永遠なる皇帝とストイックモンスターメスガキが、主人公を大岡裁きするお話 (ぐっちSKG)
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01R 彼女はムーンレイカー
飛び立つは流星のように


頭の中には全部入っているのに、文章を起こすのってすごく大変ですね。まともな文章を書いたのは、高校の反省文以来ですので初投稿です。どうぞよろしくお願いします。


「本当に、後悔していないのか?」

 

赤信号での停車中、ハンドルを握るトレーナーが私に静かに問いかけた。

普段の態度からはかけ離れた声色に、私は手に持った漫画雑誌から目を離し、運転席に座る彼を見る。

 

あら今更そんなことを聞くなんて・・・決心が鈍りましたか?

 

彼とはそこまで長い付き合いではない。だが共に夢に向かって駆け抜けた深い仲でもある。そんな無二の戦友らしくない言葉に、揶揄うようにそう返す。

 

当時は書類仕事しか取り柄のない、能力では凡百と言われていた。そんな新人トレーナーと言われていた彼は、わたくしと共に二人三脚でトゥインクルシリーズを走り抜いたのだ。

 

「いや、その・・・そう言うわけではないんだが」

 

問いかけた筈のトレーナーは言い澱むように口をもにょもにょしていた。おそらく、望んでいた返答ではなかったからだろう。多分、聞いたのは自分なのにな・・・とか考えているのだとは思うが、わたくしはトレーナーに望み通りの返答を返すつもりはさらさらありませんの!

 

何度聞かれても返答が変わらない質問をするのは、男らしくありませんわよ

 

わたくしには、間違いなく才能があった。他者よりも速く走れる自慢の脚を持って生まれた。地元では負けなしで、全国から強豪が集う中央トレセンですら一握りの上澄みと言えるだけのものがありました。

 

 

トレーナーの責任ではない。そんなわたくしが、クラシックで連敗し、ろくな実績を作ることができず、こうして中央トレセン学園を離れることになったのは。

 

どんな結果であれ全部受け入れる。勝っても負けても。そう言う話になってたでしょう?

 

全部事前に決めたことなのだ。最後のレースに出たことも、こうして車に乗っていることも含めて。二度とあの中央トレセン学園には帰ることはないということも。

そんな割り切った回答に、トレーナーは人が変わったかのように叫ぶ。

 

「・・・勝ったじゃないか、君は!誰にも出来なかった事を成し遂げたんだぞ!上に掛け合えばなんとか出来たかも知れないんだ!」

 

普段割と静かに話すトレーナーらしくない、毅然とした言葉にわたくしは少し驚いた。自称小心者であるトレーナーが、怒りすらこもった大声を出しているのを見るのは初めてだった。

 

いきなり大声を出さないで欲しいですわ。耳がキーンってなりましたわ。

 

私の責めるような、なだめるような言葉に、トレーナーは慌てながら謝った。先ほどまでの態度とはうって変わって、再びいつものトレーナーに戻っていた。

密室空間での大声はやめてほしい。ウマ娘の耳は繊細なのだ。あと青信号になったから前を向きなさいトレーナー。

 

 

アクセルを踏み前進を始めた車の中で、再び漫画雑誌を読む気にはならなかった。そんな空気ではなかったからだ。

いまだ冷めきらぬ怒りを堪えるように、ハンドルを強く握りしめるトレーナーは呟くように言った。

 

「君は残るべきだった。あそこには君が必要な筈なんだ。結果は出したんだから、なんとか出来たかも知れないんだ」

 

何を今更な事を。とわたくしはうんざりした気持ちになりましたわ。トレーナーの気持ちは嬉しいがどうしようもない事なのだ。結果を出せたかどうかは、トレセン学園を辞める事とは関係ない。彼にはわかり切っているはずなのに。

 

それを言うためについて来ましたの?だったら車から叩き出しますわよ?と言いつつわたくしはトレーナーを見る。ここからはわたくしが運転しますから、貴方は歩いてトレセン学園まで帰りなさい。

 

「君は免許を持ってないだろう・・・わかった悪かった、悪かったから腹をペチペチするのはやめなさい」

 

謝るトレーナーの腹をペチペチしながら、わたくしは物思いにふける。おお、出会った当初はトトロみたいなおデブ体型だったのに、筋トレのおかげでまるでプロレスラー体型ですわ!筋肉は増えて、でも脂肪はけっこう残ってますのね!コメばっか食ってるからですわ!

 

「これでも結構落としたんだぞ。言わないでくれ・・・頼むから」

 

気にしているのだろう、すこし凹みながら返事をする。決して口には出さないがわたくしは結構気に入っている。出会ったときは自己管理もできないトレーナーかと思ったものだ。わたくしに(無理矢理)付き合わされて、一緒にトレーニングをしていた姿は、トレセンではそこそこ有名なのだ。

 

そのおかげか、中央トレセンのトレーナーになれるくらいの能力はあるのに、自己管理できないと言う悪評は立ち消え、今やなかなか根性のある有望な若手扱いをされているトレーナーなのだ。

 

いや、正確には有望な若手扱いされていたと言うべきですわね。私の退学に合わせて、まさか自分も辞表を出すなんて、とんだバ鹿野郎ですわ。しかも付いてきますし。

 

・・・貴方は、貴方の方こそ後悔していませんの?

 

声は震えてはいなかったと思う。もしもトレーナーが一時の下らないセンチリズムのために仕事を辞めたのなら、今すぐ車をトレセン学園に引き返させて撤回させなければならない。辞めなくてはならないわたくしとは事情が違うのだ。

 

「いや、よく考えて自分で決めたんだ。皆にはもう話は通してるよ」

 

ちょうどいいタイミングだったしね、とこちらの心配を気にも留めずに話す。

やりたいことでも見つかったのでしょうか?まあトレーナー業は無理矢理やらされてたようなものだから、それなら問題ないですわよね?多分。

 

「今でもトレーナー業は向いてないと思う。でもすごい楽しかった。やるべきことは全てできたと思う。だから後悔はないさ」

 

「何度も助けてくれた理事長と理事長秘書、あと同僚達には申し訳ないけど、まあそれは仕方がない」

 

ちょっとバツの悪そうな顔をしながらも、その声は晴れやかだった。こっちが心配してるのに人の気も知らずに呑気なものですわ。

 

でも、中央トレセンのトレーナーって高給取りなんでしょう?しがみつくのが普通だとは思いますけど・・・

 

「それは君だってそうだろう?あんまりにも楽しかったから満足してしまったんだよ」

 

ははぁ・・・やっぱり貴方はバ鹿、いえとんだ大バ鹿野郎でしたのね。一体誰に似たのかしら。

 

呆れたように呟くわたくしを、同じようにトレーナーは呆れたように反応を返す。

 

「そりぁ・・・決まってるだろう?俺の愛バのせいさ」

 

言いやがりますわね、似合いませんわよわたくしのトレーナー。

 

「「はははは」」

 

いつもの空気だ。たとえ環境は変われど変わらないものはある。先は見えないが、きっとうまくいくだろう。

 

踏み込まれたアクセルにより車は前に進む。今までの古巣に背を向けて。

 

それでも続いていく道の先へ。




*小話*

先に言っておきますと、この2人に恋愛感情はありません。ただ得難いパートナーだとは思っています。この話はラブコメではなくコメディなので甘酸っぱい話はないんじゃよ
あと、この話はいわゆる最終回の話です。次回からは(書けたのなら)過去に戻りトレセン学園入学からです


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今計算してみたが、流星はトレセン学園に落ちる!

皆さんの愛バはどの子ですか?正直みんないい子すぎて選べないよ。みんな可愛い。あんな可愛いウマ娘がいる世界に生まれたかったよぼかぁ。


春だ。春である。春の日差しが桜の花の隙間から差し込んでいる。

 

つい数週間前までの寒空は、春の陽気に蹴り出されたのかもはや影も形もない。

 

そんな春を謳歌するように植物が花をつけ、微笑むかのように世界を美しく彩っている。

 

春に芽吹くのは花に限ったことではない。

 

今日もまた1人のウマ娘が、大望を胸に抱き、自らの才能を芽吹かせるべく中央トレセン学園の門を叩く。

 

この季節にありふれている光景ではある。花開く前の蕾のように青々しく、そして迸るほどの情熱を秘めた新入生として。

 

トゥインクル・シリーズの栄光をその手に掴むために、入学してくるウマ娘は多い。その中の1人であり、今はまだ無名のウマ娘にすぎない。だが後に多くの観客の心を掴むことになる一つの星。

 

彼女の名はミカドランサー。

 

彼女の歩みと同時に揺れる、自慢の葦毛をなびかせながら。

 

自らの思い描く未来を一切疑わず、彼女は前へと進む。

 

これは数多くのライバルたちと競い合い、流星のように駆け抜けた彼女の物語である。

 

 

------÷

 

 

中央トレセン学園、正式名称は日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

 

3000人を超えるウマ娘を抱える、日本で最も大きいトレーニングセンター学園である。

 

ウマ娘はもちろんトレーナーや設備等も含めて、世界中の名門トレーニングセンターと比べても比肩しうる、限りなく高品質のものが揃えられている。

 

そのようなことができたのは、これまでの先達が血の滲むような努力を積み重ねてきたからである。

 

故に全国のウマ娘の模範となれるよう、我々は文武両道とならねばならない。これまでの先達らに恥じない、そして未来の後輩たちを導けるような立派なウマ娘になってほしい。

 

 

とそんな感じのことを、現生徒会長であるシンザン先輩が昨日の入学式の壇上で話していたのを思い出していた。

 

(やっべぇですわ・・・入学早々やっちまいましたわ・・・!)

 

背筋に冷や汗が伝い、焦りからか視界がぐにゃりと歪んだように感じる。

 

先ほどまで行われていた各自の自己紹介が終わり、最初の授業が始まろうとしたときにそれは起こった。いや気付いてしまったと言ったほうが正しいだろう。

 

さあ鞄から教科書とノートを取り出そうと、カバンを開けたのだが、彼女の目に飛び込んできたのは予想とは違う光景だった。開かれたカバンから目に飛び込んできたのは教科書でもノートでもなく・・・

 

 

 

週刊少年ジャンプだった。

 

 

 

(ちっくしょう!昨日ですわね!昨日購買に寄ったときですわね!)

 

昨日の入学式の後、寮の先輩に引率されながら学園の施設を案内されたとき購買にも寄ったのだが、その時気がついてしまったのだ。

 

トレセンの購買・・・ジャンプが1日早く発売してますわ!

 

あとで寮で読もうっと、と考えながら寮の先輩にバレないように購入し、おろしたてのカバンに突っ込んだ。

 

その夜、荷ほどきそっちのけでジャンプを読みそのまま就寝。忘れられた哀れな教科書は段ボールの中に置き去りとなった。

 

(なんですのその顔は!キメ顔で表紙を飾るのなら、今の私を救ってみせなさい!やって見せろよジャンプ!)

 

愛読する週刊少年ジャンプの表紙を飾る、人気漫画の主人公を心中で八つ当たりしながら、ミカドランサーは考える。

 

(落ち着け・・・落ち着くのですわたくし。この程度のピンチは何度も乗り越えてきたでしょう。なんとでもなるはずですわ!)

 

(教科書を忘れたことなんて珍しいことではありませんわ。わたくしは今まで教科書だって、宿題だって、なんならランドセルだって忘れたことがありますのよ!その時のことを思い出すのですわ!)

 

(教科書を忘れた時のように素知らぬ顔で授業を受ける・・・流石に机の上に教科書もノートも筆記用具もないのは誤魔化しきれませんわ!)

 

(それなら宿題の時はどうしましたっけ、確か・・・宿題のプリントがヤギに食べられたって言ったんですわね。だめですわ、あれは先生にくっそ怒られたんですわ。)

 

(ランドセルを忘れた時は・・・学校ばっくれて大騒動になって親にしこたま拳骨を喰らったんですわね。流石に二度とごめんですわ!)

 

今思えば全然切り抜けられていない。そんな自分の経験値に絶望している間にも時間は過ぎていく。

 

(やはり正攻法のせんせー忘れちゃった隣の子に見せてもらう作戦で行くしかありませんか。正攻法よりも機転と度胸でピンチを切り抜けるほうが漫画の主人公みたいで好みのスタイルなのですが・・・)

 

彼女にとって今日会ったばかりのろくに知らない相手に、教科書を見せてもらうように頼むのは難しいことではない。彼女にとって重要なのはいかに漫画の主人公のようにカッコよく切り抜けるか、その一点なのである。

 

だがこれがミカドランサーの少年漫画に染まりきった残念脳みその限界なのだろうか?賢さが不足しているようですね。

もはや最初の授業から忘れ物をする、ウカツ者の謗りは避けられないのだろうか。カッコ悪い。

 

(もはやいっそジャンプは人生の教科書と言い張るという手も・・・)

 

絶対通らない理屈でありながら、無駄に足掻こうとするミカドランサー。そんな彼女に隣の席の少女が少し躊躇いながら声を掛けてきた。

 

「さっきからカバンに向かって百面相をしているようだが、体調でも悪いのか?」

 

隣の席の少女は保健室に連れて行こうか?と気がかりそうにしていた。

 

・・・・せんわ

 

「えっ?」

 

教科書が!ありませんわ!

 

隣に聞こえる程度に叫ぶという器用なことをする。そんなミカドランサーはすごくカッコ悪かった。

 

「それなら先生に教科書を忘れたと正直に言えばいいだろう」

 

それはカッコ悪いでしょう!

 

「えぇ・・・・」

 

少し引き気味な反応をした隣の席の少女は腕を組み、少し考えたあとに口を開く。

 

「今日は授業の概要を話すだけなはずだから、教科書は使わないはずだ。ノートをとっていれば何も言われないと思う。」

 

まじですの?!救いはあるのですか?!

 

「絶対とは言い切れないが、昨日先輩が言っていたから間違い無いと思う」

 

じ、実はノートも鉛筆も持っていませんの

 

「君は何をしに教室に来たんだ」

 

隣の席の少女は真顔になったが、自分のルーズリーフ数枚と、予備の鉛筆を手渡してきた。

 

 

メシア・・・っ!貴方はメシアですわ・・・!

 

「・・・君は大袈裟だな。」

 

隣の席の少女が苦笑したと同時に、教員が教室に入ってきた。

 

 

 

-----÷

 

 

 

ふぅ、助かりましたわ・・・入学早々ご迷惑をかけましたわね。

 

午前の授業をなんとか乗り越えて昼休憩。食事後は少し時間が空いてから午後は実技授業に入る。つまり今日はもう教科書は必要ではない。なんとか教科書なしという状態から逆転できたわけだ。

 

びっくりハプニングを乗り越えて、嫌な顔一つ助けてくれた隣の席の少女に感謝の言葉を述べる。

 

そこでわたくしは改めて彼女の顔を見る。

 

無表情とか冷たい・・・というわけではないがとっかかりがないというか、掴みどころがないような、明らかにクラスメイトのウマ娘達とは雰囲気の違う少女だった。

 

だが決して不快感はない。開かれた瞳からだけでも高い知性が感じさせられ、いずれ誰もが知るウマ娘になるだろうという予感を思わせる。そのような要素が合わさり、同年代ながらどこか大人びたような雰囲気を纏っていた。

 

わたくしの名前はミカドランサーですわ。これからよろしくお願いしますわ。

 

改めて貴方のお名前を伺っても?という言葉に隣の席の少女は僅かに微笑みながら返答する。

 

「私の名前はシンボリルドルフだ。こちらこそよろしく頼む。ミカドランサー。」




*小話*

購買案内中の寮の先輩「明日の授業はさわりだけだろうけど、筆記用具は購買で買ってしっかり準備しとけよー」

ミカドランサー「ジャンプ!ジャンプデスワ!」←聞いてない


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チケガチャでSSRを引きました。隣の席の奴が!!

レースまでなかなかいきませんね。

水着イベントボーナスのつくチケゾーを育成中です。BNWいいよね。明らかに性格の違う仲良し凸凹トリオがイチャイチャしてるの可愛い。でもナリタタイシンもビワハヤヒデも持ってないんだよ。大変お辛いです。


 

授業が終わり、近くの席の何人かを誘って食堂に行くことになりました。食事をしながら互いに話をしていると、先ほどの自己紹介ではわからなかった事への質問をすることとなる。

 

貴方の名前はシンボリルドルフとのことですけど、スピードシンボリのシンボリ一族ですの?

 

 

「ああ、スピードシンボリは私の祖母だ。」

 

 

シンボリルドルフがあっさりと答える。銅像がたってもおかしく無い、歴史的スターウマ娘の孫が同期どころか隣の席にいるなんて・・・。こりぁ大変なやつと同じ時代に生まれちまったなってやつですわね。

 

それともこの学園には、いいとこの家のウマ娘が結構いるのでしょうか?もしそうならうちは特に有名でも無いので場違い感ハンパないですわね。

 

「祖母は・・・とても厳しい人なんだ。」

 

自分の祖母を思い出しているのだろう。耳をペタンと伏せ、心なしかしおしおになってしまったシンボリルドルフ。しょんぼりしている。ションボリルドルフですわね。

 

「それにしてもよく祖母のことを知っていたな。世代ではないだろうに」

 

(おそらくは苦い)思い出から帰ってきたシンボリルドルフが意外そうな声色で反応を返す。同席しているクラスメイトもどっかで聞いたことあるんだけどなーという反応だった為、同期が知っているのが意外だったらしい。

 

うちのじーちゃんがファンなんですのよ。わたくしはレースは見たことありませんですけど、話だけなら何度も聞かされましたわ。

 

 

スピードシンボリはいまだに名バ100選にも選ばれたりして、根強い人気がある。史上初の有馬記念連覇や、当時は珍しい海外遠征を行ったそうだ。かなり遅咲きでありながら、普通なら全盛期を過ぎているはずなのに、バンバン勝つので、歳を取らないウマ娘と言われていたそうですわ。

 

「じーちゃんの話もそうですけど、私の知識の源はこれですわ」

 

カバンから、お菓子をみんなに見えるように取り出す。あっウマチョコだー、と声を上げるクラスメイトに対して、シンボリルドルフは怪訝そうな顔をする。

 

 

「その、それは・・・なんだ?」

 

あ、貴方?!ウマチョコを知らないんですの?!

 

 

ウマチョコは超ロングセラーのおまけ付きお菓子である。チョコレートの挟まったウエハース菓子と、おまけでウマ娘シールが一枚封入されている。

 

おまけのシールにはいくつかのレア度に振り分けられ、G1を取ったウマ娘や、人気の高いウマ娘が高レアのキラシールになる。ちなみにスピードシンボリは最上位のレジェンドレアである。裏面にはそのウマ娘の簡単な情報や、主な勝ち鞍が載っている。

 

ちなみにわたくしはシールを集めており、新弾が出るたびスーパーやコンビニのウマチョコを買い占めている。なかなかキラキラのレアシールが全然出なくて泣くことになるのは毎度のことですわ。

 

 

お近づきの印に一つ差し上げますわ。ウエハースを捨てたら祟りますのでちゃんと食べるように。

 

 

なぜかウエハースを捨てる人が絶えないのだ。こんなに美味しいのに、捨ててしまうなんて勿体無いですわ。カルシウムも入っていて骨にもいい。

 

 

シンボリルドルフはウマチョコを受け取り、少しおっかなびっくりしながら袋を開封し、中のシールをみて目を見開く。

 

 

「シンザン会長もシールになってるのか。キラキラしてて集めたくなる気持ちもわからなくはないな」

 

シンザン!?キラキラァ!?

 

貴方今なんつったぁ!シンザン会長は最新弾のパッケージにもなっているトップレアですわよ!わたくしはシンボリルドルフの後ろに回り込み、手に持ったシールを覗き込む。

 

そんなあっさり出るはシンザン会長ですわぁ・・・

 

わあ、しんざんかいちょーこんにちわ!きれいなしーるだね!ピカピカしていてまるで彗星かな?いや彗星はもっとぱぁーってひかりますわよね。

 

「これ返そうか?」

 

いいえ・・・大切にしてくださいですわぁぁぁ・・・

 

欲しい、実際すっごく欲しいですわ。でも一度送ったものを受け取るわけにはいきませんわ。せめて大事にして欲しい。ウマチョコ用スリーブに二重に入れて、スクリューダウンに入れた後、神棚にでも飾って欲しい。わたくしならそうする。

 

持って生まれた運の違いとでも言うのでしょうか。シンボリルドルフはとんでもないラッキーウマ娘に違いない。羨ましいですわこんちくしょう。

 

 

その時わたくしに電流走る!そうだその手があった!わたくしはやはり天才ですわ!

 

 

 

シンボリルドルフ・・・午後のレース実技の授業、賭けをしませんか?

 

 

「賭け?学生同士で賭けごとはダメだろう」

 

賭けごとにするくらいならこのシールは返すとシンボリルドルフははっきりという。

 

初対面から思ってましたが、やっぱり貴方は真面目ちゃんですわね。もっと考え方は柔軟にしなければいけませんわ。

 

ふっふっふっ。賭けるのはそのシールでも、お金でもありませんわ。賭けるのは権利!勝った方が負けた方になんでも一つ、命令することができる権利ですわ!

 

この賭けでシンボリルドルフをわたくしのウマチョコの開封係に任命すれば、レアシール引き放題ですわ!我ながら完璧な作戦に恐ろしくなる。

 

そう、シンボリルドルフは私がどれだけの速さで走れるのかをまだ知らないのだ。たとえ中央にこれるだけの才能があろうとも、スピードシンボリの孫であろうとも、相手は私と同じ年齢。

 

私の全力疾走は同年代の平均タイムより大幅に早いのだ。

 

勝ったなガハハ、風呂入ってきますわ!

 




『スターウマ娘チョコ』

通称ウマチョコ
ウマ娘シール付きのウエハース菓子である。
大手お菓子メーカーから販売されているベストセラー商品であり、老若男女問わず食べられている。
ウマ娘シールは多くのコレクターがいて、最初期のトップレアは高値で取引される。

ウエハース菓子にはカルシウムが入っており、全力で走っても壊れない脚を作って欲しいという、メーカーの願いがこもっているのかもしれない。


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話が違いますわ・・・だって今日はレースだって・・・

筆がのったので2夜連続投稿です。レースはまだですの?!まだだよ!


「よーし!次のグループはゲートに入れ!」

 

わたくしはいそいそとゲートに入る。

おかしい・・・絶対におかしいですわ。何かが間違っている。

わたくしはコースに設置されたゲート設備の中で自問自答していた。

 

ガコ

 

「・・・・・・。」ダッ!トットット

 

「よーし!戻ってこい!」

 

「・・・・・・。」トコトコトコ

 

昼食が終わって小一時間経ってから、新入生は運動着に着替えて運動場に集合した。地元の運動公園ではまず見られない、よく手入れされたターフにすこし高揚感を覚えていた。

ジャージを着た妙齢の女性教官の指示の元、柔軟体操とすこしのランニングを終わらせたあと、設置されたゲートに前で整列していた。

 

みんなはレース会場で見るような巨大なゲートを見て、憧れのトレセン学園のターフで走れると目を輝かせていたが、今では全員とは言わないが、大半が目が死んでいる。

 

今日レースじゃありませんの!?ゲートの出入りしかしてないんですけど!

 

わたくしはまだそこまでゲートに不快感はありませんけど、ウマ娘は本来狭いところが大っ嫌いなのです。

3割ほどは教官の指示に従えず、ゲート前で立ち止まったり入るのに抵抗したりしていますわ。

 

あっ、ゲート前で抵抗していたウマ娘が教官に無理やり押し込まれましたわ。いくら大人と子供といえ、ウマ娘に力で勝つなんて教官はきっとウマ娘ですわね。帽子をしてるので耳は見えませんけど。

 

レースの練習とは名ばかり。先ほどの教官の話では、今日は終わりまでゲート訓練らしい。無情ですわ。

いや、これでも温情を掛けてくれているかもしれないですわね。

現状この運動場には新入生しかいない。ターフのある運動場は人気が高く、授業を除けば新入生が使える機会はないそうです。

 

もしコースを使うことができても、大抵は人気のないダートコースや、ウッドチップコースが御の字。予約で順番待ちのターフコースが回ってくることなど滅多にないそうだ。

そのため新入生の間の授業はレース理論や筋トレが中心となる。気持ちよく走れるのはその後だそうです。

 

学年が上がるか、チームに所属することができればチャンスがあるかもしれませんが、今のところはそれも望めませんわ!

 

 

それにできることならゲートを使いたい。ゲートなしでやればいいと思われるかもしれませんが、せっかくここまでの設備が揃っているのなら、使いたいというのが人情というものでしょう。

 

だが授業が終わった後は、すぐ入れ替わりで上級生のチーム練習があるのだ。予約制である運動場のチーム練習時間を削ってまで、レース出走予定のない新入生に使わせてくれるだろうか・・・・まぁ無理ですわねぇ。

 

 

・・・ということはアレしかありませんわね。

 

 

わたくしが決心を固めると同時に、シンボリルドルフがゲート練習から帰ってくる。退屈なはずのゲート練習なのに、そのような素振りは全く見せないのだから、こいつはなかなかの役者である。

 

 

シンボリルドルフ、先ほどの賭けレースの話忘れていませんわね?

 

「忘れてはないが・・・これでは今日は走れないだろう」

 

シンボリルドルフも先ほどのレースの話を考えていたのだろう。そしてわたくしと同じ結論に達したのだろう。今日はこのままだとそのチャンスは来ないと。

だけれどもわたくしは諦めの悪いウマ娘。不可能の先をいきますわ。そこで今から授業をジャックしますわ。手伝いなさい

 

「は?・・・いやいやいや、君は何を言っているのか分かっているのか?」

 

シンボリルドルフが呆れたような、残念なものを見るような目つきで聞き返してくる。おい、こいつなんかやべーこと言い出しだぞ見たいな顔はやめなさい。

 

「思いっきり走りたい気持ちはわかるが、今は諦めたほうがいい」

 

どうしても走りたいなら、上級生のチーム練習が終わる夕方ならどこかのコースが空いているかもしれない。シンボリルドルフはそうやってうまいこと宥めてくるが、それは聞けない相談ですわ。

 

 

何故ならわたくしは!今!走りたい気分なのですから!

 

わたくしの頭からは先ほどの賭けのことは二の次になっていた。ゲート練習ゲート練習ゲート練習がなんぼのもんですか!つまらないゲート練習はもううんざりですのよ!わたくしは思いっ走りたい!このフラストレーションを発散しないとどうにかなってしまいそうですわ!

 

しかしレースは1人では成立しないのですわ。なので渋るシンボリルドルフをどうにかして説得しなくてはならない!回れわたくしの頭脳!唸れわたくしの舌!

 

 

ヘタレ・・・

 

「・・・・いま、なんて言った?」

 

根性なしのヘタレと言ったのですわ!

 

やーい!のーみそカチカチ!チキンやろう!名家のお嬢様!お家に帰って華でもいけてるのがお似合いですわ!

 

そうやって説得していると、シンボリルドルフの纏う雰囲気が変わった。

先ほどまでの穏やかな凪のような雰囲気から一変し、荒れ狂う嵐のような激しさを感じますわ。

シンボリルドルフは静かに闘志を燃やしていた。そして絞り出すように声を漏らす。

 

「誰にも、ヘタレだなんて言わせない・・・!」

 

 

あれ?なんか思ってたより効いてますわ?なんか地雷踏んじまったかしら・・・。

 

 

--------

2人がバチバチと睨み合い

 

「———ふぅん。」

 

新入生にあるまじき、横紙破りの計画を

 

「アハ♡面白いこときーちゃった♡」

 

近くにいた青い髪のウマ娘が聞いていた。

-------




次回!ミカドランサーvsシンボリルドルフvs謎の青いウマ娘vsダークライ!



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二人きりのスターティンググリッドに挟まりたい

祝ドトウ実装につき今日は全裸待機

レースは、レースはないんですかー?すいませんそれ次回からなんですよ。延期だ延期!


「おや、君が来たのかい?シービー」

 

「シンザン会長も来てたのね。誰かと待ち合わせでもしてたの?」

 

「来るとしたらマルゼンスキーかなと思ってたからね。次点で君だったよ」

 

「あー確かにあいつなら来そうね」

 

頭の中にチョベリグ快速ウマ娘を思い浮かべる。後輩思いのマルゼンスキーなら、どんな新入生がトレセン学園に入学してきたのかは気になるところだろう。

優等生なように見えて自分のルールを優先するフシのあるあいつなら、授業をこっそり抜け出してもおかしくは無い。

 

「いつかアタシたちと競いあう子がいるかもしれないって思うとさ。やっぱり気になっちゃうじゃない」

 

「でも君、この時間は授業中だろう?」

 

「抜けてきたわ。みんな快く送り出してくれたわよ」

 

「ここは生徒会長としては、怒らないといけない場面なんだけど・・・でも君、言い出したら誰のいうことも聞かないからなぁ。」

 

教員の胃に穴を開けないでくれよ全く。と言いながらシンザン会長は肩を竦める。

考えておくと答えながらアタシはシンザン会長に近づいていく。

 

今では最前線から身を引いたものの、いまだにトレセン学園の最高戦力とも言われるシンザン

 

三冠ウマ娘であり現役世代の最強格とも言われる。トレセン学園の誇る名バ、ミスターシービー

 

レース好きなら知らぬもののいないそんな2人が、コースを一望できる場所で手すりに体を預けながら並んで立っていた。

 

------

 

「今日は退屈なゲート練習なようだけど」

 

眼下では新入生達がゲート装置を出たり入ったりしている。あの練習はすこぶる評判が悪いのだ。せっかく初めてコースなのに目の前でお預けなのだ。

 

いつも思うが最初くらい思い切り走らせてあげたらいいのにと思う。

アタシも初めてのゲート練習では、散々ストレスを溜めることになったのだ。

 

「この練習本当に効果的なの?あの子たち、全然集中できてないわよ?」

 

実際のレースなんて当分先なのだ。ゲート練習はもっと後に回してもいいのではないだろうか。

 

「そうでもないさ。この練習にはちゃんとした意味があるのさ。」

 

意味?

 

「高いフラストレーションを溜めたウマ娘は、普段とは違う突発的な行動を取ることがあるからね。それを調べる必要がある」

 

そういうのは入学テストの面接では測りづらいだろう?と生徒会長は新入生から目を離さずに話す。

 

「つまり、この練習は一種のストレステストってわけ?」

 

「専属トレーナーやチームトレーナーと違って、教官は何十人も一度に面倒を見ないといけないわけだからね。誰に注視しなければならないか知ることは急務なのさ」

 

確かに癖ウマ娘と呼ばれている子達は、目を離すと何をしでかすかわからないものだ。

 

アタシも癖ウマ娘と呼ばれることはあるが、自分も初めてのゲート練習は上手くは出来なかった気がする。

 

「そうそう・・・君はゲート前で座り込んで、走らせないのならテコでも動かないぞって言ってたんだっけか」

 

「・・・あの頃の話はやめて頂戴」

 

こちらに目を向けたかと思えば、シンザン会長はニヤニヤと揶揄うようにこちらを見ている。確かにそのあとは教官とクラスメイトの3人がかりでゲートに放り込まれたのだ。

 

「それにほらあの子・・・」

 

シンザン会長が指差した先には、ゲート練習の待機組がコース脇でたむろしていた。その中でも一際目立つ、赤い流星の入った葦毛のウマ娘が、教官にバレないようにこっそりと複数人に指示を出すような動きをしているように見える。

 

その横には腕を組んだウマ娘が、指示を出している赤い流星のウマ娘を睨め付けるように立っている。腕を組んだウマ娘はどこかで見たような気がする。

 

「腕を組んでいるウマ娘はシンボリルドルフという。今年の首席合格者だよ。あの子は私のお気に入りでね。」

 

新入生代表として入学式では壇上でスピーチしてたんだけど、覚えてないのかい?うん全然覚えてない。というか聞いてなかった。

 

呆れたように目元を抑えるシンザン会長を他所に、アタシはその二人組を見る。

 

中央トレセン学園は狭き門と言われてはいるが、入試の成績が必ずしも強さに直結するわけではない。なんなら面接官の印象さえ良ければ他は壊滅的でも受かるという噂すらあるのだ。

そんな入学の為の面接だの学力だのを合わせた総合的な点数などはアタシとっては重要ではない。重要なのはコース上でアタシを楽しませてくれるかだ。

 

「どうやら今年も癖ウマ娘はちゃんといるらしい。あれは悪巧みをしている顔だよ」

 

シンザン会長の声にアタシは思わず笑みが溢れる。今年の新入生にも面白いのがいるようだ。ああ本当に楽しみだ。

 

 

------

 

 

『ジャックすると言ったが、本当にそんなことができるのか?』

 

出来ますわ。何も教官を捕まえて縛り上げるわけじゃありませんもの

 

『方法は?』

 

ゲート練習のフリをして、ゲートが開いたらそのまま教官の声を無視して走ればいいだけですわ。狙い目は気の緩む最終組ですわね

 

『勝手に走ってしまえばいいわけか。ゴールはどうする』

 

そうですわね・・・7本目のハロン棒でどうです?

 

『1400mか・・・短いな。ここからなら最終コーナー終わりから2本目か』

 

あんまり長いと一周して飛び出したゲートとこんにちはですわ。でも余興としては面白そうじゃありません?この条件に不満はありますの?

 

『無い。いいだろう乗った』

 

話がとんとん拍子に進みますわね。挑発でヘタレ呼びしてから、シンボリルドルフが好戦的すぎますわ。

 

これが終わったらマーティ・マクフライドルフとでも呼んでみようかしら。あまりヘンテコなあだ名をつけると変なあだ名返しされそうで怖いですけど、反応は気になりますわ。

 

そんなことを考えながら、先程一緒に昼食を食べたウマ娘を捕まえる。どちらが先にゴールしたかを見届けるように指示を出す。

 

私も走りたいよーと言ってはいたが、耳元で貴方にしか任せられないだとか、僅差なら貴方の目が最後の頼りになるかもしれないと煽てれば、目を輝かせわかった任せて!といい簡単に承諾してくれた。

すげーちょろいですわ。

 

すると横からで何故かシンボリルドルフが睨みつけてきますわ。さっきの挑発を引きずっているのかと思ったが、どうも違うようです。

えっ?いたいけな少女を言葉巧みに騙くらかすなですって?とんでもねぇ言い草ですわ!失礼ね貴方!

 

その他数人にも同じように指示を出す。いざという時に教官の目を引く役とか、わたくしとシンボリルドルフが同じ番になるようにゲート待ちの順番を入れ替えたりする。

もちろんなにかあったら知らんぷりするように言っておく。走っても無いのに連帯責任させるほどわたくしは非道ではありませんわ。

 

その際何故か青い髪のウマ娘がこちらを見ているのが気にはなったが、声はかけてこなかったので放っておいた。

 

全ての準備を済ませた後も何度かのゲート練習を行い。遂に最後の番となる。教官も最後となったグループを見て、少し気を緩めている。

 

「よーし、これで最終グループだな!これが終わったら今日の実技練習はお終いだ!すぐに片付けに入るから全員荷物は纏めておくように!」

 

大きな声で全員に指示を出す教官を尻目に、わたくしとシンボリルドルフは隣同士のゲートの前に立つ。

 

さぁ勝負ですわシンボリルドルフ。ぶっちぎって大差勝ちしてやりますわ。覚悟しなさい。




メイショウドトウ可愛いんですよ。
デザインも素晴らしいんですけど、なによりもテイエムオペラオーとの関係が対照的で実に良し。
自分に自信のあるオペラオーと、自信のないドトウ。友情のようなライバル意識のような、こいつには絶対負けたくないっていうのがスポ根好きには刺さる刺さる。
何度負けても悔しくて涙を流しても挫けず、泥だらけになりながら歯を食いしばりながら立ち上がる。そんな姿をするのがいいんですよ。
後胸が大きいのがry


ミカドランサーちゃんもそんな子に育って欲しい。ルドルフにボコられて泣いてもいいけど、挫けちゃダメだぞ。


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新入生戦 トレセン学園 芝 1400m(短距離) 右

急遽訳あって、明日投稿予定のものを投下します。理由は後書きにて。


狭っ苦しいゲート内で、わたくしはゲートが開くのを待つ。

 

先ほどまで大声を出していた教官の声は、集中したわたくしの耳にはもはや聞こえない。

 

今日の退屈なゲート練習では感じられなかった、高揚感がわたくしの胸を満たし、昂らせる。手が震え顔が火照り、ずっと燻っていたものに火が灯る。

 

いつからだったでしょうか。レースに違和感を覚えてしまったのは。

わたくしはトゥインクルシリーズとは比べ物にならない小さな地元のアマチュアのレース大会や公道の違法レースしか出たことはない。それは他人から見れば滑稽極まりない井の中の蛙なのだろう。だがそこでは当然のように、必然のように勝利が転がり込んでくる。

 

わたくしは負けたことはない、負けそうと思ったこともない。苦戦もない。駆け引きもない。特別努力した覚えもない。走りたいように走れば、誰も彼もが蚊帳の外になる。

 

置き去りにしてしまう。影すら踏ませずに。

 

疑問、疑惑、疑心。勝って当然のように勝つことがわたくしの求めるものなのか。わたくしには誰も追いつけないのか。愛読するジャンプのように心を熱くするものがレースにはあるのか。

 

その答えを求めて、中央にやってきた甲斐があった。

 

 

隣のゲート内にいるだろうシンボリルドルフの呼吸する音が聞こえる。

 

わたくしは賭けレースまで持ち出し、挑発を繰り返してまで引きずり出した。ウマチョコ開封係に欲しいのは本当だが、それはもはや二の次ですわ。

 

こうして隣同士のゲートに入ればより鮮明に分かる。いや本当は出会った時から感じていたのかもしれませんわ。

 

思考から生温いコーラのような甘さが抜けていく。大差をつける?ずっと目を背けていた事実をゆっくりと咀嚼し、飲み込んでいく。ああ堪らないですわ。

 

わたくしは宇宙で1番ではなかった!

 

今隣にいるこいつは強い!わたくしが今まで競い合って来た誰よりも!そしておそらくはわたくしよりも!

 

ぶつけますわ!今持っているもの全てを!!

 

ガコン!

 

ゲートが開くと同時にウマ娘達が飛び出していく。いざ勝負!

 

 

 

--------

 

 

スタートは上々。

教官の声に合わせて速度を落とすウマ娘を尻目に、わたくしとシンボリルドルフは加速します。

異常を理解した教官が警告の為に吹いたホイッスルの音が少しずつ小さくなっていく。

最初の戸惑いはターフの感触だった。生まれてから初めてですわ。ここまで走りやすいターフは。

よく整備されていて、脚によくなじむ。蹴り足がいつもよりも調子よく回る。まさしく言葉通りの良バ場ですわ。

心の中でターフの整備員に喝采を送ってみた。いい仕事ですわ!花丸を差し上げますわ!

 

 

1つめのハロン棒が横を通り過ぎる。

 

差しを得意とするわたくしはシンボリルドルフの後ろにつけていた。

後ろから観察していると、シンボリルドルフのフォームは美しいの一言に尽きた。才能か、努力か、あるいは両方か。子供の頃からの訓練の賜物なのだろう。僅かにもブレることのない身体の軸からの蹴り足は、ターフを掴み、より効率的にに身体を前へ前へと運んでいるように見える。

 

それでも全力ではありませんわね。普通のウマ娘なら飛ばしているペースではありますが、シンボリルドルフにはまだまだ余裕がある、フォームを見れば分かる。より効率的に走ることを考えたフォームは僅かな疲労程度で効果的に成果を上げるでしょう。もし疲労度外視の走行になったこいつはどれだけ速いのだろうか見当もつきませんわ。

 

もちろんわたくしにもまだまだ余裕はありますが、それはレースの距離が短い為、スタミナ配分が楽だからですわ。距離が伸びれば伸びるだけ、降り積もった疲労の差が勝敗を分かちやすくなるでしょう。

 

実に楽しいレースですわ!やっぱりこいつ速いですわ!

 

わたくしはレース中でなければスキップし出しそうなほど上機嫌になった。

 

2つめのハロン棒がわたくしの後ろの方へと吹っ飛んでいく

 

 

直線での様子見は終わり。この区間の途中からコーナーへと入る。当初はコーナーもシンボリルドルフの後ろにつけ、最後の直線でぶっち切る予定でした。だが予想外の状況に参ってしまっていましたわ。

 

脚が回る。回りすぎている。ゲート練習で溜まりに溜まったストレスが消えていくのが楽しすぎる。明らかにオーバーペースに踏み込もうとしている。スパートに近い速度走ればいくら短距離でも流石にきつい。

 

わたくしの理性がいくらペースを落とすように言っても脚の奴が勝手に!掛かっているかもしれませんわね。

 

冷静になれ。ここは様子見。勝負所はもっと後ろ。差しは勝負所間違えたら勝てないって分かる?相手は自分より強いんだよ?のーみそすかすか?理性がんばれ♡理性がんばれ♡

 

自分の理性的な部分が反応を押し留めようと頑張っている。

 

 

あああぁうるせぇぇぇ!もう我慢できませんわぁぁぁあ!!!やればいいんでしょう!勝ちぁあいいんでしょう!!それなら文句ないんでしょう!!!

 

 

ミカドランサー、いきまーす!!とバカはそんな理性を投げ捨てる。

 

3つめのハロン棒を尻目にわたくしは外からシンボリルドルフを抜きにかかった。

 

 

 

-------

 

 

「あっ掛かった」

 

コーナー入り始めから一気に加速を始めた赤い流星の葦毛のウマ娘を見てアタシは即座に気がついた。

ゲート設備から飛び出した後、教官を振り切って走り出した3人のウマ娘は、こんな無茶をした割に最初は冷静にレースを運んでいた。

 

先頭はシンボリルドルフ。

綺麗に整ったフォームは、幼少の頃から訓練を受けているからだろう。明らかに他の新入生とはレベルが違う。

走り方から見て得意なのは先行だろう。他に誰も先頭に立つウマ娘がいない為か逃げの走りになっているが、ペースが崩れていない。この時点で正確な時計を持っているのだろう。

総じて言うなら末恐ろしいの一言に尽きる。

 

「あのシンザン会長のお気に入りの子、いい走りしてるわ・・・会長?」

 

返事がないのでアタシは横を向くと、シンザン会長は声を押し殺して笑っていた。暴走するように加速していった3人に気づいたとき吹き出してたけど、アンタいつまで笑っているんだ。

 

「ぷっ、くくく。わ、私もここまでのレベルとは思わなかったな。」

 

そりゃあそうでしょ。明らかに新入生のレベルじゃないもの。

 

シンザン会長の返事を待たずに視線を戻したアタシは、シンボリルドルフ以外の2人のウマ娘を観察する。

 

シンボリルドルフの後ろに張り付いていた赤い流星の葦毛のウマ娘。名前は・・・シンザン会長が知らないのをアタシが知るわけない。

 

ともかくその子は先ほどまでは新入生らしくなく冷静にレースを運んでいるように見えた。1番有利な場所につけていたのに、それを投げ捨ててコーナー侵入と同時に抜きにかかったのは減点ものだが。

しかしコーナーで外に流されずガンガン加速していくのは足腰の強さと体幹が優れているのだろう。見ていて気持ちがいい走りっぷりですらある。だがシンボリルドルフを突き放しにかかっているが、あれはゴールまでもたない。逆噴射する未来しか見えない。

 

シンボリルドルフのように磨き上げられてはいないが、彼女も荒けずりだがかなりの原石と言える。今回負けたとするならそれはレースに対する経験値の差だろう。磨き上げれば間違いなく強くなる。それこそトレセンでもトップクラスになれるだろう。

 

 

そして3人目は・・・小柄で青い髪のウマ娘だ。染めているのだろうか、青い髪に黄色の刺し色が入っている。

名前は赤い流星のウマ娘と同様に知らない。追い抜かれたシンボリルドルフから6バ身離れて走っているが、追い込みが得意なウマ娘なのだろうか。冷静に俯瞰するように前の2人を観察しているように見える。

 

それにしては走り方が妙だ。僅かな違和感とでも言うのか異質さを感じる。

 

「最後尾の彼女は未舗装レース出身だよ」

 

笑いを堪えることから復帰したシンザン会長の言葉に、レースから目線を外し思わず横を見てしまう。

 

「ラリーレースから?冗談でしょ?」

 

それは確かに明らかに異質だろう。トラックレースではなくラリーレース界隈からこちらに来るなんて滅多にあることではない。

日本ではウマ娘のトラックレースが主流であり、ラリーレースはあまり人気がないことも相まって、海外でレースすることが多い。しかもテレビ中継は滅多になく、せいぜいが雑誌の片隅に小さく記事になる程度なのだ。閉鎖的な環境も相まって、こっちにはほぼ選手が流れてこないのだ。

 

「あの走り方はどんな悪路にも対応できるように踏み込む技術だ。真上から踏みつけるように、そして後ろに向かって押す。未舗装でも脚を引っ掛けない為の走り方だよ」

 

「言葉にすると簡単だけど大変な高等技術さ。まぁ普通ならトラックレースでは通用しないんだけどね。」

 

どう見ても彼女普通じゃないなぁと呟くシンザン会長の言葉を聞いて、改めて青い髪のウマ娘を見る。

 

確かにそう言われれば納得できる点がいくつもある。俯瞰してみるのは障害物が多く、見通しの悪いラリーに対応する為。あの踏み足はぬかるんだ泥道や、見えづらいデコボコ道を踏破する為だろう。

 

「彼女は理事長が直接スカウトしに行ったという噂さ。あの怖ーい理事会が飛び級まで許可するなんて、よほどのものをもっているんだろう。閉鎖的なラリーレース界隈からあれほどの逸材を引っ張ってくるなんて後が怖いよ」

 

・・・・シンザン会長、彼女の名前は?

 

「ブルーインプ。まあ彼女は青い小悪魔なんて可愛らしいものじゃないとは思うけどね」

 

 

 

 

-------

 

 

コーナーを抜けて最終直線。後ろを振り返ったわたくしは冷や汗を流していた。

コーナーで脚をぶん回しぶっち切ったと思って振り返れば、シンボリルドルフと思ってたよりも近い。全然差がついていないのだ。

それになんか青いのが後ろから猛追してくる。貴方一体何者なんです!と叫び出したくなる気持ちが湧いてくる。

 

不味い不味い不味い!!

 

調子に乗って飛ばしすぎた。わたくしのアホ!バカ!アンポンタン!何やってんだ理性!どこ行ってたんだ!責任とって腹を切れ!

 

こ、このままでは脚が続かない。ひとまずどこかで息を・・・息をどこで入れればいいんですの!セーフティリードは全くない!

 

7つめのハロン棒はまだですの!・・・見えた!遠い!このままだと持たない!

 

一度抜かれてもでも息を入れないとスパートがかけれない!

一呼吸でいい、大丈夫わたくしの脚なら再加速できる!

 

息を入れるのを見計ったかのように、シンボリルドルフが外からわたくしを抜き去っていく。猛追していた青いのがわたくしのすぐ後ろにまできている。

 

「に が す かぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

二の矢発進!全身全霊!再加速であいつを差しますわ!

全身の血液が沸騰するような感覚がする。歯を食いしばる。目がチカチカする。絶対に逃がしませんわ!

あと少し、あと少しで届く!届く!届け!

 

ゴールのハロン棒は何処!だめだ今度は近すぎる!間に合いませんわ!

 

 

そしてわたくしの前を走るシンボリルドルフが、最初にハロン棒を通過した。

 

 

 

 

あぁぁぁ負けたましたわぁぁ!やだぁぁあ!!

 

 

 




あとがき

皆さん、メイショウドトウ可愛いですよね。そんな彼女がいまピックアップされてるんですよ!
皆さん当然回しましたよね?引けましたか?

僕はですねぇ・・・なんとぉ!引いちゃいましたぁ!(大本営発表)
いやぁ・・・引けなかった人には悪いけど、どうしてもいまここで報告したくて仕方がなくてね!本当に申し訳ない。

えっ?ドトウの声が聞きたい?しょうがないなぁ〜。

おーいドトウ!こっちおいでー!

どうしたのみんな待ってるよドトウ!恥ずかしがってないでおいでって!

紹介しますねこの子が う ち のメイショウドトウです!


「マスター、私はメイショウドトウではありません」


・・・・・・ぁぁぁあああああドトウだもん!おっぱいおっきいしドトウだもん!ドトウなんだもん!ぁぁぁぁあ!もうやだぁぁぁ!やだやだ小生やだ!引けないのやだ!


「・・・すいませんマスター・・・その、私では不足だったでしょうか・・・?」


・・・・ぁあああブルボンはほんと可愛いなぁぁぁぁあ!サイボーグ?こんなキュートなサイボーグがいる訳ないでしょ!SFチックな演出もかっこいいよ!いよっ天使!女神ウマ様!
スタイルよし!顔よし!性格良しでパーフェクトじゃねぇぇぇかぁぁあ!
みんな!すり抜けでも!こんな可愛いウマ娘が手に入っちまうなんてやっぱサイゲは神だな!これからもついていくぜ!


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ターフチェック!ヨシッ!今日も1日ご安全に!

ミカドランサーちゃんの泣き顔は可愛いんですよ。ああ、もっとびゃーびゃー泣き喚いてくれ。


ハロン棒を通過した後、わたくしはターフに仰向けに倒れ込み、酸欠気味の体を横たえる。あー空気がうめーですわー!

 

今回の勝負は負け。認めますわシンボリルドルフ。貴方がナンバーワンですわ。ですが次はわたくしが勝ちますので!

 

横に顔を向けると、シンボリルドルフも相当きつかったのか膝に手をつきしんどそうに息をしている。いっそ横になれば楽なのに。それにしても汗だくになりながらもこいつは絵になるやつですわね。

 

「な、なんてペースで走るんだ君は・・・追い抜くのは本当に骨が折れたぞ・・・」

 

少しうらめしげに息を荒げながらシンボリルドルフこちらを見る。すいませんそれもこれも理性ってやつが悪いんですわ。あいつには責任を持って腹を切らせますので、許して欲しいですわ。

頭の中で理性担当ミカドちゃんが冤罪だーと言い残しながら粛清されていくのを感じながら謝る。次の理性はうまくやってくれるでしょう。

 

「うーん。やっぱりここのターフは合わないかなぁ?」

 

走りづらーいと言いながら、なぜかこのレースに参戦してきた小柄の青いウマ娘がぼやきながら近づいてくる。そうだ貴方だ!貴方!一体誰だ!やいこの不審ウマ娘め!どこから現れましたの?!

 

「君はブルーインプだな。後ろからついて来ていたのには驚いたぞ」

 

知っているのですか!シンボリルドルフ!

 

「知ってるも何もクラスメイトじゃないか。今朝自己紹介してただろう」

 

お、覚えていますわよ。そう!ちょー覚えてますわ!

ただほら、あれですわ!教科書忘れたときに全部吹っ飛んだんですわ!

 

覚えていないじゃないかと、呆れ顔のシンボリルドルフである。申し訳ないですわ。

それで彼女はブルーインプさんでよろしいのですね。はじめましてブルーインプさん。わたくしミカドランサーですわ。こっちのはシンボリルドルフですわ。

 

「はーい私はブルーインプ。よろしくねー♡」

 

・・・なんでこいつクラスメイトに媚び声出してるんですの?変なやつですわ!

 

 

 

 

「よォ。ご歓談のところ悪いんだけどな、ちょっと話があるんだわ」

 

あ、貴方は教官!額に青筋を浮かべている。走って来たのだろう。帽子が風圧で吹っ飛んだのかウマ娘の耳が見えている。やべーですわ、険しい目つきで耳を伏せている。それに言葉遣いも違う。ブチギレ5秒前みたいな感じである。

 

「・・・・で、誰が主犯なんだ。怒らないから言え」

 

絶対嘘だ!焦って言い訳を考えながら、左にいるシンボリルドルフを見る。目が合う。お前が言い出したんだろうと目が言っている。

右を見るとブルーインプはあろうことか、わたくしを指差している。

 

えっわたくしぃ!?

 

「そうかそうか。お前か」

 

教官がわたくしの前に立つ。身長差もあって威圧感がやばいですわ。大人と子供くらいの身長差から生まれる威圧感は実際怖い!

 

「参っちまうよなァ。今年は問題起こす奴が少なそうでな、優等生揃いで俺は嬉しかったんだよ。それがまさか初日で勝手にレースまでやるバ鹿どもが、俺の担当に紛れ込んでたなんてよ・・・で?」

 

で?とは・・・一体なんですか?

 

「最後に言い訳くらいはさせてやろうと思ってな。優しい教官を持てて幸せ者だなお前らは」

 

こ、殺される。こいつ絶対3人くらい殺ってますわ。顔は笑顔だけど目が言っている!養豚場のブタでもみるかのように冷たい目ですわ!『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』ってかんじの!

 

助けて理性担当!えっいない!なんで!肝心なときになんでいないんですの!畜生、奴は死んだわバカめ!

 

怒られる覚悟はしていたが、出来ることなら怒られたくはないし、ここまでブチギレるのは想定外ですわ。言い訳を、何か言い訳を考えなくては・・・・

 

「おい、黙り込んでんじゃねェ。さっさと答えろ」

よし!多少無理があるかもしれないが、なんか酸欠で頭が回らないし、こいつで通す・・・!

 

・・・た

 

「た?」

 

なんとか切り抜ける!

 

た、ターフチェック!ヨシッ!!これで安心して上級生に引き渡せますわね!万事OKですわ!教官殿!

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

行けるかッ・・・・!

 

「・・・・そうか」

 

通った!?やったー!パパママ!わたくしはやり遂げましたわ!生きておうちに帰れる!

 

「そうかそうか」

 

教官は素早くわたくしの左腕取ると、一瞬でアームロックをかけた。

 

痛い痛い痛い痛い。お、折れるぅぅ!どうしてぇぇえ!!

 

「どうやら痛くしねェと覚えないみてェだからな」

 

怒らないって!怒らないって言ったのにぃぃぃ!痛いぃぃぃ!

 

「そんなこと言ってねェ」

 

言いましたわ!絶対言いましたわ!

 

「この練習場内はてめェらみたいなひよっこに発言権はねェんだ。教官の俺が言ってないって言ったら言ってねェんだ」

 

横暴ですわ体罰ですわ!痛いですわぁぁ!

 

 

「おっと教官殿。それ以上はいけない」

 

 

その声が掛かると腕の締め付けがわずかに緩む。お、折れるかと思いましたわ・・・。

 

腕を解かれ、解放されるとわたくしは半泣きになりながらシンボリルドルフのそばまで一目散に逃げる。距離を取らないと第二陣が来そうで怖い。

 

唐突に現れたのはトレセン学園生徒会長のシンザン会長だった。教官も突然の登場に驚いている。

 

「シンザン会長、どうしてここに?」

 

その通りですわ。今は授業中なのでは?

 

「初練習ということで様子を見に来てたのさ。怒る気持ちもわかるけど。教官殿、君にはまだ仕事があるだろう」

 

そういえば片付けがあるんでしたわね。よくよく考えればこのレースのせいで、上級生チーム練習の時間が削られるかもしれない。それは本意ではありませんわ

 

「しかしですね・・・」

 

「なに、処罰はこちらに任せてくれ。全員きっちりと受けてもらうさ。これで納めてくれないかい?」

 

シンザン会長の言葉に渋々教官はうなずいた。

 

教官が、いえ鬼教官がこちらに背を向けて、クラスメイトの方へと戻っていく。た、助かったぁ!

 

「全く・・・教官を怒らせたらダメだよ?普段は優しいけど、怒るとすっごい怖いんだから」

 

た、助かりましたわ。シンザン会長!生きて明日を迎えられるのは貴方のおかげですわ!貴方は命の恩人ですわ!

 

「大袈裟だなぁ・・・。おっと君たちはこっちだよ。処罰を言い渡さなくちゃいけないんだから」

 

処罰?どんなことをすればいいんですの?

 

「それは後のお楽しみ。まぁそれなりにきついとは思うよ」

 

ニコニコ笑顔のシンザン会長に、わたくしたちはついていくことになった。

 

きつい処罰かぁ。やだなぁ。

 

 




*後書き*
ミカドランサーちゃんはなにを見てヨシと言ったんですかね。
少しずつUAが伸びていますね。僕の鼻もぐんぐんですわ!みんな読んでくれて、ありがとな!

-------


ドトウが諦め切れないので、僕は回すよブルボン。

「マスター、もう残弾がありません」

なぁに!諭吉弾があるさ!こいつで引く!

これは!豪華な扉!来た!扉を開けてくれ。たずなさん!

・・・君は!メイショウドトウ!なんか釣りが好きそうで、菊花賞でワールドレコードを出しそうなメイショウドトウじゃないか!

ぁぁぁあああ!やっぱ可愛いなぁ!
サイゲは神だな!これからもついていくぜ!


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労働の対価は感謝の気持ち

いわゆる箸休め回です。書いていて思うのは、頻繁に更新しとかないと熱意が続かなくなりそうで怖いということですね。

投稿時間間違えちった。18時で揃えたいんだけどなぁ


レースの2日後わたくしたちは食堂にいた。

 

 

むきむき、むきむき、むきむき

 

 

「・・・・・・・」

 

シンボリルドルフは喋らない

 

 

むきむき、むきむき、むきむき

 

 

「・・・・・・・」

 

ブルーインプも喋らない

 

 

「・・・・やってられませんわぁぁ!!」

 

わたくしは叫びますとも。

 

 

 

今日は日曜日。トレセン学園も授業は休み。クラスメイト達も街に出かけてショッピングだの、食事だの映画だのに洒落込んでいるそうですわ。

上級生もトレーニングやお出かけしたりと思い思いの日曜日を過ごしているそうですわ。

 

ああなんということでしょう。わたくし達3人がやってることは包丁を使って野菜の皮むき!朝7時から始まり、すでに太陽はすでに真上ですわ。

日曜日だと流石に学食は閉まっている。ですが休みではないそうですわ。裏では平日の仕込みをするらしく、大量の野菜を処理しなくてはならないといけないらしい。なんでも大量に冷凍してストックしておかないと全くもって足りないそうだ。

 

なので学食の裏側にはでっかい業務用冷凍庫がいくつも置かれている。ていうかこれ全部合わせると10tトラックの荷台くらいありません?核シェルターでもここまでは備えないのでは?

 

9時くらいにふらりとやってきた、ゴールを見届けてくれたクラスメイト達が手伝おうかー?と言ってくれたが流石に丁重に断りましたわ。

 

 

てかなんでピーラーないんですの。備品として一つもないのは流石におかしいでしょう!

 

「ほら無駄口叩いてないで、次のだよ!」

 

トレセン学園の厨房を任されている料理主任が、新しいバケツを持ってくる。ドンッ!置かれたバケツには大量のニンジンが入っている。わんこそばみたいに減ったら随時追加するシステムらしく、もはや何度目かわからないおかわりですわ。わたくしニンジンが嫌いになりそう。

 

 

料理主任は棒付き飴玉を咥えた中年女性だ。万年欠食ウマ娘達の食事を一手に引き受けているだけあって、歴戦の風格を漂わせている。

どうやら問題を起こした生徒が野菜の皮むきをさせられるのはよくあることらしい。手慣れた様子で裏側に連れてこられ、あれよあれよという間にこのような状況になってしまいました。

 

サボろうにも鬼教官が定期的に見にくるので無理ですわ。流石に昨日のお怒りモードではなかったが、昨日かけられたアームロックの記憶が蘇って尻尾が震えが抑えられないですわ。

 

「流石にこれは精神的にきついな・・・」

 

シュルシュルと器用にニンジンの皮剥いていたシンボリルドルフがポツリと漏らす。弱音を全く吐かないタイプだと思っていたが、流石に休憩を挟んだとはいえ、6時間延々と変化のない単純労働は堪えるようである。

 

プルーインプは早々に脱走しようとしたが、脱走してから10分もしない間に、鬼教官に首根っこを掴まれて引きずられて帰ってきましたわ。その時に何かされたのか、以降は大人しく野菜の皮を剥いている。

 

最初はそれなりに会話があったが、流石にみんなグロッキー状態ですわね。わたくしもかなり辛いです。ていうかわたくしが話しかけて反応返してくれないと、1人で喋ってる変なやつみたいにされるので、反応くらい返してほしいですわ。

 

ああこれがシンザン会長の言葉を信じてしまったものの末路なのですわ・・・わたくしは昨日の会長とのやりとりを思い出す。

 

-------

 

『本来なら謹慎処分と反省文を大量に書かせるところなんだけどね・・・』

 

『はっきり言って、ああいうのは時間の無駄だとは思わないかい?』

 

『そんなことをさせて時間を浪費させるより、互いのためになることをした方がよっぽどいいと思うのさ』

 

『この学園は今少しだけ人手が足らなくてね。君たちにはそれなら穴埋めをしてほしい』

 

『なに。学園のためにちょっとお手伝いをするようなものさ。専門的な知識は必要ないし、君たちなら簡単だよ』

 

『たったの二週間。放課後と日曜日を学園に対する奉仕活動に当ててくれれば、それで今回の件は終わり』

 

『本来なら謹慎処分のところを、ここまで軽くしたんだ。君たちにとっても悪い話じゃないと思うけどね』

 

『期待してるよ。はっはっは』

 

-------

 

な・に・が・期待してるよなものですかぁぁあ!少しどころかこれ学園に全然人手が足りてないじゃありませんか!トレセン学園の闇をわたくしは見た!ブラック労働反対!もっと潤沢に人員を配置すべきですわ!特に食堂に!

 

 

・・・・わたくしが喚き散らしても、みんな反応返してくれない。寂しいですわ。しょぼーん。

 

 

1人で盛り上がり1人で凹んでいると、料理主任が入ってきた。手にはバケツは持っていないが、何かあったのだろうか。

 

 

「アンタ、外まで声が響いてるよ・・・ご苦労だったね、今日の分の仕事は終わりだよ」

 

えっ終わり!?やったー!こんなに嬉しいことはありませんわ!!自由ですわ!

 

「手を洗って席につきな。腹減ったろう、賄いくらいは出してあげるよ」

 

 

 

-----

 

「美味しい・・・」

 

シンボリルドルフが感じ入るように漏らす。ブルーインプも無言で頷きながらゆっくりと味わっている。

わたくしも同じ意見だった。どこの食堂にもあるようなニンジンコロッケ定食セットなのにどうしてこんなに美味しいのでしょう。揚げたてでさっくさくのニンジンコロッケは、にんじんの甘味がしっかりとして美味しい!

 

皮むきしているときはもうニンジンなんて見たくないと思っていたはずなのに、食べていると現金なものですわ。やっぱりニンジン最高ですわ!パクパクですわ!

 

「どうだい?トレセン名物ニンジンコロッケは?」

 

料理主任からの問いかけに、わたくしは勢いよく答える。めっちゃ美味しいですわ!今まで食べたニンジンコロッケの中で1番美味しいですわ!

そうかいそうかいと頷く料理主任。すごく嬉しそうですわ。

 

「あんたたち、入学早々問題を起こすような子には見えないねぇ」

 

パクパクしているわたくし達を見ながら料理主任は呟く。

わたくしはちょっとばかりウマ娘の本能なら正直になっただけですわ。走って競うのが生きがいなので!

 

「アタシは教官じゃないからとやかくは言わないが、強くなりたいならちゃんとご飯を食べるんだよ。お腹が減ったらアタシ達がいるんだからね」

 

や、優しい・・・わかりましたわ!じゃあおかわりですわ!

 

「あんたは遠慮ってもんはないのかい?・・・気に入ったよ」

 

あんたたち、デザートもつけてあげるよと言って、料理主任は厨房へ入っていった。

 

その姿を見たわたくしたちは、また少しトレセン学園が好きになった。




ミカドランサー:一応包丁で皮むきができる。ただうるさい

シンボリルドルフ:静かに黙々と集中。包丁を使いこなしている

ブルーインプ:不器用で皮に身がたくさん残る。途中から目が死んでる



こういう食堂のおばちゃんキャラ好きなんですよね。若い子に食わせるのが生きがいというかそういうキャラクター。
とにかくウマ娘はめっちゃ食うので、アタシらが飯を作るからアンタらはしっかり食って身体を作るんだよ!っていうのがねいいんですよ。みんなもご飯作ってくれる人にはしっかり感謝しようね!
そういう裏方で頼りになるキャラクターがいてこそ物語は深みを持つようになるんだと思います。やっぱシンデレラグレイは偉大やな!みんな読もう絶対後悔しないから!




かーー!マチタンがえいえいむん!してくれたらなー!日7回くらい更新できそうなんだけどなー!チラッチラッ


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なんでも言うことをきいてくれるミカドチャン

ん?今なんでもって・・・


 

野菜むきむき地獄は終わった。美味しいニンジンコロッケというご褒美はありましたが、それはそれ。これはこれ。

野菜むきが終わったと言っても、今日の放課後も学園のお手伝いの予定が入っている。今日は別の作業だそうですが、なにをやらされるのやら。

 

そんなこんなであっという間に月曜日ですわ。今日から本格的に授業が始まるのですが、授業前の話題はもっぱらこの前のレースのこととなりました。

 

シンボリルドルフ、ブルーインプ。そしてこのわたくしミカドランサーは、興味津々なクラスメイト達に囲まれることとなる。まるでヒーローみたいな扱いですわね。ていうか多すぎません?これ隣のクラスからも来てるでしょ。

 

 

主な話題はなぜレースをしたのかとか、綺麗な走り方だったねーとか、罰則でなにをさせられてるとかそういう話ですわ。

もみくちゃにされながらも、忘れないうちにすべきことを済ませておかなければ。

 

シンボリルドルフ。これを渡しておきますわ。

 

わたくしの手に握られた紙切れを受け取ったシンボリルドルフはなんだこれはという顔をしている。見てわかりませんの?これは『ミカドランサーちゃんがなんでいうこと聞いてあげる券』ですわ。

 

削って作った消しゴム印で紙切れに押印してある。左側にわたくしをデフォルメしたキャラクターまで入った力作ですわ。

 

なんでも一ついうことを聞くということを賭けにしたので、昨晩の内に作っておいたのだ。わたくしは約束を守るウマ娘なので!

 

賭けの精算の話をしていると、唐突にブルーインプがわたくしに向かって両手を差し出してきた。一体なんですの?

 

「ん♡」

 

いや、ん♡じゃわかりませんわ。何がしたいのですか?

 

「ん〜3着のミカドちゃんは、わたしにもその券を渡すべきじゃないかなって♡」

 

は、はぁ!?何言ってますの!わたくし負けてませんし!よしんばシンボリルドルフに負けてたとしても、貴方には勝ちましたし!わたくしは2着ですわ!

 

「え。わたしが前だったよ?覚えてないの〜♡」

 

のーみそすかすかでちゅね〜♡ですって!こ、このクソガキ・・・飛び級で入ってきたのなら貴方は年下でしょう!年上をバ鹿にしてますわ!もう許しませんわ!バトラー!!

 

な〜に〜?と間延びした声で返事をするクラスメイト。彼女はこの前のレースでわたくしが耳打ちしてゴール判定をして貰ったウマ娘ですわ。名前はたしかメ・・・メなんとかバトラーだったので、わたくしのクラスではバトラーと呼ばれている。

 

ともかく!バトラー、勝ったのはわたくしですわよね!ねっ!

 

わたくしが肩を掴んで彼女を問いただすと、彼女は申し訳ない顔をした。えっ同着にしか見えなかった?ウッソでしょ。そんなはずありませんわ!誰か、誰か見てた人はいませんの!

 

周りに聞いてみても答えは得られない。同着という人もいれば、わたくしが勝った。ブルーインプが勝ったと言う子もいる。これでは勝敗が決められませんわ。どうしましょう。

 

話し合いでは決着がつかない。同着でいいんじゃないかというクラスメイトの声もありますが、白黒付けなくてはわたくしは納得できない。仕方ない・・・じゃんけんですわ!

 

実力差がなければ、勝敗を分かつのはもはや己の運のみ!

わたくしの豪運を持って貴方には引導を渡してやりますわ!

 

そう宣言したわたくしにブルーインプは目をぱちくりさせる。 

 

「ん〜どうしよっかな・・・うん、いいよ♡」

 

ニコニコしながら了承するブルーインプ。貴方に年上に対する礼儀というものをたっぷりわからせますわ。覚悟しなさい。

 

「あっ、そうだ先に言っておくね」

 

なんですの。今更怖気付きましたか?それとも何を出すか宣言ですか?上等ですわ。わたくしはグーを出しますので!

 

「わたし、じゃんけんで負けたことないから♡」

 

・・・・へっ?

 

-------

 

 

ブルーインプには勝てませんでしたわ・・・・

 

一本目は敗北。ごねにごねて五本勝負に持ち込めば惨めに全敗・・・どうなってますの運営!運が偏ってませんか!

5連敗して崩れ落ちたわたくしを、ブルーインプが嬉しそうに耳元で煽ってくる。

 

ざ〜こ♡ざーこ♡幸運すかすか♡敗北者♡年下の女の子に凄んで惨めに敗北♡恥ずかし〜♡

 

ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぬぬ・・・

 

わたくしが悔しさのあまり歯軋りをするのを見て、青いあんちくしょうは恍惚の表情を浮かべている。ニマニマしてるんじゃないですわ!

 

ちくしょおぉぉ!と雄叫びをあげながら、ノートの切れっ端に消しゴム印を押し、それを押し付けるように渡す。

 

これで勝ったと思うなよ!今日はちょっと調子が悪かっただけですわ!覚えてなさい!

 

そう言ってドアを蹴破る勢いで教室から飛び出す。そして授業の為に教室へと向かっていた教員に見つかる。5分後にはわたくしは廊下に立たされていた。

 

 

なんでこうなるんですの!うわーん!!もうじゃんけんはこりごりですわー!

 

 

------

 

 

 

あいつは本当になんなんだ。私は隣の空っぽの机を横目で見ながら考える。空っぽの机に座っているはずだった所有者の名前はミカドランサー。机の所有者は今は廊下に立たされており、教室には黒板の叩くチョークの音だけが響いている。

 

今考えているのは彼女との関係について。今まで自分の周りにはいなかったタイプだ。ああいうタイプとの交流には経験がない。

 

びゃーびゃー泣き喚いたりして、どうしようもないほど子供っぽいのに、なぜか事態の中心にいるのだ。あのレースも、今朝のクラスメイトの様子も。彼女を中心に人が集まり物事が大きく動く。彼女は3人で問題を起こしたと思っているがそれは違う。物事の中心の彼女に、たまたま私が近かっただけだ。

 

本当に私には理解不能なのだ。好きとか嫌いとか、利益か不利益か判断する前に懐に飛び込まれた。そもそも友人なのかどうなのかも私には判断がつかない。

 

普段はどうしようもない愚か者に見えるはずなのに、時折り私の胸の内を熱くすることを言う。彼女の言葉は不思議な強い熱があるのだ。思わずやけどしそうなほどに。

 

ただ一つ言えることは、あの熱に巻き込まさまれるとろくなことにならない。あのレースにしてもそうだ。常に己が正しい規範であるべきと心がけていたのに、あんな安い挑発にのってしまった。初日から不良と呼ばれたらどうしてくれるんだ。全く。

 

ふぅ、と小さくため息をつく。黒板に目を戻し、書き出された教師の文章をノートに書き写す。

 

 

ーーー私には夢がある。必ず叶えると己自身に誓った夢だ。

 

『ウマ娘の誰もが幸福に生きられる世界を』

 

私は、シンボリルドルフは皇帝にならねばならない。皆に不可能な夢だと言われた大望の為に。己の全てをかけても、辿り着けるか分からないほど遠くにあるものの為に。

 

その為に彼女が必要ならば私は受け入れるだろう。そうでないのならば私は・・・・・どうすればいいのだろうか。

 

思わず先程受け取った紙切れを手で弄ぶ。紙には『ミカドランサーちゃんがなんでいうこと聞いてあげる券』と書いてある。

 

 

なんでも、なんでもか・・・

 

 

彼女に自分の夢を話してみようか。笑われたらすごく、嫌だけど・・・

 

いや、彼女は笑わないような気がする。不思議とそう信じたくなる。

 

私の心はまだ分からないが、彼女は私のことを友人と思ってくれている。そんな気がするから。




なんでも叶えてくれるなら5000兆ジュエルください。
ドトウを引けないので、石が怒涛の勢いで減っていくんです。・・・ふふふ


『ミカドランサーちゃんがなんでいうこと聞いてあげる券』

このアイテムが実はキーアイテムとなり、シナリオ分岐に関わってくることは、作者を含めまだ誰も知らないのであった。


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メスガキちゃんのしっとりパンケーキ屋さん

メスガキちゃん主役話はもっと後にしようと思いましたが…やめました。先にキャラ掘り下げといた方がいいかなと思いまして。
今回の話は毛色が少し変わります。今回の話を書いていて、キャラが勝手に動くようになるっていうことが本当にあることだと知りました。
というわけでメスガキちゃん主役回だよ。みんなメスガキ好き?僕は大好きさ!


朝は嫌い。

 

まだ暗い朝とは言えない時間帯、私は目覚まし時計に頼ることなく覚醒する。

 

行うのはいつものルーティーン。

 

冷たい水でよく顔を洗った後、タオルに10秒間顔を埋める。タオル越しに顔を粘土遊びのように揉む。

 

にひっ♡

 

タオルから顔を上げ鏡を見る。わたしがいる。いつものわたし。生意気で人を揶揄うような笑みを浮かべたわたしが。

 

さっ、いこっか♡

 

ジャージに着替え、硬貨の数枚入った小銭入れをポケットに入れる。そしていつものようにランニングへ出かけるのだ。

 

わたしの名前はブルーインプ。恐らく学園でたった1人、トゥインクルシリーズに敵愾心を持つウマ娘だ。

 

------

 

ランニングを行いながらも思考は止めない。最適な足の運び方。重心移動や最短で走れるラインを常に想定する。

 

気持ちよく走るわけではない、むしろ苦痛の方が大きいだろう。どのように、どうやって、どうして。常に自分が踏み出した一歩一歩の意味を理解しなくてはならない。走りながら難題のドリルを解いているような気分になる。

 

『ラリーチャンピオンを目指すなら漠然と走るな。常に思考しろ。次の一歩を踏み出す為だ。』

 

母の言葉だ。トゥインクルシリーズに背を向け、ラリーチャンピオンを目指し、そして叶えられなかった母。

 

舗装されたトゥインクルシリーズではなく、ラリーという未舗装の道を選んだ母。そんな母と同じようにラリーレースへと私は進むつもりだった。ここトレセン学園ではなく。

 

 

トレセン学園へ来たのは、競い合いたいだの、名誉のためではない。

 

わたしが求めるのは金だけだった。

 

 

これから本格化を迎えるわたしはどうしても金がかかる。日本のウマ娘ラリー文化はかなり遅れている。URAのトゥインクルシリーズという化物コンテンツがほぼ全てを独占しているのだ。

 

母は才能に溢れたウマ娘だった。才能も努力も熱意も誰よりも持っていたのに、ラリーチャンピオンになれなかったのは十分なバックアップがなかったからだ。

 

あったのは父の母への愛情と献身的な支え、くたびれたラリー用シューズ、そしてレースの参加資金を算出するだけの金。

 

他国のチームは入念なバックアップの元、万全な体制でレースに臨む中、わたしたちは笑いものだった。

それでも母が上位入賞を果たした時の奴らの悔しそうな顔は、愉快で愉快で仕方なかった。本当にスカッとした。

 

母が成し遂げたことは、間違いなく偉大なことだ。少なくとも世界に指をかけた。あれほどの金をかけながら、いつまでも世界に勝てずまごついてるトラックレースの連中よりも遥かに先を行ったのだ。

 

だが帰国して愕然とした。誰も知らないのだ。ニュースにもならない。トゥインクルシリーズのGⅢの方が扱いが良かった。ラリーレースはせいぜいが雑誌に小さく扱われるくらいだ。

 

もはや笑うしかない。現地の海外メディアは毎日のようにテレビ放送していたのに。

 

 

 

その時決めたのだ。誰も知らないのなら、誰も彼もわたしたちを無視できないようにしてやる。

 

見ていろ。わたしがラリーレースをトゥインクルシリーズの高さまで押し上げてやる。

 

 

 

そうしてラリーチャンピオンを目指すべく母に師事した。最初は戸惑っていた母も、わたしの覚悟を感じたのだろう。最後には許可してくれた。

そこから先は地獄のような練習の日々だった。母は虐待一歩手前、あるいは踏み越えているかもしれないレベルまでの厳しい練習を課した。

 

母の持ちうる全てを注ぎ込まれたわたしは、もはや同年代では敵なしだった。国際ラリー大会ジュニア部門でも最年少で優勝した。誰が呼んだのかは分からないが、未来のラリー界の至宝とまでいわれるまでになった。相変わらず日本では知られていないが。

 

だけどそれでもわたしの夢には足りない、足りないものが多すぎる。金あるいはスポンサー。わたしを支えれるだけの専門のチーム。トップチームが使うような高価なラリーレースの設備。そして何よりも競い合う相手が国内にはいないのだ。それではラリーチャンピオンになれても、この国を変えることはできない。

 

そんな時だ、トレセン学園の理事長からスカウトの声がかかったのは。

 

理事長との話はとても有意義なものだった。金が必要な私に、稼ぎ場と最高の設備を無料で提供してくれるというのだ。もちろんトゥインクルシリーズで結果を残すことが条件ではある。一応こちらもいくつかの条件は提示したが。

 

そうして入学したトレセン学園の設備は素晴らしいものであったが、授業は過保護の一言に尽きた。下らないゲート練習にうんざりしていると、面白い話が聞こえてきた。実に楽しそうな横紙破りだ。

 

渡りに船だった。内申点なんてどうでもいい。ただあのときはトラックレースの連中を揶揄ってやりたかったのだ。

 

結果だけ言うならばあのレースでは2位だった。だがその気になればあの時のシンボリルドルフを撫で斬りにするくらいわたしには簡単だった。

 

あの時後方で走っていたのは中央のターフの感触を確かめるためだ。ターフは滅多に走らないので、どの程度の足で走ればいいのか、スタミナ配分はどうするればいいのかを確認する必要があった。

 

ある程度の情報を集め終わった後、本格的に走り出そうとして前を見て気がついた。恐らくあそこにいた中でわたしだけが。

 

前を走る2人の内の1人のミカドランサー。わたしには一目ではっきりとわかった。彼女は類稀なるラリーの才能を持っていた。

 

どんな地形でも踏破できるだろう強靭な足腰。足の衝撃を逃すための全身の柔軟性。勝負に賭ける意識の強さ。そして何よりも足首が異常に強い。

 

技術はまだまだ未熟だし頭も悪いと思うが、そこは鍛えればどうとでもなる。

 

その時本当に感謝した。中央トレセン学園に入り、好きでもないトラックレースを走ると決めた自分の決断を。目の前を走るウマ娘は、まるでラリーを走るために生まれてきたかのようだった。

 

追い越そうと思えば追い越せた。でも出来なかった。叶えられるか分からない夢を、彼女が一気に現実へと引き寄せたのだ。

 

わたしは走った。彼女の後ろをずっと追いかけるように。少しでも長く見ていたかったから。

 

わたしはポケットの中で揺れる小銭入れに意識を向ける。その中に縫い付けた1枚の紙切れに思いを馳せる。ああこれが本当に何でも叶えてくれるならどれだけ良かったか。

 

 

トレセン学園へ来たのは、競い合いたいだの、名誉のためではない。

 

わたしが求めるのは金だけ"だった"。

 

 

理事長との契約に、学生へのラリーレースのスカウト許可を入れておいて本当によかった。

 

彼女はラリー界の、いやわたしのものだ。お前たちには渡さない。彼女の才能はお前たちでは輝かせられない。

 

絶対に。絶対に。絶対に手に入れてやる。たとえどんな手を使ってでも。

 

 

「なんてね♡」

 

二つに分けた思考の一つを消す。

 

踏み込みを強め、わたしはぐんっと加速する。胸の内にあるもの。熱く、痛くそして暗く燃えたぎる火の熱を感じながら。




メスガキちゃんは割とメラメラですわ!可愛い可愛い生意気メスガキがこれじゃまるでヤンデレ重バ場ですわ!

理事長がスカウトの許可を契約に入れることを了承したのは、優秀なウマ娘をスカウトしようとしても、超人気のトゥインクルシリーズに背を向けて、マイナーなラリーレースに行く奴なんておらんやろと考えていたからです。考えが甘いんだよなぁ。
メスガキちゃんとミカドランサーちゃんはラリーでなら大成するよ。それは間違いない。


ルドルフとブルーインプで大岡裁きされることになるミカドランサーちゃんかわいそうですね。彼女の今後に期待したいです。


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シンボリック・オブ・シンボリルドルフ・・・ふふっ

今回も過去編です。シンボリルドルフのストーリーになります。今度は楽しいコメディなお話ですよ!

書いたかどうかは忘れましたが、シンボリルドルフは小さい頃にシンザン会長に会ったことがあります。彼女はエミュレートが難しいです。




私は奉仕作業として生徒会の書類整理を手伝っていた。副会長と一緒に書類の重要度によって区分けし、山のように積まれた書類から、緊急性の高そうなものをシンザン会長に手渡していく。

 

生徒会室では書類の擦れる音と、ペンが走る音が響いている。奉仕期間も一週間が経った、今日私はあの2人とは別々の作業に従事していた、いつも煩いのと、いつも他人を揶揄うことばかり考えている2人がいないため、今日は静かなものだ。

 

「そういえばルドルフくん。君は探し人は見たかったのかい?」

 

唐突に書類にサインを入れていたシンザン会長が訪ねてくる。探し人・・・・?ああ、あの時の彼女のことか。

 

誰のことかと一瞬考えたが、思い当たる節は1人しかいない。私は黙って首を横に振る。彼女もトレセン学園に入学していると思っていたが、今のところはそれらしき人物は見つかっていない。

 

「そうか・・・彼女には借りがあるからね。私も会ってみたかったんだけどなぁ」

 

シンザン会長は残念そうにしている。だがこれは藁をも掴むような話なので仕方がないこととも言える。ただ数時間会っただけ。顔も名前も知らないウマ娘を探し出すなんて不可能に近いことなのだ。

 

今でもはっきりと覚えている。私が小さい頃トレセン学園を訪れ、シンザン会長と初めて会った日。その立役者となった彼女。

 

いい思い出か、悪い思い出かと言われれば多分いい思い出なのだろう。折角だから少し思い出してみよう。彼女の話、トーマスちゃんの話を。

 

 

------

 

 

あれは私が今よりもっと幼かった頃。まだシンボリルドルフではなく、ルナと呼ばれていた時の話。

 

私はその日トレセン学園の感謝祭に訪れていた。シンザン会長がまだ会長でなかった頃。憧れていたシンザンさんに一目でもいいから会ってみたかったのだ。過保護にも着いてきたお付きの者たちを振り切って、あの日私は1人で学園を回っていた。

 

「ねぇ。どうしてそんな変なお面をつけてるの?」

 

そこで出会った水色のパーカーを着て、妙なキャラクターお面をつけた同年代のウマ娘の少女。彼女とは三女神の像の前で出会った。私たちは出会って数分で仲良くなり、互いに名前を名乗り自己紹介した。彼女はトーマスと名乗り、私と友達になった。

 

その時は知らなかったが、トーマスというのはそのお面の名前だったらしい。どうも機関車に顔がついた奇妙なキャラクターらしい。

 

「きょうはこれがわたしのかおなの!」  

 

彼女は元気よく答えた。よくわからなかったが彼女が言うには、感謝祭で付けていけば目立つはずということらしい。なんでも有名なキャラクターだから記憶に残りやすいはず、と言っていた。

 

「覚えてもらうなら自分の顔の方が良くない?絶対その方がいいよ!」

 

「ううん。これですっごいいたずらしたら、きっとわたしはでんせつになれるんだよ!いちくーるのれぎゅらーより、いっかいのでんせつだよ!」

 

どうも彼女の尊敬する人の言葉らしい。私はその人のことを知らなかったが、きっと立派な偉人の言葉なのだろうとその時は納得した。

 

その時は私は無邪気なものだったのだ。私より背が低く、どこかたどたどしく話す彼女に、私は立派に接しなければならないと精一杯だった。

 

「るなちゃんはどーしてかんしゃさいにきたの?レースをみにきたの?」

 

「ううん。シンザンさんに会いに来たの」

 

「じゃああっちのきっさてんだね!いっしょにいこうよ!」

 

そうしてシンザンさんの所属するトレセン学園トップチームが開いている喫茶店にやってきた。ここは普通の喫茶店とは違う。出入り口に大きく書かれているのは『食い逃げ喫茶』と言う文字。

 

どうやら食い逃げを推奨しているのだろう。このチームの伝統らしく10周年と書かれている。壁にある掲示板には食い逃げに挑戦したチャレンジャー達の名前がずらりと並んでいる。10年の累計の数字らしく、おそらく300人近い名前がある。

 

その横のボードには現在成功者数0人と大きく書かれていた。10年で逃げ切れた者がいないらしい。

 

「へぇ〜くいにげしていいんだって!るなちゃんやる?」

 

トーマスちゃんはそう言ってくるが、どう考えても逃げ切れるわけがない。私も脚には自信があるが、追ってくるのは日本最速のチームなのだ。どんなに脚に自信があっても絶対無理に決まってる。

 

ふーんとつまらなさそうに生返事をするトーマスちゃんと一緒に、案内されて私たちは喫茶店の中に入った。

 

-----

 

席に案内された私はジャケットを椅子にかける。机の上に置かれていた年季の入った手作りのメニュー表から注文をした。私はロールケーキと紅茶、トーマスちゃんはクッキーとミルクだ。トーマスちゃんはクッキーに舌鼓を打っているが、私はそれどころではなかった。

 

「・・・ねぇ、るなちゃん」

 

トーマスちゃんがシンザンさんに会いに行かないのかと聞いてくる。

 

「い、いや。もうちょっと待ってからにしようかなって・・・」

 

尻込みしている私を見て、トーマスちゃんは呆れたように言った。

 

「るなちゃんってへたれだね」

 

「わ、私はへたれじゃないもん!」

 

私の声に反応して席に座っていた何人かがこちらを見る。思わず私は顔を赤くして縮こまってしまった。その様子を見ていた彼女は確信を得たように言う。

 

「やっぱりへたれだね」

 

「違うもん・・・違うんだもん・・・」

 

へたれじゃないもんとぶつぶつ呟くことしかできない私を見て、トーマスちゃんは近くで給仕をしていた学生の人に声をかけた。

 

「ともだちのるなちゃんが、しんざんさんのふぁんなんです。るなちゃんといっしょにしゃしんをとってもらってもいいですか?」

 

いきなりそんなことを言い出すものだから私はすごく焦ってしまった。その時の私はパニックになってしまい、よくわからないことを口走っていたような気がする。

 

彼女の言葉を聞いた方は、ちょっと聞いてくるねと言ってキッチンのあるであろう裏側に入って行った。そしてすぐに戻ってくると奥の部屋で待ってくれているよと告げてきた。

 

「えっ、ちょ。む、無理。無理無理無理だって。まだ心の準備が・・・」

 

「しらなーい♪」

 

彼女は無邪気な声をだして私の背中をぐいぐいと押してきた。シンザンさんが待っている部屋に私を押し込んだのだ。

 

「ねっ、いっしょに居て!1人じゃ無理。おねがいぃぃ」

 

「きこえなーい♪」

 

彼女は絶対お面の下でニヤニヤしていたはずだ。そんな彼女は私を一人で置き去りにした。もはやその時の私に立派にやるという意地はなく。自分より背の低い子に縋り付く醜態を晒してしまっていた。

 

「じゃあわたしそとでまってるから、おわったらよんでね」

 

「待ってよ。1人にしないでよぉ!」

 

彼女はじゃーねーと言ってすぐに出て行った。彼女に押し込まれた部屋はおそらく休憩用の部屋で、そこにはテレビや雑誌の向こう側でしか見たことのない、私の憧れの人がテーブルに座っていた。

 

「やぁ。私のファンなんだってね。こんな可愛い子がファンなんて嬉しいなぁ」

 

「はっ、はひ!」

 

ささ、座って座ってと言うシンザンさんの言葉に従い、ガチガチになりながら私はテーブルについた。緊張で何も考えられなかった。

 

「知ってると思うけど僕はシンザン。君の名前を聞いてもいいかな」

 

「る、私はるなでしゅ!」

 

もう頭が真っ白になってしまった私は、自分の名前を言おうとして噛んでしまった。顔を真っ赤にして下を向いてしまった私に、シンザンさんは緊張を解こうとクッキーや飲み物を勧めてくれたり、いろんな話をしてくれた。

 

どのレースが1番良かったと思うとか、駅前の美味しいお菓子の話とか。学校であった事件の話とかそういった取り留めのない話。

最初は緊張しすぎて上手く受け答えできないかったが、あっという間に緊張がほぐれ、私からも話を切り出すことができるようになってきた。いつかこの学園に来たいこと。シンザンさんみたいなかっこいいウマ娘になりたいこと。たくさんあった話したい事の一部しか話せなかったけど、シンザンさんは頷きながら聞いてくれた。

 

私は永遠に続いて欲しいと思うような、そんな夢のような時間を過ごすことが出来た。

 

-------

 

楽しい時間は直ぐに過ぎてしまう。最後に一緒に写真を撮って終わりとなった。

ふわふわとして現実感がないまま、シンザンさんに連れられて私はふらふらと席に戻る。

 

最初に座っていた席にトーマスちゃんは待っているかと思ったけど、彼女はどこにもいなかった。すると給仕をしている学生の方が、お友達なら御手洗いに行ったよと教えてくれる。

 

じゃあ今度は私が待っていようと思い席に座ると、テーブルの上に何が置いてあることに気がついた。なんだろうこれと思い、それをテーブルから拾い上げる。シンザンさんも気がついたらしく、私の後ろからそれを見ていた。

 

それはトーマスのお面と、何度も折り畳まれた紙切れだった。私は特に何も考えずに紙切れを広げた。紙切れはおそらくメモ用紙をちぎった物で、その紙にはこう書かれていた。

 

『ごちそうさまでした。だいいちごうより』

 

メモの意味を考えていたのだろう。シンザンさんが首を捻っていた。しかし突然ハッと何かに気づいた顔になったシンザンさんは、飛び出すように教室の扉から外に出る。

 

シンザンさんは外の掲示板を見てやられた・・・と声を漏らす。

 

私も後ろからついて行き、シンザンさんが見ているものを一緒に見上げる。そこには入ってきた時と同じ、掲示板にこれまでの食い逃げ成功者と書かれたボードが貼ってあった。

 

ただ違うのは成功者0人と書かれていたところが、1人に書き換えられていた。

 

この日、トーマスのお面は伝説になったのだ。

 

-------

 

 

あの後は大変な騒ぎだった。うちの伝統がぁぁぁ!と叫ぶ学生が何人も出て大変だった。シンザンさんもショックを受けてはいたが、最後にはもう笑うしかないよねはっはっはとやけくそ気味に笑っていた。

 

私は特に共謀しているとは思われなかったらしく、トーマスちゃんの分のお金を払わされたりはしなかった。シンザンさんにトレセン学園で待ってるよと言われながら店から送り出された。

 

シンザンさんに会うという目的は果たしたのだが、まだ学園内に彼女がいるかもしれない。一言言わないと気が済まないと思い、その後は感謝祭をお面片手にふらついていた。

 

だが途中でお付きの者に見つかってしまい、車に押し込まれて帰路に着くことになってしまった。帰ったらお説教だなぁと思いながら車の中で手持ち無沙汰にしていると、ジャケットのポケットに何かが入っていることに気が付いた。

 

それはメモ用紙をちぎったであろう、折り畳まれた紙切れだった。

 

嫌な予感がしつつもその紙を開く。紙にはこう書いていた。

 

『へたれのるなちゃんへ。とれせんがくえんでまたあおうね。とーますより』

 

「だから私はへたれじゃない!」

 

 

ーーーーと、まあそんな話しだ。彼女を見つけたら一言言ってやろうと思っていてね。誰かそれらしい人を見つけたら是非とも私に知らせて欲しい。

 

 

 

 




ヘックチ

ミカドランサー「くしゃみが出ましたわ!風邪かしら?」

ブルーインプ「それはないかな〜♡噂されてるだけだと思うよ」

ミカドランサー「どうしてそう思いますの?」

ブルーインプ「バ鹿は風邪をひかないっていうもんね♡」

ミカドランサー「ああん?」


ミカドランサーちゃんは子供の頃はですわ口調ではありません。まぁ特に関係ないんですよ?ほんとですよ?




------
これ以降は気にしないでください。個人的なものです。
いつか立ち返った貴方のために、約束のために残しておきます。
おかえりただいま2人とも -8月17日


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いざ進め!僕らはトレセン学園トラブルシューターズ!

話を進めましょう。だって入学からまだ二週間とか・・・

メスガキちゃん過去話以降UAが伸びてます。やっぱ時代はメスガキだな!うちのメスガキちゃんは反骨心と敵愾心とセメントハートの持ち主なストイックモンスターだから分からせるのは至難の技です。




 ザクッ!ザクッ!ザクッ!

 

 奉仕期間の最後の日。日曜日なので朝からわたくし達3人は仲良く鍬を使って畑を耕していました。

 

 ここは学園のそばにあるニンジン畑で、ここで取られたニンジンが学園に卸されるらしい。大半はコンバイン?とかいうでっかい機械でいいらしいが、きわの所はどうしても手作業になるらしいですわ。

 

「いやあ、精が出るね君たち」

 

 そうやって現れたのはシンザン会長だった。おのれ出やがりましたわね。よくもわたくしたちをこんな目に!お命頂戴いたしますわ!

 

「おや?何か不満そうだね。不満があったらなんでも言ってもいいよ」

 

 聞くだけは聞いてあげるよとニヤニヤしながらシンザン会長は答える。こんちくしょうこの人本当に聞くだけですわ!じゃあ言わせて貰いますけど、この学園って人員少なくないですか。もっと人を雇うべきなのでは。明らかに仕事が多すぎますわ!

 

「まぁそうできればいいんだけどね。なかなかそうはいかない事情があるのさ」

 

「だからこうして君たちに手伝ってもらってるのさ。たまになら軽く問題を起こしてくれても構わないよ。人手が増えて大助かりさ。」

 

 こ、こんちくしょう・・・・確かにレースに関してはぐうの音がでないほどこちらに非があります。ですがごめんやで、ええんやでの精神でいいのではないだろうか、許し合う関係が大切だと思いますわ。一度の過失を責め立てるのはいかがなものかと!かと!

 

 具体的には免責特権とかありません?そんなものないよとすげなく断られる。よよよ

 

「ん?反省が足りないかな。もう1週間やるかい?」

 

 ・・・・あー!わたくし反省して二度と問題を起こす気にならなくなりましたわー!今後は一生徒として誠実に勉強に励みますわ!

 

 よろしい。という言葉に胸をなで下ろす。今日が最終日なのにおかわりなんてごめんですわ!

 

 ていうか何でこの人ここにきたのでしょう。暇人なのですか?だったら貴方も鍬を持ちなさい!!

 

「いや、君たちにちょっと話したい事があってね。お昼前には作業が終わりそうだから、ご飯を食べた後にでも生徒会室に来て欲しいのさ」

 

 生徒会室へ?何か用事でもあるのでしょうか。ここで話すのはダメなのですか。

 

「一応公務という形だからね。まあせっかくだし君たちとは一度ゆっくり話してみたくてね」

 

 美味しいお茶菓子もあるよとシンザン会長が言う。お茶菓子!?わーいわたくし甘いの大好き!さっすがシンザン会長!これからもついていきますわ!

 

「君は現金だなぁ・・・」

 

 それじゃあ待ってるからねと言い、シンザン会長は背を向けて立ち去る。

 

 ・・・よし!2人とも、気合入れて耕しますわよ!えい、えい、むん!

 

 

-----

 

 作業が終わり、わたくし達は生徒会室を訪れた。

 

 

 お茶菓子として出された羊羹にわたくしは舌鼓を打っていた。これ贈答用の高い奴ですわね。しかも砂糖がジャリジャリのやつ!うまいですわ!パクパクですわ!あついお茶をしばいて永久コンボですわ!

 

「彼女はいつもこうなのかい?」

 

「・・・・・はい」

 

「君も苦労するなぁ・・・」

 

 シンザン会長とシンボリルドルフが何かを話し合っている。お茶冷めますわよ。あとシンボリルドルフはなんでそんなに疲れた顔をしてますの?

 

 ところでなぜわたくし達は生徒会室に呼ばれたのでしょうか?そこんとこまだ聞いてなかったですわ。

 

 

「そうだなまずは・・・おめでとう。今日で君たちの奉仕期間は終了だ!ご苦労様だったね」

 

 きちんと仕事してくれてたみたいだね。かなり評判良かったよという言葉に少し照れてしまう。ブルーインプも顔を逸らしているが照れ臭そうだ。

 

 朗らかな顔をしていたシンザン会長は、咳払いの後に顔を引き締める。こっからは真面目な話なのでしょう。

 

「今このトレセン学園は少し問題があってね。色々あって人手が全然足らないんだ。学内の運営自体にはまだ影響は出ていないんだけど、細かいところまでは目が届いていない状態なのさ」

 

 ほらこれと言いつつ机の上に箱を取り出すシンザン会長。箱は金属でできているポストのような形をしている。箱には要望箱と書かれている。

 

 うわぁドン引きするくらいパンパンですわね。スーパーのニンジン詰め放題でこのくらい詰め込んでる人見たことありますわ。

 

「そこで相談なんだが、君たち3人にこれからも何度かこうやって仕事を頼めないかな?今度は生徒会からの正式な依頼として。頻度は落ちるし拘束時間も減らして、勉強や練習には支障は出ないようにするから」

 

 ようはアルバイトみたいなものということでしょうか?新入生に頼むことではないと思いますけど。専門の方を雇われた方が良いのでは?

 

「予算がないと人員を集められなくてさ。これまで何人かに声をかけたんだけど、雑用は嫌だと言って断られることが多くてね。仕事を任せられるくらい信用できて熱意もある、そんな生徒は君が思っている以上に貴重なんだよ」

 

 妙に煽てますわね。ブルーインプは胡散臭いものを見るような顔をしているが、シンボリルドルフはやる気になっているように見える。貴方の家はお金持ちなのではないのですか?バイト代多分安いですわよ。それとも別の理由があるのでしょうか?

 

「これはいわゆる試験運用という奴だよ。予算はまだ降りてないけど、当分は僕のポケットマネーからお金を出す。この話は強制じゃないし、断ってもらっても構わない」

 

 うーん。正直めんどくさいですけど・・・身銭を切ってまで行動しようとする会長を無下にするのも忍びないですわね。ちょっと3人で相談してもいいですか?

 

「勿論。僕は外に出てるからゆっくり相談してくれ」

 

 30分くらいしたら戻るよと言ってシンザン会長は生徒会室から出ていく。

 

 

 

 

 普通出ていくのはわたくし達ではないでしょうか。あの人この部屋の主人ですわよね?

 

「そうやって断りづらくしてるんじゃないかな。わたしはそう思うな♡」

 

 流石にそれはないでしょう。ブルーインプは捻くれてますのねぇ。

 

「私が思うに会長なりの誠意だろう」

 

 シンボリルドルフ、貴方は貴方でなんか盲信的すぎません?さては貴方、シンザン会長のファンですのね。どうりで先ほどから妙に乗り気なはずですわ。

推しに頼られれば仕方ないかもしれませんがきちんと自分の意見を持った方がいいですわよ。で、どうしましょうか。

 

「私は受けてもいいと思う。この要望箱を見て放っておくことはできないさ」

 

 わたくしは机の上にドンッと置かれた要望箱を見る。限界まで要望書をねじ込まれたその鉄の体から、タスケテタスケテと聞こえてきそうですわ。

 

「拘束時間を減らすと言われても、プライベートな時間が減るのはわたしは嫌かな」

 

 賃金と相談してからかな〜♡と言うブルーインプのいうことも一理ある。確かにお金は大事ですものね。

 

うーんわたくしは・・・・

 

 

-------

 

 話し合いの結果、賛成1反対2で否決されることになった。シンザン会長には申し訳ないが、多数決とはかくも残酷なものなんですわ。会長が帰ってきたら誠意を込めて断ろう。

 

 シンボリルドルフはどこかしょんぼりしている。別に3人一緒じゃなくても、個人的に引き受けるのは止めませんわよ。あるいはクラスメイトから誰か引っ張ってこればいいじゃないですか。

 

 そう思ってるとシンザン会長が帰ってきた。今度は誰かを引き連れている。・・・あ、貴方は!わたくしの憧れのミスターシービー先輩!!

 

「やあただいま。彼女とはそこで会ってね、噂の新入生を見てみたいそうだから連れてきたんだよ。それはともかくどうやら意見は纏まったみたいだね。それじゃあ聞かせてくれるかな」

 

 はい!受けます!お任せくださいですわ!わたくし達がこの学校のトラブルを全部まるっと解決しますわ!

 

 えぇ・・・さっきまでと意見違うじゃんという、ブルーインプの呆れた目線は見ないふりですわ。何か文句あります?多数決とは多数が正しいんですわ。

 

とにかく!これでトレセン学園トラブルシューターズ!結成ですわ!

 

 

・・・えっ!その名前はダサい?そんなー。




次の話でとりあえず第一部完結です。おまけのようなエピローグを挟んで1部は終了。原作キャラが全然出せない。せめてマルゼンスキーは出したいなぁ。

他のウマ娘も出すためには時を加速するしか・・・!

今後の予定では2部に入る前に、今までのすべての話にメンテナンスを入れるのでちょっと遅れるかもしれません。読みやすくしたいなぁ。
それともこのままでもいいからさっさと書いた方がいいんですかね。フィードバックないとよくわからないや。感想にでも書いてくれると嬉しいです。


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エピローグなので記念にお前をプリンにしてやろうか

あっぶね。うっかり予約投稿なしで投下してしまった。前日投下した文を消しての再投稿です。この不始末に関しては私と鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します

そんなわけでうっかり軽いエピローグです。それに合わせてタイトル変えました。「流星、月を穿つ」はかっこいいけど現代風じゃないかなって。


「ということで、わたくしたちは生徒会直属の御用聞きのようなことをすることになりましたの」

 

夜にルームメイトのミカドランサーが話しかけてくる。なんかこいつがどうでもいい話をしてきたの。なんなの?プリンがプリンを食べるのを邪魔しないで欲しいの。

 

「そうやってプリンばかり食べてると、貴方も名前通りにプリンになってしまいますわよ」

 

それはとても素晴らしい考えなの。プリンになれるなんてきっと最高に違いないの。なのでもう一つプリンをプリン専用冷蔵庫から取り出して食べることにするの。

 

パクッ。うまいの!

 

「聞いてませんわね・・・えいっ!」

 

ああなんてことするの!あろうことがこいつは勝手にスプーンを突っ込んで、一口分のプリンを抉り取っていったの。

何がうまいですわなの!お前プリンのプリンを勝手に食べるなんて、後でどうなるか分かってるの?

 

「わたくし、無視されるのは嫌いですの!」

 

お友達の話はちゃんと話を聞いて欲しいですわだなんて、プリンを勝手にお前の友達にしないで欲しいの。お前は寝る前に勝手に一方的に話しかけてくる迷惑な隣人なの。

 

ひどいですわ・・・と自分のベッドに突っ伏して凹むミカドランサー。しかしこいつは明日にはケロってしているからほっといても問題ないの。こいつは三歩歩けば嫌なことを忘れる鳥頭なので、きっと先祖の何処かにニワトリがいたに違いないの。煩いし赤いトサカだし間違いないの。

 

大体なんで1日にあった出来事をいちいちプリンに報告するの。おかげで話したこともないお前の友達に詳しくなっちゃったの。そういうことは日記にでも1人で書き残しておくの。

 

「せっかく同じ部屋になったんですから、お話しましょうよ!」

 

寝る前にガールズトークとか恋バナとかわたくしもしたいんですの!とか喚き散らす迷惑な隣人。寝る前なのに喧しい奴なの。プリンには知ったこっちゃないの。壁とでも話してるといいの。

 

再度切って捨てられたこいつはやだやだやーだーとベッドの上で駄々をこねだす。ほんとやっかましい奴なの。無視しつつもう一口プリンを口に運ぶ。

 

パクッ、うまいの!

 

うーうー言いながらうらめし気にこちらを見てくる。なんなの?このプリンならあげないの。というより世界のプリンは全部プリンのものなの。わかったら黙ってさっさと寝るといいの。

 

「貴方はまだ寝ないのでしょう。まだ起きてますわよ」

 

ちゃんと歯を磨くか見張ってないととか失礼な奴なの。子供じゃないんだから寝る前には歯くらいちゃんと磨くの。だいたいプリンはお前より大人なの。

 

「わたくしたち同じ学年でしょう・・・貴方の方が誕生日が少し早いだけですわよ」

 

それならプリンの方が人生の先輩なの。ほら後輩さっさと寝るがいいの。先輩の命令なの。

 

「ぐぬぬ」

 

何がぐぬぬなの。

 

------

 

 

誰もが寝入る丑満時、プリンはパチリと目を覚ます。ベッドから起き上がり、隣人を起こさないように静かに御手洗いに行く。

 

御手洗いから帰ってくる時、ふと自分の隣のベッドで寝入っているミカドランサーが目に入る。こいつの寝相の悪さのせいで、布団がはじき出されているの。

 

無視しようかと思ったが、しょうがないのでプリンは布団をかけ直すの。やれやれなのコイツは本当に手が焼ける奴なの。そう思っているとミカドランサーのやつが、ふふふふと半笑いを浮かべながらこいつは寝言を言う。

 

「プリン・・・ほんとーに貴方は手が焼けますわねぇ・・・」

 

なんか・・・ちょっとムカムカしてきたの。イラッとしたプリンはミカドランサーの耳元に口を寄せる。

 

お前はプリン、美味しいプリンと何度も何度もささやく。そうするとだんだんとミカドランサーのやつは顔色が悪くなってきた。うーんうーんと魘されだす。

 

「いやぁ・・・わたくしを食べないでほしいですわぁ・・・」

 

ふふんいい気味なの!そのまま魘されるがいいの!

少し気分がスッキリしたプリンは、魘されるミカドランサーを尻目に自分のベッドに戻るの。おやすみなの。

 

 

 




というわけで第一部完!いやぁ・・・特に終わるわけじゃないんですけどね!まだもうちょっとだけ続くんじゃよ。

新キャラのプリン先輩ですね。元ネタの実在馬は、もういうまでもなくプリンニシテヤルノです。えっ時系列がおかしい?なにを今更。
彼女はエピローグ専用の狂言回しです。平時はあまり出てきません。とあるのカエル医者みたいなもんだな!
ルドルフとメスガキちゃんは割と自分のことでいっぱいいっぱいだから、第三視点でミカドちゃんを見てあげる子が必要なので。あとミカドとミヤコで2人は帝都コンビって面白くないですかね。

中立キャラクターなので、そんな彼女にすげなく断られて凹まされるミカドちゃんはとても輝いてるよ。貴方もそう思いませんか?


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キャラクター紹介(主人公たち)

三話まで書いて、主人公の情報全然書けてないやばくですね?!ということでキャラクター概要を急遽入れます。このページに関してはメモ代わりのようなモノで頻繁に書き直したりする予定なので、設定が死んだり生き返ったりします。まぁ読まなくても大丈夫じゃないかな!

※8月12日
ブルーインプを追加しました



ミカドランサー

 

*自己紹介*

わたくしの名前はミカドランサーといいますわ!宇宙の果てまで名声が届くようなスーパーウマ娘になることが、わたくしの夢ですわ!

 

*学年*

中等部

 

*所属寮*

栗東寮

 

*身長*

154cm

 

*体重*

微増(お菓子の食べ過ぎ)

 

*得意なこと*

甘味ならいくらでも食べられる

 

*苦手なこと*

静かにすること

 

*耳のこと*

感情が非常にわかりやすいらしい

 

*尻尾のこと*

気に入った相手には尻尾でペチペチする

 

*靴のサイズ*

両方とも22cm

 

 

 

《以下メタ視点紹介〉

本作の主人公。葦毛のウマ娘で、前髪の流星にあたる部分だけを赤く染めている。

家柄が普通なのにお嬢様言葉もどきなのは、トレセン入学の為に敬語を覚えようとして、何かバグってなった感じです。ここは掘り下げないのでキャラ付けのためとでも。

 

モデルは馬ではなく、三菱の名車ランサーエボリューションです。髪が紅白なのはやっぱりランエボといえばマルボロカラーでしょということで。

名前の由来はミカドはイニDで対ランエボ戦で流れるmikadoから。ランサーはそのままランサーエボリューションからとっています。

走りは一流だが、彼女は頭が悪い。

 

ランエボがラリーカーなので、彼女も芝もダートも走れますが、燃費が悪いので長距離は厳しいです。短距離B、マイルA、中距離C、長距離Fてな感じです。タイキシャトルをよりピーキーにした適性してますね。これでクラシック路線に行く予定ですから、地獄しか見えない。適性あげなきゃ・・・。

 

パワーに優れた脚を持っており、トレセンでもトップクラスの加速力と走破力があります。悪路でもなんでもどんとこいですが、あまり持続力がない為差し向きの脚質。

 

憧れのウマ娘はミスターシービー。破天荒さと豪快なレース展開がとにかくかっこいいと思っている。

 

固有スキル

勝利へのスタイル → ???

『1番人気のウマ娘が中盤以降にスキルを発動するほど、レース終盤に自身の速度と加速力がごくわずかに上がる』

 

ごくわずかに上がるというと死にスキルのように見えますが、このスキルの真価は1番人気が発動したスキルの数だけ発動し、なおかつ重複することです。振り絞り等のスキルの発動条件をこれ一つで満たすことができます。伏兵や徹底マークとも相性がいいです。

 

自分より強い誰かを追いかける為の固有スキルです。なお自分が1番人気だと完全に死にスキルになります。発動しませんからね。

 

私の作り出した最強のウマ娘が追いかける立場になるなんて・・・一体なにものルドルフなんだ・・・

 

------

 

ブルーインプ

 

*自己紹介*

新入生のブルーインプで~す♡トラックしか走れないくそざこウマ娘をいじめに来ました♡いっぱい勝っちゃうけど見てってね~♡よろしく♡

 

*学年*

中等部

 

*所属寮*

栗東寮

 

*身長*

148cm

 

*体重*

微増(普段のトレーニング強度低下のため)

 

*得意なこと*

暗いところでも速度を落とさず走れる

 

*苦手なこと*

対等な友達作り

 

*耳のこと*

ラリーレース中は折りたためる

 

*尻尾のこと*

泥で汚れるのは嫌い

 

*靴のサイズ*

両方とも20cm

 

《以下メタ視点紹介〉

サブ主人公兼主人公のライバル枠

青い髪にサイドの一部を黄色く染めている。

元ネタはまたもや車。スバルの名車インプレッサから。まぁランエボのライバル枠だしインプレッサ出さないとね。

ガチガチセメントハートのストイックモンスターです

 

 

トラックレースのウマ娘を内心では見下しているメスガキで、ラリーレースこそ最高の舞台だと思っている。

普段の態度はあれだが、レースに対しては非常に真摯です。

良バ場でも速いのに、悪路であればあるだけ強くなるタイプ。

幼少の頃から非凡な才能を発揮している天才で、ラリーレース界隈では既に名前が売れ始めている。走りのセンスは超一流と言ってもいい。

理事長からのスカウトされて飛び級で中央トレセン学園にやってきた。実は理事長とは密約を交わしている。

最初の許可なしレースでは、シンボリルドルフとミカドランサーの話を立ち聞きしており、横から抜き去ってわからせてやろうと画策した。しかし2人が予想以上に速かった(本人談)

今後彼女はラリーに適性があると見抜いたミカドランサーを、ラリーの世界に誘惑しようと考えている。

 

 

固有スキル

プレアデス・S-AWC → ???

