいな風に説明したでしょ?」

「あーなるほど、二発撃ったから二回分ってことか……」

 

 

 うん、なんとも使い辛いことに攻撃一回につき使用回数一回分必要なんだよね。

 連続攻撃とかなら一連の動きで一回分……って扱いになるけど、生憎狙撃みたいなタイプの攻撃は一発大きいのをドカン、という形になるので何発も撃つならその分強化をかけ直さないといけない、と。

 

 ……そういう意味で、本当に彼女以外で勝ちを拾うのは難しかったんじゃないかなーって。

 最終手段としてキリトちゃんの宝具を強化する、って方法もあるけど、あれはチャージタイムを必要とする上になんとかして相手を止めないと普通に避けられる可能性があるし。

 

 ……え?本来の攻撃範囲なら逃がさずに倒せるんじゃないのかって?

 その場合フィールド全域かつ()()()の破壊を振り撒くことになりますが?

 

 

「……まさか、敵味方識別なしってことか?」

「そんなお優しい機能がついてるわけないだろ……っていうか、そんな打ち方したら俺も巻き込まれるっつーの」

「ええ……」

 

 

 クラインさんがキリトちゃんの説明に唖然としているが……よく考えて頂きたい。

 

 何故かその格好をしているし宝具も使えるけど、キリトちゃんはそもそも()()()()()()()()()()()()()のである。

 言い換えると、彼女が宝具を使えるのはある意味イシュタルのお目こぼしがあってこそ。

 それすら無くなる全力運用、なんて彼女(イシュタル)が配慮する必要性が全くないのである。

 

 ……あれだ、仮に外から凛ちゃんを連れてきて、彼女にその装備をあげるとかすればその辺りの利便性もアップするかもだけど……。

 

 

「その場合、確実に凛ちゃんイシュタル化するよ?【継ぎ接ぎ】としてあんまりにも相性がいいからトラブルメイカー増えるよ?」

「そしてその上で、本当に周辺被害を考えて手加減してくれるか怪しいって話になるな。……寧ろ『私の宝具に巻き込まれて死ぬとか、逆に感謝を私に捧げるべき栄誉だと思うのだけど?』とか言われかねないというか」

「うわぁ、言いそう」

 

 

 あとはまぁ、下手すると相性良すぎて()()()()()()()()()()()()()()というのも不安要素というか?*2

 

 ……ともあれ、イシュタルとしての攻撃の時点で大概なのに、それに『他者集中:EX』まで付与なんてしてたら自殺志願以外のなにものでもない、というのは間違いあるまい。

 そこまでしてもチャージタイムが必要、って部分が変わるわけじゃないし。

 なんなら相手によってはその隙に逃走・ないし妨害が飛んできておじゃんになる可能性も否定できない。

 

 それなら、彼女以外にもう一本の矢を用意し、そちらを確実にぶちこめるようにした方が確実であったのだ。

 そこら辺も考慮して今回のMVPは少女ちゃんになったし、ドロップ品を入手する権利も得た……と。

 

 

「なるほどなぁ、色々考えた上でのこの結果、ってわけか」

「無視してたらどうなったかわからない、ってのも理由にあったしねぇ」

 

 

 得るものはなくても、護れたものはあったんじゃないか、みたいな?

 ……そんな感じに自分を慰めてみるけど、現状でフロアの奥まで進もうとするのはわりと自殺行為、というのは変わらないので話が振り出しに戻った、というのと事実なのであった。

 いや、真面目にどうしようねぇこれから。

 

 

 

 

 

 

 結局、あのあとの話し合いで『とりあえずボス部屋の前まで進んでみよう』という話になった。

 ボスに挑むのは無謀だが、その手前まで攻略するくらいなら今の私たちでも余裕だろう、と判断したためである。

 

 あとはまぁ、運良く他のパーティがボスに挑む場面に出会せられれば、そこからボスの情報を得ることもできなくはないだろう……みたいな打算もなくはなく。

 無論、そのまま他のパーティがボスを倒してしまう可能性もあるが、その時はその時である。

 

 

「まぁ、別にボスドロップがどうしても欲しいってわけでもねぇしなぁ」

「高階層ならともかく、現在地まだ六層だからね。それも百層あるうちの」

「ボス泥を粘るんならもっと上でやるべき、ってことか」

 

 

 そんな感じのことを話しつつ、浮島をひょいひょいと渡っていく私たち。

 足を滑らせて落ちたらデスペナであることは変わってないが、今ならキリトちゃんなりサンジ君なりに助けて貰えるのである程度余裕ができている、とも言えるか。

 

 その辺りがない他のパーティは、現状私たちより遥か後方を、おっかなびっくり飛び進んでいる。

 ……この分だと、私たちより先にボス部屋にたどり着く人、ってのはいなさそうだなぁ。

 

 

「こっちは早々にキーアが試したからあれじゃけど、他のプレイヤーはまだ慣れておらんじゃろうからのぅ」

「あー、SAO系なのに即死フィールドなんて持ち出されたら思わず足も竦むってことか」

「向こうもそんなことにはならん、とはわかっておるじゃろうがの」

 

 

 やっぱデスゲームって匂わせただけで問題だよなぁ、とミラちゃん達の会話に小さく頷く私である。

 

 で、そんな感じで会話してるうちに足場がしっかりしたモノに変化していく。

 どうやら浮島ゾーンを通過し終わり、中心部分に到着したらしい。

 街などは見えないが、ちらほらとさっきまで居なかったはずのモンスター達の姿が見えるようになってきた、というか?

 

 

「……そういえば、ああいう浮島に付き物の飛行系のモンスターとか見なかったね?」

「言われてみれば確かに……飛び移る最中に邪魔してくる鳥とか、ああいうフィールドではお約束のようなものだと思っていたのですが」

「そこまで意地悪じゃなかったってことか、もしくは──」

「オイラは空の王者!」

「……実はビィ君討伐の報酬だったり?」

「あー、無くもなさそう?」

 

 

 ちゃんとした地面を踏んでその感触を確かめていたさーちゃんが、私の言葉にそういえば……という感じに声をあげる。

 それを受けて隣のすーちゃんが相槌を打っているが……確かに、言われてみれば鳥とかワイバーンとか、ああいう空中フロアで襲ってきそうな雑魚モンスターに出会わなかったな、と今更ながらに思う私。

 

 一応、突発的に現れたボスであるビィ君が関係している、という可能性はなくもない。

 ボス戦中小型の敵はポップしなくなる、みたいなあれがここにたどり着くまで継続していた、とか?

 

 まぁ、仮にそうだとすると後続の他のパーティ達が酷い目に合うことになるわけだが。

 ……やっぱり私たちより先にボス部屋行きそうなとこないな?

 

 ってことは、さっさとボス部屋まで行ってチェックポイントを発生させ、次回はそこへのワープを使って戻ってくる……という形にするのが無難かなぁ?

 なんてことを考えがら、襲いかかってきたゴブリンの処理をクラインさんに任せる私なのであったとさ。

 

 

*1
扱いとしてはビィ君人形。中身が入ってたとしても扱いは人形です(インテリア判定)

*2
スペースイシュタルのこと。現状の型月ワールドにおいて『なんでもあり』なら最強クラス(カオスやortを見た上でなお)と目される存在



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幕間・フラグばっかり立ててるからそうなる

 はてさて、道中の雑魚に苦戦することもなく、ボス部屋に続くであろう遺跡にたどり着いた私たち。

 見たところ外観的には特におかしなところのない普通の遺跡だが、かといって油断は禁物である。

 

 

「直前まで浮島だったし、中が似たような構造になっている可能性も否定できないからねぇ」

「ゼルダの伝説的な?」

「あー、フックショット前提、みたいな?」*1

 

 

 あれだ、中を探索するのに飛行能力・ないしそれを代替できるなにかを必須とするフィールドの可能性がある、みたいな?

 前半にその前振りとして浮島を見せ、後半でそれが必須になると予測させる、とも。

 ゲーム造りとしてはよくある『基礎と応用』の話のようなもの、とも言えるか。*2

 

 ……まぁ、仮にそうだとすると、道中なにか取り逃がしている可能性もあるのだが。

 

 

「と、言うと?」

「古いゼルダタイプなら遺跡攻略に必要なアイテムは遺跡の中にある*3けど、そういうんじゃなくて単純にこっちのフラグ取り損ねだとすると、侵入した途端足場がなくて真っ逆さま……みたいな可能性もなくはない、みたいな?」

「あー……」

 

 

 まぁ、最悪そういうアイテムが無くても飛べるプレイヤーが複数人居るのでなんとかなるとは思うが。

 ……でも一応、ここがSAO()のダンジョンである、ということは頭の片隅に置いておいた方がいいかも?

 

 

「……結晶無効化フロアみたいに、この階層で手に入るモノ以外の空中移動手段無効、みたいな罠があると?」

「可能性としては否定できないよね、って話。……実際にやられたらクソゲー以外のなにものでもないけど、そもそもこのゲームって運営が舵取りできてるわけじゃないし……」

「あーうん、システムが『そうすべき』って思ってたら止められないってわけだな」

「そういうことー」

 

 

 まぁ、入る前からあれこれと不安視するのもあれなので、いい加減内部に足を踏み入れることにするが。

 ……で、そうしておっかなびっくり中に入った私たちの目に飛び込んできた光景は。

 

 

「……うん、やっぱり空中神殿的なフィールドなんだね、これ」

「底が見えねぇんだが……相も変わらずどうなってんだこれ?」

 

 

 遺跡であることは間違いないが、床が空中を往復していたりするような、ある意味RPGなどで見慣れた空間になっていたのだった。

 

 ……とりあえず空中移動に規制が導入されている様子はないが、はてさて。

 上方向にとりあえず跳び上がって行ったサンジ君を目で追いつつ、ふむと小さく息を吐く。

 

 どうなっているのか?……という原理は不明だが、この遺跡内では一部の床が浮いており、小島のようになっている地点同士を繋いでいる。

 また、それぞれの小島の位置は先ほどまでの浮島とは違い、とてもではないが普通に飛び移るのは不可能なほど離れている。

 ……ゆえに、この動く床に乗って移動するのが基本、ということになるのだろうけど。

 

 

「とりあえず、サンジ君ちょっと向こうまで行けるか試して貰える?一応命綱渡すからこれ着けた状態で」

「ん?はいよー」

 

 

 一先ず、先ほどの懸念を解消するため、この面々の中では一番妨害され辛い──素のスペックで空を跳んでいるサンジ君に、小島以外の中空に細工が施されていないかの確認を依頼。

 その提案に彼は小さく頷いて、こちらが用意した紐を自身のベルトに括り付け、そのまま空を跳んでいく。

 

 ……見たところ、なにかに邪魔されたりはしていないようだ。

 まぁ、短時間なら大丈夫で長時間飛んでるとダメ、というパターンもあるので油断は禁物だが。

 

 

「……なんか、今回はやけに気にするな?」

「口は災いの元と言うけれど、こういうパターンの場合は先に予測しとくと『その予想を上回ってやる!』ってなってくれるから」

「運営AIを手玉に取ろうとしてやがる……」

 

 

 なお、ハセヲ君から今回やけに石橋を叩く……もとい気にして動いてるな、とツッコミが入ったが……あれだ、口に出してるという時点で()()に聞かせる前提なんだよ、みたいな話というか?

 

 まぁ、私自身の『口は災いの元』というジンクス?がネット世界だと発生しにくいから、みたいな前提あってこその話でもあるのだが。

 あれだ、この世界(tri-qualia)の法則はあくまでこの世界(tri-qualia)の性質でしかない、というか。

 ……分かりやすく言うと【星の欠片】の影響力が低め、みたいな。

 

 

「私の懸念が現実になりやすいの、大本を正すと【星の欠片】のせい、みたいなところあるからね」

「そうかー?」

「そうなの。心配に思うこと、不安に思うことっていうのは起きて欲しくないこと。そういうものに対峙してこそ()()()()()()()()()()()っていうお節介というべきなのかも」

「……あれ?ということはもしかして……」

「おっとアスナさん、それは流石に口にしちゃダメだぜ。幾らなんでもそこに触れると()()()()()からね」

「……わ、わかったわ」

 

 

 心の中で考えるだけならいざしらず、流石に名前を口に出してしまっては気付かれないということもないだろう。

 ……()()が私を気に掛けているのは事実で、それゆえにその成長を願っていたのも事実。

 とはいえ積極的な介入は行わず、私の言葉に便乗してあれこれしていたのが正解……というか?

 

 まぁ、流石に『tri-qualia』内は色々勝手が違うみたいだけど。

 ……それでもまぁ、流石に名前を出せば多少無理をしてでもちょっかいを掛けてくることは必至、みたいな話になるわけで。

 

 なのでこうして、微妙に曖昧な発言で煙に巻く私なのでしたとさ。

 

 

「……なんの話?」

「気にしないで、リアルでの話だから」

「な、なるほど。じゃあ私が気にすることじゃないね……」

 

 

 なお、少女ちゃんは話に付いていけずにぽかんとしていた。

 固有名詞使ってないし、仮に使ったとしても部外者である彼女にはわからない話だろうからね、仕方ないね!

 

 

 

 

 

 

「いやー、それにしても……意気揚々と攻略に乗り出したら、こんなことになるとはねぇ……」

 

 

 はてさて、話はほどほどに空中遺跡の攻略(ボス部屋以外)に乗り出した私たちなのだけれど。

 なんというかこう、こんなはずじゃなかったと頭を抱えたくなる思いでいっぱいである。

 何故かと言えば、この神殿が思った以上にヤバかったからだ。

 

 

「……まさか移動床の判定がおかしいとは……」

「ファイナルソードだっけ、まさにああいう感じだったね……」

 

 

 そう、それは移動床に乗った時に起こった出来事。

 近付いてきたそれに乗り移り、向こう岸に移動するのを待っていた私たちは、何故か上に乗っている私たちが床に追従しない、という謎の現象により危うく奈落の底に真っ逆さまになり掛けたのである。

 

 いわゆるファイソ床、慣性を無視した挙動の物体だったわけだ。*4

 ……まぁ、空中を移動している時点で慣性を無視していると言われると痛いわけだが。

 

 ともかく、移動床の動きに合わせて自分達も前に進まないと落ちる、という意味不明な状態に困惑しつつ向こう岸に渡ると、待ち構えていたのは無造作に置かれた弓矢と、奥の方に見えるスイッチらしきもの。

 それ以外には堅く閉ざされた扉があるのみで、恐らくこの弓矢でスイッチを押せということなのだと判断し……、

 

 

「……誰がやる?」

「単純な狙撃技術、って話だとそいつの出番じゃねぇのか?」

「え、私ですか?!」

 

 

 わりと離れた位置──多分五十メートルくらい先のスイッチを狙い打つのは無理、ということで少女ちゃんに白羽の矢が立ち、そこから十分ほど。

 

 

「……明らかに当たってるのになにも起きないんですけど!?」

「おっかしいなー、もしかしてさっきの床と同じく、当たり判定がどっか別の場所に移ってるとかかな……?」

 

 

 見た目上では明らかに命中しているにも関わらず、うんともすんとも言わない扉に悲鳴をあげることになった少女ちゃんである。

 ……なお、その後扉を調べ直したところ、押戸でも引戸でも横スライドでもなく、普通に殴り壊すことが正解だと判明しなんとも言えない気分になったのであった。

 

 

「……これあれだな?壊せる壁のグラフィックと扉のグラフィックが入れ換わってる……」

「まさかここバグだらけ遺跡なの!?」

 

 

 嘘だろ承太郎!?*5

 バグとか放置するのこのゲーム!?

 

 ……なんて風に私が驚愕したのも無理はないと思うんだ。

 

 

*1
『ゼルダの伝説』シリーズに登場する装備の一つ。文字通りフックをショットする武器で、遠くのモノを引っ掻けて引き寄せたり、はたまた自身を引っ掻けた先に移動させたりととても多彩な動きができる。その利便性は言うに及ばず、『ブレスオブザワイルド』においては便利すぎるので採用が見送られた、なんて逸話があるとか

*2
マリオの一面などが有名。特に説明書を必要とせず、その時点でプレイヤーができることやアイテム・敵に当たると死ぬなどの要素を自然と説明している

*3
ステージ攻略ごとにアクションが増えていくタイプとも。最初から全ての要素が解放されているわけではないため、人によっては手間だと感じることもあるとかなんとか

*4
インディーズゲーム『ファイナルソード』における移動床の独特な挙動のこと。大抵のゲームにおいて、移動床に乗ると上の存在も一緒に移動するものだが、このゲームにおいては床の判定はあれど同時移動の概念はなかったようで、放っておくと床に置いていかれて落ちる。なんならプレイヤーの移動速度より床の動きの方が若干早い為、合わせて移動しても落ちる可能性あり

*5
『ジョジョの奇妙な冒険』第三部(Part03)『スターダストクルセイダース』において、カマかけをした承太郎に対して驚いたポルナレフが叫んだ台詞。正確な表記は『うそだろ承太郎!』。この後『()()()()()()()()()ようだな』に続く



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幕間・フラグが一斉に襲いかかってくる

 この場所がとんだバグまみれ遺跡であることがわかったわけだが、それによって思い浮かんだことが一つ。

 

 

「……もしかして、やっぱりこの遺跡の中って空を飛んでどうこう、って本来できないんじゃ?」

「ま、まさか……」

「バグでその辺りの判定もおかしくなってる……?」

 

 

 いやそんなバカな、でもそれにしては云々。

 ……うん、仮にもこのゲームは『tri-qualia』。

 そんな初歩も初歩っぽいミスなんてするのか、という気分になってくるのだけれど。

 こう、その予想をひっくり返しかねない空気感が漂っている、というのも確かな話。

 

 なんといえばいいのか、色々見逃してる感じがする……みたいな?

 本来は空を飛べないんじゃないか、というのもそう。

 ファイソ床がファイソ床してるのは恐らくバグのせいだが、それが正解であるならばこの床はちゃんと上に乗った存在を慣性に従って向こう岸に運ぶはず。

 

 ……逆に言うと、もし仮にこの遺跡内でも飛行技能が使えるのなら、これらの足場は不要ということでもある。

 これ見よがしに設置されているがら扱いとしては単なるインテリアみたいなもの、という判定になってしまうと言えばよいか。

 

 ──それこそ『tri-qualia』がそんな適当な運営をするのか?

 という疑念を引き寄せてしまうわけだ、それならそもそも空中を移動する床など設置せず、全域空中移動で済ませる方がコンセプト的にもあっているだろう……みたいな感じで。

 

 

「コンセプト云々についてはなんとも言えないけど……でも確かに、道中のあれこれを思うと飛行技能必須、みたいな感じの方が()()()ような気はするかも?」

「その場合遺跡に来る前になにか拾ってないとダメ、ってなりそうな点も含めてね」

 

 

 落ちれば死ぬ、という浮島を道中に設置し、それを嫌がるようにプレイヤーに仕向け、その不安を解消できるようなアイテムが無いかと探しに行かせる……。

 ゲームの動線としてはそう仕込む方がわかりやすいだろう。

 無論、ダクソみたいな死に覚えゲーとして作ってあるならば、不安を解消できるアイテム──飛行関連のアイテムなんてなくて、自力で頑張って越えてね?

 ……みたいなことを言い出す可能性もゼロではないけど。

 

 でももし仮にである、こっちの予想が正しくて、この遺跡内では本来()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとすると──。

 

 

「……バグってて良かった、ってことになるのか?」

「正確には一部だけバグらなくて良かった、だね。全部バグってるなら相対的にはなんでもあり、ってだけの話だから」

 

 

 一部だけバグってて進行不可、みたいなことになってなくて良かったと、なんとも言えない安堵の言葉が飛び出すことになるのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 さて、バグまみれフィールドであることがほぼ確定となったこの遺跡。

 ……となると、問題になってくるのは一つ。

 

 

「……床の当たり判定が唐突になくなってる場所とかあるかも?」

「あー、バグゲーにありがちなやつ……」

「で、落ちたら即死と。……なんなら壁の方もやべー可能性あるな……」

 

 

 この空間、本当に真っ当に進めるものなのか、ということ。

 本来発揮されるはずの法則までバグっているとすると、一番恐ろしいのは床や壁が抜けることだろう。

 単純に足を踏み外して落下死はもちろん、場合によってはハセヲ君が想像したこと──抜けて落ちたり進んだりする途中で、壁の当たり判定が復活するパターンも恐ろしい。

 

 

「判定が復活、とな?」

「そう。『かべのなかにいる』が容易に発生する状態、とも言えるかな」

「ヒェッ」

 

 

 あれだ、壁や床の当たり判定が根刮ぎ消えているのではなく、たまたまその計算をする式がバグによって機能していないだけのパターン、というべきか。

 この場合、進んでいる最中で唐突にバグが効力を失い、結果として正常な床や壁の状態を取り戻す……という可能性がある。

 

 そうなるとどうなるか?……原則破壊不可能のはずである壁や床に囲まれ、進むことも戻ることも、なんなら遺跡の内部なので安全地帯に戻ることもままならない愉快なオブジェの完成……である。

 

 これなら寧ろ、落下死して再ポップする方が遥かにマシだろう。

 自由空間に近い場所で固まったのならともかく、もし仮に範囲攻撃も届かないような位置で固まってしまった場合、他者からの介錯すら受けられなくなり、実質的に『詰み』になってしまうのだから。

 

 

「まぁ、中の人は最悪ログアウトすればいいんだけど……」

「その言いぐさだと、なんか問題があるみてぇに聞こえるんだが……」

「大有りだよ。このゲームウインドウ呼び出しはジェスチャー起動でしょ?」

「……あっ」

 

 

 この『詰み』というのは、色んな意味で詰みである。

 ……まだ一般層ならどうにかなるだろう。手元のコンソールでコマンドを入力し、ログアウトボタンを押せば良い。

 ログアウトしたあとキャラをどうするのか?……という問題はあるが、当座の問題はとりあえず解消できてはいる。

 

 どっこい、私たち『逆憑依』の場合は事情が違う。

 強制フルダイブになるせいで、ウインドウの呼び出しがジェスチャー……本来のSAOのように『中空に向かって腕を上から下に振り下ろす』という形になってしまっているため、仮に『かべのなかにいる』状態になってしまうと自発的にログアウトできなくなってしまうのである。

 一応、感覚が同期しているだけなので無理矢理頭からHMDを外す、みたいなかなり乱暴な解決手段もなくはないが……。

 

 

「その場合、こっちの世界の私たちは壁の中のまんま*1。ついでに言うと『逆憑依』はアバターの感覚がうっすら本体にもフィードバックされるから……」

「……あー、なるほど。ゲームの中ゆえに死ぬことはないが、逆に言うと現実でもずっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を味わい続ける羽目になるということか……」

「怖っ!?なにそれ滅茶苦茶怖ぇんだけど!?」

 

 

 クラインさんが滅茶苦茶叫んでいるが……それも無理のない話。

 

 もし仮に『かべのなかにいる』状態になってしまったなら最後、場所によっては永遠に息苦しい世界の中で生き続ける羽目になるというのだから、そりゃまぁ恐怖以外のなにものでもあるまい。

 それでも、仮に現実で『かべのなかにいる』状態になるより遥かにマシだというのだから、なんというかアレだなーと思わざるを得ないキーアさんである。

 

 

「……今の段階でも既にげんなりしてるんだが、現実に起こったらもっとやべーのか?」

「皮膚呼吸が阻害されるから苦しいどころじゃないし、全身圧迫されて骨が砕けるどころの話じゃない、みたいな話もあるけど……一番の問題は『いきなり壁の中に放り込まれる』ってところかな」

「?」

「コンクリート詰めとかって結局のところ、後からモノを入れて固めてるわけじゃん?……テレポートとか透化技能とかで壁や床を進む場合、それがなんらかの理由で無効化された際に起こることって、雑に言ってしまうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになるんだよね……」

「ヒィッ!?」

 

 

 うん、実際に『かべのなかにいる』状態に陥った際、普通は死ぬというのはそういうこと。

 掘り進めるのではなくいきなりそこに割り込ませる形になるため、体内の空間は全て移動先の物質が実体化するための『空き』として扱われるわけである。

 

 ……無論、体の形に壁をくり貫いてそこに突っ込む、という形でもその内息ができなくなって死ぬのは変わらないが。

 そうじゃないパターンの場合は肺や胃袋・脳や腸などの至る空間に、壁や床が容赦なく割り込む形となる。

 結果、息とかなんとか言ってる場合じゃなく、即座に死亡すると。

 いやまぁ、実際にはそんな状況は自然界において絶対に起こらないものであり、本当に即死するのかはわからんのだけれども。

 

 

「でもまぁ、どっちにしろ恐ろしいって点では変わらないよね。……で、それが現実だったら起きていた、ってことを悟らせるような感覚がずっと残り続けるってなったら、正気でいられるかは怪しいところがあると思わない?」

「怪しいっていうか今の話のせいで絶対になりたくねぇって感想しか出てこねぇよ!!」

「だよねー。そういうわけで、はい」

「……んあ?なんだこれ」

 

 

 ともあれ、そんな危険を自身に思い知らせてくるような感覚と、これから永遠に付き合い続ける可能性が万に一つもある……となれば、ここから先に進む勇気が減じてしまうのも事実。

 そんなわけで、それらの恐怖を解消するアイテムを一つ用意していた私は、それを彼らに配り歩いたというわけである。

 

 キョトン、とするクラインさんの手のひらの上に置かれたのは、飲み薬くらいの大きさの黒くて丸い粒。

 外見からではなにに使うものなのか全く判別できないそれを、クラインさんを筆頭とした受け取った面々は繁々と眺めている。

 みんなが受け取ったのを確認した私は、咳払いをしてこう告げたのだった。

 

 

「噛み砕いて使う自爆薬だ。耐えられなくなった時に使うがいい」

「まさかの自決薬!?」*2

 

 

 どうしようもないなら自分から死にに行くしかないからね、仕方ないね。

 ……なお、最初はびびってた面々も、さっきまでの話を聞いて『自爆した方がマシだな……』となったらしく、最後には素直に受け取っていたのでしたとさ。

 

 

*1
プレイ中にHMDを外して強制ログアウトされた場合、再開地点は前回プレイ時に最後にいた場所になる仕様

*2
『北斗の拳』より、トキがレイに対して毒薬を渡した際の台詞から。そちらは『はじめる前にこれを渡しておこう 苦痛に耐えられぬ時のむがいい』。状況的には秘孔『新血愁』により自身の死へのタイムリミットが定められてしまったレイに対し、『心霊台』という秘孔でそのタイムリミットを伸ばすことを提案した際のもの。苦しんで死ぬ『新血愁』よりなお苦しい痛みを伴う『心霊台』に耐えられなくなった場合、この毒薬で楽になる道もあるぞ……と示した。なお、コラにされた結果トキが『苦しいんなら酒飲んで忘れろ』という人になったがさしたる問題ではない、多分



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幕間・そういえばそうでしたね(失念)

 はてさて、壁や床にも注意しようね(要約)という話を終えたところで、改めて攻略再開である。

 

 なお、さっきまでの話についての少女ちゃんの反応だが、『逆憑依』特有の問題がなくとも『かべのなかにいる』状態になったらキャラサルベージ不可能になる可能性大*1、と大雑把に説明した結果、いそいそと丸薬をストレージにしまい込んでいた。

 

 

「あ、一応言っておくけどストレージに入れたあとはちゃんと装備するんだよ。具体的には口内に」*2

「口内に装備!?」

「え、驚くとこかなそれ?『かべのなかにいる』状態になったらストレージからモノを取り出すとかできないというか、できても起爆ができんよ?」

「いやその、『使用する』を選んで『はい』でいいんじゃ……」

「……生憎この丸薬、全身を吹っ飛ばすほど火力がない判定だからさ。口の中に入れといて噛み砕いた、って扱いにしないと死亡フラグ立たないんだよ」

「威力が限定的過ぎる……!!」

 

 

 とはいえ、しまい込んだままだと意味がないので装備するように注意したんだけど……うん、どうも感覚が狂うね、こっちの。

 まだ彼女は『逆憑依』じゃないから、こっちとの感覚の違いがどうにも……。

 

 いやまぁ、今回に関してはそもそも口の中で爆発して頭を吹き飛ばす、という形式で死亡判定を誘引するモノであるため、その辺りを納得させるのは難しくなかったんだけども。

 

 

(ちょくちょくミスってんな、今日)

(仕方ないでしょ、実際になってないだけで気配はもう『逆憑依』なんだものこの子)

(気配?)

 

 

 念話でハセヲ君がみんなの代表とばかりに私にツッコミを寄越してくるが……この辺りは私の見方が変わったせいなのでどうしようもないげふんげふん。

 ……まぁうん、今の少女ちゃんの状態が特殊なせいなので、気を付けていても私には無理があるというか。

 

 

(あれよ、『tri-qualia』の中だと普段はそこまで影響しないものでもちょっと過敏になるのよ)

(……もしかして、【星の欠片】の話?)

(まぁ、そういうこと)

 

 

 アスナさんの言葉に、内心で小さく頷き返す。

 このゲーム(『tri-qualia』)の中では『逆憑依』が起きやすい……みたいなことをさっき語ったが、その延長線上で【星の欠片】も活性化しやすい……みたいな感じというか。

 その結果、私の現在のモノの見え方、というのも少々影響を受けているわけで。

 

 

(具体的に言うと、今の少女ちゃんは『逆憑依』にしか見えないのよ、少なくとも私には)

(だからちょくちょく部外者に話すべきじゃないことを漏らしちまってるって?)

(そういうこと。……隠し事は今みたいに念話で済ませるべきなんでしょうけど、そうもいかない理由もあるし)

(……なにか、問題なんてあったか?)

 

 

 そこまで会話して、ふいと視線を少女に向ける。

 ……彼女はこっちの視線が自分に向いたことに小さく驚いたような動きをしていた。

 

 そう、()()()()()

 これはすなわち、こちらのことをちらちら見ていたということの証左である。

 ……こっちが探索をおざなりにしているように見えたのかもしれない。もしくは──、

 

 

(……裏でなにか話してることに気付いているって?)

(まぁ、実際さっきも疑ってたしね。……こういうところも彼女が『逆憑依』になってないだけで扱いとしては『逆憑依』なんじゃないか、って思ってしまう理由)

 

 

 ()()()に気付く感覚が既に根付き始めていると言うべきか。

 

 ともかく、こうして念話で会話をしていると気付かれるのはほぼ確定。

 そうなると裏でなにを話してるんだろう、とこちらを気にする理由を与えてしまい、少なくとも遺跡攻略に際してはよくない影響を与えてしまうわけだ。

 

 

(あとはまぁ、『tri-qualia』内での念話はそもそも控えた方がいい……みたいな部分もあるかな?)

(ぬ、そっちの理由は初めて聞くのう?)

(そりゃまぁ、あれこれ考えた結果さっき気付いた話だからね)

(ふむ?)

 

 

 あともう一つ、念話を多用すべきではないという理由があるが……こっちはそもそも『tri-qualia』内での念話が宜しくない、という話になる。

 何故なら、こうして裏であれこれと会話する、というのは()()()()()()()()()()プライベートチャットと呼ばれるモノとほぼ同一であるからだ。

 

 

(……いや待った、もしかして)

(そのもしかして、よ。多分他所のネトゲでも同じでしょうけど……『tri-qualia』の中なら余計のこと。逸話補正はなにも()()()()()()()()()()()()()()。つまり、念話を使いすぎるとその内チャット扱いされる可能性が高いのよ)

(それは……どういう問題が起きるんだ?)

(プライベートって言ってもチャットを提供してるのは運営だからね。言い換えると今は聞かれてないけど、その内運営には全部筒抜けになる)*3

(……なるほど、裏で作戦会議する時とかに困るのか……)

 

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな働きがあるのだと思われる『tri-qualia』内において、念話とチャットなどという()()()()()()()()()()()()が纏められないという保証がない。

 今でこそ向こうが波長を掴めていない?とかでなんとかなっているが、それこそサンプルが増えればそれも突破される可能性は大だろう。

 

 そうなれば、私たちだけで秘密の会話ができるというアドバンテージは崩れ、なんなら明確にチャットをしている判定になるので目の前の彼女にも普通に認知できるようになってしまうだろう。

 ……このゲーム、チャットをしていると『チャットをしている』って表示が出るようになってるからね。*4

 

 会話の邪魔をしない・させないための処置というか、他のプレイヤーからの迷惑行為を即座に認知するための処置というか……。

 まぁともかく、誰かと会話している相手を邪魔しないように、という配慮であるそのシステムが、今回に限っては『私に隠れてなにか話してる』という認知を少女ちゃんに与えてしまう、ということは間違いあるまい。

 

 結果、あんまり彼女の前で念話を使うのは止めておいた方がいい、という話になるのであった。

 

 ……え?彼女がいなければ念話を使っていいのかって?

 そこに関してはそもそも仲間しかいないんなら隠したい会話とかないから、別に使う必要性がないというか?

 無論、作戦会議用に裏で使う可能性はあるが……今みたいに長時間会話するために使う、なんてことはない。

 言い換えると、運営にサンプルを必要十分まで集めさせることがない……という話になるわけで、そりゃまぁ問題にする必要性が薄くなるというか。

 

 そういうわけで、少なくとも彼女の前で念話を使うのは(それが緊急のモノでない限り)避けたい、という話になるのであった。

 

 

(まぁ、それもこれも彼女が『逆憑依』として中途半端だから、っていうのが理由なんだけどね!)

(すっげぇ元も子もねぇこと言い出したんだが……)

(気にするなクライン、よくあることだ)

 

 

 まぁ、最終的な結論としては『少女がどっち付かずなのが悪い』、なんて話になってしまうのだけれど。

 ……間違えないならこうして裏であれこれ話す必要ないし?

 いやまぁ、それが私の見間違いのせいであることも確かなのだが、その見間違いを誘引するのが彼女と運営なのだから、私ばかり責められるのは違うだろう云々かんぬん。

 

 ……呆れたような視線がこちらを向いた気がしたけど、決して折れないキーアさんである。*5

 

 

*1
いわゆるロスト。ウィザードリィとかなら死体が回収できない為、このゲームの場合は実質的に死なない・戻れないなどの理由からアバターデータを廃棄しないといけない扱いになる。やれて巻き戻しくらいだが『逆憑依』になりかけの彼女にそんなことしたらどうなるかわかったもんじゃないので、少なくとも彼女に関しては運営は巻き戻し要請を受けてくれない

*2
『ぶきや ぼうぐは かならず そうびしてください! もっているだけじゃダメですよ!』とは『ドラゴンクエストⅡ』においてローレシアの兵士が述べる台詞。元々前作『ドラゴンクエスト』では装備を持っているだけでも効果があったところ、この作品から『そうび』というコマンドが増えたことで、武器や防具は装備しないと意味がなくなった。それの注意喚起としての台詞であり、ある意味ドラクエを象徴する台詞でもある。因みに作品によっては装備しないでも道具として使える場合もある

*3
常に全ての会話を確認しているかはともかく、問題発言があった場合それを確認するためのログを取っていることは間違いない……みたいな話。通報を受けた際に確認する必要もある為、例えプライベートチャットであれ会話ログは存在する、とも。なお、例の国なんかは確実に全てのチャットを監視しているし、そうでない国でもAI導入などでチャットの監視は行っているはずである(そうでないと犯罪の温床になる可能性があるので)

*4
アバターの上に吹き出しマークが発生する。古き良きMMO感

*5
◇心が強ぇやつなのか……!?



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幕間・そりゃまぁそういうこともあるだろうさ

 念話使えないの不便だなぁ、と思いつつ進む私たち。

 壁や床を確認しながら歩いているためその進みは牛歩の如くであり、それゆえ他のプレイヤー達が追い付いてきてもおかしくない、と思っていたのだけれど。

 

 

「……そういえば、来ませんね?」

「うーん、道中でなにか別のイベントでも起きたかな……?」

 

 

 もしくは、浮島地帯でこちらが思うよりも苦戦しているか、だが。

 浮島を越えてからこの遺跡に至るまでの道は、さして問題が起きそうな空気はなかった。

 

 なので、仮に問題が起きるとすれば前半部分、浮島を飛んでいく場所ということになるのだけれど……。

 うーん、これに関してはなんとも言えない私である。

 なにせ私たちが彼処で経験したことといえば、予定にないイレギュラーであろうビィ君との戦闘。

 

 

「あれって、他のイベントフラグを押し退けてた可能性がそれなりに高いからね。だから他に本来起きるはずのイベントとかがあったりすると……」

「それを無視してここまで来たわし達にはまったく見当も付かぬ、ということになるのぅ」

「なんだよねぇ」

 

 

 ビィ君戦は、恐らく私たちでなければ踏破は不可能だっただろう。

 だからといって、本来発生するはずだったイベントが簡単か?……と問われれば、それにはノーと返す他ない。

 だって私たち、そのイベントには一切触れてないんだもの。

 そりゃまぁ、判断の基礎になる部分も持ちあわせていないんだから、口を閉ざす以外にできることなんてない、というか?

 

 なので、後続の面々がそのイベントに捕まっている可能性、というのを否定できないのである。

 これが現実なら、【俯瞰】とか『涅槃寂静』とかで確認することもできるんだけどねー。

 

 

「ネット空間だからそういう肉体由来の能力は使えぬ、と?」

「無理をすればできなくはないだろうけど、その反動としてクビア的なものが生まれたりしたら目も当てられないし」

「……さっきのビィ戦でのあれは良かったのか?」

「あれは攻撃じゃないってのと、既存のスキルを組み合わせてでっち上げただけだから、ある程度言い訳が効くっていうか……」

 

 

 いやまぁ、言い訳が必要だとするのならば、【俯瞰】もある意味地図スキルとかででっち上げられなくもないのだけれども。

 ただその場合、フィールドとダンジョン内は別のマップである、という部分が引っ掛かってくるというか。

 ……うん、概念的にはこの遺跡の中と外って地続きじゃないんだよね、現実と違って。

 

 

「……あー、オープンワールドってわけじゃないってことか?」

「そういうことー。……シームレス戦闘とかを実現しようとするとオープンワールドの方がいいけど、その実この規模のフィールドを完全に地続きにしようとすると必要なマシンパワー跳ね上がるだろうしね……」

 

 

 転送門を必要としている時点で、地続きの一枚絵(オープンワールド)ではないというか?

 

 ……確かにオープンワールドというのは素晴らしいものだが、その実MMOみたいなものではあんまり向いてないのも事実。

 それが何故かと言われれば、MMOとは大多数の人間が一つの世界に集まるものだ、という点に理由がある。*1

 

 

「詳しい解説は注釈に譲るけど、ともかくオープンワールド自体が激重な上に人数が増えるとさらに重くなる……って問題があるからだね」

(……注釈?)

 

 

 不思議そうに首を捻る少女ちゃんは置いとくとして、雑に言うとそういうこと。*2

 

 大抵のMMOは、三桁ほどの人数が同時にプレイできれば大したもの、という扱いになっている。*3

 四桁行けばとても凄いゲームで、五桁ともなればどういう造りをしているのだろう、と疑問になるほどのレベルというか。

 

 それが何故かと言われれば、人が増えれば増えるだけサーバーに掛かる負担が上がるため。

 特に本格的なオープンワールドともなれば、それを描写した上でさらにワールド内にいる全てのプレイヤーを維持しなければならない、ということになっていく。 

 そうなれば必要なマシンスペックは跳ね上がり、同時にサーバーへ掛かる負担も増えていく……と。*4

 

 

「そもそも『tri-qualia』って()()()()()()()()()()うえで同時接続数数万とか数十万、なんていう意味不明なゲームだからねぇ」

「そう考えて見ると化物だな……SAO基準だからちょっと麻痺してたけど」

 

 

 あーうん、SAOはねー。

 一万人が仮想空間に閉じ込められた、ってのは逆を言えば一万人を同じところに閉じ込めたうえでバグもなく稼働してた、ってことになるから、現代からしてみるとわりと意味不明の類いというか。

 あの規模のオープンワールドで、サーバーごとに人を分けずに稼働できてた辺り、メインサーバーのスペックの恐ろしさが見えてくるというか……。

 通信遅延とかもなかったのだろうし、そりゃまぁ例えデスゲームであれ魅せられてしまう人がいるのもわからんでもないというか。

 

 まぁともかく、あのゲームが大概おかしい、ということに違いはあるまい。

 そして、それを踏まえたうえで『tri-qualia』を見ると、さらにおかしいものであることに気がつくというか。

 

 いやだって、ねぇ?

 大抵のMMOが四桁くらいでサーバーに人を振り分けるのに対して、このゲーム全員同じサーバーに居るんだもの。

 ……いや、どんなモンスタースペックのサーバー使ってんねん。

 まぁ、さっきも言った通りフィールドやダンジョンなど、全てのフィールドを同じマップ上で動かすのではなく、別個のものとして動かすことで負荷を分散してるんだろうけども。

 

 

「それでも早いよな、マップ間の移動とか」

「げに恐ろしきはカヤバーンと神の手腕、ってことか……」

 

 

 実際あの二人が組んだからこそなんだろうなぁ、なんて風に思いながら止まっていた足を再び動かし始める私たちなのであった。

 

 

 

 

 

 

 あれこれと駄弁りつつ、時に落ちそうになったり飛んできた矢のグラフィックがあからさまにおかしいことに驚いたり。

 はたまた、単なる大穴かと思えば扉だったためぶつかったり、突然フィールドBGMがおかしくなって『脳が腐りそうよ』とぼやく羽目になったりしつつ、どうにかこうにか遺跡内を進んでいく私たち。

 

 ──言うなれば運命共同体。

 互いが互いを頼り、庇い合い、時に助け合う。

 一人がみんなの為に、みんなが一人の為に。

 だからこそ無事でいられる。私たちは兄弟、私たちは家族。

 

 

「……嘘を言うな、ってツッコむべきかのぅ?」

「その場合俺のために死ね、って繋がなきゃいけなくなるでしょ、却下だ却下」

 

 

 なにが悲しくて、猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら嗤わなければならんのか。

 

 ……とまぁ、微妙にむせそう()な会話を交えつつ、ひいひい言いながら、なんとか遺跡の最奥──ボス部屋らしきものの前までやって来た私たち、だったのだけれど。

 

 

「……いや、酷いなこれは」

「入れるのかっていうか、入っていいのかこれ……?」

 

 

 今までの階層と同じく、ボスフィールドはそこへ繋がる扉を起点としたワープに近い仕様になっている。

 言うなれば外の世界とは切り離されている、ということになるわけだが……ゆえにこそ、その状況は異常に映った。

 

 なんでかって?

 そりゃ勿論、扉のグラフィックがあからさまにバグってたからだよ!

 それも先ほどまでのバグとは毛色の違う、オブジェクトがデータごとおかしくなっているって感じの見た目の!

 

 

「滅茶苦茶緑になってるし……」

「部分によっては砂嵐みたいに画像が乱れてる……これ、まともに動くのかな?」

「さてな。とりあえずアクセス自体はできるみたいだから、開けるんじゃなくて転送するって形で内部に入ることはできそうだが」

「……それ、扉をちょっと開けて中を確認する、って行動はできないってことだよね?」

「そうなるな」

「えー……」

 

 

 ボスフィールドは別の空間、と言いつつ扉をちょっとだけ開けて中を覗く、みたいなことができるのがこのゲームの特徴だが、こうしてバグってしまった扉ではそれも叶わないらしい。

 一応、扉そのものの転送機能は生きているらしく、扉にアクセスするという形でのボス部屋行きは可能のようだが……。

 それって言い換えると、ちょっと偵察して逃げる……みたいなことはできない、って言ってるのと同じなわけで。

 

 そうなると、基本的にちょっと確認したら今日は終わり、ってするつもりだったこっちとしては、なんとも微妙な気分にならざるを得ない。

 とはいえこのバグり具合を放置するのもなぁ、と思わないでもないのも確かな話。

 

 

「あ、そうだ。ハセヲ君のデータドレインで直せたりしない?」

「あ?……あー、確かに試す価値はあるか……?」

 

 

 そういうわけで、ここで頼らずいつ頼るとばかりに声を掛けたのは、バグの専門家(?)であるハセヲ君。

 バグの掃討といえば彼のデータドレイン、ということで早速準備をして貰う私たち。

 万一巻き込まれたらことなので、よくわかってない様子の少女ちゃんを連れて彼の後ろに回って待機。

 

 

「んじゃあ、喰らえデータドレイン……ッ!?」

 

 

 手早く用意をしたハセヲ君が、そのままデータドレインを扉に発動し──それが着弾する直前、耳に響いたのは一つの音。

 あまり耳慣れないその音は、しかして私の記憶が確かならば『ハ長調ラ音』などと呼ばれるモノのはずで……。

 

 

「──ヤバッ!?」

「お前らさがれぇっ!!」

 

 

 思わず、とばかりに溢した私の言葉と、ことの次第を察したハセヲ君の鋭く激しい忠告。

 そのどちらもが甲斐なく空振り、私たちは視界を埋め尽くす白光に呑み込まれて行くのだった──。

 

 

*1
現実的に言うなら、地球の裏側にいる誰かというのは認知されてなくても存在しているだろう、ということ。基本的にはそこまで遠くに居る人とかかわり合うことはないが、ゲームとして考えるとある種の『無駄』でもあるその相手を省略することができない、という形になる。見てないけどずっと描写はし続けなければいけない、とも

*2
異様なまでにスペックの高いPCを要求するゲームが多いのはそういうこと。同時に同一のサーバーにプレイヤーを存在させる場合、一人の回線やパソコンのスペックが劣っていると全体がそれに合わせる形になり、遅延などが酷いことになる。人数が嵩めばそれがさらに発生しやすくなるので、それらを事前回避する為の足切りの要素もある

*3
一般的にMMOを名乗れるのは同時サーバー接続人数が三桁を越えるもの、と言われている。それ以下の人数の場合はMOと呼ばれ、日本人にも有名な『原神』やかつての『モンスターハンターフロンティア』などはこちらに区分される

*4
オープンワールドを謳う以上、見える場所は全て踏破できなくてはいけないわけだが、それはつまり()()()()()()()()()()()()()ということでもある。広いフィールドになればなるだけ、プレイヤーが見てない場所もずっと動かし続けなければならない、という形



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幕間・縺ゅ↑縺殄a縺昴%縺ォi縺セ縺吶°

 光が収まった時、周囲の光景は一変していた。

 

 場所は先ほどと同じく、ボス部屋の前……のはず。

 そう断言しきれないのは、その実それらが断片的にしか認知できないため。

 

 分かりやすく言えば、その部屋は()()()()()()

 無理矢理空間を引き伸ばした結果、とでも言えばいいのだろうか?

 四隅となる角の部分が先ほどより遠くなり、そうして足りなくなった分の壁や床は黒いひび割れで覆われている。

 

 足元のそれはあくまで黒いなにかでしかなく、別に踏んだり触れたりしても問題は無さそうだが……視覚的にも気分的にも、あまり気持ちの良いものだとは思えない。

 あからさまにおかしくなっている、と判別できてしまうのだから尚更だ。

 

 

「こいつは──」

 

 

 そしてなにより、ハセヲ君の雰囲気が一変したことが宜しくない。

 生憎この世界(ゲーム内)では本領を発揮し辛い(できないとは言ってない)私にとって、そこにある空気を感じ取るのは中々に難しい。

 

 ここで言う空気感とは、文字通りのそれではなく気配や意識の話。

 こちらに向けられているだろう敵意や殺意の察知、ということであり──、

 

 

「──確かに、俺がキーアと出会った時にも()()()()()からな、まぁわからないでもねぇ。……だが、だからこそわかる。お前は、あれとは別だ」

『縺ゅ↑縺殄a縺昴%縺ォi縺セ縺吶°』

 

 

 厳しい眼差しで、前方を睨むハセヲ君。

 その前にゆっくりと降りてくる、白い光。

 ──姿を表した怪異、『三爪痕(トライエッジ)』。

 敢えて『蒼炎のカイト』ではなくそう呼んだのは、あからさまに彼の様子がおかしかったため。

 グラフィックデータが所々欠けた代わりに、金色の()()()()()()()されたその姿は、彼が見た目通りの存在ではないことを示している。

 

 そしてそれゆえに──見知った姿と同じ()()が、はたしてその見知った誰かと同じ行動原理なのか、という点にすら疑念が挟まり。

 

 

『縺溘□縺昴≧、縺溘□縺昴≧縺溘□縺昴≧縺溘□縺昴≧』

「っ気を付けろ、来るぞ!!」

 

 

 ゆらり、と彼が足を上げ、ハセヲ君の警告が辺りに響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「え、ななななにあれ!?」

「ああそうか、それなりに古い作品だから知らない人も居るよね!ハセヲ君の所に出てくるキャラ、って言えばわかるかな!?」

「いやそもそも彼がコラボアバターなの今知ったんですけど!?」

 

 

 暫しの停滞ののち、弾丸の如くこちらに飛んできた三爪痕の右の斬撃を少女ちゃんを抱えながら飛んで躱す私。

 ……何度も言うが、このアバターあんまり戦闘向きじゃないのでまともに打ち合うのは宜しくないのだ。

 まぁ、仮に戦闘職だとしても正面から受けていいものか、という疑問符は付くのだが。

 

 

「見た目は『虚空ノ双牙』っぽいが、その実別物じゃなあれ」

「一本だけ金色だからなんだろうって思ってたけど……伸びるのは反則じゃないかなっ!」

 

 

 三爪痕の持つ双剣は、本来『虚空ノ双牙』と呼ばれるもの。

 禍々しい──奇っ怪な形をしたその剣は、本来三本の刃が付いたモノなのだが……その内の一つ、真ん中に相当する刃が彼を補っているとおぼしき金色の()()()構成(つぎはぎ)されていた。

 そのあからさまな異常に警戒していたがゆえ、被害は避けられたが……その金色の刃はなんと、彼がそれを振るのに合わせて伸びたのである。

 

 さながらしならせた鞭が飛んでくるようなその起動に、少々肝を冷やしたが……警戒していたので誰にも被害はない。無いのだが……。

 

 

「……奇襲が失敗したからって、常時伸ばしっぱなしってのはどうなんだ?」

「開き直ったということかのぅ?……まぁ、仮に奇襲を止めたとて厄介であることに変わりはないが」

 

 

 あくまで初撃のみの玉手箱、みたいなものだということなのか、現在金の刃は触手のように伸びた状態でその鎌首をゆらゆらと揺らしている。

 どうにも性質的にも触手──生物のようなものであるようで、それが間違いでないのならわざわざ双剣を振るわずとも伸びて攻撃してくる、とかもあり得そうだ。

 

 あれだ、.hack//的に言うのならオーヴァンの肩のあれが刃にくっついてる、みたいな?

 

 

「……?」

「まぁうん、とりあえず危ないってことだけわかればいいよ……」

「あ、はい」

 

 

 ……うん、少女ちゃんに通じないの微妙に面倒臭いな?

 機会があればリマスターを渡すとしよう、なんて風に決心しつつ、改めて敵に向き直る。

 

 

『繧ゅ→繧√k繧上l繧栄a縺溘□縺励¥繧ゅ→繧√k』

「相変わらずなに言ってるかわかんないけど……穏やかじゃないってことは確かだね」

「元々のアイツも大概言語機能がバグってたが……こいつは輪を掛けて意味不明、だな!」

 

 

 攻撃される前にこちらから、とばかりに武器を大剣に換装して突っ込んで行くハセヲ君。

 それを迎え撃った三爪痕は、ほぼ直立不動のまま右手の剣でそれを受け止める。

 ──一瞬の硬直ののち、互いに互いを弾いて吹っ飛んでいった彼らは、

 

 

「!?てめぇ!!」

「えっちょっ、こっちぃ!?」

 

 

 こちらに攻撃してきたハセヲ君など眼中にないとばかりに、代わりにこちらに向けて突撃してくる。

 奇しくも先ほどの開戦時と同じ挙動だが、しかしてさっきとは違いこちらには他の面々が固まっている。

 

 

「よくわかんないけど……とりあえず、潰れなさい!!」

 

 

 ゆえに、対処はそこまで難しくない。

 接近されると危ないのなら、近付けさせなければいいだけの話。

 それを即座に理解したアスナさんの一声により、虚空から現れた大神使の前足が突撃してきていた三爪痕を踏み潰す。

 

 相応の衝撃と揺れ、立ち上る土煙。

 これで無傷はないだろう、と皆が確信する中、

 

 

「……っ、ちぃっ!!」

「えっ!?」

 

 

 その土煙の中から飛び出してくるのは、金色の触手。

 こちらの意識の隙間を縫うように飛び出して来たそれを即座にミラちゃんが反応して叩き落とすが、

 

 

「……ぬぅ!?」

「えっちょっ、なにそれ!?」

 

 

 叫び声は二ヶ所から。

 一つ目であるミラちゃんのそれは、触手を叩き落とした自身の右手に付着した金色の粉のようなものが、自身の右手をゆっくりとポリゴンに分解しているところが見えたため。

 

 二つ目の方はアスナさんで、そちらは大神使が声もなく大きく仰け反ったため。

 そちらもよく見れば、相手を踏み潰した前足がゆっくりと、だが確実にポリゴンへと分解されて行っているのが理解できた。

 

 

「ええぃ、スキル広域化!」

「ぬぉっ!?……お、おお?収まったとな?」

「アスナさんは今のうちにそれしまって!」

「あ、はい!」

 

 

 そしてそれを認識した瞬間、躊躇いなく私はスキルを一つ発動。

 その効果により金色の粉は別所に転送され、かつ侵食も止まる。

 それを確認したのち、すぐに大神使を片付けるようアスナさんに通達。

 こちらの声が普段のそれとは違う真剣みのあるものだと気付いたアスナさんは、なにを聞くこともなくこちらの指示に従ったのだった。

 

 ……ここまでで数十秒も経っていないわけだが、それでも相手の危険性はよく理解できた。

 

 

「……理屈はわからないけど、あの触手に触れると侵食されるみたいだね。多分あのまま放置してたら分解されてたか、もしくはデータとして回収されて向こうの手駒になってたかも?」

「強奪スキルってことか?……三爪痕にそんなの無かったと思うけど」

「だから、これはあの金色の継ぎ接ぎ由来のスキルだろうね」

「なるほど……」

 

 

 原理は不明だが、あの触手に触れてしまうとそこから侵食される、ということで間違いはないだろう。

 なんなら触手から離れた欠片──粉ですら侵食技能が付与されているらしく、まともに攻撃を受けるのは自殺行為とも。

 

 ……これが.hack//出身であることから発生するものならば、現状ハセヲ君以外に対処できる人員がいない、ということになるのだが……。

 

 

どりゃああぁあっ!!!

「…………」

 

 

 そう私が思考する中、土煙の中から無傷で現れた三爪痕に、再び突進して行ったハセヲ君が肉薄。

 地面を削りながら放たれた渾身の振り上げは、しかしそれを事前に察知していたであろう三爪痕には届かず、彼に回避を強要するだけに終わる。

 

 とはいえそれで仕切り直しの時間が生まれたことも事実であり、大袈裟なほどに後方に回避していく三爪痕を見ながら、私たちはザッと後退してきたハセヲ君と合流することに成功したのだった。

 

 

「打ち合ってみてどうだった?」

「……動きの基本は完全に三爪痕(アイツ)だ。まともに取り合われてねぇ、って点でも初めにアイツと会った時の流れとそう変わらねぇ」

「なるほど……?」

 

 

 ある程度対抗できているように見えたが、そういうわけではなかったと。

 ……いやまぁ、最後こそ回避してたが最初の突撃は普通に片手で迎え撃ってたしなぁ。

 

 となると、逸話補正的な感じで現状宜しくない、と。

 

 

「え?」

「……場所が違ぇから断言はできねぇが、このままだと負けそうな気はしないでもない」

「ええ?!」

 

 

 珍しく弱気な彼の様子に、たまたま隣にいたアスナさんが困惑しているが……無理もない。

 物語の序盤、()()()()()()()()()()()()()()ハセヲ君は、三爪痕に対して惨敗を喫している。

 このままでは、その時の流れと同じようなことが起きるのでは?……と感じ取ってしまうのは無理もない。

 

 

「──つまりは、だ」

 

 

 ゆえに、彼は決断する。

 

 

「四の五の言ってる暇はねぇってことだ」

「え?」

「ここでアイツにやられても問題はねぇのかもしれねぇ。所詮はそういうイベントでしかなくて、これはある種の負けイベってやつなのかもしれねぇ」

 

 

 その懸念を吐き出しながら、されどそれが懸念でない可能性を知るがゆえに。

 

 

「だが、それで済ませてちゃあ俺は俺である必要がない。この場に立っている意味がない。──だから、敢えて言うぜ」

 

 

 するべきではないと、目覚めさせるべきではないという忠告を──無視する。

 

 

「俺は、此処に居る!来いよ、スケェェェェェェェェイスッ!!」

 

 

 心の底から、求めるように吐き出したその言葉。

 それは大気を──作り物の大気を奮わせ、世界に染み渡っていく。

 ゆえに、その音は響く。

 彼の者の到来を告げる福音(ハ長調ラ音)は、再び世界を震わせる。

 

 

『縺昴%縺ォ繧ゅ>縺殤o蜿ッ』

 

 

 そしてそれゆえに、その言葉は()にも届いたのだった。

 

 



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幕間・莉頑律縺ィi縺オ譌・縺ョ闃ア繧呈遭闃ス

「──随分待たせちまったな」

 

 

 彼の言葉が世界に響き、それに合わせるように輝きが視界を埋め尽くしたのち。

 静寂が世界を包んだ中、それを裂くように静かに響く彼の声。

 ──その声の主であるハセヲ君の傍らには、不定形かつ靄のようななにかが彼に付き従うように寄り添っていた。

 

 スケィス。

 死の恐怖と呼ばれる彼の半身とも言えるその存在は、不確かな姿ながらにこの場に姿を現した。

 ……いや、不確かなのは私たちに対してだけで、ハセヲ君の目にはしっかりとその勇姿が写っているのかもしれない。

 

 そうして二人?の視線が交差する中、その停滞を破ったのは、

 

 

「──ようやくこっちを見やがったか」

『縺雁燕縺ョ蟄伜惠繧定ィシ譏弱○莉」』

 

 

 スケィスを呼び出したハセヲ君の方へ視線を向け直した、三爪痕の触手による攻撃。

 それを彼は傍らの靄で防ぎ、凶悪な笑みを浮かべる。

 

 ……もしかして、憑神(アバター)を呼び寄せたことでハイになってたりする?と少々警戒する私に、彼はチラリとこちらに振り向いて。

 

 

「心配すんな。単純にちょっと嬉しいってだけだからよ」

「嬉しい?」

「そう──」

 

 

 柔らかなモノに変えた笑みを見せながら、相手に向かって大剣を構える。

 そのまま、弾かれたように飛び出して行った彼を迎撃するように触手が振るわれるが──、

 

 

おせぇ!!

『!』

 

 

 それを時に大剣で弾き、時に傍らの靄で弾きながら、彼は三爪痕に肉薄する。

 そのまま、先ほどと同じく地面を抉りながら大剣の振り上げが三爪痕を襲い、

 

 

だらぁっ!!

「!入った!?」

「明らかにさっきとは違うぞ、どうなってんだ!?」

 

 

 それは受け止められることもなく、容易に相手を吹き飛ばしてしまう。

 明らかに様子の違う激突に、思わず見に回ってしまった面々から驚きの声が上がるが……その理由自体は一目瞭然だろう。

 

 

「あの靄──もといスケィスが原因だろうね」

「……そういえば、なんかあのスケィス小さくないか?いや、そもそも姿が見えないって時点であれだけど」

「逆だよ、キリトちゃん。あれは見えないんじゃない、()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「……んん?」

 

 

 突然のパワーアップ。

 それは紛れもなく、彼の横に立つスケィス……らしき靄のせいだろう。

 

 だがしかし、疑問も多くある。

 何故靄なのか、何故本来の大きさより小さいのか。

 それらの理由は恐らく、あれが【継ぎ接ぎ】によるものだから、というところが大きい。

 

 

「……え?継ぎ接ぎ?」

「そう。元々『声が聞こえる』なんて風に言ってたハセヲ君だけど、その実(スケィス)を呼ぶことはできなかった。その理由は相手がそれを拒否してたから、というのもあるけど──一番大きいのは多分、『スケィス』という埒外の存在を顕現させるのが不可能に近かったから、というところだと思うんだよね」

 

 

 存在するだけで、一つのサーバーを丸ごと機能不全に追い込みかねないギガストラクチャ。

 かつ、仏教における八識──無意識に属する末那識、()に執着する心──翻って死を恐れる心を具現化したモノでもあるとされるのがスケィスという憑神(アバター)*1

 

 言い換えると、それを再現するためのリソースが多すぎるのが問題、ということになるか。

 存在するだけでゲームの運行を妨げるような存在であることに加え、末那識は八識の中でも人の原罪に結び付くとされる最も重きもの。

 真っ当に再現しようとした場合に、どれほどの再現度を必要とするものやらわかったものではあるまい。

 

 その上、そうして現れるだろうスケィスは、作中描写からもわかる通りチート以外の何物でもない存在。

 軽くその力を奮っただけで、『tri-qualia』という世界を破壊するに足る力を見せ付けることだろう。

 

 つまるところ、スケィス側が望んだとしてもこの世界に現れるのは不可能に近かった、というわけだ。

 少なくとも、フルスペックで現れようとすれば『tri-qualia』という世界そのものが反発してもおかしくない。

 無論、スケィスくらいになればその反発もあってないようなもの、という形で無視できたかもしれないが……。

 

 

「少なくとも、彼はそれを望まなかった。結果、【顕象】として現れるのではなく、ハセヲ君に付属する【継ぎ接ぎ】としての顕現を選んだ、ってわけ」

「……色々ツッコミ処は多いが、とりあえず一つ。つまりあれは、半端な状態で現れた結果……ってことか?」

「そうなるね。正規?の手段で現れていたのならまず私たちには見えてない。憑神(アバター)はAIDA感染者か同じ憑神持ちじゃないと視認すらできないからね」

 

 

 スケィスは無用な混乱を嫌い、結果として彼の付属物として甘んじることを選んだ。

 本来であれば世界を揺らすほどの存在感を、あくまで霞のようなその姿に貶め。

 かつ、本来であれば形のない存在であるところを、証を持たぬ者達にも認識できるように書き換えて。

 ……方向性的にはスタンドとかに近い存在になった、ということだろうか?

 

 ともかく、本来ならば私たちには認識できないはずのそれが認識できるように──存在の縮小が行われた結果があの靄だ、ということは間違いない。

 つまるところ、本体からすればあまりにもお粗末な弱体化、ということになるわけだが……だからこそ、【継ぎ接ぎ】によって発生するハセヲ君へのフィードバックも微少もので済んでいるわけで、なにも悪いことばかりとは言い辛い。

 

 

「一瞬警戒したけど、もし本来のスケィスが彼の側にあったのなら、本当に暴走してた可能性大だからね……ハセヲ君はわりと再現度高めな方だけど、それでも憑神(アバター)を不足なく扱える練度かと言われると微妙だし」

「なるほど……とりあえず、今のハセヲ君はちょっとテンション上がってるだけ、ってことだね?」

「まぁ、そうなるね」

 

 

 そんな感じのことを話しながら、未だ猛攻を続けるハセヲ君に視線を向ける私たちである。

 

 ……うん、三爪痕の触手が危なすぎるため、援護とかできないから仕方ないんだよね。

 スケィスのパワーが下がっているということは、すなわち本来みたいにパーティ全域に及ぶ保護──バグ耐性とでも言うべきものの効果範囲も狭くなってる、ってことだし。*2

 

 なんなら、遠距離からの援護も正直微妙だろう。

 確かにハセヲ君には効いてないが、触手の効果は未だ健在。

 それはすなわち、仮に銃弾とか矢とかで攻撃した場合、触手に触れると操作を奪われるということでもある。

 ……パーティ保護がしっかり機能していれば、そんなこともなく援護もできるんだろうけどねぇ。

 

 とはいえ、だからと言って手をこまねいているのも問題といえば問題。

 ゆえに、なにかできないかと探してみるものの……。

 

 

「……うん!戦闘方面ではどうしようもなさげだし、私たちはここからの脱出手段を探すことにしよう!」

「諦めるの早っ」

 

 

 あれだ、結構離れた位置に行ってしまったハセヲ君をよくよく見ると、なんか姿が変わっている。

 白い姿であることは変わらないのだけど、なんか後ろに光で出来た羽根が増えてるというか。

 わかりやすく言うと、スケィス3rdの背中についてるソードビット?みたいなやつが今のハセヲ君にも増設されてる感じ。

 

 一応、『.hack//Link』でのXthフォームにもソードビット*3っぽいのがくっついていたりするのだが、そちらが二つなのに対して今のハセヲ君にくっついているのは八本。

 ……どう考えてもスケィスの羽根がそのままくっついてますねありがとうございます()

 

 よく見れば傍らにいたはずの靄──スケィスの姿もないし、コレってもしかしなくても合体してるくね?【継ぎ接ぎ】であることを活かして原作にない謎の強化形態に変身してるくね?

 ……ってなわけで、正直手伝う必要性が皆無になってしまったのである。お前はどこのストライクフリーダムだ。*4

 

 そうなると、こっちにできそうなのはこの空間──原作に肖ってAIDAフィールドとでも呼ぶが、ここからの脱出方法について探ることという形になるだろうか?

 いやまぁ、普通に考えたらあの三爪痕を倒せば出られるとは思うのだけど、万が一倒しても出られないパターンを引いたら……ね?

 

 

「……言われてみれば確かに。あやつが現れたと同時にこの場に移動させられたわけじゃが、だからといってあやつが原因とは断言しきれぬのう」

「そういうこと。ってなわけで、向こうの邪魔にならないようにちょっと探索してみよう」

 

 

 そんなわけで、可能な限りハセヲ君達の戦闘に近付かないようにしつつ、この不可思議な空間を探るために動き始めた私たちなのであった。

 

 

*1
八相と呼ばれるモノの中で、一番最初に生まれたのがスケィス──正確にはスケィスゼロだとされる。生みの親とも言えるモルガナ・モード・ゴンはアウラの生誕によって自身が必要性を失う……すなわち死を迎えることを恐れ、そうならないようにと暗躍した。故に、人の持つ八識のうち無意識──考えずとも胸の裡にて燻る原罪、末那識を元にしたスケィスが強いのもまた道理である。というか強すぎて初代プレイヤーはトラウマになってたりすることもあるとかないとか

*2
初代『.hack//』などで存在する描写。主人公カイトの持つ『黄昏の腕輪』などのアイテムは、相対するバグ的存在・八相などの攻撃を劣化させる効果を持つ。そうじゃないと一般PCでは彼らに叶わないから、というメタ的部分もある(モルガナがわかりやすいが、ゲーム的に体力のパラメーターが『0/0』になっていたりする。システム的にはそもそも死んでるはずなのに敵対している・動いているという扱いになる為、一般PCが行える行動は全くの無意味、という形になっている。一応腕輪などの効果でプロテクトに対するダメージに変換され、データドレインが効くようにする、という意味はある)

*3
無線で動く斬撃武器。ガンダムシリーズやダンボール戦機などに登場し、遠距離から相手を攻撃できる武器として重宝それている。作品により稼働の方式は違うが、単純な近接戦闘以外に戦闘に華を持たせるものとして、絵的な意味でも重宝される

*4
型式番号『ZGMF-X20A』。『機動戦士ガンダムSEED Destiny』に登場する機体であり、キラ・ヤマトが搭乗する。背後にマウントされた『スーパードラグーン』が一番の特徴



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幕間・特攻って難しいよね()

 はてさて、激しい戦闘を繰り広げるハセヲ君達を尻目に、この不可思議な空間を探ることにした私たち一同。

 その探索についてなんだけど……微妙に難航していた。何故かって?そりゃ勿論、

 

 

「……出られそうな穴がねぇ!!」

「うーん、やっぱりあの三爪痕を倒さないと出られないタイプなのかな……?」

 

 

 ご覧の通り、というやつである。

 ……うん、隙間というか穴というか、ともかく外へ出るためのきっかけになりそうな隙、とでもいうべきものが一切見当たらないのである。

 これには流石のキーアさんもびっくりどきどき二十世紀*1……などという謎のフレーズが頭を過る次第であります。

 え、古い?勝手に出てきた言葉に古いだなんだと言われても困る、困らない?

 

 

「いや知らんが……」

「もう、ミラちゃんの意気地無し!」

「流石にツッコミが意味不過ぎるんじゃけど!?」

 

 

 なに言ってるんだこいつ、みたいな視線をミラちゃんから貰いつつ、改めて部屋の中を探知する私である。

 ……私が付与術士をメインにしているのは、さっき使った『他者集中:EX』などの突破力などを買ってのこと、という部分も大いにあるのだが。

 その実、一番の理由というのはそれに託つけて()()()使()()()()()というところも大きい。

 さっきの例でいうと『龍封・断天閃』とか。

 

 

「……ええと、確か『対龍』『対巨大』『対神』に対して効果が累積していくタイプのデバフ、なんだったっけ?」

「そうそう。……ぶっちゃけると、『tri-qualia』内の特攻系バフって使い勝手滅茶苦茶悪いんだよね」

「そうなのか?」

「そうなんです。……基本的にみんな装備更新して補正値上げることの方に心血注いでるから、大抵知られていないけどね」

 

 

 例として上げた技の効果を思い出すように、アスナさんが指を一つ一つ折り曲げていく。

 ……都合三つの特攻を持ち合わせるこのデバフだが、その実ここまでしないと有用性を担保できない、というのが問題だったりする。

 どういうことかと言うと、『tri-qualia』における特攻系技能は基本的に()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 

「……んん?」

「具体的に言うと、三つの特攻を付与する場合、相手が満たしている属性によって起動準備が開始され、実際に相手にぶち当てる時には有効になっているモノの中で一番効力が高いものが優先される……ぶっちゃけると共存不可・枠被りの類いになるんだよね」

「ええ……?」

 

 

 グラブルで言うところの、両面バフに両面バフを重ねると効果の高いもので上書きされる……という挙動に近いというか。

 

 いやまぁ、対象が別なんだからバフ・デバフそのものが上書きされるわけじゃないんだけどね?

 ただ最終的な計算の時に『一番効果が高いもの以外は無視する』って処理になってるってだけで。

 

 

「それだけならまだしも、実はこのゲームの特攻付与って効果の最大値がそんなに高くない(+50%)んだよね。だから、大抵の場合『ちょっとダメージ増えたかな?』くらいで終わるというか」

「うわぁ……」

 

 

 うん、コンセントレートが場合によっては四倍(+300%)まで行くことを思うと、頼りないなんてレベルの話じゃないことに気付くでしょというか。

 

 ……なんでこんなことになっているのかと言うと、恐らく計算式を混ぜる場所を間違えたからだと思われる。

 

 

「計算式の場所って、どういうこった?」

「正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()から、数値調整班に調整を間違われた……みたいな感じ?」

「……???」

「デバフにも使える、って点でわかると思うけど……特攻系の技能って必殺スキルじゃなく普通にステータスバフの方に含まれてるってこと」

 

 

 わかりやすくいうと、コンセントレートなんかはダメージ計算式にのみ関わってくるスキルだが、特攻系は攻撃アップなどと同じくステータス干渉系のスキルだ、ということになるだろうか?

 もっとわかりやすく言うと、パーセント加算より実数値加算の方が効果が出やすいタイプ、というか。

 

 

「このゲームにおける基礎ステータスってそんなに高いものじゃないでしょ?現状の高プレイヤーでもギリギリ三桁行ってるかなー、って不安になるくらい。……言い換えると、ダメージ計算の時に使う式の方で数値を調整してるというか」

 

 

 武器が重要、とされる話のほとんどを締める理由とでもいうか。

 ……まぁともかく、このゲームにおいて基礎値である『ステータス』は容易には上昇させられないものだ、ということは間違いあるまい。

 逆に言うと、()()()()()その辺りを前提としたバフの効果が、低数値ながら意外に重要になるわけだが。

 例え三割上昇であれ、仮にそれで数値が三十上がるならダメージの方は万とか普通に変わる……みたいな。

 

 じゃあ同じ枠になる特攻系も、例え最大五割上昇でも有用な効果になるのでは?……と思いそうなものだが、それが罠なのである。

 

 

「罠なの?」

「枠としてはステータス干渉って言ったでしょ?……なのに何故か計算式として実際に使われるの、ダメージ計算の最後なのよ」

「!?」

 

 

 その理由が、その枠と式の中で使われる場所の解離。

 なんとこの特攻バフないしデバフ、計算の上では()()()()()()()()()()()()()()()()ものなのである。

 

 この結果なにが起こるのか。

 このゲームにおけるダメージ計算は、基本的に『ステータス補正等の計算』×『ダメージ補正系の計算』×『補正値による補正等その他の数値の合計』、という形になっている。

 

 カッコの中の計算は基本単純な加算(かつ、カッコ内なので計算的に優先される)であり、先ほどの『五割バフ』というのも内部的には()()()()()()()()()()()()()()……わかりやすくすると()()()()()()()()()()()()という形になる。

 ……雑に数値を使って説明すると、百を掛け算して百五十にしているのではなく、百の五割である五十を足すことで計算している、という形になるか。

 

 なんでそんな変なことを?……と思われるかもしれないが、その辺りは運営に聞いてくださいとしか言えない。

 まぁともかく、ステータス補正は『基礎値の○割は幾ら』という形で別個計算しておき、それを計算式に代入していると思えばよい。

 

 で、そこまで踏まえて特攻の話に戻るんだけど。

 この数値はまず始めに基礎値から加算値を割り出したのち、そうして出来た加算値を()()()()()()()()()の部分に放り込む、という形式になっている。

 

 この『その他の数値の合計』というのは、最終的なダメージを割り出すための部分。

 具体的には相手の補正値とこちらの補正値を比べてダメージの軽減・増加などを見ている部分でもある。

 

 ……まぁともかく、そんな場所に放り込まれるこの数値は、端的に言って──、

 

 

「数値が低すぎるんだよね。まぁ、ステータスが二桁から三桁くらいってことは、加算値も二桁以下ってことになるんだから仕方ないんだけども」

 

 

 ダメージ計算の上では、あってもなくても変わらないような数値になってしまっている。

 ステータスが二桁なら、加算される数値は大体一桁だろう。

 百で割る百を掛ける、みたいな感じに三桁以上が基本となる場所で一桁の数値が加算されたところで、まさしく雀の涙というわけだ。

 

 ……これが、補正値側の五割を取る、とかなら問題がなかっただろう。

 というか、『ダメージ補正系の計算』の部分に入るバフなどは実際そこの数値に対して何割倍を加算、みたいな形を取っているため、三割だろうが四割だろうがしっかり用をなしている。

 特攻だけだ、何故か最大でも三桁行くか行かないか、くらいの数値を参照して一桁二桁の強化値を割り出し、それを補正値の部分に加算しているのなんて。

 

 ……一応、なんとなく理由はわからないでもない。

 単純に補正値に干渉するスキルとして作ってしまうと、効果が高すぎると判断されたのだろう。

 特に一つでも補正値が上回ってしまうと、その時点でダメージの上がり幅がエグいことになる。

 一つ違えば百倍、二つ違えば千倍違うところに、更にそれを五割増し……なんてことになればどうなるかは火を見るより明らかだし。

 

 まぁ、そもそも補正値が影響強すぎ、といえばそうなのだが……ともかく、現状の特攻系がまともに機能していない、ということに変わりはあるまい。

 

 

「なので、効果をデバフ方面にだけ絞ることで特攻を累積させられるようにしたのが、さっきの『龍封・断天閃』だったってわけ。多分倍の倍の倍だから……八倍になってたのかな?デバフの効果量」

「……あんまり高くないように聞こえるけど、実際の効果量はどれくらいだったんだ?」

「んー?えーと、補正値の削減部分に関わるやつだから……雑に計算して八桁ステータスダウン、みたいな?」

「うわぁ」

 

 

 あれだ、全部引っかかると補正値が七違っても普通にダメージ入るようになる感じ、みたいな?

 それだけやるのだから、こっちに掛かるデメリットも相応のモノであり、そこら辺をしっかり設定する(騙す)のに虚無が必要だった、という話になるのであった。

 

 

*1
大層驚いたことを示す語呂合わせ『驚き桃の木山椒(さんしょ)の木』、およびそこから派生したタイトルを持つテレビ番組『驚きももの木20世紀』(1993.04~1999.10、テレビ朝日系列)から。前者の言葉としての由来は不明だが、映画『男はつらいよ』(1968.10~2019.12。期間が長いのは50作目が久しぶりに作られた為。一つ前の49作目は1997.11であり、22年ほどのブランクがある)において主役である寅さんがこのフレーズをよく使ったことで流行った、という話がある。なお後年にはアニメ『タイムボカンシリーズ ヤットデタマン』(1981.2~1982.2)においてロボットの召喚台詞として更に長くなったものが使われたりもしている(『驚き桃の木山椒の木ブリキに狸に洗濯機 やって来い来い大巨神』)が、どっちにしろ死語に近い



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幕間・無法をするにも準備がいる

 さて、特攻周りの話をした結果、大分話題が脱線したけどいい加減軌道修正をして。

 

 

「そんな感じで、【虚無】をこの世界で使おうとすると付与術士を装っておくのがいい、ってことになるんだけど……そのおかげ?というかなんというか、ある程度なら『神断流』の方も使えるようになってるんだよね」

「……付与術士自体が【星の欠片】と相性が良い、と?」

「まぁ、そういうことになるのかも?」

 

 

 先ほど『龍封・断天閃』擬き……あの時の命名に倣うのなら『派醒(はせい)*1が使えたのは、この世界──『tri-qualia』自体が【星の欠片】と親和性が高いから、という点も強く影響している。

 じゃなきゃ、どういう方向性にしろ無理が生じてただろうし。

 

 

「と、いうと?」

「【星の欠片】は世界を作るための種みたいなもの、って説明したでしょ?だから、普通の状況で【星の欠片】の影響を高めると十割がた前の世界が崩壊するって。……外での利用はまぁ、他にも【星の欠片】が存在してるせいでバグってるのかなって思うけど、ゲーム世界においてはその辺りの影響は期待できないし」

「あー……察するに、当初の懸念がそのまま影響をもたらす可能性大、と?」

「そういうことになるねー」

 

 

 無理となる理由は大きく二つ。

 まず、そもそもスペック的に再現しきれないパターン。

 こちらは、彼処で元気に戦ってるハセヲ君に現在付き纏っている問題の拡大版……みたいな感じか。

 

 彼の操る『憑神』は、小説版の表記によれば高次の化身……ネット世界に現れた神の似姿のようなものであり、それゆえ八相それぞれが一つの次元・一つの世界足り得る権能を持つのだとか。

 ……ネットを用いて作られた神、という解釈でありそれゆえにそれが持つ力は本来人が御しきれるようなものではない、とも。

 

 その力の強さを示すのが『データドレイン』であり、彼らが現れた時に周囲にもたらす高負荷であるわけで。

 ……まぁともかく、『憑神』というのはその名前通り──ゲーム上の表現だけではわかりにくい部分もあるが、紛れもない『神』なのである。

 で、そんな無茶苦茶な存在であるがゆえに、本来ネット側が彼らの顕現に耐えられず落ちる可能性が高い……みたいな話に繋がるのだ。

 

 これは相手が【星の欠片】であっても同じこと。

 というか、データの最小単位こそ微細だが、それを無限に司るのが【星の欠片】であるため、本来どれほどデータの許容量があろうが無意味なのである。

 ゆえに、【星の欠片】の完全顕現などというものは、ネット世界では現実世界以上に無理が出てくると。

 ……まぁ、ギガストラクチャーどころかペタストラクチャーだのゼタストラクチャーだのと言い表した方が良いような存在*2と、無限ループをひたすら強要してくる微小データのどっちが迷惑か?……と言われると少々困ってしまうわけだが。

 

 ともあれ、一つ目がそんな感じであることを前提とした上での二つ目だが、こちらは世界の違いという部分で無理が生じる、というパターンである。

 

 

「世界の違い?」

「電脳世界と現実世界をごっちゃにするやつなんていないでしょ、って話」

「今色んな方面に凄い勢いで喧嘩売らなかった???」

 

 

 いや、売ったつもりはないけども……。

 まぁともかく、電脳世界に物理法則は持ち込めないし、現実世界に電脳世界の法則を持ち込むことも無理……みたいなのがこの話の主題である。

 いやまぁ、電脳世界を作るためには物理法則が必要だけど、そうして作られた世界の中でまで物理法則が主体かと言われると微妙、みたいな話というか?

