ラスト・ナンバー 101人目のアタシ『最高に美味しいイチゴのケーキのプレゼント!』(2022年式波・アスカ・ラングレーの誕生日記念LAS短編) (朝陽晴空)
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100,000(十万字)のLAS短編

2009年から2012年まで書いた短編集から抜粋してリメイクしたLAS短編です。
若気の至りで書いてしまった物もあるので、現在の作風とは違う物もあるかもしれません。アンケートや感想などで面白かった部分を教えて頂けると幸いです。


No.1 後5cm!

 

 僕は碇シンジ。

 第三新東京市にすむ中学二年生だ。

 昔から気になっている女の子が側に居るんだ・・・・・・。

 

 その子の名前は惣流アスカラングレー、僕の家の隣に住んでいる幼馴染。

 僕の両親とアスカの両親は、僕たちが生まれる前から親しい付き合いをしてきた。

 だから赤ん坊の頃から僕とアスカは一緒に居ることが当たり前だったんだ。

 アスカはドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフだったから、小さい頃は目の色や髪の色が違うっていじめられていた。

 でも、僕はアスカの蒼い目やキラキラとした金色の髪もきれいだと思ったから、いつも学校から泣いて帰ってきたアスカにそういってあげたんだ。

 そうしたら、アスカはいつもニコニコして僕の側を離れないようになったんだ。

 僕の両親もアスカの両親も仕事で忙しくなることが多かったから、晩御飯はどちらかの家で食べたり、テレビやゲームも同じ部屋で、お、お風呂も小学校に上がるまで一緒だった。

 学校でもベッタリだったから、よく友達にアスカはシンジの奥さんだってからかわれる。

 

 幼馴染のアスカを女性として意識し始めたのは中学校に上がったころだったかな。

 アスカも僕の事をいろいろ気にかけてくれて、いい感じ……なんだけど、僕には悩みがある。

 もともとアスカは活発な子だから、男の子がやるような遊び、サッカーとかに参加するようになって、小学校高学年の頃にはグングンと背が伸びて行ったんだ。

 中学二年生になった今でも、アスカの方が僕より身長が高い。

 

「ねえ、シンちゃん。お菓子が無くなったから新しいの出してよ」

 

 アスカは僕の家のリビングで、ソファーに寝転がり、ポテチをかじりながらテレビを見て居た。

 タンクトップにショートパンツと言う露出の多い服装は、目のやり場に困ってしまうよ。

 

「もう、夜も遅いし家に帰って宿題をした方がいいんじゃないの?」

「えー、今日泊めてよ。ウチも今夜両親いないし」

 

 僕はアスカのこの言葉にあせって、体中から汗をたらしながら大声で言い返した。

 

「と、泊まるって、父さんも母さんも居ないんだから、絶対ダメだよ!」

「えー、何で?」

「僕たち、もう中学生なんだよ!付き合ってもいない男女が一緒に泊まったりしないのは当たり前じゃないか!」

 

僕がそう言うと、アスカは身を乗り出してその可愛い顔を僕に近づけてきた。

 

「じゃあ、付き合えばいいじゃない。この前も返事を先延ばしにしてなかったっけ?」

「そ、それは僕の身長がアスカに届いてから……」

 

 僕はアスカに聞こえないような小さな声でボソボソと言い返すしかできなかった。

 下を向いてうつむいていると、アスカは台所にある戸棚の側に立っていた。

 お菓子の入っている引き出しは、踏み台がないと取れない位置にある。

 アスカは椅子では無くて、古い木の踏み台を使おうとしているみたいだけど……。

 いけない、確かあの台は相当古くなってもう捨てようと思って出していたものだ。

 怪我でもしちゃ大変だ。僕は急いでアスカの下に駆け寄った。

 

「アスカ、その台は……」

「なあに、シンちゃん?」

 

 台に乗ったアスカが僕の方を見ようと後ろに振り返る。

 そしてバランスを崩してアスカは正面から僕に倒れこんできた。体が折り重なる。

 アスカの体は意外と軽い。そして柔らかい。甘いにおいがする。

 僕がアスカの倒れる衝撃にびっくりして閉じた目を開くと、至近距離にアスカの柔らかそうな唇があった。

 アスカは僕と目が合うと、突然僕の顔を両手でつかんで、唇同士を遭遇させた……つまりキスをしてしまったんだ。

 何秒くらいキスをしていたんだろう。僕らは夢のような体験から目を覚ますと、お互いの体を解き放した。

 

「えへへ。シンちゃんとキスしちゃった」

 

 アスカは真っ赤な顔で上目遣いで僕の事を見ている。とてもかわいい。

 こうなったら僕も覚悟を決めて言うしかない。

 

「アスカ、順番は前後しちゃったけど、ぼ、僕と付き合ってくれないかな?」

 

 アスカはそのかわいい唇に指を当てて考え込むような仕草をして、こう答えた。

 

「あれ?アタシの身長を追い越すって話は?」

「え?わかってたの?」

「普段からシンちゃんの事見てたらわかっちゃうし」

 

 はは、すっかりお見通しか。アスカにはかなわないよ。

 アスカは僕の後ろにまわって、腕を僕の首に巻き付けて背中からギュッと抱きついてきた。

 

「シンちゃんはこれから背が伸びて行くんだから、こんなことができるのも今のうちね。」

 

 今日、僕とアスカは幼馴染に別れを告げて、彼氏彼女と言う関係になった。

 

 

 

No.2 デートじゃなくて暇潰しなのよ!

 

「アスカ、ミサトさんが水族館の入場券を二枚くれたんだ」

「ふーん、それで?」

「あ、だから……その……」

「ま、来週の日曜は暇だから付き合ってあげてもいいわよ」

 

 アタシがそういうとシンジのやつは玩具を買ってもらった子供のように喜んでいる。

 バカね、あれじゃあ、はしゃいでいるのが丸わかりじゃない。

 アタシはシンジの鼻先に人差し指を付きつけて言ってやった。

 

 「勘違いしないでよ?これはデートじゃないの。暇つぶしよ、ひ・ま・つ・ぶ・し!」

 「うん、分かってるよ」

 

 アタシがそう言ってもシンジの顔は緩み切っている。全く、分かっているのかしら?

 アタシは部屋に戻って今度の『暇つぶし』に備えて洋服の衣装合わせ。

 鏡に映る自分の顔はまるでときめいている少女のような顔だった。

 アタシが何度もほおを叩いても元に戻ってしまう。

 もう!シンジのやつにこんな顔を見せたらなめられちゃうじゃないのよ!

 

 「まあ、シンジにしては上出来よね。綺麗な魚も見えるし、デートスポットの定番じゃない」

 

 シンジの顔がみるみるうちに赤くなっていくのに、アタシは自分の失言に気付いた。

 

 「暇つぶしにもまあ、悪くは無いわ!」

 

 アタシは慌ててそう言いなおした。シンジは相変わらずニヤニヤしている。全くもう!

 休日の水族館はカップルの他に家族連れでも賑わって人混みで溢れ返っていた。

 

 「シンジが迷子になったら困るから、仕方が無いから手を繋いであげるわ!」

 「アスカ、真っ赤な顔をして怒っているの?」

 「違うわよ!早く手を出しなさいよ!」

 

 アタシはそう言いながら自分の顔が火照っているのを感じた。

 シンジは腫れ物でも触るかのようにそっと手を握って来るんだけど……。

 これじゃあ簡単に引き離されちゃうじゃない!

 アタシはシンジの肩に自分の肩を寄せて強引に自分の腕を組み入れた。

 

 「熱帯魚ってきれいねー」

 「うん、いろいろな模様があって見ていて飽きないね。」

 「うわあ、大っきい魚ね」

 「こんな魚が居るなんて驚いちゃうよね。」

 「うわあ気持ち悪い。何、この魚」

 「深海魚だね。光の届かない所で暮らしているからこんな姿になるんだ。」

 

 シンジは水族館の中を歩いている間、四半世紀前のロボットのようにぎこちない動きをしていた。

 これじゃあ緊張した初々しいカップルだって丸わかりじゃない!恥ずかしいったらありゃしないわ。

 お昼を食べてから最後にイルカショーを見た。やっぱりどこの水族館もイルカショーは目玉みたいね。

 事前にチケットを買っていないとイルカに触れないみたいだからアタシは諦めていたんだけど、シンジのやつがチケットを買っていてくれたみたい。

 あれ?この水族館のチケットってミサトがくれたって言ってなかったっけ?

 その時は違和感の原因に気が付かなくて、イルカに触れたって単純に喜んでいたけど、帰る時にその事に気が付いて顔の表面温度がまた上昇してしまった。

 

 「アタシ、来週の日曜日も偶然暇なんだよね」

 「アスカは委員長と遊びに行ったり忙しいと思ったんだけど、日曜日は暇なの?」

 「割とね」

 「何か、ミサトさんがまた映画のペアチケットが2枚余ったって言ってたと思うよ」

 

 ふーん、白々しい言い訳をしちゃって。アタシの方もそりゃおかしいとは思ってるけどさ。

 

 「ミサトって加持さんとよりを戻したって聞いたけど、ドタキャンが多いのね」

 「た、たぶん加持さんもミサトさんも仕事が忙しくて都合が合わないだけだと思うよ」

 

 次の日曜日にシンジと見た映画は『豪華客船沈没』と言う映画だった。

 

 たくさんの乗客が乗った豪華客船が沈没してしまう映画で、主人公の新聞記者の男性が離れた足場に飛び移ったり、天井にぶら下がったりとアクション性が高い。

 

特に結婚したばかりの奥さんを抱きかかえながら跳ぶシーンには見惚れてしまった。

 

 「アスカ、映画館の中では迷子にならないけど、なんで僕の手を握るの?」

 「冷房が利きすぎて寒いからよっ!」

 

 その週の水曜日、アタシは学校でヒカリに週末の予定を聞かれた。

 

 「ねえアスカ、今度の日曜日に一回でいいからデートしてくれない?」

 「え?何でアタシが知らない男とデートしなくちゃいけないのよ」

 「コダマお姉ちゃんが勝手に約束してきちゃったらしいのよ。アスカを紹介して欲しいって言われて」

 

 ヒカリは必死に手を合わせて頼みこんでくるけど、アタシは首を縦には振らなかった。

 

 「アタシは日曜はその……いろいろ予定があって忙しいのよ」

 「アスカは先週も先々週もそんなこと言ってたね?もしかして、碇君と?」

 「なんで、バカシンジが関係するのよ!ネルフの仕事よ、仕事!」

 「ふーん、じゃあ碇君に聞いてみようかしら」

 

 したり顔でそう言うヒカリにアタシは黙り込むしかなかった。

 来週の日曜はどんな『暇つぶし』をしようか、アタシはドキドキしていた。

 水族館、映画館と来たら次は遊園地かな?

 お化け屋敷でシンジのやつに抱きついてやったり、一つのジュースを二人で飲もうとか言ったらシンジはどんな顔をするかしら、楽しみね。

 でも、アタシがいくら待っていてもシンジは誘って来なかった。

 シンジ、今日はもう土曜日の夜だよ?誘ってくれないと間に合わなくなっちゃうよ?

 アタシは不安そうな表情でシンジの顔を眺めていたと思うけど、シンジはアタシの方を見ようともせずに一人で考え込んでいるみたいだった。

 シンジがたいして喋らずに暗い表情で部屋に入って行く後ろ姿を見送ると、アタシはミサトに聞いてみる事にした。

 

 「シンジってば、陰気な顔しちゃってどうしたの?」

 「明日シンちゃんはお母さんの命日で司令と二人でお墓参りに行くのよ」

 「アホくさ、会うのが嫌なら断ればいいじゃん」

 「嫌でも無いみたいだからやっかいなのよ」

 

 そう言って立ちあがったミサトはシンジの部屋のドアを少しだけ開けて何やらシンジと話している。お互い小さい声でリビングからじゃ聞こえない。

 

 アタシは何と無しに自分の携帯電話をいじってヒカリに電話をかけた。

 

 「ヒカリ、明日のデートの件だけど今から大丈夫?」

 「ええっ、明日は碇君とデートじゃないの?」

 「あいつ、用事があるんだってさ。だから暇になったのよ」

 「そういうことなら、向こうは喜んでOKすると思うんだけど……」

 

 次の日アタシがデートから戻って家に帰ると、シンジが椅子に腰かけてチェロを弾いていた。

 聴き終わったアタシがリビングに姿を見せて拍手すると、シンジは驚いてアタシの方に振り向いた。

 

 「結構うまいじゃない」

 「小さい頃からやっていてこの程度だからね」

 「シンジの事見直したわ」

 

 本当はかなりシンジの事を見直したんだけどねと心の中で呟いた。

 アタシは話ながら奥の部屋に入って寝っ転がった。

 

 「夕飯を食べて来るんだと思ったよ、意外と早かったね」

 「つまらないから逃げて来ちゃった」

 「相手の方が驚いたんじゃない?」

 

 嘘よ。本当は相手がキスしようとか下心丸出しで迫ってきたから怖くなって逃げて来たの。

 あと……シンジの作る夕食を食べ逃したくないと思ったし。

 アタシがお風呂からあがると、シンジはリビングで電話を受けていた。

 アタシは下着にTシャツ一枚と言うスタイルで話しかけた。

 

 「ミサトから?」

 「うん、遅くなるから先に寝ててって」

 「じゃあ今夜は二人っきりってわけね」

 

 アタシがそう言ってVサインを作ってウインクしてやるとシンジは慌てた表情になった。

 そして、アタシはそのままシンジににじり寄る。

 

 「ねえシンジ、キスしよっか?」

 「ええっ、なんで!?」

 

 まだシンジに本当の気持ちを打ち明けるのが怖い。シンジはアタシに好意を持っていてくれる事は分かるけど、今の関係を壊したくない。

 だからまたアタシはあの言葉の魔力に頼ってしまう。

 

 「暇つぶしよ、暇つぶし」

 

 

 

No.3 ミスター第三新東京市大学コンテスト

 

「ミスター第三新東京市大学コンテスト?」

「そうだ、碇。この大学で行われている男子の人気投票だ。知らないのか?」

 

そう言ってケンスケは僕を見つめてため息をついた。

 

 僕は碇シンジ。第三新東京大学に通う一年生だ。

 第三新東京大学は学部の数も多くて門戸も広い。

 中学校の頃からの友達のケンスケとトウジも学部が違うけど同じ大学に入学できている。

 

「碇も出てみないか?結構いい線行くと思うぜ?」

「そんな、僕なんか目立たないよ」

「かっこいいだけじゃなくて、母性本能をくすぐるような線の細い優しげなやつも人気があるんだぜ」

「センセも美人のおかんに似て可愛い顔しておるやないか」

 

 ケンスケもトウジも、僕の顔が女性っぽいってしょっちゅうからかうんだ。

 僕はもっと男らしくなりたいのに。そう、僕にはもっと男らしくなりたい理由があるんだ。

 

「惣流もきっと投票すると思うぜ」

「せやせや、大学中の女子のほとんどが投票するって話や」

 

 惣流アスカラングレー、僕の小さい頃からの幼馴染で憧れの女性でもある。

 僕は小さいころに隣に引っ越してきたアスカに一目惚れしてしまったんだ。

 でも、僕より足が長くて、金髪蒼眼の彼女は僕を幼馴染としてしか見てくれていない。

 

「惣流は碇が出場すれば、きっと碇の名前を書くと思うけど、碇が出ないんじゃ他のやつの名前を書くしかないんだろうな」

 

そういってケンスケは意地悪そうに笑うけど、僕は挑発に乗るまいとこらえていた。

 

「そいや、惣流は最近渚のやつと仲が良かったんちゃうか?」

「渚も出場するって言ってたな。あいつのルックスならいい所まで行くんじゃないか?」

 

 渚カヲル君は高校生になってから僕たちと知り合った友達だ。

 楽器の演奏も僕よりうまいし、かっこよくて女の子にも、もてている。

 アスカとカヲル君は周囲からお似合いのカップルだとクラスメイト達が言う事もある。

 その度に僕の胸は痛むんだ。

 

「きっと、惣流は渚の名前を書くんじゃないか?」

 

そのケンスケの言葉を聞いたとき、僕の我慢も限界を迎えた。

 

「……じゃあ、僕も出るよ」

「よっしゃ、じゃあセンセの名前で登録しておくで!」

 

トウジが嬉しそうにそう言って駆けだして、その場に残ったケンスケは僕の前で含み笑いをしている。

 

「くっくっく……これで碇の写真の売り上げも倍増だ」

 

 やっぱりそのつもりだったか。

 僕はケンスケの口車に乗ったことがわかったけど、出場するからにはカヲル君に負けたくなかった。

 『ミスター第三新東京市大学コンテスト』は報道部のサークルが仕切っていて、毎年大学の外からのお客さんやマスコミが取材に来るほどの大きな大会だったみたいだ。

 

「ミスター第三新東京市大学コンテストに出るだって?」

「うん、そうだよ」

「相田のやつに担がれたんでしょ、恥をかくだけだから止めておきなさい」

 

 コンテストに僕が出る事を知ったアスカは嬉しそうな顔をしなかった。

 予想していた事だけど、そこまで嫌がれるとは思わなくてショックだった。

 でも、次の日からもっとショックな出来事が僕を待っていた。

 アスカが、他の女子達との話で、渚君の事を褒めちぎっていたんだ。

 

「渚君ってば、カッコイイし、社交的だし、もう憧れちゃうわ!」

 

 僕はアスカ以外の女の子と手を繋いだことも無いし、たくさん話したことも無い。

 女の子からデートに誘われることもあったけど、自信のない僕は断っていた。

 渚君みたいに女の子との交際に慣れているわけもない。

 そして、いよいよミスター第三新東京市大学コンテストの日がやって来た。

 ここまできたら負けたくないと思ってステージの上に堂々と上がる事が出来た。

 アスカは……客席から僕の方を見ている。

 僕にはアスカの表情があまり明るくないように見えた。僕がコンテストに出たことに失望しているのかな。

 でも、コンテストでアピールできればきっとアスカが僕を見る目も変わってくれるはずだ。

 ステージの上で一人ずつ紹介されて行く。僕も堂々と振る舞えて悪くないと思う。

 ……黄色い歓声を投げかけてくれる女の子たちも居たし。

 でも、コンテストが終わった時、アスカの姿は見えなかった。

 

「あれ?アスカは先に帰っちゃったの?てっきり僕に投票してくれると思ったのに」

「碇君、ショックを受けないで聞いてくれる?」

 

 そう言ってアスカの友達の洞木さんがアスカの投票用紙を見せる。そこには『渚 カヲル』と名前が書かれていたんだ。

 

「くそっ!」

 

 僕は心臓の血が逆流するような感じにとらわれた。

 僕は洞木さんの前から走り去った。

 洞木さんから落ち付くように声を掛けられても、僕は振り返りもしなかった。

 その時の僕はただただイライラしていたんだ。

 家に帰ってもイライラは収まらなかった。

 僕は怒りがおさまらなくて、家の庭に出されていたプラスチック製のゴミ箱を形が変形するほど蹴りつけていた。

 隣の惣流家の二階の部屋の電気が消えて人が階段を降りて来る気配がする。

 多分、アスカだ。僕は逃げなくてはいけないと思いながらも、足は鉛のように重く動かないように感じた。

 そうこうしている間にアスカが僕の前に姿を現した。

 

「ヒカリから聞いたわ、アタシが渚に投票したから怒ってるみたいね」

 

 アスカの言葉が自分の胸に突き刺さる。

 僕は二の句も告げる事が出来なかった。

 

「アスカは渚君の事が好きだから投票したんだろう? 周りの子にもそう話していたし」

「あれはシンジが優勝したら、アタシがシンジの側に居る事が難しくなっちゃうじゃない、だから渚の名前を書いたのよ」

 

そう言って照れたアスカはとってもかわいかった。

 

「素直にシンジのことを好きって伝えられなかったアタシが悪かったのね。そんなアタシに罰を頂戴」

 

 アスカは唇を僕に向かって突き出した。キスが罰だって?アスカの言い分に僕は苦笑しながら……唇を重ねた。

 しょっぱい味がする……まさかアスカは泣いていたの?……荒れる僕を見て。

 僕は、僕なんかのために涙を流してくれた幼馴染の恋人を一生守っていこうと固く心に誓った。

 

 「アンタはアタシにとってのミスター第三新東京市大学よ」

 

 アスカは僕に腕を絡めて、そう言ってくれた。

 

 

 

No.4 バレンタイン記念LAS短編 バレバレユカイ

 

 ある晴れた日の事。

 アスカとシンジは第三新東京市の商店街へ手作りチョコレートの材料を買いに来ていた。

 

「それにしても、アスカがチョコレートを作りたいだなんて驚きだよ」

「ま、まあちょっとした心境の変化よ」

「もしかして、加持さんにあげるの?」

「知らない」

 

 アスカはプイっと横を向いた。

 アスカとシンジは店で買った手作りチョコレートに必要な材料と金型などの器具を半分ずつ分けて手に持って専門店を出ようとすると、入ろうとしたヒカリとすれ違った。

 マズイところを見られた、とアスカは急いで立ち去ろうとしたが、ヒカリに気付かれてしまう。

 

「あらぁ!アスカじゃないの!やっぱり今年は本命の手作りチョコをプレゼントするって話は本当だったのね!」

 

赤い顔をして何も答えられずに固まってしまったアスカ。

 

「へーえ、そうだったのか」

 

まるで他人事のように呟くシンジに、ヒカリは盛大な溜息をついてそれ以上何も言わずに店の中へと入っていった。

 

 

 

 初めての手作りチョコレートに挑戦するというアスカは、絶対に失敗はしたくないからということで素直にシンジに頭を下げて頼みこんだ。

 シンジは今までになく腰が低いアスカに驚きを禁じ得なかった。

 それが自分以外の男性に渡されるチョコレートだとしても、真摯なアスカの態度に心を打たれたシンジは、チョコレート作りに喜んで協力する。

 コンフォート17の葛城家のキッチンで、さっそくチョコ作りのために材料を広げたアスカは、その一つをつまみ上げて不満そうな顔でぼやく。

 

「『ラクラクテンパリングの素』って、何か手抜きをしているようでイヤなのよねー」

「でも、チョコレートを固める温度調節は僕たちのような初心者には難しいって店員さんにも言われたじゃないか。失敗したくないんだろう?」

「う、うん……やっぱり初めての手作りチョコが失敗作なんてイヤだし……」

 

 顔を赤らめて恥じらうアスカを見て、シンジはアスカの手作りチョコレートをもらえる幸せな男、加持リョウジを羨ましく思った。

 少し暗い表情になったシンジに違和感を感じながらも、アスカはシンジの助力を得てチョコレート作りを進めていく。

 アスカにとってはタイミングの悪いことに、そこへ仕事が珍しく終わったミサトが上機嫌で帰って来た。

 

「たっだいまあ~! ……ってウソぉ!? アスカが台所に立っている! 驚天動地、晴天の霹靂だわ。明日の天気はきっと台風ね」

「何よっ!失礼ね」

「いやあ、昨日の夕食でアスカが手作りチョコを作りたいって言いだした時は冗談かと思ったし……」

 

 ミサトのからかうような口調にアスカは腰に手を当てて言い返す。

 

「アタシはもともとしっかりとした性格なのよ!」 

 

 そしてミサトはチェシャ猫のような目になってアスカに言葉を投げかける。

 

「今年は加持のヤツにチョコレートあげるのやめたんだって?」

 

 ミサトの発言にシンジは耳を疑った。

 去年のバレンタインの本命チョコは加持さんだったとアスカは公言していたはず。

 てっきりこのチョコレートも加持のためだと思っていたシンジはその相手を考え出す。

 やっぱり学校に居る誰かか?

 ケンスケとトウジの顔が真っ先に浮かんだが、シンジはそれはありえないだろうと否定した。

 するとサッカー部のキャプテンで中学生探偵として有名な後輩のあの男の子かな?

 顔はゴリラみたいにゴツイけど、意外に優しい所があると評判のバスケ部の主将?

 僕たちがいつも食べに行っている定食屋を切り盛りするあの子かもしれない。

 シンジがアレコレ考えていると、さらに悪いニュースが彼の耳に飛び込んできた。

 

「義理チョコも止めて本命一本に絞るなんて、アスカもついに本気になったのね」

 

 去年、シンジは義理チョコと言ってアスカからチョコをもらえて嬉しかった。

 義理でもチョコをもらって嬉しくない男子は居ない。

 

「よ、余計なお世話よっ!さあシンジ、次はどうすればいいのよっ?」

「う、うん、ココアパウダーを入れて後は冷やせば……」

 

 冷静さを失って怒鳴り散らしているアスカには気がつかなかったが、ミサトにはシンジが落ち込んでいる様子が見て取れた。

 

「ま、明日までの辛抱よ、シンちゃん……」

 

 ミサトは誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、わめきたてるアスカを黙らせるためにそっと彼女に耳打ちをする。

 

「アスカ、落ち着かないとボロを出してシンちゃんにバレちゃうわよ」

 

 アスカはそれっきり黙り込み、シンジの顔をチラチラと盗み見しながら火照った顔でチョコ作りを進めた。

次の日の朝。

 シンジはやっぱりアスカの様子がおかしい事に気がついた。

 風呂の温度が熱い温いと文句をさっぱり言わないし、何よりもシンジと同じシャンプーの香りをさせていた。

 過去にアスカにこっぴどく叱られてから、けっしてアスカの専用シャンプーを切らすことは無かったのに。

 朝食に出した納豆や小骨の多い魚も文句を言わずに食べ、いつも残しているホウレンソウのお浸しも完食している。

 ミサトはそんなアスカの様子を見て、ニヤリと笑みを浮かべてアスカの耳元で囁く。

 

「アスカ、急にそんな態度じゃあシンちゃんにバ・レ・バ・レ」

「……意地を張らないって決めたのよ」

 

 小声でぼそぼそと囁き合うミサトとアスカを見て、シンジは時計を気にしていた。

 そろそろ家を出なければいけない時間だからだ。

 

「……アスカぁー、僕は先に行ってるよー」

「待って待ってシンジ、もうちょっとで用意できるから」

 

 いつもは1人で勝手に先に行っていろと言ってるアスカが今日に限っては執拗にシンジを引き止めた。

 

「お待たせっ」

 

 息を切らして玄関に姿を現したアスカに、シンジは習慣のように言葉を投げかける。

 

「忘れ物はない?」

「あ、いけない、チョコレート、チョコレート!」

 

 アスカは慌てて自分の部屋に戻ってチョコレートの入った、キレイにラッピングした箱を持ってカバンに入れる。

 

「アスカ、すっかり舞い上がってるな……」

 

 アスカとシンジが2人で外に出ると、アスカは顔を下に向けたまま、動かなくなった。

 

「どうしたの、アスカ?」

 

 シンジが心配そうな様子でアスカに声をかけると、アスカは震える声でしゃべりだす。

 

「アタシ……今日学校に行くのが怖いの」

「怖い?」

「今日、チョコレートを渡そうとしている相手はね、アタシが好きだって言ったことのない相手なの。だから受け取ってくれるかどうか……」

 

 シンジはいつも勝気なアスカがここまで怯えている事に驚愕した。

 しかし、唾を飲み込んでシンジは勇気を出してアスカに笑いかける。

 

「じゃあ、僕がその人に受け取る様に頼んであげるよ。……多少無理をしても。アスカがその事で悲しい思いをしないようにさ」

「ありがと、シンジ。まだ、ちょっとだけ怖いから、学校に着くまでアタシの手を引いてくれる……?」

 

 シンジは震えるアスカの手を包み込むように優しく握る。

 

「もっと、力を入れて、離れないようにギュッっと……」

「仕方ないなぁ、みんなに見られて誤解されると困るから、人目の無いところまでだよ?」

 

 シンジはアスカの手を引いていつものペースで通学路を歩いていく。

 アスカはすっかり明るい笑顔で、何かの曲をハミングしながら軽い足取りでスキップしていた。

 シンジはアスカの豹変ぶりに苦笑いを浮かべたが、アスカが元気になってくれたなら気にしないことにした。

 

「なんやシンジ。ついに惣流とそんな関係になったんか」

「朝から夫婦ごっこか」

 

 ケンスケとトウジに手を繋いでいるところを目撃されたシンジは、パッとアスカの手を放した。

 

「ふ、二人とも、この事はみんなに黙っていてくれないかな? この事が知られたら、アスカは好きな人にチョコレートを渡せなくなるんだ」

 

 シンジの隣で真っ赤な顔をしてシンジの顔を見つめているアスカを見たケンスケとトウジは、やってられないといったリアクションを浮かべシンジに返事をする。

 

「ヘイヘイ」

「わかったわかった」

 

 昇降口についたシンジは、自分より先にアスカが下駄箱を開けるのを見て目を丸くした。

 

「よーし、何も入っていないようね」

「アスカ、何で僕の下駄箱を調べるの?」

「そ、その、アンタはエヴァンゲリオンのパイロットだし、命を狙って爆発物とか入れられてたら危険だからアタシがチェックしたの!」

 

 とっさのことながらひどい言い訳だ、とアスカは目を閉じる。

 

「あはは、ネルフの人達が居るから平気だよ」

 

 シンジのノホホンと能天気な反応に、アスカはホッと胸をなでおろした。

 教室についてからのアスカは、ピリピリとしたさっきを放っていた。

 特に最近転校して来てシンジに近づいて来た霧島マナに対しては、一つの挙動も見逃さないようにずっとにらみつけている。

 マナの方もアスカの刺すような視線を感じて生きた心地がしなかったという。

 

「霧島さん、何かアスカを怒らせるようなことしたのかな……」

 

 シンジが見当はずれな理由でマナの背中を眺めていると、不機嫌な顔のアスカがシンジに話しかけてくる。

 

「アンタ、昼休み屋上で待っていなさい!」

「う、うん……」

 

 アスカの鋭い目つきにシンジは委縮してしまい、心臓をつかまれるような思いだった。

 アスカが立ち去った後、シンジは安堵と不安が入り混じった溜息を吐いた。

 シンジの側から離れたアスカは青い顔をしてヒカリに相談している。

 

「やっぱりシンジは転校して来た霧島が気になっているんだわ……」

「アスカ、きっと大丈夫よ……」

 

 ヒカリがそう言って励ましている時、さらに悲劇が起こった。

 ケンスケとふざけていたトウジがアスカの机に激しく激突し、床に落ちたアスカのカバンを思いっきり踏みつけてしまった。

 教室中に響き渡るアスカの悲鳴。

 アスカが青い顔をして取り出すと、アスカの作ったチョコレートの入った箱は無残にもへこんでしまっていた。

 

「す・ず・は・らーーーー!!!!」

「か、堪忍してや委員長! ふ、不可抗力や!」

 

 トウジがヒカリに土下座をして必死に謝った。

 死人のような顔色をして、アスカはグッタリと倒れこんでしまった。

 

 

 

 そしてチャイムが鳴り響き、昼休みの到来を告げる。

 昼休みはトウジたちと中庭で昼食を食べる約束をしていたシンジだったが、アスカが暗い表情でゆっくりと重い足を引きずって屋上に行く後ろ姿が見えた。

 気になったシンジはタイミングを見計らって屋上に行くことにする。

 ヒカリにこってりと絞られてウンザリした顔のトウジと、あきれ顔のケンスケはシンジを教室から送り出した。

 シンジが屋上に行くと、端っこに暗い顔をして黙り込んでいるアスカが潰れたチョコレートの箱を手にして立っていた。

 

「どうして誰も居ないの?」

 

 もしかしてアスカはチョコレートを渡そうとした相手に告白してすでに振られてしまった後だと思ったシンジはアスカに慌てて声を掛ける。

 

「いいのよ、別に」

 

 首を横に振ったアスカは赤い顔をしながらシンジにチョコレートを差し出す。

 

「こ、これ……つぶれちゃったけど、アンタに……」

「アスカ……もしかして、チョコレートを渡す僕の前で作ってたの?」

「えへへ……、とんだ間抜けよね、アタシも。……バレバレだった?」

 

 アスカがペロッと舌を出してシンジに問いかけると、シンジは首を横に振って否定する。

 

「全然気がつかなかったよ。僕は鈍感だから。……ごめんね」

 

 右手で箱を受け取ったシンジは満面の笑顔を浮かべて、箱を握りしめたままアスカを正面から抱きしめた。

その二人の様子を物陰からそっと眺めていたトウジとケンスケとヒカリとマナの4人は顔を見合わせてほくそ笑んだ。

 

「まったく、アスカと来たら、私たちにはバレバレだったわよね?」

「あーあ、碇君にバレンタインのチョコをあげるなんて言わなきゃよかった。私ったらすっかり踏み台じゃないの」

「まあまあ、ええやんか霧島。これでワイたちもあの2人を見てもどかしく思うことも無くなったんや」

 

マナをいさめるトウジから視線を外し、ケンスケは雲一つない空を見上げてポツリと呟く。

 

「今日も晴れ晴れとした天気だな……」

 

 

 

No.5 明日の方を向いて

 

 前と変わらないように見えるコンフォート17の11階にある葛城邸。

 ミサトさんと僕とアスカが家族として暮らしていた、コンフォート17で唯一埋まっていた部屋。

 綾波の乗った零号機が自爆して第三新東京市の中心部が壊滅した時も、エヴァ量産機が攻めてきてネルフのジオフロントが崩壊した時も、この建物は運良く戦火を免れていた。

 本当に全く変わっていないのは建物だけだった。

 ベランダから見下ろせていた第三新東京市の美しい街並みも、今は巨大な湖の広がる廃墟になってしまっている。

 僕らの通っていた第壱中学校も、ミサトさんと街を見下ろした展望台も、アスカが初めて僕に心を開いてくれたジオフロントの庭園も、全てガレキになってしまっている。

 僕もアスカも、ここに戻ってきてから外の景色を眺めるのが嫌になって、もっぱらテレビやゲームをして過ごしていた。

 学校もエヴァも使徒も無くなってしまったし、他には荒れ果てて人がすっかり居なくなった廃墟の街を歩くことぐらいしかできない。

 体のいい軟禁状態だ。

 もちろん、僕たちが狙われることがあるかもしれないから警備上の理由があるのかもしれない。

 ミサトさんは僕らと違ってネルフの戦後処理とかいろいろやることがあるみたいだけど、夜には家に戻ってきてくれる。

 残り少ない僕達と一緒に居られる時間を惜しんでいるかのようだ。

 そう、僕達はこれから別れて人生を送ることになったんだ。

 一番大きな理由はネルフが今月の末で解体することが決定した事。

 僕達だけじゃ無くて、ネルフのみんなもバラバラに散って行くことになったんだ。

 ミサトさんは使徒戦の功績が評価されて戦略自衛隊の女性指揮官になるんだって。

 加持さんは日本政府も弱みを持っていたみたいで、スパイの罪には問われないことになって、自由の身となって戦場カメラマンを目指すことにしたみたいだ。

 冬月さんは京都に住んでいる娘さんの家に帰って穏やかに老後を過ごすって話していた。

 父さんは……人類補完計画に加担した者として、しばらく刑務所に入れられるみたい、でもしばらくしたら出てこれるようだけど……。

 リツコさんはNPO団体の技師として発展途上国の人道支援をして行くって、リツコさんなりの償いだって話してた。

 マヤさんは大手医療品メーカーに就職して、来月から日向さんと一緒に働くって話。

 青葉さんは居酒屋でアルバイトをしながら今度こそはミュージシャンのメジャーデビューを目指すって息巻いてた。

 綾波は看護士を目指して、看護資格の勉強をしているみたいだ。

 

 

 

 そして、僕とアスカは……。

 今日も夕方の決められた時間にインターホンが鳴る。

 

「今日もお届けにあがりました」

「ありがとうございます」

 

 僕は配達してくれたネルフの元諜報員の人にお礼を言って食材を台所に運び込む。

 アスカも運んでくれるのを手伝ってくれているのが、僕にとっては嬉しい。

 前だったら僕のことを無視して、ソファに寝っ転がってファッション雑誌でも眺めていたんだろうけど。

 

「今日は何を作るの?」

「そうだね、今日は冷やし中華と豚肉サラダにしようか」

「うん、じゃあアタシは……茹でる方ね」

 

 僕は毎日アスカとミサトさんの食事を自分で作りたいと思ったから、ネルフの人にお願いをした。

 この近くのスーパーや商店街はとっくに人が居なくなっているから、わざわざ配達してもらっているんだ。

 

「じゃあ僕は、キャベツの千切りを……っと」

 

 僕は手慣れた手つきでまな板の上でキャベツを素早く切り出した。

 ミサトさんやアスカに料理を押し付けられて始めたけど、今となってはこんなの朝飯前だ。

 アスカは感心した目つきで均等にキャベツを切りそろえた僕を見つめていた。

 こんなこと、毎日やっていれば誰でも身に着くと思うんだけど……照れちゃうな。

 やがてミサトさんが帰ってきて、僕達家族の夕食が始まる。

 

 

 

 僕達が家族としての絆を取り戻したのは、つい最近のことだ。

 弐号機に乗ったまま量産機にやられたアスカのダメージは相当のものだったし、ミサトさんも戦略自衛隊の隊員に受けた傷が元で何度も死線をさまよった。

 僕はカヲル君を殺したショックから完全に立ち直れなくて塞ぎこんでいたんだけど、あの赤い世界にアスカと二人で取り残された時、綾波から母さんの伝言を聞いたんだ。

 

『人間、生きていれば幸せになる機会はいくらでもあるわ』

 

 その言葉を綾波から聞いた僕は、心の中で何かが変わった気がした。そして赤い世界は崩れ去って、みんな元に戻ったんだ。

 エヴァや量産機が消えてしまったこと以外は。

 僕はみんなに生きていてもらいたくて、必死にそれだけを願っていた。

 そうしたら、みんな生きていたんだ、加持さんも父さんも。

 でも、アスカやミサトさんは瀕死の重傷を負って入院生活が続いた。

 僕は二人に元気になって欲しくて、毎日お見舞いに行っていた。

 やっと二人が退院して、ここに戻ってこれたのがつい最近のこと。

 もう一度家族をやり直したいって言う僕の気持ちを二人とも分かってくれた。

 夕食の片づけが終わって、僕とアスカがリビングでゲームをしようとしていると、ついに見かねたミサトさんが僕を呼び止めた。

 

「二人とも、いい加減に荷物の整理を済ませちゃいなさい。大した量じゃないんでしょう?」

 

 僕とアスカはミサトさんの言葉に顔を辛そうに歪ませた。

 もう少しで引っ越すのはわかっている。

 ネルフが解体されたらアスカはドイツに帰国してしまうんだ。

 荷作り何かしたら、その事をまざまざと実感させられてしまう。

 自分の部屋ではいつもの日常を保つことでその事から目を反らしたかった。

 意気地無しだと言われても。

 

 

 

 ミサトさんに急かされた僕とアスカは部屋に戻って荷造りを行うことになった。

 元々僕の持っていた荷物は少ないので、早く終わってしまった。

 でも、アスカの荷物はもっと少なかったんだ。

 意外だって?……それには理由があるんだ。

 アスカは僕にシンクロ率を抜かされたころから、僕を憎んでしまったことがあるんだって。

 それまでは、僕のことを、その……少しは好意を持っていてくれたみたいで……。

 初めて会った時に着ていたワンピースとか、ユニゾンの時に来ていた服とか僕の分までこっそり取って置いたらしいんだけど……。

 僕はミサトさんに褒められて有頂天になっているのを見て、その想いが逆方向に変化してしまったんだって……。

 部屋の中をめちゃくちゃ荒らしたのはもちろんのこと、ワンピースや服とか、僕の写真とか全部切り裂いて捨ててしまったんだって。

 

「ごめんねアタシ、シンジとの思い出を全部捨てちゃった……」

「ううん、アスカの苦しみも知らずに大きな態度をとった僕が悪いんだよ」

 

 お互い暗い顔をして謝りだす始末。

 でも僕は今だからアスカに渡せるものがあるのを知っていた。

 そして、ついに決断の時が来た。

 

「アスカ、これ……ヘッドセットが無くなって、頭が寂しいんじゃないかと思って……」

 

 僕が差し出したのはピンクのリボン。

 エヴァに執着していた頃のアスカにはとても渡せるものではないと思っていた。

 だって、アスカはヘッドセットを肌身離さず着けていたんだから。学校でも、家でも。

 

「ありがとう……」

 

アスカは嬉しそうにリボンを頭に付けて僕に向かってウィンク。

 

「どう、変じゃないかな?」

「と、とっても可愛くなったよ」

 

 数日後、いよいよネルフ解体が間近に迫った休日、ミサトさんは飛行機で北海道に行こうと言いだした。

 僕とアスカは家でゆっくりしていたかったのに。

 千歳空港に降り立つと、今度は電車に乗る。

 一体ミサトさんは僕らをどこへ連れて行くんだろう?

 しばらくすると、車窓から見事なひまわり畑が見えてきた。

 看板には『日本一のひまわり畑』『ひまわりまつり開催中』などと書かれている。

 

「さあ、ここで降りるわよ」

 

 僕達はミサトさんに続いて駅を降り、入園料を払ってゆっくりとひまわりの咲き誇る畑のあぜ道を歩いて行く。

 

「……あなたたち、これからどうするか決まった?」

 

 ミサトさんが振り返らずに前を向いたまま聞いた。

 

「アタシは、ドイツに戻ったら、何か乗り物を動かす仕事に就きたいと思ってる」

「じゃあ、パイロットとかドライバーとかね。シンちゃんは?」

「僕は……あんまり学校の成績もよくなかったし、働きながら料理専門学校に通おうと思っています」

 

 僕達エヴァンゲリオンのパイロットの三人は、ネルフから給料と、多額の退職金がもらえるはずだった。

 でも、ネルフが解体されることになって……僕達はやっと生活できるほどのお金しかもらえなかったし、普通の社会人として暮らして行くしかできなくなったんだ。

 アスカが日本国内に引き続き住むと言う便宜を図る権限も、ネルフには残されていなかった。

 

「ねえ、シンちゃんにアスカ。あたしは上手く言えないんだけどさ、一緒に同じ方向を見つめ続けていれば、いつか叶うことがあるとは思わない?」

 

 ミサトさんに言われて僕とアスカは意味をいまいち理解できずに首をかしげた。

 

「ひまわりってさ、ずっと太陽の方を向こうと頑張っているんじゃない、これってあたしたちに似ているんじゃないかな」

 

 ミサトさんの言葉を聞いて僕はやっとミサトさんが僕らをここに連れて来た理由が分かった気がした。

 

「ミサトさん、僕はずっと前を見つめ続けて頑張ります」

「アタシも明日の方を向いて進んでいくわ」

 

 僕達がそう答えると、ミサトさんはやっと僕達の方を振り返って、笑顔を見せた。

 

「……ねえ、そのリボン、しばらくは付けていてもらいたいけど、いつか外してもいいからね」

 

 帰り道、僕がアスカにそう言うと、アスカは少し考え込んだ後、

 

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

 アスカは嬉しさと悲しさの入り混じった表情でそう答えたんだ。

 それから一週間もたたないうちに、アスカはドイツへと帰国して行った……。

 

 

 

 僕がアスカと別れてから十五年後。

 ドイツの公園で僕は物陰に隠れながら、金髪に青い目をした小さな少女の姿を眺めていた。

 そして、その子の頭には古びてくたびれたリボンが付けられている。

 間違いなくアスカの娘だ。

 彼女は誰かを探しているらしく、公園の中をキョロキョロと見回していた。

 ああ、今すぐ物陰から出て、あの子を抱きしめたい。

 でも、それは許されない事だった。

 そうしたらきっとアスカは僕に対して怒りの感情を抱くに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ~!パパみっけ!」

「何やってるのよ、シンジ!もうちょっとうまく隠れなさいよ!」

「だって、やっぱりかわいそうになったし」

 

 親子でかくれんぼ勝負の真っ最中だったからね♪

 

 

 

No.6 4月バカとシンジ

 

 アタシがシンジに告白なんて事をしたきっかけは、友達との悪ふざけだった。

 アタシはクラスメートのヨウコとアオイと一緒に、今年の4月1日はどんなウソをつこうか企んでいた。

 小さいウソじゃ物足りない、もっとみんなで笑えるような事をしたい。

 テレビでバラエティ番組を見たというヨウコは、アタシにその番組と同じような事をしてはどうかと提案してきた。

 それは、初心な男性に突然女性の方から好きだと告白する事。

 アタシもその番組を見て笑っていたから、罪悪感も薄れていたのかもしれない。

 真面目なヒカリは、そんな誰かを傷つけるようなウソはいけないと怒っていた。

 でも、アタシはヒカリの忠告を振り切って実行してしまった。

 今でも反省はしている、でも後悔はしていない。

 だって……。

 

 

 

 アタシはヨウコとアオイと相談して、獲物となるターゲットを教室の中で物色し始めた。

 いつも、騒がしくヒカリと大喧嘩している鈴原。

 その友達で軍事マニアで女子の写真を撮りまくっている相田。

 特にアタシ達の目を引いたのは、教室の隅の自分の席で暗い顔をしててうつ伏せに顔を伏せている碇だった。

 転校してから陰気なオーラを常に漂わせ、二日目には誰も話しかけるクラスメイトは居なかった。

 必要なこと以外はクラスの誰とも喋らず、もちろん友達も居ない、いつも厄介な仕事を押し付けられている存在。

 群れから離れた草食動物は、肉食動物の格好の獲物となるのは自然の摂理。

 いつもビクビクしている碇をからかったら、どんなに面白いかとアタシ達の間で意見が一致した。

 

「いってらっしゃい、アスカ」

「GO! GO! アスカ」

 

 アタシは悪友2人の声援を背に受けて、碇の席へと向かった。

 アタシが近づいても、碇のやつは顔を机に伏せたまま、ピクリとも動かない。

 

「起きなさいよ」

 

 アタシは碇にそう声をかけたけど、碇のやつはじっと動こうとしない。

 

「ちょっと、何無視しているのよ!」

 

 声を荒げてアタシがそう言うと、碇はやっと起き上がってアタシの顔をぼう然と見つめる。

 

「え? 僕を呼んだの?」

「そうよ、アンタに声をかけたのよ」

 

 アタシが腰に手を当てて、そう言うと、碇のやつは驚いて目を丸くする。

 

「ええっ!? 惣流さんが僕に!?」

 

 叫ぶ碇の表情は、これまで見た事が無かった。

 コイツ、人並みに感情表現が出来るじゃないの。

 でも、碇はすぐにいつもの陰気な表情に戻ってポツリと呟く。

 

「……何か用? 用が無ければ、僕に声をかけるはずないよね」

 

 うわ、かなり自虐的なやつね。

 でも、ここで話を止めたら何も面白くないと思ったアタシはもう少し積極的に碇と話す事にした。

 

「そんなこと無いわよ。アタシ……前からアンタと話したいと思っていたんだけど、なかなか声をかける事ができなかったのよ」

 

 顔を赤らめて伏し目がちに恥ずかしそうにそう言うアタシの姿を、碇はじっと見つめている。

 ふふ、アタシの演技にすっかり騙されている。

 成功を確信したアタシは後ろ手で、ヨウコとアオイに向かってピースサインを送った。

 もちろん、2人も声を押さえて笑っている。

 しかし、次に碇の口から出た言葉にアタシは耳を疑った。

 

「僕も、ずっと惣流さんと話してみたかったんだ……」

「ええっ!?」

 

 アタシが驚きの声を上げて、碇の顔を見つめると、碇は照れくさそうに笑ってボソボソと話し始める。

 

「引っ越した日から僕の隣の家に、とってもかわいい女の子が住んでいるって気が付いたんだけど……僕は自分の部屋の窓から、惣流さんをそっと眺めることしかできなかったんだ……」

 

 アタシは碇に言われて、やっとお互いの家が隣同士だって事に気がついた。

 

「惣流さんは明るくて、学校でもたくさんの友達に囲まれていて、僕の憧れなんだ」

 

 いきなりべた褒めされて、アタシも気恥かしさで顔が火照って行くのを感じた。

 

「僕も惣流さんみたいに明るくなりたいな」

 

 そう言って上目遣いでアタシを見つめるシンジの表情に、アタシの胸はズキューンとなった。

 碇のやつってば、男のクセに可愛い顔をするじゃない。

 

「アタシの事はアスカで良いわ、アタシもシンジって呼ぶから」

 

 アタシがそう言うと、シンジだけではなく、ヨウコとアオイも驚いている様子だった。

 そりゃそうだ、もしかして一番戸惑っているのはアタシ自身かもしれない。

 なんで、あんな陰気な碇なんかにときめかなきゃならないのよ。

 そして放課後、帰る時になってアタシはまた碇に声をかける。

 

「シンジ、一緒に帰らない?」

 

 アタシのこの言葉に、シンジだけでなく、周りのクラスメイト達も驚いた様子になる。

 これは、当初の計画通り。

 エイプリルフールのウソの仕上げなのよ、後で盛大に嘘だと言って大笑いしてやるわけ。

 でも、アタシはシンジを騙しているのか、自分の心をを騙しているのか分からなくなっていた。

 今まで、アタシの事を美人だとか成績優秀だとかそう言う事で誉められたことはあるけど、アタシ自身の性格で褒められた事はあまりなかったからだ。

 シンジは困惑気味にアタシを見上げて答える。

 

「……僕なんかと帰っても面白くないよ。たいしたこと喋れないし」

 

 暗い顔をしたシンジは見たくない、シンジの笑顔を見てみたいと思ったアタシはシンジの背中を叩いてはっぱを掛ける。

 

「下を向いていないで顔を上げなさい!」

 

 アタシに怒鳴られたシンジは怖がりながらも顔を上げた。

 

「うん……」

「ね、アタシの顔も良く見えるでしょ?」

 

 アタシがそう言って微笑みかけると、シンジの表情は少しだけ明るくなった。

 こうなったらもっとシンジの笑顔を見てみたい、二度と陰気な表情などさせるものか。

 帰り道、アタシはシンジと並んで歩きながら話している。

 

「アンタさ、何か得意なこととかないの?」

「……そんな、僕は勉強もあまりできないし、人を喜ばせるような面白い話もできないし」

 

 そう言って碇はまた自信をなくしたように俯いてしまった。

 アタシはなんとか碇にその陰気な顔を止めさせようと話しかける。

 

「別に、好きな事で続けている事でもいいのよ」

「続けている事と言えば、チェロかな」

 

 碇が呟いた言葉に、アタシは手を打って反応した。

 

「それよ! 今日これからアンタの家に行って、チェロを聞かせてもらうわ!」

「ええっ!?」

 

 アタシは自分の家に戻ると、すぐに着替えて隣のシンジの家へ向かった。

 呼び鈴を鳴らすと、シンジが慌てて玄関のドアを開ける。

 シンジの家に入ったアタシは、リビングやダイニングキッチンの様子を見て違和感を感じた。

 この家には二人しか住人が居ないように感じたからだ。

 

「アンタ、もしかして二人暮しなの?」

「うん、母さんが事故で死んじゃって、僕は父さんとこの家に引っ越す事になったんだ」

 

 シンジの話を聞いたとき、アタシはシンジがなぜ転校してから暗い顔をしていたのか解った。

 

「アタシも、小さい頃、パパがアタシとママを捨てて家を出て行っちゃったんだ」

 

 なぜシンジにこんな話をしてしまったのか分からない。

 多分、アタシとシンジは似た存在で、たまたま逆の生き方を選んだだけなんだろうと思ったからなのか。

 アタシはママを悲しませないように、空元気で明るく過ごしていた。

 

「じゃあ、惣流さんも知っているような曲を弾こうかな」

 

 部屋からチェロを引っ張り出したシンジはリビングの椅子に腰かけると、チェロを弾き始めた。

 シンジが弾いた曲は無伴奏チェロ組曲と言うアタシもどこかで聞いたような曲だった。

 アタシが笑顔で拍手をすると、シンジは気を良くしたのか、さらに難しい曲もアタシの前で披露した。

 

「やるじゃない、立派なもんよ」

「父さんに言われて始めたんだけどね、誰も止めろって言わなかったから」

「継続は力なりよ! アンタのチェロは凄い、アタシ感動しちゃった!」

 

 アタシがそう褒めると、碇は今までアタシが見た事の無いような明るい笑顔を浮かべた。

 

「今まで、誰も褒めてくれる人が居なかったから、嬉しいよ」

 

 その後、アタシはシンジに夕食までご馳走になってしまった。

 

「このハンバーグ、ママが作ったのよりおいしい!」

「そんなあ、大げさだよ」

 

 アタシに褒められたシンジは照れ臭そうな顔をしてたけど、とっても嬉しそうだった。

 すっかりシンジの家に長居してしまったアタシはシンジのパパに会ったんだけど、とっても怖そうな人だった。

 でも、ぎこちない表情で、「よかったな、シンジ」って声をかけていたところを見ると、怖いんじゃ無くて、ただ不器用な人なんだと思った。

 でもこのパパじゃあ、上手くママを亡くしたシンジを慰めてあげる事は出来ないのかなと、思ったけどね。

 

「惣流さんのおかげで、僕も笑えるって気がついたよ……ありがとう」

 

 そう言って穏やかに明るい笑顔を見せるようになったシンジに、アタシの心も舞い上がる。

 アタシは嬉しさのあまりシンジに抱き付いて熱ーいキッスをしてしまい、この日から突然アタシとシンジは恋人同士になった。

 

 

 

 そして次の日。

 手を繋いで登校してきたアタシとシンジを見て、ヨウコやアオイ、ヒカリを始め、クラスメイト達は騒然となった。

 

「アスカ、4月1日はもう終わったのよ?」

 

 そう言って困惑するヨウコ達にアタシは堂々とのろけ話を切り出した。

 

「アタシはね、シンジの魅力に気がついたのよ。シンジのチェロを弾く時の姿ってばかっこいいんだから! ハンバーグを作るのも上手いのよ」

 

 そして、アタシはシンジとお揃いのお弁当箱を取り出して見せつけるように突き出す。

 

「今日も早起きして、一緒にお弁当を作って来たんだから!」

「「ええーっ!?」」

 

 ヨウコとアオイが大声を上げた。

 シンジは照れ臭そうに「アスカ、恥ずかしいよ」と頭をかいて苦笑している。

 

「碇君って、そんなカッコイイ子だったの?」

 

 明るいシンジの姿を見たヨウコが物欲しそうにシンジの方を見ている。

 アタシはシンジの肩に幸せそうに抱きついて宣言する。

 

「もう、シンジはアタシのものなんだからね! アンタ達には渡さないわよ!」

 

 アタシはたまにシンジをバカシンジと呼ぶ事がある。

 アタシのウソに騙されて自分から告白してしまうなんて、シンジは本当に大バカだ。

 でも、アタシもバカなウソをついたのは認めるけどね!

 シンジが本当の事を知ったらがっかりするだろうから、このウソはお墓まで持って行くつもりよ。

 

 

 

No.7 破られたシンジ宛てのラブレター

 

 アタシは、出会った時からシンジの事を好きだったわけじゃなかった。

 それどころか、さえない暗いやつだと思っていた。

 でも、ユニゾンの特訓をした後から少しずつシンジに対するアタシの気持ちは変わって行った。

 あの時のアタシは自分の事しか考えて居なくて、シンジに合わせるつもりなんて無かった。

 だから、シンジとファーストにユニゾンの組み合わせを変更するとミサトに言われた時はショックだった。

 またアタシは仲間外れ。

 どうせ今までずっと一人でやって来たし、最初から上手くいかないものだったと、アタシも諦めていた。

 でも、シンジはファーストよりアタシと組みたいと言ってきた。

 ファーストよりアタシが良いって。

 そしてシンジはアタシに無理をしないで欲しいとも。

 アタシがエヴァンゲリオンのパイロットに選ばれた時から周りの大人達は常に結果を出せと言い続けて来た。

 努力しても結果を出せなければ、役立たずとまで言われた。

 シンジにそう言われた時、アタシは無駄な努力をするなと言われたような気がして、怒鳴り返してしまった。

 でも、よく考えてみるとそれは誤解だと分かった。

 シンジはアタシが苦しんでいる事を感じ取ってくれていたんだと。

 だけどアタシはシンジに対して素直に謝る事もお礼を言う事も一言も言う事が出来ないでいた。

 アタシはいつかシンジに素直な気持ちを伝えられるようにシンジとの同居をミサトに申し出た。

 でも、シンジと一緒に暮らすようになってから、アタシはシンジに当たり散らすようになってしまった。

 シンジってば内罰的で暗い顔をして謝まってばっかりだから。

 そんなシンジの顔を見ているとイライラしてくるのよね。

 だけど、シンジがアタシのために色々してくれている事は知っている。

 ハンバーグもかなり上手くなったよね。

 でも、アタシはいまだにシンジに一言も自分の気持ちを伝えていなかった。

 このままじゃ、シンジはアタシに愛想を尽かしてしまうんじゃないか。

 アタシは手紙でシンジに感謝の気持ちを伝える事にした。

 

 

 

 シンジへ

 毎日アタシを起こしてくれたり、ご飯を作ってくれたりしてくれてありがとう。

 アタシは優しくしてくれるシンジが大好きだよ。

 ……

 ……

 

 

 

 「大好き」って……これじゃラブレターじゃない!

 ちょっと大胆すぎるかな……でも、素直な気持ちを書くって決めたんだし……。

 

「アスカー、ご飯できたよー」

 

 シンジの呼ぶ声が聞こえる。

 アタシは手紙を机の引出しにしまってリビングへと急いだ。

 

 

 

 学校から帰ってきた僕は、さっそく部屋の掃除に取り掛かる。

 ミサトさんもアスカも部屋の掃除を全くしてくれないから、自然と僕が掃除をしなければならなくなった。

 同居人にアスカが増えた事で、僕は掃除をしなければいけない部屋が一つ増えた。

 でも、僕は嫌だとは思っていない。

 ミサトさんやアスカが僕と一緒に同居をして掃除をさせてくれるのは、少なからず僕に好意を持っていてくれるってことなんだと思うから。

 アスカの部屋を掃除していた僕は、引き出しから紙切れがはみ出しているのに気がついた。

 僕はその紙切れの事がとても気になって仕方がなかった。

 アスカの秘密を勝手にのぞくのはいけない事だと解っているけれど……僕は興味を抑えきれなかった。

 これは……僕宛てのラブレター……!?

 アスカが僕の事、優しくって大好きだって……。

 手紙を読んだ僕はとても幸せな気持ちでいっぱいになった。

 僕もアスカに告白した方がいいのかな……。

 でも、この手紙を見た事がアスカに知られるとまずいよね。

 僕も手紙でアスカに自分の思いを伝える事にした。

 

「アンタ、今日はやけに機嫌が良さそうじゃない?」

 

 僕は夕食に思いっきり大きなハンバーグを作った。

 アスカもおいしそうに食べてくれたし、好感触だ。

 僕はアスカがラブレターを渡してくれる日を楽しみに待っていた。

 でも次の日、僕とアスカの仲が険悪になる出来事が起きてしまったんだ。

 いつも定期的に行われているシンクロテスト。

 僕はアスカにいい所を見せようと頑張った。

 もうアスカの足手まといにはならないと。

 

「シンジ君、ユーアーナンバーワン!」

 

 その時、僕はミサトさんの言葉に笑顔で答えんだけど……。

 

「シンジに負けるなんて!」

 

 ネルフの廊下でそう言って壁を殴りつけるアスカの姿を僕は見てしまったんだ。

 

「何見てるのよ、バカシンジ!」

 

 アスカに怒鳴られた僕は何も言えずに逃げるようにその場を立ち去った。

 

 

 

 ミサトからシンジがアタシのシンクロ率を抜いたと聞いてアタシは腹が立った。

 小さい頃からエヴァのパイロットとしての厳しい訓練を受けていたアタシより、何でシンジの方がシンクロ率が高いのよ!

 ミサトのマンションに戻っても、アタシのシンジに対する怒りは収まらなかった。

 

「こんな手紙なんか、シンジなんて大嫌い!」

 

 部屋に戻ったアタシはシンジに宛てて書いた手紙を細かく引きちぎってゴミ箱に捨てた。

 怒りが収まらないアタシはベッドに掛け布団を被って丸まった。

 

「アスカ……」

 

 『部屋に入って来るな』と言う掛札を無視して無神経なシンジがアタシの部屋に入って来る。

 

「何よ、アタシに勝ったからってそんなに嬉しいの!?」

「僕は別に、アスカに勝ったから嬉しいってわけじゃ……」

「じゃあ、何だってのよ!」

「僕はアスカが好きだから……守ってあげられる力が身に付いたと思ったからだよ」

 

 まさかシンジから告白を受けると思っても見てなかったアタシは、驚いて掛け布団をめくり上げた。

 そこにシンジの姿は無かった。シンジは部屋を出て行ってしまったようだ。

 謝るタイミングを逃してしまったアタシはベッドの中で悶々と朝まで過ごした。

 

 

 

 僕はいつものように朝食を作ってアスカを起こしに行くんだけど、気が進まなかった。

 アスカはきっと僕の事を怒っているから。

 こっそりとアスカの部屋に入った僕は、破られた紙くずが入っていたゴミ箱を見てしまった。

 あれは確かアスカが僕宛てに書いたラブレター?

 アスカは僕をそこまで嫌いになってしまったんだ……!

 胸が痛んだ僕は、そのままアスカの部屋を出てリビングへと戻った。

 そうしたら、怒った様子でアスカが部屋から飛び出してきた。

 

「シンジ、何でアタシを起こさずに部屋を出て行っちゃうのよ!」

「アスカは僕の事、嫌いになったんだろう? 僕を見ているとイライラするって! だから僕宛てのラブレターを破り捨てたんだろ!?」

 

 勢い余って口にしてはいけないことまで話してしまった僕は慌てて口を押えるが、後の祭り。

 

「アタシの手紙を盗み読みしたわね!」

 

 アスカの顔がゆでだこの様にかあっと赤くなる。

 

「ご、ごめん」

「そりゃあ、昨日はかっとなって手紙を破り捨てたけどさ」

 

 腕組みをしながら照れたアスカが僕の方をチラチラと見る仕草は可愛いと思った。

 

「でもアタシ、シンジの事は嫌いじゃない……いえ、好きよ」

 

 僕は突然アスカに顔をつかまれて唇にアスカの唇を押し付けられた。

 これってキス……!?

 女の子の唇ってこんなに柔らかいんだ……。

 僕が初めてのキスの感触に酔いしれていると、アスカはゆっくりと僕から体を離した。

 

「……アスカ、本当に僕なんかでいいの?」

「何よ、アタシが好きでもない相手にキスすると思ってたの?」

 

 僕の内罰的な性格は筋金入りだ。

 でも、アスカが好きになってくれる自分も僕も好きになれると思う。

 

「もっと明るく笑っていればいいのよ。アタシ、シンジの笑顔が好きよ」

「そ、そうなの?」

 

 アスカにストレートに褒められると、くすぐったい気分になる。

 

「お二人さん、ノロケはそのくらいにして朝ごはんを食べて準備しないと学校に遅刻するわよ!」

「ミサト?」

「うわっ、ミサトさん!」

 

 いつの間にかニヤニヤと笑いを浮かべたミサトさんが僕達の後ろに立っていた。

 

「行ってきます!」

 

 僕はアスカに手を引かれて通学路を走っている。

 

「アスカ、こんな所を見られて平気なの?」

「別に構わないわよ。堂々として付き合っていると言えばいいの!」

 

 もう僕達にラブレターは必要ないのかもしれない。

 こうして直接素直に気持ちを伝える事が出来るようになったのだから。

 

 

 

No.8 一番星に憧れて

 

 第三新東京市、公園にて―――

 

「何よシンジ、こんな所まで連れて来て」

「アスカに話したい事があってさ」

 

 学校から二人がコンフォート17にある葛城家に帰宅してしばらく経った後。

 シンジはアスカを散歩と言う名目で誘って外に出た。

 アスカは終始面白くなさそうな顔でシンジの後ろを付いて行き、二人は公園にたどりついた。

 ここはシンジとアスカにとって特別な場所だった。

 二人は出会った直後は距離を置いていたのだが、使徒を倒すために協力しなければならなくなった時に、シンジがアスカに歩み寄ったのがこの公園。

 それから度々シンジがアスカに大事な話をする時にはこの公園が定番となっていた。

 シンジはしばらくの間黙り込んだままだった。

 アスカの方もじっとシンジが話すまで待っている事にした。

 時刻はちょうど夕暮れ時。

 

「アスカって、一番星が好きなんだよね? 前にそう話してくれたじゃないか」

「そうね、夜空で一番最初に光る星―――たいていは金星の事だけど」

 

 アスカが返事をしてくれた事に安心したシンジはゆっくりと本題を切り出した。

 

「昨日のシンクロテストでさ、僕が一番になったりしてゴメン」

「何を謝っているのよ」

 

 シンジの言葉を聞いたアスカの顔が険しいものになって行く。

 

「今度のシンクロテストは、アスカが一番になるようにするから」

「アタシをバカにしてるの!? アタシはアンタのおこぼれで一番になったって、全然嬉しくないから! ―――殺したいほどムカつくわ」

 

 アスカは怒って思いっきりシンジのほおを叩いた。

 シンジのほおに赤い手形が刻まれる。

 ほおの痛さに崩れ落ちそうになるシンジに背を向けてアスカは公園を出て行こうとする。

 そのアスカの腕をシンジはつかんで必死に引き止めた。

 

「離しなさいよ!」

「離さない、だってこのままアスカに嫌われたらいやだから!」

 

 アスカはシンジの肩を足蹴りにして腕をほどこうとするが、シンジの意志は固く、一筋縄ではいかなかった。

 

「痛い!」

「お願い、話を聞いてよ!」

 

 いつもより強情なシンジの行動に、アスカの方が折れた。

 

「わかったわ、話を聞くから手を離しなさいよ……本当に痛いんだから」

「あ……ごめん」

 

 アスカから手を離したシンジは意を決して目をつぶりながら大声で叫ぶ。

 

「僕がシンクロテストを頑張るようになったのは……アスカを守りたいと思ったからなんだ!」

「バカシンジが、エースパイロットのアタシを守る?」

「僕はアスカの事……好きになってしまったから……」

「ふん、アンタもどうせアタシを外見で判断してるんでしょ、言い寄る男はみんなそう。やっぱりアタシは加持さんみたいな……」

 

 そこまで言ったアスカは、優しくシンジに手を撫でられて言葉を止めた。

 

「アスカが加持さんを好きでもいい。でも、僕は気がついたんだ。アスカがずいぶんと無理をしている事に」

「アタシは別に……」

「自分の弱い所を隠して見せないような……強がっている気がするんだよ」

 

 アスカはシンジの言葉を聞いて下を向いて黙り込んでしまった。

 

「アスカは本当はもっとかわいい子じゃないのかなと思ったら、なんかこう……守りたい、好きだって気持ちが強くなって」

「……それじゃあいつものアタシがかわいくないみたいじゃないの」

 

 アスカはそう言ってシンジの手の甲を思いっきりつねった。

 

「アタシの事、かわいいって言ってくれたのはシンジが初めてだから正直戸惑っているわ」

「突然、変な事を言ってゴメン」

「謝る事はないわ」

 

 顔をあげてアスカは星空を眺めている。

 シンジもアスカにならって同じように星空を眺めた。

 すでに一番星以外の星もたくさん空に輝いている。

 

「やっぱり、たくさんの星が輝いているから星空って言うのよね」

「そうだね、一番星一個だけじゃ寂しいよね」

「アタシさ、ドイツではいつも他人に負けないようにしてた。だって、周りのみんなはアタシを見下すような態度を取っていたから」

「アスカは負けず嫌いだからね」

「好きで負けず嫌いになったんじゃない! アタシは一番になる事で対抗していたのよ。でもアタシが上に行けば行くほど、みんなの心は離れて行った」

 

 そこまで話すと、アスカは自分をあざ笑うように天を仰いだ。

 

「当然よね、今度はアタシが見下す方になっていたんだもの。エヴァのパイロットとしても、シンジやファーストよりも自分が上だって思っていた。最低よね」

「アスカ、どっちがエースパイロットだなんて関係無いと思うよ。あの分裂する使徒だって、二人で力を合わせて倒したんだからさ」

 

 シンジの言葉を聞いて、アスカはゆっくりと頷いた。

 

「うん、アタシは別にもうエースパイロットじゃ無くてもいいのよ。シンジとファーストと一緒に使徒を倒せれば」

 

 アスカがシンジに向かって微笑むと、シンジも安心して嬉しさに充ちあふれた笑顔になる。

 

「アタシもね、弐号機がマグマの底に沈みそうになった時、シンジが助けてくれた事とか思いだしたの。あの時のお礼をあらためて言わせてもらうわ、ありがとう」

「ど、どういたしまして……」

 

 アスカに見つめられたシンジは顔が真っ赤になった。

 そんなシンジの顔を見て、アスカはからかうような表情になる。

 

「ま、一番の座を奪われた時は初号機をプログナイフで刺してやろうと思ったりしたけどね」

「それは怖いよ」

「でも、アタシはまだ加持さんを一番の男性だと思っているけどね」

「それでも構わないよ、僕がアスカを好きだって事に変わりはないし」

 

 アスカはシンジの手をつかんでコンフォート17への帰り道を歩いて行く。

 

「あーあ、お腹がすいちゃったわ。早く家に帰って夕ご飯作ってよ……って何泣いているのよシンジ?」

「アスカに嫌われないで本当によかった……」

「情けないわね、そんな事でメソメソして……」

 

 口ではそう言ってもアスカは嬉しそうな表情を浮かべて持っていたハンカチでシンジの涙をそっと拭った。

その後コンフォート17に戻ったアスカとシンジは、一部始終をのぞいていたミサトにからかわれ続けた。

 

 

 

No.9 浮力 ~ウキアガルチカラ~

 

 僕は泳ぐのが苦手だった。

 小さい頃から見ていた不思議な夢も原因なんだ。

 目の前で誰かがおぼれて沈んで行くという夢を何回も見た。

 

「人間は浮くようにはできていないんだ」

 

 体育の水泳の授業の時間はとても嫌で逃げてばかりいた。

 先生も諦めてサジを投げるくらいだった。

 無気力な毎日を送っていた僕の元に、ある日父さんから手紙が来た。

 父さんの元へ行った僕は、エヴァンゲリオンという巨大なロボットのパイロットにさせられてしまった。

 僕が戦わないと人類が滅亡するって言われても良く分からなかった。

 ただ、流されるように僕はエヴァンゲリオンに乗り込んで使徒という怪獣みたいなものと戦った。

 いや、あれは戦いじゃなかった。

 僕はただ痛い思いをしただけで、使徒は勝手に倒されていた。

 こんな辛い思いをするなら逃げ出したいと思ったけど、おじさんのところへ戻るのも嫌だった。

 でも、そんな沈んだ僕の心をつかみ上げてくれる、そんな人と会えた。

 

「シンちゃん、ちょっと散らかっているけど、我慢してね」

「これがちょっとですか……」

 

 僕の上司の人で10歳以上年の離れたお姉さんみたいに接してくれる人。

 ミサトさんは僕の本当のお姉さんになってくれたんだって思った……そう錯覚してしまった。

 机の上に置かれた『サードチルドレン監督日誌』。

 そこには僕のエヴァの操縦に関係するデータが細かく書かれていた。

 ミサトさんは、僕をエヴァのパイロットとしか見ていない……。

 こうなったらネルフの、いや、父さんの『駒』らしく散ってやろうと使徒と思いっきり戦った。

 でも、いくら周りのみんなに褒められても僕の心は浮き上がって来なかった。

 

 

 

 ……そして、僕は重たい心と体を本物の水の中に沈めてしまおうと、ミサトさんの家を飛び出した。

 

 

 

 僕が向かったのは第三新東京市で一番景色の綺麗な湖と観光パンフレットに書かれていた芦ノ湖だった。

 時刻はちょうど夕暮れだった。

 水面が茜色に染まる幻想的な景色を見れるなんて死ぬ前に来てよかったと思った。

 

「さあ、あと少しだね……」

 

 僕は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、転落防止の柵を乗り越えて、湖の中に向かって思いっきり飛び込んだ。

 体は肩まで沈み込んだけど、僕はもがいて水面に顔を出している。

 ……どうして?