 

レース終盤すべてのスキルの距離制限を解除する。

つまり中距離でしか発動しないスキルをマイルで使ったりできるようになる。

発動条件が緩いのに強力なスキルですが、このスキル自体には自己強化はなく、制限解除されたスキルが確定で発動するわけではないし、スキルの適正距離から離れるほど発動しづらくなります。

名前の由来はプレアデスはプレアデス星雲から。プレアデス星雲の和名がすばるなんですよね。

S-AWCはスバル車に搭載された運転補助システム、シンメトリカルAWCに由来します。どんな悪路でもポテンシャルを発揮する為のシステムです。

 

------

 

 

 

 

トレーナー

一話に登場して以来、当分登場する予定はありません。話の展開的に申し訳ないとは思うよ。

縦にも横にも大きいおデブ体系だったが、ミカドランサーのシゴキで体重は激減。なぜトレーナーがウマ娘に走らされているんだ・・・。

髪は天パ気味でありもじゃもじゃしている。

もともとトレーナーになる気はなかったが、流されてトレーナーになってしまった。

トレーナーとして基本はしっかりと抑えているので技術的には不足はない。神経質であるからか割と勘は鋭い。

名前は決まっているけど、今のところは秘密です。

 

 




毎日毎日かきましょう


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02R 天に煌く星に願いを
隠し源流を追い求め、山の奥地へと進む。


第2章開幕!やったぜ!

言いたいことがある人もいるでしょうが、言い訳は後書きにて。
2章からはシンボリルドルフをルドルフ。ブルーインプをブルーと呼びます。仲良くなったということで


日が照り返り、太陽の光が肌を焼く。

 

 

季節は夏。トレセン学園も夏休みに入り、チームに所属する者は学園御用達の海辺の合宿場に行ったり、そうでない者は自主トレしたり、実家に帰ったり、学園内でお手伝いをしてお小遣いを稼いだり、学園寮に入り浸っていたりする。

 

私たちの学年はチームに所属できる段階ではないので、この季節は基本的に暇なのですわ。なので予定は自由に決めることができる。

ただ夏休みは設備の大規模なメンテナンスがあるので、練習場は使えない時期が多い。少なくとも今日はターフの張り替えなのですわ。

 

中には将来所属する予定のチームから内々定をもらい、合宿の手伝いをしている者もいるそうですが、少なくともわたくしはそういった話は来ていない。

まぁそもそも青田買いはグレーゾーンな話なので、生徒会直属で御用聞きをしているわたくしたちにはそういった話はこないでしょう。

 

なので今日はクーラーの効いた寮内でジャンプでも読んで過ごそうかと思っていたが、いきなり呼び出しを喰らったのですわ。

 

そんなこんなでここは山の中。特に用事がなければ踏み入れない場所なのは間違いありませんわ。

 

それにしてもくっそあっついですわ・・・ブルー、こんなところに何かあるんですの?

 

先行するブルーに問いかける。ていうかなんでわたくしと貴方だけですの?ルドルフはサボりですの?荷物を持たせるなら3人いたほうがいいでしょうに。

 

 

「ルドルフちゃんなら実家に帰ったから、そもそも呼んでないよ♡」

 

えー!あいつをハブったら後が面倒ですわよ。ああ見えて根に持つタイプなんですから!

 

心の中であのクソ真面目な親友を思い浮かべる。真面目で公平ですよと皆んなには思われているが、あいつは割と困ったちゃんなのだ。誘われたら嫌な顔しながらも付いてくる癖に、誘わないとそれはそれで拗ねる。しかも、私は全然気にしてないが?つーんって感じに拗ねるのだ。不機嫌になると後が大変なのは間違いないありませんわ。

 

それでルドルフに内緒でこんな山奥で何するんですの?カブトムシでも捕獲する依頼ですか?要望箱の中の紙にそんなのありましたっけ。変な依頼が結構ありましたがそんなのなかった気がするのですが。

 

「うーん。打倒ルドルフちゃんの秘密特訓ってところかな♡」

 

ルドルフの?何故?レースはまだありませんわよ?

 

「ミカドちゃんはさ、今のままでルドルフちゃんに勝てると思う?」

 

そう問いかけてくるブルー。らしくない真剣な言葉にわたくしは少し驚いてしまいました。

 

勝てますわよ。うまくレースが運びさえすれば余裕ですわ。

 

「無理だよ。絶対無理」

 

・・・・最初のレースではかなり惜しいところまで行きましたわ。それを当日にまでに詰めれば勝負になるでしょう?それ以降の授業のレースでも毎度惜敗と言った感じではありますが、絶対勝てないとは聞き逃せませんわね。

 

「ミカドちゃんはクラシック路線に行くっていってたよね?ルドルフちゃんと一緒に」

 

そう、前に将来のレース計画について話し合ったことがありました。わたくしとルドルフはクラシック路線に。ブルーはダートへ行くそうですわ。ルドルフとはいつかダービーで一緒に走ろうと笑い合ったのだ。

 

「ミカドちゃんはさ、才能はあると思う。ルドルフちゃんに負けないくらいの。でも中距離はミカドちゃんには遠いんだよ」

 

「なんとか1800mまでが対等に戦える距離。それ以降は勝ち目なんてないよ」

 

まだ時間はまだまだありますわ。スタミナを強化すれば菊花賞は無理でも。ダービーの2400ならいけると思いますが?

 

「ルドルフちゃんも練習して、今よりももっと強くなるんだよ?現実から目を背けちゃダメ」

 

・・・・・。

 

「諦めろって言ってる訳じゃないよ。でも足らないものを埋めないと絶対勝てないって言ってるの」

 

いつもの他人を揶揄う様子と全く違う。振り返ってこちらを見る声から普段よりも細められたブルーの瞳から、恐ろしく真剣な様子が伝わってきますわ。

 

だとしても、こんな山奥で何ができるんですの?ここで特訓することであいつに勝てるとでもいうのですか?

 

「うーん。正確には違うかな。ターフの練習は後でもできるからね♡」

 

だから大人しくついてきてねー♡と言って、ブルーはさっさと前に進んでいってしまう。

 

一体わたくしに何が足らないっていうのですか。苛立つわたくしに背を向けて遠ざかる背中を、気落ちしながら追いかけた。

 

------

 

そうしてブルーに案内されてたどり着いたのは・・・なんですのここ?

 

いわゆる道路では間違いないのだろうが、アスファルトなどで舗装されていない。土を固めただけの道とも言えないような道ですわね。ガッタガタでこれ車で乗り入れたらお尻が割れそうですわ。

ただ道幅はそれなりにあるのか、車が通れるくらいの幅ではありそう。

 

「これはね、ラリーレース用の林道だよ」

 

しゃがみ込んで、地面の様子を手で確かめながらブルーが呟く。地面を撫でるように触る様子はまるで愛おしいものを触るかのように見えますわ。

 

それにしてもラリーのコースがトレセンの裏にあるだなんて初めて知りましたわ。トレセンにはラリーの授業なんてありませんのに。

 

「昔はあったんだよ。でも今はなくなっちゃったんだ」

 

身を切られるように絞り出されたように発された声から、わたくしは察することができた。こいつはラリーが好きなんですのね。多分ですけれど。

 

そうなんですのね、初めて知りましたわ。

 

それに気が付いていないかのように振る舞いながら、返事をする。半年しか付き合いがないがなんとなくはわかる。こいつは他人に弱みを見せるのが大嫌いなタイプですわ。その上でここをわたくしを連れてきた、その意味を。

 

ここで走ることでわたくしに足りないものが見つかる。そのために連れてきたんでしょう?

 

「違うよ?」

 

えー!!じゃあなんの為にここにわたくしを連れてきたんですの!貴方のことを見直したのに!返しなさいわたしの感動を!

 

「わたしが走ろうと思って。荷物持ちは多い方がいいからさ♡」

 

こ、このクソガキ・・・甘やかせばつけ上がりやがって!ふっざけんじゃありませんわよ!さっきのルドルフの話はなんだったんですの!

 

「このままじゃルドルフちゃんに勝てないのは本当だよ♡走ってるうちに何か閃くかなーって♡」

 

て、適当すぎますわ・・・

 

ミカドちゃんラリーの才能あると思うし、一緒に走ろー♡そういうとブルーはさっさと荷物を広げて、取り出した靴に履き替えている。

 

・・・・上等ですわ!ここまできて何も掴めなかったら、ただ夏休みを潰して荷物持ちさせられただけですわ!ぶっ潰してやりますわ!

 

 

 




というわけで次回はラリーレースもどきです。メスガキちゃんはこれでまんまとミカドちゃんをラリーに誘い込んだわけですね。素直になれないメスガキちゃんは可愛いなぁ

最初はね、今日は投稿する気がなかったんです。文章のメンテナンスをしようと思っておまして。でも見直してすぐ解るのなら苦労しませんね。面倒くさくなって逃げて、先の話書いてたら筆が進む進む。
物書きは逃げが王道、はっきりわかんだね。

タイトルかえた結果バチクソ伸びました。訪問者5倍は芝生える


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教導戦 トレセン学園裏山ラリーコース 林 1000m(短距離)

泥だらけになってひた走る姿は、人の心を揺さぶりますね。そいつを表現したい。ああスポ根。スポ根賛美。


はっ、はっ、はっ

 

林道を走るあいつの影を追う。

 

クソッ、何が様子見ですか!絶対ガチでしょこれ!

 

10mほど先で走るブルーは綺麗なフォームで走っている。ターフで走るほどの速度ではないものの、明らかにわたくしは突き放されている。

 

ズルッ

 

ひぃぃぃ〜!!す、滑りましたわ!今!この速度で転んだら!転んだら!わたくし死ぬ!死んじゃう!

 

もし死ななくても怪我でもすれば、選手生命に関わることになるだろう。普段よりも全然飛ばしていないのに、道がわたくしのことを丸かじりしそうな気すらしてくる。恐怖がわたくしを包んでいた。

 

---------

 

は?わたくしのシューズ?これじゃダメですの?

 

そう言って今履いているシューズをブルーに見せる。そこまで高級品ではないが、いわゆるハイテクスニーカーと呼ばれている。ランニングもできる普段履き用シューズとして使っている、赤くて派手派手でカッコいい、わたくしのお気に入りの靴ですわ。

 

「林道を走り抜けるなら、もっとラリー向けのシューズにしないと死んじゃうよ」

 

ジョギング程度ならそれでもいいけど。ブルーはそういうと、自分の鞄からもう一足の無骨なシューズを取り出す。えっそれわたくしの?用意がいいのですわねぇ。

 

ブルーは自前の靴をわたくしに履かせ調整を行う。わたくしの足元にかがみ込むブルーの顔は真剣で、わたくしはつい黙り込んでしまう。

 

「さっ、準備完了だよ♡走ろっか!・・・どうしたの?」

 

なんでもありませんわ!

 

 

 

 

ラリーレースはタイムトライアル性で、こうやって同時に近くで走ることはないそうですわ。それでも今回は5mくらい離れての走行となったのは、ブルー曰く教導のためらしい。

 

わたしの走りを見ながら後ろからついてきてね♡と言っていた。言っていたのに・・・・

 

 

ちぎられないようにするので精一杯ですわ!なんですの!一体何が違いますの!

 

本来ならすでに見えない位置にいるであろうブルーがまだわたくしの視界に残っているのは、あいつが見えなくなりそうになったら足を緩めているからだ。

 

そうでなければとっくにちぎられている。

 

歯を食いしばり加速しようとする。すると途端に足が滑る。んがぁぁぁぁぁ!どうしろっていうのですかぁぁぁあ!

 

全くスピードが出せない。体のコントロールが効きませんわ!

 

前を走るあいつは滑っていない!あるはず!何が理由があるはずですわ!よく見ろわたくし!

 

そういえばこうやってあいつの走り方を近くで見るのは初めてですわねと考えながら、あいつの走り方を観察する。

 

・・・足の運び方が違う?

 

確かにこうして近くで見ると、わたくしのフォームとかなり違う。というよりも普段ブルーが学園で走っているフォームとも違う気がする。上から踏んでいる。そして体を前へと押し出すように脚を踏み込む。

 

いやそんな・・・思いっきり踏み込んだ方が早いんじゃ。そう疑問に思いながら、なんとなく真似してみる。

 

恐怖を押し殺しながら、深呼吸。すぅー・・・・はー。

 

上から・・・踏む!・・・そして、押す!

 

グイッと体が前に進む。足が滑らない。

 

 

・・・・・ふ。ふふふ。ふふふふふふ。

 

こんな秘密があっただなんて!いつも通りに思い切り踏み込まない方が速いだなんて!畜生ブルーのやつ最初に言って欲しいですわ!

 

意地悪なブルーへの仕返しを考えながら、わたくしは前を走る青いのを追撃した。

 

 

 

 

--------

 

退屈だ。これで何本目だろう?見込み違いだった?いやそれだけはありえない。

 

母親の教えに習ってミカドちゃんにも、わたしが昔されたことと同じように教導する。

 

母の教えはまず自分で気づかせることから始まる。彼女の前を走り、フォームと速さの違いを見せつける。言葉よりもずっと雄弁にわかるように。ミカドちゃんには肉体的な才能は間違いなくあるし、センスだって悪くないと思う。ならあとはやり方を仕込むだけだ。根気よく何度も何度も。

 

振り返らなくても音でわかる。地面とシューズが擦れる音。

踏み足が地面に当たる音。踏み抜ける時の音。彼女の状況が手に取るようにわかる。

 

その中でも特に、シューズが地面を滑る耳障りな音が耳を貫く。

 

ダメなんだよ。それじゃあダメなんだよミカドちゃん、普段通りのフォームじゃ。それじゃあ踏み抜けられない。林道だと地面にしっかりとトラクションをかけないと、体は前には進まないんだよ。

 

思い切り踏み込むのはベテランでも難しい。踏み込める場所を判断しなくてはならないからだ。だからこそ脚が触れた地面にギリギリ滑らないパワーを出せるかが1番重要なのだ。

ああ、横で併走しながら手取り足取り教えたくなる。それは間違ってるんだと伝えたい。

 

 

気づいて わたしに あなたに 違うのは何処か はやく はやく!

 

 

そう考えていると後ろの雰囲気が変わった。

 

 

パンッ!

 

音が変わった。

 

ああ、やっとか。

 

やっと退屈しなくて済む。

 

この音だ。ずっと待っていた。

 

ミカドランサーの目覚める音だ。

 

 

わたしは耳を前に折りたたむ。今日の教導はこのくらいでいいよね。

ここからは全力走行だよ、頑張ってついてきてねミカドちゃん。じゃないと・・・置いて行っちゃうから。

 

--------

 

 

 

先ほどまで恐怖を感じていた感覚はありませんわ。足は滑らない!自分の走りができてますわ!

 

一度目の成功から、何度も試行錯誤を繰り返す。どのくらいの足場ならどのくらいのパワーか。どれだけ脚を回すのか。前にすごく参考になるお手本があるのだ。一つでも多く盗め!わたくし!

 

ズルリ。ほんのわずかに僅かに滑る。パワーを抑える。

 

踏み込む。ここならまだ行けそうだ。踏み足を強くする。

 

少しずつ、その間に刻むように学習する。少しでも速く走れるように。

 

慣れない林道で崩れていたフォームが戻る。新生する。ターフでどのくらい効果があるかはわからないですけど。これは使える技術であるのはまちがいありませんわ!

 

これが新しいわたくしのフォーム。名前は・・・名前は・・・あとで考えますわ!とりあえずニューわたくし参上!

 

あとは追い抜くだけ!覚悟しなさいブルー!って遠い!

 

さっきまですぐそばにいたのに。まだまだ上のギアがありましたのね!先程までとは段違いのスピードですわ。

 

もはやこっちを振り返らないブルーからは、青いオーラが迸っているようにすら感じますわ。

 

これが本気のブルー・・・ターフで走っているときよりもずっと気合が入ってるように見えます。

 

勝てないかもしれない、でも逃がしませんわ。やっと林道のコツが掴めたのに、置き去りなんて死んでもごめんですわ!

 

わたくしはブルーを追いかけるため、さらに必死に脚を回す。まてぇぇえ!

 

-------

 

2人揃って林道の脇にへたり込みスポドリを飲む。2人とも泥まみれだし、着ていたシャツが汗でびっちょりですわ。肌に張り付いて気持ちが悪い。

 

わたくしは勝てなかった。というか大差負けだった。おそらくは踏み込む技術だけではない。多分他にも必要な技術がまだまだ沢山あって、わたくしにはそれが足らなかった。ブルーめ、こいつ実はとっても凄いやつでしたのね。

 

ですが妙な高揚感がある。ターフとは違う満足感。思いっきり踏み込み風を切り裂くこととは違う。体の隅々までコントロールし自分で操る快感。

 

ブルー。

 

「・・・どうしたのミカドちゃん」

 

置き去りにして、ちょっと後ろめたいのだろうか?少しためらいがちに返事をするブルー

 

その、ラリーって・・・結構楽しいですのね。

 

「・・・うん、うん!」

 

感極まったように頷くブルー。凄く嬉しそうだ。普段とは全く違う素直な反応にちょっとびっくりする。

 

 

ていうかなんで貴方目元が潤んでますの?

 

 

 

 

 




というわけでラリーレースもどきでした。今は林道を走っただけですが、そのうちウマ娘ラリーレースも設定を煮詰めないと。距離が違うから現実のカーラリーはそのままは流用できないしなぁ。でもまぁなんとかなるでしょメイビー。

メスガキちゃん。最初はミカドちゃんの才能しか見ていません。才能を磨き上げ、ラリー界発展のために役立ってもらおうとしか考えていませんでした。

ですが今回の話で、ミカドちゃんは同好の友達になってしまったんですね。それは間違いなくいい事なんですけど、メスガキちゃん同好で同年代の友達って今までいなかったからなぁ。掛かってしまうかもしれません。  

彼女はストイックモンスターですが普通の女の子なんです。可愛いですね。


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ああ、皇帝陛下!お許しください!

夏休みはバッサリカットじゃ。社会人の身としては夏休みなんてないからな。畜生めぇ!現実の夏休みが終わる前に作中の夏休み終わらせてやる!でも学生の子たちは夏休みはしっかり遊ぶんだぞ!おじさんとの約束だ!


いろんなことがありましたわ!

 

ブルーと一緒に林道に入り浸ったり。甘味巡りしたり。

クラス内レースを開催したり、鬼教官に悪戯を仕掛けて吊し上げられたり。

御用聞きとして依頼をこなしたり。地元の少年野球チームと試合したり。

なぜか学園にいた小さい女の子と猫を探し回ったり。

寮にいたクラスのみんなと宿題を片付けたりとなかなか充実した夏休みを過ごすことができましたわ。

 

そんなこんなで夏休み終盤。あと一週間もすれば夏休みが明け新学期が始まる。そんな状態・・・だったのですが。

 

ルドルフそろそろ機嫌を直してくれません?

 

「別に私は怒ってない」

 

嘘をつけルドルフ。目を細め腕を組み、顔は真顔。耳が後ろを向いている。爆発しそうでしない不発弾みたいなそんな顔しておいて、怒ってないは無理がありますわよ。

 

「そーそー♡ルドルフちゃん笑顔笑顔♡」

 

ブルー、貴方がいうとなんか煽ってるように聞こえるので、今は自重した方がいいですわよ。ああ!ルドルフが腕を解いてテーブルで指をトントンし始めましたわ。苛立っている時の癖なんですのよあれ。

 

ここは駅近くのお洒落な喫茶店。ケーキの種類が多く尚且つすごく美味しいのですわ。ルドルフが実家から帰ってきたので、互いの近況報告を兼ねて昼前からお茶でもしばきにきたんですわ。

 

そもそも貴方が1ヶ月以上も実家に帰っていたのが問題ですのよ。わたくしたちは夏休み初めに帰って、あとは寮で過ごしていたのに。

 

ブルーは日頃から連絡を欠かしていないらしく、久々の両親との再会にも関わらず割とすぐに戻ってきた。わたくしの家は放任主義なところもあるので、家族で食事をして、親戚に挨拶周りをして直ぐにとんぼ返りすることになった。

 

ブルーが実家に帰った際、両親にわたくしのことを話したらしく、なぜか今度連れてくるように言われたらしい。本当になんでですの。

 

それはともかくルドルフ貴方1ヶ月も何やってたんですの?

 

「実家では色々あったんだ、本当に」  

 

そうやって少し気落ちした雰囲気になったルドルフ。えっ人を集めてのパーティー?ダンス??・・・なにそれセレブですわね貴方。シンボリ家こえーですわ。

 

もはや宇宙猫状態になったわたくしとブルーに知ってか知らずか、苛立ったようにコーヒーを飲む。うわぁこれは掘り下げない方が良いですわね。きっと荒れたんですわ。灰色の夏休みでしたのね。

 

「私と違ってお前たちは随分と楽しかったようじゃないか。私と違ってな」

 

る、ルドルフが笑顔を浮かべていますわ!見るものを威圧するかのようなサディスティックな笑みですわ。他の人たちに言っても絶対に信じないような顔をしている。

 

や、八つ当たりはいけないと思いますわ!ほらケーキでも食べて!コーヒーもおかわりしましょう、そうしましょう!今日はわたくしがおごりますわよ!

 

そうやって宥めながらメニュー表を開く。ほらこの季節のフルーツタルトとか凄く美味しそうですわ!あとブルー、どれにしようかな〜♡じゃありませんわよ。貴方は自腹ですわよ。

 

ウェイターを読んで注文をする。20分もすればテーブルの上は宝石のようなケーキが沢山並んでいた。さあ嫌なことは甘いもので相殺ですわ!ルドルフ貴方も食べるんですのよ。

 

 

------

 

 

1時間もそうして話していると、ルドルフもだいぶ落ち着いてきた。顔の剣呑さは薄れて普段の調子に戻ってきました。ふひーわたくしやりました!不発弾処理完了ですわ!

 

前から思っていたのですが、こいつため込むタイプなんですよねぇ。適度に発散させないといつか爆発するんじゃないんですの?

 

こいつ本音で話せる友達作るの下手そうですもんね。クラスメイトも尊敬の目で見ている節はあるが、どこか一線を引いている。こいつに将来必要そうなのは、包容力があって甘やかしてやれるタイプの人だと思いますわ。

 

わたくし?いやー厳しいですわ。わたくしもブルーもそういうタイプじゃありませんからね。

 

そんなことを考えているとそう!まさに妙案が降りてきたのですわ!

 

ルドルフ!わたくしいいこと思いつきましたわ!

 

「急に大声を出すな。一体どうしたんだ?」

 

喫茶店の中でいきなり大声を出すものだから、注目を浴びてしまいましたわ!自制、自制ですわわたくし。少し間をあけてルドルフの目を見ながら話す。

 

ルドルフ、貴方がロクでもない灰色の夏休みを過ごしたのはもう変えられない事実ですわ。

 

また不機嫌になったルドルフ。目線が喧嘩売ってんのかてめーと言った感じですわ。すごいコワイ!

 

ですので残り一週間!全力で遊びますわよルドルフ!なにかしたいこととかありませんの?・・・なんですのもじもじして。

 

「いや、うん、そのだな・・・」

 

少し恥ずかしそうなルドルフ。珍しいですわね貴方が言い澱むなんて、一体どうしたんですの?

 

「私あんまり外で遊んだことがなくて・・・」

普通にゲーセンとか映画館とか行ったことありませんの?カラオケとかは?えっ行ったことない?えーまじかシンボリ家。

 

うーんそうだとすると、ゲーセンとかだけだと味気ないですわね。ブルー、なにか残り一週間でイベントとかありましたっけ?

 

「うーん。そうだなぁ・・・あっ、あれなんてどう?」

 

そう言ってブルーが指差す先には一枚のポスターが貼られていた。あれは・・・花火大会の掲示?日付は明日ですね。屋台も出るようですわね。それにしてもここらの花火大会は少し遅めの開催ですのね。こちらとしてはぴったりのタイミングですけど!

 

花火大会に縁日の屋台、実に実に素晴らしいですわ。まさに夏休みの締めにはぴったりですわ!

 

ルドルフ、ブルー。明日は一緒に屋台巡りして花火を見ますわよ!約束ですわよ!

 

 

 

 

 

 




桐生院家の娘さんが遊ぶを知らないように、ルドルフも遊びの経験を少ないようにしました。原作時空では大人のエスコートとかしそうだし、色々と頑張ったんでしょう。
こういうお嬢様を連れ回して悪い遊びいっぱい教えたい。教えたくない?そんな青春送りたくない?

まぁルドルフが不機嫌なのは友達付き合いに色々言われたのでしょう。一応ミカドちゃんとメスガキちゃんは学園の問題児扱いをされてますので。色々言われて気落ちして帰ってみれば、そいつらが夏休み全力エンジョイ勢だった時の気持ちは・・・うん!



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「心」か・・・

夏祭り。個人的浴衣の似合いそうランキング1位のスズカと一緒にヨーヨー釣りしたいだけ人生だった。ヨーヨーを持ち上げようとする真剣な表情。失敗して紙紐が切れてへにょんってなった顔と耳。

興味、ありませんか?


ルドルフの機嫌取りを除いても、わたくしは今日の花火大会は非常に楽しみでしたわ。

 

花火大会はわたくしの中ではあっても8月中頃まで、こんな夏休みの終わり頃にするイメージではなかったのですが、きちんとした理由があるみたいです。

 

なんせトレセン学園のスターウマ娘達は夏休みの初めから、みんな揃って合宿に行くのです。そんなスターウマ娘がいない時期に花火大会をしても人は集まりませんわ。

 

合宿が終わってさあ新学期目前、締めの花火大会だ!となればトレセン学園の生徒は全員で参加できますもの。それを目当てに他県からも大勢の人が集まるので、ここら一帯の一大イベントとなっているそうですわ。まぁスターウマ娘は安全上の観点から変装していたりして、会えないことが殆どだそうですが。

 

なお合宿先でもお祭りがあるそうなので、先輩達は二回も祭りに参加できるわけですわね。羨ましいですわ。

 

ともかくポスターを見て想像したよりも、ずっと大規模な催しらしい。クラスメイト全員で花火大会に押しかけようと思ったが、大人数での移動が難しそうなため取りやめました。なんだかんだ皆んな参加するそうですので、各自誘い合って参加することとなりました。

一応何かあったときのために集合場所とか連絡先は共有しておきますが。これで迷子とかトラブルになった時に安心というわけですわね。わたくしは賢いので!

 

まぁトレセン職員も見回りしているそうですけど。職員も祭りを楽しみつつ、それとなく見回りしているそうですわ。どっちが主目的なのはいうまでもありませんが。

 

でもここまで大規模だと浴衣でも着たいですわ。まぁ浴衣なんて持ってきてないんですけど!レンタルはもう間に合わないし、自前のは実家のタンスの肥やしになってますわ!

 

少し残念に思いながら着ていく服を選ぶ。うーんどんなのがいいでしょう?どうせあの2人と回るだけなので、気合入れていく必要もないんですけど・・・

 

うーんこれかな?こっちのがいいかな?悩みますわね。そもそもお洒落な服ってそもそもありましたっけ?あっそうだ!あれがあった!

 

 

 

------

 

 

 

そんなこんなで花火大会。ルドルフとブルーに早めに合流し、わたくし達は花火大会へと向かう。

 

それにしても・・・貴方たち。素材がいいので本当に目立ちますわね。2人の服装を見てわたくしは改めて思う。

 

ルドルフの私服は確かに似合っている。緑色のシャツに、アイボリー色のチノパンを合わせている。全体的にほっそりとしたシルエットであり、首元から黒いインナーのレース生地が見えることで、全体が引き締まって見える。なんていうかおっとなーって感じですわ。というより本当に同年代ですの?

 

対してブルーは可愛い系の衣装で固めている。ほぼ黒に近いダークブルーなトップスに、ふわっとしたカーキ色の短めのワンピースをスカートのように重ねてますのね。なんというか小さいお人形さんみたいで可愛いですわ!わたくしには絶対似合わないタイプの服装ですわ。

 

 

貴方たち、似合うって言うか似合いすぎて逆に浮いてますわよ。・・・なんですのその顔。何か言いたいことでもありますの。

 

「いや人の服装に口を出す前に・・・その服はどうかと思うぞ」

 

「ぶっちゃけその服で隣を歩いて欲しくない」

 

ルドルフとブルーがドン引きした顔をしながら失礼なことを言ってくる。えっわたくしの服そんなにやばい?ブルーがマジ声になるくらい?

 

「ジーンズとシャツっていうのはわかるんだけど、どこでそのシャツ売ってるのってくらいやばいよ」

 

「ああ、凄いセンスだ」

 

マジですの!これダメ?!そんなにおかしい?わたくしは自分の服装を見下ろしながら考える。

 

2人揃ってこくこく頷く。えーそんなに・・・そんなにですの。ダメなのかわたくしの「心」Tシャツ。これ着ると気合入るお気に入りの一張羅なんですが・・・。

 

「ああ、心の一文字では一体なにを伝えたいのかがさっぱり伝わってこない。もっとメッセージ性が欲しいな」

 

なるほど確かに。わたくしの自己満足ではなく、他人に訴えかけることが大事ですのね。ルドルフの話は参考になりますわ。

 

どうしたんですのブルー?顔がすごいことになってますわよ。そっちじゃねえよそうじゃねーよってなにがそうじゃないんですの?

 

「ていうか昨日の服の方が良かったんじゃないかなーって」

 

昨日の服?ああ、喫茶店の時の服?あれは目立たないし没個性過ぎてダメかと思って。ほらせっかくの花火大会だし気合いを入れようとしたんですわ!お母さんは普段着は目立たない格好をしろってうるさいので。

 

「気合いと個性がとんがり過ぎてもはや鋭角だよ」

 

ブルー・・・なんか今日の貴方やたらと毒舌ではないですか?わたくしも傷つくんですわよ?あっ、わたくしの手を無理やり引っ張らないで。なに!なんですの!?えっ服屋に行く?えっ今から!?

 

わたくしはルドルフとブルーに服屋に放り込まれ、ジャケットを買わされた。ブルーはシャツも買わせて「心」Tシャツをその場で廃棄させようとしたが、なんとか今日一日、ジャケットのボタンを開けないことを条件に死守することができたのですわ。

 

 

------

 

 

おお、大したものですわね。すごい人の数ですわ!

人の群衆。群衆。群衆。目の前に広がる光景はもはや人の波と言ってもいいでしょう。まるで超満員の中山競馬場みたいですわ!きらびやかな縁日の屋台は活気があり、ガヤガヤとした喧騒が心地いい。ウマ娘は大きい音が苦手という方が多いですが、こういうのであればわたくしは全然平気ですわ!

 

ルドルフとブルーと一緒に縁日を回る。早速わたくしの手に綿飴とフランクフルト、あと焼きもろこし!パクパクですわ!あっブルーわたくしのフランクフルト勝手に食べないでください!

 

 

その後はかき氷を勢いよく食べて3人並んで頭がキーンッとなったりしますの。ルドルフが普段しない面白い顔なので、ブルーと指差して笑う。ああ!ルドルフ、わたくしの頭に追い討ちをするのはやめてください!あいだだだだ。

 

 

蹄鉄投げで3人でポイントを競う。もはや勝利以外ありませんわ。ふふふんこのゲーム必勝法がありますのよ。そうしてなんだかんだ最終的に、ルドルフにわたくしとブルーはなぎ払われましたわ。

 

 

ルドルフ。どうして貴方はトーマスのお面を買ってるんですの?えっなんとなく欲しくなった?ふーん。変わったセンスしてますのね。

じゃあわたくしエドワードのお面を買いますわ。お面屋さんお一つくださいな。えっない?そんなー。

 

そうしていると・・・・

 

あっ射的。射的屋さんですわ!勝負しましょう2人とも!ルドルフ!さっきのようにはいきませんわよ!負けたやつは奢りですわ!わたくしは巷ではヒットマンミカドと恐れられている凄腕なので・・・・。うん?

 

そうやって射的屋の前に立って気がついた。おかしいですわ2人からの返事がない。あれ2人共どこですのー?まさかあいつら迷子ですの?困った奴らですわ。

 

 

-------

 

わたくしは迷子になった2人を待つために、クラスで決めた集合場所へ移動する。スマホには2人からのメッセージが来ていた。こちらに向かっているそうですが、人が多くて少し時間が掛かるそうだ。

 

そんなわけでわたくしは待ちぼうけ。退屈ですわぁ。

 

さっきまで最高に楽しかったのに、1人でいるとなんだか妙な気持ちになってきますわ。周りの喧騒には変化はないですが、どうにも落ち着かない。

 

まるで楽しい楽しい縁日から自分だけ弾き出された気持ちになってくる。こういう時はろくな考えに至らない。いけないらいけないこういう時は別の事を考えなくては。

 

そう別の事を考えようとしても、最近あった嫌なことを考えてしまう。最近あったのは・・・

 

 

わたくしの服のセンス、そんなに悪いのかなぁ。

 

ふと下を見下ろす。目に写るのは先程買ったばかりのジャケット。確かにブルーのセンスは素晴らしいとは思います。かっこいいジャケットですわ。

 

ですがボタンを全て閉めたジャケットの下で、わたくしの「心」が押し殺されて泣いているような気がする。

 

むー、思い出したらなんか腹立ってきましたわ!ブルーのいけず!ルドルフの石頭!好きな服着てなにが悪いんですの!わたくし脱ぎますわよ!

 

その声を聞いたのか、近くにいた酔っ払いの男の人がいいぞーやれー!とはやし立てる。あっ隣にいた女の人にビンタされてますわ。

 

それはともかく。そう!心を剥き出しに!わたくしはボタンを外していく。ジャケットからの解放!自分を解き放ちますわ!

 

カバッ!と脱ごうとしたとき、近くにいた年上のウマ娘から声がかかる。

 

「こらっ!女の子がそんなこと言ったらチョベリバよ!」

 

・・・チョベリバってなんですの?




「心」Tシャツ着こなせるのはネテロ会長だけだよ。ピーキー過ぎてミカドにゃ無理だよ。
ルドルフちゃんはクソださTシャツに理解はあります。メスガキちゃんはないよ。

次回はナウでヤングなチョベリグお姉さんがやっと出せます。彼女好きなんですよね。ウマ娘みんな好きなんですがその中でも3本の指に入ります。最初の星3交換は彼女でしたし、サポートにも彼女を出してます。スピ9だけどお姉さんは相性いい子少ないから大変なんですけどね。


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Choo very goodなお姉さんは好きですか?

マルゼンスキーちゃん台詞回しが激ムズです!どうすればイケイケで激マブな若いチャンネーがエミュレートできるんや。私の中にはバブリーソウルなんかないんや・・・


学園に半年も過ごせば、嫌でも耳にする話がある。

 

学園には恐ろしい怪物がいる。ホラーの類いではない。そのあまりに隔絶した強さに恐れをなした人がそう呼ぶのだ。

 

彼女はまさに『怪物』だと。

 

彼女は速い、ただただ速すぎるのだ。そのあまりにも速い巡航速度は、気持ちよくかっ飛ばすだけでレースを破綻させ、1着になるのが当たり前。あとに残るのは後続の2着争いと言われる。

 

その怪物の名前はマルゼンスキー。メイクデビュー以来無敗で、スーパーカーと呼ばれている。

 

わたくしも興味がないわけではありませんわ。むしろ興味津々ですわ。強すぎて恐れられるなんて凄すぎますわ、まじリスペクトですわよ。

 

トレセン学園では機会がなかなかなくて、会うことはありませんでした・・・けどいつか話してみたいとは思っていましたわ。雑誌とかでは写真はバンバン出るのに、何故かインタビュー記事が全然取り上げられないのですわ。

 

ずっと不思議だとは思ってはいたのですが・・・

 

「はぁい。私はマルゼンスキーよ。ピチピチの後輩ちゃん。名前を教えてもらっていいかしら?」

 

なんかちょっと嫌な予感がしますわ!具体的にはこう、あれなんかイメージと違う的なやつ!

 

-------

 

わたくしが集合場所で迷子の2人を待っている時、いきなり話しかけてきた年上のウマ娘。

 

うん?やたらと大きいサングラスをかけてるけど何処かで見たことがあるような・・・。うーん思い出せない。どちら様ですか?もしかしてわたくしと同じようにトレセン学園の関係者の方ですの?

 

わたくしの言葉に彼女は今気づいたかのように手をポンと打った。そうして掛けていたサングラスを額のところまで動かして名前を名乗ってきた。貴方は・・・ま、マル、マルゼンスキー先輩!

 

わたくしはあげそうになった声を咄嗟に飲み込む。こんな人が多いところでマルゼンスキー先輩がいるってなるったら、パニックになりかねません。有名人がお忍びできているようなものだと思いますわ。

  

唐突に現れたトレセン学園のスーパースターにわたくしびっくりですわ。そのサングラスは変装用だったのですね。全然気づきませんでしたわ。有名人も大変ですのねぇ。

 

とりあえずわたくしも自己紹介をする。わたくしミカドランサーですわ!

 

「へぇ〜貴方が。シンザン会長とシービーちゃんから話は聞いてるわよ」

 

とっても有望な問題児だって。マルゼンスキー先輩がこちらを顔を覗き込みながらニコニコと話す。それ褒めてるんですの?貶してるの間違いじゃないんですの?わたくしは訝しんだ。

まぁシンザン会長とシービー先輩に有望と思われているのなら、悪い気はしませんわ!後ろの問題児は余計ですけど!けど!

 

わたくしの言葉が何かおかしかったのか、クスクスと笑う先輩。なんというか凄い美人ですわね。少し憧れますわ。

 

そうしているとマルゼンスキー先輩はわたくしの周りをキョロキョロと見る。

 

「シンザン会長は3人組でよく行動しているって言ってたけど、他の子はいないの?」

 

あーあいつら絶賛迷子中ですわ。本当に困ったものですわね。でもあいつら恥ずかしがるからあまり突っ込んであげないでほしいですわ。

 

改めてマルゼンスキー先輩を見る。確かこの人、怪物って呼ばれる強者なのですよね。それにしても怪物・・・。

 

全然怪物っぽく見えませんのねマルゼンスキー先輩。思っていたよりも・・・その、普通ですわ。

 

「そうかしら?こう見えても私、すっごく速いわよ?」

 

わたくしの失礼とも思える言葉にも、気を悪くした様子もなくマルゼンスキー先輩は答える。偉ぶってもいいのにそういう気の良い雰囲気が、怪物という言葉のイメージからかけ離れているんですわ。

 

マルゼンスキー先輩がめちゃくちゃ速いのは学園の誰もが知っていますわよ。わたくしがびっくりしたのは凄い気さくな方だったからですわ。

怪物と聞いていたので、てっきり強いけど頭がおかしい方なのかと思っておりましたわ。我が名は魔琉是運棲奇異、其方を殺しに参った、みたいな感じの方かと。

 

「」

 

びっくりして言葉を失っている。そんなにショックですの?だってわたくしマルゼンスキー先輩のこと写真とレース映像しか知りませんもの。ライブは決まった歌詞を歌うだけですし。インタビュー記事他の人に比べてかなり少ないんですけど何故ですの?雑誌インタビュー掲載お断りでもしているんですの?

 

「私も不思議に思っているのよ。使ってもいいって言ってるのに何故か毎回カットされるのよねぇ」

 

チョベリバね。と言いつつ肩を落とすマルゼンスキー先輩。本当になんでなんでしょう?

 

 

--------

 

 

そうやって話をしていると、遠くに青い頭が見えた。あっあいつらがやっと来ましたわ!ブルーの青頭は目立つので、こういう時はわかりやすくていいですわね!

 

おーいこっちですわー!全く迷子になるなんていい歳して恥ずかしくいだだだだだだ!な、なんで抓るんですの!わたくしが一体何をしたというのですか!あっやめ、ほっへはひっはらないへー!

 

3人でやり取りをしていると、横で見ていたマルゼンスキー先輩はクスクスと笑っていた。笑ってないで助けてほしいですわ!

 

そうやって一通りやって満足したのか、わたくしは2人の魔の手から解放される。ほっぺた伸びたらどうするんですの。

 

あっ紹介しますわ先輩。こっちの大人っぽいのがシンボリルドルフで、こっちのちっさいのがブルーインプですの。ほら2人も挨拶しなさいな。

 

ブルーはわたくしの横で先輩に自己紹介をしていたが、ルドルフはもう顔見知りみたいで軽く挨拶を交わす程度だった。一体何処で知り合ったんですの?えっ生徒会室で書類整理している時に会った?えー!わたくしたちも呼んで欲しかったですわ!

 

どうやらマルゼンスキー先輩は生徒会と親しいらしく、不定期に生徒会室を訪れているらしい。ルドルフが書類整理をしているのは知っていましたが、こんな役得があったとは・・・。わたくしとブルーは肉体労働ばかりなのに!シンザン会長のえこひいき!

 

そうして4人で話していると、そこかしこに設置されたスピーカーからアナウンスが入る。どうやらもうすぐ花火が始まるようですわ。いけない話が楽しくてすっかり忘れてましたわ!

 

あわわ、早く移動しましょう!いい場所が取られちゃいますわ!

 

そうやって移動しようとすると、マルゼンスキー先輩に呼び止められる。どうしました?先輩も移動しないと間に合いませんわよ?

 

「場所を取らなくても大丈夫よ。今日会った後輩ちゃん達に、私がイケイケな穴場スポットを教えてあげる♪」

 

マジですの!?わーい!マルゼンスキー先輩大好き!




はい、マルゼンスキー先輩でした。
マルゼンスキーとミカドちゃん相性はかなりいいです。アホな子とマルゼンスキーは鉄板組み合わせやな!

ミカドちゃんはドライブデートにも対応できます。なんなら車趣味を始めようかなーと思うくらいには順応できます。
彼女が乗るのは何?もちろんランエボですよ!

やべーなここはイニDでも湾岸でもないんですが。唐突に峠でバトルとか始めないでねミカドちゃん。


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流れ星は人の夢。美しくて儚くて

花火を見る時は静かにしましょうね。


マルゼンスキー先輩に案内されて訪れた花火の穴場は、花火会場から少し離れた廃ビルの屋上だった。ここに来たのはわたくし達だけではなく、先着している人もいてその全員がウマ娘だった。

 

でも廃ビルという割に掃除が行き届いてるし手すりも錆びてませんわね。なんというかしっかりと手入れがされているような気がする。屋上の鍵も空いていたし簡単に入ることができたしたわ。

 

ここ入って大丈夫なんですの?さっき立ち入り禁止の看板がありましたけど。

 

「ここはね花火を見るトレセン学園の生徒のために、商店街の人がこの日だけ空けてくれている場所なのよ。」

 

だから地元の人でも知らない人が多いし、立ち入り禁止の看板もその為にあるの。とマルゼンスキー先輩が言う。でもわたくし達初耳ですわね。

 

「商店街の善意でやってもらってることだし、大っぴらに言うことでもないから。先輩から後輩に語り継いでる暗黙の了解のようなものかしら」

 

へぇー。どおりで周りもウマ娘しかいないわけですのね。そう思いながら手すりに体重を預ける。手入れの行き届いた手すりは錆が全くなく、ここを管理している人の心情が窺い知れた。うーんわたくし達って本当に大事にされてますのね。

 

善意でやってもらってるということは、金銭のやり取りはないのでしょう。でもここまでしてもらっては、わたくしも何か恩返しの一つでもやらなければならないような気がしてくる。

 

ルドルフも同じ気持ちらしく少し嬉しそうな顔をしている。ブルーは・・・なんですのその顔。

 

「なんでもないよ♡」

 

ふーんまぁいいですけど。貴方もしっかり感謝するんですわよ。ここは特等席みたいなものですのよ。

 

はーい♡と言うブルー。本当にわかっているのですか貴方?

  

 

-----

 

 

しばらくすると花火特有の風切音のような口笛のような音が聞こえてきた。

 

風切音から少し経って破裂音と共に空が少し明るくなる。

 

 

 

パンッ!!

 

 

先ほどまで何もなかった夜空には大輪の花が描かれ瞬いている。その話は夜空を傘のように覆い尽くし、そして一瞬後に火花が流れる滴のように夜空に消えていった。

 

 

「綺麗・・・」

 

ブルーが思わず声を漏らす。ええ、わたくしも本当にそう思いますわ。

 

普段はお堅いルドルフも、捻くれたブルーも、気さくな先輩も花火に見とれてしまっている。

 

そうして何度も花火が上がるたび息を呑みそうになる。なぜでしょうか。花火なんて毎年のように見ているはずなのに、今年のは特別輝いて見えますわ。

 

 

何度も何度も瞬いては、消えていく。赤や緑の色とりどりの花が空に咲き、キラキラとした火花が、時間をかけて残滓と余韻だけを残しては夜空に溶けていく。

 

 

何度も、何度も。

 

 

そうして花火を見上げながらしばらく経って、唐突にルドルフが口を開く。   

 

「聞いてほしいことがあるんだ」

 

ルドルフの声は何処か緊張しているようにすら思えるほど硬かった。わたくしは黙ってルドルフに話の続きを促す。

 

「私には叶えたい夢があるんだ」

 

・・・・。

 

「全てのウマ娘が幸福に生きられる、そんな世界を作りたい。」

 

・・・貴方、意外と青臭い夢を持ってますのね。

 

「親族の皆はそんなこと無理だと言うけれど。それでも私は、私は・・・」

 

でもすごくいい夢だと思いますわ!

 

「そうかな・・・」

 

そうですとも!

 

分かってますわ。わたくしは応援しますわ。親友ですもの当然でしょう。その夢はきっと叶いますわ。

 

ルドルフは照れ臭そうにしている。ここまでまっすぐ応援されるとは思わなかったのでしょうか?でもわたくしに勝った事のある貴方は、そのくらいでっかい夢を持ってる方がいいですわ。だからその夢は胸を張っていい夢ですわ。

 

ブルーも今ばかりは茶化さずにわたくしのようにまっすぐと夢を応援すると言っていますわ。普段の捻くれも今日ばかりはお休みですのね。

 

マルゼンスキー先輩に至っては、ちょっと目元が潤んでいるような気がする。感動したとかではなく、なんというか情緒が振り切ってしまっているかのようですわ。なんでも相談してねとルドルフに言っている。

 

ルドルフ。貴方は気づいてないかもしれませんが、みんな貴方のことが大好きですのよ?わたくし達も、クラスメイトも。きっと学園中が貴方の夢を応援してくれますわ。

 

 

「ありがとう、みんな」 

 

 

ルドルフは嬉しそうにはにかむように微笑んだ。花火の閃光で僅かに照らされたその顔に、不覚ながら少し見惚れてしまいましたわ。

 

それきり、ルドルフは花火を見ながら喋らない。

 

それに倣いわたくし達も黙り込んでしまう。

 

花火の風切音と、弾ける音が聞こえる。

 

みんなで静かに空を見上げ花火を見る。今日この日の光景を、きっとわたくしは死ぬまで忘れませんわ。

 

瞬く間に消えてしまう、夜空に煌く星のような花火を記憶に焼きつけるように。

 

わたくしは風を切りながら夜空に向かって昇る、一筋の流れ星にただ願う。

 

彼女の青臭くって純粋で、誰よりも優しい夢が。

 

きっといつか叶いますようにと。

 

 

 




今日はあとがきはないです。静かに花火の余韻を楽しみましょう。

どうしても観たい方は活動履歴に上げてます。


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吐けっ!ネタは上がってるんだぞ!

わたくしの夏休み終わっちゃった・・・まだレオ杯という宿題が残ってますわ・・・


花火大会の日から数日経ち、新学期が始まりましたわ。

 

今日は午前からのレース授業。久々にウッドチップの練習場でわたくし達は教官を取り囲んでいた。

 

教官!ネタは上がってますのよ!

 

そうしてわたくしはスマホの画面を、水戸黄門の印籠のように教官に見せつける。画面には花火大会で賑わう人々の写真が映っている。その中の1人が男性と恋人つなぎをする浴衣のウマ娘の姿があった。まるで恋する乙女のようですわ!

 

花火大会の最中にクラスメイトから送られてきた、一枚の画像はクラスを混乱の坩堝に放り込んだのだ。

 

教官って彼氏いたんだねー。どこまでいったんですか!A?B?うまだっち!うーうまぴょい!昨夜はうまぴょいでしたね!きゃー!!

 

うるせェ!ガキ共!静かにしろ!と教官が怒鳴っても、もはや声は収まらない。思春期の乙女達は鬼教官をも圧倒していた。最後にはもうどうにもでなーれと諦めたように教官は自白する。

 

「あァそのその通りだよ。そいつは俺の恋人だよ」

 

あっー!困りますわ教官!私の腕が!ぁぁあああ痛い痛い!何でわたくしだけぇぇえ!

 

もはや形式美すら感じるアームロックにわたくしは悲鳴を上げる。クラスメイトは黄色い歓声を上げた。

 

そんなわけで新学期最初の練習が始まりましたわ!!

 

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練習といっても今日は残念ながら慣らしのようなものですわ。みんな夏休みでそれなりと自主練習していたものの、変な癖をつけていないか教官にチェックされるのですわ。

 

短めの距離を何度も走らされる。そうしていると教官がわたくしを呼びつける。な、何ですの。さっきのことは謝りますのでアームロックだけはっ!アームロックだけは許してください!

 

理由もなくはやらねェよ。と言いながら教官は手元のクリップボードを見ている。理由があっても優しくしてほしいなーとわたくしは思いますわ!平和万歳ですわ!

 

「考えておいてやるよ。で?お前この夏休み何やってた?」

 

いきなりなんですの?ヘンテコな癖でもついていましたか?

 

「いいからさっさと答えろ」

 

うーん夏休み・・・そういえばブルーと林道に入り浸ってましたわ!夏休みの間はそこで練習していましたの。 

 

ブルーとの林道レースは普段と違った楽しさがありましたわ。なかなか刺激的なトレーニングになりました。

 

林道か・・・といって教官は黙り込んでしまう。えっなんですの怖い。やっぱりわたくし変な癖でもついてたんですか?

 

「いや何でもねェ。もう帰っていいぞ」

 

しっしって手で払う動作をしながら、わたくしを追い払おうとする教官。な、何て失礼な奴ですの!人を呼びつけておいておいてよくわからないことを言ってポイとか!許せませんわ。思い知らせてやりますわ!

 

教官にぶーぶー文句を言っているといきなりアームロックの構えを始めたので、わたくしは大人しくクラスメイトの輪に戻ることにしました。

別に怖いわけではないですけど、目上の人には一応礼儀を払わねばなりませんからね!別に怖いわけではありませんけど! いつかぎゃふんと言わせてやりますが、今日のところは勘弁してやりますわ!

 

 

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ピューっと遠ざかっていくアホを見送り、再度教官はクリップボードに目を落とす。

 

クリップボードに貼り付けた紙には担当しているウマ娘の癖、大まかな最高速度、加速力やスタミナ。今後の成長指数の予測値などのデータが書き込まれている。

 

担当の中でもトップクラスの実力を誇る3人。バ鹿2人と、それに巻き込まれるお目付役。要注意ウマ娘の項目にあるその中でもクラス1番の問題児。

 

「伸びしろがあるとおもってはいたが、まさかなァ。」

 

ミカドランサーの項目を見ながら教官は静かに呟いた。

 

「こりャあ化けるな・・・」

 

 

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ほんっとうに鬼教官は酷いですわ!わたくし達は学食でご飯をつつきながら、先ほどの授業を振り返る。ねぇブルー、わたくし変な癖なんてついてないですわよね?

 

「ううん。フォームはおかしくなかったよ?」

 

変なのは頭の中だけー♡と言いながらこいつは焼き魚定食を食べている。こ、こいつすげー失礼千万ですわね・・・えいっ!

 

ブルーの焼き魚定食についていたタンポポのお浸しを強奪しながら、ルドルフにも問いかける。貴方はどう思いますか?

 

「おかしくはなかったが・・・夏休み前とはフォームを変えたのか?いつもとは違うようだったが」

 

る、ルドルフ貴方は気付いてくれるのですね!あれはわたくしの新フォーム。名付けて・・・まだ考えていませんわ。とりあえずスーパーミカドちゃんフォームと呼んではいますが。かっこいい名前を考えてるのですけど、しっくりくるのがなくて。

 

ブルーの奴がださーい♡とか言いながら煽ってくる。ぐぬぬぬぬぬぬ・・・あれ?何で貴方コロッケ食べてるんですの?焼き魚定食には付いていないでしょう。あっそれわたくしのコロッケッ!!貴方なんてことしますの!

 

畜生!不平等交換すぎますわ。コロッケはメインですのよ!釣り合いがまるで取れていませんわ。これじゃサラダと味噌汁定食になっちまいますわ!

 

「おかわりしてくればいいだろう・・・」

 

よそから奪ったおかずが1番美味しいんですのよ!そんなの認められませんわ。コロッケに代わるおかずを強奪しなければわたくしは許せませんわ!それともウマチョコをおかずにご飯を食べろとでも?ウマチョコで飯が食えるか!

 

そう言いながらルドルフのおかずを見る。そっちの定食のお肉もおっきくて美味しそうですわね。

 

「やらんぞ」

 

そう言いながらルドルフはわたくしからお肉の乗っている皿を遠ざける。・・・仕方ないですわね。近くに座っているバトラーの唐揚げで我慢しましょうもぐもぐ。美味い!

 

「そういえばチーム見学はいつ行くんだ」

 

唐突に切り出してくるルドルフ。えっなんですのチーム見学って?

 

「今日教官が話していただろう。まさかもう忘れたのか?」

 

わ、忘れてはいませんわよ。ただ教官が昨夜はうまぴょいでしたねしたのか気になって頭から吹っ飛んだだけですわよ!

 

やっぱり忘れているじゃないかと呟くルドルフ。だから忘れていませんわよ!だけど、そうやっぱりちょっと不安なのでもう一度わたくし達に説明してくれるたらすごく助かりますわ!あっこら。ため息をつくと幸せが逃げますわよ!

 

 

 

ルドルフが言うにはこれから二週間くらいの間、チーム無所属のメイクデビュー前の生徒に限り、チームの練習を見学をしてもいいらしい。色んなチームを渡り歩いてもいいし、一つのチームで2週間過ごしてもいいそうですわ。

チームの特色を理解することで、今後のレース活動の指針を立てるために必要なことらしい。こっそり一緒に走らさせてもらい、内々定をもらう子もいるらしいですわ。

 

確かに学園には色んなチームがありますのよね。トレーナー1人と合う合わないで大きくレース結果が代わるのは有名な話ですわ。でもそれってトップチームばかりに人が集まりません?シンザン会長やシービー先輩のチームなんて生徒が殺到しますわよ。えっそうはならない?

 

どうやらトップチームは見学の制限があるらしい。推薦がなくては見学できなかったり、1人あたり1日しか見学できなかったりするらしい。その上で抽選があって必ずしも希望通りにはいかないらしい。

 

そういえばメインホールの掲示板に沢山ポスターが貼ってあったような。あれってチーム見学募集の張り紙でしたのね。貼りすぎてもはや前衛アートみたいになってましたが。

 

うーんどうしましょう。トップチームの見学に行ってみたくはありますが、抽選でこいつらと同じ組になるとは思えないのですわ。わたくしこの2人が問題を起こさないか心配ですわ。勿論トップチーム以外でも素晴らしいチームは山のようにありますが、選択肢が多すぎてどれを選べば良いのですかね。

 

そう考えながら、サラダのミニトマトを口に放り込む。うーんうーん。何か妙案はありませんでしょうか。

 

そう考えて悩んでいると、後ろから唐突にわたくし達に声が掛かる。

 

「ハァイ可愛い後輩ちゃん達。なんだかチョベリグな話をしていたようだけど、私も混ぜてもらってもいいかしら」

 

あ、貴方は!困ったときのマルゼンスキー先輩!

 

 

 




というわけで次回はまたマルゼンスキー先輩との絡みです。困ったときの進行役にぴったりなんですよね先輩ポジションって。きっと近くでチーム見学の話を耳をピクピクしながら聴いてたんでしょう。可愛いなおい!
あとゴルシとかが進行役に向いてますよね。唐突にゴルシが大嵐の中空飛ぶサメに乗って現れても、まあゴルシだしなで納得できますからね。



マルゼンスキーが可愛くてなぁ。私はもしかしたら前世は車だったのかもしれません。まぁもしそうだとしても、いいとこトラバントでしょうね。



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リギル!挑発!超新星!

UA1万回記念で26日の2話連続投稿のふたつ目です。前話見てない方は1話戻ってみよう!

なぁにストックはまだまだある。ちょっとくらいサービスしてもおっけーでしょ


マルゼンスキー先輩のチーム?

 

わたくし達の前に突然現れたマルゼンスキー先輩は自分の所属するチームへの見学を勧めてましたわ。しかし妙ですわね。マルゼンスキー先輩はトレーナーと専属契約を結んでいたのでは?前に雑誌の記事でマルゼンスキー先輩の特集をしていた時に、担当は専属新人トレーナーと書いてあった記憶がありますわ。

 

「そうよ。わたしとトレーナーで最近新しいチームを立ち上げたの」

 

なるほど知りませんでしたわ。確かにマルゼンスキー先輩の実績ならチームを設立してもおかしくありませんわね。担当の新人トレーナーさんも若手ながら相当な切れ物と聞いてますわ・・・まあ雑誌の受け売りですけど。

マルゼンスキー先輩のチームならさぞ高レベルな選手が揃っているだろう。渡りに船ですけどどうしましょう2人とも。

 

「私はマルゼンスキー先輩の勧めであれば間違い無いと思う」

「わたしもさんせーい♡どんな練習してるのか興味あるな♡」

 

チームとして実績はなくとも、正直美味しい話すぎるくらいですわね。あのマルゼンスキー先輩を育て上げたトレーナーのチームなんて将来有望ですもの。メイクデビューまで毎年見学はできるそうですし、今はこのビッグウェーブに乗るべきですわね。

 

じゃあマルゼンスキー先輩!わたくし達チーム見学させてもらってもいいですか。

 

「モチのロンよ!トレーナーには私から伝えておくから!」

 

あっそうですわ1番大事なことを忘れていましたわ。マルゼンスキー先輩。

 

「何かしら?」

 

チームの名前は何というんですの?それを聞かないと始まりませんわ。

わたくしの言葉にしまったと言う顔をした先輩。こほんと咳払いをしたマルゼンスキー先輩は自慢するように高らかにチーム名を名乗った。

 

「リギルよ。チームリギル!」

 

イケイケな名前でしょと言いながら先輩はウインクしましたわ。

 

 

-------

 

 

放課後、わたくし達とマルゼンスキー先輩はターフグラウンドに集まっていた。マルゼンスキー先輩ともなると、簡単にターフを借りられますのね。羨ましいですわ。でもそんなことより・・・

 

マルゼンスキー先輩、マルゼンスキー先輩。

 

「何かしら?何かわからないことでもあった?」

 

何でわたくし達以外誰も来ないんですの?先輩のチームメイトは今日はお休みですの?見学者も先輩のチームならもっといっぱい集まってもおかしくないと思うんですけど

 

「まぁ5日前に立ち上げが決まったし。チームメンバーは誰もいないのよねぇ」

 

5日前、5日前ってことは・・・5日前って事ですの!?嘘!?花火大会直後くらいじゃないですか!そりゃ知らないなら誰も見学にきませんわよ!本当に立ち上げたばっかりじゃないですの!

 

「そうよ?あの日に立ち上げようと思って、すぐにトレーナーに相談したの」

 

だからまだ書類申請も終わってないのよねえ。とマルゼンスキー先輩は何でもないかのように話す。

さ、流石に見切り発車がすぎますわよ。ブルーとかちょっと引いてますわよ。まじかよこの人って顔してますわ。

それってチーム見学って言うよりも、チーム創立メンバーを探しているの方が正しくないですか?

 

「うーん。そうとも言うカモ!」

 

・・・・・実はこの先輩、なんかその場のノリで生きてませんか?わたくし少し不安になってきましたわ。

 

「まあまあ、固いことは言いっこナッシング!トレーナーももうすぐ来るし、ストレッチでもしながら待ってましょ」

 

 

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「あっ、トレーナーが来たみたい。おーいおハナちゃんこっちこっち!」

 

こちらに歩いて来る若い女性。グレーのパンツスーツを纏った細身の女性ですわね。キリッとした顔や目からは切れ物という第一印象を受ける。レース雑誌のいうこともたまには的を射ていることもありますのね。

 

なるほどこの人がマルゼンスキー先輩のトレーナー。なんていうか・・・頭が良さそうですわね!眼鏡かけてますし!クールビューティーな女教師みたいですわ!

 

でもなんか怒ってません?先輩の事手招きして呼んでますわよ。あっ近づいて行った先輩がほっぺたひねられている。珍しいものを見れましたわね。写真撮っておきましょう。パシャリ。

 

「あいたたた。おハナちゃん許してぇ」

 

おハナちゃんと呼ばれたトレーナーは怒っているように見えますが、マルゼンスキー先輩と良い関係を築けているようですわね。なんていうか互いに心を許しているように感じますわ。

 

ひとしきりひねって満足したのか、こちらに向かって来る。本当にこの人新人トレーナーなんですの?既にベテランの風格がありますわ。こんな堂々と振る舞える新人はなかなかいないでしょう。

 

「うちのが迷惑をかけたようだな。私は東条ハナ。マルゼンスキーの専属トレーナーをさせてもらっている」

 

はじめまして!わたくしはミカドランサーですわ!よろしくお願いしますわおハナちゃんトレーナー!

 

元気よく自己紹介をすると、合点がいったような顔をするおハナちゃんトレーナー。なんですの?わたくしのことを知っているのでしょうか。

 

「・・・なるほど、あなたが噂の問題児ね」

 

噂?!噂ってなんですの!わたくし問題児じゃありませんわよ!まっとうに生徒をしてるだけですわ!

 

「となると後ろの子達は・・・」

 

話題を振られたルドルフとブルーが自己紹介する。なんか3人セットみたいに思われてませんわたくし達。そんなに一緒にいるかなぁ?・・・うんいますわね。なんかいっつもつるんでますもの。

 

「チーム見学に参加したいとのことだけど、まだチーム名も決まってなくてな」

 

えっ、チームリギルじゃありませんの?さっきマルゼンスキー先輩が言ってましたけど。

 

おハナちゃんトレーナーは横に立っていたマルゼンスキー先輩を見る。わぁお目線が鋭い。きっとまだ内緒にしてないといけない話だったのですね。マルゼンスキー先輩もメンゴメンゴって手を合わせて謝っていますわ。

 

「・・・申請が通ってないから、チームリギルはまだ存在しない」

 

目元を揉み解しながら答えるおハナちゃんトレーナー。なんというか振り回されてますのね。もしくはマルゼンスキー先輩が振り回し慣れてるかのようですわ。

 

「見学にきてもらって残念だけど、今日はマルゼンスキーの練習を見るくらいしかすることがないの」

 

まあ唐突な訪問ですからね、しょうがないかもしれないですわね。とその時わたくしに素晴らしいアイデアが降ってきました。

 

はい!はい!はい!わたくしにいい考えがありますわ!

 

わたくしはぴょんこぴょんこ跳ねながら、おハナちゃんトレーナーの前で挙手をしますわ。わたくしすごくいい案を思いつきましたの!こんな機会滅多にありませんわ!

 

わたくし!マルゼンスキー先輩とレースをしてみたいですわ!

 

わたくしの新フォームまだターフで試したことありませんの!この林道で極めた新フォームの試運転に付き合って欲しいですわ!

 

林道やダートで走ってはみたものの、やっぱりターフで試さないと。走ってる最中でスペシャルな名前も思いつくかもしれませんし!

 

うん?なんかおハナちゃんトレーナーからの目が厳しい。マルゼンスキー先輩も目つきが変わりましたわ。えっ、わたくし何か失礼なこと言いましたっけ?

 

 

 

 




というわけで次回デスレース!

ミカドちゃんは勝てますかね。無理だよこんなん!勝てるわけないじゃん!!

デビュー前のウマ娘がイケイケノリノリ状態のマルゼンスキー相手に戦うとか、負けイベント以外の何者でもない。何がいい考えなんだ。聞いてるのかミカドちゃん!君のアイデアロール大抵失敗してないかい!?勝手なことはやめるんだ!


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マルゼンスキー杯 トレセン学園 芝 1600m 右

マルゼンスキーに勝利RTA、はーじまーるよー。


「ピチピチで可愛い後輩ちゃん達でしょ?」

 

マルゼンスキーの言葉に頷く。初っ端からかまして来るなんて、なかなか骨のある新人達らしい。分かっていると思うけど、レースでは手を抜かないでねマルゼンスキー。

 

「ええ分かってるわ。どのくらいで走ればいいかしら?」

 

シューズの調整をしながら、足の調子はバッチグーよと言うマルゼンスキー。確かにここ最近の、特にここ数日は彼女の調子はかなりいい。新人達には可哀想な話ではあるけれど。

 

そうね。怪我をしない程度でいいわ。

 

「分かったわ。いつも通りね」

 

怪我をしない程度、それは私とマルゼンスキーにとって全力で迎え撃てという指示に他ならない。

 

「おハナちゃんってホント、人がいいんだから」

 

・・・・ちょうどいい機会なので覚えて帰るといいわ、デビュー前の新人たち。死に物狂いで走らなければレースにもならない相手はいるのよ。マルゼンスキーは全力で挑まなければ10バ身以上つけられる相手だということをね。

 

新フォームの試運転?走ってみたい?私の愛バを無礼るなよ。そんな余裕は全くないわよ。

 

 

-------

 

なんか怒らせちゃったみたいですわ。すげー目で見てきますわあのトレーナー。

 

レースの準備をしながらブルーとルドルフに話しかける。わたくしまた何かやってしまいましたか?

 

「完璧な挑発だったよ♡でも今度から喧嘩を売る相手は選んだ方がいいかなって」

 

ちょ、挑発?!わたくし挑発なんてしてませんわよ。わたくしは一緒に走りたいだけですのよ!可愛げのある後輩のおねだりでどうしてそうなりますの!

 

「残念だが、向こうはそうは聞こえなかったようだぞ」

 

ですわよねー!なんか本気でアップしてますものマルゼンスキー先輩!どうしよう・・・流石のわたくしも本気のマルゼンスキー先輩にはボッコボコにされる未来しか見えませんわ。

 

「普通に考えたらわかると思うけど、ミカドちゃんの言ったことすごい失礼なことだよ♡」

 

むむむそうなのでしょうか。そんなつもりはなかったのですけど。うーん良くわからないので少年ジャンプで例えてもらっていいですか?

 

「護廷十三隊隊長に、一般モブ隊士が始解の試し撃ちさせてって言ったくらいかなぁ?」

 

えっそんなにやばいんですの!?や、やばいですわ・・・今からでも謝ってこようかしら!あっだめだ先輩すっごいやる気ですわ!もう止める手段がありませんわ!

 

試し撃ちして笑って許してくれる隊長なんて更木剣八くらいですわ!そのあと間違いなく笑いながら斬り殺されますけど!

 

助けてわたくしの理性!一発逆転のナイスな策を授けてくださいませ!えっ奴ならハワイにバカンス?あとでひねりますわよ覚えてなさい!

 

「だが・・・マルゼンスキー先輩とは一度競ってみたかった」

 

ちょうどいい機会だといって準備を始めるルドルフ。わぁーお。ルドルフてば結構バチバチですのね。1番やる気出してません?

 

「わたしは流そうかな♡ターフは苦手だし」

 

ブルー貴方はもう少しやる気を出した方がいいですわよ。私の言えたことじゃありませんけど。

 

ええい女は度胸!そう言ってわたくしもルドルフに習ってアップを始めた。

 

 

 

そうして20分ほどのアップの後わたくし達は横一列に並ぶ。

 

急なレースの為、今回はゲートなしのスタート。おハナちゃんトレーナーはコースの外側に立ち、手を上げている。

 

彼女が手を振り下ろした時がスタートですわ。マルゼンスキー先輩は1番外側でゆるーく構えている。でもなんというか凄く圧迫感がありますわ。なんというか巨大な壁がすぐ横にあるかのように感じますわ。

 

手心を期待しているわけではありませんが、明らかに本気ですわね。わたくしたちはデビュー前の新人っていうことを忘れているんではないですの?

 

ん?ちょっと待って。すごいことに気づきましたわ。マルゼンスキー先輩は未だに公式レースで無敗でなんですわよね。マルゼンスキー先輩を倒したデビュー前の新人とかもの凄くかっこいいんじゃありませんか?

 

そう考えるとやる気がメラメラ湧いてきましたわ!よし!わたくし全力で勝ちを狙わせてもらいますわ!

 

作戦は・・・とりあえずマルゼンスキー先輩の後ろに着いて、後は流れでいい感じのところで差し切る!完璧な作戦ですわ!

 

そう考えていると手が振り下ろされる。満を辞して飛び出す4人のウマ娘。さぁ行きますわよ!

 

 

------

 

手を振り下ろす合図で一斉に飛び出す。マルゼンスキー先輩が当然のように先頭を取る。順番としては 先輩、ルドルフ わたくし、ブルーの並びとなりました。

 

先頭を軽やかに駆けていくマルゼンスキー先輩の背中を見ながら、わたくしは先ほどまでの考えの甘さを痛感していた。

 

最初のスタート時、ルドルフはマルゼンスキー先輩をマークしようと普段より早めに仕掛けたようとした。いわゆる鈴を付けようとしたのだ。ルドルフらしくはないが、逃げウマを気持ちよく走らせないための常套手段なのだけれど・・・

 

そんなルドルフの作戦は鎧袖一触で蹴散らされた。

 

信じられないほどのスタートからの立ち上がりで、あっという間にマルゼンスキー先輩はルドルフの手の届かない距離まで離れて行ってしまった。

 

やばいですわね・・・

 

先ほどのスタートの瞬間だけでもわかりますわ。あの人はマジで強い。わたくしはルドルフが鈴をつける事を予想して、その後ろの差し切れる位置に付けようとしたのですけれど、どうやら期待できそうにありませんわ。

 

爆発的な加速力ではないですわね。スタートの巧さが尋常じゃないんですわ。わたくし達が合図で力んだ時にはすでにスタートを切っていた。とんでもない集中力ですわ。

 

ルドルフなんて早々に鈴をつけるのを諦めて、足を溜める作戦のようですわ。流石にあいつは賢いですわ、恐らく最善のやり方でしょう。

 

こうして一緒に走ってわかる先輩の余りの強さにわたくしは考えていた。ここからのレースの組み立て方を。一瞬にして圧倒的に不利に追い込まれたわたくしに何か策はあるのかどうか。

 

・・・ありませんわね!手に負えませんわ!

 

正直打つ手がない。授業でも逃げウマの対応については習ったが・・・はっきり言って今の時点で全て破綻しましたわ。

 

逃げウマ潰しの常道は鈴をつける事。ペースを乱す事。そして垂れてくる終盤を差し切る事。なのですがあの人下がってくるんですの?

 

多分ないだろう。明らかに無理なペースなら減速してはくる筈ですが、先輩は今ただ気持ちよく走っているだけにしか見えませんわ。ペースを先輩に握られているのなら、対応に迫られる此方が潰れるのが早いかもしれない。

 

これが無敗の怪物マルゼンスキー・・・噂通りどころか想像を遥かに超えていますわ。このままだと地力の差ですり潰されますわね。

 

どうするか。どうしようもない。ならどうすんだよ。わかんねぇですわ!わたくしの最善策はルドルフの後ろに付けて脚を溜めておくことですが・・・

 

それが恐らく最善ですわね!ルドルフは勝負所を見るのが上手いですし、仕掛けた所を差すのが最短ルート。リスクゼロで勝負できますわ!

 

・・・・・・。

 

いよっし!わたくしは決めました。自爆覚悟の特攻を仕掛けますわ!

 

削り合いで負けるのはほぼ此方なのはわかり切っていますが、普通に走っても負けるのなら、リスクを取ってでも勝ちの目を大きくしなくては。

 

私の勝ちの目としてはまずここから全速力のスパートをかけてマルゼンスキー先輩に追いつく。そしてかからせて終盤までに潰す。ついでにルドルフもかからせて追いつかなくする。ブルーの対処は・・・追いつかれないように頑張る!

 

作戦とも言えない作戦ですが、今よりはマシでしょう!前にも似たようなことがあったような気もしますが、しょうがないでしょう。ミカドちゃんはまだまだ諦めないし!

 

きれいに走って勝てないのなら、泥仕合の末に全員溺死大作戦ですわ!はーいよーいスパート!

 

 




ここでミカドランサーちゃんのオリチャー発動です。
後ろで見ているブルーちゃん。前のミカドちゃんが自爆特攻見てドン引きですね。こいつまた特攻してるよ・・・賢さトレーニングしないから・・・。

でもまぁ那由多の彼方にしか勝機がなくても、やるしかないんですよ。正気じゃないですけどね・・・ふふっ。


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I'm just running in the 80's

若かりし頃のおハナちゃんよくわかんないので、勝手にテイストを考えます。実にうまテイスト。うまテイスト派はバ鹿だな。


わたくしはそれはもう全速力で足をぶん回していた。

 

レースは中盤という段階でわたくしは既にトップスピードに入りかかっていた。

 

先程驚いた顔のルドルフを抜き去り、少しずつ、少しずつですがマルゼンスキー先輩の背中が近づいていました。恐らく誰も予想しないであろう特攻じみたスパート。

 

もはやコーナーでもスピードは抑えない、明らかに外に膨らんででも速度を維持する。一度減速すればもう立て直せないでしょう。華麗と言っていいほど美しくコーナーを曲がるマルゼンスキー先輩を、まるでレースを知らない素人のように追う。

 

明らかに常軌を逸したロングスパートは今のところは順調に行っていました。このまま追いついて叩き合いに持ち込めば、作戦通りになるのですが・・・

 

 

それでもマルゼンスキー先輩には届かない。

 

 

マルゼンスキー先輩に追いつくためのラインが見えない。いや見えてたとしても、もはやラインをなぞることができない。

 

 

ストレートで距離をなんとか縮めても、コーナーを膨らむせいで思った以上に距離が詰められない。

 

消耗が激しい、だが息を入れるわけにはいかない。息を入れた瞬間ぶっちぎられる。間違いない。

 

わたくしは後半で潰れる。決定的にスタミナが足らない。夏休みの特訓で多少強化したがまるでお話にならない。このまま何もせず、何もできずに終わってしまう。

 

 

コーナーで・・・何かをしないとっ!なんともなりませんわ!

 

次のコーナーまでそもそもスタミナが持つかは考えない。もはやスタミナの心配をする場面は過ぎ去ったのだ。

 

行けるところまで行く。限界が来るまで脚を回す。ペース配分なんてない。死ぬ気で回す。いや死んでも回す。練習だからとかそういう言い訳はいりません。限界まで攻めると自分で決めたのですわ。

 

だが何かが足りない。スタミナでもスピードでもない、コーナーの差を埋められるだけの何か。そしてそれは都合よく自分の中には転がってはいない。

 

 

わたくしの中にあるのは覚悟だけだ。

 

 

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「概ね予想通りね・・・」

 

東条ハナは目の前で行われるレースを見ながら独白する。

 

新人達がもがいているのは、まるでマルゼンスキーが走った今までのレースのビデオを見ているようだ。

 

かつての競争相手も誰も彼もがマルゼンスキーに対抗しようと策を尽くした。尽くし尽きたと言ってもいい。

 

その上であらゆるレースを、競争相手を。練りにねった作戦もその全てを蹂躙して今のマルゼンスキーがある。

 

残酷なまでの才能の違い。実力を競うなら順当なまでに予想通りなのだ。

 

脚部不良という足枷さえなければ、世界を蹂躙すらできたであろうその才能。

 

鈴をつけようとしたのも、後ろ残りに期待して足を溜めるのも。自滅覚悟のロングスパートという思い切りの良さには驚いたが、結局その全てに意味がない。

 

マルゼンスキーは完成したのだ。とうの昔に。

 

 

「悔しいものね、何度見ても」

 

東条ハナは才能に溢れたトレーナーだった。トレーナーとして実力、新しい作戦を考えつく柔軟性。そして新人でありながら飛び切りの才能をもつマルゼンスキーを担当するという運も併せ持っていた。

 

彼女の風のように自由に駆ける姿を初めて見たとき、そのあまりの輝きに私の目は焼かれた。

 

そんな彼女の担当を新人トレーナーである私が勝ち取った時、私は飛び上がりそうなほど喜んだ。

 

色んな事を試した。自分の持ちうる全てを試した。最新の論文を読み漁ったし、先輩に頭を下げて教えを乞うた。海外から来ていたウマ娘に突撃して話を聞きに行ったことすらある。

 

そしてそれは彼女の為には生かせなかった。

 

彼女は生まれながらの強者だった。私がしてあげられることは僅かだった。1番の貢献は私が思いついた作戦をマルゼンスキーに伝えたことだろう。彼女の為の作戦ではない。マルゼンスキーの競争相手が勝つ為に何をしてくるかを考えるのだ。

 

私の思いついた作戦が、彼女が何も考えず自由に走るだけで蹂躙される。そして今は思いつかないのだ、いくら考えても。彼女に勝つ為の策が。

 

マルゼンスキーは完成していたのだ。私と出会うよりも前に。

 

彼女の力になりたかったはずなのに、私は必要ない。彼女の自由に走る姿に目を焼かれた私が、その彼女を汚すことしかできない。

 

それが悔しくてたまらない。

 

彼女はそんなことはないと言うだろう。そんなことは分かる。でも私はアイツみたいにはなれない。あの放任主義とも思えるアイツのようには。

 

私は弱い。能力も才能も、そして心も。彼女に頼られるのが嬉しいのに、いつもそれを叶えるだけの力がない。だというのに彼女を手放すという選択肢だけは取れない。

 

ダービーの時だってそうだ。夢見る舞台に立てずに彼女が悔しくて唇を噛み締めるのを慰めることしかできなかった。

彼女の同期が出るダービーが、世代で2番目を決めるレースと呼ばれているのを知って絶望した顔をしたとき、私は見ていることしかできなかった。

 

  

あの時だけだ彼女が弱音を吐いたのは。

 

『おハナちゃん・・・私、もう消えちゃいたい』

 

無力な私は何もできなかった。

 

 

あの時から彼女の何かが変わってしまった。ダービーの時期が来るたびに、時折何処かに消え去ってしまいそうな雰囲気をするようになった。

 

だから彼女の頼みは断れなかった。上から散々催促されてはいたが、チームを作るつもりなんて私にはなかった。少なくとも彼女が引退するまでは彼女だけのトレーナーとして専念するつもりだった。

 

だけどあの日、迷いの晴れたあの子の顔を見て私は決心した。

 

私たちのチーム。リギルは世界で1番のチームにする。誰よりも強い私のマルゼンスキーが誇れるようなチームにすると。

 

 

目の前で繰り広げられるレース。彼女が作るいっそ暴力的とも言える状況に何とか対応しようとする新人達を見る。

 

彼女は強い。貴方達が勝てなくても誰も責めないでしょう。

 

だからこそ足掻きなさい新人達。

 

万策尽き果てたとしても走りなさい。どれだけ離されてももがきなさい。たとえ勝機が万が一しかなくても、其れに賭けなさい。

 

そしてできることならーーー彼女を独りにしないで。

 

 

 

 

 

 




おハナちゃんトレーナーで半分以上消費とかまじかよ。レース終わんない。てかアプリから入った勢だから話し方よくわかんない。なのに何で東条ハナ出したんですか?でも最強パ組みたいし・・・。なら先にウマ箱買えよ。

おハナちゃんはこの時、自信喪失してますが実際はマジで有能です。マルゼンスキーが脚部に爆弾があるから、それに合わせたトレーニングとスキルで彼女をガチガチにチューンしてます。そのおかげで彼女は今も現役でいられるのに、いや彼女は最初から速かったんだとか的外れにも程がある。まだ彼女は若いんですよ。若さゆえの勘違いなんですよ。
上層部はそれに気付いているから、無理やりにでもチーム育成させて自信をつけさせようとしてるんですね。

あと気がついたらおハナちゃんトレーナー、マルゼンスキーガチ勢になってる!なんで!


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だからコーナーの余力を残しておく必要が、あったんですね

マルゼンスキーは10年に1人の天才です。なんだよこの作品10年に1人が多すぎる。ボジョレヌーボーかな?
今回は短めですね。通称メガトンコーナー回です。




初めはただの思いつきでしたわ。

 

快速にかっ飛ばすマルゼンスキー先輩に追いつくにはコーナーをなんとかしなければならない。

 

しかし内ラチ沿いを走ろうとしても身体が外に流されてしまう。

 

発想の逆転ですわ。コルペなんとかの回転ですわ。

 

もっと内側、つまり内ラチのさらに内側を目指して走れば遠心力なんかがうまいこと働いてなんやかんや結果的に内ラチ沿いに走れるのでは?

 

他人に聞いたら間違いなく正気を疑われる思いつき。ですがミカドちゃんは思いついたら即実行。わたくしの胴体は既に進行方向ではなく内ラチ側に向いている。身体が後ろに、コースの外側に向かって引っ張られる。

 

わたくしの歯車は空転する。足りないギアはそれ以外で無理やり補う。脚を回せ!覚悟を決めろわたくし!

 

 

とりぁぁぁ!と叫び声をあげながらの狂気のコーナリング。やりましたわ!なんかよくわかりませんが上手いこと曲がれてますわ!足の負担がかなりやばいですけど。もはや暴走を超えて自殺に近い曲がり方ですが、なんとかなりそうですわ!

 

すぐ横の内ラチがビュンビュンと後ろに吹っ飛んでいく。できうる限りの全速力でコーナーで追い上げ、ついにマルゼンスキー先輩を射程範囲に捉える。

 

ふふん。先輩振り向いてびっくりしていますわね。まさか追いつかれるとは思わなかったですの?

 

甘い甘すぎますわよ先輩、わたくしは不可能を可能にする。先輩は自分の同期相手に無敵を誇ったようですが、貴方の同期にわたくし達はいませんでしたよね?

 

mikado RancerのRは、最強神話のアールですのよ!あれ?Rでしたっけ?Lだったような?

 

ともかく!無敵vs最強・・・いい響きですわ!勝つのは最強。少年ジャンプにもそう書いてありますわ!

 

さあわたくしが潰れる前に叩き合いですわ!先にこっちがぶっ潰してやりますわ!

 

 

 

あっやべ、脚がなんかいきなりコントロールが効きませんわ!

 

あー!あー!思ったよりも攻めすぎ!このままじゃ内ラチに突っ込みますわ!あー!回避!回避ー!

 

殺人的カミソリカーブに失敗し、遠心力に負けたミカドランサーはぬわぁぁぁぁなんでぇぇえと断末魔を上げながら大外に流されて失速する。

 

内ラチ沿いから外に向かって弾き出されていくミカドランサー。その影から誰がが飛び出した。

 

ミカドランサーの後ろで足を溜めていたシンボリルドルフがマルゼンスキーに襲い掛かった。

 

 

---------

 

 

何をやっているんだアイツは・・・

 

はちゃめちゃな速度でコーナーを曲がろうとした挙句、大外に吹っ飛んでいくミカドランサーを見ながらシンボリルドルフは冷静に考える。

 

しかしミカドランサーが行った暴走は結果的にシンボリルドルフに利をもたらしていた。彼女に牽引される形で、シンボリルドルフは軽い疲労程度でマルゼンスキー先輩を射程範囲に捉えた。

 

 

安心しろミカド、仇は取る。

 

 

シンボリルドルフは体をさらに前に倒す。脚を広げて歩幅を拡張する。シンボリルドルフの全開走行時の走法だ。

 

シンボリルドルフが最も得意とする豪快なストライド走法。

キレのある加速力を犠牲に最高速を求める為のフォーム。

 

コーナーはどちらかと言えば不得手なフォームではあるが、ことシンボリルドルフにはそれは当てはまらない。

 

体の角度だけで重心と慣性をコントロールする。速度を殺さないように、いやむしろより速く走る為に。まさにシンボリ家の、シンボリルドルフの真骨頂。

 

シンボリルドルフはコーナーという弧線のプロフェッサーなのだ。

 

 

・・・ッ!!やはりキツイな。お婆さまの言った通り私にはまだ早かったか?だが・・・

 

 

先程までミカドは明らかな無理をしていた。圧倒的な格上相手の練習。負けてもしょうがないと諦めるのは簡単だが。それでも彼女は勝つ為に大きなリスクを取った。私は彼女のそういう所を心から尊敬する。

 

普段の振る舞いからは考えられない彼女の持つ勝利への執念。ああ本当に本当に・・・彼女は私の心を熱くする。

 

勝負の分水嶺はこの最終コーナーを抜けるまでだ。最終直線では恐らく向こうが圧倒的有利。だからそれまでは脚は緩めない。何があっても。

 

マルゼンスキー先輩がもはや手の届く距離まで近くに来ている。

 

 

いつまでも逃げられるとでも思ったのか?

 

勝負だマルゼンスキー先輩。貴方はここで捕まえる。

 

 

もはや逃げることは叶わんぞと言わんばかりに外から抜きにかかる。圧倒的な格上であろうと関係ない。私は貴方に勝つ。

 

歯を食いしばり汗が噴き出す。全身全霊の速度でマルゼンスキー先輩の横に並ぶ。前へ!前へ!ほんの少しでも前に!この人の前に!

視界が光に焼かれたような明滅し、頭の中がバチバチと音を立てている気がする。己の限界すら踏み超えてルドルフは雄叫びをあげる。

 

横並びになった内側のマルゼンスキー先輩を横目で見る。

 

 

えっなんで、笑って・・・?

 

 

最終コーナーが終わる。怪物はするりと抜け出す。

 

マルゼンスキーが加速する。

 

勝負は決した。

 

 

------

 

マルゼンスキー杯 トレセン学園 1600m 右

 

1着マルゼンスキー 1.35.4

 

2着シンボリルドルフ 4バ身

 

3着ブルーインプ 1バ身

 

4着ミカドランサー  2 1/2バ身

 

------

 

 

 

 

 




なんで?なんで?なんで?勝てないじゃーーーーん!
ミカドちゃん勝ちフラグ立てたし、ルドルフだって勝つ気満々だったじゃーーーん!
このやろう!先輩のステータスはイカれてるんじゃないだろうな!

ふぅすまない。私の可愛いミカドちゃん達が負けて取り乱してしまいました。ミカドちゃんがなにしたかっていうと、初心者がぶっつけ本番で慣性ドリフトかましてアンダー出ちゃって板金行きを想像してください。バカかと思いますが、それしか勝ち筋ないからしょうがないね。
でもレースにはなってたんですよ。デビュー前でマルゼンスキー先輩と勝負になるだけで異常なんですよ。

あとミカドちゃん。君の場合最強神話のRじゃなくてLだよ。でもその詠唱すると事故るからやめようね




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バブリーハウス

お気に入り100件記念!今日の二話目〜♪前話見てない人は戻ってね♡
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やあ、(´・ω・`)ようこそ、バブリーハウスへ。

この紅焔ギアはサービスだから、まずは喰らって大差負けして欲しい。
うん、「絶対に勝てない」んだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、彼女のステータスを見たとき、ミカドちゃん達はきっと言葉では言い表せない 「チョベリバ」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中でそういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思ってこのレースをしかけたんだ。

___________じゃあ、トレーニングしようか





こ、これ程とは・・・思いませんでしたわ・・・

 

干からびたカエルのように、わたくしはターフにべチャリと倒れ伏す。先輩と楽しくレースと思っていたのに、これじゃまるで殺戮ショーですわ。まさにボコボコですわ、ボッコボコですわ。

 

なぜか気分良くスキップでもしそうなほど上機嫌。そんなマルゼンスキー先輩とは対照的にわたくし達は全員ターフに倒れこんでいた。

 

普段は絶対そんなことをしないルドルフも仰向けに倒れ込み息をするだけで精一杯のようですわね。先輩に全ての力を振り絞らされましたわね。ブルーも最初はやる気ないような素振りでしたが、息切れの仕方から本気で走ったようですわ。

 

中盤まではなんとかなりそうな感じはありましたが、最終直線でマルゼンスキー先輩のスパートにグングン離されていった。前半でスタミナ削れていればここまでの差にはならなかったとは思いますが。もう終わってしまったレースの結果は変えられません。

 

マルゼンスキー先輩のトレーナー。なんてエグいことを教えてますの・・・垂れない潰せない逃げウマなんて悪夢と変わりませんわよ。

 

少なくともこちらの戦術は全て粉砕された。強制的に地力勝負に持ち込まれたのだ。先輩、デビュー前の新人に大人気なくないですか?わたくし泣きますわよ?ドン引きするくらい泣き喚きますわよ。

 

「おハナちゃーん!わたし勝ったわよー!」

 

こちらに歩いてくるおハナちゃんトレーナーに手を振るマルゼンスキー先輩。元気に振る舞う先輩はまるで童女のようですわ。

 

「大きな声を出さなくても聞こえている。いい走りだったぞマルゼンスキー」

 

当然っ!と言って胸を張るマルゼンスキー先輩。本当仲が良いのですね2人とも。先輩と話していたおハナちゃんトレーナーは、今度はこちらに向き直り話しかけてくる。

 

「君たちはどうだった?彼女の走りを間近で見て」

 

どうと言われましても・・・あー!悔しいですわ!めっちゃ悔しいですわよ!

 

「凄かったよ。怪物なんて呼ばれてるのは伊達じゃないんだね♡」

 

「ああ、正直どう走れば勝てるのか分からなかった」

 

素直に讃えるんじゃありませんわ!2人とも!

 

確かにわたくし達は紙一重で負けましたわ!

 

ですが!仮に負けたとしても、これは勝ちの途中ですわ!

 

見てなさいマルゼンスキー先輩!これからもっともっと強くなって今度はわたくし達が貴方をボコボコにしてやりますわ!

 

・・・なんですごい嬉しそうなんですの先輩?おーい?聞いてますのー?

 

 

-------

 

先ほどまで行っていた練習が終わり、私はトレーナー室で先程の3人の感想をマルゼンスキーと話し合っていた。

 

あの後3人組はマルゼンスキーのトレーニングに参加したり、レースの感想を話し合ったりとそれなりに実りのある時間を過ごせたはずだ。

 

 

「面白い子達でしょ?」

 

本当にそう思う。デビュー前とは信じられない内容のレースだった。体つきから本格化もまだなはずだ。トレセン学園に入学してまだ半年と経たないはずだ。

 

そんな彼女達がマルゼンスキーとレースができるはずがない。怪我しかねない全開のトップギアは封印していたとはいえ、予想を遥かに上回る健闘ぶりだった。

いやトップギアを封印していたというのは正しくないだろう。彼女はデビューから公式レースでトップギアを一度も使ったことがない。練習で1.2回使ったことがあるだけで、それ以降私の許可なしでの使用は禁止している。少なくとも彼女を本気にさせることが出来るウマ娘とは戦ったことはない。

 

トップギアなしでも今年のクラシック級でマルゼンスキーとの勝負の土俵に登れるウマ娘だけで一握りなのだ。勝てるウマ娘となると日本にはいない。

 

 

だがシンボリルドルフの最後の競り合いには舌を巻いた。冷静に俯瞰するようなレース運び、勝負勘の良さ。そして最後のコーナーでの粘り強さはマルゼンスキーにすらないものだ。おそらく本格化を迎えてもっと大人数のレースになれば、マルゼンスキーすら喰いかねない。

シンボリルドルフは世代最強と呼ばれるのは目に見えている。それに他の2人も明らかに同年代より頭2つ3つは抜けている。しかも私の見る限り3人とも伸びしろがかなりある。

 

・・・・金の卵というやつか。

 

「うーん。これは私もウカウカしてられないかも!」

 

こんなに楽しそうな彼女を見るのは久しぶりだった。走っている最中も楽しくて楽しくてしょうがなかったのは遠目でも良くわかった。

 

楽しそうね。そんなにあの子たちが気に入ったの?

 

「ええ!彼女達はきっとここまで来てくれる。そんな気がするの」

 

その予想は間違いではないだろう。あれほどの原石を磨けば、どれほどの輝きを放つのか想像もつかない。もし昨晩までの私にこの話をしても、絶対に信じられない話だ。マルゼンスキーにいずれ匹敵するであろう才能を一度に3人も見つけてしまうなんて。

 

マルゼンスキー。レース見学の件だけど、彼女達は次の予定は入っているの?

 

「まだ決まってないはずよ。どうして?」

 

あの子たちに言っておいて。貴方たちが望むのなら2週間みっちりしごいてあげるって。

 

私の言っていることを理解したマルゼンスキーは飛び上がりそうなほど喜んだ。

 

「モチのロン!バッチリ伝えておくわ!」

 

マルゼンスキーは嬉しそうに笑う。かつての陰は全くない。そうして彼女はご機嫌な様子でバイビーと言いながらトレーナー室を後にする。

 

 

1人きりになったトレーナー室。先ほどまでの騒がしさはない。

 

私も前に進まなくてはな・・・。チーム設立をするのだから、まずはここから始めよう。新人らしく一歩一歩。

 

新人たちの青臭さに当てられてすっかり思い出してしまった。初めてトレセン学園に来た日のことを。そう今の私の心はあの頃に戻っていた。がむしゃらにあの子と走った日々を。出来なくても出来る限りのことをする。どうして忘れてしまっていたのだろう。

 

きっとあの子も思い出したのだろう。夢を持ってターフを初めて踏んだ日のことを。後悔をするため振り返るのではなく、前に進むために後ろを振り返るようになった。どこか噛み合ってなかった私とあの子の歯車が、今日久しぶりにぴったりと噛み合った気がする。

 

 

まずは彼女達の教官からデータを貰おう。そう考えて私は席を立つ。

 

まったく、今日は長い夜になりそうね。

 

久しぶりの大仕事の予感に私は高揚感を覚えていた。

 

 

 




おハナちゃんの自己評価が低いのは、マルゼンスキーを追い詰めるくらいの強敵がいなかったからです。おハナちゃんの作戦立案能力が必要な場面が一度も来なかったんですね。作戦を看破して、適当に走るだけで勝ってくるとか怖い。
本気でレースに挑んだこのコンビはシンザン会長も勝てません。マルゼンスキーには頼りになる相棒と、作戦を遂行する為の頭脳、そして秘密のトップギアがあります。ただトップギアに入れるとそのかわりレース人生が終わってしまいます。ギアというよりレブリミットに近いですね。エンジンブローしてオシャカです。
少なくとも、このマルゼンスキーに作戦で挑んだ場面でほぼ負けなんです。ガチガチチューン済みサイレンススズカなら勝ち目はあります。どちらが先に逃げるかという作戦を投げ捨てた勝負だからですね。


そんなわけでレース回終了です。2章も終了です。次回エピローグ!プリン先輩の辛辣な狂言回しにご期待ください。


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エピローグなので、ミカドはプリンになるといいの

プリン先輩の辛辣な狂言回し難しい。短めですよ。

レオ杯ではボコボコにされました。すまないエアグルーヴ・・・全部俺が悪いんだよ・・・


「というわけでわたくしはマルゼンスキー先輩とこれから2週間、一緒に練習できるようになりましたの!」

 

パクパクなの。プリンはいつ食べても美味しいの。

 

「ちょっと!聞いてますの!?」

 

うっさいの。夜くらいは静かにプリンを食べさせて欲しいの。毎日毎日よくも飽きないの。飽きないのはプリンだけで十分なの。

 

「逆に貴方はプリンに飽きませんの?」

 

こんなに美味しいのに飽きるわけないの。

 

大体お前の話は毎日報告されてるわけだから、目新しいことなんてほとんど何もないの。正直お前の話の方が飽きたの。

 

「あ、飽きた!?」

 

ひどいひどいとバタバタする迷惑な隣人。埃がたつからやめるの。プリンに埃が付いたら、その数だけお前を引っ叩くの。

 

「ううう。じゃあじゃあ今日何があったか言えますの?!飽きたっていうなら当然言えますわよね!」

 

半泣きになりながら食ってかかってくるミカドランサー。はぁなんでプリンがそんなこと答えなきゃいけないの。

 

あのマルゼンスキー先輩を不用意に挑発して、ボッコボコのけちょんけちょんにされたの。その上レースで早じかけしてコーナーで逆噴射。無様な最下位になった話なの。

 

「言い方ァ!」

 

こいつは、あれはコーナーで滑ったのが悪いんですわ、あれがなければ1位でしたわ!と言う。幾らでも無駄な言い訳を考えるといいの、それで順位が変わるのなら安いものなの。

 

「ウグゥ・・・し、辛辣すぎません?もっと手心とかありませんの?」

 

年中喧しい迷惑な同居人のせいでストレスがたまってるの。そのせいでプリンの消費量が増えてるの。慰謝料にプリンを要求するの。

 

「それはその、申し訳ないですわ・・・」

 

それにしてもなんで懲りずにプリンに話しかけてくるの?バ鹿なの?いい加減学習してもいい頃だと思うの。えっお話したい?だから壁とでも話してろなの。

 

「壁と話してたら危ない人みたいでしょう?!」

 

だったら鏡と話すといいの。そうすれば目の前におしゃべりのお友達が現れるの。プリンはプリンを食べるのに忙しいから、おしゃべりが終わったら呼んでくれればいいの。

 

「それなんの解決にもなりませんわ。ほら、プリンも話したい事の一つや二つくらいあるでしょう?」

 

聞きますわよ!なんでもいいですわよ!と目をキラキラさせながらテーブルの向こう側から身を乗り出してくるミカドランサー。ええいうっとおしいの。

 

うーん、話したい事・・・そういえば一つあったの。

 

「聞きましょう。ほら遠慮なく!」

 

最近妙な奴に絡まれてるの。そいつプリンの話を全く聞かないの。そいつをどうしたものか最近ずっと考えてるの。

 

「むむむ。そいつ許せねぇですわね。トレセン学園トラブルシューターとしてわたくしが成敗してあげましょうか?」

 

はぁ・・・もういいの。今日は歯を磨いてもう寝ることにするの。

 

へっ?えっ?というミカドランサーを見ないものとして扱いながら、洗面台に向かう。

 

何故かついてきたミカドランサーと一緒に歯を磨く。洗面台に設置された鏡を指差してこいつに言う。

 

お前は知らないかもしれないけどこれは鏡というもので、自分の姿を写すものなの。

 

「流石にそれくらい知ってますわよ!」

 

そいつは驚きなの。見たことないのかと思ってたの。

 

 

 




2章終了です。2章開始時は時間を無理やり吹っ飛ばしてクラシックまで飛ばすつもりでしたが、よくよく考えればそんな焦る理由もないかなって。
確かに他のウマ娘も出したいですが、焦るこたぁない。書くのも見るのもゆっくり楽しめばいいんやな。


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03R テリブル!トラブル!トランプル!
リギル式ブートキャンプでYES以外言えなくなるんだよ♡なれ♡


新章開幕。まあだらだらと日常回ですね。リギルと一緒にトレーニング!


レッドアラート

 

その時わたくし達はターフにいた。マルゼンスキー先輩のチーム見学の一環として練習を見てもらっているのですわ。

 

「脚が止まっているぞ!やる気あるのか!」

 

はひっ・・・はひっ・・・。

 

最初は喜んだものですわ。トレセン学園のターフグラウンドをこれから2週間使い放題なんて、わたくし達には夢のような話ですもの。マルゼンスキー先輩さまさまですわとか3人で話あったのだ。

  

「あとたったの2セットだ!根性を入れて走れ!」  

 

ターフ使い放題だね。やったなミカド!と喜んでいたあの時のわたくし達、聞こえますか。わたくしは未来の貴方です。いいですか?その先は地獄ですわ・・・。

 

「あなた達の内、誰が一番の根性なしか確かめてやる!根性なしと呼ばれるのが嫌なら走れ!」

 

タスケテ・・・ダレカタスケテ・・・。

 

---------

 

 

わたくし達は今日もターフグラウンドに集合していた。今日から2週間マルゼンスキー先輩とおハナちゃんトレーナーの元でお世話になるのだ。

 

なんでも未来のトップチーム・・・を目指すリギルのトレーナーとしての訓練の一環らしい。本来チーム見学の見学者を本格的に練習に参加させる事は、あまり宜しくはないのだそうですが。昨日の内におハナちゃんトレーナーが手を回したらしい。

 

理事長から許可をもぎ取ってきたとおハナちゃんトレーナーは言っていたが、理事長ってそんなに簡単に会えるものなんですの?わたくし達からすれば雲の上の人なんですが。おハナちゃんトレーナー、貴方やっぱり新人詐欺なのでは?

 

そんなわけでわたくし達はおハナちゃんトレーナーのチーム練習の実験もとい訓練という形で練習に参加できるというわけですわ。方便にしか聞こえませんが、まぁわたくし達には得しかない話ですわね。

 

なんせ!ターフ!ああ麗しきターフグラウンドを自由に使えるのだ。この美しさすら感じる一面緑の平原が走り放題なんて、クラスメイトなら言ったら刺されかねませんわ!

 

わたくしだけではありませんわ!ルドルフは無表情を気取っていますが、尻尾は隠せていませんわよ。ブルーは・・・普通ですわね。まあこいつは林道フェチなので。

 

そう思っているとおハナちゃんトレーナーがやってきた。あれマルゼンスキー先輩は一緒ではないんですの?

 

「ああ、マルゼンスキーは少し遅れるそうよ」

 

ふーん、ていう事は開始時間はマルゼンスキー先輩が来るまでずらしますの?

 

「いやむしろちょうどいいわ。トレーニングをする時間の調整になる」

 

つまり、わたくし達は先にトレーニングを始めるのですね。今日は何をするのですか?

 

「いや、その前に貴方達に話しておかなければならないことがあってな」

 

?なんでしょう改まって。

 

「昨日ハチからあなた達のデータを預かってきた。なかなかいい成績を残しているようじゃない」

 

なんかいきなり褒められちゃいましたわ。なんだか照れますわねぇ。でもハチって誰ですの?聞いたことありませんわよ。えっ鬼教官!?あの人ハチって名前なのですか、犬みたいですわね。今度ハチ公とでも呼んでみましょう。

 

「普段行っている教官の実技授業も、あなた達なら軽くこなせるようじゃない」

 

そうですわよ。見ての通りわたくし達は優秀で他人の模範となる優等生ですのよ!もちろん実技の成績はトップクラスですわ!

 

「そこでデータを精査してみた結果、あなた達にはあの授業では負荷が足りない」

 

・・・・うん?なんかすっごい嫌な予感がしてきましたわ。

 

「そこで怪我なく効率的に、限界まで負荷をかけるトレーニングを昨晩考えてきた。今日の練習は普段の3倍きついと思いなさい」

 

・・・・・うーんちょっとお腹痛くなってきましたわ。

 

-------

 

走る。走る。ただひた走る。

 

おハナちゃんトレーナーがわたくし達に与えられたトレーニングメニューは、スタミナの強化を重点的に置いたものでしたわ。

 

全力坂道ダッシュ。回数・・・たくさん!

 

足に大きな負担を掛けずに、心肺機能を効率的に徹底的に苛めぬく。なんとも恐ろしい地獄のトレーニングですわ。あの人データ主義ぽい見た目なのに、これじゃデータ主義脳筋じゃないですか!ええいこのデータゴリラめ!わたくしを騙したな!

 

1往復ごとに僅かなインターバルと心拍数を計り、息が収まりきらない内に次の往復へと向かう。こ、これ精神的にもかなり・・・きっついんですわ!!

 

ずっーと代わり映えしない風景だし、わたくし昼ごはんを戻しそうですわ。こんなん苛めですわ!パワハラですわ!

 

「何度言ったらわかる!脚を緩めるな!」

 

う・・・ぐ、ぐぁぁぁぁぁああ!!

 

脚に力を入れてやけくそじみた加速を行う。が、すぐに失速する。悲しいかな。もうスタミナがありませんのぉ!

 

ブルーもルドルフもヘロヘロですが、わたくしはその中でも1番ひどい。わたくし1番スタミナが劣ってましたのね・・・・。

 

「ほら走れ根性なし!1番の根性なしはお前かミカドランサー!!」

 

足りないのはスタミナであって、根性ではありませんわよ!と返す元気もない。もう息が上がってしまって、声が出ない。なんとか頑張って速度を戻す。

 

タスケテ!ダレカタスケテ!

 

--------

 

あーわたくしはーとってもつよいうまむすめー。

 

わたくしつよい。れんしゅーがんばる。もっとつよい。

 

「はいお疲れ様!スポドリ飲む?」

 

わぁいありがとーまるぜんすきーせんぱい。すぽどりおいちー。ごくごく。

 

・・・・ぷはぁー!わたくし死ぬかと思いましたわ!危ないところでしたわ、じいちゃんが川の向こうでこっちこいよって言ってましたわ。じいちゃん生きてますけど。・・・じゃああれ誰ですの?!

 

「大袈裟ねぇ」

 

クスクスと口元を隠すように笑うマルゼンスキー先輩。わぁ可愛い。

 

そうしていると先輩は今度は近くでぶっ倒れてるブルーの方に近づいていった。わははブルー、普段とは大違いですわね。カメラがないのが残念ですわ。

 

ルドルフはしんどそうですが、まだぶっ倒れる程ではないらしい。こいつわたくし達の中でいちばんスタミナがありますからね。

 

それにしてもこんな強度のトレーニングを上級生はみんなこなしてますの?えっ、なにそれこわい。トレセン学園は地獄か何かですの?

 

「そんな訳ないだろう。クラシック級のウマ娘でもこんなトレーニングはしない」

 

えー!じゃあなんでわたくし達だけこんな地獄巡りさせられてますの!説明を!説明を要求しますわおハナちゃんトレーナー!

 

「貴方がマルゼンスキーを倒すと言ったんでしょう。マルゼンスキーを倒せるだけのトレーニングだと最低でもこのくらいのものになるわ」

 

まさかの下限でこれですの!?ほ、本当にここまで必要なんですの?ちょっと盛ってたりしませんか!

 

「必要よ」

 

・・・そっかぁ、ひつようかぁ。

 

それなら・・・しかたがないですわねぇ・・・。

 

 

 

 




鬼教官のハチって名前はあだ名です。鬼教官は以前プロットのままゴミ箱にぶち込んだ、いつか書こうと思っていた別のウマ娘作品の登場キャラクターを再利用しただけです。深くは掘り下げる予定はありません。

本名はエイティーファイブです。自分より速い姉エイティーシックスがいる設定です。
タイトルは忠犬ハチゴーになる予定でした。忠犬ハチ公ならぬハチゴー・・・ふふっ。

一発ネタとしては面白そうだよね。彼氏の名前はきっとイツキなんだ。エイティーシスターズの遅い方とかバカにされてグレていた所を、新人トレーナーのイツキの真っ直ぐさに絆されて一緒にトゥインクルシリーズを駆け抜けていくんだ。みんなはエイティとかハチとかファイブって呼ぶんだけどでもイツキだけはハチゴーって呼ぶんだ。イツキ以外がハチゴーって呼ぶと怒るんだよ(早口)
不良になりきれない不器用で優しいハチゴーちゃん可愛い!ねえ誰が書いてお願い!じゃあなんでゴミ箱にプロット捨てたって?私はラブコメなんて書けねぇ!


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いいこと思いつきましたわ!Ever Green Familiar 略してE.G.Fですわ!

E.G.Fはみんなの大好きな緑の服を着た事務員の為の組織ですわ!さあみんなでE.G.Fを讃えましょう!エヴァグリィィィィン!


「新学期早々、おもし・・・興味深いことになってるようだね」

 

シンザン会長、いま面白いって言いかけませんでした?

 

「あっはっは。言ってないとも」

 

新学期から数日経ち、ある日の昼休みにわたくしは生徒会室にいた。今日は珍しくわたくしだけだ。お茶請けのどら焼きを味わいながらシンザン会長の言葉に耳を傾ける

 

「いやぁ、マルゼンスキーもハナトレーナーも充実しているようで何よりさ。特にマルゼンスキーは最近気落ちしてたからね」

 

そうなのですか?そうは見えませんでしたが。

 

「そうだとも。是非とも彼女達とは今後も仲良くしてあげて欲しい」

 

言われるまでもなくそのつもりですわ。わたくしあの2人のことすっごい気に入ってますの。地獄のトレーニングメニューは勘弁願いたいですけど。

 

今日の放課後もわたくしは地獄に付き合わなくてはならないのです。もはや地獄に指定席があるのですわ。

 

いや断っても良いのですが、マルゼンスキー先輩もおハナちゃんトレーナーも善意でやってくれているのは痛いほどわかるんですわ。

基本的に暇なわたくし達と違って、あの人たちはそれはもう忙しいのに自分の時間を割いてくれているのですから。

 

それを無碍にするのは・・・わたくしのスタイルじゃありませんわ!しんどいのは嫌ですけど!優しくして欲しいですけど!

 

「・・・・そういう所なんだろうね」

 

何故かシンザン会長が少し寂しそうな顔をしている。全然似合いませんわよ会長。スマイルスマイル!しょぼくれたっていいことなんて何もありませんわ!笑うカードに福きたるといいますからね!

 

「それは笑う角に、じゃないのかい?」

 

そうとも言いますわね!

 

それはそうと何故わたくしだけ呼び出されたのですか?わたくしにトレセン学園の次期生徒会長になって欲しいという話ならお断りですが。わたくしは自由を愛していますので!

 

「いやぁ。流石にトレセン学園を無法地帯にする気はないよ」

 

そう言われるとなんか腹立ってきますわね。人をアナキスト呼ばわりはいけませんわよ。

 

シンザン会長は笑っている。うん!やっぱり笑顔が1番ですわ!

 

それで、そろそろ呼び出しされた理由を教えてもらってもよろしいですか?

 

「ああそうだね。君との話は退屈しなくて名残惜しいけど」

 

こほんと咳払いをして真剣な顔をする会長。わたくしも思わず背筋が伸びる。

 

「実は君に折り合って頼みがあるんだ。僕もちょっと参ってしまっていてね。実はーーー」

  

 

------

 

理事長の娘さんが数日間学園に来るから面倒を見て欲しい?えっ、なんでわたくしが?

 

「いやそれがよくわからないんだ。娘さんからの直接のご指名らしくて、理事長から頼まれてしまってねぇ。あの人娘さんには甘いから参っちゃうよね」

 

まぁ僕も娘さんには会ったことないんだけどね。とシンザン会長は続ける。

 

流石に会ったこともない人に指名を受けるほど、わたくしはそこまで人気者になった覚えはありませんが。詳しく説明してもらえます?

 

「勿論そのつもりなんだけど・・・」

 

シンザン会長は急に言い澱む。どうしましたの?何かありましたの?

 

「いや、説明のために来るはずの人がまだ来ていないんだ。あの人時間にはしっかりしているはずなんだけどなぁ」

 

忙しい人だから仕方のないことなのかもしれないねとシンザンの会長は言う。えっとつまり現状わたくし達は待ちぼうけな訳なのですか?

 

「そうとも言うね」

 

そうですか・・・どら焼き、もう一つ頂いても?

