全てを無くした少女に呪いを授ける (レガシィ)
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新たな始まり
第一話 呪術師達


本作は作者の独断と偏見、さらには設定もりもりのキャラクターが登場するため苦手な方は読まないことを推奨します。
さらには、小説そのものを書くのが初…いわゆる処女作ですので、文章が拙い部分が多々あると思います。
三話くらいまでは戦闘描写がないです。すいません
それでも問題ないならお楽しみくださいませ。


 第一話 呪術師達

 

 

 

 呪霊、そう呼ばれる負の感情から生まれる存在が蔓延るこの世には負の力、呪いと呼ばれる超常的な力を操り呪霊を祓う者達がいる、そしてその名は呪術師と呼ばれた…。

 

 ──

 

 伏黒恵は野暮用を終えて、姉の津美紀に買い物を頼まれ渋谷を歩いていた。

 

「めーぐみ♡」

 

 そう呼ばれ、声のする方へと伏黒は振り向く。誰が自身の名を呼んだかは分かっている為、それは確認でしかないのだが。

 

「はぁ…なんですか五条さん」

 

 ため息一つに恵が振り向くとそこには予想通り、白髪で背丈は190を超え、目には黒いアイマスク、更には服も黒で統一された変質者、五条悟が立っていた。

 

「今頭ん中で失礼なこと考えなかった?」

 

「なんでここにいるんですか」

 

 伏黒はぶっきらぼうに質問を無視して質問しかえす

 

「いやー、ついさっき任務が終わってね。ほら、僕って最強だからさ。ひっぱりだこでこんなところにもいるわけよ」

 

「やめなさいよ」

 

 はいはいと伏黒が適当に相槌を打つと五条の後方から気の強そうな、凛とした女性の声が聞こえる。

 

「もー恵との久しぶりの再会を邪魔しないでよ歌姫、嫉妬ばっかりしてるとモテないよ?」

 

「してねぇよ!」

 

「…こんにちは、庵さん」

 

「あ、こんにちは伏黒くん」

 

 五条の後ろから今にしては珍しい袴を着ていて、顔に傷のある女性、庵歌姫が挨拶を返す。彼女は京都で高専の教師をしている。

 

 伏黒は二人の教師がいることを不思議に思い交互に目をやる。

 

「男女が二人街を歩いてたら、してることは一つでしょ」

 

 少しだけ表情が変わる伏黒の前に歌姫が否定を挟む。

 

「黙れ馬鹿。任務が一緒だったからあんたの奢りでご飯食べに行くだけでしょうが」

 

「ちぇー歌姫、ノリ悪いよー?」

 

 大して信じていなかったためそんなに驚きはなく、真顔でいる伏黒に五条が提案する。

 

「恵もご飯行く? 何でも食べさせてあげるよ?」

 

「…分かりました。姉に連絡します」

 

 姉との約束がある伏黒だが、特別急ぎのものでもなく、腹は空いている。そのため、夕食は食べてくると姉に連絡し五条についていく。それに、伏黒の考えにはどうせこの人はつきまとうだろうから断るだけ無駄だというのもあった。

 

 しばらく真っ直ぐ歩くがその間、五条はひたすら喋り続ける。どうしてこうも喋ってて疲れないのか、それとも疲れている故のテンションなのかと考えつつ真顔で歩く、歌姫も同様に。

 

 三人共呪術師で伏黒は三級、歌姫は準一級、五条はこの世に三人しかいない特級であり、自他ともに現代最強の呪術師。彼の持つ六眼と無下限呪術は百年単位で生まれてこなかった逸材、最強故に自由で誰も彼を縛ることはできない。二年後、伏黒の先生になる予定の人物だ。

 

 どの店に入るか迷っていると、前方から街の喧騒とは違う声が聞こえてきて、三人共そちらに目をやる。

 

「君、可愛いねー!どこ高?あ、どこ中かな?」

 

「がっつきすぎだろお前〜!」

 

 一人の女性が男たちで顔はよく見えないが二人の男に絡まれているようだ。中々の騒音、嫌でも伏黒の目につく。すると、五条がここぞとばかりにイジってくる。

 

「あらあらぁ?恵も男の子だねぇ!そういうことに興味出てくるお年頃かな?」

 

「別にそういうんじゃないです」

 

 口に手を当ててからかう五条に若干苛立ちながら返事をする。

 

「そんなこと言ってないで助けてあげなさいよ、あんた顔だけはいいんだから出てけば一発でしょうが」

 

「もー歌姫。顔以外も、でしょ?」

 

「うっざ」

 

 二人のそんな会話を横目に様子を伺っていると女性が立ち上がりその場を去ろうとする、助けるまでもなかったと思い直し、五条と歌姫の喧嘩を止めようとすると、二人の男のうち片方が声を荒らげる。

 

「スカした面しやがって!てめぇが偉いとでも思ってんのか!あぁ!?」

 

「五条さんあれ、さすがにまずいんじゃないですか?」

 

 二人の喧嘩を無理矢理気味に止め、五条を呼ぶ。

 

「あー時々いるんだよねぇ、あーゆー輩。どれ、この五条さんにまっかせなさい」

 

 だが、行動するまでが一歩遅く、女性は平手を食らった…かに見えた。しかし、平手は一歩後ずさった女性によりかわされ、正当防衛と言わんばかりに男の足首を足先で突いた。膝をついた男の顎を女性は膝で支え、一言、男に向かってなにか言ったかと思うと男は力なく倒れた。

 

 この光景を見ていた一般人は男が突然気絶したように見えただろうが、三人には別の光景が移る。

 

「恵、今の見えたかい?」

 

「呪力の起こりは、ですが術式までは…」

 

「それだけ見えてたら充分だ」

 

 ぴょんぴょん跳ねる癖毛の伏黒の頭をクシャッと撫でると、歌姫が口を開く。

 

「術式使用の切り替えに身のこなし、呪力の隠し方も並じゃない。追うわよ五条」

 

「えー?ストーキングなんて趣味悪いなぁ歌姫、あ、もしかしてそっち系?」

 

「うっさいわよクズ」

 

 目の前の光景から、女性のことを危険かどうか判断するため尾行を開始する。

 戦闘や気付かれる可能性を考え、いつでも術式を使えるように心構えをして二人はついていく。五条は両手を後ろで組み、何の警戒もせずに歩いていく。

 

「彼女がもう少し人が少ない所にいったら話しかけましょう」

 

 歌姫がそう言うと件の女性が突然立ち止まる。

 

「!」

 

 感づかれたと思った伏黒が構えると、女性は横の店の看板を見つめてボロボロの財布を開き、トボトボとした足取りで再び歩みを進め始めた。

 

「…何だ今の?」

 

「何かしら…?」

 

「なんだろねぇ?」

 

 三人して呆気に取られていると、不意に五条が笑い出す。

 

「ハハッ、そーゆーことね」

 

「なんですか?」

 

「見てみなよ」

 

 指差す方を見ると、スタダで新発売のやたらに甘そうな飲み物の写真があった。

 

「彼女、僕と気が合うかもねぇ」

 

 クツクツと口元の端を上げて笑っている五条を横目に、尾行を再会しようとする二人は彼女の姿を見失ってしまう。

 

「!やられた…」

 

「気づかれてたのね」

 

「二人して何でそんなに驚いてんの?」

 

「はぁ? あんた対象に逃げられたのに何言ってんの?」

 

「歌姫こそ何言ってんの? 向こうにまだいるじゃん」

 

「あんたの六眼には何が見えてるんですか?」

 

「二人してひどいなぁ、僕泣いちゃうよ?」

 

 目の下に手を当てて泣くジェスチャーをしながらおちゃらけていた五条の雰囲気が一変する。

 

「…?見えなくなった」

 

「は?」

 

「いやマジで、たった今見えてた呪力も見えなくなった、ていうか消えた」

 

「「はぁ?」」

 

 三人が戸惑いを隠せずにいると、伏黒の背後に突然呪力が流れる。

 

「バン」

 

伏黒の背に細い衝撃、か細い少女の声が急に三人の耳に届いた。




ハーメルンを最近知って自分も書きたいなと思って勢いに任せて書いてしまいました。この話、ていうか一章?出会い編?は文字数にもよりますがおそらく三、四話ほどで終わると思います。
一人でも見てくださる方がいる限りは長編になる予定です。
何文字くらいだと読みやすいんですかね?見てくれた方ぜひコメントお願いします。アドバイスなども必ず読みますので遠慮なく書いてくださると嬉しいです。次回投稿予定日は未定ですが三日以内になると思います。
少し書き直しましたけどあまり気にする程じゃないです。


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第二話 少女の正体?

前回の二倍くらいにしてみました。
ルビ使ってみました。
前回から見てくださる方、お楽しみください!


「バン」

 

 突然背後に出現した気配に、伏黒は驚いて猫のように跳ね上がる。手印を結びながら咄嗟に振り向くと、後ろには件の女性がいた。

 

「さっきから僕のこと尾けてるのってあなた達…ですよね?」

 

「いつのまに?!」

 

「ふーん、僕の後ろ取るなんてやるねぇ、忍者かなにかかな?」

 

「そんなこと言ってる場合ですか?」

 

「まぁまぁ、安心しなよ恵。向こうさんが襲う気ならとっくに襲ってるって。それにこの僕が横にいるんだよ? 無問題無問題(モーマンタイモーマンタイ)

 

「…あのー、こんなところで騒ぐのもあれですし、どこか話せるところに行きませんか?」

 

「イイね、んじゃ折角だしあそこ行こっか」

 

 三人が騒いでると女性が気を遣って行動を起こす。五条はそれを軽く受け止め、せっかくだからと先程女性が見ていたスタダへと入っていく。

 人数分の飲み物と、五条専用のドーナツやらケーキやらを購入し、奥の席に四人で座る。席は五条と歌姫が隣合わせ、その向かい側に伏黒と件の女性が座る。

 女性の容姿は驚くほど整っていて、セーラー服を着た彼女の髪は背中までかかるほど長い黒髪、右目には怪我をしたのか眼帯、両手には黒い手袋をつけていて、少し独特な容姿をしている。

 

「あんた胃もたれとかしないの?」

 

「大丈夫。僕、最強だもん」

 

「理由になってないですね」

 

 しかし、呪術界に身を置く二人はもちろん、伏黒も五条を筆頭に普段からもっと独特な容姿を目にする機会が多いため驚くことはない。

 

 三人の会話を見ていた女性が口を開く。

 

「あの…自己紹介とかをしたほうが、いいですか?」

 

「あ、ごめんね、私は庵歌姫(いおりうたひめ)

 

GLG五条悟(グッドルッキングガイごじょうさとる)でっす。歌姫の同僚だよ〜。ほらほら、恵もー」

 

伏黒恵(ふしぐろめぐみ)

 

阿頼耶識刹那(あらやしきせつな)、中学二年生です」

 

「あらやしき?随分と仰々しい名前だねぇ」

 

「伏黒君と同い年なのね」

 

 四人は簡潔な自己紹介を終わらせ、同時に刹那が口を開く。

 

「あ、お二人は教師ですよね?東京と京都の」

 

「うんまー、そーだけど、なんで知ってるの?僕はともかく歌姫は弱っちいしあんま有名じゃないと思うんだけど」

 

「うっさいわ」

 

「あ、もしかしてフリーの呪術師?もしそうだったら話が早いね。君、高校はうちに来てもらうよ。ラッキーじゃん、受験勉強しなくてすむよ」

 

 呪力操作と二人の存在を知る彼女を呪術師と確信した五条は人差し指を天井に向け両手を上げ、直接的に彼女の未来を決めて話す。

 

「それは…強制的なものですか?」

 

 しかし、その五条の発言に彼女は少しの戸惑いを見せる。

 

「基本的には一般のスカウトは本人の意思を尊重するんだけれど、今回はちょっと難しいかもね」

 

 戸惑いを察してか、説明の足りない五条の発言に歌姫が付け加える。

 

「どういうことですか?」

 

「君さぁ、ハッキリ言うとかなり強いんだよねぇ。最強の僕が太鼓判を押してあげるくらいには」

 

 スルリと黒い目隠しを外し、透き通るような碧眼をあらわにする。それを見て終始冷静だった彼女は、初めて感情を出し驚いた表情をする。それもそのはず、五条は女性どころか、男でさえも魅了するような、容姿の整ったイケメンなのだ。

 

「なんというか、その、顔が良いですね…?」

 

 

「あはは。ありがと、よく言われる♡」

 

 

「チッ!」

 

 

「はぁ…」

 

 

 伏黒と歌姫がわざとらしくため息と舌打ちをする。それを見た刹那は苦笑するが、慣れているのか五条はそれをスルーして話を続ける。

 

 

「まぁそれはいいとしてさ、理由はいくつかあるけど君の呪力量がまず普通じゃない。見た所かなり呪力操作に長けてるみたいだし、その年でその呪力の量だと放っといても二年もすれば特級クラスじゃない?」

 

 五条のおふざけが終わり、先程の話に戻る。

 

「凄いわね…でもそれだけであんたがかなり強いなんて評価はしないわよね。てことは、術式の方?」

 

「大正解!良くできました」

 

 歌姫はいつものように自分を見下す五条へ、今にも殴り掛かりそうな怒りの気持ちを抑えながら心を落ち着けるため一口コーヒーを啜る。

 

「で、その術式さぁ、僕の記憶の限りでは歴史に残ってないし、効果もちっとも分からないんだよねー。さっきの隠密といい、なにそれ?」

 

「?その程度のことでかなり強い?」

 

 術式とはいわばその人の才能。生まれついてあるもので、その形は千差万別。三人は呪術師の家系のため相伝といわれる術式を持っているが、非術師から産まれた人間の術式から新しい術式が発見されることは珍しいといえば珍しいが驚く程ではない。

 

「甘いよ恵ぃ。六眼は相手の術式を丸裸にできる。その特性上、強力な術式を発見した場合は、確実に文献として残して、出来る限り秘密裏に保護するんだよ。あ、これ僕んちの秘密だから皆には内緒ね」

 

 サラッと家の秘密を暴露する現五条家当主に伏黒と歌姫は呆れる。

 

「でも、そんなの単純に今まで発見されてこなかったってだけじゃないの?」

 

「もちろんその可能性も否定できないんだけどね、問題は文献には残ってないって部分じゃなくて、僕が分からないって部分」

 

「…なんとなくは分かりました」

 

「ほぉーら歌姫、恵は分かったみたいだよー? 学生に負けてやんのー」

 

「伏黒君、教えてくれる?」

 

「ついに無視されちゃいましたね、五条さん」

 

 その場の空気に慣れたのか、口元に手を当ててクスリと笑う刹那にもツッコまれてしまう

 

「いいもん、僕最強だもん」

 

 小声で呟きながらいじける成人男性を尻目に話を続ける。

 

「五条さんの六眼で術式が分からないってことは…それほどに難解な構造、下手をすれば御三家とかと並ぶような希少な術式ってことですか?」

 

「うんまぁ大体そんなとこかな」

 

「事情はわかったわ、思ったよりかなり大変なことに首突っ込んでるみたいね、私達」

 

「僕の術式ってそんなに警戒されるものなんですか?」

 

「まぁね、効果とか明かしてくれたら楽だけど。多分君さ、無意識に僕のことを危険なものとして認識してしてるんじゃない?それで術式がオートで発動してるってとこかな。あっ、そんなに気にしなくていいよ、術者にとって身を守るのは当たり前だし、詳しくは聞かないけど君の右目も多分怪我とかじゃなくて僕と似たようなもんでしょ?」

 

 一息に五条が言い切り、歌姫が口を開く。

 

「手遅れ気味な感じもするけど今ここで詳しい話をするより、どこかで時間をまた取りましょ。私達一応徹夜明けで疲れてるし、とりあえずあなたが呪詛師じゃないって分かっただけで充分だわ」

 

「フリーってことは依頼を受けてるんでしょ?なんて名前ー?」

 

 そろそろお開きの雰囲気になりかけているところに爆弾が投下される。

 

「ネット掲示板で、匿名に近いですけどSという名前で活動していました」

 

「オーケーSね…ん?はぁ?」

 

「あっはっは!笑える冗談だねぇ…マジで?君が?」

 

「そんなに有名なんですか? そのSって」

 

 驚く二人の大人を見て無知の伏黒は疑問符を浮かべる。

 

「いやいやいや。Sっていったら特級の案件を引き受ける上、完全に正体不明の術師のことよ」

 

「いやー、うちでも夜蛾学長がお世話になってるねぇ。怪物とか呼ばれてたのがこんな少女とは」

 

「…そんな呼ばれ方してるんですね」

 

 五条の著しくデリカシーを欠いた発言に、刹那は少し俯いて呟く。

 

「これー…上層部のおじいちゃんにバレたらマズイよなぁ」

 

 五条は背もたれにその長身を預け、手を後ろに組みながら呟く。

 

「特級案件じゃないの。五条、今から補助監督に連絡取る?」

 

「なぁ、阿頼耶識」

 

「長いので名前だけで構いませんよ?」

 

「あぁ、じゃあ刹那」

 

 弾む話を止めるように伏黒が刹那に問いかける。

 

「"活動してました"って言ったよな? それって、今は活動してないってことか?」

 

 核心をつくような一言がその場に放たれるが、意外にも答えはあっさりと返ってきた。

 

「…はい、つい先程辞めました。掲示板も消したのでSはもうこの世にはいません」

 

「え、それってどういうこと?」

 

 質問する歌姫の横ではズズズと音を立てて五条がフラッペを飲んでいる。

 

「目標が…あったんです。達成したら終わりにしようって、決めてて、それがこの間の依頼で達成できたんですけど…」

 

 そこまで言うと口を閉じてしまうが、代わりといわんばかりに通帳を机の上に置いた。

 開くと、不定期的に大金が振り込まれているが一昨日、全額おろされている。

 

「どゆこと?」

 

 五条が首をかしげる。特級の任務にしては少ない金額に上層部に不快感を抱きながら、数字上の異変に対して疑問をつぶやく五条に答えるように刹那はポツポツと語りだす。

 

「僕の両親は物心つく頃に交通事故にあい、身内がいない僕は叔父の家に押し付けられるように預けられたそうです…」

 

 少しの沈黙の後、再び語りだす

 

「叔父はその、言いにくいんですが」

 

「クズでしょ多分、そういう勘は僕鋭いよ。最強だし」

 

 背もたれに身体を預けながら根拠の無い理由を口にし、五条が代弁する。刹那は深く頷き話を続ける。

 

「両親の遺産で遊び回ってて、家賃や授業代、水道代は最初の頃は払ってくれてたんですけど、段々払わなくなっていって…小学四年生の頃には全く払ってくれませんでした」

 

「その頃には術式はもう使えたのか?」

 

 伏黒の問いに刹那が冷静に努めて答える。

 

「その年になるまでに、大体は使えるようになってました。友達もいなくてやることもなかったので、誰かの助けにと思って一人で呪霊を祓って回ってました。今思うと遊びの感覚で馬鹿なことをしてましたね」

 

「それから、生きるためにネットの掲示板を使って霊媒師みたいなことしてたんです。弱い呪霊を祓ってお金をもらって、その繰り返し」

 

「それで呪術界を知って本格的に活動し始めた感じかな?」

 

「はい…僕の術式なら確実に見つからずに祓うことができますし、バイトもできない僕にとっては最善の策だったんです」

 

「うーん、その頃に術式は扱えてたんだよね? オススメするわけじゃないけど、叔父を殺っちゃおうとか思わなかったの?」

 

 五条の問いかけに刹那は首を横に振る。

 

「叔父が引き取ってくれなかったら僕は死んでたかもしれないですし、命の恩人であることに変わりはありませんから」

 

「でもそれなら尚更、呪術師の職には就かないの?」

 

「高校は行かずに、就職しようと思ってるんです。一人暮らしのためにお金を溜めて、両親の住んでいたところも見てみたくて、やりたいことがいっぱいあって、そのためにお金を貯めててやっと溜まったんです! でも、でも…」

 

「結果はこれか」

 

 伏黒が言うと同時に刹那がどこか諦めたように笑みをもらし、自分に言い訳をするかのように喋りだす。

 

「…仕方ないですよ、叔父もきっと中学生がこんなにお金を持ってちゃ駄目だって僕を思ってのことなんです…きっと! それに、もしかしたら生活の為に使ってくれるかもしれないですし! だから、だからっ…!」

 

 仕方ないんです。そう俯いて言う彼女の瞳から、大粒の水の雫が膝に落ちていく。その姿を見せまいと刹那が顔を両手で覆うが、その姿がさらに見る者の胸を締め付ける。

 

 三人はそれをみて沈黙するしかなかった、隣りにいる伏黒が行き場のないような、怒り、もしくは無力感に拳を震わせるが、何もできない故に、せめてもと背中を優しくさする。刹那はビクリと肩を震わせ嗚咽を漏らす、そんな時間が数分流れた。

 

 ────

 

「あの…色々と、ありがとうございました」

 

 目の周りを真っ赤に腫らした少女はペコリと頭を下げる。

 

「一時間くらい話してたからお腹すいたんじゃない? このバカがなんでも奢ってくれるわよ?」

 

「このGLG(グッドルッキングガイ)五条さんに任せなさーい!」

 

「いえ、ほんとに大丈夫なんです。遅くなると叔父が帰ってきてたら心配しますし、また機会があればその時は…もう少し、お話ししてくれますか?」

 

「ん、全然構わないよ、高専の件は心変わりしたらいつでも言ってくれていいからね、待ってるよ」

 

 五条が刹那の肩を軽く叩くと、肩を跳ねさせ、強く目を瞑る。

 

「…気をつけて帰れよ」

 

「はい…ありがとうございます。それでは」

 

 刹那は帰路へとつき、やがて背中が見えなくなると最初に歌姫が口を開いた。

 

「良かったの? 五条」

 

「んー? 正直ちっとも良くないよね」

 

「五条さん、あれやっぱり」

 

「まぁ十中八九DVの類いだろうね、泣いてるときに恵が背中を叩いたとき、そして僕が肩を叩いたとき、反応が拒絶のそれだったし」

 

「っ! ならなんで!」

 

「分かってるだろ? 恵」

 

 いつになく真剣な表情でアイマスク越しに伏黒を見据える。

 

「…助けられる準備が出来てるやつじゃなきゃ、救えないんだよ」

 

 最強の言葉が伏黒に重くのしかかった。




少し手直ししました。
PS、指摘を頂いたのでまたも少し手直ししました。
違和感あるかもかなぁ


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第三話 刹那の選択

ハーメルンの仕様を全く知らなくてどのくらいの人が読んでるかわからずほぼほぼ自己満足で書いてて笑える。
書いてたらどんどん長くなっていって、自分の考えてるところまでいったいいつ行けるんだろうか。


「助けられる準備が出来てる奴じゃなきゃ、救えないんだよ」

 

 五条の重たい言葉。現代最強だからこそ、人一倍人間の死というものに向き合ってきたからこその言葉。しかしそれでもなお、納得がいかないのか、伏黒を五条は見つめる。

 

「はぁ、全く。いつからこんなに恵は駄々っ子になったんだい?」

 

 プルル…

 

「あ、もしもし伊地知?」

 

 静かになったその場でなる高音。五条のスマホが、伊地知と呼ばれる補助監督から電話がかかってきたことを示す。

 

「五条さん、今どちらに?」

 

「渋谷で可愛い教え子と、あと歌姫といるよー。なに、緊急の案件?」

 

「いえ、寧ろ逆です。明日の任務ですが、昇級試験も兼ねて京都校の生徒が行くことになりましたので、明日はオフになりました」

 

「そりゃそうでしょ、どう見たって二級案件じゃん。そんなことに僕を呼ばないでよ殴るよ?」

 

「はヒッ! すみません! すみません!」

 

「まぁそう謝るなよ伊地知、今僕は機嫌が良いんだ。後で呼ぶからそれまでに報告書適当に書いといてよ。それと、厄介な案件持ち帰るから覚悟しとけよー」

 

「五条さっー」

 

 プツッ

 

 五条の傍若無人ぶりは変わらない。不憫な後輩は、わざわざ"面倒事"と教えられた案件の準備のために胃を痛めることだろう。しかし横目で、少し嬉しそうに歌姫はため息をつく。

 不敵に笑う五条を見て伏黒は思う、この人はやっぱり信頼できる大人なんだと。

 

ーーー

 

 刹那は自身の住むアパートへと戻る、足取りは重い。理由はわかってる。あの人が帰ってくる。一日遊び回っていたからきっと、家で休むために帰ってくる。普段ならこんな感情はさしてないが、今回は違う。隠していたお金がバレてしまったから。もしかしたらもう家にいるかもしれない。また、殴られるかもしれない。お金のことで何か言われるかもしれない。ほんの少しの想像なのに、胸の奥からくる負の感情で吐き気がしてくる。

 

「…ただいま」

 

 家の鍵をあけ、2DKほどの広さの部屋の畳へと荷物を置く。叔父は帰ってきておらず、安堵し、深呼吸を一つつく。その瞬間、ガチャリと音を立ててドアが開く。血の気が全身から引いていくのを感じると、ドアの方からこの家の主が現れる。

 

 小太りで、アルコールによって赤く染まった頬。いつも見る姿が今日はより一層の恐怖を伴ってくる。

 

「せつなぁ…帰ってたのか」

 

「は、はい、お、おかえりなさい」

 

 無意識に声が震え、手が震え、心が潰れそうになる。

 

「そんなに震えるなよ、家族だろう?」

 

 刹那の叔父は隣に座り肩をぽんと叩く。ゾクゾクと背筋に嫌な鳥肌が立ち、身体を震わせる。

 

「怒られる心当たりがあるから震えてるんだろ? そうだろ? 当ててやろうか?」

 

「あの金のことだろ」

 

 今最も触れて欲しくない話題が叔父の口から発せられる。突如として声を荒らげ始め、肩を握る力が強くなる。

 

「てめぇ! 金のことは全部俺に言えっつったよなぁ!!?」

 

 叔父は立ち上がり刹那を蹴りばす、床に転がった刹那の腹に向かって何度も蹴りを入れる。

 

 ガッ! ドッ! ゴッ! 

 

「なんでてめぇがあんな大金持ってんだぁ!? とっとと吐けよ! あぁ!?」

 

「ヴゥッ」

 

 口から溢れ出そうになる吐瀉物を、口を抑え無理矢理飲み込む。

 

「ハァッハァッハァッ」

 

 刹那はその場から動けない程蹴られ抵抗する気力もない。彼女の力なら簡単に抗えるのにそれができない。彼女は、恐怖感によって縛られていた。呪いのように恐怖が体に纏わりつき、抵抗することができないのだ。

 

 力なく喉の奥から息がひゅーひゅーと漏れる。肋が折れ、呼吸の音がおかしくなり、声も満足に出せない。

 

「なぁ、せつな? お前が悪い子だから俺はお仕置きしてるんだぞ? 分かるよなぁ?」

 

 コクコクと刹那は涙を流しながら力なく頷く。特級の呪霊でさえくだせる彼女の実力は、今この場において一切の力を持たない。ただ無力な少女が、力ある強者に嬲られるだけ。

 

「鞭の後は飴が必要だよなぁ?」

 

 そう言った刹那の叔父は、制服を無理矢理に脱がし始める。

 

「い、いや…!」

 

 足をバタつかせて抵抗するが力が入らず、恐怖のためか呪力も練れない。呼吸がまともにできないため、声も出せない。

 

「お前は美人だからなぁ。安心しろ、痛くはしないからなぁ」

 

 助けも呼べず、抵抗もできず、涙を流すことしかできない。今の感情は絶望。身を守る術を持たぬ少女に出来るのはその感情に身を任せることのみ。

 

 スカートと上着を雑に脱がし、半裸にしたところで叔父は自身のズボンに手を掛ける。その時。

 

 ドガシャアァァァ! 

 

 音のする方から長身黒ずくめの男、五条悟が扉を肌に蹴破って入ってくる。190を超えるその長身は、小太りの男を見下して嘲笑う。

 

 

「おっ邪魔っしまーっす!」

 

「あぁ? 何だてめぇ! 誰に許可もらって入ってんだあぁ?!」

 

「うわっ、酒臭っ! 僕下戸なんだからやめてほしいなぁ、口直しにカフェオレとかないの?」

 

「てっめぇ!」

 

 五条に向かって乱暴な言葉を投げる叔父の言葉を完全に無視し、文句を垂れる。殴りかかる叔父の拳を掌で受け止める。否、掌に当たることすらなく、空中で拳が停止する。

 

「いやね、あんたの経歴かるーく調べたんだけどね。お前さ、呪詛師でしょ」

 

 そう言われ叔父の顔が青ざめていく。先程まで嘲る笑顔を見せていた五条の視線は軽蔑を含めた鋭い眼光へと変化する。

 

(…叔父さんが…呪詛師…?)

 

「いやー、あんたクズだけど、やっぱり血筋ってやつ? 結構良い術式(もの)持ってんね」

 

 アイマスクをずらし双峰の六眼で叔父を見据える。それが答え合わせのようにして、途端に理解した叔父は震えだす。

 

「お、お前、その眼…六眼…!?さっきの術式…まさか五条悟!!?」

 

「お酒の飲み過ぎで目見えてなかったの? それともド近眼? 腕のいい眼科紹介したげよっか?」

 

 アイマスクを戻し、ケタケタ笑いながら煽る五条。すると後ろから女性の声が聞こえてくる。

 

「中野彰、51歳。婿入りしたため阿頼耶識の性から中野になる。7年前に離婚し、以来一人暮らし。5年前に阿頼耶識刹那を引き取り、その際刹那に入った両親の遺産を盗む。そのため呪詛師から足を洗ったと思われる。なお、殺し屋に近い依頼を多く受けていたため見つけ次第即刻排斥対象。術式は保存呪法、エネルギーを割合的に保存して持ち運べる。相伝の術式?聞くだけでも確かに厄介ね、推定で二級程度かしら?」

 

「ヒュー、やるねぇ歌姫」

 

「うちの補助監督に無理言って集めてもらったわ」

 

 腐っても特級と準一級。情報とそれを処理する能力、呪詛師を前にしようと一切臆することない豪胆さを持っている。

 

「てめぇこのやーームグっ!?」

 

「おいおい、もっと喜べよ? お前みたいな雑魚が最強の僕に葬ってもらえるんだぜ?…って、言いたいところだけどさ、文句があるのは僕だけじゃないんだよね」

 

 五条が彰の頬を片手で締め上げ、その怒気のこもった蒼い眼と言葉でで彰を見据える。しかし、その後に雑に床に放る。

 

「玉犬黒、白」

 

 アォォーン! ウォォーン! 

 

 窓から黒い犬が、ドアから真っ直ぐに白い犬が、雄叫びをあげて彰に向かい、噛みつく。刹那はあまりの事態の展開にその場で目をパチパチと瞬く。

 

「"ぅ"あ"ああ"あ"!!」

 

「恵、殺気立つのはわかるけど殺しちゃ駄目だよ。そこから先はまだ君には早い」

 

「……分かってますよ」

 

「帳降ろしてて良かったわ。ドア蹴破った時といい今の悲鳴といい、聞かれたらトラブルに発展しかねないもの」

 

「大家さん以外いないのが救いだったねぇ」

 

 五条と歌姫がここから先は伏黒の番ということを示すように無意味に話す。

 

 伏黒は刹那へと歩み寄る。

 

「あ、あの…ふーー」

 

 パサッ…

 

 刹那の言葉を中断し、伏黒はあられもない姿の刹那に自らの上着をパサリと被せる。少しだけ刹那より大きい少年の服は彼女を覆い隠すのに丁度いいサイズだった。

 

「……刹那、俺は正義の味方(ヒーロー)じゃない、呪術師だ。呪い、呪われる世界に身を置く人間だ」

 

 伏黒は刹那の眼を真っ直ぐに見て話し出す。

 

「これだけのことしちゃいるが、最終的に決めるのはお前だ。俺に強制する権利もなければ、義務もない。お前が決めるんだ。呪いの世界(こっちがわ)にくるか、このまま…"普通"を目指して生きるか」

 

 刹那は困惑している。自分の体が穢されかけ、目の前で叔父が呪詛師と判明し、あまつさえ、数刻前にあったばかりの少年にこれからを生きる上での二択を迫られている。頭の後ろを掻きながら目をそらした伏黒はもう一言だけ付け加える。

 

「ここから先はもう完全に俺のエゴだが…願わくば、お前とはこれっきりって関係にはしたくない」

 

 顔を赤らめている伏黒の背後の男。正確には五条が、イジりたいがそういう雰囲気でもないため身を悶ている。

 

 見るべきもの、考えるべき未来。考えることも解することもいくらでもある。だが…今の刹那には、少しだけ目つきの悪い、黒い少年しか見えていなかった。

 

「それは…呪いの言葉ですよ…恵君…」

 

「いや…悪い、そういうわけじゃっ」

 

 刹那は、一言笑って言うとその後に伏黒に体を預ける。そしてもう一言呟くように震えた声で、けれど強く、強く言葉を放つ。

 

「よろしく…お願いしますね」

 

「っっっはぁーっ…あぁ、こちらこそ」

 

 伏黒は責任の重さと人助けの不慣れから深くため息をつき、刹那の背中を優しくさすり二人の大人を確認する。

 

 五条がその光景を写真に収めようとするのを歌姫が止めている。

 

「って、こんなことしてる場合じゃないわ。かなり怪我してるし早く治療しなきゃ、それと補助監督の手配も」

 

「歌姫先輩!あざーす!」

 

「こういうときだけ後輩面すんじゃねぇ 」

 

「五条さん」

 

「ん?どしたの?」

 

「寝ちゃったんですけど」

 

「……あはっ!まぁ色々あったしねぇ、伊地知が来るまで寝せてあげな」

 

「え"、俺、伊地知さん来るまでこのままですか?」

 

「なにか問題でも?」

 

「いやその…色々と辛いんですけど」

 

 伏黒も呪術師といえど思春期に入ったばかりの中学生。同い年で、美少女とも言える刹那から押し倒されるような形でずっといるのは色々当たったりして辛いものがあるだろう。当然、五条がそれを見過ごすわけもなく、途端に新しい玩具をもらった子供のように変化する。

 

「んふふ、写真取っちゃおーっと」

 

「ばっ!やめっ!」 

 

「騒ぐと起きちゃうよー?」

 

 刹那のことを考え、大人しくする以外の選択肢がない伏黒は、せめてもの抵抗と言わんばかりに二体の式神を体に纏わせた。

 

「さて、悪ふざけはこれまでにして、と」

 

 五条がスマホの写真機能を閉じて衝撃の一言を放つ。

 

「刹那は、特級の案件を受けたりしてたみたいだけどあくまで受けたことがあるってだけで、多分倒すのはいつもギリギリなんじゃない? 正直、僕や傑の強さには程遠い」

 

「何当たり前のこと言っ「でも!」」

 

 歌姫の発言に五条が口を挟む。

 

「刹那が眠ってか安心してか、無意識の術式の発動が緩んでさ。見つけちゃったんだよね。刹那が実力に反して呪力がなんでこんなに少ないのか」

 

「少ない? 特級クラスが?」

 

「あくまでそれは二年もすればの話。今はなんていうかね、言うなれば体に対して心が追いついてない状態みたいな感じかな」

 

「んで? その原因は?」

 

 焦らす五条に痺れを切らした歌姫が問いかける。

 

「彼女、自身に縛りを付してるね。それも、恐らく強力なのを産まれつきだ。本人さえ知らない縛りを無くすのは至難の業だ。このままじゃ実力が肝心なときに発揮できない、せいぜい一級止まりだね」

 

 まぁそれでも歌姫よりは強いけどー。そう再び歌姫を煽り手を広げる。こんなやり取りの最中でもふざける五条に対し、怒りは湧きながらも話を続ける。

 

「…本人も気付けないのは厄介ね、彼女が自分の何を縛っているのか分からないけれど、心身に影響があるのならなんとかしてあげたいわ」

 

「どんな縛りか分からないんですか?」

 

 五条は伏黒の問に首を横に振り答える

 

「言ったでしょ。術式の自衛機能が緩んでるだけだって、詳しいことは分かんないや」

 

 話が終わると五条が無責任なことを言い出す。

 

「まぁなんとかなるでしょ、高校生になったらなんとかするさ」

 当たり前のように無責任な言葉を放つ五条(バカ)

 伏黒は数刻前の自分の発言を心のなかで取り消した。




次回からいよいよ戦闘シーン入ります。
原作の流れには沿っていくつもりですが、作者の脳内はお花畑なので何人か死なないですし、何なら平和なエンドすら目指します。
正直大まかなシナリオ以外はその場のノリなんで多めに見てください。
大変な矛盾を見つけたので直しました。


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第四話 復讐の火種

思いの外戦闘シーンの描写が下手でしたwこんな感じだろーなーってくらいのニュアンスで読んでくだされば幸いです。


ーーー

 

 揺れる車内、刹那は先程と置かれている状況が全く違うことに気付き、さっきの一連の出来事は夢だったのかと一瞬絶望しそうになる。だが、横から聞こえてくる声によってその可能性は無いことに安堵する。

 

「ん、心配すんな、明日の朝には戻る。学校は休みだし、五条さんもついてるから問題ない。もう切るぞ」

 

 プツッと電話が切れる音と共にスマホをしまいながら伏黒は刹那が起きたことに気づく。

 

「悪い、起こしたか?肋が折れてたから横にしたほうが良かったんだが、荷物が多くてな。助手席にも荷物置いてあるしこうするしかなかったんだ」

 

 刹那は自分の体勢を確認すると、比較的楽な姿勢で伏黒にもたれかかって毛布がかけられているのに気付く。刹那は伏黒の優しさに少しだけ甘えながら質問をする。

 

「あの、これって今どこに向かってるんですか?」

 

「東京都立呪術高等専門学校。まあ、呪術師の高校だ。あの家にいるわけにも行かないし、しばらくは五条さんが保護するって言ってたぞ」

 

「そう…ですか…」

 

 頭の中がぐるぐると渦巻く思考の波に襲われながら、やはり不安を感じずにはいられない。

 

 伏黒は若いのもあってこのような状況に慣れていない。窓の外を見ながら、刹那にかかっている毛布をもう少し深く被せる。

 

「あんなことがあった後だ、安心しろとまでは言わないが、そんなに不安そうな顔をするな…。向こうについたらお前の怪我もすぐに治してもらえる」

 

 慰めているつもりなのか、伏黒は窓の外の景色を見ながら背中を擦る。

 

「…恵君って、ちょっと不器用ですよね」

 

「ほっとけ、まだ時間かかるから寝てろ」

 

「もう少しだけ…話したいです」

 

 二人の心の距離も近づき、互いに普通の中学生のような会話を続ける。

 

「そういえば…叔父はどうなったんですか?」

 

 自らを苦しめ、呪詛師と判明した者の最期を刹那は見届けていない。

 

「…俺達より先に、別の車に乗せられてた。簡易的だが封印もされてたし高専に五条さんと一緒についてるんじゃないか?」

 

「そうですか…良かった」

 

「…それはあいつが死んでなくて良かったって思ってるってことか?」

 

 予想外な反応に思わず伏黒は刹那に質問する。

 

「…意地悪な質問しますね、恵君。でも、そうじゃないですよ。ちゃんと然るべき処罰をしてくれるんだなって思っただけです」

 

 そう言うと刹那は口に手を当て、あくびを一つする。伏黒の肩に頭を沈め、眠くなってきたので寝ます。と一言発し、穏やかな寝息をたてて眠る。

 

「ふふっ、役得ですね伏黒君」

 

 補助監督の男、伊地知潔高が伏黒に笑いかけてくる。

 

「…そうかもしれないですね」

 

 伏黒の性格から否定されると思っていたが、思いの外あっさりと受け止めた伏黒に対し、伊地知は少しだけ驚く。それと同時に、幼い頃を知る伏黒のことを、子供の成長を感じられた親のように嬉しく思った。

 

「あと一時間程です」

 

 伏黒も疲れていたのか、その言葉を聞くより前に眠ってしまった。

 

 そうして山道へと入っていく、しばらくすると前の道がやたらと明るいことに気づいた伊地知は車のペースを落として近づく。

 

「伏黒君!阿頼耶識さん!起きてください!」

 

 突然伊地知の大声が車内に響く、伏黒と刹那もそれぞれの寝起きの表情で起きる。

 

「何かに掴まってください!」

 

 伊地知の声と共に車は急ターンして来た道を戻ろうとする。が、それより早くにタイヤが潰されスリップしてガードレールへと突撃してしまい、そのショックで伊地知は気を失ってしまう。

 

「伊地知さん!」

 

 眠気を振り払うように伏黒は大声で伊地知に呼びかける、呼吸をしているところを見るに死んではいないことに安堵するが、その時刹那は、伏黒とは別の方向を見て戦慄していた。

 

「叔父…さん…」

 

 車の窓から見える人影は男を見てる少女をニタリと笑い見つめ返す。

 

「まだ終わってないぞ、ガキどもォ…!」

 

 ────

 

 時は遡り、あの一件の直後。

 

「五条、刹那の処遇とそいつはそっちの高専に任せるわ、ここから距離も近いし」

 

 玉犬に噛みつかれ体の至るところから血を流して気絶している男を指差し、歌姫が五条に告げる。

 

「オーケー、伊地知は二人を送るのに呼ぶから別の人呼んどくね」

 

 そう言って携帯を取り出し、電話帳を開くと急に何かを思いついたのかニヤニヤと笑いだす。そして高専の学長へと電話をかける。二回程コールしたあと学長が出る。

 

「なんの用だ悟」

 

「今から送る場所に呪詛師回収用の車回してくんない?」

 

「ん、了承したが、任務外で働くとはらしくないな」

 

「ひどいなぁ、僕はいつだって世のために働くGLGだよ。あ、それとさぁ、良い知らせ二つと悪い知らせ一つあるんだけどどっちから聞きたい?」

 

 通話越しでも聞こえるくらい大きなため息、通話の向こうではきっと、眉間に皺をよせ頭を抱えてることだろう。

 

「そっちが本題か、全く。悪い知らせから聞こう…」

 

「学長がよくお世話になってるSってフリーの呪術師いるじゃん?」

 

「お前よりも仕事と報告書が丁寧だから重宝しているな」

 

 嫌味のように五条との違いを耳元で言ってくる。

 

「その人さー、フリーの呪術師辞めちゃったよ」

 

「…………」

 

「んー、どしたの学長?あ、嘘だと思うなら掲示版確認してみ、もうないから」

 

 黙る理由が分かっている五条はあえて答えをあおる。実際、特級案件を引き受けてくれる数少ない術師でありながら、三級程度の任務や経理等も引き受けてくれる親切な術師がたった今、辞めたと知らされたのだ。当然のように通話の向こうからは学長や五条の親友、数少ない他の関係者の小さくない絶叫が木霊する。

 

「ククッ、呪術師の闇を感じずにはいられないね」

 

「良い知らせはなんだ…?」

 

 ため息をもらした学長がせめてもの救いを求めるように、良い知らせを聞こうとしてくる。

 

「んとねー、僕明日休みになったんだよね!」

 

「凶報じゃないか」

 

「酷くない? 僕頑張ってるのに。まぁ、こっちはそんなに重要じゃないさ。重要なのはもう一つの方、聞いて驚いて倒れたりしないでよー、まだ葬式は執り行いたくないよ?」

 

「いいから早く言え」

 

「なんと、なんと、なななんと!S本人の説得に恵が成功したよ! やっぱり僕の教え方がいいのかなー? 流石GT五条だね! 褒めてよ学長ー」

 

「それは本当かい悟!?」

 

 学長と違う声が電話越しに聞こえてくる。先程まで絶叫していた件の五条の親友。夏油傑の声だ。

 

「もちのろん! ホントよー褒めて褒めてー」

 

「良くやったぞ悟!」

 

 夜蛾の声と共にわぁァァ! と革命が起こったがごとく通話越しに歓喜の声が湧き上がる。

 

「伊地知に迎え頼んでるし、多分11時位にはそっち着くんじゃない?どうせ皆徹夜でしょ?」

 

 時計を見ると9時30分になるところだった。

 

「あいわかった、Sが来たら出迎えればいいんだな?」

 

「そゆことーんじゃヨロシクー」

 

 プッと電話を切る。

 

「あんたねぇ…」

 

「ん?どしたの歌姫?」

 

 会話を聞いてた歌姫が五条に向かって呆れたようにおでこに手を当てる。

 

「わざと刹那の年齢のこと黙ってたでしょ」

 

「ありゃりゃ~うっかりー」

 

 舌を出し、頭をコツンと叩くぶりっ子のポーズを取る。

 

「きっしょ。まぁいいわ、私は帰るからね」

 

「あ、待って歌姫、ハイこれ」

 

 五条が小切手を渡してくる。

 

「今回歌姫タダ働きでしょー? 準一級は給料少なくて大変だろうからね。優しい五条さんからの特別手当♡」

 

「いちいち一言多いんだよ!」

 

 歌姫は小切手を突き返す

 

「別に私はお金欲しさに呪術師やってるわけでもないし今回動いたわけでもない!てゆーか、それはあんたも一緒でしょうが」

 

 そう言い切ると歌姫はさっさと壊れたドアから出ていく。

 

「ハハッ、敵わないね、弱っちい先輩様には」

 

 唖然としていた五条は頭をポリポリと掻きながら独り言を呟いた。

 

 

 階下から車の音が聞こえ、外にでてみると伊地知より先に回収車が到着したようだ。

 

「じゃあ恵、あとはよろしくね」

 

 そう言うと五条は、彰を引きずり回収用の車に連れて行く。補助監督と封印、兼護衛の術師が車からおりて五条に挨拶する。

 

 五条が車に彰を放り込むと、術者が簡易的だが動けないように封印を施す。

 

「あ、僕ご飯食べて帰るから先行っていーよ」

 

 五条の発言に返事を返し、車は発進する。

 

 回収車が山道に差し掛かる頃、彰が目を覚ます。

 

「あ? あーー?」

 

 彰は状況を分析し、記憶をたどる。フツフツと湧き出る怒りの矛先は、伏黒と刹那へと向いた。

 

「なぁ呪術師さん」

 

「喋るな呪詛師」

 

「あいつ…俺の姪は無事か?」

 

「何故そんなことを聞く?」

 

「俺は元呪詛師だけどな、姪は、刹那は大事に思ってたんだよ」

 

「五条さんから話は聞いた、何が大事に思っていただ、人間のクズが」

 

「そう呼ばれても仕方ないな、妻に捨てられてその後に刹那を引き取ることになってなあんときの俺は気持ちの整理がついてなかったんだ」

 

「はっ!犯罪者の戯言だな」

 

「愛し方が分かんなくてな、手も上げちまったから怖い思いをさせた。反省してる」

 

「…」

 

「なぁ呪術師さんほんのちょっとでいい、会えないか? 謝りたいんだよ。許されなくてもな」

 

「…向こうに行ったら少しだけ面会できるか相談してやろう」

 

「あんた良いやつだなぁ、ちょっとばかし顔見せてくれよ。この体勢からじゃ、バックミラーも見えやしない」

 

 助手席の術師が後ろを振り向く、その瞬間術師の顔が文字通り爆ぜた。大規模ではないにしろ顔に爆薬を受けた術師は昏倒、補助監督がその音と衝撃に驚き車をスリップさせる。

 

「呪術師ってのは正義感がどうたらで動く連中ばっかだからな、すーぐ情にほだされる」

 

 爆薬の影響で封印が吹き飛び片手が自由になる。

 

「カミさんは邪魔だから俺が殺したし、あのガキ引き取ったのも遺産目当てだ。俺だって呪詛師やってたんだ、捕まったときの備えくらいしてるさ」

 

 口の中に仕込ませてた小さな爆弾、それを術師に向かって吐き出したのだ。

 

 彰は封印効果を失い紙同然と化した封印を無理矢理破り復讐の準備を始める。

 

 ───

 

 まだ終わってない、その一言と、燃えた車をバックにこちらに歩み寄る男を前にし呼吸が苦しくなる。

 

「はぁっ…はぁっ」

 

「刹那、落ち着け深呼吸だ」

 

 伏黒が背中を軽く叩き刹那をなだめる。

 

(泣いちゃいけない、駄目だ泣くな)

 

 刹那は心の中で何度も唱え、落ち着きを取り戻す。

 

 彰はそのまま歩いてこちらへ向かってくる。

 

「車から出るぞ、奴の狙いは俺達だ。危険だが伊地知さんはここに置いておく」

 

 コクコクと頷き、幸い車体は曲がっていなかったため車の扉を開け距離をとる。

 

「よぉ、クソガキ共。どっちから死にたい?」

 

 彰は術師に抵抗されたのか左肩から血が出ており、ブラブラと揺らしている。

 

 伏黒は冷静に判断していた。向こうの術式は割れている、対処が分かっていてかつ自由に動ける自分は囮になるべきだと。相手は自分より経験も多いプロの犯罪者、逃げることに神経を集中させる。

 

「刹那、俺が囮になる、お前は逃げろ」

 

 小声で刹那に指示するが、刹那は逃げようとしない。ここで刹那が逃げれば、伏黒が死ぬ可能性の方が伏黒が彰を撒く可能性より断然に高い。直感で伏黒は分かっていたが、刹那を戦わせる選択肢は今の伏黒には無かった。

 

「俺の携帯だ、五条さんに連絡すればすぐにでも助けにくる。ここは圏外だが高専の方に行けば電波が通じてるから使えるようになる」

 

「でも、でもっ!」

 

「いいか、はっきり言うぞ今のお前は足手まといにしかならない、二人揃って死ぬより片方が生き残る可能性にかけるべきだ」

 

 伏黒から厳しい言葉だが、真実を突きつけられ反論できずに伏黒の指示に首を縦に振る。

 

「作戦会議は終わりかぁ? じゃぁ、パーティーの始まりだ!」

 

「刹那走れ!!玉犬!」

 

 刹那の合図とともに、手を犬の形に象り式神を影から出現させそのまま、五条から教わった体術を用いるために近づく。

 

「式神使いのくせに自分も突っ込んでくるのか」

 

 玉犬白が足に噛みつこうとするが、彰はそのまま足を口に突っ込ませるようにして蹴り飛ばす。

 

「キャウンッ!」

 

 吹き飛ばされた玉犬白に続く玉犬黒は、腕に噛みつくことに成功するが地面に叩きつけられ鈍い音が響く。が、その隙をねらって伏黒が彰の鳩尾に助走をつけ、呪力で強化した横蹴りを放つ。

 

 式神二体と伏黒、三体一のハンデをものともせずに応戦する彰。

 

「ガキだと思ってたがやるじゃねぇか、んじゃ、こっからは術式ありな」

 

 伏黒に正面から拳を振る、伏黒は腕をクロスさせてガードするが思いがけない方向から衝撃が走る。

 

 ドウッ

 

 鈍い音と共に伏黒の体が横によろめく

 

「かはっ」

 

 玉犬白に受け止められ直ぐに体勢を立て直す。

 

 横腹から入った一撃に口内を深く切ったため、血を地面に吐き出す。

 

「やっぱ、蹴りの力なんてたかが知れてるな」

 

 保存呪法、彰は玉犬に対する蹴りと叩きつけを保存していた。伏黒は前もって術式を知っていたが、最初の命中により警戒を解いていた。

 

(だが、今のでやつの手持ちは叩きつけだけ。同じ力の方向にしかあの術式は発動しない、加えて左肩の負傷で動きは鈍い)

 

 伏黒はダメージを負った玉犬黒を戻し、手を別の形に象る。

 

蝦蟇(ガマ)

 

 大きな蛙を影から出現させる。

 

 蝦蟇を伏黒の後ろに構え、彰に向かって玉犬と駆け出す。

 

「何回やっても同じだ、ボケがぁ!」

 

 彰が構えると同時に、伏黒と玉犬が横に飛び退く、

 

 狙いが分散した彰は一瞬混乱する、その隙に蝦蟇が舌を伸ばし右腕を拘束する。

 

「これでやつの術式を封じたーなんて思ってんだろ?」

 

 直後に蝦蟇の舌が燃え上がり彰は拘束から抜ける、彰に攻撃の準備をしていた伏黒は防御しきれず頭に強い衝撃を受ける。

 

 ゴンッ

 

「──!!」

 

 一瞬視界が暗転する。まだ呪術師として未熟な伏黒は長時間術式を使用するのに慣れていない。

さらには対呪詛師、人間との戦闘は初めてなのも伏黒が不利な要因だった。

 

「種明かししてやるよ」

 

 伏黒の頭を踏み地面に擦り付ける。頭からは血が相当量流れ出ており、地面にゆっくりと広がる。

 

 伏黒の腕を掴むとその場所が激しく熱を帯びる。

 

「ぐっ!あぁっ!」

 

 伏黒は遠のきつつある意識を火傷によって無理矢理に覚醒させられる。

 

「俺の術式はエネルギーを保存するんだ。エネルギーってのは、何も吹き飛ばしたり潰すだけじゃない。そこで燃えてる車からだって熱エネルギーが発生してんだぜ? まぁあくまでも割合だから、俺の蹴りやあれっぽっちの炎じゃ大した威力にならないのが玉に瑕だがな。それでもあの式神の緩い拘束なんてちょっとばかし炙ってやればすぐ解けるさ」

 

 彰はマジシャンが種を明かすがごとく詳細に術式を説明する。さらにこの時、自らの術式と弱点を説明することによる縛りでの術式強化も彰は考慮していた。

 

「お前は殺すつもりは無かったがやめだ。その年でそれじゃ放置したら危険だからな、今この場で確実に殺してやるよ」

 

(術式は使えない、体も脳震盪でまともに動けない、刹那がいくら走ったとしてもこの程度の時間じゃ助けは呼べてない)

 

 伏黒は静かに目を閉じてその時を待った。




回をまたぐごとに長くなるなぁwどっかで区切ったほうが良かったかな?
主も学生なもんで許してください。


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第五話 超動

やっとハーメルンの仕様を理解しました!
お気に入り二桁登録ありがとうございます!誰か一人でも読んでくれている限りは書き続けますのでよろしくお願いします!


 ──

 

 刹那は走っていた、全く知らない山道を振り返ることもなくただ、ひたすらに。

 

「はぁっはぁっはぁっ」

 

 伏黒の携帯を握りしめ、電波がつながる場所へとひたすらに走る。

 

「はぁっ…はぁっ…!」

 

 ガッ

 

 石に躓き転倒し、膝から血が流れ出る。止まって呼吸を整え、再び走ろうと思い足に力を入れる。

 しかし刹那の頭には、本当にこれでいいのか?自分の選択は間違っていないのか?そんな疑問が頭をよぎり続ける。

 

 刹那のしている行いは伏黒を見殺しにする行為と同義だ。

 

「だって、だって仕方ないじゃんか…!」

 

 涙が出そうになる、そしてまた自分で自分に問いかける。

 

 特級クラスの呪霊を見て何も思わない、相手が強くても弱くてもただ黙々と倒していた。そこには恐怖なんてあったのかい? 

 

「知らないよ…!」

 

 他の呪詛師に出会ったときはどうしたっけ? 

 

「知らないってば…!」

 

 じゃあ叔父は? なんで同じ呪詛師、それも明らかに格下の相手に、なんでそんなに恐怖する? 

 

「だって…だってっ! 意見すれば殴られるかもしれないし!灰皿代わりにされるのも痛いし!…手だって…!こんな手袋だって本当はしたくない!!」

 

刹那は黒い手袋を外して叩きつける。顕になるのは、惨たらしく、縦に開いた生傷の跡。

 

 それは言い訳だろ? その恐怖さえなければお前の方が強い? そうじゃない、お前の心が弱いから恐怖が生まれるんだよ。

 

「じゃあどうすればいいの!!」

 

 自分の問いかけを振り払うように地面に拳を叩きつける。

 

 刹那がしている行為は決して間違ってはいない。DVを受けた女性はその人物を恐れる、酷いときは男性全てを恐怖の対象として見てしまう。だが、刹那の生来の性格、あるいは縛りから自分を責めることしかできなかった。

 

「なんだよ! 正義の味方(ヒーロー)みたいに今から助けに行けって!? 今から行って足手まといになって死んでこいっていうの!?」

 

 抑えていた涙がこぼれる、道路に両の手をつき、手袋越しに雫が当たり、流れ落ちるのを感じる。それと同時に一つの言葉が脳裏をよぎる

 

 俺はヒーローじゃない、呪術師だ。

 

「…そうじゃない、そうじゃないだろ僕は…!仕方ないなんて弱音は吐かないだろ、呪術師は…!」

 

 弱音なんて吐いても吐いても出てくるものだよ

 

 不意に思いつく言葉。誰に言われたか分からない、いつ言われたかも分からない、この言葉が刹那の心を開くヒントになった。

 

「だったら…その弱音を全部、全部全部全部!! 呪い()に換える!」

 

 顔をパンッと強く叩き、己を鼓舞する。走った道をその何倍もの力をこめて走り出す。

 

 今持てる呪力を全て刹那自身の心にぶつける。下手をすれば自殺にも等しい危険な行為。しかし、刹那はその存在に気付いていた。

 

 自らの力を抑制する縛りの存在に。

 

 稲妻のように黒い閃光が身体を駆け巡り、今までにない呪力が身体を駆け巡る。かかる負荷は絶大だが、彼女はその痛みさえ呪力という負の感情に変換し駆ける。

 全てから解放された刹那の頬には自然と笑みが漏れ、走る脚にさらに呪力が乗る。そして、倒れ伏す伏黒とそれを踏みつける叔父の姿をその目で捉える。

 

「恵君!!!」

 

 伏黒にトドメをさそうとする叔父を一瞬でも止めるた

 め、大声で伏黒を呼ぶ。その声に二人は気付き、刹那の顔を確認し、お互いに真逆のことを口走る

 

「馬鹿!こっちに来るな!!」

 

「来い!ボロボロにしてぶっ殺してやる!」

 

 彰が手を刹那に向け、呪力を練る。しかし、刹那も術式を使用してそれを乗り越える。

 

「かかってこい!クソガッ」

 

 メリッ

 

 刹那との間合い、距離にして10m。その距離が一瞬にして無くなった。

 呪力をこめた顔面へのハイキック、彰は自分の身に何が起こったか分からず数メートル吹き飛ぶ。

 受け身をとるがダメージを隠せず、鼻から血が流れたのを手で抑え止血する。

 刹那はその間にボロボロの伏黒に刹那が近づく。

 

「このバカ! 逃げろっつったのが聞こえなかったのか!?」

 

 伏黒は提案を無視した刹那を叱り、無理やりに身体を起こして刹那の肩を掴む。

 

「恵君…!」

 

 真剣な声色に伏黒は思わず固まってしまう。

 

「僕は、自分が呪術師って実感がやっと湧いたんです。僕の内にある、術式、縛り、それらと向き合えました…!」

 

 呪力とは、嫉妬、憎悪、そして殺意。挙げていけば数え切れない程の数の負の感情の集合体。当たり前のように人間が持つその感情。刹那はそれを他人に向けたことがない。

 刹那が己に付していた縛りは、他者に負の感情を抱き、ぶつけてはいけない。それを刹那は、現在使えるありったけの呪力をつかった術式の発動により、無効果した。その結果、自分自身への負の感情に加え、今まで心の内に抱えていた他者への負の感情がダムが決壊するがごとく溢れ出し、膨大な呪力が身体に流れたことにより、刹那の呪力の限界を大きく超えた。

 

「恵君に助けてもらったんです。僕はやっと自由になれた。狭い鳥籠から物理的にも精神的にも貴方は僕を連れ出してくれた」

 

「話は終いかぁ…!?お前が呪術師だったってのは驚いたけどなぁ!経験が違うんだよ!!」

 

 呪力をまといこちらに歩いてくる。

 

「恵君、だから僕はあなたを助けます。それに…」

 

「死ね!」

 

 絶対に負けませんよ

 

 その一言を皮切りに、彰と刹那との戦闘が始まった。

 

 彰が大きく振りかぶり刹那に向かって拳を突きだす、刹那はそれを横にそらして受け流す。続く顔面を狙ったハイキックを屈んで避けると、体に呪力を纏い地面を蹴って鳩尾に肘撃ちを入れる。

 

「ングブォッ」

 

 よろめく彰に追撃のため顎を蹴り上げる。

 

 彰はたまらず後ろへ飛び退き距離をとるが、気付くと鼻に拳が触れており、ゼロインチパンチの要領で拳が振り抜かれる。

 

「あぐぁっ!」

 

 飛び退いただけとはいえ、呪力で強化した身体能力を駆使した運動。伏黒との距離を測ればそれは一目瞭然。なのに全く距離が開かない不可思議な現象に思わず彰は口走る。

 

「ゲホッえほっクソッ! どんな術式だよ…!?」

 

「…僕の術式は、前まではこんなこと出来なかったんです。ただ自身の色んなものを無くす、0にする、消す、言い方は色々あるかもしれないですけど、とにかく分かりづらい術式なんです」

 

 彰は時間を稼いで体力を回復する算段。同時に、刹那の術式開示による強化。

 

「強い呪霊の相手だって、入念な準備をして、怪我もいっぱいして、やっと祓えるような、そんな実力だったんです」

 

 刹那は胸に手を当て、静かに右眼の眼帯を外し、彰にだけ、その呪われた右目を見せる。

 

「でも、今は体を満たす全能感っていうんですかね? そのおかげで、誰にも負ける気がしない」

 

 まるで叔父のおかげとでも言わんばかりに説明をする。再び戦闘を開始するため、刹那は呪力で作り出した靄を背中から伸ばし、体を包む。

 

「説明ご苦労さん、死ね!」  

 

「!刹那!危なっーー」

 

 ドォォンッ!!!

 

 体力の回復と作戦を建て終えた彰が刹那に両手を向け轟音と共に爆風を放つ。

 

(直線上に式神のガキもいた、両手にかかる不可がヤバいから車の爆発は使いたくねぇんだよ…)

 

 自分を輸送していた車の爆発を保存していたらしく掌から爆発を放つ。自身のダメージを消せるわけではない彰の術式のデメリットにより、血だらけの両手をダラリとぶら下げ息を切らす。完全に殺したと思い高笑いのために深く息を吸うが、その息は高笑いに消費されることはなかった。

 

「術式順転、(うつろ)

 

 彰は爆発を放った筈が刹那から後ろは黒い傘のような形をした呪力の靄の海によって一切傷つけられていなかった。

 

「はぁ?!」

 

「なっ?!」

 

 伏黒と彰は不意に同じ反応を示す。

 

「ほら。もう、僕には勝てない」

 

 伏黒は後ろ姿しか見てないため刹那の目を見ることができない。だが、彰からはその異形とも言える刹那の眼が恐怖の対象になりつつあった。

 

「終わりにしましょう…彰さん」

 

 叔父と呼ぶのを止めた刹那を見て、伏黒は自らの悪寒の正体に初めて気付く。そう、ここに来てから刹那はずっと嗤っている。もし、今の刹那の言葉通り何にも縛られていないのなら、もし、彰という人物への怒りや殺意が心の中で煮えたぎっていたのなら、車内で聞いてきた叔父は無事なのかという問い、その意味が変わってくる。伏黒には刹那が何をするつもりなのかが、分かってしまった。

 

「させるかよ…!」

 

 もう空っぽの力を、尽きかけの呪力を、再び振り絞り犬の形を両手で象る。

 

(一撃だけだ、その瞬間だけ…見極めろ、絶対にしくじるなよ、俺…!)

 

「上等だ! てめぇみたいな孤独な女! 術式なんざ使わずに直接殺してやるよぉ!」

 

 無策に呪力をまとい突撃してくる彰に向かって刹那は再び術式を使う。

 

 彰は盛大に前から転び顔面を強打する。

 

「摩擦がなければ人は立てない…這いつくばる気分、最後に味わえて良かったですね」

 

 刹那は右手に呪力を集め彰へと向ける。

 

「畜生…畜生畜生畜生畜生!」

 

(今しかない!)

 

「さよな「玉犬、黒!」」

 

 刹那の言葉を遮り、玉犬に全力の体当たりを指示し、彰を刹那の眼前から奪い去る。

 

「何するんですか、恵君」

 

 復讐の邪魔をする伏黒の方に怒気を含ませた声で名を呼びながらゆっくりと振り向く。振り向いたその瞬間、駆け寄った伏黒が刹那を引き寄せ強く抱擁する。

 

「刹那、悪い、今だけは何もするな。俺の話を黙って聞いてくれ」

 

 突然のことで唖然とする刹那に向かって語りかける。

 

「俺は、お前のことをなんにもわかっちゃいなかったんだ。 お前が受けた苦しみを、感じた絶望を…!ヒーローじゃないなんて言いながら、正義の味方面してっ! お前を無理矢理こっち側に引き込んで…!!」

 

 伏黒は自分の思いを、まるで自分を罰するかのように吐き出し、抱擁する力が強くなる。

 刹那より一回り大きく、男らしい筋肉質な身体に刹那は抱きかかえられていた。

 

「…恵君は…なにも悪くないですよ?」

 

「違うんだっ、俺はお前のっ、お前の孤独を何も理解して無かったんだ…理解したつもりでお前を救け出したつもりでいたんだ」

 

 ゴメン そう弱く呟きながら伏黒の抱擁する力がどんどん弱くなり、崩れ落ちるように座り込む。

 

「恵君、僕の右目を…見てください」

 

 伏黒は刹那の眼を、しっかりと見据える。眼帯で隠していたその眼は眼球の中に二つの瞳が存在していた。それは重瞳と呼ばれるもの。

 

(これが眼帯をしてた本当の理由…)

 

「僕の眼を見て、何を思いましたか? かわいそう? 気持ち悪い? 化け物? それともーー」

 

 震えながら、消え入りそうな声で話す刹那の言葉を遮り伏黒は言う。

 

「驚いた、けど、それだけだ。その瞳を見て俺はお前を化け物だなんて思わないし、可哀想とも思わない」

 

 伏黒は涙目になり、必死な顔をして答える。

 

 刹那の右眼は、眼としての機能が完全に無い。だが五条の六眼同様、彼女の右眼には通常は見えないものが見えている。それはエネルギーの流れ。加えて感情の色までもが彼女の眼には見えている。それを踏まえた上での刹那の反応は酷く冷静だった。

 

「恵君は…正直で、とても優しいんですね…僕は恵君が…正直だということを知りましたし、恵君は、僕の秘密を一つ知れましたね」

 

 今度は自分がとばかりに伏黒に強く抱擁する。

 

「お互い知らないことばかり、理解してないことばかり。だから、時間をかけてゆっくり知っていきましょうよ…約束ですよ」

 

「ッ!…あぁ…約束だ」

 

 呪術師同士の約束、それは縛りとしてはたらくことを意味する。しかし二人は、今はただの中学生として、普通の約束を交わした。

 

「死ねぇっ!」

 

 玉犬を木に叩きつけ、至るところから血を吹き出しながら、二人を殺そうと彰が襲い掛かる。

 

「やめとけよ、無粋なことは」

 

 だが、彰の殺意が二人に届くことはなく、その場に響いたのは、最強の男の声だった。




今回は刹那の術式披露でしたが、設定もりすぎたかなって若干反省。いいじゃないか、半分自己満だし、五条先生だって設定もりもりじゃないか。
それでもお楽しみいただければ幸いです。
 多分、刹那の縛り云々がわかりにくいと思ったので補足します。
刹那は生まれついて自身に他人に負の感情を向けられないという縛りを付していました、本人はそれを知覚していませんでしたが今回で自覚し、その縛りを刹那本人の術式で無くしたことにより内側に溜まりに溜まった負の感情によって刹那の呪力の容量が大幅にオーバー、超回復の要領で呪力のキャパが超増えました。と、ざっくり説明しましたんで思っておいてください。


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第六話 呪術高専

更新が不定期で早い方がいいのか、それとも3日ごとの方がいいのか良ければコメントで教えてくれると嬉しいです。
(コメント催促してるわけじゃないですごめんなさい)


 

 五条の声がその場に響く、次の瞬間五条の軽口が聞こえてくる。

 

「いやー二人共ボロボロだね!おつかれサマンサ!」

 

「「来るのが遅いです」」

 

 たははーっといいながら笑う横では五条に刃が届かず、彰の顔には青筋が顔に浮かんでいる。

 

「悪いけど君さぁ、最強の僕を差し置いて出番多すぎなんだよね。まぁ結果は変わんないし別にいっか」

 

 意味のわからない軽口を叩き、彰に向かって人差し指を向ける。

 

「術式反転、(あか)

 

「まっーー」

 

ーーーッドドドッッ!!!

 莫大な呪力が五条の人差し指に集まり、彰は三人の眼前から消えた。木々を巻き込み、なおも直進する呪力の砲弾。それはどう考えようと彰が生きているとは思えなかった。

 

「さて、解決♡したところでさ、二人の仲はいつの間にそんなに進展したの?」

 

 抱き合う二人を見て五条が真面目なトーンで疑問を突きつける。呪術師見習いといえど二人は中学生、恥ずかしさが残るのかお互い少し離れる。

 

「冗談だって、二人の顔見ればなんとなく分かるよ」

 

 アイマスクを外して二人を見据える。

 

「まさか出会ったその日に縛りをなんとかしちゃうなんてねぇ、正直予想外だね」

 

 刹那はあわてて右目を隠すが五条の反応は紳士なものだった。

 

「隠さなくてもいいよ、刹那。他の人とは違っても、綺麗な目じゃないか。恵もこういうときは褒めなきゃね」

 

「…もう疲れたんで早く高専行きましょう」

 

 伏黒は疲弊しきっているため、とにかく帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 

「回収車の方の術者と補助監督、まぁまぁな怪我はあったけど無事だったし、ついでに車乗せちゃうけど大丈夫?」

 

「もうなんでもいいです…」

 

 刹那も伏黒と同様の反応を示す。

 

「こりゃー学長とかに挨拶するのは明日になるねぇ」

 

 五条の携帯が鳴る。五条がスマホを取り出し、画面を見る。画面には傑と表記されている。

 

「もしもーっし」

 

 電話に出ると、怒気のこもった声で夏油の声が五条の耳にとどく。

 

「悟、遅刻グセはそろそろ直さないとな。硝子にその脳みそをイジって直せるか聞いてみようか?」

 

「待って待って傑、今回は僕悪くないってば」

 

「納得できる理由なんだろうね? 学長もそろそろキレて君の机のお菓子を全て処分する勢いだよ?」

 

「ちょっ、こないだの海外出張で買ってきたばっかのブラウニー!?」

 

「いいから理由を言えよ悟」

 

「はいはい、呪詛師が脱走したんですぅー。んで、恵とせつ…Sが応戦してて遅れたんですぅー!」

 

「もっとまともな言い訳をしろよ、Sがたかだか二級とかの呪詛師に苦戦するとは思えない」

 

「色々理由があったんだってば!ちょっと待ってて!伊地知を今すぐ起こして高専に帰るから!」

 

 プツッと電話を強引に切り、車でガードレールに突っ込んで気絶している伊地知を五条が起こしにかかる。

 

「起きろ伊地知ー!マジビンタすっぞ!」

 

「フヘヘ、夢の三連休〜」

 

 バヂン! 

 

「痛ぁ?!」

 

「残念、ほんとに夢だったね★僕を差し置いて都合のいい夢見てんじゃないよ、呪術師と補助監督に休みはありませーん」

 

「五条さん?! すいませんすいません!!」

 

 伊地知は条件反射的に謝りたおす。

 

「恵ー!刹那ー!おいでー!」

 

 フラフラとした足取りで五条の元へと二人はお互いに肩を貸して歩く。伏黒は呪力と体力が完全に底をつき、刹那はさっきまで脳内麻薬の作用で痛みが無かったが、今になって肋の痛みが出てきていた上に呪力が一気に身体に満たされたため反動がでていた。

 

「じゃあ伊地知、そこでのびてる術師と補助監督よろしくー」

 

「お三方はどうなさるので?」

 

 頬を抑え涙目になる伊地知に五条は指示すると刹那と伏黒の肩に手をかける。

 

「学長や傑が待ってるし、この子たちは僕が引き受けるよ、その方が早いしね」

 

「えっとその…伏黒君、刹那さん頑張ってください」

 

「? それってどういう…?」

 

「…っ!? 五条さん止めっ」

 

「いっくよー!」

 

 五条の掛け声で身体が宙に浮く、突然の状況に現在の状況分析が遅れている二人。五条の高笑いと共に空中へと連れて行かれる。

 

「ぅぅぅえ」

 

「──!!!」

 

 疲れている伏黒はグロッキーに、刹那は肋が痛くて叫ぶことも許されない。

 

「アッハッハー! 貴重な体験だよ二人共!」

 

 スマホのカメラを起動して、空中で二人と共に自撮りをする成人男性。

 

 結局一度も降ろされないまま二人は高専へと直行することになった。

 

「ほい、とーちゃーく」

 

 そこは古風な塔や、鳥居などが随所に設置されており、昭和を感じさせる木造建築の校舎が堂々と建っている。

 

「さってっと、夜蛾学長はどっこっかなー?」

 

「どうやら、お前の報告に嘘は無かったようだな」

 

 五条が探していた件の人物、夜蛾正道が校舎側から現れる。夜だというのにサングラスをかけ、ハードボイルドな見た目とは裏腹に、一部の人には人気が出そうな人形が夜蛾の後ろをトコトコとついてきている。

 

「悟、Sは連れてこなかったのかい?」

 

 夜蛾のさらに後ろから五条と同じ位の背丈によく通る声、特徴的な前髪をした男、夏油傑が現れる。

 

「なーに言ってんのよ傑ちゃーん。Sならいるよ?」

 

「?どこに?」

 

 五条は刹那の肩をぐいっと引き寄せ、二人が見やすいように横にずれる。

 

「じゃじゃーん! この子がSこと阿頼耶識刹那さんでーす! ハイ拍手!」

 

 五条のおちゃらけた紹介で刹那は頭を慌ててペコリと下げる。しかしその場にいる誰もが反応できなかった。

 

「…あれ? なんで誰も何も言わないの? やめてよ、僕が盛大にスベったみたいじゃん」

 

「悟、確認なんだけど、それは嘘じゃなくて本当なんだよね? そこにいる女の子がSなんだね?」

 

「そうだよー? あ、傑ぅ、中学生の子をそういう目で見るのはどうかと思うよ?」

 

 五条が傑をちゃらちゃらと煽るが、先に伏黒が反応する。

 

「五条さん、刹那のことを考えてください。怒りますよ」

 

「…ゴメン、今のは僕が悪かったね」

 

 珍しく五条が素直に謝ると、夜蛾が口を開く。

 

「悟、お前わざと歳を黙っていたな?」

 

「そーだけど、思ってた反応と違ったなー。もっとえぇ──?! とかうわー!? とかないの? おじいちゃんみたいな渋い反応しちゃってさ」

 

 夏油と夜蛾は眉間のシワを抑える。

 

((さよなら…わずかな希望))

 

 二人は期待していただけに、Sの正体がまだ中学生の少女で大人ではないために仕事を手伝えない、つまりは仕事が減ることは一切ないということを悟りうなだれる。

 

「五条さん…僕、ここに来てよかったんでしょうか」

 

「あぁいや、すまない。てっきり大人の呪術師が来ると思っていたから驚いただけだ」

 

「未来を担う若人を育てるのが私達の仕事だしね、君みたいな子が呪術師になるのはなにも不思議なことではないし、迷惑になんて思ってないよ。本当さ、気にしないでくれ」

 

 夏油と夜蛾がフォローに入る。すると高専の方角から人影が見えてくる。

 

「全く、二人が急に出ていったと思ったら随分賑やかじゃないか。また厄介ごとを持ち込んだのか五条?」

 

 ハスキーな声と共に目の下に濃い隈を作った白衣の女性、家入硝子が現れる。

 

「あ、やっほー硝子、突然で悪いんだけどこの二人、ボロボロだから治してあげて」

 

「それは構わないが、その子…五条お前、ついに犯罪者に成り下がったか」

 

「面白くない冗談はやめてくれよ硝子。未来の僕の生徒さ」

 

 刹那を指さして硝子は五条をゴミを見るかのように見る。

 

 いつものことなのか五条はそれを軽く流し事実を語る。

 

「まぁ今日は色々あったんだろう。今日はもう遅い、明日詳しいことを話すとしよう。二人共硝子に治療してもらって今日はゆっくり休め。硝子、すまないがもう一仕事だ。あと少しでもう二人重症人が来る、彼らも治療してやってくれ」

 

「ん、了解です」

 

 そういって硝子は二人を医務室へと連れて行く。

 

 二人、特に伏黒は疲弊しきっている為、硝子が肩を貸す。

 

「それじゃ僕は帰るからあとよろしく〜」

 

 五条は休日の為、自宅へ帰ろうとするが夜蛾が肩を掴み止める。

 

「悟」

 

「…ナンデショウカ」

 

「今回の件についての報告書作成、S…刹那と会った経緯、さらには術式や家庭のことの相談、やることは山ほどあるぞ。お前の休みはない」

 

「はぁ~~?? 二ヶ月振りの休みなんだよ?! そんなの歌姫にでも書かせればいいじゃんか!」

 

 駄々をこねる五条、しかし夏油は逃さないとばかりに畳み掛ける。

 

「へぇ、悟、なんでそこで庵先輩の名前が出てくるんだい?」

 

「あっ、やっべ」

 

 夜蛾に一切の経緯を話していなかった五条は、さらに話が広がりそうな種を蒔いてしまう。

 

「訂正だ悟、お前は今日から報告書の作成を始めろ。そして明日は刹那本人を交えて洗いざらい喋ってもらうぞ」

 

「…ハイ」

 

 観念した五条は両手をあげて降参の意思をしめした。

 

 




ちょっと短めかな?
まあいいか。


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入学、仲間、そして再開
第七話 夜明け


原作のキャラクターがぼちぼち登場する頃合いです。
ここまで読んでくださってる方、本当に毎日感謝しています!
これからも夏休みが終わるまでは三日以内、夏休みが終わっても一週間投稿を心掛けていきますのでどうかよろしくおねがいします!


 人生が変わるような、目まぐるしい夜が明けた。

 

 刹那が目を覚ました後は、病み上がりだというのに怒涛の質問攻めと五条の愚痴が延々と続いた。

 

 学校では友達を作らないように意図的に人と距離をおいていた刹那は困惑しっぱなしであった。

 

 中学校はやむなく中退。刹那は元々頭が良かったため、さして問題にもならず、不都合なことは五条が全て隠蔽した。

 

「…疲れました…」

 

「大変だったな、この数日間」

 

 高専の共有スペースのソファでぐったりする刹那を見て伏黒は薄く笑って答える。

 

 伏黒はあの後、一日死んだように眠った。連絡がなく心配した姉の津美紀に物凄く叱られ、あわや警察を呼ぼうかというタイミングでそのことを思い出した五条により説明されことなきを得た。が、しかしその言い訳が車の事故でちょっと怪我して入院してるなどと言ってしまったせいで、現在伏黒は病院にいるという設定で高専で寝泊まりしている。ちなみに五条は夜蛾によるチョークスリーパーを食らった後、罰として夏油の任務を肩代わりし、海外出張の真っ最中だ。

 

「えぇ、ほんとに大変でした。学校を辞めるから書類をたくさん書かされましたし、まだ身体があちこち痛いのに二時間くらい問答させられたし、術式のことは話させられますし」

 

 現につい先程まで刹那は学長と夏油と今後について話していた。

 

「…ははっ」

 

 一息に愚痴をこぼす刹那に対し伏黒が唐突に笑い出し、頬を少し膨らませて刹那は伏黒をジトリと睨む。

 

「…何がおかしいんですか恵君」

 

「いや、初めて会った時は、愚痴なんて言わない人形みたいな印象だったのに別人みたいでな。つい」

 

「…五条先生が愚痴をずっと溢すから移っちゃっただけですよ」

 

 刹那は頬をほんのり紅く染めながら伏黒から目を逸らす。伏黒はその様子をみて苦笑する。

 

「おっ、恵じゃないか」

 

「よっ!」

 

「…こんにちは。パンダさん。あと、禪院さん」

 

「苗字で呼ぶんじゃねぇよ」

 

 眼鏡をかけたポニーテルの女性、禪院真希とパンダが伏黒に声をかける。刹那の瞳が告げる情報は二人共異質。極端に少ない呪力の女性と、呪の込められた人形。

 

「白黒の熊…?」

 

「刹那は初対面だよな」

 

「なんだ恵ー、高専に雌連れ込んでー」

 

 伏黒が刹那と親しげにしているのを見て腰をくねらせるパンダ。

 

「おっ、恵ぃ、色を知る歳か?生意気だな」

 

「おっさん臭い表現しないでくださいよ真希さん。パンダさんも雌はやめてくやってください」

 

 同じ様に独特な表現で伏黒をイジる真希。それに対して口を尖らせる伏黒が、刹那のこと説明しようとしたところで真希が口を挟む。

 

「言わなくて良い。分かってる分かってる、アレだろ? 悟が言ってた再来年、お前と同じ私等の後輩予定、刹那だっけ?」

 

「初めまして。阿頼耶識刹那です」

 

 気怠げな体を起こし、姿勢を正して真希とパンダに挨拶をする。

 

「おう、私は真希、実家は嫌いだから名前で呼んでくれ」

 

「二人共、今日は何しに高専に来たんですか」

 

「私は正式に家出て、再来月…一月からこっちにくることになったからな。それの書類の手続き。コイツはオマケだ」

 

 

「俺はパンダ、よろしくな。んで、話は変わるが、刹那」

 

 二人も同じ様に自己紹介をする。

 

 軽く挨拶を済ませるとパンダが刹那に神妙な顔つきで近づく。

 

「はい?」

 

「俺って呪骸なのよ、夜蛾学長いるだろ?あれ俺のパパ」

 

「あ…呪力の波長似てますもんね」

 

「そこまで分かんのか。まぁいいでさ、もしかして刹那、さっきの反応を見るにパンダのことご存知でない?」

 

「? パンダさんのことは今知りましたけど…」

 

「いや、そうじゃなくて、パンダよパンダ! 上野のマスコット! 動物の王様!」

 

「動物の王ではねぇだろ」

 

 真希の鋭い突っ込みが入り、パンダの身体を背中から叩く。

 

「えっと、恵君…」

 

 グイグイ近づくパンダ、刹那は伏黒に助けを求める。

 

「あ~パンダさん、刹那は家がちょっとアレで…少し世情に疎いっていうか」

 

 伏黒もまさか動物のパンダを知らないとは思わず説明に詰まってしまう。

 

「刹那、お前マジでパンダ知らないのか?」

 

「すいません…」

 

「いや、別に謝ることじゃねぇよ、ただ中学生でパンダを知らないやつっているんだなって。お前どんな家庭環境で育ったんだ?」

 

「それは…できれば聞かないでほしいです」

 

「おっと、すまん」

 

 二人の会話でパンダの勢いが落ち、別の質問を始める。

 

「じゃあどの動物なら知ってるんだ?」

 

「えっと、熊と犬と猫…猫…? あっ! カラス!」

 

「こりゃほんとに動物…つーか、色々と何も知らねんだな」

 

「パンダ超ショック」

 

「犬と猫は分かるけど、何で熊は知ってるんだ?」

 

 誰にも反応してもらえないパンダをよそに、伏黒は素朴な疑問をいだいて問いかける。

 

「昔襲われて、先生に聞きました」

 

「え"、なんて聞いたんだよ?」

 

「たしか…山登り中に出会って逃げたって言った気が…」

 

 真顔でなんの疑いもなく言い放つ刹那に笑いが堪えられない真希が吹き出す。

 

「ハッハッハ! 先生も大変だっただろうな!」

 

 意図しないところで真希が笑いだしたため、混乱する刹那。中学生そこらの女子に説明された、一般人の非現実。そこに二人の声が響く。

 

「あ、せっちゃん!」

 

「薬の時間だよー!」

 

「あ、美々子さん、奈々子さん」

 

 二人は昔、呪術師であることから村ぐるみで監禁されていたが、学生の身の上で小旅行をしていた夏油と五条と硝子に偶然助けられ以来高専で保護されている。現在は硝子の手伝いをしながら五条や夏油に呪術師の授業を真希たちと受けている。

 

「もうそんな時間ですか」

 

「お前どっか悪いのか?」

 

 真希が質問し、伏黒も刹那を心配そうに見る。

 

「ただの貧血と栄養失調ですよ、心配し過ぎです」

 

 刹那の家は貧乏…というより、あらゆる決定権が与えられてなかったため、生存に必要最低限の物しか与えられておらず、それは食事も同様のことだった。

 

 普段長袖や肌の露出が少ない服を選ぶが、虐待や栄養失調によって見るに耐えないほど傷だらけになり細くなってしまった身体を隠すためだった。

 

「お前ほっそいもんなぁ」

 

「もっと食え、悟が帰ってきたらカツアゲしようぜ」

 

 パンダと真希が気を遣ったのか陽気なことを話す。

 

「あはは、カツアゲはちょっと…」

 

 苦笑する刹那だが、不思議と全然罪悪感は感じない。

 

「じゃあそろそろ行きますね」

 

「じゃあ、また後でねー」

 

 刹那が行くと同時に奈々子が真希たちに手を振る。

 

 二人の背中が角を曲がり見えなくなると真希が口を開く。

 

「恵、あれの原因って虐待か?」

 

「…まぁ、そうですね」

 

「あれ、救けたのお前なんだろ?」

 

「…なんでそんなこと聞くんです?」

 

「質問を質問で返すなっつの。まぁ、なんだ」

 

 パンダと真希が二人で伏黒の頭をくしゃくしゃと掻き回す。

 

「ちょっ、なんですかいきなり」

 

「「よくやった」」

 

「俺はパンダだけど人助けってのは誰にでもできるもんじゃないってくらい知ってるさ。ましてや、虐待とかの家庭環境なんてな。殆どのやつは見て見ぬふりだ」

 

「それに…女だったら男がトラウマになってもおかしくはないのに、お前と一緒にいて笑ってる。だからそんな不安そうな顔すんな、恵」

 

 先輩二人の言葉が胸を通り抜けていくように体に染み込む。

 

「うっし、しんみりした雰囲気は終いだ。付き合え恵、ボコってやる」

 

「え、今からですか?!」

 

「たりめーだろが、おらとっとと着替えろ!どうせ悟がその辺準備してんだろ!」

 

 伏黒の背中を真希がバンと音を出して押し、更衣室に促す。

 

「先行ってるぞー」

 

 パンダの声と共に運動場へとかけていく。

 

「…よくやった、か…」

 

 自分の手のひらを見つめ、固く拳を握りしめる。

 

 俺はヒーローじゃない、呪術師だ。でも、願わくば

 

 少しでも多くの善人が救われるように、報われるように

 

 …もっと、強くなろう。

 

 伏黒は自身の胸にそう固く誓った。

 

 




至らぬ点があると思いますが、皆様に少しでも面白いと思っていただけるような作品を書きたいと思っています。
オリキャラはそんなに出ませんが要望があればプロフィールみたいなものを書こうと思ってます。


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第八話 里帰り

次回からやっと原作の主人公出るっていうね。
遅すぎてごめんなさい 。


 ──約二年後──

 

 あれから刹那は高専引き取りの生徒になり、パンダや真希達と共に呪術師のノウハウを学んでいった。伏黒は中学校との両立のため高専に時々くる程度であった。そして今日は正式に高専に入学する前日だが、高専には入学式なんてないため、特にいつもと変わることはない。だが、普通に任務を受けたり事務仕事を手伝ったりしていた刹那は特に気にすることもなく五条と共に富士山の麓へ任務に来ていた。

 

「やあ刹那、僕がカスタムした制服似合ってるよ」

 

「そう言ってもらえるのはありがたいんですけど…この制服、タイツとはいえ足出すぎじゃないですか?」

 

 刹那の制服は元々の制服に刀を扱うための腰帯を巻いてあり、五条が動きやすいようににという理由と今までお洒落できなかったからとミニスカ仕様に勝手にカスタムした。今の髪も過去と同じように長いが、手入れすることが増え、後ろで結びベレー帽を被っている。

 

「えぇー? いいじゃん別に、硝子にあの時の傷跡綺麗サッパリ消してもらったんだから、それに足なんて出して許されるのは若いときだけなんだからもっと甘えるべきだよ」

 

「先生もそんな歳くってないでしょうに」

 

「三十にもなればおっさんだよ」

 

 二年もすれば五条が相手というのもあるだろうが自然と距離は縮まるものでお互いフランクに話すことができていた。

 

「それより、僕まだなんにも任務の詳細聞かされてないんですけど」

 

「あぁ任務ね、今日はねちょっとやりたいことがあってね」

 

「呪具の回収ですか? それとも呪詛師?」

 

「落ち着きなよ、今日の任務はズバリ! 刹那、君の里帰りさ」

 

 いきなり突拍子もないことを言い出す五条に、刹那は呆れ返りため息をつく。

 

「はぁ~…なんであの家に行かなきゃならないんですか?」

 

「おっと、違う違う君の実家。阿頼耶識家を見つけるのさ」

 

 刹那の苗字は阿頼耶識、だが叔父の苗字は別なものだったため、実家とは違うものだった。

 

「見つかったんですか?」

 

「君が見つけるんだよ、富士山の中枢に位置する森、通称、富士の樹海。実はここにはとある結界が張ってあってね」

 

「そんなもの五条先生の眼ならすぐ見つかるんじゃないですか?」

 

「ところがどっこいしょーいち!」

 

 刹那の問いに古臭い表現で反対する五条。

 

「僕の眼で見えるのは呪力や術式、でも刹那のその右眼には何が見えてる?」

 

「エネルギーや感情の色…ですね」

 

「ピンッポーン!そして君の術式、それは無くす、消すなどマイナスに働く術式だからとっても呪力そのものと相性がいい。これを君の家は利用したんだろうね」

 

「話が見えてこないんですが」

 

 点になることばかり話す五条にだんだんと苛立つ刹那だが、五条は話を続ける。

 

「刹那の苗字ってどこにも載ってなかったでしょ?」

 

「ネットや住民票にもありませんでしたけど」

 

「これに関しては()が役に立ってくれたね、阿頼耶識家は歴史、戸籍、術式、はては家そのものまでも消した。いや無くした、の方が正しいかな? んで、その結界は呪力すらも感知できないレベルなんだよねー」

 

「……」

 

 刹那は黙って五条の推察を聞く。

 

「まとめると、刹那の両親が亡くなって残った遺産目当てに何らかの方法で里帰りした彰は、君に遺産が相続されるから手続きをして遺産を強奪、その後に呪詛師を辞めて夜遊び三昧ってのが僕の予想だけど」

 

「…確かにそれなら辻褄が合いますね」

 

「でっしょー?」

 

 顎に手をあてて少し考えた後、やっと納得がいった刹那は五条の推察を受け入れる。

 

「とゆーわけで、結界は多分隠すことに特化した天元様の結界の形に近いんじゃないかと思うんだよね、だからとんでもなく見つけづらい。でも、君の眼なら視えるはずだ、結界によって発生する呪力に関係しないズレを」

 

「じゃあ、早く行きましょう」

 

 自らの生い立ちを知ることができるチャンスが手の届く位置にあるというのに、刹那は特段驚きもせず、右眼の眼帯を外し冷静に富士の樹海へと足を踏み入れた。

 

 ザッザッザッザッ

 

 二人の足跡が静寂を極めた森の中に響く。

 

「せーつーなー、あとどのくらーい?」

 

 30分ほど歩き。飽きたのか五条は子供のように刹那を急かす。

 

「もう少し待ってください、グルっと歩き回りましたけど、どうもエネルギーの流れがとある場所でおかしくなっています」

 

 五条に説明し終えるとその場所を見つけ足を止める。

 

「それが…ここ、ここです」

 

「OK、ここに結界があるんだね」

 

「えぇ、恐らくは。ですが結界を解除するには相当な──」

 

「よっし、虚式、茈」

 

 結界を発見したが、まともな解除方法を五条が選択するわけもなく膨大な力に身を任せ、歩いた分の鬱憤を晴らすかのように結界を破壊した。

 

 ギキュゥゥゥゥーン! ズドドドド!!! 

 

 結界と茈がぶつかり独特な音を立てながら結界は完全に壊され、その建造物は姿を現す。

 

 その姿は日本風の屋敷、あるいは豪邸とも表される外見をしたその建物は誰が見ても名家のものとわかるようなものだった。結界を無理矢理壊した五条を叱るより、その光景のほうが刹那にとっては重要だった。

 

「なんていうか、言葉を失いますね」

 

「僕は見慣れてるけどねー」

 

 五条は腐っても御三家、こんな屋敷は見慣れているのだろう。

 

「さて、どう? 実家を見た感想は」

 

「あんまり僕の家って実感ないですね」

 

「ま、そりゃそっか」

 

 家の玄関の前までま歩いていく。玄関前はインターホンなども設置されていない。そもそも客人が来るようには設計されていないから当たり前なのだが。

 

「お邪魔しまーす、いや、ただいま?」

 

「おっじゃまっしまーっす」

 

「いいね、こんだけ広い家なのに呪霊一体いない。結界が強力に作用していた証拠だ」

 

「どうします? 二手にでも別れますか?」

 

 二人は一応調査の名目で来ているため捜索を開始する。

 

「んーそうだね、じゃ僕二階に行ってくるから一階の大広間集合ね」

 

「了解です」

 

 落ち合う場所を決めそれぞれ捜査を開始する。

 

 刹那はなんとなく風が集まる場所、すなわち大きな部屋を目指して歩いていく。

 

「ここか…」

 

 大きな開きの障子を開けるとそこは居間と呼べる空間で中央に大きなテーブルが二つ並び端には座布団が数枚積み重なっている。棚の上には神仏があり、数枚の写真が棚の中に並んでいる。棚の写真に注目する。

 

「これの誰かが僕の親? …違う気がする」

 

 刹那は捜索のことなど正直頭に残っていなかった。というのも五条はおそらくこの場所に一度来ている。先程の集合場所の指定といい、いくらなんでも無茶苦茶な結界の破壊の仕方も、一度この場所に来ているからしたのだろう。

 

「五条先生は僕に何かを見つけさせようとしている?」

 

 次々と部屋を開けていく、ついに残った部屋は書斎らしき部屋。今まで入った部屋はどの部屋もドアや障子の掴み手に埃が被っていた。だが、この部屋だけその跡がない。

 

「ここ、か」

 

 意を決してドアを開ける。左右に大きな棚が一つずつ、正面には仕事をするための事務机とアイマスクを外し本を読みながら椅子に座る五条先生。

 

「やっぱり」

 

「あ、バレてた?」

 

 本を片手でパタンと閉じ、ニヤリと笑う。

 

「先生、一度ここに来てるんでしょう?」

 

「流石だね、なら僕が刹那に教えたいのはなんだと思う?」

 

 刹那は一度部屋を見回す。

 

「相伝の術式、それの指南書でしょうか」

 

「んー惜しいね、半分正解」

 

「半分?」

 

「それも目的の内なんだけどね、ほんとに刹那に見てもらいたいのはこっちさ」

 

 アイマスクをつけ椅子から立ち上がり、事務机を指差す。指された方を見ると地下へと続く扉があるのを見つける。

 

「何があるんです?」

 

「さあ?」

 

「見てないんですか?」

 

「ここ以外ぶっ飛ばしてもいいんなら見るよ?」

 

「封印の類ですか」

 

 どうやら、相伝の術式持ちでなければ開かないものらしい。五条が事務机をズラし、回り込んで地下の扉の前を挟んで五条の前に刹那が座る。

 

「よっと、て、うわわっ!」

 

 ガチャ

 

 簡単には開かないと思いかなり力をこめて扉を開けようとしたが、思いの外すんなりと開き尻もちをつく。

 

「おぉー開いた開いた」

 

「…最っ低」

 

 刹那はミニスカを履いているため五条に向かって意図せず下着を見せているような体勢になる。五条は視界が無いが、刹那の方を見てそう呟く。

 

「見えてないよ、それよりほら、早く降りな」

 

 不機嫌になりながら刹那は梯子を降りていく。地下はかなり埃っぽく、刹那は思わず顔を渋らせるが、五条は無下限で効かないためへらへらと普通に降りてくる。

 

 二人が梯子を降り終わると、廃坑のような直線の道にでる。

 

 がでる。

 

「五条先生、これって」

 

「…強力な術者は死後も利用される恐れがある、こういうことをする家ももちろんあるさ」

 

 充満する石と土の匂い、そして濃厚な死者の気配。おそらくこの先にあるのは先代たちの──墓。 




次の投稿は明日の12時頃です、個人的にこの辺は頑張ったんですけど振ればカラカラなるような空っぽの脳みそで考えたのでおかしなところがあると思いますが楽しんでいただけるようにがんばります。


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第九話 死者への報告

すいません前回の前書きで嘘つきました、これの次からですね。
なるべく早く投稿します、本当に申し訳ございませんでした。


 この先にあるのは恐らく、先代たちの──墓、五条は立ち尽くす刹那に囁くように静かに話す。

 

「刹那、先代たちに…ご両親に見せてきなよ、立派な高校生になったよって」

 

 刹那は思わず駆け出す、決して死者に無礼を働かないように、けれど、少しでも早く着くため、足に力を込める。

 

 そして開けた場所に着く、刹那の眼前には無数の墓、それだけで語られていない歴史の重さ、長さを感じることができる。

 

 刹那はその場で一礼する。そして正座し、先代たちの墓に向かって報告を始める。

 

「、、、ご先祖様方、僕は、高校生になれました。色んな苦難はありましたが、無事にここまで生きれたのは、先代の加護があったお陰だと、なんの根拠もなくても僕は思います」

 

 目を瞑り静かに、けれど力強く報告する。

 

「友達もできました。現代最強の人が先生です、ちゃらんぽらんだけど頼りになる人です。これから一緒に学び舎を共にする仲間です。どうか、どうか、彼らのことも僕と一緒に見守ってください」

 

 刹那は決して悲しい顔をしないように奥歯を噛み締め、笑って、全てを報告した。後ろから追いついた五条が刹那に問いかけてくる。

 

「君の両親はどこかな?」

 

 刹那は立ち上がりその場所へと歩く。

 

「ここだと…思います」

 

 二つの墓の前に二本の刀が供えられている。

 

 五条はアイマスクを外し呪力の波を確認する。

 

「うん、そうみたいだね」

 

 そしてそのまま五条は二つの墓の前に座ると、一礼して五条も話し始める。

 

「挨拶が遅れて申し訳ない、刹那のご両親方。この度、彼女が通うことになった東京都立、呪術高等専門学校の教員、担任の五条悟です。あなた方はおそらく、生前はとても素晴らしい力を持つ呪術師だったのでしょう。あなた方が残した、完成された指南書や結界がそれを物語っている」

 

 刹那の両親への五条の挨拶を隣で刹那が静かに聞く。

 

「あなた方はきっと、閉塞された家の掟を破ってまで刹那に、外を見せたかったのだと私は解釈します。彼女には辛い事実かもしれませんが、恐らくそれを良しとしない家の関係者達と戦い、そしてここにいる」

 

 刹那も薄々気づいていたことが五条の推察と重なったことで確信めいたものへと変わる。

 

「でも、それは決して間違いでは無かった。彼女はいずれ、仲間達と共に日本を背負っていく呪術師へと成長する」

 

刹那は顔を手で覆い、その場に崩れ落ちる。

 

「…駄目じゃないか、顔を両親にしっかり見せなきゃ」

 

 五条が頭をぽんと叩くと涙に濡れた顔を墓石に必死に向け、挨拶を終わらせる。

 

「最強の僕が保証しますよ。…だから、せめて安らかにお眠りください」

 

五条は少しだけ笑い、そう言い放つと、静かに目を瞑り、深く安らかな眠りを祈る。

 

「全く、初めて会った時から泣き虫は変わんないねぇ刹那は」

 

「げほっ、だって、だっ"てぇ…!」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔をみて五条は答える。

 

 今回ばかりはさすがの五条もからかう気になれないようでその姿を静かに見つめ、背中を擦る

 

「落ち着いたかい?」

 

「…はい」

 

「さて刹那、分かってると思うけど両親が亡くなったのをその目で確認した以上、君が阿頼耶識家の正式な当主だ。この家は君の物だし、呪具とかも結構ある、中には特級呪具もあるだろう。それを売れば君は遊んで暮らせるし、勿論それを誰も咎めない。その上で聞くよ…君はどうしたい?」

 

「…僕にとって、呪いは僕の人生そのもの…。お金も力も感情もない僕に呪いを教えてくれた…高専に行くか行かないか…?そんなの答えは決まってます。僕は、高専に行きます!」

 

 甘い蜜をちらつかせる五条に刹那は即答する。

 

「OK、いい返事だ」

 

「あと、この家の呪具は全部高専に寄付します」

 

「えっ? それは嬉しいけどいいの?」

 

「僕はそんなに武器たくさん使いませんし、構いませんよ。あっでも」

 

 そう言うと両親の墓の前に座り再び一礼して二本の刀を手に取る。

 

「これだけは僕が使います」

 

「なるほど、うん、それが良い。きっと両親もその方が喜ぶ」

 

 小太刀と大太刀の正体、それは

 

 特級呪具 小太刀、血吸 太刀 童子切 

 

 全く同じ鋼から作られた刀。天下五剣に数えられる刀の名前、国宝にも同じ名前の刀があるがそれとは別の阿頼耶識家に伝わる日本刀。

 

「さて、挨拶も済んだし呪具の回収はまた今度だ、上に戻ろう」

 

「はい」

 

 二人で来た道を戻っていく。

 

「にしても、僕が言うのもなんですけど、先生がお墓に話しかけるのなんて意外でした」

 

「…僕はいつでもロマンチストさ」

 

 アイマスクで見える場所が限られていてもその顔はニヤリと笑っているのが分かる。

 

 梯子を登り、相伝の術式の指南書と呪具を持ち、家の外へと出る。

 

 刹那は指南書を読みながら呪文を唱え再び結界を張る。

 

「えっと、"その全てを無に帰し、また忘れることなかれ。我命ずる、無と有の縁によりてこの世の境界を空白とすることを"」

 

 結界を張ると二人の眼の前からその屋敷は痕跡、姿を消す。

 

「よっしそれじゃあ」

 

「「任務だ!」「帰りましょう」」

 

 ………ん? 

 

 二人は顔を見合わせる。

 

「え、帰るんじゃないんですか?」

 

「なーに言ってんの、ここ富士の樹海だよ? 皆の恐怖が集まりやすいとこなの、元々その任務だよ?」

 

「聞いてないですよ!」

 

「あ、言ってなかったっけ?ゴッメーン★」

 

「はぁ…全く。それじゃあとっとと始めましょう」

 

 五条のいい加減具合に呆れながらツカツカと刹那は歩き出し、五条が後を追いかけるが刹那は突然止まる。

 

「どしたの?お腹でも痛くなった?」

 

「五条先生…ありがとうございました」

 

 五条に向かって振り返り、ぶっきらぼうにお礼を言う。五条はニヤリと笑い返事を返す。

 

「どういたしまして♪」

 

 結局、その後五条が監督しながら任務を終え高専へと戻るのだった。




個人的に頑張ったパート、五条先生こんなキャラだっけ?と自分で書いておきながら若干不思議に思っております。
なにか問題や誤字があれば教えて下さい。次の投稿はいつかな


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第十話 一年生集合

やーっと原作主人公組登場です。
今回は話が少し長くなりました。
お気に入り登録30人突破!ありがとうございます!



 刹那の里帰りから数日ほどの時間が経ち、今日は新たに入学する予定の一年生と顔合わせをする日、なのだが

 

 刹那は早朝から京都の方で任務があり、少し遅れて合流する手筈になっている。

 

「なんで、僕だけこんな日に任務があるんですか、全く」

 

 独り言を呟きながら、キノコのような姿をした呪霊の前へと立つ。

 

「せいぜい二級、甘く見積もって準一級程度ですかね」

 

 ブッファォー! 

 

 人間の口にあたる部分から、いかにも呪霊らしい声を出しながら赤褐色の煙を刹那に向かって吹き付ける。

 

 刹那は構えてすらいないが、煙が当たるその寸前

 

 腰から『小太刀血吸(こだちちすい)』を抜刀し煙を斬り払い納刀する。

 

「はぁ〜、早く帰りたい」

 

 ため息をつきながら腰の刀を撫で、一言呟く。

 

 呪霊は至近距離で当てるつもりなのか、息を深く吸いながら突撃してくる。

 

「さようなら」

 

 が、突進してくる呪霊とすれ違う形になるように刹那は緩急をつけた踏み込みで呪霊を斬り捨てる。時間差で斜めにズルリと身体が落ちて呪霊は分断される。

 

 キン

 

 小気味いい音を立てて刀を鞘にしまう。

 

「通り抜け…か」

 

 刹那の持つ二本の刀は元々の切れ味もさることながら、呪霊を斬るたびに呪力を蓄え、任意のタイミングで切れ味と強度を強化できる。

 

 払い終えたタイミングで帳があがり、女性の補助監督が近づいてくる。

 

「お疲れさまです。刹那一級術師」

 

「お疲れさまです、報告は京都校の方にでしたっけ?」

 

「はい、向こうで歌姫さんにご報告を」

 

 刹那は現在一級ということになっている。というのも五条が青春を奪わせたくないし、秘密裏に保護したから等級も偽りやすいと気を遣ってくれたからだ。

 

 車を走らせ、京都校へと報告に向かう。

 

「♪〜♪〜」

 

「随分機嫌が良いですね、何か良い事でも?」

 

「え? あぁー…久し振りに恩人に会えるからですかね?」

 

「ふふ、もうすぐ着きますよ」

 

 そうして10分あまり道路を走り、京都校に到着する。

 

「んん──」

 

 腕を伸ばして背伸びをする。補助監督は次の仕事のため別所へと車を走らせる。

 

「さて、と…」

 

 京都校に来たのは初めての刹那は歌姫がどこにいるのか皆目見当もつかず、取り敢えず人に会うため校舎に入り歩き回る。

 

 しばらく歩くと後ろから声をかけられる。

 

「あの~新入生の方ですか?」

 

 刹那が振り向くと綺麗な空色の髪をに日本刀を一本帯刀した女性が話しかけてきている。

 

「東京の方のですけど、一年生です」

 

「?なんでこちらに?」

 

「任務だろウ」

 

 女性の後ろから大きなロボットが補足する。

 

「えっと、東京高の阿頼耶識刹那です」

 

「あ、初めまして! 私は三輪霞で、こっちはメカ丸です!」

 

「よろしク」

 

「よろしくお願いします」

 

 遅れてお互いに自己紹介をする。口を開く前に刹那に興味津々な三輪が質問する。

 

「眼帯…! 同じ剣士ですね! 刹那ちゃんは二刀流なんですか?」

 

「あまり使う機会は無いですけど、そうなりますね」

 

「かっこいいですね!」

 

 あまりに呪術師として普通すぎる三輪にすこしばかりズレを感じつつ会話する。

 

「それよりなにカ用事ガあったのではないのカ?」

 

「あ、さっき終えた任務の報告をしに、歌姫先生に会い来ました」

 

「ム、例の一級の新入生はおまえカ」

 

「噂になってるんですか?」

 

「入学したててで一級なんてほぼほぼいないですよ?」

 

「乙骨ハ例外だがナ」

 

(憂太先輩と似たようなもんなんですけどね)

 

 心の内でそんなことを吐露する。

 

「あ、庵先生ならこの廊下を真っ直ぐいって左に曲がると職員室があるのでそこにいると思いますよ」

 

「ありがとうございます、それでは」

 

 軽く会釈をして、スタスタと言われた通りに歩いていく。

 

 刹那は職員室の前に立つと扉を三回軽くノックし、歌姫を呼び出す。

 

「東京校一級術師、阿頼耶識刹那です。庵先生に任務の報告に参りました」

 

「待ってて、今行くわ」

 

 挨拶に気付いた歌姫が席を立ち刹那の方へと向かう。

 

「報告なら、向こうの部屋で聞くわ」

 

 そう言うと応接室のような場所へと案内され、机を挟んで向かい合うような形で座る。

 

「久しぶり刹那、前あった時より健康そうね」

 

 お互い都合が合わず、約二年ぶりの再会に心を躍らせる。

 

「お陰様で、あの時より自由が沢山あります」

 

 二人で笑い合う。

 

「あ、これどうぞ五条先生からです」

 

 予め五条と共に用意していたお茶菓子を歌姫へと渡す。

 

「あの五条が?」

 

「お菓子は意外と沢山貰ってるんじゃないんですか?」

 

 歌姫は顎に手を当ててすこし考え込む。

 

「確かに、いつもからかわれるけどもらってるかも」

 

「中身は東京バナナですよ」

 

「ありがとう、生徒と一緒に頂くわね」

 

 歌姫は袋に入ったお土産を受け取り、刹那に喋りかける。

 

「そういえば刹那、あなた一級なんですってね。どうして? 特級クラスの実力はあるのに」

 

「あぁ、五条先生が特級は忙しいから学生の身の上じゃ重たいし、秘密裏の保護だから隠蔽は楽だからって言ってました」

 

「なるほどねー、アイツもなんだかんだ生徒思いの良い教師じゃない」

 

「伝えておきましょうか?」

 

「やめてよ、また面倒くさいことになる」

 

 再び二人で笑いあい、下らない雑談を任務の報告を忘れて話す。そろそろ時間になってくると刹那が任務の報告を思い出す。

 

「あ、さっきの任務ですけど」

 

「あぁ、そういえば任務の報告だったわね」

 

「二級、甘く見積もっても準一級程度でした。被害は無し、非呪者も確認できなかったのでかなり早期の解決だったと思います」

 

「えぇ、分かったわ。あとはこっちがやっておく。あなた、今日は伏黒君以外の一年生と顔合わせなんでしょう?今からいったら正午には向こうに着くわ、行ってきなさい」

 

「ありがとうございます」

 

「ホントは伏黒君との仲も聞きたいんだけどね」

 

「…よしてくださいよ」

 

 顔をほんのり紅く染めながらどこともない場所を見つめる。

 

「フフフ、その反応だけで充分よ。さ、行きなさい」

 

「それでは、失礼しました」

 

 短く挨拶し部屋から出ると、携帯がなり確認する。着信の相手は五条のようで電話に出る。

 

「もしもし」

 

「やっほー刹那ーそっちの任務は終わったかい?」

 

「はい、つい今しがた報告を終えました」

 

「今八時だからこっちに着くのは丁度お昼時だね、皆で食べに行くから待ってるよー」

 

「了解です」

 

 予め呼んでおいた別の補助監督の車に乗り込み、東京までの間に時間があるため刹那は少し眠ることにした。

 

(おやすみ)

 

 刹那が京都で任務をこなし、戻ってる時間に五条は伏黒ともう一人の一年生、虎杖悠仁と共に順序的に三人目の一年生を迎えるため原宿にいた。

 

「どうして原宿集合なんですか?」

 

「本人がここがいいって」

 

「アレ食いたい! ポップコーン!」

 

 三人がその人物を探していると、モデルのスカウトをしている人に向かって"スカウトされにいってる"件の一年生を発見する。

 

「俺達今からあれに話しかけんの? ちょっと恥ずかしいなぁ」

 

「オメェもだよ」

 

「おーいコッチコッチ」

 

 ポップコーン片手に派手な2018の形の眼鏡をかけた虎杖の発言に伏黒が突っ込む。五条は場所を促す。

 

「そんじゃ改めて、釘崎野薔薇。喜べ男子、紅一点よ」

 

「俺虎杖悠仁、仙台から」

 

「伏黒恵」

 

 自己紹介が終わるやいなや釘崎が二人の顔を見てため息をつく。

 

「っていうか、一年生私含め四人じゃなかったわけ?」

 

「えっそうなの!?俺聞いてねぇ!」

 

 釘崎の問いに虎杖が反応する。

 

「あぁ、彼女は今日早朝から京都に任務だからね。お昼時に合流するよ」

 

「あいつは一級だからな、常に人出不足のこの業界じゃ珍しいことでもない」

 

「京都!?ずるい!私も行きたい!」

 

 五条の答えに伏黒が補足する。

 

「ってか、やけに親しげじゃない。あんた」

 

「恵と刹那は中学から高専の関係者だからねー」

 

「先生、写真とかないの?」

 

「朝から京都なんて贅沢するやつの顔拝んでやるわ!」

 

「うーん、二年くらい前のならあるよ?」

 

「絶対に見せないでください」

 

 写真を見たがる二人に対して、伏黒とのツーショットを見せようとする五条に伏黒が全力で反対する。

 

「なんだよ伏黒〜なんで駄目なんだよ〜?」

 

「伏黒あんた、独占欲強い男はモテないわよ?」

 

「ちげぇよ」

 

 駄々をこねながら伏黒の肩を揺らす虎杖と、勝手なイメージを押し付ける釘崎の二人に苛立ちながら伏黒は答える。

 

「まぁ、それは来てからのお楽しみってことで後にとっとこうねー、それよりさ、一人いないとはいえ折角一年が三人揃ってるんだ。しかもそのうち二人はおのぼりさんときてる。行くでしょ! 東京観光!」

 

 その言葉に二人が目を輝かせる。

 

「TDL、TDL行きたい!!」

 

「馬っ鹿、TDLは千葉だろ! 中華街にしよ先生!」

 

「中華街だって横浜だろ!」

 

「横浜は東京だろ!!」

 

「静まれ、行き先を発表する」

 

 二人が五条の前に片膝をつき、五条がニヤリと笑い行き先を発表する。

 

「六本木」

 

 二人が表情を明るく一変させたのも束の間、連れてこられたのは廃ビルの前だった。

 

「いますね、呪い」

 

「「嘘つきー!!」」

 

「地方民を弄びやがって!」

 

「やっぱこういう場所って呪い多いの?」

 

 騒ぐ釘崎をよそに切り替えた虎杖は伏黒に問いかける。

 

「墓地とかじゃなくて墓地=怖いってイメージが呪いを生むんだよ」

 

「ちょっと待って、こいつそんなことも知らないの?」

 

「あぁ、実はな」

 

 伏黒が虎杖は宿儺の指を飲み込み自我を保てる、宿儺の器であることを説明する。

 

「キッショ!! 衛生観念どうなってんの?! 無理無理無理無理!!!」

 

「んだと?」

 

「それに関しては同感」

 

 事情の説明を終えると五条が話し出す。

 

「今日は顔合わせと実地テストのために来たんだ、悠仁と野薔薇でこのビルの呪霊を祓ってもらうよ。終わったらご飯にしようか、その頃には刹那も到着するだろうしね」

 

 五条はそういって虎杖に低級の呪具、『屠坐魔』を渡す。

 

「悠仁、宿儺は出しちゃ駄目だからね。周りが危険にさらされる」

 

「五条先生、俺も行きますよ」

 

「恵はダーメ、病み上がりなんだから」

 

 二人を心配して伏黒も行こうとするが、虎杖に宿儺が受肉した際の激闘から回復したばかりの伏黒の身を案じ五条が諭す。

 

 廃ビルに入っていく二人を見届けて近くのベンチに腰を下ろす。

 

「大丈夫なんですか、あの二人」

 

「大丈夫、大丈夫。今回は地方と都会の呪霊の質の違いを見てもらうために弱い呪霊を選んだし、今回確かめたいのは野薔薇のイカれっぷりだ。悠仁はイカれてるからね、人とは違うけど異形の生物をなんの躊躇いもなく殺りに行ける」

 

「だったら良いんですけど」

 

 五条と伏黒話していると後ろから気配を感じ、伏黒が振り返る。

 

「うわわっ」

 

「ってなんだ刹那かよ…驚かせんな」

 

「おかえりー早かったねー」

 

 驚かせようとして近づいたが気づかれて逆に驚かせられてしまう。

 

「東京に入ってからは術式使って走ってきたので」

 

 五条の問いに答えながら伏黒の隣に座る。

 

「二人が並んでるのを見て昔みたいに驚かそうしたんですけどね」

 

「あっはは、呪力を抑えても気配は残るからねー」

 

「今回はしてないみたいだが、やたらに術式使うんじゃねぇぞ」

 

「分かってますよー」

 

 三人で無駄話をしていると、廃ビルの最上階から負傷した呪霊が飛び出てくる。

 

「祓います」

 

「待ちなよ、恵」

 

 伏黒は立ち上がって式神を呼び出そうとするが五条がそれを止める。

 

 空中で数本の釘が呪霊の叫び声とともに体から飛び出し霧散する。

 

「ハハ、ちゃんとイカれてた」

 

 数分すると、小さな子供と共に二人が廃ビルから出てくる。一応監督していた五条が送り届けることになりその間刹那は自己紹介をすることになった。

 

「初めまして、阿頼耶識刹那です」

 

「俺、虎杖悠仁! 仙台から来ました!」

 

「……」

 

「どったの? 釘崎」

 

「腹でも痛いのか」

 

 ぷるぷると震える釘崎に対し、二人が反応する。

 

「だ、大丈夫ですか? 具合が悪いならベンチに行きますか?」

 

 オロオロして釘崎に近寄る刹那の肩を釘崎がガシッと掴む。

 

「あんた、ほんとにアイツの友達?」

 

「へっ?」

 

「だってあんなウニ頭の友達って言ったら牡蠣かホヤみたいな奴だと思ったんだもん!」

 

「おい…」

 

「落ち着け釘崎! なんかおかしなこと口走ってるぞ!?」

 

「何よ! 朝から京都に行くような奴の顔拝んでやろうと思ったら礼儀正しいし可愛いし!」

 

 急に褒めたのかけなしているのか分からないことを口走る釘崎を虎杖が止める。

 

「野薔薇さんの方が可愛いですよ! 僕なんて片目眼帯ですし、ちっちゃいし…」

 

 刹那は自分の胸を撫でおろしながらわかりやすく凹む。

 

「自分で言ってダメージ受けてんじゃねぇよ」

 

「そうよ、そこのむっつりウニ頭にはバリ受けよ」

 

「どういう意味だコラ」

 

「三人共落ち着けよー」

 

「ちなみに悠仁のタイプは?」

 

「ジェニファーローレンス!」

 

 子供を送り届け、ナチュラルに会話に混ざってくる五条。この騒ぎを止める人物がついにいなくなりおよそ十分間騒ぎ続けた。

 

「…さて! 楽しかったけどお腹すいたでしょ? どこに行こっか」

 

「何が楽しかったのよ、途中から野郎共の性癖暴露大会だったじゃないの」

 

「もう死にたい…」

 

「気にすんなよ伏黒!」

 

「もう忘れましょうよその話は〜」

 

 苛立つ釘崎と落ち込む伏黒を慰める二人に追い打ちをかける五条。

 

「いやーにしても恵のタイプがまさか──」

 

「もういいって先生! あ、俺ビフテキ食いたい!」

 

「はぁ? ザギンでシースーに決まってんでしょうが!」

 

 無理矢理気味に話題を転換した虎杖に釘崎が自分の意見をぶつける。

 

「はいはい、じゃんけんねー」

 

 公平なじゃんけんの結果(三回やり直し)結局昼ごはんは虎杖のビフテキに決定した。

 

「それじゃあ一年生全員が初めて揃ったってことで改めてこの場で交流会としましょう! カンパーイ」

 

「「「「カンパーイ」」」」

 

 テンションの高さは人それぞれだが、全員グラスを合わせて話し始める。五条が贔屓にしている店なのもあり高級店で個室を用意してもらっているため、人目を気にすることなく話すことができる。

 

「──んで、高専に来たってわけよ」

 

「なるほどね~、大変ね、あんたも。あたしは虎杖には言ったけどお金気にせず東京に来たかったからよ」

 

「伏黒は?」

 

「…単なる人助けだ」

 

「へぇー」

 

「なんだよ、理由が浅いと悪いか?」

 

「そんなことないわよ、良い理由じゃない」

 

「僕もそう思いますよ、尺度は人それぞれです」

 

「じゃあさ! 刹那は?」

 

「僕ですか?」

 

「なによ、恥ずかしいから言わないなんて無しよ?」

 

 刹那には特筆して理由がなかった、そのため少し考えるが答えはシンプルだった。

 

「呪いは…僕の人生だから…ですかね」

 

「やけに抽象的ね」

 

「ほんとに気づいたら呪術師だったので。それより野薔薇さんの地元って──」

 

「やめて」

 

 釘崎は急に声のトーンを落とし、表情を曇らせる。

 

「あ、ごめんなさい、地元嫌いなんでしたよね…」

 

「おい釘崎、そんな言い方」

 

「その野薔薇さんってのやめなさいよ同期でしょうが」

 

「あ、そっち?」

 

 虎杖と伏黒は思っていた原因が違ったようで驚く。

 

「えっと、じゃあ野薔薇…ちゃん」

 

「んー呼び捨てでもいいんだけど、今はそれでいいわ。よく頑張ったわね」

 

 釘崎はフッと笑いながらそう言って刹那の頭を撫でる。刹那は頬を紅く染めながらも一切抵抗せずに頭を差し出す。

 

 男子メンバーはそれを微笑ましく眺めている。

 

「野郎共、見てんじゃないわよ」

 

「悠仁、恵、僕もよしよししてあげよっか?」

 

「遠慮します」

 

「いざ言われてされるのはなぁ」

 

「じゃあ勝手にするもん」

 

 五条は二人の頭を無理矢理撫で繰り回す。

 

「おわっ! ちょっと!」

 

「あっははは! 先生くすぐってぇー!」

 

 楽しい一時はあっという間に過ぎ、五人は呪術高専へと帰っていった。




次回、次回はですね、、、やっべぇ特に報告することないなぁ、あ、
主人公が領域展開使います、以上!


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第十一話 八尺様

次、領域展開出るって言いましたよね?
あれ嘘でしたほんとにごめんなさい、途中の話作ったの忘れてたんです。ということでこれの次がそれになります。本当に無能でごめんなさい


 顔合わせからさらに時間が経ち、その間、任務やら授業やらの日々を過ごしていた。

 

 ピッ、ガコン

 

 体術の授業を終え、虎杖、釘崎、伏黒は昼の休憩をしていた。

 

「ねぇ、刹那って今日も任務なの?」

 

「仕方ないだろ、あいつは一級なんだ。ただでさえ人手不足、ついでに一級なんてそんなに数いるわけじゃないんだから」

 

「俺、あの日から二回しか会ってねぇ」

 

「俺もあんま会ってねぇな。でもあいつの術式なら多分その内ひょっこり帰ってくるだろ」

 

「そんな五条先生みたいなことできんの?」

 

「あんまりやんないっつってたけど出来るみたいだぞ」

 

「いいなぁー俺も術式欲しいー」

 

 虎杖はジュースを飲み干し、伏黒の真似をする。

 

「玉犬!」

 

「あっはっは! 似てる似てる」

 

「ワンッ」

 

「出たぁ!?」

 

 虎杖の後ろに急に現れた刹那に驚き、飛び上がる。

 

「あっはははは!」

 

「ふっ! くくっ」

 

 伏黒と釘崎は気付いてたらしく、刹那も悪ノリに加担した。

 

「ナーイス、お帰り、刹那」

 

「ただいまです、野薔薇ちゃん」

 

 釘崎と刹那は同性と言うこともあり少ない交流の間にかなり仲良くなっていた。

 

「びっくりした~、マジで全然気づかなかったわ」

 

「あれ初見はかなり驚くよな」

 

「なに? アンタもされたことあんの?」

 

「あぁ、初めてあった時にな」

 

「なぁなぁ、刹那、今日は任務ないの? ないなら俺らオフだし、放課後四人で遊び行かねぇ?」

 

「あら、あんたにしてはいい考えじゃない!」

 

「行きたいです!」

 

「勝手に決めんなよ」

 

「別に伏黒は待っててもいいわよ?」

 

「…行かないとは言ってねぇ」

 

 虎杖に遊びに誘われ目を輝かせる刹那と騒ぎ立てる釘崎と伏黒。そこに無常にも響く刹那の携帯。

 

 プルルル、プルルル

 

「「「「……、」」」」

 

「刹那、携帯…」

 

「僕はなにも聞こえません」

 

「いや、でも任務だったら…」

 

「聞こえないったら聞こえないです」

 

「…遊びはまた時間できた時にまた行きましょ、あなたにしかできない任務かもしれないのよ?」

 

「ぅぅぅ」

 

 三人に諭され小さく唸りながら刹那は渋々呼び出しに答える。

 

 相手は伊地知だった。

 

「…もしもし」

 

「もしもし、刹那さんですか?」

 

「…はい」

 

「良かった、緊急の一級案件です! 二級術師四名が調査に出向いて未だに帰っておらず、場合によっては特級相当になるおそれありとのことで、一級であるあなたに指名がなされました」

 

「場所はどこですか?」

 

「詳しいことは車で話しますので高専の入り口に来てください」

 

「了解しました」

 

 プツッという音を立てて通話を切る。

 

「はぁ…」

 

 ため息をつく刹那を釘崎が抱きしめる。

 

「なんて顔してんのよ、美人が台無しよ?」

 

「だってぇ、ぅぅ」

 

「だってもなにも無い! 次は絶対行きましょ! そのためにもちゃんと呪霊祓って帰ってきなさい!」

 

 刹那の言葉が終わる前に釘崎が両断する。

 

「また今度な、思いっきり遊ぼうぜ」

 

「お前にしかできないんだ、頑張れ」

 

「ちょっと伏黒! 言い方があるでしょ」

 

「…フフッ、昔から恵君は不器用ですね」

 

「うるさいな、早く行け」

 

「は~い」

 

 顔をそらして早く行けとジェスチャーをする伏黒と伏黒の心配を察する刹那、そんなやり取りをしながら刹那は校門の方へと駆けていく。

 

「なに今の熟年夫婦みたいなやり取り!」

 

「ちげぇよ、ただあいつはな…」

 

「なんだよ伏黒、教えろよ〜」

 

「いや、いいわ、俺から教えていいものかって顔しやがって。あんたなんかに教えてもらわなくても刹那が自分から教えてくれるまで待つわよ」

 

「おぉ、なるほど」

 

「眼帯のこととか、手袋のこととか気になることなんて山程あるわよ」

 

「ならなんで聞かないんだ…?」

 

「あんたの友達っていうのがなんでも自分のことを知ってる奴って思ってんなら話は別よ、でもそうじゃないでしょ? これ以上は言わないわ」

 

「うっし! 休憩終わり! 授業戻るぞー」

 

「教室まで競争! お先!」

 

「あ、ずりぃーぞ釘崎!」

 

(色々考えてる俺が馬鹿みてぇじゃねぇか)

 

 伏黒は頭の後ろを乱暴に掻き、二人を追いかけた。

 

 ──

 

 刹那が校門に到着すと同時に高専ナンバーの黒い車が到着しドアが開く。

 

「お乗りください」

 

 伊地知に促され車に乗り込み、車を走らせると同時に伊地知は任務の詳細を話し出す。

 

「任務の詳細を説明します。田舎の山奥の村で数名の行方不明事件が発生し、窓の報告から呪霊を確認するため、一週間前に二級術師三名が現着、調査を開始しましたが翌日から連絡が途絶えて行方不明になりました」

 

「四人じゃなかったんですか?」

 

「一昨日、もう一人の二級術師が赴き、つい先程死体で発見されたとの報告がありました」

 

 暗い顔と声色で伊地知が説明する。

 

「今更ですけど夏油先生とかじゃ駄目なんですか?」

 

「夏油さんは特級ですので現時点では出動を要請出来ません。今は美々子さんと菜々子さんと共に任務に赴いています」

 

「あぁ、特級案件が確立されないと緊急要請できないんでしたっけ」

 

「はい。それで話は戻りますが、行方不明になったのは非術師含めいずれも男性の方でした、さらにはネット掲示板で誰かが始めた話に"八尺様"が確認できました」

 

「八尺様って、あの八尺様ですか?」

 

「はい、その八尺様です。土地、状況、被害者、窓の報告の姿から恐らくはネット掲示板で知った者たちがその場所に恐れを抱き、仮想怨霊として呪霊化したと思われます」

 

「その手の呪霊化は厄介ですね。時間が経つほど負の感情が増幅していき、放っておくと更に被害も拡大する」

 

「はい、なのでなるべく早く向こうに行って任務を遂行してください」

 

「あぁ、そういえば場所どこなんです? なるべく早く帰りたいんですけど」

 

「…非常に申し上げにくいのですが…青森です」

 

「…へっ?」

 

「青森です」

 

 ゴンッ! 

 

 場所を聞いて助手席の後ろに頭を打ち付け項垂れる

 

「あ、あの明日、明後日は必ずっ」

 

「何も言わないでください。今、伊地知さんに当たってしまいそうで怖いので」

 

「…はい」

 

 刹那はそういって毛布をかぶりふて寝する。

 

 それでも問答無用で当たり散らかす五条に比べたら自制してくれる刹那の方が断然良いと思えた。

 

 東北に入ってからは車を替えて、補助監督が伊地知と変更になった。山奥の村というのもあり土地勘がない人間でなければ到着するのも時間がかかるのだ。青森につく頃には日を跨いでいた。

 

「着きました、刹那一級術師」

 

「…ようやくですか」

 

「はい、今日は村で一泊するんですが、ホテルがないので民宿を利用しますので、ゆっくり休んでください。明日呪霊を祓っていただきます」

 

「まぁ、やっぱり今からじゃ駄目ですよね」

 

「夜は視野も狭まり危険ですので当然です」

 

 会話しながら民宿へと田舎生まれというわけでもないが少し懐かしさを覚える外見をした民宿だった。

 

 中のエントランスは、お土産コーナーや般若のお面や、天狗のお面など古風なものが飾られていた。

 

 補助監督が民宿の女将の70代ほどのおばあさんと話す。

 

「こちらがお部屋の鍵となっております。夜もふけて来ましたが、お食事はいかがなさいますか?」

 

「どうしますか? 刹那さん」

 

「んー、少しだけ、できればあまり重たくないものをお願いできますか?」

 

「かしこまりました、お部屋へ届けに参ります」

 

 車内で寝ていたため眠気が無かった刹那は軽く食事を頼み、部屋へと戻っていく。

 

 部屋に入り少ない荷物と刀を置き、制服からジャージへと着替える。しばらく部屋の構造をボヤーっと眺めているとドアからノックが聞こえ開けに向かう。

 

「軽いお食事とのことなのでおにぎりと青森の名物、せんべい汁をお持ちしました」

 

「あぁ、どうぞ」

 

 お盆を持った女将を中に招き入れると女将は準備を始め、それを終えると女将が話し始める。

 

「呪術師様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「…構いませんが、貴方は窓の方なんですか?」

 

「はい、老齢ゆえ大した役には立てませんが」

 

「なるほど、納得しました。それで聞きたいこととは? 可能な限りで答えますよ」

 

「今回の事件…私の息子も被害にあっておりまして…解決できますでしょうか?」

 

「そうですね、解決出来る…と、断言できたらかっこいいんですけどね」

 

 刹那は女将の問いに苦笑しながら答える。女将の顔が青ざめるが刹那は言葉を続ける。

 

「僕だって高校生の子供です。死ぬのは怖いし、自分が最強だって断言できるほど驕ってない」

 

「……」

 

「でもね、その人にしか出来ないことっていうのは、きっと世界中のそれぞれの人にあるんだと思います」

 

 刹那はそう言うと、おにぎりを一口食べて女将に笑いかけ、話を続ける。

 

「僕には、こんなに美味しいおにぎりは作れません」

 

「これ以上言うのは、野暮でございますね。翌朝食器を取りに参ります。おやすみなさいませ」

 

「おやすみなさい」

 

 就寝の挨拶を交わし、ドアが静かに閉まる。

 

「んー、皆に会いたいな…」

 

 不意に一言ボソリと呟くと携帯の通知音が鳴る。

 

 確認すると一年生のグループラインにメッセージが届いていた。

 

「刹那ー!そっち着いた頃?」

 

「虎杖あんたの体力どうなってんの?」

 

「ついさっき到着しましたよー、この時間に珍しいですね?」

 

「さっきまで三人で任務だったのよ」

 

「つーか、伏黒もなんか言えよー既読の数でバレてんだぞー」

 

「こんな時間にメールしたら迷惑だろうが」

 

「そうよ、夜更かしは肌に悪いの」

 

「まぁいつもなら迷惑ですね」

 

「マジ!? ごめん!」

 

「でも、丁度皆の声聞きたいなって思ってたので嬉しいです」

 

「明日任務なんだろ、早く寝ろよ」

 

「私も話せて嬉しかったわ! おやすみなさい」

 

「明日頑張れよ! おやすみ!」

 

「夜更けに悪かったな、おやすみ」

 

「おやすみなさいです!」

 

 しばらく話し、遠く離れた友達とも就寝の挨拶を交わし、携帯の電源を切る。

 

(おやすみ)

 

 時刻を確認すると一時を回っていたので刹那は一言心のなかで囁き目を瞑った。

 

 チュンチュン、ホーッホーッ

 

 多種多様な動物の鳴き声と共にフラフラと起きる。

 

 刹那は朝が極端に弱いわけではないが、昨日は車の中でも寝てしまい、寝つけずに朝の五時半という時間に目が覚めてしまったため、時間の感覚がズレてしまったのだ。

 

 コンコンコン

 

 不意にドアがノックされる。

 

「はーい」

 

 ドアの前に行き、相手を確認すると補助監督がのぞき窓越しに見える。ドアを開け対応する

 

「どうしました?」

 

「いえ、村の人達が今日は山の方で濃霧が発生するとのことなので始めるのは早いほうがいいと思いまして」

 

「あんまり良くない状況ですね、分かりました。あとどのくらいで始めますか?」

 

「もう明るいので、そうですね…三十分後くらいかと」

 

「了解です」

 

 今日の時間を確認し、補助監督は部屋へと戻っていく。

 

「…お風呂、シャワーだけでも浴びれるかな」

 

 温泉は無いもののシャワーを浴びれる施設があるため、昨日入れなかった分、少しゆっくりとシャワーを浴びて時間までを過ごす。

 

 二十分ほどのんびりした後、制服に着替え刀を持ち、民宿の玄関で補助監督を待っていると小さな子ども達に話しかけられる。

 

「すっげぇー!それ本物!?」

 

「お姉ちゃんの目、片方ないのー?」

 

「ふふ。そういうわけじゃないですよって、こらこら勝手に触っちゃ駄目ですよ」

 

 刀を、勝手に触ろうとする子供を止める。

 

「じゃあ、触らせて!」 

 

「危ないから駄目です。腕なくなっちゃいますよ?」

 

 触ろうとする子供を止めるために少しオーバー気味に、でも決して嘘ではない範囲で説明する。

 

「嘘だぁー!もっとマシな嘘つけよー!」

 

「まぁ、嘘ではないんですけど…」

 

「こらっ! お客さんに迷惑かけちゃ駄目でしょうが、あっち行きなさい!」

 

「「はーい」」

 

 昨日の女将とは別の若い女性が子供達を刹那から離す。

 

「すいませんねぇ、お客さん。近くの子供達が集まるんですよ、ここ」

 

「いえ、子供は元気過ぎるくらいが丁度いいですよ、気にしないでください」

 

「待たせてしまいすいません! 刹那さん!」

 

 女性と話していると補助監督が駆け寄ってくる。

 

「早く来たのは僕ですし気にしないでください、それより、早く行きましょう」

 

「はいっ」

 

「行ってらっしゃいませ、木の葉様の加護がありますように」

 

 女性は、軽く腰を曲げて会釈し補助監督と刹那を送り出す。

 

 歩いて程ないところから山へと入る。刹那が山に入っていくのを補助監督が確認すると帳がおりる。

 

「さて、始めますか」

 

 眼帯を取り、てきとうに当てもなく歩く。

 

「……山だなぁ」

 

 木や風以外なにも変わったもののない光景がひたすら続く。のどかな光景が続いており、呪霊の気配はするものの一向に姿を見せない。

 

「男性の方じゃないからですかね。いや、でもそうだとしたら女性の術師が襲われた理由がないなぁ」

 

 独り言を呟きながら近くの木にもたれかかる。

 

 メシャッ! トンッ

 

 直後に刹那がもたれかかっていた木が両脇から非常に強い力で圧縮されて潰される。

 

 しかし刹那は呪霊の気配を先に感じ取り、その場から離脱していた。

 

 ズズンッ…

 

「ぽ、ぽ、ぽ」

 

「やっと出てきた」

 

 目の前には麦わら帽子を被り、長い髪をたなびかせた白いワンピースを着た八尺(2m40cm)の仮想怨霊、八尺様が立っている。

 

(…噂になってから日が浅いせいか、都市伝説より全然強くない)

 

「まぁ、好都合ですかね」

 

「ぽぽぽ」

 

 不気味な声を発し、両手を広げる。そしてその巨体からは想像がつかない速度で距離を詰めてくる。

 

 しかし刹那は刀の射程内に入るやいなや、その両手を肘から斬り落とす。

 

(早くても動作がわかりやすい)

 

 切り落とした腕は即座に再生し、八尺様は怒りに震えだす。

 

「ぽぽぽぉ…!」

 

 髪が重力に反してざわざわと浮きだし、それに呼応するように周りの木々がざわめき出す。刹那は呪力が放出されるのを感じ、術式を発動し、指をクイクイと動かし挑発する。

 

「おいで、八尺様」

 

 刀の切っ先を向け、一瞬の静寂が訪れる。

 

 八尺様が一歩を踏み出すその時、刹那は八尺様の首に刀が水平になるように飛び上がり、術式を発動し距離を無くす、そして八尺様が地面を踏みしめたその瞬間、首を胴体から切り離した。

 

「ぽっぽっ…?」

 

 ボトッ

 

 その音とともに八尺様の体は霧散していく。

 

「…腑に落ちない。日が浅くまだ弱い呪霊が相手なのに二級術師が四人もやられるとは考えにくい…特段特殊な術式を使えるわけでもないし、そもそも八尺様が都市伝説通りに語られるなら成人前の子供しか狙わないはず…」

 

 刹那がその場で立ち尽くし考えをまとめていると、急に大量の霧が立ち込み始める。

 

(取り敢えず報告しよう)

 

 そう思い、下山のため歩き始めた。




次こそは、、、!次こそは出すので!明日の正午辺りに投稿しますので!許してください!すいません!


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第十二話 領域展開

領域展開の説明分かりにくいかもです、補足が欲しい場合はの後書きにでも詳細を書くつもりです。
あと、戦闘描写はいつものクオリティーなのでなんとなーくのニュアンスで読んでください。
それではどうぞ〜


 プルルル、プルルル

 

 山の麓で待機している補助監督の電話が鳴る。相手は別件で遠くで任務中の夏油からだった。

 

「もしもし、夏油さん? いかがしましたか?」

 

「もしもし、すまないが単刀直入にきかせてもらうよ、そっちの任務は仮想怨霊の八尺様であってるかい?」

 

「は、はいおそらくは」

 

「何故、そう判断したんだい?」

 

「村から男性が数人、任務に赴いた術師が、男性は行方不明、女性は死体で発見されたからで」

 

「その男たちはいずれも未成年だったのかい?」

 

「……へ?」

 

「未成年だったかと聞いてるんだ!」

 

「い、いえ! 違います! 全員成人済みです!」

 

「チッ、まずいな、ほんとにまずいぞ」

 

「ど、どうして…?」

 

「いいか、よく聞くんだ。その村の伝承に悪い人間を攫っていく、木の葉天狗の伝承がある。呪霊だが、長年祀られて神格化されている特級クラスだ。何らかの理由でもしも、それが暴走しているんだとしたら…事態は相当に深刻だ、今すぐ術師と逃げろ」

 

 補助監督の顔が青ざめていく。

 

「聞いているのかい?」

 

「生得領域が…呪力が急に膨れ上がって…!」

 

「クソっ、遅かったか! 術師は一級だったね?」

 

「はい、刹那一級術師が任務にあたっています!」

 

「刹那か…彼女は賢い、命を捨てる真似はしないだろう。脱出が確認できたら、必ず私か悟に連絡するんだ、いいね」

 

「分かりましたっ」

 

 プッ

 

 電話が切れる、補助監督は帳を上げるわけにもいかずただ待つことしかできなかった。

 

(この霧…自然に発生したものじゃない、呪力、それもとびきり濃いやつ、となると)

 

「生得領域ですよね」

 

 後ろを振り向き見上げる、その場所に刀で斬撃を繰り出し、霧を一時的に払う。

 

「カッカッカッカッカッ!」

 

 その場所の霧が晴れると、空中にそれは姿を現す。身体が小柄な人間に大きなカラスの翼が生えており、鼻が長く先っぽが尖った赤い顔をした呪霊が錫杖を持って現れる。

 

「良いぞ、先刻の弱者共よりはるかに強い気配を貴様から感じるぞ」

 

「鴉天狗…で、あってます?」

 

「惜しいな小娘。我は木の葉天狗、この山の神にして支配者。貴様らからすれば神隠しをする、呪霊というやつだ」

 

 木の葉天狗と名乗る呪霊は、高下駄を枝に引っ掛けてそこに座り喋りだす。

 

「呪霊にしてはペラペラと流暢に喋るじゃないですか」

 

「カッカッカ!威勢がいいな小娘!我をあのデカブツ女と比べるでないわ」

 

「あなたですか?ここに来た四名の術師をどうこうしたのは」

 

「この山は我の縄張りよ!貴様ら人間とて、我らが人の地へと侵入すれば殺すだろう?」

 

「まぁ、否定はしませんけど」

 

「人間にしては話が分かるではないか」

 

「でも、それ故に分かりませんね。あなたは守り神のような呪霊でしょう?なぜ村人を襲うんです?」

 

「カッカッカッカッ!良いぞ、冥土の土産にきかせてやろう、小娘」

 

「どーぞ、手は出しませんよ」

 

 納刀し、情報を集めるために木の葉天狗に喋らせる。

 

「詳しくは覚えておらぬが半月前、我が山に侵入者が現れた。侵入者のクセしてまだ赤子だったのだがな、暇つぶしに遊んでやったのよ」

 

(二週間前…宿儺の受肉の時期と重なる)

 

 木の葉天狗は得意げな顔をして話し続ける。

 

「そいつの体をバラして遊んでいたら、体の一部からコレが出てきたのよ」

 

 そう言うと木の葉天狗は、指の屍蝋を見せる。

 

(!!なるほど、宿儺の指の呪力に当てられたのか)

 

「これを持ったときの感覚は素晴らしかったぞ!誰にも負けないという絶対的な自信!この領域も、もはやこの山にはとどまらない!」

 

 宿儺の指をしまい翼を広げ、感情の昂りを顕にする。呪力を一気に開放して周りの木々の枝が次々と斬り落とされていく。

 

「話は終わりですか…だったら、始めましょうか」

 

 刹那は刀に手をかけて術式を展開する。

 

「強き呪術師よ!存分に呪いあおうぞ!」

 

「言われずとも」

 

 木の葉天狗が戦闘態勢に入ると、刹那は足を木の葉天狗に向け、瞬間的に術式を足を起点にして発動し、距離を無くす。木の葉天狗の胸を蹴り、後ろに飛びながら抜刀し横に一閃する。

 

 キュオンッ! 

 

 しかし、その斬撃は空を斬り、飛び上がった木の葉天狗は空中で動けない刹那に向かって空中で助走をつけ、突撃する。

 

 刹那は地面に向かって術式を発動し背中から落ちるが受け身を取る。

 

「流石は天狗。速いですね、やっぱり」

 

「良いぞ!まずは準備運動といこう!」

 

 途端に霧が濃くなり木の葉天狗はその霧に隠れて縦横無尽に重力を無視して飛び回る。そのスピードはかなりのもののはずだが霧は一切晴れることなく濃度が増すばかり。もはや刹那の左目の視界は自身の周り1m程度しか見えていなかった。

 

「姑息ですね」

 

「カッカッカッ!何とでも言え!まだまだ楽しもうぞ!」

 

 その声を皮切りに、猛スピードで上下左右から錫杖を刹那めがけて振りながら突撃を繰り返す。

 

 刹那はその全てを刀と体術を織り交ぜていなしていく。

 

 ギィン! キュイッ! シャッ! ドォッ! 

 

「どうした呪術師!防戦一方ではないか!」

 

「傷の一つでもつけてからそういうことは言うものですよ」

 

 攻撃を続ける木の葉天狗と防御を続ける刹那、先に動いたのは──木の葉天狗だった。

 

「ならばこういうのはどうだ?」

 

 同じように突撃し錫杖を縦に振りかぶるが、刹那の右眼には錫杖の先端に渦巻くエネルギーが見えていた。刹那は振りかぶる錫杖を後方にバク転して回避する。

 

 錫杖が地面に叩きつけられると、そこから小規模ながら強力な竜巻が発生する。

 

「…神隠しだけじゃないんですね」

 

「勘がいいな!だが、こんなこともできるぞ?」

 

 錫杖を横に振ると竜巻の中に火種が現れ、その竜巻が炎を纏う。

 

 刹那は刀を二本抜刀し術式を展開し、武器に呪力の靄を纏う。

 

「確か、火は酸素が無いと燃えませんよね…拡張術式、武器纏」

 

 ギュイ、ブオン!!!!

 

 その場の竜巻が一瞬にしてかき消される。刀を振ったとき刹那が術式で無くしたのは酸素ではなく、その場に火種として残留する呪力。竜巻は二刀で一回転して逆回転を作り出して相殺した。

 

「ほう、不可思議な術式だ!今までの呪術師(カスども)とは違うな!」

 

「…一つ、聞きたいんですけど」

 

 霧は以前として晴れないが、話してみろと言わんばかりに攻撃が一時的に止む。

 

「今までの呪術師の方々も…そうやって遊んで殺したんですか?」

 

 刹那の疑問に霧の中から答えが帰ってくる。

 

「何故そんなことをする必要がある?貴様は蚊を潰すのにその刀を振るのか?」

 

 刹那は冷静に努めたが心の中では呪術師のことを虫扱いする木の葉天狗に対して激昂していた。だが、激昂よりも哀れみが大きかったのかもしれない。

 

「…フフッ、そうですね、貴方を潰すのに刀はいりませんね」

 

 木の葉天狗を挑発し、刀を納める。同時に木の葉天狗が怒る。

 

「ほぉ…遊びは終いにしよう、せめてもの手向けだ。貴様は我が最高の術をもってして葬ってくれよう…!」

 

 霧が晴れると地上に降り立つと、両手で三本指を立て、両手の小指と薬指を二本とも交差させて印を象る。

 

「領域展開、颰熾霊峰(はつさかれいほう)」 

 

 周囲が木の葉天狗の生得領域へと塗り替えられていく。今いた森より遥かに多く、巨大な木々が生え、どこからともなく火種がおき、強力な風によってたちまち火災が発生し、濃霧が立ち込める。

 

「術師における最高到達点にして奥義、領域展開」

 

「カッカッカッ!よく知ってるな小娘!この領域において、我の攻撃は回避不可!さらには時間をかけるほどに火は貴様の周りを囲み、不利にしていく!」

 

 ザンッ! 

 

 挨拶代わりというように刹那に風の斬撃が飛ばされ、右腕から血が流れ出る。

 

「我をコケにした罪!万死に値する、楽には死なさんぞ!」

 

 あえて攻撃を受けた刹那は再び木の葉天狗を見据えて言い放つ。

 

「羽虫がぶんぶんと飛びまわって、五月蝿いですね。そんなに自分の弱さをひけらかして楽しいですか?…本物の強さを見せて差し上げましょう」

 

 木の葉天狗を挑発し、刹那は両手の人差し指でバツ印を作り、残りの指でハートの形に印を象る。

 

「領域展開、未了無偏門(みりょうむへんもん)

 

 木の葉天狗の領域が、刹那の領域によってさらに塗り替えられていく。その領域は刹那の後ろの大きな白い門以外は何もない、強いて言うなら"無がある"という異質な空間。足場さえも見えない常闇の中で木の葉天狗と刹那は向かい合う。

 

「っ!?なんだと、我の領域が押し負けた!?」

 

「はぁ、先代に一つだけ文句を言いたいですね。なんでこんなこっ恥ずかしい印にしたんだか」

 

 刹那は腰に手をあてて俯く。

 

「小娘がぁ!」

 

 木の葉天狗が錫杖を振るが、何も起こらない。

 

「何故だ!? 何故、風が出ない!」

 

「この領域内で発動した術式は全てが無に還る。正確に言うと、あなたの術式は発動してますけど、発動した瞬間に全部無かったことにされるんですよ。ついでに言えば、何を無くすかは僕のさじ加減なのでこんなことも出来ますよ」

 

 刹那がクイッと指を横に振ると木の葉天狗の錫杖がボロボロと崩れて無くなる。

 

「私の錫杖が!?」

 

「錫杖の分子同士の結合を無くしてみました、これ使うのは二回目なので色々実験したいんですけど」

 

「このクソガキが!!ぶっ殺してやる畜生が!この我を誰だと思ってやがっ」

 

「うるさい羽虫は叩くに限りますね」

 

 刹那が両手を広げると、白い門が開く。軽くステップを踏むと、扉が完全に開く。

 

「無がそこに出現して通り過ぎる、やっぱりややこしいですね、この術式」

 

 フォンッ! 

 

 木の葉天狗の両足がまるでそこに何かが通ったかのように消え去る。

 

「あぁぁぁっ!!」

 

「別にあなたの領域で戦っても良かったんですがね、あなたみたいなゴミは跡形もなく消すべきでしょう、害にしかなりませんし」

 

 トントンとステップを踏み、術式を容赦なく浴びせ続ける。

 

 時間にして三十秒にも満たない時間だったが、木の葉天狗の体は消え去り、領域を解除したその場には宿儺の指だけが残った。

 

「…えぇー、領域展開使って消せないとか、おかしいんじゃないんですかこの指」

 

 自信の最大の技が通用しない屍蝋を見て、愚痴をこぼしながら霧に包まれた山を下山する。

 

 麓へ行くと顔面蒼白の補助監督が刹那に駆け寄ってくる。

 

「あぁ、良かった! 逃げ切れたんですね! 待っててください今、帳をおろしますから」

 

「む、心外ですね。ちゃんと祓いましたよ」

 

「…へっ!?」

 

 驚く補助監督に追撃を入れる。

 

「情報収集のために軽く泳がせて祓いましたよ、なんでも宿儺の指に当てられたみたいで──」 

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 

「ん? あぁ、これは報告書に書かなきゃですね」 

 

「そうじゃなくて! 祓ったんですか!? 木の葉天狗を!?」

 

「八尺様倒したら出てきたんですよ、敵意があったので祓いましたけど。あ、簡易的でいいのでこれ封印できますか?」

 

 そういって刹那は宿儺の指を見せる。

 

「へっ!? 指!?」

 

「あれ、これって別に機密事項でもないですよね?」

 

「あ、いや、と、取り敢えず村に戻りましょう」

 

 補助監督は慌てて連絡しながら村へと歩いて戻る。

 

(…攫われた人達のこと、なんて言えばいいんだろう…)

 

 村へ戻ると昨日と変わらない、のどかな風景が待っている、しかしその平和とは別に刹那の心はどんよりと曇っていた。補助監督が電話をしている間に刹那は民宿へと向かい女将へ会いにいく、女将は刹那に気づき声をかけるが、右腕の怪我を心配する。

 

「右腕、怪我をなされたのですか?!」

 

「…そんなことはどうでもいいんです、おばあちゃん」

 

 いざ、目の前にするとやるせない気持ちが溢れて体が重たくなるのを感じ、女将の肩を掴む。

 

「息子さんのことなんですけど…すいません、僕がもっと早くにこの村に来ていれば…!」

 

 女将はそれを聞いて悲しむが同時に優しく微笑む。

 

「…そんな気はしておりました…でもそれは、術師さんの責任では無いと皆、思っております」

 

 ギュッと強く抱きしめられる。

 

「あなたは頑張った…その細い腕で小さな身体で、この村を護ってくれた…ありがとうね」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…!」

 

 刹那は女将に抱きついたまましばらく涙を堪え、やがて決心したかのように立ち上がり別れを告げる。

 

「おばあちゃん、ありがとうございました」

 

「お礼は私のほうが言いたいくらいだよ、術師様」刹那は補助監督の待つ車へと小走りで走っていった。

 

「あ、刹那さん!」

 

「…高専に戻りましょう、なるべく速く」

 

 S時代に経験してこなかった被呪者との接触、二年という時が経ち精神的にも大人になる段階の刹那には心に来るものがあった。少しでも早く友人たちに会いたい思いが強く、補助監督を急かしていた。

 

 朝早くに任務をこなしたこともあり、1時に差し掛かる頃には東京の隣県の埼玉についていた。ラインに反応しない同級生に刹那は任務かと思い伊地知に連絡を入れる。迷惑だと分かっていながらも限界近かった刹那は、その行動を止められなかった。

 

 プルルルプルルル

 

「もしもし」

 

「あ、もしもし、突然すいません、多分任務ですよね? 皆の様子が知りたくて、つい電話しちゃいました」

 

 申し訳無さと、はやく会いたい気持ちが混じり早口気味に伊地知へと話しかけるが、伊地知は少し困ったような、不安な声色で問いかけてくる。

 

「刹那さん、今どちらへいらっしゃいますか?」

 

「埼玉です、あと一時間もすればつきますね」

 

「一年生の皆さんは本日任務なんですが、呪胎が変貌を遂げ、特級クラスとなりました。こちらに到着次第、応援に行ってください」

 

「…場所は?」

 

「少年院です」

 

「了解です、今すぐ向かいます」

 

 少し乱暴に携帯の電源を切る。

 

「すいません、ちょっとどこか人目につかないところで停めてください」

 

「?分かりました」

 

 刹那の指示に補助監督は車を停める。刹那は刀を腰に差し車を降りる。

 

「どうしました? 車酔いですか?」

 

「あぁいえ、ちょっと任務が入りまして」

 

「え、でしたらお送りしますよ」

 

「いや、急ぎなのでここから走っていきます」

 

「だとしたらなおさら車に乗るべきじゃ…」

 

 補助監督の心配をよそに刹那は術式を展開し、自身に対する光の屈折率を無くして姿を消す。途端に砂埃が舞い、気配が消え去る。それをポカンと口を開けてみていた補助監督は呟く。

 

「…一級って化け物なんかな…」




少し遅れましたが、なんとか出せました!
次回はいつかわかりません!これでストックが切れたので、不定期投稿になります!


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第十三話 呪いの姫

先に言っておきます、宿儺のキャラが微妙に好き嫌い別れそうです。



 刹那は自身に対して走るのに不要なあらゆるものを無くし、人の目につかないように全速力で目的地へと向かう。瞬間的な移動もできるが呪力の消費も加味して任務に使う分は残していた。

 

 二十分もしない内に都内に入り目的地を探す。携帯に送られた地図を頭に叩き込み再び走り出す。

 

(無事だといいんですが…)

 

 心の焦りは隠せず、走り続け、少年院に到着するが呪霊の気配が一切しない。

 

(既に祓われた? いや、そんなはずはない)

 

 術式を一旦解除し、周りの気配に神経を尖らせると住宅街の方から一際大きな呪力を感じ、そこへ向かう。向かう途中、住民は避難していたのを確認したため、人目を気にせず屋根の上を伝って最短を行くと呪力で強化した五感に反応し、声が聞こえてくる。

 

「……良いぞ、命を燃やすのはこれからだったわけだ、魅せてみろ!! 伏黒恵!!」

 

「布瑠部由良由…」

 

 殺気と大きな呪力が渦巻く中に刹那は飛び込んだ。

 

 バゴォ! 

 

「「!!!」」

 

「ぎりぎりセーフ…ですかね?」

 

「刹那!?」

 

「…誰だ貴様は」

 

 宿儺と伏黒の間に入り、存在を知らせるためにあえてコンクリの床を砕き大きな音を出す。あからさまに不機嫌な顔をする宿儺と驚く伏黒。

 

「詳しいことは後で聞きます。取り敢えず悠仁君、聞こえてたらまだ戻ってこないで下さいね、死んじゃいますよ」

 

 ギインッ! 

 

「…邪魔をしたのは悪いと思ってますけど、急に攻撃しないでくださいよ」

 

 宿儺の術式を感知し、即座に刀を抜いて斬り弾く。

 

「!見えているのか」

 

「見ずとも分かりますよ、そんなドロドロした殺意を向けられていれば」

 

 刹那は劣悪とも呼べる環境で育ち、ある程度の経験から、本気になっていない指三本程度の宿儺の術式なら優に弾くことができる感性がある。

 

(とはいえ、五感を呪力で強化して反応できるレベル、今朝のやつより呪力の総量は低いものの、呪いの格が違う。やはり呪いの王ですね…)

 

「恵君、少し離れて待っててください。手は尽くします」

 

「…気をつけろ、今までとはワケが違うぞ」

 

「…でしょうね」

 

 冷や汗をかきながら宿儺をちらりと見る。そして伏黒を様子の見れる少し離れた場所にいるように指示し、宿儺と向かい合う。

 

「待っててくれるなんて、呪いの王の割には随分と優しいですね?」

 

「ケヒヒ、なに、貴様に興味が湧いた」

 

「へぇ、お茶でも飲んで話します?」

 

「俺は今日は良いものを二つも見れて機嫌が良い、それでも構わんぞ」

 

「ほんとは何が目的なんですか?」

 

「貴様、名はなんと言う?」

 

「…質問を質問で返さないでほしいですね。呪術高専一年、一級術師の阿頼耶識刹那です」

 

 質問に答えない宿儺に不満を抱きながら自己紹介を挟む。

 

「ふむ、阿頼耶識刹那か、覚えたぞ。俺のことは知っていよう?」

 

「千年前の呪いの王で、両面宿儺を冠する術師ってことくらいですかね」

 

「ケヒヒ、お前の目的はこいつ(心臓)だろう?」

 

 宿儺がぽっかりと物理的に空いてしまっている胸を指差して嗤う。

 

「だったら話は早いです、さて、やりましょうか」

 

 刹那は相手の攻撃に備え、構える。

 

「お手並み拝見だな」

 

 ポケットに突っ込んでいた手を引き抜き、直後に地面が割れる程の踏み込みとともに刹那に右の大ぶりの引っ掻きを繰り出す。

 

 ブオっ!! 

 

 しかしそれは、刹那がしゃがんだことにより躱され、刹那はその飛び込みの勢いを逆に利用し、右腕を掴み宿儺を地面へと回転させて叩きつける。

 

「隙だらけな攻撃するんですね」

 

 刹那は空を仰ぐ宿儺の顔を見ながら次の手を考える。

 

「ケヒッ」

 

 ヒュオッ! ドォッ

 

 倒れた宿儺は頭の両脇に手をつき、カポエラのようにその場で回転してハイキックを繰り出す。予想外な攻撃をされた刹那は左腕に攻撃を受けるが呪力をまとってガードしたため、大した損傷にはならずに少し後ずさる。

 

 宿儺は立ち上がり距離を詰めて、ジャブを繰り出す。

 

 ヒュッ、ヒュオ、ボッ

 

 ジャブの途中で、掌底に見せかけたフェイントで刹那の右腕を掴む。

 

「どうした阿頼耶識刹那! もっと呪いを込めてかかってこい!」

 

 宿儺は左手に呪力を込め、頭を狙って振り下ろすが、腕が上がった隙をつき、刹那はその場で飛び上がりドロップキックを繰り出す。宿儺は両手が意図せず空いてしまい顔面にもろに受ける。

 

 ベキィ! 

 

 顔を抑えてよろめく宿儺に足刈りを使って転ばせ、落下する力を加えて顔面を殴りあげる。

 

 グシャッ

 

 確実に芯を捉えたと思った拳は宿儺の左手によって威力を殺されたが、掌ごと振り抜いたためダメージはあるようで鼻血が垂れる。追撃に宿儺の脇にローキックを叩き込むが、姿勢を丸め腕で守られる。

 

 刹那はあまり強い打撃ができない分、相手の攻撃をカウンターしてからの連打という方法を好んで用いる。そのため、合気等の武術を合わせて使うオリジナルの戦闘スタイルを取っている。

 

 その戦いを離れて伺う伏黒は思う。

 

(これが…特級クラスの戦い…!)

 

「やるではないか」

 

「それはどーも、そろそろ治す気になりました? それ(心臓)

 

 指で自身の胸をトントン叩く。

 

「ハッキリ言おう、お前は今の俺より遥かに強い。得物を抜かないのも、術式を使わないのも、右眼の眼帯を外さないのも、全て余裕を演じて俺が勝てないと思わせるためだろう?」

 

「…お世辞をどーも、流石は呪いの王、といったところですか。全部お見通しなんですね」

 

「この俺が褒めているのだ、素直に受け取らんか」

 

 反転術式を使える刹那だが、心臓を再生出来る程のものは扱えないため、心臓を治させるという考えに至っていた。

 

(向こうからしたら、自分の身体そのものが人質…こっちの思惑に最初から気づかれてるから極端に動き辛い)

 

「良いぞ、実に興味をそそられる」

 

「人を実験動物みたいに言わないでほしいですね」

 

 顎に手をあてて、前屈みになりながら言い放つ宿儺に否定的な意見を言う刹那。

 

 再び構えるが、宿儺に戦意はもう無い様で、構えずに無造作に歩いて近寄り刹那の顔をじっと見つめ、言い放つ。

 

「伏黒恵、阿頼耶識刹那」

 

「?」

 

「ケヒッ! 俺の今の興味の対象だ、お前はまだ強くなれる。精々、この呪いの王を楽しませてみせろ、美しき呪いの姫よ」

 

「はぁ?」

 

 その様子を見ていた伏黒が駆け寄ってくる。直後に顔を這っていた文様と目の下の眼が消え、虎杖悠仁が帰ってくる。

 

「へへっごめんな、二人共…」

 

「悠仁君…」

 

「虎杖…俺はお前を助けたことに論理的な思考は持ち合わせてねぇ、ただお前みたいな善人が死ぬのを見てたくなかったんだ、結局は我儘な感情論、でも、それが…呪術師ってもんなんだ」

 

 伏黒は言葉を続ける。

 

「だから、お前を助けたことを一度だって後悔したことはない」

 

「…そっか、ゲホッ、あー悪い、そろそろだわ、伏黒も釘崎も刹那も、五条先生…は心配いらなねぇか、長生きしろよ」

 

 ドサッ

 

 遺言を残し、虎杖悠仁は──死んだ。

 

 任務が終わり、虎杖の遺体は高専の地下の解剖室へと運ばれていた。そこには、五条、伊地知、夏油、そして詳細を報告するため刹那がいた。

 

 台座に腰掛けた五条が口を開き、冷や汗をかいている伊地知に問いかける。

 

「わざとでしょ」

 

「と、仰いますと」

 

 怒気をまとった夏油が代わりに答えを述べる。

 

「特級相手、しかも生死不明の五人救助に一年派遣はありえない、悟が無理を通して虎杖君の死刑に実質無期限の猶予を与えた。それを面白く思わない上の連中が私達がいない間に特級を利用して体よく彼を始末したってとこだろう」

 

 五条がさらに付け足す。

 

「他の二人が死んでも僕に嫌がらせができて一石二鳥とか思ってんじゃない?」

 

 ガタガタと震える伊地知が言い訳をする。

 

「い、いやしかし、派遣が決まった時点では本当に特級になるとは──」

 

 二人の最強がさらに殺気をこめて言葉を紡ぐ。

 

「犯人探しも面倒だ」

 

「副担任とはいえ、大事な生徒を傷つけられたんだ、怒りも湧くというもの」

 

「「上の連中、全員殺してしまおうか?」」

 

 二人の最強による殺気、伊地知は萎縮しさらにガタガタと震える。

 

 刹那は静観しているが、宿儺が最後に言った言葉が頭に残っている。

 

(恐らくは、多分…いや、絶対的な確信が持てる)

 

「珍しく感情的だな」

 

 部屋のドアが開き家入が入ってくる。

 

「随分とお気に入りだったんだな、彼。夏油、五条の暴走を止められるのはお前だけなんだ、お前までそっちに行ったら困る」

 

「僕はいつだって生徒思いのナイスガイさ」

 

「あぁすまない、流石に今回ばかりは私も頭にきてね」

 

「五条、あまり伊地知をイジメるな、私達と上の間で苦労してるんだ」

 

「男の苦労なんて興味ねーっつーの」

 

 伊地知は家入の言葉に尊敬の眼差しを向けるが直後の五条の言葉で悲しさが増す。

 

 バサリと虎杖の遺体に被せてあった布を取り、家入は言う。

 

「で、これが宿儺の器か、好きに解剖(バラ)していいよね」

 

「役立てろよ」

 

「役立てるよ、誰に言ってんの」

 

 家入と五条が短く会話し、話は進む

 

「僕はさ、性格悪いんだよね」

 

「「知って(ます)(るよ)」」

 

 夏油と伊地知がハモって答える。

 

「伊地知、後でマジビンタ」

 

「教師なんて柄じゃない、そんな僕がなんで高専で教鞭をとってるか、聞いて」

 

 最強にマジビンタ宣言をされ、萎縮する伊地知が質問させられる。

 

「なんでですか…?」

 

「夢があるんだ」

 

「夢…ですか? 先生に?」

 

 刹那が思わず疑問を口に出す。

 

「そっ、悠仁の一件でも分かる通り上層部は呪術界の魔窟」

 

 夏油が続けて一息に話す。

 

「具体的には、保身馬鹿世襲馬鹿高慢馬鹿ただの馬鹿、まるで腐ったミカンのバーゲンセールだね」

 

「そんなクソ呪術界をリセットする。上の連中を皆殺しにするのは簡単だけど、それじゃ首がすげ替わるだけで変革は起きない、そんなやり方じゃ誰もついてこないしね。だから僕は強く聡い仲間を育てることを選んだんだ」

 

「任務を丸投げすることもあるよ、愛のムチ♡」

 

「それは悟がサボりたいだけだろ」

 

「ソンナコトナイヨー」

 

「皆優秀さ、特に三年秤、二年乙骨、彼らは僕に並ぶ術師になる。もちろん刹那、君も僕に並べるポテンシャルを秘めている」

 

「……」

 

 五条の拳を握る力が強くなる。

 

「虎杖君も、その一人だったってことだね」

 

 夏油が言葉を加える

 

「…傑はなんでも僕の考えてることが分かるね」 

 

「まぁね」 

 

「ちょっと君達、もう始めるけどそこで見ているつもりかい?」

 

 家入が五条達に振り向いて問いかけると同時に家入の背後の虎杖が起き上がる。

 

「ごごごご、五条さんっいいい生きっ」

 

「ククッ、伊地知うるさい」

 

「まさか、そんなことが? 呪霊じゃないだろうね」

 

「悠仁君っ!」

 

「おわっ! フルチンじゃん」

 

「何はともあれ、お帰り! 悠仁!」

 

「おう!」

 

 二人はハイタッチをするが、刹那が思いがけない人物の名を呼ぶ。

 

「両面宿儺、あなたこうなることをわかっていましたね?」

 

 その場の全員が固まり、虎杖の頬から宿儺の口と眼が浮き出る

 

「ケヒヒ、先刻ぶりだな阿頼耶識刹那よ、この寛大な呪いの王に感謝することだな」

 

「はいはい、どーもありがとうございます」

 

「え"、宿儺といつの間にそんなに親しくなったんだい?」

 

 夏油が当然の質問を投げかけるが、刹那は否定する。

 

「別に仲がいいわけじゃないです」

 

「そういうな、俺はお前と──」

 

 ベチン! 

 

「おいてめぇ、これ以上ダチに迷惑かけんな」

 

「ふんっ、小僧が」

 

「こんなところで呪い合うのはやめてくれよ、虎杖君、取り敢えずこれ着なさい」

 

「うっす」

 

「じゃ、伊地知、取り敢えずこの場は頼んだよ」

 

「はい」

 

 普段着のようなラフな服を虎杖に着せて伊地知以外の全員が退室していった。




呪術廻戦で一番好きなキャラはダントツで宿儺なんすよ、、、
いやでもまじで私情無しに頭ん中で勝手に続くストーリーを書き起こしてるだけなんすよ。


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第十四話 匿う

良いタイトルが思いつかなかったぁ!
お気に入り登録50人、超感謝です!最初投稿したときは二、三人見てもらえればと思っていたのにこんなにたくさん!
ありがとうございます!


 廊下を歩きながら虎杖の方針を決める四人

 

「報告書、訂正しないとな」

 

「いや、報告書はそのままにして、表向きには悠仁は死んだことにしよう」

 

「虎杖君を匿うのかい?」

 

「いや、最低限戦えるような訓練をする時間が欲しい」

 

「…交流会まで、ですか?」

 

「そうそう」

 

「交流会まで? 何故?」

 

「傑、若人の青春を取り上げるなんて許されてないんだよ、何人たりともね」

 

「てことは、皆に嘘つくんですよね? 僕、自信無いんですけど…」

 

「ダーイジョーブ、刹那はこれから長期任務ってことで悠仁につきっきりになってもらうから、あ、もちろん恵達との時間もあるから心配しなくていいよ」

 

「…まぁ、確かにある程度僕なら自由が効きますし適任かもしれませんね」

 

「でっしょー? てことで傑、任務書の改ざんよろしく」

 

「自分でやれ、と、言いたいところだけど今回ばかりは受けてあげるよ、今度一杯奢れよ」

 

「何杯でも奢ってやるさ。んじゃ、かいさーん」

 

「あ、それと美々子と菜々子はしばらく沖縄の方で長期任務だ。私も行っていたんだが、悟の報告ですっ飛んで帰ってきたから向こうの術師に任せきりだ、交流会後に合流することになっている、こっちからの報告はこのくらいだな」

 

 四人が解散し、それぞれ仕事を始める。刹那は他の生徒の元へと行き、疲れを癒やしてもらうつもりだ。少し歩くと、先輩達と同級生を見つける。

 

 突然変異呪骸のパンダ、武器の扱いは学生でもトップの真希、呪言師で語彙がおにぎりの具しかない狗巻がいた。

 

「ただいまです、皆さん」

 

「お、来たか刹那」

 

「高菜、明太子」

 

「よう、久しぶり」

 

 二年の先輩が刹那を見て挨拶してくる。

 

「刹那! 会いたかったー!」

 

 釘崎が抱きつき、頬ずりをしてくる。

 

「…辛くなかったか?」

 

(バレないように、演技しないと…)

 

「…やっぱり、人の死は慣れませんね」

 

 刹那は俯いてなるべく暗い声で言うと、伏黒は刹那の頭を撫でる。

 

「ごめんな、俺が弱いから」

 

「…恵君のせいじゃないですよ、今弱いならこれからもっと強くなればいいんです、皆で。先輩、交流会のことは話したんですか?」

 

「ん? おお、さっき話したぞ」

 

「僕は長期任務でそんなに高専に居ることができなくなるんですけど、こっちにいる間は全力で! 相手になります!」

 

 両手の拳をギュッと握り、全員に向かって決意を発表すると、伏黒の顔が青ざめる

 

「ま、待て、嬉しいが全力はその、怪我もするかもしれないしな?」

 

「あら、伏黒、女の子相手だからって手加減とかするのは失礼ってものよ?」

 

「あー野薔薇、そうじゃねぇ、逆だ逆」

 

「こんぶ、すじこ」

 

「あぁ、できれば俺はもう刹那と手合わせはしたくねぇ」

 

 釘崎の発言に訂正を入れる二年生達。

 

「はぁ? 刹那の術式ってそんなに強いんですか?」

 

「いや、あいつは体術、武器の扱い、どっちもバケモンだ。術式なんて使った日にゃ触れることすら叶わねぇよ」

 

「真希は日本刀以外だとなかなかいい勝負するよな、勝ったり負けたり」

 

「しゃけしゃけ」

 

「え"刹那ってそんなに強いんですか?」

 

「「「強い(しゃけ)」」」

 

「うし、折角だ、先生全員急用で時間あっから合同で体術の訓練すっか」

 

「分かりました」

 

「はい!」

 

「一年全員着替えて運動場集合なー」

 

 着替えた後に伏黒は用事があるため遅れて合流することになり、訓練を開始する。

 

「ァァァァアアアア!!」

 

「ほーらパンダのアトラクションだぞ、味わってけー!」

 

 ぐるぐるポ〜ン! 

 

 釘崎がパンダによって何度も投げられ絶叫マシンさながらの悲鳴をあげる。

 

 刹那は狗巻と素手の組手をしている。先程から狗巻は何度もカウンターを食らっては、宙を舞っては地面に激突を繰り返している。

 

「高菜ぁ! すじこぉ!」

 

「手加減したら組手の意味無いじゃないですかー」

 

「棘頑張れー、一本取るまで終わんねぇぞー」

 

「昆布ぅ!?」

 

「よそ見しちゃ駄目ですよー」

 

 狗巻が再び宙を舞い落下し、遺言を残して再起不能となったところで伏黒がやってくる。

 

「昆布…すじ…こ」

 

「おっせぇぞー恵ー」

 

「もう学ランは限界! かわいいジャージを買いに行かせろぉぉぉー!」

 

「恵、武器の扱いは私が教えてやるよ、対実践は時間がある時刹那にやってもらえ」

 

 各々、近接の強化に入り先輩+刹那に散々しごかれた一年生達だった。

 

 訓練が終わると刹那は虎杖を匿ってる地下室へと向かい、様子を見に行く。

 

(術式で痕跡消してきたし大丈夫ですよね…?)

 

 木造の階段を降りて部屋に入ると、夜蛾の呪骸に殴られている虎杖の姿が目に入ってきた。

 

「頑張ってますか? 悠仁君」

 

「ん? おぉ! 刹那じゃへブッ!」

 

 会話中に殴られる虎杖に苦笑しながら虎杖の横に刹那は座る。

 

「呪力、初めてあった時は全然だったのにちゃんとコントロールできてますね」

 

「そういうのって、刹那も見てわかるもんなん?」

 

「まぁ、それなりに長くこの業界に関わってますし、ほら、またその子起きちゃいますよ」

 

「うおっと、あぶねー、コツとかねぇの?」

 

「んー、個人的な考えになりますけど、負の感情は呪力の源なので、常に自分の一番嫌な経験を心に飼う感じですかね、忘れないように」

 

「負の感情って、具体的にどんなん?」

 

「負の感情というのは数え切れぬほどある、嫉妬、憎悪、恥じらい、殺意等が挙げられるな。小僧はそんなことも知らんのか」

 

 はぁ、と溜め息をつきながら呆れたように虎杖の頬に現れ横入りしてくる宿儺。

 

「なんだよ、お前急に出てきて」

 

「暇なのだ、誰か来たら起こさんか、気の利かぬ小僧め」

 

「貴方もわりと楽しんでるんですね」

 

「ケヒヒ、こんな小僧よりも阿頼耶識刹那。お前と話す方が有意義な時間よ」

 

「それ、長くないですか?いや、苗字は大切なものですけど、別に名前だけで構いませんよ」

 

 予想外な反応に目を見開く宿儺。

 

「なるほど、悪くないな、今後は名前で呼ぶとしよう」

 

「え"っ刹那、こんなやつにそんなに気許していいのかよ」

 

 刹那は悩んで言葉を絞り出す。

 

「なんていうか、僕って多分酷い人間なんですよね。両面宿儺が大昔に暴れたことは知ってますけど、僕はそれを見たわけじゃないから元々あまり憎んでいませんし。宿儺が恵君を傷つけた時も、確かに怒りはしましたけど今はなんともないんですよ…やっぱり、自分じゃないからいいみたいな考えがどこかにあるのかなー、なんて…辛気臭い話しでしたね。すいません、忘れてください」

 

 あわてて手を振って会話をそらすが虎杖の考えは全くの真逆だった。

 

「え? 全然そんなことなくね? 寧ろその逆で刹那は優しすぎると思うんだけど」

 

「フフ、お世辞でも嬉しいですよ」

 

「いやいや、宿儺に身体取られた時、俺途中から意識あったんだけど宿儺殴ってる時の刹那の顔、まさに鬼って形相だったよな?」

 

「俺に振るな小僧。だがまぁあの時の顔は中々に良かったぞ、思わず身構えてしまうほどにはな」

 

 嬉しそうな顔をする宿儺としぶそうな顔をする虎杖。それをキョトンとした表情で聞く刹那。

 

「多分今何も思ってないのは、殴りまくってスッキリしたから許したってことなんじゃねーの? 結局俺は戻ってきたし」

 

「…そう、なんですかね…」

 

「そう思っとけって! ポジティブに捉えよ──へブッ!」

 

「阿呆」

 

 呪力のコントロールが疎かになるたびに虎杖が殴られる様を見て呪いの王は罵倒し刹那は笑う。

 

「ふふ、さぁ、続けてください。僕も横で見てますから」

 

 ラブ・ロマンス映画を二人でなんとなく見ていると、後ろから気配を感じる。

 

「ゆーうじ!」

 

「うぉっ! 先生!?」

 

「刹那と一緒に映画鑑賞かい?」

 

「五条先生、悠仁君中々飲み込み速いですよ」

 

 刹那は生きてきた中でも新しい刺激であるロマンス映画から目を離すことなく五条に意見する。

 

「ん、そうみたいだね、驚かせても呪骸が反応しないし、早いとこ次のステップに行こうか」

 

 そういって五条は二人の肩を掴む。

 

「と、その前に、課外授業だ。呪術戦の頂点、領域について教えてあげる」




次回はみんな大好き頭富士山でるよー


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第十五話 課外授業

この話、前回にするべきだったかも、この方法は次から使いません。


 虎杖達に合流する数刻前──

 

 五条は学長との約束があり人気のない道路を伊地知が運転する車で走っていた。

 

「学長との約束までまだ少しありますけど、どこか寄ります?」

 

「いいよ、たまには先に着いててあげよう…車止めて」

 

「えっ…ここでですか?」

 

「先行ってて」

 

「えぇ!? これ、なんか試されてます?」

 

「僕をなんだと思ってるの?」

 

 ブオオオ

 

 伊地知が五条をおろし先に行く。

 

「さて」

 

 ヒュオッ、ドゴォォン! 

 

「君、何者?」

 

「ヒャァッ!!」

 

 突如空中からコンクリートを踏み割り現れたのは頭に富士山のような形をした火山がある呪霊だった。

 

 クイッ ボゴッ

 

 富士山頭が腕を振ると五条の真横の石壁から火山が出現し凄まじい勢いで噴火する。

 

 ボウッ!!! ゴオオオ、ジュアアドロドロ…

 

 噴火した場所はコンクリートにも関わらず超高温によりドロドロに溶ける。

 

「存外、大したことなかったな」

 

「誰が、大したことないって?」

 

 煙の中から無傷の五条が歩いて現れる。

 

「小童め」

 

「特級はさ、特別だから特級なわけ、こうもほいほい出てこられると調子が狂っちゃうよ」 

 

「矜持が傷ついたか?」

 

「いや、楽しくなってきた」

 

 不敵に嗤う富士山呪霊に対し、五条は指をポキポキと鳴らして笑ってみせる。

 

「楽しくなってきた…か、危機感の欠如」

 

 ポンポンポンポンッ

 

 富士山呪霊は頭から虫型の呪霊を生み出す。

 

「危機感の欠如…ね」

 

 虫型の呪霊は五条へ襲いかかると、五条に当たる寸前で全てピタリと停止する。

 

「これ当たるとどうなんの?」

 

 興味本位に触れると耳障りな奇声をあげ始め、直後に爆発する。

 

 "ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア!!!!! 

 

 ボゥン!! ォォォォォ

 

「音と爆発の二段構え、器用だね」

 

 富士山呪霊が五条に急接近し、頭に向かって直に掌から爆発を繰り出す。

 

「まだまだ」

 

 隙を与えず今度は前方全てを、焼き払う大爆発を五条に叩き込む。

 

「……こんなものか、蓋を開けてみれば弱者による過大評価、やはり今の人間は紛い物、真実に生きておらん、万事醜悪反吐が出る。本物の強さ、真実は死をもって広めるとしよう」

 

「この件、さっきやったよね。学習しろよ」

 

 爆発を煙たがりながらまたしても無傷で煙の中から五条が現れる。

 

「どういうことだ」

 

「んー、簡単に言うと当たってない」

 

「馬鹿なさっきとはワケが違う、わしは確かに触れて殺した」

 

「君が触れたのは僕との間にあった『無限』だよ」

 

 五条が抽象的に説明すると、富士山呪霊は疑問符を浮かべる。

 

「教えたげる、手だして」

 

 富士山呪霊が手を出すと、五条の手に触れることなく止まり驚きで目を見開く。

 

「止まるっていうか、僕に近づく程遅くなってんの。で、どうする? 僕はこのまま、握手してもいいんだけど」

 

 煽り口調でニヤニヤする五条と対象的に富士山呪霊は怒りに顔を染める

 

「…断る」

 

「照れるなよ、こっちまで恥ずかしくなる」

 

 恋人つなぎのようにして富士山呪霊と手を絡める。

 

「貴様っ!!」

 

 ボギュッ!! 

 

 五条は富士山呪霊に行動を許さず、手を繋いだまま腹に左手ストレートを叩き込み、隙を与えず連続して拳を繰り出す。富士山呪霊は口から血を吹き出し、戸惑いを隠せなくしている。膝から崩れ落ちる富士山呪霊に向かって、説明しながら術式を使う。

 

「無限はね、本来至るところにあるんだよ。僕の呪術はそれを現実に持ってくるだけ。『収束』『発散』、この虚空に触れたらどうなると思う?」

 

 五条の右手に呪力が集まり、エネルギーが逆巻く。

 

「術式反転、赫」

 

 バガッ、ドドドドドド!!! 

 

 五条の放った術式は木々を薙ぎ倒し地形を変えながら富士山呪霊を巻き込み吹き飛ばしていく。五条は飛ばされた富士山呪霊を走って追跡する。空中で富士山呪霊は意識を取り戻し、五条に向かって爆発を繰り出す。

 

「ビャア!」

 

 しかしそこに既に五条は居らず、背後から蹴り飛ばされ近くの湖へと蹴り落とされる。

 

「あ、丁度いいか、課外授業に呼んじゃおっと」

 

 バシュン

 

 ──ー

 

(前回に繋がる)

 

「「へっ?」」

 

 バシュン! 

 

 大きな湖の上に三人は立っていおり、三者三様の反応をする。

 

「うぅ、いきなり飛ばないでくださいよ」

 

「うぉわ! どゆこと!? てか水の上立ってる!」

 

「や~ごめんごめん、待った?」

 

 五条が話しかけた先には、頭が火山になっている一つ目の呪霊がいた。

 

「何だそいつらは?」

 

「見学の刹那と虎杖悠仁君でーす!」 

 

「うぉっ! 頭富士山!」

 

「…未確認の特級呪霊ですか?」

 

「そそ、さっき襲われてねー。ついでだから二人を連れてきたの」

 

 虎杖は慌てふためくが、刹那は五条と話す余裕があり、冷静に相手を分析している。

 

「何だそのガキは…盾か?」

 

「盾?違う違う、行ったでしょ見学だって。今この子に色々教えてる途中なの、あ、こっちの子はほんとにただの見学ね」

 

 虎杖と刹那の頭を交互にポンポン叩く

 

「愚かな、自ら足手まといを連れてくるとは」

 

 富士山呪霊は、嬉々とした表情で五条を煽るが逆に五条は煽り返す。

 

「あっはは、大丈夫でしょ。刹那に至っては確実に君より強いし、なによりそれ以前に君、弱いもん」

 

 ニヤリと笑って言い放つ五条に対し、頭富士山呪霊が文字通り頭を爆発させる。

 

「舐めるなよ小童ぁ!!!」

 

「いや、先生が強すぎるだけであれ全然弱くないですよ」

 

「刹那から見ても強いってさ、良かったね〜♡」

 

 余裕の態度をかます二人をよそに、虎杖は恐怖をあらわにする。今までの三級以下の雑魚とは違う、明らかな恐怖と人間に対する憎悪の塊。呼吸さえ辛くなるような感覚に虎杖は陥る。

 

「大丈夫、二人共僕から離れないでね」

 

 五条が二人をさらに自身に近づけると、富士山呪霊は両手の人差し指で輪を作りそこに親指を通し、他の指を軽く広げてトンネルのような印を象る。

 

「領域展開!!蓋棺鉄囲山」

 

 富士山呪霊がそういうと、膨大な呪力を放出しその場の全てが火山の洞窟のような領域へと塗り替えられていく。

 

「うおっ! あっつ!!」

 

「これが領域展開、術式を付与した生得領域を呪力で周囲に構築する。悠仁達が少年院で体験したのは術式が付与されていない未完成の領域だ、完成してたら一年生全員死んでたよ」

 

「多分恵君はそのことに気づいてたんじゃないんですかね?」

 

「うへぇ、俺相当運良かったんだな」

 

「ちなみにこれ刹那もできるよー」

 

「えっ! 刹那も火山だせんの!?」

 

「まぁ、こんなに賑やかな空間じゃないですけどね。多分全部の領域で一番寂しいですよ」

 

「阿呆な小僧だ、領域は心の中と言い換えてもいい空間だ、人によるだろうよ。だが、それにしても…

 

 ケヒッ、流石だな刹那よ、その年でその境地にいるとは」

 

 虎杖の手の甲から宿儺の口と目が現れて喋りだす。

 

「なんで宿儺が出てきてんの? ってか刹那こいつと仲いいの?」

 

「うぅーん…仲いいんですかね? 友達が少ないので分かんないです」

 

 バゴォン! 

 

 向かって飛んでくる小型の隕石のようなものを五条が叩き落とす。

 

「おっと、ごめんね説明の途中に、まず領域内では術師の力が底上げされる、ゲームのバフみたいなもんだね。そして領域内で発動し、付与された術式は今みたいに絶対当たる」

 

「絶対!?」

 

「ずぇぇぇえったい!」

 

「でも安心して、対処法もいくつかある、はい! 刹那! 言ってみて!」

 

 急に刹那に解答権を振る五条に、刹那は呪霊から目を離すことなく答える。

 

「…今のように呪術で受けるか、ほぼ確実に無理ですけど領域外に逃げるかですね」

 

「はーい正解! あと一つは?」

 

「今から実践するでしょう?」

 

 刹那は五条に早くしろと言わんばかりに目配せをする。

 

「フッフッフ、よく見てて悠仁。領域展開に対して最も有効な手段は、自分自身も領域を展開することさ」

 

「あ、悠仁君、絶対に五条先生から離れないでくださいね。廃人になりますよ」

 

「え"っ」

 

 刹那が不穏なことを口走る。五条は黒いアイマスクを外し、その碧眼をあらわにし、自らの中指と人差し指を絡めて印を象る。

 

「領域展開、無量空処」

 

 富士山呪霊の火山のような領域が、五条によって宇宙のような無限を感じさせる、澄み切った領域に支配される。

 

 富士山呪霊は一切の動きを停止させる。

 

 五条は富士山呪霊の頭を片手で掴み、領域の説明を始める。

 

「ここは無下限の内側、"知覚"伝達'生きるという行為に無限回の作業を強制する。皮肉だよね、全てを与えられると何もできずに緩やかに死ぬなんて、でも君には聞きたいことがあるからこの位で勘弁してあげる」

 

 ギキュウーン、ボパァ!! ボトッ

 

 そう言い放ち、五条は動きを止めている富士山呪霊の頭を胴体から無理矢理引き千切り、領域展開を解除する。富士山呪霊は頭だけになりながら驚きに満ちた表情で地面に転がっていた。




うろ覚えでこの会話再現したんですけどあってますかね?
ていうか、オリジナル少なくてすいません。
最初主人公と戦わせようとしたんですけど五条の性格的に何かなーってなっちゃって。
次からオリジナルバンバン出ます!


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隠蔽、足音
第十六話 不穏な足音


今回、キリよくするために少し短めですが、次の話はできているので近いうちに投稿します!


 五条によって圧倒された富士山呪霊の頭が転がる。

 

「さて、お前って仲間とかいんの?」

 

 アイマスクをつけ直し、頭を踏みつけながら五条は尋問する。

 

「なぁ刹那、さっきの五条先生の技? ってどゆこと?」

 

「簡単に言うと、脳内に膨大な量の情報を直接一瞬にして送り込むんです。領域内では動けないですし、領域を解除しても三秒も領域にいれば常人なら完全に廃人になります」

 

 二人が雑談をしている間に五条が頭を踏みつけて尋問する。

 

「ほらほらー早く吐けよー、言わないと祓っちゃうぞー。言っても祓うけどー」

 

 五条がヘラヘラしながら頭を足先でゴロゴロ転がしていると空から一輪の花のようなものが地面に突き刺さり、一瞬で辺り一帯が花畑になる。そして特級クラスの呪霊が頭を持ち去り、低級呪霊が虎杖を捕まえ、宙ぶらりんにする。

 

「先生!こっちは大丈夫!」

 

 グパアという粘着質な音を立てて呪霊の口が開く。

 

「ごめんやっぱ助けて!」

 

 ドゴォ! 

 

 五条が振り向くと、それより先に刹那が呪霊を蹴り飛ばして祓う。

 

「あらら、刹那、暴れたかったの?」

 

「別にそういうわけじゃないですから。それよりさっきの呪霊は?」

 

「んー、気配を消すのが上手い他の呪霊が助けに来た感じかな。それにしても、あのレベルの呪霊が徒党を組んでるのか、面白くなってきたねぇ」

 

 二人が話しているのを聞きながら虎杖は土下座をして謝罪している。

 

「いやー、やっぱ連れてきて良かったよ、将来的には悠仁達にはあのくらい強くなってもらいたいんだよね」

 

「えぇ…? あれくらい?」

 

「目標は具体的な方がいいでしょ、目標を決めたらあとは駆け上がるだけ」

 

「悠仁には予定を早めてこれから一ヶ月間、映画見て僕と刹那と組手してもらうよ。基礎と応用、しっかり身につけて交流会でお披露目といこう」

 

「え? 刹那と?」

 

「不満かい?」

 

「いや、ほら女子に全力とか出せないし、力とか…」

 

「ふーん、ねえ刹那」

 

「なんですか?」

 

「参考程度に聞くけどあれと戦って勝てる?嘘無しで答えてね」

 

「……一対一なら」

 

「クックッ、謙虚だねぇ」

 

「…マジで?」

 

 笑って言う五条と、口を開けて唖然とする虎杖。五条に刹那が問いかける。

 

「それよりいいんですか、この場所にいるってことは多分どこかに行く途中で襲われたのでしょう?」

 

「……あっ、学長に呼ばれてるんだったー」

 

「え、先生やべーじゃん、どんくらい遅刻してんの?」

 

「あははー、三十分くらい?」

 

「「早く行って(ください)」」

 

「はいはい、二人を送ったら、ね!」

 

 バヒュン

 

 肩を掴み二人を元の場所へと送り届けて五条は小言を言われる前にさっさと行ってしまう。

 

「…今度殴る」

 

 ボソッと呟く刹那に対して虎杖は驚くがそれより聞きたいことがあり、刹那に話しかける。

 

「なぁ、刹那は組手大丈夫なの? 俺、呪力とか術式とかはからっきしだけど、ケンカは結構強いよ?」

 

「…じゃあ、試してみます?」

 

「え?」

 

 刹那は少しスペースがある場所へと歩き、そこに立ち手首を内側にクイクイと動かす。

 

「十秒、その間僕は防御以外しないのでパンチでもキックでも当ててみてください、寸止めでも構いませんよ」

 

「え、いやでも…うーん、分かったよ」

 

 虎杖は軽く拳を握って構え、刹那の前に立つ。

 

 刹那が手を叩き合図を出す。

 

「よーい、どん」

 

(軽く、軽く、怪我させないように)

 

 ビュッ! 

 

「アレ?」

 

 確かに顔の前で寸止めしようと放ったパンチは刹那が一瞬で目の前から消えたことによって行き場を彷徨う。伸び切った腕をポンポン叩かれる

 

「僕はここですよ」

 

 シュッ! クイッ

 

 手加減して当たる相手ではないと分かった虎杖が、今度は当てるつもりで放ったローキック。しかし、下から加えられた力によって更に上に持ち上げられ体勢を崩してその場で転倒する。

 

 ドタァ! 

