【Tokyo7thシスターズ】SAKURA~初恋の時計~ (同大ナナ研)
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【Tokyo7thシスターズ】SAKURA~初恋の時計~

 

 うへぇ~、これ全部モモカが読むの? めんどくさー。

 まあでも、モモカが語り手だし。モモカが読まないと話が進まないし。

 つまりは、ご褒美のメロン生姜チューバックスにもありつけないし。

 んじゃ、パパっと終わらせるに越したことはないよねー。

 あーあー。喉の調子もまあまあってことで、そろそろ始めますかー。

 

 

【たとえば、春日部ハルのお話】

 

 ナナスタ中学校、卒業式の日。

 散りゆく桜が舞い踊る並木道の一角で、一人の少女がうつむいていました。

 

 彼女の名前は、ハル。

 

 いつも朗らかで、何よりも他人のことを大切にできる女の子。その性格もあってか、いつでも友達に恵まれ、幸せな中学生活を送っていました。

 どこにいるときでも、キラキラと輝く笑顔を見せていた彼女。

 

 でも一つだけ、心の底にわだかまっている感情がありました。

 最初はそれが「何」なのか、よく分からなかったハル。

 

 けれどようやく、春を――自分の名を冠した季節を迎えて初めて、その気持ちが己に訴える想いの輪郭を、はっきりと捉えることができるようになっていました。

 

 

『それは、生まれて初めての恋でした』

 

 

「……っ」

 

 くちびるを柔く噛みながら、彼が来るまでのひとときをじっと待ちわびます。

 泣いたり笑ったりの喧騒が広がる教室を、後ろ髪を引かれる思いで一足先に抜け出したハル。そうして、他人の目のない隙に、彼の靴箱に小さな紙切れを入れておいたのです。

 

「学校裏の桜並木で待ってます。春日部ハル」

 

 もちろん。そんなことで彼が来てくれる保証など、どこにもありません。

 でも、今のハルにはこれが限界なのです。

 

 毎晩筆を取っては想いを書き綴り、そのたびに上手く感情を言葉に乗せることができなくて、書いては消し、書いては消しを繰り返して。

 

 結局、ラブレターは書きあがることのないままに、迎えてしまった旅立ちの日。

 

 

『もし、このまま終わってしまったのなら』

 

 

 ダメダメ、とハルはかぶりを振ります。

 

 

『そうだよ。こんなときこそポジティブでいなきゃ』

 

 

 明るい心に結果がついてくるということを、とっくにハルは知っていました。

 今日は、今日こそは。

 せめてもの気持ちを伝えたい。

 わたしの声で。わたしの勇気で。

 そうすればきっと、彼にも想いが伝わってくれるはずだから。

 

「……おう、春日部。待たせちまったな」

「っ!」

 

 つらつらと考えを巡らせていると、突然、彼が目の前に現れました。

 少し居心地悪そうにうつむいている彼。ハルは思わずドキリとします。

 

 学ランのボタンは、まだ一つも外されていません。少しだけほっとした気がすると同時に、ハルの手にはじんわりと熱を帯びた汗が滲みます。

 

「あ、あの……ごめんね! こんなところに呼び出しちゃったりして」

「別にいいけどよ。……それで、オレに何の用だ?」

 

 優しい声で、でもそんな彼の言葉を聞いた瞬間。

 

 

『ぜったいに、何の用かは分かっているはずなのに』

 

 

 目頭がかあっと熱くなり、灼けるような頬の痛みに襲われました。

 まだ今は、この胸に届いていない痛み。けれどそれも、きっと時間の問題でしょう。

 

「……うん。あの、あのね。……わたしずっと、野ノ原さんのこと……」

「……」

 

 綺麗なまでの静寂が続いて、でも時間は止まってくれなくて。

 その証拠に、彼の背後にはたくさんの桜が絶え間なく、ひらひらと舞っては地面に吸い込まれていきます。

 

「…………好き、でした……」

 