 

 基本的に、電脳世界というのは遊びの場として用意されるもの。

 無論、遠くに居る相手とのコミュニケーション手段としての活用なども含まれてはいるが、大まかに『現実世界の軛から逃れるためのもの』であることは変わるまい。

 

 無論、物理法則を再現した上で作り上げられた世界もあるだろうが──根本的な部分として、()()()()()()()()()()を叶えるための場であることは変わらないだろう。

 その目的意識がどこにあるのか、という部分に違いがあるだけで。

 

 そういう意味では、【星の欠片】は電脳世界と食い合いをしてしまう、ということになる。

 なにせ【星の欠片】は新しい法則を作るもの。

 言い換えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 

「……あー、役割が被っちゃうってこと?」

「そういうこと。こっちの場合は現実で【星の欠片】を使うのと大差ないってことになって、最悪その時用いられた【星の欠片】が新しいゲームシステムの根幹になる……みたいな事態も予測されるね」

 

 

 一つ目が機能しないことによる問題ならば、二つ目は機能したことによる問題……という風にも言い換えられるか。

 ともあれ、本来起こりうるそれらの問題がどちらも起こらなかったというのは、すなわちこの電脳世界──もとい『tri-qualia』の懐が広かったということに他ならないわけである。

 

 

「だから相性が良い、って話になるわけか」

「そういうこと。……逆を言うと、相性が良くなかったらあの時点で私ら全滅してたってことになるんだけどね」

「怖っ」

「まぁ、全滅してもリスポーンするだけで終わってただろうから、そこまで怖がるモノでもないけど」

 

 

 まぁその場合、ビィ君が倒されないまま居座り続けることになり、色んな意味で困ったことになってただろうが。

 ……そのうち倒されるとは思うけど、それは全体の装備基準が上がったということ。

 すなわちインフレに呑み込まれる形で退場した、という形になるので問題ばっかり積み上がる形になるだろうし。

 

 

「そうなの?」

「アインクラッド自体が運営の思惑によるものなのに、それに全く触れられなくなるんだから大問題でしょ」

「あー……」

 

 

 そういう意味では、ビィ君は完全にイレギュラーだったんだろうなぁというか。

 

 ……そうなるとそこの三爪痕はどうなの、という話になるけど……うーん、あれに関しては今のところ不明である。

 相変わらずバグった言語を話してるけど、それも今ではハセヲ君に向けてしか発してないし。

 さっきまでは()()()に話してたんだけどね。

 

 

「……あ、内緒話は終わりました?」

「そうだね。ごめんねいきなりひそひそ話し出したりなんかして」

「いえまぁ、なにかわけありなのはここまでで散々理解してるので大丈夫ですよ」

 

 

 そう考えながら、この会話には混ざってなかった少女の方を見る。

 彼女はさーちゃん&すーちゃんと一緒に私たちとはちょっと離れた部分を確認して貰っていたわけだが……それが内緒話のための隔離行動であることは早々に理解していたらしい。

 いやまぁ、わざとらしすぎる手分けの仕方だったから仕方ないんだけど、それでもまぁ敏いというかなんというか。

 

 ともあれ、再度彼女達と合流し、本題に戻る私である。

 さっきまでの話は──色々脱線したけど、『tri-qualia』内でも(偽装はいるけど)『神断流』は使える、という前フリ。

 そしてここから話すのは、さっき私がなにをしていたのかという部分についての会話である。

 

 

「付与術士のスキルに『空間把握』ってのがあるんだけど、それを『他者集中』でブーストして周囲を探ってみたのね?」

「サラッと言ってるけど『()()集中』とは?」

「んなもん意識して自己の仮面(ペルソナ)を切り換えればなんとでもなるわよ」

「ええ……」

 

 

 なに言ってんだこいつ、みたいな視線が私に突き刺さるが、それに関しては返す言葉もない。

 だってこれ、少女ちゃんも聞いてるからそれっぽいこと言ってるだけだからね!()

 実際には『他者集中』も『空間把握』も使ってなくて、実際に使ってたのは『涅槃寂静』の方だし。

 

 ……え?お前さっきそれ使ったらなんか変なことになるかも、だから使えないとか言ってなかったかって?

 ふっ、状況というのは変わるものだよキミィ。

 

 ……冗談は置いといて、実態としてはここが特殊な空間なのでその辺りを使っても影響が切り離されてる、というところが一番大きいのは確かである。

 それでも【俯瞰】は止めといた方がいいから、使えるのは実質『神断流』くらいのものだが。

 

 

(……逆に何故『神断流』は良いのかのぅ?)

(『神断流』が良いってよりは、【虚無】でごまかす際に汎用性が一番高いのが『神断流』って方が近いんだけどね)

(……なるほど?)

 

 

 一応、他の【星の欠片】も【虚無】でごまかしながら使うことは可能である。

 可能であるが……労力的に一つが限度、かつ【虚無】を汎用的に用いようとすると影響が出ない保証が欠片もないため、結果として影響が少なく汎用性が高い『神断流』が選ばれた、という次第である。

 

 いやまぁ、汎用性云々の話で言うと【俯瞰】も中々のものなんだけどね?

 ただこれ、思いっきり相手に干渉する──悪い言い方をすると()()()()()()()()()技能だから、こういう場面では多用したくない……もとい、汎用性部分を重視すると()()()()()()()()ので宜しくないというか。

 視るだけならなんの問題もないんだけどね、うん。

 

 

「ともかく、私は『涅槃寂静(くうかんはあく)』で周囲を確認したわけですよ。……その結果、このフィールドは現在アインクラッド内じゃない、ということが判明致しました」

「えっ」

「座標もフィールドネームも全部バグってやんの。そりゃまぁ、外に出るための穴なんて見つかるわけないわ。ここだけ隔離されてるようなものなんだもん」

 

 

 で、ここまできてようやく、私が話したかった部分に話題が及ぶ。

 ──現状の私たちは、原作(.hack//G.U.)におけるAIDAサーバーに取り込まれたようなもの。

 そう告げると、事態の深刻さが把握できていない少女ちゃん以外の全員が、ぴしりと音がしそうなくらいに固まってしまったのだった。

 

 ……いや、AIDAサーバーってのはモノの例えだからね?

 そこまで心配したり警戒したりする必要はないからね?……多分。

 

 なんで最後に多分とか付けるの、と怒られたのは言うまでもない……。

 

 

*1
『神断流』独自のシステム。本来必要な『条件』を無視して『他のやり方』を模索した結果、それを成し遂げたことを示す称号のようなもの。元々『神断流』自体が『他者の偉業(わざ)を他人にもシステム的に使えるようにする』という形で発展したモノである為、システムから外れたこと──ルーチン外の行為で結果を引き出すことはほぼ不可能である。それを成し遂げて見せたことで『流派から醒めた(はずれた)』ことを称えられたという形。『断天閃』は居合技であり、()()刀を必要とする為それを手刀で代用して見せたのは間違いなく称えられるべき偉業である

*2
元々は巨大建造物のことを指す『メガストラクチャー』から派生した単語。本来はどれほど大きくても『巨大建造物』ならメガストラクチャーなのだが、ネット世界などで地球規模を遥かに越える大きさの物体が構想された結果、単位である『メガ』を更に大きくした『ギガストラクチャー』という概念が生まれることとなった。あとの『ペタ』だの『ゼタ』だのは、同じく単位から来ている



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幕間・意外とヤバイぞ電脳世界(※今さら)

「ええと、状況を整理しましょう。私たちはあの三爪痕に連れられてここに来た、それで間違いない?」

「多分ね。……断言できないのは、あの三爪痕自体が原作そのままじゃないからってところが大きいけど」

「なるほど、なるほど」

 

 

 私が『無闇に不安に広げるんじゃない』と怒られ正座をしている中、皆を代表してアスナさんが話の進行を行っている。

 黒い鎧の彼女はこちらの言葉に手を顎に置き、なるほどと呟きながら左右にうろうろとしていた。

 

 ……軽い歩行は脳の機能を活性化させると聞く*1が、それは電脳世界でも有効なのだろうか?

 などと益体(やくたい)もないことを私が考えていると、彼女はその左右への彷徨(うろちょろ)を止め、こちらに向き直り。

 

 

「……やっぱり、アイツを倒すことを先決にすべきなんじゃ?」

「いやまぁ、それはそうなんだけど……その場合なにも策がないとさっきと同じことになるよ?」

「うぐっ」

 

 

 現状元凶だとしか思えない、三爪痕の討伐を主張してくる……のだけど。

 さっきそれでどうなったのかを思い出せ、と告げれば途端に口ごもってしまった。

 

 ……まぁうん、そもそも私たちが周囲の探索に移ったのは、現状の私たちでは三爪痕の触手に対して対抗手段がないから……というところが大きいので仕方ないのだが。

 彼らの戦闘から離れることでそれに巻き込まれることを──三爪痕がこちらに標的を変え、それによってハセヲ君に無用な負担を掛けないようにすることをも目的としたモノである以上、今さら戻ってどうこう……みたいな選択肢はないのだ。

 

 

「まぁ、仮に三爪痕を倒す以外の解決策が見付からなかった、というのならそれはそれで収穫ではあるから。……とりあえず、巻き込まれないくらいの位置で応援でもしてる?」

「いやー、寧ろ邪魔じゃねぇかそれ?」

 

 

 あれだろ、バトルフィールドの外からヤジ飛ばす感じになるんだろ?……とはクラインさんの言。

 まぁ、現状だとそうなるというのは間違いではない。

 間違いではないが、これがこと()()()()に対してはそうとも言い切れない。

 

 

「……そうなのか?『鬨の声(ウォークライ)*2にしろ『他者集中』にしろ、基本的には術者本人も戦闘範囲に入ってないと意味がないような気がするけど*3

「ふっふっふっ、舐めちゃあいけねぇぜキリトちゃん。私は現状付与術士のトッププレイヤーなんだぜ……?」

「どういうテンションだそれ……?」

 

 

 誰もやりたがらないからのぅ、とか抜かすミラちゃんの両頬を引っ張りながら、胸を張って宣言する私である。

 

 ……いやまぁ、実際のところは付与術に見せかけて『神断流』で補助しよう、って話なんだけどね?

 少女ちゃんの手前、その辺りのことを明言するわけにはいかないからぼかしてる……ってだけで。

 

 とはいえ、まるっきり付与術士としての仕事から外れているのか、というとそうでもない。

 ()()()()()()()()()()に偽装できるような技の方が、この世界ではなにかと有用なわけだし。

 

 そういうわけで、いい加減正座を止めて立ち上がった私は、他の面々を引き連れハセヲ君達の戦闘区域の付近へ移動。

 いきなり肉薄されることはないだろう、というくらいの安全な距離に陣取り、大きく息を吸い込んで。

 

 

「『天網恢恢(ほえる)』!」

『???!』

「うるさっ!?」

「いや『ほえる』て……」

「あ、でも効いてる!?」

「マジでか?!」

 

 

 指向性を持たせた()を、三爪痕にぶつけてみせる。

 

 本来のそれ──『咆哮(ほえる)』は、元ネタであるポケモンにおけるそれと同じように、戦闘を強制終了させる技の一つである。*4

 相手に向かって()えることで、相手を畏縮させ逃げるように仕向ける……言ってしまえば戦闘拒否の技なわけだが、とはいえ誰もが逃げ出すわけでもない。

 原作であるポケモンでもそうだが、野生戦ならともかくトレーナー戦で人間が逃げ出すことはない。

 その場合、効果は『強制的な控えとの交代』というものに変化しているわけだが……『tri-qualia』の場合はまた違ったものになっている。

 

 こちらの場合、特定のボス──こちらが逃走不可であるような相手の場合、効果が『相手へのデバフ』へと変化しているのだ。

 具体的には『行動の際判定を強要し、失敗した相手を一時的な行動不能状態にする』という、ポケモンで言うところの『まひ』のような効果になっている。*5

 

 で、『天網恢恢(てんもうかいかい)*6は『神断流』の技の一つで、こちらも声に関するもの。

 具体的には『相手に怒気のこもった声をぶつけ畏縮させる』という感じの技で、畏縮した相手は暫くスペックが駄々下がりする……という、わりと使い勝手のよいデバフ技になる。*7

 

 仮にポケモンでいうなら、『全能力二段階ダウン(回避・命中率含む)』という感じだろうか?

 ……え?ぶっ壊れ?仮に本家に逆輸入するならデバフの癖に五回しか使えないとかそういう枠になるから許して?ダメ?

 えーケチ、マスターズの方とかわりと意味不な技実装してるくせにー。*8

 

 まぁともかく、『ほえる』に『天網恢恢』を偽装する形で放たれたこの声は、それゆえに本来『天網恢恢』の持つ効果に加えて『まひ』の追加効果まで発生している。

 その効果はご覧の通り、現在の三爪痕は先ほどまでの動きは見る影もなく、まさに精彩を欠いたものへと変化してしまっていた。

 

 

「……いや、無茶苦茶じゃねぇかこのデバフ技」

「最初っからこれしておけばよかったのではないかのぅ?」

「生憎だけど、使用回数に制限があるし前準備もいるんだよ()」

(本当かなー?)

 

 

 うわぁ疑われてる。

 まぁ確かに、こんだけ便利なデバフならもっと活用しろよ、とか思われてしまうのも無理はない。

 無理はないと認めた上で言うのだが、こんなぶっ壊れ運営が許すと思うのか?……というか。

 

 

(……ないな)

(ないね)

(ありえんのぅ)

(でしょー?だから【虚無】によるごまかしを踏まえても、早々使えるものじゃないんだよ)

 

 

 表向きの理由としては『いわゆる必殺スキルに相当する』、裏向きの理由としては『最悪BANされる』になるか。

 

 ……いや実際、少なくともビィ君戦でこれ使ってたら運営がAI差し向けて来てたかもだからね?あからさまにバランスブレイカーだし。

 ビィ君に向かって使った『龍封』の方はトリプル特攻刺さんないなら大したことないけど、こっちは音を聴く器官があるなら誰にでも効く……どころか、実際のところは相手がこちらの声を認知する必要はない(音波が当たればいい)仕様だから、実質的に効かない相手が存在しないと言い換えてもいいくらいだし。

 ……いやまぁ、実際のところは効かない相手もいるんだけどね?デバフ完全無効タイプの敵とか。

 

 

「まぁ、そういう相手にも行動キャンセルくらいは誘発できるから、まったく無意味ってわけでもないんだけどね」

(ガンドだ……)

(ビーストにも効くガンドとかと同じ枠だこれ……)

 

 

 なおその実態は、『神断流』の共通効果により『覚える気があるなら誰にでも使える』技術である。──ふふ、怖いか?私は怖い()

 

 

*1
歩行に限らず、適度な有酸素運動は脳の機能を活性化させ、記憶力や思考力を改善するとされている。また、歩くことが認知症の予防に繋がるという研究もあり、考え事の際に歩き回るのはある種理に叶っているのかもしれない

*2
戦意高揚を目的とした戦闘前の掛け声。ゲーム的にはパーティバフの類いであり、精神系無効・音系無効以外の味方に時限式の攻撃力アップを付与する。効果量が大きいが、代わりにターゲット変更が行えなくなる(精神が高揚した結果暴走している、という状態を再現する為のもの)などのデメリットも

*3
バフやデバフは戦闘判定が出ている時にしか使えないのが普通だろう、という主張。ターン性RPGで顕著、逆にアクション系が混じる場合は戦闘前にも使える(代わりに秒数制限が付いている)のが普通。また、その場合でも効果が切れた時にバフを掛けなおすのであれば、ほぼ確実に自身も戦闘に参加している必要がある(ボス部屋の入り口(外側)などからバフやデバフだけ投げ入れることはできない、ということ。ターゲット範囲外と言うべきか)

*4
似たような技に『ふきとばし』が存在。覚えるポケモンが違うだけで、効果はどちらも『相手を強制的に逃走させ、戦闘を終了させる』。トレーナー戦において効果が『現在の相手ポケモンと控えポケモンを入れ換える』ものに差し換えられるのも同じ。なお、それぞれ『音系』『風系』の技に該当しており、それらを無効化するとくせいを持つポケモンには無効化されることがある(『ふきとばし』が『風系』になった&それ関連のとくせいが増えたのは最近のことであり、それゆえ無効化される可能性のある『ほえる』より『ふきとばし』が優先されることの方が多かったのだとか)。なお、類似技である『ともえなげ』は相手にダメージを与えながら交代させる(野生の場合は戦闘が終了する)ので上位互換に見えるが、前者二つが必中になったのに対してこちらは外れることがある・前者二つは『みがわり』を貫通するがこちらは貫通しない、などの差がありどちらかといえば相互互換の類いである

*5
なので、ポケモン的には『へびにらみ』などの方が近い

*6
アスナさんが なにかいいたそうに キーアをみている!……冗談はともかく、『天網恢恢』とは『天網恢恢疎にして漏らさず』の略。天に巡らされた網は一見目が広くて粗く、何かを捉えるのに適さないように見えるがその実悪人を決して逃すことはない……ゆえに、例えどれほど上手く悪事を隠して見せたところで、悪人は必ず捕まってその罰を受けることになる、だから悪を犯すべきではない……という、老子が自著にて述べたもの(『老子道徳経』第七十三章中の句「天網恢恢疏而不失」より)。自然における『悪』なので、人の思う『悪』とは違う可能性あり

*7
技としての『天網恢恢』は端的に言うと『相手を叱りつける』もの。単純な怒声でも効果はあるが、相手の背景などを知っているとそこら辺を叱る言葉を組み込んで効果を上げることもできる。技としての肝は『発声方法』なので、意外と応用が利く

*8
『ポケモンマスターズEX』における『リーフ&ファイヤー』のこと。正確にはファイヤーの持つパッシブスキル『マサラの愛情』の効果により、デバフを使うと一緒に攻撃・特攻・特防を下げられることによるもの。『にらみつける』自体は防御ダウンで変わっていない。……というか、これでも大概壊れ技なのにキーアの『ほえる(魔改造)』は完全に禁止技にしかならない。なんで許されると思ったんですか?(現場猫)



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幕間・そうして彼女は

 はてさて、ぶっ壊れ()デバフを真正面から食らった三爪痕が動きに精彩を欠いたわけだが、無論その隙をハセヲ君が見逃すわけもなく。

 

 

「こいつで終わりだ!!食らいやがれ、『オールオーバー』!!

「なんか知らん技使っとる……怖……」*1

 

 

 とどめとばかりに放たれた大技──自身の背中に生えた翼のような剣?によるオールレンジ攻撃、および最後にそれを束ねての大切断……これ超究武神覇斬じゃね?*2

 

 ……ま、まぁともかく。彼の大技により三爪痕はバラバラになってしまったのだった。

 データとはいえわりとグロいなこの状態……。

 

 

『……ァ、……』

「まだ死なねぇのか、タフすぎるだろコイツ……」

「とはいえ、ここまでバラバラにされちゃあなにもできないはずだ。一先ず警戒は解いても問題ないと思うぜ」

 

 

 バラバラになった三爪痕は、足の方からじわじわと消え始めている。

 ……一辺に消えないのか、と思わないでもないがそもそも三爪痕自体も結構な重データだったはずなので、すぐに消えないのはある意味仕方のない話なのかもしれない。

 ほら、ゴミ箱とか空にする時、中のデータが多いと時間掛かるでしょ?

 

 とはいえ、流石に近くに頭が転がっている状態で話し続けるのはあれなので、戦闘態勢を解いたハセヲ君を連れて少し離れた位置に移動することに。

 離れすぎて頭を見失うとそこから逃げられる可能性もなくはないので、一応確認ができるくらいの位置に留めてはおくが。

 

 

「……そういえば、さっきの姿は?」

「あー……スケィスと融合した状態、とでも言えばいいのか?ほら、ギルモンとかがやるやつ」

「マトリックスエボリューション*3ってこと?……じゃあMXth(エムゼクス)フォームってところか」

「なるほど?」

 

 

 で、最初に触れたのはさっきのハセヲ君の姿について。

 Xthフォームから進化したようなさっきの姿は、位置付けとして本当にその次、みたいなモノに相当する形態らしい。

 公式的にはXthの次はVthフォームだが*4、Xthの派生なのでMXthフォームと言ったところか。

 

 ……名前に関してはともかく、原理としてはスケィスの力をこの世界で発揮するためのもの、という形になるらしい。

 影響を抑えるため【継ぎ接ぎ】になったことで、そこからデジモンの進化やペルソナ・その他の変身系技能のようなものとして扱えるようになった……みたいな感じか。

 

 結果としてネット世界では無類の力を発揮できるようになったみたいだが、それはそれとしてデメリットも大きいようだ。

 

 

「より強くこのアバターに結び付いたことになるからか、斬られたりすると滅茶苦茶痛ぇんだよな……」

「なるほど、フルダイブとしての性質も強まっちゃうと」

 

 

 その分操作の精密性も上がったりしているので、完全にデメリットだけとも言い難いみたいだが。

 あとはまぁ、使いすぎるとアグモン達みたいなことになりかねない懸念もあるようだ。

 

 

「アグモン?」

「私たちの仲間にその見た目の人が居てねー。その性質に引き摺られてるのか、彼はここから出られないんだよねー」

「そりゃまた、大変なことになってるやつもいるんだな……」

「ビィ君に心配される、ってのもなんだか変な話だけどね」

 

 

 未帰還者と同じような扱いになる、というか。

 ……いやまぁ、ハセヲ君の現在の居住区はなりきり郷内であるため、外で居なくなるよりかは騒ぎは抑えられると思うけども。

 とはいえ、郷内でも未帰還者が発生しうる、という事実だけが一人歩きすると問題なので、できれば止めて欲しい事態ではある。

 ……今の状態が半ばそうだろ、というツッコミは無しでお願いします()

 

 で、ここまでの話で疑問に思ったことがあるかもしれない。

 具体的には、未帰還者だのハセヲ君の力だの、あからさまに外部の人間に聞かせることじゃない話を少女ちゃんの前で普通にしていること、という部分。

 ……これに関しては、彼女の状態を直接見て貰った方が早いと思う。

 

 

「大丈夫?」

「だ、だーいじょうぶよ……これくらいなんとも……ない」

 

 

 まるで酔っぱらいのよう、とでも言えばいいのか。

 現在の少女ちゃんは、一種の酩酊状態のようなものに陥っており、完全に前後不覚。

 そのため、こちらの会話内容もろくに把握できてない始末なのであった。

 

 三爪痕がバラバラになったあと、彼女は今の状態に陥ってしまった。

 となれば、この状態は三爪痕のせい、とするのが丸い気もするけど……。

 

 

「触れられてもないのになにか影響が出る、ってのも変な話なんだよねぇ……」

「でも、多分アイツが狙ってたのってこの子だよね?」

「なんだよねぇ……」

 

 

 そうだとすると、そもそも()()()()()()()()()()というのが引っ掛かる。

 認識障害系だとすると見てるだけで問題が発生する可能性もあるが、そうなると今度は私たちに問題が発声してないのが疑問を呼ぶというか。

 

 ただ、今しがたアスナさんが告げたように、戦闘当初三爪痕が狙いを定めていたのは恐らく彼女。

 ……となると、周囲に被害を出さずにピンポイントで干渉を行っていた、という可能性が微妙に捨てきれなくなるのだ。

 

 

「……まさかとは思うが、倒したのがよくねぇってことはねぇよな?」

「……あー、どうにかして因果を繋いで、倒されたらデータが少女ちゃんに回収されるように仕向けてた、みたいな?」

「実際アイツが倒されたらこうなったんだし、否定する材料はないよね……」

 

 

 そこで、ハセヲ君が気まずげに声をあげる。

 三爪痕を倒した結果こうなったのだから、向こうは初めからこうなることを織り込み済みだったのでは?……という主張だ。

 確かに、あり得ない話ではないと思う。……思うのだが、なんとなく初めから織り込んでいた、というのは間違いだとも思う私である。

 

 何故かと言えば、それは最初に三爪痕が普通に襲い掛かってきた部分。

 そこから、もうちょっと直接的な干渉を考えていたのではないかと思い至ったのだ。

 

 なので、現在の()()はあくまで次善の策。

 本来の手順をなぞることは不可能になったため、代わりの案として作り出したものなのではないか、と考えるわけだ。

 

 

「ふむ、なるほど……じゃあそれを踏まえたうえで聞くんだが、()()()()()()()()?」

「んーちょっと待って、既に解析はしてるから……」

 

 

 そこまで聞いて、ハセヲ君が再度こちらに尋ね返してくる。

 確かに、現状三爪痕が倒れたことによる干渉、というものがあるならそれを感知するのも阻害するのも、共に行えそうな人物は私くらいしかいない。

 

 一応、ハセヲ君が思いきってデータドレインを試してみる、という方法もなくはないけど……これに関しては最終手段である。

 だってデータドレインに相手(少女ちゃん)が耐えられる保証がないからね!

 そんなわけで、私が調査やらなにやらやらなきゃいけないわけなんだけど……その一方、私の頭の片隅には気になることが引っ掛かり続けていたのだった。

 

 

「気になること?」

「三爪痕の台詞。バグってたけど、表示されてた台詞って()()()()()()()()()()に見えたんだよね」

「……ふむ?」

 

 

 それは、テキストウインドウに表示された三爪痕の台詞。

 傍目には単にバグった台詞──秩序のない文字の羅列に見えるかもしれないが、逆にある程度バグ文字を噛ったことのある人にはなんとなく見覚えがあるものだった、というか。

 具体的には多用される『縺』の文字。この文字が多く羅列されるパターンがエンコードミスのパターンに存在する、と言えばわかりやすいか。*5

 

 

「言われてみれば確かに……」

「ということはあれか?あやつは意味のある言葉を喋っておった、と?」

「……まぁ、驚くことじゃあねぇわな。実際のアイツも聞き取り辛いってだけで、一応こっちと会話しようって気はあったみてぇだし」

 

 

 なるほど、と頷く一同。

 つまり、三爪痕がなにを思って彼女を襲ったのか、というのはあの時の言動に答えが隠れている、ということがほぼ確実になったのであった。

 

 

*1
厳密には『FINAL FANTASY Ⅶ』のケット・シーが使うリミット技に同名のモノが存在する(正確には『スロット』の役の名前)。効果は敵全体の問答無用の即死。特殊な無敵状態以外の全ての敵を問答無用で即死させることができ、揃えられさえすればなんとラスボスだろうと一撃死させることも。なお、低確率ながら味方全体が即死する役『ジョーカーデス』というものもある為、実際に彼のリミット技を使う人はそう多くはないかもしれない(RTAやTASなどでは一転強技と化すので、使わないレギュレーションでもない限り普通に使われるが)

*2
『FINAL FANTASY Ⅶ』より、クラウドの使うリミット技の一つ。カジノ『ゴールドソーサー』の景品であり、それを入手したうえで他のリミット技を全て覚えることで使用可能になる、実質的な最終奥義。クラウドを代表する技と言ってもよく、その人気もとても高い

*3
『デジモンフロンティア』における完全体以降の進化の際の名前。初代がワープ進化(成長期から究極体)だったのに対し、こちらは普通の進化……と見せ掛けて、その実究極体への進化の際はパートナーとのジョグレスを含むワープ進化、という形になっている(完全体への進化の場合のみ、単純なマトリックスエボリューションとなる)。これは、完全体より上の状態への進化に条件が設定されている為。なお、ワープ進化が採用されているのは、進化の際演出が冗長になることが理由の一つに挙げられている(アニメのデジモンは基本進化したままのパートナーがほぼ存在しないので、進化しようとすると必ず成長期から二回以上の進化を行う必要がある)

*4
リマスターかつ新作である『.hack//G.U. Last Recode』内での設定から。新規エピソードである『vol.4』においてハセヲが至った新たな姿であり、専用武器『無限竜ノ門(ゲートオブウロボロス)』が一番の特徴。代わりに他の武器は全てオミットされてしまう為、少々物足りないとも

*5
実際に、UTF-8でエンコードされた文章を誤ってShift JISとしてデコードしたときに現れやすい文字、として知られている。なお、この文字が出てくるのは文字をUTF-8で表現する際2~6ビットで管理される、という部分に理由がある。わかりやすく言うとひらがななどは名字が同じである為、そこを無理矢理Shift JISで表現した際糸偏の漢字が当てはまる、という次第



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幕間・──その■に至る

 はてさて、話し合いの結果三爪痕の台詞を思い返してみよう、ということになったのはいいのだけれど。

 

 

「……ログとか残ってるか?」

「いや、近くで対峙してたハセヲ君が一番ログ取りやすいでしょうよ、それを私たちに聞く?」

「それはそうだけどよぉ……」

 

 

 戦闘中はそんなの気にしてないっつーか……とは、情けない顔をしたハセヲ君の言である。

 

 ゲームなんだからバックログ*1見ればいいのでは?

 ……とかツッコミが飛んできそうなやり取りだが、それをするには問題があった。

 そう、現在私たちが滞在中のこのフィールドである。

 

 実はこの特殊フィールド、基本的なゲームとしての機能が阻害されてしまって、まともに動かなくなってしまっているのだ。

 具体的には、メニュー部分に障害発生しまくりというか。

 ……元々アインクラッド内はログアウトできないのでわかり辛いのだが、よくよく見るとメニューバーにあるグレーアウトした『ログアウト(繝ュ繧ー繧「繧ヲ縺ィ)』の文字がバグってたり、はたまた別所にあるバックログとかも開けなくなっていたり。

 

 とはいえメニュー機能そのものが停止しているというよりは、バグかなにかでそこに繋がる経路が断たれている……って感じみたいなので、ここから離れられればその障害も回復するとは思うんだけどね。

 ……勿論、ここから離れられればの話だけど!!

 

 

「ああうん、極力気にしないようにしてきてたけど……エリアチェンジもできないもんね、今の私たち」

「探索途中でワープポータルとか見付けたけど、完全に機能停止してたからね……」

 

 

 現在私たちが居る場所は、()()()()()()()ボス部屋前に設置された手前の部屋そのもの。

 ゆえに、そこから移動すれば遺跡の入り口にだってたどり着けるのだけれど。

 そもそもの話、その入り口自体がワープポータルによって扉のない建物の中に侵入する……という形での移動方法だったため、現状入り口にある動かないポータルの前に行けるだけ、という状態になってしまっているのである。

 

 その理由は勿論、メニューと同じシステム方面であるポータルも停止してしまっているから……ということになるわけで。

 メニューの方が戦闘系以外動いていないのと同じく、遺跡のシステムもそのほとんどが停止してしまっているのだった。

 

 ……これを遺跡内部に類似したフィールドに強制転送されたせいと見るか、実は私たちみんな停止時間内に閉じ込められているのかと見るかで対応が変わるわけだが……。

 

 

「とりあえず、調べた結果としては『よく似たフィールドに閉じ込められた上で時間が停止・ないし停滞してる』って感じだと思うね」

まさかのどっちも?!

 

 

 個人的に観察した結果、多分『他所に移動した上で時間停滞中』が正解だと思われるのだった。

 ……え?分けた意味?最初はどっちかかなー、って思ってたからですね……。

 

 

「ただまぁ、細かく見ていくと『どっちかだけ』だと説明できない部分が出てきてねぇ」

「と、言うと?」

「他所に移動した、ってだけだと外からアプローチがないのがおかしい。時間が同じように流れているとすると、こっちもまた外からアプローチがないのがおかしいってことになるんだよね」

「……???」

 

 

 おおっと、キリトちゃんが疑問符を浮かべまくっている。

 

 仕方ないのでもう少しわかりやすく説明すると、前者は『運営が認知できない領域に飛ばされているのに、向こう(運営)からなにかしらの警告・もしくは連絡がないのがおかしい』という意味。

 後者は『時間停止状態でないのなら、対三爪痕戦で結構な時間が経過しているはずなのにも関わらず他のプレイヤー達がやって来ないのがおかしい』という意味である。

 

 前者に関しては、『tri-qualia』に存在する自動バグ取り機能に引っ掛からないのがおかしい、とも言い換えられる。

 一応そのバグの源が【顕象】などの【兆し】関連なら無視されることもあるが、そうでないならわりと迅速かつ丁寧にバグというのは片付けられてしまうものなのだ。

 

 

「そうなのか?」

「だから余計のこと、この階層だけおかしい……特にこの遺跡に関しては言うに及ばず、ってことになるわけ」

「確かに……序盤からバグり散らかしてたからな、ここ」

 

 

 私の言葉に、小さく頷くクラインさんである。

 ……前半(浮島)はビィ君のせいだったが、後半(遺跡内部)に関してはまた別。

 三爪痕のせいとすることもできるが、わざわざ別フィールドにご招待されたことを考えるとそれとこれとは別枠のような気もする……というか?

 

 まぁ、そこは今深堀りするところじゃないので置いといて、この部屋云々の後者の話。

 こっちは他のパーティを持ち出したものの、浮島での手間取り方からして本当にまだ到着できてない……という反論が使えそうなので、それとはまた別の方向から論理を補強したいと思う。

 

 

「別の方向?」

「ミラちゃんやアスナさんがわかりやすいけど……()()()()()()()()()()()()()の、おかしいと思わない?」

「「!?」」

 

 

 重要なのは、結局()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部分に尽きる。

 

 私たちが『tri-qualia』を始めてから結構な時間が経過しており、かつ『このフロアをボス部屋前まで確認したら落ちよう(ログアウトしよう)』という思考でいたことを思えば、そこに掛かる違和感というのはくっきりしてくることだろう。

 

 ──そう、いい加減外から不審に思われる可能性が高いのである。

 

 

「こっちならゆかりんとか、そっちならモモンガさんとか。……ともかく、いつまでも『tri-qualia』を終えようとしない私たちに違和感を覚えて、外から声を掛けてくる可能性はとても高い」

「……そっか、すっかり感覚が麻痺しちゃってたけど、そもそも私達って『フルダイブっぽいなにか』でしかないんだもんね……」

「外から声を掛けられれば普通に聞こえるはず、ということか……」

 

 

 私たち『逆憑依』は、それが元々持つ『装うもの(アバター)』としての性質がゲームのアバターと親和性が高く、結果としてこの世界により深く侵入()()()()()……という特徴を持つ。

 

 ……持つが、それは実際のフルダイブとはまた別のもの。

 感覚器官を二つ持つような感覚というのが正解であり、外のそれとゲーム内のそれを切り離して使うことのできる才能、とでも言うべきものが自動付与される不可思議なものでもある。

 まぁ、その辺りの感覚の二重化による違和感によって、ゲーム酔いしてしまう人も少なからずいる(※ゆかりんとか)ため、メリットばかりのものとも言い辛いわけだが。

 

 ともかく、例えフルダイブっぽい挙動を取ろうとも、私たちのメインの感覚が現実に置きっぱになっていることは確かな話。

 ──にも関わらず、現状外から不審がる声・心配するような声は聞こえない。

 ネカフェから接続している面々もいるので、個室ゆえに声掛けがされない……みたいな可能性もあるが、それでも互助会から接続しているはずのアスナさん達がなにも聞いていない、というのはおかしい話だろう。

 

 

「まぁ一応、二人が同室かつ女性だから、部屋の中まで入ってこないって可能性もあるけど……でもそっちって確か定例会みたいなのあるんでしょ?だったらモモンガさんから念話の一つくらい飛んできてもおかしくない……ってことにならない?」

「……実際あったしのぅ、そういう機会」

 

 

 ゲーム中にモモンガさんの念話が飛んできた場面を思い出したのか、微妙に苦い顔をするミラちゃんである。

 

 ……説明にわかりやすいので抜粋したけど、今いる面々ならすーちゃんもとい夏油君も互助会組のため、モモンガさんの念話を受ける可能性のある人物。

 三人いて誰もそれを受けていない、となれば()()()()()()()()()()()と見るのが普通だろう。

 それが今回の場合、このフィールドが停止空間内にあるのであれば説明できる……と繋がるわけである。

 

 ……え?それだと前者と後者が両立する理由にはならなくないかって?

 それに関しては『tri-qualia』を作ったのが誰なのか、ということを念頭に置いて貰いたい。

 

 

「神が自分以外の()()()()()()チートを肯定するはずがないんだよなぁ!!」

「うわ、嫌な説得力」

 

 

 実際の彼らがどうかはともかく、【複合憑依】としてある彼ら──茅場以下三名が、ゲームを作る際に時間停止系能力に警戒を抱かないわけがない、というか。

 特に、仮面ライダークロノスという時間観覧にもろに抵触する存在と関わりのある神に関しては、なおのこと。*2

 

 ……そう、このゲームのバグ修正プログラムは、ゲーム内に限定されるものの『時間操作耐性』を持つのである。

 具体的にはメインプログラムとは別個のプログラムによって処理されているため、メインでの障害を無視して動ける……みたいな?

 

 

「マジかよ……」

「そこら辺も含めて、遺跡内部のバグが放置されてたのが余計にあれだった、って話になるわけ」

 

 

 唖然とした表情で呟く面々に対し、小さくため息を吐きながら返す私。

 ……無論、強力なバグ修正プログラムとはいえ、【兆し】関連は無視・ないし太刀打ちできないという問題も抱えているわけだが。

 いや、下手に対応しようとして更なるバグを呼び寄せるのも……みたいな懸念もあるのだろうが。

 

 ともかく、このフィールドが本来()()()()()のは確かな話。

 ゆえに、その原因だと思われた三爪痕が倒れたのに解放されない現状に、私たちはもう少し本腰を入れて問題対処を行うべきだと主張しようとして──、

 

 

「──縺ゅ↑縺殄a縺昴%縺ォi縺セ縺吶°」

「……はい?」

 

 

 熱に浮かされたような少女の発した言葉に、思わず聞き返して、そして──。

 

 

 

 

 

 

「そういうわけで、新しくうちの仲間になることになった少女ちゃんです」

「よ、よろしくお願いします……」

「待って色々待って???」

 

 

 その日の翌日、少女をゆかりんに紹介する私、という光景が繰り広げられることになったのであった……。

 

 え?過程が省略された?

 長くなるので次回だ次回!(メタ発言)

 

 

*1
本来は在庫・未処理のものというような意味を持つ言葉。ゲーム的には、直前までのテキストを見返すことができる機能。ノベルゲームやネットゲームなどに搭載されており、特にネトゲの場合は目を離した際に重要な会話があった場合に問題となる為ないとわりと死活問題になる

*2
『仮面ライダーエグゼイド』のラスボスにして、本来であればプレイヤー達の救世主となるはずだった存在。得てしてそういうものは悪用されるモノだが、これに関しても似たようなものであった。『時の神(クロノス)』の名前を持つことからわかるように、時間停止スキルを持ち合わせている



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三十一章 今年はホワイトデーがヤバイです
ほうら新しいサンプルだよー()


 はてさて、休日のデート()のはずがとんでもないことになってしまったわけで。

 結果、こうして新人を──それも見た感じ特に『逆憑依』にもなんにも見えない相手を迎え入れることになったわけだけど、その前提に関しては前回説明した通りである。

 

 

「前提だけね!!肝心の部分はご丁寧に端折(はしょ)られたんだけどね!!」

「別に端折ったわけじゃなくて、本人も一緒にいた方が説明しやすいから呼んだ、ってだけなんだけどね。……んじゃまぁ、挨拶して貰える?」

「あ、はい」

 

 

 なお、ゆかりんからは肝心の部分が抜けてるぅ!!……と絶賛絶叫を貰った次第である。

 まぁ、その行為をさせたのは私なので若干の罪悪感はあるにはあるが、同時に私の口から出た説明だけだと納得し辛い部分もあるだろう……みたいな感じで、こうして当事者たる彼女を呼んだという面もあったりなかったり。

 

 ともあれ、傍らの少女に挨拶を促した私はと言うと。

 

 

「ええと……【複合憑依】?確か【星融体(インクルード)】……なんて風に呼ぶんでしたっけ?……の、有瀬(ありせ)志乃(しの)です。宜しくお願いします」

「え、ああご丁寧に……【複合憑依】?いや待ってなんか今新単語があっあっあっ

「やべぇゆかりんが過呼吸起こしてやがる!いいか、落ち着いて息をするんじゃ!ひっひっふー、ひっひっふー」

「ひっひっふー、ひっひっふー……って、なにやらすんじゃおバカ!!

「おお、すっかり元気に」

 

 

 キーアん嬉しいよ、ゆかりんが元気になってくれて……。

 ……いやホントだから、そんな睨まんといてってば。

 

 ともかく、いいから詳細な説明しろ……という感情が乗った鋭い眼差し(※涙目付き)が飛んできたため、少女ちゃんもとい()()()()()の言葉に合わせて説明をする私である。

 

 

「さっきまでの説明で、彼女が『カタリナ』と『シノン』に挟まれる形になったせいで『逆憑依』化してなかった……って話は理解してるよね?」

「ええまぁ。珍しいパターンだし記憶に新しいし……それで?」

「今の彼女はそれらの要素と【()()()()】による【複合憑依】、もとい【星融体】に──って、ゆかりん?」

あ゛ーっ!!あ゛ーっ!!あ゛ーっ!!

「……あ、ダメだこりゃ。ジェレミアさーん蘭さーん、あとお願いしまーす」

「はいはーい。ゆかりさんこっちでお休みしましょうねー」

「ハーブティを用意しております、これを飲んで落ち着いてください」

「もうやだ……おうちかえる……おうちかえってねるぅ……」

「うーむ、まさか幼児退行してしまうとは……」

 

 

 まぁ、あからさまに厄介事の気配を漂わせている相手であるゆえ、ゆかりんの精神と胃にダメージが行くのは仕方のない話なのだが。

 とはいえ最終的には呑み込まなければならないのも確かなため、どうにか英気を養ったのちに立ち向かって欲しい。

 

 ……とかなんとか宣いつつ、いつものゆかりんルームを見渡す私である。

 そこにいる面々はといえば、現在ゆかりんを連れ立って離脱したジェレミアさん達を除き、私を含めて六人。

 

 まず私、それからしのちゃん。

 ついで当時の説明のため、現場にいた面子からハセヲ君とキリトちゃんの二人がピックアップ。

 そして、最後の二人に選ばれたのが──、

 

 

「なるほど。何故私が呼ばれたのかと暫く考えていましたが……つまり、新しい妹が増えた、ということなのですね!」

「えっ」

「うーん、あながち間違いとも言い切れない感覚……」

えっ

「……止めたげなさいよ、普通に困ってるわよそいつ」

 

 

 ──ご覧の通り、彼女の先輩のようなものに当たる存在、アクアとオルタが控えている。

 

 彼女達はしのちゃん以前の同類──【星融体】としての発見例第一号であることから、その本質を調べるために同行を願った形となる。

 まぁ、彼女達を【星融体】と呼ぶ、ということ自体つい最近きまったことなので、それが持つ特性とか性質とかまだまだブラックボックスもいいとこなのだけども。

 

 

「……というか、なんとなく感覚的にだけど、私達とも微妙に違うでしょ、そいつ」

「えっ」

「お、オルタにはわかるんだ?【星の欠片】として習熟してきたってことかなー」

「まっっったく嬉しくないけどね。……とりあえず、そいつのそれ()()()()()でしょ?」

「……はい?」

「あら、そこまでわかるんだ?」

……はいぃ???

 

 

 おおっと、しのちゃんが困惑から首の角度がヤバイことになっている。

 そのまま放置してると首が三百六十度回転してしまいそうな恐ろしさがあるので、指摘して首を戻すように指示する私である。

 なお、本人は「え、回るんですか一回転?」と変なことを気にしていたが……まぁうん、【星の欠片】になったんならやれてもおかしくはない、とだけ。

 

 

「ええ……なんなんですかその……ええ……?」

「一応補足しておくと、()()()()()()()()()()()()()()()()ってだけだからね?積極的にやりに行かないように」

やりませんよ?!

 

 

 うむ、いいツッコミだ。

 そのツッコミはなりきり郷において強い個性になるだろう、これからも頑張って欲しい。

 ……とかなんとか適当なことを宣いつつ、改めて彼女についての解説に戻る私である。

 

 なお、二度手間にならないようにこの会話は録画されており、目が覚めたゆかりんの網膜に直接投影することで報告の代わりとさせて頂く次第でありまする。

 

 

「いや、止めてやれよ……」

「網膜投影のあと記録媒体に残した状態で出現させる予定だから、そっちを上手く纏めて上司に報告してね、って意味もあるよ?」

マジで止めてやれよ……

 

 

 おお、ハセヲ君が深々とため息を吐いている。

 だがいいのかな、そんな反応してて。実のところ前回のあれこれでヤベーものになったのは君も同じなんだけど。

 スケィス呼べるようになった結果、現実世界でもスタンドみたいにスケィスハンド出して攻撃できるようになったの知ってるんだぜ私?

 

 これで名実ともに君もヤバイやつ入りだね!

 ……なんて風に祝ってあげたら、なんとも言えない表情でそっぽを向いたハセヲ君なのであった。自覚はあったらしい。

 

 

「……つまり、現状八雲に余計な心労を掛けずにいられるのは、ここにいる奴だと俺くらいのものってことか……」

「まぁ、キリトちゃんは普段から心労掛けてるんだけどね?」

「なんでだよ!?」

「イシュタル」

「…………」

 

 

 なお、一人だけ逃げようとしたキリトちゃんに関しては、そもそも心意とイシュタル混じってるっぽい(じゃないと外で浮ける理由がわからない)ためこれっぽっちも安全じゃない、と釘を刺しておく私であった。

 ……まぁ、安全安心じゃない云々の話するなら私だってそうなので、ある意味ヤマアラシのように互いに互いを傷付ける不毛な争いにしかならないのでいい加減切り上げるが。

 

 

「で、話を戻すと。【星融体】第一例……というと実は語弊があるんだけど、本来の初発見対象であるユゥイは状態の確認とか望むべくもないから()()()()()()()()ってことで通させて貰うとして……まぁともかく、アクアとオルタの場合は【星の欠片】がわりと変質してる、ってのは確かだね」

「そうなんですか?」

「じゃないとそんな風に呑気にしてられないっての」

「はぁ」

 

 

 よくわかってない様子のアクアに、一応私から自身が該当している【星の欠片】についての説明を受けているオルタがツッコミを入れている。

 ……実際、もし仮に彼女達に付随することとなった【星の欠片】──【終末剣劇・潰滅願望(レーヴァテイン)】がまともに稼働していたら、彼女達はこんな風にのほほんとしていられないことだろう。

 

 ジャンヌがアクアと呼ばれるのは、その性質に『海』が付随した結果だが……【レーヴァテイン】の中でそれを司るのは()()()()、すなわちノアの大洪水を元にした終末再現である。

 とはいえ元にしたのがそれ、というだけでそこに付随する意味はまた別であり──本来の意味合いは『涙』。

 終わる世界を悲嘆し涙す乙女の涙であり、その涙にて沈む世界を意味するもの。

 言ってしまえば『世界は悲しみに包まれているのでその悲劇を思って涙を流す乙女の慈悲』による滅び、ということになるのだ。

 ……オルタの方が同じような前提で『悲しみ』が全部『怒り』に差し替わり、最終的な結果が『世界を怒りの炎で包み焼き尽くす』になる辺り、今の彼女達に似合いすぎているというか。

 

 

「逆にいうと、ぴったり符合するからこそ止まっているとも言えるんだよね。これで少しでもずれてたら、本来の【レーヴァテイン】の役割──今ある世界の終わり、って目的に邁進してる可能性大だし」

「……ヤバくねぇか?」

「そうよ、他の【星の欠片】もヤバイけど、積極的に世界を滅ぼしに掛かる【レーヴァテイン】はその比じゃないのよ」

 

 

 言い換えると、職務に忠実すぎるということにもなるわけだが。

 

 ……ともかく、本来の【レーヴァテイン】を思えば、今のアクアとオルタが穏便に過ぎることは確かな話。

 そしてそれは、彼女達が純粋な【星の欠片】ではなく【星融体】としてここにあることが大きな理由であることは間違いあるまい。

 

 

「雑に言うと溶かして型に詰め直したチョコみたいなもんよね」

「唐突なバレンタイン要素……?」

「いや、今年のバレンタインは珍しくなにごともなく終わったでしょうに。……その分ホワイトデーが怖いけど、それはともかく」

 

 

 ここで言いたいことは一つ。

 アクア達と違って特に融けていない【星の欠片】を持つ【星融体】、なんて不思議存在になってしまったのがしのちゃんだとすると。

 確かに、両者は同じ【星融体】でも違うもの……と言えそうな気もしてくる。

 

 しかしてこれは、あくまでしのちゃんに宿った【星の欠片】が特殊だったというだけの話。

 ……【星融体】として成立するものはそもそもその状況自体特別だ、みたいな話もあるがそこは置いておいて……。

 

 

「ともかく。彼女に宿った【星の欠片】。それがなんなのかを知ることは、あの時起こったことを(つまび)らかにするのに必要なことは間違いない。……ってわけで勿体振らずに言っちゃうと、彼女の【星の欠片】は『天秤』だったのよね」

「天秤?」

「そう、釣り合った天秤ってこと」

 

 

 一先ず、解説のためにあれこれと情報を並べ始める私なのであった──。

 

 



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ある意味酷い尊厳破壊

「名前は天秤繋がりで【星の天秤(Over Write)】──って言いたいところなんだけど……しのちゃんに発現したものの性質からするとまったくの別物。多分【双虚(Enabler)】が近いのかなーって感じなんだけど、正直それとも微妙に差異が見て取れるから、実態は私の知らない【星の欠片】ってのが有力かなー」

「……なぁ、今の説明部分だけで八雲のが発狂する未来が見えたんだが」

「今回の説明には関係ないからスルーして、って言えば大丈夫だよ多分」

 

 

 聞いたことのない【星の欠片】の名前だから気にする、ということなのだろうが。

 子細を話してしまうと概念がこちらに根付き、結果として彼ら(星の欠片)がこっちに現れやすくなる可能性大なので名前だけちらつかせる私である。

 ……え?それはそれで酷いんじゃないかって?キーアんしらなーい。

 

 

「性質的には【反対(Unbreakable Fate)】が近い気もするけど、あれに天秤っぽさはないしなー」

「……なぁ、わざとなのかそのノリ」

「んふふー、どうかなー」

「うざっ」

 

 

 おおっと、ハセヲ君の露骨な嫌な顔。

 まぁ確かに、今の私の言動がウザかったのは確かなので反省()して居住まいを正す。

 ……まぁ、そうなるとおちゃらけた空気が消えるということなので、

 

 

「……あれ、滅茶苦茶汗掻いてないか?」

「本当ですね、実は暑かったりしますか?」

「逆よ、逆。そいつ、今の状況にまいってんのよ。まぁ、当たり前と言えば当たり前の話ですけど」

 

 

 このように、私が()()()を掻いていることが浮き彫りになってしまうわけなのですが。

 なんでかって?そんなもん、()()()()()()【星の欠片】なんてもんが存在してるからに決まってるでしょうが!!

 

 

「んん?……あっ

「気付いてくれたみたいだけど言うわねー!!確かにその可能性は──()()()()()()()()()ってなった時点であり得る話だったけど!!実際にこうして実例出されて冷静でいられるほど余裕があるわけないでしょうがー!!わーっ!!!

「あーあ、キーアまでぶっ壊れちゃったよ……どうすんだよハセヲ、お前のせいだぞ?」

「なっ、いやこれ俺が悪ぃってのは無理がねぇか!?」

「全部が全部アンタのせいってわけじゃないけど、精神を立て直す暇を奪ったのはアンタのせいよね」

「ぬぐっ」

 

 

 折角未来にこの動画を見てのたうち回るゆかりんを想像して溜飲を下げてたのに、そんな逃げの一手すら奪われたらもう私も発狂するしかないんだよなぁ!!

 これあれだよ、なんなら未来のゆかりんの発狂も取り止めになっとるわ!!

 自分がのたうち回る前にのたうち回ってる奴がいるから却って冷静になるやつだわ!!ちくしょう神は死んだ!!!

 

 頭を抱え転げ回る私だが、それで問題が解決するなら誰も苦しまない。

 ……ってわけで、転がる度に苦しみ増すね?……みたいな負のループの開幕である。誰か手札誘発打って(なげやり)

 

 

「……あ、あー。おほんおほん。一応聞くんだが、本当になんにも分からねぇのか?」

「わたしのちしきにはないよー」

「その言いぐさだと、既にどういうものなのかはわかってるってことか?」

「……そうだね」

(あっ、戻った)

(戻ったっつっても、あくまで絶不調が不調になった、くらいのもんっぽいけどね)

(うるせーな、わかってるっつーの……)

 

 

 とはいえ、説明を求める相手がいるのなら、それを受けないわけにもいかない。

 元々その為に集まったようなものでもあるので、気持ちを奮い立たせ改めてソファーに戻る私である。

 気分的には最悪の一言だが、どうにかテンションをあげて解説に戻るとしよう。

 

 

「ってなわけで、私の知識にない全く新しい【星の欠片】だけど──その実、方向性というか性質というかは、既存作品に類似したものが見られるタイプのものだったわ」

「既存作品に?」

「そ。さっきも少し触れたけど、本来【複合憑依】に【星の欠片】が混じると、成立はするけどそのあと別のものに変質してしまうって欠点があるわけ。これについては大丈夫よね?」

 

 

 私の言葉に、みんなが一つ頷きを返してくる。

 ……アクアとオルタの例というよりは、アクア本人のパターンと言うべきか。

 彼女は水着ジャンヌとゲンシカイオーガの二つの要素と、それを繋げるものとして【星の欠片】の内の一つである【終末剣劇・潰滅願望(レーヴァテイン)】の一振り・『落涙(ティア)』を【複合憑依】の種として持ち合わせていた。

 

 それらは全て属性として『水』であり、ゆえに親和性・関連性を持っていたわけだが……その実、()()()()()()()()()

 いやまぁ、【複合憑依】は本来関連性を必須とするものなので、それがあることは決して問題とは言い難いのだが……あえていうなら関連しすぎていた、というか。

 

 慈悲による涙である『落涙』は、ジャンヌの性質にとてもよく合い。

 涙による世界の沈没をもたらす『落涙』は、すなわちゲンシカイオーガがもたらす惨状を幻視させる。

 ジャンヌとカイオーガの親和性は言うに及ばずだが、そもそも三者ともに相性が良すぎたのも確かな話。

 

 それゆえ、【星の欠片】による融和反応が進みすぎ、最悪の場合世界の滅びを誘引していただろう。

 それを留め、単一の存在として成立させるための楔として選ばれたオルタは、その過程で実は対応する属性のほとんどを持ち合わせてしまっている。

 ……雑にいうと『落涙』の対の『憤怒』であるし、ジャンヌの対のオルタであるし、ゲンシカイオーガの対のゲンシグラードンでもあるのだ。

 

 

「え、そうなのか?」

「まぁ、属性として統括されてるってだけで、オルタ自身にその辺りの影響はないけどね。……一応、ルドルフが場を整えてくれたことでその辺りを誘引できた、って感じでもあるし」

 

 

 あれだ、今の形に再定義し直すのに必要だっただけなので、後から抜けてもとりあえず問題はない……みたいな?

 まぁともかく、この二人が本来【複合憑依】に【星の欠片】を混ぜた時より色々問題が大きくなっていた、というのがわかればいい。

 

 

「そんなに違うの?」

「詳しく語ると長くなるから省くけど……少なくとも最終的な形は単なる【星の欠片】で落ち着くはずだからね。今のオルタ達みたいにそれぞれの形を保ちつつ【星の欠片】も使える、みたいな形になるのがレアパターン過ぎるというか」

 

 

 あれだ、水素と酸素を反応させると水になるけど、今の二人は水も水素も酸素もちゃんとある……みたいな感じというか。

 本来なら反応が進めば(星の欠片)という形に収束するはずなのに、そうはならずにそれぞれの要素が残りっぱなしなのは中々不可思議な状態、というか。

 

 そういう意味で、しのちゃんの方もまたレアな状態に落ち着いてしまっている。

 彼女の場合、【星の欠片】が他の要素をなに一つ変化させていないのである。

 いや寧ろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()レベルというべきか?

 

 

「変化させないことに、」

「重きを置きすぎている……?」

「ジャンヌ達のパターンが変化を中途半端に残すものなら、そもそもしのちゃんの場合は()()()()()()()()って言い切ってもいいくらいというべきかな。【複合憑依】としてそれぞれの性質が全く他の要素に侵食してないというか」

 

 

 名前は思い切り二人の混合なんだけどね*1、と小さく苦笑する私である。

 まぁ、そこは単にカタリナさんとシノンを呼び寄せる種だった、ということになるのだろうが。

 

 ともかく、彼女は【複合憑依】になる前から『逆憑依』としての属性が二つあるせいでどちらにもならない、みたいな不可思議な状態に陥っていたわけだが。

 今の彼女はさらにそこに【星の欠片】を入れることで、()()()()()()()()()()()()ように固定されてしまっているのである。

 

 さながらそれは、左右の皿に乗せられた重りがぴったりと釣り合い、左右のどちらにも()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

 

「……ん?」

「敢えて名付けるなら『揺れない天秤』、ってところかな。支柱となる本体にはなんの影響もない、って点でちょっと特殊だけど」

「え、ってことは……」

「うん、なんとも珍しいことに、しのちゃんってば基本的にあんまり特別なことはできないんだよね。ちょっとシノンっぽく銃撃が上手くて、ちょっとカタリナさんっぽくビィ君が好きってだけで」

 

 

 そう、彼女の特殊性はそこにある。

 仮にも【複合憑依】──『逆憑依』なのにも関わらず、本来『逆憑依』が持ち合わせる特殊性のほとんどを発揮しない。

 あくまで一般人のような、されどそれは奇妙な均衡によってもたらされた偽りの平穏。

 

 ──敢えて名付けるなら『揺れない天秤(Congruent)』。

 とある借金まみれの男が手に入れたスフィア、それをひっくり返したかのような、()()()()【星の欠片】。*2

 それが、彼女に与えられた可能性なのであった。

 

 

*1
『カタリナ・()()()』と『朝田()()』。なお微妙に違う(アリゼが有瀬(ありせ)に、詩乃が志乃に変化している。なおハセヲ君的にはその名前に少々反応した模様)

*2
『第二次スーパーロボット大戦Z』の主人公、クロウ・ブルーストの持つスフィア『揺れる天秤』のこと。こちらは揺れ動く感情の中でそれでもぶれぬ(支柱)を貫く意思を求めるもの。『揺れない天秤』が二つの皿を全く揺らさず支柱()を害させないのとは対称的でもある



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何者にも害しえぬ聖女の如く

「それはなんというか……意味あるのかそれ?」

「まぁ、効果あるのかって気がするよね……でもこの【星の欠片】の真価は()()()()()()()()()()ところにあるんだよ」

「本体を?」

 

 

 はてさて、仮称『揺れない天秤』……もとい『コングルアント』についてだが。

 この【星の欠片】、普通のそれら(とは言っても、そもそも【星の欠片】自体が普通じゃないのだが)とは明確に異なる点がある。

 

 それが、()()()()()()()()点。

 分かりやすく言うと、今ある世界をどうにかしようという意志が全く見えないという部分にある。

 

 

「……言われてみれば確かに。前聞いた【星の欠片】の説明だと、通常起動の【星の欠片】は原則今ある世界を滅ぼそうとするんだったよな?」

「正確には()()()()()()()()()()()()()なんだけど……まぁ、現在という世界が失われるって点ではどっちでも変わらないよね」

 

 

 こちらの言葉に、キリトちゃんが確かにと頷く。

 ……通常の【星の欠片】は、それが目覚めた時点で前の世界──言い換えると今ある世界が終わり始めてしまう。

 それは、【星の欠片】が目覚めるのは本来世界の終わりの時であるがため。

 言い換えると、【星の欠片】が目覚めているのなら()()()()()()()()()のである。

 

 その辺りの因果の逆転が理由となって、現在という世界は徐々に終わっていくのだが……とはいえ、それが完全に現在による自殺なのか、と言われると少々疑問もなくはなく。

 

 

「疑問?」

「目覚めを知らせる時の余波の部分の話、ってことになるのかな?化学反応的に言うと最初に反応が始まった部分、みたいな?」

「……なるほど?」

 

 

 例えば、水素と酸素の混合気体があるとして。

 それらが反応すると水になるわけだが、しかしこれらの気体は混ざりあっただけでは水にはならない。

 火種を投入したり、混合気体の温度が一定以上になって自然発火しない限り、それらはあくまで『水素と酸素の混合気体』のままなのである。

 

 これに近いことが【星の欠片】にも言えるのだ。

 今までに説明したように、【星の欠片】というのはそもそも確認できないほど小さな世界にあるもの。

 その不確定性こそが【星の欠片】があるという事実を否定しきれないがゆえに発生するモノであり、言い換えると現代科学が支配するこの世界ではその発生は自然と行われているモノなのである。

 単に、それらがこちらに認識できるほどに纏まって(目覚めて)いない……というだけで。

 

 逆に言うと、世界に自殺を促してしまうような()()()()()()()()()()()()()とでも言うべきものがあって、それを感知した世界が自殺を始めている……と解釈することもできるわけで。

 

 

「そうなるとほら、考えようによっては【星の欠片】側が『起きたよー』って伝えたからこそ『そうかー、じゃあ私死ぬねー』『うんー!』みたいな流れになったという風にも言えるというか……」

「……言いてぇことはわかるんだが、微妙に気が抜けるからその例え止めねぇ?」

「でもわかりやすいでしょ?」

「いや確かにわかりやすいけども」

 

 

 ならいいのよ、そもそもこの会話、あとでゆかりんにも見せるんだし。

 そっから上司への報告書に纏める形になるんだから、極力勘違いを減らすのは間違いじゃないのよ。

 

 ……ってな感じにハセヲ君を言いくるめたところで、改めて『コングルアント』についての話に戻ると。

 本来【星の欠片】の産声が世界崩壊の引き金を引くのであるとするならば、この【星の欠片】はその産声が全く聞こえないのである。

 

 

「いや、産声とかなんとか言われても俺らにはわからねぇんだけど」

「そう?オルタにはわかると思うけど」

「……そりゃ私が曲がりなりにも【星の欠片】だからでしょ。というか『産声』なんて言ったらわかりにくくなるの当たり前でしょうが、そんなもの『気配』でいいのよ『気配』で」

「……あ、なるほど。『気配』を感じられてるって時点で休眠状態じゃないってのは察せられるのか」

 

 

 いや、それで納得されても困るんだけど。

 今しがたオルタが『気配』と言い換えたけど、そもそもそれがきっかけになることがわかるのは【星の欠片】の知っている人だけ。

 目覚めた時点で世界が滅ぶ、という前提とその理由が『現在』が【星の欠片】を認知してしまうから、というところにあることを理解してないと、そもそも今なんで滅んでないの?……って疑問に答えられなくなるし。

 

 

「……あー、既に【星の欠片】まみれのこの状況の説明に支障が出ると?」

「そういうこと。単に気配だと私達(星の欠片)がここにいる時点で滅んでないのは何故?……って話になっちゃうから。普通の気配とは違う、世界の滅びを促すもの。……そういう観点からすると『産声』って言った方が通るんだよ」

 

 

 まぁ、どっちもそれを感知するための器官は第六感──虫の知らせ的な部分になるので、どう違うのかを説明するのは困難を極めるわけだけど。

 雑に説明するとすれば、『産声』の方は容赦がない……ってことになるのかな?

 

 

「容赦がない?」

「元々産声って子供が生まれた時にあげるものでしょ?両親に元気に生まれたことを伝えるためのもの、みたいな」

「……そうだな。産声をあげない子は危ない、なんて話もあるし」

「だから、『産声』の方は世界に気付かせる気でいっぱいなのよ。目を逸らさせない、気のせいだと後回しにさせない……みたいな感じにも解釈できるかな?」

 

 

 あれだ、【星の欠片】は小さい存在なので、必然的に気付かれようとすると遠慮なんかしてられなくなる……みたいな?

 結果として、それが持つ気配が強く強く世界に伝播し、『現在』に自分が目覚めたことを知らせる……と。

 

 

「それに対して普通の『気配』の方は、気付かれないようにするためにとても小さいのよ。まぁ、『星女神』様がその辺りのフィルターを買ってくれてるからって面もあるけど」

 

 

 曇りガラスの向こう側、もしくは部屋の向こうから聞こえてくる音……みたいな感じか。

 壁やガラスを通した結果くぐもってしまい、向こう側にいる相手がなんなのか判別できなくなっている……みたいな解釈でもいい。

 そもそも【星の欠片】は『あるかないかわからないからあるかもしれない』というあやふやなもの、ゆえに少しフィルターを通すと目覚めてないのと大して変わらない状態になるのだ。

 

 とはいえなにか動いているのはわかるので、そこを指して『気配』と仮称する……みたいな?

 

 

「で、それを前提として話をするけど。今みたいに安定する前のジャンヌ達って、『気配』じゃなくて『産声』バリッバリに出してたんだよね」

「え゛」

「まぁ、そのままだとヤバイから『星女神』様がフィルタってくれてたんだけどね」

 

 

 まぁ、意識してそうしてたというよりは、キリアがこっちに来た時点でフィルターをオンにしてた、ってだけの方が近いのだが。

 ってか、じゃないとキリア襲来の時点でこの世の終わりである。

 母とかなんとか言われてるけど、あの人普通にそこらを歩いているだけで『世界の終わり』が確定するレベルの厄災だからね。

 

 

「まぁ、それは私についても同じことが言えるわけなのですが、その辺り私は自前でなんとかできなくもないので……」

「逆に言うとキリアさんの場合は補助なしは無理だと?」

そのラインの人(ナンバーツー)だからね、そもそも」

「ああ……」

 

 

 まぁともかく、その気がなくてもわりと『産声』を漏らしやすいのが【星の欠片】である、ということに間違いはあるまい。

 ……その前提の上で、『コングルアント』は最初から最後まで『産声』の気配がない。

 本当に君今励起状態なの?……って疑問に思うくらい、この存在は世界に主張をしないのである。

 

 

「で、それがなんでだろうって思ってたんだけど。……多分、全部自分の中で完結しちゃってるんだよね」

「……どういうことだ?」

「本来外に漏らすもの・もしくは漏れてないとおかしいものを、理由や理屈はどうあれ一つの器に押し留めてるってこと。その結果、不変性がヤバイことになってる」

「はぁ?」

「具体的には──ん、これがいいかな」

「え、ちょっとアンタなにを」

 

 

 その理由は、かの【星の欠片】が器の保護を最優先にしているため。

 その結果として、彼女は()()()()()()()()()()()()ものになっているのである。

 

 ……とはいえ、口頭だけだとわかり辛いと思うので実践。

 おもむろに立ち上がった私は、そのまま両手を腰だめに構えて。

 

 

「かー、めー、はー、めー」

「ちょっ」

「なに考えてんだコイツー!?」

 

 

 ちょちょい、っと虚無を弄って気を集中。

 結果、両手の間に掻き集められて行く気の塊は青く輝き、周囲を照らし始め。

 

 

「はぁーっ!!!」

「やりやがったー!!?」

「って、え????」

 

 

 次の瞬間、収束されたそれは私の手から真っ直ぐに──しのちゃんに向けて放たれる。

 それは過たず彼女に突き刺さろうとして──しかし、その前で不自然に掻き消える。

 あとに残されたのは、不思議そうに首を傾げるしのちゃんだけだ。

 

 

「──とまぁ、こんな感じに『攻撃の無効化』とか発生してるってわけ」

「……もっと穏便な手で試せー!!」

「いでぇ」

 

 

 なお、その結果みんなから拳が飛んできましたが、私に攻撃の無効化とかついてないんだから加減してほしいなって()

 

 



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余計のことそうなるフラグである()

「いえまぁ、事前に攻撃されることは窺ってましたので」

「ええ……」

「マジかよ……」

こういう(動じない)部分も知ってほしかったからやったんだよ、別に考えなしにやったんじゃないよ」

 

 

 あれだ、周囲からの変更の拒絶は彼女の全てに適応される、ってことを分かりやすく説明しようと思うとこうせざるを得なかったというか。

 

 ……ってなわけで、しれっとしているしのちゃんの反応を見てドン引く面々と、そんな彼らを見てうんうんと頷く(ボコボコの)私でありましたとさ。

 うん、身体的な変化の無効ならともかく、精神面の揺れすら無効にするのは大概というか?

 

 なお、それだけだと器の精神を凍りつかせているようなものなので、実際にはしのちゃんに不利益になりえない感情の動きは無効にならないらしい、と付け加えておく私である。

 

 

「じゃないとしのちゃんが精神的にヤバイ人になった、ってことになりかねないからね!」

「いや、精神面を考慮しなくても大概ヤバくないコイツ?」

「一応、なんでも防げるわけじゃなくて『星女神』様とかなら突破はできるよ?」

そこが議論に入ってくる時点で大概なんだよなぁ……

 

 

 それは確かに(真顔)。

 もし仮に『星女神』様の干渉を弾ける存在がいるとすれば、それは最早誰もどうにもできないなにかってことになるからね!

 そんな怖いものがいたらヤバイよね!ああでも確か『逆憑依』の元締めってそういうタイプだっけ?じゃあヤバイね、HAHAHA!!

 

 ……はい(急に落ち着くやつ)。

 その辺りの戯れ言はともかくとして、現状のしのちゃんが色々特殊な状態になっている、ということは確かな話。

 ゆえに、見た目は完全に……完全に?一般人だけど、彼女にはこのなりきり郷での生活を受け入れて貰おう……という話になるのでしたとさ。

 

 

「あ、はい。承りました」

「即答した!?」

「いえまぁ、環境を変えたいとは常々思ってましたので」

 

 

 ただなぁ……こう、俄に漂う闇深案件の香りがなぁ……。

 具体的にどう闇深なのかはわからないけど、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()ことと、()()()()()()()()()()()()()姿()程度で『逆憑依』の判定が出っぱなしになって尚且つ釣り合う、なんて事態に派生するのかどうか、というか。

 

 これが例の掲示板でなりきりしてたことがあるー、とかならそこまで気にする必要もないんだけど、しのちゃんに関してはそういう遊びは一切したことがない、って話だったからなー。

 無論そういう遊びに理解がないってわけじゃ無さそうだったけど、それでも別に積極的にシノンの真似とかしてはいなかったし。

 

 そう考えると──どこか別の部分で、二人に似ていると判断される要素があった、ということになるわけで。

 ……闇深前提で行くと『誰かをやむを得ず銃で撃ったことがある』とか『研究対象の誰かを連れて逃げ出したことがある』……とか?

 

 

「……ないな!」

「なにがないんだよ?」

「いやこっちの話」

 

 

 いくら闇深案件とはいえ、そんなもの世間に大っぴらに転がってたら怖いわ!

 

 一応どちらも同じタイミングの出来事、と考えると一つ答えが浮かび上がらないでもないけど、その場合しのちゃんどっかの秘密組織の一員だったとかって話になるわ!

 いくら私たちが荒唐無稽の産物とはいえ、そういう方面での非日常はあり得ないのだわ!!

 

 ……みたいな感じのことを脳内で思考した結果の『ないな』宣言だが、そんな私の脳内思考が読めるわけではない周囲の反応は『こいつまたなにか変なこと考えてやがるな?』的な呆れを含んだモノなのであった。

 いや、そんないつでも私が変なこと考えてる、みたいな反応は酷くな……いや酷くないな、私の思考は大抵エキセントリックだったな。

 

 

「ゆえに無罪!やったな君達寿命が伸びたぞ!」

「そうなんですか。とても嬉しいです」

「…………終始こんな感じだから、みんなしのちゃんのこと気にしてあげてね(真顔)」

「お、おう……」

 

 

 この流れで困惑でもツッコミでもなく肯定が飛んでくるの怖いよ……。

 

 そんな『しの恐怖』を味わったハセヲ君以下数名は、流石に彼女の怖さに気付いたのか思わずちょっと引きながら頷いてくれたのだった──。*1

 

 

 

 

 

 

「まぁ、怖さ云々だと他にもまだ警戒するべき部分があるんだけどね」

「まだなにかあんのか……」

 

 

 さて、しのちゃんの精神面での異常……というとあれだが、ともかく彼女の怖い部分について理解が深まったところで、次の話。

 こっちは、彼女の持つ【星の欠片】──仮称『揺れない天秤(コングルアント)』についての諸注意である。

 

 

「諸注意……?今の話以外になにかあんの?」

「基本的に自対象で、外に影響をもたらさず周囲からも影響されないってのが『揺れない天秤』の性質だけど、さっきのやり取り思い出してよーく考えてみて?」

「んん……?」

 

 

 ポイントは、さっきの実践。

 彼女の動じなさ、及び被害の無効化についての部分。

 これは()()()()()()()()()()()()()()()という性質があるわけだが……これは一体()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう?

 

 

「誰って、本人じゃないんだから能力……って、あ」

「まぁそういうこと。……意志疎通の手段がない『揺れない天秤』自体が勝手に判断して処理してるってわけ。問題なのは、向こうからこっちに伝える手段はないけど、こっちの行動を相手が受けとる──言い方を変えるとこっちから伝える手段はあるってことの方」

 

 

 そう、彼女への悪影響云々というのは、恐らく『揺れない天秤』側が勝手に判断して処理しているもの。

 そして尚且つ、今しがた私がかめはめ波を撃って防がれたことを考慮すると、その判断は()()()()()()()()()()()()()モノである、ということにもなる。

 

 そうするとどうなるのか。

 答えは単純、周囲の行動如何によっては、現在問題ないと判断されているものでも問題あり、と認識される可能性があるということ。

 ──わかりやすく言うと、なりきり郷存亡の危機である(いつものこと)。

 

 

「どう判定したのか、が向こうから伝えられない以上、『そうはならんやろ』みたいな判定になる可能性は十分にあるってわけ。具体的には(あつもの)()りて(なます)を吹く、みたいな?」*2

「ああなるほど、地形効果でダメージを受けそうになった結果、()()()()()()()()()なんて飛躍をしかねないってことか……」

「その場合、重力に引かれて落っこちるのも悪、みたいな感じで本人は宙に浮いて無事……とかになりそうね」

 

 

 代わりに周囲のものは全部奈落の底に真っ逆さまだが。

 

 ……いやまぁ、出力的にそこまでやれるのか、みたいな疑問はあるけど、いきなり全部の床を消滅させるのが無理でも()()()()()()()()みたいなことはできてもおかしくはない。

 そうなると、なりきり郷が安全じゃないと判断された途端に、じりじりとなりきり郷のリソースを削り取っていく無効化空間が発生する……なんて憂き目にあう可能性大なのである。

 

 

「そうならないためにも、しのちゃん相手には基本変な対応をしないように……って、なにその視線は」

「いやだって……」

「今しがたやらかしたやつが言う台詞か、それ」

「私はいいのよ。あとアクアとオルタも」

「……はい?」

 

 

 なお、その注意を聞いたハセヲ君とキリトちゃんは、即座にこちらに視線を向けて来たのだった。

 ……多分さっきのかめはめ波の話をしているのだろうが、生憎私とアクア・オルタに関しては話が別である。

 

 

「なんでだよ?」

「いや寧ろ、この三人を選んだ時点で答えなんて明白でしょ」

「……ああ、【星の欠片】だからか」

「キリトちゃんご明察~」

 

 

 そう、『揺れない天秤』の拒絶はそもそも【星の欠片】相手には無効なのである。

 ……一応正確に言うのであれば、【星の欠片】だからこそ無効であるというよりは私たちの性質的に無効にできる、というのが近いのだが。

 

 

「【レーヴァテイン】は世界の破壊者だからそういう拒絶空間を破壊するのは大得意。私の場合はそもそも【星の欠片】の基本原理『自身より小さいものには対処できない』でスルー可能ってわけ」

「三番目だものね、下から数えて」

 

 

 雑に説明するとそんな感じ。

 見たところ『揺れない天秤』は【星の欠片】としてはそこまで虚弱……通常の比較的に言い直すと強力であるとは言い辛い。

 なので【レーヴァテイン】は防げないし、格の問題から私のことも塞き止められない。

 

 なので、私たちに関しては『揺れない天秤』を気にする必要はない、という話になるのであった。

 ……いやまぁ、そもそも【星の欠片】は攻撃の意志がないので脅威とは認知されないだろう、みたいな話もあるのだけれど。

 

 

「それでもまぁ、余計な干渉を防ぎたいって視点からすると、極力他の【星の欠片】は弾きたい……ってなるのはわからないでもないし、そうなるとその意志を無視して触れるのは同格未満(かくうえ)、ってことになるんじゃないかなーと」

「その辺の感覚は俺達にはわからねぇけど……まぁ、問題ないならそれでいいんじゃねぇのか?俺らが気を付けるべき、って話には関わらねぇわけだし」

「そだね。一応もし仮に暴走することがあったら私たちに連絡してね、って知らせておく意味合いもなくはないけど」

「……基本的に暴走とかしないんじゃないのか?」

「保険よ、保険」

 

 

 自分だけで完結している節のある『揺れない天秤』なので、暴走する可能性は限りなく低い。

 先の『地形ダメージにびっくりして地形を否定する』というのも、起こりうる問題として一番警戒すべきパターンを抜き出しただけであって、極論ダメージ床みたいなところ──溶岩地帯とか毒沼とか──に近付かなきゃ問題ないのも事実。

 

 なので、これらの話はどちらかと言うと、しのちゃんと初めて関わるだろう相手への諸注意……みたいな話に落ち着くのであった。

 そもそものマナーとして、相手に失礼となるようなことをしない……っていう当たり前の話とも言う。

 

 

「なるほど……つまり新しいとして、よく面倒を見ろということですね!」

「そうそう新しい妹として……なんて?

「しのちゃん!アクアお姉ちゃんですよ!」

「……?アクアお姉さん?」

……………………ッ!(感激に打ち震えている)

「一気に空気がおかしくなったんだけど、どうすんのよこれ?」

「わ、笑えばいいんじゃないかな……」

 

 

 ……そういえば、周囲の拒絶ってある意味防御なのか。

 人間城塞みたいな防御力、となればアクアが反応するのも仕方のない話だったのかもしれない。

 なんなら彼女の影響を拒絶できない理由も先ほど説明してしまったし、しのちゃん妹化は予想してしかるべき話だった……?

 

 思わず宇宙猫になった私たちだが、それで終わらないのがなりきり郷。

 後日、このやり取りはゆかりんへと提出されることとなり、彼女以外の他の面々すら思考を宇宙に招くことになるのだが……今の私たちは、そんな当たり前のことに気が付くこともなく、アクアとしのちゃんのやり取りを眺める羽目になったのであった……。

 

 

*1
ハセヲの異名『死の恐怖』を捩ったもの。元々は彼の原作における『志乃』の怖いところ、みたいなものを読みが同じとうことに引っかけて『志乃恐怖』としたことから発生したもの。お姉さんを怒らせるのは止めましょう()

*2
『楚辞』の九章の一節『懲於羹而吹韲兮、何不變此志也』から。『膾』と『韲』で言葉が変わっているが、どちらも冷たい食べ物であることは同じ(『膾』は生肉の刺身、『韲』は和え物のこと)。肉や野菜を煮込んだ熱い汁物である『羹』を食べた時に酷い目にあったので、冷たい食べ物である『膾』や『韲』を食べる時にも熱を冷ますように息を吹き掛ける様を指し、そこから『失敗を悔やむあまり必要以上の対策を取るようになる』こと、『無意味な心配をすること』というような言葉として使われるようになった



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初体験イベントがこんなので大丈夫か?

「……途中で正気に戻って良かったわね、私達」

「あのまま放置してたら、しのちゃんがぬリリィみたいになるところだった……」

「あの年頃のやつにやらせる服装ではないわよね、マジで」*1

 

 

 いやまぁ、リリィがあれを着てるのも大概あれなのだが。

 

 ……ともあれ、アクアの暴走を止めたのち、現地解散となった私たちは現在ゆかりんルームから離れ帰宅中。

 とはいっても、時刻的にそのまま帰るには早すぎるため、向かう先はいつもの(たむろ)場所……もといラットハウスなのだが。

 

 

「どうせみんなに紹介しないといけないし、だったらラットハウスが一番手にピッタリだよねー」

「まぁ、なんだかんだと駆け込み寺みたいになってるしね、あそこ」

 

 

 ライネスからは文句が上がりそうだが、新人とかをとりあえず連れていく場所としては最適というか?