 

「痛ってぇー」

 

「はい、十秒。悠仁君には説明してませんでしたけど、今度京都校との交流会っていう練習試合みたいなものがあるんですよ。そこでその実力ならあっと言う間に負けちゃいますよ?」

 

 刹那は膝に手をつきながら、虎杖を見下ろす。

 

 手加減していたとはいえ、当てるつもりの攻撃を完全にいなされ、あまつさえそれを利用した反撃までされた虎杖は実力の差を理解した。

 

「参りました、降参っす」

 

「よろしい、これからは師匠と呼びなさい」

 

 得意げな顔で腕を組む刹那

 

「はい! 師匠!」

 

「…冗談のつもりだったんですけど…」

 

「いや、マジで体術に関しては弟子入りしてぇ」

 

 刹那は少し照れくさそうに笑う。

 

 それじゃあ僕はもう寮に戻りますね、おやすみなさい」

 

 そういって刹那は女子寮へと戻る。

 

「はぁ、疲れたシャワー浴びて寝よう」

 

 そうして、非常に忙しい一日が幕を閉じた。しかし、裏では刹那にとって非常に困る事態が引き起こされようとしていた。

 

 ────

 

「一級術師、阿頼耶識刹那の正体がSと判明」

 

「五条家の当主、あの問題児め、わざと黙っていたな」

 

「今朝方の報告を合わせると阿頼耶識刹那の実績は一級以下超多数、特級多数、いずれも戦闘による被害報告なし、さらには未知の強力な術式持ちで冷静な判断もでき、先日の東京校の両面宿儺の暴走を単独で収めるに至った…と」

 

「決定だな、一級術師阿頼耶識刹那を、一級を遥かに超える実力を持っていると判断し、今回の会議をもって五人目の特級術師に任命することとする」

 

「「「異議なし」」」




なんか、ここ最近の三和は時系列分かりづらいですね。大人しく時系列にしたがって書くことにします。


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第十七話 京都校とぷち交流

例のごとくサブタイトル、全然いいの浮かばんくて草。


 ────

 

 疲れていたためか若干寝坊し、慌てながら刹那は教室へと入る。

 

「お、おはようございます」

 

「おう」

 

「おはよう刹那ー」

 

「すみません、寝坊してしまって」

 

「気にしなくていいのよ、あのバカはいつも遅刻するんだから」

 

 スマホを見て時間を潰している二人が刹那に挨拶し、遅刻を謝罪して窓際の席に座ると五条が教室へ入ってくる。

 

「いやー手痛いね、野薔薇」

 

「やっときたわね」

 

「遅いですよ」

 

「僕だって色々忙しいんだよ? だって最強だから、さて授業を始めようか」

 

 いつもどおりの軽口を叩き、授業を始めようとすると教室に夏油と夜蛾が入ってくる。

 

「悟、ちょっと来て」

 

「え、僕何も悪いことしてないよ?」

 

「いいから来い」

 

 教室の外へと五条が連れて行かれる。

 

「またなんかやらかしたのかしらあのバカ」

 

「どうせ任務先で土産買いすぎて経費が高すぎとかだろ」

 

「あはは、五条先生ならありえますね」

 

 ガラッ

 

 再びドアが開き、五条が入室する。

 

「教室授業日程変更ね、午前中に座学して午後からは二年生の皆と通しで体術ね」

 

「急ですね」

 

「別に構わないわよ」

 

「ただ、刹那は先生と出掛けてもらいまーす」

 

「またですか?」

 

「刹那を最近連れ回し過ぎじゃない?」

 

「そうですよ、刹那も訓練しないと」

 

「いやーん、恵嫉妬してるのー? かーわいい」

 

「ぶん殴りますよ」

 

「できないくせにー」

 

 ピキッ ガンッ

 

「落ち着きなさい」

 

 煽る五条に怒り呪力を練りだす伏黒に釘崎の鉄拳が落ちて落ち着きを取り戻す。

 

「今回ばかりは僕悪くないよ、というのもね…刹那の昇級が決定しちゃったんだよね」

 

「「「…は?」」」

 

「ちょっと待ってください、刹那の階級って」

 

「一級だね」

 

「それが昇級ってことは」

 

「全く、上の連中も目ざといもんだよね、特級なんて肩書で若人の青春を奪うなんて」

 

「それでなんで午後から先生と出掛けるんですか」

 

 明らかな疑問符を浮かべる刹那に五条らしかぬちゃんとした説明をされる。

 

「特級術師になったら御三家に挨拶回りする必要があるんだってさ、昔は無かったのにねー。五条家は僕に会ってるから必要ないんだけど、禪院家と加茂家の当主に会うために京都に行くんだよね」

 

「…分かりました」

 

「まぁ、ここまで言っといてなんだけど任務があるとかでバックレてもいいんだよ? そのくらい僕がなんとかしたげる」

 

「いやそれはだめでしょ、常識的に」

 

「勝手に刹那をあんた側に持っていこうとするな」

 

 それを聞いた五条は神妙な顔つきに変わり話しを続ける。

 

「いや、冗談抜きでバックレても構わないよ、というかしてほしいくらいだ。加茂家はともかくとして、禪院家はマジで腐ってるしね」

 

「どういうことですか?」

 

「禪院家は呪術師じゃなきゃ人間ですらないと思ってるような封建的な家でね、女性の術師は真希を見れば分かるけど基本的に酷い扱いを受ける。逆に言えば女性の特級術師、それも高校生なんて超レア、あわよくば家に引き込もうとして、男でもけしかけてくるんじゃない?」

 

 さらりと恐怖めいたことを五条が言い放つと、刹那の脳裏には二年前の出来事がフラッシュバックする。五条に伏黒が近づき、低いトーンで話す。

 

「…五条先生、刹那を行かせないでください。刹那も行く必要はねぇよ」

 

「私も伏黒と概ね同意見、やめさせてちょうだい」

 

(…潮時ですね)

 

「大丈夫ですよ、恵君、野薔薇ちゃん…帰ったら色々と全部話しますね」

 

「…無理しなくてもいいのよ?」

 

「行くってことでいいんだね?」

 

「行きます、まぁなんとかなりますよ」

 

 決意した刹那に伏黒と釘崎が心配の目線を向けるが、手をパンパンと叩いて授業を始めるよう促す。

 

「いざとなったら僕がなんとかするよ、さ、三人共席についてー、授業を始めるよ」

 

 そうして約二十分遅れの授業が始まる。

 

 三人、あるいは五条も集中できない状況下で授業が

 

 進み、あっと言う間に午後になる。

 

「僕が伝えたことだけどほんとにいいの?」

 

「そこの馬鹿の言う通りよ刹那、無理しなくていいのよ?」

 

「皆さん心配性過ぎますよ、取って食われるわけでもないんですから」

 

 刹那に抱きついて離れない釘崎と心配そうにする五条に苦笑する刹那。

 

「……」

 

「ほら、伏黒! なんか言いたいことないの?」

 

「そうだよ恵、愛しの刹那になにか言うことがあるでショ?」

 

 五条が弄ってくるのを伏黒はいつものように反論することはなく刹那に近づく。

 

「恵君も心配し過ぎですよ、二年も経ってるんですか「俺はそういうことが言いたいんじゃねぇ」」

 

 言葉を切られて口を閉じる。

 

「ただ…上手く言葉にできねぇけどその、なんだ、なんか言われたりされたら…」

 

「言われたりされたらなによ?」

 

「なんなんだい恵ー?」

 

 伏黒が顔をそらしながら言葉を探す様子を見て釘崎と五条はニヤニヤして二人を見る。

 

「言われたら?」

 

「……ぶっ飛ばしてこい」

 

 全員が予想していなかった言葉を伏黒が言い放ち、

 

 釘崎と五条が溜め息をつき、刹那は微笑する。

 

「"おーい恵ぃ」

 

「元ヤンかてめーは」

 

「…本当に嫌なこと言われたらそうしますよ、それじゃ、行ってきます」 

 

 そういって刹那はすたすたと高専の車へ歩いていく、今の会話を見ていた五条と釘崎は深く溜息をつく。

 

「「はぁ~~」」

 

「恵も思春期だねぇ」

 

「伏黒あんたねぇ一生そんな距離感でいるつもり?」

 

「…釘崎も五条先生も勘違いしてるかもしれないから言っておくけどな、俺は別に刹那のことが好きなわけじゃねぇ」

 

「「はっ?」」

 

「は? 嘘でしょ? あんた本気で言ってんの?」

 

「恵…僕、君達のために結婚式とかドレスとか既に予約する気満々だったんだけど!?」

 

 二人が鬼のような剣幕で伏黒に迫る。

 

「余計なお世話です! てかそういうのは当人で決めるもんでしょう!」

 

「あーもー! あんたいるとしんどいから早く車いけ!」

 

「そんなぁ、僕も青春の話ししたーい♡」

 

 ビッ! 

 

 釘崎が苛立った顔をしながらトンカチを五条に向ける。

 

「はよいけ」

 

「はい…」

 

「それと伏黒、あんた今日放課後付き合いなさい」

 

「は? なんで」

 

「付き合え」

 

「…ちっ、分かったよ」

 

 釘崎は短期間で二人の男を脅すとジャージに着替えるために更衣室へと駆けて行った。伏黒も納得行かない表情のまま同様に更衣室へと向かった。

 

 ──

 

 車で高専を発ってから一時間が経過し、刹那は眠りに入っていた。

 

「刹那さんって、移動中とかよく寝ますよね」

 

「そうだね、彼女の右眼も僕の六眼ほどじゃないにしろかなり疲労するはずなのに、普通の眼帯してるから制御しきれてないんでしょ」

 

 珍しく五条がまともな受け答えをしたかと思うと突拍子もないことを五条が言い出す。

 

「さて、伊地知、僕用事あるからさ、刹那が起きたらテキトーに誤魔化しといて」

 

「よろしいんですか?」

 

「大丈夫大丈夫、元々僕行く必要ないし伊地知が案内しちゃってよ」

 

「え、私が御三家の方々への挨拶の付き添いするということですか」

 

「うん、そゆことー」

 

「それじゃ、僕はタクシー捕まえるから気にしないで、じゃねー」

 

 適当な場所に車を停めて五条を下ろし、再び出発する。

 

「はぁ~、あの人はほんとにっ!」

 

「……伊地知さんも大変ですね」

 

「ひぅっ! おおお、起きてたんですか!?」

 

「前見ないと事故りますよ」

 

「は、はいっ! …あのー、先程のことは五条さんには何卒ご内密に」

 

「別に何もしませんよ、先生に苦労しているのはお互い様ですし」

 

「ありがとうございます…!!」

 

 青ざめながら伊地知は感謝する。

 

「それじゃあ僕は寝るので、着くちょっと前くらいに起こしてください」

 

「はい、ゆっくり休んでください」

 

(…五条先生はなにしに行ったんだろうか…)

 

 暫く車で進み、午後の五時頃になると京都校に着き、車から降りる。

 

「刹那さん、着きましたよ、刹那さん」

 

「ぅん、起きてますよぉ…」

 

 熟睡してしまい、フラフラと車から降りる。

 

 考えてみれば刹那は昨日一日の内に一級一対と特級二体と対峙し、組手を何十回と行っている。さらにはここニ週間は働き詰めだったため、疲労困憊だった。

 

「大分疲れてるわね、その子」

 

 眠そうにして肩を貸している伊地知の前に京都校の教員、庵歌姫が現れる。

 

「背丈も私のほうが近いし、ちゃんと目が覚めるまで応接室にでも運んでおくわ」

 

「ありがとうございます、あの、当主様達への挨拶は…」

 

「あぁ、こっちの手違いみたいでね、加茂家の当主代理の子は今日でもいいみたいなんだけど、禪院家は明後日なのよ、まぁ、刹那がこの調子じゃ加茂家の子も無理だと思うけど」

 

「では、近くのホテルを取りましょうか」

 

「いえ、女子寮の部屋は余っているし、そっちへ運ぶから気にしないでいいわ。…この子軽すぎない? ちゃんと食べてるの?」

 

「…い、いえ、私はなんとも…」

 

 目を泳がせる伊地知を歌姫は見逃さず、問い詰める。

 

「最近のこの子の任務詳細と生活を知ってる限り教えなさい」

 

「…はい」

 

 詳しくは知らない伊地知だが、食事はまともに取っているところを見たことがなく、いつも甘味などで済ませているということと、準一級以上の任務を二週間だけで二十件以上担当していることを伝えた。

 

「…馬鹿じゃないの?」

 

「私に言われましても…」

 

「はぁ、全く、今日くらい休ませてあげましょうか。刹那、歩ける?」

 

 スウスウと寝息を立てて完全に寝入ってしまう刹那

 

 に少し困る歌姫。

 

「あの、やっぱり私がお運びしますよ?」

 

「いえ、このくらいは」

 

「オレが運ボウか?」

 

 校舎の中から、メカ丸と三輪、それと真希の妹である真衣が現れる。

 

「こんにちは、東京校の補助監督さん」

 

「どうも」

 

「皆さん、こんにちは」

 

「三輪と真依にメカ丸じゃない、どうしたの?」

 

「偶然そこで刹那ちゃんを見かけたんですよ」

 

「刹那ってそのぐったりしてる子?」

 

 歌姫の問に三輪が答え、二人についてきた真依は疑問的に刹那を指差す。

 

「えぇ、そうよこっちに用事があってきたの、三輪とメカ丸は顔見知りよね、だったらお願いしようかしら」

 

 メカ丸が横抱きで刹那を抱える。

 

「…全く起きないわね、寝づらくないのかしら」

 

「ぐっすりで可愛いですねー」

 

「あ、でしたら彼女の刀もお願いします」

 

 伊地知が二本の刀を三輪に手渡す。

 

「分かりました! 責任を持って届けます!」

 

 三人は校舎の中へと歩いていく。

 

「それじゃ、運転ご苦労さま」

 

「はい、では明後日もう一度来ますので」

 

 二人の大人も解散し、各々の仕事に向かう。

 

「今更ダガ、俺が運ンデイイのカ?」

 

「構いませんよ、下心なんてないでしょうし」

 

「当たり前ダ」

 

 共同スペースを通ると、三年生の金髪で小柄の西宮桃に呼び止められる。

 

「えっ、誰? その子?」

 

「えっと、東京校の生徒さんです。こっちのミスで予定が違ってたそうで、女子寮に運ぼうとしてます」

 

「えっ? うん?」

 

 説明されたが、西宮は状況があまり飲み込めていない。

 

「まぁなんでもいいけどさ、いきなり知らない部屋に置かれても混乱するし、取り敢えずソファに寝せれば?」

 

「確かに、それもそうね」

 

 ソファに刹那を寝せる。身長がそこまで高いわけじゃない刹那はソファにすっぽりと入り、さらに猫のように丸まって寝るため、かなり小さくなる。

 

「よく見たらこの子めっちゃ可愛いじゃん」

 

「確かに、整った顔してるわー」

 

「そんなにジロジロ見たら失礼ですよー」

 

「俺ハ先にモドルゾ」

 

 メカ丸は先にスリープモードに入るため男子寮へと戻っていく。

 

 ぷにぷにぷに

 

「ほっぺめっちゃもちもち!」

 

「三輪と良い勝負じゃない?」

 

「わぁ、ほんとにもちもちだぁ」

 

「てかマジで起きないね、起きたら髪イジらせてもらえるよう頼みたいんだけど」

 

 ガチャッ

 

 共有スペースの扉が開き、細目で袴のような制服を来た男、加茂憲紀が入ってくる。

 

「む、丁度いい西宮、阿頼耶識という女性を知らないか?」

 

「なんで?」

 

「御三家に挨拶するために今日来てるはずなんだが、こちらの手違いで予定がズレてしまっていてな、それを伝えようと」

 

「知らなーい」

 

「私も知らないわ」

 

「あ、加茂先輩、阿頼耶識ってこの子ですよ」

 

 寝ている刹那の頬をぷにぷに触りながら三輪が答える。

 

「あら、そうだったの」

 

「名前しか言わないから分かんなかった」

 

「…寝ているのか?」

 

「どう見てもそうでしょ、やっぱり目開いてないんじゃないの?」

 

「細いだけだ、しかし、起きないのか?」

 

「結構寝てるみたいですし、少ししたら起きるんじゃないですか?」

 

 三輪が言っているそばから刹那が目をシパシパと瞬かせ、むくりと起き上がる。

 

「ぅん?」

 

 周りを少し見渡すと刹那の顔の血の気が引いていきみるみる青ざめていく。

 

「か、霞先輩…?」

 

「あ、おはようございます、ぐっすりでしたね」

 

 三輪が答えると刹那は泣きそうな顔をして謝罪を始める。

 

「す、すいません…ご迷惑をおかけしてしまって」

 

「えっ!? そ、そんなに謝ることないですよ!」

 

「まぁ寧ろ約得ー「あーあー、確かにちょーっと困っちゃったなー」」

 

 真依が言いかけた言葉を西宮が塞ぎ、あえてオーバーにアクションする。

 

「す、すいません…僕はど、どうすれば…」

 

 頭を抱えて震える刹那に対して西宮が放った一言は意外なものだった。

 

「じゃあねー、すこーし話そ♡」

 

「……ぇ?」

 

「あら、私も少し興味あるわ」

 

「あ、私も女子会したいです!」

 

 三人が半ば強引な約束を取り付け刹那を共有スペースから連れ出そうとする。

 

「待て西宮、まずは例の件をー」

 

「はいはい、伝えとくから大丈夫ー!」

 

 刹那の手をグイグイと引っ張り三人は自室へと連れて行く。

 

 バタン! 

 

「…伝えておくなら大丈夫か」

 

 諦めた加茂は自室に戻っていく。




次の話も一応完成してるんで近日投稿ですかね。


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第十八話 お試し組手

東堂の喋り方分かんなーい!
他校の子ってやたら可愛く見えるよねって話


 西宮の自室では、刹那は髪の毛や化粧を弄られ玩具にされていた。

 

「あ、あの先輩方…」

 

「んー? あ、動かないでねー」

 

「桃、どんな髪型にする?」

 

「こんなに長いんだからフィッシュボーンとかしたら面白そうだけど、夜だしほどくのもめんどいしなー、ハーフアップとか?」

 

「二人共凄いですね、そんなにテキパキと」

 

「これは一体…?」

 

「こんなに素材良いのにもったいないよ、もっと化粧しないと」 

 

「すいません、お化粧はそんなに興味なくて」

 

「もったいないわね、東京校辞めてこっちに来なさいな、先生も女性だし」

 

「はいかんせーい」

 

 西宮が鏡を刹那に手渡し、刹那は自身の姿を見つめる。

 

「元が良いんだもん、化粧は薄くても良かったわ」

 

「髪型も一つ結びもいいけど、折角ならアレンジして上げてハイポニーテールにしてみたわ」

 

「あぁそれめっちゃいい!」

 

「刹那ちゃん凄く可愛いです、二人凄いですね!」

 

「ねね、どうどう? 感想は?」

 

 三人がテンションを上げ、西宮が刹那に近寄り問いかけると、刹那は化粧で少し白くなった頬を桃色に染め、どこともない方向をみて呟く。

 

「なんていうか…その、凄く…照れますね」

 

 どこともない方向をみて髪を紅く染めた耳にかける。その仕草を見た三人は刹那に抱きつく。

 

「うわわっ」

 

「"あーもー可愛い」

 

「あんた本気で京都校に来ない?」

 

「んー、妹みたい!」

 

 元々刹那はかなり美人だが、化粧を初めてしたため少し恥じらいの気持ちがあり、落ちつかずにソワソワしている。

 

 そこに突然ノックがなりドアが開き歌姫が入ってくる。

 

「西宮ー、刹那がここにいるって聞いたんだけどー?」

 

「あ、ここにいますよー」

 

 三輪が答え、刹那が振り向く。

 

「あら、化粧したの? 良いじゃない」

 

「先生ー、なんとかして刹那を京都校に入れられません?」

 

「真依がそういうこと言うとは思わなかったわ」

 

「刹那ちゃん性格も顔も可愛いんだもん」

 

「確かに刹那は初めてあった時から可愛かったわね」

 

「あの…皆さん、そんなにその、言われたら恥ずかしいです…」

 

 全員が刹那を可愛いと言い、真っ赤な顔を手で覆いながらボソボソと喋る。

 

「消灯時間もまだだし、少し刹那と出会った頃の話でもしましょうか」

 

「あ、それ聞きたいです!」

 

 歌姫は予定が違ったことなどの事務連絡を済ませ、ついでに刹那との出会いを二十分ほどに掻い摘んで話した。もちろんその都度刹那に話していい範囲を聞きながら。

 

「刹那ちゃん、苦労してたんだね」

 

 三輪な刹那の頭を撫でながら言い、刹那もそれに反応する。

 

「でも、昔の辛い経験があるから僕は呪術師として今ここにいるんですよ」

 

「そういえば刹那はなんでここに来たの? 任務?」

 

 真依が刹那に問いかける。

 

「えっと、加茂家の当主さんと禪院家の当主さんに挨拶するためですね」

 

「挨拶?なんで?」

 

「それは、その〜」

 

 明らかに目を泳がせる刹那だが、あっさりと歌姫が答えを出す。

 

「なんでって、刹那が特級に昇格するからよ」

 

「「「えっ?」」」

 

「歌姫さんっ、それ言っていいんですか!?」

 

「言うも何も、五人目の特級なんていやでもすぐに知れ渡るわよ」

 

「えっ!?刹那ちゃんいつの間に昇格決定したんですか!?」

 

「貴方特級なの!?」

 

「えっえっえっ?」

 

 三人の生徒は困惑を隠せずに疑問符を浮かべる。

 

「…はい、今日の朝知らされました」

 

 刹那は観念して手を上げて伝える。

 

「恥じることじゃないわ、寧ろ誇っていいことじゃないの」

 

「凄いですね生特級…握手してもいいですか?」

 

「そんなっ先輩なんですからっ」

 

 そういう風に扱われるのになれていない刹那はオロオロする。

 

 パンパンッ! 

 

「はいはい、あなた達、後輩をいじめるのはそのくらいにしなさいな」

 

「はーい」 

 

「刹那も、今日はもう休みなさい」

 

「はい。あの、シャワー借りてもいいですか?」

 

「えぇ、部屋を出て左に真っ直ぐ行ったあと右よ

 

 着替えは一応置いておくわ。それとこれ、部屋の鍵だからなくさないようにね」

 

 刹那に部屋の鍵を手渡し、職員室へと戻っていく。

 

「明日は化粧の仕方教えてあげるね」

 

「じゃあ私は射撃を見せてあげるわ」

 

「えっえっ、じゃあ私は組手してください!」

 

「フフ、僕からもぜひお願いします」

 

 刹那は部屋を出る。かなり寝たはずだが、疲労が余程溜まっているのか閉じかけの瞼を指で擦りながら廊下を歩き、シャワールームへと向かった。

 

 寝支度を整えて部屋のベッドへとだらしなく身を預ける。

 

「…おやすみー」

 

 ──ー

 

 小鳥のさえずりと共に起床する。朝の支度を整えていると刹那はふと思う。

 

「あれ、今日僕どうすればいいんだろう?」

 

 今日の予定を聞くため、時計を確認し歌姫のいるところへと向かう。

 

「朝六時半…いるのかな?」

 

 刹那の心配とは裏腹に、歌姫は既に職員室で補助監督と話していたため、話し終わるタイミングでノックし職員室へと入る。 

 

 コンコン

 

「失礼します、歌姫先生に用事があってきました」

 

「おはよう、どうしたの?」

 

「おはようございます、歌姫先生。今日、僕はどうすればいいんでしょうか?」 

 

「あー、んー、授業の進み具合も違うしねー。あ、じゃあ体術の訓練混ざってみる?」

 

「交流会控えてるのに大丈夫なんですか?」

 

「まぁ、術式を使わなかったりやり方は色々あるわ。お互いに良い刺激になるし、無理にとは言わないけどね」

 

「いえ、あまりない機会ですしぜひお願いします」

 

「決まりね、今日は運良く二限目終わったら体術の授業が通してあるから、三限目までは時間つぶしてていいわ」

 

「分かりました」

 

 体術の授業に混ざることが決定し、三限目まで時間を潰すことになり、職員室から退出する。

 

「結構時間あるなぁ…武道場使えるか聞けばよかったかな」

 

 独り言を呟きながら、取り敢えず仮の自室へと戻ろうと歩くと、前方から大きな福耳に長い白髭をはやした京都校の学長、楽巌寺嘉伸が歩いてきた。

 

 刹那は軽く会釈をしながら挨拶をする。

 

「おはようございます」

 

 会釈する刹那を見ながら楽巌寺は問いかける。

 

「お主、例の新しい特級か?」

 

「はい、先日昇級が確定しました」

 

「……」

 

「どうかなさいましたか?」

 

「他の特級とは大違いじゃの」

 

「えっ?あぁーそう…ですね?」

 

 一瞬戸惑った刹那は歳や強さのことかと思い、曖昧な返事を返す。

 

「話は聞いとる、折角ならこの老人の話し相手になってくれんかの?」

 

「あっはい!お願いします」

 

 特に敵意も感じず、楽巌寺の後をついていく。

 

 学長室へと入り、向かい合って座る。特級と学長という関係でいえばさほど不自然でもないが、学生と学長が朝早くに向かい合うのはいささか不思議な光景である。

 

「向こうの学長…夜蛾は元気にしとるか?」

 

「夜蛾学長は五条先生にいつも困らされてますね」

 

「夜蛾らしいの、五条は我儘が過ぎる」

 

「確かに困らされることは多いですけど、最強故に信頼できる先生だと、僕は思ってます」

 

「…あやつも意外と信頼されとんじゃの。うちの学生達と今日は体術を共にするのだろう、よろしく頼む」

 

「あっ!こちらこそよろしくおねがいします!」

 

 深々と頭を下げ、それからひとしきり話すと楽巌寺は仕事があるため、刹那は退室した。

 

「失礼しました」

 

(…悠仁君のこと聞かれなかったなぁ。まぁいいや、あと一時間か…部屋に戻ろ)

 

 部屋に戻り、なんとなくスマホをイジると友人二人からのラインが大量に来ていた。

 

「あ、やばっ」

 

 思わず声を漏らす、内容を確認すると心配のメールと今すぐに乗り込みかねないほどの怒りのメールが届いている。

 

「……」

 

 タッタッタッ

 

 刹那は無言でメールを五条へと送る。

 

【向こうの手違いで挨拶が明日なので明日の夜に帰ります、特になにもないと皆に伝えてください】

 

「二人に言うの怖くて五条先生経由しちゃったけど大丈夫かな…?」

 

 アラームを設定したスマホをベッドに放り、椅子に座ってほんの少しの間眠りに入る。

 

「おやすみ」

 

 ピコピコピコピコ

 

 コンコンコン

 

 アラームとノックがほぼ同時に鳴り、アラームを止めてドアを開ける。

 

「そろそろ中間休みだから迎えに来たわよ、ってまた寝てたの?」

 

「すいません、やることがなくて」

 

「謝ることじゃないわ、さ、一応皆に紹介するから行きましょ」

 

 刹那は歌姫に連れられ運動場へと歩く。

 

「作りは東京校とあまり変わらないんですね」

 

「用途も同じだしね、似たようなものよ。さ、着いたわよ」

 

 制度→生徒

 

「ちょっとした手違いで今日の体術の授業一緒にすることになったから、皆よろしくね」

 

「東京校一年の阿頼耶識刹那です、よろしくお願いします」

 

「それじゃあ、各自ペアを組んでね。基本はフリーだけどサボったりはしないように」

 

 全員が返事をして、ペアを作り始める。

 

「刹那ちゃん組みましょう!」

 

 三輪が早速、刹那に駆け寄りペアを組もうとする。

 

「はいっ」

 

 不安げな表情が無くなり、パタパタと三輪についていく。

 

「真依ちゃんは組まなくていいの?」

 

「私は遠距離専門ですもの。組みましょ、桃」

 

「そっか、そうだね」

 

 他にも各々ペアを組み、訓練が始まる。

 

「あれ? 刹那ちゃん刀使わないんですか?」

 

 二刀を腰から外し、近くの木に立てかける。

 

「一応これ、どっちも特級呪具なので、使ったらフェアじゃないかなと」

 

「どっちも!?」

 

「二つで一つの呪具なので、どっちもって表現は正しいのか分かりませんけどね」

 

「どうしましょうか、素手にします?」

 

「了解です」

 

 二人共相手を見据えて構える。西宮と真依はなんとなくそれを静観する。

 

「それじゃあ、行きます!」

 

 三輪が右の拳を突きだすと、刹那は右手首を掴み足刈を繰り出し、あっと言う間に三輪を組み伏せる。

 

ビッ!ガシックルッッドサッ…

 

 三輪は何が起きたのか分からずに天を仰ぎ、西宮と真依が目を見開いてその光景を見つめる。

 

「…青空キレイ」

 

「あの、一年生とはいえそこまで手加減していただかなくても…」

 

「あっ!そうですよね! ちょっと緩めちゃいました。もう一本」

 

 三輪はアハハと笑い、もう一度始める。結果はまたしても瞬殺、その後に何度も組むが、結果はいずれも触れることすらできずに瞬殺される。

 

「…速すぎる」

 

 三輪は地面に手をついてうなだれる。

 

「か、霞先輩は刀を使うじゃないですか、素手は仕方ないですよ!」

 

「あなたなら刀にも素手で勝てるんじゃない?」

 

「刹那ちゃん凄い強いね…?」

 

 西宮と真依が横から入ってくる。

 

「じゃあ!刀で勝負しましょう!」

 

「えぇ…うーん、分かりました」

 

 あまり乗り気じゃない刹那は小太刀を一本腰にかけて三輪と向かい合う。

 

 お互いの間合いは距離にして大体6m。西宮が開始の合図をだす。

 

「刹那さん、手加減無しですよ!」

 

「…分かりました」

 

(手加減は失礼だよね…)

 

「二人共構えてー、よーい、どん!」

 

(シン陰流、簡易りょ)

 

 ズォッン! 

 

 刹那は呪力で身体を強化し、踏み込み射程内に入る。三輪が簡易領域を構築し終える前に刀の峰を首に当て、反対の手で三輪の刀の頭を抑えていた。

 

 刹那は、呪力切れになることを想定した訓練を積んでいるため術式なしであろうと当然のように強い。

 

「…ういき?」

 

 刹那はにっこりと笑って言う。

 

「僕の勝ち、ですね」

 

 いつの間にか周りに集まってそれを見ていた一同は一斉に口を開けたままにする。

 

「うっそ」

 

「全然見えなかったわ」

 

「あれが特級の実力か」

 

「ほんまに同級生?」

 

「ほーう、あれが例の特級か?興味深いな」

 

 へたり込む三輪に刹那が手を貸していると、日差しが突然巨体によって塞がれる。

 

 上を向くと190を超える巨体で顔に傷のある男が二人を見下ろしていた。

 

「えっと…?」

 

「東堂先輩、どうしたんですか…?」

 

 睨まれて二人は萎縮する。

 

「ちょっ東堂君!後輩いじめちゃダメだよ!」

 

「いじめているわけではない、実力を見ていたんだ」

 

 西宮が駆け足で入る。

 

「ごめんね刹那ちゃん、この人三年で一級術師の東堂葵君ね」

 

「あ、よろしくお願いします、葵先輩」

 

 立ち上がり、挨拶をするがそれでも明らかな身長差に驚く。

 

「ふーむ、刹那といったな?」

 

「は、はい」

 

「次は俺と組むか?もちろん無理にとは言わんが。しかし、物足りなさそうな顔をしていたのでな」

 

 刹那は唖然とするが、直ぐに気を取り直す。

 

「僕、そんなに顔に出てました?」

 

「いや、俺は人の表情を読むのが得意なんだ」

 

「じゃあそういうことでしたら…ぜひ」

 

 あっさりと組手に応える刹那に周りは驚く。

 

「ちょ、あのゴリラの相手するの!?死んじゃうわよ!?」

 

「東堂先輩相手にするのは止めたほうがいいんじゃ…」

 

「止めるな真依、三輪、これは呪術師として高みに登るための試練だ」

 

(((始まった)))

 

「東堂の発言はともかくとして、私も二人の組手には賛成だ、加茂家嫡男として阿頼耶識殿が特級足り得る人物か見極める必要がある」

 

「お固い頭してるわね、相変わらず」

 

「これで挨拶が終わるのであれば丁度いいんじゃないですかね」

 

「決まりだな。時間は有限だ、早速始めるぞ」

 

 刹那が小丘を登り刀を木に立てかける。

 

 その間に東堂はジャージの上を脱ぎ上裸になる。

 

「俺もやるからには本気だ、半殺しにするかもしれんが文句は言うなよ」

 

「呪霊はそもそも警告してくれませんし、問題ないですよ」

 

 加茂が合図を出す。

 

「では、始め!」

 

 ズドッ! 

 

 地面が揺れる踏み込みと共に東堂が刹那に向かい拳を振り上げながら突撃する。

 

(バレバレ…)

 

 心のなかで呟くと同時に受け流すため手を上に構える。

 

 ピクッ

 

 瞬間に刹那の頭に警鐘が鳴る。

 

 ズドン! ヒュッ! 

 

 東堂は刹那の目の前で地面を強く踏みつけ急停止し、刹那の顔を狙った前蹴りへと切り替える。

 

 刹那は膝を抜き、姿勢を低くすることにより髪をかするものの間一髪でそれを回避する。

 

 その姿勢のまま低く飛び上がり、軸になっている東堂の片足を蹴り飛ばし、両手を地面に付き受け身を取って立ち上がる。

 

「ぬぅっ!」

 

 膝を的確に蹴ったため、ガクンと片足をつく。

 

 周りから「おおっ」と声があがる。

 

 刹那はそのまま東堂の顔面を蹴り飛ばすが、東堂は腕をクロスさせて防ぎ、刹那の左足を両手で掴む。

 

「お返しだ」

 

 しかし、刹那は掴まれた左足に力を込めて姿勢を安定させて飛び上がり、右足で東堂の右頬を蹴りぬく。

 

「んぐっ!」

 

 それでも東堂は両手を離さずに、凄まじい勢いで最寄りの木に向かって放り投げる。十mはある距離だが、まともにぶつかればかなりの痛手となる勢いだ。

 

 ブオッ!! 

 

(ラッキー)

 

 凄まじい勢いで投げたにもかかわらず、刹那は木に足を向け、まるでその場でジャンプしたかのようにストッと静かに着木する。

 

 歌姫を含めた女子全員が、瞑っていた目を恐る恐る開き、平然と歩きだす刹那を見て驚きの声を上げる。

 

「すごいパワーですね、驚きました」

 

 すたすたと歩き東堂の前に再び立つ。

 

「…術式を使ったのか?」

 

「んー、あの木との距離があと六m程近ければ使ってましたね」

 

「フッフッフ、手加減できぬ相手のようだ!俺は術式を使わせてもらおう!」

 

 再び東堂が向かってくるが、先程と違い両手を前方に出しながら走るという異型なフォームをとっていた。

 

(手を使う術式かな?)

 

 東堂が走りながら突然半回転して手を叩く。

 

 パァン! 

 

 瞬間的に刹那の視界から東堂が消え、代わりに刹那の背後に東堂が出現する。

 

 東堂は後ろで攻撃の構えを既に取っていて、その巨体から拳を繰り出す。

 

 ブオッ! 

 

 その拳を刹那は真上に跳んで回避し東堂の腕に乗る。

 

「おっとと。凄いですね、僕が乗ってもびくともしない」

 

「ふんぬぁ!」

 

 空いている左の拳を繰り出すがそれより早く刹那の蹴りが飛んでくる。

 

 べキィ! 

 

 顔面を蹴られたが、東堂は目を閉じることなく刹那を視界に捉え続ける。刹那は東堂の腕を落下しながら掴み、腕の力で下に向かって器用に飛び、滑りながら股をすり抜ける。そしてその場で回転しながら飛び上がり、振り向く東堂に空中で裏拳を繰り出す。

 

 ゴチャッ

 

 鈍い音と共に仰け反り、口内を切って出血したため口から血を吹き出す。

 

「ぷっ!」

 

 ベチャッ

 

「強いな、流石は特級」

 

「ありがとうございます。東堂先輩こそ明晰な頭脳に加えて非常に強靭なフィジカルを持っていて驚きました。先程の術式、対象と位置を入れ替えるものだと予想したのですが、それを戦闘に組み込むのは容易くはない、でも…一対一には少々不向きな術式ですよね」

 

 刹那はたった一回使った術式を見抜き、大方を理解していた。

 

「流石は特級、術式だけで上り詰めたわけではないということだ、だがっ!流石に俺も手加減されるのは癪だ、術式を使え!」

 

「……分かりました、ではここからは少しギアをあげましょうか」

 

 そういって刹那は術式を展開し、背中から呪力の靄を出現させる。

 

「アレが刹那の術式か」

 

 メカ丸の一言と共に周りは静観し、ほんの一時静寂に包まれる。

 

 ザッザッザッ

 

 大胆にも刹那は東堂に歩いて近づくと、ぎりぎり拳の届かない位置で呪力の靄で東堂を襲う。

 

「っ!」

 

 瞬間的に東堂の脳内で靄に触れてはいけないと警告される。

 

 バァン! パッ! 

 

 東堂は刹那と位置を入れ替えて、靄から逃れるが刹那は完全に靄に入り見えなくなる。

 

 東堂はバックステップで距離を取るが、東堂の鼻には既に拳が触れておりそのまま振り抜かれる。

 

 ぺギャッ

 

 東堂は鼻を抑え周りを見渡すが、一切としてその痕跡は見つからず、顔を動かして刹那を探すと次は膝裏を蹴られ背中から倒れる。

 

「うぉっ!」

 

 そして、目の前に急に現れた刹那が首に指を寸止めする。

 

「っ!」

 

「まだやりますか?葵先輩」

 

「まいった、恐れ入ったよ。阿頼耶識刹那」

 

「長いので名前で構いませんよ」

 

「そうか、なら名前で呼ばせてもらおう、友よ」

 

 起き上がって座っている東堂と会話していると、歌姫と生徒全員が二人の周りに集まってくる。

 

「刹那ちゃん!」

 

「見てるこっちが生きた心地しなかったわよ」

 

 真依がおでこにデコピンする。

 

「あぅ…痛いです」

 

「阿頼耶識刹那殿」

 

 加茂が刹那の名前を呼び、質問する。

 

「あなたの力は充分に特級足り得るものと思う。

 

 だが、一つだけ聞かせてほしい」

 

「はい? 何でしょう」

 

「君は一年生で特級術師となるが、その歳で特級を背負うということの意味をどう考える?」

 

 加茂の質問に刹那は少し考え込むが、直ぐに答えを出す。

 

「そう、ですね…上手く言葉にできませんけど、僕は特級術師だからどうとかは考えたくないです。自分の位に驕ってしまいそうなので…僕は特級になってもすることは変わりません。この力で人を自分の傲慢に従って救う。だって僕は…ヒーロじゃなくて、呪術師ですから」

 

(…あ、恵君のパクっちゃった)

 

「傲慢に従って人を救う…か。私の考えとは異なるが、通常呪いは負の感情、そのくらいの意識持ちの方が強くなれるのかもな」

 

「はーい、体術の訓練終了! 並びなさーい」

 

 歌姫の合図で全員並び、挨拶を済ませた。




何か東堂弱く見えるかも知れないけどそんなことないです、東堂は実際めちゃ強いけど刹那がそれ以上に異常なだけなんで。多分五条や夏油が術式使ったらかなりあっさり決着つくし、特級の世界ってこういうレベルだと思ってます。


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第十九話 禪院家

先に言っておきます、直哉ファンの方申し訳ない!
原作のイメージがこんなんですよ、、、


 体術の訓練が終わるやいなや東堂が刹那に駆け寄り、丁寧にフィルムに入れられたアイドルのプロマイドを手渡してくる。

 

「刹那! お前にはこれをプレゼントしよう!」

 

「…どこから出したんですか?」

 

「高田ちゃんをより多くの人に知ってもらうために常に制服に配布用に常備している!」

 

「あぁ、背が高いアイドルの人ですよね」

 

 偶然知っていたアイドルのプロマイドを受け取りながら反応する。

 

「知っているなら話は早い、今から高田ちゃんが出演する食べ歩き番組がある、見るぞ!」

 

「うん? えっ?」

 

 半ば強引に刹那を共有スペースへと連れて行き、テレビをつける。

 

 それを離れて見ていた西宮と真依が渋い顔をする。

 

「あ~あ、あれは東堂君そうとう気に入ってるね」

 

「男にしか興味ないのかと思ってたわ、仕方ないわね、射撃場行ってくるわ」

 

 共同スペースのソファで何故か二人並んで高田ちゃんの食べ歩きを見ていたが、刹那は特に嫌いでもないので普通に楽しんでいる。

 

「ん~、今日も仕上がっているな高田ちゃん」

 

「改めて見ると背、凄く高いですね高田ちゃん」

 

「高身長アイドルだからな180cmあるんだ」

 

「…身長高いほうが男の子って喜ぶんですかね…」

 

「それは人によるだろう、俺はケツとタッパがでかい女がタイプで高田ちゃんが理想なんだ」

 

 テレビから目を離さずに答える東堂を横目に刹那は自身の体を改めて見てみる。平均より少し高いが、決して大きいとは言えない胸と、骨のような腕に溜息が漏れる。

 

「気にするな戦友、お前にも魅力はあるさ」

 

(いつの間にかグレードアップしたな…)

 

 大人しく約一時間食べ歩きを見て、放送が終わり東堂が感慨に浸っていると刹那はお腹が空き始める。

 

「今日の高田ちゃんも最高だった」

 

「葵先輩、ここから一番近いコンビニまでどのくらいあります?」

 

「む、なぜだ?」

 

「いえ、昨日の午後から何も食べてないので流石にお腹が空きまして」

 

「えぇー!? 何も食べてないんですか!?」

 

「なんで?」

 

 ソファの後ろから三輪と西宮が顔を出し、刹那に向かって驚きの表情を向ける。

 

「んーと、忙しくて?」

 

「今日の朝は?」

 

「何も持ってきてませんでしたので、食べるものもなくて」

 

「よく今まで我慢できたな?」

 

「別に我慢してるわけじゃないんですが…」

 

「あー、そっか食堂の場所案内されてないもんね。なら今から一緒に食堂行こ!」

 

 流れで全員で食堂へと行き、メニューを注文して長机に座るが、全員刹那のお盆をみて無言になる。

 

「「「………」」」

 

「あのー、どうかしましたか?」

 

「いや、おかしいよね? なんでお盆にミニサイズのうどんとデザートしか乗ってないの?」

 

 刹那のお盆の上には、小さなうどんとプリンが乗っていた。

 

「お金が無い…わけじゃないですよね?」

 

「刹那よ、流石にそれでは体に悪いんじゃないか?」

 

「いつもこの位なんですが…」

 

「えー!? なんでなんで?」

 

「あまり量食べれないので」

 

「それにしたって限度があるでしょう!」

 

「体重を気にしているのかもしれんが、お前は力がないからな、もっと食べて肉をつけろ、俺のを分けてやる」

 

 そう言って東堂は自らのお盆からいくつかおかずを取り皿に盛り渡してくる。

 

「東堂君、そういうことを女の子に言ったりするのはどうかと思うよ」

 

「私のもあげます!」

 

 三輪も同じように取皿に分けてくる。

 

(どうしよう、ほんとに全部食べれるかな…)

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 その後会話を挟みながら死ぬ思いで完食した刹那はシャワーを浴びて仮の自室へと戻り、本題の明日のことを考えながら眠りに落ちる。

 

「おやすみー…」

 

 ──ー

 

「…おはよう」

 

 自分に起きたと言い聞かせるために虚空に挨拶し、朝の支度を始めて時計を確認する。

 

「七時、丁度いい頃合いですかね」

 

 コンコンコン

 

「はーい」

 

「おはよう刹那、禪院家の挨拶だけど今日の九時からだから、仲良くなった皆に挨拶してきたら?」

 

「はい、そうします」

 

 食堂や共有スペースなどを巡り、見つけた人全員に軽く挨拶を済ませる。

 

 ちなみに東堂は高田ちゃんの写真集を刹那に無理矢理気味に授けた。

 

 時間になり、

 

「それじゃあ、表で伊地知が待機してるから挨拶、頑張ってね」

 

「久し振りにゆっくりできた気がします、ありがとうございました、皆さんにもよろしく言っておいてください」

 

 昇降口に向かいながら刹那と歌姫が会話する。

 

 外に出ると伊地知が、車のドアを開けて待っている。車に乗り込み歌姫に挨拶をする。

 

「それでは、刹那さん行きましょう」

 

「歌姫先生、ありがとうございました」

 

「また機会があったらいつでも来てね、それじゃあ行ってらっしゃい」

 

「はい!」

 

 挨拶を済ませて車が出発し、件の禪院家へと向かう。流石にそこまで遠い距離を移動するわけでなはないのでボーッと窓の外を眺める。

 

「刹那さん、お相手は御三家のうちで最も規模の大きな家です、決して粗相がないようにしましょう」

 

「自信ないですね、伊地知さんが対応してくれません?」

 

「…リラックスできたようでなによりです」

 

「冗談ですよ、そんなに暗い顔しないでください」

 

 くだらない会話を挟みながら禪院家へと向かい、ものの三十分ほどで到着する。

 

 禪院家は大きな門がどんと構えてあり、そこを通ると少し前に見た阿頼耶識家を遥かに超えるほど大きく歴史を感じる風貌がその姿を現す。

 

「…これは予想外ですね」

 

 呆気にとられていると着物を着た二人の侍女と思われる女性が出てくる。

 

「お待ちしておりました、刹那様」

 

「こちらへ案内いたします」

 

 伊地知もついていこうとすると、門前払いされてしまう。

 

「私達が案内を仰せつかっているのは刹那様だけですので、あなたをご案内することは出来ません」

 

「いえしかし…」

 

「お戻りください」

 

「…はい、近くに車を停めておきます」

 

 頼みの綱の伊地知と離され不安の中で広めの和室へと案内される。

 

「あの、挨拶は…?」

 

「当主、禪院直毘人様は只今臨時の事務作業中なので少々この部屋でお待ち下さい、時間になったら呼びに参ります」

 

 そう言って二人共障子を閉めて出ていってしまう。

 

「………」

 

 シャッ

 

 刀を床に並べ、机のお菓子を食べていいものか迷っていると障子が急に開き、金髪の着物の男が入ってくる。

 

「お~、おったおった。君、例の特級やろ?」

 

「…当主様ですか?」

 

「いや? 当主は俺の父ちゃん、俺は次の当主、禪院直哉っちゅーねん、よろしくや」

 

 そう言って、直哉は手を差し出してくるため刹那も手を取って軽く握手する。

 

「いやー、にしても一年の特級、それも女の子なんてどんな醜女やろ思たけどえらい別嬪さんやなぁ、神さんは不平等やね」

 

 関西弁を聞き慣れていない刹那は若干戸惑いながら話を聞く。

 

「君アレなんやろ、ちょっと前にいなくなったフリーの術師のSなんやろ?」

 

「あぁ、それがバレたから昇級になったんですね」

 

 特級になった理由に合点がいった刹那は手をポンと叩く。

 

「にしても良かったなぁ? 君、この間同級生の宿儺の器死んだんやろ? 人間でも呪物でもないバケモンが同じ所おるだけで吐き気するもんなぁ? 俺ならその場で殺したってるわ」

 

 刹那はあえて、反論せずにひたすらに黙っていた。

 

 心の中に煮え滾る殺意にも似た暴威的な感情を抑えながら。

 

「おまけに君の周り、実力に差がありすぎて雑魚にしか見えへんのとちゃう? せいせいするやん、特級なら任務ぎょーさんあって忘れることできて。なんなら友達も思とるかもな?」

 

「…友達とは共に高め合う仲ですよ」

 

 少しだけ反対し、話を聞いているポージングをする。

 

「ふーん。君、いくら強くて別嬪ゆうてもその右眼じゃ将来誰も貰ってくれへんやろ?」

 

 直哉は急に近づいて刹那の右眼をまじまじと見つめてくる。

 

「大人んなったら俺が貰ったっても──」

 

「刹那様、直毘人様のご準備が整いましたのでお知らせに参りました」

 

 障子の外から声をかけられ直哉の動きが止まる。

 

「チッ、タイミング悪いわぁ」

 

 短く舌打ちして直哉は刹那から離れる。

 

「ほな、また後でなー」

 

 侍女に案内された部屋に入ると、広い和室の上座に大きな盃に酒を注ぎ顔を赤く染めた大男、禪院家当主禪院直毘人が座っていた。

 

 その向かいの座布団に正座する。

 

「フフフ、そう固くならずとも姿勢を崩してもらって構わないぞ」

 

 グビッと大きく酒を煽ると直毘人は笑ってそう言い、刹那も姿勢を崩す。

 

「さて、この度は特級への昇級という快挙を成し遂げたこと、素晴らしき栄誉だと思うが、なにか言いたいことはあるかな?」

 

「えっと…正直特には何も…」

 

「ハッハッハッ! だろうな、阿頼耶識殿からは他の特級達のようなものを一切として感じん。大方、呪術師しか生き方を知らないといったところだろう」

 

「そんなに分かりやすいですか? 僕って」

 

「別に貶しているわけでもない、ましてやこんな業界、非術師とはかけ離れた存在の集まりだ、お前さんのような術師も珍しくはない」

 

 聞いていた印象と違い、大分常識人な直毘人を不思議に思いながらも会話を続ける。

 

「お前さんの人柄は大体分かった、そもそも五条のようなチャランポランでも強いという理由のみでなれる階級だ、正直挨拶周りなんぞほとんど意味をなさん」

 

「てことは、これで終わりですか?」

 

「うん? 何があると思っていた?」

 

「いえ、加茂家の方に挨拶をしたときは代理ではありましたけど一級の方と手合わせをしたので、てっきりそういうのもあるのかと」

 

 会話が終わりに差し掛かるところで授業以外での対人間との戦闘を渋る刹那が、あえて手合わせの話をだした。

 

「んー、なるほど、確かに実力を知るのは大事か、この際だ、俺の息子と手合わせをしてみるか? 実力の方は保証しよう」  

 

「えぇ、ぜひとも、お願いします」

 

 直毘人に悟られぬよう、刹那は心のなかで薄く微笑んだ。

 

「よし、ではそこのお前、道場に直哉を呼んでこい、手合わせを行う」

 

 近くの侍女に命令し、瓢箪を持って直毘人は立ち上がり刹那を鍛錬場へと案内する。

 

 流石は屋敷で屋内にもかなりの大きさの道場があり

 

 そこに入ると直哉とほか数名の大人が見物に来ていた。

 

「刹那ちゃんまた会うたね、なんやそんなに戦うてみたかったんか?」

 

「そういうわけじゃないですけど…」

 

「好きなタイミングで始めていいぞ」

 

 刀を近くに立てかけて、直哉の前に立つと直毘人が言い放ち他の男達の近くに腰掛け、酒を煽る。

 

「まぁどうだってええわんなこと、それよか刀使わんくてええの? 特級いうたって所詮女やろ、得物なかったら俺でもきついんとちゃう? なんなら術式使わんと戦ったろか? いやな、俺は刹那ちゃんのこと結構買ってんねんで? 男の三歩後ろ歩かへん女は背中から刺されて死んだらええ思っとるねん、やから──」

 

「うるさいですね」

 

 直哉の言葉を一言で両断する。

 

「そんなにペラペラと喋って、そんなに嫌なら素直に言ったらどうですか? 負けるのは嫌で覚悟が出来てないのでもう少し待ってくださいって」

 

そういって刹那は妖しく直哉を笑い飛ばす。

 

 ビキッ

 

 その言葉に周りはクスクスと笑い、直毘人に至っては大笑いしている。

 

 直哉が額の血管を浮かばせ呪力を練り、術式を発動させる。

 

「やっぱお前もおんなじやな、クソ尼が」

 

 その言葉と共に床を軋ませ、刹那に向かって走り出した。

 

 メキッダンッ ドゴシャア!!! 

 

 時間にして一秒未満、直哉は一歩も動くことなく、頭を刹那に蹴られ、床にめり込み完全に気絶していた。

 

 直哉の持つ術式は当主、禪院直毘人と同じ禪院家相伝術式の一つ、投射呪法。

 

 一秒の動きを24分割しその動きを後追いするという術式、直毘人は五条を除き最速の術師と言われた術師。その息子である直哉もまた超スピードを誇る術者だが刹那の術式の効果には"速度はない"。

 

 投射呪法が動きの後追いによる超スピードを可能にするのに対し、刹那は距離を無くすため移動という過程が存在せず、瞬間的な移動に関しては五条をも駕ぐ。

 

 直哉が術式を使った瞬間、刹那はその場で呪力で強化した全力のハイキックを放ち顔面と足との距離が無くなるように術式を発動させた。

 

 結果、直哉が走り出し、地面から足が離れた瞬間に顔面に直撃、そのまま地面へと叩きつけられた。

 

 ォォォォォ

 

 床を破壊した残響が鳴る中で、刹那を除いたその場の全員が言葉を失っていた。

 

「聞こえてないと思いますけど、さっき僕に言ったことの返事…僕、貴方と生活を共にするくらいなら死んだほうがマシですね」

 

 刹那は冷ややかな視線を気絶している直哉に送りながら先刻の返事を返す。

 

 遅れて周囲がざわめきだし、直毘人が刹那に近寄り、だんだん頭が冷えてきて刹那は自分がしたことの重大さを理解し過去最大に青ざめていく。

 

「……死んではいませんよ…多分…あの、反転術式で治しますので…ごめんなさい」

 

「ブッハッハッハッ!! 、別に怒ってなどおらんよ!」

 

「いや、でも直哉さんをこんな状態にしちゃって…」

 

「今回の件は完全にこいつの落ち度、きにせんでええ、灸を据えるためにも治す必要もないわ。おい、誰かこのバカ息子を医務室に運んでやれ」

 

 侍女が数人がかりで直哉を引っこ抜くと、顔面は鼻が折れて曲がり、鼻血で血だらけで白目を向いている直哉がでてくる。

 

「刹那殿、もし"そういう"話が欲しかったらいくらでもこちらで用意するのでな、今後の活躍を期待するぞ」

 

「はい…? ありがとうございます?」

 

 ペコリと一礼し、外の侍女に外へ案内される。

 

 来たときと同様に大きな門を通ると伊地知が待機している。

 

「あっ、刹那さん、さっきなんだか凄い音がしましたけど、あれは一体…?」

 

「車どこですか? すぐ帰りましょう」

 

「えっ、あっ反対! 向こうです刹那さん!」 

 

 刹那は早足で伊地知と共に車へと戻り、乗り込むなり先程のことを思い出さぬように毛布を被りふて寝する。

 

(…中で何があったんだろう)

 

 刹那はふて寝しようとするが自分の行いを猛省して、中々眠ることができずもぞもぞと後部座席で動き続け、約一時間ほどその動きをして眠りにつく。

 

(…八つ当たりされなくて良かった…)

 

 これが五条だったら確実に東京に戻るまで八つ当たりコースだったと考える伊地知はホッと溜息をついた。




お気に入り80人突破!ありがとうございます!
これからもがんばります!
少し修正加えました


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第二十話 こういう場所

二十話記念でなんかしようと思ったけどなんも思いつかなかった、、、
前回で色がつきました!高評価ありがとうございます!


 ──

 

 京都から東京へと向かい、授業が終わり、放課後になる頃に刹那は高専へ到着した。

 

「…着いた…!」

 

 高専に到着し、同級生がいるであろう教室へと走り出しドアを力強く開ける。

 

「恵君! 野薔薇ちゃ…ん…」

 

 しかし、ドアを開けると鬼の形相をした釘崎と顔にこそ出さないが明らかに怒っている伏黒が刹那を待ち構えていた。

 

「「おかえり、なにか言うことは?」」

 

「…連絡サボってすみませんでした」

 

 連絡を五条にしたきり二人には一切していなかった刹那は大人しくその場で謝り正座する。

 

「アンタねぇ! どんだけ心配したと思ってんの!? 伏黒なんか昨日京都まで本気で行こうとしたのよ!?」

 

「お前も行こうとしただろうが」

 

「発案者はてめぇだろうが!」

 

「申し訳ございません野薔薇様」

 

 ギャンギャンと釘崎と伏黒が説教をかまし、落ち着いた頃合いで質問が始まる。

 

「全くもー、それで、挨拶はどうだったの?」

 

「加茂家の方とは上手く行きましたけど…禪院家の方はそのぉー」

 

 少し落ち込んで目を泳がせる刹那を見て、二人は刹那の心配事とは別に勘違いして再び怒りをあらわにする。

 

「やっぱ禪院家潰すか」

 

「私達だけじゃ無理よ、五条呼びましょ」

 

「ち、違いますよ! 言われただけでなにもされてませんから!」

 

「ふーん? なんて言われたの?」

 

 釘崎は圧をかけて嘘をつかせない雰囲気を漂わせる。

 

「…二人が、僕が特級になって離れてくれてせいせいしてるんじゃないかって…皆はそんな事思ってないって分かってるのに、言われたら不安になってっ」

 

 瞳に涙を浮かべながらグスグスと嗚咽混じりに言葉を紡ぐ。

 

「「はぁ?」」

 

 二人は疑問符をつけてため息混じりに刹那の頭をポンと叩く。

 

「そんなことあるわけないじゃないの! あんたは大事なクラスメイトよ」

 

「心外だな、俺はお前のことをそんな風に思ったこと一度もないぞ」

 

「ぅぅー」

 

 釘崎がしゃがんで刹那の背中をポンポンと叩くと後ろから二年生達が現れる。

 

「お、刹那帰ってきたのか、って泣くほどか?」

 

「人間ってすぐ泣くのな、刹那は特別泣き虫だけど」

 

「しゃけしゃけ」

 

「いや、刹那が禪院家のやつに色々言われて不安になったらしくて」

 

「"あ? 誰だそいつ、ぶっ飛ばしてやるよ」

 

 そう言う真希の肩をポンと叩き、後ろから五条が現れる。

 

「真希、その必要は無いみたいだよ」

 

「なんでだよ?」

 

「いやー、刹那に色々言ったのが禪院直哉ってやつなんだけどさ、刹那と手合わせして瞬殺されたらしいんだよね」

 

「まじか…あいつが?」

 

「マジよまじまじ、一撃で全治一ヶ月だってさ、お灸を吸えるために一週間は治すつもりないって」

 

 さらりと言い放つ五条だが、真希は信じられないという顔で唖然としている。

 

「誰だ? そのなおやって?」

 

「高菜?」

 

「…実家の一級術師だよ、ゴミでクズだけど実力は確かだ。私の記憶が正しければ次の当主だったはずだな」

 

 真希は直哉のことを話す。

 

「もしかして、さっき禪院家の挨拶のこと話すの渋った理由ってそれ?」

 

「…はい」

 

「そうか…クックッ、ハッハッハッハッ!!」

 

 真希が急に笑い出し、その場の全員が固まる。

 

「どうした真希??」

 

「いや、あの嫌な奴がボコられなんて聞いたら笑わずにはいられねぇよ!」

 

 釘崎の胸に顔を埋めながら頷いて答え、真希が愉快そうに爆笑すると、五条が手を鳴らす。

 

 パンパン! 

 

「よっし、こういう時はご飯が一番だよね〜、皆、食堂来てねー」

 

 ぞろぞろと食堂に向かうと、五条が買ってきたであろう食材が並べられている。

 

「いやー偶然今日は鍋の気分でさ、材料買ってきてたんだよね!」

 

「ちょっこれ、めっちゃ良い肉じゃないの!」

 

「しゃけしゃけ!」

 

「悟にしては気がきくじゃねぇか」

 

「でしょー? というわけで皆、頑張って作ってねー!」

 

「あんたも手伝ってくださいよ」

 

「やだなぁ恵、僕は材料調達と味見の係ダヨ」

 

「あいつの分だけタバスコ一本入れようぜ」

 

「おっ良いアイデアだな真希、ついでに酒ブチ込んで酔わせようぜ」

 

「君達、恩師を労おうって気はないの?」

 

「「「「ない」」」」

 

 全員で鍋を作り始めると、生徒達が入ってきたドアとは別のドアから夏油と硝子が現れる。

 

「随分と楽しそうじゃないか、悟」

 

「騒がしいな五条」

 

「お、傑と硝子じゃん、お疲れー、夜蛾学長は?」

 

「例の件で今から資料作りのようだよ、学長ともなると大変だね」

 

「ふーん、やっぱりそれってそのうち、可愛い生徒達にも話さなきゃだめだよなぁ」

 

「それが私達の仕事だろう、正確にはお前たちの仕事だが」

 

「確かにそうだけど…今くらいは忘れてもいいんじゃないか?」

 

 夏油はクスリと笑いながら生徒たちの方を見る。

 

「ちょっと伏黒! もっと綺麗に魚切りなさいよ! 仲間でしょ!?」

 

「俺はウニじゃねえ! おい包丁を持ち上げんな、危ねえ!」

 

「恵君それ自分で認めちゃってません?」

 

「棘、お前おにぎり入れるつもりか…?」

 

「しゃけ!」

 

「闇鍋だな、こりゃあ」

 

「あっ! 夏油先生と硝子さんも食べるなら手伝って下さーい!」

 

 五条はその光景をみて笑う。

 

「あはっ、そうだね、今は忘れようか」

 

「さて、私もご相反に預かりたいからね、手伝ってくるよ」

 

「おいおい、僕も混ぜろよ」

 

「やめろ五条、お前が料理するとろくなことがない」

 

 三人も学生時代を思い出し、鍋作りを手伝いに行った。十数分して鍋が出来上がると刹那は意を決して口を開く。

 

「あのっ!」

 

 全員が刹那の方を向く。

 

「…帰ってきたら野薔薇ちゃんにも全部話すって言ったんですけど、できれば先輩にも聞いてほしくて…」

 

 不安気な表情を見て察した真希と狗巻は

 

「無理して話す必要はねぇぞ?」

 

「しゃけ、すじこ」

 

「いえ、逃げてばかりだとずっとこのままな気がして、話すべき…いや、僕が話したいんです」

 

 刹那はちらりと五条の方を向く。

 

「良いよ、それが君の決断なら僕からは何も言わないさ、皆も聞いてあげてね」

 

 五条が優しくそう言うと、刹那は手袋と右眼の眼帯を取り、ゆっくりとその場の全員に見せる。

 

「えっと、これが秘密にしてたことです…」

 

 そこから刹那は全てを包み隠すことなく話した。

 

 両親が他界し、元呪詛師の叔父の家に引き取られDVを受けていたこと、手の甲の傷のこと、右眼のこと、そして阿頼耶識家の末裔であり当主であること

 

 刹那は話すたびに声が掠れていき、皆の顔を直視できずにいた。沈黙が流れる中、恐る恐る顔をあげると全員が刹那をいつもと同じように見ていた。

 

「なーんだそんなことだったの、アンタの綺麗な瞳が他人より一つ多いってだけじゃないの」

 

「なんで隠すんだよ勿体ねぇ、せめてあたしらの前でだけでも外しとけ」

 

 そういって真希は眼帯を刹那からむしり取る。

 

「…気持ち悪いと思わないんですか?」

 

「「いや別に」」

 

「パンダ先輩と棘先輩は?」

 

「俺の体見てそれ言う?」

 

「昆布、ツナマヨ」

 

「夏油先生…」

 

「私なんて倒した呪霊を食べるんだよ? 今さら見た目がどうので人を判別しないさ。それに、刹那は立派な女性だと思うけどね」

 

「家入せんせーい、アラサーがJKを口説くのは性犯罪に入りますかー?」

 

「あぁ、重罪だな、あとでその口を縫い合わせてやろう」

 

「冗談はよしてくれ硝子…冗談だよな?」

 

「さて、これで分かったかい? 刹那」

 

 五条がアイマスクを外して口を開けて笑いながら刹那に話す。

 

「こういう場所なんだよ、高専(ここ)は!」

 

 伏黒が刹那の頭をポンと叩く

 

「良かったな」

 

「ーーー!!!」

 

「お、今回は泣かなかった、やったね、記念日だ」

 

「つーか、なんで目隠し外してんのよ」

 

「淫行教師はてめぇだろ」

 

「そんな怒らなーいの、ほら刹那ちゃん泣かなかった記念日に写真取るよ!」

 

 そういって五条はどこからかカメラを取り出して立ち上がり刹那の近くにいく。

 

 それに続いて全員立ち上がり写真を撮る姿勢に入る。

 

「悟はデカいんだから後ろだろ」

 

「しゃけ!」

 

「玉犬」

 

「まじか恵、術式使うとかガチじゃんw」

 

「うっさいですよ」

 

 玉犬にカメラを持たせて全員で写真を撮る。

 

「ほら皆笑って! GLGの笑顔だよー! 、はい、チーズ!」

 

 その写真は、五条と夏油が肩を組む間に硝子がはいり、パンダと真希と狗巻は両脇で苦笑し、目を少し腫らして笑う刹那の両隣には伏黒と釘崎がいた。

 

(悠仁君のことを公にできたら、また撮りたいな…)

 

「おっ、鍋煮えてんぞ」

 

 生徒達は鍋をよそい、食べ始める。

 

「やれやれ、学生時代を思い出すね」

 

「ヤニと酒ばっかだろ」

 

「大体いつも五条がこういうことを言い出していただろ」

 

「あーやめやめ、僕も食べよっと」

 

「久し振りに私も飲むとするかな」



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第二十一話  職員会議

お気に入り登録100人突破!それどころか150人突破!
ありがとうございます!これからもがんばります!
次は目指せ200人!


 ──

 

 結局、最後は宴会状態になり、翌日男子陣は全員寝坊し、教師である五条と夏油は夜蛾学長に怒られる結果になった。女性陣は途中で退場したため、被害は無かった。

 

 朝早くから会議だというのに寝坊した夏油と五条に向けた夜蛾の説教が会議室で行われる。

 

「お前たちは高校の頃から問題児だったが、大人になっても変わらんのか?」

 

「誤解でーす、傑が酔っ払って生徒達にだる絡みしたせいでーす」

 

「聞き捨てならないな悟、元はと言えば君がー」

 

 ゴンッ、ゴンッ

 

「大人のくせに喧嘩をするな」

 

「「…はい」」

 

「全く、まぁいい、遅れたが会議を始めるとしよう」

 

 高専関係者全員を含めた会議が行われる。

 

「今日の議題は、最近急激な増加傾向にある、特級を含めた一級以上の呪霊についてだ。これについては悟から報告がある」

 

「はいはーい、んじゃまずこれ見て」

 

 そう言って五条は封印の札が幾重にも貼ってある小さな茶色い箱を教員机の引き出しからポンとだす。

 

「なんだそれ、呪力をまとってないが呪物か?」

 

 二年の教師であり一級術師の日下部が手にとって確かめる。

 

「いや、それ自体は呪具じゃないよ」

 

「開けてもいいのか?」

 

「害はないと思うけど、僕は開けてないから何出ても知らないよー」

 

「んじゃ開けないわ」

 

 箱をぽいっと五条に放る。

 

「で、これなんだけどさ皆、コトリバコって知ってる?」

 

「確か、水子の死体を箱に入れて相手に送りつけ、その相手を呪うものだろう?」

 

 五条の問に硝子が答える。

 

「そうそれ、簡単に言うとそれの真逆の箱」

 

「真逆? 詳しく説明しろ悟」

 

「そんな慌てないでよ学長、三日前に呪霊が結構湧いてる場所にちょろっと出かけてきてさ、それを見つけたんだ。で、問題はそれの効果だけど、簡単に言えば餌かな」

 

「餌?」

 

「そう、それっぽい札を貼ったただの開かない箱。それを色んな所で非術師が見つけてネットかなんかで拡散してその"箱そのものに"恐怖や負の感情を集める、それに感化された呪霊がその箱に群がってくる」

 

「ちょっと待て悟、そのいいぶり、もしかしてそれ一つだけじゃないのか?」

 

「フッフッフ」

 

 ガラッ

 

 夏油が五条に身を乗り出して問うと、五条が笑いながら五条の机の一番下の引き出しから大量の箱を見せる。

 

「こーんなにいっぱい拾っちゃった♡」

 

「ん? するってぇーとこの箱の中には何も入ってないのか?」

 

「なんも入ってないっしょ、多分カラクリで開かないだけだよ、もし入れてるとしたら水子なんていまどき手に入んないし、動物の死体の一部でも入ってんじゃない?」

 

「うぇ、気色悪っ」

 

「で、続きだけど、こんな箱に集まる呪霊なんてたかが知れてるでしょ? でももし呪詛師に呪霊を利用する呪術を持つものがいたら?」

 

 五条がそこまで言い両手で夏油を指差し笑うと、その場の全員が一斉に夏油を見る。

 

「…悟、さっきの腹いせかい?」

 

「あっはは、ごめんごめん半分冗談だよ」

 

「半分?」

 

「そ、呪詛師が呪霊を増やす理由なんて星の数ほどあるさ、でも僕が行ったときね箱の数に比べて呪霊の数が極端に少なかったんだ」

 

「誰かが持って行ったということか? だが、それこそ呪霊操術の範疇だろう」

 

「そこなんだよね、もし傑と同じ術式を持ってるやつがいたら話は別だけど、ほぼほぼありえないね、さて、伊地知、君の報告ついでに今の話をまとめてみようか」

 

「は、はい、まず今回の呪霊大量発生についてですが、原因は恐らく二つだと思われます。一つはその箱、もう一つは何者かがネットの掲示板にとあるサイトを作ったことが原因とされます」

 

 そう言って伊地知はタブレットにそのサイトを映す。

 

「…なんでもぶちまけまShow?」

 

「言うだけならタダ! 誰も傷つかない、日頃の不安を書き込みまShow!…なにこれ?」

 

「このサイトに書き込む人は千差万別です、かなり腕の良いプログラマーが作ったのか、ある程度は外国の言葉も訳す機能があるため、国内外問わず多くの人がこのサイトを利用しています」

 

「サイトに悪口を書き込むなんて誰でもしてるんじゃないか?」

 

「待って傑、これ術式が使われてるね、必ず負の感情を捻出できるようになってる」

 

 五条がアイマスクを外して確認する。

 

「はい、まさに五条さんの言う通りです。何らかの術式によってこのサイトに呪力が集まっており、恐らくそれを何らかの形で使用しているのかと」

 

 伊地知がサイトを冷静に分析する。

 

「なるほど、この二つによって急激に呪霊が大量発生していたのか」

 

「この間の悟の報告にあった特級が関係しているのかもね」

 

「その特級呪霊共は知能が俺らと変わらねんだろ? 呪詛師と連携を取ってるとしたら厄介だな」

 

 全員が意見を出し頭を捻り悩ませていると夜蛾が口を開く。

 

「現状、判断材料が少なすぎる。今優先すべきは発生呪霊の排除と生徒達の強化だ、任務先で怪しい物を見つけたらすぐに報告、箱は絶対回収だ、なにか他に意見はあるか?」

 

 全員が頭を横に振り、会議は終わった。

 

 五条は教室へと向かい三人に向かって今朝の会議の話をする。

 

「とゆーわけで今後の任務は、箱は回収、怪しい物は即報告でよろしく〜」

 

「中々大変なことを軽く流された気がするんですけど」

 

「本当にそのへんテキトーよね、五条先生は」

 

「五条先生も疲れてるんですよ」

 

「そうそう、最近任務続きでね、今日も午後から任務だよ〜。あ、刹那は今日と明日休みもらえたんだっけ?」

 

「はい、伊地知さんが調整してくれました」

 

「あの野郎、僕には任務ボンボン投げるくせに」

 

「アンタが最強だからでしょ(棒)」

 

「心込めて言ってくれたらお土産にケーキ買ってきちゃう」

 

「イケメン目隠し! かっこいい!」

 

「流石、現代最強〜!」

 

 ガラッ! 

 

「悟、早く授業を始めろ」

 

「ちぇー分かったよー」

 

 廊下から任務出発前の夏油が口出しして五条はしぶしぶチョークを握り授業を始めた。




山場に向けて動き出します。


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第二十ニ話 品定め

いつの間にかお気に入り200近くになってて驚きました!
応援ありがとうございます!
拙い国語力で不快にさせてしまうこともあると思いますが、鋭意制作してまいります!


 毎日授業を受け、任務をこなし、時々遊んだりする。そんな日々を過ごしていたが八月半ばにちょっとした事件が起きる。

 

 体術の授業の休憩中にそれは起きた。

 

「もっと自販機の種類増やせないのかしら?」

 

「無理だろ、入れる業者も限られてるしな」

 

 二人の影がパシリをしている釘崎と伏黒の前に現れる。

 

「なんでこっちいるんですか禪院先輩」

 

「あ、やっぱり?なんか雰囲気近いわよね?」

 

「嫌だなぁ伏黒君、それじゃあ真希と区別がつかないわ、真依って呼んでちょうだい」

 

「コイツらが乙骨と三年の代打か…」

 

「あれ?刹那はどこ?あの子一年よね?」

 

「ふむ、できれば会いたかったが、いないなら仕方ないな。本来の目的は元々こっちだ」

 

 思いがけない名前が出てきて二人はフリーズする。

 

「なんで京都校の先輩が刹那のこと知ってるんですか」

 

「ん?あぁ、共に拳を交えた仲だからな」

 

「色々お話ししたのよ、この前御三家に挨拶しに来た時に」

 

 なぜかキメ顔をしながら答える東堂と澄まし顔で当然のように言い放つ真依。

 

 そして突然東堂は上着を脱ぎだし伏黒に向かって質問する。

 

「そんなことより、伏黒恵!答えろ、お前はどんな女が好み(タイプ)だ!」

 

「はぁ? なんで初めてあった人にそんなこと教えなきゃならないんですか」

 

「そうよ、ムッツリにはハードル高いわよ」

 

「おい」

 

「京都校三年東堂葵、自己紹介終わり、これでお友達だな。早く答えろ、男でもいいぞ」

 

「なんでそれを言わなきゃならないんですか」

 

「品定めだ、性癖にはその男の全てが反映される。女のタイプがつまらん奴はそいつ自身もつまらん、俺はつまらん男が大嫌いだ」

 

 東堂が持論を説明すると、伏黒は仕方なしに答える。

 

「別に、その人に揺るがない人間性があればそれ以上は何も求めません」

 

 伏黒は東堂を真っ直ぐ見て答える。

 

「あら、アンタにしては悪くない答えね、巨乳好きとか抜かしてたら私が殺してたわ」

 

「うるせぇ」

 

 直後、東堂は涙を流す。

 

「退屈だよ、伏黒」

 

 ゾクッ

 

 伏黒が身の危険を感じ、全身に悪寒が走る。

 

 ドォッ! 

 

 伏黒は咄嗟にガードするがとてつもない衝撃のラリアットと共に遥か後方へと吹き飛ばされる。

 

「ちょっ、伏黒!」

 

 釘崎が追いかけようとするが、後ろから真依に捕まり銃を向けられる。

 

「あ~あ可哀想、二級術師として入学した天才でも東堂先輩の前じゃただの一年生だもんね、後でなぐさめてあげよーっと」

 

「…似てるって思ったけど全然だわ、真希さんの方が百倍美人。寝不足か?毛穴ひらいてんぞ」

 

「口の聞き方、教えてあげる」

 

 釘崎に煽られ真依がキレると突然真依は銃を取り上げられる。

 

「真依先輩…何があったかは知らないですけど、銃は人に向けたら危ないですよ、野薔薇ちゃんも先輩には敬語を使うべきですよ?」

 

「「刹那!」」

 

 釘崎と真依は同時に名前を呼び、釘崎は真依の拘束から抜ける。

 

「今日任務じゃなかったの?」

 

「近場だったのですぐに終わりました」

 

「久し振りねぇ、刹那」

 

「お久しぶりです真依先輩、打ち合わせの付き添いですか?」

 

 刹那が現れたことで一気に緊張感が切れる。

 

「ところで、お二人は何を…?」

 

「こいつがマウント取ってくるからムカついたのよ!」

 

「敬語を使わない後輩を躾けようとしたのよ」

 

 二人共こいつがこいつがと話の収集がつかなくなりかけた時、刹那が二人の手を取る。

 

「良く分からないですけど、取り敢えず仲直りしましょうよ」

 

「「なんでこいつと!?」」

 

 手を振りほどこうとするが、二人共なぜか全く力がはいらずに無造作に握る刹那の手を振りほどけない。

 

「…刹那、術式使ってるわね?」

 

「ちょっ、こんな下らないことに術式使うの?」

 

 そう言うと刹那がムッとした顔をして反論する。

 

「くだらなくなんかないですよ、誰だって親友と尊敬する先輩が仲違いするのは見たくないですっ」

 

 刹那の持論を二人は聞き、手を握るまでとはいかず、打ち合わせる。

 

 パァン

 

「今回は"親友"の刹那に免じて許してあげるわ」

 

「"尊敬される先輩"の優しさよ、今回は見逃してあげるわ」

 

 お互いにマウントを取りあうと、そこに真希が現れる。

 

「意外だな野薔薇、お前真依と仲良くなったのか?」

 

「真希さん!違いますよ、誰がこんなやつと!」

 

「落ちこぼれの真希じゃない」

 

「落ちこぼれはお互い様だろ、お前だって物に呪力篭めるばっかで術式もクソもねぇじゃねぇか」

 

「呪力がないよりマシよ、上ばかり見てると肩がこるからたまにはこうして下を見ないとね」

 

「あ~やめやめ、底辺同士でみっともねぇ。交流会でケリつけようぜ、野薔薇、刹那」

 

 手をヒラヒラ振って釘崎と刹那に目配せする。

 

「ギタギタにしてやるわ!」

 

「野薔薇ちゃん、人気アニメのいじめっ子みたいな言い回しになっちゃってますよ」

 

「刹那も災難ねぇ、こんなゴリラに囲まれて」

 

「あんたんとこの三年もゴリラだろうが」

 

「それは否定しないわね」

 

「やっぱお前ら仲いいだろ?」

 

「「良くない!」」

 

「仲いいですね」

 

「「良くないってば!」」

 

 三人で話していると、そこに東堂と狗巻、パンダに抱えられてるボロボロの伏黒がやってくる。

 

「あらら、恵君、随分こっぴどくやられましたね」

 

「でも恵、結構健闘してたぞ」

 

「しゃけ!」

 

「先輩…頭痛いんで…あんまり大声出さないでください」

 

 伏黒はぐったりしながら答える。

 

「帰るぞ、真依」

 

「あら、もういいの?」

 

「これから高田ちゃんの個握があるからな、電車の乗り換えを間違えようものなら何をしでかすか分からんぞ、俺は。それに今回の交流会、退屈し通しってわけでもなさそうだ」

 

「葵先輩、あんまり暴れないでくださいね」

 

「おぉ刹那、居たのか。悪いな、お前と話したいのは山々だが時間が迫っている、交流会でまた会おう」

 

 東堂は頭の上で二本指をたて、さっさと走っていく。刹那もなんとなく手を振る。

 

「じゃあね、交流会はこんなものじゃ済まさないわよ」

 

 真依も東堂の後を追って行く。

 

「何勝手に勝った感出してんだ!制服置いてけゴラァ!!」

 

「ちょ、野薔薇ちゃん落ち着いて!」

 

 腕をブンブン振って威嚇する釘崎をなだめる。

 

「よせ野薔薇、ここじゃ勝っても負けても貧乏クジだ。交流会でケリつけんぞ」

 

「…真希さん、さっきの呪力が無いって本当ですか?」

 

「あぁ本当だよ、私は呪力がないから呪霊も眼鏡が無いと見れねぇしお前たちと違って初めから呪具、呪力のこもってるもんを使ってる」

 

「じゃあなんで呪術師なんか…」

 

「実家への嫌がらせだよ、出てった奴が大物になってたらおもしれぇだろ?」

 

 真希はいたずらにニヤリと笑って見せ、釘崎は頬を赤らめ、元気に言い放つ。

 

「私は真希さんのこと尊敬してますよ!」

 

「僕もです!」

 

 二人の後輩は真希に向かって羨望の眼差しを向ける。

 

「はいはい、分かったよ」

 

 照れくさそうに真希は答えた。




これからもお気に入り登録300人の方にしてもらえるような作品にできるように頑張ります!
何かあればどんどん厳しく指摘していただけると嬉しいです、何卒宜しくお願いします!


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第二十三話 サプライズ

ワンちゃん今日中にもう一話出せるかも、、、


 ──

 

 東堂達が来た日の夜、刹那はいつものように虎杖のいる地下室へと向かった。

 

 コンコンコン

 

「はいりますよ、悠仁君」

 

 ノックをし、ドアを開けて中に入るが虎杖の姿はない。

 

「…いない」

 

「悠仁なら今は任務に行ってるよー」

 

 後ろから大きく広島と書かれた袋をぶら下げた五条が現れ、刹那の疑問に答える。

 

「五条先生、任務はどうしたんですか?」

 

「そんなもん秒殺して新幹線で帰ってきたよ〜。あ、これお土産のもみじ饅頭ね」

 

 そう言って五条は袋を刹那に渡す。

 

「皆の分だから独り占めしちゃ駄目だよ?」

 

「しませんよ、悠仁君には誰が付いてるんですか?」

 

「七海がついてるよ」

 

「七海さんですか…任務は問題ないと思いますけど、本人はちゃんと休めてるか心配ですね…」

 

「あ、そうだ刹那、久し振りに稽古つけてあげようか?」

 

 五条が話を急転換させる。

 

「急ですね五条先生、出張で疲れてるんじゃないんですか?」

 

「たまには可愛い生徒の成長を見たくてね」

 

 五条は考えを悟らせないように言葉を濁すが、刹那に嘘は通じない。刹那はあえてその提案に乗る。

 

「…分かりました、じゃあ移動しましょう」

 

「そうこなくちゃね」

 

 二人は高専内の稽古場へと移動する。

 

「術式は使用可ですか?」

 

「それじゃあ殺し合いでしょ。ただの体術だよ」

 

 二人が向かいあい、準備運動がてらに組み合う。

 

 バッ! シュッ! トトッ、クルッ

 

 お互い呼吸を乱さない程度の動きで喋り始める。

 

「ハハッ! ちょっと見ない間にまた強くなったんじゃない?」

 

「そんなことより」

 

 五条の拳を避け、腕と腕を重ねて止まる。

 

「話したいことがあるんじゃないんですか?」

 

「フフ、じゃあこのまま話そうか」

 

 手合わせをジャブ程度に続けながら話し始める。

 

「この間話した件なんだけど」

 

「この間…呪霊の大量発生と箱ですか?」

 

「そうそう、その件でね、中々まずいことが起こってんだよね」

 

「珍しいですね、楽観視しがちな五条先生が後ろ向きな発言をするなんてっ」

 

 ヒュウゥッ ヒョイッ

 

 ハイキックを繰り出すが容易く回避される。

 

「僕も人間だからね、そりゃあちょっとくらい弱音を吐くことだってあるよ」

 

「ふーん。それで、何がまずいんです?」

 

「いやー見つけた箱を厳重な管理の元、全部開けてみたんだよね、そしたら数十個に一個くらいの確率で呪いが込められた札が中に貼ってあってさ」

 

「当たりクジみたいですね、それの何が問題なんですか?」

 

「非術師が見つけてさ、例のサイトに載っけちゃったんだよね」

 

「…なんとなく分かりました」

 

 ダンッ! 

 

 刹那は飛び退いて距離を取る。

 

「それ、かなりまずくないですか?」

 

「そうなんだよ、箱に対する負の感情が本格的に集まってきた、今までは"ただの変な箱"だったのが今は"怪しい箱"になってる、しかも例のサイトに載せられたことによって、更に負の感情が箱に集まってる」

 

「呪詛師側の思うツボでしょうね」

 

「その呪詛師を全力で探してるんだけど、隠密に特化したような術師がいるのか、器用に逃げててさ。全然見つからないんだよね」

 

「夏油先生の呪霊を使うのは?」

 

「一級以上特級未満、そんな呪霊が増えまくってるせいでどこもいっぱいいっぱい、傑も任務だよ」

 

「その割には五条先生は暇そうですね」

 

「これでも毎日県を跨いでお仕事してるよ」

 

 そう言って再び組み合いが始まる。

 

「冗談ですよ、じゃあ箱は回収よりも破壊の方がいいんですか?」

 

「それも考えたけど、中に溜まった呪力が霧散すればさらに呪霊が湧く。かなり面倒な呪物だねぇ」

 

「大元を叩くしかないってことですか」

 

「ここまで時間をかけて準備してるんだ、そろそろ何かアクションを起こすはず、青春を楽しむのを忘れずに、刹那も頑張って、ねっ!」

 

 ブオッン! クルッ、トンッ

 

 五条に投げられ、空中で回転し受け身を取る。

 

「あっちゃあ、完璧に入ったと思ったんだけどなぁ」

 

「か弱い乙女を投げないでくださいよ」

 

「あっはは、それ、君には似合わない言葉だね」

 

 話が一段落して二人共休むと扉が開き釘崎と伏黒が入ってくる。

 

「あれ? なんで二人がいんの?」

 

「恵に野薔薇じゃないか、どうしたんだい二人共」

 

「伏黒が今日の昼ボコられて、悔しくて鍛煉したいって言うから付き合ってんの」

 

「ちげぇ、授業中抜けたから遅れを──」

 

「うっさい、同じよ」

 

 ぐぬぬと唸りながらも反論できない伏黒を五条はニヤニヤしながら見る。

 

「じゃ、僕達はそこで見てるから二人は好きなようにしちゃってよ」

 

「言われなくてもしますよ」

 

 伏黒がそういうと二人は組手を始める。

 

「…五条先生、嬉しそうですね」

 

「嬉しくないわけないじゃないか、生徒達がこんなにも成長しているのを見られるんだ」

 

「そういうもんなんですね」

 

「刹那も大人になれば分かるよ」

 

 そういものかと考え、二人の組手をボーッと眺める。やがて組手は終わり各々自室へと戻って行った。

 

 時間が経ち、交流会の当日早朝、とある部屋にて虎杖生存を知る三人が集まっていた。

 

「七海ぃ、なんか面白い話ししてぇー」

 

「……」

 

 五条は椅子にだらしなく腰掛け、新聞を読んでいる七海に無茶振りをするが、完全に無視される。

 

「よし分かった! じゃあ廃棄のおにぎりでキャッチボールしながら政教分離について語ろうぜー、そんで動画あげて炎上しようぜー!」

 

「お一人で」

 

「うっわ七海、つまんな、ユーモアがない大人はモテないよ?刹那もそう思わない?」

 

「すいません、僕も七海さんと概ね同意見です」

 

 同意を求める五条に苦笑しながら刹那は答え、それならばと突然ゲームを始める。

 

「五条悟の好きな場所で山手線ゲーム!!」

 

 パンパン! 

 

「全部!!」

 

「その調子で頼みますよ、今の虎杖君にはそういう馬鹿さが必要ですから」

 

「…重めの任務ってそういう意味じゃなかったんだけどなー」

 

 アイマスクを整えながら五条は呟く。

 

「吉野って子の家にあった指について悠仁に──」

 

「言ってません、彼の場合不要な責任を感じるでしょう」

 

「お前に任せて良かったよ」

 

「あ、その指はどうされたんですか?」 

 

「上に提出しましたよ、五条さんに渡すと食べさせるでしょうし」

 

「チッ!」

 

「それより、私が遭遇した特級含め、最近呪霊の発生とその強さが格段に上がっています、そのせいで特級の出番が増えてるんじゃないんですか?」

 

「お前が僕の心配するなんて今日は雨でも降るんじゃない?」

 

「誰も貴方の心配はしていません、私は刹那さんの心配をしているんです」

 

「僕ですか?」

 

「貴方は以前から私に休息も必要と言って任務を代わったりしますが、自身を犠牲にするようなやり方は良くないですよ」

 

「…術式のおかげで疲れは溜まりませんよ」

 

「貴方はまだ子供なんです、体の疲れは無くせども心の疲れは確実に出ます。あの五条さんでさえ疲労は溜まるんです、少しは自分の体調も鑑みるべきかと」

 

「なんか、五条先生に言われるより説得力が凄いです…」

 

「流石の僕でも傷ついちゃうよ?」

 

「先生ー!!」

 

 三人が話していると後ろから虎杖が大声をだして五条を呼ぶ。

 

「あ、刹那とナナミンもいる!」

 

「おはようございます悠仁君、いよいよ皆と対面ですね」

 

 ワクワクと言う言葉が見えるかのように、わかりやすく笑顔を振りまく虎杖。二人で喜んでいると五条が横入りする。

 

「悠仁、もしかしてここまで引っ張って普通に登場するつもり?」

 

「え、違うの!?」

 

「死んでた仲間が二月後、実は生きてましたなんて術師やっててもそうないよ」

 

 そこまでいって五条はいつものようにニヤリと笑ってみせる。

 

「やるでしょ、サプライズ!!」

 

「サプライズ…」

 

「ま、僕に任せてよ、他の一年は驚きで泣き笑い、二年も京都校ももらい泣き、嗚咽のあまりゲロを吐くものも現れ、最終的に地球温暖化も解決する」

 

「イイネ!」

 

「地球温暖化解決…!素晴らしいアイデアですね!」

 

 刹那と虎杖はかなり前向きにサプライズを考えている。

 

「なにしたらいい!?先生俺何したらいい!?」

 

「何もするな!!ただ僕の言う通りにしろ!!」

 

「だから何したらいいいい!?」

 

「生きてるだけでサプライズでしょうに…」

 

 ──

 

 数時間後

 

 大きな箱に虎杖は詰められ、作戦の確認中

 

「俺はこの箱から飛び出せばいいんだよね?」

 

「そう!僕が完璧なタイミングで合図を出すから悠仁はそこで飛び出す!そしてその時刹那がクラッカーをパ~ン!…う~ん、我ながら完璧なシナリオだ」

 

 三人は今まさに既に両高校が集まっている所にサプライズで行く所だ。 

 

「皆さん喜んでくれますかね」

 

「無問題!このGTGが考えたプランに隙はない!」

 

「すっげぇー!流石最強!」

 

「よし、そろそろ行くよー!」

 

 三人は目的地へと走る。

 

「おまたー!!」

 

 勢いよく大きな箱をガラガラと押して乱入し、後ろから刹那も追いつく。

 

「チッ、五条悟!」

 

「やあやあ皆さんお揃いで、実は海外出張に行ってましてね」

 

「なんか語りだしたぞ」

 

「はい、お土産京都校の皆さんにはとある部族のお守り。あ、歌姫のはないよ」

 

「いらねぇよ!」

 

 そしてくるりと東京校にの方に振り返る。

 

 刹那はクラッカーを準備する。

 

「そして東京都の皆さんにはコチラ!!」

 

「ハイテンションな大人って不気味ね」

 

 釘崎が呟く。瞬間

 

 バゴッ!! パァン! パァン! 

 

 鈍い音と同時に刹那がクラッカーを鳴らし、箱の中から虎杖が飛び出る。

 

「故人の虎杖悠仁君でーす!」

 

「はい!おっぱっぴー!」

 

 三人のサプライズは実を結ぶことなく、その場の全員が沈黙し、京都校に至ってはお土産に夢中になっている。

 

「……な、なぁ刹那…」

 

「…言いたいことは良く分かりますよ…」

 

 二人が落ち込む他所で楽巌寺学長はひときわ驚きの表情をあらわにする。

 

「宿儺の器!?どういうことだ…」

 

「楽巌寺学長ー!いやー良かった良かった、びっくりして死んじゃったらどうしようかと思いましたよ」

 

 クックッと嗤う五条に、楽巌寺は悪態をつく。

 

「糞餓鬼が…!」

 

 ガンッ

 

 釘崎が虎杖が入っている箱を蹴り、虎杖と刹那は姿勢を正す。

 

「おい、何か言うことあんだろ」

 

 涙を浮かべながらも釘崎の剣幕に押される。

 

「生きてること黙っててすんませんでした…」

 

「刹那も!」

 

「すみませんでした…」

 

 サプライズ演出を含めた挨拶が終わり、両校ミーティングへと移る。

 

「あのぉー、これは見方によってはとてもハードないじめでは…」

 

 虎杖は罰として額縁を顔に合わせて持たされ正座させられていた。

 

「うるせぇしばらくそうしてろ」

 

「恵君…僕のこれは…」

 

「お前も甘んじて受けとけ、あいつよりマシだろ」

 

 刹那も正座させられ、謝罪が書かれたプレートを首からかけていた。

 

「まぁまぁ、事情は説明されたろ、許してやれって」

 

「喋った!」

 

「しゃけしゃけ」

 

「なんて?」

 

 二人?の先輩の言葉に虎杖は反応し、伏黒が説明を挟む。

 

「狗巻先輩は呪言師、言霊の増幅・強制の術式だからな、安全を考慮して語彙絞ってんだよ」

 

「死ねっつったら相手死ぬってこと?最強じゃん」

 

「そんな便利なもんじゃないさ」

 

 パンダがさらに補足する。

 

「実力差によってケースバイケースだがな、強い言葉を使えばデカい反動がくるし、最悪自分に返ってくる。語彙絞るのは棘自身を守るためでもあんのさ」

 

「ふーん、で、先輩はなんで喋れんの?」

 

「他人の術式をペラペラと…」

 

「いいんだよ、棘のはそういう次元じゃねーから、んなことより悠仁、屠坐魔返せよ。悟に借りたろ」

 

 真希に言われ、虎杖は自身で壊したことを思い出してカタコトで嘘をつく。

 

「…五条先生ガ…持ッテルヨ」

 

「チッあの馬鹿目隠し」 

 

 雑談を終わらせて作戦会議に移る。

 

「で、どうするよ。団体戦形式はまぁ予想通りとして、メンバーが増えちまった。作戦変更か?時間ねぇぞ」

 

 そこで正座してプレートを掛けたままの刹那が答える。

 

「あ、それに関しては問題ないですよ」

 

「その前にまずやめていいぞ、それ」

 

 刹那はプレートを外して足を気持ちよく伸ばす。

 

「で、何で問題ないんだ?」

 

「このニヶ月の半分、悠仁君を僕と五条先生でみっちりしごきました。向こうの葵先輩とも手合わせしましたが、確信を持って言えますよ、呪力無しでやり合ったら悠仁君が勝ちます」

 

「それに関しては俺も同意ですね」

 

「それは刹那を含めてか?」

 

「あ~それは絶対無理、俺一ヶ月間で一本も取れてねぇもん」

 

 まぁそれは仕方ないというような表情で全員が頷く。

 

「じゃあ人数はどうすんだよ? こっち一人多いから抜かなきゃなんねぇぞ」

 

「あ~、僕、教員の監督側に移ることになったので…」

 

「えー!? 刹那抜けんの?」

 

「はい…えっと、色々あって」

 

 しどろもどろになりながら説明しようとすると、五条が現れ代弁する。

 

「まぁ、説明しにくいのも無理はないけどね。最近異常発生してる呪霊とその他諸々の事情があるから、特級は全員いつでも動けるように可能な限り待機しろって上の奴らが言ってんのよ、ビビリだよねぇ〜」

 

「そういうことなら仕方ねーな」

 

「でも心配ないよ、悠仁の強さは僕と刹那の折り紙つきだ」

 

「悟がそこまで言うんだ、期待するぜ悠仁」

 

「しゃけ!」

 

「ヘマしたら承知しねーぞ、悠仁」

 

「押忍!頑張ります!」

 

 ミーティングが終わり全員が所定につくと、伏黒が虎杖に問いかける。

 

「虎杖、大丈夫かお前」

 

「おーっなんか大役っぽいけど大丈夫だべ」

 

「そうじゃねぇ、お前、何かあったろ」

 

「あ?何もねーよっ」

 

 一度誤魔化す虎杖だが、伏黒は確信を持って虎杖を見つめ、根負けする。

 

「……あった。けど大丈夫なのは本当だよ、むしろそのおかげで誰にも負けたくねーんだわ」

 

「……ならいい。俺も、割と負けたくない」

 

「何が割とよ、一度ぶっ転がされてんのよ!? 圧勝!! コテンパンにしてやんのよ!! 真希さんのためにも!!」

 

「……そーいうのやめろ」

 

「明太子!!」

 

「そう、真希のためにもな!!」

 

「へへっ、じゃあ、勝つぞ」

 

「勝手に仕切んなっ」

 

 でしゃばる虎杖の背に真希は蹴りを入れる。

 

 姉妹校交流会が今、始まる。



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第二十四話 襲撃

見てくださってる方がどんどん増えていて嬉しいです!
ありがとうございます!


 ────

 

 教師陣監督サイド

 

「五条先生、僕ってここにいていいんですか?」

 

「大丈夫でしょ、傑もいないから席は空いてるし」

 

「そういうことじゃないんですけど…」

 

 大きなモニターの前で両校の教師と一級術師の冥冥が座る。

 

「そう、理由は違うが君はここにいても問題はないよ」

 

「まぁ、それが上層部の判断なら僕は従うしかないですし、あまり気にしてませんよ…」

 

 わかりやすく落ち込むが五条がポンポン肩を叩く。

 

「大丈夫大丈夫、来年は絶対できるようにしてあげるから、来年駄目だったら最悪僕が暴れてあげる」

 

「フフッ、嬉しいですけど絶対やめてくださいね」

 

 その様子を見ている歌姫は複雑な気持ちを呟く。

 

「…あいつもなんだかんだ教師なのよね…」

 

「昔の彼からは想像がつかないね」

 

「さて、とそろそろだね」

 

 ガチャッ

 

 五条はマイクを持ち開始一分前の合図を出す。

 

「開始一分前でーす、ではここで歌姫先生のありがた〜激励のお言葉をいただきます」

 

「はぁ!? え…えーっと、あー…ある程度の怪我は仕方ないですけが、そのぉ…時々は助け合い的なアレが…「時間でーす」」

 

「ちょっ、五条!! アンタねぇ」

 

「それでは、姉妹高校交流会スタァートォ!!!」

 

「先輩を敬えぇ!」

 

 かくして姉妹交流会がスタートした。

 

 早々に両校が激突し、個人たちで戦いがスタートした。

 

 真希と三輪、メカ丸とパンダ、加茂と伏黒、

 

 西宮と釘崎、東堂と虎杖がそれぞれ戦っている。

 

「…これって呪霊祓ったら勝ちなんですよね?」

 

「そうだよ? 皆ゲームに興味無さすぎだよねー」

 

 五条が軽口を叩きながら観戦を続ける。

 

 真希が戦っている場面を見て冥冥が上品に笑う

 

「ふふ、面白い子じゃないか、さっさと二級にでも上げてやればいいものを」

 

「僕もそう思ってるんだけどさー、禪院家の奴らが邪魔してるくさいんだよねー」

 

「金以外のしがらみは理解できないな」

 

「ねぇ冥さん、さっきから悠仁周りの映像よく切れるね、ぶっちゃけ冥さんってどっち側?」

 

「どっち側? 私は常に金の味方さ、金に変えられないものに価値はないからね、なにせ金に変えられないんだから」

 

「はぁー全く、いくら積んだんだか」

 

 ボッ

 

 勝敗を決定するための呪符が赤く燃える。

 

「お、動いたね、一体一かぁ、皆、個人戦みたいにしてるねぇ」

 

「なんで皆仲良く出来ないのかしら」

 

「歌姫に似たんでしょ」

 

「私はあんただけよ」

 

 そういってる間にもどんどんと棄権者が増えていく。

 

 メカ丸、釘崎、真依が既にリタイアしていた。

 

「あ、霞先輩…」

 

「あ~あ、寝ちゃった」

 

「私行ってくるわ、呪霊がうろつく森で放置はできないでしょ」

 

「そうさの、三輪が心配じゃ、早う行ってやれ」

 

 ゾクッ

 

 歌姫が席を立った瞬間、教員サイド、恐らく生徒も異常な呪力を感じる。

 

 教員サイドは全員が外へ出る。生徒達がいる会場の上から帳が降り始め、情報役伝達役の冥冥を除いて全員が急いで駆け出す。

 

「帳が下り始めてますね」

 

「五条! あんただけ帳が下りきる前に先入んなさい!」

 

「いや無理」

 

「はぁ!?」

 

「あの帳、視覚効果より術式効果を優先してるようです、呪詛師の仕業かと」

 

 全員走り、すぐに下りきった帳の前に到着する。

 

「ま、下りたところで壊せばいいだけでしょ」

 

 バチィ! 

 

 五条が帳に触れると触れた手が弾かれる。

 

「ちょっと五条! なんであんたが弾かれて、私達が入れるのよ」

 

「そういうことか、三人共先に行って、これ五条悟の侵入を拒む代わりにその他全員が侵入可能な結界だ」

 

「余程腕が立つ呪詛師がいる、しかもある程度こちらの情報を把握してるね」

 

「五条、中にはどの程度の呪霊がおる」

 

「んー、確証はないけど、特級クラスが二体かな」

 

「二体!?」

 

「やんなっちゃうよねー、特級の価値が下がっちゃうよ」

 

 帳の前で現状の確認をする。

 

「刹那、僕が入れない以上、特級の相手は弱々歌姫やお爺ちゃんにはちとしんどいからね、頼んだよ」

 

「…努力します」

 

「はい! 早く行った行った!」

 

 ドプンと深い海に入ったかのような音と共に帳の中に入る、中は強大な呪力が渦巻いている。

 

「なんて濃い呪いの気配!」

 

 歌姫の呟きの直後、前の階段から斧を携えた男が降りてくる。

 

「おいおい、おいおいおい! 五条悟いねぇじゃん」

 

「歌姫、刹那先にいけ生徒の保護を優先、極力戦うな」

 

「「了解」」

 

「待て待て! せめて女を殺らせろ! 老いぼれのスカスカの皮と骨じゃ何も作れねぇよ!」

 

「スカスカかどうかは…儂を殺して確かめろ」

 

「牛乳飲んで出直してこい、老いぼれ」

 

 和服を脱ぎ、ギャップの激しいギターを装備し、ロックな衣装になる。

 

 タッタッタッタ

 

 しばらく走り地理の三分の一ほどまで走る。

 

「歌姫先生、ストップです」

 

「え!?」

 

 ザザァー、ピタッ

 

「どうして? 急がなきゃ」

 

「来客です」

 

 ジャララッズゥン

 

 建物の影から一人のサイドテールの男と四肢に鎖をつけた様々な動物を掛け合わせたかのような呪霊が現れる。

 

「わぁー! 可愛い女の子!」

 

「趣味の悪い剣ですね」

 

「あ、これ? いいでしょ、柔造が作ってくれたんだよ、さっきあったでしょ? お前は非力だから刀からも握ってもらえって」

 

 ヂャリヂャリッ! 

 

「俺もこいつもそろそろ限界なんだよね〜」

 

《フーッフーッ!》

 

「歌姫先生、先に行っててください。皆さんの位置が分かる人がいないとどうしようもない」

 

「大丈夫なの?」

 

「見たところ、一級以上特級未満ですかね、でもなーんかおかしいんですよね、この呪霊」

 

 刹那は異質な気配を感じながらも刀を抜き、歌姫に先行するように言う。

 

「信じてるわよ!」

 

 ダッ! 

 

「あ、逃さないよ〜」

 

 歌姫を狙い、動き出そうとする男を刹那が術式を使い蹴り飛ばす。

 

 ズドコォ! 

 

「ゴフォッ」

 

「…少し寝ててください」

 

《ゴモォォォオアァ!!》

 

「別に貴方にも興味は無いんですがね」

 

 ジャラララ!! 

 

「おっと」

 

 トンッ、ズガガガ! 

 

 呪霊の腕の鎖が刹那に向かって伸び、地面を抉る。

 

 キュイン! 

 

 伸びた鎖を避け、足元の鎖を斬ると霧散していく。

 

「残らない…呪力で顕現したもの、これが術式ですか」

 

《ゴアァァァ!》

 

 呪霊は腕を思い切り縦に振る。

 

 ガクンッ

 

「っ??」

 

 刹那の体が一瞬重くなるが術式で自身に対する効果を無くして対応する。しかし、それに違和感を覚える。

 

「地面が沈んでる…重力操作の類? いや、だとしたら鎖はなぜ…」

 

《ブオー!》

 

 痺れを切らしたのか、呪霊は鎖をジャラジャラと伸ばしながら突撃してくる。その間に刹那は刀を二本抜き、その場で空に向かって斬撃を可能な限り繰り出し納刀し術式を前方に展開する。

 

「術式反転 残響」

 

 ドドドドッ、バラッ、ボトボトボト

 

《ゴファァッ…?》

 

 呪霊は刹那が斬撃した場所に向かって突撃すると呪霊は細切れになり霧散していく。

 

「今は皆さんの安全が先決ですね…」

 

 刹那はその場を後にして歌姫を追いかける。

 

 追いつくと既に釘崎と真依と合流しているのを発見する。

 

「あ、野薔薇ちゃん! 真依先輩!」

 

 刹那が声をかけると気づき軽く手を振ってくる。

 

「無事で良かったわ、あの呪霊と呪詛師は?」

 

「呪霊は祓って呪詛師は気絶させました」

 

「ねぇ刹那、今これどうなってんの?」

 

「正体不明の侵入者としか言いようが無いですね」

 

「呪詛師側の襲撃かしら」

 

「現状、そう考えるのが妥当ね」

 

 四人で状況整理をしていると突然帳が上がる。

 

「お、上がった」

 

「後は五条が大体なんとかするわ、あなた達は先に高専に戻ってなさい」

 

 プァ────ー!!!!! 

 

 歌姫が指示を出した途端に大きなラッパのような音がなり、耳を塞ぐ。

 

 キィ──ン

 

「──!! うるっせぇ!」

 

「言葉遣いが野蛮ねぇ、まるで猿の発情期みたい」

 

「んだと、ゴルァ!?」

 

「喧嘩はやめましょうよ〜、耳が痛いです」

 

「なに今の…何かの合図?」

 

 ドドドギャリリリィ!!! 

 

 次に聞こえてきたのは、木々をなぎ倒す破壊音。

 

「あ、これは五条先生の仕業ですね」

 

「相変わらずとんでもない術式だこと」

 

「何でもいいわよもう、取り敢えず戻りましょうか、治療も受けたいし」

 

「歌姫先生、この感じだと五条先生が全員保護してそうなので戻りましょう」

 

「そうみたいね、戻りましょうか」

 

 高専に戻ると硝子が狗巻、伏黒、真希、加茂の治療をしている。

 

「おや、また怪我人かい?」

 

「硝子! まだ戻ってきてないのは誰?」

 

「えっとですね、虎杖と東堂君ですね」

 

 合流してほどなくすると東堂と虎杖が帰ってくる。

 

「あー! 疲れたー!!」

 

「フッ、流石は虎杖(マイブラザー)ピンチを乗り越え笑っていられるその姿、昔から変わらないな」

 

「だから俺はお前と同中じゃねーって!」

 

「貴方達! 無事で良かったわ」

 

「一部重症人はいますけど、皆無事ですね」

 

 そこに空から五条が現れる。

 

「やっほー皆、おつかれサマンサ!」

 

 参加者が満身創痍の中、勢いよく登場する五条のテンションに誰も乗ろうとしない。

 

「えー! 皆ノリ悪いよー? 、ねー! 悠仁ー!」

 

「いやいや先生、流石に皆のこと考えよーぜ。疲れてるんだよ」

 

「酷い、悠仁まで僕を見捨てるんだ…」

 

「悠仁、そいつに反応するだけ無駄だ、無視しろ」

 

「今度皆の宿題三倍ね」

 

「はぁ!? なんで私達まで!?」

 

「呪術師は組織でーす! 連帯責任を取ってもらいまーす!」

 

「てめぇ! 悟!」

 

 無下限で五条に触れることができずに諦め、五条はそれを煽る。その姿はどちらが子供か分からない。

 

 しばらくした後に夜蛾に捕まり、五条は説教をされるのだが。

 

「悟…仮にも教員だろう、こんなことがあった時、問題解決に務めるのがお前の役目だ」

 

「もー、分かったよ、分かったから」

 

 五条は反省の色を見せずにいる。

 

「夜蛾、このことについて会議をするぞ、会議室はどこだ?」

 

「こっちです、悟、冥冥さんも来てくれ」

 

 教員と冥冥は会議室に集まっていく。

 

「取り敢えず全員治療は施したから、なるべく今日は安静にしていなさい」

 

 硝子にそう指示され各々、今日は休息に努めた。




ここから完全にオリジナルストーリーになっていきます。
全員分の戦闘シーンを書くつもりなので時間がかかると思います。


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第二十五話 休息

お気に入り250人突破!ありがとうございます!


 硝子から休息を進められ生徒は全員休む、その中で東京校一年生は医務室で休んでいる伏黒の元へ集まってた。

 

「アンタ、いつの間にあのゴリラと仲良くなったのよ」

 

「いや、仲良くなったっつーか…」

 

「そうですね、あんまりその周りの映像見れなかったので気になります」

 

「記憶はあんだけどあの時は俺が俺じゃなかったというか…」

 

「何アンタ酔ってたの?」

 

「あそこってマタタビとか自生してましたっけ?」

 

「俺は猫じゃねーし、釘崎は俺があの状況で酒を飲むと思ってるの? ショックなんだけど…」

 

「でもまぁ、伏黒の怪我が思ったより大したことなくて良かったな」

 

「ピザも食べれてますしね」

 

「…確かに今回、被害は比較的少なく済んだ、けどそれより気になることがあった」

 

「何よ、もったいぶらずに言いなさい

 

「俺が対峙した呪霊、気配が変だったんだ」

 

「変?」

 

「あー! それ俺も思った! なんか相手は一体なのに呪力が何体もいる感じっていうか…」

 

「あ、それなら私も高専に戻る途中、何体かそんな感じの呪霊と戦ったわ」

 

「刹那は? そんなやついなかった?」

 

「それ、最近の呪霊の特徴と一致してますね、今日、僕も祓いました」

 

-

 

「やっぱり! なんで? そういうことってあんの?」

 

「いや、少なくとも俺はそんなこと聞いたことねぇな」

 

「あいつは知ってんじゃない? 宿儺」

 

「待て待て、あいつに聞くのかよ」

 

「だってさ、宿儺、お前このこと知ってる?」

 

「話を、聞け」

 

 顔から宿儺の口と目が出てくる。

 

「知らん、興味もない、それよりそのぴざとやらを俺にもよこせ」

 

「"え、もうねーよ」

 

「なんだと、貴様っムグ」

 

 宿儺の口に刹那はピザをねじこむ。

 

「僕、2ピースも食べませんし、差し上げますよ」

 

 もぐもぐと咀嚼音を鳴らしながら食べて飲み込む。

 

「何だこの味は、食えんこともないが、現代の人間の味覚は分からん」

 

「そんなこと言いながらちゃんと食べるんじゃないの」

 

「食い物を粗末にするなど蛮行に等しき愚かな行為、この呪いの王がそのような愚行を犯すか戯けが、俺は寝るぞ」

 

「呪いの王がまともなこと言ってた…」

 

「意外にまともなこと言うんですよね、この人(?)」

 

「じゃあ、今は分かんねーんだな」

 

「あぁ…」

 

「どしたん伏黒? 暗くなって」

 

「虎杖…お前、強くなったんだな…俺は前にお前のことを助けるのに理由はないし助けたことを後悔したことはないって言ったよな」

 

「また小難しいこと考えてんの、ハゲるわよ」

 

「俺の考えてることにきっと答えはない、俺と虎杖、どっちの答えも合ってるだろうし、どっちも間違っている、あとは自分が納得できるかどうかだ、我を通さずに納得なんてできねぇ、弱い呪術師は我を通せねない。俺も強くなる、すぐに追い越すぞ」

 

「ハハッ、相変わらずだな」

 

「私抜きで話進めてんじゃねーよ」

 

「考え方が恵君らしいですね」

 

「それでこそ、虎杖(ブラザー)の友達だな」

 

 四人で話している中に突然現れた東堂はごく自然に会話に混ざってくる。

 

 ガラッ! バヒュン! 

 

 虎杖は窓を乱暴に開け飛び出ていく。

 

「どこへ行く虎杖(ブラザー)!!」

 

「感謝はしてる!! でも勘弁してくれ!! あの時俺は正気じゃなかった!!」

 

「何を言っている!! 虎杖(ブラザー)は中学の時からあんな感じだ!!」

 

「俺はお前と同中じゃねぇー!!」

 

 二人の追いかけっこのよそで職員が集まり、行われている会議では今回の問題が議論されていた。

 

「さて、と、呪詛師側の狙いがこれに入っているのかな? 呪いのDVDなんて貞子かっての」

 

 そう言って五条は"高専呪術師の皆様へ"と丁寧に書かれたディスクを全員にヒラヒラと見せる。

 

「……先刻の交流会、天元様の結界に侵入され特級呪物、宿儺の指六本、受胎九相図1〜3、更には少数ではありますが、いくつか呪物が盗まれました。その時に天元様の護衛の亡くなった術師のポケットに入れられていたものです」

 

 伊地知は入手の経緯を話し、冥冥が五条からディスクを受け取り確認する。

 

「呪力の残穢は無し、非術師に協力でもさせたのかな、いずれにしろ、中身はろくでもないものだろうけどね」

 

「本当は生徒にも見せるべきかもしれないけれど、何が映ってるか分からないし、確認したいところだけれど、どうする?」

 

「これだけ狡猾な呪詛師がわざわざ高専って指定してるあたり、言葉通りにしなければ発動するような術式が隠されているかもしれない。私は大人しく全員で見るべきだと思うね」

 

「僕も冥さんの意見に賛成、動画そのものに呪力の残穢がないあたり強い呪いじゃないだろうし、最悪のことを想定するなら結界でも張ればいいでしょ」

 

「となると、交流会の続きはこれを見て決めるか」

 

「夜蛾、準備は頼んだぞ」

 

「はい、明日の朝にこれを見るように準備を進めておきます」

 

 会議は終わり、京都校と東京校の教師たちは残りの仕事に取り掛かっていった。

 

 翌日

 

 両校の生徒達は詳細を説明され、視聴覚に集まっていた。

 

「お、一年ズ、集まんの早かったな」

 

「ツナ、すじこ」

 

「真希先輩! ♡」

 

「先輩達治ったんだな!」

 

「あぁ、俺は呪骸だし、真希は比較的軽傷、棘は重症だったが硝子のおかげで全快だ」

 

「恵も元気そうだな」

 

「まぁ包帯巻いてますけど一応は」

 

 入口付近で話していると京都校の生徒達も起きてくる。

 

「ちょっと、こんなところで溜まってたら邪魔よ、そんなことも分からないのかしら?」

 

「んだとコラ、寝起きで化粧ミスったか? 口元がたらこんなってんぞ」

 

「貴方こそ昨日撃ったところ大丈夫? 元々お馬鹿さんなのにさらに頭が悪くなったりしてない?」

 

 二人がバチバチと火花を散らしていると他の京都校も続々と集まってくる。

 

「おはよう虎杖、お前の早起きは昔から変わらんな」

 

「おっす、でも何度も言うけど俺とお前は同中じゃねーって」

 

「やぁ伏黒君、体調の方は大丈夫かな?」

 

「俺は平気ですけど加茂さんの方が怪我、やばいんじゃないんですか?」

 

「刹那ちゃんは朝弱いんですねー」

 

「………はい」

 

「すごく眠そうだけど、大丈夫?」

 

「……低血圧なものでして」

 

 意外にも、全員それほどいがみ合うこともなく普通の高校生のような会話をしていると、五条が後ろから現れる。

 

「はーい、皆席についてねー、暗くなるけど映画じゃないからポテチやコーラは禁止だよー」

 

「じゃあテメーの手に持ってるケーキの箱はなんだよ」

 

「だって僕生徒じゃないし、先生はオッケイ」

 

「うわー! 先生ずりぃ!」

 

「そんなわけ無いでしょうが、あんたは教師の自覚を持ちなさい、また遅刻よ」

 

 既に部屋に待機していた教師陣の歌姫が五条に向かって注意する。

 

「冗談だって、これ中身はあのDVDだし」

 

「なんでそんなものの中に入れてんのよ!?」

 

「手頃な箱がなかったからいっかなーって」

 

「いいわけあるかぁ!!」

 

 二人の会話をよそにして生徒達は席につく。

 

「って、もう時間じゃないほら、早く持ってって!」

 

「はいは〜い」

 

 生徒達の前に夜蛾が立ち、詳細を語る。

 

「今日のことは昨日も話した通りだ、先日の侵入者が残していったディスクを君達にも見てもらう。無論、罠の可能性もあるため結界を張っている上、五条も警戒をしている、異常な事態だ、混乱は避けるようにして視聴してくれ」

 

「異常事態ねぇ、そんなもんここ最近お腹一杯味わったっての」

 

「まぁ、確かにな…」

 

 虎杖を見ながら釘崎と伏黒は呟く。

 

「それじゃあ、流すよー」

 

 五条の合図と共にDVDを再生する。




次の投稿は多分今日か明日になります


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第二十六話 善と偽善

オリジナル一級呪物"廻城"、指定した範囲を呪力の壁で覆い、数か所の門からのみ出入りを可能にし、門から以外の脱出を不可能にする。範囲の中で放出された呪力量に応じて強度が増していくが、容量を超えると内側に溜め込んだ呪力を無差別に放出する。
五条が高専時代に三つ発見、うち一つは五条と夏油が喧嘩した時に壊れた。


 ウィーンという音を立てながらDVDは再生される。

 

 画面にはどこかの廃墟のような場所で、縁日で売ってるような能面を被った和服の男の姿が映る。

その画面をその場の全員で見つめていると男が喋りだす。

 

 〔あー、あー多分聞こえてるよな? 〕

 

 その声はかなりいじられていて、ヘリウムガスを吸ったように奇妙な高音で話す。

 

 〔悪いね、顔も声も晒すわけにはいかないんだ。ついでに言っておくが、この録画はかなり前のものだから特定しようとしても無駄だよ〕

 

 録画のためそのまま話し続ける。

 

 〔改めて、高専呪術師諸君、御機嫌よう。手早く行こう、今回の呪霊大量の原因は私とその仲間たちだよ。今回はそちらから宿儺の指と九相図、それと呪物をいくつか拝借させてもらった〕

 

 呪詛師の正体を悟らせないためか言葉遣いを変えて話し続ける。

 

 〔今回、この映像を君達に送った理由は、私達とゲームをしないかという提案だ、とは言っても君達に拒否権は無いがね。今現在私達は、"大江山"、"比叡山"の二つを占領している。そこには、件の箱含め多くの呪霊を呼ぶ呪物を設置している、それを君達呪術師が全て回収できれば君達の勝ちだ、だがそこには最低でも準一級の呪霊が数多く闊歩している。その呪霊たちは山の外に向かって行き、なるべく多くの非術師を殺すよう躾けてある。すまないね、増やし過ぎて私も何体か詳しくは覚えてないんだが、退屈はしない量だと思うよ〕

 

 画面の男はクツクツと嗤う。

 

 〔あぁそうだ、五条悟は聞いているかい? これは君に対する対策でもあるが、赫や茈を使うのはあまりオススメしない。どうせ行けば分かるだろけどな、俺は二つの山に一級呪物、"廻城"を使用してる、もしも壊そうものなら君の大切な生徒達はまとめてお陀仏だ〕

 

 手をパンと合わせて壊したらどうなるかを暗喩する。

 

 〔さて、ここまでの視聴、お疲れさん。開戦は十月十日、その間に山を取り返そうものなら呪霊を日本中にばら撒くから、よろしくね〕

 

終わりかと思われ、DVDを停止させようとすると再び男が喋りだす。

 

〔あぁ、ここまで見てくれたんだ、折角だし出血大サービスといこう、私の術式は"呪霊合術"調伏した弱い呪霊や強い呪霊を好き勝手に混ぜ合わせて強化できる…具体的な計算は色々あるがね、では精々頑張りたまえ、偽善者諸君〕

 

 DVDの再生が終わり、暫くの間沈黙が流れる。最初に沈黙を破ったのは五条だった。

 

「…やられた、最後の最後にこの人数相手に術式を明かして術式を強化しやがった」

 

「何がゲームだか、要するにテロするから止めてみろって言いたいんでしょう」

 

「向こうの狙いは五条君かな、君が徹底的に戦い辛い状況を作ってる」

 

「多数の呪物の回収、大技禁止、二箇所同時、一人じゃ抑えられない量の呪霊の討滅…確かにMr.五条の苦手な局面が詰まっているな」

 

 東堂が補足し、それを聞いた夜蛾が状況を整理しようと務める。

 

「約一月後、比叡山と大江山でか…」

 

「何がゲームだよ胸クソ悪い」

 

「なぁ、大江山と比叡山って?」

 

「アンタほんとに何も知らないのね、大江山は酒呑童子の伝説がある山、比叡山は多くの伝承、都市伝説が残る山、どっちも一般的には観光地だけど、呪いに利用されようもんなら最悪の場所よ」

 

「本来ならそういう場所は呪術連盟が抑えてるんだが、今回の騒動に乗じてやられたな」

 

 二人が虎杖に詳細に説明すると五条が全員に向かって問いかける。

 

「今から半月後にテロをしまーす、沢山人が死ぬのが嫌なら頑張って止めてみて下さーい、だってさ、どうする? 死人も出てるしこんな状態だけど交流会続ける?」

 

「当然、続けるに決まっているだろう」

 

「東堂!」

 

 虎杖が叫ぶ。

 

「その心は?」

 

「一つ、故人を偲ぶのは当人と縁のある者たちの特権だ、俺たちが立ち入る問題ではない。二つ、人死にが出たのならば尚更俺たちに求められるのは強くなることだ。後天的強さとは"結果"の積み重ね、敗北を噛み締め勝利を味わう、そうやって俺たちは成長する。"結果"は"結果"としてあることが一番重要なんだ」

 

「東堂先輩って意外としっかりしてるんですね」

 

「しっかりイカれてんのよ」

 

 東堂が持論を発表し、小声で三輪は真依に話す。

 

「三つ、学生時代の不完全燃焼感は死ぬまで尾を引くものだからな」

 

「オマエいくつだよ」

 

 五条の突っ込みが入る。

 

「俺は構わないですよ」

 

「どーせ勝つしね」

 

「屁理屈だが一理ある」

 

「加茂君は休んだら?」

 

「異議なーし」

 

「しゃけ」

 

「個人戦の組合せはくじ引きか?」

 

「え、今年は個人戦やんないよ」

 

 その場の全員が一斉にハテナマークを頭に浮かべる。

 

「僕ルーティンって嫌いなんだよね、毎年この箱に勝負方法入れて当日開けんの」

 

 ポイッと虎杖に箱を投げ、虎杖は紙を引く。

 

「おい五条どういうことだ」

 

「野球って出たけど…」

 

「「や、野球ぅー??」」

 

「どういうことだ夜蛾」

 

「いや私は確かに個人戦と…待て悟!!」

 

「ばーい♪」

 

 五条はいつの間にか入口に立っており、手をヒラヒラ振りながら出ていく。

 

「…相変わらず自由な人ですね」

 

「野球かー、久し振りにやるなぁ、皆はやったことある?」

 

「当たり前よ、野薔薇様の華麗なホームランを目に焼き付けなさい」

 

「ルールくらいは知ってる」

 

「見たこともやったことも無いので、マネージャーでもいいですか?」

 

「人数多いからなぁ、それでいいんなら構わんが、投手は真希か?」

 

「しゃけ」

 

「キャッチャーは悠仁でいいだろ」

 

 東京校の生徒達は乗り気で、京都校は歌姫が率先して動き、学長たちは流れに身を任せる他なかった。

 

 ──ー

 

「プレイボール!!」

 

 五条の合図と共に野球が始まる。正確には二回目のプレイボールなので既に始まっているが。

 

「待て西宮! まだ走るなぁ!」

 

 三輪が犠牲フライを打ち上げるが、ルールを理解していない西宮は二塁を蹴って走り出し、歌姫に怒られアウトになる。

 

「ルール知らないなら先に言っときなさい!」

 

「知ってるよ! 打ったら走るんでしょ!? 犠牲フライ? 何じゃそりゃ! 新しい拷問か!?」

 

「バカ! シンプルにバカ!」

 

 三輪に続き加茂の打順。

 

「…君は、何故呪術師になったんだ?」

 

「あー、きっかけは成り行きっす、寂しがり屋なんでね、死ぬときは大勢の人に看取ってもらいたいんすよ」

 

「…そうか、それは」

 

 バスン! 

 

「良い」

 

 バズン! 

 

「理由だ」

 

 バズン! 

 

「ストラーイク! バッターアウッ! チェンジ!」

 

「加茂ォ! 振んなきゃ当たんねぇぞ!」

 

 歌姫の熱烈な指示とともに攻守が交代する。

 

「任せなさい、東北のマー君たぁ、私のことよ」

 

「東北のマー君はマー君だろ」

 

「マー君投手だぞー!」

 

 釘崎の発言に二人はヤジを飛ばす。

 

 投手、メカ丸(ピッチングマシーン)

 

「ちょっっっと待てぇ!!」

 

「釘崎がキレた! 乱闘だぁ!!」

 

「ちょっ、野薔薇ちゃん!?」

 

 釘崎はバットを放り真依に向かって文句を言いに行く。それを虎杖と刹那で止めにかかる。

 

「どう見てもピッチングマシーンだろうが!」

 

「スペアよスペアメカ丸、ピッチ…ングマシーン? ちょっと良くわからないわ、あなた詳しいのねもしかしてオタク?」

 

「よくもまぁ、曲がりなりにも高専生がよぉ…!」

 

 釘崎はボックスに戻り、全員ベンチへと帰る。

 

 カキーン!! 

 

「やってやんよぉー!!」

 

「お、間に合った」

 

「ヤケクソだな」

 

「ナイスバッティングー」

 

 続く伏黒の打順

 

「伏黒! ホームラン! 見てみたーい!」

 

「うるせぇ」

 

 コンッ

 

 虎杖の期待を裏切り、バントで出塁を試みるがアウトになる。

 

「アウトー!」

 

「ドンマイ! 伏黒」

 

「ドンマイです、恵君」

 

「気にすんな、行ってくるわ」

 

 パンダの打順

 

「パンダ先輩がバッターボックスに立つのはなんか…不思議な光景ですね」

 

「それには激しく同意するわ」

 

 続いて真希の打順、真希は予告ホームランをする。

 

 キーーン!!! 

 

「よし、三点」

 

 カランッとバットを放りホームランを確信する真希、しかし京都校は人数不足のため一人だけ術式の使用が可能になっている。

 

 パスッ

 

「"なっ」

 

 西宮のホームランキャッチにより真希はアウトになる。

 

「うわっ! せこぉ!!」

 

「おかか!」

 

「釘崎戻れー」

 

 二回表

 

「フッ……キャッチャーか、捕球送球、リード、フィルディングetc…虎杖にふさわしい役割と言えよう。だが、俺が望むのは投手虎杖との一騎打ちだ!」

 

「東堂!! …お前が投手やればいいじゃん 」

 

「駄目よ、メカ丸が今投手しかできないんだから」

 

「約束してくれ、今回俺がこの打席でホームランを打ったら、次回お前がピッ」

 

 メキョッ

 

 真希の死球が東堂の顔面に見事命中し虚ろな目をした東堂はその場に倒れ伏す。

 

「と、東堂!! しっかりしろ!!」

 

 だが、それと共に場内に響くナイスピッチコール、それは敵味方関係なくその場にこだまする。

 

「ナイスピッチー」

 

「ナイッピー」

 

「ナイッピ〜」

 

「真希さんナイッピー」

 

「東堂、お前…めちゃくちゃ嫌われてるな…!」

 

 刹那は東堂に近寄り目の前で手を振る。

 

「葵先輩、意識ありますー?」

 

「まだだ…俺には高田ちゃんを幸せにする義務が…!」

 

「駄目だな、頭打って現実と夢の境界が曖昧になってるわ」

 

 虎杖が辛辣にも言い放つと刹那は東堂を引きずってベンチまで連れて行く

 

 ズリズリズリ

 

「じゃあベンチまで運びますねー」

 

 カコーン! 

 

「おおっ、間に合ったっ」

 

「狗巻先輩足速いんだよ」

 

「すじこ」

 

 ピースしながらドヤ顔を決める狗巻。

 

「うっし! 次俺か! 行ってくるわ」

 

「ファイトー」

 

 野球の試合を離れて観戦する夜蛾と楽巌寺、二人の会話は虎杖に関することだった。

 

「まだ…虎杖が嫌いですか」

 

「好き嫌いの話ではない、虎杖は本来呪術規定によれば存在すら許されん、あやつが生きとるのは五条の我儘。個の為に集団の規則を歪めてはならんのだ、何より虎杖が生きていることでその他大勢が死ぬかもしれん」

 

「だが彼のおかげで救われた命も確かにある。現に今回、東堂と協力して特級を退けた…学生に限った話ではありませんが、彼らはこれから多くの後悔を積み重ねる。ああすれば良かった、こうして欲しかった、ああ言えばよかった、こうして欲しかった…情けないことに、私は昔、気付けなかった生徒がいました…彼は親友に救われたお陰で今も呪術師を続けている。虎杖についての判断が正しいかどうか、正直私にも分かりません…ただ、今は見守りませんか」

 

 カキーン!! 

 

「私達の後悔は、その後でいい」

 

 虎杖のホームランにより2ー0の結果で姉妹校交流会は東京校が勝利を収めた。

 

「夜蛾、お前はまず五条をどうにかしろ」

 

 ひとまず現状を飲み込むことにした両学長は五条を見ながら一つため息をついた。




ここから原作と若干の時間のズレが出てきます。


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第二十七話 変わらない後ろ姿

さしすの絡みをもっと書きたい、、、


「さて、来たる十月十日に向けて強化訓練を僕から考案しまーす!」

 

 交流会から二日、五条は教室に入るなり突然大声でそう言い出した。

 

「あと約二週間、その間の体術をまた増やすんですか?」

 

「いや、交流会を見る限り体術は充分でしょ、足りないのは対呪詛師と一級レベルの呪霊との実践、まぁそうはいっても、皆充分一級とやりあえるレベルだと思うからあんまり心配してないけどね」

 

「じゃあ任務増やすの?」

 

「それも違う、向こうがゲームとやらを始めるまでは多分直接的な事はしてこないと思うんだよね、そこで今回このようなものを用意しました、傑ー!」

 

 そういって五条は教室の後ろで報告書を書いている夏油を呼ぶ。

 

「呪霊が増えるのは私にとってはありがたいことだね」

 

「傑がこれから一級以上の呪霊を使役して君達と戦わせる。使役してるから事故は起きないし、色んな呪霊と戦えて場数も踏めて一石二鳥♪ 三日に一回くらいでこのメニューをこなしてもらうよ」

 

「夏油先生が訓練してくれんのって初めてじゃね?」

 

「そうだね、始めに言っておくけど私はそんなに優しくはないよ、厳しくいくから覚悟しなさい」

 

「うへぇー、また飛ばされる未来が見える」

 

「じゃ、着替えたら運動場集合ね」

 

 五条と夏油は先に運動場へと歩いていく。

 

「…行きましょうか」

 

「そうね」

 

「行こうぜ伏黒!」

 

「分かってるから大声出すなうるせぇ」

 

 それぞれ更衣室へと向かいジャージに着替えて運動場へと足を運ぶと、既に夏油は呪霊を出現させている。

 

「お、皆来たね」

 

「あれ、五条せんせーは?」

 

「ついさっき任務に出発したよ、それじゃあルールを説明しようか」

 

 四人を整列させて夏油は詳細を話す。

 

「まず、一人は呪霊と、もう一人は私と、残り二人は美々子と菜々子と手合わせしてもらおうかな。呪霊には殺すまではしないように指示してあるから遠慮せずに祓ってくれて構わない」

 

 説明を終えると美々子と菜々子がニコニコと笑いながら走ってやってくる。

 

「一年生の皆揃ってる」

 

「二人は初めてだよね!」

 

 刹那と伏黒以外は初対面なため自己紹介を挟む。

 

「二年美々子」

 

「同じく菜々子!」

 

「一年虎杖悠仁っす、よろしくお願いしまっす!」

 

「一年釘崎野薔薇」

 

「二人は三級術師だが、体術は私仕込みだから実力の方は問題ないよ」

 

「久し振り、伏黒君に刹那」

 

「どーも」

 

「お久しぶりです」

 

「さて、説明は終わったかな、質問は?」

 

「殺されないの? 緊張感なくね?」

 

「そこは安心してくれていい、もし負けたらこの中に放り込むから」

 

 そういって夏油は大きな芋虫のような、鼻につく匂いを漂わせる呪霊をそこに召喚する。

 

「この呪霊は下水で生まれてね、四、三級程度だが、嫌がらせには最適な呪霊だよ」

 

「ちょっとぉ!レディをこの中に放り込むっていうの!?」

 

 呪霊を指さしながら釘崎は文句をぶつける。

 

「嫌なら勝つことだね、さ、最初は誰から行こうか?」

 

「はいはい!俺行きます!」

 

「私は先生と手合わせするわ」

 

「じゃあ、残った二人は美々子、菜々子、よろしく頼むよ」

 

「はーい!手加減したらこっちがやられちゃうから本気で行くよ美々子!」

 

「頑張ろう、菜々子」

 

 こうして強化訓練が始まったが、想像を絶する過酷さに訓練が終わる夕方には四人とも満身創痍だった。

 

※ミミナナは帰寮済み

 

「あの呪霊強すぎでしょ…」

 

「祓えはしたけど、その後の先生はなぁ」

 

「俺と刹那に体術教えたの夏油先生だからな」

 

「夏油先生に勝てませんでした…」

 

 小丘で四人ぐったりしていると夏油が人数分のジュースを持ってくる。

 

「お疲れ様、四人とも今日はよく頑張ったね。正直二人くらいは口に放り込むことになるかと思ったけど、全員祓うとはやるじゃないか」

 

「「「「………」」」」

 

「みんな黙ってどうしたんだい?」

 

「夏油先生って絶対五条先生よりモテるよな」

 

「気遣いできる男はモテるわよ」

 

「ありがとうでいいのかな?」

 

 ジュースを受け取り、なんでもない話をする。

 

「こうしてみると悟はいい生徒を持ったね…なんだかんだ、ちゃんと先生をしてて感慨深いよ」

 

「先生って五条先生と同期なのよね?」

 

「そうだよ、同じ東京校の高専生」

 

「五条先生の昔ってどんなんだったの?」

 

「昔からおちゃらけてた?」

 

「どーせしょっちゅう迷惑かけてたんでしょ?」

 

 昔のことを聞かれて夏油は懐かしむように笑みをこぼす。

 

「そうだね、悟はいつも迷惑をかけてたよ」

 

「やっぱり!」

 

「でも、それは私もだけどね」

 

「え!? マジか、想像つかねー」

 

「悟は一人称も俺だったし、今では随分丸くなったよ」

 

「へぇー、やっぱ昔から最強だった?」

 

堺→境

 

「…一人?」

 

「そうだな、ここからは私の独り言とでも思ってくれ」

 

 そう言った夏油は昔を語りだす。

 

「私と悟は…昔、二人で最強だった…でも、天元様の星漿体を護衛する任務を失敗してしまってね…その時、私と悟は死にかけたんだが、悟は土壇場で覚醒、星漿体一人の犠牲によって、この世界は、たった一人の最強の術師、五条悟を生んだんだ」

 

「……五条先生、そんな過去が…」

 

「そんな顔をするんじゃない、言ったろ? これは私の独り言だ、君たちが気にする必要はない」

 

「でも…」

 

「そうだよ〜、君たちが気にする必要はなーし!」

 

 五人の背後に五条が急に現れる。

 

「悟、任務は終わったのかい?」

 

「もちのろん、秒で終わったよ、報告書は伊地知に丸投げしてきたけど」

 

「伊地知さんに迷惑かけたら駄目でしょ」

 

「いいじゃん、どうせ大したことない呪霊が相手だったんだし」

 

 いつものようにヘラヘラ笑う五条。

 

「さっきもいったけど、傑の話は嘘が入ってるし、気にしなくていいよ」

 

「失礼だな、私は君と違って嘘はつかないよ」

 

 夏油は顔をむっとさせて、元々細い目をさらに薄くして笑う。

 

「いいや、嘘だよ…だって僕と傑は、昔"は"、じゃなくて、今"も"二人で最強なんだから」

 

 優しく微笑みながら、夏油をアイマスクを外して真剣に見つめ、五条はそう言い放つ。

 

「フッ、悟…生徒の前でよくもまぁ臭いセリフを言えるものだね」

 

 夏油は鼻で笑いながら悪態をつく。それを見て夏油以外の五人は固まる。

 

「…は?え?嘘だろ? 僕今めちゃくちゃいいこと言ったよね?」

 

「悟、寝言は寝て言うものだよ?」

 

 ピキッ

 

「上等だ、ボコボコにして自慢の前髪切って頭にネギ生やしてやるよ」

 

 一年生を置いて運動場の真ん中まで二人は歩いていく。

 

「…あれが先生達なりの仲良し表現なんだろうなー」

 

「無下限解いて殴り合おうとするあたりそうなんだろうな」

 

「さっき、なんで夏油先生は悪態ついたのかしら」

 

「二人共照れ隠しですね」

 

 四人で五条と夏油の後ろ姿を眺めながら雑談する。

 

「よっしゃ一発ずつな、俺のマッハパンチ見せてやるよ」

 

「安心しな悟、最近寝不足だろ?安心して眠るといい」

 

「「"オラぁ!!」」

 

 ボグォッ! 

 

 完璧に同じタイミングで二人は拳を互いの頬に打ち込む。

 

「おぉ、急に始まった」

 

「てか、音鈍っ」

 

 離れて観戦していると、二人が殴り合いを始める。お互いが同じタイミングで殴るをひたすら繰り返す。

 

「オ"ゥッ、全っ然っ…痛くねぇなぁ、傑くぅーん?」

 

「ヴェッ、猫がっパンチしてるのかと思ったよ」

 

「いつまで続けんのかしらアレ」

 

「一発殴っては謎に煽ってを繰り返してますね」

 

「あ、倒れた」

 

 ドサッ

 

 お互い顔がボコボコになり、その場に倒れる。

 

「え、どうすんのあれ」

 

「ほっとけ、勝手に回復するだろ」

 

「硝子さんにだけでも伝えておきます?」

 

 一年生は立ち上がって寮に戻ろうとすると、高専の方から家入が歩いてくる。

 

「あ、硝子さん」

 

「みなまで言わなくていい、あのバカどもの治療をしにきたよ」

 

「あぁ、そういえば医務室から運動場見えるんでしたっけ」

 

「腐っても二人共特級だからな。こんな時に何してるんだか、ほら、君達は寮に戻ってなさい」

 

「はーい、さよならー」

 

 虎杖の挨拶で四人とも家入に頭を下げて帰っていく。

 

 ザッザッザッ

 

「おら、治してやるからさっさとこっち向け」

 

「わぁ、アリガトウ硝子ちゃん」

 

「すまないね、硝子」

 

「五条は自分で治せよ」

 

「別に良いじゃない、ほらほら早くー」

 

 家入はため息をつきながら二人の顔に反転術式を施して治していく。

 

「ほら終わったぞ。全く、なんで殴り合ったんだか」

 

「…硝子、学生の時のアレ、覚えてる?」

 

「アレ?…夏油のノイローゼか? それとも美々子と菜々子か?」

 

「どっちもだよ」

 

「いやはや、耳が痛いね」

 

「驚いたよね、任務から帰るたびにやつれててさ」

 

「死んだ蛙みたいになってたな」

 

「私のことをそんな風に見ていたのかい?」

 

 三人はそのまま運動場の真ん中で喋りだす。

 

「…あの時、俺は正しい判断ができたと思ってるよ、こうして隣にいるしね」

 

「…そうだね、悟が急に三人分の休みを二日ももらって、誰もいないような田舎に旅行に行ったんだった」

 

「あそこで美々子と菜々子を保護した時、一時はほんとに呪詛師になるんじゃないかと思ったな」

 

「俺が説得したんだよね、確か」

 

「何だったか、"呪詛師になるならあと百年待って! そしたら俺もなるから!"…だったか」

 

「それそれ、我ながらトンチなことを言ったと思うね、百年したら死んでるっての。あの時傑が本気で集落の人殺しそうになったのは焦ったね」

 

「懐かしいねそれ……でも私自身、その思いは今もきっと心にあるんだろう…けど、親友の馬鹿みたいな夢が現実になれば、少しはマシな世界ができるのかと…私はあの時、思ってしまったからね」

 

「世界平和なんて夢物語を、馬鹿正直に信じ続けているのは俺達くらいなもんだよなぁ」

 

「その"俺達"に私を含むなよ」

 

「硝子はお酒があれば幸せじゃん」

 

「…悟、硝子、改めてありがとう、あの時、私を止めてくれて…あれがなければ私は──」

 

「あー、言わなくていいよ、そんな過去のことなんて、思い出は背負って生きて、時々思い出すくらいでいいんだからさ」

 

「ははっ、それもそうだ」

 

「長話してしまったな、私は戻るぞ…それと五条、一人称」

 

「おっといけね、ついつい昔を思い出しちゃった」

 

「私達も戻ろうか」

 

 三人が並んで高専へと戻る姿は、学生時代から何一つ変わっていなかった。

 

 




勝手に過去捏造です!多分夏油生きてたら時々俺って言ってるんじゃないかな。
前回、比叡山と大江山の話が出たんですけど、実際は素晴らしい景観や延暦寺などでめちゃめちゃ心が落ち着くので、一度は足を運んでみてください!


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第二十八話 磑風舂雨

毎日投稿したかったんですけど遅れてしまってすいません!
次からは戦闘マシマシでお送りしたいと思ってますので、ぜひお読みください!


 ──

 

「昨日の任務はしんどかったわね」

 

「やめろ、思い出したくねぇ」

 

「まさか自分の姿をした呪霊を祓うことになるとは…」

 

「五条先生ならすごく文句言いそうな呪霊ですね、それ」

 

「刹那は? 昨日任務あったんでしょ?」

 

「うーん、一言で言うならアリジゴクでしたね」

 

「ははっ、なんだそりゃ」

 

 十月九日、例の日の前日、生徒達は明日に向けて全員休暇をもらっていた。

 

「よっし、今日は荷物持ちが二人いるから山ほど買うわよ!」

 

「大丈夫ですか恵君?」

 

「なんで俺だけなんだよ」

 

「だって伏黒は…なぁ?」

 

「…鵺呼んだら俺のほうが持てる」

 

「伏黒、それ自分が力ないって言ってるようなもんよ」

 

「ハハハ! 確かに!」

 

 釘崎の一言に虎杖は声を上げて笑い、刹那と釘崎もクスクス笑う。

 

「ついたわよマルキュー!」

 

「「おー!」」

 

「…おー」

 

「元気ねぇぞ伏黒ォ!」

 

「買うわよー!!」

 

 釘崎の宣言と共に一同はマルキューの中を散策しだす。洋服屋に入るたびにどんどん荷物が増えていく。荷物持ちがいて良かったとご機嫌な釘崎をよそに、抱えきれない荷物に苦悩する虎杖と伏黒、それをみて苦笑する刹那。

 

「…流石に買いすぎたかしら?」

 

「「どう見てもそうだろ!!」」

 

「仕方ないわね、紙袋一つ持つわ」

 

 そう言って釘崎は小さな紙袋を一つ伏黒からひったくる。

 

「なんっで俺のほうじゃないんですかねぇ!?」

 

「あんたの筋肉を信頼してんのよ」

 

「重さ云々じゃないんだよなー」

 

「どこかで休憩にしましょう。悠仁君、これで暫くの間は我慢してください」

 

 虎杖が釘崎に文句を言うと、刹那は数個の紙袋に触って術式を使用する。

 

「うぉっ! なんかすっげー軽い!」

 

「特に重たい物の重さを無くしたので、あまり持ってる感覚が無くなると思います。けど、落とさないでくださいね」

 

「へぇー、やっぱり便利ねぇその術式」

 

「まぁでもデメリットはありますよ、こういう風に持続的に無くしている間は呪力を常に使いますし、同時に無くせるものの数には限りがあったりしますよ」

 

「じゃあ早くどっかのお店入りましょ、ちょうどお昼時だし」

 

「さんせーい」

 

 四人は最寄りのレストランへと足を運び、大荷物を置いてそれぞれ注文する。

 

「親子丼一つと生姜焼き定食一つ!」

 

「それと季節のパスタと彩りパフェ一つください」

 

「かしこまりましたー」

 

「で、この後どこ行く?」

 

「んーそうねー、四時までには帰らなきゃならないから迷うわね」

 

「これ以上買ったら時間云々の前に荷物多すぎて帰れなくなるぞ」

 

「そうですね、買えてあと一つか二つくらい?」

 

「三人はどこか行きたいところないの?」

 

「いや、俺は無いなぁ」

 

「俺も特に無い」

 

「…無いですね」

 

「ダウト」

 

 刹那に指を指して釘崎が言い放つ。

 

「どうした釘崎、ライアーゲームでも見たか?」

 

「違うわよ、刹那のその不自然な間、あんたどっか行きたいところあるんでしょ」

 

「なんだ、行きたいところあるんなら行こうぜ」

 

「遠慮することないぞ」

 

「少しだけ…化粧品のコーナーに…」

 

 ボソボソッと呟くように言いながら頬を染める刹那に、釘崎は過剰に反応を示す。

 

「よし野郎共、食べたらとびきり良いやつ買いに行くわよ」

 

「「了解」」

 

「いや、フツーので良いです」

 

「駄目よ、折角皆で来れたんだし、普段使えない分使える時に沢山使わなきゃ損よ」

 

「確かにあまり使う機会は無いですけど…」

 

「いくらぐらい溜まってんの?」

 

「今まで必要最低限しか使ってないので…このくらい…」

 

 刹那は指を三本立てる。

 

「「すっご」」

 

「そんなに溜まってんの!?」

 

「使わなさすぎじゃね!?」

 

「多分お前ら勘違いしてるぞ」

 

 伏黒がスマホをいじりながら二人に言う。

 

「あっそっか! 流石にそんな多いわけないか」

 

 虎杖と釘崎は納得したように手をポンと叩くが伏黒の答えにさらに驚く。

 

「想像より二桁くらい多いと思う」

 

「…釘崎何桁想像した?」

 

「七桁くらい…?」

 

「五条先生の財布考えてみろ、今まで俺らが強請った分、全部含めても特級の任務一回分いくかいかないかくらいだぞ」

 

「「うっわ」」

 

 驚愕の事実をカミングアウトされ二人は目を点にする。

 

「おまたせしましたー」

 

 店員が料理を運んできて二人は現実に戻る。

 

「そっかぁ、刹那も特級だもんなぁ、忘れてたわ」

 

「そんなにあっても使わないんじゃもったいないわね」

 

「それは本人の自由だろ」

 

「任務帰りのお土産くらいにしか使ったことないですね」

 

「この近くで良いところ知ってるからそこ行きましょ」

 

 四人は頼んだものを食べながら次の計画を立てる。

 

「「「「ごちそうさま」」」」

 

 食べ終わり、件の店へと向かう。

 

「野薔薇ちゃん、こんなに必要なんですか?」

 

「必要よ! 買っちゃいましょう!」

 

 そう言って釘崎はドサドサと決して安くはない化粧品をカゴに放り込んでいき、店員や周囲の人に若干引かれながら買い物を済ませる。

 

「…店員さん、ドン引きだったな」

 

「口紅一つで五千円するのは流石にビビったわ」

 

 嬉しそうに買った化粧品のことで話す二人を見ながら伏黒と虎杖は話す。

 

「あ、あれ食おうぜ!」

 

 虎杖はクレープの屋台を指差す。

 

「良いですね。けど、結構並んでますね」

 

「俺と虎杖で並んでくるからお前らはベンチで待ってろ」

 

「あら伏黒、気が利くじゃない」

 

「四人で並んだら邪魔だろ」

 

「流石は都会っ子、慣れてんなぁ。んじゃ、行ってくるわ」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 二人は歩いてクレープの屋台に並びに行く。

 

「…野薔薇ちゃん」

 

「んー何?」

 

「今日、皆で遊びにこれて凄く楽しかったです」

 

「あの二人にも言ってあげれば? きっとバカみたいに跳ねて喜ぶわよ」

 

「恥ずかしいじゃないですか、だから野薔薇ちゃんに言ったんですよ?」

 

「素直なんだか違うんだか、分からないわねぇ、あんたは」

 

 クシャっと髪を撫でながら釘崎が笑う。

 

「頭撫でてもらうのって心地いいですね」

 

「フフフ、私の天才的なテクが無意識に出ちゃったのかしら」

 

 二人がじゃれ合っていると、見知らぬ二人の男の影が二人を覆う。

 

「おねーさん達今暇ー?」

 

「俺らと遊ばね? 金あるからなんでも奢ってあげるよー」

 

「遠慮するわ、連れがいるのよ」

 

 二人のナンパに釘崎はキッと睨みながら言い放つ。

 

「おっほ! 強気な女ってのも良いね!」

 

「もう一人の眼帯ちゃんは? 遊ばない?」

 

「すいません、見ての通り友達と遊んでいるので他を当たってくれますか?」

 

「まぁそう言わずに、さ!」

 

 男の一人が釘崎の腕をグイッと引っ張ると刹那は立ち上がって男の手を弾く。

 

「…あ?」

 

「やめてください、さっきからしつこいです」

 

 刹那は隠れた右目からも視線を感じるほどの眼圧で男を睨みつける。

 

「このっ!」

 

 ガシッ! 

 

 男は腕を振りかぶるが、空中で手を掴まれピタリと止まる。

 

「おい…しつこいぞ」

 

「っ! なんっだ、てめぇ!」

 

「伏黒、遅いわよ」

 

「恵君っ」

 

 男の手を掴みながら睨みつけ、怒気のこもった声で威圧する伏黒、男は怯むが反省の色は見せない。

 

「伏黒〜味聞いてきてって言ったのに遅くねー?」

 

 そこへ虎杖も駆けつけてくる。

 

「悪い、こいつらがしつこくナンパしてたから」

 

 逃げようとするもう一人の男は冷や汗をかきながら、その場に直立する。

 

「あ、そうなの? 、オニーサン達ごめんな、ナンパなら他当たってくれ、俺らが先なんだわ」 

 

 虎杖は笑顔でそう言うが、腕を気にする釘崎を見て、怒りを隠せずにいる。

 

「ちっ!」

 

 二人の男は萎縮し、舌打ちとぶつぶつ文句を言いながらその場から立ち去っていく。 

 

「…大丈夫か? 二人共」

 

「やっぱ一人残すべきだったなー」

 

 虎杖と伏黒が二人に向かって問いかける。

 

「もし止めなかったら全身釘だらけにしてたわ」

 

「止めてよかった…」

 

「……」

 

「どうした刹那?」

 

 ガクッ

 

 その場で直立し、微動だにしない刹那に伏黒が話しかけるとその途端に膝から崩れ落ちる。

 

「ちょっ!」

 

「どうしたの!?」

 

「…すいません、腰が…抜けちゃって」

 

 地面にぺたんと両足をつけてヘラリと笑う。

 

「普段もっとやばいの相手にしてるじゃないの」

 

「高圧的な男性はまだ少し苦手でして…」

 

「あぁー、そういやそうだったな」

 

「ほら伏黒! いつまで地面に座らせてるつもりよ、早く手を取ってやんなさい」

 

「なんで俺に名指しなんだよ」

 

「虎杖がやると肩すっぽ抜けるでしょうが」

 

 虎杖の力加減はほぼ完璧なのでそんなことが起きるわけは無いだろうが、釘崎は伏黒を促す。

 

「ったく、ほら、立てるか?」

 

「ありがとうございます」

 

「お前、手…」

 

 クスリと笑いながら伏黒の手を取り立ち上がる。

 

 伏黒は手を取った時に違和感を感じる。

 

「あんたと刹那はここで待ってなさい、ほら虎杖行くわよ」

 

「りょーかーい」

 

 伏黒と刹那はその場に取り残され、手を繋いだままベンチに座る。

 

「…手、離さないの怒らないんですね」

 

「……震えてるのに離すほど俺は薄情じゃねぇよ」

 

 刹那は昔のことを克服できたわけでもなく、未だに高圧的な男との対面にはトラウマが蘇り体が震え、それを分かっている伏黒は無理に手を離そうとはしない。

 

 目を逸らしながら答える伏黒の顔を見ようと刹那は顔を近づける。

 

「おい、なんだよ?」

 

「今の顔を見てみたいなぁって」

 

「おい、やめろ今は見るなっ」

 

「お~い、味聞いてなかったからテキトーに買ってき…た…ぞ」

 

「あら、お邪魔だったみたいね、そのクレープは宿儺にでも食わせましょう」

 

「ちょっ、待て待て! そういうわけじゃねぇ!」

 

「あ、僕イチゴが良いです〜」

 

 伏黒が慌てふためくのに対し、刹那は何もなかったかのように虎杖の持つクレープを手に取る。

 

「なんだ、伏黒が男を見せたのかと思ったわ」

 

「俺のは抹茶だけど、伏黒はコーヒーで良いよな?」

 

「…あぁ」

 

 四人で並んでクレープを食べながら、なんとなく雑談をして時間を潰す。

 

「刹那の美味しそうね、一口交換しない?」

 

「野薔薇ちゃんのは桃ですか、それも美味しそうですね」

 

「コーヒー味って上手いの?」

 

「俺は好きだけど」

 

「小僧のような童舌では分からぬのだろうな」

 

「なんで出てきてんだよお前」

 

「伏黒恵、俺にもそのくれぇぷとやらを寄越せ」

 

「おいコラ無視すんな」

 

「なんでお前にあげなきゃなんねぇんだよ…」

 

「よいではないか、さして減るものでもない」

 

「食べ物はちゃんと減るんだよなぁ…」

 

 渋々クレープを宿儺の口に一口分放り込む。

 

「ふむ、まあまあだな」

 

「上手いなら素直に言やいいのに」

 

「よし、食べ終わったなら帰るわよ」

 

「へーい」

 

「はーい」

 

「おー」

 

 四人は明日の決戦に備えるため、高専へと戻って行く。

 

 ────

 

「相変わらず交通悪いわねぇ、この学校」

 

「そこばっかりは仕方ないですよ」

 

「釘崎ぃ〜これどこ置けばいいん?」

 

「流石に買いすぎじゃないか?」

 

「部屋に運んでー」

 

「あと一時間で会議なのでゆっくりできますね」

 

「おー、荷物運んだら共有スペースいってなんか飲もうかな」

 

 荷物を持って歩きながら話す四人の前に夏油が現れ、軽く会釈して挨拶する。

 

「随分大荷物だけど、今日は買い物に行ってきたのかい?」

 

「折角の休暇ですもの、有意義に使わなくちゃね」

 

「呪術師とはいえ高校生、楽しめる時に目一杯楽しみなさい。それじゃあ、会議には遅れないようにね」

 

 そう言い残しスタスタと廊下を歩いていく。

 

「よーし、キビキビ歩けー野郎ども!」

 

「「へーい」」

 

 荷物を釘崎の部屋へと運び終え、共有スペースへと四人集まりジュースを飲んでいると二年生が集まってくる。

 

「よぉ一年ズ、帰ってたのか」

 

「皆お帰り〜」

 

「真希先輩、訓練してたんですか?」

 

「しゃけ!」

 

「まぁ、やることもねぇしな」

 

「先輩の分のお土産もあるぜ!」

 

「これ、結構高い良いやつだな」

 

 虎杖はお菓子の詰め合わせを机に置く。

 

「お、気が利くな」

 

「俺これもーらい」

 

「ツナ、いくら!」

 

「じゃ、僕はこれもーらい♡」

 

 おなじみのように五条が突然現れ、虎杖と釘崎はビクッと肩を跳ねさせて驚く。

 

「アンタはいつも突然なんですよ」

 

「おっす、五条先生!」

 

「かわいい生徒達が集まってるところに混ざりたいじゃない」

 

 伏黒と釘崎が座るソファにどっかと腕を広げて座り、机にバサッと資料を広げる。

 

「なんだそれ?」

 

「ん? これ明日の資料、会議室行こうかと思ったら皆ここいるし、もうここで会議しちゃおうかなって」

 

「学長とか夏油先生はどうすんのよ?」

 

「今メールしたからそのうち来るでしょ」

 

「相変わらず自由ですね」

 

「そこが僕の良いところだからね」

 

「自分で言ってんじゃねーよ」

 

 そうしている間に、資料を各自手に取り目を通す。

 

 そこに夜蛾と硝子、夏油と日下部が合流する。

 

「悟、君はもう少し私達の都合も考えるべきじゃないか?」

 

「五条、お前さんの振る舞いは少し目に余るぞ」

 

「まぁ、遅刻しなかっただけ良しとするか、資料は手元にあるようだから始めるぞ」

 

 夜蛾が全員に向かって資料の内容を話し出す。

 

「まず、明日の謎の呪詛師が突きつけてきた宣戦布告、これを上が"双山悪童事変"と名付けるそうだ」

 

「ゲームとか言ってくるクソガキじみた奴が考えた悪趣味な事変だからだってさ」

 

「言葉は悪いがそういうことだ、話を続けるぞ。予告が来た二つの山に東京校と京都校の二校、さらに数名のフリーの術師の助力を得た総力をあげて対処にあたる、その資料に書いているから今読んでくれ」

 

 資料の内容

 

 大江山チーム

 

 夜蛾正道

 

 夏油傑

 

 日下部篤也

 

 東京校一、二年

 

 七海健人

 

 伊野琢真

 

 比叡山チーム

 

 楽巌寺嘉伸

 

 五条悟

 

 家入硝子

 

 庵歌姫

 

 京都校一、二、三年

 

 冥冥

 

 憂憂

 

「見てもらった通りだ、我々の目的は二つ、呪物の回収と呪霊の殲滅だ、何か意見は?」

 

「ちょっと待ってよ、京都校の方が大江山近いのに私達が行くわけ? それに五条先生を比叡山の方に行かせるの?」

 

「野薔薇の言うことももっともだけど、なにも考えなしに決めたわけじゃないさ」

 

「あぁ、悟の言う通りだ。まず大江山は確かに京都だが、先日の交流会で勝利した実力からこっちがメインになった。次に、知っての通り、こちらの学校には特級が三人いるため必ず分散する必要がある。今回の状況、一番の適任が傑だ」

 

「広域をカバー出来て、減った呪霊は食べ放題のバイキングコースで補充、傑の独壇場だよね」

 

「その通り、刹那は特級とはいえ学生、悟と傑は分ける必要があるから必然的にこうなった」

 

「硝子さんは?」

 

「硝子は治癒要員だよ、大江山には美々子と菜々子が治療係に専念するし、刹那も反転術式使えるしね」

 

 なるほど、と全員納得した上でさらに夜蛾は話を続ける。

 

「向こうの呪詛師の話が本当なら山の中では準一級以上がゴロゴロしている。よって、絶対に単体行動は禁止だ、どんな罠があるかもわからん、三人、最低でも二人で行動するようにしろ。会議が終わって十分後には向こうに出発する、各自必要な物を揃えて校門に集合、以上だ」

 

 会議の終わりと共に全員が必要な物を揃えに自室へと向かった。

 

 




次回投稿は最短でも三日です、気長に待っていただけるとありがたいです。


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双山悪童事変
第二十九話 双山悪童事変 開幕


この作品を書くにあたって多分一番最初に思いついた山場です。
書きたいところなんですけど拙い文章なので、それでも良ければぜひとも楽しんでいただけたら幸いです!
楽しんでもらえるように頑張って頭ひねって書きます!


 各々が準備を整え、補助監督達の車へと乗り込んでいく。

 

「なんか遠足みたいだなー」

 

「緊張感もてよ、そんな温いもんじゃないぞ」

 

「いいんじゃない? どうせ明日だし、この位が馬鹿にはあってるわよ」

 

「さり気にディスんなよ」

 

「助手席誰座ります?」

 

「俺が座るからお前達は後ろでいいだろ」

 

 助手席の扉を開けて座ろうとする伏黒。

 

「じゃあ途中で代わるぜ?」

 

「いやいい、だってお前ら寝るだろ、特に刹那と釘崎は起きねーし」

 

「何も言えない…」

 

「虎杖と交換で座んなさいよ、腰痛いでしょ」

 

「…まぁ、そこまで言うならそれでいいか」

 

「はよ乗れ一年ズ」

 

「「「はーい」」」

 

 四人は車に乗り込み、補助監督が車を発進させる。

 

 京都までの距離を車で移動するため、最初は弾んでいた会話もどんどん減っていき、二時間もする頃には全員眠りに入っていった。

 

 そこからさらに時間が経ち、四人の体感時間的にはそう長くないうちに大江山近くへと到着する。

 

「皆さん、到着しましたよ」

 

 補助監督の声に四人が目を覚ます。

 

「あぁっ、よく寝たー」

 

「ほら刹那、起きなさいな」

 

「…起きて…ます」

 

「あっ! てか伏黒と席交代してなくね!?」

 

「別にいいって言っただろうが。それより早く降りろ」

 

 四人と補助監督が車から降り、大江山を見据える。

 

「おぉー、これが大江山か」

 

「思ったより呪力漏れてないのね」

 

「一級呪物"廻城"のせいですね、今回の構造は"九門"のようです」

 

「「「くもん?」」」

 

 伏黒以外頭に疑問符を浮かべて復唱する。

 

「車の中で説明されたけどお前ら寝てたからな」

 

「改めて説明いたします、この呪具は指定した広さに応じて五段階で複数の門を形成し、最大で十四つの門が形成されます。一戸、三場、四敷、九門、十四城とされており、今回はその九門です」

 

「何だその命名と法則?」

 

「命名はともかく、数字は多分忌み数ですかね」

 

「おそらくそうだと思われてます、三は惨、四は死といったように不吉な言葉を連想させるからだとか」

 

「ほぇー、やっぱりそういうのって呪術的に意味を持つもんなんだな」

 

「当たり前よ。昔話やネットの都市伝説みたいな話でも、そこに負の感情さえあればそれに関連した呪霊は生まれるわ」

 

「はい皆集合ー、明日の任務詳細を話すよ」

 

 夏油が任務の詳細を話すために集合させる。

 

「さて、今回の任務は異例な事態だ、向こうの言葉を飲み込むなら準一級が最低ラインでゴロゴロいるから二人か三人一組で動くことを心がけてくれ」

 

「一、二年はそれぞれ学年で動き、七海と伊野はペア、私は日下部と組もう」

 

 夜蛾と夏油が任務のペアを決める。

 

「あれ、夏油先生は?」

 

「私は一人じゃないよ、使役した呪霊がいるし。あ、そうそう、門の前は常に呪霊を配置しておくから危険だと判断したら直ぐに外に行って補助監督と美々子と菜々子の治療を受けてね」

 

 夏油の説明に補助監督が補足する。

 

「明日まで残り三十分、念の為向こう二十kmは避難が完了してますので、万が一呪霊が大江山から出た場合の対処はお願いします」

 

「あと三十分ですか…伊野君、気を緩めてはいけませんよ」

 

「分かってますって七海サン、それより今日の動きによっては一級の推薦考えてくれません?」

 

「…場合によっては考えましょう」

 

「よっしゃ、やる気出てきた!」

 

「真希は眼鏡無くなったら終いだからなぁ、棘と俺が常にいなきゃな」

 

「しゃけ、いくら!」

 

「そんな弱くねぇよ私は、んなことより誰が一番祓えるか勝負しようぜ」

 

「俺ら四人だし二手に分かれるか?」

 

「いや、話によるとこの中から呪霊は出てないようにするみたいだし、呪物の回収は遅れるけど安全重視でまとめて行動しよう」

 

「りょーかい」

 

「もうあんたが司令塔でいいわ」

 

「ぴったりですね」

 

「夜蛾学長は呪骸動かすだけだし中に行く必要ないんじゃねぇの?」

 

「この呪物の内と外だと呪力の密度が違いすぎる、直接操る必要があるんだ。広範囲に展開できる術師は私を含めても三人しかいないからな、なるべく戦力にはなるさ」

 

「へーへー、相変わらず生徒さん思いなことで、俺は死にたくねぇから特級の相手はしませんよ?」

 

 各々、時間がくるまで作戦会議や己の鼓舞などをして時間を過ごす。夏油もまた、親友に電話で連絡をいれていた。

 

「悟、こっちの様子だけど…少し緊張感に欠けているように感じるよ」

 

「あーまぁそうだろうね、こっちは歌姫が一番怯えてるけど、生徒達はいい緊張感してるよ」

 

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「大丈夫大丈夫、皆実力は確かだし今日下見で行ったけど、特級は見当たらなかったからそんなに強いのはいないよ。呪霊合術とやらで一級程度はザラにいるけどね、それにスリルがあって良いでしょ?」

 

「悟…君は生徒が死ぬ可能性は考えないのかい?」

 

「なんの為にお前をそっちに寄越したと思ってるんだよ、傑がいれば不足の事態はないだろうし、そっちには刹那もいる、苦戦するのが難しいくらいだと思うよ?」

 

「あまり心配はいらないというのは私も同感だけど、刹那を過大評価しすぎだろう、彼女もまだ十五やそこらの少女だぞ」

 

「分かってるよ、彼女はまだ若い…末恐ろしいね」

 

「? それって」

 

 ブツッ

 

「おい悟!」

 

 そこまで言うと五条は少し乱暴に電話を切り、通話が途絶える。

 

「全く…なんなんだ」

 

 ー比叡山サイドー

 

「今回の任務は大変危険なものになるから、必ず最低二人、それか三人以上で行動してね」

 

「じゃあ歌姫先生ー僕は誰と組めばいいですかー?」

 

「そこの馬鹿は一人でいいわ、放っときなさい」

 

 歌姫と五条はいつも通りの絡みを見せる。

 

「相変わらずですね、先生方」

 

「庵先生もよく付き合ってあげてるよねー」

 

「東堂、勝手な行動は控えろよ」

 

「流石に今回ばかりは状況が状況だからな、虎杖(マイブラザー)と組めないのは仕方無しとして、真依と組むことにしている」

 

「不本意だけど、東堂先輩の術式は私とまぁまぁ相性いいからね」

 

「では私は西宮と組むか」

 

「え、加茂君と一緒とか怖いんだけど」

 

「大丈夫だ、誤射はない」

 

「そういう問題じゃないよ…」

 

「三輪はもう組んだカ?」

 

「いやー相性の良い方がいなくて…メカ丸、よかったら組んでくれません?」

 

「承知しタ」

 

「久々の大仕事だ、報酬が楽しみだね憂憂」

 

「姉さまは今日もお美しいです…♡」

 

 それぞれがそれぞれの時間を活用している。その中で歌姫は緊張感と生徒達の安否の不安の渦中にいた。

 

「大丈夫…大丈夫…」

 

「おーい、歌姫サーン?」

 

「…生徒達は守る…あなたなら大丈夫…」

 

「んー、そいやっ」

 

 ズボッ

 

「うひゃあ!!!??」

 

 五条は歌姫の背中に手をズボッと突っ込む。

 

「何すんのよ馬鹿五条!」

 

「あのさー、歌姫が弱いのは知ってるけどそんなにあからさまに不安な顔してたら生徒達に心配されちゃうよー?」

 

 五条が生徒の方に指を指しながら歌姫を諭す。

 

「そんなことっ! いえ…そうね、私がしっかりしなきゃね」

 

「だーかーらー、自分がしっかりしなきゃって思ってるからそんな思いつめるんでしょうが」

 

 五条はムニっと歌姫の頬をつまむ。

 

「生徒達が心配なのは分かるよ? 僕だって先生だからね、でもこういう時って先生が弱気になってる所を見せたらさらに不安を煽るだけでしょうが」

 

「ぅぅ…確かにその通りだわ…まさかあんたに教えられるなんて」

 

「歌姫は強気でいればいいんだよ、実力が無いんだから態度だけでもね」

 

「相変わらず一言多いわ、でも、ありがと、あんたは不安とかないから、こういう時でもその態度でいられるのよね」

 

「まぁね、僕、最強だから。さて、そろそろ時間だね」

 

 五条はハイブランドの腕時計を見ながら言う。

 

「皆ー! あと一分だよー!」

 

 空気がピリつく中、五条は激励(?)の言葉を言う。

 

「最強の僕のありがたーいお言葉だよー、この戦い、正直負ける要素がないと思ってる、存分にその力を振るっておいで、双山悪童事変、開戦だ」

 

 不敵に笑う五条の合図とともに比叡山の門が重たく鈍い音をたてながら開く。地獄の門と形容するか、道場の門を叩くがごとくの挑戦と見るか人それぞれの思いを抱え、山へと踏み込む。

 

 ー大江山サイドー

 

「大怪我はしないように、徹底的に祓い尽くそう。呪術師の意義、大義を見せてあげなさい、さあ、開戦と行こうか」

 

 夏油の一言で門が開き、一同は山へと踏み込む。

 

「これは…!」

 

「予想外だな、この量は」

 

「何よこの呪力の濃度、吐き気がする」

 

「…玉犬、琿」

 

 山の中では想像を遥かに超える量の呪力が蔓延しており、放たれた呪霊とは違う、野良で湧いた低級の呪霊がまるで自分の家だとでもいうかのように入口付近に滞在していた。

 

 アソボォォォ

 

 ィラッシャーイィイ

 

 ォドウザー

 

「うぇっ、気持ち悪っ」

 

「とりあえず、入口を確保しよう、ここを塞がれてはどうしようもない」

 

 夜蛾の一言で一同が戦闘態勢に入った瞬間、呪霊が一瞬にして別の呪霊にほぼ食われる。

 

「入口は私が確保するよ、皆は当初の作戦通りに動いてくれ、この山は広いからね、手早くいこう」

 

「…すっげぇー」

 

「あれが特級かよ、化け物だな…死にたくねぇー」

 

「各自、最初に決めたグループで散会! 目標どおりに任務を遂行! 死ぬんじゃないぞ!」

 

 了解、一同その合図とともにそれぞれの方向へと進んでいく。

 

 ザッザッザッ! 

 

「よっし、道中の呪霊祓いしつつ呪物の回収でいいんだよな!」

 

「大まかな動きはそれでいいが三級以下は無視、夏油先生の呪霊が食うだろ。準一以上は対処、特級はちと辛いかもしれないが刹那に頼るぞ」

 

「援護はしてくださいよ?」

 

「まっかせなさい! さっさと頂上行くわよ、全員見下ろしてやる!」

 

「…目的変わってないか?」

 

 

 

「七海サン、俺らは中腹をグルっと一周でいいんですよね?」

 

「えぇ、頂上付近はおそらく呪物が溜まっている、索敵が得意な伏黒君達のチームに任せましょう」

 

「了解っす!」

 

 

 

「学長、俺は一応あんたの護衛みたいなもんだが、俺ら下腹にいていいのかねぇ 俺としては大歓迎だけど生徒達は?」

 

「傑の呪霊が常に監視している、それに生徒達はみな強く賢い、状況判断は問題ないだろう」

 

「ふーん、ならいいけどねぇ」

 

 

 

「おいパンダ! そいつは私の獲物だぞ!」

 

「どっちでもいいだろ!? 山程いるんだから!」

 

「動くな!」

 

 シャッ、ザク、ドンッ、ボゴォッ

 

「ナーイス棘」

 

「しゃけしゃけ」

 

「一年が頂上行ったら連絡するんだっけな、それまでもっと雑魚呪霊の数減らすか」

 

「オーケー」

 

「高菜!」

 

 

 

「美々子、ここにも呪霊って出るんだね」

 

「そうだね、菜々子、補助監督さん達も守らなきゃね」

 

 ー比叡山サイドー

 

「いくらなんでも多すぎでしょ!」

 

「吠えるな西宮、お前は索敵をこなせ」

 

「もー! 分かってるよ!」

 

 

 

「真依、ここは十分で片付けるぞ」

 

「ちょっ、無茶言わないでよ!」

 

「無茶なものか、このあと高田ちゃんのYou Tubeプレミアム放送があるんだ、観ないわけにはいかん」

 

「ほんとにイカれてるんじゃないの!?」

 

 

 

「抜刀!」

 

 ザンッ! 

 

「ここはこんなものカ、主に建物に集まっているナ、このまま行こウ、行けるカ?」

 

「ハイ!」

 

 

 

「ギャアァァァー!!!!」

 

「あっはは、何その色気も何もない叫び声。アラサーの悲痛な叫びみたーい」

 

「降ろせー!!」

 

「え、ここから降ろしていいの?」

 

「やっぱり降ろさないで!」

 

 開戦すると同時に事前に準備された資料に従ってそれぞれが動き始める。

 

「お、入口の確保は終わったかな。じゃあ私もそろそろ呪霊の回収に移るか」

 

 ダッダッダッ

 

「伏黒! これ俺ら登ってんの、下ってんの!?」

 

「分からん、これワンチャン領域に入ってるな」

 

「こじ開けますか?」

 

「こんな呪霊が出るってことはよっぽど山頂に行かせたくないのね、分かりやすいわ」

 

 上に向かって走ってる筈なのに体が下ってる感覚に一同は困惑し立ち止まる。

 

「どうすんの? あんたの鵺で捜索するために高いとこに行くのに、これじゃいつまで経っても頂上いけないわよ」

 

「でもこれ不完全な領域だから、今すぐ何かあるわけでもないですね」

 

「仕方ねぇ、なるべく温存しときたかったが無理矢理抜けるか」

 

「恵君は駄目ですよ、呪力を温存しないと、僕がやります…あ、その必要は無さそうですね」

 

「何この音…?」

 

 ドドドドド

 

 音のする方向に目をやると、四足歩行の醜悪な見た目の人型の呪霊が口を大きく開け、地面を食らいながら猛スピードで四人に向かっていた。それを見た虎杖と釘崎は深く息を吸う。

 

 スゥー

 

「「いやぁぁぁーーー!!!!!!」」

 

「キモいキモいキモい!!」

 

「待って、あいつめっちゃはえぇ!!」

 

「虎杖! 釘崎抱えて跳べ!」

 

「どこに!?」

 

「あれに乗ればいいんじゃないんですか?」

 

「マジで言ってますセツナさん!?」

 

「お先に失礼ー」

 

 伏黒は玉犬に抱えられ近くの木に登り、刹那は呪霊の背に向かって跳ぶ。

 

「あーもー! 文句言うなよ釘崎!」

 

「嘘! ウソ!! うそ!!!」

 

 虎杖も釘崎を横抱きにして刹那の後に続く。

 

 スタッ

 

「っとと、着地には成功しましたけど、これって領域内だから多分山は下りてないんですよね」

 

「こいつ直線にしか移動できねーのかな?」

 

 虎杖が足にあたる部分を見ると、どこまでも伸びているのが分かる。すると伏黒が上から鵺に抱えられ着地する。

 

「良かった、無事だったか」

 

「ディズニープリンセスかオメェはよ」

 

「なんでそうなんだよ」

 

 八つ当たり気味に伏黒に向かって釘崎は涙目で文句を言う。

 

「どうする? こいつ、ここから叩くか?」

 

「多分この呪霊、体をどんどん伸ばしてるんですね、本体は上じゃないですか?」

 

「なるほど、そうなりゃやることは決まったな」

 

「上まで登りながら攻撃して本体を叩くか」

 

「地面? を攻撃して走るのは初めてですね」

 

 伏黒が影から薙刀を取り出し、刹那も刀を抜くと虎杖が突然声を張る。

 

「あ! 俺いいこと考えた!」

 

「「嫌な予感がする」」

 

「釘崎ちょっと抱えるぞ」

 

「良いけど丁寧に扱いなさいよ」

 

 そういって虎杖は釘崎を抱えると作戦を説明する。

 

「俺が走るから、釘崎が釘をこいつに打ち込みまくって攻撃すんの」

 

「…悪くないアイデアだ、それで行こう」

 

「おい私の意見は聞く気なしか?」

 

「一番虎杖悠仁! 行きまーす!」

 

「ちょっ待っ」

 

 ドヒュンッ!! 

 

「いやあああぁぁぁぁ!!」

 

 伏黒が賛成すると本人の了承なしに伏黒が決定し、虎杖はスタートダッシュを決める。

 

「…追いかけましょうか」

 

「俺らが追いつく頃には終わってるかもな」

 

 得物をしまい、二人を追いかける。

 

 ──

 

「釘崎! どんな感じ?」

 

「意外と快適に打ててるけど、上まであとどんくらい?」

 

「分かんないけど多分あともうちょい」

 

「ふーん、ほい、簪っと」

 

 バキン バキン バキン! 

 

 指をパチンと鳴らして適当に簪を放ち、呪霊の動きを制御し攻撃していく。

 

「見たところダメージは入ってるし、本体もうヘロヘロなんじゃないの?」

 

「だとしたらラッキーだな! っと、そろそろ着くな、刹那と伏黒が追いつくまで待つか?」

 

「いや、多分こいつ倒したら領域解除されるし倒しちゃいましょ」

 

「りょーかい!」

 

 ドヒュンッ! 

 

 スピードをさらにあげて跳びはね、本体と思しき人型の呪霊の前に着地する。

 

「本体はそんな大きくないわね」

 

「すげー、釘崎の言った通りもう少しだな」

 

 虎杖は拳を構える。

 

「しゃあ! 行くぞ!」

 

 ダッ! カインカイン!  

 

 虎杖が駆け出すと同時に釘崎は釘を飛ばす。

 

 釘は呪霊の目に正確に刺さり、虎杖は助走をつけて人体の腹にあたる場所に水平に突き蹴りを繰り出す。

 

 ドッゴォ! 

 

「恨みはないわ、じゃあね、簪!」

 

 ドスッ!ドスドスドス 

 

 呪霊を祓うと同時に領域が解除されたのか、伏黒と刹那が二人に追いつく。

 

「お、祓ったのか」

 

「お疲れ様です」

 

「まーね、余裕よあんなやつ」

 

「って、ここ結構頂上近いな、急ごうぜ」

 

 ー東京校一年班、目的地目前ー




多分この位のボリュームがあと数話続きますので、投稿頻度下がりますご了承ください。
なんか戦闘シーンが上手くいかない、、、


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第三十話 比叡山(前編)

お気に入り登録300人ありがとうございます!
私の力不足なのは重々理解していますが、できれば、ほんとーにできれば悪いところを教えてほしいです!


 ー比叡山サイドー

 

「本当に十分で片付けるし…てかなんで泣いてんのよ?」

 

「ぅうっ呪物の影響かスマホが使えなかったんだ…すまない高田ちゃん! 不甲斐ない夫でっ!」

 

 地面に膝をつき悲しみに打ちひしがれる東堂を横目に銃の整備をする真依。

 

 ガサガササッ

 

「っ!」

 

 バッ! 

 

 真依が音のする方向に銃口を向け、警戒態勢を取る。銃を握る手に汗が滲むと草陰からその正体は現れる。

 

「あっ真依、ってそんな物騒な物向けないでくださいよ!」

 

「なんだ霞か…あれ、メカ丸は?」

 

「ちゃんといるゾ」

 

 三輪の後ろから腕に装備された刃で草木を切りながらメカ丸が姿を現す。

 

「東堂は何をしていル?」

 

「高田ちゃんのYou Tubeをライブで見れなくて泣いてんの」

 

「メカ丸、お前の力で電波とか呼べ」

 

「俺はそういのじゃナイ」

 

「諦めなさいよ、さっさと呪霊狩らないと夜が明けるわ」

 

「そんなことでお前は高田ちゃんのファンとして恥ずかしくないのか!?」

 

 東堂の悲痛な叫びを無視して次のポイントへと三人は向かう。

 

「次のとこ広いし三人で行きましょ」

 

「えっ、東堂先輩は…」

 

「放っておケ、そのうち追いつク」

 

 東堂も追いつき、次のポイントである阿弥陀堂へと到着する。

 

「ここまでの道、呪詛師が用意した最低が準一級の呪霊っていっても、湧いて出た雑魚のほうが多いわね」

 

「一級以上はメカ丸と東堂先輩に任せて私達は雑魚狩りましょうか」

 

 三人に追いついた東堂が話し出す。

 

「ここは死者を追随する法要ができる場所だ、死者を憂う思いは負の感情にもなりえる、もしかしたら特級レベルがいるかもな」

 

「想像には難くないわね、嫌よ私はそんなやつ相手にすんのは」

 

「……」

 

「どうしタ三輪? やけに静かだガ」

 

「えっ? あぁいえ、勘違いなら良いんですけど…」

 

「言いたいことあるならはっきり言いなさいな」

 

「んー、なんかここ呪霊全くいなくないですか?」

 

「ん? 確かに…これだけ中央近くならいてもおかしくないはずだな」

 

 四人が奇妙な違和感を抱くと突然それはやってきた。

 

 プァ────!!!! 

 

 突然ラッパのような音が山に響き渡り全員動きを止める。

 

 キ──ン

 

 耳鳴りが暫くの間鳴り響き、その間思考を曇らせる。耳鳴りが止むと開口一番に真依が言い放つ。

 

「…うるっさ」

 

「これって交流会の時の音ですよね? なにかの合図でしょうか」

 

「分からん、分からんが、俺の直感がこれは人為的な音だと告げている」

 

「直感かどうかは知らんガ、その考えには同感ダ、恐らく呪詛師…呪霊の調教に使ったのではないカ?」

 

「どちらにせよ一旦戻って報告しましょうか、五条先生とかが原因突き止めてるでしょうし」

 

「Heyガール! そりゃちと早計じゃないか?」

 

 真依の意見に賛同し、下山を始めようとする一行の前方、建物の上に突然ラッパを持ちフードを被った人間が現れる。

 

「誰だ?」

 

「この状況下でそれマジで言ってるん? ウケるだけど」

 

「その口ぶり、呪詛師ですねアナタ」

 

「そうそう! こういう時は相手の確認よりも先に手を出すべきじゃないかい!?」

 

 ドゥッ、ドン! 

 

 呪詛師に向かって真依は拳銃をニ発発砲し、弾は胸部と足部に命中するが、男は直立したまま話し続ける。

 

「驚いたかい? 俺の本体は山の何処かにいるぜ、コイツは俺の術式による偽物さ!」

 

「チッ…何が目的よアンタ」

 

「目的? お前らは理解してないなぁ、ビデオ見ただろうが、これはゲームなんだよ! この山には俺の仲間が躾けた呪霊がわんさかいて、そいつらは呪術師を殺しに行く、お前らは俺らを殺しにくる、シンプルだろ! 俺らの目的は殺し合いだよ」

 

「そのラッパで呪霊を操作していると見た、俺の至福の時を邪魔したんだ、望み通りお前を今からぶちのめしに行く」

 

「威勢が良いねぇ! 流石は京都校のトップランカー! 楽しみにしてるぜぇ!」

 

 男はそう言うと建物から力なく転げ落ち、四人の前方に転がり落ちる。

 

「…消えないってことは呪骸ですか、あれ?」

 

「いヤ、そんな感じはしナイ、というよりあれは…もしかしテ死体カ?」

 

「…はっ?」

 

 東堂が男に近寄り確認する。

 

「…間違いないな、人間だ」

 

「じゃあ私は…人を撃ったっていうの?」

 

「……勘違いするな真依、足元に固定具がついていて首に切り傷がある、元々この男は死んでいたんだ、お前が殺めたわけじゃない」

 

「…そう」

 

 俯く真依に東堂がフォローを入れ、真依は項垂れる。

 

「どうしましょうか、多分これ本人はそんなに強くないですよね」

 

「本人が姿を隠しているということは撹乱するようなタイプの術式だろうな」

 

「あのラッパの音の出どころが分からないのモ気になるナ」

 

「多分それも術式の効果だろう、俺はこのままあいつを探す、お前達は戻って補助監督と先生達に報告しろ」

 

「達って全員ですか?」

 

「全員だ、メカ丸がいるからある程度下山はなんとかなるだろ、真依は少し休め、元々呪力の濃度が異常なんだ長居はできれば俺だってしたくない」

 

「この場の一番の実力者は東堂ダ、指示に従おウ、戻るついでニ、加茂にも知らせた後、俺も合流しよウ、発信機用にミニメカ丸を渡しておク」

 

「頼んだ、奴の余裕の態度からして俺の手に余る可能性もあるからな」

 

「そうと決まれば一度外に出ましょう、大丈夫ですか? 真依」

 

「…いつまでも感傷に浸ってるほど弱くないわ、行きましょう」

 

 東堂は三人に下山を指示し、呪詛師を探し始める。

 

「高田ちゃん、俺を見守っていてくれよ」

 

 高田ちゃんの写真が入ったロケットペンダントにキスをして山を登り始める。

 

 東堂の脳内の様子

 

(状況を整理しよう、比叡山は三つのエリアからなっていて、俺がいるのは東塔のエリアだ。俺が今まで周った建物は二つ、Mr.五条は結界ギリギリの空から西を、Ms.冥はカラスによる超広範囲偵察で東を、西宮達は横山、西宮は他の二人に比べて索敵能力は低い、と、いうことは横川の可能性が高い、裏をついてカフェなどの建物の中と考えるが妥当か)

 

「よし、横川に向かうか」

 

 ダッダッダッ

 

 東堂は横川に向かって駆け出していく。

 

 ──

 

「ここを真っ直ぐ行くと出口ダ、二人は待機中の学長と冥さんニ知らせてくレ」

 

「分かりました、お気をつけて」

 

 三人は呪霊を祓いつつ出口に到着するが、三輪と真依は途中で遭遇した一級によりダメージを負ったため、一時的な戦線離脱を判断していた。

 

 二人は重たい門を開け、学長の元へいく。

 

「おや二人共、怪我だらけだが無事だったか良かったよ」

 

「冥冥さん、すいません真依と私は少しの間離脱します」

 

「あぁ、早く硝子の所へ行っておいで」

 

「その前に中であったことの報告をします」

 

「つい先程、中で交流会の時に鳴ったラッパような音が鳴り、そのラッパの犯人と思しき呪詛師と対話しました」

 

「そいつは処分しなかったのか?」

 

「…真依が二発発砲しましたが、それは死体を使った偽物で呪詛師の術式によるものとのことです」

 

「中ではそんなことになっているのか…まずいな」

 

 冥冥が呟くと空から五条が歌姫を抱えて降りてくる。

 

「何がまずいの?」

 

「降ろせぇ五条!」

 

「五条、お前の方はどうだったんだ」

 

「まず説明してほしいんだけど、まぁいいや、ダメだね、呪力が蔓延しすぎて何も見えないや、ってか冥さんは? カラスなら色々見えるでしょ?」

 

「今回連れてきたカラスは五十羽、呪物の中にカラスを七割投入した、呪物の回収は多分粗方終わったと思うけど全部殺されたから今は何も見えないね」

 

「じゃあ今は中の状況なんも分かってないの?」

 

「そうなるわね」

 

「んー、中の呪霊の数は結構減らしたし一回休憩ってことで集める?」

 

「言い方が軽いのよ、てか山に入ってるのは三人? まとめて行動してるの?」

 

「…あ、メカ丸と東堂先輩は単体行動ですね」

 

「まとめて行動しなさいって言ったのに、もー…」

 

「仕方ない、カラスを四羽送り込んで道案内をさせる、なるべく早く四人をまとめるようにしよう」

 

 冥冥はカラスを門から入れていく。

 

「仕方ない、面倒だけど空からの索敵が機能しない以上歩くか。ほら、歌姫行くよー」

 

「ちょっと、五条!」

 

 歌姫と五条は門を開けて再び比叡山へと入っていく。

 

「報告はもうないね? 早く治療を受けて来なさい」

 

「「はい」」

 

 ──ー

 

「ねぇ加茂君」

 

「…なんだ」

 

「そろそろ血が足りなくなるんじゃないの? 輸血パックあと何個?」

 

「…あと二つだ」

 

「ここから一番近い門探すから一旦出ようよ、加茂君倒れたら運ぶの私なんだからね」

 

「仕方ない、予備の輸血パックを取りに戻るか」

 

「次は横川中堂の予定だけど仕方ないよ、一度戻ろう」

 

 二人が下山の判断をすると、近くの木にぶら下がっている呪物を発見する。

 

「うわっ、見つけちゃったよ、これあの箱だよね?」

 

「間違いないな、手土産に持っていくか」

 

「呪霊を呼ぶ箱がこんなとこにぶら下がってていーのかなー、私なら見つかんないとこに隠すけど」

 

「…待て西宮、さっきのラッパの音、私もお前も出どころが分からなかったと記憶しているが、間違いないな?」

 

「? 、そーだけど、なんで?」

 

「…あの音の後、呪霊を見かけたか?」

 

「…? えっ見てない…見てないよ!」

 

「こんなところに呪物があるのに呪霊がいないなんてありえるか? …何か嫌な予感がする、急いで下りるぞ」

 

 二人が異様な気配を察知して下山を急ごうとすると全速力の東堂が茂みの中から現れる。

 

「加茂! 西宮! 登れ! 下はまずい!!!」

 

「「東堂(君)!!?」」

 

 ──ー

 

「あのラッパはそういう合図かー、やってくれたなー」

 

 青ざめた顔で苦しむ歌姫を横抱きにして呟く。

 

「呪術師相手に科学の毒ガスとか反則じゃない?」

 

 五条の眼前には一目で毒と分かる色をした煙が漂っており、カラスの死骸が足元に転がっている。

 

「低級の呪霊がやたら沢山扉の前に集まってると思ったら…こんなもん持ってるとはね、迂闊に吹き飛ばすんじゃなかったなー。硝子治せるかなぁ」

 

 歌姫の状態を悪化させないように無下限の内側に入れて慎重に山を登っていく。

 

「どうしよう、マジでヤバいなぁ、蒼使ったら呪霊が爆散して被害広がるし、門を開けたらガス漏れるし、外への通信手段もないし…とりあえず皆と合流するか。歌姫、あまり揺らさないように歩くけど頑張ってね」

 

 




次の投稿は多分明日の午後四時です


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第三十一話 比叡山(後編)

 ──

 

 二人は息を切らしながら走り、西宮は箒に乗って飛びながら上へと向かっていく。

 

「ねぇ東堂君、下はやばいってどういうこと?」

 

「さっき下の様子を見に行こうとしたが、カラスが腐り落ちていくのを見かけた、恐らく毒だろう」

 

「呪術的な物じゃないやつ?」

 

「多分な、近くに行くまで呪いの気配が極端に薄かった。状況から考えて上に登るタイプだろう」

 

「…証拠はあるのか?」

 

「無い、死にたきゃ下にいけ」

 

「…本当なんだな。だが登ったとしてどうする? 時間稼ぎにしかならないんじゃないか?」

 

「メカ丸が俺と合流することになっている、あいつの"大祓砲(ウルトラキャノン)"なら毒ガスを吹き飛ばせるだろう」

 

「でもそんなことしたら呪力の無差別放出でまとめてやられちゃうんじゃないの?」

 

「毒ガスよりは生き残れる可能性がある分マシだろ、それに山頂にこの異常を察してMr.五条が居れば無下限で解決する」

 

「了解した。西宮、山頂への道は?」

 

「んーと、こっちかな」

 

 地図を見ながら箒に乗って二人を案内する。

 

 ダッダッダッ! 

 

「建物が多いから迷わずに済むのが救いだな」

 

「夜だし人がいないから灯りなんて無いけどね」

 

「にしても呪霊が全くいないな、まさか祓い尽くしたか?」

 

「この広さだ、面積に対して呪霊の数があってないのかもしれん」

 

 三人は山頂へと向かって走りながら、周りを見渡していく。

 

「山頂ってガーデンミュージアムだよね、観光で来たかったなー」

 

「高田ちゃんとのデートに花畑か…悪くない」

 

 三人は二十分程走り、目的の場所へと到着するが、そこには先刻対峙した呪詛師と四体の肥満な人型と腐った犬の姿をした呪霊が列をなして待ち構えていた。

 

「何これ…」

 

「全部一級だな、特級ではない」

 

「偶然の産物だが、見つけたぞ呪詛師」

 

「Hey! ガール&ボーイ! 俺からのプレゼントは楽しんでもらえたみたいだな」

 

 呪詛師は自らの首を締めて舌を出すポーズをとるとケタケタと嗤って言い放つ。

 

「生憎だが、真依と美輪は下がらせた、誰一人として被害にはあっていないぞ」

 

「うーん、それはおかしいなぁ?」

 

 呪詛師は目を覆い隠すと話す。

 

「袴を着ている女呪術師が毒ガスを吸ったみたいだけどぉー? 五条悟のおかげでなんとか無事みたいだけど時間の問題じゃないかぁ?」

 

「「「!!」」」

 

「おい呪詛師、山頂から吹き飛ばしてやるよ」

 

「女のタイプを聞くまでも無い、お前は殺す」

 

 西宮は激昂し、中指を立て、東堂は指をポキポキと鳴らす。

 

「おー怖い怖い…そんなに憎いんならよぉ! 思う存分呪い合おうぜ!!」

 

 プァップァップァー! 

 

 呪詛師はラッパを規則的に鳴らすと呪霊が襲いかかってくる。

 

 西宮は空に飛び上がり、加茂は弓矢を構える。

 

 東堂が先陣をきって先頭の肥満呪霊の頭を掴み顔面に膝蹴りを叩き込む。

 

「ふんっぬ!」

 

 メゴォッ! 

 

 "お"ぉぉぉ

 

 東堂の着地を狙った犬型の呪霊が二体襲いかかるが加茂と西宮が払い飛ばす。

 

「赤血操術、刈払い!」

 

「付喪操術、鎌異断」

 

 ゴウッ!!! 

 

 ギャゥンッ! 

 

 三体の呪霊を跳ね除けるが猛攻は続き、もう一体の肥満な人型呪霊が口から汚濁液を東堂に向かって吐き出す。

 

「遅い! …んぉ!?」

 

 犬型の呪霊が一体東堂の足に口から長い舌を出して絡ませる。

 

 汚濁液が動きを抑制されている東堂にかかる直前。

 

 バァン! 

 

 東堂が手を叩き術式を発動させてもう一体の犬型の呪霊と位置を交換する。

 

 ギャウン! 

 

 オブォォォゥゥ

 

 汚濁液を浴びた二体の犬型呪霊はドロドロに溶けていく。

 

「毒が好きだな、お前は」

 

 ビリビリビリ

 

 制服に汚濁液がかかり、溶けていくのを見て東堂は制服を破き上裸になる。

 

「ここからは少し傾向を変えていこう」

 

 東堂が呪霊に向かって走り出し、目の前まで走る。

 

 バァン! 

 

 再び東堂が手を叩き加茂と位置を入れ替え、既に攻撃の態勢を整えていた加茂が攻撃する。

 

「穿血」

 

 バシュウ! 

 

 バァン! バァン! バァン! 

 

 東堂はどんどん西宮と加茂と位置を入れ替え、ものの十数秒で三体の呪霊を祓い終える。

 

 残りの一体が腹部に口を出現させ大きく開く。

 

「俺は美味そうか呪霊! なら、特大のを食わせてやる」

 

 バァン!! 

 

 近くの茂みで隠れて援護の姿勢をとっていたメカ丸と東堂は位置を入れ替える。

 

「大祓砲」

 

 ドゥっ!!! 

 

 メカ丸は口の中に左腕を半分突っ込みながら大祓砲を放ち、呪霊は爆散する。

 

「いたのか、メカ丸」

 

「隠れていたんだがナ、バレていたカ」

 

「呪霊が盾になって廻城の壁に当たんなくて良かったよ」

 

「さて、残りはお前だけだな、呪詛師よ」

 

 四人で呪詛師を見ると呪詛師はフードを取り、ラッパを地面に置き降伏のポーズを取る。

 

「参った参った、降参だ降参、煮るなり焼くなり好きなようにしろよ」

 

「やけに大人しいな、これだけしておいて」

 

「だってー、俺の術式は戦闘向けじゃないしぃ、このラッパだって俺の仲間が躾に使っただけのただの道具だしなー」

 

「…は?」

 

 西宮が呪詛師の胸ぐらを掴んで問いただす。

 

「この呪霊ってアンタの仕業じゃないの!?」

 

「落ち着け、この際だから全部白状するぜ、リトルガール、俺の術式は共有、手元にあるものの音や自身の感覚を、印をつけたものに共有出来るんだ、つまり呪霊の躾には俺は関わってない、ザーンネン♪」

 

「じゃあせめて毒をなんとかする方法を教えろ! 放っとけば自分も死ぬんだ、何か用意くらいはしてるだろ!」

 

 西宮が今にも殴りそうな勢いで問い詰めると呪詛師は舌を出して嗤い飛ばす。

 

「はっ、ねーーよんなもん! 勘違いすんな! 俺はゲームをしてんだ、勝とうが負けようが人生最期の超遊戯を楽しむためにアイツに協力してんだよ!」

 

「そんな…」

 

 呪詛師を掴む西宮の手の力が緩み、その場に座り込むと呪詛師はその表情を覗き込む。

 

「あーーっ最っ高♡良いねぇその表情!」

 

「…どうするんダ?」

 

「毒の範囲ははかなり広い上に遅くはない…やはりメカ丸が吹き飛ばすくらいしか思いつかんな」

 

「それは無理だナ、吹き飛ばしたとしテ下山するほどの範囲は吹き飛ばせなイ、繰り返して使えるほド燃費も良くなイ」

 

「本当に手段がないな、遺書でも書くか?」

 

「加茂、お前がこんな時に笑えない冗談を言うやつだとは思わなかったぞ」

 

 四人は絶対絶命の状況に置かれ、生存を諦める段階までいくと、唯一の頼みの綱がその姿を現す。

 

「やー、皆、無事で何よりだよ」

 

「「「五条(先生)!」」」

 

「庵先生!」

 

「大丈夫、少し寝てるだけだから、てかそいつって犯人?」

 

「今回の犯人であることに変わりはないが直接的な原因は違うようだ」

 

「なるほど…OK、皆僕に近づいて離れないでね、これから君達を無下限に入れた状態で下山する、門を開けた時に毒ガスが漏れるのは冥さんが気づいて対処してることに賭けよう」

 

 プァー!!!!! 

 

 五条が下山しようとすると呪詛師がラッパを大きく鳴らす。

 

「手土産だ五条悟、この山の残り十数体の呪霊全部お前に行くようにしてやったよ、精々足手まとい連れながら頑張んな」

 

「勘違いすんなよ、虫ケラをいくら連れても僕にとってはそこらのハウスダストと変わらない、お前こそ毒ガスで苦しんであの世に行け、それで生きてたら先生がお前の胸にでかい花丸マーク開けてやるよ」

 

「ハッハッハ!! 流石は最強様! 去り際の台詞まで完璧だ! あばよ! 一足先に地獄に行ってるぜぇ!」

 

 ダァン! 