 

「うんいいよ。いくらでも食べて構わないとも」

 

 

 

そうして昼休みも半分が過ぎ、5つ目のどら焼きを食べていると、唐突に生徒会室にノックの音が響く。よーやくですのね。待ちくたびれましたわ。

 

そうして入ってきたのはなんというかその、緑の人ですわ。あっ?・・・そういうとガチャピンのことみたいですわね。

 

「す、すいません。急な用事が入ってしまい遅れてしまいました」

 

急いで来たのでしょう。少し髪が乱れている。まぁわたくしは美味しいどら焼きが沢山食べられたので遅れてきたことは別に構いませんわ。シンザン会長も気にされてないですし。とりあえず自己紹介話する。

 

はじめまして、わたくしミカドランサーですわ。何やらわたくしに用事があるようですが、まずは座ってお茶でも飲みません?このどら焼きもすごい美味しくてオススメですわ。

 

勝手ながらどら焼きを勧める。緑の人はちょっと戸惑ったようにわたくしとシンザン会長を交互に見る。やがて消え入りそうな声で失礼しますというと、彼女は席についた。

 

------

 

理事長秘書を名乗った緑の人、駿川たづなさんがお茶を飲んでようやく落ち着いて来ましたわ。まぁ人を呼びつけて自分は遅刻してしまうなんて、焦る気持ちは・・・よくわかりませんわね。わたくしも何度かやったことありますし、謝ったらノーカンでしょう。ですので気にされなくても大丈夫ですわ。

でもルドルフは許してくれないのですよね。ブルーもニコニコしながら脚踏んでくるし。

 

改めてたづなさんを見る。顔立ちは紛れもなく美人さんですわね。緑色の目立つ制服に帽子、スタイルの良い身体。振る舞いはしっかりとしてそうなのに、同じ美人でも微妙に脇が甘そうなところがおハナちゃんトレーナーとは違いますわ。うん!モテそうですわね!

 

私の視線を知ってから知らずか彼女は持っていた湯飲みを脇に置くと、今回の仕事についての話を始めましたわ。誰にも話しちゃダメですよと念を入れてから、彼女は話しだす。

 

「実は数年の内に理事長が退任する予定なんです」

 

えっ。そ、それってわたくし聞いてもいい話なんですの?シンザン会長?わっすごいびっくりした顔してますわ。

 

「・・・僕、初耳なんだけど」

 

マジですか。これ多分この部屋の外には漏らしたらダメなやつですわよね。何故急にそんなことになりましたの?病気にでもなったのですか?

 

「いえ。理事長は元気なんです。むしろ元気すぎるくらいなんです」

 

たずなさんは少し遠い目をする。あっこれ普段から振り回されてるやつですわ。貴方も問題児には苦労してますのねぇ。

 

「国外重賞レース制覇の下地作りに、海外のトレーニングセンターやレースの長期視察に行く為なんです」

 

確かにわたくし達は国外レースになかなか勝てていませんものね。いずれわたくしも世界に挑戦するつもりですから頑張って欲しいものですわ・・・それにしてもすごい精力的な方なのですね。わざわざ自分で足を運ぶだなんて。

 

「はい。ですので後継として理事長が後任に指名しようとしているのが・・・」

 

なるほど話が繋がりましたわ。娘さんを後釜に据えようと思ってますのね。

 

なるほどお世話と言うから身辺警護とか給仕でもやらされるのかとは思ってましたが、要はトレセン学園を見て回る為の案内役ということですのね。何故わたくしが指名されたのかは未だに謎ですが。

まあわたくしは顔はそれなりに広い方だし、奉仕活動のおかげで施設にもそれなりに詳しいとは思いますので適任かもしれませんわね。・・・・シンザン会長、これって学園奉仕になりますの?

 

「まあなるんじゃないかな?学園の運営に関わることだしね」

 

ふぅむどうしたものでしょうか。要は案内役になって数日過ごせば良いのでしょうが・・・そうだいっそ友達になってしまいましょう!そうしましょう!

 

シンザン会長、たづなさん。一つだけ条件がありますわ!

 

今回はお金は要りませんわ。お金のために誰かと友達になるのはポリシーに反しますので!

 

たづなさん。とりあえずその理事長の娘さんの名前を教えてもらっても良いですか?

 

ん?秋川やよい?どっかで聞いたことある名前ですわね・・・。

 

 

 

 

 

 




E.G.Fとか絶対碌な考えじゃないよ・・・ミカドちゃんのアイデアロールの出目が完全に腐ってんよ。

そんなことしたってガチャ結果はよくはならないよ!諦めて石は貯金に回そうっ!なっ?なっ!?


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猫はどこだ、猫はいますか、猫はいます。

激アツ少女、襲来!


それから数日が経ち土曜日、学園はお休みですがわたくしは学園の小さな談話室にいました。理事長の娘さんが今日わたくしに会いに来るのですわ。

 

それにしても了解を取って数日で来るなんて本当に急な話ですのね。もうちょっと後の話しかと思っていましたわ。

 

そんな日の朝早く、理事長の娘さんがわたくしより少し遅れて談話室へとやってきた。

 

「感謝ッ!急な申し出を受けてもらって助かる!ありがとうミカド!」

 

感謝と書かれた扇子をバサリと広げ、わたくしよりも随分小さい身長ながら威風堂々と振る舞う少女。

 

菫色のフリルの入った洋服。白いラインの入ったオレンジ色の髪に、リボンのついた幅広帽を被っている。その上には何故か・・・ネコチャン!!ああ猫ちゃん可愛いですわねぇ!!

 

理事長の娘であるらしい彼女はものすごく豪快で快活な気質で、走り出したら止まらない性格なのですわ。おそらくわたくしを案内役に指名したのも数日前に思いついたのでしょう。それにしても・・・

 

わぁやっぱり、理事長の娘ってやよいちゃんでしたのね。そりゃわたくしが指名されるわけですわ。以前からの顔見知りで友達ですもの。

 

あの時会ったのは夏休みの中頃ですから・・・大体一月ぶりくらいでしょうか?元気そうですわね。頭の上の猫ちゃんも変わりがないようで。

 

「壮健ッ!君も変わりがないようで何よりッ!」

 

それにしてもなんかすごい前のような気がしますわねちょっと前なのに。猫ちゃんを探してトレセン学園の中を走り回るなんて、なかなかない機会でしたわ。あの日の貴方の顔はいつ思い出しても受けますわ。しおしおになってましたもの。

 

あの日は夏休みのトレセン学園、しおしお顔で1人でとぼとぼ歩いていたのをわたくしとブルーが捕まえたのですわ。なおルドルフは実家で灰色の夏休みを満喫していたので居ませんでしたわ。

 

夏休みで人の少ないトレセン学園に、明らかに生徒ではない少女が歩いていたら、わたくしなら声の一つもかけますわ。なんせかんかん照りのクッソ暑い日でしたので。

 

その日もやよいちゃんは帽子をかぶっていましたが熱中症になったら大変ですものね。汗だくで顔が赤かったし声をかけてなかったら大変なことになっていたかもしれませんわ。

 

なんでも連れていた猫ちゃんが大きな音に驚いて何処かに走り去ってしまったそうなのだ。突然のことで、追いかけようとした時にはもう行方がわからなくなってしまったのですわ。

 

そんな事情を聞いたわたくし達が猫ちゃん大捜索包囲網を引いたのだ。帰郷してなかったクラスメイトや合宿に行けず暇そうな先輩方、トレセン学園の職員までを巻き込んでの大騒動となった。今思えばお祭りみたいなものでしたわ。まさか猫ちゃんがあんなところにいたなんて思いもしませんでしたが。

 

まあ居なくなった猫ちゃんをずっと1人で探して歩き回っていた少女が、まさかまさかの理事長の娘さんだったのは、このわたくしの慧眼をもってしても見抜けませんでしたが。

 

「謝罪ッ!あまり学園内では目立たないようにしようと思っていた!」

 

わぁ手遅れ。わたくし達すげー目立ってましたわ。なんせ100人規模で動いたのですから。最後に大騒動の引き金になった猫ちゃんを抱えたやよいちゃんを中心にみんなで写真を撮ったのだ。

 

わたくしの部屋の壁に掛けられたコルクボード、そのボードの目立つところにピンで貼り付けた1枚の写真。全員汗だく泥まみれの集合写真ですわ。クラスメイトのカメラマニアの子がすごくいい感じに撮ってくれたわたくしお気に入りの1枚。あの子みんなにも配ってましたし、多分みんな覚えていますわよ。

 

「うむッ!私にとっても大切な思い出だ」

 

私も部屋の写真立てに入れているぞッ!というやよいちゃん。今度カメラっ子ちゃんに伝えておこう。多分すごい喜びますわ。

 

 

---------

 

 

施設案内とのことですが、わたくし何をすればいいのでしょうか。普段使う設備でも紹介すればいいのですかね?

 

「要望ッ!出来る限り生徒や施設員に近い話が聞きたい!」

 

なるほど、学園の生の声を聞きたいのですわね。確かに理事長になると忙しいらしいですし、なかなかそういう機会がありませんわね。現理事長もあまり理事長室から外には出られないそうですし。役職のない今のうちにやっておくのは賢いかもしれませんわね!

 

うーん、そうなるとやはりアレになるのでしょうか・・・

 

「アレとは!?」

 

わたくしとブルーそれともう1人で、シンザン会長から頼まれて生徒会直属の御用聞きのようなものをしていますの。生徒会室前に設置した要望箱に寄せられた内容を解決する便利屋もといトラブルシューターですわ。

 

少なくともその要望箱には学園の目の届かない細かい不満とかがギッチリ詰まっていますの。それに一度目を通すといいかもしれませんわね。とはいえ次期理事長が解決するような大きい仕事はないとは思いますが。

 

「・・・了承ッ!素晴らしい案だミカド!小さな不満でも学園に寄せられた声は無視する訳にはいかない!」

  

バッと扇子を広げ得意げな顔をするやよいちゃん。扇子にはいつのまにか承認と書かれている。いつのまにか持ち替えたのかさっきと文字が変わっている。

 

うーんそれにしてもやよいちゃん、結構気負っていませんかね。少し気がかりですわ。もっとゆるーく構えてもいいと思いますけど。就任前からそんなペースだと持ちませんわよ。

 

ともかく今日はリギルの地獄の練習はお休みですし、トレセン学園トラブルシュートの日にしましょう。久々に3人で問題を解決するのも悪くありませんわ。いややよいちゃんも入れれば4人ですわね!

 

あいつらを呼びましょうそうしましょう!そうと決まれば電話をかけますわ。

 

それにしてもちょうどいい機会ですわ。ちょうど貴方に紹介したい子がいましたの。御用聞きの3人目の子は、貴方と似たような夢を持っていますの。

 

「驚愕ッ!本当かミカド!」

 

目を見開きびっくりするやよいちゃん。まあそういう反応ですわよね。なぜかわたくしの周りにはああいう夢を持つ奴が集まるみたいですの。

 

シンボリルドルフというちょっと変わった奴ですわ。多分やよいちゃんと気が合うと思いますわ。

 

 

 




秋山やよいちゃんに登場していただきました。彼女は今は理事長職ではありません。

一応2章の「ああ、皇帝陛下!お許しください!」で猫探しの前振り書いておいたんだけど、伏線というよりは猫探し回がボツになって設定だけは生きてるだけなんです。

オリキャラを大量に投入しなくてはいけなくなってしまったのでね。僕には話を制御できない。


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御用聞き改めである!神妙に要望書を出せ!

実は第3章にはレースの予定はありません。あってもあっさり。
3章は学園コメディ回なんですね。日常から感謝祭くらいまでじゃないかなぁ。感謝祭はオールカマーとかぶってるらしいから9月終わり頃ですね。


新入りトラブルシューター4人目となったやよいちゃん。とりあえずいつもの面子を電話で呼び出す。プルルルル。ガチャ。ゴニョゴニョ。ガチャリ。

 

そうして40分もするとルドルフとブルーが来ましたわ。おっそいですわよ!貴方達一体どこほっつき歩いて・・・あれ?なんか不機嫌ですわね?何かあったんですの?2人ともなんというか・・・威圧感がありますわよ?またわたくし何かしちゃいました?

 

「朝一から限定ケーキの列に並んでたんだよ♡」

「・・・・・・」

 

えっ!ずるい!なんでわたくしも誘ってくれませんの!!わたくしもケーキ食べたい!

 

「お前は今日は外せない用事があると言っていただろう」

 

ルドルフが少し苛つきながら話す。そうでしたっけそんなこと言ったかな・・・そうですわね!そう!そのことで2人を呼んだんですわ。ケーキなんて食ってる場合じゃありませんわよ!今日はトラブルシュートの日ですわ!!

 

「・・・今日はね?久々に学園も休み、練習もハナトレーナーから言われて完全休養日で禁止だからさ♡ご褒美にあまーいケーキを食べようって思ったんだ♡」

 

「ああ、ブルーも私もとても楽しみにしていたんだ。お前も誘ってみんなで並ぼうとしてたんだ。来られないのは仕方がないからお前の分も買おうとした所に、急用とのことだから諦めて急いで来た」

 

 

・・・・・わたくしは都合が悪いことは聞こえませんので!ほら耳がペタンてなっているので聞こえまいだだだだだ!耳を引っ張らないでぇ!!取れちゃう取れちゃう!わたくしの耳なくなっちゃうぅぅ!

 

悪魔2人組による圧政により沙汰が降る。ああなんと哀れなミカド!わたくし可哀想!なのでやめてくだい!お願いします!

 

耳を引っ張らながら謝り倒し続ける。そのうち満足したのか2人の魔の手から解放される。酷い目に遭いましたわ・・・。

 

「ところで、そろそろその子を紹介してもらえないか」

 

ルドルフが置いてきぼりになっていたやよいちゃんの方に目を向ける。そうですわね、そろそろ紹介しないと話がいつまで経っても進みませんわ。

 

「あっやよいちゃんだ♡」

 

久しぶり〜♡と挨拶するブルー。えっ知らないの私だけ?という顔をしているルドルフが不憫なので、そろそろ紹介をする。

 

彼女は秋川やよいちゃんですわ。学園の職員の娘さんでここ数日わたくしが預かることになりましたの!ということで彼女をつれて学園を探検しつつ、トラブルシュートを一緒にしようという話になりましたの。

 

友達になったのはちょうど貴方がちょうどくらーい夏休みを送っていだだだだ!耳はやめてください!痛い痛い!

 

話が逸れそうになったのを察したルドルフにより速やかに話は修正される。アームロックよりマシですが、ウマ娘の耳は敏感なんですのよ!もっと優しく扱って欲しいですわ!

 

「お前に他人の面倒を見れる甲斐性があるとは思えないが、とりあえず話はわかった・・・秋川やよいちゃんだね。私はシンボリルドルフだ。初めまして、コレが迷惑をかけてないかな?」

 

コレ呼ばわりされるわたくしに対する態度と違い、ルドルフはやよいちゃんにはものすごく丁寧に接している。膝をつき目線を合わせて自己紹介をする。

 

ルドルフ、その子次期理事長なんですよ。と心の中で告げる。口には出しませんけど・・・すごい言いてぇですわ。どんな顔するのか見たいですわ!でも内緒って約束しましたからね。

 

-------

 

『提案ッ!今から来る者たちには、私の立場は明かさないで欲しい!』

 

ん?なんでですの?次期理事長として振る舞うのでは何か不都合でもありました?

 

『配慮ッ!私は学園の生の声が聞きたい!畏まられては本末転倒!だから頼む!』

 

なるほどそういうことですの。構いませんがわたくしには明かしても良かったのですの?

 

『杞憂ッ!君はそういうことで振る舞いを変えられないだろう!ブルーにではなくミカド。君にこの依頼をお願いしたのはその為なのだ!』

 

なるほど!なるほど?それってわたくしがフォーマルな対応ができないと言ってますか?・・・なんですのその意味深な笑みは!どういう意味ですの!やよいちゃん!

 

-------

 

ああうん。確かにルドルフみたいな対応は私には・・・厳しいですわね。なんていうかルドルフ慣れてますわね。凄いかっこいい大人ムーブしてますわ。そりゃ本人は気づいないけど影でキャーキャー言われてるだけはありますわ。何故か秘密のファンクラブまでありますからねルドルフ。

 

何を隠そうわたくし、ファンクラブにルドルフの写真をたまに流していたりしますの。わたくしはクラブメンバーではありませんが、それなりにファンクラブメンバーとはいい関係を築けていますの。

 

みんな凄いいい子ばかりでネットに流さないと約束をしてくれましたし、危ないことをするわけでもないのでばれても問題はないと思いますがルドルフには黙っていましょう。

決してお礼にウマチョコを貰ったのがバレたらめんどくさそうだなと思っている訳ではありませんわよ?

 

 

ちなみにわたくしにはファンクラブは・・・ないですわ。一体何が違うのでしょうか?ブルーもファンクラブはないはずですけど、もしあったらわたくし立ち直れないかもしれませんわ。

 

そんなことを考えていると、自己紹介が終わったのかルドルフが立ち上がっていた。やよいちゃんのあの話し方にも順応してますし、やっぱり相性は悪くありませんのね。

 

「ミカド。トラブルシュートをするとのことだが、具体的には何をする。もう決まっているのか?」

 

まだですわ。とりあえず要望書から適当なのを見繕おうと思いますの!はいコレ!よいしょっと!

 

テーブルの上に先程生徒会室の前から回収してきた要望箱を置く。相変わらずぎゅうぎゅうで要望書がたっぷり詰まっていますわ。わぁやよいちゃんドン引きしてますわね。

 

「驚愕・・・ここまであるとは思わなかった!全部は解決できるのか!?」

 

細かい不満や些細なこともありますので、そこまでではないですわよ?なかには悪戯で書かれたものや大喜利もありますし、生徒会長に対するレースの挑戦状とかもありますのよ?

 

「ていうかまた増えてない?前かなり減らしたのに・・・」

 

消したら増えるのは世の真理ですわよ?一つづつ解決しててもラチが開かないのはもう仕方がないのですわ。そもそもわたくしたち3人に対して生徒2000人、職員合わせるともっと多いのですから。早くこの箱を救出しないと、要望書で内側からパーンですわね!

 

わたくしの言葉でみんな要望箱を見る。要望箱はハヤクタスケテ・・・オネガイと言っているような気がしましたわ。

 

 

 

 




実は3人娘は全員ファンクラブがあります。ミカドちゃんは気づいてないだけです。
ルドルフファンクラブは生徒会ファンクラブと兼任の人が多いんで、頭数が多いんです。
ミカドちゃんのファンクラブメンバーはルドルフのとは比べられないくらい少ないです。ブルーもね。ただマイナーファンクラブは少数先鋭で質が高い!

ああ、バ可愛いミカドちゃんを遠くから愛でる会のファンクラブ会長になりたい人生だった・・・


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ファッキンホット!逆流!バーニャ!!

女4人、蒸し風呂・・・何も起こらないはずもなく・・・

そんなわけでトラブルシュート。箸休めにただのパロディギャグ回です。


ひとまず4人で要望書を整理する。全部は無理なので手早く済ませることができるものや、緊急性の高そうなものから始末していくこととなった。

 

とりあえず談話室のテーブルに要望書を並べて、それとみんなで睨めっこな訳ですわね。

 

「ブフッ」

 

なんですのルドルフいきなり吹き出して、何か面白い内容でも書いてましたの?

 

「い、いやうん。なんでもない・・・」

 

変なやつですのねぇ。それにしてもたまに面白い大喜利を書いている要望書がありますけど、コレ誰が書いたんでしょう暇なのですかね?ゲッ、定期的に入っている謎の怪文書もありますわね。こいつはシュレッダー行きですわ。

 

・・・クソ寒いオヤジギャグも入ってますのね。なんですのコレ、『寮母の容貌に関する要望書』って。コレ書いたやつシベリア送りにしてやりますわ。延々木の数でも数えてれば寒いギャグなんて言えなくなるでしょう。

 

「んー♡コレなんて面白そうじゃない?」

 

そう言ってブルーが机の真ん中に要望書を置き、みんなでその紙を覗き込む。噂の調査・・・へーなかなか面白そうですわね。採用!

 

そうやって互いに確認しあっていると、大体10枚ほどが決まった。あまり多すぎても処理しきれないですし、ちょうどいい塩梅ですわね。じゃあ外回りしながら解決していきましょう!

 

 

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1枚目『マシントレーニング用機器が明らかに壊れているので直して欲しい』

 

というわけでやよいちゃん。ここがトレセンの室内スポーツ設備ですわ。それにしても何度見ても凄いマシンの数ですわね。

 

雨の日はみんなここを利用するので、人気のマシンは取り合いになるのですわ。例えば今あのウマ娘が悲鳴をあげながら走ってるあれとか。

 

「疑問ッ!やたらと黒色だが、それ以外は普通のトレッドミルなのでは?」

 

チッチッチ甘いですわよやよいちゃん。あれはトレセン学園のスリルジャンキーウマ娘に愛される、明らかに違法改造されたモンスターマシンですわ。

 

なんでも学園OBで、今トレーニング機器の研究を行なっている方から寄贈されたものらしく。一般に流通しているウマ娘用トレッドミルよりも遥かに高性能なのですわ。

 

なんせ最高時速が通常のものの3倍は出ますので。しかも少しずつ速くなるので、最終的に後ろに吹っ飛ぶんですわ!噂ではではトレッドミル型すりおろし機とかウマ娘グラインダーとか、限界速度試験機とか呼ばれているらしいですわ!

 

「・・・それ、怪我するんじゃないのか?」

 

そこは大丈夫ですわ。足がついて行かなくなったら後ろのマットレスに叩きつけられるんですわ。ほらそろそろ・・・あっ断末魔をあげながら吹っ飛びましたわ!相変わらず面白いですわね!

 

「一体何処のバ鹿が、こんなもの寄贈したのかな♡」

 

頭おかしいんじゃない?とブルーはドン引きしていますが、わたくしはそうは思いませんわ。やはりどんなものでも尖った性能のものはいいと思いますわ。

 

吹っ飛ぶ前に前面コントロールパネルの停止ボタンを押さないと、悲鳴をあげながら走らなくてはならなくなりますの。途中から停止ボタンを押す余裕すら無くなりますので!そのギリギリさが楽しくて楽しくて。

 

確かこの機械の名前はえーと、カステラ、でもなくてアルビノだっけえーとえーと・・・そう!アスパラ機関のフラフープという名前でしたわ。確かきっとメイビー!

 

「側面にはアスピナって書いてあるよ♡」

 

きっとスペルミスですわね!

 

「どうやらあのマシンが依頼のものらしいな」

 

えっルドルフ!あれは壊れているんじゃなくて、仕様なんですわよ!明らかにオーバースペックですが、別に壊れているわけでは・・・

 

「撤去ッ!」

 

そんな!あれ一番面白くて人気なのですわ!撤去はあんまりですわ!あれがないとわたくしどの機種で練習すればいいんですの?!

 

そうやって縋り付いて交渉して、なんとかデチューンして、さらに厚くて高性能なマットレスにすることで抑えてもらう。コレで安全ですわね!ヨシッ!

 

 

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2枚目「チームルームのエアコンを直して欲しい」

 

うーんこれ、わたくしたちの手におえますの?わたくしエアコンなんていじったことありませんわよ?

 

「しかしこの暑さでエアコンなしはきついだろう」

 

確かに9月でもまだまだ暑いですものね。このチームの人たちは一体どうやって過ごしているのでしょうか?まさか気合で耐えてるわけじゃないですわよね?

 

「流石にそれはないんじゃないかな。死んじゃうよ♡」

 

ですわよね。トレーニング終わりのミーティングをサウナの中で過ごすようなものですもの。早くなんとかしないと可哀想ですわ。問題のチームルームは・・・・あのプレハブ小屋ですわね。コンコン失礼しまーすって熱ッ!!

 

「驚愕ッ!部屋の中が熱い!」

 

「なんでこんなに熱いんだ!」

 

熱い!暑いんじゃなくて熱い!ちょっと異常すぎますわ!部屋の中を見ると下着姿で半裸のウマ娘が数人座り込んでいた。顔を真っ赤にしながら汗をだらだら流している。

 

部屋の中央には大型ストーブ二台が稼働していおり、そのストーブの一台の天板ではお鍋がぐつぐつ煮えていますわ。

 

これは・・・我慢大会!!マジですのこいつら!!死ぬ気ですわ!ていうかエアコン直せって言っておいて、なんでこいつら我慢大会してますの!エンジョイしてるんじゃありませんわよ!

 

「ああ・・・お客さんかな?何か用事でもあるの?」

 

ショートヘアーのウマ娘が虚な目でこちらを見る。うわっ!怖いですわ!奈落の底のように真っ暗な目をしてますわ!ていうかバカやってないで外に出なさい!

 

「ふ、ふへ、ふひひひ。これはエアコンを直さない学園上層部への抗議なんだ・・・私たちの覚悟を見せてやる・・・!」

 

おさげのウマ娘がぶつぶつと呟いている。こっちはこっちでやべぇですわ!目がぐるぐるしていますわ!ええいトレセン学園の癖ウマどもめ!まともなのはわたくし達だけか!

 

そう思っているとおさげのウマ娘がおもむろに立ち上がり、お鍋の乗ってないもう一つのストーブへと近づいていく。ストーブの上には・・・浅い金属ボウルの中に焼けた石が入っている。なんで石?わけがわかりませんわ。

 

「ひひひ・・・学園よ!見ているかッ!我がチームは貴様らに屈したりはしないッ!!!真の覚悟を見るがいいッ!」

 

その声に合わせて複数のウマ娘がリーダーッ!と声をあげた。そうしておさげのウマ娘が何処からか水の入ったペットボトルを取り出して・・・ストーブの上の焼けた石に水をかけましたわ!うわっ水蒸気で死ぬ!バチクソ熱いですわ!

 

「ふはははは!!バーニャ!バーニャ!!バーニャ!!!」

 

水蒸気で真っ白になった部屋に狂人どものバーニャ!と掛け声が響き渡り、おさげのウマ娘が汗を撒き散らしながら勢いよくタオルを振り回す。

 

う、うわぁぁぁあ!こいつら頭がおかしくなっていますわ!ええい、ハンスト気分で我慢大会なんてやってるんじゃありませんわ!ブルー!ルドルフ!こいつらを引き摺り出してプールに叩き込みますわよ!

 

熱さでバテてヘロヘロな自殺志願ウマ娘達を下着姿のまま冷たいプールに叩き込む。そのまま早急に業者に手配を入れた。やよいちゃんがこっそり手を回してエアコンと業者がすぐ確保できたので明日には新しいエアコンが付くでしょう。

 

 

 




彼女たちは特殊な訓練を受けています。明らかに違法改造された機械で遊んだり、ストーブに水をかけるのはやめましょう

ルドルフはこっそりと要望書を一枚持ち帰りました。一体何が書いてあったんでしょうね?私にはさっぱりですよ。


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貴方達の卑劣な尋問になんて、わたくしは絶対に屈しませんわ!

ミカドちゃんすぐにヘタレてペラペラ喋りそう。


これが・・・最後の一枚ですわね

 

9件の依頼を済ませてもう夕方。名残惜しい・・・わけでもありませんが次が最後の依頼となりますわ。

 

狂人どもをプールに叩き込んだり、ターフジャックしたウマ娘を縛り上げたり、カラスを追い払ったり、運動場に紛れ込んだ犬を追いかけたりとなかなかハードな1日ですわね。それにしても・・・

 

「なんか今日は変なトラブルが多いね♡」

 

「ああ、依頼とは関係のないトラブルが多い。明らかに学園の雰囲気が浮ついているな。何かあったのだろうか」

 

そうですかね?休みなのに何故か人は多いですが、それ以外はトレセン学園っていつもこんな気もしますが。わたくしには違いがわかりませんわ。

 

「・・・・いつもこんなことをしているのか?」

 

流石に慣れないやよいちゃんは疲労困憊ですわね。いつもの元気がありませんわ。あと一件ですし頑張りましょう。これが終わったらシンザン会長への報告がてらに生徒会室からお菓子を強奪してお茶をしばきましょう。

 

「あっミカド、ブルー、ルドルフ!ちょうどいいところに!」

 

うん?バトラー。今日は休みなのに学園にいるなんてどうしましたの?廊下を走っているのがバレると風紀委員に折檻ですわよ。

 

「ごめんごめん。いやぁスッゴイ情報仕入れちゃってさ。何か心当たりないかなって」

 

すごい情報?情報通の貴方がそんなこと言うなんてよっぽどですのね。正直興味ありますが今仕事中ですのよ、少しだけですわよ。

 

「学園のすっごく偉い人が視察に来てるみたいなの!噂好きの子達が探し回ってるんだ。なんでも学園のそんぼーに関わる内容だって!」

 

・・・・・・・。

 

「存亡?うーん。心当たりはないかな」

 

「今日はずっと学園を回っていたがそれらしい人は見なかったな。何かの間違いじゃないのか?」

 

「そっかー。ミカドは何か見てない?」

 

いいい、いいえわたくしこれっぽっちも心当たりがありませんわ!きっとただの噂でしょう!

 

「そうかな?・・・皆んながいうならそうかも!」

 

私行くねじゃーねーと手を振りながら元気よく立ち去っていくバトラー。

 

多分学園の偉いさんって、次期理事長のやよいちゃんですわよ多分。どっから漏れた!あと学園の存亡ってどういうことですの!わたくしそっちは聞いてませんわよ!

 

ああやよいちゃん、そんな目で見ないでほしいですわ!わたくしは黙っているという約束を破ってはいませんわよ!

 

でもなんとかうまく誤魔化せましたわね危ない危ない。うんブルー?ルドルフどうしましたのこっちを見て?わたくしの顔に何かついていますか?

 

「さ・て・と♡それでミカドちゃんは何を隠してるのかな?」

 

ひ、人聞きがわるいですわよなんですかブルー?わたくしは何も知りませんわ。そんなことより最後の依頼をこなしましょう!もう時間がありませんわハリーアップ!

 

そう言ってわたくしが先頭を切って行こうとすると、ルドルフが後ろからわたくしの後頭部をぐわしっと掴む。抜け出そうとしてもピクリとも動かない。

 

これは・・・頭蓋骨締めッ!ルドルフの細腕から万力のようにゆっくりゆっくりと力が込められていくのを感じますわ!ああ!逃げられない!!

 

「キリキリ吐いてもらおう。痛いのは好きだったな?」

 

あっ視察に来たのはやよいちゃんで、彼女は理事長の娘ですわ。

 

「ミカドッ!?」

 

許してくださいやよいちゃん。学園の存亡とまで言われたらこいつら手段を問わずに吐かせますわ。わたくし痛いのはほんと嫌なんですの。

 

 

-------

 

最後の依頼は一先ず棚上げされ、わたくしは生徒会室に連行された。わたくし1人で死ぬのは寂しいので、休みなのに仕事をしていたシンザン会長も巻き添えですわ。2人で助かるか2人で死ぬか二者択一というやつですわ。

 

「で、ここに来たわけかい?なるほど」

 

そうですわ!わたくしの無実を証明できるのは貴方だけですわ!あの悪しき2人からわたくしをどうかお救いください!

 

「あ〜2人とも、ミカドちゃんは悪気があって隠していたわけではない・・・と思うよ多分」

 

多分!?多分ってなんですの!言い切ってくれないと疑惑が晴れませんわ!やよいちゃんもわたくしの弁護をしてほしいですわ!ああ、横にプイッて顔を向けないで!助けて!

 

「黙秘ッ!約束を破るミカドなんて知らない!」

 

ええいわたくしが何をした!楽しくトラブルシュートしてたのに今じゃわたくしが要望箱を使いたいですわ!無実なのに疑うなんて!わたくしいじけますわよ!

 

「それにしても学園の存亡なんて穏やかじゃないね。ミカドちゃんまた何かやらかしたのかい?」

 

シンザン会長ひどいですわ。まるでわたくしを学園を占拠したテロリストみたいにいうのはやめてください!それについては本当に何も知りませんわ。

 

「じゃあ順番に整理してみよう。彼女が理事長の娘で次期理事長なのは、学園のごく一部のものしか知らない筈なんだ。僕もこの前知ったばかりだし。ミカドちゃん、やよいちゃんの事を他の誰かに話したかな?」

 

・・・そ、そういえば。ルームメイトに色々話しちゃった、かな?理事長の娘さんを案内するって。あははは

 

「じゃあその子が噂を広めたのかな♡」

 

いえあの子は噂を広げるタイプではありませんわ。で、でも夜中だったから声が響いて隣の部屋でも聞こえたかもしれませんわね!

 

「やっぱりお前が原因じゃないか」

 

あー!ルドルフなんですのその顔!わたくしばかり責めて!わたくしにだって予想だにしない事の一つや二つはありますわよ!

 

大体やよいちゃんと学園を一緒に見て回ってただけですのよ!それがどうして学園の存亡になるんですの。訳わかんないですわ!

 

「そうそこなんだよ。その噂の出所がわからないんだよね。ミカドちゃんには身に覚えがないようだし、嘘の噂を広めるタイプでもない」

 

さすがシンザン会長!わたくしのことをバッチリ理解してますわ。ブルーとルドルフもシンザン会長を見習っ痛い痛い!また耳!貴方達わたくしの耳に何か恨みでもあるんですの!?なに?どうせ人の話を聞かないならいらないだろ?やめて!!わたくしのチャーミングなお耳がくしゃくしゃになっちゃいますわ!

 

「ふむ・・・そうなると。別の噂が混入した可能性があるね。関係のない2つの噂が合わさることで信憑性が出てきたのかもしれない」

 

な、なるほど。つまり本来全く関係のない学園の存亡に関する噂は元々あったということですわ。それが表面化しただけということですわね!

 

学園の存亡とかそういう噂に関して心当たりのある人はいませんか?このままじゃわたくしが暫定有罪でブタ箱行きにされますわ!

 

皆んなしてうーんうーんと考えていると、やよいちゃんが閃いたかのように目を開き声を上げる。

 

「・・・ッ!要望書の最後の一枚はたしかそのような話だった筈!」

 

えっ!あっ!ブルーが最初に選んだあれですわね!すっかり要望書の件は頭から吹っ飛んでいましたわ!ルドルフ。預かってもらっていた要望書を出してほしいですわ!

 

そうやって会長の執務机の上に一枚の要望書が出された。それをみんなで覗きこむように見る。

 

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要望書

 

学園で流れる噂の調査のお願いします。

 

学園の食堂が閉鎖あるいは縮小するという噂や、今のおかわり自由がなくなる可能性があるという噂が流れています。

 

学園の生徒にとって食堂の食事は1番の楽しみなんです。

 

このままでは不安で三杯しかご飯をおかわりできません。

 

おそらく学園の存亡に関わる内容だと思います。早めの調査をお願いします。

 

---------

 

 

・・・・・備蓄食料はバッチリ残ってましたし、皆さんしっかり働いてましたわ!こんなくだらないことで学園が崩壊してたまりますか!なんですのこの噂!

 

「これはまずいね」

 

えっ。シンザン会長どういうことですの。こんな噂のなにがまずいんですの?

 

「以前にも似たような噂が流れたことがあったんだよ。その時はインフルエンザで食堂の調理班がバタバタと倒れちゃってね。それはもう・・・酷いことになった」

 

ひ、酷いこととはいったい?

 

「食堂の一時閉鎖に対抗して多くの生徒が食堂に立てこもりをしてね。相当長期化した挙句最終的にマッドマックスみたいになったんだ。しかも今回は学園上層部の視察があるとまで噂が流れている。面倒ごとにならなければいいけど」

 

 

・・・嘘でしょ。食堂でご飯が食べられなくて学園の危機とか勘弁して欲しいですわ。

 

 




いつか未来のトレセン学園

「という事件が昔あったんやで」

「つまりルドルフ会長達が解決してなければ、今のおかわり自由は無くなっていたかもしれないのかもぐもぐ」

「せやでオグリ・・・ちゅうてもオグリはちょいと食べ過ぎとちゃうか?また食堂閉鎖の話が出てきてもしらへんで」

「そうだろうか?これでも抑えているつもりなんだが」

「いやその大盛り何杯目や?どう考えても食べすぎやん」

「まだ三杯目だが?」

「だからそれが多いっちゅうねん!」


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ウマ娘・ザ・マッドマックス・ダービー

何というレースへの自然な導入・・・でもレースはカット!カット!カットォ!!

なんか急激に伸びて、わたくし怖いですわ。


わたくしの疑惑が晴れたのかは分かりませんが、とりあえず食堂に話を聞きにいくことになりました。シンザン会長は仕事中なので来れませんでしたが、何かあったら直ぐに連絡するようにと言われましたわ。

 

休みなのに食堂に人がごった返していますわ。しかもなんかバリケード貼ってますし。その上にたくさん張り紙がしてますわね。なになに?

 

『食堂閉鎖反対』『生徒の希望を奪うな』『中止だ中止!』『食の自由闘争』『まだ私が食べてる途中でしょうが!』『おかわり自由かソブンガルデかだ!』『食堂の唐揚げ全部にレモンかけておくね』『←お前を殺す』

 

うわぁなんかすごいことになってますわね。

 

「おお、お前らもコレに参加しにきたのか?!」

 

そうやって話しかけてきたのは野生味のあるギラギラとした笑みを浮かべたバンダナをしたウマ娘。おそらくこの集団のリーダーなのだろう。周りに姐さんと呼ばれていますわ。

 

なんというか身長が高くてガタイがいいから威圧感がありますわ。わたくし達の中で1番大きいルドルフよりも一回り身長が高い。

 

残念ながらわたくし達は生徒会長から頼まれて話を聞きにきただけですわ。なんですのコレは?食堂閉鎖はただの噂で嘘ですわよ。

 

「チッ、なんだよテメェらシンザンの犬かよ」

 

ムカッ。わたくしを犬呼ばわりとは聞き捨てなりませんわね。ぶちのめしますわよ。あんな噂に踊らされる間抜けな先輩には言われたくはありませんわ!

 

「ハッ!あんなもんがただの噂なんてことは分かってんだよ!」

 

じゃあなんでこんなことしてますの?バ鹿なんですの?

 

「面白そうだからだよ!!」

 

な、何という問題児発言。このバンダナ先輩!お祭りじゃないんですわよ!わたくしだっていろいろ我慢しているのにそんなあけすけと!わたくしのように模範的な行動をしなさい!

 

「いやお前はダメだろ」「そーだそーだ♡」

 

ええいやっかましいですわ!2人ともどっちの味方なんですの!とりあえずここでたむろしている全員解散しなさい!

 

そういうとたむろしていた全員が笑いだす。マジむかつきますわコイツら。

 

「テメェもウマ娘だったらよ俺様達とターフでレースしな。勝てたら解散してやるよ。まぁメイクデビュー前の小娘が、シニア級の俺様に勝てるわけないがな!」

 

ははははと笑うバンダナ先輩・・・上等ですわ!ボコボコにして犬呼ばわりしたことを後悔させてやりますわ。貴方が誰だかは知りませんが、デビュー前の後輩に負けて泣きを見るのはそちらですわ!

 

わたくしがターフグラウンドに移動しようとすると、ルドルフに止められる。えっダメ?!なんで!バンダナ先輩に詫びを入れさせないとわたくしの気が収まりませんわ!

 

「少し落ち着け。今日は走るのは禁止だろう」

 

ルドルフ!確かにおハナちゃんトレーナーから今日は絶対走らずしっかり休めとは言われてましたが!でも!

 

「それにこの人すごーく強いよ。本気で走っても厳しいと思うけど♡」

 

ブルーまで・・・むむむ確かにこの人から強そうなオーラ?をバチバチ感じますわ。このバンダナ先輩、頭は悪そうですがめっちゃ強いと思いますわ。仕方がない苦肉の策ですわ。

 

はい、バンダナ先輩質問です!助っ人はありですか?

 

「おういいぜ。誰だろうと叩き潰してやるよ」

 

自信満々で答えるバンダナ先輩から了承が取れたのでわたくしは電話をかける。プルルルル、ガチャ。

 

もしもしマルゼンスキー先輩。今暇ですか?

 

「ちょっ!」

 

-------

 

トレーナールームでおハナちゃんトレーナーと話していたのか、マルゼンスキー先輩はおハナちゃんトレーナーと2人揃ってすぐに現れた。

 

颯爽とターフに現れたマルゼンスキー先輩により立てこもりウマ娘達は蹴散らされた。描写はしなくてもいいでしょう。そのくらいの慈悲の心はわたくしにもあります。もう虐殺でしたわ。

 

や、やってやんよぉ!と挑みかかり16頭立てのレースを行った。15人の立てこもりウマ娘チーム対マルゼンスキー先輩1人で戦いあえなく惨敗。ボコボコにされたバンダナ先輩達が地面にぶっ倒れている。

 

いつも通り逃げを打ったマルゼンスキー先輩に対して、バンダナ先輩は後半スパートしたのになかなか距離が縮まらず2バ身負け。

 

でもバンダナ先輩、マルゼンスキー先輩相手にかなり惜しいところまで行きましたわ。他が大差負けなのに。少なくともバンダナ先輩だけはわたくし達よりは速い。

 

「テメェ、マルゼンスキーは反則だろうがッ・・・!」

 

倒れたままこちらを睨み付けるバンダナ先輩。

 

しかしねぇ、わたくしとしては助っ人を呼んだだけですわ。許可も取りましたわよね?

 

「限度ってもんがねぇのか!?」

 

ありませんわね。わたくし相手を潰す時は念入りにと決めてますので。さあ貴方達は負けたのですから、とっとと解散してカラオケで反省会でもしてなさい!

 

はい解散!解散!とっとと解散!と言いながら地面に横たわった無様な敗残兵を全員を立たせる。なんだかんだ負けたことを認めて解散し始めたのを見ると、潔さはあるようですわね。

 

認めなかったらシンザン会長も呼んで延々レースさせるつもりでしたが、手間が省けましたわ。

 

あと覚えておきなさいバンダナ先輩!今回は助っ人でしたが、次はわたくしがボコボコにしますので!代理レースはわたくしも不本意なことなのは変わりありませんので!

 

---------

 

問題になる前か、なった後かはわかりませんがとりあえず解決となったのでシンザン会長に報告に来ました。

 

「疲労・・・流石に疲れた・・・」

 

やよいちゃんが伸びていますわ。疲労困憊と言った所ですわね。ルドルフもブルーも相当疲れてそうですわ。わたくしはピンピンしてるのになっさけないですわねぇ!

 

「君は元気だなぁ。羨ましいよ」

 

シンザン会長もデスクワークで大変そうですわね。わたくし手伝いましょうか?まだそのくらいの元気ありますわよ。

 

「いや、仕事を増やされそうだから気持ちだけ受け取っておくよ」

 

それは酷くないですか。わたくしデスクワークくらいできますわよ!多分!

 

「そういえば食堂の件。立てこもっていたウマ娘とレースになったようだね。マルゼンスキーが走ったそうじゃないか」

 

露骨に話を逸らしましたわね、まあいいですわ。それにしてももうシンザン会長の耳にも届いてましたのね。というより早すぎません?解散してわりとすぐ来たつもりなんですが。

 

「本人から聞いたからね。ほらバンダナの」

 

負けたバンダナ先輩がわざわざシンザン会長に報告に来たんですの?それなんかおかしくないですか。

 

「彼女は私の友人だからね。彼女はああやってあえて方向性を持って焚き付けることで、問題を収束しやすくしてくれているんだよ」

 

えっそうなんですの?!ぜ、全然気が付きませんでしたわ・・・バンダナ先輩はもしかしていい人なのですか?

 

「いい人・・・ではないなぁ。面白さ第一主義なのは本当だしね。まあ学園の問題児の取りまとめ役をしている問題児筆頭みたいなものなのさ。でも今回の騒動を聞きつけて自主的に動いてくれてたとは思うのさ。レースにさえ勝てば問題はすぐ解決しただろう?」

 

確かに・・・マルゼンスキー先輩に負けた後は潔く解散してましたわね。もしバンダナ先輩がいなかったらどうなっていたんでしょう?

 

「前回の立てこもりみたいに延々と長期化していただろうね。騒動をスパッと切り上げられる子は貴重なんだよ。以前彼女を生徒会に誘ったんだけど、そこまでの成績じゃないと断られてしまってね」

 

あれは本当に勿体なかったなぁ、というシンザン会長。バンダナ先輩・・・わたくしはあなたを誤解していたようです。

 

今度わたくしがバンダナ先輩とレースする時は半殺し程度に済ませておきましょう。犬呼ばわりしたことはまだ謝ってもらってないので。

 

 

 




バンダナ先輩は豪快な先輩として登場させました。シンザン会長とは腐れ縁ですね。唐突に現れて肩を勢いよく抱きながら、おう!肉食いに行こうぜ!って言ってくるタイプの先輩です。面倒見があってカリスマもあります。頭は良くないです。この後彼女主催でカラオケで打ち上げをやってました。

元ネタはヒシスピード。まぁ今後も作中ではバンダナ先輩と呼びますし、史実沿いの設定も考えてはないです。でもマルゼンスキーを掘り下げる際に役に立ってくれるはずです。
史実としてヒシスピードはマルゼンスキーを後一歩まで追い詰めた馬です。でも結局何度挑んでも最後まで勝てず、勝ち鞍もパッとしません。シンボリルドルフとビゼンニシキみたいな関係なんですね。8戦8勝のマルゼンスキーと3回戦ってるってほんと無鉄砲だな。
それにしてもヒシスピードにマルゼンスキーをぶつけるとはミカドちゃん鬼かな?

実はミカドちゃんと1番相性のいい先輩です。まぁあれですねジェネリックミカドちゃんみたいなものです。問題児には問題児をぶつけんだよ!そしてシナジーが発生して最終的に学園が崩壊します。


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ユメノカケラたち - Fighting for what you believe in -

誰もが信じる夢の為に足掻いている。


「困憊ッ!・・・今日1日で1週間分は疲れたぞ」

 

シンザン会長への報告も終わり、生徒会室から小さな会議室に移動した。シンザン会長からお茶菓子をせしめてきたので、それを食べながら時間をつぶすことになった。

 

何とか疲労状態から回復し甘いものに舌鼓を打つやよいちゃん。今日はもう帰るらしいが、迎えのものが来るまではここで待つらしい。

 

美味しそうに食べるやよいちゃんはこうしてみると本当に幼く見えますわね。童顔のブルーよりもさらに幼く見えますわね。ルドルフなら・・・親子に見えるかもしれませんわね!

 

「・・・流石にそこまでではないだろう」

 

ルドルフがそれって私が老け顔って意味か?という顔をしている。顔というよりも振る舞いがあれなんですわよ。貴方本当に同学年なのですか?実は留年してたりしませんかね?

 

「留年しそうなのはお前だろう。追試のプロなんだからな」

 

ギ、ギリギリ何とかなってますわよ!わたくしはやれば出来る子なので!追試だってお手の物ですわ!

 

「じゃあもうノートを見せなくても大丈夫だな」

 

どうしてそんなこというのですか!やめてお願い!ルドルフが助けてくれないとわたくし死んじゃう!後生ですから!わたくしを捨てないで!

 

「これはあれだね♡痴情のもつれってやつだよやよいちゃん」

 

ブルー!何てこというのですか、まるでわたくしが女々しく縋りつく惰弱な輩のように!でもルドルフ!そんな嫌そうな顔されるとなんか傷つきますわ!

 

「疑問ッ・・・ブルー、彼女はいつもこうなのか?」

 

「うーん割と平常運転だね♡」

 

猫探しの時は頼りになったのだが、とやよいちゃんはぼやく。わたくしはいつも頼りになりますわよ!そんななんか思ってたイメージと違うなーみたいな顔をしないで!

 

「なら普段から他人に泣きつく癖は直すんだな」

 

なんか今日みんなひどくないですか?わたくしだって精一杯頑張ってますのよ!マルゼンスキー先輩だってミカドちゃんはいつも頑張ってるねって言ってくれますのに!

 

「あの人は甘やかしすぎだと思うな♡特にミカドちゃんに対して♡」

 

確かにあの人が怒っているところとか想像できませんわね。いつも優しいマルゼンスキー先輩ですもの!まるでわたくしみたい!

 

「お前は自己評価が甘すぎる」

 

ガフッ!

 

「だ、大丈夫かッ!ミカド!」

 

ううう・・・ここでわたくしを甘やかしてくれるのはやよいちゃんだけですわ。わたくし挫けそう。

 

ん?やよいちゃんを見てたら何か忘れているような・・・なんだっけ?思い出せませんわ。

 

「全くお前は普段からだな・・・・」

 

ルドルフが何が言っているようですが、頭の中の引っ掛かりが気になって聞く気にならない。うーんうーん。

 

「・・・・おい、聞いているのか」

 

ちょっと待ってほしいですわ。なんか大事なことを忘れてるような。もうちょっとで思い出せますの!

 

そうやって思い出そうとしていると、無視された形になるルドルフがイライラしてきた。テーブルを指でトントンしているルドルフ・・・ルドルフ?

 

そうだやよいちゃん・・・ルドルフですわ!やっと思い出した!こうしちゃいられませんわ!ブルー!ちょっと外に出ますわよ!

 

ルドルフはやよいちゃんと話し合いなさい!わたくし達は外で少し時間を潰しますので!やよいちゃんは頑張ってね!じゃあ!

 

そう言ってわたくしはブルーの掴んで外へと飛び出した。

 

 

--------

 

 

弾丸のように扉から飛び出していったミカドとブルー。はぁ、なんであいつはあんなに落ち着きがないんだ。全く・・・

 

やよいちゃん、話し合いなさいとあいつは言っていたが何か私に話すことでもあるのかい?

 

目の前の幼い少女を見る。理事長の娘であり、次期理事長になることが決定している幼い少女。

 

いくら幼いとはいえ、本来ならそのような立場の人にちゃん付けはいかがなものかと言ったのだが、彼女のたっての希望でこのままということになった。

  

そんな彼女と2人きりになって、この狭い会議室は沈黙で満たされていた。やよいちゃんは俯いたまま何も話さない。まるで迷っているかのように。

 

「ミカドはいい奴だな・・・」

 

下を見ながらポツリと言葉を漏らすやよいちゃん。そうしてしばらくの沈黙の後、意を決して彼女は顔を上げる。

 

そこには幼い少女はいなかった。瞳に決意を宿した1人の少女。大人になったわけではない、少しでも大人になろうとする強い意志を持った瞳だった。

 

何か大事なことを話そうとしている。私は自然と背筋が伸び、黙り込む。一言も聞き逃さないように。

 

この決意に口を挟むわけにいかない。

 

 

「・・・ルドルフ、君に聞きたいことがある!」

 

・・・・・。

 

「ミカドに聞いた。君の夢は全てのウマ娘誰もが幸福になれる世界を作る。その夢に相違はないか!」

 

はい。その通りです。

 

「そうか・・・そうかッ!」

 

何かを噛み締めるように頷く彼女。そして彼女は手に持っていた扇子をばさりと開く。扇子には字が大きく二文字書かれていた。

 

 

その文字は『宣誓』

 

 

「ルドルフッ!君には聞いてほしいことがある!」

 

・・・・。

 

「私は!君の夢を心から尊敬する!支えたいと思う!」

 

彼女はそう言うと深く息を吸い込んだ、決意を胸に満たすように。

 

「私にも・・・秋川やよいには叶えたい夢がある!私は、あらゆるウマ娘に平等な機会を与えたい!」

 

彼女の持つその夢は━━━

 

「私にはその手段がある!トレセン学園次期理事長という立場を、その夢のために使うつもりだ!」

 

━━━私の願う理想とあまりに似通っていて━━━

 

「私が思う幸福とは!どんな時でも、どんな立場でも機会を得られることだと思う!」

 

━━━凄く綺麗で、眩しくて━━━

 

「でも・・・私1人じゃ無理だ!助けがいるんだ!」

 

━━━でも困難で、とても遠くて━━━

 

「だからッ・・・!だから!ルドルフッ!君に手伝って欲しいんだ!」

 

━━━それを口に出すその重さも、私はよく知っていた。

 

 

 

その夢、その意志、その決意。彼女の中にあるその全てが私の魂に響いた。

 

 

 

・・・・ああ本当にミカド。お前ってやつは本当に

 

 

_____はい。その夢を私にも背負わせてください。

 

 

この子を私の前に連れてきてくれてありがとう。

 

本当に友達想いなやつだよ。お前は。

 

 

 

 

------------

 

 

 

ただいまですわー!缶ジュース買ってきましたわ!バンダナ先輩に奢らせたから遠慮なく飲んでいいですわよ!

 

わたくしとブルーが缶ジュースを山ほど抱えて会議室に戻る。会議室は話し合いが終わったのか静かなものでしたわ。

 

「ミカド、今は静かにな」

 

ありゃ?やよいちゃん寝ちゃったんですの?まあ今日一日なかなかハードでしたからね。疲れてたんでしょう。それで聞きましたの?

 

「ああ」

 

そうですのね。いい子でしょう?やよいちゃんは。

 

「そうだな・・・なあミカド」

 

ん?なんですの?

 

「ありがとう」

 

よくわかりませんが、どういたしまして!

 

 

 

 




ということで三章の山場となる回でした。どうしてもこのシーンを入れたくて、ゆっくりと進めているようなものです。
夢を語るっていうのはまあ恥ずかしいことですね。その人の1番大切なものですからね。だからこそ尊いんですけどね。

ルドルフとブルーがやよいちゃんに対して態度が変わらないのはミカドちゃんが平常運転だからです。

会議室から飛び出し自販機の前。財布を会議室に忘れたことに気づいたミカドちゃん。カラオケに行こうと通りがかったバンダナ先輩は嫌な顔をしながらも奢ってくれました。ミカドちゃんに千円札渡したら自販機でボタン連打した挙句、おかわりを要求してきたのでゲンコツ入れました。


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地獄でファンタスティック・カーニバル!

ここに3人のウマ娘がおる。好きな子を1人選ぶんじゃ。


楽しい楽しいトラブルシュートの1日。どんなに名残惜しい1日も、終わってしまって夜が空ければまた次の日ですわ!

 

今日は日曜日!昨日の騒動も終わりましたしそうですわねブルーとルドルフも誘ってケーキでも買いにいきましょう!なんといいますかトラブルシュートの巻き添えで買えなかったみたいですし!

 

 

・・・というふうにならないのが世の常なのですわ。

 

 

何故なら今日は練習の日!おハナちゃんトレーナーとの地獄トレーニングが待っているのですから!わーいたのしみだなー。

 

さあ、地獄のカーニバル開催ですわ!

 

---------

 

 

 

す、すみま、せんわね・・・みっか、しかありま、せんのに。

 

わたくしはターフグラウンドの脇で練習を見学していたやよいちゃんに声をかける。心肺機能を高める為のスタミナトレーニングの真っ最中なのですわ。

 

「杞憂ッ!そっちこそ大丈夫か?顔が真っ赤だぞ!」

 

こ、これくらい、お茶の子さいさい、でしてよ・・・

 

 

おハナちゃんトレーナーによるチーム見学も期間が半分を過ぎた。

 

最近は教官に渡された以上のデータも集まったのか、おハナちゃんトレーナーによって、わたくし達には個別のトレーニングプログラムが渡されたましたわ。

 

わたくしの身体はパワーとスピードに秀でてはいるようですが、スタミナがイマイチなのだそうだ。最低限はあるようですがレース中の不測の事態の為にもう少し高める必要があるそうですわ。

 

なんでもわたくしは煽られたりしたら、すぐに掛かってしまうのだそうです。だから本来よりもスタミナの消耗が早いらしい。全く気づきませんでしたわ。

 

またわたくしは駆け引きが下手くそだそうなので、このままではジュニア期やクラシック期はともかく、シニアの魑魅魍魎相手では通用しないそうです。

 

シニア期以降のウマ娘は身体能力的に成熟しており、駆け引きに重点を置くようになることが多いそうですわ。

 

なのできちんと勉強をして、頭の回転を速くするように言われました。勉強は嫌ですわなんとかなりませんかね。

 

「驚愕ッ!・・・それにしてもこれは効果的なトレーニング!あの東条トレーナーは相当なやり手だな!」

 

とても新人とは思えない!とやよいちゃんが絶賛する。将来の為にやよいちゃんは本職ほどではないがトレーナーとしての知識はあるそうですわ。

 

確かにおハナちゃんトレーナーのトレーニングはよくできていると思いますわ。身体への負担を考えて上手いことギリギリを見計らっていますわね。時間こそ短めですがその分かなり密度の濃い練習ですわ。

 

逆に言えば遊びが少なくて、その上はっきり言って地味ですけど・・・。自由奔放な性格の子には向かないでしょうが、ストイックなアスリートタイプの子にハマればこれえらいことになりますわね。めちゃくちゃ強くなりそうですわ。

 

ルドルフとブルーもそういったタイプですので、たった1週間しか経ってないのに、おハナちゃんトレーナーの手腕を信頼している。わたくし?うーんもっと楽しい練習がしたいですわ。

 

それにしてもやよいちゃん。これ見てて楽しいんですの?1人ででも学園を回った方がいいのでは?寂しいならクラスメイトを紹介しますわよ?

 

「次期理事長として、この練習の見学は凄く勉強になる!」

 

そうなんですの?理事長の仕事とは関係なさそうですが・・・まぁやよいちゃんがそういうならそうなんでしょうね。

 

そう思っていると腕時計のアラームがなる。あーもう時間ですの?そろそろ次の周回に行きませんと・・・

 

そう言ってわたくしは立ち上がる。辛いですけどまだ2本も残っていますのよ。わたくし辛い。もっと楽したい。

 

「ミカド!」

 

ん、どうしました。やよいちゃん何かありました?

 

「頑張れ!」

 

・・・むん!行ってきますわ!

 

 

------

 

「いい傾向ね」

 

ミカドランサーが練習に復帰してくるのを見て私は呟く。彼女は今日はかなり練習が身に入るようになってきている。

 

彼女ははっきり言って練習中の集中力があまりない。基本的に甘い方へと流れていく傾向があった。サボるわけではないが効果的にトレーニングできているとは言えなかった。

 

しかしあの幼い少女、秋川やよいが見学に来ている間はそれがなくなっている。最初は練習の見学を断ろうかと思ったが、ミカドランサーがゴネるので渋々許可した。でもこれで良かったのかもしれない。

 

ミカドランサーは生まれ持った身体能力とレースセンス、そして度胸で今まで走ってきた天才肌の選手だ。どう走れば勝てるのかをなんとなくだが理解できている。

 

瞬間的な爆発力はあのミスターシービーにも匹敵するかもしれない。技術とレース理論さえしっかりと仕込めれば適性のあるマイル路線なら重賞を総なめできるかもしれない。

 

まあ3人で1番欠点が多いのも彼女だ。シンボリルドルフとブルーインプにいまいち勝ち切れないのはその欠点のせいとも言っていい。なんせすぐに掛かってしまう・・・それがなければ勝っていた可能性は十二分にある。

 

ただあの派手な差し脚は、間違いなく観客の目を引くだろう。性格も悪くはないしスターとしての素質はある。3人で1番華のあるタイプだ。

 

 

そんなミカドランサーに比べて、シンボリルドルフとブルーインプは割と手のかからない方だった。もともと2人は地味な反復練習をする事に慣れているのもある。

 

シンボリルドルフは身体能力が優れているが、彼女の本質はそこではない。身体能力の伸びしろであればミカドランサーに軍配が上がるだろう。

 

彼女は練習中にはその真価は発揮できない。本質はレースでこそ生かされる。常に相手の2手3手先を読み、事前に対応策を用意する事であらゆる状況に対応できる。

 

いわゆる思考の柔軟性に秀でている。ただ闇雲に走るだけの選手では彼女には勝てない。その上身体能力も抜群で目立った欠点のない彼女には安定感がある。1番敵に回したくないタイプであり、1番勝たせやすいタイプだ。

 

 

ブルーインプは練習中もレース中も集中力が恐ろしく高い。集中力だけならスタート時のマルゼンスキーにも匹敵するかもしれない。

 

実は3人の中で最も身体能力に劣っているブルーインプがミカドランサーに勝ち越しているのは、地面の使い方がとにかく上手い。足裏から地面に伝える力のかけ方を、レース中に組み替えている。

 

バ場に対する理解の速さ。対応の巧みさ。良バ、重バ、ターフ、ダートはもちろん、洋芝、雪道、林道、アスファルトだろうと彼女は走れるだろう。どこであろうと走れる環境適応力こそ彼女の武器だ。

 

資料に書いてあったが彼女はラリーレース出身だったな。未舗装路を走るという特殊な環境がそうさせたのかもしれないが、かなり珍しいタイプだ。

 

おそらく1番鍛えがいがあって、なおかつ1番鍛えにくいのが彼女だ。なんせ選択肢が膨大でどのようにも育てられる。

 

「みんな末恐ろしいわねぇ」

 

ようやく来たのねマルゼンスキー。連絡があったとは言え最近遅刻が多い。弛んでるんじゃ無い?

 

「メンゴメンゴ!どうしても外せない用事があってね?」

 

外せない用事ね。それは私には言えない事なの?遅刻の言い訳をするなら訳くらい話したらどうかしら?

 

「うーん、そうしてもいいんだけど。今は内緒♪」

 

全く・・・さっさと運動着に着替えてきなさい。可愛い後輩達をちょっと揉んでやれ。お客さんも来ているんだ、粗相のないようにな。

 

はーい、といいマルゼンスキーは上機嫌で着替えに行く。マルゼンスキーもかなり調子がいい。

 

私とマルゼンスキーのチーム。リギルという世界一のチームを作るとは考えてはいた。

 

絵空事のようなものだと考えていたが、もうそれは不可能な事ではない。世界一と信じているマルゼンスキーに、世界すら届きうる未だ若き未完の大器達。

 

少なくとも今、幸運な事に私の手に全てのピースは揃っている。

 

彼女達のお披露目が今から楽しみで仕方がない。

 

 




やよいちゃんに頑張ってって言われたら、そらえい!えい!むん!てなるよね。
私だってそうなる。ミカドちゃんだってそうなる。

マルゼンスキー先輩が何か企んでますね。うーんなんなんでしょう。


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商店街のイケてる押し売り先輩

視察二日目です。でも商店街で遊びます。ほら・・・お偉いさんの視察なんて遊びみたいなもんだし(暴言)


日曜日の午前をトレーニングで満喫した後は自由行動。

 

ハードなトレーニングとはいえ、一日中拘束されるわけではありませんわ。

 

休みの日は一日中トレーニングをしているチームもあるそうですが、おハナちゃんトレーナーはメリハリをつける事が大事だと言っていましたわ。特に地味なトレーニングは肉体だけでなく、精神的にも疲労が溜まりやすいらしい。

 

なので午後はしっかりとリフレッシュを行うように言われましたわ。丁度よくやよいちゃんがいるので、何か普段と違うことをしましょう。

 

「うーん、今日も要望箱処理っていうのも何か違うよね♡」

 

そうですわね。最近は2日続けてトラブルシュートをやることなんて滅多にありませんからね。急ぎの仕事は昨日終わらせましたし、今日は違うことをしましょう。

 

うーん、リフレッシュになってやよいちゃんの視察になりそうなことって何かありますかね?わたくしには思いつきませんわ。

 

そう言ってルドルフとやよいちゃんを見る。ルドルフも腕を組み考え込んでいる。でも目元が険しいので妙案があるわけではなさそうですわ。

 

「要望ッ!昨日は学園の不満を潰したので、今日は学園での楽しみを教えて欲しい!」

 

楽しみ・・・楽しみですか。とはいっても今日は日曜日なので学園の施設は大半が休みなんですわ。食堂も調理班が裏で仕込み作業をしていますが開いてはいませんし、購買も閉まってますわ。

 

そこに堂々と乗り込んでも、正直仕事の邪魔しか出来ませんわ。それともまた野菜の皮むきでもしますか?

 

「学園の楽しみって言って野菜の皮むきを提案するのは、わたしどうかと思うな♡」

 

ブルーが小馬鹿にしたような顔をしてくる。わたくしだって分かっていますわよ!でもトレセン学園で日曜日にやることってほんとないんですわよね。トレーニングか、寮でのんびりするかくらいしか思いつきませんわ。

 

チームを組んでるならミーティングとかをするのかも知れませんが、おハナちゃんトレーナーもマルゼンスキー先輩も今日は用事があるって言ってましたもの。

 

「となると街の方に繰り出すしかないんじゃないか?」

 

なんというか視察というよりは遊びに行くみたいで気が引けますね。ですが確かにルドルフの言う通りですわ。

 

トレセンから少し離れた市街、特に商店街はトレセン学園と強い結びつきがありますの。学園のウマ娘が出入りしているのでレースのファンも多いですし、学園生活に必要なものは全部揃いますわ。

 

ちなみにわたくしは商店街の駄菓子屋に入り浸ってますわ。ウマチョコをいつもあそこで買ってますの。

 

それに駅前まで出れば専門店も多く立ち並んでいますのよ。特にレースショップは日本でも有数の量と質だと思いますわ。シューズショップだけで10件以上ありますのよ。まぁピンキリですけど。

 

「・・・了承ッ!学園の生徒がどのように生活しているのかは前から気になっていた!」

 

話は決まりましたわね!じゃあまずは商店街ですわ!

 

 

----------

 

そんなわけで商店街に来ましたけど、相変わらず活気がありますのね。巷ではシャッター街とかが騒がれていますが、ここは全くの無縁ですわね。

 

ここでは学園のウマ娘が多く立ち寄るので、ある意味ではそうですわね。トレセン学園があるからこそ、ここまで栄えているともいえますわ。

 

休日に頑なに食堂を開かないのは、こうやって生徒を学園の外で活動させて、地元との結びつきを強くする為との噂もありますからね。本当かどうかはわかりませんが。

 

なのでここで学園のウマ娘が買い物すると気前よくサービスしてくれたりしますのよ。この前肉屋でコロッケ買ったらメンチカツとコーラが付いてきましたわ。

 

「やあミカドちゃん、今日はお友達とお出掛けかい?」

 

あっ八百屋のおっちゃんですわ!こんにちわ!今日は元気そうですわね!この前腰をやってえらいことになってましたのに。でももう代わりに店番はしなくて良さそうですわね。

 

「いやぁ恥ずかしいねぇ。歳食うとどうも昔みたいにはいかないものだね」

そりゃあそうでしょう。奥さんが泣くからあんまり無茶したらいけませんわよ。

 

「いやあの鬼嫁なら泣かないよ。俺が腰をやっちまっても慰めひとつかけやしねぇ・・・」

 

・・・うーん。おっちゃん代わりに奥さんと店番に立ってたときの事を伝えたほうがいいのでしょうか?いつも快活な奥さんが普段の半分も元気がなかったし、全く集中できてなかったのですが。

 

でも言いませんわ。何故ならその鬼嫁がおっちゃんの後ろで腕組んで立ってるからですわ。おっちゃんは奥さんはツンデレだって早く気づいてあげて欲しいですわ。では先を急ぎましょう。

 

後ろでケツを引っ叩かれるおっちゃんの声を後ろで聞きながら、どんどんと前に進む。途中で何人ものウマ娘とすれ違う。中にはクラスメイトや、トレセン学園で名の知れたウマ娘もいますわ。

 

「ゲッ・・・」

 

あー!バンダナ先輩ですわ!ここであったが100年目!昨日の決着を今日つけてやりますわ!

 

「お前と関わるとロクな事にならない気がするし、今忙しいからどっかいけ」

 

しっしっと虫を追い払うように手を払う先輩。ぐぬぬ扱いが雑ですわ!ブルーもルドルフもここまで言われてるんですから何か言い返しなさい!

 

「いやお前だけだ」

 

えっ?

 

--------

 

なるほどこれからバイトでしたのね。それは失礼をしましたわ。それにしてもバンダナ先輩・・・

 

「なんだよ」

 

きちんと社会に適合できていますのね!てっきりはぐれものの落伍者かと思っていだだだだ!あぁあ!ごめんなさいごめんなさい!

 

「生意気な後輩にはヤキ入れなきゃな。先輩からの愛の鞭だ」

 

そう言いながら先輩はアイアンクローを繰り出した。わたくしの額がミキミキと嫌な音をたててますわ!

 

あー!あ゛た゛ま゛わ゛れ゛る゛ぅぅぅ!助けて!誰か助けて!

 

「今のはお前が悪い」

 

そんな事を言わないでルドルフ!助けて!親友がピンチですのよ!ブルーも頭のネジを締め直してもらえってそりゃないですわ!助けてやよいちゃん!

 

「快活ッ!仲が良いようで何より!」

 

ちがうでしょぉぉぉ!ああぁ!われりゅー!脳みそでちゃうぅぅ!

 

痛みで悶える声で満足したのか、先輩は手を離してわたくしを解放する。わたくしはべちゃりと地面に落ちる。ひ、酷い目に遭いましたわ。

 

わたくしがへたり込んでいる間にも、他3人は先輩に先輩に挨拶している。先輩は先輩で気のいい返事を返している。わたくしとの扱いの違いは一体・・・。

 

「そりぁあれだ、普段の行いってやつだ」

 

会って2日目でそこまで言われるのは心外ですわ!納得いかないんですけど!ですけど!・・・あっ先輩、手をゴキゴキさせないで怖いですわ。

 

わたくしはルドルフの後ろにささっと隠れる。あの腕に今度捕まったら首から上とサヨナラですわ!この怪力ゴリウマ娘め!

 

ルドルフの背後に隠れたわたくしを呆れた目で見ながら、バンダナ先輩はため息をつく。傷つきますわその反応!

 

「お前ら今日は暇なのか?だったら俺様のバイト先に連れてってやるよ」

 

えっまさか・・・奢りですの?

 

「んなわけねーだろ。なんか買っていけ」

 

出来るだけ高いやつなと言いながらバンダナ先輩はさっさといってしまう。大丈夫ですのこれ。ついて行ったらクソ高いTシャツとか買わされたりして。

 

そう思いながらもわたくし達は先輩の後を付いていくのですわ。




できるだけオリキャラは出したくないんですが、バンダナ先輩使い勝手良すぎるのが悪い。彼女は強引に物語を振り回すのにすごく向いてる。

シービーとか出したいけど、キャラが掴めんのやぁ・・・


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ガラスの靴より、ミカドちゃんの赤いシューズ!

引き続き商店街です。バンダナ先輩によって怪しい店に連れてこられた4人の運命はいかに・・・


バンダナ先輩について行った先はなんというか。

 

「その、先輩がアルバイトをしているのはここなんですか?」

 

ルドルフが戸惑いながら尋ねるのも当然ですわ。一言で言うと・・・うっさんくせーですわ!商店街の路地裏の怪しいお店にしか見えませんわ!

 

看板もなんですのこれ!ジャンキージョイントって!ヤクでも扱っているんですかこの店は!

 

「まぁこの店の名前は俺様もどうかとは思う。まぁマニア向けの店なんだ。その界隈じゃよだれを垂らすようなモン扱ってんだよ」

 

学園でここ知ってる奴はレアだぜ、といい先輩は勝手知ったると言わんばかりに店に入っていく。わたくし達も後に続く

 

分厚い扉を潜るとこじんまりとした店内に入る。外からは想像もできないくらい清潔に保たれたフロア。中でも目を引くのは壁にあるウマ娘用の靴。沢山のシューズが壁にかけられている。

 

店長を呼んでくるから待っとけと言って、バンダナ先輩は裏に行ってしまった。

 

それにしてもここシューズショップですの?外からそうは見えませんでしたわ。商店街にもレースシューズ専門店がありましたのね。 

 

ありとあらゆる生活必需品が揃う商店街の唯一の泣き所。それはシューズ専門店がない事ですわ。蹄鉄などの消耗品や手入れ道具は学園の購買で買えますし、駅近くにある全国チェーンの大型ショップには品揃えで勝てないのですわ。

 

扱うところがないわけではありませんが、人間用の靴屋に併設されている程度。一応カタログで取り寄せはできますが、それなら学園にもカタログ取り寄せはありますし、学割適応されますからね。何より実際履かないと分からないこともありますし、商売としては成り立ち辛いのでしょう。

 

「これ・・・凄いよ。アルテジャーナの最上位モデルだ」

 

ブルーはなんか黒くてシャープな靴を手に取って驚きの声を上げている。そんなに凄いんですの?正直わたくし履ければなんでもいいタイプですの。いつもセール品か店員のオススメを買ってますわ。

 

「それはそれでどうなんだ・・・」

 

ルドルフが呆れた声で何か言ってくる。しょうがないじゃないですか、シューズの専門誌って何書いてるか全然わっかんないんですわ。なんですのあの雑誌!ウマ娘なら黒に染まれって!煽り文から黒い靴くらいしか情報がわからないんですわ!

 

でもブルーはシューズには相当煩いので、多分凄くいい物なんでしょうね。わたくしも何か見てみましょう。あっ!あのグリーンのシューズ派手派手ですわね!

 

とりあえず手にとって見る。うーん、靴のことはよくわかりませんが、確かに見るからにいい物ですわね。安かったら買ってもいいかも知れませんわね。えーと・・・いち、じゅう、ひゃく、せん、まん・・・。

 

わたくしは手にとったシューズをスッと元の場所に戻す。ちょっと手が震えていたかもしれませんわ。こんな高いシューズ触ったことありませんわ・・・わたくしのシューズが5足は買えますわ。

 

「それはNWロードスターだよ。硬くて堅牢なシューズで有名なメーカーだよ♡」

 

やはり全然聞いた事ないメーカーですわ。そんな名前のメーカーは駅前の店で見た事ないですわよ。本当に有名なんですの?

 

ルドルフ、やよいちゃん聞いたことあります?えっない?そうですか。

 

「おお、お客さん素人じゃないな」

 

そう言いながら裏からバンダナ先輩と一緒に小太りのおっさんが出てくる。店長さんなのでしょうか。

 

「カモって言ってたが結構な目利きじゃないか。ヒシ、話が違うぞ」

 

バンダナ先輩、貴方・・・。

 

悪びれもせずウインクしてくるバンダナ先輩。反省なしですわ!このわたくしを無知な情弱扱いとは許せませんわ!

 

「ここ、凄い品揃えだね♡大型店でもここまでマニアックなものは置いてないよ」

 

そうなんですの?駅前のおっきなお店ならここの何十倍も商品がありますし、ここにあるものは全て置いてそうな気がしますが。ほらlight-sportsとか凄い品揃えですわよ。

 

「ここにあるシューズって日本じゃ代理店がないものばかりなんだ。だから個人輸入じゃないと手に入らないんだよ」

 

「おお!分かってくれるか!私が直接外国に買い付けに行ってるんだ!」

 

ブルーの言葉に店長は機嫌が良くなる。うーんこれは2人ともシューズマニアですのね。話が弾んでいる。ブルーがここまで機嫌がいいのは珍しいですわね。

 

それにしても代理店がない・・・輸入物のシューズですのね。でも輸入物って高級ブランドばかりではないのですか?ほらエルメスとかもレースシューズ出してるでしょう?

 

「ここの品揃えはどちらかというと新興メーカーの物が中心かな。日本じゃ知名度はないけどいいものばかりだよ♡」

 

「性能は日本のトップメーカーにも負けないよ。わたしの靴もHenry & Cubisのシューズで、これも日本じゃ買えないんだよ。これちょっと重いけどすごく頑丈なんだ」

 

普段からは考えられない早口っぷりにわたくしびっくり。尻尾もブンブン振ってとんでもなくテンション上がってますわ。ブルーの知られざる一面ですわ。

 

・・・そういえばブルーのお父さん。シューズの卸売会社の社員だったんでしたわね。英才教育でもされたのでしょう。確かブルーのお母さんに、ラリー用のシューズを売ったことが出会いって聞きましたわ。

 

店長とブルーの話が弾んでいる間、わたくし達はなんというかついていけない。あのメーカー最近頑張ってるとか、日本に代理店ができたとか、ニューモデルがどうとか言われても何言ってるかわかりませんわ。

 

ルドルフもやよいちゃんも手持ち無沙汰なのか靴を手にとって見ている。2人も良くわからないのか時折バンダナ先輩に商品について聞いている。

 

うーんどうしましょう。いいシューズなのかも知れませんが、正直高くて手が出ないんですわよね。靴なんてそれなりにかっこいいのであれば何処の奴でもそう変わらないでしょうに。

 

そう考えながらも店内を歩き回る。手に取っては戻すことを繰り返す。なんというかいまいちピンときませんわ。こんなに値段も高いし学生には絶対買えませんわね。

 

そうやって時間を潰していると、壁にある一足の赤いシューズが目に入る。あれはーーーーー。

 

 

--------

 

「ごめんごめん♡ちょっと店長との話しが長引いちゃった。」

 

「いや、こっちはこっちで珍しい物を見れた。いい店だなここは」

 

「杞憂ッ!私も実にいい時間を過ごせた!」

 

・・・・・・。

 

「ミカドちゃんもごめんね♡シューズに興味ないから退屈だったでしょ。・・・ミカドちゃん?」

 

・・・・・・。

 

「ミカドちゃん?・・・ミカドちゃん!」

 

へっ!あっ、ブルーですの。話は終わりました?長かったですわね。

 

「どうかしたのかブルー?いきなり大声を出して」

 

「ルドルフちゃん。なんだかミカドちゃんの様子が変なの」

 

わたくしは変ではありませんわ失礼な。

 

「いや凄い変だったよ。声をかけても反応しないし心ここにあらずって感じだったよ」

 

大丈夫?とブルーは心配そうに見てくる。でもわたくしはシューズを見ていただけですわ。集中していたんでしょう。

 

「シューズ?あの赤いシューズのこと?」

 

ええ、何故かあれのことが気になってしまって。

 

「おおあのシューズか。わかるぞあれはいい物だ。まぁ売れんがね」

 

店長さん、売れないって非売品ということですの?

 

「いや高いんだよ。惚れ込んで何年か前にイタリアから買ってきたんだけど高くて全然売れないんだ。ものは抜群なんだがうちの牢名主みたいなものさ」

 

ふーんおいくらくらいですの?あれ値札がついていませんの。

 

私の言葉を聞いて店長が値段を言う。その値段を聞いてブルーもルドルフもやよいちゃんも驚く。

 

少なくとも中古車を買うよりは安いですわね。すぐには無理ですが必ず買うので取り置いておいてください。

 

「ちょっとミカドちゃん!本当に大丈夫?!」

 

シューズに全く興味がなかったはずのミカドが、いきなりとんでもなく高価なシューズを買おうとしている。明らかに正気ではない様子のミカドにブルーが心配して声を荒げる。

 

「ああ・・・アンタ魅入られたのか。じゃあしょうがないな。いつまでも取り置いておくから安心してくれ」

 

ありがとうございます店長さん。できるだけ早く代金は準備しますので。

 

「疑問ッ!魅入られたとは?何か曰くのあるシューズなのですか?!」

 

やよいちゃんが店長に尋ねる。様子がおかしいミカドが心配なのかミカドと赤いシューズに目線が行ったり来たりいている。

 

「いや曰くなんてないさ。うちは真っ当なものしか置いてないからね。でも・・・」

 

店長は一息入れてから話し出す。

 

「この店には私が惚れ込んだものしか並べない。私が買い付けたシューズ達は大手メーカーにはない物があると思っている。だからわざわざ外国から取り寄せているんだ」  

 

「ここにあるものは手作業だとか、小さい工場の職人が作ったものばかりだ。素材とかも最新技術のものじゃないし、精度だって大型機械で作る量産品には絶対に敵わないだろう」

 

 

そう言って店長はおもむろに近くにあったシューズを、まるで壊れ物を扱うかのように優しく手に取る。その仕草は道具としてではなく芸術品を扱うかのようで、そこには深い畏敬の念が籠もっているように感じた。

 

 

「だが設計とか素材とかを超越した製作者の魂。私はここにある全てのシューズに、そう言う物が宿っていると信じている。身に付けると不思議と誇らしくなって身が引き締まる。まぁ勝負服みたいなものだね」

 

「そういったものを扱っていると時折あるんだ。値段が幾らだろうと絶対に欲しくなってしまう。うちの業界じゃそれを'魅入られる'って言うのさ」

 

いいことをいいますわね店長!あの赤いシューズ・・・何故か心が惹かれますの!値札を見る前に決めてしまいましたの!

 

あの赤いシューズを見たときに全身に鳥肌が立ってしまった。あのため息の出るほどかっこいい赤いシューズ。わたくしのものだ。どうしても、どうしても欲しい!絶対に諦められない。

 

わたくしの言葉に店長は嬉しそうに頷く。

 

「あのシューズは私の店でもとびきりだ。特にあのーーーーブレンボはね」

 

 

 




こういった俺の好きなもんだけ集めたぜって店。ほんと好き。でもジャンキージョイントはないよな。初期遊戯王のジャンキースコーピオンって靴屋をオマージュしてます。エアマックス狩り回のやつです。でもこの店長はいい人ですよ。

靴のサイズの問題は・・・まあサイズもピッタリですよ!なんせ運命の出会いなので!

ブレンボの元ネタはイタリアのブレーキメーカーです。ミカドちゃんの元になったランエボに標準搭載されたブレーキですね。

ブレンボはポルシェとかフェラーリ、ランボルギーニみたいなスーパーカーや、日本車だとGTRとかスカイライン等に搭載される超高級ディスクブレーキで、知名度的に世界一有名じゃないかな?とにかく見た目がカッコいい!性能もヤバいんですね。

ランエボに載せよーぜ!ってなった三菱社員がイタリアのブレンボ本社に行ったら、当時はブレンボ本社は製品の知名度に比べてすごく小さな会社で、手作業で一台一台車に合わせて作っていたそうです。

それにしてもブレンボ標準装備とか正直狂ってるよ。よく三菱上層部許可したな。まあ当時の三菱は熱かったからな!そりゃあバーニャくらいの情熱があったんですよ!

私もなーこういった運命の出会いを経験してみたい。いつもいつも欲しいけど値段がなーとか言って諦めてしまう。


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提案ッ!私にいい考えがある!

やよいちゃんそれ本当にいい考えなんですか?後ろの秘書さん青筋浮かべてますよ?


店長とバンダナ先輩に見送られながら店を出る。名残惜しいですがお金もないのに冷やかし続けるのもあれですからね。

 

外に出ると空はもう夕暮れ色になりかけている。平時ならそろそろ子供が家に帰る時間でしょう。夕暮れの赤い空を見ていると先ほどの靴が頭の中によぎる。

 

バンダナ先輩もシューズが好きらしく、あの時のわたくしの気持ちに賛同してくれましたわ。わたくしがシューズショップの店員は似合わないと言ったら頭にウメボシくらいましたが。

 

でも先輩はこの店を知って1週間もしない内に、バイト代はなしでもいいからここで働かせてくれ、と店長さんに頭を下げたらしい。今は好きなものに囲まれて仕事をするのは楽しいそうですわ。あっ、ちゃんと店長はバイト代は出してますわよ?

 

それにしてもあの赤いシューズ、確かにブレンボでしたわね。ひと目見た瞬間引き込まれましたわ。わたくしあんな気持ちになったのは始めてで、どうすればいいのか全然わかりませんわ。

 

思わず振り返って店を見る。あの入る前にみた胡散臭い店の名前の看板が名残惜しい。あの靴をずっと見ていたい・・・いや!お金を貯めて、買って部屋で見ればいいんですわ!

 

そう決意しながら3人に付いていく。なんていうか夢見心地でふわふわとして足元が定まらない。うーんわたくしまっすぐ歩けてます?

 

「大丈夫か?フラフラしてるぞ」

 

ルドルフが心配そうにしている。フラフラしてる自覚はありますわ。少し何処かで休みませんか?わたくしちょっと落ち着きたくて。

 

そう言うと少し悩んだルドルフによっていい場所があると道案内される。たどり着いたのは駅と商店街の境くらいにある落ち着いた場所。少し寂れた喫茶店。

 

ルドルフ行きつけの喫茶店らしい。コーヒーが美味しいのと、落ち着いた内装でいわゆる純喫茶のような店ですわ。まぁわたくしコーヒー飲めませんけど。

 

わたくしがいつも行く駅前の喫茶店とはかなり違いますわね。あっちは学園の生徒とかも沢山来ますし。もっとガヤガヤと混雑していますわ。

 

時間帯的に喫茶店はかなり空いているので、お客さんもわたくし達以外は誰もいない。マスターが暇そうにカップを磨いている。

 

「ミカドちゃんそろそろ正気に戻って欲しいな」

 

今のわたくしそんなに変ですかね。たしかにふわふわしていますが。そう言って注文したアイスココアを飲む。ふぅ少し落ち着いてきましたわ。

 

冷静になってふと考える。それは先ほどのお店でのやり取りですわ。あの赤い靴を買うって勢いよく店長さんに言っちゃいましたけど、よく考えたらわたくしお金が全然ないですわ・・・

 

いや仕送りを節約した分があるにはありますが、少なくともあの靴を買える金額はない。中古車買える金額は学生には重いですわ。うーん親にねだったらゲンコツをくらいそうですわね。

 

「確かにあの金額は学生には厳しいと思うぞ」

 

やよいちゃんがミルクセーキを飲みながら言う。流石に静かな喫茶店ではいつものように声は張り上げない。

 

こう、なんか都合よく儲かる仕事とかないですかね?ちょっとくらい危険でもいいので誰か紹介してくれません?

 

「やっぱり冷静じゃないだろ。少し落ち着け」

 

ルドルフ・・・でも、でもぉ!欲しい欲しい欲しい、すっごい欲しいんですわ。

 

「学園としても危険なアルバイトは許可できないぞ」

 

うううやよいちゃんまでぇ・・・レースで勝てば賞金が入るそうですが。そのレースで履くためのシューズが欲しいんですわ。こんなのジレンマですわ。

 

「まぁあのブレンボは学生向けじゃないよ♡海外のトップチームが使うようなシューズだし」

 

ブルーがいうのならそうなんでしょうが・・・あれめちゃかっこいい。あれ履いてクラシックレースに出たいですわ。きっと凄い目立ちますわ。

 

そうだ!マルゼンスキー先輩におねだり・・・やっぱやめですわ。あれは自分のお金で買わなきゃダメなやつですの。今回に限っては。

 

うーんうーんやっぱり学園のお手伝いで稼ぐしかないのでしょうか。こうドカッと稼げてなおかつ危険がない仕事ないでしょうか。

 

「そんなのあるわけないでしょ♡」

 

「その通りだ。何事も地道が1番だ」

 

「提案ッ!私にいい考えがある」

 

そうですわよねそんな都合のいい案があるわけ・・・・

 

やよいちゃん今なんと?稼げる仕事があるんですの?どどどどう言うことですの!やよいちゃん!詳しく!詳しく教えてください!!

 

「ミカド、喫茶店では静かにしろ」

 

はっ!ごめんなさいルドルフ。そうでしたわたくしのしたことがびっくりしてしまってついつい。・・・で?やよいちゃん詳しく話してもらえますか。

 

「ミカド!今月の末にトレセン学園で何があるか知っているか?」

 

今月の末に何かありましたっけ。・・・あっ感謝祭!

 

「実はリギルのチーム申請が仮とは言え通っている。出店許可が下りれば感謝祭にお店を出すことができる」

 

確かに感謝祭でお店を出せば売り上げ次第でうまくいけばあの靴も買えるかもしれませんわね。

 

でもやよいちゃん、わたくし達チーム見学でおハナちゃんに面倒を見てもらっているだけで、別にチームリギルに所属しているわけではありませんわよ?

 

「実は君たち3人は現状リギル所属ということになっているとたづなが言っていた。流石にマルゼンスキー1人だけではチームとしての仮申請すら通らないからな」

 

えっそれ聞いてない・・・。ルドルフ、ブルー貴方達は?

 

2人は黙って首を横に振る。ええい担当ウマ娘があれならトレーナーも問題児じゃないですの!やりますわね!

 

でもおハナちゃんトレーナー・・・いくらマルゼンスキー先輩が可愛いからって流石にそれ通すの無理がありますわよ。だから理事長に直談判してましたのね。

 

でももう感謝祭まで1ヶ月切ってますわ。間に合いますの?ほら申請とかいろいろあるのでしょう。申請期限終わってるんじゃないんですの?

 

「こっちはお母様から聞いた話で、本当は言ってはいけないんだが・・・期限ギリギリの滑り込みで、チームリギル名義でマルゼンスキーが感謝祭の申請を出したそうなのだ」

 

えっ何それやっぱり聞いてない。

 

「・・・聞いてないな」

 

「・・・初耳だね♡」

 

わぁお2人ともドン引きしてますわ。あの人達本当に見切り発車ですわね!でも今回はナイスゥ!!流石マルゼンスキー先輩!おハナちゃんトレーナー!これからもついていきますわ!

 

「それ本当に言っても良かったのか、やよいちゃん」

 

「うむっ!よくはないな!万が一マスコミに漏れたら間違いなく大騒動だ」

 

感謝祭はマスコミも大勢出入りしますからね。そこでマルゼンスキー先輩が新しいチームを立ち上げたなんて明らかになったら、次の日の新聞の一面記事ですわね!

 

もしかしたらわたくし達に対するサプライズなのかもしれませんが、それにしてもサプライズの規模がデカすぎますわ。あの人自分が日本を代表するスーパースターの自覚あるんですかね。

 

ああ、おハナちゃんトレーナーにシメられるマルゼンスキー先輩が今から目に浮かぶようですわ。またほっぺた引っ張られてそうですわね。

 

でもこれで・・・なんとかなりそうですわ!先ほどまでの湯だったようなふわふわ感は吹っ飛びましたわ。目的の定まったわたくしは一味違いますわよ。

 

そう言ってわたくしはアイスココアを一気に流し込む。そしてダンッとグラスを机に置く。

 

では皆さん、これより感謝祭がっぽり大儲け作戦を始めますわ!頑張りましょう!わたくしのブレンボちゃんを買うために!

 

「だから静かにしろ。マスターが見てるぞ」

 

あっすいません。そんな目で見ないでくださいマスターさん。アイスココアもう一杯頼みますので。えへへ。

 




てなわけでマルゼンスキーが企んでた計画が後輩達にバレました!

いや企んでるってのはおかしいかな?マルゼンスキー先輩はチーム作ったらチームメイトで何かしたいなーとか、普段から考えてたんでしょうね。

結構マルゼンスキー先輩暴走しているように見えますが、しっかり暴走してますよ。いやぁほんと浮かれているんでしょう。おハナちゃんの苦労が偲ばれます。おハナちゃんもはっちゃけてるんですけどね。

苦肉の策で無理やり仮申請を通したら、今度はマルゼンスキーがそれに悪ノリして申請出しちゃったんです。

こんな横紙破りばっかりしてたら、いつかしっぺ返しを喰らうぞ!ミカドちゃんみたいに!


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現状このチームのレゾンデートルは満たされておらず・・・

査察最終日です。でも今日は月曜日!うわぁぁぁ!月曜日だぁぉぉ!


日曜日に赤いシューズことブレンボちゃんとの運命の出会いを果たして次の日、つまりは月曜日。

 

やよいちゃんは今日も視察だそうなのですが、生憎わたくしは普通に授業があります。ですので緑の人こと理事長秘書のたづなさんに引き継ぎを行いましたわ。

 

教室でわたくしがこうして歴史の授業を受けている最中も、彼女はきっと学園の未来の為に歩き回っているのでしょう。

 

教室の窓から外を見る。今日も快晴。うーんいい天気ですわねぇ!

 

授業が終わってもわたくし達はその後、チームリギルに合流してトレーニング。ですのでやよいちゃんと楽しく遊ぶ・・・もとい視察はほぼおしまいなのですわ。

 

一応トレーニング後に少し会えるとのことですが、おそらくは暗くなってからでしょう。

 

 

「ミカドさん、授業を聞いていますか?」

 

ええ、しっかり考えていましたわ・・・この学園の未来について!

 

パコン!先生に教科書で頭を叩かれる。いたいですわ。

 

「今は歴史の授業です。未来に目を向ける前に、過去について学びましょう」

 

ふぁい

 

--------

 

いやぁ!今日の授業もなかなかの強敵でしたわね!

 

「お前は1日に何度注意されれば気が済むんだ・・・」

 

ルドルフ!世の中には授業よりも大切なことがありますのよ!過去に囚われず未来に想いを馳せる・・・なんせわたくしは未来に生きてますので!

 

「ああ、だからミカドちゃんはアホなんだね♡」

 

ブルーそれは流石に失礼だと思いますわ。今日のトレーニングでけちょんけちょんにしてやりますので覚えてなさい!

 

「トレーニングでどうやってけちょんけちょんにするんだ。あまり東条トレーナーを怒らせるなよ」

 

ま、前に勝手なことして怒られたのは反省してますわ・・・あの人怒ると理論責めしてくるから口喧嘩はもうごめんですわ。

 

まぁ、怒られるようなことをしたこちらに非がありますので。あの人は非がなければ気に入らなくても絶対怒りませんからね。多分!

 

さあトレーナー室に着きましたわね。さぁ今日もトレーニングですわ。いっちばんのり!ですわ!

 

ガチャリとドアノブを回し、トレーナー室の中に入ろうとする。そこには椅子に座り足を組んだおハナちゃんトレーナーと、その前に床で正座をしているマルゼンスキー先輩の姿があった。

 

パタンとドアを閉める。失礼しましたわ。

 

「おいドアの前を塞がれたら中に入れないぞ」

 

後ろからルドルフが声をかけてくる。うーん見間違いかな?わたくし疲れてるのですわね。ちょっと今日は休みますね。

 

「何を言ってるんだお前は。さっさっと・・・」

 

ガチャリ・・・パタン・・・

 

わたくしの傍からルドルフがドアを開け、ルドルフとブルーが中に入ろうとする。ですが中に入らずに無言でドアを閉める。

 

「どういうことなんだ一体」

 

「・・・・えー」

 

わたくしにいい案がありますの。30分くらい時間を潰しましょうそうしましょう。

 

こういう場合はほとぼりがさめるまで退避するが吉ですわ。絶対今入ればロクなことになりませんわ。何故か巻き込まれて怒られる気がしますの。

 

そうやって踵を返そうとすると、扉から飛び出してきた涙目のマルゼンスキー先輩によってトレーナー室に引きずり込まれる。

 

あっこれホラー映画とかでよくあるやつですわ。とりあえず抵抗する。ヤメローシニタクナイーシニタクナイー!

 

というわけでわたくしの無駄な抵抗は終わった。マルゼンスキー先輩によってガッチリとホールドされた状態でおハナちゃんトレーナーの前に全員が並ぶ。何故わたくしだけホールドされているのですかね。

 

「おはよう。来てもらって悪いが今日のトレーニングは少し遅れることになった」

 

わぁ、でしたら後でもう一度来ますね。さぁマルゼンスキー先輩。今日は無実のわたくしを解放してください!・・・あっこの人力強い!離して!服が伸びる!あー!制服伸びちゃう!

 

そうやってわちゃわちゃしていると、おハナちゃんトレーナーは目頭を押さえてため息をする。本当になんなんですのかの状況!誰か説明を!説明を希望しますわ!

 

「マルゼンスキーが感謝祭に無断で申請を出していた」

 

あっそのことですの。でしたらわたくしは大賛成ですわ!

 

わたくしの言葉におハナちゃんトレーナーは目元をピクリとする。どうかしました?なんか目つきが鋭いですわよ。

 

「・・・ほぅ。つまりミカドランサー。あなたも知っていたと?」

 

は?えっ!わ、わたくし知りませんでしたわ!知ったのは昨日ですわ!教えてもらったんですの!やっ・・・

 

「や?」

 

や・・・や、闇のルートの情報筋ですの!

 

あっぶない。やよいちゃんって言いそうになりましたわ。流石にあっちに飛び火するとヤバイですわ!なんで彼女が知ってるか聞かれたら、彼女が次期理事長というのをうっかりゲロってしまいそうです。

 

それより!せっかく申請を出したのですから!感謝祭を楽しむための話し合いをしましょう!ねっ?ねっ?マルゼンスキー先輩だって悪気があったわけではありませんわ!ですよね!

 

「・・・うん」

 

あっマルゼンスキー先輩これはガチで凹んでますわ。念入りに叱られましたねこれは。ルドルフ!ブルー!おハナちゃんトレーナーにはわたくしが話しますので、マルゼンスキー先輩をお願いしますわ!

 

後ろでマルゼンスキー先輩を慰め始める2人を尻目に、わたくしはおハナちゃんトレーナーに話す。

 

そのーおハナちゃんトレーナー、ちょっとお伺いしたいのですが。その感謝祭について・・・参加するのダメですかね?

 

「勿論ダメに決まっている。この後感謝祭委員会に辞退する旨を伝えに行くつもりよ」

 

そこ、なんとかなりませんか?実はわたくし、どーしても感謝祭に店を出したい理由があるんですの!

 

「・・・・ダメだ。マルゼンスキー中心のチームを作るとなると相当な騒動になるわ。チームリギルの発表は記者会見を行わなければならないくらいの話題性がある。それともあなたは問題が起こった時に責任を取れる?」

 

・・・取れませんわ。

 

「なら話は終わり。これから感謝祭委員会の所に行くのでトレーニングはその後よ、準備しておきなさい」

 

・・・おハナちゃんトレーナー!!わたくし責任なんて取れませんわ!でもお願いします!!

 

私は深々と頭を下げる。それでもおハナちゃんトレーナーは揺るがない。

 

「ダメだと言っている、これは大人の事情よ。悪いとは思うけど来年は出店できる。今回は我慢しなさい」

 

もう無理だとわたくしの中の冷静な部分が声を上げる。おハナちゃんトレーナーの中ではもう話は決まっていますのね。その方がマルゼンスキー先輩の為になるのは間違いありませんもの。

 

でもわたくしは諦めませんの。諦めるくらいなら最初から頭を下げませんわ。

 

嫌になりますわねわたくしが諦めれば済む話なのに。こういう悪知恵ばかりに頭が回って。優しいおハナちゃんトレーナーの善意につけ込むようなこと、本当は絶対にしたくないのですが。

 

わたくしは深く息をしてから膝を付く。手を前に置き背筋を伸ばす。そしてゆっくりと頭をーーー。

 

「やめなさいッ!!」

 

下げられなかった。おハナちゃんトレーナーの鋭い一喝はわたくしの身体から自由を奪うのには十分すぎた。

 

そのすぐ後にそばに駆け寄ってきたマルゼンスキー先輩によって引きずるように立たされる。

 

おハナちゃんトレーナー。止めたということは、参加させて貰えるということでよろしいですね?

 

あれは懇願の土下座ではなくもはや脅しの一手だった。絶対に止めると分かっていましたもの。

 

「・・・わかったわ。参加を認める」

 

その言葉を聞いて、わたくしは勢いよくガッツポーズ!先程までの恭しい態度?あんなもん演技ですわ!演技!

 

あまりの態度の変わりようにおハナちゃんトレーナーは目を見開きびっくりしている。マルゼンスキー先輩も自分のせいで後輩が土下座してると思っていたのに、いきなり喜ぶものだから驚いていますわね。

 

へへん!土下座であのシューズが買えるなら安いもんですわ!

 

しっかりと言質とりましたわ!ここにいる全員が証人ですわ!やりましたわ!イエェェェイ!!ぶいぶい!

 

さあ!今から感謝祭の案を煮詰めますわよ!さあ皆さん席について!!・・・あれなんでそんな目でわたくしを見ますの?おハナちゃんトレーナー?聞いてます?おーい?

 

次の瞬間、いつものようにミカドランサーの悲鳴がトレーナー室に響き渡った。

 

 

 

 




土下座というのはこれ以上ないくらい、強力な説得だと思います。

なんせ相手が土下座したらこれ以上は絶対引き下がりませんから。ミカドちゃんはプロのごめんなさい芸人だからね、これくらいのことは朝飯前です。

でもごめんなさいする状況を作らなければ、謝らなくてもいいんじゃないですかね?無理?だよねー!


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PAYDAYか、楽しい皮算用か

感謝祭って何をするのか・・・私は学祭でお好み焼きを作りました。


わたくしの華麗なる説得でおハナちゃんからの許可をもぎ取ってから早や数十分。今後の感謝祭と今後のリギルの振る舞い方についての話し合いですわ!

 

「よく言うよ、泣くほど怒られてたのに♡」

 

やっかましいですわブルー!わたくしは今回の件では一切の妥協はありませんの!この感謝祭でがっぽり儲けないと全ての計画がおじゃんなのですわ!

 

「おハナちゃん。焚きつけてしまった私が言うのもあれなんだけど、なんでこの子こんなにやる気なの?」

 

「分からない」

 

椅子に座ったマルゼンスキー先輩とおハナちゃんトレーナーが戸惑っている。

 

いいですか!この感謝祭の売り上げによってわたくしはおニューのシューズを買うのです!ブレンボちゃんはとってもお高いので、売り上げを分け合った後でも買えるくらい儲けないといけませんのよ!

 

「ミカドちゃん。そのシューズって幾らくらいなの?」

 

中古車が買えるくらいですわ!

 

「学生がそんな高価な物を買うな」

 

マルゼンスキー先輩もおハナちゃんトレーナーもびっくりしている。まじかよこいつみたいな顔してますわ。気持ちは分からなくもないですが、買うと言ったら買いますの!もう取り置きも済ませてますのよ。

 

「・・・・とりあえず話は分かった。やっぱり辞退してくる」

 

おっとおハナちゃんトレーナーそうはいきませんわ!さっき許可出しましたわよね!わたくしバッチリ覚えてますのよ!それでも辞退するのならわたくしにも考えがありますわ!

 

「どうするつもりだ」

 

感謝祭がダメなら次は銀行の現金輸送車を襲う計画を立てないといけなくなりますの。いわゆる給料日、つまりPAYDAYですわ!

 

「・・・・・・」

 

それにしてもリギルがそこまで話題性があるなんで驚きでしたわ。チーム作るのも楽じゃないんですのね。

 

「無敗の怪物マルゼンスキーのチームだ。未来のトップチームになると思われても仕方がないだろう」

 

なら都合がいいじゃないですかルドルフ。話題の超新星チームが出す店なんて人が押し寄せるに決まってますわ!ついでにマスコミ使って情報を拡散させましょう!爆売れですわ!

 

なんでしょう。すごい追い風を感じますわ!今までにない何か熱い追い風を。風・・・なんだろう吹いてきてます確実に、着実に、わたくし達のほうに!

 

「そこまでポジティブなのは才能だと思うよ♡」

 

ええそうでしょう。わたくしは子供の頃は自己肯定村出身のミカドちゃんと呼ばれてましたの。もはや待ったなしですわ!

 

ところで感謝祭で何をしますの?実はわたくしまだ何も考えてなくて。誰かいい案がありますか?1人1案ずつアイデアを募集しますわ!

 

「・・・胃が痛くなってきたかもしれん」

 

おや大丈夫ですかおハナちゃんトレーナー。無理はいけませんわよ。少し横になりますか?あっ何故か怒り出しそうですわ。そっとしておきましょう。

 

「感謝祭には何度か来たことはあるが、やはり王道は喫茶店だろうな」

 

なるほどルドルフは喫茶店・・・でも調理担当とフロア担当が必要ですし、人が足りませんわね。おハナちゃんトレーナー、人をよそから引っ張ってくるのってアリなんですか?

 

「できなくはないが、売り上げを分配しないと不公平ね。それに喫茶店の申請はシンザン会長のチームが出しているはず。食い合いになるわ」

 

・・・却下で!少人数で回せるものにしましょう

 

「はい!おねーさんにチョベリグなアイデアがあるわ!」

 

シュッと手をあげるマルゼンスキー先輩。はいどうぞ。

 

「ティラミスを売るのがいいと思うわ!流行り物だし!きっと売れるわよ!」

 

・・・ティラミス?ティラミスってコンビニとかでよく見るあれですか?わたくしデザートの流行り廃りには詳しくないのでよくわかんないですわ。とりあえず保留で!

 

「・・・・」

 

ブルーは何かアイデアがあります?ブルー?

 

--------

 

ブルーインプは人知れず悩んでいた。本当に1人1案だとすると、自分の案かマルゼンスキー先輩の案になる。どうせミカドちゃんはロクなアイデアがない。

 

誰も突っ込まなかったが、ティラミスのブームは20年以上前だ。母から聞いたけどバブル時代に流行したデザートなのだ。今は定番化して目新しさは全くない。

 

何度か口にする機会はあったが、ティラミスは確かにすごく美味しい。売れるかも知れないけど・・・

 

マルゼンスキー先輩、ティラミスのブームがそんなに前な事絶対気付いてないよね。

 

前々から思っていた事ではあるけど、マルゼンスキー先輩はその・・・なんというかセンスとか知識がかなり古い。もし感謝祭でティラミスを出したとしよう。

 

 

『あっティラミスだ。3つください』

 

『はーい、ナウなヤングにバカ受けのティラミスみっつですね』

 

『ままー。てぃらみすってなにー?』

 

『ママがちっさい頃に流行ったデザートよ。すごく美味しくて当時話題になったの』

 

『パパは当時食べた事なかったな。いやぁ懐かしいなー』

 

『えっちっさいころ?な、懐かしい?そんな・・・もしかして私って・・・センスが古い・・・?』

 

ガビーン!マルゼンスキーの調子が下がった。

 

 

・・・・と、なりかねない。マルゼンスキー先輩には恩もあるしここは穏便に処理しないと。

 

目の前のしきり役をしているミカドちゃんを見る。いつもの脳天気顔。間違いなく何も考えてないよ!

 

自分の横のルドルフちゃんをチラリと見る。この子はしっかりしているように見えて、意外と世間知らずだ。マルゼンスキー先輩のセンスが古いことに気がついているかも怪しい。

 

それにルドルフちゃんの案は否決された。東条トレーナーは案を出すつもりはなさそうだ。つまり私かミカドちゃんのアイデアを採用されないと、消去法でマルゼンスキー先輩のティラミスになるかも知れない。

 

ミカドちゃんは、はいティラミスになりましたーパチパチパチで何も考えず決定しかねない。それは阻止しなくては。

 

「ブルーは何かアイデアがあります?ブルー?」

 

脳天気に話題を振ってくるミカドちゃん。ちょっと待って今考えてるから・・・よしっ!

 

ティ、ティラミスも悪くないと思うけど、王道を行くなら串系じゃないかな?もしくはもっとご当地感を出すなんてどう?

 

折角マルゼンスキー先輩目当てに人が集まるんだからさ。マルゼンスキー先輩の故郷の味とかみんな知りたがるんじゃないかな?チームのお披露目になるんだし、そういうの悪くないと思うけど・・・。

 

「ふむ・・・悪くないな」

 

東条トレーナーがポツリと呟く。よしっ!流れが変わったね!

 

「うーん。そうね・・・私の故郷なら牛が有名かしら?」

 

なら牛串なんてどうかな。ちょっと高くなってもマルゼンスキー先輩の地元から取り寄せて。下準備さえしっかりしておけば焼くだけだし、少人数で回せるんじゃないかな。

「私の知り合いに畜産関係の人もいるし、取り寄せるのはなんとかなると思うわ」

 

「す・・・」

 

す?どうしたのミカドちゃん。

 

「素晴らしいですわっ!!何という素晴らしい案!わたくしの案とは比べ物にならない案ですわ!」

 

ちなみにミカドちゃんの案は?

 

「ウマチョコ掴み取りですわ!」

 

・・・それ絶対失敗するね。

 

 

--------

 

というわけで、ブルーの提案してくれた牛串で行くことになりましたわ!パチパチパチ。

 

とりあえずマルゼンスキー先輩。故郷の知り合いの方の牛肉の交渉お願いしてもいいですか。

 

「任せて!おねーさんがパパっと話しつけちゃうから」

 

おハナちゃんトレーナーは・・・どうしましょう。マスコミ対応ってどうすればいいのでしょう?

 

「・・・それは先に話しておく事だろう。とりあえず馴染みの雑誌記者にそれとなくチーム結成予定だと流しておく」

 

なるほど。記者会見の前に噂を流しておくのは賢いですわね。突然チーム結成します!ってなるよりは穏便に済ませられそうですわね。

 

じゃあルドルフとブルー、わたくしは設備の準備をしましょう。

 

火を扱うので申請とかいりそうですわね。たしか消火設備とかいるんでしたっけ?後で確認しておきますわ。

 

よし!感謝祭の話も纏まりましたし。今日のトレーニングに行きましょう!

 

今日は気合が入ってますから、みんなまとめてけちょんけちょんにしてやりますわ!

 

「だからトレーニングでどうやってけちょんけちょんにするんだ」

 

ルドルフ。これは言葉の綾ってやつですわ!

 

 

 




ミカドちゃん・・・ウマチョコ掴み取りは流石に・・・

彼女にアイデアを出させてはいけない。語り継ごう彼女のアイデアロールのクソ出目を。

マスコミ関係については、何か問題が起こったらおハナちゃんが腹を切ります。もともとマルゼンスキーのわがままを聞いてあげたかった所に、ミカドちゃんの土下座殺法が炸裂。真剣に考えるのが馬鹿らしくなり、もうどうにでもなーれっていう心境です。


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タイフーン3人娘と古ぼけた理想の旗

視察みっかめはお別れの言葉くらいしかできない。トレーニング後はもう夜だからね

たまにはシリアス。URA!なんて悪い奴らなんだ!


今日のチームリギルの地獄のような練習が終わり、もはや外は暗くなり始めていますわ。

 

トレセン学園のメインホールでやよいちゃんと合流する。緑の人ことたづなさんと一緒に待っていましたわ。

 

まあほとんどお別れの挨拶くらいしかできないのですが。

 

折角ですしこのまま街の方に夜遊びに出かけません?外泊許可取って寮に帰らずマルゼンスキー先輩の家に転がり込んで・・・

 

「それを私の前で言われると止めざるをえないんですが」

 

食い気味にたづなさんに諫められる。えー。たづなさん何とかなりません?ならない?そうですか・・・

 

「残念ッ!そうしたいのは山々だが、あまりわがままを言うものではないぞ!」

 

やよいちゃんにも止められる。えーもうちょっと遊びましょうよ!このままお別れなんてつまんないですわ!ぶーぶー。

 

「普通逆だと思うんだけどなぁ♡」

 

「ああ、これではどちらが年上かわからないな」

 

ブルーとルドルフがなんか言っているようですが、わたくしには関係ありませんわ!でも後で覚えていなさい!

 

やよいちゃんは少し名残惜しそうではありますが、キッパリと断りを入れる。ちぇっ、誘惑失敗ですわね。

 

「またすぐに会うことになる!ミカドのことだ、感謝祭の話は通したのだろう!」

 

まだ話し合いの成否の話は一切していないのですが・・・うーんわたくしのことをバッチリ理解してますわね。無理やりにでも通すとわかっていましたのね。

 

もちろん通しましたとも。月末の感謝祭、主役は私達ですわ!

 

わたくしの言葉を聞いてやよいちゃんは楽しげに笑う。楽しみにしているぞ!と言い、やよいちゃんはバッと扇子を広げる。

 

その扇子には再見ッ!と書かれていますわ。この子は扇子をいくつ持っているのでしょう。

 

「また会おう!次は感謝祭でな!」

 

そう言って彼女はからからと笑う。

 

うん、また会いましょう。ほぼ2日だけですが楽しかったですわ!

 

「またね♡」

 

「また会おう。やよいちゃん」

 

その返事を聞き満足そうにした彼女は踵を返し、たづなさんと一緒に行ってしまう。

 

風を切るようにグングン前に進んでいくその足には淀みがない。まるで内なら自信がにじみ出ているかのよう。初めて出会った猫探しの頃よりもずっと大きく見えますわ。

 

あの子が未来の理事長ですのね。ちょっと心配はありますが、多分楽しいことになるんでしょうね。

 

「初めは色々言われるかも知らないが大丈夫だろう。私たちが支えてあげればいい」

 

・・・・そうですわね!うん。わたくしがいれば100人力ですわ!なので大丈夫!

 

「ミカドちゃんがいれば猫の手くらいにはなると思うよ♡」

 

ちょっと!わたくし猫よりは役に立ちますわよ!

 

「だったら問題児扱いされないようにするんだな」

 

ぐぬぬ、わたくし未だに問題児扱いは納得がいかないのですが!わたくしそこまで迷惑かけた覚えはないんですが!