 

 ……まぁそんなわけなので、しのちゃんを連れての行軍となっているわけなのであった。

 なお当のしのちゃんだが、今はなりきり郷内を興味深そうに見回している最中である。

 

 

「随分見回してるけど、なにか気になることでも?」

「ええと、ここに入ってくる時ビルを経由したでしょう?そこからさらにエレベータで下に降りて……って感じだったから、幾らなんでも広すぎるなーとか明るすぎるなーとか、色々考えちゃって……」

「……まぁ、言われてみればそうよね。ここって地下なのよね……」

「んー?オルタまでなに当たり前のことを言い出すのやら」

 

 

 いやまぁ、私たち側が今の環境に慣れすぎている、という可能性もなくはないけど。

 

 そう、なりきり郷は立地的に地下。

 しかもビルの真下、という限られた範囲を空間拡張技術などを用いて広げて利用しているという、ある意味不安定極まりない状態。

 

 ……ゆえに、しのちゃんがその辺りを変に把握してしまった結果、地下世界の崩壊を招く可能性を危険視されていたわけなんだけど……。

 今の彼女の様子からすると、危険云々よりは不思議だなぁという気分の方が勝っている、という感じだろうか?

 

 まぁ、変に危ないと思われるよりはまだマシなんだけど、なんというか【星融体】になってからの彼女、なんだか幼女っぽい気がしてなんとも不安になるというか……。

 あれだ、アクアもなんか変な方向()に弾けてるし、【星融体】って感情方面で変なことになるっていう共通点でもあるのかも、という疑念が浮かんできてしまう……みたいな?

 同じく【星融体】であろうユゥイも大概あれだし。

 

 

「む、変なこととは失礼な。私は単に妹達を守り育てるためにですね?」

「あーはいはい、その辺りの話は耳タコだからそこまでにしてー。……とりあえずラットハウスに着いたから、続きは中に入ってからってことで」

 

 

 途中、変なの扱いされたアクアから抗議の声があがったが……無辜の姉は変なの扱いが妥当だよ、としか言えない私である。

 

 ともあれ、目的地にたどり着いたので話を止めて店内へ。

 ……そうして無造作に中に入った結果、思わず目が点になった。なんでかって?

 

 

「いらっしゃいませー……って、なんだキーア達か」

「なんだとはご挨拶な。……ところでその格好は?」

「ほら、そろそろホワイトデーだろ?だから男性店員達はスーツ着てご奉仕……みたいな感じらしいぜ?」

川´_ゝ`)「服が似合っていてすまない」

「それは別キャラのミームでは?」*2

 

 

 店内の男性店員達が、みんな普段とは違う服を着てたからだよ!

 

 具体的にはスーツなのだが、特に変化が大きいのがウッドロウさんである。

 彼は原則コックなので服装もそれに準じたモノなのだが、今日の彼は今しがた述べた通りスーツ姿なのだ。

 ……もし仮にチェルシーちゃんが居たら、目がハートになってそう(小並感)*3

 

 

「実際初恋泥棒じゃない。こんなの劇物指定じゃない」

「おおっとアウラ、いたんだ」

「いたんだもなにも、アンタがここに行くように指定したんじゃない」

 

 

 そんな風に思わず感心していると、店内から聞き覚えのある声が。

 視線をそちらに向ければ、ココアちゃん達と同じようにラットハウスの制服に身を包むアウラの姿があった。

 そう、彼女は色々あった結果ラットハウスの居候になったのである。

 

 

「アウラ、お前の前にいるのはお前の行き先を告げるものだ」

「わざわざネタに合わせて言う必要ないじゃない」

 

 

 みたいなやり取りの結果、彼女はここの所属になったのだが……見た感じ上手くやってるらしい。良かった良かった。

 

 

「よく言うじゃない。もし仮に私が暴走したら?……っていう問いに対しての最適解を設置しておいてどの口じゃない」

「ああ、なんでここに行かせたのかって思ってたけど……そいつの右手目的だったのね」

「仮に『服従させる魔法(アゼリューゼ)』されても、上条さんならなんとかなるからねー」

 

 

 いやまぁ、一応右手で頭を触るという過程はいりそうな気もするけども。

 

 ……ともかく、特殊な能力を持つがゆえに危ない、みたいな相手を監視するなら上条さんが最適なのは間違いないだろう。

 無論、彼との会話の結果精神が安定するならそれに越したことはないが。一種のカウンセラー扱い的な?

 

 

「生憎上条さんはそういうのとは無縁の生活なのですが?」

殴ったり(おはなし)して最終的に仲間にしたりしてるでしょ」

「偏見だー!!」

 

 

 不幸だー、みたいなノリで叫ぶ上条さんに苦笑を返しつつ、いい加減入り口に留まるのもあれなので席に移動する私たちである。

 

 店内の装飾はどことなくホワイトデーを想起させるものとなっており、先月のバレンタインといいイベントごとに積極的なラットハウスの気質をよく表しているとも言えるだろう。

 そんな空気を感じながら席に着けば、メニューの方もホワイトデーっぽいものになっていることに気付く。

 具体的には執事が目の前で入れてくれる紅茶、みたいな感じのモノが並んでいるというか。

 

 

「……執事喫茶かな?」

「まぁ、ホワイトデーらしさというのも中々難しいものだからね。我が兄上殿が居るのであれば存分に使い回すところなのだが、生憎とここには居ないし」

「おっとライネス、もしかして今日の料理は?」

「私……と言いたいところだけど、生憎調理はトリムマウだよ」

「ぴっかぴかぴー」*4

 

 

 思わず私が感想を呟けば、調理場の方から聞き覚えのある声。

 ここの主であるライネスが奥から出てきたため、今日は彼女が料理人役なのかと思ったのだが……ふむ、実際にはピカチュウ(トリムマウ)が作っているらしい。

 まぁ、彼自体もスーツ姿なので、本来は表に出ることを想定しているのだろうなぁ、という感じではあるのだが。

 

 なお、ピカチュウの姿に関しては右手のフライパンがよく似合っていた、とだけ告げておく。*5

 

 

 

 

 

 

「ホワイトデー大会、ねぇ?」

「去年の君達、あれこれやってただろう?あれから『ホワイトデーも騒ぐべきでは?』みたいな主張が上がったみたいでねぇ」

「おおっと、まさかのやぶ蛇だった」

 

 

 トラブル(イベント)のきっかけが私たち、とかそれ後から詰られるやつー。

 なのでイベントの是非については特に語らず、あくまでイベントそのものの話に移行する私である。

 

 で、今回のトラブルについてなんだけど。

 なんでも、去年私たちがやったホワイトデーのパーティに感銘を受けた面々が、今年はそれに負けないようなイベントをやろう……と発起したらしい。

 

 結果、生まれたのがホワイトデー対抗イベント。

 参加者を募って最高のホワイトデーを演出しよう、という大層頭の悪い企画なのであった。

 

 

「そもそも最高のホワイトデーとは?基本的にバレンタインの返礼、って意味合いが強いんだし、らしさとか定義できなくない?」

「だからまぁ、そういうところも含めて競う……みたいな話になってるみたいだぜ?俺の服装もそういう意味のものだし」

「ええー……」

 

 

 ホワイトデーを競うってどういうこっちゃ(真顔)

 もうこの時点で企画の迷走を感じないでもないが、それでも強行されてしまう辺りがなりきり郷がなりきり郷たる所以というか。

 

 ともあれ、去年の賑やかさに負けなければなんでもいい、とばかりに参加者を募ったホワイトデーイベント、参加者は多く今のところ好評だとかなんだとか。

 

 

「そういうわけだから、君には他所の施策を調べてきて欲しいんだよね」

「どういうわけ???」

「ほら、君って実質的にラットハウスOBみたいなものだろう?」

「うーん否定できない……」

 

 

 後輩(マシュ)後輩(BBちゃん)とアウラが所属してるしなぁ……。

 なんでそこで私の名前を出したじゃない、もしかして私を忙殺しようとしてるじゃない……とかなんとか苦言を発するアウラをスルーしつつ、ライネスの言葉に渋々頷く私。

 

 確かに、身内が複数所属しているのだから私もここの所属のようなもの。

 ゆえにライネスから頼まれれば断り辛い……のか?本当に?

 

 微妙に疑念を感じつつ、けどまぁ別になにか他の用事があるわけでもないので彼女の頼みを聞くことにした私であった。

 なお、現在の同行メンバーはそのまま継続である。

 

 

「えっ」(寝耳に水、という顔のキリト)

「…………」(だろうな、って感じでフォークを咥えて半目になっているハセヲ)

「?」(よくわからない、とばかりに首を傾げるしの)

「…………」(マジで言ってんのコイツ、みたいな渋い顔をしているオルタ)

「よくわかりませんが、姉の力が必要なら協力は惜しみませんよ!」(いつも通りのアクア)

「意志が全く統一されてないじゃない」

「アウラ、お前もついてこい」

「!?」

 

 

 いや、なんか暇そうだしラットハウスからの同行者一人くらい必要だったし?

 

 ……というわけで、急遽他所のホワイトデー施策を調査する旅が始まるのであった。

 

 

*1
『ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ』及びその服装のこと。見ればわかるがわりと無茶苦茶な服装をしている。まぁ、彼女の友達であるジャック・ザ・リッパーも大概なのだが

*2
すまないさんことジークフリートのこと。最近はあまり言わないのでちょっと寂しい初期勢である

*3
『テイルズオブデスティニー』のキャラクター『チェルシー・トーン』のこと。ウッドロウに恋心を抱く弓使いの少女

*4
料理屋的に動物が料理するのってよくねぇんじゃねぇかなー

*5
公式で色々着てたりするおしゃれなピカチュウである



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おいホワイトデー祝わねぇか?

「調べるとは言うけど、具体的に何処に行くじゃない?」

「そうだねぇ、片っ端からあちこちの店に突撃するのが一番かなー」

「マジで言ってるじゃない……?」

 

 

 はてさて、いつもの見慣れた服装にアウラが着替えてくるのを待っていた私たちは、ラットハウスから出てきた彼女を連れつつ街を散策中。

 当初危険視された「しのちゃんからアウラへの印象」問題も、今のところは大丈夫そうである。

 まぁ、仮にも魔王たる私がずっと一緒にいて判定が出てないんだから、大丈夫だとは思っていたのだけれども。

 

 

「でもほら、同じ【星の欠片】だからその辺の判定が甘い可能性は否定できないじゃん?」

「それで私が攻撃されてたら目も当てられないじゃない……」

 

 

 まぁ、アウラが【顕象】……【兆し】関連だからスルーされてる、って可能性も十二分にあるわけだが。

 

 つまりリアル魔族がいたらしのちゃんの反応がヤバくなる可能性がある……?

 いや、リアル魔族てなんやねん、という別方向のツッコミに発展するんだけどね、その場合。

 

 

「ただそれもそれで、キリアみたいな他所からの来訪者のことを思うと、わりと笑い話にすらならなくなるんだよねぇ」

「一つ見つかったのなら二つ目が見つかる可能性は大いにある、ってことか……」

「そうそう」

 

 

 無論、可能性で物事を語る以上、『ありえない』と切って捨てられるものはほとんどない、ということも自覚しないといけないわけだが。

 例え一パーセント未満の出来事であれ、それを無数に集めたサンプルに突っ込めば実現性は普通に出てくる……というのは、寧ろ私たち【星の欠片】こそが真っ先に考慮しないといけない話なのだし。

 

 なのでここでの正解は『今のところは見つかってないんだから知ーらね』である()

 

 

「投げ槍過ぎやしねぇか……?」

「全ての道先を未来視で知ってて自由に切り替えられる……みたいな話ならともかく、そうじゃないんなら未来という未知に対して構えすぎるのが間違い、ってのは本当の話だからね。ある程度気を緩めるくらいで丁度いいのさ」

 

 

 神ならぬ我が身では、みたいな話というか。

 ……いやまぁ、これを(星の欠片)が言うのは正直アレなのだが、とはいえ完全に・完璧に未来を知ることができる存在、なんてのは存在しえないので仕方ないというか。

 少なくとも、今見え無いものが正確には()()()()()()()()()である以上は……みたいな?

 

 

「まぁ、その辺りの話は面倒臭いし最終的に『星女神』様の領分になるから投げるとして。とりあえず何処に入る?そこら辺の喫茶店とか行っとく?」

「流石になにも頼まないのに料理屋系統に入るのはなぁ」

 

 

 長くなりそうな話は放置するとして、改めてこの散策の目的に戻る私。

 他所のホワイトデー施策を観察する、というのが今回の役目だが、それには店内に侵入する必要がある。

 

 必然怪しまれるわけで、そこら辺をごまかすにはちゃんとした客に偽装する必要があるだろう。

 となると、料理屋ならなにかしら料理を頼む必要がある、ということになるわけで。

 ……さっきラットハウスで早めの昼食を摂ったばかりの私たちにとって、その選択は中々にハードだと言えるだろう。

 

 

「アクアなんかはわりと食べる方だけど、かといって彼女だけに偵察を任せるのも……ねぇ?」

「単に飯食って出てくるだけならいいけど、もし仮に妹増やして出てきた日には私は切腹するわ、責任を取って」

「な、突然なにを言い出すんですかオルタ!?妹は妹ですよ、増えて困るものじゃないんですよ!?」

「んーこの会話の通じてない感」

 

 

 一人だけ、今からでも追加の料理が入りそうな人間がいないでもないが……彼女の場合は追加の(悪)影響を思うと一人で行動させるのはNG。

 となれば誰か一人お目付け役を同行させる必要が出てくるのだけれど……オルタはそもそも自分に止められると思ってないのでNG、他二人(ハセヲ・キリト)も相性が良くないので無理。

 

 つまり、私がしのちゃんを付けるしかない、ということになるのだけれど……流石に彼女に付きっきりで・かつ二人だけで行動するのは御免願いたい。

 何故かと言えば、私の見た目が問題だった。

 ……うん、今銀髪なんだよね私。なんなら幼女なんだよね見た目の区分。

 ───邪リィルートまっしぐらやんけ!!

 

 

「一応姉ビームには対抗できると思うけど……流石に周囲の空気感までそっち方面に持ってかれると困る。知ってるとは思うけど、私(キリア)方面でそういうの(洗脳系)あんまり得意じゃないから」

「なにをそんなに心配してるんですかキーアちゃん!お姉ちゃんがついてるので大丈夫ですよ!」

「ほらね」

(滅茶苦茶怖がってる……)

 

 

 流石に前の時ほどそこら辺の耐性がないってことはないと思うが、とはいえ一度植え付けられたトラウマがそう簡単に拭えるものか、というのも事実。

 

 ゆえに、こうして自身を家族ですよ、みたいな感じで迫ってくる相手は地味に苦手なのである。

 気付いたら(キリア)とか(アクア)とか母親(ユゥイ)とかにされてそうで怖い(真顔)

 

 そんなわけなので、できればアクアと一緒に行動というのは勘弁願いたい。

 ……となるとしのちゃんに任せるのか、という話になるんだけど……。

 

 

「一見すると最適っぽいんだよね。『揺れない天秤』相手に姉ビームだの母ビームだのはまず効かないだろうから。ただ……」

「ただ?」

「アクアをヤバイ奴(へんしつしゃ)判定されるとすっごい困る。とても困る」

「ああ……」

 

 

 方向性的には『メカクレスキー』成分最大発揮状態のバーソロミュー、みたいな?

 こう、危険性はないんだけど正直言ってキモい()みたいな藩邸になると、結果として『自身に恐怖という脅威をもたらす相手』として判定されかねないというか。

 

 もし仮にそうなった場合、さっきのなりきり郷が滅ぶ云々の話に飛び火しかねないので、実際のところは絶対に二人きりにしてはいけないタイプの組み合わせなのであった。

 なお、当のアクアからは『もう、お姉ちゃんをなんだと思ってるんですか!』とお怒りの言葉が飛んできていた。そういうところだよ(白目)

 

 

 

 

 

 

「最終的に料理屋は全部後回し、って感じで決着しましたね」

「それがいいじゃない。変に会話バトルになっても面倒じゃない」

「お、いいこと言うね。流石は自分が主役のエピソードが作成されることが決定するだけのことはある人気キャラ!」

「なんか皮肉言われてるみたいで嫌じゃない……」

 

 

 というか、本当に人気過ぎじゃない私?*1

 ……と首を捻るアウラである。一応区分的には単なる中ボスみたいなもんなんだけどね?

 

 なんてことを駄弁りつつ、やってきたのは百貨店。

 複合施設としてなりきり郷内でも最大級となるこの店舗は、それゆえに内部に集められたテナントも膨大なものとなっている。

 

 

「だからこそ、ここを調べることでサンプルをたくさん手に入れられるってわけじゃない」

「まぁ、個店舗と比べるとやれることが限られたりするから、あくまでサンプル扱いだけどね」

「その辺はテナントってそういうものだから仕方ないじゃない」

 

 

 洋菓子店や服飾関係、貴金属類に小物、食料品に趣味用品……。

 幅広く取り揃えられているのは、それだけテナントが集合しているからこそ。

 ゆえにサンプルをとにかく集める用途には向くが、同時に単なるサンプルにしかなり得ないという弱点も含む。

 イベントやるならやっぱ実店舗の方が制約少ないからね、仕方ないね。

 

 ……なんて前提を共有しつつ、店内に入った私たちは人の流れに沿うように通路を進んでいく。

 ホワイトデーフェア開催中、ということもあってどうやら人の流れが集中するのは洋菓子店などの食料品店が多いようだ。

 無論、服飾関連や小物類の方にも流れていく客足は多い。

 

 

「ただなんというか、お客に女性が多すぎない?」

「……ああそうか、企業側は基本商品の提供元だから、本来ならモノを買いにいくのは男性になるはずなのか」

「それにしちゃあ、やけに黄色い声ばっかりな気がするんだが……って、あ」

「あ?……って、あ」

 

 

 多いのだが、同時に客層が女性ばかり、というのも気になるたころ。

 

 ホワイトデーが男性から贈り物をする日、とするのなら本来ここで人波を構成するのは男性のはず。

 企業からモノを贈るのではなく、()()()()()()()()()()()()のが普通のはずなのだから、ここで女性が客層の大半を占めるのはおかしい……みたいな疑問から首を傾げた私たち。

 

 それからそう時を置かず、ハセヲ君がなにかに気付いたように声をあげたため、みんながつられて彼の視線の先を追うことに。

 

 彼が見ていたのは、客足が向かう先──言い換えればこの波の終点。

 どうやら上の方に視線を向ける限り、そこはとある洋菓子店──数あるテナントのうちの一つが店を構える場所のよう。

 店名を示しているのだろう装飾から視線を下にずらせば、ガラス越しにパティシエが調理を行う姿を眺められるようなスペースが目に入る。

 周囲の女性客達は、どうやらそのガラス越しのパティシエをお目当てに集まっている様子であった。

 

 私たちが思わず声をあげたのは、そこで調理を行う相手に見覚えがあったため。

 そう、私たちの視線の先──ガラスの向こう側で洋菓子を次々に作り上げていたのは。

 

 

「……なぁ医者のロー君よぉ、なんで俺はこんなところで自分が食べられるわけでもない洋菓子を作る羽目になってんだ?」

「んなもん決まってんだろうが、お前が血糖値がやべぇって泣き付いて来たんだろうが」

「それがなんでこうなるんだよ……」

「自分が食べられない洋菓子を前に忍耐を鍛える訓練」

「ダイエットぉぉぉぉっ!?これダイエットのノリなのぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 

 ツッコミの声と共に、周囲から黄色い声があがる。

 ……うん、彼と言えばそうだよね。そりゃそうなるよね……みたいな気持ちが胸中を埋め尽くすが、とはいえそれで終わらせるわけにもいかない。

 なので仕方なく、みんなを代表して私が声を掛けたのだった。

 

 

「……なにやってるの銀ちゃん」

「なにっておめぇ、無償奉仕……ゲェーッ!!?キーアッ!!?

「俺もいるぞ」

 

 

 二人──ロー君と銀ちゃんは、ガラス越しにその存在感を周囲に振り撒いていたのだった……。

 

 

*1
4/17に発売予定の『葬送のフリーレン』のノベライズのこと。五つの話が収録される予定だが、そのうちの一つがアウラの前日譚になるとのこと



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実は意外と盛り上げるのが難しい

「はぁ、バレンタインでチョコを食べすぎたと?」

「まさかカエル顔の医者に『うん、このままだと君は死ぬね?というか寧ろ今死んでないのが不思議なくらいだね???』なんて言われる羽目になるとは思ってなかったというか……」

「あの人にそこまで言われるの、わりと驚愕なんだけど」

 

 

 それもはや、血液がチョコになっていたとかそういうレベルなのでは?

 

 銀ちゃんの糖度レベルがまさかのレベル六(SYSTEM)の領域に達していたのかもしれない……という事実に驚きつつ、でもまぁこの糖分狂いのことならありうるなぁ、と小さく頷いてしまった私である。*1

 なお、ここでいうレベル六とは至高の領域……即ち天に至るような話、という意味である。

 無論『命の危機で天に昇りそうになっている』方の、だが。

 

 

「お、俺もまさかの絶対能力者か。だったら摂取した糖分に牙を剥かれないようにしたいもんだが」

「勘違いしてるようだから言っとくけど、貴方は単なる器だから」

「……あれ?俺もしかして遠回しに糖分に弄ばれてる、って言われてる?」

「遠回しでもなんでもなくそうだが???」*2

 

 

 というか、現代人は誰一人として糖分に勝ててないが???

 ……的な、レベル六になるのは糖分そのもの(糖分に踏み台にされてるの)だというツッコミを返しつつ、今度はロー君の方に向き直る私である。

 

 なお、一応念のために説明しておくと、現在の私たちの位置はさっきのお店の裏手。

 表に集まっている女性客からは見えない場所となっている。

 何故かといえば、あのまま表で話してたら営業妨害になりそうだったから、というところが非常に大きい。だって、ねぇ?

 

 

「まさかあの女性客のほぼ全てが、ロー君と銀ちゃん目当てに集まってるとは思わなかったんだもん……」

「そう?寧ろそれ以外にないと私は思ってたけど」

「実装イベで趣味に走りまくってた人は言うことが違いますなぁ」

なななななにを言ってるのかさっぱりわからないわ私ぃ↑*3

 

 

 あそこに集まっていた女性客、みんなロー君と銀ちゃん目当てだったんだもの。

 

 ……いやまぁ、言われてみれば確かにって話なんだけどね?

 

 ロー君はワンピースきっての人気キャラ、臨時麦わらの一味として長い間一行に加わり続けたことでその人気は天井知らずで高まっており、迂闊に死亡でもした日にはネットが大炎上しかねないレベルの存在だし。*4

 銀ちゃんの方も腐ってもジャンプ主人公、意識しないとそうは思えないが、要素だけ抜き取ると『決める時は決めるタイプの銀髪キャラ』、人気の出ない要素がないタイプのキャラである。

 

 

「つっても、別に嬉しいことばかりってわけでもねぇんだけどな」

「おおっと、私はイヤな予感がするからそれ以上喋らない方がいい、とだけ忠告しておくよ」

「お、おう?」

 

 

 ただまぁ、要素だけ見て中身を見てない人もいる(できる限り穏便な表現)……的なことを彼が思っていそう、みたいなことも読み取れたため、それに関して銀ちゃん本人の見解を話すことは止めさせたのだが。

 ほら、余計な火種は起こさせないに限るというか?*5

 

 

「その発言を聞かれた時点で大問題だとは思うがな。……ところで、アイツは大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。去年よりさらにパワーアップしたリリィからの贈り物に対抗するため、エミヤんに徹底指導を受けた今のハセヲ君なら、私たちが会話する時間を捻出することくらい朝飯前だよ」

「なるほど……(去年のあれよりヤベェことになってんのか……)」

 

 

 そんな私の言葉に反応したロー君は、しかしてそれだけに留まらず表の様子を気にしたような言葉を返してくる。

 具体的には、彼らがこうして抜けた穴を一人で補填しているハセヲ君に対しての心配の言葉だったわけだが、私はそれが要らぬ心配であることを知っていたため、冷静に返事を投げたのだった。

 

 そう、去年の時点でハセヲ君は『お世話になっていますので!』という、天真爛漫なリリィからのバレンタインプレゼント(城型ケーキ)に苦しめられた()身の上。

 ゆえに今年もそれが最低ラインだと定め、(渋々)エミヤんに指導を受けに行ったのである。

 

 その結果、ある程度の調理なら問題なくこなせるようになった彼は、去年なんて豆粒のようなものだった……というある種の絶望に相対することになるのだが……その辺りは長くなるのでまたの機会に。*6

 

 まぁともかく、彼がそのルックスと声と腕前で女性客を魅了していることはほぼ確実。

 なので、安心して私たちは裏で会話ができる、という次第なのであった。

 

 

「……まぁ、アイツも声からして好かれるタイプだからな」

「クラウドさんとかも連れてくれば完璧だね!」

「そうだn……いや待て、なんかイヤな予感がするから止めておこう。具体的には思い出の中でじっとしてられないヤツがやってくる気がびんびんにする!」

「え?ダンブルドアさんが狐耳に?」

「なにそれすっごくみたいんじゃが!?」

「ど、どこから現れたのミラちゃん……」

 

 

 その結果、何故かミラちゃんが現地に召喚される羽目になったが……うん、企業のCMってはっちゃけてなんぼ、みたいなところあるよねとだけ呟いておく私である。*7

 

 

 

 

 

 

「仮にセフィロスが居ようが居まいが、俺には関係ねぇけどな。そもそも他にクラウドいるわけだし」

「止めろぉその名前を出すなぁ!」

「ダンブルドアさんが『名前を言ってはいけないあの人』みたいな扱いになってる件について」

 

 

 キリトちゃんが茶化すように言うが、なりきり郷でそういう冗談は本気に取られるぞ、と返せば途端に真顔になって「ごめん……」と謝ってきたのだった。わかればよろしい。

 

 まぁ、うん。

 ダンブルドア氏はあくまで若い時の声が同じ、というだけなのでそこまで影響は大きくないと思うが、問題は通常時で同じ声のキャラ。

 

 具体的にはリンボのことになるが、奴なら嬉々として狐耳生やして来そうなのでイヤなのだ。

 なんならそのまま『拙僧が悪い狐になったら、貴方は怒って下さりますかな?』とかなんとか多方面に喧嘩を売るような発言をして周囲を更地に変えそうな予感すらするというか。

 なお、この場合の更地とはリンボがやるのではなく、彼の言動にぶちギレた狐系キャラ達にリンチされた結果土地が死ぬ、的な意味である。

 

 

「仮にそうなったらリンボの一人勝ちみたいな感じになるからね」

「ああ、快楽主義……」

 

 

 規格外(EX)やぞ(白目)

 

 ……ってなわけで、脱線していた話を戻して。

 やっぱりと言うかなんというか、ホワイトデーイベントというのは基本的に『男性が女性に対して奉仕する』みたいな形式になるのが一般的、ということになるらしい。

 少なくともこの百貨店内のテナントは、どこもそんな感じでイベントを回していたのだった。

 

 

「どこも凄い女性客じゃない。もしヒンメルがいたら店員側になってそうじゃない」

「うーんそうかなぁ?あの人そういうとこは一途な気がするけど」

「遠回しに働いてる男子を一途じゃないって言うのは止めるじゃない」

 

 

 それ喧嘩売ってると思われても仕方ないじゃない、というアウラの台詞にそれもそうか、と反省する私である。

 

 ともかく、仕事はまだ続くのだという銀ちゃん達に別れを告げて再び観察を始めた店内では、色んな男性キャラクター達が店員として働いているのが見える。

 で、客の方なんだけどどうにもその大半が一般客?に見えるのだが、これはどういうことなのだろう?……というのが現在の疑問であった。

 

 

「なにかおかしいのか、これ?」

「おかしいでしょ、だってここなりきり郷なのよ?」

「……あー、仮に一般人っぽい人が居たとしても、そもそもこんなごった返すほどじゃないと?」

「まぁ、なりきり郷全土の一般人が集まればこれくらいになるかも、みたいなところはあるけど」

 

 

 それって逆に、みんなこの百貨店に集まってるってことになるじゃん?

 ……と付け加えれば、それは確かにおかしいなぁという反応が返ってくる。

 

 そう、現状の不思議は一般女性客の多さにある。

 一応、いつぞやかに見掛けたことのある『モブっぽいなりきり達』というパターンの可能性もあるが……それも流石にここまでの規模だとは思い辛い。

 いやまぁ、『イケメンにきゃーきゃー言うモブのなりきり』なんてニッチな需要がないとも言わないが、それがこれほど集まるものか?……と言われると首を捻らざるをえないというか。

 

 無論、パパラッチとか拝んでる爺さん婆さんみたいなのがありなのだから、彼女達みたいなのも普通に成立するのはわかるんだけどね?

 でもほら、人垣をどこでも形成するレベル、となると流石に疑わしさが勝るというか。

 

 

「なんで、これを異変と取るか単なる偶然と取るかで、これから私たちがするべきことも変わってくると思うんだよね」

「異変かぁ……」

 

 

 それは、これがホワイトデーに託つけた異変なのでは、という懸念。

 そしてそれが正しいのであれば、私たちはもっと本腰を入れてこの事件に向き合う必要性があるという、ある意味当たり前の確認なのであった。

 

 

*1
とある真っ白な人「ンなもンレベル6扱いしてンじゃねェ」

*2
銀時の体に受肉した糖分が彼を依り代に世界に降臨しようとしている、的な意味。呪術廻戦かなにか?

*3
FGOのイベント『ダ・ヴィンチと七人の贋作英霊』のこと。ジャンヌ・オルタの実装イベントにして、今の彼女に繋がる根幹を描いたストーリーでもある(特に作家方面)。当初はちょっとミーハーだったのか、作り上げた贋作英霊達はみな乙女ゲーの登場人物みたいになっていた

*4
実際彼の海賊団の船が沈んだ時は阿鼻叫喚になった

*5
とあるVtuberの末路などを見ればなんとなくわかるかもしれない。後方○○面も過ぎれば毒である、ということか

*6
雑に言うと『し、城が本当に城になってる……だと!?』

*7
日清のどん兵衛のCM『片翼のどんぎつね 篇』およびその説明文から。メテおあげってなにさ?(素)。ダンブルドア云々は、以前も説明した通り若い頃の彼の声優がセフィロスと同じことからのネタ



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抑えれば反発するもの、そういうもの

 さてはて、このホワイトデーイベント、もしかしたら異変かも?

 ……という微妙に胡乱な説をぶちあげた私。

 とはいえ丸っきり胡乱かと言われるとそうとも言えない。それが何故かと言えば、今年のバレンタインは()()()()()()から、というのが一番のポイントだろう。

 

 

「……そういえば、確かにあったはずなのに妙に記憶に残ってねぇな、今年のバレンタイン」

「リアルチョコの城を贈られたハセヲ君でこれなんだから、そりゃなんかがあった・もしくはこれからあると察せられると思わない?」

 

 

 その言い方俺が不義理みたいじゃね?……と嘆くハセヲ君はともかく。

 現状、私たちに今年のバレンタインの記憶が薄いことは確かな話。

 

 記憶が薄い原因については、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から……というのが正解だろうが。

 それよりも根本の部分である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……という部分については謎だ、と言い換えてもいいだろう。

 

 いやそんな、イベントごとの際にはトラブルが起きるべき、みたいな決めつけは宜しくないんじゃ?……みたいな反応が返ってきそうな気もするが、よーく考えて欲しい。

 

 

「会話のネタに飢えているなりきり民がイベントスルーとかする?」

「しねぇな」

「しないね」

「ないわね」

「ありません」

 

 

 ……ご覧の通りである。

 厳密にはなりきり(やってた)民じゃないアクアでもこう断言するくらい、ここの人達は『イベントにはトラブルがつきもの』と思っているわけだ。

 

 これは見方を変えると、そういう『トラブルの種(【兆し】)』が消費されないまま残っている、という風にも解釈できる。

 なにごともなかったバレンタインの後なのだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいな感じに。

 

 

「筋は通ってるじゃない。……ただ、仮にそうだとしてなにが起こるじゃない?」

「考えられるのは……いつかのハロウィンの時みたいなことが起きるパターン、かな」

「いつかのハロウィン?」

 

 

 アウラの言葉に思い起こすのは、一昨年のハロウィンのこと。

 直近(きょねん)のハロウィンの間接的な引き金となったそのハロウィンは、初年度のそれ(ハロウィン)が自重に自重を重ねたものであったと、逆説的に証明するものであった。

 

 なにせ、その影響でこの地に起きたことは、実質的な世界の終わり(ゲームオーバー)

 そういうものの外側にいるような存在がいたからこそ、今では虚数事象みたいに扱われているが……それでも、なんやかんやあってなりきり郷が吹っ飛んだことは変わるまい。

 

 

「で、なんでそんなことになったのかっていう大本を辿ると、その時のハロウィンはある種の聖杯戦争になってたから、ってところが大きいわけ」

「ええと……ホーリーグレイルだのアートグラフだのっていうやつ?」

「そうそう」

 

 

 まぁ、なんで『絵図(art graph)』で聖杯と読むのかはよく知らないが……ともかく、聖杯と言うものが『願いを叶えるもの』として認知されている、ということは間違いあるまい。

 ……『願いを叶えるもの』としての聖杯を世に広めたのは『fateシリーズ』かもしれない、みたいな話もあるのだが今回は関係ないので割愛。*1

 ここで重要なのは、あの時のなりきり郷が一種の『聖杯戦争』を行っていた、という事実一つのみである。

 

 

「で、戦争ってくらいだから争いに相当するものがあったわけだけど……」

「ああなるほど、確かその時も今みたいに()()()()()()みたいな感じになってたんだっけ」

「そうそう。……状況が似ていると思わない?」

「あーうん。景品の話を聞いてないから完全な判別はできないけど……」

「仮にまたなにか貰えるって話なら、確かにこれが『聖杯戦争』だってことになってもおかしくはねぇか……」

 

 

 私の言葉を聞いて、小さく唸る一同である。

 

 ……とはいえ、これに関してはまだ予想でしかない。

 ホワイトデー大会なるものの概要をきちんと把握していないため、予想が先行して突拍子もないことを言っている可能性もあるわけだ。

 

 

「実際、前のハロウィンが酷いことになった、ってのをうっすらとでも覚えているだろう面々からすれば、優勝景品に迂闊なものを選ぶのは避けるだろうしね」

「……そういえばそうね。まともな完成なら自分が消し飛ぶ、みたいなのは避けるはずじゃない」

だからこの女性客がポイントになるのよ

どういうことじゃない!?

 

 

 ただまぁ、あれからイベントごとに大仰な景品を出すのは厳禁、みたいなルールが制定されたこともあり、少なくとも郷の住民がそういう滅びの流れを誘導するのは不可能になった、というのも確かな話。

 ……なんかこの言い方だと、望んで郷を滅ぼそうとしている人がいるみたいに聞こえるから一応補足しておくと、()()()()()()()滅びのスイッチを踏むことがないように……みたいな感じの対策が敷かれてるって意味ですからね、はい。

 

 ……まぁともかく、意図しようがせまいが滅亡へのカウントダウンを始めるのが難しくなったというのは事実。

 だがしかし、忘れてやいないだろうか?なりきり郷という組織そのものが抱えている問題、とでも言うべきものを。

 

 

「問題?」

「ああ……そっちについてはわかるじゃない。確か【兆し】やそれに伴う気質が集まりやすい、とかだったわよね?」

「そう、単純に言うと()()()()()()()()ってことね」

 

 

 それに関しては、ある意味深く関わっているとも言えるアウラから声が上がった。

 ……そう、【顕象】や【鏡像】、『逆憑依』の元となる【兆し】。

 そしてその【兆し】が集める気質が()()()()()()()()というのが、なりきり郷が抱える構造的な問題。

 要するに、内を対処しても外から転がり込んでくるのだ、という話である。

 

 

「バレンタインほどじゃないかもだけど、ホワイトデーだって人の悲喜交々が行き交うもの。……となれば必然負の感情だって発生するし、気質的な低地であるなりきり郷にそうして生まれた負の感情が転がり込んでくるのもまた必然……」

「そうなれば魔族だの鬼だの化生だの、よくないものが溢れる可能性も増えるじゃない」

「それをどうにかしようとしてくれてるのがビッグビワとかになるんだけど……それのやり方、どういうものか知ってる?」

「え?ええと確か……負の感情を材料にして、無害なものを生み出すことで消費する……みたいな話だったような……」

 

 

 ただあるだけで発生する問題を、無害なものに変換して消費する……という形で解消してくれているのがビッグビワだが。

 本来、その仕事は終わりを迎え彼女は眠りについたはずであった。……いつの間にか再稼働している辺りあれなのだが、それでも彼女が仕事をしているのなら問題はないはず。

 

 ……ないはずなのだが。

 もし仮に、無害なものに変化させたはずのものが()()()()()()とすれば、どうだろう?

 

 

「……仕事をミスった、ってことか?」

「そうじゃなくて。例えば性格は善良だとしても、軽く握っただけで鉄を折り曲げるような怪力があったら持て余すでしょ?」

「ああ、それは確かに……って、まさか……」

「……本来眠っていた彼女が再稼働を決断するほどに気質が集まっているのだとすれば、同様に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいな存在が生まれる可能性も否定できない」

 

 

 わかりやすく言うと、一般人には無用な莫大な魔力……みたいな感じというか。

 とはいえ、それは流石にわかりやすぎるしビワも取らない手段だろう。

 例え手がなくともあからさまに爆弾、選ばない選択肢ナンバーワンというやつだ。

 

 ──じゃあもし、使いきれないエネルギーを与えられたとして、彼女が選ぶ消費の手段はどうなるだろう?

 

 

「ま、まさか……」

「塵も積もれば山となる。つまり、無害なものを()()()()()()()()()()、というのが真っ先に想定されるやり方、ってことになるわけ」

「……この女性客、全部【顕象】って言うつもりじゃない!?」

「流石に全部ってことはないと思うよ?ただまぁ、結構な割合で普通の人に見せ掛けた普通じゃない人、なんじゃないかなぁって……」

 

 

 あれだ、人海戦術?

 ……そんなわけで、一般客に見えるが一般客じゃない可能性、というものに言及する羽目になった私なのでありましたとさ。

 

 

*1
元々の聖杯は単なる(というと語弊があるが)神聖な杯であり、聖別したぶどう酒をいれておく為の杯であり、最後の晩餐において用いられた杯のことである。そこから『アーサー王伝説』において『不老不死を約束する杯』の性質を得て、騎士達が探し求めるものとなった。また、そうして聖杯を求めるのは()()()()為であり、その為に必要な漁夫王を快癒させる為であったともされる。つまり、『アーサー王伝説』における聖杯に『あらゆる願いを叶えるもの』として性質はなかった。一応、『セーラームーン』シリーズに登場する聖杯も『願いを叶えるもの』に近い性質を持つが、どちらかといえば『圧倒的なエネルギー』としての扱いが正しく、それによって周囲を思うがままに動かせるという意味合いの方が強い(そもそも『幻の銀水晶』の時点で普通にヤバい)。一応『fate』側も『圧倒的なエネルギー』という意味では同じなのだが、向こうが戦闘力方面に振っている感じがある(全宇宙の支配者になれる、とか書いてある)のに対し、こっちは戦闘方面以外の願いにも対応している感がある。もっとも、『願いを叶えるもの』というアイテム自体は様々な作品に点在している為、どちらかといえば『聖杯』と『願いを叶えるもの』を結び付けたのが『fateシリーズ』なのかも、くらいに思っておく方がよいだろう



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それはさながら湯水のように

「この客が【顕象】かも、ねぇ……」

「さっきは驚いたけど、それがどういう問題に繋がるんだ?」

 

 

 いまいち想像できないんだけど、と告げるキリトちゃんに、私は一つ頷いて。

 

 

「最終的にみんなリソースになるかも?」

なに言ってんの???

モブとか雑に消費されるものでは?

「いきなり魔王みたいなこと言い出したんだけどこの人」

 

 

 いや魔王ですが?一向に魔王ですが?

 せかいせいふく?を目指してるとっても悪い人なんですが?

 

 ……冗談はともかくとして、わかりやすく説明しただけで他意はない。

 わかりやすい特徴を持たない──背景に設置されるモブのような個性しかない存在とか、それは動くエネルギーリソースのようなものでは?……みたいな忠告である。

 

 

「エネルギーリソース?」

「そうそう。言い換えると気質と実体としての境界があやふや、ってことになるのかな?」

 

 

 例えば明確な意思を持つ相手と、ふわふわとした自意識しかない存在。

 どっちが誘導しやすいだろう、みたいな話というか。

 前者は【顕象】や『逆憑依』で、後者は単なる【兆し】みたいな?

 いやまぁ、一応後者も今回に関してはなにかしらの形になったもの、ということにはなるのだけれども。

 

 

「こう、それを誇示できるほど要素が固まってない……みたいな?些細なきっかけで今の形を失って、そのまま気質として誰かに使われるだけの存在になりかねない……みたいな?」

「あー、幽霊みたいな?」

「んー、近いといえば近いのかなー」

 

 

 個性がないというか、自意識が薄いというか。

 

 例えば、【顕象】として成立した存在が再び【兆し】に戻る、ということはあり得ない。

 何故ならば、彼らには集められた気質を一つの形に固める明確な()があるから。

 いわゆる『核』というやつだが、これは同時に明確な個性を示すものでもある。

 

 それを念頭に置くと、モブみたいなキャラ達に芯や核が見えない、というのもなんとなく把握できてくると思う。

 言うなれば、自身を他者に認識させるための特徴が欠けている、というか。

 ゆえに彼らは一目見ただけでは印象に残らず、次の瞬間には脳内の記憶から消えてしまっている。

 

 

「仮にも【顕象】がそんな状態だと、最悪なけなしの個性さえ消されて【兆し】に逆戻りする可能性が大ってわけ。……あ、わかりやすい説明の仕方があった」

「それは?」

「『トーチ』みたいなもんってこと」*1

「……滅茶苦茶危険性がわかりやすくなったわね。言うなれば『都喰らい』みたいなことが起きかねない、ってことじゃない」

「そーそー」

 

 

 私の説明がようやく届いたのか、アウラがとても嫌そうに言葉を返してくる。

 

 ──『都喰らい』。この単語は『灼眼のシャナ』に登場するある現象の名前だ。

 とある存在が作り上げた自在式『鍵の糸』の結果として発生するこの現象は、()()()()()()()()()()という事実を突然消失させないように、緩衝材の役割を持たされ生み出された『トーチ』を、一種の爆弾に変える技術によって作り出されるものである。*2

 

 わかりやすく言うと、これが起きるとその場一帯は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来物に宿るエネルギーは利用し辛いのだが、それすら活用できるように変化させる形で。

 

 その姿が、都市というものを一つの命と見なし、そのまま喰らうかのように見えるからこそ『都喰らい』。

 そして、今ここにいる自意識の薄い【顕象(モブ)】というのは、ある種それと同じ事態を引き起こしかねない存在と化しているのである。

 

 

「まぁ、流石に建物ごと分解される……みたいなことにはならないと思うけど、それでも最悪の場合は【兆し】関連のなにもかもがひっぺがされる、みたいなことになるかも?」

「……いまいち想像できないんだが、そうなったら俺達にどういう被害が発生するんだ?」

「わかりやすいところだと【顕象】の実質的な死亡、それから『逆憑依』によって起きているキャラの憑依の剥奪かな。被害としては【顕象】が大きいように見えるけど、『逆憑依』側もそれがあることで進行が止まっている病気とかが再発するみたいな可能性大だね」

「うわぁ」

 

 

 被害が目に見えてわかりやすいのはかようちゃんだろうか?

 彼女は本来その命を終えていたところを、様々な奇跡の結果ああして姿を保っている。

 ……仮に『都喰らい』──いや『兆し喰らい(聖杯化)』が発生した場合、彼女に与えられた奇跡は全てなかったことになるだろう。

 そして奇跡という寄り代を失った彼女は、本来定められた宿命通りにその命を終える……と。

 

 被害として大きいのは彼女だが、他の面々も無事では済むまい。

 下手なことを言えばいわゆる『異界技術』ごと消える、なんて可能性も否定できないため、それによって支えられている今の日本も同時に壊滅的事態に陥るかも……?

 

 

「そうなのか?」

「少なくとも電力関連は確実に。うちの主産業の一つだからね、電力輸出」

 

 

 なりきり郷内の電力を生み出しているのは【兆し】に端を発するもの。

 ゆえに、その影響が消えた場合その膨大な電力も同時に消えることになるだろう。

 流石に過去を遡って影響を全て消す、みたいなことにはならないだろうが……どちらにせよ大打撃が経済に直撃することは避けられまい。

 

 

「そして、問題はそれだけじゃすまないんだ」

「まだあるの!?」

「あるよー、一番大きいのが。──そうして周囲を剥ぎ取りながら集められた【兆し】は、誰か一人に注ぎ込まれることになる」

「あっ」

 

 

 そして、それらの問題を些事に貶めるような大問題。

 それこそが、あらゆる影響を無に帰しながら集められた【兆し】による問題。

 ……純粋なエネルギーに近いものとして集められたそれは、なるほど味方によっては聖杯──あらゆる願いを叶えるためのリソースになりうるものだろう。

 

 そんなものが、ただ一人のためのモノとなるのである。

 ……悪人が持っても問題だが、善人が持っても大問題。

 何故かと言えば、どう考えても使()()()()()()()()()()()ため。

 

 ハロウィンの時のエリちゃんに与えられた選択を、さらに上回るような大問題を放り投げられて。

 それを適切に処理できるものがどれだけいるのか、という話である。

 ただでさえそうなった場合、その時生まれたUーエリザマリーすらもリソースとして変換されているというのに。

 

 

「ええと、つまり……?」

「あの時はハロウィンオルトを作ることでなんとか消費したけど、今回の場合それより遥かに多いリソースが爆発寸前の状態で一人の手に委ねられるってわけ。……そのまま地球ごと吹き飛ぶならまだマシで、最悪の場合世界が魔獣戦線ルートまっしぐらよ?」

「想像もしたくないじゃない……」

 

 

 ついでに言うと、そうなった際にほとんどの『逆憑依』達はその力を剥ぎ取られているため、目の前で起こる惨劇にそのまま呑み込まれるしかなかったり。

 ……うん、どこぞの財団がリセットボタン押しそうな事態である。

 一応はまぁ、最悪の場合そうなるよ、という想定でしかないけども。

 

 

「でもまぁ、このモブ達が『特徴を持たない誰か』の集合であるのが間違いないなら、火種があれば()()なる可能性は否定しきれないね」

「問題しかないじゃない。どうすればいいじゃない?」

「簡単な話、火種を発生させなければいいんだよ」

 

 

 アウラの疑問に答える私。

 一応、今いる彼女達をどうにかする、という手段もなくはないが……対応をミスるとこっちが火種になりかねないし、そもそも自意識が薄いとはいえ()()みたいなことはしたくないだろう、みたいな話もある。

 

 となれば、できる限り穏便に済ませるしかないのだが……そうなると取れる対応は限られてくる。

 わかりやすいのは、火種を発生させないこと。……今回の場合は擬似的な聖杯戦争を起こさせないこととなる。

 

 雑にいうとホワイトデーイベントで出来上がるものが小聖杯、それを火種にしてリソースに変化した彼女達が大聖杯ということになるか。

 なので、小聖杯相当の物体の降臨を防げば自動的にのちの問題も発生しない、ということになる。……なるのだが、それはそれで問題が残る。

 

 

「火種なんて幾らでも生まれうるってこと。具体的には女性が集まるようなイベントが発生すると、それが戦争扱いされる可能性が残り続けるってわけ」

「あー……夏祭りとか?」

「そうそう、祭系全部ダメ、みたいなことになりかねないね」

 

 

 また、祭じゃなくても火種──勝者を決める必要のある行事は全部引っ掛かるかもしれない。

 それだと最早なにもできないのも同じなので、火種を発生させないという対処は場当たり的すぎておすすめできない、という話になる。

 

 

「なので、私たちがとるべき選択は一つってわけ」

「……え?なんでここで私を見るの……?」

 

 

 ゆえに、この問題を解決する策は──一人の少女に掛かってくる、という話になるのであった。

 

 

*1
『灼眼のシャナ』に登場する存在。『存在の力』を食われた存在は文字通り消えるのだが、それが頻発すると世界を歪めかねない(『存在』自体が消えてしまう為、その矛盾を解消するために世界が歪む。少数ならまだなんとかなるが、それが多発すると理ごと歪みかねない)。その歪みを可能な限り穏便に解消するモノが、『やがて蝋燭の火のように消える』ことを前提とした代替物である『トーチ』。本人の『存在の力』の欠片から作られたそれは、一定期間本人のように暮らし、徐々に存在感を失って消えていく。『突然消えるのがヤバイのだから、いつの間にか居なくなっていたという形にすればよい』という、ある種人外らしい解決案

*2
『鍵の糸』はトーチに仕掛けられるモノであり、それを引くことでトーチの偽装を解き元の『存在の力』に戻す。これを連鎖的に引き起こすことにより局所的に世界を歪ませ、その矛盾の解消の為に『その都市は存在しなかった』と世界に判定させる。結果、その都市はまるごと『存在の力』に分解される……というもの。本来物の『存在の力』は純度が低く、仮に取り込んでも自身の力を増すどころか寧ろ薄めてしまうのだが、この方法で生み出された都市の『存在の力』は高純度のものとなり、取り込めば莫大な力を得ることができる(制御できるかは別)



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火種≒揺れ動く姿

「なるほど、『揺れない天秤』でモブ達をモブ達として固定するってことか」

「自対象じゃなくて他対象になるのが懸念点だけど、現状問題を解決するのに一番向いてるのがしのちゃんってことに間違いはないね」

「え、ええー?!」

 

 

 結局のところ、モブ達が不安定だからこそヤバイのだから、彼女達をしっかり安定させれば問題は解決なのである。

 で、それを解消するのに恐らく一番向いているのが、なにを隠そうここにいるしのちゃん、ということになるのであった。

 

 まぁ、本人は全くピンと来てないみたいだけどね?

 今のところ自分に対してしか【星の欠片】の影響がないのだから、それもまぁ当たり前といえば当たり前の話なのだけれど。

 

 

「でもまぁ、よくよく考えてみてほしい。そもそも【星の欠片】ってどういう存在だった?」

「え?ええと……」

「特定の現象を世界の理にまで拡大するもの……みたいな認識が正解に近いんじゃない?」

「まぁ、普通の人にわかりやすく説明しようとすると、大体そんな感じになるね」

 

 

 オルタの返してきた言葉にその通り、と頷く私である。

 

 本来【星の欠片】とは、その名前が示す通り()()()()である。

 ここでいう星とは世界──人の認識が及ぶあらゆる場所のことであり、それゆえに【星の欠片】は新世界の種・もしくは雛型と言うべきものとなっている。

 ──言うなれば、新しい世界法則になりうるものなのだ、【星の欠片】というのは。

 

 にも関わらず、しのちゃんのそれはあくまで彼女個人で影響が留まってしまっている。

 無論、一人の人間の精神を一つの世界と見なす考え方がある以上、これもまた()()()()()()()()()と解釈することもできるだろうが……。

 

 

「【星の欠片】的には、外にいる存在にも干渉できるのが普通……みたいなところはあるよね。つまり、しのちゃんにはまだまだ伸び代があるってことなのさ」

「私に、伸び代……?」

 

 

 それが個人の世界にのみ収まる程度のモノであるならば、【星の欠片】とは呼ばれないだろう。

 彼女のそれは、見方を変えれば心の壁──ATフィールドを作るもの、という風にも解釈できる。

 そしてその解釈が是であるならば、彼女は能力を逆転させることで他者の心の壁を解体することができるかもしれない、とも見なせてしまうわけだ。

 

 

「な、なるほど……?」

「まぁ、実際にそういう法則なのかはわからないけどね?私も知らない【星の欠片】だし。ただまぁ、【星の欠片】を名乗る以上その本質は()()()()()()()()()()()()のはず。……となれば、自然と彼女の【星の欠片】の本質が『自と他をわける境界』のようなもの、って結論に結び付くのよ」

「な、なるほど……」

 

 

 自分を強固に保ち、他者からの干渉をはね除けるというのは、解釈を変えると『自他を強くわけるもの』ということになる。

 ……ある種の境界を操るもの、として見ることができるようになるわけで、そうなると必然境界そのものに手を伸ばすことのできる可能性、というものもまた見えてくる。

 

 そう考えると、もしかしたら彼女のそれ(星の欠片)はゆかりんによく似たもの、ということになるのかもしれない。

 仮にそうだとすれば、彼女の更なる発展にはゆかりんの協力が必要不可欠、ということになるのかも?

 

 まぁ、今回はまた余計な心労を投げるのもあれなので、彼女は呼ばずにこっちで進めるけど。

 ……既に色々死にそうになってそうだから、あんまり変わらないんじゃないかって?

 仮にそうだとしても、ここから更に重荷を投げ付けるのは()()()()()よ、うん。今じゃなきゃいいのか、って部分はノーコメント。

 

 とまぁ、多分未だに魘されながら気絶中だろうゆかりんに思いを馳せつつ、改めてしのちゃんに向き直る私。

 真面目な話になることを察して居住まいを正す彼女に視線を合わせつつ、私は口を開く。

 

 

「そういうわけだから、とりあえず色々試してみよう」

「はい!……はい?」

 

 

 なお、彼女は思っていた言葉じゃなかったのか、私の発言を聞いた途端首を傾げて不思議そうにしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「んー、いつの間にか【星の欠片】が増えてるってこともあれですが、なによりそこから別のトラブルが生えてきているっていうのもあれですねー……」

「そんなのいつものことでは?」

「それはそうかも知れませんけど、多分そんなドヤ顔で言うことでは無いですよね!?」

「?!」

「なに言ってるのこの人、みたいな顔をする場面でもありませんからねー!?」

 

 

 はい、そういうわけで呼び出された琥珀さんである。

 

 研究といえば彼女、発展といえば彼女、解決といえば彼女。

 恐らくこのなりきり郷で一番多忙であろう彼女は、今回も同じようにトラブルを投げ付けられる形となったのであった。

 ……いやまぁ、別に考えなしに負担を押し付けてるわけじゃないんだぜ?

 

 

「最近は研究員も増えたんでしょ?」

「……まぁ、そうなんですけどね?あれこれありすぎて手が足りないと直談判したところ、八雲さん直々に予算やら人員やら増やして下さいましたし」

「そうそれ」

「…………はい?」

「研究員が増えたってことは、まだまだ新人達の教育が行き届いて無い、ってことでしょ?他所で幾ら優秀だったとしても、なりきり郷で起きる案件に初見で対応できる人なんて珍しいわけだし」

「……まぁ、それはそうですね」

「そこで実地訓練を積ませようってわけ。はい、教材(トラブル)

「モノは言い様すぎる!?」

 

 

 はい。……はいじゃないって?

 

 まぁでも、【星の欠片】案件が現状一番優先度が高いのは事実なのだ。

 どうやら私が知らないところで、琥珀さんってばキリアとかからそっち方面の話を聞いたりしてるみたいだし。胃を押さえながら。

 ……それだけ関心があるのなら、こうして【星の欠片】が関わる・及び関わらざるを得ない案件に興味がないわけがないし。

 

 なので、彼女直通のホットライン(単なる私用の番号)に「緊急事態なので、すぐ指定の場所に部下を連れて急行するように」と連絡を入れたのだ。

 

 

「その結果、束さんの貴重な休日が潰れたんだけど……」

「別にいいでしょ、知ってるんだぜ君が休みの日に干物と化してるの」*1

「なななななにを言ってるのかなこのパーフェクトヒューマン束さんがそんなどこぞのうだつの上がらないサラリーマンみたいな休日の過ごし方をしてるわけがががががが」

「……束、それ自分から白状してるようなもんじゃない?」

 

 

 で、琥珀さんが連れてきた助手達が、この二人。

 前から彼女の補助をしていたクリスと、最近琥珀さんのラボに加わった束さんである。

 クリスの方は【星の欠片】案件にも慣れきったようで、特に緊張した様子もなく自然体だが……束さんの方はそうも行かない様子。

 原作なら自分の方がトラブルメイカーだろうに、なんと情けのない……!

 

 

「仕方ないでしょー!?私ってば多分に二次創作の影響受けまくり、いわゆる白束さんなんだからねー!?っていうか原作の私ヤバくない!?」

「まさか主人公のこと殺したいくらいに気味悪がってるとはねー」

 

 

 いや、どっちかというと妹と主人公の姉への執着が思ったより強かった、というべきか。*2

 

 ……まぁともかく、原作におけるマッドサイエンティストまっしぐらな彼女に比べ、ここの束さんが比較的マシな方であることは間違いない。

 それは同時に、自分以外の非常識に対する耐性が下がる、というデメリットを抱えるモノでもあるわけだが……その辺はほら、これから慣れていけばいいというか?

 幸いなことになりきり郷はそういう展開に事欠かないので、安心して対トラブルの経験値を稼ぐことができるだろうし。

 

 

「そんなもの稼ぎたくなーい!!」

「諦めなさい束、アンタもそのうち私みたいにビーストと相対する羽目になるのよ……!!」

「ウワーッ!!同僚がわりと大概な経験してるぅー!!?」

 

 

 ……などと、短い間にごりごり経験値稼いでしまった結果、どこか遠い目となっているクリスを見ながら考える私である。

 うん、戦闘要員じゃないのになんでこの人『ビースト擬き』と戦ったことあるんだろうね?

 いやまぁ、話の流れというかなりゆき上仕方のない話ではあったんだけども。

 

 ともかく、同僚の心強い励まし()に感涙の涙()を流す束さんにうんうんと頷きつつ、改めてとどめの一撃を叩き込みに行く私である。

 

 

「正直決闘者(デュエリスト)やってる時点でトラブルの拒否とか不可能では?」

…………((;「「))

(露骨に、)

(目を逸らした……!?)

 

 

 はい、君初登場いつだか思い出してみろよ、みたいな。

 

 ……カードゲーマーとかなりきり郷だと寧ろトラブルの代名詞だろう、よくもまぁトラブルに巻き込まれるのは嫌だとか言えたもんだな、みたいな?

 いつぞやかは他所の世界でもトラブルのきっかけになりかけてたりしたし、カードゲームの抱える潜在的脅威を思えば【星の欠片】なんぞ雑兵……え?流石にそれは頷けない?

 

 まぁともかく、どっちかといえばトラブルメイカー側に属するカードゲーマーを、自分からサブ職業(クラス)に突っ込んどいて甘っちょろいこと言ってんじゃねぇよ、というのは本当の話。

 流石にそこを突かれると黙るしかない、とばかりに大人しくなった束さんに周囲が唖然とするのを見つつ、改めて私は今回の案件についての説明を始めたのだった……。

 

 

*1
家の中でだらけきって動かないことを俗に『干物』と呼ぶ。元々はひうらさとる氏の漫画『ホタルノヒカリ』にて登場した『干物女』という言葉が語源とされており、こちらは『干物のように枯れ果て』『干物を噛るように過去の思い出に耽溺する』『干物みたいにいつも横たわっている』主人公を揶揄してのもの。そこから『干物妹(ひもうと)!うまるちゃん』のように自堕落な姿を揶揄する言葉としても使われるようになった

*2
現状の最新エピソードではそういうに語られている。そもそも主人公の出自が衝撃的であったが



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賢しらに語れど色事は理屈を越えて

「うーん、『都喰らい』ならぬ『兆し喰らい』ですか……」

「起こらない、とは正直断言できないわね。【兆し】回りは解明できてないことが多すぎるもの」

「んー、そこら辺詳しくない束さんですら、これを問題なしと通すのはあり得ないって言えちゃうくらいの問題まみれだねぇ。……これ、上の方で止まったりしなかったの?」

「今の私たちは情報を俯瞰して見れるからあれこれ言えるけど、少なくとも企画段階ではこんなモブ大量発生なんて知らなかったからねぇ」

「あー、それじゃあ無理かぁ……」

 

 

 はてさて、研究者組を交えての作戦会議だけど、現状はみんなで唸ってる最中。

 なぜかといえば、さっき私が出した懸念がわりと発生する確立大だと改めて証明されたからである。

 

 仮に名付けた『兆し喰らい』──モブのような状態になっているそこらの女性客が、その性質を変じることなくイベントの終わりまでその場にあり続けた場合。

 彼女達は今ある自身の姿という個性を失い、聖杯の顕現時にリソースとして纏められてしまうだろう……というそれは、それが引き起こすであろう破滅的な結末まで含め、明確に発生しうる問題だと証明されてしまったわけだ。

 

 

「まぁ、あくまで思考実験の上での話ですけどねー。確かめようと準備すること自体がリスクの塊ですから、実証は不可能に近いのも確かな話ですけど」

「普通なら『実証(がぞう)もなしにスレ立て(問題視)とは』ってなるところなんだけど……うーん、束さんの直感がこう囁くんだ。『ユー、それやっちゃいなよ』って」

「マッドサイエンティストとしての直感が、ってちゃんと前に付けときなさい。じゃないと意味わかんなくなるから」

「おおっと、それは失敬失敬」

 

 

 ……まぁご覧の通り、その結論を出した面々はコントでもやってるのか、くらいの軽さだったわけだが。

 特に束さんよ、アンタ幾ら原作ではラスボス役濃厚だからって、自分の直感が世界を悪くすること前提で考えるの止めなさいよ。

 いやまぁ、千冬さんも箒ちゃんもいない世界に未練なんてない、って言いたいのはわからんでもないけど。

 

 

「いやそこまで言ってないからね私?いやまぁ本来の私なら言いそうだけど。私の中にもちょっと……いや三割、いや五割、いや八割?……くらいはそういう気分がないとは言わないけど」

「ねぇ琥珀さん、この人本当に連れてきてよかったの?ヤバくない?」

「うーん、そう言われるとそうですねぇー……」

「小粋なジョークを本気に受けとるのよくないと思うな束さんはっ!!」

 

 

 冗談だよ、はははこやつめ。

 ……という定番のやり取りを行いつつ、改めて姿勢を正す私。

 

 追証に関しては、事態が進めば勝手に取り終わると思うのでそれは脇に置いて。

 問題は対策の方。大筋はしのちゃんを利用する、ということに反対の声は上がらなかったのだが、具体的にどうするのかの部分で議論が紛糾したのだ。

 いや、大筋では合意が取れてるんだけどね?

 

 

「『揺れない天秤』の検証はやりません!やりませんったらやりません!!」

「なんでさっ?!普段ならデータ取り完璧にして万が一にも例外なんて起こさないように、って石橋を叩いて砕く勢いじゃん?!」

「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて……」

 

 

 その、しのちゃんを運用するに辺り、より効率的な方法を模索しようと言い出したのが束さんで、それに異を唱えあるがままに任せようと言ったのが琥珀さんなのだ。

 

 ……研究者としては束さんの言い分が正しいのはわかりやすい。

 科学とは偶然を謳うものではなく、必然を積み重ねるもの。

 ゆえに、必要なデータや結果・過程などの全ての要素は余さず記録し理解するのが普通であり、それによって再度()()()()()()()()()()()()()()のが普通なのだ。

 それによって後から検証を再度行ったり、その事象を起こさないようにする対策だって練ることができる。

 

 そういった科学者にとっての必然を、今の琥珀さんは全て投げ捨てようとしている……そういう風に束さんは感じ取ったのだろう。

 そしてそれは困ったことに、見方によっては間違いとも言いきれない。

 

 

「──貴方は【星の欠片】案件に関わるのは初めてでしたね。では改めて確認しますが、【星の欠片】とはどういうものでしたか?」

「はぁ?そんなのいっつも耳にタコができるくらい聞いてますけどぉ?!その正体は極小──世界最高峰のレーザー顕微鏡ですら影も形も掴ませないほどの微少な世界を所以とする、極限の科学現象!もし仮に人の世の科学が進みに進み、その頂点に降り立つことがあれば()()()()()使()()()()()()()()()()()()()!科学の極み、科学者の夢の果て先!」

「ええまぁ、大体間違ってないですね、はい」

 

 

 興奮したように束さんが語ったが、正しくその通り。

 起こす現象こそ非科学的に見えるが、その実その現象の成立過程はどこまでも科学的。

 ゆえに空想・幻想を否定する存在に引っ掛からず、それゆえに非科学的なあらゆるものに負けてしまうもの(現実)──それこそが【星の欠片】の普遍的な性質。

 

 ともすれば科学者の夢の先にあるものですらあり、それゆえに研究者達はこれを見れば歓喜せずにはいられない、とまで言われるもの。

 ……それは確かなのだが、見落としている部分が一つある。

 

 

「はい?見落としてる部分?」

「今束ちゃんも言ってましたけど、【星の欠片】は突き詰めると()()()()()()()()()()()()()もの。それは裏を返せば、解き明かした場合誰もが【星の欠片】になりうる可能性を持つもの、ということでもあります」

「……はい?」

 

 

 それは、【星の欠片】が何処にでもあるということ。

 翻って火種は何処にでもあるという風にも解釈できるわけで。

 ……うん、言い方は悪いけど『火災を消すのに別の火災を起こす』とか、『大波を消し去るのに波長が対になる大波を起こす』とか、そういう一種の『目には目を、歯には歯を』、ないし『毒を以て毒を制す』みたいな類いの話なのである。

 もっとわかりやすく言うと、

 

 

「迂闊に『揺れない天秤』について知りすぎると、私たちもそうなる可能性大なんですよ」

「あ、あー……」

「普通ならやり方を知るだけなら問題ないんだけど、これが【星の欠片】相手だとやり方を知ってるってのは()()()()()()()()()()()()なんだよね……」

 

 

 直近だと、【俯視】の解説の時とかく迂遠な物言いをしていたのがわかりやすいか。

 あれは他者の『心の見方』を理解してしまうのがよくない、という話だったが、それは【星の欠片】の成立過程などについても同じ。

 どれほどそれ(星の欠片)について習熟しているか、というある種のSAN値みたいなパーセンテージによって区分けされるそれは、深度が上がれば上がるだけ発火寸前……みたいな扱いとなる。

 

 無論、知りすぎれば自動的に【星の欠片】は起動し、晴れて貴女も私の仲間入りである。

 

 

「それだけで済まない可能性、ってのは既によく知ってるでしょ?まぁ、流石にここら一体リソースに分解するような事態に比べればマシだけど、方向性としてはゲッター線に触れて全てを理解した武蔵みたいになるのがわかりきってるんだから、できればやりたくないってのはわからないでもないんじゃない?」

「あーはい、束さんが間違っておりましたです、はい」

 

 

 わかればよろしいとばかりに頷く琥珀さんの姿に、思わず苦笑してしまう私なのでありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

「適当(※正しい意味)に運用すべき、って話はわかりましたけど……でもそれだと問題ありません?期限はホワイトデーイベント終了までなんでしょ?ってことは……彼女の成長、間に合うんです?」

「そこに関しては間に合わせるしかない、と返すしかないんですけど……」

「ちらちら私を見るの良くないと思う」

 

 

 とはいえ、それだけだと話が振り出しに戻るのも確かな話。

 イベントの先に起きることの確証が取れたのだから、今度はそれを起こさないようにするだけなのだが……その手段がしのちゃんに掛かっている以上、彼女の成長は急務である。

 がしかし、それの手伝いを科学者組がするのは不可能に近い。何故なら彼女達は【星の欠片】ではないから。

 そうでない彼女達が【星の欠片】に近付きすぎるのは、本来良くないのだ。

 

 

「…………」

「大方『星の死海』の時の話を思い出してるんでしょうけど、あれ寧ろ『星の死海』だからこそ問題にならなかったんだよ?」

「わ、わかってるわよ!」

 

 

 主に元締めが見てくれてるから安心、的な意味で。……本当に安心か?

 

 ま、まぁともかく。

 あの一件については【星の欠片】そのものとも言える『星女神』様や『月の君』様が見てくださっていたからこそ、余計な話をある程度省けていたことは間違いない。

 今回はそういう補助がないので、扱いを間違えると私たちの後輩が三人増えるとか、そういう愉快な話になってしまうわけで。

 

 

「愉快な話で済めばいいけど、最悪の場合上手いこと【星の欠片】が馴染まずに……なんてパターンもありうるからねぇ」

「影響が個人で収まるだけマシ、みたいな違いでしかないわよねそれ」

 

 

 個人で収まるかどうかも若干微妙だけど、とは言わない約束。

 ……まぁともかく、回避できるなら回避したいという琥珀さんの気持ちはわからんでもない。

 多分彼女の場合、深く関わりすぎてまた『星女神』様に会うのが嫌、みたいなところもあるんだろうけど。

 

 

「ななななななそんなことないですよぉ!?」

「はいはい。……とりあえずそれはそれとして、琥珀さん達を呼んだもう一つの理由をここで明かそうかねぇ」

「もう一つの理由?」

 

 

 とはいえ、これ以上彼女を弄ってても仕方ないので、本来の理由を明かすことに。

 その理由と言うのが、

 

 

「タンマウォッチ、出して?」

「ぶふっ!!?」

 

 

 琥珀さんが密かに作っているはずの、とあるひみつ道具についての話なのであった。

 

 



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なんとかの九割は偽物()

「なななななな、どこでそれを!?」

「カマ掛けただけなんだよなぁ……」

「なにぃっ!?」

 

 

 うーんノリが良い。

 ……実際、作ろうと思えば作れるだろうな、とは思っていたのだ。

 最近なりきり郷にやってきた人とか、今までもここにいた人とか。

 そういう人達から対象となる面子を集め、データを取っていけば実用に足る時間操作系技術を作り出せるだろう、みたいな?

 

 まぁ、実際に作れているかどうかは半々だったため、出来ててありがたいという気持ちはなくもないのだけれど。

 

 

「……わりと禁忌の技術じゃねぇか、それ?」

「そうでもないよ」

「なんでだよ」

「『星女神』様」

「あー……」

 

 

 なお、他の面子からは『やベー技術では?』みたいな反応が返ってきたが……そもそも【星の欠片】って極めると時間操作無効がくっ付くので無意味です、と返しておく私である。

 

 っていうか、じゃないと『星の死海』とか帰って来た時には外の世界滅んでるし。

 あそこの時間の流れが正常だったら、一体どれほど滞在した扱いになってるやら。

 

 

「……ん?じゃあタンマウォッチ所望なのは……」

「そういうこと。別の時間の流れを作るより、単に時間を止める方が作るの楽でしょ、みたいな?」

 

 

 で、それに付随して出てくるのが『なぜタンマウォッチを求めたのか?』という理由。

 同じ時間操作系なら、別時間を作るアイテム──アイテムじゃないけど精神と時の部屋みたいなものでいいんじゃ?

 ……みたいな話になりそうだが、実のところそういう完全に時間の流れの違う空間を作る方が難しい、というのは事実。

 あとはまぁ、しのちゃんの成長を促すならそっちの方が都合がよい、というのもあるか。

 

 

「成長を促す?」

「彼女の【星の欠片】──『揺れない天秤』は以前から説明してる通り、自身を周囲の異常から保護するもの。己を変質させないことに特化するものだから……」

「あ、なるほど。時間停止ってある種の状態異常だから……」

「そ、単にタンマウォッチを使ってるだけで経験値が貯まるのよ」

 

 

 そう、理由として強いのはどちらかといえばそっち。

 時間停止は区分上ある種の状態異常に該当するため、それを使い続けるだけで【星の欠片】としての経験値が獲得し続けられるのである。

 

 これは、フィールドタイプ──周囲と時間の流れの違う世界を使用した場合には得られない効果だ。

 というか、【星の欠片】の原理的にそっちで経験値を得られる場合、そのうちフィールドが瓦解する可能性大というか。

 

 

「えっ」

「時間停止の場合、単に止まった世界に置いてかれてるだけだから特に問題はないけど、別の時間を主体としたものの場合【星の欠片】はいわゆる流れを妨げる大岩みたいな扱いになるからね、そりゃまぁ滅茶苦茶負担になるのも仕方ないというか」

 

 

 感覚としては『みんなで一緒に止まろうぜ!』ってやってるのが時間停止で、『新しい遊び場を作ろうぜ!』ってやってるのが別の流れの時間……みたいな?

 前者は極論一人が勝手に動き回っててもその人がルールを無視してるだけなので、『みんなで止まろう』という目標に影響はないけど。

 後者の場合は遊び場のルールであり、それを守らない相手は排除しなければいけない……という感じだろうか。

 

 

「言い方は悪いけど○Vみたいなもの、というか?そういうルールとして見てるから犬が動いてようが話は続く時間停止ものと、時代劇・ファンタジーなのに現実的な新幹線とかが走ってるのは話が違う……みたいな?」

「唐突になに言ってるんです!?」*1

 

 

 いや、わかりやすいかと思って……。

 まぁともかく、【星の欠片】が空間創造系の技能と素晴らしく相性が悪いのは事実。

 平常稼働状態ならともかく、高出力状態だととてもよろしくないのは覚えておいた方がいいだろう。

 

 

「まぁ、ある程度レベルが下がってればその辺りも考慮して動けるけどね」

 

 

 じゃないと私ここに居られないし、と締める私である。

 

 

 

 

 

 

「で、試作品のタンマウォッチを受け取ってしのちゃんのレベルアップに勤しんだ私は、その結果しのちゃんがなんかよく分からないことになったことに困惑する羽目になったのでしたとさ……」

「よくわからないとは?」

「なんかこうシノンとカタリナさんが混じった見た目になった」

「それってどういう……ウワーッ!!本当に混じってる!!?

 

 

 修行部分は長い&停止時間内なので面白くないということで大幅カット!

 ……したわけなのですが、その結果【星の欠片】じゃない面々から困惑の眼差しを向けられることになりましたキーアです。

 

 いやだって、ねぇ?

 見ればわかるけどしのちゃんが全く?別人になってるんだもの。

 具体的にはシノンがカタリナさんの服着てる、みたいなことになってるというか。ついでに言うと滅茶苦茶ビィ君撫でてる()

 ……いや、さっきまで居なくなかったその子?

 

 

「オイラには全く見えなかったんだぜぇ……オイラはいつの間にこんなところに連れてこられたんだぁ……?」

「いや、そもそもソイツ『tri-qualia』内の存在じゃなかったか……?」

「そんなこと、私の愛の前には些細なことよ」

「あっはい」

 

 

 ……いやまぁ、一応特訓の成果なんだけどね、これ。

 ざりざり撫でられているビィ君に向けられる憐れむような視線は一先ず置いておいて、その辺りのことを解説する私である。

 

 

「特訓の成果ってことは……」

「うん、他者付与に成功したってこと。……って言ってもまだまだ足りてなくて、現状だと一日一人にしかできないんだけど」

「それでも大進歩なのよ、私からすると。自分という範囲を広げるんじゃなくて、あくまで他人は他人として保護するってとっても難しいんだから」

「……キーア、説明」

「へいへい。最初彼女は他人に天秤を適用するって聞いて、自己の範囲を広げることで対応しようとしてたんだよね」

 

 

 いやまぁ、確かにその方法でも対処はできるだろう。

 実際【星の欠片】はあらゆるものに含まれるもの、その考え方を応用すれば他人を自分と同一視するのはそう難しくない。

 そうして認識を変えてしまえば、あっという間に他人への付与もこなせていたはずだ。

 

 

「それだとダメなのは、そのやり方だと()()()()()()()()()()()()()()からなんだよね」

「……どういうことなんです?」

「あれよ、雑に言うと自他の境界を壊しかねないってこと。……さっきもこいつ(キーア)がちょっと話してたでしょ、こいつ(しの)の【星の欠片】はある種のATフィールドなのかもって」

「……ええとつまり、その見方に慣れすぎると意図せず相手を溶かしてしまう、と?」

「溶かすってよりは()()()()()()()()()()()って感じだけどね。……突き詰めると【星の欠片】はみんなできることらしいけど、こいつの場合は特にそっちへ派生しやすいから気を付けないといけない、らしいわよ?」

「うわぁ」

 

 

 それがダメなのは、その考え方が極論()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから。

 言い換えると、相手を自分という【星の欠片】に意図せず同化してしまう考え方なのである。

 

 あれだ、そのつもりはないけど『貴方はそこにいますか?』って問い掛けてるようなものだというか。

 あっちより酷いことに、その声は自分の──聞いている相手の体の中から聞こえてくるので、無視するのが不可能。

 結果、意図せず()()()()()ことを示してしまい、次の瞬間には同化されてしまっている……と。

 

 それ、吸収先が聖杯からしのちゃんに変わっただけなので全く無意味だよね?

 ……ってわけで、簡単なやり方は禁止したわけなのである。

 

 

「まぁ、禁止した結果こうなっちゃったんだけどね……」

「仕方ないでしょう、自己への理解を深め他者と自分との差を見つめ直さないといけなかったんだもの。……そりゃまぁ、その結果として他の要素との結合も進むわよ」

 

 

 言い方を変えると、自分の能力の理解の深さが姿の変化として現れた、みたいな感じになるのだろうか?

 ……ともかく、今のしのちゃんが以前のそれとは違い、なにかしらのキャラであることが一目でわかるようになったのは事実。

 その上で問題なのは、恐らくこの姿から変化させるのは難しいだろう、という部分だろう。

 

 

「姿を変化させるのが難しい?どういうことじゃない」

「自身への理解を深めた結果変化した姿って意味では、私の髪の色が変化したのと似たようなものだけど……髪とは違って彼女の場合、()()姿()が変化先なんだよね」

「?よくわからないんだけど」

「着替えられない可能性大なんだよこれ」

「!?」

 

 

 ……あれだ、絵柄によってそのキャラに見えなくなることがある、みたいな話。

 特定の絵柄だからこそそのキャラとして認識される、みたいなパターンの場合、その見た目自体がキャラの個性として判定されている、みたいな話だとも言えるだろう。

 

 その結果なにが起こるのかというと、服装や髪型を変えることができなくなる。

 もっと自己への理解が進めば話は別なのだろうけど、今のしのちゃんだとシノンの見た目でカタリナさんの鎧を着ている今の姿から変化させられない、という話になってしまうのだ。

 

 

「一応『清めの炎』*2的な技法を教えておいたから、身嗜みの手入れが全くできないってことはないだろうけど……」

「鎧が脱げないから風呂にも入れない、ってこと?!」

そういうことですね(Exactly)

「もしかしてオイラのこれも?」

「ざりざり撫でが暫くデフォですね」

「うぎゃあぁぁぁぁぁぁあっ!!?」

 

 

 なにがあれって、タンマウォッチへの負担的に今これ以上の修行は難しそうなんだよね……。

 少なくともホワイトデーが終わるまで酷い目に合うことが確定したビィ君に対し、思わず黙祷してしまう私たちなのでありましたとさ……。

 

 

*1
アニメや漫画として書くのならともかく、実写で時間停止を表現しようとするととても大変だ、という話。それを成立させるには『お約束』をみんなが守る必要がある。結果としてその辺りを理解できない犬とか猫とかが停止した世界に入門することになる()

*2
『灼眼のシャナ』シリーズに登場する自在法の一つ。体の汚れを落としたり、体内の毒素を浄化したりすることができる。風呂代わりに使う者もいれば、二日酔いの解消に使うものもいるとか



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お返しを考えるように対策を考えるべし

 はてさて、急ピッチで仕上げたしのちゃんの歪み、的な部分を話し終えた私。

 となれば、諸々の問題は脇に置いた上で、元々の目的に立ち返る必要があるといえるだろう。

 

 

「……そういえば、これってホワイトデー対策の話でしたね……」

「しのちゃんの劇的ビフォーアフターがその辺吹っ飛ばしてたけど、目的を忘れちゃダメだよね」

「忘れさせたのそっちですよねぇ!?」

 

 

 ははは、コラテラルダメージってやつだよ()。

 

 まぁともかく、話題が当初の部分に巻き戻ったのは確かな話。

 ゆえにそれを前提に語るが……。

 

 

「とりあえず、今のパターンだとこのままホワイトデーを進める方向で行くしかないねぇ」

「それがやべぇから止める、って話だったんじゃねぇのかよ?」

「とはいうけど、しのちゃんがさらに成長するのを待つのもねぇ……」

「ぬぐ」

 

 

 こちらの提案にハセヲ君が皆を代表して難を示してくるが、とはいえそれでどうにかなるのなら寧ろ私がどうにかして欲しいくらいである。

 

 一番いいのは今いるモブ女性達をそのまま保持できるようにすることだろうが、それが難しいのは先ほど説明した通り。

 ……最大捕捉人数一人しかないうえ、それが一日の最大数であるのだから、少なくともこの大人数のモブ達をなんとかしようとするのは明らかに日数が足りてない。

 

 じゃあ私が増えるみたいにしのちゃんを増やして……というのも無理がある。

 しのちゃんの『揺れない天秤』は自己を釣り合わせることで強固に保つもの。そして、その要素を他人にも適用するものである。

 ……使い方の流用であって、さっき述べたように『自己の認識の拡張』でないところがポイントだが、それにはそれで問題というものもあるのだ。

 

 

「と、言いますと?」

「急ピッチで仕上げたから、本来ならできてるはずの応用回りがぐだぐだになってるってこと」

「はい?」

 

 

 その問題と言うのが、パワーレベリングによる弊害。

 わかりやすくいえば、できることを拡張するという認識に注力し過ぎたせいで、本来使ううちに覚える自然な応用の仕方を覚えられていない……というもの。

 

 わかりやすくいうと、今の彼女はマッサージの仕方を知ってはいるが、それを他人にやったことがない……みたいな感じだろうか?