 それはまるで、ひとが力尽きる前の弱々しい呼気のようで。

 ずっと温めてきた想いを表す、いちばん大切な言葉のはずだったのに。

 

 ハルにはもう、はっきりと言い切るだけの力が残されていませんでした。

 

「オレ、そういうの、なんつーか……あんま興味持てねぇんだ。わりぃな」

 

 恋の残り香が、ひそやかに匂い立ちます。

 柔らかな草木を踏みしだく靴の合間に、熱い涙のしずくがぽろりとこぼれます。

 

「それじゃオレ、もう行くぜ。……元気でな、春日部」

「……え……?」

 

 和やかな春風みたいに、彼はふわりとその場から立ち去っていきました。

 

 呆然と立ち尽くすハル。

 

 もういなくなってしまった彼。涙で滲んだユメミグサ。包むような優しい春風が、頬をかすめるように吹いては、桜の花びらがくるくる回り、やがて足元へと落ちていきます。

 

 熱い涙のかけらと、ふんわりと辺りを包む風の感覚だけが、今のハルが感知できるすべて。

 

 宿命づけられた初恋の時計は、その瞬間に針を止めました。

 

 

【たとえば、角森ロナのお話】

 

 甘く漂う春の匂いにそそのかされて、ふらりと商店街にやってきた女の子がいます。

 

 彼女の名前は、角森ロナ。

 

 引っ込み思案な自分を変えたくて、今日は思い切ったおしゃれをしています。

 真っ白なブラウスにフリルのついたショートパンツ、ふわふわのベレーを頭にちょこんと乗せて、パンプスはちょっと大人なハイヒール。デートはこのコーデと決めています。

 

 もっとも、今日はデートの予定などもなく。

 

 

『なんとなく……来ちゃったなぁ』

 

 

 ここはロナが住み慣れた街の、通い続けた商店街。

 生まれる前からここにあって、ロナとともに少しずつ変わってきた場所。

 そしてこれからもきっと、変わっていく場所。

 

 だけど、ずっと変わらないものもあります。

 

「ロナちゃんおはよう! 今日は一段と別嬪だねぇ」

「あらロナちゃん、もうすっかり女の子になっちゃって!」

「ロナちゃん、バッチリおめかししたな! 後でウチにも寄ってけよ!」

 

 見知った商店街の人たちは、いつでもロナに声を掛けてくれます。

 さながら彼女は商店街の一人娘。愛嬌がよく、幼いころから商店街に親しんできたロナを、まるで自分の子供のように扱うのでした。

 

「え、えへへっ。ありがとうございますっ」

 

 ロナもまた、この商店街には我が家のような愛着を持っているのでした。

 

 

『だから、今日はこの商店街さんとデート……なんちゃって』

 

 

 往来の通りをてくてく歩いて、目に留まったものは吟味して。

 ちょっと疲れたら、顔なじみのマスターがいるコーヒーショップにぶらりと立ち寄って。

 

 

『なんだか、ほんとのデートみたい』

 

 

 もしも彼氏がいたら、隣の席で苦いコーヒーを飲んで、顔をしかめているのかも。

 

 

『そしたらわたしが、お砂糖どうぞって言ってあげたいなぁ』

 

 

 誰もいない隣の席を眺めながら、誰にも見せられない妄想に浸っていると。

 

「……それでね! 今度《セブンスシスターズ》っていう、すっごくカッコいいアイドルたちがね――!」

 

 聞き覚えのある声に、ロナははっと我に返りました。

 ここはコーヒーショップの一角。ガラス張りになっていて、店内から通りの様子を眺めることができるようになっています。

 

「うんっ! だから、一緒に行きたいなあって!」

「……ハルちゃん……?」

 

 ぽつりとまろび出たつぶやきは、もちろん当人のもとに届くはずもなく。

 ロナは楽しそうに肩を寄せている二人の男女を、目を丸くして見つめました。

 

 

『……新しい恋、したんだね。ハルちゃん……』

 

 

 ロナはうつむき、波打つコーヒーに目を落としました。

 その表情には、わずかな翳りがうかがえます。

 