 

 一発の銃声と共に呪詛師の笑い声は途絶えた。

 

「…下りようか」

 

 比叡山サイド、任務開始から五時間と二十三分、多数の負傷者を出したが呪物の回収及び、呪霊の殲滅完了につき任務遂行とみなす。



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第三十ニ話 踏ん張りどころ

最初は十人くらいいたらいいなぁと思っていたのに人間やっぱり欲が出るものですね、あまり見てもらえなくなってきて少し寂しさを覚え始める今日このごろの私です。


 ー大江山チームー

 

 大江山サイドでは呪霊の掃討、呪物の回収を始めて約一時間が経過しようとしていた。

 

「七海さん、一旦下に戻りません?」

 

「ここまで呪霊を祓い、呪物を回収しながら半周しましたが、、、やはり多いですね、呪物の回収に支障をきたす前に戻りましょうか」

 

「了解ッス」

 

 ──

 

「恵達は山頂までまだかかるのか?」

 

「連絡に鵺が俺らのところに来るらしいがまだだな」

 

「"う"め」

 

「棘、まだやれるか?」

 

 狗巻は喉薬をグビグビ飲みながらピースして見せる。

 

「あいつらの足でこんな時間がかかるわけねぇ、呪霊の妨害だろうな。っと、噂をすれば来たぜ、恵の鵺だ」

 

 伏黒の式神である鵺がパンダを見つけ肩に乗る。

 

「うっし、山登るか」

 

「しゃけ」

 

「ん、いや待て真希、棘」

 

「んだよ、どうしたパンダ」

 

「来客だ、こいつ倒してから行こう」

 

 パンダが鼻を上に向けて二人を止めると、真希達の前に一級以上特級未満、例えるなら準特級といった強さの全身が骨で構成されたトカゲを思わせる呪霊が現れる。

 

「骨がありそうなやつじゃねーか」 

 

「つーか骨だけだな」

 

「つ ぶ れ ろ!」

 

 狗巻が先制的に呪言を放ち呪霊体を潰すが、バラバラになった骨は即座に元の形に戻ろうと再生する。

 

「一本一本しっかり呪いこもってんな、こりゃあ棘と相性悪いわ」

 

「おかか」

 

「おーけー、任せろ」

 

 呪霊は体の一部の骨を真希達に向かって飛ばす。

 

 真希達はそれを回避し、木や地面に突き刺さる、骨が刺さった場所からは発火や凍結といった非科学的物理現象が発生する。

 

「これか、最近見る複数の術式持ちの呪霊ってのは」

 

「呪霊合術とやらのせいだろ、多分骨全部壊せば再生はない、長期戦だな」

 

「よっしゃ、やってやんよ」

 

「しゃけ、昆布!」

 

 ──

 

「山頂についたけど、、、ぶっちゃけ何もねぇな」

 

 見渡す限り、山の上という感想しかでないような殺風景に虎杖は呟く。

 

「呪霊どころか呪物もないわね、やっぱり神社が正解かしら?」

 

「でも、山頂についた直後のラッパの音、あれ交流会の時の音ですよね」

 

「呪霊の躾にでも使ったのかしら、山の上だと反響が酷くて場所絞れないわ」

 

 相談しているうちに伏黒が二年生への報告を終えて三人の元へ戻る。

 

「先輩達は今交戦中だな、暫く時間かかる、今何時だ?」

 

「今は、、、二時半ですね、思いの外あの呪霊の妨害が効きました」

 

「途中まで全く気づかなかったものね」

 

「仕方ねぇ、取り敢えずここは何も無いし八合目まで戻って神社見てみるか、何か呪物がある可能性が高ぇし」

 

 伏黒が頭を掻きながら次の目標を考えると再びラッパの音が鳴り響く。

 

 プァプァープァー!!! 

 

「パーパー、うるっさいわねー、誰よ全く」

 

「、、、、、、」

 

「どうした虎杖?」

 

「今の音めっちゃ近い、多分五十メートル以内にいる」

 

「マジか、呪詛師かもしれねぇ、探すぞ」

 

「、、、そういうわけにはいかなさそうね」

 

 釘崎が見つめる方向からはおびただしい数の同じ見た目をした鳥型の呪霊が向かってきていた。

 

 玉犬が伏黒に一回吠える。

 

「あれ全部下僕みたいなもんだな、本体は山の中だ」

 

「仕方ねぇ、あれ全部潰して本体も潰すか」

 

「もー、今回そんなんばっか!」

 

「、、、反対側にもいますね」

 

 三人が向いている方向とは反対の方向からは金棒を持った日本人なら誰もが知る姿をした呪霊、鬼の姿があった。

 

「流石は大江山、鬼も当然出るか、、、!」

 

「伏黒、こっちは俺と釘崎に任せろ、そっちは二人に任せたぞ」

 

「見たとこどっちも特級、死ぬんじゃないわよ」

 

「お前らこそ死んだら殺すぞ、特に虎杖」

 

「死ぬ前に退避してくださいよ、、、」 

 

 四人は二手に分かれそれぞれ反対の方向へと目標の呪霊を誘導する。

 

 虎杖&釘崎

 

 ダダダダ! 

 

「五、、、九、、、十二、十二体だ釘崎! 半分ずつ行けるか!?」

 

「半分どころか全部行けるっつーの!」

 

「おっけい! フッ!」

 

 虎杖は走りながら上にある枝を掴んで高速で回転し、その勢いで呪霊をニ体蹴落とす。

 

 釘崎は振り向き様に釘を三本飛ばし、二体の呪霊に突き刺す。

 

「簪ぃ!」

 

 ドスドドドス! 

 

 固まって動いていた呪霊は連鎖的に六体一気に祓われる。

 

「はっは! 流石!」

 

 ゴシャ! メゴォ! ベキ! 

 

 虎杖は着地した時に呪霊を掴み地面に叩きつけ、次々と格闘で殴り落としていく。

 

「よっし、追ってきてる分は全部だな」

 

「、、、てか本体どうやって探すの?」

 

「あっ、、、これ伏黒が適任だったなぁ」

 

「小僧、貴様は馬鹿なのか? 馬鹿だったな」

 

 宿儺が虎杖の頬に出現し罵ってくる。

 

「何故よりにもよってこの釘の女を相方に選ぶ? 状況の判断すらできん阿呆が」

 

「やっべぇ、この状況俺何も言えねぇ」

 

「つかアンタは分かんの? さっきの奴の本体」

 

「何故教える必要がある? 貴様らが死のうと心底どうでもいい」

 

 目を薄めて面倒そうにあくびをする宿儺に釘崎は言う。

 

「刹那と伏黒と早く合流したいんだからはよ言え」

 

「、、、、、、チッ、あの呪霊共はそこらの鳥に呪力を無理矢理込めて作られたものだ、呪霊にしては薄い気配、恐らくは八咫烏だろうな」

 

「最初から素直に言えばいいのよ。さて、八咫烏っていったらアレよね、あれよあれ、、、」

 

「俺知ってる、アレだろ? 足三本のカラス!」

 

「、、、無知にも程があるだろう貴様ら、本当に呪術師か疑いたくなる」

 

「はいはいお爺ちゃんは物知りねぇ」

 

「ブフッ、お爺ちゃんw」

 

「折角教えたのにその態度か、殺すぞクソ餓鬼共が」

 

「「すんません」」

 

「フンッ! まぁ良い、そんなことより早く祓って伏黒恵と刹那に合流しろ、左に直進すればいるぞ」

 

(なんだかんだコイツめっちゃ教えてくれるな、、、)

 

 虎杖はその言葉を胸のうちにしまい宿儺の言う通りの方向に駆け出す。

 

 ──

 

「ここでいいだろ」

 

 山頂をそのまま走り、呪霊を広場へと誘導し状況を整える。

 

「手早く済ませましょう」

 

 二人は得物を構えると、背後からラッパの音が聞こえ、振り向くとそこには腰の曲がったローブを着た老人が立っている。

 

「呪術師諸君、始めましてだね」

 

 呪霊は二人の目の前で立ち止まり、命令を待つ犬のように大人しくしている。

 

「お前ビデオの奴じゃないな、仲間か?」 

 

「あの男とは、仲間というより、利害の一致による一時的な共闘という言い方の方がしっくりくるかな」

 

「なんで急に僕達の目の前に現れたんです?」

 

「質問ばかりだね、少しは老人の話に付き合いたまえよ」

 

「断る、お前の術式がわからない以上そういう提案は乗らねぇ、質問に答える気がないならお前を無力化するまでだ」

 

「全く、話を聞かないから、、、」

 

 ピューイ

 

 ドドドドド、ボゴォ!! 

 

 老人はそういって口笛を鳴らすと、伏黒の足元から巨大なモグラに似た呪霊が現れる伏黒を吹き飛ばす。

 

「っ! ぐあっ!」

 

「恵君!!」

 

「君の相手はこっちだよ」

 

 パンパン! 

 

 呪詛師が手を二回叩くと鬼型の呪霊は刹那を襲い始める。

 

「邪魔!」

 

 キィン! 

 

 抜刀して呪霊を斬るが、たちどころにダメージは回復していく。

 

「そいつは三十年かけて育て躾けた呪霊、ワシの子供たちのなかでも最硬の呪霊だ、あの五条悟だろうと幾分か時間は稼げよう」

 

 ギン! ガンガンガン! 

 

「もうっ! 早く探しに行きたいのに!」

 

 ──ー

 

「くっそ、鵺!」

 

 ブワァッ、バサッ

 

 吹き飛ばされた伏黒は空中で鵺を呼び出し滞空する。

 

「相手は潜行するモグラみたいな奴、、、となれば獲物を見失えば当然、、、」

 

 伏黒が注意深く自分が落ちていく筈だった場所を見ていると先程の呪霊が地面から姿を現す。

 

「来た、鵺!」

 

 ビュォォォ!! 

 

 鵺が猛スピードで呪霊に向かって伏黒を投げ、伏黒は手に持った西洋刀を呪霊の脳天に突き刺す。

 

 ザグッ! 

 

 ヴごぉぉばぁぁぁ!! 

 

 呪霊が暴れる中刺した刀に捕まりながら、姿勢を戻す伏黒。

 

「チッ! 大人しくしろよっ」

 

 グリグリグリグヂュ

 

 刺した刀を回してさらに深くまで刺しこむ。

 

 その瞬間、呪霊は高く跳ね上がり背中から地面に落ちる。

 

「っ! 万象っ!」

 

 ドゴォォォ──ンンンン

 

 ボダボダッ

 

 咄嗟に象型の式神、万象を呼び出し呪霊との間に挟めることによってダメージを軽減したが、抑えきれずに頭から血を流して数秒の間気を失う。

 

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、痛ぇ、、、」

 

 小さくポツリと力なく呟く、呪霊は傷は全快させ、脳天に刺さった刀をそのままに、今まさに伏黒に止めを刺すため、伏黒に向かって歩を進めだす。

 

「、、、これまでか」

 

 伏黒は両手を前に出し、超濃密度の呪力を練りだすが伏黒の脳裏によぎった仲間達と恩師の言葉により思いとどまり呪霊に向かって両手をあげる。

 

「止めだ」

 

 不敵に嗤って見せる伏黒に動揺を隠せない呪霊はその場から動かずに静観する。

 

「やってやるよ、、、!」

 

 今度は両手の指を一本一本交差するようにして印を象る。

 

(影の奥行きを全て吐き出す、具体的なアウトラインは後回し、呪力を練ったそばから押し出していけ、、、)

 

 確かな土壌、一握りのセンス、あとは些細なキッカケで人は変わる。

 

「領域展開、嵌合暗翳庭、、、!」

 

 ザブンーザザァ

 

 伏黒の領域展開によりその場に真っ黒の影による海が作り出され、その場を支配していく。

 

「ハハッ! 不完全、不細工も良いとこだ!」

 

(だが今は、、、これで良いっ)

 

 ダッ、ビンッ! ビンッ! 

 

 影による海から式神、蝦蟇を複数召喚して呪霊の手足を縛り、次ぐ二体の鵺の帯電する翼によってダメージを与えていく。

 

 コォォォッ、バヂィ! バヂィバヂィバヂィ! 

 

 "ぉ"お"お"ぉ! 

 

 伏黒はその間にも体術によって目、関節、首を正確に突き、蹴りを繰り返す。

 

 ビュッ! ドスッ、ゴキ

 

 ブワッ──ドゴシャァ

 

 呪霊は大きく飛び上がり呪力を込めた体落としで伏黒を領域ごと押し潰す。

 

 領域は姿を無くし、元の空間へと戻りそこに伏黒の姿はない。体の半分以上の呪力を失った呪霊は咆哮をあげ、体を引きずりながら別の場所に移動しようとする。

 

「やれ、鵺」

 

 近くの木の影に術式で潜んでいた伏黒は鵺を呼び出して空高くから脳天に刺さった刀に向かって急降下するように指示する。

 

 ゴォォォッッッ、ドズッ

 

 ブシュゥゥゥ! 

 

 刀は脳天から呪霊の体を貫通し、呪霊の体から呪力が溢れ出して霧散する。

 

 祓い終えたのを見て伏黒は溜め息をつき、肩で息をしながら木に体を預けて力なく座り込む。

 

「体動かねぇ、、、あいつら無事だといいが、、、」

 

 独り言を呟くと、伏黒は急激に襲いかかる睡魔に抗いきれずに目を閉じる。

 

「zzz」

 

「ーーの辺だよな?」

 

「お、真希! 見つけたぞ、恵だ」

 

「じゃげ」

 

「おー派手にやったなぁ、恵がなんでここにいるかは知らんが取り敢えず下山させるか」

 

「硝子はいないからなぁ、恵は今日は離脱か、棘もそろそろ限界だろうし丁度いいな」

 

「んじゃ下山するか」

 

 ──

 

「いた釘崎、アイツだろ八咫烏って!」

 

 虎杖が木に登り釘崎に呪霊の場所を知らせる。呪霊は二本の足と、歪な場所から生える三本目の足、大きな翼で人と鳥の中間のような容姿をしたカラスが空を飛んでいる。

 

「三本足のカラス、ビンゴね、空飛んでるけどアンタ撃ち落とせる?」

 

「なんでそれ俺に言うんだよ、どっちかっつったら釘崎じゃね?」

 

「伏黒の影から引っ張り出した釘の数がもう残り少ないのよ、やたらめったらに打てないわ」

 

「あと何本?」

 

「十五本」

 

「なら仕方ねぇ、どうにかして地上戦に持ち込まねぇとな」

 

「っていってもむざむざ自分の有利を捨てるわけなくない?」

 

「おい宿儺もなんか考えろよ」

 

「、、、、、、」

 

「だんまりかよ、電池切れか?」

 

 釘崎と虎杖が宿儺が普段出てくる頬をペチペチ叩くと虎杖の手の甲から姿を現す。

 

「喧しいぞ小僧、女」

 

「お、反応した」

 

 不快そうな顔をしながら宿儺は現れる。

 

「小僧、死にたくなければ尻尾を巻いて逃げろ」

 

「あ? お前が俺の心配とか気持ちわりー、なんでだよ」

 

「なんでも何もあるものか、アレが貴様を殺すことになれば俺も死ぬ、それは困るというだけだ」

 

「遠巻きに絶対勝てねぇって言いやがって、、、仕方ない、山頂に戻るわよ虎杖、あの呪霊は夏油先生に任せましょう」

 

「くっそー、納得いかねぇー」 

 

 二人は踵を返して山頂に再び向かおうとするが、二人が振り向いた時、頭上から音もなく先程の呪霊が目の前に降りてくる。虎杖と釘崎の目にはその呪霊が神々しくも吐き気をもよおすような呪力にまみれているように映った。

 

「、、、君達が両面宿儺の器とその一行と見えるが合っているかな?」

 

「っ、呪霊の癖して一丁前に普通に話すじゃないの」

 

 額に冷や汗をかきながら釘崎は強気に答えると呪霊は

 

「いやはや、気の強いお嬢さんだなぁ」

 

「釘崎、こいつはヤバい、絶対勝てねぇ」

 

「分かってるわよっそんなこと、、、」

 

「勘違いしないでほしいんだけどぉ、私は別に君達を殺そうとは考えていないよぉ?」

 

「そこまでの知能、、、アンタ、もしかして五条を襲ったっていう特級の集団の仲間か?」

 

「漏瑚や花御のことかな? だとしたらそうですねぇ」

 

(何が目的だコイツ、、、)

 

「なんか、、、呪霊らしくねぇなお前」

 

「私は人々が空を恐れ、宙に憧れたことから生まれた呪霊。漏瑚達と違って現状に満足していますし、正直言うと戦争もどうでもいいのでねぇ。人間の感覚で言えば友達の手伝いをしてるようなものなのですしぃ」

 

 呪霊がそこまで答えると宿儺が虎杖の頬に現れる。

 

「呪霊の癖に神聖な者の気配に近い理由はそれか」

 

「くっそ、調子狂うなお前」

 

「そうかい、じゃあ一つだけ質問しましょう、なんだったかなぁ?」

 

 呪霊は少し考えるポーズを取った後、二人に問いかける。

 

「、、、あぁ、思いだした、詳しい理由は話せませんがお二人は私達側につくつもりはないかなぁ?もし私達側につくのなら、お友達の安全は保証しますよぉ?」

 

「嫌よ」

 

「できねぇ」

 

「まぁそうですよね、別にそれでも構わないらしいしねぇ、じゃあ十月三十一日にまた会いましょうかぁ」

 

 フワッ

 

 呪霊はそう言い残して翼を広げると、瞬きをする間に二人の目の前からいなくなる。

 

「、、、なんだったんだ、あいつ」

 

「考えても分かんないし後で報告しましょ、伏黒達と合流しなきゃ」

 

 二人は山頂の場所に向かって走り出した。

 

 ──

 

「もうっ!邪魔ですって!」

 

 伏黒と離された刹那は鬼の姿をした呪霊と戦闘していた。

 

 ズドンッ、ドゴォッ

 

 呪霊は金棒を刹那目掛けて何度も振り下ろすがことごとくを回避していく。

 

 ズパッ、ゴトッ

 

 呪霊の腕が振り下ろされた瞬間に腕を切り落とし呪霊の腕がボトリと落ちるが即座に腕は再生し再び金棒を拾い、戦い始める。

 

「出し惜しみしてたら長引きますね、、、少し無理矢理倒しますか」

 

 呪霊が金棒を振り下ろすが刹那は悠長に眼帯を外して刀を二本抜く。

 

 シュラァァ

 

 ギィィィンッドゴォン!! 

 

 振り下ろされた金棒を受け流し、金棒は地面に轟音と共に叩きつけられる。刹那は金棒に乗り、呪霊に向かって歩く。

 

「僕の持つ二振りの刀、血吸と童子切は斬るほどに切れ味や硬度を任意のタイミングで上げられるようになるんです。理由は単純、、、」

 

 ドズゥッ

 

 お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"

 

 そこまで言うと刹那は踏み込んで前に飛び出し二本の刀を呪霊の目に突き刺し、一息ついて話す。

 

「相手の呪力を吸うからです」

 

 ギュルッ、ザグザグザグザグザグザグザグザグザグッ

 

 刹那はその場で回転して顔面を二つに斬り、二振りの刀によって呪霊を滅多切りにする。

 

 ぐ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉぁぁぁ、、、、、、

 

 約二十秒の間、呪霊に容赦なく剣撃を浴びせる。呪力の喪失によって呪霊は形を保てなくなり霧散していく。

 

 ビュッ! ビタタッ

 

 刹那は刀を振りきり呪霊からでた液体を払う。

 

「、、、逃げないんですね、おじいさん」

 

「逃げたとてお主が見逃すとは思わんよ。全く、五分は稼げると思ったが、昔から賭け事は弱くて困る」

 

 やれやれといったように首をふる呪詛師に刹那は刀を、突きつける。

 

「僕には呪術規定に則ってあなたを始末する義務があります。ですが、こちらにとって有益なことを洗いざらい話すのであれば、収監という形にはなりますが、短い余生を全うする権利くらいは差し上げます」

 

「そんな縛りをせずとも、負ければ全て話す。あの男とそういう縛りを結んだ元でわしらはこの計画を任されたのだよ。立ち話は老体に応える、座らせてもらうよ」

 

 呪詛師はそこまでいうと座り、刹那も刀をしまいその場に座る

 

「不審な動きをすれば斬りますからね」

 

「分かっておるよ、さて、どこから話したものか」

 

「まずはあなた達の目的、それから仲間やあなたの術式、呪物の数、全て答えてください」

 

「簡単なものから話させてもらうよ。まず呪物だがこの山に残ってるのは残り二つだけ、回収も時間の問題だろうよ。次に術式、わしの術式は負の感情を効率よく回収できるように呪いを込めるだけ。呪霊は手懐けただけだからわしの術式とは無関係、比叡山の奴は今頃死んどるよ、それ以外のは知らん」

 

「、、、目的は?」

 

「あの男の最終的な目的は知らんが、わしらの目的は一つ。呪術協会の崩壊、わしはその為だけに今年齢百になるうちの八十年を捧げてきた、、、呪霊を手懐け、呪いを込めて、そして奴らに出会った、、、!」

 

「ストップ、待ってくださいっ」

 

「来たる十月三十一日! その時に世界は一変し、長年の夢が! 生きる意味が、努力が!! 全て実を結ぶのだ!!!」

 

 呪詛師は興奮して立ち上がり大きく息を吸ってラッパを鳴らそうとするが刹那は足を斬り、呪詛師はその場で転び足から血を流す。

 

 ザシュッ! 

 

「勝手な行動は厳禁です、次は確実に首を狙いますよ」

 

「ふ、ふふ、フフフフ、、、今のお主の選択は、、災厄を招くぞ」

 

「?一体どういう、、、」

 

 ゴゴゴゴゴゴ

 

 突然山すべてが揺れるような轟音と振動に包まれる。

 

「!?」

 

「あの男の呪霊合術、致命的な欠点があっての。躾けた呪霊であろうと合成させたあとに一度暴れ出せば、止まらない」

 

 バグァァ! 

 

 呪詛師の背後の地面が割れ、一つの胴体に八つの頭、八つの尾、目はホオズキのように真っ赤であり血のような物が爛れて滴り落ちている呪霊が姿を現し呪詛師を食らう。

 

 刹那は戦闘態勢に入ろうとするが、頭上から虎杖が逆さまになって刹那に手を伸ばす。

 

「刹那!掴まれ!」

 

 バッ、バシッ

 

 刹那は飛び上がり虎杖の腕を掴む。

 

「少し高度を上げるよ」

 

 ブワッ

 

 ガチン! ガチン! ガチン! 

 

 高度を上げるとともに背後から噛みつく音が三回聞こえる。

 

「何なのよ!あいつ!」

 

「釘崎! 引っ張り上げろって!」

 

 釘崎と夏油が虎杖達を引っ張り上げる。

 

「先に言っておくけど、伏黒君は先に美々子と菜々子の治療を受けているよ。他の皆も離脱は完了しているから心配しなくていい」

 

「、、、すいません、今回のこれは僕のミスです。真っ先にあの呪詛師を殺るべきでした」

 

「そう気に負うことはない、どの道あの呪霊は出現していただろしね」

 

「夏油先生、上から見てるけど出てきたのは山頂の蛇と盃を持っている鬼の二体、どっちも山から出ようとして直進してる。二体とも多分特級だけど、どうする?」

 

「今は、、、四時か、、、現状、特級二体が山を下りようとしている、私の判断では君達に安全性が確立できない任務は本来与えたくない、しかし──」

 

「面倒臭い御託並べてないでハッキリ言いなさいよ」

 

「先生、俺バカだからさ、簡潔に言ってくんねぇ?」

 

「、、、本来、教師としてはあるまじき行為だな、、、三人共、目標は二体の特級呪霊、蛇の方は足が遅いから山の麓にいる呪術師の総力をあげて仕留める、鬼の方は恐らく市街地にいって非術師を探すために避難区域外へと行くだろう、街中で戦うのは必至、刹那、君の最も得意なシチュエーションだ。教師として情けない話だがすまない、一人にしてしまうが任せたよ」

 

「「「了解」」」

 

 夏油が作戦を話すと山の門まで一気に下りて門を開けに行った。




もしかしたら1から4話辺りまでを書き直すかもしれないです。


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第三十三話 特級呪霊、ニ酒に酔う

心が痛ぇ


「「夏油先生!」」

 

「皆怪我はない?」

 

「無事に帰ってきた?」

 

 美々子と菜々子が夏油に近寄り、四人の体の心配をする。

 

「問題ないよ、それよりも皆聞いてくれ、話がある」

 

 夏油は簡易拠点の前まで小走りで向かい現状を伝える。

 

「どうした傑」

 

「大江山にて二体の特級呪霊を確認、一体は市街地、つまり非術師の避難している方向に向かって直進中、もう一体は山頂から低速ながら同じように進行中、恐らくだが向こうの切り札だ」

 

「は? おいおいおい、その特級をどうしろってんだよ、二体同時にここの全員で相手しろってのか?」

 

 日下部がテントから出てきて夏油に言うが無慈悲な返答が返ってくる。

 

「いや、私達が戦うのは山頂にいる奴だけだ、向こうは見る限り手数が多い、こっちも出来うる限り大人数で挑んだほうが良い」

 

「もう一体はどうすんだよ?」

 

「もう一体は人型の呪霊だ、一対一対(タイマン)において右に出るものはいない呪術師が一人いるだろう?」

 

 夏油は刹那の方に目をやり、笑って見せる。

 

「おい傑、いくらなんでも一人は危ないんじゃないか? 三人、最低でも二人は共に行動するべきだ」

 

「その意見には私らも賛成だ、大事な後輩一人で特級の相手させろってのか?」

 

「しゃけ、昆布!」

 

「我々大人には子供を守る義務があります、一人にさせるのは私も賛同できません」

 

 全員が口を揃えて反対するが、夏油は指示を変える気はない。

 

「皆の意見も最もだ、しかし私は術式上、この場において相手の呪霊たちの特性を一番理解している、その上でもう一度言おう、刹那には一人で片方の呪霊の相手をしてもらう」

 

「先輩、先生方、悪いけど俺らは夏油先生に賛成っす」

 

「私達は刹那の実力を信用してるし、夏油先生がここまで言うのはきっと何か理由があるんだと思うもの」

 

 二人は夏油に賛同する。

 

「……傑、お前の一級呪霊を一、いや二体同行させろ、それで手を打つ」

 

「学長!」

 

 七海が声を荒げるが夜蛾は冷静に判断を下す。

 

「言いたいことは分かっている、だが、もとより刹那は特級、そもそも負けるとは考えにくい、ここは一つ、信用してみるとしよう」

 

「っ! 分かりました、あなたは聡明な人だ、今回は信じます」

 

「私達は納得してねーけどな」

 

「真希、心配なのは分かるけどよ、ここは大人しく全体の指示に従おうぜ」

 

「しゃけー…」

 

「夜蛾学長、承認感謝します」

 

「それは今はいい、それより呪霊はあとどのくらいだ?」

 

「人型は二合目、山頂のやつは七合目辺りですね」

 

 夏油が呪霊を介して現状を把握する。

 

「刹那、大役だな、気張れよ!」

 

「絶っっ対勝ちなさいよ、まだあなたに化粧教えてないんだから」

 

「死ぬなよ、死んでも泣いてやらねーからな」

 

「真希なりの心配なんだ、許してやってくれ」

 

「高菜! ツナツナ!」

 

「刹那さん、くれぐれも気をつけて、駄目だと判断したら夏油さんの呪霊を盾にして逃げてください」

 

「オレはなんも分かんないけど、頑張ってな!」

 

「はい、すぐに祓って加勢しますよ」

 

 全員から激励をもらい、刹那は笑ってそう言ってみせる。

 

「刹那、そろそろくるよ、上手く分断するから街中で戦闘するんだ、いいね?」

 

「了解、いつでも良いですよ」

 

「よし、総員離れるんだ! なるべく呪霊同士の距離を離すために市街地へ誘導する!」

 

 夏油の指示が行き渡り術師と補助監督はその場を離れて隠れる。

 

 ……ドドドドドドドド

 

 ドグゥオオオン! 

 

 轟音と共に門が全開し、それは姿を現した。

 

 五メートルはある巨体に二本の角、手には盃、腰には瓢箪、見据える目は鮮血の如く紅く光る呪霊の姿

 

「さてと、鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

 

 刹那が合図を出すと夏油の使役する低級の呪霊が鬼型呪霊の周りを飛び回り市街地の方へと誘導する。刹那に付く一級呪霊は空を飛んで刹那についていく。

 

 ォォオオオ!!!! 

 

 ドドドドドドド……

 

「誘導は成功したな、元より非術師の方へ行くみたいだから念の為だが、これでこっちに集中できる」

 

 誘導を終え、全員で山の方を見据える。

 

「傑、具体的な作戦はあるのか?」

 

「やつは恐らく八岐の大蛇の類かと思われます、八つの首と八つの尾を持つ伝承から生まれた特級仮想怨霊、同様にさっきの鬼は酒呑童子の仮想怨霊ですね」

 

「とすると、特級呪物を使われた可能性が高いな」

 

「多分ね、その伝承と縁のある呪物を使うことによって仮想怨霊を強制的に生みだすことができる、今回は呪術連盟が管理していた酒呑童子の盃と八塩折の酒、この二つによるものだろう」

 

「特級とは何なのか疑いたくなるような量だ…」

 

「あぁ本当にな、だが向こうもそんなにほいほい手に入れられるわけじゃない、きっとこれで打ち止めだろう」

 

 ズズズ

 

 夏油はそういって手持ちの一級呪霊を数体呼び出す。

 

「八岐の大蛇は簡単に言えば八体の呪霊がくっついて行動してると思ってくれて構わない、やつの血は伝承通りであれば猛毒、血には触れないように短期決戦だ、最終的には私が取り込もう」

 

「了解、皆に伝えよう」

 

 夜蛾が動き、それぞれはその時まで麓で休んでいる。

 

「なー釘崎、伏黒は参加できない感じ?」

 

「見てきたけどボロボロだったわ、あれじゃ無理ね」

 

「七海サン、特級ってマジすか…」

 

「言いたいことは分かりますが私達が止めなければ甚大な被害が出ます、気張っていきましょう」

 

「パンダ、お前毒効かねぇんだから直に殴りまくれよ」

 

「呪骸に人権はないんですかー?」

 

「人じゃねぇしな」

 

「明太子ぉー」

 

「美々子と菜々子は直接戦闘できないからね、離れて援護を頼むよ」

 

「「りょーかーい!」」

 

「特級術師様がいるんなら問題ないな、皆疲労が溜まってる、時間はかけらんねぇ」

 

 ……ドズンドズン

 

「来たな…全員構えろ」

 

 夜蛾の合図でそれぞれが得物を構える。

 

 門の奥で渦巻く呪力の波と足音はどんどん大きくなりその場に緊張が走る。

 

 ズズズン…ギィィィ

 

 山と言われても疑わないような風貌をした大きな呪霊がその姿をのそりと現す。

 

「攻撃開始ィ!!」

 

 夜蛾の合図と共に一斉に呪霊にむかい攻撃を開始するが、呪霊は八本の首をそれぞれに伸ばし応戦を開始する。

 

 グルォォォォ!!!! 

 

「十劃呪法」

 

「来訪瑞獣、一番獬豸!」

 

 ゴッ! 、ドスス

 

「手応えが鈍い、呪力量が桁違いすぎる」

 

「うわっ、二番!」

 

 ボヨォン

 

 伊野が水のクッションを作り弾かれた七海と共に着水する。

 

 ブオンッ! 

 

「シン・陰流簡易領域、夕月」

 

 ガギィイン

 

「は!? 固ってぇ!!」

 

 日下部は居合で首を斬ろうとするが、途中で刃が止まり振り払われ受け身を取りながら距離をとる。

 

「釘崎!!」

 

「わからいでか!」

 

 カインッ!! 

 

「ざっけんなこらぁ!」

 

 虎杖は釘崎を横抱きにして首を横跳びで回避し、同時に釘崎は釘を飛ばして応戦するが刺さることなく弾かれる。

 

「止 ま れ!!」

 

 ビタッ

 

激震掌(ドラミングビート)!」

 

「オラァ!」

 

 ゴウン! バキキ! 

 

 狗巻の呪言で動きを止め二人で攻撃するが、真希のトンファーは折れ、パンダのパンチは手応えを感じず鈍い音が響く。

 

「うわっ固っ」

 

 ゴウッッ!! ガブガブ!! 

 

 夏油の使役する呪霊が首を焼きながら噛みつき、夏油はその間に呪霊で空に飛び、様子を見る。

 

 ズズズンッンンンン

 

 グルォォォ

 

「首固すぎ!」

 

「あれ殴んのはきっついな」

 

 ドゴン! ドゴトゴドゴ!! 

 

 八つの首と八つの尾でやたらめたらにに暴れ回り、

 

 その衝撃で血は飛び散り着弾したところが溶けていく、さらに首の叩きつけによって地形が変動を繰り返す。

 

「くっ!」

 

「オラッ! ドォッラ!」

 

 バゴォン! バゴッ

 

 ガインッギンギン! 

 

 全員回避や瓦礫を叩き落とすなどで対策するが、地形の変化によって不利な状況、怪我は避けられない。

 

「防戦一方になる! 一本でいい、落とすぞ!」

 

「棘! 頼んだ!」

 

 真希の合図で狗巻は深く息を吸う。

 

「し ず め!!!」

 

 ズゥゥゥゥン!! 

 

 狗巻は膝をつくが、首だけではなく呪霊全体に向けた呪言の効力により呪霊は地面へと叩きつけられるようにして沈む。

 

「今だ! 畳み掛けろ!」

 

「狙う首を一本に絞りましょう、頭数を減らさなければ」

 

 夏油と七海の合図で一本の首に集中して攻撃する。

 

 ギィンギン! ドゴォ、メシャア! 、グリリリ! 

 

 ズバンッ

 

 猛攻によって首を一本切り離すことに成功するが、同時に呪霊の拘束が解ける。全員その場から離れるが地形が変動した影響で釘崎の回避が遅れる。呪霊はそれを見逃すことなく残った七本の首の口に火をつけて燃やしながら噛み付いてくる

 

「ヤバっ」

 

「釘崎!!」

 

 ガヂンガヂンガヂンガヂンガヂンドォゥ! 

 

 虎杖が釘崎を引っ張り上げて間一髪で回避するが虎杖は左腕を噛まれ、その箇所を高温によって焼かれる。

 

「こんのっ、オラァッ!」

 

 ゴスッ

 

 右腕で肘打ちを目にいれて離脱に成功するが、虎杖は落下していく。

 

 呪霊は七本の首を揃えて喉をゴロゴロと鳴らし、虎杖と釘崎に向けて何かを吐こうとする。

 

 ジュヴヴ

 

「ゔぁ"ぐっ!!」

 

「まずい、呪霊を止めろ!」

 

「悠二離れろ! 来るぞ!」

 

「に げっゴホッ」

 

 夏油は虎杖に呪霊を飛ばすがどう頑張っても間に合う距離ではなく虎杖達に緑色の液体が降りかかる。

 

「虎杖君!!」

 

「悠二!!」

 

「虎杖…あんたはやっぱり馬鹿ねぇ」

 

「ははっ、今それ言うのかよ?」

 

 パシャッ

 

 ジュワァァァァ! 

 

 液体が降りかかったところはドロドロに溶けていく、煙が晴れるがそこには二人の骨すら残っていなかった。



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第三十四話 黒く弾ける心

ちょっと女性は閲覧注意な描写ありなのでお気をつけて、、、いや三話の時点で今更かもですけど。


 パシャッ

 

 ジュワァァァァ! 

 

 液体が降りかかったところはドロドロに溶けていく、煙が晴れるがそこには二人の骨すら残っていなかった。

 

「……」

 

 ほんの少しの静寂、言葉を失う一同。だが、その静寂は次の瞬間に破られる。

 

「うぉ! 俺生きてる!??」

 

「なんで!? 私達絶対死んだわよね!?」

 

「そうか、菜々子か!」

 

 菜々子の術式によって虎杖と釘崎は一定のダメージを受けながらも助かり、美々子にロープで引っ張られて戦線から一旦離脱する。

 

「菜々子無茶しすぎだよ!」

 

「ごめーん、てか動けないのはしかたないけどロープで引きずることなくなーい?」

 

「菜々子先輩っ!?」

 

「マジ危なかったし! あんなの食らったら確実にあの世行きだから! 戻ったらなんか奢ってよね」

 

「命に比べたら安いもんよね」

 

 美々子に引きずられながらも三人は命に別状なく、釘崎と虎杖は戦闘に戻ろうとする。

 

「死人は出てない! もう一度隙を作って攻撃するんだ!」

 

「仕方ない、伊野君、着地を任せます」

 

「了解っす! 七海サン!」

 

 七海は武器をしまい拳に呪力を込める。

 

「本来は屋内で効力を発揮する技ですが、直に殴っても効果は期待できる」

 

 七海は飛び上がり比率七対三で呪霊の体に拳を叩き込む。

 

「十劃呪法、瓦落瓦落!」

 

 メゴォォォン!! 

 

 七海が殴った瞬間、呪霊の全身に七海の呪力が地割れのように特有の音を立てて走る。

 

「二番霊亀ッ」

 

 ドプン

 

 伊野は水のクッションを作り空中に身を預けた七海を受け止める。

 

 呪霊は再び態勢を崩して全ての首をだらりと地面に預ける。

 

「チャンスは何度もこない! ここで仕留めろ!」

 

 その場の全員が疲労感により体の動きを鈍らせつつも次々と効果的にダメージを与えていく。

 

「はぁっはぁっ、そろそろ限界だぞ…!」

 

「ゴリラモードももう続かねぇぞ」

 

「お"がが」

 

 努力虚しく再び呪霊は立ち上がるが、明らかにダメージを受けた体だということが、体中から吹きでる血と落ちかけた首から分かる。

 

「傑! まだなのか!?」

 

「あと少し、隙があれば殺れます」

 

「…鵺」

 

 ブオッ、ボトッ

 

「やれ! 釘崎!!」

 

 全身に包帯を巻いた伏黒が遠くで式神、鵺を呼び出して呪霊の落ちて残っている首を拾い、釘崎の方へと投げつける。それをみた呪霊は本能からか釘崎の元へと猛進する。

 

 虎杖は釘崎の前に立ち、東堂との戦闘を振り返り、極限の集中状態を作り出していた。

 

「…邪魔すんじゃっねぇぇぇぇ!!!」

 

 虎杖は釘崎に向かう首の一つを呪力を込めて殴りつける。倒れ伏してしまいそうになるほどの疲労感、菜々子に守られたとはいえ全身が痛む中で仲間を助けるという虎杖の信念、打撃と誤差0.000001の呪力の衝突による空間の歪み、その瞬間に呪力の火花は黒く光る。

 

【黒閃】

 

 虎杖の渾身の黒閃により呪霊の顔面はひしゃげた缶のように歪み、大きくのけ反り、身体にも影響を及ぼす。

 

「ナイスよ虎杖…芻霊呪法、共鳴りぃ!!!!」

 

 ガィン! 

 

 ドクドクドクドクドクドクドクン! 

 

 呪霊の首の部位的希少価値は極めて高い、釘崎の共鳴りは残った七本の首全てに行き渡り、致命的なダメージを与えた。その大きな攻撃のチャンス、呪霊の前に夏油は立つ。

 

「良くやった、流石は悟と私の生徒だな」

 

 ズズズズズズズズズ

 

 夏油は自身の頭上に使役する二級以下の呪霊、百六十三体を纏める。

 

「呪霊操術極の番、うずまき」

 

 超高密度の呪力の塊を呪霊へとぶつけ、前方を大きく直線上に削り飛ばす。呪霊の体は首が五本、胴体も七割ほど消し飛び瀕死の状態になる。

 

 オ"ォ"ォ"…

 

「有り難く、有効活用させてもらうよ」

 

 ズゾズズズズ

 

 コロンッ…ゴクン

 

 夏油は呪霊を黒い塊に変えて飲み込む。

 

「…終わったのか?」

 

 夜蛾が不意に一言呟くと全員その場に無気力に倒れ伏す。

 

「ちょーやばー疲れたー!」

 

「お疲れ様だね、菜々子」

 

「うぉぉー! 七海サン特級倒しましたよ! 特級!」

 

「伊野君、分かりましたから落ち着いて静かにしてください」

 

「命がいくつあっても足りねぇよ…」

 

「よくやった、日下部」

 

「パンダ、お前の上で休ませろ」

 

「俺も疲れてんだけどなぁ」

 

「い"ぐら"」

 

「伏黒が来なかったらやばかったなー」

 

「アンタよくその体で動こうと思ったわね」

 

「悪ぃ、もう動けねえ…」

 

 バタン

 

「ちょっ、伏黒!?」

 

「やっぱ馬鹿ね、男って」

 

 補助監督が治療などで駆け回る中で夜蛾は夏油に問う。

 

「傑、刹那についている呪霊はどうなった?」

 

「……祓われています、何か不足の事態があったのかもしれない」

 

 夏油は飛行する呪霊を呼び出し、刹那の元へと急ごうとするところに、一人の男が走って向かってくる。

 

「たすっ助け、お"え"」

 

「夜蛾学長、何故非術師が?」

 

「分からん、逃げ遅れたのかもしれん。君、落ち着いて、どうしたのかゆっくり話せ」

 

「女のっ子がっ…向こうでっ、血を、流してっ!」

 

 男がそこまで言うと夏油はその先を聞くことなく全速力で呪霊を飛ばした。

 

「……小僧、代われ」

 

「あ? 嫌だよ、今なら皆疲れてるから殺せるとでも思ってんのか?」

 

「こんな時でなくとも殺せる、刹那が瀕死だ、貴様らの状態では向こうにいっても勝てん、だからこそ、この俺が代わってやろうというのだ」

 

「「「!!!」」」

 

「何でお前がそんなこと分かるんだよ!」

 

「そんなことはどうでもいい、それよりいいのか? 夏油とかいう男はもう行ったぞ?」

 

「くっそ、お前とは代わらねぇ、俺が行く!」

 

「あたしも行くわよ」

 

「おれも…」

 

「「お前は寝てろ!」」

 

 ──

 

 タッタッタッ

 

 呪霊を引き付けて市街地へと走る。

 

 ゴウンッ、ドゴォ

 

 呪霊は夏油の使役呪霊を次々と倒していく。

 

(あと一体か)

 

 バゴォン! 

 

 最後の呪霊が倒されると同時に刹那は足を止めて呪霊の前に立つ。盃は腰にぶら下げて金棒を握っている。

 

(呪霊合術によって作り出された呪霊は制御が効かない、たしかあの呪詛師はそう言ってましたね)

 

 オ"ォ"ォ"ォ"オ"ォ"ォ"オ"オ"

 

「合成というよりベースの呪霊に吸収された感じですかね」

 

 刹那は刀に手をかけ、呪霊は金棒をその場で高く振り上げる。

 

 ビュオッ ドゴォォン!! 

 

 金棒を地面に叩きつけた衝撃でコンクリートの地面が割れ地震が発生する。その衝撃で刹那は足元がぐらつき、態勢を崩す。

 

 ドドッ

 

 そこを見逃すことなく呪霊は走り出し、刹那に金棒を振り下ろす。

 

「──虚」

 

 瞬間、刹那は横のブロック塀との距離を無くして回避する。そのまま塀を足場にして呪霊に飛び込む。

 

 ズッパッババ

 

 すれ違うように斬撃を加え、金棒を持った手を斬り落とす。

 

「今日は鬼と戦ってばかりです」

 

 呪霊は金棒を落とすが腕を再生させ、背を向けている刹那に直に殴りかかる。

 

 ギュルルッ

 

 ザンザンザンッ! 

 

 刹那はその場で三回転して呪霊に横切りを連続して三回加える。

 

 グォォッ ドヂュッ

 

 呪霊は体を再生させ、口を開けて鈍く唸り声をあげる、刹那は刀を口に突き立てて内側から喉に貫通させる。そして術式で発生させた大量の黒い靄を直接体の中に充満させていく。

 

 ォボボゥゴグ

 

 ブォンッ! 

 

 呪霊は手を横になぎ払い刹那を自身の体から離す。

 

「…僕の術式は基本この黒い靄で発動します、物理的に相手を攻撃したりすることは出来ず、僕の体から離れると制御を失う。ですが、身体の中に侵入し制御を失った術式は行き場がなくなり、呪力が無くなるまで無差別に内部から食い荒らす」

 

 ヴゥ"ゥ"ォ”ォグォ"ッ"

 

 呪霊は膝をつき、口からは刹那の呪力があぶれている。

 

「まぁ、凄く苦しいだけで絶対に死なないんですけどね、拷問とか動きを封じるのに丁度いい手段です」

 

 刀を抜き、先刻吸収した呪力を込めて斬れ味を上昇させる。

 

「本当は呪具的には沢山斬った方がいいんですが、時間をかけられないのでね、そうですね…花の一刀両断、兜割りといきましょう」

 

 刹那は太刀、童子切を膝をつく呪霊の額に合わせる。

 

 キィンッッ……

 

 クルッ、チャキ…

 

 ズルゥゥ ボトトッ

 

 酷く静かに振り下ろされた一太刀は納刀が終わると同時に呪霊の体を二つに別つ。

 

「ふぅ、流石にこれだけの呪力を使うと…疲れるなぁ…」

 

「やぁ、阿頼耶識刹那」

 

 肩で息をしながら深呼吸をすると突如として刹那の前方に和装の額に縫い目がある男が、気絶したもう一人の男を持ちながら呪霊と共に現れる。

 

「いやぁ、流石は特級、生まれたての特級仮想怨霊じゃ相手になんないね」

 

 男はそう言いながら酒呑童子の盃を回収する。

 

「おい阿弥部、御託はいい、さっさと本題に移らんか」

 

「そう焦るなよ漏瑚、話し合いは大切さ」

 

「…あなたはいつぞやの火山呪霊さんですね」

 

「ワシの名は漏瑚(じょうご)、こいつは阿弥部(あみべ)、早く話せ」

 

 漏瑚が急かすと阿弥部は話し出す。

 

「では早速本題に入ろうか、阿頼耶識刹那、最近君を観察して改めて分かった、君は明らかにこちら側の人間だ、私達と組もう」

 

 阿弥部が手を差し出すが刹那は気に留めず質問を返す。

 

「……あなた、ビデオの人ですよね」

 

「ん? そうだよ、よく分かったね」

 

「そんなことはどうでもいいんです、あなた、ほんとに人間ですか? 感情の色がとぐろを巻くようにぐちゃぐちゃだ、まるで他人の身体の中に別な人間が入っているような感じです」

 

「…ははっ、何でわかるんだよ」

 

 阿弥部は額の縫い目をシュルシュルと外していくと

 

 口がある脳みそを剥き出しにする。

 

「あなたの術式ですか」

 

「まぁね、色々条件があるけど便利だよ、記憶や術式を乗っ取れるんだ」

 

「それで? 僕がそっち側だなんて戯言も甚だしい、折角です、今この場であなた方を祓います」

 

「まぁ、待てよ」

 

 刹那が刀に手をかけると阿弥部はナイフを気絶している男に突きつける。

 

「冷静に話をしよう、でないとこいつを殺しちゃうよ?」

 

「……いいでしょう」

 

 刹那は夏油がつけていた呪霊に通達するよう合図を出すが、呪霊が飛んだ瞬間に空中で焼け落ちる。

 

「フンッ、所詮は人間の考えることだ」

 

「抜け目ないねー、まぁいいか、さてと、君がこちら側だという理由でも話そうか」

 

 額を器用に縫いながら話し始める。

 

「といっても理由は単純さ、君、非術師のこと正直どうでもいいだろ?」

 

「非術師は戦う力がなく、力がある者は弱者を守るためにあるんです」

 

「と、いう大義名分を自分に言い聞かせてるんだろう? 、本当は君の仲間以外はどうでもいい、違うかな?」

 

「…違いますね、早くその人を開放してください」

 

「こいつのことを知っても同じことが言えるのかな?」

 

「もういいです、喋らないでください」

 

 刀に手をかけ、歩を進める刹那の言葉を無視して阿弥部は話し続ける。

 

「こいつはね気の弱そうな女の子を狙っては痴漢を繰り返し、果てには強姦を繰り返した男だよ」

 

 その事実を聞いて刹那の足が止まる。

 

「君に嘘は吐けないことは知っている、事実だよ、君の境遇を考えてみたんだが、君はその憎悪と殺意を呪霊や呪詛師ではなく非術師に向けるべきだ」

 

「的外れことばかり言ってないで、黙ってく」

 

「的外れかな!? 不思議だな? 私の目には君は立ち止まって傍観しているように見えるぞ? 本当はこの男を殺してほしいんじゃないのか!? 目の前で、犯罪者が死ぬ姿を! 自分のトラウマと同じことをする男が誰かに殺されるのを! 君は見たいんじゃないのか!?」

 

 カシャンッ

 

 言葉を遮り声を荒げる阿弥部、それに応えるようにその場で立ち尽くして刀を落とす刹那。

 

(あともう一押しだな…)

 

「さらにだ! 私は君の仲間を殺す気はないよ、君さえこちら側に来るんであれば、絶対の安全を保証しよう」

 

「……皆は殺さない……?」

 

 目の前に垂れ下げられた甘い蜜に吸い寄せられるようにして刹那はフラフラと阿弥部の元に向かう。

 

「さあ、私と一緒に新しい、いや、旧き呪術全盛、平安の世を作ろう!」

 

 阿弥部はふらつく刹那に手を差し伸べて、最後の誘い文句を飾った。




読まなくてもいい今回の分かりづらかった場所!
 菜々子の術式 多分カメラで撮った物を、カメラ機能で分割とか写真を撮る機械とかに閉じ込めたりするもんだと作者は解釈しました。最初のパシャッていう音はシャッター音ですね。
 刹那が今回使ったやつ あれは術式の副次効果みたいなもので、刹那の術式は基本黒い靄を出して触れたものに効果を及ぼすんですね、それは一度出して制御から外れると呪力が無くなるまで色んなものを無くしまくります。
距離とかなくしたりしてんのは描写カットしてるだけで細く靄を伸ばしたりしてますし、自分に触れてる物は靄を出す必要もないです。


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おまけ回、見なくてもいい主人公初期設定

あくまでも初期設定なので今とは違うところが多々あります。



 見なくてもいい主人公初期設定

 主人公

 阿頼耶識 刹那(あらやしき せつな)14ー16歳

 

 身長158cm 体重39kg 胸はAよりのB

 スリーサイズは秘密 

 ていうか作者があまり良く理解してないです。

 

 武器 特級呪具 小太刀血吸 太刀童子切 

 一本の刀を二本に分けたり、逆に合わせたりして戦闘中に切り替えたりして相手を翻弄する。

 

 初登場中学生二年生、後に高校一年

 容姿は腰にかかるほどの長髪で黒髪、右眼が重瞳のためコンプレックスにより常に眼帯をする、また、生まれつきが手に奇妙な痣があるため手袋を嵌めている。頭が非常に良く、運動神経も女性のそれよりかなり高い。右眼は機能してないが、天与呪縛により目に見えない物、例えば感情の色やエネルギーの向きなどをもやのようなもので見ることができる。(右眼のみ)

 両親が他界した後、叔父が遺産目当てに刹那を引き取る。学校の授業料や、給食費、水道代や家賃に至るまでを叔父は払っておらず生きるためにフリーの呪術師を小学生からこっそり行っている。Sとネット掲示板で名乗り、依頼はなんでも受けていた。

 高校生になると髪をバッサリ切る、理由は女性なら分かる。

 術式

 今まで持っていた者が書類上におらず名称不明。

 それ故に五条の六眼でも解析不能、刹那は名前をつけないということでなにか特有のものを得られる縛りがあるのではとの見解に及んでいるが実際は不明。

 重瞳は上に立つ者、王の証だといわれている。

 効果

 術式順転[虚]

 呪力の靄のようなものを纏ったり操作したりして、触れたものを呪力量に応じて"無くす"。無くすとは文字通り、物理エネルギー、果てには空間さえも無くす。更には拡張術式で武器や人に纏わせたりして効率よく使用したりもできる。

 高校生になると、ある程度の制限はつくが靄を展開せずとも術式を使えるようになる。

 例 いずれも靄を出さずに相手との距離を無くす、質量を無くすなど。

 術式反転[実]

 その場にあったものを再び出現させる、しかし消滅したものに限るので直接物体を出現はさせられない、あくまでも斬撃や熱などその場に"あったもの"のみを一時的に出現させる。

 反転術式、極の番、領域展開は習得済み

 領域展開 未了無還門(みりょうむへんもん)

 領域範囲は(縛りにもよるが)最大範囲半径30m程度

 領域内は刹那の後ろの大きな白い門以外は何もない、強いて言うなら"無がある"という矛盾した空間。足場さえも見えない常闇の中で対象と刹那が向かい合う。

 刹那が合図すると同時に門が開き、対象の体を無差別に"無"が通り過ぎ、不可視、なおかつ防御不可の攻撃は対象を確実に葬るまで永続する。

 印は人指し指でバツ印を象り舌を出す。

 極の番 雫の流転

 名前は公開するが効果はまだ秘密。

 多分もっと先で使うんじゃないですかね? 

元ネタというか参考は項羽という歴史の人物で一桁万だったかの兵力で十倍以上の兵力を打ち負かしたりとかした歴史的に見ても最強を名乗れるような人物です。

あ、眼の機能は最初から決めてましたが、重瞳は作者の趣味です。手袋は、、、なんか良くない?作者の趣味です。

本編で髪長いのはサイコロ振って決めました。あとは少し作者の(以下略)

 

 




初期設定から意外にあんまりずれてなかったですね、なんかこの時の私は色々頭が吹っ飛んでますね。最後の文章の辺りは趣味って言ってますけど理由もちゃんとあります。
最新話は今日の夜か明日の午後に投稿シマス。


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第三十五話 双山悪童事変 閉幕

長い(確信)


 阿弥部はふらつく刹那に手を差し伸べて、最後の誘い文句を飾った。

 

 ドゴォッ

 

「ッガハッ…!?」

 

「…っ!?阿弥部!」

 

「………」

 

 が、しかし、霧に隠れたように曇る意識を、刹那はすんでのところで保ち阿弥部を蹴り飛ばすと、気絶している男を掴んで刀を落とした場所まで飛び退き距離をとる。

 

「…術式による毒、ですね。媚薬のような思考が鈍る程度の効果ですか? 薄いし命の危険性が少ないので油断しました」

 

「阿弥部!?くっ、小娘がぁ!!!!」

 

 漏瑚は手に炎を創り出し殺意を剥き出しにする。

 

 ブワァッ

 

「なっ!?」

 

「呪霊合術、特級の徒党、あなた達は厄介すぎる。ので、この場で…全力で祓います」

 

 刹那は呪力の靄を漏瑚に向けて大量に放出する。完全な奇襲は漏瑚の不意を突いて成功し、感覚を奪われた漏瑚は立ち尽くす。刹那が得物を構え、漏瑚を祓おうとした、その時。

 

 トスッ…ポタタッタッ

 

「もうちょいさ、可能性を広げなよ」

 

 気絶した男のポケットからツギハギの顔の呪霊が現れ、軽い音と共に刹那の腹部はいとも簡単に、豆腐に包丁を入れるかのごとく貫かれた。

 

「…カフッ」

 

 貫かれた場所から制服に血が滲み、ポタポタと垂れ落ち灰色の地面を赤く染めていく。それと同時に刹那の術式もゆっくりと解除されていく。

 

 ガッ

 

 刹那は腹から飛び出た槍を掴む。

 

「あ、返しつけてるから抜けないと思うよ、何もしなくても失血で倒れるかな?」

 

 メキィ! ボコォン!ーー

 

 カシャカシャンッ…ガクッ

 

 真人は自身の体から作った槍を折り、刹那を殴り飛ばす。コンクリートの壁に深くクレーターが出来上がり、そこに刹那は力なく座り込む。彼女の後頭部と腹部からはジワジワと血が広がっていき、その場に血溜まりができる。

 

「良くやった、真人」

 

「うーん、本当に特級なの? なんか味気ないなぁ」

 

「この一ヶ月間、入念に準備して毒まで盛ったんだ。むしろここまでやって不意をつけないなら諦めるしかないよ、そろそろ陀艮が準備を終えた頃だろうし私は漏瑚と先に帰って準備してるから、後で空弥と一緒にその子を連れてきてね」

 

「あれ、今取んないの?」

 

「あくまでも彼女本人が戦わなければ意味がないよ、かなりピーキーな術式だし、彼女のような戦闘センスは私には無いからね。それに、ここまで改造した身体を捨てるのはいささか勿体ない」

 

「ふーん、阿弥部の言う世界で唯一、五条悟に王手をかけれる人間かぁ…」

 

 真人は刹那を見ながら呟く。

 

「ねぇ、持ってくまでこの子好きにしていい?」

 

「良いけど何する気だい?」

 

「虎杖達の前に手足千切って達磨にして見せたらさ、面白いと思わない? 綺麗な顔だけぐちゃぐちゃにしても良いかもね」

 

 真人は玩具を手にした子供のような顔をしながら濁った笑みを浮かべる。

 

「構わないけど殺しはするなよ」

 

「ちゃんと終わったら直すから大丈夫だよ」

 

「阿弥部、行くぞ」

 

「はいはい、じゃ、よろしくね」

 

 阿弥部と漏瑚は闇夜に紛れて消え去る。

 

「さて、と、ごめんねー待たせちゃって、今最高に可愛くしてあげるよ」

 

 刹那に嗤いながら近づいていく。

 

「どうしよっかな、人間みたいにアートにしようか、それとも穴だらけで彼奴等の前に飾ってあげようかな」

 

 無邪気に、まるで今から工作をする子供のように手をこねくり回す。

 

 ドォォンッ……

 

「ありゃ?八岐の大蛇が祓われちゃったか。まぁ、この子を改造するくらいの時間は」

 

 ザンッ ボト

 

「あ…る?」

 

 ほんの一瞬、意識を刹那から離した瞬間、真人の両腕が宙を舞う。

 

「──こいつっ!」

 

 ドゴォッ! 

 

「ゴブォッ」

 

 反応が遅れながらも状況を理解した真人は両腕を治して攻撃しようとする。しかし、瞬間次は体が宙を彷徨う。

 

 刹那はだらりと腕を下げながら刀を掴んで立ち上がり、体からはボタボタと血が流れ落ちる。

 

「プッ」

 

 ビチャッ

 

 口に溜まった血を吐き出し、傷ついた舌を出す。

 

「ははっ!舌を噛んで意識を保ったのか!」

 

(手負いとはいえ特級の相手はうまくない、なによりムカつくけど…目の前のボロボロの女に勝てる気がしない)

 

「かくなる上はっと」

 

 真人は気絶している男の元へと駆け出すが、刹那は術式を発動させて先回りする。

 

「ーッのっ!」

 

 真人が腕を連なる刃物へと変形させて振るが、またしても腕を斬り落とされ、蹴り飛ばされる。

 

 戦闘が再び開始されたその時、男が目を覚ます。

 

「うぅ…!な、なんだあんたら!俺をどうする気だ!?」

 

「…話してる時間はありません、死にたくなければ大江山に走ってください、立ち止まったら…殺します」

 

「ひっ!は、はひぃ!」

 

 余裕のない刹那の冷ややかな目線と重たく鈍い殺気を当てられた男は青冷めた顔をしながら全力で走っていく。

 

「よそ見してていいのー?」

 

 バカラッバカラッ

 

 真人は下半身を馬に変形させて一気に距離を詰めるが、すれ違いざまに四脚を一瞬で刻まれ態勢を崩して転げていく。

 

 ドシャァア

 

(反転術式が機能しない…あいつが刺した槍、なにか細工されてるのか…)

 

「はっは!…呪術師って生き物はさ、皆イカれてんだよね、なかでもとりわけ特級はどこかが《壊れている》。俺の解釈だけど、間違っちゃいなかったか。決めた。シンプルに生首を虎杖達の前に飾ってあげ──」

 

 ザンッザザンッ

 

 真人の言葉を遮り、もう聞く気はないと言わんばかりに口を八方に切り裂く。

 

「少しは話しを──」

 

 ベキィ、キキキンッ! 

 

 顔を蹴り上げ、ひたすらに剣撃を繰り出す。

 

(どんなに俺を斬ろうが、果てにある俺の魂には届かない! 失血で体力が尽きたところを嬲り殺しにしてやる!)

 

 真人は防御の姿勢をとる。真人と刹那の鮮血が鮮やかに舞い、月光の下で照らされる。真人は斬られ殴られ、回復するのをひたすらに続けるしかなかった。

 

 キンッドゴォメキィバキキザンッキキキキンゴッドゴバキメキィキンキンキンキンキンキンザンッメキィゴンッバキッ

 

 刹那は斬撃を主軸とした様々な方法で真人の身体を破壊し続け、真人はただただ防御と再生を繰り返す。

 

(おいおいおい、いつになったら止まるんだよこの女! ゴリ押しに程があるだろうが!)

 

 事前の情報で真人に直接的な攻撃はほぼ無意味と知っていた刹那の狙いは、両刀による呪力の完全吸収、完全な力押しによって真人を祓おうとしていた。

 

「っ! このっクソがぁっ!」

 

「反転、残響」

 

 反撃をしようと捨て身を仕掛ける真人に刹那は術式を使用する。さらに攻撃の密度が増していき、真人は身体の再生に全神経を注ぐことを余儀なくされる。

 

(まずい、まずいまずいまずい! この女、死んでも俺を祓う気だ! このままじゃ祓われる! 領域展開の印を結ぶ隙すらない!)

 

 更にましていく斬撃の密度、ほぼ途切れかけの意識を繋ぐ細い糸の中、何千撃という斬撃を繰り返しその度に研ぎ澄まされる殺意、二年前に指先で触れただけの呪力の核心を、刹那は今この瞬間に摑んだ。 

 

【黒閃】

 

 キンッ…ブシュゥゥゥッ

 

 刹那の渾身の一撃は黒い火花を伴い、酷く静かに、そして計り知れない威力を持って真人の身体を真っ二つに切り裂いた。

 

「オ”ボォ"ォ"ォッ」

 

 しかし、それで止まることなく刹那の剣撃は増していく。

 

 ザンッザシュッズバンッブシュュッズバンッブシュガッドゴォメキィバキキザンッキキキキンゴッドゴバキメキィキンキンキンキンッザンッザシュッズバンッブシュガゴッズドド

 

 真人を祓うまで…永遠に続くとも思えた剣撃、しかし終わりは突然にやって来た。

 

 ビキッ ブシュゥッ

 

 突如、刹那は目と鼻から出血する。六眼ほどではないにしろ右眼から脳に伝達される多大な情報量、それを処理する脳への負担によって脳がレンジで熱されたようにオーバーヒートした。

 

 未然に防げたかもしれない限界を、刹那は知らなかった。

 

 ドサッ……

 

 出血し、脳が焼き切れたことによって身体が悲鳴をあげて膝から崩れ落ちる。

 

 それによって真人への攻撃が止まり、当初の半分以下のサイズになった真人はゆっくりと身体を再生させていく。

 

「はあっ、、、はぁっ…どうやら、先にお前の限界が来たみたいだね」

 

 真人は刹那の首に手を当てて生死を確認する。

 

「まだ生きてるのか…てか殺しちゃまずいんだったっけ、あぁー! でも殺したいなぁ!」

 

「殺したら漏瑚や阿弥部に怒られるよぉ?」

 

「あ、空弥、ちぇっ、お迎えの時間か」

 

 空から空弥と呼ばれる呪霊が降りてくる。

 

「そろそろここに呪術師が来るんじゃないかなぁ?」

 

「特級呪霊と戦って体力残ってるやつっていったらあれか、呪霊操術のやつか」

 

「言っとくけど私はそんなに強くないからねぇ、今の君よりは強いけどぉ」

 

「はいはい、大人しく退散するよ」

 

 真人は刀を刹那の持つ鞘に差しながらぼやき、空弥が二人を掴み、翼を広げる。

 

「朧入道!!」

 

 グバァァァ

 

「あららぁ?」

 

 ズドンッ、バフォッ!

 

 まさに飛び立つ瞬間、雲の巨人が空弥達を包み地面へとはたき落とすが、空弥は翼を広げて風を起こし地面に当たる寸前で止まる。

 

「…予想よりかなり速いねぇ、そんなにこの子が心配なのかなぁ?」

 

「頼むよ空弥ー、お前がいないと逃げ切れない」

 

「お前、件のツギハギ呪霊か?」

 

 夏油が呪霊をしまいながら問いかける。

 

「だとしたら何だい?」

 

「いや、どうやらうちの生徒に随分手を焼いたようだと思ってね。報告では特級とあったんだが、三級程度に見えたからつい確認してしまったよ」

 

 目が笑っていないが笑みを作りながら答える夏油。

 

「言われちゃってるねぇ真人」

 

「構わないさ、それより逃げようよ、今日はもう疲れたしさ…お"え"」

 

 真人はそういうと口から小さな人形のような物を吐き出す。

 

「多重魂、撥体」

 

 ズォォッ! ブワァッ! 

 

 バゴッ、バグンッ!! 

 

 縮めた魂同士の拒絶反応を利用して爆発的な質量を生み、道のほぼ全てを覆うように仕掛けるが、その攻撃は夏油の呪霊によって一瞬で食い尽くされる。瓦礫が舞い、呪力と殺意が渦巻く空間で三者は対面する。

 

「はっは、マジかよ」

 

「これはちょっっとねぇ」

 

「来ないのかい?それならこちらから行くよっ」

 

 ズルリッ、ダッッ! 

 

 バシュゥゥ! 

 

心空(しんくう)

 

 夏油は二人に向かって球体の全面鏡張りのような呪霊を出しながら走り出す。

 

 それを見て空弥は前方に高圧の空気の弾を飛ばすが、その瞬間夏油の姿が消え、空弥の背後に現れる。

 

「なっ!?」

 

 ベキィボキッ! 

 

 夏油は空弥の右腕を掴んで頭を引き寄せて肘で打つと、そのまま右腕を回転させ無理矢理に腕を折る。

 

「空弥!」

 

「お前は取り込んでやる」

 

 呪霊操術は単純な計算で二級以上の差があれば無条件で取り込める。それを利用して衰弱している真人を取り込もうと夏油は左手を真人に向ける。

 

「くっ!」

 

 ボムンッ! 

 

 目の前で改造人間を吐き出して膨らませ、距離を取る。

 

「人間か…一体何人殺した」

 

「さぁ? 興味ないし」

 

 再び改造人間を口から出すが、単体ではなく十を超える数を同時に夏油に襲わせる。

 

(全く何体いるんだ、このままじゃイタチごっこ、あの空を飛ぶ呪霊さえ倒せれば…)

 

「心空」

 

 ボヒュヒュッ

 

 ドチュドュ

 

 アオボォ──

 

 ドゴォッバンッ

 

「何だよお前、全然当たらないじゃん!」

 

「生憎と、これでも特級なものでね」

 

「…仕方ないねぇ真人、少し無理矢理逃げよう、この子を守ってて」

 

 空弥が翼を大きく広げて空に飛び立ち、その場で球体を描くように飛ぶ。

 

「熱っ」

 

「マジであれやんの!? 待て待て空弥、少しは準備させろって!」

 

御神の日照(みかみのひでり)

 

「っ!」

 

 ズルルゥッ

 

 キュォォオンッ……ボォォッッ!! 

 

 夏油が呪霊を出した瞬間、激しい閃光と熱の放出によってコンクリートは溶け、家屋は溶鉱炉のように燃え盛る。太陽が堕ちたと言われても疑わないような超高温に一帯は包まれた。

 

「無事ですかぁ? 真人ぉー?」

 

 ガラララ

 

「無事なわけないじゃん! もー!」

 

 瓦礫と肉塊の中から真人が現れる。

 

「加減はしましたよぉ、その子は生きてますかぁ?」

 

「ちゃーんと守ったよ全く。じゃ、今度こそ逃げようか」

 

「そうですねぇ、では」

 

 ビュビュッ カンッカンッ

 

「また呪術師ですねぇ…」

 

「またぁ? もうお腹いっぱいだって…ば」

 

 二人が振り向くとそこにいたのは臨戦態勢の虎杖と釘崎だった。

 

「いた!ツギハギの呪霊、あいつね!」

 

「あぁ、こんなこと考えるクズはあいつで間違いねぇ」

 

 臨戦態勢に入る二人を見て真人はどす黒い笑みを溢す。

 

「虎杖悠仁!!」

 

「おやぁ、先程の子供たちだねぇ」

 

 真人に無造作に抱えられている刹那を見て怒りを露わにする二人。

 

「てめぇ!刹那をどうするつもりだ!」

 

「別に何でもいいだろ?話す義理はないね。空弥、あいつらは雑魚だお前だけで充分殺せるよ」

 

「邪魔されるのも面倒だしねぇ、宿儺の器以外は殺していいんだよねぇ?」

 

ドズッッ…

 

 空弥が再び臨戦態勢にはいったその時、鈍い音と共に空弥の身体に刃が刺さる。

 

「…あれで何で生きてるんですかねぇ」

 

「特級呪霊八岐の大蛇、有り難く有効活用させてもらったよ」

 

 夏油の手には縮小化された首を二本覗かせる八岐の大蛇が居た。

 

「八本の首はそれぞれがそのまま山川の天災になっている、多少の火傷は負ったが熱はほぼ相殺できた。産まれたてで戦い方を知らなかったのが幸いだったよ、成熟してたら全員ほぼ確実にやられていた」

 

 夏油は説明すると空弥を蹴り飛ばす。

 

「空弥!!」

 

 メギィッ、ボゴォォン! 

 

 真人が飛ばされた空弥に近づいた瞬間、真人は虎杖に殴り飛ばされる。

 

「お前はここで確実に祓う(殺す)

 

(無理だ、今の状態じゃ絶対こいつらに勝てない)

 

「はぁーあ、漏瑚に怒られるなぁ」

 

 真人は刹那を改造人間に乗せて高速で遠くに飛ばし、手持ちの改造人間を全て吐き出す。

 

「「「刹那!!」」」

 

「逃げるよ空弥、ほら急いで」

 

「はいはいぃ、分かったよっとぉ」

 

 三人が目を離した隙に真人と空弥は退散する。

 

「じゃあな虎杖、次会う時はもっと良い嫌がらせを用意しておくよ」

 

 バヒュンッ! 

 

「クソッ、おい虎杖!このゲテモノは任せろ!あんたなら追いつくでしょ!」

 

「頼むよ虎杖君!」

 

「応っ!」

 

 ダッ! バッ

 

 虎杖は屋根を伝って駆け出し、刹那が落下するところを掴んで瓦の家屋の屋根に着地する。

 

 ガシッ、ガララララッ

 

「刹那!おい刹那!生きてるか!?」

 

「喧しいぞ小僧」

 

「宿儺!どうなんだよ、生きてるのか!?」

 

「喧しいと言っているのが聞こえぬのか」

 

「悪ぃ…それで、どうなんだよ」

 

「生きてはいる、が、出血が酷い。腹に刺さっている槍を抜く必要があるな、これでは反転術式が使えん」

 

「どうすればいい?」

 

「ひとまず向こうに合流しろ、あの人間モドキも今なら殺し終わっているだろう」

 

 虎杖は慎重に刹那を二人の元へと運んでいく。

 

「…悠二…君…?」

 

「おっ、起きたのか刹那。ごめんな、今から治療するからもう少し頑張ってくれな」

 

 虎杖は優しく喋りかけて励ますと刹那は血の気が引いた青い顔をしながら弱々しく頷く。

 

「虎杖!刹那は無事!?」

 

「いや、宿儺が言うには結構まずい状態らしい。槍を抜いて治す必要があるんだって」

 

「宿儺、それは本当かい?」

 

「貴様らと違ってくだらん嘘は吐かん。刹那が死ぬのは俺としても避けたいことだ、今だけは協力してやる」

 

「どうすればいいのよ」

 

「小僧、まずは俺と代われ、納得がいかぬなら縛りを設けても構わん」

 

「じゃあ、俺と代わってる間は誰も傷つけるな」

 

「今この時に限り約束しよう」

 

 虎杖の言葉に一言付け足すと両者は納得し、縛りが成立する。虎杖の顔に文様が浮かび上がり纏う雰囲気が一変する。

 

「…手早く済ますぞ」

 

「何をすればいいんだい?」

 

「まずはこの槍を抜く。恐らくは中になにかしらの呪物が埋め込まれているな、反転術式が使えないのはそのせいだ」

 

「抜くって…どうやるのよ」

 

「無理矢理抜き取るほかないだろう、抜いたその瞬間に俺が治す」

 

「それって…!」

 

「死ぬほど痛むだろうな、だがこれ以外に方法はない。放っておけば失血で死ぬぞ、早くしろ、釘の女と呪霊の男」

 

「大…丈夫です…よ」

 

 刹那はヒューヒューと喉を鳴らしながら無理矢理に笑顔を作り、釘崎に手を伸ばす。

 

「刹那…」

 

「私と私の呪霊と釘崎で体を抑えておこう。刹那、死ぬほど痛いと思うが、死なないでくれよ?私が悟に殺されてしまう」

 

「早くしろ、俺の準備はできているぞ」

 

「るっさいわね、あんたも男ならこういう時は手の一つも握るもんよ」

 

「……現代になっても、人間の考えることは分からんな」

 

 夏油が呪霊を呼び出し、釘崎と共に刹那を抑え、宿儺は刹那の手を握る。それに応えるようにして弱々しい力で刹那も握り返す。

 

「宿儺…あなたのことは…ゴホッ…あまり、知りませんが……信頼は…しています」

 

 刹那の言葉に宿儺は唖然とした表情をした後に、不敵に嗤う。

 

「…ケヒッ、見込んだ通り、相当壊れているな、阿頼耶識刹那よ」

 

「声は我慢しなくていい、行くぞ、三、ニ、一!」

 

 グリョッ、ズブブッ

 

「ヴア"ァ"ァ"ァ"ァ"っ!!!!!!」

 

 真人の身体から作られた返しがついた槍、それを人体から抜くという想像を絶するような痛みが伴う行為、槍が体から離れようとすると返しが引っかかり穴が拡張されていく、その断面は擦り潰したトマトのような独特の赤みを帯び、一帯はむせ返るような血の匂いで満たされる。

 

「もう少しの辛抱だ、釘崎、一気に抜くぞ」

 

「了解…刹那、我慢してねっ」

 

 ズブンッ、ドポォッ

 

「ヴヴッ"、ア"ァ"ァ"!!」

 

 ポゥッ

 

 パシッ

 

「なるほど、これか」

 

宿儺は紫色の小さな呪物を掴み一人納得するとそれを握りつぶす。

 

 パキャッ

 

 槍を抜いた瞬間に血が溢れ出すが、死ぬより早くに宿儺が反転術式で治療する。

 

「「「……」」」

 

 水を打ったような静けさがその場を包む。

 

「宿儺…成功したの?」

 

「問題ない、あとは医者にでも診せろ」

 

「気絶しているだけのようだね、戻って硝子に頼もうか」

 

「良かったぁ、ってか宿儺はいつまでいんのよ」

 

「小僧の反応は無い、いい機会だ、もう少しこのままでいるとしよう」

 

「ちょっ…あーでも縛りあるし大丈夫か…?」

 

「七海や学長に説明するのは面倒だけど戻ろうか」

 

 夏油は釘崎の疲れを察して呪霊に乗せて戻る。

 

「宿儺は歩きなよ」

 

「固いことをいうな特級、俺に使われることを栄誉に思え」

 

「なんで上機嫌なのよあんた…」

 

 大江山サイド、任務開始から六時間と三分、多数の負傷者、及び重症者を出したが呪物の回収及び、呪霊の殲滅完了につき任務遂行とみなす。

 

 両山の呪霊の掃討、及び呪物の回収の確認、これにより双山悪童事変、解決とする。

 

 



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渋谷事変
第三十六話 味方


久し振りの投稿です。


 ──

 

 地獄とも形容できる時間が過ぎ、生徒及び教師は全員高専へと帰還していた。およそ六時間にも及ぶ死闘。時刻は午後二時、生徒は一人を除いて自室で疲れ果てて眠っている。大人たちは後処理に追われている。

 

「腕の筋肉はズタボロだがそれ以外の容態は安定している、ただ、貧血と度重なる脳の酷使によるオーバーヒートで脳が焼き切れているからな、せめて二週間は絶対安静だ」

 

「ありがとう硝子、あ、コーヒー僕にもちょーだいよ、砂糖は十個ね」

 

「コーヒーへの侮辱はやめろ、お前がこの間冷蔵庫に入れていった物があるだろ」

 

 三人は医務室に集まっていた。

 

「すまない悟…私がついていながら、情けない限りだ」

 

「…話は聞いた。けど、僕が傑でも同じ判断をした、絶対にね」

 

「夏油、自惚れるなよ、ここはそういう世界だ。命をかけて戦う者に失礼な感情を抱くな、学生時代からそれは変わらないはずだろう」

 

「だがっ…!」

 

 バコォン

 

 五条は立ち上がり手元にあった刹那のカルテで夏油の頭を叩く。

 

「刹那の体に小さくはない傷が残った…そのことに関しては怒ってるからね。全部ひっくるめて今のでチャラだ」

 

 頭をさすりながら夏油は小さく俯く。

 

「やれやれ、昔からポジティブ思考は悟に敵わないな」

 

「褒めんのか貶すのかどっちかにしろよ」

 

「そんなことはどうでもいい」

 

 硝子はバッサリと吐き捨てる。

 

「辛口だなぁ」

 

「五条、お前最近富士の樹海に度々足を運んでるそうじゃないか、補助監督から聞いたぞ」

 

「富士の樹海? あそこには何もないだろう」

 

「んー、別に二人には言ってもいいか。あそこにはね結界で隠されてるけど刹那の実家があるんだよ」

 

「家庭訪問なんてする必要あるか?」

 

「違う違う、彼女の術式のことがやっぱり気になってね、僕なりに色々調べてるんだよ」

 

「それで? 成果はあったのかい?」

 

 夏油の問いに五条は頭と手を振って答える。

 

「ぜーんぜん、阿頼耶識って苗字に聞き覚えないし、でも書物の風化具合見る限りはかなり昔からあるはずなんだよなぁ」

 

「もしかして、それだけ古い家なら御三家に関係あると思ったから調べているのか?」

 

「そゆこと、これでも僕、当主だしね」

 

「あいつなら知ってるかもね」

 

「「あいつ?」」

 

 夏油の呟きに二人は反応する。

 

「千年前に生きた、最凶の術師が現代にいるだろう?」

 

「却下却下! あんなのに借り作るとかごめんだね」

 

「でも宿儺は初見の頃から刹那のことを気に入ってるみたいだし、なにかしらの関係があってもおかしくないんじゃないかな」

 

「イカれてるから強いやつが好きってだけでしょ」

 

「それだと五条も好かれてるな」

 

「うぇぇ、きしょいこと言わないでよ硝子」

 

 三人が談義しているとノックと共に伏黒が部屋に入ってくる。

 

「失礼します、家入さん」

 

「あれ恵?寝てなきゃだめじゃん」

 

「いや、少し…」

 

「…ちょうどいい伏黒君、そこの薬を刹那が起きたら飲ませてやってくれ、説明は添えてある」

 

「ほら悟、行くよ、邪魔をするのは無粋だ」

 

「はいはーい、ごゆっくりー」

 

 ガララッ

 

 三人はさっさと部屋を出ていき、伏黒はその場に取り残される。

 

「……はぁ」

 

 ため息をつきながら伏黒は薬と説明の紙を取り、目的の刹那の見舞いのため、横の椅子に座る。

 

 黙々と説明書きを読み、説明書きを読み終えて刹那をふと見る。いつもと変わらない寝顔のハズだが、このまま目覚めないのではないかという不安からか伏黒は頬を優しく撫でる。

 

「体温はあるな…」

 

 伏黒がボソリと呟くと伏黒の手の甲を刹那が軽く撫でる。

 

「…恵君…?」

 

「悪ぃ、起こしたか」

 

「…そろそろ寝飽きたところですよ」

 

 起き上がろうとする刹那を伏黒は肩を抑えて寝かせる。

 

「過保護すぎですよ恵君」

 

「今回はそれを言われる筋合いはないな。自覚がないかもしれないが、お前は死にかけたんだぞ」

 

「分かってますよ。わざわざお見舞いに来るなんて…もしかして寂しくなったんですか?風邪とか引いたら心細いですもんね」

 

「違うが…あー、まぁそれでいい」

 

「……」

 

「……」

 

「…薬、傷が痛む時は二錠飲んで、飲んだあとは最低五時間は空けてくれ。用はそれだけだ、邪魔したな、休んでくれ」

 

 立ち上がろうとする伏黒は包帯だらけの細い腕で強く裾を掴まれる。

 

「…刹那?」

 

 刹那は操作を失った人形のように俯いたまま伏黒、あるいは誰かに向かって急に話し始める。

 

「…僕、呪詛師に勧誘されたんです…恵君達の安全は保証するから呪詛師の仲間になれと、僕は呪詛師側の人間だから呪詛師になるべきだと」

 

「おい刹那、急にどうした…?」

 

「人質にされていた非術師の方が犯罪者だって言われて…殺されても…構わないって、思う自分が…居たんです。…黒閃を撃ったあの時、自身の術式の核心を掴んで…僕は、僕は…」

 

 半分支離滅裂な言動をしながら頭を抑え、異常なほどに体を震わせる刹那を見て、伏黒は本能的に危険を感じる。刹那は突然顔をあげて目の焦点が定まらないまま話し出す。

 

「おい刹那! 落ち着け!」

 

「僕はここにいて良いのか皆と一緒にいても良いのかそもそも生きてて良いのか本当は非術師を殺したいと思ってるんじゃないのか! 分からない! 分かんないっ!! わかんない!!!」

 

 刹那は頭をグシャグシャと掻きむしり、壊れた水道のように涙をボタボタと流す。話し終えると息を切らしながら術式を無意識的に展開し、黒い靄を背中から出現させ部屋の一端を黒く染める。そして伏黒の襟を強く掴んで引き寄せる。

 

「誰か教えてよ!! ねぇっ!!」

 

「落ち着け刹那!!!」

 

 伏黒は刹那の腕を掴み、焦点の合わない刹那の瞳をじっと見つめると、ボロボロの刹那の体を優しく、そして力強く抱きしめる。声を荒げた伏黒に刹那は大人しくなる。

 

「刹那…俺は頼りないかもしれないし、お前より強くもない…でもな、少しは頼ってくれ、仲間だろうが。もしお前が進む道を間違えれば引き戻してやる、分からないことがあれば一緒に考えてやる、力が強ぇ馬鹿と我の強い友達もいる、優しい先輩も、最強の先生も、皆お前の味方だ。だから…今は休め、考えすぎだ」

 

 伏黒が頭を優しく撫でると、刹那は安心したのか、死んだように脱力し、ベッドに倒れ込み掴まれたままの伏黒も引張られて刹那を押し倒す姿勢となる。

 

「…寝たか」

 

 ガララッ! 

 

「刹那ー、お見舞いに来たわよー!」

 

「刹那! 伏黒恵! ぷりんとやらを持ってきたぞ!」

 

 突然部屋に入ってきた二人が見た光景は、寝ている刹那に覆いかぶさる伏黒、注意深く見ると刹那が抵抗したようにも見えるシワシワの伏黒の襟と袖、更には今の今まで泣いていたように見える刹那の目元にどこか遠い目をしている伏黒の顔。

 

「「「………………」」」

 

 長い静寂の間、伏黒は時間が経つごとに自身の顔から血の気が引いていくのを正確に感じ取り、弁解の言葉を脳内で紡ぐ。

 

「伏黒…てめぇ」

 

「違っ、違う」

 

「言い訳はテメェの脳に釘ぶっ刺したあとに聞いてやるよ」

 

「待て、ほんとに待て、誤解だ説明するから!」

 

「ケヒヒッ!やるではないか伏黒恵!刹那と契を交わそうとするとはな」

 

 結局、説得虚しく釘を物理的に刺された伏黒は、一時的に戻ってきた硝子に治療され、そのまま伏黒の懸命な弁解によって誤解はなんとか解けた。

 

「そういうことは先に言いなさいよ」

 

「言わせてすら貰えなかったんだよ 」

 

「全く、なぜそんなにお前は怒っているのだ。結果として違ったが、もしそのままだとしても喜ばしいことではないか」

 

「アンタの価値観と一緒にすんな、今は倫理が問われる時代なんだよ」

 

「あ~うるさいうるさい、小僧が馬鹿なせいで現代の言葉があまり良く分からんのだ、倫理だのなんだのとのたまうな」

 

 釘崎と宿儺が言い争っていると、伏黒は俯いたまま口を開く。

 

「…刹那をこの世界に引き入れたのは俺だ…」

 

「なによ、また芋臭いこと言うつもり?」

 

「…そう捉えられても仕方ないかもな」

 

「伏黒恵、お前が責任を感じることはない、俺は少なくともお前たちを見つけることができて現状満足している」

 

「宿儺、今でこそ生きてるけどな、その体だって似たようなもんなんだ。俺と関わらなきゃ死刑なんてこともなく体にお前を飼うこともなかった…俺の選択は不利益にしかならないような結果にしかならないんじゃないかって、段々怖くなってくる」

 

 伏黒の顔が青ざめるのを見た釘崎は頭を殴る。

 

 ボコンッ

 

「痛っ、急に何すんだよ」

 

「急も八も無いわよ、辛気臭いったらありゃしない、アンタはあの子の保護者のつもりかよ」

 

「あぁ? 違ぇよ」

 

「じゃあ刹那の何なのよ」

 

「何って…仲間だろ」

 

「分かってんじゃないの、友達なら味方でいなさい、辛気臭いことばっか言ってると愛想尽かされるわよ」

 

「伏黒恵、お前は利益不利益などに縛られず、己が満足いく結果を追い求めれば良いのだ、そして俺に魅せてくれればいい、お前の成長をな」

 

「まさか宿儺に慰められるとは…」

 

「感謝してるなら今度なんか奢んなさい」

 

「ケヒッ、楽しみにしているぞ伏黒恵」

 

「宿儺は知らねぇよ、釘崎には時間があれば奢ってやる」

 

伏黒は肩の荷が降りたようにフッと笑った。




次は二日以内かなぁ


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第三十七話 一難去って次は二難

三日空きましたすいません!
少し用事が建て込んでいたもので、、、


 ──

 

「ねー、最近会議多くなーい?」

 

「仕方ないだろう、先日の虎杖君達の報告にあった十月三十一日、次から次へと問題は山積みだ」

 

「僕だって疲れてるんだけどなぁ、特級を酷使し過ぎじゃない? 僕らがその気になれば上の奴らとか皆殺しに出来るんだよ?」

 

「私を含めるんなら硝子も誘わなければね」

 

 会議室に向かう廊下を歩きながら二人が話していると夜蛾が部屋から現れる。

 

「物騒な話をするな、お前達ならやりかねん」

 

「流石にやんないってー、なぁ傑」

 

「まぁね、もしするなら生徒達が巣立ってからだ」

 

「本当に止めてくれ…」

 

 こめかみを抑えながら夜蛾は呟き、会議室へと入室し、既にメンバーは揃っているため会議を始める。

 

「それでは、双山悪童事変の結果報告及びそこで発覚した十月三十一日についての会議を始める」

 

 夜蛾の挨拶と共に会議が始まった。

 

「ではまずは比叡山の報告は庵歌姫殿から」

 

「はい、今回比叡山では最終的な結果として呪霊の殲滅、廻城を含めた約五十の呪物の回収に成功しました、しかし被害は大きく、廻城の外にいたメンバーと五条悟を除く大多数が負傷、さらには呪詛師が散布した神経毒ガスによって三日間は比叡山周辺を立ち入り禁止区域とする方針です」

 

「ご苦労、では大江山は傑から報告を頼む」

 

「大江山では結果として呪霊の殲滅には成功しましたが、二つの特級呪物を取り逃す結果となりました。また、特級術師阿頼耶識刹那を私の判断ミスにより致命的な大怪我に追い込むこととなりました、誠に不甲斐ない限りです」

 

「…大江山の最後の特級仮想怨霊二体、あの時はそれが最善だった、気に病むことはない、死者がいなかったのだ今回はそれでいい」

 

「傑、さっきもいったけど気にすんなよ、それに僕としては結構嬉しいんだよ」

 

「嬉しい? あんた自分の教え子が死にかけて嬉しいって言うの?」

 

 五条の発言に歌姫は苛立ち睨みつける。

 

「怖いなー歌姫、目つき悪いとモテないよ?それに関しては僕だって皆と同じ気持ちさ、僕が言ってるのは刹那の成長だよ」

 

「成長?」

 

「どうやらね、今回で刹那は黒閃を決めたらしい、確実に呪力の核心を摑んでる、それに僕や傑、憂太にあって刹那にはなかった命の危機、怪我以上に得たものは大きい」

 

 五条は笑いながら嬉しそうに話すと夜蛾が会議を再び進行する。

 

「個人の話はあとにしろ、続いて十月三十一日についての話だ、東京校の生徒数名から出た日付だ。なにか心当たりがある者は?」

 

 夜蛾がその場の全員に問いかけるが誰一人として意見を出さず反応もない。

 

「…やはり分からない…か」

 

「現状、情報が少なすぎる、向こうの目的は何なんだ?」

 

「非術師が死ぬのは確かだな」

 

「呪霊と呪術師と呪詛師でハロウィンパーティーでもする気かな?」

 

「とんだ三つ巴大戦争だな」

 

「笑い事じゃないぞ、これだけの規模を仕掛けてくる連中だ、前回は事前に知らされたせいで非術師の被害がなかったが、このままだと今回は確実に死者が出ることになる」

 

「そういえば…何故刹那は殺されなかったんだ?」

 

 不意に硝子が呟く。

 

「それに関しては傑がなにか知ってるんじゃない?」

 

「いや、私も詳しい目的は知らないな…でも確かに考えてみると不自然だ、向こうは最後の最後まで刹那を死守していた、最終的には逃げるのに囮にしていたが、それまでは連れて帰ろうとしていたように見えたな」

 

「考えれば考えるほど分からないな、しかし例の日のことを考えても呪霊はもう残ってないはずだろう」

 

「いーや、夜蛾学長、それは間違いだね」

 

 五条は手をひらひらと振ったあとに腕でバツ印を作る。

 

「間違い? 、どういうことだ、説明しろ悟」

 

「皆さぁ、勘違いしてない? 今回は前座なんだよ、前座。向こうにとってのメインは十月三十一日。特級呪霊だって今回二体しかいなかったし、少なくともあと四体…いや、あの術式のことを考えたら二桁はいる可能性すらある」

 

「そんな…! 高専の術師を総動員したのよ!? それなのにあれが前座だなんて…」

 

「それがもし本当なら…最悪、呪術が世に知れ渡る結果になるぞ…!」

 

 夜蛾が発した言葉にその場の全員、動揺を隠せずにざわめき出す。そして追い打ちをかけるように会議室のドアが乱暴に開かれ、顔面蒼白で冷や汗をかく補助監督から報告が入る。

 

「失礼します!! 大変です!」

 

「落ち着きなよ、何が大変なの、災害でも起きたー?」

 

 五条が机に足を乗せながら冗談交じりに笑って話す。

 

「はいっ、その通りです」

 

「……は?」

 

「原因不明の力で津波が発生! 地震などの前触れもないため被災者の数が超多数!」

 

「傑、テレビをつけろ」

 

 ピッ

 

 静岡に原因不明の津波発生、地震などの前触れも無く逃げ遅れた被災者の数は三十万人以上に登るとのこと、これに関して政府は──

 

 その場の全員は再び言葉を失い、テレビを観る。

 

「津波の大きさは大規模では無いものの死者が出るには充分、加えて原因不明という恐怖の感情が…」

 

「もういいよ、状況は分かった」

 

「本来、呪霊によって災害が起こされる時は大規模な呪力の流れでわかったはず、しかし高専のメンバーや上層部もこっちに夢中で感知できなかった…前座どころじゃない、あれは全部囮だったんだ…!」

 

 ダァン! 

 

 夏油は状況を理解し、悔しさからか机を叩く。

 

「これはまんまと…出し抜かれたね」

 

「件の日まで二週間、呪霊が発生するには充分すぎる時間だな。術式の特性上、確実に現場に呪詛師は現れる、傑、お前は今から大至急任務の準備、静岡へと向かえ」

 

「定期報告と呪霊の殲滅が任務で良いですね?」

 

「そうだ、新幹線は今使えないだろう、なるべく最速最短の手段を取っていけ、必要なら二級以上の術師も何人か同行させるように補助監督に伝えろ」

 

「了解、では」

 

 夏油はそう言い残して会議室を去っていく。

 

「今回の件、私達で話し合って結論が出せるものではない、上層部に全てを伝えて決定を待とう、異論がなければ会議はこれで終わる、解散だ」

 

 会議が終わると東京校の教師陣は仕事に戻っていき、歌姫は京都に戻るための帰り支度を整えていると五条が歌姫を呼び止める。

 

「歌姫、ちょっと時間いいかな」

 

「いいけど手早くね、どうしたの?」

 

「例の内通者の件だよ、何か手掛かりは?」

 

「…目ぼしい人物は大体洗った、疑いたくないけど生徒も調べてみるわ」

 

「OK、くれぐれも気をつけなよ、歌姫は弱っちいんだから」

 

「いつも一言多いのよアンタは、早く任務に行きなさい」

 

「はいはーい、じゃあね歌姫」

 

 歌姫はスタスタと廊下を歩いていき、五条は手を振って見送る。

 

「さて、任務の前にかわいい生徒達の様子でも見に行くかな」

 

 五条は医務室へと向かい、扉を開ける。

 

「やーっぱり皆ここにいた」

 

「げ、悟」

 

「すじこ」

 

「アンタの分のプリンは無いわよ」

 

 医務室にはプリンを食べながら談笑する、一、二年の生徒達がいた。

 

「一応怪我人いるんだから静かにしなね〜、てか宿儺はいつになったら帰んの?」

 

「小僧が起きん、疲れたのか眠っているのだろう、小僧が起きるまでは俺の番だ」

 

「縛りがあるから今日はまともに何もできないのでとりあえずは自由にさせてます」

 

「ふーん、ま、いいけどさ上の老害たちに感づかれちゃ駄目だよ、下手すれば悠二はその場で死刑だからね」

 

「はいはーい、あ、今から任務行くんならお土産よろしくー」

 

「悟がまともなこと言ってるぞ、明日は槍が降るな」

 

「皆疲れてるのは分かるけどもうちょっと先生に優しくしない? こちとらGLGよ?」

 

「「「関係ない」」」

 

「しゃけ」

 

「だな」

 

 真希と釘崎と伏黒の言葉にパンダと狗巻も賛同する。

 

「ケヒッ、哀れだなぁ現代最強の術師よ」

 

 嬉しそうにプリンを頬張りながら嗤う宿儺。

 

「はいはい、うるさいおじいちゃんですねー、じゃ、さっきも言ったけど医務室では静かにね、刹那が起きたらよろしく言っといてねー」

 

 ガラララッガコン

 

 手を振りながら引き戸を閉めて五条は出ていく。

 

 コツコツと足音を聞き、任務に行ったことを確認すると宿儺が口を開く。

 

「だ、そうだぞ、刹那よ」

 

 シャッ

 

 ベッドの横のカーテンを開けて刹那は顔を出す。

 

「……おはようございます…」

 

「起きてたのかよ」

 

「おはようさん」

 

「今、先生と話すのは少し疲れるので…」

 

「懸命な判断よ、それでいいわ」

 

「お前も素直になってきたではないか」

 

「あなたは少し正直すぎると思いますけどね」

 

「傷はもういいのか?」

 

「宿儺と硝子さんが治してくれたお陰ですっかり良くなりましたよ」

 

 刹那は服をめくり傷跡ができた場所を見せる。

 

「こら服をめくんな、野郎がいんだろうが」

 

「しゃけ、すじこ、明太子」

 

「お、そうだ刹那、プリン食うか? 野薔薇が買ってきたんだと」

 

「あっ、食べたいです」

 

「ちょっと! 起きちゃ駄目だって!」

 

 パンダの言葉に目を輝かせて立ち上がろうとする刹那を美々子が制止する。

 

「あんた絶対安静でしょうが、私が食べさせてあげるわよ、待ってて今──」

 

 釘崎が最後のプリンを持っていこうとすると宿儺が

 

 プリンを持って刹那に近づいていく。

 

「少し前に色々食わせてもらったからな、俺が食わせてやろう」

 

「え…なんか怖いんですけど、別にいいです…」

 

「この呪いの王自らが世話を焼こうというのだ、遠慮することはない、ほれ」

 

「なんであいつあんなに機嫌いいんだ?」

 

「なんか虎杖と入れ替わった時からずっとああなんですよ、薄気味悪い」

 

「縛りあるとはいえ自由だからじゃないですか?」

 

 パンダが当たり前の疑問を溢すと伏黒と釘崎が答える。

 

 満面の笑みを溢しながらプリンを一口すくって刹那の口に近づける。

 

「んむっ」

 

 強引に口に詰め込まれて刹那はプリンを頬張る。

 

「ケヒヒ、上手いだろう、お前はあの男と似て甘味が好きだということは知っているからな」

 

「美味しいですけど…あなたはなんでそんなに上機嫌なんですか」

 

「俺にも喜怒哀楽の感情くらいある、めでたきことがあったのだ、機嫌も良くなるというものだ」

 

「よーするに教える気はないってことっしょ」

 

「心配せんでもそのうち分かる、この意味がな」

 

「いや、そのうちだと遅んむっ」

 

 再び無理矢理にプリンを詰め込まれ、言葉を遮られる。

 

「む、そろそろだな…」

 

 宿儺はピクピクと手を痙攣させて呟く。

 

「やっとか、早く代わんなさい」

 

「全く、貴様は忙しないな釘の小娘。まぁいい、ではまたな呪いの姫、次はお前の嗤うところを俺にみせろ」

 

「またそれ、どういう意味ですか」

 

 頭をぽんと叩き虎杖に姿を明け渡していく。

 

「…ん? どういう意味って?」

 

「いえ…なんでもないです」

 

「あっ! てか刹那無事だったんだな!! 良かったぁ!!」

 

「やっと起きたか、虎杖」

 

「おせぇよ」

 

「おー、無事か悠二」

 

「昆布!」

 

「おかえり~」

 

「あれ? なんで先輩もいんの? つかここ医務室?」

 

「説明は面倒だから宿儺にでも聞きなさい」

 

「悠二君、それ渡してくれませんか」

 

「お? おぉ」

 

 プリンを指さして言うと虎杖は大人しく渡して刹那はプリンを頬張る。

 

「ほんと、幸せそうに食べるわねあなた」

 

「甘党か…五条先生と同じになるなよ」

 

「あの性格はそれが原因じゃねぇだろ」

 

 無駄話をしていると頃合いを見てパンダが帰ろうとする。

 

「さて、そろそろ戻るか、忘れちゃいないだろうが刹那は怪我人だ、俺は呪骸だから平気だけどお前たちは怪我してんだろうし休めよ」

 

「しゃけ、高菜」

 

「特に伏黒君と刹那は重症だし、アタシの術式は完全にダメージ消せるわけじゃないんだから休みなよ」

 

「そういえば身体のあちこちがピリピリする…」

 

「そう? 俺はなんともねーけど」

 

「一回宿儺と代わってるからじゃないか?」

 

「刹那も休めよ、お前が一番重症なんだから」

 

 真希が言った時には既に体を起こしたまま穏やかな寝息を立てて眠っている。

 

「昔から疲れたら突然寝るな、コイツは」

 

 伏黒は寝かせて毛布をかけながらぼやく。

 

「さて、明日からまた学校だ、休むとするかな」

 

「しゃけー」

 

「うーい」

 

 それぞれが休むために自室に戻っていき、一時の平穏を噛み締める。今回の事件が十月三十一日のためのただの囮ということを知らないままに…。

 

 




やっべぇ、テスト期間入るから多分頻度落ちます。


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第三十八話 怪物

 ──

 

「……暇ですねぇ」

 

 例の事変から三日が経過していた、刹那を除く三人はさいたま市へと任務についていた。

 

 刹那は授業は出れるが鉛筆を持っても痛む程度には腕の筋繊維がズタボロになり、硝子の反転術式を持ってしても痛みは完全に消せず絶対安静が言い渡されていた。

 

「仕方ないさ、それ程までに無茶な体の使い方をしたんだから、明日には痛みも消える」

 

「うぅー、そうは言っても、今は色々大変なんでしょう?」

 

「静岡の津波やそれに伴う呪霊の発生の件か?」

 

「それです…なんか申し訳なくって」

 

「気にするな、高専時代の五条はお前より遥かにサボり魔だったし、一年でここまで働くやつなんて他にいないぞ」 

 

「そうかもしれないですけどー」

 

 医務室のベッドにうつ伏せで枕に顔を埋めてぶーたれていると医務室のドアにノック音が鳴る。

 

「やっほー、お邪魔するよ」

 

「邪魔するんなら帰ってくれ」

 

 五条の侵入に硝子は呆れ顔で悪態をつく。

 

「酷くない? 三日ぶりよ?」

 

「別に珍しいことでもないだろ」

 

「まーそうだけどさー」

 

「何の用だ?」

 

「あー、刹那は元気?」

 

「休養たっぷりで元気一杯ですよー」

 

 五条の質問にベッドから五条に向かってうつ伏せのまま手を振って応える。

 

「あちゃー、元気かー」

 

「なにか問題でも?」

 

「上のミカン共がさー、そろそろ刹那を現場復帰させろって五月蝿くてねぇ」

 

「おい、重症人だぞ、医者として退院は認められん」

 

「僕もさ、できれば行かせたくないけど例の災害とかでそこかしこに呪霊が湧いてるんだよ、一級相当以上の人手不足がいよいよ深刻化してきてるんだ」

 

「…別に僕は構いませんよ、腕の痛みも術式で無くせますし、どうせ明日には治りますから」

 

 復帰する気マンマンの刹那を見て硝子は折れるが一言釘を刺していく。

 

「……納得したわけじゃないからな」

 

「大丈夫だって、心配することはないさ、近場には別な術師がいるようにするしね。じゃ、準備してー、あと二十分後に補助監督が来るからね」

 

「了解です」

 

 薬をぽいっと口に放り医務室から出ていく。

 

「気をつけて行けよ、治療は死んだ人間には無意味なんだからな」

 

「…分かっていますよ」

 

 ──ー二日後──ー

 

「刹那サン? コレは一体ドウイウコトデスカネ?」

 

「動くなよー、虎杖ー」

 

 授業が終わると放課後に刹那は虎杖を呼び出して実験していた。

 

「もうちょっと待ってください…あともう少しで掴めるんです…」

 

 刹那は虎杖を十分間、黒い靄の中に閉じ込めていた。

 

「本当に成功するのかしら、術式の遠隔発動なんて」

 

「…基本的に術式は本人の呪力やイメージが肝心だからな、呪具みたいに付与しておくのと遠隔で自由に発動するんじゃ難易度は天と地ほどの差があるぞ」

 

「…よしっ、いきますよ悠二君」

 

「お、おう」

 

 刹那は離れて靄を自身の身体から切り離し、両手を伸ばして虎杖に対する重力負荷を無くすように試みる。

 

「うぉっ!」

 

 ブワッ…ギュオォォ

 

 靄は一瞬広がり渦を巻くと虎杖の身体に吸収されていく。

 

「え? え? これ大丈夫なんだよな!?」

 

 シュゥゥウ

 

 靄は虎杖に完全に吸い込まれる。

 

「「「……」」」

 

「術式順転…虚」

 

「どう? 軽くなってる感覚ある?」

 

「んー、分からん、無重力とか知らないし」

 

「その場で跳んでみればいいんじゃないか?」

 

「お、そっか、よっと」

 

 虎杖が少し跳ねると、虎杖の体は地面に着地することなくフワリと宙を舞い上に向かい続ける。

 

「待って! 成功してるけど! これどうやって降りればいいの!?」

 

「鵺」

 

 バサァッガシッ

 

 伏黒が鵺を呼び出しプカプカ浮かぶ虎杖を捕まえて地面に持っていき、刹那は術式を解除する。

 

「サンキュー伏黒、あのままなら俺宇宙行けたわ」

 

「インスタ映えするじゃない、もっかい行ってきなさい」

 

「電波通じないでしょーが」

 

「突っ込むポイントはそこじゃねぇだろ」

 

 漫才のような流れをいつものように繰り返す三人、それが終わって虎杖が刹那に問いかける。

 

「んで、やってみてどうだった?」

 

「うーん…駄目ですね、実用性は皆無です、遊ぶときくらいにしか使えません」

 

 首と手を横に振って実用性のなさを話す。

 

「そっかぁー、でもあれ屋内でやったら楽しそうだよな」

 

「えー…私も無重力体験したいー」

 

「スカートじゃない時にでもしましょうか」

 

「面白そうなことしてるねー、何してんの?」

 

 五条が書類をバサバサ振りながら歩いてくる

 

「また任務ぅ? 昨日もだったじゃない」

 

「最近多いよな、やっぱりあの災害の影響?」

 

「文句言わないでよー、傑なんて現場でボッチでいるんだからさ」

 

 放るようにして一年生に個別に資料を渡す。

 

「そういえば、十月三十一日の件、どうなったんですか?」

 

「それに関してはまだまだ調査中〜、いっそのこと当日まで何もしないで待とうかなってね」

 

「相変わらずテキトーですね」

 

「じゃ、そういうことでよろしくね~」

 

 シュンッ

 

 五条は術式を使ってその場から姿を消す。

 

「わざわざ術式使って移動するなんて結構ほんとに忙しいのね」

 

「徹夜だろうな」

 

「それ考えたらまだマシだな」

 

 四人はそんなことを話しながら寮へと戻っていった。

 

 ──同刻──

 

「……これであらかた片付いたか」

 

 夏油は津波に飲まれ瓦礫と化した家屋の上に立ちながら一言呟く。

 

(あとは補助監督の到着を待って簡易的な呪霊の予防策を取らなければ…)

 

 踵を返し高専保有の車へと戻ろうとすると、夏油の前に阿弥部が現れる。

 

「…君、高専関係者じゃないな、呪詛師か?」

 

「ん? あー、そういえば君と面識は無いね。では改めて、ビデオ振りかな? 私は──」

 

 ドゴォォォッ! 

 

 阿弥部が名乗ろうとすると夏油の使役する大きな口の芋虫のような呪霊が阿弥部の足元から大きな口を開けて飛び出す。

 

 バグンッ! 

 

 シュルルル……パチパチパチ

 

「……速いね、君」

 

 阿弥部は夏油の後方に一瞬で移動して拍手をして賛辞を送る。

 

「流石は特級、不意打ちもお手の物かい。名前は名乗っておくよ、私は阿弥部、よろしくね」

 

「君のことは知らないが明らかに異様な気配、呪霊合術というのはそんなことまで可能なのかい?」

 

 夏油は次の手を考えながら足元から呪霊を二体出して警戒態勢をとる。

 

「そう構えないでくれないかな、君とは話をしにきたんだから」

 

「呪詛師の件ならお断りだ、うちの生徒をたぶらかしやがって」

 

「おや、彼女はそこまで喋ったのか、意外に回復が速いな」

 

 何でもなさそうに阿弥部は腕を組んで話す。

 

「勧誘が失敗して残念だったな、生憎と私は呪詛師の件については学生の頃に踏ん切りがついている、無駄だよ」

 

「いいや、成功だよ」

 

 阿弥部はニヤリと不敵に嗤う。

 

「真人から聞いたよ、彼女はどうやら黒閃を撃つことに成功したんだってね」

 

「それがどうしたんだい? お前たちの勝ち目が無くなっただけだろう」

 

 夏油が悪態をつくと阿弥部はさらに笑みを溢す。

 

「君達呪術師は何も理解していない、彼女の術式も、阿頼耶識の性も、阿頼耶識刹那という"怪物"も」

 

 ドッ! バゴドゴ!! 

 

 夏油はその言葉を聞き、怒りを露わにして呪霊を三体突撃させるが、阿弥部はそれらを全て叩き落とす。

 

「彼女は生まれるべくして生まれたんだ、今までにない"呪い"さ…宿儺の復活、阿頼耶識家最強の術式の再誕、そして"私"、全ては、なるべくしてなった結果だよ」

 

「訳のわからない御託を並べてないで大人しく投降してくれないかな」

 

「残念だけどそれはできないな、それでは一週間後また会おう」

 

 阿弥部はそう言い残し、ヒラヒラと手を振って瓦礫の山を歩き去っていった。

 

(追撃しなくて正解だった…なんだあの呪力量は、高専の人間全員を足してもやっとトントンじゃないか…?)

 

「今戦ってもジリ貧か、今日は…四徹目か、そろそろ戻ろう」

 

 スマホを確認した後、思考力の限界に達した夏油は瓦礫の山を小走りで近くに滞在している補助監督の元へと戻っていった。



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第三十九話 渋谷事変 開門

テストが終わったと思ったらワクチン接種、、、家族全員副反応が薄かったのに私だけ高熱が二日続いて、、、兎にも角にも投稿遅くなって申し訳ございませんでした。


 職員、生徒、フリーの術師でさえも呪霊の発生と呪詛師の策略に忙殺される日々を送った。

 

 そして時は十月三十一日 渋谷 PM19:00

 

 補助監督から正体不明の者により帳が降ろされた報告が入る。

 

 PM20:14

 

 七海班 

 

 七海健人、伊野琢真、伏黒恵

 

「東京、東急東横店を中心に半径400m程の帳が降ろされました、"一般人のみが閉じ込められる帳"です、一般人は侵入のみ、窓には個人差が、術師は補助監督含め出入りが可能です」

 

「電波は?」

 

「断たれています」

 

「連絡は帳を出て行うか補助監督の足を使ってください」

 

「随分と面倒なことになっていますね」

 

「伏黒っ、怪我はもういいんだよな? この間ボロボロだったけど」

 

「はい、家入さんのお陰で特に何事もないです」

 

「知ってるか? 反転術式には明確に治せる限界があるからな、あんま重症負ってっと体の治癒が間に合わなくなって、しばらく治るのに時間がかかるようになるんだぜ!」

 

「あ、はい知ってます」

 

「二人共無駄話は程々に、それと伊野君、彼は優秀です、先輩風は程々に」

 

「どーいう意味すか七海さん!!」

 

「それで、五条さんは?」

 

 同刻 渋谷マークシティ

 

 レストランアベニュー入口(帳外)

 

 禪院班

 

 禪院直毘人、禪院真希、釘崎野薔薇

 

「人がいない!? 駅前のスクランブル交差点に!? ハロウィンの渋谷よ!?」

 

「そこで何かがあったみたいっす、皆散り散りに帳のヘリまで逃げてこう訴えています。[五条悟と夏油傑を連れてこい]と」

 

「「!!」」

 

「フッ、非術師が奴らを知っているわけがない、言わされているな。帳は壊せんのか?」

 

「難航してるっす、なにせ帳自体は術師を両側から拒絶していない、力技でどうこうできそうにない、帳を降ろしている呪詛師をとっちめたほうが早そうッス」

 

「じゃあ私らはその手伝いだな?」

 

「いいえ! 皆さんはまだここで待機ッス!」 

 

 同刻 JR渋谷駅新南口(帳外)

 

 日下部班

 

 日下部篤也、パンダ

 

「高度な結界術に五条悟を指名したこと、これは交流会を襲撃した連中と同一犯だ。上は被害を最小限に抑えるために五条悟と夏油傑の二人による渋谷平定を決定したっちゅーワケだ。一級以上の術師はみーんな帳の外側で待機、五条のこぼれ球を拾うってわけだ」

 

「被害を最小限って、術師の被害のことだよな? 一般人の被害はお構いなしか?」

 

「そうつっかかんなよ、俺もこれが最善だと思う、帳の中ではパニックになってるだけで呪霊や呪詛師が殺し回ってるわけじゃない、でもまぁ、俺はもう帳の中に行くのはゴメンだな」

 

「なんでだ?」

 

「あれはヒカリエかなぁ、地下に特級クラスの呪霊がうようよいやがる」

 

 同刻 近所 ビルの屋上(帳外)

 

 刹那班

 

 阿頼耶識刹那、禪院直哉

 

「一応、帳からニkm圏内の避難誘導は開始してますね」

 

「せやね、まぁ俺らなんもせぇへんけど」

 

「……」

 

「どないしてん? こっち見て、お見合いの件考えてくれてんの?」

 

「いえ…こういうことに興味なさそうなのに、なんで来たのかなって」

 

「そらぁ、悟君に傑君もおるやん? それに刹那ちゃんもくるっちゅう話やから見ときたいな思うやん」

 

「そうですか…その、前はすいません、カッとなって顔を…」

 

「ん? あ~、気にせんでええよ、あれが不意打ちとかならクソムカつくけど、刹那ちゃんはちゃんと強いやんか、俺強い人には敬意はらっとるつもりなんやで」

 

「…それなら良かったですけど」

 

「それよりも禪院家に興味ないん? 刹那ちゃんなら差別全くなしで一生遊んで暮らせるで?」

 

「あなたがもう少し女性に優しくなったら考えなくもないかもしれないですね、その関西弁、別に僕は嫌いじゃないですし」

 

「…なるほどなぁ、ますますおもろいわ、せやな、少しは考えたるわ」

 

 直哉がそういった後に刹那はポケットから一つ飴を取り出して舐める。

 

「お、俺にも一つくれへん?」

 

「構いませんけど、これサルミアッキですよ?」

 

 一つ手渡しながら注意する。

 

「なんそれ?」

 

 ぽいっと口に放り込んだ瞬間に説明する。

 

「世界一甘い飴ですけど…」

 

「…もうちょっとはよいうてほしかったなぁ、しかもこれ呪力籠もっとるやん」

 

「まぁ携帯食みたいなものですし、噛み砕いたら一気に呪力が流れるのでゆっくり舐めてくださいね」

 

「………マジで?」

 

 同刻 道玄坂文化村通り東 (帳内)

 

 五条悟&夏油傑 現着

 

 ドンッ

 

「あ、ゴメン」

 

「すまないね」

 

 二人の最強が帳の内に入ってくる。

 

「おー、こりゃひどいねー」

 

「悟、呪霊を出すとパニックになるし私も頼むよ」

 

「ホイホーイっと」

 

 夏油と五条は空中を話しながら歩く。

 

「んー、地下にはあの富士山とか雑草がいるね」

 

「スクランブル交差点にもいるみたいだね、あいつには少し聞きたいことがある、下は悟に任せていいかい?」

 

「どっちでも構わないさ」

 

「流石は現代最強の術師様だ、期待しているよ」

 

「クックッ…僕とお前、俺たちで最強、だろ?」

 

 拳を突き出して夏油に笑いかける。

 

「臭い言葉を言うね悟…でもまぁ、こういうのも悪くはないか」

 

 コツンッ

 

 拳を軽く打ち付け、互いの無事を祈る、直接言葉にしないのは彼らなりのルーティンであり、お互いに死ぬことはないという絶対の安心感の元での合図。

 

 コッコッコッ

 

 夏油は交差点に向かう、そこに立っていたのは予想通りの人物、阿弥部だった。

 

「やぁ、この間振りだね」

 

「…聞きたいことがある、君等の目的、というか野望はなんだい?」

 

「下賤な言い方だな、大義だよ、これは」

 

 二人は対面して話し出す。渋谷のハロウィン、本来ならばむせ返るような人の喧騒があるはずのその場所は、今この時に限り世界中のどこよりも静寂が訪れていた。

 

「お前のことは生徒から報告を受けているしどんな術式かも分かっている、最後だ、大人しく目的を吐いて投降しろ」

 

「フッフッフ…答えはNOだよ、特級術師、夏油傑君、聞き出してみたまえ」

 

 バキバキバキッ

 

 ダッ! 

 

 短い言葉の応酬を終え、その場に多種多様な呪力と殺気が充満する。

 

 夏油は準一級以上の呪霊を三体呼び出し距離を詰めていく。

 

「私の呪力が見えていないのかな? 呪力での身体強化では絶対に勝てないと分かっているだろう?」

 

「あぁ、勝てないな。だから、対人間の得策でいくことにしたよ」

 

 ギュオォォ

 

 ブワッ! 

 

 真後ろに呼び出した呪霊が距離を詰めた夏油を吸い込んで一瞬で距離をとる。

 

 その瞬間、夏油は手榴弾のピンを外して阿弥部の前に置いていく。

 

 カッ ボォォン!! 

 

 激しい閃光と共に前方が激しい爆風に包まれる。

 

 普通の人間ならば確実に死んでいるであろう威力、煙の中から現れたのは身体の一部を甲殻のように変形させた阿弥部だった。

 

「なるほどね…私も現代兵器は呪詛師相手には積極的に使うべきだと思うよ」

 

「…やはり呪霊合術は"呪霊と呪霊"ではないね。"呪霊と呪力を持った何か"をかけあわせる術式、その呪力量、お前の身体の異様な気配…一体、何体合成させた?」

 

「ふむ…これから殺すわけだしね、いいよ、教えてあげよう。準一級百二十二体、一級二十五体、特級三体、下級を含めると数は五百を超える…ここまで集めるのは苦労したよ、元々の体も貧弱だからね、ここまでの数を合成するのは少々骨が折れた」

 

「…下の特級呪霊共にも同じことを?」

 

「彼らは下手に合成すると質が落ちるからね、下級を合わせて呪力を増幅させた程度にとどめているよ」

 

 そういって様々な呪霊を継ぎ合せたような姿を見せる。

 

「君の呪霊操術と私の呪霊合術、似ているが君の術式は明らかな私の下位互換だ、勝てるわけ無いだろう?」

 

「下位互換かどうかはこの戦いで決することだよ」

 

 ズズズズ

 

「それもそうだね、さて…存分に呪い合おうか、現代最強の片割れ」

 

 ──同刻──

 

「そんなに心配しなくても逃げやしないよ」

 

 地下鉄の線路、ホームや上に繋がる人で一杯の通路は花御の術式によって塞がれていた。その空間で五条は二人の呪霊と九相図の一番、脹相と向き合っていた。

 

「初めての言い訳は考えてきたか?」

 

「おいおい、僕がお前ら如きに負けるとでも思ってんの?」

 

「その策があるからこうして貴様を待っているのだ」

 

「無理無理ー君弱いしぃ。上には傑、少し離れた場所には刹那、かわいい生徒達だって総員で来てるんだ、ダルいし大人しく祓われてくんないかな」

 

「はっ、戯言を! 今この場で尻尾を巻いて逃げれば許してやらんでもないぞ?」

 

「逃げたらお前らここの人間全員殺すだろ?」

 

「逃げたら…か、回答は…」

 

 ズロゥゥッ

 

「逃げずとも、だ」

 

 一斉に花御の術式が解除され、せき止められていた人間が線路にどんどん流れ込んでくる。

 

 ズバンッ、バシュジュッドジュドジュドジュッ

 

 漏瑚と花御、脹相がその場の人間を大量に殺し始める。

 

「うわァァァ!!」

 

「ひぃぃぃ!」

 

「退いて、死ぬよ」

 

 その場にいる人間は阿鼻叫喚の地獄絵図を目の当たりにし逃げ場のない地下鉄を逃げ回る、悲鳴と喘鳴が鳴り響く中五条はその場に立ち次の一手を模索していた。

 

 ドウッ ピタッ

 

 花御と漏瑚が同時に五条へと殴りかかるが無下限により遮られる。

 

「「領域展延」」

 

 ゴリゴリゴリゴリゴリ!! 

 

 バッ! ドゴッ!! 

 

 無下限が中和され、五条はその場から飛び上がり電光掲示板の上へと着地する。

 

「ナルホド、というか呪詛師と組んでるんだからそう来るか」

 

「逃げるなと言ったはずだぞ、こうでもせんと分からんか?」

 

 ぺきッ ボゥッ

 

 漏瑚はそういって近くの男性の首をもぎ取り掌の上で燃やす。

 

「……正直驚いたよ」

 

「なんだ? 言い訳か?」

 

「違ぇよハゲ、この程度で僕に勝てると思ってる脳みそに驚いたって言ってんだよ」

 

 五条は黒いアイマスクを外して憎悪の相を露わにし、花御を指さす。

 

「そこの雑草、会うのは三度目だな? ナメた真似しやがって。まずはお前から祓う」

 

 ザッザッザッ

 

 電光掲示板から線路に降り立ち、二人の呪霊に向かって大胆に距離を詰めていく。

 

「ほら来いよ、どうした? 逃げんなっつったのは…お前らの方だろ」

 

 戦闘が始まり二人は同時に五条に殴りかかる、しかし五条は漏瑚の腕を掴み、花御の攻撃を容易く避けると力任せに漏瑚の腕をへし折る。

 

 ババッ、ゴリっベキッッ

 

 五条は無下限術式のオート防御を解き、呪力操作のみのコンパクトな攻めに回る。そのまま腕を再生する漏瑚を狙い駆け出すと、花御は術式を使い五条に向かって殺意を向ける。しかしそれは、自殺にも等しき行為だった。

 

 パキキッ

 

「展延を解くな!! 花御!!!」

 

 五条は振り向きざまに跳ね、花御の目に当たる部分の根を掴むとそれを抉り出す。

 

 ドリュリュリュリュリュ!!! 

 

「やっぱりな、展延と生得術式は同時には使えない」

 

 大きなダメージを受けながら二人は五条に攻撃を再開するが今度は無下限よって防がれる。

 

「いいのか? お前が展延で僕の術式を中和する程僕はより強く術式を保とうとする。こっちの独活はもうそれに耐える元気ないんじゃない?」

 

 五条は花御に狙いを定め、壁面と無下限による二つの壁で圧縮させて潰しにかかる。

 

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ!!!!!! 

 

「五条悟! こっちを見ろ!!」

 

 漏瑚は花御を助けるために人質を使おうとするが時すでに遅し、次の瞬間に花御は爆発四散する。

 

 ボチュンッ…、

 

「花御…」

 

「…次」

 

 ──同刻──

 

「…妙ですね」

 

「何が?」

 

「呪霊の気配がするのに一向に姿を見せない、非術師の避難もそろそろ完了する頃合いなので攻め時は今だと思うんですが」

 

「呪霊にそんなこと考えよる頭あるん?」

 

「少なくとも向こうには頭のキレる呪詛師がいます。五条先生と夏油先生で手一杯なんでしょうか…」

 

「んで、どうするん? 俺は班長の指示に従うだけやけど」

 

「…何か胸騒ぎがします。非術師の皆さんの避難が終わり次第、帳の中に入りましょう」

 

「そうこなくちゃなぁ、暇すぎて死にそうやったわ」

 

 二人は立ち上がってビルを降りようとすると突風が吹き付け、その場から動けなくなる。

 

 ビュオォォッ! 

 

「それは困るなぁ、私の役目は君の足止めなんだよぉ?」

 

 バサッバサッ

 

「特級ですか…」

 

「ビンゴみたいやね、帳内でなんかあったみたいやな」

 

「だったら、さっさと祓って皆さんの加勢に行きましょう」

 

 シュラッ

 

 刹那が刀を抜き、直哉も術式を使用する準備をする。

 

「悪いねぇ、まともに戦って勝てないことは知ってるよぉ」

 

 ブワァァッッッ!! 

 

 立っていられないほどの突風が二人を襲う。刹那は術式効果を打ち消そうとするが、足場ごと吹き飛ばされ二人は空中へ投げ出される。

 

「うわっ!」

 

「うそやろ!?」

 

「あくまでも俺は足止めだからねぇ、バイバーイ」

 

 大量の改造人間、多数の呪詛師、呪霊との戦いが至るところで始まりの鐘を鳴らし始めていた。

 

 渋谷事変 開幕

 

 




渋谷事変開幕〜なるべく全員の活躍シーンを作りたいんですが、かなり時間が掛かりそうで、、、オリジナルの場所以外は若干省略しようかと思ってますが読者の皆さんが望むのであれば書こうと思います。失踪は絶対しませんがこれからもお願いします。


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第四十話 命の天秤

辛いよぉ


 ──

 

 ダッダッダッダッダ

 

「虎杖君、君もう充分に一級レベルだよ、術式無しでここまでやるのは日下部以来じゃないかな」

 

「いや俺なんて全然っす、真人…ツギハギの呪霊相手ならこうはいかなかった」

 

「姉様からの褒誉です、ありがたく受け取りなさい」

 

「アザッス! 光栄です!!」

 

 三人は多数の改造人間と呪霊を倒し東京に降りている二枚の帳を破壊することに成功し、地下鉄方面に向かって走っていた。

 

 地下鉄のホームに到着するとそこには女性が一人体育座りで恐怖に怯えている。

 

「おいそこの人! 大丈夫か! なにがあったんだ!?」

 

「…皆、化け物に…電車に乗ってって…満員だったがら"私はい"ら"な"いっデ!」

 

 ブシュッ、べヂャァ

 

 顔が変形し、その場で血塗れになりながら嫌な音を立てて崩れ落ちる。

 

「あいつがいたんだ…クソっ!! 、五条先生!!」

 

 ──

 

「ハアッハアッ」

 

 グシャッ、バッ!! 

 

(花御の死を無駄にするな、人混みに紛れて展延によるヒットアンドアウェイを繰り返すのだ!)

 

「ごめん、全員は助けられない…その代わり絶対に祓ってやる」

 

 脹相と漏瑚は大勢の逃げ惑う人込みの中で、ゲリラのようにヒットアンドアウェイを繰り返し五条と戦っていた。人々が五条を避け始め、漏瑚と脹相を捉えることができるようになるその時。

 

 ギィィィイイン!! 

 

「来たか!!」

 

 電車の車輪と鉄の線路が火花と耳障りな音を立てながら電車は停車すると漏瑚は喜々として声を荒げる。

 

「どけや! 俺が乗る!!」

 

 非術師の男が人混みを押し退け、電車の扉に駆け出していく。電車の中には真人によって改造された元人間がぎっしりと詰まっている。扉が開くと共に改造人間達が飛び出し、絶え間ない喘鳴と血が飛び散る地獄へと変化させる。

 

 ギュルルルッドゴッ! 

 

「ハハッ! マジで当たんない!」

 

 改造人間と共に真人が飛び出し五条に攻撃する。

 

 無下限で守る五条に対して物理攻撃は全く意味をなさないが漏瑚も続けざまに攻撃を加える。

 

(五条悟が宿儺の器と違って冷酷さを持っているのは知っている)

 

(だからある程度の犠牲を持ってして俺達を祓いに来ることも!)

 

(だがそのある程度の犠牲はあくまでも呪霊に殺される被害者であって、五条悟に殺される犠牲ではない、この生者と死者が増え続けるこのばでそのある程度の天秤はもう機能していない、! 今お前がすべきことは、領域を展開し非術師共々儂らを皆殺しにすること、だがそれはできまい! 迷え、迷うのだ!!)

 

 漏瑚達の画策通りに五条はその場で立ち尽くす。

 

「…マジか?」

 

 真人が呟くと共に五条は領域展開の印を結ぶ。

 

「…領域展開、無量空処」

 

 五条悟、一か八かの0.2秒の領域展開!! 

 

 ギャリリリリリリリ!!!!!! 

 

 0.2秒は五条が勘で設定した、非術師の動きを止めることができて後遺症が残らない無量空処の滞在時間。言ってしまえばその程度の領域展開、今この瞬間にも特級呪霊は目を覚ますかもしれない、反撃を考慮して標的は改造人間に絞る。

 

 五条悟、領域解除後、299秒で地下に放たれた改造人間、約千体を鏖殺!! 

 

「獄門疆 開門」

 

 阿弥部の一声と共に五条の足元に獄門疆が投げ置かれ、その箱は四方に広がる。中央の剥き出しの瞳が五条を見据える。

 

 五条は六眼で危険を察知して即座にその場から離れようとする。

 

「まぁ待てよ、親友を置いていくのか?」

 

 五条の足元が割れ、ほんの一瞬動きが止まる。声がする方に目を向ける。視線の先にいたのは右腕を失い頭から明らかに致死量の血を流す親友、それを引きずるようにして持っている和服の男、阿弥部だった。

 

「は…?」

 

 人形や呪霊による偽物、幻影、その全ての可能性を六眼が否定し、その瞳に映った瀕死の親友の状態の全てを六眼が肯定する。

 

 ギリィ! 

 

「傑!!!!」

 

 五条の激しい歯ぎしりと共に獄門疆が分散して五条を束縛する。

 

(力が入らない、呪力も練れない…詰みか…)

 

 ──

 

 五条封印が始まる数刻前、夏油と阿弥部の戦いは、静かに火花を散らしていた。

 

 ズルルルル!!! 

 

「どうした、その程度じゃ私をこの場から動かすことも出来ないぞ?」

 

 夏油は呪霊をかわるがわる繰り出して阿弥部に対抗するが、呪霊操術の強みである手数の多さを完璧に対策されてしまい長期戦が予想されていた。

 

「これならどうだい?」

 

 ギュルルルッ

 

 二メートル程のダルマと無数の手と目玉の集合体のような呪霊を呼び出す。

 

「びしゃがつく、達磨さん」

 

 びしゃ、びしゃっびしゃ

 

 だーるまさーんがこーろんだ

 

「後ろを振り向けば強い呪いがかかるびしゃがつく、それに加え見られているときに動くとその部位の自由を奪う達磨さんだ、動きは制限させてもらうよ」

 

「中々どうして面白い、現代の術師にしては考えるじゃないか」

 

 びしゃっびしゃっびしゃびしゃ

 

 ガシッ、バキバキバキバキ

 

 達磨さんが振り向いている間に阿弥部の腕を折り、犬のような呪霊が阿弥部の足に噛みつき、骨を砕く。

 

「くっ」

 

 ゴシャッ! 

 

 阿弥部が足で犬を踏み潰すと、達磨さんの目が光り阿弥部の右足に無数の小さなダルマが出現し自由を奪う。

 

「君、肉弾戦の経験少ないだろ、動きが素人そのものだ」

 

 ガッ、グシャッ! 

 

 後頭部を掴み寄せ、反対の手で顔面を思い切り殴ると夏油の腕はぬかるみにハマったように抜けなくなる。

 

「くっ!?」

 

 夏油は慌てて腕を抜こうとするが、阿弥部が夏油の足を払って体勢を崩す。

 

「くっ!」

 

 ドウッ

 

 腹部に強い衝撃が走り、夏油は蹴り飛ばされる。

 

「今のは中々効いたよ、お陰で何回か死んでしまった」

 

「ゲホッ…全く、決定打がないのが私の術式の辛いところだな」

 

 ダールマさんがーー

 

 バシュン

 

「中々特殊な術式だが、種が分かれば対処は容易い、びしゃがつくに関しては特級といえど呪われる条件が限定的すぎる、問題はないな」 

 

 夏油は自身の右手に気を配るが、感覚が既に無くなっており、治療しない限りは右手は無いものと受け止め、次の一手を考える。

 

 ズルルル

 

「…かごめかごめ」

 

 夏油が立ち上がり呪霊を呼び出すと、阿弥部と夏油の周りを文字通り子供の影が円を描いて歩き回る。

 

「夏油君は昔遊びが好きなんだね」

 

 後ろの正面だーーあれ? 

 

 夏油の後ろで男の子の影が止まる。

 

「高橋賢次君」

 

 せいかーい、かーごーめかーごーめ

 

「??」

 

「この呪霊は、正しく答えられないと罰を受ける、頭、胸、四肢、どこを取られるかは彼ら次第だ」

 

 後ろの正面だーーあれ? 

 

「そんなもの知るわけないだろっ」

 

 グシャッッ!! 

 

「──っ!!」

 

「余所見は禁物だよ」

 

 メキョッッブシュゥゥーー! 

 

 夏油は回答権が阿弥部に回ると共に左手で阿弥部を掴み、顔面に頭突きを繰り出す。

 

 さらに回答出来なかった阿弥部は左腕を一本むしり取られる。

 

 阿弥部は堪らず距離をとり、体を反転術式で回復する。

 

 ドジュンッ

 

 片手間にかごめかごめを祓い夏油へ言い放つ。

 

「…正直侮っていたよ夏油君、でもね、時間切れだ」

 

 阿弥部は手を合わせると大声でその言葉を吐く。

 

 夏油はそれに気付き距離を詰める。

 

「領域展開」

 

「!?」

 

 判断が間違いだと気付いた夏油は呪力を纏って防御の構えを取る。しかし領域が展開されることは無く、夏油の右腕が切り落とされる。

 

 ザンッ…ボトリ

 

「お返しだよ」

 

 グシャッ、ゴロゴロッ

 

 腕を切り落とされて動きが停止したところに顔面へと蹴りが繰り出される。

 

「さて…と」

 

 びしゃびしゃびしゃ

 

「五月蝿い」

 

 ゴシャッ

 

 阿弥部が腕を巨大な鎚に変形させ背後のびしゃがつくを潰す。

 

「よし、これであとは五条悟の封印だけだな」

 

 コッコッコッ

 

 誰もいない交差点、響くのは勝者である阿弥部の足音のみ、遠のく意識の中で夏油は自らに近付く濃厚な死の気配と自身が敗北した結果を噛み締めていた。

 

 コッコッコツン…

 

「…? 、っ!」

 

 ギシィッー! 

 

 阿弥部が一瞬戸惑いの表情を表に出すと、突然に阿弥部の喉に麻縄がかかり阿弥部は吊るし上げられる。

 

「夏油先生!」

 

「美々子…菜々子…?」

 

(身体が…術式封じの縄か)

 

「美々子! そんなに長くは続かない! 早く夏油先生を起こして!」

 

「分かってるよ! 夏油先生、今は逃げよう!」

 

「すまない、もう身体が動かないんだ…君達だけでも逃げに徹すれば可能性はある、帳の外に走りなさい」

 

 依然として身体の自由が効かない夏油を引きずってでも連れていこうとする菜々子に夏油は指示を出すが聞こうとしない。

 

「嫌だ…嫌だ!」

 

「そんなこと言わないでよ! 私達はあの時、先生達に救けてもらって…まだ、まだなんの恩返しも出来てない!!」

 

「君達がここまで育ってくれただけで充分だ…二度はない、逃げなさい!」

 

 ボタボタと涙を流しながら菜々子は阿弥部に向かって携帯を構える。

 

「! やめろ、菜々子!!」

 

「だったら! 今ここでアイツを殺ッ」

 

 ドゴッ、ズチュリッ…ボダダダ

 

 突如菜々子の足元が割れ、そこから虫の口の先端のように尖った触手が飛び出し菜々子の腹部を貫く。

 

「げ…とせん…せ」

 

「「菜々子!!」」

 

 バチュゥン!! 

 

 菜々子の腹部を貫いた触手は一瞬でイガ栗のように広がり菜々子の身体を肉塊へと変える。

 

 ギリィッ!! 

 

「テメェ!!」

 

 ブゥンッ、バゴォ!! 

 

「美々子!!」

 

 美々子が握る縄に力を入れるが単純な力負けによって縄ごと振り回されて地面へと叩きつけられる。

 

「ヴァッ」

 

 地面に叩きつけられた衝撃で左腕と左足が反対の方向へと曲がり、ピクピクと痙攣させる。

 

「ふう、こんなものかな」

 

 コッコッ

 

「貴様ァァァ!!!」

 

 ブシュッ、ブシッ

 

 夏油が立ち上がろうとすると傷口から血が吹き出し、コンクリートの灰色を血に染め上げていく。

 

「立てるわけないだろう、無駄な努力が好きだね、呪術師達(君達)は」

 

 阿弥部は美々子の頭に足をかける。

 

「やめろ! それ以上やったら絶対に呪い殺してやる!!」

 

「私がやめるかどうかは君達次第だろう、勘違いするな呪術師、私は呪詛師だ、止めるのは君達だろう」

 

 グシャッブチャッ

 

 美々子の頭を夏油の眼前で踏みつぶし、その脳漿を辺り一帯にぶちまける。生々しい音と、むせ返るような鉄の匂い、この世から二人の呪術師が天へと還った。

 

 夏油の脳裏によぎる二人との日々の記憶、頭にこびりついて離れない自身を呼ぶ二人の声、夏油の心は限界だった。

 

 殺してやる…コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!! 

 

 夏油は今ある呪力の限界を振り絞り、身体を起こして特級呪霊を呼び出そうとするが、阿弥部はそれを許さずに夏油の頭を踏みつける。

 

 ダゴォン!! 

 

 地面は深く沈み、夏油は完全に気を失った。

 

「さて、真人達は上手くやってくれたかな」

 

 後ろ首を掴み、引きずりながらヒカリエの地下へと阿弥部は歩いていった。




ついに死者が、、、アババババ。
渋谷事変は命の重さが狂っていくなぁ。


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第四十一話 血筋

 ──ー

 

 壮絶な戦いを経て、特級術師夏油傑は阿弥部に敗北し、五条悟の封印へと至った。

 

「いい眺めだね、五条悟」

 

「お前…去年憂太を狙った呪詛師だな?」

 

「あの時確実に殺されたのにーとでも言いたそうだね、答えは簡単だよ、中身が違うんだ」

 

 阿弥部は額の紐を解き五条に本体の脳みそを見せる。

 

「そういう術式でね、乗っ取った対象の記憶や術式も使えるんだ」

 

「どうりで、去年とは違ってるわけだ…それで、傑をどうするつもりだ?」

 

 怒気の籠もった声と怒りに震える六眼で阿弥部を睨みつける。

 

「そう怖い顔をするなよ、取り敢えず作戦の第一段階…君達は負けて私達が勝った、これからも色んな策を弄するけど、それがどんな結果になるかは運命の神だけが知ることさ」

 

(そろそろだな…)

 

「おいクソ呪詛師、一つだけ言っておいてやる…精々後悔して、吠え面かきやがれ」

 

 五条は舌を出して挑発すると、阿弥部が獄門疆を閉じる合図を出す。

 

「閉 門」

 

 バシュシュシュシュッ! 

 

 阿弥部の合図と共に五条は小さな箱の中に収納される。

 

「それ、もう使えないんだっけ?」

 

「うん、定員一名。死にかけの夏油は私が管理しよう、計画の最後に使うからね。さて皆、次は……?」

 

 阿弥部の周りに真人達が集まり、次の指示を出そうとするが、阿弥部は獄門疆を落としてしまう。落とすと同時に、地面が陥没し動かすことができない状態になる。

 

「っ!!なんて奴!」

 

「ねー阿弥部、これどういうこと?」

 

「封印は完了したけど、獄門疆が五条悟という情報を処理しきれてないんだ、しばらくは動かすことができないね」

 

「ふーん…」

 

 ビリッ

 

 その場にいる一同に走った嫌な予感、真人がその方向にいるソレを叩き潰す。

 

「っ!! つくづく、やられたね」

 

 ──五条封印直後の虎杖──

 

「うわっ!」

 

「どうしたんだい虎杖君?」

 

「いや、なんか耳に…」

 

 三人は真人を追うべく地下鉄の線路を走っていた。虎杖が耳からソレを剥がすとミニメカ丸がいた。

 

「息災カ、虎杖悠仁」

 

 ガシッ、ギリギリギリ

 

 虎杖はミニメカ丸を掴み乱暴に破壊しようとする。

 

「待て待て待テ、落ち着ケ! 確かに俺は縛りの元デ向こうに情報を流していたガ、本体は十日前二既に死んでいル!今のこの姿は生前の俺が残した保険に過ぎなイ、虎杖悠仁は高専関係者の中で最も内通者の可能性が低イ、不発のリスクを低減するためこの傀儡を忍ばせるのも三箇所までとした。かなり高度な保険だ、時間が惜しい、怪しむのハ分かるが今だけは信用してくレ、頼ム」

 

「冥さん…」

 

「いいよ、話してごらん」

 

「感謝すル、まずは落ち着いて聞いてくレ五条悟が封印されタ」

 

「「「!!!」」」

 

「さら最悪なことニ、恐らくだが夏油傑も再起不能だろウ」

 

「その話、信じる証拠は?」

 

「すまないガ無イ、強いて言うなラ俺ガここにいることダ。俺が殺された後、五条悟が封印されタ時に限定するしかなかっタ、そして冥冥、アンタもこの状況で確実に白と判断しタ」

 

「なんでそう言い切れるんだい?」

 

「索敵に長ける人物が渋谷で暗躍せずに明治神宮前に派遣されているからダ」

 

「いやいや、体よく協力を拒むためかもよ、それにすぐに渋谷に向かおうとした虎杖君を今の今まで止めていたのは私だ」

 

「では何故、呪詛師がアンタを始末しに向かっている?」

 

 バッ! 

 

 二人は殺気と呪力を感じて暗がりの向こうを覗く。

 

「一、ニ…二人だね、虎杖君、コイツらと君がさっき戦った呪霊どっちが強い?」

 

「……多分さっきのバッタより強い」

 

「そんな連中がウヨウヨいるのか、呪詛師は無視して進もう、五条君の安否確認が先決だ」

 

「駄目ダ! 向こうの結界術はコチラの数段上手ダ、いま渋谷には四枚帳が降りていル。この先もそのうちの術師を入れない帳が降りていル。頼ム、指示に従ってくレ」

 

「仕方ない、言ってごらん」

 

「まず、今こちらガすべきことは五条悟と夏油傑の奪還ダ。五条悟封印もそうだガ、夏油傑もまたこの世の呪霊の抑止力であることに変わりはなイ。この二人を失うことは確実に人間の時代に大きな影響を与えル。そしてこの東京にはもう一人時代に影響を与えル人物がいル」

 

「刹那のことだね?」

 

「そうダ、だが彼女は頭が回ル。恐らく緊急事態ということは察しているはずダ、五条悟封印を知らせるだけでいイ」

 

「虎杖は来た道を戻り地上から渋谷に向ってくレ、五条封印を術師全体に伝達、五条奪還を共通目的に据えロ」

 

「冥冥は虎杖が抜ける隙を作ってくレ、呪詛師撃退後はこの線路を取り敢えず抑えておいて欲しイ。だがまだ相手の出方が分からんン」

 

「臨機応変ね、ところでメカ丸君、君の口座はまだ凍結されてないね?」

 

「…エ?…まあいイ五条悟が消えれば呪術界も人間社会ひっくり返る、済まないガ命懸けで頼ム」

 

「僕は?」

 

「好きな方にツケ」

 

「じゃあ姉様!」

 

 ジャラジャランッ

 

 呪詛師が二人の元へと近づいていく。

 

「好きに動いていいよ、合わせるから」

 

「押忍!」

 

 ──

 

「…困りましたね」

 

 ザンザンザンッ

 

「困ったなぁ」

 

 ヒュパパパッ! 

 

 刹那と直哉は避難が終わっていない非術師を逃がすためにビルから群がるように現れた改造人間と呪霊を祓い殺して回っている。

 

「キャァァ!!」

 

 ゴッ、ザンッ

 

「早く逃げてください、向こうにスーツの人がいますからその誘導に従って」

 

 メキョッバゴォ

 

「アカンわ、死にたなかったらお猿さんははよう退き、邪魔や」

 

「もうちょっと言い方ないんです?」

 

「いちいち丁寧に言ってたらそれこそ戸惑うやろ、邪魔やから早く退けで充分や、そないなことより上のアイツどうすんねん」

 

 直哉は空を指さして刹那に問いかける。

 

「非術師の方々も捌けてきました、全員いなくなり次第叩きましょう、それまで現状を継続しましょう」

 

「そろそろかねぇ?」

 

 空弥が空から降りて低空飛行を行うと呪力を練り始める。

 

「…予定変更です、アレは確実に厄介な何かを始めるつもりです、祓いましょう」

 

「やっとかいな、飽きてきたところやで」

 

「その判断はもうちょっと早くするべきだったねぇ、子供たちぃ?」

 

「「!!」」

 

 二人は防御の姿勢を取る。

 

 ビュウォォォ!!!! 

 

 空弥は両手で空を振り払うと大きな真空の斬撃が発生する。しかしその攻撃は刹那達にではなく横のビル群に向かって放たれ、真っ二つにされたビル群は重たい音をたてながら崩れ落ちる。

 

「っ!! クッソ! とんでもない技使いよって! 刹那ちゃん、逃げるで! このままじゃ二人まとめてペタンコ焼きや!!」

 

「……できない」

 

「あ"ぁ"!? 何言うとんのや!? 自殺願望でもあるんか!?」

 

「だって…まだ避難が終わってない、補助監督も非術師もっ!」

 

「アホ!!どうやっても無理やろ!?俺達まで死んだらどないするつもりなんや!!」

 

 直哉は刹那の肩を掴んで説得を試みるが刹那はそれを聞こうとしない。

 

「できないよねぇ??」

 

 空弥が地上に降り立ち、ニヤニヤと笑いかけてくる。

 

「金髪の坊やは弱いからその判断しかなくなるんだよぉ? 何故なら自分の身しか守れない弱者だから。でもねぇ、強者は自分以外の人間を守る力があるから、弱者を守る選択肢が出てきてしまうんだよ。ほら刹那、人間を助けたいならいーっぱい呪力を使わなきゃあねぇ??」

 

「るっさいわボケェ!!」

 

 直哉が術式を展開し空弥の顔面を蹴り飛ばす、空弥はそれを物ともしない様子で飛び上がりニヤニヤ笑う。

 

「クッソ! 刹那ちゃん!」

 

 刹那は手袋を外して全身から黒い靄を発生させる。

 

 その靄でビル群を全て包み込み、内部から重力を消しさり緩やかにビルは落下する。

 

 シュゥゥゥンギュンギュンギュンッ──ーズズゥゥン

 

 パチパチパチパチ

 

「おおー流石は特級術師だねぇ、呪力は空っぽになってくれたかなぁ?」

 

「何しとんねん…!」

 

 唖然と空を見上げる直哉と拍手をしながら称賛の言葉を送る空弥。

 

 パッ

 

 ガシッドゴォッ!! 

 

「…は?」

 

 瞬間的に距離を無くした刹那は空弥の頭を掴み空弥を地面へと投げ落とす。空弥は刹那の呪力量を完全に甘く見ていた。

 

「なんっで!? 呪力は空っぽのはずだろう!?」

 

 その出来事に一瞬だけ呆気にとられるが、自身の射程範囲内に入った空弥を見てやるべきことが脳内を高速回転する。

 

(今、祓う!)

 

 ヴゥン、バリン! ドパパパパパパパパパ!!! 

 

(完全に呪力量を推し量り間違えた! まさかこんなに多いなんて!!)

 

 投射呪法を用いて空に飛ばせないように四方八方から攻撃を加え続ける。時間が経つごとに直哉の速度と攻撃力は鋭さを増し、空弥は身動きが出来ない状態に追い込まれる。

 

 バサァッ!! 

 

 無理矢理翼を広げて飛ぼうとする空弥の背中を、刹那と直哉が再び蹴り飛ばし地面へと叩きつける。

 

 ドゴォォォ!! 

 

「アブォがァァ!」

 

「雑魚が飛び回んなやっ!」

 

 ドパパパパッ!! ザンザンザンッ!!! 

 

(あぁ、死ぬ…でも、最高にッッ)

 

「自由を感じるなぁ!!」

 

 空弥は羽を広げると両手の指先を合わせて印を結ぶ。

 

「領域展開、青青青玄天(あおみつげんてん)!!」

 

 ブワァァァァ

 

 一瞬にして地を踏む感覚が消え去り、まばらに足場が浮かぶ全てが青空の世界に染まる。夜なのに偽物の太陽が天高くに浮かんでおりその日照りは身を焦がし始めるのに時間はかからない。

 

「さっきの飴のお陰で直哉さんの中には僕の呪力が蓄積されています、一時的ですがあなたに術式を遠隔で発動しますので、ある程度は動けると思いますがそんなに長くは続きません」

 

「明らかに暑いもんなぁ、短期決戦っちゅうことや」

 

 直哉は秘伝、落花の情を発動させて駆け出していく。

 

 日照りに続き、鷹や鷲を模したような呪霊が二人を襲う。刹那と直哉は少ない足場を器用に利用しながら呪霊を祓い、空弥に攻撃を加える。

 

「この領域は時間をかけるほど辛くなる、空に憧れたものが上へ上へと向かうために下から這い上がろうとする、堕ちればお終いだ」

 

「あっそ」

 

 ガインッ!! 

 

「ウグッッ」

 

 刹那が刀で直哉の方向へ空弥を弾き飛ばす。

 

「ネットリ喋るだけやないんかい、呪霊の癖して人様の真似しとんのちゃうぞコラ」

 

 グァッ、スカッ

 

 直哉が投射呪法による超高速のパンチを放とうと足場を強く踏みつけるが、足場が一瞬で消え去り足は空を踏み落下していく。

 

 空弥は愉しそうに笑い一言呟く。

 

「じゃあね、金髪の坊や」

 

 落下先には無数の呪霊が口を開けて直哉が落ちるのを待っている。

 

 パッ、クルリッ

 

「……は?」

 

「食らえやボケナス」

 

 背中から落下していった直哉が空弥の目の前に突然出現する。

 

「…感謝してくださいよ、危ないですね」

 

 落下する一瞬の時、走馬灯などよぎらなかった。

 

 ただ直哉は信頼していたのだ。自らがその身をもって体感した刹那の術式、ただその時のために精神を研ぎ澄ませ、落花の情に全神経を注いで準備していた、自分に出せる最高の一撃を。

 

 呪術師は死の淵、走馬灯が脳裏をよぎる状況、その瞬間にこそ最大の成長を遂げる。

 

 1000000分の1の黒い火花は架空の青空に咲き誇った。

 

【黒閃】

 

 ──ーィィィンッッパァァン!! 

 

 直哉の黒閃によって空弥の顔面は弾け飛び、それと同時に領域は解除され、二人は地面に降り立つ。

 

「おっと、感覚おかしくなりますね、あれ」

 

「これが黒閃…めっちゃ気持ちええなぁ、悟君も刹那ちゃんもズルいわぁ、こんなん先に経験してたなんて」

 

 カリッ

 

「良かったですね、暴れられますよ、帳の中に急ぎましょう」

 

「了解や」

 

 パキキキキン!! 

 

 二人が走り出そうとすると突然目の前に氷塊が現れる。

 

「次から次へと…」

 

 氷塊の上に白髪で袈裟姿の人物が立っている。

 

「……阿頼耶識殿?」

 

 問いかけるように言葉を放つとその人物は氷塊麓に降りる。

 

「なんや自分、まずはおどれの名前言うのが筋やないんか」

 

「私は裏梅、金髪のお前には興味は無い」

 

「あ"ぁ" 」

 

 敵意を剥き出しにする直哉を刹那は抑える。

 

「確かに僕は阿頼耶識刹那です、そっちの親玉にでも指示されたんですか?」

 

「やはり…!」

 

 裏梅は刹那に近付くと嬉しそうに笑みを溢し、話しかけてくる。

 

「本当に万代(ましろ)殿にそっくりだ」

 

「えっと? あの、貴方は敵ですか? 味方ですか?」

 

「私は宿儺様、そしてあなたの味方だ」

 

「「!!!」」

 

「ちょぉ待てや、なんでそこで両面宿儺が出てくんねん」

 

 直哉が裏梅の肩を掴むが裏梅は悪態をつく。

 

「貴様に教える義理は無い、氷凝呪法(ひこりじゅほう)、霜──」

 

「ちょちょ、ストップストップ!! 直哉さんもです!」

 

 ピタッ

 

 二人は間に入った刹那により動きを止める。

 

「聞きたいことは沢山ありますけど、取り敢えずなんで僕の味方なんですか? 今ので呪術師じゃなくて僕と宿儺個人の味方だってのは分かりましたけど」

 

 裏梅に向かって刹那は問いかける。その答えは、思いもよらぬ、突拍子もないことだった。

 

「…刹那殿、それはあなたが、阿頼耶識家初代の人間、阿頼耶識万代の子孫であり、宿儺様の血が通う人間だからだ」

 

「………は?」




オリキャラ退場!次の更新は来週かなぁ。


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第四十二話 斬り結ぶ

定期投稿は難しいですね(^_^;)
一ヶ月三話くらいは投稿したいと思いたい、、、


「…刹那殿、それはあなたが、阿頼耶識家初代の人間、阿頼耶識万代の子孫であり、宿儺様の血が通う人間だからだ」

 

「………は?」

 

「えっ、は? ちょっと待ってください、宿儺が僕のなんですって?」

 

「貴方は宿儺様との血縁関係にあたる人物、正確には輪廻転生と言ったほうがいいかもしれないが」

 

「はぁ!??」

 

 直哉が驚愕の声をあげるが、刹那は驚きのあまり声すら出ない。しかし、それを気に留めずに裏梅は話を続ける。

 

「生前、万代殿は宿儺様と縛りを設けたのだ。自分の魂が巡り合うときにまた会おうと、宿儺様は万代殿の魂に、万代殿は宿儺様の魂に。宿儺様は誓いとしてお互いの姿を映す鏡にあたる自らの眼と、それを繋ぐための血液を差し出した。万代殿は何を差し出したか、私は知らないが…。ともかく、そうして魂は巡り、今この時代に貴方と宿儺様は再会を果たした…私自身、彼女とはよき友でもあったものだ」

 

 裏梅が少し寂しそうな表情で千年前の事情を語る。

 

「…それで、それをはいそーですかって信じろっちゅーのは無理な話やねん、班長はどないすんのん?」

 

「…貴方が嘘をついていないのは分かりました。取り敢えずその話を信じることにします。ですが、今はその話は置いておいて、いまは帳の内に入って問題の早期解決に努めなければ。帳の中に入り改造人間を駆除しながら非術師を保護、特級呪霊や呪詛師は見つけ次第始末して尋問しましょう」

 

「でもあれやろ、特級呪霊は悟君と傑君が全部祓ってるんちゃうん?」

 

「それに関してはあくまでも予測ですが、期待しないほうがいいですね。恐らく二人共何らかの理由で戦えないんじゃないかと」

 

「おいガキ、実際のところどうなんや?」

 

 直哉が裏梅に問いかけるが、裏梅は返事をそっけなく返す。

 

「自分の目で確かめるといい、その方が実感が湧くだろう。では刹那殿、また会えるときを心待ちにしています」

 

 バキバキッッ

 

 氷の道を作り裏梅は二人の前から去っていく。

 

「追わなくていいん?」

 

「いいですよ、多分あの人?の目的は今は直接関係してないでしょうし、帳の内部に急ぎましょう。できれば他の班とも合流したいですし」

 

 二人は帳の内部へ走ってと入る、中には数多の改造人間が非術師を殺して回る光景、内側にさらに帳が降りているのを目にする。

 

「こらまた…地獄絵図やなぁ」

 

「…何が起こってるんですかね、取り敢えず掃討しましょうか」

 

「了解や」

 

 カチャ、ポポポッ

 

 二人が交戦の構えを取ると、虎杖の声が聞こえてくる。

 

「ナ、ナ、ミーーーン!!!! 夏油先生がやられて!! 五条先生が封印されたんだけどぉー!!!」

 

「「!!」」

 

「封印やて…あの悟君が…?てか誰の声やねん」

 

「悠仁君…宿儺の器っていったほうが良いですか?」

 

「アホなん?大声で向こうに情報流しよって」

 

「帳の効果で携帯使えませんからね…。それよりも五条先生が封印された事実が露呈されればこの国は終わりです…どうしましょうか」

 

 刀から手を離し一旦考えるポーズを取る。

 

「作戦を変更しましょう、直哉さんはこのまま改造人間のみに的を絞ってください。あの帳は僕一人なら誤魔化して入れるので中に入って五条先生、あわよくば夏油先生も奪還します」

 

「…帳が上がったら俺も中に入るで、それでもええな?」

 

「止めても来るでしょうに。臨機応変、お好きにしてください」

 

「りょーかいや、ほな行こか」

 

 ヴェンッ

 

 直哉は術式を使いながら非術師の救助に回りだす。

 

(丸くなったなぁ、あの人)

 

 刹那は帳のある方へと道中の改造人間を斬り伏せながら向かっていく。帳の前に立ち、試しに手を軽く触れてみる。

 

 バチッ! 

 

(中からは改造人間や非術師が出てきている、てことは) 

 

「…なるほど、何らかの縛りで術師は入れないのか、面倒ですね」

 

 刹那は刀を構えて術式を展開する。

 

「僕だけ入れれば良い。拡張術式、武器纏」

 

 ビュオッ! 

 

「阿頼耶識刹那だな?」

 

 刀に靄を纏うと後ろから声をかけられ、帳から刀をそらし空を斬る。

 

「…どちら様?」

 

 振り向くと三人の男が指をポキポキと鳴らしながら刹那に予告する。

 

「お前を殺す」

 

「出来るのならどーぞ」

 

 三人の呪詛師は刹那に向かって走り出そうと利き足に力を入れる、そして足が地面から離れた瞬間、左右の男の首が宙を舞い、中央の男の足は足首から切断されて地面に強制的に座らせられる。

 

「……?」

 

 キュインッ、

 

 ドサドサッベチャッ

 

 物が落ちる鈍い音と、粘性のある液体が地面に落ちる音が鳴り、まだ息のある男に刀の血を払いながら刹那は近付いていく。

 

 ビュッ、パタタッ

 

「さて、尋問の時間です。全部吐いて楽に死ぬか、とことん苦しんで全部吐いて死ぬかの二択です」

 

 刀を突き付けられて男は初めて自身の置かれている状況に気が付くと、顔面を真っ青に染め上げて冷や汗をかきながら斬られた足を抑える。

 

「あっあぁぁあ!俺っ、俺の足がぁ!!」

 

「足の二本くらいなんです、五月蠅いですね」

 

 刀を喉元に突き付けると男はゴクリと唾を飲み、生き残る方法を模索する。

 

「わかった!俺が知ってることは全部話す!!」

 

「そうですか、では三つほど聞きましょう。この帳の上げ方と中で起こっていること、そして…あなたがこれまで何人非術師を殺したか、です」

 

 男は少しの沈黙のあとに冷や汗をかきながら言葉を冷静に選び震えた声で答える。

 

「一つ目の質問は…こ、この帳は別の呪詛師が守ってる呪具を壊すと上がる、帳の中では五条悟の封印と夏油傑の無力化があった…あと、俺が殺した人数は…」

 

 男は俯きながら黙ってポタポタと額から汗をこぼす。

 

「何人ですか?」

 

「さ、三…人…」

 

 ボキンッ

 

 刹那は右手の親指を掴むと軽々しく折る。

 

「あぁっ!五人!五人です!!!」

 

「へぇ…何本が良いですか? 0から10までで答えてください」

 

「な、なんぼん…?」

 

「指の本数です、貴方が奪った命達は天寿を全うするため、これからを生きる予定だった人達です。指折り数えて反省してください、罪の意識があれば指の本数もあなたの意思に比例するはずです。勿論0でも10でも構いませんよ、あなたの意識の問題なので」

 

 呪詛師は阿弥部の言っていたことを思い出し、嘘はつけないことを今更ながらに痛感する。そして罪の意識は全く無い為、本当なら0、しかし10と答えれば指は全て折られて殺されると考えた、つまりは。

 

(詰みだ…)

 

 しかし男は最後の希望によりすがり正直に打ち明ける。

 

「…ぜ、0…です」

 

「おや、殊勝な心掛けですね」

 

 刹那はニッコリと微笑み手を握ると、男の指をゆっくりと一本ずつ折っていく。

 

 ボキン、ベキン、ゴキン

 

「俺の指がァァ! なんで!? ゼロってぇ!!??」

 

「残す指の本数が0、ですよね?罪の意識がしっかりあるみたいで良かったです」

 

 刹那は無事な方の手を握ると握手をして指の骨をボロボロに粉砕する。

 

 ゴギベギボリュン

 

「あぁっ!俺のっ、俺の指がぁぁ!」

 

 ブランブラン

 

 男はボロボロ涙を流して自身の指を見つめる。

 

「このっ、クソ尼がぁ…!」

 

 折れかけていた精神を怒りで繋ぎ止め、刹那に向かって攻撃を加えようとすると、その首は即座に胴体から離れ、司令塔を失った体はフラフラ数歩歩くとその場にドサリと音を立てて倒れ伏す。

 

 刹那の瞳には他者の感情が映る、そしてその感覚を無意識に共有するため、呪力を僅かながら供給することができる。混沌と化した渋谷で呪力を温存する為に行った行為であるが…刹那は"壊れている"罪人に対しての罪の意識は無い。

 

「帳…さっきの声からして、恵君達がなんとかしてますかね」

 

 刹那は独り言を呟き、帳が上がるまでの間、付近の改造人間を斬り伏せて回り状況を整理する。

 

(もし五条先生の封印が本当ならパワーバランスが完璧に崩壊の一途を辿る…夏油先生を"無力化"と言うことは理由は不明だけど恐らく死んではいない)

 

 五条悟奪還を最優先、次点で夏油傑の救出、刹那の目標が決まるとバシュンと音を立てて帳が上がる。

 

「お、上がった。流石ですね」

 

 刹那は呪力の濃度が濃い場所へと走り出し、スクランブル交差点に到着するとその光景を目にする。

 

「先…輩…!」

 

 美々子と菜々子の凄惨な姿を目にして二人に近付くが美々子は頭を潰されてその内部を露わにしており、とても生きているとは言えなかった。

 

「美々子先輩!! 菜々子先輩!!」

 

「せ…つっな?」

 

「良かった! 今治しますからね」

 

 ポウッ

 

 反転術式を使い、高速で治療を終える。

 

「今医療テントに連れていきますからね」

 

 刹那が菜々子をおぶろうとすると菜々子はその手を払う。

 

「?…菜々子先輩?」

 

「夏油先生が…下に…美々子が…!」

 

 刹那の右目に映るドス黒い、けれど悲壮に満ちた蒼色が物語る、菜々子の黒幕への憎悪を。

 

「…いるんですね? この下に」

 

 菜々子は強くうなずく。

 

「分かりました、菜々子先輩は医療テントに向かってください。途中の改造人間はできる限り無視したほうが良いです、今の先輩では少ししんどい相手だと思うので」

 

 そこまでいうと菜々子の肩を掴んで刹那はさらに怒りを込めて言う。

 

「僕はクズ野郎をミンチにしてきます」

 

 ──

 

「やたらと粘るね、五条悟」

 

 阿弥部は処理落ちした獄門疆を見張っていた。

 

「夏油君も戦闘不能、刹那は空弥に策を任せているから来ることはない。宿儺の器や他の一級程度じゃ私は倒せないよ」

 

 阿弥部は獄門疆を見つめながらポツポツ独り言のように呟く。

 

「君の処理が終わったら第二段階だ、今から愉しみだね」

 

 あぐらをかいている阿弥部の目の前に突如刀が出現する。

 

 パシッ

 

「刀?投擲され…まずい!」

 

 阿弥部は刀の刀身を掴み止めるが、すぐにその判断が間違いだと気付く。その刀は攻撃の為に投げられたのではなく、囮だったのだ。柄に向かって術式を発動した刹那は瞬時に距離を詰めて柄を握る、そしてそのまま刀を引き、阿弥部の手の平を両断する。

 

 ザシュッ

 

「くっ!」

 

 反転術式で体を治癒しながら距離をとり、戦闘の体制に入る。

 

 ビュッパタッ

 

 刀を払い、刀身に貼り付いた血を拭いながら納刀して獄門疆に目を向ける。

 

「本当に封印されたんですか…五条先生」

 

 獄門疆を回収する為に手に持とうとするが、五条の情報を処理しきれていない為に持つことすらできずに地面にめり込んだまま動かない。

 

「無駄だよ、五条悟という情報を処理できていないんだ、あと数分は動かない」

 

「なるほど…つまり、今から行うのは獄門疆をかけた殺し合いですか」

 

 腰を低く、腰の一振りに手をかける。

 

「呪い合いだろう、呪術師」

 

 腕を呪霊のように変化させて阿弥部も構える。

 

「拡張術式、全自動迎撃(フルオートカウンター)

 

(術式開放、合迎(ごうげい)

 

 刹那は薄く黒い靄を体に纏って抜刀する。

 

 阿弥部は体の一部を呪霊に変化させ、刹那の刀を正面から受け止めようとする。

 

 ギュンッ

 

 シュパァン! 

 

 しかし正面からの居合いのスピードに間に合わず阿弥部の腕が飛ぶ。

 

「残念だったね」

 

 ギュルルルッ! 

 

 しかし飛んだ腕から呪力で形成された触手が飛び出し刹那を攻撃する。

 

 ギュインッ

 

 刹那の身体に触れたはずの触手はまるでダメージを与えることなく無惨に斬られる。

 

 ザジュッザシュッギュィンッ! 

 

 刹那は反転術式で回復する阿弥部の身体をどんどん刻んでいく。

 

「くッ!」

 

 ダッ! タンタンタンッ

 

 阿弥部は廊下を走り、階段を登って上から刹那を見下ろす。

 

「呪霊合術、極の──」

 

 ギュルルッ

 

 ブワァァァァ

 

 呪力が渦巻く瞬間、刹那は大量の靄を階段下から阿弥部にぶつける。

 

(ッ!視界がっ)

 

 身体を変形させて靄を薙ぎ払うが、眼前に刹那の姿はない。

 

「どこに…?」

 

 阿弥部は呪力を探ると、真横で刹那が居合の構えをしているのを見つける。

 

 ビュォッ!!! 

 

 ギィンッ! 

 

 阿弥部は身体を反らして間一髪で斬撃を躱し、再び距離を取るために元の場所へと走る。

 

「いつまでも逃げてばかり、口ばっかりですね」

 

(正面から戦って勝てるとは思ってなかったがこれ程とは…! 元々の戦闘技術に加えて強力な術式!油断することなく小細工も使用してくる、何より五条悟には持ち得ない、圧倒的な謙虚性!!)

 

「私を殺すまで止まる気はないのかい?」

 

 ザギュンッ! 

 

 下から縦に斬り上げ、阿弥部を蹴り飛ばして回答する。

 

 ドゴォッ! 

 

 ドザァァァァァ

 

「無いですね…お終いですか?」

 

 手首を捻り両手で刀の鋒を阿弥部に向けて牙突の構えを取る。本来なら到底無理な姿勢からの牙突、刹那の術式は物理法則をほぼ無視することができる。この世の理から外れた力が、変幻自在の二刀流とその戦法を可能にした。

 

 バゴッ

 

 刹那が一歩を踏むその時、地面が大きく隆起する。

 

「!!」

 

「流石としか言いようがないよ、阿頼耶識刹那。でも私がなんの策もなしに動き回るわけはないだろう」

 

 地面が割れ、その中からは触手が這い出る。阿弥部の身体から生えているそれは刹那に向かって行く。

 

「こんなものっ」

 

 刹那が刀を振るう瞬間、先程まで死角にいて見えなかったボロボロの夏油を発見し、思考が一瞬鈍る。

 

 片腕 負けた? 息はある 救助 

 

「っ、夏油先生!!」

 

 夏油を助けることを選び、無理矢理触手を払って夏油を引きずって離れる。同時に獄門彊の情報処理が終わり、阿弥部はそれを回収する。

 

「間に合ったか。さて、阿頼耶識刹那、名残惜しいがここで一旦お開きだ、君相手だからね、百で足りるかも怪しいよ」

 

 阿弥部はそういって腕を刹那に向けて高密度の呪力を幾つも練りだす。

 

「呪霊合術極の番、ジュカイ」

 

 槍や剣、盾や刀、様々な形に呪霊が形成され刹那に向かって襲いかかる。

 

 ギュイン! ガンガンガン! ドスススッ! 

 

「くっ!」

 

「足手まとい一人連れて頑張りな」

 

 阿弥部はスタスタと歩き、立ったまま気絶した非術師達の中に消えていった。

 

 



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第四十三話 呪いの王

すいません!!、、、体調を崩してしまい、しばらくスマホを持てませんでした。
その代わりと言ってはなんですが今回は増量、宿儺様長文パートです!お楽しみください!!


 阿弥部はスタスタと歩き、立ったまま気絶した非術師達の中に消えていった。

 

「っ! 待て!!」

 

 ズババババン!! 

 

 向かってくる呪霊をいなし、斬りながら阿弥部の元へと駆けるが無数の武器と化した呪霊によって足止めされる。

 

(っ!)

 

 圧倒的な質量が道を覆い尽くす。刹那とその後方の夏油、非術師達に向かって殺意が物質となり襲いかかっていき、無力な者を守ることを強いられる。

 

(いくらなんでもこの数は…っ!)

 

 ギィンギィンザジュッドスッ! 

 

 術式を発動する暇すらない猛攻と、無差別に襲いかかる殺意をいなしきれずに脚や腕へと斬撃や打撃の跡ができていく。

 

(まずい…!)

 

 ギィン! ギィンッドジュジュブシュッザグッ

 

 ボタボタタッ

 

「あと…三十っ!」

 

 ア"ー、ア"ーッ、ア"ーー!! 

 

 非術師の隙間を潜り抜けて何十羽もの鴉が呪具と化した呪霊に突撃していく。

 

「このカラス…」

 

「やぁ、怪我はあるみたいだけど無事かな?」

 

 振り向いた先には所々の服が破けて出血している冥冥と憂憂がいた。

 

「はい、僕の方はなんとか…冥さん達こそ、大丈夫ですか?」

 

「正直、これ以上の戦闘は厳しいかな、家入の所へ行って治療してもらったら、私は今回の作戦を離脱するよ。私の勘が言っているんだよ、君も逃げることをオススメするね」

 

「…僕は逃げるわけには行かないですよ」

 

「そうか…夏油君は私に任せなさい、君も速く治療を」

 

「了解です、少し休憩したらアイツを追います。あ、あと、上に菜々子さんもいるのでお願いします」

 

「ん、任されたよ」

 

 冥冥と憂憂は夏油を担いで出ていく。

 

 ──

 

「簡単だ、速度で潰す!!!」

 

 ドパパパパパパパパパ!!! 

 

 真希、直毘人、七海の連携で術式を発動する暇もないほどに陀艮を追い詰める。

 

 バッ! 

 

「滞空できるんだもんなぁ、俺だって上に逃げる」

 

 空中に飛び上がり時間を稼ごうとする陀艮を直毘人は投射呪法で先回りして叩き落とす。

 

 ドゴォ! バゴッ

 

 地面に叩き落としさらに連撃を加えたところで陀艮の腹部に印が浮かび上がる。

 

「領域展開、蕩蘊平線(たううんへいせん)

 

 一瞬にしてその場の全てが海辺のリゾートのような領域へと塗りつぶされる。

 

 バチィ! 

 

「くっ、この!」

 

 ザシュッ 

 

(式神! これが領域の必中効果! 当たるまで気づかなかった…いや、当たるまでそこに存在しなかったのか!)

 

「真希さん! 式神は真っ直ぐこちらに向かってくるわけではない!! 次の瞬間には肉を抉っている!! 考えては駄目です、触れられたと感じたら片っ端から叩き落としてください!! ほとんど呪力の無いアナタにはそれしか!」

 

 バヅッドドドッガッガッガ

 

 七海に向かって大量の式神が襲いかかり、あっという間に七海の姿は式神に埋め尽くされる。

 

 バヂィッ!! 

 

 その間に直毘人も陀艮によって顔面を打ち抜かれて吹き飛ばされ、動きの制限される空中で大量の式神に食らい付くされる。

 

死累累湧軍(しるるゆうぐん)は際限無く湧き出る式神だ。弱い、お前が一番…!」

 

 バギッッドドド!! 

 

 数体の式神に足止めされる真希を陀艮が蹴り飛ばすが天与呪縛の肉体故か特段大きなダメージを負うことなく陀艮の前へと戻っていく。

 

「弱ぇって言うならよぉ、一撃で殺せやタコ助!!」

 

「ならばお前も、二人のように食い尽くしてやる」

 

「領域展開、嵌合暗翳庭!!!」

 

 ボパッ!! ドドド!!! 

 

 突如海に真っ黒な穴が現れ、伏黒がそこから飛び出す。

 

「真希さん!!」

 

 伏黒の影の中から特級呪具、遊雲が現れて真希の手に渡る。

 

「恵っ!全くお前ってやつは、クソ生意気な後輩だよ…!」

 

 バゴッドッゴォンッ!! 

 

 特級呪具を持った真希は持ち前の膂力と技術で陀艮を吹き飛ばす。

 

(領域内の必中効果が消えている! 私は今あの少年と領域の主導権の綱引きをしている状態! 必中効果を取り戻すにはまずはあの少年をどうにかしなければならないということか)

 

「容易い…!」

 

 ズルゥッ

 

 陀艮は二体の式神を召喚し、伏黒へと向けるが七海によって妨害される。

 

 か

 

 ドチュン!! 

 

「七海さん!!」

 

「二人は」

 

「猪野さんはリタイア、虎杖は別行動です」

 

「君は私が守ります。領域に集中してください」

 

(およそ一分、死累累湧軍に耐えたのか!?)

 

「髭の男も!!」

 

 ブワッ! ガガッヒュッ

 

 ズザァァァァ!! ヴンッバリン! ボッ

 

「たかが右腕一本、さりとて七十一年物、この代償は高くつくぞ」

 

(この状況が続けば勝機はある、続けばだ! 伏黒君はもう限界だ!!!)

 

「七…海さん!!」

 

 伏黒は声を振り絞り七海を呼ぶ。

 

「あのタコは今、俺と領域の競り合いをしてると思っている、でも俺の狙いはこの領域に僅かでも穴を空けることですっ。五条先生じゃないんだ、一日にそう何度も領域展開なんてできないはず、外に出れば勝てます!」

 

 伏黒は作戦を説明する。

 

「結界の縁は俺の足元、入ってきたときに触れたから分かる……いつでもいけます! 三人同時に飛び込んでください!!」

 

「君だけ残るなんてことは無しですよ?」

 

「命はかけても、捨てる気はありません」

 

 伏黒の覚悟を受け取り、七海は作戦を実行する。

 

「二人共!! 集合!!!」

 

 言語を解する敵、婉曲に意図を伝える。

 

 一級術師への信頼、領域外への脱出、除外していた選択肢が再び可能性に上がる。

 

(少年の護りを固めるか、その方がこちらとしても…否!!!)

 

 作戦を理解した陀艮は止めに向かうが、伏黒の足元から突如として一人の男が領域に侵入する。

 

 そして一同は目撃する。呪い、その全てを捨て去った者の剥き出しの肉体の躍動を。

 

 ガシッブゥン! 

 

 真希は侵入してきた男に遊雲を取られる。

 

(何だ今の!? 呪力をまるで感じなかった! 力比べで負けたのか? この私が!?)

 

「伏黒君、穴は?」

 

「駄目です塞がれました、しかも今のでこっちの狙いがバレた、そう簡単には空けさせて貰えない」

 

 直毘人はその男を見て驚く。

 

「甚爾か!」

 

 ゾッ

 

 直毘人は生気をまるで感じない甚爾の顔を見て背筋に悪寒が走る。

 

(何だこの男、呪力が無い…?)

 

「言うに及ばんな」

 

 ズルルゥ

 

 陀艮は式神を数体、甚爾にぶつける。

 

 グァッッ

 

 ドヂャヂュヂュヂュッッッ!!! 

 

 バッゴォォッッ

 

 式神を一瞬で全て叩き潰し陀艮に一撃を食らわせ、そのまま連続して陀艮を叩き続ける。

 

(この男! 当然のように水面を駆ける! 呪力で強化していないのにこのパワー、上がり続けるスピード!!)

 

 ドボォォン! 

 

「硬度も強度も今までの式神とは違うぞ!」

 

 具足虫のような式神が現れ甚爾を襲うが、結果は変わらずに一蹴される。

 

 メゴッッバゴォッン

 

 遊雲は特級呪具の中で唯一術式が施されていない、純粋な力の塊、それ故にその力は持ち主の膂力に大きく左右される。

 

 陀艮を圧倒する甚爾を見て真希は直毘人に問う。

 

「ジジィ、あれは誰だ?」

 

「…フンッ、亡霊だ」

 

「伏黒君、もう少し持ちますか?」

 

「はい…」

 

「申し訳ない、彼に賭けます」

 

 その戦いを一同は固唾を飲みながら静観する。

 

 ギィィィィイン!! 

 

 甚爾は遊雲同士をぶつけて研ぎ、形状を尖らせる。

 

(負けるのか!? この私が! 呪力の無い男に!? いや!! 必中効果を取り戻せば殺せる! ここは時間を稼ぐ!!)

 

 ブワッ

 

 陀艮は対空する。

 

「飛べるんだもんなぁ、もう一度言おうか?」

 

 しかしそれは直毘人によって阻害され、そのまま跳んだ甚爾が叩き落された陀艮に遊雲を突き刺す。

 

 バキッドヂュチュチュ!! 

 

 フゥッッッ

 

 陀艮が祓われたことによって領域は解除されるが、一同は懸念に思う。目の前の男、甚爾は味方なのか、と。

 

 フッ、ガシャァン! 

 

 瞬き一つの間に伏黒は甚爾に外へと連れ出される。

 

「!?」

 

「恵!!」

 

 シュゥゥゥゥ

 

「逝ったか陀艮…人間なんぞに依らずとも我々の魂は巡る、あとは任せろ…百年後の荒野でまた会おう」

 

 陀艮の亡骸を確認し漏瑚は呟く。

 

 その場の全員は痛いほどに感じる、漏瑚の強さ、死の感覚を。

 

(おいおいおい、冗談だろ?)

 

(陀艮とかいう呪霊より、格段に強い!!)

 

 トンッボゥッ! 

 

「一人」

 

「七海さっ!!」

 

 ボゥゥン!! 

 

「二人」

 

 タッタン

 

 柱を足場にして直毘人は漏瑚の攻撃を避けるが、右腕を失いもはや最速の術師でなくなった直毘人に、漏瑚の攻撃を避けることは出来なかった。

 

 近くの支柱に火山が現れて直毘人の身体を焦がす。

 

「三人…」

 

 ピクッ

 

(脹相の呪力が近くで爆ぜた…まさかっ!)

 

 漏瑚は脹相の呪力の場所へと辿り着く、脹相の姿はないが満身創痍の虎杖が壁にもたれて倒れているのを見つける。

 

「息はある…脹相は殺られたのか?…まぁいい、不足の事態だが最大限に活用させてもらおう」

 

 ばらららっ、グイッ

 

 宿儺の指を十一本まとめた物を取り出して気絶している虎杖に飲ませていく。

 

「起きろ、宿儺!!」

 

 ゴクンッ、ゴクンッ…

 

「指は全て飲ませた…もうすぐだぞ花御、陀艮」

 

 漏瑚は花御と陀艮のことを考えながら宿儺の復活を待つ。

 

 キンッ

 

「一秒やる、どけ」

 

 バッ!!! 

 

 漏瑚は右腕を斬り落とされ、壁際まで即座に後退する。宿儺はゆっくりと立ち上がると一言、言い放つ。

 

「フム…頭が高いな」

 

 クンッ

 

 バヅンッ!! 

 

 漏瑚は即座に片膝を曲げて降伏のポーズになるが頭の半分を斬り落とされる。

 

「片膝程度で足りると思ったか?実るほどなんとやらだ」

 

(これが呪いの王!!あの男とは違う異質な強さ!圧倒的な邪悪!!!)

 

「貴様か、俺の指を喰わせたのは。用はなんだ?話くらいは聞いてやろう」

 

「用は…ない!」

 

「なんだと?」

 

「今は器の適応が追いつかずに一時的に自由を得ているに過ぎん、それは自分自身が一番良くわかっているはず…虎杖の仲間が大勢渋谷に来ている! やり方はいくらでもある! 縛りを結ぶのだ! 未来永劫身体の自由を得るための縛りを!!!」

 

「必要ない」

 

 熱弁をバッサリと一蹴され、思わず唖然とする漏瑚に宿儺は言葉を続ける。

 

「俺には俺の計画がある。しかし…ケヒッ、クックッ、必死なのだな呪霊達も、良いだろう指の礼だ、かかってこい。俺に一撃加えられればお前等の下についてやろう。手始めに渋谷の人間を皆殺しにしてやる、二人を除いてな」

 

「……二言はないな」

 

 ガシッバゴォッッン!! 

 

 宿儺は漏瑚の頭を掴みビルの壁に叩きつけ、そのまま突き抜ける。

 

 そして連続して空中へと蹴り上げる。

 

「ォゴッ」

 

「ケヒヒッ」

 

 ゲラゲラゲラゲラ

 

 高らかに嘲笑いながら漏瑚をいたぶり続ける。

 

 メキッバゴッ

 

「どうした呪霊! そんなものか!!?」

 

「まだっ、まだぁ!!」

 

 キンッ、バゴゴゴォッ

 

 両腕を切断されビルの屋上から一階へと一気に叩きつけられながら落ちていく。

 

 コンッコンッ

 

「月明かりが通っているな、お陰でお前の痴態もよく見える」

 

「あ"ふがっゴボッ」

 

(分かってはいた! 分かってはいたがここまでとは!! )

 

 宿儺は漏瑚の服を掴み挑発する。

 

「ほら頑張れ頑張れ、俺が飽きるまで何度でも付き合うぞ?」

 

 ボッボッボッ!! 

 

 二人がいるビルは一階から屋上に向けて激しく火柱をあげて焼き尽くす。

 

 バキバキバキッ

 

「極の番、隕!!」

 

 空中に放り出された漏瑚は呪力で巨大な火山弾を創り出して宿儺へとぶつける。

 

 ドッゴォォン!!! 

 

 ボォォォォッ……!! 

 

「いくら宿儺といえども無傷では済むまい…!」

 

「当たればな」

 

 火山弾の上に立ち、辺りを見回す漏瑚の目の前にあぐらをかいて不敵に嗤う宿儺が現れる。

 

「何故領域を使わない?」

 

「…領域の押し合いで勝てないことは分かっている」

 

「五条悟がそうだったからか?クックッ、負け犬根性極まれりだな」

 

 漏瑚を嘲笑いながら宿儺は立ち上がる。

 

「だがせっかく興が乗ってきたところだ、お前の得意でやってやろう。[◼][開]」

 

 宿儺は片腕を下に向けて弧を描き炎を纏う。

 

「それは…炎か?」

 

「む?知られているものと思っていたが、そもそも呪霊、知らぬはずだ。心配せずとも術式の開示など狡い真似はせん。構えろ、火力勝負と行こう」

 

 漏瑚と宿儺は互いの構えをとる。

 

 漏瑚は両手を前に出して炎の球体を創り出し、宿儺は両手で弓をつがえるかのようなポーズを取る。

 

 ボウッ

 

 勝負は一撃、一瞬で決着がついた。

 

 魂が逝くその寸前に先に旅立った仲間達との再開を果たす漏瑚、メラメラと燃える漏瑚に宿儺は賛辞を贈る。

 

「呪霊、術師、千年前戦った中ではマシな方だった。誇れ、お前は強い」

 

 その言葉を受け取り、漏瑚は涙を流す。

 

「なんだ、これは…!」

 

「さぁな、俺はそれを知らん」

 

 ポケットに手を入れながら音を立てて燃えていく漏瑚を眺める宿儺。その後ろに裏梅が膝を着いて現れる。

 

 スタッ

 

「宿儺様、お迎えに参りました」

 

「誰だ……裏梅か!!」

 

「お久しうございます、宿儺様」

 

「久しいな裏梅」

 

「はい、万代殿も現代に参られているようで」

 

「やはりお前の目にもそう映るか」

 

「旧友ですゆえ、見紛うこともありませぬ」

 

「そうか…だが勘違いはするな、彼奴の名は刹那だ。記憶も無いようだからな、魂は同じと言えど万代と同じようには接するなよ」

 

そう言った宿儺に裏梅はクスリと笑う。

 

「何がおかしい」

 

「申し訳ありません、随分と肩入れしているようでしたので思わず」

 

「肩入れか…ケヒッ、そうかもな」

 

 ピクッ

 

 宿儺は強力な呪力を感じ取りその場を離れようとする。

 

「宿儺様?」

 

「急用だ」

 

「……左様で…」

 

 少しだけ寂しそうに俯く裏梅に宿儺は話す。

 

「俺が自由になるのもそう遠い話ではない、ゆめ準備を怠るな。またな、裏梅」

 

 ヒュン…ザァッ

 

「…御意に、お待ち申しております」

 

 既に去っていった宿儺の命令に裏梅は返答した。

 

 ──数刻前──

 

 ドォッ!! ドプンッ…

 

 牙突を繰り出す甚爾に対して伏黒は足元を影にして致命傷を避ける。

 

(逸らした!)

 

 すかさず腕を掴み、影の中から別の呪具を取り出して、刺そうとするが一瞬で何mも後方に移動して避ける。

 

(っクソ、なんでこれが避けれんだよっ!)

 

「どうするかな…」

 

(やるしかないのか!!)

 

「…お前、名前は」

 

「? 伏黒…」

 

「禪院じゃねぇのか…良かったな」

 

 ゴリッ…ドサッ

 

 甚爾は自身の頭に研いだ遊雲を突き刺して自害する。魂さえも上書きする天与の肉体、彼の前には暴走した天与の肉体さえも敵うことは無かった。

 

「!!顔が違う!…結局何だったんだコイツは…いやそれよりも家入さんの所で速く治療を…」

 

 ズバッ、ブシュッ

 

「これこれ! こーいうのが向いてんのよ!!」

 

 まともに動けない伏黒の背中を隠れていた呪詛師が斬りつける。

 

ーーー

 

 度重なる激戦によってボロボロの伏黒は呪詛師に術式を開示をする。

 

「俺の術式、十種の影法術は最初にまず二匹の玉犬だけが術者に与えられる…それ以外の式神を扱うには術者と式神で調伏を済ませなければならない」

 

 ズルズルと足を引きずるように歩きながらも口を回し続ける。

 

「手持ちの式神を増やしながらそれらを駆使し、調伏を進めることで十種の式神を手にすることができる…」

 

「終わり? …さっきの女の子もだけど皆すごく強いね、ボロボロなのに俺に近寄る隙を見せない。でもその出血じゃ俺がなんにもしなくたって、ほら」

 

 ドサッ

 

 重症のまま歩き続けた伏黒はついにその場に膝をつく。

 

「あ~あ」

 

 ググッ

 

 無理矢理立ち上がろうとする伏黒はそのまま身体引きずりながら離れる。

 

「調伏はな、複数人でもできるんだ、だが複数人での調伏はその後無効になる。つまり当の術師にとっては意味のない儀式になる…でもな意味はないなりに使い方があるんだ」

 

「?」

 

 伏黒は過去の五条との会話で五条をも殺すことが出来る最終手段を思い返しながら覚悟を決める。

 

「だからってアンタに勝てる術師になれるかよ」

 

(その当主もこういう使い方をしたんだろうな)

 

「ブツブツブツブツ、もういいね?」

 

 ドゴゴゴゴゴッ、ゴォォォ

 

 火山弾が落ちた衝撃で東京が揺れ出す。

 

「地震!?…ははっ誰だよ、派手だなぁ」

 

 ピリッ

 

「続きだ、要は式神は調伏しないと使えないが、調伏するためならいつでも呼び出せるんだ」

 

(なんだ? この呪力は…!?)

 

「歴代十種影法術師の中に、コイツを調伏できたやつは一人もいない」

 

「まさか! 待て!!」

 

 そういって伏黒は術式の開示を全て終えると、両腕を前に出し、奥の手である"それ"を呼び出す。

 

 ズズズズズズッ

 

 アォーンアォーンアォーン

 

「布瑠部由良由良

      八握剣

        異戒神将魔虚羅(いかいしんしょうまこら)

 

 数多の玉犬の咆哮と共に伏黒の奥の手の式神が背後に呼び出される。

 

(やられた!! 制御不可能なほど強力な式神!! その調伏の儀式を二人で強制的に始めやがった! 今からこの化け物を俺とあの術師で倒さねばならない!! でもあいつは…!)

 

「おい、クソ野郎…先に逝く、せいぜい頑張れ」

 

 ドガッ!! 、ゴチャッ

 

 血まみれの顔で呪詛師に向かって嗤いかけ、伏黒は摩虎羅に殴られ、ビルの壁へと叩きつけられる。

 

「待って…待て待て待て!! ふざけんなよ! 起きろよクソ術師!!」

 

 ビュオッ!! 

 

 呪詛師に向かって振り下ろされた摩虎羅の一撃は命中することなく、地面を大きく割る。

 

「??」

 

「!!仮死状態か!」

 

(なるほど…やはりこのゴミを助けたのは正解だったな)

 

「死ぬな、お前にはやってもらはねばならんことがある」

 

 宿儺が呪詛師を助け、伏黒に反転術式を施していると、摩虎羅は宿儺に向かって剣を振り降ろす。

 

 ベゴォォン!!! クルッギャリリッ! 

 

 宿儺達の背後の壁が突如崩れる、そしてそこから刹那が飛び出し、摩虎羅の剣を空中で縦に回転して受け流す。

 

 ブォンッッ!! ゴウッ! 

 

 剣が空を切った瞬間にすかさず宿儺が摩虎羅の腹を蹴り飛して前方に吹き飛ばす。

 

 ガシャガシャガシャンッ!! 

 

「…なんであなたが出てるんですか」

 

「ケヒヒ、この体の主導権は今は俺だからな」

 

「悠二君の体です、返してください」

 

「そう心配せずとも、どうせすぐに主導権は小僧に戻る、それよりも」

 

 ゴゴゴ…ガシャンンンン

 

「伏黒恵は今は仮死状態、助けるには異分子の俺があいつを倒し、この儀式を無かったことにするほかない」

 

「…仕方ないですね」

 

 宿儺は刀に手をかける刹那の手を抑える。

 

「まぁ待て、折角伏黒恵が魅せてくれたのだ、俺がやろう」

 

「…分かりましたよ、でも、あなたには聞かなければいけないことがあるんです、死なないでくださいよ」

 

「ケヒッ、愚問だな、そこで伏黒恵を守っていろ」

 

 ズゥゥンッ…

 

 摩虎羅はビルの中から宿儺に向かって直進してくる。

 

「さて、味見、といったところだな」

 

 宿儺はポケットから手を出し、戦闘体制に入る。

 

 摩虎羅は剣を振りおろし宿儺はそれを片手で受け止める。地面は陥没し剣からは正のエネルギーが流れ出す。

 

 ブゥンッズンッ…ポゥッ

 

 宿儺は剣を振り払い、飛び上がり乱打した後に術式を展開する。

 

「解」

 

 ドゴゴゴッ バヅンッ! 

 

(あの剣、反転術式と同じ正のエネルギーを纏っているな、俺が呪霊ならあの一撃で消し飛んでいた)

 

 ギギギ、、、ガコンッ 

 

スゥーー

 

 術式によって摩虎羅の体に深い斬撃痕が現れるが摩虎羅の背の円環が回転して傷がなくなり何事も無かったかのように立ち上がる。

 

「さて、どうでる?」

 

 クンッ ギイィィンッッ!! 

 

(!見えているのか、俺の術が!!) 

 

 ミシッ…ゴゥッ! ボッボボンッ

 

 摩虎羅は宿儺の斬撃を弾いた後、防御の姿勢を取る宿儺を遥か前方へと叩き飛ばし、いくつかのビルを貫通して止まる。

 

 ガシャァァン!! 

 

「やってくれたな!」

 

 ギュオッ ドゴォン! 

 

 宿儺は追撃を仕掛ける摩虎羅の腕を躱して馬乗りになる。そして顔面を掴み、直に術式を顔面に当てる。

 

「お返しだ」

 

 ゾンッ ガガァッズンッ

 

 ビルの外へと放り出された摩虎羅は宿儺の直下蹴りによって地面へと叩きつけられる。

 

(俺の読みが正しければ立ってくるな)

 

 ギギギ ガコン

 

 再び摩虎羅の背の円環が回転して傷がなくなり立ち上がる。

 

「やはり、古来の八岐大蛇に近いモノだな」

 

(二撃目……一撃目の正のエネルギーから一転、二撃目には呪力が籠められていた、俺の斬撃、解も見切ってきた、どちらもあの背部の法陣が回転したあとだ。布留の言とあの法陣は完全な循環と調和を意味する、推し量るにこの式神の能力はあらゆる事象への適応! 最強の後出し虫拳!! あの時の俺なら破れていたかも知れんな…)

 

「ケヒッ、クックック、魅せてくれたな!伏黒恵!!」

 

 高らかに嗤い声をあげ、宿儺は呪力を練り上げ、領域展開の印を結ぶ。

 

「領域展開、伏魔御厨子」

 

 宿儺の背後に、人骨と牛骨を積み重ねた神宮のような禍々しい建造物が現れる。

 

 宿儺の領域、伏魔御厨子は他の者の領域とは異なり結界で空間を分断しない。結界を閉じず生得領域を具現化することはキャンバスを用いず空に絵を描くに等しい、正に神業。加えて、逃げ道を与えるという"縛り"によって底上げされた領域内の必中効果範囲は最大半径二百メートル、伏黒恵と刹那への影響を考慮し、半径百四十メートルに絞り領域を展開した。が、宿儺が領域を展開したその瞬間、摩虎羅と宿儺の間に刹那が現れる。

 

「!! 刹那!?なぜお前がここにいる!」

 

 宿儺の殺気、呪力の放出を感じ取った刹那は術式を使用し、宿儺の元へと高速で辿り着いた。

 

「…悠二君を…人殺しにさせないため」

 

 ガリッ、ボリンっ

 

 刹那はそう言い放つと口の中の飴を噛み砕き、印を結んで領域を展開する。

 

「領域展開、未了無還門」

 

 宿儺の領域を"強制的に"刹那の領域に閉じ込める。

 

(!! 俺の領域が塗り替えられた!? いや…伏魔御厨子は消えていない、ここには"二つの領域が同時に存在している"!)

 

「お前が噛み砕いた飴、瞬間的な呪力の供給だな?体に負荷がかかる行為で無理矢理使った呪力を補填した。そして俺の領域を閉じ込めたこの領域…全快でないお前になんの縛りもなしにこんな芸当ができるとは思えん…何をした?」

 

「領域展開における最大のアドバンテージ…必中効果を消すという縛り。成功するかどうかは賭けでしたけどね」

 

 刹那は領域展開の必中効果を捨て、呪力を無理矢理供給し、宿儺の領域を強制的に閉じ込めた。

 

 今刹那の領域はなんの効果も持たない、ただ、全てを閉じ込める結界と化している。

 

「ケヒッ…ケヒヒヒッ!!」

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 宿儺が昂りを隠せずに嗤い出す。

 

「良い! 良いぞ! 伏黒恵に続き、刹那までもが魅せてくれる!! …いいだろう! 魅せてみろ!」

 

「あなたに魅せるとか、誰が死ぬとか! 正直どうでもいいんですよ!! ただ…友達の心が傷つくのを見たくない…宿儺…!」

 

 刹那は名前を呼び、宿儺に嗤いかける

 

「…さぁ、踊りましょう」

 

(ケヒヒ…俺に似てきたな)

 

 宿儺は懐かしいものを見るかのように旧友と姿を重ねて笑みを溢し、再び嗤い出す。

 

「ケヒヒッ良いぞ…もっと! もっともっと! 魅せてみろ!! 阿頼耶識刹那!!!」

 

 刹那は刀を宿儺に向けて、宿儺は刹那に笑みを向ける。

 

「「領域展開」」

 

 既に展開している領域内で攻撃を始めるよう、あえて再び合図を出す、刹那の背後の門が開き、どこに向かうわけでもなく"虚無"が縦横無尽に駆け回り、宿儺の斬撃は刹那と摩虎羅に向かって永続的に浴びせられる。

 

 ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバ

 

 ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン

 

 宿儺の斬撃を刹那は斬り弾き続ける。

 

 耳、左目、痛み、右目以外のあらゆる器官や感覚を閉じ、ひたすらに宿儺の領域に抗い続ける。

 

(………僕の門から出現した"無"が当たるかどうかは完全な運だ、、、当たっても悠二君の大怪我は避けられない。ごめん、悠二君……)

 

 ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン

 

 ゾォンッゾォン──ゾォンッゾォンッ

 

 ブシュッ

 

 ズルルッギュルルル

 

(俺の領域に抗うのはお前も同じか…この謎の攻撃、完全に不可視! 下手に動くことも叶わん)

 

 宿儺は自らの腕を反転術式で治しながら考える。

 

 宿儺の周りを刹那の無が無差別に攻撃して回り、後ろの伏魔御厨子をも破壊していく。

 

 斬撃を斬り弾き続けても、全てが防げるわけもなく体の至るところに斬撃痕が現れる。動く度に血が吹き出し、運動能力は下がっていく。

 

 だが、その時間は一分にも満たない時を刻み、幕を閉じる。

 

「……!!」

 

 刹那によって縮小された伏魔御厨子の領域範囲、半径約五十mが更地に変わる。ビルが音を立てて崩れ落ち、土煙が舞う中、そこに立っていたのは二人。宿儺は腰に手を当て、もう一人の人影をみて驚嘆の表情を浮かべる。

 

「はぁ…っゲホッガハッ」

 

 宿儺の眼前には身体中を自身の血で紅く染め上げ、刀を地面に突き刺して体重を預けて立っている刹那がいた。

 

(宿儺は…無傷…)

 

 開く目を変え、宿儺を見るが無傷の宿儺が目に入り、悲嘆に打ちひしがれる。

 

「見事だった、魅せてくれたな…阿頼耶識刹那よ」

 

 宿儺は弓をつがえるかのような姿勢を取る。

 

「[開]」

 

 一言称賛を贈り、前方に向かって炎の矢を放った。

 

「っ!!」

 

 ゴゥッ!!! ボォォォ!! 