 

 

----------

 

「やよいちゃん。この3日間は楽しかったみたいですね」

 

送迎車の中。私は隣の席に座っている小さな少女に声をかける。鼻歌すら歌うほどの上機嫌な姿を見るのは久しぶりだった。

 

「当然ッ!よい3日間だった!」

 

そう言った彼女は楽しげに笑う。彼女は未来のトレセン学園の理事長を担うことが決まっている。

 

それは幼い少女が担うにはあまりに重い重責が付き纏うであろう役職。

 

恐らくは就任の際、多くの反対の声が上がるだろう。経験もない小娘になにができると笑われるだろう。それは彼女も理解はしている。

 

かつてURAは理想の為に説立された組織だった。1人でも多くのウマ娘に機会を与える。世界へと飛び立てるだけの下地を日本にも作る。その言葉を旗印にかつては多くの先人が尽力した。

 

それの先駆けを担ったのがレースだった。URAを設立し、トゥインクルシリーズという夢見る舞台を作ったのはその為だった筈だ。

 

それが今は歪み、淀み、腐り始めている。

 

理想の為に掲げた旗は、すでに埃かぶった形骸となり久しい。もう一度同じ旗を掲げるだけのことにどれほどの妨害があるか想像もつかない。

 

彼女の夢はなんて事はない。それはかつてURAが掲げた理想の旗なのだ。その埃を払い、原点へと立ち返るべきだと彼女はかつて私に訴えた。

 

『かつての理想を追い求めたURAと言う組織は歪んだまま肥大化した。ただの収益を求めるだけの巨大な産業になり始めているのだ。いやあるいはもうなってしまっている』

 

『レースは莫大なお金が動くただのエンターテインメントになってしまった。本来機会を与えるならば、レースに限らず機会を与えるべきだ。その機会をわかっていてわざと狭めている』

 

『それは間違っていると思う。だから正さなくてはならない』

 

『味方が要る1人でも多く。支えが要る一本でも多く。夢を共有する仲間が要る、出来るだけ多く』

 

『新しい風が要るんだ!この閉塞感を打ち崩せるような!』

 

その時の彼女の話は懸命でとてもむなしい話だった。

 

かつて関係者全員が持っていた筈の当然の認識は、最早少数派なのだから。

 

そんな秋川やよいちゃんにとって味方となる良き縁とは何にも変えられない宝なのだ。

 

でも彼女の理想はレースにしか興味がなかった私には大きすぎた。私と彼女の夢は噛み合ってはいない。同じものを夢を見る事はないのかもしれない。

 

でもそれでもいい。私は私で出来る事を尽くす。大きな理想の為に頑張る彼女を支えたい。その気持ちは嘘じゃない。

 

私はレースが好きだ。今までもそしてきっとこれからも。ウマ娘達が栄冠を求め、競い、称え合う。そして観客は勝者に祝福を送り敗者にも歓声を。それがたまらなく好きだ。

 

そこに余計なしがらみは要らない。それが出来るだけ綺麗であって欲しい。わたしが願うのはそれだけなのだ。

 

今回の視察、やよいちゃんがいきなり案内役に無名のウマ娘を指名した時、理事長は一切の反対をしなかった。最初はシンザン会長が案内役になるはずだったのに、それを踏まえてあえてやよいちゃんの判断を信じた。私の反対を押し切ってまで。

 

彼女の夢を手助けできる良き縁を結ぶべき。無名のウマ娘よりもシンザン会長の方が力となってくれる筈だと私は言った。

 

それでもやよいちゃんは首を縦には振らなかった。その姿を見て理事長は決心をした。シンザン会長にではなく無名の彼女、ミカドランサーさんに任せようと。

 

そして理事長、貴方の判断は間違いではなかった。

 

横に座るやよいちゃんを再度見る。晴れやかに笑いながらこの3日間の話をしたくて堪らないという様子の少女。

 

その少女の表情を見ながら私は思い出す。先程別れたばかりの3人のウマ娘を。

 

夢は重ならなくとも私は一度その旗を見てみたい。純粋に未来を信じて駆け抜けた、そんな先人達の掲げた旗を。

 

この彼女が掲げる理想の旗を。

 

あの子達がもたらす風が、その旗をきっとはためかせてくれるから。

 

 




たづなさん「それにしてもあのミカドランサーさん。何処かで会ったことがある気がする・・・うーん思い出せない」

これにて視察終了です。また会おうやよいちゃん!



URAを悪きもののように書いてますが、組織運営する上で当初の理念が失われて淀んでいくのは仕方のないこと、別に特別な事ではありません。常に常に綺麗であるということの方が非常に不自然なんです。

ルイスキャロルも言っていました、その場に留まるためには全力で走り続けないといけない。でもそんなことできないんです、たまには息も入れたいからね。息を入れたたびに少しずつダメになってしまうんです。

だから永遠は存在しません。腐って衰退することすらサイクルの一部に過ぎないんです。どんなものにも波はあります。

誰もが俯き項垂れる。あるいは項垂れている事に気付かない時、やよいちゃんのように上を向く子が生まれるんです。URAの最初の理想も、世間が腐っていくことに耐えられない誰かが立ち上がって作ったのかもしれません。

たとえURAを新生してやよいちゃんが理想を叶えても、それもやがては同じように腐ります。だからこそまた立ち上がるものが現れるんです。今までのようにいつかのように、きっと誰かがやよいちゃんのように。


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うおォン!わたくしはまるでウマ娘火力発電所ですわ!!

キ セ キ の カ ー ニ バ ル

     開 幕 だ よ !!



チームリギルの地獄のトレーニングは見学期間の2週間という話でした。

 

ですがわたくしたちは見学者・・・ではなく、現状は正規のチームメイトということになっています。ですので2週間という制限はかかりません。

 

まぁトレセン学園では青田買いなんて大っぴらにできる話ではないので、練習場は使えません。ただ外部に漏れない場所で座学や最新のトレーニングプログラムとかの勉強はできますの。

 

でも今日話し合っているのは他でもない感謝祭の話ですわ!なんせあと1週間で感謝祭なのですから!

 

「各種書類申請、及びに設備什器手配の確認」

 

ヨシッ!

 

「牛肉と調味料等の手配と保管、調理道具の調達及び手順の確認」

 

ヨシッ!!

 

「釣銭手配及びに看板とPOPの確認」

 

ヨシッ!!!

 

「・・・・売り子用のTシャツとエプロン及びにサービスの確認」

 

まだ確認してないですがなんとなくヨシッ!!!!

 

完璧ですわ。とりあえず全部ヨシッ!!

 

「なあミカド。そのヨシッ!ていう掛け声は要るのか?」

 

チェックシートを挟んだクリップボードから視線を上げつつ、ルドルフが尋ねてくる。

 

要りますわ。これを言って確認すれば間違いありませんもの!

 

「うーん、なんかミカドちゃんが言うと不安だよね。後でしっかり確認したのにどうして・・・って言いそう♡」

 

流石にそれはありませんわよ。おハナちゃんトレーナーや委員会に必要なものしっかり確認しましたもの!間違うはずありませんわ。指差し確認もしましたし。

 

不安だなぁとぼやくブルーを無視しながら、マルゼンスキー先輩に報告する。先輩!とりあえず全部ヨシッ!です。

 

マルゼンスキー先輩はその言葉を聞いて両手でぐっとサムズアップする。

 

「オッケー!これで感謝祭の準備はチョベリグね!おハナちゃん、用意できてる?」

 

「ええ、これでいいのよね」

 

そうやって手渡されたのはお揃いのTシャツとエプロン。マルゼンスキー先輩の要望により、お揃いのTシャツとエプロンが支給された。

 

Tシャツは汚れが目立たない半袖黒Tシャツ。エプロンはシンプルなデニム生地のもの。これでどう見ても一般売り子ウマ娘ですわ。

 

Tシャツには何故かチョベリグって書いてますが・・・デニムのエプロンに隠れてしまうので外からは見えませんわね。エプロンの方にはチームリギルと書いてありますわね。

 

おそらく前者はマルゼンスキー先輩。後者はおハナちゃんトレーナーがデザインしたのでしょう。

 

もはや・・・万全ですわ!もうなにも怖くないですわ!

 

ああ早く感謝祭にならないでしょうか!

 

わたくしたちの用意した炭火焼き牛串をもって感謝祭で大儲けですわ!

 

 

---------

 

ということがあったのです。いやぁ今思えばあの頃のわたくしは若かったのでしょう。

 

今日は感謝祭当日、わたくし達は学園の屋外スペースで牛串焼きのテントを開いていました。店には新生チームリギルとか未来のスターチームと書かれた看板。

 

この野外スペースにはわたくし達以外にも多くの学生がテントが立てていますわ。頑張ればちょっとした小金持ちくらいにはなれるらしいのでみなさん気合いが入ってますわね。

 

おハナちゃんトレーナーがそれとなく流した噂により普通の新生チームよりは注目されてはいるでしょう。まぁそもそもこの牛肉はマルゼンスキー先輩の地元から取り寄せましたとデカデカと看板に書いていますが。

 

大型の炭火コンロの上では、事前に仕込んで冷凍しておいた牛串が並べられ、焼けたお肉からは脂が滴りパチパチと音を立てていますわ。ちょっとだけお高いですが味は保証します。

 

目の前でお肉がジュージュー!!ああ醤油ベースの特注たれ!炭火で焼けていい匂い。そのまま食べてもよし。ご飯があればもっとよし!ビールはわたくし飲めませんが多分よし!!うふふ。

 

「ミカドッ!12本追加だ!」

 

う、うわぁぁぁぁ!もうおっつきませんわぁぉあ!

 

舐めていた!舐めていましたわ!凄まじいペースでストックが無くなりますわ!ブルー!どうして!早く帰ってきてください!冷凍庫から追加の牛串を早く持って帰ってきてぇぇえ!もうないの!クーラーボックスの中の牛串がもうないの!

 

ルドルフは会計で忙しくて、マルゼンスキー先輩も今いませんの!助けて!焼き役がわたくししかいませんの!手が足りませんわ!こんなの感謝地獄ですわ!

 

感謝祭の朝方はまだまだ人が少なくて余裕が有りました。感謝祭のオープニングセレモニーとエキシビジョンレース等のイベントがグラウンドであります。マルゼンスキー先輩やシンザン会長、ミスターシービー先輩含め学園のスター達が出るので来園者はそっちに流れていました。

 

ですがお昼時になると午前のイベントも終わり。空き時間になった選手も来園者もスタッフもレースグラウンドからゾロゾロと出てきていました。まるで人の濁流のようですわね!なんて言っていたのが懐かしい!

 

そんな腹の空かした人もウマ娘もこの野外スペースに近づくと、焼けた醤油タレにソース、油の香りとかを嗅ぐわけですわね。すぐに大行列ができていますわ。

 

マルゼンスキー先輩の新生チームという噂をおハナちゃんに流してもらいましたが、ここまで!ここまで人が集まりますか?!

 

いや、他の店もすごい並んでいますわ!この野外スペース人が密ですわ。ノーディスタンス!レッドアラート!

 

なんかもうえらいこっちゃですわ。人手!人手が欲しい!適当に見つけたクラスメイトを捕まえて働かせる。ほら!バトラー手が止まっていますわよ!

 

ひーん!と言いながらも働かされるバトラーには申し訳ないです。後でバイト代あげるので手伝って!お昼時だけでもいいのでお願い!!

 

「だだいま!串の追加持ってきたよ!」

 

ブ、ブルー!貴方おっそいですわ!なにやってましたの!見捨てられたかと思いましたわ!早く焼くの手伝ってください!

 

「倉庫から余ってた炭火コンロと炭の追加を頂いてきたよ♡」

 

よくやりましたわ親友!さすがとしか言えませんわ!さあ早くセッティングを!今の台数じゃ回しきれませんの!

 

手際良くブルーが新しい炭火コンロを準備をしていく。要領のいい友人を持つとありがたいですわ。焼き役が1人増えてこれでなんとか・・・

 

「さらに24本追加だ!急いでくれ!」

 

なりませんわ!それでも足りない!うわぁぁん!!誰か助けて!!

 

---------

 

お昼のピークを過ぎれば人は落ち着いてくる。わたくし達は疲労困憊ですわ!ていうかマルゼンスキー先輩来ないんですけど!どういうことですの言い出しっぺ!

 

でもとりあえずなんとかなりそうになったのでバトラーにはバイト代と牛串3本を渡して身柄を解放する。またしんどくなったら呼びますわね。

 

バイト代を手にしながらも、えーやだーというバトラーを見送りながらわたくしは串を焼く。快く手伝ってくれて嬉しい限りですわ。なんて頼りになるクラスメイトなのでしょう。

 

「彼女はいつも・・・不憫だな」

 

「・・・そうだね」

 

ルドルフ、ブルー。あれは彼女に課せられた宿命のようなものです。わたくし達はそれを見守るしかないのですわ。何というかどんな無茶でも頼みやすい彼女が悪いのです。わたくしは悪くない。

 

すごい呆れた目でこちらを見てくる2人を知らんぷりしていると見知った顔が現れる。

 

「お前ら何やってんだ・・・」

 

あっ!バンダナ先輩と愉快な仲間たちですわ!牛串の香ばしい匂いに釣られてカモが釣れましたわ。

 

ほらバンダナ先輩!美味しい牛串ですわよ!1人20本くらい貴方達なら食べられるでしょう!?売り上げに貢献してくださいな!

 

バンダナ先輩は看板を見て嫌そうな顔をしている。ははぁさてはマルゼンスキー先輩の地元の牛ってところが気に入りませんのね。この前マルゼンスキー先輩に負けたことを根に持ってますわね。

 

でもわたくしは諦めませんわ。このいけずな先輩には押し売りしてでも買わせますわ。

 

先輩先輩。マルゼンスキー先輩の地元、つまりルーツである名産の牛を食べる・・・このことの意味がわかりますか?

 

「いきなりどうした?」

 

いきなりの話題転換にバンダナ先輩は戸惑っている。ふふふ。こっからですわ!

 

つまりマルゼンスキー先輩を喰う、そんなゲン担ぎになるということですの。そう!オスマン帝国を打ち破った記念に、オスマン帝国のシンボルである三日月を模したクロワッサンを食べたオーストリアのようなものですわ!

 

「いやそうはならないだろ」

 

チィ!!説得失敗ですわ!やーだー買って欲しいですわ先輩!お金がいるんですの!ブレンボちゃんを買いたいんですの!

 

「ああだから店を開いてるのか。そっちを最初に言えよ。なら1本だけな」

 

えー!これ美味しいですわよ!もっと買いません?買わない?そうですか。まぁいいですわ、まいどありー♪

 

そう言ってバンダナ先輩は1本分の代金を手渡してくる。バンダナ先輩に続いて愉快な仲間たちも各自で何本を買っていく。

 

「美味かったら宣伝しといてやるよ」

 

そう言ってバンダナ先輩達は牛串をくわえながら、手をひらひらさせて何処かへと言ってしまった。

 

「お前の口からオスマン帝国なんて言葉が出てくるとは思わなかったぞ」

 

失礼ですわねルドルフ!この前歴史の授業でやったでしょう。・・・まぁわたくしパンの話しか覚えてないのですが。その時はお腹が空いていたので。

 

 

 




バンダナ先輩「えっ?!なにこれうっま!」



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オラッ!完売御礼申し上げますわ!

感謝祭でお店を出したい。お店も回らせたい。両方やらなくちゃいけないのが作者の辛い所。


あー・・・人来ませんねぇ。みんな今頃午後のイベントを楽しんでいるのでしょうね。

 

この時間帯になればはらぺこ達はもういない。皆んな何かを口にしてお腹は満たされてしまっている。それにグラウンドで午後のイベントが始まれば人はかなり閑散としてくる。先程までの地獄のような忙しさはもうありませんわ。

 

牛串もかなりの数捌けましたわね、あんなに準備してたのに残ったのはこれだけですか。絶対余るくらいだと思ったのにこれ目標数超えてますわね。

 

「いやぁ、これすごい数売れたよね♡」

 

わたくしが欲張ってとんでもない量のストックを作ったつもりだったのにほぼ終売状態。そりゃ毎年お小遣い稼ぎに店を出す生徒がいっぱいいるわけですわ。今日だけで幾ら稼いだのでしょうか。

 

うーん残りどうしましょう。あといくつくらいあります?

 

「あとクーラーボックスに半分くらいだな」

 

次のピークいつでしょう。イベントが終わる夕方まで人きませんよね多分・・・暇ですわぁ。

 

うーん切り上げて感謝祭を回ってもいいのですが、まだお肉もあるしうーんうーん。

 

「ヤッホー可愛い後輩ちゃん達。やっと手が空いたから手伝いに来たわよ」

 

そうやって悩んでいると今更現れたエプロンを身に包んだマルゼンスキー先輩とおハナちゃんトレーナー。わぁ2人のエプロン姿新鮮ですわ。とっても似合ってますわよ。

 

でも2人とも遅刻ですわよ。もうお肉ないですわ。ほら、これが最後のクーラーボックスですわ。

 

「えっ!!嘘でしょ!あんなにあったのに!?」

 

わたくし達全員お昼のピークを舐めていましたわ。特にウマ娘の食欲ってやっぱすごいですわね。1人で10本ぐらい買っていく方もいましたわ。

 

「・・・すまない。想定よりも遥かに売れたようね」

 

そう言って謝るおハナちゃんトレーナー。よく考えたらお二人とも感謝祭にお店とか出したことなかったんでしたわね。もっと下調べしておけば良かったですわ。周りのお店はまだ在庫ありそうですもの。次のピークの分の材料もあるのでしょうね。

 

マルゼンスキー先輩はがっくしと肩を落としている。多分一緒に出店をやるのを楽しみにしていたのでしょう。それにしてもなんで遅れたのですか?お昼の時間に来ると思っていたのですが。

 

「それがぁ、ちょっとマスコミに捕まっちゃって・・・」

 

「下手な対応をしたらチームの立ち上げに悪影響だと思って丁寧に相手ををしていた。イベントが終わってすぐ来ることはできないとは思ってはいたが、流石にここまでかかるとはな・・・・」

 

それなら仕方ないですわね。とりあえずこの残りをなんとかして、感謝祭を回ろうかと思っていたところなんですわ。夕方まで待ちぼうけしてもこの残りの数じゃああんまりですわ。

 

「・・・そうね。このペースでダラダラやるよりもいいかもしれないわね」

 

マルゼンスキー先輩は未練がありそうですが、売るためのお肉がない以上どうしようもありませんわ。マルゼンスキー先輩の地元から追加を貰ってくるわけにはいきませんからね。

 

ブルーとルドルフに慰められているマスゼンスキー先輩を横目で見つつ、残りをどうするかをおハナちゃんトレーナーと話し合う。何か妙案あります?

 

「・・・自分たちで食べるしかないんじゃない?」

 

それも考えたんですが、ルドルフが反対するんですわ。売り物に手をつけるなだなんてって言って。まぁ試食でたくさん食べたのでなにがなんでも食べたいというわけではないのですが。

 

うーんうーんと2人で悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「邂逅ッ!久しぶりだなみんな!」

 

わぁやよいちゃんですわ。なんかそこまで久しぶりな気はしませんが!

 

---------

 

「なるほど!売り切れる前にギリギリ間に合ったというわけだな!」

 

やよいちゃんは美味しそうに牛串を頬張りながらニコニコしている。

 

ええ、でもイベントが終わるまではもちそうもありませんの・・・でもどうしましょう。次のピークまで持っても、ピーク始まってすぐ終売になりますわ・・・

 

どうすればいいのでしょうね。それともやよいちゃん全部食べます?まとめ買い値引き効きますわよ?

 

「それはさすがに無理だ!1人で食べるには多すぎる!」

 

まぁ確かにそうですわね。幾ら美味しいと言っても味が濃いので飽きがきますし。

 

周りのお店は・・・ああピークを過ぎて手が空いたのかようやく食事している子達もいますのね。自分の店のものを食べてますわ。

 

・・・・!!そうですわ!思いついた!

 

いっそのこと他の店に差し入れに行くのは?新チームの宣伝を兼ねてどうですかねおハナちゃんトレーナー!

 

「宣伝をしてもらえるのはありがたいが、いいのか?」

 

目標数は売ってますし、リギルに好感を持ってもらうのは悪くないかもしれませんわ!これで繋がりを作っておくのはある意味お金よりも役に立つものですわ。

 

「・・・名案ッ!人との繋がりは大切だ!」

 

さすがやよいちゃん!話がわかりますわね。じゃあ牛串を全部焼いちゃいましょう。ブルー、準備しましょう!

 

「もう網に並べたよ♡」

 

わぁお仕事が早い。

 

 

--------

 

もう少ししか在庫がないので感謝祭の出店は切り上げることになった。そう説明しながら残りの牛串を近場の店に配り歩く。

 

わたくしとマルゼンスキー先輩、あと何故かやよいちゃんで配る。残りのメンツはテントの片付けをしている。

 

ほかほかの牛串は思っていたよりもかなりウケが良く。かわりに店の商品やジュースを持たせてくれたりもした。

 

すごい良い匂いで朝からずっと食べたかったんだよという子もいた。その子は焼き役らしくずっと店から離れられなかったらしい。あぁ出店は少人数でも回せるけど、休憩とか交代の人員がいつもあるとは限りませんからね。

 

マルゼンスキー先輩の知り合いも沢山いたらしく、えー先輩チーム作るなんて初耳!という声もあった。うーんマルゼンスキー先輩かなり顔が広いですわね。まぁ後輩思いで有名だってシンザン会長も言っていましたからね。

 

まぁ嫌そうな顔をしている人もいました。先輩の同期にとっては先輩は災害のようなものですからね。バンダナ先輩いわくマルゼンスキーボコられ同盟のようなものがあるらしいですわ。

 

以前バンダナ先輩に、なんでいつかボコる同盟にしないんですかねと聞いたことがありますが。あんなん災害だから無理だと言っていましたわ。

 

遠めの所で店をしていた、おそらく同盟の一員のハードバージ先輩なんて、先輩を一目見てあっちいけってジェスチャーしてましたわ。まぁマルゼンスキー先輩は関係なく絡んで行ってましたが。

 

 

そんなわけで配り歩いていると在庫は空っぽ!完売御礼ですわ!!さあテントに戻りましょう!

 

テントの場所に戻るともう殆どの片付けが終わっていた。なんか組み立てるのよりもずっと手早くないですか?おハナちゃんの陣頭指揮のおかげですかね。

 

「それもあるが、邪魔する奴がいなかったからな」

 

ムッ!そんな奴がいただなんて気付きませんでしたわ。ルドルフ!ボコってやりますので顔を教えて欲しいですわ!

 

なんでわたくしを指差すんですの失礼ですわよ!テントの足を全部つけ間違いしたのは謝ったじゃないですか!しょうがないじゃないですかテントなんて組んだことないし、説明書ついてなかったのですから!

 

「説明書があったら読むのか?」

 

読みませんわ!説明書は困ってから読むものでしょう?

 

・・・まぁまぁいいじゃないですかルドルフ終わったことは。借りてた備品を倉庫に片付けて、洗えるものはさっさと洗いましょう。片付け終わったらわたくし達も感謝祭のお客として回りましょう。そうしましょう。

 

 

こらルドルフ!ため息つかない!その反応傷つくんですわよ!

    




バンダナ先輩「また買いに来たのに、店がないじゃねぇか・・・。仕方ねぇバージのところに行くか・・・」


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食い逃げ喫茶 Round2

懐かしき食い逃げ喫茶・・・ああ食い逃げ喫茶

これに合わせて第一章のシンボリックシンボリルドルフを少しだけ変えました。本当に少しだけだから見返さなくても大丈夫です。






そんなわけで片付けも終わりましたわ。諸々の手続きはおハナちゃんトレーナーが請け負ってくれるそうです。マルゼンスキー先輩は午後のイベントの出番が近いらしく、名残惜しそうに去っていった。

 

学園祭のスターも大変ですのね。チームの宣伝のために沢山イベントに参加しているとは聞きましたが、これじゃあマルゼンスキー先輩と一緒には回れませんわね。

 

わたくし達は回り始める前に、更衣室で制服に着替える。一応念入りに脱臭スプレーをかけておく。これで焼肉の香りとかしてませんわよね?

 

さてどこに行きましょう。パンフは貰ってきたので、回りたいところがあるなら聞きますわよ。おっ挙手して気合が入ってますわねやよいちゃん。どうぞ。

 

「提案ッ!シンザン会長の店に行ってみたい!」

 

シンザン会長のチームといえばあれですか、喫茶店ですわね。感謝祭の前に少し挨拶してそれっきりでしたわね。2人はよろしいですか?

 

そんなわけでシンザン会長の喫茶店。食い逃げ喫茶へと向かいますわ。ピーク時間ではないのですがここは少し並ばないといけないくらいでしょうね。

 

「それにしてもこの食い逃げ喫茶って発想、頭おかしいと思うな♡」

 

ブルーの目線の先の看板には伝統の15周年と書かれている。壁にある掲示板には食い逃げに挑戦した敗北者達の名前がずらりと並んでいますわ!15年の累計でおそらく400人近い名前がありますわね。

 

その横のボードには現在成功者数1人と大きく書かれていた。15年で逃げ切ったのは1人だけですわね。何故かトーマスのお面が吊るされており、お面は外してくださいと書いていますわ。ふふふ。

 

おやルドルフ、どうかしましたか?そんな顔は珍しいですわね。

 

「・・・なんでもない。以前この店に来た時の事を思い出してな」

 

おや初めてではないのですか奇遇ですわね。わたくしも一度だけ友達とここに来たことがありますわ。ルドルフのことだから食い逃げはしなかったのでしょう?

 

「ああ。そういうお前は食い逃げに挑戦してそうだな」

 

ええ!あの時はお財布持ってなかったのでえらく焦りましたわ。ポケットに200円しか持ってなかったので・・・まぁなんとかなりましたが!

 

話の途中で順番になったので席に案内される。シンザン会長は・・・いませんのね。あの時よりもさらに有名になってしまったので、午後のイベントに引っ張りだこなんでしょう。

 

席に座ると昔の記憶が蘇る。こうやって初めて感謝祭に訪れた時の事を思い出す。いやーそれにしても懐かしいですわ。こうやって友達と席についたんでしたわ。

 

あの時から誰一人として食い逃げに成功してませんのね。ヘタレのルナちゃん元気にしてますかね。てっきり学園にいると思っていたのですが・・・。

 

そう思いながらも口には出さない。再会の約束は2人だけの約束なのですから。あと食い逃げしたってバレたら真面目なルドルフに何か言われそうですもの。

 

 

---------

 

 

席につき年季の入ったメニュー表を開く。ルドルフとやよいちゃんはロールケーキと紅茶。ブルーはコーヒーを。わたくしはクッキーとミルクを頼む。

 

何故クッキーとミルクなのかとルドルフが聞いてきましたが、そりゃあ1番安いからでしょう。わたくし今は節約期間中なので。ブレンボちゃんを買うまではウマチョコも我慢してますのよ?

 

納得顔になったルドルフが紅茶を飲む中、話は自然と感謝祭の話になる。午後のイベントとか今後どうするかとか。そういった取り留めのない話。

 

そうやって時間を潰していると、外の方から黄色い歓声が聞こえてきた。なんでしょうスターウマ娘でも通ったんですかね?正面の扉からやってきたのは・・・あっシンザン会長!

 

シンザン会長はこちらに気づくと嬉しそうに近づいてきた。こんにちはシンザン会長!てっきり午後のイベントで出ずっぱりなのかと思っていましたわ。

 

「あはは全てのイベントに出るわけじゃないからね。次の出番は最後のエキシビジョンレース。だからこちらに戻ってきたのさ」

 

そうなのですね。マルゼンスキー先輩みたいに出ずっぱりなのかと・・・いやそういえばリギル立ち上げのために宣伝して回ってると聞きましたわ。

 

「まあね。彼女が前を向いてくれたのは僕も嬉しい限りだ。彼女は東条トレーナーと一緒に挨拶回りをしているのさ」

 

なるほど・・・それとシンザン会長。気づいていますか?

 

「うん勿論だよ。さっきうちの子達に秘密のサインを送ったさ」

 

いきなり真剣な顔になったシンザン会長にルドルフとやよいちゃんは驚く。やよいちゃんは大きな声で何か聞こうとした口をわたくしが手で抑える。もがもか言ってますわ。

 

「一体どうしたんだ?何かあったのか」

 

ルドルフが戸惑いながら聞いてくる。ルドルフは気づいてなかったのですわね。そんなの簡単ですわ。ここは食い逃げ喫茶ですわよ?食い逃げを狙っているのがいるのですわ。

 

その声を聞いてやよいちゃんは目を白黒させて押し黙る。

 

「ふーんミカドちゃんもよく分かったね♡あの子なかなかチャレンジャーだよね」

 

おやブルーは気が付いてましたのね。ルドルフ、貴方はこの店に入ってから気が抜けすぎですわよ?店員も気づいて出入り口付近で待機してるでしょう?

 

「・・・全然気が付かなかった」

 

ちょっと落ち込むルドルフ。まぁ少しソワソワして出入り口を何度も確認しているくらいですからね。でもああいうのは気取られたら負けなんですわ。あの子失敗しますわねこれは。

 

「勿論だとも。うちの伝統はそう簡単に崩せないさ」

 

うわぁシンザン会長が普段しない顔をしてますわ。ネズミをいたぶる猫みたいですわ。

 

「形はどうあれ、僕のチームに挑戦するんだからね。である以上全力で迎え撃つ」

 

じゃあ君たちは楽しんでねといい、シンザン会長はお店の裏側に戻っていく。

 

人もウマ娘も動くものを目で追ってしまうもの。スターウマ娘のシンザン会長とあれば尚更でしょう。人目を引きながらゆっくりと歩く姿はまさしくスーパースター。

 

誰もが注視する浮かれた空気の中、黒い小さな影が動く。黒いパーカーを纏った小さなウマ娘がご馳走様!と言いながら勢いよく出入り口から飛び出していった。それを追うように店員にも飛び出す。

 

「うーん♡あの子逃げ切れると思う?」

 

ブルーがコーヒーを飲みながら尋ねてくる。まあ無理でしょうね。ほら帰ってきましたわ。

 

5秒にも満たない攻防の末、捕らえられてギャーギャー騒ぐウマ娘が店員に俵担ぎされながら帰ってくる。そしてそのまま店の裏へと消えていった。おそらく名前を聞き出されて、敗北者リストに名前を加えられるのでしょうね。

 

ホールを取り仕切っていた店員から騒ぎになった事への謝りが入り、ドリンク一杯をサービスしてくれた。わたくしはメニュー表を開く、さてどれにしましょうか。

 

-------

 

いやぁ、あんなレアなイベントまで見れるなんて今日はついてますわね!

 

会計をしながらわたくしとブルーは盛り上がる。

 

「食い逃げをイベント呼ばわりするのはどうなんだ・・・」

 

ルドルフの呟きにやよいちゃんもコクコクと頷く。分かってませんわねぇ2人とも!どう考えても不可能なことに挑戦する無謀なチャレンジャー・・・そんなのいつ見ても楽しいものに決まってますわ!

 

わたくしが店員にご馳走様でした頑張ってくださいと言うと、はにかみながらお礼を言ってくる。やっぱりシンザン会長のチームは教育が行き届いてますのね。爽やかですわ。

 

店の外に出るといつものボードと看板。ボードには相変わらずデカデカと成功者1人の文字。そして看板に貼り出された歴代敗北者一覧表。わたくしはその一覧表を覗き込む。

 

「何をしているんだ?」

 

いや、先ほどの敗北者の名前が気になったので。ルドルフは気になりません?そういうの。えっならない?そうですか・・・まぁわたくしは見るんですけどね!

 

こらルドルフ!人を悪趣味呼ばわりしない!えーとなになに?

 

 

キンイロリョテイ・・・いい名前ですわね覚えておきましょう!

 

 




キンイロリョテイちゃんとニアミスです。彼女は元々は食い逃げするつもりはありませんでした。

ただ入口の成功者1人を見るとね。血が騒いじゃうんです。おもしれぇ!やってやるよ!ってね。

0人だと多分食い逃げしませんでした。彼女は誰かと競う事が第一なんです。彼女は会ったこともない成功者第1号にライバル意識を燃やしてしまったんですね。それでご覧の有り様だよ!

この話に合わせて少し過去の話を変えました。シンボリックシンボリルドルフの回。つまり過去編食い逃げ喫茶回です。

大したことじゃないです。トーマスのお面をルドルフが持って帰ってないことにしました。つまりシンザン会長預かりになってます。この話で吊るされているお面はトーマスちゃんが被っていたものです。

実は皆さん気づいてないかもしれませんが、ミカドちゃんがトーマスなんです。ふふふ。気づなかったでしょう?

再開の約束は果たされてるんですね。2人とも気づいていませんが。気付けよ2人とも!こんなんアンジャッシュだ!


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My "LP One-Twelve" is idling‼︎

感謝祭の大目玉レースイベントです。ひた走るマルゼンスキー先輩・・・ほんとかっこいいよ・・・


感謝祭でみんなでいろいろな場所を回っていると、そろそろ次の予定の時間となりましたわ!

 

さあ!本日の大目玉!感謝祭エキシビジョンレースの時間ですわね!ブルー!ルドルフ!あれの準備できてますか?

 

「ばっちり♡」

 

「これを準備するのは手間だったぞ。だがいい出来だ」

 

よし!さあグラウンドへ行きましょう!マルゼンスキー先輩が待っていますわ!

 

「疑問ッ!あれとは?」

 

ふふふ、内緒ですわやよいちゃん!まあすぐにわかりますわ!

 

さあ!いざトレセン学園ターフグラウンド!!後輩として先輩をしっかりと応援しなくてはッ!

 

 

--------

 

グラウンドに着いたわけですが・・・うっわすごい数の人ですわね!

 

普段は集まっても学生だけなのですが、感謝祭ともなるとすごい数の人だかりですわ。うーん前が見えない。やよいちゃんちゃんと着いてきてます?

 

「おおおお・・・困難ッ!前が見えない!」

 

ダメみたいですわね。ほら手を繋いで。逸れるとこの中から見つけるのは無理ですわ。えーと約束の場所は・・・あっ、あそこですわ!おーいバトラー、おハナちゃんトレーナー!場所取りありがとうございますわー!

 

クラスの何人かでお話ししていたバトラーがこっちの声に気づいて手を向こうも手をブンブン振っている。いやぁ持つべきものは友達ですわね!きちんと場所取りしてくれてましたのね。

 

おハナちゃんトレーナーも手を振っている。バトラー達とお話ししていたみたいですわね。

 

ニコニコしながらいーよー、と言ってくるバトラーには感謝ですわ。みんなもありがとうございます。これでマルゼンスキー先輩を最前列で応援できますわ。

 

みんなは初対面・・・ではないですわね。ほら、猫探しの時のやよいちゃんですわ。貴方達も覚えているでしょう?

 

ひさびさの猫探しぶりの再会に仲良く話すやよいちゃんとバトラー達。それにしてもあいつら遅いですわね。おハナちゃんトレーナー、ルドルフ達はまだ来てないのですか?

 

荷物を預けているので迷われるのは困るのですが。あっ来ましたわね遅いですわよ2人とも。

 

「ミカドちゃんが・・・先に着いてるよ」

 

「馬鹿なッ・・・ありえるのかそんな事が」

 

ちょっと2人とも!どういう意味ですの!わたくしが先に着いたら何かおかしいのですか!

 

「そうは言ってもお前は集合する時いつも最後だろう」

 

・・・・さあそんなことより応援の準備をしますわよ。荷物!なくしたりしてないでしょうねルドルフ!

 

わたくしの言葉を聞いてルドルフは持ってきていた荷物を広げる。中に入っていたのは一枚の横断幕。

 

ふふん!今日の為に作った特製横断幕ですわ!マルゼンスキー先輩に内緒でみんなであーでもないこーでもないと言いながら作った自信作。こいつをセットしますわ!

 

牛串が売り切れてなければ、わたくし達のうち1人だけ抜けて応援に行くつもりでしたけど、これでよかったですわね!みんなで応援したかったですし!人生はまさにさ、さ・・・最高なウマ娘ですわね!

 

「それをいうなら塞翁がウマ娘だな」

 

そうとも言いますわねルドルフ!さあ今日大一番のエキシビジョン最終レース開幕まったなしですわ!

 

--------

 

感謝祭では様々なレースが行われる。本番さながらのレースもあれば、借り物競争などの半分遊びのようなレースもある。順番や内容自体はその年々で細かく変更されるが、一つだけ変わらない共通点がある。

 

感謝祭のレースの締めで行われる最終プログラム。その年の学園を代表するウマ娘が混成して行われるドリームマッチ。その勝者のみが感謝祭最後のライブで踊る事ができる。

 

その1人として私はレースに参加することになった。2000人のトレセン学園在学生から・・・いや日本を代表するウマ娘のレースと言っていいわね。

 

もちろんみんな選手生命を賭けるほどの気迫ではないでしょうけど。本番さながらと言っても本番ではないし。

 

けれど感謝祭の1番のイベント。このために学園を訪れたという人も珍しくはない。全てのレースファンが夢見る戦いがあと少しで始まるわ。

 

私はかがみ込みシューズを確認する。うん!脚の調子も悪くない!今日もチョベリグね!

 

「やあ、マルゼンスキー。今日はよろしくね」

 

一緒に走るシンザン会長がにこやかに声をかけてくる。うん会長も調子が良さそうね。良いレースにしましょうね!

 

ターフグラウンドには、すでに参加選手勢員が集まっている。観客席に手を振る者、レースに集中する者。

 

会場に押しかけた大勢の観客に注目されて囲まれている独特の感覚。重賞を走る時ほどのものではないけれど、やっぱり心地いいわ。

 

地面の調子を確かめるように脚を動かす。今日の感謝祭の為に、整備班が気合を入れてメンテナンスをしたターフ。良バ場。

 

空を見る。夕暮れ一歩手前といったところね。走っている最中には日の光の問題はなさそう。

 

そうして周りを見回していると、観客席の1番前に見知った顔があった。

 

そこには信頼するトレーナーと可愛い後輩たち。そしてその前には1枚の横断幕が掛けられている。こう書かれている。

 

 

"Maruzensky first, the rest nowhere"

 

 

学園のスクールモットーをもじったであろう、その横断幕。エクリプスの部分を私の名前に改変しているだけのもの。きっと私へのサプライズなのだろう。あの子たちいつのまに用意したのだろうか。私、全然気がつかなかったわね。

 

私に見られている事に気付いたミカドちゃんがブンブン手を振っている。

 

ルドルフちゃんはミカドちゃんを諫めながらも、一緒に小さく手を振っている。

 

ブルーちゃんとやよいちゃんがこちらに向かって声をあげている。

 

その後ろでおハナちゃんは苦笑しているのがわかる。

 

みんなに応援されている。信じてくれている。私に勝てと言っている。・・・・むん!お姉さん頑張っちゃうわ!

 

こちらからも手を振り返していると、ついにレースが始まる。参加選手がゲートの前に移動する。

 

周りは強敵、学園のスター達。弱いウマ娘なんて1人もいない。いくら私でも油断ならない相手ばかりだけど。

 

勿論負けるつもりはない。いつものように勝ちに行く。

 

1人、また1人とゲートに入っていく。私の番になる。ゲート前で一度立ち止まり深呼吸。

 

ゆっくりとゲートに入り、少し音が静かになる。

 

でも何故だろうか、心臓がエンジンのようにドクドクと熱く跳ねている。先ほどよりも滑らかに。今までよりも高らかに。

 

脱力しているはずなのに、気力が滾り全身にガソリンが流れているみたいに沸騰しそう。

 

こんな気持ちでゲートが開くのはいつぶりだっけ。少し暗くなった視界の中で思い出に浸る。

 

選手全員がゲートに収まったことがアナウンスにより伝えられる。私は前傾姿勢になり、いつでもスタートが切れる体勢になる。ゲートが開くのを今か今か待ちわびる戦意が周りに溢れ出す。

 

固唾を飲んだ観客たちにより会場は一瞬静寂で満たされる。そのすぐ後ガコンとゲートが開く。目の前が一瞬で明るくなる。私は脱力したまま身体を前に倒す。

 

おハナちゃんと何百何千回も練習した通りに、私の身体は誰よりも早く駆け出す。先頭を取るために。

 

心の中で誰よりも信頼するパートナーに謝罪する。

 

おハナちゃんゴメンね。ここぞという時以外は無理な走りはするなっていってたわよね。

 

今日はその"ここぞという時"よ。誰にも一度だって先頭は譲らない。たとえ相手がシンザン会長でも。だって後輩には先輩として格好いいところを見せたいじゃない。

 

私たちの先輩は凄いんだって自慢させたい。胸を張らせたい。チームリギルを誇りに思って欲しい。

 

だから今日は、今日だけは———絶対に勝つ。

 

 

さあ、かっ飛ばすわよ!!

 




次回!激闘マルゼンスキー vs シンザン

初めて実況付きレースを書こうと思います。私に書けるかな?書けるかなじゃない書くんだよ!

タイトルのMy "LP One-Twelve" is idling‼︎よくわからない方が多いと思います。直訳しても意味不明だからね。LP One-Twelveも検索しても出ないから解説しときます。

直訳すると"私のLP One-Twelveはアイドリングしている"になるんですが、このLP One-Twelveは正しくはLP112です。

このLP112はとある車のプロジェクトネームです。LP1と12を繋げた言葉なんです。

1台目のLPカー(エンジン縦置きミッドシップレイアウト)の意味で、12は12気筒エンジン搭載を意味します。

そしてこのプロジェクトネームをもつ車は、ランボルギーニ・カウンタックです。

つまり意訳すれば"私のカウンタックはいつでも走りだせるわ!"となるわけですね!解説のいるタイトルだけど、かっこよくない?かっこいいよな?かっこいいって言え!

次回レース!いけ!たっちゃん!ぶちかましてやれ!


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感謝祭エキシビジョン最終戦 トレセン学園 芝 2000m(中距離) 右

レースは書くのが難しい、でも書きます。かっこいいマルゼンスキー先輩を!


マルゼンスキー先輩にブンブン手を振って、ルドルフに少し怒られたミカドです。どうも皆さんご機嫌よう。

 

感謝祭の締めとして開催されるのこのレース。この顔ぶれを見るだけでここに集まる価値がありますわ。

 

なんせ解説実況までついていますもの。プロのアナウンサーではないですが、学園の代表として解説役を任された先輩方が実況席に座っていますわ。

 

公式戦無敗のマルゼンスキー先輩。それに私の憧れ、今もっとも話題性のあるミスターシービー先輩。その他も先輩方もトウィンクルシリーズの重鎮達ばかりですわ。それに言わずもがな学園最高戦力と名高いシンザン会長。

 

それに狂気の逃げウマ娘カブラヤオー、昔のダービーウマ娘のタニノムーティエ先輩。アイドルホースと名高いハイセイコー先輩。そのライバルとして有名なタケホープ先輩。それにあれは・・えっレコードホルダーのタケシバオー先輩も出るんですの!?

 

うーんそれにしても凄い。たった8人なのにまるでG1レースみたいな緊張感ですわ。こういったカオスなレースを見れるのは多分この感謝祭だけですわね。

 

でも今日応援するのはマルゼンスキー先輩だけですわ。それにしてもマルゼンスキー先輩。すごく調子良さそうですわね。さっきしょげてたのが嘘みたい。

 

そうしていると1人、また1人とゲートに収まっていく。それに合わせて会場のざわめきも小さくなっていく。みんなレースが始まるのを今か今かと固唾を飲んで待っている。

 

 

 

『各ウマ娘、準備完了・・・・・・スタートしました!』

 

 

ゲートが開いた瞬間、まるでグラウンドが爆発したようにも感じるほどの歓声が広がる。その歓声に押されるように8人のウマ娘が駆けていく。先頭は・・・マルゼンスキー先輩ですわ!

 

 

『さあ、最初にハナを切ったのはマルゼンスキー。すぐ後ろにカブラヤオー続いてハイセイコー、シンザン、タケシバオーそこから少し離れてタニノムーティ、タケホープ、ミスターシービーが続く』

 

 

まずはよかったと一安心。カブラヤオー先輩の殺人ラップ走法はマルゼンスキー先輩のガラスの脚には相性が悪いと思いますの。ハナを取れたのならマルゼンスキー先輩は最強ですわ!

 

 

『いやぁマルゼンスキー、今日もレースを引っ張っていますね。しかしそのすぐ後ろでカブラヤオーが追い回しています。そして今回の1番人気、学園の我らがシンザン会長が大外に構えています』 

 

 

うーん不味いですわねシンザン会長がフリーですわ。あの人割とえげつない走りをしますもの。後半の差し切りの前になんとか消耗させないと・・・えっ、これ誰もマークをしに行っていない!?どいつもこいつも好きなように走ってますわ!

 

 

『一番後ろには今もっとも話題のミスターシービー、今年のトゥインクルシリーズの主役ともいうべき彼女は、追い込みが得意ですからね。今日はどのようなタブー破りをしてくれるのか注目です』

 

 

ミスターシービー先輩は・・・うーん、どうにもマズイ気がする。先輩は今期のトウィンクルシリーズでは確かにめちゃくちゃ強かった。ですが流石にここまでの強者に囲まれた経験は今までないはず。追い込みの都合上勝負所の見極めが難しそうですわ。

 

-------

 

レースは一進一退、遂に最終局面。順位はコロコロ変わるが、唯一変わらないのは、ハナを切って走っているのはマルゼンスキー先輩だということ。同じ逃げウマのカブラヤオー先輩は、先頭でないのがやりづらそうに後ろの方に落ちていった。

 

 

『さあ、第4コーナーを抜けて最後の直線に入ってくる! 先頭は変わらずマルゼンスキー。しかしその後ろからシンザンがジリジリとペースを上げている。それを追いかけるようにタケシバオーも上がってきているぞ! カブラヤオーは僅かに位置が下がります!』 

 

 

いよいよ最後のカーブが終わり、先頭はいまだマルゼンスキー先輩。ですが絶対に何かが起こりますわ。後ろのウマ娘がそろそろ仕掛けますわ。頑張ってマルゼンスキー先輩!

 

 

『残り200を通過! ここで来た!来た!シンザン!まさにナタの切れ味!外からマルゼンスキーを猛追。そしてシンザンを追うようにしてミスターシービーが突っ込んでくる! 凄まじい気迫です!』

 

 

状況が一気に動いた。脚を溜めていたシンザン会長のナタが抜かれましたわ。ペースを一気に上げた会長はまさに鎧袖一触。会長とマルゼンスキー先輩の間のウマ娘を蹴散らした。そしてその後ろをなぞる様にシービー先輩も喰いついていく。

 

 

『マルゼンスキー粘る!粘る!シンザンなかなか距離が詰められません!しかし着実に迫っています!そしてミスターシービーは届かないか!』

 

 

わたくしは大声を上げて応援を送る。頑張って!ほら皆んなももっと声を出して!マルゼンスキー先輩に声が届くくらい!

 

ルドルフもブルーも普段の余裕をかなぐり捨てて応援をしている。おハナちゃんトレーナーなんて喉が裂けそうなほどの気迫で声を出している。

 

わたくし達だけではない。グラウンドに集まった全員が思い思いのウマ娘を応援している。会場全体がまるで揺れるくらいの声援で耳が痛いくらいですわ!

 

 

『マルゼンスキー!シンザン!一騎討ちです!残すか!差すか!?どうだ!どうだ!!?』

 

 

実況席が会場全体に向かって吠えていますわ。もはや2人の距離は鼻先くらいの差しかないくらい詰まっている。マルゼンスキー先輩は今まで見たことがないくらいの速さで走っているはずだ。

 

 

ですがシンザン会長の脚のあまりの切れ味にわたくしの背筋に冷たい汗が伝う。それでもわたくしは声を上げる!

 

 

勝って!!勝ちなさい!!マルゼンスキー先輩!!!勝てぇぇえ!!!

 

 

声の勢いのあまり柵を思い切り叩く。そんなこと意味がない事は分かってはいます。ですがもう体を抑えることが出ません。わたくし達の声援がほんの少しでも力になってほしい。そして・・・

 

 

『信じられません!ここでマルゼンスキーさらに加速!』

 

 

マルゼンスキー先輩は必ず期待に応える人ですわ!

 

 

『そして今ゴールを通過しました!!勝ったのは、勝ったのは・・・勝ったのは、マルゼンスキーです!!素晴らしいレースでした。マルゼンスキー、見事な逃げ切りでエキシビジョン最終戦の勝利を掴みました!』』

 

『いやぁ、凄いですね・・・こんな熱くなるレース久しぶりです。マルゼンスキー選手まるでG1レースのような気迫でしたよ。あのシンザン会長から逃げ切ったなんて信じられません』

 

や・・・やった!!やったやった!マルゼンスキー先輩が勝ちましたわ!

 

わたくしは喜びのあまり、おハナちゃんトレーナーに抱きつく。やりましたわ!先輩勝ちましたわ!

 

「ああ・・・ああ!」

 

おハナちゃんトレーナーは涙ぐんでいる。声も震えている。そうでしょうね!だってあのシンザン会長に勝ったんですもの!

 

確かに公式戦ではないエキシビジョンですけれど・・・打倒シンザン会長はトレセン学園の学生ならば皆が思うことですわ!

 

ゴールを通過したマルゼンスキー先輩は力尽きる様にターフに仰向けに倒れ込む。怪我をしたわけではなさそうですが、まさに限界まで力を絞り出したかのよう。

 

本当にいつも脚をセーブしてましたのね。あれが本気の本気、全力全開のマルゼンスキー先輩・・・想像よりも、ずっとずっと凄い人でしたのね。

 

息が整ったのかマルゼンスキー先輩は立ち上がり、共に走った競争相手と話している。皆んな満足そうに互いを称え合っているのでしょうね。なんというかそういう事ができるのはすごくかっこいい。

 

それにしても・・・やった!やった!何かお祝いしなくちゃ!そうだ今日はカツ丼だ!

 




レース書くのは難しいです。こんなドリームマッチ一度でいいから見てみたいなみたいなウマ娘を集めてみました。史実馬は詳しくはないですが、まさに一等星のウマ娘だけを集めたつもりです。

でもエキシビジョンレースです。きっとみんな本気ではなかったのかも・・・いや多分本気ですね。最初はどうかはわかりませんが、少なくともマルゼンスキー先輩の勝ちたいって気持ちは伝わったはずです。

それに全力で答えようとしないレジェンド達なんて考えられないでしょう?相手が本気だからこそ、自分も本気になってしまうもんなんですよ。少なくともマルゼンスキー先輩は脚が潰れるかもしれない気持ちで走っていました。

それにしても・・・どうしようマルゼンスキー先輩勝っちゃった。シンザン会長超えちゃったよ。

マルゼンスキー伝説の歴史がまた1ページ・・・


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さあ隣の人と手を繋ごう・・・誰だ君は!

やっとこさ彼女を出せる。

それにしてもデジタル師匠実装おめでとう!


エキシビジョン最終レースの勝者となり、感謝祭ライブイベントのセンターの栄誉を勝ち取ったマルゼンスキー先輩。

 

感謝祭特設ステージの真ん中で踊るマルゼンスキー先輩に合わせて、会場に集まった観客が先輩に相応しい赤色のペンライトを一斉に振る。

 

波のように揺れるペンライトの光。それは暗くなり始めた夕焼けの色よりも、煌びやかで鮮やかでとっても綺麗ですわ。

 

マルゼンスキー先輩が少女のように軽やかなステップを踏んだかと思えば、アンニュイでおっとなーな表情が時折顔を覗かせる。

 

わたくしもダンスの授業で練習はしたことがありますが、あそこまで楽しそうに踊る人は初めて見ました。見惚れてしまいそうですわ。さすがスターウマ娘。

 

それにしても・・・・おハナちゃんトレーナー。それなんですの?

 

おハナちゃんトレーナーはスーツ姿のまま、両手にうちわを構えている。右手にマルゼンと書かれたうちわ。左手には好きーとかかれたうちわ。うわぁこれはひどい。

 

「えっ・・・悪くないんじゃないかあのうちわ」

 

ルドルフの戯言を無視しつつおハナちゃんトレーナーを見る。前々から思ってたのですがおハナちゃんトレーナー、マルゼンスキー先輩を推しまくってますわね。担当としては・・・まぁ正しい姿なのでしょうか?

 

「今日の為に用意していた特製うちわよ、貴方の分もあるわよ?」

 

キリッとした顔をしながらおハナちゃんトレーナーはうちわを手渡してくる。おハナちゃんトレーナーから手渡されたうちわには、投げチュゥして♡と書かれていますわ。

 

うーん・・・よし試しにこのうちわを振りましょう!はいマルゼンスキー先輩!投げチュゥ!投げチュゥ!あっ先輩がこっちに投げチュゥしましたわ!

 

「はうあ!やだ私の愛バ、本当に可愛いよ・・・」

 

マルゼンスキー先輩の投げチュゥに射抜かれ、限界オタクとなってしまったおハナちゃんトレーナーは置いておいて、わたくしも赤いペンライトを振る。

 

しっかりと応援しているつもりでも、なんというか横にガチの人がいるとなんか負けた気になりますが。それでも声援を送らなくては。

 

マルゼンスキー先輩が中心となってこの会場を沸かせている。けれどどんな夢のような時間もいつかは終わるものですわ。

 

そうして感謝祭のライブは終わった。

 

---------

 

ライブ会場から人がゾロゾロと出て行く。わたくし達もその波に逆らわず、外へと連れ出される。

 

「良かった・・・本当にいいライブだったわ」

 

私トレーナーになって良かったと独り言を呟くおハナちゃんトレーナー。うーん引率がポンコツで使い物になりませんわ。ルドルフ、ブルーこの人から目を離さないでくださいね。

 

会場の出口を出ると道が太くなり、一気に人の流れがら加速する。さっきまで渋滞みたいだったのに、濁流のような人の大移動に巻き込まれてて、互いの位置がよく分かりませんわ!

 

ルドルフとブルーはともかく、やよいちゃんは心配ですわ!やよいちゃーん!はぐれてませんかー!

 

「おごごごご・・・・、困難!前が見えない!ミカドどこだー!」

 

あららえらいこっちゃですわ。とりあえず人混みから抜けましょう。話し声がそこかしこから聞こえて聞き取りづらいですが、声のした方からにゅっ!と伸びている手を掴みずんずんと人の垣根をかき分ける。学園の出入り口への流れから脱出して、脇の方にある広場方面へと向かいます。

 

「おい!きいているのか!おい!」

 

後ろから聞こえる大きな声、なんなんですの一体やよいちゃん。誰か騒いでいるのですか?わたくし今前に行くのに忙しくて後ろを向けませんの。

 

そうして広場に抜ける。ふう、ようやくひと心地付けますわねやよいちゃん・・・やよいちゃん?

 

「たわけ!だれがやよいちゃんだ!」

 

・・・・貴方誰です?

 

 

--------

 

スマホでブルーに連絡を取ったら、やよいちゃんはルドルフとブルーと一緒にいるらしい。よかった唐突に入れ替わりマジックでも起こったのかと思いましたわ。でもあいつら纏めて迷子なんで子どもですわねぇ。

 

「まいごなのはおまえだ!このたわけ!」

 

何故かわたくしと手を繋いでいた子どものウマ娘が、辛辣にわたくしを叱咤する。わたくしが迷子になるわけないでしょう!だったらあっちが迷子なのは明白!大体誰ですの貴方!名前くらい名乗りなさい!

 

「おかあさまから、あやしいやつになまえをなのるなといわれている!」

 

この子は腕を組みながらわたくしを威嚇してくる。あ、怪しい・・・わたくし怪しくなんてありませんわよ!何を根拠にそんなことを!

 

「うるさいぞゆーかいはん。おおきなこえをだすな」

 

ぐぬぬ、なんですのこの生意気な子供は!この・・・この?このたわけちゃん!貴方なんてたわけちゃんで十分ですわ!

 

「たわっ・・・ふざけるな!わたしのなまえは!えあぐ・・」

 

「おーい♡ミカドちゃーん!」

 

あっ!あいつら来ましたわ!よかった子守も飽き飽きでしたの。

 

「全くどうしてお前はいつもいつもはぐれるんだ・・・」

 

は、はぐれてませんわ!わたくしが迷子になる筈がないでしょう!ねっ?!ねっ!?・・・皆に目を逸らされましたわ。納得が行きませんわ。

 

「所で・・・彼女は誰なんだ?」

 

やよいちゃんがたわけちゃんの事を見ながら問いかけてくる。いやわたくしも知りませんわ。本当に誰なんでしょう?

 

「わたしはコイツにユーカイされたんだ」

 

たわけちゃんがわたくしの方を指差す。わぁおその言葉を聞いて全員すごい顔ですわ。・・・・その、わたくし言い訳をさせてもらってもよろしいですかね?

 

「・・・貴方へのお説教は後よ。まずはこの子の親御さんを探さないと」

 

いやぁわたくしもそう思っているのですが、自分の名前も、親の名前も教えてくれないんです。怪しい奴には教えないって。

 

その言葉を聞いておハナちゃんトレーナーはたわけちゃんの前にかがみ込む。

 

「はじめまして。私はここでトレーナーをしている東条ハナよ。ここにいたってことはさっきのライブを見てたのかな?」

 

おハナちゃんトレーナーの優しげな声色での問いかけに、たわけちゃんはコクンと頷く。そのうなずきを見ておハナちゃんはポケットからパスケースを取り出す。

 

「あの真ん中で踊っていたマルゼンスキーは、私が担当しているの。ほらこれ写真よ」

 

パスケースの中に収められていたであろう写真を見て、たわけちゃんは目を輝かせる。これがスーパーウマ娘マルゼンスキー先輩の力なのですね。わたくしも有名になれば不審者扱いされなくても済むのでしょうか?

 

おハナちゃんトレーナーに耳打ちするように話しかけるたわけちゃん。きっと名前を教えて・・・えっおハナちゃんトレーナーなんなんですのその表情。宇宙猫みたいになってますわ。

 

名前を聞き終わってから、大急ぎでケータイを取り出したおハナちゃんトレーナーは何処かに電話をした。本当に何なんですの?なんかまずいことでもあったんですかね?

 

「うーん♡有名人だったとか?」

 

いやぁそりゃあないでしょう。確かに有名なウマ娘も感謝祭には訪れますが、こんなピンポイントで引くなんてあり得ないでしょ。もしそうならあそこの木の下にわたくしを埋めてもらっても構いませんわ。

 

電話が終わっておハナちゃんトレーナーがたわけちゃんと話している。そのあとこちらにつかつかと歩いてきましたわ。おハナちゃんトレーナー、いったいなんの電話だったんですか?

 

「彼女の名前はエアグルーヴ。数年後にトレセン学園に受験するんだそうだ」

 

ほうほう。

 

「そして彼女の母親はダイナカールだそうだ」

 

・・・・さっき木の下に埋める話、なかったことにできませんかね。

 




エアグルーヴならぬロリグルーヴです。

ミカドちゃんはたわけなので、彼女と相性はいいです。

優等生なルドルフと、問題児のミカドちゃんとブルーちゃんの可愛い後輩です。


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ストックホルム症候群とか嘘ばっかりですわ!

宴もたわけ、いや間違えた。宴もたけなわ。今回で感謝祭はおしまいです!


おハナちゃんトレーナーから伝えられた真実は、この場に集まったチームリギルとやよいちゃんに衝撃を与えた。

 

ダイナカールさん・・・ダイナカールさんはオークスで優勝したトレセン学園のOGだったはず。

 

オークスの大混戦の中、最後に差し切った伸びは凄まじく、華がある走りをしますの。現役を退いた今でも根強いファンがいるそうです。

 

引退したと聞いてましたが、まさか娘さんとこんな所でエンカウントするとは思いませんでしたわ。そりゃあ秘密にしますわよね。有名どころか超有名ですわ。

 

私が感慨深そうな目で見ているのに気がついたたわけちゃんことエアグルーヴちゃん。胡散臭そうなものを見る目をしながら話しかけてきますわ。

 

「なんだゆーかいはん。なにかわたしのかおについているか?」

 

・・・・・あれこれやばくない?わたくしの吹けば飛ぶような実家ごと消されたりしません?

 

「やばいね♡」

 

誤解なんですわ!誘拐なんて企んだことはありませんわ!

 

ですがわたくしの悲鳴のような言い分は通らないのです。無駄に騒動を大きくしたのには間違いはありませんので。

 

しかしおハナちゃんトレーナーの仲介の結果状況の把握ができた。エアグルーヴちゃんとダイナカールさんは、ライブを2人で見ていたそうです。

 

そして人の濁流で繋いでいた手が離れたところを、わたくしがやよいちゃんと勘違いして引っ張り上げたらしいですわ。

 

なので今もダイナカールさんも探し回っているのかもしれないそうですわ。でも少なくとも運営委員会の方にはまだ情報が流れていないそうです。

 

誘拐されたという誤解を解かないと・・・わたくしの冒険は終わってしまう!

 

ですのでわたくしはこの子に逆らうことが出来ない。弱みを握られている・・・ということもなく、きちんと説明すればわかってくれるはず!多分!メイビー!

 

それにしても人の濁流に巻き込まれたということは、一般席で見てましたのね。オークス獲ったなんて言ったら貴賓席の一つでも開けてくれるでしょうに。

 

「おかあさまはそういうのはあまりすきじゃないんだ」

 

ふーん変わってますのね。ダイナカールさんってお金持ちのお嬢様育ちかと思っていましたけど。

 

「それよりも、ひとつきいてもいいか」

 

なんでしょうエアグルーヴちゃん。

 

「なんでせいざしてるんだ」

反省の意を表明しておりますの。こうして自分を罰することで後のお説教を軽くするんですわ。大人は事故とはいえ責任取らされますのよ。

 

「残念だが軽くするとは言ってないぞ」

 

おハナちゃんトレーナーの無慈悲な宣言によって希望が絶たれる。なので立ち上がりますわ!軽くならないならやる意味ありませんからね!

 

「残念だが重くしないとは言ってないぞ」

 

・・・やっぱり正座しておきましょう!

 

スッと立ち上がり、またスッと座る所をみておハナちゃんトレーナーはため息をつく。エアグルーヴちゃんも呆れ顔ですわ。

 

ま、まぁ冗談はいいのですわ。とりあえずそのお母様を探さなくては。エアグルーヴちゃん何か連絡手段とかありませんの?スマホとか。

 

エアグルーヴちゃんは首を横に振る。でも連絡手段の一つもなく出かけるなんてありますかね。とくにこんな混雑するのがわかりきってる場所で。

 

「ダイナカールさんの電話番号がわかるものを持っているんじゃないか?」

 

おおルドルフ冴えていますわね!エアグルーヴちゃん何か預かってませんの?メモとかそんなものとか。

 

少し考えていたエアグルーヴちゃんが自身のポシェットから何かを取り出す。これは・・・お守り?手縫ですわね。

 

神社で買うものよりも少し大きい手縫のお守り。表面には安全祈願と刺繍が入っています。厚みが少しあり、中に何か入れているのでしょうか?

 

「おかあさまが、こまったときはおとなのひとにこれをわたしなさいって」

 

なるほど。この中に連絡先とかあるかもしれませんわね。ちょうどよく持っていたハサミで紐を切る。ちょきん!

 

「なんでそんなもの持ち歩いているんだ・・・」

 

ふふふ、これかっこいいでしょうルドルフ!貰い物の真っ赤な折り畳みマルチツールですの!ネジも回せますのよ!まあ使ったことないですけど!

 

それはともかく中を開けてみるとこれは・・・おお、小さいビニール袋にいろいろ入ってますわ!なになに?

 

折りたたんだお札あっこれ旧札ですわね。それに保険証とかの縮小コピー。血液型とかアレルギーの有無の書いた紙。あっありましたわ!これ緊急連絡先ですわ!番号的にケータイの番号ですわ!

 

これで一安心。とりあえずなんとかなりそうですわね。じゃあ電話かけますね。

 

いや私が掛けるとおハナちゃんトレーナーが言い切る前に電話番号をスマホに入力する。ぷるるる、ぷるるる、ガチャ。

 

もしもしダイナカールさんのお電話ですか?はい、娘さんの件で話がありましてですね。はい、はい。娘さんを預かっていますの。はい、急ぎ広場の方まで来ていただけると。はい、はいそれでは失礼します。

 

ふう、これで連絡もつきましたわ!よかったですわねエアグルーヴちゃん!・・・なんですのその顔は?

 

「なんていうか・・・やっぱりゆーかいはんみたいだぞ」

 

えっ!なんで!!

 

---------

 

年長かつ責任者であるおハナちゃんトレーナーがダイナカールさんに連絡すべきだったという内容で、お説教が追加されたミカドランサーです。どうもご機嫌よう。

 

あの後広場に急ぎ駆け込んできたダイナカールさん。帽子を被りサングラスをかけていたので、現役時代を知っていても本人と気が付かないかもしれませんわね。

 

エアグルーヴちゃんはダイナカールさんが見えた途端駆け出して行き、今は後ろでダイナカールさんの服をぎゅっと掴んでいる。なんだかんだ寂しかったようですわね。

 

そんなわけで現在は頭をペコペコ下げるダイナカールさんと、おハナちゃんトレーナーに頭を押さえつけられて、わたくしも頭を下げさせられていますの。エアグルーヴちゃん早くわたくしを弁護して!お願い!

 

「当然!ここはしっかりと謝るべきだからな!」

 

「今回の騒ぎはお前のせいだぞ」

 

「右に同じ♡」

 

わたくしの弁護をする奴が1人もいない!ああなんて素晴らしい仲間なのでしょう!分かってます?これは皮肉ですわよ!

 

とりあえずダイナカールさんからの許しも得て解放される。でもわたくしに安息の時間は訪れませんわ。おハナちゃんトレーナーがダイナカールさんに、後でしっかりと言い聞かせておくと言っていたので!

 

わたくしは賢いので分かるんですわ!この後お説教でしょう!わたくしは怒られるのは嫌なのでほとぼりが冷めるまで逃げます!ああルドルフによって捕獲される!逃げられない!

 

助けてマルゼンスキー先輩。いない!あー!あー!抵抗虚しくわたくしはルドルフによって引きずられていく。

 

みんなが別れの言葉を言いながらダイナカールさんとエアグルーヴちゃんから離れていく。

 

そして引きずられていくわたくしに、呆れた顔をしながら手を振るエアグルーヴちゃん。あっお別れの前に言っておかなくては!

 

エアグルーヴちゃん!トレセン学園で待ってますわよ!じゃあね!

 

 

そんなわけでわたくしの感謝祭は終わった!

 

 

------------

 

・・・・・ということがあったんだ。

 

私はいつものように日課の花壇の手入れをしていた。

 

その時に訪れた可愛い後輩であるメジロドーベルに昔の話、そうあの問題児の先輩の話をしていた。

 

「あの先輩って昔からああなんですね」

 

・・・・そうなるな。あのたわけが説教が嫌で逃げるのを追いかけるのも、もう飽き飽きなんだがな。

 

「でもグルーヴ先輩」

 

どうしたドーベル?

 

「先輩がさっきの話をしている時、楽しそうな顔をしてましたよ」

 

私は思わずジョウロを持っていない方の手で口元を覆う。楽しそう・・・そうか楽しそうか。

 

・・・まぁそうかも知れないな。

 

 




次回で三章はおしまいです!エピローグは恒例のプリンちゃんの毒舌狂言回しですね。

今回の話で登場した折り畳みマルチツールのイメージは、ビクトリノックスのクラシックです。

皆さん宝物って持ってますか?僕はいくつか持っています。そのひとつがビクトリノックスのマルチツールです。アルミハンドルのアノダイズ加工のものです。

もう15年以上使ってるかな?貰い物で長年使っているので愛着があります。物持ちの悪い私がここまで長年愛用するってなかなかないです。

この話でミカドちゃんに持たせたのも、わぁい私と同じもの持ってるー!てやりたかっただけです。作者特権てやつだ。

まあ宝物なんてなんでもいいんですよ。私の宝物はビクトリノックスとジッポライターくらいですからね。高価な物でなくても、使っているうちに身体の一部みたいになります。しかもポケットに収まるんだぜ!

でも赤色のアルミハンドルはリミテッド限定品なんだ・・・買えなかったんだ・・・私のはシルバーなんだ・・・。でも気に入ってるからヨシッ!


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エピローグなので、ミカドを真水につけるの

三章おしまいです。なんてことだ、もう助からないの


トレセン学園感謝祭から1週間後、プリンのルームメイトの様子がおかしくなったの。いやおかしいのは前からなの。もっとおかしくなったの。

 

正直な話コイツがどうなろうが知ったこっちゃないの。感謝祭終わってからずっと上機嫌でソワソワしてたし。普段よりテンション高く話しかけてきて鬱陶しいとは思ってたの。

 

なんでもブレンボとかいうとっても高いイタリアのレースシューズを買ったらしいの。知りたくもない情報をベラベラと話し続けるのでプリンもコイツのシューズに詳しくなってしまったの。

 

「わったくしのー♪かっわいいかっわいい♪ブレンボちゃーん♪ふふふふーん♪」

 

うわぁこいつシューズに話しかけてるの・・・。

 

壁とか鏡に話しかけろとは言っていたけど、まさかシューズに話しかけることになってるとは、これはついにコイツ壊れたの。

 

プリンのせいなの?いや知ったことではないの。見ないふりをしてプリンでも食べるの。

 

プリンがチラッと見たことを目ざとく気づいたミカドが馴れ馴れしく話しかけてくる。

 

「ふふふん!このシューズが気になりますか?!気になりますわよね!」

 

いやどうでもいいの。プリンは忙しいの。シューズとでも話してろなの。

 

「またまたぁ!こんなかっこいいシューズ世界に2つとしてありませんわ!気になりますわよね!」

 

うぜぇのこいつ話を聞かないの。無視してプリンを冷蔵庫に取りにいく。

 

ベラベラとブレンボのカッコよさについて喋りだすコイツの言葉は、脳が記憶する必要がないと判断したのか右から左、バ耳東風。プリンにとってはプリンの方が大切なの。

 

「ちょっと!聞いてますの!?」

 

聞いてないの。

 

「ぐぬぬ。貴方もレースに生きるのならこのシューズのカッコよさがわからないのですか!」

 

知らないの。というよりもお前もこの前まで、シューズのことなんて全然知らなかった筈なの。

 

「そ、それはそうかもしれませんが!このカッコよさは言葉にしなくても分かるでしょう!」

 

ほら!ほら!とシューズを見せつけるようにプリンに見せつけてくる。よく手入れされ磨き上げられたシューズは、確かに駅前の店で売っている量産品とは違う。強烈な存在感のようなものを感じるの。

 

はぁ、じゃあ1つそのシューズについて聞いてもいいの?

 

「どうぞ!わたくしはブレンボちゃんのことで、知っている事ならなんでも答えますわ!」

 

そのシューズ。前にイタリア製って言ってたけど、イタリアの何処なの?

 

「えっ・・・イタリア市?」

 

イタリアにイタリア市なんてないの。ローマ?ミラノ?ナポリ?何処か教えてほしいの。

 

「えーとえーとパリですわ!」

 

パリはフランスなの。お前よくそれでなんでも答えると言えたの。

 

「・・・・ううう地理は苦手なんですわ!」

 

本当に好きなら全部知りたいものなの。プリンは少なくとも食べるプリンは何処のメーカーが何処の卵を使ってるかは調べてるの。

 

「うぐぅ」

 

本当にそのシューズを気に入ったのなら、知ったかぶってひけらかす前にするべき事があるとプリンは思うの。

 

「・・・・ハイ」

 

しょんぼり顔になったミカドがすごすごと退散する。よしよし上手いことやり込めたの。これで今日はプリンをゆっくり食べられるの。

 

プリン専用の冷蔵庫を開けるとひんやりとした空気が中から溢れてくる。うーん今日は焼きプリンの気分なの。このメーカーは苦めのカラメルがいい仕事をするの。

 

冷蔵庫からよく冷えたプリンを取り出す。プリン専用のスプーンも準備完了なの。昔にアンティーク市で買ったお気に入りのこのスプーン。このスプーンで食べるプリンはいつだって最高なの。

 

プリンは焼きプリンとスプーンを持って、鼻歌でも歌いたくなる上機嫌な気持ちで部屋に戻る。だがそこには信じられない光景が広がっていた。思わず焼きプリンを落としかける。

 

 

なんてことなのもう助からないの・・・ミカドがお勉強してるの。

 

 

さっきまで抱きかかえていたシューズを脇に置き、地理の教科書を広げている。普段からは考えられない真剣な表情をしているの。

 

ベラベラと話しかける事もせず。教科書にかじりつくように見るミカドは今まで見たことなかったの。できることならそういうことは普段からするの。

 

「・・・わたくし、先程のプリンの言葉で目を覚ましましたの」

 

足音で部屋に帰ってきたことに気がついたのだろう。教科書から顔も上げずにポツリとコイツが呟く。

 

「わたくしこのシューズを本当に気に入りましたの。だから大嫌いなお勉強だって我慢しますわ」

 

嫌な予感がするの。出来れば聴きたくはないの。耳を塞ぎたいけど、両手はプリンとスプーンで塞がっているの。

 

「いっぱい勉強して、しっかりと説明できるようにしますわ!」

 

だから説明はきちんと知識をつけてからにしますわね!といって再びコイツは黙り込む。

 

・・・ああ自主的に勉強をするなんて素晴らしい話なの。でもできることならその説明を聞かせるのは、プリンじゃなくて壁か鏡にして欲しいの。

 

でもきっとその望みは叶わないの。悲しいけど火の付いたコイツを止めるのは無理なの。もう半年以上付き合わされているプリンには分かるの。

 

プリンはそんないずれ訪れる現実を見るのに疲れたので、取り敢えずプリンを食べるの。パクッ。美味いの!

 

 




というわけで三章終了です。

いやぁ予定よりかなり遅れてますね。うふふ。

やりたい事が多すぎてなかなか進まないんですね。


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わたくし見たもん!暗闇で揺蕩うトトロを見たんだもん!


4章スタートです。ついにトレーナーをチョイ見せします。

メインストーリーが進まない・・・。


薄暗く、カビくさい一室で巨漢の男はパソコンの前で作業をしていた。

 

ここは図書室の資料室の奥の奥。司書ですら立ち寄らない開かずの間とも言うべき一室。

 

その一室の出入り口の扉は電子キーにより施錠されており、キーカードを持たない者は立ち入ることができない。

 

部屋の真ん中の執務机の上には大きなパソコン、そしてのその脇には大量の資料や分厚い本が山積みにされていた。

 

パソコンの前の男の両手は、まるで全ての指がバラバラに意思を持っているかのようにのたうち、キーボードをタイプする。

 

濁流のようにパソコンに打ち込まれる文字はあっという間に単語となり文章となり、そして一枚の文書となる。

 

そしてその文書はメールに添付されて、日本の裏側とも言うべきフランスでトレーナーをしている、そんな旧友の元へと送られる。もはや何年も顔を合わせていない旧友へと。

 

男は一仕事を終わらせた区切りに大きく伸びをする。今日も5人分ほど働いて残業なのだ。まぁこの程度は大したことはない。前職に比べればここは福利厚生が行き届いている。余計な気苦労もない。

 

チラリと時計をみる。なんとも半端な時間だ、部屋に帰るのも億劫だしここで仮眠を取ろうかと考える。あの理事長秘書は泊まり込みはするなと煩いが構うものか。

 

それに私が最低限でもこのくらい働かなくてはこの学園のレベルは維持できないと分かっているのだろうか?

 

だがそれにしても・・・それにしてもお腹が空いたな。何か食べられるものが残っていたか?ないのなら買いに出かけよう。

 

 

---------

 

だから!わたくしは嘘なんて言ってませんわ!

 

感謝祭明け数日後の教室でわたくしはクラスのみんなに熱弁をしていましたわ!でも誰も信じてくれない!こんなのおかしいですわ!

 

「いやミカド・・・流石にそれは嘘だろ」

 

「そうだよ♡どう考えてもありえないよ」

 

むむむ、どうして親友の言う事を信じてくれませんの!私見ましたのよ!トレセン七不思議を!バトラーは信じてくれますわよね!ねっ!ねっ!

 

バトラーは黙って首を横に振る。ひ、ひどいわたくし生まれてからこの方嘘なんてついた事ありませんのに。誰も信じてくれない!

 

「大体その話には無理があるだろう。まだ幽霊を見たと言った方が信憑性があるぞ」

 

まあわたくしもその通りだとは思います!ですが自分の目で見た以上それは紛れもない真実なのですわ!だってわたくしバッチリ目撃しましたのよ!あの有名なトレセン七不思議!深夜の学園に出没するトトロを!

 

「そもそも深夜は外出禁止だろう」

 

 

・・・・・・そこは内緒ですわ!

 

--------

 

 

というわけでわたくしは深夜に張り込みをしていますの。ブルーとルドルフは嫌がったのでわたくし1人ですが!親友に対して何という扱いなのでしょう!

 

寮の門限はとっくに過ぎてはいます。ですが手がないわけではありませんの。もちろん外出届なんて通るわけありません。トトロを探しに深夜に出かけますなんて言ったら寮長のブレーンバスターがわたくしの脳天をかち割りますので!

 

寮に戻った後、二階の窓からロープを伝って下に降りたのだ。最近寝付けない時に散歩に行くための常套手段なのですわ。深夜にこっそりと抜け出して散歩するのはスリリングで楽しいのですわ。

 

見つかったら・・・まあ結構やばいですが。でもわたくしの脚なら誰が相手だろうが逃げ切れますわ。目出し帽をニット帽のようにかぶり、いつでも顔も隠せるようにしていますし。警備員の巡回ルートと監視カメラの位置はバッチリ押さえていますのでなんとかなるでしょう。

 

ゆっくりと校内を散策する。足跡を立てないように歩く。ライトチェック・・・ヨシッ!今日のマグライトちゃんも絶好調ですわ!頼みますよ相棒!

 

と言っても普段からはライトは使わない。わたくしは夜目が効く方なのでこれは非常用ですわ。それに夜中にライトがピカピカ光ってたら遠くからでもバレかねませんからね!

 

確か昨日見たのは図書室の方でしたわね。そこを中心に当たって見ましょう。何かが見つかるかもしれませんわ。

 

そうして図書室の近くに移動していると、何人かの警備員とすれ違う。ですがわたくしは物陰に隠れてやり過ごす。ふぅ危ない危ない。

 

そうやって何度かやり過ごしていると、ようやく図書室の前に着く。私は物陰に隠れて息を殺す。誰かいますか?うーん誰もいませんわね。

 

とりあえず昨日見かけたポイントを見渡せる場所に着く。ここなら何処からトトロが来ても大丈夫ですわ。

 

腕時計で時間を確認する。もうとっくにみんな帰っている時間帯ですわね。カメラマニアの子から貰った使いかけの使い捨てカメラを構えて待つ。

 

スマホじゃないのはなんとなくですわ。ほら幽霊とかならフィルムに写るイメージがあるので。

 

でもフィルム残り4枚。なんて半端なのでしょうと思いつつも、貰い物ゆえにケチは付けられない。後で現像してくれるって言ってましたし。

 

さあ!お化けでもトトロでも撮ってやりますわ!明日の話題はこれで決まり!うふふ。

 

 

--------

 

・・・・・来ませんわねぇ。

 

あれから1時間くらい経ったのですが誰も来ない。警備員がたまに通るくらいでトトロなんて影も形もありませんわ。

 

うーん今日は来ないのでしょうか?写真を撮って証明してやりますわと大見栄切ったのですから、出てくれないと困るのですが。

 

どうしよう。今日は諦めて帰ろうかな。明日も学校ですしこれ以上粘ると明日に響きますわ。悔しいですが何処かで切り上げなくては。

 

そう思っていると話し声が聞こえてきた。図書室の外からですわね。わたくしは素早くそちらに耳を向ける。これは・・・

 

1人は女の声ですわね。若い女性の声。ハキハキと喋っている。声色に怒りの感情がある。おそらく20代前半。何処かで聞いたことあるような・・・誰でしたっけ?

 

もう1人は男の声。かなり低い声。めんどくさそうな態度の声だ。年齢は・・・わからない。ただこっちは聞き覚えのない声ですわ。

 

こっそりと物陰から様子を伺う。あっトトロ!やっぱりいましたわトトロ!と言っても当然ながら本物のトトロではありませんが。大柄の男の人みたいですわ。

 

暗がりなのでシルエットしか見えませんが横にいる帽子の女性の人と何やら話し合っているみたいですわね。暗くて良くは見えませんがなにか言い争い・・・というよりは女性の方が詰め寄って、男の方が聞き流しているようです。

 

幽霊の正体見たりなんとやら、というやつですわね。でもあんなおデブちゃんの職員いましたっけ?大体の職員は把握しているつもりですけど、あの巨漢の人は見たことありませんわね。

 

でもしょうがないですわね。折角だし証拠写真の一つでも撮っておきましょう。この距離ならフラッシュを焚かなければ気付かれないでしょう。音が少し鳴りますが仕方ない。

 

構えよし、フラッシュの光が漏れないようにライト部を指で抑える。こういう使い捨てカメラってあんまり使ったことがないのですよね。とりあえず真ん中に入れて・・・・パシャリ。

 

夜道に僅かに響く使い捨てカメラのシャッターの音。それと同時にわたくしは駆け出した。音が鳴った瞬間に女性の方ぐるりと顔をこちらに向けて目があった!やばい!気づかれましたわ!信じられない事にこの距離で気づいたらしいですわ!

 

走りながら被っていた目出し帽で顔を隠す。後ろから女の人が追ってきている。ふふん!でも人間がウマ娘に速さで勝てるわけありませんもの!

 

そう思いつつ後ろを振り返る・・・・えっなんかあの人私より速くないですか?詰められてますわ!

 




追跡しているのは誰なんでしょう。あの緑色の孤独なsilhouetteは・・・?

次回変則レース回。いわゆる逃亡フェイズです。


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The Escape Killers

RUN!RUN!RUN!


深夜のトレセン学園。本来ならば生徒も職員もいないはずの時間帯。いるのは残業のしすぎで怒られる粗忽者と、熱心な警備員。あとはわたくしのような侵入者くらい。

 

「侵入者があっちに逃げたぞ!追え!」

 

そんな深夜のトレセン学園をわたくしは駆ける!駆ける!うわぁぁぁぁあ!

 

さっきから追ってくる人の数がどんどん数が増えていますの!どういうことですの!

 

チラリと後ろを見る。わぁたづなさんこんばんは。追ってきてたのはたづなさんだったのですね。うふふ・・・・おかしいでしょ!なんで理事長秘書のたづなさんがここまで速いんですか!

 

ウマ娘のわたくしよりも速いとかふざけるな!この緑色!美人秘書!チート人間!

 

 

周りから足音が聞こえる、その気になればすぐにでも捕まえられるのに、明らかに遊ばれている気がする。疲れさせてから捕まえるつもりでしょうか?

 

ていうか!警備員って人間だけじゃないのですか!なんでウマ娘の警備員がこんなにいますの!話が違いますわよ!

 

少なくともわたくしの情報では、ウマ娘の警備員がいるという噂があるのは知っていたのですが、こんなにいるとは聞いてませんわよ!

 

昼間はみんな歩いて渡る歩道の曲がり角を、全力のカミソリカーブで曲がる。ええいたづなさんが振り切れない!他のウマ娘はともかく、たづなさんがぴったりとマークしてきますわ!なんとか捕まえようとする手を躱していますがこれきっつい!

 

何度かの攻防の末、ガクンとたづなさんが減速する。振り切りましたか?スタミナが切れたのでしょうか?・・・・あっやばいこの先袋小路ですわ!えっもしかして誘導された?嘘でしょ詰みですわ!

 

 

--------

 

私は個人でとあるウマ娘を追いかけているしがない記者だ。そのウマ娘の経歴を辿っていると、ある奇妙な噂をたどり着いた。その噂に関わりがあるであろうある人物に取材を申し込んだ。

 

 

 

日本ウマ娘トレーニングセンター学園

特殊夜間警備隊 隊長

 

現在の名前は本人の希望により匿名とする。

 

通称 フクロウの警備隊長

 

 

 

だが彼女には世間にもう少し知られているもう一つの名前がある。

 

かつては中央トレセン学園に学生として所属。トゥインクルシリーズでは重賞をいくつか。G1で掲示板に乗ったことすらある。変幻自在のスタイルにより、数々の名選手を討ち取った叩き上げのエース。

 

実力を発揮できればG1をいくつかは取れていたかもしれない。だがそうはならなかったウマ娘。

 

G1ウマ娘という名声こそ得られなかったがその確かな実力を買われ、現在はトレセン学園の特殊夜間警備員の隊長として、その腕・・・いや脚を奮っている。

 

中央トレセン学園は良くも悪くも話題になる。不審者の侵入も珍しいことではない。深夜に邪な考えを持って侵入しようとするものの後が絶えない。

 

マスコミ。熱狂的ファン。迷惑系YouTuber。そしてトレセン学園を嫌う者etcetc

 

警備員とは名ばかり。より近い表現をするならば武装した騎兵隊と言ってもいい。そしてこの事実は一般生徒にはあまり知られていない。

 

トレセン学園に侵入した不審者の確保。それが今の彼女の走る理由。

 

わたしはそんな彼女への接触を試みて成功した。わたしと彼女しかいない小さなレストランの個室で、彼女はおもむろに語り出した。

 

 

--------

 

 

あの日のことはよく覚えている。

 

その日の夜は待機所に詰めていたんだ、巡回班が帰ってくるまでの間、仲間内でカードで遊んでいた。

 

そうしていると呼び出しがあった。これは別に珍しいことじゃない。深夜のトレセン学園に侵入しようとする馬鹿なんて珍しくもない。

 

学園はそこらかしこに監視カメラがあるんだ。大抵の間抜けな不審者なら出入り口付近で補足できる。気取られないように囲んでしまえばどうとでもなる。

 

生徒ならカメラで場所を確認しながら適当に回らせる。身元を照会し自主的に帰るのなら寮長へ連絡。帰らないなら私たちの出番になる。

 

でもその日は違った。最初は監視カメラを見ていた奴を叱責したが、あれは気づかなくてもしょうがない。明らかに事前にカメラの場所を入念に下調べしていた。まるで学園内に唐突に現れたかのようだったよ。

 

だけどその侵入者はもう終わり。いくら下調べしようがこういうのは気取られたら終わりなんだ。とりあえず私たちは呼び出しをされたから無線機と装備を持って現場に向かった。

 

だけど向かう途中から嫌な予感がし始めたんだ。無線が鳴り止まない。それどころかどんどん騒がしくなっていった。その時の私は思ったさ。何をてこずっているんだ、相手はたったの1人なのにってね。

 

まぁ少し現場が混乱しているだけ。私たちは捕縛にかけてはプロフェッショナルなんだ。着く頃にはもう終わっているだろうとは思っていた。

 

だけど現場に到着して冗談かと思ったよ。侵入者はまだ走り回っていた。一緒に駆けつけた仲間も同じ反応だったよ。私はそいつを一目見て悟ったさ。こいつはとっ捕まえるのは相当難儀だってね。

 

その侵入者はおそらくはクラシック級のウマ娘程度の実力はあった。目出し帽で顔を隠してはいたが、走り方、速度、加速力、コーナーの曲がり方から間違いはない。でもそれは問題じゃない。

 

名前は言えないが私たちの先輩が苦戦していたんだ。ああ見えてあの人は学園の誰よりも速いし、捕物の腕前に関しても確かなんだ。夜中にふざけて入り込んだG1ウマ娘も容易く捕まえたことがある。

 

走っているウマ娘を捕まえるっていうのは言葉にする以上に難しい。相手の呼吸や癖を呼んで、怪我をさせないように減速させて押さえ込む技術がいるんだ。レースとはまた違ったセンスが必要になる。

 

速さでは先輩の方が圧倒的に上。それをその侵入者はギリギリの距離でいなしている。手を伸ばした瞬間加速したり曲がったり、わざと体勢を崩して躊躇わせたり。こんなことができるとしたら、先輩が呼吸や思考を読まれているということだ。

 

私たちが捕獲のプロだからこそわかる。あれをやられると手で捕まえるのは無理だ。捕まる方も捕まえる方も・・・怪我を覚悟しなくちゃいけない。

 

だから先輩は追いかけながらこちらに目配せしてハンドサインを送ってきた。そのサインを見て私は侵入者を目を凝らして観察した。走り方、癖、スタミナ残量、どう攻めればどう動くのか。こと細やかに。

 

そして私たちはプランを切り替えた。チームで連携して侵入者を捕獲ポイントまで追い立てることにした。

 

トレセン学園の外壁沿いには意図的に設けられた袋小路があるんだ。走るウマ娘を追い込む狩場。そこに誘導をすることにした。背よりもずっと高い壁に囲われたそこ。その場所はそいつにとってのまさにデッドエンドになる場所だった。

 

侵入者は追撃を躱す技術からは信じられないくらいあっさりと誘導された。その時は拍子抜けしたくらいだよ。一回で成功するとは思ってなかったから。その時は私の見立てに間違いはなかったって感じたさ。

 

だけどその不審者は減速を一切しないまま袋小路の奥に向かって疾走していった。そこからはもう奥に抜け道はないとはっきりとわかるはずなのに。

 

普通ならばもう詰み。大人しく減速するしかないデッドエンドの袋小路、でもあいつはその奥に向かって壁をぶち壊さんとさんばかりに加速していった。

 

警備隊の誰が叫んでいたのをよく覚えてる。侵入者が逃げられないように、壁の高さは手を伸ばしても全く届かない。しかも手が引っかかる場所なんてない。踏み台にできるものもない。

 

ウマ娘の身体能力といえど一息に飛び越えるのは無理な高さ。それにあの加速している状態だと奥の壁にぶつかって潰れたトマトみたいになる。

 

一瞬後に訪れるであろう惨劇に他のチーム員が目を背ける。だが目を背けなかった私だけが見たんだ。

 

あの不審者は全速力の勢いで側面の壁面沿いに身を寄せたのかと思えば、体を捻りながら飛び上がった。

 

身体は回転しながら、そいつは垂直にそびえ立つ壁に"立った"。しかもその捻り回転に両腕を振り回し勢いを乗せることで、その場でぐるりと身体が回転する。

 

こう・・・わかるかな?要はコマみたいに回転したんだよ。後で聞いたんだが回転することで重心を体の外に引っこ抜いたらしい。又聴きだから詳しくは知らないんだが。

 

そいつは加速しきっていた慣性の力と、飛び上がった際の上向きの力。そして回転しながら側面の壁を何度も蹴り上げることで壁を駆け上がるかのように加速していった。

 

その力が合わさることで、そいつはそり立つ側面の壁を駆け上っていく。そしてその身体が一番奥の行き止まりのところにたどり着いたときには、既に身体は壁の上より高い所だった。

 

そしてその不審者は壁の向こう側に落ちるように私たちの視界から消えた。壁の向こうは学園の外。見事に逃げられてしまった。

 

 

「あれは不審者じゃない・・・」

 

 

誰ががポツリと溢した。でも全員内心では同じ意見だったさ。

 

今でも信じられないさ。でも私は見たんだ。誰に言っても信じてはもらえないトレセン学園七不思議そのひとつ。

 

 

「本当だったんだ・・・トレセン学園のウマ娘には、ニンジャが紛れ込んでいる!」

 

 

警備員連中は当時はその話題で持ちきりだったさ。記者さん貴方はこんなバ鹿げた話を信じるかい?

 

 

 

 

 




ミカドちゃんは鬼ごっこにて最強。はっきりわかりますね。

というわけで変則レース回終わりです。捕まってたら・・・あんなこと(お説教)やこんなこと(罰則)されてましたね。

エースコンバットZEROのインタビューをオマージュしています。我ながらやりたい放題だなぁ。

たづなさんから逃げ切りましたが、これはたづなさんが怪我させないようにしていたからです。あと地面が硬いからね本気では走れません。その上ミカドちゃんは、おっ?いま捕まえたらわたくし転んじゃいますわよ?と挑発しまくっていました。でもターフの競争なら瞬殺されます。

逃げ切られたたづなさん。めっちゃ悔しくて自分の冷蔵庫のビールを全部飲み切った後、追加でコンビニに買いに行きました。そして翌日寝坊する。


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アイエェェェェ!ニンジャ!ニンジャナンデ!

寄り道が楽しくてメインストーリーが進まない。よくある事だと思います。

たづなさんがおこだよ!


昨日の深夜に図書室の前で理事長秘書からの小言を聞かされていた時の事だ。いきなり彼女は暗闇の方向を向いたのかと思えば、あっという間に走り去っていった。何事かとは思ってはいたが・・・

 

なんでも昨日の深夜に不審者が入り込んでいたらしい。詳しい情報が回ってはきていないが、まんまと逃げ切られたらしい。

 

思わず感心する。トレセン学園の警備隊から逃げ切るなんてなかなかの手練れだ。不審者が学生なら警備隊からスカウトを申し込むかもしれないな。

 

私は珍しく資料室以外の場所にいた。基本的にあまり昼は外には出歩かないので忌々しい日の光が眩しい。あの理事長秘書から直々に呼び出しをくらったのだ。断るのなら引きずってでもという気概を感じたので、渋々呼び出された場所へと向かう。

 

そんなわけで私は学園の隅、通称鳥籠とも言われている袋小路に来ている。そこにいるのは私と理事長秘書、それと昨日の警備責任者である警備隊隊長だ。

 

「それで・・・どうなんですか?」

 

理事長秘書はたいそうご立腹だ。昨日逃げ切られたのが余程悔しいらしい。この理事長秘書は普段の生徒に対する優しい態度に反して、とんでもなく負けず嫌いなのだ。

 

この呼び出しから逃げきれなかった私は、逃げきれた侵入者が羨ましいくらいである。そんなことを言ってはより不機嫌になるだけなので、私は黙って壁にくっきりと残った足跡から、跳躍の軌跡をチョークのラインで繋ぐ。

 

私は当日にこの場にはいなかったが、こうすることであの夜に何があったのかは大体推察できる。前職の設備なら使われたシューズの種類まで特定はできたが、今持ってきているノートパソコンでは無理だ。

 

それからノートパソコンから監視カメラの映像が保管されているサーバーにアクセスし、解析をかける。

 

顔自体は目出し帽で隠されてはいる。だが私ならこれだけの情報があれば身長、体重、手や足、ストライドの長さ、侵入者のあらかたの情報を割り出せる。

 

私には学生の個人情報データベースのあるサーバーにアクセスできる権限はないので、そこからは私の仕事ではない。

 

これだけの事をする学生がいるとは思えない。恐らく外から来たスパイ目的で雇われたウマ娘なのではないか。

 

「まあそうだろうな。学生の悪ふざけにしては度を超えている」

 

私の言葉に警備隊隊長は同意の言葉をあげる。理事長秘書と違いかなり冷静だ。あくまでも仕事として同行してくれているのはかなりありがたい。

 

それにサーバーや資料の入ったパソコンに手をつけられた痕跡はなかったそうだ。であれば向こうとしても失敗と言えるだろう。ここは痛み分けという事でいいのではないだろうか?

 

「・・・・いいから早くしてください」

 

理事長秘書が急かしてくる。個人的な感情の為に私の仕事を増やさないで欲しいとは思うが、その帽子の下がどうなってるか考えると怖いので黙って仕事をする。

 

さっき私は警備隊隊長に企業スパイと言ったが本心は別だ。恐らくは学生の誰かが昨日の侵入者だろうと私は推察する。私も前職で企業に勤めていたからわかる。わざわざ直接乗り込むなんて今時の企業スパイはしない。

 

まぁトレセン学園のサーバーには私が一枚噛んでいるからな。私がここに来る前の杜撰なセキュリティならともかく、今はガードが硬くて侵入は困難なのは間違いはない。

 

直接乗り込んでアクセス経路を作ろうとも、サーバールームの場所はごく一部のものしか知らないし、どのデータラックにどの情報があるかなんて、恐らく私しか把握していない。

 

直接乗り込むなんてことをするなら、アクセス権限を持つ者に金を握らせた方が早くて確実だ、私がスパイならそうする。まあそんなことはしないが。

 

30分もすればあらかたの情報は出揃っていく・・・がまだ2人には話さない。その前にやる事がある。

 

どうせこの2人には私が何をしているかはわからないのだ。こっそりと学生の個人情報データベースにアクセスする。私にはサーバーにアクセスする権限がないだけで、アクセスできないわけじゃない。サーバーのバックドアから侵入しデータを検索する。

 

データベースで検索する・・・1件ヒット。名前はミカドランサー。ほぅジュニア級なのか。クラシック級の中でもそれなりにできる方でもおかしくはない実力だと思ってはいたが、これはかなり予想外だ。

 

横でプンスカしている理事長秘書に渡すデータから、このデータベースで検索されるのだろう数値をギリギリ外れる数値を狙って改竄する。

 

この侵入者のデータからは、ミカドランサーにたどり着くことはできないように。

 

昨日の小言を切り上げさせたお礼代わり、あとはここに無理やり呼びつけた理事長秘書への意趣返しだ。デブをこんな所まで呼びつけて仕事をさせるのはよくない。

 

感謝しろよと思いながら、私はサーバーログを抹消しデータベースを後にする。そして何食わぬ顔で侵入者の情報の入ったUSBメモリを理事長秘書に手渡した。

 

 

---------

 

わたくしの華麗なる逃亡劇はなんとか勝つ事ができました。いやぁ警備員さんとたづなさんは強敵でしたわね!危うく捕まってお説教でしたわ!

 

特にたづなさん。あの人めちゃくちゃ速くてマジでビビりましたわ。全力で飛ばしても全然振り切れないなんて・・・途中から振り切るのではなく、あえてギリギリの距離で躱す方向に変更して正解でしたわ。

 

でもわたくしこれまで鬼ごっこで負けた事がないので。ようはタッチされなければいいのですわ。タッチされそうになったら加減速で幻惑すれば良いということですわね!

 

でも袋小路に追い込まれたと気づいた時、本当にやばいと思いました。ですがさすがわたくし、なんとか起死回生の一発逆転のアイデアを思いつきましたわ。

 

特に最後の回転壁登りは自分でも無我夢中でもう一度やれと言われても難しいでしょう。ああ本当にあの漫画読んでてよかったありがとう先生!

 

それにしても警備員さんたち学生相手にガチすぎません?なんかめちゃくちゃ本気で追っかけ回されたのですけど。もっと手心とかないのでしょうか。

 

ウマ娘の警備員があれほど沢山いたのも誤算でしたわ。もしかしたら昨晩の騒ぎで警備のルートとか変更されたかもしれませんわね。

 

夜中のお散歩コースがなくなってしまったのは悲しいですが、これは仕方がない。当分は夜間に外出するのは控えましょう。夜の学園の自販機で一服するのが楽しかったのですが。

 

まあそんなこんなで次の日、学園のクラスのみんなを集めて、わたくしは発表を行う。

 

わたくしは一つ咳払い。息を吸い込み発言する。

 

 

厳正なる調査の結果・・・トトロはぁ!いませんでしたぁ!!

 

わたくしの言葉を聞いてクラスはやっぱりという空気になった。ええい!もっと盛り上がりなさい!学園七不思議は嘘っぱちとわかったんですわよ!

 

「いや最初からいないと思ってたし♡」

 

「全くだ。いるわけないだろう」

 

わっかんないじゃないですか!もしいたらどうするのですか!非のないところに噂は立たないというじゃないですか!

 

「それを言うなら火のない所に煙は立たないだな」

 

・・・・・そうとも言いますわねルドルフ!

 

それにしてもトレセン学園七不思議って変なのばっかりですわよね。トトロ以外に何がありましたっけ?噂好きのバトラーなら知っていますか?

 

知ってるよーと言うバトラーの言葉にわたくしは先を促す。聞いているとなんというか学校ごとに特色があるのですね。地元の学校は歴代校長の肖像画が泣くとか、動く人体模型とかでしたけど。

 

バトラーの一押し七不思議はトレセン学園にニンジャが出没するという七不思議らしい。変な話題が盛り上がりますのねぇ。

 

それにしてもニンジャ・・・なんでニンジャなんですの?

 




たづな「貴方が何処の誰だか知りませんが、私から逃げ切れると思いますか?捕まえますよ・・・必ず」

これは掛かっていますね。初めての敗北感にたづなさんブチギレですわよ!

あのまま袋小路に追い込まず、愚直に追い回していればたづなさんが捕まえていました。明らかな格下相手にスマートに勝とうとした結果、ミカドちゃんに盤面ごとひっくり返されました。

回転壁上りはエア・ギアからオマージュしました。普通に壁を駆け上ってもよかったんですが・・・その方が、かっこいいからだ!

ブッチャvsイッキが戦った時のブッチャが校舎の壁を駆け上った時のやつを参考にしました。Spinning Wallride Overbank 1800 BUCCA Specialとかいうクソ長い名前の一度しか使われない技です。両手を広げてコマのように回りながら垂直の壁を登る技です。

初期のエア・ギアは本当に面白いよ。


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やってみせろよパンプキンヘッド事件簿

やってみせろよミカド!


はい、これを見てもらえますか?

 

これは・・・前代未聞ですな。

 

ええ信じられません。まさかこんなことが。

 

あの問題児達がまた何か問題を起こすんじゃ・・・

 

どうしましょうか、このシーズンならアレしか考えられませんよ。

 

このまま見過ごすのは・・・・去年のこともありますし。

 

背に腹は変えられないですね。いっそ強硬手段を・・・

 

そうですね。理事長にも話してみましょう。

 

---------

 

 

10月も後半に差し掛かりうひひひひひ。

 

わたくしはウヘヘヘヘへ。

 

「気持ちの悪い笑い声を出すな」

 

わたくしの頭にルドルフが勢いよくチョップを落とす。あぁぁ痛いよぅ!

 

わ、わたくしが一体何をしたというのですか!まだ今日は何も悪いことをしていませんわよ!それをいきなりチョップとは・・・暴力面に堕ちたものですわねぇ!!ルドルフ!あとブルーはそんな顔しない!

 

「・・・そんな顔?変な顔してたかな?」

 

うわぁってドン引きしてる顔をしてましたわ!

 

「じゃあせーかいだね♡」

 

確かに少しだけ気持ち悪かったかも知れませんが、わたくしちょっと浮かれてしまっただけですわ!今日までの苦しみを乗り越えたわたくしの苦悩は、あなた達にはわからんでしょうねぇ!!この苦しみは!

 

あの思い出すだけで身の毛もよだつ邪悪な文字の羅列。ああおぞましい!!あんなものこの世にあってはならないのですわ!ほらわたくしの尻尾の毛が逆立っていますわ!

 

「ただの中間テストが終わっただけだろう」

 

ただ!?ただの!?わたくしがどれだけ苦労したと!それを貴方は・・・もう我慢なりませんわそこに直りなさい!とりぁぁぁ!あぁぁあごめんなさいごめんなさい!

 

「もうしないな?」

 

はい!しません!ああぁルドルフ、グリグリはやめてぇえ!!

 

そんなわけで今日で忌々しい中間テストが終わりましたわ!

 

ルドルフのグリグリから解放されたわたくし。いそいそと教員のいない教壇に立つ。テストが終わって浮かれ気分のクラスメイト達を見渡す。突然教壇に立ったわたくしを見ている。大きく息を吸い発言する。

 

ふふふふふ。10月終わりといえばぁぁぁあ!

 

わたくしの掛け声に合わせてクラスメイト達がハロウィィィィィイン!!と声を上げる。ふふふ完璧な合いの手ですわ。

 

そんなわけで大ハロウィン計画を行いますわ!何か思い出になるようなことをしましょう!中間テストのフラストレーションを全てハロウィンにぶつけましょう!その為にみんなで勉強したのですからね!

 

そのために追試を避けるようにみんなで勉強したのだ。追試がハロウィンの日に被っているので、1人でも追試になれば置いてきぼりが出てしまう。そして結果として全員追試を避けることに成功した。

 

ふふん。教員達は追試なしに本当にびっくりしていましたわ!クラス全員が追試を避けるのは前代未聞らしくちょっとした騒ぎになっていましたわ!

 

「お前が追試じゃないことに驚いていたんだぞ」

 

はいそこルドルフ余計なことを言わない!この為にわたくしはそれはもうすっごい勉強をしたのですから。でもわたくしがその気になればテストなんてちょちょいのちょいですわ。

 

さあさあ!皆さん!アイデアを募集しますわ!皆さんの素晴らしいナイスなアイデアをどんどん言ってください!さあ!仮装はもちろん!何でもやりますわよ!

 

全員あーでもないこーでもないと意見を出したり、唐突にカメラマニアちゃんが写真を撮り出したり、ジャンケンで負けたバトラーがジュースを買いにパシらされたり。

 

ブルーがジャグリングを始めたり、クラスメイトのパジェロ!パジェロ!という掛け声に合わせてわたくしが黒板に向かってチョークを勢いよく投げたり。そんなわたくしをルドルフが正座させたりしていました。

 

世はまさに無秩序かつ混沌!なんでこうなったのかは分かりませんが楽しいことは最優先ですわ!

 

そうしていると唐突に教員が教室に入ってきた。ん?珍しいですわね授業でもないのに。先生何かありましたの?

 

教員が申し訳ない顔をしながら1枚のプリントを手渡してくる。なになに?

 

---------

 

お知らせ

 

毎年10月31日に限り特例で黙認していたハロウィンの仮装を、諸般の事情により今年から正式に禁止することとなりました。

 

当日校内で仮装を行ったものは罰則が課せられます

 

 

---------

 

 

たのもーーー!!

 

そう言ってわたくしはクラスの代表として、放課後の生徒会室に飛び込んだ!そこには予想していたと言わんばかりにシンザン会長がお茶とお茶菓子を用意してまっていましたわ。

 

もぐもぐ。いったいどういうことですかこれは!ごくごく。

 

「いやぁ以前から教員達からハロウィンイベントに対する禁止要望があってね」

 

シンザン会長・・・でもでもこの学校は自由な校風がウリじゃないですか!うちのクラス爆発寸前ですわよ。折角みんな頑張って追試回避したのにこのままじゃ立てこもりですわ。

 

それは困るなぁとニコニコしながら答えるシンザン会長。でもねと言って言葉を続ける。

 

「これでも譲歩してくれた方なんだよ?禁止されたのは校内の仮装だけだからね。最初はハロウィンイベントを全て禁止するべきという意見だったからね」

 

仮装を校舎内でやるのがいいんじゃないですか!たしかに校舎内では制服と勝負服以外の服装は原則禁止ですけど、何もいきなりすることはないじゃないですか!

 

「去年のハロウィンで停学者が出てね」

 

て、停学?!仮装したのと何か関係があるんですの?!過激な格好をしてBANでも食らったのですか?

 

「仮装した衣装でその・・・担当トレーナーとうまぴょいしようとしたのがバレたらしくて」

 

・・・それなら仕方がないのかもしれませんわね。それにしても先輩たちもやるものですわね。センシティブのど真ん中を突っ切って行きましたわ。無茶しやがって・・・。

 

「やられちゃ困るんだよ・・・」

 

頭を抱えるシンザン会長。うーんこれでは援護射撃には期待できそうもありませんわね。許可はもぎ取れそうもありませんわ。

 

分かりましたわ許可を取るのは諦めます。とりあえず後でクラスのみんなに話しておきましょう。

 

その後もたわいもない話や近況報告で盛り上がる。マルゼンスキーの車の助手席で恐ろしい目にあったとか、最近たづなさんがすこし怖いとかそんな話ですわ。

 

そうしているとお茶もなくなったので退散する。くれぐれも問題を起こさないようにと、シンザン会長に釘を刺されてしまいましたわ。

 

それにしてもクラスのみんなにはなんて報告しましょう。わたくしが率先していたので、わたくしが何とかするつもりでしたけど厳しいですわね。

 

シンザン会長にはクラスが爆発寸前とは言いましたが、正直言ってあのプリントを教員に渡された時から、なんか私のクラスがお通夜みたいなんですわよね。泣き出す子もいたくらいですし。

 

うーんうーんと頭を悩ませる。でも妙案なんてありませんわ。あとでルドルフに・・・・いや、こういうことはバンダナ先輩に相談した方がいいのでしょうか?学園の問題児全員を巻き込んで立てこもりましょうか?

 

まぁとりあえずわたくしは仮装の準備をしましょう。シンザン会長には許可を取るのは諦めると言いましたが、許可が取れなければ無許可でやるだけですわ。さあみんなで顔を隠せるカボチャのマスクを買いに行きましょう。

 

 

 




ミカドちゃん!いいかハロウィン当日は絶対に仮装をするなよ!いいか絶対だぞ! 

ミカド「了解!バレないようにやりますわ!」

違うっ!!


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今年はカボチャが豊作なので踊りましょう

愉快に踊るのは貴方達学園サイドですわ。天使とダンスだ!


ハロウィンがあと明日に迫ったある日、それは突然現れた。食堂のど真ん中でカボチャマスクを被ったウマ娘が演説を行なっていた。スピーカー付きの拡声器を持ち出して、聴衆に話しかける扇動家のように話し出した。

 

『おはようございます!!皆さまご機嫌よう!ハロウィンでもないのに、わたくしがカボチャを被っているのはおかしいでしょうか?いいえおかしくはないはずです』

 

そう言い一度カボチャ頭のは言葉を切る。貴重なほど静かな一呼吸分の空白。カボチャマスクの中で息を吸い込む音が聞こえる。

 

『数日前わたくしたちに届けられた一報。ここに集まったウマ娘諸君なら、もう耳にしているはずですわ!残念ながらわたくし達は、ハロウィン当日には仮装は禁止されましたわ』

 

『わたくしはそれを聞いて悟りました。わたくしたちの今年のハロウィンは、わたくし達が楽しむためにあるのではないのです!ですが諦める必要はありません!』

 

『いずれ入学する可愛い後輩たち!その子たちの為に!ハロウィンの楽しみを残す為に!今日のわたくしたちは涙を飲んで!明日のトレセン学園に反省を促さなくてはならないのです!』

 

一節一節を区切るように強調するように話す。演説をしているカボチャ頭は興奮しているのか、身振り手振りが大きくなっていく。

 

『わたくし達はその後輩たちに残せる最も大きなものは、このトレセン学園の素晴らしい伝統なのではないでしょうか!』

 

『わたくしたちの大好きなトレセン学園を!彼女たちにも知ってもらいたいのは!そこまで悪いことなのでしょうか!いいえ!悪いはずがない!あるはずがありませんわ!』

 

『それを不当な圧力により!貶められようとしているのです!仮装なくして!何がハロウィンか!そんなものを未来の後輩に胸を張ってバトンを渡せますか!?』

 

『今年の10月31日はハロウィンであるだけでなく!学園の生徒が断固たる決意を示した日として記憶されるでしょう!わたくし達は戦わずして敗北はしない!』

 

そうだそうだ!仮装万歳!ハロウィン万歳!と会場のボルテージが上がっていく。カボチャマスクのミカドちゃんが演説の締めにハロウィン!!と言って敬礼をする。それに合わせて集まったウマ娘も声を上げる。

 

 

ハロウィン!ハロウィン!!ハロウィン!!!

 

 

『さあ!一心不乱の大ハロウィンですわ!』

 

 

-------

 

 

ハロウィン当日。わたくしは進路指導室に呼び出しを受けていた。若い教員から事情聴取というか尋問を受けていました。それにしても確たる証拠もなく呼び出すなんて、思い切りはいいですが判断が甘すぎますわ。

 

「このカボチャマスクで何をするつもりであったか!言え!」

 

さーしりませんわ。これひろったのでー。

 

「しらばっくれるな!」

 

というわけでわたくしは詰め寄られている。でもカボチャマスク持ってるだけで犯人扱いするなんてひどいですわ。今日は誰が持っていてもおかしくないでしょう?