 

『いつか見た、恋の夢……』

 

 

 ちょうどあれは、二年前くらいのこと。

 好きな人がいるんだ、と打ち明けた親友が口にした名前。

 

「わたし、頑張って想いを伝えたいの。だからロナちゃんに、わたしの背中を押してほしいな……なんて。えへへ、ごめんね。急にこんなこと言い出しちゃって」

「う、ううん……だ、大丈夫っ。れ、恋愛とか、その、わたしには全然分からないけど……わたしにできることだったら、なんでも言ってね、ハルちゃん」

 

 それから時は移ろいで、やがて桜が舞い散る季節まで。

 ずっとずっと、ロナはハルの相談役として、彼女の話を聞く役目を果たし続けました。

 

 ――たった一つの、ささやかな想いをひたすら隠し続けて。

 

 

『だって、言えるわけないよ』

 

 

 いつのまにかロナは、膝の上でこぶしをぎゅうっと握りしめていました。

 

 

『ハルちゃんが好きな人は、わたしの好きな人なんだよ……なんて』

 

 

 それから、ハルは彼に告白して。

 そして、彼女の初恋は静かに幕を閉じました。

 

 ユメミグサの舞う夜。泣きじゃくる彼女に、ロナは精いっぱいの慰めの言葉をかけました。

 

 

『でも……わたし、わたしは……そのときに……』

 

 

 少しだけ。

 

 いや。ほんとうは、とっても。

 

 

『嬉しく、なっちゃった』

 

 

 それは決して、あってはならないことでした。

 親友の失恋を喜ぶなんて、最低な人間なのに。

 

 罪悪感にも勝る喜びと安心感が、涙にかすれた声を聞くたびに増幅していくあの感覚を、ロナは今でも忘れることができません。

 

 

『……どうしてあのとき、想いを隠したままにしちゃったんだろう』

 

 

 親友のハルが、彼のことを好きだから?

 相談役になるよう頼まれて、断ることができなかったから?

 

 

『……ううん、そうじゃない。そうじゃないよ!』

 

 

 力を込めていた両の手を、ふっと解き放ちます。

 そしてロナは、小さな頬をゆっくりとその手で挟み込み、ぺしぺしと喝を入れました。

 

 

『勇気が出なかったから。わたしが弱かったから。ハルちゃんなんて、ぜんぜん関係ない』

 

 

 自分の弱さを、親友のせいにしていただけなのです。

 だからきっと、あのときの感情も――ハルの失恋に喜びを感じてしまったことさえも。

 自分の弱さから目を背けるための、卑怯な心の揺れ動きでしかなかったのです。

 

 

『だから、わたしはもっと強くならなきゃ』

 

 

 新しい恋を見つけた、かつての親友みたいに。

 

「頑張れ、わたし……!」

 

 誰にも聞こえない、けれど確かな声で、ロナはつぶやきました。

 なんだか可笑しくて、よく分からない笑みが溢れます。

 

 最後にコーヒーを一気に飲み干して、ロナは元気よく立ち上がりました。その瞳はみずみずしく輝いて、新しい未来へとまっすぐに向けられています。

 

 

『だって、止まったままの針を動かせるのは、わたしだけだから!』

 

       

 

 最後のモノローグをロナが感情たっぷりに言い切ると、たちまち大きな喝采がトレーニングルームじゅうにこだまする。

 今日はナナスタのレクリエーション。ユニットごとで出し物を行い、最後は僕とコニーさんとで優勝ユニットを決める。

 

『見事栄光を掴んだユニットには、豪華景品があるんだず! 支配人から!』とは、言わずもがなコニーさんの談である。いちおうみんなにアイス用意してたけど、それとは別に景品も贈呈しなければいけないらしい。しかも僕が。

 

 さて。体育座りで観劇していたナナスタのアイドルたちも、どうやらそれぞれ楽しんでくれたみたいだ。

 