 

 しかしその火の矢は刹那の横を通り過ぎ、刹那の背後で再生しかけている摩虎羅を、激しい炎の光とともにビル群を大きく超える火柱を立ててメラメラと焦がす。

 

「……お前は想像を超えてくるな全く、本当に面白い"男"だった…万代よ」

 

 宿儺は小さく独り言を呟きながら刹那の元へと歩いていく。刹那は無謀にも再び領域を展開するために呪力を込めた飴を口に入れようとするが、宿儺は刹那の腕を掴みそれを止める。

 

「やめんか全く、それ以上やると体の方が保たんぞ」

 

「あなたを止めるには…こうするしか……」

 

「もう良い、充分過ぎるほど魅せてもらった、腕を二本も持っていきおってからに、必中効果があれば俺を殺せたかもしれんな?」

 

「っでもッ!」

 

 ガッ、ガリ

 

 宿儺は刹那の飴を奪って口に入れると、刹那の刀をしまって横抱きで抱える。

 

 ペロッ

 

「…美味くはないな、さて、戻るぞ」

 

「お、降ろしてください!」

 

「お前はまだやることがあるのだろう? 治しながら運んでやる、大人しく運ばれろ」

 

 宿儺は反転術式を施しながらスタスタと歩き始める。刹那はその状況を大人しく受け止めるしかなく、今できる疑問の解消に移る。

 

「…宿儺、僕の家の初代の人間のことを裏梅さんに聞きました」

 

 ボリボリッボリン

 

「ケヒヒ、そうかそうか。して…どう思う?」

 

「…正直のところ今も信じられないです、初対面の時だって阿頼耶識の名前を聞いても平然としてましたし」

 

「むぅ、名前しか覚える気が無かったのだ。彼奴は家名をあまり口にしなかったしな」

 

「僕の眼が重瞳なのはあなたが眼を縛りに使ったから?」

 

「いや、万代も同じ眼だった、最期にはその瞳も俺を映すことは無かったがな…」

 

「初代も…僕と同じ術式を?」

 

「似てはいるが…全く別の術式だな、お前の作る呪力の靄、あれを手足のように扱っていた」

 

(やっぱり、そういう使い方も出来るのか…)

 

「…最後の質問です…初代は、貴方にとってどんな人だったんですか?」

 

「……自身の人生を、周囲の愚者共に捻じ曲げられ、壊された憐れな女よ」

 

(…女性?)

 

 その質問を最後に会話は途絶え、しばらく歩いて最初の場所へと戻るとボロボロの呪詛師と直哉がいた。

 

 ザッザッザッ

 

「誰だ貴様は」

 

 宿儺が直哉に問いかけると呪詛師はガタガタと震えだしてその場から逃走を図る。

 

「ヒッ、ヒィィッ!」

 

 クンッ キンッ

 

 宿儺が中指を立てると呪詛師の体が縦に分断され、その場に二つの胴体が倒れ伏す。

 

「フンッ、もう一度問おう、貴様は誰だ?」

 

(答え間違うたら間違いなく死ぬやん…)

 

「…禪院直哉、そこの娘とペア組んどる男や、自分両面宿儺やろ? ここからでも見えたで、とんでもないことしはるやん」

 

 奥歯を噛み締めながら強気を見せる直哉だが、圧倒的な強さの違いから、脳裏によぎる作戦は逃走の二文字だった。

 

(アカン…術式使って逃げに徹しても絶対逃げ切れへん、刹那ちゃんが起きてくれたらワンちゃんやけどあの状態じゃ今の俺より弱いやろなぁ…いっそ死ぬの覚悟で戦うか?)

 

「ふむ、伏黒恵を攻撃してない辺り敵ではないのだな、ならば興味はない」

 

「へっ? …ほんならありがたく逃げさせてもらうで、後ろからブスリなんてオチは堪忍したってな」

 

「待て、その前に伏黒恵を家入という医者の所へ運べ、俺は手が塞がっている」

 

 いつの間にか宿儺の腕の中で刹那は眠っており、宿儺は伏黒を直哉に頼む。

 

「…へーい」

 

 横抱きにして宿儺と共に伏黒を運び、夜蛾と家入がいる建物の前に立つ。

 

「ここやな…なぁ、自分どないすんの? その体、器に返さなあかんちゃうのん?」

 

「どのみち大して長くは続かん、刹那のお陰で鏖殺もしそこねた、次に小僧が起きたときにはツギハギの呪霊の元へと向かうだろしな」

 

(呪いの王ゆうわりには話分かるやつやんけ…刹那ちゃんがなんかしたんか?)

 

「ま、ええわ、班長あんな調子やしテキトーにバケモン殺して回るかな」

 

「貴様、さっきからその喋り方はなんだ、不愉快だ」

 

「これ? 関西弁ゆうんやけど、知らんの?」

 

「知らん、千年前にはそんな喋り方をする者はいなかった」

 

「ふーん…覚えたら得するで、刹那ちゃんこの喋り方好きや言うてたし…なーんて」

 

 直哉は笑いながら冗談混じりに言うと、宿儺は顎に手を当てて考え込む。

 

「ふむ…戻ったら小僧に聞くか。喜べ、もしそれが本当だったら礼をしてやろう、嘘だったら殺すがな」

 

「えっ、ちょまっ」

 

 バォッ! 

 

 そう言い残し直哉の目の前から宿儺は姿を消す。

 

「…あいつ刹那ちゃんに惚れてんちゃうん? …あんま考えんとこ」

 

 二人を硝子のテントへ運び込み、直哉は自分にできることを探し始めた。




これからも若干投稿ペースが安定しないと思いますが何卒よろしくお願い致します。_(_^_)_
ちなみに刹那の領域は必中効果で伏魔御厨子を閉じ込めるのに加えて領域内の"無に還る"という術式効果を消して足りない呪力を飴と一緒に供給してます。必殺は残ってますが刹那以外を無差別です
つまりは完全に閉じ込めるだけの超強力な結界ってことですね。


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第四十四話 死の鑑

いつの間にかお気に入りが五百人近くてめちゃビビってます!
色も赤になりましたし、これからも頭絞って一層頑張ってまいります!!


 ──

 

 ザッザッザッザッ

 

「上手くはいかなかったが…俺がお前の中にいることを、ゆめゆめ忘れぬことだな」

 

 宿儺の領域展開によって更地となった場所の前へ立ち、そのまま虎杖と意識が代わる。

 

「…これ…お前が…?」

 

 虎杖は戦闘の記憶が脳裏によぎり、目の前の光景に、ただただ唖然とするしかなかった。

 

 そして虎杖は考えを深くしていくうちに、自分自身の罪の重さを痛感していく。

 

「ヴァ"ア"ぁ"ぁ"あ"!!」

 

 一歩間違えば人を殺した恐怖、友を殺しかけて重症を負わせてしまった絶望、逝った祖父の遺言を完遂しようとするために考え続ける焦燥。

 

 虎杖は自分にできる最大限のことを探し始める。

 

「はぁっ…はぁっ…行かなきゃ…」

 

 ──

 

 一級術師、七海健人は考えていた。

 

 片眼に上半身の大火傷、特に当てもなく地下ホームを歩き、大量の改造人間と対峙する。

 

「そうだな、マレーシア、クアンタンが良い…」

 

 お金を稼ぎ、物価の安い国で失った時間を取り戻すように山程買った本を一ページずつめくる。そんなことを考えながら改造人間をなぎ倒していく。

 

 ドチャッ、ゴチャッ

 

(違う、私は今、伏黒君を助け…それより直毘人さんや真希さんは、二人はどうなった? …疲れた、疲れたな。もう疲れたんだ、もう充分やったさ)

 

 改造人間を全て倒し終えると、どこからか真人が七海の前に現れる。

 

「…いたんですか」

 

「いたよ、ずっとね。少しお話するかい? 君には何度か付き合ってもらったし」

 

 七海健人は真人、死を前にしてかつての同級生を想う。

 

(灰原…結局、私は何がしたかったんだろうな、逃げて、逃げたくせにやり甲斐なんて曖昧な理由で戻ってきて)

 

 想像の中のかつての友が左に指をさす。

 

 その方向には虎杖がいる。

 

(駄目だ灰原、それは違う、言ってはいけない。それは、彼にとって呪いになる)

 

 己の言葉を否定しようとした。それでも七海は虎杖を呪術師として認めてしまっていた。

 

「虎杖くん」

 

 ボコッ

 

「後は頼みます」

 

 バァンッ

 

 真人によって七海の上半身はバラバラに弾け飛ぶ。

 

「……お前は…何なんだ!! 真人!!」

 

「そんなデケェ声出さなくても聞こえてるよ!! 虎杖悠仁!!」

 

 ギュアッ

 

 ピッ、ドゥッドドドッ! 

 

 虎杖は真人に向かって駆け出すが真人は改造人間を使って虎杖の動きを制限する。

 

 ザリリッ

 

 虎杖が攻撃を回避し立ち上がるが真人は後ろから大技の準備をする。

 

 ギョリギョリギョリッッッ

 

「多重魂、[撥体]!!!」

 

 虎杖に変形した改造人間が口を大きく開けて強大な威力で向かっていくが虎杖は歯を掴み地面を抉りながらもそれを止める。

 

 ガガガガガ、ガシッバキバキバキッ、ピタッ

 

「ばぁ」

 

 バキィッ、ズザァァァァ

 

 ボダダダッ

 

 口の中から真人が現れ虎杖の顔面に重い一撃を加え、虎杖の顔には斜めに傷ができて血が流れ出る。

 

「もっと踏ん張りがきけば、顔面を貫けたかな」

 

「どうしてオマエは、何度も…何人も!! 人の命を弄ぶことができるんだ…!!」

 

「くははっ、指折り数えて困り顔で殺せば満足か? 次からそうするね♡」

 

 真人は腕の形を真人が殺した虎杖の友達の顔に変形させる。

 

 タスケテー

 

「ペラッペラのお前にはペラッペラの解答を授けよう、虎杖悠仁」

 

 ドチュ、うわー

 

「オマエは俺だ」

 

「あ"?」

 

「いちいちキレんなよ、呪いの戯言だろ? …だがな、それを認めない限りオマエは俺に勝てないよ」

 

「ベラベラと…よく喋るな、遺言か?」

 

 虎杖は血を拭い髪をあげる。

 

 二人はそれぞれの構えを取り、一瞬の静寂が流れる。真人は虎杖の心臓を貫くために呪力で身体を強化する。虎杖は七海の遺言を履行し集中状態にはいる。

 

 真人は虎杖の心臓目掛けて拳を突き出す。しかし拳は空を切り、真人の視界から虎杖が消える。

 

 虎杖は真人の拳を古武呪術の動きを無意識的に扱い、力を殺さず巡らせ、躰道の卍蹴りを繰り出した。そしてそのままの勢いで更に腹に蹴りを繰り出す。

 

 ベキィッ!! ドグッ

 

 ギャリィッ! 

 

 真人は腕を変形させて地面ごと虎杖のいた場所を抉り、攻撃を中断させる。

 

「いいね、ラウンド2だ……!!」 

 

 ダダダダダッ

 

 ボグッ、ダンッ、ジャコッダァンッ! 

 

 二人は駅のホームを駆けながら壮絶な死闘を繰り広げる。真人が腕を変形させて攻撃するが、虎杖は魂の形を掴んでいる、真人の天敵。一筋縄ではいかずに心理戦も並行して繰り広げる。

 

「怖い怖い」

 

(リスクの冒し所をトチると死ぬな、しばらくは改造人間主体で攻めるか)

 

(時間差変形、自切、切合、前より手数が増えてるな)

 

 ダッ

 

 真人は角を曲がって虎杖の視界から消える。

 

 それを追いかけるがその先には二人の非術師の男がいた。

 

「学生!?」

 

「おいコッチ来いよ! そっち化け物だらけで危ねぇぞ!!」

 

(真人は…上か!!)

 

 階段を見て男達を通過しようとすると口の中から真人の拳が虎杖を殴る。

 

 ドゴッ

 

(クソ…コイツ!!)

 

「ちょっとさぁ」

 

「え」

 

 真人はそのまま隣の男を変形させて剣に変える。

 

 モモモッ

 

「想像力足りてないんじゃない?」

 

「やめろ!!」

 

「馬鹿か? それはオマエ次第だろ」

 

(虎杖のメンタルには改造人間の方が効く、そして俺達はもう一枚ダメ押しのカードを手に入れる)

 

 ──

 

 二人が戦うのとほぼ同刻、真人は自らの分身を地上に送っていた。

 

「さっきの見た? ヤバくない? 俺さっきまであの辺ウロついてたんだよね」

 

「ツギハギ…オマエか。ウチの馬鹿にちょっかい出したっていう特級呪霊は」

 

「! 参ったなぁ俺って有名人?」

 

「あぁ、尻尾巻いて逃げたってな」

 

 釘崎は煽るようにケタケタ嘲笑う。

 

「いいね、始めよう」 

 

(コイツの術式は魂云々ってのと、手に触れるなって話よね)

 

「逃げ虫くらいは払っておかないと」

 

 キキキンッドドドッ

 

「ノーコン…」

 

 ゴドンッドゴッ

 

 釘崎の放った釘で隣の建物の看板が落ち、それを盾に真人を蹴り飛ばす。そして看板の上から釘を打ち込む。

 

 パチンッ

 

「簪」

 

 バスバスッ

 

「アハハッやるね、でも…基本効かないんだよね」

 

(口振りからしてアイツと親しいんだな、この女の死体を晒して心を折る!!)

 

 ズァッドドドッ

 

 真人は腕を鉄球に変えて釘崎に投げつける。

 

 ドッ

 

「ハッ! 当たるかよんなもん!」

 

「そうでもないかもよー?」

 

 ボボンっ

 

 鉄球を避けると釘崎の真横で鉄球から棘が無数に生えそれを転がって回避する。

 

 ゴロロッ

 

「ほーら、横になると狙われちゃうよー」

 

 バビュンッドゴォッ! 

 

「くっ!」

 

 ドスッ

 

 バスバスッ! 

 

 釘崎は地面に直接釘を打ち込み、地雷式に真人の足を狙い、真人は姿勢を崩して膝を着く。

 

 釘崎は釘を飛ばそうとする。

 

(殺った!)

 

「!」

 

 狙った瞬間、真人の腕が片方ないことに気付く。

 

「しまっ」

 

 ドゴッ! 

 

 体から離れた真人の腕が気づいた釘崎の脇腹にクリーンヒットする。

 

「かはっ」

 

「はい、おしまい」

 

 真人は腕を巨大化させて釘崎に振り下ろす。

 

 パシッ、ヴェンッ、ギュオンッ

 

 ドゴォッ

 

(! 何だ今のは!?)

 

「…身体がフリーズした?」

 

「やーっと手応えありそうな呪霊が出てきはったなぁ」

 

 直哉は釘崎の襟を掴み抱えて軽口を叩く。

 

「誰よアンタ!」

 

「助けてもろた癖して偉そうやな自分、己の立場考えーや」

 

「ゔっ助かったわよ」

 

 ボトッ 

 

「痛っ! ちょっとレディは丁重に扱いなさいよ!」

 

 直哉は手を離し悪態をつく。

 

(この術式…俺は知らないな、でもあの七海術師位、いや、もっと強いな)

 

 今、直哉は黒閃の影響でゾーンの状態に入っている。

 

 二体一、形勢がひっくり返る。

 

「良いね、殺し甲斐がありそうじゃん」

 

「俺の心を代弁してもろておおきに」

 

 直哉は煽りながら足をトントン鳴らし戦闘体制に入る。

 

「ちょっと待って下さい」

 

「嬢ちゃんは黙っとき、雑魚は今の渋谷で生き残れんで、とっとと引っ込みーや」

 

 ギュアッ! 

 

 直哉が釘崎に退却するように促すと真人は腕を槍のように伸ばして攻撃する。

 

 パシッヴンッ、バゴォッ

 

 ドゴッドゴッ

 

 直哉は投射呪法で動きをとめて本体に近づき蹴り飛ばして釘崎に戻っていく。

 

「嬢ちゃんにアイツ倒せるわけないやろ」

 

「そうじゃない、詳しい説明は省くけどアイツに攻撃は通用しないのよ」

 

「へぇ、何ぞ策でもあんのん?」

 

「あるわ、多分結構効く」

 

「その言い切る度胸、おもろいやん、その策乗ったるわ、何すりゃええ」

 

「どっかで動きを完全に止めて、それと掌には触れないで」

 

「何で?」

 

「即死する」

 

「了解や」

 

「作戦会議は終わったかな? それじゃあ、再開しよう」

 

 ニヤリと嗤いながら真人は両腕を武器に変形させる。

 

 ドパパパッ!! 

 

 直哉は投射呪法を駆使して真人を四方八方から殴りつける。

 

(速い!! 目で追えない!!)

 

 キキキンッ、ガンッドスドスッ

 

「うおっ、危ないやないか!」

 

 釘崎の援護射撃を避け、直接真人に釘を打ち込む。

 

「それが出来るなら充分でしょ!」

 

 パチン

 

 バスバスバスッ

 

 真人の頭に頭に簪が入り、目ごと貫く。

 

(くっ、視界がっ!)

 

 釘崎野薔薇は考えていた。目の前の男の強さを、自分が今、最も足手まといになっていることを。

 

 ドゴッバゴッ

 

「女にもね、やらなきゃなんない時があんのよ!!」

 

 釘崎はトンカチを振りかぶる。

 

「!!」

 

 ヴェンッ

 

 直哉は釘崎に練られている呪力の感覚を知っている、自身がつい先程味わった成功の味。釘崎野薔薇は持ち前の根性と、研ぎ澄まされたセンスによりその一撃を生むことに成功する。

 

【黒閃】

 

 黒い火花は、今日は機嫌が良いようだ。

 

「ガブォッ…でもなぁっ効かないんだよ!!」

 

 ガシッ、ボキンッ

 

 片腕を破壊されるがもう片方の手で釘崎の首を刎ねようとするが、直哉がその手を掴みへし折り、投射呪法で再び動きを止める。

 

 ヴンッ

 

「最高のお膳立てね! 褒めてあげるわ!!」

 

 ブジュッ

 

「芻霊呪法、共鳴りぃ!!!」

 

 ドクンッ

 

 釘崎は釘を真人の額に釘を打ち込み、共鳴りを繰り出す。

 

 釘崎は共鳴りで真人の肉体を通して魂を撃ち抜く算段だった。結果共鳴りは分身を通して本体の魂を捉え、そして本体の受けたダメージは再び分身へフィードバックした! 

 

「!!」

 

 ビチャビチャッ

 

「ほぉー、やるやん嬢ちゃん、褒めたるわ」

 

「上から言わないで頂戴」

 

(まさか、まさかだ、俺の天敵は虎杖悠仁、だけではなかった!!)

 

「それより嬢ちゃん気づいとるか?」

 

「ええ、遠くで私の呪力が爆ぜる感覚、この半端な呪力、アイツ分身かなんかで術式使えないわね」

 

 ぐちゅり

 

「……正解」

 

 釘を抜きながら不敵に嗤う。

 

「行くで、一気に片付けたるわ」

 

「いや…逃げまぁす」

 

 バゴンッダッッ! 

 

 真人は直哉の足元を砕き、振り向いて逃げる。

 

「ちょ、追いかけなさいよ!」

 

 ヴンッ

 

 直哉は油断で地面を砕かれ、作っていた動きと別な動きをしてしまい一秒フリーズしてしまう、意図せず真人は直哉の動きを止め、逃げるだけの時間を稼ぐことに成功する。

 

「くっ! 待てこらぁ!」

 

 キキンッ

 

 釘を飛ばすが真人に当たることはなく明後日の方向に向かっていく。

 

 真人は本体と合流するために地下五階へと向かう。

 

 ダッ

 

 地下五階に着き、虎杖と真人の本体がいる場所へと走る。真人は分身と入れ替わる。

 

 本体が死角となって釘崎は入れ替わりに気づいていない、加えて先程の戦闘で釘崎は掌への警戒を解いている。

 

 パシンッっ!! 

 

「ハハッ! もろじゃん!!」

 

 釘崎は頭を抑え、その後の自分をイメージした。

 

 




お気に入り五百人いったら何かしようと思うんですけど何がいいですかね?コメントを催促するわけではないですが何かあったらどんどんお願いします!


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第四十五話 渋谷事変 閉門

渋谷事変終了です!
原作とそんなに変わらない場面が多いなぁ、、、
ついにお気に入り五百人超え!ありがとうございます!!


 一瞬、しかし永遠にも感じる走馬灯が脳内をよぎる。気づけば釘崎は虎杖に一言、言葉を発していた。

 

「虎杖、皆に伝えて…悪くなかった! …ガボッ」

 

 ベチャッ

 

 釘崎は目や口から出血し、そのままその場に倒れる。

 

「あぁ…駄目だ、だめだよくぎさき…」

 

 脹相戦の敗北、七海の死、宿儺の渋谷半壊、虎杖悠仁の心は、もう限界だった。

 

(自分の才能にゾクゾクする! あぁ、俺って! 俺こそが! 『呪い』だ!!)

 

【黒閃】

 

 バキィ!! 

 

 真人は拳を握りしめて虎杖の頬を殴り飛ばす。その瞬間に飛び散る黒い火花、それは咲く場所、相手を選ばない。

 

「どーせお前は!!」

 

 バギャッッ! 

 

「害虫駆除とか!! 昔話の妖怪退治とか!!」

 

 ドゴッ! 

 

「その程度の認識でここ(渋谷)に来たんだろ!? 甘ぇんだよクソガキが!!」

 

 ドガッ! バキッ

 

「これは戦争なんだよ! 間違いを正す戦いじゃねえ! 正しさの押しつけ合いさ!! ペラッペラの正義のな!!!」

 

 ゴドッ

 

「オマエは俺だ! 虎杖悠仁!! 俺が何も考えずに人を殺すように、オマエも何も考えずに人を助ける!! 呪いの本能と! 人間の理性が獲得した尊厳! 百年後に残るのはどっちかっつー、そういう戦いだ!!」

 

 ドサッ

 

 心の折れた虎杖に真人の黒閃に加えてゾーンに入った連撃。もはや戦う気力の無くなった虎杖は、為す術なく、為そうともせずにその場に倒れる。

 

「…そんなことにすら気付けない奴が、どうして俺に勝てるよ。なぁ虎杖悠仁、殺した呪いの数を数えたことはあるかい? ないよな、俺も俺も♡殺した人間の数とかマジでどーでもいいもん」

 

 グググ

 

 真人は倒れた虎杖に質問した後に手の形を鋭利な刃物に変える。

 

「オマエのこともそのうち忘れるさ」

 

 ブォッ、パァン

 

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、ただし!!…俺達を除いてな」

 

 東堂は術式を使って虎杖を助け、そこに京都校一年の新田新と地面の陥没で時間を取られた直哉が釘崎を追いかけて合流する。

 

「宿儺の器と…本体か!!」

 

「東堂さん、あっちの子の処置終わりました。凄い幸運ですねあの子、激しいダメージで危険な状態ですが死んではいませんよ」

 

 釘崎はつい先程の黒閃で呪力の核心に触れており、魂を無意識に呪力で守っていた。しかし、即死をしない代わりに全身にダメージが一気に回り昏睡状態となった。

 

虎杖(ブラザー)! 起きろ! 俺達の戦いはこれからだ!!」

 

「東…堂……俺はもう、戦えない…! 俺はコイツを食った、いつか人殺しになる…!俺が信念だと思ってたのは自分の為の言い訳だったんだ…!!手遅れになる前に、俺は死ななきゃいけない…!」

 

 虎杖はその場にうずくまり絶望に打ちひしがれる。

 

「縁起悪いこと言うなやちょんまげ」

 

「Mr.直哉、言葉が少なくてすまないが、虎杖は今この場で奴にダメージを与えることのできる唯一の術師だ、回復まで共に戦ってくれ」

 

 真人を挟んで東堂は直哉に協力を乞う。

 

「キショいこと言うなや、誰が己と共闘せぇっちゅーねん」

 

 直哉は舌を出し、不快感を顕にして呪力を練りだす。

 

「己が俺に合わせんかい」

 

 ガリィーーッ! 

 

 真人は両腕を棘がついた鞭のようにして東堂と直哉に攻撃する。

 

 パシッ、ヴンッ、バリンッ!!

 

 二人は屈んで姿勢を低くし、直哉は真人の腕に触れて動きを停止させる。その隙に東堂は真人に横蹴りを繰り出す。

 

 パァンッ

 

 直哉の方に飛んでいく真人と直哉を入れ換える。そして直哉は術式を発動させ、吹き飛んでいる最中の真人に触れてさらに動きを止めて追撃する。

 

 パァンッヴンッドゴッバキィダンッヴェンッ

 

(位置換えと停止! まずいっ、これは…動けない…!)

 

 一級術師の二人、数回程度の面識といえど場数が違う。お互いの術式と、類稀なるセンス。さらに片方は黒閃を数刻前に放ったばかり。死なないといえども真人は圧倒され、壁へと叩きつけられる。

 

虎杖(ブラザー)…オマエ程の男が小さくまとまるなよ、俺達は呪術師だ。俺とオマエと!Mr.七海!!死した仲間たち!!あらゆる仲間、俺達全員で呪術師なんだ!!散りばめられた死に意味を見出すことは時に死者への冒涜となる! それでもオマエは…お前には、何を託され、何が残っている」

 

 ビッビッパシンッ

 

「虎杖君、今君に俺の術式を施しました、君が今まで受けた傷はこれ以上悪化しないし多少痛みも和らぐでしょう」

 

「!!」

 

「向こうの女の子にも同じ処置を施しました、あっちの子は昏睡状態で危険な状況です、でも死んではいない、まだ目覚める可能性はかなり高いでしょう」

 

「…ゔんっ!」

 

「可能性があるだけですからね! あんま期待せんといてくださいよ!」

 

 虎杖は折れた心を繋ぎ止め、再び立ち上がる。

 

(停止は一秒程度、厄介なのは…位置換え!虎杖が戻る前にもう一度黒閃(アレ)を決めたい、もう一回で辿り着ける気がする! 俺の魂の本質に…!!)

 

 ギュオッ

 

 東堂を狙って足を鎌に変えて振り払う。

 

 パァンッ

 

 ヴンッ

 

(クソっまた停止ッ!)

 

 パァンッ

 

 東堂は直哉と位置を入れ換え、さらにもう一度手を叩き、拳を構える虎杖と位置を入れ換える。

 

「! いたどっ」

 

 虎杖にもう、迷いはない。

 

【黒閃】

 

 ドグォッ!! ガドッッガンッ

 

 ビリビリッ

 

「おかえり」

 

「応ッ」

 

 真人を吹き飛ばし、僅かな時間で東堂は頭を回す。

 

「Mr.直哉、刹那は今どんな状態だ?」

 

「宿儺と戦った時の傷を回復中や、多分そろそろ復活するで」

 

「それは僥倖、すまないがあの二人をMs.家入のところまで連れて刹那を呼んでくれ、渋谷に残っている呪霊がこいつ一体とは思えない、少しでも戦える人数は多い方がいい」

 

「なんや、またお預けかい。まあええわ、俺も宿儺の器なんちゅーバケモンと共闘なんて勘弁や」

 

 直哉は悪態をついて二人の方へ歩いてくが一度止まって虎杖を睨みつける。

 

「宿儺の器、俺はアンタのこと認めたわけやあらへんからな。呪術師やったら…言葉なんて薄っぺらなもんやなく、結果と態度で示しぃや」

 

「うっす!」

 

 ザッザッ

 

 直哉はそう言い残して歩いていく。

 

(我ながら甘くなったもんや)

 

「来るぞ虎杖! 構えろ!!」

 

「応っ!!」

 

 二人は真人の攻撃に備えて呪力を練る。

 

 グォッドガンッッ! バキィッ

 

 パァンッ     パァンッ

 

 真人の攻撃をいなし躱し隙をつくって攻撃をする。

 

 三者一進一退の攻防を繰り広げる中に東堂は思う。

 

(強くなったな虎杖、聞けばこの呪霊も黒閃を決めていると言う、今この場で最も遅れているのは俺! それで良いのか東堂葵! また虎杖を独りにするつもりか!!)

 

【黒閃】

 

 バゴォッ! 

 

 ビリビリビリッ

 

(どんなに強力な一撃、黒閃を決めても俺の魂には届かない!!)

 

 だが、これにより三者それぞれが120%のポテンシャルを発揮するに至る! 

 

「ぅぐオ"エ"ェ"ェ"ェ"ッ」

 

 真人は口から改造人間を大量に吐き出して撥体を使い、地下から地上までを大きく壊してぶち抜く。

 

(入れ換え無視の無差別全範囲攻撃! こいつギアがッ!)

 

「アゲてけてよ虎杖!! 俺とお前! 最後の呪い合いだ!!!」

 

 パァンッ

 

 直後に東堂は手を叩いて位置を入れ換え、真人を掴んで投げ飛ばし虎杖と連携して攻撃するが、真人は頭を自ら切り離して回避する。

 

 ズパンッ

 

(自切!!)

 

 ギュルルルルッ

 

 拒絶反応が微弱な者同士は魂が繋がり、体を成す。

 

 無為転変 幾魂異性体

 

(二:八の分裂! 本体は頭のニの方! 改造人間の等級は三級から二級弱と聞く、手早く潰せ東堂葵!!)

 

 ボゴンッッ!! 

 

「なっ──!?」

 

 東堂の予想は外れ、頭に強力な一撃を食らう。

 

「東堂!!」

 

「あーあ、舐めてっから」

 

 バゴォッ

 

 そのまま東堂は殴り飛ばされてビルを貫く。

 

「余所見すんなよ虎杖!妬けるだろうが!!」

 

「チッ」

 

 ババッドゴッベギィドッゴォッ

 

 虎杖はほんの少しの動揺を狙われ、改造人間の足場から叩き落される。受け身を取って再び臨戦態勢に入ると東堂が戻ってくる。

 

「どうやらとことん、俺を仲間外れにしたいらしいな」

 

(幾魂異性体二体じゃ仕留めきれなかったか。あのちょんまげゴリラの位置換えは厄介だ、かといって領域を展開すれば俺は宿儺の魂に触れて殺される。この状況を打開する方法、それを教えてくれたのはアンタだ!!)

 

「領域展開ーーー」

 

(馬鹿なっ、それは自殺行為だろう!?)

 

 真人は五条の0.2秒の領域展開を、その身を持って体験している。

 

 0.2秒の領域展開、同時に東堂は九十九由基直伝簡易領域を展開、虎杖はそれより早く真人を祓うために駆け出す、だが真人はさらに一歩先を行く。領域展開とほぼ同時の術式発動、本来二段階の工程を一段落にまとめ、東堂の左腕に無為転変が使用される。

 

「東堂!!」

 

 ズバンッ!! ボンッ

 

 東堂は自ら腕を切り落として被害を抑える。

 

「何だよ、せっかくオシャレにしてやったのに」

 

【黒閃】

 

 バゴォンッ!! 

 

(こいつ!! 勘で腹に全呪力を集中させてダメージを抑えやがった!! だが術式は戻った! 叩く手はもうない! 今度こそ無為転変で確実に──)

 

 カシャンッパカッ

 

 東堂のロケットペンダントが落ちて中からは高田ちゃんと虎杖の写真が顔を覗かせる。

真人はほんの一瞬、人間に最も近い呪霊故か、動揺して東堂から目を離す。

東堂はその一瞬の隙を逃すことなく残った右手で真人の掌を叩いて術式を発動させ、虎杖と位置を入れ換える。

 

 パァンッ!! 

 

「しまっ──」

 

【黒閃】!!! 

 

 バギィッッッ! 

 

 ビリビリビリッ

 

「フンッ」

 

(一瞬でも触れたんだ、この程度で済んだだけ奇跡だな)

 

 東堂はその場で大の字に倒れ伏し右手を見つめる。

 

(あとは任せてくれ東堂!! ありがとう…東堂!!)

 

ドドドドドドッッッ!!

 

 虎杖は休むことなく連撃を叩き込んでいく。

 

(クソっ、あのちょんまげゴリラ、最後まで…! でも今の黒閃でやっと理解できた、俺の魂の本質を…!)

 

「幾魂異性体ッ」

 

 真人は再び足止めの為の改造人間を虎杖に向ける。

 

 そしてその間に自らに術式を使い、先程までとは全く違う姿へと変貌を遂げる。

 

 無為転変 遍殺即霊体(へんせつそくれいたい)

 

 真人は蛹から完全に羽化した。

 

「ハッピー・バースデイってやつさ、虎杖」

 

 両者はそのまま戦いを再開する。

 

 ゴチャッドゴッ

 

(硬いっ! さっきまでとは明らかに違う…! コイツはもう、呪霊とは別次元の存在になったんだ!)

 

 ドゴゴッバゴッォン! 

 

(コイツを倒すには今の俺の全呪力を乗せた黒閃を当てるしかない…!)

 

 ガクガクガク

 

 ブジュッ

 

 お互いに身体が悲鳴を上げて限界を知らせる。

 

 ガンッガンッガンッ

 

 虎杖は自らの体を叩いてそれを否定し、再び走り出す。

 

「お互い、元気一杯だな」

 

 ドッバキッメゴッッ

 

(俺の、勝ちだ!!)

 

 バゴォッ

 

(! 時間差で二重の衝撃…!!)

 

 二人はお互いのどちらかが欠けるまで戦い続ける。一瞬だけ、真人は虎杖の攻撃を過去の経験からミスリードを誘って上をいく。が、虎杖は先刻再発した逕庭拳をモノにしていた。さらに一歩先へ行った虎杖は渾身の力を込める。真人は切り換え、肘をナイフに変形させて反撃する。

 

「呪霊よ、知らんはずもあるまい。腕なんて飾りさ…拍手とは!魂の喝采!!!!」

 

 ドヂュっ!! 

 

 ギャリッッ! 

 

(入れ換わってな──)

 

「残念だったな…俺の術式はもう、死んでいる」

 

 東堂は切り落とされた左手と右手で鈍い音を立てながら拍手してブラフをはり、真人はそれに騙されて真後ろへ攻撃し、虎杖にとっての最高のコンディションを作る。

 

【黒閃】

 

 ドゴッバゴッガガガッッ!! 

 

 黒い火花は最高の輝きをもって、その力を真人に知らしめた。真人は陥没した場所から上に殴り飛ばされる。

 

「ハーッハーッッ、まだだっまだっオ"ェ"ッ」

 

 ビチャビチャッ

 

(改造人間のストックも…)

 

 ザッ

 

 虎杖は真人を見下ろしながら話す。

 

「認めるよ真人、俺はオマエだ。俺はオマエを否定したかった、オマエの言ったことなんて知らねぇよって。今は違う、ただお前を殺す」

 

 虎杖は冷たく、刺さるような視線で真人を見つめながら続ける。

 

「また新しい呪いとして生まれたらソイツも殺す、名前を変えても姿を変えても、何度でも殺す。もう、意味も理由もいらない」

 

 祓うではなく、殺すという言葉を使う虎杖は真人を呪霊としての呪いではなく、一人の人としての呪いだと認識したのかもしれない。

 

「この行いに意味が生まれるのは俺が死んで何百年後も経った後なのかもしれない、きっと俺は…大きな歯車の一つに過ぎないんだと思う。錆びつくまで呪いを殺し続ける、それがこの戦いの俺の役割なんだ」

 

 真人は四足で脱兎のごとく逃げ出す、計画も考えもなく、捕食者の目をした虎杖から被捕食者として、ただ逃げ出す。

 

 真人が逃げ出した先にいたのは…阿弥部だった。

 

「助けてあげようか、真人」

 

「阿弥部!!」

 

(今阿弥部っていったか!?額に傷のある着物の男!)

 

「五条先生を返せっ!!」

 

 バッ! 

 

 真人は阿弥部に駆け寄るが阿弥部はそれを躱して頭を掴む。

 

「…知ってたさ、だって俺は…お前らから生まれたんだから」

 

 バキュッズルルル

 

 阿弥部は頭を砕き、真人の身体を自身の体に取り込んでいく。

 

「さて、続けようか、これからの世界の話を」

 

 虎杖は阿弥部に向かって駆け出す。

 

「この術式の強みはね、準一級以上を自分と合成したときの脳の術式への適応だよ」

 

 ズンッッ ビキキッ

 

「!?」

 

(身体がっっ)

 

 体重が急激に増えたかのように虎杖は地面沈み込み前進できなくなる。

 

「もちろん、術式がふえるだけでなく反転術式を利用すれば呪霊操術紛いのこともできる」

 

 ボゴゴッッ

 

 ォ"ッバヂュヂュッ

 

「自分で制御できないのが難点だがね」

 

ガガガンッ!

 

 多数の呪霊に包まれた虎杖は根性で身体を動かし、それらを祓う。

 

「我ながらタフだね宿儺の器」

 

「五条先生を…返せ!!」

 

 阿弥部は上を見上げると呟く。

 

「馬鹿だね、気付かないとでも思ったのかい?」

 

 頭上には西宮が灯火を持って合図を出している。

 

 バッッドドドッ!! 

 

 直後に加茂の弓矢が阿弥部に向かうが回避され地面を抉る。

 

 ヂュィンッ

 

「狙撃銃か、良いね、私も術師相手であれば積極的に取り入れるべきだと思うよ」

 

「チッ!」

 

(木刀も竹刀も持ったことがないのに術師になることを選んだ)

 

 大好きな人がいたんだ。

 

(ひたすら刀を振るった、死にたくないから)

 

 三輪には幸せになってほしい。

 

(今までの全てと、これからの未来を乗せる!!もう二度と、刀を振れなくなってでも!!!)

 

 先刻最期の別れを告げたメカ丸、与幸吉との会話が脳裏をよぎり、阿弥部に全身全霊で刀を振るう。

 

(シン・陰流、抜刀!)

 

 パシッパキンッ…

 

 しかしそれは酷くあっさりと掴み壊される。

 

 京都校全員が到着し、連携して阿弥部に攻撃を加えたがダメージは全くない。

 

「極の番に使ってしまうとその呪霊の術式は使えなくなる、でも呪具と化して襲うこの術からすれば、大事なのは質ではなく数、等級は関係ない」

 

 極の番 ジュカイ

 

 いくつもの呪霊が形をなして三輪に襲いかかる。

 

 チュドドドドドッッ!!! 

 

「シン陰か。良かったよ、少しは蘊蓄があるやつが来てくれて」

 

「先生が来ちゃ意味ないでしょ!!」

 

「しょーがねーでしょ!!」

 

 日下部が全ての呪霊をいなして三人を守る。さらにその直後に阿弥部の上から鉄骨が降ってくる。

 

 ドゴォンッ!! 

 

「…僕を忘れないでほしいですね」

 

「!阿頼耶識刹那!!」

 

 至るところに包帯を巻いた刹那が鉄骨の上から阿弥部を見下し刀を構える。

 

「貴方が名前を呼ばないでください、呼ばれたい人は選びます」

 

 ザンッブシュッ

 

 刹那は術式を発動させて阿弥部の腕を斬り落とす。

 

 ズンッ ビキキッ

 

 刹那の身体が地面に沈み、その間に阿弥部は距離をとり反転術式で腕を再生する。

 

「おかしいな、妨害を送っていたのに」

 

「百体程度で僕が止まるとでも?」

 

 虎杖にパンダと加茂が近づいていく。

 

「虎杖…でいいんだよな?」

 

「パンダ先輩!と、京都校の…」

 

「良かった、戻ったんだな」

 

「あの男が五条悟を…獄門疆を持っているのか」

 

「らしいぜ、あんな公害持ち歩いて何が楽しいんだか」

 

「何者だ?」

 

「側は去年のクリスマスの野郎、中身は知らねぇよ」

 

 続々と術師達が集結する中に脹相も合流する。

 

 ドクンッドクンッドクンッ

 

 脹相の鼓動が大きくなっていく。

 

「やぁ、脹相」

 

「アイツは…!」

 

(俺には三人の親がいる、一人は俺を産んだ母、もう一人は母を孕ませた呪霊、もう一人は…母を弄んだ、憎むべき…)

 

 その瞬間、脹相の記憶の男と阿弥部の姿が重なる。

 

「気付いたようだね」 

 

「そういうことか…! 加茂憲倫(かものりとし)!!」

 

「「「加茂…憲倫!?」」」

 

「私!?」

 

「どういうこと!?」

 

「加茂家の汚点、史上最悪の術師! それが本当ならあれの中身は百五十を超えてるわよ!」

 

(馬鹿げた結界術、馬鹿げた術具の所持、身体を入れ換える術式を所持する黒幕の人選としては…)

 

「妥当っちゃ妥当だな」

 

 その人物の名を聞き、その場の全員が一時的に動きを止める。

 

「加茂憲倫も数ある名の一つに過ぎない、好きに呼びなよ」

 

 ザッザッザッザッ! 

 

「よくも俺に!弟を!!虎杖を!!殺させようとしたな!!」

 

 ザァッ! 

 

「引っ込め三下、これ以上私を待たせるな」

 

 裏梅が横から現れて立ち塞がる。

 

「どけ!俺はお兄ちゃんだぞ!!」

 

(俺は兄弟の死を感じ取ることができる、あの時虎杖の死を前にして強烈に虎杖の死を感じ取ってしまった。加茂憲倫が何年も身体を乗り換えて生きながらえてるのならありえない話じゃない、つまり虎杖悠仁も血の繋がった俺の弟!ならば!!)

 

「俺は全力で、お兄ちゃんを遂行する!!」

 

 ギキュゥゥゥゥンン!! 

 

「赤血操術!?」

 

(なんて圧力だ!!)

 

 脹相は術式を使い裏梅と阿弥部に向かって攻撃する。

 

(赤血操術、穿血!!)

 

 バジュウッ!! 

 

(速い! これが穿血!)

 

 バヂィッ! 

 

 バゴォッ

 

 脹相は裏梅に向かって穿血を放った後に、その血を操って阿弥部の足元の地面を砕く。

 

 そのまま距離を詰めて肉弾戦に持ち込んでいく。

 

 バッガガガッビュッ

 

 ドゴッ

 

「無理するなよ、疲れてるだろ」

 

「それが弟の前で命を張らない理由になるか?」

 

 脹相は先刻のダメージを意に介さずに阿弥部と裏梅を相手に立ち回る。

 

「確認だがほんとの兄弟じゃないんだよな?」

 

「兄弟どころか一回殺されかけてるよ」

 

「東堂といいヤバいフェロモンでも出てるんじゃないか?」

 

「こちら側に危害を加える様子は無さそうだ、取りあえずは味方で行こう」

 

「OKだ、二機残ってる俺が前に出る。全員でかかれば隙くらい作れるだろ」

 

 パンダが前に出て二人は後ろにつく。

 

激震(ドラミング)──!)

 

氷凝呪法(ひこりじゅほう)──霜凪(しもなぎ)!!)

 

「!」

 

 パキィィィンッ

 

(氷の術式!? しかもなんてハイレベルな!!)

 

 裏梅が直後にその場の術師を一人を除いて全員凍らせる。

 

「この程度の氷ッ!」

 

「どの程度だ?──!!」

 

 裏梅が指を脹相の額に向けると横から虎杖が裏梅を殴りつけ、刹那は氷を叩き割る。

 

 バシイッ

 

 虎杖の拳は止められたが脹相は自由になる。

 

「味方ってことでいいんだよな!?」

 

「違う!」

 

「あ"!?」

 

「俺はお兄ちゃんだ!取りあえず一回お兄ちゃんと呼んでくれないか?」

 

「真面目にやってくんねーかなぁ!?」

 

 ギギギンッ

 

「今はそんなこと良いですから早く構えてください!!」

 

 刹那は刀を構えて防御する。

 

「刹那殿、貴方に危害は加えたくはない」

 

「僕も裏梅さんを斬るつもりはありませんよ」

 

 フッッ

 

 ドゴォッ

 

「おっとっ!」

 

 刹那は術式で瞬間的に移動し、完全な意識外から阿弥部を捉えて蹴り飛ばす。

 

 ガガガッギギンッ! 

 

 その後も身体の一部を呪霊化した阿弥部に攻撃を加えていく。

 

「全く、理解に苦しむな。特に理由もないのに何故命を張る?」

 

 ガインッババッ

 

 刀を弾かれ後ろに飛び退く。

 

「まるで阿頼耶識万代の愚かな最期を見てるかのようだよ」

 

「!! 何故その名前を…?」

 

 刹那は動揺して一瞬動きを止める。

 

「へぇ、魂は同じでも記憶の共有はされないのか、だったら──」

 

「思い出させてあげよう」

 

 ドギュンッガシッ

 

(しまっ──)

 

 ボキィンッ、ドゴッッ

 

 阿弥部は刹那との距離を一気に縮め、右腕を折って蹴り飛ばす。

 

「──ッ!!!ゴホッゲホッゲホッ」

 

 声にならない痛みで意識が飛びかけるが、すんでのところで意識を繋ぎ止めて立ち上がる。

 

「気づいていないのかい?難儀だね、その身体はもう限界だよ」

 

 カタカタカタ

 

 刹那の刀を握る手がカタカタと震え、刀を落としそうになりながら動けずに立ち尽くし、阿弥部を睨みつける。

 

 ザッザッザッザッ

 

「君の呪力の靄は純度百%の呪力の塊、特級術師の中でも呪力が少ない君の身体には、少々酷使するのは厳しいんじゃないのかな?まぁ、それを補う為のその刀と瞳なのだろうけど」

 

 クスクスと嗤いながら刹那に近付いていく。

 

「っ待て!!」

 

「今彼女を失うのは不味い!!」

 

「氷凝呪法 直瀑(ちょくばく)

 

 虎杖とパンダと加茂が刹那に向かって駆け出すが、頭上から氷の塊が降り注ぎ身体が凍結する。

 

「おい、その人を殺してみろ、私が貴様を殺すぞ」

 

「そんなに怖い顔をするなよ、ただ少しだけ実験するだけさ」

 

 裏梅が阿弥部を睨むと阿弥部は嗤いながら刹那の頭に謎の呪物を当てる。

 

 ビキビキビキキッッ

 

「──っ!!」

 

「思い出したかな?」

 

 刹那の脳裏に重なる姿。自身の姿は血だらけで、大勢の術師、非術師に囲まれ片腕を無くしている。死の瞬間を体験するかのような、声すら出せない時間が流れる。その呪物を見た宿儺はかつての友を思い出す。

 

「貴様ッ!!?代われ小僧!!アイツは俺が殺す!!!」

 

「宿儺!?ゔっぐぅぅっこんのっ!!!」

 

宿儺が肉体の主導権を奪おうとするが虎杖はそれに抵抗して動けなくなる。

 

「虎杖!?」

 

 ドゴォンッッッ!!! 

 

「!!」

 

 突如として砂埃が舞う。同時に刹那は何者かに引っ張られ虎杖達の前に移動する。

 

「落ち着きなよ宿儺、刹那は無事さ」

 

「九十九由基!!」

 

 九十九が現れ、さらにその場は混乱に陥れる。

 

「……フンッ」

 

宿儺は肉体を奪えずに大人しくなる。

 

「久しぶりだね刹那、立てるかい?」

 

 刹那は虚ろな目をしたままコクリと頷く。

 

「……駄目だね、休んだほうが良い。今この場で君は散らしてはいけない術師だ」

 

チャキンッ

 

 九十九はそう言って刀をしまい、刹那に肩を貸しながら小声で話す。

 

「さて、と。去年振りだね阿弥部君、呪霊をこの世からなくす方法を話したのを覚えているかな?君が考えていることは分からないが、どんな手段を取るにしろ人類を一つ上の段階に進化させることになる。人類の未来(ネクストステージ)、それは…呪力からの"脱却"だよ」

 

「違う、呪力の"最適化"だ」

 

 九十九の問に阿弥部は速攻で否定し、それに手をヒラヒラと振って呆れ顔になる九十九。

 

「いや、俺にはどっちもさっぱり…」

 

「そのプランは十二年前、禪院甚爾が死んだ時点で捨てたと思っていたよ」

 

「初心に還ったのさ、それにそっちのプランには致命的な欠点がある。海外では術師や呪霊の発生が極端に少ない、最適化プランには天元の結界が必要不可欠なハズだ。天元を利用するということは術師になるのはこの国の人間限定」

 

 九十九はそのまま警戒を解かずに話を続ける。

 

「呪力というエネルギーをほぼ日本が独占することになる。彼の国はもちろん中東諸国が黙っちゃいない、生身の人間がエネルギー源なんだ、どんな不幸が起こるかは想像に難くないだろう。それは私が描く理想とはかけ離れた世界だ」

 

「ハッハ、それがどうした。そもそも私は呪霊がいない牧歌的な平和を望んじゃいない。非術師、術師、呪霊、これらは全て可能性なんだ。人間という呪力の形のね」

 

 阿弥部も話を続ける。

 

「だが、まだまだこんなものではないハズだ、人間の可能性は。それを自ら生み出そうともしたが、それでは駄目なんだ、私から生まれるものは、私の可能性の域を出ない。答えはいつだって混沌の中で黒く輝いているものだ。分かるかい? 私が創るべきだったのは、私の手から離れた混沌だったんだ」

 

「さっきから黙って聞いていれば…」

 

 九十九に肩を借りたまま刹那は口を開いて阿弥部を睨みつける。

 

「混沌を造るだの人間の可能性だのそれを生み出すだの…人間は貴方の玩具じゃない…!」

 

「フンッ、初代と同じ様なことを…君のような子供に何が分かる?」

 

「百年以上かけて、一つの答えも分からない貴方に言われたくはないですよ」

 

「あっはっは、初代と違うのは頭の回転の速さかな、煽るのが上手いね。でも、こうやって話している間に、私の脳は真人の術式に適応した」

 

「!! 真人とかいう魂に干渉できる術式を持った呪霊がいるだろう!!」

 

 九十九は急に慌てだして虎杖達に問う。

 

「さっきアイツが取り込んだけど」

 

「まじんが〜!??」

 

 阿弥部は地面に向けて無為転変を放つと、地面に大きな刻文が刻まれ、それは天にも走る。

 

(天元の結界…じゃない!! これはっ)

 

「術式の遠隔発動!?」

 

「礼を言うよ虎杖悠仁。呪霊合術で合成した呪霊の術式はその場で成長を止める、君との戦いで真人は成長した。本当は漏瑚も欲しかったんだけどまぁ仕方ないね」

 

「何をした」

 

「マーキング済みの二種類の非術師に遠隔でマーキングを施した。虎杖悠仁のように呪物を取り込ませた者、吉野順平のように術式を所持しているが脳の構造が非術師の者、それぞれの脳を術師の形に整えたんだ。前者は器としての強度を、後者は術式を発揮できる仕様を手に入れた、そして…」

 

 バチンッヒラッ…

 

 阿弥部は結んだ紐を強く解く。

 

「…今、その呪物達の封印を解いた。マーキングの際、私の呪力にあてられて寝たきりになったものもいたが、直に目を覚ますだろう。彼らにはこれから呪力への理解を深めるため殺し合いをしてもらう。私が厳選した子や呪物達だ、千人の虎杖悠仁が悪意を持って放たれたとでも思ってくれ」

 

「千人か…控えめだな、それに人間の理性を舐め過ぎだ、力を与えただけで人々が殺し合いを始めるとでも?」

 

「物事には順序があるのさ、その程度の仕込みを私が怠るわけないだろう? 質問が軽くなってきているよ」

 

「…ムカつくからアイツ皆でボコろう」

 

「いや俺ら動けないんすけど…」

 

 パシャンッ

 

「うおっ!」

 

 お互いが睨み合うと突然虎杖達が氷から開放される。

 

「どうした裏梅」

 

「ハァッハァッ」

 

(肉体は再生させたハズ…まさかっ)

 

「毒かっ!」

 

「穿血で俺の血が混じったんだ、当然だ」

 

「待って、真依ちゃんがいない、向こうにも仲間がいるのかも…」

 

「葵と銃の子、あとスーツの子は私の仲間が保護しているよ、場違いだからね」

 

 西宮はボロボロの身体を持ち上げて言うが、九十九がそれに答える。

 

「動けるか?」

 

「あぁ、私は体温を調節できるから問題ない」

 

(俺はもういいや)

 

「話の途中だよ」

 

 そのまま阿弥部は虎杖達の意に介さず話を続ける。

 

「私が配った呪物は千年前から私がコツコツ契約した術師達の成れの果てだ。だが、私と契約を果たしたのは術師だけじゃない、渋谷の呪霊は彼らだけではないよ」

 

「! まさかっ!!」

 

「これがこれからの世界だよ」

 

 ゴォッンッッ

 

 渋谷の至るところから大量の呪霊が湯水の如く湧き出し、人間のいる場所へと四散する。

 

「なんて数っ!」

 

「じゃあね虎杖悠仁、君には期待しているよ」

 

(獄門疆っ!?)

 

「五条先生!!」

 

 阿弥部は獄門疆を虎杖に見せると嗤って言い放つ。

 

「聞いているかい宿儺、始まるよ、再び呪術全盛、平安の世が!!」

 

「ツレないな、もう少しここにいろよ」

 

「!!」

 

 逃げようとする阿弥部だが、空から大量の呪霊が投下されて止められる。

 

「夏油傑…!?」

 

 空から呪霊とともに夏油が降りてくる。

 

「刹那がなんの意味もなくガラクタを攻撃に用いるとでも?あれには話を聞くために呪霊を忍ばせていたんだ、全て聞かせてもらった。その箱の中にいるのは私の親友なんだ、返してもらうよ」

 

「先生! 腕…!」

 

「私の腕も非術師も問題ない、既に東京一帯の人間は避難させたし、片腕くらいなら呪霊でカバーできる」

 

 パキパキパキパキッ

 

「君は私に先程敗北しているだろうに、まだ勝つつもりかい?」

 

「その喋り方やめろよ、私とキャラが被るんだ」

 

 夏油は呪霊を数体出して阿弥部に向かって襲わせる。

 

「その程度の呪霊じゃ意味は無いだろう?」

 

 バチンッ! 

 

「あぁ、だから…短期決戦だ」

 

 ズズズズズズズ

 

「!!」

 

「私の手持ち八百万体のうち、七百八十万体を纏めて君にぶつける。そこかしこに湧いた呪霊、君が合成した数も数百万体なんだろうが、君の身体には精々数百体、耐えられるかな?」

 

 夏油はニコリと嗤いながら呪霊をまとめる。

 

「くっ!極の番っ!!!」

 

「生徒の前だからね、格好つけさせてもらうよ。呪霊操術、極の番」

 

「ジュカイッッ!!!」

 

「うずまき」

 

 ──ーゴォォォンッ!!!!!!!!! 

 

 お互いが極の番を使うが、桁外れの呪力量に阿弥部の極の番は完全に打ち消され、夏油の目の前には半径二十m程のクレーターが出来上がる。しかしその一瞬で阿弥部は逃走に成功した。

 

「…逃したか、逃げの算段は完璧だったわけだ…」

 

 ──ー

 

 23区はほぼ壊滅、官房長官を含めた総理大臣は安否不明、五百万を超える呪霊が東京に放たれ、各地のラブホテル、キャンプ地、廃村を使って五百万人と宿儺の被害を免れた非術師達の疎開プランを組むことになり、文字通り、政治的な空白となる。

 

 さらには呪霊の存在を東京のみに発生するという情報ということで公表し、官邸機能は大阪に移されることになった。

 

 ──渋谷事変閉門──

 

 数日後の会議によって三つの決定事項がなされた。

 

 呪術総監部より通達

 

 一 阿弥部高聡(あみべたかさと)の生存の事実を確認、同人に対して再度の死刑を宣告する。

 

 ニ 五条悟を渋谷事変共同正犯とし、呪術界から永久追放、かつ封印を解く行為も罪と決定する。

 

 三 阿頼耶識刹那を阿弥部高聡の共同正犯とし、特級呪術師の位を剥奪、特級呪詛師として扱い、速やかな死刑を執行するものとする。

 

 




作者は単行本勢なので、原作に追いついたら一旦休載して単行本が出るたびに投稿しようとおもいます。まだ少しは続きますが。
その間には別の作品を連載しようと思っています!今の所一次創作か東方かで迷ってますが、なにかリクエストがあって、それを私が知ってたら候補にしようかと思いますのでこれからもよろしくお願いします!!


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月夜に思ふは君の顔
第四十六話 この世のバグ


すいません!遅れました!!
楽しんでいただけたら幸いです!


 十一月三日

 

 時刻は午後六時前の夕暮れ。一変してしまった世界は、今日も変わりなく朝が来て三度目の夜を迎えようとしている。多数の犠牲を持って渋谷事変は終わりを迎え、呪術高専の生徒、職員は高専に帰還していた。

 

 中でも一、二年生は混乱の最中にある高専内をうろつくわけにもいかないため、かつて虎杖が匿われていた地下室に集まっていた。釘崎と真希は重症を負ったもののほぼ完治、釘崎は一週間の絶対安静の元で地下室にいる。

 

「……ここにいていいんすかね、俺ら」

 

「仕方ないだろ。会議が終わって本部通達が来るまでやることねーし。悟がいない今、下手したらお前は死刑だ、もしもに備えて休むしかねーよ」

 

「そうだぞ悠仁、深く考える必要はない。今はゆっくり休め」

 

「お前はほんとに何なんだよ」

 

「俺は悠仁のお兄ちゃんだ」

 

 気分が沈みこんでいる虎杖の疑問にパンダは答え、渋谷から虎杖についてきた脹相も答える。

 

「しゃけしゃけ、すじこ」

 

「今東京には呪霊がバカみたいな数が跋扈してる。夏油先生が最後にかなりの量を祓ったとはいえ、それでも初期段階を崩しただけだ、まだまだ増え続けるぞ」

 

「その夏油は何してんのよ?」

 

「まだ菜々子と一緒に硝子の治療を受けてる最中だ。特級術師が一夜で二人もいなくなるなんて大問題だからな…。それより、問題なのは刹那の方じゃないか?」

 

 非術師の救助の為に刹那は治療を終えた後、独断で渋谷にそのまま残っている。

 

「あいつもかなり疲弊してる筈なのに……」

 

 コッコッコッ

 

 コツコツと音を立てて階段を降り、刀を背に掛けた白い制服の男、乙骨憂太が入ってくる。

 

「いや…彼女はある意味、最善の選択をしたかもしれないよ」

 

「「「憂太(乙骨先輩)!!??」」」

 

「ドチラサマ?」

 

「誰よあんた」

 

 釘崎と虎杖は見たことのない先輩に疑問符を浮かべる。

 

「そうか、お前達は初見だな。憂太、自己紹介してやれよ」

 

「うん、初めましてだね。二年の乙骨憂太です。よろしくね、二人共」

 

「ってことは、あんたがもう一人の…」

 

「あぁ、乙骨先輩は特級術師だ、つい最近まで海外にいたんだけどな」

 

 伏黒が補足説明する。

 

「真希さん…聞いてはいたけど、その火傷…」

 

「病人扱いすんなよ、これでもほぼ完治してんだ、気にする必要なねぇ」

 

 乙骨はオロオロしながら真希に近付くがそれを突っぱねる。

 

「そっか…やっぱり真希さんは真希さんだね、少し安心したよ」

 

 そう言って乙骨は虎杖の方に向き直る。

 

「君が虎杖君だね? 似たような境遇の者同士、何か困ったらいつでも頼ってね」

 

 乙骨はへニャリと笑ってみせるが、強者ゆえの存在感に虎杖は意図せず緊張する。

 

「う、うす、よろしくオネシャス!!」

 

「あははっ、元気だね」

 

「悠仁、俺にも頼っていいんだぞ」

 

「お、おう…」

 

「それよりさっきのこと教えてくれよ」

 

「えっと…なんだっけ?」

 

「刹那のことだよ、自分で言っといて忘れんな」

 

「相変わらず抜けてんなー」

 

「シャケ」

 

「あぁ、そうだったね…」

 

 乙骨は暗い顔になり、ほんの少しの間沈黙すると、重たく口を開く。

 

「五条先生がね、僕の海外出張の前に嫌な予感がするって言ってきたんだ。その時は虎杖君のことだったんだろうけど、この事態は五条先生でさえも予想できなかったらしい」

 

「? …話が見えてこねぇぞ」

 

「当初は虎杖君の秘匿死刑が早まるって予想してたんだ、けど、その理由が無くなってしまったんだ。むしろ、虎杖君には特級呪霊を退けた功績のみが残った。その代わりに渋谷半壊、特級呪霊の手引き等、とある人物が全ての責任を持つことになった」

 

「まさか…」

 

「今日来たのは本部からの通達の為、僕達に関係があることは二つ」

 

 乙骨は神妙な顔つきで手を合わせながら顔を俯け、一同に通達する。

 

「まずは多分薄々気づいてたと思うけど、五条先生の封印解除は禁止、行えば厳罰が下る」

 

「チッ、やっぱりか」

 

「夏油先生はなにも言えなかったのかしら」

 

「あの状態じゃ無理だろう、最後の技の後に倒れたしな」

 

「そして二つ目…特級術師、阿頼耶識刹那の位剥奪と…死刑が、正式に決定した…」

 

「「「「「「!!!!」」」」」」

 

「どういうことですか乙骨先輩!」

 

 伏黒が声を荒らげて乙骨を呼ぶ。

 

「理由は三つ、特級呪詛師、阿弥部を逃がすことに加担した渋谷事変の共犯であること。渋谷を半壊させた張本人であること。そして…呪いの王、両面宿儺の唯一の血族であること」

 

「……は?」

 

 虎杖が驚きの声を出す前に間抜けな疑問符が浮かぶ。

 

「おい宿儺テメェ、どういうことだよ」

 

「………」

 

「なんとか言えよ!!」

 

 ダァン! 

 

 虎杖が自身の手の甲を殴りつけると頬から宿儺は姿を現す。

 

「そこの白い小僧の言う通りだ。刹那は俺の唯一血を引く人間であり、刹那の実家は千年前最凶の呪詛師として謳われた術師が始まり…ただそれだけのことよ」

 

「でもよ、その話が本当だとして、阿弥部との繋がりが無いだろ?」

 

 パンダは疑問を解消するために質問する。

 

「それに関しては十月十日に何かあったんじゃないかな、その時に刹那の呪力に混じって呪詛師の呪力の残穢があったらしいし」

 

「じゃあ、渋谷の半壊は!? 刹那の術式でもそこまでの範囲は壊せないはずよ!!」

 

 釘崎も同じように質問を投げかけると、虎杖はその場で絶望の表情を露わにして震えた声で謝罪する。

 

「釘崎…ごめん…俺のせいだ、俺が、負けてコイツを出したから…!!」

 

「……両面宿儺と刹那は、きっと何処かで争ったんだろう。でも、領域展開の跡があったのは刹那だけだったんだ、それが今回の決め手だろう」

 

 刹那の領域展開は宿儺の残穢すらも消し去っていた。そのために宿儺の呪力が発見できなかった。乙骨は補足して説明するが、上層部の闇を嫌悪するようにドロドロとした殺気を溢れさせる。

 

「だとしても、だ、なんで上層部の奴らは刹那を排除したがんだよ、あのバカ達ならともかく刹那はかなり大人しい方だろ」

 

「それに関しては僕も全く分からない、でも一つ言えるのはこの件の最重要人が今この場にいないことが最大の幸運だ」

 

「詳しく…聞かせてください」

 

 乙骨はゆっくりと頷いて話し出す。

 

「まず今回、結論から言うと僕は刹那の冤罪を晴らす気は無い。何故なら、冤罪を解決してしまったら虎杖君を殺すことになってしまうから」

 

「………」

 

「かといって彼女をこのまま処刑するつもりもない、なんとかしてこのことを刹那に伝えて、申し訳ないけど…どこか遠くに逃げてもらおう」

 

「それって…つまりは」

 

「…彼女には呪術界から、できれば日本からいなくなってもらおう。大丈夫、海外に僕の術師の知り合いがいるし、彼女なら上手く立ち回れるよ。勿論、皆の意見も聞きたい、その為に来たんだから」

 

「…乙骨先輩、すいません…俺はその意見には賛成出来ねぇっす」

 

「理由を…聞かせてくれるかな?」

 

「俺のせいで人が大勢死ぬ筈だった、でも刹那はそれを命懸けで止めてくれたんだ…それなのにそのせいで本人が死刑なんてありえねぇよ…!!」

 

 ギュゥゥ…ジワァ…

 

 握る拳に力が入り手から血が滲み出す。

 

「頼む乙骨先輩! 冤罪を晴らして俺を殺──!」

 

 ボガッ×2

 

 立ち上がった二人は虎杖の頭を殴りつける。

 

「伏黒…釘崎…」

 

 虎杖は涙が滲む瞳で二人を見つめるが、釘崎が虎杖の胸ぐらを掴む。

 

「テメェ、今何言おうとした? 自分が死んだら全部解決するとか馬鹿みたいなこと考えてんじゃねぇだろうな?」

 

「でも…釘崎、俺…」

 

「あんたも! 刹那も! 上が化け物や怪物って罵っても、私達にとっては大事な友達なんだよ! どっちかが死んだら絶対に地獄までいって呪ってやるからな!!」

 

 ガシッ

 

 虎杖は涙を流しながら釘崎の肩を強く掴む。

 

「俺は! こいつがいるから生きてちゃいけねぇ人間なんだよ!! 俺のせいで誰かが死ぬのは耐えられない! 俺にとっては大勢の人間の命も! たった一人の友達の命も! どっちも失いたくねぇ大切なもんなんだよ!」

 

 伏黒が虎杖の右肩を掴み口を開く。

 

「虎杖、お前の信条はなんだ? 人を助けることじゃないのか?」

 

「そうだよ…だからこそ、俺が死んで──ー」

 

「違うだろ、それだとお前が助かってない」

 

「!! そんなのっ傲慢(エゴ)だろ…!」

 

「傲慢で構わねぇよ、手の届く範囲の善人は絶対に助ける。それはお前自身も同じのはずだ、お前が死んだら……俺達の心が死んじまうだろうが」

 

「っっ!!」

 

 ズルルッガクンッ

 

 伏黒の言葉に虎杖は涙を流しながらその場に力なく膝を着く。

 

「アンタは馬鹿みたいに突っ走って笑ってんのがお似合いなのよ、レディの肩をこんな強く掴みやがって」

 

「虎杖、罪滅ぼしならまずは俺達を…刹那を助けろ」

 

「…あぁ…絶対に…助けるよ…」

 

「良かった、大事にまではならなかったね」

 

 ハラハラと祈るように手を合わせながら乙骨は真希達とその様子を見ていた。

 

「アホ、心配し過ぎだ」

 

「俺は心配ないと思ってたけどな〜」

 

「シャケ、昆布」

 

「良い友達を持ったな悠仁…」

 

 冷や汗を流す乙骨と感涙する脹相以外はそれを平然と静観している。

 

「じゃあ、意見はまとまったみたいだし、改めてさっき言った方向で良いかな?」

 

 乙骨は再び神妙な顔になり話し出す。それに倣うように一同も静かに賛成する。

 

「…しゃけ」

 

「あぁ、俺も他に思いつかん」

 

「私は元から賛成だ、その方があいつのためだろうしな」

 

「あの子の為だもの…私も賛成よ」

 

「ごめん…刹那…」

 

 一同はそれぞれの反応を示しながら項垂れる。

 

「たった二年……その程度の安息の時間でこれからの幸せを奪われていい理由になんかならない。あいつはもっと幸せになっていいはずだ、絶対に死刑になんかさせない…!」

 

 伏黒は両手を合わせて握り締めて言うとその場にいる全員は深く頷く。

 

「呪術界にそういう境遇の奴はごまんといるが…特級で冤罪死刑なんて刹那しかいないだろうな、全く私達の後輩は問題児ばかりだな?」

 

「う"っスンマセン」

 

 真希は虎杖を見ながらうっすら微笑む。

 

「意見は固まったみたいだね、それじゃあ! …何をしようか?」

 

「何も考えてねぇのかよ!?」

 

「おかか!」

 

「ご、ごめん、皆に会えると思ったらちょっと浮かれちゃって」

 

 その場の空気が少し和み、全員で事態の収束へと動き出した。

 

 ──ー

 

 刻は遡り十一月二日。

 

「誰か…誰かぁ…!」

 

 十月三十一日、ハロウィンの日。魔境と化した東京で逃げ遅れた女性は、溢れた化物から必死に逃げ、人波に揉まれ、化物に追いかけられて逃げ回り、ボロボロになった足で他の生存者を探していた。

 

「他に誰もいないの…? 奈子…光輝…」

 

 女性は友達の名前を呟きながら、化物によって荒らされ尽くしたショッピングモールの中を歩き続ける。

 

 ガタガタッガタッ

 

 絶望に暮れ、やつれ尽くした女性は、精神の限界が近付いていたが、直後に近くの倉庫室から音が聞こえる。

 

「…今の音、もしかして誰かいるの…!? すいません!! 私も逃げ遅れ…て…」

 

 ギィィィ

 

 倉庫室に駆け寄り、生き物の気配を感じたためか不用意に大声を出してしまう。中から出てきたのは生物とは思えない化物、ソレは女性を見て嗤いながら生物感のない光沢のある手を伸ばす。

 

「い…いや…! 来ないで!!!」

 

 化物はビクビクとした挙動をしながら女性に襲いかかる。

 

「キャァァァ!!」

 

 ドガジャアンッ!! 

 

「………?」

 

 死を覚悟していた女性は強く目を瞑ったが、いつまで経っても痛みがないのを不思議に思う。ゆっくりと目を開けると、目の前には綺麗に整った人形のような顔をしている、一回り小さい眼帯をした女性が自身の顔を覗き込んでいた。

 

「無事ですか?」

 

「あ…え…? 私…」

 

「あぁ、少し待っててください。アレを祓うので」

 

 キンキンッバラララッ

 

 刹那はそう言って女性をその場に座らせて呪霊の前に立ち、一瞬で斬り伏せる。

 

 女性は口を開けてその光景を目にする。

 

 チャキン

 

「はい、終了。ここは危ないです、僕が護りますので安全な所まで行きましょう」

 

「ぅ…ぅぁああ」

 

 刹那は女性に手を差し伸べると女性は安心感と恐怖感がごちゃまぜになり泣き出してしまう。

 

「大丈夫ですよ、もう大丈夫です」

 

 背中をポンポンと叩きながら刹那は安心させる為に女性を抱きしめる。

 

 ──ー

 

 刹那は最寄りの避難所まで女性を送り届け、再び東京に戻る。

 

 自身と宿儺が崩壊させた渋谷、阿弥部が大量に発生させた呪霊の群、あの日から毎日見る夢、あらゆる要因が刹那の気持ちを沈ませる。なんとなく少し西に傾いた太陽と崩壊した渋谷を交互に見ながら放心していると、そこに九十九が現れる。

 

「やぁ刹那、今日はいい天気だね」

 

「九十九さん、どうしましたか?」

 

「いやなに、いつまで続けるつもりかと思ってね…高専には戻らないのかい?」

 

「……皆には会いたいです。けど、人命救助が優先されることも事実です」

 

 九十九は刹那の隣に座り、同じように崩壊した東京を眺める。

 

「…この光景を造ったのは阿弥部という男だ、君は直接関係していない、気に病むことはないよ」

 

「……九十九さんが昔僕に言った、呪霊をこの世からなくす方法、呪力の脱却にまとまったんですね」

 

「あぁ、昨日言った通り、私は平和な世を目指しているんだ。もちろん、君の術式でも呪力を完全になくすことはできないのは重々承知だから、無理に協力を求めることはしないよ。手伝って欲しいのは事実だけれどね」

 

 九十九はウィンクをしながらニコリと笑って見せる。

 

「そうですか、あまり変わってないようで安心しました」

 

 そう言って刹那は立ち上がり歩き出す。

 

「どうしたんだい?」

 

「いえ、ついさっき良い感じの呪胎を見つけたので、そろそろ産まれる頃かなって」

 

「え、躾けるの? 昔説明した時は自分には向いてないって言ってたのに」

 

「いたら便利そうですし、やっぱり一人は少し寂しいので」

 

「君も意外に乙女だね」

 

 刹那はニコリと笑みを溢し、九十九の前から立ち去っていった。

 

 ──ー

 

 その夜、目的としていた呪霊を刷り込みと躾で飼い慣らし、自身の生家を訪れる。

 

 しかし、眼前に広がっていたのは無理矢理破壊された結界と轟音を立てて燃える家の姿。

 

「なんで…?」

 

 ザッビュンッ

 

 刹那はあまりの出来事にその場に立ち尽くしてしまう。すると、背後から術師が刹那に斬りかかるが、それを回避する。

 

 ザウッ

 

 刹那が斬撃を避けるとぞろぞろと闇に紛れて現れる。

 

「その格好…禪院家の人達ですよね、確認ですがこれをやったのはあなた達ですか」

 

 殺意と呪力をドロドロと出しながら、答えが分かりきった問いをする。

 

「阿頼耶識刹那だな? つい先刻の会議で貴様の位剥奪と死刑が決定した」

 

「は? …僕が…死刑? なんで…」

 

「渋谷崩壊、呪詛師阿弥部に加担した最凶の術師、なにより両面宿儺の血族、これ以上に理由はいるまい」

 

「汚い血筋の卑しい女め、屋敷の中を調べたがキサマの初代も呪詛師ではないか。よくもまぁ、特級術師などと名乗れたものだ」

 

「加担…? そんなことしてない! 誰も、反対はしなかったんですか…?」

 

 じわじわと自身に対して現実が突き刺さる。

 

「反対どころか上層部は満場一致だったそうだぞ! 今の学生達からしても喜ばしいことだろうよ、滅すべき特級呪物と血の繋がった化物が死刑になるんだ、今頃喜んでいるかもしれんな? 死んでくれて清々したと!!」

 

 リーダーらしき男が声をあげて笑うと、それにならい他の術師達も笑い出す。

 

「そんな、そんなハズはない…だって皆は友達で、大事な仲間で…」

 

 バリンッ…ペタンッ

 

 頭の中で高専生の声が響く。化物、怪物、呪詛師、最悪、死刑

 

 呪詛のように友の声で響き渡る言葉は、刹那の心を蝕み壊し、気付けば刹那は地面に座り込んでいた。

 

 刹那は度重なる戦闘と人命救助による疲労、更には唯一の自身の生まれを証明する家が焼かれたショックによって気付けなかった。禪院家の術師の一人に、声を呪詛として直接頭に響かせる、呪詛吐きの術式を持った者がいることに。

 

「上層部も困ったものだ、こんなガキ殺すのに特級を派遣しようと考えるなんてな、でもまぁこれで禪院家の中での俺らの立場もちったぁ良くなるかもな!」

 

「さて、遺言はあるか? 一言位なら聞いてやるぞ?」

 

 刹那のうなじに刀を当てて嘲笑う術師。しかし、その刀を握る腕は次の瞬間に宙を舞っていた。

 

 ブシュッゥゥゥー

 

「……へっ?」

 

 全身から急激に冷や汗をかき、その場でなにが起きたかの確認に努めようとする。

 

「腕が! 俺の腕ぇぇ!!」

 

 刀の血を拭いながら、脱力した腕と共にユラリと立ち上がる。

 

「動いたぞ殺せ!!!」

 

「おいで」

 

 ザクッ

 

 術師の一人が声をあげるが、それよりも早く刹那は自身が乗ってきた呪霊を呼び、刀を刺して呪力を流し込む。

 

 ビキビキバキバキッ

 

 無理矢理呪力を流し込んで特級クラスまでに成長させる。

 

「呪霊を従えてるぞ! 陣形を組み直せ!!」

 

「百睨鳥…食べていいよ」

 

「♪」

 

 バグバギョバキュッッ

 

「あぁー!」

 

「に、逃げろ!!」

 

「"その全てを無に帰し、また忘れることなかれ。我命ずる、無と有の縁によりてこの世の境界を再び空白とすることを"」

 

 刹那は結界を張る。天元同様、隠すことに特化した阿頼耶識家の結界は禪院家の術師達を激しく混乱させ、呪霊はそれを餌のように喰い散らかす。

 

 禪院家の者が犯してしまった重大なミス、刹那の元々の心の不安定さと多種多様な要因が重なり、この世界は"最凶の特級呪詛師、阿頼耶識刹那"をバグのように産んでしまった。




お気付きの人も多いと思いますが刹那は精神力クソ雑魚ナメクジです。SAN値が常に二十くらいを彷徨ってます。
理由は元々人の感情とか見えますし、わりと小さいときから呪術師なんてやってたもんだから人の死ぬ瞬間の色を見たり、呪霊の色をみて感情を共有してたりしましたし、そりゃあ心もぶっ壊れかけますよねって。え?沢山見てきたから慣れてないのかって?皆さんは毎年親戚や友達が死んでそのお葬式に行ったら慣れて笑えるようになりますか?
そういうことです。


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第四十七話 待宵の月

今回は短めでーす


 ──乙骨帰還から三日後──

 

 十一月六日

 

「伏黒恵を禪院家当主とし、全財産を譲るものとする」

 

 フルダテが禪院家の当主、直毘人の遺言状を発表すると、直哉はすぐに立ち上がり部屋から出ていく。

 

「そうかい……」

 

 スック、ガラッ

 

 直哉はそれだけ言って立ち上がり、その場から去っていった。

 

「どうしたんだ直哉の奴…?最近急にしおらしくなって、絶対何か文句言うと思ったのに」

 

「例の特級の少女に負けたのがよっぽど応えたのだろうよ」

 

「何ヶ月も引きずるなんてあいつらしくねぇなぁ、気持ち悪い。ま、大人しくなる分には構わんが。それより一部の炳と灯、それと躯倶留隊の奴等は何してんだ? 出張か?」※A、鏖殺済み

 

 禪院家の甚一と扇は伏黒の当主案に特に反対することもなく受け止め、直哉はとある術師に指定された場所へと向かう。近くの空き地、人の目につくこともあまりなく、近寄る子供もいない、禪院家の数ある所有地の一つ。

 

 そこに大人しく縮こまる一体の呪霊、百足のようでいて蝙蝠のような外見をするそれは、無数の目で直哉をじっと見つめると背中を見せてくる。

 

「こんな呪霊手懐けるなんてなぁ……ホンマになに考えてはんのやろ…」

 

 直哉は背中に乗るとその呪霊は翼を広げて空中に高く舞い上がる。そして高速で東京へと移動を開始する。

 

 ──

 

 約ニ時間の空の旅を経て直哉は東京、崩壊した渋谷の真ん中へと辿り着く。

 

「おおきに、なんや飼い主の場所は分からへんのかい」

 

 呪霊から降り、直哉は近辺を歩く。

 

(改めて見るとえらい大変なことになったなぁ、東京…いや、日本はもう危ないかもしれへんなぁ)

 

 崩壊した東京を袖に手を入れながら見て歩く。低級の呪霊は直哉を恐れて襲いに来ず、件の術師の影響か、強力な呪霊も現れることはなかった。

 

 直哉はとある壊れた道路のヘリに辿り着くと、目的としていた人物を見つける。

 

 ペラ、ペラ、ペラ…

 

 コクンッ

 

 紙を捲る音。静かにお茶を啜る音。大魔境と化した東京に、およそ似つかわしくない、酷く静かな音が響く。

 

「随分呑気やねぇ、刹那ちゃん」

 

 パタンッ

 

「あ、やっと来ましたね。待ちくたびれましたよ、本も四冊目です」

 

 手をあげて歩み寄る直哉を見つけ、積み上げられた本を指しながらクスクスと笑い、本の中間辺りに栞を挟む。

 

「どうぞ隣に、紅茶ですけど飲みますか?」

 

「おおきに、構わんといてや」

 

 刹那の隣へ腰掛け、お茶を断るように手で遮る。

 

「お猿さん助ける為に東京残るなんてなぁ、流石は特級術師様やね」

 

「こんな殺伐とした場所で非術師が六日も生き残れる訳ないじゃないですか、もう誰も見てませんよ」

 

「……四日前の夕方頃、刹那ちゃんの死刑が決まったで」

 

「でしょうね、そうなるって分かってたからここにいるんですし」

 

 直哉の口から発せられた言葉を既に体験している刹那は驚く様子を見せずにお茶を啜る。

 

「直哉さんは僕を殺しに来たんですか?」

 

「今刹那ちゃんに勝てる術師なんて可能性あって乙骨君くらいのもんやろ。第一呼んだのは君の方やろうに、あんな呪霊まで使って」

 

「今、東京には至るところに呪胎がいますからね、飼ってみたんですよ。可愛いでしょう?」

 

 特級相当にもなろうかという呪霊を可愛いと言う刹那。直哉は刹那の壊れっぷりを知っているため、気にすることもなく話を続ける。

 

「あんましそうは思えへんな。で、用はなんや? 言っとくけど俺も当主やないさかい、死刑の取り止めとかは進言できんよ?」

 

「そんなことを言うつもりはありませんよ、二つほど、お願いがありまして。一つ目はですね、直哉さんには真希さんと真依さんと仲良くしてほしいんです」

 

「一つ目からエライハードル高いなぁ…でもまぁ、あん時刹那ちゃんに言われたしなぁ…。そやな、塩一摘みくらいなら考えといたる…で、二つ目は?」

 

「簡単ですよ、東京校の皆さんに伝えてほしいんです…」

 

「なんや、遺言か?そんなら言わんよ、自分で言いに行きーや」

 

「そんなことを言うつもりはありませんよ」

 

 刹那は妖しく笑いながら立ち上がる。月夜にその姿を重ねながら刀を抜き、呪力の靄を出現させる。

 

 ドゴォッッ!! 

 

「虚」

 

 準一級、一級相当の呪霊が複数体現れ、刹那に牙を向く。

 

 キュインッシュパパッ

 

 バグンッグシャッバギュッ

 

 直哉はその光景を動くことなく静観する。

 

 刹那に向かった呪霊は斬り刻まれるが、回復しようとする。しかし、回復が終わる前に呪力の靄が龍の形となり呪霊を喰らっていく。

 

 刹那の術式は、渋谷事変での初代の記憶の追憶、後の三日間の夜と戦闘経験を経て完成していた。

 

「次の満月の夜、天元様を殺して、皆さんに精一杯の呪いを届けに行きます。と」

 

 キンッ

 

 響き渡る静かな刀の鍔の音、直哉は固まって少しだけ欠けた月と重なる刹那を見つめる。

 

 次の満月まで、残り二日。

 

 ──

 

 翌日、直哉は一つ目のお願いを除いて東京校の関係者に伝えた。

 

 そして地下室にて秘密裏に回復した夏油達による事情聴取が始まっていた。

 

「直哉君、だったね? いくつか質問があるんだけど」

 

「どーぞー、答えられるかどうかは俺が選ばしてもらうけどなぁ」

 

 直哉はソファに腕を広げて座り、どうぞと言うように手を出す。

 

「当主の座は伏黒君にあるってことでいいんだね?」

 

「せやけど、勿論貰えるんなら当主の座は貰うで」

 

「え"俺いらないんですけど…」

 

「貰っとけ、金や呪具が使い放題だぞ」

 

「めんどくさい……」

 

 伏黒と真希が話すのをよそに夏油は質問を続ける。

 

「質問二つ目、君の話とは関係ないけれど、先日、刹那の生家を焼いたのは君の指示かい? それとも禪院家の総意?」

 

 先日、刹那の死刑判決が下った日の夜に富士の樹海にある阿頼耶識家が全焼、そこには禪院家の者と思われる死体がいくつかあり、特級クラスの呪霊の残穢が残っていた。

 

「……家の下っ端の雑魚どもと一部の炳と灯の仕業やろ…手柄がほしゅうてやったんやろに、俺はなんも関与してないで」

 

 直哉は無罪を主張するように手を広げてヒラヒラと振る。

 

「その下っ端とやらが全滅したのは、刹那がやったのかい?」

 

「それは知らんよ、あの子の家なんて見たこともないよってに」 

 

「質問三つ目、君から見て刹那はそれを実行すると思うかい」

 

「するね、絶対にするわ、間違いない」

 

 念入りに直哉はその質問に肯定する。

 

「そうか…最後の質問だ、君は…刹那の死刑に賛成かい?」

 

「…………」

 

 直哉はその場で黙り込み、十数秒の間、静寂が流れる。

 

「勘違いしないでくれ、別に君が賛成しようが反対しようが君をどうこうするつもりはないよ」

 

「アホぬかせ、そないなことで黙っとるんやないわ、俺自身は勿論反対や、刹那ちゃんに出会って俺も大分丸なってしもたし、悟君もあの子もいない世界なんて退屈やろしなぁ。でも…」

 

「…でも?」

 

「次の満月…明日の夜、あの子はここに来るんやで? それを止められるのん?」

 

 ……

 

 直哉の言葉に再び流れる本日幾度目かの静寂。それを打ち破るように直哉は口を開く。

 

「まぁ、どうせそないなことやと思ったわ。なぁ、恵くん」

 

「はい…?」

 

 直哉は溜め息を一つついて伏黒の名前を呼ぶ。

 

「取引しようや」

 

「取引?」

 

「せや、刹那ちゃんがここに来た時の死刑執行をウチの者たちでやったる」

 

「なんでぽっと出のアンタに刹那のことを任せなきゃなんないのよ」

 

 釘崎が直哉を睨みつけながら言う。

 

「そないなことは刹那ちゃん殺す覚悟できてから言ぃや」

 

「じゃあアンタは刹那を殺せるっていうのかよ」

 

「あ"?」

 

 ゾクッ

 

 直哉は殺気を出して虎杖を睨みつける。

 

「調子に乗んなや虎杖悠仁。俺らが生きとるこの世界は呪い呪われが当たり前なんや、昨日まで生きてた友達が明日死ぬなんてことも珍しいことやない、んな生温い覚悟でここにいるんなら呪術師失格、甘ちゃんは引っ込んどきや」

 

「………直哉さん…取引の対価は…なんですか」

 

「!!」

 

「伏黒っ!?」

 

 伏黒は重い空気を纏わせたまま口を開く。虎杖は驚愕の声をあげるが、それを無視して話を続ける。

 

「ウチらがやったる代わりに、成功したら恵くんは俺に当主の座を譲る。悪くないやろ?」

 

「…確かに悪くはない…けど、一つだけ条件があります」

 

「ええで、言うてみ」

 

「…俺達も、その執行に参加します…。せめて最期は…俺達が、幕を引きます…!」

 

 伏黒は顔を上げ、迷いのある目をしながらも強く、そう言い放った。

 

「…ほんなら、契約成立、縛らせてもらうで」

 

 直哉は右手を差出し、伏黒も迷いながらも握手を交わした。全員が項垂れる中、ひときわ不機嫌な顔をしながら再び直哉は口を開く。

 

「さて…俺にとってはこっちがぶっちゃけ本題や」

 

「まだなにかあるのかい?」

 

「刹那ちゃんのお願い、実はもう一つあるんよ…俺が真希ちゃん真依ちゃんと仲良うしろっちゅーねん」

 

「あ"? なんだよ、地面に頭擦りつけて謝罪でもすんのか?」

 

「んなことするわけ無いやん、俺は謝らんよ。なんで自分より弱い雑魚にそないなことしなきゃあかんねん。言葉だけの謝罪なんて雑魚の専売特許やろ、だから…」

 

 直哉はぶっきらぼうにそっぽを向いて呟くように言う。

 

「これからの態度で示したる。よう見とけや雑魚が」

 

 それを聞いた真希は一瞬唖然とした後に高らかに笑う。

 

「ふっ、あっははは!!」

 

「おい、何がおかしいねん」

 

「あいつは凄いな! お前がこんな風になるなんて想像できなかったよ」

 

「なっ、この──」

 

 スッ

 

 真希は手を差し出す。

 

「はぁっ?」

 

「私はアンタを許さないし許す気もない、アンタの好感度は今マイナス振り切ってんだ。だから、そのマイナスを今回だけゼロにしてやる、そっから先はアンタの言う、態度で示してくれ」

 

「……ハンッ! ええで、乗ったるわ」

 

 パシンッ

 

 因縁深い二人の溝は一時的かこの先もそうなのかは分からないが、平坦になった。

 

「それじゃあ…明日に向けて準備しないとね」

 

 乙骨がそう言うと一同は動き始める。後輩を、親友を、憧れる程の強さを持つ人を止めるため──ー

 

 満月は、明日




次の投稿は五日後の金曜日です。


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第四十八話 今日は月が綺麗ですね(小望月)

今日中にこれともう一つ出しますので、ぜひどうぞ。


 ──

 

 伏黒は寝つけずに校庭に出ていた。内心、どこかで全てが嘘で、明日の事もただの直哉の世迷言か、冗談何じゃないかと。自分の頬をつねったりして確かめても感じるのは、冬が近づき冷え切った指先の温度とほんのりとした痛みだけだった。

 

「……」

 

「小望月、幾望…今だと寒月とも言えそうですね」

 

 伏黒が月を見上げながら呆けていると、後ろからいるはずのない人物の声が聞こえて思わず振り向いて名前を呼ぶ。

 

「刹那…!?」

 

「こんばんは恵君、今日は雲一つないお月見日和ですね」

 

「なんでここに…?」

 

「僕の学校ですよ? 帰ってきちゃいけないんですか?」

 

 ムッとした顔で薄く笑う刹那を見て伏黒は我に返る。

 

「そうじゃない、お前明日って…いや、それより虎杖達を呼んでくるから待っててくれ、事情を全部話すから」

 

 伏黒は立ち上がり、踵を返して虎杖達を呼びに行こうとするが、刹那が後ろから一言放って引き止める。

 

「恵君…今日は月が綺麗ですね」

 

 刹那がその言葉の意味を知らないハズはない。

 

 伏黒は足を止めてゆっくりと振り返り、その言葉の意味を確認しようとするが、耳まで真っ赤に染めて真っ直ぐに伏黒を見つめる刹那を見て、答え合わせは終わった。

 

「どういうことだ…?」

 

 グルグルと頭の中を様々な考えが巡り、思わず聞いてしまう。

 

「これ以上に分かりやすい言葉はないと思うんですけど…」

 

「そうじゃねぇ、なんでっ!なんで…今なんだよ…!!」

 

 刹那は死刑を言い渡され、その執行人として伏黒も参加が決定している。さらに翌日にはこの高専を襲撃すると宣言している刹那は、今伏黒の目の前にいて、あまつさえ思いを告げている。

 

「なんでって、好きな人に思いを伝えるのは今際の際でもなければいけないんですか?」

 

 あっさりとそう言い放って刹那はゆっくりと伏黒に近付いていく。

 

「大丈夫ですよ、答えは別に求めていません」

 

 伏黒は硬直してしまうが式神を召喚しようとして手を動かす。しかし、動物を象る前に刹那は自分の指を絡ませて防ぎ、そのまま伏黒を小丘の芝に押し倒す。

 

 トサッ…

 

「刹那っ、頼む待ってくれっ、説明してくれ!」

 

 馬乗りになったまま刹那は伏黒の言葉を聞かずに話しだす。

 

「何も知らなくていいんです、ただ恵君は明日ここに来る呪詛師を殺せばいいんです。それ以外は考えなくていい」

 

 伏黒の両手をしっかりと握り、顔を近づけてニコリと笑う。そしてそのまま刹那は起き上がり、伏黒の頭に自分の額を当てて術式を行使する。

 

 カクンッ

 

「おやすみ、伏黒君。次に会う時は、僕は最凶の呪詛師です。ちゃんと皆さんで殺しに来てくださいね」

 

 ザッザッザッザッ

 

 気絶した伏黒に向かってそう言い放ち、刹那は闇に消えていった。最後に一度振り向いて、伏黒にもう一言だけ告げていったが意識が飛んでいる伏黒にその言葉が届くことは無かった。

 

 ──

 

「…ぐろっ、伏黒! おい!」

 

 虎杖の声で伏黒は目を覚まし、自分を覗き込む二人の顔を見つめる。

 

「虎杖…釘崎…どうしたんだ?」

 

「それはこっちの台詞よアホンダラめ、この季節に外で本気寝かます馬鹿は誰よ全く」

 

「せめて厚着してけよな〜、風邪ひくぞ?」

 

 周りを見渡してもまだ暗く、スマホを開いて時刻を確認すると、一時を回るころだった。

 

「悪ぃ…寝付けないから外で頭冷やしてた」

 

「そ…実は私達もなのよね」

 

 ボフッ

 

 釘崎は伏黒の隣に座り、虎杖は小丘に寝転ぶ。

 

「寒ぃけどこうしてみると気持ちいいなー」

 

「そうね〜、刹那も身体冷やしてないか心配だわ」

 

 いつもは刹那がいる、伏黒の左に空いてしまったスペース。それを埋めるために今日の夜に来る刹那を止めて説得する。三人は思いを同じくして少しだけ静かになると冷たい風が吹いて三人の体温を奪う。

 

 ビュウゥゥッ

 

「ヴー寒っむ、戻りましょ」

 

「ココアでも淹れるか」

 

「お、良いね、サンキュー」

 

 三人は高専の寮へと戻っていった。

 

 ──ー

 

 刹那が宣言した、満月の夜が来る日の朝。東京校には禪院家の炳と灯、躯倶留隊。名誉を挽回するための加茂家の術師と五条家の数名、死刑の執行を見届ける一部の上層部が集まっていた。

 

「お前達、よく聞け。先日、炳二名、灯四名、躯倶留隊十一名が呪詛師、阿頼耶識刹那に殺された。仲間の仇討ちをするためにも、今日ここに来る凶悪犯を殺して仲間の敵を討て!!!」

 

 校庭で甚一が躯倶留隊と灯に向かって鼓舞するように話すのを、高専の学生達は離れて共有スペースから見ている。

 

「刹那が好き好んでそんなことするわけないじゃない、あの子の大事な家を燃やして殺そうとしたんならとーぜんの報いよ」

 

「渋谷の時から思っとったけど、嬢ちゃん気ぃ強すぎひん? 仮にもあそこの炳っちゅーのは君らんとこの一級相当やで?」

 

「知ったこっちゃねーな、そもそも刹那が殺したかどうかも分かってねークセにキャンキャン吠えやがってよ」

 

「いやそうやけども」

 

 真希と釘崎は悪態を禪院家の術師達に向ける。

 

「刹那、どうやってここに来るつもりですかね」

 

「彼女には結界なんて無意味だよ、どこからでも来れるさ。彼らじゃ勝てるわけがないし、申し訳ないけど囮に利用させてもらおう」

 

「なぁ、ほんとにもう有益な情報は無いのか?」

 

「悪いけど無いなぁ、俺だって会うたんはこの間っきりやし、呪霊を一体調教したってくらいしか知らへんよ」

 

 直哉は手を上げてヒラヒラとそう言う。

 

 虎杖は落ち着いた様子で伏黒に話しかける。

 

「説得、成功させなきゃな」

 

「あぁ、昨日とさっき話したとおり、説得が成功したら、上には殺したように見せかけて俺の術式で遠くに運んで逃がす」

 

「ほな、俺はそろそろ向こうに合流するわ」

 

 直哉は体裁を保つために禪院家に合流しに行く。

 

「俺達も準備するか」

 

「しゃけ」

 

「…虎杖」

 

「んぉ、どした?」

 

「悪いが宿儺と話したい、出来れば縛りを設けて代わってくれるか?」

 

 パンダがそう言って立ち上がると、伏黒は宿儺を呼ぶように虎杖に頼む。

 

「いや…それはちょっと…」

 

「良かろう、この呪いの王の力を借りたいのだろう? 伏黒恵が言うなら引き受けてやろう、殺しはせんがな」

 

 虎杖の頬から宿儺が出てニヤニヤと嗤う。

 

「いや…まぁ、力を借りるのは本当だが、取り敢えず代わってくれ」

 

「なんだ伏黒恵、小僧に言えぬ話か。仕方ない、小僧と手を繋げ」

 

「? なんで…」

 

 カクンッガシッ

 

 伏黒が虎杖の手を取ると伏黒はその場に気絶する。

 

「伏黒!? 宿儺お前っ!」

 

「喚くな小僧、生得領域に招き入れただけだ」

 

「あ、なんだ…って、伏黒に変なことすんなよ!」

 

「フンッ、話が終わるまで伏黒恵の横にいろ、俺は話してくる」

 

 ──ー

 

 それぞれが自身のコンディションを確認し、夜を待つ。

 

 焦りなのか、感覚が狂ってしまったのか、一同は夜が来るのをほんの一瞬に感じてしまう。

 

 もう夜空には、満月が浮かんでいる。

 

 禪院家の術師達は地の利を生かさせないために東京校の周辺の森を捜索し、見つけ次第執行する算段らしく、既に二年生達も含めてバラけている。

 

 一年生は高専の敷地内で天元の隠す結界が機能するぎりぎり、建物の外で待ち構えている。

 

「探せ! 必ず来るはずだ!」

 

「どこからでもかかってこい卑怯者!」

 

 術師達の怒号が聞こえる中、驚くほどあっさりと、刹那は高専の真正面から現れる。

 

 高専のバッジを外し、薄化粧をして紅をさしている。手袋を嵌め直しながら、刀は納刀したままでコツコツと音を立てて歩いてくる。

 

「真正面…!?」

 

「ちゃんと、正々堂々きましたよ。あなた達と違って」

 

「躯倶留隊弓隊! 矢を放て!」

 

 弓隊の男達は隊長の指示で一斉に刹那に向けて矢を放つ。

 

 バシュシュシュシュッッ

 

 キキキキンッ

 

 ドシュッザシュッブシュッ

 

「ぐぁっ!」

 

「ぐぅっ」

 

「あぁっ!」

 

 刹那は一瞬で抜刀し、矢じりのみを斬り落としてそれを男達に向けて弾き返す。

 

「はぁ…遅っそ。殺る気あるんです?」

 

 ビッッ

 

 溜め息をつきながら刀を横に振るう。

 

「くっ!囲めぇ!所詮は非力な女一人! 数で殺せ!!」

 

 ザザザザザッ

 

「フフフ、多勢に無勢ですね」

 

「動くな!怪しい動きをすれば直ちに斬るぞ!」

 

「今から三つ数える! その間に──」

 

 キキキンッ…カラカラカランッ

 

 刹那は男が握る抜身の刀を三分割して斬り飛ばす。

 

「三つ?映画の真似事ですか?怯えてるのが丸わかりですよ」

 

 躯倶留隊の男達はたじろぐが、刹那はそれでも堂々と刀を納刀して話し続ける。

 

「皆さん勘違いしてますね、僕は呪詛師、慈悲はない」

 

 刹那は眼帯をずらして三つの瞳で躯倶留隊の男達を見据える。

 

「っっっ!! 怯むな! 掛かれ!!!」

 

 うぉぉおお!! 

 

 隊長の一喝で男達は自分の恐怖を怒声で誤魔化し、刹那に斬りかかっていく。

 

「百人斬り、少し興味あったんですよね」

 

 ギュルルッザザザンッ

 

 ドゴッキンッシュパァンッ

 

 うゎぁあ!! ぐぁっ! ヴォェッ! 

 

 男達は三十秒と経たずに刹那に斬り伏せられていく。血飛沫が舞う中に、刹那はまるで踊るかのように術師達を斬っていった。

 

 ビュッッパタタッ

 

「うっ、ぅぅ」

 

「俺の足がぁ…」

 

「煩いですねぇ、殺さないだけ安いと思ってくださいよ」

 

 高専前の道路に血だらけで横たわる男達。その中央に刹那は立ち、眼帯を整えながら無慈悲にもそう言い放つ。

 

「おいおい嬢ちゃん、俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

 バゴォッ

 

 甚一の声が聞こえた瞬間、地面が隆起し、刹那は岩の手に挟み潰された。

 

 …かに見えたが、刹那は既にその術者の目の前に移動していた。

 

「こんばんは、随分お年寄りですね。そろそろ逝き時では?」

 

 ビシッ

 

 刹那は術式を発動させて、長寿郎にデコピンをすると長寿郎はその場に倒れる。

 

「今だ殺れー!」

 

「仲間の仇を討て!!」

 

「やったのは僕じゃないんですけどねー」

 

 ギジュッバゴッドゴンッ

 

 バキィッボギボギッ

 

 灯の男達は刹那に向かって攻撃するが、術式を使う暇すらなく近接攻撃は全ていなされる。足の健を斬る、術式、殴打、あらゆる手段で一瞬にして戦闘不能にされる。

 

「流石は元特級だ…。だがな、ここからが本番だぜ、お嬢ちゃん…蘭太!!」

 

「ハイッ!」

 

 ブワァッッ

 

「!?ぐっ、がっ…ァァ…」

 

 甚一が合図を出すと蘭太は術式を行使しようとする。しかし、刹那にはその敵対の赤が見えており、既に予測できていたために蘭太の視界を靄で塞ぎ、そのまま真空状態を作って気絶させる。

 

「蘭太!?」

 

「他人の心配をしている場合じゃないのでは?」

 

「くっ! このォっ!」

 

 既に目の前に立っている刹那を見る。驚いて後方に跳んで避け、甚一は術式を使って数多の拳を刹那に振り下ろす。

 

 ドドドドドドォォォッン!!! 

 

 パラパラッ…サァァァ…

 

 甚一の術式によって、辺り一帯は見るも無惨に崩壊し、砂埃が舞う。

 

(砂埃で奴を見失ったっ! クソっ殺ったのか…?)

 

 ガシッ

 

「──!?」

 

 甚一は頭を掴まれる感覚に陥るが、眼前に姿はない、振りほどこうとすると顔に重い一撃が与えられ、連続して肩と腹に打撃が加わる。

 

 メシイッッバキンッ

 

 ドゴッドッドッドザァァァッ

 

 甚一は吹き飛ばされて顔面から血を流す。砂埃が落ちて視界が開けるが、やはり姿はなく、近づく足音のみが夜の静寂に響く。

 

「くっどこだ!?卑怯者め!姿を現せ!」

 

 フワッ

 

 直後に刹那が術式を解いて姿を現す。

 

「卑怯者?フフフ、可笑しなことをおっしゃいますね?人の生家を燃やした挙げ句、多体一で勝負を仕掛けたのはそちらの方なのに…あなたもそう思いません?」

 

 刹那は口に手を当てて嗤い、顔を扇の方へと向けて嗤う。

 

「貴様は呪詛師だ。それも特級のな、大量の守るべき非術師を殺す可能性のある犯罪者を処すのに、なんの義が必要だと言うのだ?」

 

「守るべき非術師?ふっくく…!!なんの冗談ですかそれ。術式が無い男を雑魚でゴミ扱い、女性をただの孕み袋としか認識できないような家がよく言えたものですね! 可笑しくって笑いが止まりませんよ!アッハハハ!!」

 

 ピキッ

 

 わざとらしくお腹に手を当てて笑う刹那に、扇は殺意を覚えて刀に手をかける。

 

「待て、行くなら同時だ」

 

「分かっている…秘伝・落花の情、術式解放焦眉之赳(しょうびのきゅう)ッ」

 

 ボゥッ

 

 扇は刀身に炎を纏わせ、落花の情による高速居合の構えをとる。

 

「良いですよー。ほら、さーん」

 

 カチャッ

 

「に〜ぃ」

 

 ビキキッッ

 

「い~ち」

 

 ドッッ

 

「ぜー、ろっ」

 

 ゴヂィンッ

 

 ズパパッッ

 

 刹那のカウントダウンに意図せずに合わせ、二人は駆け出す、その瞬間に甚一と扇はお互いの距離を無くされ、正面から衝突する。鈍い音が響き渡ると同時に、二人の片腕と足首が斬り落とされる。

 

「「!!」」

 

「暗闇だと僕の靄は見辛いですよねー、お陰で楽に引っかかってくれた。でもそれより…ほんとにそれが秘伝なんですか? 二人共遅すぎますよ。術師辞めてまともな職を探すのをオススメしますね」

 

 刹那は刀を横に払って血を払いながらクスクスと嗤い、二人に向かって煽り文句を次々に言い放つ。

 

「貴様のような犯罪者にっなにが分かっガボォッ」

 

 扇が怒りの形相を顕にし、プルプルと震えながら口を大きく開くと、刹那は口の中に斬った腕をねじこみ口を塞ぐ。

 

「分からないですよ、分かりたいとも思いません。僕のような犯罪者?当主になれないのを自分の娘のせいにして拷問紛いのことをするのが善行なんですか?それを見てみぬふりして愉しむのも善行なんですか?…随分ご立派な教育をされてるんですね?禪院家って」

 

 ドガッ

 

 刹那はそこまで言うと扇を蹴り飛ばす。そして呪力の靄を出して二人を飲み込む。

 

 ドポォンッ…ポイッ、ザリィッッ

 

「…気絶させただけだから大丈夫ですよ、真希さん」

 

「よぉ刹那、一週間振りくらいか?」

 

 手には薙刀、背には遊雲を装備した真希が現れて刹那に笑いかける。

 

「これまた随分と派手にやったなぁ」

 

「やっぱ一級程度のやつらじゃ相手にならへんねぇ」

 

 真希の後ろからパンダと直哉も現れる。

 

「パンダさんと直哉さんも、こんばんは」

 

 刹那は無邪気、しかし妖艶ともいえる笑顔を向ける。

 

「その化粧良いな、よく似合ってるぜ」

 

「ありがとうございます、裏梅さん…友達に教えてもらったんです。良ければ真希さんの火傷痕も消しますよ?」

 

「いやいい、これは私が弱いことへの戒めだからな」

 

「ていうか寂しいな、前みたいにパンダ先輩って呼んでくれないのか?」

 

「だって僕はもう後輩じゃないですし」

 

 酷く普通の口調であっさりと言い放つ刹那を、二人は複雑に思いながら話し続ける。

 

「確認だが…やめる気はないのか?」

 

「ないですよ、僕は呪詛師なので。それに…僕をこんな風にしたのはあなた達です」

 

「クソっ…仕方ねぇ、後輩に手をかけるのは気が引けるが…行くぞ」

 

 ズズズゥンッ、ポポポッ

 

 真希は薙刀を構え、パンダはゴリラモードに変形し、直哉も呪力を練る。

 

「いつでもいいですよ」

 

 刹那は構えることもなく無造作にその場に立つ。

 

 ザァァァッ

 

 足場が壊れ、残った木々が風によって揺らされ独特の旋律を奏でる。一同の呼吸が整ったその時、刹那の目に映る灰色が一際濃くなり、三人は刹那に向かうフリをする。

 

 ザッ グイッ

 

 刹那が一歩踏んだ瞬間、真希が仕掛けていたワイヤーを引き、刹那の足を拘束しようとする。

 

 タンッ

 

 ピシンッ

 

「今だ散れ!」

 

 バババッ

 

「!」

 

 刹那はその場から高く飛び上がり、それを回避するが、同時に真希は合図をだし、二人は二方向に分散する。

 

 トンッ

 

 刹那は着地すると真希に問う。

 

「…何をするつもりです?」

 

「そう構えんなよ、少し遊ぼうぜ」

 

 ボゥンッ

 

 真希は煙玉をその場に叩きつけて逃げる。

 

「ケホッ…なるほど、伏黒君の策ですね、僕の事をよく知っている」

 

 ザザザザッ

 

 山の木々に紛れて三人は合流し、走りながら疑問を口にする。

 

「真希!!今更だけどほんとにこれ上手くいくのか!?」

 

「知らねぇよ恵に聞け!」

 

「俺らを追ってくるメリットなんもあらへんのになぁ」

 

 三人は伏黒との会話を思いだす。

 

 ──

 

「刹那と真っ向で勝てるのは正直この中じゃ可能性があって乙骨先輩くらいだ、でもそれじゃただの殺し合い、必ずどっちかが死ぬ。だから、無力化させる」

 

「どっちかが死ぬっつーレベルなのに、無力化ってどうするつもりだよ?」

 

「あいつはあぁ見えて感情で動きやすい、少しお膳立てして"遊べばいい"」

 

「遊ぶ?」

 

「そう、禪院家が全滅した後、少し煽って山を逃げ回って、戦いやすいポイントまで誘い込んでください。刹那は確実に乗ってきます、あいつは誘いは絶対に断らない」

 

「…まぁ、一番付き合い長い恵の作戦だしな、私はOKだ」

 

「俺も」

 

「しゃけ」

 

 全員が作戦に賛同して話を続ける。

 

「それが成功したら乙骨先輩と狗巻先輩、あと脹相の出番だ。刹那が本気で抵抗したら無力化するためには全力で叩くしかない、何回か殺す気でいって問題ないです」

 

「えぇ…う、うん分かったよ伏黒君」

 

「明太子、しゃけ、すじこ」

 

「確認だが味方だよな?」

 

 伏黒は最後の確認に脹相に問う。

 

「悠仁の友達を助けるのだろう? 兄が仲直りに協力するのは当然だ」

 

「弟じゃねんだけどなぁ」

 

 ──ー

 

「信じるしかねぇよ。例のポイントまで誰か一人でも逃げ切れ!」

 

 ババッ

 

 再び三手に別れて予定のポイントを目指す。直後、直哉の前方の木に刀が刺さり急停止する。

 

「!」

 

 ザザーッ、ザクッ

 

「直哉さん、見ぃーつーけた」

 

「最初は俺かい、貧乏クジやわぁ」

 

 ダンッ

 

 直哉は術式を使い木々に紛れてスピードを上げる。

 

「悪いなぁ刹那ちゃん、こっちも本気でいかせてもらうで」

 

「構いませんよ」

 

 ギュンギュンギュンッ

 

 意図せず"あの日"のリベンジマッチとなった刹那と直哉だが、一つ違うのは、目的。

 

 亜音速までスピードが達し、直哉の最高速度、音速までに到達する。

 

「拡張術式、全自動迎撃(フルオートカウンター)

 

(いくらなんでもこのスピードは捉えられへんやろ!)

 

 バシュッビィンッ

 

 直哉は攻撃の直前に短刀を刹那の前方に飛ばし、注意を引き付ける。

 

 ィィィィンンンン──バォッ! バキバキッ

 

 直哉は木に足をつけてさらに加速して刹那の背に向かって拳を振るう。

 

()った!!)

 

 ピタッ

 

「あぁ、後ろでしたか」

 

 直哉の拳は刹那に当たった瞬間に停止する。音を置き去りにする程の一瞬の出来事に、脳が追いつかない直哉の右側を呪力強化のハイキックで蹴り飛ばす。

 

 メキイッバゴッ

 

 拡張術式、全自動迎撃は短時間の間、靄を身体に纏い自分に害のある全てを、触れた瞬間に完全に自動で発動して無くすことができる技。五条と違って六眼が無い刹那は常時展開は出来ない。しかし、五条の無下限と違い、領域展延を使用しても攻撃は通らない。すなわち、使っている間は何人たりとも刹那を傷つけることはできない。

 

「さて、あと二人」

 

 ガシッヴンッ

 

「終わって…ないで…」

 

 ゼェゼェと息を切らしながら術式を使って一瞬だけ動きを止める。

 

「…これ以上はしたくないんですけど」

 

「俺も約束があんねん…せめてこれだけ貰ってってや」

 

 ボゥンッ!! 

 

 直哉は刹那の足を掴んで一言言い放つと、煙玉を地面に叩きつけて爆音と煙を蒔く。

 

 キーーン…

 

「!…ゴホッゲホッ…何がしたいんですか!…あ、気絶した」

 

 ──

 

「やべぇな、多分あの金髪負けたぞ」

 

「んなもん音で分かる、殺しゃあしてねぇだろ。それよりも予定と違ってラッキーだ、二人も残ってここまで来れた」

 

「真希ってやっぱり結構ドライだよな」

 

 パンダと真希は高専から更に離れた山の中の例のポイントまでたどり着いていた。

 

「あとは憂太と棘と脹相がなんとかしてくれるのを願うしかないな」

 

 刹那は二人の残穢を追って歩きながら自身に投げかけられた言葉を振り返る。

 

 怪物   化物   気持ち悪い 卑怯者    

 

 凶悪犯罪者  汚い血筋  死んでしまえ

 

 最凶最悪最低の呪詛師

 

 ザッザッザッザッ

 

「フフフ、上等ですね」

 

 ド ロ リ 

 

 ゾクゾクゾクッ

 

 刹那は二人のいる開けた場所へと到着し、不敵に嗤う。

 

「挑発に乗って、来ましたよ」

 

「流石だな、恵の言う通りだ」

 

 パンダと真希はその場で静止し刹那に話しかける。

 

「闘りあう前に聞きたい…お前の眼には私達はどう映ってる?」

 

「……」

 

 刹那は眼帯を少しずらし、少しの沈黙の後に回答する。

 

「迷いの灰色(グレー)、信頼の青竹色(エメラルドグリーン)…迷いが断ち切れない呪術師が、僕の前にはいます」

 

「お前の眼、そんな風に見えてるんだな」

 

「…無駄話はこれくらいにしましょう、早く決着をつけなければ」

 

 ザッ

 

「穿血っ!!」

 

 バジュゥゥッッッ

 

 ヒョイッ

 

 刹那は一歩を踏む、その瞬間に木の陰から脹相の穿血が飛んでくるがいとも容易くそれを避ける。

 

「僕が気付かないわけないじゃないですか」

 

 刀に手をかけて構えるが、狗巻の呪言が飛んで刹那は停止する。

 

「動くな!!」

 

 ピタッ

 

「すまん刹那! 激震(ドラミング)──」

 

赤燐躍動・載(せきりんやくどう・サイ)!」

 

 ギュオッ

 

 パンダと脹相はお互いの最大出力で刹那を叩こうとする。しかしそのほんの一瞬で真希は狗巻が呪言を発した時の違和感の正体に気づく

 

(刹那相手に呪言を使って棘の喉が潰れねぇ…? いや! んなはずねぇ! まさか!!)

 

「二人共離れろ!」

 

 しかし、一歩遅かった。

 

「そのまさかです」

 

 ブワァンッ

 

 自分達より小柄な刹那を攻撃するために、やや下に向かって振り下ろした拳は、刹那がその場で跳び上がったために空を切る。

 

((フェイクッ!?))

 

 二人はそれに気付いて上を見上げるが、刹那は既に術式で再びその場に着地していた。

 

 フワァンッ

 

「しまっ──」

 

 ドドドスッ

 

「おぅふっ」

 

 刹那は一瞬でパンダの身体の三箇所に貫手を的確に撃ち込み、瀕死に追い込む。

 

「くっ! 苅祓──」

 

 パカンッ! 

 

 クラッ

 

 脹相は攻撃を試みるが、下から刹那は顎を踵で蹴り上げ、一瞬脹相は酩酊する。

 

 ガシッバクンッ…ブルブルッガクッドサッ

 

 その隙をついて脹相の頭を掴み、術式で真空状態を作った靄で頭を飲み込んで脹相を気絶させる。

 

「呪言は言霊の増幅、強制の術式。僕は術式そのものの効果を消すことは出来ませんが、術式によって起こった物理現象、その前に必要な準備はどうとでもなります」

 

 刹那は言葉が届く前に自身の周りの振動を完全に無くし、呪言どころか言葉を耳に届かせさせなかった。

 

「恵の作戦は悪くなかったんだけどな、お前の頭の回転の速さには恐れ入るよ」

 

 真希は額から汗を流し、遊雲を構える。

 

「あぁ、やっぱり伏黒君ですか。僕は普段片眼で過ごしてるから、他の感覚に頼ってる節がありますからね」

 

「だからこそ煙玉の音と臭いで撹乱、夜だから視界は勝手に狭まるしな」

 

 ザザッ

 

 木の上に隠れていた狗巻と乙骨も合流する。

 

「いえ、途中まで気付いてませんでしたよ。でも、狗巻さんの呪言は最初から警戒していたので、ここに誘い込まれた時点ですぐに気付けました」

 

「刹那…もう一度だけ聞くよ、止める気は…ないの?」

 

「その選択肢は無いです、何度でも言いますよ。僕をこんな風にしたのはあなた達呪術師で、僕は呪詛師です」

 

 パサパサッシュラァ…

 

 刹那は手袋を外して眼帯を取る。そして二本の刀を抜いて地面に向けると、真希達が最も選択肢から除外していたことを言い放つ。

 

「止めたいなら、僕を殺してください」

 

 狗巻は瞬間、深く息を吸うが、口の中に刹那の靄が入り込む。

 

「眠っ…っ!!ゲボっガホッ」

 

「夜だから真っ黒な靄は見え辛いですもんね」

 

 口の中の水分を完全に奪い、声を発せなくする。

 

 真希は遊雲で刹那に殴りかかるが、完璧に捉えたにもかかわらず遊雲は虚空に向かって滑っていく。

 

「こういう時、術式効果がないって不便ですよね、ただの丈夫な棒なんですもん」

 

 真希の腹に向かって回転をかけながら掌底を繰り出すが、真希は遊雲でそれを防ぐ。

 

 ドガッ…ザザァーー

 

(なんて力! 私が力で負けるはずないのにっ!)

 

「東京で呪霊を沢山斬りましたからね、呪力の蓄えは充分すぎるほどありますよ」

 

 血吸と童子切は二つで一つの刀。血吸は斬った者の呪力の吸収と刀身への強化を行い、童子切は納刀している間、術者本人へとその呪力を供給する。

 

「真希さん!」

 

 乙骨が真希と刹那の間に入り刀身を刹那に向ける。

 

「まだ迷いの灰色(グレー)…呪術師なら早く腹は決めてくださいよ」

 

 ガキンッ! ピシシッ

 

 乙骨と刹那は刀をぶつけて斬り合うが、特殊な呪具を使っているわけではない乙骨の刀はたった一太刀でヒビが入る。 

 

(まずいっ折られる!)

 

 シャリィーッ! ドガッガシッボゴッ

 

()っ!」

 

 乙骨は刀を守るために刀を横に滑らせて刹那に前蹴りを繰り出すが、逆に足を掴まれて肘打ちを脛に打ち込まれる。そのまま距離を詰め、乙骨の胸に拳を突きだす。

 

 ドウッ、ザザザッ

 

「相変わらずとんでもない呪力量ですね」

 

「ゲホッ、今の君にそれを言われても皮肉でしかないなぁ」

 

「私抜きでやってんじゃねぇよ」

 

 二体一の戦闘が開始される。

 

 ギインッガインッキギィンっ! ドドッガインッ

 

 刀を折られないように細心の注意を払いながら刹那と斬り結んでいく、刹那も二人の息の合った猛攻を受け流していき、隙なくカウンターを繰り出していく。

 

(この中じゃ私が一番遅れてる…! クソっ、こんな時自分の体質を恨むぜ)

 

 特級二人がぶつかる状況下、二人の高濃度の呪力に当てられ、ただでさえ呪力への耐性が一般の術師より低い真希は動きと思考が鈍っていく、その隙をつかれ、刹那に遊雲の上から蹴り飛ばされて一旦後退する。

 

「真希さん!」

 

「よそ見するほど余裕ですか、流石ですね」

 

 ギンギンッキィンッ! 

 

 さらに隙は連鎖して乙骨にもでき、一瞬体勢を崩されるが立て直し、再び斬り結ぶ。

 

 ガインッ

 

 お互いに一歩も譲らない、術式を使わない純粋な死合。生まれついて持つ呪力量で乙骨は上を行き、類稀な戦闘センスで刹那はそれを受ける。互いに一歩も譲らぬ戦いだが、刹那が乙骨にこの場で確実に優位を取れるものがあった、それは踏んできた場数。

 

 ビュオッ、ガクッ

 

(とった!!)

 

 乙骨は刹那の姿勢を半ば力ずくで崩し、刹那は前のめりに倒れる。頸椎を狙って乙骨は柄を振り下ろすが、刹那は戦闘経験から来る完全な勘でその場で前宙してそれを避け、乙骨の刀を叩き割る。

 

 クルンッ、バギインッ!! 

 

 口を開けて驚く乙骨の胸に蹴りを入れ、そのまま右掌を地面に向ける。

 

「……死ぬ気で受けてください、でなきゃ死にますよ。極の番──」

 

「止 ま れ!!」

 

 狗巻の声で不意を突かれた刹那は動きを止める。

 

(何故…もう喉はっ)

 

 ゴポッッ

 

「ゲボッゲホッ」

 

 狗巻は反動で吐血する、その時唇の内側が見え、疑問は解消される。

 

(自分の唇を噛み切って出した血で喉を潤したのか!?)

 

「なんて無茶をっ…!」

 

 刹那は拘束から無理矢理抜けようとする、しかし身体が一気に重くなる。

 

 ドロッガクンッ

 

「生憎、俺の身体は特殊でな。空気が無くても身体中に血を巡らせることで酸素の供給は短時間だが可能だ」

 

 そこにパンダと真希が攻撃しにいく。

 

「一番決定打になり得るゴリラ核だけブラフを貼って残した。悪いがかなり痛いぞ」

 

(術式を展開する余裕が無い…!)

 

 刹那は呪力を腕と背中に集中させて防御の姿勢に入る。

 

「激震掌!!」

 

「遊雲ッ!」

 

 ドゥッ! バギバギっ!!! 

 

 バキバキ…ドシンッ…

 

 ズルルル…

 

 二人の攻撃で刹那は後方に強く飛ばされ、近くの木に叩きつけられる。

 

(腕と肋が何本か逝った…)

 

「ゲホッゴホッ」

 

 ビチャッ

 

 血を地面に吐きながら、近づく三人を見つめる。

 

 真希は刹那の前に座り、刹那の頬を優しく触る。

 

 ギリリッ

 

「…本気で殺しにくる素振りも見せず、ただただ僕の罪の否定ばかり。上辺だけの優しさに一体なんの価値があるっていうんですか…」

 

 歯ぎしりしながら三人を睨みつけ、心にもない言葉を吐き捨てる。

 

「……少し痛い思いはしてもらったが、勘違いしないでくれ、私達はただお前を助けたいだけなんだ」

 

「君は何も悪くない…渋谷のことも、君の血筋も、阿頼耶識刹那という、一人の少女の罪にはならないんだ」

 

「俺は呪骸だ…けどな、少なくともお前が上のバカ共よりは良い奴だってことは、この二年で良く分かってるつもりだぜ。だからってわけでもないけどよ」

 

「「戻って来い(来てよ)」」

 

(……知ってたよ…この人達は優しすぎるんだ。あの時、頭に流れた言葉は皆が言うハズがない言葉で、自分の心の弱さが招いた妄想なんだって…この手を取ってしまえば、どれだけ楽になれることか)

 

 刹那はかつての先輩達の優しさに当てられ、左手を伸ばしてしまう。

 

「全く、手のかかる後輩だよ、お前達は」

 

 呆れたようにため息をついて言いながら、真希も立ち上がって左手を刹那に差し伸べる。

 

 しかし、刹那は真希の左手を取ることはなく拳を握り締める。

 

「? どうした、刹那?」

 

「でも…もう……止まるわけにはいかないんです…!」

 

 刹那は下を向いたまま右の手の平を地面に向ける。

 

 ゾゾゾクッ

 

 一同に走った絶対的な恐怖。乙骨を除いて身体と思考が一瞬完璧に停止する。乙骨は呪力を大量に使って刹那の靄を中和する。

 

「リカちゃん!!」

 

「よ"ん"だっぁ"?」

 

「向こうの二人を!」

 

 ズロゥッー

 

 乙骨は刹那によって妨害されていたリカを無理矢理呼び出し、狗巻と脹相を保護させる。

 

「極の番、(しずく)

 

 ──ポチャン──




長いですので楽しんでいただけたら幸いです。


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第四十九話 今日は月が綺麗ですね(満月)

こんばんは~まじで月が綺麗ですね、何十年振りかのほぼ皆既月食らしいので皆さんもぜひ見みてはいかがでしょうか?


「極の番、雫」

 

 ──ポチャン──

 

 刹那は右手の掌から真っ黒な雫を落とす。たった一滴の圧縮された呪力の塊、しかしそれは地についた瞬間に膨大な呪力を放出して周りを飲み込んでいく。

 

 ズズズズズズッ!!! 

 

「離れてパンダ君!! 真希さん!!」

 

「「!!」」

 

 バババッ

 

 二人は乙骨の一喝で刹那から距離をとる。

 

「何だ、地面がどんどん黒くなっていく…?」

 

「地面だけじゃない、周りの木々や空間もすごいスピードで飲まれてってるな」

 

「できる限り離れよう、僕もこれを見たのは初めてだ」

 

 三人は離れて狗巻達の所に戻ろうとするが、近くの地面や木々、何もない空間から刹那の靄が腕を形取って三人に掴みかかる。

 

「うぉっ!?」

 

「!? クッソ!!」

 

 ビュオッ! バゴッ! 

 

「真希さん!」

 

 パンダと真希はなす術なく黒い靄に掴まれ、それが作った完全な無の空間へと引きずり込まれていく。しかし、それを乙骨が自らの呪力をぶつけて阻止する。

 

「……この技は、空間という概念と時間の境界を無くして全くの別空間を作って閉じ込める技。本来、靄は僕の身体からしか出ませんが、"雫"が広がった空間全てからあなた達を襲います。死ぬようにはしていません。ただ少しの間…大人しくしててください」

 

 ズズズッドボォンッドポポポッ

 

(ッ!!)

 

 ズルゥッ

 

 乙骨は呪力を最大に放出して二人を助け出し、リカに指示を出す。

 

「ぷはぁっっ! リカ!!!」

 

「分"か"っだぁぁ」

 

 リカは二人を乙骨に手渡して刹那の無力化に向かうが、刹那は既に怪我を治し、瞬時にリカの腕を斬り跳ねる。

 

「ごめんなさい…僕はここで止まるわけにはいかないんです」

 

 ザグッ

 

 誰に行ったわけでもないその一言を呟いた刹那は、自身の腕に刀を刺し、再生している途中のリカの口に右手を突っ込んで再びその技を放つ。

 

 刹那の刀は持続的に呪力を供給するが、刀を直接刺すことで瞬間的に呪力を供給することができる呪具。明らかな離れ技を彼女は身を顧みずに実行する。

 

「極の番、雫」

 

(二度目の極の番!?無茶苦茶だ!!)

 

 ──ポチャン──

 

 ズズブブブブッ

 

 リカの身体の中に直接"雫"を入れる。リカの身体の中から刹那の靄が溢れ出し、リカの身体をそのまま無の空間へと引きずり込む。

 

 ズズズズズズッ…

 

 乙骨は自身の呪力と引き換えに四人を守りきるが、もはや立つこともできなくなり、膝をついて刹那と話す。

 

「ハァーッハァーッッ…」

 

「もう一度言いますが、皆さんは無事です。今の乙骨さんの正解の行動は救助より僕を殺すことでした…その選択は失敗でしたね」

 

「いや…これでいいんだ」

 

「?」

 

「後は君の親友達に任せるよ」

 

「…そうですか」

 

 刹那はそう言うと、反転術式を施しながら踵を返して高専に向かって歩き出す。

 

(今の戦闘で呪力の貯蓄はほぼ消えた、寧ろ傷を治した分と右眼の酷使で若干劣勢…)

 

「…丁度いいかな」

 

 ──ー

 

 高専には一年達と御三家の戦闘力が低い術師達が集まっている。夏油と夜蛾は最後の砦である薨星宮で待機している。

 

「真希さん達、大丈夫かしら…」

 

「信じろ、殺すまではしてないハズだ」

 

「報告だと禪院家の人達は全滅したんだろ?」

 

「あぁ、それどころか多分先輩達もだろうな。完全に連絡が途絶えた」

 

「それじゃあやっぱりそろそろ来る頃ね」

 

「♪〜♪〜〜」

 

 釘崎がそう言ってトンカチを取り出す。直後に静かな鼻唄を口ずさみながら階段を上り、服を血で紅く染め上げた刹那が現れる。

 

 三人は息を飲み、伏黒は刹那に問いかける。

 

「久し振りだな…」

 

「僕にとっては、そうでもないですね、伏黒君」

 

「……名前では、呼んでくれないんだな」

 

「これは僕なりのケジメですので」

 

目を静かに瞑りながら彼女は伏黒の問いかけに冷静に答える。

 

「何人殺したんだ?」

 

「一人も殺めてはいませんよ、目的が違うので」

 

「だったら──」

 

「じゃあまだ間に合うわ! 今なら、まだ…!」

 

 伏黒の言葉を遮り釘崎が前に出て発言するが、それを見ている他の術師は釘崎を非難する。

 

「何を言っているんだあの小娘は」

 

「あの血が見えていないのか?」

 

「あの言葉が本当だとでも言うつもりか?」

 

 ギロッ

 

 ざわざわと騒ぎ出す術師達を伏黒が睨みつけて牽制する。

 

「なぁ…本当にお前は悪くないんだよ、悪いのは全部俺なんだ、こんなの間違ってる! 頼むよ刹那…これ以上罪を重ねちゃ駄目だ…!」

 

 他の術師がいる手前、三人は真意を話すことができない。刹那は眼のおかげで考えをある程度は読み取れる、しかし、それをあえて無視して話し続ける。

 

「間違ってる…ですか。では逆に聞きますが、何をするのが正しいんですか?」

 

「それはっ…人を助けたり、呪霊を祓ったり…とか」

 

 虎杖はしどろもどろになりながら持論を話す。

 

「じゃあこの世は、正しいことをすればするほど死に近づくシステムなんですね」

 

「それはっ──」

 

 伏黒の言葉を聞かずに皮肉を言うように刹那は言葉を続ける。

 

「おかしいと思いません?…ずっと友達と笑っていたいと思うのは罪なんですか?大勢の人を助けることで死刑になるんですか? 強いことは…それだけで未来を奪われる理由になるんですか…?」

 

 自らの力と、今までしてきた行いを全て否定されたからこそ、刹那は今この場にいる。伏黒達は刹那に罪がないことを知っているからこそ、刹那の言葉を否定できずに、なんの意味もない上辺だけの言葉をを飲み込む。

 

「そんなのは不条理だ、だから…」

 

 キィンッ……

 

 刹那は刀を一度空の満月に向かって振るう、紅い軌跡を残しながら刀は虚空を斬る。しかし、その場にいる術師達には確かに月が真っ二つになったように見える、それほどまでに美しい一筋だった。

 

「この世の全ての人間が、不条理を平等に受けるしかない世の中に変えてやる、人間も呪霊も呪詛師も関係ない! 真っ平らな世界を創ってやる…!」

 

 ブワァッ

 

 刹那は術式を展開する。

 

「もう止められないんですよ」

 

「待って刹那!! そこから先はっ──」

 

 釘崎が前のめりになるのを、伏黒は手を前に出して止める。

 

 伏黒達はその場にいる術師全員が決して手を出さないという縛りで基礎能力を底上げしている。

 

「覚悟は…してきただろ…!」

 

「そんな…っ」

 

「僕は正義の味方じゃない、呪術師でもない…呪詛師だ。さぁ、一合、呪い合おう」

 

 呪い合いの火蓋は、たった今切って落とされた。

 

 ダンッ! 

 

 刹那は三人に向かって駆け出す。

 

「鵺!!」

 

 伏黒が鵺を出すと同時に三人は分散する。

 

 バヂバヂバヂバヂッ

 

 ガシッギュルルッダァンッ

 

 虎杖は刹那の腕を掴んで投げ飛ばそうとするが、直後に力が入らなくなり逆に投げ飛ばされる。

 

 キキキンッ

 

 虎杖が投げ飛ばされるとほぼ同時のタイミングで釘崎は足元に釘を打ち込む。

 

 ズズズッ…パチンッ

 

「簪ッ」

 

 バッ! ドズドズドズッ

 

 刹那は高く跳び上がって簪を回避するが、空中で鵺が刹那に突進する。

 

「キィゥゥゥ!」

 

 ガシックルンッバゥッ。ドポォンッズズズッ

 

「玉犬、不知井底ッ!」

 

 鵺は甲高い鳴き声と共に突進するが、空中で刹那に羽根を掴まれ、そのまま遠心力で回転して地面に落とされる。しかし先に伏黒は鵺を解いて玉犬と不知井底を召喚する。

 

 刹那の落下地点に虎杖と伏黒が向かって着地を狙う。

 

「フッッ!」

 

「ア"ォ"ォ"ン"」

 

 ガインッッバギンッ

 

 しかし着地先に刹那は太刀を投げて突き刺し、刀の上に爪先で乗りそれを回避する。そしてそのままもう一本の刀で居合の構えに入る。

 

「ヤバッ」

 

 ガシッビュンッ、ビュオンッ!! ザゥッ!! 

 

 不可井底の舌が虎杖を掴んで居合の間合いから外し、玉犬は伏黒を抱えて飛び退く。玉犬を解いて再び鵺を召喚する。

 

「…相変わらず器用ですね」

 

 チャキンッ

 

 バヂバヂバヂバヂッ

 

「大丈夫か?」

 

「頭ちょっと切れただけだ。悪ぃ助かった」

 

「気ぃ抜くなよ、相手が相手だ」

 

 虎杖は額から流れる血をゴシゴシと乱暴に拭いて笑う。

 

「分かってるわよ…そろそろ準備はいいかしら?」

 

「あぁ、頃合いだ、頼むぞ釘崎。刹那の術式が機能する範囲は本人が知覚している範囲だ、鵺の帯電の音で瞬間移動の範囲は視覚に絞ってる、外すなよ」

 

 伏黒の言葉で三人は気を引き締め直す。

 

「作戦会議はお終いですね?」

 

 同時に虎杖が駆け出して刹那に向かっていき、拳を振り下ろすが、それを虎杖の腕を掴みながら回避する。

 

 ドヒュンッッビュオッガシッミキッ

 

「体術を教えたのは誰だと…」

 

 刹那は腕を折ろうとするが虎杖の持ち前の膂力で防がれる。

 

「うぅっらぁぁ!!」

 

 グォッビダァンッ! 

 

 そのまま虎杖は右腕を刹那ごと持ち上げて地面に叩きつける。

 

「──ッッ!!」

 

 ババッ

 

 刹那は受け身を取ってすぐに立ち上がり、腕を抑えながら距離をとる。

 

「ヘヘッ、一本か?」

 

「…フフッ一本、取られましたね」

 

 腕をぐるぐる回しながら笑う虎杖に、反転術式で治癒しながら刹那も笑い、再び二人は駆け出して戦い始める。

 

 バッ! ドゥッガガッドゴッダッ

 

「この戦いに一体どれほどの価値や意味があるんですか。僕の理想が実現すれば、虎杖君の死刑だって無くなるんですよ?」

 

「理由も意味もいらねぇよ!価値なんて! ダチが笑ってればそれだけで充分だ!!」

 

「綺麗事ばかり…!!」

 

 ブワァッ! バッバッバッ

 

 刹那は向かってくる虎杖に靄をぶつけて虎杖の感覚を無くそうとするが、虎杖はそれをバク転しながら避ける。

 

 バッバッバッ

 

(どんどん速くなっていく…)

 

「脱兎!!」

 

 ポポポポポポッッッ

 

 伏黒は兎を指で象り、無数の兎を召喚して刹那の視覚を遮る。

 

 ザッ! ギィンッ!! ギリリィッッッ

 

「傲慢だろうがなんだろうが構わない!俺は…お前みたいな善人を、不条理に侵される奴を不平等に助けるだけだ」

 

 兎達の向こうから伏黒が飛び出て、刀を交えながら刹那に話す。

 

 ギリリリッドガッバキィッ! 

 

「だったら!!世界を不条理に染めようとする呪詛師を殺すのがあなたの役目でしょう!!」

 

 刹那は左手の刀の柄で伏黒の腹を突き、頬を殴り飛ばす。納刀して伏黒は脱兎に紛れて離れていく。

 

 ザザザザッッ

 

 兎と虎杖は刹那の周りをぐるぐると回って撹乱する。

 

 刹那は情報過多を防ぐために、右眼を閉じて刀を抜こうとする。しかし、刀を抜こうとした瞬間に兎達は影となって消える。

 

 チキッドポォンッ

 

「逃げて消えて攻撃して!どれだけ僕の寿命を引き延ばして、どれだけ綺麗事を吐けば気が済むんですか!!」

 

 刹那は刀から手を離して虎杖を警戒するが、二人が姿を消していることに気が付く。

 

「!?二人は…?」

 

「初めてあった時、名前で呼びなさいって言ったじゃないの」

 

 鵺に抱えられた釘崎が空中から刹那めがけて大量の釘を飛ばす。

 

 キキキンッカインッカインッ

 

 刹那は即座に抜刀して釘を全て跳ね除けるが、釘崎は跳ねた釘に対して空中で術式を行使する。

 

「簪っ!」

 

 ドヒュヒュンッ…ドズッ

 

「ぐぅっ!」

 

 僅かに掠りながらも簪を避けてよろめくが、釘の一本は釘崎に向くように弾いたため、釘崎の左肩を貫く。すると刹那の右側、死角から虎杖が刹那を掴んで投げ飛ばす。

 

 クルルルッシュタッ

 

「投げるよりも殴ったほうが効率的ですよ」

 

 ドプンッ

 

「!!」

 

 一歩踏み込むと片足が影に沈み、刹那の後ろに伸びる影から伏黒が印を結んで出てくる。虎杖と釘崎は充分な距離を取ってそれを静観する。

 

「領域展開、嵌合暗翳庭…!」

 

 伏黒は呪力を練り、影の海と式神が生み出される自らの領域を作り出す。

 

 ザパァァンッ

 

「成程…会得してましたか」

 

 鵺と蝦蟇、そして伏黒の影の分身が刹那めがけて攻撃してくるが、それを斬り裂いて虎杖達の方を見ながら呟く。

 

 キキキンッ

 

「でも不完全ですね、閉じ込めなきゃ駄目ですよ…こんな風に」

 

 刹那は納刀して両手で印を結ぼうとすると、伏黒本人が刹那に向かって手を伸ばす。

 

「釘崎!!!」

 

「出力最小っ、簪!!」

 

 パチンッ

 

 伏黒は、あらかじめ手に釘を刺していた。

 

 釘崎が合図を受け取り簪を発動させると、伏黒は自分の右手諸共、刹那の両手の平を貫通させて領域展開を防ぐ。

 

()ッッ!ハハッお揃いだなっ」

 

「…でも、これだと式神を呼べないですよ?」

 

「いいや、指を使わねぇ式神なら、いる」

 

 右手を伸ばし、左手も前に突きだす。

 

「まさかっ!」

 

「布瑠部由良由良 八握剣 異戒神将魔虚羅」

 

 ドポォンッッッッ

 

 伏黒は領域を解除して近くの影に潜む。

 

「そう……それで良いんです」

 

 グォッギュイッドッゴォオンッ!! 

 

 タッタッタッベキイッ! 

 

 摩虎羅の一振りを刀を滑らせていなし、そのまま摩虎羅の腕を足場にして顔面を蹴り飛ばす。

 

 もう片方の腕で刹那に攻撃しようとするが、それを刹那は術式で地面に即着地して回避する。

 

「術式反転、残響」

 

 ベキィッ! 

 

「順転、虚」

 

 再び摩虎羅の顔面に衝撃が走り、よろめく隙に靄で全身を覆う。

 

 ブワァァァ

 

 ガコンッ、ビュオンッ!! スゥ──

 

 しかし、円陣を回して適応した摩虎羅は靄を吹き飛ばして立ち上がる。

 

「向こうの呪力を消す呪力が足りない…」

 

 ブォッン!ックルルッドガッ!ガシッバゴォンッ!!!…パラパラッ

 

 横薙ぎを避けて空中で回転しながら靄と共に踵落としを叩き込む。しかし、打撃に適応した摩虎羅は一切のダメージが効いてる様子を見せずに、空中で刹那を掴んで地面に叩きつける。加えて靄にも適応した摩虎羅は平衡感覚を失うことも無かった。

 

(あと少し術式を使うのが遅れてたら死んでたかも…。術式も打撃も効かない…これが摩虎羅の能力? 高速成長、適応、釣り合わせ、どれかですね…)

 

 ドロロッ…

 

 反転術式を右眼に回す余裕もなく、右目からは血が流れ出る。

 

 刹那は骨が飛び出してぐちゃぐちゃになった左手を最低限に治しながら次の策を講じる。

 

「っ刹那ッ!!」

 

「駄目よ虎杖、大人しくしてなさい」

 

「でも、このままじゃ刹那が死んじまう!」

 

 加勢に向かおうする虎杖を釘崎が止める。しかし、二人を見ながら刹那は微笑む。

 

「死ぬ?僕が?心外ですね…僕は誰にも負けませんよ。だって…

 

 最狂ですから」

 

 ブルブルブル

 

 痛みで震える左手と無事な右手で、無理矢理刀を握り、呪力を流して刀身に紅く紋様を走らせる。瞬間、摩虎羅の斬撃をいなして右腕を斬り飛ばす。そしてそのまま刹那は摩虎羅を踏み場にして高く跳び上がる。

 

 ギュインッバゴンッッ! ズパアンッッダダダッ

 

 ズパァンッッ

 

 空中で真っ直ぐに振り下ろされた一振りは、摩虎羅の正面に真っ直ぐな斬撃痕を残すが、摩虎羅はそのまま直立し、円陣を回して回復しようとする。

 

「だったら動かさないのが一番早い」

 

 刹那は最低限の動きで、連撃よりも一撃に重きを置き、円陣が回る前に摩虎羅の正面と足を斬り裂く。

 

 キュパッ、キンッ、ザンッ! 

 

 ガクンッ

 

 深い斬撃と共に摩虎羅が膝をつく。刹那は頭に跳び乗って刀を脳天に突き刺す。

 

 ダンッザグッッ…ズバッ! ザンザン! ギギンッ。

 

 一呼吸おいて刹那は頭を斬り刻む。対して無理矢理摩虎羅は立ち上がって刹那に向かって真っ直ぐに剣を振るが、刹那は既に納刀し、空中に一本刀を投げて術式を行使していた。

 

 ブンッパシッ

 

「見せて差し上げましょう、本物の一刀両断を」

 

 刹那は落下の勢いと、今持てる全ての呪力を身体強化に当てて目を瞑り、摩虎羅に再び真っ直ぐに刀を振り下ろす。静かな夜に、蒼色の呪力は漆黒に輝いた。

 

【黒閃】

 

 フワッ…斬ッッ!!!!!! 

 

 ドパァンッ……ドロッッ

 

 摩虎羅の身体は、刀の紅い紋様による軌跡を残して真っ二つになり、円陣のみをその場に残し影となって消える。やがて円陣も影となり、夜の闇に溶けるようにして消えていった。

 

 黒閃が発動した。しかし、刹那の身体はとっくに限界を超えていた。

 

「…でも、流石に…」

 

 前には右手に短刀を握り締めた伏黒が静かに刹那を見つめて立っていた。

 

「もう…動けないですね」

 

 カシャカシャン

 

 刀を手放し、伏黒にそう言って薄く微笑む。

 

「あぁ、もう…動かなくていい」

 

 ……………………………トスッ…

 

「休んで…いいんだ」

 

 伏黒は刹那の胸に、短刀を突き刺した。

 

 ──

 

 伏黒は禪院家、先輩、領域展開を囮にし、摩虎羅さえも囮にした。

 

 それだけの策を講じ、それだけの人員を割いてなお刹那はそこに立っていた…伏黒が手にする低級呪具の短刀に、胸を貫かれた状態で。

 

 ポタ、ポタタッボタタッ…

 

「コフッ………お見事です、伏黒君…最凶の僕を…誇ってもっ…いいんじゃ、ないです、か…?」

 

 フラッ…ガシッ

 

 血を吐きながら倒れる刹那を、伏黒は呪具から手を離して抱きとめる。

 

「何をやっている!? 早くその呪詛師を殺せ!!」

 

「害にしかならん化物など、この世から滅せよ!」

 

「殺さぬなら貴様ごと殺してしまうぞ!!」

 

 衰退の一途を辿る禪院家の呪術師と保守派の上層部の一部、権力と地位を失いつつある五条家と加茂家の術師達が周りから野次を飛ばしてくる。

 

「悠仁の友達の」

 

 ズバァン

 

「邪魔すんじゃねぇよ」

 

 ドススッ

 

 合流した真希達は術師を睨みつけ、それぞれの方法で術師達を黙らせる。

 

「ここから先は見世物ではない」

 

 ズズズズッ

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 夜蛾と夏油が本殿から出てきて、二人を囲う小さな帳を降ろす。

 

「二人共ここに来ていいの?」

 

「これ以上はもうないだろう」

 

「出来得る限り、生徒の最期を見守りたいと思うのは…私のエゴだろうか?」

 

「……そんなことは、無いと思うっす」

 

「同感よ」

 

 高専の術師達によって帳が降ろされ、他の術師たちはそれを見守ることを余儀なくされた。

 

 帳内で二人は静かに見つめ合う。

 

「この帳…先生達か」

 

 伏黒は刹那を抱きとめたままその場に座る。

 

「だせぇよな…お前に摩虎羅を押し付けて、俺だけ逃げて隠れて…最後にこうやって刺して…。こうでもしなきゃ、お前の隣にすら立つことができなかった…!!」

 

「呪詛師を殺すのに…ダサいもカッコイイも、ないですよ。それより、早く止め…刺して、くださいよ。このまま生きててもしんどいっ、だけ…なんですから…。それに、この程度なら…反転術式で直せちゃいますよ?」

 

 コプッ

 

 刹那は顔を青くしながら呼吸を荒くする。そして口から血を垂れ流しながら三つの瞳で伏黒を力強く見つめる。しかしこの場を打破する程の呪力は刹那にはもう残っていない。

 

「[もう少しだけ話したいです]…じゃ、駄目か?」

 

「……狡いですね」

 

 刹那は表情こそ変えないが、ほんの少しだけ明るい声色になる。逃げようと思えば暴れるくらいはできる刹那は"あえて"その選択をしなかった。伏黒は、最期の時間を少しでも引き延ばすためにその選択をした。話すことなどいくらでもあるのに思いつかない。抜け出せない沼にハマったかのようにもどかしい気持ちが心の中でとぐろを巻く。

 

 反転術式を最後の呪力を振り絞って伏黒の掌と自分の傷に使う。

 

 ポゥ……

 

「残りの呪力くらい、全部自分の為に使えよ」

 

「どうせ死ぬんですから、こうやって使ったほうが得です」

 

 焦点の合わない目を伏黒に向けながらそう言い放つ。

 

「…この短刀を抜いて止めを刺したら…二度とその瞳を見ることは出来ないんだよな…」

 

「それも覚悟の上、でしょう? 僕は…両面宿儺の血を引く、唯一の人間なんですから…」

 

「だからってっ…なんでお前みたいな善人がっ…!」

 

 刹那は右手で伏黒の顔に手を当てて言う。どんどん体温が低くなっていく手を、伏黒は弱々しく握りながら刹那に謝る。

 

「それ以上は言わないでくださいよ…僕が惨めになるだけです」

 

「っ、悪い…いや違う、そんなことを言いたいわけじゃないんだ」

 

 伏黒は言葉を止め、深く呼吸する。そして淡く笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「一年になって…あいつらと会ってから、初めてあった時よりずっと笑顔が増えた、俺はそれが嬉しかったし、隣でずっと見てられたらそれで良かったんだ。でも…」

 

「待って……なんでっ」

 

「俺は呪術師だ…打算や計画や善悪を、全て差し置いてでも先に来るのは感情の一つ、俺は自分の気持ちから目を背けるのをやめる。だからこそお前に言いたい」

 

「今なんですか…!」

 

 伏黒は上を向いて頬と耳を紅く染めながらその言葉を言い放つ。

 

「…今日は……月が、綺麗だな」

 

 帳の影響で見えるはずもない月を想い、伏黒は囁くように言う。地位も、家も、居場所も力も…全てを無くした少女に、伏黒は呪いの言葉を掠れるほどに小さく、力強い言葉で囁いた。

 

「…………………………………」

 

 刹那の双峰を見つめながら伏黒は静かに答えを求める。

 

「刹那は…どう思う?」

 

 愛ほど歪んだ(真っ直ぐな)呪いは無い、愛ほど絶望(希望)を与える呪いは無い、愛ほど狂気的(純粋)な呪いは無い。愛ほど……醜い(美しい)呪いは無い。

 

(最期なんだ…ちょっとくらい甘えたって罰は当たらない…)

 

 ポタッポタタッポタポタポタ

 

「……死に…たく…ない"よ"…!!!」

 

(あぁ本当に、僕は嘘つきで……最低だ)

 

 刹那は両手で涙に溺れる顔に手を当てて隠す。

 

 一度伝え、そして自らその結果を消してしまった言葉。そう心の中で言い訳しても、刹那は最後の最期まで、自分の感情を押し殺すことを選んでしまった。何故ならその言葉は、ここで終わる自分と違い、これからを生きる伏黒にとっては、重たく切ない、酷く歪んだ呪いになってしまうから。

 

「お前って奴は…嘘を吐くのが最高に下手だな、それとも俺の傲慢か…?」

 

 伏黒に向かって血だらけで震える手を伸ばすと、伏黒はその腕をしっかりと掴む。

 

「めぐみくん"っ…! めぐみ"くん"っ!」

 

「安心しろ、俺はここにいるぞ」

 

 えづきながら、拙い言葉を紡ぎながら、涙で顔をグチャグチャにしながら…暗闇でしかない視界を頼りに、伏黒を探して名前を必死に呼ぶ。

 

「あぁ、分かってる…わかってるさ、お前は頑張ったよ…でも、もういいんだ…今はもう、ただ安らかに眠ってくれ…」

 

 ギュッ…コツンッ

 

「まだっはなしたいことがっやりたいとが沢山っ、沢山あるんですっ…!」

 

 伏黒が刹那を強く抱きしめると、高専のバッヂが地面に落ち、静かな空間をさらに際立たせる音を響かせる。

 

「まだ悠仁君を含めて鍋を食べてないしっ、野薔薇ちゃんと二人で買い物にも行ってないっ!恵君にだってっ…!ゲボっゴポッッ」

 

 最期に身体を起こしてやりたいことを必死に叫ぶが、限界を迎えた身体がそれを許さずにブルブル震え、口から血が溢れ出る。

 

「お前が次に起きた時、心から笑えるようにっ! 俺達は…笑って…待ってるから」

 

 伏黒は高専のバッヂを刹那の襟元につけ直して優しく囁いた。

 

(甘いモノが好きだった、自分を受け止めくれるこの場所が好きだった、優しい先生達が好きだし、別け隔てなく接してくれるクラスメイトが好きだった。でも一番は、友達の…名前を呼ぶのが、大好きだった)

 

 ───

 

 ドプンッ……

 

 帳が降りてから時間にして数分、帳から伏黒がでてくる。力無く体を重力に預ける刹那に、自らの制服の上着を被せ、横抱きにして…。

 

「「伏黒!!」」

 

 タタッ

 

「…ごめん…虎杖、釘崎、先輩、先生っ…俺は…結局こうすることしか出来なかった…」

 

 そこまで言って地面に膝をつく伏黒を虎杖と釘崎が受け止める。

 

「良いのよ…アンタは悪くないわ…呪術師は…私達はそれで良いのよ…」

 

「伏黒がしたことは間違っちゃいねぇよ、絶対に! 俺がっ、俺達が誰にも文句は言わせねぇ!!」

 

 三人は哀しみを堪えきれずに涙を流して伏黒と刹那を抱きしめる。

 

「ちゃんと殺したな…流石は禪院家当主、禪院恵様だ!!」

 

 ワァーー!!! 

 

 協力していた術師は全員歓声をあげる。

 

「本当に…上層部の奴らは…!」

 

「よせ真希…ここで暴れても変わんねぇよ」

 

「こんぶ…おかか…」

 

「憂"太"ッあ"か"な"し"い"の"ぉ"?」

 

「そうだよ…リカちゃん」

 

「悠仁……」

 

「行くんはよしとき、今は彼らの時間や」

 

「……」

 

 ツゥー…

 

「あぁ、今日は本当に酷い天気ですね…学長」

 

 夏油は雲一つない満月が浮かぶ夜空を見上げながら同じようにサングラス越しに月を見る学長の横に立つ。

 

 三人は立ち上がり、重い足取りで家入の待つ医務室へと向かっていった。

 

 呪詛師の少女は、自らの呪いに蓋をして、何もかもを自ら捨てた。

 

 ───

 

 生得領域内で全てを見ていた宿儺は、骸の山の上でかつての唯一の友との会話を思い出していた。

 

《宿儺…分かってると思うけど、俺はそろそろ死ぬ。それでさ、百年後か千年後か、もしかしたら一万年後かもしれないけど、輪廻転生?ってのを多分するだろ?でも、お前がいない世界ってのは多分、きっと退屈だと思うんだよ。だからさ、俺の■■■を縛りに使って、来世でまた会って、また死なない程度に呪い合って…酒でも飲もう》

 

「…愚か者め、貴様が酒を飲めるのはあと四年も先だという…いや、お前と刹那は別人、俺としたことが吐き違えてしまったな」

 

 宿儺は生得領域の骸の山の上で牛骨を掴みながら呟く。

 

「…約束の刻だな」

 

 ポイッガシャン

 

 牛骨を放り投げると、呪いの王は立ちあがって再び独り言を呟き、骸の山を降りていった。




お楽しみいただけたのなら幸いです!
まだまだ続きますので応援よろしくおねがいします!


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第五十話 今日は月が綺麗ですね(十六夜)

おまたせしました!記念すべき五十話目!
ここまで応援していただきありがとうございます!!
さて、一応これで〔君思ふ〕編は終わりですね、サブタイトルは三十日月(みそかづき)と迷いましたがこちらになりました!
では死んだ刹那のその後をどうぞ〜。


 ──

 

 ピチャーン

 

 水滴が滴り落ちる音と共に目を覚ます。

 

 刹那は目を開けて暫く暗闇にならし、周りを確認する。おびただしい数の人や動物の骨、映画の中でしか見ないようなサイズの肋骨と思われる骨に包まれている。足元にはザブザブと水のようだがそれと似て非なる真っ赤な液体が足首ほどに満たされている。

 

「……地獄?」

 

(これが大罪を犯した僕の行きつく場所か…)

 

 ザブザブザブ…

 

 一言呟くと、刹那に向かって歩いてくる水の音がしてそちらを振り向く。

 

(…お迎えかな)

 

「起きたか、遅いぞ全く」

 

 振り向いた先にいたのは両面宿儺、それと同時にこの場所がどこかを唐突に理解する。

 

「まさか…生得領域?」

 

「正解だ。取り敢えず諸々の話は置いておこう、立ち話もなんだ、ついてこい」

 

 宿儺は振り向いて人差し指を立ててついてくるように促す。

 

 フラッ…バシャンッ! 

 

 刹那もそれに従おうとするが、足が全く思考と違うように動き、転んで水に頭から入水して手をついてしまう。

 

「む? そうか、魂が疲弊しているのか。動けぬはずよな」

 

 宿儺は顎に手をあてて腕を組み、一人で納得すると、刹那を横抱きにして持ち上げる。

 

 ヒョイッ

 

「ぷぁっ。…降ろしてくださいよ」

 

「まともに歩けもしないのに吠えるでないわ」

 

 そのまま宿儺は牛骨が山なりに積み上がった場所の一番上へと上り刹那を膝に乗せる。

 

「……運んでくれたのは感謝しますけど、横とかに座らせればいいんじゃないんですかね」

 

「まぁそう言うな、この俺がここまで心を許すのは千年振りだぞ」

 

「僕と初代を重ねているのなら迷惑ですよ。僕は──」

 

「分かっている。お前は阿頼耶識刹那であり、万代ではない、俺は純粋にお前を気に入っているのだ」

 

 宿儺は真っ直ぐ刹那をみてそう答える。

 

「……分かってるじゃないですか。それで?何故ここに僕がいるんですか」

 

 刹那は疑問を解消するために質問する。

 

「あぁ、先刻お前は大量の術師を相手取り、伏黒恵の手によって殺されたな。しかし、忘れたのか?俺とお前は魂で繋がっている、ここに招くのは容易なことだ」

 

「僕が死んだのにこの世に滞在できてる理由になってません」

 

「当然だ、俺が繋ぎ止めているからな」

 

 宿儺はさも当然というように言い放つ。

 

「何故っ──」

 

「待て、そちらばかり質問しては不平等だろう、俺からも聞かせろ」

 

「…分かりましたよ、なんですか」

 

 渋々と宿儺の意見に従う。

 

「何故あのような真似をした? 命を奪うまではしない生温い戦争をしかけ、冤罪を晴らそうともせずに罪をわざと重ねていき、あまつさえ死のうとするとは、俺が納得できる理由なのだろうな?」

 

 宿儺は怒気をもらしながら、刹那の首を片手で包んで爪を当てる。

 

 ギリィッ…

 

「…離してくださいっ…宿儺、痛いです」

 

「……」

 

 宿儺は手を離し、ケホケホと軽く咳き込む刹那を見て再び問う。

 

「理由はなんだ?」

 

「……僕には、両親の記憶が全くと言っていいほどありません、両親のことも本家がなくなった今、この世に知る術はありません。多分、阿頼耶識家の外部に決して情報を漏らしていけないから、だと思います」

 

 刹那は下を向きながらポツポツと理由を話す。

 

「別に両親のことを知れないのを悔やんでいるわけじゃないです。ただ、その縛りが僕にもかかっている可能性がある。だから」

 

 刹那は宿儺の目をしっかりと間近で見つめながら言い放つ。

 

「皆に…忘れて欲しくなかったんです。どんな形でもいいから、僕は高専に居て、この世に存在していたってことを」

 

 宿儺は目を瞑って話をそのまま聞く。

 

「自分でも矛盾してるって分かってますよ、歪んだ呪いをかけたくないから最期まで黙ったのに、忘れたら許さないから危害を加えまくって忘れられないようにする、メンヘラみたいなことしてるって自覚もあります」

 

「はぁー、めんへらが何かは知らぬが、俺から言わせれば愚の骨頂とも言える行為だな」

 

 宿儺は呆れたように溜め息をついたあとに手を呆れ顔に当てながら刹那に言う。

 

「だって好きだったんだもん…」

 

 ボソリと呟く刹那の首筋を軽く掴み、宿儺は再び口を開く。

 

「忘れて欲しくなければ、もっと別な方法もあっただろうに。何故わざわざ殺されるために戻る道を選んだ」

 

「最後に皆に会いたかったからに決まってるじゃないですか。僕が死ぬ瞬間を見てもらえたら、きっともっと忘れられなくなると思って」

 

「怖…」

 

 刹那の狂行に呪いの王でさえも怖じけるように呟いてしまう。

 

「お前より強い死刑執行者がいないというのになんと愚かなことか」

 

「忘れてるかもしれませんけど一応僕、あなたの血族なんですからね、いつ呪いの王の残虐性が出るか分からないから上層部もその判断にしたんですよ?」

 

「知らんな。血族と言えど身体に縛りに使った血液が入ってるに過ぎん、性格や術式など似るものか」

 

「万が一ですってば」

 

 ひとしきり疑問の解消のため話し合った後に宿儺は今回の本題に入ろうとする。

 

「さて、そろそろ何故今ここにいるのか知りたいだろう?」

 

「そろそろっていうか、最初から知りたかったですよ」

 

「簡単に言おう、あの場所に戻りたいか?」

 

「戻るって、まさか…」

 

「あやつらの元に、だ」

 

 宿儺はニヤニヤと笑いながら刹那に問う。

 

「戻れるわけ…ないですよ…」

 

 宿儺の肩を強く握りながら俯いて言い放つ。

 

「僕は、皆を傲慢で、自分勝手な理由で傷付けて、日本を呪い殺そうとしたんですよ!?生きていて良い訳がない!!」

 

「俺としてはまだまだお前に生きてもらわねば困る、お前が望まずともここで死なせはせん」

 

「…どうするつもりですか」

 

「ケヒッ、簡単なことよ。お前のその瞳、とびきり呪いの媒体としては充分だろう」

 

 宿儺は刹那の瞳を見つめながら嗤い、二択を突きつけてくる。

 

「選べ、阿頼耶識刹那。この呪いの王と同じく、現世に残る忌み物となるか、一度壊れた魂を紡ぎ、奴らの元へと戻るか。二択だ。他に選択肢はない」

 

「僕は……」

 

 刹那が考えてしまったのは、特級呪物となったこれからより、高専で過ごした青い春。

 

 宿儺が刹那に突きつけた選択肢

 

「…傲慢かもしれない、自分勝手に暴れて迷惑をかけて…。でもそれでも、もし、皆が少しでも許してくれるなら…」

 

 涙を浮かべながら言い放つ。

 

「戻りたい…!!」

 

 泣かないと決めたのに立て続けに泣いてしまう自分に嫌になりながら刹那は答えた。

 

「…ケヒッ、そうだ、それでいい!!」

 

 宿儺は高らかに嗤い、刹那を掴み寄せる。

 

「傲慢? 自分勝手? 上等だ!! 呪術師ならば己で決めろ! 何を守り、何に牙を剥くのかを! 理由などその後に勝手についてくるものだ」

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

「この呪いの王直々に許そう、お前は生きてていい! 生きろ!!」

 

 ボロボロと溢れる涙を堪えるために宿儺を強く抱きしめながら答える。

 

「ありがとう…ございます…」

 

 そうやって少し泣いたあと、宿儺と向かい合う。

 

「刹那、手を出せ」

 

「?、どうぞ」

 

 右手を出して宿儺が手の甲に宿儺の額に浮かんでいる印を血で描きだす。

 

「今度こそ勝手に死のうとするなよ」

 

「…もう絶対にしません。もし僕を殺そうとする人がいても全力で抵抗して生にしがみついてみせますよ」

 

「ケヒヒ、それでいい。そら、右眼も出せ」

 

 珍しい鼻歌を歌いながら宿儺は嗤う。右眼を開いて宿儺に見せ、ふと疑問を口にする。

 

「ところで、これなんの意味があるんですか?生き返るのに必要とか?」

 

「いや、特に意味は無い。強いて言うなら俺のものだということを誇示するものだな」

 

「ちょっ!? それただのマーキングじゃないですか!?」

 

「安心しろ、呪力を混ぜてあるから消えることはない、風呂も入れるぞ」

 

 描き終わって満足そうにする宿儺を横目に、自分の掌を見ながら呟く。

 

「なんてものを…皆には見せられない…」

 

「ケヒヒ、さて、そろそろいいな?」

 

「…えぇ、いつでもいいですよ」

 

 刹那の首筋に触れ、最後に宿儺は言い放つ。

 

「これは俺と伏黒恵の願いだ、代償は大きいぞ」

 

「へっ?」

 

 視界は一瞬にして暗転する。しかし、ゆっくりと目を開くことにより、再び光が目に入る。右手に感じる温もりと、数人からの視線、刹那は笑いかけて呟く。

 

「……………………ただいま」

 

「「お帰り!!!」」

 

 虎杖と釘崎は刹那に泣きながら飛びかかって大声で笑い歓迎する。右手から温もりが消えてその人と目が合う。

 

「恵君…」

 

「…ふはっ、お帰り、刹那」

 

 少しの沈黙の後、張り詰めた糸が切れたように伏黒は笑う。虎杖と釘崎が伏黒用に空けたスペースに入り、伏黒も刹那を抱きしめる。

 

 四人揃って泣きながら再開を噛みしめていると家入が手を叩いて止める。

 

 パンパンッ! 

 

「再会を喜ぶのもいいが、刹那は一応死にかけていたんだ、あまり無理をさせてやるなよ」

 

 三人は返事をして刹那から離れる。

 

「すんません」

 

「は~い」

 

 離れて一度家入が簡易的な健康診断をしたあとに刹那は話を切り出す。

 

「あの、すいません、どこから話したらいいのか…」

 

「それに関してはあらかた宿儺から聞いたから問題ないぞ」

 

「へ…?」

 

 刹那は毛布を被りながら絶叫する。

 

「うわァァァ!!!」

 

「ちょっ、伏黒、おまっ、馬鹿!」

 

「大丈夫だって! 絶対に忘れないから!」

 

「いやァァァ!! 聞きたくないです!!」

 

「虎杖! 火に油を注ぐなこの馬鹿!」

 

 ──ー

 

 暫く悶たあとに落ち着き、刹那が死んでからを話した後、四人で他愛もない会話をする。

 

「まぁ、要するに二時間くらいしか経ってなくて、僕のことを知ってるのは家入先生とここの皆んなだけってことですか」

 

「そうなるな」

 

 確認が済むと虎杖が笑って口を開く。

 

「いやー、俺も一回死んだけどここにくると治んのかね?」

 

「いやぁ、どうでしょうね?」

 

「なにはともあれ、なんとか戻ってよかったわ」

 

「今更ですけど…ありがとうございます、もうこんなこと二度としません」

 

 刹那の右手を見ながら釘崎も納得し、伏黒を見ながら呟く。

 

「みたいね、にしてもほんと性格悪いわねアイツ、独占欲強い男はモテねぇぞ」

 

「おい、なんで宿儺じゃなくて俺を見ながら言うんだよ」

 

「だって帳の中で二人っきりだったじゃん」

 

「あれは成り行きで仕方なかっただろうが」

 

「どっちでもいいわ、それよりなにか刹那に言うことがあるんじゃないの?」

 

 二人を見てクスクス笑う刹那に伏黒は神妙な面持ちで言う。

 

「術者同士の殺し合い、知ってるよな?」

 

「阿弥部が言ってたやつですよね」

 

「あぁ、死滅回遊。それの遊泳者に津美紀も入ってる」

 

「!!」

 

「頼む…お前の力を貸してくれ、今はどれだけでも協力が欲しいんだ」

 

「もちろん協力します、むしろさせて下さい」

 

 頭を下げる伏黒に刹那は真剣に答える。

 

「…ありがとう、それと…」

 

「?」

 

「話に聞いた阿頼耶識の呪縛は気にしなくていい……逝く頃には伏黒だからな」

 

 伏黒は顔を上げてぶっきらぼうに言い放ちそっぽを向く。

 

「……ふぇっ!?」

 

 ほんの少し呆けた後に顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げる。

 

「いやぁ釘崎さん、お茶が上手いっすね」

 

「全くそうね、煎餅食べる?」

 

 気を利かせたのかお茶を飲みながらなんとなく壁の方を向いて二人は話す。

 

 どこかであった、ほんの小さな選択は、大きく流れを変えて一人の少女の命を救った。




主人公
阿頼耶識 刹那(あらやしき せつな)14ー16歳
イメージCV
悠木碧さん
誕生日
七月四日
好きなもの
甘いもの全般
一番得意状況は一対一。
苦手な状況は強いて言うなら多対一。
右眼の負担が大きくなるから。
【黒閃】経験者
特徴
甘党、泣き虫、寂しがり屋、超少食
実はトランプや麻雀などの対人ゲームがメチャチャ強い。
二年前に伏黒によって助けられる。以来伏黒に好意を抱いているがそれを伝える気は本来は無かった。
何故なら愛は歪んだ呪いであることを知っていて、それを伏黒にかけたくなかったから。
五条保護者の高専預かりなため、上級生との付き合いは伏黒よりも長い。
秤はとある理由で昔ボコっているが、秤本人は別に刹那が嫌いってわけでもないし刹那本人も同様、よく麻雀してた。
綺羅々とは仲が結構いい。
右眼は重瞳になっていて、天与呪縛によって目としての機能を無くす代わりに他者の感情やエネルギーの流れを視ることができる。また、視えた他者の感情は半強制的に刹那と共有されるのでそれによって呪力を少し供給できたりする。
相手の感情と動きを視て戦うので基本的に先出しジャンケンが始まる。
特級術師の中では最も呪力が少ないが、それを補うための二刀。
武器
特級呪具、血吸 童子切
斬った相手から呪力を奪い、刀身の斬れ味や耐久力を強化できる。納刀している間は血吸から呪力を供給できる。童子切は納刀している間は勝手に刀身に呪力が集中する。(頻繁に納刀するのはこのため)
親の形見、というより初代から代々伝わってきた呪具。
体術
決定打となる力が呪力頼りなので、女性でも比較的
強い攻撃ができる足技や相手の姿勢を崩す合気など多種多様な戦法を用いた独自の戦法を用いる。
刹那の強みは環境や先読みじゃんけんでの、ありとあらゆる状況を利用できる、簡単にいうと想像力が人一倍高いこと。これによってどんな状況でもほぼ最高のパフォーマンスを発揮できる。
術式
■■■術式
身体から黒い靄を出現させ、それに触れたあらゆるものを無くす、消し去るといった術式。
一見無敵だが対抗策は意外に簡単で、靄に流れる呪力以上の呪力で身体を覆うことで直接的な被害を免れることができる。

術式順転[虚]
物理エネルギー、摩擦、感覚、etc、、、。
あらゆるものを無くすことができる術式、ちなみに呪力の靄はそれ単体だとただの目くらましにしかならないが、それに術式を発揮することで無くす効果を得られる。
靄放出→術式発揮→触れる→無くすの順番になる。
術式反転[残響]
あらゆるものの再現実化
打撃や斬撃などをその場に再び現象として起こす技。作中では使用していないが、解釈を広げてその場にあった記憶や出来事を知ることもできる。
拡張術式[武器纏]
靄を武器や物に纏わせて、上記の放出と発揮の過程を省くことができる。
拡張術式[全自動迎撃]
短時間の間、靄を身体に纏い、自分に害のある全てを触れた瞬間に完全に自動で発動して無くすことができる技。五条と違って六眼が無い刹那は常時展開は出来ない。しかし、五条の無下限と違い、常時発動ではなく、当たった瞬間のみ発動するため、領域展延を使用しても攻撃は通らない。すなわち、使っている間は何人たりとも刹那を傷つけることはできない。
極の番 雫
空間という概念と時間の境界を無くして全くの別空間を作って閉じ込める技。本来、靄は術者の身体からしか出ないが、"雫"が広がった虚空や物体から腕が無限に追跡して閉じ込めて中でイロイロする。
イロイロというのは中に引き込まれた術者は、半無限的に出現するあらゆるエネルギーに襲われるというもの。
領域展開 未了無還門(みりょうむへんもん)
印は人差し指でバツを作り、残りの指でハートを作る。
バツは否定、ハートは心臓と感情を意味する。
領域範囲は(縛りにもよるが)最大範囲半径30m程度
領域内は刹那の後ろの大きな白い門以外は何もない、強いて言うなら"無がある"という矛盾した空間。足場さえも見えない常闇の中で対象と刹那が向かい合う。
刹那が合図すると同時に門が開き、対象の体を無差別に"無"が通り過ぎ、不可視、なおかつ防御不可の攻撃は対象を確実に葬るまで永続する。
あらゆる行動を無かった事にするため、術式が発動しても瞬時に無に還り、結果的に発動しなかったことになる。
タイマンなら五条の命に手が届くレベルに強いが、あくまでも万全の状態での話だし、普通に負ける。
でも今回のように呪霊を何百体も倒して呪力のストックを持った状態なら十分に勝機はある。
疑問が出てくると思うんですが乙骨は分かんないです。体術は刹那の勝ちですけど呪力量とセンスは乙骨ですし術式も明記されてないので。でも今回、刹那には東京で準備したため呪力量は、乙骨の二倍くらい貯蓄があったので完璧に準備してた刹那に軍配が上がりました。
一時休載です!多分クトゥルフか東方の新シリーズかオリジナルを始めますので、その時はぜひ見てやってください!


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第五十一話 宿儺の追憶

ひっさしぶりの投稿です!ちょっと修学旅行の準備とかでバタついてまして(汗)本誌の展開がめっちゃやばいことになってますね!
今回の話は独自解釈が多めなので、そこは大目に見てください。
それではどうぞ楽しんでください!


 骸の山、そこに足を組み、宿儺は座っている。

 

 阿頼耶識刹那に自身の呪力を練り込み、元いた場所へと送り届け、宿儺は目を瞑って(彼女)を想っていた。

 

 ──千年前──

 

 見渡す限り広がる術師の死体の海。その中央にて呪いの王、両面宿儺はつまらなさそうに曇天の空を見上げ突っ立っていた。

 

「……つまらん、この程度の実力でこの俺に挑んでくるとは…帰るか」

 

 踵を返し、欠伸をかきながら自身の住む山へと帰ろうとする。しかし、宿儺は異質な呪力を感じ、その歩みを止める。

 

「…ほう、あの状況から生き残ったか」

 

 振り向くと、真っ白な髪で二刀を携えた重瞳の術師が宿儺を見据えている。

 

「流石は呪いの王だ、俺も自分を守るので精一杯だったよ」

 

 刀を宿儺に向け、術式を展開して背中から白い触手を出現させる。

 

「ケヒッ、少し痩せてるが今日の晩飯には丁度いいな、少しは足掻いてみせろ」

 

 バギィ"ン"ッ!! 

 

 宿儺の術式と術師の刀がぶつかり、鈍い音が死体の海の上に鳴り響く。

 

 ギュルルルッッ、キンキンキンキンッ

 

 術師は触手で宿儺の視界を塞ごうと伸ばすがいとも容易く斬り伏せられる。

 

「[開]」

 

 ボゥッ!! ドゴォン!! 

 

 ジュバァン! 

 

 宿儺は四本の腕から炎の矢をつがえて放ち、火柱を二本立たせる。

 

 術師もその柱を真横に切断し、豪炎の中から現れる。

 

「これも耐えて見せるか、面白い」

 

(チッ、こんな威力のものバンバン撃ちやがって)

 

「貴様、名は何と言う?」

 

 宿儺は不敵に嗤いながら術師に名前を問う。

 

「…良いぜ、答えてやるよ、万代だ。お前の本名も聞きたいものだがな」

 

「名などとうに捨てたわ。そうか、万代か、覚えたぞ。今から死にゆく強者の名をな」

 

 宿儺は四本の腕で印を結び、術師の到達点である技を惜しみなく披露する。それと同時に万代も術式を行使する。

 

「領域展開、伏魔御厨子」

 

「我流、対領域術、弥勒(みろく)

 

 宿儺の背後に牛、人骨で組み立てられた建造物が出現し、超広範囲の死体や呪具達を破壊しだす。

 

 バヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅ

 

 それと同時に万代は黒い触手で自らを覆い、外からの攻撃を触手でガードする。触手の中身は完全に孤立した空間になり、その空間ごと宿儺に向かって走り出す。

 

(俺の領域に抗って見せるか!)

 

 ズバンッ! ブワッ

 

 警戒を解いていた宿儺の腕が一本、宙を舞う。しかし、同時に斬れた腕を宿儺はくっつけて再生させ、炎の矢を撃ち込む、先程とは違い、連続して五発撃ち込み万代の防御を突破する。

 

 ボォンッ! ドゴォッンッンンン

 

 万代は後方へと吹き飛び、頭から血を流す。それでも立ち上がって再び刀を宿儺に向ける。

 

「良いぞ、実に良い、そこらの有象無象とは違う。実に良い術師だ。褒めてやろう」

 

「心にもない言葉をべらべらと…っガボッ」

 

 突如として万代は吐血し、言葉を止める。

 

「? どうした? まさか終わりではあるまいな?」

 

「そんなわけ無いだろう…!」

 

 ギギンッガギッ、バキイッ! 

 

 万代は斬りかかり再び宿儺に剣撃を見舞うが、先程までのキレは全く無く、軽く迎撃される。

 

「……」

 

「はぁッはぁッッ、ゲホッ」

 

 ビチャチャ

 

 万代は再び吐血し、ついには膝をついてしまう。

 

(視界がっ…次の攻撃がくる…!)

 

 顔をあげると目の前には宿儺が立っていた。

 

「……これまでか」

 

 ボロボロに刃こぼれした刀に目をむけ、現実を受け止める。そしてそのまま刀を納め、その場に正座する。

 

「…邪智暴虐の限りを尽くす呪いの王よ、最期に聞いていけ」

 

 口をゴシゴシと乱暴に拭き、宿儺に向かって言葉を紡ぐ。

 

「勝つぞ、俺達(呪術師)は」

 

 限界を迎えたのか、その場で万代は気絶する。万代は呪いの言葉を吐き捨てるのではなく、ただ一言、宿儺に宣言していった。

 

「……裏梅」

 

「ここに」

 

「コイツを死なせるな、恐らく毒の類だろう。…ここで死なすには惜しい」

 

「御意に」

 

 宿儺は裏梅を呼び、万代を連れて根城へと帰還する。

 

(あの時はほんの気まぐれだった、決着が俺以外による者など許さないなどという、取ってつけたような理由で、俺はあいつを生かした)

 

 ──ー

 

 次に万代が目覚めたのは布団の上。知らない天井を見ながら、かなり上等な物の上に寝かされて着物も着替えさせられ、傷も全て包帯でぐるぐるだが治療がなされている。

 

「ん!?」

 

 当然、疑問符を浮かべて現状を整理しようと務めると、部屋の障子が開き、木箱を持った白銀の髪の人物が入ってくる。

 

「おや、お目覚めですか?」

 

「…貴方が助けてくださったのか?」

 

「いいえ、詳しいことは私の方から申し上げられません。それよりも、包帯をお変えいたしましょう」

 

「あ、あぁ…」

 

 裏梅は軟膏が塗られた包帯を取り替えながら万代に伝える。

 

「包帯の取り替えが終わったら朝餉が出来ておりますゆえ、ご案内いたします。主もそこにいらっしゃるので疑問はそこで解決するのがよろしいかと」

 

「ん、ありがとうございます…えっと」

 

「裏梅にございます」

 

「ありがとう、裏梅さん」

 

 包帯を変え終え、広い屋敷の長い廊下を渡り、件の人物がいる場所へと向かう。

 

「こちらにおいでです」

 

「ありがとう、そう言えば君の主って一体…」

 

「…多少困惑されるかと思いますが、決して危害などを加えませぬようお願い致します」

 

「ん? そりゃそうするけど…」

 

 シャッ

 

 万代は障子を開ける。そこには、つい先刻、文字通り命懸けで呪い合った、両面宿儺の姿があった。

 

「おぉ、中々に回復が早かったな」

 

「あぁお前か…は?宿儺ァ!!!!??」

 

 あっさり受け止めたかと思いきや、急激に宿儺の存在が万代の中で広がり、大きな声で宿儺の名前を呼ぶ。

 

 キーーーン

 

「っさいわ!!馬鹿者!!!!」

 

「いや大声も出るだろうが!! なんでお前が俺を助けてるんだよ!?」

 

 裏梅はなんとなく予想していたのか、万代が叫ぶ前に耳を塞いでいた。

 

「あーあー、うるさいうるさい、取り敢えず座れ」

 

 長机の向かいを指差す。

 

「何故お前の言うことを聞く必要がある」

 

「俺は貴様の命の恩人だぞ?」

 

「同時に殺しかけた犯人だけどな?」

 

 悪態をつき、そう言いつつも仁義に厚い万代は大人しく向かい側に座る。

 

「裏梅」

 

「御意に」

 

 宿儺が名前を呼ぶと、呪いの王が食べる物の割には普通の物がそれぞれの前に盆に乗って用意される。

 

「意外に普通なもの食べるんだな」

 

「俺とて人間と身体の作りはそう変わらん」 

 

「毒とか入ってないよな?」

 

「入れる理由がない」

 

「うーん…」

 

 黙々と食べる宿儺をじっと睨みながら警戒していると裏梅が万代に話しかける。

 

「消化の良いものの方がよろしいですか?」

 

「あ、いや大丈夫大丈夫、いただきます」

 

 手を合わせてそう言うと、意を決して食事を一口、口にする。

 

(南無三っ!)

 

 パクン

 

「………美味しい」

 

 ボソリと自分でそういったのがトリガーになったのか、あっという間に食事を終える。

 

「御馳走様でした」

 

 先に食べ終えていた宿儺はお茶をすすって湯呑みを置くと、万代に質問する。

 

「さて、俺が貴様を助けた理由だったな」

 

「あっ、そうだよ! なんで俺を助けたんだ?」

 

 思い出したように宿儺に質問する。

 

「そうだな…言ってしまえば気まぐれだ」

 

「簡潔な答えをどうも、てかそれ本気で言ってんのか?」

 

「俺は嘘を吐かん。他の血筋や術式を誇示する上辺だけの連中と違い、貴様は俺に命を賭して戦ってみせ、最後の最期まで呪術師でいてみせた。そんな貴様を俺は気に入ったのだ」

 

「?? 何言ったか覚えてないけど、取り敢えず俺はお前に気に入られたってことでいいのか?」

 

 裏梅をちらりと見やると深く頷いている。

 

「今度は俺の方から聞かせろ。何故、貴様の身体は反転術式による治療が効かん?」

 

 宿儺と裏梅の反転術式を用いても治すことの出来ない傷、万代の身体はそれほどの損傷を負ったわけではなく、生まれ持った体質が影響していた。

 

「…心臓、お前はどっちにある?」

 

「は? …さっきも言ったが、俺とて人と対して身体の作りは変わらんぞ」

 

 左胸を左の両腕でトントンと叩いて見せる。

 

「俺はな、生まれつき全ての内臓の位置が逆なんだ。それだけじゃない、髪や瞳の色も術式さえも、全てが逆転してる」

 

 万代はそういって呪力を練ると、反転の正の力が最初から練られる。

 

「ほう、聞いたことがないな。天与呪縛の類か? それによって反転の治療は意味をなさいのか」

 

「そういうことだ。ついでに言えば、そのせいで俺は領域展開を会得できないし、術式順転も使えない」

 

「だとすると、貴様の術式は常に反転していることになる。それを反転させれば使えるのではないか?」

 

「単純な身体強化等はこなせるさ。でもそれも血反吐吐く努力を重ねた結果だ。表の裏の裏は表じゃない。銭を二回ひっくり返せば当然表になるが、呪術的にはその行いはどうやら許してくれないらしい」

 

 ため息をついてやれやれといった風に手をヒラヒラと振る。

 

「で、俺を生かしたのがお前の気まぐれだとすると、俺を気まぐれで殺す事もあり得る訳だよな」

 

「そうなるな」

 

「生憎と俺はお前を殺そうとして敗けたんだ、完璧にな。その上に情けをかけられて生かされるなんざ御免だな」

 

 ダンッ! 

 

 万代は机を叩いて宿儺を強く見つめる。

 

「殺せよ、今ここで」

 

 宿儺は少しだけ驚きつつも、しかし強く言う。

 

「断る。それと貴様は一つ、思い違いをしている」

 

「なに?」

 

 ガシッ、ズダァン!! 

 

 万代の手を掴んで机に叩きつけ、顔を近付けてニヤリと嘲笑う。

 

「貴様は生かされているのだ。同情ではなく、"俺の気まぐれ"でな」

 

「っ! このっ!!」

 

 もう片腕で顔を殴ろうとするが、宿儺のもう三本の腕がそれを許さずに頭を叩きつける。

 

「俺と貴様の力の差が分かったか? 分かったら──」

 

「あー、ごほんっ宿儺様、既に気絶しています」

 

「あ……寝かせておけ」

 

 強く叩きつけすぎたせいで、回復しきっていない万代は脳震盪により気絶していた。

 

 ──ー

 

「!!」

 

 ガバッ! 

 

 万代は飛び起きて周りを見回す、今朝見た景色がその光を暗くしただけの違いで広がっている。

 

「…はぁー」

 

 ボスンッ

 

「また敗けた…」

 

「挑むだけ時間の無駄かと」

 

 万代が布団に顔を埋めていると、裏梅が静かに障子を開けて部屋に入ってくる。

 

「よく見たら君も宿儺と似たようなものなんだな、俺なんかより全然強いや」

 

「…恐らくですが、宿儺様は貴方の実力を買ったのだと思います。自信を無くす気持ちは分かりますが、そう卑屈になる必要もないかと」

 

「……」

 

「もうすぐ酉ニ刻ですが、夕餉はどうなさいますか?」

 

「…いただこうかな」

 

 ため息混じりにそう答えて立ち上がり、再び食事を取るためにあの部屋へと向かう。

 

「貴方の身体は反転術式が効きませんゆえ、せめて治るまでは居てはいかがですか? 宿儺様は貴方を気に入ってる様子ですし」

 

「そうだね…誇りがなんだって言わずに泥臭く生にしがみつこうかな」

 

 シャッ

 

「宿儺様、万代様が起床されました」

 

「あぁ、貴様はいつも飯時に起きるな。そんなに飯が楽しみか?」

 

「何言ってんだ、飯が楽しみじゃない奴なんていないだろ」

 

 宿儺の正面に座り、万代は答える。まともに会話をしたのが初めてだったためか、宿儺は驚く。

 

「明日」

 

「?」

 

「明日からはちゃんとお前の言うことを聞くよ、さっき言われた通り命の恩人だしな。俺に拒否権はない」

 

「いやに素直だな、頭の打ちどころが悪かったのか?」

 

「そうかもな」

 

 急にしおらしくなった万代に疑問を感じ、宿儺は裏梅を見る。

 

「何かしたか?」

 

「私の口からはなんとも」

 

 適当に返事を返し、裏梅は食事を運びその場を後にする。

 

(まぁいい…気まぐれで助けたのも嘘ではない、飽きたら殺すのみ、精々足掻いてみせよ、強き呪術師、万代よ)

 

 これが阿頼耶識家初代、阿頼耶識万代の宿儺との出会いだった。




独自解釈満載ですし、多分宿儺はもっと色々技を持ってると思うんですけど、今はこんなものでお願いします。
しばらくはこの話がつづきますので何卒宜しくお願いします!
PS別作品の方は完全不定期ですが、そちらの方もよろしくお願いします!


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第五十ニ話 未だ思う

新年明けましておめでとうございます!!
本年もどうかよろしくお願いします!!
呪術廻戦0素晴らしかった!!あと三回は見たい!
雑談はこれくらいにして、本年も鋭意制作していこうとおもいます!それではどうぞ!


 万代は一人、卯一刻(現代の五時)頃に起床し、台所へと向かっていた。

 

(今日から一応世話? になるんだから何かしらをしなければ)

 

 障子を開けて中に入ると、裏梅が既に準備を始めていた。

 

「おや、万代様。おはようございます」

 

「おはようございます、遅起きで申し訳ない。なにかやることはあるだろうか?」

 

「やること…ですか?」

 

「一応恩人に世話になるわけですから、何かはして当然だと思うのだが」

 

「そうですね…ですが、宿儺様はそういったことは望まれていないかと」

 

「そうだとしても何もしないのは俺がいたたまれない。何でもいいんだ、こき使ってくれ」

 

「では…宿儺様を起こしてきてくれますか?」

 

「あい分かった、行ってくる」

 

 万代は宿儺を起こしに部屋へと向かっていった。

 

「まぁ、まだ早い時刻ですがね」

 

 誰もいなくなった台所で、裏梅は一人ポツリと呟いた。

 

「よし…失礼します」

 

 シャッ

 

 一言声をかけて障子を開けるが、宿儺は大きな布団をかけて寝ている。

 

「起こしにきました」

 

「……なんだ貴様か」

 

「朝なので起こしに参りました」

 

「なんだその喋り方は。不愉快だ、戻せ」

 

「え、じゃあ、うん。起こしにきたぞ」

 

 宿儺は欠伸をかきながらのそのそと体を起こす。

 

「今は何刻だ?」

 

「卯一刻くらいだけど…」

 

「起こすのが早いわ戯けが」

 

「えぇー、だって裏梅さんが起こしに行けって…」

 

「だっても何もあるものか。全く、目が覚めてしまったではないか」

 

 ボリボリと背中をかきながら再び欠伸をかく。

 

「じゃあ、いつも何刻に起きるんだよ?」

 

「知らん、好きなように起きる」

 

「身体に悪いな、これからは毎日この時間に起こしに来てやるよ」

 

「いらん、そんなことをしてる暇があるなら大人しく寝てろ」

 

「いつまでもお客様扱いされるわけにゃいかんだろ。少しでも役に立たせろよ」

 

 宿儺は少しの間黙り込み、そして急に何かを思いついたのか、不敵な笑みをこぼす。

 

「なるほどなるほど。役に立ちたいか?」

 

「まぁ、そうだけど。お前が今考えてることはなんか嫌だな」

 

「そう構えるな、お前が言ったのだ。毎朝起こしに来ると」

 

「ん? それだけでいいのか? 毎朝余興をしろとか言わねーの?」

 

「それの何が楽しい?」

 

「いや楽しかないけどさ、お前なら無駄なことさせそうだし」

 

「……まぁいい、とにかくお前は毎朝ここにこい、いいな」

 

「はいはい、んじゃ、時間も丁度良いし行こうぜ」

 

 二人は居間へと向かう。裏梅は宿儺が早い時間に起床したことに驚きつつも朝食の準備を終わらせる。

 

「万代、貴様が役に立ちたいと言うのならまずはその傷を治せ。そんなボロ雑巾のような見目では見るに耐えん」

 

「分かったよ、分かったから」

 

(…不器用すぎる)

 

 裏梅は心の中でそんなことを呟きながら家事に取り掛かっていった。

 

 それからの万代の生活は一変する。時間に追われることも、命のやり取りをすることもなくただ日々を過ごしていく。朝は宿儺をおこし、他愛ない雑談と下らぬことで喧嘩し、昼晩の食事の準備を手伝う。

 

 しかし、それは色褪せる暇などないほどに退屈を殺し、孤独を殺す日々だった。

 

(…宿儺に世話になってから約三週間、身体は訛っていないだろうか)

 

 木々の葉が紅く色づき、終わりを迎える準備の為にその葉を散らす。そんな鮮やかな庭で二振りの刀を構える。

 

 ズズズッ…

 

 術式を発動し、白い触手を出現させる。

 

「術式は問題ない、呪力への反転も…問題ないな」

 

 身体を部分ごとに分け、からくり人形のように自身の体の駆動を確認する。

 

 深く深呼吸を一つ、舞い落ちる枯れ葉を次々に空中で斬っていく。

 

 スパパパパッ

 

「うんうん、若干筋力が落ちてるけど問題なさそうだ」

 

 ゾワッ

 

 キキキン バキンッ! 

 

 納刀して手の平を見つめながら頷いていると、舞う枯れ葉が一瞬にして全て両断され、斬撃の一つは万代に向かって飛び、それを斬り弾く。

 

「何をしている?」

 

「こっちの台詞だ大馬鹿野郎、急に殺しに来る奴があるか」

 

「その程度で死ぬわけ無かろう?」

 

 宿儺は本気で首をかしげて疑問を口にする。

 

「この野郎…はぁ」

 

 ため息一つと共に怒りを鎮め、宿儺の質問に答える。

 

「身体が訛ってないのか確認してるんだよ、完治したらお前と呪い合うことになるだろうしな」

 

「ん? 何故呪い合う必要がある?」

 

「何故って…?」

 

 長く宿儺の側に居すぎたためか、それとも純粋に恩人だからか、いずれにせよ殺し合う理由が万代の中に見当たらなかった。

 

「ふむ、呪詛師と呪術師、呪い合うのは必然。しかし、貴様は俺に敗北を決している、挑む資格も意味も無い」

 

「……確かにな…」

 

 秋特有の澄む空を見上げながらポツリと呟く。

 

「そんなことよりだ、貴様ほどの術師が何故そんな安っぽい呪具を使っているのだ?」

 

「安っぽいって…一応こいつらで一般的な家なら買えちまうんだぞ?」

 

 宿儺に刀身を見せるが、手入れされているとはいえ、歴戦の傷たちは隠すことができずにいる。

 

「そんなこと知るか、満足に術式も施されていない呪具など玩具に過ぎぬわ」

 

「大枚はたいて買ったんだぞコラ」

 

 癪に障ることばかりツラツラと並べる宿儺に若干キレかかっている万代とそれを愉快そうに眺める宿儺。その場にもう一人の声が響く。

 

「お二方、朝から無駄なことをなさるのはやめたほうがよろしいかと」

 

「裏梅さん、だってこいつがさー」

 

「万代殿…いえ、なんでもありません」

 

 裏梅はなにか言いかけてスタスタと屋敷の中へと入っていく。

 

「えっちょっ、待ってってば!」

 

 続いて万代も中に入り、宿儺はその場に取り残される。

 

「…主を置いていくとは、不躾な駄犬共め」

 

 ────

 

 さらに二週間。

 

「やっっと、完治したぞ!」

 

 パチパチと拍手する裏梅と、その横でまるで興味がなさそうにお茶をすする宿儺。

 

「どうだ宿儺、多少跡は残ったが完治してみせたぞ!」

 

「煩いぞ。治ったから何だというのだ、興味はない」

 

「お前が治るまでいろっつったんだろうが」

 

「治っても相変わらずですね…」

 

 不意に宿儺は胸周りの包帯に気がつき、それに対して煽り文句を垂れる。

 

「ケヒヒ、なんだ、まだ治りきっていないではないか」

 

「え? どこ?」

 

 クルクルと回りながら、自身の体を確認する万代を嗤いながら宿儺は頭を掴む。

 

「包帯を巻いてることさえ忘れるとは、犬ではなく鶏だったか」

 

「!宿儺様っそれはっ!!」

 

 そのまま宿儺は胸の包帯を触る。男の胸からはおよそ感じることの無い感触が宿儺の掌に伝わる。

 

 ムニュッ

 

「………」

 

「………」

 

「………太ったか?」

 

 ブチッ

 

「最ッッッ低だぞお前!!」

 

 バチンッ! 

 

 過去最後の怒りと呪力で強化した力で宿儺の頬を平手打ちし、万代はその場を去っていく。

 

 その場には宿儺の頬の平手跡と音が証拠と残響として鳴り響く。

 

「裏梅」

 

「申し訳ございませんが、今回ばかりは宿儺様が全面的に悪いかと」

 

「あいつは…女だったのか?」

 

(まさか…そこからとは)

 

 宿儺は一月間万代と共に生活を共にしていたが、常に男として振る舞う万代が女性だということに気付けなかった。

 

「宿儺様、万代殿は完治した身です。一度無事を報告するために帰還なさるかと」

 

「何が言いたい?」

 

「謝るべきです、人格を男に矯正していても根は女性。今回の過失は確実に宿儺様にあります」

 

「裏梅、貴様随分偉くなったものだな。この俺に指図とは」

 

 宿儺はギロリと裏梅を睨むが裏梅は怯むことなくいつもの様子で返答を待つ。

 

「はぁ…。茶菓子を用意しておけ。あいつと話してくる」

 

「御意に」

 

 裏梅は表情を明るく変え、パタパタと台所に行く。宿儺も立ち上がり万代の元へと向かう。

 

「入るぞ」

 

「入んな」

 

 シャッ

 

 短くノック代わりに呼びかけ、否応なしに宿儺は入っていく。

 

「………」

 

「………」

 

「何しに来た」

 

 互いをいがむような重い空気を先に打ち破ったのは万代だった。

 

「全く、あの程度のことをいつまでも気にするでないわ」

 

「あの程度?嫁入り前の生娘の胸を触って嘲るのがあの程度か」

 

「だからすまなかったといっているだろう」

 

「今初めて聞いたわ」

 

「そもそも、女の癖に言動を偽っている貴様にも否があるのではないか?」

 

「謝る気あるのないのどっち?」

 

「…すまなかった」

 

 話し合いの末、結局全面的に悪い宿儺は渋々と折れ、謝罪する。

 

「…言動に関しちゃ言ってないのは悪かったよ、話すから少し待ってくれ」

 

「ならば茶の間で裏梅が菓子を用意している、お前も早く来い」

 

 宿儺は指をちょいちょいと動かして誘導するが、次の瞬間には防御の姿勢を取っていた。

 

「!!!」

 

 ミシィッ、バォンッ! 