 

「それは・・・そうかも知れんが・・・」

大体あれがあった時にわたくしは授業を受けていましたわ。貴方もよく知っているでしょう!

 

そう今日のわたくしはおとなしーく授業を受けていました。今日は仮装するウマ娘もなく、いつも通りの一日なのでした。

 

授業中にガラスの向こう、窓から見える学園の道の真ん中でカボチャマスクを被って踊っているウマ娘が現れるまでは!

 

仮装は禁止なのにぃぃ!と言いながら走って捕まえに行った指導担当の教員が現場につく頃には、カボチャマスクのウマ娘は跡形もなく消え去っていた。

 

そしてそれは終わりではなかった。遠目にカボチャマスクを被って踊っているものが続々と現れるのですわ。そして現場につく頃には消えている。 

 

その時に教員たちは気づいた。何故か学園のそこかしこにカボチャマスクが落ちている。物陰や草陰、木の横。ベンチの下。10枚20枚ではない。それこそ学園の至る所に隠されていた。

 

ですのでわたくしが拾っていてもおかしくはないでしょう?あのカボチャは・・・きっと新しい学園の七不思議ですわ!きっとジャック・オー・ランタンの亡霊なんですわ!

 

それに踊っていたのは何か伝えたいことがあったのでしょう!具体的には仮装を禁止するなというメッセージですわ!きっと!

 

わぁお教員がすごい目で見てきますわ。でもわたくし知らないもん!知らないと言ったら知りませんわ!

 

大体勝手に騒動の主犯として最初から疑ってかかるなんて失礼ですわ。・・・・まあ主犯なんですけど。でもやっぱり証拠揃えてから出直してきてくださいね。

 

そんなわけでわたくしは証拠不十分、無罪放免として進路指導室から解放された。のですが・・・・

 

 

うわぁ、これ徹底マークされてますわね。

 

なんかウマ娘が複数わたくしのことをこっそりとつけているそうですわ。チラッと見えた横顔、最近見たことある気がするのですが思い出せませんわ。ブルーわたくしの左後方の人見覚えがあります?

 

わたくしの言葉を聞いてブルーは近くのガラスを見る。ガラスは良く磨かれており、そこには尾行するウマ娘が映り込んでいた。

 

「・・・いや、ないかな♡」

 

そうですか。うーん絶対見たことある気がするんですが。正面からバッチリと見れば思い出せると思うのですが。振り返るといつのまにか隠れているのですわ。

 

向こうはバレてるとは思ってはいないようですので、このまま泳がせましょう。いやぁまさかわたくしを尾行しているなんてまさに予想通り。ルドルフさまさまですわ。

 

ちなみにルドルフは問題を起こす行動を嫌がって今回はお休み。無茶はしない、問題を大きくしすぎない、きちんと収束する、あとでシンザン会長には報告するようにとわたくしに約束させた上で策を授けてくれました。

 

昨日の演説もその為のもの。あれは決起集会でもありますが、学園にわたくしをマークさせる為ですもの。あんな学食の真ん中で目立つ事をやれば絶対にわたくしが主犯だと思いますものね。

 

まさかバンダナ先輩と問題児達が中心に踊っているとは、つゆほども思っていないでしょう。普段から問題を起こし慣れているので引際がとても鮮やか。いやぁすごく勉強になりますわ。

 

わたくし達とクラスメイトはバンダナ先輩のサポートです。逃げる先輩達をこっそりと匿ったり、嘘の情報を流したりしてます。そのおかげで誰も捕まらず、ゲリラダンス作戦は今のところ大成功。

 

わたくし?わたくしとブルーはこうやって目立つところを回りながら、囮としての役割を果たしています。この役割は退屈なのでわたくしも踊りたいのですが、今現在のところわたくしは2人にマークされているそうなので大人しくしてます。

 

それにしてもまさかわたくしを尾行しているつもりが、二重尾行されてるとは思うまい。ルドルフもえげつない作戦を思いつくものです。本当に敵には回したくないですわね。

 

カボチャが踊ってると聞いて、捕まえるために学園中を走り回っている警備員や職員は既にバテバテ。そりゃあ朝から晩まで走り回っていますからね。わたくしもブルーと突然離れたり合流したりで尾行の人大変そう。

 

そんな感じで尾行の人を煽りまくっていると、二重尾行の子からスマホにメール連絡が入る。これは画像データ?なんでしょうか。

 

そうしてメールに添付されていたのはわたくしを尾行していると思われるウマ娘の画像。隠し撮りなので目線はこっちに向いていないが、かなり正面角度に近い。

 

・・・ふぅん。なるほどなるほど。

 

ブルーは見た事がなくてわたくしには見覚えがある。けれど最近見た記憶がある。それもそのはず、そこに写っていたのはあの深夜の鬼ごっこにいた1人。名前は知りませんが間違いありませんわ。

 

夜間警備員なのに駆り出されているのでしょうか。お仕事ご苦労様です。

 

こうやってスマートに学園をかき回すのは楽しいですが、わたくしも消化不良気味。なんせ踊ってはいませんからね。最後は盛大にフィナーレと行きましょう。尾行の人!特等席で見れるなんてラッキーですわね!

 

 




次回フィナーレ。

それにしても基本的に夜勤勤務なのに駆り出される警備員可哀想。

尾行している警備員は学園の制服を着ています。OBなのにミカドちゃんを見張る為に着てるんですね。2人とも若いので制服を着ても違和感はありません。


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カボチャ!ガクエン!オンステージ!

パンプキン騒動もこの話でおしまいです。やっぱコメディは筆が走ってくれます。

レッツ!オンステージ!


「副隊長・・・私たち何やってるんですかね。私たち今日は休みだったはずだったハズっすけど」

 

ええい分かっている!だがこれも隊長から任された仕事の一つなのだ!愚痴なら今度の飲み会で嫌というほど聞いてやるから!

 

私たち特殊夜間警備隊はトレセン学園の警備を一任されている。普段は夜間の警備のみだが、感謝祭や学園で問題が起こった際は昼間でも仕事が回ってくる。

 

私たちのような優秀なウマ娘のみが集められ、基本はスカウトされることでしか勤務できない。学園に対して悪意を持つ悪漢を叩き伏せるのが任務だ。

 

給料も悪くないし、福利厚生も行き届いていてやりがいもある。夜間業務なので合わないものはすぐ辞めるが、私は苦痛に思ったことはない。

 

唯一の難点は出会いがないくらいだろう。人間の警備員もいることはいるが、荒事ができるとはとても思えない定年近いお年寄りばかり。

 

私たちが委任されるまで、長年勤めている方ばかりで学園との繋がりも深い。私も現役時代には何度かお世話になった。面倒な仕事を率先して引き受けてくれる、皆が尊敬する人ではあるがそういう目では見れない。

 

「隊長恨むっすよ。今日デートだったのに・・・」

 

こらっボーッとするな!仕事中だぞ!デートならまた今度すればいいだろう!

 

分かったのか分かっていないのか、へーいと返事をする後輩。畜生なんでこんなのに彼氏がいるんだ!私にはいないのに!胸か!胸が原因か!このやろう削いでやろうか!

 

それもこれも全部あいつのせいだ。あの目の前で呑気にベンチに座ってコンポタ缶を飲んでいるあいつ!たしかミカドランサーとかいう問題児。こちらに気づいた様子もなくコンポタ缶をコンコンして中身を出そうとしている。

 

ふふふふ・・・最近話題の学園の問題児め。尻尾を出した瞬間、現行犯で引っ捕らえて学園に引き渡してやる!覚悟しろ!

 

そう思ってその問題児を見ていると、問題児はいきなり立ち上がり、コンポタの空き缶を勢いよくぶん投げた。空き缶のポイ捨ては感心しないなと私は顔を顰めた。

 

だからだろう、その問題児が空き缶を豪快にポイ捨てをしている様子に夢中になっていた私は、背後から近づいてきた問題児の仲間達だと思われる者たちに気付かなかった。

 

そいつはカボチャのマスクを被った4人組のウマ娘で、私に勢いよくタイヤを被せた。胴体と手がタイヤの中心に嵌まり込み、身動きが一瞬で封じられる。

 

横で慌てている後輩も同じようにタイヤを嵌め込まれ身動きが取れないようだ。私たち2人はカボチャどもに、手慣れた動きでタイヤの上から手と足をロープで縛り上げられる。

 

最後に猿轡を噛まされ荷物のように運ばれる。私たちはミカドランサーがぶん投げたコンポタ缶が、吸い込まれるようにゴミ箱に入るのを見ていることしかできなかった。

 

 

--------

 

というわけで!フィナーレ!オンステージですわ!

 

メインホールにはカボチャを被ったわたくし含め200名近いカボチャマスクのウマ娘と、拘束された15人程度の追跡者たちが捕まっていた。

 

15人の中には学園でよく見る教員から、見たことのないウマ娘とかもいますわね。この場に200人近いカボチャマスクがいることに絶望顔になっていますわ。

 

まさかこんなに協力者がいるとは思わなかったですか?ふふふわたくしも思いませんでした。バンダナ先輩の影響力ってすげーですわね。軽く呼びかけて普通こんなに集まります?この学園にこんなに問題児がいたとはわたくしびっくり。

 

それにしてもふふふふ。無様に捕まった追跡者を見ていると・・・全ての作戦が完璧に噛み合い完全勝利!いい気持ちですわ!さあさあ捕まった以上どうなるかは分かっていますわね?

 

「くっ!私たちを捕まえてどうするつもりだ!」

 

テンプレ的反応を返してくれるわたくしを尾行していた夜間警備のウマ娘がこちらを睨み付ける。ありがとうございます。その反応が見たかったのです。

 

「無駄だ!すぐに仲間が応援に駆けつける。大人しく私たちを解放しろ!」

 

・・・・あの、テンプレ過ぎてわたくし反応に困るのですが。もしかして前世は女騎士さんとかですか?わたくし達はオークでもゴブリンでも山賊でもないので、酷いことはしませんわよ?

 

「くっ、このような辱めを・・・貴様ぁもがもか!!」

 

あまりにもうるさいので、もう一度猿轡を噛ませ直す。なんかセンシティブな問題に発展しそうですが、もうわたくし知らない。横の同僚っぽい方も呆れ顔ですわよ?そしてなんとか仕切り直す。こほん!

 

わたくしは意図的に話し方を変える。より高圧的に偉大な革命家のように。そしてわたくしから私になる。特に意味はありません、気分の問題ですわ。

 

縛り上げられた15人、そして学園中に聞こえるようにスマホ越しにも話す。アプリによって音質をいじられたわたくしの声が、別働隊によってジャックされた放送室のスマホに繋がり、学園中に放送される。

 

さあ聞くがいい。我々の声を!勝鬨を!息を大きく吸い勝者の要求を学園に叩きつける!

 

『私の名前はジャック・O!我々は不当な扱いを受けたハロウィンのために立ち上がった有志のカボチャマスクである。今年のハロウィンにおける仮装禁止は我々の誇りをいたく傷つけた!』

 

『その抗議と学園への反省を促す為に、我々は抗議活動を行うことにした!要求は2つ!』

 

『1つ目、今後の学園内のハロウィン仮装に対する一切の規制を行わないこと!』

 

『これは仮装は学園の学生にとっての伝統であり、たとえ誰であろうとも犯すことの出来ない聖域であるからだ!』

 

『2つ目、ハロウィンの日には学食でパンプキンパイを食べられるようにすること!』

 

『これは私が食べたいからだ!』

 

『以上2つを要求する。この要求が叶えられない場合、今年だけではなく来年以降も我々の活動は続くこととなる!』

 

『以上!では諸君ご機嫌よう!』

 

 

そう言って通話を切る。あまり長々と話すと放送室をジャックした別働隊が捕まってしまいますからね。要求は簡潔にとのこと。ルドルフは本当に賢いですわね。

 

さてと最後の締めとして、ハロウィンのダンスを踊りましょう!別働隊の退出する前の最後の仕事として放送室にラジカセを置いてくれたハズです。

 

ほらスピーカーから音楽がかかり出しましたわ!さあ皆!レッツダンス!

 

 

--------

 

 

その年の10月31日、ハロウィンのトレセン学園では大きな事件が起こった。学生と思われる200名近いカボチャマスクの集団が起こした大事件。それほどの数の参加者のいる大規模な騒動を起こしたのに、誰ひとりとして捕まえることができなかった。

 

彼らの活動により、その日の学園は引っ掻き回され一時的に機能が麻痺した。翌日には機能を回復した為、運営には大きな問題は出なかったがその影響は大きかった。

 

 

その事件の重要参考人として目をつけていた学生の1人はいたが、この事件はあまりにも規模が大きく用意周到で、その学生ではそこまでの計画は立てられないだろう。学園の教員達の意見は全会一致でそうまとまった。

 

犯人はおそらく別人、もしくは優秀な黒幕が後ろにいたことは間違いない。だがもう追うことはできない。なぜならその後の彼らの行方を知るものはいない。まるで幻のように掻き消えてしまったからだ。

 

学園中に隠されていたカボチャのマスクなどの黒幕の証拠に結びつきそうなものは、いつのまにか全て回収されて処分されたのだろう。いくつか学園側が事前に回収したものも含めて全て消えてしまった。おそらく学園側に内通者がいたのだろう。

 

残っているのは誰かが匿名で動画サイトに投稿した、トレセン学園のメインホールで踊る200名近いカボチャマスクのダンス動画。そして引っ掻き回された学園側の証言のみである。

 

ただ2つだけだけ言えることがある。それはその日から今日に至るまで、トレセン学園では一度たりともハロウィンの仮装禁止令は出てはいないということ。

 

そしてその年以降のハロウィンには、学食でパンプキンパイが食べられるということだけだ。




というわけで動乱のカボチャ内乱はおしまいです。

ミカドちゃん大勝利回でした。彼女が反省を促されることはありませんでした。やらかしを期待していた人はすまねぇ。今回も彼女は逃げ切りました。

だってルドルフ参謀に据えたらこうなってしまうんだ・・・今回の作戦はルドルフが大体のことを考えました。予定と違うとすればミカドちゃんがパンプキンパイを要求したことくらいでしょう。

本来ルドルフはこういう問題行為は嫌がるのですが、ミカドちゃん含めクラスのみんな勉強すごい頑張ってたし、その見返りがお通夜みたいな雰囲気なのは嫌だったんです。クラスメイトが怒っていたなら協力はしませんでした。宥めはしますが。

クラス担任はみんながハロウィンの為に頑張っていたのは知っていますが、クラスにプリントを届けにきた時のすまなそうな顔をしていました。

ルドルフはクラス担任よりもっと上の立場の職員が、明らかに補修者が少ないのを見て狙い撃ちしてきたと判断したんですね。

ですので犯人が分からないようにして、クラス担任には迷惑が行かないようにしたんです。踊る役をクラスメイトに任せなかったのはその為です。

まぁルドルフも少しやり過ぎたとは思っています。ルナやり過ぎちゃった!でも禁止令ならもっと早く言えよとは思ってます。実はシンザン会長も尾を引く結果にしないという条件で裏から協力していました。マルゼンスキー先輩もカボチャを被って踊っていました。


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カイザー's ギャンビット

箸休め回です。箸君、君いつも休んでない?

タイトル通りです。全3話。今回はルドルフが主役でミカドちゃんがサブに引っ込みます。


トレセン学園はハロウィン騒動を通り過ぎて、少しずつ寒くなってきました。

 

だが冬とはまだ言えない。まだまだ秋の名残りを感じる季節。

 

芸術の秋、勉強の秋、食欲の秋。運動の秋。皆さんやり残したことはありますでしょうか?このトレセン学園には今年から新しい秋が追加されました。

 

それは戦争の秋。秋は真っ赤に色づいた紅葉のように、血みどろの季節となったのです。

 

このトレセン学園の小さな戦場では血を血で洗う、まさに惨劇ともいうべき戦争が何度も何度も繰り返し起こっていました。

 

黒色の鎧に身を包んだ黒軍はまさしく百戦錬磨。数々の戦に勝利した歴戦ばかり。彼らは一箇所に集まり防御陣を組んでいた。

 

対する白軍はそんな黒軍を取り囲んでいる。白軍は実戦不足ながら、黒軍を切り崩さんと目をギラギラとさせ機を窺っています。

 

だが黒軍の陣はまさしく鉄壁。かのスパルタ帝国のファランクスのように一糸乱れのない防御陣営の前に白軍は手をこまねいていた。

 

するとなんということでしょう。鉄壁の防御陣営に焦れた白軍の騎士が飛び出して行きました!

 

まるで名乗りを上げるかのように堂々と敵陣の前に飛び出す。やあやあ我こそは!ああ討死!!

 

あっけないほどにあっさりと打ち取られた白軍の騎士を皮切りに、どんどん白軍の兵隊が削り取られていく。

 

黒軍は数的不利に陥った白軍をじわじわと追い詰める。白軍の王は、自軍すら見捨て脱兎の如く逃げ出す。ああ逃げ切れない!黒軍の騎士がまさに雷鳴の如く白軍の敵陣に切り込み、白軍の王を討ち取った!!

 

 

------

 

 

呻き声を上げながらわたくしは身悶える。テーブルに広げられた一枚のチェス盤。ルドルフな用意したこの折り畳み式のチェス盤の上では、わたくしが軍師を務めた白軍がものの見事に崩壊していた。

 

対する黒軍の軍師を務めたルドルフはちょっと得意顔ですわ。むむむなんか遊ばれたような気がしてなりませんわ!

 

「はい負け〜♡なんで負けたか明日までに考えておいてね♡」

 

横で見ていたブルーがニヤニヤしながら煽ってくる。むがぁぁぁうっさいですわ!ブルーあなたも負け越してるでしょうに!

 

「ふふっ。ミカドお前は筋は悪くないけど、少し攻めっ気が強すぎるな」

 

こちらに先程のゲームの指摘を飛ばしてくるルドルフ。リラックスしているのか、ゆらゆらと尻尾を揺らしてどこか上機嫌そうですわ。

 

わ、分かっていますわよ!あそこは長期戦だっていうのでしょう!?でも長期戦は不利とみたわたくしの判断は間違っていませんわ!

 

「静かに負けるか、派手に負けるかくらいは選びたいもんね♡」

 

・・・・うぐぐぐぐ。もっかい!もっかいですわ!次はわたくしが黒を使いますので!さあ次こそは貴方をけちょんけちょんにしてやりますわ!

 

「その言葉、何回目なんだ・・・」

 

呆れたように呟くルドルフ。でも打つ気は満々ですのね、慣れた手つきで駒を並べ直していきます。貴方の連勝記録をストップするのは、このわたくし!ミカドランサーですわ!

 

さぁ我がブラックミカド軍団!あの白軍をやっておしまいなさい!

 

--------

 

ハロウィンの終わり頃からトレセン学園で始まったチェスブーム。学園のそこかしこでチェス盤を置いている生徒がちらほらと見える。

 

なぜそんなものが流行ったのかは謎ですが、まぁブームなんてそんなものでしょう。本当に唐突過ぎて意味不明ですが、わたくしは取り敢えずこのビッグウェーブに乗りますわ。

 

とにかく謎のチェスブームに乗っかってやってみたものの、これがなかなか楽しいものですわ。普段はアナログゲームなんてやらないのですがこれもなかなか趣がありますわね。

 

わたくし将棋には少しだけかじったことがあったので、まぁ駒の動きを覚えた後は、少なくとも初心者だらけの学園内では、それなりに強いほうなのではと考えていました。

 

一方ルドルフはチェスには幼少からそれなりに覚えがあるそうなので、わたくしは少し揉んでやりますわと挑みかかりました。

 

まぁボコボコにされたんですがね!

 

ルドルフの戦術はまさに変幻自在で、こちらが攻めれば攻めきれず。守れば守りきれず。わたくしが守りを捨てて突撃すれば、返す刀で王の首を落とされる。

 

なにがちょっと覚えがあるですか。普通にクラスで一番強いのは間違いありませんわ。わたくしもブルーも挑みかかってはひねられる。ただルドルフが後でどうしたらいいかを教えてくれるので、少しずつ強くなってる・・・かなぁ?

 

わたくしとルドルフの戦績は通算13戦12敗1分け。この分けはちょっとしたイカサマがバレたのでノーコンテストで引き分けです。まぁルドルフにアームロックを喰らったので差し引きマイナスといったところでしょうか。

 

デジタルゲームならわたくしの方が有利なのですがね。やはり経験者相手にはなかなか勝てないものですわ。今度ルドルフとブルーを誘ってテレビゲームでもしましょう。わたくしのザンギエフがきっと仇を取ってくれるでしょう。

 

それにしてもおっそいですわね。あの子が来ないと要望箱の依頼が終わらないのですが。わたくし達待ちぼうけで暇なのでチェス盤を広げていますが、このままじゃ来る前にルドルフの連勝記録を止めてしまいますわよ?

 

「チェックメイト」

 

ぎにゃゃゃゃあ!!じゅ、13敗目ぇぇえ!!

 

わたくしの黒軍が崩壊してジタバタをしていると。困ったときのバトラーがようやく来た。遅いですわ頼んでいた調べ事はちゃんとわかりましたの?

 

バトラーは遅れちゃってごめんねと言いながらポケットから取り出したメモ帳を広げる。彼女にはわたくし達の依頼のお手伝いをしてもらっていました。噂好きのバトラーにぴったりの依頼だったのでまぁ適材適所というやつですわね。

 

先日から要望箱に増えてきた依頼。トレセン学園七不思議に関する調査ですわ。七不思議の一つ'トレセン学園にはニンジャが潜んでいる'を皮切りに、七不思議の再調査が要望に上がってくることが増えたのですわ。

 

そして七不思議の一つ'夜に出没する幽霊のチェスマスター'を調査して欲しいとの依頼を受けて、わたくし達は調査をしています。

 

お化けだのトトロだのニンジャだの、七不思議の個性が光りますわね。本当に無駄に個性的ですわ。

 

バトラーからの報告を聞いて分かった事は、このチェスブームは七不思議の幽霊のチェスマスターを知った生徒が起こしたブームらしい事。チェスが強くないと会えない事、そしてチェスマスターの会い方を知っていそうな生徒の名前でした。

 

いつもながらバトラーはいい仕事をしますわね。きちんと仕事ができるなんて偉い!ジュースを奢ってあげますわ!9杯でいいですか?

 

どうやら1杯でいいらしい。謙虚ですわね。

 

--------

 

バトラーの情報を頼りにやってきたのは、幽霊のチェスマスターを知っていそうな生徒のいる場所。学園のチェス愛好会の部長のいるクラスへとやってきました。というかそんなものがあったなんて知りませんでしたわ。

 

上級生のクラスに乗り込むなんてこう、ドキドキしませんか?わたくしは・・・たまにしますわね。時々バンダナ先輩のクラスに乗り込んだりしますし。まぁ今回は顔見知りでよかったですわ。以前のカボチャ事件で知り合った相手でしたし。

 

そんなわけで!たのもーーー!

 

「その掛け声なんとかならないのか・・・」

 

呆れたように呟くルドルフの声を聞きながらも、わたくしはなんだなんだと扉のところまできた上級生に要件を伝える。

 

生徒会直属のトラブルシューターですわ!アンパン先輩いますか!

 

 

 

 




次回からルドルフが狂言回しになります。

というわけでまたオリキャラ。でもこの子は今回の話くらいにしか登場機会がないです。チェス回なんてそうそうないからね。

アンパン先輩は史実馬アンパサンドから取っています。アンパサンドは記号の'&'の名前なんですが、チェス用語のアンパッサンと絡めています。要は駄洒落ですね。

アンパサンドは東京ダービー1位やジャパンダートダービーで2位という好成績を残した馬です。あとファル子にボコられました。アンパサンドに7馬身付けるってなんだよ・・・ファル子強すぎる。


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GHOST IN THE 'CHESS'

ルドルフの言葉遣いはよくわからない。クソ寒いギャグはありません。四文字熟語を多用しないのは、どうせミカドちゃんにはわからないと気を使っています。

チェス回、皆さん楽しんでもらえてますか?これは実験のようなものなんです。ヒカルの碁みたいにチェスを知らなくてもチェスを楽しめる文章を作る為なんです。


アンパン先輩のクラスに乗り込んで10分も経ったでしょうか。わたくしは先輩に舐めた口を聞いたという事で折檻を受けていました。

 

アンパン先輩は大人しそうで小柄なのでの黒鹿毛のお人形さんみたいな見た目をしています。そして顔もいいのですが、彼女は声がものすごい綺麗なのですわ。声だけを切り抜いた音声データを売った奴を取り締まったことがありますもの。

 

その容姿の良さの反面、その実結構な過激派なのですわ。本人の人望もかなりあり、バンダナ先輩とも仲がいい。

 

取り敢えず両手に水の入ったバケツを持ったまま、アンパン先輩に尋ねる。

 

先輩が七不思議のチェスマスターについて知っているとの事なので、わたくし達が調査に来ましたの。というわけで知っていることがあればキリキリ話してくださいね!

 

アンパン先輩は腕を組んだまま難しい顔をしていますわ。そしてアンパン先輩は上級生の1人に合図を送る。すっとわたくしの頭の上に水の入ったバケツが置かれる。あわわ溢れる溢れますわ!

 

「なるほど・・・でも教えるというわけにはいきませんね」

 

アンパン先輩はそういうと鞄の中から折り畳みのチェス盤を取り出す。ルドルフのものよりも少し安っぽさはありますが、かなり年季が入っていますわね。お気に入りなのでしょうか?

 

「簡単な賭けですよ勝てたら教えます。どうです受けますか?」

 

無表情で賭けを持ちかけてくるアンパン先輩。ルドルフは少し悩んだ後、対局の為にアンパン先輩の向かい側に座ろうとしますが、わたくしはそれを止める。

 

ブルーに頼んで頭の上のバケツを下ろしてもらう。確かにチェス愛好会部長となれば相当打てるのでしょうね!わたくしはルドルフにはチェスで負け続きですが、わたくしのチェス戦闘力も急成長を遂げていますの!

 

ルドルフ、わたくしにやらせてください。ここらでお遊びはいい加減にしろってとこを見せてあげますわ。

 

それに今日はなんかわたくし良いところがなさそうなので、今のうちに白星を上げておきたいのです。

 

さぁアンパン先輩覚悟してください!ブラックミカド軍団で捻り潰して差し上げますわ!

 

 

--------

 

なんでなんですのぉぉぉ!!という呻き声を上げながらミカドが地面を突っ伏している。何故か自信満々で席に座ったのかと思えば10分もしないうちにあっけなく返り討ちにあっていた。

 

チェス愛好会部長というのは名ばかりではなく、このアンパサンド先輩・・・かなり打てる。少なくとも今日昨日チェスを覚えたばかりのミカドでは相手にならないだろう。もはや机の上にあるチェス盤は戦場ではなく屠殺場と言ってもよかった。

 

ブルーに目をやると首を横に振り、ミカドを慰める為に彼女のそばへと行く。半泣きになりながらミカドはブルーにしがみ付いている。

 

私はそれを見ながらアンパサンド先輩の対面へと座る。アンパサンド先輩はミカドを見ながら呟く。

 

「とても愉快なお友達。それで今度は貴方が敵討ち?」

 

ええ先輩。胸を借りるつもりでとはいいません。勝たせてもらいます。

 

アンパサンド先輩は黙ってチェスの駒を並べ直す。その顔は無表情であり一見怒っているかのようにすら見える。だだその瞳だけがメラメラと燃えている。

 

私にはわかる、この人は根っからのチェスマニアだ。ほんの僅かな情報すらも渡さないという意気込みを感じる。

 

先程のミカドとの闘いから、かなり油断ならない腕前を持っているのは間違いない。誰かに教えるのも悪くはないが、本気で打てるのは久しぶりだ。実に楽しみだ。

 

互いに挨拶をして打ち始める。私の白色の駒と先輩の黒色の駒が交互に動く。

 

定石通りに私がセンターのポーンを進める。対する先輩は少し変わり種の進め方。確か英国のチェスマスターが開発したオープニング。

 

序盤は待ち時間もなく順調に進んでいく。前線は膠着状態で激しい取り合いの予感はしない。その間に互いに着実に陣を築いていく。

 

現状は5.6手先を考える深い読み合いではなく、仕掛け時を間違わないセンスを問われる状態。だがおそらくは向こうが先に仕掛けるだろう。私は相手が仕掛けるまでは待ちを好み、この先輩は恐らく烈火のような攻めが好きなのだ。

 

ほらきた。前線のポーンを挟んでビショップが攻め込んできた。その後ろにはクイーンがいつでも飛びだせる体制だ。

 

私はキャスリングをして守りを固め、そしてナイトを前線の後ろへと送る。向こうの狙いはこちらのクイーンと予想する。ここへと置けばかなり攻めづらい筈だ。

 

「やりますね・・・」

 

ポツリと先輩が称賛の声を溢す。だけどそれはこちらの言葉でもある。やはりこの先輩は凄腕だ、まだ中盤にも入っていないがおおよその技量は把握できる。

 

実力はほぼ同格。ただ違いがあるならばこの人は本来深い読み合いからの殴り合いを好む。私が今まで戦った中で一番強かったおばあさま、その人とは全く違ううち筋。

 

確かおばあさまは言っていたな、こういう手合いはクイーンを暴れさせるのが好きだと。逆に言えばクイーンを抑えて盤面をおとなしくさせておけばいい。

 

もしくはクイーン同士を交換してでも討ち取れと。その状況を嫌がって自陣を崩すことすらあると。

 

そこが将棋とは違うところでもある。将棋は取ること、取られる事のリスクがチェスよりも軽いのだ。チェスは失った駒は二度と手には戻ってこない。選択肢が少ないだけに状況へのリカバリーが効かない。

 

この選択肢は駒を増やす事ができる将棋と違い、開始以降増えることはないのだ。駒の数とは自分が取る事が出来る選択肢の数を表している。

 

チェスの本質は、1つの駒でどれだけ相手の選択肢を取れるかのゲームなのだ。

 

責める側としては強力な駒で敵陣を荒らしまわりたい筈。たとえ討ち取られたとしても、より広く、より多く、より深く傷を残すために。

 

それに対して私は自陣を整える。より堅牢に、より頑丈に。より複雑に。これでは攻め込むリスクとリターンは釣り合わないぞ。どうする先輩?

 

「貴方は・・・あの子と違って可愛くない後輩」

 

まるで年上と打ってるみたいと苦虫を噛んだような声をしながら、でも盤面からは一切目を逸らさずに先輩は言う。無表情ながら顔は少し赤い。先輩の脳内では自軍の駒が8×8のマス目を縦横無尽に飛び回っているのだろう。

 

先輩はとても可愛いと思います。真っ直ぐで打っていて凄く楽しいです。

 

ピタリと手を止め、先輩はまじまじと困惑したようにこちらを見る。しばらく見つめ合うと先輩は深くため息をつく。先輩のわざとらしい無表情は崩れ、素の表情が顔を出す。相変わらず表情には乏しいが、少しだけ変わった、良い方へと。

 

先輩は盤面に目を戻すと、その右手の指先で黒いクイーンを掴む。そして私の陣へと一気呵成と言わんばかりに飛び込んできた。

 

そこからはもはや殴り合いだった。自軍に飛び込んで来た先輩の黒いクイーンを討ち取ったかと思えば、今度は黒いナイトが敵討ちと言わんばかりに暴れ出し、もはや盤面にはしっちゃかめっちゃか。

 

首の皮一枚で先輩の猛攻を凌ぎつつ、しかしあと一歩のところまで私は追い詰められる。自軍の陣地はもはや猛攻に晒されたせいで半壊状態。敵陣は兵力を攻撃に振りすぎたせいで向こうも陣地は穴だらけでめちゃくちゃ。

 

決してスマートとは言えない混沌とした盤面。だが楽しくて仕方がない。先輩ももはや表情は取り繕いはしない。一手一手がのたびに一喜一憂し、互いの駒が命を持ったかのようにマス目の上を駆け回る。

 

私も次の一手に考えを巡らすのが楽しくて仕方がない。もはや賭けは頭から吹き飛んでいた。さあ私のルークが貴方の王を討ち取りに飛び込むぞ!さあさあどう返す?是非私に魅せてくれ先輩!

 

うっ!と声を上げる先輩。だがもはやキングを逃すことしかできない。でも先輩もわかっている筈。そっちは死地だ。

 

私の白いナイトがあと詰めで飛び込む。先輩の手は止まり、盤面をゆっくりと見回す。まるで噛み締めるように。

 

そうやって一通り見て満足したのか、先輩は対面に座る私に向かって頭を下げた。

 

「参りました」

 

私は頭を下げて、ありがとうございましたと返した。

 

--------

 

「そういえば賭けをしていたんだ。忘れてた」

 

先輩は激戦を見学していたギャラリーを追い払い、チェス盤を片付けた後でそう言った。

 

久しぶりに本気で打てて楽しかったと無表情ながら尻尾は上機嫌な先輩は、私達にならと快く教えてくれた。誰にも言わない、広めないと言う条件付きではあったけれど。

 

「七不思議の一つ'幽霊のチェスマスター'は実在する。少なくとも私は'彼女'とチェスを打った事がある」

 

「貴方達が想像しているものとは違うかもしれないし、私も良くは知らないけど・・・。だけど私は、貴方には'彼女'と会う資格があるし、会うべきだとも思う」

 

「けど会う為には条件がある。まず夜にしか会えない、そして場所はチェス愛好会の部室でなくてはならない。そして何よりもチェスが強くなくちゃいけない」

 

「日程は特に指定はない。'彼女'は夜ならいつでもそこにいる。実力は貴方なら大丈夫。'彼女'と遊んであげて」

 

そう言ってチェス愛好会の部室の場所を教えて、部室の鍵を渡してくる。私はそれを受け取りお礼を言う。

 

「お礼ならいい。でもよかったらまた打とう。次はこうはいかない」

 

・・・ええ!私も楽しみにしておきます。

 

 

 




ということで次回は七不思議を探しに行きます。調子は最高だ!夜の校舎へさあいこう!

ただ今回は許可を取りますので、追いかけっこはありません。このシンザン会長の印籠が目に入らぬか!となります。まあ付き添いで警備員はついてきますが。

アンパン先輩のキャラ付けのモデルはアーマードコアFAのリリウムです。何故かというとアンパサンドの母親の名前がアビエントだからです。リリウムの機体の名前がアンビエントだからね。

クイーンで攻め込むのが好きなのも、リリウムがBFFの新たなる女王と呼ばれているからです。あとサンシャイン牧場出身ですから。サンシャインといえばやっぱりGAマン!でもアンビエントはBFFなんだ・・・

今回のアンパン先輩、途中でルドルフに可愛いって言われたあたりで無表情の仮面をかぶるのをやめました。表情は分からづらいですが、まぁ最初は背景にゴゴゴゴゴという効果音かあったんです。

ルドルフはこの試合を全力で楽しんでいるのを見て、アンパン先輩も楽しもうと思ったんです。そもそも敵陣にクイーンを攻め込ませるのが好きなんで、わーいクイーンがんばえー!と言わんばかりに突っ込ませました。

幽霊のチェスマスターの事は彼女にとっては秘密なんです。それを知ろうとするならボコボコにしてやると最初は考えていました。

アンパン先輩は幽霊のチェスマスターとは友人ではありません。でも彼女に興味本位で近くのなら、その人はチェスが好きであって欲しいんです。そして好きでなくてはいけないんです。


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見えざるチェスマスター -Dir Frau der Rhein-

というわけでチェス回最終話です。幽霊なんているわけないでしょう。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから。


トレセン学園七不思議の一つ、幽霊のチェスマスターを求めて、わたくしたちは深夜のトレセン学園チェス愛好会の部室へとやってきました。

 

深夜に来るなんて久しぶりですわね!まるでテーマパークに来たみたい!とは言いません。なんせ今回は夜間警備の人と一緒なのですから。

 

一応あの日鬼ごっこしたのも、わたくしがカボチャ事件の主犯者というのも内緒なので、知らんぷりしておきましょう。

 

だからそんなに不機嫌にならないで欲しいですわ。ほらちゃんとシンザン会長には許可を貰っていますのよ!ねっ?スマイルスマイル。

 

わたくしとブルーで慰めていたら、夜間警備の人がなんかプリプリ怒り出しましたわ。なんでですの?

 

「煽っているようにしか聞こえなかったぞ」

 

そんな!誤解ですわ女騎士の人!

 

--------

 

シンザン会長の要望により今回は特例で許可が降りたが、本来は夜間の校内に生徒がいるのは御法度だ。

 

時間制限あり、付き添いはつけることとの条件付きではあるものの、特別に許可された。

 

「いやぁ先輩ってば硬いっすよね〜」

 

私の横にいるのんびりとした口調の夜間警備員。私の見立てではかなり走れる人だとは思う。相方であるこの夜間警備員の先輩もなかなかの実力者のはずだ。こんな実力のある警備員がいるだなんて私は知らなかった。

 

「そりゃあそうっすよ。一応秘密なんですから」

 

だから他の生徒には言わないでほしいっす、とウインクしながらいってくる。それにしてもやましい事は全くないのに秘密なんですか?

 

「まぁ私達みたいなのにも物好きなファンはついていたんっすよ。私達が目的で来る人を捕まえたくはないっすからね」

 

特に隊長は現役時代だと結構人気あったんすよ、と言葉を続ける。なるほど・・・とにかく頼もしい人が学園を守ってくれているんですね。いつもご苦労様です。

 

「・・・・うっす」

 

照れ臭そうにそっぽを向いた目の前のウマ娘。かつてもっと有名な名前があったであろうその人は、顔が少し赤くなっていた。

 

そうして話していると部室の前に着く。アンパサンド先輩に受け取った鍵を使って扉を錠を外す。ガチャリと鳴っていつでも開けられるようになる。

 

「この中に幽霊がいるのですわね、ルドルフ、とりあえず網持ってきましたけど持ちます?」

 

要らない。

 

ミカドとブルーは外で待っていてくれ。あと夜間警備員方、どちらか付いてきてもらっていいですか?

 

私の言葉に全員で行くべきだとミカドは反対の意見を出す。だけどアンパサンド先輩から許可を取ったのは私だ。だから私がいかなくてはならない・・・気がする。

 

でも大丈夫だと思う。もし不審者なら逃げようとするかもしれないが、私から話しかけてみる。きっと心配しているようなことにはならないさ。

 

話は纏まり私はノックをして部室内に入る。警備員が私をいつでも守れる位置に付いている。

 

部屋の中は特に荷物らしい荷物はない。部屋の真ん中に折り畳み式の長机にパイプ椅子。壁面にはロッカーとハンガーラック、段ボール箱が2つばかり。そしてホワイトボード。

 

段ボールを除けば備品しか置いていない。ホワイトボードにチェス盤を模したであろうマス目、そして駒を模したマグネットが張り付いているくらいしか違いがない。

 

何もない。少なくとも幽霊なんて影も形も無い。先輩に揶揄われた?

 

「まぁ幽霊なんているわけありませんでしたわね!わたくしは賢いのではわかっていましたが!」

 

ミカドが後ろから覗き込んで調子のいい事を言う。だけどもまさかそんな風には見えなかったぞ。先輩は少なくともここにいると言っていた。彼女と会うべきだとも。何かがあるはずなんだ。

 

そう思って部屋の電気を付ける。テーブルや椅子、段ボールの中身を調べる。段ボールの中にはなんて事はない、チェス盤と教本、チェスの雑誌くらいしかない。

 

何もないのか・・・本当に・・・。

 

落ち込む私をミカドとブルーが慰めてくる。いや幽霊なんているわけないとは思ってはいたんだ。でも何か別のことがあるんじゃないかとって信じていたんだ。

 

部屋を元通りにして電気を消す。残念だが何もなかったとシンザン会長には明日報告しよう・・・。

 

退出して外から鍵を掛けようとしたとき、それは起こった。

 

いきなり私のスマホが着信音を鳴りだした。暗い廊下でのあまりに突然の事だったので、全員飛び上がるように驚いた。警備員の先輩の方なんて、驚きすぎて腰を抜かしてしまっていた。

 

一体誰だと思いスマホを見るとそこには非通知の文字。本当に誰だ。躊躇いながら通話ボタンを押す。もしもし、誰ですか?

 

『部屋のホワイトボードの前に来て。e4ポーン』

 

その言葉を聞いた時、私の全身に鳥肌が立った。薄気味悪さを感じるほどの人間味がなく平坦な声。まるで機械が喋っているのかと思うほどだった。

 

私は再び勢いよく扉を開けて、部室の中へと戻る。部屋は変化がないあいも変わらず何もない部屋。私は電気をつけようとするが何故かつかない。先ほどまではついたのに!

 

仕方なしに警備員から懐中電灯を受け取りホワイトボードの前に立つ。チェス盤を模したホワイトボードと駒の前に。そして電話口に語りかける。

 

君は・・・一体誰だ。なぜこの番号にかけてきた?

 

『e4ポーン。貴方の番』

 

電話口の相手は一切取り合わない。仕方なしに私はe4にポーンを動かす。そして私も反対側の陣のポーンを動かす。場所はd5・・・。

 

『f3ナイト。貴方の番』

 

再び私は凍りつく。まるで背筋につららを突き刺されたような気分だった。まだ私は電話口にどこに駒を動かしたのかを言っていないのに!

 

最早私は冷静ではなかった。スマホを握る手は汗ばみ、声は上ずっている。何処にいる!何処から見ている!と問いただすが電話口の相手はまるで取り合わない。ただ冷徹なまでに平坦な声でf3ナイトと繰り返すだけ。

 

あまりの剣幕にミカドが宥めてくる。ブルーに指示したのだろう。落ち着く為に飲み物を買いに行かせた。

 

警備員も周りをチェックするがカメラのようなものは見つからない。まさか本当に幽霊なのか・・・?

 

ブルーが買ってきたホットミルクティーの缶を受け取る。礼を言って受け取り、プルタブを起こして一口飲む。先ほどまでの寒気は、ミルクティーの甘さと暖かさで消しとんだ。

 

少しだけ冷静になれたので指示通りにホワイトボードの駒を動かし電話越しに対局していく。何度か問いかけるが、あいも変わらず何も答えない。そんな非常識さに反して、かなり定石通りの打ち筋ではある。だがかなりの勉強をしていなくてはこうはスムーズに打てない。

 

だが局が進むにつれ、そんな考えも吹き飛ぶ。私の得意な打ち方は防御陣営を固めながら、相手がどう打つかを見極め勝機とあらば一気に攻め込むスタイルだ。

 

だから対局中は相手がどう打ちたいか、どうすれば打ちづらいかを常に考えている。いつだってそうだったし、そうやって勝ってきた。

 

だがこの電話越しという不可思議な状況、得体の知れない相手だとしても明らかにおかしい。違和感が足元から這い上がってくる。

 

どれだけ強いのかも、何を考えているのかも、どんな打ち方が得意なのかも、私の一手を嫌がっているのかも。何もわからない。私が打てば予想していたとばかりに瞬時に向こうが打ってくる。

 

まるで暗闇に向かって私だけが剣を振り回しているような気がしてくる。暗闇の中に敵がいるのではなく、暗闇そのものが質量を持って私を握りつぶそうとしてくるかのよう。

 

私の陣はすでに崩れかけている。私の駒が一つまた一つと欠けていく。

 

敗色濃厚な盤面、ナイトが敵陣を切り崩しなんとかしようとするが、呆気ないほどに闇に喰われる。

 

欠けていく。逆転の可能性が、勝ちへと向かう為の選択肢が欠けていく。

 

そして私の勝利への道は閉ざされた。私は電話口の相手に向かって絞り出すかのように言う。

 

・・・・参りました。

 

『楽しかったよ。じゃあね』

 

待ってくれ!名前だけでも教えてくれないか!

 

私の懇願するかのような声に向こうは沈黙する。そして相変わらず平坦な声で告げる。

 

『Dir Frau der Rhein』

 

その一言を言って電話は切られた。

 

ツーツーと無情な音を流すスマホを置き、私は思わずへたり込む。

 

電話が切れた瞬間、思い出したかのように部屋の電気がつく。悔しい、悔しいがそれ以上におかしくて仕方がなかった。ああ世の中には恐ろしくて、そしてすごい奴がいる。

 

誰に言っても信じないまるで現実味のない話だ。私は・・・今日幽霊と対局し、そして負けたのだ。




アンパン先輩がチェスが強くて好きな人以外を幽霊のチェスマスターに合わせないようにしていたのは、チェスマスターがべらぼうに強くて、心が折れると思っていたからです。

でもルドルフは最後は爽やかな気持ちでした。どれだけ悔しくてもチェスが好きだからこそ、ここでいい体験ができたと言えるんですね。





※Dir Frau der Rhein※

これはドイツ語の文章で、リヒャルト・ワーグナーのニーベルングの指環に登場する三人の乙女を指します。

つまり・・・電話口の相手は'ラインの乙女'です。この言葉を知っている方なら正体がなんとなくわかるはずです。


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ミカドちゃんも落ち込むことはあるのですわ。

体調崩しました。ミカドちゃんも私も。


12月も中頃で今年もあと少し。クリスマスが足音が近づいてくる。

 

世間一般ではクリスマス商戦で大売り出し。トレセン学園もそれは例外ではありません。学園全体が忙しさと楽しさをごちゃ混ぜにしたような雰囲気でした。

 

メインホールには巨大なクリスマスツリーが飾られ、今も今日とて飾り付けをしてます。感慨深いものですね。今年もいろいろありましたからね。

 

そう思いながらメインホールからわたくしたちは出て行く。あら、雪が降っていますわ。ここいらはあまり降らないと聞いていましたが、珍しいこともあるものですね。明日には積もるかも知れませんね。

 

・・・・・・はぁ。

 

------

 

 

ミカドランサーのいるクラスはいつもよりずっと静かだった。いつもの喧騒に慣れきったクラスメイト達は居心地が悪そうにしている。

 

学園全体はクリスマス目前でどこか浮ついた雰囲気だというのに、明らかにこのクラスだけが浮いている。原因は今日一日ずっとおとなしい学園の問題児、クラスの脳みそお祭りウマ娘ことミカドランサーである。

 

今日のミカドランサーはなにも問題を起こしていない。昨日も一昨日も。声も荒げていないし、怒られていないし、授業中も真面目に話を聞いている。

 

1週間前はえらく上機嫌だったのに、ここ数日明らかに様子がおかしい。気落ちした様子です上の空。いつもの癇癪は鳴りを潜めている。

 

クラスメイトはミカドランサーがずっと考え事をしているのか、もしくはなにも考えていないのかよくわからない。そんなミカドランサーから事情を聞き出そうとするかどうかを決めあぐねていた。

 

教員達は問題児が大人しくしていてくれるのはありがたいとは感じてはいたが、これはなにかどでかいことを引き起こす前兆としか思えない。問題を起こすなら早くしてくれと胃をキリキリさせながら考えていた。

 

ミカドランサーの隣の席、問題児の目付役ことシンボリルドルフは机を指先でずっとトントンしている。不機嫌な様子でちらちらと時折隣の席へと目をやるが、ミカドランサーは我関せずとぽけーっとしていた。

 

勿論ミカドランサーを友人だと思っているシンボリルドルフは、明らかに様子のおかしい彼女から事情を聞き出そうとした。だが本人から何でもない、気にしなくていいと言われてしまった。

 

ブルーインプにもシンボリルドルフは相談したが、事情はわからないがおそらく放っておいても問題ないと彼女は言っていた。ブルーインプはミカドランサーを見守る姿勢のようだがシンボリルドルフは違う。

 

悩み事があるならどうしてさっさと私達に相談しに来ないんだ!シンボリルドルフはそう声を大にして言いたかった。

 

シンボリルドルフはクラスの噂好きのメイショウバトラーから、それとなくミカドランサーの周りにある噂について調べてもらった。

 

と言ってもめぼしい成果は全くない。ミカドランサーがなんらかのトラブルに巻き込まれているのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。

 

ここ数日のミカドランサーは授業が終われば寮に帰ってジャージに着替え、外で自主練をして門限までには帰ってきているそうだ。自主練の場所も近くの河川敷であり、あそこで学園のウマ娘が自主練をするのは珍しいことではない。

 

シンボリルドルフは予定を変更し、とりあえず今日の放課後は河川敷へと向かうことにした。

 

 

--------

 

「心配性だね♡ルドルフちゃんは」

 

ブルーを誘い、一緒にミカドが練習している様子を見にいくことにした。なんだかんだで付いてくるブルーも、恐らくは言葉にしていないだけで心配だったのだろう。

 

ここ数日、ミカドが大人しいせいでクラスメイトの調子が悪くなったらどうするんだ。みんなソワソワして授業どころじゃないんだぞ。教師からもなんとかしてくれと言われてしまったんだ。

 

私の言葉を聞いてブルーはニヤニヤしていた。

 

「そういうことにしといてあげるね♡」

 

うるさい。

 

そうしてブルーと2人で商店街を抜けて河川敷の方へと歩いていく。ここはいつもなら練習している学園の生徒がチラホラいるはずだが、今日は珍しく1人しかいない。

 

そんな河川敷は学園のグラウンドほどではないが、走ることに不自由はない。見通しがよく十分な幅と長さ、そして少しだけカーブがあるのだ。

 

 

 

ミカドはそんな河川敷を走っていた。恐らくは全力に近い速度だな。まったく・・・ここでの全力走行はダメなのは知らないわけではないだろうに。

 

だが・・・妙だ、何かがおかしい。

 

その走りには強い違和感があった、いつものミカドと何かが違う。いつものミカドじゃない。必死というにはあまりに練習然としていない、鬼気迫ると言ってもいい。

 

「へぇ。やっとあのシューズ履いたんだ♡てっきりケースに入れてずっと飾るのかと思ってたけど」

 

ブルーが目ざとく見つけた違いを聞いて、私はミカドが履いているそのシューズに目を凝らす。普段履きの赤い靴ではなく、みんなで感謝祭で頑張って買った、あいつのお気に入りのシューズ・・・ブレンボ。

 

以前ミカドにいつ履くのかと聞いたら、明日には履きますわ!といって延々先延ばしにして、出し惜しみをしていたはずだが、ついに使ったのか。

 

・・・・ああ、そういうことか。

 

「遅いね。フォームが崩れているよ」

 

確かにその通りだ。いつものようにフォームが噛み合っていない。まるで空回りしているかのようで、身体をコントロールできていないのは間違いない。

 

いつもより踏み込みが浅く加速力がない。河川敷のカーブでは身体が外へと流れている。特に下り坂では顕著だ、転んで怪我をしそうな危うさすらある。

 

履き慣れたシューズから、新しいシューズに変えたら走りに違和感が出ることはよくあることではある。けれどあそこまで露骨に調子が悪くなるものなのか?

 

少なくとも私もシューズを今まで何度も履き替えてきたが、大抵は2、3回走れば違和感は取れる。だがミカドの消耗している様子を見るに、恐らくそんな回数では収まらないくらい走っているのは明白だ。

 

だがミカドが何に悩んでいるのかがこれでわかった。そしてなぜ相談してこないのかも。あいつらしいと言えば、あいつらしい中もしれないが。

 

あいつは基本的にカッコつけなのだ。恐らく私達に知られたくなかったのだろう。

 

自分がスランプになっていることを。

 




ちょっと体調が思わしくないので、明日更新できるかわかりません。


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ガラスの靴を履けなかった少女

何もいうことはありません。ただ静かに見守りましょう。


私は河川敷へと降りてミカドに問いただしに行こうとしたが、ブルーによって止められた。ブルーからはミカドが相談してくれるまでは静観することを提案された。

 

提案・・・というがブルーの目は普段からは信じられないほど真剣であり、断るなら無理やりにでも止めると言わんばかりだった。

 

確かに相談されても私達には解決策がない。悔しいがそれは変えられない事実だ。一番簡単な解決策は以前のシューズに戻させることだが、それはあいつは絶対に受け入れないだろう。一年近い付き合いなのだそのくらいはわかる。

 

現状はオーバーワークにならない程度かもしれないが、止められれば逆に意固地になってもっと無理をしかねない。私達は私達で相談された時のために備えておくこととした。

 

 

「そう・・・それであんなことを。通りで合点がいったわ」

 

私とブルーは河川敷から学園へと舞い戻り、東条トレーナーのトレーナー室へと直行した。東条トレーナーなら私達の足りない知識を持っているかもしれないと期待してのことだ。

 

だがミカドの奴はすでに東条トレーナーの元を訪ねていたらしい。あいつは自分のことではないがと誤魔化しつつ、東条トレーナーにシューズを変えてから調子が悪くなった際の助言を求めていたらしい。

 

それで東条トレーナー、貴方はミカドにどのような助言を?

 

「履き慣れるまで履いてみて、ダメなら別のシューズにするように言ったわ」

 

東条トレーナーは至極真っ当な助言をしたらしい。だがそれはミカドが求める助言ではなかった筈だ。

 

「合わないシューズなんて怪我の元よ。正直に自分のことだと言ってくれれば、フォームくらいなら見てあげたけど。でも新しいシューズのために、あそこまで身についたフォームを崩すと変な癖がつきかねないわ。それで良くなる保証もできないし」

 

それもそうですが・・・あのブレンボをミカドが手放すと思いますか?目に入れても痛くないくらい大事にしてますよ。

 

「・・・あり得ないわね」

「絶対無理やりにでも履くよ」

 

そうですよね、本当にどうしましょうか。言って聞くタイプじゃありませんからね。

 

3人でうんうん悩んでいると、扉から勢いよく誰かがトレーナー室に飛び込んできた。

 

「ハロー可愛い後輩ちゃん達!話は聞かせて貰ったわ!」

 

貴方は!マルゼンスキー先輩!

 

まるで見計らったタイミングで・・・というより見計らってましたね先輩。

 

------

 

わたしの友達にシューズに凄く詳しい人がいる、ちょっと呼ぶから・・・ということで呼び出されてやってきたのは、ミカドがいつも突っかかっているバンダナ先輩ことヒシ先輩だった。

 

マルゼンスキー先輩に呼びつけられて、凄く面倒くさそうにこのトレーナー室に入ってきたかと思えば、私達の顔を見てもっと面倒くさそうな顔になった。すいません先輩・・・。

 

マルゼンスキー先輩は私達とヒシ先輩が親しそうにしているのを見てびっくりしていた。ああそういえばマルゼンスキー先輩とヒシ先輩が会うのに立ち会うのはいつぶりだったか。

 

そうだ。学食閉鎖の時の立てこもりだ。マルゼンスキー先輩に代理でレースに出てもらった時以来ですね。

 

「で、あの面白いのは今日はいないのか?」

 

ええ実はそのことなんです。ミカドとあのブレンボについて。

 

私がブレンボのことについて話しだすと、ヒシ先輩はパイプ椅子に足を組んで座り聞き入る体制になった。

 

私がヒシ先輩に最近のミカドの様子について話す。ブレンボを履いてから調子が良くないこと。誰にも相談していないこと。このままでは意固地になって怪我をするかもしれないと。

 

ヒシ先輩は私の相談を黙って最後まで聞いて考え込む。少し考えてから先輩は口を開く。

 

「友達思いのお前たちには悪いが、放っておけとしか言いようがないな」

 

私の相談をヒシ先輩は無情に切り捨てる。そして先輩はいいかよく聞けと言って話を続ける。

 

 

「国産メーカーの作ったシューズってのはな、誰が履いてもそれなりに使える。品質が高くて均一な傾向があって、しかも履きやすい様に作っているからだ」

 

「それに比べて海外のものはそうでないことが多い。もちろん品質はピンキリだし、あのシューズは間違いなくピンの方だ」

 

「だけど海外製で高品質だからと言って、履きやすいってわけじゃない。むしろすごく癖が強いんだ。向こうのレースシューズの職人には、履けない奴は履かなくていいって価値観を持っている奴が多い。シューズを履くにはそれに合わせた資格がいるってことだ」

 

 

そこまで話して先輩は一度話を止める。恐らくこちらが頭の中を整理するのを待ってくれている。少し開けてからまた話し始める。

 

 

「いくら相談されてもこればっかりはしょうがない。癖が合えば最初からまるで足に吸い付く様に感じることもあれば、合わなきゃずっと足かせに感じることもある。ある日突然履きこなせる様になることもある。そういうものなんだ」

 

「店長も言っていただろ?あのシューズはプロチームのウマ娘くらいしか履かない。あれは高価なだけじゃなくて、シューズを履きこなせる資格を持っているのが、そこくらいしかないからだそうだ」

 

「全部店長の受け売りだがな・・・まぁ国産のユーザーフレンドリーな靴に慣れきっていても、魅入られたあいつならどんなに癖が強くても履ける筈と店長は言ってたんだけどなぁ」

 

そう言って先輩は椅子から立ち上がった。もう用はないとばかりにトレーナー室の扉に向かっていくのを、私達は見送ることしかできなかった。

 

 

そして次の日、ミカドは学校に来なかった。

 

 

 

--------

 

河川敷全力ダッシュ10本をこれで三日目・・・。全然思う様に走れませんわ。思わず足元を見ると、泥だらけになったブレンボちゃんが不満そうにしているように感じた。

 

ブレンボちゃんに履き替えてから、明らかにタイムが落ちましたわ。まるでちぐはぐのようなフォームになっているでしょう。

 

このシューズを履いて走っていると、思う様に走れないことがあれば、走りやすすぎる時もある。地面に食いついたと思えば、コーナーで横滑りしそうになる。

 

特に下り坂では、死ぬかと思うことが何度もありました。そのまま進行方向に転がりそうになったことも一度や二度ではありませんわ。

 

だけどブレンボちゃんはきっと悪くない。何かがわたくしに足りないのでしょう。

 

もう一本、もう一本・・・次の一本こそと思いながら何度走ろうともこれといった手応えはない。

 

それに先ほどからチラホラと降っていた雪が強くなってきた。これ以上は間違いなく明日に響きますわね。

 

・・・今日はもう切り上げましょう。

 

ブレンボちゃんの泥を落とし、ソフトケースに仕舞い込む。代わりに履き慣れた普段の靴と履き替える。先ほどまでのシューズから感じていた違和感がなくなる。今まで使い込んだターフで走ることもできる普段のシューズ。

 

 

これなら今までと同じように走れる、そう思ってわたくしは安堵した。

 

 

安堵してしまった。

 

 

自分が何を思ってしまったか、そのことに気がついたわたくしは、ブレンボちゃんの入ったシューズ用のソフトケースを取り落とし、河川敷沿いの草むらに仰向けに身を投げ出す。

 

倒れ込んで見上げた空はもはや暗く、降りしきる白い雪が顔に当たり、まるで刃物で切られたように体温を奪っていく。

 

色を失った空には、白い雪とわたくしの口から漏れる白い吐息だけがあった。ずっとずっと目をそらしていたことを口にしてしまう。

 

 

わたくしには、わたくしにはっ・・・!

 

 

・・・この子を履く資格がない。

 

 

誰もいない河川敷。クリスマスの足音が聞こえてくる季節。雪が降りしきる中、わたくしは声を押し殺して惨めに泣いた。

 

----

 

 

とぼとぼと歩く。寮には帰らない。帰る気にはならなかった。

 

走り込んで汗だく泥だらけな上、さっき倒れ込んだせいで草の汁で酷い臭い、目も恐らく真っ赤でひどい顔だろう。ふふ・・・きっとみんな心配しているのでしょうね。後で寮長には謝ろう。

 

まるで街頭の明かりに引き寄せられる虫のように、たどり着いたのはトレセン学園だった。なんだか少しでも楽しい思い出のある場所にいたかった。もう下校時間は過ぎて学園には誰もいないでしょうが。

 

いつも夜にこっそりと学園に出かけてよく知っている、施設外に置いてある夜でも使える自販機。そうだそこで温かいものでも飲もう。

 

監視カメラを避けるように、もはや足を引きずりながら歩きたどり着いた自販機。そこの前で思わぬ出会いをすることとなる。

 

いつかわたくしが探して、深夜のトレセン学園を走り回ることになったその元凶。

 

トレセン学園七不思議のトトロがそこにいた。

 




彼女にはガラスの靴が必要です。

でもそれ以上に魔法使いが必要だと思います。

ミカドちゃんが頑張っている以上、私も頑張ります。



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魔法使いというには、腹回りあたりが最近気になる男

やっとトトロを出せます。性格が悪い超絶優秀な奴です。

それに合わせて一話もちょっと変えました。振り返ると好青年的で誰だお前ってなったので。おめぇはもっと拗らせ人間なんだよ・・・


自販機の光が馬鹿でかい巨体で塞がれていた。横にも縦にも大きいトトロみたいな男が小銭を取り出しコーラを買っていた。

 

取り出し口から缶コーラを引っ張り出したトトロは振り返ってこちらに気がつく。眼鏡越しの睨みつけるかのような視線がわたくしを貫く。

 

「この時間帯は学生は寮に押し込められているんじゃなかったか?」

 

わたくしは直感的に察した。あっこの人多分性格悪いですわ。今のわたくしの格好を見て、もうすこしまともな声のかけ方はないのでしょうか。

 

なんというかわたくしは八つ当たりにも近い感情を感じましたわ。イライラして攻撃的に返事を返す。

 

わたくしがどこにいようが、貴方には関係ないでしょう?

 

「大人に対してそういう言い方は感心しないな、ミカドランサー」

 

名乗った覚えもないのにこの人はわたくしの名前を呼ぶ。なぜ知っているのかはどうでもいいが、妙な居心地の悪さがわたくしの中にはあった。

 

・・・わたくしを知っていますのね。それで?

 

「はっきり言って私は面倒は嫌いなんだが、このまま君を置いておく方が面倒になりそうだ」

 

ついてこいと言ってトトロはのしのしと歩いていく。わたくしはその後を黙ってついて行った。

 

------

 

たどり着いたのは図書館の資料室と呼ばれている場所の、そのさらに奥。学園な生徒からは開かずの間と言った方がわかりやすいだろう。

 

図書館の木製の扉とは全く違う、指を引っ掛ける場所すらない開け方のわからない金属でできた扉らしきもの。

 

トトロの人は出入り口にあるカードリーダーに、キーカードを差し込む。空気が抜けるような音を立ててスライドし扉が開く。これは・・・学園にこんな場所がありましたのね。

 

図書室とは全く違う趣なんてかけらもない、まるで病院の通路のようなビニールの床材。真っ白で生活感のかけらもない無機質な通路をわたくしはついていく。

 

通路の中にある一室。恐らくトトロの人の仕事をする場所なのだろう。

 

中には窓は一切なく、壁に向かって大きな机が置かれている。その上にパソコンモニターが複数設置されている。隅には体重で歪んだ仮眠用のベッド

 

「いいか?私が触っていいと言ったもの以外には触るな。例えその机に置かれているこのコーラの空き缶でもだ」

 

トトロはその空き缶をゴミ箱に放り込みつつ、今自販機から買ってきた新しい缶コーラを開ける。プシュと炭酸の噴き出す音が聞こえ、それを勢いよく口に運ぶ。抑え気味にケポと小さくゲップをしてから問いかけてきた。

 

「それで何があった?」

 

あまりに不躾な質問にわたくしはなんと返事をすればいいのかわかりませんでした。ただ今日会ったばかりの相手に相談するのも躊躇ってしまい、ひとまずお茶を濁すことにした。

 

・・・何もありませんわ。

 

「おおかた走りがうまくいかないとかだろう。ここの学生が考えそうなことだ」

 

大当たりだった。喋ったこともない相手にズバズバと言い当てられるのは不思議な気分だった。観念してわたくしはポツポツと事情を話し始める。

 

本当にお気に入りでずっと大切にしていたシューズを始めて履いた事。でも新しいシューズを履いてから調子が良くないこと。わたくしには・・・・このシューズを履く資格がなかったと気付いてしまったこと。

 

わたくしの言葉を聞いて、トトロの人は心底呆れかえったようにため息をつく。

 

「馬鹿かお前は。シューズを履くのに資格だの何だのが必要なわけあるか。このロマンチストめ。走りがうまくいかないのはお前が間違って走っているだけだ」

 

一瞬何を言っているのかわからなかった。だが理解した瞬間ブチギレそうになりました。貴方に何がわかると理不尽に掴みかかりそうになったが、トトロの人が真剣な様子で手をこちらに伸ばしてきて、怒るタイミングを失ってしまいました。

 

「そのシューズ、見せてみろ」

 

わたくしはソフトケースからブレンボちゃんを取り出して、トトロの人に手渡す。ブレンボちゃんを手に取ったトトロはまじまじとそのシューズを見る。

 

「また派手なシューズだ。既製品じゃないな。日本製でもないか?・・・こんな真っ赤で恥ずかしいシューズ。多分イタリア製あたりじゃないか?」

  

はーマジでキレそう。

 

イタリア出身のブレンボちゃんですわ。わたくしの宝物なので恥ずかしいと言うのはやめてくれますか?この赤いのがいいのですから。

 

「シューズのことは門下外だがこれは・・・なるほど面白いなこれは、実にイタリア野郎の考えそうなことだ」

 

面白い?ブレンボちゃんはなにか特殊な構造でもしているのですか?

 

「外からはわからないが、このシューズはヒール部がかなり高い」

 

そうするとどうなるんですの?何か走りに影響がありますの?

 

「わからないか?背筋が伸びてスタイルが良く見える」

 

もしかしてなんですが、さっきからわたくしをからかってます?喧嘩なら買いますわよ。

 

「まぁ冗談だ。だがこれを履いて走ろうと思ったら相当前傾姿勢になるな・・・普段履いている方の靴を見せてみろ」

 

わたくしから普段履きのシューズまで要求してきたので、今履いている靴を脱いで渡す。そちらのシューズも靴の裏からソールを一通り見回したトトロの人。

 

「これは・・・ラリーストスタイルか?すり減り方からして、走るとき足裏全体叩きつけるように使っているだろ。このシューズでそのスタイルをやるなら足首をもっと柔軟に使うか、股関節の可動域を広げるしかないな。ちょっと待っていろ。たしかデータが・・・これだ見てみろ」

 

そう言ってパソコンをいじり出したトトロの人は、一番大きなモニターにマネキンのように見えるウマ娘を表示する。恐らく走る際のモーションを解析したものだろう。マウスの矢印が画面の中でスローモーションで走るウマ娘の太腿を指差す。

 

「わかるか?コイツを履くには膝近くにある可動域の軸をもっと上に持ってくる必要がある。要は腿をもっと上げて走ることだ。あと可動域を広げるために毎日柔軟をしろ」

 

またキーボードをガチャガチャといじり出したかと思えば、今度は2人にモニターのウマ娘がカーブを曲がるかのように身体を捻って動いている。片方は安定感があるように見え、もう片方は何処か危なげですわ。

 

「まだあるぞ。かかとの高いシューズのせいで重心が上がっているからコーナーを曲がる際は少し体を落とすことだ。這う気持ちで走れ」

 

次に表示されたのは恐らく下り坂を下る2人のウマ娘。減速の際にかかる力を表示しているのか、身体全体が起き上がっている方は足回り全体が真っ赤に表示されている。

 

逆に今にも前に転びそうなほど前傾姿勢な方は関節部がオレンジで、その他の部位ほぼ全体が青色だった。

 

「下り坂で減速するのは、今までのシューズよりも前傾姿勢になるのにビビって無意識でブレーキをかけているからだ。前傾姿勢を下り坂で維持すると転げ落ちそうになるだろうが、常に前に飛び降りる気持ちで走れ。それがこのシューズの正しい履き方だ」

 

「総じて言うなら、このシューズはデビュー前の新人が履きこなせるものじゃない。身体への負担も大きいだろう。大人しく本格化するまでは別のを履くことだな・・・おい聞いてるか?」

 

あっはい。

 

ですが・・・なるほど・・・ふふふふふありがとうございます!トトロの人!わたくしは賢いので、要はそれができるようになれば履きこなせると言うことでしょう?!

 

問題点さえ分かればこっちのもの!ああ、ブレンボちゃんの声が聞こえるようですわ!僕をもっと履きこなしてと言っていますわ!

 

「悩みが解決してよかったですね」

 

ええその通りですわ!このわたくしがメソメソするなんて!ミカドランサーにとって一生の不覚。さっそく今から練習しに行き・・・ん?

 

「こんばんはミカドランサーさん?この時間帯は生徒はみんな寮にいるはずなのですが」

 

こ、こんばんはですわ・・・たづなさん。

 

 

--------

 

 

私は夜間警備員を呼んだはずだったのだが、部屋に現れたのは青筋を浮かべた理事長秘書だった。そしてそんな理事長秘書によってあの学生は連れ去られた。

 

それにしてもえらく喋りすぎたな。私らしくもない。飲みかけのコーラ缶を傾けて、残りを口の中に流し込む。げぽ。

 

それにしてもイタリア製のブレンボか。シューズは国産のものくらいしか触ったことはなかったが、イタリア人にも馬鹿な奴はいるものだ。

 

明らかに既製品の普通のシューズを履いてきた者には対応できないだろう。シューズを履く、その為だけにフォームを変えるくらいしなくてはならない。

 

癖は間違いなく付く。付くからこそ速く走れるとも言える。あれを作った職人は恐らくレースはともかく、速く走る方法を相当熟知している。常道からは外れているだろうが、アプローチとしては悪くない。

 

あのシューズの一番の問題点は横方向の移動だ。カーブの際にはフォームを崩して減速するか、そのままの速度で曲がるしかない。カーブになれば高速域で減速せずに曲がりきる技術がなければ、ラインは大きく膨らむだろう。

 

前に駆けるのではなく落ちていく程の前傾姿勢。死すら恐れない胆力と、郡を抜いたセンスが必要になるとんでもないピーキー仕様だ。

 

確かに速く走れるだろうが、半端な奴が使えば下手すれば転んで死にかねない。まさに自殺志願者かスリルジャンキーが履くようなものだ。

 

ミカドランサーにはシューズに履く資格なんて必要ないといったが、あのシューズからはガチガチに詰められた職人の狂気じみたなにかを感じた。限界まで使いこなして走ってみろ、でなければ死ね。まさしくそう言わんばかりだった。

 

ミカドランサーにそれができるとは思えない。胆力やセンスはどうかは知らないが、クラシック級程度の実力では到底無理だ。

 

ただもしもあのシューズを履きこなせるとしたら、彼女は新しいサンプルになるかもしれない。'ラインの乙女'の強化データに使えるかもしれない。

 

そうなるとアレが必要になるかもしれないな。たしか担当は東条トレーナーだったか。担当にかなり過保護らしいから採用されるかは微妙なところだが・・・。

 

もしミカドランサーが上手くいきそうなら、アレがそれとなく彼女の手に渡るようにしておこう。アレがあればミカドランサーは世界とも戦えるようになるだろう。

 

たしかこの棚に・・・おかしいな何処へ行った?まいったなぁ。

 




ミカドちゃんが凹んでいるのを引っ張るかすごい悩みましたが・・・やっぱりいつものミカドちゃんが1番!

トトロの会心のファインプレーが光りますね。いい仕事をしています。

ブレンボちゃんは・・・そうじゃねぇ!もっと上手く走れこの下手くそ!とおこだったので力を貸してくれなかったと思ってください。なのでトトロが言うことも、店長が言うことも当たっているんです。

トトロはもっとテク磨けよお前下手くそなんだよと言い。店長はシューズの声にもっと耳を傾けるんだよ?と言っていたんです。もっと言い方はないのか・・・まぁ近いうちに完堕ちさせます。

止める気がない相手には、より良い解決案を具体的に教える。そういう人にわたしはなりたい。


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未完成のミカドランサー・ライジング

おや、ミカドちゃんの様子が・・・?


ミカドが学校を休んだ日。その日は授業どころではなかった。

 

担任がホームルームでミカドが今日は学校を休むことを伝えた後、クラスメイトは事情を知っていると思って私の席とブルーの席に集まっていた。

 

だがあいつが休むことは私達も初耳なのだ。ミカドに連絡を入れようにも一切返事が返ってこない。クラス全体がザワザワしていた。普段ならただのサボりかと思うだろうが、あいつが最近思い詰めていたのはクラスメイト全員が知っていた。

 

ブルーも流石に動揺しているらしく、その日はずっとソワソワしていた。いや、動揺しているのは私もか・・・その日の授業には集中できなかった。私は授業中にも関わらず、連絡が返ってきていないか何度もスマホを確認してしまった。

 

何をやっているんだ・・・あいつは。

 

チラリと隣の席を見る。いつもあいつが座っている席。誰も座っていないその席を見ていると、なんだか寂しくてしょうがなかった。

 

-----

 

昼休みに私は隣のクラスへと行き、ミカドのルームメイトのプリンニシテヤルノからミカドの昨日の様子を聞き出す。彼女は物凄く面倒くさそうな顔をしながらも教えてくれた。

 

自分は休むとは聞いていなかった。昨日は門限を過ぎて帰ってきたので寮長に怒られていた事と、朝起きたときにはもういなかった事。ただ自分の目で見てもミカドの体調自体は悪くはなさそうだったらしい。

 

体調不良ではないのかとひとまず安心して、胸を撫で下ろす。昨日から雪が降っていたので風邪でも引いたのかと思っていたがそうではないらしい。

 

ならば考えられるのは・・・河川敷だ。あいつはきっとそこにいる。

 

昨日とは逆に、ブルーから誘われて私達は河川敷へと向かう。思い当たる場所はそこしかなかったからだ。

 

いるかと確認しようとすると、あいつはすぐに見つかった。この距離でも河川敷で走っているあいつの姿がよく見えた。坂道を降っているあいつを見て私は駆け出そうとした。

 

最初は休んだ事を問いただそうと思っていた。だが今はそのことは頭から吹き飛んでいた。あいつが下り坂で転びそうになっていたからだ。あの速度で転べば間違いなく大怪我だ!

 

だが駆け出せなかった。ブルーによって手を掴まれ走り出すことが出来なかった。振り返りブルーを怒鳴りつけようとしたが、彼女の顔を見て怒気は引っ込んでしまった。

 

「ルドルフちゃん。あれは違う・・・違うんだよ・・・」

 

私の手を掴みながらもブルーは私の方は見ない。強い眼差しでミカドのフォームを目に焼き付けようとしている。

 

「あれが・・・ミカドちゃんの新しいフォームなんだ」

 

その言葉を聞いて、私は河川敷の方に視線を戻しミカドを見る。確かに今までの安定したフォームではない。より前傾姿勢で飛び込むように前へ前へと駆けて行く。

 

コーナーで身体がガクンと落ちれば、まるで不安定さしか感じないのに無理やり曲がっていく。

 

はっきり言ってフォームとしての完成度は低い。もし授業でこんな走りをすれば教官からは減点をされるだろう。ところどころよれているし、振り回されるようにコーナーでは膨らんでいる。

 

だが不完全なフォームでありながら、完成されていた以前のフォームよりも・・・なお速い。

 

飛び込むような走りから繰り出される凄まじくキレがある走り。コーナーは膨らみこそすれ、とんでもない速さで侵入し、そのままの速度で抜けていく。下り坂はもはや直滑降だ。落下するようにあいつはグイグイと加速していく。

 

「良かった。もしかしたら折れちゃったのかと思ったけど・・・ミカドちゃんはもっともっと速くなるよ」

 

後ろから聞こえるブルーの声は晴れやかではなかった。その声はいつもの揶揄うようなものではなかった。どこまでも真剣みに溢れ、声からはマグマのような熱量を感じられた。

 

そして何よりも・・・獲物を見つけた肉食獣の唸り声のように感じた。

 

 

-------

 

 

わたくしは昨日のトトロの人のアドバイスを聞いてから、もはやいてもたってもいられませんでした。ですがわたくしはたづなさんに正座させられてお説教された後、寮長にも怒られた。

 

ごめんなさいごめんなさいとペコペコ謝って、寮長はジャージを洗っておくと言ってわたくしから無理やり剥ぎ取った後、わたくしを自室へと放り込んだ。

 

熱いシャワーを浴びて就寝・・・というわけにもいきません。目がそれはもう遠足の前日のようにバッチリ冴えてしまったからです。

 

明日こそ履きこなしてみせる・・・ああ楽しみですわ。

 

そんなわけで朝一番、日が明ける前からベッドから起き上がる。顔を洗い適当に何かを摘む。身支度を整えて予備のジャージに袖を通す。さあさあ!今日は練習漬け!学校?今日は自主休校ですわ!

 

あとで担任に適当に言い訳をしておこう。理由はもう考えるのも面倒ですわね。祖母が三度目の死を迎えたとかにしておきましょう。

 

やってきたのはもはや見慣れた河川敷。ここ数日の苦い思い出が脳裏をよぎりますが、そんなもん粉砕してやりますわ!

 

今日のわたくしは一味違いますの。ネオを頭につけてもいいくらい気力に満ち溢れています。

 

ブレンボちゃんに履き替え、柔軟をじっくりと行う。昨日言われた通りに股関節をより重点的に。

 

そしてようやく準備が整う。深呼吸を何回か行い。これから走る道を睨め付ける。

 

腕時計のタイマーをセット。アラームは1分後、それがゲートの代わり。

 

風の音しかしない河川敷で、アラームの無機質な音が背中を押し、わたくしは駆け出した。

 

いつもより脚は高く!でも姿勢は低く!視線が下がったので少しだけいつもより速度が速く感じる。走るラインのことは考えない。ただただひた走る。がむしゃらに。

 

違和感がある。こうじゃないか?!こうですか!?より寄せていく・・・違和感のない方へと少しずつ。

 

カーブでは大きくよれるのを覚悟して全力で。下り坂では恐怖を押し殺して前へ前へと急降下する様に駆ける。硬い決意だけがわたくしの武器。絶対はここにある。わたくしの胸の内に。

 

何度もフォームの試行錯誤を繰り返していると、奇妙なほど時々しっくりとくる。わたくしには正解がわからない、けれどこの子が・・・ブレンボちゃんが教えてくれる筈だ。

 

空転していた歯車が唸りを上げる。わたくしの中で今か今かと待ちわびている。僅かにガチャリと噛み合う。

 

パァン!!と脚の方から音がしたような気がする。

 

わたくしはほんの一瞬だけ風になった。

 

-----

 

河川敷一本目のゴール地点を通過してわたくしは減速する。道に倒れ込むように寝転ぶ。

 

走ってみての課題点は山のようにある。まだまだ改善しなくてはならないところがあるのは間違いありません。

 

はっきり言って無茶な走りだというのはよくわかる。走りの理想のラインなんてまだまだ書けない。コーナーは膨らむし、下り坂は正直怖い。

 

ですがほんの僅かだけ見えた理想の完成形への道筋。今までのように暗闇で迷子になっていた感覚はない。

 

ふへ、ふへへへへ。

 

だらしのない声を上げて笑ってしまう。思わず転げ回ってしまう程の達成感だけがわたくしの中にあった。履ける。わたくしはこの子を履ける!履いて走れる!

 

ブレンボちゃんがほんの少しだけ認めてくれたような気がする。思わず足元を見ると、ブレンボちゃんは泥で汚れていても何処か満足そうに見えた。その姿は誇らしいほどカッコ良かった。

 

わたくしは息を整え勢いよく立ち上がる。そして2本目を走り出す為に、腕時計のアラームを1分後にセットした。

 

無機質なアラーム音が、またわたくしを風の向こう側へと導いてくれると信じて。

 

 

 

 

 

 




ミカドちゃんがパワーアップして帰ってきました!

でもブルーちゃんの様子もおかしいですね?


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詳細を省くが、結論だけ言うとお前は死ぬ

新フォーム爆誕?いいえ爆弾です。


わたくしは休憩を挟みつつも何度も河川敷を駆けていました。

 

そのうちに少しづつブレンボちゃんの履き方がわかってきて、もっと攻めた走りをしてみたりとなかなか充実した時間を過ごすことができていました。

 

いやそれどころか途中から調子が上がってきたのか、疲れが何処かにふっとんでしまい、永遠に走ってしまいたいくらいでした。

 

途中なぜか河川敷にルドルフとブルーがやってきました。どうしましたのお二人でデートでもしてますの?

 

そう思って2人を見るとルドルフは・・・なんというか怒ってます?耳が後ろ向きになってますわよ?何か嫌なことがありましたか?相談くらいなら乗りますわよ?

 

ブルーはブルーでやたらといい笑顔ですし、妙に対照的ですわね。まぁいいですわ悩み事があるならとりあえず走っておけば、大抵のことはなんとかなりますの!ルドルフも走ります?

 

「迎えにきたんだとりあえず帰るぞ。お前には山ほど説教がある。楽しみに待っておけ」

 

・・・あっ学校サボったことを怒ってますのね!あれはそう!おばあちゃんが3度目の葬式でいだだだだた!千切れる!千切れる!

 

「そういえば教官がすっごい怒ってるらしいよ。あのクソガキはどこだ?ってクラスに来たし♡連行するまでに愉快な言い訳を考えておいた方がいいよ」

 

わたくしはその言葉を聞いて・・・いや聞かなかったことにしましょう。教官怒ると怖いんですよね。あのー2人とも言い訳手伝ってくれません?

 

「ダメだ」

「ダメだね♡」

 

・・・・わたくし、ほとぼりが覚めるまでここに住みますわ!あっやめ!引っ張らないで!あー!

 

 

--------

 

 

わたくしが学園に引きづられて帰ると、それはもう・・・お説教のフルコースでした。

 

担任に怒られ、教官に怒られ、寮長に怒られ、シンザン会長に怒られた。あと何故かまたたづなさんにも怒られた。

 

途中からもはや魔女裁判めいてきており、わたくしには弁護士を呼ぶ権利はありませんでした。言い訳しようが喚こうが止まらないお説教の嵐にわたくしは泣いた。

 

というよりたづなさんだけ怒り方の方向性がなんか違う気がしました。ロクでもない大人に近づくのはやめなさい!と怒っていましたが、わたくしにはとんと思い当たる節がありませんでした。

 

解放されたのはもう外も真っ暗になった時間帯。説教部屋となった談話室から解放されると、外にはルドルフとブルーが待っていた。お説教が終わるのを待っていてくれたんですね。わたくし酷い目にあいましたのよ2人とも・・・グスッ。

 

「自業自得だ。皆心配していたんだからありがたく思っておけ」

 

「サボるにしても言い訳もっと考えておくべきだったね♡」

 

ううう!確かに空手の稽古があったという言い訳は通りませんでしたから・・・。

 

罰則で反省文とクリスマスの準備のお手伝いと、1週間走るのを禁止されてしまいましたわ。ウマ娘に走るなだなんて、息をするなと言っているようなものですわ!どうしてくれるのです。ようやくコツを掴みかけてきたのに・・・。

 

「あの新しい走り方か。あんな危なかっしい走り方は危険すぎる。すぐに辞めた方がいい」

 

嫌ですわ。あの走り方でなくてはブレンボちゃんの良さを活かせないのです。それに危なかっしいのは新フォームが習熟できていないからですわ、何度も走れば安定する気がしますの。

 

「ルドルフちゃん。ミカドちゃんが言って聞くわけないよ♡大丈夫だって、おハナちゃんトレーナーとこれから練習を詰めていけばいいじゃん♡」

 

その通りですわブルー!今までよりも危険なのは百も承知!ですがリスクから逃げては何も掴めないのです!

 

おハナちゃんトレーナーからは明日の放課後トレーナー室に来るように言われましたし、今日は帰りましょう!

 

 

--------

 

 

翌日、クラスで一悶着ありました。唐突に休んでしまって驚いていたクラスメイト達。まあ悩みも解決しましたわ!と言えばよかったねーでそれはそれでおしまい。

 

問題は放課後のトレーナー室。おハナちゃんトレーナーの呼び出しに従って急いできました。トレーナー室を訪れた時、おハナちゃんはこちらに気づいた様子もなく動画を見ていた。

 

おそらくブルーかルドルフが昨日の河川敷での走りを撮って送ったのでしょう。パソコンのモニターにはブレンボを履いたわたくしが駆け抜けて行く様子が映し出されていた。

 

おハナちゃんトレーナーがわたくしが来ていることに気がついて椅子を回して振り返る。こちらに顔を向けたおハナちゃんトレーナーは・・・うわぁ眉間がよっていますわ。

 

「貴方、頭おかしいんじゃないの?」

 

あ、あって早々ご挨拶すぎません?挨拶ってのこうするのですわ。こんばんはおハナちゃんトレーナー!

 

「・・・ええ、こんばんわ」

 

眉間にシワを寄せたまま、目元を押さえながらおハナちゃんトレーナーは挨拶を返す。それで・・・どうですか?わたくしの新フォームは!速いでしょう!

 

「ええ、速さに関しては文句のつけようがないわ。けど貴方?レースとタイムアタックが違うものってわかってる?」

 

何を言っているのですかおハナちゃんトレーナー、そんなの当然でしょう。ようは誰よりも早くゴールにたどり着けばいいのなら、速く走れるに越したことはないですし、ようはぶっちぎってしまえばいいでしょう?

 

一瞬ポカンとした顔をしたおハナちゃんトレーナーは、椅子から立ち上がると、わたくしの方にツカツカと近づいてくる。

 

わたくしの前に険しい顔で立ったおハナちゃんトレーナーは勢いよくわたくしの頬を抓りあげる。いだだだだた!

 

「まっすぐ走れていない!コーナーは大きく膨らんでいる!明らかに脚への負担が大きい!そもそもこのフォームではロクな駆け引きが出来ない!これでどうレースをするんだ!言ってみろ!!」

 

そ、それはこれから考えるんですわ!だから耳元で大きい声を出さないでください!それに駆け引きをしないのはマルゼンスキー先輩も一緒じゃないですか!

 

「あれは脚質が逃げだから成立するのであって、貴方はそうじゃないでしょう!」

 

そりぁわたくしは差しですけどぉ、あの走り方じゃないとブレンボちゃんが使えないんですもん・・・。

 

「・・・貴方が正規のチーム員なら、今すぐそのシューズを禁止しているところよ。貴方がしている走りはそういうものなの」

 

つねり上げていた手を話し、わたくしの頬をつねったことを謝りながらおハナちゃんトレーナーは諭すように語りかける。

 

でも、でもわたくしはブレンボちゃんを履いてレースをしたい。ようやく履き方がわかってきたのに、この子をお蔵入りはあんまりですわ。

 

「どうしても?」

 

・・・・どうしても。

 

おハナちゃんトレーナーは呆れたようにため息をつく。いくつかの条件を提示して、それを満たすまではレースでの使用は禁止する。認めるならフォームの完成まで付き合ってくれると。

 

条件は4つ。

 

 

 

1つ目、レースに参加できるレベルになるまで練習以外では履かない。レースの駆け引きもしっかりと身につける。

 

2つ目、練習は必ずおハナちゃんトレーナーの目に届くところで行う。つまり自主練習の禁止。

 

3つ目、きちんとケアを行うこと。脚に異常が出た場合最悪ブレンボちゃんを履くのをやめる。

 

4つ目、指示にはきちんと従う。これを破ればリギルのチーム入りの話はなしとする。

 

 

 

ブレンボちゃんを諦めるかもしれないという条件が入っていたので、わたくしは少し悩みました。ですがおハナちゃんトレーナーの強い視線にたじろいでしまい、わたくしは渋々頷きました。

 

そこからはおハナちゃんトレーナーの横に座って練習メニューを詰めて行く。以前のフォームよりも安定性が落ちているので、うっかり限界値を超えてしまわないように、一から測り直すらしいですわ。

 

また当分の間、走った後は毎回脚のチェックをおハナちゃんトレーナーが見てくれるらしい。ありがたいですけど、いいんですの?おハナちゃんトレーナーも仕事があるんですよね?

 

「貴方を放っておくと壊れるまで走りそうだもの。遠慮するなら以前のシューズに戻してほしいわ」

 

・・・・お世話になります。

 

よろしいと返してくるおハナちゃんトレーナー。皆心配しすぎではないですかね。わたくし自分の調子くらいは自分で見れるんですが。

 

「そういえばこの新しいフォームは自分で考えたの?明らかに今までのフォームとは方向性が違いすぎるわ」

 

実は昨日の夜学園でトトロにあって教えてもらったのです。名前は聞きませんでしたが、ほら、学園に居るでっかい人!あれだけ目立つならおハナちゃんトレーナーも知ってますわよね!

 

「・・・・・私、そんな人知らないわよ」

 

えっ。じゃああの人誰ですの!

 

 




おハナちゃんトレーナーの話し方難しい。激昂する時は少しだけ話し方を変えています。


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クリスマスにはランダムでイベントが発生します

平和なクリスマス!いい子のミカドちゃんはプレゼントは貰えるかな?


クリスマスをあと数日に控えた休日。無断欠席の反省文はきっちりと書きましたので、あとはクリスマスのお手伝い。スーパーサポーターミカドちゃんが全ての仕事をキチッと片付けてやりますわ!

 

皆のクリスマスをわたくしがしっかりとお膳立てして見せますわ!お仕事お仕事!給金は発生しませんが、こういうイベント準備ってわたくし結構好きなんですわよね。

 

さあシンザン会長に渡された仕事をこなしましょう!今年はどうやらいつもより遅れている作業が多いらしく、猫の手でも借りたいそう。大丈夫ですわ!わたくしが来た!わたくししかいませんが気合を入れましょう!むん!

 

 

 

-----

 

 

 

クリスマスのスペシャルメニューの準備だそうですが。やることが!やることが多い!と、とりあえず卵を混ぜますわ!あと卵を何個割ればいいんですの!ケーキの数これおかしくないですの?!小麦粉がパレット単位で納品されてるんですが!

 

 

 

 

 

うわぁぁぁあ倉庫にしまってあった電飾用ケーブル絡まってますわ!誰ですの去年これ仕舞い込んだのは!あああ全部解かないと!知恵の輪みたいになってますわこれ!もうおしまいですわ!クリスマスは電飾なしですわ!

 

 

 

 

 

まどがピカピカになるのってきもちいいですわ。わたくしはピカピカしたものが大好きですの!うふふ。ピカピカできれいきれーい。きゅっきゅー!

 

 

 

 

 

は?飾り付けを変える?なんで今更!今年はオーナメントを増やそうっですって!?誰が言い出しましたの!わたくしがぶっ殺してきますので、言い出した奴の名前を言いなさい!えっ!そんなお偉いさんが!?

 

 

 

 

 

 

お前たちは何故現れる。

 

何故、邪魔をする。

 

URA、そしてトレセン学園。

 

全てはウマ娘の為に作り上げたもの。

 

荒廃した世界にクリスマスを行う。

 

それがわたくしの使命。

 

権力を振りかざすもの。

 

秩序を破壊するもの。

 

クリスマスには、不要だ・・・

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

と、いうことがあって本っ当に大変でしたのよ!!2人はわたくしに感謝して今日のクリスマスをしっかり楽しんでくださいね!

 

「いやお前話を盛っただろ」

 

・・・・ちょっとだけですけど!

 

「いや盛りすぎだよ♡最後殺し合いになってるよ」

 

そのくらい大変でしたの・・・オーナメント急に増やすって言い出した時は本当にぶっ殺してやろうかと思いましたわ。

 

それにしてもトレセン学園ってイベントに対して本気すぎますわね。わたくしはまぁ罰則なのでしょうがないですけど、裏方で作業している方には感謝してあげて欲しいですわ。

 

特に食堂の方は夜通し作業していましたのよ。プロって本当にすごいですわよね。あれだけの激務でも腕の動きは全く乱れがありませんでしたわ。

 

「感謝・・・うーん何すればいいのかな♡」

 

とりあえず美味しかったら伝えるだけで良いのでは?とくに今年のケーキはスペシャル!ほっぺた落ちてもおかしくないですわ。まぁわたくし去年のケーキ知らないのですけど!

 

とにかく今日の学校が終われば冬休み!その締めに相応しい

イベントになっているはず。ケーキ食べてどんちゃん騒ぎですわ。

 

と言ってもわたくしやることがまだ残っているのですが・・・後で合流しますのでみんなでケーキを食べましょう!

 

わたくしはルドルフとブルーに連絡すると約束して離れる。ここからはわたくしのプライベートですの。なんというか、わたくしのキャラではないのは分かってはいるのですが・・・クッキー焼いてみましたの!

 

お菓子作りなんてしたことはなかったのですが、料理主任に頼んでオーブンを借りました。ちょうど空き時間があったそうなので、嫌な顔もせずに貸してくれました。

 

どうしてもお礼をしておきたかったので・・・トトロの人に。でも作ったのはいいものの、どうやって渡したらいいのでしょうか?とりあえずたづなさんに聞いてみよう。

 

そんなわけでぶらついていたら会えるだろうと学園内を散策していたら、やっぱりいましたたづなさん。近づいて挨拶をし、トトロについて聞く。

 

たづなさんトトロに会う方法って知ってますか?

 

「さあ?流石に私もそれは・・・」

 

たづなさんはトトロ?と言いながら指を顎にやりながら考え込む。やっぱり美人さんなので映えますわね。でも知らないってことはないでしょう。

 

だってこの前わたくしがトトロに会っていた時に迎えに来たじゃないですか。わたくしがノックしても、あのドア開けてくれませんのよ。

 

「迎えに?・・・ッ!!」

 

朗らかな顔から一転、鋭い目つきになったたづなさんは、わたくしの肩を掴み問いただす。

 

「もしかしてあのデ・・・ガタイの大きい男の人のことを言っているんですか?」

 

今デブって言おうとしませんでした?とりあえず合っていますわ。あの図書館の奥に居た大きい人ですの。アドバイスを貰ったのでお礼にクリスマスクッキーを焼いてみましたの!

 

「ミカドランサーさん・・・いいですか?あの人のことは忘れて下さい。生徒である貴方には関わる必要のない人です」

 

いやいやお礼はしっかりとしなさいって習いましたの。それにあの知識量からしてさぞ名のあるトレーナーなのでは?関わる必要がないかはわからないじゃないですか。

 

「いいえ、あの人はトレーナーではありません」

 

えっ!?

 

-------

 

あの後たづなさんに何を聞いても頑として答えてはくれませんでした。会う必要がないと言いつつ、個人的に嫌いと言わんばかりの態度でした。仕方がないのでクラスへととんぼ返り。

 

とりあえずクラスのみんなでケーキを食べて解散!また来年と挨拶をしてわかれました。といいつつもまあ寮で会うので明日も会うんでしょうけど。中には実家に帰る子もいますからね。

 

 

それにしてもたづなさんがあそこまで嫌うって一体何をしましたのトトロの人。たづなさんは忘れろ、聞くな、探るなの一点張りで取り合ってくれません。

 

ですがするなと言われればするのがわたくし流。クッキーは日持ちしますし、この時期は寒くて痛むこともないでしょう。必ず渡して見せますわ。要はバレなきゃいいんでしょう!

 

クリスマスの夜。プレゼントを渡す。今日のわたくしはサンタクロース!反省文書かされたのに学習しろとルドルフには言われそうですが、それはそれ。これはこれ。

 

礼の一つもいえねぇ奴はカスだ!とじいちゃんも言っていました!わたくしは悪くない!多分わたくし以外の何かが悪い・・・よくわかりませんが多分政治とかが悪いんでしょう。

 

ですのでクソ寒いクリスマスの夜中、例の自販機の側で張っています。自販機側のベンチに座って待ちぼうけ。

 

カメラには映っていませんし、時折警備員が通るくらいですわ。物陰に隠れてやり過ごすだけでなんとかなりますの。

 

それにしても・・・来ませんわねぇ。今日はコーラを買いに来ないのでしょうか?上手いこと鉢合わせればなんとかなると思っていましたが、考えが甘すぎたでしょうか?

 

深夜のお出かけは控えるつもりでしたので、渡したらさっさと退散しましょう。また見つかると厄介ですわ。ここ数日はおハナちゃんトレーナーに毎日脚をチェックされているので、追いかけっこでもしたら一発でバレてしまいます。

 

あー暇ですわ。早く来ないかなぁ・・・。寒いのでとっとと帰りたい。とりあえず自販機で温かいコンポタでも買おう。

 

そう思って立ち上がろうとすると、後ろから両肩を押さえ込まれる。両肩を抑えている手からとんでもない力の差を感じる。先程まで気配は全くなかったのに、いま後ろになんかやべーのがいますわ!

 

 

 

「関わるな・・・と言ったつもりでしたが、もしかしてもう忘れてしまったんですか?」

 

 

あっ・・・。

 

 




悪い子には・・・ブラックサンタさんが来るらしいですね。ああ!ミカドちゃんの冒険は終わってしまった!


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深夜のトレセンにはランダムでデスエンカが発生します

多分彼女が1番早いと思います。


クリスマスの夜のトレセン学園。寮の学生同士でお話ししたり、家族に電話をしたり、彼氏がいるなら抜け出してこっそりと会ったりしているのでしょう。

 

そんな楽しいクリスマス。わたくしは両肩を抑えられる形でたづなさんに拘束されているという、なんとも嬉しくないハプニングを味わっていました。

 

それにしてもピクリとも動かない。脚にいくら力を入れても立ち上がることが出来ませんわ!

 

「無駄ですよ。その体勢で肩を押さえられたら立てないんです。知りませんか?合気道のようなものです」

 

は、初耳ですわ・・・具体的にはどのような原理なんですの?

 

「椅子から立ち上がるには、上半身を前に出して重心を動かさないといけないそうです。指一本で額を押さえるだけでウマ娘の脚力でも立てなくなるんですよ?」

 

わぁお。流石理事長秘書。合気道まで使いこなすとはまさに才色兼備ですわね!いよっ!完璧美人秘書のたづなさん!

 

「ふふっ。ありがとうございます」

 

ですが・・・前に出せなければ下ならどうです?!

 

わたくしは勢いよく尻を前に滑らす事で、ベンチから身体が前に滑り落ちる。まるでマトリックスの弾を避けるかのようなポーズになってしまう。

 

ですがこれで押さえつけていた肩が一気に下へとズレて肩の拘束が弱まる。肩を押さえられた状況から脱出完了ですわ!

 

「それでここからどうするんですか?」

 

肩の代わりに胴を押さえられた、あっという間にさらに状況は悪化した。うーん参りましたわ。

 

-------

 

もう逃げようとしないと約束をする事で、とりあえずベンチへと座り直すことが許された。

 

ですがたづなさん?約束したのにガッチリと手を掴んでいるのはなんでですの?わたくしはもう逃げませんわ。観念しましたわ。

 

「昼の約束をもう忘れているようなので、今した約束も忘れるかと思って」

 

昼のは納得のいく説明がなかったのでノーカンです。わたくしは納得がいかないのなら諦めません。また今度もここに来ますので。あと寒いのでコンポタ買っていいですか?

 

「本当に分かっています?今怒られているんですよ貴方は?」

 

分かっていますわ。ですがわたくしは正しいことをして怒られたのなら胸をはれと習ったので。相手が誰であろうと、恩に対する感謝はきっちりしないといけませんわ。感謝のために身体を張るわたくしが間違っているはずがないですので!

 

「・・・深夜に出歩いたことは見なかったことにします。だからもうあの人には関わらないでくれませんか」

 

嫌です納得がいきませんの。それにお礼にクッキーを渡すだけですわ。そのくらいいいじゃないですか。

 

「貴方達生徒にとって、アレは害にしかなりません。帰りなさい」

 

お断りしますわ。納得がいく説明がない限りは。

 

「その必要はありません。いいからとっとと寮に帰って下さい」

 

じゃあ寮まで運んでくださいね。わたくしは歩きませんので。

 

その言葉を聞いたたづなさんは深くため息をつく。そしてわたくしはたづなさんの肩に荷物のように抱えられる。えーそこまで話したくないんですの?そこは妥協して、しょうがないと言いながら事情を話してくれるところじゃないんですか?

 

わたくしはたづなさんに抱えられる形で寮へと帰ることになった。それにしてもウマ娘1人軽々と抱えてよく歩けますわね。本当に人間ですの?

 

抱えられながらわたくしはたづなさんに話しかける。なぜ話せないのかとか、名前くらい教えてくれてもいいじゃないですかとか、クリスマスなのにひとりで何やってるんですかとか。

 

最後の質問をした時にちょっと黒いオーラが立ち上ってきたので、黙り込む。怖いわけではありませんわよ?そのぐらいの慈悲はわたくしにもあるだけです。

 

代わりに頭を回す。唸れ悪知恵の時だけ回るわたくしの脳みそ!このままではたづなさんからは情報は引き出せそうもないので、なんかこう・・・交渉材料を探す!

 

・・・あれ?そういえばたづなさんいつもと靴が違いますわね。普段のオフィスレディな感じの靴じゃない。学園のウマ娘が履くような使い込まれたランニングシューズですわ。

 

明らかに走ることに特化したシューズ。いつものグリーンの秘書姿なのにそれだけが明らかに浮いている。とりあえず聞いてみる。

 

たづなさん靴変えました?そのシューズイケてますわね。これからランニングですか?

 

わたくしの言葉を聞いて少し反応がある。歩みはそのままですが、こうやって密着していて初めて分かるくらいの動揺。

 

まるでレースで使うようなシューズですわ!誰かとレースするかのようですわね!

 

さらに動揺。んーなんかこれ使えるでしょうか?再び沈黙があり気まずくなったのかたづなさんが口を開く。

 

「何ヶ月か前に不法侵入があったんです。その備えですよ」

 

な、なるほど・・・トレセン学園にもそういうのがいるのですね。ですがそういうのは警備員の仕事なのでは?

 

「これは個人的な問題なんです。夜間警備員達には迷惑はかけられませんから」

 

個人的・・・とんと予想がつかない。なんでたづなさんが追いかけるみたいなことになっているのでしょうか?もう少しとっかかりが欲しい。ああ、横にルドルフがいてくれたらすごい頼りになるんですが!

 

・・・たづなさんがシューズを履いて、その不法侵入者とどう関わりがある?個人的・・・秘書としてでなく?警備にはどうして任せられない?そもそもどうして動揺するんですの?不法侵入者が知り合い?いやなんか違いますわね。

 

わたくしが黙り込んでしまったのを気まずく思ったのか、たづなさんは話題として話し出す。

 

「トレセン学園に唐突に現れたニンジャらしいですよ。バ鹿らしいですよね?」

 

ニンジャ?・・・ああトレセン七不思議のあれですか。なんか急にクラスの話題になったのを覚えていますわ。あれって本当なんですの?

 

「流石に本物のニンジャではないと思いますが、侵入者があったのは本当ですよ。覆面をしたウマ娘で夜間警備隊から逃げ切ったんです」

 

夜間警備隊って警備のおっちゃん達とは違いますの?お化け探しの時のウマ娘の警備員のことですの?

 

「ああ、そういえば生徒には知られていないんですね。トレセン学園の不法侵入者はウマ娘であることも多いので、それの対応をするための特殊警備隊です」

 

・・・なるほど通りであのお化け探しの時のあの人達は、やたらと速そうだったのですね。あの2人は相当走れますからね。それから逃げ切ったんですかそのニンジャは。

 

「ええ、今年で唯一逃亡を許してしまった侵入者です」

 

唯一?えっ・・・それって・・・

 

「最後は壁を走って学園外に逃げていったんです。嘘じゃないですよ?」

 

 

わたくしのことでは?

 

 

-------

 

 

再びわたくしは黙り込む。今まで知らなかったのですが、わたくしは・・・ニンジャだったようです。いやいやわたくしはニンジャじゃないですわよ。どうしてそうなった!

 

思わず混乱してしまう。学園七不思議にわたくしがランクインとか予想外すぎますわ。意味がわかりません。あわわわ落ち着けわたくし。スンッ。はい落ち着きました。

 

話を整理するとたづなさんは個人的理由でニンジャ・・・わたくしを追っている。その為にわざわざシューズまで用意してクリスマスにまで見回りをしてる?えっ確かにあの時追いかけまわしてきたのはたづなさんですが、普通そこまでします?

 

いや、でもこれ・・・交渉に使えるのでは?上手いことやれば交換条件でトトロの情報を引き出せるのでは?

 

いや焦るなわたくし・・・ああ混乱してきた!ルドルフ、ブルー助けて頭が爆発しちゃう!情報が錯綜していますの!

 

でもとりあえずわたくし=ニンジャとバレるのはヤバい気がする。それはきっと言ったらダメなNGワードですわ。

 

つまりわたくしがニンジャとバレないように、小出しに情報を出して、なおかつわたくしが持つのがニンジャの重要っぽい情報を持っていると思わせることができればなんとか・・・

 

・・・うん無理ですわ!わたくしがニンジャだとぽろっと言ってしまいそう!

 

交渉は諦めましょう!わたくしでは無理!でもニンジャは交渉に使えそうですので、今度ルドルフに頼んで策を授けてもらいましょう!

 

とりあえずわたくしはその準備として、たづなさんから可能な限りニンジャについて聞き出すことにした。

 

 

 

 




たづなさんはアホのミカドちゃんを捕まえましたが、ニンジャは取り逃がしました。

というわけでたづなさんとのクリスマスデートが終わりました。

でもこのあと無事寮長に怒られた模様。


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新春スペシャル初詣 〜クソ駄洒落を添えて〜

初詣へと最近行っていないな。作法とかもう覚えていない。


「そんなことを言っても生姜がないんだから、しょうがないだろう」

 

「そうそう、生姜湯でポカポカになってお正月を迎えたかったんだけどしょうがないよ。大人しく厚着をして神社に初詣に行こうよ♡」

 

でもでもこんなに寒いと、初詣といえどもお外になんてもう出たくありませんわ!

 

年越しをあと数時間に控えた夕食をルドルフの部屋で食べる。ルドルフのルームメイトは帰京しているらしい。年越しは特例で頼み込めば寮の跨いでの移動も許される。

 

豪勢な蟹を使った鍋。いつもの3人は仲良くおしゃべり。だが突然無言になり互いの様子を伺う。その様子は真剣みに溢れており、先ほどまで楽しくお喋りをしていたとは思えなかった。

 

一瞬の間が空き、普段の仲のいい調子に戻る。

 

それにしても今日は冷えますのー!。雪でも降り出しそうですわ!

 

「確かにな・・・でもこうやって蟹をつつきながら雪を見るのも悪くないんじゃないか?」

 

「でも蟹ってわたし苦手だな、爪のところとか食べづらいし。わたしざーっと素早く食べたい。ミカドちゃん代わりに剥いてよ♡」

 

やーですわ!わたくしは自分の蟹でいっぱいいっぱいですの!1人一杯なんですから自分で剥きなさい!

 

はーい♡といってブルーは蟹をほじり始める・・・2人ともなかなかやりますわね。ここまで手こずるとは思いませんでした。

 

「それにしても蟹のいいダシが出ているな。鍋会を言い出した私としては、北海道の親戚に頼んでよかったよ」

 

「確かにいい蟹だよね。お礼に何かお返しに送った方がいいかな。例えばミカドちゃんのクソださいNYラブTシャツとか」

 

はぁぁあ!わたくしのTシャツはダサくないですわよ!

 

「アウト」

「アウト♡」

 

ああああ!しまったぁぁぁ!

 

 

------

 

 

わたくし達が何をしているか、もし賢明なウマ娘がこの場にいれば理解できるでしょう。

 

わたくし達はこの年の瀬にお上品にクソの投げ合い・・・もとい即興クソ駄洒落を互いに投げ合うという、スペシャルでこの上なく不毛なゲームをしていました。

 

年の瀬に何やってんだとか、くだらねぇことやってないで紅白見ろという意見は却下します。これはこれで楽しいですし。それにだってほら・・・

 

「しょうがないな、あとでみんなで神社へいこう・・・か。ふふっ」

 

ルドルフがとても楽しそうですからね。今はブルーの駄洒落が思ってたよりツボに入っているようです。

 

なんでこんなことになったのかと言えば、みんなで蟹鍋の材料を買い出しに行った時、ルドルフが野菜コーナーで空っぽになった生姜の棚を見てこう言ったからだ。

 

「生姜がないなんて、しょうがない・・・」

 

その言葉をすぐそばで聞きつけたブルーによって、散々からかわれたルドルフはむくれてしまい、わたくしが仕方なく仲裁に入ったわけです。

 

そうしていろいろあって駄洒落バトルとなり、こうしてクソ駄洒落を投げ合うこととなった。ルドルフが1人でいう駄洒落はつまらないですが、まあみんなで言いあえばそれなりに楽しい催しにはなります。

 

もちろん罰ゲームもきっちりと準備しています。あとでみかんを食べる時の剥き係として酷使されるのです。ふふふ、誰がわたくしのみかんを剥くことになるのでしょうかね?と言っていたのが懐かしい。

 

ルドルフが机に置いてあった油性ペンで、わたくしの手に×を1つ足す。まるで縫いキズのように×が並んだわたくしの手が憎い。ブルーがニヤニヤしながら横からブルーがあと1つ♡あと1つ♡と囃立てる。やっかましいですわ!

 

ルドルフは1つ。ブルーは2つ。そしてわたくしは4つ。ぐぬぬ。思っていたよりもブルーの頭の回転が早い。ルドルフは言わずもがな。わたくしは1人で劣勢へと追いやられていました。

 

ですが・・・わたくしはコツをつかんできました!ここから逆転してみせる!貴方達みかんを剥く準備は出来ていますか!じゃあ行きますわよ!勝負!

 

 

 

というのがご飯前での話ですの。蟹雑炊を食べ終えてみんなでだべりながら、わたくし達はみかんを食べています。手でみかんを揉んだら甘くなるって本当なんですかね。もみもみ。

 

「ミカド、みかんを追加だ」

 

はい。よく揉んだみかんを剥きますわ。

 

「わたしのは筋まできっちりとってね♡」

 

むきむきしますわ。綺麗にしますわ。

 

信じられないがわたくしが・・・負けた?何かの間違いではないのですか?

 

ラスト1マッチとなってからのことはよく覚えていない。ですがきっと・・・とんでもない激戦だったのでしょう。互いの知恵と叡智がぶつかり合う決死の闘い。ああ、かくも駄洒落道は険しいものなのですね。

 

「瞬殺だったよ♡」

 

ブルー喧しいですわ。・・・そろそろいい時間ですわね。

 

ルドルフ。本当にお皿を洗うの任せてもいいんですの?わたくしお皿くらい洗いますわよ?

 

「いやいいさ。お皿を洗うのは結構好きなんだ」

 

変わってますのねぇ。わたくしなら毎日は絶対できませんわ。じゃあブルー帰りますわよ。大晦日だから少し長くいても大目に見てもらえますが、さすがに長居しすぎると叩き出されますわ。

 

じゃあルドルフ!明日また会いましょう!また来年もよろしくお願いしますわ!

 

「ああこちらこそ。また来年に」

 

「うん。来年もよろしくね♡」

 

------

 

次の日新年の挨拶を済ませたわたくし達は、初詣へとトレセン学園からは少し離れた神社を訪れた。

 

本殿へと続く急勾配の石階段にびっちりと人が並んでいます。この階段はトレセン学園では地獄の上り階段と言われ、トレーニングに活用するウマ娘もいるそうです。

 

普段は寂れているのに、こんな時だけ人がごった返していますわ。穴場かと思っていたのに予想が外れましたわね。いや、他の神社ならもっと混んでいるのでしょう。

 

トップチームは車まで出して、ウマ娘の聖地とも言えるご利益のありそうな神社へと向かうことがあるそうです。ですがわたくしはこっちの方が好きですの。

 

ここはわたくしがたまに自主練習している場所である。いやわたくしだけではない。この急勾配の石階段には、トレセン学園の生徒の血と汗が染み込んでいる。勝つため願掛けするならこっちの方がご利益がありそうでしょう?