 僕はおぼれて湖の底に沈むはずじゃなかったの?

 どうして僕は浮き上がろうともがくんだろう。

 それでもだんだん手足の力が抜けて行く。

 そんな僕の耳に届いたのはけたたましい車の音と、誰かが飛び込む水の音だった。

 

「ミサトさん……!」

 

 ミサトさんは真っ直ぐ僕のところに向かって泳いでくる。

 僕はミサトさんに抱きかかえられて浮いているんだ……。

 

 

 

 僕はネルフ本部に連れ戻されたけど、不思議と小言の一つも無くミサトさんの家へ戻る事になった。

 自分の部屋の隅で僕はずっと座り込んでいた。

 すると、そんなに時間も経たないうちにミサトさんが家に戻って来た。

 ミサトさんは紅茶色の髪をした、外国人みたいな青い目をした女の子を連れて来ていた。

 

「シンジ君、紹介するわ。惣流・アスカ・ラングレー、あなたと同じエヴァンゲリオンのパイロットよ。ドイツ支部から来てもらったの」

「よろしく」

「う、うん」

 

 突然、同僚のパイロットを紹介されて僕は何だか分からなくなった。

 

「これから、シンジ君がバカな事をしないようにアスカに側にいてもらうから」

「ええっ、僕が、この子と一緒に?」

「そう、アスカの部屋はあっちだから」

「ダンケ、ミサト。アタシもホテル暮らしは嫌だったからさ」

 

 僕の目の前で、ミサトさんとアスカの話はまとまって行く。

 

「あの惣流……さん?」

「何よ?」

「僕と同じ家でいいの?」

「外国ではルームシェアリングぐらい当たり前よ」

 

 アスカの態度に僕は拍子抜けしてしまった。

 

「じゃ、私はネルフに戻るから二人とも仲良くね」

 

 ミサトさんはそう言い残して家を出て行ってしまった。

 

「話は聞いたわ。アンタ、ミサトに甘えて迷惑を掛けるんじゃないわよ」

「僕がミサトさんに甘えてるって?」

「自分の部屋の机の上に置きっぱなしにした芦ノ湖のパンフレット、それがアンタからミサトへのSOSじゃないの?」

 

 アスカに指摘されて僕は気がついた。

 僕は死にたいと言いながらミサトさんに助けを求めていたんだって。

 そしてミサトさんは差し伸べた僕の手を……引き上げてくれたんだ。

 

 

 

 ……沈んでいた僕の心が、浮き上がってくるのを僕は感じた。

 

 

 

 またミサトさんとの、さらにアスカを加えた3人の家族としての生活が再開した。

 アスカは僕に料理や掃除、家事全般をやることを強制した。

 体を動かしていれば暗い事も考えなくなるって。

 学校から帰ったら家事をしなくちゃいけなくなった僕は、確かに落ち込む暇が無くなった。

 

「アスカって、僕にキツく当たるけど、ひょっとして僕の事嫌いなの?」

「別にそんなこと無いけどさ、アンタがバカシンジだからよ」

「そっか、別に嫌われているわけじゃないんだ……」

 

 それでもアスカはいつも僕に対して厳しいとは思った。

 ハンバーグはもうちょっと火を通す焼き方をした方がいいとか、お風呂はぬるめにしろとか、下着はネットに入れて洗濯しろとか……。

 さらに僕が下を向いて歩きすぎだとか、同じ上着を何日も着るなとか、もっと大きな声で話せとか、たくさんご飯を食べろとかお節介なぐらいだった。

 

 

 

 数日後、零号機とアスカのシンクロテストの最中にネルフの発令所に警報が鳴り響いた。

 新しい使徒が出現してこちらに向かってくるんだって。

 アスカは零号機とまだシンクロできないから、僕が初号機に乗って出撃する事になった。

 父さんは何も言わずに僕を戦場に送りだす。

 でも、父さんの事が信じられなくても僕がここに居るためにはエヴァに乗るしかない。

 あれ、何で僕はここ居たいって思うんだろう?

 答えはわかっている。

 ミサトさんとアスカと一緒に居たい気持ちが芽生えて来たから。

 

「エヴァンゲリオン初号機、発進!」

 

 ミサトさんの号令で初号機が地上に向かって射出されて行くのがわかる。

 地上に出た瞬間、ミサトさんから通信が入った。

 

「避けて!」

「えっ?」

 

 僕はミサトさんの言葉の意味を考える間もないまま、視界一面が真っ白な光に包まれた。

 熱い……LCLがまるで沸騰しているんじゃないかと思うぐらい体中がヒリヒリした。

 そして、胸の辺りが苦しい……息が苦しい……まるでおぼれてしまったみたいだ……!

 

 

 

 ……僕の前で、また誰かがおぼれていると言う夢を見た。

 いや、おぼれているんじゃない、人がLCLに溶けて行っているんだ。

 エヴァに乗るようになった僕には解った。

 じゃあ、僕の目の前で溶けているのは誰なんだろう?

 夢が覚めて行く……。

 

「目が覚めた?」

「アスカ……」

 

 目を開けると、そこにはアスカが立っていた。

 部屋の中を見回すと、ここは病室。

 ゆったりとした服を着て、ベッドに寝かされていたのが分かった。

 

「アンタ、泣いているみたいだけど、どうしたの?」

「えっ?」

 

 僕はアスカに言われて、目じりに涙がたまっている事に気がついた。

 

「何でだろう……」

「まあいいわ、ほら、おむすびを持ってきたから食べなさい!」

 

 アスカが僕の前に差し出したおむすびは形がガタガタになっていて、器用なアスカが作ったものとは思えないほどだった。

 

「これって、もしかしてミサトさんが作ったの?」

 

 ミサトさんが作った料理を食べたら命にかかわるから、確認のために聞いてみると、アスカは顔を赤らめてボソボソと話す。

 

「う、うるさいわね、アタシは日本に来て初めておむすびを知ったんだから仕方が無いじゃない!」

「ありがとう、でも僕はあんまり食欲が無いから……」

「そんなこと言うと、今夜の作戦中にお腹が空いて倒れちゃうわよ!」

「えっ……エヴァは無事だったの?」

「数時間後に修理が終わるみたい。ミサトやリツコは大忙しよ」

「また、エヴァに乗らなくちゃいけないのか……」

 

 僕は自分の体が震えてくるのを感じた。

 本能的に死を悟ったあんな体験は二度としたくない。

 

「僕はもうエヴァには乗りたくない……」

「そんなこと言って、逃げちゃダメよ」

「アスカはあんな痛い目に合った事が無いからそんな事が言えるんだ!」

「バカシンジ、そんな甘い事言うな! ミサトやリツコもアンタを信じて頑張ってるのよ!」

「もういい、放って置いてよ!」

 

 僕はアスカを追い出すように、手を振りまわした。

 でも、アスカはそんな僕の手をグッとつかんで僕に向かって呼びかけた。

 

「逃げちゃダメよ逃げちゃダメよ逃げちゃダメよ逃げちゃダメよ逃げちゃダメよ!」

「どうして、アスカは僕を見捨てないんだよ! 父さんみたいに!」

 

 僕がヤケクソ気味にそう叫ぶと、アスカは落ち着いた暗い声でポツリと呟いた。

 

「……それは、アンタがアタシにそっくりだから」

「えっ?」

「おむすび、食べなさいよ」

 

 アスカはそう言って僕の病室を出て行った。

 僕はアスカの作ってくれたおむすびを食べないわけにはいかなかった。

 そのアスカの優しさに僕の目と鼻から水が止めどなくあふれて来た。

 

「はは、味が良く分からないや……」

 

 僕はそう言いながらアスカの作ってくれたおむすびを食べ続けた。

 

 

 

 作戦のため招集された時間になる前に、僕はプラグスーツを着てミサトさんとアスカが待つブリーフィングルームに顔を出した。

 

「シンジ君、やってくれるのね」

「アンタ、吹っ切れたの?」

 

 ミサトさんとアスカに向かって僕は無言で強くうなずいた。

 

「アスカ、おむすびありがとう」

「ど、どういたしまして」

 

 僕はこんなふうにお礼を言ったのは生まれて初めてかもしれない。

 アスカは照れ臭そうに顔を少し赤くしてそっぽを向いていた。

 

「それではこれから『ヤシマ作戦』の内容を説明するわ」

 

 ミサトさんがきりっとした顔になって、作戦の内容をを僕達に説明する。

 長距離・大出量のライフルを使って強力なレーザーを撃って使徒を倒す事。

 シンクロ率の高い僕が射手を担当して、アスカは零号機で使徒が攻撃してきた時のために盾を持って防ぐ事。

 

「もし僕が外したらどうなるんですか?」

「その時は急いで2発目を撃つしかないわね。でも、ライフルの再充填には20秒近くかかるのよ」

「さっき、盾は17秒しか使徒の攻撃に耐えられないって……! それじゃあ、アスカが!」

 

 僕がそう言ってアスカの方を見つめると、アスカは落ち着いた様子だった。

 

「大丈夫、アタシはシンジを信頼しているから」

 

 そして僕達は作戦開始時刻になるまで、二人きりでパイロット控室で待つことになった。

 お互いに座り込んで黙ったままだった。

 アスカも緊張しているんだって僕にも分かった。

 部屋の空気が張り詰めている。

 でも、僕はアスカに声を掛けずにはいられなかった。

 

「アスカは何でエヴァに乗るの?」

「負けたくないからよ」

「何に?」

「アタシがエヴァから降りたら、きっと何もすることが無くなっちゃう。そしていつもウジウジと悩んでいるんだわ」

「僕もここに来る前はそうだった、いや、最近までそうだったと思う」

 

 アスカは強い子じゃなかったんだ。

 必死に暗い思考の海に沈んでしまわないように、浮きあがろうと必死にもがいているだけなんだ。

 僕はそう思った。

 

「時間ね、アタシ先に行くわ」

 

 アスカは僕より早く出口のところに立って、そして振り向いた。

 

「アンタはアタシが守るから」

 

 バイバイ、と軽く呟いてアスカの後ろ姿は消えて行った。

 まるで最期の別れみたいで僕はとても嫌だった。

 

 

 

「シンジ君、私達のエネルギー、あなたに預けるわ」

 

 ミサトさんは戦略自衛隊や日本中の企業・研究所、そして国連の軍隊が持っていた電気や電池を集めてライフルのエネルギー源にしたんだって。

 でも、1発目を外したら、2発目は……日本中を停電させてでも電気を集めないといけない……いや、それもあるけど僕はアスカが心配だった。

 

「電圧上昇中!」

「冷却システム作動します!」

 

 エヴァに乗っている僕の耳に発令所に居るネルフの大人達の慌ただしい声が聞こえる。

 

「最終安全装置解除!」

「撃って、シンジ君!」

 

 ミサトさんの合図を聞いて、僕はライフルの引き金を絞った!

 ライフルから撃たれたレーザーは使徒に向かって命中した!

 だけど、信じられない事に使徒は倒せなかったんだ。

 

「ATフィールドを貫通して使徒にダメージを与える事はできましたが、倒すには至らなかったようです!」

「シンジ君、第2射急いで!」

 

 通信の向こう側の発令所が動揺しているのが分かる。

 僕達に気がついた使徒がこちらに近づいて来るのが見えた!

 そして使徒からレーザー攻撃が打ち出され、僕は思わず目を瞑ってしまった!

 でも、僕が覚悟していた熱線はやって来なかった。

 僕を守るようにアスカの乗る零号機が盾を持って攻撃を防いでいる!

 

「アスカっ!」

 

 僕の目の前でアスカの持つ盾が溶けて行く。

 

「早く、早く!」

「後5秒!」

 

 発令所から聞こえる声に僕はショックを受けた。

 このままじゃ、アスカが持たない!

 

「きゃあああああ!」

 

 ついに盾が溶けてしまい、アスカの悲鳴が僕にも伝わってくる!

 

「アスカぁ!」

「今よ!」

 

 僕が撃ったレーザーは使徒を撃ち抜き、使徒は今度こそ倒れたみたいだった。

そして崩れ落ちる零号機。

 初号機で僕は零号機のエントリープラグを引き抜き、アスカを助けようと自分も初号機を降りて向かう。

でも、自分一人の力では零号機のエントリープラグのハッチは簡単には開けなかった。

 

「こんのおおお!」

 

 それでも僕は普段では考えられない力を出して、何とかハッチを開く事が出来た。

 

「アスカ!」

「う……シンジ?」

 

 僕が呼びかけると、エントリープラグの中に居たアスカはゆっくりと目を開いた。

 

「よかった、無事で」

 

 僕は一人で立ち上がる事が出来ないアスカに肩を貸して抱え上げながら歩き出した。

 

「出発前にバイバイなんて悲しい事言わないでよ」

 

 僕はそう言ってアスカの肩をつかむ手に力を入れる。

 

「今の僕達にはエヴァに乗る以外何も無いかもしれないけど……いつか自分のしたい何かが見つかると思うんだ」

 

 アスカは黙ってうつむいたままだ。

 

「それに……アスカがエヴァのパイロットを辞めても、僕もミサトさんと一緒にアスカの側に居るよ。その僕達……家族だろう?」

「……ありがとう、シンジ」

 

 それから僕とアスカは2人でいろいろな場所に出かけるようになった。

 僕にとって嫌な場所だった芦ノ湖で遊覧船に乗ったり、ネルフのプールを貸し切りにしてもらったり……。

 今まで僕はプールが嫌いで仕方無かったけど、アスカに泳ぎを教えてもらう事になった。

 始めは基本のバタ足から、アスカに手を引いてもらって僕は泳ぐ事が出来た。

 

「シンジったら、アタシのおっぱいばかり見ていやらしい」

「だって……その、目の前にあるから……」

「シンジが泳げるようになったら、アタシのおっぱいを生で見せてもいいわよ」

 

 そんな事を言われて、僕は気が動転してしまった。

 慌てふためく僕を見て、アスカは大笑い。

 僕はそれからも泳げるように一生懸命努力した。

 ……決して、アスカの胸を見たいわけじゃない。

 なんで、僕は自分に言い訳しているんだろう。

 

「シンジ、見て見て! スーパージャイアントストロングエントリー!」

 

 火山の火口付近に使徒の幼生が見つかった。

 アスカの乗る弐号機が溶岩の中に潜って使徒を捕獲する事になった。

 

「あーあ、早く終わらせてシャワー浴びたい」

 

 アスカは軽い調子だけど、僕は胸がざわめくのを感じていた。

 そして、僕の嫌な予感は的中した。

 

「な、何よこれー!」

「使徒が羽化を始めたんだわ!」

「使徒捕獲作戦を中止、使徒殲滅作戦に切り替えるわよアスカ!」

「了解!」

 

 アスカは溶岩の中で使徒と戦う事になってしまった。

 使徒の外皮は相当堅いのか、プログナイフでは歯が立たないで居た。

 そんな時、ミサトさんからの通信が聞こえた。

 

「アスカ、熱膨張を使って使徒を倒すわよ!」

「冷却水を全て1番のパイプに回して!」

「はい、先輩!」

 

 アスカはミサトさんの指示通り使徒の口に冷却パイプを突っ込んで、装甲の柔らかくなった使徒をプログナイフで引き裂いた!

 

「パターン青、消滅しました!」

「ナイス、アスカ!」

 

 ミサトさん達の歓声が僕の耳にも届いて来た。

 でも、僕の目の前でとんでもない事が起こった。

 弐号機を引き上げていたパイプが音を立てて一気に引きちぎれたんだ。

 

「アスカ!」

 

 僕はそう叫んで、沈んで行く弐号機を助けようと、溶岩の中に顔をつけて飛び込んで行った。

 そして奇跡的に弐号機の腕をつかんで引きあげる事が出来た。

 アスカを助けられてホッとした僕は、急に目まいがしてそのまま気を失った。

 

 

 

「目が覚めた?」

 

 気が付くと、僕は浴衣を着たアスカにひざ枕をしてもらっていた。

 ここはどこかの旅館の部屋のようだった。

 僕は畳の上で寝ていた。

 

「アンタが溶岩の中に飛び込んだ時、凄い力のATフィールドが発生して熱を防いだらしいわ。それでアンタは精神力を使い果たして気を失ったみたい」

「そうだったんだ……」

 

 僕がそう呟くと、アスカは突然僕の頭を両手でグリグリとし始めた。

 

「このバカシンジ! 2人とも溶岩の底に沈んじゃうところだったのよ!」

「ごめん、体が勝手に動いちゃって……」

「ううん、謝る事無いわ。……アタシ、自分の体が沈んで行くのを感じて、死んじゃうのかと思った。でも、急に体が浮き上がるのを感じて……シンジが腕をつかみ上げてくれたのが分かって……嬉しかった」

 

 アスカの声が涙混じりになるのを聞いて、僕は起き上がってアスカの顔を見つめた。

 目を潤ませて僕を見上げるアスカの顔はとても可愛かったんだ。

 

「お礼にアタシのおっぱいを見せてあげるね。温泉で温まったから大きくなったと思うんだ……」

 

 そう言ってアスカは浴衣を脱ごうとする。

 僕は唾を飲んでのどを鳴らしてアスカを見つめていた。

 

「なんてね、嘘よ」

 

 アスカはしっかりと浴衣の下にノースリーブの洋服を着ていた。

 残念な事にブラも透けていない。

 僕はホッとしたような、がっかりしたような気持ちになってため息をついた。

 

「アハハ、本気にした? 残念賞を上げるから元気出しなさいよ」

 

 そう言うとアスカは僕に顔を近づけて、軽くほっぺたにキスをした。

 ……アスカが、僕にキス?

 こんなかわいい子にキスをしてもらえるなんて!

 この時僕の心は空へと舞い上がるような、そんな気持ちになった。

 

「シンジったら、浮かれすぎよ」

 

 僕はよっぽどだらしのない顔をしていたんだろう、アスカにそう言われてしまった。

 次の日から僕は学校でも前を向いて、クラスのみんなにも元気にあいさつをするようになった。

 今まで僕は下ばかり向いて自分の人生をつまらないものだと思い込んでいたんだ。

 

 

 

 それから僕はアスカと協力して次々と使徒を倒して行った。

 そして、白黒の縞模様の球体が空に浮かんでいるような姿の使徒がやって来た。

 この時の僕は自信に充ちあふれていた。

 間違いの元はそれだったのかもしれない。

 

「僕が突撃して反応を見ます!」

 

 すっかりナイト気取りになった僕は、アスカに危険な目に遭わせたくないと言う気持ちが強くなっていた。

 

「ちょっとシンジ君? アスカの弐号機が追いつくのを待ちなさい!」

 

 僕はミサトさんの命令を無視して使徒に向かって突き進んだ。

 すると、足元が沈み込んで行く感じがした。

 空に浮かんでいる球体の影だと思ったのは、真っ暗な底なし沼のようなものだったんだ。

 

「シンジ!」

 

 アスカの乗る弐号機が全力で僕の所に近づいて来る!

 でも、黒い影はすでに僕の足元の周りの広い範囲に広がっていた。

 とても引きあげられる距離じゃない。

 

「来ないで、アスカまで巻き込まれる!」

「でも……」

 

 そう言っている間に初号機の機体はどんどん沈んで行く。

 

「シンジ、行かないで! ママのようにアタシを置いて行かないで! アタシを一人にしないで!」

 

 最後にアスカの叫び声を聞いた気がした。

 そして、僕の視界は黒く染まって行った……。

 

「……ねえ君、起きなよ」

 

 気が付くと、僕は電車のような場所に居た。

 座席に座っている僕の前に僕そっくりの人影が立って僕を見下ろしていた。

 

「君は誰?」

「君は僕さ、もう一人の碇シンジ」

 

 僕は夢でも見ているような気分になった。

 

「人は何人もの人格を持っているんだよ、そのうちの一人が僕さ」

 

 多重人格と言う話は聞いた事がある。

 でも他の人格と話したなんて聞いた事が無い。

 

「僕は君の本当の気持ちを知っているんだよ」

 

 僕の目の前に居るもう一人の僕はとても暗くて冷たい目をしていた。

 

「世の中に僕の居場所なんて無い、生きていても辛いだけ。交通事故なんかに巻き込まれて死んでしまっても構わないと思っている」

「違う、僕はもうそんな事を思っていない!」

 

僕の目の前に居るもう一人の僕にそう言い放った。

 

「それは君が辛いことから目を反らして、幸せな事を数珠のように紡いで生きているからだよ」

「生きていれば嫌なこともあるよ。……でも生きててよかったって思う時もきっとあるって信じているんだ」

 

僕がキッパリとそう言い返すと、目の前に居たもう一人の僕の目が赤く光り出した。

 

「僕を受け入れたら楽に死ねたのにね。残念だよ」

 

 騙されるところだった。

 こいつはもう一人の僕なんかじゃない!

 得体のしれない怪物だ!

 赤い目をした僕そっくりの人影は僕を床に押し倒すとのしかかって僕の首を絞めて来た!

 

「死にたくない……!」

 

 僕はかすれた声でそう呟くと、突然僕の首を絞める腕の力が緩んだ。

 起き上がった僕は思いっきり咳き込んだ。

 

「きもちわるい……」

 

 気が付くと、僕はエントリープラグの中に居た。

 まるで霧が晴れたかのように幻の風景が消えていた。

 そして、エヴァが何かを握りつぶしているのが分かった。

 ……多分、使徒のコアだ。

 僕は今までの使徒戦の経験からそう確信した。

 でも、使徒を倒したのにこの真っ黒な世界は消えていなかった。

 LCLが濁って来ていて息苦しい。

 生命維持装置が危険域を指して、アラームを発していた。

 

「このまま、おぼれるみたいに死んじゃうのかな……」

 

 僕はそう呟いて、絶対に嫌だと思った。

 生きて帰って、またアスカに会いたい。

 アスカも、一人は嫌だって泣いていた。

 僕は浮きあがろうと必死に泳いだ。

 アスカに習い始めたばかりだけど、一生懸命思い出した。

 でも、僕はそのうち力が尽きて行くのが分かった。

 

「アスカ、もう疲れたよ……」

 

 そう言って僕が諦めかけた時、僕は誰かに抱きしめられているのを感じた。

 エヴァの中から出て来た誰か。

 僕の目にはシルエットのようなものしか見えなかったけど、僕には母さんだと分かった。

 

 

 

 ……そして思い出した。

 小さい頃の僕の目の前で溺れるようにLCLに溶けて消えてしまったのは母さんだって。

 

 

 

 母さんが動かしているエヴァはどんどんと水面に向かって浮上していくのが分かる。

 よかった、母さんまでカナヅチじゃなくて。

 

「ありがとう、母さん」

 

 地上に戻ってまた気を失ってしまっていた僕は、アスカに抱きつかれているのが分かった。

 

「アスカ……?」

「シンジ……!」

 

 アスカは泣き笑いのような顔で、さらに僕にきつく抱きついて、ほおを押し付けて来た。

 ほっぺたと胸のあたりに柔らかくてくすぐったい感触。

 抱きしめられるってこんなに気持ち良い事だったんだ……。

 僕はしばらくアスカに抱きしめられるままで居た。

 

「アスカ、嬉しいのはわかるけど中学生に許されるのはキスまでだからね」

 

 ミサトさんにそう言われたアスカは真っ赤な顔をして僕から体を離した。

 抱きしめられて気持ちよかったのに、残念。

 

「シンちゃんも、アスカに手を出しちゃダメよ」

「はい、でももう一度アスカを抱きしめちゃダメですか?」

「いいけど、胸に顔をうずめたりしちゃうのはまだ早いわよ」

「そんなことしません!」

 

 僕はニヤケ顔のミサトさんにそう言って、アスカを手招きして正面から抱き寄せた。

 今度は抱きしめられるんじゃなくて、僕の方から抱きしめる側だった。

 おそるおそるアスカの腰に手を回すと、アスカは嫌がらずに受けていてくれてホッとした。

 

「ねえシンジ、キスしよっか、ミサトの許可もあるし」

 

 ミサトさんの家に戻って二人きりになった僕にアスカはそう言って来た。

 

「アスカ、どうしたの突然?」

「シンジはアタシとするのは嫌なの?」

「そうじゃないけど……慌てている感じがしてさ」

「そうね、ムードってものも必要よね」

 

 僕はアスカが何かに追われいるかのようにキスをしようと言いだしたのが気になっていた。

 まるで、別れの時が迫っているみたいだった。

 そんなのは僕は嫌だった。

 これからもずっとアスカと居るんだから。

 

「じゃあ、使徒を全て倒し終わったらキスしようか?」

 

 僕の提案にアスカは頷いてくれた。

 

「アタシ、最後の使徒を倒したその日にシンジとキスするんだ……」

 

 アスカは顔を赤らめて自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。

 僕はなぜキスを先延ばしにしてしまったのかと、ちょっと後悔していた。

 でも、やっぱりムードって言うものも大切だし……。

 幸せいっぱいだと思っている自分の心の隅に、黒いもやがかかっているような気がした。

 

「ミサトさん、もしかして初号機の中には母さんが居るんですか?」

 

 僕がミサトさんにそう尋ねると、ミサトさんは驚いた顔をした。

 

「何でシンジ君がその事を……!」

 

 ミサトさんの顔色は真っ青になった。

 

「僕は思い出したんです、小さい頃の記憶を。……僕は見ていたんです、実験で母さんがLCLに溶けてしまう瞬間を」

「……ごめんね、シンジ君」

「何でミサトさんが謝るんですか?」

「シンジ君とアスカのお母さんが居なくなる原因を作ったのは、私の父だから……」

 

 ミサトさんは僕にミサトさんのお父さんが提唱した"E計画"と言うものを話し出した。

 専門的な事を話されても僕にはよく分からなかった。

 僕が印象に残ったのはアスカのお母さんが魂だけ弐号機に捕らわれてしまって、アスカのお母さんはおかしくなってしまったと言う話だった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 僕の目の前で泣きじゃくるミサトさん。

 前に僕はミサトさんに助けられた、今度は僕がミサトさんを助ける番だ。

 

「ミサトさんは悪くないですよ」

 

 僕はミサトさんに元気を取り戻してもらえるように笑顔で話しかけた……。

 

 

 

 ミサトさんの話によると、アスカは弐号機に自分のお母さんの魂が宿っていると言う事に気が付いていないようだった。

 僕はアスカは一人じゃない、お母さんが見守っていると言う事を教えてあげたかった。

 でもそれはアスカに昔の辛い思い出を思い出させる事になってしまう。

 僕とミサトさんはアスカにいつか伝えるべきだとは思ったけど、どのように打ち明けたらいいか悩んでいた。

 そんな日々を送りながら何体か使徒を倒した後、鳥のような使徒が襲来した。

 今度は『ヤシマ作戦』とは逆に、アスカが射手で僕が防御を担当する事になった。

 前に倒した使徒のようにレーザーで攻撃してくるものとばかり僕達は思っていた。

 でも、そうじゃなかったんだ。

 使徒の放ったレーザー光線は僕の初号機を飛び越えて、後ろにいるアスカの弐号機に突き刺さった。

 

「きゃああああ!」

「弐号機パイロットの精神グラフが大きく乱れています!」

 

 アスカの悲鳴と発令所のみんなが慌てている様子が聞こえてくる。

 僕は使徒の光線を受け止めようと使徒と弐号機の間に割って入るけど、光線は蛇のように曲がりくねって僕を交わして通り過ぎる。

 

「ママ、行かないで! アタシを置いて行かないで!」

 

 混乱している様子のアスカの悲鳴を聞いて、僕はショックを受けた。

 この前僕が戦った使徒みたいに、人の心に攻撃するタイプなのか!

 

「アスカ、落ち着いて!」

 

 いくら呼びかけてもアスカに僕の声は届いていない。

 僕は早く使徒を倒さないといけないと思って焦っていた。

 

「シンジ君、まだポジトロンライフルのエネルギーは貯まっていないわ、あと10秒待ちなさい!」

 

 僕はそんなミサトさんの言葉を全然聞いていなかった。

 持っていた盾を投げ出して、弐号機の代わりにライフルの引き金を絞る。

 エネルギー不十分で発射されたこちらの攻撃は、使徒のATフィールドに阻まれてしまった。

 

「だめです、効いていません!」

「うわあああ!」

 

 僕はヤケになって何回も引き金を引いてしまった。

 

「シンジ君が落ち着かなくてどうするの!」

 

 ミサトさんの制止を振り切ってさらに何回も引き金を引いたけど、こちらのライフルからは何も出なかった。

 

「はあ、はあ……」

 

 辺りが静かになって、僕はやっと自分が何をしたのか気がついた。

 

「ミサトさん、アスカは?」

「何の反応も無いの」

「そんな!」

 

 弐号機の映像確認すると、アスカはぐったりとした様子でうなだれていた。

 

「ライフル、エネルギー再充填開始!」

「発射準備完了まで後30秒!」

 

 それからの30秒は僕にとってとても長くきついものに感じられた。

 

「撃って、シンジ君!」

 

 ミサトさんの号令と共に僕はライフルの引き金を絞ると、フルパワーのレーザーが使徒に向かって飛んでいく。

 それは前と同じようにATフィールドごと使徒のコアを貫いて、使徒は殲滅された。

 使徒から弐号機に向かって発せされていた光線も止む。

 

 

 

 使徒との戦いが終わった後、アスカは303号室に運び込まれた。

 アスカの体には全く怪我は無かった。

 それでもアスカは眠ったままだった。

 アスカの目は開いている、でもその青い目は何も見ていない。

 アスカの心は、暗い海の底に沈んだまま、浮き上がって来ないんだ。

 完全な精神崩壊を起こしていると、ネルフのお医者さん達はサジを投げた。

 最後の使徒を倒したから、問題は無いと言っていたけど……。

 僕はアスカを助ける事を諦めることなんてできなかった。

 今度は僕がアスカの手を引いてあげるよ。

 だって、僕は一人で泳げるようになったんだから。

 僕はアスカの手を思いっきり握りしめた。

それでも、アスカからの反応は無かった。

 

「どうしたら、アスカの目を覚ます事が出来るんだろう」

 

 僕は必死にその方法を考えた。

 アスカは、きっとおぼれてしまっている状態なんだ……。

 そんな相手に対してする事と言えば……!

 僕は寝ているアスカの口に向かって思いっきりキスをした。

 

 

 

 ……そして、アスカの青い瞳が動いて、僕の事を見つめた。

 

 

 

「使徒を倒すたらキスをするって約束、叶える事が出来たのね」

「うん」

 

 僕はアスカの言葉に短くそう返事をして、アスカを抱き上げた。

 

 

 

No.10 レイとアスカ ~恋の形~

 

「レイ、学校生活はどう?」

「特に問題はありません」

 

 これが、少し前までのリツコとレイの会話だった。

 しかし、最近はレイの返答が違っている。

 

「碇君が居るから、学校は楽しいです」

 

 リツコはこのレイの言葉の変化を素直に喜んだ。

 人形のようだったレイにも感情が芽生えた事。

 そして、一人の女の子としてシンジに好意を抱いている。

 リツコはいつレイがシンジと恋人同士になれた報告をしてくれるのか、心待ちにしていた。

 しかしアスカが日本に来た事で、状況は変わってしまった。

 

「何よ、シンジのわからずや!」

「アスカが悪いんじゃないか!」

「ほらほら、二人とも止めなさい」

 

 葛城家の食卓で、アスカとシンジは今夜も言い争っていた。

 ケンカするほど仲が良いとの言葉通り、ユニゾン特訓のため同居を始めた二人の心の距離は近くなっていた。

 年相応の反応を示すアスカとシンジを、ミサトは温かく見守っていたのだが……。

 

「ふんだ、シンジなんか大っ嫌い!」

「僕も、アスカなんか居ない方が楽が出来ていいよ!」

 

 今夜のケンカはいつもより大規模な物のようだ。

 アスカは自分の部屋に籠ってしまい、夕食の片付けをするシンジは不機嫌だった。

 ミサトは呑気にビールを飲んでいる場合ではないと、二人のフォローに回った。

 

「シンちゃん、アスカを許してあげて、ね?」

「アスカがワガママ言うからいけないんですよ」

 

 まだ女性経験の浅いシンジにはアスカの気持ちが分るはずも無く。

 ミサトはひと晩寝て、二人の怒りが静まるのを祈るしかなかった。

 

「うーん、ビールを飲みすぎるとトイレが近くなるのかしら、利尿作用ってやつ?」

 

 夜遅くにミサトはそう一人言を言って起き上がって、自分の部屋からトイレに行くために廊下に出る。

 すると、アスカの部屋から泣き声のようなものが聞こえてくるのが分かった。

 

「まさか、あのアスカが泣いているわけないわよね~」

 

 ミサトは気のせいだと思い、アスカの部屋の前を通り過ぎてトイレへと向かった。

 しかし、ミサトが用を足して戻って来てもアスカの部屋から泣き声が聞こえ続けていた。

 

「アスカ、どうしたの!?」

 

 ミサトがアスカの部屋のドアを開けると、アスカはベッドの上でサルのぬいぐるみを抱いて涙を流していた。

 

「アタシ、明日の朝、シンジと顔を合わせるのが怖いの。だってシンジはアタシに怒っていると思うし」

「それなら何で、シンジ君に対してきつく当たるの?」

「シンジにかまって欲しかった。アタシはシンジの事が好きになっちゃったみたいなのよ」

「じゃあ、正直にシンジ君に告白すればいいじゃないの。何なら私が伝えてあげようか?」

 

 ミサトがそう言うと、アスカは上目遣いで瞳に涙をためてミサトを見上げながら、首を激しく横に振りミサトのパジャマの袖をギュッとつかんで否定した。

 

「止めて、それだけはダメ。シンジがアタシの事を嫌いだってわかったら、アタシはこの家に居られなくなる!」

「でも、シンジ君に聞かないとわからないじゃないの」

「シンジは学校ではファーストと楽しそうに話すし、シンジはファーストの事が好きなのかもしれない!」

 

 ミサトは泣きじゃくるアスカを自分の胸に抱きしめる事しかできなかった。

 

「そう、アスカはそんな事で悩んでいるのね」

 

 自分の研究室で、ミサトから電話でその話を聞いたリツコはそうため息をついた。

 電話をしている間に、用事で訪れたレイが部屋に入ってくる。

 リツコは電話を切って、レイを迎え入れる。

 

「レイ、学校ではシンジ君と居れて楽しい?」

「はい、碇君はアスカの事が好きだっては分かっています」

 

軽い笑顔で答えたレイの言葉に、リツコは顔面蒼白になって固まった。

 

「私は碇君に振りむいてもらう必要は無いんです。私が碇君を好きでいるだけで良い。だから楽しいんです」

 

さらにそう言ったレイの言葉に、リツコは心を打たれた。

リツコがまだ高校生だった頃から、リツコはゲンドウに憧れと恋心を抱いている。

でも、リツコがゲンドウに会うのは遅すぎた。

ゲンドウの隣には、妻であるユイが居た。

ユイが目の前から居なくなった後も、ゲンドウの心の中にはユイが残っている。

ネルフの幹部と言う立場でゲンドウに近づいても、振り向いてはもらえない。

 

「レイ、シンジ君と会った事、後悔はしていない?」

「いいえ、私は碇君が好きですから」

 

どんな形でも、恋はこの心の中にある。

穏やかな微笑みを浮かべてそう言うレイを、リツコは強く抱き締めた。

 

 

 

No.11 アスカのツンデレーション

 

「あーっ、退屈! せっかくの休みなのに、ちっとも面白くないわ!」

 

アスカはリビングに寝っ転がって、そんな事を言っている。

 

「じゃあ、外に遊びに行けばいいじゃないか、委員長の家とか」

「そんな気分になれないのよね」

 

 僕は外で気晴らしをする事を勧めたんだけど、アスカはヘリクツをこねるんだ。

 じゃあ、どうしろって言うのさ。

 

 

 今までアタシは、誰も信じる事が出来なかった。

 ネルフの大人達は、アタシを使徒と戦うための駒としてしか見てくれないと思っているから。

 そう、もしかして加持さんもそうかもしれないって心の底で疑ってしまっていた。

 でも、今のアタシはシンジを絶対的に信頼している。

 だって、アタシを命懸けで助けてくれたから。

 初号機だって、一緒にマグマの海に沈んじゃうかもしれなかったのよ?

 アタシだって、自分が死んでしまうって覚悟して居たのに。

 シンジのおかげで、アタシはこうして生きている。

 アタシはシンジの事が好きになってしまったかもしれないけど、それを認めたくないプライドが邪魔をしてシンジに辛く当たっちゃうのよね……。

 シンジに構って欲しくて、振り向いて欲しくてちょっかいをだしているんだけど、シンジにはきっと伝わっていないわね……。

 

 

「面白いテレビ番組もやってないから、映画でも見に行きましょうよ」

 

 アスカにそう言われて、僕は胸がドキリとした。

 これって、アスカが僕をデートに誘っているんだよね。

 

「勘違いしないのよ、これは暇つぶしなんだからね」

 

 アスカは無理やり怒っているような顔を作っているけど、その蒼い瞳は不安そうに泳いでいる。

 そんな素直になれないアスカの不器用な表情も、僕は好きになれた。

 

「じゃあ、着替えてくるよ」

「当ったり前じゃない、そんな『平常心』なんてTシャツ、アタシが恥をかくじゃないの!」

 

 そんな事を言ったアスカの方が服を選ぶのに時間がかかっていて、僕より部屋から出てくるのがずいぶん遅かった。

 僕はテーブルの上にミサトさん宛てにアスカと映画を一緒に見に行く事と、夕食は自分で温めて食べるようにとメモを残して、コンフォート17を出た。

 

「あれ、碇君とアスカ、もしかしてデート?」

 

 夕方になりはじめた街の中を映画館に向かってアスカと二人で歩いていると、夕飯の買い物をしていた委員長に声をかけられた。

 

「アタシがバカシンジとデート? そんなわけないじゃない。アタシが映画を見に行くって言ったら、ついて来たのよ。まったく邪魔で仕方が無いわ」

 

 アスカはそう言いながら大げさに困ったと言った感じのジェスチャーをした。

 

「アスカってば、そんな意地を張っちゃって」

 

 委員長はそんなアスカを見てクスクスと笑う。

 

「こんなやつをアタシが好きになるわけがないじゃない、やっぱり加持さんみたいに素敵な男性じゃないとね」

 

 デートをしている事を疑いもしない委員長に、アスカは僕を指差してそんな事を言った。

 アスカの照れ隠しだって僕にも分かっていたけど、加持さんと比べられて僕はいい気分はしなかった。

 買い物の途中だと言う委員長と別れて、僕とアスカは映画館に入った。

 映画館の入口から席に着くまでの間、気分が悪くなった僕はアスカとなるべく口もきかないで目も合わせようとしなかった。

 でも、映画の上映が始まって辺りが暗くなって静かになった時、アスカは座席の手すりの下で僕の手を繋いできたんだ。

 もう委員長が見ているわけでもないのに、他のお客さんにも見えないようにこっそりと。

 

 

 アタシはまた大好きなシンジを傷つける事をしてしまった。

 映画の上映が始まってしまって、アタシはシンジを見つめる事も、声を出して謝る事も出来ない。

 今、アタシがシンジに謝る事の出来る唯一の方法はシンジの手を握る事だけなの。

 アタシが恐る恐る隣に座るシンジの手に向かって自分の手を伸ばすと、シンジも手を握り返してくれた。

「ごめんね」って気持ちを込めて、シンジを握る手に力を入れたり緩めたりしていると、シンジの方も優しく手を握ってくれた。

 良かった、シンジはアタシの事を許してくれたみたい。

 でも、アタシがシンジの事が好きだってことはシンジにしっかりと伝わっているのかしら。

 アタシも不器用だし、シンジも鈍感なところもあるから……。

 シンジとデートをしたいと思って、適当に選んだ映画は地球の人類が宇宙生命体と戦うホラーアクションだった。

 途中で、主人公の男性がヒロインを守り切れずに殺されてしまうシーンが映し出されてアタシはショックを受けた。

 アタシとシンジもエヴァのパイロットとして得体の知らない使徒と言う生物と戦っている。

 いつ命を落としてもおかしくない絶望的な運命の中に居るのよ。

 決めた、家に帰ったらアタシはシンジに好きって気持ちを告白しよう。

 言わなくて後悔してしまうよりは絶対にマシだから。

 アタシはそう決意してもう一度シンジと繋いだ手に少しだけ力を込めた。

 

 

 

No.12 シンジが死んじゃったのよ!

 

 第三新東京市第壱中学校二年A組の女子、惣流アスカ。

 アスカはとても元気な声で朝のあいさつをする少女だった。

 しかし、今朝登校して来たアスカは暗い顔で教室に居る誰ともあいさつを交わさずに自分の席に着くと塞ぎこんだ。

 アスカの親友である洞木ヒカリでさえ、アスカが登校して来た事にしばらく気が付かなかった。

 

「アスカ、来ていたの!?」

「あ、ヒカリ……」

 

 ヒカリに声を掛けられて机から顔を上げたアスカは目の下に大きなくまを作っていた。

 

「アスカ!?」

「惣流、なんちゅう不細工な顔しとるんや」

「せっかくの顔が台無しだな……いや、これは珍しい写真が撮れるかも」

 

 そう言ってカメラに手を伸ばそうとしたケンスケの手をヒカリが押し止める。

 

「まったく相田ってば不謹慎なんだから。アスカ、いったい何があったの?」

「今朝起きたら、シンジが……冷たくなっていたのよ、ベッドの中で」

 

 アスカが悲しさに満ちあふれた口調でそう言うと、ヒカリ、トウジ、ケンスケの3人も重苦しくため息を吐いた。

 

「そうか、シンジのやつ調子が悪そうやったしな……」

「やっぱり、病気だったのかしら」

 

 トウジ達が話す横でアスカは切なそうにため息を吐き出した。

 

「入院して病気を治療すればよかったのよ」

「無理な延命処置は止めようって話になったって、ママが言ってたわ」

 

 ヒカリの言葉にアスカは目に涙を浮かべて答えた。

 

「最近は歩くことも出来なくなって、ご飯も食べられなくなっていたんでしょう?」

「そりゃあ内臓も悪くなって居たんだろうな」

 

 ここ最近でシンジの体重は3キロも落ちていた。

 シンジの異変に気が付いた時には手遅れだったのだ。

 

「昨日の夜もシンジの苦しそうな声がアタシの部屋まで聞こえて来て……静かになった明け方までアタシも心配で眠れなかったの」

 

 アスカは感極まって涙を流し始める。

 

「きっと最後は声も出せないほど力が無くなってしまったのよ、あの時シンジの側に行けば死に目に会えたかもしれないのに……」

 

 泣き出してしまったアスカを前にして、ヒカリ達は何も声を掛ける事が出来ずに顔を見合わせるだけだった。

 そして、泣きつかれて涙を止めたアスカにヒカリが恐る恐る声を掛ける。

 

「それで、お葬式はいつやるの?」

「明日にでも、シンジは火葬にされちゃうってママが……」

「そうか、俺も放課後、会いに行ってもええか」

「うん、シンジってば鈴原と仲が良かったもんね」

「私もお菓子を作って持って行ってもいい?」

「シンジってばヒカリのクッキーが大好物だったわね」

 

 アスカは昔を懐かしむように視線を遠く窓の外へと移した。

 

「シンジと初めて会った時は、アタシも赤ん坊だったから良く覚えていないけど……」

「シンジのやつは周りから好かれていて友達も多かったよな」

「うん、友達からもお見舞いのお花が届いていたわ。また元気に外で遊ぼうって」

 

 アスカがそこまで話した時、予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 ヒカリ達はカバンの置かれていないとある男子生徒の机に視線を送ると、困った顔でため息をつく。

 

「全く碇のやつ、惣流を泣かせたままにして置いてからに……」

「小さい頃からずっと一緒に居た幼馴染なんだろう?」

「私達が励ますより碇君が側に居る方がずっとアスカは元気になるって言うのに」

 

 ヒカリ達は口々に責めるような言葉を言いながら自分達の席へと着席した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時教室に息を切らせて掛け込んで来た一人の男子生徒を見て、ヒカリは声を荒げる。

 

「碇君! 今頃になって登校してくるなんて!」

「ごめん委員長、アスカは?」

「惣流のやつ、シンジが死んだって朝からグッタリしてたから自分らが必死に励ましていた所や!」

 

 トウジの言葉を聞いて、シンジは慌ててアスカの所へ駆け寄る。

 

「ごめん……いつも元気で笑顔を絶やさないアスカが、大声を上げて泣いているところを初めてみたから、どうしたらいいのか分からなくて……朝から顔を合わせられずにいたんだ」

「アタシもシンジは近いうちに死んじゃうって覚悟はしていたんだけど……空っぽになったシンジのベッドを見たら急にシンジが居なくなっちゃったって実感がわいちゃって、とても悲しくなってしまったのよ」

「碇、こういう時は胸を貸してやるんだよ」

 

 ケンスケに言われたシンジはアスカの顔をそっと自分の胸に抱き寄せた。

 アスカはまたせきを切ったように泣きはじめた。

 廊下で教室の前のドアの入口から中をのぞきこんだ2-A担任教師の葛城ミサトは、出席番号1番の綾波レイを手招きして事情を聞く。

 

「いったい何が起こったの?」

「惣流さんの家で飼っていた犬が死んじゃって惣流さんが泣いているので、碇君が慰めているんです」

「そっか、もうしばらくそっとしてあげるか」

 

 ミサトはそうつぶやくと、忘れ物をした振りをして職員室に引き返すのだった。

 

 

 

No.13 同棲同名 ~アスカとあすか~(使徒襲来世界編)

 

 朝の葛城家のキッチンで、シンジは自分とアスカとミサトの分のお弁当、そして朝食を作っている。

 そこまでは普通の朝だった。

 

「うぇぇぇっ!?」

 

 静かな葛城家にアスカの悲鳴が響き渡った。

 

「どうしたの、アスカ!?」

 

 シンジがアスカの部屋に駆けつけると、そこには何とアスカが2人居た。

 片方のアスカはシンジがいつも見慣れたタンクトップにショートパンツ姿のアスカ。

 もう片方のアスカは、熊さんのキャラクターが入った子供っぽいパジャマを着たアスカだった。

 

「アンタ、何者よ? どうして、アタシそっくりなのよ?」

「それはこっちこそ聞きたいわよ」

 

 両方のアスカはお互い相手を怪しんでそんな事を言い合っていた。

 

「もしかして、新手の使徒!?」

 

 タンクトップ姿のアスカがそう言うと、シンジの顔にも緊張が走った。

 

「何よ使徒って?」

 

 そう言って身を乗り出して来たパジャマ姿のアスカが身を乗り出すと、タンクトップ姿のアスカはパジャマ姿のアスカを突き飛ばす。

 

「離れなさいよ!」

「痛っ、何するのよ!」

 

 突き飛ばされたパジャマ姿のアスカはしりもちを着いて顔をゆがめた。

 

「大丈夫?」

 

 その姿を見たシンジは警戒を一気に解いてパジャマ姿のアスカに駆け寄って助け起こした。

 

「シンジ、そいつは使徒かもしれないのよ? 早く離れなさい!」

「いきなり突き飛ばすなんてやりすぎだよ」

「シンジ……」

 

 タンクトップ姿のアスカにシンジが言い返すと、パジャマ姿のアスカの表情が華やいだ。

 

「ちっ、じゃあミサトに言ってその使徒をきっちり殲滅してもらうから!」

 

 タンクトップ姿のアスカはそう言って部屋を飛び出して行った。

 シンジは追いかけて引き止めようとしたが、不安そうなパジャマ姿のアスカに腕を引かれて、その場に止まった。

 

「シンジも、あたしの事は知らないの?」

「うん、残念だけど、さっき話していたアスカしか知らないんだよ」

「そっか……目が覚めたら、あたしの部屋と違う場所に居るし、どうなっちゃうのかしら……」

 

 パジャマ姿のアスカは自然にシンジに体を預けるような形で抱きついてしまっていた。

 シンジはそんなアスカを振り払う事は出来なかった。

 

「あーっ、何でシンジに抱きついているのよ!」

 

 ミサトを連れて部屋に戻って来たタンクトップ姿のアスカは怒った顔で人差し指を突き付けた。

 シンジはパジャマ姿のアスカをかばうような発言をする。

 

「アスカはいきなり知らない場所に来て心細いんだよ」

「ミサト、使徒は色仕掛けを使ってシンジを陥落させるつもりよ」

「だから、使徒って何なのよっ!」

 

 言い争う2人のアスカを前にして、腕組みをしたミサトはため息を吐き出す。

 

「こうなったら、ネルフ本部に来てもらって使徒かどうか検査するのが一番ね」

 

 ミサトの提案に従い、シンジ達は葛城家を出て行こうとしたが、玄関でパジャマ姿のアスカは大声を発する。

 

「ちょっと、パジャマで外に出て行けって言うの!?」

「そうよ、着替えている暇なんて無いわ」

「……じゃあ、僕のジャンパーを羽織ると良いよ」

 

 シンジは急いで自分の部屋に戻ってジャンパーを持って来ると、アスカに渡した。

 

「ありがとうシンジ、優しいのね」

「そ、そんな事無いよ」

「ウオッホン!」

 

 いい雰囲気になりかけた2人を邪魔するかのように、タンクトップ姿のアスカはわざとらしく咳払いをした。

 ネルフ本部に向かう車の中はミサトが運転席、タンクトップ姿のアスカが助手席、後ろの席にシンジとパジャマ姿のアスカが並んで座った。

 運転しながらミサトはパジャマ姿のアスカに緊張をほぐすような感じでそれとなく質問をする。

 

「ねえ、アスカちゃんの着ているパジャマって可愛いわね」

「これは、ママに買ってもらったから仕方無く……」

「ママって?」

「惣流キョウコ、ミサトも知らないの?」

 

 パジャマ姿のアスカの言葉を聞いて、ミサトとタンクトップ姿のアスカは息を飲んだ。

 ミサトは心の中で思考を巡らせる。

 

(……もし使徒がアスカに擬態するとしたら、隣に居るアスカの真似をしようとするはずだわ。となると、後ろに居るアスカは別の可能性が……)

 

 推論を確信に変えるために、ミサトはパジャマ姿のアスカにさらに質問を続ける。

 

「シンジ君のご両親について教えてくれるかしら?」

「ユイおばさんとゲンドウおじさんの事?」

 

 今度はシンジが驚いて息を飲む。

 これにはミサトも大きなショックを受けてハンドル操作を誤りそうになった。

 

「ゲンドウおじさんったら、この前なんか町内会を巻き込んで運動会なんか開催しちゃってさ。ユイおばさんをお姫様だっこしたら腰を悪くしちゃったのよ」

「アスカ、その辺で良いから止めて!」

 

 楽しそうに話し出したパジャマ姿のアスカをミサトは慌てて制止した。

 いくらなんでも受ける衝撃が大きすぎる。

 タンクトップ姿のアスカもシンジも冷汗を流して黙って座りこんでいた。

 ネルフ本部に到着すると、リツコ達も実際にアスカが二人居る事に驚いていた。

 

「さあ、とっとと検査とやらをしちゃってよ」

 

 パジャマ姿のアスカがぶっきらぼうにそう言い放って怒った顔でリツコ達をにらみつけた。

 

「ごめんねアスカちゃん」

「あ、いえ、別に伊吹先生に怒っているわけじゃないから」

 

 謝るマヤに向かって、アスカは優しい口調でそう答えた。

 そして、不安そうな顔でシンジの方をチラッと見つめる。

 

「ねえ、もしあたしが使徒って事になったら、殺されちゃうの?」

「そんな事無いよ、大丈夫だよ」

 

 パジャマ姿のアスカに優しく微笑みかけるシンジを、タンクトップ姿のアスカは面白く無さそうににらみつけた。

 そして、リツコ達に従って医務室に入って行ったアスカをシンジ達は息を飲んで見守った。

 

「検査の結果、使徒の反応は全く見られなかったわ。まったく普通の人間よ」

 

 リツコがそう言うと、パジャマ姿のアスカは堂々と腰に手を当てて言い放った。

 

「ほら、あたしを化け物呼ばわりして突き飛ばすなんてひどかったじゃない」

「悪かったわね」

 

 タンクトップ姿のアスカは口をとがらせながらも頭を下げて謝った。

 

「でも、それならいったいどういう事かしら?」

 

 ミサトのつぶやきを聞いて、リツコは自分の推論を話した。

 パジャマ姿のアスカは、こことは異なる世界パラレルワールドからやって来た存在なのではないかと。

 話を聞いたミサト達もそのリツコの仮説に同意した。

 

「でも、アスカが二人じゃ区別がしにくいわね」

「それじゃあ、アスカA、アスカBにすればいいじゃない?」

「「それは嫌!」」

 

 難しい顔をしてつぶやくリツコにミサトがそう提案すると、二人のアスカは声をそろえて反論した。

 

「そうね、もとからこの世界に居たアスカを『アスカ』、この世界にやって来たパジャマ姿のアスカを『あすか』って呼ぶ事にしない?」

「AとかBよりはだいぶマシね」

「まあ、それなら……」

 

 アスカとあすかは納得したようにうなずいた。

 

「あすか、ちょっと実験に付き合ってくれないかしら」

「何ですか、赤木先生?」

 

 リツコの目が怪しく光るのを見逃さなかったアスカは、あすかの前に立ちはだかった。

 

「もしかして、あすかをエヴァに乗せるつもり?」

「良く分かったわね」

 

 アスカの質問に、リツコはそう答えた。

 

「あすかは今までエヴァなんかに関係無い世界で生きていたのよ? 興味本位で巻き込むなんて絶対許さないんだからね!」

「わ、わかったわよ」

 

 アスカの剣幕に驚いたリツコはやむなく引き下がった。

 

「さ、早く帰りましょう。こんな所に長く居ると、あすかが実験材料にされちゃうわ!」

 

 怒った顔でそう言ったアスカは、あすかの手を引いて部屋を出て行こうとした。

 苦笑しながらミサトとシンジが後を着いて行く。

 アスカとあすかは次第に打ち解け、双子のように仲良くなっていた。

 帰りの車の中ではシンジも入りこめないぐらい話していた。

 葛城家に戻ると、アスカとあすかはアスカの部屋で着替える事になった。

 

「絶対のぞくんじゃないわよ!」

「分かってるよ、命は惜しいしね」

 

 アスカの言葉にシンジはそうため息をついたが、アスカの部屋から聴こえてくる楽しそうな声にはドキドキしていた。

 

「じゃあ、私はネルフに戻って仕事にかかるから。今夜の夕飯、私の分はあすかにあげて」

「あすかはこれからどうなるんでしょうか?」

 

 シンジは不安そうに顔を曇らせると、ミサトは安心させるように声を掛ける。

 

「とりあえず、しばらくここに居てもらう事になるわね。アスカもあすかとすっかり打ち解けたみたいだし、同じ部屋でも構わないと思うわ」

「そうですね」

 

ミサトの言葉を聞いて、シンジはほっと息を吐き出した。

 

「シンちゃん、今日から文字通り両手に花生活じゃない、羨ましいわ」

「からかわないでください」

 

 ため息をついたシンジに見送られて、ミサトは葛城家を出て行った。

 しばらく考え込んだシンジは、商店街に買い物に出かける事にした。

 あすかが来たのでハンバーグを作ろうと思ったのだ。

 きっと喜んでくれると思ったシンジは鼻歌交じりに葛城家を後にした。

 

「これなら鏡が要らないわね」

 

 アスカはあすかに次々と服を着せて、満足気に眺めていた。

 

「その頭に付けているのは何よ?」

「ああ、これはエヴァのインターフェイス・ヘッドセットよ。エヴァとシンクロし易いように付けているの」

「何かダサいわね。ほら、リボンの方が可愛いわよ」

 

 あすかはそう言うと、アスカの頭からインターフェイス・ヘッドセットを取り外して自分の付けていたリボンを結びつけた。

 

「そうだ、入れ替わってシンジをからかっちゃおうか?」

「面白そうね、それって」

 

 アスカの提案に、あすかは笑って答えた。

 あすかはインターフェイス・ヘッドセットを自分の頭に付けた。

 

「あ、あの服なんか着てみたいわね」

 

 あすかはそう言うと、部屋にかけられていたレモン色のワンピースを指差した。

 

「アンタ、持ってないの?」

「ママはあたしに可愛らしい服を着せるのが好きなのよ。だから、持っている服もフリフリのフリルが付いたものとか、そんなのを勧められちゃう」

「……アンタのママって、アンタを愛してくれている?」

「うん、もう面倒になるぐらい抱きしめてくるのよ……あっ」

 

 暗そうな表情になったアスカを見て、あすかは気まずい表情になる。

 

「ごめん、あんたの気持を考えずにこんな事言って」

「謝らなければいけないのはアタシの方よ、勝手に落ち込んだりして」

 

 アスカは軽く首を振ってそう言うと、あすかの脱いだパジャマを拾い上げて顔を赤らめながら尋ねる。

 

「このパジャマ、アタシも着てみていい?」

「良いわよ、少しきつくなって来た所だし、アスカにあげる」

 

 あすかの言葉にアスカは喜んだが、あすかの胸やお尻を見ると少しむくれた表情になる。

 

(……あすかってアタシより女の子らしいのね。出ている所は出ていると言うか……)

 

 アスカは心の中でそうつぶやいた。

 夕食の席で、アスカはシンジがあすかがアスカだと騙されるいたずらを楽しみにしていた。

 頭のインターフェイス・ヘッドセットとリボンが入れ替わっているのに気が付かないはずだ。

 

「あすかの口に合うと良いけど……」

「あ、ありがと」

 

 あすかは戸惑ったようにシンジに答えた。

 

「どーして分かったのよ!?」

「そ、それは……」

 

 シンジは気まずそうにレモン色のワンピースを着るあすかの開いた胸元に視線を送った。

 

「この、スケベっ!」

 

 顔を真っ赤にしたアスカは思いっきりシンジの足を踏みつけた。

 そんなハプニングもあったが、3人は夕食を食べ始めた。

 アスカは少しむくれた表情になっていた。

 シンジは今夜のおかずはアジの開きと肉じゃがだと言っていたのに、あすかが来てハンバーグを張り切って作ったのに腹が立ったのだ。

 あすかとシンジが楽しそうに話しているのにもさらに腹が立った。

 しかし、アスカは怒って自分の部屋に戻ると言う事はせず、不機嫌ながらもシンジとあすかの会話に参加していた。

 せっかく姉妹のような存在ができたのに1人になるのは寂しかったのだ。

 

「でも、学校ではあすかの事をどう説明したらいいんだろう?」

「ええっ、あすかを学校に行かせるの?」

「だって、ずっとあすかを家に閉じ込めておくわけにも行かないじゃないか」

「生き別れの姉が居たって言うのが一番無難かもね」

「何でアタシが妹になるのよ?」

「だって、あたしの方が背もスタイルも良いし」

 

 あすかが自慢気に胸を張ると、アスカは渋い顔になった。

 外見が似ている2人だが、夕食の後に見るテレビの好みは違った。

 

「こんなトーク番組、面白くないじゃないの」

 

アスカがチャンネルを変えた。

 

「ハプニング映像番組なんて、つまんない」

 

 あすかがチャンネルをトーク番組に戻した。

 そのうちアスカとあすかはリモコンを奪い合い取っ組み合いのケンカになってしまった。

 

「仲が良かったと思ったら、急にケンカするんだから」

 

 シンジは疲れた顔でため息をついた。

 アスカがお風呂に入って居る時、あすかとシンジはリビングで2人きりになった。

 

「今日は助けてくれてありがとうね」

「そんな、あすかの事を放っておけなかったから……」

 

 シンジは照れたように頭をかいてそう答えた。

 

「でも、シンジってばレイにも優しくしてあげるんでしょう?」

「うん、綾波も放って置けないところがあって」

「それは結構な事だけどさ、自分を放って置かれてレイと仲良くしているシンジを見ているとイラつく事があるのよね」

 

 あすかがそう言ってため息をつくと、シンジは驚いて目を丸くする。

 

「えっ、それってあすかが僕の事を気にかけているって事?」

「ま、まあ、そんな所ね」

 

 あすかは少し顔を赤らめながらもシンジの言葉を否定しなかった。

 

「アスカってば、いつも僕に辛く当たるから、ストレートに甘える加持さんの事が好きだとばかり思っていたよ」

「あんたの事だから、そうだろうと思ってたわよ」

 

 あすかは再びあきれたようにため息をついた。

 

「じゃあアスカも僕の事を気にかけているのかな?」

「調子に乗るんじゃないわよ、あんたは加持さんに比べたらまだまだガキよ」

 

 少し嬉しそうに笑顔を浮かべたシンジに、あすかはそう言い放った。

 

「そっか……でも、どうしてあすかは僕に話してくれたの?」

「あたしが敵かもしれないってアスカに言われても、かばってくれたのが嬉しかったからかな」

「ふーん、ずいぶんと仲良くなっているじゃない?」

 

 あすかとシンジが見つめ合って話していると、お風呂からあがったアスカが鋭い目つきでにらんでいた。

 そして、アスカはシンジ達に言い訳する時間を与えずに怒った様子で部屋の中へと入って行った。

 

「さすが、あたし。我ながら分かりやすい怒り方ね」

「僕が他の女の子と話していると、アスカを怒らせてしまうのか」

「ま、あたしの顔色ばかりうかがうようになっても困るけど。少しは鈍感を直してアスカを気にかけてやってね」

「うん、何かあすかってアスカのお姉さんみたいだ」

「な、何を言ってんのよ!」

 

 あすかは照れ臭そうに逃げるようにお風呂へと入って行った。

 

「アスカ、またあすかと仲が悪くならなければいいけど……」

 

 アスカと仲直りしたくても、良い言葉が思い付かないシンジはリビングでそう祈るしか無かった。

 あすかがお風呂から出て来て、アスカの部屋に入る。

 部屋の中から2人の話声が聞こえるが、すぐにあすかが追い出されない所を見ると、アスカもそんなには怒っていないらしい。

 安心したシンジはお風呂に入る事にした。

 

「そうだ、アスカのシャンプーの減りが2倍速くなるんだっけ、気を付けないと……」

 

 シンジはそんな事を心配していた。

 

「何よ、シンジとの仲良し話は終わったの?」

 

 アスカの部屋にあすかが入ると、アスカは背中を向けたままそう嫌味を言った。

 

「あたしにシンジを取られそうだって、嫉妬しているの?」

「別に、嫉妬なんかしてないわよ!」

 

 あすかに言われたアスカは勢い良くあすかの方に振り返った。

 

「隠さなくても分かるわよ、同じあたしなんだから。まあ、加持さんに比べると情けなくて頼りないけどね」

「そうね、加持さんよりは落ちるけど……ね」

 

 渋々ながらアスカもあすかの意見に同意した。

 

「でも、シンジの方もアスカに気があるみたいじゃない。あたしとあんたが入れ替わってもすぐに見抜いたし」

「あいつ、アタシの事をやらしい目で見てただけよ」

「仕方無いじゃん、男なんだから。あたしもしんじからそう言う視線を感じた事があるし」

「ずいぶん余裕じゃない。もしかして、しんじとキスは済ませたの?」

「ええ」

「ふーん」

「5歳ぐらいの頃したらしいわ。あたしもしんじも良く覚えて無いけど」

「それって、してないのも同然じゃない」

「じゃあ、シンジとキスしちゃおうかな?」

「何ですって!?」

 

 アスカが血相を変えて叫ぶと、あすかは大きな声で笑い出した。

 

「ほら、やっぱりシンジが気になるんじゃない」

「くーっ、騙したわね!」

「素直になれないのは分かるけどさ、少しは優しくしてあげないとレイにシンジを取られちゃうわよ」

「そんな恥ずかしい事できるわけ無いじゃない!」

「嫉妬してもシンジが気付かなくちゃ意味が無いわよ」

「解ったわ、ほんの少しだけ優しくしてやってもいいわよ」

 

 ふくれた顔でアスカがそう言うと、あすかは満足そうにうなずいた。

 

「でも、あすかがこのままずっと元居た世界に帰れなかったら、シンジの事を好きになったりするの……?」

「それは……」

 

 アスカとあすかは気まずそうに見つめていた。

 しばらくの間、沈黙が流れた後、その雰囲気を壊そうとあすかが声を掛ける。

 

「もう寝よっか」

「そうね」

 

 アスカはあすかからもらったパジャマに着替えた。

 そして、毛布を持ってきて床で寝ようとした。

 あすかはそんなアスカに声を掛ける。

 

「あたしが床で寝るわよ、ここはあんたの部屋なんだからさ」

「アンタこそ、朝から色々あって疲れたでしょう? ベッドはアンタに譲るわよ」

 

 アスカの言葉を聞いたあすかはため息をつくと、後ろからアスカを抱きあげて、ベッドへと運ぶ。

 

「こうして2人ともベッドで寝ればいいじゃない」

「でも、それじゃあ狭いでしょ?」

「別にあたしは構わないけど」

「じゃあ、アタシが壁際に代わってあげるわ」

 

 アスカが顔を真っ赤にして言うと、あすかは苦笑を浮かべた。

 これはアスカが壁際に代わりたいと言う強い意思表示だ。

 

「ありがと」

 

 あすかはそう言ってアスカと位置を変わった。

 

 (……ありがとうを言うのはアタシの方よ)

 

 アスカは心の中であすかに感謝した。

 ベッドで誰かと2人で寝る事はアスカにとって初めての事だった。

 その事がこんなにも心地が良い事だとはアスカは思ってもみなかった。

 今日は悪い夢を見なくて済むと思ったアスカはすぐに眠りについてしまった。

 

「ママ……どうして死んじゃったの……?」

 

 眠りかけていたあすかはアスカのつぶやきを聞いて目を覚ました。

 そして涙を流すアスカを慰めるようにギュッと抱きしめる。

 

「あたしは、ママの代わりにはなれないけど、アスカのお姉さんになるから。寂しい時ずっと側に居てあげるから……」

「ごめん、ありがとうあすか」

 

 アスカもあすかの胸に抱かれ、安心したように眠りについた。

 そしてその翌日。

 なかなか起きて来ないアスカとあすかを心配してシンジがアスカの部屋に足を踏み入れると、シンジは驚いた。

 ベッドにはアスカとあすかの姿が無かったのだ。

 

「ミサトさん、大変です! アスカとあすかが居ないんです!」

「アスカとあすかが居ないですって!?」

 

 たちまち葛城家はパニックになった。

 そんな葛城家の様子を遥か遠く、赤い空が広がる世界から眺めている2人の男女の姿があった。

 