 

 ドガジャァンッ! 

 

 不意の一撃に宿儺の巨体は宙を舞いながら外へと放り出されるが、足に力を入れて停止する。

 

 ザザァ──ッ

 

「…なんのつもりだ?」

 

「なんのつもりって、見りゃ分かんだろうよ」

 

 刀を二本携え、壊れて土埃が舞う中から万代が現れる。

 

「俺は呪術師でお前は呪詛師。呪い合いだ、俺とお前のな」

 

「フン、傷が癒えて俺に再戦か。いいだろう、最近退屈し初めていたところだ、本気で来い」

 

 この場で二人の術師は再び呪い合う。

 

 嘘だらけの戦いの幕が切って落とされた。

 

 ガギィンッバギィンッ! 

 

 暫く戦っていなかった万代だが、一ヶ月間何もしなかったわけではない。宿儺の動きを余すことなく観察し、術式を使用するときの癖、一歩の踏み方、果ては呼吸のタイミングに至るまで全てを観察して戦いを有利に勧めていた。

 

「ほらどうした!? 守ってばっかじゃ俺は殺せねぇぞ!!」

 

 宿儺の身体に直接のダメージは無くとも、術式の発動タイミングや息継ぎの瞬間を狙った連撃は宿儺の体と精神に確実にストレスを溜めていく。

 

「解、捌」

 

 ギギギギンッ! ボギンッッ

 

 四本の腕で二種類の斬撃を不規則に繰り出す宿儺に対し、二分の一の数でそれを受けきって見せるが、小太刀は負荷に耐えきれずに鈍い音を響かせながら折れてしまう。

 

 一本になった刀を横に回転しながら前宙し、宿儺の首を狙って刀を振るうが反対に刀を掴まれて投げ飛ばされる。

 

「ケヒヒ、勘違いも甚だしい。ほら、頑張れ頑張れ」

 

「…甘く見んなよ」

 

 バヅンッ、ボトッ

 

 余裕を見せつけ、嘲笑する宿儺の腕が万代の術式の発動によって不意に一本斬り落とされる。

 

「ほう…!」

 

「やっと良いのが入ったな」

 

 その機を逃さないと言わんばかりに、一本減った左側に再び連撃を加えていく。

 

 ギギンッ! 

 

「褒めてやろう、やるようになったではないか」

 

「──!!!」

 

 連撃と同時に万代は悟っていた、絶対に勝てない。

 

 いつでも一瞬で自身を赤子の手をひねるように殺せる程の力を、目の前の男は持っているということを。

 

「…………」

 

 万代は飛び退いて己の無力さを痛感するように刀を握りしめる。

 

「宿儺…そんなに俺は弱いか…? 殺す価値もないほどに、俺は──」

 

「勘違いするな」

 

 万代の言葉を横入りして塞ぐ。そして腕を拾って治しながら残ったもう一本の万代の刀身を掴む。

 

「貴様を殺さないのは殺す価値がないからではなく生かす価値があるからだ。俺は知っているぞ、貴様はここに来てから毎晩自らの死を渇望し、苦しんでいることを」

 

「……俺を殺そうとは」

 

「望んでいるのに自死もできぬのは、今を想い、生にしがみついているからではないのか」

 

 宿儺は諭すように、呪いの王とは思えないほどに他人の為に言葉を紡いだ。

 

「…もういいな? ほれ行くぞ、茶が冷めてしまうではないか」

 

 スタスタと宿儺は歩いていく。

 

「どこが呪いの王だよ……」

 

 万代も後を追いかけていく。

 

 シャッ

 

「終わりましたか。意外と早かったですね」

 

「奴の刀が折れた。身の丈にあった呪具を用意しろとあれほど言ったのにあの阿呆が」

 

「誰が阿呆だ誰が」

 

「貴様以外おらんだろうが」

 

 互いに悪態をつきながらいつものように座ってお茶を飲む。

 

「あ、そうだ、俺明日ここ出てくから」

 

「あ"?」

 

「いや怖、腕落とされた時より怒るじゃん」 

 

 万代の突然の発言に急に怒りを顕にする。

 

「いや俺だって家持ってるし、流石に死んだことにされるのは勘弁だし生存報告だけしとこうかと」

 

「………」

 

 宿儺の呆気な表情を見て裏梅と万代は思わずクスクスと笑ってしまう。

 

「そんな心配すんなよ、普通にここ来るし。今度は菓子でも持ってくるさ」

 

「そんなに簡単に来れる場所ではないんですがね」

 

 その後は特段変わった様子もなく、翌朝万代は宿儺の屋敷を出ていった。

 

 ──二日後──

 

「お、裏梅さん。二日ぶり」

 

「随分お早いお帰りで」

 

 驚いているのか当然と思っているのか、それを悟らせない表情で万代を迎える。

 

「あはは、帰ったわけではないんだけどね。なんかちょっと宿儺の監視役みたいのに任命されてさ」

 

「…それを私に告げてもよろしいのですか?」

 

「どうせ宿儺は気にしないさ。それより給金が上がって余裕ができてさ、いい菓子を持ってきたよ」

 

「しかし宿儺様が…」

 

「あいつの分もあるから問題ないよ、ほら行こう」

 

 裏梅の手を掴み、勝手知ったる屋敷の中へと足を踏み入れる。

 

 宿儺は所要で出かけており、二人で穏やかな一時を過ごす。

 

「お、宿儺が帰ってくるな」

 

「そのようですね、出迎えにいってまいります」

 

 裏梅はそういって玄関に向かうが、僅かな間で万代の元へと戻り、勢いよく障子が開く。

 

 シャッ! 

 

「おー宿儺、お邪魔してるぞ〜」

 

「…存外早かったな」

 

「おう、座れよ。お茶しようぜ」

 

「ケヒヒ、その菓子は俺が満足できるものなんだろうな」

 

「さーね、俺は好きだけど」

 

 会うだけで自然と笑みが溢れてしまう二人の術師の奇妙な関係はそれから程なく続いた。

 

 ──

 

「だーかーら! 俺はそんなの受け取れないって!」

 

「この俺が生まれて初めて他者に物を贈ると言っておるのだ! 素直に受け取らんか!!」

 

 二人の喧嘩の様子を裏梅は万代の持ってきた煎餅を齧りながら見ている。

 

「お前これどうせ盗んだんだろ!? んなもんもらえるか!」

 

「盗むなどという狡い真似はせんわ!」

 

「じゃあ買ったのか?」

 

「…………」

 

「黙ってんじゃねえよガキか!?」

 

「万代殿、少なくとも貴方達の思うような危険な手段は取っておりません。ここは一つ、騙されたと思て受け取ってみてはどうでしょう」

 

 裏梅のフォローによって万代は絆されて渋々二振りの刀を受け取る。

 

「最初からそうすれば良いのだ頑固者が。どれ、抜いてみろ」

 

 スラッ

 

 銀の刀身に紅い紋様が走る小太刀、血吸。それと同じく銀の刀身に波の刃紋がついた太刀、童子切を手にして見つめる。

 

「……」

 

「どうだ?」

 

「…どっちもとんでもなくいい呪具だ。付与された術式だけじゃあない、刀もさぞ名のある名工が打ったものだろう…ほんとに良いのか? こんな良いものもらって」

 

「いらぬなら捨てるまでだ」

 

「いや、じゃ貰うよ」

 

「ついでだ。裏梅、アレも持ってこい」

 

「御意に」

 

 宿儺が裏梅に指を指して指示する。

 

「え、流石にこれ以上は不味いって」

 

「案ずるな、次のは特段高価な物でもない」

 

「…おい、なんで急にお前の色が明るくなるんだよ」

 

「持って参りました」

 

 裏梅が持ってきたのは女性物の鮮やかな配色の着物。万代が生まれてから今まで絶ってきたものだった。

 

「おい…着ないからな」

 

「女なら身なりに気を使うべきだと思ってな、俺なりの思いやりというやつだ」

 

「女物の着物着てるお前に言われたかねぇわっ、てか楽しんでるだけだろ」

 

 万代の眼には明らかに楽しさを表す黄色が色濃く映っている。

 

「私が万代殿の為に選びましたゆえ、似合わないはずがございません。ぜひとも袖を通してみてください」

 

「裏梅さんもかよ、、、今回だけだからな」

 

 渋々純粋な善意の裏梅と、弄り倒そうと嘲笑する宿儺の前に着物を着て出て見せる。

 

 真っ白な髪に朱と黄色の華やかな着物はよく映える。髪が短い万代にはよく似合う着物だった。

 

「「………」」

 

「……なんか言えよ、いたたまれないだろ」

 

「なんとも…馬子にも衣装だな」

 

「第一声がそれかよ」

 

「とてもよくお似合いです、是非とも普段使いにしてみてはいかがですか?」

 

「冗談はよしてくれ、俺には似合わないよ」

 

 その着物の姿で一日を過ごし、万代は宿儺の監視(一緒にいるだけ)を日課として、万代が帰る前と大して変わることのない日々を過ごしていった。

 

 しかし当然、最凶の呪詛師と謳われた両面宿儺の元へ赴き何度も何もなく生還している。そんな呪術師を、世間は疑わない訳がない。

 

「♪〜♪〜」

 

 ヒソヒソ

 

「アレが例の化け物の仲間だ」

 

「よくも堂々と日の本を歩けるものだ」

 

「苗字をもらえたからと調子に乗りおって」

 

「聞けば性別を偽っているらしいではないか」

 

 街を歩けばそういう噂話が万代に聞こえてくる。

 

 聞こえずとも見えてしまう。

 

 万代は極力気にしないように努めている、しかし精神というのは本人の預かり知らぬ間にすり減るもので、顔に出てしまうのが人間だ。

 

 ──

 

「でさぁこの間の呪霊がな──」

 

「万代よ」

 

「? どうした?」

 

「最近寝ているか? 目元の隈が酷い、先の反応も鈍かったではないか」

 

 宿儺は万代の頬を撫でながらそう話す。

 

 普段ならば振り払う万代だが、今回はそんな様子も見せず、大人しく宿儺の優しさに身を委ねる。

 

「……依頼が多くてさ、寝れてないんだ。疲れてるだけさ」

 

「…今夜は泊まっていけ、久方ぶりに酒でも用意させる」

 

「あぁ、ありがとな…」

 

 万代の心はどんどん疲弊していき、その日を堺に、万代は宿儺の前から姿をパタリと消した。




宿儺の過去が原作で詳細には語られていないので半分以上、というか八割は作者の妄想です、これから先、原作と酷い矛盾がでるようなら直しますが、それまではこんな感じかなーくらいで見てやってください。それではもう一度、今年もよろしくお願いします!!


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第五十三話 違えぬ縛り

短いです。


 宿儺は苛立っている。理由は単純、退屈なのだ。

 

 最近は一人の術師の影響で鏖殺などせずとも色褪せることのない、愉快な日々を送っていたというのにその術師は突如として、煙のように宿儺の前から姿を消した。

 

 ゴロゴロと雷鳴を轟かせながら、豪雨と強風が吹き荒れる夜中、宿儺と裏梅はもう幾度目になろうかというやり取りをしていた。

 

「…裏梅、どういうことだ」

 

「……帝から苗字をもらったと仰っていましたゆえ、本来は毎日会いに来る暇などないと思われますが」

 

「それは何度も聞いた。俺は何故名を貰う程度でこんなにも時間がかかるのだと聞いているのだ」

 

「一般の術師からすれば大出世ですので、色々と身の回りに変化があったのでしょう」

 

 このようなやり取りをかれこれ五日も続けている。

 

 宿儺は勿論、裏梅も最近は玄関に自然と目をやってしまっている。それほどまでに万代という人物は二人に大きな影響を与えていた。

 

「……退屈だ。近隣の村でも更地に変えてしまおうか」

 

 ガシャガシャン! 

 

 宿儺がそう口にした瞬間、屋敷の扉が乱暴に開かれ、壊れてしまったのではないかと疑うような音が屋敷に響く。

 

「風の影響でしょうか、見て参ります」

 

 裏梅は玄関へと向かう。そしてそこで目にしたのはは全身が雨に打たれずぶ濡れになった万代。しかし、その姿よりも目を引いたのは、ずぶ濡れでもわかるほど、血にまみれて右腕を失った万代の痛々しい姿だった。

 

「っ!!! 万代殿っ!!」

 

「ぁぁ…ちょっとだけ…休ませてくれないかな、大丈夫、すぐ出てくから…」

 

「喋らないでくださいっ、今治します!」

 

 裏梅はかつてないほどに焦りの表情を顕にし、服を脱がせ、ボロボロになった身体に反転術式を使い続ける。しかし、万代に反転術式は作用しない為に怪我が治ることはなく、ただいたずらに呪力を消費していく。

 

「ゴホッゲホッ、無駄だって、俺の体質を知ってるだろ…」

 

「喋らないでください!」

 

「騒がしいぞ裏梅。なにがあった…」

 

 欠伸をかきながら宿儺も遅れて登場し、同様に万代の姿を目にする。

 

「万代…!」

 

 宿儺は万近に付き、目を閉じかけている万代の名前を呼ぶ。

 

「おい! 目を覚ませ莫迦者!! 万代!!!」

 

 そこで万代の意識は、繋いだ細い糸が切れるかのごとく、突然途切れた。

 

 ザァー

 

 外は豪雨。宿儺は先程の暇から一転、激怒している。目の前で苦しそうに倒れ伏す唯一の友人の額を優しく触りながらも、その優しさとは対極に憤怒の感情は増していく。

 

「裏梅、治るか」

 

「……右腕はもう無理かと。加えまして、一部の内臓と骨の損傷もかなり見られます。…もう、刀を握るのも難しいかと…」

 

 ドォォンッ!! 

 

 雷鳴が宿儺の怒りを代弁するかのように轟く。

 

「裏梅、鏖殺だ…!!塵共め、一人たりとて残さん…!!」

 

「御意に…!」

 

 宿儺が立ち上がりそう言うと、宿儺の足元に万代の白い触手が弱々しく触れる。

 

「おい…待ってくれ宿儺…」

 

 キンッ

 

 宿儺の術によって万代の術はいとも容易く破られる。

 

「指図するな、今の弱い貴様に俺を止められる権利も力もない」

 

「だからって…行かせられるかよ」

 

 万代は無理矢理立ち上がり、身体の至るところから出血しながら宿儺に近寄る。

 

「万代殿っ、動いては傷口が開きます!」

 

「なんだ貴様、まだ呪術師を護るだのと宣うのか」

 

「違う」

 

「まだ未練を持っているとは見上げた根性だな」

 

「違う…!」

 

「貴様のその傷は誰につけられた? その腕は誰に取られた? この俺が代わりに塵共を鏖殺してやろうと──」

 

「違う!!!」

 

 ドンッ

 

 万代は大声を出して宿儺の胸を拳で叩く。 

 

「…何故だ」

 

「ハッキリ言ってやる、俺は呪術師の連中なんざもうどうでもいい! お前の趣味にも興味無いし未練もなければ、復讐を考えてここに来たわけでもない!」

 

 身体中から血を垂れ流しながら宿儺の服を掴む。

 

「では何故だ! 何故俺を止めるのだ貴様は!!」

 

「他人の為に力を使うなよ!!」

 

 宿儺は唖然と口を開く。宿儺は強者に敬意を払えど他者の為に動くことはない、はずだった。

 

 今宿儺は自分の為に動いてはいない。

 

(他人の為…この俺が…?)

 

「お前を…縛りたくないんだよ…! 俺の為に力を使うな。自分の為にだけ、自分の…自由の為にだけ! にその力を使え…よ…」

 

 ズルルッドサッ…

 

 身体を宿儺に預けながら万代はうつ伏せに倒れ伏す。

 

「万代殿!!」

 

「………裏梅」

 

「ハッ!」

 

「止めだ」

 

「?」

 

「どうやらコイツは生意気にも俺に指図するらしい…鏖殺はやめだ。今暫くは、"自由"に過ごすのも悪くはない。最善を尽くせ、死なすな」

 

「…御意に」

 

 宿儺は溜息をつき、部屋から出ていった。

 

 ──ー

 

 裏梅の見立ては、傷だけならば後遺症付きで生き永らえることは出来た。しかし、万代には呪いがかかっていた。"非呪術師百三十人"を犠牲に使った強力な呪い。万代の心臓をどんどんと蝕んでいく、特級の呪い。裏梅にも宿儺にも解呪は出来ず、二人の術師が選んだのは、残りの半年を"自由"に過ごすこと。

 

 一週間。その間寝たきりだった万代は、そこから変わった。

 

「んーっ、今日は良い天気だね」

 

「動いてもよろしいのですか?」

 

「もう、老人扱いしないでよ」

 

 物腰が柔らかくなり、まるで今までの男だった時間を取り返すかのように、服も女性の着物を着るようになった。

 

 極めつけは

 

 バフッ

 

「ぅわっ」

 

「今日は冷える。外に出るなら上着を羽織れ」

 

「宿儺まで私を老人扱いしないでよ」

 

「フン、老人の方が今の貴様より健康体だ」

 

 一人称が俺から私へと変わった。無理をして変えているわけでもなく、ごく自然と当たり前かのように突然変わったのだ。

 

 女性と分かってからも男性と同じように扱えと宿儺に再三言っていたにも関わらず、一週間という短い時を経て、万代はあっさりと今までの生き方を捨ててしまった。

 

「今日は冷えるのか…そろそろ雪が降るかもね」

 

「冬は好かん、寒い」

 

「夏は?」

 

「暑いから好かん」

 

「…宿儺の方がよっぽどじいさんじゃない?」

 

「あいも変わらずに減らず口を」

 

 ビュゥッ

 

 縁側で話していると、冬の訪れはもうすぐとでも言いたげに風は二人の身体を冷やす。

 

「ぇぎしっ!」

 

「ぅぅ、寒っ。戻ろうかな」

 

 残り半年。毎日治療を施し、やれることをすべてやってもその時間は覆らない。一日、また一日と無情にも時は過ぎていき、死へのカウントダウンは止まることはない。

 

 秋の夜長、季節は冬へと移り変わろうとする季節。

 

 縁側で二人は月を眺めながら他愛もない、けれど無下にしてはいけない会話をしていた。

 

「万代よ、貴様が望むのであれば俺はいつでも塵共を鏖殺してやるぞ」

 

「何度も言ってるように、そんな気遣いはいらないよ。それよりほら、綺麗な満月だよ」

 

 万代は月を指さしながらニコニコと笑う。宿儺は毎晩この質問を繰り返し、万代もまた、何度も同じ回答を繰り返している。

 

「これも何度も言ったけど、何をするかくらいは自分で決めてよ。私の望みの為になにかするんじゃなくて、自分の望みの為にその力を使うべきだ。まぁ、例えば、目の前にいるか弱い乙女に酌をするとかね」

 

 左腕だけの万代は屈託のない笑顔でクイクイと空いた盃を宿儺に向ける。

 

「…相変わらず煙に巻くのが上手いな、貴様は」

 

「宿儺が単純なだけじゃない?」

 

 夜は更けていく…。

 

 やがて日は上り、月は沈む。同様に、月は上り日は沈む。

 

 秋は終わり、冬は来る。同様に、冬は往き、春が還る。

 

 地球が終わるまで、終わることなく永遠に続いていく世界の決まり。

 

 世界に置いていかれるのは、いつだって生命だ。

 

 その中でも一際強い感情を持ち、哀しむことを許されるのが人間だ。

 

 

 

「…ついに動けなくなったか」

 

 万代は布団から立ち上がることもせず、静かに目を瞑りながら宿儺と話している。

 

「……まぁ、耐えた方でしょ」

 

「万代殿…」

 

「あとどのくらいかな…こうして話せるのは」

 

 生気のこもっていない両目を開き、宿儺と裏梅を見つめる。

 

 ギリィッ! 

 

 直後、宿儺は大きな歯ぎしりの音を立て、万代の腕を掴んで馬乗りになる。

 

「……どうした?」

 

「…最後だ万代…俺に願え。あの痴れ者共を鏖殺するに足る理由を俺によこせ。お前はただ復讐を願うだけでいい、俺はただ友人の手助けをしたに過ぎぬのだ」

 

「……何度も言うけど、答えは変わらないよ」

 

「万代!!……頼む…俺に、このままお前を看取らせるな…!」

 

 万代は宿儺の首に手を回し、下から抱きしめる。

 

 宿儺は表情こそ崩さぬままだが、悲しみか、怒り故か震えている。

 

「願いね…だったら、最期くらいは私の側にいてよ…私を一人ぼっちで逝かせないでくれ。もちろん、裏梅さんもね」

 

「………はい」

 

 裏梅は静かに万代の横に佇む。

 

 万代は静かに宿儺から離れ、二人の手を握る。

 

「……我ながら乙女だね…。そろそろ時間かな」

 

 みるみるうちに万代の顔色は青白くなり、手からも温もりが消えていく。幾度となく体験したであろう、他者の死。唯一、今までと違うのは、他人ではなく友人だということ。

 

「……裏梅さん、来世でも…よろしくね。宿儺…またね」

 

 手は冷たくなり、呼吸器が動くこともない。瞼は静かに閉じられ、二人の姿を映すことはなくなった。

 

「これは縛りだ。お前はいつかまた俺と出逢うのだ…決して違えるなよ、万代」

 

 




死滅回遊、いつ始められるかな、、、


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死滅回遊 開遊
第五十四話 死滅回遊


投稿期間が大分空きました!すいません!
そして最初に言わせてください!お気に入り登録六百人突破!ありがとうございます!!感想やお気に入りなどこの小説を書く活力になっています!ありがとうございます!
遅れた理由は今回の話が中々難しくて本を読みまくってたのでかなり遅れてしまいました、すいません!そのくせに内容は以外と変わってないので所々流し読みで問題ないと思います!


 最初のルールは読み飛ばし可能

 

 総則(ルール)

 

 1、泳者(プレイヤー)は術式覚醒後、十九日以内に任意の結界(コロニー)で死滅回遊への参加を宣誓しなければならない

 

 2、前項に違反した泳者からは術式を剥奪する

 

 3、非泳者(ひプレイヤー)は結界に侵入した時点で泳者となり、死滅回遊への参加を宣誓したと見做す

 

 4、泳者は他泳者(ほかプレイヤー)の生命を断つことで(ポイント)を得る

 

 5、点とは管理者(ゲームマスター)によって泳者の生命に懸けられた価値を指し、原則は術師五点、非術師一点とする

 

 6、泳者は自身に懸けられた点を除いた百点を消費することで管理者と交渉し、死滅回遊にを1つ追加できる

 

 7、管理者は死滅回遊の永続に著しく障る場合を除き、前項によるルール追加を認めなければならない

 

 8、参加または点取得後、十九日以内に得点の変動が見られない場合、その泳者からは術式を剥奪する。

 

 阿頼耶識刹那の死刑完了後に通達すること。

 

 呪術総監部より再び通達。

 

 一 宿儺の器、虎杖悠仁の死刑執行猶予を取り消し速やかな死刑の執行を行うものとする。尚、執行人は選ばず、確認次第執行すること。

 

 ニ 夜蛾正道を阿頼耶識刹那を天元殺害の計画に唆したとして死罪を認定する。

 

 ──

 

 十一月八日 午後十時三十分

 

「まずは明日、薨星宮に行って天元様と接触する。獄門彊の封印の解き方、加茂憲倫の具体的な目的と今後の出方を聞く。死滅回遊は未曾有の呪術テロだ、事態を収拾するにはこの二つの回答がマストだ」

 

 やっと一年生四人が揃った所で伏黒はこれからの方針を話し出す。

 

「虎杖と釘崎には既に説明してある。一応、今回の関係者全員には伝えるつもりだが、表向きには刹那は死んだことになってるから、高専内では俺の影に入っててくれ」

 

「え…ぅ、はい…」

 

 ヴーッヴーッ

 

 突如として伏黒の携帯が鳴り出し、それを手にとって確認する。

 

 メールを確認する伏黒の顔は、スクロールするごとに顔がどんどん苛立ちに歪んでいく。

 

「………」

 

「どうした伏黒?」

 

「なんとか言いなさいよ」

 

「…悪い、計画変更だ、今すぐ地下室に行くぞ。虎杖と刹那は二人共俺の影に入れ」

 

「どうした伏黒、何があった?」

 

「既に皆地下に集まってる、どこに耳があるか分からん、詳しくはそこで話す」

 

 伏黒は強引に三人を連れ出して地下室へと向かう。

 

 コンコン

 

「真希さん、俺です」

 

 ガチャッ

 

「おう、恵か。入れ」

 

 伏黒と釘崎は部屋の中へと入り、虎杖と刹那を影から出して話し合いを始める。

 

「お、目ぇ覚ましたんだな。おかえり」

 

「しゃけー! 明太子!」

 

「お帰り、刹那さん!」

 

「え、なんで皆知ってるんすか。俺言ってませんよね?」

 

「野薔薇が連絡くれたからな、ここにいる奴らは全員知ってるぜ」

 

「しゃけ」

 

「ただいま、です…」

 

 顔を合わせずに俯いて相槌を打つ刹那に真希は近付いていく。

 

「…おい刹那、湿気たツラすんじゃねーよ。呪術師なら我を通してなんぼだ。それでもまだ気にするようなら今の問題の解決に尽力しろ」

 

 クシャッ

 

 少しバツの悪そうに刹那は答えるが、それを見た真希は刹那の頭を少し乱暴に撫でて言う。

 

「でも、僕なんかが…」

 

「でももなんでもなんかも禁止、アンタは笑って私達の輪にいればいーの」

 

「全く、上はやっぱり腐ってるね。だから私は任務なんか受けないんだよ」

 

(それは違う理由なんじゃ…)

 

 釘崎と九十九も真希に続いて刹那の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「…高菜!」

 

「あはは、こういうのは同性の方がやりやすいよね」

 

「まぁ、早速ですけど話しましょう、時間が惜しい。真希さんの方には連絡来ましたか?」

 

「あぁ、直哉からだろ。多分、恵と私だけだ」

 

「ツナ、明太子」

 

「そう、それよ。さっきの連絡ってなんなのよ?」

 

「簡潔に言うとな悠仁、お前死刑だってよ」

 

「マジすか?」

 

「「「マジ」」」

 

 乙骨と伏黒と真希は声を揃えて言うと脹相は怒りを顕にする。

 

「俺の弟になんてことを…!!」

 

「弟じゃないけどな?」

 

「まぁ、それは今から連れ回すんで問題ないです。それよりも問題なのはもう一つの、夜蛾学長まで死罪になることです」

 

「学長もですか?」

 

「うめ」

 

「そう、上層部は今学長を特級に認定して危険人物としてみなしてるらしい。さっき僕達と離れた時に拘束されたんだと思う」

 

「なんでこのタイミングで…」

 

「嵌められたんだろうな、俺達は」

 

「どういうこと?」

 

 脹相が呟いたのを九十九が補足していく。

 

「刹那が天元を殺すって予告したじゃん? それがマジなら上は戦力が足りないと思ったんだろうね」

 

「一度戦った俺から言わせてもらうと、お前は五条悟並の規格外だ」

 

 脹相は刹那に指を指しながらハッキリと言い放つ。

 

「いやないないない、アレはさすがに超えてないよ」

 

 腕をブンブンと横に振って九十九は全力で否定し、周りも同調する。

 

「勿論あの男の実力を知ってる者からすればそうなる。しかし禪院家は瞬殺、高専生はお互い殺す気は無かったとはいえ真っ向から戦ってやっと悠仁達が勝利する程の術師。オーバーな発言でもあるまい。それに、悠仁を殺すとなればそちらにも特級レベル…現状では乙骨を送り込む必要がある」

 

「そっちに戦力を割いてしまえば刹那は止められない。かと言って虎杖君を放置するわけにもいかない、だから上は優先度をつけたのさ。刹那を殺してから虎杖君を殺せばいいってね」

 

「とことん…腐ってやがる…!!」

 

 虎杖は拳を握りしめて呟く。

 

「ん? じゃあパンダ先輩がいないのはそのせい?」

 

「おそらくだが、パンダも捕まったんだろうな。夜蛾さんのことになれば暴れかねないし」 

 

「多分?」

 

「急に二人共いなくなった。牢にもいねぇし後で探す予定だ」

 

「夏油先生は?」

 

「アイツな、嘘ついてやがったんだよ。手持ちの呪霊がすっからかんだからその辺で集めるって言ってやがった」

 

「あの人も存外自由ね」

 

「"アレ"の親友だからな」

 

「じゃあ現状を整理すると、現在時刻は八日の夜十一時。学長とパンダ先輩は捕まってて、悠仁君は死刑。夏油先生は頼りにならないってことですか?」

 

 刹那は簡潔に今の状況をまとめ、伏黒は計画を話し出す。

 

「そうだ。少なくとも現状高専で完全なフリーは釘崎と先輩方、逆にグレーが脹相と九十九さんだな」

 

「私は元々グレーだしねー、白に判定してもいいんじゃない?」

 

「それなら俺は悠仁の味方だから黒だな」

 

「ややこしいんで変えないでください」

 

 二人は伏黒の意見を自分勝手に変えていくが、九十九がかここで意見する。

 

「まぁでも、今は高専の結界が緩んでるし天元に会いに行くのは今からでいいんじゃない?」

 

「そうですね、刹那も起きましたし今からそうするつもりです」

 

「待ってください、天元様の隠す結界をどう抜けるつもりですか? まさか総当たり…?」

 

「扉から薨星宮の間には忌庫があるはずだ。そこには俺の弟達の亡骸がある。六人も集まれば俺の術式の副次効果で居場所くらいは分かるはずだ」

 

「なるほど…」

 

「それじゃあ早速行くか」

 

 脹相は立ち上がって薨星宮へ向かおうとするが、真希はそれにストップをかける。

 

「それなんだが…棘と野薔薇は待機しててくれ」

 

「えぇ!? 真希さん、なんでですか!?」

 

「おかかぁ!?」

 

「野薔薇は上が好きそうな術式、棘は呪言師、狗巻家の末裔だから上にマークされてる。なるべく高専内のフリーを崩したくねぇ」

 

「狗巻先輩はともかく私はそんな理由でですか?」

 

「野薔薇に関しちゃ半分はこじつけだ。いったろ? 学長もいない今、ここから先はどうなる分からない以上は高専内を自由に動ける人間は最低二人以上欲しい」

 

「し…しゃけ」

 

「納得できません!」

 

「頼むよ野薔薇…」

 

 真希は釘崎の肩を掴み、無事な片方の眼でうるうると見つめる。

 

「ーっ! もう! 全部終わったら私とデートしてくださいよ!」

 

 渋々と折れた釘崎は真希に強引にデートの約束を取り付ける。

 

「…話はまとまったね? じゃあ、行こうか」

 

 脹相を先頭に、虎杖と刹那を影に入れ、天元のいる薨星宮の元へと気配を辿り歩いていく。

 

「真希さん、あの話本当ですか?」

 

「なわけねーだろ、上がいちいちマークするか。だがフリーが欲しいのは事実、野薔薇と棘が適任だっただけだ」 

 

「真希さんも私情を挟むんですね」

 

「私情挟んで死罪を二人も助けたやつに言われたかねぇな」

 

「あっはっは、字面だけ見ればとんでもない子だね」

 

 伏黒は無視してスタスタと歩みを進め、少し歩くと脹相は扉の前で歩みを止める。

 

「ここだ、間違いない。弟達はこの先に眠っている」

 

「出てきていいぞ」

 

 ドプンッ

 

「おぉー、なんか新感覚だった」

 

「……」

 

 ガチャッ

 

「「!!」」

 

 二人を中から出して扉を見つめる。そして見た目は至って普通の扉を開けて中に入ると、手前には倉庫があり、奥には森林が広がっていた。

 

「行こう、この先に昇降機がある」

 

 脹相は忌庫のシャッターに手を当てる。

 

「脹相」

 

「分かっている…後で迎えに来るからな」

 

 ──ー

 

 ゴゥンゴゥンゴゥン

 

 大型の貨物エレベーターのようなものに乗って下に降りていく。本殿への道を歩く途中に虎杖は血痕があることに気付く。

 

「血、なにかあったのかな?」

 

「十二年も前の話さ…思えばあの時、全ての歪は始まったのかもしれないね」

 

「「?」」

 

 本殿へと入ろうとするが、そこに広がるのはひたすらに真っ白な空間。

 

「クソッ」

 

「ここが本殿?」

 

「何もねぇ…」

 

「いや、私達を拒絶しているのさ。天元は普段現に干渉しない、六眼が封印された今なら接触できると思ったんだが見通しが甘かった」

 

(拒絶されているのは私達ではなく私か…?)

 

「行こう、津美紀さんには時間がない」

 

「帰るのか?」

 

 乙骨は踵を返して戻ろうとするが、その場の誰でもない呼ぶ声に引き止められる。

 

「初めまして。禪院の子、道真の血、呪胎九相図、そして…宿儺の器」

 

 天元と呼ばれる人物は、およそ人とはかけ離れた容姿をしていた。天元は四つの眼の名残と思われるものに白い装束に見を包んでいた。

 

「私には挨拶なしかい? 天元」

 

(コイツが)

 

(コレが)

 

(この人が)

 

(人か?)

 

(人…?)

 

(天元!)

 

「君は初対面じゃないだろう、九十九由基」

 

「…何故薨星宮を閉じた」 

 

「羂索に君が同調していることを警戒した。私には人の心までは分からないのでね」

 

「羂索?」

 

「かつて加茂憲倫、今は阿弥部高聡の肉体に宿っている術師だ」

 

「慈悲の羂、救済の索か…皮肉にもなってないね」

 

「天元様はなんでそんな感じなの?」

 

(こいつよく割って入れるな)

 

「私は不死であって不老ではない、君も五百年老いればこうなるよ」

 

「マジでか」

 

 真面目な雰囲気の中で的はずれな質問をする虎杖なやニコリと笑いながら天元は答える。

 

「十二年前、星奬体との同化に失敗してから老化は加速し、私の個としての自我は消え天地そのものが私の自我となったんだ」

 

(あの時星奬体がもう一人いたわけじゃなかったのか…)

 

「どうりで"声"が増えないわけだ」

 

「すみません」

 

「僕達はその羂索の目的と獄門彊の解き方を聞きに来ました。知っていることを話してもらえませんか?」

 

「勿論…と、言いたいところだが──」

 

 天元の話を遮り刹那は問いかける。

 

「あのっ…私情を挟んで本当に申し訳ないんですけど、天元様は…阿頼耶識を知っていますか?」

 

「そのことについては答えたいのは山々なんだが…残念なことに、私は阿頼耶識の一切を知らないんだ」

 

「そう…ですか…」

 

「いや、知らないという表現は正しくないな。私はおそらく会ったことも話したこともある。だが、その一切の記憶が無いんだ」

 

「記憶が無い? 忘れたわけではなく?」

 

「禪院の子、君なら直に体験したことがあるんじゃないか?」

 

 結界を通して伏黒と刹那のやり取りを見ていた天元は話を振る。

 

「体験…刹那の術式のことですか?」

 

「確かに記憶は消せますが…できて数分間が限界です。リスクが高すぎて脳に長くは干渉できません。数分の会話の為だけにここに侵入したとは考え難いと思いますが…」

 

「さて、質問には答えた、話を戻そう。そして先程の答えを出す代わりに一つ条件を出させてもらう。乙骨憂太、九十九由基、呪胎九相図、三人の内二人はここに残り私の護衛をしてもらう」

 

 天元は条件を掲示し、一同は疑問を顕にする。

 

「護衛…? 不死なんですよね?」

 

「封印とかを危惧してるんですか?」

 

「フェアじゃないなぁ、護衛の期間も理由も明かさないのか?」

 

「…では羂索について語ろうか。あの子の目的は日本全土を対象とした人類への進化の強制だ」

 

「それは聞きました、具体的に何をするつもりなんですか?」

 

「羂索はなぜあの時天元様の結界を利用して無為転変で日本の人間を全員術師にしなかったんですか?」

 

「それをやるには単純に呪力不足だ。ジュカイで精製した呪力は術師に還元できない。一人一人進化を促すことはほぼ不可能だ。羂索が取る進化手段は、人類と私との同化だ」

 

「あれでも同化ってホラ、アレ…」

 

「星漿体だけができるハズですね」

 

 当然の疑問を虎杖は抱くと天元はそれに答える。

 

「以前の私なら不可能だ。だが、十二年前に進化を始めた今の私なら星漿体以外との同化もできなくもない」

 

「だがお前は一人だろう、どうやって複数の人間と同化するんだ?」

 

「今君達の前にいる私も私じゃない、進化した私の魂は至るところにある。天地そのものが私の自我なんだ。私と同化してしまえば術師の壁を超え、そこにいてそこにいない新しい存在になる。私は結界術があったからこうして自我を保ててるが人類が私と同化しその内の誰か一人でも暴走すればお終いだ」

 

「何故」

 

「個としての境界がないんだ、悪意の伝播は一瞬、一億人分の穢が流れ出る、先の東京が世界で再現されるんだ」

 

「なんの為にそんなことすんだよ」

 

「さぁね。さっきも言った通り、私に人の心までは分からない」

 

「でもそれって天元様が同化を拒否すればいいだけじゃないっスか?」

 

「そこが問題なんだ、今の私は組成としては人間よりも呪霊に近い。今の私は、呪霊合術の術式対象だ」

 

 一同は目を見開き、戦慄する。術式対象、その一言で最悪のシナリオが優に想像できる。

 

「だが、これに関しては最悪の事態は回避できている」

 

「……夏油先生が向こうにいないことですね」

 

「その通り、あくまで私と人類を同化させるには私を操る必要がある。私と彼を合わせてしまってはそれは叶わない」

 

「乗っ取りってどの程度自由なんですか?」

 

「少なくとも相手は死亡した状態でかつ、時間と安全をそれなりに要するはずだ。そうでもなければ渋谷の時点で取られている筈だからね」

 

「夏油君は高専内で護ったほうが良いかもね」

 

「あぁ、だが何かしらの手段があるのかも知れない、だから私の本体は今全てを拒絶している」

 

「その上で護衛を?」

 

「羂索は私に次ぐ結界術の使い手、ここの封印もいつ解かれるか分からない」

 

「何故今なんだ…星漿体との同化を阻止、オマエを進化させ、呪霊合術で自身と同化、羂索は宿儺とも関わりがあるようだった少なくとも千年術師をやっている何故!! 今なんだ!!」

 

「私、星奬体、そして六眼、これらは全て因果で繋がっている。羂索は過去に二度六眼に敗れている、どれだけ策を弄しても同化当日に六眼持ちと星漿体は現れた。そこから封印へと方針を変え、獄門彊の捜索に切り替えた。六眼持ちは二人同時に現れないからね」

 

 天元は知られざる過去を淡々と話していく。

 

「しかし十二年前、予期せぬことが起こった。禪院甚爾の介入だ」

 

「!!」

 

「?」

 

「天与呪縛のフィジカルギフテッド、その中でも特異な完全に呪力から脱却した存在。呪縛の力で因果の外に出た人間が私達の運命を破壊してしまった。そしてそこには二人の稀有な術式を持つ青年達、意図せずして獄門彊以外のピースが揃ったんだ、そして獄門彊も羂索の手に渡った」

 

「じゃあ死滅回遊はなんの為に行われるんですか?」

 

「同化前の慣らしだよ、泳者の呪力と結界と結界で結んだ境界を使い、この国の人間を彼岸へ渡し、私との同化をより強固にするものだろう」

 

「でもそれだけ巨大な儀式を成立させるためにはそれ相応の縛りがあるはずですよね?」

 

「あぁ、その一つとして死滅回遊の管理者は羂索ではない。しかし、これは君達にとって不利に働くな、羂索を殺しても死滅回遊は終わらないのだから。泳者がどんな理由にせよ全員死ぬまで死滅回遊は終わらない。死滅回遊の総則にある永続も儀式を中断させないための保険だよ」

 

 ほぼ全ての情報が揃い、伏黒は苦悶の表情を浮かべながら考える。

 

「となると…」

 

「…だね」

 

「僕らも参加してルール6を利用、ゲームに消極的な人や津美紀さんが抜ける穴を作るしかない」

 

「五条先生の解放も平行しましょう、あの人がいれば一人でも全て片がつく」

 

「天元様、教えてくれよ」

 

「その前に誰が残るか決めてくれ」

 

「「俺(私)が残ろう」」

 

 天元の催促に九十九と脹相が一歩前に出て答える。

 

「悠二には乙骨かこの女の協力が不可欠だろう、加茂憲倫…羂索がここに来るのなら尚更だ。奴の命を断つことが弟たちの救済だからな」

 

「私はまだ天元と話足りなくてね、乙骨君と刹那もそれでいいかな?」

 

「はい! 僕はもう皆と離れたくないので!」

 

「僕は…自分のした落とし前をつけなければならないので」

 

 意見がまとまると天元は今回の解決策となる"それ"を取り出す。

 

 ズズッ…

 

「ありがとう…これが五条悟の解放、そのために必要な、獄門彊、[裏]だ」

 

 ズルッ

 

「裏!?」

 

「初耳だね」

 

「裏門ってこと?」

 

「そうなるね。羂索に見つかる前、獄門彊は恐らく海外にあった。この裏門を封印することで表の気配を抑えていたんだが無駄だったね。これにも勿論五条悟は封印されている」

 

「じゃあこれを開けることができれば!」

 

「いや、あくまでも開門の権限は表の所有者である羂索だ。これをこじあけるにはあらゆる術式を強制解除する呪具、天逆鉾。あらゆる術式を乱して相殺する黒縄、これらのどちらかが必要だ。だが十二年前天逆鉾は五条悟が破壊してしまった」

 

「何してんの先生!!」

 

「黒縄も近年五条悟が全て消してしまった」

 

「何してんだあの人は!!」

 

 伏黒と虎杖が声を荒げるが、脹相は疑問を口にする。

 

「阿頼耶識の術式では開けられないのか?」

 

「あっ、そうだよ! 刹那なら開けられないのか!?」

 

「残念ながら、術式そのものを無くすことは出来ないんです。僕が無くせるのは術式発動前後の現象やその他の自然法則に限られるので…」

 

「領域展開も駄目なのか?」

 

「あくまでもあの空間は起こったことを無かったことにするので、常時発動してるものは駄目なんです。それに、悪戯に試して獄門彊を破壊する結果になったら目も当てられない」

 

「そっかぁ、それもそうだな」

 

「お役に立てず申し訳ないです…」

 

「気にするな、他で挽回してくれればいい」

 

「俺なんて殴ることしか出来ないから気にすんなよ!」

 

 落ち込む刹那を二人は慰め、話は続いていく。

 

「黒縄の残りは僕がアフリカでミゲルさんと探してたんだけど、これに関しては無駄足だったね」

 

「海外に行ったのってそれもあったんですね」

 

「でも手はあるんだろ?」

 

「あぁ、死滅回遊に参加している泳者の中に天使を名乗る千年前の術師がいる。彼女の術式は、あらゆる術式を消滅させる」

 

 死滅回遊泳者 来栖華

 

「術式を…消滅させる?」

 

「あぁ、天使の術式ならこの裏を開けられる」

 

「そいつは今どこにいるか分かりますか?」

 

「東京の東側の結界だ。回遊の結界は私を拒絶しているからそれ以上は分からない。まずはそこから整理しようか」

 

 ズズズ

 

 天元は結界術を利用して日本の結界がある場所の地図を作り出す。

 

「全国十の結界、それが日本の人間を彼岸へ渡す境界を結ぶ結界と繋がっている」

 

「川や境界を渡跨ぐ彼岸へと渡る行為は呪術的に大きな意味も持ちますからね」

 

「ってことは、逆に彼岸が日本全体を通るのか」

 

「北海道が入ってないのは呪術連の結界?」

 

「そうだ、あの地は既に巨大な霊場として慣らしが済んでいる」

 

「流石は試される大地」

 

「彼岸へ渡すと聞くと仰々しいが日本にいる全員に呪いをかけて同化の前準備をしているのさ」

 

「儀式が終わるまでどのくらいかかりますか?」

 

「回遊次第だが二月もあれば済むだろう」

 

 一同はルールを参照しながら津美紀を助け出す方法を模索する。

 

「総則1のこれ、今十一月八日の午後十一時だ」

 

「泳者の術師が覚醒したのは十月末の二十四頃」

 

「津美紀が回遊に参加するまでの猶予はざっと十一日と一時間」

 

「硝子さんの読み通り、術師持ちは多大なリスク持ちだがな。逆に言えば私みたいなのはノーリスクか。パンダはどうなんだ? アイツ脳とかあんのか?」

 

「これさぁ、始めから結界の中にいる一般の人らはどうなんの?」

 

「少なくとも一度は外に出る機会をあたえられる」

 

「マジ?」

 

「随分と親切ですね」

 

「総則に一つも結界の出入りに関する条項がない。泳者に始め、結界から出るという明確な目的を与えて回遊を活性化させる狙いだろう」

 

「泳者を閉じ込めるためには泳者が自ら望んで入ったという前提が重要だからね」

 

「猪野さんがいってた結界の足し引きか」

 

「人を殺せば得点が得られ、原則術師は五点、非術師は一点…ですか」

 

「総則に原則ってゴチャッてすんな」

 

「……」

 

「伏黒?」

 

「いや、天元様、管理者ってのいうのは」

 

「各泳者に一体ずつ憑く式神、コガネ。コガネも正確には窓口に過ぎない、管理者は死滅回遊のプログラムそのものと思ったほうがいい」

 

「ナルホド?」

 

 半分以上理解できていない虎杖を置きざりに話は続いていく。

 

「ルールの追加ね…既にあるルールを消すのは無しかな」

 

「遠回しに否定ならいけるかもしれませんね」

 

「永続…これありか?」

 

「だよなぁ、判断基準がアッチ任せすぎる」

 

「いや、ある程度は公平な判断が見込めるハズだ。既に泳者にここまでの総則を強いているんだ。呪術的にこれ以上羂索に利益が偏ることはない」

 

「得点の変動って、また人を殺さなきゃいけないのか…」

 

「いや、いくつか考えがある」

 

「とりあえず情報は整理できたな。あとはそれぞれの役割」

 

 伏黒がそう言うと、真希は各々の役割をまとめる。

 

「由基さんと脹相はここに残って天元様の護衛。私は禪院家に戻って呪具の回収。悟が封印されて間もなく高専忌庫の呪具は加茂家と禪院家が持ち出してスッカラカン、でも直哉が一応味方だ。数個くらいは持ち出せるだろ。でも、その前に…」

 

 真希が天元に目配せすると、天元は意図を組む。

 

「分かっている、組屋鞣造の工房だろう?」

 

「助かります」

 

「学長はどうするんですか?」

 

「野薔薇と棘を対処にやってる。リスキーではあるがどの道悟解放に関わるんだ、学長関連ならパンダが見つかれば協力するだろ」

 

「いつの間に」

 

「津美紀さんや伏黒君達が回遊に参加する前に少しでも情報を集めたい。万が一身内で潰し合うことがないように…それから津美紀さんに何かあった時のために近場の結界は避けるね」

 

「スンマセン」

 

「結界で電波が絶たれるかもしれないから暫く連絡取れないかも」

 

「「あっ」」

 

 虎杖の惨劇を止めるためには乙骨がいなければ危険だと言うことに二人は気づく。

 

「問題ない。なぁ刹那」

 

「信頼はありがたいんですが…まぁ、善処します」

 

 伏黒は刹那に目配せをするが、刹那はなんとも言えぬ感情で返答する。

 

「先輩」

 

「あぁ、お前らは予定通り金次のとこ行け」

 

「金次?」

 

 聞き慣れない人名に虎杖はハテナマークを浮かべる。

 

「秤金次、停学中の三年生だよ」

 

「今はとにかく人手が足んねぇ、何が何でも駆り出せ」

 

「その人強いの?」

 

「ムラッ気があるけど、ノッてる時は僕より強いよ」

 

「「それはない(です)」」

 

 乙骨の発言に刹那と真希は即座に否定する。

 

「そうか、刹那は知り合いか」

 

「同行しますけど、高専関係者なのであまり見られないほうが良いかもしれませんね」

 

 各々やるべきことを頭に入れ、その場を立ち去ろうとする。虎杖は最後尾をついていくが、一度立ち止まる。

 

「脹相!!」

 

「!」

 

「ありがとう、助かった」

 

「…死ぬなよ」

 

 虎杖の感謝の言葉に、脹相は兄として笑って送り出す。弟を溺愛する脹相は思わず涙をこぼし、左手で顔を覆い。それを見ている九十九と天元を手で払う。

 

「……」

 

「泣いてんの?」

 

 ──

 

「あっ、あざっした」

 

 パチ…パチ…

 

 まばらな拍手が静かに鳴る劇場で、ネタが終わった芸人は裏へと戻っていく。

 

「高羽ァ!! いつまでそないしんねん!! やめーや! こっちまで辛気臭ぁなるわ!!」

 

「…うす」

 

「オマエいくつやったっけ?」

 

「三十五ッス」

 

「ほなもうやめてまえ。この業界。遅咲きのやつよー分からんキッカケで売れる奴ぎょうさんおる。でもそいつらは急におもろなったわけやない。元々おもろかったけど埋もれてただけやねん」

 

 高羽の先輩芸人は控室から出ていく時にもう一つ言い放つ。

 

「オマエはそうちゃうやろ。東京があぁなってん、悪いことは言わん、お前にできる向いてることをせぇ」

 

 ガチャッバタンッ

 

「……俺は嫌いや無かったで、高羽のネタ」

 

「ケンさん…」

 

 控室で新聞を読んでいたもう一人の先輩も持論を述べる。

 

「アイツもオマエも勘違いしとる。おもろなくても売れるやつは売れんねん」

 

「一発屋的な話っすか?」

 

「ちゃうわ、ずっと売れ続けるやつには二種類おんねん。ずっとおもろい奴と、ずっと自分のことおもろいと勘違いできる奴や。オマエはどっちや?」

 

 ズズズズズッ

 

「五分だ五分だと言うけれど…本当は七三くらいが……」

 

 死滅回遊泳者 高羽史彦(たかばふみひこ)

 

 ──

 

 普段は子供の遊び場、あるいは老人達のウォーキング、もしくはカップルがいるような青い公園。

 

 そんな風景とは全く違う、異様な空間。

 

 十人の術師に囲まれる鎧の大男、阿弥部によって弄られた術師達はみな一様に敵意を向けている。

 

「よぉ、コスプレのおっさん」

 

「……」

 

「悪いけど俺らもここから出たいんだわ、死んでくれよ」

 

「……去ね、某に弱者を嬲る趣味は無し」

 

「はぁ? この状況分かってねぇの?」

 

「怖くておかしくなっちゃったんじゃない?」

 

 若い男女達にからかわれ、鎧の大男は胡座をかいたまま動く気配はない。

 

「嬲られんのはっ、お前だよ!!」

 

 ザンッ!! ブシュゥゥー

 

 男は腕を振りかぶる、直後にその男の胴体は真っ二つに斬られ、下半身のみがそこに直立する。

 

「「「は…?」」」

 

「警告はした。反撃するも良し、出来ぬば疾く逝ね」

 

「いっイゃ」

 

 ドチュッダァンッ! ドドスッ

 

 叫ぼうとする女性の頭は矢に射抜かれる。

 

 皮切りの悲鳴すら起きるまもなく、若い術師たちは銃弾や矢、刀によって即死していく。九人が死に、大男は立ちあがる。最後の一人は腰を抜かして命乞いをする。

 

「たっ、頼む、見逃してくれ。脅されてたんだよ、なっ? 俺は嫌だったんだよ分かってくれよ、なぁ!」

 

「殺そうとして殺すなとは虫がいい話だ。小童はナイフを手にして自分が強くなったと勘違いする、大人になろうとそれは変わらんな」

 

「ひっ、やっやめっ」

 

 パンッドチュンッ

 

「五十点が追加されました」

 

「……ぬぅぁあッッッ! 弱い、弱過ぎるッ!! ここまで衰退したのか呪術師はァ!!!」

 

 ガサッ

 

「何奴!」

 

 癇癪を起こしたように怒りを顕にする大男は音のした方へ振り向くと、萎縮したスーツ姿の女性が必死に土下座する。

 

「あっ、あぁぁ、ごめんなさいごめんなさい! 許しください!!」

 

「…去ね、某に女を嬲る趣味は無し」

 

「はっ、はいっすいません!!」

 

 女性は服装が乱れるのも気にせず公園から走り去っていく。

 

「…フン」

 

 大男は最初の場所に戻り、同じように胡座をかく。

 

 死滅回遊泳者 南雲紫龍(なぐもしりゅう)




戦いが無くてきっと暇だったと思います!長く待ってもらったのにすいません!なのでプチ企画というか疑問解消?として、刹那の実力はどのくらいなのか?ということについてざっくり言います。
領域展開は乙骨が不明なので無しとします。
乙骨は作中情報に加えて術式コピーが出来るものとします。
五条は作者の言う通り天井!
乙骨は多分刹那と相打ち!、、、ではなく、刹那の呪力のストックによりますね。リカちゃん抜きなら刹那の勝ちですが、お互い平常で戦えば乙骨の勝ちです。
呪力オバケの乙骨の身体強化は刹那のチート術式で半分以上無効化しますので、乙骨は当然術式コピー(まだあんのか分からんけど)で刹那の上を行くしかないです。刹那はそれを防ぐために常に呪力の靄で周りを包んでリカちゃんの出現を妨害します。
なので呪力のストックを常に特級呪霊三体分位持たなきゃいけないわけです。
結論 ケースバイケース
そもそもこの二人はもう二度と戦わせるつもりは無いので真相は謎のままということで。それに二人にこれ言ったら多分こんな会話が出ます。
「「(乙骨先輩)(刹那さん)の方が強いよ(です)」」
もしかしたら後書きの平和パート?をやるかもしれませんね。
長くなりましたが、ぜひ!次回も楽しみにお待ちください!


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第五十五話 三年秤金次と星綺羅々

死滅回遊、次回から本格始動。
お気に入り登録、600人後半!ありがとうございます!!



 一同が刹那との激闘を終え、束の間の休息を取っている時、パンダは山を駆けていた。夜蛾は刹那を天元殺害に誑かしたとして死罪。それが表向きの判断。だが実際は個で軍隊を容易に所持できる可能性があるとして永久補僕、ないし死罪。パンダは実の父親を助ける為に万が一の為に高専から離れた所へ補僕されている夜蛾を助ける為に駆けている。

 

「…まさみち…!!」

 

 夜蛾は保守派の会議の為に東京高専へと赴いていた楽巌寺と対面していた。ただし、血まみれの夜蛾が楽巌寺を見上げる体勢で。

 

「これは呪いですよ…楽巌寺学長」

 

「何故今更…! 何故もっと早く! 何故生き延びなんだ!!」

 

 楽巌寺は旧友にも等しい夜蛾を、自ら手にかけた。

 

 個のために集団の規則を歪めてはならない。楽巌寺は自分の言ったことを曲げなかった。感情を抜きにするのなら、それは高専という集団のコミュニティにおいて正しい選択であった。

 

 ザァッ! 

 

「まさみち!!」

 

「「!!」」

 

「パンダか…」

 

 ブンッガシャン

 

 楽巌寺は壊れたギターを放り投げて格闘の姿勢をとるが、それをパンダは素通りしていく。

 

「まさみち!」

 

「パンダ…」

 

 途切れかけの意識を保ち直し、僅かな言葉を紡ぐ。

 

「────」

 

 呪骸のパンダに向かって放った一言、それは人間の魂のコピーが中に入っているパンダにだからこそ言える遺言かもしれない。その後にも夜蛾は口を開くが、終ぞその言葉がパンダの耳に届くことは無かった。

 

「儂が憎くないのか」

 

「パンダはお前らと違ってそんなものに囚われん、俺に取っちゃアンタはそのへんに落ちてるナイフみたいなもんさ。どうせ、上の指示だろ? アンタまさみちと仲良かったもんな…。でもな、これだけは覚えておけ、パンダだって泣くんだ」

 

 うぉおぉぉぉ──ん!! 

 

 山に、夜蛾正道の息子の泣き声は木霊する。

 

 ──ー

 

 十一月十二日、禪院真希帰省

 

 禪院家。それは五条家、加茂家と並ぶ御三家の一つ。禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ずと呼ばれるほど封建的な家。しかしそれは、齢十六の一人の女子高専生によって壊滅的打撃を加えられ、最早持ち前のその権力も風前の灯となっていた。

 

「よぉ真希ちゃん、いらっしゃい」

 

「…何だその気色悪い顔」

 

 やけに上機嫌な直哉がわざわざ家の門の前で真希をにこやかな笑顔で出迎える。

 

「中は今ゴタゴタしててなぁ、だから当主の俺が出迎えたんやで?」

 

「ふーん…まぁなんでもいいけどよ。で、約束のもんは?」

 

「あー、ちょい待ち。まずこれは言わせてもらうで」

 

 直哉は袖から腕を抜き、先程までの軽い雰囲気とは打って変わって真面目に話し出す。

 

「呪具をやるのはえぇ。せやけど、今までのは貸せんよ」

 

「あ? 何でだよ、お前当主だろ」

 

「話は最後まで聞こな、足がついとんねん。悟君の開放に協力しとる言われて当主を降ろされるのは俺は流石に勘弁や。だから妥協案、高専の忌庫にある呪具の中から阿頼耶識家が寄付したものだけくれたるわ」

 

「なるほど…呪詛師が使ってたものだから処分するって建前がつくわけか」

 

「そういうこっちゃ。ちゅーわけで、これ鍵な。回収は自分でやったってや。一応俺は色々あるさかい、ここでおさらばや」

 

「あぁ…サンキューな」

 

「おおきに。あっ、も一個聞かせたってや」

 

「なんだ?」

 

「元気?」

 

「? …! あぁ、元気だ。お陰様でな」

 

「そんなら…良かったわ」

 

 真希が生まれてからの因縁。少しずつではあるが、冷え切った心は溶けていく。

 

 実家の門をくぐり、廊下を通って地下室へと歩いていく。

 

「真希。戻りなさい、忘れたの? 忌庫への立ち入りは私達に許されてないの」

 

「当主様がいいって言ってんだよ」

 

「戻りなさい!! …どうして? どうしてあなたはいつもそうなの? 一度くらい産んでよかったと、思わせてよ…真希」

 

 鍵をみせて真希は自身の母にそう言い放ち、無視してスタスタと歩いていく。

 

 ガキッゴゴゴッ

 

 真希は呪具の回収の為、武器庫までの真っ白な大理石の道を歩く。しかし、そこにいたのは思いがけない二人の人物だった。

 

「親父…!!」

 

 刹那に斬り飛ばされた右足首と左腕に義手義足をつけてそこに鎮座する、真希の実の父、扇がいた。

 

 さらにその後ろには真希の妹、真依が血を流して倒れている。

 

「なんで来たのよ…!」

 

「真依っ!!」

 

「お前達を呪術規定に則りお前を誅殺する」 

 

 扇は立ち上がって刀を抜き、真希に切っ先を向ける。

 

「刹那にボコられたことの腹いせか? 向ける相手が自分の娘ってのはいかにも禪院家らしいな」

 

「真希、私が何故前当主になれなかったか分かるか?」

 

「てめぇが自分の子供を殺せるクソ野郎だからだろ」

 

 ビキキッ

 

 扇は刀を納め、落下の情を転用した居合の構えに入る。

 

 一方真希も袋に入っている呪具を抜く。

 

 組屋鞣造の傑作、竜骨。

 

 刃で受けた衝撃と呪力を蓄積し、使い手の意図に合わせて峰から噴出する。

 

 隠し玉の呪具を引き抜く、加えて真希は今、言いようのない全能感に満たされていることにより、負けのビジョンが無かった。

 

(居合勝負に乗ったと見せかけて二撃目三撃目で斬る)

 

 ダンッ

 

 ギィンッ!! 

 

 一撃目は刀同士がぶつかり激しい火花を散らす。その瞬間、扇の脳裏によぎった、忘れるように努めた一人の男の影。

 

 禪院甚爾の姿。

 

 ゾワァッ

 

「フンッ!!」

 

 バギンッッ!! 

 

 真希の渾身の一振りで扇の刀は音を立てて真っ二つになる。同時に扇はバックステップで距離を取る。

 

 額に流れるのは恐怖ゆえか、想像を超える真希の実力か、扇は震えていた。

 

(あの時だ…刹那の"アレ"に飲まれてからおかしい、身体が軽い、魂が抜けたみたいに。今まで出来なかったイメージが泉みたいに湧き出てくる)

 

「フーッ…親父、諦めろよ」

 

 カシャンッ

 

 真希は眼鏡を外して髪をかきあげる。

 

 ビキビキビキ

 

「………」

 

 怒りで今にも血管が切れそうなほどに眉間に皺を寄せる扇に放つ一言。

 

「今のアンタは、今の私に勝てねぇよ」

 

 ブチンッ

 

「良いだろう…この手で骨の髄まで焼き尽くしてくれる!!! 来い! 出来損ない!!」

 

 扇は術式で刀を作り、炎を生成して刀に纏う。

 

 その瞬間、一瞬にして真希は距離を詰め、刀を再びへし折る。

 

 バギンッ!! 

 

「この出来ぞこなっ──」

 

「あばよ、親父」

 

 ザンッッ!!! 

 

 目視することが出来ない速さで刀を折られ、扇の顔は鼻を中心に真横に斬られた。勝負は一瞬、完成したフィジカルギフテッドの前には、呪力の身体強化など無きに等しい無駄な行為だった。

 

「…あっ、無事か真依!!」

 

「なんで…?」

 

 真希は倒れている真依を抱えるが、真依は困惑の表情を浮かべる。

 

「あ? お姉ちゃんが妹助けて何か悪いかよ」

 

「そうじゃなくて、なんで…!? 私がいる限りアンタはいつまで経っても、どれだけ努力しても不完全な半端者のままなのに!!」

 

 涙を浮かべながら真希の襟を掴み、真依は声を荒げる。

 

「…死ぬ"かとお"もったんだから"ぁ」

 

 えづきながら話し続ける真依の言葉を、半分以上理解できないまま真希は自分の頭を乱暴にかき、真依を引き剥がす。

 

「あのなぁ、何言ってるか分かんねぇよ…でも、もしお前が今言った通りに、お前がいなくなって私が完全になるなら私はそんなものいらない。私はこの世界に真依がいなきゃ嫌だ」

 

 プニュッ

 

 真希は真依の頬を両手で掴み、さらに言葉を続ける。

 

「お前が何を抱えてるのかは知らないし、何を知ってるのかも知らない。だから、私にどんな形でもいいから頼れよ。たまには妹らしくお姉ちゃんに甘えろ、ほら」

 

 トンッ

 

 真希は真依を軽く離し、真依に甘えろと言わんばかりに優しい笑顔を向けて手を広げる。

 

「──!! ほんっと、大っ嫌い! …馬鹿!!」

 

 真希に抱きついて真依は泣きじゃくる。今この時だけ、二人は素直でいることにしたのだ。

 

 そしてそれを見守るように入口付近の陰で直哉は腕を組む。

 

「はぁーあ、先にそっち側に行くんは俺のはずやったのになぁ…すぐに追いつくで…甚爾君」

 

 黒閃を決め、遥かに強くなった今でも、はるか昔から今に至るまで憧れ続けた男の名を呟いた。

 

 ──ー

 

 一方。虎杖、伏黒、刹那は秤がいるという栃木の立体駐車場の近くの森で高専の制服から普段着に着替えていた。

 

「なんで着替えんの?」

 

「秤さんは上とモメて停学食らったんだら呪術規定も進行形で破ってる。高専関係者だってバレたら逃げられるかもしれない」

 

「ケーサツとドロボーみたいなもんだからな」

 

「俺達って今高専側?」

 

「僕が金次先輩の立場だったら間違いなくクロに見えますね」

 

 刹那は顔が割れているため潜入はできず、二人を温存するため、道中の呪霊や警戒を担当していた。

 

「そもそも協力してくれるような人なの?」

 

「どうだろうな、やってることがやってることだし。先輩達は皆ろくでなしって言ってる」

 

「僕はそんなことないと思うんですけどね」

 

「まぁ、何を思おうが、刹那や乙骨先輩が強いって太鼓判押してるんだ。戦力として絶対に欲しい」

 

「あれ? 刹那来ねぇの?」

 

 二人は着替え終わり、森から出ようとする二人と反対に森に残ろうとする刹那。

 

「金次先輩と僕は顔見知りなので接触は危ないですし」

 

「いや、俺達の体力温存とか言ってここに来るまでの間ずっと不眠不休じゃん。伏黒の影に入って休みな?」

 

「別にスペースに問題はない、お前の刀も二つとも入れられるし」

 

「……か」

 

「? 悪い、もっと大きく言ってくれ」

 

「体重…バレるじゃないですか…」

 

「「??」」

 

 伏黒の影は中に入れたものの重さは伏黒が全て背負うことになる。よって伏黒の体重に刹那の体重が加わることになるのだ。

 

「いや、お前…」

 

「めちゃめちゃ軽いじゃん」

 

「重さの問題じゃないんです! 女には色々あるんですよ!」

 

「はいはい、分かった分かった。取り敢えず入れ」

 

 ズブブ

 

「うわっ、ちょっ!」

 

 トポンッ

 

 伏黒は自らの影と刹那の影を繋げてそのまま影の中に収納する。

 

「中は大丈夫なん?」

 

「俺もよく入るから問題ない…アイツちゃんと食ってんのか?」

 

「そういやまともな飯食ってるとこ見たことねぇよな」

 

 虎杖は疑問を抱き顎に手を当てる。その間に伏黒は影を確認して歩き出す。

 

「行くか」

 

 既に稼働していないゲートバーを上げて中に入ると、明らかな関係者のタンクトップの男と小柄なスーツの男が座って時間を潰している。伏黒達に気づき、タンクトップの男が近づいて牽制してくる。

 

「帰れガキンチョ、ここは溜まり場には向かねぇよ。一二の三で回れ右だ、それ以外の選択肢は俺に殴られる」

 

「金がいる、ここでやってる賭け試合に出場させてくれ」

 

 ブンッ

 

 タンクトップの男は伏黒に殴りかかるが、目の前で寸止めし、本題に入りだす。

 

「ルールその一、賭け試合について口にしてはならない。答えろ、誰に聞いた。お前を殴るのはその後だ」

 

「名前は知らない、殺したから。一月くらい前だ、威勢だけのクズがいただろ」

 

(そっか、いきなり会わせてくれって言っても警戒されるか、秤って名前も知ってちゃダメか。黙ってよ)

 

 伏黒が堂々とハッタリをかますと、男達は胴元の連絡と確認を始め、虎杖は余計なことを言わないために口を閉じる。

 

「そこまでだ、胴元からお許しが出た。今日のシード枠にそいつを当てる。ただ、出場するのはソッチだ」

 

「駄目だ、俺が出る」

 

(試合は虎杖の方が適任だ)

 

 スーツの男は虎杖を指さしてそう言うが、伏黒達にとっては好都合、少しの駆け引きでリアリティを持たせ、監視されてることを確認すると話を終わらせる。

 

「胴元はてめぇが食えねぇとよ、嫌ならこの話は無しだ」

 

「……分かった、それでいい」

 

 試合が始まるまでこれからの動きを再び確認するため、少し離れた場所で時間を潰す。

 

「伏黒危ねーなぁ、ハッタリが過ぎるって」

 

「そうでもないだろ、呪詛師も参加してるならそれなりに入れ替わりもあるハズだからな」

 

「防犯カメラで俺達を見てたってことは秤先輩は多分あそこにいる、俺は試合で信用を得ればいいんだよな」

 

「それでいい、高専関係者ってバレるなよ」

 

「恵君は今晩潜入するんですか?」

 

「あぁ、多分な」

 

「「多分?」」

 

「俺は多分泳がされてる、潜入がバレれば芋づる式に虎杖の信用も消える」

 

「そんときゃもう力尽くだな」

 

「それは本当の最終手段だ」

 

「俺達はあくまで協力をお願いに来てる立場、今後の関係にヒビが入る事態は避けたい」

 

「今晩動くのは危ないかもですね」

 

「でも津美紀の回遊への宣誓期限まで、時間は無駄にしたくない」

 

「今…十日の十七時、期限まで九日か」

 

「僕が使った呪霊が使えれば速かったんですが…高専近くの適当な所に放置してしまったので」

 

「元々は俺と虎杖は体力を消耗してここに来る予定だったんだ、それが省けたのは大きい。それに刀の呪力のストックも出来たし、この先で活躍してもらう。今は秤さんの説得を優先するが警戒されててヤバそうならすぐ退く、だから多分だ」

 

「了解」

 

「じゃあ僕はその辺で…」

 

 ガシッ、トプンッ

 

 その場を離れようとする刹那の肩を掴んで腰まで沈める。

 

「だんだん雑に入れるようになってきましたね」

 

「お前より刀の方が重い、気にするなめんどくせぇ」

 

「むぅ…」

 

 トプンッ

 

 ──ー

 

 虎杖はルールの説明を先程のタンクトップの男から受け、試合の会場へと向かう。

 

「階ぶち抜いて下で試合、上が客ってわけね」

 

「あぁ、そしてアレが今回のお前の相手だ。昨日の夜の部から入ったんだが、初めて見たときは驚いたよ」

 

「なるほど、まさに客寄せってわけね」

 

 虎杖は静かに笑う。登場した相手はパンダだった。

 

「早速ゴキゲンな対戦カードを紹介するぜ!! 突如現れた刺客!! 三角の次も四角!! デンジャラス火の玉ボ──イユゥウウジィィイタドリィィイ!! 立てばパンダ! 座ればパンダ! 歩く姿はマジパンダ!! パ!! ン!! ダ!! だァァアア!!!」

 

 一人と一匹は向かい合い、意図を即座に理解する。

 

「貼ったか!? 貼りましたか!? 最高に熱いバトルがの幕開けだぁ!! レディ!! ゴー!!!」

 

 ドドドドドドッ

 

「おおお!? コイツは確実に俺の実況人生ベストバウだぜ!! まだ実況初めて半月だけどね〜!!」

 

 パンダと虎杖は客に魅せながらも拳で語り合う。

 

(パンダ先輩は秤先輩に会えた?)

 

(いや、知った仲だから警戒はされてないが避けられた、あとはもう一人の三年の術式が問題でな。高専生ってことは隠してるんだろ?)

 

(うん)

 

(よしよし、後は分かるな?)

 

 ドッ! 

 

 簡潔に意図を伝え終え、パンダは吹っ飛びノックダウンのフリをする。

 

「ぐあっ! 動けんなんてパンチだ!! 動けん!! これは動物愛護団体が黙ってないぞ!!」

 

(演技下手ぁ……)

 

 虎杖は右手をあげて勝利を宣言する。

 

「んぅ〜!! 勝者!! 虎杖ィ〜!」

 

 虎杖はそれを皮切りにして順調にトーナメントを勝ち進む、その間に伏黒は集めた情報を共有するためにパンダと刹那と近くの森に潜んでいた。

 

 ガサガサッ

 

「お、いたいた、伏黒に刹那」

 

「「パンダ先輩」」

 

「僕達より大分早くこっちに来たんですね」

 

「あの後、俺は真っ直ぐこっちに来たからな、場所も知ってたし。それより、虎杖は秤と接触できそうなんだな」

 

「パンダ先輩はなんでまだ秤先輩と会えてないんですか?」

 

「居場所は分かってんだけどな。屋上にあるモニタールーム、そこが定位置だ。でも近付けないんだ」

 

「近づけない?」

 

「屋上に出てからドアに近づいても距離が縮まらないんだよ、歩いても走ってもダメ、感覚は悟の術式と近い気がする。多分綺羅々の術式なんだが俺はよく知らん、刹那は知ってるか?」

 

「…すいません、僕も正直よく分かってないです。星座に関係してるみたいですけど、戦ったことがないので。でも、その現象は綺羅々先輩で間違いないですね」

 

「二人が来てくれて良かった、深追いして逃げられても困るからどうしようかと思ってたんだ」

 

「虎杖は上手く説得できると思いますか?」

 

「厳しいな、虎杖よりも秤の問題だ。でも時間の問題だとも思ってるよ。虎杖の根明な性格は秤と相性いいと思う、でもアイツ嘘下手だろ」

 

「下手っていうか嘘をつく発想が出にくいタイプですね、ある程度指示は出してますよ」

 

「悠仁君がすぐに高専関係者ってバレたとしてもある程度の時間さえ稼げれば問題はなさそうですね」

 

「そう、だから俺は虎杖がモニタールームに入った時点でアジトを速攻コッソリ制圧、ドア前固めて二人が話す時間を稼ぐべきだと思う」

 

「いや、それは……」

 

「大丈夫、殺すわけじゃないし寝ててもらうだけだよ」

 

「防犯カメラはどうするんですか? モニタールームだとすぐバレると思いますけど」

 

「カメラの位置と死角は把握してる、俺は多少見られても平気だし、まともな術師は秤と綺羅々だけだしな」

 

「見張りの人数は?」

 

「入口四、屋上以外の各フロア二人だ」

 

「…いけますね」

 

「懸念事項は綺羅々さんの術式ですね」

 

「もうそれは仕方ない、ワープとかではないんだろ?」

 

「見てた限りは。僕も制圧に動いた方がいいですか?」

 

「話に聞く程度の見張りなら俺とパンダ先輩で充分、念には念をいれる。刹那が出てくるのは秤さん達の説得が全部終わった時か、向こうが完全に敵対した時だ」

 

「了解です。じゃあ…」

 

「おう」

 

 刹那は渋々と伏黒の足元の影をトントンと踏む。

 

 トプンッ

 

「…伏黒、頑張れよ」

 

「もう自分の気持ちは打ち明けましたよ」

 

 パンダは伏黒の肩を叩いてニヤニヤと笑うが、伏黒はサラリと言い放ちスタスタと歩いていく。

 

「えぇっ!? 俺聞いてない!! ちょっと待てよ伏黒ォー!」

 

 ──ー

 

 トーナメントが終わり、デジタル時計が夜中の一時を表示する頃、虎杖は三年の綺羅々にモニタールームへと案内されていた。

 

「悠ちゃん高一なんだぁ、若いねぇ。金ちゃんは中学ダブってるんだよ」

 

「…なんか嬉しそうっスね」

 

「フフ、まぁね。金ちゃんが久し振りに熱くなってるの、私は熱い金ちゃんが大好きだから」

 

 二人は会話をしてモニタールームへと入っていく。

 

 一方で、虎杖が呼ばれたのを見計らい伏黒とパンダは拠点の制圧を終え、屋上へと集まるところだった。

 

 ターン! 

 

 勢いよくパンダは屋上の扉を開けて伏黒と合流する。

 

「よ!」

 

「パンダ先輩、本当に大丈夫ですか? これが原因で後でモメたり…」

 

「ダイジョブダイジョブ〜♪ さっさとドア前固めちまおう」

 

 二人はモニター室のドア前へと向かおうとする、しかし二段構造になっている屋上駐車場の下の段、そこには警備に出された綺羅々が二人に気付いていた。

 

「パンダちゃん!?」

 

「ゲッ」

 

(と、トゲ頭の子…!! パンダちゃんの手引きで侵入したってことは高専の人間! 金ちゃんが危ない…!!)

 

「玉犬…渾!!」

 

 ズァッ、ドッ 

 

「伏黒!?」

 

 伏黒は秤に連絡を入れようとする綺羅々を止めるために玉犬をだすが、綺羅々の手にほんの少し触れた瞬間に伏黒の元へと勢い良く玉犬が戻っていく。

 

(玉犬がふっ飛ばされた!? いや、話からするに近づけなかったのか!!)

 

 チカッチカッ

 

「ん?」

 

「お?」

 

 三人の術師の頭で僅かに光が点灯し、綺羅々はモニタールームへと駆け出す。

 

「待て綺羅々! 俺達は敵じゃない!! 秤に頼み事があるだけだ!!」

 

「信じられない! 見損なったよパンダちゃん」

 

「あっこれ俺もお前に近づけないヤツだな」

 

「玉犬!!」

 

「!!」

 

 グンッドカッ

 

「伏黒!?」

 

 玉犬が綺羅々の前に立ち塞がり、三者は一定の距離で立ち止まる。その時、伏黒も先程と同様に玉犬の元へと吸い寄せられる。

 

(綺羅々さんに近づけないだけじゃない……玉犬と離れられない!? どういう術式だ? でも膠着状態! 丁度いい…!)

 

「綺羅々さん!! 俺達は今正確には高専側ではありません!! 東京が現状どうなっているか知ってますよね!? 各地で発生してる結界も無関係じゃない! 未曾有の呪術テロがあったんです!! 秤さんの協力が必要なんです!!」

 

「そっちが先に私達をハブったんじゃん、自業自得でしょ」

 

 伏黒の説得も虚しく綺羅々は聞く耳を持たない。

 

「……上と何があったんですか?」

 

「保守派と揉めたんだ。でもって、保守ってのは規定に対してのスタンスの話だけじゃない。呪術とはこうあるべきみたいな思想があんだよ、釘崎の術式なんかが分かりやすい、呪術らしい呪術。時代が進めば呪術だってニューテクと絡むことがある、それが術式にまて及ぶと保守派はうるせぇのよ」

 

「金ちゃんの術式はその典型だからね、上のバカ共そんなんだから負けんのよ。でもさ、アンタらは五条悟にいくらでもケツ拭いてもらえるじゃん、それこそ一年には特級で上からの信頼もあるようなせっちゃんだっているんだし、私らに頼る意味が分かんない。ってことは頼ってきたのは嘘で他に目的があるって考えるのが普通じゃない?」

 

(ここで刹那を出すのはまずいな、敵だと思われかねない…)

 

「五条先生は封印されました、だから負けたんです。終わったすぐ後に刹那も死刑が執行されました…だから協力を頼みに来たんです」

 

 その言葉の後、綺羅々はまるで信じていないようなポカンとした表情で一人と一匹を見る。

 

((あぁ~~〜信じてねぇなあ!!))

 

(まぁ、気持ちは分かるけど)

 

(でも、この人は秤さんに一番近い人だ。この人を説得できれば、秤さんとの交渉が楽に進む…脱兎!!)

 

 ポポポポ

 

(アクルックス!?)

 

 伏黒は脱兎をだして術式の情報を集めることを試みる。その時、脱兎の体の一部位にアクルックスの文字を見つけ、扉も同時に注視する。

 

(ガクルックス…!!)

 

 綺羅々の術式は呪力にマーキングするため、式神は術者と同一に扱われる。

 

(このままだと自分の式神で押し潰されて窒息するよ)

 

 ドロォッパシャッ

 

「パンダ先輩!! 脱兎どうでした!?」

 

「俺の次にカワイかった!!」

 

「何に近付けて何に近づけなかったか聞いてんですよ!」

 

「! 俺とそっちの二階は問題なく行けてた!! 綺羅々とモニタールームの扉は駄目だ!」

 

「体のどこかに星マークと名前がついてませんか!?」

 

「え………? あ!? I…MAI…イマイ!? 今井って書いてるー!」

 

 パンダは自身の体を確かめ、伏黒も自身の仮説に当てはめて身体の星を探す。

 

「あった!!」

 

(脱兎と同じガクルックス!! 確かに刹那の言う通り星座だ。まだ何も分からないがここは…)

 

「分かりました! この術式のタネは星座です!」

 

(そこまでなら分かるやつは分かる)

 

「星座?」

 

「モチーフは……南十字星」

 

 伏黒はブラフを堂々と張ってそう言い放つ。それに対して綺羅々は驚愕に近い表情を顔に出して伏黒に確信を与える。

 

「クソ!!」

 

(顔に出た!! お互いに! マジかって顔をお互いにした! 確信を与えちゃった!! このまま術式を看破されれば部屋に入られる…ここで足止めする!!)

 

(マジで南十字だった、津美紀に感謝だな。でもこれ以上は何も知らん…つーか、南十字座って四つじゃないのか??)

 

 お互い睨み合いの最中、パンダが伏黒に近付いていく。

 

(やっぱり先輩とは近付ける)

 

「先輩、南十字座って四つですよね?」

 

「え…そりゃ十字だし…」

 

(刹那なら分かるか? …いや、星の話は聞いたこと無いな、リスクは無くすべきだ)

 

「綺羅々さんの術式は多分、それぞれに星を割り振ってスタンプラリーやすごろくみたいにそれぞれに近付ける順番があるんだと思います。そんで同じ星はくっ付く」

 

「術師本人は術式対象外なんじゃないか?」

 

「それはないです、本人も玉犬と距離を取らされてました」

 

「単純に俺たちの星とは反発するとか」

 

「だったら綺羅々さんが今部屋に逃げ込まないのはおかしいですよ」

 

「あ、そか。内側で扉にべったりされたら詰むもんな」

 

「今綺羅々さんは俺達が何かしらで条件を満たして自分の目の届かないところで部屋に侵入されることを警戒してる」

 

「となると…星は五つ以上だな」

 

「はい、スタンプラリー説が正しかったとしたら俺かパンダ先輩は近付けるはずなんで、間に五つ目の星があってそこを経由しないと綺羅々さんに近づけない」

 

「…いっそ刹那を呼ぶのはありか?」

 

「ないと信じたいですが六つ七つあったらさらに信用が薄くなるだけです、それに…このくらいやれなきゃ笑われる」

 

 伏黒は術式を情報を集めて看破しにかかる。しかし、それに呼応するように綺羅々も防から一転して攻めに移り、近くの車を踏み壊す。パンダはそれに気付いて下に降りて綺羅々を止めに行く。

 

 タンッグジャッ!! 

 

「パンダ先輩!!」

 

 車にパンダと同じイマイの星がつけられ、パンダの元へと飛んでいく。

 

 ガッ、バンッ!! 

 

「問題ない!! 伏黒は星を探せ!! ふんっ!」

 

「あっ投げちゃ駄目ですよ!! 同じ星がついてるんですから投げても戻ってくるか引っ張られますよ!!」

 

 そこからさらに伏黒は頭を回転させて星を探し始める。

 

(星をつけるには多分対象に触れなければならない、でも俺も脱兎も触れられてない…!! 触れられたのは玉犬だけ、つまり綺羅々さんは物ではなく呪力に星をつけてる!! 扉や車に星をつけるには予め誰かの呪力を込めなければならないんじゃないか…!?)

 

 伏黒は車の残穢を辿り、車のストッパーに最後の星、ミモザを発見する。

 

(あった! 五つ目の星!! 俺達三人以外の残穢はもう見当たらない、綺羅々さんは既に自分の呪力に星をつけていて、物に俺と同じアクルックスの星をつけるために自身の呪力は使えないから俺に物は飛ばせない!! 俺の読みが正しければこれで近付け──)

 

 パシッ

 

 しかし、伏黒の読みを否定するように車のパーツが飛んでくる。

 

 伏黒の仮説は正しい。綺羅々の術式、星間飛行は南十字座をモチーフとして伏黒の予想通りの挙動をする。そして順序とは、星座の奥行き。地球から遠い順に近づけるようになっており、伏黒はアクルックスをつけられたことにより、扉に到達するためにはミモザ、綺羅々のギナンを経由する必要がある。

 

「君凄いじゃん。マジで私の術式のこと分かってるんだ。でも物分りが良すぎてもう物は飛ばせないって思い込んでない? 私の呪力についた星…ギナンを外して君と同じアクルックスの星をつければいいだけじゃん」

 

 ズズズッ…

 

「まだ出てくるな、信じろ」

 

 ドドドドンッ! 

 

 伏黒に向かった車のパーツは伏黒を包み込む。しかし、最初から伏黒は一度も玉犬を解除していなかった。

 

「なっにぃいい!??」

 

(なんで!? どこから!? まさか!! 一度も犬を解除してなかったんだ!!)

 

「くっ!!」

 

 綺羅々の背後から玉犬が伏黒に綺羅々ごと吸い寄せられていく。綺羅々は星間飛行を解除し、同時に伏黒に組み伏せられる。

 

「話…聞いてください」

 

「君、本当に今の狙ったの? 犬と君、どっちが引っ張られるかなんてわかんないじゃん」

 

「そこは賭けでしたが今分かりました、呪力出力の高い方に引っ張られますね? 初めは俺が玉犬に引っ張られたのに、攻撃を防御しようとした今回結果は逆になった」

 

「君一年生? ホンット可愛げな…」

 

 スッ

 

 伏黒は拘束を解いて綺羅々に向かって深く土下座して頼み込む。

 

「お願いします時間がありません、話を聞いてください」

 

「……分かったよ」

 

 ドンッ! 

 

「「「!!!」」」

 

「虎杖!?」

 

 虎杖がモニタールームから突如として屋上へと吹き飛ばされて出てくる。

 

 顔面が血だらけの虎杖を見据えながら薄着で呪力を錬っている秤が出てくる。

 

「伏黒、パンダ先輩、手ぇ出すなよ」

 

「!!」

 

「ナメるじゃねぇか」

 

 ヒュッ バチィッ!!! 

 

 虎杖は秤の右振り回しを顔面で受け止める。

 

「モロッ…!!」

 

 バンッ、グンッ、ブシュッ!! 

 

 虎杖は地に背をつけず、すぐに立ち上がり、鼻血を無理矢理出して止血する。

 

(このガキ、さっきから…避ける気がねぇ…!!)

 

「イカれてんな」

 

(これは渋谷での戦いとは違う…!!)

 

(秤先輩に俺を認めさせるためのいわば儀式だ、避けねぇ、反撃もしねぇ…!! この人が、折れるまで…!!)

 

「面白ぇ、話は聞いてやる。オマエが立ってるうちはな」

 

「金ちゃん!! この子達金ちゃんに助けてほしいんだって! 話を聞いてあげて!!」

 

「今聞くっつったろ」

 

「……じゃあいいのか?」

 

「なぁ虎杖、なんで俺だよ? 俺達初対面だよな? なんで俺を頼る?」

 

「先輩達とダチがアンタを強いと言ったからだ」

 

「だと思ったよ」

 

 ドガッ

 

 虎杖を殴り飛ばし、虎杖は違和感を覚える。

 

(何だこの人の打撃は…!? 威力の大小以前に痛い!! ヤスリのついたバットでぶん殴られてるみてぇだ…!)

 

「術師が術師にするお願いは"一緒に命を掛けてください"が前提だろーが!! テメェは俺に命を落とす賭けさせるだけの熱を今!! ここで!! 伝えなきゃなんねぇんだよ!! それを言うに事欠いて人に言われてきましただぁ!? 夜蛾のオッサンは何してんだよ!! こういうヘタレは間引いとけや!!」

 

「俺に熱なんてねぇよ…」

 

「"あ?」

 

「俺は部品だ。術師が呪いを祓うため、祓い続けるための、部品」

 

「オイオイオイ、マジかオマエ。超つまんねぇじゃん」

 

(まずいっ、これ以上は……!!)

 

「虎杖!! もういい!!」

 

 秤は殺意にも似た熱を虎杖に向け、もう一度全力のパンチを見舞う。

 

 ゴッ…ドドッバンッ…

 

 虎杖は鉄柵まで吹き飛び、暫くの間立ち上がることなくその場に倒れ伏す。

 

「痛ぇだろ。五条さんが言うにはな、俺の呪力は他のやつよりザラついてるらしいぜ…死んだか?」

 

「待て…虎杖を信じろ…!!」

 

 伏黒は影に手を突っ込んで今にも出てきそうな刹那をなだめる。虎杖を伸した秤は伏黒達に向き直る。

 

「おいパンダ!! …とウニ頭!! さっさと虎杖連れて失せろ、二度と…"あぁ!?」

 

 秤の背後には真っ直ぐに秤を見つめる虎杖が立っていた。

 

(ノーガードで三発だぞ!? その前にもしこたま殴った…!)

 

「何製だよオメェは」

 

「俺は部品だ、部品には役割があんだろ。呪いを祓い続ける俺の役割。それに秤先輩が必要だっていうのならアンタが首を縦に振るまで付き纏う」

 

(コイツ…!! これが部品の熱かよ……!!)

 

「いいぜ、何発でも──」

 

「金ちゃん、熱くなってるんじゃない?」

 

(……熱に嘘はつけねぇ!!)

 

 綺羅々の指摘され、秤は自らの信念を貫く。

 

「……オマエら降りてこい」

 

「「!!」」

 

「取引だ」

 

「「??」」

 

「え?解決してもらえたんですか?」

 

「うん」

 

「ありがとうございます?」

 

「いいよ。上の連中は嫌いだけどね、なんやかんやで人助けしてた金ちゃんが一番熱かったから」

 

 ゴンッ

 

「イデッ」

 

「うーん?」

 

 秤の説得を終え、全員落ち着いたところで話しを始める。

 

「マジで? 五条さん封印されたの?」

 

「「「マジ(です)」」」

 

「かぁーっ!!」

 

「金ちゃん、それだけじゃなくてせっちゃんも死刑になったみたい…」

 

「はぁ、マジでか!? 上の奴らは何考えてんだよ!?」

 

「あっ、スイマセン、それに関しては嘘です」

 

 伏黒は自身の影から刹那を呼ぶ。

 

「刹那」

 

「…忘れられたかと思いましたよ」

 

「せっちゃん!」

 

「おぉ、久し振りだなオイ」  

 

「お久しぶりです…一年半ぶりくらい? ですかね」

 

 綺羅々は刹那に抱きつき、秤も四人が思うよりもあっさりと刹那の存在を受け入れる。

 

「先に言ってくれたら良かったのにー」

 

「顔割れしてますし逃げるかもしれなかったので」

 

「…話しを戻すが、これは言っておいたほうがいいよな。ついでのようで悪い、学長も死んだ」

 

「!!」

 

「パンダ先輩?」

 

「スマン黙ってて、だが本当だ」

 

「渋谷でじゃない、あのあと上とゴタついたんだ。虎杖は関係ない」

 

「なら良かったとはなんねーよ。だって学長は先輩の…」

 

「それも含めて"大丈夫"だありがとな」

 

「そんな…パンダせんぱっ」

 

 クシャッ

 

「パンダがそう言ってんだ、これ以上は俺らはなんも言えねーよ」

 

「ね」

 

「にしても世話んなった人らが悉く…こんなに凹んだのはヤックルのケツに矢がぶっ刺さった時以来だよ」

 

(((いい人生送ってるな)))

 

「確かにあれはショックでした…」

 

(((一緒に見てたのかよ)))

 

「…分かった、死滅回遊の平定には協力する。が、勘違いすんなよ、情にながされたわけじゃない、これは取引だ。分かってるか? 死滅回遊に方がついたらオマエらが俺に協力すんだぞ」

 

「呪術規定の改定に乗じるんですよね?」

 

「呪霊の存在が公になった以上、改定自体は確実なんだろが、具体的にはどうするんだ?」

 

「どうあれ、そこまで難しくはないと思いますよ」

 

「あぁん? テメェに何が分かんだよウニ頭コラ」 

 

「俺、一応禪院家の元当主ですし、今回の件にかなり現、禪院家当主が噛んでます。説得、もとい恐喝は多分容易です」

 

(オイオイマジか、御三家の当主と元当主だと…!? しかも揺するネタがいくつかあるとなりゃあ…)

 

「ウニ頭!!」

 

「伏黒です」

 

「伏黒君!!仲良くしようネ」

 

「…はい」

 

 態度が一変した秤にズレを感じつつもそれを受け入れる。

 

「あ、そうだ。恵君、傷を」

 

「ん、いや別にこれくらい構わないが」

 

 ポゥ…

 

「それと悠仁君…」

 

「あ、いや、これくらいは」

 

 パンッ

 

 刹那は傷の上から虎杖の頬をかなり強めに叩く。

 

「え!?」

 

「刹那!?」

 

「えっと…セツナサン?」

 

「僕は…死んでほしくないんですから…悠仁君も例外じゃないんですから…」

 

 トンッ

 

 虎杖の胸に頭を押し付け、顔を見せないようにして虎杖に怒りを表す。

 

「す…スイマセン…」

 

 影の中で見てることしか出来なかった刹那は、怒りと不安を虎杖の胸の上で発露し、涙が溢れ出しそうになるのを伏黒と虎杖で慰める。

 

「すいません、もう少しだけ待ってください」

 

「ご、ごめんって、もうしないから、な?」

 

「泣き虫は変わってねーなぁ、お前」

 

 ──ー

 

 落ち着いたあとに虎杖を治療し、パンダが話し始める。

 

「よし、後は各々が出向く結界の割り振りだな。憂太は宮城だっけ」

 

 リンゴンリンゴンリンゴン!!! 

 

「泳者による死滅回遊へのルール追加が行われました!! 総則9!! 泳者は他泳者の情報ー"名前""得点""ルール追加回数""滞留結界"ーを参照できる」

 

 一同の前に突然一体の式神が現れ、そう告げる。

 

 それを聞いたあとにあらゆる疑問は式神本体が解消していく。

 

「俺はコガネ!! 泳者と死滅回遊を繋ぐ窓口さ!!」

 

「なんかさっきとキャラ違くねぇか?」

 

「さっきのは死滅回遊からのアナウンス!! 今は虎杖悠仁個人に憑いてる窓口として喋ってるぜ!!」

 

「天元様が言ってましたね…あれ、でもおかしくないですか?」

 

「そうだ、なんでお前が既に泳者としてカウントされてんだ! 羂索が弄ったやつ以外は結界に入って初めて泳者になるだろ」

 

「………宿儺だ、あいつも羂索と契約した術師だったんじゃねぇかな」

 

「でもやっぱりおかしい、宿儺の指はお前の意思で取り込んだだろ、俺が証人だ…後にしよう」

 

 ただ一つの疑問を残して話し合いを続ける。

 

「虎杖、コガネに早速泳者の情報を開示させてくれ」

 

「できる? コガネ」

 

「あいよっ」

 

 コガネは口の下あたりにある液晶画面のようなものを下に伸ばして情報を見せる。

 

「……いた、コイツだ」

 

「元々二百点…何故こんなルールを…?」

 

「ここ数日で少なくとも四十人殺してるってことだろ? 気持ちの良い理由じゃねんじゃねぇか?」

 

「でも、これで俺達は人を殺さずに死滅回遊を進められるかもしれない。コガネ、百点以上持ってる奴をリストアップできるか?」

 

「俺は虎杖悠仁に憑いてるからなぁ」

 

「あ、いいよいいよ、伏黒の言うことは聞いてあげて」

 

 検索中の文字を映してコガネは黙り、伏黒はその間に説明する。

 

「津美紀みたいに巻き込まれた人間は焦って結界から出たがらない限り……受肉した過去の術師も各々何か思惑があって契約しただけで、必ずしも死滅回遊に対するモチベーションが高いわけじゃない。鹿紫雲のように点を持て余している奴がまだいるとしたら」

 

「…そっか、百点以上持っててルール追加をする気がない奴!! そいつを伸して」

 

「津美紀が回遊を抜けるルールを作らせる!!」

 

「出たぜ」

 

 コガネの一言で目的の百点を持っている人物をリストアップする。

 

 そこに載ってたのは鹿紫雲の他にもう二人。

 

 得点102 日車寛見 滞留結界東京第一

 

 得点104 仲見世心 滞留結界大阪

 

「もう二人…!! よし、まずは総則8を逆手に取る」

 

「「総則8って何だっけ」」

 

「得点の変動が無ければ術式が剥奪されるっていうのですよね」

 

「ルール追加で泳者間での点の譲渡を可能にする。これで身内で点を回り続ければ術式を剥奪されて死ぬことは無くなる。できればルール追加はもう一つ、点を消費して死滅回遊から離脱できる」

 

「それは例の永続に抵触するんじゃねぇか?」

 

「俺もそう思います、でも」

 

「…何かしらの、例えば非泳者を身代わりにする。とかならいけるかもしれませんね…」

 

 非泳者の身代わり条件。あまり人道的に良くないと分かっていながらも、それを選択肢に入れ、最善と思う刹那はなんとも言えない気持ちになる。

 

「確かにな、その辺はコガネが決めんのか?」

 

「何にせよ、やることは決まったな」

 

「あぁ。天使を捜索しながら、ここに載ってる三人を狩る」

 

 方針を確定したところで詳しく計画を練りだす。

 

「その天使ってのの姿は分かってんのか?」

 

「見れば分かるそうです」

 

「大丈夫かそれ」

 

「ま、いいや。俺とパンダが東京第二、伏黒きゅんと虎杖が第一、刹那は大阪で綺羅々は結果外で待機でいいな」

 

「根拠は?」

 

「得点だけ見れば一番強い鹿紫雲と俺がやんのが順当だろ。刹那でもいいが、今から大阪まですぐに移動できるのは刹那くらいなもんだから抜きだ」 

 

「呪力も休養もたっぷりだったので、充分皆さんと時間は合わせられますよ」

 

「えー、私仲間はずれぇ?」

 

「乙骨から連絡ねぇってことは結果の中じゃ携帯は使えねぇ。外の状況を把握出来る奴はいたほうがいい」

 

「はぁい」

 

「高専に一年の釘崎って奴と狗巻先輩が残ってます。一応連絡先渡しとくので必要になったら合流してください」

 

「女の子?」

 

「凄く格好いい女の子ですね」

 

「…(我が)超強い女の子です」

 

「(物理的に)釘を刺してくる女の子ッス」

 

「なにそれ逆に会ってみたい」

 

 三人は釘崎の特徴を簡潔に説明すると、虎杖は不安要素を話す。

 

「あ、宿儺と伏黒は話した方が良いかもってか…ぶっちゃけ刹那も伏黒もコイツに近づけたくねぇ」

 

「うるせぇ、先輩と刹那の役割は動かせない。我儘言うな」

 

「ワガママ!?」

 

 二人は互いの元ヤン気質を見せ合いながら睨み合うがそれをパンダがなだめ、一旦休息をとる。

 

「ケンカすんな」

 

「こっから東京まではそれなりに時間がかかる。近くまで電車は一応走ってるからそれまで休め」

 

「あ、僕は先に走ってますね。でなければ間に合いませんし」

 

 刹那は結界に入る時間を合わせるために全員が休んでいる間に移動することになる。

 

「かなり無理難題を押し付けてるつもりではあるが頼んだ。埋め合わせは必ずする」

 

「フフ…期待してますよ」

 

 刹那は淡く微笑み、下へと降りていく。

 

「…なるほど、そういうことか」

 

「金ちゃん、しっ」

 

 二人を見て秤は例のアレを察し、モニタールームへと入っていった。




次回はほぼ完成済みなので明日明後日にでも。
おまけ
刹那、影の中にて。
最初に影に入れられた時。
「嫌だって言ったのに、、、」
トーナメントスタート
「暗い影の中、、、宿儺は何百年もこんな感じなのかな、、、。あっ
悠仁君の相手パンダ先輩なんだ」
虎杖優勝。
「まぁ、パンダ先輩以外に悠仁君に勝てるわけないか」
モニタールーム前
「綺羅々先輩、警備に出されてたんだ」
戦闘
「星座、、、ガクルックスってことは、南十字星?だったっけ、、、どんな決まりなんだろ?」
「スタンプラリー?あぁー、だから距離が縮まらないのか」
「あれ、南十字星って五つじゃなかったっけ?」
「そろそろ行っちゃだめなのかな、、、」
伏黒に車が当たる直前。
「恵君っ!!」
虎杖が吹き飛ばされた時、刀を構える。
「金次先輩、、、!!止めないでくださいよ恵君!!」
「死んだら絶対に許さない、、、」
「良かった、、、生きてた、、、!」
まぁ頭の中で考えてた刹那だったらーっていう台詞なんで、実際に言ってるかは他は自己保管でお願いします。


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第五十六話 突入、大阪結界

本編で大阪が出た場合はこれ全部消して書き直しますのでそこだけご了承をお願いします!
主人公組は原作に遅れがあったときとかにもしかしたら書くかもです。
それではどうぞ、お楽しみください〜。


 十一月十二日 十二時 大阪

 

 十ある結界の内が一つ、関西の中枢都市にして日本最大の商店街が存在する日本の第二の要、大阪。 

 

 刹那達は秤達の説得を終え、天使捜索とは別に百点保持者の仲見世心を説得してルールを追加する為に大阪の結界へと入る所だ。話し合いになれば、交渉に長けた刹那の瞳は大きな武器となり、荒事であっても実力に不足は無い。

 

「これが結界。彼岸に渡す儀式…間に合って良かった」

 

 ヴー、ヴー

 

 結界を見上げていると伏黒からの連絡が入る。

 

「こっちは問題ない、入るぞ」

 

「こっちも問題ないです…死なないでくださいね」

 

「お前こそ、勝手に死ぬのは許さないからな」

 

「刹那も頑張れよー!」

 

「頑張りますよー」

 

 電話の向こうで虎杖も声を上げ、それに返答して会話は終わる。

 

 プツッ

 

 電話を切り、結界へと足を踏み入れようとすると泳者一人一人に取り憑く式神、コガネが現れて刹那に警告する。

 

「よぉ、俺はコガネ!!この結界の中では死滅回遊って殺し合いのゲームが開催中だ!!一度足を踏み入れたらお前も泳者!!それでもお前は結界に入るのかい!?」

 

「問題ありません、参加します」

 

「阿頼耶識刹那が死滅回遊へ参加しました、ルールを参照しますか?」

 

「いえ、必要ないです」

 

「ありゃー、つまんね」 

 

 コガネは小さくつまらなさそうにそっぽを向く。その間刹那は刀を改めて確認し、再び結界を見上げる。

 

「さて、行きますか」

 

 トプンッ、パッ

 

 刹那は結界内へと意を決して入る。その瞬間、入った場所とは違う地点へと転送される。

 

「ん?」

 

 泳者は結界に入るとそれぞれの九つの固定されたポイントへと転送される。

 

 刹那はどこかの橋の下へと転送されるが冷静に状況を把握する。

 

(転送…人を散らすためか、呪具は問題なし。捜索を継続っと)

 

 ドブンッ!! 

 

 前方の車の陰に隠れていた一人の術師が地面に手を当てて術式を発動させ、刹那が歩き出した瞬間に地面が流動状に隆起する。

 

「んー、いるとは思いましたが早いですね」

 

「死ねぇ!!」

 

 直後に別の術師が橋の上からコンクリートごと落下してくる。

 

 ズダンッ!! 

 

「…一つ聞いてもいいですか?」

 

 脚を呪力で強化して流動状になったコンクリートを蹴り、一瞬で距離を詰めると前方の術師の首に抜刀した刀を当てる。

 

「うぁッ」

 

「動いたら頭と胴が泣き別れですよ、後ろの貴方もです」

 

 もう一刀を取り出し、後ろの術師に向ける。

 

「わ、分かった! なんでも話す!! だから命はっ」

 

 二人は手を上げて無抵抗の意思を示す。

 

(随分あっさり…まぁ、好都合か)

 

「手、降ろしていいですよ。話をしましょう」

 

「…俺達が反撃をするとは思わないのか?」

 

「僕が首を飛ばす方が速い、嘘だと思うなら試してみればいいんじゃないですか?」

 

 冷徹に二人を見てそう言い放ち、納刀する。

 

「俺は苦菜哲人(にがなてつと)、向こうの落ちてきたやつは濱口陸人(はまぐちりくと)だ」

 

 死滅回遊泳者 苦菜哲人 濱口陸人

 

「僕は刹那です、苗字は長いので気にしないで下さい」

 

 名前だけの自己紹介をしたあとに質問を始める。

 

「まず一つ目、貴方達は今回の件で術師になった人ですか?」

 

「あ、あぁそうだ」

 

「ポイントは?」

 

「お互いポイントは無い…」

 

「なるほど」

 

(二人共素人、大した情報は望めないかな…)

 

「じゃあ最後。仲見世心という術師を知ってますか?」

 

「いや…知らないな」

 

「俺もだ」

 

 期待していた情報は手に入らず、気を取り直してその場を離れる。

 

「そうですか…」

 

「でも…一人、とんでもない奴を知ってる」

 

「へぇ、どんなのですか?」

 

「道頓堀の近くの小さな公園で見たんだ、鎧の大男が十人位の俺らと同じような奴らと戦ってるのを」

 

「鎧? 随分古風な。でもそうか…仲見世心が必ずしも女性とは限らない…」

 

「少なくともそいつは五十点以上持ってる、君の目的の人か分からないが、アイツだけはやめておけ」

 

「取り敢えず覚えておきます。ありがとうございました。僕はもう行きますが、手を出さなければ何もしませんのでお気になさらず」

 

「なぁ、アンタはこのクソゲーを終わらせるつもりなのか?」

 

「何もせずともいつかは終わります。僕はルールを追加して殺し合いの制度を否定したいだけです」

 

「そうか…殺そうとした俺がいうのもあれだが、頑張ってくれ、応援してる」

 

「頑張りますよ、友達も待っていますので」

 

 刹那は立ち上がってその場を離れる。

 

「俺達も、早いとこ点をとらなきゃな…」

 

「あぁ…」

 

 その場を立ち去ろうとする刹那の背後で二人はボソリと呟く。それを聞いた刹那は一度振り返って二人に情けをかけていく。

 

「…僕の目的にはルールの追加にポイントの受け渡しを追加することも含まれています。ポイントの変動…誰かに取り入ればあるいは…」

 

「何で…?」

 

「情報のお礼、僕は不平等が嫌いなので。生きる希望くらいは持った方が心が楽ですから。頑張って一ポイントでも稼げばゲームが終わるまでの時間は稼げるかもですね。それじゃ、頑張って下さい」

 

 刹那は建物が並ぶ住宅街の方へと向き直る。背後から感謝の声が聞こえるが、刹那は知らぬふりして歩いていった。

 

 ──ー

 

 かなりの距離を一時間程かけて歩き、おおよその広さを把握する。

 

(結界はかなり広い…半径五、六キロってところでしょうか。中心は分からないけど)

 

「コガネ、大阪にいる好戦的な術師の数を開示できますか?」

 

「OK…リストアップした人数、ニ十七人だ」

 

 コガネは口の下の部分を開いて名前を掲示する。

 

「約百人がそれぞれに入ってると考えると、最短二十人の術師を狩ってるのか。だとしたら実力からして千年前の術師の可能性が高いかな…」

 

 目的もなく歩いていると日本一の商店街、道頓堀の入り口へと到着する。

 

「何人かくらいはいそうだけど…」

 

 ピクッ

 

 上から視線を感じて飲食店の看板を見上げ、刹那は刀に手を掛けて警戒する。看板に座っている女性は赤と白が混じったセミロングの髪に、ジーパンと背に不死鳥が描かれたスカジャンといったボーイッシュな格好の女性が見下ろしている。

 

「あぁストップストップ、敵じゃないよ」

 

 手を上げながら女性はフワリと着地して手を上げる。

 

「さっきの見てたよ。強いね、お嬢さん」

 

 近付こうとする女性を手で静止する。

 

「それ以上は近づかないで下さい」

 

「おっとと、私は不知火燐(しらぬいりん)。一応泳者だけど、あんまり争いごとに興味は無いんだ」

 

「コガネ、ポイントの掲示を」

 

「おう、不知火燐、所持ポイントは二十五だぜ」

 

 コガネを呼び出してポイントの掲示をさせるが、予想外の数値に警戒を強める。

 

「結構殺してるじゃないですか」

 

「違う違う、襲われたから正当防衛だって!」

 

 依然として手を上げたまま弁明を続ける。拮抗状態が続くかと思われたが、刹那は敵意がないことを判断するために眼帯をほんの少しずらして色を確認し、あっさりと膠着状態は破られる。

 

「どうやら、本当みたいですね」

 

「お、分かってくれた?」

 

 手を上げるのを止め、刹那は静止したままで話そうとするが大胆にも刹那に近付いていく。

 

「全く、出てくるタイミングが…何ですか」

 

「名前、私だけじゃ不公平だろ? 教えてくれよ」

 

「…刹那です」

 

「刹那ちゃん? 一瞬を大事にしようっていう親の心が伺えるね。いい名前だ」

 

 ペラペラと褒め文句を口にしながら横に並び、するりと首に手を回してさらに距離を詰める。

 

「えっと…何ですか…?」

 

 予想外の行動に流石に刹那もたじろぐ。

 

「私さ、可愛い女の子が好きなんだよね。特に君みたいな子」

 

 チュッ

 

「キャッ!」

 

 ドンッ

 

「あ痛っ」

 

 感情を確認する暇もなく、こめかみに急に口付けをする不知火を思わず突き飛ばす。

 

「あっ、すいません、でも、えっそのなんで…えっ…?」 

 

 動揺を隠せずに頭上にハテナマークを浮かべる。頬を紅く染めながら胸に両手を当てて混乱する刹那を見て、座ったまま胡座をかいて不知火はニコニコと笑う。

 

「今どき珍しい純粋な子だねー、あんなに強いのに。いや、強いからこそ?」

 

 さらに不知火は立ちあがって近づき、顎に手を掛けて顔を近付ける。

 

「一目惚れだ、私と──」

 

 そこまで言いかけたところで不意に地面が揺れ出す。地震というより、何者かの大移動といった感じの揺れに二人の動きは止まり、刹那は冷静さを取り戻す。

 

「地震…?」

 

「いや違う…全く、不粋だなぁ」

 

「何か知ってるんですか?」

 

「詳しく説明はできないかな、とりあえず走るよ!」

 

 ダダダダッ

 

 不知火の合図で商店街を走り抜けていく。直後に路地裏や背後から無数のマネキンが二人を追いかける。

 

 ドドドドドドドドッッッ!!! 

 

「何体いるんですかアレ」

 

「さぁね! ずっと執着されて少し参ってるよ! あっ、こっち!」

 

 走る先々の曲がり角からも現れ、方向転換を繰り返していく。

 

(呪骸でもない、洗脳された人とも違う…本当に何アレ)

 

「考え事かい!? 前から来るよ!」

 

 前からも波のようにガチャガチャと駆動音を鳴らしながら人形が襲いかかってくる。

 

「ちっ!」

 

 ダンッ、ゴォオウッ! 

 

 不知火は一歩踏み込み、腕から炎を生み出して目の前を焼き払う。

 

「ここで迎撃しようっ!」

 

「いえ、その必要はありません」

 

「はっ? バカバカバカ何してんの!?」

 

「掴まってて下さいね」

 

 刹那は不知火を抱き上げて靄で二人を包み込み、温度を無くして炎の中を走り抜けていく。

 

 ダッ! 

 

「うわぁっ!?」

 

 そのまま走り抜けていき、商店街を無理矢理横に抜けて神社の階段を登り人形達を撒く。

 

 ドサッ

 

「はぁ…疲れた」

 

「凄いね…一体どんな術式なの?」

 

 目を丸くして驚く不知火の質問を無視して質問し返す。

 

「あなたこそ、その術式は何なんですか」

 

「私は見ての通りだよ、炎を身体から出すだけ。呪力量に応じて熱さや範囲を広げたり上げたりできるオプション付き」

 

「僕は説明が難しいので省きます」

 

「それずるくないか?」

 

「少なくとも、今はあなたの敵に回ることはないので安心していいですよ。味方してくれる限りあなたは僕が護ります、少なくとも現状その価値がある」

 

 立ち上がって足の砂埃をパンパンと払いながらそう言って見せる。

 

「…やば、格好良い…」

 

「さて、恐らくあれの術者が仲見世心…」

 

「ん、アレを探してるの?」

 

「知ってるんですか?」

 

「まぁ、今のやつの犯人だし。てゆーか勧誘されたし」

 

「勧誘…? 一体何の?」

 

「…見たほうが早いんじゃないかな」

 

 不知火が指差す方には一体の飛行する人形、それにマイクが付いている。

 

「やぁ、また勧誘か? 忙しないね」

 

 不知火が話しかけるとマイクとは別のスピーカーから、甘美な声が聞こえてくる。

 

「初めまして刹那さん…で、あってるかしら?」

 

「……盗撮は趣味が悪いですよ」

 

「ごめんなさいね、私本体は弱いから情報線に持ち込むしかないのよ」

 

「でも丁度良かった、あなたにお願いしたいことがあってきたんです」

 

「私もあなたにお願いがあってきたの。お互い、話し合いが目的のようだしどこかで会わない?」

 

「…構いませんよ。ただし、罠などがあればあなたを敵とみなしますので、精々お気をつけて」

 

「フフ、素晴らしい胆力ね。不知火、あなたも来ますか?」

 

 懐から煙草を取り出して吸おうとする不知火に話を振る。

 

「この子の横が今は一番安全だからね、行かせてもらうかな」

 

「嬉しいわ、あなたとも話せるなんて。それじゃあ日付けが変わる頃、誰にも邪魔できない場所。そうねぇ、あべのハルカスで会いましょう。展望台で待ってるわ」

 

 人形はパタパタと小さな羽根を動かして飛び立っていく。

 

「…大体、丁度半日ですか」

 

「てことは、それまでは安全は保証されるってことだね」

 

 不知火は煙草を口に咥えて指先で火を点けて言う。

 

「出来れば今すぐ話したいんですが…まぁ、仕方ないですし、それまで別の情報を集めるとしましょうか」

 

 刹那は神社の階段を降りていこうとするが、それを不知火が肩を掴んで止める。

 

「どうしました?」

 

「いやいや、あれだけ動いたしもう昼時も過ぎてるんだよ? お腹空かないの?」

 

 刹那はスマホを取り出して時計を見やり、分かっている時間を改めて確認する。

 

「いえ、僕は別に…」

 

「まぁまぁ、私はお腹空いたし、折角大阪にいるんだからなんか食べようよ」

 

 ガシッ

 

「うわっ、ちょっとっ」

 

 刹那の手を強引に取り、再び商店街へと向かっていく。

 

 ──ー

 

「非泳者は既にいないんですか?」

 

「最初の頃は何人かいたけどね、最近だと私は見てないなぁ」

 

 流麗な動作で煙草を吸いながら話す。

 

「ポイントの為に狩られましたか、まぁ当然と言えば当然ですね」

 

「そんなことよりさ、君はどんな人が好みなの?」

 

「なんで言わなきゃいけないんですか…」

 

「良いじゃないか、減るものでもないし。ちなみに私はね、強くて可愛い君みたいな純情な子がタイプ」

 

 グイッ

 

「へぷっ」

 

 ずずいと顔を近付ける不知火の顔に手袋で隠れた掌で押し返して遠ざける。

 

「いちいち近いんですよ、少なくとも距離感は大事です」

 

「じゃあ距離感を大事にするよ、他には?」

 

(恵君はどんな感じかな…)

 

 頭に伏黒を思い浮かべ、五条の言葉を思い出しながら曖昧に答える。

 

「はぁ、えっとですね…優しい元ヤン?」

 

「へぇ! 意外だなぁ、ピアスとか開けてる人?」

 

「なんで耳にアクセサリーする人を好きになるんですか」

 

「アッ、そういうのじゃない」

 

 一般的な元ヤンとはだいぶかけ離れた伏黒のイメージに刹那と不知火との常識にズレが発生する。

 

「あとは、覚悟をちゃんと決めれる人…とか?」

 

「なるほど」

 

 ガシッ

 

「私は君の為ならいつでも死ねるよ」

 

 不知火は刹那の手を両手で掴んでキリッとした目つきのドヤ顔で答える。

 

「ハイハイドーモ」

 

 そっぽを向きながら棒読みで答え、刹那は手を払って再び歩き出す。

 

「ホントだよ? 嘘じゃないよー!?」

 

「はいはい分かりましたから。そんなことより、まだ着かないんですか?」

 

「え、とっくに着いてるけど、何処に入りたいの?」

 

 既に飲食店街には入っており、大きなカニの看板や店頭販売のタコ焼き、それ以外にも思わず目を引いてしまう綺羅びやかな景色が広がっていた。

 

「貴方のオススメとか無いんですか」

 

「さぁ? 私だって旅行客だし」

 

 不知火はさらっととんでもないことを暴露する。

 

「…えっ、そうなんですか!?」

 

「あれ、言わなかったっけ」

 

「聞いてませんよ! じゃあ術式は!?」

 

「何だったかな、なんか使えるようになったんだよね…詳しくは覚えてないけど、和服の怪しげな男? がいたのは覚えてるよ」

 

(…てことは脳をいじられた人間?)

 

「何か食べさせられたりしましたか?」

 

「いや別に。男には興味ないから食事なんて行かないし」

 

「そういうことじゃなくて…」

 

「ていうか作る人いないからまともなモン無いね」

 

 不知火は話題を変えてため息をつく。

 

「まぁ確かに、作り置きの物くらいあるといいんですけど…」

 

 二人はキョロキョロと周りを見渡していると、刹那は一つの店を発見する。

 

(いやいや、こんな時に僕は何をしているんですか、最低限の食料で我慢しなければ…)

 

「おっ、エッグタルトか。良いねー、私も好きだよ」

 

 ボゥッ

 

 刹那の視線に気付いたのか、煙草を燃やしてスタスタと店内へ入っていく。

 

「えっ、ちょっと!」

 

 ──ー

 

「刹那は甘いもの好き?」

 

 ジュヴゥゥドロ…コトンッ

 

 流されるままに店内の席へ座り、不知火はショーケースを熱で溶かして商品を取り出し、紅茶を淹れて机に置いていく。

 

「…ここにいる僕が言うのもなんですが、こういうのなんて言うか知ってます?」

 

「さぁ? ランチデート?」

 

「火事場泥棒って言うんですよ」

 

 口では小言を吐きながらも不知火が運んできたタルトを小さく口に運んでいく。

 

「まぁまぁ、細かいこと言わないの。こんなゲームしてるんだから癒やしは必要だよ」

 

「貴方といると調子が狂います…」

 

「えなに、期待していいの?」

 

「そういう意味じゃないです」

 

 空いた腹を満たし、再び少しでも情報を集めるために適当に目立つように歩き出す。

 

「忙しないねぇ、どうせすぐに会えるのにそんなに焦る必要があるの?」

 

「まだです、僕の目的はもう一つありますから」

 

 刹那の今回の目的は二つ、一つ目は百点を持つ仲見世心との接触、ないしルール追加の要求。

 

 もう一つは千年前の術師からの情報収集。

 

(羂索との関わりが絶対にあるはず、しかも大阪には仲見世以外にも高ポイント保持者がいる。その術師は千年前の術師の可能性が極めて高い…)

 

「あっ! ほらお城があるよ、疲れたし休んでいかない?」

 

 不知火を無視して暫く歩いていくと、術師同士が争った形跡が見られる場所へと辿り着く。大阪城が間近に見え、呪いの気配が蔓延するなど、高専に近い雰囲気を感じるその場所へと足を踏み入れる。

 

 爆弾のようなもので無差別に破壊した跡が見られ、薄いながらも血の匂いがこびりついていた。

 

「残穢が複数ある…もし、これで戦った相手が単体で勝ったのなら…」

 

 探す必要もなく、目的の人物は不自然に暗い公園の中央から姿を現す。

 

「去ね、某に女児を痛ぶる趣味は無し」

 

 男は古い口調で警告してくる。180程度の長身。口元までの黒い鎧と紅い兜に眼だけが見える面をしている。

 

「…ビンゴ」

 

 刹那は自然と笑みを浮かべ、交渉を始める。

 

「その口調にこの惨状。貴方がコスプレ好きで殺し合いが好きな変人でもない限りは、千年前の術師とお見受けしますが、合っていますか?」

 

「左様、しかし馴れ合うつもりはない。そこから一歩でもこちらに踏み込めば敵とみなす」

 

「僕は交渉しに来たんです。貴方が望むものを可能な限り提供します。なので…貴方の点と情報を下さい」

 

 刹那はそう言って呪力を練りだす。

 

「!!」

 

 男の纏う雰囲気が一変し、同時に呪力を練りだす。

 

「フッ…フッフッフ、ハッハッハッハッ。感じる、感じるぞ、濃厚な死の味を。よもや、戦場と同じ死の味を現世で味わうことになろうとは」

 

 パンッ、ズルゥゥッ

 

「所望するは貴様との血湧き肉躍る死合ッ!思う存分に呪い合おうではないか、大海を知らぬ蛙よ」

 

 紫龍は手を叩き、ゆっくり手を離していくとそこから薙刀が形成される。

 

「手伝おうか?」

 

「いえ、これは僕の問題なので」

 

 ザッ、ボゥンッ!! 

 

 刹那も刀に手をかけながら一歩を踏み出す。その瞬間、足元から煙が巻き上がる。

 

「武芸百般、罠術。戦いは既に始まっているのだ」

 

 パンッ、ギリリ…ドシュシュッ! 

 

 バキキッ! 

 

 薙刀を手放して紫龍は手を叩き弓を形成し、早業で矢を五本つがえて煙の中へと撃ち込む。

 

 なんの反応も見せず、戦いは決したかに見えた。

 

「フンッ、他愛ない。そこのお前はこれを見て死地へと踏み込むか?」

 

「アンタこそ目大丈夫か?」

 

 煙草を呑気に吸いながら目も合わせずに不知火は答える。

 

「奇襲からの矢五つの同時速射、小娘に防げるはずも──」

 

 ブワァッ! 

 

 煙が刀によって払われ、そこからはもう片手で尖端の斬られた矢を五本持っている刹那が現れる。

 

「防げるはずも…何でしたっけ?」

 

「…やりおる」

 

「ほーらね」

 

 弓を放り、手を再び合わせて刀を形成する。

 

 死滅回遊泳者 南雲紫龍 得点65

 

 宿儺と術師の全面戦争の際、ほぼ全てを犠牲に生き延びた術師。全盛期の実力は現代のものさしで特級を含むニ級以上の呪霊、157体を"個人"で相手取り勝利する。現代においても、まごうことなき強者。

 

「では、続けるとしようか」

 

「時間は取らせませんよ」

 

 二人は改めて得物を構えて向かい合った。




次回、激突!紫龍VS刹那
はい、てことでね、不知火さん、実は主人公になるかもしれなかった人物です。
性格はちょっと大人しめだけどレズビアンになる予定は若干ありました。
でもなんか違うなぁってなってなってこうなったわけです。
漏瑚と戦わせて「ぬるいな、業火ってのはこうだろ?」とか言わせるつもりでしたw。
次回もほぼ出来上がってるのでぜひ楽しみにお待ち下さい!


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第五十七話 武芸百般、舞いましょう

お気に入り登録700人突破&UA数八万突破ありがとうございます!!
確認してみてふと疑問だったんですが、なんで四話だけしおりの数あんなに多いのかなと。よければ教えてくださいませんか?


 二人は向かい合って得物を構える。

 

「時間は取らせませんよ」

 

 パサッ、ヒュインッ

 

 刹那は眼帯を外して刀を一度振って構え、矢を放り投げる。矢が落ちる短い間にもう片方の手も刀に手をかけ、本格的に臨戦態勢になる。

 

 …パキッ、ギインッ!! 

 

((速い!!))

 

 矢が地面に落ちると同時に互いの刀がぶつかり激しい火花を散らし、その瞬間にお互いの力量を推し測る。

 

 ギギギ…カクンッ、ヒュインッ! ダンッ

 

 紫龍の重たい一撃を刹那は二刀で受け止めて押されるが、その姿勢を膝を抜いて崩し、その場で横に回転して胴に斬撃を繰り出す。紫龍は後ろに飛び退きそれを避けるが、刹那は術式を発動させて追撃に兜に蹴りを繰り出して着地する。

 

 ゴインッ

 

「フブッ! ヌウッ!!」

 

 ブゥンッ! ドゴォッビキキッ

 

 紫龍は刀を刹那に向かって振り抜く。それを刹那は柄を刀の腹に当てて逸して避けるが、その怪力によって地面に深い亀裂が出来上がる。

 

「ガラ空き」

 

 ガッ、ヒュォッ。フッ

 

 地面にめり込んだ刀を踏みつけ胴を狙って刀を振るうが、踏みつけた刀は突然に姿を消して斬撃は手前に逸れる。

 

 パンッ

 

 同時に紫龍は手を叩いて開き、金砕棒を形成する。

 

「頭がガラ空きだぞ」

 

 ブォンッ!! ギュルッキキンッ、ドォッ! 

 

 振り下ろされると同時に刹那はその場で後ろに倒れながら半回転して狙いを合わせ、金砕棒を二刀で横に斬り飛ばす。そのまま低く跳んで体勢を直し、間髪入れずに跳び上がってドロップキックを繰り出し、腕で受け身を取りながら跳ねて距離を取る。

 

「ムゥ、大した腕だが如何せん軽いな。その程度では鎧の下には響かんぞ?」

 

(この人…鎧を着てるのに凄く速い。さっきのだってかなりの速さで振ったはずなのに一度躱された。しかも刀で地面に亀裂が走るほどの膂力…強い)

 

(この女児、もしや俺と同じか? これ程までの剣と戦闘の才覚、そうはいまい…強いな)

 

 刹那は鋼鉄を思い切り蹴ったような痛みが足を襲い、ビリビリと痺れるような感覚になる。

 

 紫龍はダメージは軽微なものの、想像以上の剣撃に焦りと共に闘争心が湧き上がる。

 

 パンッ、ズルゥッ

 

 紫龍は金砕棒を放って手を叩き、次は三叉の槍を形成する。

 

「武芸百般、槍術」

 

「武器を自在に扱うのが貴方の術式。でも一度に一つずつしか使えないんですか? 大した驚異には感じません」

 

「生憎と、某が得意とするのは乱戦ゆえ」

 

 ヒュンヒュンヒュンヒュンッッッ

 

 槍を身体の周りを這わせながら華麗に回し、土埃が舞い出す。

 

「……」

 

 ドヒュンッ!! 

 

 砂埃で姿が朧気になる瞬間に槍が投擲される。

 

 ガシッ、クルンッザクッ

 

 刹那は空中で槍を掴み、そのままの勢いで地面に突き刺して砂埃の中に入っていこうとする。

 

(僕に視界の妨害は意味を成さない、攻めるなら今っ)

 

 ダッ! 

 

「武芸百般、砲術」

 

 しかし、一瞬晴れた砂煙の下部では大砲を構えた紫龍が刹那の足元に狙いを定めていた。

 

「!!」

 

「吹き飛べ」

 

 ボゥンッ! ドゴォォンっ!!! 

 

(…なんと。真、見事なり)

 

 紫龍がそう思うのも当然。刹那は大砲が撃たれた瞬間、大砲が地面に当たる僅かな時間で砲弾を踏み台にし、爆風と蹴った威力で一瞬にして紫龍の頭に掴みかかっていた。コンマ一秒でもズレれば身体が吹き飛ぶ威力を、あろうことか攻撃に転用したのだ。

 

「やっといいのが入る」

 

 メショッ、バキィンっ! 

 

「フグォゥッ」

 

 刹那の膝蹴りと共に面が割れて素顔が現れる。仰け反り、その隙を見逃すはずなく連撃を叩き込む。

 

 キンキンッバキィドゴォッゲシッドガッドドドッ

 

「ブグッ! オォゥッッ! ァァオッ!」

 

 兜を斬り刻み、着地して跳びながら顎を蹴り上げ、そのまま踵落とし。いずれもノーガードで完璧に入る。

 

(この人は殺せない。参加理由が分からない以上は殺したくないのもあるけど、高得点が惜しい)

 

 刹那は瞬時に納刀して再び跳び上がり、顔面を横に蹴り飛ばした後、頭を掴んで滞空時間を延ばし、そのまま殴打していく。

 

 バキッドゴッベギィッバゴンッドゴゴッバゴゴゴッ

 

(この女児、止まらんッ動く隙もないッ! これでは武器の生成も叶わんッ! これ程までの猛者が現代にいようとはッ!!)

 

 素顔が半分見えている顔面を重点的に狙い、動こうとするたびに右眼と持ち前の思考能力で動かそうとする腕や足の関節を攻撃して動きを止める。ゲームのハメ技のようなものが始まっている。

 

「ぬぐぉっぅ!! ぉぉっ!?」

 

 刹那の怒涛の連撃を喰らい、甲冑にもヒビが入り始める。その時、両泳者のコガネが声を上げる。

 

「殺し合いの真っ最中申し訳ねぇなぁ!!」

 

「ルールの追加報告でござるよ!!」

 

「「泳者によるルールの追加が行われました!! 総則10! 泳者は他泳者に任意の得点を譲渡出来る!!」」

 

「「!!」」

 

(誰かがやってくれましたか…あれ、でも)

 

(得点の譲渡だとっ!? イヤ、だとしてもっ!)

 

((今の状況は大して変わらないな(!?)))

 

「ぐぉっぅうぅぅッ!! 武芸ひゃっバブッ」

 

 唸り声を上げながら術式を無理矢理行使しようとするが、肘打ちを鼻面に喰らい停止する。

 

「タフですね…気絶してもおかしくないんですが」

 

 ズズズッ…

 

 刹那は痺れを切らして術式を使おうとする。

 

「話すのは後からでも遅くないか」

 

「ぬぅぅぅっッフンッ!!!」

 

 ベギィッガギンッ

 

「痛っ」

 

 ゴロゴロゴロゴロ! 

 

 紫龍は壊れた甲冑を無理矢理剥ぎ取り、刹那の蹴りに合わせて脛に叩きつけて横に転がり、危機を脱する。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 身体中に青痣と所々の血の跡を作りながらも体勢を建て直す。

 

(タフだ…あれなら悠二君でも気絶するのに)

 

「まだやるんですか」

 

「プッ!」

 

 パンッ

 

 口の血を吐き出して手を叩き、刀を生成する。

 

「命令だ…退け」

 

「今更そんな警告に意味がないことは分かっているでしょう…っ!?」

 

 ズンッ

 

 答えた瞬間、紫龍の刹那を見据える眼が変わり、重い空気が一瞬にしてその場を制する。お互い刀を構えて完全に動きを止めた。紫龍は仕掛けた、お互いの消耗戦を。

 

(なんて覇気、僕が迂闊に踏み込めない。これが呪術全盛の術師による本物の殺気、やっぱり、踏んできた死地の質が違う…)

 

 剣においての一つの境地、相抜。

 

 実力が拮抗し、互いの死地が重なった時、両者が打ち込めず打ち込まれない状態を指す。

 

 剣気で互いの身体を包み精神を斬りあう、剣を使わぬ剣技。

 

「……やってやろうじゃないですか」

 

 ズァッ!! 

 

「!!」

 

 刹那は術式を発動し、二刀で虚空を交差に斬る。そしてそのまま死の重圧を感じさせぬ足取りで歩き出す。

 

(天晴ッ!!この死地をも乗り越えるとは!!)

 

「凄まじい剣気…僕も殺す気で行かなければ」

 

 刹那は生半可な覚悟では動くことすらできないのを悟り、殺気を漏らしだす。

 

「フッ!!」

 

 ブァッ

 

 紫龍は刀を刹那に向けて振るうが、その瞬間に靄が身体を覆い尽くす。

 

 紫龍は全身を呪力で包み込んで強化し、直接の被害を免れるが、それを引き金として刹那の猛攻が始まる。

 

「なんという濃密度の呪力っ…!!」

 

(息がっ!?)

 

 靄の中で酸素は消え、真空が作り出される。

 

(脱出ッ抜けなければッ!)

 

 ダンッツルッ

 

 靄から抜け出そうと踏み込んだ瞬間、まるで氷の上を踏んだように盛大に転び、そのまま滑っていく。

 

(なんだこの術式はっ!?)

 

 靄から出た瞬間に突然停止し、顔を上げると刹那が刀を構えて待っている。

 

「ゥオウッ!?」

 

 ギィンッ!! キキキンッ

 

 刀で一度防ぐも、あっという間にバラバラに斬り刻まれ、紫龍は至近距離で柄を投擲する。

 

 ブンッカインッ

 

 パンッボゥンッ

 

 その間に煙玉を地面に叩きつけて抜け出し、再び弓を生成して全力で後退しながら狙いを定める。しかし刹那の姿は無い。

 

(逃げた!? いや、残穢を追え…!)

 

 視線を集中させて気づく、残穢は目の前で途切れている。

 

「──目の前っ!」

 

 ドシュシュッッ!! 

 

 バキキンッ!! 

 

 矢は虚空を過ぎていき、その瞬間に足元に低位で構えていた刹那によって腕と足の甲冑が斬り刻まれる。

 

「硬すぎっ…」

 

 ダォンッ! 

 

 紫龍は跳び上がって距離を取り、難を逃れると同時に手を叩く。

 

 パンッ、ズルゥッ

 

「!!」

 

「貴殿のような強き呪術師に出合い、呪いあえたこと、我が魂に刻もうぞ」

 

 紫龍は刀を二つ生成し、真正面からの斬り合いに持ち込む。呪術全盛を生き抜いた兵と、現代へと還った阿頼耶識家最強の真っ向勝負。

 

「ヌゥゥゥゥゥゥァァァァアアアアア!!!」

 

 フォンッヒュンッギュンギュンギュンッッ!!! 

 

 ギィンッガンッヒュンッギィンッバヅッ

 

(まるであの時の…いや、あれよりは遅いか)

 

 プツッブシッ

 

 凄まじい速度の二刀で刹那を斬りつけ、そのスピードは上がっていく。それに呼応するように避け、いなしていく刹那の身体にも僅かに小さな傷は出来ていく。しかし、術式や策を捨て、正面からの斬り合いに持ち込んだ時点で紫龍の負けは確定していた。

相手は稀代の剣才なのだから。

 

(何故ッ、何故当たらんッ!? まるで先が見えているかのよう…なっ)

 

 キュインッ

 

 羽虫一匹通れぬような剣撃の中、針に糸を通すかのように、酷く静かに紫龍の腹は二本の紅い軌跡を描く。半回転しながら腹に左一文字。腹から血が吹き出し、紫龍の剣撃は乱れる。

 

 ブシュゥッ

 

「ゲボッ…まっダァっっ!!」

 

 キンッキィンッ、ザンッザンッッ! 

 

 腹に深い斬撃が刻まれ、血を吹き出したにも関わらず、倒れることなく刀を振りかぶる。しかし、刀を振り上げてから振り下ろす、その僅かな時間。逆袈裟斬り、軌跡をなぞるように袈裟斬り、横半分に一文字、下腹部から真上と真下に斬り上げる。文字通り、二刀による刹那の斬撃。

 

 ブシュゥゥッ!! 

 

 鎧は完全に破壊され、肉体に直接斬撃が加えられる。

 

 ガクッ

 

 滅多斬りにされ、尚も立ち上がるために二刀を地面に突き刺し己の限界を否定する。

 

「まだ負けておらぬ…まだ、某は…!」

 

 キキキンッッ…ドサッ

 

 目の前で刀をバラバラに斬り刻み、紫龍は地面に倒れ伏す。そして刹那は倒れた紫龍の首を二刀で挟む。

 

「凄い身体してますね…鎧の上からとはいえ、ここまで刃が通らないなんて」

 

 南雲紫龍、呪術全盛の時代においても間違いなく強者に分類され、現代においても完成された強者に分類されるであろう術師。しかし、相手は五条悟、乙骨に並ぶ現代の異能…相手が悪すぎた。

 

「…某の敗け、か。この首、貴殿にくれてやろう」

 

 ガシャンッ

 

 紫龍は刹那の刀を力無く掴んでどかし、鎧を脱ぎ捨ててその場に胡座をかいて首を差し出す。

 

「殺しませんよ、最初に言ったじゃないですか」

 

 ポゥッ

 

 刀を納めて眼帯をつけ直し、反転術式で紫龍の怪我を治していく。

 

「反転術式か…貴殿、歳は?」

 

「?十六…」

 

「フッ、ハッハッハ。若いのに大した術師だ。某の完敗よ」

 

「そんなことないと思いますけど…僕も怪我してますし」

 

「謙虚よのう、手を抜いていたクセして。良いだろう、某が知りうる情報ならば何なりと話そう」

 

「随分あっさりですね。拷問くらいはするつもりだったんですが」

 

「某は貴殿の情けにより生かされた。これ以上の恥を晒さぬよう、せめて勝者に従うのみよ。それに実は…某もまだ死にたくはない」

 

「生き汚いのは良いことです、命あっての人生なのですから」

 

「ふむ…名を、聞かせ願おう」

 

「…阿頼耶識刹那です」

 

 パンッ

 

 怪我を治し終え、紫龍は立ち上がるとその場で縛りを結ぶために小刀を生成して刹那に手渡す。

 

「某は阿頼耶識刹那にこれから先、敵対することはなく一切の情報を打ち明けることを誓おう。証だ、受け取れば縛りを結んだことにする」

 

「…なんとも古風な、この小刀どうすればいいんですか」

 

「手から離れれば勝手に消える。任意でも可能だがな」

 

 小刀が消えるのを見届けると、ガサガサとビニール袋の音を立てながらいつの間にか消えていた不知火が帰ってくる。

 

「ただいま~色々買ってき…た…」

 

 バジュンッッ

 

 不知火は戦闘が終わり、やたらに距離が近い二人の姿を見て術式を発動させ、紫龍と刹那の間に細い熱線を撃って引き剥がす。

 

「何気安く人の女に手ぇ出してんだ?」

 

「いや僕貴方のものじゃないんですけど」

 

「あぁ可哀想に! 所々ボロボロじゃないか!」

 

 話を聞かずに刹那の頬を掴み、身体をベタベタ触って確認する。

 

「いや今から治して──」

 

「おいこらヘンタイ真っ黒鎧巨人!」

 

「珍妙な呼び方をするでないわ」

 

「今すぐどっか行け!じゃなきゃ燃やすぞ!!」

 

「ちょっ、困ります!まだ何も聞けてないんですから!」

 

「縛りを結んだゆえ、それは出来ぬ話」

 

「じゃあお望み通りに燃やしてやるよ 」

 

 ズァッ

 

 不知火と紫龍は互いに睨み合う。しかし、刹那の呪力の靄によって両者の視界が暗転する。

 

「うわっまたコレっ!?」

 

「ムゥ…」

 

 パンパンッ

 

「ハイ終了、無駄な血を流すのはやめてください」

 

 ビシッ

 

「あ痛っ」

 

 手を叩きながら術式を解除し、不知火にデコピンする。

 

「燐さんも落ち着いてください、敵対した術師が呪い合うのは当たり前なんですから」

 

「今なんて言った?」

 

「?呪い合うのは──」

 

「違うくて名前! 呼んだよね!?」

 

「えっあぁ、呼びましたけど…?」

 

「もう一回! もう一回呼んでくれたらお姉さん機嫌直っちゃう!」

 

「えっと…」

 

「埒が明かぬ、好きにさせれば良いのではないか?」

 

「…燐さん。これで満足ですか」

 

「うんうん、甘美な響きだ。お姉さん機嫌治っちゃった」

 

 さっきまでの威圧感はまるで消え失せ、刹那に横から抱きつく様子は、飼い主が帰ってきた犬を彷彿とさせる。それを見た二人は呆れてため息をつくしかなかった。




平安の侍ってこんなんであってる?、、、まぁいいか、結構好きなキャラではあります。


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第五十八話 魂人形

久し振りの投稿です!
この前の話の読者数を見て、、、、自分は醜いんだなぁって感じます。
大分減ってしまって評価ばかり追ってしまっていて自己嫌悪に落ちてる次第です。完結は絶対にするのでご安心ください!


「じゃあ、少し遅れましたが情報をお願いします」

 

「そのことなのだが…実は某、ほとんど何も知らぬのだ」

 

「別にこの結界内のことでもいいですし、羂索に関することは出来ればで構いませんよ」

 

「結界は死滅回遊が始まり、ここから大して動いてないから分からん。羂索は某の死の間際に生きたいなら呪物になりこの遊戯に参加しろと言ってきた男だ」

 

「…え、ほんとにそれだけですか?もっとこう…術式とか、羂索の真の狙いみたいのは…?」

 

「うむ、他の者は某が始めの頃に戦ったのを見て寄り付かなくなった、羂索のことも全く知らん!」

 

「……そんなぁ…」

 

 激戦で得られた情報が酷く意味のないもので、情けない声を出してガックリと肩を落とす。

 

「あれだ、その、すまない」

 

「使えないおっさんだなーアンタ」

 

「…代わりと言っては何だが、某に可能なことであれば協力しよう」

 

「今の得点を全員足しても百に届かない…やっぱり交渉に行くしかないのかな…」

 

「まぁまぁ、アイツは話結構通じるし、理由話したら意外とあっさり協力してくれるかもよ」

 

「…それに賭けましょうか。あと八時間…。ふぁ…」

 

 流石に疲れてきたのか、無意識にあくびをかいてしまう。

 

「刹那殿が寝ている間、某が見張りをしよう。休むといい」

 

「…心遣いは嬉しいですが、遠慮します。今は休んでる暇は無いので…僕は少しでも友達に報いなければいけないんです」

 

 刹那は術式で無理矢理眠気を無くして歩き出す。

 

 しかしそれを許さないと言わんばかりに不知火が刹那の後ろ襟を掴む。

 

「はいストップ、そういうのはお姉さん良くないと思いまーす。なのでお休みしましょうねー」

 

 そのままズルズルと刹那を引きずりベンチに座らせる。

 

「ほら、膝貸したげる」

 

 ポスッ…

 

 不知火は隣に座り、無理矢理膝の上に刹那の頭を乗せる。

 

「…テコでも動かないつもりですね」

 

「まーまー。子供は固いことばかり考えてないで、少しは息を抜きなよ。子守唄でも歌ってあげようか? 歌は自身あるんだよね」

 

「気持ちだけで充分…ですよ……」

 

「え、寝た? はやー」

 

 刹那は規則的に呼吸をしながら動かなくなる。

 

「………」

 

「不知火といったか」

 

 壊れた鎧を直すために回収した紫龍は不知火に話しかける。

 

「なにさ、お昼寝デートの邪魔しにでも来たの?」

 

「刹那殿は貴様を信用しきっているようだが、某はそうは思わん。貴様…何が目的だ?」

 

「…さぁ、ね。私は本心しか言ってないよ。覚えときな、イイ女には秘密がつきものなのさ」

 

 思わせ振りに不知火は妖しく微笑む、それを見て紫龍もこれ以上聞き出すのは不可能と悟り、鎧の修理に取り掛かる。

 

 ──

 

 午後十時三十分

 

 刹那と不知火は目的の場所へと出発していた。

 

「…紫龍さんはなんでついてきてるんですか?」

 

「言ったであろう、協力はすると。それに某、あんなのに好かれる不幸体質の貴殿といると、次はどんな面妖な強者に出会えるか楽しみなのだ」

 

(自分がその"あんなのに"含まれてる自覚あるんでしょうか…意外に自由だ、この人)

 

「私と刹那の真夜中デートの邪魔すんな、せめてビルには入って来んなよ。来たら燃やしてやる」

 

 いがみ会う二人を横目に刹那は冷静に判断を下す。

 

「そうですね…敵対されたと見られても面倒ですし、ついてくるなら入り口か少し離れた所で待機しててほしいです」

 

「某が勝手についていったのでは駄目なのか?」

 

「向こうから見たら一緒です」

 

「なるほど、心得た」

 

(助けて皆…変なのに懐かれました…)

 

 心の中で友達に助けを求めながらそれを顔に出さずに進んでいく。

 

「意外に呪霊少ないんですね」

 

 不知火の炎を明かり代わりに進んでいきながら呟くと、シンプルな答えが返ってくる。

 

「いや、餌は捕食者に襲い掛からないでしょ」

 

「まぁ、それは確かにそうですね」

 

 二人の怪物が不知火の横を歩いている、漏れ出る呪力だけで低級の呪霊は怯えて大人しくなっている。

 

「…お、見えた。あれが目的地だね」

 

「うわ…高い…」

 

 遠目からでも分かるほどの高さ、日本最大の高さを誇るビル。あべのハルカス。

 

「中はどうせもぬけの殻さ、呪霊が沢山いるだけ。自分の所まで来れるかどうかっていう試験みたいなもんでしょ」

 

 ボゥッ

 

 不知火はライターで火を点けたタバコをふかしながらヘラヘラと笑う。

 

「外側登っていくのはありですかね」

 

「ダメダメ、私が登れないし」

 

(別に置いていっても問題ないんですがね)

 

「……ふむ、早く行かなくていいのか? 約束の刻まであと少しなのだろう?」

 

「別に時間はまだありますけど…まぁいっか。行きましょう」

 

「はいはーい」

 

 刹那は不知火と共に中に入っていき、紫龍は入り口で待つことになる。やがて姿と話し声が聞こえなくなる。そこに現れる一人の来訪者。

 

「…もう隠れる必要などあるまい、出てくるがいい」

 

「ふーん、おっさん俺に気付くとか中々やるやん」

 

 厳ついピアスをつけた髪を朱く染めた男が大阪弁で話しながら夜の闇に紛れて現れる。

 

「貴様、我等を尾けてきていたな。刹那殿も気付いていたろうに、無視するのは何故だろうな?」

 

「知らんわ、気づいてなかったんとちゃうん?」

 

「憐れよのう、そこらの虫と同義に見られてるのだろうよ」

 

「その虫に負けるあんさんは何やろな? その辺のゴミと変わらへんのとちゃう?」

 

 二人はお互いに独自の見解を話して呪力を練りだす。

 

 ズズズッ…

 

「後悔するで。この白糸様が殺したるわ」

 

「死の体感ほど生を実感する瞬間などあるまい、遠慮はするな。どんとこい」

 

 白糸は呪力を練り、背後に十六体の式神を生み出す。

 

「ほう?」

 

「チェスって知っとるか? 六種十六体の駒を使って相手のキングを追い詰めるゲーム、アンタは駒のいない裸の王様、負けは決まりや」

 

 ズズズッ

 

「……」

 

 重い音を立てながら式神達は動き、それを静観していた紫龍はあからさまにつまらなさそうに言葉を発さない。

 

「なんや? 負けが分かったから諦めたんか、あないな大口叩きよってからにやっぱり──」

 

 トンッ

 

「負け…は?」

 

 白糸の目の前には既に紫龍が立ち、白糸の肩を叩いていた。

 

「ふむ、貴様程度の呪力でこの数は賄えるはずもあるまい。一番後ろで鎮座し、動かんということは、げぇむとやらから察するに術者は動けない縛りでもあるのか?」

 

「くッ、クイーン!! 引き離せ!!」

 

 ドンッ!! 

 

 チェスにおいて最強の駒、クイーン。この式神は呪力出力だけならば一級以上にもなりうる駒。その駒の攻撃を、紫龍は片手で受け止めて余裕の提案をする。

 

「まぁ待て、折角なら貴様の舞台にあがってやろう。なに、元々先手は譲るつもりゆえ気にするな」

 

 スタスタと歩きながら紫龍は喋り、最初の位置まで戻る。

 

(落ち着け、ビビるな、術式かなんかやろ。でなきゃチャンスを棒に振るわけがあらへん!! 近づかせない、その前に全突撃でぶち殺す)

 

「さて、ここでいいか」

 

 カシャンッズズズッ…

 

「今殺さなかったこと後悔するで、次は確実に…殺…!?」

 

 白糸はあまりの衝撃に自身の目を疑う。それもそのはず、何故なら白糸の目の前に現れたのは十七人に増えた紫龍の姿だったからだ。

 

「なっえっそんな…どういう術式だよてめぇはぁ!!」

 

「これが某の術式、戰場よ」

 

 紫龍の術式、[戰場]の真価は集団戦にこそ発揮される。武器を生成するのはあくまでもサブ効果であり、本来の術式は相手の数に応じて全く同じ自分を生成するというもの。これこそが個人で戦争を引き起こせる彼の術式の本来の姿。

 

「限定的な状況下ではあるが、一度発動すれば貴様が死ぬか某が解除するまで止まらない」

 

 ギリリィ……

 

 十六人、本体以外の全員がそれだけの弓をつがえる。八十本の矢が白糸に向けられる。

 

「やっ、止めっ…!!」

 

「放て」

 

 バシュシュシュシュシュシュシュシュシュ!!!! 

 

 ドドドドドドドッッッ!!! 

 

 式神は一瞬にして蹂躙され、同時に多数の紫龍も消えていく。しかし、状態は文字通りのチェックメイト。丸裸のキングに自らを守る術はもう無い。

 

 ガクッ

 

 白糸は膝を着き、負けを認めるかのように手を上げる。

 

「何だ、つまらん」

 

 武器を生成しながら白糸に向かって歩いて近づく。

 

 目の前まで来て人思いに首を斬る瞬間、白糸は最後の意地を見せる。

 

「っ!! 変則ルール! ギガチェ──」

 

 バチュンッ! 

 

「む?」

 

 意地を見せようとした白糸の頭は何者かに撃ち抜かれる。そして一人の男とコガネが現れる。

 

「五点が追加されました」

 

 大きめの灰色のコートに真っ黒な短髪、手に握られた拳銃と静かな瞳はその冷徹さを物語る。

 

「…ふむ、某と同じだな」

 

「…分かるのか」

 

「殺しや呪いに対しての貴様の目が他と違うからな」

 

「なら話は早い、そこ退きな」

 

「悪いがそれは出来ぬ、せめて理由は話せ」

 

「……阿頼耶識刹那っているだろ?」

 

「いるな」

 

「そいつ殺そうと思って」

 

「理解に苦しむな、貴様は刹那殿のなんなのだ?」

 

 紫龍は問う、その回答は誰も予想だにしない衝撃の一言。

 

「俺は阿頼耶識繊、九代目阿頼耶識家当主だ」

 

「ほぉ〜…それが本当だとして、だ。なおのこと理解できん、何故刹那殿を狙う?」

 

「それアンタに関係あるか?」

 

 至極真っ当、赤の他人の紫龍に話す理由は繊には無い。

 

「無いな。が、興味本位と忠告のつもりだ」

 

「あ"? 忠告? なんの?」

 

「何故命を投げに行くのかと不思議に思ってな」

 

「…は? 俺が死ぬ?」

 

「うむ、戦えば貴様は負けるぞ、確実に」

 

「オイオイ、本気で言ってんのか? 俺は九代目当主だぞ? 昔と今じゃ術師のレベルが違う、俺が十歳そこらのガキに負けるって?」

 

「お前からは死の味がせん。それだけで戦う価値はない」

 

「何だ、俺よりお前のが強いとでも言いたいのか?」

 

「…? 逆に何故勝てると思った?」

 

 紫龍は煽るかのように声のトーンをあげてそう言い放つ。

 

「上等だ、お前を殺して証明してやるよ」

 

「ならば某からの忠告だ。去ね、某に弱者を嬲る趣味はなし」

 

 ──ー

 

「いやー、すっかりお化け屋敷みたいだねー」

 

 ビル内部へと入っていった二人は階段が壊れていたため、迂回して登れそうな場所から階層を登っていた。

 

「六階…間に合いますかね」

 

「のんびり行こうよ、道中の露払いはしたげるから」

 

 ゴォォオッ! 

 

 低級の呪霊しかいないため、軽々と術式で祓っていく。

 

(普通に術式を使えてる…ニ級か、準一くらい?)

 

「その術式、誰かに教えてもらったんですか?」

 

「んー、というよりは、一応これでも科学専攻だからね。火の扱いならお任せあれってわけ」

 

「燃やしすぎて酸欠になっても知りませんよ」

 

 道中の物や床もろとも気にせずに燃やしていく不知火を見て別な意味の不安感があるが、それとは裏腹にたんたんと階層を登っていく。

 

 百貨店のフロアを超え、業務関係のオフィスまで到達する。既に半分以上を上り終え、やっとのことで壊れていない階段を発見し、そこからさらに展望台へと上っていく。

 

「ゼェ…ゼェ…やっと着いた…」

 

「もう少しですからもうちょっと頑張って下さい」

 

「体力凄いね君…煙草やめようかな」

 

 息を切らしながら不知火はスタスタと歩く刹那の後を追う。

 

「!」

 

 展望台へと近付いてくいと、一体の小さな西洋人形が会釈をして案内を始める。

 

「ついてこいってさ」

 

「……」

 

(傀儡操術かと思ったけど違う…この人形、なんで色があるんだろう)

 

 刹那は案内する人形の後を追いながら目の前の人形の異様さを改めて理解する。

 

 全面がガラス張りになったそこは、ガラスに反射しないように本来の役割を充分に果たさぬ照明により暗く、響く音もどこか悲しげに満たされている。

 

 カタカタと木材の音を立てて歩き、やがてその音は止む。人形が止まった先にいたのは、三人分の椅子と机が並ぶ中、その一脚に座り、ほとんど灯りを失った、何も見えぬ大阪の景色を見つめる女性。

 

「いらっしゃい…阿頼耶識刹那さん」

 

「貴方が仲見世心さん…ですね」

 

 薄暗い照明からでも分かるような落ち着いた出で立ち。フワリとしたスカートに三編み、フレームのない眼鏡をかけて見る者全てに優しく微笑むような雰囲気を纏っている。

 

「呪術師なら、警戒するのもされるのも当然のこと。椅子は用意したけれど、どの距離で話すのかは貴方の自由よ」

 

「いえ、ご心配には及びません。僕は交渉に来たんです、呪い合いをするために来たんじゃない」

 

 刹那は堂々と目の前の席に座り、不知火は仲見世の隣の席へと座る。

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

「あらら、やっぱり気付いてたんだ」

 

「そういうのもいると思っていましたし。会ったことがあるとはいえ、身内口調過ぎます」

 

「あちゃー」

 

「おっちょこちょいね、相変わらず」

 

 クスクスと口元に手を当てて笑う仲見世は、本題を切り出して指を組む。

 

「さて、交渉だったかしら? 不躾に呼んだのは私の方だし、お先にどうぞ」

 

「では…単刀直入に言わせていただきます。貴方の百点を使わせてください」

 

「理由を聞いても?」

 

「僕の大切な…友達のお姉さんが死滅回遊に巻き込まれてます。なんとかして死滅回遊から抜けるルールを追加してたいんです」

 

「となると、昼間のルール追加も貴方のお友達がやったのね」

 

「そうですね」

 

「お友達の為…ね。話は変わるけれど、貴方は死滅回遊についてどこまで知っているの?」

 

「儀式ですよね、結界内の泳者の呪力を利用して人ならざるものへと変えるための」

 

「あら? 貴方、羂索と知り合いなのね」

 

 仲見世は予想だにしない人物の名前を突然口にし、刹那は一瞬硬直して頭を回す。

 

(やはり昔の術師、しかも羂索との関わりがある術師…! 口振りからして紫龍さんより詳しそうだし、話はしっかり聞いておかないと)

 

「その泳者の呪力を利用するっていうの、多分嘘よ。というより、保険に近いんじゃないかしら? だって、各結界の泳者の実力も数もおかしいもの。鹿紫雲や日車みたいな強い泳者が一人いるだけで結界内の均衡は崩れる。まぁ、かくいう私も、その一人には違いないだろうけれど」

 

「確かに…より長くゲームを続けた方が呪力は利用できるはずとは思いましたが、強者だけが生き残って膠着する状況こそが羂索の狙いだとでも?」

 

「そう、これは確信よ。強者だけが残った回遊に、羂索はなにかの爆弾を落として死滅回遊は役割を終えるわ。そして、きっと他の結界内にも同じ考えの術師はいる。その爆弾が何かは知らないし、遠くない未来…今この時にも起こり得る可能性すらある。だから私のお願いは強く、そして信頼できる仲間を集め、点を貯めて備えること」

 

 仲見世は自らの目的を晒し、さらに話を補填する。

 

「そしてその爆弾はもしかしたら、蠱毒のようなこの結界を、さらに他の結界の泳者と戦わせるものなのかもしれない。もしかしたら、呪霊…それ以上のナニカとの戦争の可能性もあるかもしれない。だから貴方の追加するルールのための交渉は…」

 

「点を蓄える……つまり使わせてはもらえない、結果として交渉は…」

 

「「決裂」」

 

 ダンッ! 

 

「火狩呪法、牙炎ッ!!」

 

 ゴッ、ゴォォォ!!! 

 

 静観していた不知火は机を蹴り上げて刹那の視界机で遮り、刹那に向かって超高温の牙を模した炎をぶつける。

 

 キュインッ!! 

 

「炎は僕には効きません、温度のない炎は目くらましにしかなりはしない」

 

 刹那は炎と机を斬り裂き、炎上するトンネルを無傷で悠々と立つ。

 

「いつ抜刀したんだか」

 

「ウフフ。甘いわねぇ、これは呪いあいじゃない。殺し合いよ」

 

 バリリンッ! 

 

 ガラス張りの壁が突如として割れ、外から昼間に見たマネキン達が刹那に向かって襲いかかる。

 

(一体どこにっ、まさか、壁に貼り付いていたのか!?)

 

「ご明察ね、でももう遅いわ…落ちなさい」

 

(この程度っ!斬れば問題ない!)

 

 しかし人形は刹那を狙わずに周りを走り回る。

 

(?…!狙いはワイヤーか!)

 

 ヒュパァンッ! 

 

 人形には鋼鉄のワイヤーが結ばれているのに気付いて斬り落とすが、単純な物量と残ったワイヤーに絡まれて押し切られ、そのまま落下していく。

 

 ビンッ!! ガシッビュオォォ!!! 

 

 マネキンは刹那に掴みかかり、術式の展開が間に合わない刹那は窓からマネキン共々落ちていく。

 

 地上約三百mからの落下、無事で済むはずがない。

 

「あ~あ…好みの娘だったのに」

 

「仕方ないわよ。あんなのと直接やれば確実に負けるし。さ、逃げるわよ。あの子は多分生残るでしょうし」

 

「…ここに上って来る前さ、私が全部呪霊を焼いたんだ。ガラスもひび割れて、ほどよく燃え尽きてる頃だろうさ…バック・ドラフトって知ってる?」

 

「なにそれ?」

 

 ゴッ…ドォォォ──ンン!! 

 

「あらまあ…」

 

「ハハッ、こーいうこと」

 

 不知火は煙草を吸う動作をしながら笑うと階下から想像を絶する爆発音が響き、ビルが揺れる。

 

 ──ー

 

「チッ!」

 

 ヒュッパァンッ!!! 

 

 空中で身体を反らせてワイヤーを断ち切って上を見るが、マネキンが続々と落下してくるのが見え、思考を回す。

 

(まずい、落とされたっ! 一緒に落ちるマネキンのせいで上階との距離を無くせないっ。何処かの階に侵入するしかない!)

 

 クルンッガッバリンッ!! 

 

 刹那は刀を空中に投げ、それを足場にして窓を蹴破ると同時に術式で納刀する。そしてコンマ一秒遅れて理解する。

 

 バックドラフト現象。不完全燃焼により酸素が薄い状態の火災現場にて、急激に酸素を送り込むことで発生する、大爆発のことを指す。

 

 ゴ…ッドォォォ──ンン!! 目の前が業火に包み込まれ、瞬間。刹那は暗黒の世界へと連れて行かれた。




これからも低頻度で投稿していきまーす!
次回をお楽しみに!


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第五十九話 神なんてものーー

実は仲見世は結構強い部類に入ります。現代の一級術師の中でも割りと強い方。



 ゴッドォォォ──ンン!! 

 

 目の前を一瞬にして包み込む業火。熱を感じた瞬間、ほぼ無意識に発動させた術式と血吸による斬撃は遅れながらも間に合い、ビルから落下するという事態は免れた。

 

 しかし、窓が壊れた付近で刹那は一瞬だけ気を飛ばし、血吸を落としてしまう。

 

 ヒュルルル、、、、、、

 

 キ──ーン

 

「、、、、、、、、、、、、、、、ぅゥぇあ、、、ゲホッゴホッ」

 

 ゴロッポゥッ、、、

 

(、、、やられたなぁ、、、呪力はあるから直せるな、、、)

 

 目を覚まして身体を仰向けからうつ伏せに直して窓から離れると、状況を理解して反転術式で身体の傷を治して全快する。

 

「スゥーッハーッ、、、」

 

(よし、まだ動ける。刀、、、でも、得点を使わせてもらえない以上は奪うしかない、、、優先事項は仲見世、逃がすわけにはいかない)

 

「、、、やるしかない、か」

 

 キンキンキンッガラガラッ、タンッタンッ

 

 刹那は立ち上がって階段を使おうとするが、壊れているために直接フロアの天井をビルにダメージがないように、正確に選び壊して上へと上っていく。

 

(外から登るのは危険。得点の変動がないから僕が生きてるのは知られてるはず、、、上に残ってるなら、逃げ場のないこのビルで仕留める)

 

 ヒュッ、ゴンッ

 

「! 、、、やっぱり」

 

 数体のマネキンが武装して刹那に襲いかかる。

 

「邪魔、押し通りますよ」

 

 ギンッキンッ、、、バララッ

 

 全てを一瞬で斬り刻み、再び上を見据える。しかし、途端にコガネが反応する。

 

「四点が入りました」

 

 ピタッ

 

「、、、、、、は?」

 

 仲見世心の術式の正体、靈魂呪法。死した身体から抜ける魂を回収し、人形などの無機物に入れて命令するもの。死に際の後悔や怨恨が深いほど人形に込められる呪力は多くなり、新鮮なほど、生前の状態に近くなる。

 

 刹那の脳裏によぎった、最悪の回答。

 

「まさか、、、回遊に巻き込まれた非術師、、、?」

 

 不意に刹那は通り過ぎた人形を、右眼で見つめてしまう。

 

 無力な者たちの最期の嘆き、幾度も見てきた死の感覚。何度見ても慣れないものは慣れず、弄ぶかのような態度の仲見世に怒りが湧いて出る。

 

 ギリィッ、、、ダァンッ!! ガララッ、、、

 

「本当に、、、僕の心を煽るのが上手い」

 

 手袋越しに刹那の血が滲み、怒りを壁へとぶつける。

 

 ──ー

 

 ドガッべギィッドンッ! 

 

「ほらほらッ! 口先だけか!?」

 

「ふんぬっ!」

 

 ボゴォンッ! 

 

 紫龍が縦に振った金砕棒を横にずれながら回転して躱し、頬へと裏拳を叩き込む。

 

 クルンッドガッ

 

「ムォッ」

 

「痛いだろ? 俺の術式の前じゃ鎧なんて無意味だ。殺す気はねぇ、負け認めて退きな」

 

「フンッ安い拳一つで吠えるでない」

 

(全く、クネクネと戦り辛い手合いだな)

 

 ズンッッバゴォッ

 

 紫龍は地面を踏み割り、目の前にコンクリの壁を作りだす。壁の後ろで武器を生成しようとすると、ニ発の銃弾が紫龍の肩と足に命中する。

 

 バンバンッガクンッ

 

「!?」

 

(何故生身に、、、)

 

「驚いたか? 鎧は無事なのに肉体だけが銃弾に当たる。不思議だろ? 勿論俺が持ってる銃はその辺で売ってるような普通の道具だ」

 

 紫龍は脚をさすりながら立ち上がる。

 

「、、、、、、ふむ、物を通過するのか」

 

「! へぇ、気付いたか」

 

「この厚みの壁を破壊なぞできるわけでもなし。最初の三流術師を撃ち殺した時も、明らかに高所からの狙撃。大方、どこか近くの建物から覗いていたのだろう。正確に当てられるところを見るに、どうやら透視することも出来るようだな」

 

(おいおい、マジかコイツ? 二、三発位しかまだ殴ってないのにもう術式をほぼ看破しやがった)

 

 紫龍は歴戦の術師。戦ってきた呪霊、術師は並の術師の数倍はいる。その優れた洞察力と経験から相手の術式を看破していく。加えて、紫龍は奥の手を残している。

 

「して、どうする? 呪具でないと分かった以上、その短筒は某の呪力の守りを突破はできん、消耗戦で朝まででも戦い続けるか?」

 

「、、、チッ、仕方ねぇ。見逃してやるよ、だから退きな」

 

 紫龍はビルの前で再び立ちふさがるが、纖は無駄を感じて戦いを放棄しようとする。

 

「断る、そもそも通りたいなら通ればいいだろう。その術式で」

 

「あくまで決着つけようってか。仕方ねぇ、少し本気で行くか」

 

 ピッボウンッ! グニャア、、、

 

 纖は札を取り出して地面に叩きつける。その場からは煙を巻き上げて粘土のような式神が出現し、大鉈の形に姿を変える。

 

「いいだろコイツ、俺の好きなように姿を変えるんだ」

 

 ガシャガシャッ

 

「透過するのならば鎧を着る必要はないな」

 

 紫龍は鎧を脱ぎ捨てて槍を構える。

 

(俺の術式は俺以外の生物は無機物を透過出来ねぇ。式神も生物に含まれるからな、自分で肌さらしてくれて助かるぜ)

 

「これは忠告ではない、命令だ。大人しく地に這え、さすれば見逃してやろう」

 

 ズンッ!!! 

 

 紫龍は一際低い声のトーンでそう言って死の重圧を強制する。

 

 紫龍は縛りを付している。一度目は忠告、自ら先手は絶対にとらず、向こうが敵対するのを待つ。そして奥の手、忠告を無視した者には命令し、断ったときも同様、縛りによる身体能力の強化が行われる。

 

「ほざけ、お前みたいな鈍い術師、一瞬で刻ん──」

 

 ヒュッッ

 

(!! 速──ー)

 

 ドフッ! 

 

 鎧を着た状態で刹那に速いと言わしめる紫龍が遅いはずはなく、さらに縛りでも強化されている。纖は自らの読み違いを痛感する。

 

「ほぉ~、貴様の服は破れたが体は槍をすり透けた。しかも、微かに肉の感触があったぞ」

 

 飛び退いた纖は途端に冷や汗を滝のように流す。

 

(あと三寸ッ! あと三寸近ければ俺の身体には穴が空いていた!! 槍をすぐ抜いてくれたから後ろにも跳べた、幸運だ! つかあの速さ、さっきまでは手ぇ抜いてやがったのか!!)

 

 纖は腹を抑えながら思考を巡らせる。

 

「しかしどうしたものかな、すり抜けてしまうのでは倒しようがない」

 

(まだ術式の弱点には気づいてない、、、畳み掛けるのなら、今!!)

 

 ガジャンッ! ドゴォッ

 

「むっ?」

 

 纖は紫龍に車を蹴り飛ばして目を眩ませ、一気に距離を詰める。紫龍は車を殴り飛ばすが、纖は車の下から低姿勢で紫龍に斬りかかる。

 

 ギィンッ!! 

 

「オラ!!」

 

 ギィンッ! ドドンッギンッギンッ

 

 紫龍は大鉈を槍先で器用に回して受けていく。

 

 ダンッジャラララッ

 

「ハァッ!!」

 

 大鉈を瞬時に鎖分銅へと変形させて紫龍の足に巻きつける。それを紫龍は槍で突き刺して分断して回避する。

 

「まだまだぁ!!」

 

「全く、元気だな貴様は」

 

 パンッ

 

 ガイガイガイガインッ

 

 紫龍は持つ武器を刀に切り替えて高速で回す鎖を受け流す。

 

 ガシッ

 

「おっ?」

 

 ブゥンッバンバンッッ

 

 胸ぐらを掴んで投げ飛ばし、宙を舞う紫龍に左手で銃を発砲、右手で渾身の大鉈の一振りの準備をする。

 

 ギュルルドズズッ、フュオンッ!! 

 

 呪力で強化した腕で銃弾を受け止め、刀で横に一閃する。しかし纖はそれを避け、直後に股下に潜り込んで斬り上げるが、紫龍はその場で跳び上がり、落下しながら刀を突き刺す。さらに纖はそれを前宙で避けて向き直る。

 

 パンッ

 

「ハァッハァッ」

 

「ヌゥンッ!」

 

 シュシュシュシュシュッ! 

 

 槍を生成して持ち手を中腹に変え、リーチを捨てて連続して突きを繰り出すのを、纖は硬直して術式を展開し、それを透過する。

 

(好機ッ! その首落としてやる!)

 

 裏拳気味に大鉈を横に振りかぶる。その瞬間、纖の意識は暗転した。

 

 ドッ、、、ガアンッ! 

 

 ドゴッドンッドゴォォンッ!! 

 

「ガボッッ、ゲボッッ」

 

 コンクリの床に跳ねられて十m程吹っ飛んで建物の外壁に受け止められ、顔を抑えて理解する。

 

(まさかッ)

 

 紫龍は目の前に悠々と歩いて登場する。

 

「貴様、人間はすり抜けられないのだろう。その使い方から推し量るに、術式を正確に使えていないのが原因か」

 

 紫龍は既に術式を完全に看破していた。纖の術式は自分、もしくは自分に触れた無機物が対象であり、自分以外の生命体は対象外だ。

 

「大体さっきからおかしい、術式を常に展開すれば俺の武器など怖くないものをわざわざ避けるなど。大方、対象を選択出来ないから一瞬しか発動できないとかそういったところだろう? 恥じらいを無くしてマッパなら勝てたかもしれんな? ハッハッハ!!」

 

「クソッ、クソが!!」

 

 紫龍は目の前で堂々と笑い飛ばし、プライドに傷をつけていく。

 

「齢三十も行かぬような小童に負けはせん。敵の言葉を鵜呑みにするとは、術師としての経験も、鍛錬も、全てが足りん。来世で出直せい」

 

「、、、ハッ! こんなところで終わってたまるかよ!」

 

 纖は飛び上がり、懐から多数の式神を召喚する。

 

「今日は退いてやるよ、いつか絶対にぶっ殺す。俺が最強だって証明してやる。おい! 時間を稼げ!!」

 

(下手に動くとやられる、コイツの足を完全に止めてから逃げる!)

 

 式神は命令に反応して紫龍を見据える。

 

「笑止千万、憐れ極まり笑う気にもなれんわ」

 

「チッ、ふざけやがって、、、!」

 

 パンッ

 

「武芸百般、縛法」

 

(今!!)

 

 紫龍は投網の要領で予め紡がれた縄を投げ、瞬時に式神を縛って動けなくする。

 

 ドススッ

 

「!?」

 

「全く、この前に見ていなかったのか? ほとほと呆れるな」

 

 逃げようとした纖の足には幾本もの矢が刺さっている。

 

「貴様が出した式神は八体」

 

「ならば某も八人に増えることができる」

 

「さて、どうしてくれようか」

 

「あ、、、あぁ、、、あぁぁぁぁ」

 

「拷問は辛いぞ、、、たっぷりとしてやろう」

 

「嫌だァァァ!!」

 

 ボゴォォオンッ!!!! 

 

「ム!?」

 

 ヒュルルルッサクッ

 

 後方のビルの中間は突然爆発し、振り向き呆けていると、近くのコンクリに刀が深々と刺さる。

 

「これは刹那殿の、、、! 交渉は失敗したのか、、、」

 

(来るなと言われたが、、、まぁいいか、殺すには惜しい。恩を返すとしようか)

 

「あ、助かッ」

 

 ドチュッ

 

「砲術」

 

 ドォンッ! 

 

 増えた紫龍の一人が止めを刺し、残りの式神も大砲で爆散させ、紫龍は一人になる。

 

「五点が入りました」

 

「刹那殿は生きておるか?」

 

「検索、、、生きてるでごさるよ」

 

「うむッ、それでこそ某が認めた(つわもの)よ! この刀、借りるぞ、刹那殿!」

 

 腕を組んでそう高らかに笑うと、刀を地面から抜いて準備を素早く整え、紫龍は内部へと突入する。

 

 ──ー

 

「人形全てが非術師、、、」

 

 ギギンッ

 

 刹那に殺意を向ける人形達をあしらいながら上層を目指していく。

 

(数が多い、一体何人の非術師が、、、いや、考えるのはよそう。きっと仲見世を倒せばこの魂達も天に還るはず)

 

 最上階は六十階。落ちたのは三十階、上り始めて現在刹那は五十階にいる。窓の外を見ても秋も始まったばかり、まだまだ朝日が上る気配はなく、照明のないフロアは深い暗闇に満たされている。

 

 キキキンッガラガララッッ

 

 ピクッ

 

 ゴォォォ!! 

 

(この炎、、、)

 

 廊下の曲がり角が突然炎で満たされ、即座にバックすると、廊下に不知火の声が満たされる。

 

「どうした刹那、例の術式で速く突破すればいいじゃないか」

 

「、、、、、、」

 

「なんで踏み込めないか、当ててあげようか?」

 

(こんなところで、、、やるしかないか)

 

「刹那、君実は、、、私のことが好きなんだろ!」

 

「、、、は?」

 

「いや、言わなくてもいい! 私を殺すことができないんだろ? そうだよな、半日一緒にいて愛の一つも芽生えるのが人間だよな。性別の壁なんて無いも同然だよな!」

 

 不知火は廊下で呪術師らしく、どんどんと意味の分からないイカれた口上を述べる。

 

「縛りを結べば、心は信用してくれるみたいだ! 今からでも遅くない! 両手をあげてこっちに来なよ!」

 

 刹那は廊下の曲がり角の壁越しに話しを聞く。

 

「三秒だ! 私だって人を殺した経験くらいある。願わくば君を殺したくない! いくよ、、、さん! に!」

 

「、、、はいはい、今出ますよ」

 

 チャキンッ

 

 刹那は音を立てて刀を納め、そう言う。

 

 そして陰から近くの瓦礫を放り投げると、それは熱戦に貫かれる。

 

 ピュンッバジュゥッ

 

「!!」

 

「嘘が下手すぎですよ、、、あまり僕を舐めないでください」

 

 キキキキンッガラガラッッ

 

 刹那は真上の天井を破壊して上り、上層へと上っていく。

 

「、、、、、、あ~あ、バレちゃったか、、、追わないと」

 

 タッタッタ

 

 不知火も刹那の後を追うためにもと来た道を戻っていく。

 

(全く、僕も甘い、、、二人が合流する前に上に行かなければ)

 

 キンキンキンッガラッタンッタンッ

 

 刹那はビルの耐久力を気にしながら、穴をあける場所を選んでいたが、スピードを重視してほぼ直上に上り続ける。

 

 ヒュンッタンッ

 

 バンバンッ

 

「!」

 

 キキンッ

 

 上る途中のバーへと跳び上がって辿り着くと、突然銃撃され、それを斬り飛ばして後退する。

 

「素晴らしい反応速度ね。この短筒、人を殺すのには充分な威力と弾速なのに」

 

 ポイッガシャン

 

「分かってるなら人に向けないでくださいよ」

 

「あらあら、、、ところで、刀はどうしたのかしら?」

 

 キュインッ! ザンッ

 

 刹那は瞬時に距離を詰めて下から斬り上げるが、人形に邪魔をされ、斬りそこねる。

 

「一点が追加されました」

 

「うふふ、あなたも人殺しね?」

 

「、、、否定はしませんよ」

 

「貴方があの術式を使わないのはその刀が関係しているのかしら」

 

 刹那の身体能力はかなり高い。しかしそれでも特級術師としては貧弱も良いところ。常に呪力で底上げしなければならず、術式もかなりの呪力を要する代物、二刀の片割れれがない今、使うのを躊躇っていた。

 

「一体何人の命を奪ったんですか」

 

「奪ったなんて人聞きの悪い、貴方達も好きな言葉でしょ? 必要な犠牲。私達(呪術師)自己犠牲あふれる馬鹿(正義の味方)じゃないの。いるはずのない神がいつ人を殺すことが悪だと言ったの? 貴方はそれを神から聞いたの?」

 

「無関係で無力な人を巻き込むな、、、!」

 

「私に貴方の価値観を押し付けないでちょうだい。覚えておきなさい、この世に正しいや正義という言葉はあれど、万物にとって正しくて正義になる行いなんてものはないの。神なんて不確かなものは、都合のいい偶像を創り出せる愚か者にしか見えないのだから」

 

 刹那は怒りの頂点にいた。ある意味、羂索よりも目の前の術者に対しての今、この瞬間の方がそれは大きいかもしれない

 

「無力な者を巻き込み、無差別に人を殺すことを正しいとするのがお前に見えてる神だというのなら、僕は喜んで神を殺そう。喜んでお前にとっての悪へと成り下がろう、、、覚悟しろ、僕がお前を殺す」

 

 ド ロ ォッ、、、

 

 刹那は抑えきれぬ殺意を呪力の靄で具現化していき、殺意と呪力でフロア全てが満たされた。




近いうちにオリキャラの最強ランキングを投稿しようと思ってます。次の次くらい?、、、予定は狂うためにあるんで戯言くらいに受け取ってください。


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第六十話 正真正銘

区切りいいところまでって思ったら長くなってしまいました(汗)
久しぶりの投稿です!ぜひ、楽しんでいってください!


 ド ロ ォッ…

 

 刹那は抑えきれぬ殺意を呪力の靄で具現化していく。

 

 ゾクゾクゾクッ

 

(あぁ、ほんとにいいわぁこの子。死の間際、どんな魂の輝きを見せてくれるのかしら…うっとりするわぁ)

 

蜿蜒長蛇(えんえんちょうだ)!!!」

 

「術式順転…虚」

 

 ズァァァァッッ

 

 刹那は呪力の靄でフロア全てを覆い尽くす。

 

 一方で仲見世は大量の人形をあらゆる場所から集め、列を成して襲いかからせて人形達の中に姿をくらませる。

 

 刹那は天井との距離を無くし、そこからさらに壁へと連鎖して音も姿も完全に消して気配を悟らせない。

 

(気づく頃には既に移動してる…呪力放出の緩急といい術式の使用速度といい、一体あの年でどれほどの経験をしたのかしら)

 

「早く動いた方がいい、この程度の広さなら三分もあれば真空にするのは容易です。窒息して死ぬか、斬られて死ぬかの二択しか貴方にはない」

 

「その手には乗らないわ、私の姿が見えるはずないもの。あなたこそいいのかしら? 私の場所が分かったとして、非術師の魂を殺せるとは思えないし、この呪力の靄も無尽蔵ってわけにはいかないでしょう?」

 

「ここの人形達には色がない、とっくに中身は死んでいる。単純な命令しか出来ないのは視て分かります」

 

 刹那の瞳には大量に蠢く有象無象の力の塊、色はなく、人格や思考能力は既に死んでいることが視えている。

 

「…ふふッ」

 

「見つけた」

 

 仲見世は不敵に笑うと、それを見逃さない刹那は即座に距離を無くして斬りかかる。

 

 しかし同時、窓が割れて鳥が中に侵入する。

 

(鳥? いや、先に殺せば関係ないっ)

 

 バギィンッ!! 

 

 仲見世は忍ばせていた短刀で刀を一度だけ防ぎ、刹那に向かって折れた刀身で斬りかかる

 

「!?」

 

「不思議って顔してるわねぇ、呪術師は嘘を吐く生き物よ、ペラペラと本心を喋りすぎね」

 

 明らかに素人の動きではない短刀の取り回しで一撃を回避し後退する。加えて人形全てに刹那を襲いかからせるが、その中には色がある人形がいるせいで一瞬思考が凍りつく。

 

「私の術式対象は死体の魂。動物すらも例外ではないの。貴方には新鮮な魂人形のほうが効くみたいだから、プレゼント」

 

 ガラガラガラガラ!!! 

 

「ナイ…死ニたクなイ…」

 

 人形が小さく呟く、目の前に広がる悲哀の青。思考がさらに曇るのを血が滲み出るほどに刀を握り込んで払拭し、思わず呪力を余分に刀に込めて袈裟に一閃する。

 

 ザンッ!!!! ズルゥ…

 

 斜めにビルは斬れ落ち、吹き抜けの夜空が広がり、刹那の長髪が夜風でたなびく。

 

「…必ず仇は取ります」

 

「十七点が入りました」

 

 無数の人形を斬り伏せ、光の反射を無くして再び姿を消す。

 

(なんて呪力の放出っ! どこまでも底が見えない!!)

 

 ガジャァンッ!! ドゴゴッ! 

 

「あらあら、またお互い隠れんぼ? いつまで持つかしらねぇ!!」

 

 仲見世が呪力を練ると、ビルの階段や刹那が壊した穴、壊れた窓からどんどんと人形が侵入してくる。

 

(どんどん増える…ごめんなさい、貴方達は…もう、どこにも逝くことは出来ない)

 

 刹那は覚悟を決め、領域を展開するために印を結ぶ。

 

「領域展──」

 

 ズズンッ

 

「「!!」」

 

 ビルが突然揺れ、二人は動きを止める。

 

「こんな時に地震?」

 

「!」

 

 ピシシッ…バキバキッドゴォンッッ! 

 

 刹那は周りを見渡すと、突然床が突然ひび割れて五十八階が突如として消え去る。

 

 砂煙と瓦礫が夥しく舞う中、四人は一定の距離で見つめ合う。

 

「む! 見つけたぞ刹那殿!!」

 

「心!?」

 

「不知火! なに手こずっ──!」

 

 ドゴッッ

 

 紫龍は駆け出し、仲見世にタックルして吹き飛ばす。

 

「某とそこの女は相性がいささか良くない、任せても良いか」

 

「願ったり叶ったり、そっちは任せました」

 

 パシッ

 

「ゲホッゲホッ…女性は丁寧に扱うものよ」

 

 瓦礫に埋もれていた人形達は活動を再開し、標的を紫龍に切り替えて襲いかかる。

 

 ドドドッ!! 

 

 バキッボキンッドゴジャァッ! 

 

 紫龍は容赦なく首を折り、掴んで叩きつけ、殴り壊していく。

 

「ぬるい、数はあっても烏合の衆では意味がないな」

 

「あら、良いのかしら? そこの人形に入ってるのは正真正銘、死者の魂よ」

 

「知らん、戦争の場で甘いことを言うでないわ」

 

(チッ、やっぱり効かないか…虎の子を出すしかないわね)

 

 ゴォォッ!! 

 

「やっぱり効果なしかっ!」

 

 ザンッッドゴッ

 

「ウグッ」

 

 不知火の出す炎を、術式を使うことなく斬り裂き、瞬時に距離をなくして腹に蹴りを入れる。

 

 ザザザンッ! ガンッ

 

 瓦礫を熱して刹那へと飛ばすが、簡単に斬り飛ばされ、逆に斬った瓦礫を蹴り返される。

 

「危なっ、とわぁ!?」

 

 ヒュンッヒュンッ! ザリィッ

 

 斬撃を横に飛んで回避するが、術式で距離を無くされ顔面を拳がくり抜き、鼻血を出したまま倒れる。

 

 メキョッッドォンッ

 

 ボタタッ

 

「いったいなぁ! もう!!」

 

 ゴォォッ!! 

 

「無駄です」

 

 ギュォォッ! 

 

「なーんで、ダメージがないのかなぁ」

 

「僕に斬れないものはありません」

 

 その場で刹那に向かう炎に斬撃を繰り出して斬り裂き鎮火し、刀を炎の壁の向こうの不知火に向ける。

 

「流石に自信無くすよ、ここまではっきりした実力差があると」

 

「分かってるのなら降伏してください。出来れば、貴方を斬りたくない。次に攻撃が来ればそれが最後です」

 

「そうかい、残念だよ刹那…君を殺したくはなかった」

 

 不知火は鎮火して刹那と対面し、涙を流して両手を開いてせると、手の中に呪力が集まりだす。

 

 呪術師の成長曲線は皆が皆、一定ではない。不知火は火の扱いに元々長けていた。術式への理解が早かったのなら、あとは優秀な呪いの師が教えればすぐにでも被呪者から呪術師へと昇華できる。

 

「言ったろ?…私は君の為なら死ねるって」

 

 極の番…劫火(ごうか)

 

 不知火の今の実力からして、自らを炎に巻き込む縛りによって一度だけ使える極の番。それは全てを焦土と化す灼熱の炎、生命も物質も術式さえも全てを燃やし尽くす…

 

 プツッ…ガクンッ

 

「訂正しますね……攻撃しようとすれば、それが最期でした」

 

 ブシュゥゥッ…ゴゥンッ

 

 はずだった。

 

 シンプルかつ強力な術式、それを操る彼女には並の術師ならば敵わないだろう。そう、並の術師ならば。

 

 不知火が呪力を練ったとき、既に刹那は不知火の横腹を斬っていた。口から血を吐き、腹から吹きでる。不知火は床に顔面から倒れて動かなくなる。元来、術式を発動するまで待つ必要性は皆無。呪い合いは、特撮番組やヒーローショーの世界じゃない。

 

「燐!?」

 

「よそ見をする暇があるのか」

 

 ドッバゴォンッ!! 

 

「くっ! 蠍渓(かつけい)ッ」

 

「「無駄だ」」

 

 ブゥンッバギバギバキッ!! 

 

 人形の軍隊は二つの方向から紫龍を挟むように狙うが、紫龍はもう一人増やして死角を無くし、円陣を描くように刀と薙刀を振るう。

 

「実に素晴らしい妖刀だな、使い方を誤れば某が斬られかねん」

 

「蜿蜿──っ!」

 

 仲見世は次の手を討とうと呪力を練るが、人形はもう既に全てがただのガラクタの山になっていた。

 

「文字通りの魂切れのようだな。どうする、惨めに命乞いでもするか?」

 

「…フンッ、分かってるのよ。私を殺せないってこと、百点が惜しくないの?」

 

「貴様は勘違いをしている。某は点数などどうでもいいのだ。手伝うとはいったが…正直、百点など見つけた術師を片っ端から殺せば済む話だ」

 

 紫龍は兜越しに不敵な笑みを浮かべる。決着のついた刹那は二人に歩み寄る。

 

「百点は確かに惜しいです。でも、僕はこれ以上貴方に罪を重ねてほしくない」

 

 二人は刀を構えて仲見世の首の両脇に当てる。

 

「素直に言ったらどうなのよ。クソムカつくお前をぶち殺したいって」

 

「フハハ、厚い面の皮がめくれたな」

 

「無駄話はこのくらいにしましょう。今から貴方の首を刎ねます。痛みは無いのでご安心を」

 

「そう…勝ったと思ってるのなら残念ね、私は殺せないもの」

 

 ボゴォォッッ!!!! バリリリリンッ! 

 

「「!!!」」

 

 ズアッ! 

 

 突如として二人に向かってを炎が襲いかかる。

 

 同時に刹那も術式を使用し、その場の熱を無くすが、呪力が物凄い速さで消費されていく。

 

 術式が及ばない範囲は焦土と化し、空気は瞬時に熱されて膨張し、ガラスが弾け飛ぶ。

 

「生きて…!?」

 

(自らの死を代償にした縛りっ! まだ息があったんだ!)

 

「貴方なら、必ず防ぐと思ったわ」

 

 ガシッビュオッッ

 

 外から侵入した大鷲の死体人形が仲見世を掴み、割れた窓から空へと飛び立つ。

 

「ムオッ!?」

 

 パンッ

 

「放て!!」

 

 ビュビュビュンッ

 

 即座に自身を増やして矢を放つが、上りかけた太陽に重なり狙いが定まらずにあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「投げてください!!」

 

「弓をか!?」

 

「刀をですよ! 僕なら届く!!」

 

「? よく分からないが信じるぞ!!」

 

 ダンッ、ビュンッ!! 

 

 紫龍は血吸を思い切り投げ、刹那は瞬時に靄を纏わせ、靄はロープのように投げた刀を辿る。それを利用して距離を無くし、空中に投げ出されたと同時に上る太陽を背にして納刀する。

 

「…いいわ! 最後の最期よ!!」

 

 仲見世は呪力を開放し、小型の鳥の人形達を刹那に突撃する。

 

「覚悟なさい! 挽肉にしてあげる!!」

 

「覚悟するのは貴方の方だ。自分を知れ、貴方のような悪人に、甘い結末なんて待ってない」

 

群幽雀(ぐんゆうすずめ)!!」

 

 ブンッパシッ

 

 大量の雀の人形の突撃、空中で身動きの取れない刹那は真上に刀を投げてさらに術式で移動する。

 

「なっ──!?」

 

 ザザザザザンッ!!!! トンッ

 

 落下しながら一瞬で人形達を斬り裂き、その残骸を蹴って再び滞空する。

 

 ギリリィッ

 

「友情だのなんだのと下らない!! そんな見えない不確かなものに一体何の価値があるっていうの!? 利用し利用される、それが私達なの!! 物言わぬ死者しか私は信じない!!」

 

 半狂乱に持論を述べる仲見世の感情を見て、刹那はこれ以上憎むことが出来ない。罪を重ねさせないというその言葉は、刹那の本心だった。

 

(悲哀に満ちた深い青。でも…それでも、この人の生に決着はつけるべきだ)

 

「悔やみ、懺悔し、自分の人生を見つめ直せ…。貴方が真正の悪なら、僕はこんな気持ちにならずにすんだのに」

 

「ハッ! 後悔なんてもの、とっくの昔に置いてきた!!」

 

 仲見世は全呪力を鷲の人形に乗せて、自ら諸共刹那に突撃する。

 

靈魂呪法(れいこんじゅほう)鷲爪神・載(わしづかみ・さい)!!!」

 

 ──ッッォ"ン"ッ!! ザグッ! バララッ! 

 

 一瞬にして音速まで加速した大鷲の人形。音速を見切った刹那は、刀を頭に刺して術式を発動し威力を殺す。

 

 キンッ…

 

「たった一人でも…信じてくれる人はいたんじゃないんですか…少なくとも、僕の瞳にはそう映りましたよ」

 

 頭に刺した直後。即座に刀を抜いて回転、鷲をバラバラに斬り刻み、仲見世の首は静かに飛んだ。死んたことにさえ気付かせない光速の一太刀は、静かに空で弧を描いた。

 

 カチンッ

 

「……だから神や正義の味方なんて嫌いなんだ。もしもそんなのがいるのなら…僕はきっと、貴方を斬ってはいない」

 

 納刀し、空中で拳を握りしめて一言呟いた。

 

「五点が入りました」

 

 紫龍は昇る日に照らされながらそれを傍観していた。

 

「おぉー。流石だのぅ、刹那殿。さて、降りるか…む? 死体は残ったか。まぁ、改めて火葬してやるとするか」

 

 紫龍は辛うじて顔がわかる程度に全身が焼け焦げた不知火を抱えてビルを降りていった。

 

(さて…刹那殿にはどのように説明しようか)

 

 ──ー

 

 ヒュルルルルッ、スタッ

 

 仲見世の死体とともに地面に静かに降り立つ。

 

(中々…スリリングな体験だった)

 

「…お帰り」

 

 血吸を撫でながら刹那は呟き、それと同時に刹那に向かう一人の足跡に気付く。

 

 赤い着物に身をまとい、金属の棒を持っている。視線を悟らせないためか深く帽子を被る時代錯誤な格好の青年がそこにいた。

 

「…誰ですか」

 

「んー。親戚、かな。あえて言うなればね」

 

「僕に家族はいませんけど」

 

 青年の言葉に警戒しながら刀に手をかける。

 

「あー、てことは私の弟を殺したのは君じゃないのか」

 

「弟…?」

 

「改めて自己紹介しようか。私の名前は阿頼耶識繊、八代目の阿頼耶識家当主。君の先祖かな」

 

「!? …!!?」

 

 刹那は驚きのあまり言葉を無くすが、冷静に努めて状況を分析する。

 

「呪物になって…受肉した? んですか?」

 

「そう。そうだね、私の弟…(とおる)っていうんだけど、さっき殺されたみたいだから、様子を見にきたんだ」

 

「それは…僕じゃないですね」

 

「そう。そうみたいだね、あの子はちょっと無鉄砲というか、考えなしだから。まぁ、いずれこうなるとは思ってたよ」

 

「えーと…僕は」

 

「あぁ。知ってるよ、阿頼耶識刹那。私の子孫だろう?」

 

「あぁ、コガネですか」

 

「そう。そう、立ち話もあれだね。お友達が来たら、どこか落ち着ける所に行こうか」

 

「…どうも」

 

「うん。うん、君はまだまだ幼い女の子なんだ。もっとこう、大人や男の子に頼るべきだと思うな」

 

「周りの人には頼りっぱなしですよ…申し訳ないくらいです」

 

「そう。そうか…じゃあ、頑張らないとね」

 

「…貴方は──」

 

「おぉー、刹那殿! やはり無事だったか…貴様はだれだ?」

 

 紫龍がビルの中から不知火を担いで現れ、刹那の言葉を遮る。

 

 繊はにこやかに笑いながら手を振り、その場は流れた。

 

 ──ー

 

「これで良し、後はこの箱ごと燃やすだけだ」

 

 シュッボォォ…パチパチッ

 

 近くのホームセンターから人が入るほどの大きさの箱に二人を入れ、近くの公園で火葬を行い、刹那は手を合わせて深く二人の安寧を祈る。その間にベンチに座って二人は話す。

 

「さて、繊といったな。某が相手したのは貴殿の名を騙った弟ということか」

 

「うん。そうだね。そう、私が阿頼耶識繊、本人だ。ついでにいうと、あの子は当主になる権利はなかったはずだから、九代目というのは自分を肯定するための嘘だろう」

 

「ふむ…仇討ちならば相手になろう。許せなどというぬるいことは言わん。呪うなら呪え」

 

「あぁいや。そんなことはしないよ。正直、生き返ってもあれだったら救いようのない。どの道長くは生きていけなかったろうしね」

 

「うぅむ、イヤに聞き分けがいいな」

 

「弟とは割と本気で仲が悪かったし、ウチは特殊だからね。気にしないわけではないけれど、仇を討つほど情に深くもない」

 

 火葬を終えた刹那は二人の前に立って眼帯を外す。

 

「うん。伝記で読んだ初代の特徴と同じ、綺麗な重瞳だね」

 

「……火葬も終えました。貴方の目的を教えてもらいましょうか」

 

「私の目的? 目的か…うーん、無いね」

 

「無い? じゃあ、羂索との関わりは?」

 

「うん。そんなに無いね。私は彼と契約した訳ではないし」

 

「でも呪物化したんですよね?」

 

「そう。そうだね。勝手にされたよ。呪物化っていうのは、術式によっては意外と簡単に出来てしまう。私の代の羂索の体はそれに長けていたみたいだね」

 

「改めて思うと術式って何でもありですね」

 

「そう。そう、呪力は心、術式は世界、術師は可能性。そして私達は因果の鎖。その点は、私は羂索に少し共感するね」

 

「例えそれに共感出来ても、明らかにあれは一線を超えています。到底許せるものではない」

 

「頼まれる前に言っておくけど、私はこの時代に不干渉だ。既に私は因果の鎖から絶たれている。現代を生きる君達の邪魔をする気はないよ」

 

「協力を邪魔とは思いませんが…」

 

「同じさ、私にとってはね。大人しく現代観光と、全てを見届け終えてから、輪廻の輪に戻るとするよ」

 

「どうしても…ですか?」

 

「うーん。かわいい子孫のお願いは聞いてあげたいけど、さっきもいった通り私は不干渉。でも、現代に関係しない術師ならばあるいは、ね」

 

「…これ以上は言及しないでおきます。ありがとうございました」

 

「うん。じゃあ、頑張ってね、十九代目」

 

「えっ、僕って十九代目なんですか?」

 

「うん。私の代から、当主の決め方が変わってないのならそうなるね」

 

「えーっと…」

 

「気にしなくていい、それじゃあねバイバイ」

 

 繊はそのまま金属の棒をカツンと鳴らし、明け方の霧の中に消えていった。

 

「刹那殿、良かったのか?」

 

「良いんですよ、嘘は吐いていませんでしたし。あの人の色は、ずっと優しい緑でした」

 

「某からすれば恐怖すら覚える手合いであったが」

 

「そうでしたか? まぁ取り敢えずは…他のコロニーの生存状況の確認、その後に今後の動きを決めます。紫龍さんはどうしますか?」

 

「……いや、某はそろそろ降りるとしよう。彼奴の言うとおり、過干渉なのも良くない。死ぬ気は毛頭無いが、これ以上は無粋であろう」

 

「そうですか…じゃあ、お気を付けて」

 

「某の得点を刹那殿に渡しておこう」

 

「南雲紫龍から70点が譲渡されました」

 

「これで92点…あともう少しか…」

 

「それでは、達者でな」

 

 紫龍も明け方の霧の中、同様に消えていった。

 

「…………僕はこんなに、一人が嫌いだったかな…」

 

 刹那はベンチに背を預け、ぐったりと空を見上げ、一言呟いた。

 

 阿頼耶識刹那 得点92

 

 ──ー

 

「さて…ここならば邪魔は入るまい」

 

「うん。ごめんね、一芝居打ってもらって」

 

 二人は刹那に聞こえないように読唇術で会話し、刹那のいる場所から1キロ以上離れた場所で再び落ち合うことになっていた。

 

「構わん。が、先の話は真実なのだろう? よく刹那殿の眼を欺けたな」

 

「あぁ。私は割と本気で弟と仲が悪い、啀み合うのもしょっちゅうだし、目を合わせることも少ない…でもね、それでも私は、透の兄だ」

 

 ズズズッ…

 

 繊は呪力を練り、臨戦態勢になる。

 

「遠慮は無用だな。命令だ、大人しく退け。さすれば命までは取らん」

 

「無理」

 

「知っている」

 

 パンッ

 

 紫龍は刀を生成し、後手に回る。

 

 ッパァンッ!! 