 

どのくらいくらい並んだでしょうか、最初は遥か遠くにあった鳥居がすぐ目の前。一礼してから鳥居の端を通り境内へと入る。人はごった返してはいますが、何処か神聖な雰囲気へと変わる。少し背筋が伸びる。

 

とりあえず手水舎で手と口を清める。そしてご神前に進んだら会釈。わたくし達は賽銭箱に・・・決死の思いで500円玉を落とす。最近金欠なのでこれが精一杯ですわ。

 

鈴緒を揺らし、ガラガラと本坪鈴を鳴らして二礼二拍手一礼 。そして3人並んで手を合わせる。

 

三女神様ではないので、レースにご利益があるかはわかりませんが祈っておきましょう。神様そこにおられるのならどうかお聞き下さい。

 

 

わたくしはトレセン学園に所属しているミカドランサーと申します。昨年はおかげさまで健康に過ごすことができ、そしてこうして無事新年を迎えることができました。

 

 

そう心の中で告げてから一息置く。願い事をしにきたのではない。わたくしは決意表明に来たのだ。

 

 

神様、はっきり言って無謀なのはわかってはいます。

 

ですがどうか、あのいけずなたづなさんに勝つところを見ていてください。




次回エピローグ。波乱の新章まであと少し。

この駄洒落合戦の真ん中にエアグルーヴを投げ込みたい。


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エピローグだけど、プリンは実家で寝正月なの。

なので代理を置いておきます。


やれやれ世間は正月か。日が経つのは早いな・・・。

 

私は資料室の奥でいつものようにパソコンと向き合っていると、いつのまにか時計が12時を回ってしまっていることに気がついた。

 

どうにも窓もないところにいると時間の感覚が分からなくなるな。いい加減生活を改めるべきかもしれない。

 

一旦作業を切り上げ、資料室の端にある小型の冷蔵庫からコーラをとり出す。プルタブをひねり喉に流し込めば、炭酸の刺激と強烈な甘さが脳を覚醒させる。何度飲んでも美味い。この美味しさはやはり脳に素早く届く。

 

コーラを片手にタブレットの情報収集アプリを開く。トレセン学園のサーバー情報をピックアップして送ってくる自作のアプリだ。ものすごく便利なのだが、サーバーに不正アクセスしてるのがバレたらまずいので公表はしない。

 

前の職場なら問題ないんだがなぁ。まぁあそこは変わってるから・・・上司の承認の判子とか机に放置してあって、勝手に押していけとかだったからな。やりたい放題できた方がおかしかったのか・・・。

 

タブレットに事前の条件をもとに自動選別された情報が流れてきて、その1番上の情報に思わず口元が上がる。

 

それにしても随分と調子がいいようじゃあないかミカドランサー。タイムが少しづつ上がっているようだ、難があった安定性が改善してきた証拠だ。

 

私のアドバイスだけではない。あいつを見ている東条トレーナーは思っていたよりもずっと有能らしい。若い世代の中のトレーナーでは群を抜いているとは思っていたが・・・明らかに中堅クラスのトレーナーを凌駕する能力がある。あるいは古参すら。

 

シューズに合わせたフォームの修正が予想よりも早くて的確だ。やはり噂話はあてにならないな。マルゼンスキーの才能におんぶに抱っことは・・・見る目がない奴の流したただのくだらない妄言だったか。

 

それに彼女が抑えている三人のウマ娘。ミカドランサー、シンボリルドルフ、ブルーインプ。どれも次世代のエースを張るに相応しい逸材ばかりだ。

 

確か・・・リギルだったか?そうチームリギルだ。マルゼンスキーを旗頭とした世界にも通用するドリームチームと言っても良いだろう。話に聞くよりはずっと欲深い夢を持っている。

 

バ鹿で欲深い奴は好きだ。どこまでも愚かに駆け抜けていく者は、常道になぞる者には到底たどり着けない場所へと行くだろう。まぁ大半は途中で潰れるが・・・。

 

 

それにしてもあの理事長秘書にも困ったものだ。わざわざクリスマスに釘を刺しにくるとは。

 

おかげで私からは声をかけられない。もはや脅迫に近い状況で約束だった。だがやはり甘いな、ミカドランサーが置かれている状況をなにも理解していない。

 

理事長秘書は東条トレーナーの夢に協力するつもりだろう。あの夢は確かにレースを愛する者なら一度は見たい夢だ。現在の目的はおおかたチームリギルが成立するまでの時間稼ぎだろう。余程私にちょっかいをかけられたくないらしい。

 

事前に全ての準備を済ませておき、既成事実に近い形でチームを立ち上げる。一度理事長の承認さえ通してしまえば、確かに私も私以外も手は出せない。

 

 

だがそんなものが成立するわけがないというのに。

 

 

今は無名とはいえ本当に次世代の頂点達を独り占めできるとでも思っているのか?目利きの効くものは、既に3人に目をつけている。それに特定のチームが一人勝ちをすることを許すほどURAは甘くはないぞ。いくらなんでも見積もりが甘過ぎる。

 

新人トレーナーにとってトレセン学園はそこまで甘いところじゃないんだ。チーム運営経験なし、たかだか優秀なウマ娘を1人育てた程度の実績しか持たない。そんな新人トレーナーになんとかできるものか、圧力をかけられるに決まっているだろう。

 

問題があるとすればマルゼンスキーだろう。彼女は人気があるし影響力もある。だが政治屋気取りの古狸どもならなりふり構わず手を打つ。あいつらはマルゼンスキーに散々辛酸を舐めされされたのだ。その再来なんて許すはずがない。

 

トレーナーとしての能力では全てを兼ね備えている、そんな東条トレーナーが政治力のなさ故に夢を失う。まぁ世の中そんなものだろう。・・・気に入らないことだが。

 

無様で滑稽極まりないありふれた終わり。あと少し実績を積み上げてさえいれば。マルゼンスキーが活躍している間に先んじてチームさえ作っておけば、根回しさえうまくできていれば・・・言い出せばキリがない。要は運が無かった。

 

ああどうしてもっとシンプルにできないんだ。できる奴がすれば良い。少なくとも東条トレーナーにはできる。お前たちトレーナーはウマ娘の引き立て役を自ら選んだというのに。脚を引っ張り合うためにトレーナーになったわけでもないだろうに。

 

おそらく後ろ盾のないミカドランサーは東条トレーナーの手から溢れ落ちる。ブルーインプも同様に。手元に残るのは名門出身のシンボリルドルフだけだろう。

 

東条トレーナーが担当を任せられるくらい交流があるのは・・・沖野トレーナーくらいか。おそらく零れ落ちたどちらかは彼が預かることになる。能力があり割と型破りなあのトレーナーならば、1人くらいは受け入れられるはずだ。

 

これは予想だが受け入れるのはおそらくブルーインプだ。沖野トレーナーとミカドランサーは相性が良い。良すぎるほどに。

 

それ故に東条トレーナーは沖野トレーナーにミカドランサーは預けないだろう。危険すぎるからな。

 

アクセルは踏み抜かせることはできても、ブレーキを踏ませられない男だ。才能を磨くことにかけてはトレセンでも有数の実力があるが、いつか担当ウマ娘をそのウマ娘自身の才能によってすり潰す日が来るだろう。かつての私のように。

 

ミカドランサーは・・・まぁ何処かのトレーナーあたりが拾うだろう。東条トレーナーの教育のノウハウが手に入るだろうし、走りに華がある。おそらく争奪戦になるな。

 

 

理事長秘書。残念だが君がいくら協力しようとも、彼女の夢が叶うことはない。

 

ああまた私が何か手を回したとでも言いがかりをつけられそうだ。今回は本当に関係ないといっても信じてはくれないだろう・・・面倒は嫌いなんだが。

 

だがこのままでは古狸共が楽しむだけだ。ああいう手合いは嫌いなので、少し遊びを加えてやろう。理事長が水面下で進めているあの舞台では誰もが主役になりうる。ミカドランサーがうまく踊ればあるいは面白いことになる。

 

 

『私は・・・』

 

 

シンボリルドルフがいいというのだろう?無茶を言うな。私とは接点がないんだ。どこで知り合ったんだ全く。

 

だが・・・すぐに全員と走ることになる。君のα版は終わった。次のβ版が上手くいけばめでたく私の仕事の大半はおしまいだ。

 

リリースさえしてしまえばどうとでもなる。問題はベータテスターなんだが・・・やはりミカドランサーがいいのかもな。あのブレンボとかいうシューズを履きこなせるのが予想よりも早くなりそうだ。予定の修正が必要だな。早めに話をつけておくべきなのかもしれない。

 

 

運のいい奴め、時代の先端に立てるなんてそうそうないぞ。

 

 

君もそう思うだろう?ラインの乙女。




トトロは性格が悪い。普段騒動を煽ったり、情報を流したりしています。これはたづなさんも嫌うわけですね。なんだこのアナキスト!

次章は苦難の道・・・すこし物語が荒れますので。でもミカドちゃんはイレギュラーなので全てを破壊します。彼女はアナイアレイター!


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05R 学園アナキストたちは眠らない
最強チームリギル結成!!


幻のドリームチーム、その名はリギル!


冬休みが明け、新年初の授業。わたくし達は帰郷していたクラスメイトと新年の挨拶をしたり、シンザン会長に新春初ドッキリを仕掛けてお説教されたり!

 

わたくしはまさに有頂天。この世の春!それはなぜか・・・それはついにチーム申請が通るそうです!

 

ああ!長かった。夏祭りの頃にチームの話をマルゼンスキー先輩が急に決めたものだから、おハナちゃんトレーナーが大急ぎで準備をしても、3ヶ月近くかかってしまったそうです!

 

本来ならもう少し時間をかけて準備をするのが普通だそうですが、メンバーが新入生ばかりだからなかなか思うようにはいかなかったそう。

 

たづなさんがかなり精力的にサポートしてくれたとおハナちゃんトレーナーがこの前言っていました。感謝の言葉を今度伝えましょう。ありがとうたづなさん!

 

実はこっそりとルドルフ達と打倒たづなさん計画を立てているので複雑ですが・・・まあそれはそれ!

 

チームには5人の人数が必要ですが、まずマルゼンスキー先輩。わたくし。ルドルフ。ブルー・・・あとはそうですね、最近伸びてきているバトラーとかどうでしょうか。わたくししかまともなのがいないのはあれですので。

 

わたくしの同期ばかりなのもなんなので、知り合いの先輩達にも声をかけました。バンダナ先輩にも以前声をかけたのですが、ものすごい嫌そうな顔をされましたわ。やっぱりマルゼンスキー先輩は苦手ですのね。

 

まあ引き抜きは角が立ちますので冗談で言ったのですけどね。でもこれでチームリギルとして正式に活動することができる。ああ長かった・・・!

 

チームが設立すればチームとしての恩恵に預かれます。チームルームが使えますし、マルゼンスキー先輩の威光を借りずとも、ターフグラウンドを優先的に使うことができますの!わたくしはダートでも良いのですがルドルフが嫌がりますのよ。

 

ふふふ、今年のトゥインクルシリーズは超新星チームのリギルが話題を独占ですわ!わたくしも俄然やる気がもりもり湧いてきました!

 

ルドルフとわたくしはクラシック路線は行って、ブルーはダート中心で行く。ブルーはターフも走れるのですから、こっちに来ないか誘ったのですが断られました。まぁどっちかというとあの子はダートの方が得意ですからね。

 

わたくしはターフではブルーに勝てるのですが、ダートとなると勝率は2割を切っています。林道だと1割以下というかゼロ。

 

というよりもどこで走っても早いのなんなんですかね。悔しいですが地面の使い方が本当に上手いんですの。あの子は変態ですわ。

 

そもそもブルーがレースに出るのは、ラリーの活動資金を稼ぐ為という話ですが、ブルーと走る子が不憫でなりません。どこに出てくるかわからないのに、ぶつかると負けイベントみたいな奴ですの。

 

ルドルフもルドルフですわ!あのいやらしいねちっこい走りはもうほんとなんなんですの!絶対わたくしの方が速いはずなのに、何故か勝てない!

 

ここで煽って前に行かせて、ほかの選手を塞がせるとか。バ群を横に広げて追い込みを潰すとか・・・あいつだけ別ゲーやってません?レースは駆け引きだとあいつは言っていましたが、そんなに上手くいくものなんですかね?

 

いやうまくいっているからわたくしは負け越しているんですのね。ビデオを何回か見ればなぜ負けたのかは分かっても、当事者となると意味不明ですわ。あいつも変態ですわ!

 

でも流石わたくしのライバル達。同期最強の一角と言われるだけありますわ。デビュー前なのにいろんな声をかけられるのも納得ですわね。新チームを作ると言って断っているようですが。

 

まあわたくし含めて全員マルゼンスキー先輩にちぎられるんですけどね!あの人が1番おかしいのは間違いありませんわ。最近さらに走りに磨きがかかってもう手がつけられません。

 

でもマルゼンスキー先輩は感謝祭エキシビジョンレースで全力疾走をぶちかました為、脚の爆弾を気遣ってレースは休養に入っている。

 

でも普段の練習で流してあれってやっぱりおかしいですわ。なんかコツを掴んだとか言って時々走り回ってますし・・・普通にレコードタイム出してますし。

 

マルゼンスキー先輩は脚の爆弾さえなければなぁ。おハナちゃんトレーナー曰く本格的な復帰はもう少し先だそうですわ。レース場に帰ってきたらそれはもう恐ろしいことになるでしょう。まさにジェノサイドパーティですわ。

 

ここまで考えて、ふとわたくしの脳裏にある考えが閃く。閃光のようにピカリと光ったそのアイデアは、わたくしの脳内を支配した。

 

・・・もしかしてリギルって超強いのでは?厨パなのでは?なんか最強メンバーもりもり俺つえー感がびんびんしますわ。

 

ですのでこれは、わたくしも調子に乗ってもいいのでは?鼻がニョキニョキ伸びても許されるやつなのでは?!

 

でしたら今のうちにファンサービスの練習をしておきましょう!サインの練習とか!インタビューの受け答えとか!善は急げですわね!

 

とりあえずわたくしのサイン色紙一号を書いておハナちゃんトレーナーのトレーナー室にでも飾りましょう。きっと歴史的お宝になりますわ。いつか何でも鑑定団に出してみましょう。

 

わたくしはるんるん気分でサイン色紙とサインペンを仕入れに向かうのでした。

 

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記念すべきサイン色紙第一号には'リギルのスーパーエース ミカドランサー'とデカデカと書いています。イカしたフォントにわたくしの拇印まで押しています。わたくしから見てこいつはなかなかの出来栄えですわ。

 

わたくしはトレーナー室へと向かう途中で会ったルドルフとブルーにじゃーん!と言いながらサイン色紙を見せる。2人には呆れ顔をされた。

 

ルドルフにはリギルならマルゼンスキー先輩がエースだろうと言われましたが、それは違いますわリギルは全員エースですわ。なのでお二人もサインの練習しておいた方がいいですわよ。

 

全員エースという言葉はルドルフ的にはアリだったのか、ドヤ顔をしながら、全員エース・・・ええっすねぇとか言い出した。ブルーはもっと呆れ顔になった。気持ちはわかります。

 

そんなことを駄弁りながらわたくし達3人は歩く。目的地は同じらしく仲良くトレーナー室へとたどり着いた。ノックをしてトレーナー室へと入る。コンコン。

 

おハナちゃんトレーナー!お邪魔しますわ!わたくしのイケてるサインを飾りにきましたわ!

 

ですがトレーナー室にいたおハナちゃんトレーナーの様子がどこかおかしかった。今にも死にそうなほど顔色が悪かった。これは・・・二日酔いの症状ですわね。おそらく昨日とんでもない量を飲んでますわね。匂いでわかりますわ。

 

そこら辺しっかりとしているおハナちゃんトレーナーらしくない失態ですわ。明日に残るような飲み方なんてらしくない。今までこんなことなかったのに・・・いや、本当に大丈夫ですの?

 

何か嫌なことでもありましたのおハナちゃんトレーナー。なんか青白いですわよ。二日酔いならお水持ってきましょうか?

 

心配して声をかけたのですが、なかなか事情を話してはくれません。途中からルドルフもブルーも一緒になって聞き出そうとする。3人の詰問には耐えられなかったのか、おハナちゃんトレーナーはようやく重い口を開く。

 

 

「ごめんなさい・・・もしかしたらリギルの話はなくなるかもしれないわ」

 

 

は?

 

 

・・・・・は?




人の夢と書いて儚い。
鬱展開・・・なのかなぁ。どうなんでしょうか。激動の新章は少し筆が重い。批判覚悟ですし、正直私もずっとイチャイチャさせたい。

でもここは大事なシークエンスなんです。3人の関係の微妙な変化は青春ポイントが高い。


おハナちゃんトレーナーが顔色が悪いのはやけ酒のせいです。行きつけのバーで潰れるまで浴びるように飲んで、泣いて、愚痴りまくりました。
絡まれた可哀想な沖野トレーナーも付き合わされました。


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最強チームリギル解散?!

カワカミプリンセスは引けました。この子は引かねばならぬ。ミカドちゃんとキャラが被りませんようにと祈りながら引きました。




一体全体どーいうことですの!リギルがなくなるなんて何があったのですか!

 

わたくしの大きな言葉を聞いて、おハナちゃんトレーナーは頭痛を堪えるように頭を抑える。あっごめんなさい。

 

ブルーとルドルフによってわたくしは宥められる。わたくしは冷静ですわ。いつだって冷静。クールなのですから。

 

「・・・トレセン学園には、チームにスカウトする際の暗黙の了解があるの」

 

おハナちゃんトレーナーがポツポツと喋り始めた。いつものキリッとした様子ではない、弱り切ったかのような様子。

 

二日酔いなだけではない。梯子を外されて1番ショックなのはおハナちゃんトレーナー、そしてマルゼンスキー先輩なのですわ。

 

おハナちゃんトレーナーが言うには、スカウトは新人達のお披露目である模擬レース、それを見たトレーナー達が一斉に行うことになっている。

 

チーム見学等で内々定を出しているのも結構なグレーライン。本当はもっとこっそりとやらなくてはならないし、見つけた以上は指摘を出さなくてはならない。

 

そうわたくし達は目立ちすぎた。元々かなり才能があるわたくし達三人に、おハナちゃんトレーナーの的確な指示が合わさることで、もはや同期陣では指折りの実力がある。

 

まさしく勝利への快速チケットのようなものですもの。実績を積みたいトレーナーとしては喉から手が出るほど欲しいはず。

 

たづなさんの協力を得て既成事実の形でなんとかチームを作ろうとしたのも、普通にやればなんらかの妨害があると判断したからだそうです。

 

「さすがに嘆願書を出してくるとは思ってはいなかったわ・・・」

 

全員ではなくとも、少なくない数のトレーナー達からの抗議文と嘆願書が届いた以上、理事長も無視をすることはできなかったようです。

 

結果として、わたくし達3人を同じチームに在籍させるのはストップがかかってしまった。

 

チームリギルに在籍できるのは、たったの1人だけ・・・。いやこれでもかなり温情をかけてくれたのでしょう。おハナちゃんトレーナーへのペナルティはなかったそうです。

 

わたくし達は・・・まだいい。いやよくはないですが、いいのです。

 

1番心配なのはマルゼンスキー先輩のことです。このチームを結成するのを1番待ち望んでいたのはあの人ですので。

 

立役者にしてチームの旗頭。ずっと引っ張ってくれていた誰よりも優しいあの先輩。こんなのあんまりですわ。

 

そういえばマルゼンスキー先輩には、もう伝えたのですかおハナちゃんトレーナー?

 

「ええ、頭を冷やしてくると言って外に行ったわ。もう随分経つけど」

 

・・・なんだか嫌な予感がしますわ。マルゼンスキー先輩がどこへ行ったか聞いていますか?

 

おハナちゃんトレーナーは黙って横に首を振る。わたくしがブルーとルドルフを見ると、2人は黙って頷いた。

 

おハナちゃんトレーナーに一言断って、わたくし達はトレーナー室を飛び出す。わたくしの勘が正しければ、あの行き当たりばったりな先輩は相当お冠ですわ。

 

 

------

 

 

マルゼンスキー先輩が行きそうな場所は何処かと3人で廊下を走りながら意見を出し合う。

 

廊下を走るなと風紀委員には怒られそうですが、全力疾走ではないので許してください。緊急事態ですの。

 

おハナちゃんトレーナーは体調が悪いし、観察力が相当落ちているはずです。ショックを受けて弱っていますし気付かなくても無理はない。

 

いつものマルゼンスキー先輩ならチームの結成の危機となれば、まずわたくし達の所に来るはずです。来れなくても連絡はするはず!

 

間違いない!何かをしようとしている!

 

マルゼンスキー先輩はいつも優しいのは嘘ではない。ですがもう一つの側面はそんな優しさとは無縁なのです。

 

快楽主義的で刹那主義、スリルジャンキーで無鉄砲。きわめて非社会性の独自の価値観を持っています。わたくしにはわかります。わたくしもちょっと無鉄砲ですから。

 

あの真っ赤なスポーツカーでぶっ飛ぶくらいアクセルを踏み抜く先輩のことです。怒ったらブレーキなんて忘れるに決まってますわ!嘆願書出した人を殴りに行っても不思議じゃない!

 

とはいえ嘆願書の中身はわたくし達では知りようもありません。どこへ行きましたか!?

 

そこまで考えていると、ルドルフが急に曲がった!なんですの?!マルゼンスキー先輩がいましたか?

 

「生徒会室だ!カーテンが閉まっている!」

 

それが!どうかしましたの!

 

「この時間帯ならシンザン会長は必ず生徒会室にいる!昼間にカーテンを引くなら周りに見せたくないことがある時なんだ!」

 

シンザン会長のお手伝いを沢山していたルドルフの推理は、この状況でも冴えていた。わたくし達は大急ぎで生徒会の前に行くと、中から騒音と声がする!マルゼンスキー先輩の声だ!

 

ノックもなしに生徒会室に飛び込むと、壁際でシンザン会長に掴みかかるマルゼンスキー先輩と、それを止めようとするたづなさんが必死に後ろからマルゼンスキー先輩を引き離そうとしている!

 

スタァァァァプ!ストップストップですわそれはやばいやつです!うわぁぉぉあ!あわあわああ!

 

3人で勢いよく間に割り込む。だ、大事なくて何より。わたくしが飛び込む形となり、勢い余って身体を壁にしたたかに打ち付けたくらい。

 

ルドルフがシンザン会長を守るように間に立ち、わたくしとブルーがマルゼンスキー先輩を前から引き離す。たづなさんと力を合わせて反対の壁際まで押し付けるように追いやる。

 

あわわ!お、落ち着いて!落ち着いてくださいマルゼンスキー先輩!

 

「止まって先輩!お願いだから!止まれ!」

 

わたくしとブルーの必死の呼び掛けにも何も答えない。大型肉食獣のように歯をむき出しにして、耳が後ろに向いている。しかもいまだにシンザン会長に飛びかかろうとしている。

 

な、何がありましたの明らかに尋常な様子ではない。ていうよりわたくし達が来たことに気付いてない?・・・マルゼンスキー先輩!ごめんなさい!

 

勢いよく平手で頬をぶっ叩く。スパァンといい音が生徒会室に鳴り響く。マルゼンスキー先輩は痛みで正気に戻ったのか、一気に身体から力が抜ける。

 

は?え?とか言いながらわたくしを見て、ブルーを見て、ルドルフを見る。

 

よかったいつものマルゼンスキー先輩だ。

 

--------

 

ぐちゃぐちゃになってしまった生徒会室でわたくし達はとりあえずソファに座る。うーんいつもの感じもシックでいいのですが、こういうのも趣あると思いません?まるで学級崩壊したみたいで。

 

「君は本当に大物だなぁ。・・・ごめんね助かったよ」

 

呆れたようにしながらもお礼の言葉を言うシンザン会長。アザとか怪我はないようですが、掴みかかった時の影響か、制服のリボンと飾りが吹っ飛んでいる。制服もヨレヨレになっています。

 

おっそろしいことをしますのねマルゼンスキー先輩。先輩は不良生徒ですのね。お友達は大事にしないといけませんわよ。

 

「・・・すみませんでした」

 

床に正座しながらマルゼンスキー先輩は謝罪の言葉を述べる。耳も尻尾も萎れている。あとでおハナちゃんトレーナーにも報告しますので。たづなさんもありがとございました。

 

少し疲れたような笑みを浮かべるたづなさん。本当に間一髪でしたわ。先輩!しっかり反省してくださいね!

 

「・・・ハイ」

 

マルゼンスキー先輩を虐めるのも楽しいのですが、その・・本当にどうしてこうなったんですの?こんなの普通じゃありませんわ。あやうく暴力沙汰とか何があったんですの?

 

「・・・君たちは嘆願書のことは聞いてるよね。それを見せるように言ってきてね」

 

・・・。

 

「勿論だけど部外秘だから断ったさ。手元にもないしね。一応僕も目を通してはいたんだが・・・まあ後は想像に任せるよ」

 

なるほど、断ったシンザン会長から力づくで吐かせようとしましたのね。おおかた1人1人訪ねて撤回させるつもりだったのでしょう。うわぁ直情的過ぎる・・・。

 

わたくし達は全員でマルゼンスキー先輩を見る。いつもの調子は一切なく、マルゼンスキー先輩は哀れなほど小さくなっているように見えた。

 

わたくし達からはもう言うことはない。後はおハナちゃんトレーナーの仕事ですわ。シンザン会長、そのこんなことを言うのはあれなんですが・・・。

 

「いや参ったよ。今度実家の付き合いで社交ダンスがあってね」

 

は?

 

「マルゼンスキーにダンスの練習に付き合ってもらったんだけど、うっかり熱が入り過ぎてしまったようだ。生徒会室でこんなことするもんじゃないね」

 

はっはっはうっかりうっかりと笑うシンザン会長。

 

その意味を遅れて察したわたくし達は、揃って頭を下げた。

 

 

 

-------

 

 

とまあ1週間前はそのようなことがありまして、めでたしめでたし・・・というわけにはいきませんの。

 

 

突然の呼び出しながら態々集まっていただき、ありがとうございます皆様方達。どうしても協力してほしいことがあって・・・。

 

ええ、わたくしは怒っているわけではないのです。いえやっぱりすごく腹が立ちますけど。だってギリギリでお預けなんてひどい話でしょう?

 

ですがそれはそれ。これはこれ。

 

仕方のないことなのは理解しています。たとえ違法なのではなくても堂々と横紙破りをするのなら、止めなくてはならないのが大人なのでしょう。

 

わたくしの、わたくし達のチームリギルは結成する前に解散をしてしまいました。

 

しかしチーム自体の結成を止められたのではなく、学年トップスリーを一つのチームに集めるのはどうかという嘆願書が上がってきたそうです。

 

チームリギルがなくなるわけではありません。でもおハナちゃんトレーナーがリギルを立ち上げたとしても、それはきっと別のチームリギル。わたくしのチームリギルではないのです。

 

そのことに不満はあれど納得はしました。ですが状況確認の為に色々調べていたら、どうしても看過することのできない噂が聞こえてきたもので・・・

 

一体誰なんですかね?おハナちゃんトレーナーが、担当の才能頼りの二流トレーナーと噂を流したのは?

 

・・・・ええですので。幻となったチームリギルの一メンバーとしては、その噂は払拭しないといけませんの。

 

今日おハナちゃんトレーナーの能力の証明がてらに、盛大にわたくしのリギルの弔いを行おうと思います。ええそれはもう盛大に。

 

この模擬レースはその為のもの。後ろから撃つように噂を流しやがった誰かさん。嘆願書を書いた奴らと関係があるかは分かりませんが・・・・

 

とりあえずこのレースを開催したのはその為です。名付けて幻のリギル杯。いい名前でしょう?わたくしがかっこよく皆さんをボコボコにしてみようかと思いまして。

 

でもこういうの好きでしょう?はねっかえりの後輩からの可愛いおねだりですもの。面倒なことは走って解決するのがわたくし達らしいでしょう?

 

では皆さんレースにいたしましょう。きっと楽しいですわ。

 

ええ本当に怒ってませんわ。怒っていたら八つ当たりみたいじゃないですの。

 

 




くらえ冤罪剣!ミカドちゃんの八つ当たりが罪もないウマ娘を襲う!

普段飄々としてても、ウマ娘の魂は熱く燃えています。魂の熱さは時に肉体すら焼け焦します。割り込まないと結構やばいやつでした。シンザン会長もですが、マルゼンスキー先輩も。


あと一つだけいうのならば、ミカドちゃんもブチギレています。嘆願書はともかく、噂なんて使って後ろから撃ったことにです。刺すなら正面からが彼女のモットーなので、ミカドちゃんは殴り込むなら正面から行きます。


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ミカドランサーはブチギレる

ミカドランサーは賢く愚か。丸く収まったと思った?また激おこフェイズは終わっていません。

投稿遅れて申し訳ない3回も書き直したよ。難産でした。


生徒会室でとりあえずわたくし達の置かれている現状について話し合う。場の空気ははっきり言って最悪です。

 

チームを作るという目的を失い、泣きそうな顔の正座したマルゼンスキー先輩。

 

なんとか場を盛り上げようと空回りする、止めなくてはならない立場のシンザン会長。

 

口を挟まず静かに立っている、裏からバックアップしてくれていた悔しそうな顔のたづなさん。

 

悪いのは横紙破り破りをしたこちら側。そんなことは百も承知。苦けれど飲み干すしか無い、そんな気分ですわ。

 

悔しいですが認めるしかない。チームリギルは・・・わたくし達のチームは終わってしまった。納得するしかないのですわ。ルドルフもブルーも納得はしていなさそうですが・・・もう諦めている様子。

 

ですが正座をしたマルゼンスキー先輩の放った言葉にわたくしは冷静ではいられなくなった。

 

あまりにもあんまりな知りたくもなかったし、聞きたくもなかった事。

 

チームリギルはわたくしの同期の間では有名な話ではありました。マルゼンスキー先輩の作る超新星に同じ学年から3人が選ばれた。

 

少なくともクラスのみんなは祝福をしてくれました。

 

ですが上級生の中では、そのリギルが不成立となるかもしれない噂が実は前からあったそうです。その原因は・・・おハナちゃんトレーナーが、それに見合う器ではないから。

 

マルゼンスキー先輩がここまでキレた訳がわかってしまった。

 

事実無根で誰が言ったかもわからないくだらない噂話。

 

何故おハナちゃんがそんなことを言われなくちゃいけないの?あの人がどれだけ頑張っているのかも知らないくせに。

 

そう言ったマルゼンスキー先輩は血が出るほど拳を握りしめていた。

 

 

頭がグルグルする。

 

何故です?何故そんなことが言えるのですか?

 

わたくしの中でぐちゃぐちゃになってしまいそうなほど込み上げる何か。

 

プチン。

 

ああそういうことでしたのね。やっと理解しましたわ。

 

これは、これがきっとそういうことなのですね。

 

今、わたくしはブチギレている。

 

おハナちゃんトレーナーを軽んじた者への報復。誰も知らなくていい自己満足かもしれません。

 

暴力では意味がない。走りだ・・・彼女の鍛え上げたわたくし達の走りで、学園をひっくり返してやる。

 

わたくし達の・・・チームリギルの最初で最後の仕事。

 

それがチームリギルへの最後の花道。

 

-----

 

先ほどからとんでもなく頭が回る。わたくしはあまり本気でブチギレたことはない。こういった袋小路な状況はあまりありませんので。

 

ただ初めて知りましたわ。わたくしはブチギレたときもっと熱くなるのだと思っていたのですが、恐ろしく冷静さを保てている。

 

燃え盛る激情を冷酷に使う。目的のために。

 

わたくしの目的は・・・おハナちゃんトレーナーの名誉を守ること。

 

その為には強さを証明しなくてはならない。指導を行なったおハナちゃんトレーナーの功績になるような劇的な強さ。

 

その為には勝たなくてはならない。マルゼンスキー先輩の才能のおかげなんて、そんな言い訳が通じないくらいの強敵に。

 

シンザン会長にわたくしが思いついたアイデアを頼みこむが断られてしまった。

 

無理がすぎる。無謀すぎる。早まるのはやめなさい。ですがとってつけたような言葉ではわたくしは諦めません。

 

マルゼンスキー先輩、ルドルフもブルーもたづなさんもあまりに突拍子のないわたくしの発言に驚いている。

 

わたくしの立てた計画はこうだ。

 

理事長でも理事会にでも頼み込み、たったの1日だけどうにかしてわたくし達全員をチームリギルを正規メンバーとして成立させる。

 

その日のうちに模擬レースにチームリギルとして参加し、学園のトップチームを集めそれを倒す。

 

マルゼンスキー先輩だけではない。マルゼンスキー先輩が勝つだけでは意味がない。わたくし達新人が勝たなくてはならない。

 

たった1日で消えてしまうわたくし達のリギル。ですがその一日で伝説を打ち立てる。

 

だからこそ相手が弱くては意味がない、この魔境とも言えるトレセン学園の実力者に勝つことで、リギルの強さを証明する。

 

デビュー前の新人にはあまりにも厚い壁。クラシック級ならまだしも、シニア級なんて魔境もいいところ。気合だけでどうこうできるとも思えません。

 

ですがそれ以外に思いつかない。たった1日でリギルの強さを知らしめることなんて、それ以外にはないはず。

 

本来こういう作戦を考えるのはルドルフの仕事なのですが、もうルドルフもブルーも諦めることを認めてしまっている。

ですが少しでも道が開ければ、必ず2人の魂に火はつく。だからこそわたくしがこじ開ける。無茶を通す。

 

その為には協力者がいる。学園長からの信頼の厚いこの2人を・・・わたくしがなんとか説得しなくてはならない。

 

シンザン会長は先程はああは言っていたが、最終的には協力してくれると思います。そろそろわかってきてますわ。この人は無茶を押し通す人が好きですので。

 

ですが・・・問題はたづなさん。この人は学園側の人間ですもの。たづなさんは止めるべき立場に立っているのですから断るのは当然なのですわ。でしたら無理やりにでも説得すればいいのです。

 

思わずたづなさんを見る。たづなさんになんとか出来るか聞いてみましたが、案の定すまなそうな顔をして断られる。

 

でも多分できなくはないはず。1日だけという条件であれば、理事長の説得は不可能では無いとわたくしは思います。

 

学園側もわたくし達を力で抑えつけている自覚はあるはず。そうはしたくはないでしょうし、反発を招くのは覚悟の上の筈。

 

だからきっと後ろめたさも感じているはず。この件に関して、今後一切蒸し返さないといえばそのくらいのわがままは通せる。

 

わたくしの問題児っぷりは承知のはずですもの。この件を断るのと面倒になるかもしれない。そう思わせれば多分いける。

 

ここからたづなさんをこちらに引きこんで全面協力体勢を敷く。それを足がかりにして理事長を説得する。全てはたづなさんの機嫌次第。

 

学園の意向に逆らうというデメリットを打ち消す程のメリット。それを提示さえすれば転んでくれるはず。ですがそんなものわたくしには・・・

 

いやあれはどうでしょうか。

 

奥の手と言ってもいい、最後の最後まで使わないようにしていたとっておき。アレを使うのなら今なのでは?正直言ってヤマ勘もいいところなのですが、もしわたくしの考えが正しいのなら・・・

 

わたくしはたづなさんの目を見る。覚悟は決まった。

 

 

 

たづなさん・・・わたくしはニンジャの正体を知っています。

 

 

 

わたくしの言葉にたづなさんの目が見開かれた。

 

 

 

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模擬レースの告知のポスターが張り出されてから開催まであと2日。クラスメイトにチラシまで作らせて配ってもらっている。上級生のめぼしい人には直接わたくしが配りにいった。

 

後で聞かされたおハナちゃんトレーナーにはしこたま怒られたが、もう既成事実化してしまったので諦めてくださいと言って説得した。

 

模擬レースの開催を決定してから1週間後というとんでもスケジュールながら、割と生徒達には好意的に受け止められている。

 

模擬レース自体は公式のレースと違って、開催ギリギリまで締め切りを引っ張れますがなかなかの弾丸スケジュールですわ。

 

たづなさんをニンジャで釣り上げてなんとか味方へと引き入れることができました。理事長をたづなさんがどう説得したのかはさっぱりわかりませんが、チームリギルはたったの1日だけですが成立することとなった。

 

勢い余ってニンジャカードを切ってしまいましたのでわたくし気が重い!どうしましょう・・・。後日話を詰めるという事でなんとか矛を収めて貰いましたけどレース明けが今から怖い。ルドルフに助けてもらおう。

 

けど休日返上して働いてもらったたづなさんへは感謝の言葉しかありませんわ。なんでも直接判子を貰うために理事長と一緒に理事会の定例会議でわざわざ議題にあげてくれたらしい。

 

特例も特例。ですがこのままだと間違いなく尾を引くことになると言って説得してくれたそうです。

 

向こうもストップをかけたのは覚えていたらしい。それだけで物事がうまく収まるのならということならと、一日だけの記念チームという名目で通ったらしい。

 

公式レースには絶対に出場しないという契約書まで持ち出した大事にはなってしまいましたが、これでなんとか入り口にまでこぎつけられた。突貫では有れども看板だけは正規チーム。

 

 

模擬レースは3本。ルドルフの得意な芝の中距離、わたくしとマルゼンスキー先輩が芝のマイル。そしてブルーがダートの中距離。

 

新学期になり、初めての本格的な模擬レースですから注目度は高い。それに感謝祭のエキシビジョンレース以降マルゼンスキー先輩が観客の前では走ったことはなかった。

 

感謝祭最終エキシビジョンレースで優勝したマルゼンスキー先輩に挑める数少ない機会を逃すまいと模擬レース、特に芝のマイルにはかなりの申し込みの連絡が入ってくる。おそらくは抽選になるでしょう。

 

中距離とダートもかなりの申し込みがある。並んだ名前はどれも聞いたことのある実力者ばかり。わたくしの望み通りの状況ができつつありますわ。

 

とはいえ此処から勝つのがいかに困難なことか。わたくし達はまさに断崖に飛び込むネズミになった気分ですわ。突然の模擬レースなので、スケジュールの調整が効かず参加できない方が大勢なのですが、シニア級の参加者もチラホラいるのです。

 

わたくしはそんなことを考えながら、締め切り間際に迫った模擬レースに向けての最終調整をしていると、ジャージ姿のウマ娘が声をかけてきた。

 

 

「マルゼンスキーが出るならアタシもマイルの模擬レースに出たいんだけど、受付ってまだ間に合う?」

 

 

 

今シリーズ最強の1人とも呼び声の高い、いまやトレセン学園で知らぬもののいないスーパースター。クラシック級ながら、ドリームシリーズへの内定も決まっているとの噂すらある。

 

追い込みの怪物、天衣無縫、いま最も熱いウマ娘。

 

ミスターシービーが模擬レースのチラシを持ってそこに立っていた。




ミスターシービーを劇的に登場させる。そう思って第1章からずっと機を伺ってました。でもなかなかここじゃないなって思って登場頻度が減っていました。

だからここしかないと思って今回登場させました。

ミカドちゃんはミスターシービーに憧れています。同じレースで走るのなら嬉しさで踊り出すくらいです。でも今回は違います。全力で勝ちを掴みにいかないといけない場面です。


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天衣無縫

もし昨日の話を読んでない方は1話戻ってください。投稿しない詐欺をしたのは・・・申し訳ない。


突然訪ねてきたシービー先輩からの唐突な参加エントリー要望。まだ受付には間に合うので、シービー先輩をエントリー候補に加えておく。

 

その際わたくし達と一緒に走っていたマルゼンスキー先輩に声をかけたシービー先輩はにこやかだった・・・少なくとも表面上は。

 

ええ、雰囲気的に遊びで走りますとかそういう感じでもなさそうです。模擬レースに滅多に出ないマルゼンスキー先輩を確実に狙って来てます。明らかにリベンジ目当てですの。

 

ミスターシービー先輩にとっては感謝祭エキシビジョンレースのリベンジマッチですもの。雪辱を晴らすには絶好の機会ですからね。わたくしが同じ立場なら参加するでしょう。

 

いやこれどうしますの。流石に相手が悪すぎますわ。ど、どうしましょう。おハナちゃんトレーナーなんとかなりませんか?

 

「諦めなさい。流石に無理よ」

 

そんなぁ!わたくしの勝ち目はないんですか!

 

「逆に聞くけどあると思う?芝のマイルにはマルゼンスキーも出るのよ?」

 

ああ・・・一番前にやべー奴。そして一番後ろにもやべー奴がいる。やばい一気に冷静になってしまった。実力者を集めるのは望むところですが、流石にキツすぎる。ケツにツララをぶち込まれた気分ですわ。

 

逃げるマルゼンスキー先輩を捕まえられる場所で、なおかつシービー先輩に追い回される。間に挟まれたウマ娘が可哀想。この場合わたくしのことです。

 

しかもお二方以外も実力者揃いなのです。おハナちゃんトレーナーと立てていた作戦を、根本から変えないと惨敗することになる。マルゼンスキー先輩という隠れ蓑に紛れる作戦でしたのに。

 

最初の作戦は差しではなく追い込みで勝負することでした。先頭に立ってペースを握ることになるマルゼンスキー先輩とずっと走っているわたくしであれば、周りがどのくらいの距離で仕掛けるのかを何となくは分かる。

 

レース経験の未熟なわたくしでは、明らかに読み合いや駆け引きでは勝てない。わたくしの加速力と最高速を武器に戦うには、仕掛け時まで息を潜めて潰されないようにする状況が必要でした。

 

ですので最後尾から大外をぶち抜く算段でした。マルゼンスキー先輩を警戒して前にばかり意識が向くはずなので、わたくしは自由に走れる。

 

わたくしの身体能力は他の参加者に引けを取らない、いえ凌駕しているというおハナちゃんトレーナーの言葉を信じるなら、薄いけれど勝機のある作戦・・・だったのですが。

 

それがシービー先輩の参戦で破綻した。この作戦はわたくしが無名で恐れられていないから成立するのです。追い込みで知られたシービー先輩に対抗する為に、レースの参加者はあれこれするでしょう。

 

それがそっくりそのままこちらに引っ被る。シービー先輩に対する警戒網がわたくしにも引っかかるからだ。前を塞がれたら沈むしかない。

 

わたくしは2人のトップスターに蹴散らされる哀れなモブへと転落した。

 

と、思いますか?まだわたくしは諦めません。

 

プランBはありますか?ええありますとも。

 

---------

 

 

模擬レース開催当日。見学に多くの人が押しかける中、わたくしは芝を様子を確かめるように何度か走った。バ場はかなりいいので問題なし。

 

少し寒いが何度か走ったおかげで体は温まってきた。体を動かしながら先程までのみんなの様子を思い出す。

 

わたくしは開催の立案者として、先程宣戦布告のようなものをした。最初はチームがなくなったという状況に同情的だった先輩達も今はちがう。

 

少しばかり挑発を込めた発言に、参加者の気迫はうなぎ上り。勝つ為ならば普通は盛り下がっている方が都合が良いのですけど、今回は違う。

 

これが勝ちへの布石。マークされている方がまだましなのです。シービー先輩の参戦によりプランAは破綻した。ええ、ですのでプランBです。突貫工事の行き当たりばったりですが勝ちの目はなくはない。ゼロではないくらいですが。

 

直前まで目立たないように振る舞えなくなるのなら、逆に目立ってしまえばいい。戦意を削げないのなら、逆に高めてしまえばいい。

 

マルゼンスキー先輩とシービー先輩以外にマークしなくてはならない相手をもっと増やしてしまえばいい。わたくしのマークも入るかもしれないが、それは仕方がない。

 

みんな戦意が向上している。より油断ならない相手になったが全員それは同じ。互いが互いをマークすれば必ずレースは混迷する。リスクはありますが状況を荒らしてしまえばいい。

 

おそらく互いに牽制しあい、目まぐるしく状況は変化する筈。その最中に・・・わたくしが出し抜いてみせる。駆け引きをせずに一刀両断しかない。

 

重要なのはタイミング。できなければ最下位でもおかしくないが、もとより勝率なんてないに等しい勝負。やる価値はある。

 

ただ問題はシービー先輩だ。マルゼンスキー先輩とは真逆。何をしてくるかわからない怖さがある。・・・そこは見極めるしかない。このレース中に。

 

シービー先輩は自らの流れを作れる一流のウマ娘ですの。何度もビデオを見ていたのでよく知っています。おそらくはマルゼンスキー先輩の作った流れを断ち切るシービー先輩という構図になるはず。

 

そのシービー先輩の流れに乗れるかどうか。そして最後に出し抜けるかどうかが問題になる。絶対何かを仕掛けてくるはずですもの。少なくともマルゼンスキー先輩を差し切れる場所にいるはず。

 

まぁようはシービー先輩を前からではなく後ろから徹底マークして、ラインをなぞりながら最後に差し切るだけですわ。道がわからなければシービー先輩に教えてもらいましょう。

 

あの追い込みで知られたシービー先輩を、後ろから差すってもう頭がおかしいですわね。ミスターシービー先輩のタブー破りを破る。名付けてタブー破り破り大作戦。

 

おハナちゃんトレーナーに言ったら呆れられましたもの。なんで一番薄い所へ行くんだと目元を押さえていましたが、わたくしは結構いい作戦だと思いますわよ?

 

幸いなことにシービー先輩はこちらを警戒していませんわ。ただ一点、シービー先輩はマルゼンスキー先輩の背中を見つめている。狙うべき標的を定めるかのように。

 

・・・腹立たしい話ですわ。こっちは敵とすら思われていませんのね。ですがあの人にはそういうことが許される。それほどの強さ。尊敬する先輩であろうと今日は負けられない。

 

出し抜いてやりますわ必ず。

 

それにわたくしにはこの子がいる。思わず足元を見る。赤く輝くブレンボちゃんが上機嫌で今すぐにも走りたいと言い出しそう。

 

おハナちゃんを何度も何度も説得してなんとか使用許可をもぎ取った。ブレンボちゃんのデビュー戦ですもの。かっこ悪い走りは出来ませんわ。

 

わたくしのゲートインの順番が回ってくる。ゲートの前で深呼吸一回。すぅー、はぁー・・・。

 

 

よし!勝つのはわたくしですわ!

 

そう強く念じて、わたくしはゲートに入っていった。




次回レース。

ミカドランサーはいつでもいけます!でも説明は負けフラグなんだよなぁ・・・


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幻のリギル杯 トレセン学園 芝 1600m(マイル) 右

怒りでは・・・レースには勝てないんだよミカドちゃん。


ゲートから飛び出した12人のウマ娘がトレセン学園のターフを駆ける。

 

約半数近いウマ娘がスタート直後のマルゼンスキー先輩を押さえ込もうとしたが、先輩はするりと抜け出しいつもの定位置である先頭に立つ。

 

逃げを打つ先頭のマルゼンスキー先輩のすぐ後ろに4人。そのうち1人は鈴をつけに行っている。その後ろに横に広がっているように4人。こちらはシービー先輩潰しだろう。

 

4名の後ろにはシービー先輩潰しに巻き込まれたわたくし含む数名。可哀想な巻き込まれ組。

 

そして最後尾にシービー先輩。ここは予想通り。

 

まるで打ち合わせしたかのように、綺麗に前と後ろが分断された。マルゼンスキー先輩潰し組と、ミスターシービー先輩潰し組が包囲網を引き、その上で周りをどう出し抜こうか牽制しあっている。ひとまず前組と後組と呼びましょう。

 

マルゼンスキー先輩と普段から走っていたので、余裕があると思っていましたがとんでもない。前からの圧が凄い。これが・・・トゥインクルシリーズでバチバチに殴り合っている猛者の実力。

 

わたくしは普段ジュニア級とばかり走ってきていましたが、ここまで違いますか。かなり後方に構えているのにここまで走りづらい。走行ラインを巡ってものすごい勢いで潰しあっている。

 

もし差しで言っていたら完全に潰されていました。最前線で駆け抜けていくマルゼンスキー先輩は何も感じていないのでしょうか。およそ半数に狙われているのに・・・あの状態で逃げを打てる胆力は本当に凄い。

 

そして何よりも・・・わたくしの少し後ろにとんでもないものが控えている。シービー先輩が気持ちよさそうに走っている。

 

まるでこの状況をなんとも思っていなさそう。わたくしには前組と後組の間に渓谷があるようにまで感じるのに。

 

シービー先輩には行くべきラインが見えているのでしょうか?わたくしには無理です。この前のバ群を抜けるのは相当難儀しますわ。大外に迂回するしかない。明らかに遅れてもそれしか方法がない。

 

身体能力では超えられない壁・・・おハナちゃんトレーナーが言っていた通り甘い道ではないのですね。

 

道があれば前まで駆け抜けられるのですが、まるで道がない。仕掛ければ不利になる方へと誘導される。かと言って仕掛けなければジリ貧で押し切られる。

 

ブレンボちゃんを履いての走りは完璧ではない。接触しないくらいのことはできますが、ブルーのようにバ群を縫うようには走れない。けれどもこの子以外のシューズでは勝機はない。

 

控えるしかない状況。ですがシービー先輩はもう少しで必ず仕掛ける。それまでは堪える。最後の200mが分水嶺です。

 

おそらくシービー先輩が仕掛けるのなら半分をちょっと過ぎた辺り。前に上がって上がってマルゼンスキー先輩を射程範囲に捉える筈。出来る限り合わせて勝負に持ち込む。

 

登り坂に差し掛かると同時に、3本目のハロン棒がわたくしの内側を勢いよく後方へと吹っ飛んでいく。そして同時に外側からシービー先輩が前へと吹っ飛んでいった。

 

・・・・は?はぁぁぁぁぁあ!!?

 

早い!仕掛けるのが早すぎる!えっもしかして掛かってますのあの人!まだ半分も過ぎてないんですわよ!

 

大急ぎでわたくしはシービー先輩の後ろにつく。わたくしがマルゼンスキー先輩と初めて走った時の特攻紛いの走りとは違う!この人はやけになってないし迷いもない!

 

確かに菊花賞取れるスタミナがあるならいけるかもしれませんが!貴方の脚ならもっと後でしょう!!

 

わたくしは叫び出したい気持ちを抑えきれなかった。わたくしはスタミナを鍛え上げたこともあってマイルでは垂れないと思っていました。

 

ですがこの早じかけで行けるかは微妙なライン。しかもこの登り坂。わたくしのパワーなら加速はできますがスタミナ消費は激しい。

 

主役は自分だと言わんばかりにシービー先輩は加速する。わたくしはシービー先輩に引き離されないようにすることで精一杯。

 

シービー先輩潰しの包囲網は坂を登り切る前に、あっけなく食い破られた。あっさりとマルゼンスキー先輩潰しの前組をすでに射程範囲に捉えている。

 

食い破られた後ろ組は互いの牽制を止め、シービー先輩を懸命に追いかけている。ですが加速力の違いかシービー先輩に追いつかない。

 

む、無茶苦茶ですわ!すぐ気づいたから対応できていますが!一体何を考えていますの!おハナちゃんトレーナー話が違いますわよ!レース前のプラン全部吹っ飛んじゃった!

 

 

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「うわぁえらいことになってる」

 

学園のトレーナーの1人がストップウォッチを片手に呆然と呟く。おそらく恐ろしいラップタイムを刻んでいる筈。

 

私も全く同じ意見ね。ミカドランサーがあそこまで振り回されるなんて・・・。あの子のスタミナを徹底強化したとはいえ持つかどうかは怪しいライン。

 

レースは中盤。場は混沌として全体的に狂気的ペース。その原因は蜂に刺されたかのように加速を始めたミスターシービー。

 

後ろから早じかけで追い上げてきたミスターシービーに引っ張られて、後ろが前を押し出すようにレースが加速していく。なんとかミカドランサーは付いて行けているが、このペースだと混乱したバ群のど真ん中に置き去りにされかねない。

 

ミスターシービーの取った選択は常道から外れている。確かに考えとしては悪くないかもしれないが。

 

ミスターシービーには菊花賞を走りきるスタミナがある。マイルを主戦場としている参加者をスタミナですり潰すつもりだろう。ペースを崩されれば立て直す時間はない。

 

だけどそれはマルゼンスキーへの勝率を下げる行為だ。スペックでのゴリ押しに近い戦法では、射程範囲に捉えてからの最後の叩き合いに響く。だから考慮から外していたのだけど・・・。

 

ミスターシービー程の実力があればもっとスマートに勝負できる筈。少なくともマルゼンスキーを射程範囲に捉えるだけならもっと後で仕掛けても余裕で間に合う。スタミナも十分に残せる。

 

何を考えているのミスターシービー。これではあの時のミカドランサーの特攻と変わらないわ。マルゼンスキーにリベンジをするのならそれは悪手よ。

 

・・・・いや待て。今私は何を考えた?ミカドランサーと変わらない?

 

ミカドランサーの・・・ように?

 

まさか・・・あれほどの実力者が?学園のスターウマ娘が?三冠ウマ娘が?

 

いや、いやいやいや。いやまさか。いやありえない、のか?

 

もしかしてミスターシービーは・・・何も、考えていない?

 

 

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あー!わかりましたわ!さては貴方何も考えてないでしょう!わかりますわよ!

 

道理で惹かれる訳ですわ、憧れる訳ですわ!貴方はわたくしと同じレースエンジョイ勢でしたのね!

 

仕掛けが上手いのでてっきり勘違いをしていました。ルドルフみたいに計算された走りをしているのかと思っていましたが、この人は本能と勝負勘で勝ってきましたのね!

 

輝かしい経歴や栄誉とはかけ離れた本質。自分が楽しめれば良い、納得できれば良いという利己的な本性。わたくしと同じ。

 

貴方さては気持ちよく走ってたら三冠取っちゃったとかそういうタイプでしょう!

 

そういうことなら予想なんて最初から意味ないじゃないですか!この人の考え方なんて手にとるようにわかりますわ!シービー先輩に合わせるにはこれしかない!

 

こういうのはどう勝つかではなく、どう勝ちたいかを考えれば大体同じ考えに行き着くんですのよ!

 

わたくしはかっこよく勝ちたい!劇的で気持ちよく!貴方と同じように!

 

チームリギル!おハナちゃんトレーナー!チームのみんな!ひとまずごめんなさい!一旦報復のことは忘れます!ほんっとうにごめんなさい!ゴールまで待つかはわかりません!伝説は作るので許してください!

 

ブレンボちゃんでの全力走行は出来る限り控えろという話も忘れます!ラインを辿るのも忘れます!ひとまずこの人を抜かします!こっからは気持ちよくなりますわ!

 

そう決心すれば話は早い。シービー先輩を出し抜くタイミングを後ろで待つのは止めですわ!残りの200mで仕掛けるのは・・・辞めます!ここがわたくしの残り200mですわ!

 

上半身を下げ脚を広げる。ミカドランサーは全力疾走で地面を滑空し、真っ赤なブレンボが歓喜の声を上げた。

 






おう!もしかして賢くレースすると思ったか!?人には出来ることとできないことがある!ウマ娘も同じ!

おハナちゃんごめんね・・・君が教えたレース理論は全く役に立たないんだ。ミカドちゃんは何も考えずに好き勝手走ってる方が強いんだ。スズカと同じタイプなんだ。

シービーはマルゼンスキーへの勝ちを軽んじているわけではありません。ただマルゼンスキーにこう勝ちたいというイメージがあるんです。そしてそれが彼女の必勝法なんです。賢く勝ちを狙えば逆に遅くなるんです。

次回、三冠ウマ娘敗れる!レディゴー!


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ミカドとシービー、2人は仲良死!!

レースの決着が楽しみです。いけいけミカドランサー!


ミスターシービーが早仕掛けをした。観戦している全員が模擬レースは混迷し、最終的にはミスターシービーとマルゼンスキーとの一騎打ちになるとこの時は思っていた。

 

そう'思っていた'。ミスターシービーの早仕掛けにいち早く反応し、後ろについていたミカドランサーが叩き合いに持ち込むまでは。

 

観戦している誰もが目を見開き言葉を失った。デビュー前の新人が、あの三冠ウマ娘のミスターシービーに噛み付いている。

 

おおよそ勝ちに向かう走り方じゃない。思わず多くのトレーナーはミカドランサーを担当している東条トレーナーを見る。

 

東条トレーナーは天を仰いでいた。今にもわーおそらきれいと言い出しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

意外と苦労してるんだな。トレーナー一同はそう思った。

 

 

------

 

 

ロングスパートを掛けて最前線のマルゼンスキー目指しアタシはひた走る。スタミナは私が有利。確証はないけどここしかないと思った。

 

前を塞いでいた壁は取り去って、ようやくマルゼンスキーの背中が見えてきた。ここまで何も考えずに突っ込んでしまった。

 

でもあそこから仕掛けるのがミスターシービー。このアタシなんだ。あとでトレーナーに小言を言われそうだけどそれは仕方がない。でもトレーナーだって悪い。一番楽しんでこいだなんて背中を押すから。

 

アタシにとって、この模擬レースの目的はただ一つ。マルゼンスキーに自分の走りで勝つ、その一点に尽きる。

 

あのエキシビジョンレースは本当に楽しかった。アタシ以外にあそこまで自由に走るウマ娘がいるとは思わなかった。天衣無縫と呼ばれたアタシが、そう呼びたくなるほどの自由さ。

 

アタシだって無敗なわけじゃない、負けたことは何回だってある。だけどあのレースだけは別。利己的な走りしかできないアタシが初めて見つけた自分の同類。そんなマルゼンスキーにアタシは負けた。

 

あの時アタシから見て、アタシとマルゼンスキーの実力はほぼ五分だった。むしろ2人ともシンザン会長には及ばなかった筈。だけどマルゼンスキーだけがシンザン会長の先へ行った。

 

負けて悔しかったし、弱い自分自身が腹立たしかった。だけどそれ以上に称賛したし、アタシもそうなりたかった。

 

だからもう一度走りたい。だからこのレースに参加した。二度と負けたくない気持ちは勿論ある。

 

だけど何よりもアタシは知りたい。マルゼンスキーが何を考えていたのか。マルゼンスキーに何故勝てなかったのか。このレースの果てにそれがあるような気がする。

 

あと少しで、あと少しなんだ。もうほんの少し先に前にアイツがいる。ここで捕まえる。

 

だから・・・だから・・・!

 

 

 

パァン!!

 

 

 

だから、耳障りな音を立てるなミカドランサー!

 

 

 

----------

 

 

わたくしが叩き合いを仕掛け始めて、シービー先輩が初めて振り返ってわたくしを見た。なんでもないものを見るような目ではない、明確に邪魔者を見るように。

 

まるで引っ込んでろと言わんばかり。ふぅん。

 

まぁシービー先輩の目的はマルゼンスキー先輩ですものね。お邪魔虫は居なくなって欲しいですわよね。

 

なめやがって。

 

いくら三冠取ったからって、わたくしを雑兵扱いするなら考えがあります。

 

勘違いしないで欲しいのですが、わたくしは邪魔をしに来たのではないのです。

 

このレースで貴方達全員を潰しに来たんですわよ?

 

そんなわたくしの考えを知ってから知らずか、ミスターシービー先輩がわたくしを置き去りにしようとさらに加速し始める。

 

周りのウマ娘は無理ー!と言いながら後方へと言いながら置き去りにされる。

 

わたくしもあっという間に置いていかれるかと思っていた。だけどこうしてついて行けている。

 

確かにわたくしは今までにないほど死力を尽くしています。ですがそれとは違う違和感。

 

ブレンボちゃんが・・・走りやすい。速くても癖のあった加速がまるで自由に操れる。昨日までの違和感が全くない。

 

練習とは違う限界ギリギリでの走りが、格上との死力を尽くした勝負が、似たスタイルの走り方をするシービー先輩が、この子の走り方をより明確にする。

 

シービー先輩がもっと加速する。僅かしか離されない。シービー先輩はわたくしを突き放すことができない。ああなるほど、そういうことですの・・。

 

 

わたくしの方が、速い!!

 

 

だったら縮める!今度はこっちから仕掛ける!

 

 

脚元から炸裂音。実際にはある筈の無い幻聴。上体を倒し豪快に前へ前へと風よりも速く!ブレンボちゃんからもはや狂気じみたエールを感じる。生まれてから初めてですわ!ここまで速く走るのは!

 

わたくしはシービー先輩の横に並ぶ。驚いた顔!あらシービー先輩ご機嫌よう。ゴールはまだ先ですがお先に失礼しますわ!

 

わたくしが限界速度で走り抜けようとすると、向こうもそうはさせまいと気力が膨れ上がる。雄叫びすらあげながら加速し始める。

 

恐ろしい程の気迫を感じて思わず横を見る。目が合う。さっきまでの邪魔者を見る目では無い。敵を見るように、シービー先輩はこちらを見ていた。

 

 

 

そこからは叩き合いですらない。もうレースなんて眼中にない。もはや胸ぐらを掴んでの殴り合いに近い。

 

順位や仕掛け場所なんて関係ない。横のコイツよりも一歩でも前へ。互いが互いを煽り合い延々と加速する。

 

限界は訪れる。そして限界すら超えて競い合う。最早互いしか見えていない。当初の目的も、倒すべき相手すら忘れてのデッドヒート。

 

ミカドランサーは残りのスタミナなど考えてはいないだろう。恩師もチームも仲間も目的もすべてかなぐり捨て、相手が三冠ウマ娘ということすら忘れているだろう。胸ぐらを掴み上げるように相手のことしか見ていない。

 

ミスターシービーも潤沢なスタミナを湯水のように使い、目の前の敵がデビュー前の新人であることすら忘れて、全力で叩き潰しにかかる。マルゼンスキーとの勝負すら忘れて殴りかかる。

 

気付かない。限界すら軽々と飛び越えて飛翔する。ミカドランサーは荒れ狂う嵐のような先立ちにより、高みへと引き上げられる。蝶の羽化のように劇的に進化する。

 

気付かない。勝負に水を差す忌々しい後輩の事しか考えられないミスターシービーは、その後輩によりさらなる高みへと昇っていく。

 

気付かない。2人はバ群を切り裂き後組を置き去りにし、前組を拮抗すら許さず叩き伏せ、マルゼンスキーを追い抜いた。

 

マルゼンスキーにとって初めてと言っても良い、誰かを懸命に追いかけているという状況にすら2人は気づかない。

 

ゴールまであと2ハロン。もはや決着はすぐそこ。2人はもはやぶつかり合うぐらい身を寄せながら、隣よりも一歩でも前へと進むべく走る。

 

もはや前代未聞の狂気のペースを駆ける。駆ける。そして———、

 

 

 

———2人仲良く逆噴射した。

 

 

 

 

--------

 

 

幻のリギル杯芝マイル部門で見事優勝を果たしたマルゼンスキー。順当といえば順当な結果と言えるが、観客が注目したのはマルゼンスキーではなかった。

 

観客が注目していたのは暴走して暴れ回り、荒らしつくし終盤で逆噴射で沈んだ4位のミスターシービーと、5位のミカドランサー。

 

最後尾から先頭までロケットのように駆け抜けたこの2人のせいで、参加者全員が掛かり潰れるという異常事態となった。とんでもない地獄めいたバ鹿レースだった。

 

参加したウマ娘は全員が限界近い走りを強要され、全員息も絶え絶え。長距離も走れる筈のマルゼンスキーすら汗だくで倒れそうになっている。

 

その真ん中で競りの冷凍マグロのようにぶっ倒れている2人。まるでツキジだ。

 

寒気がする光景だった。迷いのない特攻のような走り、そして反骨心でミスターシービーが競り潰された。デビュー前の新人ミカドランサーに。

 

だが誰も声をかけようとは思わなかった。あまりに癖が強すぎる。学園中を探してもこれ以上ない癖ウマ娘だ。誰があんなのに首輪をかけられる?

 

思わず東条トレーナーを見る。現実逃避している。わあおそらがきれーいと言っていた。

 

ミカドランサーをリギルから放流させる為に嘆願書にサインしたのは間違いだったのでは?トレーナー一同は訝しんだ。




そんなわけで2人とも沈みました。ある意味順当。


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おハナちゃんトレーナーは苦労人

おハナちゃん主役回。




安物のインスタントコーヒーの香りが私のトレーナー室に漂う。久しぶりに開けたので古くなり酸味が強くなったのか美味しくない、いえ凄く不味い。あとでこのインスタントコーヒーは捨てよう。

 

ミーティングで時折ブルーインプが入れてくれたコーヒーが懐かしい。あの子には結構なこだわりがあるらしく、コーヒーにうるさいシンボリルドルフが認めるほどの味と香りだった。

 

そういえばミカドランサーがコーヒーに砂糖をじゃぶじゃぶ入れていて揶揄われていたのを思い出す。確かにあそこまで砂糖を入れれば台無しになるわね。

 

それに倣い手に持ったマグカップに砂糖をじゃぶじゃぶと入れる。よしこれで味は台無しね。ざまぁないわ。

 

トレーナー室を見渡す。あの子達によって勝手に置かれていた私物が撤去されたりと、私のトレーナー室は少し寂しくなった。

 

残っているのは壁に貼られたトレーニングスケジュール。集合写真に並んだサイン色紙。あの子達が勝手に貼っていったものが多数。

 

最初はもう剥がそうと思ったがどうにもできなかった。これを剥がせるのはきっと当分先になるわね。我ながら未練がましい。リギルにあの子達が揃うことはもうないのに。

 

そう考えながら糖分過多となった不味いコーヒーを啜る。ズズズッ。体に悪そうな味がする。

 

不健康の極みのようなコーヒーを飲みながら思い出すのは、つい先日の模擬レース幻のリギル杯の事。デビュー前とは思えない華々しい結果だった。

 

・芝マイル部門

1着マルゼンスキー 5着ミカドランサー

 

・芝中距離部門

2着シンボリルドルフ

 

・ダートマイル部門

1着ブルーインプ

 

マルゼンスキーが勝つのは順当であれど、1人として着外にならないというのははっきり言って異常だ。5着となったミカドランサーも・・・・いえあの子はどうコメントしたらいいのかわからないわ。

 

シンボリルドルフは惜しくも2着だったがあれは仕方がない。あの子のレースでは自身のレーススタイルは活かせなかった。全てを支配するかのような皇帝の采配は、他者に恐れられてこそ働くのだ。むしろ身体能力だけで2着に食い込んだことを称えるべきだ。

 

ブルーインプはダートなら敵なしなのだ。少なくともクラシック級までならば。ダートの不人気さ故か、クラシック級ではターフから落ちてきた子が大半だし、強いウマ娘はエントリーしていなかった。どこでも走れるブルーインプの才能ならば互角以上に戦えて当然なのだ。

 

 

私の悪評をひっくり返す為に開催したと聞いたが、この結果は本来ならば両手を挙げて喜べる結果だった。

 

でもぶっちゃけチームが成立しなかったことに比べたら、私の悪評なんてどうでもいい。そんなものこれから幾らでも挽回できる。みんなが怒ってくれたのは嬉しいけれど。

 

だからこそあの模擬レースは私にとって賭けだった。ただチームが成立しない八つ当たりや、私の悪評の改善の為だけなら模擬レースはキャンセルさせるつもりだった。

 

私の目的はただ一つ、他所のチームにあの子達を出来るだけ強く見せ、高く売り込むこと。あの子達には本当に末恐ろしいくらいの才能がある。だから次のチームには出来るだけ良いところに入って欲しかった。

 

だからリギルに在籍し続けるシンボリルドルフを差し置いて、チームから離れるブルーインプとミカドランサーを中心に調整をした。シンボリルドルフは笑って許してくれたが、悪いことをしたわ。

 

取り合いになるのは最初から決まっている。ならばあの子達をより強く、より万全に鍛え上げられる所へ。それが私の最後にできる仕事だったから。

 

 

そう思っていた。そう思ってたんだけどなぁ・・・。

 

 

はっきりと言う。ミカドランサーがやらかした。

 

強く見せてくれた、予想を遥かに超える健闘とした。それはいい。

 

マルゼンスキーを追い越せたのもいい。

 

ミスターシービーに噛み付いたのはまだいい。

 

でもあのはちゃめちゃなレース展開だけはなんとかならなかったの?常道邪道とかそう言う次元の話ではないわ。

 

あんなの見せられたらトレーナーはどう指導したらいいのか全然わからない。私が逆の立場でもそう思う。とんでもない癖ウマ娘にしか見えない。いえ実際その通りなのだけど・・・。

 

おかげでひっきりなしにデータの開示要求や、普段の素行について問い合わせがある。

 

データに関して私がいくら取り繕おうとも、流石に素行は無理よ。あの子は学園で有名すぎる。

 

私なりに改めて調べたミカドランサーの素行についての調査表に思わず目をやる。

 

 

指導9回

深夜徘徊3回以上

備品および什器破壊6回

反省文7回

遅刻9回

無断欠席1回

授業抜け出し4回

指導教官への反抗多数

ハロウィン問題の主犯疑惑あり

放送室占拠疑惑あり

危険物所持疑惑あり

学生寮無断改造疑惑あり

学園内の畑で野焼きしていた疑惑あり

無許可の短期アルバイト疑惑あり

 

 

・・・・なんだこれ。本当にどうしましょう。

 

私は頭を抱えた。それで解決するわけでもないけれど。

 

 

------

 

 

不味いコーヒーを飲み終わりパソコンの前に座る。ブルーインプの移籍先はあっさりと決まった。沖野トレーナーが面倒を見てくれる。ちょうど前の担当が引退しタイミング良く手が空いていた。

 

チームはまだ持っていない私と同じ若手だけど、腕はいいし信頼できる。あの子は他からもスカウトしたいとの声は多かった。ダート専門の強豪チームからも声はかかっていたが、ブルーインプの出した条件を満たせなかった。

 

条件は'ラリーに移籍する予定があるので、いつ引退しても文句は言わない'だ。この条件を聞いて渋顔をしなかったのが沖野トレーナーだけだった。

 

沖野トレーナーは時折海外のレース中継を見ているらしく、日本ではマイナーな世界ラリーも見ていたらしい。自分はトラックレース専門だが任せてくれとブルーインプに頭を下げた。

 

二つ返事でOKを出したブルーインプは今日はトレーニングをしているのだろうか。もちうるデータは沖野トレーナーに全て渡したからいつでも始められる筈だけど。

 

 

問題はミカドランサーだ。あの子は盛大にやらかしたので、ブルーインプより声が掛かる数が少ない。いや撤回する者が多いというべきか。

 

とんでもない癖ウマ娘と知れ渡ってしまったので、トレーナー達は尻込みしている。本当にいい子なのだけど言葉でいくら言っても無駄だ。ミスターシービーがチームに呼ぼうとしていたが、トレーナーが許可を出さなかった。

 

ミスターシービーのトレーナーは彼女のチームを見るのでいっぱいいっぱいでこれ以上は無理だそう。責めることはできない、噂によると身体もあまり強くないみたいだし。

 

撤回に次ぐ撤回で残ったのはほんの僅か。正直言って彼女の才能を生かせるとは思えないし任せられない。そういった者しか残らなかった。

 

本人は自分で探すからいらないですわ、あてがあるので心配は無用ですわと言っていたが・・・心配でしょうがない。

 

思わず椅子の背もたれに預けるように身体を後ろに倒す。あー。本当どうしよう。理事長に土下座してみようかなー。無理よねー。あー。

 

そんなことを考えていると、ノックの後返事も待たずにトレーナー室のドアが勢いよく開かれる。

 

 

「失礼しますわ!おハナちゃんトレーナー!助けて!」

 

 

ノックをして飛び込んで来たのはミカドランサー。何をしても騒がしくなる私の元担当。

 

どうせまた何かをやらかしたのね、私はもう貴方のトレーナーじゃないのよ?

 

そうは言いつつも折角来てくれたのだから、苦い思い出の一つも共有したいと思ったのは悪いことではない筈。

 

私は苦笑して、不味いコーヒーを入れる為に立ち上がった。

 

 




ええ一日開けましたよ。でもねしょうがないんですよケツにね、カップ麺バシャーは辛い。軽症で助かった。

いいですか?皆さんはカップ麺にお湯を入れたら、決して椅子に置いてはいけませんよ。

特にうとうとしているとさっき置いたことすら忘れて、普通に椅子に座ろうとしても不思議じゃないんです。

重症になったらケツを火傷しましたってお医者さんに見せることになりますからね。


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検察と弁護士両方に殴られる被告人

そろそろトトロが動き出す・・・


わたくしがおハナちゃんトレーナーのトレーナー室に駆け込んだ。あてが外れてもう他に頼れそうな人がいなかったのです。なんせ誰に聞いても知らないと言って相手してくれませんの。

 

おハナちゃんトレーナーが知らないのは百も承知、その上で藁にもすがる思いでトレーナー室を訪ねたのです。取り敢えずおハナちゃんトレーナーはわたくしに落ち着くように言い、飲み物を用意してくれた。

 

「あてが外れたって、いったい誰に逆スカウトをかけたの?」

 

あまり美味しくはないコーヒーを呑みながらおハナちゃんトレーナーが尋ねてくる。

 

わたくしは事情を説明する。自分で逆スカウトをするつもりだったこと。間違いなく有能だということ。その人を知っていそうなのがたづなさんしかいないこと。その仲介を断られたこと。そしてそれがトレセン学園七不思議のトトロであること。

 

たづなさんは頑なというかなんというか、もう絶対喋らないという固い決意すら感じますわ。トトロは一体全体何をしたのでしょう。

 

「トトロ・・・ああ、あのシューズの走り方を教えた人ね。私もあの後調べたけど、学園のトレーナーにはそんな人いなかったわよ」

 

ええ、たづなさんはあの人はトレーナーじゃないって言って取り合ってくれないのです。ですがわたくしには分かりますの。あの人はおそらくおハナちゃんくらいすごいトレーナーなんですわ。

 

あの的確な助言はおハナちゃんトレーナーも舌を巻いていた

はず。トトロにはトレーナーとしての知識や経験は間違いなくある。理由があれば諦めもつくのですが、それすらも話してくれないのですわ。

 

「何かしらの事情があるのかしら・・・分かったわ、明日にでも私からもたづなさんに聞いてみるわ」

 

おお、ありがとうございますおハナちゃんトレーナー!わたくしちょっとたづなさんと顔を合わせづらい事情があるのです。ニンジャの件とかで。

 

 

---------

 

 

———ということがあったのよ。

 

ミカドランサーがトレーナー室に駆け込んできた次の日、私は学園で見つけたたづなさんを呼び止めて中庭のベンチで話し合う。適当な缶コーヒーを買ってたづなさんへと手渡す。

 

最初は朗らかに微笑んでいたたづなさんも、話の途中からは真顔になり、苛立っているような雰囲気になった。明らかに話したくないといった雰囲気。普段の様子からはかけ離れたたづなさんの態度に私は驚いた。

 

あの子の言っているトトロって何者なのかしら?そんな人がいるなんて、私は1度も聞いたことがないもの。

 

「トトロ・・・がなんなのは私にはよく分かりませんが、ミカドさんが探している男性には心当たりがあります」

 

「が、東条トレーナーには申し訳ないのですが、ミカドさんに紹介することはできません。私からすれば東条トレーナーにはミカドさんを止めてほしいくらいです」

 

それでも根気よく聞き出そうとする。理由がなくては止めようもない、このままだと彼女だけが担当がつかないと言って説得する。

 

そのうちたづなさんも観念したのかなんとか事情を話してくれた。たづなさんは大きくため息をついた後、少しづつ話し出した。これを聞いたらミカドさんを説得してくださいと念を押して。

 

 

「これは・・・独り言だと思ってください」

 

 

「あの男は理事長が何処かから拾ってきた、企業チームの元トレーナーです」

 

企業チーム・・・ああなるほど。であれば確かにその線は調べてはないわね。学園では無名でもそれならあの子に的確な助言をできた事にも納得ができる。

 

「あちらの業界では相当名の売れたトレーナーらしいです。私は興味もないですが・・・実は中央のライセンスは持っています。現在のところ申請を通していないのでトレセン学園ではライセンスを持っていないということになっています」

 

それはおかしくないかしら?トレセン学園のトレーナーは数が全然足りてないもの。そんな有能なら遊ばせておく余裕なんて学園にはない。それにライセンスがあるなら明日にでもトレーナーとして働くこともできる筈よ。

 

「あの男はあくまでもサーバー管理の為に雇われているんです。ですのでトレーナーではないというのは紛れもない事実です」

 

・・・理由になってないわね。サーバー管理なら他にいくらでも雇えるわ。他にも何か事情があるのかしら。

 

事情を話し出してからたづなさんは初めて言い淀んだ。言うべきか言わざるべきか悩んでいるように見える。何か言いづらいことがあるのね。

 

そして直感的に理解した。おそらくここから先がミカドランサーにその男を紹介できない理由。

 

決心を固めるようにたづなさんは缶コーヒーを一気に飲み干した。そして空になったコーヒー缶を握りつぶしながら吐き出すように言う。

 

「・・・危険だからです。噂ではあの男の指導は的確で無慈悲で有名らしいんです」

 

的確で無慈悲?スパルタトレーニングということ?ハードなトレーニングをするトレーナーなら中央では珍しくはないわ。流石に限度はあるけど。

 

私は企業チームは詳しくはないけど、名の知られる程の腕を持つならそこら辺はきちんと線引きすることはできるでしょう。

 

「ここから先は企業の方には裏は取っていません、私が調べた眉唾の噂話程度だと思ってください」

 

 

「あの男は・・・今までに最低8人のウマ娘を担当しています。あの男の担当したウマ娘は、どの選手も企業間では伝説的な強さを持っていたらしいです。」

 

・・・・・・。

 

「ですがその全員が予後不良で引退しています。つまりあの男は最低8人のウマ娘を潰しているんです」

 

・・・っそれは!

 

「あの男は潰れると分かっていて、その上で教えていたんです。速く走らせる為ならそういうことをする男なんです。だからあの男は'ウマ娘を設計する男'(アーキテクト)と呼ばれていました」

 

設計・・・なるほどようやく全部が繋がったわ。どうしてたづなさんがミカドランサーに合わせようとしないか、話すらしようとしないのか。

 

「ですのでミカドさんに、いえ誰であっても紹介することはできません。どうか理解してください」

 

ミカドランサーが自身のトレーナーに据えようとしていた男。会ったことはないけれど今凄く嫌いになったわ。

 

そいつはレースを、ウマ娘を愛するものにとって絶対に許すことのできない人物だった。

 

 

---------

 

 

「トトロをトレーナーにするのは諦めなさい」

 

信じて送り出したおハナちゃんトレーナーが敵陣についた件というべきでしょうか。反対派に取り込まれて帰ってきました。

 

嫌ですわたくしは納得がいきませんの!だって理由もなく諦めるなんてわたくしのスタイルではありませんわ!

 

「どうしてもよ。トレーナー探しなら私も付き合うから。貴方にはスカウトの話か沢山来てるのよ」

 

嘘つきは泥棒の始まりですわよ!尻込みしてるトレーナーばっかりなのはわたくしも知ってますからね!

 

今残っているスカウトは後がなかったり、一発当てたい三流ばかりなんですわ!そんな舐めた態度のトレーナーはこっちからお断りですわ!

 

「学園にはトトロはいるらしいけど、トレーナーとしての活動の許可は間違いなく降りないわ。だったら新しいトレーナーを探した方が絶対いいわ」

 

む?そういう言いまわしをするのなら、おハナちゃんトレーナーは多分たづなさんから事情を聞いてますのね?訳くらい教えてくれますか?

 

おハナちゃんトレーナー少し迷った様子を見せた後、簡単に事情を話してくれた。経歴や噂などの話。

 

「———つまりトトロの指導は危険なの。担当ウマ娘を物みたいに扱って、潰して何も反省しないなんて私も許せないわ」

 

最後に吐き捨てるように言うおハナちゃんトレーナー。でもどうしても、そこはおかしいと思います。

 

・・・・違いますわ。

 

「え?」

 

絶っっ対!そんな人じゃないですわ!そんな人ならブレンボちゃんの履き方をわざわざ指導する訳ありませんわ!

 

物みたいに扱うなら、わざわざ担当でもない相手に時間を使って指導なんてしませんわ!

 

それにあの時、トトロはブレンボちゃんを履かない方が良いってアドバイスしてくれましたし、履くのは危ないからやめておけって言ってましたわ!

 

速く走らせたくても、絶対潰したかった訳ではない筈ですわ!自身の目でそれを確かめるまでは、次の担当なんてわたくしはお断りします!

 

 

わたくしはトレーナー室から飛び出した。こうなれば力づくでもたづなさんの首を縦に振らせなくてはならなくなった。




トトロは劇薬なので動かすのが難しい。

たづなさん、缶コーヒーの空き缶を握りつぶして潰せるなんてまるでウマ娘みたいっすね。


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たづなネゴシエーション

盲目か、或いは慧眼か。


おハナちゃんトレーナーのトレーナールームから飛び出した次の日、教室でルドルフとブルーを集めてトトロに接触大作戦会議をしようとしました。

 

「悪いがその相談には乗れない」

 

「ミカドちゃんごめんね♡」

 

これ根回しされてますわ。おハナちゃん相変わらず手が早すぎる・・・。前々から思っていましたが、あの人仕事が早すぎませんか?ぐぬぬ。

 

よく考えたら困ったときにはルドルフに泣きつくのはいつものこと。おハナちゃんには行動パターンがバレていますから最初に抑えるとしたらそこですけど!

 

し、親友とトレーナーどっちを優先しますの?!ほらわたくしでしょ?そうでしょう!?ねっ?ねっ?

 

おねだりしても駄々をこねても床を転げ回っても、2人とも首を縦には振りそうもない。これは・・・かなりまずいですわ!いきなり王手飛車取りになったみたいな状況に、わたくしはかなり焦る。

 

床にうつ伏せになりながら考える。たづなさん説得の作戦には協力者が必要不可欠なのです。ルドルフとブルーに手伝ってもらおうと思っていましたが、当てが外れてしまいました。

 

結構危ない橋を渡りますし阿吽の呼吸が必要になる。その上では2人はうってつけでしたが、別の協力者を集める必要がありますわ。

 

ううむ。そうなればプランを変更しなくては・・・。最悪1人でもできるかなぁ。

 

 

---------

 

皆さんは知っていますか?考えをまとめるときは歩きながら考えるといいそうです。というわけでわたくしは放課後学園をぐるぐる歩きながら妙案が浮かぶのを待っていました。

 

たづなさんを釣るには・・・ニンジャくらいしか思いつきませんわ。でも昨日のおハナちゃんの話を聞く限り、それを交渉のカードにしてもうまくいきそうにない。

 

だってたづなさんは学園の生徒を本当に大切にしていますもの。危険には近づかせないようにする。たとえ自分の事情を飲み込んでも。

 

わたくしが諦めるのが1番早いのでしょうが、どうしても納得がいかない。昨日のおハナちゃんの話はいまいちピンとこないのです。

 

トトロは何人ものウマ娘を潰してなんとも思わない・・・違う。わたくしの勘ですが何かを絶対に違う気がする。大きな見落としというか、勘違いがあるような気がします。

 

トトロは・・・多分そういうことはしない人だと思います。わたくしは直接話したんです。たづなさんとここまで意見が真っ二つに分かれるなんて極端すぎる。

 

それにたづなさんがトトロを個人的に嫌いだとしても、あまりに極端すぎます。たづなさんは分別をつけられる人・・・だと思いますし。だとしたらどうして?

 

うーんわかりませんわね。そもそも情報ソースが少なすぎます。たづなさん経由の情報しかないじゃないですか。別口の情報が欲しい。他に知っている人はいないのでしょうか。

 

ですがトトロについての聞き込みはもう結構な数をしましたが、誰も知りませんでした。学園の事情に詳しい先輩に聞いてもわかりません。

 

八方塞がりとはまさにこのこと。いっそ資料室のドアをこじ開けましょうか?バールは無理そうなので、プラズマ切断機でももってこないとあのドアは無理そうですが。

 

そういえば用務員室にプラズマ切断機がありましたわね。・・・いや通風口から侵入すればいいのでは?わたくし冴えてる!

 

「あそこには映画みたいに人が通れるダクトはありませんよ」

 

えー。ナカトミビルみたいにはいきませんのね。わたくしがっかり・・・ん?

 

「こんにちはミカドさん。今少しお時間よろしいですか?」

 

アッ・・・たづなさん。

 

そんなわけでたづなさんに誘われて学食のカフェへ。なんだか変な気分ですわ。カップのドリンクをたづなさんにおごって貰いましたわ。

 

というよりもたづなさん仕事中なのではないのですか?こうしてたづなさんとおしゃべり・・・ん?これもしかしてデートなのでは?

 

「そういう色っぽい話はないですよ?それに理事長には許可は取ってます」

 

わたくしの対面へと座るたづなさんの顔は真剣そのもの。まぁあれでしょう。トトロの件ですわね。

 

「ええ私も腹を括りました。東条トレーナーからあの人の事情は聞いていますよね?私が止める理由も」

 

どうやらたづなさんから直々に釘を刺しに来たらしい。絶対に止めるという固い意志を感じる。というよりもここまでまっすぐに来るとは思ってなかった。ならこっちも真っ向から迎え撃たなくては。

 

ですがその前に一つ確認しなくてはならないことがある。

 

たづなさん、一つ聞いていいですか?

 

たづなさんははいどうぞと言ってわたくしの言葉を促す。おハナちゃんトレーナーから聞いてからずっと感じていた違和感。

 

トトロの人が有能だけど危険だということには納得しました。ですが理事長はどうしてそんな人を学園に招いたのですか?

 

わたくしは理事長とは直接話したことはないですが、やよいちゃんから話は聞いています。その話の限りではそういう危険なものは出来る限り生徒には近づけないタイプの人ですわ。

 

いくら有能でも、本当に危険であればトレーナー職でなくても学園に勤務をさせない筈。なのになぜトトロの人は学園にいるのですか?

 

「・・・理事長はあの男が改心していると思っています。最初はここでもトレーナー職をあてがおうとしていました」

 

私はそうは思いませんがと言って、たづなさんは手に持っていたカップに口をつける。

 

わたくしは・・・理事長の意見に賛成です。わたくしはあの人がそこまで悪い人には見えませんでした。

 

カップを傾ける手を止めてわたくしを見るたづなさん。自分なりに考えた結論。トトロはそういう風には見えなかった。

 

もし、わたくしもたづなさんも正しいのだとすれば、たづなさんはトトロの人の過去を見て、わたくしは今のトトロを見ているのかもしれない。

 

会ったのは一度だけですし、わたくしはトトロの名前も知りません。初対面でもあの人は性格は悪いとは思いました。でも本当によくしてくれた。

 

わたくしが今ブレンボちゃんを履けるのはあの人の力がなくては無理だった、少なくともそれは確か。あの人に感謝していますし、極悪人みたいにはとても見えなかった。

 

たづなさんがトトロの人を信用できない事も、わたくしを思ってくれているのもなんとなくわかります。

 

でもわたくしはあの人はウマ娘を思える人だと感じました。企業チームの頃は知りませんが、今は違うかもしれません。ですのでそれを確かめる為に会わせては貰えませんか?

 

わたくしは妥協をしません。貴方が妥協してくださいと言って、わたくしは頭を下げる。

 

トレーナーはトトロじゃないとだめなわけじゃない。きっと探せばわたくしに合うトレーナーは見つかるかもしれない。でもこの件に妥協すれば、延々としこりになりそうな気がする。後悔・・・ではないでしょうが納得できない以上ずっと心の整理がつかない。

 

本人に断られたら・・・ダメならすっぱり諦めます。本当に悪い人ならもう近付きません。でもたづなさんが間違えていたら、それを認めてください。

 

わたくしは頭を下げている以上、視界はテーブルしか見えない。たづなさんがどんな顔をしているのかはわからない。

 

しばしの沈黙のあと、たづなさんはため息をついた。そしてたづなさんが立ち会うという条件付きで了承を得ることができた。

 

 

 




難産だよ、本当に。

でもねミカドちゃんの直感は正しいし、たづなさんも間違えてはいない。


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秩序を破壊するやべー奴ら

カフェ引きました。何だかパクパクですわとか言いそうですが取り敢えずカフェです。カフェなんだ君はマンハッタンカフェなんだ。嫌ならデザートは抜きだ、いいね?

ワケガワカリマセンワ!


たづなさんと一緒に資料室の奥へと向かう。たづなさんは何度も断られたら終わりですからねと念を入れてくる。わかっていますわ!一度で仕留めろという話ですわよね!

 

違いますと言いながらたづなさんに頬を引っ張られる。痛い痛い。

 

そうやってたどり着いた資料室の奥、たづなさんはカードキーを取り出してリーダーに通す。そして横へと開いた扉から奥へと入っていく。わたくしもそれに続く。

 

たづなさんはトトロの人の仕事場の扉をノックする。返事が中から聞こえ、わたくし達は部屋へと入る。

 

入ってきたたづなさんを見て、トトロは面倒くさそうな顔を顔をしたかと思えば、たづなさんの後ろにいるわたくしを見て意外そうな顔をする。なんですかねそんなに意外でしたかね?

 

「あっ売れ残りウマ娘だ」

 

お前マジで引っ叩きますわよトトロぉ!!

 

-----------

 

ぎゃーぎゃー怒り出したい気持ちを抑えてわたくしはまず簡単な挨拶を済ませる。挨拶をしないのはすごく失礼ですからね!

 

こんにちはわたくしはミカドランサーですわ!この前はお世話になったのに言いそびれてしまいましたので!ありがとうございますトトロの人!

 

トトロってなんだよと言いながら、トトロは感謝の言葉に思い当たる節を探すように考えを巡らせている様子。ああ、あのシューズの事かと言って納得したようでどういたしましてと返してくる。

 

そしてトトロは怪訝そうにたづなさんへと問いかける。

 

「で、理事長秘書はお礼を言わせる為だけに彼女をここに?わざわざ其方から釘を刺した事を忘れたのか?」

 

「・・・貴方に仕事を頼みにきたんです」

 

「いや無理だよ見てくれ机を。この嫌がらせみたいな量の仕事が残っているんだ」

 

机の上には大量の書類、いや机のそばのファックス機からは今も大量に紙が吐き出されている。なんかよくわからないですが・・・あっこれアメリカ語で書いてますわ!

 

「英語だ。それは海外から取り寄せる機材の仕様書だな。1週間以内に翻訳しなくちゃならないんだ」

 

はえー大変そう。

 

「ああ大変なんだ。だから手短にな」

 

そう言ってトトロは椅子に深く腰かける。面倒ごとはさっさと済ませたいと言わんばかりの態度にたづなさんはおかんむりですわ。

 

「大丈夫です。この仕事は断ってもらっても構いませんよ」

 

なに?と言ってトトロの人は少し興味を惹かれたのか背もたれにもたれかかった体勢から、少し身体を前に倒し聞く体勢になる。

 

たづなさんが続きを話そうとするが、わたくしが止める。先程からたづなさんがいやに喧嘩腰なのでわたくしが引き継ぎますわ!このままではわたくしが話し出す前に決裂しそうですからね!

 

グイッとたづなさんの前に出てトトロの人に話しかける。ここが正念場ですわ。気合入れないと!

 

トトロの人!わたくしのトレーナーになって欲しいんですの!

 

「・・・聞き間違いか?トレーナーになって欲しいと聞こえたんだが私の耳はおかしくなってないよな?」

 

あってますわ!トレーナーになってください!

 

トトロは心底困ったと言わんばかりの表情。予想外過ぎると言いながらたづなさんの方を向き問いただす。

 

「理事長秘書、君はこれを知っていて彼女をここに?」

 

「ええ」

 

たづなさんの返事を聞いて、ぽかんとした表情をしていたトトロは突如腹を抱えて爆笑した。

 

 

---------

 

 

自分が笑われたと思ったのか、たづなさんはぶちぎれる一歩手前の状態。そしてわたくしは置いてきぼり。

 

「いやいや悪いねそれで彼女を連れてきたと。つまりこの前私から無理やり聞き出した事は綺麗さっぱり忘れたわけだ」

 

「・・・全く忘れていませんよ。ですので是非断っていただきたいくらいです」

 

なるほどなるほどと言いながら考え込むトトロの人。

 

「もし私がこの話を断ったらどうなる?」

 

「その時は別のトレーナーに担当してもらいます。そういう約束ですので」

 

こいつは本当に予想外だったなとポツリを呟いてトトロの人はさらに考え込む。そして考えがまとまったのか、トトロの人は顔を上げてこちらに問いかけてくる。

 

「あー。ミカドランサーいくつか聞いていいか?」

 

はいなんですかね。質問は何でも受け付けてますわ。

 

「君は理事長秘書からどのくらい私のことを聞いている?」

 

えーと・・・以前は企業のチームで働いてて、そこでトレーナーをしていた事。強いウマ娘を何人も育てていたけど、最後は担当ウマ娘を潰した事。あとはそれなりに名の知られたトレーナーという事くらいですかね!

 

「そう私はウマ娘を何人も潰している。その上で私を選んだ理由は?」 

 

わたくし、最近負け続きなので腕のいいトレーナーが欲しいのです。あと多分・・・貴方はウマ娘を潰したりそういうのは好き好んでするタイプじゃないと思ったので!

 

「・・・次だ。君は勝つ為ならどこまでのリスクを負える?」

 

勝たなくてはならないのなら、リスクなんて考えてられないですわ。格上に勝つなら脚がぶっ壊れるくらいのリスクはあって然るべきですわ。

 

その質問のわたくしの答えを聞いて、後ろのたづなさんから怒気が溢れ出したのを感じます。ですがこればかりは訂正するつもりはありません。

 

「最後の質問だ、君は何のために勝ちたい?」

 

勝ちたいからです。ウマ娘はいやわたくしは勝つ為に生まれてきたからです。

 

いや・・・この答えは正しくない気がします。わたくしは思いつく限りの事を羅列のように吐き出す。

 

トレセン学園は強いウマ娘が山ほどいます。地元では負けなしだったわたくしもここでは1番ではありませんでした。

 

マルゼンスキー先輩に、ミスターシービー先輩に、ブルーに、そしてルドルフにわたくしは負けました。勝つと決めて戦って、それでも負けた事がわたくしは許せない。

 

あの人達はみんないい人だし尊敬している。そして何よりも強い。だから勝ちたい。

 

きっと世界にはわたくしよりも強いウマ娘が沢山いるのでしょう。わたくしもいつか挑むつもりですが、今のままではまるで足りない。

 

わたくしは・・・宇宙一強いウマ娘と呼ばれたい。世界中の人に強いウマ娘は誰かと聞いても、わたくしの名前を挙げるような。

 

わたくしはそんな栄冠が欲しい。わたくしはキラキラしたい。負けっぱなしは性に合わない。自分の価値を証明したい。

 

その為には貴方が必要だと思ったのです。ですので力を貸してください。

 

わたくしは思いつく限りの事を話しました。嘘は一切ないです。言葉は稚拙かもしれないけれど、それでも勝ちたいんです。

 

 

わたくしの言葉を聞いてトトロは・・・何か眩しいようなものを見るような目をしていた。かつて過ぎ去った何かを思い出すようなそんな表情。

 

トトロは黙り込み部屋には沈黙が満ちる。誰も何も話さない。何分か考えて整理がついたのかトトロが沈黙を破り口を開く。

 

「・・・わかった受けよう」

 

渋々と言った様子でトトロは頷いた。

 

わたくしはトトロをトレーナーに引き込むことに成功した。いやっほう!

 

 

---------

 

 

ミカドさんは了承を取れたのが嬉しかったらしく、それはもう喜んでいました。今にも踊り出しそうな様子で。

 

取り敢えず落ち着けと言ってこの男が一旦ミカドさんを仕事場の外に退出させました。

 

ミカドさんが退出し、この男と部屋で二人きり、普段から面倒は嫌いだと言っているこいつが、トレーナーになる事を引き受けるとは思わなかった。

 

ミカドさんが頼み込んでも絶対に断ると思っていた。だから一度会わせて諦めさせようと思っていたのに。問いたださなくてはならない。

 

それで何のつもりですか。今度はなにを企んでいるんですか?

 

「企むだなんて人聞きが悪いな。今度は上手くやるさ」

 

この男の信頼できない所はここだ。過去の出来事を、潰したウマ娘の事をまるで他人事のように話す所が心底気に入らない。

 

睨め付けるように見てしまう私の視線をこの男は正面から受け止める。それを気にもしないそぶりで、まるで人を小馬鹿にしたように挑発してくる。

 

「・・・私はな、昔からおもちゃは壊してばかりだったんだ」

 

「だからずっと思っていたんだよ。壊れないおもちゃが欲しいってね」

 

その言葉を聞いて私は頭の血管が切れそうになる。私はこの男に掴みかかりそうになった。

 

だがかろうじて踏みとどまる。騒ぎの音を聞きつけてミカドさんが踏み込んでくるかもしれない。

 

ミカドさんは・・・きっとこの男を庇う。だから私は釘を刺す事しかできない。

 

ひとつだけ言っておきます。これは忘れないでください。

 

「何だ?」

 

彼女をわざと潰すような事をすれば、私が貴方をぶっ潰します。

 

「・・・覚えておくさ」

 

そう言ってこの男は机からスペアのカードキーを取り出し、私に手渡した。




トトロのスカウトに成功しました。今後はデビューに向けてのトレーニングを行います。

トトロは捻くれています、今の彼のいうことは信頼してはいけません。

ミカドちゃんは本人達にははっきりと伝えていませんが、そりゃあもう負けたことにメラメラしてます。

特にルドルフにはライバル意識もりもりです。ミカドちゃんがトレーナーに拘ったのはその為です。

おハナちゃんトレーナーに鍛え上げられたルドルフを倒すには、一流のトレーナーじゃないと無理なんです。腕前という点ではトトロは120点です。1番ベストな選択をしています。なお


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デジタル世代のウマ娘

斬新なトレーニングなんて思いつかない。瓦でも割らせようかな。


中で話し合いをしていたたづなさんが出てきてキーカードを無言で差し出してくる。この部屋に来るために必要なキーカードらしい。

 

受け取ろうとすると、たづなさんがなかなか手を離さない。なんですの?と思いながらたづなさんの顔を見る。サッとわたくしは顔を逸らす。

 

いやこれたづなさんブチギレていますわ。美人が怒ると本当に怖い。何を言ったのですかトトロ。わたくしビビリそうですわ。いやビビってませんわ!

 

2、3度キーカードを引っ張ると渋々とたづなさんは手を離す。気まずくなってわたくしは受け取ったキーカードをまじまじと見る。

 

せきゅりてーくらす1?よくわかりませんがこれであのいけずな鋼鉄ドアを破壊せずとも中に入れるのですね。よかったプラズマ切断機でぶった斬られるドアはいなかったんですね。

 

「ミカドさん、今でも私は貴方があの男とトレーナー契約を結ぶのには反対です」

 

・・・でしょうね。いやその雰囲気でわかりますわ。怖いのであんまり怒らないで欲しいです。尻尾にピリピリきますわ。

 

「怒ってませんよ?」

 

た、たづなさん嘘が下手すぎる。ほら!スマイルスマイル!怒ったっていいことなんて1つもありませんわ!

 

「それと伝言です。準備があるので明日また放課後に来るようにだそうです」

 

えーそういうの自分で伝えません?トトロの人出不精ですわね。ドア一枚潜るだけですわよ?

 

「ええ、自分は忙しいので暇そうな奴に伝言を頼むそうです。私は・・・暇らしいので」

 

わぁお呪詛を吐くような声色ですわ。いやこれどうしましょう。マジでメンタルケアしないとストレスでハゲますわよ。帽子でわからないかもしれませんが。

 

そのあとベンチで缶ジュースを飲みながらたづなさんから愚痴を聞く。結構溜め込んでいるらしく、もう人のいない学園でよかったですわ。

 

それはもう大量にトトロの愚痴が飛び出る飛び出る。やれ人を見下してるとか、やれいつも小馬鹿にしてくるとか。

 

愚痴を聞いているとスッキリしたのか怒りはおさまったのでよかったですわ。

 

最後にたづなさんと連絡先を交換した。何かあったらすぐに連絡するようにと一言添えて。

 

----------

 

それから1週間後、わたくしはウッドチップコースで1人で練習していた。なんかぼっちみたいで嫌なので、適当な見つけた先輩と一緒にトレーニング。

 

『フォームが乱れてるぞ。もっとちゃんとしろ』

 

耳につけたイヤリング状の無線イヤホンからトトロの、いえトレーナーの声がします。

 

了承を取れた次の日の放課後、わたくしはあのトレーナーの仕事場を訪ねた。その時に渡されたものの一つだ。

 

改めて自己紹介をし契約書にサインを入れた。その時トトロの本名を初めて知った。

 

阿部いづるという名前らしい。本人は阿部トレーナーと呼べと言っていたが、わたくしはトトロと呼びたかったので拒否しました。

 

なんでトトロなんだと言っていたので、トレーナーがトレセン学園七不思議のトトロとして噂になっていると教えると頭を抱えていた。トトロは嫌だったのか最終的にトレーナーで落ち着きました。さらばトトロ、フォーエバー。

 

『心拍数が低い、もっとペースを上げろ』

 

はいはい!よっと!わたくしはペースを少し上げる。

 

トトロに渡されたものはイヤホン一つではない。それに加えてバンド状の測定機器を5つ。今はわたくしの首、両手首、両足首に装着されている。

 

前の職場から退職金としてかっぱらった試作品らしい。この5つを付けるだけで心拍数や走る際のフォームをリアルタイムでパソコンにデータを送ることができるらしい。

 

トレーナーに高そうと言ったら本当に高い。5つでブレンボちゃんの半分くらいの値段がするらしい。こんなものをよくかっぱらえましたね。

 

ではなぜこんなものを付けているのかというと、トレーナーは今も資料室の奥で仕事をしているからです。少なくとも仕事の引き継ぎができるまではこの調子らしい。

 

引き継ぎの人材がいつになるかわからないので、最悪ずっとこの調子かもしれない。まぁ企業チームはずっとこのやり方だったらしいので、不足はないそうです。

 

あとはグラウンドに設置された監視カメラでこっちの様子を時折見ているらしい。ハイテクなのかただ面倒を省いているのか判断が難しいところです。

 

なのではたから見ればわたくし1人で走っているだけに見えますわ。1人で大丈夫か心配そうに見ている上級生には心配ないと伝えておく。

 

それにたづなさんが時折様子を見に来ますからね。トレーナーが目を離してトレーニングをさせていると知った時はちょっと怒ってましたが・・・いえかなり怒っていました。

 

でもトレーナーに渡されたわたくしのトレーニングメニュー表示を見て、たづなさんは首を傾げていました。

 

わたくしのトレーニングメニューがとんでもないスパルタメニューかと思っていたら、案外そうでもないからだそうです。むしろかなり軽い。おハナちゃんトレーナーの方が厳しいくらい。

 

まあまだ1週間ですし、ならしみたいなものだからかもしれませんわね!どうトレーニングするかを今測っているのかもしれませんわ!

 

仕切りに首を傾げるたづなさんを尻目に、わたくしはクールダウンを行なう。なんていうかケアにかなりの時間を割いていますね。やっぱり噂なんてあてにならないものですわ。たづなさん。やっぱりわたくしの言った通りでしたわね!

 

 

----------

 

 

私はミカドさんと別れてから、その足でターフグラウンドへと向かう。

 

そこには稼働し始めたチームリギルが練習していた。こちらの都合により頭数が減ってしまったので、今シーズン限定で2人だけの特例チーム。マルゼンスキーさんとシンボリルドルフさんが併走トレーニングを行なっていた。

 

私はコースの脇でクリップボード片手に檄を飛ばしていた東条トレーナーの元へと向かう。

 

東条トレーナーはこちらに気づいた。2人に向かってそのままトレーニングを行うよう指示を出し、こちらに向かってくる。

 

「すいません無理を言ってしまって。それで・・・どんな調子でしたか?」

 

東条トレーナーはあの男と契約してしまったミカドランサーさんをずっと気にかけていた。あの男に騙されていないか気が気でなかったらしい。私が知り合いということで、様子を伺うようにお願いしてきた。

 

ええトレーナーは直接トレーニングを見ていませんが、ミカドランサーさんは普通の練習をしていましたよ。

 

先程記憶したトレーニングメニューを口頭で伝える。本来他チームへどんな練習をしているかを伝えるのは御法度だ。そういうスパイ行為は黙認はされども容認されはしない。

 

ですがわざわざ隠し立てする様な内容ではなかった。メニューを伝えると、やはり東条トレーナーも怪訝な顔つきになった。

 

「トレーニングの負荷としてはかなり軽いわね」

 

ええ、東条トレーナーから受け取ったデータは渡したので、どの程度負荷を掛ければいいかはわかるはずですが・・・。

 

以前調べた事と普段の態度からもっと壊れるようなハードなスパルタトレーニングを行わせるのかと思っていた。

 

普段の人物像と結びつかない軽すぎると言ってもいいトレーニングだった。怪我はしないかもしれないが、あのトレーニングではトゥインクルシリーズでは勝てない。東条トレーナーも同じ考えだったのか考え込んでいる。

 

「これ以上はただの勘ぐりになるわね。すいませんたづなさん。わざわざ調べてもらって」

 

いえ、私も無視することは出来ませんから。それと私は・・・もう一度あの男を洗い直してみます。

 

ミカドランサーさんは頭は良くないかもしれないが、かなり勘が鋭い。私が気がついていないことにも気がついているかもしれない。

 

ミカドランサーさんがあそこまで擁護に回ったのだ、無視することは出来ない。

 

もしかしたら私の知らない何かがあるのかもしれません。

 




トトロ「貴様の生体データを取りつつ、トレーニングをしてやろう!」

ミカドちゃんの生体データは内々に処理され、不特定多数によって個人が特定されることはありません。
またトトロの趣味、仕事、目的外の利用はいたしません。何卒ご協力お願いいたします。


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ふわふわションボリルドルフ

何かが足らないなぁと思ったら、いちゃいちゃが足らないんだ!

トトロは一旦下がれ!ルドルフを出す!


ルドルフの様子がおかしい?

 

「ええ、だからクラスでのあの子の様子を聞きたくて」

 

いつものようにウッドチップコースでトレーニングをしていると、おハナちゃんトレーナーが珍しくわたくしを訪ねてきた。

 

と言ってもあのルドルフが自己管理を怠るとも思えないのですが。うーんクラスの様子は特に問題はありませんでしたけど。ご飯もきちんと食べてましたし。

 

「トレーニング自体はしっかりとしてるのよ。ただ何というか・・・ふわふわしてるのよ」

 

ふわふわ・・・予想外のワードがおハナちゃんトレーナーから飛び出してきましたわね。ある意味ルドルフとは1番縁遠い形容詞ではありますわ。

 

うーんトレーニングの途中ですが、そんな事言われたら気になって集中出来そうにありませんわね。トレーナー!一時中断ってありですか?

 

『・・・・クールダウンをしっかりとしろ。スケジュールは調整しておく』

 

よし!おハナちゃんトレーナーは先に戻って構いませんわ、クールダウンが終わったら向かいますので!

 

 

----------

 

 

ということがあってターフグラウンドが隠れて見渡せる場所に来たのですけど、どう思いますか実況のブルーさん。

 

「うーんこのままじゃよくわからないかも♡」

 

わたくしはとりあえずダートで練習していたブルーを引っ張って来た。トレーニングをしているふわふわルドルフを見に行きましょうと言えば一発でしたわ。

 

あっブルーのトレーナーの・・・刈り上げのキャンディ舐めてる人には許可は貰いましたわ!

 

「沖野ちゃんだよ。ちゃんと名前は覚えてあげてね」

 

沖野・・・。いきなりわたくしの脚を触った割には普通の名前ですわね。ブルーは変なことされてないんですの?もしそうなら相談くらいには乗りますので。

 

そう、沖野トレーナーはブルーを迎えに行った際にいきなり後ろからわたくしの脚を触った変質者・・・なのでしょうか?触らないとわからないことがあるのならやぶさかではないですが。

 

いきなりでびっくりして、危うく沖野トレーナーの首から上を刈り取るところだった。ブルーが沖野トレーナーにタックルする勢いで遠ざけなければ、わたくしのローリングソバットにより一つの尊い命を散らしていたでしょう。

 

「触られた事には怒ってないんだね」

 

別に減るもんでもないですし。それになんというかあの人は大丈夫な感じがしますの。変な事を考えてるわけではないと思います。

 

でもいきなりはびっくりするのでやめて欲しいですわ。ウマ娘の後ろから脅かすなんて命が幾つあっても足りませんわよ?命知らずもいいところですわ。

 

沖野トレーナーはいきなり触って悪い悪いと謝って来ていた。危うく死にかけたというのに冷や汗ひとつ流さないのは肝が太いのか鈍感なのか。逆ギレしないのは評価できますけどね。

 

なんというかあの人はウマ娘バ鹿一代のような感じがしました。おハナちゃんとは違った意味で良いトレーナーだと思います。ブルーはいいトレーナーを捕まえましたわね。

 

「・・・まぁ悪い人じゃないんだけどねぇ♡」

 

でも及第点はあげれるかな♡と言ってブルーはターフの方に集中する。辛口評価のブルーがこういうと言うことは、沖野トレーナーは相当できるのでしょうね。

 

おハナちゃんトレーナーの紹介という時点で実力には一切不安はありませんけどね!あの人は過保護ですから!

 

わたくしもブルーに倣ってターフグラウンドで練習しているルドルフを注視する。マルゼンスキー先輩と併走しているが・・・うーんこれは、ふわふわしている。

 

練習メニューをこなしている時は集中できていますが、練習の合間合間の空白時間がいつもと違う。浮き足立っている。

 

ルドルフは弱みを見せるのが嫌いなタイプですのでそういう変調は隠そうとするのですが、割と雰囲気で調子の良し悪しかよくわかる。

 

調子がいい時は程々にリラックスをし、寒い駄洒落を飛ばしたりする。調子は最高ださあ行こうとか言い出した時は絶好調のそれです。

 

ですが絶不調の時はこうなんというかピリピリする。あんまりルドルフは人前では出さないようにしていますが、静電気が溜まったセーターのような感じ。言葉にはしづらいですが居心地の悪さを感じるのです。あと皮肉とかを飛ばしたりする。

 

前者はわりとよく見るが後者は滅多にない、というか一度しか見たことがない。半年以上前の灰色の夏休みの頃でしょうか。懐かしいですわねぇ。

 

「あぁ・・・ピリピリしてたよねあの時。あの時は夏祭りで機嫌直してくれたけど、今回はどうかな♡」

 

うーん。今のルドルフは機嫌が悪い感じでもないんですわよね。練習中は集中も切れていませんし。でもふわふわしてますわね。地に足がついていない感じ。

 

「してるねぇ♡」

 

ブルーも同じ意見らしい。初めて見るタイプのルドルフですわね。一体何があったのでしょうか?

 

取り敢えずわたくし達は隠れ見る事をやめて、直接話を聞こうと立ち上がった。

 

----------

 

わたくし達がとりあえずリギルの練習に殴り込むと、ルドルフはなんとも言い難い顔をしていた。親友が来たのだから歓迎しなさい。ほらマルゼンスキー先輩みたいに。

 

今日もちょべりぐなマルゼンスキー先輩と挨拶のハイタッチを交わしたわたくし達は、取り敢えずルドルフにもハイタッチを要求する。こら嫌そうな顔をしない。

 

ハイタッチ!ハイタッチ!と言いながらルドルフの周りを回っているとアームロックを喰らう。痛い痛い!ノーノー!これハイタッチじゃありませんわ!

 

「私たちは練習中だぞ。お前達こそ練習はどうした?」

 

ブルーは休憩中〜♡と言いながら要領良くアームロックの射程外へと逃れている。わたくしは・・・ああ、逃れられない!