「上手く行きそうで良かったわね」

「うん、アスカがあすかを使徒だと言って突き飛ばした時はどうなるかと思ったよ」

「今度はこっちの世界の番ね」

「もう、アスカはあすかをすっかり信頼しているから大丈夫だと思うよ」

「神様って言うのも、意外と大変ね。使徒を倒しちゃったり、ママを復活させるとか、奇跡を起こしちゃえば良いんじゃないの?」

「ダメだよ、人間はなるべく人間の力で物事を乗り越えさせなくちゃ」

「人の可能性か。アタシも早くシンジの事を信じて居ればアタシ達の居るこの世界はこんな結末にはならなかったのに」

「悔やんでも仕方無いよ、僕達は世界を創造する力は持っていてもやり直す事は出来ないんだからさ」

「はいはい、これからもアンタの暇潰しに付き合ってあげるわよ」

「暇潰しとは酷い言い方だなあ。でも自己満足に過ぎないかもしれないけどね」

 

 シンジは少し寂しそうな顔で微笑んだ。

 

「そうだ、お腹が空いたからハンバーグ作ってよ。シンジが作っているのを見たら食べたくなっちゃった」

「神様になってもお腹が空くんだ?」

「気持ちの問題よ!」

 

 アスカの言葉にシンジは苦笑して、何も無い空間に1軒の小さな家を出現させた。

 そしてアスカとシンジの2人は楽しそうにその家の中に入って行くのだった。

 

 

 

No.14 2011年 バレンタイン記念LAS小説短編 バレンタイン・キッス

 

 寒さも依然として厳しい2月の冬、教室でシンジとトウジとケンスケは声をひそめて話していた。

 もちろん話題は翌日に迫ったバレンタインの事である。

 

「今年もセンセはぎょうさんチョコレートをもらうんやろうなあ」

「そんなあ、みんながくれるのは義理チョコばかりだよ」

 

トウジが冷やかすと、シンジはため息をついて否定した。

 

「だって僕はそんなにハンサムでもないし、頭だって良くないし、スポーツマンでも無いし……」

「いやいや、碇の演奏するチェロはかなりのもんだぞ、いつもファンの子が音楽室に聴きに来ているじゃないか」

「チェロだって下手の横好きだよ」

「お前って本当に自覚ないんだな。義理チョコの中に本命が混じっているかもって考えた事も無いのかよ」

 

 シンジの言葉を聞いて、ケンスケとトウジが大げさにため息をついた。

 

「だってさ、僕は小さい頃からずっとアスカから、義理チョコしかもらった事が無いんだよ!」

「碇、声が大きい!」

 

 うわずった声で反論したシンジの口を、ケンスケが慌てて押さえた。

 同じ教室に居るアスカ達の方を見ると、シンジの発言に気が付かないようにおしゃべりを続けていた。

 

「ふーっ、聞こえなかったみたいやな」

 

 トウジとケンスケとシンジは大きく息を吐き出した。

 しかし、アスカ達の耳にはしっかりと聞こえていたのだ。

 

 (……チャーンス! シンジ君はアスカの照れ隠しに気が付いて居ないわ。今年は思い切って本命をあげちゃおうかな)

 

 マナはそんな事を思ってほくそ笑んだ。

 

 (は、恥ずかしいけど、碇君に本命と言って渡しちゃおうかな……)

 

 レイはそんな事を思ってモジモジしていた。

 

 (義理も渡した事が無いけど、勇気を出して碇君にチョコレートを渡してみよう。初めて渡すチョコレートが本命なんて、碇君は驚いてしまうかしら)

 

 シンジと図書室で話した事のある転校生山岸マユミもそんな事を考えて顔を赤くした。

 

 (うーん、シンちゃんは義理しかもらった事が無いと思い込んでいるなら、今年は本命だと言って渡してからかっちゃおうかしら♪)

 

 シンジの近所のお姉さん兼担任教師のミサトもそんな事を考えてニヤニヤ笑いを浮かべていた。

 しかし、アスカだけは浮かない顔をしていた。

 アスカは5歳から毎年シンジにバレンタインにはチョコを欠かさずあげていた。

 シンジの周りの女子はシンジとアスカが付き合っているのかと思う事もあったが、アスカがあまりに義理チョコだと言う事を強調するため、それならば自分達もとシンジにチョコをあげていた。

 アスカは嫉妬心からシンジが他の女子から受け取ったチョコは全て義理なんだからと言い聞かせ、シンジもそうだと思い込んでいた。

 

「惣流さんは今年も碇君にチョコをあげるの?」

「まあ隣に住んでいる付き合いで義理だけどね」

「やっぱり、義理なんだ」

「当たり前じゃない、アタシの本命は加持先生に決まっているじゃないの!」

 

 突然マナに尋ねられたアスカはその場の勢いでそう答えてしまった。

 

「そうよね、加持先生ってスポーツマンで紳士的だもんね」

「葛城先生と付き合っているのに、アスカも大変ね」

 

 マナとヒカリに励まされて、アスカは憂鬱な気持ちになった。

 アスカが体育教師の加持に熱を上げているのはクラスの生徒が誰もが知る事だった。

 しかし、アスカがそう見せているのは自分のプライドがそうさせていた見栄張りだったのだ。

 本当は加持にあげているチョコが義理で、シンジにあげているチョコが本命なんて恥ずかしくて言う事が出来るわけがない。

 そんな自分の態度がシンジに自信を失わせていると感じたアスカは一大決心をした。

 

「よしっ、今年こそシンジに本命チョコをあげて素直になるわよ!」

 

 アスカは気合を入れて、力強い眼差しでシンジを見つめた。

 

「セ、センセ、惣流のやつごっつい怖い顔でこっちをにらんどるで」

 

 そのアスカの姿を見たトウジがシンジにそう話しかけた。

 

「やっぱりさっきの話が聞こえちゃったのかな?」

「後で謝っていた方が良いんじゃないか」

「う、うん」

 

 シンジはケンスケの言葉にうなずき、放課後真っ先にアスカの席へ行って謝る事にした。

 

「あ、あのさ……」

「ア、アタシ用事があるからっ!」

 

 シンジが話し掛けようとすると、アスカは顔を赤くして教室から走り去ってしまった。

 アスカは照れ臭くなってシンジと顔を合わせられなかったのだが、シンジとトウジは違うふうに受け止めた。

 

「惣流のやつ、顔を赤くしてまで怒っとるんか」

「俺にはそう見えなかったけどな」

 

 ケンスケはトウジの言葉に異議を唱えた。

 

「アスカをそんなに怒らせる事をしたかな?」

 

 シンジは首をひねって考え込んでいた。

 

「あんな女の事なんてパーッとゲーセンで遊んで忘れてしもうたらええやん」

「うん……」

 

 シンジはトウジの誘いに乗って、ケンスケと3人でゲームセンターに寄り道する事にした。

 しかし、しばらくゲームセンターで遊んでもシンジの心は晴れず、ため息ばかり付いていた。

 

「何やセンセ、そんなに惣流の事が気になるんかいな」

「それなら、会って話して気持ちをスッキリさせた方がいいかもな」

「うん、アスカと話して来るよ」

 

 シンジはトウジとケンスケに別れを告げて、大急ぎで家に戻った。

 碇家と惣流家は、コンフォート17と言う分譲マンションの隣り合った部屋同士だった。

 家に帰ったシンジは玄関にカバンを投げ捨て、隣の惣流家のチャイムを鳴らした。

 

「ごめんね、アスカってばシンジ君に会いたくないらしいの」

「そんな!」

 

 惣流家の玄関でアスカの母親であるキョウコに止められたシンジは青い顔になった。

 

「少しで良いから、アスカに話をさせてください」

「それが、アスカは絶対にシンジ君を通さないでって」

「そうですか……」

 

 キョウコにそう言われてしまっては、シンジは引き下がるしか無かった。

 自分の部屋に戻ったシンジは、ベランダに出てアスカの部屋をのぞこうとしたが窓に厚いカーテンが下ろされているのを見てため息をついた。

 何度アスカの携帯に掛けても、携帯電話の電源は切られてしまっていた。

 いつでも会えると思っていたアスカに会えなくなった事に、シンジは寂しさを感じるのだった。

 アスカがかたくなにシンジと会うのを拒んでいたのは、放課後に買い物をして家に帰って来てからシンジのためのチョコレートを作っていたからだった。

 

「ふふ、アスカってばこんなにチョコレートを作っちゃって。シンジ君が見たら、これだけで涙を流して喜んでくれるわよ?」

 

 たくさんチョコレートが並べられたテーブルを見て、キョウコは微笑んだ。

 アスカはシンジに送るチョコレートに試作品を何個も作っていたのだ。

 

「ママ、お台所を占領しちゃってごめんね」

「いいのよ、今日はデリバリーにするから」

 

 キョウコの協力も得たアスカは気合を入れてチョコレートを作り続けた。

 

「”I Love Shinji from Asuka"なんて、やっぱり恥ずかしい……」

「でも、ストレートに伝わって良いじゃない、もうシンジ君に誤解されたくないんでしょう?」

「うん……」

 

 アスカはキョウコの言葉にうなずき、ホワイトチョコで”I Love Shinji from Asuka"と書いたハート形のチョコレートをシンジに贈る事に決めた。

 

「やっと……シンジにあげるチョコが出来た……」

 

 アスカはかなり緊張していたのか、どっと疲れて座り込んだ。

 

「そうだ、箱にリボンを掛けてあげればもっと可愛らしくなるわよ」

「それは良いアイディアね……」

 

 そう言ってリボンを買いに行こうとするアスカは、よろけて床に座り込んでしまった。

 

「パパに言って帰りにリボンを買ってきてもらうから、今はゆっくり休みなさい」

「ありがとう、ママ」

 

 後をキョウコに任せてアスカは自分の部屋で休む事になった。

 

「ふふ、これで二人の子供が見れるかしら」

 

 それは考えが飛躍しすぎている。

 キョウコはちょっと天然な所が入っている母親だった。

 

 

 次の日、バレンタイン当日は日曜日だった。

 学校でならばさりげなくシンジにチョコレートを渡せるのだが、このままではアスカに先を越されて渡されてしまう。

 そう考えたシンジに思いを寄せている恋する乙女達は立ち上がった。

 

「霧島さん……」

「綾波さんも、もしかしてシンジ君の家に?」

 

 コンフォート17の近くで、レイとマナはバッタリ出会ってしまった。

 

「やっぱり、考える事は同じみたいね」

 

 そう言ったマナとレイは顔を見合わせて苦笑した。

 

「おんやあ、マナちゃんとレイちゃんじゃないの」

 

 コンフォート17に向かって歩き出そうとしたマナとレイは後ろから担任教師のミサトに声を掛けられた。

 ミサトは恥ずかしそうにうつむいているマユミを連れていた。

 

「山岸さん?」

「マユミちゃんたらね、シンちゃんにチョコレートを渡したいってあたしに住所を聞いて来たのよ、健気じゃない?」

((葛城先生は、面白がっているだけだと思うわ……))

 

 レイの驚きの声にミサトは笑みを浮かべながら説明したが、マナとレイは心の中でそうツッコミを入れた。

 四人は足並みをそろえてシンジの家を訪問する事になった。

 

「どうもユイさん、教え子達と一緒にシンジ君にチョコレートをお届に上がりました♪」

 

 明るくおどけながらやって来たミサトをユイは相変わらずだと苦笑しながら出迎えた。

 ミサトは良くゲンドウとユイの酒の相手をするので、碇家とは顔なじみだったのだ。

 そして、アスカ達と一緒にシンジの家に遊びに来ているレイとマナの姿を見ると、ユイは部屋に居るシンジに声を大声で呼んだ。

 

「あれ、みんな遊びに来てくれたの? アスカは?」

 

 シンジはアスカの姿が見えない事に真っ先に違和感を覚え口にした。

 毎年バレンタインにチョコを渡す筆頭はアスカなのだ。

 

「さあ、私達は知らないけど? いつも一緒に居るわけじゃないし」

 

 自分達はアスカのお供ではないと、マナが不満そうに答えた。

 

「とりあえず、上がってよ」

「「「お邪魔します」」」

 

 シンジに言われて、マナ達は碇家のリビングへとあがりこんだ。

 ゲンドウは追いやられるように自分の部屋へと移動した。

 そして、シンジがマナ達にチョコレートを渡される姿を少しうらやましそうに見ていた。

 同時にチョコレートを渡す事になってしまったマナ達3人は、冗談でも本命だと話す事が出来ず、何となく言葉を濁すような微妙な雰囲気となってしまった。

 そして碇家のリビングではシンジを交えてのチョコレートの品評会となっていた。

 

「マナちゃんのチョコ、アルコールが入ってるでしょう」

 

 ミサトに指摘されたマナは舌をペロッと出した。

 

(……碇君を酔わせてどうするつもりだったの、霧島さん)

 

 レイはマナに厳しい視線を向けた。

 マナとレイとマユミはしばらくシンジと話した後、チョコレートを置いて帰って行った。

 ミサトは担任教師として、マユミを家まで送って行った。

 マナ達を見送ったシンジは無表情でリビングの椅子に腰かけていた。

 

「どうしたのシンジ、三個もチョコレートをもらえて嬉しくないの?」

「そうだ、もっと喜べ」

 

 ゲンドウがそう言うと、ユイは少し険しい表情をしてゲンドウをにらみつけた。

 

「うん……」

 

 ユイとゲンドウに言われても、シンジは生返事をするばかり。

 部屋に戻ったシンジは憂鬱そうにカーテンが下がったままのアスカの部屋を眺めていた。

 朝からずっとアスカの部屋のカーテンは閉ざされたままだった。

 シンジはマナ達からもらった三個のチョコレートを食べたが、少しも甘く感じなかった。

 重苦しさがシンジの胸を支配し、シンジはずっとベッドに横になっていた。

 夕方になって日が沈み始めた頃、シンジの携帯電話にアスカからのコールが来る。

 

「今すぐ、近くの公園に来なさいっ!」

 

 シンジが出るとアスカは有無を言わさずにそう言って電話を切ってしまった。

 乱暴な言い方だったが、シンジはアスカに会える事を喜んで、急いで部屋を飛び出した。

 コンフォート17の廊下から公園を見下ろすと、アスカが立って待っている姿が見えた。

 一刻も早くアスカに会いたいシンジは息を切らせて階段を駆け下りてアスカの所へ向かった。

 空が真っ赤に染まる公園で、シンジはアスカと二日振りの対面を果たした。

 

「ちょっと、何でアタシの顔を見て泣きそうになっているのよ!」

 

 アスカはシンジの顔を見てそう言い放った。

 

「だって、毎日会っていたアスカにいきなり会えなくなるなんて思わなかったから……」

「そ、そりゃあ、悪かったわね。はい、バレンタインのチョコレート」

「あ、ありがとう」

 

 いきなりラッピングされた箱を突き出されたシンジは戸惑いながらも受け取った。

 

「で、今すぐここで開けてくれない?」

「チョコレートの箱を?」

「いいから、開けなさいよ!」

 

 アスカに迫られたシンジはチョコレートの入った箱を開封した。

 中からは”I Love Shinji from Asuka"と書かれたハート形のチョコレートが出てくるはずだ。

 その勢いでアスカはシンジに告白するつもりだった。

 

「いつもの義理のチョコレートでも貰えて嬉しいよ」

「な、何ですって!?」

 

 シンジの言葉を聞くと、アスカは声が裏返るほど驚いた。

 確認すると、シンジが持っているのは店で買った市販のチョコレートだった。

 アスカはシンジにあげる本命チョコレートの箱と加持にあげる義理チョコレートの箱を間違えてしまったのだ。

 

「ア、アタシ、渡すチョコレートを間違えたわ。本当は本命の手作りチョコなの! 家に戻って取って来るから待ってなさい!」

「そんな嘘付かなくて良いよ。アスカは加持先生が好きなんでしょう?」

 

 アスカは慌てて言い訳をするが、シンジは諦め切った悲しそうな顔でそうつぶやいた。

 仕方無くアスカは最後の手段を取る事にした。

 アスカはシンジの腕を取ると、正面からシンジを抱き寄せ、強引に唇を奪った。

 

「アタシのチョコレート、とっても甘かったでしょう?」

 

 アスカはシンジから唇を離すと、シンジにそう尋ねた。

 

「えっ、まだ食べて無いけど?」

 

 シンジは不思議そうに自分の手に持ったチョコレートを見て答えた。

 アスカが黙って自分の唇を指差すと、シンジは顔を真っ赤に染める。

 

「うん、大人の味もしたよ」

 

 シンジが答えると、アスカは耳まで顔を真っ赤に染める。

 

「こ、これは夕陽のせいなんだからね!」

「う、うん……わかったよ」

「さあ、暗くなって来たから帰りましょ」

 

 シンジはアスカに差し出された手を握った。

 バレンタインのプレゼントを受け取ったからにはお返しをしなければならない。

 アスカの方から僕にキス……したんだから今度は僕の番だよね。

 多少の下心を持ちながら、決意を固めるシンジなのだった。

 

 

 

No.15 ホワイトデー記念LAS小説短編 キスの3倍返し!?

 

 寒さも和らぐ日々が訪れ始めた3月の中頃、自然とホワイトデーの話が教室のそこかしこでされるようになった。

 バレンタインデーのお返しを考えていたシンジはクラスの女子が話をしているのを聞いて驚いてしまった。

 

「まさか、バレンタインデーのお返しにそんな決まりがあるなんて……」

 

 シンジは困惑した顔でそうつぶやいた。

 先日のバレンタインデーにシンジはアスカから『大人の味がするとても甘いチョコレート』を受け取ってしまっていたのだ。

 それは値段の付けようの無い物で、しかも形の無い物だったので、3倍高価な物にするとか、3倍の量を返す事など不可能だった。

 

「やっぱり、1度に3回連続は無理だろうから、朝と昼と夜に分けた方が良いかな」

「何を難しい顔をして考えているのよ」

「ひゃあっ!」

 

 突然アスカに声をかけられて、シンジは驚いて飛び上がってしまう。

 

「アスカ、ビックリさせないでよ」

「驚いたのはこっちよ。さっきから暗い顔してブツブツ言ってるけど、深刻な悩み? アタシが相談に乗ろうか?」

「だ、大丈夫、たいした事じゃないから……」

「そう、でも1人で抱え込まない方が良いわよ」

 

 アスカが立ち去ると、シンジはホッとしたように胸をなで下ろして息を吐き出す。

 

「こんな事アスカに相談できるわけが無いじゃないか……でも、アスカの都合も考えてあげた方が良いのかな……」

 

 シンジは忘れないようにホワイトデーの予定を紙に書いて置いた。

 そして、放課後にシンジは義理チョコ(本人達にとっては本命チョコなのだが)をくれたレイ、マナ、マユミへのお返しを買いに商店街へと出掛けた。

 そのシンジの姿を目ざとく見つけたアスカはこっそりと後を追いかけて行く。

 

「シンジのやつ、アタシがせっかく本命チョコを渡してやったんだから、他の子達と同じ物じゃ承知しないわよ」

 

 アスカはシンジはお返しに高級なスイーツを贈ろうと考えているのが分かった。

おいしいスイーツが食べられるのは嬉しかったが、特別なプレゼントを期待していただけにアスカは少し寂しさを覚えた。

 帰り道にシンジがアスカへの特別なプレゼントを買い求めるのかと期待していたが、アスカの見ている前でシンジは真っ直ぐに家へと帰ってしまった。

 

「シンジったら甲斐性の無い男ね、つまんないの」

 

 アスカは気落ちした様子で自分の家へと戻るのだった。

 今ごろシンジは部屋でバレンタインのお返しのスイーツを準備しているのだろう。

 それを邪魔するわけにもいかないと思ったアスカはシンジにちょっかいを出さずに退屈な時を過ごした。

 その日の夜、アスカの携帯電話にシンジからの電話が入った。

 シンジは明日の朝、登校前にバレンタインデーのお返しをしたいから部屋に来て欲しいとアスカに告げた。

 

「おはようございます、おばさま」

「いらっしゃい、アスカちゃん。今日シンジは珍しく早起きしているのよ」

「あはは、そうですか」

 

 アスカはユイにあいさつをして、シンジの部屋へ入る。

 すると、しっかりと服装と髪型を整えたシンジがアスカを待っていた。

 

「シンジ、バレンタインのお返しなら学校で渡せば良いじゃない」

「だって、みんなの見ている前じゃ恥ずかしかったんだ」

「ただ渡すだけで何をそんなもったいぶっているのよ」

「ごめん」

 

アスカに言われて、シンジは苦笑しながら謝った。

 

「それで、プレゼントのスイーツはどこにあるの?」

「うん、もう用意しているよ」

 

 アスカは口に出してしまってから、しまったと思った。

 これでは昨日シンジの買い物の後をつけた事がばれてしまう。

 しかし、シンジは気にしない様子でそう答えた。

 

「じゃあ、目を閉じて」

「……えっ?」

 

 シンジに突然言われたアスカは驚いて聞き返した。

 

「だって、キスのお返しは、キスでするしか無いじゃないか」

「ちょっと……!」

 

 赤い顔をして戸惑うアスカに、シンジは必死に頭を下げて頼み込む。

 

「お願いアスカ、僕にもお返しをさせてよ!」

「わ、分かったわよ……」

 

 数分後、顔を赤くしたアスカとシンジが部屋から顔を出すのだった。

 通学路を歩く頃になっても、アスカの顔は熱を帯びている。

 

「シンジったら、鈍いくせに大胆なんだから」

 

学校に登校したシンジは、レイとマナとマユミにバレンタインのお返しを渡した。

 

「碇君、ありがとう」

「このスイーツ、結構高いんじゃない?」

「あの……惣流さんの分は……?」

「アスカには、学校に来る前に渡したんだよ」

 

心配したマユミが尋ねると、シンジはそう答えた。

 

「えーっ、抜け駆けなんてズルイよ、惣流さん!」

「惣流さんは、もう食べたの?」

「そ、そうね、とっても甘くて大人の味がしたわ」

 

レイに聞かれてアスカは少ししどろもどろになりながらそう答えた。

 

「それは頂くのが楽しみですね」

 

 マユミはシンジに渡されたスイーツの入った小箱を軽く抱きしめながらそう答えた。

 そのアスカの言葉を聞いてシンジは慌てた様子でアスカにそっと耳打ちする。

 

「アスカ、適当な事言わないでよ」

「アタシは正直に感想を言っただけよ」

 

 とりあえず、バレンタインのお返しは特別な物を貰ったと満足したアスカ。

 しかし、シンジがまだ落ち着かない様子でいるのは気になった。

 アスカと視線が合うと、シンジは赤くなって目を反らした。

 

「あいつ、まだキスした動揺から立ち直っていないのかしら、相変わらず気が小さいわね」

 

 アスカはあきれた顔でため息をついた。

 そしてその日の放課後、女子ゴルフ部の部活を終えたアスカは校門でシンジが待っていた事に驚いた。

 管弦楽部のシンジとは時間が合わずに、シンジが先に帰っている事が多かったのだ。

 

「何か用事があるならこんなに遅くまで待っていないで電話で呼んでくれれば良かったのに」

「ううん、今頃の方が都合が良いから」

 

 シンジはそう言って、茜色に染まり始めた空を指差した。

 ソワソワするシンジの様子にアスカは首をかしげながらも、一緒の通学路を歩いた。

 そして、コンフォート17が近づくと、アスカの肩を叩いたシンジは黙って公園を指差した。

 そこはバレンタインの日にアスカとシンジがキスをした場所だった。

 シンジの真意を悟ったアスカは顔を赤くして叫ぶ。

 

「まさか、またキスしようって言うんじゃないでしょうね!」

 

 アスカの言葉に、シンジはぎこちない動きでうなずいた。

 

「アンタ、いつからそんなキス魔になったのよ」

「こ、これはバレンタインのお返しだから……」

 

 アスカに強く追及されたシンジはしどろもどろになって答えた。

 その時強い風が吹いて、シンジのポケットから白い紙が舞い落ちた。

 紙を拾い上げたアスカは驚いた。

 そこにはシンジが1日で3回キスをするためのプランが書かれていた。

 夕方で公園でキスをした後、夜の予定は星空の下、ベランダでキスをすると書かれていた。

 

「シンジ、これって……」

「だって、ホワイトデーにするお返しは3倍返しってクラスの子達が話しているのを聞いたから!」

「だからって、1日にキスを3回なんてハードよ」

「……ごめん、強引に押し付けられたら迷惑だよね」

 

 シンジはすっかり元気を失ってうなだれてしまった。

 すると、アスカは夕陽に負けないぐらいに顔を真っ赤にしながら話し出す。

 

「仕方無いわね、今日だけシンジに付き合ってあげるわよ」

 

 アスカはそう言って目を閉じてシンジに唇を突き出した。

 そして夕陽に照らされた2人のシルエットが重なった……。

 

 

 

No.16 Air/まごころを、君に Shinji&Asuka 16 years old Ver. ~世界の中心でアイを示した二人~

 

<ネルフ本部 第一発令所>

 

 最後の使徒である渚カヲルはシンジの乗る初号機によりせん滅された。

 発令所に戻ってきた暗い表情のシンジを出迎えたのはミサトだった。

 

「シンジ君、使徒せん滅お疲れ様」

 

 ミサトはそう言ってシンジの肩に手を置いたが、シンジはそのミサトの手をはねのけた。

 そして、怒りを込めた視線を真っ直ぐにミサトにぶつける。

 

「何で、渚君が死ななければならないんですか」

「それは……彼が使徒だからよ」

「解ってます……だけど、渚君は僕達人間とほとんど変わらなかったじゃないですか」

 

 冷酷に言い放ったミサトの言葉に、シンジは唇をかみしめて悔しがった。

 発令所に居る人間は、誰もがシンジがカヲルと接触していた事を把握していた。

 シンジの悲痛な姿を見ていたオペレータの三人も、慰めの言葉は思い付かず、黙り込んでいた。

 その静寂を破ったのはミサトの発言だった。

 

「それでは司令、第一種戦闘配備を解除して構いませんね?」

「いや、このまま継続だ」

 

 ゲンドウがミサトの質問にそう答えると、発令所は騒然となった。

 オペレータの三人も戸惑った顔をして見合わせた。

 

「使徒は全て居なくなったんじゃないの!?」

「ああ、これで俺達の仕事も終わったと思ったんだがな」

 

 マヤとシゲルに聞こえない小さな声で、難しい顔をしたマコトはポツリとつぶやく。

 

「まさか、補完計画が発動されるのか……?」

 

 ネルフ周辺の状況を映し出していたモニターから次々と大きな爆音が聞こえて来た。

 戦略自衛隊の部隊がネルフの軍事施設を破壊し、ネルフの軍や職員を急襲したのだ。

 爆音と悲鳴が混じる地獄絵図のような風景を、発令所に居るミサトやシンジ、オペレータ達はぼう然と見ていた。

 すると、副司令の冬月の前にある電話が突然鳴り始めた。

冬月はすぐに受話器を取り耳に当てると、ゲンドウに告げる。

 

「碇、先程第二新東京市の日本政府がA-801を発令したぞ」

「何が起こっているんですか、副司令!?」

「戦略自衛隊が攻めて来たのだよ、ゼーレがネルフを我が物とするために」

 

 ミサトの言葉に冬月がそう答えると、発令所の空気の温度が下がった。

 

「最後の敵は人間か」

 

 ゲンドウが落ち着いた低い声でそうつぶやいた。

 厳しい表情になったミサトは発令所に居るメンバーに言い聞かせるように大声を発する。

 

「多分、やつらの目的はエヴァとパイロットよ!」

 

 ミサトの言葉を聞いたマコトは端末を操作して、アスカの所在を確認する。

 

「セカンドチルドレンは303号病室です、第4グループが護衛中」

 

 アスカは使徒アラエルとの戦いで精神に異常をきたし、意識を失って寝たきりの状態が続いていたのだ。

 

「わかった、私がアスカを連れて行くわ」

 

 マコトの報告を聞いたミサトはマコトにそう告げた。

 

「ミサトさん、僕もアスカの所へ行かせてください!」

 

 シンジは頭を下げてミサトに頼み込んだ。

 

「だめよ、あなたは直ちに初号機へ乗ってもらわないと」

「最後に一目で良いからアスカに会いたいんです!」

 

 ミサトはシンジの気持ちが痛い程解った。

 この戦いは生きて帰れる保証は限りなく低い。

 これが今生の別れになるかもしれない。

 

「わかったわシンジ君、早くアスカの所へ行きましょう」

 

 うなずいたミサトはシンジの手を取って駆け出した。

 

「葛城三佐!」

 

 ゲンドウの制止する声にも振り返らず、ミサトとシンジは発令所を出て行った。

 

 

 

<ネルフ本部 303号室>

 

 非常用連絡通路を使って、ミサトとシンジは早くにアスカの病室にたどり着いた。

 しかしここもいつまでも安全と言うわけにはいかない。

 敵はネルフ本部の深部に向かって攻め込んで来て居るのだ。

 シンジはベッドで眠るアスカに優しい口調で話し掛ける。

 

「ねえアスカ、君が眠っている間に大変な事が起こったんだよ」

 

 シンジが話し掛けても、アスカは何の反応も示さない。

 

「渚君も助けられなかったんだ、僕の守りたいものは次々と失われてしまったんだよ、トウジも、加持さんも、綾波も」

 

 そこまで話したシンジは感極まり、目から涙を溢れさせた。

 そしてそっとアスカの手を取る。

 

「……アスカの手は、まだ暖かいね」

「シンジ君、そろそろ行かないとマズイわ」

 

 タイミングをギリギリまで引き延ばしたミサトが辛そうな顔で声を掛けた。

 ミサトの言葉にシンジはうなずいて、身を屈めてアスカの顔に自分の顔を近づける。

 そして、シンジはアスカの唇に自分の唇をそっと重ねた。

 触れるか触れないかスレスレの優しい物だった。

 

「でも、僕にはまだ守りたいものがまだ残っているんだ。だから、僕は行ってくるよ」

 

 顔を離したシンジはアスカに向かってそう言って微笑むと、他のネルフの職員に付き添われて病室を出て、初号機の所へ向かった。

 シンジを見送ったミサトは、ベッドで寝ているアスカに向かって話し掛ける。

 

「アスカ、いい加減に起きなさいよ。童話なら王子様のキスで眠り姫は目を覚ますはずじゃないの」

 

 ミサトがそう言っても、アスカは何の反応も示さない。

 そんなアスカを見て、ミサトは段々と腹を立て始める。

 

「起きろって言っているのが聞こえないの!?」

 

 ミサトはアスカの胸倉をつかんでアスカの顔を思いっきり平手打ちにした。

 何度も何度もアスカの顔を叩く。

 たちまちアスカの顔は真っ赤になった。

 

「起きなさい!」

 

 周りの護衛が止めてもミサトは振り払ってアスカを叩き続けた。

 すると、アスカは目を開けて身体を震えさせて小さな声でつぶやく。

 

「怖い……」

「アスカっ!」

 

 アスカが目を覚ましたのに気がついたミサトはアスカの腕をつかみ上げる。

 

「さあ、行くわよ」

「行くって……どこへ?」

 

 アスカが怯えた瞳でミサトに尋ねた。

 

「決まっているじゃない、エヴァのところよ」

「嫌よっ、もうエヴァには乗りたくない!」

「しっかりしなさい、シンジ君一人に戦わせる気?」

 

 ミサトは厳しい表情でそう言うと、アスカの顔を強引につかんで自分に向けさせた。

 しかし、やはりアスカはミサトから目を反らしてしまう。

 そのアスカの態度を見たミサトは強い失望感と激しい憤りを感じる。

 

「あの自信に満ちあふれたアスカはどこへ行ってしまったのよ!」

「アタシは弐号機に拒絶されたのよ……」

 

 目を合わせようとしないアスカが弱々しくそう答えると、ミサトは首を横に振って否定する。

 

「弐号機がアスカを拒絶するはずが無いわ、心を閉ざしてしまったのはアスカ、あなたの方なのよ」

「そんなのどっちでも弐号機に乗れない事には変わらないじゃない」

「全然違うわ」

 

 ミサトとアスカが言い争いをしていると、護衛をしていたネルフの職員達の悲鳴が聞こえて来た。

 ついにここにまで戦略自衛隊の侵攻部隊がやって来たのだ。

 

「セカンドチルドレンを発見した、こっちだ!」

「直ちに確保しろ、抵抗するなら殺しても構わん!」

 

 戦略自衛隊の兵士達は容赦無くネルフの職員達に向かって発砲をする。

 戦う意思の無い職員に向けてもだ。

 ミサトの反撃により兵士達は倒されたが、側にいた護衛達は大怪我を負うか絶命していた。

 目の前で人が死んで行く姿に、アスカは少なからずショックを受けた。

 

「弐号機の所へ行くわよ、急いで!」

「嫌っ、どうせ死ぬのならここで死んでも同じよ!」

「まだそんな事を言っているの!?」

 

 アスカがそう言うと、ミサトはアスカのほおを思いっきり叩いた。

 ミサトに叩かれたアスカは怯えた表情でミサトを見上げる。

 アスカにこのような表情をさせてしまったミサトは後悔し、優しくアスカに微笑みかける。

 

「私はね、アスカに生きる希望を持って欲しいのよ」

 

 そう言ってミサトは、アスカをしっかりと抱きしめた。

 突然抱きしめられたアスカはミサトを振り払おうとはしなかった。

 

「だからアスカには何としてでも弐号機に乗ってもらいたいの。そうすれば、きっと道が拓けるから」

 

ミサトの言葉を聞いたアスカは、無言だったが大人しくミサトに従う様子を示した。

そんなアスカの手を取ってミサトは迫りくる戦略自衛隊の兵士から走って逃げるのだった……。

 

 

 

<ネルフ本部 地下駐車場>

 

 アスカを連れたミサトは地下駐車場までやって来た。

 そして自分の愛車が無事だと確認すると、アスカを助手席に乗り込ませる。

 

「アスカ、これから私が知り得た全ての情報をあなたに話すわ」

 

 ミサトはそう言って、車のエンジンを掛けた。

 そしてミサトは助手席に座るアスカに、ネルフが秘密裏に行っていた人類補完計画の内容を話した。

 ミサトの話を、アスカは青い顔をして聞いていた。

 

「にわかに信じ難いとは思うけど、全て本当の話よ」

「ママがエヴァに取り込まれたって、そんな……」

 

 アスカは頭を抱え込んでそうつぶやいた。

 そんな時、今まで雑音が流れていたスピーカーから発令所に居るマコトの声が聞こえて来る。

 

「聞こえますか、葛城三佐」

「聞こえるわ、シンジ君の状況は?」

「現在、人造湖で戦自と戦闘中!」

「シンジ君、反撃して!」

 

 マコトの背後で、マヤが初号機のシンジに指示している声が聞こえた。

 どうやらシンジは戦略自衛隊に対して攻撃するのを戸惑っている様子だった。

 シンジが戦っている事を知ったアスカは驚いて顔を上げる。

 

「シンジ君に伝えて、アスカが行くまで頑張れって」

 

 ミサトは発令所のマコトにそう言うと、運転していた車のスピードを上げた。

 そしてミサト達の行く手にも戦略自衛隊の部隊が現れるようになった。

 どうやらネルフ本部のかなり深部にまで侵攻部隊がやって来ているようだった。

 発令所との連絡も再び途絶え、爆音が周囲に鳴り響く。

 どれほどの被害が出ているのか、誰が無事であるのか全く把握できない。

 戦略自衛隊の攻撃を受けてもミサトはただひたすら目的地へと向かって車を走らせた。

 

 

 

<ネルフ本部 ジオフロント>

 

 その頃、戦略自衛隊の部隊と戦っていた初号機に乗るシンジは、ミサトから弐号機を出撃させると聞いて狂ったように攻撃を始めた。

 病み上がりのアスカが乗った弐号機を戦わせるわけにはいかない、こうなったら自分の手で敵を全滅させると決意を固めたのだ。

 

「うおおっ!」

 

 S2機関を取り込んだ初号機は、暴走したように戦略自衛隊の戦闘機、戦車、戦艦を次々となぎ倒して行った。

 しかし、戦略自衛隊はネルフ本部や初号機への攻撃を止める事は無い。

 ついにはN2爆雷まで投下し、ネルフ本部のジオフロントを地上へと露出させた。

 ATフィールドを張っている初号機はその強烈な衝撃にも耐えた。

 

「エヴァには一万二千枚の特殊装甲と、ATフィールドがあるんだから、いくら攻撃をしても無駄なんだよ!」

 

 初号機のエントリープラグの中でシンジはそう叫んだ。

 シンジの言葉通り、初号機の装甲に致命的なダメージを与えられることなく戦略自衛隊の部隊はやられて行った。

 そして、戦略自衛隊の部隊の大部分がやられ、壊滅すると思われたその時、シンジの目の前の上空に輸送機にぶら下げられた九機の白いエヴァの姿が見えた。

 

「まさか、あれがミサトさんの言っていたエヴァシリーズ?」

 

 ぼう然とつぶやいたシンジの目の前で、九機の白いエヴァは輸送機から放出され、初号機を取り囲むように降り立った。

 状況の厳しさを悟ったシンジは冷汗を垂らす。

 

「一対九か……圧倒的にこっちが不利だね」

 

 しかし、自分が戦うしかないと知っているシンジは、目に力を入れてエヴァ量産機をにらみつける。

 

「逃げちゃダメだ」

 

 シンジはそうつぶやいて初号機で目の前のエヴァ量産機に向かって突進して行った。

 

 

 

<ネルフ本部 R20エレベータ>

 

 ミサトとアスカはついにR20エレベータがある場所へとたどり着いた。

 このエレベータに乗れば、弐号機が収められているケージに三十秒で行ける。

 しかし、ミサト達のすぐ背後まで戦略自衛隊の兵士達は迫っていた。

 そして、アスカを銃弾からかばったミサトは背中にかなりの銃弾を受けてしまう。

 アスカと共に何とかR20エレベータに乗り込んだミサトだったが、かなりの出血をしており、このままでは助からない事は明白だった。

 

「ミサト、死なないでよ、アタシを置いて行かないでよ!」

 

 下降するエレベータの中で、目に涙を浮かべたアスカはミサトに声を掛けた。

 

「ごめんなさいアスカ、あなたを一人で行かせる事になって……」

 

 ミサトは苦しげに息をしながらアスカに答えた。

 

「ダメよ、無理をして喋っちゃ!」

「私はもう助からないって、私自身が一番良く分かっているわ……アスカ、もっとこっちへ来て」

 

 アスカは無言でミサトの言葉にうなずき、ミサトに身体を近づけた。

 すると、ミサトは残された力を振り絞ってアスカを抱きしめる。

 

「今までいろいろ厳しい事を言ってごめんなさい。私はアスカを本当の妹のように思っていたのよ」

「うん、アタシもミサトを……」

「シンジ君を助けてあげて。きっとアスカの助けが必要だから。私からの最後のお……ね……が……い」

 

 ミサトはそこまで話すと、急に身体から力を抜いた。

 アスカの背中にまわした腕もダラリと垂れた。

 ミサトが事切れた事を知ったアスカは涙を流した。

 それからしばらくしてエレベータが停止する。

 どうやら弐号機の居るケージへと到着したようだ。

 アスカは腕で涙をふいてエレベータの外へと出た。

 しかし、ケージへと到着すると弐号機の姿はそこには無い。

 アスカの目に映ったのは緊急避難措置プログラムが発令されたと表示するモニター。

 弐号機が戦略自衛隊の部隊の手に落ちる事を恐れたネルフは、弐号機を地底湖の湖底へと沈めてしまっていたのだ。

 

「そんな……これじゃあ弐号機に乗れないじゃないの。ミサトと……シンジを助けに行くって約束したのに……」

 

 アスカの顔に絶望の色が広がった。

 しかし、アスカは祈るような姿勢を取って、念じながら湖底に居る弐号機に向かってつぶやいた。

 

「……お願い、ママっ!」

 

 するとアスカの呼び声に応じるかのように、弐号機が浮上し、水面に姿を現した。

 

「ママっ、ミサトの言う通り弐号機の中に居たのね!」

 

 弐号機の姿を見たアスカは、満面の笑みを浮かべた。

 そして弐号機のエントリープラグがエヴァの側から開かれる。

 弐号機に乗り込んだアスカは、自分の母親の気持ちを感じる事が出来た。

 これなら弐号機とシンクロ出来ると、アスカは安心した。

 ジオフロントへの射出カタパルトまで弐号機を移動させたアスカは、エントリープラグの中からそっと笑顔で弐号機に話し掛ける。

 

「今までアタシを守ってくれてありがとう。……またアタシに力を貸して、ママ」

 

 幸いにもカタパルトの電源は破壊を免れていて、弐号機はジオフロントへと発進することが出来た。

 

 

 

<ネルフ本部 ジオフロント>

 

 人造湖で量産型エヴァ九機と戦っていたシンジは、苦戦を強いられていた。

 量産型エヴァの持つ武器は、ATフィールドを紙のようにあっさりと貫通し初号機に傷を負わせる。

 シンジは必死に交わして致命傷は避けていたが、ダメージは着実に蓄積して行った。

 初号機の痛みが伝わり、意識が朦朧しかけていたシンジに、弐号機からの通信が入る。

 

「お待たせ、シンジ……」

「アスカ、大丈夫なの!?」

 

 モニターに映し出されたアスカの穏やかな笑顔を見たシンジは驚きの声を上げた。

 何があったのかシンジには理解できなかったが、アスカはすっかりと立ち直ったように見えた。

 

「アスカ……よかった……」

 

 感激したシンジはアスカに聞こえないような小さな声でそっとつぶやく。

 

「シンジ、アタシも協力するから、こいつらを倒しちゃいましょう!」

「ダメだアスカ、こっちへ来ちゃ!」

「えっ、どうして!?」

 

 厳しい表情でそう言い放ったシンジに、アスカは驚いて聞き返した。

 

「……僕は初号機を自爆させてやつらを倒す。出来るだけ引きつけてたくさんの相手を道連れにするつもりだよ。やつらの数が減ったら、きっとアスカも戦いやすくなるよ」

「バカシンジ、何を言ってるのよ!」

「最後にアスカと話せて良かった」

 

 シンジはそう言って、弐号機との通信を切った。

 

「シンジ!」

 

 弐号機のアスカが真っ暗になったモニターにいくら呼びかけても、返答は全く無い。

 

「あのバカっ、一人で格好つけちゃって!」

 

 アスカはそう言って初号機の元へ向かって全力で走った。

 走りながらアスカは浮かび上がった疑惑について考える。

 

「おかしいわ、ネルフを壊滅させるだけならエヴァは九体も必要無いはず……」

 

 アスカの頭の中で、ミサトに聞かされた人類補完計画の内容と、九体の量産型エヴァ達が繋がる。

 

「まさか、ゼーレはサードインパクトをここで起こすつもりなの!?」

 

 胸騒ぎを覚えたアスカは、必死に初号機の元へと急ごうとした。

 シンジの乗る初号機が利用される予感がしたのだ。

 今までバラバラの動きをしていた量産型エヴァ達が初号機を中心に陣形を整えているのを見て、アスカの予感は確信へと変わった。

 量産型エヴァ達は一斉に初号機向かって突進した。

 それを目の前で見たアスカは初号機の自爆を止めようと叫び声を上げる。

 

「シンジ、ダメっ!」

 

 アスカの制止も通じず、初号機からまぶしい光が広まった。

 

「シンジーーっ!」

 

 真っ白になった視界に向かって、アスカは涙を流しながら叫んだ。

 そして次の瞬間、アスカの意識と視界はブラックアウトした……。

 

 

 

<????>

 

「アスカ、アスカっ!」

「シンジ?」

「良かった……」

 

 横たわっていたアスカがうっすらと目を開けてそう答えると、シンジは嬉しそうに息をもらした。

 

「ちっとも良くないわよ、この大バカシンジ!」

 

 怒ったアスカはシンジの胸倉をつかみ上げた。

 そして、シンジを思いっきりにらみつけて言い放つ。

 

「アタシを勝手に置き去りにするなんて、許さないんだからね!」

「ごめん……」

「でも、こうしてまた会えたんだから、シンジを責めるのはもう止めるわ」

 

 アスカが優しい口調でそう言ってシンジをつかみ上げていた手を離すと、シンジは安心したように顔を上げて周りを見回した。

 二人の周囲に広がるのは紅い空と白い砂浜、紅い海が広がる世界。

 音は打ち寄せる波の音以外、何も聞こえなかった。

 

「いったい何が起こってしまったんだろう? 僕は初号機で自爆したはずなのに」

「きっと、サードインパクトが起きてしまったのよ。それで人類補完計画の通りになってしまった……」

「僕とアスカがこうして居られるのは?」

「多分、エヴァの中に居たから無事だったのよ。アタシ達のママ達が守ってくれたんだわ」

「そうか……でも、僕が原因なんだろうね」

 

 シンジもある程度察しはついていたのか、暗い顔でそうつぶやいた。

 

「そんな事は無いわ、これは仕組まれていた事なのよ」

 

 アスカはシンジの手を優しく握って、シンジを励ました。

 

「どっちだって同じだよ、僕が世界を滅ぼした元凶だって事には代わりは無いよ」

「いえ、アタシとシンジがこうしてここにいると言う事は、人類の補完は完全に行われていないって事になるわ」

「えっ?」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジは驚いてアスカを見つめた。

 

「もしかして、世界の姿が元に戻る可能性が残されているかもしれないって事よ」

 

 アスカが希望を持ってシンジを励まそうとするが、シンジの表情はさえない。

 

「元に戻ったとしても、僕は嬉しくないよ」

「どうしてよ?」

「だって、サードインパクトが僕のせいで起こったと知ったら、きっとみんなは僕を許してはくれないよ」

 

 そう言って身体を震えさせるシンジの前で、アスカは太陽のような微笑みをたたえてシンジを見つめる。

 

「みんなシンジが悪いんだって言っても、アタシはシンジを責めたりなんかしないわ」

「アスカ……」

 

 シンジの視線と、アスカの視線がぶつかった。

 

「世界の全てを敵に回しても、アタシはシンジの側に居るから……」

 

 アスカはそう言ってシンジを抱きしめると、シンジにそっと優しく口づけをした……。

 その二人の姿を紅いLCLの海に溶け込んだ全人類が目撃していた。

 彼らは何を思ったのだろうか、それを知る術は無い……。

 

 

 

No.17 麦わら帽子と向日葵の種

 

 夏休みのある日、街並みを一望できる公園でシンジはレイと待ち合わせをしていた。

 じりじりと照りつける太陽の日差しを見つめながら、シンジは集合時間の10分前に来てしまう自分の真面目な性格を自嘲した。

 

「まあ綾波はトウジ達みたいに遅刻しないから、まだ良いんだけどね」

 

 シンジは自分を激励するようにそうつぶやいた。

 

「ねえ、第壱中学校はどこか知らない?」

 

 麦わら帽子をかぶった黄色いワンピースの少女がシンジに声を掛けた。

 

「うん、僕の通っている学校だけど」

 

 シンジが答えると、少女は嬉しそうな顔になる。

 

「今日、この街に引っ越して来たんだけど、通う学校がどんな所なのか見てみたいのよ」

「へえ、そうなんだ」

「じゃあ、案内して?」

「えっ?」

 

 少女にそう言われたてシンジは困ってしまった。

 シンジはレイとの待ち合わせをしているのだ。

 

「でも、僕は……」

「碇君、その子は誰?」

 

 少女がシンジの言葉に答えようとした時、待ち合わせをしていたレイが姿を現して声を掛けた。

 するとその少女は、

 

「あっ、デートの待ち合わせだったのね、ごめん、アタシは自分で探すから!」

 

 と言って慌てて逃げるように立ち去ろうとした。

 

「待ってよ!」

 

 シンジは大声で少女を呼び止めた。

 少女は驚いて振り返る。

 

「せっかくだから僕達が案内するよ、いいよね、綾波?」

「う、うん……」

 

 シンジに同意を求められたレイはうなずいた。

 

「ありがとう、でもデートだったんじゃないの?」

「いや、僕と綾波は幼馴染なんだ」

 

 少女にシンジがはっきりそう答えると、レイはため息をつく。

 

「碇君は本当に鈍いんだから……」

 

 シンジに聞こえない小さな声でレイはそうつぶやいた。

 その少女はアスカと名乗り、シンジとレイはアスカと話をしながら学校まで案内した。

 学校は夏休みだったので、部活動の生徒が居る場所以外は閑散としている。

 

「ありがとう、助かったわ」

「でも、夏休みだからほとんど人がいないけど、いいの?」

「アタシは別に構わないわ。そうだ、シンジとレイも2年生?」

「うん」

 

 アスカに尋ねられたシンジがうなずくと、アスカは嬉しそうな笑顔になる。

 

「じゃあ一緒のクラスになれると良いわね」

「そうだね、綾波もそう思うよね?」

「ええ、そうね」

 

 レイは少し引きつった笑顔でそう答えた。

 

「そうだ、学校の中も案内してあげようか」

「碇君……!」

 

 シンジの言葉を聞いて驚いたレイはシンジの腕をつかんだ。

 

「いいじゃないか、少しぐらい」

「でも……」

 

 誰にでも優しいシンジの事がレイは好きだった。

 だけど最近はその優しさを自分にだけ向けて欲しいと思ってしまうのだ。

 

「悪かったわね、予定があるんでしょ?」

「うん、綾波と新しくできた水族館に行くところだったんだ」

「えっ!?」

 

 シンジの返事を聞いたアスカは目を丸くして驚いた。

 そしてアスカはレイと目を合わせた後、慌ててシンジに告げる。

 

「案内はもういいわよ」

「いいの?」

「うん、後はアタシだけで大丈夫だから、シンジ達は水族館に行きなさい!」

「わかったよ、じゃあね」

 

 アスカに押し切られる形でシンジとレイは街の方へと立ち去った。

 シンジ達が居なくなった後、アスカはため息をつく。

 

「まったく、何て鈍いヤツなのよ」

 

 シンジはレイの気持ちが全く分かっていないと、あきれてしまった。

 あの調子じゃレイも大変ねとアスカはレイに同情する。

 

「……でも、いいヤツよね」

 

 アスカはそうつぶやくと、嬉しそうに微笑むのだった。

 

 

 

 次の日シンジは、トウジ達と一緒にプールに行った。

 シンジと顔を合わせるなりトウジ達は、興奮した様子でシンジに話し掛ける。

 

「昨日、街でえらい可愛い子とすれ違ったで!」

「スタイル抜群で、まるでアイドルみたいだったよ」

「あなた達、さっきからその話ばっかりね」

 

 ヒカリはウンザリとした顔でため息をついた。

 

「街が混んでなければ見失わずに追いかけられたのになあ」

「そうやなあ」

「鈴原っ!」

 

 ケンスケのぼやきにうなずいたトウジをヒカリが怒鳴りつけた。

 レイはシンジがヒマワリ畑が描かれた観光用のポスターの前で足を止めた事に気がついて声を掛ける。

 

「碇君、あの子の事をまた考えていたの?」

「あっ、ごめん……」

 

 レイに言われたシンジは照れ臭そうな顔をして謝った。

 

「本当に素敵な話よね、ヒマワリ畑で会った女の子って」

 

 そう言いながらヒカリは両手を胸の前で握り目を閉じて陶酔に浸った。

 

「名前も分からん女の事をまだ引きずっておるんか」

「それよりも、碇が好きだって女の子の気持ちに答えた方がいいんじゃないか?」

「えっ、そんな子居るの?」

 

 シンジがそう答えると、トウジとケンスケはあきれ顔でため息をついた。

 

「碇君はその子に貰った種を植えて、ずっとヒマワリを育てているんだっけ」

「うん、そのままヒマワリの種を大事に持っていても枯れちゃうからね」

 

 ヒカリの言葉にシンジはうなずいた。

 

「でもさ、碇の親父の研究所でもいろいろな植物を育てているんだろう? そこに植えれば世話する必要もないじゃないか」

「相田、それじゃあその子もガッカリするわよ」

 

 ケンスケの言葉に、ヒカリはため息をついた。

 

「まあ、ずっと続けられるとは限らないよ。ヒマワリって受粉が上手くいかないと発芽する種が出来ないらしいから」

 

 シンジは寂しそうな顔をして、ため息を吐き出した。

 レイはシンジの横顔を複雑な思いで見つめていた。

 シンジの部屋の植木鉢にあるヒマワリが無くなれば、シンジはその少女を想い返すのは止めるかもしれない。

 そして自分に目を向けてくれるとレイは思って待ち続けているのだった。

 今までもシンジはヒマワリを見ると物想いにふけってしまう時がある。

 しかしシンジが今日、ヒマワリ畑で会った少女の事を強烈に思い出したのは、昨日出会ったアスカがその少女に似ていたからだった。

 シンジは誰にも話していなかったが、シンジが出会ったその少女も麦わら帽子をかぶっていたのだ。

 

 

 

 そして2学期が始まった日、シンジの教室に新しい机が1つ増えているのに気が付いたクラスメイト達は騒いでいた。

 

「転校生は男と女どっちやろか?」

「男だったら面白い性格のやつ、女だったら美少女に限るな」

 

 トウジとケンスケも転校生の事で話題一色だ。

 

「碇君、もしかして転校生って……」

「うん、そうかもしれない」

 

 レイとシンジは顔を見合わせてうなずいた。

 予鈴のチャイムが鳴っても教室のざわめきは収まらない。

 学級委員のヒカリが鎮めようとしても、興奮したクラスメイト達は抑えられなかった。

 そして、クラス担任のミサトが教室に姿を現した。

 浴びせられる質問の嵐の中、ミサトは笑顔を浮かべながら教壇までハイヒールの靴音を響かせて歩いた。

 

「みんな、充実した夏休みを過ごせた? じゃあ、さっそくだけど待望の転校生を紹介するわ。……心の準備は出来たかな?」

「はーい!」

 

 ミサトがそう言うとクラスの盛り上がりは最高潮に達する。

 

「じゃあ、入っていらっしゃい」

 

 廊下に向かってミサトが呼び掛けると、真新しい制服を着た少女が姿を現した。

 少女の姿を見たクラスメイト達は歓声を上げる。

 その少女がいわゆる美少女に分類される風貌だったからだ。

 

「惣流・アスカ・ラングレーです、よろしくお願いします」

 

 アスカがそう言って頭を下げると、クラスの男子達からは彼氏が居るのか質問が飛ぶ。

 

「えっと、彼氏は居ません」

「嘘ぉ!?」

「よっしゃー!」

 

 そうアスカが答えると女子からは驚きの声が、男子からは喜びの声が上がった。

 

「はいはい、みんな落ち着いて。惣流さんへの質問攻めは程々にね」

 

 ミサトはそう言って、学級委員のヒカリの席の隣に追加した新しい席に座るように指示した。

 

「私は学級委員の洞木ヒカリ。学校の事で解らない事があったら、何でも聞いてね」

「ありがとう、洞木さん」

 

 ヒカリにアスカはニッコリと微笑んで答えた。

 

「ねえ惣流さん、彼氏が居ないなんて嘘だよね? 本当はキスとか経験済みじゃないの?」

 

 前の席に座っているケンスケに聞かれたアスカは言葉に詰まってしまった。

 

「こら相田、何よその不潔な質問は!」

「ちぇっ、委員長ってば固いんだから」

 

 ヒカリに助けられたアスカはホッとした表情を浮かべた。

 これからはヒカリがアスカを守ってくれるとミサトは安心して教室を出た。

 そして休み時間ごとに、アスカは囲まれて質問攻めにあってしまう。

 クラスの外からも生徒が来ているようだった。

 そんなアスカを守ろうと必死になっているのはヒカリだった。

 

「なんやあいつ、アイドルみたいやな」

「差し詰め委員長はマネージャって所だな」

 

 近寄れずに遠巻きにアスカを眺めていたケンスケとトウジはそうぼやいているだけで、ヒカリを助けようとはしなかった。

 しかしシンジは勇気を出してアスカを取り囲む生徒達に声を掛ける。

 

「いい加減にしなよ、惣流さんが困っているだろう?」

「うるさいな、君は惣流さんの何なんだよ?」

 

 生徒達の視線がシンジに突き刺さるが、シンジは逃げずに踏ん張り続ける。

 

「僕は惣流さんの……友達だよ」

「お、俺もそうだ!」

「ワイだって!」

「……私も」

 

 シンジの後ろに立っていたケンスケとトウジ、そしてレイまでもが名乗りを上げると、アスカを取り囲んでいた生徒達は散って行った。

 

「ありがとう、碇君」

「うん、どういたしまして」

 

 アスカにお礼を言われたシンジだが、違和感のようなものを覚えて、戸惑った様子で返事をした。

 

「夏休みに会った時、惣流さんは碇君の事を名前で呼んでいたからじゃないかしら」

「なるほど……でもどうしたんだろう? 僕が惣流さんに嫌われる事をしちゃったのかな」

「そんな事は無いと思うわ」

 

 少しアスカの態度がよそよそしくなった理由を尋ねられたレイは、解らないと首を横に振るのだった。

 それから放課後まで、アスカはシンジ達と一緒に過ごしたが、アスカはシンジの名前を呼ぶ事はなかった。

 自分の名前を呼ばれるのは照れくさいと思っていたシンジだが、寂しく感じるのだった。

 

 

 

 その日の夕方、母親の知り合いの家に届け物を頼まれたシンジは、その帰り道、街の中にある公園を通りがかった。

 するとその公園のベンチに、悲しそうな顔で座っているアスカの姿を見つけた。

 シンジは少し迷ったが、アスカに声を掛ける。

 

「惣流さん」

 

 シンジに声を掛けられたアスカは、驚いて目を丸くする。

 

「あっ、碇君じゃないの」

「悲しそうな顔をしていたけど、どうしたの? 学校で僕達が惣流さんに嫌な思いをさせちゃったかな」

「そんな事無いわ、碇君が友達だって言ってくれた時、とても嬉しかった」

「じゃあどうして?」

「……その方が逆に辛いから」

 

 そう言ってアスカは、シンジに背を向けて逃げようとした。

 

「待ってよ!」

 

 シンジがアスカの腕を強く引っ張ると、アスカは転んでしまった。

 

「あっ、ごめん!」

「痛っ!」

 

 アスカは立ち上がったが、苦痛に顔を歪ませた。

 どうやら運悪く足をくじいてしまったようだ。

 シンジは急いで公園の水道でハンカチを濡らしてアスカの足首に巻く。

 

「このくらい平気よ」

「僕のせいなんだから放っては置けない、家まで送るよ」

 

 シンジはそう言ってアスカに肩を貸して歩き出した。

 

「ありがとう、でもこれ以上アタシに優しくしないで」

「理由を教えてよ」

 

 シンジに根負けしたアスカは、自分が小さい頃から父親の仕事の都合で転校を繰り返している事を話した。

 せっかく仲良くなれても、すぐに離れ離れになってしまう。

 別れる度に辛い思いをするならば、最初から誰とも親しくならなければいいと考えるようになったのだ。

 

「でもアタシには、独りで居続けるのは無理みたい」

「僕もそう思うよ。洞木さんや綾波と話している時、とても楽しそうだった」

 

 シンジはアスカと話をしながら歩いているうちに、自分の家の方角に向かっている事に気が付いた。

 

「ねえ、惣流さんのお父さんってネルフで働いているの?」

「もしかして、碇君のパパも?」

「うん、ネルフで働いているんだ」

 

 シンジの家族はネルフの社宅であるコンフォート17に住んでいる。

 

「まさか、同じ団地に住んでいるなんてね」

「夏休みの間に会わなかったのが不思議だわ」

 

 シンジとアスカは顔を見合わせて笑った。

 そしてアスカの家の前で別れようとした所で、シンジ達は女性に声を掛けられた。

 

「あら、アスカちゃんがお友達を家に連れて来るなんて久しぶりね。しかも男の子だなんて初めてだわ」

「ママっ、碇君は足をくじいたアタシを送ってくれただけなのよ!」

 

 アスカは顔を真っ赤にしてアスカの母親に言い返した。

 しかしアスカの母親は別の事が気になったようで、シンジに尋ねる。

 

「もしかして、碇所長の?」

「はい」

「ええっ、アンタのパパってネルフの所長だったの!?」

 

 シンジがアスカの母親の質問にうなずくと、アスカは驚いた顔になった。

 

「うん、まあ……でも僕はちっとも偉くないんだけどね」

 

 その後シンジはアスカを連れて来たお礼としてアスカの母親にお茶をご馳走になり、家へと帰った。

 

 

 

 そしてその日の夕食に、シンジ達の家族はアスカ達の家族を招いた。

 母親のユイに帰りが遅かった理由を聞かれたシンジが、アスカと会った事を話したのだ。

 するとたまたま帰りが早く家に居て話を聞いた父親のゲンドウが、アスカの父親に直接会いたいとの事だった。

 夕食の席でゲンドウは、新たに日本で立ち上げるプロジェクトチームに、ヒマワリの研究を続けてきた博士であるアスカの父親を一員として招きたいと言った。

 アスカの父親はネルフの一員であるが、別のプロジェクトチームに所属していたため、世界各地の支部を回っていたのだ。

 所長直々のスカウトでも、アスカの父親は研究者として悩む所があるようで、すぐに応じる返事はしなかった。

 しかし諦めなかったゲンドウは粘り強く新しいプロジェクトの魅力を語り、ついにアスカの父親の方が折れてプロジェクト参加を受け入れた。

 

「良かったわねアスカちゃん、これからはずっと長くここに居られるわよ」

「えっ、本当?」

 

 アスカの母親の言葉を聞いたアスカは目を丸くして驚いた。

 

「成果が出るまで何年もかかる研究になりそうだ」

「やったわ!」

 

 飛び上がって喜んだアスカは、両親に注意されると顔を赤くして謝るのだった。

 

 

 

 夕食が終わると、アスカの両親はゲンドウとユイにお礼を言って帰って行った。

 アスカはシンジに勉強を教えてもらいたいと言って残ったのだ。

 

「でも僕が惣流さんに教えられる事なんて、無いと思うけどな」

 

 シンジは英語と数学の時間、スラスラと問題を解くアスカを見ていた。

 

「シンジ、これからアタシの事は惣流さんじゃなくて、アスカって呼んで」

「うん……」

 

 突然名前で呼ばれたシンジは、照れくさそうに笑いながらうなずいた。

 アスカは海外での生活も長かったので、読み書きができない漢字があるのだと話した。

 だから国語の時間、アスカは手を挙げなかったのだとシンジは納得した。

 

「ずっと日本に居られるようになったんだから、損はしないでしょう?」

「そうだね」

 

 シンジとアスカは顔を見合わせて微笑んだ。

 

「アタシは今まで何度もパパに転校したくないってお願いしたけど無理だったから、もう諦めかけていたわ。だからシンジのパパにはとっても感謝している、お喋りなシンジにもね」

「それはたまたま母さんに帰りが遅かった理由を話しただけだよ」

「偶然でも構わないわ、アタシにとっては変わりがないもの」

 

 そう言ったアスカはとても嬉しそうな顔をしたが、突然打って変ったように憂鬱な顔でため息をつく。

 アスカの表情に気が付いたシンジが不思議そうに尋ねる。

 

「どうしたの?」

「アタシ、学校で洞木さんや綾波さんと距離を置くような態度を取っちゃったけど、友達になってくれるかしら」

「平気だよ、事情を話せば解ってくれると思うよ」

 

 シンジは優しくそう言って慰めた。

 

「ありがとう、シンジがそう言ってくれたら、明日学校に行く勇気が出て来たわ」

「良かったね」

「シンジって本当に優しいのね、夏休みに会った時もアタシを案内してくれたし」

「別にそんな、僕が特別ってわけじゃないよ」

 

 アスカがシンジにお礼を言うと、シンジは照れ臭そうに顔を赤くした。

 そしてアスカの方も、モジモジとしながらシンジに尋ねる。

 

「ねえシンジって、好きな子はいるの?」

 

 アスカに見つめられて、シンジは胸がときめいた。

 しかしシンジは自分の気持ちを裏切る事は出来ず、アスカに正直に話そうと決意する。

 

「僕にはずっと好きな子が居るんだ」

「そっか……」

 

 シンジの返事を聞いたアスカの顔は沈み込んだ。

 

「やっぱりが綾波さん? 幼馴染だし、あの時もデートしてたもんね」

「違うよ、名前も知らない女の子なんだ」

 

 アスカの言葉にシンジは首を横に振って否定した。

 

「それってどういう事なの?」

「アスカには話してもいいかもしれない、聞いてくれるかな?」

「うん、いいわよ。でも、アタシに話しちゃっていいの? 大事な思い出なんでしょう?」

「いや、綾波達も知っているし、アスカにも話しておきたいんだ」

 

 それからシンジは、ヒマワリ畑で出会った麦わら帽子の少女の事をアスカに話し始めるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 シンジがその麦わら帽子の少女と出会ったのは、日本各地にあるネルフの所有するヒマワリ畑の1つだった。

 ゲンドウが仕事で訪れたついでに、シンジも連れて来ていたのだ。

 シンジはゲンドウの言い付けを守って展望台から眼下に広がるヒマワリ畑を眺めていたが、強い風がシンジのかぶっていた麦わら帽子を吹き飛ばしてしまった。

 ゲンドウは首にかける紐を結んでいなかったシンジを注意し、飛んで行ってしまった麦わら帽子は諦めろとシンジに言ったが、シンジは首を横に振って嫌がる。

 その麦わら帽子は母親のユイから貰ったものだからだ。

 ヒマワリ畑に降りて麦わら帽子を探すと意地を張るシンジに対して、ゲンドウは怒って「勝手にしろ」と言い放った。

 シンジは目に涙を浮かべながらヒマワリ畑へ駆け下りる。

 しかしシンジの目の前には自分の背より高いヒマワリが壁のように立ちはだかっていた。

 シンジはヒマワリの隙間を縫って麦わら帽子を探したが、なかなか見つからない。

 

「こんなにたくさんヒマワリがあるから探しにくいんだ、このっ!」

 

 痺れを切らしたシンジは、辺りのヒマワリを荒らし始めた。

 乱暴に茎を折られたヒマワリの花が空に舞い散る。

 その時、後ろから自分の手を誰かにつかまれたシンジは驚いて振り返った。

 

「こらっ、ヒマワリを折っちゃダメじゃない!」

 

 怒った顔でシンジをにらみつけているのは麦わら帽子をかぶった少女だった。

 年は自分と同じか、1~2歳ぐらい上かもしれないとシンジは思った。

 

「ごめん、でも僕は探さなくちゃいけないものがあるから」

 

 少女に謝ったシンジは、少女につかまれた手を振り切ってその場を立ち去ろうとした。

 しかしシンジは少女に呼び止められた。

 

「待って、アタシも一緒に探してあげる」

「でも……」

 

 シンジは遠慮したが、少女は引き下がらない。

 

「だって、そんなにあわてて探しているなんて、とっても大切な物なんでしょう?」

「うん、お母さんから麦わら帽子なんだ」

 

 その後シンジとその少女は手分けしてヒマワリ畑の中を探した。

 そして運が良い事に、少女が飛ばされた麦わら帽子を見つけたのだ。

 

「ありがとう」

「見つかって良かったわね」

 

 シンジと少女は顔を見合わせて微笑んだ。

 

「ねえ、アンタはどこから来たの?」

「第三新東京市って所から、お父さんと一緒に来たんだ」

 

 少女の質問にシンジが答えた時、シンジ達の耳にゲンドウがシンジを探して呼びかける声が届いた。

 

「あっ、お父さんが呼んでる」

 

 シンジはそう言って声のする方角を向いたが、足を動かそうとしなかった。

 そんなシンジの様子を不思議に思ったアスカが声を掛ける。

 

「どうしたの?」

「僕、さっきお父さんを怒らせちゃったんだ」

 

 少女に向かってシンジは、ゲンドウの前で泣いてしまった事を話した。

 シンジは父のゲンドウに「男なんだから泣くんじゃない」としょっちゅう言われているとぼやいた。

 

「そうだ、これをあげる!」

 

 少女はそう言って、ポケットからヒマワリの種を取り出した。

 突然差し出されたシンジはポカンとした顔になる。

 

「アタシ、辛い事があってもヒマワリを見てるとすぐに泣きやんじゃうんだ。だって、ヒマワリって綺麗でしょう?」

「そうかもしれないけど……もしかして、ヒマワリが好きなの?」

 

 少女に押し切られる形で同意しながら、シンジはそう尋ねた。

 

「うん、アタシの家のお庭にもたくさんヒマワリがあるのよ」

 

 そう言って少女はシンジの手にヒマワリの種を押し付けた。

 どうやらシンジもヒマワリを育てろと言っているようだ。

 少女から笑顔で渡されたヒマワリの種を突き返す事も出来ず、シンジはヒマワリの種を握りしめた。

 

「泣きたくなったら、ヒマワリを見て元気出してね。そして、もう二度とヒマワリは折っちゃだめよ、約束してね」

「分かったよ、じゃあバイバイ」

 

 少女に向かってシンジは力強くうなずき、手を振ってゲンドウの所へと帰って行った。

 そしてシンジはその後何回も麦わら帽子の少女に会うためにヒマワリ畑へ向かったが、少女と会う事は出来なかった。

 シンジは少女の名前を聞いていなかった事を後悔したが後の祭り。

 ヒマワリ畑で少女と再会する事は諦めたシンジだったが、少女から貰ったヒマワリの種を植えて育てる事は止めなかった。

 それは自分と少女を結んでいる小さな約束であり、シンジはヒマワリを見る事で少女の事を思い返していたのだ。

 

 

 

「……夏休みにアスカに会った時、その子に似ているって思ってビックリしたんだ。アスカがその子だったらよかったのに、なんてね」

 

 シンジは冗談めかした口調で言って笑ったが、話を聞いていたアスカが涙を流し始めたのを見て、顔色を変える。

 