 

 

「なんでマッサージ……?」

「自分の体を解したりするのは覚えてるけど、他人の体を使ってやったことがない……みたいな感じだからかな?ペーパードライバーって言うのも間違いじゃないかも」

「あー……座学で聞き齧っただけのようなもの、ってこと?」

「まぁ、そんな感じ」

 

 

 車の運転で例えればいいじゃん、というツッコミに関しては『車って自分ではないじゃん』と返させて頂きます。

 ……要するに、自分の体を使っての実験はしたことがあっても、それを実際に他人に施したことはない……みたいな話に近い状態というか?

 いやまぁ、今回は【星の欠片】の他者応用の話なので、この説明だと微妙に誤解を生みそうなんだけども。

 

 

「……???」

「生憎上手く説明できないのよ、【星の欠片】の修練って他の技能と原理が別物だから。さっきの話で言うなら他人云々は自分のことだし、自分云々は他人のことになるわけだから」*1

「??????(脳が完全に理解を拒んでいる顔)」

「そんな顔されるのわかってるから触れたくなかったのよぅ……」

 

 

 あれだ、説明する度ドツボにはまっていきそうなので、単純に『練習』と『実践を交えた練習』は違う、くらいに思っておいて頂きたい。

 実践における心構えとか、練習の段階だと掴み辛いでしょ……みたいな。

 

 

「実際にやってみないとわかんない感覚があって、それが今のこいつには欠けてるってことでしょ?」

「そうそう、そんな感じ。()()()使()()()()()()()()使()()んじゃなくて、あくまで他人に施すことを前提にした使い方になってるんだよね」

「……いや、それでいいんじゃないのか?」

「それじゃあダメなんだよなぁ……」

「???」

 

 

 うーん、やっぱりよくわからない様子。

 ……あとでマシュに手伝って貰おうと密かに決心しつつ、一つ咳払い。

 理屈の面がわからないのはもう仕方ないので、結果だけ伝えておこうというやつである。

 

 

「雑にいうと、今のしのちゃんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと。これを複数相手取れるようにしようとすると、今覚えたやり方忘れて貰わないといけないのよ」

「それ、教え方が悪いって話じゃないのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……多分さらにややこしくなるから言及は避けておくわ」

「ええー……」

 

 

 ええー、とか言うなし。

 自己と他者との違いを理解したまま【星の欠片】を他人に使う、ってのは色々難しいんだぞぅ?

 

 そこら辺を完璧に理解するにはそういう才覚を最初から持ってるか、はたまた飽きるほどに他人に術を施すしかないんだから。

 それを急ピッチで仕上げるなら、自他の境界すれすれを攻めるしかないのだし。

 

 

「……それさっきダメなやり方、と言っていたものなのでは?」

「ええい耳聡い、加減できるならこっちのが早いってか、ミスを知ってないとミスらないように調整できないのよっ」

「開き直りやがった……」

 

 

 そこまで語ったところで、今のしのちゃんのやり方がギリギリのものであることがバレてしまった。

 ……いやうん、危ないって言ったのは確かだけども、その危なさが()()()()()()()を知らないと【星の欠片】として習熟できないんだから仕方ねーんだってば。

 ほら言うじゃん、技術の発展には犠牲が付き物って()

 

 ……それは冗談としても、ギリギリを攻めた経験が【星の欠片】を成長させることは事実。

 そして彼女の場合、それを自分相手だけの実験では賄いきれないのもまた事実なのである。

 なにせ彼女の『揺れない天秤』は、そういう実験もほとんど無意味にしてしまう類いのものだからね!

 

 

「だから、本来ならタンマウォッチで停止してるだけで十分な経験値が得られる予定だったんだけど……」

「どうにもうまく行かず、とりあえず他人に付与できるようにだけ整えた……って感じでしょ?予定が狂ったにしては丸く収まった方だと思うけど?」

「そう言ってくれるのはオルタだけだよ……」

(他の方が【星の欠片】特有のルールをよくわかってないだけなのでは……?)

 

 

 やめようアクア、暗に「それ傷の舐め合いみたいなものでは?」みたいな疑問を脳裏に思い浮かべるの。キーアん普通に傷付くから。

 

 ……うん、【星の欠片】的感性がどこまでも関わってくる話なので、そうじゃない相手には伝わりにくいのはもう仕方がない。

 仕方がないとしたうえで、いい加減話がずれまくっているので軌道修正。

 とりあえず、今のしのちゃんが一人相手にしか能力を使えないこと、及びその状況を改善するのは一朝一夕でできることではない……ということだけわかればよい。

 

 

「……んん?ってことはもしかしてですよー、タンマウォッチを貸した意味ってあんまり無かったり……?」

「いやいや、これ無かったらそもそも他者付与できるようになってないからスッゴい大助かりだよ!?」

(暗にもっと時間が掛かる予定だった、って言ってるようなもんよねこれ)

 

 

 ……ええい、話を止めるでないわ!

 などと思いながら、タンマウォッチの必要性を疑いだす琥珀さんに釘を刺す私である。

 わかりにくい説明だったのは確かだが、手に入れた経験値の総量まで誤解されてたら話が立ちいかんわい!

 ……いや待てよ、最初からその方面で説明してたらもっとわかりやすかった?いや、それだと問題点がずれるからそれはそれで問題か……。

 

 うーん、解説って難しい()

 

 

「ともかく、パワーレベリングじゃ本来の予定には届かないけど、パワーレベリングじゃないとそもそもここにたどり着いてないってわかればいいよ……」

「はぁ……」

そ・の・う・え・で!これからしなきゃいけないことに話を戻すけど、それでいい?」

「あっはい」

 

 

 ああまったく、説明だけで幾ら時間を浪費するつもりなんだか……え?お前の説明が悪いからだ?そこツッコむのもう止めない?

 

 ともかく、今のしのちゃんが一人相手にしか能力を使えない、という前提でモノを考えると。

 

 

「最後の最後、聖杯の顕現の際一緒に纏められるモブ達に対して使う、ってのが一番確実なんだよね」

「……あーなるほど、言われてみれば確かにそのタイミングだと一人だけになるのか」

 

 

 聖杯が顕現し、彼女達がリソースとして取り込まれるタイミングでしのちゃんに安定させて貰うのが一番確実、ということになるのだ。

 願いが叶うのは聖杯が成立したあと。

 言い換えると、その前の段階ではそもそも言うほど危険はないのだ。

 

 なので、敢えてそこに至るまでの道程は考えない(捨てる)という判断ができる。

 ……というか、じゃないとしのちゃんの気分が持たないと思う。

 

 

「……んん?」

「自身への悪影響を弾くのが『揺れない天秤』の効果だけど、なんでもかんでも弾いているわけじゃないとも言ったでしょ?」

「自身への利となるものは弾かない……だったか?」

「それともう一つ。外じゃなくて内から湧くものもまた防げないわけ。……例えば、緊張からくる自身のパフォーマンスの低下とかね」

「あー」

 

 

 気の張りつめっぱなしで疲れる、というのは他者からの影響に見えて、その実()()()()()()()()()()()()()()、みたいな?

 ……それゆえ、重要な局面で自身の手が震える……みたいはパターンは『揺れない天秤』では防ぎきれないと。

 

 そこら辺も、本来のように『揺れない天秤』を自然と使うのであれば流れで対処の仕方を覚えられるのだが……生憎それを素直に待ってると『星の死海』への来訪と同じようなことをしなきゃならなくなるので今は選べない、というか。

 

 

「とりあえず、今選べる最善手を選んだ結果、ってことがわかればいいです……」

「…………?」

 

 

 うん、最後までよくわからん、みたいな顔してたなこの人達……。

 思わず嘆く私は、小さくため息を吐いたのであった。

 

 

*1
『揺れない天秤』は天秤の支柱を自身と見立て、その両皿にモノを乗せ釣り合いを取ることで不変を実現する、というもの。これを単に『自身の延長として』他人を扱うとすると、他人の分の重しをそのまま自分の皿に乗せる、という扱いになる(自他同一の法則)。これを『他人を自身と同一でない』として能力を使うのであれば、他人という天秤を新しく一つ用意する必要がでてくる。その辺りが難しい為、今の彼女は皿の中に区分わけを施し、『ここに乗っているのは私の重し』『そこに乗っているのは他人の重し』とすることで擬似的に天秤をもう一つ用意した扱いにしている



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もう執事喫茶でいいかな?(投げやりな提案)

「まぁ、とりあえずホワイトデーそのものをどうにかするが難しい、ってのはわかった。じゃあ俺たちはこれからどうするんだ?」

「そうだねぇ、できれば聖杯が顕現する時に近くにいたいから、できうる限りイベント優勝を狙うスタイルになるかなー」

「結局最初の話に戻ってくんのか……」

「ずるはよくない、って話なのかもねー」

 

 

 一先ず話を終え、再度話題はこれからやるべきことの考察に。

 最終的な対処は聖杯顕現からの、そのタイミングでのモブ達の合一化。

 およびそれに連鎖するはずの周囲の【兆し】への回帰を見計らい、ギリギリで事態が成立しないように固定ないし対処する……という形になる。

 

 それ以外に安全な方法はないのか、ってツッコミが飛んできそうな手段だが……実質的にこれが一番安全な方法です、と返す他あるまい。

 一人一人に保護を掛ける余裕も時間もない以上、彼女達には数多のモブの集合体として頑張って貰うしかないわけだ。

 

 

「まぁ、それはそれとして別の問題を引き起こしそうなのが問題なんだけどね……」

「あー……」

 

 

 ……ただ、そこから起きるだろう問題を思うと頭が痛い、というのも事実である。

 

 なにせその時出来上がるのはスーパーモブ。いわゆるビッグビワのモブ版みたいなもの。

 となれば、当然想定される問題というのもなんとなく見えてくるわけで。

 

 

「……というか、そもそもこの客ビッグビワが作ったもの、みたいなこと言ってなかったじゃない?」

「こういうの元の木阿弥って言うのかな」*1

「えー……」

 

 

 そこまで聞いて、アウラから疑問の声が上がった。

 それはここにいるモブ達が、そもそもビッグビワによってなりきり郷に集まってきた【兆し】を変化させたものじゃなかったか?……というもの。

 

 確かに、彼女達は有害?な『外から転がり落ちてきた』負の感情によって形作られた【兆し】が、ビッグビワというフィルターを通すことで無害なモノに変化させられたものである。

 ……あるのだが、だからといって彼女達が問題の引き金にならないのかと言えば、それは別の話。

 

 

「力そのものに善悪はない、ってよく言うでしょ?今回の場合もそれと似たようなもの。ビッグビワ的には無害なモブにした時点で大丈夫だと思ったんでしょうけど、逆に無害なモブだからこそ民衆──特別な主義主張を持たない集団として扱えるようになっちゃったわけだから」

「それはもしかして、一つの集団を一個の生物として見立てることができる……みたいな話?」

「雑に言うとそういうことになるね」

 

 

 あれだ、特に誰も指示していないという集団がある時、それをうまく取り込むことができれば選挙に勝つことも難しくない……みたいな?

 特別な主義主張がないのだから、そこになにかしらの主張を染み込ませることができれば、それをそっくりそのまま自身の陣営に引き込むことができる……そしてその分、自身の集団の力は上がると。

 

 世の中において、多数決の暴力というのはまだまだ強いもの。

 最近はマイノリティに配慮しよう、みたいな感じで少数の意見が通ることも増えてきたが……選挙などに行けばまだまだ多数派が強いのは見ればわかるはず。*2

 

 今回の話も、それに似たようなもの。

 モブには特徴がない。特徴がないということは、なにかしらの主張もない。

 その中から()()()()()を見いだせるような環境にないからこそ、彼女達はモブの集団として成立するわけであり。

 そして集団であるからこそ、一つの生き物としてそれらを纏めることもできてしまう、と。

 

 結果、彼女達は多数の票という名前の力として見なされてしまったというわけだ。

 ……個人個人にもう少し色を付けていれば、避けられた問題であるとも言える。

 

 

「だからって、このことでビワを責めるのもあれなんだけどね。見りゃわかるけど、この人数に個性って色を付けてくのは、骨が折れるどころの話じゃないし」

「あー確かに。何人いるんだ、って規模だもんなぁ」

 

 

 とはいえ、今の状況を全てビッグビワのせいとするのは無理がある。

 

 確かに、無数のモブとして纏められるようになってしまったのは、ビッグビワの加工()のせいだが。

 とはいえこうして大量に存在するモブ達を見るに、真面目に加工してたらその時点でパンクしていただろう……というのも容易に想像できてしまう。

 あれだ、バレンタインのタイミングで特になにも起きなかったのが、こうして後を引いてしまっているというか。

 

 

「バレンタインにトラブルが起きないと、後を引くの?」

「結果論だけどね。言ってしまえばこのモブ達は、爆発寸前の【兆し】を溜め込んだ結果ってことになるから」

「バレンタインにガス抜きできなかったせい、ってことか?」

「わかりやすく言うと、ね。第四次に対する第五次聖杯戦争……って風に考えることもできるかも?」*3

 

 

 トラブルは確かに多発して欲しくないモノだが、だからといってその種を溜め込んで一気に爆発させて処理する、というのは推奨できまい。

 聖杯戦争以外だと、スプレー缶の処理とかがわかりやすいか。*4

 

 今回はその、推奨されないやり方が意図せず起きてしまった、という話になる。

 例年通りならバレンタインになにかしらのイベントが発生し、それに合わせて騒動の種となる【兆し】も消化されていたはず、というか。

 

 それがなんの因果か、今年に関してはガス抜きとなるバレンタインイベントが発生しなかった。

 そしてその結果、消費されずに溜め込まれていた【兆し】が飽和状態になってしまった……と。

 

 ある意味ではビッグビワやハクさん達が発生することになった、あの時と同じ。

 即刻なにかしらの形にして消費しないと、意図せぬ形で爆発することが(少なくともビワ達には)目に見えていたわけである。

 

 ゆえに、彼女はそれらをモブにすることで消費した。

 迂闊に個性という色を与えると、自分達のように厄災として顕現しかねないとうっすら理解していたがゆえに。

 

 

「想定外だったのは、そうして消費したタイミングで()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと。本来ならモブになったあと、時間を置くことで特に問題のない存在に馴染んませていくはずだったんでしょうけど……」

「そうして馴染む前に、彼女達を燃料として消費できてしまうイベントが始まってしまった、と?」

「うむ、そういうことになるね」

 

 

 バレンタインが特に問題にならなかったのに、ホワイトデーが問題になるはずないでしょ、と高を括っていたのかもしれない。

 

 それゆえ、次のイベントの発生までにモブ達はなりきり郷に馴染み、トラブルの火種になることはないと想定していたが……結果はご覧の通り。

 彼女達は本当に無害になる前に、別の火種に吸い寄せられて自らもまた火種と化してしまった……と。

 

 とはいえ、なにも悪いことばかりではない。

 ビッグビワによる浄化を間に挟んでいるため、仮に纏めて一個の存在にした際にも悪性を発揮することはほぼない、というのがそれだ。

 

 

「……ああそうか。基本的になりきり郷に転がり落ちてくる【兆し】って、小さいものから大きなものまで、ほぼ例外なく妬みとか嫉みとかそういう悪い感情ばっかりなんだっけ」

「そうそう。だからそれをそのまま放置して生まれるものは、原則世界に悪影響しかもたらさないヤバイやつにしかならないんだよね」

 

 

 そういう意味では、ビッグビワやハクさんがこうしてまともな存在として出力されてるのは、中々に驚きの結果でもある。

 あの時彼らの方向性に口を出せる者は居なかったので、普通に悪意ある存在として成立する可能性の方が遥かに高かっただろうし。

 

 なので、今回の場合任務を完遂した際にうまれるのはほぼ善人で決まっているため、余計な心労がないのはとても良いことだと言えるはずだ。

 無論、善人とはいえビッグビワに並び称されるような、あからさまにオーバースペックの存在が生まれることも、同時に決定しているわけだが。

 

 

「……どうにかなんねぇのか?」

「時間がどう足掻いても足りないでーす、これが四月頃とかまでずれ込むんならワンチャンなくもないけど」

「それでもワンチャンなのか……」

 

 

 上げては落とす、みたいな私の物言いに辟易したようにハセヲ君が問い掛けてくるが……なにも私も、好きでそういう言い方をしているわけじゃないので、この件に関しては被害者みたいなもんである。

 ……というわけで、無理なものは無理と宣言しつつ、改めてこの情報をライネスの元に持ち帰る決心をした私なのであったとさ。

 

 なお、実際にこの話を伝えたら怒られました。

 私がトラブル作ったわけじゃないのに理不尽じゃね?

 

 

*1
一旦は改善したものが、再び元の状態に戻ってしまうこと。元々は戦国時代の武将『筒井順昭』が病死した際、その死を息子である順慶が成人するまで隠し通す為の替え玉として用意された『木阿弥』のことを由来とする故事。また、それ以外にも修行を無駄にした僧侶の名前が由来とする説、とある職人のあだ名を由来とする説なども存在する

*2
無論、選挙のような『民衆の代表』を選出する際、少数派の意見によって代表を選ぶのは不可能に近いのも確かな話。少数派の代表を据えるというのは、ある意味で独裁者を選ぶのとほぼ等しい(周囲の意見≒多数派の意見と真っ向からぶつかるという意味で。賛同者が極端に少ない、とも)

*3
『fate』シリーズの話。作中に曰く、第四次聖杯戦争において大聖杯がきちんと降臨しなかった為、使われなかった魔力がほとんど残り、本来なら六十年周期であったはずがそれより遥かに早く第五次聖杯戦争が起きる事態となったのだとか

*4
とある賃貸会社で起きた事故。室内でスプレー缶百本のガス抜きをした結果、給湯器の火が引火し爆発を起こした、というもの。消臭用のスプレー缶だったらしく、杜撰な管理だけが問題とは言い辛い(本来は逆に高額で売り付けるものだったのだとか。それが客に売れず、不良在庫として溜まり続けていたとかなんとか)



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忠誠心は鼻から出る()

「目指せナンバーワン売り上げ、ってことで何故か男装する羽目になったキーアです」

「はわわわわ……」

「そしてこっちが、唐突に限界化してるマシュです」

「いや、ぶれないね君……」

 

 

 はてさて日付は変わって次の日。

 とりあえずラットハウスをホワイトデーの覇者にするため、全力を以て事に当たると決めた私たち。

 その結果なーぜーかー、こうして男装する羽目になった私がいたのでしたとさ。……いやなんでさ?

 

 なお、現在の姿に関しては以前ハルケギニアで使ったシルファ……背の高いキリッとした女性()のそれではなく*1、普通にキーアのまま……すなわち小学生くらいの背丈のままである。……ある種ショタ風味というか?*2

 

 

「ま、まさかこのような日が来ようとは……私にそっち(ショタコン)の気はなかったはずなのでしゅが、これはなんとも……」

「うわぁ!?マシュ鼻血!!鼻血出てる!!?」

「これは鼻血ではありません!私の内から溢れ出る忠誠心が形となったものなのでしゅ!オール・ハイル・せんぱぁぁぁぁぁぁいっ!!!」

「うわぁ……」(ドン引き)

 

 

 銀髪ロングポニテ仕様のそれが刺さったのか、はたまた私が男装していること事態が刺さったのか。

 ……はたまた、眠れる中の人(マシュ方面)が目を覚ましたのか。*3

 答えは不明だが、ともかく鼻から忠誠心(はなぢ)を垂れ流すマシュが怖い、ということは満場一致である。*4

 正直言って怖いので、仕方なく彼女の背後に瞬間移動&首筋に衝撃を加えて気絶のコンボである。

 

 

「なお、このやり方で他人を気絶させるのは不可能に近いので、良い子の皆は真似をしないように!」

「ほっほ~い」

「そもそも瞬間移動の時点で無理があると思うんだよなぁ……」

 

 

 幸せそうな顔で気絶したマシュを家まで転送し、あれこれ真似しないようにと忠告する私である。

 ……まぁライネスの言う通り、真似できそうなのって悟空とかあの辺りくらいのもののような気もするんだけども。

 

 ともあれ、元気よく返事をしてくれたしんちゃんに微笑みつつ、改めて店内を見渡す。

 今回、ラットハウスにて給仕を手伝ってくれているのは以下の人物達。

 

 まずは最初から巻き込まれることが確定していたハセヲ君とキリトちゃんの二人。

 二人とも黒いスーツを着こなしており、できる執事みたいな空気を醸し出していた。

 

 

「……そういえば、この姿になってからズボンに着替えるの初めてかも」

「そうなの?」

「アスナが『キリトちゃんは可愛いんだから、色々着ないとダメ!』って感じにあれこれ着せてくるから……」

「大概爛れてるよね、君のところ」

「今の会話から爛れてる云々の話が出るのはおかしくないか!?」

 

 

 で、二人の内の片方──キリトちゃんの方は、私と同じく扱いの上では男装、ということになる。

 体の性別が女性で中身の性別が男性であるためややこしい、というか?

 まぁ、昨今のあれこれ(LGBTQ)とは微妙に扱いが異なる、というのが一番ややこしいところなのだろうとも思うわけだが。

 元は男性主義嗜好も男性、けれど女性としての自認もありそう振る舞うのも特に忌避感なし……みたいな?

 聞けば聞くほどわけわからんな、私ら。

 

 そういう性別云々の話はともかくとして、キリトちゃんのことだからズボンくらい履いたりしてそうだと思ったけど。

 ……どうやら、アスナさんに押しきられて可愛い服とかばっかり着てるらしい。最近の若い子は爛れてるな!(適当)

 

 二人の話はそれくらいにして、他のメンツについて。

 まずはさっき私が挨拶していたしんちゃんと、その隣に立つピカチュウ(トリムマウ)

 彼らは先日ここに集まった時にも執事服を着ていた面々であり、言うなればホワイトデー仕様ラットハウスの一軍メンバーに当たる存在である。

 ……いや、正確なところを言うと、しんちゃんは別枠なんだけどね?上条さんとウッドロウさんを代わりに加えるべき、というか。

 

 

「ぴっか、ぴかっちゅ」*5

「そーいうわけでぇ~、今日はオラ達がホール()()()?なんだぞ」

「それを言うならホール()()()()、でしょ」

「おぉ~、そーともゆ~」

 

 

 で、本来なら加わるはずの二人は、今日は調理の方に回っているとのこと。

 先日はピカチュウがそうであったように、日によって担当する場所が変わるらしい。

 みんな料理ができるのと、そもそもラットハウスがあくまで軽食のみの提供だからこそできる荒業、みたいなものなのだそうだ。

 

 で、しんちゃんは特に料理はできないのでホールのみの担当、と。

 ……まぁ、そもそも論で行くと彼はここのスタッフではないわけだが。

 

 

「折角の()()()()()()だからぁ、オラもなにかやってみたくなったんだぞ」

()()()()()()ね、ホワイト。……まぁ、イベントやってるんだから参加しないのも勿体ない、か」

 

 

 おお、そーともゆーというお決まりの台詞を再度放つしんちゃんを見つつ、小さく息を吐く私である。

 

 ……そう、イベントごと。

 なりきり郷はいつでもどこでもドタバタしているイメージがあるかもしれないが、実際はそんなにトラブルばかり起きているわけでもない。

 単に住民達がイベント事に積極的なだけであり、それゆえに些細なイベントも大行事になるだけである。

 

 とはいえ、だからといって誰もが全てのイベントに参加する、というわけでもない。

 例えばひな祭りに老人達が乱入することはないように、特定のイベントにおいては()()()()()()以外参加しない、ということも普通にある。

 

 結果として、参加できるイベントには積極的に参加しよう、と行動する人間も多いわけだ。

 しんちゃんもそういうタイプであり、本来なら執事服を着て奉仕……みたいな話とは無縁そうだが、こうして顔馴染みの店に飛び入り参加してきた……と。

 

 

「……いや、原作でもわりとありそうじゃねぇか?ピシッとスーツ決めて色々やるっての」

「スペシャル的なやつとかパロディ的なやつとか?……でもわざわざホワイトデーにはやらないんじゃない?あいちゃん的にも」

「あいちゃんかぁ~……オラ、アルトリアのお姉さんと話してると、たまに思い出しちゃうんだよねぇ~」

「あー、俺がアトリを思い出すのと似たようなもんか……」

「そーそー」

 

 

 そういえばハセヲ君としんちゃんって、身近なヒロイン役の声が同じという共通点があったな……。*6

 なんて変な気付きを覚えつつ、このノリだとしんちゃんもアルトリアからなにか貰ってたりするのかなー、と思案する私である。

 

 ともあれ、現状の店員達は先ほどの面々に私を加えた計七人。

 このメンツでホワイトデーイベントを優勝に導かねばならないわけだ。

 

 

『なるほどー、せんぱいはまた変な問題に顔を突っ込んでいるんですね。ですがご安心を、そういうことならこの人類の頼れる後輩、BBちゃんが徹頭徹尾管理して……管理して……』

「おっと、今日はいたんだねBBちゃん。……って、あれ?」

 

 

 ではどうやって優勝を目指すのか。

 メンツは中々強力だが、それだけで勝てるほど甘くはないぞ……と本格的に対策を考えようとした矢先。

 背後から聞こえてきたのは、ラットハウスの片隅に設置されたホログラム機からの女性の声。

 それと同時に聞き覚えのあるBGMが流れてきたため、どうやらBBちゃんおでましの様子……と振り返った私は、そこでホログラムから半分姿を現した状態で固まる、という微妙に器用なことをしている彼女の姿を目にすることになったのであった。

 

 ……いや、なにしてるのBBちゃん?

 近くに寄って顔の前で手を振って見るが、反応はない。

 まるでフリーズしたかのような固まり方に、いやでもBBちゃんがフリーズなぞするか?

 ……と首を捻った私は。

 

 

『……せ、』

「せ?」

『せせせせせ、せんぱいがががががががががぁ!?』

「えっあっちょ、BBちゃぁぁん!?」

 

 

 突如再起動した彼女が、両頬に手を当て身を捩りながらホログラム機に倒れ込んでいく、という珍妙な姿を目にすることになったのであった。

 思わず反射的に手を伸ばすも、そもそも相手は単なる投射映像のため掴めるはずもなく。

 彼女はそのまま『おーぼーえーてーてーくーだーさーいーぃーっ!!』という言葉をドップラー効果で響かせながら、暗い暗いデータの海へと落ちていったのであった。

 ……うん、どういう状況なのこれ?

 

 

*1
料理下手なのでこういうタイミングで選べる姿ではない、という意味もなくはない

*2
『ショタコン』とは、『正太郎コンプレックス』の略。1981年、アニメ雑誌『ふぁんろーど』にて掲載されていたとあるコーナーが発信源。その中の『ロリコン(≒少女に対して恋愛感情を抱くこと・及びその人)の対となる言葉』についての話が元。対象となる『正太郎』というのは『太陽の使者 鉄人28号』の主人公、金田正太郎のことである。そこから『年若い少年に恋愛感情を抱く』こと・及びその人をショタコンと呼ぶようになった

*3
マシュの中の人の性癖から。ラジオでの彼女の暴走はとても有名()

*4
『鼻から忠誠心』とは、主への強い敬愛()により鼻から溢れ出した液体のこと。要するに鼻血。元ネタは二次創作において、主たるレミリアを敬愛()する余り興奮して鼻血を吹き出すというキャラ付けをされた十六夜咲夜。東方二次創作あるあるシリーズの一つである

*5
あの二人は今日キッチンのシフトだからなー

*6
『クレヨンしんちゃん』のキャラクターの一人、酢乙女あいと『.hack//G.U.』のキャラクターであるアトリは、共にアルトリアと同じ川澄綾子氏が声優をしているというネタ



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勝つことも負けることも共に難しく?

 後輩二人の奇行はともかくとして、改めてホワイトデーに勝つための会議である。

 

 

「とはいうものの、ホワイトデーにおける勝者ってなんだ?」

「……言われてみるとよくわからん概念だね」

「おい」

 

 

 いやほら、バレンタインならこう……チョコをいっぱい貰った人の勝ち、みたいな感じでわかりやすいけども。

 それがホワイトデーとなると、微妙に勝ち負けの判定をし辛いというか。

 あれか?お返しに貰ったものの金額を競えとでも?

 

 

「……普通に性格悪くねぇかそれ」

「というか、その方面だと店舗側の勝ち負けとは微妙に違う話にならないかい?」

「だよねぇ……」

 

 

 ……とまぁ、そんな感じで微妙に纏まらない会議である。

 いやまぁ、個人でのあれそれと店としてのあれそれを混同してるからそうなる、ってだけの話ではあるんだけどね?

 純粋に考えるのならば、客の動員数が多い店の勝ち……って感じになるんだろうし。

 

 

「まぁ、そうじゃないかもしれない、って懸念があるからこそ唸ってるんだけどな、俺達」

「チラシの方には売り上げで競う、とか書いてないからねぇ……」

 

 

 で、そんな単純な考えをストップさせるのが、ホワイトデーイベントのお知らせと題されたチラシ。

 

 ライネス達はこれを見てイベントに参加してみるか、と発起したらしいのだが……生憎このチラシ、競うことを推奨はすれど『なにを以て優劣を決めるのか』についてはあやふやなことしか書いてないのである。

 なんなら、暫定優勝者になにか商品的なモノを渡すのかどうかも不明、みたいな?

 

 

「イベントを盛り上げたい、という意思だけが先行したのだろう。それでも参加者が多く集ったのは、偏に去年のホワイトデーとバレンタインを話題に出したから……ということになるのだろうね」

「どこまで行っても去年の私たちのせい、って言葉が付きまとってくるんじゃが???」

 

 

 まぁ、ウッドロウさんの言うとおり、その理由はチラシそのものからも察せられるわけなのだが。

 

 うん、ホワイトデーをなんとかして盛り上げよう、って気持ちだけが先行していたんだろうな。

 ……と容易に想像させてしまう()()()()()()()は、なんというか商店街のイベントの様相を仄かに匂わせているというか。

 

 本来ならここまで大事になるはずもないのに、迂闊に口にした参考元が思ったより客寄せとして効力を発揮した、みたいな?

 ……この分だと、そもそもイベント本部の方ではまだ評価の基準とかも決まってなさそうな感じがありそうだ。

 

 なんにせよ、競うことを願われているわりには、一体なにを競わせようとしているのかわからない、というのは確かな話。

 これのなにが一番問題かと言うと、結果としてモブ達がなにに惹かれるのかわからない、というところにある。

 

 

「彼女達は『特に個性のないモブ』としてそこにあるわけだけど、その結果個人をターゲットにして狙い打ち……みたいなことができきなくなってるんだよね」

「……それだけだと問題ってほどにはならないんじゃないか?結局その子達全員を引っ張ってこないといけないんだろ?」

「そりゃそうなんだけど、そもそもの話として個人向けのサービスと大衆向けのサービスは違うんだよ」

「……?」

 

 

 ……この天然たらしは……。

 私がなにを問題にしているのか、よくわからないとばかりに首を傾げる上条さんにほんの少しイラッとしてしまったが、そもそもこやつ一万人規模の少女(※クローン)のほぼ全てに好かれている、とかいうわけのわからない経歴持ちだった。そりゃわからんわ。*1

 ……というわけで、代わりに大人の男性であるウッドロウさんに解説して貰うことに。

 

 

「彼女はこう言いたいんだよ。──恋人になりたい人と国の首長に据えたい人は違う、とね」

「……なんで国の話に?」

「先ほどから何度も触れている通り、今回の目的となる客──特徴のない少女達というのは、見方を変えると()()()()()()()()()存在、ということになるからだよ」

「なんのフックもない……?」

 

 

 モブというのは特徴のない人……と再三繰り返しているが、本来それはあり得ない。

 相手が人間であるならば、それらの人々は細かく描写されていないだけであって、確かに個人個人が別個のパーソナリティーを持つ存在であるはずなのだ。

 

 だが今回の目的となる相手達は、ビッグビワが余計な色を加えないように生み出したモノ達。

 ……言い換えると、本来あるべき個性が()()()()()()存在、ということになる。

 

 そうなるとどうなるのか?

 答えとしては単純で、大抵の施策が無意味と化すのである。

 その理由が、フックがない──相手に引っかかるモノがなにもない、というもの。

 

 

「例えば甘いものが好き、という個性を持っているとしよう。そういう個性を持つ相手の気を引くのであれば、一番簡単なのは甘いものを用意することだ。同じように美形の男性が好きならば美形の男性を、金品が好きであるならば金品を……というように、相手の気を引くために相手の好きなもの──フックに縄を掛けるのはごく自然なことだと言える」

「……いや、だったら今回も同じようにやればいいんじゃ?」

「それが難しい相手が、今回のお客様達だということさ。彼女達には個人個人のパーソナリティーがない。ということは彼女達にはフックが──()()()()()()()()()()()()()、ということになる」

「……いや、そんなバカな?」

「それが成立するから問題なんだよ」

 

 

 彼女達はモブとして生み出された。

 それは見方を変えると、『モブであること』以外の個性がない、ということでもある。

 

 物の好みというのはまさに個性であり、ゆえに彼女達は好みを持たない。

 銀ちゃん達を見てキャーキャー言ってたのは、端的に言うと『ホワイトデーに』『イケメンを見てキャーキャー言う』『モブの少女達』という()()として成立していただけにすぎない。

 悪い言い方をすると、彼女達自身が好んで銀ちゃん達にキャーキャー言ってたわけじゃないのだ。

 単に、そういう絵面が成立するだろう空気だから集まっていた、というだけの話であって。

 

 これが、上条さんにほの字となった一万人の少女達──ミサカクローン達との大きな違い。

 多少なりとも個性のあった彼女達と違い、ここのモブにはその少ない個性すらない。

 それゆえに、まっとうな手段での訴えかけはなに一つ届かないのである。

 

 一応、そういうモブ達が集まっていそうな場所・空気感を揃えられればやっては来るだろうが、それは他の場所でも同じこと。

 結果、勝ち負けの方向性ではどこの店も突出しない・できないということになってしまうのだ。

 

 

「じ、じゃあ国の首長云々ってのは?」

「そちらはもっと単純だ。──個を持たないというのは()()()()()()と読み替えることもできる。となれば、そういう人々──いわゆる民衆達を扇動できるのは国の首長、王や皇帝のようなカリスマ持ちだけ、ということになるだろう?」

「な、なるほど……」

 

 

 そうなると手法の一つとして思い付くのが、国の首長として号令を出す、というもの。

 個々の考えを持たない個人の集団というのは、見方を変えると誰かに統率された集団に似ている、とも言える。

 個人としてではなく、群として人を率いるつもりであるならば、彼女達を纏めて誘導するのは恐らく難しくはない。

 

 ……ないのだが、そのやり方だとホワイトデーらしいかは微妙になると思う。

 一種のアイドル化として扱うならギリギリ行けそうな気もするが、それだと一人でやらないと効果が落ちるだろうし、仮に一人でやったとしてもホワイトデーとしての興行扱いされずに聖杯相当のものが発生しない、なんてことになりかねないというか。*2

 

 

「……ああなるほど、聖杯相当のモノが現れないとモブである彼女達が一つに混ざる、という過程が発生しないのか」

「そういうこと。彼女達を誘導する、って意味では多分一人で纏めるのが一番早いけど、そのパターンだと彼女達は多分『一人を持ち上げるファン』みたいな感じになってずっと集団のままだと思う」

「問題が解決するどころか、ずっと火種を抱え続ける羽目になるってわけか……」

 

 

 今回の最終的な目的は、聖杯的なものの顕現に合わせ一つの力に混ざろうとしたモブ達を、その固まったエネルギーの状態で固定し別の存在に定義し直すこと。

 それを成すためには、彼女達が一個の存在に──概念的にそう見えるという話ではなく、物理的にそうなった状態でなくてはならない。

 

 つまり、一人のカリスマに付き従うファン達、という形になりかねないやり方は非推奨だし、そもそもそのやり方だとホワイトデーの形式から外れかねないのでそっちの意味でも非推奨。

 ……ついでにいうと、そういうことができる人間は漏れなく彼女達以外の普通の住民も引き寄せてしまう可能性が高く、結果としてその住民達も混ざる危険大……みたいな懸念もある。

 

 現状そういうことができそうな人の第一人者はウッドロウさんだろうが、彼もまた普通に強いカリスマ持ちなのでその辺りの懸念は消えないだろう。

 

 ……つまり、大衆を動かすような手段は『やり過ぎ』に当たるため選べず。

 かといっていわゆるガチ恋*3みたいなものを誘発しようにも、相手となる少女達は個性がない・つまり恋愛のフックがないので靡くもなにもない。

 

 この状況下で、きちんとホワイトデーをやりつつなにかしらの勝利条件を満たさない限り、聖杯相当のなにかも降りてこない……と。

 

 

「ね、どうしたらいいんだかわかんないでしょ?」

「そんな軽い口調で言うことじゃねぇよなこれ」

 

 

 いやー、本当にどうしたものかね、これ?

 

 

*1
御坂美琴のクローン達のこと。一万人を越える彼女達のほとんどから好意を持たれている上条さんである()

*2
『一人でやらないと~』というのはグループアイドルのこと。箱推しでもない限りは誰か一人・ないし二人を推すだろう、ということ。その結果人気が分散するのでよくない、ということ。『ホワイトデー扱いされない』の方は単純なアイドル活動とどう違う、という意味。ホワイトデーとしての特別性が見られない、という難癖に近いもの

*3
本気(ガチ)で恋をしてしまうこと。主にアイドルやゲームのキャラなど、本来付き合える可能性がほとんどない相手に向ける恋愛感情のことを指す



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企画はちゃんと纏めましょう

「……一番簡単なのは、運営に突撃して勝利条件を明確にして貰うこと、かな?」

「まぁ、現状だとそれが一番早いだろうね。今こうして話がややこしくなってしまっているのは、結局のところイベントの企画者がここまで大事になると想定していなかったから……というところが大きいのだから」

 

 

 あれこれ話した結果、一番手っ取り早いのは運営に突撃すること、ということになったのだけれど。

 ……うん、確かにこれが早いだろうけど、実際にそれをするとよくないだろうなぁ、とも思う私である。なんでかって?

 

 

「……絶対萎縮するよね、このメンバーの誰が行っても」

「あー……」

 

 

 イベントとしての規模が大きくない、という話からわかるように、このホワイトデーイベントを企画した人間は特段有名な人物でもなければ、ゆかりんのような上の存在というわけでもない。

 いいとこ商店街でちょっと有名な店の人……くらいのものであって、その知名度も持っている権力も強くない普通の人、というような区分の相手なわけだ。

 

 たまにいるなりきり郷内の一般人、というわけだが……そんな人の前に、私たちみたいなのが突撃して警戒されずに済むだろうか?

 ただでさえ主人公系キャラが多いうえに、主人公じゃない人も王様だったり貴族様だったりするのである。

 

 ……うん、私の立場だったら『なにか不味いことしましたか!?』って白目を剥きそう。

 その上ある意味では『不味いこと』になってるのも事実だから、掛かる心労が跳ね上がりそう(小並感)

 

 つまり、運営に直談判するのが最善ではあるけど、その結果来年からはホワイトデーはありません……みたいな話になりかねないのであんまりやるべきじゃない、ということになるわけだ。

 折角板における名無し相当の人がくれたイベントなのだから、できれば定番ものとして継続して行きたい気持ちがある、ともいう。

 

 

「そうなると……問題は起きてない、という体で進めるしかないってことか?」

「まぁ、端的に言うとね?『逆憑依』が起こした問題ならともかく、名無しに当たる人が問題を起こしたってなったら実態はどうあれ気に病むだろうし」

 

 

 いやまぁ、元を辿ると外の人達の悪心のせい、ってことになるんだけども。

 その辺りの機微が単なる一般人である運営の人に伝わるかなぁ……という疑念も無くはないので、伝えずに済むのならそっちの方がいいでしょ、というか。

 

 ……そんなわけなので、一番簡単かつ確実な『運営への直談判』は禁止。

 それ以外の対策を考えていこう、という話になったのであった。

 

 

「……まぁ、そうなると話が振り出しに戻るんですけどね!いじめかな!?」

「ホワイトデーらしさを残しつつ、大勢の人間が注目するようなことをしないといけないわけだからなぁ……」

 

 

 ……で、そうなるとさっきまでの話に戻ってしまうと。

 客となるモブ少女達が、大抵のイベント施策に興味無し……という状況で、あんまり変な方向性にならないように──端的に言うと宗教染みた空気にならないように──しながら人を集めなければいけない、というのが今回の話。

 

 面倒なのが、他所の店より明確に人を集めないといけない、という点。

 勝ち負けの規準が不明瞭な以上、とりあえずモブ少女達をうちに一纏めにできるようななにかをしなければいけない、というのは確かだろう。

 

 だがしかし、そこで普通の施策をしたところで人は集まるまい。

 正確には、ある程度は集まるだろうが()()()()()()()不可能、ということになるか。

 その理由──現状のモブ少女達の集まる条件、というのが()()()()()()()()()()という、正直そんなもの条件とは言わない……みたいなモノであることであることは、先ほど話した通り。

 

 これの問題点は、特定の人だけが満たせるようなモノではなく、誰でも満たせるようなものであるという部分にある。

 言うなれば、他の店でイベントをやっていようがこの店でイベントをやっていようが、それらの違いが集客率にまったく影響しないのだ。

 いや、もしかしたらイベントの内容すら関係ない可能性も?

 

 

「流石にそこまで極端ではないと思うけど……人の集まりやすさなんて、その時々の状況やら客層やらによって幾らでも変わるもの。それを制御するための『客の好み』が相手に存在しない以上、まともなイベントじゃあ他との差なんて付けられるはずがないんだよね」

「だから王様とかアイドルとか、そういう熱狂的なファンを呼ぶものを利用したいってのが本音だと?」

「……その本音もさっきの話でノーを突き付けられるんだけどね」

 

 

 純粋に集まっている人数だけが指標となっているのなら、他所の客すら奪うようなモノをやるしかない……ということになるのだが、それをやるとイベントを破綻させてしまうため宜しくない。

 というか、仮にそれをしようとするとウッドロウさんに演説して貰うとか、はたまたBBちゃんに周囲の人達を無意識に誘導して貰うとか、あからさまにやり過ぎな手段に訴えるしかなくなるわけで。

 ……そっちの方面でもイベント崩壊の危機であり、そりゃまぁどうしたもんかと唸るしかなくなるというか。

 

 

「うーん、どこかに他所に迷惑をかけず、かつ明らかに一つの店を目的に集まっていると認識させられるようななにかはないものか……」

「そんな都合のいいものあるわけな……って、ん?」

 

 

 せめて問題がそれぞれ独立してるならなんとかなるんだろうけど、今回に関しては全部纏めて解消しないと意味ないからなぁ……と、腕を組みながら唸る私である。

 で、そんな私の言葉に苦笑しながらキリトちゃんが外を見て、なにかに気付いたように声をあげた。

 

 一体なにを見つけたのだろう、と彼女の背後に回って視線の先を追ってみると。

 

 

(´v`)「今日は付き合ってくれてありがとうだし……」

「いや、私も中々楽しかった。また機会があれば頼む」

(´v`)「お安いご用だし……」

「ルドルフと……オグリ?」

「スケートか?」

「いや、あの二人に関しては寧ろオグリのが(ランスロ風味なので)強い」

「マジかよ……」

 

 

 その視線の先にいたのは、たぬき形態で楽しげにじたばたしているルドルフと、そんな彼女を胸元に抱いて優しく撫でるオグリ、というなんとも言えない組み合わせの二人。

 

 ……この組み合わせなのでスケート()を思い浮かべてしまうハセヲ君にちょっと苦笑してしまうが、実のところここの二人に関しては寧ろルドルフがたじたじになる方向性だったりする。

 それもこれも、ちょくちょく影響を周囲に残しまくるアルトリアの薫陶によるものなわけだが……ともあれ、あのオグリがそこらの女性を全部夢女に変えるようなとんでもキャラと化してることは事実。

 ……え?そもそも元となった馬の時点でそういう空気感がある?それはそう。

 

 話を戻して、意外と上手くやってるのは確かなのだろうな、という気持ちで二人のやり取りを眺めていた私たちだったのだけれど。

 

 

「……ん?オグリとルドルフ……スケート……周囲の脳を焼く……」

「なんかぶつぶつ言い出したぞ」

「しっ、これはキーアちゃん推理モードって言って、ぶつぶつと呟くことで脳の回転を促し、与えられた情報から最適解を導き出す一種の集中状態なんだ。みんなからはその時のぶつぶつ言ってる姿が怖い、ってことで『キーアちゃんキモッ』と呼ばれ親しまれているよ」

「おう、その説明するってことは貴様警察に通報されたいってことだよな???」*1

 

 

 いきなりなにを言い出すんじゃこのロリは。

 いやまぁ体型だけで言うなら私もロリだけども。

 

 ……ともかく、私の灰色の脳細胞が高速回転を始めたのは事実。

 これにより事件解決のための道筋は整い、あとはそれを遂行するだけの話となった!多分!

 

 

「適当すぎる……」

「うっさい。……とにかく、やるべきことが見えたわ、突破手段も」

「と、いうと?」

「単純な話よ。モブ少女達はあくまで人の集団によってくる賑やかし、それそのものが売り上げに貢献したりはしない。……いやまぁ、人が集まっている、っていう状況そのものが人を呼ぶ、ってこともあるから正確ではないんだけど……ともかく、()()()()()()()()()()()()()のは事実なわけ」

「……ふむ?」

 

 

 その上で、集客率がイベントの勝利に繋がる可能性が高い……ということになると、彼女達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()扱い、ということになる。

 

 

「……んん?」

「わかりにくい?じゃあもっと雑に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()ってことよ」

「そう……だったか?」

「本来なら無理ね。モブ少女達は集まった普通の客に引き寄せられるものだから」

 

 

 人がいるから寄ってくるという扱いの彼女達は、本人達に目的らしき目的がないがゆえに、必然他の客を意識する必要がある存在である。

 そのため、他の客を集めるためにイベントを企画すると、結果として他所の売り上げを奪わなければならない……という問題がついて回る形となってしまっていた。

 なんなら他に分散するモブ少女達を一ヶ所に集中させるため、かなり極端なイベントか必要になる……なんて試算になってしまっていたわけだ。

 

 この問題は引き離すことができず、どちらかを優先するともう片方も同時に優先する形になってしまう。

 ゆえに手詰まり、という形になっていたのだが……。

 

 

「──モブ少女達だけを誘導する手段を見つけた、って言ったら驚く?」

「はい?」

 

 

 それを解決する策を思い付いたと私が告げれば、周囲の面々はなに言ってるのこいつ、みたいな顔を向けてきたのであった。

 ……中々に失礼だね、君たち。

 

 

*1
『ギャグマンガ日和』より『名探偵うさみちゃん』内のやりとりから。話のタイトルとなっているうさみちゃんは、推理をする際目が怖くなり、それを指して『うさみちゃん何その目怖っ!』と言われる(作中では別名『うさみちゃん目つき悪ッ!』と呼ばれる)



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※ヒントは属性

(´^`)「……なんで私たち呼ばれたんだし?」

「さぁ?」

 

 

 そんなわけで、迅速に店内に呼び寄せたのは先ほどの二人、ルドルフとオグリ。

 彼女達二人が、今回のイベントを勝利に導くキーマンなのである!……と告げたところ、みんなから返ってきたのは困惑の表情であった。

 

 

「いやどういうことだよ。この二人を加えるだけで成功とかなに言ってるんだよマジで」

「なるほど、では順を追って説明しましょう。今回のイベントで問題になっているのは大まかに二つ、イベント形式と客だ」

 

 

 これはちゃんと説明しないと納得しそうにないな、ということで初めから説明することにする私。

 

 まず、耳にタコができるほどに聞き飽きているかも知れないが……今回のホワイトデーは、色々な事情から聖杯戦争みたいなものになってしまったもの、という風に解釈することができる。

 一応、厳密には聖杯が降臨したりするわけではないのだが……()()()()()()()()()が生まれる可能性があるため、警戒されていると。

 

 

「ここでいう『聖杯に相当するもの』ってのは、極論優勝トロフィーとか優勝者への景品とか、他にも形を持たない『勝ったという栄誉』とかでもいい。とにかく、()()()()()()()()()()()()と明確に示すなにか、ってことになるわけ」

「形がなくてもいいのか?」

「ここでいう『聖杯に相当するもの』はあくまで着火材みたいなもので、明確に問題になるのはそのあとの話だからね」

 

 

 言い換えると、この『聖杯に相当するもの』自体に危険性はない、ということになる。

 どちらかといえば、そうして『誰かが勝って頂点に立った』という事実自体が問題視されている、みたいな感じというか。

 

 

「そうなる理由が、客──もとい、ビワが作り出したモブ少女達ってわけだね」

「悪いエネルギーを害のないモノに変化させた、という感じだったか」

 

 

 聖杯の泥を落として単に願いを叶えるものに変化させた、みたいな感じになるのだろうか?

 

 ……まぁともかく、そうしてなりきり郷の外から転がり落ちてきた悪心達を浄化することで生み出されたエネルギーは、しかしてそのまま外に放出するのは躊躇われるものでもあった。

 指向性がないエネルギーというのは、周囲の祈り(からの刺激)に敏感に反応してしまうものということでもある。

 

 無重力空間に浮いているボールのようなもの、とでもいうか。

 なにも力を加えなければそのボールは同じ場所に浮いたままだが、外から力を加えてやれば特に他のなにかが起こらない限り、与えられた力に従ってずっと進んでいってしまう。

 

 色のないエネルギーというのは、それと似たようなもの。

 特にここでいうそれは【兆し】──周囲の願いを受けて稼働するものであるため、その危険性は語るべくもない。

 ゆえに、ビワはそれをそのまま放出するわけではなく、人型の存在としてある程度加工する形で外に放出した、と。

 

 

「とはいえ、それだけだと足りてなかったというか、それが足りるようになる時間が足りなかったというか……」

「本来ならそうして放出された人型達は、ある程度他の人から離した状態で慣らす必要があった、ということだね?」

「まぁ、そうなりますね……」

 

 

 冷蔵庫で冷えて固まる前に外に出してしまったチョコみたいなもの、というか。

 本来なら冷蔵して形を固定する、という手順が必要なのに、それをする暇がなかったというか。

 

 ……まぁともかく、作られた人型達は本来であれば周囲の願いに過剰に反応する、なんて性質を失った状態で放出されるはずが、なんらかのトラブル……もしくは()()()といった体で放流されてしまった、と。

 

 

「……ん?わざと?」

「かもしれないってだけの話。ビワって仮にもケルヌンノス……神様からの派生だから、実際のところ私たちに対する試練として彼女達を出力した、って可能性もなくはないんだよね」

「それははた迷惑すぎる……」

「本来神様ってそういうもんだけどね」

 

 

 もしくは、迷惑な現象を『神』であるとすることで、人々の怒りを抑えようとしたのかも。

 ……その辺りの神様論はともかく、結果としてモブ少女達が中途半端に【兆し】としての性質を残したまま現世に現れた、というのは確かな話。

 

 ここで、ホワイトデーイベントが話に関わってくる。

 さっき触れた『聖杯に相当するもの』が、ある種の願望器となってしまうのである。

 

 

「ある意味では小さなイベントだからこそ、って部分もあるのかもしれないね」

「と、いうと?」

「商店街規模なのに滅茶苦茶参加者が増えたせいで、結果として景品が規模に見合わなくなった……みたいな?」

「あー……」

 

 

 イベント形式の問題として『競うものである』ことを問題視してきたが、その実一番の問題は『色々見合ってない』ことなのかも、というか。

 

 運営が明確な勝利条件を提示できてなかったり、仮に優勝したとしてなにを貰えるのかもわからなかったり。

 そんな細々とした問題点が、寧ろ今回の場合はことを大きくする要因になってしまっている……とも言えるかも。

 

 要するに、運営側の『申し訳なく思う気持ち』が一番の問題なのかも、というわけだ。

 

 

「有名どころに企業や上役。本来なら目にすることすらないような相手達が、こぞって自分達の企画したイベントに参加してくる……プレッシャーも凄いでしょうけど、彼らが参加したことを間違いだったと思わないようなモノを用意しないと、なんて方向に思い詰めてる可能性もあるわよね?」

「その結果他の進行も遅れてる……と?」

「基本的に運営側がしなきゃいけないことが審査と表彰くらいしかないからこそ、問題なくイベントが動いているとも言えるわね」

 

 

 一言で纏めてしまうと、あらゆる意味で分不相応、というか。

 結果、この辺りで一番強い願いが『ちゃんとした景品を用意したい』になってしまっている、と。

 

 

「で、この状況下で『聖杯らしきもの』が成立してしまうと、まず真っ先にその願いに反応してしまうってわけ」

「【兆し】の考え方からすると、それらの願いが集まる()になるという方が正しいのかな?」

「そだねー」

 

 

 ゆえに、この状況下で聖杯戦争()が決着してしまうと、まず優勝者への景品に対して『相応しいものを』と願う気質が集まっていく、という形になる。

 それに強く反応してしまうのがモブ少女達だ。

 彼女達は【兆し】としての性質を宿したままだが、特にその方向性を持たない存在。

 ゆえにその願いに対して反応し、結果として元のエネルギーに戻ってしまう。

 

 それだけならまだいいのだが、その『エネルギーに戻る』という現象が数えられないほどに起こることで、本来明確に形を持つモノであるはずの【顕象】達にも影響が出てしまうのだ。

 

 

「『都喰らい』に準えて『兆し喰らい』と名付けていたみたいだけど……実際、そんなことが起こりうるのかい?」

「可能性としては半々かなぁ……無いと強弁もできないけど、かといって絶対に起こるとも言い辛いというか」

「ふむ?」

 

 

 で、この『影響が出る』という部分。

 今まで確定事項のように話していたが、その実絶対に起こるとは言い辛い部分もあったり。

 何故かと言うと、『都喰らい』と違って【顕象】となった【兆し】の結束力はかなり高いから、というところが大きい。

 

 

「安定しなきゃ【鏡像】になるってことからわかる通り、【顕象】達は今の状態でとても安定してるんだよね。だから、その安定を崩すほどの現象になるか否か、ってところが問題の焦点になるというか」

「なるほど。安定した分子を原子に剥がそうとする際、とても強い力が必要となる……というのと似たようなものか」

「まぁ、そうなりますね」

 

 

 類例である『都喰らい』が寧ろ影響力が高過ぎるというか。

 ……ともあれ、仮に数百単位でモブ少女達を集め、それらをエネルギーに還元したとしても、恐らく周囲の【顕象】にはなんの影響もないだろう。

 

 ──だからこそ、もし仮に彼らに影響が出るようなレベルだった場合、『逆憑依』達は一溜まりもないだろう、という話になるわけだが。

 

 

「……『逆憑依』の方が危ないのか?」

「危ないって言うより抵抗ができないだろう、ってことの方が問題というか。【顕象】は徹頭徹尾【兆し】で構成されてるけど、『逆憑依』は中身の核に【兆し】を纏ってるようなもんだから、仮にそういう『影響を剥がす』ような現象が起こったら、中身の保護のために寧ろ積極的に剥がれていく可能性大というか」

「なるほど……」

 

 

 一応、【顕象】に影響が出るようなレベルでなければ問題はないだろうが。

 逆に言うと彼らに影響が出るレベルなら、『逆憑依』達は既に『逆憑依』じゃなくなってる可能性が高い。

 

 ゆえに、危険性が低い話であれ、警戒しておかないと問題になるわけである。

 ──実際にそれが起こった時には、もう私たちに対処は不可能になっているだろうから。

 

 ……事前に対処を練る正当性についてはこれくらいにして。

 とりあえず、今の状況でなにもせずにいると、誰かが優勝したそのタイミングで郷が滅ぶ……みたいな可能性が高いことは事実。

 じゃあどうするのか、ということで対策の一つに挙げられたのが、しのちゃんによる臨界状態のモブ少女達の固定、というわけなのだけれど。

 

 

「これをしようとすると、モブ少女達を一ヶ所に纏めないといけないんだよね、効果範囲的に」

「最終的に一つに纏まるとはいえ、纏まった最後の部分を狙うのは無理があるということか……」

 

 

 当初聖杯降臨のタイミングで封印、という予定でいたが。

 先の問題点──聖杯が成立した時点で他の『逆憑依』は行動不能の可能性大、という部分をよく精査したところ。

 そのタイミングでの封印は不可能、もしくはできてもなりきり郷に被害甚大ということで却下となった。

 

 なので、どうにかするためには『表彰会場≒聖杯の降臨先から離れた場所にモブ少女達を集めておき、離れた位置で一つのエネルギーに変化するところを押さえる』という風にするしかない、ということになったのだけれど。

 これにはこれで問題があって、その離れた位置にモブ少女達が全員揃ってないと、結局意味がないのだ。

 

 

「しのちゃんのそれは相手を一つの存在として固定するものだけど、固定したあとに起きた異変にまでは対応しきれないというか……」

「固定したタイミングで存在の強度を決定するから、その強度を越えられるとどうしようもないのよね……」

 

 

 本人に対してならともかく、他人に対して使う『揺れない天秤』は成立時点でその存在を固定するもの。

 ……言い換えるとその強度は『その存在が保たれる』程度に収まるため、その強度を上回るような影響が発生すると固定がほどかれてしまうのである。

 

 つまり、複数箇所でモブ少女達が終結してしまうと、それぞれの地点で一纏めにしたあと、聖杯の元に集い直す……という形になり、ゆえにしのちゃんによる固定もまた破壊されてしまう……と。

 なので、モブ少女達は()()一ヶ所に纏めておかないといけない。

 

 ……のだが、宗教めいた影響力のものでない限り彼女達を一ヶ所に留めることは不可能に近く。

 またそのレベルの施策は、ほぼ確実に他所の店を必要以上に妨害するようなものになってしまう……と。

 

 

「これらの理由から、まともな解法(かいほう)はないと思われていた……んだけど」

「ん?」

「──ここで、この二人が問題解決の決め手になるってわけ」

(´^`)「……どういうことだし?」

 

 

 その絡み合った問題を解決する策──それが二人に、特にルドルフにあると告げる私。

 それを聞いたルドルフは、自身に集まってきた視線にたじろぐようにじたばたし始めたのだった。

 

 



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みんなに素敵だね、を植え付けるし……

「そう、解決の策っていうのはスケートのことだったんだよ!!」<バーン

Σ(;´oAo)「いきなりなにを言ってるんだし!?」

 

 

 私が見出だした解決策、それはモブ少女達にスケートをさせること!

 ……もとい、現在のルドルフ達の関係性を利用することであった。

 

 

「そりゃまた、どういうことだ?」

「まず初めに、モブ少女達には特徴らしき特徴ががないって言ったと思うんだけど、それは正確には間違いだったんだ」

「間違い?」

「そう。……ただまぁ、単純に間違いと言っていいのかというと、微妙に悩むところもあるんだけど」

「はぁ?」

 

 

 彼女達は無垢な力の結晶として排出されたと私は述べたが、しかしてその事実そのものは間違いではない。

 言い換えるなら、()()()()()()()()というのが正解になるんじゃないだろうか?

 

 

「見落とし、っていうと……」

「出来上がったモノが例えどんなものであれ、それが()()()()()()()()()っていうのは消えないものでしょ?というか寧ろ、製造元不明のモノの方が色々と危ないから避けられるというか……」

「製造元って……あっ」

「そ。()()()()()()()っていう事実……属性(とくちょう)は消えないってわけ」

 

 

 そう、誰が彼女たちを作り上げたのか、という属性は消えないのである。

 とはいえ、あくまでも『製造元:ビワ(Made in Bigbiwa)』って感じにラベルがくっついてるだけで、それ以上の情報を得ることはできないような、とても細い繋がりだけが残っているわけだけど。

 

 それでも、見方を変えれば『全く繋がりがないという程でもなかった』という扱いになるのもおかしくないだろう。

 ゆえに、今回はその細い繋がりを利用させて貰おう、ということになったのであった。

 

 

「……なるほど。細い繋がりを最大限利用するために、そこに干渉できる強い影響を利用しようということなのだね?」

(´^`)「だし?」

「そういうことですね。ルドルフ本人じゃなくてたぬきの方である彼女だからこそ、二次創作での扱いを強く意識させられるというか……」

(´´^`)「どういうことだし……?」

 

 

 とはいえ、細い繋がりであるということは、そこから相手に共有()()()()()情報も少ない、ということでもある。

 言い換えると、普段の状況ならあってもなくても同じような、小さな影響しかないわけだ。

 となれば、それを最大限利用するには、それをできるだけの情報量が必要となってくる。

 ──それを満たすのが、ルドルフのスケート(名詞)だったというわけだ。

 

 彼女とモブ少女達は共にビワから生まれたモノであるため、間接的ながら繋がりを持っている。

 それゆえに、その細い繋がりにスケート情報を流し込むことでモブ少女達を汚染()してしまおう、というわけなのだ。

 

 

(`>Δ<)≡3「汚染とか酷い言い種だし!」

「いやー、実際汚染では?……多分増えるシリーズの存在も今回の作戦の肝だろうし」

(´´^`)「ぬぐっ、それを言われると困るんだし……」

 

 

 まぁ一つ懸念点があるとすれば、ルドルフ側の持つ属性を最大限発揮させる必要があるため、結果としてモブ少女達が軽ーいルドルフみたいなことになりかねない……みたいな部分だろうか。

 今しがたライネスが口にしたように、増えるシリーズの要素も彼女の侵食力を高める上で利用させて貰う形になるわけだけど、逆に言うとその分汚染の仕方が片寄るってことでもあるわけだし。

 ……いや、汚染の仕方が片寄るってなんだよ?

 

 

「ただまぁ、それでもまだ問題解決には足りてないんだよね」

「そうなのか?結構大丈夫そうに聞こえるけど」

「やっぱり、互いの繋がりが細いっていうのが問題でね。ここまで濃ゆい汚染を利用しても、比率的には多分一割程度に影響を与えられるかどうか、ってところまでしかいかないって想定なんだよね」

「これで一割……?!」

 

 

 ただまぁ、この時点では成功率は低いと言わざるを得ない。

 一応元の彼女達を思えば、これでも十分染め上げられてる方なんだけどね。

 それでも、百パーセントに到達していない以上は誘導漏れが出る可能性がある、というのも事実。

 そこから連鎖して、作戦が失敗に終わる可能性もそれなりに見えてしまうというわけである。

 

 

「ってなわけで、そこで登場するのがオグリってわけ」

「ん?私か?」

 

 

 そこで登場するのが、先ほどから手持無沙汰ゆえか大食いメニューに挑戦し始めたオグリ。

 

 ……なりきり郷って食事にお金が掛からないのに、この大食いはなにを賭けて戦わされているのだろう……?

 みたいな疑問が脳裏を過ったが、今の状況には全く関係ないのでスルーして……改めて、オグリに視線を向ける私。

 

 

「このオグリが本来のそれとはちょっと違う、ってのはみんなご存じだと思うんだけど……その相違点のうちの一つである『王の友(サー・ランスロット)』はその名前の通り、アーサー王伝説のランスロット卿をモチーフにしたものなんだよね」

「アルトリアが与えた、とか言ってたな確か……」

 

 

 元をただせば彼女が()()すべてのアルトリアの要素を持つことで、獅子王のように他者に『ギフト』を渡す能力を持っていたからこその珍事というわけだが……ともかく。

 

 彼女の一番の()()として認められたオグリに当初与えられた『王の馬(ドゥ・スタリオン)』から派生したこのギフトは、与えた相手を配下ではなく同格の友として認めるもの。

 言い換えると、実は本来のサー・ランスロットよりポジション的な価値がほんのり高いのである。

 

 

「……そうなのか?」

「いやまぁ、原作の二人が悪いってわけじゃないんだけどね?ただ『王の友』の場合、名前の中に『友』って明言してあるところがポイントなんだよ」

「ふむ……?」

 

 

 原作の二人も友誼を結んだ仲だが、それでも王と騎士という立場の関係上、完全に腹を割って話すことはできなかった。

 ……正確にはやれなかったという感じかもしれないが、ともかく友でありながらすれ違いがあったのも事実。

 

 その反省からということなのか、はたまたそれを参考にしたからなのか。

 実は『王の友』には「王と友は対等である」と最初の時点で明言する効果があるのである。

 

 それは言い換えると、友と明言された相手もまた、王とと同じ立ち位置にいると考えることもできるわけで……。

 

 

「え、そうなるの?」

「あくまで見立てとして、ってだけだけどね。でもまぁ、下々(しもじも)の民からしてみれば王を恐れず話せる相手、なんて()()()()()みたいなものって扱いになるのはおかしくないと思わない?」

「……無礼を許されているってことだもんなぁ」

 

 

 王本人の気まぐれでなく、明確に同等であると認めた存在。

 となれば、属国などではない第三国・友好国なりなんなりの王族ないし王本人みたいな扱い、という風に解釈することもできなくはあるまい。

 

 その結果、今のオグリには微弱ながら『カリスマ』スキルが生えているのである。

 

 

「!?」

「さながら『騎士のカリスマ』ってところかな?*1……そんでもってここからが重要なんだけど、強いカリスマって呪いじみた効果になる、って説明されてるの知ってる?」

「人としての最高峰であるAランクを越えるカリスマに、そういう効果があることは聞いたことがあるよ」*2

「結構。じゃあ私が言いたいこともなんとなくわかるよね?」

「……いやでも、オグリのそれは微弱なんじゃないのか?」

 

 

 強すぎるカリスマは、まるで呪いのように人々に浸透し、その崇拝を集めるとされる。

 つまり、オグリにカリスマを発揮して貰うことで、モブ少女達を一種の洗脳状態にしよう、というのがこの話の本質になるわけだ。

 

 ……が、勿論キリトちゃんの言う通り、今のオグリにそのレベルのカリスマを発揮することは望めまい。

 あくまでアルトリアの友として認められているからこそ、副次的に発生しているカリスマであるため、そのランクは恐らく高くてもCとかその辺りのはず。

 

 それでは、高いカリスマ特有の呪いじみた効果を発揮することは難しいだろう。

 ……となれば、そこから効果を跳ね上げるためのなにかしらの策が必要になる、ということになるわけで。

 

 

(´^`)「……はっ、まさかだし」

「え、なにか気付いたのかルドルフ……って、

「気付いたみたいだからいうけど。……オグリに付いたカリスマはアルトリアの友としてのそれだけど。同時に、名前からわかるようにランスロット──貴婦人に愛されるフランス騎士の属性も含んでるわけで。その上さらに、相手はルドルフの嗜好に汚染されたモブ少女達。──効果が倍増しそうな予感、してきたでしょ?」

(´´^`)「た、確かにだし……」

 

 

 女性を惑わすフランス騎士としての属性、ルドルフからオグリへの反応。

 それらをカリスマスキルに合わせれば、()()()()()()()()()()()()カリスマというのも、まぁ辛うじてでっち上げられなくもあるまい。

 

 ──すなわち、カリスマ【たぬき(ルドルフ)】(愛騎士のカリスマ)

 それにより、ルドルフによる微細な汚染を百パーセントにまで引き上げ、モブ少女達を全て一ヶ所に留めおく……。

 

 

「──これが、勝利への方程式だ!」

「お、おおー……」

 

 

 完璧、とは言い辛いかもしれないが、現状取れる策としては恐らく最良のもの。

 それを唱えきった私は、ある種勝ち誇るように右手を掲げたのだった──。

 

 

*1
仮に効果を付けるなら『味方全体の攻撃力をアップ&騎士特性の味方の攻撃力をさらにアップ』とかになると思われる

*2
ギルガメッシュの持つカリスマ:A+の説明にそのような事が表記されている。正確には『ここまでくると呪いのようなもの』との表記



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上手く行っても問題山積み

「───まぁ、これが上手く行ってもそれはそれで問題なんだけどね」

「ここまできて出鼻を挫くなよ!」

 

 

 さて、朗々と策を語った私だが、同時にこれがあんまり選びたくない類いのものであることも事実。

 

 なにせ無垢な──何色にも染まっていないモブ少女達を、ルドルフ色に染める必要があるわけだし。

 その結果なにが起こるのかを思えば、本当はやりたくないって気持ちになるのが普通と言うか。

 

 

「……最悪みんなルドルフになるのか」

「なんならその状態で固定化する羽目になるから、スーパーパワーを持ったルドルフが誕生してしまうね」

 

 

 スーパールドルフパトロール誕生、みたいな?もしくはバーサーカークラスのルドルフ誕生、みたいな(やっちゃえ的な意味で)。

 ……どっちにしろ致命的感凄いんだけど、どうすりゃいいんだろうねこれ?

 

 

「でも、それ以外に成功率が高い話もないんでしょう?」

「まぁ、うん。彼女達の集めにくさは前述の通り……ってやつだからね」

 

 

 しのちゃんの言葉に、不承不承といった風に頷く私。

 

 再三説明した通り、モブ少女達の気を引く、というのは並大抵のことではない。

 そして普通に考えて取れる手段において、それをなし得る行動というのは原則他店他者への多大な迷惑を誘発しうるものである。

 

 それを思えば、影響を彼女達に限定しつつ、うまく行けばその全てを一ヶ所に集められる今回の作戦は、選ばない理由がないほどの最良の手段……ということになる。

 実際、方々の問題に目を閉じさえすれば、あとは気にすることといえば成功率の問題くらいなのだ。

 

 

「成功率を気にする必要があるのか?」

「どっちかというと初動が上手く行くか、って部分がね。一度火が着けばあとは全自動ってレベルでなんとかなると思うけど。……あ、最後に一纏まりになる時もちょっと警戒が必要かな?」

「……あー、増えるシリーズの要素を使うから、もしかしたらそっから増え始めるかもってことか?」

「うむり」

 

 

 衝撃のうむり。

 ……冗談はともかく、最初の火付け役よりかは落ちるものの、最後の固定化段階にも注意が必要……というのは見落としていた部分か。

 

 彼女達が一つに纏まるようにするためには、一ヶ所に集めた上で遠方で聖杯が降臨する必要がある。

 ただ、逆を言うと一纏めになりうるタイミングというのは、この一回しかないのだ。

 

 

「外から無理やり固めるって手もあるけど、その場合暴発するのが地味に怖いから最終手段だね」

「自発的に一つの個体に融合して貰うのが一番、ってわけか」

「そうそう。……ただ増えるシリーズの要素が混じると、それだけで済まなくなる可能性が……ね」

「増える機能が付与されるかもしれない、ってわけか」

 

 

 一応、今回の汚染の伝播においては、増えることそのものよりも増えて()()()()という要素──微細な差異を抱えつつも同一個体である存在が増えている、という事実をこそ利用するものである。

 なので、理論の上ではおかしなことにはならないはず……なんだけども。

 もし前提部分である『細い繋がりを利用する』のが相手に経験として残ってしまった場合、その制限を突破してしまう可能性は大いにある。

 

 ──雑に言うと、一纏まりになったあと徐に増える可能性を否定できない、というわけだ。

 

 

「無論、その場合でも最終的に聖杯のところに行って一つになるってのは変わらない。……けどまぁ、そのパターンはできれば避けたいってさっきも言ってたのも事実なわけで……」

「ああそうか、結果的に他所から集まってくるのと変わらなくなるのか」

「そういうことー」

 

 

 聖杯の近くで再度一つになる、というパターンになってしまうと、当初の懸念のままの展開になってしまう。

 つまり、こちら側が『逆憑依』じゃなくなる、ないしそれらの被害が大多数に出た状態になる、というわけだ。

 

 一応、【星融体】のような、【星の欠片】が混ざった存在ならばある程度耐えることは可能だろう。

 ゆえにしのちゃんも耐えられるため、最終的に固定化自体は間に合うと思う。

 ……思うけど、よっぽど上手くやらないと他のみんなへの被害が甚大過ぎる結果に終わるため、そういう意味でも『増える』要素の顕在化は勘弁願いたいところ。

 

 

「まぁ、生憎と今の状況において、その反応を抑制する手段はなんもないんだけどね。寧ろ細い繋がりを利用すること前提だから、相手にも同じ事をされない保証なんてあるわけないというか」

「これで今までの案より遥かにマシ、ってんだから笑うしかねぇな……」

 

 

 いや、ホントにね。

 ハセヲ君の言葉に、小さく苦笑を返す私なのであった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず話を詰めるってんでアイツら出てったけど……俺達はどうする?」

「どうするって……そういえばホワイトデーイベントを気にする必要なくなったんだから、俺達がバイトをする意味もなくなったってことか?」

「おいおい君達、さっきの話のなにを聞いていたんだい?そんなこと許されるはずがないだろう?」

「あ?」

 

 

 はてさて、キーアが話を詰めると宣いながら店を出ていって数分。

 取り残された形となった残りの面々は、各々自身の現状について思いを馳せることとなる。

 

 まず始めに現状を語り始めたのはハセヲとキリトの二人。

 彼らが気が付いたのは、事態の収拾の目処が立ったことにより、もしかしたら自分達がこの店で働く必要性はなくなったのかもしれない……ということ。

 

 ホワイトデーのイベントを通じて問題を解決する予定で彼らはここにいたため、その問題が切り離された現状では必要性が薄れたのでは?……と判断するのはそうおかしな話でもない。

 

 が、そこに異を唱えたのがここの店主であるライネス。

 彼女は彼ら二人の認識が甘いことを指摘し、考え直すことを勧めたのだった。

 ……ただ、彼女のキャラクター性が普通の指摘をどこか煽るようなものに変化させたのも事実。

 その結果、癇に触ったハセヲが声低く唸ることとなり。

 

 

「済まないねハセヲ君、彼女に悪気はないんだ」

「……っと、ウッドロウさん」

 

 

 その不穏な空気を払拭したのが、店内で一番年長に見えるウッドロウであった。

 

 そも彼は王族としてのパーソナリティーを持つもの。

 ゆえにその発言には、他者を押し留める「格」のようなものがある。

 

 普段の──本来のハセヲならば、それでも噛み付きに行ったのかも知れないが……判断が間違っている、すなわち自身がミスをしている可能性を示唆されたのならば、流石に立ち止まりもするのであった。

 

 

「ありがとう。……それで、もう少し柔らかく説明してあげたらどうかな、ライネス」

「……はいはい私が悪かったよ、まったく……おほん。改めて説明させて貰うとだね?」

「ああ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……はぁ?」

 

 

 で、改めてライネスから返ってきた言葉に、今度は普通に首を捻ってしまうハセヲ。

 確かに口調的には問題ないが、今度は意味がわからない。

 しかしそんなハセヲの様子は予測されていたようで、彼女は「落ち着きたまえ、ちゃんと説明するから」と一つ咳払いをし。

 

 

「簡単に纏めるとだね?彼女達が集まる先で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「……なるほど?」

 

 

 その子細を解説し始める。

 曰く、モブ少女達はこの店に集まってくる予定だが、その実それだけでは問題解決には足りていないのだという。

 

 その理由は、彼女達が一つに纏まる条件。

 キーアはそれを『聖杯が顕現すること』と述べたが、それだけでは正確ではない。

 

 

「単純に言うとだね、彼女達が聖杯が顕現したことを()()()()()()()()んだよ」

「……なんかこう、感覚的にわかるとかじゃねぇのか?」

「感覚的ではあるさ。それを踏まえた上で、ここでホワイトデーをやってないといけないってだけで」

「……???」

 

 

 彼女の言うことを分かりやすく説明すると、こうなる。

 

 まず、彼女達が聖杯の顕現を察知する際、直接視認する必要はないのは間違いない。

 そうでなければそもそもの作戦の前提が崩れる──固定化は必ず聖杯の目の前でなければならない、ということになってしまうため、ここは疑いようがない。

 

 では、彼女達が聖杯の顕現を察知できないパターンとは、一体どのような状態か?

 答えは単純、イベントの()に出てしまっているパターンである。

 

 

「外?」

「出先で故郷のことを知ろうとする場合、ニュースなり連絡なり取る必要があるだろう?……彼女達の場合も同じさ。もし仮にホワイトデーの気配がまったくしないところに移動させられてしまったなら、彼女達はそこで起きていることを全く知り得なくなってしまう」

「……あーなるほど、繋がりがなくなるから辿れなくなるのか」

「そうそう、そういうことってわけさ」

 

 

 物事を調べる際、なんの取っ掛かりもなくそれを知ることは難しい。

 今回の場合はホワイトデーというイベントそのものがそれで、もし仮にそのイベントを欠片もやっていない場所に彼女達を連れていった場合、最悪聖杯が顕現したとしてもそのまま群体としてあり続ける可能性を否定できない。

 

 何故ならば、彼女達が一つになるきっかけである強い【兆し】を感知するための経路が経たれているからだ。

 ある程度そういったものに触れなければ自然と無害なものになる、と予測されていたことからわかるように、彼女達は積極的に【兆し】に触れに行っているわけではないのだから尚更だ。

 

 

「まぁ、自分から触れに行っているように見える、ってのも間違いじゃあないけどね。でもそれは最初から触れているから、って前提の上でのもの。生まれたタイミングで既に触れていたからそのまま動いている、というだけのシンプルな話なんだよ」

「なるほどな……じゃあ聞くが、最初から隔離してホワイトデーに触れさせないようにすればいいんじゃねぇのか、って話にはどう答えるんだ?」

「ふむ?それは今現在彼女達をかき集めてホワイトデーから隔離するのが早いんじゃないのか、ということかな?」

「そうだが……なにか?」

「大問題だよ、その方法は悪手だ。何故かって?理由は二つ。一つはあの人数を一所に纏めておくのは本来不可能に近いってこと。オグリとルドルフを利用することで実現の可能性は見えたけど、逆を言うとそれすらホワイトデーであることを前提にした手段だからね」

「む」

 

 

 話を聞いて疑問を呈したハセヲに、懇切丁寧にその返答を投げて行くライネス。

 

 一つ目の理由は単純明快、そもそも彼女達を一ヶ所に纏めること自体、今ホワイトデーをしているということを前提としたものであること。

 オグリとルドルフの関係を利用するにしても、先ほどキーアの話の中でもあったようにカリスマの出力問題がある。

 

 実のところ、カリスマを呪いじみた出力になるようにブーストするためには、返礼側がそれをするだけの理由の説明となる『ホワイトデー』というロケーションが必要不可欠なのだ。

 ゆえに、ホワイトデーと彼女達を完全に切り離すことが不可能なので無理、という話になると。

 

 

「そして二つ目、これはもっと単純な話さ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あ?」

「今は時期的にホワイトデーが大きな比率を占めているけれど、我らがなりきり郷においてイベントなんてそれだけじゃないだろう?なんなら突発的にトラブルが舞い込む可能性もある。……言い換えるとだね、彼女達が自然と無害になるまでなにごとにも巻き込まれない、なんて保証が一つもないんだよ」

「なん……だと……」

 

 

 そして二つ目の解説をしたことにより、ハセヲは思わず困惑の声を上げたのだった。

 

 



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ああ逃げられない!