 

「全くお前達は。いいか?あと2ヶ月もすれば後輩達が入学してくるんだ。先立ちとして後輩の見本となれるようにだな・・・」

 

ルドルフは器用にアームロックを掛けたままお説教へとシフトする。悠々閑々とか泰然自若とかいつものように聞いたこともない四文字熟語を並べてくる。何を言っているのかよくわかりませんが、取り敢えず解放してほしい。

 

「はいはいそこまで。ミカドランサーとブルーインプは私が呼んだの」

 

ブルーはわたくしが呼んだんですけどね!いやでもおハナちゃんトレーナーならわたくしが呼ぶのを予想してそう。もうパターンみたいなものですし。

 

取り敢えずおハナちゃんトレーナーの声によって、わたくしはルドルフのアームロックの魔の手から解放される。あー痛かった。

 

「東条トレーナー。練習の賑やかしにももう少し適材があると思いますが」

 

ルドルフがそれはもう失礼な事を言う。

 

わたくしは賑やかしじゃありませんわよ!このメーンイベンターに向かってなんたる言い草!そこに直りなさいルドルフ!教育的指導!ああ痛い痛い。

 

再びルドルフに捕まったわたくしはそのままの体勢でおハナちゃんトレーナーの話の続きを聞く。

 

「シンボリルドルフ。貴方になにがあったのか聞くつもりはないけど、はっきり言ってかなり浮ついているわ」

 

おハナちゃんトレーナーがど直球で指摘を入れる。ルドルフは毅然に反論する。

 

「練習は集中して出来ていると思いますが」

 

「ええ練習中はね。それにはっきり言って貴方オーバーワーク気味なの」

 

私に内緒で自主練してるでしょ?とおハナちゃんトレーナーが言うとルドルフは少し気まずそうに目を逸らす。

 

あっそうなんですの?よく気がつきましたわねおハナちゃんトレーナー。わたくし全然気がつきませんでしたわ。

 

「少しくらいの自主練をしても融通が効くメニューは組んでるつもりだけど、それならいっそしっかり休んだ方が効率がいいわ。取り敢えず今日はもう上がっていいから、3人で何処かに遊びにでも行きなさい」

 

なるほど。ルドルフをしっかりと休ませる為にわたくし達を呼んだのですね。自主練しないように見張っておけという事ですわね。

 

本来チーム員でない者に頼むことではないのでしょうが、親友とおハナちゃんトレーナーそしてマルゼンスキー先輩の為ならば、わたくし達にお任せですわ!

 

 

 




実は・・・ルドルフも結構焦っています。


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悩める皇帝シットリルドルフ

皇帝をシットリさせると味が深まるのではないか?その疑問の答えを求めて、私はアマゾンの奥地へと向かった。


ブルーと一緒にふわふわのルドルフを見にリギルの練習に殴り込んだわたくしです。どうもご機嫌よう。

 

おハナちゃんトレーナーによる勧めでルドルフはトレーニングを切り上げることとなった。なんかうまく使われた気がしますがそれはそれ。

 

少し凹んでいるルドルフを引っ張るように3人で街へと繰り出す。服屋にシューズショップ、コスメショップにゲームセンター。学園の鉄板街巡りルートを周る。途中でクラスメイトと出会ったりもしました。

 

でも遊んでいてもルドルフは普段の調子ではありません。どこか上の空というかなんというか。合間合間で普段の調子ではなくなる。

 

でも聞き出す気にはならないんですわよねぇ。

 

「・・・・お前達は何も聞かないんだな」

 

ルドルフのことだから聞いたとしても誤魔化すとかはぐらかすに決まってますもの。無理矢理聞き出すのはわたくしあまり好きじゃないですし。

 

それにルドルフが何か悩んでるかもしれないってのはなんとなくわかりますけど、わたくしが考えつく解決方法なんてルドルフも考えついていると思いますし。

 

あっ悩んでたら言い出すまでは黙っていようってブルーが最初に言い出したんですけどね!

 

「それルドルフちゃんの前で言う?普通」

 

ブルーが荷物片手に呆れ顔で指摘してくる。別にいいじゃありませんの。そう言うスタンス美味しくていいと思いますわ。大人の女みたいですもの。

 

「美味しいから聞かないわけじゃないんだけどなぁ♡」

 

ですのでわたくしも今日は大人スタンスですの。あっ言いたくなったらなんでも聞きますわよ?わたくしはいつでも相談募集中ですわ。

 

ルドルフは悩んでいる様子。うーんでもなんというか・・・相談しようか悩んでいるというよりも、何を相談したらいいのか悩んでいる感じ?頭のいいルドルフが珍しいこともあるものですわ。

 

「・・・・」

 

でも悩んだ時に変に意固地になるのはわたくしも同じですもの。でもルドルフはわたくしのライバルなのだから、あんまりかっこ悪い所は見せないでほしいですわ。

 

「・・・ライバル、か」

 

そう呟いてルドルフは立ち尽くす。ええ、貴方はわたくしのライバル。何度も言っています通りですわ。

 

ルドルフは少し悩んだ後自分の財布から何かを取り出して私の前に差し出してくる。

 

おや随分と懐かしい物を持っていますのね。全く音沙汰がないので捨ててしまっているのかと思っていましたわ。

 

「ミカド。相談じゃないんだが一つ頼まれてくれないか?」

 

本当に珍しいブルーではなくわたくしをご指名とは。こういう時はルドルフはまずブルーに相談を入れるのがいつもの流れなのですが。それにそんなものまで使うだなんて。

 

「無茶を言っているのは分かる。私と走って欲しい」

 

差し出していたのは・・・『ミカドランサーちゃんがなんでもいうこと聞いてあげる券』だった。いや本当に懐かしい。ゲート練習の時の無許可レースの景品ですわね。

 

わたくしに勝った景品としてルドルフに渡した物。自作のゴム印まで準備して作った自信作。デフォルメされたわたくしが印刷されていますわ。

 

ブルーまでああこんなのあったなぁと懐かしんでいる。さてはブルー貴方の方は忘れてたでしょう。

 

でもルドルフ。一緒に走るくらいならこんなもの使わなくても全然引き受けますわよ?シワ一つついてないところを見ると、大事にとっておいたのはわかりますわ。勿体無いんじゃないんですの?

 

それにわたくしは貴方と走る時はいつだって本気ですわ。走った回数だって両手じゃ収まらないくらい走っているでしょう?

 

「・・・・いや違うんだ。お前と本気の勝負をしてみたいんだ」

 

あのシューズを履いたお前と。そう言ってルドルフは黙り込む。どうしようかとわたくしは悩む。

 

ルドルフから飛び出た意外な言葉を聞いて、わたくしは今までのルドルフとの勝負を振り返る。

 

なるほど確かに。ブレンボちゃんを実戦投入したのはあの模擬レースが初めてでしたわね。ブレンボちゃんを練習で履いているのは基本的におハナちゃんトレーナーとマンツーマンの時だけ。

 

おハナちゃんトレーナーは過保護なので、使いこなせるようになるまではチームメイト同士での競走すらさせてはくれませんでしたもの。

 

つまり、わたくしはブレンボちゃんを履いてルドルフと全力で闘ったことはない。

 

目の前のルドルフの顔を見る。決意の籠る整った顔、2つの綺麗な瞳。その瞳の奥には静かな、そして確かに何かが激っているように感じる。

 

ただわたくしと走りたいってだけでは・・・多分ないと思います。ですがわたくしと走る事がルドルフにとっては大切な事なのでしょう。こんなものまで持ち出したのですから。

 

でしたら返す答えは一つしかない。

 

いいでしょう受けて立ちます。負けても泣かないでくださいね。

 

 

-------

 

 

私は今日の出来事を振り返る。ミカドには詳細は話さずともレースの約束を取り付けた。ミカドは少し困惑していたようだが無理もない。私らしくないお願いだった。

 

東条トレーナーにはどうしたらそうなるんだと言って呆れられてしまったが、それで解決するのならと承諾してくれた。

 

レースと言っても人を集めるわけではない。私とミカドとの本気の勝負。あのシューズを履いた、今までのものとは違う本気の勝負ができる。

 

理由を聞かれなかったのは本当にありがたかった。こんなことミカド本人には恥ずかしくて言えない。ブルーが事前に釘を刺してくれたのもあるだろう。2人は本当に良い友人だ。

 

あの日のことを振り返る。私にとって忘れられない日。

 

あの模擬レース。ミカドは学園のトレーナー陣から少し距離を置かれるようになった。指導する立場になるかもしれないのなら当然だとも言える。

 

だが私たちは違う。学園のウマ娘であればあの場にいる事がどれほどの幸運なのか分かるはずだ。それがトレーナーと生徒の違いなのかもしれない。

 

あんな風に競い合えるのは本当に稀有な事なんだ。まるで魂と魂の削り合い。己の限界すら踏み越えて競い合える事は。

 

学園のスターウマ娘に果敢に立ち向かう姿。ミカドの普段よりも凛々しく猛々しく、命すらも燃やし尽くすと言わんばかりの勝負。

 

対するは学園のスターウマ娘ミスターシービー。圧倒的に格上でありながら2人はまるで宿命のライバルと言わんばかりの気迫だった。マルゼンスキー先輩すら端役に落とすあの走り。

 

結果的に順位こそ振るわなかったが、あの模擬レースを見たウマ娘は目を焼かれたに違いない。模擬レースではなく本番の・・・もっと大きな舞台で大勢の観客の前でないのが勿体無いくらいだった。

 

私の順位は振るわなかった。お前のレースが走っている間もずっと頭の中でぐるぐるしているんだ。そのせいで最後の詰めを見誤って二位になってしまった。

 

模擬レースが終わってもそれは消えなかった。どんどんその気持ちは強くなってどうしても消せない。ついには東条トレーナーに心配までかけてしまった。

 

 

眩しかった。

 

 

あそこにいたかった。

 

 

ああそうだとも。お前と走るシービー先輩のことが羨ましくて仕方がなかったんだ。

 

 

どうしてなんだミカド。お前はいつも私の事をライバルと言ってくれていたじゃないか。私には絶対負けないといつも言ってくれていたじゃないか。

 

お前に追いかけられるのは本当に楽しいんだ。いつだって全力で懸命で諦めない、そんなお前に追いかけられるのは、ライバルであることは私の誇りなんだ。

 

なのにどうしてシービー先輩なんだ。どうしてあそこにいるのが私じゃないんだ。

 

どうして・・・私と走るときよりも全力で、懸命な顔をしているんだ。なぜ私と走る時よりもずっと速いんだ?

 

なあ教えてくれミカド。私はお前のライバルとして相応しいのか?お前は本当に私の事をライバルと思ってくれているのか?

 

笑ってもいい。こんなチケットに頼ってまでお前とレースをしようとする私を。

 

だから・・・遠くへ行かないでくれ。お前のライバルは私なんだ。

 

 

 




皇帝陛下の独占欲が火を吹きます。まぁそろそろ引き裂く準備しないとね。

ルドルフにとって、ミカドちゃんのライバルという立ち位置はかなり内面のウエイトを占めています。恥ずかしくて言えないんですが。

内心メラメラというわけではないですが、自分より強くなったら興味を持たれなくなるんじゃないかと考えてます。そんなことないのにね。

ブルーはルドルフの内面になんとなくは気づいていました。ルドルフちゃんなんかシービー先輩のこと睨んでない?おーこわ。みたいな感じ。


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打倒皇帝ルドルフは無理ゲーくさい

すまんがルドルフとのレースは当分先です。何話か挟みます。

しっとりが割りかし好評で嬉しいです。


ルドルフとの勝負は日程こそ決まっていないが、確約ということで話は落ち着きましたわ。ルドルフは今からでも良いと言っていましたが、わたくしが待ったをかけました。

 

本気での勝負と言うのであればそれに相応しい舞台とコンディションというものがありますからね。日程は後で詰めるとして、トレーナーと今後のトレーニングメニューについて相談しなくてはならない。

 

取り敢えずわたくしは資料室の奥、トトロの住処ことトレーナーの仕事場へとやってきたのです。というわけでトレーナー!トレーニングメニューの調整をお願いします!

 

「君は本当にバ鹿だな」

 

はぁ!?わたくしの何処がバ鹿なんですか!きちんと報告したし、日程だって調整が効くようにしてきたんですわよ!ものすごい賢いじゃないですか!

 

「それは当たり前だ。報告する前に勝負を受けるかどうか相談するという考えには及ばなかったのか?」

 

相談はする意味がありませんからね。絶対に受ける事はもう決まっていますので。するしないの話をするのはもう通り過ぎてますのよ。

 

深々とため息をついたトレーナーはもう諦めムードが漂っていた。わたくしと組むのならこれから先もこういう事はたくさんあると思うので、早く慣れてくださいね。

 

で、実際のところわたくしはルドルフに勝てますかね?最近は勝ち星があまりないのですが・・・。

 

レースに出走する頭数が増えるほどルドルフの走りは手がつけられなくなるのです。いやもう本当に。おハナちゃんトレーナー仕込みのあの走りは本当に手がつけられない。

 

ルドルフはチェスの盤面のようにレースをコントロールしているのですわ。自分以外を掛からせて加速させたり、威圧して減速させたりとまさに変幻自在。わたくしとかいつも前を塞がれて加速を潰されますし。

 

そのせいでルドルフ込みのジュニア級同士のレースでは、ルドルフをいかにいなすかが問題になっている。一回同期達が複数人で囲んで封じ込めた事があったそうですが、最後に互いに出し抜こうと注意が切れた瞬間抜け出され、あっという間に突き放された。

 

「はっきりと言うが普通なら無理だ。そうだな・・・10人立て以上なら間違いなく負ける」

 

10人・・・つまりわたくしとルドルフを除く8人で囲んでわたくしがボコられるわけですか。でもシービー先輩との叩き合いではわたくし結構良い走りができたと思いますわ。

 

あれをもう一度すれば、たとえルドルフに塞がれようがお構いなしで突き放せるのでは?自分でいうのはなんですがあの走りならクラシック級でも問題ないと思うのですけど。

 

「できるのならな。あんな走りはあまり当てにするな」

 

むっ!そこまでいうのなら根拠を言ってもらえますか!あれがわたくしの実力でないかのような言い方は納得できませんわ!

 

「安定して出せるのが実力というのなら、あれは実力じゃない。あんな出来すぎた結果を勘定に入れるのはバ鹿のすることだ。自身の限界点を超えていた自覚はあるだろう。今走ってあの走りができると思うか?」

 

ぐぬぬぬ。確かにあの後走っても、あの時の感覚のようには行かないんですわ。でもあの時の走りを身につければ勝てるのですね!賢いわたくしは理解しましたわ!

 

そういうとトレーナーは小馬鹿にしたような表情になる。失礼な。

 

「言葉で言うのは簡単だがそうも行かない。ああいうのは起こそうと思ってもなかなか起こせるものじゃない。だがそれでもあの時の走りをものにしなければ惨敗するだろう」

 

その前にまずはこれを見てみろと言ってトレーナーはパソコンを操作する。モニターにはレース場を真上から見たようなコースの画像が表示される。

 

「私はシンボリルドルフの事はあまり知らないが、あの模擬レースのビデオは見た。はっきり言って君との相性は最悪だ」

 

こちらを振り返る事もせずにキーボードをタイプしながら画面に情報を追加していく。いやタイプはえーですわね。わたくしとか人差し指でしか押せないのですが。

 

「シンボリルドルフは基本的に相手に気持ちよく走らせない、そしてあの身体能力。戦い方も勝ち方も選べる器用なタイプだ。同時期でデビューするウマ娘にとっては悪夢そのものと言っても良い」

 

「ミスターシービーはその逆。相手を妨害するよりも自分が気持ちよく走る事を考える。つまり君と同じ不器用なタイプだ。こういう真逆のタイプの2人が同じくらいの実力となって走ると・・・こうなる」

 

パソコンの画面ではミスターシービー先輩とルドルフを表した矢印。そして6つの無色の矢印。画面の中のコースのように見えるフィールドを並んでいる。これは?

 

「簡易型のAIレースシミュレーションだ。奥行きも何もない2D仕様だが割と正確だし変化が分かり易い。私が趣味で作った」

 

な、なるほどスゲーですわね貴方。で、どう見るんですの?数字がいっぱいあって何処を見れば良いのかわかりませんわ。

 

「待っていろ。マスクデータを消して動かしてやる・・・どうだこれでわかるか?」

 

先ほどよりもすっきりとした画面。先頭の少し後ろを走るルドルフの矢印がコースを前進しながら、前後右左へと細かく動いている。その度に無色の矢印が僅かに動き、その後方にいるミスターシービー先輩の矢印が前進しようとするのを潰している。

 

「シンボリルドルフの走りをAIに学習させた結果がこれだ。正確なデータじゃないから誤差は大きいがこれでわかるだろう?ミスターシービーだけじゃない。シンボリルドルフを相手にするのなら、後ろにいるウマ娘は圧倒的に不利なんだ」

 

勝ちの目があるとしたら逃げくらいだ。と言ってトレーナーは押し黙る。

 

わたくしも思わず黙り込む。あまり想像したくはないが・・・もしかしてルドルフってシービー先輩すら倒せるんですか!?

 

「今は無理だ。シンボリルドルフはまだ未完成だからな。だが東条トレーナーなら対決する時までにはきっちり勝てるように仕上げてくるだろう。将来大舞台でミスターシービーとシンボリルドルフが競い合うなら、シンボリルドルフが勝つ方に私は賭けてもいい」

 

順調に強くなれば敵なしの強さを手に入れる筈なんだ。そう言ってトレーナーはため息をつく。嘘でしょう・・・わたくしルドルフの後ろを走るんですが!そんな!なんかいい作戦はないんですか?!

 

「相手が当日腹を下している事を祈れ。それにシンボリルドルフは、相手の走り方を知っている分だけ有利になる。ここまで聞いてどう思う?」

 

うわぁわたくしめっちゃ知られてますわ。トレーナーこれわたくしの勝ち目はありますの?このままじゃ普通にボコられて終わりそうなんですが。

 

「言っただろう普通にやればない。少人数或いは一対一ならまだ勝ちの目は十分にある」

 

うーんつまりレースの巧さを競い合えば負けるという事ですのね。しっかりとしたレースでそこまで少人数でありますかね?できれば・・・そう!人が大勢見ているようなのが良いのですが。

 

「贅沢だな君は。だが公式のレースは向こうも流石に待てないだろう。4月の半ばにあるファン感謝祭は・・・それも無理だな。もうメンバーは決まっているし、少人数ではない」

 

うーん。でしたらもう普通に模擬レース開くしかないのですかね。残念ですわわたくしは観客がいる方が楽しいタイプなので。

 

「それはおいおい考えるとしよう。だがこれで正攻法では無理だと分かっただろう?まぁどちらにせよまず君を強化しなくては話にならない」

 

それはそうですが。もう絶望的な話しかしないのでてっきり強化しても無駄とか言い出すのかと思いましたわ。

 

「強化と言ってものんびりしている時間がない。あの時の走りを限定的にでも引き出せるようになる以外にないだろう。かなり強引になるが圧倒的格上の仮想敵と本気のレースでもするしかない。そこで掴めないなら何もできずに負けるだけだ」

 

「つまりだ限界値を上げるのではなく、闘争心で一時的に限界点を超える方法を身につけろ。一度だけでな」

 

君は本番に強い方らしいから行けるだろう?とトレーナーははちゃめちゃなプランを提示してくる。

 

無茶苦茶ですわ!それって殆ど一発勝負じゃないですか!一度と言わず何度かチャレンジできないんですか?!

 

「闘争心で限界を一時的に超えるのはウマ娘なら珍しい事じゃない。だが何度もすれば身体がぶっ壊れる。それでもいいのなら構わないが」

 

ぐぬぬそれに格上の仮想敵・・・ミスターシービー先輩並みなんて流石に早々いませんわよ。マルゼンスキー先輩はいま休養中ですし。

 

うーん正直ジュニアじゃ相手にならないですわね。クラシック級でも上澄でもないと厳しい。でもシニアは受けてくれないでしょうね。

 

でも前の模擬レースはマルゼンスキー先輩という釣り餌がありましたけど、デビュー前のウマ娘の調整という名目では受けてはくれないでしょうね。

 

当てウマ役なんて面白くもないでしょうし。知り合いの中で相当強いバンダナ先輩もアンパン先輩も自分のレースの調整中ですし。

 

・・・いや!いますわ1人。絶対のってくるタイプの人が!あの人なら一度だけなら間違いなく釣れる!そして間違いなく強いと思います。

 

わたくしはトレーナーに向き合い、わたくしの妙案について話す。

 

いい仮想敵候補がいますわ。トレーナーは七不思議のニンジャを知っていますか?




ショック療法の当て馬役に選ばれたたづなさん。これよりデスタムーアを倒す前にダークドレアムに挑むくらい無謀溢れるチャレンジが始まります。

あとミルドラースとデスタムーア区別つかなくない?僕はつかない。


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ニンジャを殺すもの、その名は———

———駿川たづな。


二つの影がトレセン学園中庭の十字路にて向かい合うように立っている。そしてその周りを囲うように多数の特殊夜間警備隊の影があった。

 

「久しぶりですね、私のこと覚えていますか?」

 

中央で向かい合う影の一つ、いつもは蛍光緑の制服が眩しい我等が理事長秘書。だが今日は真新しいスポーツウェアを着込んでいる。相対する影に向かって話しかけながら奥ゆかしく微笑んだ。カワイイ!

 

相対する影は囲まれていることに動揺する様子も見せずに堂々と振る舞っていた。まるでこの程度の状況は些事であるといわんばかり。

 

周りを囲う警備隊は冷や汗すらかいていた。明らかに只者ではない。なぜこの状況でそのように振る舞える?すぐにでも取り押さえたい。だがそれはできない。

 

この黒尽くめの影は先輩の獲物だからだ。

 

黒尽くめは周りを一切見ず、たづなさんだけを見ながら口を開く。

 

忘れる訳がなかろうたづな=サン。オヌシがワタシの事を探しているのはミカドから聞いて知っていた。いきなりの呼び出しとはいえ、その衣装にシューズを履いてきたという事は・・・そういう事でいいのだろう?

 

あの時はアイサツ抜きのアンブッシュだったからな。改めてアイサツをさせてもらおう。アイサツをしないのはスゴクシツレイだからな。

 

そう言うと黒装束は一定の距離を保ったまま、合掌し頭を下げてアイサツを行う。

 

ドーモ。ハジメマシテたづな=サン。ウマニンジャです。

 

ワタシのアイサツを見て、たづな=サンも戸惑いながら少し会釈するように頭を下げる。

 

「はじめましてでもないですが・・・どうも駿川たづなです。ウマニンジャさん。衣装を変えたんですね」

 

ウム。此度の闘いの為にワタシもアップデートしたのだ。オヌシのようにな。

 

 

アイサツとはウマ娘がレースにおいて絶対の礼儀として重んじる行為。たとえ相手が何者であったとしてもアイサツは欠かせない。ウマ古事記にもそう書かれている。

 

 

草木も眠るウシミツ・アワー、荘厳なるトレセン学園は壮絶なレースの開始点と化す!

 

 

--------

 

レース確約から2週間後、ついにルドルフとの勝負の日程が決まった。

 

勝負の日は4月の初め、入学式の日。新入生歓迎のプログラムの一つとしてエキシビジョンマッチをねじ込んだ。

 

上級生が新入生に学園の設備について案内をするのは例年通り。わたくし達も去年同じように案内をされましたわ。

 

勿論その日にはターフグラウンドも案内される。その際先輩として初々しい後輩達に歓迎の意を込めて走るわけです。

 

勿論デビュー前のわたくし達がメインを張れるわけではないです。学園のスターウマ娘のエキシビジョンレースの前座として行う、わたくし達の同期だけのレース。

 

去年にはなかった催しですが、わたくしとルドルフの勝負を面白がったシンザン会長の鶴の一声で決まったらしい。

 

8人立て2000m・・・ブルーにも声はかかったそうですが、辞退したそうです。水を差すような真似はしたくないからだそうですが。

 

ルドルフはブルーが参加しない事を残念がっていましたが、目標も定まって練習が身が入っているらしいとおハナちゃんトレーナーから聞きました。

 

でもふわふわルドルフがばちばちルドルフになってしまっているそう。いい傾向なのでしょうか?わたくし分かんない!

 

「いい傾向なわけがないだろう。流石にあれには勝てんぞ」

 

はいトレーナーは盛り下がることを言わない!わたくしの隠された才能を開花させることでこっから逆転しますので!それよりも、レースの為にたづなさんを釣り上げる作戦はうまくいきそうなんですか?

 

トレーナーにニンジャの事を話したら、普通に犯人は君だろう?と言い当てられてビックリはしました。ですが説明の手間が省けたという点では悪い事ばかりではありませんわ。

 

なんでもトレーナーが裏から手を回してわたくしを容疑者から外したそうです。どういう手を使ったのかは分かりませんが、そのおかげでニンジャは学園外から来た産業スパイ説が濃厚らしい。

 

いやぁ会った事もない生徒を庇うなんて・・・トレーナーも結構やりますのね!うりうり!

 

「腹を突くな。張り倒すぞ」

 

またまたぁ〜。トレーナーは実は捻くれているだけでウマ娘が大好きだってわたくし分かってますのよ!そんなことする筈あいたぁ!!

 

勢い良く振り落ろされたトレーナーの拳骨がわたくしの脳天を揺らす。ああ!星が見えましたわ!

 

「バ鹿やってないでプランと台本を頭に叩き込め。嫌ならもう一回拳骨を叩き込むぞ」

 

むぐぐぐ・・・はーい。それにしてもこんなのでたづなさんを呼び出せますの?普通に練習に付き合ってくださいじゃダメなんですか?

 

「ダメだ。理事長秘書に肉体の限界を攻めるのに付き合ってくれと言っても断るに決まっている。それよりもウマ娘に匹敵する足の速さなんて本当にそれは人間なのか?未だに信じられないんだが」

 

実は夜間警備隊のウマ娘と勘違いしてるんじゃないのか?というトレーナーの言葉にわたくしははっきりとたづなさんだったと告げる。超至近距離で見たのですから間違いありませんわ。

 

トレーナーと情報を出し合い2人で考えた作戦としてはこうだ。どうもたづなさんはニンジャに負けた事に大変御立腹らしい。そして今でもリベンジをしようとニンジャを探し回っている。

 

なのでボイスチェンジャーを使ってトレーナーがニンジャに扮してたづなさんと電話をする。深夜のトレセン学園におう勝負しろよと呼び出す。たづなさんが乗って来たらわたくしは覆面とボイスチェンジャーで正体を隠したまま勝負をする。大まかな筋書きがこれです。

 

細かい詰めや準備はトレーナーがしてくれるとのこと。わたくしがするのは殆ど走ることだけですわ。でもわたくし夜間警備隊に囲んで棒で叩かれそうではあります。でもトレーナーはそうはならないだろうと言っていた。本当かなぁ。

 

「理事長秘書の経歴は後で洗い直しておくとしてだ。こちらにとっては理事長秘書をミスターシービーの代用として扱う。そのくらいは速いんだろう?なら問題ない」

 

シービー先輩のような力強さはありませんが、まるで風のように駆けるとはまさにあのこと。なぜあの時は逃げ切れたのかは未だによく分かりませんが、相手にとって不足はありません。

 

何を掴むのかは分かりませんが、必ずものにして見せますわ!わたくしとブレンボちゃんの底力!見せてやりますとも!さあさあ!いつ連絡しますか?連絡先は抑えていますわよ!

 

「・・・・よく考えたらそんな目立つシューズで行ったら、一発でバレるんじゃないのか?」

 

・・・・あっ!

 

 

--------

 

 

ブレンボちゃんは擦れば落ちる塗料で表面を黒く仕上げました。ブレンボちゃんの真っ赤なボディが闇夜のように真っ黒くろすけになってしまいました。

 

最初は戸惑いましたが、ブレンボちゃんは塗ってもいいけど速く走れよと言っているような気がしたので、まぁセーフ判定なのでしょう。多分。

 

それに合わせて衣装も新調しました。目出し帽は相変わらずですが、全体的にニンジャっぽくしてきました。ボイスチェンジャーも仕込んだのでわたくしとは気づかれないはず。

 

「それでどういう風の吹き回しですか?貴方の事を知っているミカドさんに催促しても、延々引き伸ばしていたのに・・・急に私に電話を掛けてきて勝負をするだなんて」

 

おっと過去を振り返っている場合じゃない。わたくしはたづなさんとお話し中なのですから。頑張ってニンジャを演じなければ。ワタシは・・・ウマムスメの!ニンジャ!

 

おほん!ワタシは新しい仕事を請け負うことになった。その為の調整の一環としてオヌシと闘う事にした。

 

「・・・へぇ。私は当てウマですか」

 

そうでなければわざわざ闘う理由もあるまい?オヌシは違うのか?

 

「ええ違います自分から逃げ切った人がいる。それだけで十分でしょう?」

 

ギラギラと闘志を燃やす瞳はコワイ。実際コワイ。闘争心バリバリですわ。本気を出させる為の挑発としてトレーナーの考えた台本通りの対応ですがなんとも強そう。

 

今まで見たことがないたづなさんです。実は双子の姉妹とかではないのですか?マジな時のマルゼンスキー先輩くらいの圧があります。

 

夜間警備隊の方々なんて、毅然と立っているように見えて、何人か尻尾を股の間に挟んで怖がってますわよ。ほらあの女騎士の人とか。

 

「それでどういう勝負にしますか?」

 

ターフ2000m、暗いがグラウンドには照明は付いている。不足はなかろう?

 

「ええ受けて立ちます」

 

もはや背景が歪むほどの圧力を放ちながらたづなさんは先行する。肩で風を切って歩く様は本当にサマになっている。なんというか超強いスターウマ娘のよう。

 

マルゼンスキー先輩やシンザン会長、ミスターシービー先輩とも引けを取らないような気がします。いや・・・もしかしてそれ以上かも。

 

うーん。これはわたくし早まってしまったような気がしますわ。まあなんとかなるでしょう!多分!

 

 

 




次回レース回。当て馬の方がつよい!もうおしまいだ!勝てるわけがない!あいつは伝説のスーパーウマ娘なんだぞ!

たづなさんの経歴を洗い直したトトロは顔を真っ青にした模様。なんでなんですかね?僕よく分かんない。


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超ニンジャ大戦杯 トレセン学園 2000m(中距離) 右

それは幻術だ。それも幻術だ。幻術ばっかりだ。

でも新衣装ルドルフは幻術ではないです。イエェェェェイ!


深夜のトレセン学園。たづなさんを先頭にそのすぐ後ろをわたくし、そしてその後ろをゾロゾロと夜間警備隊が続く。

 

そうして辿り着いたターフグラウンド。本来この時間は消灯されているはずだが、ライトは点いたままになっている。

 

 

 

「走る前に一つお願いがあるんです」

 

たづなさんがこちらの目を真っ直ぐ見つめながら睨みつけてくる。

 

『なんだたづな=サン』

 

「私が勝ったらその覆面を外してもらいます」

 

おっとそれは困りますわ今は顔バレNGですので。トレーナーからも顔がバレそうになったらなんとか誤魔化せと言われてますし。なんとか取り繕わなくては。

 

『覆面の下には別に面白いものはないぞ?』

 

「悔しそうにしている貴方の顔が見たいからですよ」

 

『・・・・悪趣味だな。嫌だと言ったらどうなる』

 

「どちらにせよ外すことになりますよ?この状況で逃げられると思いますか?取り押さえて無理やり剥ぎ取るだけです」

 

うわぁこれ無理ですわね。勝つ以外にわたくしが生き残るすべは無さそうです。バレたらもしかして退学かなぁやだなぁ。

 

『厳しいが逃げるのは不可能ではないだろう。何事もやりようはある』

 

「無理ですよ。この状況からはシンザン会長だって逃げられっこありません」

 

まぁ勝てばいいのですわね!

 

『大層な自信だ。だが勝つのはワタシだ』

 

「いいえ、貴方は負けるんです」

 

だって勝つのは私ですから。そう言ってたづなさんは笑みを浮かべた。それは笑顔というには余りにも攻撃的なものだった。

 

---------

 

ターフグラウンドに2人並んで立つ。ゲートはない。夜間警備隊の1人が合図を送り。それに合わせて走り出す。

 

真横に立つたづなさんを見る。レース前なのに身体に硬さは一切見られない、明らかに緊張慣れしている。やはり只者ではないですわね。気配でわかります。

 

マルゼンスキー先輩やミスターシービー先輩、シンザン会長のような・・・ただ単に足が速いだけではたどり着けない、大一番の勝負に勝つ者だけがもつ怖さを纏っている。最近ルドルフもこの気配出してくるんですわよねぇ。

 

夜間警備隊の1人が手を振り上げ、スタートの合図を送ろうとする。私もたづなさんも僅かに身体を下げていつでも走り出せる状態になる。

 

でもルドルフに追いつく為に・・・今日貴方を踏み台にさせて貰います。たづなさんには申し訳ないですが———

 

手が振り下ろされ、2人一斉に飛び出す。

 

———わたくしが勝ちをいただきですわ!!

 

 

 

 

スタート直後わたくしはたづなさんの後ろにつく。たづなさんを風除けにして機を窺うつもりです。

 

たづなさんはマルゼンスキー先輩のような滑らかなスタート。そしてゆっくりと加速していく。

 

向こうも様子見のつもりなのでしょう。先程の戦意からすると静かな立ち上がり。淀みのない滑らかな加速。わたくしのドッカン加速とは全く違う。

 

すぐ後ろを走っていての感想はすっげぇとしか言いようがない。まるで教科書に出てきそうな美しさすら感じるフォーム。あれだけ速いのもこれを見れば納得できる。

 

見るものを納得させる強さという点では文句なしですわ。ずっと見ていたいくらい綺麗ですわねぇ。ビデオカメラ持ってこればよかった。

 

しかし闘争心を駆り立てるかと言えばそうでもない。こう・・・何というか劇的ではないのです。シービー先輩の代わりという点ではダメですわね。削り合う感じではない。

 

まいりましたわね。芸術品相手では燃えないんですわよね。こうもっと派手にギラギラしてくれないと。

 

おっと少し離されてしまいましたわ。縮めないと・・・ん?ちょっと待ってなんかペース早くないですかこれ?

 

たづなさん?おーいたづなさん?速くないですか?ねぇちょっとどこまで加速しますの?掛かってる感じでもないですわよね?どうかしたんでしょうか?

 

全体的にハイペースと言っていいレース展開。いやちょっと待て。何かがおかしいような。

 

わたくしはペースを上げて再びすぐ後ろに付く。が、そのペースで走っているとまた直ぐに離されそうになる。

 

たづなさんは加速していく。ゆっくりと延々と終わりなく。

 

4本目のハロン棒が後ろへと通り過ぎていく。もうすぐ半分経過ですが、まだわたくしの闘争心に火がつかない。こうなんでしょうか?やる気スイッチボタンの周りを撫で回しているかのような・・・変な感じ。

 

緊張感が切れたわけではない。よーいスタートと言われないので始められないようなもどかしさ。

 

たづなさんは本当にゆっくりと加速していく。ハイペースといってもいい状態。それすらも踏み越えてさらにその先へ。

 

5本目のハロン棒を通り過ぎる。半分経過。

 

わたくしの火はまだ付かない。ええいどうなってますの?!いつもは勝負時と分かった時にはこう!ガツンとくるのに!直感でわかるのに!強い相手なら直ぐに分かるのに!

 

たづなさんは本当に強いはずなのに全然わからない。速さも文句なしの筈なのに、直ぐ後ろについている筈なのに!

 

余りにも滑らかな加速を見せるたづなさんを見ていると、なんか酔いそうになってきた。自分のスタミナ残量も速さも分からなくなってきた。

 

勝負所がわからない。分かるのは何かを致命的に間違えている事だけ。手遅れになる寸前なのに・・・。でもわからない。

 

・・・・もしかしてわたくしが躊躇っている?なんで?

 

頭の中がぐるぐるしてきた。ペース大丈夫でしょうか?スタミナは持つのでしょうか?ぐるぐるぐるぐる。

 

ええいわたくしらしくない!こうなったら荒療治ですわ!

 

一度ペースを大きく落としてたづなさんの後ろから離れる。酔ったような感覚がなくなりスッキリとする。一体なんなんですか!たづなさんは幻術でも使っているのですか!

 

少し離された状態でわたくしは腹が立ってたづなさんを睨み付ける様に見る。熱くなっていた頭がクールダウンして冷静になったのかより広く観察できるようになる。

 

たづなさんのフォームは相も変わらずは綺麗で滑らからで・・・。

 

そしてある事実に気がついた。離れる事で初めて気がついた事実に。それに気がついた瞬間わたくしの喉からヒュッと息を飲む声が聞こえた。してやられた!

 

滑らかな継ぎ目のないゆっくりとした加速。それは幻覚だった。こうして一対一で離れて見ているからなんとか分かる。

 

美しさすら感じるフォームに隠蔽された罠。おハナちゃんトレーナーに散々教えられたのに!何度もビデオを見せられたのに!

 

フォームは一定なのに速度が一定ではない。後ろについた者を絡めとる為の毒のイバラ。速度を惑わし距離感を狂わせ、勝負所を見誤らせる。繊細さを大胆さを要求される超上級テクニックと言ってもいい。

 

たづなさんの幻惑によりわたくしは撹乱されていた!たづなさんはあの速度、あの至近距離でビデオよりも上手くやってのけたのですか!?どんな胆力してますの!

 

7本目のハロン棒を通り過ぎる。わたくしが幻惑に気づいたことを察知したのか、たづなさんは猛烈に加速をして突き放しにかかる。わたくしも追いかけるように加速をする。

 

速度の乗り切ったたづなさんと、一度減速し速度を落としたわたくしの違い。でも加速力はわたくしに分がある。

 

ならわたくしならすぐに追いつく。半ハロンもかからずにわたくしはトップスピードに持っていける!

 

炸裂音を出すほどの踏み込み。あっという間にトップスピードに乗せて、離されなくなる。

 

そしてわたくしは2度目の息を飲むことになる。こっちはもう限界速度域なのに再びジリジリと離される。ようやっとわたくしは理解した。

 

最高速度域が違いすぎる。たづなさんはこちらのトップスピードよりもさらに先へと踏み込んでいく。

 

ゴールに到達する前に勝負は決した。わたくしの負けだ。

 

わたくしが・・・負ける?こんなにもあっけなく?

 

・・・嫌だ!

 

嫌だ嫌だ!そんなのは嫌だ!まだわたくしは何も掴んでいない!ルドルフが待っているんですの!ルドルフの願いに答えないと!

 

あのルドルフがわたくしを頼ったんですのよ!答えなくて何が親友ですか!何がライバルですか!気合を入れなさい!

 

先ほどまで燻っていた闘志はこれ以上ないほど燃えている。こいつを使います!精神で限界を乗り越える!

 

極限状態の最中、身体の中でがちりと音がした。今までよりも大きな炸裂音が鳴り響き、わたくしの視界は白く閉ざされた。

 

それは真っ白な閃光だった。いや稲光と言ってもいい。雷鳴の如く響くソレはわたくしの前を走る誰か。

 

走ることに夢中なわたくしは確認する余裕すらない。だがそれはたづなさんではないことは分かった。

 

誰でしょう。誰かが一緒に走っている。3人目の誰か。

 

・・・ああ貴方でしたのね。ふふ、幻術なんてまるで本物のニンジャみたい。

 

絶対に負けたくない仮想敵としてこれ以上相応しい相手はいないでしょう。そうでしょうルドルフ。

 

すいませんたづなさん。当てウマになってもらったみたいで。これから彼女と競り合いますので、そこを開けてもらっていいですか?

 

ジリジリと差は詰まっていく。たづなさんは驚いた顔で振り返るがもうどうでもいい。

 

賽は投げられました。後は身体に委ねるだけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------

 

最後の2ハロンまでは私の思う通りに事は進んだ。

 

スタートして後ろのすぐそこにわざと着かせた。意趣返しのつもりだった。前回の追いかけっこで後ろに着いて、私が振り回された気分を返してやろうと思っていました。

 

中盤まで面白いくらい振り回すことができた。思った通り走る能力に比べて明らかに実戦経験が少ない。簡単に幻惑できた。

 

途中ウマニンジャさんが息を入れる為か減速するまで、全く気がついた様子がなかった。距離が離れることでやっと気がついたので、速度を引き上げて一気に振り切ってやろうとペースを上げた。

 

ウマニンジャさんも凄まじい加速で追いすがってきたがもう遅い。私はもうトップスピード。現役時代を含めて追いつけた人は1人もいない。速さなら誰にも負けない自信がある。

 

勝った。完勝と言ってもいい。残り2ハロン何も起きずに、この速度を維持すれば大差勝ち。

 

そう2ハロン。たった400m。

 

前を向いていたので何が起こったのかわからなかった。後ろで・・・唐突に何かが起こった。その時炸裂音や雷鳴の様な騒音を聞いた様な気がする。突然威圧感が溢れ出した。

 

後ろからの威圧感のせいで、まるで車に追いかけ回されている様な心地。振り返るとこちらはトップスピードなのに僅かに差が詰まっていた。

 

ウマニンジャさんの覆面をから覗く瞳を見て、私は冷や汗すらかいた。

 

あんなに2ハロンを長く感じた事はない。ゴールはまだかと思いながら走ったのは初めて。

 

だが勝ったのは私だった。結果を見れば6バ身差、快勝と言ってもいい結果。ゴール地点で待っていた夜間警備隊に讃えるように出迎えられる。

 

夜間警備隊がウマニンジャさんをそのまま取り押さえようとしたので私は止める。そして目の前で疲れ果てているウマニンジャさんに話しかける。

 

私の勝ちですね。

 

『ああ・・・・オヌシの勝ちだったな』

 

ウマニンジャさんはまるで負けたことに今気づいた様な妙な言い回しをする。走るのに夢中で気がついていなかったのでしょうか?

 

ええその通りです。さあ約束ですよ。その覆面を外してください。

 

最初はウマニンジャさんが腹立たしくて仕方がなかった。覆面を剥いで悔しそうな顔を見て、溜飲を下げるつもりだった。今はその気持ちは一切ない。

 

私が打ち負かしたとはいえ尊敬に値する結果を見せてくれた。ただ強敵と讃えあいたい。私の中にはその一心しかない。

 

倒れ込んで息を整えてながらウマニンジャさんは、気怠げにあぐらの体制になる。ウマニンジャさんは何かに思いを馳せるかのように上を向いだ状態で私に語りかけてくる。

 

『たづな=サン。ワタシが覆面を脱ぐ前に一つ言っておかねばならぬ事がある。このレースはあまりにもフェアではない。オヌシはそう思わぬか?』

 

フェアではない?正々堂々と戦って私は勝って、貴方は負けました。それに何か不服でもあるのですか?

 

『いやそういう意味ではない。ワタシはこのレースで望んでいた多くのものを手に入れた。だが・・・それに比べてオヌシはどうだ?』

 

・・・・・。

 

『オヌシが手に入れたのはちっぽけな勝利と、優越感のみであろう。ワタシばかりが得をするのは不公平というものだ。違わぬか?』

 

それは違うと言いたかった。私は得難い物を得たと思う。まだ整理はつかないがこの勝負は素晴らしいものだった。でもなんとなく口には出しづらい。ぶっきらぼうな言い回しになってしまう。

 

貴方はさっきから一体何が言いたいんですか?全く話が見えないのですが。

 

『いやなに、人の良いオヌシには何か礼をせねばならぬとワタシは考えている。うむそうだなオヌシには一つ、大事なことを教えておこう。それはだな・・・』

 

長々と真上を見上げながら独白しているウマニンジャさん。そして今気がついた。待ってこの人は・・・目を瞑っている!一体なにを?!

 

 

 

『ニンジャとはきたないものなのだ』

 

 

 

目の前のウマニンジャがそう喋った瞬間、ターフグラウンドを照らしていたライト、いやグラウンドの外の電灯も含めて全てが一斉に消灯し、あたりは暗闇に包まれた。

 

ウマニンジャさんは暗闇の中、私に向かって何かを投げる。暗くて見えないが何か軽いものだ。私の身体にパサリと当たり地面に落ちる。

 

唐突に訪れた暗闇に私も警備隊の皆さんも反応する事ができない。目が慣れるまでは全くなにも見る事ができない!真っ暗闇の中私たちは混乱の坩堝にあった。

 

「一体なんなんだ!」「くそっ!なにも見えない!」「暗い!」「全員落ち着け!ライトは持っているはずだろう!早く点けろ!」「ニンジャが逃げたぞ!」「捕まえた!」「バ鹿!それは私だ!」

 

何かを投げた後脱兎の如く逃走したを開始したであろうウマニンジャさんが、遠くへと駆けていく音を聴くことしかできない。なんとか追いかけようとするが、なにも見えない状態では追いかける事ができない!

 

目を瞑っていたのはこの為?!目を暗闇に慣らしていたのか!やられた!

 

 

待て!!逃げるなァァ!!卑怯者ぉォォォオ!!!

 

 

警備隊が懐中電灯を取り出してあたりを照らすまでの間、私は返事の帰ってこない暗闇に向かって吠えることしかできない。

 

残っていたのは、私の足元の脱ぎ捨てられた覆面だけだった。




ミカドとトトロ「「してやったりだぜぇぇぇえ!!」」

たづなさん「やっぱりあの人嫌い!」

ニンジャバトルこれにておしまい。ミカドちゃんはルドルフの幻影を見て競り合いしてました。イマジナリーライバルとしてルドルフを召喚したわけです。ミカドちゃんはやべー薬でもしてるのかな?

まぁほら固有能力的な奴です。岩砕いたり宇宙飛び回ったり、ストゼロ飲んだりする子もいますからね。このくらいへーきへーき。


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ルドルフと図書館デート!

たまにはイチャイチャさせよう!


いやぁたづなさんは強敵でしたね!トレーナーナイスアシストでしたわ。危うく捕まって地下懲罰房送りにされるところでしたわ!

 

噂によるとトレセン学園の地下には秘密の空間があるらしいのです。排水路とか緊急避難口とか防空壕の名残があるとの話ですが、わたくしは地下牢があって問題児を押し込こまれていると思います。眉唾な話ですけどね!

 

たづなさんとの一騎打ち勝負の翌日の放課後、わたくしはトレーナーの仕事場へと足を運んでいました。昨晩の勝負の後はそのまま部屋に帰ってそのまま寝ろという計画でしたからね。

 

なので勝負以降会うのは初めてなのです。本当にナイスなアシストでしたわ。今度ウマチョコを進呈しましょう。

 

たづなさんとの勝負で付けていた覆面の下には、実はマイクがついてましたの。コード式の引き延ばせる小型のやつです。マイクはトレーナーと直通で、わたくしの会話は全てトレーナーも聞いていた。

 

『ニンジャ』『きたない』この二つの合言葉を聞いたらトレーナーが一時的に照明を落とすという計画でした。最終手段の一つでしたが上手くいってよかった。

 

「できれば使いたくはなかったんだがな。おかげで昨日からメンテナンス業者が大勢出入りしている」

 

そんなこと知りませんわ!大人の都合は子供のわたくしにはわかりま痛い痛い。

 

「私も配電盤のチェックで出ずっぱりなんだ。勝手にいじったとバレたら君は退学だぞ。私もクビだ」

 

トレーナーはさらりと恐ろしい事を言う。えー!そんなに危ない橋渡ったんですの!?そんなこと一言も言わなかったじゃないですか!

 

「バレないから問題ない、きちんと手は打っているさ。鑑識を呼ばれても構わないくらいだ」

 

当分ガードマンが増えることになったがな、しばらく夜間に出歩くなよと言ってトレーナーはわたくしに釘を刺してくる。

 

昨日の今日で出歩いたら今度こそお縄ですからね!わかりましたわ!

 

「本当にわかっているのか?まあいい、昨日は理事長秘書が想像以上に速くて驚いたぞ。ここまでお膳立てしたんだからきちんと収穫はあったんだろうな?」

 

トレーナーの言葉にサムズアップして返す。もっちろん!わたくしはパワーアップしてきましたわ!今ならルドルフともやり合える気がしますわ!

 

「それはよかった。では今後のトレーニングメニューを渡すぞ」

 

ええ!打倒ルドルフのスペシャルメニューですわね!ばっちこいですわ!なんだってやってやりますとも!

 

 

----------

 

 

ペラ・・・・・ペラ・・・・・。

 

ペラ・・・・・ペラ・・・・・。

 

おかしい。こんなはずではない。何かトレーニングメニューを間違えているのではないですか。

 

トレーナーから渡されたメニューには練習・・・と言えないものが記されていた。お勉強8割、残りも軽く走るだけ。明らかにわたくし向きではないメニューでした。

 

『流石に昨日の今日でハードなトレーニングをすると壊れかねない。最低1週間は休養に当てる、その間にこのリストのものを読んで勉強しておけ」

 

トレーナーに渡されたメニュー表にはレース戦術の本や、走法についての論文が記されていた。全てこの図書館内にあるそうなので自分で探せと言ってわたくしは部屋から追い出された。

 

なのでわたくしは図書室の椅子に座って本を片手に論文を読み進めているのです。ジャンプ以外の本を読むのは教科書以外では久しぶり。頭が痛くなってきたかもしれないですわ。

 

おや何やら目線を感じる。目線の先を辿ると・・・あらルドルフご機嫌よう。練習はお休みですか?

 

わたくしの目線の先には図書室の出入り口で荷物を落として立ち尽くすルドルフ。何やら様子がおかしい。一体どうしたのでしょうか?

 

取り落とした荷物もそのままに、ルドルフはこちらに駆け寄ってわたくしの両肩を掴む。そのままわたくしを揺さぶる。

 

「ど、どうしたんだミカド!お前がそんな・・・論文だなんて!一体どうしてしまったんだ!私のせいなのか!!」

 

がっくんがっくん!あわあわ!ゆ、ゆすらないで!首が首が!

 

「私が追い詰めてしまったからか!ち、違うんだ!私はそんなつもりじゃ・・・!」

 

う、うるさーい!さっきから好き勝手言い放題失礼ですわよ!!わたくしが勉強していて何かおかしいですか?!それにここは図書室ですわよ!静かにしなさい!

 

動揺のあまり大声を出すルドルフを叱り飛ばす。ですがわたくしの話を聞いているのか聞いていないのか・・・多分聞いてませんわね!ええい司書さんからも何とか言ってやってください!

 

騒ぎを聞きつけてやってきた司書さんに助けを求める。ニッコリとした笑みを浮かべた司書さんによって、二人仲良く司書に摘み出された。

 

 

そんなわけで学園のベンチでだべりながらわたくしは本だけでも読むことにする。横に座るルドルフはションボリルドルフになってしまっている。

 

「すまない・・・」

 

ええその通りです。図書室今日はもう使えないじゃないですか。なんとか本は持ち出せましたが論文は持ち出し禁止なのに!今日のノルマが明日のノルマに上乗せされてしまったじゃないですか!

 

あまりしょんぼりルドルフを責めても仕方がないので、わたくしは話題を変えることにする。全くとんだ困ったちゃんですわね!

 

で、ルドルフは図書室に何しにきたのですか?わたくしは色々あって今はハードな練習は出来ないのです。貴方もそうなのですか?

 

「私は東条トレーナーに勧められたレース理論の本を借りにきたんだが・・・今日は諦めることにする」

 

貴方もレースの為の本なんですわね。今のままでも十分強いのにこれ以上の知識がいるのですか?

 

「当然だ。知識は常に更新してこそ役に立つものだからな」

 

ふーん。そういうものなんですのね。

 

「ああ、そういうものなんだ」

 

・・・・・・。

 

なんとなく会話が途切れた。ルドルフはなんともない顔をしているくせに、忙しなく目線をキョロキョロさせている。

 

ルドルフが珍しくまごついているのは面白いのですね。聞きたいことがあればさっさと聞けばいいのに。

 

しょうがない助け舟を出してあげましょうか。何を考えているのかはさっぱりわかりませんが、何を聞きたいのかはわかります。ええ今日のわたくしは賢いミカドちゃんなので。

 

おおかたわたくし達のレースについてでしょう。あの宣戦布告以来、ルドルフに避けられているわけではないのですが、妙にレースの話題をしたがらない。そのくせばっちり練習している。

 

ルドルフはレースの準備は出来ていますの?しっかりと練習してないとあっけなくわたくしが勝ちますわよ。

 

私の問いかけを聞いてルドルフは少しホッとしたような顔をしながらも返事をしてくる。やっぱり聞きあぐねていましたのね。

 

「私は大丈夫だ。お前こそどうなんだ?」

 

バッチリですわ。今までと同じだと思っていると足元を掬いますので。しっかりと備えておいてくださいね。

 

バチバチとわたくし達の視線がぶつかり合い、火花を飛ばす。ルドルフがわたくしをライバルとして見ているのが嬉しい。

 

ああルドルフそれと一つ言っておきますわ。

 

「なんだ?」

 

貴方が勝負を持ちかけたと言っても、何も後ろめたく思う必要はありませんわ。この勝負はわたくしにとっても楽しみで仕方がないのです。

 

わたくしは当日を楽しみにしておきますので。貴方もわたくしに叩き潰されるのを楽しみにしておきなさい。

 

 

 




もうちょっとでこの章はおしまいです。ラストレースまでもう少し。


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ニュービー ベイビー バイバイビー

ここをラスボス前のセーブポイントとする!


4月は出会いと別れの時期。今年も初々しい新入生が勢揃いですわね。いやぁもう一年なのですね!一年前はわたくし達が新入生としてシンザン会長の演説を聞いていたのに、時が経つのは早いものです。

 

とはいえわたくし達ジュニアのペーペー達は入学式に参加する事はない。セレモニーに全員参加するのは不可能なのです。なので大半の生徒は今日は臨時休日なのです。

 

トレセン学園の在校生は2000人近く。それに教員陣、保護者、そしてメディア関係者まで来ているのですから。マンモス高にふさわしい立派なセレモニーホールがあるとはいえ、流石にホールには全員は入りきらない。

 

わたくし達の出番はターフグラウンドのレース。その時までは暇なのです。だからわたくし達はこっそりと窓から入学式を覗き見をしているというわけです。

 

有名人のマルゼンスキー先輩やミスターシービー先輩は席があるのですがね!トレーナー陣の席にはおハナちゃんトレーナーもいる!でもうちのトレーナーはいませんわ!他に知っているのは・・・バンダナ先輩バンダナしてないですわ。珍しい!ノーバンダナ先輩ですわ!

 

ルドルフはレースの為の準備を朝一から行うつもりではいましたが、わたくしが半ば無理やり覗き見に引っ張り込んだ。そもそもレースは午後ですしスタートゲート以外出すものないですわ。何時間前から準備するつもりなんですかね?

 

それにしてもルドルフ。あの新入生代表で挨拶しているミホシンザンって子、シンザン会長は知り合いですか?なんか名前が似てますけど・・・。

 

横を向いて隣にいるルドルフに話しかける。が、無視される。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!!

 

うーん今朝からずっとルドルフが怖い。ルドルフを落ち着かせる為に誘ったのですが失敗だったでしょうか?レース前とはいえまだ6時間くらいありますのよ。ゆっくりしましょうよ。

 

「無駄無駄♡ルドルフちゃんは今日の為にえらく気合入っているからね〜。」

 

レースが楽しみだね♡とブルーが茶化してくる。ええいブルーは今回は参加しないからといって気楽なものですわ。この後この状態のルドルフをわたくしはいてこまさないといけないのに。

 

午後から始まる新入生歓迎エキシビジョンマッチ。この時点で波乱の予感しかしない。あまりにもガチすぎるでしょう。負けたら腹を切ると言わんばかりの気迫ですわ。

 

「・・・そのくらいの気持ちで走るつもりだ」

 

ルドルフがポツリと言う。言葉から本気の重みを感じる・・・。これはガチのやつです。

 

ブルーなんてびっくりしてマジかよこいつみたいな顔をしていますわ。本気でやるのは構いませんけど、新入生の前で切腹とかトラウマになるので本当にやめてくださいね。

 

勝っても負けても讃え合う模範となる姿を見せるのが先輩の仕事って、ルドルフが前言っていたじゃないですか?それにルドルフは去年の新入生代表なのですから、カッコよくないといけませんわよ。

 

どうどうと言いながらルドルフを宥める。普段冷静な癖に熱くなったら全然冷めませんのよこいつ。それでも合理的な判断をするのが怖いのですけどね!熱くて冷静ってなんですの。メドローアですかね?わたくしは今日のレースで消滅させられるかもしれない。

 

でもわたくしの言葉を聞いてルドルフは少し冷静になったのか気迫が落ち着く。ふぅミッションコンプリートですわ。

 

とりあえずシンザン会長の演説と新入生代表挨拶も終わりましたし退散しましょう。レースまだまだ時間がありますので何処かでゆっくりとしておきましょう。それとも休むの下手くそ勢と言われたいのなら別ですけど。

 

 

--------

 

 

学校が休みな以上学食ことカフェテリアは今日は休み。まぁ併設している購買は申し訳程度に空いています。文具を忘れた新入生の救済措置のようなものです。去年わたくしはジャンプをこっそりと購入しているのを思い出しました。

 

覚えていますかルドルフ・・・あの初めて話した日の事を。

 

「忘れるはずが無いさ。あの日のことは良く覚えている」

 

ええわたくしもよく覚えていますわ。教科書を忘れた貴方にわたくしが机を寄せて教科書を見せていだだだだ!頭が割れる割れる!

 

言い切る前にルドルフによってわたくしの後頭部が締め上げられる。まさに頭蓋骨締め!なんて暴君なんですの!

 

「ん?どうだ思い出したか?教科書を忘れたのは誰だったかな?」

 

じょ、冗談です!冗談ですから!頭が変形しちゃう!あー!ぬらりひょんみたいになっちゃう!

 

一通りわたくしが苦痛の声を上げた事に満足したのか、ルドルフは手を緩めてわたくしを解放する。解放されたわたくしは一目散にブルーの後ろに避難する。ちょっと冗談言っただけでこれですもの。気が立ちすぎてますわよ。

 

おーよしよしとブルーが頭を撫でて慰めてくる。でも痛い痛いでちゅね〜♡とあやすのはやめて欲しいですわ。わたくしは赤ん坊ではないのです。そういうのは卒業したので。

 

ドSのサドルフもといルドルフは、まるで情けないものを見るような目線をわたくしに送ってくる。失礼な!いつものようにぎゃーぎゃー抗議して、そしていつものように流される。

 

そうこうしながら学園を巡る。2人との一年の思い出を振り返る様に。

 

感謝祭で牛串屋台を出していたスペースを通る。学園の存亡をかけたとは名ばかりのバンダナ先輩達の立てこもりのあった学食前、裏手で野菜を剥いた時のことを笑い合う。

 

チェス愛好会の部室の窓が外から見える。お化けに無残にも負けてしまったルドルフが、わたくし達を相手にチェスの研究をし始めて纏めてボコボコにされたことを思い出す。

 

チームルームのある場所を通る。マルゼンスキー先輩とおハナちゃんトレーナーがリギルの為に駆け回っていたことを思い出す。そういえば我慢大会してたアホな先輩はどうなったのかと考える。

 

夏休みにやよいちゃんの猫を探し回った時の話をする。ルドルフは実家で灰色の夏休みで仲間外れだったので、その場にいなくてもわかるくらい劇的に話す。ブルーに話を盛りすぎだと突っ込まれる。

 

たった一年でも楽しい思い出ばかりですわね。思い出すたびに次の話題がさらさらと口から出てくる。輝かしいわたくし達の一年の軌跡。

 

でも話していれば時間は過ぎる、あっという間に。

 

うーんそろそろいい時間ですわね。名残惜しいですが、じゃあ・・・行きましょうかルドルフ。

 

「そうかもうそんな時間か・・・」

 

先程までの朗らかないつもの空気が一瞬で消えて無くなる。そしてまるで鉄火場の様な雰囲気が溢れ出してくる。グツグツと燃えたぎり、熱した鉄の様に熱い。

 

わたくしの身体中の神経は研ぎ澄まされバチリとスイッチが入る。毛先に流れる風の動きまで理解できるようになる。

 

わたくしのスイッチが入るのと同時にルドルフも雰囲気も一転し、顔にはギラギラとした笑みを浮かべる。こいつもやる気十分、調子もかなり良さそうですわね。

 

ルドルフとブルーと一緒にわたくしはターフグラウンドへと向かう。

 

この一年で一番と言ってもいい鮮烈な思い出。ゲート練習をぶった切って行った無許可のレース。この腐れ縁の始まりの日のように。あの日からずっと追いかけていたものを今日こそ捕まえる。

 

ルドルフは友達だし親友だけど。今日だけはそれは考えない。もちうる全力で叩き潰す。

 

わたくしとあいつ、どちらが上かを決める為に。

 

 




次回レース!気合入れて書くのでちょっと時間かかるかも。


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決戦 トレセン学園 2000m(中距離) 右

新章突入前の山場。バトルオブトレセン。

修正によりこのレースは6人から8人へ変更しました。理由はなんとなくです。


ターフグラウンドにはスタートゲートが設置され、いつでも走り出せる状態。レースを目前にわたくし達はストレッチや準備運動をしていた。

 

コースの枠の外周りを新入生が覆うように取り囲んで、準備をしているわたくし達に注目している。主な視線の先は前座のわたくし達ではなく、メインの先輩達なのでしょうが。

 

まぁそれは仕方がない。実績のないわたくし達よりも注目されるのは当たり前ですもの。

 

準備運動を終えたルドルフがジャージを脱ぎ体操服姿になる。新入生達のうち何人かは息を飲むようにびっくりしている。

 

わたくし達は見慣れてはいますが、おハナちゃんトレーナーの手によって仕上げられたルドルフは、それはもう完璧と言っていい仕上がり。クラシック級でも通用するであろうことは、見る目のあるものならば理解できる筈。

 

ルドルフに倣ってわたくしもジャージを脱ぎ捨て、ゼッケンに袖を通す。ブレンボちゃんをソフトケースから取り出し履く。そして調整する様に少し走り調子を確かめる。

 

いける。トレーナーの練習は強度が緩いと思っていましたが調子はかなりいい。不思議なくらい調子がいい。

 

「ミカドちゃん調子はかなり良さそうね。おハナちゃんが心配してたけど問題ないみたいね」

 

おやマルゼンスキー先輩じゃないですか。おはようございます。ふふん!今日はバリバリいけますわ!賭けをしてるならわたくしに賭けることをお勧めしますわ!

 

「レースに賭けは御法度だぞ」

 

マルゼンスキー先輩おはようございますと言いながら、ルドルフがこちらに来る。マルゼンスキー先輩はおっはーと言い挨拶を返す。態々応援に来てくれたらしい。わーい。

 

軽く柔軟をしながら仲良く話しているとふと思う。それにしてもマルゼンスキー先輩わざわざ来たと言うことは何か用事があったのでは?

 

「先輩として可愛い後輩たちに激励に。あと実はおハナちゃんからミカドちゃんに伝言を預かってきてるの」

 

伝言?一体何ですか。

 

「じゃあ伝えるわね・・・こほん。ミカドランサー貴方には悪いとは思うけど、今日のレースの為にシンボリルドルフは完璧に仕上げたわ。今日の彼女に負けても誰も責めないけど・・・勝てるものなら勝ってみなさい。怪我だけはしない様に」

 

以上。と言ってマルゼンスキー先輩は言葉を切る。おハナちゃんトレーナーの物真似似てますわね。そっくりでしたわ。

 

チームリギルのトレーナーとして、チームメイトのルドルフだけを応援するのが筋といったものでしょう。その上で一見挑発に見える激励をおハナちゃんトレーナーは送ってきた。

 

相変わらず人がいいと言うかなんというか・・・じゃあ先輩、おハナちゃんトレーナーに伝言返してもらっていいですか?

 

貴方のルドルフが完璧であれば、わたくしはその完璧の先へと行きます。わたくしは2人の素晴らしい指導者に鍛え上げられた。だから勝つのはわたくしです。・・・伝えてもらっていいですか?

 

モチのロンよと言ってマルゼンスキー先輩は手をブンブン振りながら去っていった。

 

マルゼンスキー先輩はいつも通りの先輩でしたわね。あっ新入生が気付いてキャーキャー言ってますわ。さすが人気者。

 

マルゼンスキー先輩とルドルフの3人で話していて、マルゼンスキー先輩が抜けてしまうと、ルドルフとすぐそばで2人っきり。

 

うーん親友とはいえ今からぶちのめすわけですからね。或いはぶちのめされる。あまり馴れ合うのもなぁ。まあいっかルドルフだし。ああルドルフ一つ言っておきます。手ぇ抜いたらぶっとばしますわよ。

 

「勿論だ。お前こそ全力で来てくれ」

 

お前の全てを凌駕してやると言いながら、ルドルフは拳を差し出して来る。わたくしもその拳に合わせるように拳を軽く合わせ、互いに並ぶように歩き出す。

 

そして2人別々のスタートゲートへと入った。選手も見学する新入生ももはや誰も喋らない。見学者は固唾を飲んで見守っている。

 

静かで暗いゲート内。聞こえるのは選手の呼吸の音と、わたくしの心音だけ。何も考えられない考えない。

 

集中力によって引き延ばされる意識というワイヤーがキリキリと音を立てる。わたくしの意識が極限まで引き延ばされる。今か今かと全員が飛び出す瞬間を窺っている。

 

ガコン

 

一気に差し込む日の光を感じると同時にわたくしはゲートから飛び出した。全員スタートはうまくいった。新入生の歓声を背にわたくしたちは駆けていく。

 

8人立て。逃げなし、前5、外横2、右後ろ1。ルドルフは最前より外側の2つ後ろで先頭を追い立てる。かなりいい位置に付いている。

 

わたくしは後方2番手。トレーナーの予想いや予定通り。内側は塞がっている。外から回るしかないがそこにはルドルフがいる。外を回っても大きなロスはない。そうなると純粋な実力勝負となります。

 

2000という距離。わたくしの適性には少し長いですが、何も起こらなければ難なく走り切れる距離。

 

そしておそらく何も起こらない。そうシービー先輩の時のように劇的な展開は起こらない。ルドルフはそういう展開を起こさせないように動いているのでしょう。

 

わたくしは前を走るルドルフの背中を見ながら考える。いつものようにルドルフは相手を牽制しつつ、レースをコントロールしている。この人数でも関係なく操れているようです。

 

これを見ている大半の新入生には理解できないでしょう。何も起こさせないというのがどれほど凄いことなのか。おハナちゃんトレーナーが皇帝の采配と称したあいつの走り。勝って当然という状況を作り上げるメソッドの脅威を。

 

ルドルフは実に計算された走りをしますからね。以前にルドルフのレース理論を聞いてもちんぷんかんぷんでしたもの。その上不慮のトラブルに対する対応が早い。レースにおいては実に隙がない。

 

その上おハナちゃんトレーナーが鍛え上げ教え込んでいる。マルゼンスキー先輩には仕込めなかった、おハナちゃんトレーナーの思う理想の走行理論の完成形。それがシンボリルドルフに惜しみなく注がれている。

 

そういう点ではわたくしは不利。わたくしのトレーナーがどういう風な未来像を見ているのか。さっぱりわかりませんもの。だから自分なりの走りを精一杯するしかない。わたくしのもちうる全てを出し切るしかない。

 

なら何をするか。ルドルフにはわたくしの手札は既にほぼ全て割れている。いつものように早じかけで押し切ろうとしても読まれているでしょう。

 

展開の読み合いでは勝てない。この勝負だけではなく今後一切。わたくしのトレーナーがそういう評価を下すほど、あまりに卓越したレースの流れを操る才能。まさに麒麟児。

 

なら・・・読まれた上で早じかけに乗る。トレーナーが考えたルドルフには一度しか通用しない博打技です。名付けて'スペースガール作戦'。こんな重賞でもない所で使うのはもったいない隠し玉かもしれませんが・・・出し惜しみはなしですわ!!

 

 

--------

 

「早くも仕掛けたみたいね」

 

横でマルゼンスキーが呟くのを聞きながら、私はレースの展開を瞬きもせずに観察する。

 

いつものような早じかけ。ミカドランサーお得意のレース荒らし。まるで以前のミスターシービーと走った時の焼き直しね。

 

あの時と同じように強引に前を切り開くつもりなのかしら。でも前を塞がれて加速を止められている。その対策を怠るほど、私もシンボリルドルフも怠慢じゃない。

 

あれは競り合う対象がいてこそのものだ。器用に受け流せばなんの問題もない。織り込み済みだし、対策は既に出来ている。むしろ釣り針にかかったと言ってもいい。

 

あの時のレースの後、ミスターシービーについて調べ直したが本当に不器用なウマ娘だった。そして波に乗ってしまえば手がつけられない事もミカドランサーにそっくりだった。

 

私がマルゼンスキーを鍛え上げる際、相手がどのような事を仕掛けて来るかを徹底的に考え研究した。マルゼンスキーの走りを高めることには使えなかったが、怪我の功名とはまさにこの事ね。

 

私の使う機会がなくてお蔵入りになった対マルゼンスキーの研究。その全てをシンボリルドルフに落とし込んだ。燻り埃をかぶっていた筈の理論は、未来の皇帝の勝利への道を舗装し盤石とした。

 

あまりに恐ろしい才能を掘り起こしてしまった。走る天才がマルゼンスキーなら、競争する天才がシンボリルドルフだ。正反対ではある筈の2人は補完しあい、強化された。

 

ミカドランサーはマルゼンスキーと同じ走る天才。だが競争する才能としては一流から一枚落ちる。シンボリルドルフはそこを突くわ。

 

トトロ・・・いや阿部トレーナーならそれは気付いている筈。それでも事前に授けられる策には限りがある。8人という人数ではシンボリルドルフの真価を発揮しきれないとはいえ、止める事は無理よ。

 

「そう上手くは行かないと思うわおハナちゃん・・・だって違うもの」

 

マルゼンスキーがこちらも向かずに口からよくわからない事を言う。違う?私が何か思い違いでもしてしまっているの?

 

「そうじゃないわ。ミカドちゃんは多分何かいつもと違う。さっき話した時にそう感じたの」

 

・・・直接話した貴方が言うのなら、きっと何か起こるわね。

 

 

-----------

 

 

前を塞がれた状態でその場を維持しながらトレーナーの言葉を思い出す。

 

『いいかミカドランサー。君は私が渡しているトレーニングメニューを軽いと感じている。違うか?』

 

『その事実は合っている。このメニューはあくまでも君のスペックを割り出す為のものだ。身体能力を高めるほど強度は高くない』

 

『詳しい説明は省くが結果だけ言う。このレースで相手と競り合うな、競い合うな。この人数であればルート取りとスタミナにだけ気をつけていれば、あれこれしなくても今の君なら1着になれる』

 

『お行儀よく勝とうなどと考えるな。最後の3ハロン以前はただの余興なんだ』

 

トレーナーがわたくしに授けた作戦。'スペースガール作戦'。それは最後の3ハロンでの競り合いで多段加速をかける事。宇宙へ飛び立つ多段式ロケットのようにトップギア全てを末脚にぶち込む。たづなさんとの死闘で掴んだわたくしの切り札。

 

ルドルフはわたくしが早じかけをすると読んで釣り餌を垂らしているそうです。いや行けるのなら行ってもいいとは言われましたけどね。でもルドルフはそんな甘い奴ではないので、行けばわたくしは釣られそうです。

 

なにせこちらを振り返ることもせず、的確に最短ルートを潰しに来ている。わたくしとブレンボちゃんには横方向への移動に難があるのは見切られているようです。加速が潰されて前には出れない。

 

事前のトレーナーの予想通りに事が運んでいるので動揺はない。言っていた通りルドルフがなかなか嫌らしい方法を使ってきた。

 

最短ルートへの道が開いたり閉じたりしている。前を塞がれたわたくしが好機とみて飛び込めば、直前で蓋をされて沈められるらしい。うわぁおっかない。

 

大人数でなくて本当によかった。大人数ならこういう罠を避けても、その上から閉じ込められることすらできるかもしれませんわ。

 

なので最短ルートには飛び込まず外から仕掛ける。とりあえずその時までは待機。頑張れわたくしの鋼の意思。ここで待機!

 

そう考えていると5本目のハロン棒を通り過ぎる。1000m経過・・・特に目立った事は起こってはいない。焦れて誰かが飛び出すようなことも起こっていない。

 

そろそろ準備をしましょう。一時的に僅かに速度を落とし、前に張り付いていたポジションを捨てる。遮られていた風がわたくしの体を打ち付ける。

 

途中で遅れてもいい、道中で最下位になってもいい。最後に全員ぶち抜けばいい。5ハロンから7ハロンの間で絶好の位置を取ることだけを考える。

 

一度下り距離が空いた事で道が見つかる。ジワジワと加速を初めてルドルフの真後ろと言ってもいい場所に着ける。ルドルフは全体をコントロールしながら、必ず自分が勝ちを狙えるラインだけは残している。ならルドルフの先に道はある。

 

運命の7本目のハロン棒を通り過ぎる。

 

それと同時に仕掛ける。わたくしは上体を倒しストライドを広げる。筋肉と関節の稼働限界ギリギリまで使い切り、外から圧をかけるルドルフよりも外。観客席側に一番近い言ってもいいほどのところから加速する。

 

ここにいる誰にも見せたことのないわたくしの隠し玉。熱く燃え滾る闘志をエンジンに注ぐ。全身の血が沸騰し、体中を暴れるように巡っている。

 

隠された本当のトップギアへと切り替わり、先ほどまでより早く景色が後ろへと吹っ飛んでいく。何処からともなく現れた稲妻を纏った幻影が私と競り合いを仕掛けて来る。

 

いつもの炸裂音より大きい豪雷の如き幻聴。ルドルフはわたくしが仕掛けた事に勘づいて手を打とうとする。ですが遅い。普段の加速ならともかく今のわたくしは止められない。

 

これこそスペースガール作戦。2段式ロケットはルドルフがわたくしに対応するよりも早く網を突き破る。華麗さのかけらもない派手で豪快で劇的な超加速。

 

ルドルフはわたくしの加速力がここまで上がっているとは計算に入れていない筈。故に真正面から不意を突く。

 

限界値に近い運動にわたくしの意識は途切れ途切れになり難しいことは考える事ができなくなる。ただただ本能に全てを委ねる。

 

そしてブレンボちゃんが狂気じみた歓喜の声を上げた。

 




長くなりすぎたので後編へと続きます。

ブレンボちゃんいつも超加速のたびに歓喜の声を上げてるな。やっぱり呪い装備なのでは?

スペースガール作戦。最初はオーバードブースト作戦としていましたが自重しました。


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特攻娘ミカドちゃん vs 雷帝ルドルフ vs ダークライ

ライバルの間に挟まるダークライ(幻影)


トレーナーと準備を重ねたスペースガール作戦は、それはもう完璧と言っていいほどの上手くいった。

 

加速始めあたりから恐ろしく頭が冴えて集中できている。あれでしょうか?スポーツ選手がなるとかいうゾーンのような物でしょうか。

 

現れた幻影と競り合うわたくしは、既にクラシック級でも上位に入る加速力を誇る。ルドルフの走法も他の競走相手の思惑も全て振り切り、わたくしは全てを粉砕する事に成功した。

 

前方を走るルドルフの外側から追い抜きにかかる。もはや壁となるものはなくルドルフただ1人。問題はありませんわ。

 

もはや状況はルドルフとの一対一。であるならば勝率はわたくしにある。元々フィジカルではわたくしが優っている。ルドルフはポジションすら捨てて必死に加速をして逃げ切ろうとするが、逃しはしない。

 

だがここからゴールまで残り2ハロン。その間中わたくしの追撃をかわし切るのは不可能。それは貴方もよくわかっているでしょう?

 

懸命に逃げるルドルフにあっという間に追いつく。そして追い越し、突き放す。ルドルフは大した抵抗すらできずに置き去りにされた。

 

ここからルドルフがいくら頑張っても追いつかない。ルドルフには逆転の目など存在しないと確信した。残る一ハロンはわたくしのウイニングラン。ただこのまま走るだけでいい。

 

ふふん勝ちましたわ(確信)。

 

--------

 

 

ミカドとのレース。この勝負をずっと楽しみにしていた。この日の為にトレーニングを積み、東条トレーナーと何度も作戦を話し合った。

 

私はこの勝負を誰よりも待ち望んでいたから。

 

あいつはこのレースで必ず何かをしでかす。そう思ったから対策は万全と言っていいほど準備を重ねた。東条トレーナーからは警戒しすぎではないかと言われたほどだ。

 

最初から仕掛けて来ると思っていたが、その反面レース開始のスタート時はミカドは大人しいものだった。中盤で一度仕掛けてきた時もあいつの加速を止めることが出来た。だが慢心はない。必ずもう一度来るという確信があった。

 

残り3ハロンを過ぎた時、後ろから唐突に威圧感を感じた。ついであの炸裂音。あいつが加速し始めたとしか思えない警戒し対応しようとする。

 

だが間に合わない!にわかには信じられない加速。ミカドの加速の想定がシービー先輩とのレースなのに、あの時よりもさらに速い!

 

ロケットじみた想定を遥かに上回る加速。網を掛けるのが間に合わなかった。あいつはあっという間に私ごと全員をなぎ払い、先頭へと躍り出た。

 

負けた。完敗だ。その考えが脳裏を過ぎる。必死に振り払う。

 

最悪と言ってもいい状況だった。ミカドに絶対に持ち込ませてはいけない状況へと持ち込まれた。これを回避する為に私と東条トレーナーは策を練りに練ったというのに。

 

『シンボリルドルフ、貴方はミカドランサーとの競り合いでは勝てないわ。だからそうならない状況を作ることだけを考えなさい』

 

ミカドから少しずつ引き離されながら、東条トレーナーとのミーティングでの一幕を思い出す。分かっていた!絶対に仕掛けてくると分かっていたのに!!後悔の念だけが私の中にあった。

 

あいつは振り返らず先頭を駆け抜ける。泣きそうになる。悔しさと口惜しさで喚き散らしたくなる。

 

それでも頭は回る。勝てないと分りながらも必死に足掻く。これでは勝てない。あれは駄目だ。勝率は薄いのではなくゼロ。いつものあいつに通用する作戦は尽く通用しない。

 

だって、あいつはいつものあいつじゃない。

 

目をそらしていた。冷たい理性が容赦なく指摘を入れる。

 

あいつが加速し始めてからの違和感。明らかに普段と違う。最初は何が違うのかは分からなかった。だが抜き去られた時に確信していた筈だ。横を駆け抜けた時あいつは私を見ていなかった。分かっていたんだ。

 

ミカドお前は・・・、だ れ を み て い る ?

 

作戦を立て直す為に必死に回していた頭が一気に冷える。奥歯が砕けそうになるほど歯が食いしばる。考えを纏めなければならないのに、それ以外のことを考えることが出来ない。

 

こんな屈辱は初めてだった。断じて許す事はできない。それは・・・それだけは、それだけは絶対に!

 

今お前と走っているのは私だ!お前は今誰と走っている!ふざけるな!ふざけるな!そんな事は許さない!!

 

だが私を追い抜いたミカドが振り返る事はない。いくら念じても無駄な事はわかっている。今まで培った戦術は全て破られた。そうである以上逆転の目はない。

 

 

だから・・・私は躊躇なく'それ'を使うことを決めた。

 

 

私は本能的に'それ'の使い方を理解していた。何故ならそれは自分の本質だからだ。だが幼少より恥ずべき物として長年鍵をかけて封印していた。理由はもう思い出せないが。

 

閉じ込めていた扉を躊躇なく開け放つ。'それ'は昔のように変わらずそこにあった。戦意のように熱くなく、理性のように冷たくない。もっと暗くてドロドロしている。

 

鍵を破って開け放たれた扉の奥には、ルドルフの身体に宿る暴君としての血が蠢いていた。

 

私に流れる血に委ねる。暴力的な感情と高揚感が溢れてくる。笑いが止まらないくらい愉快な気持ちになる。

 

私に対して何かを感じたのか急にミカドが振り返る。目が合う。あいつの眼は動揺しているのか揺れている。ミカドはおそらく何か焦っている。そんな表情をしている気がする。

 

再びあいつは前を向き、必死に後方を振り切ろうとする。そこに余裕は一切ない。

 

 

どうしたミカド。お前は今先頭で一番有利な場所にいるんだぞ。

 

 

どうしてそんなに切羽詰まった表情をするんだ?

 

 

お前は笑わないのか?それとも笑い方が分からないのか?

 

 

こうするんだよ。

 

 

 

--------

 

 

 

えー。皆さん、残り一ハロンで問題が起きました。わたくしと競り合っていた幻影が突如として消失しました。いえ消失したというのは正確はありません。消し飛ばされました。

 

原因は・・・凄まじい速度で追いかけて来るルドルフでしょう。わたくしと競り合っていた幻影ルドルフが、後ろから本物ルドルフの雷撃によって跡形もなく粉砕された。わたくしも衝撃の余りゾーンから帰ってきてしまいました。マジびっくりしました。

 

あの幻影が何なのかはよく分かっていませんが、わたくしのイメージするライバルの走りとかそういう物だと思います。その幻影がかき消されたという事は、わたくしのイメージをルドルフが超えた事以外にあり得ない。

 

思わず振り返って後方を確認する。そこで見たルドルフは恐ろしく怖い。今まで見たことのない速度を出して追撃してくる。

 

普段冷静なあいつが雷撃を纏い普段よりも力強く豪快に地面を踏み締めている。目は血走り苛烈をわたくしを追いかける。しかもなんか頬が釣り上がり僅かに笑っている。すごく怖い!

 

わたくしを無慈悲な雷撃が打ち付ける。全身に鳥肌が立つ。幻覚なのかそうでないのかもう判断がつかない。

 

ルドルフは明らかに今までの限界を飛び越えている。まるでわたくしがミスターシービー先輩と競り合った時のようですわ。ルドルフ!わたくしを使って限界を超えやがりましたわね!

 

スパートで追い越しさえすればどうとでもなる。その考えは甘かった!リードはわたくしにありますが、ルドルフに後ろから食いつかれている。

 

ルドルフは少しづつ詰めてくる。少しづつ足音が近くなっている。嘘でしょう?!先頭が維持できない!すぐ横に並ばれた!ここから差し返されるとか冗談じゃありませんわよ!

 

楽に勝てるとは思っていませんでしたが、ここまでとは流石に想定外です。ていうかわたくしの必殺技を初お披露目でぶっ潰すとか本当にふざけんな!なんかむかついてきましたわ!

 

ムカムカする。幻影を粉砕したからって調子にならないでください!だったら貴方と競り合えばいいだけですからね!!

 

残り半ハロン、100mを切っています。ここからが本当の勝負ですわ!僅かとしか言えない残りの距離を、全てを賭けて走る。魂まで燃やし尽くして限界をもう一度超える!

 

わたくしが勝つ!ルドルフ!!ついて来なさい!!

 

 

 

 

ほんの僅かなゴールまでの距離。ミカドランサーとシンボリルドルフは互いしか見えなかった。2人にとって2000mの内最後の半ハロンを除いて残りは余興に過ぎなかった。

 

100mにも満たない距離で2人は互い魂を削り合い、競い合った。駆け引きの一切ない純粋な真っ向勝負。ライバルと言うに相応しい内容だった。

 

そして何秒かの競い合いの末、2人は並んでゴール線を飛び越えた。




レース回終了。次回エピローグです。久々にプリンをぶち込むぜ!

シービー先輩とのレースでミカドちゃんは覚醒しました。なのでルドルフも覚醒イベントを挟まないと不公平だと思いませんか?

今後賢王ルドルフ√か暴君ルドルフ√になるかはミカドちゃんの選択によって決まります。へいミカドちゃん!地雷原で踊れ踊れ!天使とダンスだ!


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エピローグなので愛しい人に逢いに行くの

プリンニシテヤルノちゃんが久々に登場します。

最近お腹痛い。何故だガチャに勝てないストレスか?それともラーメンの食べ過ぎか。


今日は知り合いから普段はなかなか買えない駅前の高級プリンを貰ったの。プリンはいつ食べても最高だけど、今日は一際輝いて見えるの。

 

自分で買うのもいいけれど、人にプリンを奢らせるのはまた格別なの。きっと約束された至福の時間へと導いてくれるの。

 

ふんふんふーん♪と夢見心地。思わずスキップを踏んじゃうくらい上機嫌なの。このプリンは日持ちはしないから今日食べるの。

 

ルンルン気分でプリン専用冷蔵庫からプリンを取り出す。並んでもなかなか買えないカスタードプリン。そのプリンをゆっくりと器へと移す。別に分けられた小さなプラ容器に納まったカラメルソースも忘れてはいけない。

 

よく冷やされた足の長いキラキラと輝くガラス製のグラス。長年愛用しているアンティークスプーン。その上に鎮座する黄金色にすら見えるプリン。上品さすら感じるように垂らされたカラメルソース。

 

ああ・・・なんて美しさなの、理想郷はここにあったの。

 

価値観や倫理観の違いによる歪み合いや戦争。そんなものはこれを見ればすぐに解決するの。世界を平和にするのはきっとプリンなの。オールフォープリン。

 

今日はプリンを食べるにはいい日なの。いやいい日じゃない時なんてプリンが生まれてから一度もなかったの。でも今日はプリン記念日なの。

 

このプリンをゆっくりと味わう為に色んな準備が必要だったけど、全て報われたの。努力は嘘をつかない・・・誰が言ったかわからないけどプリンは全面的に賛成なの。

 

愛用のスプーンを厳かにプリンへと突き刺す。絹ごしされたであろうそのプリンはすごく滑らかで、手には全く抵抗感を感じない。プリンの震える様はもはや官能的とすら言えるの。

 

そして掬い上げられた黄色のプリン。黒いカラメルソースとのツートーンカラーがプリンの心をいっそうと掻き立てるの。ああずっと見ていたいくらいなの。

 

今のプリンは、きっと恋人に向けるような視線を送ってしまっているの。でもそれでもいいの。プリンは目の前の芸術品を少し眺めて、意を決して口へと運ぶ。

 

パクリ。

 

ああ・・・なんて美味しいの。プリンは見た目通りの滑らかな食感。柔らかくて冷たくて、くどくない上品な甘さ。そしてカラメルソースのほろ苦さ。

 

全てが完璧に調和しているの。デリシャスなの。そうしてプリンの余韻に浸っていると、突然隣のベッドからノイズが湧き出してきたの。

 

「・・・・んむ!むぐー!」

 

ちっ!煩いのが起きやがったの・・・。

 

布団とロープでグルグル巻きにしていた年中喧しいルームメイトが目を覚ましたの。不貞寝している間に目隠しと猿轡を噛ませていたが、これでもうるさいの。

 

折角のプリンとプリンの逢引を邪魔しないでほしいの。煩いのはこれで静かにするといいの。ゆっくり味わうまで大人しくするの。

 

プリンの納まった器をテーブルに一旦置く。そして先ほどからけたたましくノイズを撒き散らす喧しいルームメイトを廊下に叩き出す。ふぅこれで静かになったの。

 

やっと静かになった自分の部屋へと戻る。ただいまなの。待たせてごめんなさいなの。でもこれで邪魔者は居なくなったの。

 

ほんの少し、日々の喧騒を忘れ2人っきり。プリンは掛け替えの無い絆を感じるひとときを過ごした。

 

 

---------

 

 

プリンとの一時の逢引を楽しんで余韻に浸っていると、横のベッドに誰もいないことに気がついたの。でも幸福感で満たされたプリンの頭は、なかなか回答へとたどり着かなかったの。

 

ああ、そういえば煩いのを廊下に叩き出したままだったの。

 

そうだったそうだったと思い出しながら、玄関のドアを開けると放り出した状態のままの布団虫が廊下で跳ね回っていたの。

 

「むごご。むごー。むがが!」

 

うわぁバ鹿がまたバ鹿な事をしているの。面倒だけど解いてやるの。プリンに感謝するの。まずは目隠しと猿轡を解くの。猿轡を解くと隣人は生き生きと喋り出す。

 

「い、今起こったことをありのまま話しますわ・・・わたくしがベッドの上で目を覚ますと、一匹の毒虫になっていましたの!」

 

すごく煩いの。そうなるとお前はグレゴールザムザなの。なら虫けららしく大人しくするの。大人しくしないのなら林檎を投げつけるの。

 

ひどいですわひどいですわ!と喚き散らす隣人のロープを解く。隣人は自由になると勢いよく立ち上がり、身体の凝りをほぐすように肩を回す。そしてこちらを向いて怒鳴り出す。

 

「一体・・・これはどーいう了見ですの!流石に今回はわたくしも黙ってはいられませんわよ!」

 

そうは言ってもお前は黙ったことが一度もないの。それに大切な人との逢引だったの。邪魔されたくなかったからこれは致し方のない犠牲なの。コラテラルダメージというやつなの。

 

嘘は言っていないの。

 

「逢引・・・じゃあ仕方ないのでしょうか?」

 

なんか納得いかないですわねぇと言いつつもこいつは丸め込まれているの。相変わらずちょろいやつなの。取り敢えず中に戻ってから聞くの、廊下で騒ぐと寮長がうるさいの。

 

布団と拘束具一式を抱えて、肌寒さを感じる廊下から暖かい室内へと戻る。そして自分のベッドに布団を下ろした後、隣人は再びぎゃーぎゃーまた喋りかけてくる。うっさいの。

 

何が楽しいのかここ数日は特にうるさい。それどころか奇行が目立ちすぎるの。ベッドの上で転げ回ったりして埃が経つから、なんとか大人しくさせないといけなかったの。

 

なんでも模擬レースで一位になったらしいの。そんなに嬉しかったの?はっきり言って目障りだから静かにして欲しいの。

 

「貴方わたくしの話をぜんっぜん聞いてないじゃないですか!一位は一位でも同着一位じゃ意味ありませんのよ!」

 

喚かなくてもこの距離なら聞こえてるの。あのシンボリルドルフと同率一位なら十分だと思うの。だから少しは落ち着くの。

 

それでもこいつはいくら宥めても止まらない。誰かこいつの電源を落として欲しいの。

 

「わたくしの方が絶対前だったのに!!誰に聞いても同時とか!何でターフグラウンドには判定カメラついていませんのぉ!!」

 

むきー!と隣人はベッドを転がり回る。わぁまるで賢いチンパンジーなの。・・・こっそりとカメラで撮っておくの。

 

こいつは何故か人気があるので、こういう写真や映像データは高く売れるの。今日のプリンもこれで貰ったの。まさに現代の錬金術なの。

 

今日の取引相手はシンボリルドルフだったの。自分に負けて落ち込んでないか調べてくれとか言っていたの。互いに自分が勝った気でいるのはなかなか面白い状況だと思うの。

 

まあプリンにはどーなろうとどうでもいいの。さぁ愉快に踊るのプリンのプリンの為に。

 

 




てなわけで次回新章です。

ようやくデビューに向けて動き出します。メイクデビューからのクラシック戦線。それに合わせて原作キャラを投入していきます。

オグリン世代一つ前くらいが新入生として入ってきた感じですね。誰だ?ゴールドシチーか?でもシリウスシンボリとかの方がストーリーに深みが出そうではある。ルナちゃん時代を知る奴って美味しいポジションだよね!

エアグルーヴ大好きだから出したいけど、まだロリグルーヴなんだよな。いつかまた再登場させたい。



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06R ミカドランサー先輩の事件簿
レースの余韻はヌカッと爽やか!


今回は久々にルドルフが出てこない奴。わたしの体調が最近すぐれないのは皇帝ルドルフの怒り説を検証したいと思います。


ミカドランサーは激怒した。

 

必ず、かの邪智暴虐の親友を負かさなければならぬと決意した。ミカドランサーのレース結果はわからぬ。ミカドランサーはただの学生である。悪戯をし、はしゃぎまわり走り回り友人と遊んで暮して来た。

 

けれども勝敗に対しては、人一倍に敏感であった。きょう放課後ミカドランサーは教室を出発し、野を越え山越え、少しばかりはなれた此このトレーナーの仕事場にやって来た。

 

「いやあの結果は君の責任だろう」

 

わたくしのトレーナーはそんな怒りを無情にもバッサリと切り落とした。情け容赦のない一撃ですわ。でも納得いきません。まるでわたくしがポカをやらかしたという風にいうのはやめてもらえますか!怒りのままトレーナーを詰問します。

 

「油断ではないが・・・最後ビビっていただろう?一瞬脚が鈍っていたぞ」

 

はぁ!?わたくしビビってないですが!!わたくしは完璧にしてやったり状態でしたわよ!全部が事前の作戦通りに運びましたし、わたくしの脚にはルドルフは絶対追いつかないってトレーナーが言ったんじゃないですか!

 

わたくしは違う違う話が違うと言いながらテーブルをバンバンと叩く。叩かれた衝撃が起きるたびにテーブルに置かれているキーボードや缶コーラが少し浮き上がる。

 

明らかにめんどくさそうな顔を隠さないトレーナーは、わたくしを無視して自分の仕事に戻る。ぐぬぬこのわたくしを無視してキーボードをガチャガチャしていい度胸ですわね!貴方にも罰が必要なようですわね。おりぉあ!!

 

腹の立ったわたくしはテーブルに乗っていたトレーナーの私物の缶コーラを強奪する。プルタブを勢いよくひねり一気に煽る。

 

ゴキュゴキュ!くどい甘さと炭酸の刺激が喉を焼く。むぐっ!あまりに勢いよく飲み過ぎた。むせ返りそう。

 

 

・・・あっやばいこれはあかんですわ。

 

 

そこから先のことはあまり言いたくはありません。ただ一つ言えることはその日のトレーニングは中止になったこと。トレーナーが結構マジで怒ったこと。そしてそのあとわたくしはキーボードの分解清掃をさせられたことです。

 

良い子のみんな!一気にコーラを飲んではダメですわ!ミカドランサーちゃんとの約束ですわよ!

 

 

--------

 

 

ということがありましたので、今日はトレーニングがお休みですの。トレーナーが今日はもう帰れって言って話を聞いてくれませんの。

 

「相変わらずだねぇ♡」

 

そんなわけで暇になったので、わたくしはブルーの練習を見学しにきたのです。刈り上げキャンディーの人の隣でのんびりと見学をしていました。頼めば快く見学を許してくれたのです。

 

本当はチームリギルに行っても良かったのですが、あそこは今忙しいですからね。おハナちゃんトレーナーは対応にてんてこまいですの。邪魔するわけにもいきませんし。

 

「あのレースの後からずっとあの調子だもんね。すごい宣伝効果だったんじゃないかな?」

 

ええ全くその通り。新入生の歓迎を兼ねたレースの前座という名目だったのに、前座とは思えない盛り上がりでしたからね。チームリギルの評判はまさにうなぎ上り。飛ぶ鳥を落とす勢いですわ。

 

新入生がトレセン学園で最初に見るレースがあんなものだなんてレース観ぶっ壊れますわね。チーム見学期間のことなんて知らない新入生が、それはもうひっきりなしに練習見学を申し込んでくるらしい。

 

新入生でもチームリギルのことは少し調べれば分かる。スターウマ娘のマルゼンスキー先輩が立ち上げ、シンボリ家スーパーホープのシンボリルドルフがいて、その上メンバーが最低3人欠員中。

 

一応公式戦には出てないですが、エキシビジョンレースで素晴らしい成績を叩き出している。その為新入生限定で知っているチームアンケートを取れば、スターウマ娘の所属するトップチームの次くらいの場所に、チームリギルがいるくらいですもの。

 

うわぁ改めて考えるとなんだあのチーム。そりぁあどう考えても勝ちウマですもの。乗りたがるのはわからなくもない。

 

わたくしとブルーの所には全然来ないですけどね!!

 

「うちにも来たよ。断ったけど♡」

 

えっなにそれ聞いてない!?じゃあ来てないのわたくしのところだけ?なんで!!

 

「トレーナーが何処にいるのか分からないからじゃないか?俺も阿部トレーナーの事は初めて聞いたぞ」

 

隣で話を聞いていた刈り上げキャンディートレーナー。ええと名前はたしか、そう!沖田ちゃん・・・だった筈!

 

「沖野トレーナーだよ」

 

そう。沖野トレーナー!わたくし名前を覚えるのは苦手なので許して欲しいですわ!

 

別に気にしてないさと軽く流してくれる。うーん人が出来ている。うちのトレーナーにも見習わせたいですわ。それにしてもうちのトレーナーをご存知で?

 

「ああ。今学期の初めに誰が何処に所属しているか書かれた資料がトレーナー全員に回されたからな。ミカドランサー、お前が何処に在籍しているのかはその前までは伏せられていたんだ」

 

結構騒ぎになったんだ、誰だ阿部トレーナーって知らないぞってな。そう言って沖野トレーナーは肩を竦める。うーんやっぱりトトロはレアキャラですのね。でも多分たづなさんあたりが絡んでそう。勘ですが。

 

トレーナーはトトロなので神出鬼没なのですわ。普段資料室から出ませんからね。もっと日の当たる場所に出ろってわたくしが言わなくてはならないかもしれませんわね。

 

とにかくうちのトレーナーの事はいいのですわ。それよりもブルーが見学を断る理由がよく分からないのが気になりましたの。新入生をラリーに勧誘しなかったんですの?

 

「したよ?でも反応芳しくなくて。ウマ娘のラリーなんてあるんですか?なんて言われたらさぁ」

 

ブルーはなんとなく凹んでいる気がする。ウマ娘ラリーは日本だとマイナー競技ですからね。わたくしもブルーが貸してくれたビデオ以外のレースは見たことありませんし、地上波放送もしてませんからね。

 

ああその時の光景が目に浮かぶようです。こいつはラリーとシューズの話題になるとやたらとぐいぐいくるし、なんか早口になるのです。きっと新入生は困惑したに違いありませんわ。

 

まだ見ぬ新入生さん、心の中で代わりに謝っておきます。ですがブルーはいい子なんです。変わり者でもありますが。

 

「今失礼なこと考えてなかった?」

 

なんのことでしょう?まぁまぁいいじゃありませんか!ラリー走ならわたくしが付き合いますし!今度また林道に遊びにいきましょう!ねっ?

 

「・・・分かったよ♡約束だよ?」

 

もちろん約束ですわ!なんなら指でも切ります?

 

 

---------

 

 

練習中に突然現れた訪問者は勢いよく手を振りながら去っていった。ブルーの練習の合間の息抜きとして以外にも色々分かったな。以前から本人から話は聞いてはいたが・・・いい友人を持ったな。

 

「まあね♡」

 

俺の言葉を聞いてブルーは少し楽しげに笑う。練習中にはあまり見せない表情だ。こいつは練習となると途端にストイックになるからな。

 

俺の担当であるブルーは練習中の集中力は大したものだが、気の抜き方がなっていない。最初はおハナさんからこの子は手はかからないとは言っていたがとんでもない。

 

確かにトレーニングスケジュールをきっちりと決めるおハナさんなら扱いやすいかもしれない。だが俺みたいに自由に練習をやらせると限界でぶっ倒れるまでやろうとする。

 

なにせブルーは徹頭徹尾ラリーのことしか考えてない。確かにラリーの土壌の無い国から外国に殴り込むわけだから、焦る気持ちは分からなくはない。それが悪いってわけではないんだが、どうにも考え方が尖っている気がする。

 

そんなブルーが明らかに気に入っているのがさっきのウマ娘・・・そんなに凄いのか?あのミカドランサーは。

 

「はっきり言って天才だよ。トラックで走るのが勿体無いくらい」

 

強い断言だな。ブルーがここまではっきりと言うとは。

 

・・・そうか。じゃあ俺達も負けるわけにはいかないな。よしっ!じゃあ練習再開するか!

 

「ならちゃんとメニューくらい組んで欲しいな♡」

 

そう言うなって。お前は基礎はしっかりと出来ているから今更口を出すこともない。俺にできる事は全力でサポートする事だけだ!

 

まぁ行き過ぎないように見張るくらいだけどな。俺の言葉を聞いてブルーはわかりやすくため息をつく。その反応は結構傷つくぞ。

 

そう思っていると唐突にブルーはこちらを向いてて問いかけてくる。

 

「沖野ちゃんはさ♡わたしがラリーなら行くことに反対しないよね?なんで?」

 

ブルーにしては珍しい質問だな。うーんそうだな確かにここに残って欲しい気持ちがないわけじゃない。残ってくれたらドリームトロフィーにすらいける才能はあると思うからな。

 

でも叶えたい夢があるなら、俺はお前のトレーナーとして最後の最後まで応援し続けるって決めたんだよ。なるんだろ?ラリーチャンピオンに。

 

「・・・そっか。じゃあ行ってくるよトレーナー。ちゃんとタイムは測ってね」

 

そう言って俺の愛バは背を向けてダートグラウンドへと向かって駆け出していった。

 

俺の勘違いかもしれないが、その背中は普段よりも少し嬉しそうだった気がする。




ブルーもそろそろ掘り下げます。ブルーはラリーへの情熱を理解してくれる人に懐きます。夢を肯定してくれると倍率ドンッ!

なんせ入学前は周りは敵だらけになると思っていたくらいですからね。なのでブルーちゃんは最近ほんわかしています。なんというかあったかふわふわ。


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ルドルフのダイエット未遂事件

この物語はあくまでもスポ根コメディなんですよ。最近シリアス風味多くない?へたっぴ、そんなんじゃダメだよ。ですのでルドルフコメディ回です。ブルー許せ。




新入生入学式が終わって少し経ったある日。わたくしはクラスの黒板の前で教壇に立っていました。ずらりと椅子に座って並んだクラスメイト達。その思いは一つになっていた。

 

わたくしの腕には議長!!と書かれた腕章が付けられている。ええ!今日の緊急会議の進行役という大役をわたくしが任されたのです!普段はルドルフがやるのですが今日はわたくし。

 

えー本日お集まりの皆さん。今日集まってもらった議題はこちらです。

 

わたくしが合図を送ると、横に立っていたバトラーが勢いよく黒板に字を書いていく。カッカッと黒板をチョークで叩く音が教室に響き渡る。1分もしないうちに黒板にはある言葉が記されました。

 

'ルドルフモテすぎ問題'

 

デカデカと書かれたその文字を見て皆は神妙な顔をした。下らない議題と思われるかもしれませんが、ちょっとまずいことになっているのです。ですので皆の意見を聞きたいのです。

 

取り敢えず議題を書いた後は問題点を書き上げたプリントを配る。配り終えるまでの時間を利用して、わたくしはまるで扇動家になったような気持ちで話す。

 

そうやって少しずつ教室のボルテージを上げていく。ノリノリで付き合ってくれるクラスメイトには感謝ですわ。

 

隅で腕を組んでいた1人が手をあげるが、わたくしはそれを無視して話を続ける。議長のわたくしが許可しない発言は認められない。

 

さあ話を続けましょう!取り敢えず状況の整理をしますわ!

 

バトラーが必死こいて黒板に必要な情報を書き写す中、さっきから隅でずっと手をあげている1人が、痺れを切らせて苛立った表情でわたくしの直ぐそばまで寄ってくる。

 

そして彼女はわたくしにアームロックを仕掛ける。ぁぁあ痛い痛い!タンマ!ちょっと待って!があああ!

 

「議長。発言しても宜しいかな?」

 

ルドルフはアームロックを掛けているとは思えない程丁寧な口調で許可を求めてきた。

 

 

---------

 

 

「こういう議題なら私のいない所でやってくれないか?」

 

アームロックからわたくしを解放したルドルフから最もな意見が出る。ですがちゃんと訳がありますのよ。

 

「・・・言ってみろ」

 

その方が面白そうだとみんなの多数決で決まりましたの。ですのでわたくしのせいではない。おわかり?

 

わたくしは腕を組みながらはっきりと自分の意見を述べる。ルドルフには残念でしょうが、多数決という実に民主制溢れる方法で決まったのですからしょうがないんですの。つまりわたくしは悪くない!

 

「ちなみにお前はどっちに入れた?」

 

勿論ルドルフも参加すべきだと票を入れましたわよ!あー!ストップストップ!暴力反対!

 

ルドルフが指をコキコキと鳴らし出したので急いでストップをかける。このままだとスーパー折檻タイムに突入してしまいます!

 

だってしょうがないじゃないですか!この問題はわたくし達だけではどうしようもないんですもの!貴方だってわかっているでしょう!!

 

そう、この数日で表面化してきた問題。ルドルフファンクラブが暴徒と化している。いや暴徒になりかけていると言っていい。

 

新入生歓迎という名目で行ったレース。そこで劇的な走りをしたルドルフ。その結果としてルドルフはデビュー前でありながら新入生の憧れの先輩というポジションを手に入れた。

 

そこまでは良かった。同期としても目標にされているルドルフが後輩から評価されているのはわたくしにとっても鼻が高い。問題はその後の事です。

 

ルドルフの所属するチームリギルに、それはもう大量に新入生の見学希望の声が上がっている。断っても断っても溢れてくる声。

 

そのうち収まるだろうと思っていたのにそんな気配が全然ないのです。疑問に思ったわたくし達がシンザン会長に許可を取って調査をしてみると、どうも既存のルドルフファンクラブとは違う別のファンクラブを新入生が立ち上げたらしい。

 

なんでこんな短期間にもう一つファンクラブができているんだとか、二つあるのは面倒だからさっさと併合しろとか思わなくはありませんが、取り敢えずルドルフってば実はとんでもないタラシマンだった事実に驚きですわ。

 

旧ルドルフファンクラブの言い分としては、新ルドルフファンクラブは今まで築き上げた秩序を脅かす外来種のようなものです。イエスルドルフ・ノータッチがモットーなので遠くから見守るスタイルでした。

 

せいぜいがルドルフが写った写真や、練習を遠くから見てかっこいいなぁと言うくらい。つまり後方理解者づらをしているのです。わたくしが写真を流しているのがこちら。

 

そして新ルドルフファンクラブはどうにかしてルドルフに近づこうとする急進派です。あの手この手で気に入られようとしているのはもう草生えますわ。

 

露骨にアピールしたり、物を贈ったりするわけですね。あと勝手に見学に来てキャーキャー言っているのはこっちです。わたくしへの引き抜き工作までしています。やり手の新入生でもいるのでしょうか?

 

その二つが競い合うように内容がエスカレートしてきているのですね。旧ルドルフファンクラブも方針転換してもっと積極的になるべきなのではとの意見すら出てきている。やーんルドルフてばモテモテですわね。

 

いやそれくらいなら微笑ましくていいのですが、わたくしが問題視しているのはそこではありません。問題なのは差し入れの手作り弁当です。

 

手作り弁当の差し入れとか少女漫画の中の出来事だと思っていましたけど。ルドルフ・・・貴方は今日お弁当何個もらいました?

 

「・・・・4個だ」

 

ルドルフは自分でお弁当作るタイプなので、それも合わせて今日だけでお弁当を5つ食べてる訳ですわね。しかもきっちり食べて感謝の手紙まで書いてるんですわよね?

 

自分のファンを無碍にしないのは美徳ですが、このままだと確実にデブりますわよ。ファンサービスも程々にしなさいな。

 

わたくしの言葉を聞いて、ルドルフは頭を抱えながらだったらどうすればいいんだと落ち込んでいる。悩むのなら普通に断ればいいのに・・・。

 

いやルドルフの事ですから、1度受け取ったら後はなし崩しですわね。今更迷惑だからやめてくれとは・・・言えないでしょうねぇ。やーいルドルフのヘタレー。

 

まあつまり要約すると新ルドルフファンクラブの手段を選ばないグイグイっぷりに、厳格な独自のルールを持つ旧ルドルフファンクラブがぶちぎれているのです。

 

互いに離反者が出たりして、それはもうバチバチにいがみ合っているので学園の秩序的な意味でまずい。まるでアサシン教団とテンプル騎士団めいていますわ。自由か秩序か・・・もう戦争まったなしです。

 

そしてこのままだとルドルフの体重がやばい。今は大した事はありませんが、5月中頃の一斉健康診断で体重とか測るんですわよ?ルドルフが体重を気にするタイプかは知りませんが、増えているとしたらそれは多分脂肪ですわ。

 

現状腹が出てるとかはないのですが・・・ルドルフが食べ過ぎているせいで、練習が効率的に行えないとおハナちゃんトレーナーから聞かされてはもはや見過ごす訳にはいきません。

 

だからこそこれはこのクラスの死活問題なのです。同期の一番星とされているルドルフが太ってノロマになったら、わたくし達はどんな顔をすればいいのでしょう。わたくし達の目標が体重管理もできないウマ娘だなんて冗談じゃありませんわよ。

 

ですのでクラスの皆さん。何か意見があればどんどん出して下さいね。

 

落ち込むルドルフを尻目にわたくし達は意見を交換し合うことになった。ああそれとルドルフは後で体重計に乗って下さいね。保健室からパク・・・借りてきましたので。

 

 

---------

 

 

会議は踊る、されど進まずとは誰が言ったのでしょう。兎にも角にも面白いこと重点主義者の多いわたくし達のクラスメイトによる議会は混沌の一途を辿ることになりました。

 

普通に断ればいいのにとか、走って脂肪を燃やすんだよ!とか、お弁当をみんなで食べる?とか、ルドルフが太ったら面白そうだよねとか、潰して食べればカロリーはゼロとかそんな意見が飛び交う。

 

その後はクラスメイトが嫌がるルドルフを無理やり体重計に乗せたり、わたくしがルドルフがヘタレなのが悪いと黒板にデカデカと書き込んでヘッドロックをくらったり、ブルーがルドルフのお腹に手を当てて何ヶ月かな♡といって吊し上げられたりしました。

 

とにかく意見は出揃った感があるので取り敢えず情報を纏めてシンザン会長に報告に行くことにする。わたくし1人です。

 

ルドルフは教室に置いてきました。そのくらいの慈悲の心はわたくしにもあるのです。憧れの人の前で赤っ恥なんてかわいそうですからね。

 

と言うわけでシンザン会長、これが報告書です。

 

「新学期早々の問題が彼女から出るとはね・・・」

 

シンザン会長は意外そうな顔をしながら受け取った報告書に目を通している。まぁルドルフは基本的に優等生ですからね。何かと問題を鎮圧する側ですし。なのでわたくしがきっちりとフォローを入れてあげないと!

 

シンザン会長・・・ええ予想外だったとは思いますが、ルドルフも悪気があったわけではないのです。わたくしの顔に免じて許してあげて欲しいのですわ。

 

「いや・・・一発目の問題行動は君だと思ってたんだけどね、予想が外れたなぁ」

 

えっなんで!わたくしは優等生なので問題なんてそうそう起こしませんわよ!




最近体調不良なのはルドルフの祟り説があります。だから明日は謎の奇病になっているかも。許せルドルフ・・・物語のための致し方のない犠牲なんだ。



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解釈違いなので、貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ

もうおしまいだ!


「新参者のくそったれどもは、ファンクラブとしての活動を汚し!誇りを貶めた!その上あろうことか我らが特別顧問を引き抜こうと行動を取っている!もはや許せん!!」

 

やれー!ぶっ殺せー!という声を放つ群勢を前に、ファンクラブ会長が勢いよく吠えている。なんですかねこれ。このファンクラブってこんな殺伐空間ですの?わたくし知らないんですけど。あとファンクラブ会長、貴方そんな事言うタイプでしたっけ?

 

取り敢えずわたくしは新旧の仲介の為に旧ルドルフファンクラブまでやってきたのです。こちらにはわたくしの顔がききますからね。様子見という奴です。

 

「奴らは日本のウマ娘にあるまじき連中だ!奥ゆかしさと慎みというものを母親の腹の中に忘れてきたようだ!後から出てきて公式ファンクラブだと?!なんという恥知らずだ!反吐が出る!」

 

そしてその考えの甘さを思い知らされた。彼女たちはこっそりと見守るという信条の非公式ファンクラブ。そして後から来た新ファンクラブが公式ファンクラブになろうと躍起になっているという状況だった。

 

確かにそんな状況ならもしわたくしでも面白くはないでしょう。しかしまさかここまで新旧で溝が深いとは・・・。

 

それにこの子達血の気が多すぎる。なんで決起集会なんてやってるんですか。思ってた以上にやばすぎる。これじゃあまるでトレセンの火薬庫じゃないですか!