「ごめん、僕の勝手な想像を押し付けちゃって。アスカにとっては迷惑な話だよね」

「嬉しいわ、そんな昔の約束を覚えていてくれたなんて!」

「えっ!?」

 

 感激したアスカに抱き付かれたシンジは、驚いてアスカを見つめていた。

 アスカはシンジから体を離すと、シンジの手を握って話す。

 

「シンジの話を聞くまで、アタシも約束の事をすっかり忘れていたわ、ごめんね」

「じゃあ、アスカがあの時僕が会った麦わら帽子の女の子なの?」

「ええ、アタシとヒマワリ畑で会って、第三新東京市に住んでいて、女の子との約束を守ってヒマワリを育ててくれているシンジって男の子が二人以上存在していない限りね」

 

 そんなたくさんの偶然の一致があり得るわけがない。

 シンジは目の前に居るアスカがあの時のヒマワリ畑の少女だと確信すると、激しい感動が起こるのを感じた。

 長い間会いたかった、そして恋焦がれていた相手に、会う事が出来たからだ。

 

「アスカっ!」

 

 今度はシンジがアスカを抱き締めようとすると、アスカはしっかりとシンジの抱擁を受け入れた。

 しばらくしてお互いの気持ちが落ち着いたシンジとアスカは体を離して、ゆっくりと話を再開する。

 

「ねえシンジ、麦わら帽子の子とアタシが別人だったら、シンジはどっちを選んでた?」

「アスカ、そんな意地悪な質問をしないでよ」

 

 シンジが困り果てた顔で懇願すると、アスカは楽しそうに笑う。

 

「ふふっ、そんな優しいシンジが好きよ」

 

 アスカはそう言うと、シンジのほおに軽くキスをした。

 シンジは顔を赤くしてほおに手を当てる。

 

「じゃあアタシ、そろそろ帰るわね」

「で、でも、宿題がまだ終わってないよ」

「大丈夫、もう一人で出来るから!」

 

 アスカの方も相当照れくさかったのだろう、ゲンドウとユイにぎこちない挨拶をして慌てて帰って行った。

 ゲンドウとユイはアスカの態度を不思議に思ってシンジに尋ねたが、シンジは何でもないとごまかした。

 

 

 

 そして次の日の朝、家にアスカが迎えに来た事にシンジは驚いた。

 

「シンジ、一緒に学校に行きましょう」

「えっと……」

 

 恥ずかしがるシンジを見て、ユイが笑って声を掛ける。

 

「あら、レイちゃんとはいつも一緒に学校に行っているじゃない」

「もしかして、綾波さんと待ち合わせしてるの?」

「ううん、通学路の途中でよく一緒になるだけだよ」

「多分綾波さんが待っているのよ」

 

 鈍感なシンジに少しあきれたアスカはそう言ってため息を吐き出した。

 アスカと話しながら朝の準備を終えたシンジは、アスカと連れ立ってコンフォート17を出て登校したが、レイと会う事は無かった。

 シンジは少し不思議に思いながら通学路を歩いて行くと、校門の所でトウジとケンスケ、ヒカリの3人に会った。

 

「おいおい、2人とも急に仲が良うなって何があったんか?」

「実はアスカが、僕がずっと会いたかった麦わら帽子の女の子だったんだ」

「ホンマか!?」

「マジかよ!?」

「本当!?」

 

 トウジに尋ねられたシンジがそう答えると、トウジ達は驚きの声を上げた。

 そしてシンジはどうしてアスカが麦わら帽子の女の子だと分かったのかトウジ達に説明した。

 話を聞いたトウジ達は感心して大きく息を吐き出す。

 

「何や、惣流は碇の名前を知っていたんか」

「親父さんに聞けば、名前と連絡先とか分かったかもしれないぜ」

「アタシ達、小さかったからそこまで考え付かなかったのよ」

「それだけ碇君が惣流さんを思う気持ちが強かったのよ」

 

 シンジとアスカの恋物語に、ヒカリは強く感動を覚えた様子だった。

 

「ヒマワリ畑の女の子は、本当に居たのね……」

 

 いつの間にか教室に来ていたレイがそうつぶやくと、話に夢中になっていたシンジ達は驚いて顔を上げた。

 

「綾波、僕達の話を聞いていたの?」

「ええ、碇君達が教室に入った後ぐらいから」

 

 レイは少し悲しげな表情で、シンジに答えた。

 幼馴染で何度も麦わら帽子の少女の話をシンジから聞かされていたレイは心の底で、2人は再会して欲しくないと願っていた。

 せめてシンジが諦めて、自分の気持ちに気が付いて、好きになってくれるまではと。

 

「ごめんね、綾波さん」

「いいえ、私と碇君はただの幼馴染だから」

 

 アスカが謝ると、レイは悲しみをこらえて微笑んだ。

 予鈴のチャイムが鳴ると、弾かれたようにレイはトイレに行くと言って教室を出て行った。

 慌ててヒカリがレイを追いかけて声を掛ける。

 

「綾波さん、碇君に告白しないで、諦めちゃうの?」

「碇君の心の中には惣流さんが、私と会う前からずっと居たんだもの、私に勝ち目はないわ」

「そう……」

 

 敗北宣言をしたレイに、ヒカリはそれ以上励ましの言葉を掛ける事は出来なかった。

 そして休み時間、アスカは昨日学校でヒカリとレイに対して少し距離を置いた態度を取ってしまった事を謝った。

 

「別に気にしてないわ、私も惣流さん……いえ、アスカの立場だったら同じだったかもしれないし」

「ありがとう、ヒカリ!」

 

 ヒカリに名前で呼ばれたアスカはパッと明るい笑顔になり、ヒカリの手を握った。

 

「綾波さん……はいきなりアタシと親しくなるって言うのは、まだ無理よね……?」

「ええ、そうね」

 

 アスカとレイは少し困った顔で顔を見合わせた。

 レイが心の整理を終えるのにはしばらくの時間が必要だ。

 でもいつか友達になれるとアスカは信じて待とうと決意したのだった。

 

 

 

 それからしばらくして、シンジとアスカは自分達が運命の出会いをしたヒマワリ畑へと出掛けた。

 

「あの時は僕の背よりとても高かったヒマワリが、今は少し小さく見えるね」

「うん、アタシ達も大きくなったって事よね」

 

 自分達の視点が高くなり、思い出の景色とは違うものになってしまった事を、シンジ達は少し寂しく思った。

 さらにこのヒマワリ畑は周囲の宅地開発が進み、規模が年々縮小されているらしいのだ。

 

「このヒマワリ畑も、いつか無くなっちゃうのかな」

「これからは新しいヒマワリ畑を作りましょうよ、アタシとシンジだけのヒマワリ畑を」

 

 シンジのつぶやきを聞いたアスカはそう提案した。

 

「でも、僕達の家はマンションだよ」

「とりあえず、植木鉢から始めるわ」

 

 不思議そうな顔で尋ねたシンジにアスカはしっかりとした口調で答えた。

 

「じゃあ今度は僕がアスカにヒマワリの種をあげる番だね」

「そうね、楽しみにしているわ」

 

 シンジとアスカは顔を見合わせて微笑んだ。

 思い出の場所が消えてしまっても、これからは新しい場所を創って行ける。

 決意を固めたシンジとアスカは手を取り合ってヒマワリ畑に背を向けて歩き出したのだった。

 

 

 

No.18 僕らは幸せになれない ~鈴原トウジの遺言~

 

 長かった使徒と人類の戦いもついに最終局面。

 使徒の精神攻撃を受け、伏せっていた状態から復活を遂げたアスカの乗る弐号機は、エヴァ量産機相手に善戦をしていたが、直前の戦略自衛隊との戦いでアンビリカルケーブルを切断された弐号機の内部電源は無情にも切れてしまった。

 しかし、遅れてやってきたシンジの初号機がアスカの窮地を救った。

 弐号機を取り囲んでいたエヴァ量産機は圧倒的な強さを見せる初号機によって倒されて行った。

 作戦の失敗を知った戦略自衛隊もネルフから撤退し、後に日本政府もネルフへの侵攻命令を撤回した。

 信頼を失ったキール議長率いる組織ゼーレは資金を提供していたスポンサーから見放されたのだ。

 ゼーレがネルフからMAGIを奪う事すらできなかった事を知ると、手のひらを返したかのように日本政府はネルフを味方に引き入れる事を考えたのだった。

 これによりネルフの危機も去り、死んでしまったネルフの職員達の事を考えると素直に喜べないのは確かであったが、生き残ったネルフの職員達は歓声を上げ、発令所に居た冬月達も安心してため息をついた。

 戦いを終えた初号機と弐号機は茫然自失の状態でそのまま戦場に立ち尽くしていた……。

 

 

 エントリープラグから出たシンジとアスカは車に乗せられ、並んで後部座席へと座った。

 緊張の糸が切れたシンジとアスカに、どっと疲れが押し寄せる。

 車の中でシンジは、アスカがそっと自分の手を握って来た事に驚いた。

 シンジは目を丸くして隣に座るアスカの方に顔を向けると、アスカは満ち足りたような穏やかな笑顔でシンジを見つめ返した。

 そしてシンジも微笑んでアスカの手をしっかりと握り返した。

 シンジはアスカに謝りたい事はたくさんあったが、アスカの表情を見てシンジは自分は許されたのかもしれないと思った。

 アスカもシンジに対して感謝したい事がたくさんあったが、シンジの表情を見て自分の思いは伝わったのだと思った。

もう二人の間に言葉は不要だった。

 アスカとシンジは互いの手の感触の温もりを感じながら、ゆっくりと目を閉じて眠りに着いた……。

 

 

 車で政府関係の建物に案内されたアスカとシンジは、そこで冬月から話を聞かされた。

 これから病院で精密検査を受けた後、アスカとシンジはエヴァンゲリオンパイロットの任務から解放され自由の身となれると。

 話を聞いたアスカとシンジはとても喜んだ。

 これからはエヴァに縛られる事の無い平穏な生活を送れるのだ。

 それは、使徒との長い戦いに疲れた二人にとって願いそのものだった。

 第三新東京市を襲った使徒の戦禍により、今まで暮らしていたコンフォート17での生活が困難になったアスカとシンジは、第二新東京市のマンションの部屋で新しい生活を始める事になった。

 夏休みが終わった後、アスカとシンジは第二新東京市の中学校に転入する段取りになっている。

 アスカはこれから新しく始まる平凡な中学生としての生活に胸をときめかせていた。

 シンジに素直に気持ちを伝えられたのだから、これからは”少し”シンジに優しくしてあげよう。

 もちろん、自分の優位性は譲るつもりはないけれど。

 アスカはすっかり普通の少女、恋に夢見る乙女となっていた。

 アスカが自分の部屋の時計を見ると、時間は夕方。

 そうだ、今日はシンジと一緒に夕食を作ってみようと言ってみよう。

 自分が料理を始めると言ったらシンジは驚くけど、喜んでくれると思う。

 そして二人で買い物に行って、包丁を初めて握る自分の手をシンジが持って教えてくれたり……。

 アスカは自分とシンジがおそろいのエプロンを付けている所まで妄想を膨らませていた。

 エヴァンゲリオンのパイロットだった時は、そんな事は考えても見なかったのに。

 しかし、アスカはこんな平和ボケしている自分も悪くは無いなと思っていた。

 そんな妄想を抱えながらアスカはシンジの部屋へたどり着いた。

 アスカがシンジの部屋のインターホンを押しても返事が無い。

 おかしいと思ったアスカがシンジの部屋のドアノブに手を掛けると、ドアには鍵が掛かっていなかった。

 シンジが鍵を掛けないで外出するなんて珍しい事だ。

 きっと近所に行っているのだろうと、アスカはシンジの部屋の中で待つ事にした。

 部屋の中で自分が待っていれば、シンジは驚くに違いない。

 アスカはその時のシンジの驚いた顔を想像してほくそ笑んだ。

 だがしばらく待ってもシンジが帰って来ない。

 おかしいと思ったアスカはテーブルの上に置かれたシンジの書き置きを見つけた。

 それを見たアスカは血の気が引いたように真っ青になる。

 

******

 

僕はトウジを殺して生き延びたんだ。

だから、僕らは幸せになれない、いや、幸せになってはいけないんだ。

さようなら、アスカ。

 

******

 

「どうして!? やっとアタシはシンジと普通の生活が出来ると思ったのに!」

 

 一転して頭に血が上ったアスカはそう言ってシンジの書き置きを丸めた。

 

「アタシを置いてどこに行っちゃったのよ……バカシンジ!」

 

 アスカの目から滝のような涙が流れた。

 そしてアスカは自分の携帯電話を取り出すと、冬月やマヤよりも先にヒカリへと電話を掛けた。

 書置きからシンジの失踪にはトウジが関係していると思ったからだ。

 エヴァ参号機が使徒に乗っ取られ、トウジが命を落とした事件の後からアスカもヒカリと連絡を取る事はしていなかった。

 トウジの死によってアスカもヒカリと顔を合わせ辛かったのだ。

 だが今のアスカにはそのような事は関係無い、それほどシンジを取り戻そうと必死だったのだ。

 

「アスカ?」

 

 相手がアスカだと知ったヒカリは、電話を切って逃げてしまいたい衝動に駆られた。

 しかし次に聞こえて来たアスカの叫びがヒカリを思い止まらせた。

 

「鈴原が、シンジを連れて行っちゃったのよ! お願いヒカリ、鈴原にシンジを返してって頼んでよ!」

「えっ、それってどう言う意味なの?」

 

 アスカの支離滅裂な言葉、涙声、そして何よりもトウジの名前が出て来た事にヒカリは驚いた。

 そして、アスカからシンジの書き置きの内容を聞いたヒカリはアスカに謝る。

 

「ごめんなさい、私がもっと早く勇気を出して会っていれば、碇君もアスカも苦しませずに済んだのに……」

「それってどういう事よ!?」

 

 電話の向こうのアスカはかなり興奮してしまっているようだ。

 ヒカリはアスカに落ち着くように説得した後、保護者であるマヤ立ち会いの元、アスカの部屋で会って話す約束をした。

 

「それでヒカリ、シンジとアタシに伝えるべきだった事って何?」

 

 アスカの部屋を訪れたヒカリは、久しぶりの再会を喜ぶ間もなく、暗い顔をしたアスカに質問をされた。

 落ち込み果てたアスカの表情は、シンジの失踪に大きなショックを受けているのだとヒカリに感じさせた。

 

「伊吹さん、これをアスカに見せて構わないですよね?」

「ええ」

 

 マヤに確認を取ってから、ヒカリは数通の手紙をアスカに見せた。

 

「これは……鈴原の遺書なのよ」

「えっ……」

 

 ヒカリの言葉を聞いたアスカは伏せていた顔を上げて驚いた。

 エヴァンゲリオンのパイロットは遺書を書くことを勧められる。

 シンジ達は使徒との戦いの前に書く事を拒否していたのだが、トウジは起動実験前に書いていたのだ。

 アスカは食い入るようにトウジの書いた遺書を読む。

 マヤとヒカリはそんなアスカの姿を読み終わるまでじっと見守っていた。

 

「まさか、鈴原がこんな事を思っていたなんて……」

 

 トウジの手紙を一気に読み終えたアスカは深いため息をついた。

 

「ごめんなさい、私がもっと早くに鈴原からの手紙を碇君に見せていれば碇君が思い詰める事も無かったのよ!」

 

 ヒカリはアスカに向かって泣きながら謝った。

 しかし、アスカはそんなヒカリの体を持ち上げると抱きしめて、耳元で優しく囁く。

 

「もう謝らないで、アタシはヒカリを責めてなんかいないわ。だってヒカリはアタシの親友だから」

「本当にごめんなさいアスカ」

「言うべき言葉が違うでしょ?」

「ありがとう……」

 

 二人の少女が抱き合う姿を、マヤはまぶしそうに見つめていた。

 

「でも鈴原の手紙の内容をどうやってシンジに伝えればいいの……?」

 

 アスカは困った顔でそうつぶやいた。

 シンジは自分の意思で姿を消したのだ。

 だからと言って、ネルフで指名手配をするのは乱暴な手段のように思えた。

 

「そうだ、私に良い考えがあるわ!」

 

 何かを思い付いたのか、マヤはそう言って指を鳴らした。

 マヤのアイディアは、テレビやラジオ、新聞やインターネットなどのマスメディアを通じてトウジの遺書の内容を公開する方法だった。

 シンジがどんな場所に身を隠しているのかはわからないが、きっとシンジの目に触れるはず。

 アスカとヒカリもマヤのアイディアに賛成し、マスコミもマヤの要請に協力した。

 そして、トウジの書いた遺書はTVのアナウンサーやラジオのパーソナリティによって読まれたのだった。

 新聞や雑誌の紙面にもトウジの遺書の全文が載せられた。

 

******

 

何を書いたらいいんだろう、いきなりネルフの人に遺書を書くように勧められて驚いている。

話している時は関西弁だけど、書く時は標準語の方がいいと言われて書いてるんだけど照れくさくてかなわんな。

碇や惣流達は拒否したみたいだけど、死んでから勝手にいろいろ憶測されるのは嫌だからな。

それに、遺書を書いたのはまだ碇や委員長……いや、ヒカリに伝えていない事があるからだ。

直接言うのは凄く恥ずかしいから、こうして手紙にしてしか伝えられないけどな。

碇、もしワイが使徒と戦って命を落とす事があっても、自分を責める事は止めろよな。

自分の幸福を捨てれば、ワイへの償いになるなんて勘違いするな。

ワイは碇の不景気な顔なんて見たってちっとも楽しくない、それよりもワイの分まで一生懸命生きろ。

そして惣流と幸せにな。

隠さなくてもいい、ワイから見ればお前と惣流がお互い気になっているのは解ってる。

ヒカリ、あの日の帰り道にワイ達はお互い素直になろうって約束したよな。

ワイは小さい頃は名前で呼び合っていたのに、いつからヒカリを委員長と呼ぶようになったんだろうな。

ヒカリにちょっかいを出してたのは、やっぱりヒカリの事が気になっていたんだと思う、許してくれや。

今度学校に登校した時、ヒカリの弁当を食べられるのが楽しみにしている。

もしワイが居なくなってもずっと湿っぽい顔してんな、ワイはヒカリが笑っている顔が好きなんだからな。

碇だけでなくヒカリにも言うけどな、好きな相手が不幸な面をしててもワイはぜんぜん嬉しくない。

たまにワイの事を思い出してくれるだけでいいんだ。

 

******

 

 この放送の効果があったのか、シンジは翌日の夕方、アスカが待っているシンジの部屋へ姿を現した。

 インターホンのカメラで、シンジの姿を見たアスカは嬉しさに飛び上がってドアを開けてシンジを迎え入れる。

 

「……ただいま」

「おかえり!」

 

 照れ臭そうに顔を赤くして立っているシンジに笑顔のアスカが飛び付いた。

 そしてシンジとアスカは夕陽の差す玄関で固く抱き合ったのだった……。

 

 

 トウジの手紙の内容が公共の電波や新聞などを使って発表された事は、シンジ以外の人々にも影響を与えたのだった。

 戦略自衛隊の侵攻の際に生き残ったネルフの職員。

 そのネルフの職員を殺めてしまった戦略自衛隊の隊員。

 そして、セカンドインパクトの惨劇を体験した多くの人々。

 彼らの中にはシンジのように、そして加持のように、自分に不幸を強いて人生を送っていた者も多数居たのだ。

 放送を聞いた彼らは再び希望を持つ事になり、その事はまた美談としてメディアを通じて報じられた。

 

「僕は勘違いをして、アスカも不幸に巻き込んでしまう所だったんだね、本当にごめん」

 

 シンジがアスカに謝ると、アスカは首を横に振って否定した。

 

「シンジ、それを言うならアタシも同じ立場よ、だってアタシがエヴァに乗って戦えていれば、ファーストを助ける事が出来たのかもしれないしさ……」

「でもあの時アスカは使徒の攻撃を受けて倒れていたんだから、仕方の無い事だよ」

「それは違うわ、アタシがあそこまで深刻なダメージを受けてしまったのは、くだらない意地でアタシが撤退を渋ったせい。アタシがもっと強い心を持っていれば、あの使徒にも適切に対処する事が出来たのよ」

「そんな事を言ったら僕はもっと謝る事がたくさんあるよ」

「だけど鈴原が言ってくれた通り、悔いて塞ぎこんでしまうのはもう止めましょうよ」

 

 アスカはそう言って精一杯の笑顔を作ってシンジに笑いかけた。

 

「そうだね、前向きに生きないと」

 

 シンジもアスカに笑顔を返して見つめるのだった。

 

 

 そしてアスカとシンジは、ミサトが葬られた墓地へに墓参りに行く事にした。

 戦略自衛隊の侵攻により多くのネルフの職員が亡くなり、遺体を区別する事は難しいので合同墓地に埋葬されている。

 だから墓石は形式的な物であるが、アスカとシンジはそこにミサトの魂が眠っていると考えた。

 アスカとシンジは花束をそれぞれ一つずつ持っていた。

 一つはミサトの分、もう一つは加持の分だった。

 加持の魂はきっとミサトの近くへと帰っている、そう信じたかったのだ。

 

「僕はトウジの言葉を聞く事が出来て良かったけど、加持さんは弟さんの事でずっと悩んでいたんだね」

 

 シンジは悲しそうな目をして、最後に会った時の加持の言葉を思い出した。

 

「謝ろうと思っても、相手が居ないって言うのは辛い事よね」

「うん、許してもらえているのか判らないのは不安だよ」

 

 アスカがつぶやいた言葉に、シンジもうなずいた。

 シンジは今のアスカなら受け止められると思って加持の子供の頃の辛い体験を明かしたのだ。

 セカンドインパクトの混乱の後、孤児となった加持と加持の弟は、施設へと送られたが、世界の混乱は大きく施設もパンク状態だった。

 そこで加持達の少年グループは自由を求めて施設を脱走、廃ビルをアジトにして戦略自衛隊の食糧庫から食料を盗んで生き延びていた。

 しかしある時、食糧庫に忍び込んだ加持は軍の兵士に捕まってしまう。

 食料を度々盗まれて苛立っていた兵士は、銃を突き付けて加持を脅した。

 怯えた加持は、仲間の少年グループのアジトである廃ビルの場所を白状してしまったのだ。

 その後兵士の隙を突いて脱走した加持が、アジトに戻って見たのは……兵士達に暴行を受けて息絶えた弟達の姿だった……。

 

「本当、加持さんもミサトも大馬鹿よ! 自分が幸せにならないのが償いだなんて。アタシはそんな馬鹿な大人になんか……なりたくないんだから」

 

 アスカはそう言うと、ミサトの墓石に水を乱暴に掛けた。

 礼儀に反する行為だが、それがアスカなりの加持とミサトへの供養なのだろう。

 そしてアスカとシンジは墓に向かって手を合わせてしばらくの間黙とうをした。

 

「また来年会いに来ます、ミサトさん、加持さん」

「じゃあね」

 

 シンジとアスカは生きているミサトと加持に話し掛けるように笑顔であいさつをして墓地を立ち去って行った。

 そして新学期が始まってアスカとシンジは新しい中学校のクラスで元気に自己紹介をする。

 その姿は過去の罪に悩むエヴァンゲリオンパイロットの顔では無い、どこにでもいる普通の笑顔の中年生の少年少女だった。

 

 

 

No.19 アスカ・スマイル! ~消えたシンジの願い~

 

 来日したアスカが葛城家でミサトとシンジとの同居生活を始めて一ヶ月が経ち、アスカも生活に馴染んで来たと思われた頃。

 シンジは最近アスカが学校の帰りに特殊な場所に寄り道をしているのでは無いかと不思議に思っていた。

たまにアスカの携帯電話にかけても繋がらない事があるからだ。

 シンジがアスカに尋ねると、アスカは街のカフェに寄る事があり、そこでは一人の時間を邪魔されたくないから携帯電話の電源を切っているのだと答えた。

 アスカの答えを聞いたシンジは、アスカはまだ葛城家の自分の部屋でくつろぐ事ができないのかと残念に思った。

 またしばらく経ったある日、街でいつもとは違う店まで足を伸ばしたシンジはその帰り道、街のカフェでコーヒーを飲んでいるアスカの姿を見かけた。

 シンジはアスカに声を掛けようかと思ったが、そのカフェは本格的なコーヒーショップ風の雰囲気でシンジを圧倒し、またアスカに怒られるのではないかと思い店の前から早々に立ち去ろうとした。

 しかし、そのタイミングでアスカと同じテーブルの席に男性が座ったのだ。

シンジは一瞬加持かと思ったが違う男性だった。

 

「アスカが加持さん以外の男の人と会うなんてどういう事だろう?」

 

 シンジはアスカに見つからないように少し離れた場所にある物陰からアスカと男性の話す様子を盗み見た。

 もしアスカがこの男性に何らかの脅迫を受けているとしたら、ミサトや加持に報告して助けなければならない。

 しかし男性と話している間に時おり笑みを浮かべるアスカを見たシンジはその考えを捨てた。

 アスカは加持さん以外に新しい恋の相手が出来てしまったのかもしれないと思うと、シンジは深いため息を付いた。

 この事をミサトや加持に告げ口するのも気が引けたシンジは、この日アスカを見た事は誰にも告げなかった。

 それからシンジは時間を見計らってアスカに電話をして通じないのを確かめると、シンジはまたアスカはカフェであの男性と会っているのかとため息を付いた。

 だがシンジはアスカの事ばかり気にしてはいられなかった、なぜなら自分にも悩み事が出来てしまったからだ。

 次第に近づいて来る母親ユイの命日。

 数年前、母親ユイの墓参りで父ゲンドウから逃げ出してしまって以来、サードチルドレンとして第三新東京市のネルフに呼び寄せられるまでシンジはゲンドウと顔を合わせる事はなかったのだ。

 ネルフに来てからゲンドウと少しは話す事は出来たものの、二人きりで父親のゲンドウと母親の墓参りに行くのは久しぶりだ。

 周囲の人間の邪魔が入らないが、助けを求める事も出来ないわけで、何を話せばいいのかシンジは思い悩んだ。

 一番聞きたかったのは自分の母親の事。

 実験の失敗によって母親が亡くなってしまったのはシンジが小さい頃に聞いたウワサ通り事故では無く故意に因るものだったのか。

 シンジは母親が死んだ時、涙を流して激しく嗚咽するゲンドウの姿を見ている。

 だからシンジはゲンドウが愛する自分の妻を殺したのだとは思えない。

 そしてしばらくシンジ達の前から姿を消したあの時からゲンドウは変わってしまった。

 自分に向けてくれた不器用な優しさがこもった微笑みは無くなり、サングラスで目を隠し石像のように冷たい表情をするようになってしまった。

 

 

 

 その一方で、シンジの母親の命日が近づくにつれて緊張感を増しているのはアスカだった。

 アスカはその日を自分の復讐を実行する絶好のチャンスだと少し前から計画を練っていた。

 アスカの計画……それは自分の母親を奪う原因になったゲンドウを殺す事。

 自分の母親が死んだのが事故では無く故意によるものだとアスカが知ったのは少し前の事だった。

 シンジの母親であるユイ博士が実験の結果エヴァンゲリオンに飲み込まれてしまったのはネルフの幹部の間では知られていた。

 皮肉なのはその実験の失敗の結果、未完成だったエヴァンゲリオンのコアが完成してしまった事だった。

 そしてドイツ支部でも建造中のエヴァンゲリオンのコアを仕上げようと、アスカの母親であるキョウコ博士に同じ実験を行ったのだ。

 ドイツ支部でも実験は失敗したと言われていたが、それはキョウコ博士の精神だけしか飲み込まれなかったという意味での失敗だった。

 アスカがこれらの情報を知っていたのはカフェで接触していた男性から話を聞いたからだ。

 彼はアスカが知っているドイツ支部の職員で、最初はアスカにエヴァンゲリオンに隠された秘密があるので真実を話したいと持ちかけた。

 しかし巧妙な手を使った彼はある意図を持ってアスカに近づいていた。

 彼はドイツ支部での実験はネルフ本部の実験データに基づいて行われ、ドイツ支部は騙される形になったとアスカに吹き込んだ。

 冷静になって考えてみればそれが策略だと感づいたのかもしれないが、衝撃の事実を聞かされたアスカは平常心を失いゲンドウに殺意を持つように誘導されてしまった。

 すなわち、アスカの母親が命を落としたのは全てゲンドウのせいだとアスカは思い込んでしまったのだ。

 そしてカフェでの密談を重ねていくうちに、ゲンドウ殺害に向けた具体的な計画は練られて行った。

 ネルフの司令であるゲンドウは普段からガードが堅く、急襲しても返り討ちにあってしまう。

 しかしゲンドウがガードを自分から遠ざけ、一人きりになる時がある。

 それは自分の妻であるユイの命日に墓参り行く時だ。

 でも怪しい人物が墓地へと侵入すれば、周囲のガードは警戒してゲンドウの護衛へと向かうだろう。

 だが鋼鉄のセキュリティの盲点となる人物は二人居る。

 それは一緒に墓参りに行く事になるシンジ、そしてアスカだ。

 実はアスカの母親である惣流家の墓も碇家と同じ霊園にあった。

 計画ではアスカは偶然その日に自分の母親の墓参りに行く事を思い立ち、墓参りの品に紛れて小型の拳銃を持ち込んで霊園に潜入する。

 そしてゲンドウをその拳銃で撃つ段取りになっていた。

 エヴァンゲリオンのパレットガンを使いこなすために拳銃の取り扱いの訓練を受けていたアスカだが、実際に人を撃つのは初めてだ。

 恐怖は燃え上がる復讐心がかき消してくれた、むしろ興奮するような喜びが湧きあがって来る。

 だがアスカにとって気がかりなのはシンジの事だった。

 憎むべき仇の息子とは言え、シンジの目の前でゲンドウを撃ってしまうのは心が痛んだ。

 そこでアスカは挑発してさりげなくシンジを墓参りに行かせないように仕向けようと画策する。

 

「シンジ、今度の日曜日に司令と一緒にお墓参りに行くんでしょう?」

「え、何で知っているの? ミサトさんだな、相変わらず口が軽いんだから」

 

 不思議そうにつぶやくシンジに、アスカはホッとしながらも慎重に言葉を選ぶ。

 

「司令が苦手ならさ、無理して一緒に行かなくても良いと思うけど」

「うん、だけど僕もこの機会に父さんと向き合ってみようと決めたんだ」

 

 前向きなシンジの言葉に、アスカは面喰ってしまうと同時に困ってしまった。

 それでもアスカは何とかシンジに墓参り行きを思い止まらせようと考えを巡らせる。

 

「と、とにかく、あんな司令みたいな人間と話し合おうなんて無駄よ!」

「おかしいよアスカ、父さんから逃げずに向き合うように励ましてくれたのはアスカじゃないか」

「そ、そうだったかしら?」

 

 アスカが行くのをやめるように勧めてもシンジは折れなかった。

 これ以上強引に説得しようとすると、シンジに感づかれてしまうかもしれない。

 シンジの墓参り行きを止められなかったアスカは自分の部屋に戻ると深いため息をついた。

 しかし計画を中止するわけには行かない、ゲンドウがガードを遠ざけるめったにない襲撃のチャンスなのだから。

 

 

 

 そしていよいよシンジがゲンドウと墓参りに行く運命の日がやって来た。

 ここ最近シンジは元気の無い様子で今朝も暗い表情をしていたが、アスカはゲンドウと一緒に墓参りに行く事で緊張しているからなのだと思った。

 ミサトは加持とリツコと共に友人の結婚式に招かれているようで、やっかいな障害がまた一つ消えた。

 葛城家の玄関を出て行くシンジとミサトを見送ったアスカはゲンドウ襲撃の準備をするために自分の部屋へと戻った。

 まずは机の引き出しの箱の中に入れていた拳銃を取り出して確認する。

 この拳銃は少し前にドイツ支部の男性から渡されたものだ。

 忘れないように手荷物のバッグの中に入れた。

 墓参り用の花などは行きに買って行く事にした。

 着替え終わったアスカは自分の姿を鏡に映してみる。

 この前親友のヒカリと一緒に選んで買った新しい服のはずなのに、色あせて見えた。

 理由は分かっている、着ている自分自身がすさんだ雰囲気に包まれているからだ。

 アスカは自分の部屋をぐるりと見回す。

 母親からもらったサルのぬいぐるみ、お気に入りの黄色いワンピース、壱中の文化祭でシンジ達の『地球防衛バンド』と一緒に撮った記念写真が目に入る。

 ゲンドウの殺害が成功しても失敗してもアスカは二度とここには戻って来れない。

 しかし、アスカには迷っている時間は残されていなかった、すぐにシンジの後を追いかけなければゲンドウがガードから離れるタイミングを逃してしまう。

 

「さよなら」

 

 アスカは別れの言葉をつぶやいて自分の部屋を出たが、驚きのあまり目を丸くして息を飲んだ。

 葛城家の居間には外に出掛けたはずのシンジとミサトが立っていたのだ。

 

「シ、シンジもミサトも忘れ物でもしちゃったの?」

 

 平静を取り繕ってアスカが尋ねると、シンジは真剣な表情をして首を横に振った。

 そしてアスカの瞳をじっと見つめアスカの持っているバッグを指差して言い放つ。

 

「アスカ、お願いだからそこに入っている拳銃を渡してくれないかな?」

「な、何を言っているの、それよりも早く行かないとシンジもミサトも遅刻しちゃうわよ」

 

 とぼけてシンジ達を送り出そうとするアスカに向かって、ミサトも声を掛ける。

 

「信じにくい話だろうけど、ここに居るシンジ君はさっき家を出てお墓参りに行ったシンジ君じゃないの。彼は未来の時間からやって来たシンジ君らしいのよ」

「はあっ!?」

「まあ、私も家を出た所でこのシンジ君から聞いた時は与太話だと思ったわよ。だけど、確認してみるとシンジ君は司令の所へ向かっている途中みたいなのよ」

 

 驚きの声を上げるアスカにミサトはそう答えた。

 早く墓参りに向かったシンジの後を追いかけないとゲンドウを撃つチャンスが無くなってしまうとアスカは気が付いた。

 しかし、目の前には未来の世界から来たと言うシンジと、呼び止められて帰って来たミサトが立ち塞がっている。

 追いつめられたアスカはバッグから拳銃を取り出してシンジ達に向かって狙いを定める。

 

「撃たれたくなかったら退いて、アタシはママの仇を討たなければならないのよ!」

「まだそんな馬鹿な事を言っているの!?」

「だって、ゲオルグさんはママがおかしくなって死んじゃったのは司令のせいだって……」

 

 ミサトに言い返されたアスカは、目に涙を浮かべてそう訴えた。

 

「アスカのお母さんがエヴァに取り込まれてしまったのは確かに事故じゃないわ。でもその罪は危険な実験を見過ごしたネルフに関わる私達大人全員が背負うべきものよ」

 

 ミサトに正論を指摘されたアスカに迷いが生じた。

 ゲオルグに言われた時は全てゲンドウが悪いのだと思い込み、その他の可能性を疑いもしなかった事に気が付いたのだ。

 

「だから復讐をするのなら、まず私を撃ち殺してから行きなさい」

「そんな……やっぱりミサトを撃つ事なんてできないわよ……」

 

 アスカは苦しそうな顔をして構えていた拳銃を下げた。

 

「アスカが司令を撃ったら、アスカはシンジ君からお父さんを奪ってしまう事になる、それはアスカが憎んだ司令と同じになってしまうって事なのよ」

 

 ミサトの言葉にアスカは目を見開いた。

 そして、ゆっくりとした声でシンジに尋ねる。

 

「ねえ、シンジの居た未来ではアタシは司令を撃ってしまったの?」

「うん」

 

 シンジは辛そうな顔をしてうなずいた。

 

「それで……アタシはどうなったの?」

「父さんの命は助かったけど、人を撃ってしまったアスカは表情を全く無くした人形のようになってしまった。そして、僕がいくら願っても決して笑ってくれないんだ」

 

 そこまで話したシンジは耐えきれずに涙を流し始めた。

 

「……アスカの復讐は今までの生活、そして『笑顔』を捨ててまでやる価値のある事なの?」

「ううん、そんなはずは無いわ」

 

 アスカはミサトの質問にそう答えて、ミサトに拳銃を渡した。

 すると、シンジの姿は淡い光に包まれる。

 

「どうしたのよ、シンジ!?」

「未来に存在する可能性の無くなった僕は消えるんだ……さよなら、アスカ」

「ありがとうシンジ、アタシはアンタが消えても忘れないから……」

 

 その言葉は届いたのだろうか、アスカの目の前に立っていたシンジは笑みを浮かべながら跡形も無く消えた。

 

「……ゲオルグさんは?」

「加持が追跡中よ」

「そっか」

「私は結婚式に行くけど、アスカのやるべき事は分かっているわよね?」

「うん」

 

 ミサトに言われて、アスカはうなずいた。

 

 

 

 その日のお昼過ぎ、墓参りを終えて家に帰って来たシンジをアスカは玄関で出迎える。

 

「シンジ、おかえり。司令とのお墓参りはどうだったの?」

「うん、少しだけど父さんと話す事が出来たんだよ」

「そう、良かったじゃない」

 

 シンジの答えを聞いたアスカは笑顔を浮かべた。

 それは久しぶりに見る明るい笑顔だとシンジは感じた。

 最近のアスカは思い詰めた顔をしていてシンジは心配していたのだ。

 悩み事が解決したのだろうか、それにしてはアスカの笑顔がまぶしすぎる。

 そうか、アスカは委員長と出かけて新しい服を買ったのだから上機嫌なのか。

 シンジはそう考えて納得した。

 アスカが笑顔を取り戻した理由をシンジは何も知らない。

 だけど、アスカはそれでも構わないと思った。

 もう未来から来たシンジが居ない今、シンジに話しても混乱させるだけだ。

 アスカは心の中で未来のシンジにもう一度お礼を言って、元気いっぱいの笑顔でシンジに昼食のおねだりをするのだった。

 

 

 

No.20 LAS短編ごった煮ダイジェスト

 

 

 

1 不器用な告白

 

「ミサトどうしたのよ、そんなに頭を抱えて?」

 

 ミサトの執務室を訪れたアスカは、困った顔をして頭を抱えてしまっているミサトを見て声を掛けた。

 

「手帳に書いたスケジュールや報告用のレポートがね、消えてしまったのよ」

 

 そう言ってミサトはアスカに真っ白になった手帳のページを見せた。

 

「どうしてこんな事になったの?」

「それがね、リツコに擦ると消えるボールペンって言うのを貰ったんだけどさ」

 

 ミサトはアスカの目の前でメモ帳の切れ端にボールペンで文字を書くと、文字を擦った。

 すると、文字は綺麗に消えて無くなった。

 

「ふーん、面白い仕組みじゃない」

「摩擦の熱で消えるらしいわ。でも耐熱装備の実験棟から戻って手帳を開けたらこの有り様よ」

 

 ミサトの答えを聞いたアスカはポンと手を叩く。

 

「それなら、冷やせば文字が出て来るんじゃない?」

「ナイスアイディア、アスカ!」

 

 ミサトは指を鳴らして、手帳をビニールに包んでビール用の冷蔵庫の冷凍庫の中に入れた。

 そしてしばらく待って取り出すと、見事に手帳に書かれた文字は復活したのだった。

 

「やったわアスカ、ありがとう!」

 

 ミサトはアスカを抱き締めて大喜びした。

 

「苦しいってば」

「あ、ごめんごめん」

 

 ミサトは軽く謝ってアスカの体を解放した。

 ボールペンに興味を持ったアスカは、ボールペンを手にとってミサトに尋ねる。

 

「ねえ、このボールペン、貸してくれない?」

「いいわ、どうせならそのボールペンはあげるわよ。仕事の邪魔になりそうだし」

「へへっ、何に使おうかしら」

 

 ボールペンを入手したアスカは嬉しそうにつぶやいた。

 家に戻ったアスカはボールペンの使い道を考えていた。

 

「驚かせる相手と言えば……シンジよね」

 

 そうつぶやいてアスカはどうしてシンジが相手なのだろうと考えた。

 ミサトの家でシンジと同居するようになってから、何かと言えばシンジの事が思い浮かぶ。

 どうして最近はシンジがこんなにも気になるんだろう、とアスカは思った。

 あんなに好きだった加持さんよりも、と。

 アスカは、シンジの居ない生活を考えてみる。

 そうすると、アスカは世界が色を失ったような感覚になった。

 

「アタシ、シンジの事が好きになってしまったのかもしれないわ……」

 

 胸に手を当てたアスカはそうつぶやいた。

 そして、勇気を出してシンジに手紙を書き始めた。

 顔を合わせると照れ臭くて言えないシンジへのたくさんの「ありがとう」の感謝の言葉。

 しかし、最後に「シンジが好き」と書いてしまったアスカはやはり照れ臭くなってしまった。

 部屋を出て台所に行くと、レンジの中に手紙を入れて加熱する。

 

「アスカ、何をしているの?」

 

 背後からシンジに声を掛けられたアスカは驚いて跳び上がった。

 何と間の悪い事にミサトも一緒に家に帰って来たのだ。

 

「ダメじゃない、レンジにこんな物入れてイタズラしちゃあ」

 

 そしてアスカの手紙はニヤケ顔のミサトに取り上げられてしまった。

 

「あらあら、こんなに熱くなっちゃって。これは冷やさないとね!」

「やめてっ、ミサト!」

 

 シンジはアスカとミサトのやり取りの意味が分からずボーっとしている。

 

「あ、アタシ、ちょっと外の空気を吸ってくる!」

「アスカ?」

 

 顔を真っ赤にしたアスカは慌てて葛城家を飛び出した。

 そして、しばらくした後。

 家に帰り辛くて公園のベンチに座っていたアスカの前に、迎えに来たシンジが訪れたのだった。

 

 

 

2 アスカとシンジがPSPソフト『空の軌跡FC』をプレイしました

 

 ある日の夕方、葛城家の台所で料理をしているシンジの所へ、アスカが笑顔で帰宅する。

 

「シンジ、ゲーム買って来たわよ!」

「そう、良かったね」

 

 シンジは大した関心が無いようにアスカに答えた。

 アスカがゲームを買ってくる事は今に始まった事ではない。

 新しい対戦ゲームを買って来てはアスカはシンジを叩きのめすのだ。

 

「シンジ、負けてばかりだからってそんなに嫌がる事は無いじゃない」

「だって、アスカは学校でも携帯ゲーム機で練習をしてずるいじゃないか」

「今日はその心配は無いわよ」

 

 そう言ってアスカはシンジに買って来たゲームを見せる。

 PSPソフト『空の軌跡FC』、日本ファルコムから発売されたRPGゲームだ。

 PC版は高価だったが、PSP版はThe Best版も出ていて税抜き2,800円と発売当初よりかなり安くなっている。

 

「珍しいね、アスカがRPGを買うなんて」

「表紙に書かれているキャラクターがシンジそっくりに見えたから何となく放っておけなくてね」

 

 それはすなわちシンジの事も放っておけないと言う意味になってしまうのだが発言したアスカも鈍感なシンジもスルーした。

 アスカに言われてシンジは空の軌跡FCのパッケージの表紙を見た。

 真ん中に描かれている元気いっぱいの主役の少女を見守るように、右の方に黒髪で琥珀色の瞳をした少年が描かれている。

 確かに言われてみれば自分に容姿が似ているような気がした。

 

「そうだね。でもアスカ、RPGはクリアーするのに長い時間がかかるよ?」

「うん、だからシンジがクリアーしてよ」

「ええっ!?」

「アタシはこのシンジに似たヨシュアってキャラが、このエステルって女の子とどうなるか知りたいのよ。まあどうせエンディングではくっついているんだろうけどね」

「冗談じゃないよ、僕はそんなにゲームをやる時間は無いよ」

 

 家に帰ってもシンジには葛城家の家事と言う仕事があるのだ。

 しかし、アスカはシンジにプレイを強要する。

 

「家事の合間にやれば良いじゃない、アタシも手伝うからさ」

 

 こうしてシンジはアスカに巻き込まれる形で『空の軌跡FC』のプレイをする事になってしまった。

 

 

 

 ゲームを開始すると、家で父親の帰りを待つ11歳のエステルの所へ父親のカシウスがヨシュアを連れて帰ってくるシーンがオープニングとして始まる。

 

「ふーん、同じ家で同居する事になるのか、アタシとシンジみたいね」

「僕達の場合はアスカが押しかけて来たんじゃないか」

「うるさいわね」

 

 連れて来られたヨシュアは怪我をしていたのでベッドに寝かされたのだが、目を覚ましたヨシュアに対してエステルはヨシュアが口答えする度に叩いたりする。

 

「ヨシュアの気持ち、僕にも解る気がするよ」

「アタシが暴力的だって言いたいの!?」

「痛っ、今だって僕を叩いたじゃないか」

 

 ヨシュアがエステルに名前を言った所でエステルとヨシュアが出会った10歳の頃の回想が終わった。

場面が切り替わり、16歳になったエステルが自分の部屋で目を覚ますシーンになる。

着替えたエステルが2階のベランダに出ると、ヨシュアがハーモニカを吹いていた。

しばらく聞いていたエステルは演奏が途切れた所で拍手をする。

 

「シンジも毎朝、チェロを弾いてみない? そうすれば、アタシも気持ち良く目が覚めると思うのよね」

「徹夜明けで寝ているミサトさんまで起こしちゃうよ。それにアスカは体を思いっきり揺さぶらないと起きないじゃないか、夜中までゲームのやりすぎだよ」

 

 シンジの指摘にアスカはほおをふくれさせた。

 場面は父親のカシウスの作った朝食を食べるシーンへと移行する。

 どうやらエステル達は3人の当番制で料理を作っているようだった。

 

「アスカが料理を作ってくれれば、僕も朝にチェロを弾く時間ぐらいは持てるかもしれないんだけどね」

「解ったわよ、でも当番制って事はミサトも料理をするってわけね」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジは青い顔になる。

 

「や、やっぱり僕が料理を引き受けるよ」

「え?」

 

 シンジの態度にアスカは不思議そうに首をひねった。

 エステル達の朝食を食べながらの会話によると、エステルとヨシュアは今日これから『準遊撃士』になるための試験を受けるのだと言う。

 『遊撃士』とはトラブルの解決屋のような職業で、治安維持活動が中心の兵士達よりも街の住民に密着した活動をしているので、街の少年少女の憧れの的になっている。

 16歳になったエステルとヨシュアは法律により遊撃士の見習いに当たる準遊撃士になるための試験の受験資格を得たのだった。

 今日の試験に受かれば父親のカシウスと同じ遊撃士になれると言うエステルに、カシウスは茶化しながらまだ自分に並ぶのには遠いと語った。

カシウスはエステル達が住んでいる大陸に数人しか居ないSスペシャルクラスの遊撃士なのだ。

 

「街の少年少女の憧れの職業だなんて、アタシ達チルドレンみたいじゃないの」

「だけど、凄い父さんが居るなんて大変そうだね」

 

 シンジは自分が父ゲンドウのコネクションでチルドレンになれたのだとウワサされているのを知っていた。

 また自分が頑張って使徒を倒しても、司令の息子だから当然だと言われる事を悲しく思っている。

 偉大な父親のプレッシャーに押しつぶされずに前向きに振る舞うエステルをシンジはうらやましく思った。

 

 

 

 朝食を食べ終えたエステルとヨシュアは父親のカシウスに見送られて、遊撃士のギルドがあるロレントの街へと向かった。

 ギルドの顔を出したエステルとヨシュアは、『準遊撃士』になるための試験を仕切る試験官である遊撃士シェラザードに朝のあいさつをする。

 シェラザードはカシウスに指導を受けた若い女性遊撃士で、エステルとヨシュアに対して姉のように遊撃士になるための指導を行って来ていた。

 

「なんか、シェラザードってミサトみたいね」

「僕もそう思ったよ」

 

 アスカの意見にシンジも同意した。

 そしてエステルとヨシュアは怪物を蹴散らしながら街の地下水道の奥に置かれた箱の中身を取って来ると言うシェラザードの課題をクリアーし、晴れて試験に合格して準遊撃士のバッジと資格を手に入れた。

 エステルとヨシュアが試験を終え帰宅しようとすると、街の子供達が迷子になってしまったという事件が起きたが、カシウスの救援もあり事件は無事解決した。

 そして帰宅して夕食を食べている時に父親のカシウスから遊撃士の大仕事の要請が入り、しばらく地元のロレント街を離れる事になったと聞かされる。

 カシウスは自分が引き受けていた地元ロレントでの仕事の内、難しい仕事はシェラザードに任せるが、簡単な仕事はエステルとヨシュアに任せたいと提案した。

 エステルとヨシュアはこのカシウスの提案を喜んで受け入れ、次の日から準遊撃士としての活動を始めた。

 

「何か、ありきたりな展開になって来たわね」

「最初の方なんだから仕方が無いよ」

 

 アスカが退屈そうにため息をつくと、シンジがたしなめた。

 

「アタシ眠くなっちゃった、後はシンジが進めておいて」

「そんなあ」

 

 シンジの抗議の声も空しく、アスカは居間を出て行って自分の部屋へと入って行ってしまった。

 ブツブツ言いながらシンジはしばらくゲームを続行した。

 『空の軌跡』はサブクエストと言う本筋とは関係の無い話をこなして行くうちにレベルが上がるので経験値稼ぎ作業をさせられている感じは薄かった。

 

 

 

 次の日アスカとシンジは夕食後、居間で再び空の軌跡のプレイを再開した。

 昨夜シンジがプレイを進めただけあって、エステルとヨシュアは父親のカシウスから任された依頼を全てこなした場面になっていた。

 ギルドで新たな仕事を受けようとしたエステルとヨシュアの元に、息を切らしたロレントの市長が飛び込んで来る。

 市長邸に強盗が押し入り、金庫に入っていた宝石が奪われる事件が発生したのだ。

 シェラザードはエステルとヨシュアに市長邸の調査をするように命じ、プレイヤーであるアスカ達にも犯行の状況を推理させる場面が三択形式で出題された。

 アスカは見事に四問の問題全てに正解し、シンジは感心して賞賛の拍手をする。

 

「凄いアスカ、一発で正解するなんて」

「ふふん、アタシにかかれば余裕だわ」

 

 空の軌跡ではBPブレイサーポイントと呼ばれるものがあって、これが溜まるとエステルとヨシュアの遊撃士のランクが上昇する。

 プレイヤーの行動によってはBPに加算ボーナスが付いてエステルとヨシュアの遊撃士ランクが早く高くなる。

 完璧主義のアスカはこのBPに関してもこだわりを持っていた。

 市長邸での調査を終えたエステルとヨシュアはシェラザートと共に犯人の追跡に移る。

 そしてついにロレントの街の南にあるミストヴァルトの森の奥で犯人である女盗賊ジョゼットと空賊の一味を発見した。

 ジョゼットは仲間である空賊の一味と、エステルの悪口を話している。

 物影に隠れていたエステルだが、ヨシュアに止められたにもかかわらず飛び出してしまった!

 

「アスカ、エステルが飛び出しちゃう選択肢を選んだらボーナスBPがもらえないじゃないか」

「ジョゼットに馬鹿にされて腹が立ったんだもん……」

 

 アスカはあわててPSPを再起動してゲームをやり直した。

 どうやらアスカもエステルは自分の分身のように感情移入し始めてしまったようだ。

 シンジもヨシュアになりきってエステルにツッコミを入れているように息が合って来た。

 

「でも、アスカはどっちかと言うとエステルよりジョゼットの方に似ている気がするけど」

「あ、あんですってー!? アタシのどこがあの生意気そうなやつに似てるって言うのよ!」

「分かったよ、言い過ぎたよ、ごめん!」

 

 アスカとシンジの間で内輪もめが起こり、ゲームはしばらく中断した。

 そしてジョゼットと空賊一味を戦闘で倒し盗まれた宝石を取り戻したエステル達だったが、突然空賊の小型飛行艇がや飛んで来てジョゼット達に逃げられてしまう。

 犯人は逃してしまったが、強盗事件はこれで解決した。

 エステル達が遊撃士協会で事件の報告をしているとさらなる事件を知らせる通信が入る。

 何と出張していたエステルの父親カシウスが飛行船ハイジャック事件に巻き込まれて音信不通になってしまったのだ。

 だが前向きなエステルは自分の手で事件を調べると決意し、事件の起こった街、ボース市へ行く事にした。

 ロレントの街を旅立つ前、エステルはヨシュアに街の中心にある時計台に登りたいと提案した。

 ヨシュアはいつも時計台に登りたくないのにどうして、と尋ねるとエステルは自分の母親がこの時計台で命を落とした事件について語った。

 エステルの母親は崩壊した時計台のガレキから幼いエステルを守り、幼いエステルの目の前で息絶えたのだ。

 その回想シーンを見たアスカは目の端に涙を浮かばせた。

 ゲームの中でヨシュアがエステルを励ますと、アスカは自分の涙をごまかすかのように、おどけてシンジに声を掛ける。

 

「シンジもヨシュアみたいに懐の広い男になりなさい」

「どうして?」

「そりゃあ……エステルみたいにママを失った女の子に会った時に優しく包み込んであげるためよ」

 

 アスカは少し顔を赤らめてシンジの質問に答えた。

 シェラザードの助力もあって、エステルとヨシュアはボース市で起きた飛行船ハイジャック事件を解決し、父カシウスの無事も確認できた。

 受け取った手紙によるとカシウスはハイジャック事件に巻き込まれる前に飛行船を降り、今は外国に居るらしい。

 カシウスが家に帰るまで数ヵ月はかかりそうだと言うと、エステルとヨシュアはシェラザードと別れ遊撃士として経験を積むために国内の都市を巡る旅を続ける事にした。

 エステルは旅を続けるうちにヨシュアを異性として意識し始め、きっとエステルとヨシュアはカップルとして結ばれるのだとアスカとシンジも思っていた。

 アスカもエステルの真似をしてシンジに「あーん」をして食べさせてもらうなど、空の軌跡のプレイを明るく楽しんでいた。

 

 

 

 しかし旅の果てに仲間達と力を合わせて大きな事件を解決した後。

 夜中の大きな城の庭園で、ヨシュアがエステルに自分の過去を含めて全てを告白した場面を見終わったアスカとシンジは衝撃を受けた!

 

「何でヨシュアはこんな自分勝手な事が出来るのよ、これじゃあエステルがかわいそうじゃないの!」

「僕に言われたって困るよ!」

 

 アスカはまるで自分が辛い目にあってしまったかのようにシンジの胸倉をつかみ上げ、感情が高ぶり涙を流し始めた。

 

「ほらアスカ、『空の軌跡SC』って続編があるみたいだしこれで終わりじゃないみたいだよ」

「それなら、すぐに『空の軌跡SC』を買って来なさい!」

「えっ、でももう外は暗くなっているし、明日の放課後に買いに行けばいいじゃないか」

「こんな憂鬱なエンディングを見せられたのよ!」

 

 涙を流すアスカの姿にシンジも逆らい切れず、すぐに『空の軌跡SC』を買いに家を飛び出した。

 それからアスカとシンジは続きが気になって睡眠時間を削って『空の軌跡SC』のプレイをする事になる。

 慢性的な寝不足になってしまったアスカとシンジは集中力が低下し、学校のテストの成績がさらに悪くなったことでミサトに叱られ、シンクロテストの成績が悪くなった事でリツコに怒られるのだった。

 

 

 

3 アスカがドイツに帰るって!?

 

 使徒との戦いが終わっても、アスカが日本に残ってくれると聞いた時は、僕はとても嬉しかった。

 きっと日本に居れば委員長やミサトさんと一緒に居られるからだろう、でも理由はそうだとしても構わない。

 僕がアスカの傍に居られる事には変わりが無いんだから。

 小さい頃から独りに慣れてしまっていると思っていた僕だったけど、アスカと一緒に居ると心が満たされる気がするんだ。

 

「あのね、シンジ。アタシ、ドイツに居るママの所へ帰ろうと思うのよ」

 

 アスカに打ち明けられた僕は、耳を疑った。

 

「いつ……?」

「今度の連休よ」

「そんな急に!?」

 

 アスカの返事を聞いた僕は、胸をえぐられる思いがした。

 でも、アスカがお母さんと一緒に暮らしたいと思うのは当然の事だ。

 僕には引き止める権利なんて無い。

 

「そう……良かったね」

 

 僕は気力を振り絞ってアスカに微笑むと、逃げる様に自分の部屋へ入った。

 明りの点いていない部屋は、まるで今の僕の心の中を表して居るかのようだった。

 深い悲しみに捕らわれた僕の目から涙があふれだして止まらない。

 ダメだ、こんな顔をアスカに見られたら……!

 でも、今夜一晩ぐらいは泣いても構わないよね。

 

「シンジ、明りも点けないでどうしたのよ?」

 

 突然、部屋のドアをアスカに開けられて僕は驚いて叫んでしまう。

 

「アスカ!?」

「アタシがドイツに帰るのは、連休中の数日だけよ」

「そうなんだ、良かった」

 

 アスカの言葉を聞いて誤解が解けた僕は、心の底からホッとしてため息を吐き出した。

 

「怒ってないの?」

「僕が勝手に落ち込んだだけだよ」

「紛らわしい言い方をして、シンジを試したアタシが悪かったわ!」

 

 アスカがそう言った後、僕の頬に柔らかい感触があった。

 暗くて見えなかったけど、これって……キスされたんだよね。

 

「おやすみ」

 

アスカがそう呟いて立ち去った後、舞い上がってしまった僕は、興奮してその夜はなかなか眠れなかった。




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リクエスト短編「シンジ 碇アスカ 結婚 子供」

『惣流アスカの更迭』の旧バージョン(サイトに掲載中)を手直ししたものです。
リメイク版とは設定が違います。
シンジとアスカは結婚して、子供が居ます。
また機会があれば「シンジ 碇アスカ 結婚 子供」で別の短編を書きたいと思います。


「さあ、着いたよ。ここがパパとママが出会った国、日本だよ」

 

 シンジは4歳になる息子のライトの手を引いて旅客機から降りた。

そしてシンジの妻である碇アスカも5歳になる娘のユキの手を引いて後から続いた。

 数年振りにドイツから日本に帰って来たシンジとアスカだが、湿気の多い日本の夏の空気に思わず嫌な顔になった。

 初めて日本の夏の空気を体験するユキとライトも同様に不快感を覚えた様子だ。

 

「あつーい」

「これがパパ達が14歳の頃の日本の空気なんだよ」

 

 シンジはサードインパクトで気候が戻る前の常夏の時の事を思い出したのか、懐かしそうな顔でライトに話しかけた。

 しかし、シンジ達が降り立った大阪にある関西国際空港の周辺の高層ビルディングが立ち並ぶ光景は、第三新東京市を思い出させる。

 

「お土産は、帰る時に見るから今は我慢してね」

 

 土産物屋に目を輝かせるユキとライトをなだめながら、シンジとアスカはタクシーへと乗り込んだ。

 目的はゲンドウとユイがレイと一緒に住んでいる、京都の家だった。

 シンジとアスカがドイツの店を休んで日本へと帰って来たのは、数年振りにゲンドウとユイに会うためだった。

 京都は盆地であり、サードインパクトによって日本に秋や冬と言った四季が戻っても暑い場所だった。

 京都には東京の様に大型爆弾は落とされなかったので、多くの寺や神社が残されていた。

 タクシーは碁盤の目のような京都市街を走り、大きな日本家屋の家へと到着した。

 この家はネルフの司令を退役したゲンドウが買い取って住んだ家である。

 シンジ達が訪問するのももちろん初めてだった。

 

「碇君、久しぶりね」

「綾波!」

 

 家の玄関の前には赤ん坊を抱いたレイと夫らしい人物が立ってシンジ達を出迎えた。

 今レイは綾波姓ではないが、シンジは昔の癖で綾波と呼んでしまった。

 レイの夫は「どうも」と小さくつぶやいてシンジ達に向かって頭を下げた。

 

「あら、かわいい子じゃないの」

「女の子、今年で1歳になるわ」

 

 アスカに答えたレイの穏やかな微笑みは、すっかり母親の物となっていた。

 レイの夫も眼鏡を掛けた真面目で優しそうな男性だったので、シンジはレイが幸せな結婚生活を送っているのだと安心した。

 そしてシンジ達はレイ達によって母屋への廊下ではなく庭の方へ案内された。

 ゲンドウの家の庭には樹齢900年の楠の大木がそびえ立っていた。

 その存在感に圧倒されたシンジ達はしばらく楠の大木を見つめて立ちつくしていた。

 

「パパ、すごい大きい木だね」

「そうだね」

 

 シンジはライトのつぶやきに穏やかな口調でそう答えた。

 そしてゲンドウとユイが母屋の方からゆっくりと歩いて来る。

 ユイの姿を見たシンジの表情が険しくなった。

 人類補完計画を提唱したのはユイだと聞かされていたからである。

 しかし、ユイの方は悲しみを瞳一杯に溜めているように見えた。

 

「シンジ、本当にごめんなさい」

 

 シンジが何かを言う前に、先手を打って謝って来たのはユイだった。

 目の前で頭をユイに下げられたシンジは驚いてすっかり毒気を抜かれてしまった。

 人類補完計画のせいでセカンドインパクトが起き、たくさんの人々の命が失われた事について、シンジはユイを責めずにはいられなかったのだ。

 シンジは下げたまま頭を上げようとしないユイに優しく声を掛ける。

 

「母さん、顔を上げてよ」

「……私はすっかり愚かな考えにとりつかれていたのよ」

 

 ユイは悲しそうな顔でそう言って、楠の大木へと視線を向けた。

 シンジ達も釣られるように楠の大木を見つめた。

 

「何かを成し遂げるには人の一生は短い。そこで我々はこの樹のように何百年も生きられないか考えた」

「それが私の提唱した人類補完計画、そしてその答えがエヴァだったのよ」

 

ゲンドウとユイは過去を悔いるような暗い口調で告白をした。

 

「そんな考えのために、アタシのママは犠牲にされたのね」

 

 アスカが母親の事を思い出して苦しそうな顔になった。

 弐号機に精神だけ取り込まれたアスカの母親キョウコは、アスカの前で心中自殺をすると言う残酷な事をしてしまったのだ。

 ユイの様にクローン体を持たなかった彼女は、人間としてのサルベージは出来ず、弐号機の中で生き続けるしかない。

 

「いや、ユイが居なくなった後も計画を続行させた私が悪い」

 

 服が汚れるのにも構わず土下座をして謝り始めたユイとゲンドウを見て、アスカとシンジは顔を見合わせてため息をついた。

 二人の子供、ユキとライトは不思議そうにそんなユイとゲンドウを見ている。

 

「お父さん、お母さん、碇君達は絶対に許さないと思っているわけじゃないわ。それならここに来ないはずでしょう?」

「そ、そうか」

 

 レイに言われて、ゲンドウとユイは恥ずかしそうに立ちあがった。

そんな二人にアスカがため息交じりに声を掛ける。

 

「じゃあ、アタシはユイさんに自分から不幸になろうとする事を禁止するように命令するわ。それで許してあげる」

「ありがとう、アスカさん……」

 

 アスカがユイに向かってそう言うと、ユイは嬉し涙を流してうなずいた。

 自分より早くアスカがユイを許してしまったので、シンジは困った顔でゲンドウと目を合わせてから苦笑した。

 

「ドイツの店の調子はどうだ?」

「うん、常連のお客さんもたくさんできたし、仕入れルートも安定して軌道に乗ってるよ」

 

 ゲンドウが尋ねると、シンジはそう答えた。

 

「パパとママを見るとね、お腹がいっぱいになったって食べないで帰るお客さんも居るんだよ!」

「こらっライト、余計な事言わないの!」

「そうか、それは商売あがったりだな」

 

 ゲンドウは大声を上げて豪快に笑った。

 

「今度はお義父様とお義母様とでアタシ達のお店にいらして下さい」

「私も碇君とアスカさんのお店に行って良い?」

「うん、ネルフのみんなでたっぷりと食べて行ってよ! 美味しいビールがあるってミサトさんにも言っておいて」

「シンジも商売上手になったのね、フフフ」

 

 ユイは嬉しそうにクスクスと笑った。

 

「ほらユキ、ライト、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにこんにちは、って」

 

 シンジが立っていたユキとライトの背中に手を当てて促すと、2人は少し恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「名前は碇君が付けたの?」

「アスカと話し合って決めたんだ。ユキは希望が有るようにって。ライトは未来を照らす光りになるようにってね」

 

レイの質問にシンジは笑顔でそう答えた。

 

「綾波の子の名前は何て言うの?」

「ミサキよ」

 

 アスカがレイの抱えている赤ん坊の名前を尋ねると、レイはそう答えた。

 

「もしかして、ミサトさんと関係があるの?」

「いいえ、そう言うわけじゃないけど、美しく咲く花のように可愛い子になって欲しいって付けたの」

 

シンジの質問にレイは首を横に振った。

 

「私も、ユキとライトに近づいて構わないだろうか」

「もちろん、構わないよ父さん」

 

 遠慮がちにゲンドウが尋ねると、シンジは笑顔でうなずいた。

 しかし、そのゲンドウの動きをユイが手で止める。

 

「あなた、ちょっと待って下さい」

「どうした、ユイ?」

 

 シンジ達もユイの行動の意味が分からず、不思議そうにユイに視線を集中させた。

 

「その前に、私とシンジの絆を取り戻させて」

 

 ユイはそう言って、シンジを抱き締めた。

 シンジも嬉しそうにユイの抱擁を受け入れる。

 

「やっと、また会えたね母さん……」

 

 シンジのつぶやきを聞いたアスカの目から涙があふれ出した。

 自分は望んでも、もう叶わない母親の抱擁。

 アスカは悲しみをこらえながらもシンジを祝福する。

 

「シンジ、おめでとう」

「ありがとう」

 

 シンジはユイから体を離してアスカにお礼を言った。

 ユイは目に涙を浮かべているアスカに優しく声を掛ける。

 

「私ではキョウコさんの代わりにはなれないかもしれないけど」

「ママっ!」

 

 アスカはそう言って開かれたユイの胸元に飛び込んだ。

 

「アスカちゃん……」

 

 ユイはアスカの耳元で優しくつぶやいて抱き締めた。

 

「ねえパパ、ママは何で泣いているの?」

「ママはね、とっても嬉しくて泣いているんだよ」

「嬉しくても泣くんだね」

 

 シンジの説明に、ユキは納得したようにうなずいた。

 落ち着いたシンジ達はゲンドウ達の近況を尋ねた。

「お義父さんには、私が経営する医療機器メーカーの会長さんになって頂いているのですよ」

 

 シンジの質問に、レイの夫がそう答えた。

 レイの夫は京都に本社を構える医療機器メーカーの社長だった。

 ネルフと研究所を去ったゲンドウとユイはのんびりと過ごしながらレイの夫の会社に協力をしているのだった。

 

「医療行為と言うのは、人間の寿命を延命する手段でしかありません、ですから……」

「分かってます、僕は”永遠の命”なんてものを求める事に怒っていただけです」

 

 ゲンドウを擁護しようとするレイの夫にシンジは優しく答えた。

 

「ゲンドウさんが必死に説得してくれても覆らなかった私の考えを変えてくれたのは、ミサキちゃんなのよ」

 

ユイは目を細めてしんみりとそうつぶやいた。

 

「レイが私の研究室にやって来た時、抱かれているミサキちゃんを見て、私の体に衝撃が走ったわ。だってとっても可愛いんですもの」

「可愛いは正義」

 

 ユイに強く同調するレイ。

 

「そしてミサキちゃんと触れて行くうちにね、人が永遠に生きる事よりも大切な事があるように思えたのよ」

「親から子へ人の想いは受け継がれる。進む道が違ってもな」

 

 ゲンドウは強くそう言い放った。

 

「一番大切なのは、みんなが健康に過ごせる事じゃないのかなと思ったのよ」

「だから私達は医療に関係する仕事に携わる事にしたのだ」

「本当にその通りだね」

 

 ユイとゲンドウの言葉にシンジはうなずいた。

 その後、シンジとアスカはユキとライトをゲンドウとユイに預け、京都市内の神社に家族の健康を祈りに行った。

 

「僕達、ユキとライトのためにもいつまでも元気で居なくちゃいけないよね」

「それなら、とっても元気の出るおまじないがあるわよ!」

 

アスカはそう言うと、シンジに飛びついて唇を重ねた。

 

「なるほど、これはとっても元気が出るね。子供ももう一人ぐらい増えそうだ」

「でしょ?」

 

シンジとアスカは顔を合わせて微笑み合った。

 

「それじゃあ、もう一回!」

「おいっ!」

 

と神社に居た人々の誰もがシンジとアスカのバカップルに心の中でツッコミを入れたのだった。




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アスカの祖母が死んだ日 ~アスカとシンジの告白~

アスカの元に、祖母の死を報せる訃報が届く。アスカはシンジに付き添いを頼む。死と向き合ったアスカとシンジは生きる事について考える。そしてアスカとシンジは……。


 その日アタシは、いつものようにシンクロテストを終えて、ミサトとシンジと一緒にシンジの作った夕食を食べていた。

 ジャガイモ中心のドイツ料理から、やっと日本の食事に慣れて来た所だけど、シンジはアタシの満足するドイツ料理を作る気持ちすらないのよね。

 しかもドイツ料理を食べたいのなら、自分で作れよって口答えするから、アタシの方もついムキになってシンジと言い争いになる始末。

 ミサトはビールにはソーセージね! とのんきに笑ってアタシの訴えを取り合ってもくれない。

 アタシが満足のいかないメニューを食べていると、家電が鳴った。

 いつも席を立って電話に出るのはシンジの役目だ。

 家主であるミサトは椅子の上で胡坐をかいて座っている。

 

「アスカ、菊池さんって人から電話。御祖母さんの事で話があるって」

「キクチさん?」

 

 アタシはキクチと言う人に覚えが無かった。

 でもグランマの話だと言うのは気になった。

 きっと、日本に居るママのママのグランマの方の話だ。

 

「お電話代わりました」

 

 アタシはシンジから渡された子機を受け取って、そう答えた。

 

「アスカぢゃんかい?」

 

 電話の向こうから聞こえて来たのは、訛りのあるおばあさんの声だった。

 標準語とは違う、懐かしさを感じる方言にアタシは聞き覚えがある。

 

「ユカコさんが、今しがだ病院で亡ぐなったよ!」

「そう……」

 

 キョウコママのママであるアタシのグランマ、佐藤ユカコは秋田の病院で何年も入院していた。

 とうとう、来るべき時が来ただけの事。

 アタシは冷めた気持ちで受け止めていた。

 ママがママで無くなってから、アタシはユカコお祖母さんに何年も会っていない。

 

「ありがとう、キクチさん」

 

 アタシは誰とも思い出せないおばさん相手に、お礼を言って電話を切った。

 

「アスカ、何の電話だったの?」

「アタシの母方のグランマが病院で死んだって連絡があったのよ」

 

 シンジに尋ねられたアタシは平然とそう答えた。

 

「ええっ、それって大変な事じゃないか!」

 

 アタシの話を聞いたシンジはバカみたいに驚いている。

 

「アンタバカァ!? もうグランマとは何年も会っていないし、アタシには関係ない事よ」

 

 そう言ってアタシは食べかけていたご飯をのどにかきこんでいたんだけど……。

 

「そうも言ってられないわよアスカ。あなたはお祖母さんの『佐藤ユカコ』さんの葬儀の喪主にならないといけないんだから」

 

 突然、真剣な表情になったミサトに言われてアタシは驚いた。

 喪主って……お葬式の代表としてあいさつをして回る人の事じゃない。

 

「何でアタシが……」

「佐藤ユカコさんの旦那さん、あなたのお祖父さんは既に亡くなっている。そしてあなたのお母さんも……お父さんとは離婚が成立している」

 

 そこまで話したミサトは言葉を切って、アタシに向かって優しく微笑みかけた。

 

「ユカコさんの肉親は、あなたしかいないのよ。書類とか手続きとか面倒な事はあたしがやっといてあげるから、秋田に行ってらっしゃい」

「……ミサトは、来てくれないの?」

 

 たった一人で遠く離れた秋田へと飛ぶ。

 アタシはそんな不安もあってか、ついミサトに聞いていた。

 

「ユカコさんはネルフとは無関係の人だしね。作戦部長のあたしが第三新東京市を離れるわけにはいかないのよ」

「アタシは大丈夫なの?」

「今は零号機が待機任務に就いているわ」

 

 ファーストのやつが待機しているのか、使徒が現れたらアタシの弐号機で……。

 ってこんなことを考えている場合じゃないわね。

 

「そ、それならバカシンジはどうなの?」

 

 アタシは席から立ち上がって、後ろから椅子に座るシンジを腕で抱き寄せた。

 

「ぼ、僕!?」

「そうね、シンちゃんを連れて行っても構わないわよ」

 

 ミサトはニヤリと笑ってそう言った。

 

「どうして、アスカのお葬式に僕がついて行かなくちゃならないんだよ」

 

 アタシは知り合いが近くに一人も居ないのが心細いとは正直に言えなかった。

 

「そりゃあ、色々と便利だからよ」

「葬儀屋さんのスタッフが色々と御膳立てしてくれるから大丈夫だよ」

 

 シンジのヤツはそう言って、アタシと秋田に行くのを渋った。

 

「シンちゃん、何か忙しい用事があるの?」

 

 ミサトは表面上はにこやかな顔だけど、有無を言わせない威圧感を持っている。

 結局シンジは折れてアタシと秋田に行く事になった。

 

 

 

 それから数日後、葬儀の日が決まりアタシたちはミサトが用意した喪服に着替えて、第三新東京市の空港へと向かった。

 アタシたちがチャーター便で降り立った大館能代空港は、利用客が余り多くない空港だった。

 アタシのグランマとグランパが暮らしていた家は、ここからタクシーで数時間ほどの山の奥にある。

 周りにはアタシたちのガードをするためにネルフ諜報部の車がある。

こんな田舎道だからアタシたちとネルフの車以外はほとんど通っていない。

 最初からネルフの車に乗せてくれればいいのに、アタシはバカバカしいと思った。

 タクシーの後部座席でアタシの隣に乗ったシンジは、チャーター便からタクシーに乗った時から顔を赤くして落ち着かない様子でモジモジしている。

 これからお葬式で喪主をするアタシより緊張してどうするのよ?