 

「!!」

 

 瞬時に距離を詰められ、鉄の棒で叩き上げられた刀は宙を舞う。

 

「ほら。よそ見しないで、どんどん行くよ」

 

 ドガガガガガッバキィ

 

「ヌッゥゥ!」

 

 ブンッッ!! トプンッ

 

 拳を振り下ろすが、振り下ろす勢いを逆に利用されて拳が加速し地面へと透けて入り込む。その瞬間に顔面に蹴りが炸裂する。

 

「いい力だけど、当たらなきゃ意味がないよ」

 

 バキィッ! 

 

「かかったな」

 

「!」

 

 メキッドォンッ! 

 

 背後からの強襲により繊は近くの壁へと叩きつけられる。

 

 紫龍の術式のいう相手は、敵だけではない。

 

 対面した者、味方、視界に入った動物だけでもそれは相手と見なすことができる。敵意から遠ざかる程に維持は難しくなるという欠点があるが、奇襲には有力な一手であり紫龍のもつ奥の手の一つ。

 

(さて、痛手にはなりはしないだろうがそれなりには効いたはず…どう来るか)

 

 パンッ

 

 紫龍は長物は不利と判断し、鉾へと持ち替える。

 

「いたたた」

 

 身体の砂埃を払いながら再び両者は相まみえる。

 

「シッ!」

 

 ビュンッパシッグリッ

 

(折れるっ)

 

 対面した瞬間に踏み込み鉾を振るうが容易く回避され、突き出された拳を掌で受け止め相殺する。

 

 繊はそのまま拳を広げて紫龍の指を絡ませて掴み、もう片腕で肘に力を加えて腕を反対に曲げる。

 

 グルンッ

 

 その場で一回転して抜け出し、金砕棒をモーション無しで生成して振り下ろす。

 

「無駄だよ」

 

 くいんっドゴォッッ!! 

 

 ドキュッ! 

 

 繊は鉄の棒で受け流し、金砕棒は地面に深く亀裂を入れる。

 

 体勢を立て直す前に紫龍の首に貫手が入る。

 

「ガフッ──オグッ!!」

 

 ガチンッ

 

「!!」

 

 顎を下げて鎧で指を挟み込み、その隙に再び武器を生成した自身を増やして首と足元を同時に狙う。

 

「残念」

 

 ブゥンッ!! 

 

「「!?」」

 

「あぁ。これは弟の分とでも思ってくれ」

 

 ゾワァッ

 

(この感覚! まずい、アレが来るッ!!)

 

 必殺と思われた刃は盛大に虚空を切り、瞬時に危機を悟った紫龍は顔に呪力を集める。

 

 しかし、予想を裏切って放たれた場所は腹部。繊の術式により、武具は全くの無意味である。

 

【黒閃】

 

 バヂィィィッ!!!!! 

 

 瞬間、呪力は黒く爆ぜ、紫龍は受肉後初の本物の死をその目に垣間見る。

 

 ガシッギリィッ

 

「ッ!?」

 

「ガボォッ…掴んだぞぉ!!!」

 

 しかし紫龍も歴戦の兵、死の峠など既に何度も彷徨っている。それ故の強靭な精神力が心より先に身体を支え、繊の首を掴み、地面を砕く程の一歩を踏む。

 

 ダァンッ!!!!! 

 

「食いしばれィ!!」

 

【黒閃】

 

 ──ゴッメゴォンッ!! ドゴッドゴッガガガァ!! 

 

 顔面を深く深く、黒い呪力が爆ぜて抉った。

 

 繊と違いパワータイプの紫龍の黒閃は、戦況をひっくり返すのに充分な威力を発揮する。

 

「やれやれ…この歳になっても、まだ学ぶことがあろうとは」

 

「……流石に効いたよ…初めて他人の黒閃を食らった。ウチは外部との関わりが少ないから、困ったものだ」

 

 腹を抑えながら立ち上がる紫龍に対し、鼻血をゴシゴシと乱暴に拭きながら繊は鉄の棒を支えに起き上がる。

 

 かなりのダメージを負った後、お互いに120%の力を発揮できる舞台へと上がる。

 

「さて」

 

 ダンッストンッ

 

 繊は飛び上がって鉄棒を地面に突き刺して術式を発動させ、そのまま道路の下へと入っていく。

 

「透麗呪法、大墓穴(だいぼけつ)

 

(沈む感覚とは違うな…足元に呪力を流さなければ落ちる)

 

 トプンッ

 

「後ろ!」

 

 ガクンッ

 

 後ろから繊が現れると同時に地面に潜り、紫龍の足を透過した地面へと埋めて動きを封じ、鉄棒で連撃を加えるが紫龍は盾を生成して凌ぐ。

 

 ガガガガガッッ

 

「よく防ぐね」

 

 ボコォ

 

「ドゥェリャァァ!!」

 

 ダァンッ!! トンッ

 

 紫龍の踏み込んだ足を上から踏みつけ、もう一度紫龍の顔面を蹴り上げる。そのまま鉄棒を高速で回して勢いをつけ、脇腹へと鉄棒が完璧にヒットする。

 

 グルルルルルッッッボキィ!! 

 

「ガァゲボッ」

 

「黒閃の後はやっぱり調子が良いね」

 

 ストンッ

 

 再び地面に潜り、機を狙う。

 

「逃げてばかりか、臆病者め」

 

「誇りや名誉を捨てて勝利を獲られるなら、恥ずかしくもなんとも無いね」

 

 ガヂィンッ!! 

 

 地面から飛び出して鉄棒を振るうが紫龍の鉾で止められ、距離を取ろうとするが紫龍は大胆に踏み込み間合いを詰めにいく。

 

 ガガガガガッッッ!!! 

 

「どうした、口の割には先程までの攻めの姿勢が崩れているぞ?」

 

「くっ!」

 

 ズォッ、ガヂインッ

 

 後ろからのもう一人の紫龍の奇襲を受け止めて姿勢が崩れて膝を着く。

 

「ふんぬっ!!」

 

 バゴッドゴッゴロゴロッストンッ

 

 蹴り飛ばされた繊は転がりながら術式を使って再び地面に潜っていく。

 

(透けるだけではないのか? さっきから地面に潜ってちょこまかと…下?)

 

「試す価値はあるな」

 

 ズズズッ

 

 紫龍は足に呪力を込め、思い切り地面を踏み砕く。

 

 ズッドォォォンッ!!! 

 

 ガラララッバシャバシャッ

 

「なるほど…今はこんなものが街にあるのだな」

 

 紫龍を中心に力は放射状に広がり、道路の中央に大穴が出来上がる。

 

 瓦礫が下水道にバシャバシャと音を立てて落ち、紫龍は上から見下ろし、繊は見上げて両者は対面する。

 

(まずいな、もしもう一撃でも黒閃を喰らえば保たない…)

 

(傷は浅くない、骨も何箇所も折れている。この状態が続けば某は敗ける)

 

 一撃でも致命傷となり得る紫龍の攻撃、しかし明らかなダメージを与えているのは繊。

 

「素晴らしい兵だ。君に最大限の敬意を」

 

「…買いかぶるな。某は生き恥を晒し続けた愚か者よ」

 

 繊は片手を地面に着き、自らの領域を形成していく。紫龍は座禅を組んで集中し、初めての自身の領域を形作っていく。

 

 そして二人は酷く静かに奥の手を披露する。

 

「「領域展開」」

 

 遥か昔の術者の最高到達点が、その姿を現す。

 

戦ヶ魅景(いくさがみかげ)

 

十重二十重之霞灯(とえはたえのかすみとう)



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第六十一話 雄々しい花が染まる時

まず最初に、クトゥルフのシナリオ書いてサボり気味で遅れました。すいません。
それとUA数9万4千人突破ありがとうございます!!
これからも頑張って書いていきます!


 幾百年も前に生きた術師二人は酷く静かに、奥の手を披露する。

 

「「領域展開」」

 

戦ヶ魅景(いくさがみかげ)

 

十重二十重之霞灯(とえはたえのかすみとう)

 

 両者が領域を展開する。

 

 通常、領域はより洗練された者がその領域を制する。そして二人が包まれたのは、文字通りの死地。

 

 幾千幾億もの武器と、倒れ伏したであろう者達の亡骸。焦げた後から煙が上がり、暗雲と霧が深く立ち込め、死が五感を明確に刺激する。

 

 

 

「どうやら、、、制したのは某のようだな」

 

 ビュッォンッ!! 

 

 紫龍は立ち上がり槍を取ると、それを空に向けて投げる。空から全て種類の違う武器が繊に向かい、無数の紫龍が繊に襲いかかる。

 

「最後だ、、、手向けに受け取れい」

 

 ドドドドッッッ!!! 

 

「、、、、、、これでも私は、最も狂った一族の長でね」

 

 ガガガガガッッッ!! 

 

 しかし、その攻撃のどれもが虚空を斬る結果となった。

 

 繊はそこに直立していた。

 

「守るべき阿頼耶識の誇りがある。負けるわけにはいかないのさ」

 

「馬鹿な、、、!?領域は必中!術式で受けなければ当たるはず、、、!」

 

「あぁ、受けてるさ。私の術式でね」

 

 阿頼耶識繊の領域は必中のみとなっている。そもそも、領域とは一朝一夕で身につくものでもなければ、初めて領域を会得した者が熟練者の領域に勝てるはずもない。

 

「私の領域は(かすみ)、私が見ている景色がそのまま領域となり、霞が立ち込める。その条件によって特定の結界の形を保たず、それ故に殺傷能力も低い。しかしながら、君に私の領域は破れない」

 

「ぬぉう!!」

 

 相手の人数に縛られない紫龍は多数に増えて全員が武器を捨てて拳を振るう。しかし、全ての攻撃をスルリと躱して領域の本体へと向かう。

 

「肉は透けない、私は私の弱点をよく理解している。だから最初に体術を鍛えた」

 

 バキイッ!! 

 

 紫龍の顔面を拳が鋭く貫く。紫龍が領域を展開する限り、必中必殺のアドバンテージを失った今の状況は悪化を続ける。

 

 ガクンッ

 

(これが領域!!保つだけでも莫大な呪力を持っていきおる!!)

 

「向かえ!!」

 

 紫龍は再び武器を大量に生成して向かわせるが、当然のように繊の身体を透けていき無意味と化す。

 

「幾重もの壁や術が私の邪魔をしようとも、何処まででも抜けてみせよう、、、誰にも私は縛れない」

 

 ダァンッ! 

 

 説明しながらも歩みを止めなかった繊は急激に距離を詰める。満身創痍の紫龍には反応できなかった。

 

 左胸に鉄棒を真っ直ぐ突き出して心臓を掻き回す。

 

 ドリュッグリュリュッ!! 

 

「ヌグァァァァァッ!」

 

「残念だけど、これでおしまいだ」

 

 繊は目に見えぬまま領域を解除する。

 

 だが、紫龍の心臓を貫いても領域は解除されず、その形を保っている。

 

「、、、何故、領域が解除されない? 止めは刺したはず、、、」

 

 繊は紫龍の死体を確認するが、死体は煙のように呪力を霧散させてその姿を消す。

 

「っ!」

 

 ードゴンッ! 

 

 繊は横から飛んでくる拳に気づき咄嗟に防ぐが、紫龍の膂力に吹き飛ばされ、横受け身を取る。

 

 ダンッガンッゴロロッ

 

(分身、、、)

 

「なんだい、その無敵じみた術式は」

 

「戦は何百人もの命の散り際を魅せる。戦場を駆ける某の魂は、、、一度や二度では決して死なん」

 

 ボゥッ

 

 再び呪力を練りだし、兜の奥の瞳に殺意を宿す。

 

「いいだろう、、、だったら、死ぬまで殺し続けるだけだ」

 

 ドヒュッン!!! 

 

 ガギィンッ!! 

 

 お互いが全力で駆け出し、二人の得物が激しく火花を散らす。

 

 ギンッガンッガガガッ

 

 ザグッッ! 

 

「ゲポァッ」

 

「二回目!!」

 

 首に鉄棒を刺して二度目の殺害。しかし再び死体は霧散し、完治した紫龍が現れる。

 

「フンッヌゥ!!!」

 

「無駄だ!君の武器は私には当たらない!!」

 

 "ォ"ンッッブワァッッ

 

 ギュンギュンギュンギュンギュンッッッ!!! 

 

 既に術式効果が回復していた繊はそれを避け、戦斧は巨大な弧を描く。しかし、遠心力を利用してその場で紫龍は大回転を始める。

 

 やがてその回転は竜巻を起こし、術式効果を乗せてあらゆる武器がその場を舞い始める。

 

「ォォォォオオッ!!!!」

 

 ゴォォォォォォーッッ!!!! 

 

(領域を展開していない今はまずいっ! これは透かせないッ!)

 

 繊は全力で後退するが、紫龍の大回転がそれを許さず緩やかに引き寄せられていく。

 

 ザリ、、、ザリ、、、

 

 ドッ、、、ギュンッ!!! 

 

 武器が舞う竜巻の中から一度に大量の武器が飛び出す。

 

(まずっ、、、)

 

 それは偶然だった。いや、偶然か必然か、運命か。とにかく、繊にとっては最悪の偶然だったに違いない。紫龍の武具は透麗呪法のもう一つの最大の弱点を的確に突いた。

 

 ギィンッドブチュッ! 

 

 咄嗟に防ぐために出した鉄の棒は真っ二つに斬られ繊の左目は僅かに霞めた刀に抉られた。

 

「ぐっあぁぁ!」

 

 ドフンッ! 

 

 紫龍は回転をやめて薙刀を取り出す。

 

「なるほど、、、! そういえば最初からおかしかった。必中の領域を展開する意味は某から見れば無かったのだから」

 

 紫龍は頭をコンコンと叩きながら酔を覚ます。

 

「あらゆるものを透かすその術式、強力過ぎる。だからこそ、才が全てといえどなんの縛りも無しに成立するとは考えにくい、、、貴様、術式を使用している部位はその間機能しないのだろう」

 

 透麗呪法の弱点。他者は透けず、術式使用時のその部位の機能は脳などの一部を除き著しく消える。

 

「鎧を透かして殴る時も腕まで透かさず、手首や透ける位置までを透かしていた。目が見えなければ攻撃を避けれぬ、だから常に目だけは残していた。違うか?」

 

「、、、、、、お見事、ここまで看破してきたのは家族にもいなかったよ、たった一人を除いてね」

 

 ボタタッボタッ

 

 左目を抑えながら呪力を練りだし、鉄の棒を捨てる。

 

「だが、君も限界だろう、、、徹夜明けでの全開戦闘、黒閃の一撃、初の領域展開、かつ継続、、、あと一撃、かな」

 

 ポイッカシャンッ

 

「やってみせい」

 

「言われずとも、さ」

 

 ドゴッバキッゴンッガンッドゴゴッ

 

 ガッギュルッゴドッ

 

 武器を捨てた両者は殴り合う。戦場のど真ん中、およそ戦とは言えぬ殴り合い、二輪の雄々しい花がその花弁を散らし紅く染めていく。

 

 バキイッガンックルンッ

 

(崩した! 顔面を砕いて終わりだ!)

 

 ボゥンッ!! 

 

 紫龍の体重を利用して前後に揺さぶりうつ伏せに倒し拳を打ち込もうとするが、その瞬間に煙玉が紫龍の腹から爆発する。

 

「煙幕っ!?」

 

 白い煙に紛れて紫龍は姿を消す。

 

「どこから、、、くそっ!」

 

 繊の頭上から再び大量の武器が降り注ぎ、繊は身体の全てを透かして対応する。

 

 ズドドドドドドッ! ドズッ

 

「凌ぐと信じていたぞ」

 

 身体すべてを透かした繊は紫龍を目視できていない。

 

(貰った!)

 

 ドプンッ

 

「!?」

 

「透麗呪法、、、大墓穴」

 

 繊は降り注ぐ武器を一本、手の甲から貫通させて掴み取り地面に刺した。

 

 そのまま術式を流し続け、紫龍が踏み込むのを待っていた。

 

「殴る時は随分力を入れて踏みこむ、、、悪い癖だね」

 

 お互い余力はない。ここで決めなければいけない極限の状況下で一歩上をいったのは、繊だった。

 

【黒閃】

 

 ──ーッヂィィィ!!! 

 

 鋭く黒い閃光が紫龍の腹を再び抉り、すさまじい衝撃波が生まれる。

 

 身体を前のめりに、全力で殴り飛ばした繊は膝をつく。

 

 そんな一撃を受けた紫龍には、もはや立つことは不可能だった。

 

「こんなに動いたのは初めてだ、、、君は強かったよ、短い私の人生で一番ね」

 

 ジュゥゥゥ

 

 紫龍の領域は閉じ、同時に繊は立ち上がる。

 

「ハァ、、、ハァ、、、」

 

 ビチャチャッ

 

 紫龍は血を吐きながら仰向けになり天を仰ぐ。

 

 繊は鉄棒を胸から抜き、隣に座って語りかける。

 

「君に、、、、、、一つ聞きたい」

 

「、、、なんだ」

 

「呪術師になって、、、未練や後悔はあったかい?」

 

「、、、、、、、、、、、、」

 

 紫龍は宿儺との戦争を思い出す。宿儺が本腰を入れて鏖殺を始めた時、"仲間全員"を対象にみなして肉壁を大量に作り、紫龍は辛うじて生き残った。

 

 怨嗟と絶叫と悲願と絶望。あらゆるものが入り交じる戦争で、命を賭して戦うと決めた男は見苦しくも生き残り、生き恥を晒し続けた。かつての戦友達の姿を、消えかかる意識の中に見る。

 

「、、、未練はある、後悔もある。思い出すだけでも吐き気がするほど、何度も自刃しようと思ったほどの罪もある。だが、最期くらいは見栄を張ろう」 

 

 紫龍は身体を起こして胡座をかき、両手を広げ霞の晴れた天を見上げて大声で高らかに宣言する。

 

「我が生涯に!一片の悔い、無ァし!!!」

 

「、、、なんとも。丈夫だね、君は」

 

 得点の追加をコガネは告げず、紫龍は動かなくなる。

 

「あぁ。ここまでやった君を殺すのは避けたかったが、、、兵に止めを刺さないのは、逆に失礼か。君も、輪廻へと還るといい」

 

 ドズッ

 

 今度こそ、的確に心臓を貫いた。そう、死体となった紫龍の心臓を。

 

 ドズゥッ!!! 

 

 紫龍の身体が呪力となって霧散する横で、繊の身体を槍が貫いた。

 

「!!? ゴポッゲボッ、、、そうか、、、そういう術式だったね、、、」

 

「某は稀代の卑怯者で通っていてな、勝つためならば誇りなど捨ててみせよう。まぁ、元より守る尊厳など持ち合わせてはおらんが」

 

 最後の最期、繊と戦っていたのは紫龍の分身だった。

 

「はは、、、完敗。かな」

 

 ブゥンッ、ザンッ

 

 紫龍は刀を生成し、繊の首は宙を舞う。コガネは機械的にアナウンスを流した。

 

「五点が追加されました」

 

「、、、お主は強かったぞ、某の短い歴史で"二番目"にな」

 

 紫龍は繊へと称賛を贈り、その場に胡座をかく。

 

(まずいな、、、全く動けん)

 

 空を見上げながらそんなことを思うと、朧気に紫龍に近付く人物が見えてくる。

 

(、、、、、、誰だ? 敵意は感じぬ、、、)

 

「勝ったのは君なのか、正直意外だった。あぁ、喋らなくていいよ。全部見てたからね」

 

 紫龍は不思議な安堵感に満ち、大人しくなると眠気が誘い出し、言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

「私──ん──もう逝って──った──ね」

 

 紫龍の頭を兜越しに撫でると、反転術式で身体の傷を治し、一言呟く。

 

「──頼むよ。私達の──なんだ」

 

 ガバッ

 

 紫龍は気絶していたことに気付き飛び起きる。

 

「傷が、、、?」

 

 身体は完全に治癒され、疲れも抜けていることに状況を飲み込めないまま立ち上がる。

 

「夢、、、、、、頼む? 何をだ、、、?」

 

 言葉を朧にしか覚えていなかった紫龍は顎に手を当てて再び考え込む。

 

 グゥゥ〜

 

「ムゥ、腹が減っては戦はできん。なにか探すか」

 

 立ち上がり、紫龍は歩きだした。

 

 ──ー

 

 場面を変え、コロニー突入時の高専。

 

 高専内には術師はほとんど出払っていて居らず、高専関係者が数人に学生二人。いつも騒がしいわけではない。しかし、静かに鳴く夜鳥の声が今夜はことさらに静けさを演出していた。

 

「狗巻先輩、さっきから何してんの?」

 

「高菜!」

 

 狗巻は折り紙をずっと折っており、釘崎は対面に座ってそれを見ていた。何をしてるのかと聞かれた狗巻は自慢げに羽根が非対称の鶴を見せてきた。

 

「まさか千羽鶴?」

 

「しゃけ!」

 

「ふーん、、、、、、下手すぎない?」

 

「うめ、明太子」

 

「違う違う、そこは折るんじゃなくて開くのよ。あぁもう、私もやるわ」

 

 狗巻の折り紙を釘崎がとり、お手本を見せながら鶴を作っていく。

 

 静かに折り紙を折る時間が流れていく。しかし、その静寂は突如として別の静寂へと変化する。

 

 ゾワッ

 

 二人の危険信号が警鐘を鳴らし、同時に感覚から理解する。高専内に相当な実力の術師が侵入したことを。

 

「狗巻先輩!」

 

「しゃけ」

 

 二人は戦闘の準備を整え、呪力の元へと駆け出す。

 

 そこで目にしたのは、まるで隕石が降ったかのような惨状に数人の術師が倒れ、中央には術師の頭を軽々と片手で掴んで持ち上げる人間とは思えぬ異形な腰に盃をぶら下げた術師。

 

「おい、そこのお前!」

 

「ん? その格好、、、おぉ、ここの生徒か」

 

「しゃけ、いくら」

 

「あ? 腹減ってんのか?」

 

 カインッ! カンッ

 

「うぉ危ね」

 

 釘崎の放った釘を軽々と弾きながら狗巻と釘崎を見据える。

 

「おい待て待て、聞きたいことがあんだよ。それまで殺し合いは無しで行こうぜ」

 

「どう見ても話し合った後には見えないけどね」

 

「まぁ、利害の不一致ってやつだ。ズルはしてねぇ。気にすんな」

 

「、、、、、、」

 

(どうする? 狗巻先輩)

 

(昆布、すじこ)

 

「いいんだな? 沈黙は肯定と受け取るぜ?」

 

 その場に胡座をかいて座り、話し始める。

 

「俺は苅柳、ここには二つ用事があって来た」

 

「聞くだけ聞いてあげるわ」

 

「一つは夏油傑の死体の回収、出来れば勧誘」

 

「はっ! アレを殺すとか、やれるんならやってみなさいよ」

 

 釘崎は鼻で笑い飛ばして煽り、苅柳にトンカチを向ける。

 

「おいおい、女を殴るのは趣味じゃねぇんだ。その物騒なもんしまいな」

 

「嫌よ、アンタはまだホールドアップ。動くなよ」

 

「気の強え女だな、別に嫌いじゃねぇけどよ。ほら、これでいいか」

 

 苅柳は手を上げて、無抵抗の意志を示す。

 

「で、だ。二つ目はよ。何だったか、、、肋折り? あらましき? まいいや、刹那っていう餓鬼の死体を回収したいんだわ」

 

「「!!」」

 

「どうせ死体だろ? 燃やすくらいならくれよ」

 

 釘崎はトンカチを握りしめながら冷静に思考を巡らせる。

 

(刹那は表向きには死んだことになってる。向こうには情報がまだ行ってないのね、、、だったらここは逆に情報を絞り取る)

 

 狗巻へアイコンタクトをすると、頷いて襟から手を離す。

 

「それは出来ないわ」

 

「あ!? なんで!?」

 

「何も渡さずに何か得るなんて虫がいいと思わない?」

 

「んん?? つまりどういうことだ?」

 

「私の質問に全部答えなさい、そしたら刹那がいる場所を教えてあげるわよ」

 

「なるほど、そりゃ公平だな。縛りか」

 

「あら、存外馬鹿でもないのね」

 

「いいからほら、何でも来い。答えられるもんは答えてやるよ」

 

「じゃあ早速一つ目、アンタの仲間は誰?」

 

「それは答えられねぇな、阿弥部に言うなって言われてるし」

 

「、、、、、、獄門彊はどこ?」

 

「知らん」

 

「死滅回遊の狙いは?」

 

「知らん」

 

「おいコラァ!何にも知らないじゃないの!」

 

「おかか!!」

 

 有力な情報を何一つ持たない苅柳に声を荒げる二人。

 

「俺だって大した事知らねんだって、ただの裏町のファイターにんなもの求めんな」

 

「あー、納得。取られても問題ないやつをこっちに回したのね」

 

「話はしまいでいいか? じゃ、場所を教えてくれ」

 

 苅柳は立ち上がって手をクイクイと動かして向ける。

 

「えぇ、教えてあげるわ。刹那は今、、、大阪よ」

 

「オッケー、大阪、、、大阪ァ!!?」

 

 苅柳は大声で繰り返し、明らかに慌て始める。

 

「すじこ?」

 

「問題ないわよ。遅かれ早かれバレるんだもの。きっと刹那は向こうでも大暴れしてるだろうしね」

 

 釘崎は狗巻の問に答え、苅柳の出方を伺う。

 

「まじかー、、、じゃあ、良いか。ここら辺全部ブチ壊しても」

 

 ゾワッッ

 

 急激に呪力を増幅させて殺気を漏らす苅柳に二人は臨戦態勢になる。

 

「俺と殺りあう気ならよぉ、、、オメェらじゃ約不足だぜ、ガキンチョ」

 

 ズズズッ、、、グビッ

 

 苅柳が呪力を練ると、盃に酒が満たされる。それを飲んだ苅柳は、その姿はどんどん人のそれとはかけ離れていく。真っ直ぐと天を衝く二本の角に、赤紫色に変色して肥大化する腕、瞳は黒目が真っ赤に染まっていった。

 

「俺はそこらのやつとは違うぜぇ!?」

 

「ぶ っ と べ」

 

 ドゥッ!! 

 

 苅柳が拳を振り上げた瞬間、狗巻の呪言が炸裂して後方へと吹き飛ぶ。

 

「うわ、いきなり、、、」

 

「しゃけ!」

 

(喉が枯れてないってことは、実力はどっこいって感じね、、、)

 

 バキバキバキ、、、

 

「何だぁ、今の、、、? 急に身体が後ろにぶっ飛んだぞ」

 

 キンキンッ! 

 

「んぉ?」

 

 パシッ

 

 釘崎は釘を数本飛ばすが、苅柳は簡単にそれをキャッチする。

 

「手、離したほうがいいわよ」

 

「そう言われて離すやつが──」

 

「私の呪力が流れ込むから」

 

 パチンッードズズッ!! 

 

「──っ痛ってぇ!!」

 

 苅柳の手の中にある釘に呪力が流れて呪力の釘が手の中で弾け、声を上げて痛がる。

 

「オマケよ、取っときなさい」

 

 カインッ! バキンッ! 

 

 釘崎は釘を一本飛ばすが、苅柳はそれを殴り飛ばして防ぐ。

 

「掴んじゃいけねーんだろ! そこまで馬鹿じゃねーぞ!」

 

「いいえ、馬鹿よアンタ」

 

「落 ち ろ!!」

 

 苅柳の真上には釘崎が投げたであろう大量の釘があり、同時に狗巻の呪言が釘達に向かって放たれる。

 

 釘は物理法則を無視して地面に高速で落下し、その殆どが苅柳の背へとヒットし、釘崎の簪が打ち込まれる。

 

「簪!!」

 

 ドズズズズッッ!!! 

 

「痛っっだだだだだだ!!」

 

 ゴロゴロと転げ回りながら痛がる苅柳を見て二人は同じ考えになる。

 

「手応えなしね」

 

「しゃけ」

 

「オイコラァ! 馬っ鹿痛てぇじゃねぇかこのアマァ!!!」

 

 背中の釘を地面に叩きつけながらキレる苅柳は、拳を握りしめて釘崎に狙いをつける。

 

「まずはテメェだ、、、」

 

 グビグビッ

 

 苅柳は盃から湧き出る酒を飲むと、さらにその姿は異様な変態を遂げる。

 

「行くぞオラァ! 怪異!!」

 

 ──ドゥッ!! 

 

 苅柳が腕を振る、たったそれだけの動作で風が刃をなして二人に襲いかかる。

 

「ッ!」

 

「すじこっ!」

 

「っこらぁ! 新調したばっかの制服に雑な切込み入れてんじゃねーよ!!」

 

「うめ、、、」

 

 釘崎を心配した狗巻だったが、それをよそに元気にギャンギャンと吠えている。

 

「悪かったなぁ! 勇力ゥ!!」

 

 ドゴォンッ!!! 

 

 地面を叩きつけて地震を引き起こし、そのままの勢いで狗巻を殴りに行く。

 

「止 ま れ」

 

 ビタァッ、、、ビキビキビキッ

 

「どうしたぁ!! さっきより温いぞぉ!?」

 

「ゴホッゲホッ」

 

 呪力が増した苅柳に呪言を使うと、消耗が目に見えて取れる。

 

 バチンッ

 

「しゃあ! 一人目ぇ!!」

 

 クンッドゴォッ

 

 苅柳が狗巻に拳を振り下ろした瞬間、何者かによって受け流される。

 

「誰だテメェ?」

 

「オイオイ勘弁してくれよ、、、」

 

「あ!? えーっと、先輩の先生!」

 

「日下部だ、、、つーか、何だコイツはよ」

 

 日下部が刀で受け流し、苅柳に疑問の視線を向ける。

 

「俺は苅柳だ。面倒だからここにいる夏油傑をとっとと寄越しな」 

 

「欲しけりゃくれてやるよあんな問題児。お前さんに制御できるとは思わんけどな」

 

「、、、夏油ってやつはそんなに人望が無いのか?」

 

「「無い(わ)」」

 

「しゃけ」

 

「えー、、、」

 

「でも、間違いなく信頼できる人間よ」

 

 釘崎は真っ直ぐと苅柳を見つめて言い放つ。

 

(おいおい煽るんじゃねぇよ面倒くせぇ、、、)

 

「へぇ、、、お前らぶっ殺した後に楽しませてもらおうじゃねぇか」

 

「上等! かかってきなさいよ!」

 

「生きのいい女だ、、、術式解放、勇力」

 

 ビキッ

 

 右腕の筋肉が膨れ上がりゆっくりと歩き出す。

 

「は〜ぁ、面倒くせぇ。でも残業は勘弁だが、上に叱られんのはもっと勘弁だしな。退いとけ、殿くらいはやってやる」

 

 日下部は納刀し、カウンターの姿勢にはいる。

 

「新・陰流、簡易領域」

 

「そんなひょろっこい刀で防げると思ってんじゃあねぇぜ!!」

 

 ゴォッッ!! 

 

「抜刀」

 

 ヒュザンッ、ボトッ、、、

 

 カウンターの間合いに入った瞬間、苅柳の手首から先が綺麗な断面を作って地に落ちる。

 

「あ、、、? あぁ!?」

 

「トロいなぁ、お前さん。所詮は借りもんだな」

 

 弧を描き刀から血を払うと、斬った手を蹴り飛ばして苅柳へ返却する。すると、苅柳は手を拾って腕に無理矢理くっつけ始める。

 

「、、、悖乱っ!」

 

 バシュウッ

 

 煙が舞い、手がくっつき、動作を確認するように手のひらを開いて閉じてを繰り返す。

 

「反転術式、とは違うな。お前の術式か?」

 

「俺のじゃなくて酒呑童子のさ。怪力乱神。俺でこんな手間取ってちゃ、アイツにゃ勝てねぇな」

 

「アイツ、、、?」

 

「へへへ、、、俺とは違う、ガチモンの怪物だぜアレはよ、今頃は御三家とか言う奴らのとこにカチコミ行ってるはずだぜ」

 

 苅柳は腕をグルグルと回しながらニヤニヤと笑う。

 

「続けようぜ、術師共」

 

 




明日までに前回だが前々回だかにいったオリキャラのランキングを投稿します。
それでは失礼しまーす。


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おまけ回、今までの(私的)オリキャラ最強ランキング

本作に登場した主人公を除いた、オリジナルの呪霊、術師、呪詛師を少し深掘りしてランキング形式にしたものです。
そもそも術式は相性次第で変わっていくし、戦術によっては簡単に実力差なんて埋まるのでアテにはなりません。そこだけご了承ください。
ついでに言うと、夏油の呪霊は含みません。彼の術式の範疇なので。
そういうのが苦手で見たくないという人は無理せずに、自己完結のほうがいいと思います。
それでは前置きが長くなりましたが、どうぞ!


オリキャラ最強ランキング

 

第十位

「バック・ドラフトって知ってる?」

不知火 燐(しらぬい りん)

使用術式 火狩呪法(かがりじゅほう)

呪力の限り際限のない温度と範囲の炎を創り出す。

技 牙炎(がえん)、熱戦、バック・ドラフト

極の番 劫火(ごうか)

超超超高温の炎で前方を焼き払う。その炎はあらゆる物質を焼き尽くし、呪力や術式さえも焼いていく。

スタートは死滅回遊よりこの方、死滅回遊でも実力を発揮して刹那を口説きまくってた女性です。

受肉して術者となった現代の術師で、術式は火狩呪法。呪力量に応じて熱と燃焼範囲がどんどん上昇します。お察しの通り、熱に上限はないので無限に熱くなります。作中では最後に極の番を僅かな命を燃やして放って散っていきました。

元々は化学専攻の大学三年生で、女性が大好きな普通の学生。

元々禅院家の血筋の主人公にしようか迷っていたんですが、扱いにくそうで却下になりました。

最期は無意識ながら命をかけた縛りを使って極の番を放ち全身を焦がして死亡、後に火葬。

 

第九位

「呪術師ってのは正義感がどうたらで動く連中ばっかだからなぁ、情にすーぐほだされる」

中野 明(なかの あきら)

使用術式 保存呪法(ほぞんじゅほう)

技 二度撃、車の爆発の保存、交渉術、口内爆薬。

次は第三、四話よりこの方。誰だこいつ?が、多分今の皆さんの反応だと思います。そうです、刹那を虐待して✕そうとした最低のゲロ野郎です。作中では言葉巧みに術者を騙して脱走したり、伏黒を殺しかけたりと見事な小悪党っぷりです。

でもそこは腐っても阿頼耶識の一族、術式もさることながら実力はそれなりです。

術式はあらゆるエネルギーを割合的に保存して持ち運べるというもの。割合はストック数によって変えられ、多いほど減っていきます。

例 五つストックするとニ割ずつ運べる。

最盛期はもちょっと強かったですが、家出してヒモになったから弱くなりました。

作者もコイツは書いてて地味に嫌いですが、主人公は基本痛い目とか、辛い目にあってほしいタイプなんですよね。その後のほうが良い出来事を書きやすいし、物語に深みがないというか、なんか微妙な気持ちになります。

だから何も辛い出来事がないなろう系は好きじゃないボソッ

刹那にボコられた後、五条の赫で跡形もなく死亡。

 

第八位

「ぽ、ぽ、ぽ」

八尺様(はっしゃくさま)

さー参りましょう!

お次は、序盤のどの話か忘れましたが初の呪霊エントリー。仮想怨霊、八尺様がランクイン!

刹那が強すぎて瞬殺でしたが、実は弱いわけないです。一応コイツも一級レベルで術式もちゃんと持ってますからね。少なくとも、二級術師一、二人じゃ勝つのが危ういレベルです。名前はありませんが術式は人攫いに近くて、抱きしめた相手を自分が有利な場所へ連れて移動します。一種の領域ですね。

刹那の一太刀で首を斬られて祓われた。

 

第七位

語られたる怪力乱神 

幼体酒呑童子(ようたいしゅてんどうじ)

術式 怪力乱神

双山悪童事変からランクイン、酒呑童子の盃を媒体にした仮想怨霊、酒呑童子の幼体。

本当はもっと強い、めっちゃ強い。でも幼体だったから、領域も術式もまともに使えなかった! 

これじゃあ、ただの怪力呪霊だよ…。

夏油があんだけ言ってたのは単純に呪力がアホ高かったのと、特級を生徒一人に任せるっていう責任感の無いような行いをしたからですね。

刹那の呪力の靄を身体に大量に注がれ、激痛に悶え苦しみながら斬られて祓われた。

酒呑童子の盃は阿弥部によって回収された。

 

第六位

なんと、この二人がランクイン!

「俺が最強だって証明してやる」

阿頼耶識 透(あらやしき とおる)

「貴方達も好きな言葉でしょ?必要な犠牲」

仲見世 心(なかみせ こころ)

双方、死滅回遊からランクイン!一人一人話していきましょう、まずは阿頼耶識透から!

術式 透麗呪法(とうれいじゅほう)式神術(しきがみじゅつ)

技 貫通、透視、複数の武技術、彌虚葛籠(いやこつづら)

あらゆる物質が透ける。ただし、他者の肉体は術式の範囲外であり、透かしている間は脳などの一部の器官が著しく機能しなくなる。

物を透視したりもできる。

強力な術式だが、扱いきれなかった。

こちらは刹那の術式を除けば阿頼耶識家の相伝術式で、非常に防御や奇襲に長けた術式ですね。

兄が強すぎてコンプレックスありまくり。呪物化の理由もそれで、ある意味超ブラコン。

実は彌虚葛籠が使えるため、領域の対策も出来ている。作中では紫龍にあっさりと負けたことから弱く見えるが、式神術を使えたり様々な武技を納めてたりとかなり強い方でした。しかしながら紫龍に煽られ敗れた。

次いで仲見世心に行きましょう。

作中では刹那に次いで技が多かった人物ですね。

術式 靈魂呪法(れいこんじゅほう)

技 蜿蜒長蛇(えんえんちょうだ)蠍渓(かつけい)群幽雀(ぐんゆうすずめ)鷲爪神・載(わしづかみ・さい)抜魂(ばっこん)自律自動人形(じりつじどうにんぎょう)

死んだ動物や人間の魂を他の器に容れることで使役できます。呪霊とは違い魂、いわゆるお化けが見える子ちゃん。墓地やその辺から大量に漁れるので、とんでもない数を使役できます。

人間よりも動物の方が色々出来ますが、人海戦術を使って刹那を追い詰めてました。

その辺りを漂う魂には既に色はありませんが、自身で殺めた魂や死んですぐの魂には微妙に自我が残ります。

真人とは毛色が違うやばいやつですが、前世は墓守りのような仕事をしていて非常に大人しく過ごしてました。しかし、ある事件の罪を全て呪術師だからと、濡れ衣を着せられ終身刑てきなやつ。

そこを羂索に拾われ呪物化しました。

そこから人を信じるのをやめてしまい、人は利用するものという価値観になってしまいました。

最期は刹那の一太刀で痛みを感じることもなく死亡。死体は回収後に火葬。

さあ、いよいよTOP5!

ここから先は本格的にヤバいガチの特級の集まりです!

 

第五位

「強き呪術師よ!存分に呪いあおうぞ!」

木の葉天狗(このはてんぐ)

術式 山ノ神

技 濃霧の発生、火事起こし、風の刃、神隠し

領域展開 颰熾霊峰(はつさかれいほう)

見渡す限り大木の生えた鬱蒼(うっそう)とした森。至るところに火種があり、霧が立ち込め暴風が発生するため、時間と共に領域に入った術師は不利になっていく。

刹那が領域を展開した時の呪霊。既に答えてありますが、宿儺の指三本分。とはいっても、宿儺の指を一本取り込んだ状態なので、実際は1.5とかその辺でしょうか。

本来村の守り神的な呪霊、山に入る不届き者を神隠しに合わせ、殺傷する。しかし縛りの関係上、貢物を運ぶ人間や迷子の子供は対象外。

術式は天狗らしく、山やある程度の気候を操るもの。それだけでなく、火事や霧など多彩な技や罠を張ることができる。領域展開を使うことが出来るため、大抵の術師は為す術もなく死んでいく。

領域対策、自身の得意な状況へと持ち込む狡猾さ、人間を嬲る残虐性、どれをとってもかなり凶悪な部類の呪霊だった。最期は領域、颰熾霊峰を展開。しかし、刹那の領域展開返しの前に敗れた。

 

第四位

噛みつく牙は八本。

特級仮想怨霊 八岐の大蛇(やまたのおろち)

術式 八岐の大蛇

技 

双山悪童事変で一番やばいやつ。

八塩折の酒から創られた特級仮想怨霊。

幼体のクセして単純なタフネスは呪霊の中で一番。

夏油の極の番をもろに食らっても生き残るようなバケモン。

八つの首はそれぞれが同じ術式を持つ"個体"であり、胴体は呪力を山や大地から吸い取り続ける。

胴体を削らない限り無限に首を再生し続けるため、一撃で倒し切る必要がある。

八塩折の酒は回収されたが、夏油が呪霊を服従させて呪力を取り込んだため完全に無力化。ただの熟成させた酒になった。

成体になれば単純な強さは計り知れなかったが、呪術高専の生徒職員の総攻撃と、夏油の極の番の前に敗れた。

いよいよ大詰め、TOP三!!

 

第三位!

「強者は自分以外の人間を守る力があるから、弱者を守る選択肢が出てきてしまうんだよ」

空と宙を司る特級呪霊 空弥(くうや)

術式 空、宙関係

技 心空(しんくう)、真空の刃、御神の日照り(みかみのひでり)、鳥型呪霊の生成、使役

領域展開 青青青玄天(あおみつげんてん)

太陽のようなものを間近に感じ、ジリジリと皮膚を焼いていく。蒼い空が眼前に広がり、足場は心許ない切り離された地面が空を漂っている。

常に空弥は術者の頭上に対空し、下に落ちてしまうと上に向かおうとする無数の使役呪霊に食い殺される。

大きな翼に歪に生える三本の脚、極めつけは鳥の顔。特級呪霊の徒党の一体で刹那と直哉の足止めの為に妨害してきた呪霊。

双山悪童事変(そうざんあくどうじへん)の際には勧誘したり、友達の手伝いなんて言っているが、人間に興味はないから殺してもいいかとか思ってる。

空、宙に関する術式を持ち、太陽さえも擬似的に生成する。圧縮した空気弾を飛ばしたり、空中で太陽を模造したり、真空の斬撃を飛ばしたりする。

常時飛んでいるため、下手に手を出すことが出来ない。

四体の呪霊の中では漏瑚、真人に次ぐ実力だった。

強いからこそ弱者を守るという選択肢が出てくる。

刹那の呪力を消費させるためにビル郡を真っ二つにして、守るという選択をすると分かっている上で大勢の非術師を虐殺しようとする。

刹那の弱点を確実に把握している者の一人。

領域、青青青玄天を展開し、直哉をギリギリまで追い詰めるも刹那とのコンビネーションを発揮した直哉の黒閃によって沈んだ。

 

第二位!!

「我が生涯に!一片の悔い、無ァし!!!」

稀代の卑怯者、生き恥晒しの平安の兵

南雲紫龍(なぐもしりゅう)!!

術式 戰場(いくさば)

技 武芸百般、分身、黒閃

領域展開 戦ヶ魅景(いくさがみかげ)

死滅回遊からランクイン、正真正銘の戦場の兵士。

術式、戰場により半無尽蔵の武具の生成と、全く同じ自分自身を増やすなど状況によっては無類の強さを発揮する術式。

黒閃の経験者だが、領域は死滅回遊で初会得。

千年前の宿儺との大戦争、勝てないとわかった瞬間に、味方全てを相手にみなして自身を大量生成し、逃げることに全神経を注ぎ生き残った。

戦争で死ぬ覚悟もない、稀代の卑怯者だと本人は何度も死のうとしたが意志が弱く死ねなかった。

初登場(厳密には違うが)では既に六十点以上を所持しており、強者感漂う登場を果たした。

刹那との勝負の際、術式をフルに使い完敗。

収めた武技の数は間違いなく作中一。武芸百般とは言っているが百個どころではなく呪力、術式を扱うことによって様々な戦法を生み出している。

しかし、武技の数は多いものの術式を使った技は殆ど無い。そもそも分身を出すことと武技を生成することしか出来ないから当たり前ではあるが。

刹那と行動を共にし、敗北を認めているために絶対的な服従のようなものを縛りで誓っている。

直近では領域、戦ヶ魅景を展開するが会得したばかりで全容は明かされるが、特殊な形態の繊の領域によって初手は無効化されてしまう。

領域の中は幾千幾億の武具と死体の山。まさしく死地であり、領域の中では分身の数という縛りに囚われずに無限に武器を生成できる。

さらには領域の中では自身の生成が任意のタイミングで縛りなしのもう一人と、死ぬ瞬間に自動生成になるため領域を展開している限りゾンビ特攻ができる。

最後の最期は分身と煙玉で目くらましている間に替わり肉盾として使い、奇襲によって繊への生にケリをつけた。

渋いおっさん侍キャラを作りたかったけど、なんか…若干ネタに行っちゃった気がしないでもないなぁ。殴られたときのアァオ!とか。

いよいよ、映えある第一位!!!

 

第一位

「いいだろう…だったら、死ぬまで殺し続けるだけだ」

阿頼耶識家八代目当主、狂気の一族の中でも指折りの実力者!!

阿頼耶識 繊(あらやしき せん)

術式 透麗呪法(とうれいじゅほう)

技 棒術、大墓穴(だいぼけつ)、貫通、透視、黒閃

領域展開 十重二十重之霞灯(とえはたえのかすみとう)

阿頼耶識透の兄、阿頼耶識繊。

術式は透麗呪法。あらゆる物質が透ける。ただし、他者の肉体は術式の範囲外である。物を透視したりもできる。弟と違い完全に術式を使いこなし、鉄棒を使った自在な体術と、紫龍をも凌ぐスピードを兼ね備えている。元々は身体が弱かったが、呪物化からの受肉で完全に克服という裏設定あり。

肉は透けないということと、透かしている間は脳以外のその部位の機能が著しく消えるという決定的な弱点を持つため、初めに体術を鍛えた。

大墓穴は相手も巻き込んで全て透かして落ち続ける脅威の技。呪力を脚に流すことで相殺できるが、もしも沈んでしまえば地面に足が埋まり、そのまま術式の範囲外に行くまで地面を潜行する。範囲外に行ってしまうと晴れて生き埋めが完成。

作中では、何度も下水道に落ちて上がってを繰り返して紫龍を翻弄したりもした。

黒閃を撃つために顔面を集中的に狙ってブラフを貼るなど、戦いながらも頭がよく回るのは阿頼耶識譲りの特性だろう。

領域、十重二十重之霞灯は見た景色そのものが領域の景色となり、それに加えて霞が立ち込める。術者の視界が届かない場所が結界のヘリとなる。

肉体以外のあらゆる攻撃を完全に透かして無効化する。例えそれは、呪言や呪力の靄や五条の茈も例外ではなく、肉体でさえなければいい。

透明化の部分が機能しないという欠点も一応無くなる。

必中のみの領域だが、非常に強力な防御に長けた領域展開となっている。

もし必殺もあったら心臓や骨を抜き取ったりするのかもしれない。

弟の仇討ちをするために紫龍に挑んだが、最後の最期に紫龍の奇襲により、心臓への一突きから刀で首を撥ねられ死亡。

彼は輪廻の輪へと還りました。

 

番外編

阿頼耶識 万代(あらやしき ましろ)

実力的にはこの中では一位でも良いかもしれない、

でもいかんせん戦闘シーンが少なすぎるし、彼女はそういう感じのキャラじゃないので。

(一番の理由は彼女の戦闘を何も考えてない…)

内蔵が全て逆になっており、術式も常時反転…というよりも概念が逆。刹那と同じ重瞳だが、こちらは何も見えていない。

呪力を練るとそれは反転し、正のエネルギーに変わってしまう。厳しい鍛錬をつんでも、身体強化程度の呪力にしか反転させられなかった。

我流対領域術 弥勒(みろく)

術式の白い触手で自らを包み込み、移動型の領域を展開して中身への必中効果をなくす。

そのまま突撃して相手を領域に引きずり込むことで、擬似的に無理矢理領域展開を成立させる。

術式が常に反転しているのでまともに領域展開ができない万代の奥義。

宿儺が唯一友と呼んだ人間。

最初は男としての扱いを求め、宿儺も応じていたが途中から自分に素直になった。

作中では宿儺が何回か男と言っていましたが、ぶっちゃけ宿儺の気まぐれで変わっていて、刹那との対談を終えてからは完全に女性として彼女の姿を脳裏に見ているようです。

大量の非術師を犠牲にした死の呪いによって全身の内蔵が腐り果てて死亡。

因みにいうと子供は彼女と血の繋がった人間が一部の術師と共に逃げおおせて繋げた。

それを裏梅が保護、富士の樹海に屋敷を立てて結界を張り、現代まで一族は歴史の裏で暗躍し続けた。

 

さて、いかがでしたか?少々意外な結果もあると思いますし、予想通りなところもあったと思います。

紫龍と繊はメッチャクチャ迷いました。

やっぱり勝ったほうが強い理論の方がしっくりくるかもしれませんし、最後にズル(?)をして勝ったからーーってのもあるんですよねぇ。

皆背景があって、それを話してしまうのはどうかなとも思ったのですが、二次小説だしいっかなって。

次の話はあの男の活躍回!個人的に私は結構好きなキャラですよ。

 



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第六十二話 二人目の刺客

 ──

 

 同日同刻、禪院家

 

「直哉! どういうことだ!」

 

 声を荒げていたのは禪院甚一、刹那に切り飛ばされた片腕には包帯が巻かれ、全身にも治療痕がみえる。

 

「なんや、さっきから言うとるやろ。扇のおっさんが死んだんやって」

 

「そうじゃない! 一級と同等の術師が、何故反撃の跡もなく首を飛ばされている!?」

 

「そのスキもないくらいにボコボコに負けたんやろ。今までのツケが来たんとちゃうん? 俺らも寝首かかれんように気をつけなあかんねぇ」

 

「ーっ!! チッ!」

 

 直哉は真希が死滅回遊に向かった後に扇の死が発覚し、騒ぎとなっている禪院家を適当にあしらっていた。

 

(扇のおっさんが死んだんは別にええ、正直邪魔やったし。真依ちゃんも京都校の方に行かせた。真希ちゃんは…まぁ、なんとかなるやろ)

 

 袖に腕を入れながら縁側に座り、日の傾きかけた夕焼け空を眺める。

 

「はぁ~暇やなぁ」

 

 カンカンカンカンッ!!! 

 

 その瞬間、禪院家の警鐘が高らかに夜闇に音を鳴らす。

 

「四回…侵入者かいな」

 

(大方、今の禪院ならやれるとか思った野良の呪詛師やろ。つまらんなぁ)

 

 バタバタと辛うじて動ける術師達が直哉の後ろを駆けて入り口へと向かっていく。

 

 事態を軽く受け止めた直哉の耳に届いたのは、耳をつんざくような轟音。同時に放たれた異質な呪力に直哉も瞬時に臨戦態勢になり、玄関へと向かう。

 

 大きな門は既に開門し、周辺の地面が盛り上がり蒸発した水が霧と化し視界を曇らせる異質な光景が広がっている。

 

「誰やアンタ」

 

 直哉は霧の奥に立つ人物に話しかける。

 

「…君が当主かな?」

 

「質問を質問で返すなや、日本の義務教育どうなっとんねん」

 

「義務教…?」

 

「なんやその反応、受肉した呪物かい」

 

 直哉の質問に疑問符を浮かべ、もう一つの直哉の質問に霧でよく見えない人物は答える。

 

「この騒ぎ、あんさんの仕業やろ」

 

「そう、私は廻折四音(もとおりしおん)。この家を潰すためにきた」

 

 ブワッッ

 

 廻折四音。そう名乗った瞬間、風が舞い上がり霧が晴れる。そこから現れたのは淡い紫色のフワリとしたボブカットに、幼さが残る顔。六芒星が描かれた円盤を持つ着物姿の女性だった。

 

「女かい。あ~あ、うちの男衆が揃いも揃って情けないなぁ」

 

 直哉は地べたに転がっている禪院家の躯倶留隊や灯の一部を見てため息をつく。

 

「彼らは確かに弱かった。しかしどんな理由があれ、自身よりも強者勇敢に立ち向かった者たちに向ける言葉ではないよ。訂正したほうがいい」

 

「あんさんの考えはようしらんわ、ウチは実力主義、負けたらそれまでなんよ」

 

「相も変わらず…禪院の考え方は私とは合わないな」

 

 フッ──ドゴンッ!!! 

 

 そう言って呪力を練りだすと、その瞬間に四音の頭上から呪力で生成された拳が振り下ろされる。

 

 門の手前は土埃が舞い、凸だらけだった地面の中央には大きな一つの凹が出来上がる。

 

「なんや甚一君、待ちきれんかったん?」

 

「これ以上、禪院の名に泥を塗るわけにはいかん。直哉、お前も当主ならそれ相応の態度をとれ」

 

「自分がなれんかったからって新米当主イビリかい、心狭いなぁ。許したってや」

 

 直哉がやれやれと手を振りながら煽るのを甚一は無視し、崩した着物を直して屋敷に戻ろうとする。

 

「終わりかい? 私はまだまだ無傷なんだがね」

 

 その声は、砂埃が舞う後方から聞こえてくる。

 

 四音は砂埃を服や髪から払って再び二人の前に立つ。

 

「「!!」」

 

「馬鹿な、あの一撃を食らって立つのか…!?」

 

「いや? 受けてない、遅かったし。呪力云々よりもダダ漏れな殺気を隠すべきだと思うよ。でも、威力は眼を見張るものがあるね、見事だ」

 

 後ろのクレーターを見て四音は称賛を贈る。

 

「仲間のことを心配して一撃に絞ったのも好印象。さて、私も一つお返ししようかな」

 

 四音は円盤の六芒星を三角形になぞり、一言呟く。

 

(えん)

 

 ゴウッッ

 

 瞬間、甚一の足元から炎の柱が上がり、それを二人は咄嗟に避ける。

 

「うぉっ」

 

 トンッ

 

「なんや、危ないなぁ」

 

 四音は上に頂点がくる凹三角形を描く。

 

(れい)

 

 火柱は甚一に向かって渦を巻いて追尾していく。

 

「チィッ! 俺か!」

 

 ダッ!! 

 

 甚一は避け続け、自身が巻き起こした砂埃に向かっていく。砂塵に火柱が突っ込み、粒子は連鎖的に火花を散らして小規模ながら粉塵爆発が引き起こる。

 

 パチチッ──ボゥンッ! 

 

「ふーむ、まさかこれで終わりではないだろうね」

 

 ドガンッ! 

 

「フンッ!!」

 

 甚一は爆発の中から飛び出し、今度は無数の拳を振り下ろす為に呪力を練る。

 

 ツイッ

 

 しかし、四音は二本線を指でなぞり呪力を流す。

 

重力(ちょうりき)

 

 ビタァッ! ボキキッッ

 

「ぐあァッ!」

 

 空中で甚一は停止し、上下からの重圧に潰されるかのように腕の骨が砕ける。

 

「君も頑張った、休むといいよ」

 

 パチンッ、ドサッ

 

 指を鳴らした合図で空中から落下し、甚一は気絶して地面に横たわる。

 

「さて、君は何故、共に戦わなかったのかな?」

 

 四音は直哉に向き直り不快感を表す。

 

(なんやコイツ…強い。少なくとも、俺以外の炳よりは確実に…相手したるか)

 

 怪我をしているとはいえ、禪院家の現NO2である甚一を圧倒した姿を見て笑みを溢しながら冷や汗をかく。

 

「観察やよ、どんな術式か分かったほうがことが有利に運ぶやろ?」

 

「なるほど、合理的だね。悪印象ではあるが」

 

「よう知らん女に好かれたっても嬉しかないわ」

 

「ハハ、たしかにそうだね。さて、先の会話から君が当主と見た。ほら、早く動物を象れ、呪い合おう」

 

 四音は手の形をクイクイと変えて直哉に笑いかける。

 

「あ? あー、なるほどなぁ。ええで、見せたるわ。これが俺の術式、や!」

 

 ドヒュンッ! ドガッ! 

 

 直哉は投射呪法で距離を瞬時に詰め、四音を蹴り飛ばす。しかし、蹴り飛ばしたはずだが全くの手応えのなさに疑問符が浮かぶ。四音はフワリと着地し、顎に手を当てて考える。

 

「んー? 君は禪院家の当主じゃないのか? 十種影法術はどうした?」

 

「ごあいにく様。今の当主は俺で、使とるんは投射呪法や」

 

「えー…そうか、玉犬や脱兎はいないのかぁ…」

 

「つーか、なんでそないなこと聞くねん。アンタいつの時代のモンや?」

 

「むぅ…改めて名乗ろうか、私は廻折四音。平たく言えば強豪争いに破れた一族だよ」

 

「もとおり…あかん、知らんわ」

 

「まぁ、あの頃は色んな家が争っていたし、私を知らないのも無理はない。私の家は父の代でかなり衰退したしね」

 

「見る限り、潰れるような実力には見えへんけどな」

 

 直哉は周囲を見渡して軽口を叩くように話す。そして四音は、神妙さとあどけなさを伝える顔で話し出す。

 

「…今でも伝わっているのかな?阿頼耶識は」

 

「!!」

 

 四音の口から飛び出した聞き覚えのある苗字、驚きのあまりに直哉は目を見開く。

 

「歴史の裏のさらに深くでは…語られることのない暗躍者がいたのさ」

 

 四音は円盤の六芒星をなぞりながら淡く笑って話す。

 

明野家(あけのけ)酉裏家(とりうらけ)深暁家(しんぎょうけ)…実に多くの名家が私の父の代で衰退していったよ。理由は、当主を含めた有力な術師がその家から消えたから」

 

 四音はクスクスと笑いながら話し、直哉はそれを静聴する。

 

「いつかの会議で、阿頼耶識という誰も聞いたことがない一族の名が上がった…ありえないという反発を唱える老いぼれや、徹底的に探し出して始末しようと提案する新参の家、実に多様な反応だった。私も当時は恐れたよ、私も狙われるんじゃないかとね」

 

 四音は肩を震わせ、自分を抱きしめるように力を込める。

 

「まぁ結果としてそれは無かったわけだけだが…おっと、すまない、君には関係ないことだね。続けようか」

 

「ぎょーさん時間つこて、アンタの昔話につきおうとる暇ないわカスが。もう一度三途の川をわたらせたるさかい、安心して逝けや」

 

 四音はニコリと笑い、直哉は怒りの形相を浮かべ、呪い合いを再開しようと二人は同時に呪力を練る。

 

(向こうの術式にかかったら潰される、先に円盤を奪う!)

 

 ダッ! 

 

 直哉は駆け出し、四音は凹三角形を左上に角が出来るようになぞる。

 

(かざ)

 

 バフンッ!! パシッ! ピタッ

 

「?」

 

「!?」

 

 投射呪法で掌が四音に触れた瞬間、直哉の足元から突風が巻き起こり吹き飛ばされる。

 

「チッ」

 

 パッパッパッ

 

 術式で即座に着地し、身体の硬直を確かめている四音に即追撃にかかる。

 

「シッ!」

 

(つち)

 

 ボゴォッ!!! ダァンッ! 

 

 逆三角形の頂点に一本線を書くように一筆でなぞり土が盛り上がる。直哉はそれを蹴り飛ばして距離を取る。

 

「なんだ? 全く分からないな。その術式、まぁ取り敢えず触らせなければいいか」

 

 ツイツイツイッ、ゴオウッ! ギュルルルッ! 

 

 三角形、逆三角形をなぞった後に、一本線を人差し指で二回なぞると、炎の柱が上がり上からは水の波が直哉を襲う。

 

炎下水上(えんげすいじょう)

 

 ドヒュンッ! ダダダッ

 

 直哉はそれら全てを見切り、四音の懐に潜り込んで攻撃しにいく。

 

 バチィッ! ガガガガッ! 

 

(なんでついてこれんねん!?)

 

(速い…!防ぐので手一杯だ)

 

 直哉の高速の攻撃に四音はギリギリながら対応する。

 

 パシンッヴゥンッ

 

「っ!」

 

 ドグッ! バガンッ! ドォンッ! 

 

 一瞬掌に触れた四音はノーガードで直哉の肘打ちを食らい、円盤を弾き飛ばされて蹴り飛ばされる。

 

「なんや、ちょい焦ったけどこんなもんかいな」

 

 バキバキ

 

 円盤を踏み壊し、ニヤリと笑って見せる。

 

「ゲホッゲホ」

 

 ガララッ

 

 瓦礫を退かしながら立ち上がり、咳き込みながら直哉の方に向き直る。

 

「…いやぁ、正直舐めていたよ」

 

 四音は手首までの手袋のような、銀色の時計の装飾がされた籠手を嵌める。

 

「近接は苦手だけど、仕方ないね」

 

 どくんっ

 

 バチィンッ! 

 

 直哉は瞬時に距離を詰めて拳を突き出すが、下から蹴り上げられて避けられる。

 

「チッ!」

 

 ダンッ! 

 

 ヒュッバギッッドガッバゴッ! 

 

 どくんっどくんっ

 

 ガゴッバキンッ! 

 

(なんやこいつの呪力、まるで二人分の呼吸みたいやな…でも体術は俺の方が上や)

 

 直哉の動きを速度で下回る四音はギリギリでいなしていく。掌に触られるのを確実に避けながらも反撃を繰り出し。足で三角形に一本線を一筆で書いて呪力を流す。

 

 ザリザリィッ! 

 

「風」

 

 ビュオウッ、ビタッ

 

(術式!? 円盤が無くてもイけるんかい!)

 

 直哉の投射呪法は動きを正確にトレースできなければ一秒停止する。予想外の風に直哉は動きをトレースできずに停止する。

 

 バゴッッ!! ザリィッ

 

 どくんっどくんっ

 

「ガハッ」

 

「難しいな、噛み合わなかったか」

 

 四音の繰り出した両の拳は、同時に直哉の鳩尾に直接ダメージを与える。

 

「ゲボッゴホッ」

 

「だんだんわかってきたぞ、君の術式」

 

「そうかい、こっちはサッパリや」

 

 ダッ! ドガッバキッガゴッ

 

 両者は一歩も引かずに術式を使い呪い合う。

 

 直哉の術式に対応する四音は意図せずに速度を重ねないため、一定間隔で直哉の術式を解除する。

 

(チッ! 無意識で俺の術式を解除しとんのかコイツ!)

 

(速い、投射呪法…興味深いな。加茂家や五条家もなにか別の相伝が産まれてるのだろうか)

 

 ズダァンッ!! ドッドッドッドッ!! 

 

「最高速度でぶち抜いたるわ」

 

 直哉は重く地面を一歩踏みしめ、投射呪法を重ね掛けし続けながら四音の周りを走り続けてスピードを上げていく。今の直哉は全盛期の直毘人を超えるスピードを出すことができる。一方で四音は六芒星を一筆書きで空中に多量に描き、連ねていく。

 

 ツイツイツイツイツイッ

 

「極の番、籠目」

 

 ──ー"ォ"ン"ッ!! 

 

 バギッィッンッ!!!!!! 

 

 直哉の最高速度の一撃、しかしそれは何かが割れるような音のあとに弾かれ、両者とも後方に飛ばされるが威力は完全に相殺された。

 

「!?」

 

 トンッ

 

 どくんっ! 

 

「今」

 

 バヂィィッ!!! ドヂュッ!! 

 

 四音は一瞬の隙をつき、直哉の腹に拳を突き出す。その時、二つの蒼い呪力が同時に弾け、直哉の腹に二重の衝撃が走る。

 

 耐えきれずに術式の作用で空中でフリーズし、そのまま後方へと跳ねて吹き飛ばされる。

 

「ゲボァッ」

 

 ダンッゴッドゴッ!! 

 

(なんや今の威力…!)

 

「さっきの話…実は寓話じゃない。阿頼耶識は架空の呪詛師ではない、確かに実在した」

 

 四音は籠手を見せながら直哉の怪我を遠目に確認する。

 

 呪具 逢魔ヶ刻

 

 呪力を自己補完する呪具。

 

 12の鼓動を刻み、ランダムなタイミングで呪力を放出する。呪力放出と術者のインパクトが噛み合うたびに補填呪力は"無限"に増えていき、鼓動のタイミングも増えていく。その扱いの難度から、誰も使いこなせず、今日まで陽の目を見ることがなかった。呪具でも他に類を見ない、生きた呪具と形容される。

 

「もう立ち上がることもできないだろう。さて、次は加茂だったかな」

 

「ちょい待ちーや…」

 

 頭から血を流して直哉は立ち上がり、四音を呼び止める。

 

「もう立たないほうがいい。肋、あと内蔵も数個傷ついている。それ以上やれば命の保証はできないぞ」

 

「ハッ! アホ抜かせ。この程度で俺は止まらへんわ、なに勝ち誇った気でいんねん。やるんなら最後までやれや」

 

 直哉は血の唾を吐き出し右手の中指を立て、呪力を再び練りだして継戦の意志を見せる。

 

「やれやれ、仕方ない。意志だけで繋ぐ君の拙い心を、完全に手折ろうか」

 

 四音は親指を突き合わせ、他の指全てを第一関節部分で網目に組む。

 

「領域展開…忌ミ籠ノ現(いみえのうつつ)

 

 ズアァッッ

 

 直哉は四音の領域に引きずり込まれる。

 

 三角形、凹三角形、逆三角形、一本線、籠目。六芒星に内包される全ての図形が空を漂い、地面へ描かれ消えてを繰り返す。 

 

「まぁ、私がなぞる過程を飛ばすだけの領域さ。大したことはない」

 

(領域…!!)

 

「現代の術師は領域を難しく考えすぎている。結界を閉じて術式を付与する。ただそれだけなのにね」

 

「術師の到達点を簡単にいうなや…秘伝・落下の情」

 

 直哉も対領域の秘伝を使うが、四音が使うのは自然現象に近い炎や風、直哉の術式とは極端に相性が悪いのは明白だった。

 

 ビュゴオウッ!! 

 

 直哉は攻撃が始まると同時に駆け出し、術式を避け続けていく。

 

(いま俺が優位に立てるのは速さ! さっきの一撃も何度も防げるもんやない!)

 

 術式が当たった瞬間に超高速で駆け抜ける直哉に術式は当たらず、ジリ貧が続く。

 

「…これならどうかな。風水重力(かざみずちょうりき)

 

 ポタポタッ…ドザァァァッ!!! 

 

 空中に描かれた模様から降り注ぐ雨の粒は、暴風と上からの重力によって礫に変わり、領域の中は逃げ場のない痛みの檻と化す。

 

 バヂバヂッビヂヂッ! 

 

「ぐぅっ!」

 

「いかに速くとも、降り注ぐ礫の雨を避けきれるはずもない。ほら、どんどん遅くなっているぞ」

 

 ビタッズジャァー

 

 直哉は自らの術式に動きを縛られて盛大に転がっていく。

 

「ハァッ…ハァッ…」

 

「なにか策でも? それとも、ただの意地かい? 感心しないぞ、それは」

 

 指でツイツイと六芒星をなぞりながら四音は直哉を見下ろす。

 

(やるしかない…思い出せや、呪力の核心を…!)

 

「…投射呪法は…ハァッ…己の視覚を画角とし、一秒を二十四分割してその動きを後追いする…」

 

 直哉は仰向けからうつ伏せに直り、術式の開示を始める。

 

「術式の開示かい? まだ知らない術式を知れるのは楽しいが…悪手だろう、それは」

 

「その反面、過度に物理法則を無視すると、ゲホッ一秒、フリーズする。そして…術式発動中の掌に触れた相手もそれが強制されるんや」

 

 ポポポポッ

 

 直哉はそこまで話して立ち上がり、呪力を練って術式で画面の箱を掌から作り出し、深呼吸を一つ置く。

 

「でもなぁ、解釈を広げるんが術式や。フリーズの時間を1秒から0.5秒に縮める。そんでもって、触れるのは掌やのうて…"俺が作り出す画面に触れたらを条件"に改ざんする」

 

 ダヒュンッ!! ポポポポッ

 

「まだやるのかい?」

 

(目が慣れてきた、速いことは速いが追いつけなくはない)

 

 四音は再び雨の礫を降らせる。直後に直哉は術式を発動し、掌から作ったフレームの箱を四音の周りにばら撒く。

 

 それによって礫の雨は停止を繰り返し、直哉が抜ける穴ができる。

 

 ドザァッビタッ

 

「!!」

 

「言うたやろ! 画面に触れたらやって!!」

 

 直哉の術式は、もはや止めれる対象を選ばない。

 

 あらゆる現象、動きをその場に留める。

 

 加えて黒閃を経験し、刹那に二度目の敗北をきっしてから、直哉は自らの術式と再び向き合い、もう一段階先のステージにいた。

 

(これが…身体を考えへんよう出せる俺の限界速度や)

 

 ドォッンッ!! 

 

 24fpsから、60fpsへと。

 

 己の視覚を画角とした二十四分割を、直哉は六十分割することに成功していた。速度は重ねられ、更に加速する。

 

 ────"ン"ンッ!!!!! 

 

(約四秒、四回分がほぼ限界! 半分を速度に、もう半分を攻撃に当てる!!)

 

 一秒

 

 直前までの加速を殺さぬように地面を強く踏み込み身体を慣らし、四音の周りを駆け巡って画面の箱をばら撒く。

 

 ニ秒

 

 さらに速度を重ねるために幾何学的に縦横無尽に走り抜け、残像で軌跡を描いていく。

 

 禪院家相伝の術式、投射呪法が可能にする、超超超高速移動。もはや人間の反射の限界を超え、先の先を感覚と経験のみで作っていく。

 

 四音の目に映る無数の残像、術式を展開しても投射呪法がそれを止め、もはや四音の目には直哉の本体を捉えることはできない。

 

(全く見えない! 何だこの速度は!? この威力を食らうのはまずい!)

 

「極の番──!!」

 

 ビタッ! 

 

 三秒

 

 術式の制御が至難になる頃合い、既に直哉は自身の動きを正確にイメージできず、勘で動きを作っている。

 

 褪せる色さえ見えない速度と集中の渦中、負荷に耐えきれない瞳が赤く染まり身体が悲鳴を上げる。

 

 極の番発動前に箱に触れて動きが止められ、直哉が目の前に現れる。既に直哉は次の動きを脳内で作り始めている。

 

 次に起こる結末を予想した四音は思わず目を瞑って身構える。

 

「いやっ──」

 

 四秒

 

 身体の機能を保てる現在の限界速度、これ以上は失明してしまう。そんな速度が重ね掛けされ、1フレーム中に五発の拳が打てるようにイメージ。これにより、一秒に三百発の拳が成立する。

 

 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!! 

 

 ゴォォォォォッ!!!! 

 

 

 

 

 

「………空…振り…?」

 

 空白の一秒間、業風が吹き荒れて二人の術師は動きを止める。

 

 直哉の攻撃は全て四音の顔のギリギリで空を切った。

 

 ビチンッ

 

「イタッ」

 

「んなわけあるかいアホンダラ」

 

 四音の額に呪力のこもったデコピンをうち、その場に胡座をかいて座り込む。

 

「へ? …え?」

 

「はよ領域解けやバカタレ」

 

「え、あ…はい」

 

 シュゥゥン…

 

 四音は直哉に言われて領域を解除し、その場にへたり込む。

 

 領域が解除され、二人が出てくるのを禪院家の術師が総動員で迎える。

 

「直哉様!!!」

 

「当主殿!!」

 

「うっさいわ」

 

 直哉は悪態をつくが、四音は同時に戦闘態勢にはいる。

 

「あんさんも呪力練んのやめーや。俺に負けたんやろがい」

 

「いや…でもっ」

 

「直哉、説明しろ」

 

「直哉さん! どういうことですか!?」

 

 甚一と蘭太が直哉に近付きながら事情の説明を求める。

 

「説明ばっか求めんといてや。疲れてんねて、ゆっくり話させてーな」

 

 息を切らした直哉はこめかみを抑えながら目を閉じ、一呼吸おいて話し始める。

 

「甚一君生きとるやん? 最初から誰も殺す気なんて無かったみたいやし、実力も術式も申し分ない、ウチで面倒見よ思て」

 

「「…はぁ!??」」

 

「当主らしい振る舞いが必要なんやろ? 寛容さも見せれて禪院も繁栄、最高やないかい」

 

 二人は感嘆の声をあげ、四音も状況を上手く飲み込めずに直哉を見つめる。

 

「あんさん、誰も殺してへんやろ。それを殺すのはまぁ、知り合いが怒りそうな気がしてな。俺が始末つけたるさかい、大人しく言う事聞きーや」

 

 ポカンとした表情のあとに状況を理解した四音は口を開く。

 

「…紳士的…なんだね。…初対面よりもずっと好印象だよ」

 

「そらどーも。そう思うんなら肩貸してくれや、こっちはもう立つのもしんどいんよ」

 

 四音は直哉の手を掴んで肩を貸しながら立ち上がり、屋敷に歩いていく。

 

「…ここまでしてくれたのに、君になにも得がないのはいささか不憫だ。死滅回遊…興味あるんじゃないか?」

 

「……あのデカい結界やろ。ここから一番近いところで一時間足らずや」

 

(今から行けば真希ちゃん辺りには追いつけるか?)

 

「これは私見だが君も参加したほうがいい。君の実力なら充分に行って無駄にはならない。その時は私が案内しよう」

 

「聞きたいことがえらい増えたなぁ…頼むわ」

 

 四音は薄く微笑んで直哉と屋敷に歩いていった。




直哉主役回でした!
領域展開出し過ぎかなとも思いましたが、ほら、原作はうろとか石流とか乙骨とかもできるの判明してるし昔の実力ある当主だし、、、ということであんま気にしません。


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第六十三話 最悪の呪霊

UA数十万人突破!!!!
ありがとうございます!!
最初は数十人見てくれるだけで満足だと思っていたのが、今ではお気に入りも数百人、評価も赤をなんとか維持できていて感謝の気持ちでいっぱいです!
ここまで見てくださる方、これからも完結までよろしくおねがいします!


 ズバンッッ! 

 

 血飛沫とともに腕が宙を舞い、刈柳はそれをキャッチして煙とともにくっつける。

 

「だァァッ!!! 何回腕ぶった斬るつもりだよクソジジィ!!」

 

「お前は何回くっつけんだよ、面倒くせぇな。あと俺はまだジジイって歳じゃねぇ」

 

 ガギンッバゴッ! ギンッ! 

 

 荒々しく拳や蹴りを繰り出していくのを刀で流していく。

 

(どう考えても生身で出る音じゃねぇんだよなぁ…)

 

「止 ま れ!!」

 

 ビタッ! ビキビキビキッッ! 

 

「効くかぁ! こんなもんん!!」

 

 狗巻の呪言を有り余る膂力と溢れ出る呪力で無理矢理抜け出し、拳を振りかぶる。

 

 ザンッ!! 

 

「させるかよ」

 

 日下部は振りかぶられた腕を斬り落とし、瞬間的に刈柳は落とされた腕を持ってニ人から離れる。

 

「悖乱!!」

 

 バシュウッ! 

 

 腕をくっつけ、腰の盃に呪力を流して酒を満たしてグビグビとあおる。

 

「大して手応えないな」

 

「しゃけ、すじこ」

 

「問題はあの盃から出るお酒よね」

 

「そうだ。正しく使えば無制限に呪力が溢れる。金次の術式と似たもんだ。だがその反面、特級呪物たるが所以だな、中毒性があり過度に飲めば戻れなくなる…はずなんだがなぁ」

 

 既に刈柳はここに来てから五回程、盃を空けている。明らかな呪力の供給過多に違和感を覚えるが本人はピンピンとしている。

 

「また呪力が増えてんなぁ」

 

「お喋りは終わりか? だったらまだまだいくぜぇ!!」

 

 ダガンッ! ゴォゥ!! 

 

「怪、異ぃ!!」

 

 地面を強く踏み込み、拳から人魂のような炎を出しながら日下部に向かって殴りかかる。

 

「離れてろ」

 

 ガギンッ!! ドッッ!! ガシッ

 

 日下部は二人に指示を出して拳を受け止め、呪力で強化した前蹴りを繰り出す。

 

「ゲホッ、掴んだぜ」

 

「やべっ──」

 

 ブォンッッッ!!! 

 

 蹴りは確実に鳩尾の部分を捉えた。

 

 しかし、刈柳は裏町のファイター。痛みには常人以上の耐性を持つ。日下部は全ての斬撃を回避されなかったことから目に見えて慢心していた。

 

 刈柳は片手で日下部の足を持ち上げて振り回し、高専の方向へとぶん投げる。

 

 ガジャァンッッ!!! 

 

「「!!」」

 

「やっと一人、イくぜぇ!!」

 

 ダォンッ! 

 

「っ簪!!」

 

 バララッ、バキバキバキバキンッ!! 

 

 釘崎は持っている釘を数本ばら撒き術式を発動させる。

 

 ドズズズッ!! 

 

 刈柳の身体に、巨大化した釘で無数の穴が開くが勢いは衰えることなく刈柳は突撃していく。

 

「ふっとべ!」

 

 ビュンッ

 

「うわっ!」

 

 狗巻は刈柳ではなく釘崎に向かって呪言を放ち、重力を無視して吹き飛ぶ。

 

「やっぱ邪魔だなお前…!」

 

 血管が浮き出て、狗巻に向かって突撃する。

 

「オラァ!!!」

 

 ビキビキッビキキッ

 

 腕が膨張した刈柳は腕を振るい、狗巻はそれをしゃがんで回避し、呪言を放つ。

 

「う ご く なっ!!」

 

 ビタッ、ドゴッ! バシンッゴヂャッ

 

 動きの停止した刈柳の顔面に蹴りを叩き込み、鼻血が出る。そのまま足狩りで転ばせ、顔面に拳を叩き込む。鈍い音とともに血が吹き出すが、刈柳は不敵に笑う。

 

「この痛み! 良いぜお前ぇ!」

 

 ダンッ! 

 

 刈柳は飛び上がり狗巻に全力の蹴りを繰り出す。

 

 ゴォッ!! バゴンッ!! 

 

「止まれ!」

 

 狗巻は呪言を放ち、動きを一瞬静止させる。しかし、止めきれずに風圧で後ろへと吹き飛ぶ。

 

「大分弱くなってきたなぁ〜?」

 

 ニヤニヤと刈柳は笑い、狗巻を一旦無視して吹き飛んだ釘崎の元へと酒を飲みながら優長に歩く。

 

「…女ならもっと怯えろよ」

 

「お生憎さま、アンタなんかちっとも怖かないのよ。上等、その頭かち割ってやる」

 

「威勢がいいなァ!! お望み通り頭ブチ割ってや──」

 

「堕 ち ろ!!!」

 

 ズンッッ!!! ヴァゴンッ!!! 

 

「ゲボォアッ」

 

 ボタダッ

 

 重々しい音と元に刈柳は地面の大きく空いた大穴に沈み込み、高専全体が揺れる。威力の高く、さらに呪力量がバカにならない相手に呪言を放った反動で狗巻は膝をつく。

 

「狗巻先輩!!?」

 

 沈み込んだ地面の音と共に一瞬、静寂が流れる。時間にして二十秒程だろう。堕ちた地面の底から、血を流しながら刈柳は這い上がってくる。

 

「痛ってぇ…」

 

 けして軽くはないダメージ、だがそれは盃に満たされる酒を飲むことで回復されていく。 

 

 グビッグビッ

 

 酒を煽る音は徐々に静かになり、刈柳の傷は完全ではないが治っていく。

 

「あの野郎…まだ生きてたのか」

 

 カインッバズンッ! 

 

 刈柳は気絶した狗巻に向かって歩き出すが、後ろから釘崎は釘を飛ばし、術式を使用する。

 

 背中に刺さるが、ダメージは殆ど見受けられない。

 

 しかし、この場で釘崎の才能が光る。

 

「あら、この私のオーラに当てられて戦うこともできないのかしら。それとも…ただの弱腰なのかしらね?」

 

「……あ"? てめぇ今なんつった?」

 

「弱虫はとっととしっぽ巻いて帰れって言ってんの。やっぱり見た目通り頭悪いわね」

 

 ビキビキビキ

 

 けして上手いとは言えない煽り文句。しかし釘崎の一挙手一投足は見る者の目を引く、天性の煽りの才能。刈柳は理論で動くタイプではないこともあいまって誘導に成功する。

 

「てめっー!」

 

「抜刀っ」

 

 ズバンッ! 

 

 刈柳の腕が瞬間的に斬撃で飛ぶ、血は殆ど流れずに呪力が僅かに霧散する。

 

「チッ、勘弁願いたいぜ全くよぉ」

 

 呪力で身体を守っていた日下部は殆ど無傷で高専の校舎から飛び出し、斬撃で腕を斬り飛ばす。

 

「まだ生きてやがったのかテメェ!」

 

「お粗末なもんだ。馬鹿正直すぎるぜ」

 

 釘崎の元へと納刀して向かい、アイコンタクトで釘崎は意思を汲み取る。

 

「鬼なんだろ? 追いかけてきなさいよ」

 

 カラランッバチンッバズバズバズッ! 

 

 釘をばら撒き術式を発動して砂煙を発生させ、釘崎は広い高専の内部で文字通りの鬼ごっこを始める。

 

 ブチンッ

 

「クソがァァァァァァァ!!!!!」

 

 二人の背後から鬼の怒号が鳴り響く。

 

 タッタッタッタッ

 

「硝子さん、狗巻先輩に気づくかしら」

 

「あぁ。俺たちはこのまま隠れんぼを続けりゃいい。もう簡易領域を展開しなけりゃ腕は斬れない。もともと首や胸は硬かったが呪力の供給が増えたせいでまともに斬れる部分がなくなってきやがった」

 

「時間稼ぎ…どのくらい稼げばいいの」

 

「最低でも五分は稼ぐが、まぁ十分程度でいいか」

 

(あそこまで変異したらもう少しだ。あと四、五回ってところか)

 

 二人は話しながら高専の奥の方へと走っていき、釘崎は適当に釘をばら撒いていく。

 

 バゴンッ!! ドガァァンッ!!! 

 

 その間にも障害物や壁を構わずに破壊し続ける音が聞こえてくる。

 

「ここでいい、呪力を抑えろ。やつは術師としては二流もいいとこ、残穢の追い方すら知らんだろ」

 

 二人は息を潜めて入り組んだ道で姿を隠す。

 

「もう! いい!! かーい!!!」

 

 バゴンッ! 

 

「…ハズレか」

 

 ダゴンッ! ドゴンッ! 

 

 刈柳はメチャクチャに破壊しながら歩みを止めずに探す。

 

 コツーン…コツーン…

 

 戦闘できる呪術師がいなくなった高専には、刈柳の革靴が地面を叩き反響する音が響く。

 

 ……バキンッ

 

 釘崎は術式で音を鳴らす。

 

「ソコかぁぁ!!!」

 

 ドゴォォンッ!! 

 

「? いねぇ…」

 

 釘崎の呪力が弾け、狙い通りにその場所へと誘導され、頭に血が上り始める。

 

「コケにしやがってぇ…!!」

 

 バゴンッ!! ドゴンッ!! 

 

「…今更だけど修理費凄そう」

 

「俺の給料から天引きだけはやめてほしいもんだ」

 

 釘を片手に持ち、警戒しながらも軽口を叩く釘崎の一言に、日下部は禁煙の為に舐めている棒飴を手に持ち、壁に背を預けて言う。

 

「さて、そろそろか」

 

 時計を確認し、十分が経過したのを確認するとスタスタと歩き始める。

 

「えっ、時間稼ぐんじゃないんすか!?」

 

「あぁ、稼いだぞ。十分」

 

「え、は…?」

 

 釘崎と日下部の時間稼ぎは目的が異なっていた。

 

 日下部は初めから狗巻の回復が目的ではなかった。

 

「棘なら大丈夫だ。相性は悪かったが、そもそも別にアイツを倒せないわけじゃないしな」

 

「? …??」

 

「いいか釘崎、今俺達は先を見据えて戦わなきゃならん。夜蛾さんや七海、その他にも多くの一級術師が亡くなってる。そんな中、残った俺達は呪術師といコミュニティを後に繋げなきゃならない」

 

 日下部は刀を持って刈柳の前に登場し、釘崎に現状を改めて伝える。

 

「よぉ…会いたかったぜぇ!!」

 

 満面の笑みと怒気を孕んだ拳は日下部に向かって振り下ろされる。

 

 ドゥンッ! 

 

 ガキンッッグルルッバゴンッ!! 

 

 拳を鞘で受け止め、その力を利用して空中で半回転させ地面に叩きつける。

 

「まぁ、この程度じゃ効かないわな」

 

「温いぬるいヌルイ!!」

 

 刈柳の身体はどんどんと異色に変貌を遂げ始めるのが目に見える。角は更に肥大化し、目は真っ赤な瞳に黄色の瞳孔、腕や身長も元の二倍はある巨躯。

 

「始まったか」

 

「ゴヂ€¶¢=`¶$[¶」

 

「分かんねぇよ」

 

 ズババババンッ!! 

 

「"ォ"ォ"オ"ッ!」

 

 正面から斬撃を連続で繰り出し、動きを抑制させると刈柳は狼狽える。

 

 同時に、後ろから足音が響く。静かに、それでいて慌てずスピーディーに、それは近付いてくる。

 

 コツコツコツコツッ

 

「ご苦労様、ジャスト十分だ。狗巻の怪我は治し終わったから安心してくれ」

 

「あいよ、いっちょ上がりだ」

 

 家入硝子が刈柳の後方から現れる。

 

「硝子さん!? なんで!? こんなとこ来ちゃ駄目ですよ!」

 

「ここは高専の内部だぞ? 私がいても不思議じゃないだろうに」

 

「そうじゃなくてぇ!」

 

「#("+)")#;"))#)91(%!!!!」

 

 刈柳は変質した巨腕を煙草を蒸して薄く笑う硝子に振るう。風を切る音、確実に頭を潰すかと思われた剛腕が地面を叩き潰すことはついぞなかった。

 

 ビダッッッ

 

 ギチギチギヂッ…

 

 刈柳の身体は無数の髪の毛のようなもので拘束されている。動こうとするたびに絡まり、足元にも別の術式による触手が拘束を施している。

 

「硝子、頼むからもう少し大人しく登場してくれないか?」

 

 空から鳥のような呪霊に乗って現れたのは夏油傑。

 

 手持ちの呪霊の八割を消費していた彼は、念の為に保管していた呪霊の玉と各地を高速で飛び回って呪霊を回収していた。

 

「夏油が上にいるのは分かっていたし、問題なかっただろう?」

 

「それは結果論だ。そもそも非戦闘員の硝子が前に出るっていうのが問題で、唯一の反転術式者が──」

 

 バヂンッ!!! 

 

「%-+&#%(¥¥-2/;¥!!!」

 

「ちょっ、倒せてないじゃん!!」

 

 刈柳は力任せに拘束を破り、夏油へと標的を変えて襲いかかる。釘崎はいまだに状況を飲み込めずに慌てるが、それを他所に二人は平和に話し込む。

 

「腐っても特級呪物か。これ、もらっても良いんだよね?」

 

「好きにしろ。わざわざそこまで育ててやったんだから、有効に使え」

 

「はは、それは彼次第ですね」

 

 バゴォンッ!!! 

 

 刈柳だったものは夏油が出した虎のような呪霊に吹き飛ばされ、遥か空中を漂う。夏油は呪霊をしまいこみ、高濃度の呪力を纏う別の呪霊を呼び出す。

 

「認定済みの特級呪霊十六体が一体、溶不雪(とけずすすぎ)、極寒を味わうといい」

 

 背後から現れたのは中学女子程度の背丈ほど、白装束に傘帽子を被り、足は半透明で暖簾のように服が揺れている。顔は幼い女児のようだが髪であまり見えず、紅い瞳が刈柳を見つめる。

 

 夏油の顔の横に浮き、ジェスチャーで刈柳に対する意見を求める。

 

「あぁ、好きにしていいよ。でも祓いきらないでね、取り込むから」

 

 溶不雪が腕を振ると天候が傾き始める。空中に放り出された刈柳は拳に呪力を集めて地面に豪速で向かう。

 

 バフンッ

 

「ゆき…ダルマ…好き?」

 

 空中で寒波に晒され、見ただけでも何トンという重さが見て取れる雪が刈柳を包み込む。

 

 ドズンンッ…

 

 地面に落下する頃には、顔だけが飛び出た刈柳が雪に包まれ、今にも凍りつきそうなほど震えていた。

 

 溶不雪の術式は雪と寒波の生成、そして極寒の感覚の強制。たとえ感覚が無くとも対象は寒さに震え、思考能力が下がっていく。

 

 ドンッ! 

 

「雪だるま…つくった!」

 

「あぁ、いい出来だね。少しその辺で遊んでおいで」

 

 夏油は溶不雪を一時的に離し、事情を話し出す。

 

「悪いね、なにせ特級は完全に制御できないから、ああいう風に時々発散させなきゃいけないんだ」

 

「…センセー、どういうこと?」

 

「端的に言うとな、さっき言ったようにコイツはもう人に戻れない。で、折角だからぶっ飛ばされたときに夏油を呼んで回収してもらおうと思ったんだ」

 

「じゃあ初めから…?」

 

「まぁ、そういうこった。相性の悪いやつにグダグダ付き合う必要はねぇしな」

 

「じゃあ最初から首を狙えばよかったんじゃ…」

 

「馬鹿言え、あれでも被呪者だ。出来るんなら人間に戻す努力をすべきだろ。まぁ、途中で諦めたのは否めないが」

 

 日下部ポケットから禁煙用に携帯している棒飴を舐めてはなし、硝子は微々たるものだが釘崎の傷を治していく。

 

「さて、そろそろいいかな」

 

 ズルルゥッ、ゴクンッ

 

 夏油は刈柳改め、酒呑童子を呪霊の玉にして回収し、一口に飲み込む。

 

「いやぁ、欲しかったんだよね。こういうパワータイプの呪霊」

 

 ズズズッッ

 

 ニコニコと満足そうに笑いながら夏油は鳥型の呪霊を呼び出す。

 

「じゃあそろそろ私は呪霊集めに行こうかな。おーい、戻っておいで」

 

 夏油は雪だるまとかまくらを量産する溶不雪を呼び戻して呪霊に乗ろうとする。

 

「待って、私も連れてって」

 

「…君は待機のはずだろう?」

 

「いやよ。このまま行かせたら、先生戻ってこないでしょ」

 

 釘崎は真っ直ぐに夏油の目を見つめ、本心からそう言い放ち、夏油は目を丸くした後に薄く笑う。

 

「前から思ってたけど。君、勘いいよね」

 

「それはドーモ」

 

「いいよ、ほら乗りな」

 

 日下部は特級がついている安心感からか特に意見することもないが硝子は一言夏油に言って二人を見送る。

 

「夏油、あのバカを早く連れ戻してくれ。お陰で禁煙も失敗した。アイツの金で一番高い酒でも買おう」

 

「それはいい、今回ばかりは猛省してもらわないとね」

 

 夏油は呪霊でそのまま空中に飛び、考え込む。渋谷事変の一件から考えていたこと。何故自分は呪詛師ではなく術師の道を歩んだのかを。

 

(私は今まで忘れていたんだ。あの時、名前も知らない術師のアドバイスを聞いたことを…)

 

 友達の誘いは断らない方がいいよ。君は難しく考えすぎだ。たまには、馬鹿な友達の理想論に従うもまた一興だろう。

 

(どことなくミステリアスな人物だった。彼女に会えれば、何かが変わる気がする…)

 

 夏油の横顔を見ながら、釘崎は不安に駆られていた。明らかに夏油はどこかタガが外れているかのように見えたから。

 

 ──ー

 

 大阪コロニー

 

 大阪、日本の第二の要。一つの結界につき百人、それは理論値である。そんな場所によもやそこにいる強者が二人? そんなことはありえない。紫龍も仲見世も、"術師"を大した人数、殺していない。

 

 しかしポイントも大きな変動はみられない。つまりはどういうことか、こういうことになる。

 

 大阪 屋外倉庫

 

 四十七人の術師が、植物状態で放置されている。換算すると総ポイント数、約二百。それだけの数を生け捕りにしている呪霊がいた。

 

 未登録特級呪霊、(さとり)

 

「…コガネ、ルールはどの程度まで許容される?」

 

「死滅回遊の永続に関わらない範囲であれば、無制限に許容されます」

 

「…同じ答えばかり、いい加減別な答えを返しなさい」

 

 真っ黒な着物に身を纏い、コガネを見据える瞳は三つ。通常の人間の瞳の位置ともう一つ、彼女の周りを飛び回るもう一つの瞳。

 

「…相変わらず心を読めない、所詮は式神ね」

 

 リンゴンリンゴン

 

 瞬間、コガネに付属される鐘が鳴る。

 

「ポイントの大幅な変動が見られました。閲覧しますか?」

 

「…下らないわね、どうせあの仲見世とかいう女か武士でしょう? 放っときなさいあんな雑魚」

 

「現在トップの泳者にその特徴は見られません。閲覧なさいますか?」

 

「…なら見させてもらうわ」

 

「死滅回遊泳者、阿頼耶識刹那。昨日0点〜本日朝92点」

 

「…92…!? 一体何人…あぁ!! もしかして見つけたかもしれない!」 

 

覚は呪力を意図せずして放出する。様々な人間の感情が入り混じったかのような発色の呪力、それは次第に大きくなる。

 

「どんな心根をしてるのか知りたい! 見てみたい!!」 

 

 ぼたぼたぼたッ

 

 覚は口から涎を大量に垂らし、笑みを溢れさせる。

 

「あぁ! 千二百年!! 待ち望んだ…!! 両面宿儺は強すぎたから食えなかったけれど、それと同等の心根の術師!!! どうしても食べてみたい!!!!!」

 

 千二百年、両面宿儺という最恐の術師が生まれる前、遥か昔から存在していた超古参の呪霊の一人。

 

 覚は人間の感情から生まれた呪霊。現在確認されている呪霊の中でも折本里香に比肩する最悪の呪霊。

 

「今、会いに行くわよ…!! 阿頼耶識刹那!!!」




最強ランキングを出してもどんどん更新されるランキングw
禪院直哉(覚醒)
投射呪法発動中に掌に触れたら対象も動きを作らねばならず、作れなければ一秒のフリーズというデメリットを強制させる。その条件を掌ではなく、自身が創り出す画面の箱に触れ、動きを作れなかったらという条件に改ざんする。
ただし、一秒のフリーズから0.5秒に停止時間が減少する。
投射呪法
24fps、己の視覚を画角にし、一秒を24分割してそれを後追いするという術式。
簡略化すると一秒間に24回、無理のない範囲で動きを刻むというもの。
これを直哉はさらに動きを細かく多く刻めるようになる。
60fps、一秒を60分割する。一秒間に60個の動きを刻み、音速を遥かに超える超スピードで動く直哉の奥義。
ただし、人間の反射神経では間に合わない速さで動きを作り、肉体も全力の呪力強化を必要とするため、四秒間しか発動できない。
(因みに四秒間で刻める動きは通常二百四十回)


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第六十四話 八色、お食事

注意事項です。
まず、原作とはかなり違う展開がなされています。ルールが既に三つ追加されていますので半分くらい作者の予想なのと、ルールに関しては当たり障りのないことを言っています。
訂正連絡、ほんっっっとうに申し訳ありません!ルールの追加を三つから一つに変えさせてください!元々の予定は残して原作になるべく近づけます!本当にすいません!!
追加ルールは、条件付きの結界脱出です



 10

 

「コガネ、大阪に残存している泳者は何人ですか?」

 

「検索中! …四十八人!」

 

「え、思ったよりも多い…」

 

(やっぱり、仲見世の点のほとんどは術師を殺した点じゃなくて非術師を殺した点だったのか)

 

「なら好都合、必ず他に点を持っている術師がいるはず。さっきのコガネの報告でルールが一つ追加されたけどあくまでも最低ライン、持っておいて損はないはず」

 

 刹那はベンチから立ち上がり移動を開始しようとするが、それをさせないといわんばかりに低級の呪霊がわんさかと湧き出る。

 

「まぁ、あれだけ暴れれば感化もされますよね」

 

 トンッザシュシュシュッ!! 

 

「かなり多い…呪力の補給になるからありがたいけど」

 

 身体の回復を終え、睡眠も終えた刹那のコンディションは、そこらの呪霊程度では相手にならないほどに万全だった。

 

 6

 

(……なにかおかしい、いくらなんでも呪霊の数が多すぎる…何かから逃げている?)

 

 ザシュシュシュッ! トンッ

 

 呪霊が湧いて出る、というよりも刹那の方向に向かっていくという感覚に違和感を感じ、一度近くの飲食店の天井に上って様子を見る。

 

「…結界に変化は無い。やっぱりあの戦いに当てられただけ?」

 

 刀に手をかけて考え込むが、原因の不透明さのみが浮き彫りになっていく。

 

「…考えてみれば、残っている術師の数もそれなりの筈なのに全く見かけない。東の方に固まっている可能性も視野に入れるべきかも知れない」

 

 タンッ…キキキキンッ! 

 

 3

 

 刹那はまだ探索しきっていないコロニー東側へと向かうために、道路に降りて呪霊を数秒で一掃する。

 

 納刀すると同時に駆け巡った、術師としてではなく、人間としての生存への勘。

 

 自分を覆う巨大な影が出来ていた。

 

 1

 

「──っ!!」

 

 高層ビルが刹那の真上から降ってきていた。比喩や遠回しな表現ではなく、文字通りにビルが真上から落ちてきている。

 

(慌てるな、この状況は対策済みっ!)

 

 ズアッ

 

 靄を放出、同時に刀へと込めて斬撃を強化し、さらに射程を延ばす。

 

(コロニーの結界は斬れないだろうけど、ビル程度ならっ!)

 

 キンッ…ガパァッ

 

 ズズズゥンッ…

 

 二振りの刀はビルを三等分に斬り弾く。それと同時に、今度は術師としての勘が全力で死を予見させる。それは刹那だけではない、コロニー内の術師全員が感じた巨大な呪力。

 

 0

 

「こーんにーち、は!!!」

 

 ズダンッ!!! 

 

 斬ったビルの中から一体の呪霊、覚が飛び出して刹那の懐へと侵入する。見慣れぬ八色の呪力に加え完全に警戒していた刹那でさえ、反応が遅れる程のスピード、何よりも特筆すべきはその呪力量。

 

 ゾワッ

 

(足元ッ)

 

 ガゴンッ! ドガッドッドッ! 

 

 足元に覚が狙いをすまして意識が行った瞬間、同時に刹那の腕に蹴りが炸裂する。呪力のガードが間に合うものの、想像を遥かに超える膂力によって刹那は吹き飛ぶ。

 

(速い! 重い! 憂太先輩や悠仁君以上に!!)

 

「逃さなぁい!!」

 

 吹き飛んだ刹那に向かってさらに追撃を加えるように、八色の呪力が球となって飛んでいく。

 

「ッ!」

 

 キキキンッ!! 

 

 低く浮いたまま体を捻り八発の呪力の球を全て斬り落とす。即座に足と地面への距離を無くして着地し、刀を覚へと向けて完全に臨戦態勢へと入る。

 

(強い…! 解呪前の折本里香レベルの呪力に加えて謎の呪力特質、体術も馬鹿にならない)

 

「良いわね、とても良いわ…瞬時にできる判断に、無自覚での反撃…そしてその呪力の濁り。とても、とっっっても!! あなたの心の濁りを食べてみたいぃ!!」

 

 刹那の完全な無自覚カウンターの蹴りにより、覚の右腕が折れていた。しかしそれを気にも止めず、覚は涎を垂らしながら恍惚の表情を浮かべ、同時に呪力がさらに増えていく。

 

(呪力が溢れてる…)

 

「ここで殺さなきゃまずい。かしら?」

 

(!! 心を読まれた!?)

 

「心を読まれた!? 月並みな反応ね。その点は少しがっかりかしら」

 

「心を読む術式…正体はその浮いてる瞳ですか」

 

「ご明察、私の前では全てが筒抜け。術式も戦術も、そう。動きさえも」

 

 タンッヴァゴンッ!! 

 

「ゲッホッ」

 

「ほら、不意打ちも通じない」

 

 刹那の距離を無くしての全力のハイキックに対し、動きを読んでいた覚のカウンターの掌底が腹へと叩き込まれる。

 

「フッ!」

 

 キキキキキンッキンッ! 

 

 ガガガッ!! 

 

 覚は刹那の斬撃を完全に受け流して再び蹴り飛ばし、ゆうゆうと歩きながら追撃の構えをとる。

 

「はい残念。いいこと? 人間は必ず考える生き物よ。自分でも気付けない無意識下でさえ、身体は考えている。私の術式はその無意識でさえも対象なのよ」

 

「これならっ!」

 

 ダゴンッ! バゴォン!! 

 

 刹那は地面を両足で踏み砕き、瓦礫の重力の負荷を無くし、さらに自身の気配を完全に消して覚に立ち向かう。

 

 ドガンッ!! ザギュンッ! 

 

 覚の右腕に衝撃が走り、同時に左足に斬撃痕が現れる。

 

「!! …そこね!」

 

 ヴァゴンッ!! ドドドッ! 

 

「ゲホッ…ゴホッ」

 

 しかしそれさえも見切り、瞬間的に刹那に反撃した覚は高らかに笑い声をあげる。

 

「アッハハハァァ!! 楽しいわね!! さぁ! もっと!! もっともっともっと!! 呪い合いましょう!!!!」

 

 ポウッ

 

 反転術式で身体を直し、さらに刀に反転した呪力を込め、刹那は手袋と眼帯を外す。

 

「全力で、祓う…!!」

 

 ドギュンッ!!! 

 

 術式と並行して足に呪力を集中、特殊な歩法との組み合わせにより、生物の反射の隙を突く動きを作り出す。

 

 刹那の呪力は通常の呪力と違い、靄状となっている。身体を包むように精製できる呪力は、術式の発動そのものや遠隔発動を速め、身体の呪力を集中させる感覚を速める。

 

 腕から足へ、足から更に腕へと、一瞬で全呪力を移動させる。この活動によって、自身より呪力量の多い乙骨等との肉弾戦に交じることができている。

 

 ──ッッギュルンッ!! 

 

(速い!)

 

「でも、狙う場所が分かれば大したことはない!」

 

 ォ"ン"ッ"

 

 刹那の全速力。その瞬間スピードは直哉の音速にも匹敵し、まさに刹那の斬撃を生む。しかし、相手は心を読むことができ、キャリア千年以上を積んだ呪霊。

 

 ボグッッッミシミシッ

 

「カハッ……」

 

 刹那の刀は、届かなかった。

 

 ドゥンッ!!! 

 

 一瞬入った拳で、刹那の体はめり込むように空中で停止し、直後に覚が投げたビルの中へと叩き込まれる。

 

 ガラガラガシャァンッ!!! 

 

「まさかこれで終わりなんてことはないわよねぇ!?」

 

 キキキンッガシャガシャンッ

 

 ビルの側面が斬られ、バラバラの瓦礫が覚にむかって投擲される。覚はそれを当然のように避けて緩やかに歩を進める。

 

「この程度じゃあ、私は祓えな──」

 

 ドスッッ

 

「ゴポッ──」

 

 瓦礫の奥から刀を覚の腹へと突き刺す。同時に反転した呪力が覚へ激痛をもたらし、思考を一瞬歪める。

 

「ッ! フンッ!」

 

 ヴァゴンッ! 

 

 瓦礫を砕き、刹那へと攻撃しようとする覚の視界に入ったのは一本の刀のみ。本体は覚の背後へと気配を消して回り、呪力を完全に別の部位に移動させて呪力を籠めていない回し蹴りを繰り出す。

 

 ドガンッ!! ズザァー

 

「っつー。あー、痛い痛い。あなた、気づくの早いわね」

 

「…通常、呪霊は呪いが籠もってなければ祓えないし触れられない。なのに貴方は瓦礫を避け、呪力のこもっていない僕の蹴りで後ずさった。どういう性質かは分かりませんが、一つ言えるのは…貴方は、限りなく人間に近過ぎる呪霊だ」

 

「…御名答。期待外れだと思ってたけど、そんなことは無かったわ。やっぱり、あなたの心を覗いて、壊して…食べてみたい」

 

 ポタッタタタッ

 

 覚は餌を目の前にした虎のように涎を垂らすのを止めずにうっとりとした顔をする。

 

「さぁ! まだまだ終わらないわ! 早く呪い合いましょう!」

 

(不意打ちは無駄、純粋なスピードと剣術で仕留める)

 

 ────

 

 ガガガガガガガカガガガッッッ!!!! 

 

 ギギギンッッ! ドギュンッ!! ドルッゴォンッ! 

 

 心を読み、スピードで先手を取る覚に対し、筋肉の動きやエネルギー、感情を読み取り、次を予測して後の先をかける刹那。

 

 先出しじゃんけんの出し合いにより、両者は一歩も引かぬ膠着戦へと持ち込まれる。

 

 一撃でもまともに喰らえば刹那の身体は壊れる可能性がある重さ、刹那は回避を最優先に考えて戦う。

 

「あっははははぁぁッハハハ!! 楽しいわね! 阿頼耶識刹那ァ!!」

 

「ッ、ちっとも楽しくなんかないっ…ですよ!!」

 

 ギギギンッッ!! ギュルルッ! 

 

 必死に食らいつくものの、依然として刹那の劣勢は続く。刹那の刀は掠るだけでも呪力を奪うが、上昇をやめない覚の呪力によって瞬時に無意味と化していき、さらに状況は不利になっていく。

 

 両者、共に呪力切れがあり得ない状況で斬りあい殴り合いが続いていく。その中で、疲労を見せない覚の怪物さを刹那に理解させていく。

 

「良い刀ねぇ! 斬られたら呪力が吸われるなんて、面白い呪具だわ!!」

 

 ガギンッ! パッ、ドドドドッ!!! 

 

 覚は刹那の腕を蹴り飛ばして刀を上空へと投げる。

 

 その隙を刹那は術式を使用し、一瞬で回収して無くし、攻勢へと一転する。

 

 刀の光の反射を無くして見えなくし、距離感を掴ませないように刀を持ち替えながら斬りかかる。

 

 ザシュシュッパッパッ、グルンッ! 

 

「面白いわ! 本人でさえ正しく把握できない術式のブラックボックス!! もっと深く心を覗けば少しは分かるのかしら!?」

 

「少し黙ってくださいっ! 知りませんよそんなこと!!」

 

 ギギンッ!! 

 

「だったら私が覗いてぇ! 教えてあげるわよ!!」

 

 ドゴンッ!! キキキンッ

 

 覚の蹴りで再びビルの中へと吹き飛ばされるが、衝撃を流し、障害物を斬り崩してダメージを減らす。

 

 同時に覚も、ビルの内部へと侵入して追撃を仕掛ける。

 

 ピクッ

 

「なるほど、そうきたのね」

 

 キキキキキキキキンッ!!!! 

 

 密閉された空間ではどうあがいても逃げ場はない。

 

 刹那は斬り崩した瓦礫で覚の退路を塞ぎ、ビルの内部全てを斬り刻むが如くの斬撃の幕を作り出す。

 

(高速の斬撃によって隙がない!! 後ろは瓦礫の山、答えは)

 

「こうね!!」

 

 ダッ! バヅバヅバヅ!! 

 

 ギュリンッ! 

 

 覚は斬撃の幕に自ら飛び込んで心を読み、膨大な呪力に任せて身体を瞬時に再生させながら刹那の懐へと侵入する。

 

「捕まえたぁ♡!!」

 

 ダンッ! ドゴォッ!! 

 

 襟元を掴まれた瞬間、刹那は飛び上がってドロップキックを繰り出し、ビルの外へと離脱する。

 

(祓いきれない…! しかもこの感じ、まさか!)

 

「気づいた? 反転術式、私も使えるのよ」

 

 覚の身体は呪力による回復と、反転術式による回復が同時に回されていた。より脳に近い上半身を反転術式で、それ以外の部分を呪霊らしく呪力で補填する。そのために出鱈目な超高速回復が行われている。加えて、覚の八色の呪力は、負の感情によって生まれるという呪力の原則を無視し、感情全てに起因して発生する。覚が感情を爆発させる度、僅かにでも感じる度に呪力は爆発的に増加していく。

 

「あー! 楽し過ぎる!! 四日間退屈で退屈で仕方なかったのが嘘のよう!! 半分幽霊のあの女も! さっき出逢った死に損ないの侍も!! きっと! アナタの為の前座でしかなかった!!!」

 

 ピクッ

 

(侍…紫龍さん…!)

 

「あら? あらあらあらあらあらあら? お友達が大切なのねぇ? あら? さらに深い心には、虎杖悠仁に、釘崎野薔薇、それと…伏黒恵?」

 

 覚は浮遊する瞳を手で撫でながらニヤニヤと刹那に笑いかける。

 

「その名を呼ぶな、不愉快だ」

 

「あら、あらあらあら、アナタ両面宿儺とも知り合いなのねぇ!! …あぁ! 良いことを思いついた! もっとアナタの心を濁らせるには…お友達を殺せばいいのね」

 

 覚はニコニコと、真人以上に純粋な殺意と快楽に身を委ねる表情を浮かべた。そしてそれは、覚にとっての名案と共に、刹那にとっての地雷だった。

 

 ゴァッッッ!!! 

 

 直後、超大量の呪力が刹那から捻出される。

 

「やってみろ、僕を殺せるのなら」

 

「ここまで!!! 素晴らしい!! 言葉だけでここまで濁るのなら! 一体! どれ程の!! とても良い!! 宿儺と出会った時以上に! 興ッ奮する!!!!!」

 

 覚は身体をクネクネと動かし悶え続けながら、呪力を激怒した刹那以上に漏らし始める。

 

 ドポポポポポポポッ!!!!!! 

 

 そして、両手の中指を互いの掌につけて眼を象る。

 

 同時に刹那も領域の印を象る。

 

「領域展開」

 

「領域展開ィッ!!!!!」

 

 ズァァァァッッッ!! 

 

 眼遨色无常(がんごうしきむじょう)

 

 刹那の領域は先に展開することによって、相手の術式、シン・陰の発動さえも不可能になる。いわば百%領域返しが不可能な領域になっており、扉からの攻撃は防御不能。引きずり込めば勝ちの領域である。しかしそれ故、同時に展開したときの押し合いには弱い。

 

 反対に、覚の領域は覚の性格を反映し、必殺の効果をあえて消しているため押し合いに強く、本体の馬鹿げた呪力量に比例して領域は巨大化していく。

 

(押し合いに負けた! しかもこれは宿儺の…! いや違う!)

 

「ウソ…!?」

 

「あっはぁ!!! 過去最大の領域範囲!! アナタといると何処まででもイケそうな気がする!!!」

 

 大阪結界、全領域化!!! 

 

 約3kmの結界をそのまま領域の結界へと転用、覚は自身の中の呪力を全て使い果たし、それだけの領域を展開する。

 

 領域が広すぎる故か、元々の面影に重ねたように、荒れ果ててボロボロになったカカシの群れ、八色に響き(どよめき)、輝く無数のオーロラ。空には無数に浮かぶ瞳が刹那を見つめている。

 

(っ! でも呪力は空っぽ! 今しか…っ!?)

 

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!!!!!!!!」

 

 覚の領域内にいる全ての人間、呪霊の恐怖を、覚は食料を喉に流し込むように読み解いてく。

 

 空っぽの器は、再び満たされた。

 

「さぁ!!! アナタのトラウマを、私に見せて頂戴!!!!」

 

「こんなのっ、コガネ! ルールは!?」

 

「@)";¥(#(+¥)"%);#)'+#;"¥¥)+」

 

 想定外の事象に対し、コガネはバグのように目をバツにして質問に答えられなくなる。

 

「邪魔は入らない!! さぁ! 思う存ッッ分に!! 呪い果て合いましょう!!!」

 

(心を読むだけならまだしも! 明らかな呪力の上昇、ここは一旦!)

 

 ダッ! 

 

「いいわ! 鬼ごっこも楽しそうね!!」

 

 刹那は自身の身体に靄をまとって姿を隠す。

 

 ルールの追加によって結界の出入りが可能な今、やるべきことは領域からの脱出。

 

(ヘリは分かってる。心を読むことができるこの領域が必中なら、向こうもこれが読めているはず、なのに)

 

「なんで追ってこない…?」

 

 焦りと恐怖、久しく忘れていた感情が徐々に身体を満たしていく。領域内部の効果の一つを実感する。

 

「…領域の効果か、この程度なら問題ない」

 

 ダッダッダッ

 

 歩幅と速度を頭の中で計算し、結界のヘリと思われる場所まで追撃がないまま到着する。

 

「コガネ!! 応答は! コガネ!!」

 

「ガーピビピビ¥("#()("('! #! ¥! "(¥+#+"! ¥#;(#)(」

 

「やっぱり駄目か。だったら、無理矢理こじ開ける!」

 

 刹那が刀を構えた瞬間、地面から覚が現れる。

 

「はぁい♡トラウマはついて回るわよー♡」

 

 ゾックゥッッ

 

「この距離はまずい、かしらね?」

 

 ドゥンッ!! 

 

「げっホッ」

 

 刹那の腹に掌底が繰り出されて吹き飛ばされる。

 

 呪力量と領域の効果によって果てしなく強化された一撃で肺に穴が空いたのを刹那は感じる。

 

(っ! 反転術式!)

 

 ポウッ

 

「まだまだイクわよォ!!」

 

 刹那の治癒が間に合わないまま、刹那に向かって八色の呪力による追撃を見舞う。

 

「ッヴッァ"ァ"!!!」

 

 キキキキンッ

 

 痛みを無くし、血を吐きながら全てをいなして斬り弾く。呪力を飛ばすという初歩的な動きでさえ、一発一発が必殺級の威力を持っている。

 

「アッハハハァ!! やっぱりアナタ最高よ!」

 

 覚のボルテージが上がると同時に、コガネの声と男女二人の声がその場に響く。

 

「一度結界に入れば! ルールを使用するまで出られない! 本当に(@"))#! "((#)#("#!!!!」

 

「…あ? 何やて? おいこら、式神いうんならちゃんと説明しーや」

 

「何かおかしいな、もっと静かなものだと思っていたのだが」

 

 死滅回遊泳者 禪院直哉 廻折四音

 

「おっ、なんやドンパチやっとるやん」

 

 ここは結界のヘリ。奇跡的に直哉と四音が侵入するタイミングに噛み合ってしまった。

 

「直哉さん!?」

 

「あらぁ! 丁度いいお友達!!」

 

 覚と刹那を遠目から確認し、手を袖に入れながら直哉は歩き出す。

 

「おー、刹那ちゃんやん。こんな早よう会えるおもてなかったわ。今ピンチなん?」

 

「逃げてください! 流石に相手が──」

 

 ダヒュンッ! 

 

 覚の標的が刹那から直哉へと変わる。刹那と縁深い人物である直哉は、心を濁らせるには絶好の相手だった。

 

「こんにちは! 早速で悪いけど! 死んでくれないかしら!?」

 

「なんや、アンタみたいなやつおるやん」

 

 直哉はそれでも袖から手を抜かずに四音にケラケラと笑いかけ、四音はバツが悪そうに目を背ける。

 

「それに関してはもういいだろう」

 

 ダビュンッ! ポポッ

 

 覚の蹴りが炸裂する瞬間、直哉は術式を発動させて覚の周りを囲むようにフレームの箱を設置する。

 

「アカンわ。速いは速いけど、地面から足離すんは悪手やで」

 

 ビタッ

 

(この男の動き、何かおかしい? 投射呪法? 知らないわね…触れると動けなくなる)

 

 直哉は刹那の方に小走りで向かい、四音も後ろからついていく。

 

「大丈夫なん? 大分ボロボロやけど」

 

「直哉さん、そんなに速かったでしたっけ? それにそこの女性は…?」

 

「あー、俺も成長しとるんよ。こっちのはちょっとした副産物や」

 

「俗な言い方は止めてくれないか。私は君に人生を捧げるのだから」

 

「え、あ、おめでとうございます…?」

 

「勘違いするようなこと言うなや、そんな気はあらへん」

 

 直哉と四音と合流し、刹那は回復を終える。

 

 覚はその様子を静観し、二人の心を読む。

 

(…どっちもかなり強いわね、男の方は中々縁深い。お目当ての三人ではないけれど、優先事項としては二番目、楽しめるかしら)

 

「はぁい、お二人さん。私の領域へようこそ」

 

「なんや、エラいでかい領域やん。呪力空っぽなんちゃうん?」

 

「結界に人がいる限りは問題ないわよー。それよりもアナタ達、阿頼耶識刹那の心の濁りの為に死んでくれないかしら?」

 

(…! この娘が阿頼耶識!?)

 

「あん? なんやて?」

 

「友達を殺せば僕を怒らせることができると思ってるみたいですよ」

 

「ほーん…馬鹿なん? それではい死にます言うわけ無いやん。おどれが死ねやカスが!」

 

 ヴェンッッ

 

 直哉は再び初速を加速させて覚へと殴りかかる。心を読める覚だが、直哉の術式は解っているだけでは止められない。

 

 ガガガッ! クンッパシッ! ヴェンッ

 

(!動きがっ!?)

 

 連撃を止められるが、直哉は腕を回して覚の腕に触れて動きを止める。

 

「四音さん!」

 

「聞くことは多々あるが事情は分かった、協力させてもらおう」

 

 ツイツイッズンッ! 

 

 四音も術式を発動して覚の重力を重くしてサポートする。

 

 ギギギギンッ!! 

 

 ドドッドドガガガガッ!! 

 

「良い!! とても良い!! 少し遊びましょうか!」

 

 覚はそういった瞬間に姿を一瞬で消して三人の猛攻から離脱する。

 

「気を付けてください。奴は心を読んで先に動く上、対象に先回りすることもできるようです」

 

「殺させろ言う割にはビビっとるんとちゃうん? ぶちのめしたるさかい、かかってきーや!」

 

「阿頼耶識刹那、今はどうするべきだと思う?」

 

「…奴は半無限的に呪力を精製して再生します。祓う方法は現状ありません。幸いすぐそこは結界のヘリ、逃げるしかないかと」

 

「なるほど…直哉君! 逃げよう、話を聞く限り無理そうだ」

 

「はぁ? こんなんほっとけっちゅーんか! 今来たばっかやで!?」

 

 ゾッッッ

 

 直後三人に悪寒が走る。空に浮かぶ無数の瞳のうちの一体が、三人を同時に凝視する。

 

「…物陰に行こう。アレは多分見つめられ続けると不味い気がする」

 

 タッタッタッタ

 

「なんで仕掛けてこないんやろな」

 

「恐らくですけど、限界があるんじゃないですかね。僕たちの猛攻と直哉さんの術式の前ではほとんど動けずに祓われかねない。直哉さんを狙ってくるのは目的としても一致しますし、機会を伺ってるんでしょう」

 

「! 二人共、前!!」

 

「「?」」

 

 三人は建物の陰に入って走っていたが、突如として目の前におびただしい量の呪いが出現する。

 

「なーんか、見覚えあるやつばっかな気がするんやけど」

 

「奇遇ですね、僕もよく見たことあるのばかりです」

 

「というか、術師も混じっているように見えるのだけれど」

 

 覚の領域内では術者の記憶を読み、トレースする。

 

 三人が過去に戦った呪い達が、群れをなして襲いかかかる。今や乙骨を遥かに凌駕した呪力量が可能にする、常識外れすぎる領域展開の効果。

 

 仮想怨霊、疾病呪霊、呪詛師、術師。様々な敵で道は溢れかえる。

 

「…直哉さん、二手に分かれましょう。僕の相手は少し厄介なのが多い。同時に襲われたらたまったものじゃない」

 

「その方がええやろな。見た感じ同種は二体出ないのと、夏油君や悟君がおらへんってことは何かしら限界があるっちゅーことやろし」

 

 キキンッ! 

 

「じゃあ、僕は向こうに」

 

 刹那は両脇の壁を破壊して前を塞ぎ、瓦礫の上を渡って二人共離れていく。

 

「黙って見ててもえぇで。こんくらいなら朝飯前や」

 

「いや、君をなるべく一人にしないほうがいいだろう。それに二人のほうが速い」

 

「好きにせい」

 

 ヴェンッ ツイツイツイッッ

 

 デュガンッ!! ダララララッ!!! 

 

 ギルルルゥ! 

 

 多種多様な呪霊がそれぞれに襲いかかってくるが、その全てを二人でいなして対処する。

 

「なんや、雑魚ばっかりやんけ、もっと骨のあるやつはおらんのかい」

 

 倒した術師の頭を踏みつけながら毒を吐き、中指を立てて他の呪いたちに威嚇する。

 

「これだけの数を実体化させる怪物だ。もっと何かしらの動きがあってもおかしくはないと思うが…」

 

 炎や水を槍のように顕現させて呪いを祓いながら四音は呟く。どの呪いも低級ばかりで二人の集中は乱されずに戦えている。

 

(甘く見積もっても現代の一級程度がせいぜいのところ。何故だ? この領域の法則が分からない…)

 

「直哉君、一旦ここは無視して──」

 

「ゲッ"ホ"ッ"ォ」

 

 四音が直哉に提案しようとした時、直哉は覚の貫手で横腹を貫かれていた。

 

 ガシッ! ザシュッ!! ギュルルルッ

 

「はぁいざぁーんねんっ!!」

 

 直哉は覚の手を咄嗟に掴んだが、覚は自身の腕を既に千切り飛ばしており、一秒未満の高速再生を披露する。

 

炎水霊(えんすいりょう)!!」

 

 ツイツイッッ

 

風緑(かざみどり)

 

 ギュアッ!! ドドドドッ!!!! 

 

(緑の呪力!? しかもそれを飛ばすだけなのに技として成立するとは!)

 

 炎と水を玉状にして無数に飛ばす四音に対して、覚が放った緑の呪力の球はそれを完璧に相殺するように放つ。更に、心の読める覚は上を行く。

 

「天気は瞳の群れ、時々呪力の雨が降るでしょう」

 

 グワアッッッ

 

 緑の感情は怠惰。四音は覚にとって相手にする必要のない人間だった。

 

 四音の真上から降り注ぐおびただしい呪力の球の群れ。

 

(籠目では防ぎきれない! 逃げるしかっ!)

 

 ダダッ!! 

 

 咄嗟に飛び退いた四音を、緑の呪力は追撃するように曲がって追いかけていく。

 

 覚はクイクイと左腕の指を動かして面倒そうに呟く。

 

「貴方は死んでも死んでなくてもいいのよ、関係ないし。そ、れ、よ、りぃ~! 貴方よ貴方! まだ死んでないわよね!?」

 

「喧しいわ…ボケ、がぁ…ゴッボッ」

 

 首筋を親指で貫かれ、ドクドクと血が流れ続ける。

 

「死体を持ってくのは面倒ね。何か貴方が死んだ証明になるものないかしら…あぁ、それでいいわね」

 

 ブチチッ

 

「い"い"ッ"!」

 

「じゃあねー、用済みよ」

 

(まずっ…死──)

 

 ドリュッッゴリッ!! ドゴンッ!! 

 

 覚は右耳のピアスを二つ無理矢理千切って取ると、直哉の心臓に貫手を刺して蹴り飛ばす。

 

「一応止めさしとこうかしら。ムラ裂キ」

 

 紫色の呪力が直哉の身体に走り、後ろの建物もろとも直哉を破壊する。

 

 ズバババッッ!!! ズズゥンッ…

 

「よっし、待ってなさい阿頼耶識刹那! 今、会いに行くわよー!!」




少し期間が空きすぎて、忘れられるのが怖くて投稿を焦りました。浅ましくて申しわけございません。もう一つの方はそろそろ終わりますので良かったら見てやってください。


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第六十五話 どこまでも壊れた因縁へ

毎度言ってますが久々の投稿です!w
呪霊一体にここまで長引く話はもうないでしょう。(多分)




 ──ー

 

「これで全部、思ったより時間がかかった、、、」

 

 別行動していた刹那は呪いを全て祓い終えて呟く。

 

(大した数じゃない。でも強い呪霊が姿を現さないのはなぜ?)

 

 刹那も四音と同じ疑問に行き着いていた。

 

 しかし、その疑問はすぐに最悪の形で解消される。

 

「だってただの囮ですもの。下手に実力が左右して仲間内で減らされたら意味ないじゃない」

 

 ゾクッ

 

「チッ!」

 

 バッ、ガシッ! 

 

 刹那の真後ろに突然現れ、頭と肩を優しく撫でながら、覚は囁くようにして答える。離れようとする刹那の腕を掴み、掌に直哉のピアスを乗せる。

 

「!?」

 

「しっかり握ったほうがいいわよ、大切なお友達でしょう?」

 

「直哉、、、さん、、、?」

 

「あぁ、貴方の右眼で分かると思うけど嘘じゃあないわ、ちゃあんとこの手で、、、殺したわよー♪」

 

 満面の笑みで覚は刹那にありのままを告げた。覚は自ら刹那の地雷を踏み抜き、心を濁らせた。

 

 ブワァァッ!! 

 

 自身の心を体現するかのように、真っ黒な靄は刹那と覚を包み込む。八色を包む漆黒、無謀な呪力の出力勝負。当然のごとく刹那は負ける。だが、その状況下でさえ、刹那は冷静だった。

 

「良ぃ!!!! 色! ねぇ!!!」

 

 ツルンッ

 

(!! 地面がッ、、、)

 

 覚に直接効果を及ぼせないことを理解していた刹那は地面の摩擦を無くし、覚の機動力を奪った。

 

(おそらく二度目は通じない! この一瞬で僕のペースに持ち込む!!)

 

 二刀に呪力を大量に込め、距離を無くして詰め、身体を極限まで低く保って跳び、横に回転する。

 

「無駄よ! 攻撃する場所は手にとるように分かる!」

 

(足と腕、胸と首を同時、、、!?)

 

 刹那の術式だからこそ可能な同時四箇所狙いの斬撃。足を取られたこの状況下、覚はどれだけ効率よく避けようともどちらか片方の斬撃を捨てることになる。

 

「ーッッ!!! 素晴らしい!!!」

 

 キキンッ! ガッ! 

 

 覚は致命傷となり得る胸と首への斬撃である刹那の右腕を防ぎ、足と腕の機動力を捨てた。

 

 覚は斬られた手足を瞬時に再生し、地面へ流れる領域の呪力をさらに送り込んで二度目の奇襲を封じる。

 

 しかし一度隙を与えたが最後、刹那の連撃は止まらない。

 

 ザンザンザンッドガバキメゴバゴゥキキンッゴゴッドドドドッドギュッ!! 

 

(考える頃には既に次の動作が始まってる!! 斬撃だけじゃなく打撃も織り交ぜて回復に遅延をかけてくる、この上なくやり辛い!)

 

 チュドォン!! 

 

 覚は地面に呪力をぶつけて煙幕を作り、一瞬で後退する。

 

「でもねぇ!! 忘れてないかしら!? ここは私の領域!! 貴方の深いトラウマを掘り起こす場所!! さぁ奏でましょう、過去が彩る哀の歌を!!! 極の番ッ!!」

 

(!! させない!)

 

 刹那は刀を投げ飛ばし、距離を無くして斬りかかり首を飛ばす。しかし、全力で反転術式を回した覚は、首を斬られたそばから再生させてそれを無意味にする。

 

(なんて再生力、、、!!)

 

銷魂浄土(しょうこんじょうど)!!!!」

 

 フッ、、、、、、

 

 瞬間、刹那の脳裏によぎり、眼の前に現れたのは、自らの手で殺めたはずの叔父の姿。気づけば自分の服装も高専の制服ではなく、昔のセーラ服の姿。

 

「よぉ、、、せつなぁ」

 

 小太りで、アルコールによって赤く染まった頬。感情も、動きも、声も、何もかもが全て同じ。

 

 乗り越えたはずの絶望が、苦しみが、噴火した火山から流れ出すマグマのように止まらない。

 

 息をするのも辛い、目を開けるのも苦しい。

 

「はっ、、、はぁっ、、、」

 

 ポタッ、、、ボタタタッ、ガクガクガクッ

 

 過呼吸になり、冷や汗と涙が止まらない。今すぐに逃げ出してしまいたいのに体が動くのを拒否してしまう。

 

(なんでッ、、、乗り越えたはずなのに! なんともないはずなのに、、、!!)

 

 極の番、銷魂浄土。攻撃性は全くと言っていいほどない。本人のトラウマを呼び起こし、その感情を増幅させる。たとえ既に克服していようと一度沼へハマれば、抗うことは出来ない。

 

「あぁ、痛かったなぁ。親代わりの俺に逆らう悪いガキには、、、お仕置きだよなぁ?」

 

 気付けば自分の周りの空間も昔の部屋の光景。

 

 刹那は蹴り飛ばされ、呪力の強化も意味をなさないままに腹を何度も蹴られる。

 

 ドガッドガッドガッ!! 

 

「ゴボッゲホッ」

 

(動いて、僕の身体、、、! 動いて動いて動いて動いて動いて動いて動いて動いて動いて動いて動いて!!)

 

「、、、動いてよ、、、」

 

 ビリビリィッ

 

 虚しく木霊する刹那の声。

 

 明は刹那のセーラ服を乱暴に脱がせて半裸にする。

 

 刹那の嘆きは届かない。無力の声がその場に流れ、心が濁る音が覚の耳に届く。そして、覚の欲望が満たされる。

 

「最ッッッッッ高だわ!!!!! 心の濁り!! 他者を簡単に蹴落とす強者が!! 自らの心に敗北するその瞬間!! もうっ! 我慢できない!!」

 

 覚の周囲を飛び回る目玉が大きな口へと変化する。

 

「味見! 味見だけだから!!」

 

 自分に聞かせるように覚は涎を垂らしながらそう言って刹那の頬を瞳から出た舌が舐める。

 

 ベロォッ

 

「!? オ"ェ"ェ"ッ"ッ"!!」

 

 ビヂャヂャッ

 

 刹那の心を舐めた瞬間、舌を駆け巡った味。ひとえにそれは、不味いである。それもそのはず、刹那の過去も魂も、常人には耐え難い悲痛の連鎖。加えて、羂索が刹那に当てた呪物により初代の魂、さらに追い打ちをかけるように、宿儺の魂さえも刹那の魂に混ざっている。三人の最強(最凶)最恐(最狂)の魂。吐くほどに不味いのは当たり前だ。しかし

 

「ォェッ最低、、、でもっ! だからこそ、最ッ高♡」

 

 覚は狂った味覚を持つド級の変態。不味いものが大好物だった。

 

「あぁ! 舌を刺激する痛み! 駆け巡る悲痛! 口に充満する自らや他者の犠牲を顧みない残虐さ! 吐き気を催す邪悪な余韻!! なにをとっても最高だわ!!! フフッ、もう一手間♡」

 

 この技にはさらに次の段階がある。術者の最もされたくない記憶を捏造し、眼の前に顕現させることができるという、まさしく極楽の反対側を行く技。

 

 ガギッ、、、ヴァリンッ!!!! 

 

 覚が食レポを終えると、再び眼が口を開く。しかし、それを許さない人間が、極の番の記憶内に侵入してくる。

 

 術式を持たず、呪力すらも一切持たない。完成されたフィジカルギフテッド。

 

「お、なんかいた」

 

 死滅回遊泳者 禪院真希

 

(邪魔されないと思ったから極の番を使ったのに、なによこのおん、、、)

 

 メキイッ、、、バォンッ!!!! 

 

 ドゴッガジャッッバゴンッ!! 

 

「何だお前、私の後輩泣かせんなよ」

 

「てっめっ」

 

 ドガッ!! 

 

 真希の一撃で明の姿は呪力となって霧散し消える。

 

 直後に刹那の服も戻り、周りの景色も消える。

 

「真希セン、、、パイ、、、?」

 

「おう、私だ。ぶっ飛ばしたけど敵でいいんだよな?」

 

「、、、、、、」

 

 パアンッ!! 

 

「うおっ、どうした!?」

 

「、、、ただの気合入れです。気にしないでください」

 

 刹那は立ち上がりながら頬を叩く。先程までのことを払拭し、真希と刹那は互いの事情を簡潔に話す。

 

「アレは呪力なしの肉弾戦が可能な呪霊です。呪力はほぼ無限の上に心を完璧に読んできます。結界はアレに領域化されたので、なんとかして逃げるか祓うしかありません」

 

「、、、色々聞きたいけどとりあえず分かった。私が向かう予定だった桜島には傑が向かってるって連絡が来た。私は結界を素通りできるからな、サポートに来た。つーか携帯どうしたよ。今なら連絡できんだろ」

 

「気付いたら壊れてました」

 

 ビキビキビキビキ

 

 覚は顔を修復させながら怒りを赤色の呪力を漏らすことで体現する。

 

「ちょっと、、、私は食事の邪魔をされるのが一番嫌いなの、、、!! 骨も残らないと思いなさい、、、!!」

 

 ドゥッ!! 

 

 グルッッドゴンッ!! 

 

 覚は再び呪力を濃密に練り、真希に仕掛ける。真希はそれを見切り、カウンターの蹴りを繰り出した。

 

(速い!! 金髪の坊やや阿頼耶識刹那とは違う! 純粋すぎる速さ!! まさか私よりも、、、!?)

 

「そうだ。刹那、感謝しとくぜ。自覚は無いだろうけどな」

 

「? 、、、受け取っておきます?」

 

 突如として乱入した真希の力を添えて二対一、形勢は再び均衡へと戻った!! 

 

 バサッ

 

 真希は背に携える竜骨を引き抜き、刹那も二刀をつがえ、怒りを赤い呪力として漏らす覚を迎え撃つ。

 

赤羅楽(せきらら)!!」

 

 ギュオッ!! ギギキキンッ!! 

 

 赤い呪力が糸のように連なり、二人の元へ豪速で飛んでいくが、二人は呼吸を合わせてそれを受け流して斬り刻み、懐へと詰めていく。

 

(前より格段に速い!)

 

 ドドッ! ギキンッ! ガガガガガガッ!! 

 

「アッハハハ!!! 貴女も中々やるじゃない!!」

 

 真希と刹那の挟撃に、心を読んで先読みするといえども劣勢を強いられる覚。しかしそれでも、余裕の色は消えない。

 

(チッ、このままじゃ平行線だ! どこかで必ずボロが出る!)

 

「真希先輩!!」

 

「分かってる!!」

 

 ギュルルッグルンッ! 

 

「その程度の呪具じゃあ! 私は斬れないわよォ!!」

 

 ドゴッ! クルンッガンッッパシッ! 

 

 真希は空中に弾き飛ばされた刀をさらに蹴り飛ばし、反対側にいる刹那へと渡す。同時に刹那も、刀を真希の手に距離を無くして送る。

 

「だったら」

 

(!? これは刹那のっ!?)

 

「これなら効くんじゃねぇか!?」

 

(しかも後ろから彼女の斬撃もくる!!)

 

 二人の挟撃、再び覚は片方を捨てる選択を強いられた。

 

(読めた!! 先に瞬間スピードの早いこっちを潰す!!)

 

 完全同時ではない攻撃により時間差が生まれる。先に攻撃がくるであろう真希を狙った覚の全力の一撃が、真希の顔面をくり抜く。

 

 ──ッザンッ!!!! 

 

「ゴポッ、、、何故、、、!?」

 

「術式順転、虚。最大出力」

 

 膨大すぎる覚の呪力による打撃、それは天与の肉体さえも無事では済まない。そう判断した刹那は最大出力の術式で打撃のエネルギーを消し去った。

 

 ザザザザンッ!!! 

 

 それと同時に覚への血吸による連撃、使った呪力の分の補填も僅かではあるが完了する。

 

「ッゥ! 青爆(あおば)ァ!!!」

 

 深い海のような青い呪力が、覚を中心に螺旋状に爆ぜる。当然のごとく二人はその場を離脱している。

 

「さぁ、仕切り直しよ! 貴方の心も食べてあげるわ!!」

 

「遠慮しとくぜ。女に食われる趣味はねぇからな」

 

 カキンッポイッ、カッ! 

 

「! あぐっあァ!? 目! 目ぇ!!」

 

 ビュォォッ! ボフンッ! 

 

 突然上から強烈な光を放つ道具が投下され、二人の身体は風に運ばれるように誘導される。直後に水が蒸発して水蒸気が発生し、覚の視界から二人の姿は消える。

 

「刹那君、離れるぞ。手応えがあってもすぐに回復される。私に少しだけ考えがある」

 

「えっと、、、四音さん!」

 

「そこの君もこっちだ!」

 

 ダッダッダッ

 

 二人は四音の力を借りてその場から走って離脱する。

 

「四音さん、そっちで何があったか教えて下さい」

 

「、、、すまない、私の気が抜けていた。私は軽傷ですんだが、彼は恐らく殺られただろう、、、。呪い達も祓いきれていないが、大した強さではないからそこは問題ないと思う」

 

 俯き気味に四音は話すが、術師としての矜持ゆえか、彼女は現状を打破する方法を伝える。

 

「向こうに心は読まれているから作戦は真っ直ぐだ。刹那君、君に彌虚葛籠(いやこつづら)を教える」

 

 シン・陰の原型、"結界"を中和する領域を持たぬ者の対領域の術である。

 

「これは完全な推測だが、奴の術式は飛び回る瞳に見られることが恐らく条件だと思う。領域を中和してしまえばどこかに穴ができるはずだ」

 

「、、、おい、私は呪力が無いからよくわかんないけどよ、そんなすぐに使えるもんなのか?」

 

「、、、通常は絶対に無理だ。しかし、彼女なら出来るはずだ、阿頼耶識を冠する術師である、君なら」

 

「、、、、、、いずれにせよ、やらなきゃやられるだけです。教えて下さい、その技を」

 

 刹那に拒否の選択は無い。決心した瞬間、頭上から無数の瓦礫が降ってくる。

 

「「「!!」」」

 

 ツイツイツイッ

 

重力(ちょうりき)!」

 

 メショッ!! 

 

 瓦礫を横からの力で潰すが、三人の懐に覚は侵入していた。狙いは、先程面倒で仕留めなかった四音。

 

「しまっ──」

 

 ガギンッ! 

 

「邪魔ねアナタ、さっきから」

 

「悪いな、あんたと踊るのは私だ」 

 

 覚の呪力を纏った拳と真希の竜骨が衝突し、鈍い音を立てる。

 

「時間稼ぎは任せろ」

 

「お願いします!」

 

 ダッ! 

 

 二人はその場から一時的に離脱し、真希と覚が向かい合う。

 

「彌虚葛籠、賢い選択ねぇ。でも私はね──」

 

「飯の邪魔されんのが嫌いなんだろ。心なんざ読めなくても、いちいち言ってくりゃわかるぜ。心を読める呪霊さんよぉ」

 

 ビキキッ

 

「、、、小娘が」

 

 ドゴォンッ!!! 

 

 異常な呪力の強化と、人から逸脱した天与呪縛の衝突は風を斬り、衝撃波を生む。

 

 ビリビリビリ、、、!! 

 

(今の私ならいける! でも長くは持たねぇ、頼むぜ刹那)

 

「フンッ、下らない! 直ぐにすりおろして肉骨粉にしてあげる!!」

 

 ドドドッがガガガッ! ギギンッズドッ! 

 

「呪霊のくせして人間らしい動きしやがって!」

 

「あら失礼、私はこの世で最も貴方達に近い存在。幾多の人間の心を読んで学習を続けてきたんですもの、貴方と似た動きの人間は私の長い歴史の中にもいたわ」

 

 真希の戦い方は自己流ではあるが、中国拳法や太極拳などのベースは存在する。

 

 それを嘲笑うが如く、覚も似た動きで真希を追い詰めていく。

 

 ギュルルッバビュンッ! 

 

風緑(かざみどり)!」

 

 緑の呪力が無数の球となり、真希に向かって飛んでいく。それを真希は斬り落とし防いでいく。

 

 不意に一発、真希の腕に当たったそれは、腕を大きく弾いた。

 

(クソッ! やっちまった!)

 

「あぁ、考えてみればその通りね。わざわざ直接戦う必要なんて無いわねぇ。貴方、呪力ないんだものね」

 

 確定的なチャンスを発見した覚は、邪悪な笑みを溢した。

 

 チュドドドッ!! 

 

 呪力の球を主体に切り替え、さらに攻勢へと移る。

 

 バギンッ! 

 

(竜骨がっ!)

 

 竜骨にヒビが入り、真希は呪力の球を防ぐ術を失う。覚はその隙を見逃さない。

 

「ハッハハァッ♡青爆(あおば)ァ!!!」

 

 チュドォンッ!!! 

 

 青い一つの呪力が真希のほんの僅かな一瞬の隙をついて弾けた。

 

 パララッ、、、

 

「、、、、、、嘘でしょ貴方、流石に驚くわよ」

 

 驚いたと言いつつも覚の口元からは笑顔が溢れている。

 

 真希は刀を犠牲に防ぎきった。身体はズタボロだが、真希は挑発の姿勢をとって継戦の意思を見せるために柄だけとなった竜骨を放り捨てて笑った。

 

「、、、結構使いやすい呪具だったんだけどな」

 

 カランッ

 

「ふふふふ、、、良いわね、腸をえぐ──」

 

 ヴェンッ、ビタッ

 

「「!!」」

 

 ヴァリンッ!! ボゴォンッ!! 

 

「お前、、、直哉!?」

 

「よぉ、、、真希ちゃん」

 

 直哉は上半身の服が全て破け、体中に斬撃の痕、顔にも斜めに右目上から顎下まで一本傷が入っている。吹き飛ばされた覚は術式を使って二人の前に再び姿を現す。

 

「なるほどねぇ、、、まさか生きてるとは思わなかったわ。反転術式の会得、おめでとうとでもいいましょうか?」

 

「正解。吹っ飛ばされた瞬間、全神経を反転術式に注いだ。人間やろう思たらできるもんやなぁ!」

 

 直哉は歯をむき出しにして笑いながら両手を広げて喜びをあらわにする。

 

(心の中がグッチャグチャ、、、全く、どいつもこいつも呪術師は)

 

「ぶっ壊ればっかりね」

 

 ──ー

 

「刹那君、まずは深くイメージするんだ。結界のみを広げて、向こうの術式をその中に流し込む。私が少し発動するから、しっかり真似るんだ」

 

(元々領域を展開できる人だ。ここまでは問題ないだろう。だが課題は次、この莫大な領域を中和するには私では不可能。だからこそ、彼女にやってもらわなければ)

 

「、、、んー、、、」

 

「いいぞ、形は出来てる。自分を包むようにイメージするのをさらに広げるんだ」

 

 刹那の周りに結界が作られ、それは術式を流しこんで中和していく。しかし、それを覚が見過ごすはずがなかった。先程までとは比べ物にならない量の数多の呪いが、妨害のために送り込まれる。

 

 ォ"ォ"オ"ー""ア"ゴ"ヒ"レ"ァ"ー

 

「やはり、簡単にはさせてくれないか。刹那君、そっちに専念して離れてくれ、私が殿を努めよう」

 

「、、、死なないでくださいよ。会ったばかりとはいえ、知人が逝くのはもう嫌です」

 

「心配するな、私はそれなりに強い」

 

(とはいえ、二人分の記憶の呪い。限界はある)

 

 ツイツイッ

 

風織(かざおり)!」

 

 ズバババ!! 

 

 風の刃を連なるように放ち、広範囲を斬り崩す。しかしそれでも呪いの濁流は止まる気配を見せない。

 

(僅かに強くなっている。記憶の中の雑魚がもしもいなくなったら、、、)

 

「考えたくもないな」

 

 ダッ、フッ、、、

 

 四音は逢魔ヶ刻を手に嵌め、肉弾戦へと移る。だが、心を読める覚は相手の最も嫌がることを的確に行える。眼の前の呪い達は姿を瞬時に消した。そして、眼の前に最低でも一級を超える呪霊達が姿を表した。

 

(くそっ! 出し惜しみはなしか! 今までのより格段に強い呪霊ばかり!)

 

「カッカッカッ!! 強き者よ、そう怯えるな。楽しもう!」

 

 特級呪霊、木の葉天狗は周りの建物を一瞬にして風の刃で斬り裂き、錫杖を四音に向ける。

 

「構えろ、我と同じ技を持つのだろう? 遊んでやる!」

 

「チッ!」

 

 ツイツイツイッ

 

水重力(すいちょうりき)!!」

 

大扇封(だいせんぷう)!!!」

 

 ドザァッ!! バォンッ!!!! 

 

 四音の術式はあらゆるものに宿る呪いを使役する術。降霊術に近いものであり、特定の物を操るような術式とは衝突するため、極端に相性が悪い。風を操る木の葉天狗に対し、風は使えない。

 

「カッカッカッ! 悪くないぞ、強き者よ! だが、力不足だ!」

 

 霧を発生させ、四音の視界は塞がる。木の葉天狗の圧で動けなかった呪霊達が、チャンスと言わんばかりに、四音へと攻撃を仕掛け始める。

 

 チュドドッ!! 

 

 ツイツイッ

 

(視界が悪い!)

 

 グヂャッ! 

 

「ァ"グッ!」

 

 最低の視界の中、木の葉天狗の風刃と呪霊達を相手に出来るわけもなく、ついに四音の足に深い斬撃が入る。その隙を見逃さない呪霊達は、膝を着く四音に群がっていく。

 

 四音に群がった呪霊達は、四音の身体を貪ろうとするが、咄嗟に描いた炎の印で身体の周りを発火させて防ぐ。

 

(今の内に、、、!)

 

 ビュォンッ!! 

 

「つまらないことをするな弱き者よ、そのまま貪られておけ」

 

 木の葉天狗の風は火を斬り裂き、彼女の最後の守りを破った。呪霊達は餌を眼の前にして、笑みをこぼす。

 

 ワ"タ"シ"ノ"バ"ン"ッ"ー"! "! "ォ"ォ"オ"ー""!! 

 

 ゾワッ

 

 久しく感じる絶望の恐怖。刹那の助けはない。

 

 この場を打開する術もない。できるのは、醜く抗わず、現実を受け止めることのみ。

 

「、、、はー、、、詰み、か、、、」

 

「何勝手に死のうとしとんねん、三度目はないんやで」

 

 ヴェンッ、バリリリリンッ!!! 

 

 投射呪法のフレームが割れる音、同時に空気が爆ぜて呪霊達が一瞬で祓われる。そしてそれを見た木の葉天狗が霧を晴らす。

 

「、、、直哉君!? 生きてっー!?」

 

「カッカッカッ! 良いぞ、貴様は強──」

 

 パシッ! ヴェンッバリンッ! 

 

 木の葉天狗の言葉が終わる前に、直哉は投射呪法で動きを止め、顔面を蹴り上げて空中へと吹き飛ばす。

 

「ッ! クソガキめぇ!!」

 

 バララッ! ヴェンッダダダダッ! 

 

 ヴェンッバリンッ! 

 

 直哉は石を投げ、それら全てに術式を付与して空中で停止させ、足場を作ってさらに追撃する。 

 

 空中から木の葉天狗をはたき落とし、地面へと叩きつける。

 

「ゴボッゲォッ」

 

 ビキキッ

 

乱樹柳(らんきりゅう)ゥッ!!」

 

我流秘伝 堕落の動(がりゅうひでん だらくのどう)

 

 直哉の成長は終わっていない。

 

 木の葉天狗は錫杖を地面に叩きつけると地面から暴れ狂う樹が直哉を襲う。それを直哉は当たる前に動き、反撃する。

 

(何だこの威力は!? 何かがおかしい!)

 

 チュドドッ

 

「ゴッボァッ!?」

 

 堕落の動。従来の反撃効果と違い、身体に当たる前の自動反撃、加えて最も呪力強化の薄い部分を的確に狙って攻撃する。

 

 ボゴンッズドンッ! ズダァンッ!! 

 

 木の葉天狗を上空に打ち上げ、さらに叩き落とす。

 

 投射呪法で眼の前に瞬時に着地し、さらに直哉の拳は加速する。

 

 60fps

 

 ッッッッドドドドドドドドドドッッッッ!!! 

 

「ォ"オ"オ"ア"ア"ア"ア"アガ"ア"!!!」

 

 ドグンッ!! ドオンッ!! 

 

(なんだ? 彼に何が起きた、、、?)

 

 直哉の呪力は一変して深く蒼色に澄んでいた。

 

「四音、、、アイツはどこや?」

 

「、、、奴なら向こうにいる。これを」

 

 真希と覚がいる方を指差し、直哉は呪具を受け取ると笑みをこぼす。

 

 禅院直哉。進化の最終ステージへと辿り至る。

 

 




こんな場所でなんですが、初めての完全一次創作小説の投稿をスタートしました![瞳を閉じぬ裁定者]これまでとは違ったアプローチから書いてますので、ぜひこちらの方もよろしくお願いします!


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第六十六話 寂滅為楽

なんとなくだけど覚のイメージCVは沢城みゆきさんだと思う。



 直哉は逢魔ヶ刻を装備し、覚の正面へと立つ。そしてさらに昇華させた秘伝を使用し、彼は笑う。

 

 正真正銘、禪院直哉の進化の最終段階。

 

 我流秘伝 堕落の動

 

「さぁ!! 第二ラウンドやァ!!!」

 

「ハイになってんな、お前」

 

 ギュッ

 

 どくんっどくんっ

 

「ふっふふふふふふ!!!悪くない!むしろ!とても良い!!」

 

 ドドドドドッ!! 

 

 二対一、直哉に当たる攻撃は全てオートでカウンターが発動して当たらず、直哉の速度に真希も適応していく。

 

(この坊や何も考えていない、私が攻撃するまで一切の虚無。呪具と術式の緩急のある衝撃のせいで動きもずらされる! この小娘のスピードも馬鹿にできない、先手を取らなければ殺られる!!)

 

「オラよっ!」

 

 バゴォンッ! 

 

 真希は地面を叩き割り、足場を自ら揺らす。心を読める覚はそれを読み、一瞬だけ足を地面から離して対処する。

 

 ヴェンッ

 

「心読めるんやもんなぁ、もう一度言ったろか?」

 

 バリンッ!! 

 

「ふッグアァァ!!!」

 

 ほんの一瞬の隙を突いて覚を蹴り飛ばす。そして追撃は止まらない。瓦礫を放り投げて足場を作り、何度も空へと殴り飛ばしていく。

 

 ヴェンッバリン! ヴェンッバリン! ヴェンッバリン!! バッゴォンッ!!! 

 

 ドゴゴゴッ!! 

 

 ビルの中へと吹き飛ばされるが、覚は屋上へと飛び上がって天井を突き破り、直哉と真希を探す。

 

「小僧ォ!!!小娘ェ!!!…!?」

 

(心が読めないッ! まさか中和されたの!? この短時間でこの領域を!!)

 

「まさかなんの縛りも無しとは思えない!! 一体どんな…!?」

 

 覚は自身の瞳を宙に飛ばして探す。見つけた刹那はすぐ近くのマンションの屋上に、武器を遠くに手放して座っていた。

 

(武器を手放し、反撃手段を無くす縛り! 私相手に正気!?)

 

「いえ、そうよね、最初から壊れていたわね! 貴方達は!!!」

 

 覚は呪力の球を無数に作り出して飛ばそうとするが、直哉と真希は壁を駆け登って覚に攻撃を仕掛けて阻止する。

 

(チッ、まずは地上に降りなければ! ここは狭すぎる!)

 

 ズズズズゥンッ…

 

 覚の思惑はあり得ない形で阻止される。

 

 四音は半分に分断したビルの下で、全ての図形を描き、最後に一本線を縦に引く。

 

六芒神憑術(ろくほうしんひょうじゅつ)、奥義…雲霞城(うんかいじょう)

 

(私の呪力じゃ持って三分…頼むよ二人共)

 

 僅か三分間、天空の闘技場(バトルステージ)!! 

 

 領域中和! 逃げ場は無し!! 実力はほぼ均衡!!! 

 

 瞬間直哉と真希の思考が一致する。

 

((条件は揃った!! ここで祓う!!))

 

「やれるものなら! やってみなさい!!!!」

 

(私の領域をそう長く中和できるわけない! 三分! 三分もすれば持続は不可能! それまで耐える!!)

 

 ドゴンッバゴッ! ドドドッ!!! 

 

 二人のコンビネーションと覚の体術、全てを出し切る戦闘が空中で行われる。

 

 ブォンッ! 

 

「おい危ねぇぞ!」

 

「あぁ!? お前がそこにいんのが悪いんやろ!」

 

 真希の蹴りは覚と直哉を捉え、二人は回避する。

 

大蛇逝(だいだい)!!」

 

 ズドンッ!! バゴゴッ! 

 

「フグァッ!」

 

「オラァッ!!」

 

 覚の身体は大きくうねり、生物として異常な動きで二人に拳と蹴りを繰り出す。直哉は堕落の動で反撃を、真希は地面をくり抜いた瓦礫で拳を防ぐ。

 

 覚の足は反撃で折れ、一瞬狼狽えた隙に身体を隠した真希の不意打ちが直撃する。

 

(領域が中和されたせいでだんだん回復が追いつかなくなってきている!! 反転術式と呪力回復の両立はできない!!)

 

 覚は常時反転術式をオフにし、初めて呪力の節約に移った。

 

 残り時間二分

 

 ドドンッギュルルッ!! 

 

 真希の攻撃に直哉は反撃、それを真希は紙一重で避ける。覚の攻撃は全て空を切り、受け流される。

 

「おい真希ぃ!俺のは自動で発動すんねん!俺に当てんなや!!」

 

「うるせぇな! それくらい判別できるようなれよバカ!」

 

「あぁん!? 敵味方区別つかんアホに言われたないわ!」

 

(なんなのよ! なんなのよなんなのよなんなのよこいつら!!)

 

「貴方達お友達なんじゃないの!?」

 

「「んなわけあるか!!」」

 

 バギギッドゴゴンッ! 

 

(思考の半分がお互いの罵倒! 呪い合いなのわかってないの!?)

 

 直哉と真希に余裕はない。漫才にも見えるようなやり取りだが、既に何度も必殺級の威力を紙一重でかわしている。ダメージも蓄積し、精神力も限界。気圧されないようにギリギリを保っていた。

 

 しかし、そのお互いへの嫌悪感が意図せずして覚の思考の妨害へとなっている。

 

 また、覚は眼の前の人間に対し、初めて分からないという感情を抱いていた。分からない、それ即ち恐怖にもなり得る感情である。

 

「おらぁ!!」

 

「フンッ!!」

 

 真希の一撃を当然のように正面から相殺する覚だが、明らかに出力の低下が見て取れる。

 

 ヂュドドォッ! 

 

 バラララララッッドォンッ!! 

 

(術式の応用!? 空気が停止して爆ぜた!!)

 

 直哉の術式で大気が裂け、爆ぜた空気で視界が塞がり、真希を見失う。

 

「チィッ!」

 

「胴体ガラ空きィ! 食らえやぁ!!」

 

 60fps

 

 ──ッッッドドドドドドドドッ!!!! 

 

 直哉は反転術式を会得したため、一日一度きりの大技ではなくなった。最大速度は僅か数秒の間のみ。音速の2倍、実にマッハ2という人智を超えたスピードになる。

 

 呪力を全力で込めて防いだ覚の両椀はグチャグチャの骨が飛び出す。

 

「なんてスピード…こんなに目が痛いのは産まれて初めてよ」

 

(これでも死なないんか!?クソ化け物め!!)

 

 ガクガクガクッッ

 

(反転術式…!!)

 

 会得したとはいえ、覚えたてもいいところ。身体の回復が全く間に合わない。加えて一度全身を回復させた直哉の身体は呪力量も肉体機能も悲鳴を上げている。

 

「ふっふふ、今度こそ終わりね。坊や」

 

「アホ抜かせや。その馬鹿面苦痛に歪めたるわ、ドブスが」

 

 プチプチ

 

「口の減らない餓鬼が」

 

 ゴォッ! バシンッ! ヴェン

 

 回復をぎりぎりに終わらせた直哉は振り下ろされた拳を加速前に受け止め、動きを停止させる。

 

(また停止! うざったらしい!)

 

 屋上の端、見失った真希が場外から現れ覚に殴りかかる。

 

 ドドドドッ!!! 

 

(どこから!? まさか…この浮いたビルの横を駆けてきたの!? なんて肝の座り様!!)

 

「そんなの思いついてもやらないわよ!?」

 

「考えてねぇからな!」

 

(どいつもこいつも…意味不明なことばかり…?? 分からない? この私が…? 数多の人間の心を読み解き、喰らってきたこの私が…!?)

 

 残り時間三十秒

 

「ッそんなわけ、そんなわけない! このッ私がぁ!!! 亜呪八食(あじはっしょく)!!」

 

 八色の呪力は混ざり合い、黒くなる。漆黒の呪力が二人を食らうように大きな口を開けた。

 

 ヴェヴェンッッ

 

 ズダダンッ! 

 

 覚は自らのミスを自覚した。自分の技で視界を塞いでしまった。領域が中和された今、姿が見えなければ心は読めない。

 

 直哉の術式で呪力の大口は停止し、二人は挟撃のために左右から現れる。

 

(しかし! 読めずとも単調! ただ早い小娘よりも動きを止める厄介な坊やを優先する!!)

 

 直哉を目視した時の違和感、直哉の拳に嵌められているはずの逢魔ヶ刻が、片方にしかなかった。

 

 もう片方は、真希の右手に嵌められている。

 

(あの一瞬で!? この呪力の密度!! 駄目よ…! ダメダメダメダメダメダメ!! 今はダメ!!)

 

 60fps

 

 逢魔ヶ刻は十二回の鼓動、直哉の術式ならばそれをほぼ確実に当てられる上に極限の集中状態。

 

 人生二度目の黒閃

 

 呪力を持たない天与呪縛、それゆえダメージにブレはないが威力が上がることはない。が、逢魔ヶ刻は自身で呪力を補填する生きた呪具。それゆえに不可能が可能となる、暗い呪いの歴史で初の瞬間だった。

 

 完全な天与呪縛の黒閃。

 

 直哉本人と右手の逢魔ヶ刻、そして真希の左手。

 

 黒閃✕黒閃✕黒閃

 

 バヂヂヂヂィィッ!!!!! 

 

 三つの黒き稲妻は、天空にて弾け空を染め上げた。

 

 百万分の一が三発同時。空気が震撼し、屋上は漆黒の呪力で(どよめ)いた。

 

「ッッッア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!」

 

 ヴァヂュンッ! …ガクンッ…

 

 覚の両腕は吹き飛び、三つ目の瞳も爆ぜ、覚は膝を着く。

 

「「ハァッ…ハァッ…」」

 

(もう立つな…私も直哉も限界なんだよ…!!)

 

(動け…動けや身体ァ! 止めを…!!)

 

 先程からの長時間の継戦に加え、大技を正面から受けた真希。反転術式でギリギリ治したとはいえ、一度は彼岸を渡りかけた直哉。

 

 全員の身体は、限界を迎えていた。

 

 三分経過…。

 

 はずだった。

 

 ズズズズズズズズズッ……!!!!!!! 

 

 ビギュッギュルルルッッ

 

 刹那による領域の中和が中断。そして浮いていたビルが落ちていき、最悪の呪霊、覚に再び膨大な呪力が注がれて身体が再生していく。

 

「ふっ…ふふ…ふふふふ!! アッハハハハ!!!!」

 

「まじかよ…!!」

 

「ッ! ゴミカスッがぁっ!!!」

 

「やってくれたわね!! お陰で呪力がすっからかんよ!!! でも、あの子を食べれば全てにお釣りが来る!! さぁ呪い達よ! あの餓鬼共を喰らいなさい!!」

 

 ドポポンッ! 

 

 覚の記憶の中から溢れ出す呪い達、大雨の日のバケツから水が溢れるように屋上を埋め尽くす。

 

 あくまで生み出すだけで制御できない呪霊達だが、強者に従い、狙うのは弱っている二人。

 

「直哉!!」

 

 ガシッ、バッ!! 

 

 辛うじて動ける真希は直哉の襟首を掴んで飛び出し、落ち行くビルから飛び出した。

 

 呪霊達は自らの身体を顧みず、追撃するために直哉と真希に向かって飛び込んでいく。

 

「離せや真希ィ! 俺はまだ動けるんじゃァ!!」

 

「黙ってろ! 舌噛むぞ!!」

 

(クソッ! どうすればいい!? 撃てる手も尽きちまった! 直哉も動けねぇし、私もそろそろ限界だ! 飛び出したのもぶっちゃけミスだ! この状況じゃ、避けられない!)

 

 真希は落下しながら思案する。しかし、その状況はさらに悪化する。

 

 下には無数の手傷を負った鎧が一斉に弓矢を上に構えている。

 

(ここが私の墓場か…!?)

 

「放てィ!!!」

 

 ドヒュヒュヒュヒュ!!!! 

 

 "ア"ア"ア"オ"ギャ"ゲァ"ォ"ォ"ォ"

 

 真希と直哉に当たることなく、矢は後ろの呪霊達を殲滅する。

 

「「!?」」

 

「真っ直ぐ落ちてこい!!」

 

 ガシャシャッ

 

 紫龍は真希と直哉を受け止め、その場から全力で走って離脱する。

 

「細かい話は抜きにせよ! 貴殿らは敵か!? 味方か!?」

 

「んなもん言葉で分かるわけねぇだろ! 自分の勘に聞け!!」

 

「ならば味方だ!! 聞けぃ、その方ら! 奴の相手は今の某や貴殿らではもはや不可能!!」

 

 ブォォゥ!! 

 

「死に損ないの侍がぁ!! 今度こそ捻り潰して肉ミンチにしてやる!!」

 

 覚は呪い達の呪力の霧散を察知し、呪力を隠す気もなく漏らしながら落ちて追いかける。

 

 空を覆い尽くさんとする八色の呪力はさらに増大し、無数の呪霊が三人に襲いかかる。

 

 ドジュッドドドッグルンッヴァインッ

 

 紫龍は肉盾や武器を無数に生成し、全てをいなして躱していく。

 

 そしてシビレを切らした覚は呪力を超高密度に圧縮し、巨大な珠を生成する。

 

「なればこそ! 某は託したのだ!!」

 

「ミンチはやめよ!! 欠片も残さない!!!」

 

「現代最狂の呪術師に!! 某が黄泉より還ったこの時代を!!!」

 

 紫龍が走る先には、刹那の姿。無造作に刀も抜かずに歩く姿は余裕すら感じられた。

 

「刹那!?」

 

「阿頼耶識刹那ァ!! 貴方も消し飛びなさい!!!」

 

 ブゥンッ!! 

 

 コツッコツッ…キンッ、バラララッ

 

 覚の呪力の玉は真っ二つ、そして網状に斬り裂かれた。

 

「………」

 

 ヒュンッ、カチンッ

 

 刀を一度振って納刀、刹那は覚の前に立ち塞がる。

 

「あらあら…坊やと小娘の横取りかしらぁ?」

 

「フフ…違いますよ。覚という呪霊は直哉さんと真希先輩に負けたんです。僕が斬るのは、呪霊の貴方ではなく、僅かに残った人間の貴方だ」

 

「!!?」

 

(ハッタリ…いえ、確信を持って言っている?)

 

「どこで気づいた?」

 

「さぁ? ただの勘ですけど、その反応は図星なんですね」

 

「勘なのにそこまで確信を持って言えたの?」

 

「…嘘をつくコツは二つ。一つはよくある、真実を嘘に少し混ぜること。もう一つは、嘘を真実だと思い込むこと…自分に嘘をつくことです」

 

 直後、刹那の手の甲と右眼に宿儺の呪印が浮かぶ。

 

 それが何を意味するかは覚でさえも分からない。唯一つ理解できるのは、刹那は覚を殺す気だということのみ。

 

「私を殺すのねぇ…いいわ、やってごらんなさい!!」

 

 ドズンッ! ブンッ! キンッ

 

 地面を踏んで砕き割り、覚へとバラバラに刻んで投擲する。

 

(私にその程度、もはや意味など無い!! 呪力が満ちるまで逃げ切る!)

 

「そんな隙を、僕が与えるとでも?」

 

「!」

 

 ズドンッ!! 

 

「ゲッボァッ! このっ! ──!?」

 

 刹那は覚の動きを読んで先回り、脇腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。体勢を立て直した時には腕は無かった。

 

「!?」

 

(いつの間に!? 太刀筋が全く見えない…!)

 

 キンッ

 

 覚の先読みが全く機能せず、身体は確実に両断を繰り返す。骨があって止まる、薄皮一枚斬れるなどと生易しくはない、当たれば確実に斬られる斬撃。

 

(何故こんなにも速い!? 考えも読める! 私の方が呪力も多い! なのに何故!?)

 

「ッムラ、裂キィ!!」

 

 ザグザグッッ!! 

 

 キンッ…ブワァッ!! 

 

 覚は腕の再生よりも攻撃を優先する。斬撃は刹那の一閃で全て落とされ、全くの無意味と化す。

 

 直後、刹那は呪力の靄を覚の真横に伸ばし、一瞬で真空を生みだす。

 

 これは酸素を無くして気絶させるための真空ではない。刹那は普段真空を作るとき、相手が死なないように調整した、いわば疑似真空を作っている。

 

 瞬時に真空と化した場所に、空気と空気がぶつかり合い衝撃波を生む。

 

 チッ…ドォンッ!!! 

 

「くっ…!!」

 

 ギュルルルッ

 

 回復する覚は不安と不可思議な現象を目の当たりにする。

 

(あの刀の軌跡の領域が消えている…?)

 

 彌虚葛籠を取得し、領域の押し合いによる支配ではなく中和。元来刹那の術式に合う手法はこちらだった。刹那の彌虚葛籠は途中で使えなくなったのではない。自ら解除し、覚に向かっていた。

 

 クルクルクルッ

 

 両手の刀を回して自身の周りの領域を刻んでいく。

 

「二刀、有耶無耶(うやむや)

 

 キキキキンッ

 

(何故ッ!? 領域全てではなく部分的な中和だなんて聞いたことがない!! 私の目の前の人間は、一体何なだというの…!?)

 

「ほら、攻撃の手が止まってますよ」

 

 ピキキッ

 

「舐めるな小娘…最悪の呪いの力を…!!」

 

 不安、不可思議、不明、それら全ては不毛。

 

 覚の呪いとしてのプライドが、呪力を更に増加させる。

 

「無意味、僕には関係ない」

 

赤羅楽(せきらら)ァ!!」

 

 網目状の赤い呪力が刹那を襲うが、刹那にもはや呪力を飛ばすだけの攻撃は無意味。

 

 キンッ

 

 刹那の身体に触れるギリギリのみを斬り裂いて避け、距離を無くして蹴り飛ばす。

 

 ドゴンッ! 

 

「ゲホッ!」

 

(意味のない攻撃…! 何故…!?)

 

「…死ねば人も呪いも価値は同じ。死ぬ間際だけ、人は孤独だ。でもその瞬間だけ、全ての命は優しくなれる」

 

「? 、??」

 

「ふふ、気にしないでください。独り言です」

 

 カチンッ

 

 覚が回復するのを刹那は追撃せずに納刀する。刹那の余裕の態度に覚は苛立ちと疑問を抱く。

 

「貴方…今まで全力じゃなかったって言うの…!?」

 

「? まさか、最初から全力でやってましたよ」

 

 刹那は薄く笑いながら覚の質問に答える。

 

「だったら何故…!!」

 

「いえ、強くなったという表現は正しくないです。僕は確かに全力のつもりでした。でも甘かった…皆は死ぬ気でやってたのに、僕は心のどこかで強さに驕ってたんです。感謝しますよ、覚。このタイミングで僕を成長させてくれて」

 

(気配が変わった!! この状況でこの呪力…!)

 

「貴方の心を読む術式は、合わせ鏡のようにして僕自身の心の深部を覗かせた」

 

(来るッ!!)

 

 覚は刹那の心を読み、反転術式と呪力回復、呪力ガードに全力を当てた。

 

 刹那は刀に鋭く研いだ呪力と共に、術式を込めた。

 

 術式を纏うではなく込める。

 

 道具に術式を付与するというのは、呪具が存在する以上は容易にも思える。しかし、今回は元々術式が付与されている"呪具"に直接術式を込めるという行為。呪具に術式を込めたとて、双方がバッティングしてしまい、まともな効果は望めない。だから刹那は

 

 刀という、動く空間に結界術を併用した。

 

「呪いは転じて虚無と化し、やがて無我へと辿り着く…」

 

「…ふふ…私は…私を呪った、この世界の終末を見届けたかった…」

 

 覚という人間は産まれる前から非術師にも関わらず、呪いと共生することを強いられてきた。それゆえ人にも呪いにもなりきれず、虐げられた人生を過ごした。命の価値を知る前に、死や理不尽という恐怖を知った子供は、人生を終えた後、呪霊として世界を呪うことを決めた。

 

「でも…これじゃあ…無理ね」

 

「そう。残念ですね。僕はこの世界を終わらせるつもりはありませんので」

 

 刹那はまるで興味を失った子供のように冷徹な、心底どうでもいい気持ちを隠そうともしない瞳で覚を見つめる。

 

 カチンッ

 

 納刀する寸前まで刹那の二刀は輝きを見せない。黒く鋭く研がれた呪力を纏う刀は、術式の効果と共に覚の身体を斬り、結界を壊し、空を裂いた。どこまでも深い闇が、斬撃の後に現れる。

 

「あげるわ…私の"全部"持っていきなさい」

 

 キンッ

 

 覚の言葉を聞き届け、闇は収束する。斬撃は遅れて音を響かせ覚の身体を刻んだ。

 

「ゴボッ…終わりは、も──」

 

 キンッ

 

「うるさいですよ、大人しく逝ってください」

 

 阿頼耶識刹那の二刀流。術式効果やあらゆる妨害に左右されない、まさしく、斬れぬものなし最強の剣技。

 

 二刀流、寂滅為楽(じゃくめついらく)

 

 大阪結界にて完成を果たす。




暫くはもう一つの小説に専念しようかと思ってます。
前回から続いて宣伝するのもどうかとは思いましたが週一、ニくらいで投稿するつもりの
『瞳を閉じぬ裁定者』そろそろ最初の山場的な所に差し掛かっていて、読むには丁度いい機会だと思いますので、是非よろしくお願いします!


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第六十七話 東京第二結界 異物

異物はイレギュラーと読みます


 ──ー

 

 東京、大阪突入時

 

 東京第二コロニー

 

 パンダは秤と同時に突入したにも関わらず、結界の暗黙のルールによって離されていた。

 

 埠頭のコンテナの上にパンダは座って考え事をしている。

 

(なんて濃い血の匂いだ…! 三人くらいはバラバラになってるんじゃないか? だがこの状況を作った本人の呪力は微弱、こういうonとoffが出来るやつは手練の可能性が高い! 俺の役目は天使の捜索と交渉、戦闘は秤に任せるつもりがこんな方法で離されるとはな…。さっさとここを離れるべきだが、下手に動いて見つかるのは勘弁、このままテディベアでやり過ごす…いや!)

 

 ゴロゴロ! ポインポインっ

 

 しかしパンダは自分の考えを一瞬でひっくり返して行動に移し、コンテナの上から転がり落ちる。

 

(俺はパンダだぜ!?)

 

「ふぅ~」

 

 周りを見渡し一息ついたパンダ。秤と行動するためのその判断は、裏目に出た。

 

「あ」

 

 たった一言、言葉のその方向にいたのは100得点保持者、件の人物。

 

 鹿紫雲一(かしもはじめ)

 

「なんだ? 上野から脱走したか?」

 

(そうです!!)

 

 鹿紫雲の独り言にパンダは内心肯定し、四足歩行になって動物のパンダに擬態を試みる。

 

「お、やっぱ二足歩行はしんどいか。コガネ、あれ泳者か?」

 

(そんな使い方ー!?)

 

「泳者、デス!!」

 

 フッッバゴォッ!! 

 

 初手の不意打ちでパンダの顔面に呪力と共に拳がくり抜かれる。

 

 パチチッ

 

「ツッッ」 

 

(伏黒の鵺と同じ! 呪力が電気のような性質を持ち、奴自身常に帯電している!)

 

 ボンッ!! 

 

(とんでもなく速く! 重い!)

 

 続けざまにパンダは胸を貫かれて綿が体から飛び出る。その瞬間、パンダはゴリラモードへと変形する。

 

(でもなぁ! 防御無視はお前だけじゃないんだぜ!!)

 

激震掌(ドラミングビート)!!!」

 

 ドッ! ビリビリ…! 

 

(内部破壊か…!!)

 

「悪くない、が」

 

 クンッギチッ

 

「良くもない」

 

 バギィッ!! 

 

 鹿紫雲は腕を棒で絡め取り、骨格ごとゴリラモードのパンダの腕を無理矢理引きちぎる。

 

 パンダには痛みがないため、怯むことなくもう片腕で鹿紫雲に拳を振るう。

 

「普通すぎる」

 

 トンッ

 

 そして鹿紫雲は棒を地面に投げて刺し、パンダの腕を放り投げてフェイントをかける。パンダは咄嗟の判断が効かずに鹿紫雲に一方的に顔面にラッシュを叩き込まれ、コンテナに叩きつけられ動けなくなる。 

 

 ドドドドドッ!! ゴウンッ!! シュゥゥウ

 

「弱い、弱すぎる……宿儺、お前、宿儺がどこにいるか知ってるか?」

 

「!!」

 

(宿儺!? 何が目的だ、どうあれ虎杖にプラスにはなんねぇよな)

 

「知らんな」

 

「…知ってる間だなぁ」

 

 笑みを溢す鹿紫雲に、パンダは臆すことなく適当なことを話す。

 

「…叔父がそんな名前だったかな」

 

「舐めてんのか?」

 

 シュルルルッッ

 

 鹿紫雲の殺気が電気のような呪力として現れる。

 

「お前こそ舐めんなよ、俺のお姉ちゃんはシャイガールだから」

 

(目があった奴はみんな、照れ殺しだぜ…!?)

 

 ボコボコボコボコッッ

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!」

 

 シュルルルッッ

 

 パンダはお姉ちゃん核の人間型トリケラトプスに変形する。

 

 パリッ──

 

 その瞬間、鹿紫雲は棒を振るって呪力を飛ばす。

 

 鹿紫雲は電気と同質の自らの呪力を電荷分離する。打撃とともに対象にプラス電荷を移動させ、自身に蓄えたマイナス電荷を地面への放電をキャンセルしつつ対象誘導する。この一撃は、領域を展開するまでもなく必中の、大気を割く稲妻である。

 

 ポパァッ!! 

 

 パンダの身体は半身が弾け飛び、中の骨格や呪力が霧散する。

 

「で、何処だよ宿儺…は?」

 

 シュルルルッッ

 

 鹿紫雲の視線の先は半身が弾け、変形が解けたパンダではなかった。鹿紫雲の背後にある、謎の回転する赤いリンゴ。

 

「林檎? いつから…? おい、お前の仕業か?」

 

 そこにパンダの姿はなく、破壊された痕跡すらもない。

 

(どこ行った? 姿が無い…いや、違うな。俺が移動してんのか?)

 

 鹿紫雲が今いるのは、パンダに遭遇する前の埠頭の角。

 

「なんだ、瞬間移動系か?」

 

 鹿紫雲はそう遠くない戦闘の場所へと戻る。

 

 そこにいたのは短めのシルクハットを被って黒いステッキを持ち、黒スーツをはだけさせた術師。

 

「あら? アナタ人間じゃないの?」

 

「…アンタは…?」

 

「アタシ? フフン、時代の先を行く"女"元一級術師梦覚真慈、真ちゃんって呼んでねん♡」

 

 死滅回遊泳者 梦覚真慈(むきさめしんじ)

 

 ポンッ! 

 

 自己紹介の後に掌から青い林檎を出現させる。

 

「なんでもいいが逃げたほうがいい…アイツはやばい…」

 

「アナタ見かけによらずハードな声じゃない、アタシ好みよ♡」

 

 梦覚は全く意に介さぬようなテキトーな返事を返すと、鹿紫雲が会話に入ってくる。

 

「おいおい、折角宿儺のことが分かりそうなのに邪魔すんなよ」

 

「アナタこそパンダちゃんをイジメるのやめなさいよ、日本のお宝よ? 動物愛護団体にも叱られちゃうわ」

 

(呪力はそこそこ、手には青い林檎…俺と同じじゃねぇだろうな。面白そうな手合いだが今は…)

 

「今はお前に興味はねぇ。とっとと失せろ」

 

「アタシいなくなったらこの子殺すでしょ?」

 

 シュルルルッッ

 

 梦覚は手の青い林檎を指で回転させながら質問する。

 

「ソイツ次第だな」

 

「映画とかだと、そういう子は大抵殺すのよ?」

 

 ダンッ! 

 

 ドゴッ!! パリリッドドドッ!! …ドサッ

 

 痺れを切らした鹿紫雲は駆け出して距離を即座に詰め、梦覚の顔面を殴りつけ、ラッシュを叩き込む。

 

 血飛沫が舞い、その場に梦覚は倒れ込む。

 

「戦う理由もない雑魚がイキがるからだ」

 

 リワインド

 

 ドゴッッ! 

 

「!!?」

 

 倒れた梦覚に向かって言い放った鹿紫雲はその瞬間、腹から殴り飛ばされていた。

 

 ザリィー…

 

「戦う理由ねぇ…アタシ、子供の頃からパンダが大好きなのよ、それで充分かしら?」

 

 パンッ、シュルルルッッ

 

 青いリンゴが弾け、同時に梦覚は赤い林檎を回して地面に放る。梦覚は傷がなくなったかのように全快している。鹿紫雲のダメージは軽微なものの、実力を測り誤ったことを悟り、呪力を練りだす。

 

「いい感じじゃん?」

 

 パリリッ…!! 

 

 ドゴンッ!!!!! 

 

「「!!」」

 

「随分ボロくなったんじゃねえか!? パンダ!!」

 

「秤!!」

 

「おいおい…大漁だな!」

 

「アラ、またいい男」

 

 一触即発の雰囲気の中、コンテナを踏み砕き、膨大な呪力を立ち昇らせて秤が参戦する。

 

 それを見た鹿紫雲は汚れた笑みを零す。

 

 既に一戦を終えて全開状態の秤、実力未知数の梦覚、過去から黄泉帰った最恐の術師、鹿紫雲一。

 

 三人の泳者が出逢って起こるのはただ一つ。

 

 三つ巴の呪い合いが、始まる。

 

(パンダ助けてるとこ見ると味方か?)

 

「ンフフ、実践は久々だわぁ。報酬の分頑張らなくちゃねぇ」

 

 秤は梦覚の隣に歩いて向かい、反対に鹿紫雲は正面から二人を睨む。

 

「お前等、名前は?」

 

「俺は秤金次、金ちゃんって呼んでもいいぜ」

 

「私は梦覚真慈、真ちゃんって呼んでねん。貴方は?」

 

 スッ…

 

「鹿紫雲だ」

 

 鹿紫雲は戦闘の構えを取り、顔を綻ばせる。同じように秤も少し驚きながらもニヤニヤと舐めたように笑いながら提案する。

 

(! コイツが百点保持者、鹿紫雲一!)

 

「おい、俺が勝ったら百点使わせてくれよ」

 

「好きにしろよ、お前あのパンダの仲間だろ。宿儺について知ってることを吐け、この後生きてりゃな」

 

「なんだか物騒ねぇ、世の中ラブアンドピースの時代よ? ねぇ、金ちゃん…金ちゃん?」

 

 秤の意識が飛びかけるようにして目玉がグルリと上を向く。

 

(漲る呪力(ボーナス)で…トぶぜ…!!)

 

 ダンッ! 

 

 バシンッ!! 

 

 鹿紫雲の先制攻撃が秤に当たりかけるのをギリギリ手で掴み、秤に呼びかける。

 

「ちょっと!! 何意識飛ばしてんの──」

 

 バゴォンッ!! 

 

「「!!」」

 

 ♪ 〜♪ 〜♪ 〜

 

 突然の呪力の爆発的な上昇と一撃、鹿紫雲と梦覚は秤の溢れ出る呪力と鳴り響く音楽を見聞きして驚嘆する。

 

 秤は領域展開直後、私鉄純愛列車主題歌[あちらをタテれば]が流れている四分十一秒間、ボーナスとして膨大な呪力を得られる。端的に言うと呪力の制限解除に加え、自身の体を溢れた呪力で壊さないように常時完全自動(フルオート)の反転術式が付与され、実質的に不死身となる。

 

 ザリィィ! 

 

「アラ、イイ身体してるじゃない」

 

「二体一か…卑怯とか思わねぇのか?」

 

「とか言う割りにはよぉ…随分いい顔してるじゃねぇか鹿紫雲ォ!!」

 

 バリッバリリリッ!! 

 

 ズダァンッ!!! 

 

 笑顔を漏らした三者は、一切の予兆無しに一斉に走り出した。

 

 ドドドドッッ!!! 

 

 グルルッ! ガシッグリュッ

 

「!」

 

「さっきのお返しだ!!」

 

 梦覚が踏み込んだ瞬間、後方へと飛び上がり鹿紫雲は二人の背後を取る。秤よりも先に反応した梦覚は振り向きざまに裏拳を繰り出すのを鹿紫雲は腕を絡めて止め、そのまま強引に手折ろうとする。

 

「真慈ィ!!」

 

 シュルルルッ、パンッ! 

 

 リワインド

 

(コイツ、またっ!?)

 

 再び梦覚の位置が戻り、鹿紫雲の背後を取った形へと替わる。

 

「乱暴なオトコはモテないわ、よっ!!」

 

 バシンッ!! バリッッ!! 

 

 鹿紫雲は梦覚の拳を受け止め、呪力による電荷を移動させる。同時に秤の拳が鹿紫雲へと向けられ、梦覚の蹴りも繰り出されるのを鹿紫雲は片足で軸をずらして防ぐ。

 

 ブォッ! ガガッ!! 

 

(あそっから防御すんのかよ!)

 

(電荷は溜まった! 喰らえ!!)

 

 バリリリッバチュンッ! 

 

 梦覚の腕から秤の腕へと電荷移動による稲妻が走り、秤の片腕を吹き飛ばして梦覚の動きも痺れて鈍る。

 

(二択だが! 狙うは攻め時の秤!!)

 

 バキィッ!! 

 

 鹿紫雲の標的が秤に絞られた瞬間、秤からのカウンターが鹿紫雲の頬にヒットする。

 

(あそこから反撃して見せるか!! だが片腕じゃ──!?)

 

 完全自動の反転術式、秤の意識は攻めの一手へと向き続ける。

 

 バキイッ! 

 

(反転術式!!)

 

 ガシッブンッグリッ

 

「寝技は得意かしら!?」

 

 梦覚は鹿紫雲の股から腕を通し、もう片方の手を首に引っ掛けて柔道の寝技の姿勢に入る。

 

 受肉し、知識として知っているが受肉先は一般人。鹿紫雲には新しすぎる技術。

 

 ビキキッ

 

(! 抜け出せねぇ!!)

 

 さらにここで音楽が凪ぎはじめ、秤のラウンドが終了する。同時、秤は掌印を結ぶ。

 

 秤の四分十一秒のラウンドの間に焼き切れた術式が回復するため、秤は何度でも領域を展開できる。

 

「良いぞ真ちゃん! そのまま抑えてろ!!」

 

 領域展開 坐殺博徒(ざさつばくと)

 

 バララララッッッ!! 

 

 一瞬にして全ての光景がゲーム台の中の演出へと替わる。

 

 秤の領域は領域内の者に害が無い分、押し合いに強く、展開スピードは渋谷での真人をも凌ぐ。

 

 鹿紫雲は彌虚葛籠(いやこつづら)の発動を諦めるよりも早くにルールを理解させられた。彼の状況としては最悪の一言。

 

「チッ! 離れろ!!」

 

 バリリリッッ!!! バチンッ! 

 

 ダッ! シュルルルッ

 

 電撃で筋肉が弛緩したのと同時に横に転がって脱し、梦覚も近くの設置物へと飛び乗って避け、秤の元に向かいながら赤い林檎を生成する。

 

「確率変動突入!!」

 

 ドパンッパンッパンッ!! 

 

 演出が三人の背後で弾けて気分の高揚が誘われる。

 

「景気良いじゃねぇの」

 

「俺はな、お前はどうかな?」

 

「抜かせ。お前今不死身じゃねえだろ」

 

「金ちゃん、アナタ未成年じゃないの?」

 

「博打に歳なんて関係あるかよ。賭けてなんぼ、勝ってなんぼの人生さ」

 

(この一回は大当たりを引くのが既定路線…この間なら殺れる!)

 

 ダッ!! 

 

 ガッドドッゴゴンッ!! 

 

「させないわよ!!」

 

(こっちのカマの体術は捉えにくいが無難な接近戦である以上どうとでもなる! 問題は秤!)

 

 ガシッブンッバゴッ!! 

 

「ぐぅっ」

 

 梦覚との一瞬の攻防、鹿紫雲は演出内である電車の吊り革を利用して顔に蹴りを叩き込み、奥にいる秤を狙う。

 

 バキイッゴチンッ! グラッ…

 

 鹿紫雲の連打の後、秤への頭突きが決まり脳震盪を引き起こす。

 

 バキィンッ!! 

 

「続行!!」

 

「!!」

 

 擬似連、ワンシークエンスのやり直し。私鉄純愛列車では一度目の発動で大当たり確率が二十%を超える。期待度の高い演出であり、秤は基本確変時以外では使用しない。

 

 ガチッバキンッ!! バリリリッ!! 

 

 ドギュゥゥン!! 

 

「継続!!」

 

 チュインッ! 

 

「リーチだ!!」

 

(うっかり特快リーチ! 主人公が何事もなく新百合ヶ丘まで辿り着ければ大当たりのリーチアクション!!)

 

 バァン! バァン! バァン!! 

 

 ドキュドキュドキュ!!! 

 

(大当たり! 金ちゃんのラウンドが始まる!!)

 

 ザァァァッ

 

「音楽…」

 

 領域の解除、同時に流れ出す音楽、そして溢れ出る呪力(ボーナス)!! 

 

「スタートォ!!!」

 

 ズァァッ♫♫

 

(始まったな! 呪力の制限解除にフルオートの反転術式!! だが! この後に領域を展開しても確変は既に終了、スピーディーに当たりを引けはしない! この四分十一秒をいなし、不確定要素のカマ野郎は時間をおいて再戦。これで俺の勝ち…それは、雑魚の思考だ)

 

 鹿紫雲の戦闘経験の高さ故に一瞬の思考、勝ち筋が見える。しかし、鹿紫雲が求めるものとは違ったのだ。彼は生粋の戦闘狂、彼に常に生の実感を与えるのは血湧き肉躍る呪い合い! 

 

「まとめてだ…!!」

 

「「?」」

 

 ゴァァァッッッ!!! 

 

「お前らまとめて!! 俺の相手だ!! 音量上げろ!! 生前葬だ!!!!」

 

(この四分十一秒の間に! 不死身のお前とカマを両方殺してみせる!!)

 

「妬けるじゃない!! アタシを忘れないでチョーダイな!」

 

 ガッ! バキドゴゴッ!! 

 

(動きがさらに鋭く! 底知れないわね!)

 

 ドゴンッ!! バゴンッ!! 

 

 押される梦覚を助けるために秤はコンテナを蹴り飛ばしたのを鹿紫雲が殴り飛ばしてコンテナは空を舞う。

 

 バギッドゴバゴンッドドドッ!! 

 

 二体一という明らかなハンディをものともしない鹿紫雲の攻撃はさらに密度を増し続けていく。

 

「もっとだ!! もっとアゲてけ!!!」

 

「アゲるわよぉ!!」

 

 ゴッ、バギャッッ!!! 

 

 梦覚は地面のコンクリートをくり抜くように踏み割り、放り投げて地面と空を逆転させる。

 

「馬鹿力め!!」

 

 シュルルルッ、パンッ!! 

 

 さらに赤い林檎が弾け、秤だけがコンクリートの天井から逃れるように位置がズレる。

 

「「!?」」

 

 ダッ!! 

 

(やるな! 秤を攻撃範囲から離脱させ自らを巻き込んで自滅に近い特攻! これなら確実にダメージを俺に与えられる!)

 

「さぁ!! 逃げ場はないわよ!!」

 

「逃げるってのは! 雑魚がすることだ!!」

 

 ダッ!! 

 

(まさか! 直にアタシを叩いてそのまま盾にするつもり!?)

 

 ガガガッ!! ガジンッ! ッ! 

 

 僅かなコンマ数秒の戦闘、制したのは誰でもない。

 

 二人の呪力と蹴りが衝突して二人は弾き飛ばされ、瓦礫が積み上がる。

 

 ズゥンッ!! バリリッ!! 

 

「楽しいなぁ!! 梦覚!!! 秤ィ!!!」

 

「こうなりゃとことん付き合うぜ鹿紫雲ォ!!」

 

「久し振りよ!! ここまでハートが熱くなるのは!!」

 

 三人のギアが更に段階的に上がるのが呪力と集中の砥ぎ具合でで分かる。

 

 バヂョォォォンッッッ!! 

 

「「「!!?」」」

 

 しかしここで、招かれざる客が招待される。

 

 この結界は大半が海で覆われており、秤達の付近で大きな呪霊が祓われた時と同様の呪力が爆ぜる。

 

 同時に、海上に大きな式神と共にオールバックで礼服に身を包んだ男が現れる。

 

「役者は揃ってるな! 宴の始まりといこう!!!」

 

 死滅回遊泳者 継愚那岐(つぎぐなぎ)

 

 ガシッブンッ!! バリリッ!! 

 

「邪魔だ!!!」

 

 一瞬の動揺こそあったものの、鹿紫雲は瞬時に瓦礫に呪力(電荷)を溜めて投擲、稲妻を伝わせて那岐に攻撃する。

 

「甘い!」

 

 バヂャンッ! 

 

 瓦礫を呪霊と水の壁で防ぎ、呪力を当てて相殺する。

 

「極の番!! イザナギ!!」

 

 ゴォォォッッ!! 

 

「岩!?」

 

(! まずい避けきれない!)

 

(クソっ! ラウンドが終わる!! 間に合わねぇ!!)

 

 シュルルルルッッパンパンッ! 

 

 二つの巨大な岩が空から降ってくる。

 

 梦覚は隠し持っていた青と赤の林檎二つを爆ぜさせる。

 

「リワインド!!」

 

 ズゥゥンッ!!! 

 

 …………

 

(死んだか? 羂索が言ってた割には呆気ないな)

 

 ──ー

 

「二人とも無事ね?」

 

「あ? なんだここ」

 

「さっきアタシがくり抜いたコンクリの空間よ」

 

 シボッ

 

「煙草やめててもライター持ち歩く癖抜けなかったのよねぇ」

 

「…おい、なんで俺を助けた?」

 

「別に善人を気取ってるつもりはないわよ。百点を失いたくないのはこっちも同じなの」

 

(今更だが反応を見るに真慈は白でいいな。一級辺りか? 一瞬だけだがあのオールバック術師、かなりやり手っぽかったな)

 

「詳しい話をしてる暇はねぇ。鹿紫雲、取り敢えずでいい、一時停戦しようぜ」

 

「俺になんの得がある?」

 

「宿儺について知ってることを洗いざらい話す。少なくとも現代ではパンダは一番詳しいやつらの一人だ」

 

「「一人?」」

 

「んなとこ食いついてくんな。俺は今漫画脳だからよ、多分お前の呪力海水と相性悪いんだろ? 俺等とアイツを相手にするのは流石に厳しいはずだ」

 

 秤の洞察力による鹿紫雲の弱点を突かれ、鹿紫雲は考え込む。

 

「………術式を明かすつもりは無いぞ」

 

「充分だ。あいつの相手する間は裏切んなよ」

 

「そんな下らねぇことしねぇよ」

 

「じゃ、話はまとまったわね。アタシは先にパンダちゃんを助けに行くわ。回収が終わり次第すぐに合流する」

 

「オッケー。鹿紫雲、同時に飛び出すぞ。俺のラウンドは既に終わってるからな。即座に領域を展開する」

 

「分かったよ。まぁ、敵として問題はなさそうだったしな。妥協してやるよ」

 

 バゴォンッ!! 

 

「生きてたか!! 嬉しいぞ!!」

 

 三者の利害の一致。昨日の敵は今日の友などという綺麗事も呪術の世界に存在したと思わせる瞬間。

 

 羂索の息がかかった呪詛師の一人、継愚那岐へ向けて秤と鹿紫雲は走り出し、梦覚も同時にパンダの元へと林檎を生成して走り出した。

 

「さぁ!! 浮世つくまま! 宴を始めよう!!」

 

 




蛇足感ある話ですが、二次創作なんでね。
後々に関わってきますんで


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第六十八話 確定演出

オカマキャラって強いしカッコいいからむっずい。


「さぁ!!宴を始めよう!!」

 

パリリッ!!

 

ズォォォンッッ!!

 

「いいぜ!乗った!!」

 

「来いよノッポ!!丸焼きにしてやる!!」

 

那岐が言葉を発すると同時、三人は行動に移る。

 

鹿紫雲と秤はわざとらしく注意を引き、梦覚はパンダを回収に向かう。

 

「領域展開!!」

 

(登場即座の領域展開!やつの術式はバフ系統か!!)

 

ズララララッッッ!!

 

私鉄純愛列車。そのステージへと一瞬で塗り替えられ、一切の得がない情報が那岐へと送り込まれる。

 

「大当たり確率239分の1、それまで俺が時間を稼いでやる。感謝しろよ」

 

「大当たりの情報は秘匿!!加えてそうそう当たるものではないようだな!!」

 

((当たるまでは一対一!!その間にあわよくば殺し切る!!))

 

パリリリッ!!ゴォォッ!!

 

鹿紫雲は領域内に入れられた那岐の正面に立ち、互いに呪力を練りだす。

 

ティウンティウンティウン!!!

 

「大当たりィィ!!!!」

 

「「なっー!?」」

 

瞬間、二人の背後で鳴り響く突発大当たりの音。

 

二人の一致した思惑は瞬時に塗り替えられ領域は解除、そして溢れ出す呪力!!

 

秤金次、まさに豪運!!!