「さて、今までの説明で彼女達をホワイトデーから隔離する、というのが如何に無謀な提案か理解して貰えたと思うのだけれど……その流れで、君達がうちでのバイトを止めるべきではない理由についても触れようか」

「もうお腹いっぱいなんだけど」

「そう言うもんじゃない、デザートもたんまり平らげて行きたまえ」

 

 

 露骨に嫌な顔をするキリト達に、ライネスはとてもいい笑顔でそう返す。

 

 彼ら二人がラットハウスでのバイトを止めるべきでない最たる理由。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 

「……ゑ?」

「分かりやすく言い換えようか。君達が途中で止めてしまうと、その時点でホワイトデーイベントとしての前提が崩れてしまうのさ」

「んなバカな!?」

 

 

 唐突な暴論に、思わず驚愕するキリト。

 しかしてこれは、荒唐無稽な話とも言い辛いところがあった。

──そう、彼女達の持つ属性である。

 

 

「いや、特徴らしき特徴は持ってないって……」

「おや、先ほどの話をもう忘れたのかい?──言っていただろう、彼女達には()()()()()()()という共通のラベルがあると。これはなにも生産地だけの話じゃない、()()()()()とでも呼ぶべきものにもそれが影響しているのさ」

「作り方の……」

「癖……?」

 

 

 ライネスが述べたのは、彼女達の作り方の部分。

 作った相手がラベルとして残っているのなら、同じく作り方も判断基準になるだろう……というもの。

 例えば同じくビワから生み出された存在であるルドルフは、元となったビワと同じ『ウマ娘(たぬき)』の要素によって構成されている。

 そしてモブ少女達に関しては、ビワの持つ要素のうち『娘』を元にする形で製造が行われている。

 

 いわば鋳型のようなもの、ということになるか。

 特に彼女達は【兆し】の大量消費を目的に生まれたもの、ゆえに多少の差異はあれ、元となった鋳型は完全に同じである。

 そして、この『同じ』というのは、ある意味でビワと似たような設計をしている、ということを示すものでもある。

 

 

「創作家は原則として、己の経験からしかモノを生み出せないという。それはビワについても同じことで、彼女の場合は自身の持つ『娘』という要素から彼女達を作り出(コピー)している。……それが意味するところはだね、彼女達もまた()()()()()()()()()ということなんだよ」

「!?」

 

 

 つまり、彼女達はビワの元となったケルヌンノスに近しい面も持つ、ということ。

 それが意味することは、彼女達の世界の感じ方は精霊のそれに近い、ということである。

 

 

「先の『イベントを通じて聖杯の顕現を知る』というのも、その精霊としての感覚の賜物というわけだね。──ゆえに、彼女達は私達が思っている以上に、世界を知覚してしまっている」

「……つ、つまり……?」

「君達が今この場でバイトを止めると、ホワイトデーというイベントと関わるのを止めた、という扱いになるわけだ。……その結果、この店はイベントを放棄したと見なされる」

なんで!?

 

 

 それゆえに彼女達のモノの見方は、時に人の想像の範疇を簡単にはみ出てしまう……と。

 

 この場合は、イベントに臨んでいた者が途中で脱落した、という扱いになる。

 言い換えると失格、イベントの参加資格を失った扱いになるというか。

 ……ゆえに、彼らが途中で抜けるのは非推奨になる、と。

 

 

「そんなバカな……」

「参加宣言してなければよかったんだろうけどね。生憎と既に君達は参戦切符を受け取ったあと。途中下車は許されてないってわけさ。……ま、それが無くとも君達が抜けられない理由はあるんだけどね」

「そ、それは一体……」

「なに、単純な話さ。──キーアが許すはずないだろう、途中で抜けるなんて」

「…………」

 

 

 そのライネスの言葉で『地獄まで一緒よー』とでも言いたげな顔で手招きするキーアの姿を幻視した二人は、諦めたように大きく肩を落としたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……なんか謂れのない風評被害に晒されてた気がするんだけど」

「気のせい気のせい。ホワイトデー本番までまだ日にちがあるし、当日に向けて張り切ってお仕事していこうじゃないか」

「なんでそんな張り切ってるのか知らないけど……まぁ、そうだね」

 

 

 必ずしも売り上げで一番になる必要はなくなったとはいえ、それでホワイトデーを祝う必要が消えたかと言われれば別の話。

 というか変に祝わずにいると、ルドルフ達の誘導があってなおモブ少女達が集まらない……なんて事態になりかねないため、そこそこに頑張ろうと決心する私である。

 

 ……何故かしょぼしょぼしているハセヲ君とキリトちゃんが気にならないかと言えば嘘だが、とはいえ仕事そのものは真面目にやっているみたいなので追求するのもあれかなー、とスルーしておく優しい私であった。

 厄介ごとの匂いがしたから回避しただけ?なんのことやら。

 

 ……ともかく、祝わなさすぎでイベントをやってない、なんて誤認されない程度にホワイトデーを遂行する私たち。

 やってくるお客達はどこからか店員達の様子を聞き付けたようで、きゃいきゃい言いながらメニューを眺め、限定品を頼んで行く。

 

 

「はい特製コーヒーセットお待ち。ちゃんと渡す時サービスを忘れないように」

「へいへい。……あー、お客様?」

「あ、はい!」

「……三爪痕(トライエッジ)を、知ってるか?

きゃー!!知りませんけど知ってる体でお話ししたいですぅー!!

(なんだこれ)

 

 

 ……ハセヲ君がすんっ、ってなってる……。まぁでも気持ちはわからないでもない。

 

 女性向けイベントによくあるものとして、男性キャラが囁いてくれるというものがある。

 内容は作中の名言だったり、はたまた愛を囁く言葉だったりと様々だが……どちらにせよ、耳元で彼らが話してくれる、というのを売りにしているパターンが多いことは間違いあるまい。

 

 うちの施策も似たようなもので、料理を頼む際に運んできてくれる相手を指名することができるのだ。

 で、その際に名言か甘言かを耳元で囁いて貰える……と。

 

 まぁ、これ自体は言うほど特別なモノとは言えまい。

 男性向けにも『囁きボイス』的なモノとして、女性から耳元で囁いて貰える作品があったりするし。

 最近のモノとして言うならASMR*1というやつだろうか?

 

 まぁともかく、明確な名前が付いたのが最近のことと言うだけで、その概念そのものは昔からあったわけである。

 

 で、今回の場合はなりきり郷での営業ということで、キャラクター達が実際に名言などを喋ってくれる、という方向性で売り出している店が多い、と。

 何故多いのかと言えば、そもそもに需要があることも確かながら、なにより()()()()()()()というところがとても大きい。

 

 今『どこの店でもやってるなら、需要は滅茶苦茶被ってない?』って思った人もいるかもしれないけれど、冷静に考えて欲しい。

 声が同じだからって、セフィロスに『○○、どん兵衛を食べるんだ』と囁かれるのと道満に『ンンンン○○殿、このどん兵衛を食すると宜しいでしょう』と囁かれるのは違うだろう。*2

 それらは明確に需要が──キャラが違うのだ。

 

 

「まぁ、実際に道満が狐耳になってどん兵衛を勧めてきたら、私は正気を疑うけど」

 

 

 そのどん兵衛呪われてないだろうな、的な意味で。

 

 ……まぁともかく、『逆憑依』の大原則として()()()()()()()()()以上、どこで誰が囁きを売りにしようと絶対に需要はあり続けるのである。

 これほど上手い商材も中々ないだろうってことで、みんな挙って囁きボイス商売に手を出している、というわけなのだった。

 ただまぁ、その辺りの商売をちゃんとやれる人は意外と少ないわけで……。

 

 

「えーと……俺がビーターだ

きゃー!!私も貴方にチートされたーい!!

(どういう意味……???)

 

 

 結果、女性客のツボがわからん、みたいな感じになってしまい、結果として店員側に虚無顔を量産する結果となっていたのだった。*3

 

 ……そこら辺まったく気にせず「なに、気にすることはない」と囁き続けているウッドロウさんは凄いなー、というか。

 でも微妙にイケボにしたピカチュウ(トリムマウ)の「ぴーか、ぴかぴーか*4という発言に対しては、流石の私も宇宙猫不可避だったけど。

 

 ……え?そういうお前はどうしてるんだって?それがねー。

 

 

「……ぬぐぐぐズルい、でもこの光景を邪魔する勇気はない……!」

「これが壁になるという気持ちか……」

「私が、私達が天井だ!!」

 

「せんぱーい、お願いしまーす」

「へいへい……マシュの凄いところ、見せて欲しいな?

「…………」<ツヤツヤテカテカ

「はいはーい!こっちにもお願いしまーす!」

「はいはい。……BBちゃんは最高の後輩だよ

「──我が生涯に一片の悔いなしッ!!

(いや悔いろよ)*5

 

 

 ……ご覧の通り、後輩二人専用店員と化してるんですよねこれが。

 いやまぁ、ちゃんとお金払ってるから文句も言えないというか、幾らなんでも占有しすぎというか。

 ともあれ、ある意味いつもと変わんねーんじゃねーかな、なんてことを思いながら、せっせとコーヒーを運ぶ私なのでありましたとさ。

 ……そんなにコーヒー飲んでて大丈夫なのかねこの子達。

 

 

*1
『autonomous sensory meridian response』の頭字語(アクロニム)。日本語に訳すと『自律感覚絶頂反応』となる。視聴覚への刺激によって起きる一種の快感、脳のゾクゾクを指す言葉であり、そういう状態を引き起こす作品そのものを指す言葉でもある。わかりやすいのは耳掻きボイスなど

*2
衝撃のどんぎつね、セフィロス。本気出しすぎててみんな腹を抱えたとかなんとか()

*3
女性の方が推しに狂ってるような気がする、という話でもある。実際は多分男女でそう変わらない気もする

*4
コーヒーお待ち……って言ってるだけなんだけどね?

*5
『北斗の拳』のラオウの名言から。『悔いろ』というツッコミ自体は多分mugen動画のネタだと思われる



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そして輝くウルトラルドルフ!<ヘーイ

「なんやかんや結構な売り上げになってるのが恐ろしい……」

「そのうちの幾らくらいを、あの二人が使った分が占めてるんだろうね……」

「やめて考えないようにしてたのに!!」

 

 

 レジの中身の点検として金額を数え終わり、ふうとため息を吐きながら溢した言葉に、ライネスが遠い目をしながら(口許は笑っている)問い掛けてきたため、思わず背筋を震わす私。

 いや怖いよあの二人、本来なら住民だからそういうの払わなくていいのに、滅茶苦茶貢いでくるんだもん!

 わたしゃホストかなんかか!?あんまり否定できないねあの二人相手だと!

 

 ……ってな感じに、思わず寒気を感じてしまうのであった。

 なお現在は夕方六時頃、そろそろラットハウスが元ネタに倣ってバーになるタイミングだったり。

 

 

「ちょっと前まで店を閉めてた時間だけど……今となっては元ネタに肖って始めた夜のバーも、なんだかんだで人気なんだよねぇ」

「ウッドロウさんがマスターしてるのもあって、中々好評だもんねぇ。……チェルシーちゃんちゃん居たら入り浸ってそう」

「まぁ実際には彼女は居ないし、仮に居たとしても見た目的に追い返される可能性大なんだけどね」

 

 

 私みたいに、と笑うライネスである。

 ……中身は(『逆憑依』だから)ともかく、見た目的にはどう考えても未成年でしかないからねぇ。

 まぁ、未成年云々の話をするとウッドロウさんも思ったほど歳を取ってない、なんて話になるのだが。*1

 

 

「デスティニー2の方ならともかく、こっちにいるウッドロウさんは普通のデスティニーの方だから……」*2

「ああ、そういえば二十三くらいなんだったか。もう少し年嵩が行っているように見えるけど」

 

 

 言い方は悪いがちょっと老けて見える、というか?

 いやまぁ、本人には言わないけど……キアラさんとかと同じで、年齢に似合わぬ落ち着きっぷりがどうしても年齢を誤認させるというか。

 

 ……まぁ、夜のバーに関しては上条さんも働いてるので、正直年齢云々は今更な気もするのだけれど。

 

 

「ついでに言うなら、ホワイトデー中は男性側はみんな夜も出るみたいだし、ねぇ?」

「マシュ達がバーにまで突撃してこないかだけが怖い……」*3

 

 

 で、ホワイトデー期間中は男性店員はみんな夜も出勤予定であるため、私やキリトちゃんを含めた面々もそのままスライドで閉店まで出ずっぱりである。

 なお勤務時間的には割と適正の模様(私達は基本正午以降の出勤なため)。

 ……言い換えると午前のモーニングやランチの時間は女性店員たちで回してる、ってことになるわけだが。

 

 

「そういう意味で昼間のあれこれは休憩中にご苦労様、と言っておくべきなのかな?」

「出勤前でもないと話し合う時間ないからねぇ……」

 

 

 その割に昼前も働いてたような?……という話に関してはこう返しておこう。普通に無給です()

 いやまぁ、そもそもの話をすると、なりきり郷内の仕事って基本無給しかないんだけどね?

 だって少なくともここから外に出ないのなら、お金を使う機会なんてないし。

 

 何度も言うように、基本的になりきり郷内において『逆憑依』達は、無償で生きて行くことができるようになっている。

 それが何故かと言われれば、彼らは原則として元居た場所から半強制的にここへ連れてこられた身であるため。

 半ば国によって無理矢理連行されたような扱いになっているために、その対価として衣食住を保証することを国側が誓っているのである。

 

 なので、なりきり郷で行う労働というのは、基本本人達が望んでやるもの。

 例外もあるとはいえ、大抵の場合()()()()()()()()()()()()()()のがほとんどなのである。

 そのため、勤務時間に問題を言う方がおかしい、という話になるというか。……嫌なら辞めればいいじゃん、が普通にまかり通るわけだ。*4

 

 なお、仮にいやいや働いているとしても、文句が言えるかは微妙だったり。

 だって雇用契約結んでないからね!*5

 

 

「お賃金発生してないんだから、余計に『嫌なら辞めなよ』になるというか。……銀ちゃんとかは『働いてないとダメになる』ってんで、桃香さん辺りに半ば無理やりシフトに入れられてるみたいだけど」

「尻に敷かれている、って言えばいいのかなそれは?」

 

 

 ……どうなんだろうね?

 銀ちゃんにだらけ癖があるのは本当のことだし、とライネスの言葉に首を捻る私である。

 

 それはともかく、午前中にあれこれ会話しつつ店を手伝っていたのは、基本的に人手が足りないから……というところが大きい。

 そもそもラットハウスは個人経営(?)の喫茶店、大量のお客様を捌けるような人手(リソース)はないのである。

 

 というか、そのレベルの客が押し寄せているのは、偏にホワイトデーイベントの……言い換えると私たちの存在あってのこと。

 そりゃまぁ、それを横目に自分達の話し合いだけ進める……なんてのは気まずい話以外の何物でもないというか。

 

 そんなわけで、半ばなし崩し的に店を手伝う私たち、なんて光景が生まれることになったのであった。

 

 

「まぁ、どこも似たような感じだろうがね。元々の私達のことを思えば、こういう場所でただ座ってる待っているだけ……なんて真似ができるはずがないのだから」

「その辺はなりきりゆえの弊害、ってやつだよね……」

 

 

 キャラになりきって話す遊びをしていた人達が核になっているからこそ、そもそもそのキャラとして「らしく」あれること自体がある種の報酬になっているというか。

 

 ……まぁ、そこまで自覚的にやっている人なんて早々いなくて、大抵の場合は「なんか働くの楽しい!」くらいのテンションの人ばっかだろうが。

 レジライとかが居たらみんなを見て目を輝かせてそう(小並感)*6

 

 

「おーい、なにやってんだよー」

「おおっと呼ばれてる。んじゃライネス、また明日―」

「はいはいまた明日。……私がダメなのに君はいいってのも、なかなか不思議な話だよね」

「その辺はまぁ、ある種仕方のない話というか……」

 

 

 モブ少女なのか普通の客なのか、一目見ただけで判別できるのが私くらいしかいないというか?

 ……まぁともかく、ココアちゃんと一緒に店の二階へと上がっていくライネス……未成年にしか見えない組を見送り、改めて私は夜の部に向けて気合いを入れなおすのだった。

 

 ……とりあえずマシュとBBちゃんが突撃してこないことを祈る!

 

 

 

 

 

 

「なに、そういうのはフラグだが気にすることはない」

「止めてくださいよ怖いこと言うの!?」

「年齢的には俺より問題ないかもしれないしなぁ、あの人」

 

 

 止めんかマシュの年齢は一種の神秘なんじゃ、というかFGO世界自体時間経過がややこしい事になっとるから難しいんじゃ……。*7

 

 とまぁ、雑談もほどほどに夜の部である。

 バーに切り替わったラットハウスの店内は昼間と違い、照明は抑えめになりムードを出すような音楽までついてくる仕様となっている。

 ……まぁこの音楽、実のところCDとかじゃなくて生演奏なんだけどね。

 

 

「今日ははるかさんの日か……」

「そんなに難しい曲は弾けないけど、って話だったっけ?」

「まぁ、普段弾いてる人が弾いてる人らしいから、謙遜しちゃうのもわからなくもないけど……一般的に考えてピアノ弾けるのは普通に凄いことだと思うよ?」

 

 

 この人意外と多芸だよなぁ、と思い知らされるというか。

 ……ってなわけで、今日のBGMははるかさんによるクラシック音楽である。

 

 なお、今日はホワイトデー仕様なので居ないが、普段は歌手の人が歌ってることもあるんだとか。

 いい雰囲気のバーでピアノにあわせて歌を歌う……っていう行為に憧れる人が意外といるそうで、こっちもこっちで順番待ちになるほど盛況なのだそうな。

 

 

「単純にバンドをしている人達に使わせてあげることもある、と付け加えておこう。この前は星形のサングラスをしたピンク髪の子がきたこともあったね」

(ぼっちちゃんだ……)

(どう考えてもぼっちちゃんだ……)

「──桃香君、というのだがね」

「あれー!?」

 

 

 そこまで揃えといてぼっちちゃんじゃないんかい?!

 ……おかしいな、脳裏に「仮にぼっちちゃんだったとしても、なりきり郷の仕様上他のメンバー揃わないんだから無理があると思いません?」ってサムズアップしてる桃香さんの顔が過ったような……?*8

 

 あとよく考えたらぼっちちゃんも学生だから、バーやってる時間には来れないよねというか。

 ぼっちざろっくはお預けか、ってな感じに肩を落とす私達。

 だが次の瞬間、ピアノの音色が変わりその横に立つ影が!現れたのはそう、

 

 

(´´v`)「なにを隠そう私だし……」

「タイトル回収!?」

 

 

 そんな雑な回収の仕方があるかよ……と唖然とする私の前で、突如現れたルドルフはオペラばりのいい声を店内に響かせたのだった……。

 

 

*1
ソーディアンマスターの中では最年長(逆はリオンで16歳)。これがパーティインする面々に拡大すると話が変わり、一行の中で一番歳上なのはコングマンになる(39歳。逆はチェルシーでこっちは14歳)

*2
『デスティニー2』は18年後の為、ウッドロウは41歳になって貫禄充分な王になっている

*3
そうなれば名実ともにホストじゃん、の意

*4
なお現実的には『労働基準法第37条第1項(時間外・休日の割増賃金)』などの違反になる模様。決して真似しないように()

*5
なお(ry。なりきり郷特有のご当地ルールみたいなものである

*6
「ハッハー!貴重な労働力が選り取り見取りじゃねーか!!」

*7
一年巡、という単語で現されたこともある。世界観的には2017年以降人の世界は止まったままであるため、ゲーム主人公達は(肉体的にはともかく)概念的には歳を取ってない、みたいな話になるらしい。それゆえ、『一年相当の時間が経過した』という意味合いで『一年巡』という定義を使った、のだと思われる。永遠の17歳とかの同義語()。肉体的には酒を飲める状態だが、色々言って飲まずにいるのもその流れ(世界が2017年以降を取り戻すまでのけじめ、とも)

*8
「え、同じポジションになれそうな他の人とバンドを……?む、無理!!無理です絶対に無理!!」



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夜は長いぞ残念だったな(?)

(´v`)「いい汗掻いたんだし……」

「ええと……お疲れ様……?」

 

 

 ふぅ、と額の汗を拭いながらピアノの横を離れたルドルフ(たぬき形態)に、納得のいかない気分のままタオルを渡す私である。

 

 どこのオペラ歌手だよ……とツッコんだはいいものの、よく考えたらたぬき動画って名作クラシック紹介とかもしてたなぁ、ってことはなりきり郷内のたぬきの特性*1的に、ルドルフが滅茶苦茶美声なのも当たり前の話なんだよなぁ……みたいな納得を得たわけだけど。

 納得したあとで「いや待てよ?」という気分になり、結局納得感はどこかへ行ってしまったのだった。

 

 

「まぁ、そこはたぬきゆえ仕方なし、としておきませんか?」

「なんか負けた気がする……」

(´´^`)「私に言われても困るんだし……」

 

 

 で、先ほどまでピアノを弾いていたはるかさんがこっちに戻ってきたため、彼女にもタオルを渡す私である。

 ……こちらの様子を見かねて助け船を出してきた感があるが、正直それでどうにかなるならたぬきはいらないというか。

 

 ともあれ、いつまでも納得いかね~!……みたいな顔をしているのもあれなので、眉間を軽く揉んでリフレッシュ。

 心機一転、夜のお仕事を頑張ろうと気合いを入れ直したのだった。

 

 

「……とはいえ、私たちの仕事なんて昼間と変わらず出てきたメニューをお客に運ぶことくらいなんだけどね」

「まぁ、カクテルの配合なんてできませんからね……」

 

 

 技量的にも見た目的にも、と溢すはるかさんに確かにと頷く私。

 

 バーと言えばカクテル、というのは中々に短絡的な気もするが、かといって他にめぼしいメニューがあるかと言われれば微妙なところ。

 静かな雰囲気の中頼んだカクテルを傾けながら、傍らの相手と語り合う……というのが一般的なバーの楽しみ方、みたいな?

 

 一応食事も何点か準備されているが、昼間以上に頼まれることがないので基本賄いにしかならないとかなんとか。

 

 

「居酒屋ならばともかく、こういう場において食事を摂る……ということはほとんどないからね」

「あんまりバーとかに入ったことねぇからよく知らねぇけど、そういうもんなのか?」

「なくはないみたいだけど、基本的にお酒の方が主役って感じだからね」

 

 

 グラスを磨きながらウッドロウさんが発した言葉に、丁度頼まれた商品を取りに来たハセヲ君が反応し、こちらに問いを投げ掛けてくる。

 ……別に私もあんまりそういうところに詳しいわけじゃないけど、今しがた話題に上がったように『居酒屋ならともかく』というのが一番近いんじゃないだろうか?

 

 よく言われるのは、お酒を楽しみながら時々摘まむように料理を食べることもある……というのがバーで。

 その反対──食事を楽しみつつちょいちょいとお酒も飲む、みたいな感じになるのが居酒屋であると。

 

 まぁ、厳密な違いというよりは大まかにそうである、というだけの話であって、近年では食事を売りにしたバーとか、はたまたお酒主体の居酒屋みたいなものもあるみたいだけども。

 

 

「……あるあるだな、それ」

「一応他に見分け方としてバーは団体客向けじゃなくて(騒がしくない)、反対に居酒屋は個人客向けじゃない(騒がしい)……みたいなのがあるけど」

「それも場所によるから絶対の区分ではない、と」

 

 

 似通った業態の店は大抵区分があやふやになっていく、というか。

 まぁそんなわけなので、とりあえず店側が主張してる業態でいいんじゃないかな?……と投げやりな返答を返しておく私であった。

 

 それはともかくとして、昼間喫茶店であるラットハウスは、夜のバーになってもその特徴を活かした感じの店になっている。

 具体的には、コーヒーを使ったカクテルなんかが売れ筋というか。

 

 

「売れ筋といえばやはりアイリッシュ・コーヒーだね。ウイスキーの香り、コーヒーの苦味、ホイップの甘み……それぞれが絶妙に調和し、まるでデザートのように楽しめる……女性にも人気の商品だよ」*2

「コーヒーと焼酎で作るコーヒー焼酎、コーヒーとビールで作るカフェ・コン・セルベッサなんかも、物珍しさから頼まれたりしているみたいですね」*3

「私カルーアミルク好きー」*4

「甘くて飲みやすいからね。とはいえアルコール度数は意外と高いから注意が必要だ」

「そんなに高いのか?……ビールより高ぇのかこいつ」

「そう考えると言うほど、って気もするけど……ジュース感覚で飲めるのがよくないんだろうな、多分」

 

 

 たまたま暇なタイミングだったため、コーヒー系カクテルの話題で盛り上がる私たち。

 意外と種類が多いことに驚きつつ、その種類の多さこそバーが繁盛するこつ、と改めて理解したのであった。

 

 無論、売れ筋がコーヒー系カクテルというだけで、普通の?カクテルも販売してるのでそっちもおすすめだ。(誰への宣伝?)

 

 

「……と、言ってる内にお客さんが来たね、こちらへどうぞー」

「昼間は元気な挨拶が好ましいが、夜は静かな挨拶を求められる……というのも、バーの特徴かもしれないね」

「確かに」

 

 

 そうこうしているうちに次の客がやって来たため、急がず焦らず対応に向かう私なのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でーす」

「ああ、お疲れ様」

 

 

 ラットハウスは深夜帯まで営業しているが、昼間から働いている組は最後まで残ることはない。

 具体的には十時前を目安に退勤である。

 ……まぁ私は残るんだけど!

 

 

「見た目だけなら真っ先に帰ってそうなんだけどな」

「一応最後まで客の内訳見てないといけないからね。本格的にあの子達を誘引し始めるのは明日からの予定だけど、その前にふらっと寄りにくる可能性はなくもないし」

 

 

 帰り支度を終えたキリトちゃんが、私の姿を眺めながらそう呟く。

 ……まぁうん、見た目的に小学生にしか見えないのは承知の上。

 そもそもなりきり郷の住民なら私のことを知ってる人ばかり、さっさとおうちに帰りなさいなんて野暮なことを言う人はいないだろう。多分。

 

 それに、現状モブ少女達を一目で見分けられるのは私だけ。

 となれば、こうして確認できないタイミングを作るような真似はしておけないというか。

 ……別に分身でも置いとけばいいんじゃないのか、ってのは禁句。

 

 

「別に賄いが気になってたりはしないし……単に今家に帰るとマシュが駄々捏ねて来そうってだけだし……」

「駄々?」

「我慢したんですからやってくれますよね、みたいな?」

「それは最早駄々どころかわがままでは……?」

 

 

 ホワイトデーって銘打ってるせいで、いつもより「私を構って」感が強くなっているというか。

 ……そんなわけなので、じみーに家に帰りたくない気分の私なのであった。

 具体的にはホワイトデーのあれこれが終わるまで?

 

 

「それずるずるとずっと帰れなくなるやつじゃねぇか?」

「仮にそうなった場合、マシュさんがどうなるかわからないのが恐ろしいですね」

「止めろよぅ!なんか最近公式のマシュも強火になってきてるから、うちのマシュも歯止めが効かなくなってるんだよぅ!!」

 

 

 そのうち軟禁でもされそうな空気感があるというか……。

 いやまぁ、仮にそうされても私は普通に逃げられるけどさ?

 そもそもの話として、そういうことをする精神状態にマシュが陥っている……って部分を気にしないといけないというか。

 

 そんなことを言えば、周囲から返ってきたのは「いや、悪いのお前では?」みたいな空気なのであった。

 ……私が悪いのかねぇ、本当に?

 

 

「その辺りを論じるつもりはないぞ、っとだけ。……まぁとりあえず、夜も頑張れー」

「……へい、頑張ります」

 

 

 やだ、味方がいない……。

 アウェーすぎる状況に涙目になりつつ、帰っていく面々を見送ったのち仕事に戻る私である。

 

 

「さて、それではどうしますか?確かに閉店まで時間はありますが、お客様は多くはありませんし、忙しいこともないと思いますけど」

「……んじゃあ、ちょっと場を借りていい?」

「?はい、どうぞ?」

 

 

 とはいえはるかさんの語る通り、深夜帯かつそこまで繁盛しているわけでもないラットハウスとなると、客の入りが多いとしてもそこまで忙しくはなり辛い。

 

 言い換えると基本暇、というわけだが……ならば、と私が断りを入れて向かったのは、先ほどはるかさんが使っていた大きなピアノの前。

 ()()私はピアノなんて弾けないのだが……。

 

 

「あら」

「おや」

(´´^`)「意外な特技だし……」

 

 

 ふと思い立ち、鍵盤を前にしてみれば。

 なんとまぁ、先ほどのはるかさんに負けず劣らずの演奏が、私の指から紡ぎ出されるではないか。

 ……他人事なのは、私の意思で弾いているというよりは体に任せて弾いている、というだけだからなのだが。

 

 ともあれ、店内を湧かせるくらいの演奏は出来そうだ、ということでそのまま勝手に動く体に任せてピアノを弾き続ける私である。

 

 

「……ところで、なんで天国と地獄なんでしょうね?」*5

「彼女の気分を現したもの、ということかな。流石にゆっくりな曲調にアレンジはされているが」

(´^`)「マイスタージンガー並に奇怪なチョイスだし……」*6

 

 

 ……衝動に任せてるせいで結構あれなことになってる?ほっとけ!

 

 

*1
自身と同一の素材で作られていなくとも、それが『たぬき動画』であるならば問題なく『自分の動画として』扱える、という特性。彼女達はルドルフのたぬきを原作として持つのではなく、()()()()()()()を原作として持つ、という扱いになっている。それゆえビワだって増殖できる()

*2
直訳すると『アイルランド人のコーヒー』。砂糖、アイリッシュ・ウイスキー、コーヒーの順に暖めたグラスに注いだ後、その上に柔らかく泡立てた生クリームを乗せることで完成する

*3
双方共にベースとなる酒とコーヒーを一対一で割るタイプのカクテル。焼酎の方はコーヒー豆を焼酎に漬け込んで作るタイプもある。因みに『コン』『セルベッサ』はそれぞれ『一緒に』『ビール』の意味

*4
コーヒー・リキュールをミルクで割ったカクテル。カルーアはコーヒー・リキュールの一種でコーヒーの風味とコクのある甘みが特徴。使うコーヒー・リキュールの度数によっては、飲みやすいのにアルコール度数が高い……なんてことにも

*5
運動会などでよく使われる音楽。ジャック・オッフェンバック氏によって作曲されたオペレッタの別名でもある(曲として知られるのはその中の序曲・第三部で使われるもののこと)。因みにオペレッタとはオペラに比べ役者の歌以外の台詞が増えたもののこと。軽歌劇などとも呼ばれる

*6
『ブギーポップ』シリーズより、主人公であるブギーポップが口笛で演奏する曲『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のこと。本来のイメージと違う使われ方をしている、の意味



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君は無邪気な星の愛娘

 ──次の日。

 

 再び突撃するつもりのマシュに「今日はダメ」と念入りに注意した私は、彼女が朝の仕事に出掛けていくのを見送ったのだった。

 ……突撃せずとも待ってりゃいいんじゃないかって?

 今日の私は深夜帯しか働かないからいいんだよ!

 

 

「それはそれで深夜皆の目を盗んで出掛けていく……という結果に繋がらぬか?」

「あーあー聞こえない聞こえなーい!」

 

 

 たまたま降りてきてたハクさんから容赦ないツッコミが飛んできたけど、私は負けない!()

 

 ……それはともかく。

 ホワイトデーまで残り三日、今のところ『どこどこが特に盛況』……みたいな話は聞かないため、恐らくどこも客の入りは似たようなもの、なのだと思われる。

 まぁ、モブ少女達による客の嵩増しを考慮した上でそれ……ということになると、予想以上にホワイトデーイベントの参加者が多いのだな、という話にもなるのだが。

 

 

「……ああ、振り分けても特に変化を感じられぬほどに参加者が多い、ということであっておるか?」

「まぁ、そうなるね。……数百そこらで収まるような話じゃないだろうから、それがプラスになってないとなると……」

「うむ、単純に百以上の店舗や企業が一商店街規模のイベントに乗っかっている、ということになるな」

 

 

 モブ少女達に好みの差(とくちょう)がないのは散々言及した通り。

 ゆえに、彼女達はそれぞれ近くでやっているイベントに──その規模が大きかろうが小さかろうが誘引されていく。

 無論、大きなイベントである方が誘引される人数は多くなるだろうが……現状、そういった大掛かりなイベントの話は聞こえてこない。

 

 その上で、どこそこが盛況……みたいな話もないとすれば、盛り上がりとして横一列に並んだ店舗が軒を連ねている……という風に受けとるのが筋だろう。

 まぁ裏を返すと、当初の案にあった『他の店舗の追随を許さないようななにかをする』というのが、絶対にやっちゃいけないものだったと証明しているわけでもあるのだが。

 影響範囲広すぎて怒られるどころの話じゃなくなるわっ。

 

 

「大変だのぅ、としか我は言えぬがな。下手に藪をつついて蛇を出すわけにも行かぬし」

「相手が相手だけに、ハクさんの干渉は逆効果の可能性大だからね……」

 

 

 そんな私の話を、我無関係とばかりに聞き流すハクさんである。

 

 ……いやまぁ、無関係でいて貰わないと困る可能性大だから、それはそれでいいんだけどね?

 なにせハクさんはビワの対に当たる存在。

 直系に当たるルドルフならともかく、同系統別区分に当たる彼女の干渉は、モブ少女達にどんな変化をもたらすか未知数過ぎるし。

 

 

「最悪我の気に当てられて全て妖魔と化す……などということもあり得るかもしれんしなぁ」

「元が元だからね……」

 

 

 まぁ、厄災の化身(ケルヌンノス)悪意の化身(白面の者)、どっちがマシなのかって話になるわけだが。

 ……でもこう、無垢な力の結晶として出力されたモブ少女達が、()()()()()()()()()悪玉に触れて無事でいられるか?……みたいな話になると、ハクさんの方が悪影響大なのも確かなのだが。

 なにせ彼女、属性的には悪のまんまだし。

 

 

「気の持ちようで善のように振る舞っている、というのが正解だからな、我の場合。となれば、我の気質に関わらず、無垢なモノが触れれば悪に染まるは道理というものよ」

「うーんこの。……まぁ職業的に魔王な私が言えた義理じゃないんだけど」

「はははこやつめ」

 

 

 こちらを小突いてくるハクさんに応戦し、無駄にヒートアップした私達が我に返るのは、これから数分後。

 ──彼女と同じように下に降りてきて、小競り合いをしている私達へ不思議そうな顔で「なにをしてるんですか?」と問い掛けてきた、アルトリアの顔を見るまで掛かるのであった……。

 

 

 

 

 

 

「……うーん、やっぱり無理だわ。コツ?みたいなものが全く見えてこないというか」

「そっかー、やっぱ無理かー」

 

 

 本日に関しては深夜まで暇……。

 ということで、午前中はしのちゃんのレベルアップに勤しむことにした私なのだけれど。

 御覧の通り、成果を得られる気配は微塵も感じられない事態に陥っているわけで。

 

 ……うん、『揺れない天秤』の経験値の貯め方……ってのが意外と思い付かないというか?

 一応現状で一番効果があるのは、時間停止──タンマウォッチを利用したパワーレベリングなのだが、これに関しては前も言った通り、経験値は積めても応用法などが全く伸びないため非推奨。

 あれだ、初代ポケモンの『レベル100時に稼いだ努力値』みたいなものというか。*1

 扱うためのレベルは十分に足りてるので、他のステータスを伸ばしたいのだが、時間停止を応用した訓練だとその辺りが全く伸びないというか。

 

 かといって彼女のレベルアップのために誰かを実験台にする、というのも気が咎める。

 自然に覚えていくのならともかく、今求められているのは迅速な経験の積み上げ。

 

 言い換えると実験台(モルモット)となる相手の酷使がだいぜんていとなるため、余計に選べない手段と化しているというか。

 ……時間的な余裕があるんなら、実験台を用意した方が遥かに楽なんだけどねぇ。

 

 

「そうなの?」

「一般的な【星の欠片】は、ね。……【星の欠片】は弱いって話をしたと思うけど、それだけじゃあなんにもならないってのはわかるでしょ?」

「まぁ、単に弱いってだけじゃ、それこそなにも出来ずに終わるだけよね」

 

 

 確かに【星の欠片】は弱い能力である。

 あるのだが、今まで【星の欠片】が起こしてきた事態を思えばその『弱い』という評価に疑問符が付くのも確かな話。

 

 ここで理解しておくべきなのは、()()()()だけならば周囲に蹂躙されて終わるだけなのだ、ということ。

 私達【星の欠片】がここまで多大な影響を与えられるのは、偏に()()()()からなのだ。*2

 

 ここに認識の差がある。

 私を見て【星の欠片】はヤバイ能力だ、と思うのは間違いじゃない。

 ないのだが、()()()【星の欠片】がヤバイわけではない、というのも事実なのだ。

 

 

「『星の死海』でやることに、本人の持ちうるあらゆる全てを削ぎ落とすってのがあるんだけど……これ、真面目に考えるとなんの意味もないと思わない?」

「いたずらに自分の身を削ってるだけ……って解釈であってる?」

「そうそう。そうして身を削る中でなにかを見出だす、ってのがこの修行の目的なわけだけど……()()()()()()()()()()()【星の欠片】は【星の欠片】なのよ」

「?」

 

 

 分かりやすく言えば、人が認知できないほど小さな世界にあるものなら、それらは全て【星の欠片】なのだ、というか。

 

 ……一応わかりやすい区分として【星屑】というのがあるので、それを説明に使うと。

 要するに、私が普段【星の欠片】と呼んでいるのは、その【星屑】が変化したもの──言い換えると原石から加工された宝石、みたいなものなのである。

 

 

「無論、原石の時点で価値のあるモノだって存在するけど……大抵の宝石って加工して姿を綺麗にしたからこそ価値があるもの、って感じでしょ?つまり、【星屑】の状態で転がっている子達は単に弱い(価値がない)ままなのよ」

 

 

 まぁ、流石に価値がないというのは言い過ぎだけど。

 とはいえ、【星屑】のまま転がっていても単に弱いだけ、というのは確かな話。

 そこから自身の弱さを武器にできるようになってこそ、【星屑】は【星の欠片】として輝き始めるというか。

 

 

「なるほど。努力や鍛練の方向性が違うだけで、【星の欠片】だって自分磨きは必須なのね」

「そういうことになるね。で、話は戻るんだけど。【星屑】状態っていうのは、いわば自分の中だけで完結している状態。言い換えると、()()()()()()()を持ってない状態でもあるんだよね」

「……ふむ?」

 

 

 で、話は実験台云々の所に戻ってくるんだけど。

 

 一般的に【星の欠片】の持つ能力の中でもっとも驚異的なのは、その小ささゆえに()()()()()()()()()()()というその性質だろう。

 ある程度のラインに達した【星の欠片】は、それを利用して他者に自身の性質を発現させる……みたいな反則染みたこともできるようになるのだが、これをするためにはまず自分という世界から、その外の世界へと干渉する手段が必要となる。

 

 ところが、【星屑】状態の【星の欠片】は先ほど説明した通り、他者への干渉手段を持たない。

 あくまで自分という世界に埋没し、外を認知すらしていない状態なのである。

 

 

「究極の引きこもり、なんて風にも呼べるかも。……まぁ、基本的に【星屑】状態の【星の欠片】にまともな意識なんて欠片も残ってないんだけど」

 

 

 原石云々の話を再度持ち出すと、【星屑】状態は『星女神』様によって雑に切り出された状態、みたいな感じというか。

 同時に『星の死海』を通っていることも確定するため、その状態であればまともな意識が残っている方が稀、とも。

 

 そこから再起動できれば晴れて【星の欠片】入りだが、その再起動の際に必要となるのが外の世界を再認識することなのだ。

 

 

「正確には、あらゆるものに含まれる自分自身、というものの自覚だけどね。ともあれ、【星の欠片】はその性質上、あらゆるものに含まれる自分自身を感知する能力を求められて続ける。翻って、【星の欠片】を成長させたいなら自分以外の自分──万物に宿る己自身を探すのが一番手っ取り早いってわけ」

「……それで、実験台があった方がいい、ってことになるの?」

「明確に自分以外の誰かだからね。そこから自分に連なる要素を見出だして弄ってみたり、更に進んで自分を見出ださずとも弄れるように努力したり……って方向に進むってわけ」

「ふーん……」

 

 

 なので、相手としては【星の欠片】以外が望ましい。

 性質上手応えがまったくなく、『難しいことをした経験』として処理されないためである。

 

 ……みたいなことを説明しつつ、これ以上のレベルアップの手段を模索する私なのでありましたとさ。

 

 

*1
第四世代までのポケモンにおいて、努力値によるステータスの変動は(努力値獲得時以外の)特定のタイミングでのものだった。代表的なのが『タウリン』などの努力値に干渉するアイテムを使った時、およびレベルアップ・進化した時。この内前者のアイテムに関しては、第七世代まで上昇させられる上限が定められており、それ以上は使えなかった。つまり、『レベル100かつアイテムによる努力値の上昇上限に達したポケモン』は、例え努力値を積んでもステータスが変化しないのである。……というのは勘違いで、正確には『ボックスや育て屋に預け、それを引き取った時』にもステータスの再計算が行われる。旅パしか育てないようなプレイヤーだと気付かないこともあるとか(原則アイテムまで使うようなポケモンはずっと連れ歩いていることがほとんどである為、預けたことがない(=ステータスの変動に気付かない)なんて事態に陥る)

*2
強さ(上方向)にしろ弱さ(下方向)にしろ、極端に振り切れたからこそおかしなことができる、ということ。上方向がオーバーフローならこっちはアンダフロー、みたいな感じ。普通に弱いものとは数値的に1とか2とかそのレベル、という話でもある



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飽きるほど繰り返していく日常に

「~~~~~~ッ!!!」
「なにあれ、なんでキーアってばあんなに転がってるの?」
「その……FGOの最新話に色んな意味で打ちのめされたとかなんとか……」
「なるほど……?」


 午前中はもっと上手い手段がないのかの探索。

 午後……もとい深夜は、モブ少女達の分布……もとい集まり具合の調査。

 そんな、忙しくもある意味充実しているともいえる日々を過ごすことはや数日。

 

 日付は三月の十三日、いよいよホワイトデー当日を明日に控えた今日この日。

 できればなにごともなく、明日の準備を終えたいところなのだが……。

 

 

「こんな日に限って面倒事の予感、というか」

「本当にねぇ」

 

 

 思わずはぁ、とため息を吐く私とゆかりん。

 現在私たちの目の前では、琥珀さんを筆頭とした科学者組が、えらいこっちゃとばかりに計測器の間を右往左往している最中。

 なんでそんなことになったのかというと、突如として郷内に高濃度の魔力?反応が現れたため。

 ……わかりやすく言うとスーパー厄介ごとの気配、というわけである。

 

 

「言ってる場合ですかぁ!?この魔力……魔力?規模だと、おおよそ神霊級ですよぉ!?」

「あーうん、何処の神霊基準かにもよるけど……わかりやすい厄介ごとが現れた、ってのはなんとなくわかるわ」

「そうだね……で、相手がどういう存在なのかはもう判明してるの?」

「あーうん、生憎なーんにもって感じだねー。魔力?らしき障壁に阻まれて観測機器が欠片も役に立たないというか」

「そりゃまたなんとも……」

 

 

 科学者組が言うにはこの通り。

 魔力らしきエネルギーに観測行為を阻まれているため、結果としてそのバカ高い魔力的エネルギーしか観測できてないとのことであった。

 

 なお、ここではっきりと『魔力』と断言しないのは、()()()()()()()の話が主な原因となっている。

 

 

「観測結果としては魔力としての性質を返してきてるんですけど……()()()()()()()()()

「ふむ、どの辺りが?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()なのよ。コピペしたみたいにそっくり、って言えばわかる?」

「ああなるほど、生き物から発せられたならある程度ムラが出るのが普通、ってわけか」*1

 

 

 それは、観測された魔力の質。

 高すぎるとか低すぎるとかでなく、観測した場所による差異が()()()()()のである。

 それこそ今しがたクリスが口にしたように、まるで元となった魔力をとりあえずコピペして広げただけ……なんて風に見えるくらいには。

 そのくせ、その総量自体は一目でわかるほどにあからさまに多い……と言うのだから、そりゃもう見えてる地雷以外の何物でもないというか?

 

 そんなわけなので、どうにかして魔力?の壁の向こうを覗きたいのだけれど……そこで邪魔してくるのが、さっきのコピペ云々の話。

 気持ち悪いほどに似た性質・厚みの魔力らしきなにか……ってだけでも大概なのに、その『魔力らしき』って部分がとことん嫌な予感を増幅させるというか。

 

 なにがあれって、この『魔力らしき』の『らしき』の部分。

 さっきちょっと話題に出した通り、この間の梅雨の時の話と()()()()()なのだ。

 

 

「……それってつまり」

「あの時『なりきりパワー』のふりをしていたのは?……そして今回、自分を魔力に見せかけているのは?……そうだね【星の欠片】だね」(白目)

「    」(つられて白目)

 

 

 ……思わずゆかりんと示しあわせたように白目を剥いてしまったが、あれは恐らくその『コピペみたいな』という性質からわかる通り、魔力に偽装した【星の欠片】である。

 なればこそ、なりきり郷の科学を以てすれば魔力障壁を──貫通はともかく内部の透視くらいはできてもおかしくないのに、それができない……なんて事態の理由になるというか。

 

 というか、そもそも【星の欠片】で作った壁とか覗けるわけがないのだ。

 魔力ならそれを散らす効果を持つものとか、はたまたそれらを飛び越えて向こうを観測する機械でも作ればいいけど、相手が【星の欠片】だとそうもいかない。

 

 なにせ、【星の欠片】が【星の欠片】として観測できていないのである。

 これがなにを意味するのかというと、すなわち今あそこにある【星の欠片】は()()()()()()ということ。

 雑にいうと、極小の存在から微小の存在になるために()()()()()()()()()ということになるのだ。

 

 

「……確か、【星の欠片】達は到達不可能基数の概念が用いられている、んだったわよね?」

「そうそう、巨大数の中でもとびきり──単純に数を揃えただけでは到達しえない数。その数の分だけ()()()()()ようなものなのが【星の欠片】ってわけ」

 

 

 まぁ、より下の【星の欠片】ともなれば、そうして同じ操作を『到達不能基数回』繰り返している、という形になるのだが。……言ってて意味わからなくなってきたな?

 

 要するにわかりやすく言うと、あの魔力的ななにかの壁はそうして確認できる厚みより遥かに()()のだ。

 ──まるで無限を前に先に進め、とでも言われているかのように。

 

 

「……わかりやすく言うと、あの壁を構成する粒子の一つ一つが無下限領域みたいなもの……ってことよね?」

「ついでに今ちょっと触れたように、座標指定系──言い換えると次元斬による座標斬撃とか跳躍斬撃とかも全部到達不可になってるレベルだよ?」

「    」

 

 

 あ、またゆかりんが白目を剥いた。

 ……まぁうん、あれを構成する粒子一つ一つにオムニバースが内包されているようなもの、と言われればそれも仕方のない話なのだが。

 

 要するに、あの壁を貫通して中のことを知りたいのなら、正攻法だとオムニバース規模の攻撃を()()()()()()()()()()考えないといけないのである。

 ……実質的に中身を見るのは不可能、と言っているに等しいというか。

 

 でもまぁ、手段がないわけでもない。

 実のところ今の条件を満たさなくても、中を知ることはできる。

 

 

「そうなんですか?」

「一番簡単かつ迅速なやり方が残ってるからね」

「ほうほう、それは一体?」

「あの【星の欠片】のご主人様になること」

それ新世界の神になれって言ってるのと同義じゃないですかやだー!!

 

 

 はっはっはっ、ノリツッコミどうもありがとう。

 ……まぁうん、こっち基準の正攻法だとあれってだけで、向こうの指定する正攻法ならあっさり突破できるんだけどね?その代わりこの世界滅ぶけど()

 

 一般的な価値観における『負け』が【星の欠片】にとっては全て『勝ち』のようなもの……という価値観と考え方の相違から生まれるこの事態は、それゆえに解決の難しい問題である。

 

 なにせ、おおよそこの世界において価値があるのは『勝利』。

 その世界を根底から覆す異界常識である【星の欠片】は、実質()()()()()()()()()()()()()()()()と言っているも同義なのだから。

 

 なので、取れる手段はもう一つの方──この世界の人間にはできない方法、ということになる。

 

 

「……あっ」

「そうそう、私って【星の欠片】の中だと()()()()()()()のよね」

 

 

 それこそ、更に別の異界常識でぶん殴る……というもの。

 それも、単なる異界常識では上にすげ替えられるだけなので、相手の下に潜り込める相手でないといけない。

 ──つまり、私である。()

 

 要するにいつぞやか言ってた『私の顔を見に他の【星の欠片】がやって来る』案件というわけだが……いや、なにも今このタイミングじゃなくてもええやんけ、というか。

 とはいえ愚痴っても仕方ないのでさっさと見に行くかー、と思いながらふと部屋の中を見回した私。

 

 

「……え、ちょっ、なんでそこで私の方を見るのよ?」

「オイラは虚無!」

「──一緒に行こっか?」<ニコォ……

なにその胡散臭すぎる笑顔!?

 

 

 今は午前中であるため、しのちゃんの訓練も兼ねていたわけで。

 部屋の中にあるソファーの上には、最近いつもの光景と化している『ビィ君をざりざり撫でるしのちゃん』の姿があった。

 変わらず彼女はシノンとカタリナさんの混じった見た目だけど……ふむ、このタイミングで現れた【星の欠片】……。

 

 もしかして、私だけではなく()()()()()()()()()のでは?

 となんとなく思い付いた私は、彼女の同行を提言。

 無論本人は必死で拒否していたが、想定される相手の性質を思えばその思い付きはほぼ確実。

 

 ゆえに強権を発動し、ゆかりんに進言。

 はれてしのちゃんは、私と一緒にあの魔力の壁の向こうへ行くことが決まったのであった。

 

 

「ふーん、大変そうだね君達」

「なに言ってるの、束さんも行くんだよ」

ゑ?

 

 

 なお、我関せずとばかりにコーヒーを飲み始めた束さんに関しましては、計測員が一人欲しいので巻き込む流れとなりましたが問題はありません。

 

 

*1
本人に近いほど(魔力の噴出口に近くなるため)比較して濃ゆい魔力なるはず、みたいな話



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こんにちは星屑から生まれた仲間

 はてさて、嫌がる二人を連れて件の魔力壁の前までやってきた私なんだけども。

 

 

「……うーむ、どうも予想に間違いはないみたい」

「それってこれが【星の欠片】案件ってことじゃん!やだー!!束さんおうち帰るぅー!!」

「子供かっ」

 

 

 実際に目前まで近付いてみれば、流石にその全容もわかろうというもの。

 

 生憎科学班に【星の欠片】を検知するような機材はない(というか、前回語った通り下手に検知できてしまうほうが不味い)*1ので、基本的には私かキリア・もしくは『星女神』様のようなそもそも【星の欠片】である人物に頼むしかないのだけれど……。

 

 

「……うん、ここまでくれば流石に私にもわかるというか……なんというか不思議な感覚ね、これ」

 

 

 ……【星の欠片】なら誰でもいいのか、と言われればまた別の話。

 特に今回の相手は偽装がかなり上手く、しのちゃんは当初相手の本質を見抜くのに時間が掛かっていたのだった。

 

 いやまぁ、一応今の様子を見ればわかるように、コツを掴んだあとはなんとかなったみたいだけどね?

 逆に言うと、コツが掴めてなかったらどうにもならなかった……と言っているにも等しいわけだが。

 

 これがどういうことなのかと言うと、以前語った『小さいものの観測の難しさ』にその理由がある。

 

 

「……あれでしょ、ミクロの世界の観測には、その小ささと反比例するようなバカみたいに高いエネルギーが必要……ってやつ」

「高いエネルギー?」

「基本的にミクロの世界を観測するには、光子とか電子とかを照射してそれが相手にぶつかった後の動きを確認する必要があるんだけど……これが成立する原理っていうのが、文字通り()()()()()()()()()()ことを前提にしたものなんだよね」

 

 

 話すのは、いわゆる『プランク長さ』と呼ばれるもの。

 プランク氏が作ったこの単位は、あらゆるものの基準になるようにと考えて作られたものなのだけれど……その短さというのが中々に特徴的なのだ。

 具体的には十のマイナス三十五乗メートル、とかいう小ささ。

 現状単位に使われる接頭字で一番小さい『クエクト(q)』が十のマイナス三十乗なので、それより更に五桁小さいものとなる。

 

 とはいえこれが宇宙の最小単位か、と言われると違うらしいが……それはそれとして、これより小さな世界を認知することは難しい、というのが今の定説である。

 その理由が、先ほどの波──いわゆる顕微鏡の分解能の話。

 

 

「波にぶつける必要があるってことは要するに、小さなものを観測するには波の間隔を可能な限り狭くする必要がある……ってことになるわけだけど。プランク長さより波長を短くしようとすると、発射する光子や電子の持つエネルギーが高くなりすぎる、ってわけだね」

「それは何故?」

「波長の長さは振動の回数、言ってしまえばエントロピー(情報量)の高さに連動するからさ。単位秒の間に何度振動するかってのが波長の間隔の決定に関わるわけだから、必然振動が増えれば増えるだけその物質の持つエネルギーが上がるんだよ」

「なる、ほど?」

 

 

 波の谷間に観測物が収まってしまうと、結果として波が反射されずに素通しになってしまう。

 ゆえに、細かいモノを観測するためには波の間隔を狭くする必要があるが、それは同時にその光子なり電子なりが持つエネルギーを高める作用に繋がるわけである。

 

 結果、質量とエネルギーが等価であるという()()()とかと合わさり、その光波がぶつかったタイミングでエネルギーが質量に変換され、結果局所的にブラックホールが発生するような事態に繋がる……と。

 

 

「まぁ、現状の電子顕微鏡がナノメートル(10の-9乗)基準なんだから、そんなもの確認するのは夢のまた夢だけどねー」

「……性能が全然足りてないわね」

「因みに【星の欠片】は一番大きいのでもプランク長さに満たないのが普通だよー」

「その時点で私達(科学者)には無理があるよね!」

 

 

 なにか別の手段でも見つけない限り無理だよね!……とお手上げポーズをする束さんである。

 

 ともあれ、【星の欠片】を科学的に観測するのが難しい、というのは間違いなく。

 その流れで【星の欠片】同士が互いを観測するのもまた、ある程度コツがいるというのもまた理解ができるはず。

 

 ……うん、私とかキリアとかならともかく、そうじゃない【星の欠片】だと自分より小さい【星の欠片】を咄嗟に感知するのは難しすぎるというか?

 

 

「……ああそうか、()()()()()()波長を持ってないと確認できないんだから、一番小さいとか二番目に小さいとか、そういう装飾の付く貴方達は他の相手を確認できないはずがないのね」

「まぁ、顕微鏡みたいなやり方をするんなら……って前提の話だけどね」

 

 

 私達の場合にそういう話が問題にならないのは、今しがたしのちゃんが述べた通り。

 

 なによりも小さい、みたいなことを真面目に語る私たちなので、顕微鏡的な短い波長のビームでもぶつけて確認する……なんてやり方は余裕のよっちゃんなわけだ。

 まぁ、実際にそれをやろうと思う場合、先のブラックホール云々の対策を行った上で、って話になるんだけども。

 

 

「……寧ろそれを対処できるってことの方が、束さん的にビックリなんだけど?」

「そりゃまぁ、究極的には科学の行き着く先だけど、やれることは普通にファンタジー方面のが近いからねぇ」

「それでよく科学面できるね???」

 

 

 ははは、君らが科学を極め尽くしたら同じことできるんやで、よく言うやろ『極まった科学は魔法と変わらない』とかって。

 

 ……冗談はともかく、顕微鏡的なやり方もできなくはないけど『それやるんならもっと効率のいい方法あるよ?』というのが私たち【星の欠片】。

 で、そこで出てくるやり方というのが、大きくわけて二つ。

 あらゆるものに含まれているという性質を活かしての判断と、無限概念であることを活かしての判断である。

 

 

「前者はともかく、後者は初めて聞いた気がするよ?」

「そう?でもまぁ、別に難しい話でもないよ。無限を計算式に突っ込めるならある程度無茶が効く、ってだけの話だから」

 

 

 前者はまぁ、いつも私がやってるようなやつ。

 なんにでも含まれている、という性質を使って相手の中にある『自身が親となる【星の欠片】』を励起し、そこから相手の性質を探る……みたいなやつである。

 該当範囲(相手の内部)に何個該当する【星の欠片】があるか、属性や配列に偏りがないか……みたいな感じで観測することで、結構子細に相手の情報を集められたりするわけだ。

 

 とはいえこのやり方、考え方をひっくり返して()()()()()()()()()()()()()()()みたいな感じで使うことで、自身より小さい存在もある程度カバーできるとはいえ、それでも限度というものがある。

 具体的には例の柱の踏破度が、自身より一つ下の相手が限度になるため、例えば『体』の位階までしかたどり着けていない存在では、『魂』の位階までは探れても『精神』の位階についてはまったくわからない……みたいなことになってしまう。

 しのちゃんの場合はそもそも柱への挑戦すらまだなので、このやり方だと『体』までが限度となってほぼほぼ探れない……みたいなことになってしまう。

 

 そこでもっと汎用性の高いやり方として出てくるのが、後者の手段である『無限性を利用した』やり方、ということになるわけだ。

 

 

「これは『概念』って言ってることからわかるように、科学ってよりは感覚的・抽象的な考え方でね。あらゆる計算に無限を代入できるわけだから、結果的に()()()()()()()()()()()んだよ」

「はい?」

 

 

 雑に言うと『この箱の中には【星の欠片】が無限個入っています』みたいなことができる、というか。

 無限は本来計算式に使えないが、実体として無限の総数を持つ【星の欠片】はその辺りを雑に無視できる、とも。

 

 結果、特定の範囲内に自分を無限個突っ込む、みたいな力業で()()()()()()()()範囲を消し去ってしまえるわけだ。

 この時、ちょっとしたコツを覚えておくと、本来自分より小さいため認識できないはずの相手を認知することもできるようになる……と。

 波の場合谷間が出来てしまうが、実際に形のあるものならそんなことはないので必ず触れられる……みたいな話にもなるのだろうか?

 

 

「まぁ、その辺りの話はややこしいからまた今度にするとして……とりあえず、中の人に挨拶する?」

 

 

 なに言ってるのこいつ、みたいな束さんの視線が突き刺さってくるため、気を取り直して今回の目的である魔法壁の内部の話に軌道修正する私。

 

 相手が【星の欠片】であることが確定したため、迂闊に踏み入ると酷い目にあうことも同時に確定したわけだが……それでも、こうして外で手をこまねいているのが無意味なのも事実。

 幸いにして相手は私より大きいため、大人数で押し掛けるならともかくしのちゃんと束さん二人くらいなら余裕で保護もできるだろう。

 

 ってなわけで、嫌がる束さんを取っ捕まえて壁の向こうにすり抜けた私は。

 

 

「……ん???」

 

 

 そこに広がる光景に、暫し唖然とすることになったのであった……。

 

 

*1
最悪その観測機械が【星の欠片】になる()



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白き旅人今来たりて

 はてさて、私が唖然としてしまった理由。

 それは、目の前に広がる光景にその理由があるわけなんだけども……。

 

 

「……いや、なにこの……なに?」

 

 

 語彙力の急激な低下が心配される昨今、みたいなフレーズが脳裏をよぎるほどに、現状言葉の出てこない私である。

 それもそのはず、私の目の前に広がる光景は、まさに目を疑うようなものだったのだから。

 ……具体的に言うとですね?

 

 

「……『キーア様ご一行大歓迎』とか書いてあるね?」

おなか痛くなってきた……!!

 

 

 壁の向こうに広がっていたのは、明らかになりきり郷とは別の世界。

 具体的にはこの辺りは普通の()()()があったはずなのだが、今目の前に見えるのは田舎──それもヨーロッパとかその辺りを彷彿とさせる風景。

 いわゆる牧歌的*1な風景というわけだが、その空気に似つかわしくない物体が幾つか。

 それが、今しがた内容を束ちゃんが読み上げたモノ──すなわちそこらに乱雑に刺し立てられた、まるで観光地気分のような()()()達なのであった。

 

 ──結果、私の胃にダメージが入った。

 一体誰がここの主なのか、という予想ができてしまったのもその一因だが、なによりその相手が()()()()()()()()()()()()()()()というのが相乗効果で……というやつである。

 

 

「その言い方だと……ここにいる相手はキーアの知らない相手ではない、ってこと?」

「まぁうん、私が設定ノートに書いた人物像とほぼ一致してるから、まず間違いなく」

「……この空気感を躊躇わずに繰り出してくる相手、ってこと?」

「うん」

「即答した!?」

 

 

 驚愕するしのちゃんに、思わず視線を逸らしながら答える私。

 ……正確には、こういうものを投げ付けてきて()()()()()……みたいな相手になるのだが。

 ゆえにこの歓迎も形だけ、あからさまに『さっさと来い』と言っているようなもの……みたいな予想が付くわけである。

 

 まぁ、だからってこの誘いを蹴って戻るわけにも行かないんですけどね!

 だって私たちがここに足を踏み入れた理由って、この空間の持ち主にここから退いて貰うことだから!

 

 

「まぁ、そうだねぇ。ここに居座られるのが困る、ってのはよくわかるよ。なにせここ、()()()()()()()()()()()()()()を思いっきり飲み込んじゃってるし」

 

 

 その中でも特に意味を持つのが、今しがた束さんが話したそれ。

 ……そう、この空間はなりきり郷の一区画を飲み込む形で展開されているわけなのだが、それが立地している場所というのがホワイトデーイベントを企画した人物の所在地を含んでしまっていたのである。

 わかりやすく言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ、この魔力の壁によって遮られた世界は。

 そりゃまぁ、早急に解決しないと大問題ってわけで。

 

 

「一応イベントそのものがたち消えるってことはないと思うけど、生憎中を見たらわかる通り相手の所在不明だからね……」

 

 

 先ほど牧歌的、と目の前の景色を表したことからわかる通り、私たちの目の前に広がるのは畑や草木である。

 それは言い換えると、見える範囲に人の気配がまったくない、ということにもなるわけで。

 

 この空間が【星の欠片】の作用でどれほど広がっているのかはわからないが、少なくとも現在地から見渡せる範囲に人里がないのは間違いあるまい。

 思わず『ナーロッパじゃねーんだぞ』*2という言葉が口をついて出なかったことを褒めて欲しくなるくらい、と言えば今の私の気持ちもなんとなくわかるんじゃないだろうか?

 

 

「……え、てことはもしかして、人里探して歩かないといけなかったり?」

「そりゃそうでしょ。……まさかとは思うけど、歩きたくないとか言い出す気?」

 

 

 そこまで話して、束さんが嫌そうな声をあげた。

 どうにもここからさらに移動する必要がある、ということに抵抗があるみたいなのだが……いや、篠ノ之束と言えば人類最高の頭脳に加え、その頭脳に比類するレベルの身体能力を兼ね備えるスーパーウーマン。

 伊達や酔狂で『性格以外最高の女』と呼ばれているわけではないのだ。

 

 ……なので、精々歩くとしてもその距離は一キロもないだろう。下手すると彼女の身体スペックなら踏破に一分も掛からないレベルの短い距離、ということにしかならないはずなのだけれど……。

 

 

「それ本来(げんさく)の束さんの話でしょー!?ここにいる束さんのことじゃないもん!」

「えー……?」

 

 

 思わず子供か、と再度ツッコミたくなるような彼女の様子に、思わず困惑する私である。

 

 どうやら聞くところによると、『逆憑依』としての束さんは再現度が足りてない……というのは再三言われている通りだが、それによって欠けている原作再現というのが『性格』と『肉体スペック』の二つになるらしい。

 

 篠ノ之束(かのじょ)篠ノ之束(かのじょ)足りえる一番の要素がその頭脳である、と判断されたからこそのもの……というには些か不自然だが、ともあれ今の彼女の肉体は『クリスに腕相撲で負けるレベル』のへなちょこ、ということになるらしい。

 

 

「……えっと、クリスって言うのは貴方の同僚の、ってことよね?どこぞの警察さん(バイオの方)のことじゃなく」

「あんなゴリラと腕相撲なんてしたら束さん死にますが!?」

「そ、そう……」

 

 

 まぁ迫真の宣言。しのちゃんどん引いてるじゃん。

 ……本来の束さんなら勝って当たり前な辺り、確かにスペックダウンしてるなぁ、と頷かざるを得ない話である。

 本人は『いいもんねー!束さんはこの頭脳だけあればなんとでもなるもんねー!!』とか小学生みたいなこと言ってたわけだが。

 ……ご自慢の頭脳も若干疑問符付かないその行為?

 

 ともかく、今の束さんが見た目通りの身体能力しか持たないというのは間違いなく。

 そうなると確かに、そのあからさまに歩き辛い格好で一キロの道のりを踏破するのは中々に骨が折れることだろう。

 

 

「……そういえばふと思ったんだけど」

「なに?シノノン」

「あ、貴方にそう呼ばれるとは思ってなかったけど……それは置いといて」

 

 

 仕方ないので物見遊山気分で歩くかー、と移動し始めた私たち。

 時間はいいのか、という話に関してはここが【星の欠片】の影響下なら特に問題なかろう、ということで無視である。

 

 で、そうして歩く中でしのちゃんが束さんに話し掛けたのだけれど……ふと考えたら、この二人ってどっちと『シノノン』って呼べそうな相手なんだなぁ、などとどうでもいい気付きを束さんからもたらされたり。

 

 それはともかく、なにか気になったことがあったらしいしのちゃんは、そのまま話を続けていく。

 

 

「さっき『性格以外は』みたいなこと言ってたでしょう?」

「うん、よくみんなが言ってるね。それで?」

「確か、本来の貴方ってその身体スペックのお陰で、薬物にも耐性があるのよね?」

「う、うん?そうだけど?」

 

 

 今の束さんは無理だけど、と答える束さんだが、なんか話の方向性が怪しくなってきたことに警戒心を露にし始める。

 私もなにを言い出す気だこの子、と小さく警戒をし出して……。

 

 

つまり今の貴方って媚薬とか使われてぐちゃぐちゃのでろでろになるのが似合う状態ってことよね?

いきなりなにいいだすのきみぃ!?

ゴブリンとかオークにぬちょぬちょにされるのが似合うってことよね?

なんで言い直したのぉ!?怖いよぉこの子怖いよぉ!?

「あっ、あんなところにオークが」

「ドウモ、主ノ命ニヨリオ迎エニ「ギャーッ!!イヤジャオークノコナゾハラミto night☆!!」*3チョッ、」

 

 

 ……善良そうなオーク君の接近を感知した結果、束さんをからかうために言い出したのだろうしのちゃんの冗談は、見事なまでに束さんにクリティカルヒットし誤解を解くのにしばらく時間が掛かったことをここに記しておきます。

 

 なんちゅうこと思い付くんじゃこの子……。

 

 

*1
田園風景や農村生活を美化したような物言い、ないしその状態を指す言葉。『牧歌』は元々家畜の世話をする子供(牧童という)が歌っていた曲のことを指し、そういう歌がどこからか聞こえてくるほどにのどかな空間……みたいな空気感を含む。現在では単に田舎を題材にした作品だけでなく、ある種の郷愁を誘う作風のモノもこの区分に入っているのだとか

*2
『なろう』系作品に登場する、中世ヨーロッパ風の世界観のこと。何故『風』なのかというと、本来の中世ヨーロッパなら起きていることなどが発生していなかったり、はたまたその時代にはないものが存在している為。わかりやすいところだと中世の後半に伝来し、かつ実際に食用にされるのは末期頃であるので中世期間中には広まっていないはずのじゃがいも、及び整備された下水道などの公衆衛生の概念。特に公衆衛生の概念は致命的であり、現代人が仮に中世に送り込まれたらまず間違いなく病気で死ぬ。ハイヒールが流行った理由を思えば当たり前なのだが。そういうものがなく、現代人が特に苦労すること無く適応できる為その時点でファンタジーだ、とわかるわけである。なお、何故ヨーロッパ風の舞台が多いのかという話になると、なろう系作品の源流ともされる『ゼロの使い魔』の二次創作の流れとなる可能性が高い、というのは面白いところ(『ゼロの使い魔』の世界観は中世ヨーロッパ風、かつナーロッパと同じく本来の中世ならばないであろう衛生の概念などが浸透している。なお、風呂に関しては最近の研究で中世の人達もちゃんと入浴していた、ということがわかっているとか)

*3
元ネタは『人の子など孕みとうない』。古風な人外娘が人間に無理矢理手込めにされる様を言うもの。そこからそういう状況にある人物が拒絶の言葉として述べるものとして使われるようになった。なお発言内容的に基本R18作品で見ることが多い。『孕みto night』はそこから派生したネタであり、基本的には前述の状況を茶化したものである。時々ノリノリでtonightしてる時もある()



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気の良いオークは良いオーク

「誠に申し訳ございませんでした……」

「アアイイデスヨトイウカ、土下座トカサレルト寧ロコッチノ心象ガ悪クナルノデヤメテモラエレバ……」

「わぁすっごい苦々しい顔」

 

 

 多いもんね、薄いアレで相手の女性を土下座させてるオークとかの絵面……。*1

 

 ってなわけで、主とやらの指示によって私たちを案内するためにやって来たオークさんに、あれこれ騒いですいませんと謝っていた私たちは顔を上げたのだった。

 このオークさん、近年よく見る『いいオーク』と言われる類いの人物のようで、どうやらこの空間の主とやらから私たちを迎えに来るようにと言われてやって来たとのこと。

 

 ……うん、この空間の主ってことは相手は【星の欠片】ってことになるんだけど……。

 

 

「……?????」

「エエト、ソノ困惑顔ハ一体……?」

「いや、なんか想定している相手と微妙に噛み合わないというか……」

「ハァ?」

 

 

 うむ、どうにも首を傾げてしまう私である。

 

 魔法のような隔離壁を使う相手、ということで対象となる【星の欠片】は限られるうえ、()()()()()()()()()()理由のある相手となればさらにそれは限られる。

 わかりやすく言うと、この場合の該当者はほぼ一人に絞られるってことになるんだけど……その人物の設定(よそう)をした時に付与した性格上、単なるオークを手駒として使う人物には思えないというか?

 

 そこまでこちらの考えを伝えると、こちらと同じ様に困惑していたオークさんは得心したように頷き、自身が何故彼に使われているのかを話し始めたのだった。

 

 

「実ハ私ノ出身ハ、先ホドソコノ方ガ危惧シテイタヨウナオーク達ガ暮ラシテイル世界デシテ……」

「ほぎゃああああっ!!!?」

「束んうっさい」

「ほげっ!?」

「すみませんね何度もうるさくして……」

「ア、イイエ。嫌ガラレルノハ仕方アリマセンノデ……」

 

 

 聖人かなんかかこの(オーク)

 

 ……まぁともかく、今の会話でここの主が彼を徴用している理由に納得した私は、悪戯に怖がる束さんに一つ講釈でも垂れてやろうかと思い立ち、

 

 

「いや待って、勝手に納得しないで欲しいんだけど?」

「おおっと?」

 

 

 その前に、話がよくわからないと首を傾げたしのちゃんに止められてしまうのだった。

 ……確かに、私一人だけ納得して話を進めるのも問題だろう。

 なので、何故先ほどまでの疑問があっさり解消したのか?……という部分の説明を先にすることに。

 

 

「まず大前提として、このオークさんがとてもいい人だってのは間違いないわよね?」

「まぁ、俗に言う『いいオーク』だっていうのは、なんとなく」

 

 

 始めに確認するのは、目の前のオークさんの善人度について。

 

 近年語られるオークというのは、いわゆる蛮族方面のそれと目の前の善人方面のそれの、主に二パターンである。

 一応、蛮族方面のオークの中には幾つかパターン分けがあって、成人向け作品においてよくある立ち位置のそれと、武人のように戦うことに心血を注ぐタイプなどが有名だ。

 

 ……え?武人タイプは成人向けの方にもいるって?*2

 まぁ、武人タイプに関しては出番が目立つのが一般向け作品であるというだけで、基本的に何処に居てもおかしくない造形ってだけの話だとは思うのだが。*3

 

 ともあれ、蛮族的思考を持つオークが多いというのは確かであり、それに伴って聖人枠のオークはそう多くない(※ギャグじゃないです)のもまた確かな話となっているわけだ。

 

 

「ゆえに、その数少ない聖人系オークがレア、ってのも間違いないってわけ」

「……その言い方だと、ここの主はレア物好きなの?」

「ああいや見方によっては間違いじゃないけど、ちょっと方向性が違うかな?」

「んん?」

 

 

 彼みたいな存在が珍しいのは確かな話だけど、しのちゃんの言うような意味合いとはちょっと違うというか?

 どういうことかと言えば、それはここの主の持つ性質にその答えがあった。

 

 

「私が想定しているここの主は、犠牲になったものを──その中でも特に()()()()()()()()()()()()()()()()()を尊ぶ質なのよね」

「……どういうこと?」

()()()()()()()ってこと」

「……身も蓋もない言い方になったわね」

 

 

 まぁ、それが【星の欠片】の能力に繋がっているわけではなく、【星の欠片】としてあることによって得た性質……みたいな感じになるのだけれど。

 まぁともかく、ここの主が『集団から爪弾きにあったモノ』を好む性格であることは間違いあるまい。

 

 ゆえに、このオークさんはその聖人っぷりが彼の人のお眼鏡に叶った、と。

 ……言い換えると、この(オーク)恐らく【兆し】とかとはまったく関係ない、()()()()()()()なのだ。

 

 

「え」

「そういう意味でもレア、ってことになるのかしら。……この分だと、先に進んで見えてくるだろう人里も結構凄いことになってそう」

「アア、ソレニ関シマシテハゴ想像ノ通リ、トオ返シ致シマス」

「ですよねー」

 

 

 あれかな、自分のコレクションを自慢しに来たのかな?

 そんな言葉が自然と脳裏に過ってしまう私である。

 ……いやまぁ、コレクション扱いしたらここの主も暮らしている人も皆憤慨しそうだから言わないけど。

 でも端から見たら違いとかわかんないよね、というか。

 

 

「んー、穏当に言い直すなら家族自慢、ってことになるのかなぁ」

「穏当?」

「ああいや、こっちの話なのでお気になさらず。それと案内をと仰ってましたけど、もしかして?」

「エ、アアエエト……ソチラノゴ想像通リデスネ」

「ですよねー」

 

 

 うん、【星の欠片】のテリトリーってことは、性質的にここにも『星の死海』みたいなルールが敷かれているのだろう。

 具体的には正解の道を選ばないと目的地にたどり着けないとか、はたまた内部での時間経過が外のそれと切り離されるとか。

 要するに焦っても仕方ないということなので、素直にオークさんの後ろをついていくことにする私なのでありましたとさ。

 

 なお、しのちゃんは初めて出会った異世界人に興味津々で、束さんの方は目的地にたどり着くまでずっと気絶してた()ので、私が首根っこ捕まえて引き摺って行ったことをここに記しておきます。

 あとで文句言われそう?知らんな、そんなことは私の管轄外だ(適当)

 

 

 

 

 

 

「皆様長旅オ疲レ様デシタ。ヨウヤク主様ノ居住区二到着致シマシタヨ」

「ホントに長旅だったね……」

 

 

 まぁ、『星の死海』と同じならショートカット不可なので当たり前なのだが。

 

 ともあれ、たどり着いた街は活気に溢れているものの、その予想通りの光景によって他の二人の呆気を引き出していたわけで。

 そんな二人の様子に苦笑しつつ、街を行き交う人々に視線を向ける私。

 

 視界に入ってきたのは、ポニーみたいな大きさのケンタウルスやあくせく働くゴブリン。

 怠そうに背を曲げ歩くエルフに、シスターの格好をしたダークエルフが説教をしている姿。

 それから、近くの川を泳ぐハーピィに空を飛ぶ人魚のような、色々とおかしな光景達であった。

 

 

「……なにこれ」

「珍しいもの博覧会……って言ったら怒られそうだから、眷属自慢会とか?」

「その言い方もその言い方で怒られそうだけど……でもうん、思わずビックリしちゃうのは変わらないわね」

 

 

 行き交う人々は、基本的に単純な人族は少ない。

 一応見掛けないこともないのだが、いわゆる亜人種に属する存在と比べればその少なさは圧倒的であった。

 ……まぁ、少数ゆえ排斥されるものが多数を為すこの街において、迂闊に人族を増やすとそこからさらに排斥されるモノが出てしまう……みたいな部分もなくはないのかもしれないが。

 

 

「……あー、よくあるよね。亜人達は言うほど少数を迫害しない、みたいな話」*4

「まったくないってわけじゃないみたいだけどね。でもまぁ、基本的にはファンタジーの住人達だからか、普通の人間より純粋……みたいな性質を持っていることが多いのは確かみたいだけど」

 

 

 あれだ、現実の人間と比べ、同族への排斥感情を持ち辛い感じになってることが多い……みたいな?

 逆を言えば人族が同種に対して牙剥きすぎ、みたいな話になりそうだが……その辺りは面倒臭いので割愛。

 別に亜人種万歳したいわけでもないのでほどほどにして切り上げ、いつの間にか先に進んでいたオークさんの背を追っ掛ける私たちである。

 

 

「皆サン、ココガ主様ノ自宅デスヨ」

「まぁ立派なお家」

「居かにも領主の家、って感じだねー。……っては、まさか……?!」

「なに想像してるかわかるけど、普通に失礼だから止めようねー」

 

 

 たどり着いたのは、立派なお屋敷。

 如何にも偉い人が住んでそう、みたいな場所に案内されたわけなのだが……うーん、さっきから束さんの思考がピンクに染まっている。

 脅かしたしのちゃんが悪いんだぞと視線を向ければ、彼女はバツが悪そうに視線を逸らしていたのだった。

 

 

*1
裸で土下座、など。この場合は相手の尊厳を奪いきった証……みたいなノリだが、そもそもインドから仏教経由で伝わり、日本の文化となった土下座が何故ファンタジー世界でも登場するのか?……みたいなツッコミ所もなくはない

*2
『千年戦争アイギス』に登場するオークが有名。彼等に対して『くっ、殺せ!』すると即座に介錯してくれる。そこらの凡百のオーク達とは違うのである()。……いや君達成人向け作品のキャラだよね?なんで普通のダークファンタジー向けのキャラ造形してるの?……とツッコまれることもしばしば

*3
元々のオークが邪悪な勢力に属する醜悪なる存在、という造形であったことから。成人向けの属性を得たのは近年のことであり、そもそも彼等は普通の悪役だったので戦うことこそ本分なのが当たり前なのである

*4
人間の悪意はヤバイ、みたいな話。人間のそれと比べると亜人達は幾分ピュアに見えることが多い、とも



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束は犠牲になったのだ、展開のための犠牲にな……

 はてさて、案内された領主の家。

 そのまま中に入るように促されたのだけれど、相変わらず束さんが挙動不審である。

 ……まぁ、亜人種がそこらを行き交ってるせいで、異世界転移させられたような錯覚が出ていること。

 およびさっきのしのちゃんのからかいがクリティカルヒットした関係で、いわゆる不定の狂気みたいなことになっているのだろうが。

 

 

「敢えていうなら脳内ピンク状態、とか?」

「なるほど、自分がねちょねちょにされてるところを想像してしまって悶えてる、と」

「オ二方ハコノ方ヲ落チ着カセタイノカ慌テサセタイノカ、一体ドッイナンデス?」

 

 

 いや、こういうテンションの束さんって珍しいんでつい……。

 嗜虐心を煽るというのか、俗に言う『虐めたくなる』空気感があるというのか。

 

 ……あれだ、今だけ『被虐体質』獲得してそう、みたいな?

 虐めてオーラ全開、みたいなものなのでついついちょっかいをかけたくなってしまうのである。

 今だって『被虐体質』の『ひぎゃ』に反応して『ひぎぃ!?ひぎぃなの!?』とか言ってるんだもん、面白くない?