 

「なんか、飛行機の中では席が離れていて平気だったけど、こうして居ると、アスカと、その、デ、デートしているみたいな気分になって……」

「アンタバカァ!? 何言ってるのよ」

「そ、そうだよね。アスカには加持さんが居るもんね」

 

 シンジはそう言うと、露骨にアタシから距離をとった。

 でもその時、舗装していない悪路を走る車が大きくがたつき、シンジが倒れてアタシがシンジの頭を膝枕している形になってしまった。

 

「お客さん、んだんてシートベルトしておぎなよっつったども」

 

 タクシーの運転手がきつい訛りの秋田弁でそう言った。

 フン、後部座席でシートベルトを締めていなかったアタシたちが悪うござんしたね!

 

 

 

 タクシーが祖父母夫婦の家に着くと、アタシは少しずつ昔の事を思い出した。

 すっかり雑草が生えて荒れ果ててしまった畑。

 風雨にさらされておんぼろになってしまった母屋。

 アタシは幼い頃、ママに連れられてここに来た事がある。

 

「アスカ、早く家に入ろうよ」

 

 シンジの声でアタシは我に返った。

 アタシが中に入ると、中では葬儀屋の人と、おばあさんが一人待っていた。

 

「アスカぢゃん、でらっと大ぎぐなって美人になったね。彼氏連れがい?」

「こいつは彼氏じゃないわ……その、友達よ」

 

 多分、このおばあさんがキクチさんだろう。

 向こうはアタシの事を知っているんだろうけど、アタシは良く覚えていなかった。

 そしてアタシは葬儀屋の人からお葬式の段取りを聞いた。

 まずアタシの胸には『喪主』と書かれたバッジが付けられた。

 御祖母さんの遺体が収められた棺は、既にこの家に納棺させられていると言う。

 お通夜はキクチさんが済ませた。

 長い間入院していたユカコ御祖母さんには他に知り合いが居ない。

 参列者はアタシとキクチさん、シンジだけの寂しいお葬式だった。

 

「まずはお線香をあげてください」

 

 葬儀屋の人に言われた通り、アタシはお線香を二つに折って、手で扇いで火を消して、灰の中に寝かせるように置いた。

 浄土宗と言う宗派のやり方だそうだ。

 シンジのヤツに何回も線香の火は、口で吹いて消してはいけないと念を押された。

 アタシはそこまでバカじゃないのよ、バカシンジ!

 線香をあげ終わったアタシたちはしばらく待たされた。

 アタシは正座は初めてだし、苦手だ。

 この重苦しい雰囲気の中ではシンジをからかう事もできない。

 

「それではこれより、佐藤ユカコ様の葬儀を行います」

 

 葬儀屋の人の司会によって葬儀が始まった。

 お経を唱えているお坊さんは、冬月副司令よりも年上だと思った。

 

「アーアーアー」

 

 まるで歌っているかのようなお経を聞きながら、アタシは焼香台に向かった。

 喪主のアタシが一番最初になる。

 だから、前の人の行動を見て真似る事なんて出来ない。

 アタシは少し緊張しながら、焼香台の前に立って、お祖母さんの遺影に向かって手を合わせて一礼した。

 遺影の御祖母さんは、若くて穏やかな顔で笑っていた。

 キクチさんの話だと、お祖父さんが急病で亡くなった後、ママが死んだ事を聞いたショックが重なり、体調を崩して入院してから、ユカコお祖母さんは笑った事が一度もないそうだ。

 アタシはおぼろげながら、遺影を通じてユカコ御祖母さんの笑顔を思い出す事が出来た。

 親指、人指し指、中指で抹香をつまみ、頭に近づける。

 これを三回繰り返した。

 アタシはもう一度遺影に向かって手を合わせた。

 二歩下がって一礼して自分の場所へと戻る。

 後でキクチさんやシンジの動作を見たところ、アタシの礼儀作法に間違いは無かったようだ。

 アタシはホッと胸をなでおろした。

 後はこのままお坊さんのお経を聞いているだけ。

 

「ナンマイダー、ナンマイダ―、ナンマイダー」

 

 チーン。

 

 お坊さんが大きな声でお経を唱えて鐘を鳴らす。

 曲で言えばサビの部分かしら。

 もう少しでこの苦しい正座から解放される。

 頑張るのよ、アタシ。

 

 

 

 やがて、お坊さんはお経を唱え終えた。

 ふう、やっと終わった。

 しかし、アタシの耳にとんでもない言葉が飛び込んで来た。

 

「それではこれより、繰り上げて初七日の儀を行います」

 

 葬儀屋の人がそう言うと、お坊さんはまたお経を唱え始めた。

 ええっ、まだ続くの!?

 アタシは痺れる足を引きずりながら、また焼香台へと向かった。

 さっきと同じ儀式を終えて、自分の席へと戻る。

 少しお経の内容が変わっているみたいだけど、アタシにはよくわからない。

 

「みなさん、故人にお別れを言ってください」

 

 葬儀屋の人に言われて、アタシたちはユカコ御祖母さんのお棺の近くへと寄った。

 ユカコ御祖母さんは長い間入院していたとは思えないほど綺麗な顔をしていた。

 キクチさんはユカコ御祖母さんに向かってブツブツと話している。

 アタシは小さい頃遊んでくれてありがとう、としか言えなかった。

 シンジは見たことも無い赤の他人だ。

 何を思っているのか、アタシには分からない。

 葬儀屋の人に花を渡されて、お棺の中に花を入れるように言われた。

 色とりどりの花、ユリの花、胡蝶蘭……。

 

「アスカの御祖母さん、お花畑に居るみたいだね」

「そうね」

 

 アタシはシンジのつぶやきに、同じことを感じてそう答えた。

 

「それではこれより火葬場に向かいます」

 

 葬儀屋の人に言われて、アタシは祖父母との思い出が詰まった家を出た。

 お棺はアタシたちと葬儀屋の人たちが一緒に持ち上げて霊柩車に乗せる。

 死んだ人間は思ったよりも軽かった。

 

 

 喪主のアタシは葬儀屋の人が運転する霊柩車の助手席に乗って、シンジとキクチさんとお坊さんはタクシーで火葬場に向かう事になった。

 アタシのママが死んだ時のお葬式は土葬だったから、日本で多い火葬は初めてだった。

 お葬式なんだから運転手の人と気軽に会話なんて出来るはずも無い。

 アタシはボンヤリと周りに広がる秋田の町の風景を眺めていた。

 しかし霊柩車とは凄いものだ。

 舗装されていない悪路を走っているのにほとんど揺れない。

 普通のタクシーに乗っているシンジは家に来た時と同じように揺れに苦しめられているだろう。

 シンジはキクチさんやお坊さんたちと何か話しているのだろうか。

 そんなに積極的に見ず知らずの人に話し掛けるタイプじゃないシンジはダンマリかな。

 アタシはそんな事を考えていた。

 

 

 

 やがて霊柩車は火葬場に到着して、お祖母さんのお棺はキャスター付きの台で火葬炉の中に入れられた。

 隣には他の人の名前が書かれた札がかけられている。

 一日に何人もの人が亡くなっているのだから当たり前か。

 

「火葬が終わるまで40分くらいかかると思います。それまで休憩室でお待ちください」

 

 葬儀屋の人に案内されて、アタシたちは4人掛けのテーブルへと案内された。

 シンジが率先してお茶を淹れると、キクチさんは少し驚いた顔をした後、「気が利く子だね」と穏やかに微笑みながらシンジに声を掛けた。

 葛城家の家事を任されているうちに、シンジは自然と気配りの動作が身についてしまっているのだ。

 

「はい、アスカ」

「……ありがと」

 

 シンジにお茶を渡されたアタシは、ミサトの前では言わなかったお礼をシンジに言った。

 キクチさんに礼儀知らずな子だと思われるのが嫌だと言う見栄もあったかもしれない。

 それにしてもこのまま40分、ほとんど覚えのないキクチさんと、シンジと待っていなければならないのか。

 キクチさんの前でスマホをいじって暇潰しと言うのも失礼に当たるだろう。

 沈黙に耐えられなくなった頃、キクチさんの方から話し掛けて来た。

 

「アスカぢゃんはお祖母っちゃの事覚えでら?」

 

 キクチさんにそう尋ねられたアタシは、遺影の写真のように穏やかにアタシに微笑みかけてくれた事、畑で採れたスイカを食べさせてくれた事を思い出したと答えた。

 

「それはえがった」

 

 そうつぶやくと、キクチさんは笑顔になった。

 

「ユカコさんはあだの母っちゃの事しったげ誇りに思ってだよ」

 

 キクチさんの話だと、秋田の農家に生まれたキョウコママは、畑の仕事を手伝いながらも、雨の日も、雪の日も、一生懸命勉強をして、村一番の秀才にまでなったと言う。

 

「キョウコぢゃんが京都の大学さ行った時は寂しかったようだんだども、えっかだ応援してらって話してだ」

 

 ママは秋田から京都の大学に進学して、そこでドイツから留学していたアタシのパパと出会って恋に落ちてアタシが生まれた。

 

「キョウコぢゃんがアスカぢゃんどご連れで帰って来だ時はしったげ喜んでだ。それがらキョウコぢゃんはたまにアスカぢゃんどご連れで実家さ帰るようになったね」

 

 アタシがユカコお祖母さんに会ったのも多分その時期だ。

 畑いじりをするお祖父さんや、ママとかくれんぼをした事も覚えている。

 

「ユカコさんは言ってだ、とぎぐ離れだ場所でけっぱってでも疲れる時がある、んだんておいがだはキョウコぢゃんが帰ってくるこの場所守って行ぐんだと」

 

 そうか、お祖父さんとお祖母さんは家をずっと守り続けていたんだ。

 ママが疲れた時に帰って来られるあの家を。

 

「んだんて、キョウコぢゃんが事故で亡ぐなったど聞いだ時は落ぢ込んでだ」

 

 ネルフがママが亡くなった本当の理由を部外者のユカコお祖母さんに話すわけはない。

 ママはドイツで交通事故に遭って亡くなったと説明されたのだ。

 

「佐藤ユカコ様の火葬が終わりましたのでご案内します」

 

 アタシたちがキクチさんの話を聞いている間に時間は過ぎてしまったらしい。

 葬儀屋の人に案内されてアタシたちは火葬場へと戻った。

 

 

 

 アタシたちが火葬場に戻ると、焼かれて骨になったユカコお祖母さんはステンレスのトレイの上に広げられていた。

 同じトレイの上にはユカコお祖母さんの骨を入れるための骨壺があった。

 一部の骨だけが仰向けに置かれた骨壺のフタの上に乗せられている。

 

「まず、ご遺族の手によってお骨を壺に入れて頂きます」

 

 アタシとシンジに、骨を掴むための長い箸が渡された。

 正直、アタシはまだ箸を使うのが苦手だ。

 でもシンジと二人で一つの骨を掴むと聞いて少し安心した。

 シンジと息を合わせて骨を両端から掴んで骨壺に入れる事に成功した。

 

「この喉の骨ですが、丸くて大仏様のように見えるでしょう。だから『喉仏』と言われているのです」

 

 火葬場のスタッフの人にそう言われて、アタシはなるほどと思った。

 他の部分の骨についても火葬場のスタッフの人が解説していく。

 フタの部分の骨は、頭の部分の骨で、故人の骨が上下逆さまにならないように、頭の骨は最後に入れるのだと説明を受けた。

 

「それでは位牌を持った方、骨壺を持った喪主の方、遺影を持った方の順番で外に出て頂きます。お疲れ様でした」

 

 位牌を持ったキクチさん、アタシ、シンジの順番で火葬場を出た。

 しかし、お祖母さんの骨壺をアタシの部屋に置くわけにはいかない。

 お祖母さんの仏壇はキクチさんの家に作ってくれると言う。

 アタシはキクチさんに骨壺と遺影を渡して、お礼を言って帰宅の途に着いた。

 

 

 

「人って、いつかは死んでしまうものなんだね。だから精一杯生きないといけないんだよね」

 

 帰りのチャーター便でシンジはそう話し始めた。

 多分、あのお坊さんの受け売りの言葉なんだろう。

 火葬場に行く途中のタクシーの中で、そんな事を話したのか。

 

「そして死は突然やって来る。エヴァに乗っている僕たちは死と隣り合わせで使徒と戦っているんだ」

 

 シンジの言葉を聞いたアタシの中に、ある感情が沸き起こった。

 

「シンジ、帰ったら料理を教えてくれない? ……特に、お弁当の作り方とか」

「えっ、別にいいけど……お弁当を作りたい相手が居るの?」

 

 シンジは驚いた顔でアタシに尋ねた。

 

「そう、アタシはその人に日頃の感謝の想いを素直に伝える事にしたのよ。お弁当でね」

「そうなんだ……」

 

 シンジは多分、お弁当の相手は加持さん辺りなんだろうと思っているだろうけど……。アタシがお弁当を渡す相手は加持さんじゃないの。

 

「じゃあ、その代わりに女の子に渡すプレゼントにアドバイスをもらえないかな? 僕も素直になって告白したい女の子がいるんだ」

「分かったわよ、アタシも協力してあげる!」

 

 シンジがプレゼントを渡して告白したい相手って誰よ?

 ファースト? それともミサト?

 まあ、約束してしまったものはしょうがないわね。

 

 

 

 死んでしまってから後悔しては遅すぎる。

 明日からアタシは精一杯、素直な自分で生きる事に決めた。

 

 

 




 秋田弁の参考は以下のURLサイトを使わせて頂きました。
 感謝いたします。

 『恋する方言変換』
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(エヴァLAS結婚)幼馴染には戻れない

幼馴染のアスカとシンジが結婚する話です。

アスカ「ねえシンちゃん、キスしようか?」
シンジ「アスカちゃん、キスってなあに?」
アスカ「仲良くなるためのおまじない」

***二十年後***

アスカ「ママがどうしてもって言うから結婚してあげるんだからね!」
シンジ「分かっているよ、アスカ。一生君を大切にするよ」
アスカ「表向きは仲の良い夫婦を演じるの、分かった?」



 僕とアスカは、0歳の頃からの付き合いだ。

 父さんと母さんが勤めているネルフって会社の社員寮で、アスカの家と隣同士。

 文字通り家族ぐるみの付き合いをしているんだ。

 毎日遊ぶのも、僕かアスカの家のどちらか。

 あれは、5歳の時だったかな。

 初めてアスカとキスしたんだ。

 

「ねえシンちゃん、キスしようか?」

「アスカちゃん、キスってなあに?」

「なかよくなるためのおまじないってママが言ってたの」

「僕達はもうなかよしなんだからしなくても大丈夫だよ」

「やーだー、シンちゃんとキスするっ!」

 

 泣き出したアスカをなだめるために、僕はあわててキスをしたんだけど……。

 その時のキスは唇同士が触れ合うソフトなものだったんだ。

 でも僕達が高校生になった頃には……。

 ギュルルルルーッ!

 そんな効果音が聞こえて来そうな吸引力。

 掃除機のCMにも使えそう。

 アスカは僕の頭をしっかりホールドしているから、大魔王と同じで逃げられない。

 だから僕も、逃げるを8回選んでから会心の一撃をアスカに叩き込む。

 そうするとアスカは全身から力が抜けて行くんだ。

 吸われる方も弱いんだよね、アスカは。

 僕は脳内で「タタタターン、タッタ、タッターン」と勝利のファンファーレを流して口を拭く。

 

 

 

「さあシンジ、虫取りに行くわよっ! 数が少ない方がアイスおごるんだからね!」

 

 小学校の頃は、良くアスカと近所の森林公園に昆虫採集に行ったりした。

 インドア派で部屋で読書やゲームをするのが好きだった僕。

 だけど、アスカに半ば強引に外に連れ出されるのは嫌じゃなかった。

 麦わら帽子に長い虫取り網、タンクトップを着たアスカとは男友達のように遊んだ。

 

「今日は汗かいちゃった。ねえシンジ、一緒にお風呂に入ろうか。昔みたいに」

 

 一緒に山歩きをして帰るなりアスカは、そんな事を言い出した。

 

「それは……小さい頃の話じゃないか」

「そうよね……あの頃はアタシのここも、ペッタンコだったしね」

 

 アスカはそう言って、大学生になって盛り上がった自分の双丘を指差した。

 僕達はアスカの胸が膨らみ始めた時期から、一緒にお風呂に入らなくなった。

 

「分かっているのよ、アタシのおっきくなったここを見て、ここを大きくしてるの」

「……わざと揺らしていたんだろ」

「これだけ大きいと肩が凝るのよ。マッサージしてくれない?」

 

 アスカに挑発された僕は、漫画の主人公のように、アスカの経絡秘孔を突きまくった。

 そして次の日の朝、僕とアスカは同じベッドで目を覚ました。

 『おはようございます。ゆうべはお楽しみでしたね』

 そんな懐かしいセリフが頭の中に浮かんだ。

 

「アタシたち、もう幼馴染には戻れない所まで来ちゃったんだね」

「……そうだね」

 

 目を覚ましたアスカのつぶやきに、僕はそう答えた。

 こうなったら責任をとるしかないのかな、順番が逆になったけど。

 今度の司法試験に合格したら、アスカにプロポーズしようと僕は決意した。

 

 

 

 ……だけど、僕とアスカの行為は直ぐに露見してしまった。

 様子がおかしいと気付かれたアスカが両親に全て話してしまったらしい。

 僕はアスカから逆プロポーズを受ける事になってしまった。

 

「ママがどうしてもって言うから結婚してあげるんだからね!」

「分かっているよ、アスカ。一生君を大切にするよ」

「ちっとも分かってない!」

 

 どんなに強がってみても、僕にはアスカの気持ちが手に取るように分かる。

 いや、今の真っ赤になったアスカを見れば誰だって分かるんじゃないかな。

 

「表向きは仲の良い夫婦を演じるの、分かった?」

 

 アスカにそう言われた僕は、ちょっと意地悪をしてみたくなった。

 ずっとアスカが『表向き』になるように、アスカを知人の前に連れまわす。

 だからアスカはいつも明るい笑顔を見せなければならない。

 友達が少なかった僕だけど、様々な集まりに顔を出す事が多くなった。

 

 

 

 それでも僕とアスカは二人きりになる時がある。

 その時アスカは裏の表情を見せようと、わざとムスッとした顔を作る事がある。

 だけど僕がアスカの頭を撫でると、その頬は緩んでデレっとした顔になる。

 

 

 

 ……今日も可愛いよ、僕の奥さん(アスカ)

 

 

 

 

 




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LASとクリスマス Once bitten, twice shy/All I Want For Christmas Is You

 クリスマスが近づき、街は活気づく。
 しかしアスカは憂鬱そうにため息を付いていた。
 心配そうな顔で尋ねるシンジに、アスカは去年のクリスマスの話をする。
 アフターEOE・惣流アスカ。
 何番煎じか分からないネタです。


「はぁ……今年もクリスマスなんてイベントがあるのか」

 

 葛城家のリビングで、アスカは盛大なため息を吐き出した。

 テレビのニュース番組ではもう直ぐクリスマスだと、飾り付けで盛り上がる街並みを映している。

 今年のクリスマスは使徒の脅威から解放された事を祝して、ヤシマ作戦並みの電力を使って日本各地で盛大なイルミネーションが灯されるそうだ。

 ジェット・アローンの開発者だった時田シロウ博士は、『シリウス作戦』の陣頭指揮を執り一躍時の人となっている。

 

「ミサトも日本全体を明るくしよう何て言っちゃってさ。加持さんとイチャラブしたいだけじゃないの?」

 

 こういうお祭り騒ぎのような作戦は、ミサトが陣頭指揮を執りたがるものである。

 それを時田シロウ博士に任せるとは、自分が楽しむ側に回りたい魂胆が見え見えだった。

 赤木リツコ博士や伊吹マヤも陣頭指揮を辞退したと言うのだから、意中の相手が居るのは推して計るべきだろう。

 

「でもみんなで楽しく騒ごうって言うのは、良いと思うけどな」

「アンタ、変わったわね。前は大人数で集まるのは嫌がっていたじゃない」

「うん……だけどミサトさんの家で、トウジたちと騒ぐのも悪くないかなって」

 

 アスカが尋ねると、シンジは嬉しそうな顔でそう答えた。

 

「だから今年のクリスマスも、みんなで一緒に居れたら良いなと思ったんだけど……」

 

 シンジはそこまで言うと、ちょっと困った顔でごまかし笑いを浮かべた。

 葛城家でクリスマスパーティーをしようと思い、アスカとシンジは友人たちを誘ったのだが、体よく断られてしまった。

 家主の葛城ミサトは加持リョウジと、鈴原トウジは洞木ヒカリと、相田ケンスケは霧島マナとそれぞれ予定があると言う。

 意地になったアスカは内心気に食わないが綾波レイを誘ったが、渚カヲルと約束していると断られた。

 シンジも勇気を出して父親の碇ゲンドウに声を掛けたが、赤木リツコとスケジュールを組んでいた。

 すがる気持ちで誘った伊吹マヤも青葉シゲルと交際を始めたらしい。

 残るは冬月コウゾウと日向マコトだったが、ミサトに振られて傷心の日向マコトを励ます会になりそうなので避けた。

 (おまけに日向マコトは場の空気を盛り下げるジョークを言ったりする)

 

「もっとたくさんクラスで友達を作っておけば良かったね……」

「今更後悔しても遅いわよ」

 

 シンジはトウジたちの他のクラスメイトとは、顔と名前が辛うじて一致するぐらいの関係だった。

 アスカもヒカリ以外の女子とつるもうとはしなかった。

 中学を卒業するまでずっと仲良しで一緒に居ると思っていた友達が、いつの間にかバラバラになっている。

 

「こうしてみんな大人になって離れて行くんだね……」

 

 学校で聞いたカヲルの言葉が、シンジの頭の中に残っていた。

 

「少し寂しいけど、クリスマスだからって憂鬱になる事は無いと思うよ」

「アンタの去年のクリスマスはどうだったのよ」

 

 アスカに言われて、シンジは自分の伯父夫婦の家で過ごしたクリスマスの事を思い出した。

 シンジが小学生になった頃、伯父夫婦は庭にシンジの勉強部屋としてプレハブ小屋を入学祝いとして建てた。

 

「ありがとう、おじさん、おばさん、僕一生懸命勉強します」

 

 シンジは心にも無いお礼を言った事を覚えている。

 伯父夫婦の実の息子と娘が母屋のリビングで楽しそうに友達とクリスマスパーティーをしているのを、シンジはプレハブ小屋から掛け布団を被って感情を殺して眺めていたのを思い出した。

 

「去年はクリスマスだからって、特に変わった事は無かったよ」

 

 だからこそ今年のクリスマスは楽しいものを、と期待していたシンジだった。

 

「アタシはね、去年のクリスマス、加持さんに告白したの」

「えっ……そうなんだ」

 

 シンジはアスカの言葉に驚きはしたが、アスカならばそれぐらいの事はするだろうと納得した。

 

「ホワイトクリスマスが見たいってお願いしたら、加持さんはアタシをツークシュピッツェって山に連れて行ってくれたの。ロープウェイがあって、一歩も登らずに山頂まで行けるのよ。日本の富士山みたいに高い山」

「だから雪が積もっていたんだね」

「辺り一面雪景色で、恋人たちが過ごすのに最高の場所。だからアタシは手編みのマフラーを渡して、加持さんに大好きって告白したの」

 

 シンジはアスカが編み物などしている姿を一度も見た事が無い。

 最も、セカンドインパクトで常夏の気候となってしまった日本ではマフラーなど無用の長物だったわけだが。

 

「加持さん、ありがとうって笑顔で受け取ってくれたわ。アタシは加持さんに自分の気持ちが伝わったと思って嬉しかったわ。……でも」

 

 アスカはそこまで言うと、悔しそうな顔で拳を握り締めた。

 

「次の日、アタシはエヴァの起動実験が急に中止になって、加持さんの所へ驚かせようと思って黙って遊びに行ったの。そうしたら偶然、加持さんがミサトの編んだマフラーをして、ミサトと楽しそうに歩いていたのを見たのよ!」

「ええーーーっ!?」

 

 このアスカの話にはシンジもビックリ仰天した。

 アスカ本人では無くても大きなショックを受ける残酷な天使のテーゼだ。

 悪魔のような所業で無いと言うのなら反対意見を聞きたいところだ。

 

「それで……アスカはどうしたの?」

「アタシは逃げるように部屋に戻って、ベッドの中で泣き明かしたわ」

「……加持さんの事は嫌いにならなかったの?」

「心を開ける人間が周りにほとんど居ない中で、加持さんはアタシに優しくしてくれた。完全に嫌うなんて出来るわけないじゃない。でもその分、ミサトが憎たらしく思えたけど」

 

 シンジはアスカとミサトが親し気にしている反面、アスカがミサトに強い敵意を向けていた事に少し納得が行った気がした。

 アスカがミサトに反発していたのは、ミサトがアスカに直接酷い所業をしたからなのでは無く、リョウジを介しての事なのだと。

 

「アタシは妹のように振舞って、加持さんの気を引こうとしたけど、やっぱり本気の誘いには乗ってくれない。ミサトとはよりが戻ったみたいだし、アタシは恋に破れたのよ……」

 

 シンジはアスカが憂鬱になっている理由が分かった。

 しかしどうやってアスカを元気付けてあげれば良いのか、思い付かなかった。

 

「だから今年のクリスマスは、別の男に告白しようと思うんだけどね……」

「えっ、加持さんの他に好きな人が出来たの?」

「でも断られたらと思うと、怖くて告白出来ないのよ……」

 

 そう言うとアスカは両肩を抱いて身体を震わせた。

 シンジはアスカの言葉にショックを受けながらも、弱気になったアスカを励まさなければと思った。

 

「だけど告白してみなくちゃ、相手の気持ちが分からないと思うよ」

「一度傷ついたら、臆病になるのよ……断られたら、二度と顔を合わせられなくなるかもしれない……」

 

 アスカはそう言うと、シンジに身体を預けて来た。

 頼られた形になったシンジは、アスカを抱き締めようとして気が付いた。

 アスカが好きな相手が居るのならば、ここでアスカを慰めても自分が傷つく事になってしまう。

 

「そいつの側にずっと一緒に居たいのに、離れるなんて嫌なのよ……」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジの頭に閃くものがあった。

 もしかして間違っていたらアスカに嫌われるかもしれない。

 でも臆病になっているアスカに代わって自分が勇気を出さなければ。

 シンジは震えるアスカの背中に手を回して、耳元でそっと囁いた。

 

「僕も好きだよ、アスカ」

 

 アスカの身体の震えが止まった。

 ここは自分の方からアスカに告白するのが正解だったのだとシンジは安心した。

 

「でもアタシなんかのどこが好きになったの? シンジには散々ワガママ言っていたのに」

 

 あっ、その自覚はあったんだ、とシンジは思った。

 

「暗い僕の心に光をもたらしてくれたところかな。太陽に照らされた種が春になって自然に芽吹くように、いつの間にか僕もアスカに恋をしていた。それじゃあダメかな?」

「フン、シンジにしては上出来よ」

 

 アスカは上目遣いでシンジを見て微笑んだ。

 

「僕は……加持さんみたいにアスカを守れる強い男性になれたら告白するつもりでいたんだ。それまで待っていてくれるかどうか分からなかったけど」

「バカね、アタシはそんなに待っていられないわよ」

 

 そうアスカが言うと、シンジの表情が曇った。

 そんなシンジの手をアスカは力強く握る。

 

「アタシと一緒に、強くなればいいの!」

「……そうだね」

 

 シンジはそう答えてアスカをもう一度抱き締めた。

 

「急いでクリスマスプレゼントを用意しなくちゃいけないね」

 

 そう言って立ち上がろうとしたシンジをアスカは両肩に手を乗せて押し留めた。

 

「特別なクリスマスプレゼントなんて要らないわ。クリスマスに欲しいのはシンジだけ。お願い、ずっと側に居て。多くは望まないから」

「それぐらい、お安い御用さ」

 

 アスカとシンジはクリスマスには特別な事をしなかった。

 イルミネーションを見に外に出掛ける事も無かったし、高価なプレゼントを買いに走る事もしなかった。

 家主の居ない葛城家のリビングで、二人用のカードゲーム『バトルライン』やボードゲームの『クアルト』や『ガイスター』などを遊び、二人だけのクリスマスパーティーを楽しんだ後、テレビを見てのんびりと過ごすのだった。

 夜も更けたクリスマスの夜、アスカはシンジのベッドに潜り込んでセイヤを明かした。

 トウジやヒカリに尋ねられたシンジとアスカはこう答えた。

 

『今年は特別なクリスマスだった、きっと来年も楽しいだろう』と。

 

 

 

 

 

 おまけ超短編『恋人がサンタクロース』

 

 ミサト「シンちゃん、アスカちゃん。今夜8時くらいにサンタさんがお家に来るから良い子で待っててね♪」

 

 ミサトはそう言って幼稚園児のシンジとアスカにウインクした。

 そして夜8時になった頃、ユイと一緒に待っていたところにピンポーンと呼び鈴がなる。

 

 ユイ「サンタさんが来てくれたみたいね」

 コウゾウ「シンジ君、アスカちゃん、メリークリスマス。サンタさんからのプレゼントだよ」

 シンジ&アスカ「わーい」

 ゲンドウ「待て! そのサンタは偽者だ! 私こそが本物のサンタだ。……冬月先生、勝手な事をされては困ります」

 コウゾウ「私だって孫のように可愛がっている二人にプレゼントを渡す権利がある」

 シンジ「サンタさんが二人居る……どっちが本当のサンタさんなんだろう」

 ゲンドウ「子供の夢を壊すような真似は止めてもらいたい」

 

 ゲンドウはそう言うとコウゾウと取っ組み合いを始めた。

 

 シンジ「わーっ、サンタさんがケンカしている」

 コウゾウ「お前の方こそサンタのイメージを汚しているではないか」

 

 ピンポーン

 

 ミサト「お待たせ、お姉さんサンタが登場よん♪」

 シンジ「サンタさんはお爺さんじゃないの?」

 アスカ「アタシ、誰が本物のサンタクロースか知っているわよ」

 

 アスカの言葉を聞いた三人の動きがピタリと止まった。

 

 アスカ「幼稚園のお姉さんから聞いたわ。恋人がサンタクロースだって」

 

 そう言ったアスカは隣に立つシンジの頬にチュッとキスをした。

 

 ユイ「これは一本取られたわね」

 ゲンドウ&コウゾウ&ミサト「出直して来ます……」

 

 三人が玄関から立ち去った後には、クリスマスプレゼントの山が置いてあった。

 めでたしめでたし。

 

 

 




 名探偵コ〇ン並にカップルの大量発生です。
Once bitten, twice shy=一度噛まれたら、二度目は用心する(直訳)→傷ついたら、臆病になる(意訳)
 All I Want For Christmas Is You=恋人達のクリスマス(意訳)
 歌詞コードは念の為です。
 ボードゲームは
 『弐号機パイロット・惣流アスカの更迭』
 https://syosetu.org/novel/260390/
 ※バトルライン、人狼ゲームの解説あり
 『元エヴァ弐号機パイロット、女子高生アスカ・ラングレーの溜息、第18使徒・涼宮ハルヒの憂鬱(リメイク版)』
 https://syosetu.org/novel/273202/
 などでも登場させる予定です。

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2021年 式波アスカ誕生日記念短編『誕生日はアタシが決める!』

 第三村で、シンジは式波・アスカ・ラングレーの誕生日パーティーを開くために奮闘する。
 特別な事情で、自分の誕生日に無関心だったアスカの心が動かされた超短編です。
 ※シン・ヱヴァンゲリヲンの式波アスカの正体のネタバレを含みます。


「アタシの誕生日パーティーをするって!?」

 

 第三村のケンスケの家の中で携帯ゲーム機ワンダースワンでグンペイをプレイしていたアスカは、シンジに声を掛けられてもグンペイのパズルモードをクリアーするのに夢中になっていた。

 

「そう、アスカの誕生日は12月4日。さあ、みんなも待っているからトウジと委員長の家へ行こう」

「何を勝手にアタシの知らないところで決めているのよ! アタシが参号機に乗って使徒に取り込まれた時も、司令の殲滅命令に逆らって、アタシを助けようとしてさ!シンジの独断行為のせいでニア・サードインパクトが起きたのよ。……そりゃあ、アタシとしては嬉しかったけどさ」

 

 アスカは最後にボソッとそう呟いた。

 ワンダースワンの画面はGAMEOVERと表示されたまま固まっていた。

 

「アタシが参号機に乗ったせいで、ニア・サードインパクトが起きた。その犠牲になった第三村の人たちに誕生日を祝ってもらうなんておかしな話よ。いえ、この第三村に居る事でさえ重罪に値するわ」

「別にアスカが悪いわけじゃないよ。アスカが参号機に乗らなければきっと他の誰かが乗っていたよ」

「じゃあ、アタシ以外のヤツが参号機に乗っても、シンジは殲滅せずにパイロットを助ける事を優先した?」

「それは……分からないよ」

「だったらアタシのせいじゃないの」

 

 もはや自分を責めているのか、顔を赤くしてのろけているのか分からない。

 顔を赤くしたアスカはワンダースワンをベッドに放り投げてシンジと向き合った。

 

「それに……何でクローン体のアタシの誕生日を祝う必要があるのよ。12月4日は、オリジナルのアイツの誕生日なんでしょう?」

「僕にとって、アスカはアスカだよ。もちろん、僕の知っていた惣流・アスカ・ラングレーと別人だとは分かっている。僕たちは毎年あたり前のように誕生日を迎えられるけど、それでも誕生日をお祝いする意味があると思うんだ」

 

 栄養状態や医療が発達して平均寿命が大幅に伸びた現代、大昔のように無事に成長した事を祝う意味は薄れた。

 もっともクレイディトの封印柱に守られた狭い空間でしか生きられず、食べるのにも困る苦しい生活を送っている現在となってはそうとも言えないが。

 

「僕は、アスカがこの世に生まれて来てくれた事だけでも嬉しいと思っている」

「試験管ベイビーのアタシでも?」

「こうして心を持って話したり出来るし、普通の人間と変わらないじゃないか」

「肉体的に歳を取らないアタシたちを見て、化け物だと思うヤツも居るわよ」

「でも、ケンスケは違うじゃないか。トウジたちもきっと受け入れてくれるよ」

 

 化け物だと思っている相手を自分の家には住まわせない、それはアスカにも分かっていた。

 

「そして、こうして誕生日をお祝いすれば、来年も誕生日を迎えるために頑張ろうって気持ちにはなれないかな? これから僕たちは、父さんたちに命懸けの戦いを挑むんだからさ」

 

 シンジのその言葉をアスカは否定しなかった。

 今は穏やかな時を過ごして居るが、次にヴィレの旗艦ヴンダーが第三村に寄港した時、自分たちは最終決戦の場へと旅立つのだ。

 

「それに……アスカの誕生日って特別な日だから、僕はこうしてアスカに自分の素直な気持ちを伝える事が出来たんだと思う」

 

 14年振りの再会の後、色々な事があってアスカとシンジは第三村に漂着した訳だが、二人の間にはどことなくぎこちない空気があった。

 アスカは罪悪感からか、いつも固くて暗い表情で、笑顔を見せる事はなかった。

 シンジもそんなアスカを見て、傷つけたくない、嫌われたくないと、当たり障りのない話しかしてこなかった。

 

「僕がトウジたちと一緒にアスカの誕生日パーティーしたいと思ったのは、アスカが第三村の人たちと話をする機会を作りたかったんだ」

「アタシは別に……独りでも構わない。どうせこの村から出て行くんだし、余計なお節介よ」

「だけど……帰って来れる可能性だってある。決戦に行く前に、委員長と話しておきたいとアスカは思わないの?」

 

 シンジに言われたアスカは即座に否定できずに、グッと言葉に詰まった。

 誰だって一人はちょっと寂しい。

 だからシンジとケンスケだけでも話し相手が居てくれる事は嬉しかった。

 本当に孤独を好むのならば、物を食べる必要の無いアスカはずっと一人で隠れていても良いのだ。

 

「分かったわよ、アタシの負け。行けばいいんでしょ?」

 

 アスカが不貞腐れた顔でそう言うと、シンジは困った顔でアスカを諭した。

 

「アスカ、誕生日をお祝いしてもらうんだから、そんな拗ねた顔をしてちゃダメだよ」

「分かったわよ、【笑顔のあたしが最高!】って事ね!」

 

 そう言ってアスカが笑顔になると、シンジも安堵の笑みを浮かべた。

 シンジとアスカは手を取り合って、トウジとケンスケ、ヒカリと父親のブンザエモンと娘のツバメ、アヤナミレイと第三村の婦人たちが待つ家へと向かうのだった。

 

 

 




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2021年クリスマス(式波)LAS短編「14年目のクリスマス・イヴ」

 14年目の孤独なクリスマス・イブを迎えようとする、式波・アスカ・ラングレー。
 彼女に届けられた14年越しのシンジからのクリスマス・プレゼントの話。


 第三村の外れにある、相田ケンスケの家。

 そこに滞在している式波・アスカ・ラングレーはベッドに腰掛け、赤いS-DATで何かを聴いていた。

 

「アスカ、またそいつを聴いているのか」

 

 ケンスケに話し掛けられても、アスカはケンスケをチラッと見ただけで、イヤホンを外そうとしなかった。

 

 『真っ赤なお鼻のトナカイさんは

  何時も皆の笑い者

 

  でもその年のクリスマスの日

  サンタのおじさんは言いました

 

  暗い夜道はピカピカの

  お前の鼻が役に立つのさ

 

  何時も泣いてたトナカイさんは

  今宵こそはと喜びました』

 

 アスカが聴いていたのは、シンジの歌う『赤鼻のトナカイ』の歌だった。

 今から14年前のクリスマス・イブ、葛城家で行われたクリスマス・パーティ。

 余興に歌でも歌おうかと言う話になり、シンジは歌詞を覚えている歌はこれしかないと、赤鼻のトナカイを歌ったのだった。

 そのシンジの歌う赤鼻のトナカイを、アスカはクリスマス・プレゼントにもらったばかりの赤いS-DATに試しに録音していたのだ。

 

「あれから、14年も経つんだよな」

 

 ケンスケはそう呟くと、アスカの隣に腰を下ろした。

 そのタイミングでカシャンとS-DATから異音が発生すると、アスカはイヤホンを外した。

 

「ケンケン、また壊れた。直して」

 

 アスカにそう言われたケンスケは深いため息を吐き出した。

 S-DATの修理部品はニアサードインパクトの前のように店で買うわけにはいかない。

 ケンスケがゴミの山から部品を自作して修理しているのだ。

 今までケンスケはアスカに頼まれたら断ろうとしなかった。

 しかし、クリスマスイヴを目前に控えたこのタイミングに運命のような物を感じたケンスケは、アスカに話を切り出した。

 

「なあアスカ、もう俺たちはあの頃には戻れない。碇シンジはもう……居ないんだよ」

「違う! まだここに居る。直してよ、ケンケン」

 

 アスカはそう言ってベッドの上にある赤いS-DATを指差した。

 毎年ひとりぼっちのクリスマス・イブを過ごす時、アスカはこのS-DATに録音されていたシンジの歌声を聴いて心を慰めていたのだ。

 懇願しても動こうとしないケンスケに、アスカは肩を落とした。

 

「そうね、ケンケンの言う通り、帰って来ないアイツにさよならを言う時かもね」

 

 納得したような表情でアスカが言うと、ケンスケはホッと安心した様子で息を吐き出した。

 これで止まっていたアスカの心の時計は前に進み出すだろう。

 

 

  

「真っ赤なお鼻のトナカイさんは 何時も皆の笑い者」

 

 その時、風に乗るようにアスカとケンスケの耳にシンジの歌声が届いた。

 赤いS-DATは壊れたまま、沈黙を守っている。

 

「でもその年のクリスマスの日 サンタのおじさんは言いました」

 

 では今聞こえているシンジの歌声はアスカの願望が招いた幻聴なのか。

 しかしその歌声はケンスケにも聞こえている様子だった。

 

「暗い夜道はピカピカの お前の鼻が役に立つのさ」

 

 そのシンジの歌声は家の外から聞こえてくるようだ。

 顔を見合わせたアスカとケンスケは家を飛び出した。

 

「何時も泣いてたトナカイさんは 今宵こそはと喜びました」

 

 暮れなずむ村の大きな木の下に、帰りを待ち続けた少年が笑顔で立っているのがアスカには見えた。

 

「メリークリスマス。ただいま、アスカ」

 

 

 

 

 

 

 おまけ超短編『クリキャン』

 

 人工進化研究所で働くゲンドウに、ユイからの電話があった。

 

 ゲンドウ「クリキャンだと? 分かった」

 

 コウゾウはゲンドウの肩にポンと手を置く。

 

 コウゾウ「私もクリスマスの予定は空いている。よし、一緒に酒でも飲もう」

 

 ゲンドウは困惑した顔でコウゾウを見る。

 

 ゲンドウ「先生、クリスマスは家族で過ごす予定がありまして……」

 

 コウゾウ「何? 今の電話はクリスマスがキャンセルと言う話ではないのか?」

 

 ゲンドウ「先生、クリキャンとはクリスマス・キャンプの略です」

 

 コウゾウ「そうか……私の勘違いだったようだな」

 

 ゲンドウ「先生、シンジにプレゼントを渡すサンタクロースの役をお願いできませんか」

 

 コウゾウ「碇、気を遣ってくれてすまんな」

 

 

 




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2022年1月1日記念LAS短編『ファースト・レディ』

 旧劇場版のあの赤い世界で、シンジがアスカに告白する話です。
 『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』をベースとしています。


「知らない空だ……」

 

 目を覚ましたシンジの目に飛び込んで来たのは、見た事も無い紫色に染まった満面の星空だった。

 後頭部に感じるザラザラとした感触から、自分は砂の上に横たわっているのだと分った。

 握り締めた白い砂が指の間から零れ落ちる。

 打ち寄せる波の音以外何も物音は聞こえない。

 

「母さん……さようなら。僕は自分の幸せを見つけてみるよ」

 

 シンジは虚空に向かってそう呟いた。

 こうして再び生きる気力を取り戻せたのは、初号機に宿っていた母親の願いを聞いたからだ。

 自分の力不足のせいで、守るべきものを全て失ってしまったと絶望の淵に沈んでいたシンジは、母親の「幸せになるチャンスはまだ残って居る」と言う言葉に救われたのだった。

 身体を起こして辺りを見回すと、首や腕が千切れた白いエヴァ量産の成れの果てが直立しているのが見えた。

 遠くにはオレンジ色の海に沈みかけたビルの残骸がある事から、シンジは先程まで体験した出来事が全くの夢だったのではないと自覚した。

 

「あれは……アスカ?」

 

 シンジはオレンジ色の海に木の葉のように漂う、赤いプラグスーツを着たアスカの姿を見つけた。

 どうしてアスカがあそこに居るのかは分からない。

 しかしシンジはこれが母親の言っていた幸せになるチャンスなのだと思った。

 このままアスカが波にさらわれるのを見ているわけにはいかない。

 今度こそ手遅れになる前にアスカを助けなければ。

 泳ぐのが苦手だとは言ってられない。

 シンジは不格好な犬かきでアスカに向かって進んだ。

 幸運だったのは、LCLの液体は普通の海水より密度が高く、シンジは大きな浮力を得る事が出来た事だ。

 シンジは体力の続く限り、アスカを追いかけた。

 波間に漂うアスカとの距離が近づくにつれ、力が湧いて来る。

 自分は心の底からアスカを求めているのだと、シンジは自覚するのだった。

 

「アスカっ!」

 

 シンジが肩を抱いてアスカに呼び掛けると、アスカは薄っすらと目を開いた。

 アスカに息がある事を知ったシンジは喜び勇んで岸へと向かおうとした。

 しかしシンジは泳ぎが得意では無かった。

 人を抱いて泳ぐなど、前に進めるかどうか怪しいものだった。

 

「まったく世話が焼けるわね。大人しくアタシにつかまってなさい!」

 

 今度はアスカが岸に向かって頑張って泳ぐ番だった。

 シンジと言うお荷物を抱えながらだから、面倒な事この上ない。

 しかし自分を助けようとしたシンジを放り出すわけにはいかず。

 泳いでいる間、アスカは必死でシンジの事を気に掛ける余裕は無かった。

 シンジはそんなアスカの顔をずっと見つめていた。

 輝きを取り戻したアスカの瞳を見ていると、胸が熱くなるのをシンジは感じた。

 白い砂浜にたどり着いた後、アスカは四つん這いで息を荒くしていた。

 

「アンタ、気持ち悪いのよ」

 

 腰を下ろした体勢のシンジを睨みつけたアスカが呟くと、シンジは困惑した表情になった。

 また自分はアスカを傷つけてしまったのかとシンジは後退りをした。

 

「ずっーとニヤニヤしながらアタシの顔を見てるからよ!」

「ごめん、アスカが無事だったのが嬉しくて……」

「無事!? あんな目に遭わされたってのに!?」

 

 シンジの言葉を聞いたアスカは口を尖らせてシンジに詰め寄った。

 エヴァ量産機の攻撃を受けてぐちゃぐちゃになった弐号機が無事だとは言い難い。

 

「……まあアタシを助けに泳いで来たんだから、アンタにしては頑張った方ね」

 

 そう言ってアスカは表情を緩めると、シンジはホッと胸を撫で下ろした。

 好意的な笑顔を向けて来るアスカを見て、シンジは今、良い雰囲気なのでは?と思った。

 

「……アスカ」

 

 アスカに自分の気持ちを伝えるタイミングは今しかないとシンジは表情を引き締めた。

 

「何よ?」

 

 怪訝な顔でアスカは表情を変えたシンジを見つめた。

 

「僕の最初で最後の女性になって下さい!」

「はぁっ!? な、何を突然言い出すのよ!?」

 

 シンジが勇気を出してそう言うと、アスカは顔を真っ赤にして腕をブンブンと振った。

 玉砕覚悟の告白は、門前払いとはならなかったようだ。

 

「人の愛し方とか分からない僕だけど……アスカが好きって気持ちは本物だから」

「アタシがアンタの最後の女性になるかどうかは怪しいもんね」

「そんな事無い、アスカを一生大事にするよ!」

「まあ、アタシたち二人の他に誰も居ないなら浮気のしようもないか……」

 

 アスカは廃墟となった辺りを見回してそう呟いた。

 この世界の片隅に居るのは自分たち二人だけかもしれない。

 それでも僅かな可能性を探って、二人は手を繋いで白い砂浜を歩き始めた。

 瓦礫の山となった第三新東京市を離れれば、無事な建物もあるかもしれないと考えたのだ。

 

「もし他に誰も居なかったら、シンジが王様ね。アタシはファースト・レディか、それも悪くないわね」

 

 当ての無い旅路だが、二人の表情は明るかった。

 

 

 

 

 

 

「……何かヘンな夢見た」

 

 アスカはそう言ってベッドから体を起こした。

 きっと変な夢を見たのは昨日シンジと一緒に観た『新世紀エヴァンゲリオン』と言うアニメのせいだとアスカは思った。

 夢の中だとはいえ、シンジに告白されたアスカの胸はドキドキしていた。

 今までアスカはシンジの事を隣に住んでいる腐れ縁の幼馴染としか思っていなかった。

 そんなアスカの意識を変えたのは、転校生としてやって来た綾波レイだった。

 レイと親しくするシンジの姿を見る度にアスカの胸はチクリと痛むようになった。

 シンジはレイの事をどう思っているのだろう。

 アタシはシンジの最初の女になれるのだろうか……。

 

 「ヤバっ、もうこんな時間!?」

 

 そんな事を考えていたアスカは目覚まし時計を見て焦った。

 あの寝坊助シンジを遅刻しないように起こすのは自分の役目だ。 

 アスカは大急ぎで着替えるのだった。

 

 

 




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2021年クリスマス記念LAS短編「はるかな11月21日のバウムクーヘン」

シンジとアスカがアスカの母親の病気を治すために医師になる話です。
※好きな曲を聴きながら好き勝手に書いたLAS短編です。
※2021年は間違いでは無いです。


1.《あるときある街いつもと同じ並木通りで》

 

 僕は碇シンジ、第三新東京市の第壱中学校に通う中学二年生だ。

 毎日、並木通りを通学路として通っているんだけど、そこで僕は後ろから走って来た女の子とぶつかってしまった。

 

「どいて、どいて~! どきなさ~い!」

 

 僕は避けきれずにその走って来た女の子とぶつかってしまった。

 

「痛た~ぁっ! どいてって言ったでしょう!?」

 

 その金色の髪をした女の子は僕の通っている第壱中学校と同じ制服を着ていた。

 見た事無い子だなと僕は思った。

 女の子は股を開いて倒れている事に気が付いてサッと手でスカートを押さえた。

 

「アンタ、スカートの中見たでしょう?」

「み、見てないよ?」

 

 その女の子は僕の腕をつかんで僕の腕時計を見ると、急いでいる様子で学校の方へ走り去って行った。

 まるで漫画でよくある転校生と出会う話だなと僕は思った。

 

 

 

2.《誰もが遠のくものばかりを夢見るけど》

 

 転校生と言えば、先月転校して行ってしまった綾波の事を思い出した。

 読書と言う趣味が合って、放課後は図書室で毎日のように一緒だった。

 僕は綾波の事が好きだったかどうかわからなかった。

 ずっと一緒に居る事が当たり前だと思っていたからだ。

 でも、こうして遠く離れてしまうと、また夢でも逢えたらいいなと思ってしまう。

 綾波とは手紙を出し合う約束をしたけど、だんだんと手紙を出す頻度が少なくなって行った。

 

 僕は学校で席が隣同士になったあの転校生の女の子、惣流アスカに誘拐された。

 不慣れな学校を案内して欲しいと、僕はアスカに学校中を連れまわされた。

 委員長の洞木さんも居るのに、どうして僕に頼むのだろう。

 アタシのパンツを見た償いよ、と言われると僕は断り切れなかった。

 アスカはみんなの目を注目を浴びるほどスタイルも良くて可愛い女の子だ。

 ドイツ人のクォーターだと言うアスカは綺麗な青い目をしていた。

 僕もそんなアスカの姿に見惚れてしまった。

 

 

 

3.《それは春の日の淡い日差のように》

 

 アスカが転校して来たのは、春の日の淡い日差しが降り注ぐ、一学期の祖業式の日だった。

 アスカのお父さんがなるべくクラスに溶け込めるように気を遣ってくれたのだとアスカは話してくれた。

 僕は自然とアスカの手を優しく握るようになっていた。

 そんな僕とアスカの見たクラスメイトたちは、机に相合傘の落書きをするとか、僕たちの仲をからかうようになった。

 

 

 

4.《あふれる想いに君の笑顔が揺れてる》

 

 ある日僕はアスカに近所の公園へと呼び出された。

 公園の池の前で待っていたアスカの表情は暗いものが浮かんでいた。

 

「シンジ、アンタもやっぱりアタシと居ると格好が付くから一緒に居るの?」

 

 怒った顔をしたアスカに詰問された僕は驚いた。

 アスカの話によれば、今まで自分に優しくして来た男子は、アスカの外見に惹かれただけの人間ばかりだったと言う。

 僕もアスカの外見しか見ていないのでは、とアスカは僕を責めているのだ。

 どうして突然そんな話になったのか。

 僕とアスカの仲を妬んだクラスメイトが、アスカが転校してくる前に僕と綾波が親しかったのを告げ口したらしい。

 綾波とアスカとは性格も違う。

 いつも名字で呼び合う控えめな綾波と、名前で呼び合うアスカは月と太陽みたいだ。

 

「ねえ、本当の所はどうなのよ!」

 

 アスカは僕の前から身体を逃がして、僕に背中を向けて池の前に座り込んだ。

 池にはアスカの流した涙が雫となって落ち、水面に波紋を広げる。

 

「僕はアスカが好きだよ! まだ会ってそんなに時間は経ってないけど、明るいようで実は寂しがり屋で、勝ち気でプライドが高いように見えて、本当は優しいアスカが!」

 

 僕はアスカに分かってもらえるように、さらに具体的な説明を続けた。

 日が暮れた公園で寂しそうな顔をして独りでブランコに乗っていたアスカ。

 中学生にいじめられていた小学生を助けた後、ハンカチを差し出して傷の手当てをしてあげたアスカ。

 おばあさんを背負って横断歩道を渡っていたアスカ。

 僕は学校が休みの日、学校では見た事の無いアスカの一面を見ていたんだ。

 

「アンタ、アタシをストーキングしてたの?」

「偶然だよ! だって家が近いからしょうがないじゃないか!」

 

 またアスカは涙を流し始めて、僕は焦った。

 アスカの落とした雫は水面にいくつもの波紋を広げている。

 でも僕はアスカの涙を止める必要が無いことに気が付いた。

 池の水面に映し出された揺れるアスカの顔は、嬉しそうな笑顔だったからだ。

 

 

 

5.《君の小さな夢》

 

 僕とアスカの仲を引き裂く作戦が失敗したからなのか、ちょっかいを出して来る学校の人たちは居なくなった。

 アスカも大量のラブレターや告白を断る手間が省けたと上機嫌だ。

 毎日のように堂々と登下校をするようになった僕とアスカは色々な事を話した。

 その中で多くの話題を占めるようになったのは、僕と母さんの事だ。

 学校のある日は毎朝僕を迎えに来るようになって、母さんと嬉しそうに話す。

 あまり鋭いとは言えない僕も気が付いてしまった。

 

「……アスカはお母さんと一緒に暮らしたいんだよね」

「うん、別にパパが嫌だって訳じゃないのよ。でも、お医者さんが言うにはママの病気は難しい病気なんだって」

 

 いつか母親が退院して同じ家で暮らす、それがアスカの叶えたい小さな夢なんだろう。

 僕は当たり前のように母さんと父さんと暮らしている。

 アスカの夢が早く叶うように僕は祈った。

 

 

 

6.《しまった扉の鍵が開かない》

 

 そのまま僕とアスカは順調に交際を重ねて、結婚が出来る年齢になった。

 だけどアスカは学生結婚は早いと言って僕との同棲生活すらも拒んでいる。

 自分が出て行けば、アスカのお父さんは家で一人になってしまう。

 僕が惣流家に婿入りすると言う手もあるけど、アスカはシンジにそこまで迷惑を掛けられないと拒否している。

 本当はアスカも僕と結婚したいと言外に匂わせているのは感じている。

 固く閉ざされたアスカの心の扉を開く事は僕には出来ないのだろうか。

 

 

 

7.《それは君の手にそっと還りつくだろう》

 

 でも僕も何もしないわけには行かない。

 僕は雪が舞い散る冬空の下で、手袋越しにアスカの手を握って医学の道を志す事を決意した。

 アスカのお母さんを、アスカの家へと帰すためだ。

 

 

 

8.《あふれる願いに君の笑顔を重ねて》

 

 クリスマスイヴの夜、僕はアスカの家に食材を持ち込んでクリスマスを祝う夕食会をした。

 バウムクーヘンを食べながら、明るい窓辺から遠い夜空を眺めていた僕は、話す機会をうかがっていた。

 そしてアスカに、僕もアスカのお母さんの病気を治すため、医学の道に進むと打ち明けた。

 

「シンジ……本当にいいの?」

「僕がやりたくてやっているんだ、構わないよ」

 

 僕とアスカは同じ願いを持つ同志となった。

 その時の輝くようなアスカの笑顔に、僕は希望を重ねた。

 

 

 

9.《やがて鐘が鳴り花の色が変われば》

 

 僕とアスカが勤めている病院に、近くの教会の鐘の音が聞こえて来る。

 時計を見ると、もう昼の12時だった。

 何かに熱中していると時間が経つのは本当に速く感じる。

 初夏にはグレーだった鉢植えのニチニチソウも、秋口の今はブルーへと変わっている。

 光陰矢の如しだった。

 あれから血の滲むような努力をした僕とアスカは、アスカのお母さんの病気を治すどころか、他の難病の治療法も確立してしまった。

 エジソンは1%の閃きが大事だと話していたらしいけど、もっと努力より閃きのパーセンテージは多いんじゃないかと思う。

 それとも辛辣な言い方になるけど、エジソンが『本当に』話していた通り、1%の閃きを持たないで99%の無駄な努力をしていた人が多かったのか。

 僕とアスカは期待の新人ともてはやされたけど、ただ本当に今までと違う治療法を閃いただけなんだ。

 

 

 

10.《あふれる光は君の笑顔を照らして》

 

 でもアスカのお母さんを治す事が出来たのは僕だけの力じゃない。

 同じ医学の道を志す仲間たちの力が不思議な力に導かれるように一つになったからこそ出来たんだ。

 そしてまた、新しい治療法が生み出されて行く。

 僕が自分の診療室の窓を開けると、病棟から出て来たアスカがこちらを見上げている。

 

「シンジーっ! 一緒にご飯食べよう! 中庭で食べると気持ちいわよ!」

 

 一番高い位置にある太陽の光は、アスカの笑顔を照らしていた。

 

 

 




《》の部分が歌詞の一部引用です。
歌詞の全文はググって下さい。
タイトルの2021年と11月、バウムクーヘンがヒントです。

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LASの日短編 同棲同名 She saw編(式波リメイク版)

 新劇世界のアスカと学園世界のアスカが同居する事になる話。
 タイトルのネタ元は『同棲同盟』から拝借しました。
 
 ※リメイク版となるように、同居しているアスカを式波・アスカ・ラングレーに変えてみる試みをしました。
 LAAS版は2月23日になると思います。


 早朝の葛城家のキッチンで、早起きしたシンジは自分とアスカとミサトの分のお弁当、そして朝食を作っている。

 そこまでは葛城家のいつもと変わらない日常の光景だった。

 

「うぁぁぁぁっ!」

 

 シンジの料理の音以外は物音のしなかった、静かな葛城家にアスカの悲鳴が響き渡った。

 

「どうしたの、アスカ!?」

 

 シンジがアスカの部屋に駆けつけると、そこには何とアスカが2人居た。

 片方の(式波)アスカはシンジがいつも見慣れたキャミソールに赤と白のストライプのショーツを着ている。

 もう片方のアスカは、サルのキャラクターが模様となっている子供っぽいパジャマを着たアスカだった。

 

「アンタの製造番号は? アタシ以外のクローン素体は廃棄されたはずよ?」

「はぁ!? 何言ってるの? 世界には似た顔の人間が三人居るって話だけど、あんたSFアニメの見過ぎで頭がおかしくなっているんじゃないの?」

 

 式波アスカの方は脂汗を流して、突然現れたアスカを睨みつけている。

 もう片方のヘッドセットを頭に着けていないパジャマアスカは式波アスカを変なヤツだと呆れて見下しているようだった。

 

「もしかして、アタシのオリジナル!? アタシを消しに来たのね!」

 

 恐怖に駆られて冷静さを失った式波アスカは、もう一人のアスカにタックルして押し倒すと、馬乗りになって両手で首を絞め始めた。

 

「せっかくアタシが一番になったのに! 返り討ちにしてやる!」

「く、苦しい……助けて……シンジ」

 

 首を絞められているアスカが苦し気にシンジに向かって手を伸ばすと、シンジは全力で式波アスカに体当たりした。

 シンジの渾身のタックルで式波アスカの両手はアスカの首から離れた。

 思い切り咳き込むアスカ。

 

「シンジ、アタシの邪魔をする気?」

「何が原因か分からないけど、アスカが誰かを傷つける事なんてさせられないよ!」

 

 シンジはパジャマ姿のアスカを庇うように立ち塞がると、アスカに声を掛けた。

 

「君の名前は?」

「惣流・アスカ・ラングレー。アタシの事、分からないのバカシンジ?」

 

 シンジに名前を尋ねられたパジャマ姿の惣流アスカは、青い目を泳がせるほど動揺した。

 

「君がアスカだって事は分かるんだけど……」

「惣流!? やっぱりアンタはアタシのオリジナルじゃないの!」

 

 式波アスカが惣流アスカに危害を加えようとするのを、シンジは身体を張って守った。

 アスカの部屋のドアが開いたまま、こんなにドタバタと騒いでいれば、ちゃんとドアを閉めないで寝てしまっていたミサトも物音に気が付いて目が覚める。

 お腹をボリボリとかきながらミサトはアスカの部屋へと向かう。

 

「朝から寝床で運動会なんて、ハッスルし過ぎよ二人と……も……」

 

 冗談を言いながらアスカの部屋の中を覗き込んだミサトは言葉を失った。

 部屋の中にはアスカが2人も居たからだ。

 

「あたし、まだ酔っているのかしら。アスカが二人に見えるんだけど」

「事実なんですよミサトさん! 式波を止めて下さい!」

 

 シンジの叫びに状況を把握したミサトは、式波アスカを取り押さえた。

 これでやっと落ち着いて話が出来る。

 

「何でミサトが朝からあたしの家に居るの? それにママとパパは?」

 

 惣流アスカが発した第一声を聞いて、ミサトは「オリジナルのアスカ」とは違うと直感した。

 式波アスカのようなクローン素体が他に存在するとも、いきなりアスカの寝室に侵入できるとも思えない。

 

「アスカ、あなたの話を聞かせて? ご両親の事とか、シンジ君の事とか」

 

 ミサトに促されて、惣流アスカは心細い表情をしながらも、自分の置かれていた環境について話し始めた。

 惣流アスカとシンジの両親は健在で、家はコンフォート17の隣同士で家族ぐるみの付き合いをしている事。

 ミサトやリツコたちはアスカたちの通う中学校の教師。

 惣流アスカはシンジが寝坊して学校に遅刻しないように起こしに行ってあげている。

 自分が服装の乱れを直したり、世話を焼いてやっている幼馴染の腐れ縁のバカシンジだと惣流アスカは話した。

 そしていつものように寝て起きたら、自分とそっくりな姿の悪魔に襲われたのだと身体を震わせながら話したのだった。

 

「母さんが生きていて、僕がアスカに世話を焼いてもらっている、そんな幸せな世界があるんだ……」

 

 シンジは惣流アスカの話を聞いて、目を潤ませていた。

 

「フン、何を泣いているのよ、ガキシンジ」

 

 式波アスカは惣流アスカの話を聞いても、感傷は湧かなかった。

 両親の事など、考えた事も無かった。

 

「とりあえず、同じアスカだと区別が付かないから、バカアスカとガキアスカで……」

「「却下」」

 

 式波と惣流の意見は一致して、ミサトの案は却下され、式波と惣流で区別する事になった。

 

「私の考えだと、並行世界の惣流がこの世界の片隅に迷い込んでしまったって所ね」

「並行世界なんて、科学的に証明されていない話じゃない」

 

 式波アスカは呆れた顔でそう呟いた。

 まだ式波アスカは惣流アスカが自分への脅威になるのではないかと疑っている。

 脅威と言えば……式波アスカは惣流アスカのふっくらとした胸囲や二の腕の筋肉の付き方を見て、一般人とほとんど変わらないと観察していた。

 これならば幼い頃から格闘訓練を受けた自分なら襲われても返り討ちに出来ると式波アスカは惣流アスカを直ぐに排除する考えを止めた。

 動揺が収まっても大きな不安を抱えているのは惣流アスカの方だった。

 同じ部屋に居る三人は姿形は知っていても、惣流アスカにとっては別人だ。

 特に式波アスカは血走った眼をして本気で自分の首を絞めて殺そうとした。

 今は落ち着いているようだが、見つめられただけで恐怖が蘇って来る。

 

「式波、惣流さんを安心させるためにも、もう乱暴な事をしないと約束しなよ」

「分かったわよ、シンジ」

 

 その様子を見て、惣流アスカは式波アスカがこの世界のシンジの事を好いているのだなと思った。

 式波アスカに向かってキリッとした表情で意見を言えるシンジも自分の知っている頼りないシンジとは違う。

 きっとここに居るミサトも自分の知っている陽気な体育教師のミサト先生とは違うんだろうなと思うと、惣流アスカは自分が世界で独りになってしまったのだと急に胸が締め付けられる思いがした。

 さらに毎日当たり前のように顔を合わせていた愛しい母親が居ないと悟ると、惣流アスカの涙腺のダムは崩壊を迎えた。

 

「ママ……」

 

 そう呟いて涙を流す惣流アスカを、シンジとミサトは同情に満ちた視線で見つめた。

 

「この泣き虫、アタシと同じ顔をしているのに泣かれると、気分が悪いんだけど!」

「式波、惣流は突然独りになって心細いんだ。君にだってわかるだろう?」

「アタシは元から独りだったわよ……」

 

 シンジに窘められた式波アスカは顔を背けて部屋から出て行った。

 ミサトとシンジは式波アスカの事も気になったが、惣流アスカをフォローする方が先だと思った。

 

「惣流ちゃん、安心して。私はどんな事があってもあなたの味方だから」

 

 ミサトがそう言って惣流アスカを抱き締めると、アスカの嗚咽は収まった。

 

「僕も惣流さんの助けになりたいと思っているからさ」

 

 シンジが惣流アスカに笑顔でそう言うと、惣流アスカは顔を赤らめてはにかんだ笑顔を見せた。

 幼馴染のバカシンジがこんなに頼もしい表情を見せた事は無いと思ったからだ。

 でもこのシンジは『あたし』の『バカシンジ』じゃない。

 『アイツ』の『ガキシンジ』なんだと惣流アスカは自分に言い聞かせて、シンジに寄りかかるのは止めた。

 

「二人にお姫様みたいに扱われて、惣流さんは良い御身分ね」

 

 式波アスカは部屋の外から惣流アスカに向かって皮肉を言い放った。

 

「式波ちゃんがヤキモチ焼いちゃってるわね」

「安心しなさい、あんたのシンジは寝取ったりしないから」

「何を言ってくれちゃってんのよ!」

 

 ミサトと惣流アスカがニヤケ顔でそう言うと、式波アスカはツンとして顔を反らした。

 このままアスカの部屋に居ても仕方が無いと、ミサトたちもリビングに出る事にした。

 式波アスカ、シンジ、ミサト、惣流アスカの順番でリビングのソファに座る。

 ミサトが両足を伸ばして寝れるだけの大きさのソファを選んだ事もあって、四人で座る事が出来た。

 

「それでミサト、これから惣流をどうするつもりなの? ネルフにバレたら大事になるわよ」

 

 式波アスカが単刀直入に問題提起をした。

 気に入らないとは口では言いながらも惣流アスカの事を心配はしているらしい。

 

「多分、式波ちゃんが思ったように、オリジナルのアスカだと思って混乱を起こすでしょうね。別世界から来た惣流ちゃんだと納得させられたとしても、ただで済むとは思えない」

 

 ミサトはゲンドウならば予備のパイロットとして隣に居る惣流アスカを利用するかもしれないと思った。

 

「あたし、モルモットにされるなんて嫌よ!」

 

 惣流アスカはグッと腕に力を込めてミサトにすがり付いた。

 

「それじゃあ惣流さんをずっとこのままこの家に匿うしかないんですか?」

 

 3LDKの間取りの葛城家の空間だけが世界の全て。

 朝陽を浴びなければ人間はおかしくなってしまう。

 シンジにはそんな惣流アスカが哀れすぎると思った。

 

「うーん、加持に頼んでネルフの目の届かない場所に逃してもらうか……」

 

 リョウジは戦略自衛隊の少年兵、霧島マナを死亡した事にして逃亡させた実績がある。

 もっとも、ネルフも戦略自衛隊も利用価値の無くなったマナを必死に探さなくなっただけで現在も発見されていないだけなのだが。

 

「姑息な一時しのぎの手だけど、いい方法があるわ。アタシと惣流が入れ替われば、惣流は外に出れるじゃない」

「式波、あんたそれで良いの?」

 

 式波アスカの提案に、惣流アスカは驚いて尋ねた。

 そんな事をするメリットが式波アスカには一つも無い。

 

「別にアタシは部屋でGUNPEIをして暇潰しをするだけだし。アンタが陽の光を浴びないもやしっ子になっても気持ち悪いだけよ」

「ありがと、式波!」

 

 惣流アスカはそう言うと、笑顔で式波アスカに飛び付いた。

 

「ちょっと、急に抱き付くな! ついでに胸を揉むんじゃないっ!」

 

 式波アスカが好意を示した事によって、惣流アスカは恐怖心を完全に吹き飛ばしたようだ。

 そして式波アスカも妹の様に慕ってくる惣流アスカへの警戒心を完全に解いたようだった。

 

「シンジ君、これから美少女三人と同居できるなんて、バラ色の人生じゃない?」

「二人の間違いじゃないですか?」

 

 シンジがミサトにツッコミを入れると、四人は声を上げて笑っていた。

 その後式波と惣流の二人のアスカは一緒にお風呂に入り、寝る時も手を繋いで身体を密着させて寝ていた。

 

「おはよう、シー!」

「おはよ、ソー!」

 

 朝起きると、式波アスカと惣流アスカはお互いにそう呼び合っていた。

 今日から新しい生活の始まりだ。

 シンジは惣流アスカを案内するために外に出る。

 まずはこの世界に慣れる事から始めなければならない。

 

「外では惣流さんじゃなくて、アスカと呼ばないといけないね」

「シー(式波)とシンジは学校では仲が良かったの?」

「まぁ……最初は式波も孤立していたけど、今はクラスに馴染んでいるよ」

「じゃあ、ヒカリと呼んでも問題は無さそうね」

 

 シンジと惣流アスカは並んで歩いていたが、ふと気が付いた惣流アスカはシンジに尋ねた。

 

「シーとシンジは、普段手を繋いで歩いて居たり、キスとか経験済みだったりするのかしら」

「そこまでの関係じゃないよ。手を繋いで歩いたりしたら変に思われるし、キスはした事ない」

「そっか、あたしたちの関係と同じね」

「アスカも元の世界ではそうだったんだね」

「うん、あたしとシンジは幼馴染。ずっと今まで一緒だったから……」

 

 シンジから離れてみて、惣流アスカは幼馴染のシンジが好きだったと実感した。

 式波アスカにはこの世界のシンジには手を出さないと誓ったが、このままだとシンジを好きになってしまうかもしれない。

 しかし双子の様に仲良くなった式波アスカからシンジを奪う事は絶対にしたくない。

 惣流アスカがエヴァに乗せられそうになった場合は式波アスカと入れ替わる作戦になっているが、そんな綱渡りのような事が上手く行くだろうか。

 惣流アスカが元居た世界に戻れる可能性はオーナインの確率の奇跡だ。

 それでも彼女は未来を見た。




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チョコはアスカの味がした

今年はアスカはシンジにチョコを渡さない!?
周囲を欺くためにアスカが考えた、たった一つの冴えたやり方!