 

「悪いな、豪運なもんで。こういう状況は確定演出なんだわ」

 

「呪力制限の解除に加えて本人の豪運!フッハハハハハハ!!!良い術師だ!!!」

 

(座標がズレてやつが式神から降りている!)

 

パリリッ!ガギンッ!!ズドォンッ!!

 

鹿紫雲の呪力を纏った一撃を、那岐は自前のサーベルで防ぎ、鈍い音が鳴り響く。そのチャンスを逃さなぬよう秤が攻撃を仕掛けに行くが巨大な式神の腕がそれを遮る。

 

「ワタツミ!吐き出せ!!」

 

((!!))

 

「跳べ秤!!」

 

ゴボボボッッ!!バシャァッ!!

 

海坊主のような体躯の式神が海を吸い上げ、埠頭一体を水に浸し、秤と鹿紫雲はコンテナの上に飛び乗って回避する。

 

シュウゥンッ

 

「おい!式神が消えたぞ!!」

 

「二体一も悪くはないが!私の術式はこうでなくてはな!」

 

極の番イザナギ。二つの岩を設置、そこから術者の望む八百万の神を模した式神を、一定時間自在に一体だけ呼び出すことができる。

 

「黄泉の国からおいでませ!!火之迦具土神(ひのかぐつち)!」

 

古風な装いに炎を纏う刀を装備する人形の式神。甘く見積もろうとも、特級の呪力出力を誇っている。

 

ゴォォォッッ!!ジュワァッ!!

 

ポタッポタッ

 

汗が吹きでる程の熱が一瞬にして場を制す。

 

「海水が沸騰してやがる」

 

「鹿紫雲、サウナは好きか?」

 

「知るか」

 

鹿紫雲の呟きにニヤニヤと笑いながら秤は問いかける。

 

「お前は本体を叩け。式神があんだけの呪力濃度なんだ、縛りで本体の呪力は大したことはねぇハズ」

 

「じゃあお前が本体を殺れ」

 

「あぁ!?親切が分かんねぇのかこのやろう!」

 

「乳繰り合うでない!!どっちでもいいわ!!」

 

「「じゃあ俺だ!!」」

 

お互いの静止を聞かず火之迦具土神の式神を無視して那岐へと向かっていく。

 

ガッ!バキィ!!ドッ!

 

「ぬぁっ!!火之迦具土神!」

 

ドッ!!ジュワァァァ!!!

 

片方の攻撃を防御しても、もう片方の攻撃が横腹を抉る。単純な呪力量が化け物の秤の攻撃も、常に帯電する鹿紫雲の攻撃も、どちらを受けようと那岐には致命的な一撃。

 

「結局俺がこっちかよ!!クッソ熱いな!!!」

 

火之迦具土神は常に発火する呪具と呪力を保有する式神。熱による攻撃である以上、一撃で秤を仕留めることは出来ず持久戦を強いられる。

 

バゴォォンッ!!!!

 

「おら!!!沈んでろ木偶の坊!!」

 

ガガガッ!!バリリッ!!

 

ビリッ、、、

 

(帯電する呪力!!まともに受ければ身体が保たんな!)

 

ズドドドドッッッ!!!!

 

「おらどうした!!もっと食らいつけよ!」

 

「ッ!!」

 

ガシッ!!

 

「おっ?」

 

「フンッ!!!」

 

ブォンッ!!

 

那岐は呪力を流し込み、サーベルを間に挟んで帯電を防ぎながら、拳を振るう鹿紫雲の腕を掴んで投げ飛ばす。

 

(おっと、やべぇな油断した。だが!この程度なら着地、、、)

 

バッ!!

 

那岐は沸騰する海面に飛び込み、秤が今まさに勝利を収めようとする火之迦具土神の式神を解除、別の式神を召喚する。

 

加弥比加尼(かみひかね)

 

パキンッ!!

 

「海が凍った!?」

 

「お前の呪力は海水が苦手なのだろう。ならばこちらの方が私に俄然有利!!」

 

ダンッ!!ペキキッ

 

「スケートリンクか、綺羅羅とのデート以来だな」

 

「あんま強く踏むな。海面しか凍ってねぇ、割れたら落ちるぞ」

 

ガジャンッ!!

 

「「「?」」」

 

突然三人の間に鹿紫雲の如意が落ちてくる。

 

同時に、梦覚が三人の横から現れる。

 

「随分厄介な術式ねぇ。パンダちゃんはちょっと遠くにおいておいたわよ。鹿紫雲ちゃん、それ使いなさいな」

 

「呼び方を変えろ気色わりぃ」

 

「あら、名前呼びの方がお好きかしら?」

 

「ハジメちゃんってか」

 

「お前ら後で潰す」

 

三人のやり取りをみた那岐はサーベルに込める呪力を若干緩め、三人に問いかける。

 

「、、、お前達、阿弥部高聡という男を知っているか?」

 

「「!!」」

 

「?誰だソイツ」

 

「彼奴は私の数少ない友でな。共に呪術師のみの世界を作ろうと奮闘したのだ。そこの二人は知ってるのではないか?」

 

「貴方、、、東京にいたかしら?」

 

「私の担当は京都だ。東京では彩華(さいか)とミゲルが五条悟の足止めをしとったわ」

 

「ん?てことは夏油ちゃんの相手してたのね」

 

四人の上がりきったボルテージが徐々に下降を始め、秤の術式による音楽も凪ぎ始める。

 

(まずいな、ラウンドが終わる。時間稼ぎが狙いか?)

 

「おい、俺が知らねぇ話ばっかすんな。結局お前は何が言いたい?」

 

鹿紫雲の問いかけに那岐は一つ間を置いて静かに話し出す。

 

「私は世界などどうでもいい。数少ない友が利用されるのを黙ってみてはおれんだけだ。利害は一致している。どうだ、私と協力してみないか?」

 

しおらしくなった那岐の問いかけ。しかし、鹿紫雲の求めるものに、彼は不純物でしかない

 

「断る。協力じゃなくて俺を屈服させるってんなら考えてもいい」

 

天目一箇神(あめのまひとつのかみ)

 

ガコンッ

 

「「「?」」」

 

「別に構わん。今の話は忘れろ」

 

「ってめっー!!」

 

ドポォンッ

 

突如三人の立つ氷面が丸く斬られて落水する。

 

全員が同時に落とされる事態を避ける為に離れた位位置取っていたにも関わらず、同時に足元の氷が丸く切り取られた。

 

(同時に三人を落とした!)

 

(地上!地上に出なきゃ不味い!!)

 

秤は終わりかけのラウンドで呪力を膨大に練り、頭上の氷を叩き割る。

 

ズォッ!!!バギンッ!!!

 

そして間違いに気付く。三人は距離を取っていた、鹿紫雲の呪力は電気と同様の性質であり、海中では呪力がまともに練れない。

 

ビバッバ(しまった)!!」

 

秤が鹿紫雲のピンチに気付くと同時、梦覚は赤い林檎を出して鹿紫雲にハンドサインを出す。

 

「「バビモバャンッ(鹿紫雲ちゃんっ)!!」」

 

「!!」

 

無論、鹿紫雲はハンドサインなど知るはずがない。しかし、優れた術師であるほど婉曲な合図を露骨に理解する。

 

「!!!」

 

その合図にラウンドが丁度終わった秤は梦覚を引き入れて領域を展開する。

 

鹿紫雲は呪力を最大放出、瞬時に電気分解が発生して大爆発が巻き起こる。

 

ドパァァンッッッ!!!!

 

ザバァァアンッッッ

 

氷のせいで海水に満たされていた埠頭内は爆発によって元の姿を取り戻す。式神と共に上空に飛んで逃げていた那岐はその場に降り立ち、驚嘆する。

 

「なんと、、、!まさか無傷とは、流石に驚くぞ」

 

領域内から再び膨大な呪力を纏う秤と赤い林檎を手に持つ梦覚が現れる。

 

そして爆ぜた海水の中から呪力強化の御蔭で無事だった鹿紫雲は問いかける。

 

「おい、どうするつもりだ。俺の呪力はもう空だぞ」

 

「アタシの術式はそんなに燃費がいいものじゃないのよ。もう一つ、貸しね」

 

パァンッ 

 

赤い林檎が弾けると同時に鹿紫雲が微妙な空中に投げ出される。

 

ストッ

 

「おい!テメ、、、」 

 

バリリッ!

 

苛立つ鹿紫雲は呪力を漏らし、その違和感に気付く。

 

「どうした?」

 

「呪力が戻ってる、、、?」

 

梦覚真慈の術式、因果律への秒侵入(ラプラスクロックエントリー)

 

三種の林檎を生成、それぞれが役割を持っている。

 

赤い林檎は他人を、青い林檎は自分の動きを術者の呪力を消費して記録し続け、壊すと同時に任意の時間分巻き戻す。

 

「アンタ何者だよ」

 

「、、、ただの一級術師よ、"元"ね」

 

ヒュォッ、ドォンッ!!

 

「っぶねぇ!!」

 

「まだ私との決着はついていないぞ!」

 

カチンッ、バヂヂヂッ!!

 

(っ!式神の狙いは俺か!)

 

式神の標的は鹿紫雲に絞られ、那岐は梦覚と秤を牽制する。

 

「天目一箇神は刀の神だ!!如意如きでは歯止めにもなりはせんぞ!!」

 

ガガガガッ!!!バヂィンッ!!

 

「神だなんだとほざけ!!そんな下らねえもの信じてんなら呪術師なんて辞めちまえ!」

 

ゴォンッ!!ドォンッ!!

 

(相も変わらず莫大な呪力出力!!だが!あとたったの三分間!逃げ切れば確率変動は終わり大当たりを簡単には引けない!)

 

「そんな流暢にしている暇は無いがな!」

 

ザグッッ!

 

「ゴポッ」

 

ガヂンッ!!

 

「!!?」

 

那岐のサーベルが秤の腹に滑り込んだ瞬間、秤は身体を前に曲げて自身の肋と腰の骨でサーベルを挟み動きを制御する。

 

ドッ!バゴッ!!

 

その機を逃さずに梦覚の拳は那岐の横頬を貫き、鹿紫雲の方へと吹き飛ばされる。

 

「オラァッ!!!」

 

パチチッッゴォンッ!!

 

鹿紫雲の呪力を纏った一撃で麻痺しながら式神も同じ箇所へ集められる。

 

「チャンスだ!叩き込め!!」

 

「指図するんじゃねぇ!!」

 

「イクわよぉ!!!」

 

ドドドガガガガッッッ!!!

 

(私は終わるのか?こんなところで、、、?)

 

那岐の心にあるのは、呪術師らしかぬ夢物語。死んだ友が救われることに賭けていた。

 

ーーー

 

「うわっ、使いづらそうな術式持ってるね。君」

 

「、、、分かるのか?」 

 

「そういう呪霊とくっついてるからね。条件はあるけど」

 

誰もいない静かな山の奥、阿弥部はその場におおよそ似つかわしくない和装で那岐へと話しかける。

 

「何の用だ。私は今忙しい」

 

「スカウトに来たんだ」

 

「断る」

 

「話くらい聞いてから断れよ。どう見ても暇だろ?」

 

岩の上に座る那岐に阿弥部は笑いながら話しかける。

 

「聞く気もないということだ。私はほとほと人間には愛想を尽かしている。弱者を救うことなき悪心の塊なれば、その悪が世界に闊歩する世の中が平和と来た。実に下らん」

 

「なら、、、私と一緒に世界を壊してみないか?」

 

「、、、?荒唐無稽な夢を語るなら寝間着姿のほうがいいぞ」

 

「そんな気はない、私は本気だ。君の言う通り、この世は非術師という癌に毒されている。我々術師は、一人で何百人という非術師の働きや美しさを持つというのに、利用され、挙げ句にゴミのように捨てられる」

 

ギリイッ

 

阿弥部は拳を握りしめて真っ直ぐに那岐を見つめる。

 

「この世は病気だ。救いようのない、非術師という病原菌の集団によって引き起こされる病気。君の笑える世界を、術師という真の人間の可能性を、もう一度だけ信じてみないか?」

 

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」

 

那岐の心に一瞬だけ浮かんだの可能性の三文字、彼は、大して信用しない自分の直感を、もう一度だけ信じてみることにした。

 

トンッ、カサッ

 

「良いだろう、もう一度だけ私は可能性に賭けてみることにする。決行はいつだ」

 

「!嬉しいな。でも残念なことに、まだ君が私の仲間の二人目なんだ。何も決まっていない」

 

「、、、とんでもない愚か者だな」

 

「急に酷いな。夢というのは語り続けることが大事なんだよ」

 

ーーー

 

那岐は、自分の信じた男と飛びかける意識の中で再会した。だが、それが気付けになったか、最後の呪力を振り絞る。

 

飛びかけの意識の糸を繋ぎ、地面を強く踏み抜く。

 

「ッッッ!!!」

 

ダゴォンッ!!!

 

「「「!!」」」

 

「ごぐの番ッ"ッ"!!!」

 

イザナギ。彼の術式は、極の番を使うことを前提とした術式。それにより、消費する呪力は莫大で一日一度放つのが限界のはずだった。

 

しかし死を垣間見た彼は瞬間的に自身の呪力の前借りという縛りを用いて二度目を放つことに成功した。土壇場で見せた、呪術師の急成長である。

 

(後のことなど考えない!!!今ここで!捻り出せ!!!)

 

数の利が、均された。

 

武甕槌大神(たけみかづち)、天目一箇神

 

ビジャァァンッ!!!

 

「本体の呪力は殆ど空だ!叩くなら今しかない!」

 

ビュンッ!カツンッ

 

鹿紫雲の投げた如意が那岐の近くに刺さり、鹿紫雲は呪力を放出する。

 

「喰らえ!!」

 

バリバリバリリッッッ!!!!

 

那岐へと進む稲妻は武甕槌大神の方へと曲がり、空中へ空撃ちされる形となった。

 

素手になった鹿紫雲を逃さないように天目一箇神が襲いかかるが、式神を秤は全力の呪力強化の拳でくり抜く。

 

「させねぇ!」

 

メキィッ!ゴォンッ!!!

 

「刀の方は死にかけよ!!秤ちゃん追撃!」

 

「ああ!!ビリビリは任せた!」

 

ラウンド終了まで、残り一分弱。

 

ビシァンッ!!ゴォンッ!バゴゴゴッ!!バリリッ!!

 

重たい呪力強化の拳の音、神の鳴らす雷の音、鹿紫雲の持つ電撃が大気を割く音、四人の疲弊とボルテージは最早最高潮を超えている。そして、事態が動くまで、残り十秒。

 

メキョッッバゴォォンッッ!!!

 

秤の上段蹴りで天目一箇神の式神は形を保てなくなり姿を無くす。

 

(ラスイチ!!後は雷野郎と本体のみ!!)

 

ほぼ同時、晴天を暗雲が支配し、黄金色の龍が雲の中を暴れ回る。

 

「轟かせ!武甕槌大神の雷鳴を!!」

 

ゴロロッッ!!

 

(こんな予備動作の長い技、まともに受けてやる義理はない!)

 

「古き術師よ、、、よもや逃げるわけではあるまいな?」

 

パリリッ、、、

 

超重度の戦闘中毒者(バトルジャンキー)である鹿紫雲に、その煽りは想像以上の効果を発揮した。

 

「上等だ!!正面から受け止めてやる!!!」

 

鹿紫雲は呪力を全力で練り、全呪力を武甕槌大神の雷槌へと向ける。

 

「金ちゃん!ラウンドは!?」

 

「ラスト五秒!!」

 

(離れることはできるけど範囲が分からない!アタシの術式はあと三回が限界!)

 

「チッ!記録(レコード)!!」

 

シュルルルルッ

 

梦覚は青い林檎で記録を始め、秤は防御へと呪力の容量を振る。

 

「雷ッ鳴ィ!!!」

 

「爆ぜろ!!!!」

 

ガジャァァッンッッッ!!!!

 

バリバリリリリッッッッ!!!!

 

互いの雷がぶつかる。それは誰の目から見ても相殺ーーなんてものじゃない。鹿紫雲の圧勝である。

 

空に浮かんだ式神は半身を焦がして消えていき、鹿紫雲周りの空気はパリパリと未だ電気の余韻を残す。

 

(怪物め、、、だが!)

 

「呪力は空になったようだな!!」

 

グヂュルルッ

 

巻き直し(リワインド)

 

パァンッ!

 

梦覚は青い林檎を遅れて爆ぜさせ、大ダメージを無かったことにする。しかし、その反動で大量の呪力を持っていかれ、疲労感が一気に押し寄せる。

 

秤は二つの雷撃を膨大な呪力のガードで防ぐが、身体を伝った電撃で内臓が弾け、その再生中にラウンドが終了した。

 

「さぁ、、、展開してみせろ!最後の領域を!」

 

死んでも賭ける、それが博徒の生き様!

 

「領域展開」

 

坐殺博徒!!

 

バララララララララ!!!

 

秤金次、本日三度目の領域展開!!

 

しかし、確率変動も全て終わり、体力的にも回すのは一回が限度、鹿紫雲の助けも領域に入れていない梦覚の援護も期待できない。

 

つまり、もう一度突発で大当たりを引く必要がある!!

 

緑シャッターが二人の間に降り、スロットがスタートする。

 

「スロット!!スタートぉ!!!」

 

ガララララララッッッッ!!!

 

(ひりつく!!身体が!心が!熱くなってるのを感じる!!)

 

(当たれば私は負け!!出るな!出るな!!出るな!!!)

 

「当たれ!当たれ!!当たれぇぇ!!!!」

 

チュインッ!

 

5

 

チュインッ!

 

5

 

座席争奪通勤リーチ!!!

 

(期待度は限りなく低い!!でもこれで!)

 

「ラストォォォオオオ!!!!」

 

「はずれろぉぉぉおお!!!!」

 

チュインッ!

 

3

 

「ハズ、、、レ、、、、、、!ゴボッ」

 

ガクッ

 

秤は脳内麻薬(アドレナリン)で遅れていた内臓を損傷した激痛と、死を伴う重症を自覚する冷静さを取り戻す。

 

ズゥゥゥッッッ

 

領域は解除、残っているのは激痛で今にも死にかけている秤と、呪力が無くなった鹿紫雲。そして、紫色の林檎を手にした梦覚の姿。

 

ゾクゥッ

 

直後に那岐が確信した嫌な予感。絞りに絞った呪力を全開に、疲弊しきった梦覚の腕を蹴り飛ばして林檎を空中へ放り出す。

 

「アタシがここにいたことが、、、確定演出よ!!」

 

パリリッ!

 

「残りカスだ、くれてやる」

 

鹿紫雲の弱々しい電撃が炸裂。林檎は空中で弾ける。

 

バヂュンッ!!

 

術式発動 因果律崩壊(コラプス)

 

三つ目の林檎は紫。梦覚は、鹿紫雲と出会ったその瞬間から、ジャケットの中でずっと記録し続けていた。効果は、彼が見聞きしたものの十秒間の完全再現。

 

バララララッッッ!!!!

 

再現したのは、確率変動に突入した二度目の領域!!

 

チュインチュインチュイン!!!!

 

ドパンッパンパンッ!!

 

♪〜♪〜♪

 

鳴り響く音楽に祝の花火。そして、溢れてやまない

 

膨大な呪力!!!

 

死んでも賭ける!死んでからも賭け続ける!!

 

秤金次、実力で掴んだ最後の大当たり!!!

 

ギュルルルッ!

 

「そう簡単に逝かせちゃくれねぇよなぁ!!」

 

「黄泉の国へ!!大人しく三途を渡れぇ!!!」

 

メキャッッッッゴォォォォンッッッ!!!!!

 

絞りカスすら出ない、ただの人間のパンチ。呪力で完全強化した秤の拳は重々しく頭蓋骨を砕き、那岐を海へと放り出した。

 

(負け、、、、、、、、、た、、、か)

 

ドポォンッ!

 

「「「、、、、、、、、、、、、?」」」

 

「おいコガネ、得点はどうした」

 

ポンッ

 

「対象が自害したため、ポイントにはなりませんでした」

 

「はぁ?なんでだよ」

 

「なるほどね、、、彼、やっぱりいいオトコね」

 

「ほんと見境ねぇなアンタ、、、。俺は彼女いるから勘弁だぜ」

 

「俺もカマはパスだ」

 

「ツレないわねぇ」

 

疑問符を浮かべる鹿紫雲と秤を他所に、梦覚は理解したようで、疲弊しきった三人はその場に座り込み、あるいは倒れ込んだ。

 

継愚那岐VS鹿紫雲、秤、梦覚

 

勝者 鹿紫雲、秤、梦覚




オマケの初期案
梦覚 真慈(むきさめ しんじ)
得点75
術式
因果律への侵入(ラプラスロックエントリー)
自身で口に出して数えた秒数だけ時間を操れる。
時間を操る、とは文字通りに加速も減速も戻すも飛ばすも止めるも自由。
ただし、数えた秒数に限られ、さらに選ぶ対象には限界がある。それでも超強い術式。
極の番、領域は無し。
呪力量は術式に引っ張られる形でかなり多い方、縛ってる七海くらい。呪力による肉体の強化もできるが得意ではない。
元々呪霊が見える体質、窓に近い人間。
マジシャンなので、謀り騙しはお手のもの。
仲見世と違い、得点の全ては敵対した術師のもの。
死滅回遊が始まってから下水道に身を隠しており、死んだ人間達がそこにいると思い込んでいる。常に発狂したような状態、しかし脳の奥底では理解しているためルールを追加し、死人を蘇らせようとしている。無差別に襲うわけではないが刹那は高得点保持者なので襲撃することにした。

本編
梦覚 真慈(むきさめ しんじ)
術式
因果律への秒侵入(ラプラスロックエントリー)
元々窓の人間だが、家族が全員呪霊に惨殺された過去を持つ。呪術師になろうとしたが、才能が芽吹くことがなく、窓としての日々を過ごしていた。
呪力は普通にあるため補助監督という道もあったが、呪術師への想いを捨てきれずに日々鍛錬を重ね、術式が無くとも三級程度の実力を持っていた。呪術師になるための試験(あるのか知らんけど)を受けようと決断していた。そんな折に羂索に弄られて術式の獲得に成功する。
術式を手に入れたのは死滅回遊よりかなり前の出来事で、かなりの研鑽を重ねて術式を使いこなしている。
青いリンゴと赤いリンゴと紫色のリンゴを生成する。
記録(レコード)
赤いリンゴは他人が対象。
青いリンゴは自分自身が対象。
二つのリンゴはそれぞれの対象に付き、回転を始めてから対象の時間を10秒間記録する。
巻き直し(リワインド)
その記録を始めてからの過去と現在を入れ替えることができる。
過程飛ばし(スキップ)
さらに5秒先の未来まで入れ替えることもできる。
いずれも一度発動すると弾けて記録はやり直すことになる。
同時に合計七つまで生成できる。
崩壊(コラプス)
紫のリンゴは記録を始めてから永遠に記録を続ける。その間は呪力を絶えず注ぐ必要があるが、その効果は絶大。記録を始めてから起こった出来事を一つ、"自由になんでも"出現させられる。
誰かの極の番だろうと領域展開だろうとそれは対象を選ばない。
一個目の術式そのものはもしかしたら何処かで出るかもしれませんね。


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第六十九話 桜島結界 芸術

私の芸術の評価は2でした。


 十一月十五日 十一時二十五分

 

 桜島結界(さくらじまコロニー)

 

「いやはや…まさか私の術式がここまで制限されるとはね」

 

 夏油と釘崎は既に参加を宣言、桜島結界へと侵入し、例に漏れず暗黙のルールにより分断されていた。

 

 夏油の術式による呪霊の参加は認められず、中に入った後に外に呪霊を出すと制御(コントロール)を失うこととなるため、夏油の術式による現状の簡略打破は望めなかった。

 

(…まぁ、そこは正直どうでもいい。問題は離れた釘崎と、そこら中に描かれたこの謎の絵だ)

 

 夏油が転送されたのは街の中。いたる壁、地面、看板や車にまで動物や景色、人に兵器。とにかく様々な絵が、油絵の具や水性絵の具、それどころか塗れるものなら何でもというように描かれていた。

 

「なんだこれ…芸術? アート? 私には分からないな…」

 

「おい、アンタ術師か?」

 

「?」

 

 一人の男が夏油に歩み寄り、質問する。

 

 紳士的な態度とニヒルな笑みを崩さずに夏油は皺のよった男の質問に答える。

 

「えぇ、貴方は?」

 

「俺もだ、現代のな。見た感じはあんたも現代だろ? 見ない顔出し結界は新参か?」

 

「まぁ、そうなりますね。先程入ったばかりですので」

 

「だったら説明しておくぜ、この桜島結界のルールを」

 

「ルール? それなら先程コガネが」

 

「違う違う、そうじゃねえ。この桜島結界独自のルールだ」

 

 男の言うルールに夏油は興味を抱き、話を聞くことにする。

 

「ほう。なら、手短にお願いしますよ。生徒とはぐれてしまっているので早く見つけれなければ」

 

「安心しろ、ルールは簡単、"誰も傷つけるな"それがルールだ」

 

「ふむ…理由を聞いても?」

 

 突拍子もないたった一つのルールに夏油は問いかけをする。

 

「この結界の支配者のモットーが、呪術師は一人残らず仲間だってよ。お陰で俺は命拾いだ」

 

「それはそれは…」

 

(話しぶりからして術師は襲っていない? 逆に言えば非術師は虐げられているということか?)

 

「非術師の方は?」

 

「俺は見てないな。まぁ元々人がわんさかいる街でもねぇし、最初の時点で全員脱出したんじゃねぇか?」

 

「なるほど、精々ニ、三キロの結界ですからね。その可能性の方が高そうだ。あ、最後に一ついいですか?」

 

「おう?」

 

「その支配者とやらの場所と名前は?」

 

「さぁな、場所は知らねぇ。名前は」

 

 染秀 彩華(せんしゅう さいか)

 

 所持得点5 ルール追加回数、一回

 

 追加内容

 

 結界への条件付き出入り

 

 殺傷数 術者二十一人

 

 ──ー

 

「どこよここぉ!!」

 

 釘崎の転送先は山のトンネルの真正面。少しの自然と夏油の転送された場所同様の理解の難しい芸術の群れ。しかしこちらは植物、花や樹木などといったものが多く見られる。

 

「なんで携帯使えないのよ、こんなの絶対に映えるのに」

 

 釘崎は苛立ち歩きながらスマホの画面を乱暴にタップし続ける。

 

(ったく。まぁ、そんなに広い結界でもないしすぐに見つかるでしょ)

 

 バシュッ!! 

 

「!」

 

 呪霊の消滅反応を感じ取り、即座にトンカチを取り出しポーチから釘を構える。

 

 消滅した呪霊以上の呪力を感じ取り、釘崎は冷や汗をかきながら動けるように足に呪力を込める。

 

(…近い)

 

 ガササッ

 

「来た!!」

 

 グァッッバグンッ!!! 

 

 三級程度の呪霊が草むらから飛び出すと同時に、その呪霊の後方からハエトリグサを彷彿とさせる巨大な何かが出現、呪霊を丸呑みにする。

 

 ンゴッンゴッ…ブシュゥゥッッ!! 

 

「うわキッモ! てか…食べた…?」

 

 丸呑みにした呪霊を体内で消化したのか、身体中からガスを出してその式神は液状になりその場に絵として残される。

 

「何よあれ、式神…?」

 

 ポンッ

 

「うひゃぁ!?」

 

 突然現れた式神を訝しむ釘崎の肩に突然の軽い衝撃、ただ彼の存在を知らせるために肩を叩いただけなのだが、気を張っている彼女には逆効果で全力でトンカチを後ろに振るう。

 

 ブンッ!! 

 

「うおっ!」

 

「って、アンタは京都校の…なんだっけ、眠そうな先輩」

 

 加茂憲紀

 

 姉妹交流会の時、彼との接点はほぼ無かったためうろ覚えであるが釘崎は彼を知っていた。

 

 しかし当時とは違い、髪型は大きく変わり短髪で、和装ではなく動きやすさに重点を置いた服に変わっている。

 

「加茂だ。お前は東京校の釘崎で合っているか? 何故こんな所にいる?」

 

「いきなり質問攻めにしないでくださいよ、カモ先輩」

 

 あえてカタカナの発音で話を遮る釘崎に、加茂は複雑に思いながら大人の対応を見せる。

 

「…悪かった。奥づまった話は向こうでするとしよう。都市圏だから休める場所もあるはずだ」

 

「へーい」

 

 加茂の案内に従い、二人は街に向かう。しかし、複雑な雑木林に加えて、意図的に迷わせるような絵の数々に惑わされて一向に辿り着かない。

 

「もしかして、先輩って方向音痴ですか?」

 

「だけだったら有り難いのだがな…。構えろ、何か近寄ってくるぞ」

 

 加茂の一言に緩んでいた気を引き締め、釘崎は下ろしていたトンカチを構えて釘を握る。

 

 ガサササッ…ヒョコッ

 

「あ、新規泳者(しんきプレイヤー)の人?」

 

 引き締めた精神とはおよそ真逆の声色で、一人の術師が二人の前にその姿を現す。見た目や体躯は釘崎とほぼ同じ。ペンキや墨汁、スプレー缶などでまばらに彩られたパーカーに、腕や首筋から見える無数のタトゥー。

 

 フードの隙間から見える髪は赤いメッシュの入った青髪。そして極めつけは、呪力の核心に触れたであろう呪力の纏い方。 

 

(なんだ? 呪力とはこんなにも…他者の身体に這い寄るものだったか…?)

 

(なんだあの服、パンク系ってやつ…? 本人は地雷っぽいな)

 

 釘崎と加茂は両者全く違う感想を目の前の術者に向ける。先に言葉を発したのは、やはりこの人物だった。

 

「そこら中に絵を描いて回ってるのってアンタ?」

 

「そうだけど…なにか文句あるわけ?」

 

「いや、特に無いわよ。良いなって思っただけ」

 

「…ハハッ、なにそれ。まぁいっか、二人共ここには入ったばかり? お腹空いてる?」

 

(どうします? 先輩)

 

(話が出来ない相手じゃない。迂闊に刺激するよりも交渉に時間を割いたほうが良いだろう)

 

(了解)

 

「私は秀染彩華、アンタ達は?」

 

釘崎野薔薇(くぎさきのばら)よ。よろしく」

 

加茂憲紀(かものりとし)だ」

 

 チョイチョイッ

 

 釘崎と加茂は指でついてこいとジェスチャーする彩華についていき、街中の廃ビルへ入っていく。

 

「良いっしょ、ここ」

 

「良いっていうか…分からん」

 

「あははっ、じゃあ私の腕もまだまだってことだ」

 

 画材や色、素材を問わない絵が壁や天井や床、さらにはスケッチブックや図画版等にも描かれている。

 

 その種類は全く統一性が無く、銃や花や騎士に呪霊、虫に人工物など、まさにアートの万国博覧会のようである。

 

「絵を描くのが趣味なんだ。アンタ達も描いたげよっか?」

 

「いや、私は遠慮しておく」

 

「私をモデルにするなんて見る目あるじゃない。特別に描かせてあげるわ」

 

 またしても全く反対のことを口走る釘崎に呆れつつも、絵を描いている間はまともに動ける状態を作れるのは加茂のみなため、警戒の意味を込めて不本意ながらに釘崎を描かせる。

 

「良いね。そんくらい自信家な方がリアルな表情を描けるよ」

 

 シャッジャッジーッ

 

「あ、食べ物とかはその辺に転がってるから好きにしていいよ」

 

 場所を問わずに、パンやレトルトの物が転がっている辺り、本気で絵を描くことだけに夢中なのだと加茂は理解する。

 

 パリッ、ムシィッ

 

「…単刀直入に聞くが、ルールを追加したのはお前か?」

 

「名前で呼んでよ。カモ君モテないしでしょ」

 

「色恋に大した興味は無い。で、どうなんだ」

 

 カチャカチャッベタッビジャァッ

 

「はいはい。そうだよ、私がルールを追加したの。食料とか枯渇するし、条件はコガネ任せだけどね。あ、釘ちゃん動かないで」

 

「え、私何も食べれないの!?」

 

 近くのパンに手を伸ばした釘崎の動きを制止し、再び描く手を動かす。

 

「結果論だが、私達も似たようなことを考えていた。敵は増やしたくない、協力しないか?」

 

「何が目的の協力?」

 

「私達は日本が終わる可能性を危惧している。その可能性を無くしたい。なるべくなら少ないルール追加で穏便とまではいかずとも──」

 

「それってさぁ、非術師を救けるってことだよね?」

 

 カリリッシャシャシャッ

 

「まぁ、結果的にはそうなるが」

 

「…今の聞かなかったことにしたげるからさ、アンタ、この結界から出ていきな?」

 

「…念のためだ、理由を聞かせろ」

 

 ピリッ

 

 二人の間に緊張が走る。冷や汗をかいて手に力を入れる釘崎を描く手は止めないものの、明らかに相手に対する威を放つ彩華、加茂も気取られないように自身に巡る血流のギアを徐々に上げていく。

 

「何、その命令口調? アンタ自分の立場分かって言ってんの?」

 

「解釈はお前の自由だ。私としては手荒なことはしたくない」

 

「私も嫌だよ、私の手は絵を描くためにあるんだから。この結界(キャンパス)をアンタの()で汚したくない」

 

「………」

 

「私さぁ、フィーリングで生きてるから難しい言葉って好きじゃないんだよね。阿弥部高聡(あみべたかさと)、それで理由は充分でしょ?」

 

「「!!」」

 

(こいつ! アレの仲間!?)

 

("どっち"だ!? いや、どちらにせよまともな協力は望めない!)

 

 パシャァンッ!! 

 

 その名前を聞いた瞬間、完全な臨戦態勢に入ると血液パックを手で破り、加茂は術式を行使する。

 

赤縛(せきばく)!!」

 

 ビュォンッ!! 

 

(拘束して情報を引き出す!! 術式を使わせる暇は与えん!!)

 

「『騎士(ナイト)』」

 

 バチィンッ!! 

 

 突如として彩華の目の前に出現した中世の騎士のような式神は、赤縛をその身に受けて彩華を守る。

 

「へぇ、やるね」

 

(一体どこから!? 奴の足元の絵が消えている…そうか!)

 

「釘崎! 今すぐここから出るぞ!! 建物の中はまずい!」

 

「うぉわぁ!!!」

 

 ダッ!! 

 

 術式の種を理解した加茂は釘崎の腕を引っ張り指示を出して廃ビルの脱出を試みる。

 

「『命の引き金(いのちのひきがね)』」

 

 ガチャガチャチャッ!! 

 

 再び壁に描かれた無数の銃が消え、反対に現実にそれが反映される。

 

 ダラララッッッ!! 

 

「チッ!」

 

 ギュルルッ!! パスパスパスススッ

 

 加茂は自身の手首を斬りつけて血を流し、その血と血液パックの血で壁を作り、銃弾を受け止める。

 

苅祓(かりばらい)!」

 

 ギュルルッ! ズガガンッ!! 

 

「どこ狙ってんすか先輩ぃ!!」

 

「黙って走れ!」

 

 加茂は血液の壁をそのまま転用し、手裏剣状に形を変えて彩華の頭上と前方の二つの柱へと放つ。

 

(なるほどね…)

 

 ガラガララッ!!!! 

 

 二人は加茂が崩した廃ビルを転がるように飛び出して受け身を取り、得物を構える。

 

「……やったか?」

 

「やめてくださいよ、そういうこと言うと…」

 

 ボガァンッッ!! 

 

「ほらー…」

 

「私の発言に関係はないと思うが」

 

 瓦礫を先程の騎士が派手に吹き飛ばし、ポケットに手を入れたままの彩華が出てくる。

 

 釘崎の落胆ぶりを見て加茂はそれを否定する。

 

「やるじゃんカモ君。でもさ、私の絵を壊すとかさぁ…『死刑(しけい)』じゃない?」

 

 バッ!! ズダァンッッ!! 

 

「「!!」」

 

 二人は自分達を覆う巨大な影に気付き、同時に左右に飛び退いてそれを避ける。

 

 二人の視線の先にいたのは、街中に描かれた絵の一部である、断罪するための大鎌だった。

 

「私の術式は"存在しない虚絵(ノータイトル)"。描かれた絵に題名をつけて口にすれば絵が具現化するんだ」

 

(術式の開示…! 逃がすつもりは無いようだな)

 

(これだけの破壊力、必ず何かしらの"縛り"があるはず!)

 

「ぶっちゃけさぁ、二人共私のこと舐めてるでしょ。あんま舐めんなよ」

 

 彩華は呪力を練ると同時にその場を駆け出して二人の元へ向かう。

 

「釘崎! お前は援護に周れ! 周りの絵を全て破壊しろ!」

 

「全部って! 何枚あると思ってんのよ!?」

 

 文字通りに無数の絵、釘崎はポーチから取り出した釘に呪力を籠めて飛ばし、術式を使用する準備を進める。

 

「おらぁ!!」

 

 カンカンガンッ!! 

 

赤燐躍動(せきりんやくどう)!!)

 

 加茂は向かってくる彩華を止めるために血液の循環を早めて身体能力を底上げする。

 

 ビシャァァー! 

 

 走るでもない跳ぶでもない彩華の動きは、滑らかに水面を滑るような動きをする。

 

 ガッ!! ドゴッ! 

 

「くッ!」

 

 ズドッ! ゴチャッ! 

 

 加茂の繰り出した拳を避けて腹へと膝蹴りを繰り出し、腹を抑えるために一瞬顔が下がった瞬間に彩華は飛び膝蹴りを繰り出す。

 

(私は術式を使って能力を上げている! なのに…何故私の速度に対応できる!? 動きも不規則で読めない!)

 

「ほらそこ、地雷あるよ」

 

「なっー!」

 

 加茂の一瞬戸惑った足取りに目を配っていた彩華は兵器の名を口にし、それを信じてしまった加茂はその場を跳び上がる。

 

「はい引っかかった」

 

 ガシッ! バゴォンッ!! 

 

「ごヴァッ!」

 

 しかしそれはフェイクであり、跳んだ瞬間の加茂の脚を掴み、コンクリートの地面へと叩きつける。

 

「私、床にはあんまり描かないんだよね、作品を踏まれるのムカつくし。…?」

 

 トポッ

 

 加茂は倒れる寸前に血の球を圧縮し、片掌で握りしめていた。

 

「せんけっー」  

 

 トポンッッ

 

「!?」

 

(形が崩れただと!?)

 

 直前、加茂の掌を彩華の呪力が覆う。そして、血の球は形を保てずに圧縮が無駄となる。

 

 彩華の呪力は酷く変わった形、インクやペンキに近い性質を持っている。血液は水が混ざると溶血して破壊され、その形を失う。それとほぼ同じ原理で、呪力で形成された血の球に彩華の呪力が完全に混ざり合い、形が壊れてしまった。

 

「だからさぁ、舐め過ぎだって言ってん、じゃん!」

 

 トパァンッ!! 

 

「うッぉぉッ!」

 

 頭を蹴られる直前、加茂は自らの血液を間に挟んで体勢を立て直して彩華と向き合う。息を整える加茂に指を指して向ける。

 

「はぁ、はぁ…」

 

 スッ ガヂャンッ

 

「『心の想さ(こころのおもさ)』よく考えるアンタにはピッタリのプレゼントでしょ」

 

 ズゥンッ!! 

 

「ぐぅッ!! あ"ぁ"ぁッ!!」

 

 彩華が親指を下に向けて、舌を出して嘲笑うように題名を口にする。

 

 突如として加茂に莫大な体重が付加され、実像は見えずとも加茂の脚は重くなっていく。

 

「絵って概念や思想も描けるんだよ。抽象画っていうんだけどカモ君頭良さげだし、ダリとかピカソとか見たことあるんじゃない?」

 

(重い!! 錯覚だけでここまでの質量を伴うものなのか!?)

 

 具現化されたのはハートに鉄球の付いた鎖が巻かれている絵。絵そのものの形はないものの、加茂がその絵の主題となってしまっている。

 

「その絵のテーマは足枷。色々考えすぎだよ、カモ君。もっと早くに高聡に会ってれば一緒に絵を描けたかもしれないのに、残念」

 

「ぐっ、ぉぉお…! 赤ッ血! 操術!!」

 

 ドパァンッ! 

 

「!」

 

 無理矢理に術を行使しようとした加茂の血は弾け、偶然にも彩華の術式の弱点をついた。

 

 彩華の呪力は液体と同形質である。その中に不純物である血、それも呪力が流れているものが混ざるとことにより、その形の維持は一時的に難しくなる。

 

 つまり、加茂の術式と彩華の呪力はお互いに弱点を突く形になっていた。

 

 加茂に注がれていた術が一瞬緩み、その隙を逃さずに転がって抜け出す。

 

「運はいいみたいだね」

 

(釘ちゃんはそんなに近接得意じゃないっぽいから放っておいたのに、時間をかけすぎた。この辺りに絵が殆ど残ってない)

 

「一体いくつあんだよぉぉ!!」

 

 釘崎はそこら中の壁や床を壊して回っている。一部でも欠ければそれは作品ではなくなるため、破壊力が無い釘崎程度の術でも充分に破壊できる。

 

「まだやる? カモ君。そろそろ、君のインク(血液)は尽きてくる頃じゃない?」

 

(血液パックのストックはもうない。恐らく逃げれば追ってくることはない。だが…俺はもう誰にも必要とされていない。ならば!!)

 

 加茂は、羂索の手によって既に加茂家当主の座を失っている。彼の、"母に居場所を作る"という目標は最早叶うことはない。それ故、自暴自棄にも思える戦いを彼は行う。

 

(命を燃やせ…!! 血の一滴までも絞り出せ!!)

 

 ブジュゥゥウウ!! 

 

「!」

 

(まだ隠し持ってた! いや、まさか自分の血を体外に出してんの!?)

 

 ズダァンッ!!! 

 

 ビビッバジンッ!! 

 

 加茂は自らの血を背中から出して手数を増やし、彩華に向かっていく。

 

 加茂の直蹴りを呪力を放出して防ぐが、血を纏っているために防御力が半減する。

 

 ドゴッミシィッッ!! 

 

「くっ!!」

 

 グイッ

 

 彩華は身体を横にずらして避けるが、背中から出る血液が追撃を加え、肩を貫く。

 

 ザグッブシュッ

 

「いっったい!!」

 

「ハッ…ハァッ…ハー…!!」

 

 しかし、体外に出した血液を戻して循環するという方法は体に特大な負担となる。加茂の自らを顧みない精神力でも、限界は徐々に近付いてくる。

 

(私が動けなくなるその前に! 少しでもコイツを削る!!)

 

 ガシッ!! 

 

 加茂は彩華の腕を掴み、投げ飛ばそうと足に力を入れる。その瞬間

 

「『針傷(しんしょう)』」

 

 ザグザグザグッッッ!!! 

 

 加茂の掌から肩にかけてを無数の棘が貫いた。

 

「!?」

 

「手ぇ離せ!!」

 

 ドゴッ!! 

 

「グボッ!」

 

 加茂は掴んだ腕から力が抜け、彩華は腹を蹴り飛ばしてパーカーを脱ぐ。

 

 バサァッ! 

 

 顕になったのは、全身に隈なく描かれた凶器のタトゥー。彩華は指をパキパキと鳴らし、身体を捻って伸ばす。

 

「描くのはさぁ、何も壁や床だけじゃないよね…肉体や自然…ましてや、空だって! 『全てがキャンパス』なんだから!!」

 

 ズォッ! ビビビッ!! 

 

(なんだと…!?)

 

 彩華は背に描いていた大きな筆を具現化し、呪力のインクを作りだす。そして、空中に描き始めた。

 

 彼女は生まれつき、サヴァン症候群という稀有な体質。実在しないものをその目に見てしまうという枷、しかし、それを生まれ持った術式(才能)へと利用し、キャンパスを用いず空に絵を描くという"神業"を魅せた。

 

 ババババッ!! 

 

「『喰らい憑く死(くらいつくし)』」

 

 描かれたのは骨のみで構成された犬の絵。一体一体は加茂の敵ではない。しかし、創られた瞬間から彼女の手は休まることなく、作品を彩る手を止めない。

 

 ドゴッドガガッ!! バキンッ!! 

 

 ババババッ!!! 

 

「ッッうっぉ"ぉ"お"お"!!」

 

「『死刑』」

 

 ガタンッ! 

 

「!?」

 

 喰らいついた犬たちは、加茂を自らを顧みない動きでその場に留める。

 

 彩華が親指を下に向け、題名を口にする。出現したのは最初に出現した大鎌。

 

(一度だけでは無かったのか!?)

 

「さようなら、カモ君。これで…終わり!!」

 

 ビュウンッ──

 

 パシャ

 

 ドパァンッ

 

 加茂の首筋にその鋭刃が降ろされる瞬間、それは黒いペンキをかけられ、空虚な色となって消え去る。

 

「なるほどね…絵は"完成品"じゃなきゃいけないわけだ」

 

 その言葉の先にいたのは、手に黒いペンキの缶を持った釘先の姿。足元にはその手のもので汚されたであろう『死刑』の絵。

 

「……」

 

 彩華が辺りを見回すと、そこら中に黒いペンキで汚された跡が垣間見える。そこで沸々と湧くのは、彼女の怒り。

 

「…ふざけんなよ…!」

 

「何か言いたいことでもありげね? ほら、かかってきなさいよ。聞いてやるわ」

 

 釘崎はトンカチを肩に乗せてニヤニヤと歯を出して笑って見せる。彼女の煽りの才能は、ここでも色に塗りつぶされて濁ることはない。

 

 ズォッパシャンッ!! 

 

 彩華は筆に呪力のインクを乗せ、地面を蒼く染めながら釘崎へと走り出す。それを見た釘崎は左手の黒いペンキを消火栓に投げ、二本指を立てて術式を行使する。

 

(かんざし)

 

 バキィンッ! ガコッ

 

 ブシャァァッッ!! 

 

 術式を行使した先は彩華ではなく、消火栓とその周辺、さらに店や家の水道を破壊する。

 

 一斉に建物が壊れ、吹き出したのは色の群れ。

 

「!?」

 

「あの子には…きっといつもこんな景色が見えてるのね」

 

 釘崎は絵を破壊すると同時に、ペンキやインクを手当たり次第に水道やライフラインに混ぜていた。

 

 それによって、彩華の絵や本人も全て汚れてタイトルを失った。

 

「安心しろよ。私も釘はもう残ってない」

 

 カランカランッ

 

 釘崎は僅かばかりの釘を放り捨ててトンカチをしまう。

 

「サシで素手だ、来いよ」

 

「…なんで高聡の邪魔をするの…! なんで非術師を救けるの…! 高聡の理想は美しい世界で! 高聡は私達を救って! 誰も不平等にっ──べブッ!!?」

 

 バキィッ! ザリイィィー

 

「さっきから高聡高聡うるせぇんだよ!! 知るか!!」

 

 釘崎はブツブツと呪詛を呟く彩華の頬を思いきり殴り飛ばし、大声で言い放つ。

 

「た、高聡は、全部私にくれて…!」

 

「てめぇの人生はソイツのもんじゃねぇだろうが!!! その腕も! 足も!! 才能も!!! 全部テメェのもんだろうが!!!!」

 

 釘崎は本気で人を殴り慣れない、赤くなった手の拳を擦りながら続ける。

 

「私は釘崎野薔薇! それ以上でもなけりゃ以下でもない! 私の人生は私のもんだし、テメエの人生はテメェのもんだろうが! 誰にも指図される筋合いなんてねぇんだよ!」

 

「う、うるさい!! アンタと私は違うんだよ!!」

 

 バキィッ! 

 

「んなもんっ、たりめぇだろうが!!」

 

 バキィッ!! 

 

 殴り返す彩華の拳は弱々しかったが、釘崎はそれでも本気で殴り返すのをやめない。

 

「アンタも! 私も! 先輩も高聡って奴も! 全員! 誰一人! 同じなわけねぇだろうが!!」

 

 バギィッ!! 

 

「前を向け! 歩け! 自分らしく! 自分の為だけに生きるのが"人生"だろうがぁ!!」

 

 バッキィッ!! フラッ、バチャンッ! 

 

「はぁっはぁっ…」

 

 ドチャッ

 

 極彩色に彩られた地面に彩華は仰向けに倒れ、起き上がることなく空を眺める。釘崎も汚れを気にすることなく、ペンキの上に座り込む。

 

(自分の為だけ…? そんなの、考えたこともなかった…)

 

「………ねぇ、釘ちゃん」

 

「あ? あによ」

 

 ポロ…ポタポタ…

 

「私…どうすればいいかな…?」

 

「んなこと知らないわよ…あ、でも」

 

 静かに涙を流して問いかける彩華に、釘崎はポツリと話す。

 

「絵でも描いたら? んで、なんかのブランド品になったら、私に献上でもしに来なさいよ。ファンの第一号になってあげるわ」

 

「…私の絵、好きなんだっけ?」

 

「嘘は吐かないわよ。初めて見てから今でも、良いなって思ってるわよ」

 

 ポタポタ…ポタタッ

 

「ハハッ…何それ…」

 

 パシャッパシャッ

 

「…話は終わったか?」

 

 加茂が二人の近くまでよろよろと歩き、話しかける。

 

「終わり、私の完敗だよ。ごめんね、殺そうとして。好きにしなよ」

 

「軽いな…まぁいい、そんなことより協力しろ。元よりお前が非術師に危害を加えていなのはコガネから聞いている」

 

「無理無理。今は身体動かないけどさぁ、アイデアが出てきて止まんないの。すぐにでも描きたい気分。私はこのゲームから降りるよ。世界を救うとか滅ぶとか、そのへんのシナリオはアンタらで勝手にやってくんない?」

 

「……」

 

「良いんじゃないですか? 先輩。自己中なのが呪術師なんスから」

 

「…はぁ。ルールの追加そのものに関しては礼を言っておく。精々生きのびろ」

 

 釘崎の一言で、満身創痍の加茂はため息をついた。

 

「はいはい、どーもね。私はもう少し、この芸術に囲まれておきたいんだ。気にしないで二人も頑張りな」

 

 桜島結界

 

 秀染彩華VS加茂憲紀&釘崎野薔薇

 

 勝者 加茂憲紀&釘崎野薔薇 

 

 ドゴォォォンッッッ!!!! 

 

「「「!!!?」」」

 

 突如上がった大きな火柱が、三人の眼の前を飲み込んだ。

 

 ──ー

 

 各々が勝利を収め、高専生の得点は合計三百得点を超えた。ルール追加も、意図せずして追加された一つと虎杖の追加したルール一つが既に死滅回遊に組み込まれている。

 

 事態は良い方向へと進展している。かに見えた。

 

 十一月十四日 夜 

 

 東京第一結界

 

 伏黒、虎杖、来栖(天使)、高羽

 

 激闘を終えた四人は近くのホテルにて伏黒が起きるまで待機、起床の後に作戦会議の途中に天使が異変に気付く。

 

「コガネ、十分前からの泳者の数を出してくれ」

 

 来栖のコガネが出した画面には、800の数字が表れ、一同は絶句する。

 

「マジ…?」

 

 ──ー

 

 同時刻、大阪結界

 

 刹那、紫龍、四音、真希、直哉

 

「なんでや! 俺は手で食うんは寿司だけや決めとんのや! なんでこないけったいなもん食わなあかんねん!」

 

 近くの大きめのホテルの一室にて、一同は情報の共有と休憩がてらにコンビニ等から食料を持ち寄り、直哉はピザに文句を言っている。

 

「え…おにぎりとかどうしてるんですか?」

 

「直哉殿の家は名家と聞く。庶民の食むものは作らないのではないか?」

 

「いや、私も一応名家の出ではあるが普通に出たぞ?」

 

「やかましいわ! んなもん言葉の綾やねん!」

 

「ピーピー喚いてねぇで食えよ。旨いぞ」

 

 ズボッ

 

「むぐぉっ!? ……」

 

 もぐもぐもぐ

 

 真希は直哉の口に無理矢理突っ込み、渋い笑顔でそれを無言に食べ続ける。

 

「名家って大変なんですね」

 

「にしても、現代は面妖な食物ばかり見かけるな。この、ちーずとやらはどう作るのだ?」

 

「乳製品と書いているね…?」

 

 紫龍と四音は知識としてはあるが、見慣れない食べ物に興味を唆られている。

 

「意外と順応速ぇな。うちのやつよりよっぽどだ」

 

「まぁ…二人共普通に食べているしね」

 

「木の皮や人の肉より格段に上手いぞ」

 

「やめぇや。飯が不味なるわ」

 

 本物の合戦を幾度も経験した紫龍の舌は、どんな危険物や得体の知れないものでも食せるようになっていた。

 

「刹那ももっと食っとけよ」

 

「いえ、僕はもうこの程度で…」

 

「ならば某が貰おう」

 

「ちょお待てや、一人で食いすぎやねん俺にも寄越せや」

 

 一時の休息。大阪結界にはもはや術者は残っていない。覚が祓われたことにより、脳死状態の術者は全員例外なく死に至ったのを直哉と四音が確認。と紫龍と刹那は非術師の生存者を探すが見つからず

 

 にいるため、他の結界の動きがない限り待機という形をとっている。

 

 真希は一度外に出ていた。

 

「私が外に言ったときに聞い、傑が呪霊を使って憂憂と連絡手段を確立したのは僥倖だった。私が走り回るより速いしな」

 

「そうですね、僕達は百点まで足りませんでしたが、合計すると四百点近い上にルールも二つ追加されています。目標は達成ですね」

 

「せやけど問題は次の行動や。上手く行き過ぎな気もしてるしなぁ」

 

 三人の現代術師が頭をひねる中、二人の旧き術師は感じ取る。

 

「「…」」

 

「どうした?」

 

「「合戦の気配だ」」

 

 新たな火種が、三ケ所でその勢いを静かに増していた。




久々の投稿!!
なんていうか、スランプって程じゃないんですけど自車校とか色々あって、、、まぁ、気ままになるべく早く投稿していきます!


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第七十話 リベンジ・マッチ

記念!七十話目!!投稿した数はランキングだったり設定だったりでもう少し多いんですが、話そのものは七十ですよ!このままなら百なんて余裕で超えていきそうですね〜。


 十一月十四日 夕暮れ

 

 桜島結界(さくらじまコロニー)

 

 激闘の末の三人は、満身創痍で極彩色の上を走っていた。修羅場を乗り越えてきた直感が、自らの生命の危機を告げていたからだ。

 

 ゴォッボォォンッッ!!! 

 

 ありえない火力による凄まじい熱波。空気は膨張し、ビルや家の窓を破壊していく。

 

「熱っっつぅ!!」

 

「もっと速く走れ!!」

 

「無理無理無理!!! 限界!!」

 

 加茂は術式で速度を上げ、彩華は自身の呪力で滑るように加速するが、釘崎にはそれらの方法は無く、二人に追いつけない。

 

 グワァッ!! 

 

「ヒィッ!」

 

 バババッッ!! バチャンッ! 

 

血壁(けっぺき)!!」

 

「[壁]!!」

 

 ボォンッ!! 

 

 二人は文字通りの飛び火から釘崎を守るために術式を使い、辛うじて回避の時間を稼ぐ。

 

「あ"ー!! 何なんだよ!」

 

「いいから走れ! あれに巻き込まれたら確実に死ぬぞ!!」

 

「もう無理ぃ! 呪力(インク)切れー! 加茂君おんぶー!!」

 

「黙って走れ!!」

 

 この炎は、三人に対しての攻撃ではない。あくまでも、一人の特級術師に向けられた攻撃の余波である。

 

 バララッゴァッ!! 

 

「タン」

 

 ギュルルッ

 

 彼女の炎から逃れるために、夏油は低級の呪霊を強化して数体ぶつけて難を逃れる。

 

 バヂュンッ!! 

 

 同時に浮遊する呪霊で頭上を位置取り即座に反撃、頭から相手を槍型の呪霊で貫く。

 

「……」

 

 ゴォッ!! グヂュヂュッ。ぐっぱぐっぱ

 

「おかしいな…私、君のこと何回も殺してると思うんだが」

 

 炎に包まれて全快して感覚を確かめる彼女を見ながら、呪霊の上で胡座をかく夏油は自分の額を親指の背でポリポリと掻く。

 

「21回…蘇った…」

 

(…"蘇った"か。ダメージの無効化ではなく、蘇生、反転術式とほぼ同様の効果を持つ術式だろうな)

 

「さっきの話を蒸し返すようで悪いけど君、羂索の仲間なんだよな?」

 

「仲間…ではない。利害の一致…私は…死ぬために生きてる…」

 

「随分と退屈そうな人生だね。死にたいのなら術式を解けばいいものを」

 

「それでは…意味がない…戦で死なねば…全て、意味がない…」

 

(女性という身の上で戦に臨み、死に損ねた術師か…殺すことに抵抗は特にないが、厄介極まりないな。術式と思想の相性がなぁ…)

 

 桜島結界泳者 

 

 鳳 陽姫(おおとり ひのき)

 

 所持得点 57点

 

「羂索は…私に舞台を用意しただけ…」

 

 憂い、死んだような瞳に炭のように真っ黒な髪。

 

 絶え間なく全身を焦がさんばかりの炎を纏った羽根。

 

 術式 不死鳥

 

 術式が発動している間は文字通りの不死。天元と違うのは、伝承に伝わる鳳凰をその身に顕現させるということ。死なないのではなく、呪力と本人の気力が続く限り、死んでも蘇るのが彼女の術式だ。

 

「話はおしまい…呪い合おう…強い人…」

 

 ゴァァッッッ!!! 

 

「全く、イカれた火力だなぁ」

 

 ズァァッッ!! 

 

 陽姫が繰り出す火力を、夏油はポケットに手を入れたまま小型の呪霊を大量に出して防ぎ、乗っている呪霊で即座に距離を詰める。

 

「おしゃべりは嫌いかい?」

 

「むせるから好きじゃない…」

 

「それは残念」

 

 笑顔を崩さずに呪霊によって体勢が反転したまま夏油は眼の前で話す。

 

(! この男、まさか(燃える身体)に近づくつもり?)

 

 ガシッ! メキィッボキンッ! 

 

 夏油は燃える陽姫の腕を右手で掴んで引き寄せ、左手で関節を掴んで乱暴にへし折る。

 

「痛い…」

 

 メラ…! 

 

 淡白な反応と共に、夏油を剥がすために全身の炎の出力を上げ始める。

 

 ヒュッ、バキィッ!! 

 

 その気配を瞬時につかみ取って夏油は飛び上がり、ドロップキックを繰り出して空中に身を投げる。

 

 ドォンッ!! パラパラ…

 

 近くのビルに撃墜されてパラパラと瓦礫のカスが陽姫の顔にかかる。

 

「重たい…久し振りに…痛い…」

 

 ビッ! ビチチッ…ボォッ! ギュルルルッ

 

 陽姫は自分の首を掻き切って身体を再生させ、辺りを見渡す。

 

(あの男は…?)

 

 ズゥンッ!! 

 

「?」

 

『ふしゅぅ…!』

 

 ビルの中で陽姫と対面したのは、夏油が先日取り込んだ酒呑童子。ビルの外は夏油が出した夥しい数の呪霊が囲っている。

 

「1、2…3万…どうしようか…」

 

『ゴぁア!!』

 

「…三光」

 

 陽姫は目の前の酒呑童子を完全に無視しながら顎に手を当てて考え込む。

 

 ビルの外では夏油が次なる一手を画策している。

 

(さて、回復も攻防も同時にこなせる酒呑童子。仮にも特級だし平気だろう。釘崎達の逃亡を手助けするか)

 

「…?」

 

 ボッボッボッ!! ドォォンッッッ!!!! 

 

 突如、ビルの窓が全て内部の急激な熱の上昇圧に耐えきれずに弾けて、ビル全体が炎に包まれる。

 

「ゲホゲホッ…煙たい…」

 

 直後、ボソリと呟きながら酒呑童子の首を持った陽姫が出てくる。

 

(一体とはいえ、特級もいた。だというのに瞬殺とは…)

 

「やるね…!」

 

 一瞬にして夏油の呪霊、約三万体が祓われ、夏油は胸を高鳴らせる。

 

「よそ見は…死ぬよ…」

 

 ボゥッ

 

(厄介だが大した速度はないし当たることはない。さっさと終わらせるか)

 

 夏油が勝ちを確信した瞬間、陽姫は両手を真っ赤に燃やして夏油に向ける。

 

「赤タン…」

 

 ボンッ!! 

 

 夏油の眼の前が大きく爆ぜるが、夏油は微動だにせず呪霊を出して危険を回避する。

 

「花札が好きなのかい? 懐かしいなぁ、高専時代によく友人二人とやったよ」

 

 ビュッ! バババッ! ゴリッ! 

 

 一瞬で距離を詰め組合の攻防をするが、夏油は五条悟をも凌ぐ体術の使い手、数度のフェイントを織り交ぜた拳で自身の火傷すら顧みずに圧倒する。

 

(強い…この人なら…)

 

 ピタッ

 

「? どうした、急に止まって。呪力切れかい?」

 

 陽姫は立ち止まると、纏う炎を沈下させて着物を翻し、その場に正座する。

 

「改めて…私の名を名乗り申し上げます…。私は、鳳陽姫。今の時代から五百年前…死に損なった生ける屍でございます…」

 

「ふぅん…それで? 降伏するなら見逃すよ。生憎と私も忙しい身でね、君に構っている時間は実は無いんだ」

 

「戦乱の世にて、戦で死なぬ兵は人で無し…死に場を求めて六千里…羂索と契約を交わして今に至りまする…」

 

「話聞けよ」

 

「誠に勝手ながら…私はこの戦いを死に場と決めました…この身を…文字通りに、燃やす場だと…」

 

「こっちからすればいい迷惑だな」

 

「貴方のお名前を、貴方の口からお聞かせ願います…」

 

「…呪術高等専門学校一年副担任、特級術師夏油傑だ。満足かな?」

 

 陽姫は深く頭を下げたあとに夏油に向き直り、祈るようにして、独り言のように呟き、自らに縛りを設ける。

 

「…最後の戦いを終えるまでの…滾る呪力をこの身に…」 

 

 ズァッ!! 

 

(呪力が急激に跳ね上がったな。七海のような呪力制限の解除か? それとも何らかの縛りを今設けたのか…まぁ、いずれにせよ) 

 

「大した問題じゃない」

 

「そんなこと言ってられる…?」

 

 ドゥンッ!! 

 

「!!」

 

 先程までの炎と違い、纏うわけではなく自身の背に炎を噴出し、ジェット機の要領で加速、初めてまともに夏油に一撃を加える。

 

 しかし、最強の片割れがそのダメージに心を乱すはずがなく、呪力による強化で夏油はダメージを最小限に抑え、足首を掴む。

 

 ガシッ

 

「足癖が悪いね」

 

「貴方は手癖が悪い…」

 

 夏油の右手には消失しかけた呪霊。まともに夏油に攻撃を当てたと思っていたのは、防ぐ盾にしていた低級の呪霊だった。

 

 ブンッ!! ギュゥゥッバォンッ!! 

 

 投げられた陽姫は再び熱を上げ、ジェット機と同じような機動力で飛び回る。

 

 ビュンッ! ヒュンヒュンヒュンッ!!! 

 

「おぉ、炎が連なって蛇みたいだ。煙たいのを抜きにすれば中々いいんじゃない?」

 

「花見酒…」

 

 ヒュゴンッッ!!! 

 

 炎を空中に散りばめて視界を覆い、本人は生やした炎の羽根を振るって夏油に攻撃する。

 

 ガギンッ!! 

 

 夏油は服の下に硬度の高い呪霊を呪力で強化して這わせ、呪具のようにして防ぐ。

 

(! この男…何故こんなにも硬い? 羂索だってまだ攻撃が通る…)

 

 夏油は羂索の敗北から、年甲斐に無い学びを得た。

 

 失うことで人は強くなる。彼もまた、失いかけたものをその手に掴むための真っ最中なのだ。

 

 ヒュババッガチッ! 

 

「熱いな。防がなきゃ身体が焼けそうだ」

 

「赤タン…!」

 

 熱によって生成された羽状の弾幕が夏油を襲う。

 

 ダダダッ! ビュンッ

 

 それを走って避けて大きく前宙し、身を翻しながら拳の中で呪力の塊を二つ握りしめる。

 

「!」

 

「うずまき」

 

 ドヒュンドヒュンッ!!! バゴォンッ!! 

 

 ボダダッボドッ

 

「ッ!」

 

 ガシッ、メキィッボキンッ! 

 

 首を搔き切ろうとする陽姫の両腕を掴んで折り、自殺を阻止する。

 

「君の術式、死ななきゃ蘇生できないんだろ。だからうずまきを二つ作って威力を下げてみたんだけど、読みは当たりみたいだね」

 

 馬乗りになって抑える夏油を、陽姫は自らを燃やそうとして熱を上昇させる。

 

 ゴォォッッッ!!! 

 

「おっと、危ない危ない」

 

 グンッッゴヂャッ! 

 

 陽姫は両腕を使えない為に思い切り頭を地面に打ち付けて自殺し、再び炎に包まれる。

 

「感心しないなぁ。もっと身体を労りなよ」

 

「何度も殺す貴方に…言われたくはない…」

 

 ゴォッ!! 

 

 陽姫は再び熱を上げ始める。

 

「またそれ? もう飽きてきたんだけど」

 

 夏油ももう幾度目かという炎の攻撃に、呪霊を出して対応する。

 

「私の熱は…最大約千六百度まで上昇する…貴方は耐えられる…? 火災現場に放り込まれた子供のように、肺が焼けて呼吸できなくなる感覚に…!!」

 

 夏油はこの戦いで初めて冷や汗をかく。彼女を視界に収めるのに集中するあまり、周りが疎かになり気付けなかった。空が火山灰の影響で曇天になるのを。

 

 熱は灰によって他所へといくのを許されず、その場に残留する。

 

 陽姫が出した炎、ビルを燃やしてできた大きな焚き火。そして、術者を逃さぬ巨大な結界。条件は満たされた。

 

「五光…!!」

 

 バサッ、パタパタ

 

 夏油は上着を脱いで手をパタパタと振って暑さを示す。

 

「あついねー。でも、君も死ぬんじゃない? 物理的なダメージじゃなくても蘇生って出来るものなの?」

 

「この命、戦いの末に果てるのなら…本望…!」

 

(さすがに手加減し過ぎたかな、息が苦しくて段々苛立ってきた。釘崎達は大丈夫か?)

 

「ふーん…」

 

 先程までの仏を思わせるような笑顔を崩さず、呪力を練り始める。

 

 ズルルゥッ…

 

「日田坊主、晴らして」

 

 ビュッ! ガギィンッ! 

 

「あっ」 

 

 間抜けな声と顔で夏油は素っ頓狂な声を上げる。

 

「火山灰は、結界の外…貴方の呪霊では、晴らせないよ…」

 

「いやぁ、まいったまいった。そうだったね、じゃあやっぱり、君を倒すしかないってことか」

 

 夏油は適当に笑顔を作り、全身に炎を纏わせた陽姫の元に歩く。

 

 ビュッ! 

 

「貴方は…私と共に死ぬ…。劫火と煙の中で! 私の死に場所は、ここ…!」

 

 ギュルルッ、ガガッ! ドゴッ! ガシッ! 

 

「ガハッ!」 

 

 呪力を使いすぎた陽姫は自らを燃やすための力が無く、夏油と肉弾戦を始めた。しかし、一度たりとも単純な肉弾戦で勝てていない陽姫が勝てる道理は無かった。

 

「なんかごめんね? 君にとっての一世一代の死に文句(プロポーズ)。あっさり終わらせちゃって(振っちゃって)

 

 夏油は伸ばした手から這うような百足の呪霊を出して彼女を捉えて嘲笑う。

 

「なに…を…?」

 

「君、この場面で出るには実力不足ってこと」

 

 ドスッ!!! 

 

「ォエッ…あ…」

 

 ガクンッ、ドサッ

 

 彼女の身体から炎は消え、その場に倒れる。

 

「ちょっと遊びすぎたかな。八岐の大蛇、その辺消化しといて」

 

 ズルルッ

 

 一月前より小さくなった特級呪霊に指示を出して夏油は陽姫を呪霊で拘束して平手で起こす。

 

 ギュルルッ

 

「ほら、起きて起きて」 

 

 パシンッ! 

 

「痛っ…私は…」

 

「殺さないよ。死ぬのは勝手だけど、知ってることを洗いざらい吐いてから死んでくれ」

 

 しゃがんで陽姫に視線を向ける。

 

「…この程度なら…逃げれる…けど?」

 

「やったらその程度の術師なんだろう。君の考え方は術師のくせしてえらく侍寄りだ。多分そんなことはしないと思うんだよね。それに、逃げたら流石にもう殺すし」

 

 夏油は笑顔で陽姫に死の宣告をする。

 

「…羂索の狙いは…天元…」

 

「うん、なんで天元様なの?」 

 

 夏油が質問せずとも、陽姫は答えだす。

 

「死滅回遊は、同化前の慣らし…日本国民を…呪霊にするのが、私達に聞かされた最終目標…」

 

「! 日本国民の呪霊化だと…!?」

 

(しまった、"慣らし"か。ここに彼女が来たのは、死の間際が呪力を大きく放つ瞬間を繰り返すことで慣らしを速めるためだったのか!)

 

 夏油との戦いで30回近く陽姫は死に、その度に莫大な呪力によって蘇生を繰り返した。彼女は、彩華によって全く生死の動きが見えない桜島結界に送り込まれた、羂索の駒だった。

 

「…でも、多分、今は違う」

 

 夏油が考えに浸るのを見た陽姫は、別の回答を出し始める。

 

「違う? なぜ、そう言える?」

 

「私は…盤面を掻き乱す"金"に過ぎない…"飛車"と"角"は…別にいる。そして…あの二人には別の目的が知らされている…二人は…東京と、大阪…」

 

(奴の真の狙いは何なんだ…? だが、真希達に聞いた話によれば、私の術式(呪霊操術)がマストのはず。ここで高専に戻るのはリスキー…。いや、天元様の護衛に二人は不安だ。一度戻ろう)

 

 夏油は思考を巡らせたまま立ち上がる。

 

「ねぇ…私は…?」

 

「私はって、どこにでもいけば?」

 

「殺さないの…?」

 

 ポリポリ

 

「ん~。正直、君に特段引かれることもないなぁ。この悪趣味なゲームが終わったら現代を観光でもしたらいいんじゃないかな。高専に入るなら歓迎するよ。今は色々と情勢がアレだから無理だけど」

 

 現代最強の片割れ。五条悟に隠れがちな彼だが、実力は間違いなく、"最強"に触れていた。

 

 同日 深夜

 

 大阪結界

 

「合戦?」

 

 刹那の問いかけに二人はピリピリと空気を揺らす。

 

「十分程度か。コガネ、そのくらい前からの増えた泳者の人数を出してくれ」

 

 コガネの画面には三百、四百とどんどん数字が増えていくのが映る。

 

「…どうゆうことだ?」

 

「分かりません。ですが、流石にこの人数の術師がまだ日本にいるとは考えにくい…何か別の要因…」

 

 規則的に増えていく人数と、刹那の中での数字の情報を照らしあわせていく。

 

(約四百…アイヌ連も高専もここまで人数はいない、となると非術師の組織…)

 

「まさか…軍?」

 

「おいおいおい、冗談やろ? 非術師がなんぞ結界に用があるっちゅーねん。コガネすら見えてるか怪しいんやろ?」

 

「…なるほど、合点がいった。羂索の仕業だろう」

 

「なんでそこでアイツが出てくんだよ」

 

「私は一応、直哉君に負けるまでは向こう側だったからね。彼からすれば捨て駒に過ぎないだろうが、情報はまばらに貰っていたよ」

 

「…そういうことは先に言ってくれません?」

 

「すまない」

 

 四音の発言に、一同が抱いた気持ちを代表して刹那が呟く。

 

「話を戻すが、簡潔に言えば恐らくは外国の非術師部隊だろう。多国だったか、そんな話をしていたハズだ」

 

「あぁ〜。俺は納得やわ。呪力を操れるんは大体日本人だけやもんな。そういや昔っから口煩く言われとったわ」

 

「つまり、死滅回遊で集まった泳者を拉致しようって腹か?」

 

「十中八九、そういうことだろうね」

 

 真希が酷く簡潔にまとめたのを四音が肯定し、一度考えにふける。

 

「んー…どうしましょうか」

 

「四百は普通にキツくないか?」

 

「殺すのは簡単ですけど、多分口車に乗せられた感じですよね。だとすると殺すのは避けたい…紫龍さん起きてます?」

 

「むぉ、ん、起きておるぞ」

 

(((絶対寝てた)))

 

「自分寝とったやろ」

 

「いやいやそんなことはないぞ。要するに殺さずに無力化すればよいのだろう?」

 

「あ、半分くらいは聞いてたんですね」

 

「小難しい話は性に合わん、行くか」

 

「え、どこに?」

 

「忘れたわけではあるまい。某の術式はこの状況に最適であろうよ」

 

「「いや、知らん」」

 

 真希と直哉は術式を知らないため、同じような反応を示し、揃ったことに複雑に不快感を示す。

 

「ハッハッハ。某は呪力の回復が他と比べて速い。ここでのんびりしているといい。そんな目で見ずとも無論、殺しはせんよ」

 

 刹那の怪訝な目を見て紫龍は兜越しに笑い、部屋を出る。しかし、その場の誰にも、彼が今の状況を楽しんでいるようにしか見えなかった。

 

「アイツ、一番質悪いんじゃないか?」

 

「そうかもしれないね…んっ、美味しいなこれ。冷たくて口の中がスースーする」

 

 四音は控えめに肯定するが、現代の術師らと違ってそれを軽く受け止め、それよりもミントアイスの方に夢中になっていた。

 

 ──ー

 

 ゴゥンッ

 

「エスパーの日本人の生け捕りに小型の戦車だと? 上は何を考えてるんだろうな」

 

 スペイン大隊 少将エンデルハン

 

「定期連絡途絶えました! やはりこの中では電子機器の類は使用不可能の模様!」

 

「うむ、構わん。予定通り信煙弾は放った。部隊は集結しつつある」

 

 陸軍大隊 

 

 第2特殊作戦集団 グラネダ

 

 第3特殊作戦集団 バレンシエ

 

 延 約五百人

 

「頃合いか…注目!!」

 

 ザッ! 

 

 既に集まった部隊は、一糸乱れぬ隊列でエンデルハンに向かって整列する。

 

「あの、タカサト アミベという男の話によれば、最終目標はサムライソードを持った少女だ…フッ、ビルでも戦車でも斬るらしい」

 

 クスクス

 

 エンデルハンの情報に笑う場面だと悟った部隊はのメンバーはクスクスと嗤う。

 

「いいか、これは蹂躙ではなく"保護"だ。話し合いを念頭に据えるが…少女以外は武力による捕虜化を進めることだ。以上! 全軍作戦開始!」

 

「「「「「イエッサー!!」」」」」

 

 ヒュルルルルッッッバァンッッッ!!!! 

 

 作戦開始の合図と共に、派手な音が空中で爆ぜる。

 

「おいおい、Fessじゃないんだぞ? 誰が打ち上げた?」

 

 ヴーォォオオッ! ヴーォォオオッ! 

 

 続いて鳴り響く法螺貝の音、古の合戦より伝わる、戦の合図。鳴らしたのは言うまでもなくこの男。

 

 ズンッ!! 

 

 コンクリートを踏み割り、彼は自身の存在を知らせる。

 

「去ね、某に弱者を嬲る趣味は無し」

 

 後方支援を含めれば五百人を超える軍人の前に現れた一人の侍。彼はいつものように、相手に対して先手を譲った。

 

「……………」

 

「……………プッ」

 

 アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 

 

「? …何がおかしい?」

 

「勘弁してくれよ、おサムライ。目が見えてねぇのか? そりゃあBraveじゃねぇぜ!?」 

 

「撃ち方用意!!」

 

 ガチャチャヂャ!! 

 

 紫龍の行いを全員が嘲笑する。しかしそこは軍人、隊長の合図で一瞬にして前線の銃撃部隊は空気を切り替える。

 

「足を撃って動けなくしろ。死にはせんだろう…撃てィ!!」

 

 ダララッ!! 

 

 シュゥゥゥウウ

 

 硝煙と火薬の臭いが混じり、数秒の弾幕。軍人達は撃つのをやめて対象を見据える。

 

「…死んだか? まぁ、なら他のジュツシを見つけるま…で…?」

 

 しかし、紫龍は無傷でそこに立っていた。彼の足元や周りは銃痕が確かに残っている。だというのに、一切の挙動なく彼は立ち尽くしていた。

 

「oh…no!」

 

 パァンッ!! 

 

「武芸百般、砲術」

 

 ズルンッ、ガチャッ!! 

 

「!? 総員! 退避退避ぃ!!」

 

 旧式の砲弾を手動で放つ。彼等からすれば時代遅れも良いところ。しかし、侮ってはいけない。古来より大砲という道具は、幾万の命を無条件に屠ってきた紛れもない殺戮の兵器なのだ。

 

 紫龍の合図で彼の前に大砲が姿を表し、そのまま火をつけて戦車に向かって放つ。

 

「撃てぇえええい!!!」

 

 ドォォンッ!!! バォンッ! 

 

「むぉ! なんとなんと! 随分頑丈だ!」 

 

 一度バウンドして煙をもうもうと上げる戦車を見た紫龍は、乱暴に扱っても壊れぬ玩具を手にした子供のようにケラケラと嗤う。

 

「そ、損傷軽微!! 部隊整列!!!」

 

「「「! ハッ!!」」」

 

「目標!! 目の前のジュツシ!! 死体で構わん!! Fire!!」

 

「武芸百般、盾術」

 

 ダララララララッッッ!!!! ガガガガガガガガッッッッ!! 

 

 全て盾に塞がれ煙が立ち込める中、紫龍は堂々たる態度で向かう。呪力で強化した身体と、長年使い続けて半分呪具化している鎧によって弾丸が通ることはない。

 

「RPG7用意!! 目標補足!」

 

「おっ!? なんだそれは!」

 

「Fire!!!」

 

 バジュゥゥッ!! ガシッ!! 

 

 近代対戦車用兵器。明らかな過剰戦力にも思える武器だが、それすらも紫龍は玩具を振り回す子供のように嘲笑い、自身に向かってくるミサイル弾を横から無理矢理掴む。

 

 ジュウゥゥッ…! 

 

「ほぉ、後ろからの火力を推進力に変えているのだな、面白い!! うむ。返すぞ…気張れ!!」

 

 ガッ、バヒュンッッ!!! 

 

「たっ、退避! 退避!!!」

 

 既に推進力を失ったミサイルを、乱暴に術師を輸送するためのトラックに投げ飛ばす。

 

 ゴッッドォッンッッ!!!! 

 

 メラメラ…

 

「フハハハハハハ! 楽しいな! 現代の戦は!」

 

 とんでもない思想。一人の軍人は絶望、また一人の軍人は諦観、またある者はまだ闘争の意志を。

 

(たった一人に、スペイン(我が国)の最高精鋭部隊が瞬殺…!? しかもこの男は最終目標でも何でもない。ジュジュツシは全員こんなレベルなのか…?)

 

 ガシャッガシャッ

 

 紫龍の足音は鎧の音を立てながら静かに歩き、死んではいないながらも無力化された男たちの真ん中を歩く。

 

「むぅっ! 終わりか!? まだ某は戦い足りんぞ! 誰でもい!! 立ってかかってこい!」

 

「こ、降参だ…降参する…だから命だけは…すまない…こんな死に方は、本望じゃない…!」

 

 現地の案内役として派遣された日本人が土下座で降伏を宣言する。

 

「……」

 

「…?」

 

 返事のない紫龍は足を止めて無言になる。ゆっくりと顔をあげると、眼の前に黒い鎧の大男がじっと見つめている。

 

「…はぁ。終わりか。良いぞ、帰っても」

 

 紫龍はあっさりと言い放って背を向けて戻ろうとする。集合していた場所に颯爽と現れ、全部隊を圧倒的な個の戦力で蹂躙した紫龍。全結界中、最速の解決だった。

 

「えー? もう終わり? もっと遊んでいきなよ」

 

 その場に響く、軽薄な男の声。直後に溢れる、無邪気で純粋、そして暴力的な呪力と気配。

 

 呪霊合術は合わせ、そして、解放することも可能な術式。

 

 大阪結界(おおさかコロニー) 新規泳者(しんきプレイヤー) 真人(まひと)

 

「!」

 

 ダンッ!! ザリィィッ! 

 

 真人が紫龍の鎧の無い部分、首筋に手を当てようとした瞬間、紫龍は飛び退いてそれを避ける。

 

「あれ、意外と速かった。のろまそうな見た目してんのに、意外と動けるね」

 

(呪霊…か? あのさとりとかいう呪霊と同じ、人に近すぎる呪霊…だが、あちらより幾分かマシに見えるな)

 

「ふ~ん」

 

(受肉した泳者。しかもこのレベルか。魂を知覚してる可能性もあるし呪力を余計に使いたくない。後回しでいいか)

 

「タンマタンマ。俺別にお前に用があるわけじゃないんだよね」

 

「?」

 

「俺の目的は二人。虎杖悠仁と、阿頼耶識刹那だ」

 

「ふむ…。虎杖とやらは知らんが、刹那殿はあちこちで引っ掛けてるのだな」

 

「でさ、俺的には虎杖だけで良かったんだけど、阿弥部との縛りでこっちが先ってさ。酷いよね〜。ってわけで、アンタと殺り合うのは後でいいかな?」

 

(刹那殿なら負けはしないだろう。恐らく某に興味が無いというのも事実。しかし)

 

「悪いな。某は刹那殿との縛りで裏切ることはできん。主君のために命を投げ打つ覚悟なくして侍は務まらん。命令だ…退け」

 

「それは残念。じゃあ、お前を殺してからゆっくり探すとするよ」

 

 特級呪霊真人VS現代に還った侍、紫龍の戦いの火蓋が、深い夜に静かに開戦された。

 

 




宣伝として。
もう一つの作品、『瞳を閉じぬ裁定者』もよろしくお願いします!


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第七十一話 散り際

ちょっと、いやかなりずるいですけど、結界の条件付き出入りの条件をこの話で開示します。最後は決めてるのに、行き当たりばったりでほんとに申し訳ないです。

お気に入り900人突破!!ありがとうございます!!
あまり数字に頓着する浅ましいやつに見られるのはあれではありますが、せっかくなら千人の大台に乗ってみたいですね。
これからもよろしくお願いいたします!


 11月15日午前00時00分

 

 ドッゴォォオオンッッ!!! ドォンッ! ゴォンッ!! バゴンッ!!! 

 

 紫龍の暴れようは凄まじかった。壁を砕き、地面を踏み割り、数多の武技による連撃に次ぐ連撃。

 

 夜中の静寂に見合わぬ轟音がその場を着々と支配していく。 

 

「フンッ!!」

 

「ちょわっ危なッ!?」

 

 バギィッ!!! ガッドッゴッォンッ!! 

 

 紫龍の拳で車はぐるぐると回転し地面をボールのように跳ねていく。

 

(やっば! このパワー! スピード!! 七三術師や虎杖と比べ物にならない! でも…!)

 

「逃げてばかりではつまらんぞ」

 

「…ハハハ!」

 

「?」

 

「嬉しいよ。出てきて早々にお前みたいなやつに出逢えて…! "新しい俺"を試せるなんて!!」

 

「…」

 

「俺は真人、アンタは?」

 

「申し遅れた。某──」

 

 ガィンッ!!! 

 

 名乗ろうとする紫龍の兜に、自らの形を変えた肉の塊をぶつけて妨害する。

 

「バ〜カ!! 呪いの戯言に耳貸してんじゃねぇよ!!」

 

 ガシッ! 

 

「!」

 

(あそこから反撃するのか!?)

 

 完全に芯を捉えた一撃、のけぞる紫龍は振り抜いた真人の肉塊を掴む。

 

「紫龍と申す者、覚えておけ。貴様を屠る男の名を…!!」

 

「はッはァ!!」

 

 グイッ!! バキュッ! ドズッ!! 

 

 掴みよせる真人の腕の一部が無数の棘状に広がるのを、紫龍は手の中で無理矢理握り潰して防ぎ、乱暴に地面に叩きつけて槍を刺して固定し、真人に向かって走り出す。

 

「やばっー!」

 

 ズドムッ!! ッッドォッン!! 

 

 真人の片腕でのガードは、紫龍の拳にいとも容易く貫かれ、もう片方の腕は無理矢理に千切られて道路のはるか後方へ吹き飛ばされる。

 

(呪力の出力がまた上がった!!)

 

 バンッ!! 

 

 紫龍は吹き飛んだ真人を全力で追いかけ、その姿を捉える。

 

「呪術師でもさぁ! 一々走りゃ疲れんだろうが! パァンッ! 

 

「武芸百般、大太刀!」

 

 ザンッ!! ガパァッ

 

「「はっはぁ! 引っかかった!」」

 

 紫龍は真人に完全に追いつく前、刀身5尺程度の刀を振り下ろし、真人の身体を真っ二つに斬る。

 

 しかし、真人はそこから二人に分かれ、左右から手を刃に変形させて紫龍を狙う。

 

(体術や冷静さはあいつらの方が厄介だった! それに比べたらこの程度!)

 

 ギャリリリッ!! 

 

 建物の壁を削り壊しながら紫龍を狙う刃は、次の瞬間、瞬き一瞬に破壊される。

 

 バキンッ! 

 

「はぁ? 二人ッ!?」

 

「何を驚く。貴様も"三人"ではないか」

 

 ザッザッザッ…

 

 先程切り離された真人の腕は、小型の真人に形を変えて後ろから歩いて現れる。

 

「いやいやいや、俺のは魂を分割してんだよ。術式とはいえ魂が増えるとかありえないだろ」

 

「魂云々の話はするな、面倒だ。それより、貴様こそ一体あと何人の協力者がいる?」

 

「はぁ?」

 

「とぼけるな。某の術式の条件は"相手の数"、先程からはんのうしているのだ、少なくとも100人はいるだろう」

 

「…あ、クックック。それってさぁ、これのこと? オ"ェ"ッ!」

 

 バチャチャッ! 

 

 一人の真人が口から吐いたのは、極小サイズの"人間"。無言で見つめる紫龍にニヤニヤと笑いながら真人は言葉を続ける。

 

「凄いだろ、これってお前等と同じ人間なんだぜ? もっと驚けよ」

 

「ほう、便利な術式だな」

 

「…ほんとに意味わかってる?」

 

「人間を小型にして持ち歩けるのだろう? 便利だな」

 

「なんだよ、お前もぶっ壊れのやつか」

 

 ギュルルルッッ!! 

 

 真人は納得したように手をひらひらと振ると、両手の中で微弱なつながりの魂を合成する。

 

 幾魂異性体

 

 ドゥッ!! バキャッ

 

「ムゥッ!? 邪魔だ!!」

 

 メショッードォンッ!! 

 

 一級相当の呪力出力によって強大な威力を誇る幾魂異性体。紫龍の鎧を砕くが、その繋げられた魂は摩耗するため、防御力、体力は極めて低いため、紫龍の一撃で果てる。

 

(まだタッチじゃ殺せない! 魂の外皮、あの呪具化された鎧をまずは壊す!)

 

「多重魂、撥体!」

 

 複数の魂の拒絶反応による広範囲攻撃。紫龍を飲み込むようにそれは大きく口を開けるが、紫龍はそれに突っ込んでいく。

 

「武芸百般、槍術!」

 

 ズドンッ!! 

 

「やっぱそう来るよな!!」

 

「!」

 

「撥体!」

 

 ギュゥゥゥッッ!!! ビキビキビキッッ!! 

 

 口の中に突っ込んでいった紫龍を圧死させる為に再び撥体を使う。

 

「おいおい、この程度じゃ死なないよな?」

 

 ギャリリリリィィィッッ!!! 

 

 紫龍は一気に自身を十人まで増やし、それぞれ用途の違う武器によって肉塊をバラバラに壊し刻み、真人に向って突撃する。

 

(二人残して八人を俺に向けてきた、ってことはここにいる奴らで全部、本体が隠れてるわけじゃない!)

 

 前方からくる紫龍達は、真人が構えた瞬間に道を開ける。その先には、大砲と軍から拾った銃器を両手に持つ紫龍がいた。

 

「!」

 

「試し撃ちといこう」

 

 ドォンッ!! ズダダダダッッ!! 

 

 バギュムッ!!! 

 

 人体が破壊される音、それと共に八人の紫龍が真人に襲いかかる。

 

 ズドンッ!! ガシッパシッパシッ

 

 バギュムッ

 

「!?」

 

「いっちょ上がりっと」

 

 壊れた武具の隙間から真人は腕を掴み、紫龍の上半身を吹き飛ばす。骨や内蔵が飛び散り、呪力となって霧散する。

 

「即死…!」

 

「ついでに良いこと教えてやるよ。俺の術式は魂をイジる。俺の魂を攻撃できなきゃ、俺を祓うことはできない。触った感じ、アンタは1、2回程度触れば殺せるね」

 

 真人は渋谷での戦いで成長している。強靭な精神の紫龍でさえ数回で即死する攻撃に加え、領域展開、

 

 遍殺即霊体をカードとして持っている。

 

「楽しくなってきたでしょ」

 

 怪しく、妖しく嗤う真人に対し、紫龍は無邪気に、そして、玩具を得た子供が笑うように顔をほころばせる。

 

 パァンッ!!! 

 

「血沸き立ち、肉踊りだす!! 良いぞ真人殿! 現代はかくも面白い!!」

 

「良いね! もっと遊ぼうか!!」

 

 真人は足を六脚に、既存の生物よりも進んだ形にして走り出す。

 

「武芸百般…馬術!」

 

 一方の紫龍も馬を武器の要領で生成し、二刀を持って走り出す。

 

 彼の術式は生物さえも生成の対象であり、真人のような通常の理を無視し、"多人数を個で持つ"ような相手には最適である。

 

 ドドッドドッ! 

 

「はっは! 四足で六足に勝てるかよ!」

 

 ガガガンッ! ガギッドズンッ!! 

 

 真人は上半身を刀剣や鈍器に変形させて走りながら紫龍を狙う。それに対し、紫龍は自らを襲う無数の手数をたった二刀で防ぎきり、反撃さえもこなしていく。

 

(そうか、こいつ侍ってやつか。じゃあ寧ろこれ向こうにはアドバンテージか)

 

「ん?」

 

 ドドッドドッ

 

 二人が走る前方からも二人の紫龍が馬で走りながらすれ違いざまに真人の首と腹を狙って薙刀を振るう。

 

 ブォンッ!! バツンッ

 

「うぉっと、危ない危ない!」

 

(さっき増やした奴ら消してないのか。全員同じ強さってのは厄介だな)

 

 真人は身体を自切して斬撃を空振らせ、再び街中を駆けていく。三人の紫龍は並走して真人を追いかけると、真人は改造人間を道にばらまいていく。

 

「お土産〜!」

 

 ポイッーボムンッ! 

 

「「「おぉう!?」」」

 

 撥体によって三人の紫龍は立ち往生し、真人を一時的に見失うことになる。

 

 ドドドトトッッ! ドズズッ! 

 

「!」

 

 直後に真人の身体を無数の矢が襲いかかり、バランスを崩し、スピードが乗っていた真人は倒れる。

 

「どこから…。! 建物の上とかズルくね?」

 

 ヒュッーズドンッ! 

 

 七人の紫龍が集結、倒れた真人を囲む。それぞれが武器を構え、真人を狙う。

 

「ご丁寧に一人だけ残しちゃって…まぁ仕方ない。オ"エ"ッ"」

 

 ボチャボチャッ

 

「幾魂異性体!」

 

 幾魂異性体を四体、加えて改造人間を全て吐き出して数の利を得る。が、忘れてはならない。元々紫龍という男にとって、国家を覆すという行為は簡単すぎることなのだ。それこそ、一国の軍隊など相手にもならないというのに、元人間ごときでは足止めにもならない。

 

 パァンッ! ギリリリッ

 

「武芸百般、弓術。放てぇい!!」

 

 ドドドドッッッ!!! 

 

 パンッ

 

 一瞬にして殲滅。それと同時に、紫龍達に走った悪寒。真人の領域展開速度は、渋谷の黒閃後でないにしろ、屈指のスピードを誇る。

 

 領域展開 自閉円頓裹

 

 約一秒、僅かな間の領域展開。

 

 集中力は並のそれではないが、呪力の節約と言う点では遥かにコスパの良い方法。真人の術式は一撃必殺。

 

 七人の紫龍は瞬間同時に上半身が爆ぜた。

 

 バァンッッ!! 

 

「!」

 

 結界外の紫龍は驚きに一瞬狼狽え、その隙を真人が逃すはずもない。紫龍の懐に潜り込み、渾身の一撃を放つ。

 

渋谷(あの時)と同じ!! この感覚なら!)

 

 黒閃

 

 ヒュッ──バヂィィィッッッ!!!!! 

 

「…!!?」

 

 確かに真人の黒閃は爆ぜた。しかし、それは紫龍本体ではなく、彼が即座に生成した盾。

 

 ガシッ

 

「しまっ──」

 

 ニヤァ

 

「お返しだ」

 

 ゴヂィィッッメゴォォンッッ!! 

 

 真人の肩を掴み、笑みを零した紫龍は上から拳を振り下ろす。頭蓋を砕き、地面へと叩きつけるその威力。人間なら致命傷は免れない。

 

「むぅ…黒閃ではなかったか」

 

 ズリュゥッ…バギュンッ!! 

 

「うぉっと」

 

 身体から無数の棘を出して一度紫龍との距離を取る。

 

「魂に届かなくてもさぁ…痛いものは痛いんだけど?」

 

「奇遇だな。某もそれなりに心が痛いぞ」

 

「そうじゃねぇよ」

 

(でも改造人間は全部使ったからもう増えない。こいつ一人なら工夫次第で殺れなくはない)

 

「やっぱ今殺し時だな」

 

 ギギュゥゥ…

 

「ほう、まだ変形するか」

 

「アンタに奥の手(遍殺即霊体)は使わないさ」

 

 右腕を刃物に変形させ、真人は紫龍との完全な一対一に持ち込む。

 

 ガガッズドドッバキュッ! 

 

(格闘っつーよりも人を殺す動きだな)

 

 決して真人の身体能力が低いわけでも格闘センスがないわけでもない。寧ろ紫龍の方が格闘センスは劣っている。

 

 バドドッ! ズンッゴドォンッ!! 

 

 それでも均衡した状態が続くのは、紫龍の一撃の重さゆえである。変形した身体は拳や武器と鍔迫り合いになるたびに破壊され、その度に真人の身体も破壊される。

 

(どんどん威力が上がってく。黒閃が当たったらなんて考えたくもないな)

 

「でもさぁ!! 甘ぇんじゃねぇの!?」

 

 ボコッ

 

「!」

 

 紫龍の足元を真人の身体の一部が触手状に変形して掴む。ぐらつく足元の紫龍に真人は片手を出して飛び込む

 

「チェックメイトォ!!」

 

 パシッ ヴェンッ

 

(身体が!?)

 

「炎霊」

 

 ボォッ!! ボジュゥッ! 

 

「あっっづ!!」

 

 真人が紫龍の首元に手を伸ばしたとき、見覚えのある停止と炎の槍が真人を焼く。

 

「直哉殿! 四音殿!」

 

「紫龍のおっさん、報告やで。真希ちゃんと刹那ちゃんがさっき結界を出たわ。真希ちゃんが一応ポイント持ってたみたいやから、百点持って仲間と合流するんやと」

 

「なんでも、嫌な予感がするらしい。大阪にいる理由が無くなったから出るそうだ」

 

「と、いうことはつまり…?」

 

 紫龍の頭に浮かぶ疑問符を二人はため息をついて顔を見合わせる。

 

「コイツをさっさと祓って俺らは自由にやれっちゅーことや」

 

 直哉は親指で燃える真人を指し、呆れ顔で言う。

 

 メラメラ…

 

「好き勝手言ってくれちゃってさ。俺を祓うのはアンタらじゃ無理無理」

 

 ヘラヘラと嘲笑いながら両手をヒラヒラと手を振る。

 

「余程の自信があると見えるが…」

 

「おんなじ説明を二回もとかめんどいなぁ。これから死ぬやつに懇切丁寧に説明してやる義理は無いね」

 

 ギヂヂヂッ

 

「詳しい説明は某もよく分かっとらん。が、魂に攻撃が届かぬ我らでは祓えないそうだ」

 

「そうゆう、ことっ!!」

 

 ビキキッズンッ!! 

 

「「「!!」」」

 

 真人が声を上げた瞬間、道路が陥没する。会話のさなか、真人は地面に自身の体の一部を埋め、爆発的に巨大化させた。

 

あの時(渋谷)での戦いから金髪が一番厄介! ここで殺す!)

 

 直哉に飛びかかり術式を使用する真人。ここで予想外の一手が場を制する。

 

 パンッ

 

 紫龍は座禅を組むときと同様の印を結ぶ。

 

「領域展開」

 

「!?」

 

 紫龍の領域、真人はその全容を知っている訳では無いが、出し惜しまない彼の姿勢から確実に防ぐべきだと対象を変えた。

 

「領域展開!!」

 

「四音! 離れぇや!!」

 

 ガシッ、ヴェンッ

 

 両者の結界はぶつかり合う。しかし結界の構築時、主導権を握るのはより洗練された方であり、領域会得数日程度の紫龍には部の悪い勝負。また、紫龍も先程の極短時間領域展開を見て自身が押し合いに勝てないのは悟っていた。ならば、なぜ無謀な領域の勝負を挑んだのか。

 

「「領域展開」」

 

 勝算はシンプル、数で押す。

 

 真人の中に改造人間はいないながら、二人の術師がこの場にいるため、紫龍は二人複製するにいたる。

 

 そして、彼の術式は"全く同じ"自分を複製、分身として出現させる。つまり、その複製達も領域を同じだけ展開することができる。

 

 戦ヶ魅景×3

 

 自閉円頓裹

 

 紫龍は領域を最も効率よく展開するため、条件を真人一人のみに絞り、二人は結界の強度を、もう一人は術式の付与を行った。

 

 血煙、亡骸、幾千幾億もの武具の後。

 

 兵どもが死した大地が広がる。

 

「むぅ、直哉殿と四音殿を領域に入れないのは失敗だったかもしれんなぁ…」

 

「なんだ、アンタも使えたのか」

 

「さて、某では貴様を祓えないと言っていたな?」

 

「当たり前じゃん?」

 

「過去にいたのではないか? 貴様を祓えた術師が」

 

「……」

 

「察するに、虎杖とやらは何らかの方法で魂を攻撃できたのだろう。それが弱点なのは事実。しかし貴様も所詮は呪霊、死ぬまで祓えば──」

 

「もういいよ」

 

 ゾクッッ

 

 真人の雰囲気が一変、殺意と憎悪が真人の心根を支配する。真人は自身の顔に右手を当て、最後のカードを切る。

 

「所詮は呪霊ってさぁ…アンタらは所詮、どこまでいっても"所詮は"人間だろうが!」

 

 バシュンッ

 

 遍殺即霊体

 

 肘にブレード、外殻、運動能力を最大まで強化。

 

 虎杖と戦った時は初めから限界に近かったが、今回はそうではない。領域を一度展開しているとはいえロスは少なかった、改造人間を使って体力も節約した、彼に致命的な一撃は一度たりとて入らなかった。

 

 つまり、今こそ本番。完全な遍殺即霊体。

 

「なんと歪な姿よ」

 

「これが俺の剥き出しの魂の形さ」

 

 槍を携えて紫龍は鼻で笑いながら真人の異形を眺める。

 

 ミギギッゴキンッ

 

「いざ…参る!」 

 

 ボゥンッ!! 

 

 紫龍の十八番、正面戦闘と見せかけた足元の煙幕弾爆破。直後に遠近中全方位からの一斉攻撃がなされる。

 

 チュドバギドゴズドドドドッ!! 

 

「今の音は…!? ゴポッ」

 

 バァンッ! 

 

「まさか、こんなんで終わるわけねぇよな?」

 

 全ての攻撃は真人に届いた瞬間にはたき落とされ、即座に距離を詰めた真人の掌が正面の紫龍を捉えて身体が爆ぜる。

 

 しかし紫龍の魂は領域内にて不滅。再び武器を取り立ち上がり向かっていく

 

「少しは楽しませろよ、紫龍」

 

 ──ー

 

「トロい! あんくらい自分で避けぇや! 俺まで巻き込まれるとこやったやろがこのダボ!!」

 

「す、すまない…」

 

 目の前で領域を展開された二人は球体の結界の前で騒ぐ。

 

 時間にして五分程度、その喧騒は破られる。

 

 バキンッ…

 

「お、なんや遅かった…んなのんびなこと言えへんみたいやな」

 

 紫龍の首を二つ携え、完全に変形し異形化した真人が、鮮血を体に纏って堂々と現れる。

 

「流石に俺も無傷とはいかなかったな…二、三度身体が壊れたか。四、五百人くらいか? ベストスコアかもな」

 

(彼の実力でも…!)

 

「ほー、でも殺し損ねたたみたいやな?」

 

「兵だか侍だか知らないけど、結局弱ぇやつは逃げるしか出来ないんだよ。まぁ、最後にタッチしたからもうまともに動けないだろ」

 

「ほなら、俺とやろうや。最後に拝む面が野郎でも悪いなぁ」

 

 直哉はルーティーンにトントンと足を鳴らし、四音も指に呪力を籠める。

 

 ズダァンッ!!! 

 

 直線に踏み込み、肘のブレードで首を飛ばそうとする真人の一撃を、直哉は回避して伸ばした腕に触ろうするが、ミート変形で身体を変形してそれを避ける。

 

(前より変形速度が上ごてる! 面倒やな)

 

 ギュルルッ

 

「霊風」

 

 真人はそのまま縦に回転、直哉の身体を縦に斬ろうとするが、四音の術式で斬撃は逸れる。

 

(重い!)

 

 四音の術式は憑依術の一種、魂の重さにダイレクトに起因する為、表面上の真人への直接の危害が極端に薄い。

 

「お前…あ、羂索の中にいた時に見たよ、廻折じゃん。なに、裏切ったの?」

 

「元々仲間なんかじゃない、私の理想とかけ離れた事実を嘯く怪物共め」

 

「ハハ、人間ってやっぱり真に生きてない。自由への憧れに身を焦がして、大地を踏みつけ、ゴミみたいな思想を嘯く…駄目だな。漏瑚に似てきた」

 

(来る!)

 

 ズンッ! 

 

「重力」

 

 ズンッ!!! 

 

「うぉっ」

 

 ヴェンッ、パキンッ

 

「フッ!」

 

 バギィッ!! 

 

「おまけや!」

 

 ヴェヴェヴェンッバォンッ!! 

 

 吹き飛ばした真人に向かってフレームを重ねて空気を爆ぜさせ追撃、しかし外皮の異常な硬さを盾に直哉に突撃する。

 

「水霊!」

 

 ザブンッ

 

 今度は真人ではなく直哉を動かそうと水を生成する。しかし、真人の狙いは直哉ではなく六芒星をなぞり無防備になった四音。

 

(まずい! しくじった! 回避っー)

 

 ヒュッ

 

「! 霊…っ!」

 

 コォッ

 

「「…?」」

 

 空洞に空気が入るような間抜けな音、二人は著しく停止する。やめたではなく、停止。確実に四音の胴体を狙った横蹴りは完全にその場で止まった。

 

「…何した?」

 

 四音の術式は()を操り、憑依させる。真人の剥き出しの魂、実力と相互して完全な空白の状態を生んだ。そしてその隙を、直哉は見逃さない。

 

 60fps

 

 三秒間

 

 ──ーッッッドドドドッッッ!!!! 

 

「まだまだまだまだ!!!」

 

 ヴェンッヴェンッヴェンッ

 

 バギズドガリッズドドバゴォンッ!! 

 

 停止のギリギリを突き、再び停止。身体を飛ばさないように地面に叩きつける動作を繰り返す。

 

(この野郎ッ!)

 

 真人はほんの僅かな直哉の呼吸の隙間に攻撃を挟み、直哉の術式を中断する。

 

「どんなに攻撃しても! 俺の魂には届かねぇんだよ! クソ術師共がぁ!!!」

 

 ズンッ! 

 

((速っー))

 

 ガシッ!! 

 

「お前はっ!?」

 

「おっさん!」

 

「紫龍!」

 

 さらにギアを上げ、豪速で腕を振るった真人の腕を、左腕が欠けて兜が半分壊れて半面が崩れた満身創痍の紫龍が止める。

 

「死に損なってるお前に何ができんだよ!」

 

 ヒュッーガギンッ

 

「確かに貴様は死なないのだろう…だが、ルールの上ではどうだろうな…!」

 

「!」

 

「よせっ! それ以上はっ!」

 

 総則11

 

 一度でも得点の変動が見られた泳者は結界への出入りが自由に可能となる。尚、得点の変動が無い場合、"強制的に術式を剥奪"する。

 

「武芸百般馬術…!! 金剛走兵(こんごうそうへい)!!!」

 

 ズドンッ! ダガダガダガダガッッッ!!!! 

 

 馬を生成した紫龍は真人の腹に腕を突き刺し、全力で結界の端まで走りだし、同時に直哉も駆け出す。

 

「クソジジィーッッッ!!!」

 

「よせやおっさん!!!」

 

「このまま結界の外へ行けば術式の剥奪が行われます! 本当によろしいですか!?」

 

 ギリリリッッ!! ボキッ

 

「プッ、アハハハ!!! いいよお前!! 地獄で白黒つけようぜ!!」

 

「このまま結界の外へ行けば術式の剥奪が行われます! 本当によろしいですか!?」

 

 コガネが繰り返して警告するも、意に反して進み続ける真人は大笑い声をあげる。

 

 ヴェンッ──パシッ

 

「アホか、逝くのはあんさんだけやろ」

 

「──っふざっ──!!!!」

 

 馬に追いついた直哉はフレームの箱で紫龍だけを止め、真人だけが物理法則に従い、馬と共に結界外へ追い出される。

 

「術式の剥奪が行われます。お疲れ様でした」

 

 バシュッ

 

 二人の術師に届かぬコガネの声が真人に響き、術式剥奪の後に結界外へと放り出された。

 

 タタタタッ

 

 四音が追いつき、目にした現場は胡座をかき、口と目から血をボタボタと流す紫龍の姿。

 

「おっさん! 目ぇ覚ませや! 寝てんとちゃうぞボケぇ!!」

 

「おい、紫龍! 君はそれでいいのか!」

 

「……」

 

「おいこらクソジジィ! なんとか言えや!」

 

「某、一人を好み、孤独を嫌った…。何度も、何度も何度も戦場にて、この戰場(いくさば)を振るった…」

 

「おいやめろ! 聞きたくないぞ! 出会って間もなくとも、君が目の前で死ぬ理由にはならないぞ!!」

 

「呪術師に…言葉を遺せる最期があるとは思っていなかったが…某は幸運だ…!」

 

 紫龍は潰れた両目で空を見上げ、今度こそ死に際の宣言をする。

 

「某は暇を貰おう…永遠(とわ)の暇を…。阿頼耶識殿も真希殿も、そして貴殿らも…悔いは遺すな。某には、一片たりとて悔いはなし…!!」

 

「…おい、おっさん?」

 

「コガネ、大阪に生存してる泳者に紫龍は?」

 

「現在から一分以内の死亡を確認しています。脱落です」

 

「そうかい…えぇ最期やなぁ、おっさん」

 

「そう…だな…」

 

 千年前。厄災、宿儺による鏖殺に耐え抜いた紫龍。

 

 彼の生き様は最期まで彼らしく、兵らしくあった。




次はいつになるやら、、、
そういえば、皆さんはオリジナルの領域展開の名前、何が好きですか?全部ちゃんと由来や頭ひねったんですけど、やっぱり個人的に一番は"未了無還門"ですね。


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第七十ニ話 羂索と天元

お気に入り900人突破!ありがとうございます!!!
UA数も着実に増えていって、沢山の人に見てもらえてるんだなと感じて嬉しい限りです!


 各々の準備が着々と進む中、結界外で起こった出来事はそう多くはない。

 

 禪院家 当主が死滅回遊に参加、その直後に炳、灯共に全滅。羂索の手に落ちる。

 

 狗巻棘、家入の回復中であり現在戦闘不能。

 

 各所に点在している、渋谷事変に関わらなかった残った組織的な呪詛師達は、"ボス"の遺向通り未だ完全に沈黙を貫く。

 

 11月16日0時00分

 

 羂索 薨星宮直上到達

 

「別に、君にはもう用も興味もないんだけどね」

 

 和服の裾に手を入れ、呆れた表情で羂索は脹相を見る。

 

「俺にはこれが興味なのかも分からない。ただ、漠然とお前に対する殺意が湧いてくる」

 

「…天元はどこにいる?」

 

「あの喋る親指は会いたくないそうだ。嫌われ者だな」

 

「そういう君は使い捨ての前座というわけだ。せいぜい踏ん張りな」

 

 親子の会合、決して好意という感情のない殺意を当てられる羂索は笑って受け流す。

 

「死滅回遊は既に役割を終えた。イレギュラーは多少あったが、私が蒔き続けた種のお陰で予定通りだ」

 

「!?」

 

(どういうことだ!? 速すぎる! 悠仁達は無事なのか?)

 

「つまりここで天元を取られたら君達の負けだ。この国、もしかしたら世界もね。見せてあげるよ、終わりの可能性、その一つを」

 

 パタパタパタ

 

 羂索はそう言うと、結界をいじって劇場のような場所を作り出し、映画のようにして脹相に映像を見せる。

 

「九十九由基は渋谷で天元との同化、私の言う呪力の最適化を術師になることだと指摘した。だがそれは特段牧歌的な平和を目指さない私にとって死滅回遊の検証に過ぎなかった。しかし日本人が呪力資源として消費されるとことまで懸念しているのは驚いた…というより嬉しかったな。やはり彼女の考方は私に似ている。話がズレたね」

 

 科学者気質の羂索は説明口調でさしたる興味もない脹相に話を続ける。

 

「私は以前から、術師と並行して呪霊の可能性も考えていた。もう一段階上の存在に進化させることで呪力の新しい形が生まれると。だからこそ君達にはがっかりした。混血なのに普通すぎる」

 

「次、弟達に触れてみろ、この余興を待たずに殺してやる」

 

 はいはいと呆れたように溜息をついて話を続ける。

 

「進化した天元は人間より呪霊に近い。日本人と非術師と天元との同化は一億人の呪力を孕んだ呪霊になると見ている。渦巻きやジュカイのように何かしらの抽出も起こるかもしれないと、当初はそれを目的に考えていた」

 

「?」

 

「だが、私は知ってしまった。十数年前に生まれた完成された阿頼耶識の存在を」

 

「…あの娘がどうしたと言うんだ」

 

 脹相の問を待っていたと言わんばかりに羂索は笑顔を向ける。

 

「彼女の術式はありとあらゆるものを消し去るという狂気じみた代物。物理エネルギー、呪力、世界の理さえも、彼女の前では文字通りに"無"に等しい。というよりも無、そのもの。彼女の手が届く全ては無に帰すんだ」

 

「……」

 

「しかし、私は観察してもう一つの可能性に辿り着いた。そこで君に聞きたい…彼女の極の番の中は、どんな場所だったのかな?」

 

「…答える義理は無い」

 

 腕を組んで脹相は羂索を見下ろして睨みつけ、絶対の意志を貫く。

 

「当ててあげよう。彼女の"雫"の中身は恐らく無限のエネルギーが往来する、漆黒の空間なんだろう?」

 

「………」

 

「その沈黙はきっと肯定だ。そして、君が閉じ込められた時、君は無傷で出てきた。無論、乙骨の助けあってのことだろうが、本来閉じ込められれば即死は免れない空間、いかに彼女が手加減したか伺える」

 

「…だからどうした」

 

「恐らく、極の番内のエネルギーは彼女から捻出されたものではなく、今まで消し続けたものだ。無論、エネルギーだけでなく、理や物質さえも。そして、それを定期的に身体から排する手段が極の番だと考えると? そこから生まれる結論。彼女は、無限級数的数値のエネルギーを溜め込める受け皿ということだ」

 

 ガタンッ! 

 

「長々と脈絡のない考察ばかり。貴様の口は下らん演説を垂れるためのものか?」

 

「はは、すまないね。昔からの癖なんだ」

 

 パチンッ カラカラカラ…

 

 羂索は指を鳴らして劇場を解体し、再び空性結界最初の空間に戻る。

 

「天元との同化、一億人分の呪霊、阿頼耶識の存在。お前はそれらの可能性から何を示唆する! それによってお前は何を得る!!?」

 

「さぁね。面白いと思ったことは、実行するまで面白いかどうかは分からない。もしも一億人分の呪霊が抱腹絶倒の間抜け面だったら? そしてその呪力の塊をもしも彼女(無限の受け皿)が受け取ったら? 皿から溢れるのか、それとも、受け皿の方が別な何かへと変化、あるいは進化するのか…興味に絶えないね。考えるだけで笑みが溢れてしまうよ」

 

(穿血!!!)

 

 ギヂギヂッドビュンッ!!!! 

 

 これらもただの憶測に過ぎないが。そう一言加えて羂索は腸相にヘラヘラと笑って見せ、脹相は直後に穿血を放つ。

 

 ヒョイッ ブゥンッ!! 

 

 羂索は避けると同時に背中に忍ばせていた小型の槍を投げ込む。それを腸相は伸ばしたままの穿血で薙ぎ払い追撃を仕掛けに行く。

 

(赤燐躍動!)

 

 クンッバキィッ!! 

 

 いとも容易く身体を強化した動きを捉え、羂索は顔面を殴り飛ばす。

 

 しかし、ただでは転ばず圧縮した血の塊を目の前で爆ぜさせる。

 

 ギュゥウッ 

 

「超新星」

 

 バキュンッ!! 

 

 しかしそれは体の一部を硬度の高い呪霊に変形させた羂索により不発に終わる。

 

「答えろ、悠仁に何をさせるつもりだ。150年放置してきた俺達とは訳が違うはず、悠仁で何を企んでいる」

 

「うーん…アレは具体的に役割はない。宿儺の器であることが役割で始まりの狼煙だからね。あぁでも、出来るだけ酷く阿頼耶識刹那の前で死んでくれるとありがたいかな」

 

 ビキッ バゴォッ!! ズズンッ…

 

 怒りに任せて放った穿血はあっさりと避けられ、近くの木を模したものに当たり倒れる。

 

「お前が生き続ける限り…! 呪いの連鎖は終わらない!! 全ての不幸の中心はお前だ! 加茂憲倫!!!」

 

 ドジュルッ!! 

 

「ゲホッ…!?」

 

(さっきの槍!? 呪具だったのか!)

 

 最初に弾いた槍が突如として腸相の脇腹を抉り、羂索の手へと戻る。

 

「私の手札を割りたいんだろう? しかし、呪霊合術は術式を"脳"に適応させ、呪霊を身体に取り込みストックする。手札の数は呪霊操術の渦巻きによる抽出の比ではない」

 

(なんだと…!)

 

 脹相は九十九へ出来得る限り最高のパスを繋ぐため、羂索に術式の開示をさせる算段だった。しかし、無駄を知らされて次への行動が遅れる。

 

 ヒュッ

 

「!」

 

 ドゴガァンッ!! 

 

「だが、君にこの呪具以上のモノを使うつもりは無い。なんせ君らは失敗作だからね!」

 

 ドゴッドゴッドゴッ!! 

 

 羂索は頭を掴んで地面に叩きつけると、何度も頭を踏みつけ腸相を愚弄する。 

 

 ガシッ!! 

 

「お前に弟達の何が分かる…!!」

 

 ドスッ! 

 

 足首を力強く掴むが抵抗虚しく槍を肩に刺され、そのまま近くの木に貼り付けにされる。

 

「術師にとって特級が何を意味するか、それは単独での国家転覆が可能であること」

 

 羂索は自身の見解、ないし現状を話し出す。

 

「五条悟は六眼に無下限という圧倒的な破壊力と何者をも寄せ付けぬ神秘の壁で。夏油傑と阿弥部高聡は、個が持つには余りある呪霊という異形の軍で」

 

 羂索はそこまで言うと、一言付け加える。

 

「呪術界に夏油傑と五条悟がいたように、二人の巨塔が呪詛師の間にもいた。うち、片方は覚えている者は極一握りだろうがね」

 

 息も絶え絶えな脹相は槍を抜けず、唯一貰った時間の猶予を噛み締めるしかない。

 

「さて、話しすぎたね、終わりにしようか。最期くらい、親らしく遺言を聞いてあげよう」

 

(俺は兄失格だ。弟達を守り…お手本になる…それが兄だ。俺は面白くない…! でも!)

 

「弟達を、面白くないなんて言わせない!!」

 

 ドパァッッ!!!! 

 

「!」

 

 脹相は呪力を大量の血液へと変換、槍を流してい抜け出し、兄としての意地を、威厳を見せる。

 

「九相図兄弟ぃぃいい!!! ファイヤー!!!」 (お前達の力を貸してくれ!!)

 

 パシンッドヒュンッ!! 

 

「穿血!!!」

 

「穿血は初速がトップスピード。一度躱してしまえば、その後どう軌道を修正しようとそこまで脅威ではない」

 

 ヒュンッズドドドッッ!! 

 

 脹相は再び穿血を放つが、それを容易く避けられ問題点さえも提起される。しかし今の彼は、弟達に背を押された兄。その程度では終わらず、穿血は羂索を追尾する。

 

 ギュンッ! 

 

「!」

 

(これは壊相の──)

 

 バサァッ! ヒュンッーズドッ! 

 

「っぐぅっ!」

 

 羂索は背から呪霊の羽を生やして追尾する穿血を避け、呪具を背後から手元に引き寄せて肩を抉り追撃を加えると科学者のように追問する。

 

「追尾を付与したところで、威力も速度もお粗末、加えて毒も親の私には効かない。今一連、意味あった?」

 

「壊相のように優雅にっ! 血塗のように!」

 

 ブチブチブチッドヒュンッ! 

 

(自由に!!)

 

 ガシッ!! ドゴォンッ!! 

 

 脹相は自身の腕を千切り、血液を固めたもので繋いだまま遠くの羂索の襟首を掴んで叩きつける。

 

 戦闘が始まってから初めて一撃を加える。しかし羂索は身体を呪霊に変形、ノーダメージに抑えるが、突発的な戦闘スタイルの変化に羂索の反応は遅れ、もう一度同じ方法で掴み脹相は自らの元へ引き寄せる。

 

「悠仁のようにっ!! ぁ"ぁ"あ"あ"あ"ッッ!!! パワフルに!!!」

 

 持てる力を一杯に振り絞り顔面を殴りつけるが、首から呪霊を生やして盾にして塞ぎ、脹相を煽る。

 

「終わり?」

 

「どうでしょう!!」

 

 ビュンっ!! 

 

 再び追尾を付与した穿血を放つが、離脱した羂索はそれを容易く避けて飽きたように話しかける。

 

「だからそれじゃ速度も威力も──」

 

(追尾するそれは運河だ、圧縮した血液を近くに運ぶための!!)

 

 油断。完全に気を抜いていた羂索の虚を突く。彼の完全オリジナルの赤血操術による最高の一撃。

 

「超新星!!!」

 

 ズンッ!!! 

 

(不発…? 違う! 全方位、血の散弾を落とされた!)

 

「チッ」

 

「使ったな!! 呪霊合術以外の何かを!!」

 

「私は一人っ子だけどさぁ…最高だぜお兄ちゃん!!」

 

 全ての血の散弾を落とされ、羂索の実力の一端を公開させることができた脹相の役目は一度終わりを告げて天元に回収、一言告げて九十九由基が現れる。

 

「ナイスファイト! 後は私に任せて」

 

 カシャンッ…

 

「泥臭い男は好み(タイプ)だよ。それに比べて…叩き直してやる」

 

 ビキキッ

 

(私好みに…!)

 

 九十九は羂索を見据え、両腕に力を入れて呪力を滾らせる。

 

(九十九由基…特級が与えられている以上は総督部は術式情報を握っていると思ったが、彼女の情報は得られなかった)

 

「あまり近付かないでもらおうか」

 

 ズズズッビキキッ…

 

 羂索は象形の呪霊を体の表面に纏い、歪な変化を見せる。

 

「輸入モノだろ、それ」

 

「あらゆる障害を取り除くアジアの特級呪霊。そう、術式対象に概念が絡む特級呪霊さ。さて…お手並み拝見」

 

 ギチギチィッッ! 

 

「"凰輪(ガルグ)"!!!」

 

 バッードゴォッッッ!!!!! 

 

 九十九は凰輪を丸め、渾身の蹴りを繰り出して撃ち出す。羂索は呪力を籠めてガードするが、予想を裏切って放たれた"凰輪の重さ"、片腕を木っ端微塵に吹き飛ばす。

 

 ダッ!! 

 

「私の術式が分からなくて近づけないか? なら教えてあげよう。"質量"だ」

 

 ボグッ! キィーンッッドグォッ!! バゴッッ!!! カシャンッ…! 

 

("質量"…か。術式対象の概念…! その内包と外延に収まらない程の圧倒的質量!!!)

 

 羂索は術式の種を両腕を折られ、頭を弾き飛ばされたことで身体に受けて理解する。

 

(そう! それが私の術式! 自らに仮想の質量を付与する星の怒り(ボンバイエ)! そして凰輪は私以外唯一の術式対象!!)

 

 ザッザッザッザッ…

 

(速度が落ちていないところを見ると術師本人に影響はない。となると、渋谷で作った等級の高い呪具は脆いから使えない。だが果たして、私と内蔵した術式だけで、この獣を狩ることが出来るだろうか)

 

("重力"だ。あれは"重力"だった。羂索は呪霊合術と肉体を渡る術式以外にもう一つ術式を持っている。それがあの重力だ。そして羂索の言う、術式を脳に適応させて半無限に持ち運ぶ。それはきっとブラフだろう。大量の術式など、乙骨君のようにリカに外付けしない限り、アイツの脳は焼き切れるはずだ)

 

 真人が大阪に向かったことは、既に憂々から九十九は知らされている。今受けた攻撃と状況から推察し、互いに術式を解明していく。

 

(渋谷での大量の呪霊の放出、今まで見せた術式、その種がもし私の想定する術式だったその時は…)

 

「九十九由基、君の考えを当ててみせようか。この術式のことだろう」

 

 クルンッーブゥンッ

 

 羂索は指先で円を描く。その空間には穴が空き僅かに垣間見るその先の景色は、複数の脳が瓶に保管された部屋。

 

 ビキキッ! 

 

 同時に九十九は憤怒を顕にする。

 

「今見せたのは私の術式のストックさ。実はこれらを使のは結構なリスクでね。息子の頑張りに免じてそれだけ教えてあげるよ」

 

 羂索は髪を上に上げてうなじを見せる。そこに空間の穴を空け、術式をストックした脳から管を繋げていた。

 

 ズォッ!!! 

 

「ソレは私の友人の術式だ…!やりやがったな、墓荒らしめ!!!」

 

「くくっ、呪術師が呪詛師を友人として見るのか! 目の前にいながら救えなかった女の戯言か!?」

 

 ──ドンッ!!! 

 

 ズンッッ…!! 

 

 九十九は羂索の言葉に激怒、術式を発動させて大地を踏み、空性結界ごと砕き割り羂索の足元を崩す。

 

「ッ!」

 

「凰輪!」 

 

 ブゥンッ! ドゴゴゴッ!! 

 

 凰輪を鞭状にして薙ぎ払い、羂索を攻撃するが、羂索は背から羽を生やしてそれを避ける。

 

(私のストックしている術式はざっと二十個程度、そのどれもが九十九に決定打にはなり得ないだろう。呪霊で凌ぐか──ッ!)

 

 カシンッズドッ! 

 

「!」

 

「食いしばれぇ!!」

 

 ズッドォンッ!! 

 

 凰輪を棒状に固定、棒高跳びの要領で九十九は羂索に掴みかかり頬を殴り飛ばす。

 

 ゴッ!!! ガッ! ドトッ

 

「ガハッ!」

 

 しかし変形させた呪霊を挟んで威力を格段に抑えるがダメージは隠しきれず、息を切らして羂索は受け身を取る。

 

「ッ! おいおい、そう怒るなよ。名も無き術師の残党を、私が有効に利用しているだけだろ」

 

「あの子は…"まほろば"は!! 私の大切な友だ!!そしてその術式は幾年もあの子に連れ添った仲間達の物!! テメェが使っていいもんじゃねぇんだよ!!」

 

 ビュッ! ガッ! ドドッ!! 

 

「今や"まほろば"を記憶している者は私と天元、それに君だけ。そこまで言うなら、友の矜持を守ってみせろよ、九十九由基」

 

(!早っ──)

 

 領域展開 胎蔵遍野(たいぞうへんや)

 

 羂索は両手の甲をつけて指を交差させ、象印を結ぶ。

 

 羂索の背後に現れる人と呪霊の形を歪に組み合わせたような禍々しい巨塔、領域を解体するという三人の算段。

 

 誤算

 

(解体すべき外殻が…無い!!) 

 

(シン・影流簡易領域!! 急げよ天元!)

 

 ゴリゴリゴリッ!! 

 

「クソッ!」

 

 羂索が展開したのは、渋谷で宿儺が見せた結界を閉じずに領域を展開する離れ業。天元は空性結界を外殻とみなして瞬時に解体にかかり、少しでも長く時間を稼ぐために簡易領域を展開する。

 

「? その程度で私の領域を防げるとでも?」

 

「なるほど、そういうことか。いかにも引きこもりらしい旧態依然な考えだ」

 

 バリバリバリッ!! 

 

(クソッ! 全部剥がされた!)

 

「天元、私は君と違い"生きて"きたんだ。千年続く! 龍戦虎争! 合従連衡の!! 呪いの世界を!!!」

 

 羂索は片腕を大きく振り上げて落とし、出力を更に上げた超重力で押しつぶす。 

 

 バチュンッ──パキパキンッ

 

「空性結界ごと私の領域を解体したか。歳相応の維持を見せたな。そして九十九由基、残念だったね。まぁ死ぬことはない。記憶の中で"まほろば"を生かすといい」

 

 羂索は勝利を確信してニヤリと笑い目の前の血だらけの肉となった九十九を横目に話す。

 

「せめて自らの領域で押しあえばここまで退屈な結果にならなかっただろう。天元を信頼した君達が悪い。天元はまだ君達に隠し事をしている。死滅回遊の──」

 

(式神が消えていない…!!)

 

 チャプッ──ドゴンッ!! 

 

 凰輪が羂索を強襲。それを避けるも、片腕が潰れて血だらけの九十九が立ち上がり羂索に蹴り技のみでしかける。

 

(まだ意識があったか! 式神で反転術式の時間を稼ぐつもりだな…いいさ、私はその間に術式を回復させてもらう)

 

 グルンッドゴンッ!! 

 

 羂索の予想を裏切るように、時間を稼ぐことを視野にいれずに右足を蹴り上げてから振り下ろし、さらに上段蹴りを繰り出して羂索の集中を削ぎ、二人は目だけで会話する。

 

(治せよ!!)

 

(治さねぇよ!!)

 

 ビッ! バッ! ドゴッ!! 

 

 グルンッズンッ!! 

 

(重っ!)

 

「! ォ"エ"エ"ッ」

 

 ビチャチャッ! 

 

(…限界か)

 

 凰輪が羂索に巻き付き質量を増加させて動きを止める。しかし同時に訪れる九十九の限界。

 

「虚を突いたつもりだろうが、もう少し頭を使ったやり方を考えるべきじゃないか?」

 

「言っただろ。泥臭い方がタイプなんだよ」

 

 パキンッ

 

 伏兵

 

 脹相が空性結界の外側から天元との協力により侵入し、その殺意をゼロ距離で羂索へ向ける。

 

「親殺し!! いきまぁす!!!」

 

 ドヂュッ!! 

 

「「!!」」

 

「ドンマイ!」

 

 羂索は額の紐を取って頭蓋を回転させ、スリッピングアウェーの要領で穿血を受け流す。

 

「面白くなっちゃってんぞ落ち武者!!」

 

 バスッ!!! 

 

 しかしダメージがあるのは事実、九十九は星の怒りで蹴りを顔面に打ち込む。

 

負傷(ダメージ)で星の怒りの出力が落ちてなければヤバかったね)

 

(そういう芸当を披露するくらいには追い詰められてんだろ!?)

 

 ビッ!! バズッ!! ドドッ!! 

 

 九十九の蹴りを避けた先に脹相の拳が直撃。さらによろける羂索の背中に九十九の重たい一撃、しかし身体の一部を呪霊と化した羂索にはどれもが決定打に欠け、表面を削るに留まる。

 

(星の怒りの出力を戻させる!!)

 

「九十九!! 治せ!!」

 

(助かるぜお兄ちゃん!!)

 

 ザァッ! ポゥッ

 

 ガッ! ギュンッ!! 

 

(反転術式の運用で星の怒りが甘くなった一瞬を抜かれた!!)

 

「!?"凰輪"!!」

 

 ボゴォッ!! バガァンッ!!! ズドドッッツ!!! 

 

 鞭状に振るった凰輪は空性結界を破壊し、水に浸された"下"へと三人は落ちる。

 

 羂索へ穿血を放つ脹相と、怪我を治して自身の質量を爆増させて殴りかかる九十九。

 

 策略を出し切った両者の戦いはさらにヒートアップしていく。

 

 ヒュオッ!! ズンッ!!! 

 

(クソっ……!! クソクソクソっ!!! 術式が回復してしまった!!)

 

 殴りかかる脹相と凰輪の先端を回復した重力の術式で押しつぶす。

 

「ふぅ」

 

 ヒュアッビッ!! ズゥンッ!! 

 

 凰輪は羂索の術式範囲外から尻尾の先端で羂索を襲うのをさらに術式で押し潰す。

 

(六秒!! 術式効果範囲は二〜三m! 持続時間は六秒!! そしてインターバルを呪霊合術で潰す!)

 

 ズズズッドゴォンッ!! 

 

「ゴホッ」

 

 身体を呪霊に変え、調伏済みの呪霊を数体身体から切り離すが九十九の凰輪の一振りで全滅し、羂索に掠りダメージを蓄積させる。

 

 今の羂索は今までにないほどに攻め時の状態。

 

 術式も体力も全て割れて削れている。

 

(攻める!! こんなチャンスはもうない!!!)

 

 ゴッ!! ズドンッ!! 

 

(これは──ッ!!)

 

 羂索が殴り飛ばされた瞬間、九十九の眼前に空間の穴が空き、遅れて脹相と九十九は気付く。自分達が落とされた上階にある、無数の呪具の気配に。

 

「過去。もし"まほろば"が選択を違えなければこの術式は手に入らなかった。君の友とやらに首を締められる気分は、さぞいい気持ちだろう?」

 

(俺の命の使い所はここしかないんだ!!!)

 

 脹相はこの数日を頭の中で振り返った。兄弟を一人にしてしまったこと。一緒に苦しめなかったこと。自分が楽な道に進んでしまったこと。

 

「羂索!!! こっちだ!!!」

 

「…いや、君は来るな。呪いとしての君は死んだ。ここからは──」

 

 パキンッ

 

「!? 九十九ォ!!」

 

 呪霊合術 極の番、ジュカイ

 

 ズッドドドドドッッッッ!!!! 

 

 何かを言いかけた九十九に向かって土煙が舞う。無数の呪具は耐久力を代償とした攻撃力と、羂索が仕込んだ"反転術式を妨害する呪物"によって九十九に回復の隙を与えない。

 

 砂煙が晴れた先にいたのは、両腕を失って立ち尽くした九十九。

 

(…終わりか)

 

 フラフラと前進し、今に倒れる九十九を見た羂索は終わりを悟る。しかし、彼女の意志は折れていない。

 

 ダンッ!!! ズォォッッッ!!!!! 

 

「星の怒りで調整した質量の影響を私自身は受けない、ある一定の密度まではな!!」

 

(星の怒りで付与できる質量に限界がないとしたら)

 

「まさか! ブラックホールか!!?」

 

 パリンッ

 

 超高密度、地球を直径ニセンチにまで縮める圧力が二人を飲み込む。徐々に漆黒が二人を覆い込んでいく。

 

「重力を扱う割に想定が甘いんじゃないか!? 重力も! 質量も!! 突き詰めれば!!!」

 

 ────!!!!!!! 

 

 そこに広がっていたのは瓦礫と廃材と化した高専。

 

 そして結末を見届けるために現れたのは天元。

 

 ドドッガラガラッ

 

 羂索は生きていた。

 

「たまげたね、実際」

 

「…術式反転か」

 

「いや、今までが反転だ。虎杖香織に刻まれた術式さ。賭けだったが、術式を自身の身体に限定する縛りでなんとかなった。本当、肝を冷やした。ついでだ。"裏"ももらっていくとしようか」

 

「そうか…。だが、まだ私は手札を全て公開したつもりはないぞ」

 

「脹相のことかい? 彼はもう、私の脅威では──」

 

 キンッ…キンキンキンッ──ドガァンッッ!!! 

 

「!!?」

 

 羂索の完全な想定外。瓦礫を吹き飛ばして現れたのは、ボロボロながら命の繋がる九十九を抱えた、阿頼耶識刹那の姿。

 

「…刹那だと!?」

 

「間に…合った!!」

 

 羂索のフル回転させる脳によぎる二つの選択肢、逃走か、天元の奪取に全力を注ぐか。

 

 今の刹那は大阪から術式を使って移動し疲労困憊。加えて、九十九をブラックホールから救い出した莫大な呪力の消費でギリギリの状態。汗は止まらず肩で息をしている。

 

「天元様! 被害は!!?」

 

「裏は無事だ!! 本体の座標は割れている!」

 

「了解!」

 

「せつ…な…私は捨て…」

 

「絶ッッ対にイヤです!」

 

(好機! 捨てられぬ甘さが君の弱さだ!! 今は相手にしていられない!!)

 

 ブゥンッ

 

 羂索は空間に穴を空けて天元の本体に手を伸ばす。

 

 キンッ! グパァッ

 

 刹那の斬撃によって穴は斬られ、伸ばした腕も同時に縦に割かれる。

 

(チッ、そう簡単にはいかないか)

 

 ギュンッッガガガッッ!!! 

 

 羂索の使役する呪具達を刹那は片腕だけで破壊し続ける。消耗戦、このままいけば呪具が先に全て破壊される羂索が取った最後の策。

 

(ここで使いたくはなかったが! 仕方無い!)

 

 ぶくぅっ! 

 

「!」

 

 羂索の前の床が突然大きく膨らむ。

 

 羂索が繋げている20の術式ストック。デメリットとして出力を最大にする、もしくは三つ以上併用するとその術式は焼き切れて二度と使えない。

 

「ここら一帯、まとめて弾け飛ぶといい」

 

 最大出力の一撃。

 

 バァァンッッッ!!!!!! 

 

 ブラックホールで壊れた高専をさらに吹き飛ばす一撃。羂索の攻撃的な術式の一つ。

 

 キンッ…

 

 刹那の寂滅為楽による一振りは、衝撃や爆発など意に介さない。しかし、横に一振りした隙間から先に見えるのは、左手には"裏"を。そしてもう片方の手で空間に穴を空けて天元に触れている羂索。

 

 パッ キキンッッ!! 

 

 バララッッ

 

 瞬時に距離を無くして斬りかかり、左腕をバラバラに斬り刻む。

 

 ズンッ!!!! ズァッビタァッ! 

 

 羂索の重力場にも、全身に呪力の靄を纏って耐える。だが、あと一歩だった。

 

「重力にも耐えるか…だが、私の勝ちのようだね」

 

「待てっっ!!」

 

 ヴゥンッ

 

「じゃあね、近いうちにまた会おう」

 

「羂索!!!」

 

 刹那の叫び虚しく、羂索は去っていった。

 

 完全に瓦礫となった高専の一角、そこで行われた歴史的な戦いは、高専側の敗北となった。




近況報告?この度、上京することになってバタバタしてまして、向こうに行ったらコミケとか行ってみたいですね〜。
変わらず小説は投稿を続けますのでご安心ください。
是非もう一つの作品、【瞳を閉じぬ裁定者】の方もよろしくお願いします!


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第七十三話 忌み

原作、、、あぁやっべぇ、、、。
ほい、久し振りの投稿ですが、話は先まで結構出来てます。
ただ、単行本の方からすると展開が先すぎてもしかしたら見にくいのかも?と思ったので意図的に遅くしています。
今単行本だと直哉芋虫出てるとこですもんね。
追記
新事実なんだけど自分馬鹿すぎない?評価のところから的確なアドバイスいただけてるのにそこに感想みたいなの載ってるのさっき気づいたんだけど??
なので多分数日後には全部の話の三点リーダ変わってます。


 16日正午

 

 東京第一コロニーにて。

 

 大阪から刹那と出発した真希は途中で別れ、虎杖達と合流していた。

 

 天使、来栖華と高羽と共に行動していた二人は真希からの報告を聞く。

 

「さっきあっちから連絡があった。慣らしが終わっちまっただけならいいんだが、天元様が獲られた」

 

「!! 三人は!?」

 

「現場の高専は酷い有様だ」

 

 刹那が撮った写真を見せて真希は簡潔に伝える。

 

「羂索が生きてるのだけは確からしい」

 

 刹那と脹相の連絡を四人で共有し、今やるべきことを探す。

 

「憂太と同格の九十九さんが脹相と協力して敗れた。刹那の話によると生きちゃいるが、これ以上の協力は期待しない方がいい。裏が無事なのが不幸中の幸いだが、やっぱり一筋縄じゃいかないな」

 

(と言いつつ落ち着いてるな…)

 

(たった数日で変わったな真希さん。何があったんだ…?)

 

 最悪がどんどんと更新される中、真希は刹那の報告を冷静に二人に伝えている。事態の悪化が続くにしては落ち着きすぎていることに二人は内心驚いている。真希は背負うものを見つけ、いらぬものを排除した現在では一番冷静な人物とも取れる。

 

「刹那はどうなってますか?」

 

「ピンピンしてる…とは言えないわな。大阪から交通手段無しで高専まで走って移動してる上、ほぼ寝ずに戦いっぱ。しかも高専の戦い割り込んで九十九さん助けてるしな。休めって言っても聞かないし、今は情報をまとめろって伝えて無理矢理休ませてる」

 

「そうですか…良かった」

 

「…ん? 慣らしが終わったんなら、なんで同化が始まらないんだ?」

 

 虎杖の疑問に天使と真希が答える。

 

「術師は多分呪力で同化を拒めると思う。結界内が無事なだけで外ではすでに同化が──」

 

「いや、少し勘がいいやつが当てられてるだけでいつも通りの日本だよ」

 

「理由が分からん、まだ同化を始められないのか始める気がないのか」

 

「あの、ちょっと待ってください。話を中断して申し訳ないんですけど」

 

 天使の口とは別に、来栖本人が話しを遮って質問する。

 

「「「?」」」

 

「"刹那"ってどちら様です?」

 

「あ、俺等の──」

 

「あぁ、恵の彼女(オンナ)だよ」

 

「「!?」」

 

 伏黒と来栖は同時に驚愕の表情を浮かべ、同時に虎杖もあっさりと肯定する。

 

「そうそう、俺と伏黒の同級生で伏黒の彼女!」

 

「…虎杖…」

 

 ぱっと笑顔になる虎杖と、さらりと言い放つ真希に伏黒は額に手を当てて溜息をつく。

 

「へ、へぇ…それはぜひ…お会いしてみたいですねぇ…」

 

 ヒクヒクと頬を引きつらせる来栖。幼少から思いを寄せ続けた人間に、信頼以上の関係を持つ相手がいることに辟易する。

 

「…まぁ、それは今関係ない。それよりも優先は津美紀だ」

 

「あ、そういえば。なんで先輩たちはルールをすぐに追加しなかったの? ルールの追加は決まってたよな?」

 

「あぁ。ポイント変動が無いと術式剥奪で脳を弄られて死ぬ。だから殺し合うのを防ぐためにルール追加で得点の譲渡を可能にした。これは虎杖が追加済みだな」

 

「俺っていうか日車だけど」

 

「結界の出入りについても、桜島のほうでルールの追加があったみたいだしな。得点が回ってる私らには関係ない。問題は結界同士の電波で、死滅回遊は初めから電波の出入りに関しては禁止してないんだよ」

 

「川本真琴の話ししてるー!?」

 

 真面目な話を切るように、家屋の上から見張りをしている高羽が大声で歌手の名前を出して話す。

 

「なんだアイツは」

 

「無視して。それよりルール…あ本当だ!! つまり死滅回遊のルールじゃなくて転送と同じで結界のルールなのか」

 

「そう。出入りが自由な今は連絡に関しては問題ない。傑はなぜかまだ桜島で留まってるみたいだが直動くだろ。それに私が憂憂と協力してるから連絡も問題ない。つまり、今進めるべきは泳者の死滅回遊からの離脱!」 

 

 話がまとまり現在の指針が決まる。既に乙骨、秤、刹那から得点は渡っており伏黒は400点を所持している。※刹那からの得点は分かりやすいように、元ある359点に41点を追加しています。

 

「コガネ、ルール追加だ。泳者の死滅回遊からの離脱を可能にしてくれ」

 

「却下されました。ルール7に抵触します」

 

「予想通りだな…身代わりに新規泳者を連れてくることで離脱できる。ならどうだ?」

 

「……却下されました」

 

「!!」

 

「どうやったら離脱できんだよ!!」

 

「死滅回遊からルール追加の提案です。泳者は結界外から見代わりを招き、さらに百点を消費することで死滅回遊から離脱できる。であれば承認可能です」

 

「それなら問題ない!! こっちは四百点あるんねぞボケコラァ!」

 

「ちょっと待て!!」

 

 死滅回遊からの提案に虎杖は食らいつくが、伏黒はルールに抵触することを考えて反発する。

 

「身代わりだけなら泳者の人数が+−ゼロだが、そのルールだと離脱のために最低でも二十人死ぬ!! 明らかにそのルールの追加の方がルール7に抵触している!!」

 

 伏黒の正論を聞いても、機械的にコガネは自らの役割を果たし、機械的にルールを説明する。

 

「泳者は結界外から見代わりを招き、さらに百点を消費することで死滅回遊から離脱できる。であれば承認可能です」

 

「…分かった。それでいい」

 

(これ以上交渉する気はないってか。まぁそれ言い出したら目的そのものが永続に反するしな)

 

「泳者によるルール追加が行われました!! 総則12。泳者は結界外から見代わりを招き、さらに百点を消費することで死滅回遊から離脱できる!」

 

「よし。真希さん、津美紀と刹那を結界に連れてきてください」

 

「…ん!?」

 

「なんだよ」

 

「津美紀の姉ちゃんは泳者だけど結界外にいるんだよな? だったらここから遠隔で得点を渡して離脱してもらった方が安全じゃねえ?」

 

「いや、それだと任意の結界での参加宣言というルール1に抵触する。最悪離脱が確定した瞬間術式が剥奪されて死ぬかもしれない」

 

「あぁー!? よく気がつくな!」

 

「高得点も長いこと持ってるとリスクが多い、なんにしても津美紀と合流するのが一番安全だ」

 

「了解。ただ、私は結界に一緒には入れない。呪力がない私は結界に認識されないから転送の時に津美紀と剥がされる」

 

「呪力があっても転送は別々でしたよ」

 

「パラシュートあったほうがいいっすよ」

 

「?」

 

 16日15時00分

 

 結界外で津美紀、真希、伊地知、刹那は合流して結界に向かっている。津美紀には予想外の妨害などでの合流が遅れるのを危惧し、ポイントを1だけ譲渡してある。

 

「伊地知さん、本当に私の代わりに結界に…やっぱり私自分で…」

 

「いえ、あまり結界外の術師を減らすのは得策とは思えませんから」

 

 申し訳なさそうに津美紀が話すのを、伊地知は否定して歩を進める。

 

「なんか…死刑囚と司法取引みたいな…」

 

「呪霊が参加できるんですから、御三家が調伏してる呪霊とかは…」

 

「はは。出来なくはないですが、時間が足りません」

 

 刹那と真希も今更ながらも解決案を練るが、どちらも時間が足りないと伊地知が否定する。

 

「津美紀さんの宣誓期限、19日以内にこの状況まで持ち込めたのは奇跡です。私がモタつくわけにはいきません。新田さんがいますから補助監督回りの業務も問題ありません。それに、こう見えて高専生の時は術師志望だったんですよ」

 

「「え"」」 

 

 伊地知を知っている二人は意外そうに声を上げる。

 

「昔五条さんに、私は役に立たない。才能がないからやめろと言われましてね…ですが、同時に救われました。あぁ言ってくれなかったら、中途半端な術師になってすぐに死んでいたでしょうから」

 

「アイツ…」

 

 真希が呆れるのを横目に、四人は歩く。

 

「二人は刀を持ってるから術師? なのね」

 

「まぁ、だからってわけじゃないけどな」

 

「二人共私と同じくらいなのに…」

 

 津美紀の心配の会話を最後に、結界の前まで辿り着いて一度足を止める。

 

「中に入って伏黒君から事情を聞いてください」

 

「結界に入ると全員ランダムに転送される。空中の可能性もあるから向こうで仲間が待機してる。私達も一応先に入るから、あとから来てくれ」

 

「は、はい…分かりました」

 

 真希はコガネに応答して中に入っていく。結界外では津美紀と刹那と伊地知が残される。津美紀は結界を見上げて胸の前で祈るように手を握る。

 

「……津美紀さん」 

 

「どうしたの? えっと…刹那さん?」

 

 刹那は津美紀を呼んで話しかける。刹那はただ本当になんとなく、一種の勘によってその口を開いた。

 

「疑いたいわけじゃないんです。ただ、本当にただの念の為に聞くんですが…どっちですか?」

 

 ゾワッ

 

「どっちって…?」

 

 刹那が漏らす呪力と殺気に当てられて気圧される…訳ではなかった。

 

 ュッッッ!!! キンッ! 

 

「刹那さん! 何を!!?」

 

「貴方ねぇ…仮にも非術師だと思ってる相手に本気で刃を振るう?」

 

「コガネ、彼女の名は」

 

「伏黒津美紀デス!!」

 

 刹那は極めて冷静に務め、コガネに泳者の本人確認を行う。

 

(やはり名前も受肉体のもの。最悪、想定してなかった。彼女が覚醒タイプの泳者だと、全員、今の今まで疑ってなかった!)

 

 肩を狙って術式を使用した刹那の一閃を、津美紀だと思っていた術師は右腕から術式で弾こうとするが両断される。しかし、その一瞬で刹那から距離を取る。 

 

 パラッ…

 

 刹那は眼帯を外し、目の前の人間を三つの瞳で見据え、二刀を納刀する。それを見た万は刹那に向けて懐かしさを見るような、恨むような視線を向ける。

 

「私は万、昔の術師連中なら通じるかもね。アンタは…あぁ、阿頼耶識ね」

 

「随分、その名前は有名ですね」

 

「なんで気付いたワケ?」

 

「……勘?」

 

 万の当たり前の問いに、刹那は自分でも分かっていないので曖昧に返答する。

 

「昔っからほんと…コガネ!! 宣誓よ、東京第一結界に入るわ」

 

「!」

 

「じゃあね、また今度」

 

 キュインッ! 

 

 刹那と戦わず、刹那の攻撃は僅かに間に合わず、万は予定通りに中に入り転送された。決して油断はしてなかった。しかし、あまりの覇気のなさに警戒を解いていたのも事実だった。

 

「もう! 最ッ悪ッ!! 伊地知さん! 補助監督の皆さんにもう一度死滅回遊の関係者を洗うように言ってください! もしかしたら彼女のように擬態してる人がいるかもしれない!!」

 

「はい! 刹那さんは!?」

 

「僕は彼女を追います!」

 

(気づいてくださいよ恵君…!)

 

 刹那は的確に指示を出して宣言し、結界内に侵入していく。

 

 先に侵入した万は偶然にも伏黒達との合流地点へ飛んでいた。万は化けの皮を被り、伏黒の記憶の津美紀に偽装する。

 

「おっとっ? っと?」

 

「えっこの人!? ドンピシャ転送??」

 

「あ、恵。良かった、すごいびっくり……」

 

「…おう」

 

「運いいなぁ津美紀の姉ちゃん」

 

「初めまして、恵がお世話になってます」

 

「虎杖です。こちらこそ」

 

 万の演じる完璧な津美紀像。二人は一切疑わない。

 

「私の出番がなくて良かったです」

 

 来栖が空からふわりと降り立つ。

 

「こっちは来栖。津美紀の姉ちゃんが空から落っこちて来たときのために上を張ってくれてたんだ」

 

(ナイス虎杖、私の株を上げなさい。刹那とかいう女より私の方が良いと印象づけるのです)

 

「さっさと済ませよう。コガネ」

 

「家族の前だとより淡白になるの反抗期みたいね」

 

「カワイイです」

 

 ニヤニヤと二人は伏黒の横で聞こえるようにこそこそ話をする。

 

「今から津美紀に点を…?」

 

「伏黒? どうしたん?」

 

 得点を譲渡する段階になって、違和感を感じた伏黒は津美紀を見つめて停止する。

 

「恵、どうしたの?」

 

「…津美紀、右腕どうした」

 

「え?」

 

 気を抜いていた三人は気づくのが遅れた。刹那の靄状の呪力と、津美紀の黒い服にほんの僅かに滲む血を。

 

(刹那が斬りかかる訳がない。呪霊の余波だとしたらもっと怯えててもおかしくない。俺に隠すわけがない!)

 

「あら…やってくれたわね」

 

 刹那は斬りかかる瞬間術式を使用した。使った術式で無くされたのは万の痛覚。童子切で万の術式を斬ったあと、瞬間的に抜いた見えない血吸の抜刀で僅かな傷をつけていた。

 

「…オマエ…誰だ…!?」

 

「誰って…ふふ! 貴方のお姉さんよ!! 伏黒恵!!!」

 

 今まで見せていた柔らかな笑みは崩れ、いつかに見た呪いの王と同等の濁った笑みを零す。伏黒の信じて疑わなかった、"伏黒津美紀は非泳者である"という前提はたったいま足元から崩れた。

 

「なんてね」

 

 彼女は舌をだして無邪気そうに、相手を嘲るように笑う。

 

「伏黒!! どうなってんだ伏黒!!」

 

「私は万。昔の連中にならまだ通じるかもね」

 

「なんで、今まで…!?」

 

「アナタ達が勝手に説明したんでしょう? 労せず百点もらえるなら貰うわよ。ま、阿頼耶識のせいで無駄になっちゃったけど。こうなるなら体慣らしも含めて私も参加すれば良かったわ」

 

 ドンッ! ヴヴヴッ

 

 万は背から蜂や蜻蛉を連想させる呪力の翅を生成して空に飛び立つ。

 

「でも、ある意味初めてはスクナの為に取っておいて良かったかも。じゃあね、待ってるわよ」

 

 キィンッ! 

 

「追います!」

 

「あぁ!」

 

 天使と虎杖は万を追うために走り出す。しかし、ここで虎杖の内に巣食う悪魔が、過去に虎杖が死した時、虎杖を復活させる代わりに宿儺がある言葉を唱えることで一分間身体を明け渡す縛り。

 

「契闊」

 

 ガクンッ

 

 虎杖の意識が闇へと消え、それに対して宿儺が表となる。入れ替わった瞬間、宿儺は共に走り出した天使に掴みかかり頸動脈を締める。そのまま気絶して地面に天使を、宿儺は優しく抱え込んで床へと寝かせる。

 

「おっと、小僧との縛りでな。この一分間は誰を殺しても傷付けてもならんことになっている」

 

「宿儺!!?」

 

「もっとも、ここからは賭けだがな」

 

 ズズズッ…ブヂィッ!! 

 

 突然、虎杖の制御から外れた呪いの王の登場に伏黒はフリーズしてその場から動けない。しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに宿儺は自らの計画を進めるため、指に呪力を集めて引きちぎった。

 

「…ケヒッ! つくづく!! 愚かな小僧だ!!! 誰も傷つけないという縛りに、自分自身を入れていない!!!」

 

 宿儺の邪悪な高笑い。状況を飲み込むのを未だ拒否していた伏黒は、全力で呪力を練り、簡単に自らを犠牲にしようと摩虎羅召喚の象印を結ぶ。

 

 ダンッ! グイッ! 

 

(象印を──!!)

 

 しかし宿儺の方が速く、五条や先輩達に言われ続けた弱点の腕を取られる。

 

 そして宿儺は、伏黒恵の口に自らの魂をねじ込んだ。

 

 ドクンッ!!! 

 

 ──ー

 

 僅かな空白、虎杖の意識が戻る。

 

「言っただろう、小僧。面白いものが見れると」

 

「伏黒……?」

 

 次に目にしたのは、伏黒の身体と顔で宿儺の邪悪さを孕んだ声と表情に宿儺の身体の模様が浮かぶ。

 

 両面宿儺は待っていた。虎杖のように"檻"ではなく、器足り得る存在を。伏黒恵の心が、折れる瞬間を。

 

 両面宿儺は、伏黒恵の身体に受肉した。

 

 ボッ────!!!! 

 

 ドッドッドッ!! ガジャアンッ!! ゴォンッ!!! 

 

「「!!」」

 

 ビルをいくつも貫いて虎杖は吹き飛ばされる。過去に感じた異質な力どころではないその衝撃は、結界内全ての泳者の五感を刺激する。宿儺の邪悪さを感じ取った高羽と真希もそのポイントへと動き出す。

 

「全く、いつの時代も。次から次へと塵は湧く…鵺」

 

 ヴゥァッサァ! ゴゥッ!!! 

 

 普段伏黒が召喚する鵺の何十倍という巨大さの鵺が、宿儺の手によって召喚される。直後に落雷を無数に落とし、集う呪術師達を間引く。

 

 キラッ ジュゥゥゥ!! 

 

(しまったな、奴等は共生している。気絶からの回復も天使の力で速い)

 

 気絶した来栖を、共生している天使が起こして即座に復帰、宿儺を伏黒の身体ごと焚いていく。

 

「まって天使! 恵が!! 恵が!!」

 

「こうなってはどうしようもない!! 奴だ! 奴が堕天なんだ!! 奴がより深く根を下ろす前に彼から剥がし消し去る! 賭けるしかないんだ! もう…!!」

 

「返せ…!!」

 

 ──光よ、全てを浄化したまう光よ。罪、咎、憂いを消し去り、彼の者を救い導きたまえ──

 

邪去侮の梯子(やこぶのはしご)!!!」

 

 結界内の空が暗転。同時にスポットライトのように宿儺の頭上から一筋に伸びる真っ直ぐな浄化の光。魔を打ち払う天使の術式が宿儺を強襲する。

 

 ギャリギャリギャリ!!! 

 

「ア"ァ"ア"ァ"!!!」

 

「返せ!! 返せ!! 恵は私のものだ!!」

 

「華」

 

 宿儺の声から一転。伏黒の声と柔らかな笑みを天使こと、来栖華に向ける。

 

「思い出したよ、ありがとう。もう大丈夫」

 

「恵…」

 

「駄目だ!! 華!! まだだ!!」

 

「私ね、ずっと恵のことを!」

 

「華!!!」

 

 来栖は警戒と術式を解いて伏黒の下へ降りて伏黒に抱擁を求め彼も応える。天使は来栖の頬から呼びかけるが、彼女にその呼び声は届かない。

 

 幾年を跨ぎ思い続けた少女の想いは強かった。

 

 ブヂィッ!! 

 

「つくづく、人間」

 

 と、同時に。それは愚かしい行為だった。

 

 ブンッガギィンッ!! カッカンッ…

 

 来栖の右半身を食い千切り強襲、柵へと投げつけてビルから来栖を落とす。僅か数分の出来事で自体は急変した。宿儺の計画。その第一幕が降ろされたのを告げるように、無情に人が肉塊になる音が響いた。

 

 グチャッ

 

 それを下から見上げていた虎杖。彼の身体能力があったとしても、宿儺の一撃は間違いなく必殺の威力であった。しかし、にも関わらず彼は立ちあがり、邪悪に牙を剥く。

 

 パラッ…

 

「まだいたのか」

 

 ギシッ…ドォンッ!!!! 

 

「宿ッ儺ァ"ァ"ア"ア"!!!」

 

 隣の低いビルに飛び乗り、さらにそこからビルを破壊する踏み込みと共に、怒りを顕にした虎杖は宿儺の首へ掴みかかった。

 

 ──ー

 

 万の運が良かったか、刹那の運が悪かったか、彼女は最も遠く、最も移動の困難な転移ポイント。迷路のような地下水路へと転移させられたため、加勢するのに時間がかかる上、一人の妨害が入ったのも遅れた理由の一つだった。

 

「なんでここに…?」

 

「理由は必要でしょうか?」

 

「裏梅さん…!」




あれ?ここの関係泥すぎない?
伏黒→←刹那(恋愛観)
宿儺→←刹那(友愛観)
来栖→伏黒(恋愛観)
で、今は伏黒in宿儺で、、、?しかも万も、、、?
って、書いてるときになったよね。


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第七十四話 選択

本誌もいよいよって感じですね…!
この小説も長いこと書いてきましたが、ここまで拙いなりに張ってきた伏線。気づいてもらえれば幸いです。


 刹那を止めに来たか、それとも別の意図があってきたのか、先を急ぐ彼女の前に、美青年とも少女ともいかぬ目の前の術師は立ち、静かに語り始める。

 

「……刹那殿、私は貴方の味方です。しかし、最も優先するお方は宿儺様ただ御一人。既知の仲とはいえ、邪魔立ては看過できません」

 

「僕は貴方を……斬れません……」

 

 彼女は刀を握りしめて呟くように言葉を放つ。お互いが牙を剥かず、停滞している間にも刻一刻と時は無情に過ぎていく。

 

「刹那殿、少し……話しましょうか」

 

 パキィンッ!! 

 

「!」

 

 地下水路は全て裏梅によって氷結する。刹那にとっては足止めにもならないような捕縛。しかし彼女は、あえて抜け出そうとしない。彼女の中で、裏梅は敵と認識されておらず、この行為にも意味があると、彼女の瞳が告げていたからだ。

 

「私はら貴方のことを万代殿……旧友の魂と同じだと思っておりました。しかしながら、それは私の思い違い。それは恐らく、宿儺様も」

 

 裏梅は静かに、淡々と、簡潔にまとめた話しを続ける。

 

「ですが、貴方を見る度、私の脳裏にはどうしてもよぎるのです……痴れ者共の手によって腐り果てていく万代殿の姿が、己の幸せを映せなかった彼女の瞳が……!!」

 

「…………」

 

 コッコッコッ ギュッ

 

 動かない刹那に歩み寄り、裏梅の術式によって冷たくなった手を、生きていることを確かめるように、冷気の奥にある体温を確かめるように強く握る。

 

「貴方は阿頼耶識刹那だ。阿頼耶識万代ではない。

 

 それは重々の理解をしているつもりです。ですが……それでも私は彼女と貴方を重ねてしまうのです。どうか許してほしい……旧友を思い、貴方の一助になろうとするのを……」

 

「裏梅さん……」

 

 心の底の本音。裏梅が生涯仕えるのは宿儺唯一人。

 

 それはこの先もきっと変わらないだろう。しかしその生涯の中に、対等な者として彩りを与えるのは万代、そして彼女の血族であり宿儺の好意が向く刹那のみと裏梅は思っている。

 

「貴方の望む結末とは違えるかもしれません。納得もいかないかもしれません。しかし……それでも私共は、貴方を待ち望み続けます。それだけは……理解してほしく存じます」

 

 裏梅の本心。刹那を待ち望み続けるという想い。心身が疲弊しきっている刹那は迷ってしまう。それでも、彼女には選択の余地はない。

 

「……僕だって子供じゃない。誰も彼も救おうというのはただの傲慢だって分かってる。宿儺も裏梅さんも、できることなら……一緒に生を歩みたかった」

 

 刹那はジワジワと呪力を練り出し、背から漏らしていく。今彼女の呪力は、取り逃した万を追うためにのみ、彼女の枯れかけの呪力は消費される。

 

「……行かれるのですね」

 

「ごめんなさい……天秤にかけるには辛すぎます」

 

 キンッ ガララッ

 

 裏梅は静かに手を放す。刹那は二刀の斬撃で氷を斬り、同時に天井を破壊する。一度だけ裏梅に振り返り、その右の瞳に悲哀の蒼を映しながら、彼女は走っていった。

 

「私は見届けます……その選択の行く末を……」

 

 ──ー

 

 後に加勢した真希と虎杖の手で宿儺と対峙する。底に沈んた伏黒の意志が宿儺の術式に影響を与え、二人は辛うじて食らいつく状態だった。しかしそれでも呪いの王、圧倒的な呪力量と出力、身体能力に押され、ついに二人は膝を着く。

 

「ここで殺すのは難しいことではない。が、やはりつまらんな小僧」

 

「勝った気になって悦に浸ってんじゃねぇぞ……!!」

 

(これが呪いの王……!! 悟とは感覚が違う、異質な強さ! 強がっちゃいるが虎杖も限界だ。恵には悪いが少し殺す気で殴るか…)

 

「無様だな小僧。負け犬のなんとやらだ」

 

 スッ

 

 ダメージを隠せない虎杖と伏黒の身体を懸念して本気を出せない真希を見下したまま、宿儺は鵺の象印を結ぶ。

 

「精々足掻け。醜く、虫らしく」

 

 キンッ──ズルッゴゴォッ……

 

「「「!!」」」

 

 二人を見下す宿儺が一瞥し、鵺を喚ぶ瞬間。高速道路を支える支柱が効果的に斬られたことにより、突如として三人が立つ場所が音を立てて崩れる。

 

 高架下にいた人物は、虎杖と真希が同時に崩壊した瓦礫に潜伏していくのを目にし、最悪の想定が当たったことを確認する。

 

「遅かったな。刹那」

 

「そんな……」

 

 体中から呪力を滲ませ、二刀を構える刹那の瞳は真っ直ぐに、伏黒に受肉した宿儺を捉えていた。

 

 そして受肉とは、受肉体の心を殺して完成する。

 

(そんな……嘘だ! ウソだ!! うそにきまってる!!)

 

 刹那は今にも涙が零れ落ちそうな目で、しかし、現実を否定したい心持ちの目で、その場で固まってしまう。右眼に映るのはいつもの優しい色。しかし左眼に映るのはいつもの人物に限りなく近い呪いの王(別人)

 

「め……めぐみくんも、じょうだんをいうんですね……そんな、わらえない……」

 

「現実だ。目を背けるな」

 

「あ……いや……うそ……なんで……めぐみくん……なんでですか……」

 

「他でもないお前の願い。他に器がいるのならそうしてやりたいがそうもいかん」

 

 宿儺はいつものように真っ直ぐ刹那を見据えていた。彼女の崩れていく表情を、呼吸を、真っ直ぐと五感で感じていた。

 

 刹那の心は確実に折れかけていた。最愛の人が、目の前で死んでいる。彼女の右眼に、優しい"伏黒の色"は映らない。彼女の耳に、不器用な彼の声は届かない。

 

 それでも、彼女は戦わなければならない。現実は非情で選べないのだから。不可逆的な現実の数字(存在達)は不可逆で、数学のように消してやり直すなど不可能ななのだから。

 

 チャキッ

 

 刹那は弱々しく握る二刀を強く握り直す。

 

(折れちゃいけない……まだ……切り離せる……そう思うしかない!!)

 

「! ケヒヒ、良い良い。存外見切りをつけるようになったではないか」

 

「返してください……!」

 

 ケラケラと嗤う宿儺の目に映る刹那から読み取れる感情は激怒でもなければ、悲哀でもなく絶望でもない。一言で言うのなら、空虚。

 

(さて、どれほど強くなったか……)

 

 バキンッ!! 

 

 術式による不可視の一撃を、刹那は当然のように斬り弾く。瞬間、宿儺との距離を無くしてハイキックで強襲するのを、宿儺も当然のように防ぐ。

 

 ビュッ──! ガシッ!! 

 

「どうした。そんなものではないだろう」

 

 宿儺は蹴りを受け止め、首を狙う為に刀を振るった刹那の右手をさらに掴み止め、長い爪で掻くように擦る。

 

 ズドドッ!! 

 

 刹那は奥の手である"寂滅為楽"のタイミングを測っている。一切の感情を零さず、悟らせず、手加減する宿儺を弾き飛ばす。("面"を捉えろ……! いつもと同じ感覚で!)

 

 ボッ──! 

 

 が、心身の疲弊がピークに来ている刹那の膂力では身体の芯を捉えられず、威力も全く出ず、宿儺は仰け反りすらしない。

 

 もしもこれがそこらの術師であれば宿儺は呆れ返り殺していることだろう。だが、呪いの王は彼女に甘すぎた。

 

「ふむ……疲れが溜まっているな。顔色が酷いぞ、眠れているか?」

 

(届かない……どうして……!)

 

 スルッ

 

「前にも言ったはずだ。お前の好きにすれば良い。俺に牙を剥くも、切り捨てるも、そのどちらでもない選択を探すのも。理由など勝手についてくる」

 

 宿儺はいつかの生得領域での会話を持ち出しながら、彼の文様が刻まれた右手の甲と瞳を撫でる。

 

 マーキング、特にそれ以上の意味を持たない文様は宿儺に呼応するように紅く光を走らせる。

 

「……僕は……」

 

 カランッ……

 

「「?」  」

 

 ブルブルッ……

 

「あれ……なん……で」

 

 刹那は弱く握っていた二刀を落とす。ただでさえ特級レベルの呪霊、術師と短い間に何度も交戦した上、少し前には羂索と九十九の大技を正面から防いでいる。さらには、宿儺が伏黒へ受肉したという事実。呪力も身体も精神も、限界はとっくに来ていたのだ。誤魔化し続けた彼女の身体は、これ以上動くことを拒否した。

 

 前のめりに倒れる刹那を、宿儺は以前と同じように受け止める。

 

 トサッ……

 

「何故お前はいつも満身創痍で俺の前に立つのだ? 全く、愛い奴め」

 

 宿儺は刀を拾って刹那の腰に収め、髪を撫でながら上機嫌に笑う。まるで子を見る親のような屈託のない普通の笑顔で。

 

 バゴォンッ!!! 

 

「!」

 

「オ"ォ"ォ"オ"!!!!」

 

(飛び出すなら今しかない! 刹那を失ったら今度こそホントに勝ちの目が消える!!)

 

 瓦礫の中から真希と虎杖が同時に飛び出す。刹那と対面し、油断していた宿儺の隙を突く。

 

 宿儺は地面を"解"で崩そうとする。しかし、現れたもう一つの気配に宿儺は声を漏らす。

 

「おっ」

 

「「!?」」

 

 出力最大

 

「霜凪」

 

 バッキィィン!! 

 

 裏梅の術式によって、目の前に巨大な氷山が一瞬にして生成され、真希も虎杖も氷に閉じ込められる。

 

 それを宿儺は刹那を横抱きにして離れて眺めている。

 

「ハッハ、絶景絶景」

 

「差し出がましい真似を。お許しください」

 

「良い」

 

「それから一応、虎杖悠仁の凍結は弱めましたが……」

 

「小僧は用済みだ、どうでもいい。しかしあの女に呪力を偏らせたのは正解だ。さて、身体を仕上げる。浴の用意をしろ」

 

「既に出来ております。少々御足労いただくことになりますが……」

 

「相変わらず痒いところに手が届く」

 

 宿儺の褒言に裏梅は喜びの心を内に抑える。

 

「……刹那殿は、いかがしますか?」

 

 宿儺の腕にいる刹那を見た裏梅は、不安げに宿儺へと問いかける。

 

「案ずるな、殺しはせん。先の二の舞いにはしない。浴には入れるがな」

 

「……承知しました」

 

 宿儺は刹那の安全の確約に裏梅は従う。刹那を殺すと宿儺が宣言たとしても、それに裏梅は従うだろう。しかし宿儺にその意志は無く、刹那の安全を口にしたことに安堵する。

 

 バッザァ! 

 

 鵺を喚び、宿儺と裏梅は禪院家に向かう。

 

 パキィンッ!! 

 

「宿儺ァ"!!」

 

 氷結が甘かった虎杖は抜け出し、声を上げながら宿儺を追う。な、それは届くわけもない、一人の悲しい怒号でしかなかった。

 

「殺しますか?」

 

「待て待てよく見ろ、笑えるぞ」

 

 今にも泣きそうな目をしながら、顔面が傷だらけの虎杖は鵺に乗った三人を追う。

 

「ほらいただろ!! あの播磨の!!」

 

「ふっ、確かに……口元が特に」

 

「似てるだろう!?」

 

 ゲラゲラゲラ ウフフフフフ

 

 古い記憶にある弱者を思い出し、現代の弱者を嘲笑う二人の声は、閑静な東京の空に消えていった

 

 ──ー

 

 十六日 pm9:00

 

 伏黒が受肉した後、宿儺と裏梅は禪院家の本家へと戻ってきていた。禪院家はほぼ壊滅。逃げ出せた術師は多くはなく、灯が数人、残った炳は全滅していた。呪力と生命に溢れていた屋敷はかすかに鳴る風の音さえも丹念に聞き取れるほど静けさで満たされていた。

 

 そしてそんな場所に宿儺が帰ってきた理由。

 

 地下の懲罰房にて行われる、"浴"の準備。それに浸かり魔に近づくことこそ、宿儺の狙いだった。

 

「宿儺様、不躾ながら……刹那殿を守る理由をお聞きしてもよろしいでしょうか……」

 

「……さぁな」

 

 宿儺は気絶したままの刹那を落とさぬように抱え、閉じた瞼の奥を見ている。千年前から仕え続けた裏梅から見てもその真意は捉えられず、宿儺は静かに目的地へ降り立つ。

 

 バサァッ

 

 禪院家の庭へ到着すると鵺から飛び降り、早々に宿儺は羂索を探す。

 

「裏梅、羂索はどこだ」

 

「どうなさるおつもりで?」

 

「殺す。万代に呪いをかけたのは奴だろう。あそこまで高度な呪いを扱える者は多くない」 

 

 宿儺は羂索を敵視、過去の親友を奪った羂索を殺す気でいるため、殺気と呪力を禍々しく練りだす。

 

 呪いの王の他者のための怒り、それを見れるのはほんの一握りのものだろう

 

「禪院家の書庫からこちらを見つけました。恐らく、その推察から外れることになるかと……」

 

 裏梅が胸元から出したのは呪いをかける数多の方法が書かれた読み物。裏梅が捲り、宿儺にそれを見せる。そこに書いてあったのは、非術師の命を削ることで、呪いの強度が増す法だった。

 

「……つまり……禪院の者が万代に呪いをかけたと、そう言いたいのだな、裏梅」

 

「恐らくは、ですが」 

 

 宿儺は裏梅と刹那の顔を交互に見て考え、辿り着いた結論を、自らの信念のもとに言葉を出す。

 

「……良いだろう。羂索、貴様の思惑に乗ってやる。貴様の望む呪いの世というのを俺に見せてみろ」

 

 宿儺は禪院家の縁側の方に痛々しいまでの殺気を向け、それを察知した羂索が中から勢いよく出てくる。

 

 スパァンッ

 

「まぁ確かにその呪いを考案したのは私だけど、使ったのは違う術師だよ。しかもそれコスパ悪いし、私ならもっと良いのを作れるね」

 

「……ふん、狸め」

 

 羂索は宿儺を欺くためか、一時の猶予を得るためか、歯に着せることない態度で袖に手を埋めながらひらひらと宿儺の元まで向かい、刹那の手を握り見る。

 

「にしても、呪いの王が十五そこらの少女にご執心とは。確かに君の血は入ってるだろうけど、阿頼耶識万代の血は入ってないよ? 魂も別物だろうし、なんでそんなに腫れ物を扱うみたいにしてるのさ」

 

「黙れ。貴様に言われずとも分かっている」

 

 羂索は昏睡している刹那をまじまじと見つめる。宿儺は羂索の視界に刹那を入れないため、羂索に背を向けて中に入ろうとする。

 

「何をニヤついてる羂索。キモいぞ」

 

「別に〜? 私にも計画があるんだよ」

 

 刹那の状態を確認した羂索は、無意識に笑みを漏らし、それを裏梅に罵倒される。

 

「宿儺様、もう入られますか?」

 

「そうだな。裏梅、浴から上がったら飯を作れ。久方ぶりに腹が減った」

 

「承知しました」

 

 裏梅と刹那を横抱きにしたままの宿儺は懲罰房に行き、それに羂索はついていく。

 

 懲罰房では既に浴の準備が整っている。

 

 元来、浴とは外敵から呪具を守るために行う蠱毒による蟲の血を用いた儀式。

 

 しかし、宿儺が入るのはそれを"呪霊"で行うもの。

 

 禍々しい血の"浴"に、宿儺は刹那と共に入っていく。

 

 ザブンッ……

 

「なんで彼女も一緒に入れてんの?」

 

「……私が知ることではない。そもそも、この浴にしたって伏黒恵の魂を沈め、魔に近づくための儀式。刹那殿が魔に近付く理由はないのだ」

 

「ふ~ん……ま、どうなるか興味はあるけどね」

 

(私としては五条家の方が興味があったが……まぁいい。死人に口無し。もう既にろくな記録もないだろうし)

 

 ──ー

 

「…………」

 

 道路で倒れた刹那が目覚めたのは暗く赤い川の前。辺り一面には今の季節にそぐわぬ彼岸花が群生している。およそ生物の気配も呪いの気配も無い空間で、彼女はゆっくりと身体を起こして自分の状態を確認する。

 

「死んだ……?……そっか……」

 

 自らの置かれている状況。慧いはずの彼女だが、考えを放棄している今は疑問を抱くことなく納得してしまう。

 

「そっか……」

 

「迎えに来たのに…なんで君がここにいるの?」

 

 紅い川を眺める刹那の瞳に涙が滲み始める頃、不意に彼女を呼ぶ声が背後から聞こえる。

 

 声の先にいたのは、白い髪に朱と黄色の着物。右眼が重瞳となっている女性、以前に呪物の影響で自らと脳裏に重ねた、阿頼耶識万代の姿。

 

「あれー、どこで狂ったの?」

 

「もしかして……初代……?」

 

「ん? あ、そうそう、私は初代阿頼耶識家当主、阿頼耶識万代だよ。噂はかねがねだ、刹那」

 

「あ、えと……」

 

 その場に座り込む刹那に万代は手を差し伸べる。

 

 手を取ると、とても女性の手とは思えないほど皮が厚く、ゴツゴツとした掌。下手に言えば気品の無い手だと刹那は少しだけ驚く。そして手を取ったものの、立とうとしない刹那を無理に立たせ、多少無理矢理引いたまま万代は歩を進める。

 

 サクッサクッサクッ

 

「ここは彼の世と此の世の境目。彼岸ってやつだ。君はまだ死んでない」

 

「……」

 

「宿儺の趣味の悪い風呂が原因かな。私達の術式は呪力の形そのものを変えてしまう。それに当てられたのかもね」

 

 万代は歩を進め、同時に刹那に対して言葉を投げ続ける。第三者からの視点、他愛の無いと言ってしまえばそれまでの会話だが、今の彼女にとっては全てが耳障りで無意味な言葉の羅列でしかない。

 

「でも、君はまだこの世で戦える。それこそ──」

 

 バシッ

 

 手を引きながら一方的に話す万代の手を、刹那は音を立てて弾く。唖然とした万代の視線の先には、俯いて黙り、それだけで感情を伝える彼女の姿。

 

「放っておいてください……もう、誰にも会いたくない……何もしたくない……」

 

 刹那の一言を裏切るように、万代は厳しい言葉を投げつける。

 

「……それは困るね。君は戻らなければならない。逃げるのは許されない」

 

「知らない……うるさい……!」

 

「まだ間に合うんじゃないの?」

 

「うるさいッ! なんにも知らないくせに!!」

 

 ──ュッ!!! 

 

 パシッ、トンッ

 

 刹那の呪力、体重移動によって瞬間的に最高速を出す得意の前蹴り。普段の最高速よりも遅いとはいえ、音速に限りなく近いそれを万代はいとも容易く片手で受け止め、あまつさえ額に指を当てて反撃さえしてみせる。

 

「知らないさ、何一つとして。でも……じゃあ、君はなにか知ってるの? 大切な人の本当の生死、現状を打開する方法、自分の為すべきこと。君こそ何も知らないだろう」

 

 ポスットントン

 

 足を離し、赤い皮の前にある大きな岩に座って万代はそこに刹那も座るように促す。諭すための口上は、どれも未確定を多く孕む刹那の早とちり部分だった。

 

「ここで絶望するのは君のやることだとは思えない。少なくとも、私は何かに絶望して立ち止まったことはないしね」

 

 刹那は立ち尽くしたまま、己の無力さにさらに打ちひしがれる。万代の過去の語りも、彼女の耳を通り抜けていく。

 

 ザァッ……

 

 静かな風が彼岸花を揺らし、水面は揺蕩っている。

 

 刹那の心を体現するかのように揺らぎ、優しく、それでいて急かすような風が二人の長い髪をたなびかせる。

 

「……君はきっと溜め込み過ぎなんだ。言ったほうがスッキリするかもしれないよ」

 

 ぽすっ

 

 刹那は万代の隣に座り、静かに語り始める。

 

「……僕は……いない方が良かったんだと思います」

 

「……それはどうして?」

 

「僕がいなければ……宿儺がここまで自由に動くことも無かったかもしれない。僕がいなければ、羂索の興味は現世に向かなかったかもしれない。悠仁君の心も、恵君も。それだけじゃない。七海さんも、美々子さんも……沢山の人が、もしかしたら助かったかもしれない……それを考えたら……」

 

 むぎゅっ

 

「……ましろさん……?」

 

 万代は刹那の言葉を止めるため、頬を両手で掴む。

 

「あぁしてたらこうしてたら。あぁすればこうすれば何が変わった?それは全部、"過去と未来"の話だ。そんなことに目を向けるのは、"現在(いま)"を生きる人間のやることじゃない」

 

「……」

 

 万代は言葉を紡いでいく。刹那の心は拠り所を失いつつあったにも関わらず、彼女の言葉は聡明な刹那の脳裏に澄み入っていく。光を失った彼女の瞳に、希望の火が灯り始める。

 

「未来は変わるよ、選択一つでいくらでも。いつだって小さな選択は、やがて未来に大きな影響を及ぼすものだ。君には全ての選択の権利がある」

 

「選択……未来……」

 

(そうだ……僕は自分で選んだんだ。呪術師になることを……)

 

「君の心にある、君を呪術師たらしめる根幹はなにかな?」

 

 短い問いと言葉の連鎖。足りない部分を刹那の心にある思い出(全て)から引っ張り出して答えを探し続ける。

 

 刹那の脳裏に走る伏黒の善行と呼べぬ善行。呪術師は不平等であり、正義の味方じゃない。

 

 迷い続けた刹那の正義の無駄な部分が、削ぎ落とされていく。

 

「!」

 

 それに気付いた刹那、は俯いていた顔を勢いよく上げ、自らより見上げる位置にある万代の顔を見つめる。

 

 重瞳という稀有な瞳を持つ、自分の鏡とも言うべき人物の顔は、花を撫でるような優しさと、茨を掴むような厳しさで彼女を見つめていた。

 

「人生とは……呪いとは、選択し、存在しない答えを追い続ける廻廊だ。でも、たとえどんな道を選んだとしても、立ち止まってしまっては結果は見えてこない」

 

 万代はもう一度刹那の肩を力強く掴み、もう一言を付け加える。彼女に自らの道を進んでもらうため、どんな間違いも肯定する優しさの言葉を。

 

「歩み続けろ、立ち止まるな。刹那、時を刻む今一瞬を重ね続けろ」

 

「……ッ初代……!」

 

 途切れかけた刹那の心の糸は、固く繋ぎ止められる。狼煙の火種が、再び刹那の中で燃え始める。

 

 同時に役目を終えたと言わんばかりに、万代の目からは術師らしい覇気が消える。

 

「いいんだ。皆、弱音なんて吐いても吐き足りないんだよ。お迎えだ、行っといで」

 

「……! そのこッ──」

 

 ──ー

 

 ザバァッ!!! 

 

「刹那!!!」

 

「えっ……野薔薇ちゃん……!?」

 

 刹那は浴から引き上げられる。目の前にいるのは釘崎野薔薇。彼女は夏油の使役する飛行呪霊に乗り、刹那を引き上げた。

 

 眼前には、地下から吹き抜けの空が見える状況に夏油が羂索を吹き飛ばしている姿に加え、裏梅を直哉と四音が足止めしていた。

 

「しつこい男は嫌いだな! 夏油傑!!」

 

「おや、重たい愛は苦手かな?」

 

 ドグジャァンッ!!!! 

 

 夏油の呪霊と阿弥部の呪霊化した腕がぶつかり、消失反応と共に轟音と呪力を二人は響かせる。

 

「下郎共め!!」

 

「喧しいわ!せめて野郎か尼かくらいはっきりせぇへんとなぁ!!」

 

 ヒュォッ! バラララッバチィ!! 

 

 直哉の空気を面で捉える投射呪法と逢魔ヶ刻の合わせ技による空気の爆破で、裏梅の冷気を全て弾き飛ばし視界を白く濁らせる。

 

「二人共!!引き上げたし刀も穫った!逃げるぞ!」

 

 ボジュゥゥ! 

 

 四音が釘崎と刹那の回収を確認して図形を描き、水蒸気を発生させて目を眩ませる。

 

「「了解!!」」

 

「逃がすものか……!」 

 

「あっ馬鹿! 裏梅!!」

 

(出力最大)

 

(極の番)

 

 ビキキキッ

 

 ツイツイツイツイッ

 

「直瀑!!」

 

「籠目!」

 

 バキィンッ!! 

 

 裏梅の巨大な連なる氷塊を、四音は極の番で完全相殺。むしろ、壊れた瓦礫が凍りいて壁を作り、一同が逃げるだけの猶予を生んでしまった。

 

「あ~あ、言わんこっちゃない。どうすんの?」

 

「今から行って始末する。羂索、飛行型の呪霊を貸せ!」

 

 裏梅は怒りで顔を引きつらせながら白い息を吐き、追いかけようとする。

 

 ざぱっ

 

「良い。逃しておけ。羽虫は集まろうと羽虫。刹那のことも問題はない。儀は終わった」

 

 顔を出した宿儺は命令だけ残し、再び浴へと頭までどっぷり浸かる。

 

「……御意に」 

 

(彼女の顔……ふふ、取り敢えず実験は成功かな。青天井の君の可能性、実に興味深いね)




刹那の術式の正体、皆さんは予想できましたか?
恐らく輪郭は見え始めている頃かと思います。


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第七十五話 覚悟と想い

ua数150000突破、ありがとうございます!!
10万回以上もこの物語を開いてくださって真に感謝感激です。
これからもまだまだ続けていきます。もう一つの【瞳を閉じぬ裁定者】は予告なく長期的に休載していますが、こちらの方が一段落すれば再開しますので、ぜひよろしくお願いします。
それでは、お楽しみください!


 ──ー

 

 ビュゥゥッ

 

 禪院家脱出後。上空にて逃走を図る一行は索敵に来ない裏梅達に気付きながら、多数の呪霊と"彼女の絵"による警戒を怠っていなかった。

 

「刹那! 怪我ない!? いや治せるだろうけど!」

 

 ガクンガクンと刹那の肩を掴んで揺らしながら釘崎は質問を繰り返す。

 

「だ、大丈夫ですよ。それより、野薔薇ちゃんは大丈夫なんですか?」

 

 夏油が乗る呪霊に直哉と四音は乗っていたが、もう一人の協力者が大鷲に乗り、刹那と釘崎、ボロボロの加茂を乗せていた。

 

「釘ちゃんの友達? 私は彩華、よろしくね~」

 

 彩華も結界を出て、夏油達に協力していたらしく、飛行能力の高い大鷲を術式で描き、二人を乗せている。

 

「協力してくれて助かったよ。飛行型の呪霊は今手持ちが少なくてね」

 

「べっつに〜。釘ちゃんをまだ描き終えてないから続き描きたいだし、アンタからは高聡と同じ臭いがするってだけ。あとは縛りを守ってくれれば気にしないし」

 

「どうして僕の場所が……?」

 

「直哉君が家の者と連絡が取れないと言っていてね。真希君に聞いたんだ。殆ど勘だが当たってよかった」

 

「言っとくけど、ぶっちゃけ私もう戦う気ないし。私の安全を保証する約束(縛り)、ちゃんと守ってよね」

 

「今は少しでも多くの戦力が欲しかったけど、まぁ仕方ない。強制はしないさ」

 

 過去に東京を混沌に貶めた呪詛師集団の一人であるにも関わらず、夏油は彩華に敵意を抱かずに接する。

 

「刹那ちゃん、ここから高専まで戻るで。ここで

 

 今戦えんのは俺と四音に傑君、それと君だけや。伏黒君の話は聞いた。その上で嫌なんて言わさへんで」

 

「お前……」

 

「直哉……少しは大人して発言を考えられないのか?」

 

 直哉のデリカシーを最大限に欠いた発言。夏油含め全員が呆れ返る。しかし、無駄を削がれた正義の前にその言葉は、むしろ彼女の闘志を奮い立たせることになる。

 

「……まだ戦えます。恵君はまだ死んでない。僕が彼を連れ戻します」

 

 刹那の固い意志を見ていた一同は唖然とした表情の後、夏油が事態の転換を告げる一言を放つ。

 

「……強くなったね、刹那。きっと悟も喜ぶよ」

 

「? ……先生、まさか……!」

 

「あぁ、天使の協力が確約された。帰ってくるよ、(最強)が」

 

 現代最強の男、五条悟が封印され約半月。ほぼ全てが羂索の掌の上、術師達が得たものは無く、失ったものは大きく多すぎた。だが、牙も爪も残る獣たちは狩人へとその狂気を向け続けている。

 

 最強と最凶がぶつかりあうまで、あと僅か。

 

 十六日 深夜。

 

 現存する五条悟解放に全力を注ぐ術師達は上層部に悟られることを危惧して密かに集まっていた。

 

 ただ、全員が賛成というわけではなかった。

 

「駄目よ。上には黙ってあげるから手を引きなさい、金ちゃん」

 

「悪いな真ちゃん、俺は熱い方に賭けてんだ。これは生き方で信念……譲れねぇな」

 

「……死ぬわよ」

 

 東京第二結界から既に脱出、話し合っていた。

 

 梦覚はこの状況から手を引けと秤だけでなく、その場の全員に告げている。生半可な表現ではなく、呪術師の語る"死"は嘘に出来ない。

 

「梦覚さん、頼むよ。元とはいえ、一級のアンタの力は大きな戦力になるハズだ」

 

「戦力とかの問題じゃないのよ真希ちゃん。この際だからハッキリ言っておくけど、アタシは上の判断に全面的に賛成派よ」

 

「……後輩が処刑されるのに賛成ってやつか。今更虎杖と刹那を殺しても死滅回遊は止まらねぇ。それどころか、羂索の掌で踊ることになるぜ」

 

「五条悟の封印を解く行為も、二人の処刑を延ばす行為も、厄災になりえることに変わりはないわ」

 

「なんで? せっちゃんも悠ちゃんもアンタは関わり無いし知らないじゃん」

 

 綺羅羅はポケットに手を入れながら秤の味方をするように間に立つ。言葉が強くなり始め、梦覚を見る視線も鋭くなる。

 

「言っとくけど、何も知らないのはアナタ達だけよ。この国の知る結果は虎杖悠仁と阿頼耶識刹那が渋谷を再起不能なレベルに追い込んだ犯人ということだけ。アナタ達、もう少し客観的に見たほうがいいわ」

 

 梦覚の発言は的を得ている。内情を知っているからこそ、この状況が成り立っているのであり、殆どの術師にこの話は反逆に他ならない。

 

「もう一度言うわよ。手を引きなさいアナタ達。三度は無いわ。力づくは好きじゃない」

 

 ズズッ……

 

 秤と鹿紫雲はその強さを充分に理解している。

 

 爪も牙も研いでいる最中の今は潰し合うべきでないことは明白。鹿紫雲が胸を踊らせるには充分な相手だが、それを許さない他のメンバーが止めに入る。

 

 重く沈んだ空気を沈めるように、さらに強烈な重圧が場を支配する。

 

 ぬるっ……

 

「梦覚さん、悪いけど僕らにも余裕は無いんだ……僕もその手段(力づく)は好きじゃない」

 

 二人の呪力が相対した瞬間、それを壊すように外に通じる大扉が開く。

 

 バタァンッ

 

「あれ……思ってたより空気が重い……」

 

「何よ、喧嘩?」

 

「刹那! 釘崎!」

 

「良かった、二人共無事だな。刹那は……なんか酷い臭いと服の色なんだが……」 

 

 二人に駆け寄る虎杖と真希、乙骨も練っていた呪力を霧散させて一触即発、触れた人間が幸いしたため、張り詰めていた場の空気は一気に軽くなる。

 

「早く着替えたいです」

 

「へー、皆ここにいるんだ」

 

「先生……もう少し丁寧に運んでもらえると嬉しいのだが……」

 

 遅れて彩華と夏油も広間に入る。怪我をしている加茂は夏油の使役する呪霊に乗せられ、虎杖と秤が硝子の元へ運ぶために肩を貸す。

 

「直哉さん達は今仙台に行ってもらってます。津美紀さんの身体を戻しますので」

 

「出来るのか!?」

 

「九割九分賭けです。最悪、僕も危ないかも」

 

 刹那は懐から呪物を取り出す。それは渋谷で羂索が彼女に当てたもの。理由は不明ながら、禪院家にて羂索は懐に忍ばせていた。

 

「食うつもりか……? だったら俺が……」

 

「……優しいですね、相変わらず。でも大丈夫ですよ、ちゃんと帰ってきますから。暫く一人になりたいので、僕が入った部屋には近付かないようにしてくださいね」

 

 刹那の一変した纏う雰囲気。それを成長したと捉える一同に対し、虎杖が感じたのはあの時(真人の覚醒)と似た感覚。不安が拭えない虎杖だが、自分の為すべきことを優先し、その場を後にした。

 

 ──ー

 

 数刻前

 

「夏油先生、まだ津美紀さんが残ってます」

 

「……彼女は既に万という術師が受肉していると聞いたけど……非術師が受肉され、虎杖のように自我が残っているとは思えないな」

 

「宿儺の狙いは恵君の意思を沈めること。彼は"自分の姉を手に掛けた"という結果が欲しいんです」

 

「……万を先に伸してしまえば、その狙いは瓦解するということか……。分かった、私が行こう」

 

「いえ、僕が行きます」

 

「駄目」

 

「じゃない」

 

 夏油の意見を真っ二つに両断し、刹那は彼を見つめる。覚悟を決めた刹那の意思、一瞬唖然とした表情をした後に夏油も決断する。

 

「……そうは言っても……」

 

「……刹那」

 

「はい?」

 

 ギュッ! 

 

 夏油の言葉を待たず、釘崎は刹那を抱きしめる。歓喜でも慰めでもない、ただのハグ。彼女は刹那にその表情を見せないように、顔を横に置いて話す。

 

「……私は弱いから、虎杖や刹那に重いことばかり押し付けてる。でも……でも、置いてかれてるつもりはないから」

 

「……」

 

 初めて、釘崎が弱音を吐いた。誰に対しても気丈に振る舞う彼女が見せる僅かながらの本心。刹那に気を許せる友であると彼女は暗に伝える。

 

 ギュッ

 

「……貴方は弱くない。その折れない意思は、誰よりも固く真っ直ぐなことくらい知ってます。自分のために、自分らしく生きる貴方が皆大好きですよ……野薔薇」

 

「! ……」

 

 釘崎を出会って初めて呼び捨てで呼ぶ刹那。彼女達の心の距離がさらに近づいたことを意味し、喜ぶ二人は向き直り、薄く紅色に染めた頬を見て笑う。

 

「……刹那、行きましょ。皆貴方を待ってる」

 

「でも……津美紀さんが……」

 

 釘崎と本音で向きあってから、刹那の決心は揺らぐ。そこに直哉と四音から解決案が投下される。

 

「なんや、よーするに津美紀ちゃんに受肉した万っちゅー術師を叩けばええんやろ?」

 

「……話が簡単になったね。夏油君、私達が行こう。送迎を頼むよ」

 

「ほら、露払いはしてくれるって」

 

「……いいんですか?」

 

「別にえーよ。ここで恩売っとくんは俺ん家にも得やねん。禪院家も宿儺が好き勝手しとるさかい、一泡吹かせな俺の気がすまへんねん」

 

 彼は強かにも終わった日本で、さらに終わった自分の家を繁栄させるという野望を遠巻きに口にする。空元気や勇気づけなどの類ではない本心。

 

「……直哉さん……お願いします」

 

 刹那は頭を下げる。津美紀は刹那にとってほぼ他人。受肉体から魂を切り離すという荒唐無稽な賭けの為に彼女は命を賭けるつもりだった。そして、その実行を、信頼する人物に託した。

 

「ほな、行こか」

 

 同日 pm11:00

 

 仙台結界 球技スタジアムまでの道中

 

「誰だお前ら?」

 

「アンタこそ誰やねん」

 

 泳者 石流龍(いしごおりりゅう)

 

 乙骨が結界侵入時に下した仙台結界最強の一角。

 

 現時点で泳者一の呪力出力を誇る大砲。

 

 同じく、現時点での泳者最速を誇る直哉。そんな二人は対面する。だが、すぐに呪い合うわけではなく、直哉は石流の吸うタバコを手で払いながら素通りしようとする。

 

「悪いけど今は潰し合っとる余裕は無いわ。行くで四音」

 

「まぁ、今は腹減ってねぇし良いけどよ」

 

「……」

 

 直哉は四音を呼んでその場を後にし、呪力の残穢が色濃く残る道をたどり、万の元へ急ぐ。四音はまるでバツの悪そうに直哉の後ろをコソコソとついていく。

 

「? ……あ!! おっ前! 廻折か!?」

 

「……人違いだ」

 

「コガネ、目の前の奴の名前!」

 

「はぁーい♡廻折四音デース」

 

「やっぱり! つーかお前だけ名前同じなのか? なんだ羂索の仕業か? お前に悔いとかあったのかよ!」

 

「悔いなんて誰でもあるだろう……相変わらず煩いな君は。声も見た目もうるさい」

 

 特徴的なリーゼントで裸にスカジャンという、かなり不定形な格好の石流を指差す四音。

 

 まるで同窓会のように笑みを溢す石流に迷惑そうにため息をつくが雰囲気は悪くはなく、直哉のみがその場で精神上の孤独になる。

 

「なんや、知り合いなんか」

 

「腐れ縁だし別に敵ではないよ。彼はただの戦闘狂だ、気にしなくていい」

 

「ツレねぇなあ。わざわざここに来るってことは用があるんだろ? 昔のよしみだ、少しは協力してやろうか?」

 

「……有り難い申し出だが遠慮するよ。君の表現を借りるなら、私の腹を満たすために必要なことだからね」

 

「そうか……なら仕方ねぇわな。他人の食事(ギグ)をつまむほど野暮じゃねぇ。俺は暫くこの結界にいるからよ、なんかあったら来い」

 

 石流は自分の言葉をそのまま向けられ、その気概に納得する。踵を返して歩き、後出に手を振り四音と別れを惜しむような足取りでその場を去る。

 

「……行こうか。恐らく万は向こうの球技場にいるだろう」

 

「わかっとるわ。遅いわ、はよせぇ」

 

 直哉は特に気にする素振りを見せず、四音の指す目的地へと足早に歩く。彼の知る古い術師は四音と紫龍。少なくとも彼女らと同レベルであり、宿儺の狙いを真っ向から受ける以上、実力が上かもしれない万という術師との戦闘。緊張と同時、心を踊らせているのも事実だった。

 

(広さはまぁまぁ。壁に覆われとって逃げづらい。暴れるにはおあつらえ向きやんな)

 

「……誰よアンタ達」

 

「よくよく今日はなにもんか聞かれる日やな。コガネにでも確認すりゃええやろ。んなこと考える頭もないんか?」

 

「……前からだけど君、口悪いな」

 

「そんなことはどうでもいいのよ。宿儺以外に興味はないの。消えて」

 

「まぁ、そんなツレへんこと言わんといてや」

 

 ドヒュンッ!! バキンッ! 