 

 なお、聖人オークさんはこの話を聞いても『ヤメテアゲマショウヨ……』と呆れ顔であった。

 やだ本当に聖人過ぎるわこの人……。

 

 そんなこんなで待つこと数分。

 オークさんの淹れてくれた紅茶(滅茶苦茶美味しかった。束さんだけなにか盛られてないか気にしてた)を楽しみつつ、目的の人物が現れるのを待っていると。

 

 

「お~ま~た~せ~し~ま~し~た~ぁ~」

「……んん?」

「オオット、オ待タセシマシタ皆様。主様ガヨウヤクコチラニ来タヨウデス」

「…………んんんんん?」

 

 

 部屋の外から聞こえてきたのは、随分と間延びした声。

 オークさんの言うところによれば、これがここの主の声ということになるのだが……え、マジで?

 

 

「どうしたの?」

「いや……あれ?」

 

 

 思わず困惑する私を見て、どうしたのかとしのちゃんが問い掛けてくる。

 それに私はどう答えようかと考え、暫し言葉が詰まることに。

 

 だって、ねぇ?

 さっきの間延びした声、気のせいじゃなければおっとり系の女性の声だったけど……。

 

 

「私が思ってた相手は男性だったから、もしかして相手を間違えたかなと思って」

「実際そうなんじゃないの?」

「いや、ここから感じられる【星の欠片】としての空気は、生憎予想と間違ってないんだよ」

「なる、ほど?」

 

 

 私は【星の欠片】は条件さえ満たせば誰にでも使えるもの、と述べたことがある。

 それは確かに間違いではない。ないのだが……その場合、原理は同じでも()()()()になるのである。

 

 

「命名?」

「動物で言うところの個別の名前って言うのが近いのかな?いわゆるニックネームってやつ。で、普段私とかが他の【星の欠片】達を呼ぶ時に使っている名前はそれで、それとは別にイエネコとか柴犬とかみたいな種族名に当たるものがあるんだよ」

「ふぅん?」

 

 

 わかりやすく例を挙げると……例えばしのちゃんの『揺れない天秤』。

 これは先の説明におけるニックネーム……【星の欠片】的には【星式名】に当たる。

 で、これには実のところその【星の欠片】の性質に加え、『誰がその【星の欠片】を使えるようになったのか?』みたいな情報まで含まれているのだ。

 

 

「……そうなの?」

「そうなんです。だから、例えば今のしのちゃんみたいに『二つの要素を釣り合わせ、支柱となるものの不変性を担保する』【星の欠片】が新しく現れた場合、そっちは『揺れない天秤』って名前じゃなくなるってわけ」

「へー……」

 

 

 まぁ、これまた前も言ったように、既に現れている【星の欠片】と同種の【星の欠片】は、同じ世界に同時に現れることはないのが普通なのだが。

 どっちかと言えば、複数に跨がる世界を見通す目を持つものにこそ意味のある区分け、ということになるのかもしれない。

 

 

「その言い方だと、もしかして……」

「お察しの通り、これは『星女神』様のためのネーミングってわけ」

 

 

 そこまで語れば、勘のいいしのちゃんなら気付きもする……というわけで。

 この【星式名】というのは、類似する【星の欠片】を幾つも目にする機会のある『星女神』様のためのものなのだ。

 なので、通常の機会においてその違いを──類似する【星の欠片】であることを示す【星名】と比べる機会はほとんどない。

 

 

「ないんだけど、【星式名】の方は個人の特定までできる、って言ったでしょ?」

「なるほど、名前を感じる?って感覚はよくわかんないけど、【星名】じゃなくて【星式名】の方が同じになることなんてないから、個人の判別には持ってこいってわけなのね」

 

 

 納得したように頷くしのちゃんに、こちらも一つ頷きを返す。

 

 先ほど述べた【星の欠片】としての空気感。

 それはこの話に照らし合わせると【星名】……わかりやすく言うと名字が同じ、ということを示している。

 そしてそこに、本来既に現れている【星の欠片】は同じ世界に出現しない──同じ【星名(みょうじ)】の相手は存在しえない、という話を組み合わせると。

 

 

知ってる相手(自分が作ったキャラ)じゃないのはおかしい、ってこと?」

「今までの例からすると、ね」

 

 

 はぁ、と小さくため息を吐く私。

 ……例えばジャンヌ達に付けられている【終末剣劇・潰滅願望(レーヴァティン)】。

 あれは本来【星名】の方であり、彼女達に個別に付けられる【星式名】とはまた別のものとなる。

 単に二人一組なのでややこしい、ってだけの話なのだが……それが例外になるくらいで、他の面々は全て自身の知る情報に沿った存在として、こちらの世界に現れている。

 

 わかりやすいのは『星女神』様と『月の君』様。

 あの二人はそもそも同じ【星の欠片】が生まれる余地が欠片もなく、【星名】も【星式名】もどっちも同じという例外枠ではあるものの……その名前が間違っていた、などということはなかった。

 キリアに関して見ても、当初の私が例外なのであって、彼女の【星式名】が『虚無』であることは変わらない。

 

 それからユゥイに関してだけど……彼女の場合はちょっと変則的で、三つの【星の欠片】が合一し生まれる『散三恋歌』を持っていたのは名前違いのユゥイの方。

 三人のユゥイが一つになって、結果として【星式名】を引き継いだというか、はたまた『散三恋歌』になりうる【星の欠片】が三つ合わさった結果そうなったというか……まぁ、ややこしいけど()()()()()()()()()、みたいなポジションである。

が三つ合わさった結果そうなったというか……まぁ、ややこしいけど()()()()()()()()()、みたいなポジションである。

 

 それらを前提として考えてみると、まったく知らないところから湧いて出たしのちゃんを除けば、現状この世界に顔を見せている【星の欠片】達は、全て私の設定通りの【星式名】を持っている、ということになるわけで。

 その前提を踏まえた上で外の相手を感知した時、本来返ってくるハズの名前──【星式名(フルネーム)】が、別人のそれだったことによる驚きは如何ほどのものか?……というのが今回の話のキモ、ということになるのであった。

 

 

「参考までに聞いておきたいんだけど、その本来該当するハズの【星式名】の人って、どういう感じの人なの?」

「そうだね……まず、【星名(みょうじ)】に当たるのが『祝祭(カーニバル)』。政事・祝い事のような祭事と、それに捧げられる供物に関わる【星の欠片】で、性質としては前もって述べていた通り『多数によって犠牲にされる少数』を主体とするもの、ってことになる。言い換えると『少数派の反逆』、多数決の暴力の逆……って感じになるのかな?」

「……お祭りとは関係なくない?それ」

「カーニバルとカニバリズムは同じ語源、みたいな与太話聞いたことない?それは信憑性どころか正当性すらない戯れ言だけれど──謝肉祭、肉に感謝するものであることは間違いではない。カニバリズムの一概念に『倒した相手の力を得る』ための要素がある、ってところと結び付いたんだろうね」*1*2

「……なんで他人事?」

当時の私は若かった(いわゆる黒歴史)ってことだよ言わせんな恥ずかしい」

「えー……」

 

 

 響きが似てるから関連付ける、なんてよくある話でしょとしか。

 特にモノを知らぬ子供の時分ならば、そういう悪趣味めいた設定を考えることもおかしくはない。

 

 ……ともかく、【星の欠片】『祝祭』は多数のために捧げられる弱者をその基本概念とし、『祭りに捧げられた供物は強者の糧となる』すなわち『弱者は強者の力の源である』とすることで、わかりやすく【星の欠片】としての弱者基盤を浸透させたもの、ということになるわけだ。

 原理が普通の【星の欠片】に近いため、理論が間違っていても普通に起動してしまう悪例、とも言えるかもしれない。

 

 

「で、本来それを使えるハズの相手──【星式名(フルネーム)】『道化はただ笑うのみ(クラウン・クラウン)』は、その語感からわかるように道化、すなわち男性だったってわけ」

「それ本当に名前?完全に文章じゃない?」

「気にするな、単なる黒歴史だ」

 

 

 道化の王、というそのネーミングはどこぞのエクソシストを思い浮かべるかもしれないが……別にアレンなウォーカー君とは関係ない。*3

 無論名前を考える際に脳裏のどこかに引っ掛かっていた可能性はなくもないが……どっちかというとキャライメージ的には彼の大切な義父の方に近いというか。

 

 まぁともかく、外から聞こえてきたおっとり系女性のそれとは一欠片も繋がらない相手、ということに間違いはあるまい。

 

 

「そうなると……外の人は一体?」

「さてね。起きないハズの代替わりが起きてる、っていうのが一番あり得る可能性なんだけど……」

 

 

 今のところ、相手の正体は見えてこない。

 まぁ、配下?であるオークさん達の様子を見るに、決して悪い人物ではないと思うのだが。

 

 そんなことを短い間に会話しつつ、入ってくるだろう領主を待ち続ける私達なのであった。

 ……って、ん?

 

 

*1
カーニバルはラテン語、カニバリズムの方はタイノ語と呼ばれる借用語を由来としており、たまたま日本語読みが似ているだけにすぎない

*2
『神絵師の腕を食べたら神絵師になれる』みたいなネットのネタの元ネタかもしれない()

*3
『D.Gray-man』の主人公、アレン・ウォーカーの持つイノセンス、『神ノ道化(クラウン・クラウン)』のこと。名前がとても厄い



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おっとりのレベルが違う!

「……入ってこない、わね?」

「今何分経ったし」

「生憎と時計は動いてないからわからないわね」

「そっかぁ……」

 

 

 ついさっき外から声が聞こえてきたはず、なのだけれど。

 声の主が部屋の中に入ってくる気配はなく、思わずしのちゃんと顔を見合わせてしまう私である。

 

 いや、めっちゃ近くまで声聞こえてたやん。

 普通にそのまま中に入ってくるやつだと思うやん。何分待たされるんこれ?

 ……とまぁ、思わず関西弁になってしまう私であった。

 なお、しのちゃんの言うように現在身に付けた時計は動いておらず、実際に何分待たされてるのかは不明である。

 

 

「……モシカシテ……」

「ん?」

 

 

 と、ここでオークさんがなにかに気付いたように顔をしかめてしまった。

 ある意味オークらしい表情になったとも言えるが、その理由が主の粗相にあるというのがなんとも……。

 

 ともあれ、なにかしら心当たりがあるというのは間違いなさそう。

 なので、一体領主さんはどうしたのかと問い掛けてみたのだけれど。

 

 

「……少数派(珍しい相手)を見付けたから迎えに行ったぁ!?」

「マァ、恐ラクデスガ……ココマデ来テ気配ガ消エタトナルト、ソノ可能性ガ大ナノデハナイカト……」

「幾らなんでもフリーダム過ぎる……」

 

 

 なんと、彼の言うところによればかの領主様は、唐突にお出掛け遊ばされた可能性大なのだという。

 

 ……この世界に存在する少数派の存在というのは、基本一つの世界に一人見付かればいい方、みたいなレベルの存在達。

 ゆえに、彼女は結構な頻度で他の世界に首を突っ込んでいるのだとか。

 

 

「正気かそいつ……いや、もしかして……?」

「ええと、勝手に納得せずに説明して欲しいんだけど」

「ああごめんごめん。ええと、【星の欠片】の本来の性質って覚えてる?」

「え?えーと……」

 

 

 噂の領主様の思いもよらぬ暴挙に、思わず顔を顰めてしまった私だが。

 別の可能性がすぐに脳裏を過り、華麗に掌を返したのだった。

 ……けど、一人で納得してるんじゃないよとしのちゃんに言われ、子細について解説するために口を開いて──、

 

 

「それが目覚めた世界は基本滅ぶ、だったよね?」

「おっと束さん、ようやく復帰したんだね」

「あーうん、心配いらなかったって気付いたからね」

「ソレハドウイウ……?」

「ピンク色の妄想が終わりを告げた、ということだと思いますよ」

「アア……」

「私が色ボケしてたみたいに言うの止めない!?」

 

 

 いや、してたじゃん実際色ボケ……。

 とはいえここでツッコミを入れてしまうとまた話が堂々巡りするため、我慢して彼女に続きを促す私である。

 

 そう、束さんが今しがた口にした通り、()()()()()()()()()()【星の欠片】というのは、原則その世界の崩壊・滅亡を確約するモノである。

 現実を【星の欠片】の一種として見る場合、【星の欠片】自体の性質ゆえに同一世界に顕現できないはず……というやつだ。

 そのため、【星の欠片】が【星屑(げんりょう)】ではなく【星の欠片】として起動している場合、それが起きてしまうほどに現在の世界が危うい状態になっている……と判断ができると。

 

 まぁ、実際のところ【星の欠片】が目覚めているからといって、すぐにすぐ世界が滅ぶわけでもないのだが。

 私たち(星の欠片)が真実世界を滅ぼすためには、次なる世界の主役となるべき相手が必要になるわけだし。

 

 

「とはいえ、目覚めた状態の【星の欠片】があちこちの世界に顔を出す、というのがあんまりよくないのも確かなんだよね。いるだけで世界を不安定にするものでもあるわけだし」

「……それ、今のこの世界は大丈夫なの?」

「『星女神』様が顕現してる時点でどうにでもなるから……」

「なんでもありだねぇ、その人」

 

 

 もしくは、滅びの要因まみれでそれぞれが打ち消しあって調和が保たれている……みたいなミラクルが起きている可能性もなくはないが。

 

 ともかく、【星の欠片】自体が滅びの先駆けとしての性質を持つ以上、迂闊に他の世界に侵入するのが宜しくない……というのは間違いない。

 そういう意味で、件の領主様が結構な暴挙をしていると感じてしまうのはごく普通の反応、ということになるだろう。

 

 

「……そっか、ここにいる住民達が一つの世界に一人きりレベルの希少性を持つのなら、それは翻ってその領主とやらが()()()()()()()()()()()()()()()、言い換えればそれだけ滅びの種をばら蒔いているってことになるもんね」

「そうそう。場合によっては『星女神』様直々に指導が入ってもおかしくないレベルだよ」

 

 

 ここまで聞いて、束さんが正解を導きだしてみせる。

 ……今しがた彼女が言ったように、件の領主様がとんでもないことをしているのはほぼ確実で、それゆえその対処のためだけに『星女神』様がここにやってくる……みたいな事態すらあり得るのだ。

 そこから連鎖的に起こるだろう事態を想像すると、思わず頭が痛くなってくることうけあいなのだが……。

 

 実のところ、『星女神』様がやって来る可能性はそこまで高くはない。

 何故かと言うと、その辺り『星女神』様に他者を責められる理屈がないためである。

 

 

「……んん?」

「今の『星女神』様は安定してるけど、本来の彼女って数多の世界を滅ぼすことこそを仕事にしてるような感じの人だから。……今みたいに穏やかな状態こそ珍しい、みたいな?」

「ああ……」

 

 

 なので、確かに件の領主様は無茶苦茶やってるけど、こうして今の今まで怒られずにいた理由も推測はできてしまう……というわけだ。

 なお、それとは別に彼女が怒られない理由、なんてものも一つあったりして、私としてはそっちの方が本命じゃないかなーと思っていたり。

 

 

「もう一つ?」

「そ。行けば滅びをばら蒔くのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことにならない?」

「あー……」

 

 

 それが、ここにいる住人達自体がそもそもに『世界最後の一人』なのではないか、というもの。

 滅びた世界の生き証人、とでも言うべき存在達が集まっているのではないかという予想だ。

 

 そして、この予想に行き当たるに辺り、参考となったのが……。

 

 

「私、デスカ?」

「そうそう。確かに貴方はいいオークだと思うけど、同時に『よくあろうとしているオーク』だとも思うのよね」

「……ナルホド」

 

 

 なにを隠そう、こうしてこちらをもてなしてくれるいいオークさんの存在。

 彼は確かに『いいオーク』だが、同時にどことなく()()()()()()()()()()と感じられたのだ。

 具体的には、一般的?な創作のオーク達への理解と、それを自身に当てはめられても憤慨しないその性質。

 

 謂われのない中傷を受けてもまったく動じない、というのはとても難しい。

 それが自身に当てはまらないのであれば、激昂はせずとも懐疑は抱くものだ。

 具体的には『なに言ってるんだこいつ』みたいな気持ち、というか。

 

 そういうのが一切なく、そう言われるのも仕方ない……みたいな気持ちの欠片が見えたことから、彼ではなく彼の知り合いにそういう存在がいたのでは?……と予測ができる。

 

 

「それだけだとたまたま彼だけ他と違ってた、って感じになりそうなものだけど。ここの領主の性質が先代?と変わらないのであれば、彼女が手を取るのは明確に少数に区分される存在。──そこから、彼の元いた世界は滅んでるんじゃないか、って思考に至ったってわけ」

「……微妙に話が繋がらなくない?」

「ダークファンタジー的かつ成人向け空気感に浸された世界が彼の出身地だとしたら、って付け加えたらどう?」

「…………」

 

 

 例えに挙げやすいのは『ゴブリンスレイヤー』みたいな世界、となるだろうか。

 まぁ率直にエログロ系の世界と言ってもいいのだけど……ともかく、そういう作品の世界観というのは、基本的に滅びに瀕した世界というのが王道だろう。

 

 闇の軍勢が勢力を伸ばし、人の生息圏がほぼ失われてしまった世界。

 暴力によって支配されたそういう世界というのは、得てしてそのままポックリと滅びてしまいやすい。

 何故かといえば、基本的にそういう世界は()()()()()()()()()()、というのが大きいだろう。

 

 

観測者(どくしゃ)が最後まで観測をし(みとどけ)ない世界(さくひん)、っていうとわかりやすいかな。続編が出辛いって言ってもいいかも」

「続き物も普通にあると思うけどー?」

「それでもニッチでしょ?……見放されやすい世界、って感じだから滅びやすいのは変わらないんだよ」

 

 

 まぁ、普通の作品だからって見放されないわけでもなく。

 単純に、そういう世界は需要を満たせないとすぐに消える、くらいの話でしかないわけだが。

 

 ともかく、ダークファンタジー的な世界は希望が見えないと続きにくいのは確かな話。

 それが世界の滅びやすさにも直結するのだが、そういう世界だからこそ時折世界に対しての反旗の芽、とでも言うべきものが芽生えることがある。

 大抵の場合、その芽は芽吹かないまま終わるのだが……。

 

 

「件の領主様は、そういう芽を集めてるんだろうってこと」

「ということは、さっきの空を泳ぐ人魚とかは……」

「生物多様性的な話にも繋がりそうだけど。多分、人魚しかいない世界の最後の一人、とかじゃないのかな?」

 

 

 芽吹かずとも、その輝きが特別なものであることは変わるまい。

 ゆえに、彼女はその輝きをこそ集めている……ということになるのかもしれない、みたいな話になるのであった。

 

 

「……もしかして、また誰か増えるの?」

「増えるだろうね、それに加えてもう一つ」

 

 

 で、そこまで考えて思い付くことが一つ。

 私たちに合う前に、それを置いてでも迎えに行こうと思う相手。

 無論、彼女がマイペースなだけという可能性もあるけれど──。

 

 

「お~ま~た~せ~し~ま~し~たぁ~」

「!?」

 

 

 ──『逆憑依』だって、珍しい扱いになってもおかしくはない。

 なにせ私たちは、それぞれ別の世界から集められている可能性も高いのだから。

 

 そうして私が考える前で、件の領主様は誰かの手を引いて、部屋の中へと飛び込んできたのだった──。

 

 



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緊張感が持ちませんね()

「おはつに~おめに~かかりますぅ~。私~、ここの~領主の~ささらと~申しますぅ~」

「挨拶が間延びしすぎィ!!」

 

 

 ささらっていうとゆかりさんのご親戚かなー、みたいな思考もどっかに行ったわ!

 

 ……しのちゃんやジャンヌ達の例もあるので、彼女も創作キャラの誰かと混じったタイプの【星の欠片】なのかな?

 なんて気持ちも多少はあったけど、見た目や改めて聞こえてきた声からして『それはないな』と考えを改める私である。

 

 なお、今しがた脳裏を過った『さとうささら』さんは、正確にはゆかりさんともミクさんともちがうタイプのお方である、と一応付記しておきます、念のため。*1

 

 それはともかく、改めて顔を見せた領主さんにフォーカスすると。

 見た目はその声の印象通り、いわゆる『年上のお姉さん』的空気感を漂わせた人物であった。

 意外と私の知り合いには珍しい属性であるため、それだけで印象に残りそうな予感がびんびんするというか?

 その垂れ目が向けられたら誰しもが『ママーッ!!』ってなりそうな予感がするというか?

 

 

「実際連れてこられた子は、彼女の膝の上で寝てるからねぇ」

「今まで~大変だったでしょうからぁ~仕方がありませんねぇ~」

 

 

 なお、彼女が部屋に入ってくる時に連れてきていた子──髪はボサボサ、服はボロボロ──はと言えば、現在彼女の膝の上に頭を乗せてすぅすぅと寝息を立てている。

 

 ……見た感じ奴隷っぽい空気感の子だが、どこの中世風世界から連れてきたのだろうか?

 とはいえ現状は話の主題とは関係ないため、一旦この子のことは脇に置いておく。

 

 で、改めて領主──ささらさんを見る私。

 今度は【星式名】の確認のために彼女を頭から爪先まで眺めてみたわけなのだが……。

 名字……もとい【星名】の方は確かに『祝祭』だが、続く【星式名】の方はやはり私の想定していたものである『道化はただ笑うのみ(クラウン・クラウン)』とは別だった。

 

 いやまぁ、私の観測(せってい)が間違っていて、正式な【星の欠片】として登録されたのは彼女、みたいなパターンだってあり得なくはないのだが。

 もし仮にそうだとすると、彼女の【星式名】がノイズということになるというか……。

 

 

「……なんで?さっきの話は一応納得したけど、その言い方だと他にも理由がありそうだけど」

「あーうん、私が作った(かんそくした)ものが実際に存在する、って証明してくれたのが『星女神』様だから……」

「ううん……?」

 

 

 基本的には『星女神』様が呼ぶのに使うものである、というのが私が【星式名】に込めた設定なわけだが。

 それはなにも私の勝手な設定ではなく、実際に『星女神』様が名付けているモノである……みたいな?

 あれだ、設定と現実が噛み合っているかどうかというのは、『星女神』様に確認することでその正当性が担保されている……とも言えるかも。

 

 

「言い換えると、【星式名】は『星女神』様にしか作れないんだよ。それで呼ぶのは彼女だけで、他の人達には必要ないものだからね」

「……なるほど?」

 

 

 わかりやすく言うのなら、名付けはあくまでわかりやすさ優先だ、ということになるか。

 あれだ、私の設定の上では男性に付けられる名前だけど、それを女性に付けるのも『星女神』様の勝手、みたいな。

 

 

「先代に相当する人がいるなら変わるのはわかる。けど、そうじゃないなら()()()()()()()()()()()()()()()()()はず……とか?」

「そんなのあれでしょ、普通に居たんじゃないのその先代とやらが」

「うーん……」

 

 

 代替わりしたので新しく名前を作った、というのが一番しっくり来るのは確かな話。

 だがしかし、【星式名】が『星女神』様の名付けるものである以上、どうにも違和感が残るというか。

 もう一方のほう、【星名】は別に本人が名乗り初めてもいいから余計のこと、というか……。

 

 

「……あれ、自分から名乗り初めてもいいの?」

「『星女神』様相手だとどっちが先かと言うこと自体無意味だから、『自分から名乗り始める』のも『星女神』様に名付けられるのも、感覚的には同じなんだよ」

「うーん、無茶苦茶すぎる理論……」

 

 

 居ないはずの誰かに遠慮する必要はないだろう、みたいな気持ちもなくはない。

 特に相手が『星女神』様だと、高々私が作った(みつけた)設定くらい無視しても問題ないはずなのだから。

 

 ……そう、この話の根本的な部分は結局のところ『想定される【星式名】は男性のためのものだが、その相手が居ないのに何故か同じ【星名】の相手に流用されていない』というところに尽きる。

 元々『星女神』様が区別を付けるために付けているもの、という設定があるのだから、同じ【星名】なら【星式名】を流用するのが普通なのだ。

 ……あ、いや。流用だと話がおかしくなるか……。

 ええと、本来【星の欠片】は一つの世界に一つしか現れられないのに、その上同じ【星名】の【星の欠片】なんて余計に現れるはずがないんだからなおのこと、みたいは感じ?

 

 

「というか、なんでそんなにその部分を気にするのよ?先代がいないなら同じ名前のはず、ってのはそんなに問題?」

「……あーうん、相手が名乗る前にそこに触れるのもどうかなーって」

「はぁ?」

「な~る~ほ~どぉ~。お話は~わかりましたぁ~。私が名乗ればそれでわかるぅ~、ということですねぇ~」

「え?いや今名乗って……って、あ」

 

 

 ……うん、やっぱり私の説明だけで理解して貰うのは無理がある。

 ってなわけで、本人──ささらさんからも説明をして貰おう。

 と言っても、彼女にして貰うのは単に名乗ることだけ。それも名乗るのは彼女の名前ではなく──、

 

 

「私の~【星式名】はぁ~、『その筆は彩る(パレード・メイク)』~。よろしく~お願いしますねぇ~」

「はぁ、よろしく……んん?」

 

 

 彼女の【星式名】について、ということになる。

 ……名付けるのが『星女神』様だとはいえ、自分から名乗ることもあるのが【星式名】。

 本人の証明に便利だから、というのはついこの間語った通りだが……それゆえに一つ、不可解な部分が残る。

 

 わかりやすいのは、これが『星女神』様が名付けるもの、という点。

 ……【星名】の方ならともかく、【星式名】の方は絶対に『星女神』様が名付けに関わっているのだから当たり前なのだが、これを本人が知るためには直に『星女神』様から聞くしかないのである。

 無論、彼女は『星女神』であるがゆえにあらゆる場所にいるのだし、単に名前を告げるだけならどこにいても関係はないのだが……この話で重要なのは、それゆえに『星女神』様が相手の実在・非実在を認識している、という部分。

 

 そして彼女の感性的に、現状存在しない相手を考慮する必要はまったくないわけで。

 

 

「……なるほど、パレードのためにメイクをする人物、という名付け方からすると、道化(せんだい)の存在を前提にした名前、ってことになるんだねこれ」

「それだけじゃないんだよ、【星式名】には色々情報が含まれてるって言ったけど、その中には自身が初代か引き継ぎか、みたいな情報も含まれているんだ。その前提からすると、ささらさんは明確に()()なんだよ」

「んん?」

 

 

 まぁ、その『含まれる情報』を閲覧するには、ある程度のレベルの【星の欠片】であることが大前提になるんだけど。

 でもその辺り私なら余裕な訳で、それゆえに含まれている情報を目にして、思わず困惑してしまったわけである。

 

 そう、ささらさんは『祝祭』としての初代。

 だがしかし、与えられた名前は明らかに私が作った(観測した)相手を意識したもの。

 でも、当の先代は影も形もない……。

 そりゃまぁ私も思わず意味わからん、と首を傾げてしまおうというものだ。

 

 

「なるほどぉ~。でもお一つ~修正点が~ありますぅ~」

「はい?修正点?」

「はい~。確かに~私は~初代ですがぁ~。()()()()()()()()()()()()なんですぅ~」

「……はい?」

 

 

 で、そうして私の疑念の元が明かされたわけだけど。

 それをさらに混ぜっ返すようなことを言うのが、当のささらさん。

 その言い方的に、彼女は既に『祝祭』を誰かに継がせる予定で……って、まさか?

 

 

「その通り~でしてぇ~。この子が~次のぉ~『祝祭』ですぅ~」

「逆パターンかぁ!?」

 

 

 なるほど、寧ろささらさんの方が先代だったのか!

 流石にそのパターンは思い付かなかったというか、脳内から選択肢が抜け落ちてた!

 なにせジャンヌ達ですら、私が見たのが初めてじゃないって扱いの【星の欠片】だったし、そういうものかと!

 

 ……意外と自分の知識を前提にしてたんだなぁ、と小さく自戒しつつ、改めて彼女の膝の上で眠る子供に視線を向ける私。

 今は静かに寝息を立てているだけだが、その先には既に苦難が待ち受けているとは……と、少し同情してしまう。

 ただでさえ引き継ぎタイプの【星の欠片】は面倒だしなぁ……などと考えたところで、まったく別の閃きが私の脳裏を走る。

 

 

「……あ、もしかしてここにこの世界が現れたのって……」

「ご予想のぉ~通りですぅ~。引き継ぎのための補助がぁ~主な目的でしてぇ~」

「あー、なるほど……」

「また勝手に納得してる……」

 

 

 それは、何故彼女がホワイトデー真っ只中のこの場所に現れたのか、という理由。

 ──簡単に言うと、それは彼女から彼へと【星の欠片】を引き継ぐ際、その成功確率を上げるためなのだという予想なのであった。

 

 

*1
CeVIO(チェビオ)』と呼ばれる音声合成ソフトのキャラクターの一人。サンプリングした音声を繋ぎ合わせ音を作る『波形接続型』ではなく、人が発声する過程をシミュレートすることで音声を作り出す『統計的音声合成』と呼ばれる技術を使用している。その為、中の人と呼ぶべき相手は本来存在しない(一から十まで機械で作っている音である為)が、サンプリング対象となっている人物が存在するのでそれが一応の中の人となる。さとうささらの場合、中の人はチノちゃんやライネスなどと同じ『水瀬いのり』氏になっている



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贈るもの、送られるもの

「……ホワイトデーだと引き継ぎがうまく行くの?」

「正確には、()()()()()()()()であることが重要なんだよね。なにせ彼女達って『祝祭』だし」

「ふむ?」

 

 

 彼女が連れてきた少年こそ『道化はただ笑うのみ(クラウン・クラウン)』となるべき存在であり、そのために『祝祭』を育てているのが彼女、ささらさんである……。

 ……みたいな話なのだと判明したところで、何故彼女がわざわざホワイトデーの真っ只中にこのなりきり郷に現れたのかを理解した私だが。

 無論、それは私があれこれ知っているからこそ理解できた話であり、そういう知識の欠けている他二人にまで理解して貰えるか?……と言われるとまた別の話。

 

 なので、その辺りの詳しい情報を伝えるため、ささらさんも会話に交えつつの解説が始まったのだった。

 

 

「まず、『祝祭』はその本質的に()()()()()()()()()()()()()()に関わるものなんだよね」

「カーニバルとカニバリズムの意図的な混同と、そこから来る方向性の一致した事柄の補強……っていう解釈でいいんだよね?」

「そうそう。捧げ物を『弱いもの』として見るなら、祭りには捧げ物(よわいもの)が必須、って風に解釈できるからね」

 

 

 まず大前提として、祭りというものが本来『なにか』への感謝など、自分以外の存在への祈念を含むものである……という部分に着目する必要がある。

 わかりやすくいうと、単に騒ぐだけに見える祭りでも、『祭り』というシステムを使っている以上はなにかを──この場合は目に見えぬ信仰などを捧げている、と解釈できるわけだ。

 

 その例に則れば、バレンタインは女性から男性に()()()()()イベントであり、その逆にホワイトデーは男性から女性に()()()()()イベントだ、ということになり……。

 

 

「見方を変えると、()()()()()()()()()()()()()()……ってことになるわけ」

「なるほど。一般的な祭りとは異なるけど、ホワイトデーもしっかり祭りの要素を持ってるってことになるのね」

 

 

 ()()()()()()、それぞれのイベントにおける異性は『祈りを捧げる神』にも等しい、ということになるわけである。

 

 ……まぁ、あくまでそういう見立てができる、ってだけの話であって本当に神性とかが付与されてるわけじゃないんだけど。

 でも受け取って貰えるか・それが受け入れて貰えるかと気を揉む瞬間は、ある意味神頼みのそれに近しいと言えなくもないのかも?

 

 

「とはいえ、『祝祭』が対象としている祭りとはちょっと毛色が違うから、本来なら引き継ぎ云々どころか『祝祭』としての本領を発揮するのも難しいんだよね」

「……そういえば、その『祝祭』ってどういうことができる【星の欠片】なの?私なら二つの要素を選ぶとその間に当たる存在に不変属性を与える、みたいなことができるけど」

「んー、どうなんですその辺り?」

「意図的に~混同してるって~話でしょ~。だからぁ~、それが答え~」

「……はい?」

 

 

 うーん、間延びした発言な上に分かりにくい返答……。

 とはいえ、混同してるって部分が重要だというのなら、答えは限られてくる。

 あとは、自身の記憶と照会して考察すると……。

 

 

「……その祭りにおいて得られるモノを相手から貰える、みたいな?」

「祈りの再分配、ってことだねぇ~」

 

 

 カニバリズム……人肉食において目的の一つとされる、打ち倒した相手の能力の獲得。

 相手の持っていた強い力を得るため、それを司るであろう部位を食すというその考え方を、通常の祭りにおける捧げ物と同一視するならば。

 それはつまり、神が人々から信仰という力を貰い食している……という扱いになる。

 一般的な【星の欠片】は弱者の面から強者の理論を崩壊させる……という事実をそこに加えてみれば、出てくる答えは『捧げる方向の反転』となるのではないだろうか?

 

 まぁ、細かいところではもう少しややこしいことになってるとは思うのだが。

 扱いとしては捧げ物内の【星の欠片】が悪さをする、みたいな感じなのだろうし。

 

 

「そうですねぇ~、相手の中にある~自分(星の欠片)を操作するというのはぁ~、本来私達ならぁ~できて当然~ですからねぇ~」

「……あっ、そっか。なんにでも含まれてるんだもんね」

「うーん、束さんからするとなに言ってんのこいつ、って感じなんだけど……でもそういうもんってことで流さないとそっちの方が大変なんだもんねぇ……」

 

 

 しのちゃんはなんとなく納得したようだけど、この面々ではオーク君を除けば一人だけ【星の欠片】とはまったく関わりのない束さんとしては、どうにも理解が及ばない様子。

 ……とはいえ理解しすぎるのも問題、という前回の忠告は忘れていなかったようで、深入りは止めておくことにしたようであった。

 言い方を変えると適当にスルー、である。

 

 まぁともかく。

 本来【星の欠片】ができることとさほど変わらないことしかできないように見える『祝祭』。

 それが持つ本質を理解するには、恐らくもう少し踏み込んだ話をする他ない。

 

 

「ってことで、参考までに『クラウン・クラウン』の方について解説すると。そっちの本領は『望んでそれを行わせる』ことにあるんだよね」

「望んで?」

「そ。祭りをする時にいやいややる人はいないでしょ?いやまぁ、手伝いとか嫌だからって理由で拒否する人もいるけど、基本的にはみんな張り切って参加したり、楽しんで参加したりするはず」

 

 

 祭りの一番重要なことは楽しむこと。

 奉ずる目的で行われるそれには、ほぼ確実に正の方向性の感情が関わってくる……とも言い表せるだろうか?

 他者を嫌な気分にさせる目的で行われるものではない、とも言い換えられるかも。

 

 これに奉ずるものという性質が合わさると、概念の上では()()()()()()となる。

 ……無論、人間相手なら普通に断られることもあるので、あくまでもこれは『人以外の相手に対して』と付くわけだが。

 

 

「つまり、『クラウン・クラウン』は()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()()拒絶ができなくなるもの、ってことになるわけ」

「……あー、道化の諫言を王は無視できないとか、そういうやつ?」

「そうそう、名前(星式名)の方の意味はそんな感じ」

 

 

 一応、【星の欠片】による相手から自分の構成要素を離反させる、という方式は場合によっては弾かれることがある。

 自己とは最小の世界、それゆえに自身の把握力の高い相手であれば内部の動きを制限できる、というわけだ。

 

 そもそも【星の欠片】は相手に負けることも大前提であるため、そうして掌握されきった世界では無理はできない。

 ……いやまぁ、正確にはできなくもないんだけど、それをやった結果人としての形を失う可能性大であることを思えば、正直自爆技としても微妙というか。

 

 その点、『クラウン・クラウン』にそういう制約は──あるにはあるのだが、別枠の制約が絡んでくるため無視できてしまう、と。

 それが、相手が格上であるために立場的に部下?になるこちらの言い分を聞き流すことも反論することもできない、というもの。

 

 似たような性質を持つものに『神断流』があるが……それゆえ、その特性にはこう名前が付いている。『対神性』と。

 

 

「……また大きく出たねぇ」

「正確には神だけじゃなく、人以外……人より遥かに優れたモノ全て、みたいな判定だから名前詐欺なんだけどね。……ともかく、『神断流』が攻撃に振ったタイプの【星の欠片】なら、『クラウン・クラウン』は言葉に振ったタイプの【星の欠片】ってわけ。下手に喋らせるとなにもかも()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことも?」

「こっわ!?」

 

 

 道化に身ぐるみ剥がされる王様とか……みたいな?

 性質的には()()()()()()()()()()()とする因果反転を含むので、相手は拒否できないから仕方ないんだけど。*1

 

 で、後任がそれだとするなら、前任は……。

 

 

「ないですねぇ~そういうのは~なにぶん引き継ぎ前提ですのでぇ~」

「ええ……」

 

 

 いまいち真偽の判別が付き辛い、そんな返答がささらさんから返ってきたのであった。

 

 

*1
道化が王にあれこれ言えるのは、王が道化にそれを許しているため。すなわち自分から道化に好きにさせているということになり、それゆえその言葉を聞き流すことが許されない。それは王の格に関わるものである。『神断流』の方はその攻撃が神への捧げ物である、という理論になるだけで流れはほぼ同じ。共に相手に『受け取らないことを拒否させる』性質を持つ



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白き日に生まれるもの

「……そういえば、相手に受け取り拒否を拒絶させるって、こういうイベントだと中々に鬼畜じゃない?」

「んー、それがそうとも言えんのよ。さっきちょっと触れたけど、本来ホワイトデーとかだと効果を発揮し辛いって言ったでしょ?」

「うん、それで?」

「相手に拒否を拒絶させるだけの正当性がないから成立しないの。例えば、相手がモテにモテまくってて誰にでも色々貰える……みたいなパターンなら辛うじて機能するけど」*1

「あーなるほど。基本的にそういう方面での悪用はできないと」

 

 

 というかそもそも、これって対人相手に発動するものでもないし。

 神とか王とか目上とか、とにかく同類以外の相手に使うのが基本の技能であるため、そういう機会における効果の方はあんまり期待すべきではないのだ。……いやなんの話だこれ?

 

 とはいえ、あくまでも最終的にそうなるというだけの話。

 現状のささらさんに関しては……いまいちわからない、というのが本音になるのだった。

 

 

「あれ、わかんないんだ?」

「あのねぇ……なんでもかんでもわかるわけじゃないのよ。確かに【星式名】は『星女神』様の付けるもの、ゆえにその存在の本質を語るものではあるけど、同時にそれは方向性としては名刺みたいなものなんだよ」

「名刺?」

「そこに書かれてあること以上を探るのは、普通にプライバシー侵害ってこと」*2

「ありゃ」

 

 

 確かに、【星の欠片】の性質上相手の情報を探るのはそう難しくない。

 だがそれは相手の人権を侵害してもいい、ということを表明するものではない。

 無論、必要ならばやる時もあるけど……ほとんどなんでもできるからこそ、やっちゃいけないこともあるというわけで。

 

 今回の場合、【星式名】をなぞることで得られる以上の情報に対し、その奥を探ろうとする際に抵抗があった。

 無論こちらの検索を阻めるような抵抗ではなかったものの、この場合は()()()()()()という事実そのものが重要であるため、それ以上の詮索を打ち切った……というわけだ。

 

 まぁ、そうして抵抗された辺り、彼女がなにかしら隠しているってことも確定したわけなんだけども。

 

 

(そうして警戒されても構わないようななにかがある、ってことなんだよなぁ……)

 

 

 それだけ、この少年に引き継ぐ際に困難が待ち受けているのだろうか?

 件の少年は相変わらず彼女の膝の上で寝息を立てており、こちらの疑念に答える気配はないのであった──。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、一先ず話が終わったところで、ここからの話にシフト。

 元々私たちは、ささらさんの接続しているこの世界を退かすためにここまでやってきたわけだけど……。

 

 

「……話の流れ的に、ホワイトデーが終わるまで退けるつもりはないってことだよね?」

「ええまぁ~、端的にぃ~いいますとぉ~。なにぶん~私は若輩者ですのでぇ~、この子に~引き継ぐのもぉ~、機会を見極めないとぉ~難しいのですぅ~」

「あーなるほど、そりゃ確かにここが一番だわ……」

「んっと、どういうこと?」

「私たちが元々気にしてた問題がこうしてこの場所に彼女を呼び寄せてしまった、ってこと」

「んん?」

 

 

 先ほどまでの彼女の発言内容的に、そう簡単にはここから退けるつもりはないだろう。

 それを裏付けるように付け足された彼女の言葉は、現状が動かし辛いことを如実に表していた。

 

 どういうことかと言うと、簡単に言えばささらさんはこの近辺に集まっているモブ少女達に引き寄せられてきたのだ。

 正確には、彼女達の元となっている高エネルギーを目的にしている、となるか。

 

 

「……ええと?」

「これはささらさんが『道化はただ笑うのみ(クラウン・クラウン)』じゃないことに私が拘泥(こうでい)してた理由にも繋がるんだけど……本来、【星の欠片】の目覚めには()()()()()()()()なんだよね」

「そういえばそんなこと言ってたね。個人的には眉唾だけど」

「その()()()()()()()()()ってことの理由にも繋がるのよこの話」

「んん?」

 

 

 何度か語っているように、本来【星の欠片】は世界が滅んだ時にしか現れず、また滅んでいない世界に迂闊に触れると滅びを誘発するものでもある。

 

 ……現状の世界が滅んでいないのは『星女神』様がいるからだ、みたいなことも既に述べているが……それゆえ、この世界における【星の欠片】の出現パターン、というのは本来のそれから外れてしまっているのだ。

 

 

「つまり?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ、今までの【星の欠片】は」

「……はい?」

 

 

 既に余所の世界にて目覚めていたもの──『星女神』様や『月の君』様がこっちにやってきたパターンや。

 類似した存在に呼ばれてきたもの──私に対するキリアのようなパターンなど。

 基本的に今現在この世界にて確認できている【星の欠片】というのは、既にどこかの生まれたあとのものがこの世界にやって来る……という形で現れたものばかりなのだ。

 

 一応、【星融体(インクルード)】みたいにこっちで生まれたと認定してもよさそうなモノも存在するけど……これもこれで全うな【星の欠片】とは別物になっている、ということを思えば例として挙げるのは微妙なところ。

 

 

「まぁ、それでもジャンヌの時なんかは危なかったけどね。あの大雨納め方間違ってたら普通に星が沈んでたでしょうし」

「なんかしれっと恐ろしいこと言わなかった?」

「それがデフォなのが【星の欠片】なのよ」

「こわー……」

 

 

 ……例外になりそうな【星融体】でも、微妙に滅亡の気配を滲ませているのはご愛敬。

 

 とはいえ、仮に【星の欠片】が()()()生まれるのなら、この程度で済まないのは本当の話。

 ゆえに、逆説的にこう言えてしまうのだ。

 ──滅びに瀕していない以上、この世界に現れた【星の欠片】はどこか別の世界で生まれたモノがたまたま流れ着いているだけでしかない、と。

 

 

「自分からやって来た面々を除く、と。……それはどうでもいいとして、この話を前提におくとなんでささらさんがここに居座る気満々なのか、って部分の答えにも繋がるわけ」

「急激に聞きたくなくなって来たんだけど……その理由は?」

「エネルギーは質量と等価。ならば、世界という巨大質量の変わりに莫大なエネルギーの消失を実質的な世界の滅びとして扱うことも可能、ってこと」

「ぎゃー!!やっぱり厄介ごとだったー!!」

 

 

 で、これらの話を踏まえて考えると。

 世界の滅びに繋がりかねない要素を匂わせているモブ少女達。

 ……それはつまり、彼女達の存在は【星の欠片】が生まれるための土壌になりうるということになる。

 

 権能の移譲に近い【星の欠片】の代替わりだが、本人が言うようにささらさんが【星の欠片】としてスペックが足りないというのであれば、彼女一人の力だけでそれを完遂するのは難しいだろう。

 そも、『その筆は彩る(パレード・メイク)』に基礎的な【星の欠片】としての技能しかないのであれば、彼女は()()()()()()()()()()()()

 流石に【星屑】ではないのだろうけど、それと大差のない状態だと言ってしまっても問題ないような状態、ということになりかねない。

 

 

「だからこそ、彼女としてはここを離れるのは避けたい。……言い方は悪いけど、巣作りに適した場所がここ、みたいなはなしだからねこれ」

「そうですねぇ~、巣作りぃ~みたいなものですねぇ~」

「!」*3

「束さん、もうピンクな妄想はいいから」

ななななんのことかなぁ!?

 

 

 巣作りって聞いてピンクな妄想が出てくるのはよくねぇと思うの、主に青少年の健全な育成的に。

 

 ……とはいえ、状況的にまったく関係のない妄想かといえばそうとも言えない。

 現状起きようとしていることを簡潔に纏めると、集まってくるモブ少女達を手込め()にして少年に力()を与えようとしている、みたいなことになるわけだし。これなんてエロゲ?*4

 

 で、その捧げられる先である少年は、相も変わらず寝息を立てていると。

 

 

「……狸寝入りとかしてないその子?」

「そんなことはぁ~、ないと思いますよぉ~?」

「まぁ、仮に起きててもちょっと顔を上げ辛い状況かな、とは思うけど」

 

 

 言い換えるとおねショタなのかね、この状況。

 ……なんかこう、しっと団が活動再開しそうだなぁ、みたいな感想が思い浮かぶ私なのでした。

 ほら、ビッグビワの元々の方向性とか的に。

 

 

*1
誰かから捧げ物を受けるだけの理由を多く持つことを前提とし、その流れに相乗りするような概念のモノであるため。贈答撃・祈念撃・奉納撃などと呼ばれる

*2
○○会社○○役職○○(なまえ)……みたいなことがすぐにわかるようになっているということ。そこから別の情報を知ろうとするならばネットなどで検索が必要となるが、それは流石に失礼だ……みたいな話でもある

*3
『巣作りドラゴン』とは、ソフトハウスキャラが発売した成人向けシミュレーションゲームのこと。往年の名作ゲームの一つ

*4
とある掲示板で定型文として使われていた言葉。目の前に広がる状況が成人向けゲームでもなければ見られないようなエッチな話だった時に、ツッコミ代わりに使われるもの



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恨みで人が○せるなら、とか言われそう()

 そんなわけで、急遽ってほどじゃないけど注目を集める少年。

 

 ボロボロの布を服代わりに纏ったこの少年、緊急で連れてきたらしいこともあって見た目は浮浪者もかくや、と言った感じである。

 早急に風呂とかに入れるべきなのだろうけど、そこら辺は【星の欠片】の最低限稼働でなんとかしてるのかな?

 

 

「……と、言うと?」

「しのちゃんには教えてたでしょ、『清めの炎』的なやつ。あれをささらさんがやってるんじゃないかなーって」

「なるほど……」

 

 

 余所の世界から連れてきた相手である以上、そこら辺の行為をやってないはずがない……みたいな?

 他の国に行く時・帰る時は検閲による疾病などの確認が行われるけど、それよりも遥かに重要性が高くなるのが世界間移動の際の検査になる、というべきか。

 未知の環境、という意味ではそこらの国より遥かに遠いって言っても良いレベルだからね、そこら辺のは。

 

 

「だから、仮に微弱であっても表皮の消毒食らいはしてるはず、って話になるわけ。ただでさえ色んなところから引っ張ってきてる人が多いところみたいだから、病気に関する感覚はこっちが思う以上に鋭いっていうか厳しいって思っておいた方がいいはず」

「なるほど。確かに、隣の国に行くより遥かに危険度は高いってことになるかもね、その話を聞く限り」

 

 

 わかりやすいのはアークナイツの世界とかだろう。

 その世界にしかない疾病、みたいなものを余所の世界に持ち込んでしまった結果、元の世界より被害が甚大になる……みたいな可能性は否定できない。

 いやまぁ、鉱石病を例えにしてしまうと、寧ろそれが入ってきて一大事にならない世界って何処だよ、みたいな話になりかねないわけだが。

 

 ともかく、世界間移動の際に気を付けるべきことに病原菌などへの注意がある、というのは確かな話。

 これだけの人員を揃える場所を運営するささらさんなら、その辺りにもしっかり手を付けていてもおかしくないだろう、みたいな話になるのも当たり前。

 ゆえに、目の前の少年も浮浪者っぽく見えても、その清潔さは比べ物にならない可能性が高い……という話になるのであった。

 

 

「……で、それがわかったからってなにかあるわけ?」

「あるよー、滅茶苦茶ある。この少年がこれからどういう風に成長して行くのか、みたいな方向性の面で大いに関係がある」

「はい?」

 

 

 で、それが今後の話にどう繋がるのかというと。

 具体的には、この少年がどういう大人になっていくのか?……みたいな部分に繋がる話になってくる。

 え?なんか話題が大きくねじ曲がった気がする?気のせいじゃないかな?

 

 

「ともあれ前提条件を改めて確認すると。まずこの少年は『道化はただ笑うのみ(クラウン・クラウン)』の候補者として選ばれた存在、ってことになるわけだけど」

「うんうん」

「この場合の候補者っていうのは、言ってしまうとこの場で()()()()()()()みたいな話になってくるんだよね」

「いきなりなに言ってるの???」

 

 

 おっと、なんだか怪訝そうな眼差しが。

 とはいえ別になにかをごまかそうだとか、はたまた煙に巻こうとして変なことを言っているわけではない。

 確かに『生まれる』という単語だけ聞くと変な感じになってしまうが、その実【星の欠片】達はみなやっていることでもあるのだから。

 

 

「はい?」

「【星屑】──【星の欠片】になる前の材料であるこれは、意思あるモノがその意思を削りきった先にあるものでもある。……分かりやすく言うと、単なる人から【星の欠片】になる際に絶対にやってることと深く結び付いてるってわけ」

「絶対にやってること?」

「『星女神』様との面会」

「あー……」

 

 

 とはいえ、ここでいう『面会』はこの間私たちがやったようなアレではなく、単純に人から【星の欠片】になる際に啓示のような形で訪れるもの。

 記憶にほとんど残らない、一瞬だけの邂逅なのだが。

 

 ともあれ、そのタイミングで以前の人間としては死を迎えているようなもの、というのは間違いではない。

 ほとんど同じ姿形で現れてはいるものの、【星の欠片】とそうでない存在は別の生き物と呼ぶほうが正しいというか。

 ……それを端的に言い表すと、『生まれ直す』ということになるのである。

 

 

「【星屑】から再び人の姿に戻った、っていう属性がなにより重要だからね。そこをわかりやすくするとどうしても『再誕(生まれ直し)』って呼び方が相応しくなってしまう、と」

「……その辺詳しく知らない方がいい、ってことだけはよくわかったわ」

「お、中々に危機管理能力がアップしてきたねー」

「やっぱり……」

 

 

 なお、今しがた束さんが危惧した通り、『再誕』回りの原理についてはあんまり理解しない方がよかったりする。

 私たち(星の欠片)達が私たちの間で語る分には問題ないけど、一般の人がその辺りの詳しい原理を知ってしまうと普通に後戻りできなくなるというか。

 ……今の例えをそのまま流用すると、知ったら赤ちゃんにされる……みたいなことになるのかな?

 

 

「こっわ!?」

「意味合いとしては単なるデータの付け加えなんだけどね。それをする際にどうしても無茶苦茶する必要があるだけで」

 

 

 ついでに、これはあくまでも最低限必要というか勝手に処理されるものなので、それはそれとして自分から折を見て『星女神』様への挨拶に行かなきゃダメだったりするわけだが。

 ……そう、例の柱への挑戦とかそういうのである。

 

 それはともかくとして、彼の話に戻ると。

 彼は現在『クラウン・クラウン』への生まれ直しのために待機中、ということになるわけだが。

 そのために必要な状況を整えるだけの力が今のささらさんにないため、その場を整えるのに適した状況──強いエネルギーの発生する余地のあるこの商店街が一種の『巣』として選ばれた。

 

 ……これは見方を変えると、彼女達は聖杯顕現のタイミングを狙ってここにきた、ということになるわけで。

 

 

「きっちり話を付けておかないと、こっからささらさんが敵対する可能性があるってわけ」

「……あっ、そっか。そういえばホワイトデーの安全な運行を求めてやって来たようなものだから、ある意味問題が起きて欲しいと言ってるようなモノのこの人とは敵対の理由があるんだ」

「え~、ダメなんですかぁ~?」

 

 

 ここでちゃんと子細を詰めておかないと、後から彼女が敵になる……みたいなとても面倒臭い話に発展する可能性があるのだ。

 

 何故かといえば、こっちが当初求めていたのが『発生する聖杯の無害化』であったため。

 それに対してささらさん側は『問題が発生する聖杯』こそを欲しているとも言えてしまうのである。

 ……【星の欠片】の生まれ直しに必要な条件は、そもそも通常の【星の欠片】の発生のそれとほぼ同じ。

 ゆえに、必要なのはいついかなる時でも『世界の滅び』なのである。

 

 

「まぁ、私たちは最小の存在だから、別に人間という存在を一つの世界と見なし、それが壊れる時を『世界の滅び』としてもいいんだけどね。ただ……」

「ただ?」

「それで発生するパターンもあるってだけの話で、誰にでもそれを適用できるわけじゃないってのが問題」

 

 

 火種として小さいため、目的とする【星の欠片】としては全然足りないなんてことが起きかねないというか。

 まぁ、中には例外として一人の嘆きに呼応し現れる【星の欠片】、みたいなのもあるけど……。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()ことを確約するものだから、最終的な必要経費はまったく変わってないんだよね」

「……参考までに聞くんだけど、多分それって私たちも知ってるやつでしょ?」

「おっ、束さん大正解。一人の嘆きで世界を滅ぼす、その一連の流れを以て成立する【星の欠片】。……ぶっちゃけると『終末剣劇・潰滅願望(レーヴァテイン)』のことなんだよね、それ」

「やっぱりー!!」

 

 

 はい。

 ……『レーヴァテイン』に限らず、武装として現れるのが本来の形であるタイプの【星の欠片】というのは、それを持った人間が世界を滅ぼすことを期待しているものと考えてほぼ相違ない。

 元々【星の欠片】が次代の王を願うものであることから、それが一定の方向にのみ固定されたようなもの……ということになるわけだが。

 彼らは基本次の世界までは望まず、自身の主となった存在の望みを叶える方向に舵を切りまくっている。

 結果、滅びのあとの再生を全て投げ捨てる代わりに、人一人の嘆き()()で呼び寄せられるほどにコスパのよい存在と化しているのであった。

 

 ……え?滅ぼされる側からしてみれば良い迷惑?

 基本的に『レーヴァテイン』が呼ばれるような世界は()()()()()みたいなところばっかだから仕方ないね!*1

 

 まぁその辺りは話が脱線してるのでいい加減置いとくとして。

 ともかく、少年に『クラウン・クラウン』を受け継がせるために必要な切っ掛けとして、モブ少女達から発生するであろう聖杯というのはとても有用。

 ゆえにささらさん的には是が否にでもそれが欲しい、ということになるわけだが……。

 

 

「こっちとしてはそもそも現れることから避けたい。……ただそれだと、切っ掛けごと潰れる形となるからささらさん的には勘弁して欲しい、ということになる……」

「……あれ、詰んでない?」

「一応、当初のこっちの予定──顕現ギリギリで封印って流れをそのままこっちの世界に聖杯放り込んで任せる、って形にすればなんとかならないこともないよ。その場合ささらさんとの連携が少しでも遅れるとこっちの世界滅ぶけど」

「や、やりたくねー!」

 

 

 失敗時のリスクが高すぎるため、やりたくないと蹴った案こそ今必要、みたいな話になってしまううえ、それ以外に手段がないみたいな話にも繋がってしまうのであったとさ。

 ……いやまぁ、無用な争いは避けたいわけだから、色々と仕方ないんだけども。

 

 

*1
バッドエンド後の世界に残された人達に与えられる武器、みたいなノリである為。寝取られエンドを迎えた前の彼氏のところとかに転がり込むことも普通にある。この剣でこのクソッタレな世界を丸ごと滅ぼそうぜ!()



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白髪・銀髪は男女共に人気属性

 はてさて、私たちが真っ先に蹴った案──モブ少女達が聖杯として再構築されるそのタイミングをこそ待つ、みたいなのが現状における最善手、みたいな話が飛び出したわけだが。

 当然、そんなことになれば反発する人だって出てくる。

 具体的にはこの作戦における中核となっていた人物……そう、しのちゃんである。

 

 

「……後からやって来たわりに、随分と虫のいい話*1ばかりするのね?」

「ちょ、ちょっとしのちゃん……」

 

 

 語気の強いしのちゃんを思わず制止する私だが、しかし彼女がそんな風に怒るのも無理はない、ということがわかるため微妙に躊躇してしまう私。

 

 ……いやだって、ねぇ?

 ここ数ヵ月のしのちゃんを取り巻く環境というのは、まさにジェットコースターの如く目まぐるしく変化していた。

 その中でも最たる変化が、今の彼女のその姿──シノンとカタリナの混じったそれ、だろう。

 

 かつての面影は未だ残るものの、とはいえそれも風前の灯。

 そして彼女がそうなってしまった一番の理由は、こうしてホワイトデーによって発生することとなったモブ少女達による被害を抑えるため。

 ……言うなればその身を犠牲に事態を解決しようとしていた、という風にも取れてしまうわけである。

 

 にもかかわらず、それを横から唐突に現れてかっ浚って行こうとするささらさん達の存在と言うのは、確かに見方によれば敵のようなもの……という扱いになってもおかしくはないだろう。

 

 ゆえに、争うのはよくないと思うものの、強くは咎められずにいる私である。

 

 

「……なるほどぉ~よぉ~くわかりましたぁ~」

「……?なに、諦めるとでも言う……?!」

「わぉ」

 

 

 そうしておろおろしていると、得心したように頷いたささらさんが(少年を脇に退けた後に)おもむろに席を立ち、こっちに近付いてきた。

 そしてなにをするのか、と彼女を見守る私の前で──彼女は、しのちゃんを自身の胸元に抱き寄せたのであった。

 

 突然の抱擁に目を白黒させるしのちゃんと、そんな彼女を胸の内に抱き寄せながら、柔らかい笑みを浮かべて見せるささらさん。

 

 

「……大変だったんですねぇ~。だけどぉ~そんなに気を張ってたらぁ~疲れてしまいますよぉ~。お姉さんの胸の中でぇ~ゆっくり休んでくださいねぇ~」

「……ま、ママ……っ!!?」

「はい~?……ママがいいならママでもいいですよぉ~」

「ママーッ!!」

「しのちゃんが壊れた!?」

「あらあらぁ~」

 

 

 そのまま、しのちゃんは彼女の放つママオーラの前に轟沈したのであった。

 ……いや、なんだこれ???

 

 

 

 

 

 

「短い期間に色々あって、こっちの思ってた以上にストレスが嵩んでた……ってことなんじゃない?」

「うーん、メンタルヘルスが足りてなかったか……」

「オ話ヲ聞ク限リ、ドウ見テモ足リテルトハ言エナイト思ウノデスガ……」

 

 

 あらやだ、オーク君にまでダメ出しされちゃったわ。

 ……ってなわけで、喧嘩腰だったしのちゃんがささらさんの胸の中で眠りについてから暫く。

 

 奥のベッドに搬送され、清々しい寝顔で休養を取り始めたしのちゃん。

 そんな彼女を見届けてさっきの応接間に戻ってきた私たちは、改めて今後の話に舵を切り直していたのであった。

 

 ……うん、なんかもう考えるの疲れたから、行き当たりばったりでいいんじゃないかな?(てきとー)

 

 

「しっかりしてキーア、君まで潰れると私に負担がのし掛かってくるんだよ!流石にこの状況は束さんにも荷が重いよ!!」

「だよねーでもねー今までの作戦パーだからねー」

「IQが露骨に下がってる!?」

 

 

 いやまぁねー?

 モブ少女達を一ヶ所に誘導する、いわゆるルドルフ洗脳計画の方は、一応まったくの無意味ってわけじゃないんだよ。

 最終的に一つになるタイミングを狙うって言っても、その際に合流してくる先が無数にあったら、どれが最後のタイミングなのか?……って迷いかねないし。

 

 

「下手に残りがある状態でことを進めちゃうと、遅延式で聖杯が降臨するとかいう嫌がらせ以外の何物でもない状況が生まれかねないからねー」

「そういう意味でもモブ達の意思っていうか行動の統一は必要、ってことだよね?」

「そういうことー」

 

 

 この場合の『残り』というのは、それが封印した方と比べて小さくても無害とはならない。

 そもそも彼女達が聖杯のような状態になってしまう理由は、火種となる優勝賞品から連鎖するエネルギーへの変異・およびそれに伴う周囲の同期波及による無関係の存在をも巻き込むエネルギー化によるもの。

 ……言い換えると、火種を完全に消し去らないと無意味なのである。

 

 そういう意味で、仮に封印漏らしがあった場合。

 それは封印の中身と概念的な繋がりのある()()という形になってしまうのだ。

 可燃性の物体は火がなくとも熱が高まると自然発火する、みたいな話があるがそれに近い。

 

 

「ガスを纏めて冷却層の中に突っ込めれば問題ないけど、そうじゃなかった場合外には冷却のための熱が散乱している。……そこで自然発火してしまえばガスを封入してる容器も破損して、そこから連鎖してガス爆発が起こる……みたいな状況ってわけ」

「そもそもそんな熱まみれの環境でガスをとり扱うなってツッコミは野暮かな?」

「野暮ってことはないけど……言っても仕方ない、みたいなところはあるかな」

 

 

 そこら辺調整できるなら、そもそもこんなことであれこれ言ってない、みたいな?

 

 まぁともかくそんな感じなので、封印漏らしは可能な限りというか絶対に避けたいところ。

 一人や二人分なら辛うじてなんとかなるかもしれないけれど、その場合そっちの対処に私が駆り出される結果になるため結果として大して安心できない、みたいな話にしかならないだろう。

 

 

「だから、属性的に親戚感あるルドルフの洗脳、およびそれを前提としたオグリによる誘引は絶対必要ってわけ」

「ないと周囲に迷惑をかけまくるしかない、みたいな話になるんだっけ」

「そだね」

 

 

 そもそもこれ、ホワイトデーイベントだからね!

 なんか今、ホワイトデー感まったく感じられないんだけども!

 ……首を捻りたくなること請け合いだが、事実なのだから仕方ない。

 

 ともかく、イベント自体を邪魔するのはよくない。

 というか、イベントを邪魔すると火種が発生せず、永遠に着火前のガスみたいな存在になったモブ少女達と同道し続けなければならなくなる。

 

 ……その状態のモブ少女達をここに放り込み、そのあとのことは全部ささらさん達に任せる、というのも一つの手ではあるというか、こっちの安全面では恐らくそれが一番最適、みたいな話ですらあるだろう。

 無論、そのやり方は多方面に迷惑掛けまくりなので選べないというか選んじゃいけない類いのものなわけだが。

 そもそもこの世界の人達の安全面まったく無視してる形になるから、一瞬はよくてものちのち大問題になる可能性大だし。

 

 

「マァ、我々モ別ニ被害ヲ被リタイトイウワケデハアリマセンカラネ」

「ですよねー」

 

 

 はい、そんなわけなのでそのやり方も却下。

 結果、最後の最後──周囲のエネルギー化が起きるギリギリのタイミングでこの世界と繋ぎ、そのままささらさんによってモブ少女達を()()して貰う、みたいな流れが推奨される……みたいな話になるのでしたとさ。

 

 ……うん、やりたくねー(真顔)

 

 

「それしか方法はないんでしょ?」

「まぁそうなんだけどさー。でもこう、爆弾解体を諦めて危険のない場所で爆発させるのを選ぶ、みたいなものだから心理的にも対面的にも良くなさすぎて笑うしかねぇというか……」

「気にしなくてもぉ~構いませんのにぃ~」

 

 

 確かに、ささらさんのエネルギー消費……もとい、少年への【星の欠片】の継承を作戦に組み込むなら、こういうやり方しかないというのは本当の話。

 

 ……それが本当だからこそ、微妙な忌避感を拭いきれないのもまた本当の話なのである。

 いやまぁ、実際に爆発させないとダメなんだから、駄々を捏ねても仕方ないってのはわかるんだけどさぁ?

 ただその場合、少しでもタイミングをミスるとこっちに影響が出てしまううえ、それを解消する手段も失われてる可能性大なのがねー。リスクヘッジ*2の面でねー。

 

 

「いっそ考え方を変えたら?」

「考え方?」

「ほら、最初の予定だと一塊になったモブ達を固定、ってやる予定だったんでしょ?……今回のパターンはその逆、影響を受けかねないこっち側にあの子の能力を……ってわぁ!?なにその顔!?」

「……束さんって天才?」

そうだがぁ!?束さんは最初から天才だがぁ!?

 

 

 目から鱗、というのはこういうことを言うのだろうか?

 

 今までは消費先がなかったので爆弾を固定するしかなかったが、今回は爆破解体できるようになったので、いっそ固定用の資材を周囲への防御に転用すべきでは?

 ……という意味合いとなる束さんの提案は、まさに福音の如く私の脳に響き渡ったのであった。

 

 束さん、貴方は天使だ……。*3

 

 

*1
『三尸』と呼ばれる道教を由来とする生き物に纏わる表現の一つ。頭に居座りそこに由来する病気を引き起こす上尸、腹に居座り臓器の病気を引き起こす中尸、それから足に居座り腰より上の部位に病気を引き起こす下尸の三匹。この虫達は宿主が死なねば自由になれず、ゆえに宿主の癇癪などを引き起こし、閻魔が寿命を縮めるきっかけを作ろうとしているのだとか。その『癇癪を引き起こす』、すなわち機嫌に影響を与えるという面を取り出し、『中の虫が機嫌良くしている為、宿主の方も変な影響を受けずに健やかである』ということを『虫のいい』というようになった。また、『虫()いい』とも書き表し、こちらは『中の虫にとって都合のよいような状態に持っていく』、つまり自身の都合ばかり優先したような話をする、というような意味合いとして使われる。現在は『虫のいい話』と書く場合、基本的には後者の意味で使われているようだ

*2
問題を予測し、それに対応できるように備えること。ヘッジ(Hedge)とは垣根のことであり、そこから『垣根で囲まれているように』『妨げる』『防ぐ』などの意味となる。日本語的には『回避』となり、その為リスクヘッジは『危険を回避する』という意味となる

*3
相手を天使のようだと褒め称える言葉。オタク的には『ギャラクシーエンジェル』(アニメ版)のキャラクター、ノーマッドの台詞『ヴァニラさん、貴方は天使だ』が思い浮かぶところ



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同期問題に正しい認識を(?)

「はぁ、こっち側に飛んでくる影響を?……あ、そっか。【星の欠片】は影響を受け辛いんだっけ?なら……うん、短時間でいいならなんとかなるかも」

「よっしゃぁ!」

 

 

 一度寝てスッキリしたらしいしのちゃんに確認したところ、個人個人を守るのならともかく、範囲を指定してそこから影響が出ないように……くらいの固定なら、今の自分でもなんとかなりそうとのこと。

 単体より範囲指定の方が簡単、という彼女の言葉に束さんが不思議そうな顔をしていたが、この場合単体の際に指定している範囲が広すぎるせい、と言えばなんとなく理解したような顔をしていた。

 

 

「要するに個人情報とかまで含めて固定しようとすると大変、ってことでしょ?サーバーに入った情報をサーバーごと保守するんなら、単にサーバーを守ればいいだけだからそっちの方が楽……みたいな感じで」

「まぁ、そんな感じ。特定の一つだけ守ろうとすると逆に大変、みたいなやつだね」

 

 

 私たち(星の欠片)的にも、大まかな操作の方が簡単なのは確かというか。

 そもそも無限数で無茶苦茶やる技能なので、細かい部分を気にする方がアレというか?

 

 ……いやまぁ、最終的には気にするべきなんだけど、生憎しのちゃんはそこまで育成できてないというか。

 無論、成長しきった【星の欠片】にとっても大雑把な操作の方が気が楽、というのは間違いじゃないんだけども。

 

 

「まぁ、その辺りをツッコミ始めるとまた話が長くなるからここらでカットするとして……となると、作戦の変更を各所に伝えとかないといけないなぁ」

「……ああそっか、八雲んとか私たちをここに送り出して以降の話、全然把握できてないはずだもんね」

「そもそも私らここでどんくらい話してたんだろうね?」

 

 

 時間経過が外と違うせいでどうなってるのかまったくわからん、というか。

 

 ……ともかく、当初予定していた作戦が丸っきりとは言わず変更することが決まった以上、ゆかりん以下他の面々にも話を通しておかないと不味いだろう。

 なので、一度この空間から外に出る必要があるのだけれど……。

 

 

「あ~、それに関してはぁ~、ちょっと待ってほしいのですぅ~」

「はい?」

 

 

 そうして今後の予定を立てる私たちに、待ったを掛けたのがささらさん。

 どうやらなにか問題があるようで、外に出るのはよくないと彼女は告げるのであった。

 

 

「ふむ、具体的にはどういう理由があるので?」

「雑に言いますとぉ~、時間同期が起きますぅ~」

「……はい?時間同期?」

「はいぃ~。今この世界とぉ~外の世界でぇ~時間の流れが違うのはぁ~、それぞれがぁ~分断されてぇ~いるからなのですぅ~」

「……なるほど?」

 

 

 彼女が不味いと語ったのは、先ほど私たちも触れていた外との時間差の問題。

 現在この世界と外の世界とで時間の流れが違うのは、偏にそれらが分断されているがため。

 それゆえ、特に対策もなしに外に出ようとすると、そのタイミングで外の世界と内の世界の間で時間のずれを直そうとする働きが発生するのだという。

 

 

「……なにか問題があるの、それ?」

「大有りぃ~ですぅ~」

「あーなるほど。こっちの世界ってより向こうの世界に問題があるのか」

「はい?」

 

 

 そこまで聞いて、束さんは首を傾げていた。

 単純に外と中とで日付の同期が取られるとして、それになにか問題があるのか?……という疑問を浮かべた表情であった。

 

 確かに、通常時間のずれを同期する場合は()()()()()合わせるのが普通。

 片方が先に進みすぎているのなら針を戻すし、反対に片方が遅すぎるのなら針を進める必要がある。

 

 ……が、それはあくまでも()()の──単純な時計のずれを是正する際の話。

 ささらさんの──【星の欠片】の作った世界であるこの場所においては、当てはまらない理屈なのである。

 

 

「……はい?」

「時計が動いてない、って明確な異常があったでしょ?完全に時間の流れが止まってるわけじゃない、ってのは中の人や私たちが動けてる時点でわかるでしょうけど。それでも、時計の針が完全に止まっている、というのは中々におかしな状況ってわけ」

「な、なるほど?……まさかとは思うけど、時間が一定のタイミングにたどり着けないまま流れている、みたいなこと言わないよね?」

「おや、流石は束さん大正解」

えーっ!!?

 

 

 ゆえに、この世界にはこの世界の法則が敷かれている。

 ……恐らく、特定の時間から先に進まない、みたいな扱いとなっているのだろう。

 例えば三月の十三日の正午から先に進まなくなっている、みたいな感じで。

 無論、完全に内部が止まってしまっていると中の人が動けなくなるため、『三月十三日正午』の世界の中を私たちは動いている……みたいな扱いになっているというか。

 

 

「一秒を一年に引き伸ばす、みたいな感覚が近いのかな?三月十三日正午から三月十三日正午一秒に変移するまでの僅かな時間を、永遠に近いくらいに引き伸ばしたような世界になっている……みたいな」

「……それも【星の欠片】の応用ってこと?」

「式に雑に無限を突っ込めるのが利点だからね」

「うへー……」

 

 

 アキレスと亀の話じゃないが、時間感覚を無限に区分けできるのなら永遠に追い付けなくなる、というのは理屈の上では間違いでも、気分の面では正解……みたいな感じになるのが【星の欠片】なわけで。

 ともあれ、基本的な【星の欠片】の応用でできる程度のものである以上、ささらさんがそれを行えないなんてことはありえるまい。

 ゆえに、現状この世界は無限に引き伸ばされた時間の中にある、と。

 

 ──では、この状態の世界が迂闊に外の世界と触れてしまうとどうなるのだろう?

 

 

「……考えられる中で一番最悪のパターンは、外の世界も時間停滞に巻き込まれるパターンだけど」

「流石にぃ~そこまでではぁ~ないですぅ~。ちょっと時間がぁ~遡るだけでぇ~」

「なるほど遡……遡るぅっ?!

 

 

 強い影響力を持つ世界ならば、触れた相手も自分の法則に巻き込む……みたいなことが起きてもおかしくはない。

 とはいえ今回の場合、相手となる世界はそこまで強い影響力を持つわけではない。

 これが『星女神』様製だったりすると大問題だったろうが……今回の制作者であるささらさんは、そこまで深度の深い【星の欠片】というわけでもない。

 

 なので、影響としても軽微なもの。

 精々、外と内との同期の際に()()()()()()()()くらいのものである。

 ……うん、今しがた束さんが驚いたように、欠片も軽微じゃないよねこれ。

 

 さっき時計のずれを直す場合、正しい方に揃えるのが普通みたいな話をしたけれど。

 その話で行くのなら、本来合わせる側になるのはこっちの世界のはずなのだ。

 が、腐っても【星の欠片】が関わっている以上、この世界が持つ影響力というのは甚大なもの。

 特に、無限を使って時間を引き伸ばしている……なんていうのは、あからさまにおかしな状況であると同時に、その状態が持つ情報量もまた人道なものなのである。

 

 ゆえに、通常なら異常の正常化という形でこちらの世界の引き伸ばしが解除されるはずのところ、無限に引っ張られて向こう側の時間が遡る……なんて意味不明な事態が発生するのである。

 

 

「無論~実際に遡っているというよりはぁ~所定のタイミングに時刻合わせをしているぅ~という方が近いですがぁ~」

「寧ろそのせいで、既に過ごしたはずの日を再び迎える、みたいなことになっちゃったりするわけだね」

「oh……」

 

 

 それもこれも、ささらさんがホワイトデー当日を決戦の日と定め、それまでに準備を完了させようとしているからこその弊害なのだが……その辺りはツッコんでも仕方ないので今回はスルー。

 問題なのは、その時間停滞が解除される日にならないとこの同期はずっと続く、ということの方だろう。

 

 

「へ?」

「無限に引き伸ばしてるっていうけど、裏を返せばあくまで引き伸ばし、いつかは目的の日に到着するってことでしょ?……言い換えると、こっちの世界が三月十四日になるまで、同期する度に外の世界も遡る羽目になるってこと。例え向こうが四月にになってようがお構いなく、ね」

「め、迷惑……!!」

 

 

 いやまぁ、代替わりを失敗するわけにはいかないのだろうから、ささらさんからしてみれば『他の人の迷惑なんかしらん』って感じだろうけど。

 寧ろこうして影響が出ることを前もって知らせてくれるだけ、こっちに誠実であろうとしているとさえ言えるというか?

 

 ……ともかく、この話の問題は一つ。

 情報を伝えに行く場合、やり方をミスるとこっちに連絡手段がなくなるってこと。

 

 

「あー、行って戻る。……それだけで二回同期のタイミングが発生すると?」

「こっちから外の時間経過を知る方法はないっていうか、迂闊に確認できるようにしておくとその度に同期が入ることになるね」

「うへぇ……」

 

 

 時間差を認識した途端にこっちに同期させられる、というのはつまり、やり方をミスると『タイミングを合わせて行動する』という手段が一切取れなくなる、ということでもある。

 こっちの世界では時計が役に立たないのであれだし、かといって向こうに合わせようとすると確認を取る度に向こうの世界が遡る、という事態に陥る。

 

 じゃあこっちの世界で必要なタイミングまで待てばいいのでは?

 ……って話になりそうだが、それはそれでもしタイミングをミスると『どう足掻いても詰み』な状態で同期が行われる──すなわち詰みセーブが発生する可能性もある。*1

 

 ゆえに、向こうに話を通すのならやり方を考える必要がある、ということになるのであった。

 

 

「まぁ、あれこれ言ったけど私が【虚無】経由でキリアに話を付ければそれで済むんだけどね」

「……今の問題提起全部放り投げたんだけどこの人?!」

「なにを仰る、私は向こうとの同期に掛かりきりになるから他のこと束さんがしないといけないんだぞ、この場合」

……ゑ?

 

 

 確かに、私が話をすれば同期問題は解決するが、その場合タイミング合わせ以外なにも手伝えなくなるのと同義である。

 必然的に、本来私の手も貸してたはずのことが、束さん一人での行動になるというわけで。

 

 

くぁwせdrftgyふじこlp

「ん、がーんばれ束さん♪」

こんな世界に誰がしたぁ!!

 

 

 唐突に全責任がその双肩に掛かってきた束さんは、発狂したように大声をあげるのであった……。

 

 

*1
オートセーブ機能などでたまに起きる悲しい事故。ゲームオーバーになった直前のタイミングでセーブが行われていた場合、直前から再開してもそのゲームオーバーになった要因を回避できずに再度ゲームオーバーになってしまう……みたいな状態。セーブの形式にもよる(オートセーブとは別枠でセーブデータがある場合などは回避可能)が、場合によっては最初からやり直しになることも



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相方役を任せていいかい?いいともー(古い)

 さて、私が向こうとのタイミング調整のため、連絡役に掛かりきりになると決まったせいで、その他のほとんどのことをやる羽目になった束さん。

 それによる負担増とそれに伴う心労の増加を前に、彼女は胃を押さえていたのであった。

 

 

「他人事みたいに言ってんじゃないよぉ!!」

「いや実際他人事だし。正確には他人事になっちゃったし」

「うがああああああ!!!」

 

 

 あらやだ淑女らしからぬ叫び声。

 

 ……とはいえ、今回に関してはどうしようもない。

 先ほどこの世界と外の世界を繋いで連絡するには【虚無】が必要、みたいなことを述べたが。

 これは比喩でもなんでもなく、現状【虚無】以外の連絡手段はなにもないに等しいのである。

 

 

どういうことだよぉ……

「さっきも少し触れたけど、今回の一件で問題になってるのは『連絡の際に時間の同期が起きてしまう』って部分。それも普通なら正確な時間に同期するように動くのが普通なのに、こっち側の優先度が高いせいで向こうがこっちに合わせてしまう……っていう結構深刻なやつだね」

 

 

 一応、【星の欠片】の原理的にはこっちの優先度が高いと言うより、こっちが一種の穴のようになっていて周囲が落ちてきてしまう……みたいな感じの方が近いのだが。

 

 ともあれ、同期が発生するような行為をすると強制的に落とされる……というこの状況はあまりいい状態とは言えまい。

 特に、なんの対処もせずに何度も各世界間を行ったり来たりした日には、それこそ世界が歪むレベルの問題が発生してもおかしくないだろう。

 

 

「……そのレベルなんだ?」

「実際の部分では違うとはいえ、外の世界だけを基準に見ると()()()()()()()()()()()()()()()()()ようなもんだからねぇ」

 

 

 まぁ一応、理由は明白なんだけどね?