※自作品『アスカ・ブライト』の「ワーストキス」が発想元となっています。
https://syosetu.org/novel/263733/


「君はネルフに多大な損害を与えたのだぞ、分かっているのかね!」

「すみません、すみません!」

 

 ネルフの副司令、冬月コウゾウは経理担当者を叱った。

 インターネットバンキングの振込先の企業を間違えてしまったり、職員の給与を0を1桁多く入力してしまったりしたからである。

 総司令のゲンドウは「問題ない」か「Fire!(解雇!)」の二択しかないのでこうしてコウゾウは小言を言っている。

 

「次! 実験に事故は付き物だが、使用する薬品を間違えるとはなんと言う事だ。有毒ガスや爆発の危険性があると常に最新のミスを払うべきだ」

「はい、誠に申し訳ございません」

 

 化学実験室をしばらくの間使用不能にしてしまった研究者は平謝りした。

 

「君の書いた書類には何ヵ所も不備があったそうだな。持続化給付金の期限が迫っているのだぞ、しっかりしたまえ!」

「死んでお詫びします」

「ではクビにするからに勝手にネルフに関係の無いところで死にたまえ」

「え……」

 

 ブチ切れたコウゾウにそう言われたアサヒ課長は言葉を失った。

 親の七光りで入った大した仕事の出来ない社員など要らないと本音が出てしまった。

 

「まったく、最近の若い者はどうしてしまったのだ、たるんでいるぞ」

 

 副司令であるコウゾウは、ネルフのスタッフ達にミスが頻発している事に憤慨していた。

 特に若い男性の職員は上の空で仕事をしているようだ。

 ネルフ施設を見回っていたコウゾウは、物陰でミサトとリョウジが抱き合っているのを目撃した。

 顔を赤らめているマヤが手を繋いでシゲルと親しそうに話している。

 剣崎キョウヤと加賀ヒトミも仕事をしながらもチラチラと視線を交差させているようにコウゾウには思えた。

 エヴァンゲリオンの起動実験の様子を視察すると、レイとカヲル、アスカとシンジも恋仲になっているかのように見える。

 新しいパイロットとなったトウジも、美味しそうにヒカリの手作り弁当を食べている。

 難しい顔をしたコウゾウは、ゲンドウの部屋の居る司令室へと向かった。

 

「最近ネルフの風紀が乱れている。異性交遊を禁止するべきではないのか?」

「パイロットのシンクロ率は安定して上がっている。問題はないだろう」

 

 ゲンドウが表情を変えずにそう答えると、

 

「他の部分で問題が起きているから進言しているんだ、とにかく異性交遊を禁止するぞ、良いな!」

「先生にそこまで強く言われては仕方ありません」

 

 ゲンドウの了解を得たコウゾウは、第三新東京市に緊急事態宣言を発令した。

 その内容は、『2月中のチョコレートの販売禁止』。

 バレンタインデーがあるから、浮ついた気分になるのだ。

 この緊急事態宣言に真っ先に悲鳴を上げたのは、チョコレートを売っている小売業者だった。

 

「冬月さん、自分へのご褒美チョコまで禁止にするなんて、商売あがったりですよ」

「ご褒美チョコ? そんなものがあるのか」

 

 業者から話を聞いたコウゾウは感心した様子だったが、それでもチョコレートの販売を禁止した。

 その代わり、チョコレートの販売業者には持続化給付金を一律200万円出すと約束した。

 さらにコウゾウはシンジとアスカを呼び出すと、バレンタインデーにチョコレートを渡さないように釘を刺した。

 

「アタシがバカシンジにチョコを渡すはずないじゃないですか!」

「去年は渡していたと聞いているぞ」

「あれは『慈悲チョコ』です!」

 

 義理でもないのか、とシンジはアスカの言葉を聞いて落ち込んだ。

 

「とにかく、チョコを渡すなどの異性交遊をしたら君達二人の同居は解消してもらう。私は不純異性交遊交際をさせるために君達の同居を認めたわけではない」

 

 初号機と弐号機のユニゾンで使徒を倒した時は、発令所であんな可愛い顔をして喜んでいたのに大人気ないとミサトは今は厳しい表情のコウゾウを見て思った。

 ミサトもこの場で副司令のコウゾウに反論せずに、粛々と命令に従った。

 

「ミサトさん……」

「ミサト……」

 

 コウゾウが去った後、某消費者金融会社のCMに出て来る犬と猫のようにすがるような目をして自分を見上げて来るシンジとアスカに、ミサトは笑顔で答えた。

 

「大丈夫、あたしに『パルチザン作戦』があるから」

 

 ミサトは二人に向かって自信満々に親指を立てた。

 

 

 

「どうしよう、突然チョコレートが販売禁止になるなんて……」

 

 戸惑ったのは第三新東京市に暮らす乙女(等)たち。

 しかしコウゾウのバレンタインデー対策にも穴があった。

 チョコレート自体の販売は禁止されたが、チョコレートの材料の販売は禁止されていなかった。

 たくましい彼女たちは、カカオ豆+砂糖=チョコレートで真の手作りチョコレートを作ろうと奮起したのだ。

 

「こうなったら、洞木さんの家に集まってチョコレートを作りましょう!」

 

 マナやマユミ、レイやマリが気勢を上げる中、アスカは冷めた表情で、

 

「アタシはパス」

 

と答えるのだった。

 驚いて心配するヒカリにレイが事情を話すと、マナたちはアスカに同情しながらも、これはチャンスだとほくそ笑んだ。

 ヒカリの家のキッチンに生カカオ豆を持ち寄ったマナたちは、ボウルに生カカオ豆を入れてコメを研ぐように洗い始めた。

 この時点で、チョコレートの匂い漂っている。

 

「もう、どれだけ洗えば綺麗になるのよ!」

 

 キレそうになるマナをマリがどうどうとなだめながら、何とか生カカオ豆を洗う水が濁らなくなった。

 水気をとった後は、生カカオ豆をフライパンに乗せてゆっくりと熱を通した。

 焦げないように気を付けながら20分ほど火を通すと、カカオ豆からパリパリと音がし始めた。

 

「良い感じに豆が焙煎して来たみたいね」

 

 ヒカリが太鼓判を押すと、マナたちにも笑顔が広がった。

 しかし今度はカカオ豆の皮を剝くという手間のかかる作業が待っていた。

 

「にゃ~あっ! あたしってば、こういうチマチマした作業は苦手だよ」

「丁寧にやらないと、殻がチョコレートに入ってザラザラしちゃうわよ」

 

 頭をかきむしって叫び声をあげるマリを、ヒカリがなだめた。

 そんな中、黙々と機械のように正確に殻を剥いて行くレイ。

 

「レイちゃんなら、『良い子の無人島無料生活』でも『チネリ米』が作れるかもしれないね!」

 

 マリは感心した様子でそう呟いた。

 

「チネリ米? どこの国のお米なの?」

 

 レイは不思議そうな顔をしてマリに尋ねた。

 

「小麦粉から作るお米だよ」

「小麦とコメは違う植物だわ。何を言っているの、真希波さん?」

 

 手が止まってしまったレイにマリは今度作り方を教えると約束して作業を再開させた。

 カカオ豆を全て剥き終わったヒカリたちはすり鉢に入れた。

 後は滑らかになるまでカカオ豆をすりこぎですりつぶして行くのだが、この作業も大変だった。

 

「おのれカカオット! 貴様のしぶとさには反吐が出るぜ!」

 

 マリがアニメ風の愚痴を零すほどすりつぶし作業は難航した。

 1時間ほどすりこぎですりつぶしても、豆の形は残っていた。

 

「体力勝負ならあたしに任せて! 戦略自衛隊で鍛えているから!」

 

 マナはつい口を滑らせて自分が戦略自衛隊のスパイであると漏らしてしまったが、マリたちは聞かなかった事にしてあげた。

 それからさらに2時間ほどすりつぶすと、やっとカカオ豆が潰れてねっとりとしてきた。

 豆がペースト状になったところで、お湯を張った鍋にすり鉢を入れて湯煎を始める。

 

「決してお湯をすり鉢の中に入れないでね」

「イエッサー、洞木軍曹!」

 

 マリが慎重にすりこぎをすり鉢の中で動かした。

 温まった豆ペーストがトロトロになり、チョコレートのようになって来た。

 部屋はカカオの発するチョコレートの匂いで満たされる。

 

「さあて、ここでいよいよお砂糖の投入だね!」

 

 マナはすり鉢からあふれそうになるくらいこんもりと砂糖をぶち込んだ。

 

「こんなにお砂糖を入れちゃって、大丈夫かな」

「だって、甘くなきゃチョコレートじゃないもん!」

 

 心配そうな顔をするヒカリに、マナはそう答えた。

 

「大丈夫、霧島さんが入れた砂糖の量は許容範囲内よ」

 

 レイが落ち着いた声でそう言うと、ヒカリも安堵の表情になった。

 さてさて、ここからが大変だ。

 今度は砂糖とカカオ豆ペーストを滑らかになるまで混ぜ込まないといけない。

 粒々感があってはチョコレートは台無しだ。

 洞木家に集まった五人の美少女戦士たちは力を合わせて8時間もゴリゴリとすりこぎを回し続けた。

 

「もうゴリゴリは懲り懲りだよ。本当にチネリ米を作るのと同じくらい時間が掛かったニャ」

「そう……チネリ米も作るのに時間が掛かるのね」

 

 マリが肩を回してぼやくと、レイは納得した表情でそう呟いた。

 まさか手作りチョコレートがここまで肉体労働だとは誰も予想していなかった。

 トロトロになったチョコレートの素を型に流し込む。

 今度はこれを冷蔵庫で数時間冷やさなければならない。

 洞木家では泊まり込みのチョコレート合宿となってしまった。

 使徒も空気を読んでくれたようで、姿を現す事は無かった。

 こんなクタクタの状態でエヴァに乗ったら、冬月はバレンタインデーの存在を完全に消すだろうとマリは思った。

 冷蔵庫でチョコレートを冷やしている間、マリたちは洞木姉妹の寝具を間借りして睡眠をとる。

 チョコレートが第三新東京市から消えて困っていたのはヒカリの姉妹も同じだった。

 来年も緊急事態宣言が発令されたら暴動が起こるだろう。

 

「おっ、良い感じになってるじゃん♪」

 

 型からチョコレートを取り出したマリたちは、試食用のチョコの欠片を口に含んだ。

 

「苦~いっ! あんなに砂糖を入れたのに、苦さの方が勝ってる!」

「そりゃあ、砂糖以外はカカオ100%だからねぇ……」

 

 マナの悲鳴に、マリも渋そうな顔をして同意した。

 市販のチョコに比べて超ビターなチョコレートだった。

 眠気も一気に吹っ飛んでしまうほどだった。

 

「それに、ジャリジャリとしているわね。まだすりこぎが足らなかったのかも……」

「そんなの、黄色と黒のドリンクを飲まないとやってられないにゃ~あっ!」

 

 ヒカリが眉間にしわを寄せて手作りチョコレートをそう評価すると、マリは両手を上にあげて降参のポーズを取った。

 

「あの……これを使えば良かったんじゃないかしら」

 

 マユミがそう言って指差したのは、コーヒー豆用の電動ミルだった。

 

「早く言ってよぉ~!」

 

 名刺交換CMのモノマネのようにマリはマユミに向かって叫ぶと、膝を折った。

 

「だからアスカは私たちと一緒にチョコを作ろうとしなかったのかしら……」

 

 この調子では、第三新東京市ではみんな苦い手作りチョコを作っているのだろうとヒカリは思った。

 

 

 

 コウゾウはゲンドウの司令室で自分の作戦の成果を誇らしげに話していた。

 

「碇、これでネルフのスタッフたちもバレンタインデーの事など気にせず、作業に集中できる。そうは思わんか?」

 

 ゲンドウは黙ったまま返事をしない。

 

「ユイ君が居ない今となっては、お前にバレンタインデーのチョコを渡す者など居ない。去年もそうだったろう?」

「……先生も同じでは無いですか」

 

 コウゾウの言葉が胸に刺さったのか、ゲンドウはそう言い返した。

 

「失礼します、冬月副司令宛てに荷物が届いています」

 

 諜報部の人間が小包を持って司令室へと入って来た。

 

「冬月先生の命を狙った爆弾では無いですか? 先生はえげつない外交で恨みを買っていそうですからね」

「それもみなネルフのためだろう」

 

 皮肉を言って笑うゲンドウに、コウゾウは嫌悪感をあらわにした。

 この自分に敬意を払わない男は好きになれんな、とコウゾウは思った。

 

「荷物の安全性は既に確認済みです。それで中身は恐らく……」

 

 諜報部の人間はそこまで言うと言葉を濁した。

 危険性が無いか確かめるために成分分析なども行ったのだろう。

 差出人が不明だと言うのが気にかかったが、開けてみない事には始まらない。

 小包の外装をはがすと、中から綺麗にラッピングされたリボン付きの箱が姿を現した。

 

「これは……もしや……」

 

 コウゾウが震える手で箱を開けると、中に入っていたのは、紛う事無き手作りのハート形のチョコレートだった。

 さらに『I LOVE KOUZOU(ハート)』と文字まで刻まれていた。

 

「ふぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 ネルフにN2爆弾を落とされたとしても、コウゾウはこんな悲鳴を上げて跳び上がったりしないだろう。

 その姿を見たゲンドウは声を上げて大爆笑した。 

 

「冬月先生、手紙が入っていますよ」

 

 ゲンドウがクックックと喉を鳴らしながら手紙を渡すと、整った綺麗な文字でコウゾウを慕っている内容の言葉が綴られていた。

 これは義理でもない、真心のこもった本命のチョコレートだとコウゾウは感じた。

 しかしコウゾウはこの手紙に違和感を覚えた。

 ネルフでコウゾウを『先生』と呼ぶのはゲンドウしか居ない。

 

「まさか、これはお前の悪ふざけではあるまいな」

「私はここまでするほど先生を愛しては居ません」

 

 確かにゲンドウはコウゾウを大きな仕掛けをしてからかうほど関心を持っていない。

 ゲンドウも何となくコウゾウが好きではない、その程度だ。

 

「さてと、バレンタインデーを自ら禁止した先生なのですから、このチョコレートは受け取れませんね。さらに送った人間を調べあげて処罰するべきです」

「待て! 待ってくれ、お願いだ碇君!」

 

 勝ち誇った風に話すゲンドウに、コウゾウは恥も外聞もなく懇願した。

 動じないように必死にこらえて立っている諜報部の人間に、このチョコレートの送り主を調べるように命じた。

 

「それで冬月先生、異性交遊禁止の件はどうします?」

「今を持って命令を撤回する!」

「バレンタインデー当日に撤回されても、周囲は大迷惑でしょうね」

 

 コウゾウはこの日一年分の恥をかき、ゲンドウは一年分笑ったのだった。

 

 

 

 緊急事態宣言の解除が第三新東京市に伝えられたのは、夕方になってからの事だった。

 2月中はチョコレート販売禁止のお触れだったため、小売業者の仕入れも間に合わなかった。

 

「結局、シンジ君にはこの苦い手作りチョコレートを渡すしかないのかな」

「一から手作りしたチョコレートの方が、ワンコ君には受けが良いかもしれないよ」

 

 放課後になって、男子は学校に居残り、女子があわててチョコレートを渡す光景がそこらじゅうで見られた。

 ご褒美チョコや友チョコも同じだ。

 マナたちもシンジにチョコを渡すが、その列にアスカの姿は無かった。

 

「惣流さんは家でも碇君にチョコレートを渡せるから羨ましいですね」

 

 マユミはポツリとそう呟いた。

 

 

 

 

「それにしても副司令がバレンタインデー禁止を撤回するなんて、どんな手を使ったのよ?」

 

 帰宅したアスカがミサトに尋ねているのを、シンジは料理をしながら聞き耳を立てていた。

 

「実は加持に、副司令の過去について調べさせたのよ」

「大学教授をしていたって話は聞いた事があるけど」

「それよりもーっと昔の話よ。副司令はこの第三新東京市近くの生まれでね、幼馴染の女の子が第三新東京市に住んでいるらしいの」

「……その女の子って、今じゃあ60歳……」

「こらこらアスカ、失礼な事を言わないの」

 

 コウゾウの幼馴染であるハルと言う御婦人を見つけたミサトは、コウゾウがチョコレート販売を禁止してみんなを困らせているので、お灸をすえて欲しいと話した。

 ハルは確かにコウゾウはやり過ぎだとミサトの話に納得し、愛のこもった手紙と手作りチョコレートを贈る事にした。

 

「でもカカオ豆からチョコレートを作るなんてかなりの重労働よ? そんなお婆さんに作らせたの?」

「チョコレートを気合と根性で作ったのはあたしよ」

 

 ミサトは力こぶを作ってアスカに答えた。

 

「えーっ、ミサトのチョコレートなんて大丈夫なの?」

「材料はカカオ豆と砂糖だけなんだから、危険な事が起こるはずないでしょう」

 

(暴発が起こるのがミサトさんの料理なんだけどね……)

 

 シンジは料理をしながら心の中で呟いた。

 

「ところでアスカはシンちゃんにチョコレートはあげないの? 学校でシンちゃんはチョコを貰って食べていたみたいだけど」

「ふっふっふ、アタシのオリジナルチョコは、マナたちみたいにビターな味じゃないのよ」

 

 ミサトとアスカはシンジが貰ったチョコレートを苦そうな顔をして食べているのを見ていた。

 シンジはアスカが楽しそうにシンジが苦しむ様子を見ていたのを覚えている。

 テーブルに料理が並び、さて夕食となった時にアスカは突然チョコレートをあげると言い出した。

 

「でもアスカ、チョコレートなんてどこにもないけど?」

 

 シンジがテーブルを見回しても、夕食以外の食べ物は見えない。

 まさかバカシンジには見えないチョコレートだとからかっているのかとシンジは思った。

 するとアスカは身を乗り出して、シンジに唇が触れ合うだけのライトキスではなく、自分の唾液を相手に飲ませると言うディープキスをした。

 アスカの髪が、シンジの鼻を撫でる。

 

「どう、アタシのオリジナルチョコレートキスの味は? 甘くていい香りがしたでしょ」

「うん……甘くてアスカのいい匂いがした」

 

 シンジは顔を赤くしてアスカにそう答えた。

 

「やっぱりアタシとシンジは、遺伝子レベルで相性が良かったみたいね!」

 

 アスカは自信満々にそう言い放ったが、シンジとキスするまでは大きな賭けでドッキドキだった。

 もしお互いの相性が悪くても、唾液が甘くなる成分パチロンの分泌量を増やすために耳下腺を刺激するなど努力を重ねていたのだった。

 

「あらまあ、アスカってば大胆」

 

 これはアスカに一本取られた……ってチョコレートじゃないよ! とシンジは思った。

 

「ねえねえシンジ君、誰のチョコレートが一番美味しかった?」

 

 次の日に学校でマナに尋ねられたシンジはアスカから貰ったものが甘くていい香りがしたと答えた。

 

「アスカ、一体どんなチョコレートを碇君に渡したの?」

 

 昨日トウジにチョコレートを渡したが、苦そうな顔をされたヒカリはたまらずアスカに尋ねた。

 

「生チョコよ」

 

 アスカが軽い口調で答えると、ヒカリは生クリームを入れてもカカオ豆から作った手作りチョコが甘くなるのかと首を傾げた。

 

「甘さはグラニュー糖より白砂糖の方が強いはず……ですよね」

 

 読書が趣味で詳しい知識を持つマユミがそう呟いた。

 

「それでどーしてあっしらよりも甘いチョコレートになるのかにゃ!?」

 

 マリは目を回しながら腕組みをしている。

 

「その生チョコ、チネリ米より気になるわ……」

 

 レイがポツリと呟いた。

 こうして今年のバレンタイン戦争はアスカの勝利(?)に終わったのだった。




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LAASの日短編 常夏アスカサンド

式波アスカと惣流アスカとシンジの南国バカンス。
 同居生活に限界が来たシンジ達は、ネルフから惣流アスカを逃がすため加持リョウジを頼る。
 リョウジはアスカを元の世界に戻す方法があると話し、シンジ達は南国の島へと行く事になった。

LASの日短編 同棲同名 She saw編(式波リメイク版)の続編です。
https://syosetu.org/novel/264806/10.html




 初号機のパイロットとして、葛城家の主夫として、ミサトと式波・アスカ・ラングレーと同居生活を送っていたシンジ。

 そんな葛城家のアスカの部屋に惣流・アスカ・ラングレーと言うアスカそっくりな少女…と言うかアスカそのものが出現した。

 式波アスカは惣流アスカを激しく警戒していたが、誤解が解けて自分に危害を加える存在ではないと知ると、お互いにシー(式波)・ソー(惣流)と呼ぶまでの仲になった。

 惣流アスカをずっと家の中に閉じ込めておくわけにはいかないと、式波アスカは交代で外に出る一時しのぎの案を受け入れた。

 ネルフに異世界から来た惣流アスカの存在を知られては、危険が及ぶ事はミサトにも分かっている。

 表沙汰にはされていないが、この世界にも元々惣流・アスカ・ラングレーは存在しているのだからややこしい。

 何よりもエヴァを知らない純真無垢(?)な惣流アスカを巻き込みたくなかったのだ。

 

「碇君、今日はお家にお客さんでも来るの?」

 

 惣流アスカを案内しながら街を歩いているついでにスーパーで買い物をしていると、ヒカリとバッタリと会ってしまった。

 

「いや、ちょっと買いだめをしようと思ってね。最近、エヴァに乗るようになってたくさんお腹が空くようになったんだよ」

 

 とっさにしては良い言い訳が出来たとシンジは思った。

 

「あれ、アスカはいつもと違って頭に可愛いリボンを着けちゃって、碇君とデート?」

 

 インターフェイス・ヘッドセットを付け替えるのを忘れた事に気が付いたが、もう遅かった。

 シンジもアスカも、誰とも会わないと思って油断していた。

 

「そ、そんな、アタシがコイツとデートなんてするわけ無いじゃない! たまたま家が隣の腐れ縁だから一緒に居るだけ!」

「あれ? 碇君と一緒の家に住んでいるんじゃないの?」

 

 失言をしてしまったアスカは、不思議そうな顔をしたヒカリに尋ねられてさらにウソを重ねてしまった。

 

「シンジの部屋が狭かったからね、可愛そうだから隣の家を借りてやったのよ。ほらアタシ達のマンションは空き部屋ばかりになったから。それに、これで夜中にシンジに襲われる心配も無くなったし、毎朝学校に遅刻しないようにシンジを起こしてあげるのも世話が焼けるのよね」

 

 後ろめたさが後押しして、アスカはシンジが止める間もなくペラペラと多弁になっていた。

 

「えっ、アスカが碇君を起こしてあげているの? ちょっと意外……」

「じゃあ僕達急ぐから!」

 

 シンジがアスカの手を掴むと、アスカは顔を赤くした。

 やっと最近名前で呼び合うほどの仲になったアスカが話し掛けてくる様子に、ヒカリは違和感を覚えていた。

 

「何か変なアスカだったけど、私は今のアスカの方が好きかな」

 

 今度学校にアスカが来たらもっと色々話してみようと、ヒカリは楽しそうに鼻歌を歌いながら買い物を続けるのだった。

 

「アスカのせいで、僕が部屋を移る事になったじゃないか」

「ごめんシンジ、許してこの通り、ねっ!」

 

 手を重ねて拝むような上目遣いで謝る惣流アスカの仕草に、シンジは胸がキュンとなった。

 クールな式波アスカでは見た事の無い表情だ。

 どうせ式波アスカ相手でも押し切られてしまうだろうと、家に帰ったシンジはさっそく引っ越し作業をする事になった。

 

「まったく、ソーのうっかりのせいで、シンジに迷惑を掛けたんだからね」

「隣に行くだけなんだから、大して変わらないよ」

 

 シンジはそう話すが、式波アスカにとってはシンジとの距離を引き離されたようで面白くなかった。

 シンジやミサトが惣流アスカに優しくする事も、今日は外に出れなかった事も、式波アスカにストレスを与えていた。

 

「この調子じゃ、明日直ぐに学校には行けないわね。ソーは反省しなさい」

 

 2日連続で家に缶詰は真っ平だと式波アスカはそう宣言した。

 惣流アスカは仕方が無いと大人しく従った。

 

「おはよう、アスカ♪」

「お、おはよう、ヒカリ」

 

 次の日登校した式波アスカは、ヒカリの高いテンションに戸惑ってしまった。

 式波アスカは人と話すのが嫌いではなくなったが、まだ苦手意識がある。

 しかし昨日のアスカと別人だとヒカリに見抜かれては困るので、テンションを無理やり合わせて笑顔で明るく話すしかなかった。

 

「何や式波のやつ、えらう機嫌が良いやないか」

「この式波の表情の写真は売れるぞ!」

 

 トウジとケンスケを初めとして、今までムッツリとした顔で携帯ゲーム機をいじっていたアスカの変化に驚いていた。

 

「なんで式波はあんな明るうなったんや?」

「きっと碇君との恋に目覚めたからよ!」

 

 トウジの疑問にヒカリがそう断言した。

 確かにアスカの頭にはエヴァ用の頭飾りでは無く、リボンが巻かれている。

 

「それなら今度、碇の家に行って確かめてみようぜ」

「部屋も広くなったし、雨宿りもしやすくなるなぁ」

 

 ケンスケとトウジはミサトと顔を合わせる事も出来るかもしれないとほくそ笑んだ。

 前に葛城家に行った時は、雨が上がったら直ぐに式波アスカに追い出されてしまったのだ。

 そしてトウジとケンスケがヒカリと一緒にシンジの家に遊びに来ると、2人のアスカは落ち着かない気分になった。

 惣流アスカは物置だったシンジの部屋だった物置(ややこしいな)に閉じこもる事になってしまった。

 

「シンジの匂いがする……」

 

 シンジが住んでいたのでシンジの生活臭が染みついた窓が無いその部屋は、シンジが出て行ったばかりなのでシンジの匂いが残っていた。

 

「シンジ、アタシが居なくなったから今頃どう思っているのかな……」

 

 今まで14年間、離れる事を疑いもしなかった幼馴染のシンジとの突然の別れに、アスカはシンジがとても恋しくなっている事を自覚した。

 シンジも自分が消えてから数日しか経っていないが、アタシの事を思って泣いてくれているのかと考えると、アスカも泣けて来た。

 

「ほら、ヒカリ達は帰ったわよ」

 

 式波アスカが部屋のドアを開けると、泣いている惣流アスカを見てため息を付いた。

 式波アスカはウジウジしているシンジの尻を叩くのには慣れているが、慰めるのは超苦手だった。

 ミサトが居ない今、シンジに頼むしかない。

 

「ちょっと来なさい、ガキシンジ!」

 

 呼び方で式波アスカだととっさに理解して駆け付けたシンジは、泣いている惣流アスカに気が付いて声を掛けた。

 混乱しているアスカはシンジを錯覚して泣きついた。

 

「シンジに手を出さないって約束はどうなるのよ」

 

 式波アスカは話し込んでいる惣流アスカとシンジを見てため息を付いた。

 

「シンジ君、昨日は2人のアスカは仲が良かったと思うんだけど、どうしてケンカしているの?」

 

 家に帰ったミサトはキッチンで言い争いをする式波アスカと惣流アスカを見て、シンジに尋ねた。

 2人のアスカは夕食を作ろうとして、自分の方がシンジの口に合う料理が作れると意地の張り合いを始めたのだと話した。

 

「幼馴染のアタシの味付けに従って作っていれば間違いないの!」

「こっちの世界じゃアンタの世界と食材が違うの、合成肉とか知らないクセに!」

「こうなったらミサトお姉さんが料理を作ってあげようか?」

「「それはダメ」」

 

 式波と惣流の意見が一致した。

 ミサトの悪食は両方の世界で有名のようである。

 結局式波アスカと惣流アスカがそれぞれ別々に手料理を作る事になった。

 

「「それで、どっちの料理がおいしかった?」」

 

 2人のアスカに詰問されたシンジは、返事に困った。

 こういう時はとりあえず両方とも美味しかったと答えればいいのだが、シンジは口が下手すぎた。

 

「これ、本当にアスカが作ったの?」

 

 シンジの言葉を聞いて、アスカ2人だけではなくミサトまでため息を付いた。

 普通の女性ならシンジに愛想をつかしても仕方が無い。

 

「ねえ、こんな時に使徒がやって来たらどうするの? アタシのシンクロ率にも悪影響よ」

「そうね、惣流ちゃんとシンジ君の事が気になって、使徒との戦いどころでは無くなるわね」

「アタシはエースパイロットなんだから、そこまで行くわけ無いじゃない……」

 

 ミサトの言葉に、式波アスカは口をモゴモゴさせて答えた。

 

「こうなれば、いけ好かないけどアイツの力を借りるしかないか……」

 

 ミサトはリョウジの顔を思い浮かべてそう呟いた。

 リツコは確かに一番頼りになりそうな人間だが、「碇司令の命令は全てにおいて優先する」と言う考えの持ち主だ。

 自分だって、いつかネルフの上層部の命令に屈してしまうかもしれない。

 ミサトはリョウジをさりげない口実で自宅へと誘った。

 リツコには隠しておきたい内緒の話なのだと伝えると、リョウジは「俺への愛の告白か?」とふざけた答えが返って来た。

 事情を察しているのかつかみどころのない男だとミサトは思った。

 

 

 

「あの島が、遺跡がある『パンダコアラ島』ね!」

 

 惣流アスカが感激したように赤道近くの海に浮かぶ南国の島を指差した。

 5人乗りのヘリコプター『AL-2』に乗り込んで第三新東京市を出発したリョウジと葛城家の4人。

 この島には異世界へと通じる門のある古代遺跡が存在しているのだとリョウジは説明した。

 いかにも嘘くさい話だったが、惣流アスカは気兼ねなく南国バカンスが出来ると喜んでいた。

 

「何でアタシまでも付き合わないといけないのよ……」

 

 式波アスカはそう言って渋ったが、惣流アスカとシンジの仲が深まって付き合ってしまう事になったらたまったものではない。

 シンジはアタシのものだといつの間にか式波アスカは思っていたのだった。

 

「せっかくの南国リゾートなんだから、少しバカンスしてから帰りたいわね」

「バカンスだなんてバカな事言わないのバカアスカ」

 

 惣流アスカに向かって式波アスカはそう言った。

 この世界のオリジナルは憎むべき存在だが、この惣流アスカを見ていると、心の底から憎めない気分が芽生えてしまう。

 だから早く惣流アスカとサヨナラしたかった。

 

「さて、異世界への門へと着いたぞ」

 

 島へと上陸すると、リョウジは小高い丘の上にある、変わった色の石のような物で作られた門の前にシンジ達を案内した。

 確かに見た目は古代遺跡感はある。

 しかし門の扉は固く閉じられていた。

 

「それで、この門はどうやって開けるの? 鍵穴は無さそうだけど、呪文でも唱えるわけ?」

 

 ミサトに尋ねられたリョウジは、この島に伝わる6つの伝説の秘宝を揃えて扉の前の台座に置いて念じれば、異世界への門を開けられるのだと話した。

 

「無人島で宝探しをしろって言うの!?」

「ネルフの諜報部から逃げ回るより、楽な冒険だと思うぜ」

 

 あきれた顔のミサトの言葉に、リョウジはミサトの肩を叩いてそう答えた。

 ヘリにサバイバルグッズを積んでいたのはそのためか。

 

「さて、手始めに生活の拠点となるメインキャンプを作るぞ」

「まさか『クラマイ』みたいに木を伐るところから始めるんじゃないでしょうね」

「さすがヘビーゲーマーの式波大尉は想像力が豊かだな。だが俺達素人が1日でログハウスを組み立てられるわけがない」

 

 式波アスカの言葉に、リョウジはそう答えた。

 

「それなら、テントですか?」

「いや、テントなんてちゃっちいものじゃない。今、魔法をお見せしよう」

 

 リョウジはシンジにそう微笑みかけると、ビニールプールのような物を取り出した。

 機械で空気を吹き込んで行くと、ビニールのような物はどんどんと膨れて行き、小屋のような形になった。

 

「何よコレ、おもちゃのような家で暮らすわけ?」

 

 式波アスカが呆れた顔でリョウジの事を責めるように見ると、リョウジは海水を吸い込むためのホースをビニールに空気を吹き込んでいた機械につなげた。

 

「よし、これで空気の代わりに海水が中に詰まれば、コンクリートの様に固くなるぞ。しばらく家が出来上がるのを待つだけだ」

「それじゃあ、天気もいいし、アタシこの海で泳ぎたい!」

 

 リョウジがそう言うと、惣流アスカはそんな事を言い出した。

 

「惣流、そんな事を言っている場合じゃ……」

「良いぞ、こんな良い天気なのにバカンスをしないのはもったいないからな!」

 

 心配性のシンジの言葉を遮ったのリョウジだった。

 しかしシンジがバカンスに反対したのは他にも訳があった。

 

「シーってば、スクール水着しか持っていなかったの? プププ、可哀想だからアタシの水着を貸してあげるわ」

「ソーってばあきれた。何着も持って来ているだなんて」

 

 惣流アスカは赤と白のストラップの入ったビキニ、式波アスカは真っ赤な水着に黒いフリルの着いた少し色っぽいビキニだった。

 しかしいつの間に水着を買っていたのか。

 式波アスカは、惣流アスカがシンジとスーパー以外の場所で買い物をしていたのだと勘づいた。

 

「シンジ~、この水着似合う?」だなんて迫っている惣流アスカの姿が目に浮かぶ。

 葛城家の家計は余裕が無いとか言っておきながら、惣流アスカを甘やかしているシンジに腹が立った。

 もっとも式波アスカは自分のクレジットカードでゲームをダウンロード購入しているので、シンジにおねだりをした事は無かった。

 式波アスカが買った新しいゲームにシンジがボコボコにやられる姿が定番だった。

 

「ミサトはセパレートタイプの水着か……」

 

 両方の世界でも、ミサトは最近ビールの飲み過ぎを自覚しているようだった。

 

「葛城、腹周りなんて気にするなって!」

「あんたには……見せたくなかったのよ。それにアレもね」

 

 こちらの世界のミサトが腰回りが露出する水着を避けたのはセカンドインパクトの時に負った傷痕をシンジ達に見せたくないと思ったからだ。

 ミサトの傷痕の事を知っている男と言えば、大学時代に同棲合体生活を送っていたリョウジだけだった。

 

「アンタ、何で砂浜で城なんか作っているのよ、本当にガキシンジね」

「別にバカンスの過ごし方は人それぞれだろ」

 

 式波アスカに声を掛けられたシンジはそう答えた。

 

「シンジはね、泳げないのよ」

 

 惣流アスカに見抜かれてしまっていたシンジは動揺してしまった。

 

「まったく情けないったらありゃしないわね、アタシが鍛えてやるわ」

 

 式波アスカはほんのりと顔を赤くしながらシンジの手を引っ張ったが、反対側から惣流アスカがシンジの手を引っ張った。

 

「アンタのスパルタ式じゃ上手く行かないわよ」

 

 騒ぎを聞きつけたミサトが駆け付けて、4人で浜辺でビーチバレーをして遊ぶ事になった。

 ここはプールでは無いし、遊泳禁止区域が整備された海水浴場で無い場所でシンジが泳ぐのは危険だと判断したのだ。

 シンジはリョウジはどうしてビーチバレーに参加しないで遠くから眺めているのか不思議に思ったが、ミサトの方を見て合点が行った。

 ミサトが躍動する姿に見とれてしまったシンジに、式波アスカの容赦ないスパイクが炸裂した。

 そしてメインキャンプが完成すると、明日の朝早くから島で秘宝を探すために、持って来た携帯食料で夕食を食べて寝る事にした。

 シンジは式波と惣流の両方のアスカの間で寝る事になってしまった。

 

「メインキャンプが狭いんだから、仕方ないわね」

 

 ミサトはニヤリと笑いながらサラリとそう言った。

 

「俺と葛城はしばらくの間、夕涼みをしてくるが、夜の無人島は危険だから、変な声が聞こえて来ても絶対に外に出て俺達を探そうとするんじゃないぞ」

 

 リョウジの言う事は何か変だとは思いながらも、シンジはリョウジの言葉に従った。

 体力が比較的低い惣流アスカは直ぐに寝入ってしまった。

 シンジはホッとした様子でその寝顔を見る。

 これ以上ちょっかいを出される事は無さそうだ。

 

「シンジ……シンジ……会いたいよ……どこに居るの……?」

 

 しかし惣流アスカが泣きながら寝言を漏らすと、シンジは放っては置けなくなった。

 

「アスカ、僕はここに居るよ……だから大丈夫……」

 

 シンジは惣流アスカを抱き締めて安心させようとした。

 するとシンジの背中に式波アスカが思い切り背中で体当たりをする。

 

「アタシはやっぱり1人で生きて、1人で死んでいくんだわ」

「アスカ、そんなに寂しい事言わないでよ」

「嘘付き。アンタはそっちのアスカの方が良いんでしょ?」

「惣流は僕に似たシンジが好きなだけなんだよ。だからほら、機嫌を直して……」

 

 シンジが式波アスカの背中を抱き締めると、式波アスカはシンジの方に身体を向けて、強引にシンジの唇を奪った。

 

「これでシンジはアタシのもの」

 

 そう呟く式波アスカの姿を、目を覚ました惣流アスカは目撃してしまった。

 しかし惣流アスカは目の前のシンジに、会えないシンジの影を追い求める気持ちを完全に抑えきれない自分が居るのを感じていた。

 もし元の世界に戻れなかったら……?

 二度と幼馴染のシンジと会えなくなったら……?

 しかし自らの命を捨ててしまうまでの決意には至らなかった。

 南国の島でバカンスだと浮かれていた自分が馬鹿みたいに情けなくなった。

 今度は寝言でシンジを呼ばないようにと、惣流アスカは自分で自分の身体をギュッと抱き締めた。

 式波アスカが1人で生きて1人で死んでいくと言った悲しさが分った気がした。

 式波アスカはこの世界のシンジと幸せになるべきだと惣流アスカは思った。

 

 

 

「よし、伝説の秘宝探しに出発だ!」

 

 リョウジが気合を入れてトレジャーハントの開始を宣言する。

 

「惣流ちゃん、なんか元気が無いわね?」

「ちょっと寝不足なだけよ」

 

 ミサトが少し暗い表情のアスカを心配して声を掛けた。

 島に隠された伝説の秘宝とは、『悪魔のフォーク』『偽りの鏡』『消えない蝋燭』『黄金の砂時計』『無限の書』『パパラチアサファイヤの首飾り』だった。

 初めは絵空事だとリョウジの話を信じていなかったミサト達も、『悪魔のフォーク』を発見すると、真剣な表情で探し始めた。

 特に惣流アスカの表情には鬼気迫るものがあり、体力があまり無いのに張り切っている事を周りが心配するほどだった。

 伝説の秘宝を半分探し終えたところで、シンジ達はメインキャンプに戻る事にした。

 夜の無人島を探検するのは危険だからである。

 惣流アスカは焦っている様子だったが、皆で押し留めた。

 

「加持君ってば、激しい……」

「済まんな葛城、もう少し優しくするか」

 

 メインキャンプの外に居たミサトとリョウジだが、惣流アスカがメインキャンプを飛び出すのを見て、慌てて追いかけた。

 

「アタシ1人でも、秘宝を探さないと……」

 

 入水自殺をするつもりでは無くてとりあえず安心したが、明日には残りの秘宝を集めてやると、リョウジはアスカを説得した。

 

「あの子、落ち着いているように見えていたけど、相当焦っているのね」

 

 すっかり沈んだ気持ちになってしまった2人は服を着て、明日の探検のために備えるのだった。

 

 

 

 そして次の日の夕方。

 ついに『悪魔のフォーク』『偽りの鏡』『消えない蝋燭』『黄金の砂時計』『無限の書』『パパラチアサファイヤの首飾り』を集めたシンジ達は、異世界への門がある小高い丘へと向かった。

 

「ソー、アンタの願いを強く念じるのよ」

 

 式波アスカに言われた惣流アスカは、強く頷いた。

 祭壇に6つの秘宝を捧げて惣流アスカが祈ると、門が大きな音を立てて開き出す。

 そして眩い白い光が門から溢れ出し……治まった時にはキョトンとした顔のシンジが立っていた。

 惣流アスカの知っている襟の曲がっている第壱中学校の制服を着た、幼馴染のシンジだ。

 

「あれ、ここはどこ?」

「シンジっ!!」

 

 惣流アスカは幼馴染のシンジに涙を流して飛び付いた。

 幼馴染のシンジが出て来た異世界への門は閉じてしまっていた。

 

「ちょっと加持君、これは一体どうなってるのよ!?」

 

 ミサトが怒った顔でリョウジに詰め寄った。

 

「ソー、アンタは何を願ったのよ?」

「アタシはただ、シンジに会いたいって……」

 

 式波アスカに尋ねられた惣流アスカは自分の失敗に気が付いたのか、誤魔化すような笑いを浮かべて答えた。

 

「どうやら、アスカの心の中で『元の世界に帰りたい』と言う気持ちよりも、『シンジ君に会いたい』って気持ちの方が強くなって、幼馴染のシンジ君をこちらの世界に呼び寄せてしまったようだな」

 

 リョウジがそう結論を話すと、惣流アスカは怒った顔でリョウジに詰め寄った。

 

「これからアタシ達、どうすれば良いのよ!?」

「うーん、これからは2人にはネルフの目が届かないこの島で暮らしてもらうしかないな」

「電気も、ガスも、レーザー・ディスクも無いこの島で生活しろっての!?」

 

 惣流アスカは肩で息をハァハァとしながら、リョウジに向かって怒りをぶつけた。

 

「でもアスカ、この島には法律も無い。愛しいシンジ君といつでも合体できるぞ」

「アンタバカァ!?」

 

 耳元でそう囁いたリョウジを、惣流アスカは思い切り殴った。

 娯楽が全くないこの島では、そうなってしまうのかもしれないが。

 

「何かもうどっと疲れたわ」

「アタシもうこんな島イヤだわ、第三新東京市に帰る」

 

 ミサトと式波アスカは「お幸せに」と投げやりに言って、リョウジの運転手するヘリコプターに乗り込む。

 

「ちょっと待ちなさい! 本当にアタシ達をここに置いて行くつもり!?」

「君達なら人類補完計画が発動されても、生きて行けるはずさ」

 

 リョウジは謎の言葉を言い残して、ヘリコプターで飛び去って行ってしまった。

 

「アスカ……」

 

 幼馴染のシンジに声を掛けられた惣流アスカは、振り返った。

 

「ほら、また制服の襟が曲がってる。本当にアンタはアタシが居ないとダメなんだから」

 

 アスカはそう言ってシンジの制服の襟の乱れを直した。

 

「……って、こんな事している場合じゃないわ。こんな島で一生過ごすなんて真っ平よ!」

「それじゃあ、船を作ってこの島を脱出しようよ」

「シンジにしてはグッドアイディアじゃない!」

 

 アスカとシンジの無人島脱出計画は結局失敗に終わるが、アスカがせめて衛星放送の受信はしたいとアンテナを完成させた時、パンダコアラ島の周囲を囲むように強い電波を発信する物体が何個もある事が判明した。

 

「何よコレ、受信機の故障!?」

「アスカ、衛星放送を見るのは諦めようよ」

 

 生まれて来る子供達に、この島の外の世界を見せてあげたい。

 そんなアスカの願いから始まった衛星放送の受信計画。

 それはこの島の秘密の一端に触れてしまった。

 しばらくした後、地球全体のL結界濃度が上がる事件が起きた時も、不思議な障壁に守られた南海のこの孤島は、アスカとシンジの家族の楽園であり続けたのだった。

 

 

 

『次のニュースです。パラパラ共和国のパンダコアラ島を不法占拠していた日本人と思われる家族が、パラパラ共和国軍に一時的に拘束されました』

 

 クレイディトのオフィスの休憩室で、昼食を共にしていた式波アスカと碇シンジ、葛城ミサトと加持リョウジの4人はテレビで放送されたニュースを聞いて、一斉に飯噴した。

 可笑しくて笑ったわけではない、文字通り驚いて食べていたご飯を噴き出したのだ。

 

「そう言えば、あの2人をちょっち放置していたのをすっかり忘れていたわ」

「ミサトさん、14年は『ちょっと』とは言いませんよ」

 

 シンジは引きつった笑いを浮かべるミサトにそうツッコミを入れた。

 

『1組の夫婦が27人も子供を無人島で産んで育てた事が、現地でも話題となっており、感銘を受けた共和国の首相は恩赦としてその家族を釈放し、パラパラ共和国の国籍を与えて、島の管理人とする事にしたそうです』

 

 テレビには無人島生活ですっかり日焼けしてたくましくなったが、面影のある惣流アスカ(28歳)とすっかり髭を生やした幼馴染シンジ(28歳)とその子供達が映し出されている。

 一番年上の子は別れた時のシンジとアスカと同年齢に見えた。

 惣流アスカは3つ子の赤ん坊を抱いて映っていた。

 

「もしかして、アタシ達が島から去って直ぐに……?」

「あの島にはレーザー・ディスクも娯楽も無かったからな」

 

 リョウジ夫妻とシンジ夫妻はそれぞれ2人の男の子と女の子の兄妹を大切に育てている。

 

『このまま誰にも発見されず、無人島生活を続けていたらロシア人の女性が持つギネス記録を超えるところだったとソーリュー・アスカさんは話しているそうです。今はパンダコアラ島は子宝に恵まれる神秘の島として観光地となり始めているようです』

 

 リョウジはミサトやアスカ、シンジの顔を見回すと真剣な表情で尋ねる。

 

「今度、休みを取ってパンダコアラ島へ行ってあの2人に会ってみるか?」

 

 すると3人とも激しく首を横に振って否定した。

 

「あの2人は子供達に囲まれて幸せに暮らしているから、あたし達の事を忘れているんじゃないの?」

「ミサトの言う通り、君子危うきに近寄らずよ」

「僕達の事を覚えて居たら、たっぷりと仕返しされそうだよね……」

 

 クレイディトの仕事でパンダコアラ島に行く事にならなければ良いけどな、とリョウジは心の中で呟いた。

 

 

 




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アスカっ、起きろってば!(LSA短編)

 使徒との戦いで心を壊してしまったアスカ。
 ネルフの病室に居るアスカとシンジに、戦略自衛隊の魔の手が迫る。
 ミサトの命令を何度も拒否する確固たる意志を持ったシンジのアスカへの愛の物語。
 ※今回はシンジの方が積極的に行動します。

 『2010年 3月2日記念LSA短編 僕の望む補完計画』のリメイクです。
 http://haruhizora.web.fc2.com/mastar/ss/10.html


 惣流・アスカ・ラングレーと名札が書かれたネルフ本部内の病室。

 その部屋のベッドで患者用の甚平を着せられたアスカは永い眠りに就いていた。

 顔の脂肪や筋肉が減って、頬がこけてしまっているアスカは、点滴治療で何とか生きている状態だった。

 そんなアスカの側に現れたのは、先ほど初号機で使徒タブリスを殲滅させたシンジだった。

 

「アスカ、弐号機を傷つけちゃってゴメン……」

 

 シンジが話し掛けても、人形の様にアスカは何の反応も示さなかった。

 

「怒らないの……? アタシの弐号機を傷物にしたって、僕をバカにしたり、毒突いたりしてよ!」

 

 そう言ってシンジがアスカの真っ白になってしまった腕を握るが、その手首は冷たくて、脈も弱々しく感じた。

 ミサトからシンジは聞かされていた。

 今のアスカは生きる気力を無くしていると。

 自分から元気になろうとしなければ、どんな医療行為を施しても回復しないのだと。

 

「アスカが寝ている間に、綾波も、加持さんも、みんな死んじゃったんだよ! ミサトさんや委員長だって、アスカが目を覚ますのを待っている。もちろん、僕だって」

 

 アスカは廃墟と化した第三新東京市の道路で憔悴しきった状態で仰向けに寝転がって居た所をミサトに発見された。

 

 アスカは自分はパイロット失格だとうわ言のように繰り返し、最初は医師達が投薬をして治療に当たっていたが、アスカの状態はさらに悪化して、ミサトも諦めてアスカの側を離れてしまった。

 

「弐号機とシンクロ出来なくなったって諦めるなんて、アスカらしくないよ。また頑張れば乗れるようになるかもしれないんだからさ。だからアスカっ、起きろってば!」

 

 ミサトもシンジも、アスカを励まそうとそう声を掛けたが、効果は見られなかった。

 ヒカリも落ち込むアスカに、よく頑張ったと労いの気持ちを込めた言葉を掛けていたが、アスカは自分の頑張りが足りないと、自分を責め続けていた。

 どうすればアスカは目を覚ましてくれるのか、励ますシンジの方も気分が落ち込んでいた。

 ただでさえ、渚カヲルとの辛い別れがあった後だった。

 その時、ネルフ本部を大きく揺るがすほどの衝撃が起き、警報が鳴り響いた。

 

「シンジ君、そこは危険よ! 早く逃げて!」

 

 ミサトから切羽詰まった声で連絡を受けたシンジは、何事かと焦ったが、直ぐにミサトに言い返した。

 

「でもアスカをこのままにはして置けませんよ!」

「戦略自衛隊がネルフ本部に攻めて来たの! 奴らは無抵抗の職員も殺している! シンジ君は直ぐにでも初号機ケージへと向かいなさい!」

 

 今の状態でここにアスカを置いて行けば、アスカは確実に戦略自衛隊の兵士に射殺されてしまう。

 まるでアスカを見捨てるかのようなミサトの命令に、シンジはミサトにまで裏切られたと感じた。

 どんな時も2人の姉代わりになって命を守ってくれたのがミサトではないのか。

 アスカが家出をしてヒカリの家に行く前から、ミサトとアスカの関係がギクシャクしていたのは知っていた。

 でもそれはミサトがリョウジの死を知って一時的に落ち込んでいるだけで、時間が経ってミサトが立ち直れば元の生活に戻れるかもしれないと微かな希望は持っていた。

 

「カヲル君の時もそうだったけど、ミサトさんって冷たい人間なんですね」

「シンジ君、今は自分の命を守る事を優先しなさい」

 

 あくまでシンジの姉や母親ではなく、ネルフの作戦部長としての立場を貫くミサトに、シンジは完全にミサトを見限った。

 シンジだって、冷静に判断すればミサトの言う事が合理的だと分かっていた。

 しかし自分から湧き上がる感情が、アスカが人形のようになってしまっても、見捨てたくないと悲鳴を上げている。

 またいつかアスカの笑顔を見たい、いや、アスカに気持ち悪いと罵られてもまたアスカの声を聞きたいとシンジは強く願った。

 

「もういいです! アスカは僕が絶対に助けます!」

「シンジ君!」

 

 シンジはミサトとの通信を打ち切って、ベッドに横たわるアスカをお姫様抱っこの形で抱き上げようとした。

 しかし力の入っていない人間を運ぶのは思いの他重い。

 シンジはアスカを背中によりかけて、アスカのつま先を地面に接地させてズルズルと引っ張るような形でしか運べなかった。

 人間が死体を運ぶような形だ。

 

「アスカっ、起きろってば! このままだと僕達、2人とも死んじゃうんだよ!」

 

 シンジが呼び掛けても、アスカは反応を示さない。

 遠くから銃声とネルフ職員達の悲鳴が聞こえる。

 こちらへ近づいて来るのも時間の問題だろう。

 このままアスカを引きずってネルフ本部の廊下をノロノロと進んでいれば、戦略自衛隊の兵士達にやられてしまうだろう。

 それでもシンジはアスカを置いて逃げる事は出来なかった。

 すると大きな衝撃と共に、シンジとアスカの居る部屋の前の廊下の床が盛り上がり、大きな拳によって突き上げるようにぶち破られた。

 それはシンジにも見覚えのある、真っ赤な弐号機の手だった。

 誰も乗っていないのに、エヴァが自分で動いている。

 シンジにとっても信じられない奇跡だったが、シンジはアスカに呼び掛けた。

 

「アスカ、弐号機が助けに来てくれた、弐号機はやっぱりアスカの味方なんだよ!」

 

 弐号機のエントリープラグのハッチが自動的に開き、それはアスカを呼んでいるようだった。

 アスカは自力で動けないので、シンジが引っ張ってアスカをエントリープラグに入れるしかない。

 

「エヴァンゲリオンのパイロット2名を発見、直ちに排除する!」

 

 戦略自衛隊の兵士がついにシンジとアスカに迫った。

 このままアスカを引きずっていてはとても間に合わない。

 兵士によってシンジとアスカは仲良く蜂の巣になるだろう。

 

「こんのぉぉぉぉぉっ!」

 

 シンジは普段ではあり得ないほどの怪力を出して、アスカをお姫様抱っこしながら弐号機のエントリープラグにダイブした。

 アスカとシンジは勢い余ってエントリープラグの壁面に強く頭を打ち付けた。

 シンジは頭を手で押さえて痛がった。

 アスカも強く頭を打ち付けて、僅かな反応があったが、シンジは気が付かなかった。

 シンジがアスカを弐号機のエントリープラグのシートに座らせると、シンジの背後でエントリープラグのハッチが閉じた。

 戦略自衛隊の兵士が放った銃弾がハッチの扉に激しく当たる音がする。

 間一髪、シンジが火事場の馬鹿力を発揮しなければ、シンジは背中に銃弾を受けていただろう。

 シンジが無傷だったのは奇跡だった。

 そして足元からL.C.L.の注水が始まった。

 ミサト達が指示している様子は無い、だとすればこれも弐号機の意思なのではとシンジは感じた。

 弐号機に意思があるのならば、自分はアスカと弐号機のシンクロの妨げになってしまうのではないかとシンジは思ったが、以前にもアスカが来日した時、弐号機に2人乗りで使徒を倒した事がある。

 そして何よりも弐号機自身が、シンジにアスカに力を貸して欲しいと頼んでいるかのようだった。

 何としてでもシンジはアスカの目を覚まさなくてはいけないと思った。

 そんなシンジの耳元に囁くような女性の声が聞こえた。

 『白雪姫』は王子様のキスで目が覚めるのよ、と。

 アスカに似ている、聞いた事の無い女性の声だったが、きっと弐号機に居るアスカの母親の声だとシンジは確信した。

 シンジは初号機の中で母親の声を聞いた事があった。

 

「僕にはもうアスカしか居ないんだよ! 前みたいに余計なお節介を焼いたり、怒ったり、笑ったりしてよ!」

 

 シンジはそう言ってアスカを抱き締めると、勇気を出してアスカにキスをした。

 すると虚ろだったアスカの瞳に光が戻った。

 アスカにとって必要だったのは、ありのままの自分を愛してくれる人だった。

 

「本当に、アタシみたいなヤツで良いの? また素直になれなくて、アンタを傷つけたりするかもしれないのよ?」

「うん、それでも僕はアスカの笑顔をもう一度見たいと思ってる」

 

 シンジは真剣な眼差しでアスカの視線から逃げる事はしなかった。

 

「さあアスカ、弐号機を動かしてみようよ。僕も一緒に手伝うからさ」

「分かった。アタシを最後まで見捨てなかったアンタを信じてみる」

 

 アスカはシンジの言葉に力強く頷き、弐号機とのシンクロを開始した。

 弐号機とシンクロ出来なくなったアスカは自分から姿を消して、誰かが第三新東京市の道路に倒れている自分を探して見つけてくれるのか待ち続けていた。

 以前なら常に監視しているはずのネルフ諜報部は顔を見せない。

 あっさりとこうして行方不明になれる今の自分は価値の無い人間だと、アスカのプライドはさらに傷ついた。

 数日後、やっとミサトに見つけてもらったアスカは、ミサトから諜報部の作戦部長であるミサトへの嫌がらせが原因でアスカはとばっちりを受けたのだと理由を聞いたが、アスカの心は晴れなかった。

 さらに弐号機の代替パイロットがドイツ支部から到着し、弐号機とシンクロしていると言う話を聞いたアスカの心は完全に折れてしまった。

 

「しばらくゆっくりと休みなさい」

 

 そう言っていたミサトが、しばらくすると手の平を返したように弐号機のパイロットが居なくなった事で向精神薬を大量に投与してまでアスカを弐号機に乗せようとした事に、自分はネルフの駒ではないと、アスカはさらにミサトにまで心を閉ざしてしまった。

 押しかけていた医師達も居なくなり、1人で病室に放置される事になったアスカは、いよいよ生きる意志も放棄してしまったのだ。

 遅れてアスカの部屋に現れたシンジも、勝手な自分の主張を押し付けるだけで、その言葉はアスカの心には響かなかった。

 しかし戦略自衛隊の兵士が襲撃して来てシンジがアスカを命懸けで弐号機のエントリープラグ乗せた時、頭への強い痛みでほんの少しだけ意識を取り戻したアスカは、シンジがアスカを最後まで見捨てなかった事を理解した。

 

「今のアタシなら、弐号機とシンクロ出来る気がする」

「うん、その意気だよ」

 

 シンジはそう言ってアスカを励ました。 

 ユニゾン特訓の時はアスカがシンジを励ましていたのに、今はその逆の形だ。

 絶対的に信頼できるシンジが側に居る事で、アスカの心は安定を取り戻していた。

 すると弐号機とアスカのシンクロは今までにないほどに上手く行った。

 

「僕とアスカが力を合わせれば、無敵だよ」

 

 シンジはさらにアスカに力と自信を与えるため、積極的にアスカの腕を握った。

 弐号機のパワーはさらに増大し、眠っていたS2機関が覚醒し内蔵電源の制限時間は5分から無限へと変化した。

 弐号機はネルフ本部の病棟の壁を突き破って、戦略自衛隊の侵攻部隊の前に姿を現した。

 

「ケーブルだ! ケーブルを狙えば、エヴァは5分で動けなくなるはずだ!」

 

 戦略自衛隊の指揮官は、日本政府から聞いていたエヴァの弱点を突こうとした。

 しかし目の前で弐号機は自らの手で電源ケーブルを引き抜いたのだ。

 

「甘い! 弐号機の強さはね、無限大になっているのよ!」

 

 アスカはそう言ってシンジの手を握り返した。

 このままでは敵わないと判断した戦略自衛隊の指揮官は、陸戦部隊の引き揚げを命じた。

 ネルフ本部の施設内に潜入した部隊の撤退は間に合わないだろう。

 戦略自衛隊の航空機から、N2爆弾が投下される。

 持てる最大の火力を用いてエヴァをネルフ本部ごと焦土と化す命令を下した。

 しかし弐号機のA.T.フィールドは全てのN2爆弾の直撃を防いだ。

 大量の爆発により、ネルフの発令所では電波障害が起きて外の状況がつかめなかった。

 爆発が収まり、ネルフ発令所に居たメンバーが確認したのは、戦略自衛隊の侵攻部隊が去った後に仁王立ちしている弐号機の姿だった。

 

「どうして弐号機が動いているの?」

「そりゃあ、アタシとシンジが乗っているからに決まっているでしょ?」

 

 驚いた声のミサトの通信が入ると、アスカは自信たっぷりの態度でそう答えた。

 通信モニターに映るアスカの頬はこけて髪はボサボサになっていたが、青い瞳は爛々と輝いていた。

 

「シンジ君も弐号機に乗っているの!?」

「ミサトさん、アスカを見捨てて逃げていたら、今頃僕も終わっていました」

 

 シンジの責める様な視線に、ミサトは自分が作戦部長として下した小の虫を殺して大の虫を助ける判断を激しく後悔した。

 しかしミサトには姉代わりとして涙を流して謝る時間は与えられなかった。

 空から9体のエヴァ量産機が襲来したのだ。

 発令所に居たゲンドウは9体のエヴァ量産機は初号機と弐号機の敵だと断定した。

 

「シンジ君、早くあなたは初号機に乗って迎撃して! ネルフ本部内の侵攻部隊は私達が排除するわ!」

 

 既にネルフ本部の館内放送では、外の侵攻部隊は全滅し、内部に居る兵士達に降伏を促していた。

 

「ミサトさん、僕は初号機には乗りません! このまま弐号機に乗り続けます!」

 

 初号機が戦列に加われば、1対9の数的圧倒的不利を覆せるかもしれない。

 しかしまたもやシンジはミサトの命令を拒否した。

 

「大好きな女の子と離れたくない、そんな僕の気持ちがミサトさんには分からないんですか!?」

 

 発令所に向かって堂々とアスカへの愛を告白したシンジに、アスカも今更ながら恥ずかしさを感じた。

 しかし今は顔を赤らめてモジモジしている場合ではない。

 

「シンジ君、アスカ、後で私はいくらでもあなたに謝るわ。だからお願い、9体のエバーを全滅させて」

「全くミサトってば、病み上がりのアタシに無茶苦茶言うわね。でも、シンジと一緒ならば楽勝よ!」

 

 アスカは患者用の甚平、シンジは中学校の制服だったが、両手を重ねた2人と弐号機のシンクロ率はプラグスーツが無くても問題は無かった。

 攻撃力は倍増、痛みは半分に分かち合うの言葉の通り、アスカとシンジの乗った弐号機はエヴァ量産機相手に有利に戦いを進める。

 

「アスカ、凄いよ! A.T.フィールドで敵を攻撃するなんて!」

「アタシの頭にピンと閃いたのよ、A.T.フィールドの形を変えられるかもしれないって!」

 

 弐号機が発生させたA.T.フィールドは身体の周りに展開させるだけで無く、ブーメランの様な投擲武器、ハルバードの様な長柄武器、ブロードソードの様な近接武器にと自在に姿を変え、9体のエヴァ量産機を切り裂いた。

 

「どう、ざっとこんなもんよ!」

 

 倒れた9体のエヴァ量産機を倒した弐号機は大見得を切った。

 

「これもみんなシンジのお陰よ、ありがとう」

 

 アスカはそう言ってシンジに軽くキスをした。

 

 

 

 ゼーレの野望を打ち砕き、人類補完計画も阻止したアスカは、元気な身体を取り戻すために、病院に再び入院した。

 病院食は美味しくないと不満を漏らしたアスカは、シンジに毎日ご飯を作ってくれるようにねだった。

 使徒との戦いで第三新東京市が壊滅状態になり、復旧のためにはエヴァの手も借りたい状況だったが、ミサトはシンジとアスカに自由な時間を与える便宜を図った。

 姉らしい事をしてあげられなかったミサトのせめてもの罪滅ぼしだった。

 第三新東京市で調達しにくい食材があればミサトは車を飛ばして遠くまで買いに行く。

 そのミサトの頑張りを見て、シンジとアスカはそろそろミサトを赦してあげようかと話していた。

 アスカに料理を作って、アスカの日常生活に戻るためのリハビリにも協力する。

 女性同士ではないと出来ない最低限のサポートはヒカリに任せ、シンジは毎日アスカにベッタリだった。

 アスカが元気になって行くと、その勝気な性格も戻って来る。

 シンジに向かって怒ったり、毒づいたり、余計なお節介を焼くようになったが、それでもシンジは笑っているアスカが好きだった。

 そしてシンジの変化に驚いたのはヒカリだった。

 アスカが他の男と話をするだけでシンジはヤキモチをやいているように見えたのだ。

 さっきの男と何を話していたんだとアスカに尋ねるシンジの姿は、まるで嫉妬する乙女のようである。

 

「またシンジの料理のせいで太っちゃった」

「アスカが食べ過ぎなんだよ」

 

 それから退院しても同居を続けた2人は仲良く食卓を囲んでいた。

 頬がこけてしまったアスカを元気にしようとシンジは料理に励み、アスカも大喜びでシンジの料理を頬張った。

 その結果、アスカの頬はふっくらしたものに戻ったが、二の腕やお腹周りも太ったと愚痴を零しているのである。

 