 

「奴らはもはや獣だ!飢えた痩せっぽっちの新入りどもに狩りの仕方を教えてやる!!特別顧問!号令を!」

 

やめて!わたくしに話を振らないで!もしわたくしがゴーサイン出したらどうなるんですか!

 

そんなわけでわたくしは核発射ボタンを押す大役を任されていた。

 

もうやだ。

 

 

--------

 

 

今はその時ではないとか適当に意味深なことを言って取り敢えずわたくしはその場を逃れた。なんとか時間を稼いで手を打たなくては・・・というか勝手に人を特別顧問にしないで欲しいですわ。

 

集会会場から出て全力ダッシュ。廊下を全速力で駆け抜け蹴破る勢いで生徒会室のドアを開けた。

 

シンザン会長助けてください!このままではトレセン学園が崩壊しますわ!わたくしの手には負えません!実はゴニョゴニョで!

 

ファンクラブ。決起集会。抗争。最終戦争。核の冬。黒歴史が来る。そんな感じのキーワードを言ったような気がします。焦っていたので上手く言えたかわかりませんがとにかくやばい。

 

「えぇ・・・」

 

シンザン会長はわたくしの口から聞いたあまりにあんまりな状況にドン引きした。でもほら!なんとか手は打てますよね?!ねっ!?ほらバンダナ先輩とかいるじゃないですか!

 

困ったときの問題児のまとめ役、バンダナ先輩のお力ならこんな状況でもなんとかなる筈ですわよね!いつだって頼りになる先輩ですもの!

 

「彼女でも流石に新入生相手を纏めるのは不可能だよ。それに・・・彼女は外せない用事とやらで今学園にはいないんだよ。あはは参ったなぁ」

 

シンザン会長は薄っぺらい笑い声をあげたあと、立ち上がり締め切っていたカーテンを少し開けて外を見ている。いや会長!おそらきれいだなんて言ってないでなんとかしないと!

 

シンザン会長の肩を掴んでがったんがったん揺さぶっても芳しい返事は返ってこない。虚空に向かってあの時無理矢理にでも引き込んでおけばよかったなぁ・・・と呟いている。

 

もうダメだ畜生!なんでシンザン会長もバンダナ先輩も肝心な時に役に立たないんですの!わたくしは騒動を起こすのは得意でも収めるのは苦手なんですのよ!あわわもうおしまいですわ。わたくし地元のトレセンに里帰りさせていただきます!あいたぁ!

 

「落ち着け」

 

後ろから振り下ろされた拳骨の痛みでわたくしは身悶えする。振り返るとそこにはいつのまにかルドルフが立っていた。何故かマルゼンスキー先輩とおハナちゃんトレーナーもいる。

 

「おっはーミカドちゃん。元気してる?」

 

おっはーですマルゼンスキー先輩、おハナちゃんトレーナー。シンザン会長なら壊れてますわよ。ほらあれ。

 

みんなでわたくしが指差した先に目線を動かすと、そこにはもうやだぁ!と言ってへたり込んだ会長の姿が!

 

うわぁかなり重症ですわちょっと退行してる。わたくしも最近なにかと忙しい何も考えず走りたいよとこの前愚痴られましたから・・・。ストレス社会とはかくも恐ろしいものなのですね。あっマルゼンスキー先輩が駆け寄って行った。

 

わたくしは取り敢えずシンザン会長を見ないことにしつつ2人に問いかける。

 

ルドルフとおハナちゃんは何故ここに?遊びにきた感じではなさそうですわよね?

 

「ええ、あの自称ファンクラブはこっちも困っていたのよ。直接話し合ってきたからシンザン会長にも話を通しておこうと思ったのだけど・・・」

 

あれじゃねぇと言って窓際におハナちゃんトレーナーは目をやる。そこではマルゼンスキー先輩がシンザン会長を慰めている。

 

マルゼンスキー先輩がシンザン会長をよしよしする光景はなんかアレですわね!アレです!わかるでしょう?保護欲ぅ・・・ですかね?そんな感じです。

 

ですがこれ以上シンザン会長にストレスを与えると、本格的に赤ちゃんから帰って来れなさそう。あまり刺激の強い報告とかは後にしたほうがいいと思いますわ。

 

「大した内容じゃないわ。正式なファンクラブにしてくれるのなら今すぐにでも収められるって言ってたもの。許可を出して収められるなら安いものでしょう?私もマルゼンスキーファンクラブ員だし、ファンクラブの申請のやり方くらい知ってるわよ」

 

その言葉を聞いてシンザン会長はうぐぅ!と呻き声を上げて動かなくなった。ああ核爆弾スイッチの安全装置が外された。

 

なんてことですのこの学園はもう助からないゾ。

 

 

--------

 

「えぇ・・・」

 

わたくしの説明を聞いて、おハナちゃんトレーナーはシンザン会長と同じようにドン引きしている。

 

おハナちゃんトレーナーが聞きに行ったのは新しい方のファンクラブだけ。まさかまさか古い方のファンクラブがそんな状態だとは全く思っていなかったらしい。もはやまったなし。

 

「というかミカド・・・。お前旧ファンクラブはみんな大人しくていい子ばかりと言ってなかったか?話しと全然違うんだが」

 

ルドルフが目元を押さえながら最もな事を言ってくる。いやわたくしだって今日初めて知りましたわよ。いやぁ真面目でおとなしい子がキレるとヤバいって本当ですのね。勉強になりましたわ。あはは・・・。

 

わたくしもうどうしよう。ここももう少しで火の海ですわ。あはは!

 

「話しと全然違うんだが!」

 

けれども現実から逃げる事をこの皇帝は許してはくれないのです。ああ!やめてルドルフ耳をつねらないで!そこまで大きな声を出さなくても聞こえてますわよ!だからその対策を話し合う為に来たんですわよ!ああ痛い!

 

話が進まないのでひとまず離して貰う。ですが大丈夫ですわたくしにいい考えがあります。

 

「どうせロクな考えじゃないと思うが・・・言ってみろ」

 

失礼な!そんなことはありませんわ!殴り合って生き残った方が正規のファンクラブと言って、両ファンクラブを潰し合わせるのです。生き残るのは片方だけ。これで即効解決ですわね!

 

「なるほど素晴らしい良案だな。その真ん中にお前を投げ込んでやる」

 

・・・冗談ですわ!本気にしないでくださいね!

 

わぁおルドルフってば本気の目ですわ。と言っても良案なんてありませんわ。なんとか和解させる必要があるのですが、なんも思いつきませんもの。

 

シンザン会長はポンコツ化したしもはや頼れるものはおハナちゃんトレーナーとルドルフのみ。マルゼンスキー先輩?こう言う状況向けの人ではないですわね。

 

あれこれ手詰まりでは?こんなの薩摩と長州に和平を結ばせるくらい無理!坂本龍馬!どこですの坂本龍馬!

 

あとブルーどこ行ったんですの!さては逃げやがりましたわね!




ブルーは何をしているんでしょうね?ふふふ。


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ブルーインプのスパイ経済講義のお時間

解釈違いで首を吊るされるのは私のようです。

かなりの難産でした。読めばこの話はイメージと違う解釈違いですねとなるかもしれません。石を投げるのなら私に投げろ!



わたしは自分のファンクラブメンバーに密かに指示を出し、事細かに情報を集めていた。ルドルフちゃんのファンクラブがこんな事態になるのは予想外だったけど、なんとか先手を打てた。

 

わたしのファンクラブがある事を知った時は驚いたが、こういう時には率先して働いてくれる。本当にありがたい限りだ。ラリーにはあまり興味を持ってくれないのはマイナスだけど。

 

これからする事はミカドちゃんとルドルフちゃんには内緒だ。もし知られたら・・・あまり考えたくはない。

 

わたしが学園に来た目的はラリーチャンピオンになる事、そして日本でラリー文化を根付かせる事、この2つだ。

 

その為に必要なピースは揃いつつある。設備に資金、わたし以外のスター選手になれる逸材。そしてラリーチャンピオンの夢に賛同してくれるトレーナー。

 

最初はトレセン学園ですんなりと手に入るとは思ってはいなかったけど、わたしはそれらを見つけることができた。デビュー前に目処がつくなんてわたしは実についている。

 

けど一つ足りないものがある。それをなんとか手に入れようとしていて今回のこの事件。棚からぼた餅とはまさにこのこと。

 

新旧ルドルフファンクラブのぶつかり合い。ミカドちゃんはなんとか和解させようとしているけどとんでもない。これは絶好の機会以外の何物でもない。うまく立ち回れば足りないピースを埋められる。

 

学園のファンクラブは大きく分けて3種類ある。ウマ娘個人のファンクラブ。チームのファンクラブ。そして生徒会ファンクラブだ。

 

旧ルドルフファンクラブ。今はルドルフちゃん個人を推しているとのことだが、元々は生徒会ファンクラブから派生したものだ。

 

生徒会ファンクラブは代々の生徒会を応援する、おそらく学園で最も長い歴史を持つファンクラブだ。生徒会が代替わりしても次の生徒会を応援する形になっている。

 

だからこそあそこまで新ファンクラブに怒っているのだ。旧ファンクラブは生徒会ファンクラブの伝統を引き継いでいるに違いない。その伝統を踏みにじられたと感じているのだろう。

 

外部への情報が漏れにくい学園という閉鎖された空間で、生徒会ファンクラブはかなり変わった役割を持っている。

 

生徒会は学園でも選りすぐりのメンバーが選ばれることが多く、当然そういったウマ娘は学外のファンも多い。そこで生徒会の学外ファンに向けた情報発信は生徒会ファンクラブから発信される。

 

他のファンクラブとは違い自分がキャーキャー言うだけでなく、外部のファンをキャーキャー言わせるという役割がある。つまり学園外部への影響力が大きい。しかも特別なコネクションを代々引き継いでいるという噂もある。

 

旧ルドルフファンクラブの会長も大人しそうな見た目に反して会長を任される程の人。それにあの人は元々生徒会ファンクラブのメンバーだった。そこから派生のルドルフファンクラブ会長を任させるのなら、まず間違いなく見た目通りの人ではない。

 

会長に選ばれたのは最もルドルフちゃんを推しているからではない。メンバーから尊敬されているからでもない。彼女が最も組織運営能力と情報発信に長けているからだ。

 

その証拠にあの会長は生徒会ファンクラブでは元々纏め役の1人だったという情報がある。おそらくそこで培った能力だろう。まず間違いない。

 

わたしやミカドちゃん、沖野トレーナーでは埋められない穴。それが情報発信能力だからだ。わたしはそのノウハウや人員が欲しい。

 

いずれわたしがラリーに飛び込んだ時、わたし個人用にバックアップができるようにしておかなければならないからだ。あの時母さんのメディアに活躍が報じられなかったのは発信力がなかったからだ。あの時と同じ轍は踏まない。

 

あのファンクラブにはそれを叶える力がきっとある。でも外部の干渉からは鉄壁でなかなか機会がなかった。メンバーには鉄の掟があるから個人へのアプローチも厳しい。

 

何故かミカドちゃんがあそこであんなに重用されているかは謎だけど・・・まぁミカドちゃんだからなぁ。でもこれは絶好の機会。ようやく隙を見せてくれた。

 

ごめんねルドルフちゃん、わたしは欲張りなんだ。わたしは・・・ルドルフちゃんのファンクラブにスパイを送り込むよ。

 

僅かに良心が痛むがやらなくてはならない。これはちょっとした裏切りみたいなものだ。勿論親友のルドルフちゃんを追い落とすとかそういうつもりはない。彼女の応援は是非続けて欲しい。

 

だけど最終的にはラリーを布教することに繋がるようにさせてもらうね。この騒動はうまく収めるし、最終的にわたしも恩恵に預かれる。

 

ありがとうルドルフファンクラブの皆。いただきます。

 

---------

 

もはや地獄絵図と化した生徒会室で緊急対策を練る。この現状を上にバレる前になんとか沈静化させないと・・・。

 

もし上にバレたら、ファンクラブを解散させられるかもしれません。これからルドルフはメイクデビューを控える身。最初からこんな所で転ぶのは災難すぎますわ。

 

とはいえファンクラブをこのままにしておくわけにはいかないのも事実。うーんルドルフなんかいい案ありませんか?貴方ならこう、スパー!と解決するナイスな案があるのではないですか?

 

わたくしは期待を込めてルドルフに尋ねる。けれどもルドルフは腕を組み渋顔のまま悩んでいる。

 

「・・・手詰まりだな情報が少なすぎる。私は旧ファンクラブの人たちは殆ど知らないんだ。正直お前の話は全く当てにならないからな」

 

ぐぬぅ。ルドルフってばわたくしの事前のファンクラブの話と、今の実際の状況が噛み合わないのを根に持っていますわ。ちゃんと謝ったのに・・・。

 

それにしても旧ルドルフファンクラブがあそこまで怒るのは予想外にも程がある。確かにイキり新入生は面白くないかもしれませんが、それにしても普通ここまで大事になります?

 

あーでもないこーでもないと意見を付き合わせているとわたくしのスマホが着信音をけたたましく鳴らす。一体誰なのでしょうか?

 

断りを入れてからスマホを覗き込むと。むっ・・・逃げたブルーから連絡が入りましたわ!あんにゃろうめ謝罪の一つじゃすみませんわよ!はいもしもし。

 

『やっほー♡ミカドちゃん大変みたいだね』

 

こいつ・・・!わたくし大変なんですわよ!貴方は一体どこほっつき歩いてるんですか!ルドルフもいるので今すぐ生徒会室へ来なさい!ハリー!ハリー!

 

『生徒会室・・・じゃあちょうどいいか♡こっちも色々調べておいたんだよ。これから説明するからスマホをスピーカーモードにしてもらってもいい?』

 

ブルーはわたくしのスマホのスピーカー越しに概要を説明していく。現在の状況。ファンクラブメンバーの詳細。なぜここまで大事になったのか。簡潔ながら出来る限り正確に。

 

まるで事前に調査していたかのような・・・あるいはブルーはすごく情報通だったりするのでしょうか?

 

話が進むほど白い顔色のシンザン会長が少しずつ血色を取り戻していく。ルドルフは現在の状況に納得した顔になり、おハナちゃんトレーナーはブルーの行動力に感心した顔つきになる。

 

そして蚊帳の外のわたくしとマルゼンスキー先輩は、はえーブルーしゅごいという感想以外出てこなかった。

 

そして報告も終盤、ブルーはこれからどうするべきかの案を提示してくる。確かに・・・その案なら上手いことやれば丸く収めることができるかもしれませんわね。

 

ルドルフはその案を聞いて一人頷き、シンザン会長へ許可を求める。決意の籠もった瞳から覚悟の光が見える。

 

ルドルフの様子を見て、調子を完全に取り戻したシンザン会長の鶴の一声で全ての許可は通った。あとは事態を収めるだけの状態となる。

 

事態は混迷していますが、どうやらなんとかなりそうですわね!よしブルー!わたくしは何をすればいいのですか?えっ状況が混乱するから何一つ発言するな?!えーそんなー!

 




実は昨日書き上がっていたのですが、ブルーがなんか友人を利用してるみたいになって何度も書き直しました。親友は好きだけど、その上でそろばんを弾きます。

前回の話でブルーがルドルフを揶揄う場面が評判良かったので、彼女の株が落ちないか心配でなりません。本当にいい子なんですよ?

ブルーインプは可愛いだけのウマ娘だけではなく二面性を持っています。可愛らしい人情家な一面と、クールでニヒルな一面ですね。彼女は将来ほぼ孤立無縁で世界へと挑戦するんです。清濁を飲み干すくらいの覚悟はあります。


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I am the future.

未来はより良い明日になるだろう - ダン・クエール


そんなわけで現在会議室ではルドルフとおハナちゃんトレーナーのリギル組。シンザン会長含む生徒会メンバー、立案者としてブルー、そして新旧ファンクラブから代表含む数名で話し合いが行われているのです。

 

わたくしは・・・お外で待っています。マルゼンスキー先輩がお目付け役としてわたくしを監視するという名目で、会議室にほど近い学食ことカフェでお茶をしています。マルゼンスキー先輩の奢りで飲むフルーツオレは最高ですわね!ズズズ・・・。

 

それにしてもブルーがあそこまで計画を立てていたのは予想外でしたわね。逃げたと思ったのにとんだ伏兵と言えるでしょう。

 

わたくしが関わると面倒ごとになるからと、あそこまで念を入れられてはわたくしすることがありません。でも心配ですわねぇ。

 

ねー。とマルゼンスキー先輩とにこやかに話し合う。思えばあいつらはチーム賢いズですわ。なんかハブられたみたいで納得いきませんがしょうがないですわね。

 

ブルーが考えた策は至ってシンプル。最終目的は二つに分かれたファンクラブの統一です。でもそのままくっつけても真っ向から反目し合うファンクラブを統一するは難しいので手を加えるそうですが。

 

まず第三の公式ファンクラブをルドルフが設立し、そのファンクラブが新旧ルドルフファンクラブを吸収するという形になる。

 

そしてファンクラブを取り敢えず名目上だけでも一つに統一する。まあここまではただのラベルの張り替えのようなもの。内部で派閥ができるだけですから内部抗争になるだけですわ。

 

だから内部での派閥争いが起きないようにこっそりと裏から手を回すらしい。なんでも新旧関係ない偽ファンクラブメンバーを送り込み不和を収める。少なくとも両ファンクラブ落ち着くまでの間ですけど。

 

ようは統一されたファンクラブの中での派閥争いの拮抗状態を作る。天下統一の中に天下三分の入れ子構造だそうです。本当はもっと細いのですが・・・あんまり覚えていませんわ。話が長いんですもの。

 

状況を把握したシンザン会長が言うには、今回の件は旧ファンクラブの意固地さと、新ファンクラブの見切り発車から生じた物だそうです。時間をかけて相互理解を深めれば自然と解決するだろうとのこと。

 

じゃあその偽ファンクラブメンバーの人員は何処から出すかと言えばブルーのファンクラブメンバーが手を挙げてくれた。新旧関係ない中立としてのファンクラブ会長としてルドルフが一時的に任命し騒動の鎮静化を図るらしい。

 

いやぁブルーにファンクラブがあったなんて・・・。わたくし全然気がつきませんでしたわ。でもどー考えても厄ネタなのによく引き受けてくれましたわね。どんな子なんでしょうか?

 

マルゼンスキー先輩と先ほどまでの生徒会室でのやりとりを話しながら、あーでもないこーでもないとだべりながら時間を潰す。

 

途中でシービー先輩がいきなり乱入してきたりと色々ありました。楽しそうにハブられたって聞いたよ〜とニヤニヤしているので異論を唱えさせてもらいますわ!適材適所という奴なのですわ!取り敢えず傷付いたので何か奢ってください!

 

それにハブられたのではなく待機ですもの!わたくしはきちんと待てのできる優等生なので!ブルーの心配しているようなことは起こりませんわよ!

 

シービー先輩からポテトフライを勝ち取り、一緒に話しているとカフェにもどんどん人が増えてきた。見れば何故か・・・新旧ルドルフファンクラブのメンバーが多い?なんだか相談事をしていたり、わたくしの方をチラチラ見ている気がしますわ。なんなんですかね?

 

こっそりと聞き耳を立てても、人が増えてきてガヤガヤしているのであまり良く聞こえませんわ。気になる?気になりません?何かあったんですかね先輩方どう思いますか?

 

ルドルフファンクラブに関しては大人しくしておくと言った手前、あまりわたくし干渉できないんですわよねぇ。マルゼンスキー先輩もわたくしの見張りである手前動きづらいでしょうし。

 

うーんと悩むマルゼンスキー先輩。シービー先輩も首を傾げていますが流石の即断即決。シービー先輩は立ち上がってスタスタとファンクラブメンバー達の元へと歩いていった。

 

うわぁあの子たちいきなりスターウマ娘に話しかけられてすごいびっくりしてますわ。そんなに緊張しなくてもその人は特に何も考えてないですのに。

 

シービー先輩は後輩たちから事情を聞いたのでしょう。何故かシービー先輩は話の途中でこちらをチラチラと見ていましたが、最後は楽しそうな顔をしながらこちらへと帰ってきた。

 

いったいどんな話をしたのですか?えっ内緒?すぐにわかる?めっちゃ気になりますわ!ええい聞き出してやりますわ!

 

 

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マルゼンスキー先輩と一緒に聞き出そうとしてもシービー先輩は口を割らなかった。最後にはじゃーねーと言いながら風のように去っていった。何だったんですかねあの人。

 

そうこうしているとカフェの入り口に見覚えのある顔ぶれがぞろぞろと入ってきた。わたくしはおーいルドルフ達こっちこっちー!と手を振りながら立ち上がって誘導する。

 

いやぁ話し合いが長いんですもの。思ったよりも難行してたようですがようやっと終わりましたのね・・・。ルドルフ達もこちらに気がついたのかゆっくりと歩いてくる。

 

そこでわたくしはルドルフ達に違和感を感じたので、立ち上がって歩み寄る。

 

ルドルフ?やっぱりなんだか疲れた顔をしてますわね?げっそりしてませんか?

 

「・・・すまないミカド」

 

ルドルフが口を開いたかと思えばいきなりの謝罪。いやいきなり謝られても困りますわよ。ブルー、会議室では何があったんですか。決まらなかったんですか?説得失敗して核の冬確定エンドとか?

 

「いやぁ・・・これは予想してなかったなぁって。ごめんねミカドちゃん♡」

 

ブルーからもいきなりの謝罪2回目。二人して謝られる。えっなんなんですの。うまくいったんですか?いかなかったんですか?ええい!おハナちゃんトレーナーどういうことですの!話が全く見えないのですが!

 

全く状況が読めないのでおハナちゃんトレーナーに尋ねるも黙って首を横に振る。おハナちゃんトレーナー・・・なんでそんな気の毒なものを見る目をわたくしに向けるのですかね?!

 

いつものメンツが全く役に立たない状態。どうしよう。なので後ろから一緒に来ていたシンザン会長に尋ねる。この人なら詳しく状況を教えてくれるはず。

 

・・・シンザン会長。すごい嫌な予感がするのですが、一体全体何があったのですか?

 

わたくしが尋ねるとシンザン会長は聞かれるのが分かっていたかのように説明を始める。

 

「統一ファンクラブを作るところまではあっさりと決まったんだけどね、誰が会長職を務めるかのところで揉めたんだよ。両会長が自分がやると譲らなくてね」

 

まぁそこが揉めるのは事前に分かっていたので想定の範囲内でしょう。どちらを選んでも角が立つのは目に見えていますからね。でもなんとか話し合いで解決すると確か言ってましたわよね。

 

「生徒会の提示した案で、中立とは言え外部の者に会長を務めさせるのはいかがなものかと言う話になってね。取っ組み合いすら起こりかけて我々の案を引き下げざるをえなかったんだ」

 

ほうほう。

 

「それでいろいろあって民主主義に則って投票で決めたわけだよ。どのような結果になっても文句を言わない。現在の新旧ファンクラブ会長を除いた会長を任せられる人物を、新旧ファンクラブ全メンバーから集計した匿名選挙で選んだわけなんだけど・・・」

 

なんでしょうかこの流れ。わたくし何も悪い事をしてないはずなのになんだか猛烈に嫌な予感がします。帰っていいですか?

 

そう思って一目散に逃げ出そうとしたら、遠くから旧ルドルフファンクラブの会長がわたくしの元へと駆け寄ってくる。普通の足音なのに近づいてくる程頭の中からレッドアラートが鳴り響く。

 

「探しましたよ特別顧問!いえ新会長!」

 

は?

 

旧ファンクラブ会長は目をキラキラさせているような気がしますが多分気のせいではないでしょう。そいつは目をキラキラさせた死神だったのですわ。

 

慌てて断ろうとしたら後ろからシンザン会長に肩を掴まれる。何という握力なのでしょう。嫌といえば無事ではすまない凄みがありますわ!

 

肩に込められた力と、背後から感じる圧力にわたくしはマジでビビっていました。その発生源のシンザン会長はゆっくりと口を開く。

 

「民主主義とはとても残酷だね。でも何はともあれ君が会長だ、いいね?」

 

アッハイ。

 

わたくしはめでたく公認ファンクラブである'シンボリルドルフ大好きクラブ'の会長へと任命された。

 

いやいや絶対おかしいでしょう!何が民主主義ですか!とんだくそったれですわ!

 




毎日更新結構しんどくなってきたぜ!最初から分かってはいてもソシャゲ4刀流しながらはなかなかね。体調がいい日に書き溜めできればなぁ。

これでメトロイドも買おうか悩んでるんですよ。メトロイドォ!!オモロイドォ!!

ダン・クエールとは誰か。気になった人はググってください。学問の大切さを教えてくれる素晴らしい教訓なのです。


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ミカドちゃんとトレーニング

箸が休むってよ。


「君は本当に計画という意味を辞書で引き直した方がいいな」

 

辛辣に指摘を飛ばしてくる我がトレーナー。いつもよりなんだか言葉尻が冷たい気がしますわ。多分気のせいではないです。

 

えへへ・・・わたくしなりに大人しくしているつもりなのですけど、不運(ハードラック)踊る(ダンス)っちまうのがわたくしの宿命のようなのですわ。

 

何故なのかどうしてなのかいまだに理解不能ですが、ルドルフ大好きクラブの会長になってしまった以上仕事をしなくてはならない。

 

サポートとして経験豊富な旧ファンクラブ会長やブルーが手伝ってくれています。はっきり言ってわたくし本当に必要なのですかね?お飾りもいい所なんですが。

 

「要らないな。ろくな運営能力がないならいてもいなくても同じだろう」

 

ふぐぅ!!じ、自覚はありますのでもう少し・・・手心とかないんですの。わたくしをもっと労わるとかそういうのはないのですかね?

 

「ない」

 

こちらに振り返ることもせずトレーナーはキーボードをカチャカチャとタイプする。哀れにも切って捨てられたわたくしはテーブルに突っ伏す事しかできませんでした。

 

---------

 

「ほら出来たぞ。新しいトレーニングメニューだ」

 

わたくしが不貞腐れているとトレーナーがプリンターから印刷したばかりの紙をわたくしに渡してくる。

 

ぶーたれながらも紙を受け取り内容に目を通す。なになに?へーかなり攻めた内容ですわね。トレーニング強度がかなり上がっていますわね。

 

「前回シンボリルドルフに勝ちきれなかったのはかなり手痛い。正直言って予想を遥かに超える走りだったからな。君は次のレースで勝つ為には地獄を見る事になる」

 

トトロはあそこまで準備して同着一位は負けと同じだと辛辣に指摘を入れる。悔しいですが・・・三バ身くらい引き離すつもりでしたからね。

 

今後クラシック路線をいく以上必ず何処かでかち合うのはわかってます。あいつはわたくしのライバルです、そうそう同じように仕掛けても簡単には勝たせてはくれないでしょう。

 

それにかなり無理をしたせいで、あのレース以降ほぼ休養みたいなものでしたから。ようやっとわたくし再始動といった所です。次こそは誰の目から見てもわかるように勝つ!

 

「なのに何故君はそのライバルのファンクラブ会長になっているんだ?はっきり言って意味不明だぞ」

 

そんなのわたくしにも分かりませんわ!運命という荒波の前にはわたくしが行った些細な選択なんて意味をなさないのです!

 

「素晴らしい言葉だ。誰が考えた?」

 

わたくしです!

 

「なるほどどうりで薄っぺらなわけだ」

 

あまりの暴言にあるひどいひどい!とバタバタしているとトレーナーはわたくしに面倒くさそうな目線を向けてくる。ぶーぶー。

 

バタバタしているのを無視されるのも飽きてきたので大人しくする。それにしても・・・確かに強度は上がっていますけれど、このトレーニングメニューで勝てるんですか?さっき地獄と言っていましたが、それにしては緩いような・・・。

 

「その通りだ。それはあくまでも当分の間に使う前半部分だけしか書いていないからな」

 

えっ前半だけ・・・後半の方はまだ出来ていないのですか?わたくしそっちも見ておきたいのですが。

 

わたくしのお願いはトレーナーによって却下される。まだ最終調整が済んでいないし、未確定のプランだからだそうです。今テスト中でその結果が出てから採用するか決めるとのこと。

 

ひとまず目の前のことだけ考えるように言われてわたくしはトレーナーの仕事場を追い出される。仕事があるからいつも通りトレーニングを行うように言われた。何というか扱いが雑じゃないですかね?

 

トレーナーの仕事場の外は、資料室の奥にあるとは思えない無機質な廊下。どこか寒々しい雰囲気を感じるその場所はわたくしあまり好きにはなれません。

 

そこでふと思う。トレセン学園のサーバールームの隣がトレーナーの仕事場だとは聞いていました。

 

それだけにしてはドア多すぎません?資料が置いてある部屋なんでしょうか。でもそれにしては厳重すぎませんかね。各部屋にカードキーリーダーをつける意味ってあります?

 

もしかしてお高いものでもしまっているのでしょうか?そう思って見るがどの扉もわたくしのセキュリティクラスよりも数字が大きいので、わたくしのカードキーでは開けられないでしょう。

 

今度トレーナーに聞いてみよう。そう思ってわたくしはその好奇心に一時蓋をした。そして外への扉を潜ってグラウンドへと歩き出した。

 

 

--------

 

入学したての頃は麗しのターフグラウンドとまで呼んでいた美しい芝の一面。進級したことで最近は予約さえすれば普通に使えることも珍しくはない。

 

マルゼンスキー先輩の威光に頼る必要もないわけですわ。つまりわたくし1人でも使えるのです。

 

でもわたくしはターフグラウンドには行きません。今日はウッドチップでの走り込みなのですわ。あああ芝芝しばしば走りたい!やだー!ルドルフは使ってるんですわよ!わたくしも行きたい行きたい!

 

『わがままをいうな。トレーニングメニューは厳守しろ』

 

耳元のスピーカーから指摘が入る。なんとも血も涙も無い回答にブー垂れたくはありますが、トレーニングメニューには守ります。文句がないわけでは無いですけどね!

 

わたくし何処でも走れますし、なら走るのならターフでもいいじゃないですか。素敵なターフ、イカしたターフ。トレーナーもわたくしが颯爽と走る姿を見たいでしょう?きっととってもカッコいいですわよ。

 

『別にカメラ越しだから何処だろうと大して変わらないぞ。どちらにせよ今日はターフにシンボリルドルフとマルゼンスキーがいる以上一緒に走るわけには行かないな』

 

残念ながら説得は無意味に終わったようです。それにしてもまるでリギルを避けようとするかの言動・・・むっ!もしかしてトレーナーはチームリギルが嫌いなのですか?わたくしこれでも元所属チームなのであまり悪く言うと聞き流せませんわよ。

 

『別に嫌いじゃないさ。だが今年のトゥインクルシリーズの頂点はおそらくチームリギルになるだろう。なら出来るだけ情報を流さないに越したことはない』

 

トレーナーのいうことは分かりますが、なんかそれ盤外戦術みたいで好きじゃないですわね。どうせならわたくしが実力をつけて正々堂々と倒して見せますわよ!

 

『そうしてくれると私も楽ができるが・・・・まぁいいミカドランサー、今日のトレーニングの内容は覚えているな?』

 

たしか軽く走った後併走トレーニングですわよね?相手は書いていませんでしたけど・・・適当に誰かを捕まえて併走するつもりですわ。

 

『いや相手は用意している。そろそろ来るはずだ』

 

へぇトレーナーってば準備がいいですわね。引きこもりのくせにどうやってアポイント取ったんですか?けれど今日のわたくしはイケイケですので生半可な相手だと満足できませんわよ。

 

そう答えて1人で胸を張っていると、後ろからいきなり肩にぐわしと手を回される。うわぁ!驚きましたわ、何奴!

 

「イケイケだのそういう言い回しはマルゼンスキーみたいで好きじゃねぇな」

 

あ、貴方は・・・肝心な時にはいないバンダナ先輩!

 

よう!と言いながら人好きな笑みを浮かべた不良先輩がわたくしに肩を回していた。




バンダナ先輩最近出せてないから久々に出そうと思いまして。シンボリルドルフにはマルゼンスキーという先輩がいますので、そう言ったポジションに入れようかと思います。

シービー先輩でもいいのですが・・・またシットリルドルフになられても困るし、ヒシスピードが輝く回を考えているので今のうちに掘り下げておかないと。


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バンダナ先輩はいじめっ子

いちゃいちゃ回です。ミカドちゃんはたらし。


「おーおーあいも変わらず元気そうじゃねぇか。安心したぜ」

 

わたくしの併走相手としてウッドチップコースへと現れたバンダナ先輩。最近なかなか遭遇しないなぁとは思ってはいたのですが、不意のエンカウントによってわたくしは少々テンションが上がっていた。

 

とはいえこの前の騒動、ファンクラブ事件の際にはこの人はいなかったのです。問題児の管轄は貴方なのですからしっかりしてくれないととか、おかげでシンザン会長が大変だったとか・・・そんなわけで肩に回された手が滑らかにチョークスリーパーへと移行するわけです。

 

まぁわたくしが不用意に失言を口走る癖は前からなので想定の範囲内。わたくしの全力タップをんー聞こえんなぁと言わんばかりに無視されわたくしは息ができない。ぐ、ぐるじぃ。

 

『説明はいらないだろうが、併走相手は君の知り合いに声をかけておいた。まあ実力は申し分ないので問題はないだろう』

 

トレーナがなんか言っていますが、ぐええと呻き声を上げながらわたくしの抵抗は空回り。それにしてもトレーナーからのバンダナ先輩の評価が高い。バンダナ先輩は確かに強いのは強いですけど、そこまでかなぁ?

 

「お前のトレーナーから頼まれてな。俺様の所謂サブのバイトみたいなもんだ。後輩をしばくだけで金が貰えるなんていい身分だとは思わねぇか?」

 

な、なんて恐ろしい事を言うのですか!わたくしはわたくしの扱いについて抗議声明を挙げさせていただきます!可愛い後輩には優しくしましょう!ほらチヤホヤしてください!

 

「い・や・だ・ぜ」

 

わたくしは目の前がまっくらになった!

 

--------

 

危うく絞め落とされかけると言う状態の寸前でバンダナ先輩から解放される。バンダナ先輩がウォームアップしている間、わたくしも体を動かしながら話題を振る。

 

そういえば・・・これからバンダナ先輩と走るのわけですが、一緒に走るのって初めてですわね。背中を向けてウォームアップしている先輩を見る。

 

世間一般で言えばバンダナ先輩はマルゼンスキー先輩世代・・・つまり不作の年の1人としてしか思われていない。あまりに実力が隔絶したマルゼンスキー先輩と比べられるせいで色々言われているのは有名です。

 

だけどこうしてバンダナ先輩の近くにいると感じる圧は決して弱いものではない。ぶっちゃけ学園でも上澄の方なんですけどね。このクラスのウマ娘を無双ゲームのように叩き潰したマルゼンスキー先輩はやっぱりおかしいですわ・・・。

 

「うっしアップおわりっと。お前も最近そこそこやるようになったみたいだからな。俺様がかるーく揉んでやるよ」

 

軽く足踏みしながらバンダナ先輩がこっちに目を向けてくる。バンダナ先輩のことは尊敬していますが・・・舐められるのは嫌いなので挑発の一つくらいは入れておきましょう。

 

先輩先輩。併走トレーニングは闘争心を高める目的である以上、相手はそれなりに格上でなくてはならないそうですわよ?会ったばかりの頃ならともかく、今のわたくし相手に先輩で相手が務まりますか?

 

わたくしの挑発を聞いてバンダナ先輩の目の色は変わる。怒っているわけではないですが、バンダナ先輩の目の奥がギラギラとした色を帯びている。

 

「言うじゃねぇか・・・まあそこら辺は走っていればわかるだろ」

 

生意気な後輩を締めるのも先輩の仕事だからな、と言って先輩はわたくしに背を向けて歩き出す。わぁ挑発は結構効果がありましたわ。マルゼンスキー先輩にはいつも軽く流されるので新鮮ですわね。よしよしこれで実りのある時間が過ごせそうですわ。

 

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「クチュン!」

 

一緒にトレーニングを行なっていたマルゼンスキー先輩が唐突に可愛らしくくしゃみをする。先輩風邪でもひきましたか?

 

「んー?そんなことはないんだけど・・・誰かが噂をしているのかもしれないわね。風邪をひいたなんてなったらおハナちゃんが慌てちゃうから、体調管理には結構気を遣っているのよ」

 

マルゼンスキー先輩の返事を聞いてとりあえず安心する。確かに東条トレーナーはいつもマルゼンスキー先輩の事をかなり気にかけてますからね、そんなことになったら慌てるかもしれませんね。

 

ここで言う気にかけていると言うのはかなり控えめな表現だ。東条トレーナーは確かに管理主義的な考えをする人ではあるが、それ以上にマルゼンスキー第一主義者。最初の担当ウマ娘として本当に目に入れても痛くないくらい可愛がっている。

 

でもそれについて掘り下げるのはやめておこう。いわゆる打草驚蛇だ。ミカドのように東条トレーナーの過保護っぷりをからかって怒られる趣味は私にはない。

 

それにマルゼンスキー先輩はみんなに噂されている事が多いですからね。学園でも知らない人はいませんし。

 

「そうねぇ。でも最近はルドルフちゃんの方が噂になっている方かもしれないわね」

 

マルゼンスキー先輩の言葉に思い出したくない事を思い出す。ファンクラブ騒動が鎮静化し、トレーニングに集中できる環境が戻ってきた。なんとか頭痛の種くらいに収まってくれて万々歳なのは間違いないのだ。

 

あの騒動が大事になる前に解決できたとは言え、デビュー前に公式ファンクラブができるのは前代未聞ですからね・・・。どうしてこうなったんでしょうか?

 

「まぁまぁ、人気があるのはチョベリグじゃない。それに一番噂されてるのはミカドちゃんだし」

 

それはまぁ・・・ミカドですから。

 

「ミカドちゃんだからねぇ・・・」

 

思わず思考が完全に被りマルゼンスキー先輩は軽く吹き出す。本当にあいつはいなくても話題に欠がないやつだ。

 

なぜか私のファンクラブ会長になったあいつは今何をしているのだろうか?私のようにトレーニングをしているのだろうか。何故か最近ターフグラウンドには全然来ないので何をしているかさっぱりだ。

 

 

---------

 

バンダナ先輩との併走トレーニング。全力でないとはいえそれなりの速度で競い合うわけです。パワーアップを果たしたわたくしは確かにいい勝負ができて、なおかつ効果的に練習できている気がします。

 

でもわたくしはヘトヘト。対するバンダナ先輩はピンピンしています。もしかしてスタミナの差でしょうか?ぐへぇ・・・。

 

「おいおいもうへばったのか?リギル杯とかいうイベントでマルゼンスキーを追い抜いたって聞いたがそんなもんか?」

 

疲労困憊のわたくしをニヤニヤしながら眺めているバンダナ先輩。腹は立ちますしなんか納得いきません。

 

ぜ、全力で走ってる訳ではないとはいえ、こう何本も走っていたら疲れるに決まってますわ。大体なんかバンダナ先輩と走っていると・・・こうなんかすっごい疲れるんですわ!

 

「そりゃ色々やってるからな。年季の違いってやつだ」

 

確かにバンダナ先輩の言葉の通り全然気持ちよく走れませんでした。何本か併走トレーニングを重ねて気づきましたが、この先輩は相手にするととにかく面倒くさい走りをしてきます。でもこんなの練習でやる事じゃないでしょう!

 

「そりゃ仕方がない。お前のトレーナーには、実戦形式でやってくれと言われているからな」

 

ぐぬぬ反省が見られない!大体走りながら話しかけてきたり、ストライドを変えてペースを狂わせてきたり、わたくしの加速をギリギリのラフプレーで潰されたりしましたけど、こっすい小技に頼らず正々堂々と勝負してくださいよ!

 

「テクニックと呼べ。簡単な小技でも実戦では結構効果的なんだよ。それにシニア級じゃこんなもん挨拶みたいなもんだ」

 

本番だと泥ひっかぶせたり肘入れたりするんだぜと楽しげに笑うバンダナ先輩。わぁシニアになりたくなくなってきましたわ。スポーツマンシップはバカンスにでも行ったのでしょうか?わたくし怖い。

 

「シニアくらいの実力があればならこのくらい軽く流せるんだよ。逆に全部引っかかるお前の方がすげぇよ。頭の中スポンジでも詰まってんのか?」

 

失礼な!!

 

 

 




こういう日常生活を写す事で深みが増すと思いませんか?

バンダナ先輩主人公でもやっていけるくらいの活躍させたい。


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麗しの身体測定記念碑

嵐の前触れかな?


学園の平日では今日も授業。授業の合間はわたくしが周りの人と話すのは珍しくはありません。なにせ隣の席はルドルフですから。そこにブルーが来ればいつものメンツ。わたくしが脚を組みながら座り、ルドルフは休み時間でも背筋を伸ばしながら行儀が良い。そしてブルーはわたくしの机に腰掛ける。

 

話題になるのはあと数日になったあるイベント・・・というほどのものでもない毎年の恒例行事のことです。

 

もうすぐデビューが控えているとはいえ、わたくし達はあくまでも学生。トレセン学園に恥じない模範的生徒である事を求められます。それは上級生だろうとデビュー前だろうと新入生であっても例外ではありません。

 

文武両道だの反省方向だのいつもルドルフがわたくしに口をすっぱく言うのもその為です。学業や私生活を疎かにするものはどんなに強くてもレースにすら出してもらえないという噂すらあるのです。眉唾な話ですけど。

 

「反省方向じゃなくて品行方正だ。それに出場停止は噂でも眉唾でもなく過去には何度かあったそうだぞ」

 

はははルドルフってば冗談がお上手ですわね。そんな事を言ったら学園の大半の生徒がレースに参加できないではないですか。いやそう考えればわたくしの独壇場になるのでは?案外悪くないかもしれませんね。

 

誰も彼もがわたくしのように模範的に行動できる訳ではないのですからね。新入生にはいい薬になるでしょう。

 

「ミカドちゃんは冗談が上手いなぁ♡」

 

どういう意味ですの!最近のわたくしは優等生でしょう!!

 

ブルーはニヤニヤと笑い、ルドルフはなんとも言えない顔をしていた。納得できませんわ!

 

------------

 

さて何故模範的な行動と言う話をしたのかと言えば、学園ではこのシーズンは学生のある一定層にとっては地獄の時期だからなのです。特に新入生にとっては。

 

そろそろ新入生が入学して学園の生活へと順応してくる頃。右も左もわからない状況から脱してそれぞれが新しい環境に慣れてくる。花の女学生が落ち着いてくれば目を向けるのは学園内外部の事。

 

天下のトレセン学園や学園周辺の施設という誘惑。初めて親元を離れる子も多く、ある種の開放感からハメを外してしまう生徒は毎年後を立たないのです。あるいは環境の変わったストレスからの場合もあります。

 

例えば学食は学園の調理班が作ったおいしい料理を幾らでも食べ放題。商店街にはB級グルメを扱うお店が沢山。駅前の食べ放題のお店やお洒落なカフェ巡りを巡ってもいいでしょう。おおなんと夢が詰まった誘惑のなんと多いことか!

 

しかしわたくし達は学生でありつつも未来のアスリートの卵。自制心に負けたものはこの時期には後悔の涙を流す羽目になる。

 

そう!この時期の学園一大イベント。それは身体測定・・・体重計という親愛なる友人によってもたらされる惨たらしい現実を受け入れる日なのですわ!

 

まぁ体重だけに限らず、身長とかもチェックをするのですわ。普段でも保健室に行けばそこら辺なら測ることができるのですが、怪我や病気の前兆がないかも一括で検査する目的があるそうです。

 

一括で検査することでコストを下げるとかそんなところでしょう。わたくしのトレーナーも情報整理の仕事があるって言ってましたから。めんどくさい面倒くさいとぼやいていました。

 

これはおそらく学園の仕掛けた罠。入学から少し開けてから計測を行うのは、気の緩みから羽目を外しすぎた愚か者への警鐘といったところでしょう。ある程度の自制心を育む為とでも言っておきましょう。

 

でも体重はいつの時代でも女の子の話題になる筆頭ですからね。特にまだ新入生はハードなトレーニングなんてさせてもらえないです。つまり食べた分だけ脂肪というウエイトを稼ぐ羽目になるわけですわ!

 

あまりにも体重が平均値から逸脱した場合、特製食事改善メニューを組まされるそうです。最悪の場合断食寺に放り込まれるという荒療治を行うと聞いたこともあります。おおまさに栄光からの転落人生としか言えませんわ。

 

去年もうちのクラスも阿鼻叫喚でしたからね。いかに人間に比べて代謝の良いウマ娘といえども食べ過ぎればつくものはつきます。半月も食事制限すれば余程ひどくなければ元に戻りますが。

 

ちなみにわたくしは普通にセーフでしたわ。なんせわたくしはいくら食べても太らない体質なのです。まあ走って消費しているのもあるかもしれませんが。

 

「お前は体重以前にお菓子ばかり食べている事を注意されてただろう。毎日毎日山のように食べていてよく太らなかったな」

 

あ、あれはウマチョコの新弾が出たからで・・・ほら開けたらウエハース食べないといけませんからね。美味しいのでパクパク食べちゃうんですわよね。

 

「合間にニンジンチップスも摘んでたよね」

 

甘いものばかりだと飽きますからねしょっぱいものも合わせて永久コンボですわ。

 

わたくしの言葉を聞いて、2人して呆れたものを見るような目つきで見てくる。ぐぬぅ・・・いいじゃないですか!体重的には全然セーフラインだったのですから!

 

まぁわたくしの事はいいのです。ルドルフ・・・貴方の方こそ問題がないのですか?あのファンクラブ騒動の差し入れお弁当地獄で相当体重が増えたんじゃないのですか?

 

お弁当と言っても小さなお弁当から重箱みたいなのまだありましたからね。机の上に重箱が二つ並んでいた時はもうどうなることかと思いましたわ。

 

普段のルドルフのお弁当は煮物とかそんなのばっかりでしたからね。揚げ物たっぷりの愛情弁当で太っていてもおかしくはない。

 

わたくしの言葉を聞いて、ルドルフはため息をつく。

 

「この前体重を計ったら少し増えていたんだ・・・。その時から東条トレーナーに栄養学についての勉強も受けている」

 

へーおハナちゃんトレーナーそんなことまでできるのですね。あいも変わらず多芸な方ですわね、できないことなんてないんじゃないですか?

 

「沖野ちゃんはそこら辺ルーズだからなぁ♡むしろもっと食べろって言ってくるし」

 

ブルーは小食気味ですからね。もっと食べないとパワーでませんわよ。ほらウマチョコ食べますか?カルシウムたっぷりですわよ。いつでも食べれるようにポケットに入れているので、ウエハースがバキバキに砕けてるかもしれませんけど。

 

ブルーにはいらなーい♡と断られてしまいました。仕方がないわたくしが食べましょうむしゃむしゃ。コーヒー牛乳と合わせても美味しいなんて素晴らしいお菓子だとは思いませんか?

 

「ミカド流石に食べ過ぎじゃないか?最近は昼食もお菓子ばかりじゃないか」

 

そりゃあ消費が間に合わないからですわね。駄菓子屋で箱買いしているので部屋にもいっぱいあるのです。シンザン会長のお手伝いで、ある程度自由になるお金ができたのでこいつにぶっ込みましたわ。

 

でもなかなかシークレットが出ないんですわよねぇ。ルームメイトにも食べさせてるんですが、脛を蹴られるので最近は自重していますの。

 

「・・・お前もトレーナーから栄養指導でも受けた方がいいんじゃないのか?流石にお菓子ばかり食べてたら注意の一つはされているだろう?」

 

んーそういえばそこら辺の注意はされたことがありませんわね。トレーナーから普段何を食べているかとかも聞かれたことがありませんわね。

 

今度相談してみよう。

 

 




最近書く時間が取れなくて辛い。仕事してゲームしてソシャゲ回して小説も書く。全部やらなくちゃあならないが覚悟はできている。


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脂肪☆遊戯

へぇい!トトロは妊娠何ヶ月?


後輩たちにとっては最初の試練ともいうべき健康診断は終わった。一部の年頃の乙女たちにとってXデーといったところでしょう。

 

健康診断までの間の学園のお通夜の様な雰囲気はあまり好きではありませんでしたが、終わってみれば呆気ないものです。健康診断が近づくにつれて慌てて食事を減らしている生徒もいましたが。

 

でもちょっとついても走れば解決するのですからそこまで気にする必要はないと思うのですけどね。どうせ近いうちにカロリー制限しなくてもいいくらいハードな練習をする羽目になるのですから。

 

健康診断の結果自体は特に気になる結果ではありませんでした。少し体重自体は増えていましたが、少し背が伸びたのを踏まえると別に取り立てて代わり映えするものでもないですからね。

 

いくつか記憶に残っているのは、ブルーが身長が伸びないと凹んでいたこと。あいつはあいも変わらず小さいままです。可愛らしくていいと思うのですが、一般的に身長のある方が力強い走りができるのでブルーらしいといえばブルーらしいです。以前からわたくしのパワーを羨ましがっていましたし。

 

それとわたくしがルドルフに身長の伸びで負けたことでしょうか。ルドルフにはタッパで負けているので追いつけると思っていたのですが、思っていたよりはわたくしの身長が伸びていませんでした。

 

ぐぬぬ。ルドルフは身長が高くなりすぎるとフォームを変えないといけないから一長一短だとはいっていましたけど。伸びた長さ比べではルドルフが1番です。

 

あとは健康診断では採血もあったのですが、ルドルフは冷静な振りをしつつ隠してはいましたが注射嫌いなのがミエミエ。あのいつも冷静なルドルフが採血の順番が近づくにつれて冷静でなくなっていくのが面白かったくらいです。

 

なにせ先に注射を刺されたわたくしとブルーがあっさりと終わって動揺していましたもの。おおよそわたくしが注射やだー!とでも言って駄々をこねるとでも思っていたのでしょう。ふふふ考えが甘いですわよ。

 

わたくしも別に注射が好きというわけではないですが、刺される時に別のことを考えておけばいいのです。流石トレセン学園に出入りする医者といったところでしょうか。腕がいいので刺されても痛みがなく、気がついたら終わってますわ。

 

きっとルドルフのことだから自分に注射器の針を刺す瞬間をガン見してたんでしょう。ルドルフの癖というかなんというか・・・・警戒するもの初めて見るものから目を離さない、注意を逸らさないのですわ。注射嫌いなのに困ったやつです。

 

まあルドルフの事は忘れましょう。ブルーがルドルフの注射嫌いをからかってお仕置きされていた時の事は記憶から消し去ります。わたくしは慈悲深いウマ娘ですので。

 

ということでトレーナー!わたくしの健康診断の結果です!特に問題はありませんでしたわ!ミカドランサー異常なし!ヨシッ!

 

健康診断の結果が手元に来てトレーナーの仕事場へ報告は来たのです。わたくしの健康診断の結果が悪ければトレーニングにも差し支えが出ますからね。ふふふ・・・わたくしの事をできるウマ娘と言ってくれてもいいですわよ?

 

「いちいち報告に来なくても担当ウマ娘の診断内容はトレーナーには開示されているぞ」

 

いつものようにコーラを口に流し込みながらトレーナーは答える。あれそうなんですの?そういうのって個人情報的なものでなのでてっきり知らされていないとばかり思っていましたわ。意外と緩いんですのねぇ。

 

「過去に虚偽の診断報告をしたウマ娘がいたらしいからな。それ以降トレーナーは担当ウマ娘のパーソナルデータを見なくてはならなくなったわけだ」

 

なるほど。年頃の女の子ならそういうのは嫌がってもおかしくはないですわね。わたくしは特に気にしませんけど。なんせ!わたくしに恥ずかしいところなんてありませんので!

 

わたくしの言葉を聞いてこちらに顔を向けたトレーナーの顔は呆れ顔。何ですのその顔は?わたくしの顔に何かついていますか?

 

「恥を知れという言葉は君の為にあるんだろうな」

 

ちょっとそれどういう意味ですの!!

 

------------

 

トレーナーに報告を挙げて直ぐにはいサヨナラっていうのも味気ないので、わたくしはトレーナーといくつか雑談をする。

 

合ったばかりの頃はうるさいとか言われてすぐに叩き出されていたのですが、最近はトレーナーもそれなりに話に付き合ってくれています。中身とかの無いたわいのない雑談ばかりですけどね。

 

1番美味しいコーラのメーカーは何処だとか、新作のハンバーガーは外れだったとか。過去のレースの内容についてだとか。

 

トレーナーとの会話は意外と話は尽きない。トレーナーがわたくしにも分かる様な話題をチョイスしているのかも知れませんけどね。

 

あとバンダナ先輩の事を褒めていました。何故かは分からないのですがトレーナーはバンダナ先輩を高評価しているのです。その割にスカウトはしないのは何故なのでしょうか。

 

「私にはあの手のタイプは手懐けられないんだ。賢くて判断力があり、能力と同じくらい道徳を求めるタイプだからな。私には合わないのさ」

 

私に築けるのは精々相互に利用し合うといった関係くらいなものさと言ってトレーナーは肩を竦める。そういう言い方をされると、わたくしがトレーナーの実力目当てで利用しているみたいに聞こえますわね。

 

そういうのは・・・なんか気に入りませんわ。この人なら強くしてくれると思ったから逆スカウトしたのであって、それは信頼しているから成り立っているのではないですか?

 

「言っておくが私のことは信頼するな。精々が信用程度に留めておくんだな」

 

わたくしには違いがよく分からないのですが。それって同じ意味なのではないのですか?

 

「信じて頼ると書いて信頼。信じて用いるというのが信用だ。私は前者には主体性がなく後者にはあると考えている。自分以外にも主軸を置く様な奴は嫌いなのさ」

 

トレーナーは時折よくわからない言い回しをする。信頼だろうと信用だろうと、信じているのなら結局同じゃないですか。

 

「同じじゃない。用いるという言葉は道具や手段に使う言葉だ。私に限らずトレーナーというのは君たちウマ娘にとっては手段以上のものではないし、そうあるべきでもない」

 

最近はそういう考えのトレーナーは少ないんだがねと言ってトレーナーは話を切り上げる。なんというか・・・ここは深入りしない方がいい気がします。勘ですが今は踏み込むべきじゃない様な予感がする。でもこれだけは聞いておきたい。

 

もし・・・わたくしがトレーナーを信頼していると言ったらどう思いますか?

 

わたくしの言葉を聞いてトレーナーは眉を潜め、少し考え込んだ。かなり真剣に考え込んでいる。適当に流せばいい話題なのに。

 

「きっとロクな競技人生を送れないだろうな」

 

ポツリと呟く様にトレーナーは絞り出した。

 

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信頼の二文字のせいで、楽しく雑談という空気ではなくなってしまった。うーん気まずい。

 

トレーナーの仕事にはかちゃかちゃとキーボードのタイプ音だけが響く。わたくしがここから出ていけばいいのですが、そのタイミングを逃してしまったので宙ぶらりん。

 

そう思っていると突然部屋がノックされた。ありがたい!この際誰でもいいのでこの空気をなんとかしてください!

 

はーい!と声を上げながらわたくしはドアへと近づき鍵を開ける。そこにいたのは・・・あれ?たづなさんではないですか。こんばんは!

 

たづなさんは緑色の制服が似合う美人秘書。この人がいるだけでトレーナーの寂れた仕事場が一気に華やかになった様な気がします。

 

たづなさんはわたくしがいた事に少し驚いていましたが、こんばんはとにこやかに返事を返してくれました。トレーナーもこのくらいの愛想のいい返事をしてくれればいいのですけどね。

 

挨拶もそこそこにたづなさんはトレーナーの所へと向かう。顔つきは真剣で雑談をしに来た様子ではない。えーと仕事の話ならわたくし席を外した方がいいのですかね?

 

「えっと一応ミカドさんにも無関係な話ではないのですけど・・・」

 

たづなさんは困った様な顔つきになる。そしてトレーナーははよ出ていけと言わんばかりに目線を送ってくる。ですがわたくしに無関係でないのならここに留まりますわ!

 

わたくしが出ていかないのを見てたづなさんは迷っていた顔をしながらもこほんと咳払いをして話し始める。

 

「実はですね健康診断は職員全員も学生に合わせて一括して行われるんです。一般職員の福利厚生の一環としてなんですが・・・」

 

たづなさんはわたくしにも分かりやすいように順序立てて説明をしてくれる。ということはうちのトレーナーも健康診断を受けたのですね。でもトレーナーそんな事を一言も言わなかったですわね。

 

「態々言うことでもないからな。まあ私は数値的にはアウトだったが特にペナルティがあるわけでもない」

 

なぁんだ!わたくしてっきりなんかやばい話しかと思ってましたわ。わたくしあんまり関係ない話なんですのね!トレーナーは少し痩せた方がいいのには賛成ですけど!

 

喧しいと言うトレーナーからの言葉は聞き流す。だってトレーナー走れなさそうなんですもの。走るの命のわたくしから見てもどうかと思いますわ。

 

「ありますよ?ペナルティ」

 

・・・・・は?

 

たづなさんの言葉にわたくしとトレーナーは目を丸くして固まってしまった。えっどういうことですか。

 

「・・・ちょっと待ってくれ数値が引っかかるのは別に今回が初めてじゃないだろう?今年から制度が変わったなんて聞いていないぞ」

 

トレーナーは少し焦りつつたづなさんを問いただす。あまり納得がいかない表情を浮かべている。しかしたづなさんも予想していたのか無表情で淡々と告げる。

 

「確かに制度は変わってはいませんが・・・今の貴方はトレーナー。トレセン学園のトレーナーはもっと厳しい基準があるんです。ウマ娘を教え導くものが明らかに不健康な生活をしているというのは許せないという旨が、トレセン学園の規則文にも記されているんです」

 

去年と違って貴方はトレーナーという立場になってますから。余程のことではないと問題にはならないんですけどねとたづなさんは言葉を切る。

 

いやトレーナー!上層部が干渉しないといけないくらい不味かったんですか!?全然聞いてないんですけど!

 

「規則である以上は上層部も看過することはできません。流石に前例はないのですが何か罰則を与えるべきではないかと言う話が出ています。なにせ子供を預けている親御さんから信頼されずクレームが入ることもありますから」

 

信頼という言葉を聞いて嫌そうな顔をしたトレーナー。今日は厄日ですわね。

 

たづなさんは目立った実績さえあれば目を瞑る事もある、と言いますがそういやトレーナーってトレセン学園だと新人扱いでしたわね。企業レースの実績はカウントされない様です。

 

それにしてもペナルティがあるなんて穏やかではないですわね。トレーナーにもそこまでの求めるなんて一体誰がそんな事を決めたんですか?

 

「初代理事長です」

 

わぁおこれ絶対逃げられないやつ。

 

「つまりですね・・・痩せてください」

 

たづなさんの直球ストレート。容赦のないボディブローがトレーナーのぷにぷに腹回りを抉る。

 

「無茶なダイエットをしろというわけではありません。要は改善に向かって努力していると納得させる事をしてくれればいいんです」

 

------------

 

問題を伝えるだけ伝えてたづなさんは帰っていった。どーするんですかこの空気。さっきとは違う気まずい雰囲気じゃないですか。

 

トレーナーは・・・動揺を隠せてはいない。予想外の爆弾が自分のせいで出てきたわけですからね。取り敢えずコーラ缶に手を伸ばすが中身は空です。あっても飲ませませんが。

 

トレーナーは反射的にコーラのストック置き場へと目を向けるが、わたくしが視線の先に回り込む。このコーラ達はわたくしが預かります。

 

ひとまずトレーナー、まずはコーラをダイエットコーラにしましょう。あと明日から運動もきっちりしてくださいね。ええトレーナー、貴方のことを信・用していますからね?

 

「・・・あれは不味いから嫌いなんだよなぁ。アステルパームはどうにも好きになれん」

 

トレーナーは観念したのか肩をガックリと落としてぼやいた。

 

 




トトロの脂肪に気を取られた人は、たづなさんの態度が微妙に軟化していることに気がつかない。


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塩漬けヌカ漬け砂糖漬け

甘いの3個


トレーナーがダイエットを決意してからまずは問題点の洗い出しを行なっていた。1日の運動量や摂取カロリーやビタミンの割合。栄養学も納めているというトレーナーは手早くデータを揃えていく、

 

ちなみにその場面にわたくしも同席しています。ぶっちゃけわたくしはいてもいなくてもいいとトレーナーには言われましたが。でもトレーナー1人だけで食事制限は可哀想ですからね。

 

というわけでわたくしもトレーナーに作ってもらった食事メニューを守りつつ、2人で肉体改造をすることになりました。強要はされてませんあくまで自主的にです。

 

わたくしは体重を落とす必要は一切ないのですが、当分の間バランスの良い食生活というわけです。問題は起こっていなくてもわたくしもかなりバランスが悪い食生活をしている自覚はありますからね。

 

トレーナーが目標体重をクリアするまではわたくしもお菓子生活とは一旦お別れです。

 

それにしてもトレーナー・・・貴方あまりにも食生活乱れすぎじゃないですか?これは酷すぎなんてレベルじゃありませんわよ?

 

トレーナーが1日に食べているものをリストアップしていく度に、わたくしの頬は少しずつ引きつっていくのがわかる。

 

栄養ってなにと言わんばかりのジャンクフードにハイカロリーな菓子パン、後はコーラ等のジュース。後は何の免罪符にもならないサプリメント。

 

そりゃこんな食生活してたら体重も増えるし健康診断の数値が乱れますわよ!たづなさんや学園が言ってることが全面的に正しいじゃないですか!わたくしも人のことは言えませんが!

 

「ははは我ながら酷いものだ。このレーダーチャートなんて傑作だと思わないか?」

 

トレーナーは自身の摂取栄養素を記したグラフやレーダーチャートを見て笑っていた。やけくそじみている笑いですが。

 

ほらそこ笑わない!ってか笑えませんわよ!貴方のことなんですからね!きちんと自覚してください!

 

 

------------

 

 

ということがあってわたくしはお菓子禁止なのです。ウマチョコは当分の間お預けと言うことになりまして。

 

わたくしがお昼にも休み時間にもお菓子を食べない事に動揺していたルドルフに説明をする。本来態々説明をする必要もないのですがまあ多少はね?

 

「ミカドのトレーナーは随分な変わり者とは聞いていたが・・・噂の事もあるからたづなさんは気を遣ってくれているのかもしれないな」

 

ルドルフがお手製茶色一色の弁当を食べる手を止めながら奇妙な話をする。噂?年中引きこもりのうちのトレーナーが噂になる様な事なんてあります?基本日陰者ですので人目にはつかない筈ですわよ。

 

なんせあの見た目で全然知っている人がいませんでしたからね。おハナちゃんトレーナーも知りませんでしたし希少価値溢れるレアキャラの様なものですわ。会えたらラッキー的なご利益がある噂ですかね?

 

「・・・いや忘れてくれ。あまりいい噂ではないからな。お前が態々逆スカウトしたくらいだから多分噂が間違えているのだろう」

 

むむむルドルフがいいところでお預けしてくる。まあ確かに内面外面共に誤解されやすい人ではあると思いますけど、トレーナーとしては結構実力はあると思いますわよ?

 

一体どの様な噂が流れていたのでしょうか。ルドルフが教えてくれないなら・・・ブルーは何か知っていますか?

 

側でたまごサンドイッチを食べていたブルーへと話題を飛ばす。ブルーは口に含んでいだものをコーヒーで流し込むと私の問いに答える。

 

「大半の人にとってはミカドちゃんの担当にいきなり収まった謎のトレーナーだからね。結構話題になったんだけどしらない?」

 

全く知らないですわ。話題になってるのはいつものことなので毎回内容を確認するのも面倒くさくって。

 

ブルーはミカドちゃんって自分の噂には無頓着だよねぇ♡と言いつつも話を続ける。

 

「要は自堕落で半人前のトレーナー扱いなんだよ。実力も実績も不明。言い方は悪いかもしれないけど中央のトレーナーとしては相応しくないって噂があるんだよね」

 

うーんなるほどわたくしから見ても一理あるかもしれませんわね!でも参考までに一体誰がその噂を流したのか聞いてもいいですか?!

 

わたくしの問いかけにルドルフは呆れ顔。なんですか?わたくしが噂の出どころを知りたがるのがそこまでおかしいですかね?

 

「噂の出どころなんて辿れる訳がないだろう。だがもし噂の出どころが分かったらどうするつもりなんだ?」

 

そりぁあもちろんきっちりとお話をするのですわ。和平交渉には対話が必要だって古事記にも書いてありますからね!きちんと話し合いのテーブルは設けないといけませんわ!

 

「交渉が決裂したら?」

 

即刻開戦ですわ!わたくしのトレーナーにくっだらない噂を立てる奴に、立って家に帰れるなんていう甘っちょろい考えをぶち壊して、きっちりと訂正させなくてはなりませんからね!

 

そうですとも病院のベッドで反省を促すのですわ。侮辱には100倍で返せというじいちゃんの教えを実行するのです!侮辱に対する反撃は三女神も許してくれるはずですわ!

 

「ミカドちゃん考え方がギャングみたいだよ♡でもあの体格じゃ自堕落と思われても仕方ないとは思うよ」

 

・・・トレーナーもそこら辺の自覚はあるみたいなんですけどね。本人も忙しくて自生活まで気を回す余裕がないって言ってますし。

 

わたくしがお弁当でも作れればいいのですが、残念ながらわたくし料理スキルに振っていないので・・・包丁はそこそこ使えると思うのですが、味付けが独特過ぎるからキッチンに立たせてくれないのですわ。

 

「私もお前の味付けはどうかと思うぞ。とりあえずなんでも砂糖漬けにするのは味音痴と思われるから辞めた方がいい」

 

ルドルフ・・・貴方は分かっていませんわ。甘さという美味しさはDNAに素早く届くのですわ。それにテレビとかでもアナウンサーが野菜を生で試食して甘ーいとか言ってるじゃないですか。だったら最初から砂糖をかけて食べればいい!

 

これは合理的な判断に基づくミカド的真理なのです!ご飯も野菜も肉も甘さを求める時代!いずれ全世界が炊きたて白米に砂糖をかけて食べる時代が訪れる筈です!いえご飯に限らず味噌汁も漬物も!わたくしは間違っていない!

 

「そんな世界わたしはごめんだね♡甘い味噌汁なんて飲めたもんじゃないと思うよ」

 

うえーと言いながらゲロを吐くフリをするブルーを、ルドルフが行儀が悪いと諫める。甘党代表たるわたくしとしては甘い味噌汁だって案外いけるかもしれないですわよ。ほらコーンスープだって甘いし。

 

今度一回試してみよう・・・とりあえずトレーナーにでも飲ませよう。味噌は体にいいと聞きますし、砂糖は心のエネルギー!きっととんでもないエナジーフードが出来る筈です!

 

 

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トレセン学園というとんでもマンモス学校に所属しているとは言えわたくし達は花の女学生。友人との食事中であろうとも話す話題は尽きない。

 

話題はコロコロと変わり次の話題次の話題へと転換していく。ですがわたくしの胸にあるのはトレーナーの噂についての話題。

 

それしてもトレーナーに不要な悪評が付くのはわたくしとしても大変遺憾だ。決めましたわうちのトレーナーはすっごいって所を学園中に見せてやりますわよ!まずは作戦会議ですわ!

 




一気に半年くらい飛ばして痩せさせたいが・・・そうもいかない。太らせたままでもいいのではないかと思いながらもトレーナーにもヒーヒー言わせなくちゃならないのだ!


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日蝕に挑んだ男の話

或いは、誰かを助けたかった男の話。


「いや、私は遠慮しておく」

 

わたくしの特製味噌汁を無碍もなく断るだなんて!一口、一口だけでも飲んでみませんか?案外いけるかもしれませんわよ!

 

トレーナーは嫌そうな顔をしながらわたくしの作った味噌汁の入った味噌汁をお玉でかき混ぜる。トレーナーはお玉に掬い上げられた味噌汁をマジマジと見た後そっとお鍋の中に戻した。

 

「カロリー制限中だろうとなかろうといやだ。そもそも砂糖が溶け残ってるじゃないか・・・というよりなんでよりにもよってザラメを使ったんだ?まるで意味がわからんぞ」

 

スーパーにある砂糖で適当に選びました。あとわたくしはカステラのジャリジャリのやつが好きなので!好きなものと好きなものが合わされば最強感あるじゃないですか!ゴジータみたいなものですわ!

 

「いいとこベクウだな。とんでもない合体事故になってるのが見るだけでわかるぞ」

 

トレーナーは断固拒否の構え。ぐぬぬトレーナーのいけず!もういいですわたくし1人で食べますから!後で一口くれと言っても絶対あげませんからね!

 

「是非ともそうしてくれ。あと外にある流し台には流すなよ。詰まると清掃員に怒られるからな」

 

 

------------

 

 

むきー!と怒ったかと思えば、最後には美味しくないよぅと言いながら味噌汁を啜っていたアホがトレーニングの為に出て行った。

 

捨てればいいのに最後まで飲み切ったのは感嘆するが、間違いなくアレは罰ゲームで飲む類いのものだ。

 

私物のアームチェアに体重を預けると、それはぎぃぎぃと悲鳴を上げる。その後に加えて今日の予定を考えると憂鬱になる。

 

なんせミカドランサーのトレーニングが終わった後は私の番なのだ。トレーニングが終わり次第こっちに合流し、私の運動に付き合うつもりらしい。

 

食事制限と並行して運動を行うのは理にかなっているが、まさか両方に付き合うつもりだとは思わなかった。おかげでジャンクフードもコーラもお預けだ。

 

初めはここにでも適当なウォーキングマシンでも持ち込もうと思っていたが、ミカドランサーによって却下された。別に従う理由もないのだが、持ち込んだら片っ端からぶっ壊すと脅されては仕方がない。

 

どうやら私の悪評が立ち始めているのを改善するためらしい。この体型でどすどす外を走り回る事の方が恥ずかしい事だと思うのだがな。

 

『それは違います。このトレセン学園には努力を笑う人はいませんわ。隠す必要のない努力はどんどん他人にアピールするべきだと思いますわ。頑張っていることを知っていればきっといつか助けてくれますわよ』

 

アホか。

 

アホだアホだと思っていたがあいつは本当に底無しだ。リギルを潰されたのを忘れたのだろうか?悪意に対して鈍感すぎるぞ。私が自分の噂について知らないとでも思っているのか?

 

そもそもミカドランサーを引き抜いた時点で色々言われるのは百も承知だ。全員尻込みしていた癖に、後からなら好き勝手に言うやつばかりだ。

 

あれは他人を信じすぎる。他人に対して信を置きすぎている。ああ認めよう間違いなくミカドランサーは私を『信頼』している。あれ程やめろと言ったのに。

 

はははと薄ら笑いが溢れる。愉快でたまらないし悪くない気分だ。・・・腑がねじ切れそうなほどに。

 

私は奥歯を噛み締める。歯軋りの音が部屋に響く。

 

信頼。

 

そんなものはただの盲目だ。欺瞞から目を逸らすためだけの偶像に過ぎない。ただのろくでなしの言い訳。

 

信頼という言葉に縋った男をよく知っている。間違ったことにも気づかず走り続けた男をよく知っている。それでどうなったかもよく知っているはずだ。

 

結局私はどこまで行っても私だ。忘れるな。無様で愚かな男を。

 

思い出せ自分自身を。

 

---------

 

私の生まれついての才能は誰にも負けない武器だった。才能を持っていた。自分で言うのもなんだが天才と言ってもいいだろう。

 

持て余す自分の才能を何かに使ってみたかった。使い切ってみたかった。困難へ挑んでみたかった。前代未聞に挑んでみたかった。

 

一度でいい。私の持つ全ての才能を、私の全身全霊を何かに注いでみたかった。

 

その為にトレーナーの道を選んだのはたまたまだ。活気が有ればなんでもよかった。なんならサッカーでも野球でもよかった。少なくともその時は。

 

国内で活動するトレーナーとしての最難関と言われていた中央トレセンのライセンスを取得した。最難関と言われても私にとっては所詮こんなものかと思うほど簡単だった。

 

中央のライセンスを取りながら、企業チームにトレーナー志望として入ったのは、トゥインクルシリーズのような面倒な制約が少なかったからだ。たとえどこであろうとものし上がる自信は私にはあった。

 

企業チームのサブトレーナーとして実務を学ぶ。あっという間にサブトレーナーを卒業し、トレーナーとして担当するべきウマ娘のリストを渡される。

 

実績作りのために担当した最初の1人として、私はリストにあった中で1番のみそっかすを選んだ。誰でもよかった。適当に選んだのが1番みそっかすだっただけだ。

 

地方から中央に来て自身がただの賑やかしだと気づき挫折した。その癖に未練がましくレースにしがみついている。そんなどこにでもいる経歴のウマ娘。手始めにそいつから始めた。

 

私は・・・できる事をした。できうる限りの事をしたんだ。私の才能を惜しげもなくそいつに注ぎ込んだ。

 

そいつのぐちゃぐちゃの図面を新しく引き直す。まず徹底的に壊し、パラメーターを整え、新しいフォームを書き上げる。丁寧に丁寧に。

 

不要なものを削ぎ落とし必要なものを付け足す。羽化する蝶のように劇的に変わっていく様を見るのは、まるで夢のような時間だった。

 

前の図面を書き上げたやつは無能だなと思いながらも根気よく行う。新しいそいつはなかなか馴染まなかったが、何度か走らせるうちに変わっていった。みそっかすの才能でも磨き上げればそれなりに見れるものにはなるんだなと思った。

 

無気力で後ろ向きだったそいつはメキメキと実力をつけた。自信は覇気となり強さとなった。そしてそいつは企業リーグのトロフィーを嬉しそうに掲げた。泣きながら私に礼を言いに来たのをよく覚えている。

 

私は成功し名声を手に入れた。

 

達成感は満たされない。足りなかった。まるでまったくもって理想とは程遠い。こんなのは私の全身全霊からは程遠い。

 

だけど駆け抜けるのは楽しかったしやりがいはあった。だからもっと先へ。そいつにはまだ先があった。

 

磨きあげる。研ぎあげる。何度も微調整を繰り返し、より強く、より高く理想の果てを目指す。

 

そいつは勝った。勝った。勝って勝って勝ち続けて・・・潰れた。

 

予後不良。精神に肉体がついていかなかった。完璧に仕上げ万全のケアをしていた筈の肉体は、限界を超え砕けた。

 

そいつは泣きながら私に謝った。なぜ私に謝るのか分からなかった。私は謝られるようなことはしていない。私があいつを壊したのに。

 

だがいくら止めるように言っても謝るのはやめない。そいつの目の私に対する信頼は全く欠けていない。結局私を最後まで一度も責めなかった。

 

走れなくなり居場所をなくしたそいつはチームを抜けた。

 

次の担当はそうはさせまいとした、次も、次の次も、次の次の次も。手は抜いていない全力だった。新しい理論を組み、安全マージンだって十分とったはずなんだ。

 

どの子も素晴らしいと言える戦績を残した。輝く栄光を手に入れた。

 

そしてみんな潰れた、潰れた、潰して潰れた。引退する前担当した子たちは誰一人として恨み言は言わない。感謝の言葉を残して私の前から去っていく。

 

貴方しかいない。もう一度勝ちたい。あいつらを見返したい。1番先頭でゴールしたい。勝ちたい。栄冠が欲しい。信頼に応えてみせる。

 

ありがとう。いい夢が見れた。やり切った。ありがとう。感謝している。ありがとう。信頼に応えられなくて、ごめんなさい。

 

やめろ。

 

やめろ。

 

私はそんな男じゃないんだ。私はただ自分の才能を十全に奮ってみたかっただけなんだ。誰もみたことのない傑作を作りたかっただけなんだ。その傑作を作る為のベースにしただけなんだ。

 

私は・・・自分が楽しみたかっただけなんだ。

 

私はなにをした?なにをしていた?大人しく腐っていればよかったんだこのひとでなしめ。

 

担当を壊すことしかできないのに・・・こんなこと始めるべきじゃなかったんだ。史上最高のウマ娘を設計するだなんて。

 

するべきじゃなかったんだ。(Eclipse)に挑むだなんて。

 

だから全てを捨てた。ミカドランサーには私のプランは与えない。壊れる担当を見るのはもう沢山だ。

 

『トレーナーができる人っていうのはわたくしなんとなくわかりますの。今は貴方のことを信用に留めておきますが、ダイエットに成功したらわたくしが信頼してあげますわ!だから一緒に頑張りましょうね!』

 

黙れ。

 

信頼が欲しいわけじゃない。

 

ミカドランサー・・・お前を引き入れたのはあくまでデータ収集の為だ。お前につけたウェアラブルデバイスから送られてくるデータが目的なんだ。

 

それなのに信頼?私はただ利用しているだけだ。

 

アームチェアがわたしの体重でぎぃぎぃと悲鳴を上げる。

 

私はお前なんてどうでもいい。お前たちでなくてもよかったんだ。お前たちは鬱陶しいんだ。

 

やめろ。だからそんな目で私を見るな。

 

私を慕うな。

 

私を信頼するな。

 

もううんざりなんだ。

 

その言葉はすごく痛いんだ。

 

だから・・・私を信頼しないでくれ。

 

 




相当・・・難産でした。100話記念にクソシリアスを入れるなんて・・・。

いつか出そうと思っていた話。元々ベースは随分前に書き上げていたのですが相当削りました。一万文字から減ったなぁ。

トトロはデータ収集という言い訳をしないと、誰かに手を差し伸べられない男なんです。拗らせ男でしょう?


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上辺は頂点にはなれない

最近更新遅れています。かわりに文字数増やしているから許し亭。寒いのでからだにきをつけてね!


ひゃかひゃっふぇひょんひゃひょくひひゃふぁわーひぇまふぇんわふぉ。

 

「なに言ってるかさっぱりわからん。ちゃんと飲み込んでから話せよ」

 

もぐもぐ。ごくん。

 

わたくしはトレーナーと一緒にお昼ご飯を食べていた。普段ならクラスメイトと学食で食べるのですが、急ぎ伝えたい事があると連絡を受けたのです。だから購買で買ったサンドイッチ片手にわたくしはトレーナーの仕事場へと訪れたわけです。

 

そこで見たのはトレーナーが水と粉っぽいものを混ぜ込んだ・・・なんというかキャベツ抜きお好み焼きのタネみたいなものを飲んでいたのです。

 

トレーナーがジャンクフードを食べなくなったのはまあ良いとして、食事にここまで気を使わない人だとは思いませんでした。そもそもなんですのそれ?プロテインパウダーですか?

 

ダイエットはいいのですけどそれはどうかと思いますわよ。その・・・そんなのがご飯の代わりになるとは思えませんわ。せめてお米を食べなさい!

 

「サンドイッチ片手に言うことじゃないな。白米は糖質の塊だから私のようなデスクワーカーには過剰すぎるのさ。それにこいつは完全栄養食だ」

 

こいつさえ取っておけば栄養学的には問題ないと言いながらその不味そうな液体を、トレーナーは実に不味そうに飲み干す。うわぁ本当に飲んでますわ。

 

なんていうか・・・そんなもの飲んでたら心が荒みそうですわね。食事というよりは燃料補給。まさにレギュラー満タンって感じですわ。

 

「あの味噌汁よりはマシだろう?ジャリジャリの」

 

ジャ、ジャリジャリの味噌汁の話はいいじゃないですか!誰だって失敗はありますわ!それに今度こそ砂糖と味噌でパーフェクト味噌汁を作って見せますわよ!

 

そんなことより・・・ほら!わざわざ呼び出したのですから大切な話があるのでしょう?!

 

「君は話題転換が下手だなぁ」

 

まぁいいと言いながらトレーナーはわたくしに見えるように一枚の書類を机の上に置く。わたくしはその紙切れを手に取り書かれた内容を読み進める。このくらいなら態々呼び出す必要は・・・!

 

気怠げに文章を読み進めるのを中断して、わたくしは最初から読み直す。今度は一文字として見落とさないように真剣に、これって・・・もしかしてそういうことなんですか!?

 

「書いている通りだ・・・おめでとう。君のメイクデビューの許可が降りた」

 

メイクデビュー。

 

トレセン学園に所属する全てのウマ娘が最初に走るレース。学園のウマ娘はメイクデビューから本格的にメディアに顔が売れ出す。学園の看板を背負う以上問題がないか審査があるのです。

 

基礎的なレース技能や身体能力。普段の態度や人柄、ライブパフォーマンス等が水準を満たされないものはメイクデビューを後回しにされる事があるそうですわ。

 

だからそれら全てを満たさないとデビューできない・・・訳ではないです。ある一点が欠けていてもその他でカバーできるのなら問題ないそうです。面接一点突破もあり得るとのこと。

 

まあ編入の場合そこら辺は免除されることもあるそうですけどね!でも編入の場合ライブとかどうするのでしょう?中央の課題曲と地方の課題曲って一緒なのでしょうか?

 

もしかしてなにも知らなくても編入ならレースに出られるのでしょうか?ははは・・・まさかね?

 

こほん!とにかくメイクデビューはわたくしもルドルフもブルーも必ずくぐらなくてはならない最初の関門。ここで勝ったものだけがプレオープン以上のレースに挑むことができる。

 

その許可が降りたと言うことは、つまりわたくしの偉大なる旅路の第一歩と言うこと。待ちに待った栄光への道が始まったのです。

 

勿論ここで負ければ未勝利戦にしか行くことはできない。メイクデビュー戦の2着以下は未勝利戦で勝つまでは先に進むことはできないので、最初のふるいと言っていい。

 

出走数の上では順調には進めない子の方が多いくらいなのでしょうけど・・・ここで勝っておきたいのとは誰もが考えて当然のことです。

 

わたくしも今後のレースに向けての弾みをつけておきたい。来るべきクラシック戦線・・・皐月賞、日本ダービー、菊花賞の為にも。

 

「順調に行けば日本ダービーならスタミナ的にも戦えるだろう。ただ菊花賞は別だがな。3000mはかなり分が悪いと言わざるを得ない」

 

トレーナーは何か言いたげな顔をしています。言っておきますけどティアラ路線には行きませんからね!クラシックではルドルフが待っていますから!今度こそ決着をつけてやりますとも!

 

この前はわたくしが勝ったのですが、あいつのことだから超スーパーパワーアップしてるに決まってますから!この世代をミカド世代と名付ける為にも負けるわけには行かないのです!

 

「なんだその目標は・・・あの勝負は引き分けだろう。というよりも実質的には負けだからな。シルバーコレクターと呼ばれたくないのなら今後は必死に励むことだ」

 

か・ち・で・す!わたくしが勝ったのです誰がなんと言おうとわたくしが前でした!トレーナーなら私の言うことを信じたらどうですか!?

 

「私もあのレースは監視カメラで見てたに決まっているだろう。生憎なことに設置箇所の関係上、ゴールライン真横からは見えなかったがな。ただまあシンボリルドルフと横並びにしか見えなかったぞ」

 

わたくしの言葉にトレーナーは肩をすくめる。ぐぬぬみんなと同じ事を!こんにゃろめ!こんにゃろめ!

 

わたくしの拳がトレーナーの腹をぽすぽすと小突く。トレーナーは物凄くめんどくさそうな顔をしながらわたくしのメイクデビューの書類を回収する。

 

「ともかくメイクデビューまでの間はトレーニングにしっかりと励む事だ。余計な問題を起こすなよ・・・何故だかわからんがこの時期に問題を起こす生徒は多いんだ」

 

わたくしは問題なんて起こしませんわよ!失礼な!えいえい!

 

「どうだかな。前のファンクラブ騒動しかり何故か君は問題の中心になりがちだ。例年ならヒシスピードが問題児を纏めているんだが今年はそうもいかないからな」

 

トラブルに巻き込まれるのはわたくしに言われても困りますわよ!ていうよりヒシスピードって誰ですか?そんな人知らないんですが。

 

「バンダナを付けた君の先輩だ」

 

ああ!バンダナ先輩って確かそんな感じの名前だったような気がします。バンダナ先輩で覚えているのですぐには名前が出てこないんですわよねぇ。

 

 

---------

 

 

今日も楽しくウッドチップコース!トレーニングの終わりにわたくしの併走相手のバンダナ先輩にトレーナーとの出来事を話す。いやぁメイクデビュー前に衝撃の新事実って感じですわよね!

 

そんなわけで先輩の名前をうっかり覚えていないと口を滑らせたわたくしは・・・それはもうぐぇぇな状態なわけです。くるしい!タップタップ!

 

「お前の記憶力が残念な事は知ってるからあんまり気にしてないさ。だけどタップが足らねぇとこのままだぞ」

 

わたくしが嫌になる程タップを繰り返した結果、バンダナ先輩の魔の手から解放される。問題児纏め役としての怠慢の理由を聞いただけでこの仕打ち!可愛い後輩に対して酷くないですかね!

 

「酷くねぇ」

 

酷いと思います!

 

「先輩が酷くねぇって言ったら酷くねぇんだ」

 

なんという横暴でしょうか。とはいえ体育会系が幅を利かせるこの学園では先輩の言うことはある意味絶対と言ってもいい。わたくしはこのまま泣き寝入りという訳です。しくしく。

 

「それにしてもお前がメイクデビューか・・・あんまりイメージ湧かねぇな。全く成長した感じがしねぇんだわ」

 

失礼な!わたくしは未来のスーパースターですわ!三日会わねばなんとやら。既に過去のわたくしとは別物ですわ!感じるでしょう・・・わたくしの体から溢れるこの一流のオーラを!

 

「三流芸人のオーラしか感じねぇな」

 

三流芸人にオーラなんてある訳ないでしょう!わたくしは一流芸人ですわよ!

 

芸人であるのは認めるのかとバンダナ先輩は呆れ顔。それは言葉の綾ですわ。でもバンダナ先輩もマルゼンスキー先輩という一流ウマ娘とバチバチにやりあったのならわかるでしょう。あのなんとも言えないオーラを!

 

「・・・言っておくがなマルゼンスキーは一流じゃねぇんだ。'超'一流だ。そこは間違えるなよ」

 

わたくしの冗談にも取り合わずらしくもなくマジ顔のバンダナ先輩。鋭い目から真剣さを感じる。この人はマルゼンスキー先輩の話題になると急にマジになるのです。心臓に悪いからわたくしとしてはやめて欲しいのですが!

 

というより前から思っていたのですがバンダナ先輩はマルゼンスキー先輩の事が嫌いなのですか?あの人すごいいい人なのに・・・プリンでも奪われたのですか?同期なら仲良くしないといけませんわよ?

 

「そんな理由で嫌う訳ねぇだろ。それに別にあいつのことが嫌いな訳じゃねぇし、俺様の同期だって・・・そうだお前に一つ聞いていいか?」

 

わたくしに質問なんてバンダナ先輩にしては珍しい。一体なんでしょう?

 

「お前はあのシンボリルドルフとやり合う訳だ。あれはマルゼンスキーと同じ本物、超一流の才能がある・・・お前は怖くないのか?」

 

怖い訳ないでしょう!勝つのはわたくしですから!

 

先輩はわたくしの言葉を聞いて複雑そうな顔をしたかと思うと、背を向けて手をひらひらさせながらウッドチップコースから歩き去っていく。

 

「そうかよ。じゃあ精々気張るんだな」

 

そう捨てゼリフみたいに言わないでください。あと荷物くらい自分で片付けてください!なんでわたくしが先輩の荷物を持たないといけないんですか!

 

 

---------

 

 

いよいよあいつもメイクデビューか。俺様のデビューはもう何年前だ。まったくもって懐かしいと年寄りのようなことを考える。

 

相手はあのシンボリルドルフ・・・シンボリ家の最高傑作だ。容易く勝てる相手ではないのにあのバカはやけに自信満々だ。少しくらいはビビれよ危機感が足らねぇぞ。

 

腹が立つくらい能天気。昔の自分を見ているみたいで腹が立つ。間違いなくあの時の俺様は・・・今みたいにひねた考えはしなかっただろう。勝負の世界で過ごしていると心が荒んで行くのがわかる。

 

勝つのは自分。そうさあの時の俺様もそう思っていたさ。

 

努力は結ばれる。そうあの時の俺様も信じていたさ。

 

勝てるのは1人。それはあの時の俺様だと確信していたさ。

 

同期の誰も彼もが自分こそが頂点と信じていた。自分こそが1番を獲ると信じない奴なんていなかった。実力も才能も他の時代にも劣らない一流揃いだった。

 

足りない才能は努力で補い、それでも足らないのなら策を練る。

 

だけど結局勝つのは自分ではなかった。努力は結ばなかった。栄光を手に入れたのは自分ではなくアイツだった。アイツより先にゴールテープを切れるやつはいなかった。誰一人として。

 

マルゼンスキー。一流の中にいる超一流のウマ娘。日本一を名乗るに足ると'思われている'ウマ娘。

 

ダービーにさえアイツが出ていれば諦めもついたんだがな。アイツだけのけものにして祭りが終わり、消化不良のまま格付けは終わった。

 

あれ以降いくら勝ってもアイツのいない場所で白星を漁っているとしか思われない最弱の世代。それが世論って奴らしい。

 

そんなふざけた世論をぶち壊すべく全員が戦った。でも今は誰もアイツに挑まなくなった。1人また1人と欠けていく。櫛の歯が欠けるかのように順番に。もう同期で挑戦する者は誰もいないし、次は俺様の番なんだろう。

 

1人だけになってしまった。俺様はアイツに挑む最後の同期。勝算もないのに意地を張っているだけなのはわかっている。俺様の意地の張り合いには付き合えないとトレーナーも逃げちまった。

 

トレーナーなしでやれるほど俺様は器用じゃないのは自覚している。だが思わぬ所にチャンスは転がっていた。この後輩のトレーナーだ。

 

あれほどの名トレーナーが学園に在籍しているのは知らなかったがその腕前は人伝に聞いていた。なにせ俺様の先輩から直接聞いていたからだ。勝てなくて企業レースに行ってから目まぐるしく活躍した遅咲きの先輩。

 

そして最後には脚をやっちまった。その担当として腕を奮っていたのは知っていた。

 

先輩経由でコンタクトを取り意地の為だけに俺様はあのバカ後輩のトレーナーに自分を売り込んだ。自分がミカドランサーの仮想敵を務める。だからマルゼンスキーを倒すのを手伝えと。

 

最初は嫌がったが先輩の話をダシにして無理やり首を縦に振らせた。大方俺様の脚をぶっ潰すのを嫌がっていたんだろうが、事前に逃げ道なんぞ潰しているに決まっているだろ。最後には元担当ウマ娘からの援護射撃が決め手になった。

 

結果を言えば互いの利益のために利用し合うという条件で結ばれた非公式の契約を結んだ。

 

振り返ってバカ後輩ことミカドランサーを見る。必死に荷物を片付けてなんとか立ち上がったところだ。

 

あのトレーナーはなんだかんだ言いつつもこいつに対しては過保護と言っていい。壊さないように慎重にトレーニングを積んでいる。

 

確かに確実に強くなっているし、少なくともデビュー前にいていい実力じゃないのは間違いない。だがそれだけではシンボリルドルフには勝てない。だからこそコイツのトレーナーは条件を飲んだ。

 

俺様の役割はこいつの仮想敵と引率役。直接は見れないこいつのトレーナーに変わって色々と面倒を見てやること。たった1レースの為だけという条件でトレーニングメニューを組んでもらった。

 

マルゼンスキーに勝てるトレーニングメニューを組む。勝負のチャンスは一度きり。それが契約の内容であり、俺様のラストランになる。

 

マルゼンスキーが憎いわけじゃない。ただアイツの目が気に入らねぇんだ。アイツが私たちの顔を見たときに一瞬だけ出る、申し訳なさそうな目が心底気に入らない。

 

勝ってすまない?才能があってすまない?ふざけんなよクソ野郎。テメェがそんな表情すんなよ。

 

誇れよ胸を張ってくれよ。じゃねえと俺様達が惨めじゃねぇか。だから俺様は喰われるだけの雑魚じゃなくて・・・敵としてアイツの横っ面引っ叩いてやる。

 

後ろから俺様をえっちらおっちら追いかけてくる後輩。必死に追いかけてくるのを可愛く思うし、自分の同期が格上でそれに挑む事になるなんて何処かで聞いた話だ。

 

できれば追いつけなかった事を一生引きずるような生き方はして欲しくないし、俺様みたいに面倒な拗らせ方をして欲しくないとも思う。せいぜい反面教師にでもしてくれればいい。まあ無駄な心配かもしれないがな。

 

 




実のところ・・・バンダナ先輩は超活躍させるつもりです。オリキャラばっか活躍させるのはどうなのかとは思いつつもミカドちゃんはルドルフで手一杯だし、マルゼンスキー先輩の救済にはマルちゃん同期に頑張って貰わないと。


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ミカドのメイクデビューを見逃さなかった人

メイクデビューは難産でした。いやこの場合死産。


わたくしのメイクデビューは7月初め頃。トレーナーから日程を聞かされた次の日にクラスのみんなへと報告を行う事にしました。

 

けれど登校した時にはクラスはすでにお祭り騒ぎ。まぁ順調に行っていればデビューの時期は半分くらいが被っていますからね。

 

ルドルフもブルーもトレーナーからデビューする旨を昨日知らされたそうです。ルドルフとブルーは6月末。わたくしはルドルフとブルーよりも1週間ぐらい遅れてのデビューとなります。

 

まぁわたくし達ならメイクデビュー戦くらいなら軽くいけるという確信はあります。同期でも飛び抜けてる自覚はありますから!しかし・・・いかに実力があろうともレースに絶対はない。

 

決して油断せずにメイクデビューに挑む。勝利を手にするべくわたくしは決意を新たにした。

 

 

---------

 

 

メイクデビューは強敵でしたわね・・・ということもなく7月の頭。わたくしのメイクデビューは昨日終わった。

 

わたくしが加速中の妨害に弱いという情報が何処かから出回っていたからなのか、前を塞ごうとしたりといろいろ仕掛けられました。

 

が所詮はデビューしたてのウマ娘の付け焼き刃。バンダナ先輩に日々妨害レースでいじめられているわたくしを止めるには少々役不足でしたわね。あっけなくぶちぬいて解釈一緒で勝ってしまいました。

 

「それをいうなら役者不足だろう。あと解釈一緒じゃなくて鎧袖一触だな」

 

そうでしたっけ?そうかも!ルドルフは相も変わらず賢いですわね。国語の先生にでもなったらどうですか?

 

わたくし達3人はメイクデビューで見事勝利を飾った。わたくしは劇的に、ルドルフはいつものようにギリギリに見える様に。ブルーは・・・なんか不思議な勝ち方です。

 

ルドルフはいつものように1バ身だけ離してゴールラインを割った。適度に場をコントロールしつつ良いポジションを維持、最後の最後にほんのわずかに差し切る。玄人好みの渋い勝ち方。

 

対するブルーはなんというか・・・得意の追い込みで1着ゴール。シービー先輩の様な爆発的な感じではない独自のスタイル。極端な加速や減速のない平坦な走り。ただゆっくりとゆっくりと加速して最高速度を落とさない走り。

 

わたくし?そりゃもう派手派手に勝ちましたわよ。

 

「でもミカドちゃんちょっと不機嫌じゃない?ほらほらむくれてないでスマイルスマイル♡」

 

べっつにー!怒ってませんし!わたくし完全勝利ですし!

 

レースの内容は取り立てて言うほどのことでは無い。まさしく完全勝利。必勝を望んで挑んだレースであっけなく勝った。それはいい。

 

ただトレーナーから脚を残して勝つように指示を受けていた。わりと余力のある勝ちの形となったので消化不良なだけです。確かにタイムアタックするのとは違って脚を残すのは悪いことではありませんが・・・その上でも5バ身も突き放していた。

 

ここ最近格上ばかりと走っていましたが、わたくしはあまりにも強くなりすぎてしまった。強者とはとても孤独なものなのですね。

 

「浸っているところ悪いがとても脚を残していたと思えないぞ。後半は明らかに本気だったろう」

 

ルドルフからの痛い指摘がわたくしの胸を抉ぐる。た、確かに後半は少し掛かっちゃったかなー。あははは・・・。

 

でもしょうがないじゃないですか!ほら!本気で勝負しないと見えないものってありますから!それに一緒に走る相手に失礼じゃないですか!走ってナンボのウマ娘としては全力勝負でこそ華があると思いませんか?

 

「それで毎度のように逆噴射するくらいなら堅実に行ったほうがいい。博打を打つのなら勝負所は考えた方がいいぞ」

 

ぐぬぬ。ルドルフってばあいも変わらずつまらないことを!デビュー戦でもいつもの舐めプ走法でギリギリ勝ちの癖に!デビュー前で転ぶかと思ってこっちは冷や冷やでしたわ!

 

レースというのは劇的かつダイナミックに!ど派手に勝たなきゃ話題にすらなりませんわよ!面白いレースでこそ人の心を惹きつけるのです!

 

わたくしは・・・閃光の様に輝いて走るのですわ!

 

「芸人見たいな考え方だね♡でも後半から暴走し始めた時はどうなるかと思ったよ」

 

うーんそれでトレーナーにも怒られちゃいましたわ。君には鋼の意思が必要みたいだなって。でも鋼の意思なんて要りませんわよ!そんなもんお荷物に決まってますわ!必要なのはもっと別のものです!

 

「私が考えるに賢さが足りないんじゃないか?」

 

滅茶苦茶失礼ですわよルドルフ!ちょっと頭が良いからって!賢さなんてレースでは死にステータスですわ!必要なのは・・・そう!それこそ全てをぶち抜く圧倒的なパワー!

 

たとえ途中で30バ身を離されようがゴールまでにひっくり返すことができればいいのです!アーイニードモアパワァ!

 

わたくしの熱弁にブルーとルドルフの2人して呆れたような目をわたくしに送る。2人は互いに目配せを送ったかと思えば、同じタイミングで肩を竦めた。

 

 

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とはいえわたくし達は勝ち進んだ訳ですし、次の出場レースとか聞いてませんか?わたくしのトレーナーはそういうのは教えてくれないんですよねぇ。

 

ぺちゃくちゃ内情を話すと思われているせいなのかトレーナーは機密事項をあまり話してくれない。ちょっとくらい話してもかまへんかの精神って大事だと思いますわよ!

 

「わたしはダートのプレオープンクラスでもちょこちょこ摘んでいく予定かな♡この時期はダートはあまり盛り上がらない時期だからね」

 

まあ今の目標は12月のチャンピオンズカップかなー♡とブルーはさらりと言う。チャンピオンズカップってG1ですわよね。おおなかなかいい目標。

 

「そうだな、あまり口外するべきではないかもしれないが・・・次の目標はサウジアラビアRCだ」

 

サウジアラビアRC。あまり聞き覚えはありませんが、まさかの国外とは・・・これは予想外な所が出てきましたわね。

 

なるほど確かにルドルフの実力は国内に留まるものではないのかもしれません。でもまさかデビューの次が国外レースとははっきり言って予想外ですわね。

 

もっとプレオープンとかで勝利を重ねてから行くのかと思っていましたが、それでいつ出発するのですか?

 

「レースは10月10日だからその3日前には出発する予定だ。G3とはいえ私にとっては初の重賞。準備は万端にしておかなくてはな」

 

3日!流石に弾丸スケジュールすぎませんか!?そんなにタイトなスケジュールなんて体を壊しますわよ!向こうの空気にも慣れておかないと大変じゃないですか?

 

「いやそれだけあれば十分だろう。むしろ私にとっては多すぎるくらいだ・・・最初は日帰りくらい覚悟していたからな」

 

わぁやばい。なんというかルドルフって価値観がずれてる。それともシンボリ家はこんな鉄人見たいなスケジュールが普通なのでしょうか?それともリギルのせい?

 

それに日帰りって・・・終わったらすぐトレセン学園にとんぼ返りですか?少しくらい休養として観光してもバチは当たらないでしょう。

 

「私にとっては特に見たいものもないからな。子供の頃からあの競バ場周りは何度も通っているんだ」

 

やだこの子本当にお金持ち。サウジアラビアって世界地図のどこらへんにあるのかわかりませんが、取り敢えず日本から出たことのないわたくしにはよくわからない感覚ですわ。海外旅行なんてしたことないですし。

 

取り敢えずお土産は期待しておいても良さそうですね。サウジアラビアって何が有名なんですかね?サウジアラビア限定ウマチョコとか?もしくは・・・サウジアラビアチップス?

 

ルドルフ!わたくしに名産っぽいお菓子を買ってきてください!あと限定ウマチョコあったら買ってくださいね!

 

「あ、ああ・・・とは言ってもウマチョコなんてどこでも買えるだろう?多分向こうでも同じものだぞ」

 

海の向こうにも日本のウマチョコが!?確かに素晴らしいお菓子だと思いますがまさかの国外輸出までされていたとは・・・見抜けなかった!このミカドランサーの目を持ってしても!

 

それにしても海外かぁ。いいなぁ。わたくしも世界を股にかけるワールドワイドなウマ娘になりたい。

 

でもルドルフ辛いとこがあれば迷わず電話するのですわよ。わたくしもいずれ海外遠征を考える身・・・きっと何かの力になれる筈ですわ。

 

「?なんだかよくわからないが・・・取り敢えず海外に行くときは改めて相談はするさ」

 

わたくしとルドルフの友情イベントを横から呆れたような目で見ていたブルー。先ほどから妙にダンマリでしたけどどうかしましたか?

 

「ミカドちゃん。いや流石にないと思うけど・・・サウジアラビアRCは別にサウジアラビアで行われるわけじゃないからね。東京レース場のG3だからね」

 

えっ?!

 

・・・しし知ってましたわ!えーそうですとも知ってますわよ知らないわけないじゃないですか!

 

やだなーブルー!知らないとか恥ずかしい奴じゃないですか!わたくしがそんなおバ鹿さんに見えますか?!

 

「見えるよ♡」

 

失礼な!

 




更新間隔空いてしまって申し訳ない。色々あったからねsteamオータムとかソシャゲとか体調不良とか。それにメイクデビューを何回書いても納得できないのでバッサリカット。

ただミカドちゃんにボコられる為だけのオリキャラを作りたくなかった。ルドルフとぶつけるのもあれですし。

それにわたしは寒くなると暖房付けずに酒を飲んで暖を取るロシアンスタイルで冬を過ごしています。酒飲むと書けないんだなぁ。


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身体は糖分を求める

1週間も待たせたな。許しとくれぃ!


うへ、うへへ・・・うへへへへ。

 

トレーナーのダイエットを始めてからわたくしも甘いもの断ち。以前から砂糖の過剰摂取生活には苦言を呈されていたのでそれはもうしょうがない。

 

ただここ数日かなりやばい。わたくしの鋼の意思が決壊寸前なのですわ。駄菓子・・・ケーキ・・・はちみー!ああ糖分が足らない!

 

そんな状態で迎えた放課後。わたくしの目の前でブルーが煽りながら見せつける様にニンジンケーキを取り出しやがったのです。わたくしは砂糖ォォ!!そいつをよこせェェ!!と声を挙げたところから記憶がない。

 

そんなことかあったわけで現在のわたくしはぐるぐる巻きで拘束され教室の床に転がされているわけです。何処からかロープなんて出てきたのでしょう。このクラスには謎が多い。

 

「何が謎が多いだ。しっかりと反省しろ」

 

わたくしを取り押さえたらしいルドルフからの鋭い指摘。ルドルフは少し乱れた髪を手櫛で整えている。あと胸元のリボンが曲がっていますわよ。

 

本日のMVPであるルドルフはブルーからニンジンケーキを戦利品として受け取っている。ルドルフは暴れ回るわたくしの前に颯爽と現れては華麗にロープで拘束したらしい。わたくしは覚えてはいませんけど。

 

詰め込めるものは徹底的に詰め込むタイプのルドルフ。以前に弓術は齧った事があるとは聞いたことはありますけど・・・まさか縛術も教えられるんですかね?それともシンボリ家はみんなそうなんでしょうか?

 

クラスメイト一同はやっぱすごいよシンボリ家はと言っている。チヤホヤされるのもルドルフは慣れた様。クラス全体が落ち着いたのを確認した後は転がるわたくしには歩み寄り声をかけてくる。

 

「そろそろ落ち着いたかミカド・・・当分の間糖分をとってないだけだろう?」

 

これがなければなぁ。

 

ルドルフはふふっと自分の駄洒落に笑っていた。その愉快な頭をひっぱたいてやろうかと思いましたが・・・わたくしは拘束されて床を転がるのみ。それにそんな元気もありませんからね。

 

この苦しみは貴方には分からんでしょうねぇ!!ペンを持つ手が震えてますのよ!これは糖分不足から来る禁断症状!おそらくは末期症状的なアレなのですわ!

 

無様に転がるわたくしの悲鳴に近い声は誰にも届かない。まるで敗残兵。うううはちみーとガムシロップのカクテルが飲みたいよぅ。

 

 

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わたくしが暴れたと言ってもルドルフにより瞬時に制圧されてしまったので特に罰則はありません。精々担任にまたかよみたいな顔をされつつ苦言を呈されるくらいです。でももしお説教をくらうなら・・・その際には教室にニンジンケーキを持ち込んだブルーも巻き添えにしましょう。

 

まあこの程度クラスではいつものことです。問題児ばかりの我がクラス特に珍しくもないいつもの日常とも言えますわね。今日も何事もない平和な一日でしたわ!

 

「その平和な1日なのは問題の後片付けを私やバトラー君が請け負うからだというのはわかってるのか?」

 

トラブルはシンボリルドルフ先輩にお任せというキャッチフレーズが何故か新入生にも広がってますからね!あといつも巻き込まれているバトラー先輩というも結構有名ですから。

 

でも個人個人には負うべき役割というものがあると思いませんか?散らかす人片付ける人逃げる者追う者。人は生まれ持った役割という枷からは逃れることはぁぁぁあ!!

 

言葉の途中でテーブルに置いていたわたくしの大事な大事なチョコレートがルドルフによって奪われ、その口へと吸い込まれて行った。

 

トレーナーからの要望により解禁されたわたくしのチョコレートが!暴れて問題起こすくらいなら食べろという命令もとい指示で買ってきたチョコレートが!

 

久々に食べるからゆっくりと味わうつもりだったのに!1日2粒までって決めてたのに!たったの2粒しかないのに!一口くれと言って丸ごと一つ奪うような横暴ですわ!

 

「詫び代の代わりだ。今後問題を起こすたびに一粒づつ貰っていく事にする」

 

だから明日は大人しくするんだぞと言ってルドルフはチョコレートを食べる。しかもこれあまり美味しくないなという余計な一言のおまけ付きで。

 

ぐぬぬ勝手に決めるとか何という暴君なのでしょうか!これはもはや戦争しかありますまい!それに問題は・・・そこまで起こしていませんし!

 

「クラスで起こる問題の半分以上はミカドちゃんが原因だと思うけどなぁ♡」

 

喧しいですわ。それにしてもこのチョコレートの埋め合わせはどうしてくれましょうか。とりあえず残り一粒のチョコレートまで搾り取られる前に食べてしまいましょう。ぱくり。

 

食べ慣れたわざとらしいとすらいえるチョコ味。高級感とは正反対のチープな駄菓子のような味。しかし久々に食べた暴力的甘味はわたくしの脳内に白いスパークを飛ばす。

 

楽園がそこにはあった。人類もウマ娘も愚かで世に争いは絶えない。ですが今わたくしは限りなく真理に近い啓蒙を得た。甘いものこそが世界に平和をもたらす。脳に砂糖を得よ。

 

この味を何と表現すればいいのかはわからないですが、総じていうならば・・・ちょこおいしい。

 

しかしその幸福な時間もやがて終わる。わたくしは舌をモゴモゴさせて歯の間に残っていないか確かめても何も出てこない。

 

思わず深ーくため息をついてしまう。本来であればもう一粒あった筈なのに・・・明日からはもっと真面目にしよう。一粒の代償があまりにも大きすぎる。

 

 

---------

 

 

一粒取ってしまったのは少し可哀想なことをしてしまったかも知れないな。だがこっちが頭を悩ませているのに能天気なのが少し・・・腹が立ってしまった。

 

後ろを歩くミカドは百面相をしているかと思えば一転、しょぼくれて肩を落としトボトボ歩く様はいつもの覇気が全くない。

 

ミカドが甘味断ちを始めてかなり経つ。自制心なんてかけらも持ち合わせていない割には長く持っている方だとは思う。最初はトレーナーから食生活の改善指導かと思っていたので口を挟まないようにしていたが、どうやら甘味断ちは自主的に行っているらしい。

 

始めこそ自主的な改善には少し感心したが唐突な甘味断ちからの悪影響が最近出始めた。一言で言えばミカドの情緒が不安定気味になっていた。

 

具体的にはランニング中にずっとはちみーはちみーと呟いていたり、バニラエッセンスを振りまいたり、ヒップホップで食べていくと唐突に言い出したりと思い返せばキリがない。

 

だがミカド本人に甘味断ちを緩めるように言っても聞かないのは分かっていた。変なところで頑固な奴なので意地を張るのは目に見えている。

 

そこでブルーと相談して一計を案じ、問題行動を誘発させる計画を立てた。甘味断ちの悪影響をミカドのトレーナーに教える事とミカドのガス抜きを兼ねた狂言。

 

事前に根回しをしていたので計画はスムーズに事が運んだ。ロープが教室に転がっていたのもその為だ。結果としてミカドのトレーナーからの緊急指導が入り、その日のうちに甘味禁止から制限まで緩める事ができた。

 

少しでも甘いものを口にするようになれば、ミカドのこの情緒不安定さもあと数日で落ち着くだろう。私は内心でホッと胸をなで下ろした。

 

「甘いものの香りがしますわ!」

 

は?と言いながら呆然とする私たちを置き去りに、ミカドは茂みを飛び越えあっという間に校舎の角を回って行ってしまった。

 

そして聞こえてくる幼い少女の叫び声。心底確認したくないと心の底から思いつつも、私は急いでミカドの後を追いかけ校舎の角から様子を伺う。

 

「驚愕っ!!あわわわ変質者か!誰か助けてー!」

 

「何だか高級っぽい甘いものの香りがしますわ!なんてことを!なんてことをしてくれるのですかこの子は!誘っているのですか!」

 

見覚えのある不審者によって後ろから抱きかかえるように押さえ込まれた私の小さな友人。何故ここにいるのかはわからないが久々の再会なのになんとも間の悪い。これには私も苦笑い。

 

さっき回収しておいてよかったと思いながら私はロープを鞄から取り出した。当分の間は持ち歩くことにしよう。私は手早く不審者をぐるぐる巻きにする。

 

「どうやら少しばかり冷静さを失ってしまっていた様です。安心してください今のわたくしは冷静です。ですのでルドルフ今のはセーフですわよね?」

 

正気に戻りぐるぐる巻きになった不審者もといミカドが懇願するがそうもいかない。お前はいい友人だが・・・残念だよ、己の行いを呪うんだな。

 

アウトだ。明日もチョコレート一粒だな。

 

 




なんだか更新が開いてしまいました。

健康的に問題があって仕事がうまく行かなくて、そしてやるべきことが山のようにある・・・という事情は一切ありません。ネタが思いつかなかっただけです。

でもこの時期ソシャゲ周回がきついのは本当。なんとかウマ娘のイベ周回が終わった。あとfgoとニーアとプリコネやらなきゃ・・・


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