 でもこれを世界単位で見ると原理不明、みたいなことになってしまうわけで。

 そこら辺は【星の欠片】案件特有の理不尽判定、みたいなものになるわけだが……問題はここから。

 

 この同期による時間の揺り戻し。

 これは、【星の欠片】以外のあらゆる手段による連絡全てで起こりうるのである。

 

 

「……はい?」

「正確には、【星の欠片】ほど小さくないと問題をすり抜けられない……みたいな感じかな。まぁ、そもそも同期による揺り戻し自体が【星の欠片】によって引き起こされている以上、それを回避できるのもそれより小さいものしかないのは当たり前なんだけども」

 

 

 とはいえ、それ以外の手段も行けるのとそれしか手段がないのは明らかに別、というのはわかるだろう。

 ゆえに、結果として【虚無】以外での連絡手段を現状用意できない、という話になってしまうわけだが。

 ここで別の問題の種となってくるのが、【星の欠片】を連絡手段として用いる際の制約部分。

 

 

「【星の欠片】を使っての連絡ってのは、わかりやすい例で言うと量子もつれ……量子的な繋がりを持った粒子はどれほど遠方であれ瞬時に情報を伝える、ってそれに近いんだけど。それゆえに問題点も近いんだよね」*1

「……予め繋がりを作っておく必要がある?」

「そういうこと。私とキリアは元々繋がりがあるからその辺はクリアできるけどね」

 

 

 裏を返せば、例えこの世界より小さい【星の欠片】でも、いきなり外に連絡ができるわけではないということになるわけだが。

 繋がりを作るというのは、ある意味で外と内とを繋いでいるに等しいわけだし。

 

 

「確認が取れないほど小さいけど、そのタイミングで繋がったという事実は確認されてしまうから同期が起きるわけだね。だから、今から新しく外に繋がりを作ろうとするのは非推奨ってことになる」

 

 

 まぁ、実は【虚無】だとその辺りもなんとかなるのだが。

 ……()()()()()()()()()()のだが。

 

 

「……なんで不穏な言い直し方したのさ?別になんとかなるならそれでいいよねぇ!?」

「ふふふーなんとかなるんだよーなんとかできちゃうんだよぉー」

「うわー!!やめろー!!いやな予感しかしなーい!!!」

(仲いいわねこの二人……)

 

 

 なんだかしのちゃんから生暖かい視線が飛んできてる気がするけどとりあえずスルーするとして。

 

 そう、今しがた触れた通り、先ほどまでに触れた問題点というのは、原則【虚無】ならばほぼ無視することのできる問題でしかない。

 同期の誘発は、その下から数えられるレベルの小ささにより余裕で回避可能。

 外との繋がりが必要という点に関しては、私とキリアなら既に繋いでいるので問題ない。

 また、今現在よりも多めな繋がりがいるというのなら、増やすことだって可能だしそっちもさっきの制限には引っ掛からない。

 

 ……そう、()()()()()()()()()()()()()()()()

 この言葉を聞いておかしいと思わないだろうか?既に繋がりがあるのに増やすとは?……みたいな感じで。

 

 

「ま、まさか……!」

「そのまさか!例えで量子もつれを持ち出したのは完全にフラグ!そう、私とキリアの繋がりというのは、そもそも()()()()()()ということを自覚させる程度のもの!言い換えるとこれ使って連絡とか無理じゃボケ、程度の最低限のものしかないんだよ──!!」

「ぎゃー!!?」

 

 

 そう、確かに問題はない。

 ……ないが、それはこのまま進めても問題ない、というのとは別問題なのである。

 具体的には、現在私が向こうに渡せる情報というのは、点灯(はい)消灯(いいえ)の二種類。

 無論向こうから得られる情報もこの二種類だけ、一応モールス信号などを併用すればもう少し情報を投げることもできるだろうけど……。

 

 

「生憎向こうはどうか知らないけど、少なくとも私の側がモールス信号未履修なんだなぁこれが!!」

「ホゲァー!!?」

(偉そうに言うことなのかしらそれって……)

 

 

 キリアはできてもおかしくなさそうだが、反対に私の側にそんな学がない!!

 ……というか、そもそもそんなもん使わずとも繋がりを増やして渡せる情報を増やした方が速いのだ。

 

 なにせ【星の欠片】は無限によってあらゆる難題を踏破する存在。

 ゆえに単調なオンオフの信号も、束ね連ねてコンピューターの真似事にしてしまえばいいのだから。

 

 

「まぁその場合、十分な情報のやり取りのために繋ぐ必要のある【虚無】の数的に、私は他の部分で役立たずになるってわけだがなぁ!!」

「ぐあああああああ!!!」

 

 

 で、前もって述べた通り、それを十全にやり遂げようとすると他の手伝いまるっきりできなくなるわけだが。

 ……いや、一応多少ならできなくもないんだけど、本当に多少──精々子供一人分の労力しか確保できないため、ほぼ役立たずとしか言い様がない状態になってしまうわけで。

 

 

それでいいからおいといて

「お、おぅ」

 

 

 そんなことを伝えたところ、それでもという彼女の切実な訴えを聞くことになり、私は若干引きつつもそれに答えることにしたのであった。

 

 

 

 

 

「……元々背丈的に子供みたいなもんじゃん、って思ってたんだけど」

「……なんですかたばねさま。なにかごふまんでも?」

「……もはや幼女じゃん!!くーちゃん枠かなって思ってた私のわくわくは!?溜飲を下げる機会は!?」*2

「ふじゅんなことをおもっていたたばねさまのミスだとおもいます」

「ぬあああああああ!!」

 

 

 なにをおっしゃってるんでしょうねこのダメおんなは(ため息)

 ……おっと、じこしょうかいがおくれました、わたしはキーアののうのいちぶをしようしげんかいしているぎじじんかく?てきなものです。

 とくによびなとかはないのでてきとうにぷちきーあ、とでもおよびください。

 

 

「ううう……なんか本人より遥かに愛想が悪いし……」

「まえもっておつたえしたとおり、きほんてきにぎりぎりつかえるようりょうからひねりだしたものですので。かんたんなうけこたえいじょうをもとめるほうがばかなのではないかと」

「うわー!!なにこの毒舌幼女ー!!」

 

 

 ……さっきからたばねさまがおっしゃってることからわかるように、いまのわたしはキーアほんにんのななわり?くらいのさいずかんです。

 ようじょあつかいもむべなるかな、というやつですね。ことばつかいもしたたらずですし。

 

 なお、たばねさまのあつかいがざつなのは、なんとなくそっちのほうがよろこびそうだとおもったからだったりします。

 

 

「…………」

「……黙ったってことは、この子の言ってること本当なの?」

そ、そそ、そんなことはないですよ……?

「そうだって白状してるようなものじゃない……」

 

 

 まぁ、どくしゃのかたがたはおわかりかとおもいますが、きそじんかくこうちくのさいせいじょのキリアをベースにしているから『こんとん・ぜん』なたばねさまとはあいしょうがわるい、みたいなところもあるとおもいますが。

 

 ……なんだかじすうかせぎとかでおこられそうなので、じかいからはじのぶんだけはかんじありにしときますね、はい。

 

 

*1
量子に起きる特徴的な現象の一つ。これが発生している状態の量子は、例え銀河の果てから果てほどに離れていても自身の状態の変化に伴う影響を相手の量子に瞬時に与えることができるのだとか

*2
『IS〈インフィニット・ストラトス〉』に登場する束の側近である少女、『クロエ・クロニクル』のこと。作中人物の一人ラウラ・ボーデヴィッヒの姉に当たるとされるが詳細は不明



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モテ期フラグだよ、少年君(発動篇)

 さて、いい加減束様にはやる気を出して貰わねばなりません。

 

 

「そのためにきびしいはんのうがひつようというのなら、わたしはこころをおにしてそれをなしましょう。さー、ばしゃうまのようにはたらけー!」

「うう……幼女に搾取される束さん……」

(なんでちょっと楽しそうなんだろう……?)

 

 

 後ろから蹴り飛ばすような勢い(あくまで勢い・意気込みであって、実際に蹴るわけではない)で声を掛けたところ、渋々とばかりに動き始めた束さんです。

 

 ……心なしか嬉しそうな辺り、実はロリコンだったりするのでしょうか?

 ──イヤないですね、だったら本体(キーア)の時点でなにかしらアプローチがあっても良さそうですし。

 あれでしょうか?『ジ・エーデル・ベルナル』のように、圧倒的強者である自分がその足元にも及ばないような存在に粗雑に扱われることに興奮する……みたいな特殊な性癖だったりするのでしょうか。*1

 

 

そんなわけないよ!?というか流石にそれと並べられるのは束さん納得行かないよ!?」

「そうですか?本来の『篠ノ之束』なら、並べられてもおかしくないような存在だと思いますが」

「微妙に反論し辛いこと言うの止めない???」

 

 

 なんなら最終的に世界のために戦ってた(※超要約)エーデルの方が遥かにマシかも、みたいなことになりかねないのが今の原作束さんといいますか。

 ……うん、あんまり触れると変な方向に延焼しそうな気がひしひしと致しますので、これについては触れるのは止めて起きましょう。

 

 ともあれ、本体(キーア)が連絡のために本腰を入れた以上、こちらはこちらでやらなければいけないことが盛り沢山。

 差し当たって現状必要なのは……、

 

 

「場所の選定、でしょうか」

「場所の選定?……ってあ、そっか。流石にこんなとこでなにかやるとか無謀だよね」

 

 

 周囲に被害の及ばないような、できる限り開けた場所の捜索……ということになるでしょうか?

 

 世界が滅びかねないようなエネルギーの爆発が必要、ということはそれが発生しても問題ないような場所も必要……ということ。

 無論、発生したエネルギーを全て受け止める必要はなく、あくまで少年様への引き継ぎの際、漏れ出るであろうエネルギーに耐えられる程度で十分ではあります。

 なんなら、しのさんによる周囲への被害の最低下も施されるため……見積もるべき耐久性は、そこまで高いものではないはずです。

 

 だからといって、どこでもいいのかと言われればそれはノー。

 確かにしのさんが防御策を講じるのであれば、さほど警戒する必要はないように思えますが……。

 

 

「そうは言っても彼女は【星の欠片】もとい【星融体】となってまだ日の浅い存在。許容量オーバーを起こさないという保証はどこにもありません。普段なら、それでもバックアップが利くのですが……」

「あーうん、みなまで言わなくても流石にわかるよ。そのバックアップをしてくれる相手(キーア)が今回そっちに手を回せない、ってことを言ってるんだよね?」

「最悪の場合は私をリソースに戻して防御、みたいなこともできなくはないですけどね」

「やめて!?それ絵面的にすっごい辛くなるやつ!!」

 

 

 まぁ、はい。

 幼女一人を犠牲に世界は救われた……みたいな絵面になりますので、後味としては最低の部類をお約束する形になりますね。

 一応こんななりでもキーアはキーアなので、気に病む必要はないという利点はありますが。

 そう口に出したら『仮にそうだとしてと無理!!』と束さんからお答えが戻ってきたのでした。……そんなに無理ですかね?

 

 ともかく、万が一に備えるのが私たちの役目だとすれば、しのさんが仮にミスった際にリカバーする対象はできる限り少なくなるようにすべき、というのは間違いありません。

 なので、仮に彼女の上限を越えて影響が漏れ出ても、周囲に被害を受けるような存在が居ない場所が好ましい……という話になるわけです。

 

 

「その辺りどうなので?」

「ん~、街の外れにぃ~行くのがいいんじゃないかなぁ~」

「ですよねー」

 

 

 で、それを踏まえてささらさんに話を聞きに行ったところ。

 そもそもこの世界は彼女一人で構築している分さほど大きくなく、仮に周囲へ被害を出さないような位置を……という条件で検索すると、当初キーア達が降り立った場所・すなわちこの世界の入り口?的なところくらいしかない、みたいな話が返ってきたのでした。

 

 

「一応~そこから外れた位置ですけどねぇ~」

「そういえば旗刺さってたところから、さらに脇に逸れられる感じだったね……」

 

 

 ……訂正、壁を乗り越えた時にたどり着いたあの場所から、街に向かわず逸れた方へ進んだ先、とのこと。

 そういえば『キーア様ご一行大歓迎』などという旗が刺さっていましたが、あれはささらさんが刺したものなのでしょうか?

 

 

「いいえ~?あれは刺してくれたものなんですぅ~」

「刺してくれた?」

「たまたま挨拶に来ていたぁ~『月の君』様ですぅ~」

「すみませんじびょうのいつうが」

「ぷちちゃんがお腹を抱えて踞った!?」

 

 

 なんでしょうストレスで私を殺す気だったりします???

 唐突にささらさんから与えられた情報に、本体(キーア)の如く胃を押さえる羽目になった私です。

 

 ……いえまぁ、おかしいとは思っていたんですよ。

 あれだけわかりやすいのぼり旗、ここにいる人間──本来の『クラウン・クラウン』を想起させるそれ。

 あれは流石にささらさんは刺さないでしょう。そもそもこちらの名前を知らない可能性が高い。

 ()()()()()()()()()()なのだから、()()()()()()()()()()()()()()……みたいな話と言いますか。

 

 ですが、その事実に思い至る前に『こちらが知らない』という事実が衝撃を持って思考を揺らした。

 ()()()()()()()が判断を鈍らせた。

 恐らく、あの時点でここの主が『クラウン・クラウン』でないことを知っていれば、本体(キーア)は特段気にせず戻っていたことでしょう。

 

 

「え、なんで?」

「脅威度を見誤っていた可能性が高いです。基本的に本体(わたし)がここまで来た理由は、ここにいるのが『クラウン・クラウン』であると思っていたからこそですから」

「……ううん?」

 

 

 正確には、『クラウン・クラウン』とホワイトデーの相性がよくない(良すぎる)から、ということになるわけですが。

 とはいえこれは『クラウン・クラウン』の能力がホワイトデーを無茶苦茶にしてしまう、という意味ではありません。

 その辺りは既に何度か触れている通り、能力の方向性が微妙に噛み合わないため、思うような反応にはならないだろう……という形で否定しています。

 

 ですので問題なのは能力面ではなく、()()()

 

 

「ぶっちゃけますと、本来の『クラウン・クラウン』は不細工なのです」

「すっごいぶっちゃけたね」

「いわゆる外印(旧)タイプ、ということですね。醜い顔を道化のメイクで隠す……みたいな感じというか」*2

「ああうん、なんとなくわかったけど……それで?」

「この状態の彼は、要するに外の【兆し】と相性が良すぎるのです」

「……ん?」

 

 

 思い出して欲しい。

 そもそもなりきり郷にこの時期──クリスマスやバレンタインなどを含む──転がり落ちてくる【兆し】には、どういう願いが込められていたか。

 ビッグビワや白面の者達を形作る元となった、人々の思念とはなんだったか。

 

 ……そう、()()()()()()()()()なのです、この時期に転がってくる【兆し】の主成分というのは。

 無論、それらがそのまま悪影響をもたらさないように、と方々が努力していることは知っています。

 知っていますが、元を形作るのがそれである、という情報は消えないわけでして。

 

 

「……結果、本来の『クラウン・クラウン』は外の空気に同調してしまうのです。同調した結果、世界規模で『リア充爆発しろ!』ってやりかねないのです……」

「く、くそ迷惑……」

「ですが一大事、というのもわかりますよね?」

「まぁ、うん。ビワとハクを例に挙げられた時点でわかんないはずがないというか」

 

 

 ただでさえ、外の人間達から出てきた【兆し】だけで、ビッグビワや白面の者(ハク)のような存在が生まれたのです。

 それを【星の欠片】が後押しする、となればどうなるか。……結果は火を見るより明らか、ということでしょう。

 

 というか、ささらさんが他の迷惑省みず引き継ぎを強行しようとしているの、もしかするとそれが理由なのかもしれません。

 

 

「はい?」

「今の候補者である少年は、不細工などという言葉とは無縁な美少年。……もし仮に、彼が歪んだ大人になることをこのタイミングで否定できるのであれば……」

「……あーなるほど、未来の悲劇を未然に防げる、みたいな話になるのか……」

「そ、そんな殊勝な話じゃないですよぉ~?」

(……なんか照れてないこの人?)

(仮にこの話が正解なら、ある意味逆光源氏みたいなものなので恥ずかしいのでは?)

(ああ……)

「や、やめてくださいってばぁ~」

 

 

 ……なんだか、下世話な話になってきましたね?

 一気に恋話(コイバナ)感溢れてきた現状に、思わず遠い目をしてしまう私と束さんなのでありました……。

 ……ええと、良かったですね『クラウン・クラウン』(仮称)君。

 

*1
『スーパーロボット大戦Z』シリーズに登場するキャラクター。初代ではラスボス。倒錯したドMな趣味を持つヤベー存在。一作目ではラスボスだったが、それ以降は(色んな意味で)味方側である為、現状の束と比べるとマシっぽく見えてしまう(現状の彼女はあからさまにラスボスである為。一応最終巻が出た後に評価が変わる可能性はあり)

*2
『るろうに剣心』のキャラクター。顔を隠した黒子姿の人形使い。再筆版やキネマ版などでは中身がイケメンになっているが、原作では中身は老人だった。顔を隠しているヤツが不細工だとウケない、みたいな理由で同作者の作品ではこれ以降顔を隠しているキャラは基本美男美女になっている



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日進月歩は人のため

「そういえば、なんで仮称?」

「この分ですと、ルビは同じでも日本語名の方が変わってそうだと思いまして」

「なるほど」

「止~め~て~く~だ~さ~いって~ばぁ~」

 

 

 

 

 

 

 実はラヴの香りだったりするのでしょうか、などと揶揄したりしつつ、引き続きよさげな場所探し中の私たちです。

 

 なお、ささらさんは『ち~が~い~ま~す~よぉ~』などと呻きながら戻っていったため、現在は同行しておりません。

 まぁ、仮についてきてしまった場合、こちらはいいからご自分のお仕事をなさってください……と送り返していたとも思うのですが。

 

 

「そういえばその少年君だけど、全然起きてこなかったね?」

「恐らくですが、『星女神』様が干渉していらっしゃるのかと。別にあの方からしてみれば私たちが失敗しようが成功しようが関係はありませんが、別に望んで失敗して欲しいわけでもないでしょうから」

「……なんか、微妙に対応が薄情じゃない?」

「そもそも()()()()()()()()()()()質のお方です。こちらの都合に合わせてくれている分、かなり譲歩してくださっていますよ」

「マジかー……」

 

 

 以前本体(キーア)が話していたこともありますが、『星女神』様は本来人の行うことの()()()肯定するもの。

 言い換えると事の善悪で対応を全く変えてくれないのがデフォの方ですので、今回のようにこちらの成功を多少なりとも手伝って下さっている時点でかなり譲歩している、という扱いになるのです。

 

 もし仮にここにいる『星女神』様が以前の──断罪神としての性質の強い状態であったならば、彼女は何がなんでもこちらの邪魔をしてきたことでしょう。

 そうなってない時点で、こちらとしては大変ありがたいことなのです。

 

 

「……いや、わりとマジで傍迷惑すぎない?その言いぐさだと、善人を邪魔することもあれば悪人を助けることもあるし、その逆もまた然り。……そしてそれは、他の要因で傾向が変わることがほぼなく、何処までもそいつの独断で決まる……ってことでしょ?」

「独断と言うのは少し違います。今の『星女神』様は人を肯定する姿、以前の彼女は人を否定する姿だった、というだけの話ですから。いわば『丁度(つごうが)いい』状態がないだけなのです」

「もっと悪いっての……」

 

 

 本質は人ではない、というだけの話なのですが。

 

 ……まぁそれはともかく、話を戻して場所探しの件。

 ささらさんから紹介された場所、外からの来訪時に本体(わたし)達が最初に着いた所から少し外れた位置。

 少し開けた空き地であるそこは、なるほど周囲になにもなくこういう話には持ってこい、といった風情の場所。

 

 仮に火薬をぶち撒けたとしても、早々周囲に被害を出すことはないでしょう。

 まぁ、この場合ぶち撒けるのは火薬より洒落にならないものなのですが。

 

 

「その辺りも含めて大丈夫な感じ?」

「そうですね……あとでしのさんに確認が必要ですが、この空き地くらいなら能力で覆うことも不可能ではないんじゃないでしょうか?」

「なるほどねぇ」

 

 

 とはいえ、それをどうにか抑え込めるだけの力を持つ人間がいる、というのも確かな話。

 しのさんの能力の有効範囲にもよりますが、恐らくは問題なく固定化できるのではないでしょうか?

 そも、固定化すべき相手もそう多くなく、負担に関しても然程のモノにはならなさそうですし。

 

 

「そこら辺、束さんにはわかんないけど……うーん、絶対防御*1でも合わせて置いとく?いやでも流石に世界崩壊級のダメージだと普通に抜かれそうな気も……」

「おや、その口ぶりですとIS関連技術の製造には既に成功していると?」

「んー?……あーそっか言ってなかったっけ。こないだシュウ博士がハッスルしてたでしょ?あの時他の研究者共も大層刺激を受けたみたいでねー。結構無茶して、多少は元の研究に手を届かせた……みたいなやつがそこらに居たってわけ」

 

 

 まぁ、設計図とかは頭に入ってるわけだし?……と苦笑いする束さんですが、それで済む話ではないのは確かでしょう。

 

 科学技術を【兆し】関連の現象で保持するのは難しい、みたいな話があったと思います。

 再現度という概念では、機械が持つ性質──完成品でなくてはまともに動かない、というそれと相性が悪く、上手く動かせないと。

 ゆえに、なにかしら特徴的な機械を持つ人々は、それをこちらで新たに作り上げることで対処しているとも。

 

 ……ですがこれには穴があり、例え設計図通りにモノを作り上げたとしても正常に動かない、などという事態が頻発するのです。

 それは何故か?……答えは単純明快、そもその機械自体が非科学的な代物だからというもの。

 

 科学技術の粋であるはずなのに何故?

 ……などと思う人もいれば、当たり前だと頷く人もいることでしょう。

 そう、こういった『創作における機械』というのは、()()()()()()()()()()()()で動いている、というのが大前提。

 言い換えると、こちらの科学とは名前が同じなだけの別物なのです。

 ゆえに、こちらの法則においては『ありえない』現象が混ざり、結果として『非科学的(かがくではない)』と判断されまともに動かない……。

 

 それを解消するのもまた、【兆し】。

 実のところ、そういった()()()()()()()()()()()科学──超科学を成立させているのは【兆し】なのです。

 より正確には、全体に用いるには向いていない再現度というシステムを、超科学を成立させる()()()()()に割り振っている、というべきでしょうか?

 

 今回の場合、束さんの扱う超科学──インフィニット・ストラトスに必要な核の部分、ISコアにその再現度が割り振られていると見るのが正しいでしょう。

 ……正しいのですが、同時に言葉面ほど簡単な話でもないというのも事実なのです。

 

 

「機械に再現度を付与する難しさは先ほど述べた通り。その上でそれを成立させ、そこから溢れた原理を超科学の再現に注ぎ込む……まさに言うは易し行うは難し、流石は超天才篠ノ之束ということでしょうか……」

「……なんだろう、この褒められてるんだけど微妙にバカにされてるような気がするこの感じ」

「どれだけ私のこと疑ってるんです???」

 

 

 褒めてるんですから素直に受けとればいいじゃないですか?!

 ……いえまぁ、どうせ再現度が足りてないのでそこから効力を発揮できている超科学も出力が足りてない、みたいな部分を指してまだまだ未熟……とか思ってらっしゃるのでしょうが。

 

 

「とはいえその辺りを実用域にまで持って行けていたのが琥珀様、次いでシュウ様くらいとなればそれに次ぐだけでも勲章もの。もっと誇ってもいいものだと思いますが……」

「うーん、その辺りはほら。みんな悩んでることだしっていうか」

「……それはまぁ、仕方のない話ですね」

 

 

 本当ならもっと上手く、素晴らしくできるはず。

 にも関わらず、今の自分はここまでしかできない……。

 そういう歯痒さは『逆憑依』であれば誰しもが抱えるもの。そんなものを感じずに生きている存在なんて、それこそ『逆憑依』から外れてしまった【星融体】達くらいのものでしょう。

 まぁ、彼女達は彼女達で別種の悩みを抱えているわけですが。

 

 

「難しいねぇ」

「そうですね。……特殊な合金などが必要であれば、本体(わたし)に言えば融通して貰えると思いますよ?」

「え、ホント?」

「そこら辺の汎用性の高さこそ本体(わたし)の売りですので」

「うーんやっぱりむほーだねー」

 

 

 ……なんだか、思いの外暗い話になってしまったため、代わりに本体(わたし)に仕事を投げることで話題転換。

 それもこれもそもそも秘密主義な本体(わたし)が悪いのであって、私のせいではありません。

 

 

「……ん?なんか今気になること言わなかった?」

「さぁて、場所の下見も済みましたしいい加減しのさんを呼んできましょうか!実際に大丈夫かどうか確かめなければなりませんからね!」

「あっちょ待っ、……って速!?いや速、本当に速っ!?」

 

 

 ……ないんですが、その愚痴を他人に聞かれるのはアウトです。

 所詮単なる分体でしかない私に隠し事なんて無理だったんですよぉ、なんて言い訳を脳裏に浮かべつつ、逃げるように街に走る私なのでした。

 

 ……え?速度?離れるために全力を出したあとは、即座に戻ることのないようにできる限り遅延するに決まってるじゃないですかやだー。

 

 

(もし……もし……もう一人の私……私のことを迂闊だ秘密主義だと宣いましたね……それはもう一人と告げている以上、貴方にも適用される話なのですよ……)

「貴重なリソース使ってまでツッコミ入れてきてるんじゃねーですよ本体(わたし)!?」

 

 

 ──いや、一人コントじゃないんだから、マジで。

 

 

*1
『IS〈インフィニット・ストラトス〉』において同名のパワードスーツに施された防御機構の一つ。シールドエネルギーを大幅に消耗する為、操縦者の命に関わるようなことでもない限りは発動せず、かつ操縦者側で任意に機能させることもカットすることもできないシステムの根幹。但しその防御力は並大抵の攻撃では抜けない、文字通りの『絶対』防御じみたものでもある



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ある意味願いの昇華場所

「なんというか……あたふたしてるわね、どこもかしこも」

「一応、こちらの時間経過的にはまだ余裕があるんですけどね」

 

 

 ごまかし目的であったとはいえ、しのさんの確認が必要であることは事実。

 ゆえにその辺りを上手く隠しつつ()、私はしのさんを目的地へと先導していたわけなのです。

 そうして歩く街の中は騒がしく、どこか浮き足立っているようにも思えたのでした。

 

 

「単にあたふたしているってだけじゃない……って言ってる?」

「雰囲気から内容を読み取るのであれば、ですが。……生憎ここにいらっしゃる方はそのほとんどが通常の人間種とは言い難く、それに伴って使用していらっしゃる言語も独特なモノになっているようですし」

 

 

 いえまぁ、普段の状況であればこちらに通じる言葉で会話しているのだろうとは思うのですけれどね?

 客人の前で通じない言語を使うことほど、相手に対して失礼なこともないでしょうし。

 ただ、今は緊急事態であるため、各々使い慣れた言語が飛び出している……と。

 

 それでもまぁ、本体(わたし)なら特に問題なく翻訳して聞くこともできるのでしょうが。

 生憎私はギリギリの余裕を絞り出して生まれた存在ですので、その辺りはあてにならないのです。

 

 

「必要最低限の機能しかない……ってことね」

「端的に言うとそうなりますね。……それでも良いと束さんが仰ったのですから、それはそれで良いのだと思いますが」

「うーん他人任せ……」

 

 

 その辺りはほら、そもそも本人(わたし)もそういう節がなくもないですし?

 

 ……ともあれ、周囲の方々が現状特殊な言語を話しているというのは事実。

 ゆえに空気感だけを読むことになりますが、その状態でも先のように『浮き足立っている』という感想が浮かぶ程度には、彼らの様子はどこか興奮──それも悪い方にではなく、良い方に傾いているように思える、という話になるのでした。

 

 

「……まぁ、その感想に関して特に異論はないわね。私の目から見ても、彼らがどこか嬉しそうに思えるのは間違いないし」

「ですよね。……ということは、彼らも代替わりを歓迎しているということなのでしょうか?」

「この状況で喜びそうなこと・浮き足立ちそうなことっていうと、やっぱりそれになるわよね」

 

 

 で、そこから彼らが浮き足立っている理由を推測すると、やはりささらさんからあの少年へ、【星の欠片】が代替わりすることを喜んでいる……という風に捉えるのが正解なのかな、ということになってくるのですが。

 それは確かに状況の上では正しく思えるものの、感覚的に正しいと言えるのか少々疑問が思い浮かばなくもない……みたいな気分にもなってくるのです。

 

 

「まぁ、確かに。新しい領主が歓迎される、みたいな状況となると前の領主が良くない人物だった、みたいな話が一般的だけど……」

「少なくとも、私たちの目から見る限り悪い領主には思えませんでしたからね、彼女」

 

 

 その理由は幾つかありますが……まず一つは『一般的に代替わりが喜ばれるパターン』。

 こういうのは以前の領主が悪徳領主だった、というのがお約束。

 ですが皆様ご存じの通り、前領主であるささらさんは──少なくとも悪人には見えない。

 無論裏ではなにをやってるかわかったものではない、という反論を投げることもできるでしょうが、それを踏まえたとしてもやはり彼らの反応がおかしい、という事実は残る。

 ──悪徳領主が引き摺り下ろされた時の反応でもないんですよね、彼らのそれは。

 

 

「かといって、前領主が変わることを惜しむような空気でもない。……なんというか不思議な空気なのよね、今のここ」

「いまいちいい例え方が思い浮かばないんですよねぇ……」

 

 

 喜びすぎてもいないし、逆に惜しむ空気でもない。

 敢えて言うのであれば、それこそ『浮き足立っている』と言うしかないような空気感。

 それが、現在この街を包む空気ということになるわけなのですが……ふむ。

 

 

「もしくは、彼らは見ているものが違うか、ですかね」

「見ているものが違う?」

「彼らは【星の欠片】ではありませんが、だからといって【星の欠片】を認知できないわけでもないのかもといいましょうか?」

「……代替わりだと思ってない?」

「それが一番近いのかもしれませんね」

 

 

 眉唾な説ではありますが、しかし現状信憑性がもっとも高いのはこれかもしれません。

 彼らは【星の欠片】を認知できており、それによって相手を見ているため代替わりを()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これならば、彼らが必要以上に変化を惜しまず、されど喜ばしさを隠さない……なんて状況にも説明が付くのかもしれません。

 

 

「まぁ、だからどうしたと言われると痛いのですが」

「まぁ、それはそうね。別に彼らがどう動いていようと、私たちにはあまり関係のない話だし」

 

 

 嫌がっている、止めて欲しがっているのであるならば、こちらへの妨害の可能性を気にする必要もあり意味はあるのでしょうけど。

 そうではなく、私たちの行動を後押ししてくれそうな現在の空気は寧ろありがたいもの。

 ……そういう意味では、理由を明らかにする必要はなかったのかも、などという言葉も浮かんでくるというもの。

 

 では何故、あえて時間をとってそんなことをしていたのかというと。

 

 

「……現実逃避、よねぇ」

「ですよねぇ」

──あら、仲が良いのね二人とも──

 

 

 目の前に唐突に現れた人物を、可能な限りスルーしたかったから……なんて。

 無論いつまでもスルーするわけにも行かず、結局は反応する羽目になったのですが。

 

 ……いや、なんで居るんですか『星女神』様?

 

 

 

 

 

 

──誕生を言祝(ことほ)ぐは我が定め……なんてね?──

 

 

 悪戯っぽく微笑みながら口許に人差し指を当てる『星女神』様に、思わず天を仰ぐ私。

 隣のしのさんは初めて出会う彼女の空気に若干圧倒されており、少なくともこの場においてあてにするのは不可能であることを実感させてくるのでした。

 

 ……はい、端的に言いますと詰み、ですね(白目)

 

 

──あら酷い言い種。それじゃあまるで私が貴方達を邪魔するみたいじゃない?──

「なにもしなくても実質試練みたいなものじゃないですか貴方様……」

 

 

 ほんのり拗ねたような表情を向けてくる『星女神』様ですが、隣のしのさんが良い例。

 例え彼女がなにをせずとも、その存在がそこにあるだけで試練になるようなものですので、あまり良い状況でないのは事実なのです。

 

 ……というか、本体(わたし)から『なに!?なんかいきなり現れたけど!?え、なんで『星女神』様の気配?!なにそれ?!』みたいな困惑の感情が伝わってきてるので、この時点で被害甚大ですし。

 この分ですと、準備をしていたささらさんやかの少年君にまで影響が波及しているのではないでしょうか?

 

 

──ああ、今回の主役二人ね。挨拶をしておきたいのだけれど、案内して貰えるかしら?──

「……よろこんでー」

──あまり嬉しそうじゃないみたいね?──

「ハイヨロコンデー!」*1

──ふふふ、宜しくお願いね?──

 

 

 ほんと人使うの上手いなぁ!!()

 

 ……というわけで、現場で待ってるはずの束さんには悪いのですが、そのまま待ちぼうけてて頂きたいと思います。

 本当ならしのさんを連絡役にするのが良いのでしょうが、『星女神』様が笑顔で私たちの手を握って来られたためその選択肢は消えました()

 

 

「こ、子供じゃありませんよ?!」

──私が握りたいの。ダメかしら?──

「ダメじゃないです……」

 

 

 あ、しのさんが陥落しました。

 あの笑みで見つめられたら反論とかできませんよねぇ、とってもずるいです。

 

 ……私?私が逆らえるわけないじゃないですか、キーアがどうとかの前に私絞りかすですよ?

 

 

──そう自分を卑下するモノでもないと思うのだけれど。だって貴方は──

「さぁて行きましょうか『星女神』様!とりあえずささらさんの屋敷はあちらですよ!」

──まぁ──

 

 

 余計なこと言わないで欲しいんですけど???

 

 ……油断も隙もあったもんじゃないですね、幸い誰も聞いてないので問題はないですが。

 とはいえどこから話が漏れるかわかったものではない、というのも事実。

 これ以上彼女が余計なことを口にしないように、早急に彼女をささらさんの元へと送り届けなければなりません。

 

 まぁ、懸念点があるとすれば送り届けたとしても解放されるとは限らない、ということですが……。

 ここでこうしてうだうだしているうちに、踏まなくてもいい地雷を踏むことになるよりは遥かにマシ、でしょう。

 

 そういうわけで、私としのさんの手を握る『星女神』様を連れ、ささらさんの居住地である大きな屋敷へと取って返す私たち。

 数分後、目的のその屋敷の入り口まで戻ってきたわけなのですけれど……。

 

 

「……気のせいかと思ったら本当にいる!?なんで追い返さなかったの私!?」

「私にどうにかできると思っているのなら目測違いですよ、私。とりあえず引き取って下さい、束さん呼んできますので」

「……え、束さん放置してるの?なんで?」

「色々あったんですよ……」

 

 

 そこには、現在キリアと交信中で動けないはずのキーア(本体)の姿が。

 ……どうやら、数少ないリソースをさらに分配してまで外の状況を確認しにきた様子。

 我ことながら無茶をしてるなぁと思いつつ、でもまぁ状況が状況ゆえ仕方ないところもありますよね、と納得する私です。

 

 そんなことより、現場に残してきた束さんがそろそろしびれを切らしそうなので、いい加減に迎えに行かなければ。

 それを(本体)に告げ、握っていた『星女神』様の左手をそのまま任せる私。

 

 ちょっと?!……とこちらをひき止める(本体)の声を背に受けながら、私は可能な限り全速力で束さんの元に戻るため走り始めるのでした。

 

 

*1
『ニンジャスレイヤー』に登場する『アイサツ』の一つ。喜んでやらせていただきます、の意味。実際に嬉しく(よろこばしく)なくてもこの声と共に話を受けるのが礼儀とかなんとか。仄かに香る居酒屋感が笑みを誘う台詞



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残り香辿って遠路遥々

「ねぇ、行かなきゃダメ?」

「ダメに決まってるでしょう、下手するとこっち来ますよあの方(『星女神』様)

「いくらなんでもアクティブ過ぎないかなぁ!?」

 

 

 唐突な『星女神』様来訪からはや数分。

 当初いつまでも戻ってこない私に憤慨していらっしゃる様子だった束さんですが、こちらの憔悴した姿を確認したことでなにがあったのかを確認することを優先。

 ……結果、何故か現れた『星女神』様の報に、「なんで?!」と叫び声をあげることとなったのでした。

 

 まぁ、なんでと言いつつ答えはすぐに理解できたわけなのですが。

 

 

「……この旗、『月の君』が刺したとかなんとか言ってたねぇ……」

「それを知った『星女神』様が顔を出すのはある意味必然、ですねぇ……」

 

 

 その理由と言うのが、そこらに刺されたのぼり──『キーア様ご一行大歓迎』の旗と、それを設置した人物。

 ……はい、ささらさんがそれについて言及していらっしゃいましたね、『月の君』様が設置して行った、と。

 

 いつぞやか本体(わたし)が話したことがあるかと思いますが、『星女神』様と『月の君』様は恋人同士のような関係です。

 ……ですが、何故かこの世界では『月の君』様の方が彼女から逃げるように隠れている、という始末。

 ゆえに、『星女神』様の方は(最優先ではないものの)『月の君』様を探し続けていらっしゃる様子。

 

 先ほど少し触れたように、余計な問題にならないよう(クラウン・クラウン)の少年を眠らせていたのは『星女神』様。

 ですがそれは彼女が意識して行っていたことではなく、【星の欠片】の代替わりにおいて余計なことが起こらないように、という親切──言い換えると自動(オート)発動するタイプの仕掛けでしかなかったわけで。

 

 ……察するに、本体(わたし)の動きを察知し、合わせてそこに発動する自身のシステムを認知し、そこから『月の君』様の残り香を感じ取ったのでしょう。

 結果、自動的な自分の側面に任せられるような話ではない……と判断し、現場に顔を出す気になったと。

 

 まぁ、それ自体は構わないというか、寧ろ彼女のバックアップを期待できる分ありがたくすらあるのです。

 仮に本体(わたし)が失敗ししのさんも失敗する、なんて事態に陥ったとしても『星女神』様がなんとかしてくれる……という安心感があるわけですし。

 

 問題があるとすれば、彼女と関わるのが今回初めての人々のパフォーマンスに与える影響……ということになるでしょう。

 扱いとしては【星の欠片】でもなんでもなく、この件については特に気負う必要のない束さんでさえどことなくそわそわと落ち着かないのです。

 況んや、【星の欠片】そのものである他の面々においてをや……というか。

 

 

「あーうん、わかりやすく言うと現場に社長がやってきた、みたいなもんだもんねこの状況。一体なにを言われるやらと戦々恐々するのが当たり前、みたいな」

「それでも現場に詳しくない社長なら、なにか言っていても『現場を知らない奴が戯れ言を』みたいな感じに逃げられるんですけどね。……『星女神』様はその例で行くと叩き上げで社長になったタイプなので……」

「適当なことは言わず、適切な指摘が飛んでくる……他人事なのに震えてきたんだけど束さん」

 

 

 はぁ、とため息を吐きながら溢す束さんに、然りと頷く私。

 ……質の悪いことに、本来はそこで済むはずが『星女神』様相手だとそこで済まない可能性があるので、結局のところ束さんも巻き込まれてしまうわけなのですが。

 

 

「【偽界包括】だっけ?あらゆる世界のコピーを体内に持つ……んだとか?」

「ある程度の規模を持つ【星の欠片】ならば、誰しもが持つものなんですけどね。『星女神』様はその規模が広すぎるんです」

「……誰でも持ってる、ってのは初耳なんだけど?」

「あれ、本体(わたし)は言ってませんでしたっけその辺り?」

 

 

 少なくとも束さんは聞いた覚えがないなぁ、と苦笑する束さんに、ふむと顎に手を置く私。

 

 ……【偽界包括】は世界のコピーを体内(うち)に持つ、ということを示すもの。

 私たち【星の欠片】が持つ性質の一つであり、それもまた歴とした【星の欠片】の一つでもある……という存在。

 正しく表記するとこうなるわけで、少々……大分?わかりにくくなるのですが、この辺りは全て一言で片付けることもできます。

 

 

「具体的には?」

「私たちは下位(じょうい)互換優勢なので」

「あー……ニンテンドーDSでゲームボーイ系のゲームが全部?使えた、みたいな話?」*1

「近いと言えば近いですね」

 

 

 私たち【星の欠片】はその性質上プログラムに近しく、またその上での共通項として『より下位の存在は、上位となるものを無理矢理に再現できる』というものがあります。

 いわゆる互換性に当たるものですが、それによって再現されるのが【偽界包括】というわけです。

 

 これは他のもの──具体的には【境界線(無限性の保持)】を取り巻く環境も似たようなもので、それよりも下の位となる【星の欠片】達は自分というリソースを使って上の存在の機能を再現していることが多いのです。

 

 何故かといえば、それが便利だから。

 無限の数でなにごとも無理矢理達成するのが【星の欠片】ですが、なにも考えずにそれを行うと相手となる概念・人・物などを用意に破損させかねない。

 そもそも世の中に存在するモノのほとんどが『無限』を計算に使うことを想定していないのだから、当たり前といえば当たり前なのですが……。

 ともかく、相手を慮ると無茶をするべきではない、となるのは当たり前の話。

 

 結果、()()()()()()()()()()()()()()については、それをなぞる形で制約を作らせて貰っている……と。

 まぁわかりにくいので、ショートカットキー*2として他の【星の欠片】が登録されている……くらいに思っておくといいと思います。

 

 

「なるほど。で、【偽界包括】?はどういう風に便利なの?」

「改変前世界のバックアップなどに便利ですね」

「思いの外ガチめのやつ来ちゃった!?」

 

 

 で、話を【偽界包括】に戻しますと。

 これは特定の世界を自分の中に()()()()ための【星の欠片】。

 それゆえ、変化してしまった世界と元の世界との差異を探る際に有効であるほか、いわゆるアンドゥ──動作の否定(Undo)、すなわち()()()()()()()()()()()()ために活用されるわけです。

 

 

「そう聞くと便利というか、必須技能のような気がしてくるでしょう?私たち【星の欠片】は些細なことで世界を変革してしまうような存在。望ましくない変化を引き起こしてしまった際、それを無かったことにできるようにしておくのは寧ろ当たり前の備え……というわけです」

「理屈の上ではわかるけど、ひたすら恐ろしい話でしかないよねそれ!?」

 

 

 まぁ、恐ろしい話ではありますね。

 先に『星女神』様のそれは規模がおかしい……と述べた通り、他の【星の欠片】が使う【偽界包括】は取り消し(Undo)が一手順前までしか行えない、なんてことも多いですし。

 

 なお、『星女神』様はそれこそ無限に取り消し(Undo)が行えます。

 それこそ宇宙開闢の時代よりも遥か前まで戻し続けられるのですから、まさしく限度がないということでしょう。

 

 ともかく。

 普通の……普通の?【星の欠片】であっても、【偽界包括】を機能として持ち合わせる存在が多い、ということは事実。

 その上で、その機能を『星女神』様ほど多様に扱うことができているものは少なく、それゆえ他の【星の欠片】が扱う【偽界包括】は【偽界包括】として扱われ(よばれ)ない、みたいなのが正解なわけでして。*3

 

 

「なので、別に他の【星の欠片】相手に自身の(キャラクターとしての)正確さを測られている……みたいに警戒する必要はありませんよ?」

「いや別に警戒なんてしてないが?束さん全然平気へっちゃらだが???」

「あ、一応言っておきますけど本体(わたし)は気にした方がいい相手ですよ?」

「だから気にしてな……そっか三番目だっけ!?

 

 

 ええまぁ、下の方が上を再現できる……となれば、自身より下となる二人に【偽界包括】(の、元となった人物)が含まれない時点でそりゃそうですよ、としか言いようがないといいますか。

 そもそも普段他者の能力ブーストとかやってるの、そういう技能を使っている面もありますが【偽界包括】によるブーストもあるんでわりと最初からそうでしたよとか、まぁ色々あるんですけど。

 

 今はとりあえず、変な方向に気にし始めた束さんに落ち着くように言い聞かせることから始めるべきでしょうね、とため息を吐く私なのでしたとさ。

 

 

*1
何故疑問系なのかと言うと、一部動かないもの・動かせてもやり辛すぎるものなどがあった為。このような後方互換は前のソフトをエミュレーターなどで無理矢理動かしていることもあり、結果として機能しない・動かないソフトなどが発生する遠因ともなっている

*2
パソコン用語。特定のアプリや機能をすぐに使用する為のコマンド。通常の【星の欠片】は常に『コマンドプロンプト』(※パソコンへの命令を直接手打ちする為のシステム)を使っているようなものであり、それだと無駄や手間が多いので他の【星の欠片】を一種のプログラムのように扱い、それが司るものを機能として利用している

*3
正確に言うと、そもそも『星女神』が使う【偽界包括】も元々の【偽界包括】ではない(より正確なことを言うと、【偽界包括】は『星名』であり『星式名』ではない)。彼女の能力で再現したものであり、そういう意味では『fate/strange_fake』の偽アサシン・狂信者の持つ宝具『幻想血統』のようなもの、ということになるか(あちらと違い『星女神』が他の【星の欠片】を使う際、必ずオリジナルより(つよ)くなるが)



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フリーダム星女神(バナナ味)

「あばばばばば」

「モノの見事に壊れてますね、ささらさん」

「そりゃ(社長がいきなり現場視察に来たんだから)そうでしょ」

 

 

 あれからさらに数分。

 混乱する束さんを落ち着かせ、どうにかささらさんのお屋敷まで戻ってきたわけなのですけど。

 

 どうやらそちらでは『星女神』様の挨拶がちょうど終わったようで、疲れたような顔で玄関前の階段に腰を下ろす本体(わたし)と、その隣で同じ様に腰を下ろしつつぶっ壊れている()ささらさんの姿を目にすることができたのでした。

 

 ……いえ、冗談めかして壊れていると言いましたけど、これ大丈夫なんです?

 傍目から見るとどうにも手遅れのような気がしてくるんですが。

 

 

「大丈夫かどうかは彼女の言動を確かみてみろ(かくにんしてくれ)!」

「なんでゲーメスト*1……まぁいいや、どれどれ?……もしもーし、ささらさーん?」

「ハゥア!?イエワタシハケッシテソンナフジュンナコトハメッソウモハイイイエソンナコトハチガクチゴタエシタツモリハナクテソノチガウチガウンデスヤメテヤメテイジメナイデ……」

「未だかつてないほどの高速詠唱!?」

「今までの間延びした会話はなんだったのか、という感じですね……」

 

 

 心なしか顔まで真っ赤ですけど……一体なにを言及かつ追及したんでしょうね、『星女神』様……。

 

 と、そこまで考えたところで肝心要の『星女神』様本人の姿がどこにもないことに気が付いた私です。というか屋敷の中にもいないような?

 そんな私の疑問を感じ取った本体(わたし)が、こちらに視線を向けながら答えを教えてくれます。

 

 

「あの人ならしのちゃんと少年君を連れてこの世界の視察に行ったよ」

「なにやってるんですかあの人!?」

「ホント、なにやってるんだろうねぇ……(遠い目)」

 

 

 いやマジでなにしてるんですあの人???

 しのさんを連れていったのも大概ですが、件の少年君をわざわざ起こしてまで外に連れ出している、というのがツッコミ所しかないのですがそれは。

 いや、そもそも起きないように眠らせていたの貴女じゃないですか?!

 

 そんな私の疑問を感じ取ったのか、キーアが深々とため息を吐きながら説明してくれました。

 なんでも、その少年君に気になることがあったため、事が始まるまで眠らせておくという当初の予定を変更することになったのだ、と。

 

 

「あくまで予想でしかないけど……【星融体】になる可能性が高いんだってさ?」

「…………はい???」

「見た目とか空気感とか、とあるキャラに似すぎてたみたいでねぇ……」

 

 

 ……はい?つまりはえーと?

 代替わりという、【星の欠片】の中でも中々に骨の折れるイベントに、【星融体】となりうる可能性まで内包していると?

 というか、似ているキャラ?あのボロボロの見た目で、なにに似ているだとか割り出すのは不可能に近……。

 

 

「……待ってください、銀髪?」

「お、気付いたかな?」

 

 

 特徴的な銀の髪。

 ささらさんからの期待──()を受けているとも解釈できるこの現状。

 そして美少年、かつ本来はそのようなタイプの存在ではない……。

 

 これは、これはまさかですよ?

 もしかしてなのですが……。

 

 

「……よくあるハーレム(なろう)系転生主人公の系譜、ということなのでは……」

「ん!もう一人の私大正解!」

「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 それ危険物以外の何者でもないじゃないですかやだー!!?

 サムズアップをこちらに見せつつも、どことなく死んだような眼差しをこちらに向けてくる本体(わたし)

 私の出した結論に彼女もまたたどり着いていた、という証左なわけですが……いや、マジで言ってます?

 

 なにが問題って、なろう系主人公の精神性と【星の欠片】が一つも噛み合わない、という点ががががが。

 ……転生系にしろハーレム系にしろなろう系にしろ、彼ら主人公が求めるのは自身の欲の先。

 対して私たち【星の欠片】が求めるのは、滅私奉公の先に花開くであろう誰かの晴れ姿。

 見ればわかる通り、向いている方向が正反対なのです。

 

 一応、【星の欠片】側は他者を優先するため、そういう相手とかち合えば自身ではなく相手に帯同しますが……その場合、流れとしては()()()()()()()()()()()()()という方向になります。

 ……件の『新しい世界の主役を探す』云々の話が機能する形になるわけですが……これ、どう考えてもエスカレートしてやり過ぎるヤツですよね?

 人の欲望に限りなどないのですから、どこまでも進んでいってしまうヤツですよね?

 

 質の悪いことに、ここで対象となる相手はなろう系で、転生系で、ハーレム系であると予想される存在。

 もしまかり間違えば、それらの要素が噛み合ってブレーキが壊れるどころか、アクセルしかない暴走機関車に変貌する可能性も……!?

 

 

「あーうん、あり得なくはないねー。どれか一つの要素だけなら、どこかで精神的なブレーキが掛かるかもしれない。けれど三つとも合わさっているのなら、それぞれがそれぞれのブレーキタイミングでアクセルを踏んでしまう……みたいな状況を引き起こす可能性は十分にある。実際、『星女神』様はその辺の危険性を感じたからこそ、件の少年君の人となりを確かめるために連れ出したわけだしね」

「……そういえば、今のあの子ってまだ()()()()()()から、変な設定が付随してる可能性もあるのかぁ」

 

 

 キーアの説明を聞いた束さんが、嗚呼とため息を溢しながら天を仰ぎます。

 

 ……彼女達の言う通り、あの少年はどこか他の世界から、恐らく()()()()()として連れられてきた存在。

 それはつまり、見方を変えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()である、と認識することもできるわけで。

 

 ええまぁ、彼がそれらの業を発揮するとは限りません。

 ですが同時に、()()()()()()()()()ことは紛れもない真実。

 知識は真に忘却できないというように、一度知った物事は例えその事実を忘れたとて、些細なきっかけで再び想起されうるもの。

 なれば、ふとしたタイミングで自身の行動に影響を与える、という可能性は確かに存在するのです。

 

 

「つまり、世界最後の一人となった彼はそれゆえに滅びの理由を知り、それが世界を滅ぼすに至った理由を知っている。──例えその先にどうしようもない終わりが待ち受けていたとしても、()()を求めることを止めない人の欲の形を知っている」

「それを受けてどう動くか、ってのはその人次第なんでしょうけど──()()()()()()()()()のであれば、滅びに向かうような快楽(それ)を目標に歩み始める、という可能性は決して否定できない」

「寧ろそれは相応に人らしい歩みであるがゆえに……みたいな?……うん、念入りな事前調査をしたくなる、ってのもわからなくもないねぇ」

 

 

 まさかそっち方面で危機が迫っていたとは……と、思わず掻いてもいない冷や汗を拭ってしまうような状況。

 当初は何故いきなり現れた?……と『星女神』様を恨みがましく思ったりもしたものですが、こうしてみると今このタイミングでなければ手遅れだった、と言い換えられてしまいそうです。

 

 なにせ、どう考えてもかの少年の人間性の確認まで、余裕を回すことができない状態でしたから。

 

 

「あのまま話を進めてたら、トラブルは色々あったけど彼に代替わりすることができた、という風に進んで──」

「そこで、迂闊に【星の欠片】を継がせちゃいけない相手だった、なんてことが判明する流れになってたかもってわけだ。……うん、そもそもその辺の判断をできる人ってのがここには居ないし、あの人(星女神)の来訪は必要な出来事だったってわけだね」

 

 

 二人の言う通り、このまま何事もなく進んでいれば、私たちが少年の人間性について思いを馳せることになるのは、恐らく全てが終わったあと。

 引き継ぎを滞りなく済ませたあとに、そもそも彼が人間的に【星の欠片】を任せてもよい存在だったのか、と当たり前の疑問に気付くことになっていたでしょう。

 

 無論、何事もなく引き継ぎが終わる可能性も否定はできません。

 できませんが、現状与えられた情報から精査してみると、十中八九失敗する予感しかしないというのもまた事実。

 

 ゆえに、その辺りの確認を確実に行える『星女神』様と、その来訪は喜ばしいことでこそあれ、決して嫌がったり責め立てたりするような類いのものではなかった、ということ。

 

 

「……後で謝罪しておこう」

「そうですね……」

 

 

 もしかしたら、寝かし付けている間にその辺りの危険性に気付いたのかなぁ……なんてことを思いつつ、未だ散策を続ける『星女神』様へと思いを馳せる私たちなのでありました。

 

 

(──ハーレム主人公系の気質である時点で気にする必要があった、とは言わない方がよさそうな空気ですね──)

 

 

*1
中平正彦氏の作品『STREET FIGHTER Ⅲ RYU FINAL -闘いの先に-』の最終回における伝説的な誤植。及びそれが連載されていたのが『ゲーメスト』というアーケードゲームを主に扱った雑誌。本当は『確か()てみろ』なのだが……。なお、ゲーメストには他にも有名な誤植があり、パロディなどで他の作品に使われていることもある(例・インド人(ハンドル)を右に、など)



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改めて、彼の人間性に触れるべく

 はてさて、戻ってきた『星女神』様から「問題なし、矯正済み」の評を頂くこととなった少年君。

 改めてその姿を見直してみると……なるほど、この時点で創作の存在でないことを疑うような、そんな特異な容姿をしていることに気付きます。

 

 髪の毛の色は、予め述べていたように銀色。

 先ほどまでは閉じられており、今現在は緊張から軽く見開かれた瞳は、赤い色。

 ……類似したキャラクターを挙げるとすれば、『ベル・クラネル』とかになるのでしょうか?*1

 まぁ、彼は他所から連れてこられたばかりであるため、他人の空似以外の何者でもないわけですが。*2

 

 ともあれ、自然な環境で見掛けるような外見ではない、というのは確かでしょう。

 アニメやゲームの中でしか見ないような特異な見た目。

 なにより、二次創作などでよく使われる『銀髪』かつ『性差を見極め辛い外見』。

 ──危惧していた通り、彼の持つ属性に『なろう系』や『成り代わり系』、『ハーレム系』などがある可能性を否定しきれない、ということになるわけです。

 

 

「……ええとその、なにか睨まれるようなことしたかな、僕……」

「いえ、特には。そもそも私の目付きがキツいのはデフォルトなのでお気になさらず」

「そ、ソウデスカ……」

 

 

 で、当の少年本人の反応はというと。

 毒舌幼女系のキャラとしてメイキングされている私の視線を受け、彼はたじたじといった様子。

 とはいえ脳内でどう考えているか、までは把握しきれないため……例えば『この子は毒舌系ツンデレかぁ……』みたいなことを考えている可能性も、十分にあるでしょう。

 

 言い換えると、自身を主人公として周囲の女性達を攻略対象と見ている、みたいな?

 ……そこまで露骨なことを考えていなくても、好意的な反応を引き出したい、みたいなことを考えている可能性は否定しきれないでしょう。

 本来それは相手と仲良くなりたい、というよい感情の発露ということになるのですが……状況がよろしくない。

 

 現在この場所は他の世界とは時間の流れが違う──言い換えると隔絶された世界、ということになります。

 それが、彼の代替わりのタイミングでは外の世界と同期することになる……。

 

 それだけならば、まだ大した問題ではなかったのですが。

 ここで気にするべきは、外の世界に転がっている願い──もとい【兆し】。

 バレンタインにしろホワイトデーにしろ、『そんなものはクソだ』と感じる人は少なくない。

 その理由も多岐に渡るけれど──今この場、もとい外の世界で強い影響力を持っているのは嫉妬……すなわち『自分もモテたい』『彼女が欲しい』などの感情。

 

 それが彼という存在に触れると、最悪彼に()()()()()()()()()()()()()()、などという事態に発展する可能性があるのです。

 もっとわかりやすくいうと、『ハーレム系主人公になりたい』という願いが【継ぎ接ぎ】される可能性がある、というべきでしょうか?

 

 確かに私は、『クラウン・クラウン』の能力で他者に強要するのは難しいと言いました。

 高々恋愛程度の結び付きでは、相手を圧倒的上位者に据え置くことが不可能に近いと考えていたから、です。

 

 ──ですがもしそこに、恋愛底辺者としての属性が付くのであれば?

 誰にも相手にされず・気にされず・蚊帳の外にされ続けた者達の怨念が、自身の前世として認識される(実際に前世である必要はない)とすれば、どうか?

 ……答えはありうる、寧ろその危険が高いとなります。

 

 というか、『星女神』様が【星融体】でになることを疑っている、というのが宜しくない。

 今までの例を思い出せばわかるでしょうが、【星融体】は【星の欠片】が他の人と混ざった状態。

 言い換えると【星の欠片】を道具として扱える状態に近いのです。

 これが危険であるというのは、【星の欠片】が持つ性質を思えばすぐ理解できようというもの。

 世界を終わらせる一歩手前みたいなものなのですから、その危険性は折り紙付きなのです。

 

 ……いえまぁ、この言い方だと既存の【星融体】まで危険である、と述べているようなものなので訂正しますけど……。

 要するに、【星の欠片】を恣意的*3運用できるような状態である、ということ自体が問題なのです。

 

 本来、【星の欠片】は自分のための行動を起こせない存在。

 あくまで他者のため、他人のために自身を捧げ尽くすことこそ存在意義、みたいなもの。

 それを、【星融体】はあっさりと曲げてしまえる。

 何故なら彼らは【星の欠片】が付随したような存在、本来制約として設けられている『自身のためには使えない』という縛りを『私たちは【星の欠片】ではない』という屁理屈で乗り越えられてしまう。

 

 ゆえに、彼らは本来の【星の欠片】とは別方向に危険なのです。

 自身のために動けてしまうため、ストッパーもなしに世界を滅ぼしうる能力を振るい続けられてしまうのですから。

 

 その点を踏まえた上で、もし仮に目の前の彼が【星融体】になり、かつ恋愛底辺者達の怨念が【継ぎ接ぎ】されたのであれば。

 彼はその容姿などの類似性により、例え本当はそうでないのだとしても『ハーレム願望を持つ少年』になってしまう。

 そしてその結果、本来機能しないはずの『クラウン・クラウン』の対上位者判定が機能し、周囲の女性達をまとめてメロメロにしてしまう……と。

 

 一応、【星の欠片】の共通ルール──『自身より小さい相手には能力が伝播してもすぐに解除される』による回避は可能でしょうが、それ以外の相手はみんな下手な二次創作みたいなことになる可能性大です。

 そりゃもう、警戒した視線を向けてしまうのは仕方のないことと言いますか。

 ……いえまぁ、『星女神』様から『問題なし』のお墨付きを貰ってはいるんですけどね、今の彼。

 

 

(……ただ、あくまで()の彼が、なんですよねぇ)

「???」(じっ、と見つめられて困惑している顔)

 

 

 それでも不安に感じてしまうのは、そのお墨付きがあくまで現時点までのモノであるせい。

 下手に可能性を狭めると後々なにが起こるかわかったモノではない……ということで、基本『星女神』様は()()ができたとしても、未来を定めてしまうようなことはなさいません。

 

 ゆえに、彼には常に変貌の可能性が付き纏う。

 特に、危険であるのが引き継ぎのそのタイミングである……というのが、この場での対応の難しさを物語ると言いますか。

 

 はてさて、どうしたものか。

 とりあえず、当たり障りのない程度に対応をしておく、というのが無難ではありますが……。

 

 

「……いえ、そういうの私の役目ではありませんね。貴方には変わらず厳しく対応しますので、精々頑張って鍛えてくださいね」

「え?な、なに???」

「よくわかんないけどごしゅーしょーさまー」

 

 

 ……初対面での印象は中々変え辛い、ともいいます。

 であれば、ここから親しげに振る舞うのもまた違うでしょう。

 変え辛いということは同時に、それを維持することが難しくないということと同義であるわけなのですし。

 

 そんなわけで(?)、私は彼に対し変わらぬ態度で対応することを誓い、彼を困惑させることとなったのでした。

 

 

 

 

 

 

「……嫌いは好きの裏返し、ってことで自分に執着でもしてくれれば対処しやすくなって儲けもの、みたいな感じかな?」

 

 

 我が分身ながら、なんというかクレバーな判断である。

 ……いや、本当に無茶苦茶やるね君?一応分身って扱いなんだから、もうちょっと自重するべきなんじゃ?

 

 そんなことを思いながら、少年とあれこれ会話している分身(わたし)の様子を窓越しに見ている私である。

 ……え?お前はなにやってるんだって?

 ははは、目の前にいるささらさんと『星女神』様見ればなんとなくわかるでしょう?臨時の【星の欠片】会議です(白目)

 

 

──ふむ──

「え、ええとぉ~そのぉ~」

 

 

 間延びした声は変わらないが、その響きが明らかに憔悴しているささらさん。

 ……彼女の発言を信じるなら、彼女はギリギリ【星の欠片】である、みたいな存在。

 そりゃまぁ、平社員が社長と対面しているようなものなので、圧倒されるのも仕方がないのだけれど……。

 

 うん、なんというかこう、それだけじゃないっぽい気がするねこれは。

 

 

──それで、上手く行きそうかしら?──

「ど、どうでしょ~?今のところはぁ~問題ないと思いますがぁ~……」

──そう、それはよかった──

 

 

 ……圧迫面接かな?

 決して直接問題に触れることはなく、されどなにかを知っているという事実だけは匂わせるその態度。

 生きた心地がしない、とか言い出さないだけ中々強心臓だなぁ、なんて思ってしまう私だけれど……。

 

 

──そうね。とりあえず、ここは帰るとしましょう──

「えっ」

──なんとかなるでしょう?ここまでお膳立てしたのなら──

 

 

 もし(かのじょ)に会ったのなら、いい加減顔の一つくらい見せなさいって伝えておいて……という言葉を置いて、あっという間に消えてしまう『星女神』様。

 ……ええと、やることはもうやった、みたいな扱いってことなのかな、この場合って。

 

 思わず困惑する私の耳に、響いてきたのはばさりと物が倒れるような音。

 視線を音の発生源に向ければ、そこには笑みを張り付けた状態で膝から崩れ落ちているささらさんの姿があった。

 ……うん、これはあれだな。限界(キャパ)を越えてしまった状態ってやつだな多分?

 

 

「……なにを隠してるのかは知りませんけど、よかったですね悪いことって判断されなくて」

……明日と言わず死にそうです……

 

 

 ……うん、これはしばらく休まんとダメなやつだね。

 仕方なく、彼女が復帰するまでその面倒をみてあげることにした私なのであった……。

 

 

*1
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の主人公。ネット小説(arcadia)を起源に持つため、広義()の『なろう系』に当てはまらなくもないかもしれない(揶揄される方の『なろう系』は、基本的にネット小説全般に対してのレッテルのようなものである為)。見た目からウサギなどと呼ばれることもあるが、主人公らしい性質も持ち合わせるハーレム志望(本人が言ったこと。但し育ての親から受けた薫陶によるものであり、本人はわりと奥手)

*2
一応能力の名前の元ネタ?に当たるアレン・ウォーカーにも似ていると言えなくもないかもしれない

*3
思うがまま、自分勝手に……というような意味合いの言葉。対義語である『機械的』『規則的』を考えればわかるが、ルールなどを無視して動いているというような意味合いもある



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さぁ上げましょう熱狂的なダンスの幕を()

「……そろそろ、かな?」

「なんだか長いような短いような、微妙な気分になる時間だったね……」

 

 

 はてさて、ホワイトデー前の準備の全てが完了し、いよいよそのタイミングを待つだけとなったわけだけれど。

 感慨深くもあり、はたまた危険を感じる部分もあり……とにかく、短いながら濃厚な時間であったことは間違いあるまい。

 

 無論、それだけの甲斐あって大抵の問題に対する準備はできた、と自負しているけれど……世の中、突拍子もないことが起きて予定が狂う、なんてことが()()調()()として語られていたりするわけで。

 ゆえに、その辺りも含めて警戒を続けている、みたいな感じになっているのであった。

 

 ……まぁ、不安要素を二つも抱えているので仕方ないところはあるんだけど。

 一つ目は、なにかを隠しているささらさんの存在。そして二つ目が、状況証拠が危ない少年君の問題。

 これらは早期解消したくてもできなかった、今回の一件の根本問題。

 ……『星女神』様が問題ない、とお墨付きを下さったので大丈夫だとは思うんだけども、それも視野が広い彼女のことなので、もしかしたら「なんやかんや起こるけど今の状態なら丸く収まる」のでオッケー、みたいなことである可能性も否定できない。

 というか、試練を与えるものとしての彼女の性質を思うと、まったく波風たたずにことが終わるとはどうしても思えないわけで。

 

 

「……結果、よーく注意するしかないっていう原初的な対策に立ち戻っちゃうのよねぇ」

「そもそもあの二人が話に絡んで来る、ってこと自体イレギュラーだから仕方ないんだけどねー」

 

 

 実際、問題解決を願うのであれば、今さら彼女達二人を外すのはナンセンス。

 下手に聖杯が成立してしまうタイミングを狙うよりも、そこを狙ってこっちに放り投げる方が幾分成功率は高く、仮に失敗しても最悪こっちの時間遡行に巻き込んでやり直す、みたいな形でテイクツーを狙う筋もある。

 

 ……その辺りのお膳立てされてる感じが、なんというか不安を煽るのも事実だけど……気にしすぎ、の線もあるのでなんとも。

 

 

「とにかく、頑張ってね束さん。基本的に全権委託する形になるから、貴方の戦術眼に全てが掛かっていると言っても過言じゃないんだから」

「……今からでも変えられない?そこ」

「束さんが今から【星融体】になる、ってんなら代われるかもよ?」

実質無理って言ってるようなもんじゃんバカー!!

 

 

 ともかく。

 今回の作戦の成否は、束さんの見極めに掛かっていることは事実。

 それゆえ、彼女にはその部分の自覚を促すような言葉を投げ掛けたのだけれど……うん、自覚しすぎて逆に枷になってるかも?

 

 そんなことを思いながら、決戦までの時間をゆるゆると過ごす私たちなのでありました……。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこうなったー!!?」

「うわぁ」

 

 

 はてさて、いよいよホワイトデーランキング、発表の時。

 結局場所を占領された形になった商店街の人達は、別の場所で表彰を行うことにしたようで。

 ……で、一位となったのはラットハウス……ではなく、別の洋菓子店。

 男女問わず全体的な好評を得たようで、圧倒的……というほどではないものの、良い感じの表差でトップになったのだそうな。

 

 なお、我らがラットハウスは大体十位くらいとのこと。……接戦だったようで、同率八位が複数存在した結果こうなったのだとか。

 ……この辺りは全部外にいるキリアからの連絡によって判明したものであり、全て伝聞となるわけだが……。

 

 

「……聞いてるだけだと、最初の作戦が上手く行ってるのかどうかわからないわね?」

「まぁうん、ルドルフによる汚染作戦とか、全部外の人達に任せきりになっちゃったからね……」

 

 

 隣で空き地の保護に能力を行使しているしのちゃんが、こちらの言葉を聞いて眉根を寄せる。

 

 ……得られた情報だけだと、このまま作戦を決行していいものか判別が付かないためだろう。

 ラットハウスが八位というのも、モブ少女達がしっかり集まったかどうか判別に困る順位、というか。

 そもそもラットハウスにモブ少女を集めるための策自体、オグリとルドルフの関係性を彼女達に伝染させ、安全かつ確実に彼女達だけを誘き寄せる目的だったわけだし。

 

 一応、外のキリアから伝え聞いた限りでは、BBちゃんやマシュを筆頭に作戦は決行され、十分な成果を得られたとのことだけれど……うん、実際に目で見て確かめたわけでもないので、微妙に判別し辛いというか。

 ……うん、見て確認できないのが痛いよね、やっぱり。

 見ることは相手と繋がりを得ること、ゆえにそれは隔たった二つの世界を繋げることになる……という問題ゆえに、【虚無】以外の伝達手段を使えない以上仕方ない話なんだけどさ?

 

 とはいえ、ここでぐちぐち言っていても仕方ない。

 外にいるキリアが問題ないと言っている以上、こっちはそれを信用して動くしかないのである。

 

 ……ってわけで、タイミングを見計らって動いた結果が、冒頭の台詞である。

 はっはっはっ、やっぱりトラブル発生のお知らせでやんの(白目)

 とはいえそのトラブルは、当初予定して……予想して?いたものとは些か趣を異にしていたわけなのだが。

 

 

「こ、これはまさか……」

「いやでも、そうとしか言いようがない……考えてみれば、その兆候はあったんだ」

 

 

 思えば、()()なるフラグはそこらに転がっていた。

 例えば、『tri-qualia』内で出会ったビィ君──()()()()()()()()()()()の跋扈。

 例えば、かつて同じような状況で現れた存在達──嫉妬という感情が凝り固まり、巨大な生命体として現れたハクさんやビワ。

 

 それらの事前情報が、微かながら現状を予測するための糸口になりうるものとなっていたわけだ。

 ……え?勿体ぶるのは止めて現状を端的に話せ?では遠慮なく。

 

 ──それは、男達の嫉妬心が集まったもの。

 元々それを無害な形で処理するため、様々な策が講じられたことを思えば当たり前の話であるのだが……嫉妬心、というものに含まれている()()()()()こそが重要であった。

 

 嫉妬とは、自身より優れたもの・優位なものに抱く感情。

 つまりそこには必ず()()()()()()が含まれるのである。

 相手を羨む心──羨望。それはすなわち、自身もそうなりたいと願うもの。

 言い換えるなら、そう──()()()()

 

 

「誰かに愛されたい、なんてのはまさに承認欲求そのものだよね。それが満たされないと知っているから、それを満たしている相手に嫉妬を──羨望を抱く」

「嫉妬する心には承認欲求もセットだってこと?」

「そういうこと。相手を羨む必要がないなら、そもそも嫉妬する必要なんてないからね」

 

 

 自分にないものが、全て羨ましいなんてことにはならないだろう。

 自分が得られないなにかを、相手が持っているなにかによって得られていると確信する時、人はその相手に嫉妬するわけなのだから。

 ……まぁ、自分には必要のないもの・意味のないもので評価されている相手にも嫉妬心は発生するため、そこまで単純な話でもないのかもしれないが。

 

 ともかく、嫉妬心と承認欲求が裏表の存在、ということはほぼ間違いあるまい。

 それを前提に、承認欲求という言葉を思い浮かべた時──なにか、引っ掛かるものはないだろうか?

 心が──【兆し】が集まって巨大な生命体として顕現する、という話を先ほどしておいたことで、脳裏を過る存在がいないだろうか?

 

 

「……ありゃぼっちちゃんだけのものかと思ってたんだけど、なるほど。()()()()()()()()()()として処理されてるってわけか」

「言ってる場合かー!?どうすんのこれー!?」

「どうするって……どつくとか?」

「はー!?」

 

 

 そう、それはとあるキャラクター(ぼっちちゃん)が、己の精神世界で産み出した悲しきモンスター。

 その名を、承認欲求モンスター*1。この場合は、渇愛モンスターとでも呼ぶべきか?

 ともかく、他者への嫉妬心の塊であるそれは、少年に触れることでもっと原始的な欲求に──()()()()()()()()()()()()()()という形で暴走。

 

 結果、元ネタ?に倣いゴジラめいた存在と化した少年は、まるで怪獣映画の如く周囲の街を襲撃し始めたのであった。

 ははは、もう収拾付かねえなこれ?(白目)

 

 

「しっかりしろー!?一応まだ向こうの世界には行ってないんだからなんとかなるでしょー!?」

「つってもなー。聖杯相当のエネルギーを暴走させてるから、足止めも中々……どつくだけならなんとかなるかもだけど、最終的にどうなるかわから……いや待てよ?銀髪っぽい髪の色でゴジラもとい竜に変身する……?」

(……あ、なんか変な解決方法思い付いた顔してる)

 

 

 こちらの肩を揺すり、対応策を出せと吼える束さんに、無理じゃねーかなーと答えかけた私は、しかしてそこで妙案を思い付いたのでありました。

 

 

 

 

 

 

「で、そのあとなんやかんやあって上手いこと【星融体】に仕立て上げた『クラウン・クラウン』ことジーク・クラネル君です。よろしくね」*2

「……なに言ってるの????」

 

 

 その後、上手いこと要素を掛け合わせまくって出来上がったジーク・クラネル君と、その横で嬉しそうに彼の隣に侍るささらさんという二人をゆかりんに紹介したのだけれど。

 ……うん、これはあれだな、胃が死んで脳がフリーズしてるやつだな。私もそうだったからよくわかる(白目)

 

 

*1
現代社会に蔓延る悲しきモンスター。誰かに認めて欲しい・愛されたいという欲求が暴走した存在。鳴き声は『いいねくれー』。見た目の元ネタは『ぼっち・ざ・ろっく』の主人公、ぼっちちゃんが発現させたそれ

*2
『fate/apocrypha』の主人公、ジーク君のこと。本来彼の髪の色は茶色なのだが、FGO実装の時点では銀髪に近くなっている(恐らく後天的な変化)。竜へ変身し、聖杯に関わりがあること、及び一時期ジャンヌの相手役ということで一部の人間からアンチ活動をされていたこと(≒羨ましがられていたこと)などが今回の要素の【継ぎ接ぎ】の切っ掛けになったとかなんとか。無論元々の予定?だったベル君も混じっている



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幕間・彼はどういう少年か?

 はてさて、なにごともなかった……とは言い難いものの、近年の類似イベントを比較すると幾分穏当に終わったと言える今年のホワイトデー。

 その戦利品?……的な存在であるジーク・クラネル君へ、現在インタビュアー達が突撃しているのであった。主に()()ほど。

 

 

「いや、私は別にどうでもいいんですけどね?ただこっちの聖女様が、一応気になるから話を聞いておきたいって……」

おおおおオルタ!?そこは内緒にしておいてくださいって言ったじゃないですか!?」

「知らないわよそんなの……」

 

 

 まず一組目、ジーク君と聞いていても立ってもいられなかったらしいアクアさん&オルタペア。

 ……隣にずっといるささらさんを前にしてなにか言いたげな表情だったけど、ささらさん本人が私の話は後でと主張しているため現状先送りである。

 

 

「いや別に、僕だって別段気にしてないというかなんというか……」

「ダメですよヘスティア様、そんなこと言って。随分と気になさっていたじゃあないですか」

「え、エウロペぇ~……!」

 

 

 二組目、ベル君と(ry。

 こっちはエウロペ様に連れられての登場である。

 あと、こちらも彼の隣に立ってニッコニコしているささらさんを前に、なにか言いたげな顔をしていたけれど……やっぱり『後で』と躱されていたのだった。

 

 ……はい。

 そんなわけで、【星融体】として巻き込まれたっぽいキャラクター二人に関係のある人物達*1が、こうして集まってきたわけなのですが。

 

 

「……なんでここでやるのよ!他でやりなさいよ他でぇ!!

「やだなぁゆかりん、話を聞くためにここにジーク君を呼んだのは君じゃあないか」

他の人は呼んでないんですけどぉ!?

 

 

 その場所が何故か()ゆかりんルーム(執務室)である、ということにゆかりんはおかんむり*2なのでありましたとさ。

 ……いやまぁ、昨日の今日ゆえ話を聞くために重要参考人達を呼び寄せた結果、ってやつなんだけども。

 

 うんまぁ、昨日はてんやわんやしてたからね。

 ジーク君要素をあの時の少年君に継ぎ足すためにアクアを探して走り回り、結果それを見つけたのがゆかりんのとこだったからついでにとばかりに彼女を向こうに連れていくことになったりしたし。

 

 ……え?なんでゆかりんまで巻き込んだのかって?偉い人に了承を得る必要があったからですがなにか?

 ほら、現場にいて貰えれば色んな手続きがスムーズに進む、みたいな?

 まぁ、その時ゆかりんからは『許可云々を口約束で済ませようとするなー!!』って怒られたんだけども。

 

 まぁともかく、それでなんとかなるならよかったんだけど。

 そもそも【星融体】はアクアの例を見ればわかる通り、かなり不安定な存在。

 それゆえ安定した存在にするには一手足りておらず、その一手を埋めるために再度誰か良い感じの人はいないかと探しに戻って──結果、ヘスティア様を引っ張り込むことになった、と。

 

 

「つまるところ二人とも話を聞く権利があるというわけで。そりゃ求められたら答えないわけにもいかないですよね、みたいな?」

「そりゃそうだけども……!」

 

 

 まぁうん、ホワイトデー(恋人達のための祭)が終わったあとに、そういう空気感が残るイベント()を再度起こされても困る、という彼女の主張はわからんでもないが。

 でもこういうの後回しにする方が厄介だから、ここで終わらせておいた方がええと思うで?

 ……ってな感じに説得したところ、ゆかりんは渋々といった風に頷いたのだった。

 

 

「はい、お墨付きが出たので話を続けると……今の貴方って『クラウン・クラウン』じゃなさそう、ってのは本当なの?」

「ああ、俺にはよくわからないが……多分、そのクラウンクラウン?とやらとは違うモノになっていると思う」

 

 

 で、改めて彼自身についての話なのだけれど。

 推定『クラウン・クラウン』であったはずの彼は、どうやら詳しく話を聞いた限り()()()()()()らしいのであった。

 

 

「……いや、どういうこと?そのためにあれこれしてたんじゃあ?」

「ささらさんが隠してたのは()()、ってことかなー」

「あははは~……」

 

 

 口頭でしか話を聞いていないゆかりんが疑問符を浮かべ、こちらの言葉を受けたささらさんが曖昧に笑いながら視線を逸らす。

 

 ……先の話をもう少し詳しく説明すると、どうやら『クラウン・クラウン』では()()()()()……というのが正解に近いらしい。

 どういうことかというと、聖杯や【星融体】などの状況を利用して『クラウン・クラウン』を()()()()()()別の【星の欠片】にすることこそが彼女の目的だった、ということになるというか。

 

 わかりやすくいうと、彼女は『クラウン・クラウン』を誕生させないようにしていたのである。

 

 

「そもそも彼女が『パレード・メイク』としてあったこと自体、『クラウン・クラウン』生誕の阻害であったというか」

「……えーと、話がややこしくなってきたんだけど。つまりどいうこと?」

「彼女自身、ここで『クラウン・クラウン』が生まれるのはヤバいって思ってたってこと」

「……んん?」

 

 

 こちらに真意を掴ませない立ち回りゆえ、終わってからでないと気付けなかったが……彼女は新しい【星の欠片】の生誕は求めていても、それが『クラウン・クラウン』であることは求めていなかったのだ。

 それを如実に示すのが、()()()()()()()()()()()()()()()という部分。

 

 

「【星の欠片】が究極的には現象の名前であるってのは言ったと思うけど、そうなると彼女が【星名】を得てるのはおかしいって話になるんだよね。本来【星名】は()()()()()()()()、その時点でなにかしらの能力があることを保証するモノなわけなんだから」

 

 

 言い換えるなら、【星屑】の段階で【星名】を持っているのはおかしい、となるか。

 何故かその違和感をスルーしてしまっていたわけだけど……それに関しては多分、『月の君』様がなにかしていたのだろう。

 

 ともあれ、【星屑】の状態で【星名】を得ているのがおかしいのだとすれば、ここで考えられる答えは一つ。

 彼女は一度【星の欠片】として成立したが、恐らく『月の君』様の力によって【星屑】に戻されたのだろうということ。

 ゆえに、既に得ていた【星名】は残りっぱなしだし、それ由来の能力も消えてしまっているのだ。

 

 

「……そういうのありなの?」

「そういうのがありなのがあの方達なので……」

「理不尽~」

 

 

 うん、理不尽だよね。

 でもまぁ、その理不尽が人間に対して向かないだけマシだと思うべきなのが彼女達というか。

 そもそも区分の上では私もその理不尽に含まれる側なのであんまり大きなこと言えないし。

 

 ともかく、ささらさんが退化した【星の欠片】であるとするならば、それがもたらす効果というのは一つ。

 そもそもに同じ世界には現れることがほぼない他の【星の欠片】、それを同属性()で埋めることで確実なモノにする、ということになる。

 

 

「代替わりが必要、って時点でわかる話だけど……同じ【星名】を持つ【星の欠片】っていうのは、基本的に同時には存在できないわけ。……()()を既に知ってる時点でこういうこというのはあれなんだけど……まぁ、なにより強く特定の【星の欠片】を降臨させないように働く、ってのは間違いないわけ」

「例外って?」

「『星女神』様と『月の君』様」

「……初手例外ってわけね」

 

 

 まぁ、あの二人も現在は別の【星名】なのだが、その辺りはややこしいので割愛。

 ここで必要なのは、余程特殊な環境・状況でもない限り同じ【星名】の存在は同じ世界に現れられないということ。

 

 そしてもう一つ必要なのが、【星の欠片】は()を産み出しやすいという情報。

 

 

「……そっちは初耳だけど?」

「産み出しやすいって言っても、新しい【星の欠片】の発生に他の【星の欠片】が関わっている場合……みたいな大分限定される条件下の話だし、そもそも最初代替わりって話だったから該当する話だとも思ってなかったから……」

「それで説明しなくていいと思ったって?……で、今の感想は?」

「……知ってる人が多いとその現象が優先されるきらいがあるから、みんながみんな知ってる必要はないってことで」

「ほうほうなるほど?……上司にくらいは説明しとけー!!