「まあまあ、アスカもすっかり出るところは出ているんだし、シンちゃんもその方が好みかもよ?」

 

 ミサトが自分の胸を寄せて、アスカを挑発するように声を掛けた。

 

「あんなやせ細ったアスカは二度と見たくないよ」

 

 シンジはアスカに無理なダイエットはしないで欲しいと、アスカに言っていた。

 アスカもモデルの様な細い腕や足に憧れを抱かない事は無かったが、シンジに言われてしまっては仕方がない。

 街を歩いている時に、もう少し痩せれば良いのにもったいないと他人から言われる事はあるが、そんなのは気にしない。

 アスカにはシンジが居るのだから。

 

「そう言えば、今のシンちゃんはアスカをお姫様抱っこ出来るのかな?」

 

 ミサトに挑発されて、シンジはアスカを抱き上げるが、少しの間しか持たなかった。

 あの時のアスカはガリガリにやせていて、シンジとそれほど体格差が無かったから出来たのだ。

 

「こうなったら、アスカを持ち上げられるように身体を鍛えようかな……」

 

 気の早い話だが、シンジは結婚式でアスカをお姫様抱っこする事にも憧れていたりした。

 

「だったらアタシがやせれば良い話じゃない」

「それは絶対にダメだよ」

 

 部屋に入ったシンジはアスカをベッドに押し倒して、豊満になったアスカの胸に顔を埋める。

 

「ああ、こうしてると、とっても安心する。今日一日の疲れが取れるよ」

「全くもう、ガキシンジなんだから」

 

 アスカはそう言って、シンジの頭を撫でた。

 今やシンジにとって、全体的に柔らかさを感じるアスカに添い寝をしてもらう事が最大の癒しとなっていた。

 入院してやせ細っていたアスカを背負った時の、ゴツゴツとして冷たい感触、掴んだ枯れ木の様な細い腕。

 それに比べて今シンジが抱いているアスカは、ふっくらとしていて暖かくて生命力に満ちあふれている。

 

「アスカ、もう少しだけこうして居たいよ……」

「構わないわよ、シンジが満足するまで付き合ってあげる」

 

 シンジは顔全体にアスカの胸の柔らかさと鼓動を感じながら、至福の時を享受するのだった。




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碇ミライの雛祭ツリーと耳掃除と平和の日

「ミライの弟はね、今パパとママが製作中なの!」
 新NERVでシンジと結婚した碇アスカは女の子を妊娠し寿退職。
 4歳の碇ミライは幼稚園で『ひなまツリー』を作って来た。
 豪華なちらし寿司を料理したアスカは膝枕でシンジの耳掃除をしながら平和を語る。

 『2011年 耳の日&ひな祭り記念LAS小説短編 大和撫子』
 http://haruhizora.web.fc2.com/mastar/ss/32.html
 の内容に不満を感じたので、そのリベンジ作品です。
 萌えとか感動とか色々と勢いでぶち込んでみました。
 今回の話は強烈で賛否両論あると思います。
 今後の書いていく話の展開について御意見をお聞かせください。


「シンジ、ミライ、お帰り!」

 

 コンフォート17に居を構える碇家の玄関では、すっかり専業主婦の姿が板に着いた碇アスカがシンジを出迎えた。

 彼女の着けている水色のエプロンは、シンジから譲り受けたものだ。

 

「ほら早く、ただいまの合図」

 

 アスカがそう言って自分の唇を指差すと、シンジは娘のミライの手を引いたまま、アスカに顔を近づけてキスをする。

 

「パパ、ずるい! ママともう5秒もキスしてる! ミライもママとキスしたい!」

 

 幼稚園の制服と制帽を着たミライがぴょんぴょんと飛び跳ねて抗議すると、シンジはミライを両手で持ち上げてアスカの顔に近づけた。

 

「ごめんねミライ、その代わり、たっぷりしてあげるね」

 

 アスカは10秒ほど、ミライと長いキスを交わした。

 キスを終えてシンジがミライを降ろすと、アスカはミライが右手に持っている不思議な物を見て首を傾げた。

 ミライが持っているものは小さなクリスマスツリーのようなものだった。

 よく見ると、ツリーに飾られているのは色とりどりの折り紙で作られた花びらだった。

 桃の花や、桜の花を表現しているのだろうか、飾りの中にはひし形をしたものもあった。

 

「ミライ、それってなあに?」

「ひなまツリー、みんなが作ったんだよ!」

 

 ミライは自慢気にアスカに見せつけた。

 折り紙で雛人形を作るのは難しいが、これなら4歳の不器用な園児でも簡単に作る事が出来る。

 なるほど、上手いアイディアを思い付いたものだとアスカは感心した。

 

「ママも頑張ってちらし寿司を作ったのよ!」

 

 アスカも腰に手を当てて胸を張ってシンジとミライに、食卓のテーブルの上に置かれた海の幸満載のちらし寿司を見せつけた。

 サヨリに甲イカ、クルマエビにシャコ、干しシイタケとタケノコ、さやえんどう、酢飯の下には錦糸卵が敷き詰められていて、2段重ねとなっている超大作だ。

 そして添えられたハマグリのお吸い物。

 

「タケノコにはミライがスクスク育つように、ハマグリはシンジと生涯寄り添う事が出来るように願って作ったのよ」

「ママ、凄ーい!」

 

 ミライは両手を上げて万歳してアスカの料理を称える。

 

「もしかして、委員長に手伝って貰ったの?」

「失礼ね、ヒカリは無理して豪華なちらし寿司にする必要は無いってあきれてたわよ」

 

 シンジがちょっと冗談めかした口調で尋ねると、アスカは腕組みをして頬を膨れさせてそう答えた。

 

「それでシンジ、アタシの料理の腕の方はどうよ!?」

「うん、僕が本気を出してもアスカには勝てないと思う」

 

 シンジの敗北宣言を聞いたアスカは、ミライと同じように飛び跳ねて喜んだ。

 大人が飛び跳ねたら下の階の人に迷惑になるだろうとシンジは言いかけて止めた。

 新妻となったアスカはシンジに料理を習い、ミライを身籠って専業主婦となると決めた時にシンジからエプロンを渡された。

 ついに師匠のシンジを超える料理を作れたと、アスカの喜びはひとしおだ。

 豪華なちらし寿司を作った動機はそれだったのかとシンジは思った。

 

「でもこんなにたくさんのお寿司、食べきれるの?」

 

 ミライにくりくりとした目で尋ねられて、アスカは自分の失敗に気が付いた。

 とても家族3人で食べきれる量では無かったからだ。

 

「トウジ達も呼ぼうか?」

「ダメっ、アタシの料理を食べていいのはシンジとミライだけよ! それに、ちらし寿司は家族のための料理なんだから!」

 

 シンジの提案にそう答えたアスカはハッとなった。

 自分たちの家族にはミライの祖父母に当たる両親が居ない。

 碇ゲンドウも使徒リリスの展開した黒い結界に飲み込まれて生死不明だ。

 セカンドインパクトの起こらなかった平穏な世に生まれていれば、今頃は両親や親戚が集まって賑やかな食事会が出来ていたかもしれないのに。

 

「よしっ、頑張って僕が食べるよ!」

「アタシも食べるわよ、お腹に居る赤ちゃんの分まで!」

 

 シンジに続いてアスカがそう宣言すると、シンジは目を丸くした。

 

「えっ、アスカ、それって……」

「今夜から頑張るのよ」

 

 順序が逆じゃないかとシンジは呆れながら、アスカと協力してちらし寿司を平らげた。

 ハマグリのお吸い物もアスカの願いが込められているので飲み干した。

 

「ふう……お腹がパンパンだよ」

「頑張ったね、パパ。いい子、いい子」

 

 そう言ってミライはシンジの頭を撫でた。

 アスカが食べたのは普通の量。

 胃袋がはち切れそうなくらい食べたのはシンジだった。

 

「そうだシンジ、雛人形を片付けてくれない?」

「何で僕が? アスカもでしょ?」

「アタシは料理をしてクタクタに疲れちゃった。それにシンジはたくさん食べたからエネルギーが有り余っているはずよね?」

 

 確かにアスカの料理は1人でこなすのはかなりの重労働だとシンジにも分かる。

 だからと言って他の家事を疎かにしては主婦失格だよとシンジは心の中で呟いた。

 せめて娘のために賑やかな雛祭りにしたいと、お殿様・お姫様・3人官女の合計5人の3段飾りを2人は選んだ。

 15人の7段飾りほどではないが、雛人形を壊さないように仕舞う繊細な作業、箱を押入れに運び込む作業は骨が折れる。

 

「パパ、あたしも手伝う!」

 

 ミライはそう言うが、4歳のヤンチャな子供の振る舞いは逆に心配事を増やして足を引っ張るだけだ。

 雛人形を持ってドタドタと走り回る元気なミライを捕まえるのに一苦労。

 ミライも満足したのか、笑顔のまま寝てしまった。

 シンジはミライを起こさないようにそっと布団の中に寝かせた。

 

「お疲れ様、シンジ」

 

 エプロンを取って、横縞柄のブラとパンツ姿になったアスカはシンジにお茶を淹れる。

 

「ありがとうアスカ、癒されるよ」

 

 シンジはそう言ってお茶をすするが、目はアスカの胸の谷間に釘付けだ。

 ミライを身籠ってから、前より大きくなった気がする。

 

「それならもっと癒してあげようか?」

 

 アスカは椅子から立ち上がって、シンジをリビングへと手招きした。

 シンジはゴクリと唾を飲んでアスカに近づいた。

 

「……なんだ、耳かきか」

「なにを期待していたの? ア・ナ・タ?」

 

 シンジはアスカに膝枕をしてもらって、耳かきをされていた。

 アスカの口元は、アスカのブラに支えられて盛り上がった胸に隠れて見えない。

 これはこれで、そそるものがある。

 シンジは幼い頃に母親のユイと生き別れになったので、耳かきをしてもらった経験が無い。

 自分では見えない耳の穴をほじくるのは、怖くて深い所まで出来なかった。

 

「痛かったら言うのよ」

 

 アスカはそう言って、シンジの耳かきを続ける。

 自分も耳かきをしてもらった経験は無いが、娘のミライの耳かきを母親としてあげるために、アスカは頑張ったのだ。

 

「シンジ、女の子の健やかな成長を祝う雛祭りって、平和の象徴になってるって知ってた?」

「へえ、そうだったんだ」

「だからアタシ、ミサトに雛祭りを教えてもらうまで、3月3日は平和の日だと思っていたのよ」

「じゃあ、平和の日は日本が発祥なんだね」

「セカンドインパクトの直後の爆弾よりも50年以上前にも、日本は爆弾を2回も落とされたらしいわ」

「だから平和を願う気持ちが強いんだ……」

 

 耳かきをしてもらいながらアスカと話しているうちに、シンジは気持ちが良くなって眠ってしまった。

 

「……シンジ、シンジ!」

「ごめんアスカ、寝ちゃったみたいだね」

「耳かきをしてあげると、いつも話の途中で寝ちゃうんだから」

 

 アスカは優しい笑みでシンジを見つめていた。

 

「ミライが平和に暮らせる世界を守るために、シンジには新NERVで頑張ってもらわなくちゃ」

 

 新NERVとは碇ゲンドウが消息不明となった後、ミサトがトップとなって立ち上げた組織だった。

 シンジとアスカもエヴァのパイロットして新NERVでゼーレの残党と戦い、決着が着いた後も、シンジはミサトに継ぐナンバー2として世界の紛争を止めるために活動している。

 

「いずれシンジはミサトを乗り越えて、新NERVを引っ張って行く存在になるんだからね。アタシもミサトに負けないように努力したけど、結局勝てたのは胸とお尻のサイズ位だけだったわ」

 

 アスカが腕で胸を寄せてそう話すと、シンジは気になっていた事をアスカに尋ねた。

 

「えっ、90以上あるって……?」

 

 アスカから答えを聞いたシンジはそう呟いて鼻息を荒くした。

 

「そこも準備万端みたいね。さっきゆっくり寝たから疲れも取れたでしょ? 今夜から頑張るって約束したし、そろそろ愛の営みを始めましょ」

 

 アスカはそう言うと、シンジを寝室へと連れ込んだ。

 いつの間にか、布団で寝ていたはずのミライの姿は消えていた。

 目を覚ましていたミライは、リビングに置かれていたアスカの携帯電話で、ヒカリとトウジの娘であるツバメと今日の出来事について話していた。

 

「もしもしツバメちゃん、ミライに弟が出来るかもしれないよ。今、パパとママが作ってるの!」

 

 アスカとシンジの居る寝室をこっそりのぞきながら、ミライはツバメにそう話すのだった……。




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卒業 シンジ、サヨナラ

シンジ、アタシがアンタから卒業できる日はいつになるんだろうね。
新劇版アフターです。
今回の短編は悲しくて切ない片思いのLASです。
救いはありません。

「卒業」と言う言葉を聞くと、いつもこの歌が思い浮かびます。
曲の雰囲気を壊したくないので、今回だけは逆転ハッピーエンドは無しに致しました。
ごめんなさい。
共感して頂ける方がいたら幸いです。


 アタシは式波・アスカ・ラングレー。

 元ヱヴァンゲリヲン弐号機のパイロット。

 今はとある企業のコールセンターで製品のサポート受付の仕事をしている。

 プラグスーツからリクルートスーツに着替えて、アタシは日本に残って就活をした。

 シンジが全てのヱヴァンゲリヲンを消して、アタシにはドイツに帰る道もあった。

 でもこうしてアタシは未練を残しながらシンジの近くに居る。

 

 アタシは仕事を終えて家に帰る時、意図的に地下鉄の最寄り駅を1つ乗り過ごす。

 『第3村』と呼ばれていたアタシ達にとって見慣れた街を、直接見ないで横切れるのは有難い。

 あそこにはアタシに手を差し伸べてくれた人が今も住んでいるから。

 ケンケン、ごめんね。

 アタシはまだアンタの愛を受け入れる事が出来ないんだ。

 それとももう、誰かいい相手を見つけているのかな。

 アタシは目的の駅で降りて、駅前にあるシンジの住んでいるマンションを見上げる。

 シンジとアイツの住んでいる部屋には灯りがついていた。

 もうシンジは帰って来ているのかな。

 それともマリがシンジの帰りを待っている?

 いつでも遊びに来てなんて2人は言うけれど、行けるわけ無いじゃない。

 アタシの目からそっと涙が零れる。

 泣かないって決めたのに、弱いアタシはどうしてもこらえきれない。

 

 意地悪な願い事だけど、もしシンジが1人に戻って。

 アタシの事を思い出してくれたのならば。

 直ぐにアタシに連絡して欲しい。

 あの時は強がって言えなかったけど、アタシはシンジの事がまだ好きだから。

 今更追いかけても自分が惨めになるだけだから、追いかけないって心に決めたの。

 

 シンジとの別れの言葉は今でもこの胸に残っている。

 アタシは14年間時間を巻き戻して、シンジの隣を歩きたい。

 ミサトの家で同居した事。

 ヱヴァのパイロットして一緒に歩んだ人生。

 思い返しているのは、多分アタシ1人だけね。

 

 今日は久しぶりにミサトと話してたくさん笑った。

 そう言えば、小さい頃からヱヴァのパイロットとして育てられたアタシが、笑う事が出来るんだって、気付かせてくれたのもミサトだったわね。

 アタシはコールセンターで人と直接顔を合わせない仕事をしているうちに、自然と笑う事も無くなった。

 会社をクビになりたくないから、いや、仕事上だけでも誰かに必要だとされる人間になりたかったから、アタシは製品のサポート業務にのめり込んでいた。

 

 シンジとの別れの言葉は今でもこの胸に残っている。

 自分の部屋の鏡の前では笑顔を作って無理やり隠しているけど。

 セカンドインパクトの影響が無くなって、日本に四季が戻った今、あの日の暑さを思い出させる夏になる度に、アタシの胸は痛くなる。

 ベッドに入って無理やり寝ようとしても、短いはずの夜が長く感じるの。

 

 シンジとの別れの言葉は今でもこの胸に残っている。

 アンタもアタシと同じ14年前の気持ちに戻って欲しい。

 そうすれば2人でやり直す事が出来ると思うから。

 アタシの胸には楽しかった思い出や苦しかった思い出が去来する。

 

 シンジ、アタシがアンタから卒業できる日はいつになるんだろうね。

 

 アタシはそう心の中で呟いて、地下鉄の駅へ戻る。

 1人で寂しい家に帰るために。




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サンキュー!

伯父夫婦とシンジとアスカとレイが家族として暮らす後日談。3人はネルフで新エヴァのパイロットなったが、子供を妊娠して産休を取った碇アスカの話。
新世紀エヴァンゲリオン for Children(本編完結)のhttps://syosetu.org/novel/260681/
リメイク前作品、チルドレンためエヴァンゲリオンの外伝をリメイクしたものです。
★今更ですが、復帰してからの新作用のWeb拍手ページを作成しました。
http://haruhizora.web.fc2.com/webclap.html


<第三新東京市郊外 加持邸 リビング>

 

 使徒戦役と呼ばれる使徒と人類との戦いが終わってから10年後。

 アスカとシンジは打ち解けたシンジの伯父と伯母と一緒に大きな家である加持邸で暮らしていた。

 使徒とネルフとの戦いの途中でリョウジは事件に巻き込まれ命を落とした。

 ミサトは10年前、娘と息子を連れて外国へと移り住んだ。

 戦争で孤児になった外国の子供達に、平和を守る大切さを教えると言うリョウジの遺志を継ぐためだった。

 シンジとアスカとレイは住み慣れた家を引き継ぎ、まだ保護者が必要な年齢だった3人はシンジの伯父夫婦に家族のやり直しと同居を頼んだ。

 伯父と叔母がすっかり寝静まった夜更けに、アスカとシンジとレイはリビングのテレビで赤ん坊のシンジとアスカを抱いて、ゲンドウやコウゾウと平和について話すユイとキョウコ達の様子を撮影した録画映像を見ていた。

 ゲンドウ達は、子供達のために平和を守って行かなければならないと理想を語っていた。

 

「アスカ、こんなに夜遅くまで起きていると体に障るよ」

「うん、でもこの映像はシンジとレイ一緒に観たいから」

 

 高校を卒業したアスカとシンジとレイは、平和維持機関ネルフの一員として働く事となった。

 新ネルフは使徒との戦いの最後の大戦で罪人となってしまったエルデ=ミッテ博士から『機械に心を持たせる』ノウハウを受け継ぎ、新しいエヴァンゲリオンを造り出した。

 シンジが再創造したこの世界でも、残念ながら平和を乱す戦争は起きている。

 抑止力のための新エヴァンゲリオンだとは言え、兵器の必要ない世界をシンジ達は願っていた。

 

「アタシとシンジはいよいよママとパパになるのね。待ってて、また直ぐにパイロットに復帰して平和を守るから」

 

 妊娠が判明したアスカは新エヴァのパイロットを降ろされ、長い産休を取る事になった。

 パイロットである事が胎児にどんな悪影響を及ぼすかわからないからだ。

 

「アスカの分は僕とレイが頑張るよ」

「うん、それよりも元気な赤ちゃんを見せて、アスカお姉ちゃん」

 

 シンジの言葉にレイも同意してキラキラした瞳でアスカを見つめた。

 次の日の早朝、今日こそはアスカに家事をやらせないと早起きしたシンジとレイだったが、台所で伯母と一緒にお弁当を作っているアスカを見て困り顔で笑った。

 

「ダメだよアスカ、無理をしちゃ」

「私も寝ていて良いって言ったんだけどね、聞かないのよ」

 

 シンジの伯母もそう言ってため息を吐いた。

 

「妊婦は適度な運動をした方がいいのよ。ゴロゴロしてたらおデブさんになって、シンジに2人目の相手をしてもらえなくなるわ」

 

 アスカは産後も体型を維持して、シンジが2人目の子供を希望するような魅力的な女性で居たいようだ。

 

「少しぐらいふっくらしたって、僕はアスカを抱きたいって思うよ」

 

 シンジはそう言って背中からエプロン姿のアスカを抱いて、しっかりとお尻にも当ててアピールした。

 シンジの伯父夫婦も今の若い男女はこうなのかと口を酸っぱくせずに流していた。

 

「お兄さん、早く朝ご飯が食べたいんだけど」

 

 シンジがアスカを抱いていたら朝食は永遠に完成しない。

 レイが冷静な声でそう言うと、シンジはアスカから身体を離した。

 朝食を食べ終えたシンジは玄関でアスカに見送られる。

 

「ほらシンジ、忘れ物よ」

「カバンの中は確かめたけど、今日必要な物は全部入っていたよ」

 

 シンジがアスカの質問に首をかしげて答えた。

 

「んもう、いってきますのキス」

「あ、そうか、一番大事な物を忘れるところだったね」

 

 シンジはそう言ってアスカを抱き寄せてキスをした。

 同じ玄関に居るレイはジトッとした目でそんな兄姉の2人を見る。

 

「あのゲンドウもついに孫を持つのか」

「忙しいお父様よりも先に伯父様が抱く事になってしまうかもしれませんね」

 

 シンジの伯父が玄関から戻って来たアスカにそう言うと、アスカはそう答えた。

 ネルフに出勤するための車を運転するのはレイの役目だった。

 

「今日も安全運転で頼むよ」

「大丈夫、制限速度ギリギリで走るから」

 

 助手席に座ったシンジがレイに話し掛けると、レイは平然と答えた。

 シンジが運転すると信号が赤になってしまう交差点も、レイはスレスレで走り抜けるのだ。

 レイが運転すれば出勤時間が大幅に短縮されるのは事実である。

 

「ミサトさんみたいなことしないでよ」

「加持特佐にはお姉ちゃんの妊娠の事、知らせたの?」

「適齢期なんだから早く子供を作れって毎月の様にモールス信号が届いてたよ」

 

 車の中でシンジとレイは声を上げて笑った。

 

「お姉ちゃんの出産予定日はいつごろなの?」

「去年の12月4日に止まったから、今年の9月10日になるんじゃないかって」

「まだ男の子か女の子か分からないの?」

「うーん、後半月ぐらいすれば分かるって」

 

 アスカはまだ妊娠初期で、胸が張ったりお腹が膨れ始める頃だった。

 

「そう……それでお姉ちゃんにあの事は話したの?」

「いや、今は言えないよ」

 

 レイに尋ねられたシンジは、首を横に振った。

 アスカはもう少しで妊娠9週目と言う大事な期間に差し掛かろうとしている。

 8週目まで心拍数の聞こえていた赤ん坊の心臓が止まっていたなんて事もありえるのだ。

 

「お姉ちゃんを気遣う気持ちは解るけど、お兄さんが勝手に決めたら起こると思うわ」

「でもレイや伯父さんや伯母さんもアスカの側に居てくれるし、きっと平気だよ」

「私じゃ怒ったお姉ちゃんを止められないからね」

 

 レイがそう言うと、シンジは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

<第三新東京市 総合病院>

 

 時は過ぎ出産予定日が近づくと、アスカのお腹はすっかりと大きくなっていた。

 医師の診断を聞くアスカの隣には、この日は非番のレイが立っていた。

 魔の9週目を超えて赤ん坊が元気に育っている事を聞くと、アスカとレイは顔を見合わせて喜んだ。

 

「お姉さんは生まれて来る女の子の名前はもう考えているの?」

「シンジに相談しないで勝手に決めちゃったけど、ミライって呼んでるの」

「そう、良い名前だと思うわ」

 

 レイはアスカの母親のキョウコ、自分がアスカの名前繋がりでミライと名付けたのだと推測したが、レイはアスカより熱心に姓名判断の本を読み漁っていた。

 

「碇ミライはみんなから好かれて協調性もある、情熱的な女の子になるって姓名判断では出ているわ」

「ふーん、占いはそんなに信じるほどじゃないけど、アタシとシンジの長所を受け継ぐなら、良い事じゃない」

 

 レイの話を聞いて、アスカは上機嫌になった。

 ただし波乱万丈で辛い人生を送ると言う姓名判断の部分は告げなかった。

 碇ミライちゃんは英雄にもなる人物……か、どんな人生を送るのだろうとレイは想像を巡らせた。

 家に帰ったアスカが娘のミライは元気に育っていると報告すると、シンジや伯父夫婦は喜びの表情を見せた。

 しかしシンジはもっと大喜びすると思ったのに、反応が薄い事をアスカは感じ取った。

 ミライと勝手に名前を決めてしまった事にもつっこまない。

 何かに悩んで上の空だと言う事は分かっていた。

 

「白状しなさい、アタシに何か隠しているでしょう。独りで抱え込んでしまわないで相談する、それがアタシ達の約束でしょう?」

 

 アスカに言われたシンジは、大きく息を吸い込んで深呼吸してから話し始める。

 

「今年の1月、パギブシニア共産国の首相が変わった事は知っているよね」

「ええもちろん、アタシも産休中だけど平和維持機関ネルフの一員なんだから、それくらいは分かるわよ」

「そのパギブシニア共産国の首相が、隣国のミロスハグー社会主義国を武力併合しようと画策しているらしいんだ」

「えっ、戦争を起こそうって言うの!?」

 

 セカンドインパクト後のバレンタイン休戦条約の後、世界ではここ数十年、戦争は起きていない。

 シンジが創り出したこの世界で、戦争が起こるなどアスカにはショックだった。

 

「それで新エヴァを戦争の抑止力として近くの国に待機任務に就かせる辞令が出ているんだけど、僕は断ろうと思うんだ」

「でも、お父様はその必要があると判断したから、シンジに辞令を出したんでしょう?」

「うん、パギブシニア共産国の政治体制が変わるまで注視する必要があるって。でも、僕は世界の平和も大事だけど、アスカと生まれたばかりのミライと離れ離れになりたくない!」

 

 シンジが苦しげな顔でそう叫ぶと、アスカは堂々とした態度で笑い飛ばす。

 

「そんな事を気にしていたの? アタシ達は問題ないってば」

「そうだよね、伯父さんや伯母さんが側に居てくれるから安心だよね」

「違うわよ、アタシ達もシンジについて行くって言っているの」

 

 アスカはそう言ってシンジに向かってウインクをした。

 

 

 

<第三新東京市 共同墓地>

 

 そして9月の出産予定日通りに、アスカは元気な娘、ミライを出産した。

 アスカとミライの体調を気遣って、シンジは赴任の日を来年の春まで先延ばしてもらった。

 代わりにレイが先行してパギブシニア共産国の国境近くへと新エヴァのパイロットして監視任務に付いていた。

 シンジとミライを抱きかかえたアスカは出国前に共同墓地へと向かった。

 ここには使徒との長い戦いで命を落とした人々が葬られている墓地である。

 エヴァ量産機を足止めするために散って行ったオーバー・ザ・レインボーや戦略自衛隊の隊員達。

 ゼーレの傭兵部隊により殺されてしまった剣崎キョウヤ、加持リョウジ、加賀ヒトミ。

 エヴァンゲリオンのダイレクトエントリー実験の犠牲になってしまったユイとキョウコの墓もあった。

 墓地の中の小高い丘に登ったシンジとアスカは墓地に眠る人々に語りかけるように話し出す。

 

「使徒が居なくなっても、残念ながら人間同士の戦いは続いています」

「だけど、アタシ達はいつの日かエヴァが無くても平和な日が来ると信じて努力するわ」

 

 シンジとアスカはそこまで言うと、深呼吸をして、アスカの胸に抱かれたミライを見つめながら声をそろえて宣言する。

 

「チルドレンのために!」

 

 シンジとアスカの言葉に答えるかのように優しい春の風がシンジとアスカとミライのほおをなでた。

 自分達の言葉が墓地に眠っている人々に届いた返事だと感じたシンジとアスカは再び声をそろえてお礼を言う。

 こうして自分達が生きていられるのも、皆が使徒との戦いに命を懸けてくれたお陰だ。

 

「ありがとう」

 

 シンジとアスカはミライを気遣いながらゆっくりと丘を降りて行った。

 そしてパギブシニア共産国の隣国で暮らす事になったシンジ達は、久しぶりにミサトの訪問を受けた。

 玄関先でミサトを出迎えたアスカは、笑顔でこんなやり取りを交わすのだった。

 

「How are you?」

「I'm fine, Thank you!」




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14年遅れのホワイト・デー

綾波レイを助けるために、ニア・サーを起こしたシンジ。初号機は使徒が飲み込んだ零号機と硬化ベークライトの箱に凍結されてしまう。14年後アスカは再会したシンジに問う、「どうしてアタシが怒ってるか解かる!?」シンジの答えは意外なものだった。
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サイトでは2011年ホワイトデー記念LAS小説短編キスの3倍返し!?公開してます。
http://haruhizora.web.fc2.com/mastar/ss/34.html


 第三新東京市を使徒ゼルエルが襲来したのは今から14年前。

 使徒ゼルエルに零号機ごと飲み込まれた綾波レイを助け出そうと、シンジはシンクロ率400パーセントを叩き出し、使徒ゼルエルのコアへと干渉した。

 使徒ゼルエルのコアに飲み込まれたレイは、差し出されたシンジに向かって手を伸ばす……。

 高過ぎるシンクロ率でシン化した初号機の頭上には天使の輪が現れ、使徒ゼルエルのコアと共鳴を起こし、空と大地が赤く染まった。

 ネルフ本部の大破壊と共に始まるニア・サードインパクト。

 地球と空と大地のコア化によりL結界濃度が高まり、全ての人類はL.C.L.へと化す運命となるはずであった。

 しかしこの事態に備えていたネルフは、L結界濃度の上昇を抑え、大地と空のコア化を防ぐ『封印柱』と呼ばれる装置を、世界各地に作っていたのである。

 この封印柱に囲まれた狭い範囲で、僅かな人々は生き延びることが出来た。

 それこそ、村と呼ばれる規模の集落で……。

 

「それで、シンジはどうなったの?」

 

 参号機に乗って使徒に侵食されてしまったアスカが、使徒のST細胞から解放されて意識を取り戻した時には、全ては終わってしまっていた。

 シンジはアスカの乗った参号機を攻撃する事を拒否して、初号機は参号機にやられるままになっていた。

 ゲンドウの判断で参号機はダミープラグに操られた初号機に殲滅させられる形で倒されており、アスカは回復まで時間が掛かったのだ。

 

「初号機は凍結される事になったわ。シンジ君を飲み込んだままね」

 

 ミサトはアスカの問い掛けにそう答えた。

 マヤのノートパソコンのディスプレイに映し出された初号機のエントリープラグ内の映像には、L.C.L.に浮かぶシンジのプラグスーツしかない。

 

「これじゃあ、シンジを殴りに行く事も出来ないじゃない!」

 

 アスカは悔しそうにそう呟いた。

 

「使徒に飲み込まれていた零号機も、かろうじてエントリープラグが残されていました」

 

 リツコがそう言うと、マヤは零号機のエントリープラグを映し出した映像に切り替える。

 その映像にもレイのプラグスーツが浮かんでいた。

 

「シンジ君とレイは高いシンクロ率の結果、自我境界線を失って、L結界濃度の高い場所に居る人々と同じL.C.L.化をしていると考えられるわ」

 

 初号機は使徒ゼルエルに完全に取り込まれた零号機に手を伸ばした形で動きを止めている。

 まずは触らぬ神に祟りなしと言う事で、初号機の凍結が決定された。

 初号機は巨大な箱に動かなくなった使徒ゼルエルごと入れられ、硬化ベークライトを注入されて固まってしまった。

 それはまるで巨大な棺桶の様に見えた。

 アスカは、ネルフはシンジを直ぐに救い出す方針ではない事を知った。

 長い間シンジと、ついでにレイとも会えなくなる。

 その事実はアスカを激しく動揺させた。

 シンジと会えない期間は半年、1年? 5年? まさか14年なんてアスカは思ってはいなかった。

 心を開いて、これからはずっと一緒に居られると思っていたシンジとの突然の別れ。

 すっかり孤独に弱くなってしまったアスカは、再び体調を崩して寝込むようになってしまった。

 

 

 

「こんにちわ、眠り姫のアスカさん」

 

 ベッドに横たわるアスカの元を訪れたのは、赤いフレームを掛けた眼鏡の少女だった。

 

「私はマリ。起こしに来たのが、王子様のシンジ君じゃなくてゴメンね」

「ほっといてよ……」

 

 アスカが投げやりにそう答えると、マリはアスカの顔を覗き込んで話した。

 

「やつれちゃった頬に、ぼさぼさの髪。シンジ君が情けない今のアスカを見たら、失望しちゃうかもね。シンジ君ってばおっぱい星人かもしれないから、私が盗っちゃうかも♪」

 

 マリがそう言って挑発すると、寝たきりだったアスカは立ち上がった。

 今の悪い女の見本のような自分を見れば、シンジは自分に失望してしまうかもしれない。

 後からポッと出のこのマリと言う女にシンジを横取りされるのも癪に障る。

 

「あんたの言う通りね。こうしてベッドでグダグダしているのも、アタシのキャラじゃないわ」

「やっとやる気が出て来たようでなにより、姫さん!」

「何よ、姫って?」

「王子様のキスを待っている間は、お姫様だよ♪」

 

 再び戦線に復帰したアスカは、マリをパートナーとして弐号機と捌号機で使徒と戦う事になった。

 お互いの絆を深める事が大切だと、アスカはマリと同室になった。

 そんなに居住用の部屋が余っていないので、2人部屋でも人数が少ない方だった。

 アスカとマリの部屋は、マリが蒐集した本であふれていた。

 レイも読書が好きだったが、マリは限度を超え、ゲンドウに怒られるほどだ。

 ニア・サードインパクトの中心となったネルフ本部の付近に住んでいた第三新東京市の住民たちの僅かな生き残りは、封印柱で保護された場所で、第三村と呼ばれる集落をつくって生活を始めた。

 農地として使われていた部分は少なく、保存食もいつ底を突くかわからない。

 そんな不安の中で、普通の中学生だったヒカリとトウジ、ケンスケ達は苦しい生活を強いられるようになった。

 トウジは村での内紛で怪我人が多くなっている事を憂えて藪医者を目指し、ヒカリはそんなトウジを支えながらも祖父のブンザエモンと共に農業に従事、ケンスケは技術力の高さを買われてネルフの技術部に編入。

 アスカはケンスケとネルフ本部で顔を合わせる機会も多くなった。

 休暇を貰ったアスカは第三村のヒカリの家で3人と話す事もあった。

 マリの部屋に居ると、本に押し潰される気がしてしまうからだ。

 トウジ達はアスカの事を気遣ってか、シンジの話はほとんどしなかった。

 そうした生活が何年続いても……初号機の凍結は解けなかった。

 リツコの話では、過去のサルベージ実験は2件とも失敗に終わり、何よりも本人が現実世界に帰る意思が無ければサルベージは成功しないのだと話した。

 初号機と弐号機にダイレクトエントリーした被験者は、エヴァから出る意思がないのだとリツコは失敗の原因を話した。

 

「バカシンジ……帰って来なさい! そしてアタシに殴られなさい、土下座しなさいよ……」

 

 アスカは初号機が凍結されている巨大な棺桶の前でそう嘆いた。

 トウジがヒカリの家で診療所を始め、2人の中がさらに深まり、子供まで生まれると、アスカはヒカリの家から足が遠のいた。

 代わりにケンスケが1人で暮らす家に居候し、以前の様に暗い顔で1人で携帯ゲームに向かうようになっていた。

 ケンスケはアスカを父親の様に見守るだけで、アスカにゲームを止めろと言う事はしなくなった。

 ゲームには現実逃避のような一面もある。

 ケンスケはアスカが現実に押し潰されないように耐えているのだと察していた。

 そんなアスカに吉報をもたらしたのはケンスケだった。

 

「喜べ式波、碇が戻って来るかもしれないぞ!」

 

 ケンスケの話を聞いたアスカは、持っていた携帯ゲームを床に落とした。

 

「真希波が色々な研究書を読み漁って方法を見つけたらしい」

 

 アスカはてっきりマリは自分の趣味で読書をしているものだとばかり思っていた。

 あの部屋を埋め尽くすほどの本は、シンジを呼び戻すための知識を得るためのものだったのかとアスカは考えた。

 リツコはMAGIの後継機のスーパーコンピュータKOUMEIを使ってシンジをサルベージするための手段を模索していたが、結論は出せなかった。

 マリはデジタル化されていない書物をコア化した世界から使徒殲滅任務の度に回収していた。

 

「アタシの寝る場所まで無くなるじゃないの!」

「メンゴメンゴ、モントゴメリー」

 

 アスカは本を集めるのを周囲から注意されても止める事無く、ついにアスカが本気で怒った事もあった。

 部屋のベッドまで本に占拠されたアスカは仕方なくケンスケのハウスに居候する事になってしまった。

 マリは14年間相談する相手も無くシンジを救う方法を考えていたのに、自分はゲームをして現実逃避ばかりしていた、アスカはそんな自分が情けなくなった。

 シンジに相応しい女性は自分なんかではなくマリなのではと思ってしまった。

 

「やあやあお姫様、来てくれたのかい? やっぱり主役がいないと作戦は成功しないからね」

「アタシが主役? 何を言っているの?」

 

 アスカが凍結された初号機が眠る巨大な棺の前まで来ると、ゲンドウをはじめとしたネルフの人間達が集まっていた。

 

「シン化した初号機に乗って、神に近い存在となったシンジ君とレイは、2人だけの小さな世界を創って、その中で生きていると推測されるわ。だからシンジ君をこちらの世界に連れ戻すには、強い愛の力で呼び掛けるしかない。機械的に信号を送るサルベージは失敗に終わったのよ」

 

 前髪もバッサリと切り落として、髪型をベリーショートにしたリツコが悔しそうな顔でそう呟いた。

 この14年間、コア化した大地を戻す研究をする傍ら、初号機に取り込まれたシンジをサルベージするための方法を探す事を諦めなかった。

 マリが世界中の文献を漁ってその方法を探し出してくれた事は嬉しいが、自分の力が及ばない範疇だったのは無念だった。

 

「古代マヤ文明にね、『魂喚の儀』と言うものがあってね。あっ、マヤちゃんには関係ないよ!」

「当たり前です!」

 

 リツコと一緒に研究を続けていたマヤも、マリに長年の手柄を取られた気分で良いものではなかった。

 古代文明の文献まではデジタルデータに網羅して登録されてはいなかった。

 地球のほとんどがコア化してしまった今、世界中のサーバーも停止してネットワークで得られる情報もほとんどない。

 

「そこで姫から初号機にいるシンジ君に呼び掛けてもらいたいんだよ。愛の力を思いっきり込めてね!」

 

 明るい口調でマリにそう言われたアスカは、顔を赤くして腕組みをしてプイっと横を向いた。

 

「何でアタシがそんな事しなくちゃいけないのよ」

「姫はシンジ君に抱き締めてキスして欲しいんでしょう?」

「違う! アタシはアイツをぶん殴りたいの!」

「それなら是非ともシンジ君をサルベージしないとね♪」

 

 マリに促されたアスカは、たくさんのお守りが置かれた絨毯の上に座らされた。

 

「マヤ文明には200人もの神様が居てね、2000年も文明が続いたんだよ」

 

 お守りを作らされたのはネルフのスタッフや、第三村の住民達だった。

 中にはヒカリやトウジ、ケンスケが作ったものもあるのだと言う。

 

「日本でも言われているよね、物には魂が宿るって。アスカも大量消費時代の波に飲まれないようにね。まあ、今の第三村じゃあそんな贅沢は出来ないもんね」

 

 マリはそう言って携帯ゲーム用の乾電池を使って来たアスカを少し皮肉った。

 乾電池が完全に無くなれば、アスカはゲームを止めて現実と向き合わなければいけない時が来る。

 

「どうして、アタシにも声を掛けなかったのよ?」

 

 お守りの1つや2つぐらい、自分も作れると、仲間外れにされたと感じたアスカはマリを睨み付けた。

 

「祈る人間と、お守りを作った人間との魂が交ざってはいけないんだよ」

「はいはい、分かったわよ」

 

 アスカは観念して絨毯の中心に座った。

 するとアスカの身体から光の柱が伸び、初号機と繋がった。

 

「オーラ・ロードが開かれた! これでシンジ君達は帰って来れるよ!」

 

 マリが興奮した口調でそう言った。

 このサルベージ方法を提案したマリも、成功するか不安はあったようだ。

 

「さあ姫、呼び掛けるんだよ、シンジ君に帰って来いって!」

 

 ここでアスカが正直な言葉を言わなければ、シンジは帰って来ない。

 マリはアスカの愛の力を信じていた。

 

「帰って来て、シンジ……! アタシはアンタにまた会いたいの……!」

 

 アスカは照れ隠しにバカシンジと呼ぶ事も、殴ってやりたいと言う気持ちも無理やり追いやって、純粋にシンジに向かって呼び掛けた。

 果たしてアスカの言葉はシンジに届くのか、それは神のみぞ知る。

 

 

 

 使徒ゼルエルに零号機が飲み込まれるのを見たシンジは、レイを助け出そうと勇気を振り絞った。

 参号機に寄生していた使徒に取り込まれたアスカを自分の手で救えなかった後悔が、シンジに強い力を与えていた。

 使徒のコアに飲み込まれた零号機のエントリープラグの中に居るレイを見つけた時、シンジはレイに向かって手を伸ばした。

 

「シンジ君、止めなさい! それ以上すると人の姿を保てなくなる!」

 

 リツコは通信でシンジのシンクロ率上昇を抑えようとした。

 

「シンジ君、行きなさい! あなた自身の願いのために!」

 

 ミサトは反対にシンジの行動を後押しした。

 シンジに気が付いたレイもシンジに向かって手を伸ばす。

 そして2人の手はしっかりと結ばれて、シンジはレイを助ける事が出来た。

 しかし次の瞬間、零号機のエントリープラグの中に居たはずのシンジとレイは手を繋いで真っ白な世界に立っていた。

 

「ここは、どこなの? 綾波は知ってる?」

 

 シンジに尋ねられたレイは首を横に振った。

 

「エヴァと使徒が創り出した精神世界。マイナス宇宙と呼ばれているわ」

 

 シンジ達の前に白い霧の中から歩いて姿を現したのは、白衣を着た2人の女性だった。

 

「私は赤木ナオコ。あなた達が知っているリッちゃんの母親よ」

 

 シンジに説明をした赤紫色のカールのかかった女性がそう言った。

 その後ろにはレイと似た顔をした女性が立っている。

 

「私は碇ユイ。久し振りね、シンジ」

 

 穏やかな笑みを浮かべたユイがそう言うと、シンジはレイと繋いでいた手を離してユイの胸へと飛び込んだ。

 

「酷いよ、父さんも母さんも、僕を置き去りにして!」

「ごめんなさい、あの人もシンジから離れてしまったのね」

 

 ユイはシンジを冬月先生のような信頼の置ける人間に頼んでおくべきだったと後悔していた。

 ユイを失ったゲンドウが錯乱してしまうのは予想できた事なのに。

 

「私達はエヴァのコアへとダイレクトエントリーする実験を行った結果、人の形を失ってL.C.L.となりコアに取り込まれたのよ」

 

 ナオコはシンジに自分達が消えてしまった理由を話した。

 

「そして、今度現れた使徒も人の心を欲してその子をコアに取り込もうとしたのよ」

 

 ユイはレイを見つめてそう話した。

 

「あなた、お名前は?」

「綾波レイ……」

 

 ユイに尋ねられたレイがそう答えると、ユイは深いため息を吐き出した。

 ゲンドウは男の子が生まれたらシンジ、女の子が生まれたらレイと名前を付けようと話していた。

 ユイはゲンドウが自分のクローン体を作って娘の名前を付けるほど偏愛をしている事を情けなく思った。

 

「全く、ガキゲンドウね」

 

 穏やかだったユイが怒った表情でそう呟くと、シンジは戸惑った表情になった。

 

「積もる話はあるけれど、落ち着ける場所を生成しましょう。シンジ君、あなたの記憶を借りるわね」

 

 この4人の中で年長者であり、冷静な赤木ナオコはシンジの額に手を当てた。

 するとシンジが住み慣れた我が家である葛城家のリビングが出現した。

 

「凄い、これって一体どうなっているんですか?」

「ここは精神世界だって話したでしょう? マイナス宇宙では何もかもが自由なのよ」

 

 シンジの質問にナオコはそう答えた。

 ユイは葛城家の中を興味深く見回している。

 

「こんなに缶ビールの山が……シンジはどんな人と住んでいたの?」

「ネルフの葛城ミサト一尉です。明るい人で、碇君を保護しました」

 

 とりあえずレイが無難にユイの質問に答えてくれて、シンジはホッとした。

 正直に全部暴露すると、ミサトに悪い印象を持ってしまうと思った。

 

「精神世界だからお腹は空きませんけど、何か料理を作りますね。美味しい物を食べながらだと、話が弾みますから」

 

 ユイはそう言ってキッチンに立つ。

 シンジは母の手料理が食べられる事に喜びを感じながらも、いつもの習慣で手助けを申し出てしまった。

 再現された冷蔵庫にはシンジが持ち込んでいた野菜などの食材もある。

 気がつけば、壁に掛けられた日めくりカレンダーは3月1日を示していた。

 時間の概念が無いような世界だが、4人は今日を3月1日として新生活を始める事に決めた。

 

「シンジってば、かなり家事に手慣れているのね」

「うん、ミサトさんもネルフの仕事で大変だから、家事を手伝っているんだ」

 

 100パーセント近く葛城家の家事をしていますとは、シンジはユイに答えられなかった。

 シンジの作り出した精神世界は葛城家だけでなく第三新東京市全体へと広がり、食材をスーパーに買いに行くと言う疑似体験も出来るようになっていた。

 しかし心を持った人間を再現する事は出来ず、4人で暮らすなら第三村でも十分じゃないの、と話していた。

 

「3月と言えばそろそろ桜の咲く季節ね」

「桜ですか?」

 

 ユイが呟くと、レイが不思議な顔をして尋ねた。

 

「レイとシンジは日本に春と言う季節があった事が分からないから知らないか。セカンドインパクトの前はね、桜の花を見ながらお弁当やお酒を飲む『お花見』と言う行事があったの。季節も戻った事ですし、今度お花見をしませんか、ナオコさん?」

「それはとても楽しそうね」

 

 シンジは街並みを再現し、ナオコは四季を復活させた。

 そのおかげでシンジ達は常夏の日本から解放されて、暖かな春の陽気を感じている。

 桜の花が満開になるのは3月の月末頃だ。

 この精神世界で暮らすようになってから、楽しい家族行事をした事は無い。

 4人は日めくりカレンダーを破りながら楽しいお花見の日を待った。  

 

 

 

「ふふ、お花見でこんな一等席を取れるなんて初めてです」

「いつも人でいっぱいでしたものね」

 

 満開に咲き誇る桜の木の眺望の良い場所にレジャーを広げ、ユイとナオコはそう言葉を交わした。

 そして何段もの重箱に詰められた豪華な花見弁当を広げて、ユイとナオコは花見酒としゃれ込む。

 お花見弁当はユイとシンジだけではなく、ナオコとレイも力を合わせて作った超大作だ。

 ユイとナオコは今まで初号機と零号機のコアの中で見守り続けていたシンジとレイをこの寂しいながらも穏やかな世界で、息子と娘の様に育てて行く事に決めた。

 過去にナオコもユイもエヴァのコアからのサルベージ信号を外部から受け取った事はあった。

 しかしナオコもユイも自分の意思でエヴァのコアに留まる事を決めてサルベージを拒否した。

 そして今、シンジ達のL.C.L.と混ざり合い独自の精神世界を築く事になって、エヴァとして外の世界の状況を感じ取る事も出来なくなってしまった。

 いつまでこの精神世界が続くのか、ナオコもユイも不透明だったが、絶望をシンジとレイに抱かせるわけには行かない。

 しかしこの世界の崩壊は予想外に早く訪れた。

 青空に穴が開いたと思うと、地面に向かって光の柱が現れたである。

 

「帰って来て、シンジ……! アタシはアンタにまた会いたいの……!」

 

 アスカの呼ぶ声が聞こえて、この光の柱は外の世界へと通じているのだと分った。

 

「アスカが僕を呼んでいる」

「シンジ、帰りなさい、あなたを愛してくれている人の元へ」

 

 迷っているシンジにユイはそう声を掛けた。

 

「それなら、綾波も母さん達も一緒に帰ろう」

 

 シンジはそう言って、レイとユイの腕をつかんだ。

 そしてレイはナオコの腕も掴んでいる。

 3人はお互いの目を見ながら気持ちを探り、シンジと一緒に帰ると結論を出した。

 特にユイはゲンドウを思いっきり叱ってやらないと気が済まないと思った。

 この精神世界に残っても、零号機と初号機が動くようになる保証も無いし、いざとなったら再びコアにダイレクトエントリーするまでだ。

 シンジ達は手を繋いで光の柱へと飛び込んだ。

 すると身体に浮遊感を感じ、視界は真っ白になった。

 次にシンジが感じたのは顔を包み込むような柔らかな塊だった。

 

 

 

「な、な、何をしてるのよ! バカシンジ!」

 

 アスカはそう言ってシンジの身体を突き放した。

 光の柱の方向が違っていたので、飛び出したシンジはアスカの胸へと飛び込んでしまったのだ。

 

「見事なおっぱいダイブだね」

 

 マリは感心したようにそう呟いた。

 

「それに、何でアンタは服を着ていないのよ!」

「L.C.L.では服まで再現できないからね」

 

 マリはそう言うと、シンジに毛布をかぶせた。

 シンジ以外の帰還者、レイやユイ、ナオコ達もネルフのスタッフ達に毛布を渡されていた。

 特にユイはゲンドウに積もる話があるようだ。

 シンジはアスカがすっかりと大人の女性になっている事に気が付いた。

 

「アンタが初号機であの使徒と戦った時から14年も経っているのよ」

「えっ、僕達は1ヵ月くらいしかマイナス宇宙に居なかったのに」

 

 アスカの言葉を聞いたシンジは衝撃を受けた。

 2つの世界の時間の流れにはそれほど大きな差があったのだ。 

 

「アタシはアンタを殴り飛ばしたいほど怒っている。どうしてだか解かる?」

 

 拳を握り締めてアスカは、シンジにそう尋ねた。

 キョトンとしていたシンジは考え込むような仕草をすると、何かに気が付いたような顔をしてアスカに謝った。

 

「ごめん! バレンタインデーのお返しがまだだったね、アスカがせっかく手作りチョコレートをくれたのに、ホワイトデーが過ぎちゃった!」

 

 シンジにとってはバレンタインデーにチョコレートキスを受け取ったのはついこの間の事。

 アスカにとっては遥か14年前の苦い思い出だった。

 

「あははっ、シンジ君ってば天然記念物だね」

 

 今までユイの方に付きっきりだったマリがシンジの言葉を聞いて笑い声を上げた。 

 マリはシンジを助けるよりもユイに会いたい一心で頑張っていたのかとアスカは感じた。

 

「アタシが怒っているのはね、アンタがアタシの乗る参号機が使徒に乗っ取られた時、戦う事を放棄して逃げた事よ」

 

 シンジが逃げた結果、参号機はダミープラグで動いた初号機によって殲滅される事になった。

 

「うん、だから僕は今度は後悔しないように綾波を助けようと思ったんだ」

 

 シンジはそう言ってレイを見つめた。

 

「そう、アンタが反省しているならそれで良いわ」

 

 アスカはそう言ってシンジの前から立ち去ろうと背中を向けた。

 自分は29歳、シンジは15歳。

 先に自分の方が大人になってしまった、シンジは同い年のレイと結ばれるのが幸せだとアスカはシンジから卒業しようと決意を固めた。

 しかしそんなアスカを呼び止めたのはレイだった。

 

「私は碇君の事が少しだけ好きだった。でも、今はもう好きじゃなくなったのよ、アスカ」

 

 レイの言葉を聞いたアスカは驚いてシンジとレイの方を振り返った。

 自分はユイのクローンであるとレイは気が付いていたし、そのうち周囲の人達もユイとレイの関係に気が付くだろうとレイは思っていた。

 

「それとシンジ君に朗報。まだ3月14日は過ぎてないんだよ」

「だったらホワイトデーには間に合いそうだね」

 

 マリはシンジの言葉を聞いて嬉しそうな笑顔になった。

 

 

 

「でも本当にアタシで良いの? シンジが大人になる頃はアタシはすっかりおばさんよ」

「構わない。綺麗になったアスカと付き合う事が出来て嬉しいよ」

 

 ミサトやリツコが聞いたら苦虫を嚙み潰したような顔になる問い掛けにもシンジは笑顔でそう答えた。

 第三村でアスカと暮らす事になったシンジは14本の筒状のシガレットクッキーを焼いた。

 

「そう言えば、ポッキーゲームなんてものがあったわね」

「アスカ、恥ずかしがらずに反対側を咥えてよ」

 

 シンジはそう言って、シガレットクッキーを咥えるとアスカに向かって突き出した。

 今更照れるものかと、アスカはクッキーの反対側を咥えた。

 このまま両端から食べ進めて行けば2人はキスをする事になる。

 シンジが焼いたクッキーは14本。

 2人は今までの分を取り戻すように14年目のホワイトデーを楽しむのだった。




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アスカ、また笑ってよ! 3月23日記念LAS短編

 アスカがシンジ達と同居を始めてから数ヵ月。ある日を境にアスカは明るかった笑顔を失ってしまった。ゲンドウ暗殺計画に巻き込まれたアスカの目の前に、もう1人のシンジが姿を現した。
9年の休止から復帰してからの新作用のWeb拍手ページを作成しました。短編集の拍手ボタンを押して頂けると幸いです。
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アスカ・スマイル! ~消えたシンジの願い~(ハッピーエンド)のリメイクです。
http://haruhizora.web.fc2.com/mastar/ss/57.html


 来日したアスカが葛城家でミサトとシンジとの同居生活を始めて3ヶ月が経った。

 最初はシンジとの同居生活に不平不満を漏らしていたばかりだったアスカも、時々楽しんでいるような表情を見せるようになった。

 

「ねえシンジ、チェロを弾いてよ」

「えっ、僕まだ宿題が終わってないんだけど」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

 

 アスカがヒカリに頼まれて、ヒカリの姉のコダマの知人男性とのデートに行ってしまった日。

 ひとりぼっちで家に居る事に暇を持て余したシンジは、チェロをベッドの下から引っ張り出して弾いていた。

 ミサトと同居する事になった時、先生から送られて来たシンジの荷物の中にチェロが入っていた。

 今までシンジは家事やアスカのお守りに追われてチェロを弾く気が起きなかった。

 久しぶりにチェロを弾いたシンジは、思わず時間を忘れて夢中になってしまった。

 その時、予定より早く帰って来たアスカにチェロを弾いている姿を見られてしまったのだ。

 

「なかなかやるじゃない」

 

 アスカに素直に拍手されて、初めてアスカに褒められたシンジは照れくさい気持ちになった。

 それからと言うもの、アスカはミサトが居ない時にシンジにチェロの演奏をせがむようになった。

 

「分かったよ、じゃあ少しだけ」

「やった!」

 

 アスカはシンジの正面の椅子に座って、シンジのチェロの演奏を聴く。

 シンジはアスカに見つめられながらチェロの演奏をするのは照れくさかったが、自分を見つめるアスカの笑顔を長く見ていたくて、少しだけと言ったのに長くチェロを弾いてしまうのだった。

 このチェロの演奏会が、シンジとアスカにとっての楽しみの1つだった。

 それなのに……。

 

 

 

 ある日を境に、シンジはアスカの様子がおかしくなった事に気が付いた。

 まず笑顔を見せなくなり、いつも何か考え込むような硬い表情をしている。

 チェロの演奏会もパッタリと途絶え、部屋に閉じこもる事も多くなった。

 

「アスカ」

「な、何か用?」

「別に用は無いけど、何か悩み事でもあるの?」

「大丈夫よ、放って置いて」

 

 シンジは自分がアスカに嫌われてしまったのではないかと思ったが、アスカは怒っていると言うより、何かに怯えているような様子だった。

 

「ミサトさん、最近、アスカの様子がおかしいと思いませんか?」

「そうね、でも下手に疑っている様子を見せると、アスカとの溝はさらに深まってしまうかもしれない。だから諜報部に尾行させるわけにもいかないのよ」

 

 ミサトもシンジと同じくアスカの態度に変化を感じていた。

 今のアスカはやっと2人と打ち解けて笑顔を見せ始めた、14歳の少女の姿では無い。

 当初ミサトは自分がリョウジとよりを戻してしまったので、アスカが自分に対して怒っているのではないかと思っていたが、シンジの言う通り、秘密がバレやしないかと怯えている感じだ。

 アスカはリョウジにも近寄らなくなったのだとミサトは聞いていた。

 

「もしかしてアスカは、危険な相手と恋愛関係になっているのかもしれないわ。例えば、妻子の居る男性とか」

「そんな!」

 

 アスカがリョウジに憧れのようなものを抱いているのはシンジは知っていた。

 でもリョウジがミサトと復縁すれば、アスカは自分の事を見てくれるかもしれないと淡い期待を持っていたシンジはショックを受けた。

 ツンツンとしていたアスカが自分に笑顔を見せてくれるようになって、シンジは嬉しかった。

 またチェロを弾く事が無くなって、シンジの気分は落ち込んだ。

 

 

 

 放課後、シンジはアスカがどんな男性と付き合っているのか気になって、アスカの後を尾行する事にした。

 やっとアスカが毎日シンジを下校時に誘って一緒に帰るようになったのに、最近になってアスカは逃げるように1人で下校するようになっていた。

 アスカは尾行をかなり警戒している様子で、シンジは遠く離れた場所からしかアスカを追いかける事が出来ず、シンジはアスカを見失ってしまった。

 しかしシンジが偶然に入ったカフェで、アスカを再び見つける事が出来たのはラッキーだった。

 アスカは1人でコーヒーを飲んで、誰かを待っている様子だった。

 すると、アスカの向かいの席に座ったのは、スーツを着た外国人の男性だった。

 

「アスカが、加持さん以外の男性と付き合っているかもしれないって言うミサトさんの話は当たっていたんだ……」

 

 しかしまだアスカが脅迫されている可能性も捨てきれない。

 シンジはしばらくアスカと外国人男性の話す様子を見守った。

 会話の内容は聞こえなかったが、アスカは時々笑みを浮かべていて、楽しそうに見えた。

 だがそのアスカの笑みは、シンジの好きな太陽のようなアスカの笑顔ではなく、狂気を感じさせる歪んだ笑顔に見えた。

 

「いや、きっと僕はあの外国人の男に嫉妬して自分の心が汚れてしまっているから、アスカの笑顔も曇って見えるんだ」

 

 シンジは自分のせいだと言い聞かせた。

 アスカが外国人の男性と密会を繰り返しているのは分かったが、シンジはアスカの恋路を邪魔する自分が浅ましい人間だと思い、ミサトに告げ口する事を止めた。

 

 

 

 しかしシンジはアスカの事ばかり気にしてはいられなかった、なぜなら自分にも大きな悩み事が出来てしまったからだ。

 次第に近づいて来る母親ユイの命日。

 5年前、母親ユイの墓参りで父ゲンドウと言い争いをして逃げ出してしまってから、サードチルドレンとして第三新東京市のネルフに呼び寄せられるまでシンジはゲンドウと顔を合わせる事はなかったのだ。

 ネルフに来てからゲンドウとまた話す事が出来たので、久しぶりに2人で母親の墓参りに行く事になったのだ。

 シンジはゲンドウに5年前に言ってしまった事を謝りたかった。

 今までシンジを引き取っていた『先生』も、母親のユイはゲンドウが殺したのだと世間の噂通りの事を話していた。

 そしてシンジもいつの間にかそうだと思い込み、ゲンドウを人殺しだと罵った。

 あれは実験の予期しない事故だったと話すゲンドウの言い分に耳を貸そうとはしなかった。

 でもシンジは自分の心を守るために今まで蓋をしていた記憶を思い出し、母親のユイは自分から望んで実験に臨み、事故に遭ったのが真実だと確信した。

 シンジは母親が死んだ時、涙を流して激しく嗚咽するゲンドウの姿を見ていた事も思い出した。

 やっぱり父さんは母さんを愛していた、だから殺そうとするはずがない、一方的に父さんを悪者扱いするような事を言って悪かったとシンジはゲンドウに話すつもりだった。

 

 

 

その一方で、シンジとゲンドウの墓参りの日が近づくにつれて、アスカは緊張感を増していた。

 その日は、アスカが自分の母親の復讐を実行する絶好のチャンスだと考えていたからだ。

 ある日ネルフのドイツ支部からやって来た旧知の男性に、アスカの母親の死の原因となった実験は、ゲンドウの野望によるものだと聞かされた。

 当初はバカな話だと聞き流していたアスカだが、ゲンドウが自分の妻と再会するためにエヴァを利用したと聞かされると、アスカの心に黒い炎が燃え上がった。

 アスカとその男はゲンドウを暗殺するための計画を練った。

 普段から多数のSPに守られているゲンドウだが、年に一度だけ、人払いをする時がある。

 それはユイの命日に墓参りをする時だった。

 今までその時のゲンドウに近づく事が出来たのはシンジだけ。

 他の人間は墓地に立ち入る事すら許されない。

 しかしアスカの母親のキョウコの遺言で、キョウコの墓はユイの墓の隣に建立された。

 これはアスカにとってはとても都合の良い事だった。

 自分の母親の墓参りだと言う名目で墓地に入れば、丸腰のゲンドウに接近する事が出来る。

 アスカ達が立てた計画では、アスカは偶然ゲンドウが墓参りに行く日に、自分も母親の墓参りに行く事を思い立ち、墓参りの品に紛れて小型の拳銃を持ち込んで墓地へと入り、ゲンドウを撃つと言った少々短絡的なものだった。

 冷静に考えてみると成功確率の低い計画だったが、黒幕はゲンドウを排除しようとするゼーレの人間が絡んでいた。

 ゲンドウでなければ人類補完計画は実行できないと主張する者と、ゲンドウは人類補完計画にとって危険分子であるから排除する者で、ゼーレは意見が割れていた。

 そのゼーレの人物は、自分の息のかかった者が直接ゲンドウを暗殺すれば、自分の元にも捜査の手が及び都合が悪い。

 そこでセカンドチルドレンであるアスカに白羽の矢を立てた。

 ゲンドウの暗殺に失敗しても、アスカが母親の復讐をするためと言う動機で行ったと決着を付ければ、自分は無関係を装う事が出来る。

 母親の復讐に目が曇っていたアスカは、自分が利用されている事に気が付かない。

 

「ねえ、アタシがママの敵を討ったら、ママは喜んでくれる? アタシを褒めてくれる?」

 

 自分の部屋でサルのぬいぐるみに話し掛けるアスカの顔は、狂気の笑みで歪んでいた。

 アスカは弐号機のパレットガンで使徒を撃った事はあるが、拳銃で人の命を奪った事など無い。

 身体が震えるほどの恐怖は燃え上がる復讐心がかき消してくれた、むしろ興奮するような狂喜がアスカの胸に湧きあがって来る。

 しかしアスカにとって気がかりなのはシンジだった。

 母親の敵であるゲンドウの息子なのに、アスカはどうしてもシンジの事を憎めなかった。

 アスカは日本に来てから、様々なワガママを言ったが、1つとして通ったことが無い。

 ミサトだってアスカの姉だと言いながら、ネルフの上官としての任務を優先する。

 リョウジもアスカが甘えても相手にしてくれないし、ミサトに対するほど本気になってくれない。

 文句を言いながらも、ありのままの自分を受け入れてくれたのはシンジなのだと、アスカは気付いていた。

 シンジの気持ちを試すような事をしても、シンジは自分を見捨てるようなことはしない。

 だから、シンジの目の前で父親のゲンドウを撃ってしまう事は避けたかった。

 ゲンドウを庇ったシンジが撃たれてしまう可能性もあった。

 アスカに暗殺計画を持ち掛けた男は、シンジの生死も問わないと話していた。

 この事がキール議長の耳に入れば、その男は粛清されてしまうだろう。

 しかしその男はキール議長がもしエヴァ量産機の数が足らなくなった時に、どのように人類補完計画を強行しようとしていたかまでは知らなかった。

 アスカはさりげなく説得して、シンジをゲンドウと一緒に墓参りに行かせないように仕向けようと決意した。

 

「シンジ、今度の日曜日に司令と一緒にお墓参りに行くんでしょう?」

「うん、僕もこの機会に父さんに悪い事を言ってしまった事を謝ってみようと思うんだ」

 

 前向きなシンジの言葉に、アスカは面喰ってしまうと同時に困ってしまった。

 シンジは父親のゲンドウを苦手としていて、アスカにも愚痴を零していた。

 アスカは何とかシンジに墓参り行きを思い止まらせようと説得にかかる。

 

「あんな司令みたいな人間と話したって無駄よ、アンタが傷付くだけだから絶対止めておきなさい!」

 

 アスカが強くそう言うと、シンジは怒ったような顔で言い返した。

 

「言っている事がおかしいよ、父さんから逃げずに向き合うようにずっと励ましてくれたのはアスカじゃないか」

「そ、そうだった? まあせいぜい頑張りなさい」

 

 アスカはとぼけるような顔をして誤魔化した。

 これ以上強引に説得しようとすると、シンジにアスカの計画を気付かれてしまうかもしれない。

 シンジの墓参り行きを止められなかったアスカは自分の部屋に戻ると深いため息をついた。

 しかしゲンドウがガードを遠ざけるめったにない襲撃のチャンスなのだから、止めるわけにはいかない。

 こんな暗い気持ちを抱えながら、また復讐のチャンスを待ち続けながら生きていけないとアスカは思うのだった。

 

 

 

 いよいよシンジがゲンドウと墓参りに行く運命の日を迎えた。

 制服を着たシンジは少し緊張した表情で、家を出て行った。

 ミサトはリョウジとリツコと共に友人の結婚式に招かれているようで、これで家に居るのはアスカ1人となった。

 シンジとミサトを玄関で見送ったアスカは、ゲンドウ襲撃の準備をするために自分の部屋へと戻った。

 まずアスカは机の引き出しの中に隠していた3Dプリンターを起動し、小型拳銃のデータを入力した。

 この3Dプリンターとデータは、アスカに暗殺計画を持ち掛けた男から渡されたものだ。

 次にアスカはミサトの部屋にある酒瓶を叩き割って大量のガラス片を手に入れると、それを3Dプリンターに投入する。

 ミサトの部屋の証拠隠滅なんてしなかった、どうせ自分はゲンドウを撃った後に捕まって、この家に帰って来る事は無いとアスカは分かっていた。

 3Dプリンターで銃が製造されている間に、アスカは墓参りに行くための服に着替える。

 自分が着ていた部屋着は、ミサトの酒瓶を割った時に返り血のように中の酒を浴びて濡れてしまっていた。

 着替え終わったアスカは自分の姿を鏡に映してみる。

 この前親友のヒカリと一緒に選んで買った新しい服のはずなのに、色あせて見えた。

 その理由は分かっている、着ている自分自身がすさんだ雰囲気に包まれているからだ。

 アスカは改めて日本で暮らしていた自分の部屋をぐるりと見回す。

 母親からもらったサルのぬいぐるみ、お気に入りの黄色いワンピース、壱中の文化祭でシンジ達の『地球防衛バンド』と一緒に撮った記念写真が目に入る。

 それらの煌びやかな思い出が、アスカの復讐殺人と言う行為を止めようとする。

 しかし、アスカには迷っている時間は残されていなかった。

 ゲンドウが墓参りを終えれば襲撃のタイミングを逃してしまう。

 墓地の周囲を固めている警備の人間の一部は、計画の協力者になっていると男は話していた。

 

「さよなら」

 

 3Dプリンターから出力されたガラス製の拳銃を持ったアスカは、別れの言葉をつぶやいて自分の部屋を出た。

 

「間に合って良かった。アスカ、その拳銃を捨てるんだ」

 

 声を掛けられたアスカは驚いて息を飲んだ。

 葛城家の居間には外に出掛けたはずのシンジが立っていたのだ。

 

「シンジ、アンタは司令の所に行ったんじゃないの?」

「僕はこの世界の人間じゃない。アスカが父さんを撃ってしまった未来の平行世界から来たんだ」

 

 アスカの質問に対して、プラグスーツを着たシンジは真剣な表情で答えた。

 確かにシンジは学生服を着て墓参りへと向かったはずだとアスカは気が付いた。

 

「未来から来たシンジだろうが、邪魔しないで! アタシはママの敵を討たなければならないのよ!」

 

 アスカはそう言って拳銃をシンジに向けるが、シンジは全く動じなかった。

 

「確かに僕やアスカの母さんが死んだのは、エヴァの実験のせいだ。でも、父さんは母さんの事を愛していた。殺そうとなんて考えていたとは思えない。不幸な事故だったんだよ」

「それならアンタは、アタシからママを奪ったのは碇司令じゃないって言うの!?」

 

 逆上して目を血走らせたアスカは、握っていた拳銃を強く握り締めた。

 強く握ったせいで薄いガラスの部分が割れて、アスカは指を切った。

 

「アスカっ!」

 

 シンジは顔色を変えて、リビングに置いてあった救急箱を取り出してアスカの指に包帯を巻く。

 力強く手をシンジに掴まれたアスカは、抵抗する事を止めた。

 