「まさかWNo4が演劇なんてねー。でも、なかなか良かったんじゃない?」

「ええ。とっても『こい』内容でした」

「……今のは絶妙に分かりにくかったが、『恋』と『濃い』がかかっているのか……?」

「あ、なるほど! わたし気づかなかったよ。さすがはシィちゃん!」

 もう一つの集団では、

「エクセレント! 素晴らしいシアターだったわ!」

「そうだね。とりあえずボクは、モモカが一番大変な役回りをこなしていたことにびっくりしたよ……」

「語り手って端役に見えるけど、かなり重要だものねー。でも、けっこうハマってたわよ?」

「私もそう思います。ハルもロナもヒメも、みんな演技上手だったし」

 

 どうやら、アイドルたちにもなかなか好評のようだ。

 WN4の四人も、それぞれ寄り集まって会話に花を咲かせている。

 

「にしてもよー、この脚本、あまりにもオレの出番少なくねーか?」

「あ、あはは……。いろいろ考えたんだけど、どうしても彼氏役はああなっちゃって」

「でも、すごくいいシナリオだと思うよ。わたし、『SAKURA』を歌ってるときも、ぼんやりとしたイメージしか浮かばなかったけど……ハルちゃんの脚本を読んで、そういうことなんだ! ってすごく納得したから……!」

「んー。確かに、『SAKURA』からストーリーの着想を得たにしては、異様なくらい具体性があったねー。実体験なの? って疑うくらい」

「じじじ実体験⁉ ち、違うよモモカちゃん⁉ そんなんじゃないよ⁉」

 

 顔を赤らめて、あわあわと両手を振っているハル。

 

「彼女はああ言ってますけど……どう思います、コニーさん?」

「フムフム。この名探偵コニーさんの手にかかれば、フクザツカイキな乙女の心など一発で見抜けるというものだよ、支配人もといワトソンくんっ!」

 

「で、どうなんですか?」

「んー、五分五分!」

「もうすでに名探偵としてあるまじき回答ですけど……いちおう理由を聞いてもいいですか?」

「構わないZE☆」

 

 それからコニーさんは自信たっぷりに、自らの持論を展開した。

 

「一つ! 脚本に妙なリアリティがあったから!」

「確かに、僕も観ていてそう思いました。残りの五分は?」

「……それはあれだよ、支配人。つまりハルちゃんはアイドルなのさ」

「……は?」

「アイドルだから、初々しい初恋さえも知らないヒヨドリのほうが精神衛生上好ましいってことだず! もうっ、みなまで言わせるなよ支配人!」

「あー……。なんとなくですけど、コニーさんの言いたいことは分かりました」

 

 ……まあ、しかし。

 実際、僕は知らない。

 

 ナナスタのアイドルたちが――ナナスタへ来る前に。

 つまり、アイドルになる前に。

 どれほどの恋心を知り、その想いを実らせたのか。あるいは涙をこぼしたのか。

 

 そんなことは、今の仕事とは関係ない話だ。だから、そういう話を聞くこともない。

 だけど。彼女たちはアイドルである前に、どこにでもいる普通の女の子なのだ。

 ごく普通に、当たり前に。

 

 誰かを好きになって告白したり、あるいは告白されたり。

 彼女たちが歌っている曲のように……とはいかないまでも、きっとそれぞれの物語があるのだと思う。

 

 ナナスタははっきりと恋愛禁止令を出しているわけじゃない。もしかしたら、みんなから見えないところで……ということも、ないとは言い切れない。

 

「とはいえ、僕から見ればまだみんな子供だし……」

「ノンノン。時の流れは一瞬だぜ、支配人?」

 

 メガネのフレームをひょいと持ち上げてから、コニーさんは人差し指を振った。

 

「……自分でも知らず知らずのうちに、みんな恋を知っていくよ。その対象はもちろん、男の子かもしれない。だけど、もっと別の何かかもしれない。たとえば……」

 

 にぎにぎしい空間をぐるりと見渡して、

 

 

「――『アイドル』とかね!」

 

 

 今日一番のキメ顔で、コニーさんは不敵に笑ってみせたのだった。

 



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