「ひぃー?!」

 

 

 いやしゃーないやん!

 知ってる人が多いのよくないって基本情報の上、私自身そのタイミングにならないと思い出せないことも多いんだもの!

 なんでかって?わざわざノートに書き出してるって時点で、常日頃覚えている知識である必要がないからだよ!

 まぁノート見ると(色々な意味で)頭が痛くなるから、基本的にあんまり見返さないんだけどね!!

 

 まるで開き直ったかのような私の言葉に、ゆかりんの怒りが再度噴火するのは既定路線なのでありました……。

 

 

*1
それぞれアクアもといジャンヌがジークの、ヘスティアがベルの関係者となる。特にヘスティア様は今までほんのりと探していたベルが、こんな形で自身の前に現れたことに複雑な想いを抱いているとかなんとか

*2
怒っていることを示す言葉。語源はまさに『冠』、頭に被るそれ。昔の貴族が被っていたそれは色で階級などを示すものであったが、そこに『目上の人間に文句を言うことはできない』という状況が重なり、頭の上の冠を曲げる(ずらす)(≒礼を欠く)ことで不満の表現とした、という話がある。それが『冠を曲げる』という単語であり、『おかんむり』とはそれが短縮されたものなのだそうだ



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幕間・だから彼はなんなのさ?

「……へい、毎度の如く反省を促されている私ですが、これに触れると話が長引くのでスルーしましょう」

「は、はぁ……?」

 

 

 早速新人二人を困惑させることになっているこの現状、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 私は最近正座状態での浮遊に慣れすぎて危機感を覚えている真っ最中にございます()

 

 ……とはいえその辺りに触れると、また話が長引く可能性大なのでスルーするとして。

 改めて、現在の少年の話について戻ると。

 彼が【星の欠片】の一つである『クラウン・クラウン』ではなくなった、というのが前回の話。

 そこから、恐らく性質としてその対になるような【星の欠片】として新生した、と思われるというのが今回の話である。

 

 

「より正確にいうと、【星の欠片】の誕生に他の【星の欠片】が関わっている場合、自身を補うような存在を産み出しやすいって話だね。……まぁ基本的に他の【星の欠片】が他の【星の欠片】の生誕に関わることなんてほとんどないから、確率的には天文学的な部類になるんだけども」

「まぁ、発生に世界の滅びを必要とするって話だから、そんなものぽんぽん出てくるわけもないってのはわからんでもないけどさー」

「そうそう、そうなんだよ束さん」

 

 

 ……なお、前回説明していなかったけど、当事者組に含まれるため束さんとしのちゃんは引き続き一緒である。

 ってなわけで、彼女達にもわかるように説明すると。

 

 本来【星の欠片】が生まれる時、というのは世界の滅ぶタイミング。

 ……まさにその瞬間、ってわけじゃないので猶予はあるけれど、そもそも一つ【星の欠片】が出現していれば他の【星の欠片】は出てこない、というのが基本ルール。

 それもあいまって、この『誕生時に他の【星の欠片】がいると性質を左右される』というルールは、基本的に日の目を浴びることのないまま埃を被っているのが普通、となるわけなのだ。

 

 

「まぁ、今回はささらさんがそれ目的であれこれやった、ということになるわけなのですが」

「『クラウン・クラウン』がこの状況で成立するのはよくない、って思ったからよね?」

「その辺りもややこしいんだよねー……」

「ん?どういうこと?」

 

 

 確かに、あのタイミング──ホワイトデーによって発生した嫉妬やなにやらが集まっているタイミングで『クラウン・クラウン』が成立する、というのが危険なのは間違いない。

 ……間違いないんだけど、極論言うと別にあのタイミングを狙う必要なかったんじゃないかなー、というか?

 

 

「……前提からひっくり返そうとするの止めない?」

「代替わりに必要なエネルギーの確保に聖杯クラスのエネルギーが必要、って話だったじゃない」

「そりゃそうなんだけど。……予め『月の君』様が関わってる以上、その辺りの危険性って事前予測できてる方が普通じゃない?」

「……なるほど?」

 

 

 今回の話に『月の君』様が関わっている、というのは既出情報である。

 それを元に話を再考すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになってしまうのだ。

 一応、世界崩壊級のエネルギーなんて早々確保できるわけもなく、ゆえにこのホワイトデーを利用するのが一番早くて確実、というのは確かだろうけど……。

 

 

「逆をいうと、()()()()()()()()()()()んだよ。直近でここ以外にいいタイミングがないってのは確かだろうけど、同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだから」

「あー……そういう?」

 

 

 確かに、今回のホワイトデーはお誂え向きのタイミングであったことは確か。

 ……確かなんだけど、言ってしまえば今回の聖杯は汚染されたもの。

 汚染の方向性によっては問題なかったかもしれないけど、今回のそれは『クラウン・クラウン』に思いっきり悪影響を与えるタイプの汚染だったわけで。

 その上【継ぎ接ぎ】から【星融体】への変化が誘発される恐れもあるとなれば、その危険度はまさに極大値。

 

 普通の考え方なら、このタイミングは避けるべき……となるはずというか?

 特にささらさんはこの時、ろくに能力も使えない状態だったわけだし。

 

 

「第五次聖杯戦争では裏切りの魔女(メディア)が勝ち残れば汚染された聖杯も浄化して使える……みたいな話があるけど、その時のささらさんにはそんな器用な真似はできなかったはず」

「……上手く使える保証がないから、そんな危ない真似は避けるでしょう……ってこと?」

「まぁ、端的に言うとそうなるね」

 

 

 しのちゃんの言う通り、あきらかに暴走するのが目に見えているのだから、特に必要がなければこのタイミングは避ける……というのが普通だろう。

 エネルギーの確保に難儀するとはいえ、それでも失敗しても成功しても世界が終わりそうな選択肢は選ばないはずだ。

 

 ──ということは、だ。

 逆説的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるのが普通、となるわけで。

 

 

「それがなんなのか、ってことになると……()()()()()()ってことになるんだよね」

「え?今更ながらに貧乏神宣言?」

「誰がトラブルメイカーじゃい」

 

 

 いやまぁ否定しきれんけども。

 ……ここで言いたいのは、自分だけでは賄いきれない労力を補填するあてが出来た、ということの方なわけで。

 

 

「最善を尽くすならそれこそ『月の君』様や『星女神』様、それからキリア辺りに頼むのが筋なんでしょうけど……そもそも最初に『月の君』様の助力を得ている時点で『星女神』様からの助力は期待できない……というか、下手を打つと八つ裂きにされる可能性大だし」

「や、八つ裂き!?」

「穏やかじゃないですね……」

「いやまぁ、『星女神』様からすれば『あの人なに企んでるんですか吐きなさい』って感じでしかないだろうから……」

 

 

 突然の八つ裂き宣言に驚くヘスティア様&アクアだが、とはいえこれは冗談でもなんでもない。

 

 今回は運良く難を逃れたみたいだけど、もし彼女が対応をミスっていればその時点で彼女は消し飛んでいた可能性大なのである。

 ……まぁ、この場の彼女が消し飛ぶだけで、どっか遠いところでリポップするからこその対応でもあるわけだが。命が軽いって怖いね()

 

 ともかく、『星女神』様が頼れないとなると今度はキリアの番になるわけなのだけれど……。

 

 

「『あの二人の痴話喧嘩に私を挟もうって言うの!?断固抗議するけど!?』って断られると思います(真顔)」

「痴話喧嘩扱いなのね……」

「ただでさえこっち来てからそれに巻き込まれっぱなしだから、余計に嫌がると思うよ?」

 

 

 人の恋路は犬も食わない、みたいな感じ?

 まぁともかく、『月の君』様が関わっている案件に触れるとか、キリアからしたら見えてる地雷以外の何物でもないわけで。

 ゆえに、今回の一件に関しては今程度の関わりが限度になるだろう。

 それじゃあささらさんの目的を達成することはできない……。

 

 

「で、そこで私の出番?ってわけ」

「……貴方は痴話喧嘩云々はなんでもないの?」

「ははは黙秘ー。……一応弁明しておくと、これに関しては呆れしかないとだけ」

「……はい?呆れ?」

 

 

 私の返答にゆかりんがすっとんきょうな声をあげるが……しのちゃんやアクア辺りはどういう意味なのか気付いた様子。

 彼女とは違って、こっちに向けられたのは哀れみの視線なのであった。……よせやい照れるだろ(白目)

 

 まぁともかく、私の場合あの二人の痴話喧嘩を怖がることはない、というのは間違いない。

 なので、この環境下でささらさんが手を借りれる相手というのは、必然的に私一人になっていたわけである。

 

 

「ゆえに、私が問題解決に出てきているこのタイミングを逃すとささらさん的には痛いどころの話では済まなかった、ってわけ」

「なるほどねぇ……で、理由ってのはそれだけじゃないんでしょ?」

「ゆかりんするどーい。……対を生みやすいって言ったけど、だからって本当に対が生まれるとも限らないんだよね」

「んん?」

 

 

 はて話は戻って『対』云々の話。

 誕生のタイミングで他の【星の欠片】が関わっていると、その対となる存在が生まれやすいとの話であったが。

 とはいえこれ、確率的には五分五分なのが六対四程度に傾くくらいの影響しかなかったりするのだ。

 言い換えると『確実』と言えるほどのモノではない、ということになるか。

 

 

「で、それとは別に。世界が滅ぶ際に現れる【星の欠片】っていうのは、その時の滅びの要因に関連するものになりやすい、って性質があるわけ」

「私であれば、()()()()()()()()()()……みたいな感じ、ということですね?」

「そうそう、そういうの」

 

 

 その性質が強く出ているのがアクア達の元となった【終末剣劇・壊滅願望】。

 アクアの場合は『ノアの大洪水』級の水害を、オルタの場合は『ラグナロク』級の火災を元にしている……みたいな感じだ。

 

 で、今回の場合、聖杯によって引き起こされるだろう滅びというのは、モブ少女達のエネルギー変化による周囲の無差別昇華──()()()()

 

 

「そうして生まれたエネルギーに、誰かが祈りを込めることで滅びの要因になる……と考えると、あの場で起きるはずだった滅びっていうのはその()()()()()だった、ってことになる」

「……つまり?」

「消費しきれないエネルギーが爆発を起こす、って想定だったけど……()()()()()()()()()()ってことを思えば、それを消費しきれそうな祈りが一つあるでしょ?」

「……モテない奴らの僻みかー!」

「そういうことー!!」

 

 

 そう、あの場で起こりうる滅びというのは、ハロウィンの再演ではない。

 どちらかといえばクリスマスの──嫉妬にかられた男達の僻み・妬み・嫉妬が形を持ち、全てのリア充を滅ぼしに掛かる……そういう類いのものだったのだ。

 

 

「つまり、あの環境で生まれる【星の欠片】もそれに関連したモノになる。言い方を変えると()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになるわけ」

「なるほど……でもそれだけだと問題しかなくない?」

「そこで、さっきの『対』云々だよ。この概念の優先度はそう高くないけど、それでも表を裏に、裏を表にするくらいにはパワーがあるんだ」

「……ということは」

 

 

 そう、妬み嫉み──弱者の羨望を元にした滅びであるなら、そこから生まれるものは『クラウン・クラウン』にほぼ固定される。

 ()()()()()()()()()()()ためのきっかけこそ、『対』の概念。

 

 自分という存在(支点)で『祝祭』が現れる可能性を減らし、かつ状況的には『祝祭』しか産まれないような環境を用意し。

 最後は『対』の概念という棒で、梃子の原理の如く生まれるものをひっくり返す。

 

 そう、このタイミングでないといけなかった理由。

 それは、既に『祝祭』がいるのに『祝祭』が発生しうる状況であり、かつそれを手伝ってくれるだろう()という人員が揃っているのがこのタイミングしかない、というのが答えだったのだ。

 

 



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幕間・だーかーらー、彼は一体なんなのー!?

「なるほど、このタイミングを逃すと無理があった、っていうのはよーくわかったわ。……で、結局この子はどういう存在なのよ?」

「『クラウン・クラウン』の対──王に物言う道化の反対、ってことだから……」

「素直に考えるなら、道化に話し掛ける王様の側……みたいな?」

 

 

 はてさて、ささらさんが頑なに今回のタイミングを逃さなかった理由がわかったところで、改めて少年──ジーク君の能力について。

 

 本来彼が変貌するはずだったのが『クラウン・クラウン』。

 道化の立場から、王へと諫言を──聞き逃せない、ある種命令のようですらある言葉を投げ掛けるものだったわけだけど。

 先ほどから述べているように、ここに至るまで積み上げられてきたフラグは、彼がそれの対になるようにと仕組まれていたわけで。

 

 となると、そうして現れた【星の欠片】は恐らく本来の性質の反対──弱者による逆襲ではなく、強者が当たり前に行う圧政のに関わるもの、ということになるのではないだろうか?

 ……いやまぁ、圧政というのはちょっと言葉尻が強いので、強制とかに言い換えた方がいいような気もするんだけども。

 

 

「敢えて言うなら、王たるものが当たり前に備える威風……に関わる技能って感じ?」

「……なんか、その話だけ聞いてると【星の欠片】とは噛み合わなさそうな感じが凄いわね」

 

 

 私の告げた言葉に、オルタがそう反応する。

 

 ……確かに、【星の欠片】というのは弱者の理論のこと。

 その理論にほど近い性質を持つ『祝祭』の対……となると、どうにも今の彼はおかしな存在になっていそうな予感がする、という感想も不可思議ではあるまい。

 なので、ここで言えることは一つ。

 ここで言う『王』というのは、一般的に思い浮かべるそれとは異なるものである可能性が高いということだ。

 

 

「……と、いうと?」

「例えば、お飾りの役割だったとしても王は王でしょ?……虚構の王、とでも言えばいいのかな」

「なるほど。王より強い発言を持つ道化の対になるのは、民より弱い発言しかできない王様ってことか……」

 

 

 そもそも、元となる『クラウン・クラウン』が主従を逆転したような──道化の言葉に踊らされる王を生み出すような存在だったのだ。

 ならば、それと対になるように生み出された今回の【星の欠片】も、それに倣うような性質を持っている……と考えるのが当前だろう。

 

 そこから導き出された答えというのが、お飾りの王。

 自らの意思で話しているように見えて、その実どこまでも誰かの意思に踊らされるだけの存在……。

 とはいえ、それだけだと【星の欠片】としては成立すまい。

 

 

「なので、少しだけ考え方を変えるってわけ。()()()()()()()()()()()()、という風にね」

「……ふむ?」

 

 

 ゆえに、最終的に出てくる答えは次のようになる。

 

 お飾りの王として選出されながら、されどそれが民のためになると知る王。

 弱さを纏い、弱さによって人の結束を促す()()()()()()()王。

 

 即ち、『道化たるべき王(クラウン・クラウン)』。

 奇しくも元となった()()と同じ名前の響きを戴いた、彼のものとは真逆を向き続ける存在なのであった。

 

 

 

 

 

 

「……なんだか、最終的に綺麗に収まった感じね」

「同じ呼び方で真逆の存在、って感じだからねぇ。いいオチが付いたというか」

 

 

 ジーク君の【星式名】が明らかになったところで、報告会は解散の運びとなった。

 ……いやまぁ、ここで解散するのはどうなんだ、みたいな部分もなくはないんだけど……ささらさんのそわそわが限界値を越えちゃったんで、どうにもならなくなったというか?

 

 あれだ、【星の欠片】における対というのは生涯を共にするパートナーにもなりうる存在。*1

 言い換えれば新婚ほやほやみたいなことになるため、こっちで暮らす基盤をとっとと整えたい……みたいな気分になるのも仕方ないというか。

 ただでさえ、彼女自体は『逆憑依』でもなんでもないわけだし。

 ……これ以上詳しい話をしたいのなら、自分達の新居の準備ができてからでいいじゃん……みたいな感じとも言えるだろう。

 

 

「……え、まさかの婚活?」

「話を唐突に陳腐にするの止めない?」

 

 

 いやまぁ、そういう風に見えなくもないけどもさ。

 

 ……実際、今回の話に関しては()()()()()()()()()()ことまで含めて一連の作戦だった、という面もあるわけで。

 そこら辺を含めると、上手いことこの結末にたどり着くことに成功した御褒美……みたいな感じで、彼女の好きにさせてあげるのがいいって話になってしまうというか。

 

 

「……んん?どういうこと?」

「彼女の目的には今回が一番タイミングがよかったわけだけど……だからって、自身の目的を優先して無用な混乱を起こす気もなかったってこと。……聖杯の材料となる【兆し】が世界中の嫉妬を元にしている以上、それを解消するような結末を用意しないと最後の最後で爆発するかも、って話でもあるかな」

 

 

 私がぽつりと呟いた言葉に、ゆかりんが耳聡く反応してきたため、もう少し踏み込んだ話をすることに。

 

 今でこそあの少年はジーク君という形を得ているけど……そうなるまでに変なことになる可能性があった、というのは今まで散々語った通り。

 その可能性のうちの一つ──中でも一番確率として高かったのが、集められた『愛されたい』という願いの暴走。

 その結果発生するだろう『誰も自分を愛してくれないのなら、こんな世界はいらない』という滅亡の要因。

 

 その致命的な可能性を確実に解消するには、極論そうして生まれた相手を愛してくれる誰かが──それも、言葉だけではなく()()()()()()()と示してくれる存在が必要だったわけで。

 

 

「そこまで含めての『対』の概念だったってわけ。【星の欠片】のそれは前例を見ればわかるように、かなり強い繋がりだからね」

「ああ……あの二人……」

 

 

 現状、【星の欠片】の『対』として前例になるのは『星女神』様と『月の君』様のペアだけ。

 ……なんだけど、あれが一般的になるくらいには、【星の欠片】における『対』の概念の結び付きはとても強いわけで。

 まぁ、その実態は『物質は安定した状態を好む』みたいなあれなんだけど*2……ともあれ、下手に口で愛を語るよりわかりやすいのも確かな話だろう。

 

 ゆえに、今現在のささらさんの様子はある種狙ったものであり、かつそれこそが最後に必要だった要素、ということでもあるわけで。

 

 

「……まぁ、ヘスティア様とアクアには気の毒なことに……みたいな部分もあるんだけどね」

「確かに……折角の相手を【星融体】として消費されちゃった、ってことでもあるんだもんね」

 

 

 そのせい?で、別個の嫉妬を抱きそうな存在が生まれてしまったのは……うーん、コラテラル・ダメージ*3ってことで済ませていいんだろうか?

 

 ご存じの通り、『逆憑依』関連の存在というのは原則同じ法則によって運用されている。

 その特徴的な法則の一つとして有名なのが、既に『逆憑依』として現れているキャラクターは、原則別の『逆憑依』として現れることはない、というもの。

 

 ……うんまぁ、エリちゃんとか見てると本当に?……って気分になるけど、あれに関しては多分エリちゃんがおかしいだけだから……。

 ともかく、既に現れたキャラクターが専有される、ということを思うと、【星融体】として現れたジーク君は二人分のキャラクターを専有している、ということになってしまうわけで。

 

 いやまぁ、実際どうなのかはわからんのだけどね?

 ただでさえ【星融体】はよくわからんというのが実情、本当に『逆憑依』と同じくキャラクターを専有するのかは不明、というか。

 

 

「でもその可能性がある、って時点で気になるって主張もわからなくはないんだよねー……」

「まぁねぇ……とりあえず、ささらさんの住むところが決まったら改めてあの二人にも話を通しておく、ってことでいいのかしら?」

「そうだね、その方向でお願い」

 

 

 ともあれ、人の恋路に迂闊に首を突っ込むと、死ぬほど酷い目にあうというのは間違いあるまい。

 そこら辺を踏まえ、あくまで遠巻きに気にしておくだけにしておこう……と確認しあう私達なのでありましたとさ。

 

 

「……ところで、【星融体】云々の話するならあの聖女様もそうなんじゃないの?」

「おいバカ止めろ、そこ触れすぎると妹が増えるぞ!ただでさえなんか増えそうな気配がしてるのに!」

「……あー、槍の聖女様ね。姉の方見てるとなんだか本当に同一人物?って気がしてくるんだけども」

「あれこそ正しい私の成長先ですね!」

「喧しいわよまったく……なんかいるんだけど!?

 

 

 なお、唐突に増えた邪んぬリリィに関しては知らん。マジで知らん。

 どっから湧いた貴様!?

 

 

*1
愛憎を強く抱く存在、ということ。愛も憎しみも共に興味の発露である為、最悪の敵対者となることもあれば生涯を共にし続ける永遠のパートナーにもなりうる

*2
【星の欠片】の本質が科学である、ということの証左でもある。一応単体でも安定はするのだが、『対』の概念によって示された【星の欠片】が側にある場合、それとの間で全ての影響を消費しきることができるようになる。すなわちとても安定する

*3
【collateral damage】。コラテラルは『付随する・二次的な』という意味であり、そこから軍隊用語として『巻き添え被害・二次被害』というような意味の言葉として使われる。また、同名の映画における使い方から『(特定の事象における)仕方のない犠牲』という使い方も。今回はこちらの方の意味



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三十二章 春が来ましたね、トラブルも一緒です
春になりました、新しい出会いの季節ですね


 はてさて、慌ただしかった三月も今は昔。

 時間は進んで現在四月、なりきり郷もすっかり春の陽気に包まれていたのであった。

 

 

「外は生憎の雨ばかりなんですけどね」

「なんだっけ、菜の花が咲く時期に降る雨だから『菜種梅雨(なたねつゆ)』とかって呼ぶんだっけ?」*1

「らしいですね。『催花雨(さいかう)』とも呼ぶそうですよ?」

 

 

 そんなうららかな陽気の中、珍しく我が家にやって来ていたのははるかさん。

 どうやら外に出る用事があったらしく、それを終えた帰りにうちに寄ったのだとか。

 

 マシュが出してくれたお茶をちびちび啜りつつ、ぐだぐだと駄弁る午後……うーん、幸せとはこのことか。

 トラブルらしいトラブルも無さげだし、このままゆったりとした時間を……、

 

 

「ゆかりんインしたわ!」

「貴方が管理者か、スキマでお帰り」

「ほな帰ります~……ってなんでやねん!」

(突然の寸劇に対応しきれてない顔)

 

 

 ……過ごせると思っていたお前の顔はお笑い草だったぜぇ?()

 

 まぁ、知ってた。

 なにごともない時間とか、そのあとのトラブルの前触れでしかないってキーアん知ってた。

 

 

「もー、そんなに邪険にしないで頂戴な。今回はトラブルはトラブルでも別に嫌なトラブルじゃないんだから」

「ほう、嫌じゃないトラブル?なんだいラッキースケベでも起こすのかい?」

「そりゃTolove(トラブ)るの方でしょうが。そうじゃなくて、単なる新年度のイベントよイベント!」

「ふむ?」

 

 

 言われてみれば、四月といえば新しい出会いの季節。

 ゆかりんの口ぶりだと、新人が入ってきたとかそういう類いの話だろうか?

 いやまぁ、そういう意味だとなりきり郷は中途採用の方が多いような気もするのだけど。

 別に春先になりきりが増えるってわけでもないし。

 

 

「……いや、新しい環境で新しい趣味を増やす、的な意味だと増えてもおかしくないのか……?」

「勝手に疑問を生やして勝手に困惑するの止めなさいな……というか、そもそもこのタイミングを狙ってやって来たんだってわかんないかしら?」

「ん?このタイミング?」

 

 

 首を傾げる私に対し、なにやらおかしなことを言い始めるゆかりん。

 このタイミングっつったって、別に特別なことなんてなんにも起きてないんだが?

 強いていうならはるかさんが珍しく遊びに来てるってくらい……って、あ。

 

 

「はい、お気付きになられたようなので申し上げますと。ここでの新人というのは私の部下のことなんですよね」

「なるほど、『逆憑依(なりきり)』以外の話だったかー……」

 

 

 言われてみれば確かに。

 はるかさんがここにいるのは、妹が『逆憑依』した存在がいるからというのも一因ではあるけども。

 大別すれば『仕事』のために滞在している、という方が正解なわけで。

 それも都合三年目に入るとなれば、いい加減部下の一人や二人くらいできてもおかしくはないのか……。

 

 うーん、絶賛ニート()みたいなものである身からすると、仕事云々の話が遠い世界の話に聞こえてくるなーははは。

 ……いやまぁ冗談だけど。寧ろ金銭発生しないボランティア的なノリであって、扱い的には普通に働いてるわけだけども。

 

 

「まぁそこら辺はともかく。……部下っていうけど、具体的にはどういう扱いなの?あれかな、向こうのお偉いさんの息が掛かった相手だったり?」

 

 

 かつてのはるかさんみたいに、とは言わないでおく。

 本人的にもあんまり思い出したくない話だろうし。

 

 ……とはいえ、部下の出所が気になるというのは本当の話。

 最近はあんまり耳にしなくなったが、だからといって上や裏の方で権力闘争が行われていない、というわけでもあるまい。

 

 となると、春という脇が甘くなるタイミングを狙い、自身の息の掛かった存在を送り付けてくる……くらいはあり得なくもないのかなー、というか。

 そんな感じの疑問を込めて尋ねて見たところ、ゆかりんから返ってきたのは次のような反応であった。

 

 

「まぁ、気になるのはわからなくもないわ。だーかーらー、ちょっと顔合わせしておかない?」

「……はい?」

 

 

 顔合わせ?なして?

 

 

 

 

 

 

「……聞いとらんのだけど」

「そりゃ言ってないもの。前以て知らせてたら嫌がったり辞退したりするでしょ貴方」

「……ぐうの音もでねぇ」

 

 

 まさか、はるかさんの部下というのが()()()()()()部下だとは……。

 

 目的地へと続く通路を先導するかのように歩くゆかりんの背を追いつつ、微妙に納得のいかない気分で自身の服を見下ろす私である。

 ……うん、着替えさせられたんだよね、スーツ姿に。

 久しぶりの八雲紫付き秘書・如月喜亜(きさらぎきあ)のご登場というか?

 いや実際、この格好はるかさんと初めてあった時以来では?

 

 

「言われてみればそうですね……髪型もあの時と同じポニテですし」

「はるかさんの方は違いますけどね。……あとあの時と同じといえば、今回もマシュは同行できてないってことでしょうか」

 

 

 で、そんな私の少し後ろを歩くのがはるかさん。

 ……彼女以外に同行者は居ないのだけれど、そのことで一悶着あったり。

 具体的にはマシュのことなんだけど、なんとまぁかつて私がはるかさんと出会った時と同じように、彼女は今回もお留守番なのであった。

 

 

どうして……ですか……詳しく……説明してください……今……私は冷静さを欠こうとしています……

ぬわぁ!?おおおお落ち着いてマシュちゃん!!?別に意地悪言ってるわけじゃないから!!」

 

 

 同行の可否を告げた時のマシュの様子だが……うん、即座に武装して盾片手にゆかりんに迫るその姿は、色々とヤベー後輩としか言いようがなかったというか。

 ただでさえ部下という、区分的には後輩に当たる存在が増えるという話を聞いて、冷静でいられないのに……みたいな?

 

 まぁ、慌てながらゆかりんが話した内容によって、マシュも渋々納得したんだけど。

 

 

「……実際に向こうの息が掛かってる可能性が高いとは……」

「どういう意図なのか、ってのはわかんないけどね。でもまぁ、無為に突っぱねるのはよくないってのもわかるでしょ?」

「うーん、政治的な面倒ごとの予感」

 

 

 よもやさっきの懸念が本当だったとは……。

 

 そう、さっき冗談めかして言った『向こうのお偉いさん』云々の話。

 なんとまぁ、実際にそれであってるらしいのだ。……いや、諦めてなかったんかい。

 

 その上はるかさんの部下として送ってきてる辺り、彼女の復帰も諦めてないってことなんこれ?

 ……いやまぁ、そんなに単純な話でもなさそうなんだけども。

 

 

「なりきり郷内は治外法権のようなものですからね。例え向こうの権力がどれほど高かろうと、それに意味はないわけですから……」

「なにかしら手を出したとしても、普通に握り潰される可能性大だから……」

「どっちかと言うと懐柔策、仲良くなって益を得よう……みたいな方向性ってわけね」

 

 

 敵対するより同舟した方が楽ですよね、みたいな?

 ……そんなわけで、送り込まれた相手は特にこちらに反抗の意思はないどころか、こっちの仕事を手伝う気満々なのだとか。

 無論、報告の義務やらなにやらはあるようで、その時にこっちの情報を合理的に得よう……みたいなノリらしい。

 自覚なきスパイ、みたいなのが理想ってことだろうか?

 

 まぁそんなわけで、機密事項そのものみたいなマシュは、現状接触許可が降りないのだそうな。

 ……え?お前はいいのかって?

 私はほら、前々から微妙に判別し辛いタイプの属性だったのが、こうして髪色変わってからは完全にそっちからは切り離されてるようなもんだから……。

 そもそも今の格好だと、劇的美少女なだけのただの秘書ですし?

 

 

「……それ、自分で言ってて恥ずかしくならない?」

「別に?美少女なのは本当のことだし。単に周囲もぜーんぶ美男美女ってだけで」

 

 

 持ってて当たり前の属性みたいなものだから、主張したところで周囲との差にはなりゃせん……みたいな?

 

 まぁともかく、今の私はぎりぎり一般人みたいなものなので、こういう場に顔を突っ込むのは問題ないのである。

 そこら辺はゆかりんも了承済み……というか、その辺りを前提にしないとおかしな話になるというか。

 

 そんなわけで、現在私たちは向こうから送られてきた新人──都合二名──との顔合わせのため、彼らが待っている部屋へと向かっていたというわけなのである。

 

 

「……っていうか、そうならそうと最初から言っといて下さいよ……変に混乱したじゃないですか」

「それはほら、さっきの八雲さんの説明通り……ということで」

「うーん、私の反応ってわかりやすすぎ……?」

 

 

 責任取るの嫌いというか、できれば負いたくないと思ってるのがバレてるというか。

 ……まぁ、現状嫌いだろうが嫌だろうが、気にせず責任の方から突撃して来てるのが現状なんだけども。

 

 ともあれ、そんな感じに談笑しながら歩くこと数分。

 基本的に私はあまり寄り付かない、応接室などがある区画へと到着。

 そのまま、向こうから送られてきたという新人さん達が通された部屋へと向かい──、

 

 

「いやーははは。まさかこんなことになるとは。こちらの上司は予想していたんでしょうかねー」

「(絶句)」

「ふん、さてな。仮に想定していたとしても、こんなことになるとまでは予想していなかっただろうよ。仮にそれができるとすれば、それこそ神かなにか──はっ、ここでこうして慌てるだけの俺達には、まったく関係のない話だな!」

「(絶句)」

 

 

 部屋の中にいた二人──同じ声がする──の存在に、思わず絶句することになってしまったのだった。

 ……ええと、なんで二人とも『逆憑依』になっておられるので……?

 

 

「知るか、そんなものは俺の知るところではない」

「私としてもなんとも。……つい先ほどまで、普通の一般人……というのは過言ですが、特に問題行動のない人間のはずだったんですがねぇ」

 

 

 件の二人──アンデルセンとジェイド大佐の物言いに、私は頭痛をこらえるように額に手を当てたのであった。

 ……ああうん、新しいトラブルの幕開けですね、わかります(白目)

 

 

*1
三月の終わりから四月の始めに掛けて降り続く雨のこと。季節の変わり目は天候が崩れやすいが、これもそのうちの一つ、春雨とも。別名である『催花雨』は、春の()の開花を促す/()()の意



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テラ○安という台詞が脳裏を過る状況

「おやおや、なにやら騒がしいと思って見に来てみれば……ご同輩がこんなにも。もしかして今日はパーティでしょうかね?」

「ぎゃー!?子○が増えたー!?」

「止めなさいよそういう胡乱なこと言うの!?それ他のもくるやつよ!?」

「そこらにいるよいこのみんなー!エイプリルフールが一日なわきゃねーだろーがぁー!!*1

ぎゃー!?ホントに出たー!?」<シカモボーボボダ!?

 

 

 これじゃあ 収拾が つかないよ!!

 

 ……ってなわけで、今回の話とは関係ない(多分)シュウさんとボーボボにはお帰り頂き、改めて新人のはずの二人と向き合う私たち。

 

 片方、アンデルセン。fateシリーズに登場するキャスタークラスのサーヴァントの一騎であり、少年のような見た目に似合わぬ渋い声を持つ存在。*2

 片方、ジェイド大佐。テイルズシリーズに登場する人物であり、胡散臭さが服を着て歩いているような存在。*3

 ……うん、片方だけでも大概なのに、なんで纏めてやって来たのこの二人?

 

 

「知らん。俺は単にここで待っていただけだ、特別なことなどなに一つしていないと強く主張しておくとしよう」

「それに関しては、私も右に同じですね。彼と一緒に皆様のご到着を首を長ーくして待っていた、というだけの話ですから」

「ふむ、特段変なことはしていない、と……」

 

 

 返ってきた二人の言葉に、思わず唸る私。

 いやまぁ、『逆憑依』関連だというのは明白な以上、理由らしい理由なんてほとんど限られてるんですけどね?

 大抵の場合は現在ないし以前になりきりをしていたことがある、というのが主な理由だが……()()()()が迫っている場合、色々無視した上で『逆憑依』させられることもあるのだから。

 ただまぁ、仮に後者だとすると、それはそれで疑問も湧くわけだが。()()()()()()、みたいな?

 

 

「……ふむ?前者については聞いたことがありますが、後者に関しては初耳ですね」

「……ゑ?」

「ほう、命の危機か。……なるほど、こっちが知らなかった理由については察せられんこともないな」

 

 

 ……あれ、私もしかしてやらかしましたか?

 思わずゆかりんの方に視線を向ければ、彼女は笑みを浮かべているけど……うん、固まってるねこれ。

 

 どうやら『逆憑依』の条件の一つ、『臨死体験』については向こうのお偉いさんには伝えられていなかった様子。

 そしてその理由は、今しがた得心したように頷いたアンデルセン氏の反応が正しいのであれば──、

 

 

「……人為的に『逆憑依』を起こそうとし始めてもおかしくない、と?」

「はっはっはっ。流石にそこまでバカ共の集まりだと思いたくはないが……絶対に無いと断言できるほど信用があるわけでもないな」

「ははは、そこで私に振られても困るんですけどねー」

「うわぁ」

 

 

 うん、そういうことだよねー(白目)

 唯一救いがあるとすれば、二人の様子から察するに彼ら自身が今しがた得た事実を向こうに伝えるつもりはなさそう、ということだろうか?

 

 

(ただなー、その辺も踏まえて送ってきたんだとするなら、彼らが話さなくても情報を得る手段……みたいなのがあってもおかしくないのがなー)

 

 

 例えば隠しカメラとか隠しマイクとか?

 ……まぁ、そういうのは調べられればすぐにバレるものでもあるので、実態はもう少しややこしいもののような気もするが。

 

 ともかく、改めてさっきの話はここだけの秘密、みたいに言い含め改めて席に着く私たち。

 向かい合って座った私たちは、そのまま本来の目的を果たすために会話を開始したのであった。直前までの話を全部投げた、とも言う()

 

 

「改めて自己紹介を。私はこのなりきり郷の取り纏め役に相当する、八雲紫ですわ。今後お見知りおきを」

「私は紫様付きの秘書筆頭、如月喜亜です」

「同じく、現在は秘書の綿貫遥香です」

「ええ、噂はかねがね。……ええと、この場合はどちらの名前を名乗ればよいのでしょうかね?」

「『逆憑依』になった場合は、現在のキャラクターネームを名乗るのが基本ですね」

「なるほど……では改めまして、【異界憑依事件対策係】より派遣されて来ました、しがない職員その一……ジェイド・カーティスと申します」

「俺の自己紹介が改めて必要か?そんなもの不要だろう……と言いたいところだが、現状把握のためにも敢えて述べるというのも必要だろう。……そういうわけで、見た通りハンス・クリスチャン・アンデルセンだ」

 

 

 最初に行ったのは自己紹介……なんだけど。

 うん、本来なら普通の名前が返ってくるはずなのに、今現在返ってきたのは一般人らしからぬ名前達。

 

 ……『逆憑依』になってるんだから当たり前なんだけど、なんというかのっけからペースが崩された感がして、渋い顔にならざるを得ないというか。

 その辺は向こうも感じているようで、自分で名乗っておきつつ微妙な違和感を覚えているようだった。

 

 

「……まぁ、そうですね。どっちの名前を、と言ったように今の私たち、普通に以前の記憶も残っていますので。……その辺、他の方達も同じなんですかね?」

「その辺は個人差があるのでなんとも。基本的に残っている方が大多数ですが、一部それを自分の記憶だと思えない……みたいな方もいらっしゃいますので」

「なるほど、俺達はどちらかといえばそっちに区分される、というわけか」

 

 

 ……話を聞く限り、互助会の方の『逆憑依』達と同じく、以前の自分が今の自分とうまく結び付かないような状態……ということだろうか?

 言い換えるなら憑依転生したような気分、というか。

 知識や記憶として憑依された側の人間のものが残っているが、それが自分のものだと認識できずに異物のようになっている……みたいな。

 

 まぁ、『逆憑依』したてで認識がおかしくなっているだけで、時間が経てば馴染む可能性もあるが。

 

 

「……その辺りは経過観察、ということですね。その辺の話をレポートにして送ったら上司も喜ぶでしょうか?」

「どうかしらね?向こうが欲しいのはあくまで技術とそこから生み出される利益だけ。……被験者の心情まで気にしているかは微妙なところだと思うのだけど」

「はっ、正に権力者らしい思考(バカの一つ覚え)、というやつだな!」

 

 

 いやバカて。

 すっごいこと言うなぁというか、それ中の人的に悶絶級の一言なんじゃねーんです?

 だってほら、こうしてこっちに派遣されてきて、かつ特に文句も言わずにこっちの到着を待ってたってことは、以前の彼は職務に忠実だったんだろうし。

 

 そんな感じのことを告げれば、アンデルセン氏は「以前は以前、()()と言うやつだ」と笑っていたが……見逃さんぞ、額に一筋の汗が流れたことを。

 流石に、脳に残る記憶が無茶苦茶言ってることを認識させたらしい。

 そりゃまぁ、普段のキレある台詞にも翳りが見えると言うものである。

 

 

「えっ」

「えっ、って紫様……どう考えても常日頃のアンデルセン氏ほど言論のキレがなかったじゃあないですか。あれ恐らく、自分のものなのに自分のものと感じられない人生が脳の中に納められているせいで、普段より観察眼が鈍っている証拠ですよ?」

「この場では俺よりもそっちの方がよく見ている、というわけか。……まぁ否定はできんな。思考に靄が掛かる、というのはこういう状況を指しているのかもしれん」

(……わ、わかんないわよそんなの……)

 

 

 そう思っていたら、何故かゆかりんが狼狽え始めた。

 どうも、その辺りの異変を認識できていなかった様子。

 ……まぁ、彼女自身がそもそも原作の八雲紫と別人のようなものであること、というのをアイデンティティにしているわけだから、その辺鈍いのも仕方ないのかもしれないが。

 

 でもほら、罵倒にもレパートリーがある……みたいな感じで、今しがたの「権力者=バカ」レベルのキレが常に発揮されているのがアンデルセン氏……くらいのことは認識できて貰わないと、上役として困るんじゃないのかなーってキーアん思うわけ。

 

 

「そうですねぇ……担ぐのなら優秀な方の方が気が楽なのはたしかですね。無論、そうでない方もそれはそれで担ぎがいはありますが」

「ふふふふそうですね」

「ええ、そうです」

(腹黒対決……?)

 

 

 同調してくれたジェイドさんと笑みを交わす私。

 隣のはるかさんが微妙な顔でこっちを見てきていたけど、構わずスルー。

 ……まぁそのまま笑いあっていても話が進まないので、適当なタイミングで切り上げて元の議題に軌道修正したわけだけど。

 

 

「……え、ええと。一体なんの話をしていたのだったかしら?」

「紫様、実のところなんにも進んでいません」

「えっ」

「自己紹介から話が脇に逸れましたからね。いえまぁ、必要な話であることも確かだったのですが」

「現状把握もできんような状態で、これからのことを話すのは不可能……というわけだな」

「そ、それは確かに……。ええと、ということは?」

「一先ず、彼らがこちらで受け持つことになる(はずだった)業務についての説明が宜しいかと」

「な、なるほど……じゃあ、その辺りを詰めて行きましょう」

 

 

 ……これ、一連の流れでゆかりん舐められたりしてない?

 代表者らしからぬ間抜けな様子ばかり見せていたけど、大丈夫なのかなぁ……なんて風に、ちらりと視線を相手に向けたところ。

 

 

(大丈夫、わかっていますよ)

(あ、これダメなやつだわ)

 

 

 比較的話しやすい方(でも胡散臭い)──ジェイドさんから目線を通して返ってきたメッセージ。

 それは、『この場での真の纏め役は貴方ですね?』みたいな、そんな感じの内容なのであった。

 

 ……いやそりゃ買い被りだというか、今のゆかりんちょっとテンパってる*4だけというか……。

 そもそも普段通りならもっとゆかりんピシッとしてるのよ?……と返したいが、現状信じて貰えなさそうで思わず唸りそうになる私なのでした……。

 

 

*1
グラブルコラボにてボーボボが起こした暴挙。まさかのエイプリルフール二日目以降である()

*2
初出は『fate/extra_ccc』。世界三大童話作家の一角であり、厭世家。他者を観察する鋭い目を持ち、その批評は相手の本質を突く。きのこ節もりもりな為エミュの難しいキャラでもある()

*3
『テイルズオブジアビス』の仲間キャラの一人。譜術士(フォニマー)であり階級は大佐。階級に見合った功績・実力を持ち、一言で表すならまさに『テラ子安』。無論、それだけではない味わいを持つキャラでもある

*4
切羽詰まっている、ギリギリの状態でいっぱいいっぱいになっている、というような意味合いの言葉。元々は麻雀の聴牌(テンパイ)から生まれた単語で、後一手でアガリとなる状況──すなわち準備が整った状態を指す言葉であった。そこから、後一歩→ギリギリ、というような感じに意味合いが変化し、今の正反対な使われ方をするようになったのだとか



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自動的に君もそうなってるんやで?

「なるほど、一先ずここでの業務を一通り体験してから……という?」

「そうですね。本来ならお二人にも紫様の秘書として動いて頂く予定だったのですが……現在この通り、ですからね」

「我がことながら、ままならんというやつだな」

 

 

 はてさて、あれから数分後。

 一応の会議が終了し、応接室から外に出た私は、現在ゆかりんと別れそれ以外の面々を引き連れ移動中。

 ……本当ならはるかさんにお任せしたいのだけれど、現在の私は筆頭秘書なのでそういうわけにも行かず。

 

 結果、都合三人を後ろに引き連れ進む、まるで敏腕秘書のような様相と化していたのだった。

 ……中身はポンコツもいいところ、なんだけどねぇ?

 

 それはともかく、これからの予定について。

 彼らは本来、そのまま暫くゆかりんの秘書として彼女に引っ付く……という形になる予定だったのだが。

 現状『逆憑依』になってしまった彼らにその仕事をそのまま任せるのはどうなの?……みたいな話になり、結果他の仕事も一通り見せるという方向で決定したのだった。

 

 まぁ、ゆかりんが彼ら二人を背後に侍らすのを嫌がった、という面もなくはないのだが。

 だってほら、よく考えてご覧よ?ゆかりんの後ろにこの二人、さらにはジェレミアさんが控えている姿。

 ──なんというかこう、悪のラスボス感マシマシじゃない?

 

 

「随分風評を気にされる方なのですねぇ」

「元が便利な悪役扱いの多いキャラですからねぇ。下手にその辺強調されると悪影響受けかねませんし」

「ああ、確か【継ぎ接ぎ】……とかいう現象だったか。個人の持つ一面の誇張、そこから生じる仮面(ペルソナ)の付け替え……なるほど。概念そのものが既に風評に汚染された後だった、というわけか。傑作だな」

「……はい?」

 

 

 アンデルセン氏の言葉に、なに言ってるのこの人……みたいな顔をするジェイドさん。

 ……ふむ、向こうは【継ぎ接ぎ】についての情報が片寄っている、ということだろうか?

 それにしては、アンデルセン氏の台詞は本質をよく知っているかのような台詞だったが……。

 

 

「そんなもの、予測して喋ったに決まっているだろう!曲がりなりにもアンデルセンだ、この程度の観察くらいできんのなら、俺は今頃首を吊ってこの世からおさらばしているところだというやつだな!」

「さ、さいですか……」

 

 

 やだ、発言が過激。

 ……いやまぁ、流石に本当におさらばする気はなかっただろうけど、中々の売り言葉だと思う。

 

 ともあれ、【継ぎ接ぎ】の使い方が仮面のようなもの、すなわちペルソナであることは間違いなく。

 よって、それによって発生する問題というのも、ある種ペルソナ──真なる我、と呼ばれるそれらに近いものである、というのも間違いではない。

 

 

「……ああなるほど。ペルソナ能力に等しいと?」

「方向性的には、そうなりますね。……まぁ元のそれと違って、『真なる我』*1と名乗ることそのものに危険性はないわけですが」

 

 

 だってほら、今のみんなの状況──『逆憑依』というそれ自体、自分ならぬ自己が自身を飲み込んだ姿、みたいなものだし。

 そのパターンとの明確な違いとして、現れた自己は自身を害するものではないわけだけど。

 

 ……ともかく。

 既にペルソナ能力が励起しているような状態であるため、そこに更なるペルソナ(継ぎ接ぎ)を加えるのは中々に高リスクなことも確かな話。

 制御は効く方ではあるけど、できるなら回避したいというのも宜なるかな、というわけだ。

 

 

「なるほど……ということは、私達もある程度気を付けた方がいいというわけですね?」

「そうですね。特に声優ネタは【継ぎ接ぎ】の判定が通りやすいですから、間違っても()()()()()()()としたり、はだた()()()()()()()()()()()()しませんよう。*2……あ、お互いの真似も極力避けてくださいね?ないとは思いますが、二人で一人分……みたいな奇っ怪な混ざり方をしないとも限りませんので」

「互いが互いの仮面(ペルソナ)になるというわけか?……笑えん冗談だな」

(冗談じゃないんだよなぁ……)

 

 

 思い浮かべるのはアクアとオルタのペア。

 ……あれも【継ぎ接ぎ】の応用ではあるので、まったく無関係とは言い辛いのである。

 まぁ、あそこまで無茶苦茶になるには【星の欠片】の影響も必要となるため、滅多にあることではないと思うが。

 ……とか言うとフラグになるんだよなぁ、気を付けよう。

 

 とかなんとか言ってるうちに、最初の目的地に到着。

 今回やってきたのは、なりきり郷の生命線の一つ──、

 

 

「他の階層から切り離された施設──なりきり郷全土の気温を調整するための場所。いわゆるボイラー室?とかに相当する場所ですね」

「ほう、ここが……」

 

 

 広域気温調整所。

 なりきり郷全土の気温を調整する、いわば()()()()()ための場所なのであった。

 

 

 

 

 

 

 なりきり郷の内部の気温や気候は意図的に調整されているものである、というのは何度も述べている通り。

 その調整を一手に引き受けているのが、他の階層から切り離され独自に機能しているこの場所、広域気温調整所──通称『季節の城』*3である。

 

 

「元ネタになるのは『ARIA』や『AQUA』の気温調整システムですね。テラフォーミングした火星の気温を調整するための施設で、働いている人もそれに肖って『火炎之番人(サラマンダー)』と呼ばれています」

「ふむ……火属性の方が多い、とか?」

「いえ?熱量の確保は主に別所──活火山のようなものを備える階層からですので、ここでは基本的に数値管理()()の役割がほとんどですね」

 

 

 具体的に言うと熔地庵から、ということになるらしい。

 らしいというのは、私もここのシステムについてあんまりよく知らないからなのだが。

 なんならこの階層に足を踏み入れたの、これが初めてだし。

 

 

「おや、それはまた……どうしてそんなことに?」

「独立している、と先ほど申し上げましたが……要するに別部署なんですよね、ここ。踏み入るには別の許可がいる、と言いますか」

 

 

 正確に言うと、ゆかりん以外の許可を出す人がいる、というか。

 幾らなりきり郷内では致死性のダメージが無効化されるとはいえ、溶岩をそのまま扱っているようなこの場所が危ないわけがない。

 なんなら熔地庵と違い、こちらは熱をそのまま利用するためあちらのような防護結界すら用いられてないのである。

 それがなにを意味するのか、というと。

 

 

「あちら以上に、迂闊に足を踏み入れると消し炭になる可能性大なんですよね。正に鉄火場、というべきでしょうか」

「なるほど……道理で、まだ中に入ってもいないのに汗が吹き出ると思いましたよ」

 

 

 以前琥珀さんの発明品として使われ、やりすぎとして封印処理まで受けた腕クーラー。

 あれが()()()()()()()()()()()()()()()()ような過酷な環境である、ということだ。

 

 そりゃもう、現在入り口でしかない場所なのにも関わらず、暑さで汗がヤバいことになるのも仕方ない、というか。

 わかりやすく説明すると、この間のハロウィンでトリコ君達と向かった場所──電気能力者達の楽園であるカタトゥンボと扱い的にほぼ同じ、みたいな?

 

 あっちは電気由来だったが、こっちは熱由来というか。

 温度耐性を中の人に持たせるため、暫くの待機時間を過ごすための場所──あっちに準えるならヒートロックとでも言うべき場所が、今現在私達のいる場所。

 ここで多種多様な温度系対抗技術を施すことで、ようやく階層の中に足を踏み入れることができるわけである。

 

 間違っても郷内に熱気が逆流しないよう、病的なまでに制御されたプログラムにより、ヒートロック内の扉が機械的に開閉されていく。

 

 ──目の前に広がってきた光景は、正に赤。

 柵の向こう側を流れる溶岩が熱気と光を放ち、周囲を染め上げている。

 動くものの姿はほとんどなく、溶岩はまるで血液のように、この階層を流れていくばかり……。

 時折、道を塞ぐようにして存在する扉が開き、溶岩達の進行方向を切り替えている……。

 

 なるほど、一応少ない人数で管理できるようなシステムになっている、というのは間違いないらしい。

 まぁ、そんなものを認識する前にへばりそうになっているわけなんだけども。

 

 

「……なんの冗談だ、さっきの部屋は暑さに対する対処のためのものだったんじゃないのか……!?」

「ああ、単純な話さ。ここではそもそも()()()()()()の効きが悪い。僕の腹の中のようなものなんだから、当たり前と言えば当たり前だけどね」

「……!?」

 

 

 あまりの暑さに文句を言うアンデルセン氏に、どこからか聞こえてくる男性の声がツッコミを入れる。

 周囲を見回すも、声の発生源らしき相手の姿は見えず、代わりに天井から吊り下がるスピーカーの姿を発見した。

 どうやら、先ほどの声はここから響いてきていたらしい。

 

 ……ところで、気のせいじゃなければすっごくどっかで聞いたことがある声だったんだけど、これ私の勘違いだったりしない?

 

 

「……いえ、恐らく勘違いではないかと」

「そっかーここの管理者ってあの人かー、そうかーありなんだあの人ー」

 

 

 まぁ、うん。

 通称の響きの時点で怪しかったけども。

 ……思わずマジでかと呻きながら、不思議そうにする二人を引き連れ、私とはるかさんは管理者が待っているだろう奥の方へと歩を進めて行くのであった……。

 

 

*1
本来はシャドウが本体から拒絶され、個別の存在となった時に告げる言葉。ゆえに良くない台詞なのだが、『逆憑依』的に考えると寧ろそっちがデフォになっている

*2
前者は『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズのキャラクター、DIOの台詞。後者は『ビーストウォーズ』シリーズのキャラクター、コンボイの日本版吹き替えのこと。共に声優が彼らと同じ

*3
ニュアンスは『ハウルの城』と同じ(フラグ)



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そういえばアシタカさんとかいましたね()

 はてさて、熱気渦巻く季節の城を奥へ奥へと進む私達。

 その先に待ち受ける相手に、どうにも胃の痛みを覚えつつ。……進まないわけにもいかないので、泣く泣く進んでいるわけだけど。

 

 もし、この先に待ち受けている相手が想像の通りだとすると、なんというか更に胃が痛くなること請け合いのような気がががが。

 ……うん、どう考えても面倒な相手なんだもん。

 

 

「おや?その口ぶりですと、もう相手の正体に目星が付いていると?」

「まぁ、私もここでの暮らしが長いので……今のところ二人ほど、該当者となる相手を想定しています」

「なるほど、それは頼もしい」

 

 

 こちらの独り言が聞こえていたらしいジェイドさんから、驚いたとでもいうような台詞が返ってくる。

 聞かれていたのなら答えないわけにもいかないので、素直に返しておいたけど……うん、疑われてんなこれ?

 

 台詞は素直に感心しているように聞こえるけど、その実瞳が笑ってない。

 なんなら横のアンデルセン氏もこちらをジッ、と見つめているためとても怖い。

 

 

「気にするな、いわゆる一つの職業病というやつだ!……ところで、何故そいつにはさん付けで、俺には『氏』などという堅苦しい呼び方をしている?」

「いえその……アンデルセンさん、と呼ぶのはなんだか違和感が凄くて」

「……そうか」

 

 

 その流れで、何故アンデルセン()呼びなのか、という疑問も飛んできたが……ぶっちゃけると呼び方がわからん、というのが一番大きい。

 そもそもアンデルセンって日本語で言うところの姓だし、かといってハンスさんと呼ぶのはあれだし。

 ジェイドさんはジェイドさんなんだけど、ねぇ?

 

 

「……まぁ確かに、突然ハンスさんなどと呼ばれるのはゾッとしないな」

「ですよねー。……まぁそういうわけなので、呼び方についてはご了承頂けると幸いです」

「了解した、と返しておくとしよう」

 

 

 そんな会話を交わしながら、どんどんと奥へ進む私達。

 やがて、フロアの心臓部──動力源とおぼしき場所へとたどり着いたわけなのだけれど。

 

 

「……おい、なんの冗談だこれは?」

「冗談じゃないんですよねぇ……(白目)」

「なるほど、これは確かに難題ですね……」

 

 

 そこには、一つの扉があった。

 それもただの扉ではない、上部に半円状のランマが付いた、古めかしい扉だ。

 

 察しのよい人なら、この時点で相手に予測が付いているかもしれないが……それが正解とも限らないのがこの話の面倒なところ。

 ジェイドさん達がどう予測したのかはわからないが……私としては()()()()()()である可能性、もしくは……みたいな考えが脳裏を過っており、どうにも胃痛が止まない状態である。

 

 だって、ねぇ?

 どっちが来ても面倒だし、なんならそれが……となると、そりゃもう引き返したくもなるよというか。

 まぁ、このまま確認もせずに引き返すの無意味というか、そもそも二人にここの仕事を見学させることを目的にここまでやってきたんだから、その選択肢は端からないんですけどね。……泣いていい?

 

 普段から私の胃を破壊してるんだから、そのまま苦痛を味わえばいいのよー……みたいな感じに悪役令嬢みたいな笑みを浮かべているゆかりんを幻視しつつ、はぁとため息を吐いた私なのであった。

 ……なんでもいいけど、私の胃が痛む状況ってゆかりんも胃が痛くなるあれでは?

 

 

「……とりあえず、中に入りましょうか」

 

 

 ぎい、と軋む扉を開いて、中に進む私達。

 確認として振り返った先──内側の扉の右上には、四色に塗り分けられた円盤が一つ。

 また、ドアノブには丸窓が一つ空いたプレートが一つ。

 窓から覗くのは赤い色──恐らくはこの場所が熔地庵に繋がっていることを示すもの、ということなのかもしれない。

 

 とはいえ、ここで重要なのはそれら一つ一つではなく、それら全てによって出来上がる扉の外観。

 はるかさんも気付いたらしく、それが見たことのあるものだと理解し、ほんのり嬉しそうな顔をして──即座にずん、と沈んだ顔になった。

 ……あれだ、聖地巡礼は楽しいけど、実際にその世界に放り込まれるのは違うでしょ、みたいな気分になった時の顔というか。

 

 ともあれ、その辺りの認識は既に済ませている他の面々。

 中にいる人間が(ほぼ)確定的になったことに各々苦笑したり鼻を鳴らしたりしつつ、そのまま前を向き直して目の前の階段を登っていく。

 

 そうして階段を上がりきった先──少し開けた場所。

 大きなソファーと大きな机、それから半球をくり貫いたような特徴的な形の()()が目に入るその場所。

 特にその、目を引く暖炉。

 火をくべるための場所には、ちろちろと炎が一つ揺らめいている。

 ……いや、よく見れば単に揺らめいているわけではない。

 その小さな火は、なにやら爆ぜる音以外の()()()を発しながら、白い欠片を自身の中へと放り込んでいるではないか。

 

 

「まったく、悪魔使いが荒いんだ!おいらじゃなかったら、今ごろみんな退職しちゃって困るのは向こうなのに!」

「こ、これは……もしかして」

「……まぁ、見た目通りだとすれば、彼は()()でしょうね」

 

 

 近寄ってみれば、暖炉の上の火が発していたのが声であることがわかる。

 それも、とても特徴的な声色の──一度聞けば忘れることはないだろう、と確信できるようなもの。

 

 そうなれば、この小さな火が何者なのか?……というのは容易に想定できるだろう。

 

 ドアノブに備え付けられたプレートを回すことで、様々な場所に扉を繋げることができ。

 その扉の先にある暖炉で、声を発しながらなにかを行う小さな火。

 

 

「なるほど……確か熱量の悪魔(カルシファー)*1、などという名前だったか」

「わぁ!?誰だよお前たちぃ!?」

 

 

 どうやらこっちの存在に気付いていなかったらしい、暖炉の上の小さな火──カルシファーは、いつの間にか近くにいたアンデルセン氏を視認して驚いたように飛び跳ね、更に他の面々にも気付いて大きく火花を散らした(酷く驚いた)のであった。

 

 

 

 

 

 

「おいらはカルシファーだ……って、みんな知ってるみたいだけど」

「まぁ、有名だからね、貴方」

 

 

 はてさて、ちょっとした騒ぎになったものの、そう時をおかず落ち着いたカルシファーのいる暖炉の前に集合した私達。

 そこで改めて挨拶を交わしたわけなのだけれど……うん、流石にそれで済むはずがない、とみんなも理解しているようで。

 

 

「ところで、貴方のご主人様はどちらに?貴方がここの主、というわけでもないのでしょう?」

「なにおう、おいらが居ないとここはまともに稼働しないんだぞぅ!……まぁ、おいらがここの主じゃない、ってのは間違ってないけど」

「でしょうね……」

 

 

 カルシファーという存在は、とてもわかりやすく悪魔である。

 ……悪魔がこちらの世界で活動するには、()()()()()()()()()()()()()というような話があるが、火の悪魔である彼もまたその例に漏れない。

 

 ゆえに、他の面々もいるはずの契約者に──彼の存在を探しているわけだけど。

 少なくとも、ここから見える範囲に彼の姿はない。

 先ほどの放送からすると、この場所に居ないということはないだろうけど──仮に予想するのであれば、暖炉の奥にある階段の存在からして、自室で寝ているとかだろうか?

 いやまぁ、さっきの今で寝てるんじゃないよ、というツッコミもなくはないけど……。

 

 

「いえ、でも仮にここの主が彼だとすると、幾分マイペースなところがあるのは間違いありませんし……」

「ですねぇ。こちらの想像通りなら、こっちを慮って行動……なんてのはしてくれそうもありませんねぇ」

 

 

 気に入った相手ならともかく、と話し合うジェイドさんとはるかさんを横目に、アンデルセン氏に目配せをする私。

 ……暗にどうなんですと尋ねたわけだけど、彼からは肩を竦めるようなジェスチャーが返ってきただけであった。

 流石に、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということらしい。

 

 

「……?どうして唸っているんですか喜亜さん?確かに想像通りの相手なら色々と大変そうですけど……」

「それだけで済めばいいんですけどね」

「?」

 

 

 ……今のところ、その可能性にうっすらとでも気付いているのはアンデルセン氏くらいのもの。

 ジェイドさんもはるかさんも、もう既にここにいる相手に予想が付いている、という様相だが──お忘れじゃないだろうか。

 ()()()()()()であれば、それらは引き寄せられやすいということを。

 

 

「……カルシファー、お客さんかい?」

「この声は──」

()()()!なんで寝に行ったんだよ、おいらだけで客の相手は無理があるよ!」

「なんでって……そりゃまぁ、眠かったからね」

 

 

 やがて、部屋の奥の方から声が降ってくる。

 先ほどの放送と同じ声色のそれは、階段の上から降りてくる人物から発せられているもので。

 

 そうして降りてきた人物の全貌が明らかになり、ジェイドさんとはるかさんは納得の声を。

 それから、残りの二人のうち私は──、

 

 

「──自己紹介が必要かな?僕はハウル。君達も知っての通り、偉大な魔法使いだよ」

「嘘を()くなよ、詐称者(プリテンダー)

 

 

 その()()を見て、即座に言葉を返したのであった。*2

 

 

*1
『ハウルの動く城』に登場するキャラクターの一人。ハウルと契約した火の悪魔であり、その名前は『カロリー』と『ルシファー』の合成だと思われる

*2
『FGO』より、とある場面に登場する演出・赤文字。ほか、真偽を問うものでもあるので『うみねこのなく頃に』の『赤き真実』の面もあるかもしれない



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似ているとも言われる二人

「……随分な挨拶だね。なにを根拠にそんなことを?」

「理由は幾つかありますが──()()()()()()()のではないかと。このタイミングで出てくるのなら、どっちかと言うと金髪の方でしょう?」

「なるほど……まぁ確かに、そっちの方が受けが良さそうなのは確かだね」

 

 

 階段を降りきった彼──ハウルは、小さく苦笑を浮かべたままこちらへと近付いてくる。

 その姿が黒い方のハウルであるということ……それそのものが彼が(ハウル)ではないことを示しているわけなのだけれど。

 その辺の理論の繋がりが見えてこなかったらしい二人──ジェイドさんとはるかさん──は、こちらに困惑したような視線を向けてきたのだった。

 

 

「ええと……どういうことです?」

「単純なお話です。『逆憑依』という存在は、基本的に原作通りの運命に出会うことはない。──ここでいう運命とは()()()()()のことであり、その人が辿るべき道筋のことではありません」

 

 

 語るのは、『逆憑依』が抱える構造的な欠陥について。

 ……今は運命に出会えないと述べたが、真実は逆。

 本来『逆憑依』という存在は、そのキャラクターに定められた運命に強く引き寄せられる存在である。

 その運命の力強さは、()()()()というような些細な類似性ですら、引き寄せる対象として定めてしまうほどの強いもの。

 

 にもかかわらず、なりきり郷には原作通りのペア──恋人だったり友人だったり──というものが少ない。

 いやまぁ、なくはないけど比率としては少ない部類になる、というべきか。

 知り合いだけに絞ると意外と成立してるように見えるけど、範囲を全体に広げると該当率が駄々下がるというか。

 

 ともあれ、本来は成立しやすいはずの運命(ペア)が成立しない根本原因。

 それが、『逆憑依』が抱える構造的な欠陥、『一つのスレから選出されるキャラクターは一人だけというのが基本』という部分。

 これにより、原作が同一である場合に相手役が選ばれない──先に自分が選ばれてしまっているから、そのための枠がない……という話に繋がるわけである。

 

 

「ああ、それは聞いたことがありますね。元がなりきりという、趣味としては()()部類に当たるため、本来なら対象者が少な過ぎてこれほどの人数が集まるはずがない……みたいな感じの話でしたか」

「その解として、恐らく並行世界の人間もここに送られてきている……などという話だったか。随分と眉唾な話ではあるがな」

 

 

 その辺の話は向こう出身のジェイドさん達も聞き及んでいたようで、こちらの言葉に納得と補足を投げてくる。

 数少ない『成立したペア』が、実のところ別々の世界の人間によるものなのではないか?……というものだ。

 まぁその説、あくまで大部分であって全体が必ずそう、ってわけでもなさそうなのだけれど(脳裏を過るキリト&アスナペア)。

 ……え?ありゃ二人とも原作そのものって感じじゃないからノーカンだろうって?

 

 ともかく。

 ここで必要なのは、ペアの成立が難しいという部分。

 これを念頭に置くと、今のハウルの姿がおかしいという理由に繋がるのである。

 

 

「はい?」

「たまにいるでしょう?作中で大胆なイメチェンを行うキャラクターというのが。その理由は幾つかありますが──大きなモノとしてあげられ易いのが()()()()()

 

 

 例えば、失恋したので前の恋を忘れるために長かった髪を切るだとか。

 例えば、挫折をきっかけに闇落ちしたため姿が変わるとか。

 そんな感じで、今までの姿を変化させる理由となるのが『心境の変化』。

 とはいえ、今回の場合は彼自身の心境の変化、というのは関係ない。

 関係があるのは、もう一つの方。『外的要因による不可逆な変化』である。

 

 

「リナリー・リーが瀕死の重症を負ってベリーショートになったとか、そういう感じのものですね。さっきの例の一つである闇落ちも、心境の変化を含みつつ外的要因による変化の面も持ち合わせるので、こちらに含まれるかもしれませんね」

「は、はぁ……?」

 

 

 よくわからん、というような顔をしているはるかさんだが、その横のジェイドさんはなんとなく察した模様。

 ……とはいえこれは私が勿体ぶってるから、みたいなところもあるのではるかさんの察しが悪い、ということではないだろう。

 だったらさっさと結論を話せ、とかどこからか突っ込まれそうなので早急に話を進めると。

 

 

「ハウルの変化も、『外的要因による変化』に含まれるということですよ。金の髪が黒の髪に変化したのは、極論を言うと()()()()()()()()()()()と見ることも可能……というより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです」

「…………!」

 

 

 作中において、ハウルが初めて現れた時の髪色は金色であった。

 少年時代の彼は黒髪であったため、染めた色だと考えるのが普通だが……そうだとするなら、余計に現在黒髪であることがおかしくなる。

 わざわざ染めた──しかも描写的に魔法で──髪の色を、元の色に戻すためのきっかけがない、とも言えるだろうか?

 なにせ、この世界にそのきっかけを与えた人物──彼にとっての恋人(ペア)であるソフィーがいないのだから。

 

 

「……たまたまここにいない、という可能性もあるよ?」

「それはないですね。先ほども申しました通り、原則『逆憑依』はキャラクターに定められた運命(せってい)に従う。……となると、ここにソフィーさんがいらっしゃるのであれば、こんなに掃除の行き届いていない空間になるはずがない」

 

 

 自らの定め(せってい)に従う、というのが『逆憑依』の性質。

 それを前提に置くとすれば、こちらに現れたソフィーはまず間違いなく『掃除婦』になるはず。

 ──言い換えると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるわけで。

 

 実際にこの部屋の様子はどうかというと、天井付近にクモの巣があったり……などということはないものの、机の上に置かれた本が半ば崩れていたり、暖炉の灰が片付いていなかったりと、掃除婦がいるにしては汚れすぎている、という感想が思い浮かぶはず。

 つまり、この場所にソフィーはいないのだ。……まぁ、そんな推理をしなくても、彼女がここにいない理由はあるのだが。

 

 

「……ああなるほど、()()ですね?」

「その通りですよ、ジェイドさん。彼女は主人公にしてヒロインですが、その実特別な力を持つ存在とは言い辛い。……いえまぁ、原作の原作を持ち出すと実は魔女に相当するらしいので、そこら辺は怪しくもあるのですが……自分からそれを意識して扱える、というわけでもないようなのでこの高温下で暮らすのが厳しい、ということは変わらないでしょう」

 

 

 それが、この部屋の中の気温。

 外よりは遥かにマシとはいえ、それでも真夏日を越える気温であることは間違いあるまい。

 こんな蒸し風呂より酷い空間で、まともな人間が暮らし続けるのは無理があるだろう。

 ゆえに、ここにソフィーはいないということになる。

 というか、仮にいるならもっと暮らしやすい空間にしていることだろう。

 

 

「……お、おいらがこの温度じゃないとダメなんだ!おいらはこの施設の心臓部みたいなものだから……」

「……ああうん、もういいよカルシファー。流石に騙すのは無理そうだし、別にムキになる必要もないし」

 

 

 往生際悪くカルシファーが言い訳を述べようとするが、それを遮るようにハウルが声をあげる。

 彼の言う通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだろう。

 え?じゃあなんで最初からその辺りを明かさなかったのかって?そりゃ勿論──、

 

 

「……流石は()()()を持つ存在、ってことかな?嘘偽りは全部丸裸ってわけだ。ははっ、笑える」

「…………」

 

 

 彼の言葉を聞いて、やっぱりかとはるかさん以外の二人がこっちを見てくる。

 ……うんまぁ、だよねぇ。()()()()()()()()が間違いないのであれば、私なんて目の敵にされてもおかしくないだろうし。

 

 そう、彼がこんな態度を取っていた理由。

 それは、彼が私に敵愾心を抱いていたから。じゃあ何故、そんな感情を彼が抱いていたのかと言うと──、

 

 

「──お望み通り、本当の姿を見せてあげたよ?これで満足かい、()()()()()?」

「…………」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、という実に単純な話なのであった。

 ははは、笑えねぇ(白目)

 

 



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自分のことを嫌っている相手にはどう対応すればいいのか

 はてさて、部屋の中に風が吹いたかと思えば、瞬時に姿を変えていたハウル。

 ……いや、今の彼の姿を見れば、誰もが彼をハウルと呼ぶことはないだろう。

 ──妖精王オベロン。ないしは、オベロン・ヴォーティガーン。

 それこそが、現在私達の目の前に鎮座する存在の真名なのであった。

 

 

「おや、その目は飾りかい?星のお姫様。そもそもこっちの見た目って時点で、色々想像は付きそうなものだけど」

「……あー、なるほど。あと一つを思い付かなかったので、想定からは外していましたが……そういえば一つ、他に混ざる可能性のあるものがありましたね」

 

 

 そんな風に確信を深めたところで、銀色・ないし灰色の髪をしたオベロンが、こちらに対して困ったものを見るような笑みを向けてくる。

 あれだ、できの悪い生徒を見る時の教師の顔……みたいなやつ。

 そこで私は、考察から外していた一つの答えを、改めてその台に乗せ直すことになったのであった。

 

 さて、では考察の叩き台に再び乗せる羽目になったものとはなんなのか?

 それを語るにはまず、直前まで彼をなんだと思っていたのか、ということを話さなければなるまい。

 

 ……ネットで検索するとすぐに出てくるのだが、ハウルとオベロンは空気感が似ている、という話がある。

 実際に細かい部分を見ていくと結構差異があるのだが、そこら辺を気にせず横に並べると既視感を覚えてしまう……というような話だ。

 

 特に、第一・第二再臨のオベロンと金髪のハウル、それから第三再臨のオベロンと黒髪のハウル、という形で対比されることが多く、かつ変化の方向性に類似点が見える……みたいな感じというか。

 前者は優しい王子さま、後者は荒々しさをも含む俺様系……みたいな?

 まぁ、説明のために細部をかなりはしょった言い方なので、幾分違和感を覚えるかもしれないが……その辺はほら、空気感優先ってことで。

 

 ともかく、二人を並べるとどことなく似てるなー、となるのは事実。

 その結果、この二人には【継ぎ接ぎ】の可能性がある、ということになるのである。

 

 

「継ぎ接ぎ、ですか」

「類似点を持つ二者が、片方が片方に要素を加える……というような形で統合されるパターンですね。わかりやすく例えると、カップ焼きそば現象とか声優ネタとか、その辺りといいますか」

「それは確かにわかりやすい例えかもしれんが、同時に別方向に議論を飛躍させる悪手というやつではないか?」

「黙秘しまーす」

「おい?」

 

 

 いやだって、ねぇ?

 発生例こそ増えたものの、結局よくわからんともなるのが【継ぎ接ぎ】なのだ。

 なにせ事例が安定しない。起きる時もあれば起きない時もあり、些細なものがくっつくパターンもあれば、アルトリアのように「それ【継ぎ接ぎ】の区分でいいの!?」みたいなパターンもある。

 同類である【複合憑依】も大概だが、こっちと比べるとかなり『なんでもあり』な部分が散見されるのが【継ぎ接ぎ】なのだ。

 そんなの、幾ら説明しても説明できるわきゃないとしか言いようがあるまい。

 

 まぁ辛うじて?()()()という要素が一種の接着剤のように働いている、ということはわからんでもないわけだが。

 なんでもかんでも【継ぎ接ぎ】していたら、継ぎ接ぎ(パッチワーク)の名前通りに見た目がおかしくなる、というか。

 

 

「と、言いますと?」

「ご存知かと思いますが、『逆憑依』とは恐らく中の人間を守るための一種の外殻。ゆえに中の人間を害するようなことは本末転倒なのです」

「……なるほど?」

 

 

 今まで何度か語ってきた通り、『逆憑依』は(恐らく)憑依された側の人間を保護するためのプログラムである。

 と、なれば、その保護プログラムが中身──保護すべき対象に変な影響を与えてしまうというのは、システムのミスとかあからさまな欠陥・バグ・不具合だとか、そういう『望まれない結果』という扱いになるわけで。

 

 ゆえに、そういう事象は極力発生しないようにするのが普通、というのがここで言いたいこと。

 つまり、見た目からして違和感を覚えるような【継ぎ接ぎ】は、周囲からの反応によってその違和感を中身にまで波及させる危険性──言い換えるなら害を与える可能性があるため、忌避されて然るべきということになるのである。

 ……まぁ、見た目という判断基準だと色々おかしなことになる(性転換してるキリトちゃんとか)ので、正確には空気感──一種の説得力が有るか否か、ということになるのだろうが。

 

 え?それだと雑な繋がりでも結局問題ないってことにならないかって?

 その雑な繋がりを納得させられるかどうかがシステムの頑張り処なんやで(?)

 

 

「最後結論を投げませんでしたか?」

「ハハハ、ソンナコトナイデスヨ?……それはともかく、これらの前提を元に目の前の彼を考察すると、【継ぎ接ぎ】であるのが一番自然ということになるんです」

「それは何故だ?【複合憑依】とやらになにか問題があるとでも?」

「大有りですよ。そっちは条件が厳しいんです」

「……ふむ?」

 

 

 で、話を戻すと。

 さっき私が言っていた『考慮外の選択肢』というのは【複合憑依】のこと。

 では何故それを外していたのかと言えば、それは【複合憑依】の条件が厳しいから、というのが正解となる。

 ……いやまぁ、厳密に言うと【継ぎ接ぎ】の優先度が高いから、【複合憑依】にならないというのが近いような気もするわけだが。

 

 元々【複合憑依】とは、なりきりで言うところの『掛け合い形式』が変化したもの。

 その本質は、『話者が組ませたいと思ったキャラクターの羅列』である。

 

 

「……なるほど。そもそもの条件の時点で、共通項(るいじてん)を必要としていないということか。だがその場合、【複合憑依】とやらは逆に成立しやすいものということになるんじゃないのか?」

「そこで立ちはだかるのが【継ぎ接ぎ】なんです。さっきも言ったでしょう?【継ぎ接ぎ】は『なんでもあり』だと」

「……半端な【複合憑依】であれば、【継ぎ接ぎ】によって再現できる?」

「どころか、本人の許容量が許すのであれば、三人以上纏めることも普通に可能ですね」

 

 

 まぁそんな実例、アルトリアとかビワとかの【顕象】くらいのものなわけだが。

 

 ともかく。【複合憑依】が成立し辛い最たる理由は、その前に【継ぎ接ぎ】が発生する可能性が高いため。

 ほんの些細な類似点ですら共通項として纏められかねないため、そうならないように三者を一つにする……というのが難しいのだ。

 

 というかそもそも()()()()()()()という制約があるのも問題だ。

 二人揃った時点で【継ぎ接ぎ】が起動し始める可能性大なので、安定して成立させるには完全に無関係・もしくは正反対な二人を用意し、その間に潤滑油になるような存在を噛ませる……みたいなことをしなきゃいけないわけだし。

 そしてそこまでやっても【継ぎ接ぎ】は発生しうるのだから笑えない。

 

 その点を踏まえた上で、オベロンとハウルについて考察すると。

 

 

「なるほど。先の話に間違いがないのであれば、この二人は真っ先に【継ぎ接ぎ】になる可能性が高い、ということになるわけですね」

「そういうことです。特に、ヴォーティガーンの方を黒髪ハウルで表現するなら、『オベロンにハウルが【継ぎ接ぎ】されている』という形で綺麗に収まりますし」

 

 

 先の『二人は似ている』という話、および黒髪ハウルとヴォーティガーンモードのオベロンは特に似ている……という話を総合すると、オベロンにハウルを【継ぎ接ぎ】し『ハウル・ジェンキンス』にしてしまうのが一番自然、ということになるのである。*1

 

 だがしかし、そこにこそ落とし穴があった。

 ポイントは、この二人は外見こそ似通っているものの、実のところ()()()のような関係だ、という部分。

 

 

「水と油、ですか?」

()()()()()()の一つにも関わる話ですが──彼は宮廷魔術師としての一面も持つ。その時の偽名からも推測できる通り、彼のモチーフとなった存在は、」

「……恐らく、だけど。あの花の魔術師なんだよね、彼のモチーフって」

 

 

 その理由は、ハウルのキャラ造形にある。

 凄まじいまでの力を持つ魔法使いにして、ナンパな性格の存在。……おや、どこかで聞いたことのあるようなキャラだね?*2

 

 ……そう、見た目が似ているハウルは、その実性格や動きがオベロンの天敵・マーリンのそれに近しいのである。

 それを裏付けるかのような設定が、彼のもう一つの異名。

 ──『ペンドラゴン』。アーサーの父、ウーサーの称号であるそれを名乗る魔術師、なんて。

 そりゃもう、マーリンでないのならなんなのかという話だ。

 

 つまり、である。

 実はこの二人、【継ぎ接ぎ】による付与はそれこそ究極竜にマンモスの墓場を融合するかの如く*3、凄まじく相性が悪い組み合わせなのだ。

 ……まぁ、それを踏まえたとしても、ヴォーティガーンの性質的になくはないかな、となるラインなのだけれど……。*4

 

 

「まぁ、今しがた答えを言いましたよね、私。──潤滑油になりうる存在が一つ、組み合わせられそうだと」

「……()()()()()()?」

 

 

 はるかさんの言葉に、その通りですよと頷く私。

 

 ……水と油のような二人を、それでもなお三人組に纏められそうな最後の一ピース。

 それは恐らく、オベロンにも関係が(微妙に)あって、かつハウルにとっては異名の参照先にもなる存在。

 ──すなわち、アーサー・ペンドラゴン。

 恐らく、彼らはその三人が一つに纏まった【複合憑依】なのだと、私は確信したように答えたのであった。*5

 

 ……オベロンからの当たりがキツいの、これ多分私をマーリン扱いしてるだけじゃなくて、自分もマーリン混ざってるからっていう同族嫌悪の面もあるな……?

 

 

*1
原作におけるハウルの名前は『ハウエル・ジェンキンス』。映画の方でも『ジェンキンス』と呼ばれるシーンが存在する。──それに加え、もう一つ彼には呼び名があり……?

*2
マーリンは女好き、ハウルも女好き。強力な魔術師、かつ『ペンドラゴン』に関わっている、というのも同一

*3
『遊戯王』におけるエピソードの一つから。属性反発作用、とかいうここでくらいしか出てこない突破方法

*4
本気で嫌ってるので()()()()()()()()となりうる。無論口に出さなければ発動はしないが

*5
なおどのアーサーなのかとは明言していない()



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