「アスカのお母さんが亡くなった事に、父さんにも責任が全く無いとはいえない。でもアスカがしようとしているのは、僕から父さんを奪う事。アスカが憎んでいた、僕の父さんと同じ事をしようとしているんだよ」

「あっ……」

 

 シンジに指摘されて、アスカは全身から身体の力が抜けた。

 自分が何をしようとしていたのか、冷静になって気が付いたのだ。

 復讐を果たしても、シンジに恨まれ続けてしまうかもしれない。

 そんなのは絶対に嫌だ。

 

「教えて、アンタの居た未来の世界では、アタシはどうなったの?」

「結局父さんを殺す事は出来なかったけど、拳銃で人を撃ってしまったショックでアスカはおかしくなっていって、最後にはアスカのお母さんと同じように首を……」

「そう、止めてくれてありがとう、シンジ」

 

 目から涙を流したアスカはシンジに抱き付こうとしたが、シンジの身体をすり抜けてしまった。

 

「アンタ、身体が透けて……」

「存在する可能性の無くなった世界の僕は消えるんだ。アスカが考えを変えてくれたお陰だよ、ありがとう」

「そんな、お礼を言うのはアタシの方よ!」

 

 アスカの目の前でプラグスーツを着たシンジの姿は消えた。

 しかし、シンジが指に包帯を巻いてくれたと言う事実は残っていた。

 

「済まなかったな、アスカ。俺の怠慢のせいで、危険な男が近づいていたのを察知できなかった」

 

 アスカが助けを求めてリョウジに電話すると、リョウジは結婚式場を抜け出して家へと駆け付けた。

 アスカにゲンドウの暗殺計画を唆した男達の一味はリョウジが何とかすると話した。

 その点でアスカは安心する事が出来たが、問題はこの家で起きた事件の後始末だ。

 家族である2人、特にシンジにはアスカがどす黒い感情を抱いていた事を知られたくない。

 その事もリョウジに相談すると、リョウジはアスカに作戦を提案した。

 

 

 

 その日の夕方、墓参りを終えて家に帰って来たシンジは驚いた。

 アスカがキッチンに立って、夕食を作っていたのだ。

 

「シンジ、おかえり。司令とのお墓参りはどうだったの?」

「うん、少しだけど父さんと話す事が出来たんだよ」

「そう、良かったじゃない」

 

 シンジの答えを聞いたアスカは笑顔を浮かべた。

 それは久しぶりに見る明るい笑顔だとシンジは感じた。

 

「アスカ、その指はどうしたの?」

「包丁で指をちょっと切っちゃってね。はぁ、慣れない事はするもんじゃないわ」

 

 アスカがそう答えると、シンジは疑いもせずに納得した様子だった。

 

「それにしても、アスカが料理をするなんて、ビックリしたよ」

「アタシが暇潰しに料理をする事に文句あるの?」

「ううん、そんな事無いよ」

 

 最近のアスカは思い詰めた顔をしていてシンジは心配していたのだ。

 悩み事が解決したのだろうか、アスカの笑顔はまぶしいほどだった。

 アスカが笑顔を取り戻した理由をこの世界のシンジは何も知らない。

 だけど、アスカはその方が良いと思った。

 自分はこの家で、今まで通り楽しく生きて行く。

 

「さあシンジ、出来たわよ。このアスカ様が作ったんだから、ありがたく思いなさい!」

 

 夕食後にはお礼にと、久しぶりにシンジのチェロの演奏会が開かれた。

 次の日の朝、リョウジと朝帰りをしたミサトは、リョウジがアスカに話した通りに、自分の部屋の酒瓶が数本消えていた事に疑問を持たなかった。




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【1周年記念作品】ユイの意志、シンジの決意

 4月29日でエヴァの二次創作を初めて1周年記念を迎えます。
 1ヶ月ぐらい非公開状態で作品を書いていました。
 現在多忙でオリジナルの短編を製作する時間が無いので、編集作品となりました。
 初作品『エヴァンゲリオン~アイのチカラ~』とテーマは同じなので、1周年記念とさせて下さい。
 余裕が出来ましたら、短編も続けます。


<研究機関ゲヒルン日本支部 ロビー>

 

 特務機関ネルフの前身であるゲヒルンは、セカンドインパクト後に人類が生き残る方法を模索する研究機関であった。

 南極大陸の融解による水位上昇、地軸が傾いた事による気候変動、人類同士の戦争による環境汚染。

 その問題を解決するために世界中の研究者がゲヒルンには集まっていた。

 シンジの母親である碇ユイ博士、アスカの母親である惣流・キョウコ・ラングレー博士もゲヒルンに集まった研究者だった。

 2人は自分の子供を連れて、重要な実験が行われる日本支部へとやって来ていた。

 同じ実験に参加する者同士、ユイとキョウコはロビーで顔を合わせるとすぐに親しくなった。

 

「ユイさんの息子さん、5歳なんですか?」

 

 ユイの足元に隠れるように立っているシンジを見たキョウコはそう尋ねた。

 

「はい、キョウコさんの娘さんも?」

 

 そう答えたユイは、キョウコの後ろで腕組みをして退屈そうな顔で立っているアスカを見て尋ね返した。

 

「ええ、そうなんです。アスカと言います」

「可愛らしいお嬢さんですね」

 

 キョウコが笑顔でユイに答えると、ユイはアスカに微笑みかけた。

 褒められたアスカは照れて顔を赤くしながらもツンと澄ました顔で強がっている。

 ユイは相変わらず自分の身体に隠れている息子のシンジに声を掛ける。

 

「ほら、シンジったら私の後ろに隠れてないで前に出なさい、何を照れているのかしら」

 

 そんな情けないシンジの姿を見て、アスカはシンジをさえないヤツだと思った。

 アスカのシンジに対する第一印象は良いとは言えなかったが、シンジから発せられた言葉がアスカのシンジへの評価を逆転させた。

 

「だって、髪の色がとってもきれいな子なんだもん……」

 

 アスカは金色の髪をした母親のキョウコと違い、赤みを帯びた茶色い髪の色をしていた。

 母娘で一緒に居ると、母親のキョウコの金髪が先に褒められる。

 側に美しい金髪のキョウコが居るのに、アスカの髪の方を真っ先に褒めたのは、シンジが初めてだった。

 ドイツの幼稚園に居る時はコンプレックスだった髪の色を、純真な瞳で褒めてくれたシンジに、アスカの胸はキュンとなった。

 

「アスカちゃん、シンジと仲良くしてあげてね」

 

 ユイに声を掛けられたアスカは胸を張って任せろと言った態度でうなずいた。

 

「シンジ、審美眼に優れたアンタをアタシのお婿さんにしてあげる!」

「ありがとう」

 

 アスカはシンジに人差し指を突き付けてそう言い放った。

 シンジには審美眼もお婿さんの意味も分からなかったが、家族相手でもお礼を言うのは大切だと教育を受けていたシンジは、アスカのプロポーズを笑顔で快諾した形となった。

 

「あらあら、アスカちゃんのお婿さんが決まったのなら、私も実験前に思い残す事が1つ無くなったわ」

「それは私もですよ、キョウコさん。シンジ、お嫁さんのアスカちゃんを守ってあげられるくらいに強い男の子になるのよ」

 

 笑顔のキョウコの言葉にユイも笑顔で答えると、ユイはシンジの頭を優しくなでた。

 

 

 

<研究機関ゲヒルン日本支部 実験場>

 

 使徒の父である第1使徒アダムは、南極で暴走しセカンドインパクトを起こして自滅し、第2使徒リリスはロンギヌスの槍とカシウスの槍によって封印する事に成功した。

 死海文書により予告された第3使徒の襲来は10年後。

 まず人類は使徒を倒す事よりも、生き延びる研究を優先したのだった。

 数年前、使徒に対抗する兵器として最初に作られたエヴァは、第1使徒アダムのコピーである零号機だった。

 14歳の葛城ミサトをゼロ・チルドレンとする起動実験は成功したが、使徒と戦う兵器としては心細いものだった。

 そこで持ち上がったのが第2使徒リリスのコピーである新しいエヴァの建造・量産計画。

 この計画の成功をもって、研究機関ゲヒルンは特務機関ネルフへと移行する。

 今までのように使徒の攻撃から逃げ延びる目的の消極的な研究機関では無く、積極的に使徒を殲滅する組織へと生まれ変わるのだ。

 研究所のキール所長やネルフの支部長達も立ち会う、重要な実験だった。

 

「どうしたゲンドウ? そわそわと動き回って、いつも冷静な君らしくもない。ただの起動実験だろう?」

 

 白衣を着て落ち着かない様子で実験場を見渡せる広間を歩き回るゲンドウに、同じく白衣を着た大柄の白人男性が声を掛けた。

 この男性はアスカの父親であるヤーコブ・ラングレーだった。

 生まれはアメリカであるが、ドイツ人の血を受け継いでいる。

 熊のような体格のヤーコブはゲヒルンの所員達から、テディ・ベアとあだ名をつけられていた。

 本人もそのあだ名を気に入っていて、娘のアスカにテディ・ベアをプレゼントした。

 

「ヤーコブ、君は今回の実験は危険なものだと感じていないのか?」

 

 ゲンドウが神経質に眼鏡を頻繁にいじりながら真剣な表情で問い掛けると、ヤーコブは大声を上げて笑った。

 

「零号機の起動実験は何度も成功していた、被験者の彼女は今や戦略自衛隊に入隊して戦場で奮戦しているそうじゃないか。以前より健康体で身体能力も向上したらしいとも聞いたぞ」

 

 ヤーコブに元気付けられても、ゲンドウの心の中の不安は消えなかった。

 零号機の被験者、葛城ミサトは零号機とのシンクロに成功したが、年齢の上昇に伴いシンクロ率は低下して行き、16歳になる頃には零号機の起動が出来なくなった。

 零号機に乗れなくなったミサトは戦略自衛隊へと出向し、使徒襲来の少し前にネルフに呼び戻されるまで海外の戦場への任務に赴いていた。

 焦りを感じたキール所長は京都大学で形而上生物学を教えていた冬月コウゾウ教授にも協力を求めた。

 そして提唱されたのがアダムでは無くリリスをベースとした初号機と弐号機の建造だった。

 

「君の息子にも、俺の娘にも、人類の輝かしい歴史の瞬間を見せられるんだ。今日は素晴らしい日になるぞ!」

 

 ヤーコブは期待に満ちた明るい表情で実験の準備が行われている実験場を眺めた。

 

「パパ!」

 

 遠くからシンジの手を引いて駆け寄って来たのはアスカだった。

 アスカはパッとシンジの手を離すと、ヤーコブに飛び付いた。

 

「アスカ! 一緒にここでママの活躍を見ようじゃないか!」

「うん! それでパパにサプライズのお知らせがあるの!」

「何かな?」

 

 父親のヤーコブに尋ねられたアスカは、唖然として立っているシンジを指差した。

 

「彼はシンジ、アタシのプロポーズを受けてくれたダーリンよ!」

「ほう、シンジがアスカを貰ってくれるのか」

 

 ヤーコブが大きな手をシンジに向かって差し出すと、怯えたシンジはゲンドウの陰に隠れた。

 

「おとうさん……」

「おっと、ゲンドウのジュニアなら俺も安心だ、ハハハ……」

 

 自分の陰に隠れるシンジを見て、ゲンドウはため息をついた。

 ユイに似て可愛い息子だからとシンジを甘やかしすぎたのかもしれない。

 ゲンドウは膝の上にシンジを乗せて、ピアノを弾かせた事もある。

 そのうち空手の道場にでも通わせるか、自分ではシンジを厳しく育てる事は出来ないとゲンドウは考えていた。

 

「ゲンドウ君、ヤーコブ君。今回の実験が成功すれば、我々は使徒を殲滅させる手段を持つ事になる」

 

 杖を床に突きながらゆっくりとゲンドウ達に近づいて来たのはキールだった。

 キールの後からぞろぞろとついて来たのは、コウゾウとネルフの支部長となる者達だった。

 

「冬月先生、本当にこの起動実験は安全なのですか?」

「碇、君が不安になる気持ちは理解できる。だが、初号機と弐号機はリリスをベースにしている。零号機とは違うのだよ」

 

 ゲンドウの質問に対して、コウゾウはそう答えた。

 ユイとゲンドウはコウゾウの研究室に所属していた。

 セカンドインパクトの後、師であるコウゾウと共にゲヒルンに入所した。

 ゲンドウはユイと同じくコウゾウの事を信頼していたが、恩師の言葉を聞いても胸騒ぎは収まらなかった。

 

「シンジ、ここに居たのね」

「ユイさん、ママ!」

 

 プラグスーツに着替えたユイとキョウコが姿を現すと、アスカはまたシンジの手を引いて、ゲンドウやキール達から少し離れて2人の元へと駆け寄った。

 シンジとアスカは宇宙服のようなものを着た母親達を見て不思議そうな顔になる。

 

「ママ、その変なお洋服はどうしたの?」

「ママとユイさんはね、これからあの大きなロボットに乗るのよ」

 

 キョウコはそう言って、実験場にある初号機と弐号機の方を指差した。

 

「凄い!ギムナジウムに行ったら、みんなに自慢できるわ!」

「アスカちゃん、エヴァの事はみんなにはナイショなのよ」

「えーっ、つまんない!」

 

 日本人とのクオーターで、髪の色も身長も同じドイツの幼稚園児に負けていると思っているアスカは不満そうに口を尖らせた。

 キョウコとアスカの話を聞いて、ユイはキョウコがアスカをエリートコースに進ませるつもりなのかと思った。

 卒業率が7割で、常に優等生で居なければならない厳しい競争の道を歩む事になるアスカに、少しでも普通の女の子らしい面も持って欲しいと、ユイはお節介を焼きたくなった。

 

「シンジ、これをアスカちゃんに渡しなさい」

 

 ユイはそう言ってシンジに透明な袋でラッピングされた赤いリボンを渡した。

 オシャレをしてみようと自分用に買ったものだが、恥ずかしさもあって、開封できずにユイが持ち歩いていたものだ。

 本当は自分が身に着けた姿をゲンドウに見てもらおうと思っていたが、アスカにプレゼントする事に決めた。

 

「どうして? おかあさんが渡せば良いと思うよ」

「シンジから渡してあげた方がアスカちゃんは喜ぶわよ。お似合いだって言うのよ」

 

 母親のユイに押し切られる形で、シンジはアスカに向かって赤いリボンを差し出した。

 

「シンジ、それってアタシへのプレゼント?」

「うん、アスカにお似合いだと思って」

 

 シンジの言葉を聞いたアスカは不思議そうな顔をしたが、実はユイからのプレゼントだと理解した。

 それでもアスカはその事を指摘せずに、喜んで自分の髪に赤いリボンを付けた。

 

「どう?」

「アスカちゃん、もっと可愛くなった」

 

 シンジが素直に言ったその感想の方が、アスカの胸にもっと響くものだった。

 自分の髪には赤が似合うんだと学んだアスカは、インターフェイス・ヘッドセットの色も赤を選ぶ事になる。

 

「あなた、今夜の夕食はかぼちゃのいとこ煮とお味噌汁でいいですか?」

「実験の日まで家事をしなくていい」

 

 いつもと変わらない笑顔で話しかけて来るユイに、ゲンドウはそう答えた。

 

「それならゲンドウ、実験が終わったら6人で外食でもどうだ?」

「良いですね」

 

 横から口を挟んで来たヤーコブの提案に、ユイは穏やかに微笑んでそう答えた。

 実験の準備が完了し、遠ざかって小さくなって行くユイの背中に、ゲンドウは何度も心の中で『行くな!』と声を掛けた。

 

 

 

<ネルフ本部 司令室>

 

 それから10年の時が過ぎ、ネルフ本部では使徒迎撃の準備が進められていた。

 司令室で2人きりになったコウゾウは、ゲンドウに尋ねた。

 

「久しぶりのシンジ君との対面だな。碇、お前は私の事を恨んでいるか?」

「いいえ、先生を恨んでもユイは私の側には帰って来てはくれません。ユイは私が実験に反対するから先生にも口止めをお願いしたのは分かっています」

 

 コウゾウの問い掛けに、司令席に座ったゲンドウは肘をついて腕を組んだまま微動だにせずに答えた。

 ユイとキョウコが自らの意思で初号機と弐号機のコアになろうとしていた事を、コウゾウは知っていた。

 コピー元がアダムでもリリスでも、エヴァは魂を喰わなければ動かない点は同じ、コウゾウは嘘を付いたのだ。

 キール所長やネルフの支部長達がエヴァの完成を喜ぶ中で、残されたゲンドウ達は深い心の傷を負った。

 エントリープラグにいたユイがL.C.L.に溶けて消えてしまった姿を目の当たりにしたシンジは、記憶の蓋と心を閉じてしまった。

 自分ではシンジを育てられないと判断したゲンドウは伯父夫婦にシンジを押し付けてしまった。

 アスカの父親のヤーコブは薬物中毒に陥ってしまい、娘のアスカの事も分からなくなり、他の女性をキョウコだと思い込みストーカー行為に及んだ挙句に獄中で死んだ。

 リョウジから真実を知らされるまで、アスカは父親が他の女性と浮気したものだと考え、憎んでいた時期もあったようだ。

 今のアスカは自分でボロボロにしてしまったテディベアの縫いぐるみを直して、その縫いぐるみを通して父親に語り掛けている。

 そしてリョウジにも話していない、シンジから貰った赤いリボンの秘密。

 アスカはネルフ本部からの招集命令を受け、シンジとの再会を心の支えにしてエヴァのパイロットとしての訓練に励むのだった。

 

 

 

<第三新東京市 共同墓地>

 

 第三新東京市の郊外、富士山を一望できる丘に、大きな墓地が存在した。

 セカンドインパクト関係で命を落とした、遺体の無い墓地だった。

 2000年9月15日のインド・パキスタン紛争をきっかけに世界に戦争が広まり、東京も同年の9月20日に核爆弾が投下され、多くの犠牲者を出した。

 武力を背景にした他国への強硬外交をするための、某国の大統領の凶行だった。

 日本への見せしめとして壊滅させられた東京の復興を政府は断念、第二、第三新東京市が建てられる事になった。

 ユイとキョウコが研究機関ゲヒルンで消失した日。

 その日はユイとキョウコの命日となっていた。

 ミサトの運転する車で、助手席にゲンドウが座り、後部座席にはシンジとアスカとレイが並んで座って居た。

 後ろからはリョウジやネルフSPの警護の車が続いた。

 ミサトは最強のボディーガードではあるが、念には念を入れての警備体制だった。

 シンジはゲンドウと仲違いしてから数年振りの、ドイツ支部に居たアスカにとっては初めての、レイにとっては毎年ゲンドウと2人きりで訪れていた墓参りだった。

 楽しいお出掛けという訳でも無く、車内に居たミサト達は一言も言葉を発さずに硬い表情となっていた。

 墓地に到着すると、ミサト達4人だけが無数の墓標が建てられた墓地の敷地内へと足を踏み入れた。

 墓標のほとんどに供え物はされておらず、無縁仏のようになっている。

 IKARI YUIと刻まれた墓標の前でゲンドウ達は立ち止まった。

 隣にはアスカの母親のキョウコの墓標もあった。

 

 (お母さん、魂だけだった私に身体を与えてくれてありがとう)

 

 シンジやアスカに聞かれるわけにはいかない心の声で、レイはユイに向かってお礼を言った。

 

「父さんは、どうして母さんのお墓をここに建てたの? まだ死んだわけじゃないのに」

 

 意を決したシンジがゲンドウに尋ねると、アスカは驚いた顔をした。

 ゲンドウとレイは、遂にその質問をされる時が来たと驚きもせずに落ち着いた表情をしていた。

 

「私がこの場所にユイの墓標を立てたのは、私の心の中でユイが生きている限り、ユイは死なないと願いを込めたからだ。『富士山』は古来より『不死山』と呼ばれているからな。人が本当の意味での死を迎えるのは、誰からの記憶からも消えた時だと思っている」

 

 ゲンドウの言葉に不思議そうな顔をする漢字の不得意なアスカに、ミサトは携帯電話で漢字変換して意味を教えた。

 

「そんな話で僕の追及を誤魔化せるとでも思ったの? エヴァのコアは誰かを閉じ込めるための『魂の檻』なんでしょう?」

「シンジ君……!」

 

 真剣な表情でゲンドウを見つめるシンジの言葉にミサトは息を飲んだ。

 今までシンジはゲンドウが母親のユイを危険な人体実験で殺したと思い込んでいて、それが仲違いの原因でもあった。

 

「お前も、ついにその事を知ってしまったか」

「零号機とシンクロした時、不思議なイメージが僕の心の中に流れ込んで来て、その世界に居た誰かに教えてもらったんだ。自分は14年間、ずっとコアの中に閉じ込められているって。影しか見えなかったけど、多分髪の長い女の子だった」

(あの子は寂しさに耐え続けているのね……本当に悪いのは私の方なのに)

 

 ゲンドウの問い掛けに答えたシンジの言葉を聞いて、ミサトは胸を痛めた。

 『あの子』が自分の前では見せない素振りを、シンジの前では見せたのかもしれない。

 シンジにはそう言う人たらしの才能があるとミサトは思っていた。

 

「ちょっと待って、それじゃあママは消えて居なくなったんじゃなくて、弐号機のコアに閉じ込められているって事?」

 

 やっと話について行く事が出来たアスカがゲンドウとシンジの話に口を挟んだ。

 ゲンドウが沈黙して否定しないと言う事は、肯定したも同じだとアスカは考えた。

 

「それならママを弐号機から出してよ! シンジだって、ママにハグしたりして貰いたいでしょう!?」

「アスカ、残念だけどそれは無理なのよ」

「魂だけでは人の形には戻る事は出来ない」

 

 ミサトとゲンドウは冷たくアスカにその事実を告げた。

 ゲンドウはレイの方にほんの少しだけ視線を向けた。

 

「ならアタシのクローンでも作って、そこにママの魂を入れれば良いじゃない。ネルフの技術力なら出来そうなものだけど?」

「アスカ、無茶な事を言うのは止めなさい」

 

 ミサトはそう言って、暴れるアスカの身体を肩を掴んで押えた。

 ゲンドウが重々しく口を開いて語り出した。

 

「ユイと君の母親であるキョウコ博士は、エヴァを使徒と戦うための決戦兵器として完成させるために、自らの意思でコアとなった。2人の意志を尊重するためにも、私は使徒と戦う決意をユイ達に誓うために私は毎年この場所に来ている」

「そうだったんだ、僕は父さんを誤解してた。ピアノも教えてくれてありがとう」

 

 ゲンドウの話を聞いて、父への憎しみは完全に誤解だったと分ったシンジは笑顔でお礼を言った。

 シンジを自分の膝の上に乗せてピアノを弾いていたのは、ユイが生きていた頃、シンジがとても幼かった頃の話だ。

 その記憶まで取り戻したとは、ゲンドウも驚いた。

 

「でも母さんの顔を思い出す事が出来ないんだ。父さん、母さんの写真とか無いの?」

「ユイと会うのは全てが終わってからだ。決意が鈍らないように、私はユイの記録を捨てた。シンジ、お前もユイの期待に応えられるほど強くなれ」

 

 シンジに尋ねられたゲンドウはそう答えた。

 その答えの半分は真実だったが、シンジにユイの姿を確認されては困ると言う事情もあった。

 レイの身体はユイのクローン体をベースにしている。

 ほんの少し他者の細胞も混ぜているが、成長するにつれて若い頃のユイの姿に似て来てしまった。

 レイがシンジに恋心を抱いている状態で、もしシンジが自分とレイは血の繋がった兄妹ではないかと思い込んでしまうのは、とてもマズい事になる。

 他者の細胞が混じっている事で、遺伝子的に問題は無いとリツコが説得しても、シンジはレイを意識してしまうに違いない。

 シンジはゲンドウの理由の説明に寂しさを覚えながらも、納得はしたようだった。

 耳を澄まして聞いていたアスカは、ゲンドウに向かって質問を浴びせた。

 

「それじゃあ、使徒を倒してエヴァが要らなくなれば、ママは帰って来れるかもしれないと言う事ですね!」

 

 目を輝かせて尋ねるアスカに、ゲンドウはまたしても沈黙を貫いた。

 使徒が居なくなっても、そう簡単にエヴァからキョウコをサルベージ出来る訳ではないが、アスカから希望を奪うのも忍びないと思った。

 

「よおし、張り切って使徒を倒すわよ、シンジ!」

「う、うん」

 

 アスカに軽くヘッドロックを決められたシンジは戸惑いながらそう答えた。

 

「そう言えば、どうしてミサトさんはここに? 父さんの警護ですか?」

「まあ、それもあるけど、あたしの未熟さのせいで沢山の人が命を落とした。その人達に謝るために、ここに来ているのよ」

「ミサトさん、戦略自衛隊に居た頃は世界各地の戦場に居たそうですからね……」

 

 シンジは勝手にミサトが戦場で奪った命、守れなかった命の供養をしているのだと思っていたが、ミサトの心の中の真実は違っていた。

 ミサトはもっと多くの人数の人間に向かって謝っていたのだ。

 

(……みんな、本当にごめんなさい。あたしも役目を終えたらしっかりと罰を受けるから)

 

 ミサトは声には出さずに、無数に立ち並ぶ墓標へと向かって、謝り続けるのだった。




この短編は『新世紀エヴァンゲリオン for Chilren』の一部を抜粋、編集したものです。
https://syosetu.org/novel/260681/
特に第15話・第14話・第12話に背景となる説明文があります。

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アスカの全てが欲しい(2022年碇シンジ誕生日記念その2)

ミサトに誕生日に欲しい物を聞かれてアスカと答えたシンジの話。
舞台設定はTVアニメ版・新劇場版本編です。

2022年碇シンジ誕生日記念その1 六月の花嫁 リメイク版はpixivの方に予約投稿します。

https://www.pixiv.net/users/4696197



「シンちゃん、今日は誕生日でしょう、何か欲しい物はある?」

 

 夕食の席でミサトに尋ねられたシンジはキョトン顔になった。

 ミサトに指摘されるまで、今日が自分の誕生日だと言う事を忘れていた。

 学校でもシンジの誕生日を祝ってくれるクラスメイトは居なかった。

 自己紹介で生年月日を話した訳でも無いし、数字マニアのケンスケも男子の誕生日には特に興味が無いようで触れまわったりしなかった。

 

「アンタ、今日が誕生日だったの!? そんな大事なことは早く言いなさいよ!」

 

 シンジの隣ではアスカがアタフタしている。

 

「別に、聞かれなかったから」

「せめてアタシにだけはコッソリ教えなさいよ!」

 

 アスカは自慢の髪がぐしゃぐしゃになるほど頭をかきむしっている。

 ミサトはシンジの生年月日を知っているはずなのに、当日になって誰かに言われて思い出したといった感じだろう。

 そして今はアスカの反応を見て楽しんでいる。

 

「僕が欲しい物なら通販サイトの『Sahara』の欲しい物リストに入れてありますけど」

「んもう、シンちゃんってば、ああいうものじゃなくて、もっとハートのこもったものよ!」

 

 シンジのリストには吸引力の変わらないサイクロン掃除機や、食器洗い機、切れ味の鋭い包丁、焦げ付かないフライパン、炊飯器など中学生には手が出せない家電が並んでいる。

 これは薄給のミサトにも手が出せない。

 何しろ育ち盛り中学生2人を預かっている。

 まさかシンジとアスカからお金を借りるわけにもいかない。

 どうして作戦部長にはパイロットのように危険手当が付かないのか。

 ヤシマ作戦も宇宙から飛来する使徒を受け止める作戦の成功もミサトの昇給に直結しなかった。

 

「クエッ」

 

 さも当然と言ったように、葛城家で一番の浪費家が寝床から目覚めて席に着いた。

 貴重な魚介類を大食いして、自分はこの家では長兄だとシンジとアスカに物怖じしない。

 まさかイクラや電気代がここまで値上がりするとはミサトは思わなかった。

 しかも麦の生産量が減ってビールも100円も値上げとトリプルパンチだ。

 

「確かに欲しいものと言うより生きて行くための必需品ですよね」

「そうそう、もっとシンちゃんが心の底から欲しい物を言うべきよ♪」

「それなら、アスカを下さい」

「いいわよ♪」

 

 ガツン!

 アスカは盛大にズッコケて額に頭を打ち付けた。

 

「アンタ達バカァ!? 実はレーザーディスクでした、何て冗談はナシよ!」

「僕はアスカの事を同じエヴァのパイロットで、単なる同居人だと自分に言い聞かせていた」

 

 シンジが真剣な表情でそう言うと、アスカも襟を正してシンジの方を向いた。

 

「だけどアスカと同じ家で暮らして、同じテーブルでご飯を食べている間に自分の気持ちに気が付いたんだ。アスカにとって都合の良いヤツのままでは居たくないって」

「ア、アタシは別にそんなつもりは……」

 

 アスカが顔を赤らめてそう言うのを見て、シンジは脈があるとついに一歩を踏み出した。

 

『君が欲しい、全部欲しい』

 

 シンジにそう言われたアスカは、ハッと息を吞んだ。

 自分もシンジの全部が自分のものにならないのなら、この世界で他に何もいらないと思った事があったからだ。

 命懸けで自分を救ってくれたシンジに、アスカも存在価値を見い出していた。

 

「アスカの足のつま先から頭のてっぺんまで、自分のものにしたい」

 

 積極的にアプローチを掛けて来るシンジに、アスカはタジタジだった。

 

「もう学校でも友達だとか、同僚だって言い訳しないで、正々堂々と恋人になって欲しい」

 

 顔を真っ赤にしたアスカが頷くと、シンジは嬉しそうにアスカの手を取った。

 

「お達者で」

「クエッ」

 

 すっかりお邪魔虫となったミサトとペンペンがリビングを出ると、シンジはアスカをソファに押し倒した。

 

「アスカに断られたらどうしようかと思ったよ。信頼できるエヴァのパイロットと家族を失くすと怯えていたから」

「それはアタシも同じよ。今日はシンジの誕生日だから、アタシのスペシャルをあげる」

 

 重なり合うシンジとアスカのシルエットを、部屋の外からミサトやペンペン、トウジやケンスケ、ヒカリ達は見守っていた。




本当はアスカ誕生日記念でやるネタだったので、シンジがアス化しています。
自サイトの作品に満足が行かず、リメイク作品を考えていましたが、1,000字を超えたのでハーメルン様に投稿しました。
歌詞のフレーズも使いたくなりましたので。
「全てのアスカが欲しい」とならなくてよかったですね。

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TANABATA SHOCK!(2022年七夕記念LAS短編その1)

アスカの短冊の願い事を見て、シンジはウルトラショック!シンジ「アスカが誕生日に僕に告白したのは噓だったんだ!僕の気持ちを裏切ったな!」


<第三新東京市 第壱中学校>

 

 七月七日、シンジ達は第壱中学校に集まって、短冊に願い事を書く事になった。

 戦略自衛隊から使徒を殲滅させて第三新東京市を守ってくれたお礼が是非したいと申し出があったので、お調子者のミサトが「笹の葉を頂戴♪」とお願いしたところ、立派な笹がネルフにプレゼントされたのだった。

 戦略自衛隊の兵士達は命の危険と隣り合わせの職業に就いている。

 縁起を担ぐため、七夕に備えて多くの笹を確保していたのだ。

 これだけ立派な笹ならば、学校の子供達にも御裾分けしたいと考えたミサトは笹を第壱中学校まで空輸させた。

 自分はビールの6本パックを持ってマコトに運転させて上機嫌だった。

 

「良いみんな、短冊に願いを書く時は気を付けなくちゃいけない事があるの」

 

 ミサトが戦略自衛隊の士官達から聞いた七夕の豆知識を得意気に披露する。

 

「まず、ありがちなミスだけど、ほにゃらら出来ますようにと言った願い事をしてはいけないの。絶対ほにゃららする! と断定するのがコツよ♪」

 

 ミサトの説明を聞いて、なるほど自分もやってしまいそうだったと納得した生徒達も多かったようだ。

 

「次に願い事は具体的に書く! いつか世界が平和になりますようにと言った抽象的な願いだと、織姫と彦星も困っちゃうでしょ?」

 

 そう言ってミサトはウインクした。

 

「さらに、七夕の由来は元々、織姫の様に機織りが上手くなりたいという願い事から生まれたものよ。だから、イスラエル製の狙撃スコープが欲しいなんて物欲丸出しの願いはダメ」

 

 ケンスケに視線が集まり、笑い声が上がった。

 

「それでミサトは何を書いたの? まさかビールが欲しいとか給料アップじゃないでしょうね?」

「言い出しっぺのあたしがそんな事書く訳ないでしょう」

 

 アスカに尋ねられたミサトの短冊には、『1年以内に体重5キロ減らす』『30歳前に結婚!』と書かれていた。

 

「ミサトさん、ズボラでガサツを直さないと、加持さんに断られますよ」

「ぐっ、シンちゃんも言うようになったわね」

 

 先月の誕生日にアスカに告白されてから、シンジは自信を持つようになった。

 するとミサトと出会った当時の皮肉やツッコミも口を突いて出るようなる。

 

「そう言うシンちゃんとアスカは、短冊にどんな願いを書くつもりなのよ? 何歳までに結婚するとか、子供は何人とか、マイホームを建てるとか、家族計画を立てないとね!」

 

 ミサトがそう言うと、周囲からヒューヒューと冷やかす口笛が上がった。

 恥ずかしくてたまらなくなったシンジとアスカは、いったん離れてトウジやヒカリの所へ走って行った。

 トウジはケンスケ達の男子グループと、ヒカリはレイ達の女子グループと一緒に居た。

 

「ワシの願いは、高校のバスケットのインターハイで優勝する事や」

「委員長の事じゃないんだね」

「はあ? どうして委員長が出て来るんや?」

 

 アスカとシンジに比べて、ヒカリとトウジのカップルの成立は時間が掛かりそうだった。

 

「ケンスケの願いは?」

「そりゃあ、エヴァンゲリオンに乗る事さ」

「えっ、でももう初号機のエントリープラグに入った事があるんじゃないかな」

「分かってないな、俺は正式なエヴァのパイロットになりたいんだよ」

 

 ケンスケは拳を握り締めながらそう力説した。

 シンジが気になってアスカの方を見ると、ヒカリがアスカに向かってコソコソと耳打ちをしていた。

 

「さあ、みんな願い事は書けたかな? 笹に短冊を吊るすわよ!」

 

 ミサトの号令で、生徒達やこっそり来ていたネルフのスタッフ達も短冊を吊るし始めた。

 アスカはトウジの肩を踏み台にして、笹の頂点近くに短冊を結び付けた。

 

「何晒すんじゃボケ!」

「どうしても叶えたい願いだったから、ゴメン遊ばせ」

 

 怒ったトウジに対してアスカはそう答えた。

 

「碇、惣流の付けた短冊に何が書かれているか気になるのか?」

「うん、でも覗きは良くないよね」

「別に隠しているわけじゃないんだから、見てもいいんじゃないか?」

 

 ケンスケにそう言われたシンジは望遠鏡を借りてさっきアスカの結んだ短冊を見た。

 短冊書かれた文字を読んだシンジは驚愕して持っていた望遠鏡を落としてしまった!

 短冊には『鈴原トウジと恋人になる!』と書かれていたのだ!

 シンジは先月の誕生日にアスカの方から告白されて、ファーストキスのプレゼントを貰ったはずだ。

 付き合って経った1ヶ月でトウジに心変わりしたのか?

 いや、きっとアスカは最初からシンジとトウジの両方と付き合うつもりだったんだとシンジは思った。

 怒り心頭に発した碇シンジは、怒った顔でズンズンとヒカリと話すアスカの元へと向かった。

 

「どうしたの碇君、怖い顔をしてるよ?」

 

 ヒカリがそう言うと、アスカは驚いて振り返って至近距離にまで迫ったシンジを見た。

 シンジがこんなにも怒った顔を見たのは初めてだった。

 

「アスカは、僕の気持ちを裏切ったんだ!」

 

 シンジはアスカに向かって拳を振り上げたが、アスカを叩く事など出来るはずも無く、シンジは泣きながらアスカに背中を向けて立ち去ろうとした。

 

「ちょっとシンジ、何がどうなっているのよ、行かないで! 待ってシンジ!」

 

 アスカに背中から抱き締められたシンジは歩みを止めた。

 そして涙声で激怒した理由を話す。

 

「あの短冊はヒカリの書いたものよ。親友のアタシとしてはどうしても叶えてあげたかったの」

「アスカ、恥ずかしいから言って欲しくなかったのに……」

「そう言わないと、シンジの誤解が解けないでしょう?」

 

 その話を聞いたトウジはポカンとした顔でヒカリを見つめていた。

 

「委員長、ほんまにワシの事を?」

「トウジ、こうなったら付き合っちゃいなよ」

 

 ケンスケに背中を押されて、トウジとヒカリは即日付き合う事になった。

 この短冊の効果は抜群のようである。

 

「じゃあアスカは、別の願い事を書いたの?」

「当たり前じゃないの」

 

 アスカがトウジの事が好きだという誤解の解けたシンジは、アスカの両手を取って嬉しそうに踊り出した。

 

「良かった……! 本当に良かった……!」

「ちょっとシンジ、話しなさいってば!」

 

 これにて一件落着ね、とミサトはきっと自分の体重も減ると安心してビールを飲んだ。 

 

 

 

<ジオフロント跡 白い砂浜>

 

 ネルフ本部に戦略自衛隊が侵攻し、エヴァ量産機との戦いを経て、アスカとシンジは2人でL.C.L.の海水が打ち付ける砂浜に座って居た。

 

「まさかこんな事になるなんてね」

「アンタが短冊にあんな願い事を書くからよ!」

「アスカも全く同じ願い事を書いたんじゃないか!」

 

 アスカとシンジはあの七夕の日、戦略自衛隊の隊員が願いを込めて短冊を吊るすという話を聞いて、2人とも願い事を書いた。

 

『ずっとシンジと(アスカと)2人で一緒に生き残れますように』

 

 確かに短冊の願いは叶ってしまった。

 このような形で。

 

「結婚とか子供が欲しいとか、他の願いならこんな羽目にならなかったのに!」

「14歳でそれは早過ぎるよ!」

 

 喧嘩するほど仲が良い。

 アスカとシンジの言い争いは長く続くのだった。




新作ではなく、正確には自分のサイトの作品の配役を変えたリメイク作品です。
第2弾も製作中です。

リメイク元作品

空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第十二話 2010年 七夕記念ヨシュエス短編 七月七日の殺意
https://haruhizora.web.fc2.com/mastar/ss/12.html

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一番星に憧れて(2010年七夕記念LAS短編リメイク)

ミサトの「ユーアーナンバーワン!」発言を聞いて喜ぶシンジ。葛城家崩壊を引き起こすところでしたが、シンジがアスカとしっかりと話をしたら、ハッピーエンドになった話。リメイク前と表現を少し変えています。


 アスカとシンジがコンフォート17にある葛城家で会話の無い夕食を終えた後。

 シンジは部屋に閉じこもろうとしたアスカの腕を引いて、月を見に行こうと強引に誘った。

 アスカは終始面白くなさそうな顔でシンジの後ろを付いて行き、2人は公園に着いた。

 

「今日は月が綺麗だね」

「あーそりゃ良かったね、じゃあ帰りましょ!」

 

 さっさと引き返そうとするアスカの手をシンジは掴んだ。

 

「待ってよアスカ。話したい事があるんだ」

 

 この公園はシンジとアスカにとって特別な場所だった。

 使徒を倒すためにユニゾンしなければならなくなった時に、シンジとレイの息の合ったユニゾンを見たアスカが外に飛び出し、シンジが追いかけて話しをしたのがこの公園。

 それから度々シンジがアスカに大事な話をする時にはこの公園が定番となっていた。

 アスカもこの公園に来た時からシンジが何か話したがっている事は察していた。

 でもシンジの話を聞きたくなかった、逃げようとした。

 

「アスカって、一番星が好きなんだよね? 前にそう話してたよね」

「そうね、夜空で一番最初に光る星――金星の事だけど」

 

 アスカが返事をしてくれた事に安心したシンジはゆっくりと本題を切り出した。

 

「アスカが口を利いてくれないのって、僕がテストで一番を取って調子に乗ったからだよね?」

「言うに及ばずよ」

 

 シンジの言葉を聞いたアスカの顔が苛立ちからさらに怒りを秘めたものになって行く。

 

「今度のシンクロテストは、アスカが一番になるように抑えるから」

「アタシをバカにしてるの!? アタシはアンタのおこぼれで一番になったって、全然嬉しくないから!」

 

 アスカは怒って思いっきりシンジのほおを叩いた。

 シンジのほおに赤い手形が刻まれる。

 ほおの痛さに崩れ落ちそうになるシンジに背を向けてアスカは今度こそ公園を出て行こうとする。

 そのアスカのふくらはぎをシンジはつかんで必死に引き止めた。

 

「離しなさいよ!」

「離さない、だってこのままアスカと黙ったままで居るなんて嫌だから!」

 

 アスカは足を振り回してシンジを振りほどこうとするが、シンジの意志は固く身体がベンチや鉄棒に当たっても手の力は緩まなかった。

 

「痛い! アタシの足に跡が付くでしょ!」

「お願い、もう少しで良いから話を聞いてよ!」

 

 強情なシンジの行動に、アスカの方が折れた。

 

「わかったわ、話を聞くから手を離しなさいよ……本当に痛いんだから」

「あ……ごめん」

 

 アスカから手を離したシンジは意を決して大声で叫ぶ。

 

「最近特に僕がシンクロテストを頑張るようになったのは……アスカを守りたいと思ったからなんだ! そうしたら初号機が僕の気持ちに応えてくれたんだと思う」

「バカシンジが、エースパイロットのアタシを守る? 1回シンクロテストで勝ったぐらいでいい気にならないで!」

 

 怒鳴ったアスカだが、優しくシンジに手を握られて驚いた顔になった。

 

「僕は気が付いたんだ。アスカが無理をして強がっている事に」

「アタシは別に強がっていないわ! エリートなのよ!」

「ウジウジしていた僕を励ましてくれたお礼に……僕には弱い所も見せて、もっと頼って欲しいんだ」

 

 アスカはシンジの言葉を聞いて下を向いて黙り込んでしまった。

 

「アスカは性格もかわいい子じゃないのかなと思ったら、なんかこう……アスカを守りたい、好きだって気持ちが僕の中で強くなって行って、アスカが話してくれないと、僕の心臓が張り裂けそうなほど痛くなるんだ」

「それじゃあ、最初は鈴原達と同じように、見かけだけの女だと思ってたワケね!」

 

 アスカはそう言ってシンジの手の甲を思いっきりつねった。

 しかしアスカの目尻には涙が光っていた。

 

「アタシの事、かわいいなんて言ってくれたのはシンジが初めてだから、アタシも正直戸惑っているわ」

「突然、告白しちゃってゴメン」

「アタシも、月が綺麗だと思うわ」

 

 そう言ってアスカは月を見上げた。

 根府川先生の国語の授業でアスカも夏目漱石の事は習っていた。

 シンジもアスカと同じように星空を眺めた。

 一番星以外の星もたくさん空に輝いている。

 

「やっぱり、たくさんの星が輝いているから星空って言うのよね」

「そうだね、一番星一個だけじゃ寂しいよね」

「アタシさ、ドイツではいつも他人に負けないようにしてた。だって、日本人のクォータのアタシはドイツでは背が低くて、アタシを見下しているように見えたから」

 

 日本ではスタイルが良いと言われるアスカだが、ドイツでは人並みか、少し背の低い方だった。

 

「アスカは負けず嫌いだからね」

「アタシは好きで負けず嫌いになったんじゃないわ! アタシは学校の成績が一番になる事で見返そうとしていたのよ。でもアタシが勉強ばかりして、ボードゲームの誘いを断るようになると、みんな離れて行ったわ」

 

 ドイツでは日本と違って大人も子供もボードゲームをやるのよ、とアスカは説明した。

 

「日本に来てからも性格が悪いと思われるのは当然よね。今度はアタシが周りを見下す態度をとっていたんだもの。エヴァのパイロットとしても、シンジやファーストよりも自分が上だって思っていた」

「アスカ、どっちがエースパイロットだなんて関係無いと思うよ。あの分裂する使徒だって、2人で力を合わせて倒したんだからさ」

 

シンジの言葉を聞いて、アスカはゆっくりと頷いた。

 

「うん、アタシは別にもうエースパイロットじゃ無くてもいいのね。シンジとファーストと力を合わせて使徒を倒せれば」

 

 アスカがシンジに向かって微笑むと、シンジも感激して文字通り跳び上がって喜んだ。

 

「弐号機がマグマの底に沈みそうになった時、シンジが初号機で飛び込んで助けてくれたわね。あの時、アタシはプライドが邪魔をしてお礼を言えなかったけど、今言わせてもらうわ。今アタシが生きているのはシンジのお陰よ、ありがとう」

「ど、どういたしまして……」

 

 アスカに見つめられてお礼を言われたシンジは顔が真っ赤になった。

 そんなシンジの顔を見て、アスカはからかうような表情になる。

 

「このアタシを惚れさせたんだから、シンクロ率だけじゃなくて、アタシにとって1番の男になりなさいよ!」

「えっ!?」

「恋人になってはあげるけど、男としてはまだまだ加持さんには及ばないって事!」

 

 アスカがそう言うと、シンジは少し元気の無い顔になった。

 

「別にシンジは同じ事で加持さんに対抗する必要は無いの、今日のご飯も美味しかったわよ」

「明日のご飯はもっと美味しくなるよね!」

 

 アスカとシンジは楽しそうに公園を出て家路を行く。

 物陰から見守っていたミサトはホッとため息を吐き出した。

 

「クエッ」

「分かってます、あたしの余計な一言が悪かったです」

 

 ペンペンに手で足を突かれるとミサトはそうつぶやくのだった。




リメイク前の作品はサイトにそのまま載せてあります。
https://haruhizora.web.fc2.com/mastar/ss/13.html

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主婦休みの日記念LAS短編 I need you.

シンジ、ついにキレる!
(あらすじを考えるのを忘れてました)


※注釈

 

「ナポリタンスパゲティ」とはケチャップがベースで、焼かれた玉ねぎ、ソーセージとピーマンを具材とした日本人が発明したパスタ料理です。

 

 

 

「ちょっとシンジ、アタシのシャンプーが切れているから買っておいてって言ったでしょう!?」

「無茶言わないでよ。台風で外に出れなかったんだから」

 

 学校は九月の三連休。

 四季がなくなった日本でも、九月・十月に台風の数が特に多くなるのは昔と同じだった。

 

 

 

 質の悪いことに、猛暑の影響もあり台風の威力が増している。

 海水温と水面の上昇で、無敵と言われた静岡電鉄も運休するほどだった。

 

 

 

 シンジ達が入居しているコンフォート17は政府関係者向けに作られた住居だけあって、予算はふんだんに掛けられている。

 第三新東京市でも家屋の損壊などの被害報告が出る中で、13階の葛城家の要塞はビクともしなかった。

 ただシャッターを開けるわけにはいかなかった。

 さすがに窓ガラスは強化ガラスではなく、普通のガラスだからだ。

 

 

 

「甘ったれたこと言って。使徒が攻めて来たらそんな言い訳、通用しないわよ!」

 

 アスカは正論を言っているようで、結局は自分のワガママだ。

 その一言でついにシンジのストレスの堤防が決壊してしまった。

 

 

 

「もう、勝手にしろ!」

 

 シンジはそう言うと、着ていたエプロンを脱ぎ捨ててリビングの床に叩きつける。

 そして自分の部屋へと引きこもってしまった。

 

 

 

「あらら、シンジ君を怒らせちゃったみたいね」

 

 二人のケンカを傍から見ていたミサトが茶化すようにそう言った。

 

「ほらほら、早く謝らないと、アスカが困るわよ」

「困るのはミサトだって同じじゃないの?」

 

 アスカは暗にミサトに一緒について来て欲しいと言ったのだが……。

 

 

 

「あたしは別に平気よ。インスタントラーメンもあるし、少しぐらい散らかった部屋に居ても」

 

 ミサトはそう言って立ち上がると、シンジの脱ぎ捨てたエプロンを着けてキッチンで料理を始めた。

 あの何とも言えないカレーの匂いが漂って来る。

 

「アスカもどう? 久し振りのあたしのスペシャルカレー」

「いらない!」

「それは残念」

 

 

 

 やせ我慢をしたアスカのお腹の虫が盛大な鳴き声を上げる。

 戸棚に入っているはずのお菓子は、アスカが自分で食べ尽くした後だった。

 それならばとミサトのお酒のツマミを狙うが、スルメイカなど、アスカには食べられないものだった。

 

 

 

「デリバリーイーツもこの台風では無理よね♪」

「ぐぬぬ……!」

 

 そうだ、シンジも食べ物がなくて困っているに違いない。

 冷凍食品などが冷蔵庫にあるはずだ。

 

 

 

 そう思ったアスカは冷蔵庫の中を探すが、出てくるのは野菜や生肉、生魚の素材ばかり。

 

「そりゃあ、シンジ君はその気になったら自炊できるもんね。アスカはパスタでもかじってたら?」

「アタシだって、パスタぐらい茹でられるもん!」

「じゃあ、お手並み拝見♪」

 

 

 

 スペシャルカレーラーメンを完成させたミサトは、余裕の笑みを浮かべた。

 焦ったアスカはお湯が沸騰する前にパスタを茹でるという痛恨のミスを犯してしまった。

 

「おえっ、芯が残ってるし、べちゃべちゃする……どうして?」

 

 シンジが作ってくれたナポリタンスパゲッティは美味しかったのに、とアスカは泣きそうな顔になる。

 

 

 

 ミサトはアスカの失敗の原因が分かっていたが、敢えて教えなかった。

 その方がシンジの有難みをアスカが痛感すると思ったからだ。

 しかしまだアスカの心は折れない。

 

 

 

 野菜なら生のままでも食べられると、サラダ作りに挑戦したのだが……。

 

「何でよりによって、ピーマンやニンジン、ゴーヤ、セロリなのよ!」

 

 アスカの好きなジャガイモは、生では食べられない。

 自分の嫌いな野菜ばかり入っている冷蔵庫に、アスカは腹を立てた。

 

 

 

「ん? これは……?」

 

 アスカは冷蔵庫の片隅に、玉ねぎとひき肉と言ったハンバーグの材料が用意されているのに気が付いた。

 

「そっか、シンジはアタシのために……」

 

 台風で家に缶詰めとなっているアスカの気分を晴らすために、シンジはアスカの好きなドイツ料理の用意をしていたのだ。

 それをぶち壊しにしてしまった自分の愚かさを、アスカは今更ながら恥じた。

 

 

 

「さあアスカ、気が済んだのなら意地を張らないでシンジ君に謝って来なさい」

「だけどアタシ、シンジに謝ったことなんてないから……」

「これから頑張るのよ」

 

 

 

 アスカは意を決してシンジの部屋のドアをノックする。

 しかしシンジの返事はない。

 ドンドンドン ドンドンドン ドンドンドンドンドンドン。

 

 

 

 そこまでアスカがノックをしても、反応がまるでなかった。

 

「こうなったら、実力行使よ!」

 

 アスカは引き戸になっているシンジの部屋のドアに手をかけるが何かが引っ掛かって動かない。

 どうやらシンジは引き戸に用心棒(引っ掛け棒)を掛けているようだった。

 

 

 

「こんちくしょーっ!」

 

 ここまで強く拒絶されると、アスカのプライドも大きく傷つけられた。

 ベランダから回り込んでシンジの部屋に侵入しようとしても、外は暴風雨だ。

 シンジの部屋の窓もシャッターが降ろされている。

 

 

 

 アスカはシンジの部屋のドアをぶち壊しそうなほど頭に血が上っていたが、深呼吸して気持ちを整えた。

 自分の部屋に戻ると、紙と鉛筆を取り出し、自分の気持ちを思い切り書きなぐった。

 そしてその紙を、僅かに生じたシンジの部屋のドアの隙間からそっと差し込んだ。

 

 

 

 しばらくした後、シンジは部屋から出てハンバーグを作り始めた。

 シンジの部屋の机の引き出しには、アスカがくれた紙が大事にしまってある。

 そこには「I need you.」と短い言葉が書かれていた。

 

 

 

 それから話し合いの結果、週に二日ずつ、シンジが主夫の仕事を休める日がつくられた。

 つまり、週に一日だけではあるが、アスカとミサトも自分が家事を担当することになったのだ。

 最初はシンジが手鳥足取り教えることになったが、そのうちに二人の家事も上手くなった。

 

 

 

 そしてシンジは自分の趣味である、チェロを練習する時間を持てるようになる。

 そのチェロの演奏に聞き惚れたアスカが拍手をして、シンジはますますチェロの練習に熱中する。

 いい雰囲気となった二人の唇が出会うのも、そう遠い日ではないとミサトは思うのだった。




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ラスト・ナンバー 101人目のアタシ『最高に美味しいイチゴのケーキのプレゼント!』(2022年式波・アスカ・ラングレーの誕生日記念LAS短編)

土日も休まず仕事をしている中で、スマホでコツコツと精一杯の式波・アスカ・ラングレーの誕生日記念短編を書きました。
楽しんで頂けたら幸いです。


「アスカ、閉じこもってゲームばかりして居ないでさ、せめて外の空気を吸おうよ」

「余計なお世話! アンタはアタシになんか構ってないで、ケンケンの仕事を手伝ったり、綾波タイプと仲良くやってれば良いのよ!」

 

 第三村に来てからしばらく経った頃。

 失意のどん底から立ち直ったシンジは、アタシの私生活に干渉し始めた。

 全くうざったいことこの上ない。

 でもそれもヴィレのヴンダーが次にこの第三村に寄港する日までの辛抱だ。

 ミサトからはいよいよネルフに最終決戦を挑む日が迫っていると聞いている。

 

 

 

 ネルフの碇ゲンドウはフォースインパクトを起こす準備を着々と進めているらしい。

 別にアタシは世界が滅亡するかどうかなんて気にならない。

 エヴァに乗るために作られた式波・アスカ・ラングレーのクローン。

 課せられた使命は、使徒の殲滅。

 そのためだけに、アタシはこの世に生を受けた。

 

 「委員長も、アスカと話をしたがっているよ」 

 

 ヒカリか……シンジの口からその名前を聞くと、アタシの心の中に波紋が広がる。

 14年前、日本の学校で出来た友達。

 短い間だったけど、アタシは彼女とリリンらしい生活を送れた。

 クローンであるアタシには、人間の世界に溶け込んで生きるために、オリジナルの式波・アスカ・ラングレーの記憶が植え付けられている。

 使徒の侵食を受けた事で、封印されていた記憶のトリガーが外れた。

 それまで自分はオリジナルの人間だと信じて疑わなかったのだから、笑える話だ。

 

 

 

 アタシが誕生する前には100体のクローンが実験台として作られ、失敗作として廃棄されたようだ。

 なぜ、参号機に乗って使徒の侵食を受けたアタシが廃棄されなかったのか。

 それは、アタシが奇跡的に使徒の力を制御することが出来たからだ。

 左眼に使徒のコアを封じることで。

 でも使徒に侵食を受けた影響はアタシの身体に残った。

 アタシはリリンのように食べ物の味を感じる事も、眠る事も出来なくなった。

 ヒカリや……他のリリンと同じ気持ちを分かち合えない。

 アタシはリリンでは無くなってしまった。

 その事がアタシを第三村から遠ざけている大きな原因だ。

 体温もリリンだった時よりも高くなり、暑くて服なんて着ていられない。

 

「アスカ、せめてまともな服を着た方が良いよ」

 

 シンジは使徒に侵食されたとは言ってもリリンもどき。

 体温も人間とたいして変わらない。

 アイツは飯を食わないと生きてはいられない。

 たがらアタシは無理矢理アイツにレーションを食わせてやった。

 ケンケンはアタシにアレコレ口出ししないからこの家も居心地がよかったけど、また家出してやろうかしら。

 

「碇君」

 

 初期ロットの綾波タイプがやって来た。

 シンジはチラリとアタシを見ると、彼女と一緒に家を出て行った。

 アイツが休みを貰った日はいつもそうだ。

 二人して何をコソコソとして居るんだか。

 別に仲間外れにされて拗ねているわけじゃない。

 あの二人がどうなろうと……アタシには関係の無い事だし。

 返ってうるさいのが居なくなって精々するわ。

 

 

 

 そんな生活がまたしばらく続いた後。

 のらりくらりとシンジの追及をかわしていたんだけど、そうも言ってられない日がやって来た。

 

「アスカ、今日こそ一緒に来てもらうよ」

「嫌よ」

「今日じゃないとダメなんだ!」

 

 いつになく強引なシンジ。

 アタシに対してこんな強気な顔が出来るようになったのか。

 

「ほらアスカ、この服に着替えなよ」

 

 ケンケンから渡されたのは、リボンとフリルの付いた少女趣味の様なドレス。

 もちろんアタシの知らない服のはずだけど……。

 昔、どこかで見た覚えがある気がするのはデジャヴ?

 

 

 

 アタシはクローンして産み出されて、白衣を来た人間達に観察されるモルモットの様な生活を送っていた。

 さらにエヴァのパイロットになる為の訓練を課せられた。

 それ以外にまだアタシの思い出していない記憶があると言うの?

 アタシは頭にモヤがかかった気持ちになりながらも、渡された服に着替えた。

 

 

 

 外では第壱中学校の制服を着た綾波タイプが待っていた。

 第三村に来た時はプラグスーツを着ていたコイツも、今ではすっかり村に馴染んでいるように見える。

 アタシ達四人は連れ立って第三村の中心にある鈴原医院へと向かう。

 そこでヒカリ達がアタシの事を待っているようだ。

 わざわざアタシに何の用事があると言うのか。

 今日でなければならない理由は何なのよ?

 

 

 

 いつも第三村の中心に姿を見せないアタシを、人々は物珍しい顔で見ていた。

 ましてやいつもラフな格好で外に出ているアタシは、今は可愛い服を着ている。

 さらに注目を集めることになり、まとわりつく様な多数の視線が不快で堪らない。

 

「ねえ、もっと早く歩きなさいよ」

 

 アタシは先頭を歩くシンジをせっついた。

 鈴原医院に近づくにつれて、シンジと綾波タイプの知り合いに声をかけられることが多くなる。

 その度にシンジは足を止めて話をするから、なかなか先に進めないのだ。

 

「ゴメン、今日は急いでいるんだ。トウジの家に行かないと」

「そう言えば、鈴原医院は臨時休業だったわね」

 

 そう言ってアタシに向けられた中年の女性の目には生暖かい物が感じられた。

 他人から同情を受けるのが嫌なアタシは怒り心頭に発する。

 

「やっぱりアタシ、帰る!」

「ここまで来ておいて、何を言ってるんだよ!」

 

 振り返ろうとしたアタシの腕をシンジが思い切りつかむ。

 

「来てくれないか、パーティの主役なんだからさ」

「アタシの何を祝おうって言うのよ!?」

 

 ケンケンに尋ね返したけど、アタシはパーティの内容の見当がついた。

 自分にとって嬉しくない日を祝ってもらっても、みじめな気分になるだけ。

 余計なお世話だ。

 

「綾波がアスカの誕生日を知っていたんだよ」

「エヴァやネルフに関するデータは全てインプットされている。あなたのプロフィールも」

 

 なんて余計なことをしてくれたのよ!

 アタシは綾波タイプを思い切りにらみつけた。

 

「碇君が、あなたの詳しいことを知りたいと言うから、生年月日から身体的データまで全て教えた」

「身長は僕の方がまだ低いみたいだね」

 

 シンジは顔を赤らめながらも、ごまかし笑いを浮かべてそう言った。

 コイツめ、アタシの身長以外のサイズも知っているな!

 

 

 

「さあ、トウジの家に到着だ」

 

 ケンケンのその言葉でアタシはハッとなる。

 シンジと綾波タイプを追及して居る間に鈴原の家に着いてしまったようだ。

 アタシは観念して家の敷居をまたいだ。

 しばらくの間、恥辱の時間を耐え忍べばいい。

 

「あら碇君、アスカを連れて来てくれたの?」

「久しぶりやな、式波」

 

 鈴原の家の玄関土間で、すっかりオシドリ夫婦の見本となったヒカリと鈴原が笑顔でアタシを出迎える。

 ヒカリの背負っている赤ん坊が、綾波タイプを見て声を上げる。

 ずいぶんと懐いているみたいだ。

 

「ふふ、碇君と綾波さんが作った服、着ているみたいね」

 

 ヒカリがアタシの着ているリボン付きのフリルの服を見て笑みを浮かべる。

 アタシの着ている服、シンジ達が作ったのか。

 

「第三村にはアパレルショップなんてないからね。可愛いお洋服を手作りしてあげようって、碇君のアイディアよ。私も少しお手伝いしたわ」

 

 そう言って少し得意気な顔になるヒカリ。

 全くどいつもこいつもお節介だ。

 鈴原とヒカリが住んでいる、六畳一間の和室は、色とりどりの三角の紙が吊り下げられ、綺麗に飾り付けられていた。

 

『式波・アスカ・ラングレー大尉誕生日おめでとう!』

 なんて垂れ幕がされていないだけでもマシか。

 

「さあ、お姫様はこの席に座って座って」

 

 そのヒカリの言葉を聞いて、アタシの頭にコネメガネの顔が浮かぶ。

 アイツは今、ヴィレの戦艦ヴンダーに乗っているが、もし第三村に居たら先頭に立ってこのイベントを主導するに違いない。

 アタシの為に用意された座布団に腰を下ろすと、はす向かいの席にすでに座っているメガネを掛けたオッサンがに気が付いた。

 多分ヒカリかトウジの父親辺りだろう。

 

「お前さんは、娘から食べ物の味が全く感じられないと聞いたが、本当か?」

 

 突然座っていたオッサンに話しかけられた。

 言葉の内容から察するに、彼はヒカリの父親だとアタシは確信した。

 不快な質問だけれども、無視をするわけにもいかない。

 

「ええ、何も食べなくても生きていけるし、眠る必要もないわ」

「それは難儀だな」

 

 ヒカリの父親はそう答えたきり、黙って固い表情になった。

 安っぽい同情心から、あれこれ言われることが無くてアタシは一安心した。

 テーブルの上を見ると、アタシの席にだけ料理が無い。

 他の席に置いてある料理もみそ汁のような質素な物だ。

 

「アスカ、お待たせ」

 

 シンジと綾波タイプが、二人掛かりで持つようにな大きなプレートに乗せて台所から持って来たのは、何段重ねにもなった豪華なバースデーケーキだった。

 白いクリームのケーキに映える真っ赤なイチゴや様々な果物が乗せられ、ロウソクが15本立てられた豪華絢爛な物。

 第三村の食糧事情を考えれば、作れるはずがない。

 それも味覚の欠如してしまったアタシの為に、多いなる無駄遣いだ。

 

「アスカ、驚いた? でも、このケーキは実際には食べられないんだ」

「見た目だけでも楽しんで貰おうと、碇の提案で作ったのよ」

 

 アタシが怒りの声を上げる前に、シンジとヒカリが種明かしをしてなだめた。

 

「心がポカポカした?」

 

 純真な瞳でアタシに尋ねる綾波タイプ。

 シンジに同じ事を聞かれたら、アタシは否定的な答えをぶつけてしまっていただろう。

 

「……悪くは無いわ」

 

 アタシが渋々言葉を絞り出すと、綾波タイプの表情が明るくなり、それはシンジやヒカリにも伝染していく。

 別にアタシが嬉しいわけではない。

 12月4日は、アタシの『オリジナル』の誕生日であって、アタシ達クローンの製造された日ではない。

 シンジ達のお祝いムードとは違い、赤の他人のパーティに参加しているような違和感を覚えて、アタシとは温度差があった。

 

 

 

 ……だけど次の瞬間、フラッシュバックのようにアタシの頭の中にイメージが流れ込んで来た。

 アタシの前のテーブルにケーキが置いてあり、向かい合わせに優しい笑顔を浮かべた金髪の大人の女性が座っている。

 

『お誕生日おめでとう、アスカ』

 

 その言葉を聞いて、アタシはその女性が自分の母親だと分かった。

 

(アタシにも、誕生日を祝ってくれる人が居たんだ……)

 

 そう思うと、自然とアタシの目から涙がこぼれた。

 

「アスカ、どうしたの?」

 

 おめでたい席で突然涙を流したアタシを見て、シンジ達に困惑の表情が広がる。

 アタシはみんなを不安にさせないように笑顔を作って答える。

 

「小さい頃……ママに誕生日をお祝いしてもらった事を思い出したの」

 

 これはクローンとして作られたアタシ自身の記憶では無い。

『オリジナル』から植え付けられた偽物のイメージだ。

 でも、アタシが胸に感じているこの温かい気持ちは本物。

 

「アスカ、良かったわね」

 

 アタシがクローンとは知らないヒカリは純粋に喜びの言葉を掛けてくれた。

 

「シンジ、アンタがママに抱っこされて泣いていた事も思い出したわ」

「えっ!?」

 

 皮肉めいた笑いを浮かべてアタシがそう言うと、シンジは恥ずかしがるよりも、驚いた様子だった。

 あの時シンジとその両親が冬のドイツに居た理由は分からない。

 ママがずっと仕事で忙しかったから、アタシは外で一人遊びをしていたと思う。

 だから両親と一緒に居たシンジを羨ましい視線で見ていた。

 もちろん、これは移植された記憶だけど、今のアタシには自分自身の事の様に感じられる。

 

「そんなところを見られて居たんだ、恥ずかしいな」

 

 アタシがクローンである事は、綾波タイプと三人の間での暗黙の了解だ。

 だからヒカリや鈴原達には内緒にしている。

 

「でもどうしてアタシの誕生日をお祝いしてくれるの?」

「式波はエヴァに乗って、使徒からワシらを守ってもらった。ワシらにとって命の恩人や!」

「私にとってアスカは大切なお友達よ」

 

 てっきり働きもしない鼻つまみの厄介者だと、第三村の人たちから印象を受けていると考えていたのに。

 アタシが学校に通って居たのは短い間だったけれど、二人がそう思ってくれていたんだと知るとアタシは嬉しかった。

 もっと早く積極的に第三村に顔を出しておけばよかったかな。

 アタシは参号機に乗って使徒に呑み込まれる前にミサトと電話で話していた頃の懐かしい感覚を思い出していた。

 もうシンジへの14年間の恨みも忘れてやるか。

 

「アスカ、本当は食べられるケーキを作ってあげたかったけど……」

「見た目だけでも楽しませてもらったから充分よ」

 

 申し訳なさそうに謝るシンジにアタシはそう答えた。

 第三村の食糧事情では、イチゴ一粒も手に入れるのも無理な話だ。

 生きる為に田植えなどもしているみたいだけど、食べ物はクレイディトからの配給に頼っている。

 いつしか鈴原が陽気な唄を歌い始め、ケンケンが合いの手を打つ。

 スイーツの一つも出て来なかったけど、アタシ達には笑顔があふれていた。

 

 

 

「アスカ……今日はどうだった? たいした事はしてあげられなかったけれど……」

「胸がポカポカした?」

 

 ケンケンの家への帰り道、シンジと綾波タイプにそう尋ねられた。

 

「悪くはなかったわ。でもこんなに大げさなパーティはしなくていい。プレゼントもいらない。……その代わり来年もアタシの側に居てくれる?」

「もちろん」

 

 アタシの口から自然に出た言葉にシンジは快諾した。

 しかし次の瞬間、アタシを大きな後悔が襲った。

 綾波タイプはネルフで定期的にメンテナンスを受けなければ生きられないことに気が付いたのだ。

 アタシはなんて残酷な言葉を彼女に告げてしまったんだ。

 

「うん、約束する」

 

 綾波タイプは自分の命数は知っているはずなのに、笑顔で答えてくれた。

 アンタ、いつの間に他人に気遣いが出来るまでに成長したのよ。

 きっとシンジやヒカリ達の影響ね。

 来年も誕生日を迎えられるように。

 アタシにネルフと戦う目的が1つ増えた。

 

 

 

 それからしばらくして……シンジは『ネオ・ジェネシス』を起こして、エヴァの無い世界にした。

 クローンであるアタシが存在しないはずの世界線。

 でもシンジは101体目のクローンであるアタシが新しい式波・アスカ・ラングレーとして生きる事を望んだ。

 

「ハッピーバースデー、ママ」

 

 あれからアタシはシンジと結婚して家庭を持った。

 アタシの目の前に置かれているのは、シンジ特製のバースデーケーキ。

 市販品では代用出来ない理由があるのだ。

 

「どうしてママのケーキにはイチゴがたくさん乗っているの?」

 

 アタシの誕生日ケーキを覆い尽くすのは、101粒のイチゴ。

 このイチゴは、誕生日を祝ってもらえなかった100人のクローンとアタシの分だ。

 毎年このたくさんの数のイチゴを手に入れることが出来るのは、イチゴ農家となる決意をしてくれたシンジのお陰。

 

「ママはね、赤い色が大好きなのよ」

「そっか、だからケーキも赤いんだね」

 

 愛娘に本当の理由は話せない。

 今年も101人分の誕生日を迎える事が出来た。

 誕生日おめでとう、とびきり美味しいイチゴのプレゼントよ。

 イチゴの旬は12月から1月の間なの。

 アンタ達(アタシのクローン達)は今もアタシの心の中で生きている。




シンジ「加持さん、すみません。僕はスイカじゃなくてイチゴを育てます」
リョウジ「謝る事はないさ、君の好きにすれば良い」


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