 

 直哉の挨拶代わりの一撃に万は反応し、彼女は術式によって作られた金属の板で受け止める。

 

「あんさん、津美紀っちゅー女に受肉しとるやろ。返してもらうで」

 

 ズォッ……! 

 

 瞬間的に発した万の殺気、思わず身構えてしまうほどの呪力の圧。冷や汗が頬を伝い、二人は呪力を練りだす。

 

「ふん……いいわ、好きになさい。私は"肩慣らし"に潰してあげる」

 

「ほんなら俺は"暇つぶし"にお前を潰したるさかい、命乞いは考えといてな」

 

 ──ドビュンッ!! 

 

 ギュルルッバキンッ!! ドゴォッ! 

 

 直哉は"逢魔ヶ時"を嵌め直し、投射呪法の能力を惜しみなく使うためにスタジアム外を走り出す。

 

 同時に四音は意識を自分に向けるため、万の繰り出す"液体金属"による斬撃を術式で相殺し、足元を破壊する。

 

(この術式……)

 

「構築術式か!」

 

「御名答。でも、だから何って話だけど」

 

 ギュルルッ

 

 万の構築する液体金属は一度生成してしまえば、分解と呪力を流すという過程を繰り返すことで弱点である効率の悪さを補える。加えて、最もしなやかで最も硬い物質である液体金属の利用は非常に多岐にわたる。

 

 バッ! 

 

(足に貼り付け空を駆けるか!!)

 

 足に金属を残し、そのまま四音の元へ生成して伸ばす。四音との距離が一気に潰れ、肉弾戦へと持ち込まれる。

 

 ギュルルッーバゴォッ!! 

 

「風」

 

 背から金属の刃を四音の顔に向けて三本伸ばし、それを避けるためにしゃがんだ四音の顔面を蹴り飛ばす。それを予期していた四音は既に凹三角形を左上に角が出来るようになぞり、風のクッションで威力を半減させる。

 

「土上」 

 

 バギィンッ!! 

 

(やはり純粋な地面で無ければ大分威力は落ちるな)

 

 凹三角形を右上角に描き、地面を槍状に隆起させて万の腹を襲うが、厚く生成した金属の板で防ぎ四音に顔を近づけて圧を放つ。

 

「その程度で私の術式を防げると思ってるの?」

 

 ギュルッ

 

「土」

 

 ガキィッ!! 

 

 液体金属の輪で四音を囲み、握りつぶすように畳む。しかし、彼女は足元で六芒星のよる土の図形を描き。同じように輪を生成して防ぐ。

 

「中々だけど……その程度で宿儺と私の愛の決闘を邪魔するのは許せないわね」

 

「これでも昔は天才と言われたんだがね……まぁ、君も頑張った方だろうさ」

 

「は?」

 

 ズドォンッ!! 

 

「!?」

 

 四音の一言の一瞬後、最高速を維持した直哉が万の前に客席を踏み砕いて現れる。

 

「速度がウリなんや。すぐ終わらせるで」

 

 パキキッ

 

 ──ドドドドッッッ!!! 

 

 60fpsの二秒間の打撃を逢魔ヶ時を装着した腕で撃ち込む。音さえ遅れて聞こえる秒間百を超える打撃は空気を揺らし、目の前に土煙をあげる。

 

「……死んでないか?」

 

「アホ、ちゃんと加減したわ。家入んとこでなんとかなるやろ」

 

 全身を隈無く打撃し、追い込んだはずの万。

 

 直哉は自らの速度で身体を壊さぬよう、反転術式を回しながら撃ち込んだため気づいていなかった。割れたのは万の身体ではなく、自らの拳だということに。

 

 ドゥッ!!! ドガラガッジャァンッ!! 

 

「……は?」

 

 土煙を吹き飛ばし、同時に四音の胸に一撃の拳。

 

 遥か後方に弾き飛ばされ、頭から血を流し、口からも血を吐いて彼女は気絶する。

 

 理解の遅れた直哉の視界に入った姿は、万の常戦手段。千里を飛び、自重の百倍を持ち上げる蟲達から着想を得た肉の鎧。

 

 靭やかで強固な蟲の甲冑。直哉の打撃によってボロボロでありながらも、術式によって壊れた部分を再生させていく。

 

「正直舐めてたわ。コレ()が間に合わなかったら危なかったかも。ったく、宿儺にしか使うつもりがなかったのに……この罪は重いわよ」

 

「四音!!」

 

 ヴヴヴッッギュンッ!! 

 

「チィッ!」

 

「バラバラに斬り刻んであげる!」

 

 ヴンッーバキィッ!! ドゴゴッォンッ! 

 

 理解が追いついた直哉は吹き飛ばされた四音の元へ最速で駆け出す。しかし万は翅で飛んで先回りし、反撃を考慮しながら液体金属によって作った槌で直哉に一撃を加える。横腹に直撃した直哉へのダメージは大きく、骨を折りながらスタジアムの内廊下までさらに殴り飛ばす。

 

 一方通行の廊下。逃げ場を封殺するため廊下全てに液体金属の槍を生やして直哉を追撃する。

 

「ゲホッゴボッ……プッ!!!」

 

 ビチャチャッ

 

 ズバズバズバズバッッ!! 

 

 我流秘伝 堕落の動

 

 ガガガッバキキッガキンッ!!! 

 

(反転術式か!制御が離れた……!)

 

「……その鎧、呪力流して動くんやろ。あんさんのモノはよう知っとるさかい、なんとなく分かるで」

 

(構築術式……液体金属が厄介やな。おっさんや真依ちゃんとは比べ物にならん練度や)

 

 身体にいくつもの斬撃痕、額から流す血を直哉は拭き取りながら強気な姿勢を崩さない。

 

 反転術式を纏った拳により、液体金属の制御を離しながら自動で反撃をこなして捌ききる。しかし身体の傷は隠せずに呪力を治療に回される。

 

「だから何よ。その壊れかけの玩具の身体に何ができるの? 予告してあげるわ、今からアナタを真っ直ぐ正面から壊す」

 

 直哉は一度深呼吸を行う。折れた骨の痛みを噛み締め、治した身体に無理を効かせて呪力を練る。

 

「……やってみぃ。出来ひんけどな」

 

 ヴヴッ……

 

「俺の術式は作った動きの後を追い、加速する。その動きを再現できひんかったら」

 

 トンッ

 

 ──ヴゥゥンッ!! 

 

 ヴェンッーピタッ

 

「こうなるさかい。ノロマな亀さんやわ」

 

「!?」

 

 万が翅を前のめりに駆け出した瞬間、直哉は軽く後ろに飛びながら同時に箱を設置した。万はほんの僅かに停止する。彼女は確かに歴戦の猛者であり強者。油断も恐らくは無かった。ただ、彼女の評価以上に、禪院家当主の実力は高かったのだ。

 

(まずい!! またアレが──!)

 

「今度は手加減せぇへん。最高速度、最高の威力でぶち抜いたるわ」

 

 60fps四秒

 

 ────ドドドガガガ!!!!! 

 

 ダァンッ、バゴォンッ!! 

 

 最初の倍、二百発を超える拳と足技の打撃。手加減なしの本気の連打。壁を破壊してスタジアムの中央へと万を吹き飛ばす。

 

 ガラガラッ……

 

「このっ……! クソガキッ!!」

 

 ボゴゴッッガキィンッ

 

「土壁、炎風霊」

 

 ヒュルッ……ボォッ!! 

 

「熱ッヅァ!?」

 

 反撃をこなそうと立ち上がる万に、四音は予め仕込んでいた術式で地面から作った釜戸で閉じ込め、炎と風を送り込んで蒸し焼き状態にする。

 

「なんや、思っとったより元気そうやね」

 

「まぁ……思ったよりは軽傷だよ」 

 

 口と頭から鈍色の赤い血を流し、体の出血を焼いて塞ぎ、裾を破って止血している。万の一撃を咄嗟に描いた最も早い水の図形で緩和し、致命傷を避けていた。しかし、どう見ても軽傷ではなく身体はブルブルと震え、限界は目に見えている。

 

「決着かい?」

 

「……まだみたいやで」

 

 ガララッ……ググッ…! 

 

「宿……儺……!!私の愛を…!!」

 

 簡易な釜は熱に耐えれず崩れる。中からは全身を焦がし、殆ど満身創痍の万が腕をダラリと下げて立ち上がり現れる。宿儺へ会うための執念の擬人、彼女の呪力が一つの球体へと形を成していく。

 

「……ッ! あの妾よりも! 私のほうが宿儺を愛してる!! アナタ達には! 彼の孤独はわからない!!」

 

 ズズズッ……!!! 

 

 身構える二人の前に作り出す"球体"。理論上不可能な"完全な球体"は、接地面積が無いために、無限のエネルギーを生む。数学の"理論上可能"を切り取った"机上の空論"を、万は容赦無く二人にぶつける。

 

 ゾクッ……!! バッ! ゾォンッ

 

「「!!」」

 

 二人は危機を察して同時に横に飛ぶ。先程まで踏みしめていた大地は綺麗に抉られ、その防御の不可能さをありありと二人に理解させる(分からせる)。

 

(あれに当たったら……! 考えたくも無いな)

 

「はん! ノロマっちゅーんが聞こえへんかったみたいやなぁ! 当たらな意味あらへんで!!」

 

 万は腕を下げたまま、術式と同時に結界を構築し始める。

 

「……なるほどね」

 

「領域展開」

 

 パギパギパギッッ!! 

 

 三重疾苦(しっくしっくしっく)

 

(領域……!!)

 

 人を便化したような玉が連なりぶら下がる。それがいくつも現れ、荒野のように枯れた空間。彼女のネジの外れた頭の中、宿儺にのみ好意を示すその感性が生んだ空間。

 

 そして、彼女の領域に搭載された必中は真球に適用される。

 

「宿儺にだけ私の愛は向けられる……!! 肥溜めに散らばるハエの分際でよくも私に触ってくれたわね! 地獄で思う存分後悔なさい!!」

 

「……直哉君、君はもっと深く体感しておくべきだ」

 

「あ"? 何をやねん……」

 

「術師の最高到達点、"領域"をだ」

 

 直哉の堕落の動は自動で反撃をこなす。しかし、触れただけで致命傷となる真球には使えない。加えて、反転術式の連続と60fpsの連用により、呪力も肉体も余裕を持った状態ではない。

 

「領域展開」

 

 忌ミ籠ノ現(いみえのうつつ)

 

 バラララッッッ!! 

 

「!!??」

 

 四音が冷静でいられた理由。彼女の領域は必殺はおろか、必中すらあえて付与していない領域。

 

 術式の精度上昇と本人の"なぞる過程"を飛ばすだけという、領域の強みを限界まで削ぎ落とした領域であり、彼女の"結界術"の技量は四百年前においてもトップレベル。

 

 そのため廻折四音は、現存する術師の中で最も領域の展開速度が早く、最も押し合いに強い術師であり、その強さは条件によっては羂索をも凌ぐほどである。

 

「私の領域を……!?」

 

「!!?」

 

「断言する、私は領域勝負で負けない。ここは私だけの舞台だ」

 

 ギリギリギリッッ!! 

 

 激しい歯ぎしりの音、万は枯れかけの呪力を捻出し、不備が多く見られる死にかけの蟲の鎧を再び纏い出す。

 

「だから何!? 私の真球も!! 鎧も!! 何一つとしてお前等程度には──」

 

 バキィィンッ! 

 

 真球は音を立てて破壊された。

 

「構築術式の欠点はその莫大な呪力の消費だ。それ故、他の物を作るとき"同じ素材を使う"ことが多い。そして、呪力を通すとはいえ、その素材は物体として世界に固定される。後は君が残した破片から逆算と解析をすればいいだけの話だ」

 

 四音の術式は六芒星に起因するものに描霊(びょうれい)を宿して操るもの。裏梅の氷や紫龍の武器のような完全な呪力による生成物は操れないが、相手が構築術式だからこそ、そして領域内という術式の精度が底上げされる空間だからこそ出来る芸当。

 

「さぁ、その残った蟲の鎧で向かってこい。それを破壊した瞬間、君の負けは確定する」

 

 直哉の前に立つ四音は万に向かって真っ直ぐ立ちながら指を差して宣言する。

 

「あり得ない……!! あり得ないあり得ないあり得ない!! お前らなんかに! 宿儺の孤独が分かるわけがない!!!」

 

(狙いはこの鎧でしょ!? だったら!)

 

 ダンッ! ヴヴヴッッ!! 

 

 万は蟲の鎧を身体から切り離し、鎚を隠し持つ。そして、四音の目前で鎧を目眩ましに破壊する。

 

 バリィンッ! 

 

(殺った!!)

 

「そうくると思った」

 

 極の番

 

「籠目」

 

 ハキィンッ! 

 

 目眩ましと同時に背後へ回り込んで放った鎚の一撃。しかし、それを予測していた四音は後ろ手に既に術式を組んでいた。

 

(鎧の破壊宣言は(ブラフ)!! 狙いはッ)

 

 グルンッ

 

「しまっー!!」

 

「眠ってくれ」

 

 ドギュッ!!! 

 

「ォ"ア"…すく…な……!!」

 

 決まり手は四音の肘打ち、完璧に溝を捉えたそれは人間の頭に流れる血流を阻害し、その意識を奪う。

 

 一から十まで四音は戦いを頭の中で構築しながら戦い、決して驕らない。名家の当主たる実力を彼女はしっかりと持っていた。

 

 万の脳裏に走る千年前の宿儺(想い人)の姿。格下と思っていた相手に敗北し、会合することも叶わなかった彼女の無念は計り知れない。

 

 ドサッ

 

 鈍い音と臓腑を捻った痛みと悔しさに歯噛みしながら彼女は瞳をぐるりと回して気絶する。

 

 パキィィンッ

 

「ふぅ…終わったな…疲れた……」

 

「……休めるところ探さなあかんね……」

 

 直哉はフラフラとした足取りで万を掴んで引きずろうとする。しかし、その手を止めて現れたのは息を切らして血眼になっている石流。

 

「おい…!今すぐ逃げろお前ら!!」

 

「あ"? なんやねん……いま疲れとんのや、手短に……」

 

 ゾヮッ……!!! 

 

 一瞬にして鳴らされた巨大すぎる邪悪への警鐘。

 

 その場にいる三人の身体は、怯えるための器官である肌に電流を走らせ硬直させる。

 

「いくらなんでも速すぎる……! 何故!! ここに彼が……!?」

 

 術師、呪霊、だけに収まらない。全人類が彼を目前にすれば震え上がり、自らの死を待つ存在。伏黒恵に受肉し、自由を得た呪いの王が仙台結界へ降り立った。

 

「なんでもいい。そこの金髪も自慢の足で逃げろ」

 

「君はどうするつもりだ」

 

「……どんなに甘美なデザートを食った後でも、美味そうな飯が目の前にありゃ腹が減るぜ。人間って贅沢なのな」

 

 指の骨を鳴らし、自慢のリーゼントを直しながら不敵に、恐怖を誤魔化すかのように笑って見せる。

 

 彼の握りこぶしと額には冷や汗が流れ、歯は強く噛まれている。

 

「……別れは言わないぞ」

 

「代わりに接吻(キス)してくれよ。火傷するくらい熱いやつをよ。師匠」

 

 四音は石流の領域展開の師。実力こそ石流に傾きつつも均衡していたが、四音の強みは領域勝負にあったために彼らは互いに研鑽する仲であった。

 

 チュッ……グイッ

 

「……お前らしいな」

 

「……そんな仲じゃないだろう。じゃあな」

 

 タタタッ

 

 四音は自分の人差し指にキスをし、石流の唇に当てる。二人は恋仲ではない、ただ数年研鑽を共にしただけの仲。悔いの無い死など無い術師にとって、この程度の別れで十分だと彼女は判断した。

 

「直哉君も空気を読めるようになってきたね」

 

「やかましい。ジジババの癖してキショい青春みせんなや」

 

「それはすまなかったね」

 

 直哉は気絶している万を俵のように抱えながら走り、四音もそれについていく。

 

 スタジアムに残った石流は現世で出会ったお気に入りの煙草を蒸かしながら呟く。白く、後味の甘い煙は、石流の憂いをさらに曇らせていく。

 

 スパー……

 

「なぁ四音……俺はお前のこと、全然嫌いじゃなかったぜ……」

 

 ……ゾクゥッ

 

「クックッ。好いた女に振られたか」

 

「直に見るとよぉ、スイートが過ぎるぜ宿儺……!」

 

 乙骨を含む石流の人生における強者達、そのどれとも明らかに異質さを妊む邪悪の塊。それが今、自分を見下ろしている。それを眼前に、石流はさらに硬く決意を固める。

 

「さて……事はそう上手く運ばんものだな。刹那が来るかと思えば金と紫紺の童共。負けると思えば万が負け……そして、牙の抜けた駄犬が一匹」

 

 ……ストッ

 

「惚れた女の弱みってやつさ。ここは通せねぇな」

 

「ケヒッ、悪くない。許す、一発見舞え」

 

 漢の覚悟、宿儺はそれを受け取った訳では無い。

 

 しかし自由を得た今、あらゆる"呪術"に改めて触れようと思うのは、強者だからこそ許される好奇心。

 

 最強の片鱗を、仙台結界にて彼は見せる。

 

 



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第七十六話 記憶

コロナで中々気力湧かなくて、話は前々から出来てたのに投稿サボってました。


 史上最強故の、余裕の態度を見せる宿儺は袖から手を出すことなく、防御のために呪力を練ることもなく、石流の全力の溜めを待つ。

 

(言われずとも……!!)

 

 キィィィンッ

 

 出力最大

 

 グラニテブラスト

 

 ──ッッドォォォッ!! 

 

 バヂヂィィッッ!!! 

 

 死滅回遊一の大砲と例えられる彼の最大出力。宿儺は不動の姿勢から、即座に片手を出して受け止める。宿儺がいた場所から二股に別れたブラストはスタジアムを瓦礫へ変化させ、崩落させる。砂埃が落ちて晴れる頃に垣間見える顔。

 

 呪いの王は、嘲笑っていた。

 

「ハハッ! なんだお前、意外とやるな! 悪い悪い。次は俺の番だな」

 

(くそっ! 来る!!)

 

「開」

 

 ヒュッ──ボゴォォンッッ!!!! 

 

 ドォンッドォンッ!! 

 

 今度は宿儺からの一撃、炎の弓矢は石流の身体の水分を瞬時に蒸発させ、瞬間的に全力の呪力で身を守ったにも関わらず、上半身を完全に吹き飛ばしてスタジアムを貫き、街へ甚大な被害を与えた。

 

貫牛(かんぎゅう)

 

 間髪入れずに宿儺は破壊したスタジアムから直哉達を目視、手印で牛を象る。

 

 ドォッッ!!! ドンッドンッドンッ!!! 

 

 建物をひたすらに真っ直ぐに突き抜ける式神。貫牛は直線にしか動けない代わりに、距離が離れるほどその威力を増す。

 

「なおっ──」

 

 ボギュッ──ドゴォンッ!! 

 

 殆ど呪力を消費しきっていた四音の防御は間に合わなかった。背後に走った凄まじい衝撃。背骨を砕き、四音は吹き飛び建物の塀へと叩きつけられる。

 

「生きてたか、小僧」

 

 そこへ現れる呪いの王、恐怖とそれを払拭する怒りを宿儺へ向け、直哉は全力で拳を振るう。

 

「こんボケッナスがぁ!!」

 

 60fps 

 

 ──ッッズドギュッ!!! 

 

 ドゴッドゴォッンッ!! 

 

 直哉の拳が加速しきる前に宿儺は顔面をくり抜く。鼻は砕け、頭蓋にヒビの入る音が鈍く夜闇に響き、何十mも吹き飛ばされて直哉は気を失う。

 

「さて……万。お前の愛とやらはこの程度か?」

 

「すく……な……!! 違う! 違うの!! 私は──」

 

 ゴリッ……ゴチュンッ

 

「あ"ッあ"ぁ"あ"ぁ"!!」

 

 ゴチュッバキッグヂャッ

 

 万が伸ばした腕を宿儺は踏みつぶし、そのまま力を込めて骨ごと砕き割る。解や捌を使わずに伏黒の身体と術式だけで津美紀の身体を殺すことが目的である宿儺は、必要以上に万の身体を破壊する。

 

 ピピッ……

 

「感じているか、血潮の熱を。呼吸の霞む音を。臭いを、味を。なぁ、伏黒恵」

 

 飛び散る万の血液が頬にかかり、それを舐めながら宿儺は自らの魂に沈まぬ伏黒に問いかける。魂の底、彼はもはや抵抗の気力すらない状態にあるにも関わらず。

 

「これ……よ……宿……儺……!」

 

「まだ息があるか」

 

「私の……呪い……! これ……後生大事に使っ……」

 

 ヴェンッ

 

 グイッブンッ! 

 

 万の言葉を待つ前に、宿儺の感知を抜けて走ったフレームの箱。万を掴んで放り投げ、宿儺から僅かに距離を取らせる。直哉は殴り飛ばされた瞬間、気絶する前に"堕落の動"の転用による自動の反転術式で、気絶しながら自らを蘇生した。

 

「起きたのか。あのまま眠っていれば俺の興味は貴様に向かなかったものを」

 

(運が良かっただけや。そう何度も奇跡は起こらへん……なんで寝てなかったんかなぁ俺)

 

 自らが生き残ることより、刹那との約束を守ることを優先してしまった直哉は自分の決断を悔いる。

 

 そして走る走馬灯。その中の脳裏に映る、ほんの僅か共に行動した誉れ高き武士の姿。

 

「……生涯に悔いを残すな……かぁ。無理やおっさん。悔いない人生なんて、呪術師(俺等)にはあらへんよ」

 

「何をブツブツと。遺言なら聞かん」

 

「でもなぁ……やるだけやって死ぬんは悪くない気分やろなぁ!!」

 

 ダンッ!! 

 

 直哉は地面を砕いて構え、残りの呪力を攻撃に回す。堕落の動、逢魔ヶ時。特級呪具と直哉だけの秘伝を使おうと、目の前の呪いの王を倒す条件は揃わない。

 

 宿儺は不動。その間にも直哉は距離を重ね続け、同時にフレームの箱を設置し続ける。

 

(正面からやって勝てるわけあらへん。今は逃げる時間を稼ぐ!)

 

 ッッンビュンッ! ドヒュンッ!! 

 

 ポポポポッッッ

 

「蝿ではなく蜻蛉か」

 

 クンッ キッ……ンッ! 

 

 宿儺の斬撃は直哉の術式によって空中で0.5秒間停止し、遅れて彼が先まで居た場所に繰り出される。

 

 地面に大きな一文字、直哉を生かすつもりがないという殺意が目視できる。

 

 そこら中に散らばったフレームの箱、不規則に音速とほぼ同速で動く直哉を流石の宿儺も追えない。しかし、呪いの王にとってはその程度のハンデは意に介す必要はない。

 

円鹿(まどか)

 

 宿儺は手印で鹿を象り、反転術式を放出して発動する鹿の式神を呼び出す。

 

 パァンッ! 

 

 膨大な呪力量と出力によって直哉のフレームの箱は一気に破壊、宿儺の攻撃範囲が広がる。

 

(かかった!)

 

 ポッブンッ! 

 

 ビタッ! 

 

 直後、何らかの方法で箱の包囲を抜けると予測していた直哉は、その隙を突いてフレームの箱を宿儺へと"直接投げつける"。

 

 速度を重ねた直哉に宿儺も対応が遅れて直撃する。

 

(くらえや……!!)

 

 ズドォンッ!! 

 

「……!?」

 

 直哉が拳を振り抜いた瞬間、それは宿儺に止められる。あろうことか呪いの王は、投射呪法を僅かな時間で看破し、その条件を満たし、動きを再現して魅せた。

 

「悪くない余興だったぞ」

 

 ドゥッ──ッッ!!! 

 

 バゴゴゴンッ!! 

 

 再び宿儺の一撃。咄嗟にガードした両腕は半分に折られ、骨が飛び出し、コンクリートの地面を砕きながら進み続け、止まる頃には直哉の全身の骨はバラバラに砕かれていた。

 

 痛みが鋭すぎるがゆえに、直哉は気絶することを許されなかった。

 

 ガラガラッ……

 

 建物は崩落し、遮るものが無くなった天を直哉は見上げて呟く。

 

「……えぇ月や……思わへん?」

 

「悪くない」

 

 宿儺は袖から手を抜かず、直哉を見下しながら答える。

 

「いけずやわぁ……見とらんくせに……」

 

(……甚爾君……)

 

 脳裏に走る憧れの人の姿。直哉の人生に最も強さという概念を教えた人物。届かぬ言葉を心に、直哉は潰れた両目で彼を夢想し、砕けた右手を伸ばした。

 

「悪くない」

 

「ぁ?」

 

「千年、俺が戦った中で貴様は悪くなかった。胸を張って疾く地獄へ往ね。俺も所詮は人間。いずれそっちに逝くことがあれば、万全の貴様をもう一度殺してやる」

 

「……ハッ……そんなん……ごめんや……わ……」

 

 …………

 

 強がりに嘲笑った直哉を、薄く嗤いながら宿儺は見送る。

 

「まんまと乗せられたが、悪くはなかったな」

 

 宿儺は呪力の残穢を追うが、既に逃げた後。

 

 直哉が稼いだ四音が逃げる時間。彼女はもう戦うことなどできず、必死に万を引きずって移動している。

 

「妥協点だ。貴様の意を組んでやろう」

 

 スッ……

 

 宿儺は象印を結び、結界を閉じず、悪魔の厨房にて二人の調理を開始する。

 

「領域展開」

 

 伏魔御厨子

 

 背後に現れる神をも愚弄する人、牛骨の神宮。

 

 渋谷にて半径五十mを更地に変えた領域を、一切の手加減をせずに展開する。

 

 その領域範囲はおよそ、半径二百mにまで広がる。

 

 バヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅッッッッッ!!!!!!! 

 

 直哉と石流の死体、等級の高さを意に介さない呪霊。目的の二人(四音と万)を完全にこの世から消し去るが如く刻んでいく。

 

 展開時間は僅か三十秒。見渡す限りの更地へと姿を変え、残った一つの呪具。

 

「手向けのつもりか?」

 

 宿儺は文明の欠片も残らぬ土地に一人立ち、一言呟き不敵に嗤った。

 

 ヴゥンッ

 

「終わった?」

 

 空間に穴が開き、羂索は宿儺の横に着地する。

 

「いつも俺の後ろから出てくるな気色悪い」

 

「君を始点にしてるんだから仕方ないだろ。にしても、こんなに更地にしちゃってまぁ…。目的はどうだった?」

 

「半分だな。だが結果に大して差異はない」

 

「ふーん。ま、いいや。今から飛騨に行くけど来る?」

 

「死滅回遊にさして興味はない。勝手にしろ」

 

「はいはい。全く、一回で済ませてよ」

 

 ヴゥンッ

 

 文句を言いながら羂索は再び空間に穴を空けて移動した。

 

 ──

 

「悟を解放するとして…精神状態を危惧しての埼玉への移動ね…。大丈夫だと思うけどね」

 

「いやいや……念には念をって言うじゃん?」

 

 夏油の言葉に虎杖は薄く汗を流しながら不安を拭うように笑って答える。

 

「ところで、刹那はどうした? まだ部屋にこもっているのかい?」

 

「あー……えっと……」

 

 十六日から彼女は用意された部屋を閉ざし、籠もりきり。時折呻くような、啜り泣くような声が聞こえながらも、誰一人として中に入ろうとはしなかった。

 

「……いや、いい。精神面が脆いのは事実だけど、彼女は大丈夫だろう」

 

「そーそ。乙女の心に土足は禁物さ」

 

 ガラガラッ

 

「九十九さん……」

 

「や、みんな元気そうだね」

 

 夏油と虎杖の会話に入った女性の声は九十九由基。彼女は先日の激闘により両脚、右腕、左眼の欠損という重症で釘崎に押された車椅子に座っている。それでも軽薄さを崩さないのは彼女なりの強がりとも取れるだろう。

 

「悪いね釘崎」

 

「気にしないで下さいよ。これくらいならいくらでも」

 

「まぁ…実際問題、五条君なら大丈夫だよ。この程度で壊れるような精神なら特級は務まらない。それより、夏油君、君は私に何か聞きたいことがあるんじゃないか?ん?」

 

「……釘崎、虎杖、少し真希達の所に行っててくれ」

 

「了解っす」

 

「九十九さん、呼んでくれたら来ますよ」

 

「はいはーい」

 

 夏油は二人を会話から外し、九十九の前で呼び出した呪霊に座る。

 

「良い子達だね。ちゃんと汚い話も分かるし、これなら呪術師の未来も安泰かな」

 

「……単刀直入に聞きますが、"まほろば"とは? 私が離反を決意しかけたあの日……私に忠告していった人物と同一なのですか? 考えるほど辻褄が合わない」

 

「そう慌てるなよ。残念なことに私の記憶も、もう確かかなものとは言えないんだ。覚えてることを、君と示し合わせる形になるだろう」

 

 二人の特級術師は、静かに互いの記憶を擦り合わせ始めた。この世界の誰一人として定かでない不確かな存在を。

 

 ──

 

 十一月二十日

 

 暗い何処かの建物の中。羂索は空性結界を張り、自分の望むように空間を作り替え、悠長にお茶を飲みながら二人術師へ自らの考察と結果による真実を語っている。

 

「姫とは……平安、戦国。あらゆる時代において秘匿される人物だった。それも当然、血縁の全滅は血を重んじる愚か者達にとって、最も重要なものだったのだから」

 

 羂索は座椅子が軋んで痛むのも気にせずに腰掛け、自らの考察を続ける。

 

「それ故に、上を見続けた者達による噂は絶えなかった。万物を癒やす不思議な力。天下無双を斬り伏せる剣の腕。理を超えた呪の力。とにかくあらゆる可能性に想いを馳せ、ついぞそれを目にすることは叶わなかった」

 

「皮肉なものだね。姫を敬う民よりも、敵のほうが姫を知ることが出来るなんて」

 

 口に手を当てて皮肉を口にし、羂索はクツクツと笑う。千年生きてきた人間ならではの観点、それらを第三者の視点として小馬鹿にするように口にする。

 

「話を戻そうか。阿頼耶識の相伝術式、それには名前がない。何故なら、秘匿されることこそがその術式には必要なことだから」

 

「術式で無くし続けた無限のエネルギーを溜め込む。それが阿頼耶識刹那という呪術師の正体だと思っていた。でも、それだと辻褄が合わない部分がいくつかある。代表的なのが極の番かな。時間と空間の概念を無くしたとしても、別の空間が生まれる理由にはならないからね。まぁ、正直あの程度の術式の指南書では不充分にも程があるし、勘違いするのも無理はないとは思うけど。でも、それのお陰で私は気づけたんだ。違和感を持ち続けることができた。改めて、"阿頼耶識"を調べようと思えた」

 

 羂索は嬉しそうに、そして合点がいったと、数式を解明した数学者のように頬杖をついて嗤い、自身の努力が報われた瞬間の幼子のような笑顔で言い放つ。

 

「阿頼耶識の術式は"世界"なんだ。手の届く全てが、彼女の我儘が通る"世界"。あらゆるものを無くすのはその過程、もしくは一握りに過ぎない。そう、その術式の正体は」 

 

 手の届く全てを自らの世界とし、望むままに理を曲げること。

 

 刹那の術式の正体。それのほぼ完全解明に、羂索は辿り着いたのだ。

 

「これならば全ての説明がつく。対象との間合いが消えるのは"空間"という理を曲げているから、重さが消えるのは"重力"を、酸素は"大気"を。反転した術式効果は、曲げた世界をよび戻す。エネルギーを溜め込む体質に関してはそのまま……」

 

 いままでの全ての行動。羂索はこれまでに出して説明した結論を全て点とし、最も佳境へ入った今この時に線を繋げて結論を出した。

 

「フッ……クックッ……ハッハッハッ……!! その術式を扱うにはやはり"重瞳"は必須、そして他者に感情を向けられなければ"望み"は生まれない! 分岐点は(伏黒恵)との出会い!! やはりあの瞬間に完成していた……!」

 

 ガタッ! 

 

 羂索は立ち上がって手を広げ、千年前から計画と並行して追い続けた術式の正体の解明に胸を躍らせ、喜びを身体で表現する。

 

「夢想され続けた"姫"の姿!! 全ての我儘を現実とすることこそがその術式の正体! まさしく"呪いの姫"!! そうは思わないか!? 阿頼耶識刹那!!」

 

「……感情的になるのは避けたかったんじゃないですか?」

 

 彼が語り続けていたのは、阿頼耶識刹那本人。

 

 その隣で退屈そうに欠伸をかくのは史上最強最悪の術師、伏黒恵の外見をした両面宿儺。

 

「はは、いやすまない。君の評価を二転三転しすぎて、そろそろ確定させたいと思った矢先に君が来たものだからね。熱くなってしまった」

 

 羂索は座り直し、改めて殆ど二人だけの会話が始まる。

 

「……先日、五条先生が貴方のところに来たみたいですね。まぁ、そのお陰で僕もここに来れたわけですが」

 

「あぁ、流石に焦ったね。でも、わざわざ24日にもう一度来ると宣言して帰ったよ。君達生徒にやり残したことでもあったのかな」 

 

「さぁ。でも、先生は優しい人ですから。そうかもしれませんね」

 

「存外信頼を得ているわけだ。人格破綻者を体現したような男だというのに」

 

「先生も貴方にだけは言われたくないでしょうね」

 

 殺気立つことも、呪力を練ることもせずに三者は不思議とゆっくり時間を過ごす。

 

「別に宿儺を僕の隣に置かずとも、貴方を今殺すつもりは無いですよ。相も変わらず、"昔"から臆病で必死ですね」

 

「当たり前だろう。その気になれば今の君が私を殺すのは容易いんだ。千年続けた計画を前にして死ねないさ」

 

「宿儺もいいんですか?コレに顎で使われて」

 

 隣で暇そうに果物を頬張る宿儺に、羂索をコレ扱いして指を向けながら問いかける。彼は果物を食べた手を舐めとり、今回の話で初めて口を開く。

 

「今回に限っては別だ。それに、わざわざお前の方から来た。そういうわけだ羂索、さっさと話を終わらせろ」

 

「いややることやったら帰りますよ……。そもそも、僕がここに来たのは術式の解明や戦うことが目的じゃないですし」

 

「? 君が欲しがっていた術式の正体、そして私の命。それらじゃないならば、なぜわざわざここに?」

 

「……一つ一つ説明しますよ。まず、今僕の存在は"浴"と"出来損ないの呪物"によってかなり不定形な状態です。例えるならそう……ゲームのバグそのもの。ですから、ここで今本気でやりあえば何が起こるか分かりません。術式については、初代の記憶から逆算すればなんとなく分かりましたから、貴方の考察は答え合わせみたいなものです」

 

 万物は=である。受肉した時、受肉先の記憶を手にできるのと同じ様に、刹那は呪物を飲み込んだ時から初代の記憶を完全に復元、読み解くことに成功していた。

 

 身体が反転している特異体質であること、宿儺との日々、羂索との細いながらも濃い因縁。

 

 幾度となく映る彼女の術式の姿から考察し、刹那は羂索と初代本人よりも先に自らの術式の正体と、初代とも違う、自身の体質の本髄を知っていた。

 

「ここに来た本当の理由は……ちょっとした賭けをしにきたんです」

 

「……君にしては随分酔狂な提案だな。話だけでも聞くけど、術師と縛りを結ぶ対価は忘れないことだね」

 

「貴方こそ、この賭けの果てにある結果をちゃんと受け止めてくださいよ」

 

 刹那と羂索の賭け。宿儺も多少の興味があるのか、果実を手に取らずに話に耳を傾ける。

 

「五条先生は最強です。しかし、同時に宿儺も最強。でも玉座は一つしかなく、その椅子を奪い合うのが今回の戦いです」

 

「俺があの小僧に負けるとでも」

 

「えぇ、正直僕もそう思います。今回五条先生は多分貴方に負けます」

 

 刹那はさらりと言い放つ。呪術師最後の砦が、最強という言葉の体現者が負けると。確信を口にする。

 

「しかも、五条先生が負けることを想定すれば、他の有力な術師は少なからず疲弊した宿儺を倒すために待機しなければならず、その間貴方をノーマークにすることになる」

 

「しかし君は、伏黒の魂が混在する今の宿儺を殺すのに全力を注げない。だから私を殺りに来るだろう……と、予想したんだが」

 

「その通りです。呪術師の御三家、上層部がガタガタで機能していない今、非術師に魅せる場が多くなる時代はこのまま続けばそう遠くはない。その先駆けとして、五条悟VS両面宿儺の戦いが全世界にLIVE中継されることになりますから」

 

「……冥冥か、目敏い彼女ならやるだろうな」

 

 時代は今、確かな変革の節目にいる。呪いが世に知れ渡り、史上最強が片方消えるという確かな時代の節目に。

 

 この場にいる三人の術師の考えは一致している。

 

「どちらが勝っても時代は変わる。だったら、僕はできる限り平等な無投票でいたい。なので、"五条悟"が負けるに一票です」

 

「……? それでいいのか?」

 

 ぽかんとした間抜けな表情の羂索と、歯をむき出しにして邪悪で、無邪気な矛盾した笑みを浮かべる宿禰の顔が刹那に映る。

 

「えぇ、五条先生が負けた時という、超超無理難題に僕は縛りを限定しましたから」

 

「なるほど、メカ丸と同じ方法か」

 

「……そんなに俺と生きるのが嫌か?」

 

 宿儺は不服そうに頬杖をつき、仏頂面で隣にいる刹那の髪を撫でる。

 

「……ふふ。大丈夫ですよ。貴方を殺した時、同様に僕も命を落とす縛りですから。恵君も宿儺も、一人では逝かせません」

 

 髪を撫でる宿儺の腕を優しくさすり、刹那は薄く笑って言い放つ。

 

「つまり君は……」

 

「はい。どちらが勝っても僕が死ぬのは既定路線です。時代の節目にいるなんて冗談じゃない。自意識過剰というならそれまでですが、僕が今持つ力は宿儺や五条先生と同格。呪詛師にも呪術師にも傾くような曖昧な存在はこの世に残してはいけませんからね」

 

「なるほど……後の呪術の在り方については夏油傑か……どちらが勝っても、君達の勝ち戦というわけか」

 

「正直な話。誰かが残るくらいなら、百年経ってそこにだれも立たない荒野の方がきっとマシです。悠仁君と野薔薇には悪いと思いますが……まぁ、一つの終わりの形と思ってもらいますよ」

 

「……刹那。それには一つ大きな見落としがあるな」

 

「?」

 

「俺が五条悟を殺した上で、縛りで強化されたお前を倒す。その可能性が抜けている」

 

「あぁ、そうなったら……うーん。流石に思いつきませんし。大人しく全部受け入れる……でしょうか」

 

 刹那の思惑に宿儺は異を唱え、抜けていたありえない可能性を呼び起こす。

 

「決まりだ。当日、俺は必ずお前を手に入れる」

 

「異論は無いですけど、物みたいに扱わないで下さい」

 

 二人に交わされた約束。そこに縛りは絡まないものの、千年越しの宿儺の無念が晴らされる可能性に、彼は胸を躍らせて笑う。



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第七十七話 選択式の猫の箱

※申し訳ありませんが、五条VS宿儺はあまりにも言葉にするのが難しいため、原作の方でお楽しみいただけると幸いです。正直刹那の動きも中々理解不能ですが。
因みに観客は夏油、硝子、日下部、秤、綺羅羅、加茂、日車、鹿紫雲、パンダ、狗巻、猪野、三輪、西宮、染秀、冥冥、憂憂です。
あと、会話の描写はカットしているので、誰が喋っているかは脳内補完をお願いします。


 猶予は約一ヶ月。たったそれだけの時間の後でこの時代と世界の命運を決める。沈黙した呪詛師達は生き方を、呪術師達は己の死に様を覚悟し思案している。

 

「おかえり、悟」

 

「ただいま傑。どう? 僕がいないからって寂しくて泣いちゃった? 今どんな気分?」 

 

「そうだな……例えるならGWが終わった気分」

 

「僕が泣きそう」

 

 五条悟と夏油傑。この時代を代表する自他ともに最強を誇る男達は高専が使えない今、非術師が近寄らない建物の屋上にて日の傾きを見ながら話していた。

 

「まぁ、冗談は置いといて。僕があの呪物から出た後一応色々見て回ったよ。そしたら、高専が管理する呪霊の封印がいくつも破壊されてた。傑でしょ? その呪霊達を回収したの」

 

「これからの呪術師の在り方は一変する。残しておく意味はないさ。浄界も梵界も天元様がいなきゃまともに継続して機能しないだろうし、必要ないよ」

 

「僕がいない間生徒たちは?」

 

「強かったよ。皆、前を向いてる。夜蛾学長は既に覚悟を決めていた……止める気には、なれなかったかな……」

 

「…………そうか」

 

「全部終わったら、墓参りに行こう。三人で」

 

「……うん」

 

 目隠し越しに五条は表情を曇らせる。ありがとう。その一言にどんな意味がどれだけ込められていたのかを量るには、彼と過ごした時間は術師としても、人としても長すぎた。

 

 ガチャ、ガチャンッ

 

「やぁ二人共。どんな女が好み(タイプ)かな?」

 

 歪な車輪の音と、秋の空と同じ様に澄んだ声。戦線を離脱した彼女は命を繋ぎ止め今に至っている。

 

「九十九さん。アンタ動いて良いの?」

 

「へーきへーき。凰輪も復活したから使えるしね、階段登るのはまだ難しいけど、こうして動く分には問題ないよ」

 

「ふーん……。ならいいや。で、好きなタイプ? 悪いけど僕はそんなの考えるような余裕無くてさ、他あたってよ」

 

「私も今は菜々子の精神面が不安だし、考える余裕は無いかな」

 

「しけてんなー、いい歳した男が二人で」

 

「あんたも結構な……」

 

「ぁ"あ"?」

 

「こら悟。女性の歳に触れるのは失礼だよ」

 

「お前も大概だよ」

 

 カラカラと音を立てて九十九は二人に並び、同じ景色を見ながら溜め息を一つつく。

 

「で、ホントは何なの? そんな下らない質問しに来たわけじゃないでしょ」

 

「いやぁ……なんというかね。色々あるけど取り敢えず……次で全部終わりだからさ。色々話そうと思ってね」

 

「羂索は一年達が。そして宿儺は五条君が。羂索は五条君が戦っている間に死滅回遊を終わらせるつもりだったんだろうが……彼女への宿儺の執念を見誤ったようだね」

 

「つまり……」

 

「攻め時だ」

 

 不敵に嗤った五条とそれに賛同するように夏油は目を見開いてニヤリと嗤ってみせる。

 

「12月24日、文字通りに全てを終わらせる。全部が全部上手くいく訳ではないし、向こうもそれなりに考えはあるだろうがこちらにもとっておきはある」

 

「悠仁含め、皆その作戦に反対は無い。特に真希は一度見てるしね」

 

「私は正直反対だよ。リターンは確かに大きいし全体で見ればリスクも少ない……でもそれは……」

 

 夏油が言葉に詰まるところで九十九はその発言を止めるために軽く声を出して制止する。

 

「こらこら、女の度胸を踏みにじる発言は控えたまえよ夏油君。その未来を作らないために君が頑張れよ」

 

「当然です。この身を潰す覚悟はとっくに出来てる」

 

「潰れないよ。お前の強さは僕が保証する」

 

「はぁ……冷えてきた。戻ろうか」

 

 夏油は九十九の車椅子を後ろから押して部屋へ戻ろうとする中、五条は日の落ちた空を蒼い瞳で見上げた。

 

「終わり……ね。そろそろ終わりたいね。色々疲れた」

 

 12月22日

 

 ザァァッ……パシャパシャッ

 

 シャワーを浴び終えた刹那はいつもの制服に腰帯に刀を挿し、呼吸を一つ置いて外へ出る。

 

 東京中心に近い場所。呪霊、呪詛師が敵対することこそ無いが聞こえなくなった人の気配と喧騒は静かすぎるほど浮き彫りになる。

 

「…………きっと上手くいく」

 

(皆もそれぞれ考えがある。準備はしすぎる程良い)

 

「……眠れませんか? 悠仁君、野薔薇」

 

 夜闇に紛れた彼女は振り向くことなく二人の気配から人物を言い当てる。月明かりが三人を写し、刹那は確認の為に振り返る。

 

「へへ、当たり!」

 

「寒いでしょ? 湯冷めするわよ」

 

 屈託のない笑顔を向ける虎杖と、笑顔を向けつつもホッカイロをこすりながら心配を向ける釘崎。

 

「悠仁君は大丈夫ですか?」

 

「……元々、俺が蒔いた種だ。覚悟はあるし、それを実行できるのは刹那だけだって分かってる」

 

「ふふ……先生達には秘密の作戦ね。正直刹那にはおんぶにだっこかもだけど」

 

「いえ、この作戦においては僕の役割は小さいですから。二人こそが要です」

 

 それをいうなら、それだったら。三人は謙遜と謙虚の言葉を重ね続けて話し、いつの間にか笑顔が溢れていた。

 

 その場にいないもう一人の大切な仲間と笑い合うため、彼らの脳に後退の文字はない。

 

「ふー……勝つぞ」

 

「当然!」

 

「当たり前です」

 

 12月24日

 

 世界中に知らされた五条悟VS両面宿儺のビッグマッチ。

 

 更に、オプションとして知らされた隣区、新宿にて特級術師阿頼耶刹那を含む一年生VS羂索の戦い。

 

 時代の節目を飾る二戦が今、始まろうとしている。

 

 二人の呪力に影響されたか、曇天の空は東京全土を覆っていた。

 

 ──ーッッ!!! バウッ!!! 

 

 ゴゴゴゴンッッ……!!! 

 

 そこに劈く一つの轟音に崩れる建物の音。空は開戦を知らせるべく渦巻く雲が晴れ、開放される轟々たる呪力。

 

「始まったね。そろそろその物騒なものを下げてくれないかな?」

 

 新宿。人気は無く、羂索の手によって調伏済みの呪霊が溢れかえっている。高層ビルの屋上で二人の戦いが始まる様子をスマホで見ながら彼女の右手の刀は羂索の首を狙っている。

 

「……ふん」

 

 チャキッ

 

「カラスがこっちにも集まってきたねぇ」

 

 羂索は上空を飛び回るカラスに向かって手を振りながら嘲笑って刹那に軽く話しかける。彼女は最初から右眼を開放、出し惜しむ気は無いことを示している。

 

「君も少しは視聴者サービスをしたら? 君の顔を見るために見ている人間も沢山いるんじゃないか?」

 

「それだけの観客なら……貴方が血に染まればそれなりに盛り上がるんじゃないですか?」

 

 カチンッ

 

「ハハハハ!! 楽しくなりそうだ!」

 

 納刀とほぼ同時に上がる笑い声。そして次の瞬間、刹那の斬撃を予め用意しておいた数本の呪具で弾き、さらに新宿の上空に打ち上がる火花。

 

「さぁ! 思う存分呪い合おうか!!」

 

 バフンッ!! タンッ

 

「!」

 

 呪霊の消失反応に加えて目眩ましの小麦粉。

 

 羂索はビルから後ろ向きに手を広げて飛び降り、追撃に呪具を飛ばす。

 

「大人しく当たるとでも……」

 

 ピクッ

 

 呪具を弾こうとした瞬間、彼女は気付く。小麦粉と同時に撒かれた火薬の匂いとアルミの反射。今火花を起こせば爆発が彼女を襲うのは明白。

 

「……チッ」

 

 タンッザシュシュッ! 

 

「流石だね」

 

 クイッゴゴゴゴッ! 

 

 呪具は軌道を変え、ビルを縦から割くように破壊して瓦礫が落下する。

 

 呪具の攻撃を掠りながら回避し、刹那はビルの壁面を走りながら駆け落ちていく。地上約二百メートルの自由落下戦闘──ではない。

 

 パッ ガガガッ!! 

 

 彼女は依然よりもより自由な翼を得た。距離を瞬時に詰めるだけではない。

 

 刹那は落下中に瓦礫から瓦礫へ瞬時に飛び移りながら呪具を破壊し、羂索は刹那に初撃を許す。

 

(地を踏まない呪力強化の打撃は問題なし。それに術式でどんな小細工をしてくるか……)

 

 ビキキッ ブワッ!! 

 

(最高硬度の虹龍と最高厚度の冥虎! どう突破してみせる!!)

 

 この初撃は二人の力関係を明確に左右する。呪霊の性質を自由に引き出せる以上、ベストな攻撃が通らなければ刹那の振りは確実なものとなる。

 

 落下しながらも自らの挙動を保つ真っ黒な靄は二人を包むことなく、刹那の右腕から羂索の装甲の最も厚い部分へ真っ直ぐに繋がる。

 

 ……ゾワッ……! 

 

「……ッ!?」

 

「時速は百Km! 上乗せ一トン!!」

 

(さらに空気を圧縮、内部で爆ぜさせる!!)

 

 疑似 星の怒り&撃震掌

 

星の衝撃(クラッシュ)!!」

 

 メゴォッッドヒュンッ!!!! 

 

 ズドォンッ!! バキバキバキバキッッ!!! 

 

 二百mを超えるビル。半分を超えた時点で人間の落下速度は時速百Kmを超える。その速度に上乗せされた1トンと内部破壊の為の空気の圧縮と開放。その一撃は羂索の最高の防御力を容易に貫通してみせた。

 

 まるで隕石が墜落したかのような巨大なクレーター。

 

 呼吸が困難に、両腕と潰れた胸の様子から羂索はダメージを隠せない。

 

 ヒュルルッ──ストンッ

 

 反転術式で明らかにダメージの許容量をオーバーした右腕を治しながらもその眼光は羂索を捉えて離さず、いつもの彼女からは考えられないほど強気に言い放つ。

 

「言い忘れてましたけど、僕達は負ける気で来てません。勝ちますから」

 

「…………ハハ……」

 

 カラスを通じて始まった二つの大戦。高専組は複数のモニターから二つの巨大な呪力の爆発を見ていた。

 

「いや……五条は分かってたが……」

 

「パンダの術式に似せたね。恐らく重さも私の星の怒りと同等。これなら……」

 

「そう都合の良い話でも無いみたいだぞ」

 

「残念なことにそのようだな」

 

 九十九の分析に脹相と日車は刹那を指さしながら答える。

 

「あれは術式の模倣じゃない。あくまでも疑似(ニセモノ)だ。九十九と違って身体に影響がある」

 

「身体の負担は反転術式で軽く出来ても明らかに肉体への許容量をオーバーしている。そう何発も撃てるものじゃないだろう」

 

 その発言に加わるように鹿紫雲は濁った戦闘狂の笑顔で問いかける。

 

「……これが例の阿頼耶識の力か」

 

「なんだ、知ってたのか?」

 

「噂だ噂。昔いくつかの戦と絡んだとか、名家の頭を暗殺していくつか潰したとか。そんなもんだが……まさか実在したとは」

 

「先に言っておくがアイツとは戦うだけ無駄だぞ鹿紫雲。アイツはぶっちゃけ五条さんとか夏油さん側だ」

 

「……だから戦りたいんだろ」

 

 パリリッ……

 

「おい黙って見てろ。二組とも本格的に動き出したぞ」

 

「刹那も大概だな……! もう何箇所にクレーター作ってんだよ」

 

「流石に私も初めて見るよ。彼女の全開戦闘……願わくば、五条君の戦いとは別日でしてもらいたかったけどね」

 

 ビル群が崩れ、呪霊の消失反応が新宿の各地で柱のように立ち上がる。刹那の持つ黒い呪力は移動し続ける羂索を追う一つの蛇のように追撃していく。

 

 チュドォンッ! ゴォンッ!! 

 

「合追、九尾火車(つづらびぐるま)

 

 九尾の狐に火車の速度。当然というように呪力量は特級。花火のように空で回る車輪は爆ぜながら刹那を追いかける。

 

(見失うわけにはいかない。かといって祓うのも難しい位置から追いかけてくる……)

 

 羂索は過去数度の彼女の戦闘の観察から、刹那の行動を読み切って行動している。にも関わらず完全な逃走と防御の姿勢は崩れない。刹那の優位はそれほどに大きい。

 

「合追、無手無手瞳礼(むてむしゅどうらい)

 

「!」

 

 羂索の身体から飛び出す無数の黒い腕と無数の瞳。刹那の斬撃を刻まれながらもある程度躱していく。

 

「おかしいだろ。これでも二級程度なら数人を瞬殺できる呪霊だぞ」

 

「その数人より僕の方が強い。それだけです」

 

 ギュルルッキキキンッ

 

(かかった!!)

 

 ぴゅるっバシュッ

 

 仕込んでいた低級の呪霊が刹那を襲い、コンマ一瞬の隙ができる。その瞬間、超重力場が刹那を襲う。

 

反重力機構(アンチグラビティシステム)

 

 ズンッ!!! ズパンッ!! 

 

 超重力場。それをものともしない彼女の斬撃は羂索の腕を斬り飛ばす。

 

「首を狙ったんですがね」

 

「少しは効いて欲しいものだね……腹が立つよ」

 

 額に青筋を浮かべながら羂索は呟く。同時にまともに入った斬撃の手応えのなさから考察を深まる。

 

(斬撃の効き目が薄い……身体にスライムみたいな呪霊を着けてるのか。斬ってもすぐにくっつく。"寂滅為楽"なら貫通できるけど、それは最後だ)

 

 ゾワゾワゾワッ……! 

 

「「!!」」

 

「二人共楽しそうですね」

 

「私達とは大違いだ」

 

 渋谷から新宿。それだけの長距離であっても背筋を鳥肌が伝うほどの呪力の圧。二人が天才であり明らかに現代の強者の一角であっても、あの二人にはそれを恐怖させる圧がある。

 

 スッ……

 

「それじゃあボチボチ私達も……」

 

「そのふざけた考えごとブッ壊してあげますよ……!」

 

「「領域展開」」

 

 胎蔵遍野(たいぞうへんや)

 

 未了無還門(みりょうむへんもん)

 

 ズァァッッッ!! 

 

 漆黒の空間に禍々しく立つ人を冒涜したような巨塔。閉じない領域と、現代に還った阿頼耶識の超才。濃密な呪いが二人を包む。

 

 ──ー

 

「……昔、刹那さんと領域で勝負したことがあります」

 

「え、勝った?」

 

「いえ負けましたけど。というか、刹那さんとは基本的に領域で勝負しても無駄なんですよね」

 

「? どゆこと?」

 

「普通に領域を展開しても閉じ込められないんだよ。アイツは」

 

「……閉じ込められない?」

 

「アイツの右眼は基本的に機能しない。盲目の術師は呪霊なんて見えないだろ? でも、天与呪縛で外部のエネルギーとの違いで結界の境目が分かるんだ。だから走って逃走っていう掟破りが出来る」

 

「まぁ、そんなことしなくても普通に領域勝負強いから

 

 、彼女に逃走は基本選択に上がらないんだけどね」

 

「金ちゃんは?」

 

「俺はそもそも勝負にならねーよ。アイツの斬撃に術式が乗ると感覚が無くなるんだ。反転術式が機能しなくなるから当たろうが当たるまいが変わらん」

 

「二人が領域を展開したらどうなる?」

 

「……宿儺と羂索の領域は結界を閉じない。これは仮説になるけど、結界は外側からの力に弱い。五条君と刹那の結界は……」

 

 壊れる。

 

 パキィンッ!! 

 

 九十九の予想は外れた。

 

 五条の結界は壊れたが、刹那の結界はその形を保っている。彼女は過去に宿儺と対峙した時、渋谷に避難していた非術師を巻き込まない為に伏魔御厨子を閉じ込め、御厨子の必中効果をその身に受けた。しかし今回は自由戦闘(フリーダム)

 

 "門"の犠牲と共に、彼女は羂索の必中を打ち消し、外郭を強化し互角に持ち込む。

 

 それを即座に理解した羂索は外の呪霊たちに結界の破壊を指示し、内部で必中効果を押し合う。

 

(扱いにくい門の方を犠牲にして外郭の強化と必中効果の打ち消しに持っていったか! この空間……!)

 

 彼女の翼は、何者にも観測されない靄の中で真の意味で羽ばたける。

 

「閉じられた箱は、開けてみるまで何が入っているか分からない」

 

 クンッ……

 

 ジュワァッ!! 

 

「熱ッ」

 

 バキュンッ! 

 

 羂索の地面のみが姿を変え、マグマへと変化し足袋を燃やし溶かす。飛び退いた先に靄が質量と形を伴って槍のように羂索の肩を狙うが、重力で押し潰して無力化する。足場を低級の呪霊で作り、着物の裾に手を入れて話す。

 

「観測するまで解らない……ね。この領域はまるでシュレディンガーの箱だね」 

 

「一丁前にそっちの方面にも詳しいんですね」

 

 ギギッ……!! キンッ

 

「これでも"千年生きててね"。嫌でも知ることになるさ」

 

 羂索は自身の呪具と刹那の刀と鍔迫り合いながら語る。

 

 即座に呪具を斬り崩し、追撃に羂索の喉元を掠る。

 

(思ったより結界の破壊が早い……! まだ"計算"が終わってないのに!)

 

「おや、焦ってるねぇ。外の呪霊は最低でも一級。特級まで育てているのが殆ど……何を企んでいるか分からないが、取り敢えず一回目だ」

 

 ズンッ!!! カシャァンッ!!! 

 

 ──ー

 

「「「「「!!」」」」」

 

「割れた!!」

 

「あの野郎! 呪霊を玉にして重力で撃ちやがった!!」

 

「刹那ちゃん!」

 

「不味いぞ、羂索の領域は健在だ! このままじゃ!」

 

 破壊された領域から一同が目にしたのは片手を天に上げ、呪霊に指示を出す羂索と簡易領域を剥がされながらその呪霊達を斬り刻む刹那の姿。

 

「……簡易領域!!」

 

「喰らう前に領域の破壊と"同時"に展開したのか!」

 

「器用すぎんだろ……!」

 

「でもめっちゃ剥がれてくじゃん。あの子どうすんの?」

 

「分からん……だが、間違いなく今の五条よりも不味い状況だぞ!」

 

 バキィンッ!! 

 

「剥がれた!」

 

 簡易領域が完全に剥がれた瞬間、さらにもう一度簡易領域を展開する。

 

「まただ! 術式が使えるようになるまで繰り返すつもりか?」

 

 ──ー

 

「良いね、失敗作や九十九由貴とは比べ物にならない」

 

「彼らを馬鹿に出来るほど貴方は立派な人物のつもり? それこそバカバカしい!!」

 

 ズンッ!! ビキキッ! 

 

(刀が呪力を吸い続けているからか? やはり出力が落ちるている……)

 

 ドガガッ!! ガキンッ

 

 ピンッ

 

 身体に負荷をかけすぎたか、刹那の左腕から刀が落ちる。同時に頬を殴られるが、スリッピングアウェーの要領で回転して受け流す。

 

 パッ

 

 瞬間、刹那は瞬時に屈んで両足を羂索の腹に、胸ぐらに両手で掴みかかる。

 

(今更何を……)

 

(刀があるから出力が落ちる。とか思ってるのならそれは大間違いだ……! 僕の術式は、まだ焼ききれてなんてない!!)

 

 ピッ

 

「位相、波羅蜜、光の柱」

 

「その詠唱はッ!!?」

 

 ギュゥウンッ

 

「疑似、無下限呪術。赫」

 

「!!?」

 

 五条家相伝、地面や建物を削り取るほどの超威力を伴う呪力の弾丸。焦った羂索は自身の身体を呪霊に変化させて護る。

 

 ドゥン゙ッ!!!!! 

 

 赤い閃光は、羂索の身体を貫いた。

 

 彼女は燻ぶる煙の中から姿をみせ、上着を脱ぎながら呪力と戦闘のギアをさらに上げていく。

 

「狸寝入りはもういい。さっさと立て羂索。僕は優しくない」

 

 



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第七十八話 堕ちる、そして呼ぶ

私はHappy Endが好きです。


 ──ー

 

「なんで二人共焼き切れた術式が使えるんだ!?」

 

「まさか反転術式で……焼き切れた術式を回復した……?」

 

「乙骨!」

 

「術式が焼き切れる感覚って、肉体の損傷とは違うんです! こう、オーバーヒートの冷却とかみたいな……」

 

「反転術式は修理はできても冷却はできないってことか」

 

「いやつーかそれよりアレ無下限呪術だろ!! 六眼は無いしそもそも術式一人一つの法則はどうなってんだよ!?」

 

「五条はそれで解るだがこの違和感……まさか、刹那は最初から領域を閉じていなかった……?」

 

「!」

 

「確かに、それなら辻褄が合うな。必中命令を消して押し合い、結界はハリボテ。結界を壊したのを領域の破壊と勘違いした羂索は不用意に攻めに回り、手痛いカウンターをもらったってことだな」

 

「なんで領域を展開した上に結界を別張りできんだよイカれてんだろ……!!」

 

「もしも無下限呪術をこの先使えるというなら、それは大きなアドバンテージになる!」

 

「不思議な人でしたけど、いよいよ術式が分からない次元にいますね……」

 

「……刹那さんの術式はあの靄の中に限りですが、文字通りに何でも出来るものだと聞きました。なんか、正確には理を曲げるとかなんとか……」

 

「そういう哲学の話は私等には分からんよ」

 

「……だが、他の術式のほぼ完全な模倣なんて領域内での術式精度上昇で為せる技だろう。そんなホイホイ使えるわけない」

 

「だろうね。使用時のデメリットが無いなんてありえない。星の怒りだってあくまでも疑似に過ぎなかったんだから」

 

「おい、アイツ立ったぞ」

 

 ──ー

 

 貫通した胸を呪霊で埋め、口から溜まった血を吐いて反転術式で治癒する。その間、刹那は追撃せずに距離をとる。

 

「やるね……流石に効いたよ。理を曲げる。まさか、"自分自身"という大前提からとは。しかしその方法、果たして身体は無事なのかな?」

 

「……まぁ、そのうち慣れますよ」

 

 理を曲げるという術式の極大解釈。術式が届く範囲に限り彼女は"理論上"全ての術式を扱える。

 

(領域の展開から二分と五秒。赫一発を撃つのにも莫大な計算と時間がかかる……)

 

「……閉じない領域。タイミング的に高専襲撃か?」

 

「天元様ができたんですから、どうせ何かしらの方法で閉じない領域を壊せるんでしょう? なら、僕が領域を展開するたび、その破壊に全力を注いだほうがいい」

 

 カチンッ

 

 ズズズッ……ズドンッ!! 

 

(速い!!)

 

 刹那の速度は更に加速する。呪力強化ではない、純粋な肉体の強化が行われる。彼女の瞳の充血から、御三家の肉体をも渡ってきた羂索ならそれが何を意味するかも容易に解する。

 

「赤血操術か」

 

「御名答」

 

 ズンズンズンッッ! 

 

 羂索は手動に切り替えた重力で動く刹那に目視で当てようとする。お互いの必中命令が相殺されている領域内では術式を手動(マニュアル)で当てることになるが、術式の性能は圧倒的に刹那の優位にある。このまま続けは羂索の敗色は濃厚なことは目に見えている。

 

(もしも無下限呪術の赫を完璧にモノにすれば蒼や不可侵も使えるだろう。だが、それはあくまでもこの場を支配する靄や領域内での話。やりようはまだまだある)

 

(今までの玩具とは違う。これが呪霊合術の本領か……)

 

 グバァァッッ! キンッ

 

 羂索の重力と調伏された呪霊達を祓い、いなしながら次の一手の計算を刹那は進めている。

 

 ボボボンッ! 

 

「!」

 

 ブワッ! 

 

 呪霊の消失反応と同時に羂索は重力を順転に戻し、彼女を空へ打ち上げる。

 

「合追、繰蝿(たぐりばえ)

 

 無数の強化された蝿の群れ、どれだけ剣撃が早くともそれら全てを弾くのは困難。とことん刹那を追い詰めるための手札を増産し続ける羂索は攻撃の手を緩めない。

 

 手で輪を作り、術式を切り替える。

 

 パアンッ! 

 

 血の玉を作り圧縮し、刹那に向けて両の指先を向ける。

 

「穿血」

 

 バシュッ!!! 

 

 ヒュラッ……キンッ バゥンッ!! 

 

(爆ぜた……空気の衝突だな。それに準じて姿をくらましたか。だが、繰蝿は通過した全てに取り付き毒を入れ込む。総当たりで見つかるだろう)

 

 ──ー

 

「赤血操術……羂索め、命を弄ぶサディストが」

 

「ねぇ、領域内に術者本人がいなくなった時ってどうなるの?」

 

「ありえねーよ。そもそも結界で閉じてその中で戦うことに意味があるんであって、術者がいない領域に意味はない」

 

「でも、外側でも術式が使えるのは確かみたいだね。羂索も宿儺も何か建物があり、それが領域の中心になっている」

 

「……刹那は何を領域の中心にしているんだ?」

 

「門でないとするとセオリー通りに自分自身でしょうか。彼女の領域は一見して解る特徴が無さすぎてなんとも」

 

「お互いに結界を閉じず、かつ互角になると純粋な術式の強化しか恩恵はないのか」

 

「……刹那の術式の発動が僅かにですが鈍っています。おそらく疑似的にとはいえ無下限を再現したからだとは思いますが」

 

「思った以上に羂索が丈夫だな。上手いこと呪霊で刹那の気を散らし、その間に次の攻撃の準備と反転で身体を治している。呪力が半無限なことを考えると中々苦しい状況だ」

 

「でもそれは刹那も同じだ。彼女の刀には秤君の呪力をアホほど詰めてある。見てる感じ宿儺と同レベルかそれ以上だと思うね」

 

 ──ー

 

 ギュラッバンッッ!!! 

 

 斬撃で地面を大型のブロックに斬り、呪力を込めて蝿の大群を潰す。

 

「おいおい、登録済みの特級だぞ。舐め過ぎじゃ無いか?」

 

 ブブブブブッ!!! 

 

 瓦礫を破壊し刹那へ襲いかかるがその蝿の魔の手は刹那に届かない。

 

 ブヮァッッ!! 

 

 靄で繰蝿を包み込み、羂索との距離を潰して無理矢理押し付ける。再び着地して走り出し、その喉元へ刀を振るう。それを見抜いた羂索は繰蝿ごと重力で押し潰す。

 

(一分二十秒……)

 

 出力最大 反重力機構(アンチグラビティシステム)

 

 ズン"ッッ!!!! 

 

 グヂャアッ! 

 

(チッ……逃げられた) 

 

 パンッ! フワッ……

 

 押し潰す瞬間、刹那は後ろに転がって回避し、羂索の上空へと身を投げ両手の指先を向ける。その手には血の球が握られ、さらに血の玉を掌を真空にして圧縮する。

 

(!!)

 

「喰らえ……穿血!!」

 

 しかし羂索は笑みを零し、眼の前に輪っかを作る。

 

「ドンマイ!!」

 

 ッッドビュンッ!!! カクンッカクンッカクンッドシュッ! 

 

「ガハッ……!!」

 

 ボロボロッ……ガシャァンッ!! 

 

 穿血は空中で三度直角にまがり、輪を回避する。多少なりとも曲がった影響で速度は落ちるが、元々の圧縮が桁違いなため、従来の穿血と遜色ない一撃が羂索を襲い、領域を保てなくなる。

 

 同時に空中に浮きながらで呪符を唱え、指先に呪力を集める。

 

「位相、波羅蜜、光の柱」

 

 無下限呪術 赫

 

 ギュゥゥンッ!! 

 

(これは受けられない……!)

 

 ヴゥンッ

 

 ドォンッ!!! 

 

 羂索は自身を輪に入れて攻撃の対象からはずれるが、ダメージは隠せずにゴロゴロと地面を転がり、肩で息をする。

 

 ──ー

 

「穿血! 彼女ではリスクが過ぎるだろう……!」

 

「しかもとんでもない圧力だ。真空状態を拳の中で作ったのか」

 

「目には目を、歯には歯を……」

 

「五条の技を含めてもう俺には何がなんだか分からん」

 

(おかしい。彼女なら間髪入れずに攻めれば仕留めることも出来るはず……。何を待っている。無下限の完全取得か? 何か……生き急いでいる気がして仕方ない……)

 

 ──ー

 

 トンッ

 

「……言っておきますが、これは貴方が失敗作と馬鹿にする脹相さんのアイデアです。一杯食わせられた気分はどうですか?」

 

「……考えついても。実行出来なければそれは失敗と変わらない」

 

 バシャアッ

 

 靄から外れたため、刹那の血は地面に飛び散り地面を赤く染める。

 

「二回目で約三十秒の短縮。呪符を唱えて多少過程をカットしているとはいえ、分子レベルの計算だ」

 

「多分余裕ですよ。貴方みたいな可能性を否定し続ける馬鹿とは違うので」

 

「言うじゃないか。生娘のくせに」

 

「老人は無駄な語彙が達者で羨ましい限りですね」

 

 二人は静かに言葉で争いを続ける。領域が壊れた今は攻め時。にも関わらず、明らかに刹那の攻撃の手が緩んでいる。さらに刹那は雑談を続ける。

 

 コツッ……コツ……

 

「……なんか、おかしいんですよね。その移動法がありながら僕に領域を出させて逃げることをしなかったこととか。無駄撃ちさせた方がいいのに」

 

「……」

 

「さっきの赫の空撃ち。移動の後のゲートの破壊。そこから考えられる理由は単純。術式は分割するほどその精度が落ちていく。違いますか?」

 

「……クックッ。80点って所かな。正確には、私はそれぞれの術式を好きなように割り振れる。"ゲート"には五割程度割り振っていてね。他の術式は殆ど一発限りのものばかり、実用に向かないものばかりだ。呪具のほうがよっぽど扱いやすい」

 

 ヒュンヒュンヒュンッ

 

 羂索の周りを飛び回る呪具。明らかに先程までとは違う術式が付与された特級呪具。

 

 一本の薙刀。歴史上で最も戦という場所に適して作られた物の一つ。

 

(ジュカイの生成とは違う。飛び回っているのは反重力機構の応用……器用だな)

 

「君を殺す手段の一つだ。幸い宿儺からは殺す気でやっていいって言われてるしね。存分に力を震わせてもらおう」

 

(宿儺も宿儺で、万全の僕とやり合うのは避けたいってことかな。まぁでも、ここまでは予想通り。呪具の効果に関しては未知数だけど、僕だって奥の手は残してる。依然、問題はない)

 

 ズダンッ!! 

 

 指をポキポキと鳴らしながら反転術式で身体を治す羂索と、刀を一度振って呪力を慣らす刹那。二人は示し合わせることもなく地面を砕いて走り出す。

 

 二人は一度展開した領域を破棄する。羂索は逃走に神経を注ぎ、刹那はそれを追従、襲い来る呪霊を斬っていく。

 

 ポウ……クルンッバヒュンッ!! 

 

「!」

 

 羂索の周りを飛ぶ薙刀が回転し、刹那の靄を"固形"にして地面へ反重力機構で叩き落とす。

 

(呪力の状態変化……)

 

「そんなに僕の術式が怖いですか」

 

「私も格好つけるほど余裕はないんだよ」

 

 ゴンッ!! 

 

 ブロックの呪力を羂索に向かって蹴り飛ばし、呪霊たちを刻みながら刹那は術式の回復を待つ。呪力切れがほぼ無い二人の呪い合いは、新宿でさらに密度を増していく。

 

 ガガガッドゴンッ!! 

 

 羂索はブロックを蹴り壊し、呪霊の消失反応を利用しながら機をうかがう。

 

 ──ー

 

「視聴者が五条君と宿儺の方に寄り始めた。領域を解体してから二人の雑談が増えたね」

 

「羂索側にしかメリットが無くないか? アイツなら畳み掛ければすぐだろ?」

 

「ねぇ、刹那ちゃんの目的って高聡の体? それとも伏黒君の体?」

 

 染秀の疑問に、乙骨と日車と夏油を除く一同は疑問符を浮かべる。

 

「それはどういう……?」

 

「それは僕も思います。刹那さんは何かを待っているように見えてならない」

 

「何いってんだ。ここで羂索と宿儺を同時に畳めばそれで終いだろ。何を待つ必要があるんだよ」

 

「だからそれが分からないんですってば」

 

「羂索を仕留めるだけなら容易ってことか?」

 

「見てる感じではですが……」

 

 疑問は解消されないまま、事態は動く。二つの巨大な呪いのぶつかり合いはさらに響きを増していく。

 

 ──ー

 

「領域展開」

 

 ボンッ!! 

 

 伏魔御厨子は音を立てて壊れる。

 

 五条の術式の回復は脳を呪力で破壊し治癒するという常識外れの死に急ぎ行為。好機と思った宿儺は領域を展開するが、10秒未満とはいえ無量空処を浴びた宿儺もまた脳の限界だった。四つの目からこぼれる鮮血は、五条悟敗北の可能性を見るもの全ての脳裏によぎらせない。

 

「はっはっは! しっかり効いてるじゃねぇか!!」

 

 五条は鼻血を拭って三度宣言する。

 

「生徒が見てるんでね、まだまだ格好つけさせてもらうよ」

 

 ──ー

 

「「領域展開」」

 

 未了無還門 胎蔵遍野

 

 再び暗黒の空間に冒涜的なオブジェがある空間へと術師達は誘われる。

 

 刹那の領域内の必中命令が発動すれば羂索は呪霊合術以外の術式が使えなくなり、何もできなくなる。そのため互いに領域を展開し、打ち消し合うことを余儀なくされる。

 

 ドドドッ!! バキィッ!! 

 

(領域内での無制限化された星の怒りが思った以上に効く! その上足場を常に崩される……常に呪霊を足にしていなければ沈む!)

 

 領域内の彼女の術式は底上げされ、さらに近接戦の密度をあげる。同時に無下限呪術の計算を行い、次の一手を早めていく。

 

「チッ」

 

 パララッズンッ!!! 

 

 横方向に重力を転換された羂索は瓦礫を刹那に向けて落とし、傷を負いがら彼女は攻撃の手を緩めない。

 

(領域内ではお互いに反転術式が使えないと見て間違いなさそうだ)

 

 カチンッ

 

「術式反転……赫!」

 

 ボビュッ!!! 

 

「無詠唱までこぎつけたか! だが、威力がおちているよ!!」

 

 ピッピッピ

 

 ガシャアァンッ!! 

 

 羂索は刹那の領域に合わせて結界を構築、刹那の領域と繋げて解体するように動く。

 

 数種の象印を矢継ぎ早に結び、結界を刹那の領域と共に破壊する。

 

「どうした! もう二度目だぞ!!」

 

「"まだ"二度目ぇ!!」

 

 ズバン!! ガラランッ!! フワッ

 

「ングッ!」

 

 刹那は瓦礫達を蹴って打ち上げ、即座に羂索を殴り上げて空中での戦闘に持ち込む。

 

 ダンッダンッダンッダンッ!!! 

 

 バズンッ! 

 

 浮いた瓦礫を一足度に破壊し、羂索の横腹に二刀の斬撃を加える。

 

 口から血を吐き出し、飛ぶ呪霊たちを束ねて刹那に向け、姿をくらませる。身動きを著しく制限される空中での格闘になる。

 

「逃げてばかり、まるで狩られる雀ですね」

 

 キンキンッ

 

「囀る雀の一羽二羽、されど油断は大敵ってね」

 

 ズズッ……

 

「極の番、ジュカイ」

 

 ガチチュッ! 

 

(武器の形状は実物を問わないのか!)

 

 呪霊は全て繋がった有刺鉄線のような呪具へ変化、刹那を包み込んで閉じる。当然、それを斬り落とそうとする。

 

 ドスッ

 

「……ガハッ」

 

 羂索は先刻の薙刀を投げる。脇腹を僅かに掠っただけだが、刹那の呪力は固形になり刀へ込めるのを妨害する。加えて、極の番で作られた呪具には反転術式を妨害する効果が備わっている。傷を治せない彼女の動きは鈍る。

 

 ブンブンブンッッ!! ──ドォンッ!! 

 

 網の先端を掴んで振り回し、超重力と同時に地面へと刹那を叩きつける。

 

 舞い上がる土煙は戦いの終わりを知らせたように見えたが、彼女の意思はその程度では折れない。

 

 キンッ……キンキンキンッ

 

 ボタボタボタ、ポゥッ……

 

「しぶといね。良いのが入ったと思ったんだけど」

 

「そうですね、良いのが入りました……お互いに」

 

 ニコリと学生らしい無邪気な笑顔は、羂索にある種の不安感を覚えさせる。

 

(術式は領域の破壊から使えてないはず。無下限や星の怒りも同様のはずだ。何だ? 何が彼女の余裕を誘って……)

 

「はい時間切れ、答え。僕は一人じゃない」

 

 ミシッ……! 

 

 瞬間、背にゆっくりと走る痛みから羂索は悟る。

 

 バォンッ!!! 

 

 ぶちぶぢぶぢ! ドガッゴンッボギィンッ!! 

 

「お見事」

 

「ここからよ、私達の仕事は」

 

 鬼神、虎杖の虚をついた一撃は羂索を吹き飛ばしいとも簡単にボールのように弾ませる。

 

 呪力を抑えても隠れていた虎杖と釘崎も刹那の横に並び、呪力を練りだす。

 

(領域内で沈んでいたのは影! 式神を再現させることはできずとも影への収納は可能だったか! 無下限も赤血操術も全て影への意識をそらすための布石! やられた……!)

 

 ダメージを隠しきれない羂索。首の管も千切れ、領域も崩れたことから、羂索の手札は確実に減ったのが目に見えてわかる。

 

 ぼここっ……

 

(だが、逆に言えば恐らくこれ以上は無い。明らかに許容量はオーバーしている……やはり、仕留めるにはここしか無いな)

 

仰嶺慘(ぎょうらいさん)

 

 身体をほぼ呪霊へと変化、片腕ずつに数百体を圧縮した呪霊を込める。全身を管が走り、肉体は強固な鎧と化し、刃が身体の至る箇所から突出する。

 

「うぇ、きっしょい」

 

「ここからは三対一かな。まだまだ手は残っている。覚悟したまえよ」

 

「いいえ、四対二です」

 

 スッ……

 

 術式の回復まで持っていった刹那は領域を展開するために象印を結ぶ。

 

「領域展開」

 

 刹那の呪力は靄という形でその場に残留し続け、遠隔で発動も可能なもの。結界という形を、見えないスケールで呪力のみを頼りに歪に描く。新宿でばら撒き続けた呪力は、術師達をまるごと領域で包む。

 

 未了無還門

 

 今度の領域は必中命令を消していない。領域内の全ての術式は無へと還り術式の発動を不可能とする、ただし、四人を除いて。釘崎野薔薇と五条悟、刹那と虎杖への必中命令はなされていない。

 

「ドゴォンッ!! 

 

「ちょっとぉ!? 僕聞いてないんだけど!!?」

 

「チッ……刹那、厄介なことをしてくれたな」

 

 五条と宿儺は領域に入れられたことを察知し、四人の下へと集まる。宿儺は摩虎羅と尾に大蛇、胴体に虎葬、そして円鹿を継承した嵌合獣、顎吐を喚び出した状態のため、状況は四対四となる。

 

「五条先生、俺等が足手まといなのは知ってるけどさ。でも、だからって黙ってみてられねぇよ」

 

「私達は"四人"でアンタの生徒でしょ。しっかり守んなさい」

 

「先生ですもん。このくらいの我儘、大丈夫ですよね」

 

「……クク……ハハハッ!」

 

 クシャッ

 

 先程までの真剣な表情は三人の言葉を聞いて一転、五条は三人の肩を掴み寄せ、頭を撫でる。

 

「余裕余裕! 当たり前でしょ。だって僕、最強だから」

 

 五条の笑い声と共に三人は戦闘態勢に入る。直後に宿儺はそれを嘲笑うように小馬鹿にする。

 

「下らんなぁ呪術師。古今東西、俺に束になったところで結果など全て同じだった。この世を呪う時間をくれてやる。刹那、お前を含め、一人たりとて逃さん、鏖殺だ!!」

 

 ダァンッ!! 

 

「悠仁と野薔薇は顎吐と刹那のサポート! 刹那は羂索と摩虎羅! 僕は宿儺を叩く! 期待してるよ皆!!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 五条は無下限の打撃で宿儺をビルへ叩きつけ、蒼を纏った拳でラッシュを叩き込む。

 

(この領域内は反転術式が効かない。迂闊にダメージは受けられん!)

 

「摩虎羅ァ!」

 

 宿儺を助けるように指示された摩虎羅は五条へ襲いかかるが、距離を無くした刹那が蹴り落とし、それを妨害する。五条は刹那への信頼か、振り返ること無く宿儺をその目に捉えている。

 

 ドドドッ! 

 

 バチチッブンッ! ガシッ! 

 

 顎吐も同様に宿儺を助けに行こうとするが、虎杖からの腹への連撃で停止する。円鹿の回復能力で再生しながら、鵺の雷撃を纏う大蛇の尻尾で払うのを虎杖に捕まれる。釘崎はそこに釘を打ち付け、簪で尻尾をちぎる。

 

「釘崎!」

 

「簪!!」

 

 バチュンッ!! 

 

(今この場にいらぬ小僧と女を先に殺す!!)

 

「羂索!!」

 

「はいはい、やれば──」

 

 ブンッ!! ドゴォンッ!! 

 

「相手はまだ僕ですよ!!」

 

 摩虎羅を投げ飛ばし、羂索へぶつける。同時にその距離を無くし、連撃を仕掛けるが摩虎羅の剣に妨害される。

 

 ドドドッ!! ズドンッ! ガギィィッ!! 

 

 二体一の猛攻を刹那はしのぎ、羂索の左拳を縦に割る。

 

 ピッ

 

「赫」

 

 グイッ! 

 

「危なっ」

 

 ボンッ! ジュゥゥウッ

 

 既に無下限呪術に適応を続けていた摩虎羅を盾にして防ぎ、股下から抜けた羂索は刹那を蹴り飛ばす。すかさず摩虎羅からの斬撃を弾く。

 

(摩虎羅……今お前は俺の影だ、魅せてみろ!!)

 

「あれ不味くない!? 行け虎杖!」

 

「応! まかせろ!!」

 

 ギギッ……

 

 ガシッ!! 

 

「ンぎぎ!!」

 

 ガゴゴォッ! 

 

 キンッ

 

 法陣が回転しようとするのを虎杖は無理やり掴んで防ぎ、逆に回して回転を止める。瞬間刹那が斬りかかって右腕を斬り飛ばし、適応を中断させる。 

 

「ハッハッハ!! 悠仁それサイコー!」

 

 宿儺の打撃を無下限で止めて笑い、瓦礫を蒼で集めて宿儺を閉じ込め、その中心へと右手で打撃を打ち込む。

 

「チッ」

 

 ドガガッパシッギリリッ

 

 展延で五条のガードの上から殴りつけるが、途中で不可侵を解除して宿儺の拳を上から握って顔を近づける。

 

「介護者がいなくなった途端威勢が無くなったなぁおじいちゃん!!」

 

「クソ餓鬼が」

 

 顎吐は視界から消えた虎杖を無視し、宿儺の元へ飛ぶ。

 

「あっ、こら! 無視すんな!!」

 

 ズンッ! バゴォッ! 

 

「悠仁君!」

 

 刹那が虎杖に向かって走り出す。その意図を汲み取った虎杖は手を下に構え、刹那はそれに乗って顎吐の元へ飛ぶ。

 

 トンッギリッビュッ!! 

 

「武器纏……」

 

 呪いが響き、刀は風を斬り、脚は走り続ける。一切の蛇足的思考を許さない中、刀を振るうのは彼女にとって、深く、シンプルなことだった。黒い呪力は、さらに黒く、黒く、火花を散らす!! 

 

 斬ッ!!! 

 

 黒閃

 

 刀に術式を纏い再生力を奪って顎吐を縦に両断する。

 

 直後、摩虎羅が刹那に襲いかかる。

 

「!!」

 

 ドグンッ!! 

 

 先刻斬り飛ばした摩虎羅の腕に藁人形と共に釘を刺す。それは摩虎羅の動きを止めるばかりか、宿儺へもダメージがフィードバックする! 

 

「ガボッッ」

 

 バキィッ!! 

 

 五条がその隙を逃さずにすかさず蹴り飛ばす。直後、一年生三人の作戦がスタートする。

 

「野薔薇!!!」

 

 刹那は羂索を足止めし、虎杖と釘崎は宿儺へ駆け寄る。

 

 宿儺は釘崎の首に向かって貫手を繰り出すが、虎杖がそれを掴み止める。

 

「わからいでか!」

 

 ビッ!! バシッ! 

 

「させねぇよ!!」

 

(何を……!?)

 

「起きろ! 伏黒ォ!!!!」

 

 芻霊呪法 共鳴り

 

 カィィンッッ!! 

 

 伏黒の沈んだ魂が、釘崎によって叩き起こされる。まるで目覚まし時計のように眠った彼の耳に通りいる。

 

「無駄だ、伏黒恵の魂は──」

 

「お前が!! 決めんな!!」

 

 バキィ!! 

 

 虎杖は宿儺の頬を殴りつけ、揺さぶって伏黒の魂を起こそうとする。

 

「起きろ!! 伏黒! 起きて良いんだ! 生きて良いんだ!! 罪も絶望も抱えて死ぬのは! 俺だけでいい!!」

 

 ……バギィ!! 

 

「無駄だと言うのが分からんか小僧。伏黒恵は器足り得る人間ではないのだ。貴様の行為は死人に呼びかけるようもの。喚く姿は愉快だが……ここで逝ね」

 

 ガッ!! 

 

「「「!!?」」」

 

 宿儺が突然自らの首を締め、呪力が乱れる。殴られた虎杖は口内を切って出た血を拭きながら笑って期待を顔にする。

 

「はは……起きたな伏黒!! そうだよな伏黒ォ!!!」

 

「恵……!」

 

「恵君!!」

 

(もういっちょ……!)

 

 脳裏によぎる、釘崎にしか出来ない魂への直接干渉。

 

 揺さぶり起こす為、友を救うためという万人共通の責任感と集中力。

 

 黒い火花は呪いの王にさえ予測出来ない。

 

 黒閃

 

「共っ鳴りぃ!!!」

 

 カィィンッッ!! 

 

 ぐらぐらと揺れる脳内。宿儺ではなく、脳内に溢れ出すのは伏黒の記憶。四人で過ごした、たった数ヶ月。一年に満たない青い春。身体の制御が離れていく。

 

「私達から逃げられると思うなよウニ頭!! お前まだ津美紀さんを弔って無いだろうが! 他にも勝手に抱え込んでることが多すぎなんだよ、黙って死ぬんなら私等全員地獄まで行ってぶん殴ってやるからな!!」

 

 ギリギリリリッ! 

 

 釘崎は襟元を両手で掴み、伏黒の魂へとさらに呼びかける。

 

(不味い! 想定した中で最悪なパターンだ! 阿頼耶識刹那も五条悟も殺せぬまま宿儺を無力化される! 戦う前の縛りが働かない!)

 

 羂索は宿儺を二人から離す為に刹那との戦いを放棄、同時に、五条の高速移動で刹那と入れ替わる。

 

「行っといで。君の言葉がまだだ」

 

「ッ! はい!!!」

 

「お前の相手は今、俺だ。若人の青春を取り上げるなんて許されてないんだよ。何人たりともね」

 

 ギリリッ! 

 

「五条悟!!!」

 

「消費期限切れのメロンパンには眩しいよなぁ! 若人の青い春は!!!」

 

 ヒュッ……ボグォッ! ガリリリッッッ!! 

 

 羂索の突き出した拳の間をすり抜け懐へ侵入。腹に膝蹴りを入れ、顔面を掴んで地面を削りながら蒼を転用して前方へ吹き飛ばす。

 

(この身体は元々の五条悟対策に作り替えたもの!! 多少は呪霊がダメージを肩代わりする。今最優先すべき目標は阿頼耶識刹那!)

 

 ボココッ……バジュンッ!! 

 

「位相、黄昏、智慧の瞳……術式順転」

 

 蒼

 

 対象を絞るために呪符で精度をあげ、羂索が身体から離した呪霊を吸い込み圧殺する。

 

 刹那は納刀して走り、伏黒の身体をした宿儺の元へ駆けつける。

 

「恵君!!」

 

(呼ぶな……! 身体の制御が……!!)

 

 呪いの王を無視して呼ぶ最も歪んだ呪いを妊む呼び声。

 

 愛を込めて最愛の人の名を呼ぶ。二度の共鳴り、二度の呼びかけ。宿儺の身体の動きはどんどん鈍っていく。

 

「僕は! 正義の味方じゃないので! 我儘を通しますから!! もう一度……いえ、何度でも!! 貴方に僕達の名前を呼ばせてみせます!! 寝ぼけてないで! 帰ってきてください!! 恵君!!!!」

 

 ジュゥゥッッ 

 

 宿儺の顔から頬を伝う入れ墨が薄くなり消えていく。

 

 三人の決死の呼び声。最後の刹那の叫びと抱擁は、彼に届いた。

 

 ポスッ……

 

「…………ただいま……だったな……」

 

 宿儺の文様が薄れ、帰ってきた荒っぽい目つきながらも優しい声。刹那の瞳に映ったのは、笑顔とも泣き顔ともどちらにも取れる、伏黒恵の顔だった。

 

「うん……! うん!! おかえりなさい……!」

 

 泣きそうな顔。始めて伏黒とあってから僅か三年、虎杖と釘崎は一年にも満たない。そんな彼女の安堵の顔は、この場の誰よりも幼く、深い優しさを持っていた。

 

 ビキキッ!! ドクンッ! 

 

「刹那ァァ!!」

 

 束の間、呪いの王が再び伏黒の身体を乗っ取る。伏黒の身体は呪いの王を虎杖のように完全に制御できていない。彼を閉じ込める檻たる役割は虎杖悠仁なのだから。

 

 そのことを予期していた刹那は感傷に浸るのを中断し、涙を拭う。

 

「悠仁君。ここからは、貴方の戦いですから」

 

「応……ありがとう」

 

 寂滅意楽

 

 空間、世界。この世に斬れぬもの無しの無情、絶対の刃。それは魂の繋がりさえ例外ではない。

 

 ブゥンッ! ……キンッ……!

 

 呪力を纏った右腕の振りを刹那は右眼で見切り、宿儺の魂が集中する右手部分を切り離す。行き場のない魂は、檻へと戻るように口へ運ばれる。

 

 ボリッ、ゴクンッ……

 

 ──ー

 

 ガララッ……! 

 

 血のように紅い水辺。肋のように連なる巨大な骨が見上げた場所に広がり、積み上がる人骨の山。

 

 そこへ降り立つ呪いの王。今生最大の怒りと憎悪と屈辱。

 

 ビキキッ!!!! 

 

「こぞ──」

 

 バキィッ!! 

 

 バシャンッガラガリガシャアンッ!! 

 

 顔面をくり抜く一人の男の一撃。呪いの王を人骨の玉座から殴り飛ばして引きずり下ろす。人相は違えど同じ顔をしている二人は再び、この場所で純粋な徒手格闘をすることになる。

 

「やっっっと堕ちてきたな王サマ。今回はマジで泣かしてやる」

 

 パシャンッ

 

「……呪いに生まれ、呪いに生きた千年余り。褒めてやるぞ小僧。たった今、貴様が俺の人生最大の怨敵になった…!」

 

 水辺から立ち上がり、髪をかきあげ、浮かべた青筋は明確に怒りを物語る。

 

 呪いの王とその檻。両者が呪い合うさまは誰にも観測されない地獄の生得領域で始まった。

 

 




でもね…


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第七十九話 愛を知っている

 生得領域、二人の術師は呪い合う。血のように赤い水辺は激しく飛沫をあげ、人骨の山は一撃一足度に崩壊する。実力は虎杖が劣勢ながらもほぼ均衡。身体の主導権を互いに譲らない。

 

「どうした小僧! 威勢がいいのは最初だけか!!」

 

「吠えんな。今その面ぶん殴ってやるからよ!!」

 

 キンッ! バズッ!! 

 

 度重なる五条との戦いに疲弊した宿儺の御厨子。虎杖の頑丈さもあいまって殆ど傷は見られない。

 

(ここまで浅いと呪力の無駄だな。やはり素手で叩くか)

 

「近づかれたくないのが見えてるぜ!」

 

 五条と互角に殴り合った宿儺が虎杖の素手に負けるわけはない。が、今の呪力出力では虎杖の肉体に損害を与えることは難しい。ジリ貧が続くが、それこそ宿儺の狙いである。肉体の外では虎杖と伏黒が目を覚まさない間に戦況は動いていた。

 

「野薔薇! 悠仁と恵をここからなるべく遠くへ! 宿儺から摩虎羅への命令が消えてない!!」

 

「言われなくても分かってるわよぉ!!」

 

 宿儺がいなくなり守りから攻めに回った摩虎羅のオフェンスを刹那は一手に引き受ける。

 

(斬撃に適応されれば詰み……かといって領域に適応させるわけにもいかない)

 

「上等!!」

 

 領域の必中効果が摩虎羅にないことから、刹那側からアクションがない限り領域への適応は無いと判断する。

 

 黒い呪力を腹から燃やし、摩虎羅へと向かっていく。

 

 ──

 

「中で何が起こってるんだよ!?」 

 

「分からない。直前、虎杖と釘崎が刹那の影から出てきた。かと思えば、刹那が半径100m程度の領域を展開した。烏は領域外に弾き出されたから、今外側から調達してるよ」

 

「で、でもよ。向こうの摩虎羅は健在だったぜ!? 破壊されてないってことは勝ってるってことじゃないのか!?」

 

「……私が行く」

 

「真希さん!」

 

「私なら領域に認識されない。結界も素通りできるし効果は受けない。一年ズのサポートくらいできる」

 

「下がれ。ガキ共が出しゃばったのは気に食わないが次は俺だ。せめて結界が壊れてからにしろ」

 

「どう思う、夏油」

 

「私は鹿紫雲が出る時、羂索が健在であったときの保険だ。悟との約束を破る訳にはいかない。生徒達が危険になる前には行くつもりだけどね」

 

「参ったね。この映像が続くようなら客が満足しないじゃないか」

 

 ──ー

 

(呪力出力、呪力量、どれをとっても厄介! 何より、刹那の領域内で回復出来るのが面倒だ!)

 

 刹那の領域内部での術の使用は全般的に不可能。しかし、羂索の術式は既に発動しており、肉体の損傷を呪霊で肩代わりすることで回復を行っている。

 

(今、五条悟は脳の負担を減らすために反転術式を使う赫と茈の選択肢がほぼないとみていい。純粋な不可侵と蒼のみ。この身体ならば優位に立てる!)

 

 ピタッ

 

 結界術、術式を発動できない羂索は五条の不可侵を破れない。瓦礫を投げるが、それは五条の眼の前で停止する。その隙に展延で不可侵を破りカウンターを繰り出す。決して五条も万全ではなく、余裕を取れない。

 

 刹那は斬撃の適応を警戒し、摩虎羅からの斬撃は刀で弾き、ダメージは徒手格闘で与えていく。

 

(ここ!!星の怒り(ボンバイエ)…最大出力!!)

 

 バゴォンッ!!! 

 

 真空による空気の衝突の爆破で摩虎羅は怯み、さらに星の怒りの再現による最大火力。しかしそれでも、摩虎羅の破壊に至らない。

 

「なんて丈夫な……!」

 

 ギギッ……ガコンッ! 

 

(適応された!! これからは打撃が効かないと考えていい。何処かのタイミングで、しかも一撃で……何がなんでも! 摩虎羅を破壊する!!)

 

 バキンッ!! ブシュッ……! 

 

 瞬間、血吸を抜刀しようとした刹那の左腕が飛ぶ。

 

 摩虎羅の適応に必要なのは"時間"。その間ダメージを受ければ適応は加速する上、それは終わること無く続き、新たな適応の形を模索し続ける。今行われたのは打撃ではなく五条不可侵への続き。宿儺の命令から、刹那への適応は対象外だったのだ。

 

 天が意図したタイミングが、摩虎羅に味方した。

 

「ー!!?」

 

 ドガッ!!! 

 

 刹那の脇腹に走った重い衝撃。摩虎羅の一撃で内蔵が下からせり上がり、口から血が溢れて吹き飛ばされる。

 

 ギギッ……ガコンッ

 

 直後、摩虎羅の適応が別のものへ行われた。

 

(刹那は領域内で自分を治せない……!!)

 

「刹那! 領域を解除して治療しろ!!」

 

「連れないな、まだ遊んでいけよ」

 

 五条の動きを羂索は妨害、刹那への指示は届かない。

 

 が、幸か不幸か、領域の解除は別の形で行われた。

 

 摩虎羅の自立思考。この状況、刹那の"術式"に適応するのならば、いかに摩虎羅といえど数度の法陣の回転を必要とするだろう。しかし五条の領域、"無量空処"の適応が同時に進行、"領域を破壊するための適応"から、さらに別の適応の形を模索し、辿り着いたのは"結界"への適応。

 

 摩虎羅が振り上げた剣は、結界を内側から破壊する。

 

 バキバキバキキッ……ガシャァンッ!! 

 

 ──ー

 

「「「「「!!!」」」」」

 

「壊れた!!」

 

「冥さん、カラスは!」

 

「今向かわせてるよ……! あれは……」

 

 釘崎が虎杖と伏黒を引きずりながら離脱する様子がカラスに映り、歓喜の声が上がる。

 

「いよっしゃぁ!! 刹那達がやったんだな!!」

 

「一体何が……!?」

 

「おい、宿儺は何処いった? 橙髪の方か?」

 

「待って、うかうかしてらんないよ。領域が壊れたってことは少なくとも刹那ちゃんは無事じゃないんじゃないの?」

 

「みたいだね」

 

 モニターに写ったのは、羂索と数多の呪霊をいなす五条。そして、劣勢が見て取れる左腕の無い刹那と摩虎羅の姿。

 

「釘崎さん達を回収します。行かせてください!!」

 

「駄目だ乙骨! 宿儺の姿が無いのに摩虎羅が顕在ってことはあの二人の"どっちか"に入ってるっつーことだ。もし魂が負けることがあれば、状況はさして変わらない!」

 

「しかもだ。君達は五条君と刹那の足手まといにならずに戦えるのかい?現状、この中の特級…九十九さんと夏油君がストレート負けする二人だ。腕がないくらいで彼女の能力はそう下がらないよ」

 

「クソッ……!」

 

「もどかしいのは解るが二人の言う通りだ。まだその時じゃない。乙骨と夏油二人の保険がどれだけあると思ってるんだ」

 

 ──

 

 術式の回復まで五条と同じ方法を使っても最低三分を要する。その間に摩虎羅を仕留めるのは不可能。

 

 余分な血を口から吐き出し、反転術式の治療で意識を保つ。

 

(ここで退くな阿頼耶識刹那!前に出ろ!!)

 

 綺麗に飛ばされた左腕を拾い、反転術式で無理矢理にくっつけて治療する。乙骨のような呪力の総量によるゴリ押しの治療ではなく、自身の神経に至るまでを把握して効率よく治療を行い、呪力を節約する。

 

 摩虎羅に残された五条悟への抹殺命令。しかし、明らかに妨害を繰り返す彼女(障害)の排除へと、摩虎羅の思考は完全に移る。法陣は完全に回転を止め、摩虎羅の瞳なき不気味な眼光は刹那を見据える。

 

 刹那は万が一、虎杖が負けた時のことを危惧して五条の体力を少しでも温存する為に摩虎羅を足止めする。

 

(やっぱり強くても所詮は式神! 策を弄するわけでも無ければ搦め手も無い。このまま時間を稼いで"寂滅意楽"で削り落とす……!)

 

 瓦礫に呪力を込めて摩虎羅の頭へ叩きつけて足元を斬り崩す。付かず離れず、摩虎羅の思考を自分から五条へと移さないため、どれも斬撃を浴びせない時間を稼ぐ遅延の行為を繰り返す。 

 

 一方で、五条は出し惜しみを止め、反転術式を使った赫と茈の選択肢を混じえ、呪霊達を排除しながら羂索を捉える。

 

 ゴリッゴリリリッッ!! 

 

(チッ、傑の呪霊操術と違って合成に主体をおいてるせいで一体一体の呪霊の厄介さがストレスだな。縛りか? 術式がない代わりに一撃で仕留めきれないような再生力と、羂索が仕込む結界で無下限が一時的に中和される。まぁ、そこは天元様を取り込んだせいだろうな、結界術の性能が桁違いだ)

 

「まぁ……だから何だっつー話!」

 

 ピッ……バヂヂッ……! ドゥ゙ンッッ!! 

 

「虚式、茈」

 

 呪霊が五条の視界を遮る中、羂索を捉えた五条は無詠唱で茈を放ち道を空ける。空間の圧縮で瞬時に羂索の元へ移動し、再び徒手格闘を繰り広げる。

 

 五条の拳を受け止め、異形と化した身体から無数の刃を五条に突きつけるが無限に阻まれる。羂索はその異形のニヤついた顔で五条の焦りを煽るように問いかける。

 

「いいのかい? 今の彼女には手に余る相手だろう?」

 

「老眼か? ジジババの相手はもう充分だっつの!!」

 

 バァンッ!! 

 

 蒼を利用したパンチで吹き飛ばし、再び空を飛び回る羂索を追撃する。

 

 その間、刹那は術式の回復を終える。摩虎羅の破壊を終えたあとは宿儺の下へ行く。彼女は"先"見ていた。しかし数秒後、彼女は自らの誤算に気づくことになる。

 

 シュゥゥッッ……

 

(回復終わり! 術式はもう使える、これで終わらせる!!)

 

 寂滅意楽

 

 万物を斬り離す絶対の刃。それは最強の式神の身体を分かつ切り札のはずだった。

 

 ガッ……ギィンッッ!!!! 

 

(!? ……なんで……そんなはず……もう一度!!)

 

 ガギィンッ!! ギンギンッッ!! 

 

(なんで……!? なんで)

 

この技、(寂滅意楽)が効かないの!?」

 

 三度の剣撃は全て弾かれた。無論、摩虎羅は斬撃にも刹那の術式にも未だ適応は終えていない。答えは五条への不可侵の適応にあった。

 

 摩虎羅の斬撃もまた、この世界の"空間を斬る"刃。

 

 原理は違えど結果は同じ。刹那の刃を遮ることができる。最強の式神は、未だ顕在。

 

(いや、まだだ! 弾いているのは剣だけ! 腕や脚を斬って形を保てなくする!)

 

 それでも冷静に右眼から伝達される情報を解する。摩虎羅への斬撃以外の場所は確実に寂滅意楽による効果でこの世から分断されている。

 

 ガコンッ

 

 再び摩虎羅の法陣が回転し、何かへの適応が行われる。

 

(あれだけ複雑化させたんだ! 僕の術式を一度二度で適応は出来ないはず!)

 

 星の怒り、無下限、赤血操術、十種影法術。

 

 一つの術式から派生させた数々の術式のデータが彼女の技には詰まっている。どれも未完成の中途半端なものといえその効果は確実に出ているように見える。

 

(崩した!)

 

 寂滅意楽

 

 摩虎羅の一撃を右へいなし、崩れた態勢で空いた顔面を左脚で下から蹴り上げる。そのまま回転して着地し、空いた腹へ二刀の斬撃を入れる。

 

 ガコンッ

 

 三度摩虎羅の法陣が回転し、次の一撃の準備を整える。しかしそれは刹那も同様、摩虎羅の腹の下で大地を踏みしめて刀を握る。

 

(いくらでも適応すればいい!)

 

 バチチッ……!! 

 

(その上から……斬り刻んでやる!!) 

 

 黒い呪力は斬る前から彼女の周りで火花を散らす。ここから行われる刹那の連撃は、約束された黒閃の連続だった。

 

 始まりは縦への一刀。

 

 黒閃! 

 

 次の連撃は地面を砕いて僅かに浮かんで摩虎羅の横薙ぎを回避し、着地までに顔面へ八連撃。

 

 黒閃!! 

 

 ガコンッ

 

 一度法陣の回転を挟み、斬撃へと適応。傷を直すがその程度の治癒では追いつかない。一度程度の適応なら、その上からダメージ通すのが不可能ではないことは宿儺の伏魔御厨子が証明している。

 

 続いて着地した瞬間、横に回転して連撃を加える。高速で回転した金属同士がぶつかるように、黒い火花は散ってやまない。

 

 刹那が刀を振るうたび、彼女のボルテージは上がっていく!! 

 

 黒閃!!! 

 

 まだまだ止まらない彼女の連撃、もはや摩虎羅は反撃を許されない。伸ばした左腕は指先から順番に切り刻まれ、ついには摩虎羅の左腕を斬り飛ばす。

 

 そして、弾けた腕と同時に前へ飛び出し、完全に空いた顔面へと刺突を繰り出した。

 

 黒閃!!!! 

 

 スタッ

 

 以上、黒閃四連撃。実に3.2秒間の出来事。

 

(まだ!! 法陣ごと完全に破壊する!!!)

 

 後ろに倒れゆく摩虎羅。刹那の時にてもう一度適応を終える。

 

 ガコンッ

 

 適応前にて屠り切るのが摩虎羅への対処法。 

 

 確かに刹那の術式には未だ適応は終えていないが、摩虎羅は初めから刹那の術式に対して適応を行っていない。

 

 鵺や円鹿、摩虎羅が能力を使えていることから刹那は式神に領域の必中効果は効かないと思い込んでいた。が、確かに効果は出ていた。

 

 摩虎羅は、刹那の術式を必中効果により認識できていない。自らを害する純粋な斬撃への適応を遥かに早め、連続の黒閃が始まる前の回転で適応を終えた。そしてその先の二度の回転による適応は、"破壊"。

 

 バキィンッ……

 

 摩虎羅の剣が右腕に握られた太刀、"童子切"を破壊する。

 

 刹那の思考の端によぎった、斬撃への適応という結果。

 

 ズバンッ!! 

 

 彼女の右腕に一筋の斬撃が走り、腕は宙を舞う。が、それで折れるほど、彼女はやわな女ではない。

 

 童子切から溢れた呪力を即座に"血吸"へ集め、渾身の一撃を放つ。世界の理を斬り裂く彼女の刃は、最強の式神の防御さえ凌駕する。

 

 黒閃!!!!! 

 

 キンッ……カチンッ

 

 ズルッ……ドシャアッッ!! 

 

 黒い火花は遅れて彼女の背後で咲く。

 

 摩虎羅の左下から右上へとかけられた紅黒の筋。法陣ごと逆袈裟に斬られた最強の式神、摩虎羅は上半身から崩れ堕ちる。

 

「……お疲れ様です、童子切。……未熟でごめんなさい」

 

 カチンッ

 

 斬られた腕から折れた童子切を腰に差し、腕をくっつけて治療しながら呟き、釘崎達の元へ向かう。

 

 呪いの歴史上、摩虎羅の破壊という異業。両面宿儺に並んだのは、若干16歳の少女だった。

 

 ──ー

 

「摩虎羅を……!!」 

 

「よっし!!!」

 

「高菜ァ!!」 

 

「これで後は羂索と宿儺! いける! 犠牲を出さずに……勝てる!!」

 

「でも、依然虎杖君と伏黒君は目覚めていない。やはり生得領域で戦っているのだろうね」

 

「一体何者なんだ……あの少女は」

 

「歴史上最凶の一族、その現当主にして末裔だ」

 

 日車の疑問に鹿紫雲は笑みと言葉で答える。

 

 歓喜と期待に溢れる中、生得領域で行われた一騎打ち。

 

 その緊張と均衡は、呪いの王の邪悪な嗤い声で破られた。

 

 ゲラゲラゲラゲラ!!!! 

 

「どうしたよ、今際の際んなっておかしくなったか?」

 

 バォ"ンッ!! 

 

 優勢ではあった虎杖、事実宿儺の身体は至る所から悲鳴を上げていた。しかし、それを意に介さないように突然宿儺は嗤い声を高らかに声をあげ、口元に手の平を当てながら虎杖を見下す。

 

「ケヒッククッ……小僧、残念だったな。時間切れだ」

 

「あ"? まだ勝負はついてねぇだろうが」

 

「俺が欲しかったのは時間だ。裏梅が準備を終えた」 

 

「さっきからゴチャゴチャと……!」

 

 殴りかかる虎杖を宿儺は術式を使って羽虫のように払う。

 

「お前は最後に殺す」

 

 ビッ キンッ

 

 バヅンッ! 

 

 足を斬られた虎杖は態勢を保てず膝をつく。

 

「このっ……!!」

 

 バガァァンッッ! 

 

 宿儺の体重を乗せた全力の一撃、虎杖は吹き飛ばされる。呪の王は待っていた。時が来るのを。

 

 ──

 

「野薔薇、二人は……」

 

「コイツ等は大丈夫よ。それよりアンタの方が傷だらけじゃない」

 

「大丈夫です。それより、ここでもしも宿儺が出てくれば勝ちの目がまた薄くなる……」

 

 チャキッ……

 

 刹那は座って血吸を虎杖の心臓に向ける。

 

「その時は一度殺します。憂太先輩と同じように気絶させるだけですが……」

 

 ドクンッ……ドクンッ……

 

(来た……!)

 

 パチッ

 

「えぇ!? 刹那!? 刀は危ねぇって!」

 

「……」

 

 バシッ! 

 

「痛ってぇ!?」

 

「……おいアホ杖、時間かけすぎ、あと重すぎ」

 

 釘崎は雑に虎杖の頭を叩き、文句を口にする。

 

「いや重いのは勘弁してくれよ……。とにかく、アイツは抑えたぜ! 後はこのまま、五条先生が勝つのを待つだけ──」

 

 ギィンッ!!! 

 

「……流石というべきか……決まり事だ。聞いておこうか」

 

 刹那の斬撃を宿儺も御厨子で受け止める。

 

 ジワジワと模様が浮かぶ。両面宿儺の受肉が再び完成する。

 

「死滅回遊で一度騙されてるので。あと、悠仁君の感情はそんな色をしていません」

 

 ドス黒く渦巻く虎杖の身体から溢れる呪いの感情。入れ替わりの時に刹那は見抜いていた。

 

「野薔薇、恵君を連れて今すぐ逃げてください」

 

「嫌よ、アンタを置いていけるわけ……」

 

「野薔薇……お願いです」

 

 刹那の静かな願い。釘崎と殆ど同じ目線で、でもほんの少し高くから、幼い顔つきで彼女は笑顔で言う。

 

「絶対……絶対絶対絶対!! 勝ちなさいよ!!」

 

「もちろん。負けるつもりでなんて来てませんから」

 

「おい宿儺! 刹那になんかしたら絶対ぶっ殺す!!」

 

 ダッ! 

 

 釘崎は宿儺へ指を指して威嚇し、伏黒を連れて行く。

 

「……存外甘いですね。僕ごと殺すとか言ってたくせに」

 

「生憎、俺にもそこまで余裕は無いのでな。多少なり変化した小僧の身体にもう一度馴染むだけの時間が欲しかった。まぁ、あの小娘は相変わらずのようだが」

 

「ふふ……良い女でしょう?」

 

「活きの良い。生かしておくのも悪くないかもな」

 

 自慢げに嗤う刹那と、その言葉を肯定するように嗤う宿儺。二人は並んで歩き出し、五条と羂索を見上げる。

 

 しかし、見上げた先はお互いに違った。刹那は二人を、宿儺はさらにその先、裏梅から放たれた氷塊を見ていた。

 

「「!!」」

 

(小さい氷塊? あの金魚のフンだな。今更援護射撃ってわけでもなさそうだし、何かあるな)

 

(伏黒の身体から離れた宿儺にはもう身体の完全回復は出来ない。やはりというか、流石か)

 

 羂索は五条の注意を自分へと反らすために必要以上に派手に呪霊をばら撒き、撹乱する。

 

 もっとも、今五条は宿儺を刺激するつもりはなく、刹那に全てを任せているため羂索は無意味に手札を減らすことになる。

 

 バコンッ……パシッ

 

「なんですかそれ」

 

「奥の手、というやつだな。が、金髪の男はいい仕事をしたぞ」

 

「?……そう。まぁ、彼の人生にあまり口は挟みません。それなりに悔いなく逝けたみたいですし」

 

「あぁ。隣にいた女……羂索に次ぐ結界術の使い手だろう、見事なものだ。お陰で俺は満足にコレを使えん」

 

 コンコンと肩を叩く両刃の鉾のような呪具。宿儺の領域展開直前、万が最期に残した特級呪具、"神武解"。

 

 直哉が稼いだ時間の中、四音は反撃と逃走を諦めていた。特別な理由はない。ただ死に際、自身を騙した羂索にいっぱい食わせてやろうという、嫌がらせにすぎなかった。

 

 彼女は死の間際に命をかけた縛りでごく小さな領域を展開、宿儺の斬撃を僅かに耐える。先に死ぬことになった万が作った呪具へ、六芒の図形と並外れた結界術による強力な封印を施す。神武解の本懐である"雷"を、"宿儺のみ"を対象にして縛っていた。

 

「俺に限定した呪縛。天元を取り込んだ羂索でさえ解呪できない呪いだ。俺にはこいつを扱えん……刹那」

 

「?」

 

「くれてやる」

 

 ポイッ パシッ

 

 宿儺は神武解を刹那へと雑に投げて渡し、受け取ってしまった刹那も疑問符を浮かべる。

 

「え、なんで?」

 

「アイツは俺に"愛"を教えたかったらしい。最強故の孤独を知る、天上天下において唯一人の俺に。が、生憎俺はその感情を既に知っている」

 

 口を開けて欠伸をする宿儺。興味が削がれた女が作った呪具に対する執着も興味もとうに無かった。

 

「花が折れた痛みも、月が隠れる虚しさも。鳥の鳴かぬ朝も、人肌が離れる寒さも。どれも俺は千年前から知っている。奴の下らん戯言に耳を貸すつもりはハナからない」

 

「意外……でもないか」

 

 初代の記憶を断片的に遡った刹那に、宿儺の言葉はこの世の誰よりも理解しえる上、届く言葉であった。

 

「無論、お前もそれを扱えるとは思わん。伏黒恵にでもくれてやれ。生き残れたらの話だがな」

 

「殺す気でやるけど生き残れたらプレゼント……びっくりするくらい自分勝手ですね」

 

 刹那は呆れ顔で宿儺を嘲る。腰帯を緩め、二刀を挿す左とは反対に使わない右側へと神武解を括り付ける。

 

「加減しろとは言わん。ほんの小休止と戯れだ。俺も一切の手心は加えん」

 

 宿儺の殺気は本物。しかしその中に見える僅かな虚勢も一挙手一投足から刹那は視て感じ取る。奇妙な二人の術師の関係、見る者全てには納得も理解も遥か遠いことだろう。

 

「元々、悠仁君の身体は貴方にとっては檻。生得領域内でやりあって勝ったかもしれませんが、タイムリミットは近いんじゃないですか?」

 

 ザッザッザッザッ……

 

「そうだな。十九本分の俺と昔の身体。今の小僧の肉体の強度を考えれば……良くて三十分といった所か」

 

 ザッザッザッザッ……

 

「一応最後に聞きますが、降参するつもりは?」

 

「今更問うな。甘さが抜けんか?」

 

「……違いますよ」

 

 刹那は不敵に嗤う。長い黒髪をたなびかせ、薄く見開いた両目から覗く三つの瞳で、妖艶に宿儺へと微笑みかける。

 

「貴方への情けです」

 

「ケヒッ、言うようになったな。いいだろう、貴様らとは毛色が違うだろうが……"愛"を持ってお前を殺そう」

 

 最凶、最強の第3ラウンド。五条、宿儺、刹那、羂索。

 

 誰が最強かと問われ、答えることがおこがましい呪いの濁流。もはや新宿、渋谷は見る影も無いほど崩れ去り、その光景はどちらかの勝利によって過去の遺跡となるか未来の先駆けとなるか決まる。

 

 ガギィィンッ!! 

 

(宿儺も摩虎羅と同じと見ていい。二つとも原理は分からないけど寂滅意楽を弾いてくる。つまり、五条先生の無限を確実に突破する力を有している)

 

(やはり俺の斬撃は届かんか。まぁいい、式神がほぼ全滅した以上、伏黒恵よりも小僧の身体の方が都合がよい)

 

 互いの思考は一致し、それを打破するだけこ思考を巡らせる。

 

 パァンッ! 

 

(重い!! 肉体でここまで差異があるなんて!)

 

 呪力強化に限界はある。伏黒の身体と虎杖の身体には絶対的な筋肉量の差がある。膨大な呪力出力を有する宿儺ならば、その身体を徒手格闘に使いこなすのは容易いこと。

 

 パシッ……ゴチンッ!! 

 

「「!」」

 

 しかしどうしても届かぬ体重と筋力の差を刹那は技と奇抜な発想力で埋める。

 

 宿儺の右拳を右手で左へ押し込んで流し、左足で腹へ蹴りを入れるのを掴まって止められる。しかし刹那は肘で胸を突き、頭を掴んで頭突きで距離を取る。

 

「いッッ~……」

 

「むぅ……」

 

 お互いに額から血を流し、手を当てて痛みを抑える。度重なる領域の展開と術式の全開使用により、二人に呪力の底が見え始める。反転術式を使わないという考えが合致する二人は傷を治さない。

 

(僕達と宿儺達とでは勝利条件が違う。こっちはただ時間を稼げればいい、五条先生の方は……問題なさそうかな)

 

 空中で逃げ惑う羂索に五条は掴みかかり顔面と腹部へひたすらに蒼を使用した打撃を打ち込む。

 

「丈夫な殻だな、焼きすぎじゃねぇの?」

 

「うるさいな!さっきからトークが古臭いぞ!!」

 

 五条は羂索を投げ飛ばして指先へと呪力を集め、それを放出して追撃を加える。

 

「赫」

 

 ボッ! 

 

(呪霊も残り僅か……地上の分を合わせても百体いないか……!)

 

 五条の不可侵は羂索には直接破れない。度重なる肉体の破壊と呪霊の高速的な消耗で羂索にも焦りが見え始める。だが、同時に五条にも僅かな焦りが見え始める。

 

(僕の出力が落ちてるわけじゃない。混在してる呪霊の強度か慣れか、だんだんダメージが浅くなってきた。宿儺の斬撃は僕の無下限を貫通するみたいだし、迂闊に手を出せないな)

 

 純粋な速度に加え、反射の隙間を縫うような刹那の打撃は夏油や五条でさえ完璧には捉えられない。だからこそ宿儺は回避の選択肢を無くして正面から受け止めることに徹する。急所を逸らし、確実にダメージを軽減させる防御で反撃を仕込んでいく。

 

(殺った!!)

 

 バギィッ!! 

 

 右の大振りからのフェイントによる刹那の渾身の左裏拳を受け止める、膝を蹴って態勢を崩し、顔面を膝で蹴った直後に後頭部を地面へ叩きつける。

 

 しかし、刹那は術式を使って叩きつけられた衝撃を殺し、一瞬の静寂が生まれる。一瞬の無音は僅かな認識の遅れを生む。

 

(? しまっ──)

 

「残響」

 

 折れた鼻から血を流しつつ、横へゴロリと転がる。妖艶な笑顔と共に人差し指を宿儺の顔面へ向けて術式を使用。先程の威力が再現された宿儺は一瞬だけ仰け反る。

 

 揺らいだ隙を逃さず、刹那は腕で飛んで宿儺の頭を太腿で挟み。そのまま上半身の捻りを利用して地面へと叩きつける。

 

 バガァンッ!! 

 

(攻め時!!)

 

 刹那は飛び退いて象印を結び、領域を展開しようとする。

 

「……判断を誤ったな」

 

 ドロッ……ボダボタタッ……

 

(!!?)

 

 刹那の脳へのダメージが、ついに臨界点を迎える。

 

 両眼と鼻から血を流し、膝をついた刹那の前に宿儺は立つ。

 

「いくら右眼とその優れた脳を持ってしても、お前の術式の負担は隠せまい。しかも、他の術式を使うたび、世界に定義されているお前の魂の上書きを繰り返す……本当に死ぬぞ」

 

「自分の命もかけられないで……呪術師は務まらない!!」

 

 反転術式で脳を治癒し、刹那は再び象印を結ぶ。

 

 同時に宿儺も象印を結ぶ。彼の肉体は、先刻受けた無量空処の影響を受けていない。

 

「「領域展開」」

 

 お互い縛りを設けず、一番スタンダードな形で結界を閉じて領域を展開する。正真正銘の完全決着が予想された。

 

 伏魔御厨子 未了無還門

 

 ──五秒──

 

 両者の結界が崩壊するまでの時間。




原作に抗うのが二次創作だ!!(泣)


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第八十話 噛み締めろ

記念すべき八十話!高2?辺りから続けて2年くらいですかね?
趣味の範疇でもここまで続いてるのはやっぱり感想でいただける応援の影響が大きいですね!
それでは、お楽しみください!


 夏油の呪霊を経由して釘崎は伏黒と共に待機場所へと戻る。硝子はすぐに伏黒の容態を確認、夏油は降りようとする。

 

「先生!! 誰でもいいから今すぐ刹那のところに!! あと伏黒を!」

 

「釘崎!」

 

「分かった、すぐに──」

 

 バチチヂッ……バァンッ! 

 

 しかし鹿紫雲は電撃で夏油を牽制、前に立って止める。

 

「行くな。何度言わせるつもりだ」

 

 青筋を浮かべ、我慢の限界を知らせる鹿紫雲の電撃が数本のケーブルをショートさせる。

 

 次はお前らじゃねぇって言ってんのが分からないか!?」

 

「余計なことで争いたくはない。どいてくれ」

 

「おい、座れ! 二人が領域を展開するぞ!!」

 

「「!?」」

 

「そんな……!!」

 

 両者、展開から僅か五秒、領域が破壊される。結界の中から現れたのは、全身に刻まれた解と捌による斬撃痕を残し、ズタズタに斬り裂かれた肉体の刹那。

 

 そして、肘と膝から先を失ったことで平衡感覚を失い、地に伏す両面宿儺の姿。

 

「相打ち!!」

 

「いや……! どこまでも……呪いの王……!!」

 

 ──

 

 両面宿儺は覚えていた。刹那の領域、その門から放たれる"無"を。感知、防御不可能の無を避ける為、あえて刹那への斬撃を減らし、虚空へと斬撃を放つ。高密度の斬撃を無くしながら進む"無"を捉え、宿儺は紙一重でそれを避けた。

 

 "無"は前へ直線にしか進まない。その特性上、大きく円を描いて宿儺へ当てにくる。無が再び自分の身体を削る前に、宿儺は刹那への斬撃を行って領域を保つだけの体力を奪った。

 

 触れれば感覚は消え、たとえ領域から脱しようと反転術式の治癒が一定時間不可能となる。しかし、自らそれ以上の部位を切り離すことで感覚を上書きし、その問題も解決する。

 

 宿儺は消された上の部位に当たる肩と太腿を自ら千切り、反転術式で治療する。

 

 ほぼ全快の宿儺。反転術式の治癒

 

 ガクンと、壊れた積み木のように崩れた刹那から呼吸は聞こえない。

 

 過去に幾度となく身を犠牲にし、その度に勝利を納めてきた彼女。

 

 その光景を見た一同に一致した思考は"敗北"の二文字。 

 

「……後は五条悟を殺せば俺の目的は達成される。そこで見ていろ、時代の終わりを。運良く目覚めたその時には……永劫、傍らで(呪い)を噛みしめろ」

 

 宿儺の斬撃は何度も刹那の身体を斬っていた。出力の低下もあり両断出来ないのは悔やまれたが、手は抜かず、確実に殺す威力。放っておいても彼女の身体から流れ出た血で失血死する。

 

 …………ザクッ! 

 

 ハズだった。静寂だけが存在する空間。不意に響いた、肉を貫く刃の音。それはまさしく継続の狼煙。

 

 自ら手にかけた。間違いなく殺す気で呪った。油断はなかった。だが、心の何処かで期待していた。

 

 彼女が、まだ立ち上がることを。

 

「……ケヒ……クックック……そうだ! そうでなくてはな!! 阿頼耶識は!!!」

 

 血吸を自らの腕に刺し、血吸に込められた最後の呪力を供給。童子切と血吸には呪力を吸い取り蓄える術式が付与されており、その総量は青天井。

 

 しかしそれでも全開時の3割程度が今の限界。そこから反転術式を行使し、身体を最低限に直す。

 

 大きな喜びで満たされ高らかに嗤い声をあげる宿儺の背後で彼女は立ち上がる。

 

「命を賭けたんだ……! 死ぬまでやれ!! 両面宿儺ァ!!!」

 

 ブシュッ! ガァンッ!!! 

 

 腕から刀を抜き、宿儺の打撃を柄で弾いて向かっていく。

 

 術式が使えない今、純粋な打撃に呪力操作のリソースを割いた宿儺の打撃で刹那は吹き飛ぶ。その先に五条は先回りして刹那を受け止める。

 

「刹那、まだやれるんだね?」

 

「まだまだやれます!!」

 

「オーケー、呪霊は全部祓った。羂索と宿儺を直線に集めるように二人で動くよ」

 

 言葉にせずとも二人の特級は互いの意図を明確に読み解く。

 

 宿儺ならばそれでも確実に肉の形を保つ。ある種の信頼を置いている二人は、全力で二人を呪うことを決意する。

 

「悠仁君!! まだ出てきちゃ駄目ですからね!!」

 

 再び刹那は血吸を構えて宿儺へ向かっていく。

 

 また、余裕を演じる五条も既にピークは迎えている。

 

 呪霊を全て祓い終えたのは事実。しかし領域の展開は既に不可能、脳へのダメージから鼻血を流す姿は戦いの過酷さを語り、不可侵の強度も密度も下がっている。

 

 最強、五条悟が負ける姿をイメージさせる材料には充分。

 

(宿儺の術式の回復は今の僕より速い。でも性能は僕のほうが上、ここを凌げば勝ちの目が見えてくる……!)

 

 五分。宿儺が宣言した虎杖が戻るまで、茈を当てるまでもなく宿儺がこの舞台から退場するまでの時間。

 

 しかし、刹那の言葉を信じる虎杖は恐らく出てこない。

 

 二人の虚式が決まるまで、彼は宿儺の中で闘志という刃を研ぐ。

 

 その間、二人は術式が無い状態で呪い合う。

 

 刹那の斬撃を手元の柄に打撃を加えてズラし、直撃を避けていく。二刀でなくなった今の連撃は密度がない代わりにさらに速く、重い。いなしきれない斬撃は宿儺の身体に確実にダメージを与えていく。脛を斬って前のめりになった宿儺に対し、刹那は地から足を離して前に回転した勢いで宿儺の顔面を地面に蹴り落とす。刀を巻き込まないように左手で受け身を取って着地し、次の攻撃へと移ろうとする。

 

 しかし、ここで宿儺の虚をつく一撃。虎杖の身体に移ったことにより、脳の破壊と再生による術式の回復が可能になった宿儺は刹那より一歩速く術式の行使が可能となる。

 

 頭から血を流しながらも即座に復帰して横に飛び、矢をつがえる構えを取る。

 

「■■■[開]」

 

 ギュイッ──ボォンッ!!! 

 

 業火の弓矢を放ち刹那はそれを右腕に持ち替えた刀で空へと受け流す。しかしそれは布石、さらに巨大な炎の矢をつがえている宿儺が嗤いかける。

 

「開ァ!!!」

 

「位相、黄昏、智慧の瞳」

 

 僅かな差で術式がジャストで回復した刹那。三発の"赫"を既に放ち、六度の黒閃を放っていた彼女の脳は、呪符付きの蒼一発なら領域を展開せずとも靄の中で擬似的に再現するまでに至っていた。

 

「蒼」

 

 開による炎の矢を避けて蒼は直進する。その引力で宿儺は背後へと引っ張られていくが、炎の矢は身体を逸らした刹那の右腕を焼く。莫大な計算を必要する無下限呪術の疑似再現により、本日3度目となる鼻と目からの流血。地面を紅く染めるながら刹那は前のめりに膝を着く。しかし、それでも彼女は意識を離さず靄を展開し、蒼を先へと伸ばし続ける。

 

(出力が足りない……考えろ……頭を回せ!!)

 

(無下限!? だが出力は五条悟とは比べ物にならん!)

 

 宿儺は出力の低い蒼の吸引に耐え、呪符を唱えて御厨子の威力を強化しながら刹那へと向かっていく。

 

「"龍鱗"、"反発"、"番の流星"」

 

「"涅槃(ねはん)"と"廻廊(かいろう)"、"梦の境界(ゆめのきょうかい)"、"史実の裏側(しじつのうらがわ)"」

 

(呪符!!)

 

 刹那の術式には呪符が必要ない。元は0か1しか存在しない彼女の術式。本来の形、あらゆる理の曲解という複雑すぎる術式に対し、刹那が"今"設定した呪符である。

 

 呪符は術式への意味よりも、単語一つ一つへの言霊の方が意味がある。その意味が強いほど、詳細なほど、術式はその威力を増す。

 

(関係ない、貴様の呪力ごと断ち斬る!)

 

「解──」

 

 パァンッ!!! 

 

 宿儺のトドメの瞬間、魂の喝采が鳴り響く。

 

 原理は単純、直線上に伸ばした靄の中にある"一定以上の呪力を持つもの"、即ち蒼と宿儺を"不義遊戯"で入れ替える。

 

 宿儺の解は場所の入れ替えによって刹那の真横スレスレに放たれ、深い斬撃痕を刻む。

 

 再三語るが、領域内でない不義遊戯の発動も、前持たない呪符の設定も、死の間際、六度の黒閃を経た今だからこそ為せる技。

 

(ここを乗り越えて……次は……? 次なんて、次を考えて動くな……今この瞬間に! 全てを捻り出せ! 僕のすべてを今ここで賭けろ!!)

 

 自身にかけていた術式、痛みの遮断や呼吸機能の安定化の為の効果を全てカットして戦闘に回す。身体が悲鳴をあげ、今にも彼岸を渡りかける彼女の意識は研ぎ澄まされていく。痛みがあるとないとでは、五感の済まされ方は段違い。身体の血管一本に渡るまで、靄状の呪力が行き渡る。

 

 文字通りに死地に立ち上がる刹那と宿儺の戦闘中、五条もここを攻め時として動いていた。

 

「ガボァッ!」

 

 五条は羂索の肩を掴み、膝蹴りで呪霊による腹の装甲を破壊する。そのまま蒼の高速移動で地面へ自分ごと激突、地面を削りながら移動し羂索を吹き飛ばす。

 

 羂索は身体から伸ばした触手で即座に止まり、右腕を圧縮した呪霊の刃に変え、展延を混じえながら五条へ突き立てる。

 

 ブシュッ! 

 

「甘ぇよ!!」

 

 五条は右掌で刃を受け止め、腕力で引き寄せながらドロップキックで羂索を吹き飛ばし、蒼と入れ替わった宿儺は羂索と背中合わせにぶつかる。

 

「位相、黄昏、智慧の瞳」

 

 ボヒュンッ!! 

 

 刹那の蒼は五条と原理が限りなく近い偽物。だからこそ、それを補うように後追いで呪符を唱え、刹那の蒼を五条の術式で上書きして補填し、"無下限呪術の蒼"に作り直す。刹那の蒼の操作権が五条へと移り、二人の上空へと操作される。同時に、刹那の靄がその場を取り囲むように覆われる。

 

(やはり出力は落ちている! これならギリギリ破壊できる!!)

 

「"阿吽(あうん)"、"輪環(りんかん)"、"現の扉(うつつのとびら)"、"窕の残り香(うつろののこりが)"……」

 

「!!」

 

 羂索の思惑、極の番の発動。その起こりを見抜いた刹那は、今度は反転の呪符を設定、羂索へとそれを向けて放つ。

 

「残響」

 

 "残響"による再現効果を呪符で高め、一瞬の再現から僅かにその期間が伸びる。加えて、"威力"の再現ではなく"ダメージ"の再現になったことから、呪力による防御は意味を為さない。

 

 先刻羂索が五条との戦いで回復させたダメージが、一度に身体に刻み込まれる。

 

 ビキキキッッ!! 

 

「ッッ!!」

 

 一瞬遠のく意識、僅かな余裕も消えた羂索は五条の蒼に抗いながらも血を吐いて膝を着く。

 

「[開]!!」

 

 宿儺はその場を脱するより、確実に頭上の蒼を破壊するため、炎の矢をつがえて放とうとする。

 

 しかし、弦となる左手がそれを許さない。左半身に現れた虎杖悠仁が右手を掴んで蒼から逸らし虚空へ放ち、首へと掴みかかる。

 

「とっくに逝く準備は出来てんだよ、噛み締めろ!! 呪い()を!!!」

 

「小僧……!!」

 

「位相、波羅蜜、光の柱。術式反転、赫」

 

 ダッ!! 

 

 まだ炸裂させない赫を二人の上へ放ち、即座に刹那を守るために呪符を唱えながら移動する。自身の生存を度外視した刹那は呪力を全て使って羂索と宿儺の二人を包み、呪符を唱える。

 

「"九綱"、"偏光"、"烏と声明"、"表裏の間"……」

 

「"涅槃"と"廻廊"、"梦の境界"、"史実の裏側"……」

 

 一方の宿儺と羂索は蒼の破壊に失敗し、打つ手は無し。

 

 覚悟を決めたか二人は全呪力を防御へと回す。しかし、

 

 刹那は完璧にタイミングをリンクさせ、刹那の術式への対策が疎かになった所へ呪符で強化した"虚"で二人の五感を無くし、呪力の操作(コントロール)を奪う。

 

 収束と発散。二つのエネルギーは混じり合い、仮想の質量を押し出す。

 

 それは観測者の想像を有に超える威力を持つ。

 

 それは術師達の瞳に写る実像を仮想が塗り替えていく。

 

「「"(うつろ/きょ)"式、茈」」

 

 指向を絞らない無制限、零距離、防御不可、完全詠唱の茈。

 

 周囲一帯が再び瓦礫と五条の呪力で沈む。魔都、新宿渋谷は見る影もない、文明の滅んだ景色と化す。

 

 舞い散る砂埃の中から現れる三つの影。

 

 パラパラッ……

 

 度重なる超エネルギーのぶつかりあいに天候が刺激されたか、東京都心にも関わらずパラパラと粉雪が降り始める。しかし三者とも、それを愛でる余裕は一切なく、降っているのも気付かないように話し始める。

 

「げぇ……まだ生きてんのかよ。可愛い教え子との合体技なんだからテメェだけは綺麗に消し飛んでくれっての」

 

 五条は刹那の刀を握っている。徒手格闘がメインとはいえ彼にも呪具の心得はあり、五条の呪力を込めて振るった刀のおかげで二人にダメージは殆どなかった。

 

(この身体に合成した呪霊……残りニ十二体……天元を消費するわけにもいかないしここまでだな。八十万体を一人で祓いきるとはね……)

 

 咳き込んで口から吐き出す血を見て、自身の限界を悟った羂索は逃げへと回る。

 

「宿儺。悪いね、ここでお別れだ。まぁ、君としては満足だろう、私としても充分だ」

 

 また、同様に二人にもダメージは殆どなかった。羂索は天元によって底上げされた結界術による簡易領域を展開し、茈から自分を保護したお陰で辛うじて無事。しかし、それでもダメージは隠しきれず、右腕は消し飛び、全身に火傷のような跡が出來ている。

 

 虎杖悠仁の肉体は生来の頑丈さと、防御に回せないとはいえ宿儺の膨大な呪力による肉体の保護、完全に気を失っている。

 

「逃がすと思ってんのかよ、つくづくおめでたい奴だな」

 

 五条は倒れた刹那の鞘に刀を戻し、拳へと呪力を込める。獲物を狙う狩人の目は明確に羂索を見据える。

 

 頬に伝う汗を感じながらも、決着がついたことを理解している羂索は笑みを崩さない。

 

「はは、そんなことはないよ。今の君ではもう追撃は不可能だろうからね」 

 

 ガクンッ

 

「!?」

 

 五条は突然膝を着き、鼻と目から流血する。

 

 六眼で呪力ロスがなくとも、数値化出来ない脳の疲労は蓄積されていた。ついに現代最強が膝を着く。

 

「正直その状態でも勝てるか怪しいし、私はお暇させてもらう。不幸中の幸いかな、さっきので烏も全員掃けた。臆病な仲間たちで助かるよ。私はモニターに映る前に逃げるとしよう……各地で撒いた呪霊の間引きもそこそこ終わってるし、強いやつは私が叩かなきゃいけないからね」

 

 バサッ! ビュンッ!!! 

 

 次に待機組が目にしたのは、明らかにダメージの許容量を超えた三人。一人は肩で息をして、目と鼻から流血して動けず、一人は全身に走った五条の呪力で力尽き、その閉じた双眸で空を仰ぎ、一人は横たわり二人へと手を伸ばし、虚しく力尽きる。

 

 勝者無し。しかしながら、この戦いは未来に語り継がれていく戦であると、関係者は後に語るだろう。

 

 ──ー

 

「リカ!」

 

「は~い」

 

「私を置いていくな!」

 

 土煙と粉雪が舞う中、薄っすらとモニターに写った倒れた三人の影。止められていた乙骨が先に前へ出る。

 

 リカと真希と共に先駆けで降下する。

 

「夏油、呪霊を出せ! 治療しにいく!」

 

「分かってる! まだ何かあるかもしれない、戦える人間は全員来なさい!」

 

 夏油は多数の飛行型呪霊を出して先に戦える術師と共に出る。

 

 しかし、背負うものの無い手練れが見る終わりはまた別のもの。鹿紫雲は欠伸をかきながらゆっくりと降りる。

 

「決着は着いてんだろ、バカバカしい」

 

 ──ー

 

「おい悟、動くな!!」

 

「二人共! 生きてる!? 今反転術式を……!」

 

「悟!! 虎杖!! 刹那!!」

 

「……! 三人を順に並べろ! 私が治療する、乙骨も手を出すな!!」

 

 烏からのモニターが復帰し、乙骨と真希が三人へ声をかける。夏油と硝子が次に駆けつけ、後から全員が合流する。三人を集めて簡易的な医療器具を横に並べる。

 

「皆……!!」 

 

「……! 二人は……!!」

 

「動くな五条、反転術式も使うな。私に任せろ」

 

 虎杖は生来の肉体と宿儺の影響もあり、比較的に治療が容易な外傷のみで済んだため、麻酔と臓器周りの治療で済ませる。

 

「悟。これ以上は頑張らなくて良い。小型の呪霊に追跡させた。全国各地に私の仕込んだ呪霊もいる、見失わない。絶対に逃さないよ」

 

 五条は意識はあるが途絶えかけも良いところ、いつもの蒼は紅く染り、その瞳は虚空を見つめ、震えた腕は限界を物語る。

 

 前進しようとする意思だけが彼にはあるが、自ら死へ進もうとする親友を夏油がなだめ、安心したように彼は意識を手放す。

 

「まずいな……! 真希!! ありったけの麻酔と輸血剤を持ってきてくれ、O型のがいくつかあったはずだ」

 

「分かった。他には?」

 

「そうだな……毛布とか、温めるものも頼む」

 

「了解」

 

 真希と乙骨は待機していた場所へと走る。その間に硝子は最も重症である刹那の脈と心臓の鼓動を聞きながら、服を破って簡易的なホルター心電図を取り付ける。

 

 当然の如く、常に危険を知らせるアラームが鳴り続ける。

 

(……脈が速く鼓動が弱い。出血のせいで体温も低い、彼女の生命力でここまで弱るとは……!)

 

 ヒューヒューと力のない呼吸音と冷たい指先が、どれほど彼女を弱らせているかをそれぞれに悟らせる。手速い反転術式と、身体に負荷をかけすぎないように医療の知識をフルに稼働させて出来るだけ外科的な治療を施す。

 

「持ってきたぜ」

 

「ありがとう、助かる。刹那……悪いが、君はここで死んではいけない……絶対に死なせないからな」

 

 ドサドサと輸血用の血と毛布を持ってくると、硝子はそれを刹那の血管へ繋ごうとする。

 

「ゴフッ……」

 

 ビチャッ……

 

(吐血……!!)

 

 ピーー……

 

 突然血を吹いた刹那。僅かな嚥下の音と、硝子の頬にかかった生温かな血液。同時に、無情に鳴り響く高音が生命の終わりを高らかに告げる。

 

 



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第八十一話 虚の玉座

 ピ──ー! 

 

 命の終わりを告げる高音。現代の人間たちにとり、その音は患者がいかに危険な状態を示すかは各々理解している。

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

「真希、AEDだ!! 心臓が止まった!!」

 

 即座に心臓マッサージを開始した硝子は真希に再び指示を出す。

 

「AED!? んなもんどこに……!」

 

「ビルや公共機関にある!! 動けるやつは全員走って探して来い!!」 

 

「私も行くよ!!」

 

 日下部の指示から西宮と真希を筆頭に、機動力に長けたメンバーで探しに行く。五条と宿儺だけで十キロ近く破壊された渋谷と新宿を抜けて探すのは決して容易ではない。硝子はかつて無い程の焦りと緊張感で心臓マッサージを繰り返し、硝子の頬には汗が伝っている。

 

(心停止から三十秒……! このままでは脳に影響が……!!)

 

「刹那……! 刹那お願い、起きて!!」

 

 釘崎は刹那の手を握って呼びかけるが力なく、虚しく握る腕からは温度が消えていく。

 

「……どけ」

 

「!」

 

 鹿紫雲は釘崎と硝子をどかし、刹那の胸へと手を当てて呪力を練りながら硝子に問う。

 

 ビリリッ……

 

「おい医者、AEDってのはどの程度の電流と電圧だ」

 

「……理想は1200〜2000。Aは30〜50を瞬間的に繰り返してくれ。この際正確性は問わない、心臓さえ動けばいい」

 

「面倒くせぇな……まぁ、やってやる。出力ミスっても文句は言うなよ」

 

「釘崎、呼び続けて。きっと聞こえてる」

 

「えぇ……! 刹那、起きて!! アンタがいなきゃ嫌よ!」

 

 バリリッ……バチンッ!! 

 

 数秒置きに電流で刹那の心臓を刺激する。その度に皮膚は焦げ、身体はビクンと跳ねるが、後遺症を遺さない為、横から硝子が反転術式を絶え間なく使用する。

 

(駄目か……!?)

 

 心停止から五十二秒、鹿紫雲の蘇生開始から二十二秒。諦めかけた頃合い、地獄に引き止める鼓動が響く。

 

 ……ドクンッ……

 

「! 動いた!! 止めろ馬鹿!」

 

「おっと、もういいのか」

 

「あぁ、感謝するよ。ここからは私の仕事だ」

 

 釘崎は電撃が終わり、手を握って呼びかけるが不安な表情を隠せない。それを横目に鹿紫雲は片膝で胡座をかいて硝子の施術を見守る。

 

「ほら、コレ持って立って、なるべく上から。日車さん、貴方も手伝って」

 

「お、おぉ」

 

「こうでいいのか?」

 

 傍観していた日車と、役目が終わったと思った鹿紫雲に指示を出して点滴棒の代わりに立たせる。充分ではないながらも数種の点滴の管を繋げ、懸命に治療を続ける。

 

「硝子さん! これでいいのか!?」

 

「こっちもあったよ!!」

 

「ゆうたぁ、これぇ?」

 

「それそれそれ!!」

 

「しゃけぇ!」

 

「ねぇ、これってこんなにいるの〜?」

 

「俺に聞くなって、わかんねぇよ!」

 

 真希と西宮に乙骨、先に走っていた猪野と染秀に秤も合流する。ドサドサとAEDを大量に置いて一同は騒ぐ。

 

「君達、静かにしなさい。今硝子が治療中だ。AEDは鹿紫雲君が代わりを果たしてくれたよ」

 

「怪我人の前で騒ぐものじゃない。大の男達がみっともないぞー」

 

 そこへ配信を終えた冥冥姉弟と九十九が入り、騒ぎを鎮める。

 

「なんだよ鹿紫雲ォ! お前意外と人間味あるじゃねぇか!」

 

「うるさい、別にそんなんじゃない。強いやつは世に多いだけいい」

 

「どんな理由であれ助けたことに変わりはないさ。私からも感謝するよ」

 

 特別感謝を受け取ることもなく鹿紫雲は如意を手にしたまま刹那を見守る。

 

「……峠は超えた」

 

 ゴム手袋を外し、一通りの簡易的な施術を終えた硝子は汗を拭いながら一息つく。

 

「良かった……!! 本当に……!」

 

「どこか近くに……大きな病院はないか、出来ればベッドの上で適切に治療したい。そこの二人の分の担架を。力持ちは取り敢えず待機所まで運んでやってくれ」

 

「おう」

 

「了解です」

 

「分かりました」

 

 決戦開始から実にニ時間と数分。意図せず起こった魔都、新宿渋谷間での最強という玉座を取り合うタイトルマッチは、まさかの"引き分け"で幕を閉じた。

 

 ──ー

 

 二日後

 

 機能の閉じた東京では、電力のみが動きながらも人がいない場所などいくらでもある。大きな病院で万が一の襲撃のため、四人それぞれを離した病室へ移して護衛をつけている。

 

 最重要戦力である二人、五条には現在の最大戦力であり、反転術式を扱える乙骨が。虎杖にはもしも宿儺が出てきたときのため、肉弾戦が強く、手数の多い夏油が。そして刹那は未だ危険な状況には変わりないため、停電時などの有事を考え、電撃による蘇生が行える鹿紫雲がつき、秤と綺羅羅もそこにつく。

 

 伏黒は肉体への負担があったが精神的なもので、来栖と釘崎、猪野がついている。

 

「悟が病室にいるのが未だに現実味が無いな」

 

「イメージしたことすら無いもんね……」

 

「病院送りにしたいとは何度も思ったけどな」

 

「しゃけ、ツナマヨ」

 

 二年生組は一斉に五条のいる病室を、外から覗いて不思議そうに眺めている。

 

「……別にもう治ったんだから皆入っといで〜。GLGが暇してるヨ〜」

 

 ガラッ

 

「そんなわけあるか」

 

 四人がドアを僅かに開けて覗いてる所から硝子が顔を出し、五条の発言を否定する。

 

「お、硝子。なんだ、悟と逢引か〜?」

 

「なわけあるか。回診だ」

 

 硝子の手には缶のコーヒーとレントゲンの写真がいくつか抱えられている。

 

「ほら、お前の頭の中だ。思ったよりちゃんと詰まってるのな」

 

「あったりまえでしょ。こちとらGG(グレートジーニアス)よ?」

 

「ちゃんと見ろ、この部分! 前頭前野、ボロボロのズタズタだ。反転術式をフルに回した結果!! 何もするな、全て私の指示に従え。呪力も練るな、できれば目も開けるな。最低5日は寝込んどけ。病院食もちゃんと食えよ」

 

「え〜!? やだやだやだ!! 甘いもの食べないと脳がチンしちゃうよ!?」

 

「糖分なら問題ない。そこの点滴と、あとタブレットが用意してある。いくらでも食え。じゃあな、私は三人の所へいく」

 

「ザマァねぇな」

 

「三日なら安いもんだろ」

 

「しゃけ」

 

「ちょっと気の毒な気もするけど……」

 

「乙骨、ヤツに同情するな。つけあがるだけだ」

 

「助けて傑ー!! 硝子がなんか厳しい〜!!」

 

 続き、虎杖の病室へ行くと、夏油が虎杖の横でりんごを剥き、その横で日車と脹相が剥いたリんごを食べていた。

 

「おや硝子、回診かな。林檎食べる?」

 

「無賃で買い物をするのも悪くない」

 

「いらん。そんなことより虎杖の容態はどうだ?」

 

「どうもこうも、ずっと寝たきり。たまに唸るけど、悪夢を見てるのか生得領域で宿儺とやりあってるのか……ま、良くも悪くも変わってないよ」

 

「悠仁は無事なんだろうな、俺はもう……弟を失いたくないんだ……!!」

 

(虎杖悠仁の家族関係が中々に複雑だな……)

 

「案ずるな。見た目は五条の茈でボロいが、流石というべきか異常に回復が速い。四人の中じゃ一番心配する必要がないよ彼は」

 

「そうか……! 流石悠仁だ。昔から風邪もひいたことは無いし、小学校の運動会でも……」

 

「ほう……興味深いな。どうりで肉体があれだけ……」

 

 存在しない記憶をぺらぺらと語り始め、それを興味深そうに聞き入る日車。その横で硝子は点滴のパックの説明を夏油にする。

 

「バイタルも安定しているし目立った変化もない。が、十九本分の宿儺の魂を喰らったんだ、身体が適応するのに時間もかかるんだろう。何かあったら頼んだぞ」

 

「任せてくれ。あぁ……悟はどうだった?」

 

「甘いものが食いたいと喚く程度には元気だ、相変わらず五月蠅かった。……が、どう見ても空元気だな。生存に支障は無いだろうが、今までと同じ動きが出来るかと問われれば分からん。なんせ"五条悟"だからな」

 

「……逆に安心した。彼も人間だって分かったからね」

 

「それには同意せざるを得ないな……さて、次に行ってくる」

 

 次に回るのは刹那。彼女が今回の一番の重症者である。

 

 一歩間違えば……というより、一度確実に死んだ彼女の命を呼び戻した功労者。鹿紫雲は秤と綺羅羅と共に静かに佇んでいた。

 

 ガラリと音を立ててその静寂は破られる。

 

「悪いな、暇だろう」

 

 硝子の手には酒を含む数本の飲み物と酒のつまみのような乾き物などが入ったビニール袋が握られている。

 

「三人共喉乾いただろ。酒はイける口か知らんが、まぁ、酔わない程度にな」

 

「……いいの? 硝子さん一応教員でしょ?」

 

「今の教員は私含めてだいたい全員前科持ちだ、気にすることないよ」

 

 流石に病人の前でタバコは控え、硝子は薄く笑って隣のベットに座る。

 

「じゃ遠慮なく。鹿紫雲も呑めよ」

 

「……別にこんな扱いしなくても気は変わらねぇよ」

 

「懐柔の意味を込めた訳では無いさ。ただ、フラストレーションが溜まってそうだったからな。……酒はいい……この程度では酔えないが、浴びるほど飲めば大抵のことは忘れられる……」

 

 硝子は刹那の髪をかき上げて呟く。

 

「……彼女は何度彼岸を渡りかけるのだろうな。その度に連れ戻され、同じ死地へ向かっていく……呪いの連鎖は終わらないな」

 

「「「?」」」

 

「気にするな。独り言だ」

 

「……硝子さん、ちょっと休んだら?」

 

「休んでいるじゃないか。私のことは気にするな、君達よりは命の安全が保証されているんだ。こんな時くらい頑張らせてくれ」

 

 目の隈がさらに深くなっているのを見た三人。硝子に取ってかわれる人物は今の呪術界にはいない。四人の治療とバイタルチェック、さらには他の人間の健康チェックも片手間とはいえ行っていた。

 

 プシッ

 

「そういや刀はどうしたんだ?」

 

「京都校の空色の髪の子がいたろ。刀持ってたし彼女に渡しておいた。手入れしてるらしいが、五条曰く"妖刀"らしいからな、長くは持たないように言ってある」

 

「折れたほうはどうするつもりなんだろ」

 

「さぁな、うちには鍛冶師なんていない。折れたまま使うか、供養するかだ」

 

「……美味い」

 

「「「?」」」

 

 三人が話す横で、手持ち無沙汰になった鹿紫雲がビールを飲んで呟く。

 

「これが麦酒か……悪くない」

 

「……純粋な感想を初めて聞いた気がするぜ」

 

 場所は変わり、地下一階の病室に置かれた伏黒。その周りには釘崎と華、それに猪野と暇をつぶしに来た染秀がいた。

 

「だから、コイツは本当に刹那の彼氏なのよ」

 

 あいも変わらずピョンピョン跳ねる頭を指先で弾きながら釘崎は来栖へと説明する。死滅回遊のときに虎杖と真希が説明したのが腑に落ちなかったようで、彼女は再び問いかけていたのだ。

 

「そ……そんな……こんな! ウニ頭で無愛想な人を好きになる人なんているわけないじゃないですか!?」

 

「落ち着け華。君は伏黒恵を好きなんだよな?」

 

「そこのウニ頭でヤンデレでむっつりで無愛想な奴を好きなのよ。まぁ、顔はいいし。それと昔からの馴染みらしいわね」

 

「私の方が古いです! 多分六、七歳位の時に一回助けられました!」

 

「……こいつ頭いいけど流石に覚えてないんじゃない?」

 

「絵、上手いな〜。これは何描いてんの?」

 

「……擬獣化? 釘ちゃんは猫で、天使ちゃんは鳥で、伏黒君はウニ」

 

「おぉ、じゃ俺は?」

 

「えー、君は……犬? なんか……後ろからついてくる後輩味が強い」 

 

「あ〜……合ってるかもな。へへ」

 

 伊野は帽子を少し深めに被り直し、潰れた右眼を隠す。

 

 その思考の端には七海が彼を呼んでいるような気がした。

 

「はぁ……七海サァン……」

 

「辛気臭い。私だって高聡の身体を好き勝手にされてんの。私だけじゃないし、ここの皆それぞれ何か失ったり覚悟してきてんだから。忘れるなとは言わないけど口に出さないで」

 

 絵を書きながら彩華は辛辣に諭す。しかし先刻犬と例えられたばかりの伊野は前を向いて進むことを決意する。

 

「こんな時七海さんは……そうだ! アンタと似たようなこと言うかも!! おっけぇ! 助かった!」

 

「「うるさい! ここ病室!!」」

 

「アッ……すいません……」

 

(……二人も中々うるさいけど、まぁ、そのお陰で目覚めてもロマンチックかも)

 

 ガタリと立ち上がって手と声を上げるが、二人に大声で叱られ、まるで垂れた尻尾が見えるように目に見えて伊野は大人しくなる。

 

 リハビリルームでは何となく落ち着かないのか、三輪と西宮、歌姫と日下部に楽厳寺が今後についてやれることを話している。

 

「これ……刹那ちゃんの刀なんですが、その、じゃじゃ馬っていうか、刀身の重さがバラバラで……こう、人を殺す為だけに作られたものって感じで凄く振りにくかったです」 

 

「オマケに触れるだけで呪力を吸い取る……確かに、五条の言う通り妖刀ね」

 

 ちょんと少し刀身に触れただけで歌姫は呪力を僅かに奪われ、扱いにくい刀であることを理解する。

 

「加茂君と真依ちゃんには憂憂君が連絡したよ。羂索がフリーなのは危ないし、夏油先生の呪霊が案内してるから明日にはこっちに来れるみたい」

 

「奴の狙いは死滅回遊を終わらせること。この病院にいる術師が生きている限りは終わらん」

 

「逆に言えば、私達は確実に最後に狙われるってことだけどね」

 

「……来たか、九十九由基」

 

「や、おじいちゃん」

 

 キィキィと音を立てて車椅子を鳳輪で操作する。慣れていないようで、フラフラと色々な場所にぶつかりながら来たのか、大分車椅子本体に傷が見える。

 

「三輪」

 

「はい! 押しますよ、九十九さん」

 

「親切だねぇ皆。甘えようかな。あ、ついでにコーヒー私ももらっていい?」

 

「あ、私持ってくる」

 

 西宮が自販機からカップのコーヒーを持ってくる。

 

「電力は生きてて助かったね。もう業者は来ないからその辺の備蓄で終わりだけど、この人数を賄うには充分」

 

「……九十九さん、貴方が皆に見せた魂の研究ノート……」

 

「あくまでも研究さ、完成じゃない。事実は積み重なっても、天井の真実にはいつまでも届かない。A4用紙を重ねてスカイツリー作ろうって言ってるようなもんだからね」

 

「そんな研究を一人で……高専と考えが合わないってのはそうか」

 

「日下部君はゆるゆるに過ごしたいだけだもんね。まぁ、それも無理になっちゃったけど」

 

「ほっとけ。上はもう機能してねぇだろ。俺はこの戦いが終わったら辞めるつもりだしな」

 

「えぇ!? 辞めちゃうんですか!?」

 

「日下部、お前は今となって数少ない一級の術師だろう。そんな勝手が許されるとでも……」

 

「へーへー、悪いですねぇ。少なくとも五条が生きてるうちには帰ってませんよ。呪霊も呪詛師も凶悪なのばっかり、命が幾つあっても足んねぇわ」

 

 船を漕ぎ、日下部は棒飴を舐めて上を向きながら呟く。

 

「無理もない。むしろ最後まで残ってくれることのほうが私はビックリだよ」

 

「そこはまぁ……恩人に足は向けられねぇってだけ」

 

「……」

 

「ねぇ、結局羂索は五条先生には勝てないってことでいいんだよね?」

 

「そうでなきゃあんなに回りくどい戦い方はしないでしょう。万全なら刹那にも勝てないことハッキリしたしね」

 

「えっと……宿儺は虎杖君の中に再封印しましたし、五条先生も健在……これは実質勝ちなのでは……?」

 

「いや、そうとも言えない。五条君を相手にあれだけ粘れたのは正直予想外だ。伊達に歳を重ねた訳ではないだろうし、何か奥の手があると思って良い。二重三重に手を用意するのが羂索という術師だ」

 

 九十九はコーヒーを飲み切ってコップを置き、静かな沈黙の後に再び話し出す。

 

「……暗い話はよそうか。今は取り敢えず、誰一人欠けていない今の奇跡に感謝するべきだ。日本全国を渡って術師を皆殺しにするのは、ワープが使えない今の羂索には少し時間がかかるだろう」

 

「そういえば……九十九さんの友達の術式って……」

 

「あぁ……気にしなくて良い。全てが終わってから弔うつもりだからね」

 

 どこか寂しそうに笑い、九十九は脚をさする。

 

「すまない、そろそろ薬の時間だ。ここで失礼するよ。四人が目を覚ましたら会議もある。再三言うけど、今はとにかく皆休んで」

 

 各々がそれぞれの時間を過ごす中、唯一人、戦い続ける術師がいた。

 

 地獄と形容するのがふさわしい、真紅の生得領域で呪い合う二人の術師。

 

 バヂャアンッ! 

 

「ッ……ゲホッゴホッ」

 

 ゼェゼェと息を切らしながら虎杖は口から血を流し、宿儺は流す血さえも愉快と嘲笑う。

 

「はー……うざ。いい加減何が不満だ小僧、貴様らの勝ちだろう。俺は虎杖悠仁という檻に再び入れられ、伏黒恵も俺の魂と同調したとはいえ元通り……。貴様との縛りがあっても二度はないだろう、俺は敗北を認めるしかあるまい」

 

「うるせぇ……とにかくてめぇをぶん殴りてぇ気分なんだよ……」

 

 バシャバシャと歩きにくい水辺で立ち上がり、虎杖はふらふらと前進する。

 

「知るか、さっさと向こうに戻れ」

 

「……刹那をどうするつもりだ」

 

「どうもならん。縛りももう意味はない。全く、まんまと一杯食わされた」

 

 そう言いながらも愉快さを隠さない宿儺は口に手を当ててニヤニヤと笑う。

 

「伏黒は?」

 

「あやつも直に目を覚ますだろうよ。元々俺の毒で寝てるわけではない、脆い男だ。その点ではまだ貴様の方が評価できる」

 

「嬉しくねぇ評価をありがとよ」

 

 パシッ、バコンッ

 

「ぶべっ」

 

 虎杖は頭に青筋を浮かべながら頭蓋骨を宿儺へ投げるが、たやすく掴み取られ反対に座ったまま投げられる。

 

「……この呪いの王が敗北を認め、あまつさえ機嫌のいい時に……いいか小僧、いいことを教えてやる」

 

 宿儺はふわりと飛び上がり、ふらふらと足取りを弛ませる虎杖の前へと着地する。

 

「いいこと……?」

 

「恐らくだが、貴様の死刑はもう無い。最後の指のことだ」

 

「? あんなんこじつけだろうが、俺は十九本のてめぇと死ぬんだよ」

 

「五条悟、それに与する奴らが現在の呪術界の支配者だ。貴様へ行う処刑法は"老衰"しかあるまい」

 

「なら、俺が二十本目を……!」

 

「俺が求めていない。それに、残りは五条悟か夏油傑が持っているだろうしな」

 

「だって……そんな……じゃあ、俺は……」

 

 激しく水辺を膝が打ち、大きく波紋を作る。紅い湖面に映る虎杖自身の姿。悔しさからか、殴りつけるが水面に映る自身の影は付き纏う。呪いの王の失せた興味は彼には向かず、骸の山へと戻っていく。

 

(いや……さんざん俺は生かされた。死ぬことは恩返しにならない……伏黒も釘崎も刹那も……五条先生だって生きてる)

 

 だが、彼は虎杖の感情にこそ興味はないが、彼本人には可能性を感じていた。幾度手折られ、潰され、枯れた虎杖の魂は、

 

「"刹那的"な人間の味、その中でも貴様は一際変化する」

 

「……」

 

 宿儺に見下され、虎杖は立ち上がる。

 

「小僧、終わりではないのだろう? 多少なり肉体の変化を感じる。魅せてみろ、虎杖悠仁」

 

「上等だ。死ぬ瞬間まで俺ん中で指咥えて傍観決めこんでろ」

 

「指を食ったのは貴様だろう」

 

「うっせー、そこは黙って聞いとけよ」

 

 ──ー

 

 12日26日

 

 福島県、会津若松市

 

「残党、あるいは余りもの……ボスとの約束はどうしたのかな?」

 

 羂索の前に立ち塞がる三人の術師。190はある体格の良い男は銃を握り、パキパキと指を鳴らす若い青年は怒りで青筋を浮かべ、二人の間に立つ女性は静かに笛を持っている。

 

 三人は喜怒哀、三つの表情の能面をそれぞれつけている。

 

「……もはや私達にボスの記憶はない」

 

「まほろばという術師の顔は愚か、男か女かさえ分からない」

 

「ただそれでも、沸々とテメェに対する怒りだけが腹ん中で煮えたぎってんだよ」

 

「「「たった一度の裏切りを、お許しください」」」

 

 大男から順に言葉を連ね、三人は呪力を練りだす。

 

「はぁ……御門蓮の術式だけで充分なんだけどな。君達の術式って大した事無さそうだし」

 

 その言葉が引き金となったか、二人は羂索に向かって走り出し、女性は姿をくらませる。 

 

(あの感じ、呪具か。重造よりも腕は良さそうだ)

 

 向かってくる二人を気にもとめず、思考を巡らせながら、両横からの拳を呪霊と合わせた素手で受け止め、ため息をつく。

 

「単調、少しは考え……」

 

 ズンッ!! 

 

「!!」

 

 突如として羂索の頭上から呪力を纏った大岩が降り、それを受け止める。その程度ならば羂索にとって問題ではなかった。驚いたのは、直前までその大岩に気付けず、身体の呪力が制限されていることだった。

 

 バギィ!!! 

 

 大岩を受け止めた羂索の意識が二人から僅かに離れる。その隙を突いた拳が羂索の腹を撃ち抜いた。

 

 予想外のダメージを受け、羂索は不敵に嗤う。

 

「俺は(ジェイル)。命賭けてでもお前は逃さない」

 

「私は(チャカ)。何処までも貴様を追い続ける」

 

「「覚悟しろ、落とし前はつけさせる」」

 

「……面白い、楽しませてもらおうか」




不穏な動き書いてますけど、次は少しだけ平和パートいれるつもりです。
余談
AED持ってきた数選手権。
一位リカ 12個
二位真希 9個
三位秤 6個
四位乙骨 5個
五位西宮 3個
六位猪野、染秀 2個
最下位狗巻&パンダ 1個


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第八十ニ話 廻る蝶

明けまして、おめでとうございました!!(大大大遅刻)
お久しぶりでございます!!!
あけおめ話だけでも投稿しようかと迷ったのですが、作品を見に来てくださる皆様に申し訳ないと思って仕上げてきました。
ちょっとしたお話パートになってます。原作もですがもう少しで完結、最後までお付き合いいただければと思います。




「コガネ、二人の名前を」

 

「紫ヶ峰琉斗。拳藤雄馬デス!」

 

(得点はお互い5点を行き来してる感じかな)

 

 二人の術師は初撃を除き、執拗なまでに羂索と一定の距離を保ちながら戦う。羂索の身体に含まれている呪霊は天元を除いて二十一体。当然ながら、それら全てが高専の規定に基づく特級呪霊。肉体に合成している間はまともに術式が使えないが、反転で放出でき、全て調伏を終えている状態の呪霊達、羂索へのアドバンテージは大きすぎる。

 

(……なんだ? なにがしたい? 近付けないが近づいても来ない。遮蔽物の多い山に逃げんこんだところで、どの道泳者である君達を逃がすつもりなないが……)

 

 特級呪霊 界陣道祖之真神(かいじんどうそのまがみ)

 

 高専の指定する16体の特級呪霊が一体。有効範囲内20メートルのあらゆる流れを操作する術式を持つ特級呪霊。バキバキと音を立てながら羂索は一帯を吹き飛ばし、隠れた二人の術師を炙り出し、圧縮した呪力の砲弾をぶつける。

 

 ビュッ! パシンッ

 

「うげっ」

 

「残念」  

 

 羂索の頭上からナイフを立てて奇襲を仕掛けた琉斗を容易く掴え、わざとらしい笑みを浮かべながら空いた拳を顔面へと叩き込む。地面を転がり、口に含んだ砂利を吐き出しながら琉斗は左手を羂索へ向けて術式を発動する。

 

 ガチンッ

 

「へぇ……なるほど」

 

「鎖縛……!」

 

 羂索の右腕はダラリと肉塊のようにぶら下がり、呪力が霧散する。その隙を逃さず、羂索の身体へと右手から鎖を巻きつける、

 

(縛檻呪法か……本来なら条件的に肉弾戦に向かない術式だけど、術式の発動スピードが異常だな)

 

「しかもこれ、"万里の鎖"じゃない? どこにいったと思ったら高専の連中、パクられてたのか」

 

 ズンッ!!! 

 

 力を込めて投げ飛ばそうとするが、羂索は重力機構で重力負荷を高めてそれを棒立ちで防ぎ、反対に琉斗を鎖で投げ飛ばす。

 

「おっも……!?」

 

 ブンッ!! 

 

「むンッ!!」

 

 続く拳藤が反重力機構が解けた瞬間に大岩を投げ飛ばし、羂索は先程と同じように力の向きを変えて横へずらし、遠方へと飛ばす。

 

 これまでの一連の流れ、羂索は一歩たりとも動いていない。

 

「……びっくり箱ってあるよね。開ける前はワクワクだったけど、二度目以降はただの箱のやつ。なんかそんな気分」

 

 だというのに、二人の猛攻はいとも容易く防がれ、当の本人は溜め息をついている。

 

「俺等は芸人じゃねぇんだよ」

 

「それは残念。私は笑いに飢えていてね。満足できるようなら生かしても良かったんだけど」

 

「そんな気はないだろう」

 

 ジリジリと緊迫感の中の会話。攻撃の機会を狙う二人を交互に見た羂索は再び溜め息をつき、話し始める。

 

「で、何が狙いなわけ? 私も疲れてるしさっさとことを終わらせたいんだけど」

 

「当ててみろよ!!」

 

 端を観測されない限り無限に伸び続ける特級呪具。拳の中に端を隠し、金属の擦れる音とともに羂索へと伸ばす。

 

 ゴリュンッ

 

「ッッッ!」

 

「琉斗!!」

 

 瞬間、同時に紫ヶ峰の右腕がネジ曲がり、その激痛と脳からの信号が途絶えた影響で万里の鎖を落としてしまう。

 

「悲鳴の一もあげないのは立派だけどね。ま、どんまいってことで」

 

 ボチュンッ!! 

 

 術式反転 反重力機構 

 

 羂索は一足に二人へ近付き、超重力で圧死させる。

 

「さて、お疲れ様」

 

(…………あの女はどこへ──?)

 

 ここで初めて羂索の意識が彼女へと向く。初めに顔を合わせたにも関わらず、認識が極端に薄れていた一人の術師。

 

 能ある鷹は爪を隠し、殺意を抱いた獲物は必殺の牙を剥く。

 

「点連舞」

 

 拳藤が投げた岩と、琉斗が繋げた鎖は意図して繋いで連結される。そこへ彼女は術式を流し込み、羂索の動きを封じる。

 

「鎖、拳銃。お疲れ様」

 

 掌を叩き、彼女は羂索の重力術式有効範囲外から攻撃を仕掛ける。鎖に縛られた羂索は身動きが取れず、

 

「術式、じゃないね。呪具か」

 

「そう。貴方の意識の外にいけたのは、まほろばの残した呪具。その岩や万里の鎖に付随させた術式も呪具由来よ」

 

「驚いたな。私でさえ出来ないことだ」

 

「無駄話をこれ以上するつもりは無いわ。あの世で……罪を償え!!」

 

 ガチュンッ

 

 ──ー

 

 パンッパンッ

 

 羂索は岩に潰れた二人の遺体の確認と、先程頭を潰した女性の術師の遺体をまとめて燃やし、煤を払う。

 

「悪くなかったよ。獄門疆の疑似再現。だが、獄門疆の再現にはどうしても結界術が必要になる。天元を知らない君たちからすると何が起こったか分からないかもね」

 

「……燃やす必要は無いはずだが?」

 

「負けを想定しないほど自惚れる連中じゃないさ。ほら、しっかり呪具に保険をかけてる。おおかた死んで少ししてから発動する縛りだろう。抜かり無いのは嫌いじゃないね」

 

 ニヤニヤと笑いながら羂索は燃尽きるのを見届ける。天元はそこで一つの疑問を投げかける。

 

「なぜ、まほろばに拘っていた。獄門疆に宿儺の復活プラン。五条悟さえいなければお前の計画は問題なく進行出来たのだろう」

 

「まほろばの術式で可能なことが確定しているのは三つ。一つ、六眼を欺くほどの隠密性能。これを呪具化していたのが先程の彼女だろう。二つ、世界最大の呪詛師グループ。ヤクザや不動産などの非術師にも多く精通しているため人員を集めやすい。まぁ、これに関してはなんとでもなったけどね」

 

「三つ目は?」

 

「まほろばの術式は、恐らく他の術式を無効化することも能力の範疇だ。無下限呪術も例外じゃないだろう。でも、それもこれも今となっては無意味だけどね。五条悟の無力化はほぼほぼ成功したからもういいかな」

 

 羂索は手を払って森の静寂に耳を傾けながら歩く。

 

「でも、ここからが辛いところかな。残りの死滅回遊の泳者は百人と少し。乙骨だけでなく烏鷺や鹿紫雲、復帰に時間がかかるとはいえ阿頼耶識刹那も残ってる。二十体程度の特級ではとても突破は不可能だね」

 

「ならばどうする。また数百年待つつもりか」

 

「まさか。君を手にした今、日本は衰退の一途を辿るしかない。他国もほとぼりが冷める頃に動くだろうしこの機を逃すわけにはいかない。私も予想以上にダメージを負ったからね」

 

「その割には随分余裕そうだな」

 

「当たり前だろ。なんせ、私は既にこの勝負に勝っているんだから」

 

 この呪いの勝負の勝ちを確信するかのように羂索は嘲笑う。

 

「ここからは消化試合だ。日本全国の低級から特級まで呪霊を集めて泳者をなるべく減らす。そうしたら、後は晴れて君と一億人の超重複同化の完成だよ」

 

 羂索は皮肉のように天元へと語りかけるが、当の彼女はその口を閉じたまま意思を言葉にすることはなかった。

 

 ──ー

 

 病院。決戦から三日後の12月27日、当事者二人が目を覚ます。

 

「ここは……」

 

 握られた手の温もりを感じ取り、虎杖は日付の変わる夜中に目を覚ます。横にはベッドに突っ伏しながら目を瞑る脹相と僅かな灯りを頼りに本を読む日車の姿があった。

 

「! 虎杖、起きたのか」

 

「日車、脹相も……」

 

「まだ動くな。君なら無事だろうが、念の為にな。今、家入医師を呼んでくる。一先ず水でも飲むといい」

 

 水を渡して病室から出ていく日車。喉の乾きを潤し、窓の外を確認して夜ということ、戦いは終わったことを改めて感じる。

 

「……悠仁?」

 

「おはよう、脹相。あ、今はこんばんはになんのか?」

 

 明るく、いつものように笑う虎杖。重症は彼由来の治癒力の高さと硝子の反転術式と医療のおかげでほぼ完治しており、外傷も特に残ることは無かった。

 

「……お帰り悠仁。頑張ったな」

 

 虎杖を抱き寄せ、優しく頭を撫でる脹相。互いを知らぬまま育った兄弟の血の下の絆。普段なら恥ずかしいと突き飛ばす虎杖も、今この時は再会をただ噛み締めていた。

 

 不意に、ドアから軽くノックの音が鳴る。

 

「邪魔したならすまない。虎杖が起きたと聞いてね」

 

「家入先生!」

 

「問題ない。もう少し待ってくれ」

 

「いや問題あるから!! 離せって!」

 

「三日も寝たきりのお前を見ていたんだ。もう少しくらい良いだろう」

 

 シダバタと暴れる虎杖を強引に胸へ引き寄せて強く抱きしめる脹相。顔を埋める虎杖には見えていない彼の表情は、弟を心配する兄そのもの。

 

「……はぁ、明日でいいか。私は寝る」

 

 気を遣ったか、ただ疲れていただけか、硝子はドア前から日車と共に立ち去り、自室へと戻っていく。

 

「ちょっ! 家入せんせー!!? 日車も行っちゃうの!?」

 

「安心しろ。なにか来たらお兄ちゃんがやっつけてやる。取り敢えず体温を上げたから一緒に寝ような」

 

「いやいいって! ちくしょう、湯たんぽみてぇな体温しやがって……!」

 

 赤血操術を無駄に行使し、虎杖の布団へと入る。真冬の寒さにその温もりは離しがたかったのか、虎杖は抗えずにうとうとと静かに瞼を閉じた。

 

 翌朝

 

 バンッ! 

 

「虎杖!! 起きたんならまずは私に挨拶に来なさいよ!」

 

「釘崎! と九十九さん!」

 

 扉を勢いよく開ける音。視線の先には変わらず制服姿の釘崎野薔薇と九十九由基がいた。早起きが週間づいている虎杖は起きて簡易な朝食を取り終えたらしく、横で脹相が口を拭いていた。

 

「え……何あんた、幼児退行でもした?」

 

「違う違う。なんかさせないと脹相がぐずんの」

 

「これじゃあ、どっちがお兄ちゃんか分かんないね〜」

 

「……」

 

「?何黙ってんのよ」

 

「え? いや……生きてんなって。ちょっと嬉しくてさ……おい脹相、やらないからな」

 

 釘崎の無事を改めて確認した虎杖は薄っすらと涙を溜めるが、両腕を広げて抱きしめる構えの脹相を見たせいでその感動は薄れてしまう。

 

「なーにいっちょ前に感極まってんのよ。アンタは馬鹿みたいに笑ってりゃいーのよ」

 

 バシッ

 

「痛ってぇ!? おい、怪我人だぞ!」

 

「何よ、やっぱ元気じゃない」

 

 いつものようにギャーギャーと騒がしく病室で騒ぐ二人。非日常が引き起こした状況ではあるが、その笑顔は日常の風景そのものだった。

 

「虎杖君。改めて確認したいんだけど、本当に宿儺は君の制御下にあるんだよね?」

 

「……そうっす。ただ、アイツは誰も傷付けない縛りで俺と一時的に入れ替われる。なるべく近づかないほうが良いかも」

 

「ふむ。そもそも宿儺の指は猛毒だ。伏黒君の身体はこの上なく丁度良かっただけ。それは彼も理解してるだろう。そこまで気に病むことはないよ」

 

 ひらひらと軽薄な態度で虎杖の現状を伝える九十九。そこへドタドタと走る音、再び扉が乱暴に開かれる。

 

 バァンッ!! 

 

「悠仁君! 起きたんですか!?」

 

「「刹那!?」」

 

「あらら、元気だねぇ」

 

「静かにしろ! 悠仁は病人なんだぞ!!」

 

 全身の至る所に包帯が巻かれ、ドアを開ける前の足音に靴の音が混じっていなかったことから裸足のまま駆け出したことが容易に分かる。 

 

 ガバッ! 

 

「おわっ、ちょっ!」

 

 虎杖の起床と釘崎を同時に確認した刹那は脹相を無視し、術式を使って二人との距離を瞬時に詰めて二人をベッドに押し倒して抱きつく。

 

「良かった……本当に……!!二人共……」

 

 抱きついたまま二人に顔を見せずとも、彼女の特徴である泣き虫から、今の顔を容易に想像できていた。

 

「そうだな、後は一人だけ。もう少し待てば帰ってくるってさ」

 

「にしても刹那、アンタも随分元気じゃない。硝子さんの話だと一番……」

 

 ジワ……

 

「へ……刹那!?」

 

 起き上がった刹那の腹からジワジワと血が滲んでいく。

 

 いつの間にか刹那は気を失い、二人に体重を完全に預けている。

 

 そこへ幾度目かになる騒音。冷や汗をかく秤と綺羅羅が声を上げて病室へ入る

 

「せっちゃん! 流石に怒るよ!?」

 

「頼むからマジで動くなって! お前まだ全然治ってねぇんだから!」

 

 二人は言い切った後、青ざめた顔の虎杖と釘崎の表情から察し、秤が急いで硝子を呼びに行く。

 

「し、硝子さん!! 硝子さーん!!」

 

 バタバタと騒いだ後、鬼の形相の硝子は刹那を治した後、本格的に完全安静を言い渡され、鹿紫雲と秤等に加えて日車と物資を探していた夏油も彼女の監視へと回された。

 

 釘崎と九十九、飲み物の虎杖の点滴パックの入れ替えの為、脹相が病室を後にすると、入れ替わりで二年生達が入ってくる。

 

「おっす。さっきめちゃくちゃ怒ってる硝子さんとすれ違ったけどなんかあったのか?」

 

「ツナマヨ」

 

「真希さん! 狗巻先輩!」

 

「俺もいるぞ〜」

 

「パンダ先輩も!あれ、乙骨先輩は?」

 

「憂太はバカ目隠しの監視だ。目を離すとすぐにつまみ食いするからな」

 

「五条先生は当然というか、やっぱ元気っすね。あ、刹那はちょっとやらかしただけっす」

 

「そうか。アイツも大概だな」

 

(実はそこまででも無いが……まぁ、変に不安になることを言う必要も無いか)

 

 五条の容態は決して良いとは言えない。本人は気丈に振る舞いながらも状態の悪化は隠せていない。その一つに、明らかな眼の濁り、つまり六眼への異常があった。

 

 それを伝えることはせず、今は精神的なケアを優先した二年生達は起きた順に話して回っている。

 

「刹那はお前よりちょっと先に目を覚ましたんだ。大した奴だよほんと。心臓一回止まったってのに後遺症は無しだと」

 

「まぁ、それは悠仁も同じか。見たとこピンピンしてるしな」

 

「しゃけしゃけ! 高菜、明太子」

 

「さっき釘崎と刹那はいましたけど……」

 

 そこまで言って口を閉じてしまう虎杖に三人は言わんとしてることを理解し、反対に口を開いて答える。

 

「恵なら問題ないはずだ。硝子さんの話だと今日中にでも目を覚ますらしい」

 

「今は悟を動かせないからな、どうなんだ? 宿儺は」

 

「なんか機嫌が良いとかで一応大人しくはしてますね」

 

「ふーん。ま、これ以上の邪魔が無いのは有り難い。悠仁、コガネ出せ」

 

「? コガネー」

 

「"死滅回遊の生き残り人数"を表示してくれ」

 

 出てきたコガネ、真希の言葉を虎杖が伝えるとその人数を表示する。

 

「37人!?」

 

「私等の参加人数を差し引いても20人程度しか残ってない。でも、昨日からこの数字は完全に止まってる」

 

「なら、なんか俺等に有利なルールを追加すれば!」

 

「残念。昨日のルールの追加。要するにアイツ以外にルールがいじれなくなったんだ」

 

「えぇ?? 永続がどうのってのは何だったんだよ」

 

「向こうには天元様がいるからな。元々結界で作られてるゲームだし、バグじみたルールの変更なんてお構いなしなんだろ」

 

 真希とパンダの説明から現状を理解していく。理解力が無いわけではない彼は状況を飲み込み、ベッドに仰向けに倒れ天井を見上げる。  

 

「死滅回遊を終わらせるには私達を殺す必要がある。傑の監視網も天元様の結界術で完全には居場所を補足できてない。いわゆる冷戦状態だな」

 

「そっか。先輩達はなにすんの?」

 

「取り敢えず恵起きるまで待機のつもりだ。刹那も起きたり寝たりだし全く回復してないし、こっちの戦力を小分けにするのは危ないしな」

 

「しゃけ」

 

「虎杖も休めよ。精神的疲労がどうたらって硝子が言ってたぞ」

 

「うっす」

 

 短い返事の後で虎杖は眠る。同時刻、先程の出血で倒れた刹那は、宿儺の生得領域へと招かれていた。

 

「本当に自由ですね貴方……」

 

「どうせ互いに外では満足に動けん。少しは付き合え」

 

「全く……しょうがないですね、分かりましたよ。貴方の我儘に付き合える人間なんて僕くらいなものですし」

 

 ガラガラと骸骨の山を登り、登る途中ブツブツとぼやきながら、空けてある宿儺の膝へと収まり良く座る。それを見た宿儺はぽかんと刹那を見つめる。

 

「どうしました?」

 

「……自覚が出てきたようで、殊勝な心がけだと思ってな」

 

「? ……! いや違っ、貴方が前に乗せたからっ」

 

「ケヒヒ、愛い奴め。呪いの王の膝に乗れるのはこの世界でお前だけだぞ」

 

 疲れからか人の温もりを求めたか、宿儺に気を許してしまったか、とにかく無意識に座ってしまったことに自分で驚く。すぐに降りようとするが首を後ろから回されて抑えられ、肉体的な面では圧倒的に適わない彼女は大人しく座る。

 

「……ていうか、姿そのままなんですね。てっきり恵君のほうにするのかと」

 

「身体を変えたところで俺に損得など大してない。面は伏黒恵の方が良いのは確かだがな」

 

「要するにどうでも良いんですね」

 

 そんな小さな言葉の応酬をポツリポツリと行い。二人は互いに殺し合ったと思えないほど穏やかな時間を過ごす。

 

「ところで宿儺」

 

「なんだ。また問答か? お前はほんに知りたがりだな」

 

「聞けば答えてくれるじゃないですか。それで、羂索のことなんですけど」

 

「ふむ。奴の天元との同化なら俺は関与していない。保険は残すなどと言っていたが、俺はそれに興味はない」

 

「ふーん。ならちょっと安心です」

 

 宿儺の膝の上で手足を伸ばし、自分よりニ周り程度大きな姿にもたれかかる。

 

「五条先生より宿儺が強いのは僕の予想通りでしたし、恵君の身体なら脹相さんの例からすると前世の姿に成れたんでしょう?」

 

「そこで釘の娘の魂への干渉か」

 

「そう。今回のキーポイント。実はこれ、思いついたの悠仁君なんですよ」

 

「小僧……あの呪霊の一件から学んだか。存外、奴の野性的な勘も馬鹿に出来んものだな」

 

「彼、この一ヶ月で反転術式も習得したんですよ。僕が壊して治してを繰り返して時短しましたけど」

 

「そうやって全員の技量を底上げしたか。して、お前は何をしていた?」

 

 二人は答え合わせのように今回の戦いを振り返る。そこに、初めて宿儺からの疑問が投げかけられた。

 

「……初代の記憶の追体験、術式を正しく理解することに注力してました」

 

「ほう。どうだった、俺の唯一の友の姿は。奴の記憶なら、俺の知らない姿もあったろう?」

 

「まぁ……なんていうか、"普通"でしたね。才能があって、舐められないよう男を演じて、女の子並みに恋をして、最後は……貴方の腕で息絶えた。幸せだったんじゃないですか? 特に最後の半年は」

 

「……ふん、当たり前だ」

 

 宿儺の小さな言葉に刹那は続いて術式の説明へ映る。

 

「初めに僕が思い込んだのは万物を無くすこと。エネルギーや物体、呪力のこと。これは間違いでした。変容することはあっても無くなることは無いんですから」

 

「不完全か。俺と戦った数回、中々どうして楽しめたがな」

 

「二度目は羂索が僕の無くしたエネルギー達は身体に蓄えられるという話。残念ながらこれも間違い。結構真実に近い考察だったんですけどね」

 

「記憶の追随と、お前の考察の最後の形がアレか」

 

「はい。僕の術式は大小の前提を変更する術式。初めから僕の術式が無下限術式だった世界、赤血操術だった世界、対象と距離が無かった世界……」

 

「あらゆる術式の使用…あの白服の小僧とは違う、"模倣"ではなく"変更の結果"か」

 

「そう。小さな過去の変更が、未来の僕に及ぼした大きな影響の結果を反映する術式。僕はこれを、"バタフライエフェクト"と、勝手に仮称しました」

 

「それを助けるのが、その重瞳か。えねるぎぃとやらを認識する。つまり、未来や過去を漠然と観測できるのだろう」

 

「大正解。でも片眼で良かった。流石に両眼だったら……もしかしたら自殺とかしてたかもしれませんし」

 

「……そんなもの、誰にも分からん。忌み子の俺は俺の身の丈で生きた。どんな姿形で才能を持とうと、刹那も、お前以外の虫けらも、その丈にあった不幸と幸運を噛み潰して生きていればいい」

 

「そうですよね。貴方はそういう人でした」

 

 クスッと笑う刹那の屈託のない笑顔。宿儺は骸に背を預け、刹那も再度宿儺の胸へと背を預ける。

 

「……なんだか、眠くなってきました」

 

「眠れ。また来ると良い」

 

 とぽん。深い意識の泉に落ちていくように刹那は眠る。

 

 魂の繋がりが無くなった彼女は生得領域から静か姿を消す。反対に水面が大きく跳ねる。此度にて招かれた術師の正体。

 

「久しいな」

 

 立ち上がる彼は宿儺を見上げ、その悪人相をさらにしかめた。

 

「伏黒恵」

 

 




刹那の術式は結構迷走した感ありますけど、これが最終的な形だと思ってもらえれば幸いです。
触れるか迷ったのですが、新年から暗いニュースが多かったので、少しでも皆様の無事と笑顔を願うばかりです。私に出来ることはちょっとした復興支援の寄付だけですが、皆様も気が向いたらしてみてはいかがでしょうか。もちろん、無理のない範囲でですが。


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第八十三話 贖罪

やっと区切りが見えてきました。
これからも読んでいただけると光栄です!



「何が久し振りだ。散々人の身体で好き勝手しておきながら」

 

 宿儺の見下ろす先には病衣の伏黒恵。赤い水に落ちた彼は立ち上がり、骸の山の麓へ腰掛ける。背を向ける彼の横へと宿儺は飛び降り、袖に手を入れながら話しかける。

 

「気分はどうだ」

 

「……最悪だ。まぁ、もう慣れたけどな。こんな世界じゃ上手くいくことの方が稀だ」

 

「お前は喜ぶべきだ。何もかも言った通りになった。あの満ちた月の日、お前が話した通りになった。ならば後は流れに身を委ねるべきだろう」

 

「……俺だって信じたくは無かった。けど、現実としてなったなら受け入れるしか無い」

 

 伏黒は覚悟を決めたかのように、座り込んだまま自身の拳を強く握り締める。刹那が離反し、一度死んだその日の朝、宿儺と交わした一つの縛り。それを思い出しながら彼らは話を続ける。

 

「さて、俺もあの与太話が現実になったのなら信じるしかあるまい。縛りに則り、貴様の言う事を一つだけ何でも聞いてやろう」

 

「俺の身体に、お前の力をどの程度移せる?」

 

「……良くて五割、悪くて三割以下だな。あの時刹那が切り離したお前の右手は小僧が喰らってしまった。切り離した貴様の中には無論俺の魂は残っているが、大半は小僧の肉体だ」

 

「……確実に乙骨先輩は削っておきたい。もちろんリカも同時に。虎杖や真希先輩も今の俺には逃走すら難しいな」

 

「そもそも、大した式神も残っていない貴様になにができる。残ったのは蝦蟇と貫牛に脱兎、摩虎羅も他の式神も全て破壊された。良いではないか、貴様の望む人間は完全でないにしろほぼ全員救われた。これ以上何を望む」

 

「"贖罪"だ。俺のな。それに、"ほぼ"じゃだめだ」

 

 食い気味に言葉にする伏黒。その真意を知ることは宿儺には出来ない。彼は伏黒の予言じみた言葉を聞き、その通りに事が起こったという事実だけを飲み込んでいる。

 

 しかし、それを不思議に思ったか縛りの遂行の付随した効果か、彼はもう少しだけ力を貸すことにした。

 

「……刹那に神武解を渡してある。裏梅も健在だ。奴のことだ、会えば解するだろう。加えて俺の呪力に術式、それが今の俺には限界だ。最も、夏油傑の持つ最後の"俺の指"があれば、もう少しマシになるかもしれんがな」

 

「……わかった。この繋がりを断つなよ」

 

「精々足掻いてみせろ」

 

 伏黒の短くぶっきらぼうな一言、宿儺は頬を緩ませながら伏黒を見送った。

 

 ──ー

 

「zzz……zzz」

 

(……猪野さん、ずっと付き添ってくれてたのか……コイツ誰だ?)

 

 目覚めた伏黒のベッドに顔を突っ伏して眠る猪野と、死滅回遊時に加わった彩華がノートを持ったまま椅子で寝ている。

 

(ベッドの上、東京の病院か。まだ身体が痛ぇ、喉もカラカラで声もろくに出ないな……水……)

 

 照明の落ちた暗い病室。痛む体を押して枯れた喉に水分を運ぼうと手探りに暗闇に手を伸ばす。スカスカと暗黒を切る手は何も掴むことはなく、数種の点滴の管が繋がれている今、彼は無理に身体を動かすことを諦める。

 

(起きる時間が悪かったか。病院ならナースコールが……)

 

 頭上にあるであろうボタンを手探りで探して強く押す。

 

 しかし押しても電気の節約の為か、電源がOFFにされているようで誰も来る気配が一向に無い。

 

 一つ溜め息をついて伏黒は目を瞑る。

 

(やることは山のようにある。でも、何よりまずは……)

 

「……会いてぇな」

 

「誰にですか?」

 

「それは──!!?」

 

 暗闇に静かに響く、弱々しく女々しい伏黒の声。それを聞いた後に問いかける鈴が鳴ったような刹那の声。咳をする伏黒に彼女はペットボトルの蓋を開けて渡し、それを受け取る。

 

「刹那……!」

 

 最初の弱々しい声とは打って変わって喉の潤った彼は力強く彼女の名前を呼ぶ。ニコリと笑って彼女は伏黒の帰還と目覚めを祝う。

 

「おはようございます、恵君」

 

「あぁ……んむ?」

 

 口を開こうとする彼の口を刹那は人差し指で塞ぐ。暗闇の中、必死に涙を堪える彼女。彼女の右眼はどんな闇も光も意に介さずに直接に対象の感情を読み取る。

 

「あとほんの数分の、今だけは……僕だけの恵君でいてください」

 

 伏黒を抱きしめてその余韻に浸りながら彼女は心臓の鼓動を聞き、伏黒を自分の胸へと押し付けて抱きしめる。

 

「心配かけたな」

 

「全くです。貴方を助けるためにどれだけ苦労したか……でも、誰も貴方を呪っていませんよ」

 

「言葉が出ないな……」

 

「無理に喋らなくていいですよ。前、恵君はずっとこうしていてくれましたから、今度は僕の番です」

 

 それから予告通り数分の時が過ぎ、満足したように刹那はつぶやく。

 

「ふう……充電完了です。じゃあ、硝子さんを呼んできますね」

 

「あぁ」

 

 ぶっきらぼうな返事の後、伏黒は眠っている二人を見て呼びかける。

 

「……なんかスイマセン。もう大丈夫です」

 

「気付いてたのかよ……」

 

「私達が気遣いできる人で良かったね、ウニ頭君」

 

「猪野さんはともかくアンタは誰だよ」

 

「あれ、あそっか。私は桜島結界にいた泳者だよ。染秀彩華。釘ちゃんとお友達。ま、好きに呼んでよ」

 

「事情はよく知らないが、アンタにも手伝ってもらったみたいだな。一応礼を言っておく」

 

「君って人によって態度変えるタイプなんだね。さっきの甘々な雰囲気はどこに行ったの?」

 

「まぁまぁ、取り合えず無事なら良かったぜ。今硝子さん来るからよ、なんか欲しいもんないか? 腹減ってたりとかは?」

 

「いや今から診察なのに食べちゃマズイでしょ」

 

「んなもんその後でだよ〜!」

 

「悪いね、邪魔するよ」

 

 三人がワイワイと騒ぐ中、扉を静かに開けて駆けつけた硝子はおもむろに煙草の火を消して伏黒へと近寄る。

 

「まぁ大丈夫だとは思うけど一応ね。簡単な質疑の応答だよ。身体に異変は?」

 

「そうですね……少し動きにくいことと怠いくらいです」

 

「麻酔と栄養不足だな。次、術式は使えるかい?」

 

「宿儺に破壊された子たち以外は問題無さそうです」

 

「ふむ……やはりそこは引き継がれるのか。じゃあ最後、宿儺は身体に残っているかな?」

 

「いえ……そんな感覚はありません」

 

「……うん、やはり問題無さそうだな」

 

 刹那がこの場にいないことで、伏黒は堂々とした嘘を吐く。次なる問題もやり過ごすため、思考を回し始める。

 

「家入さん。今、死滅回遊はどうなってるんですか?」

 

「……まぁ、少なからずいい方向へは向かっているよ。非術師の数多の犠牲と引き換えにだがね」

 

「……羂索の居場所は?」

 

「君には教えられない。今、乙骨を主軸に討つ作戦を考えている途中だ。後は先輩と大人連中に任せればいい」

 

「そうですね……少し、外の空気を吸ってきてもいいですか? 出来れば一人になりたいんですが……」

 

「……あまり認めたくはないが、君の場合は精神面の方が不安だからな。屋上なら開いてるよ、好きにしな」

 

 硝子はバインダーに挟んだ紙にまとめられた要項にチェックを入れ、再び自室へと戻ろうとする。しかし、そこで一度足を止める

 

「伏黒君」

 

「はい?」

 

「責任を取る覚悟はしておいたほうが良いよ」

 

「?」

 

 コツコツと足音を立てて硝子は廊下を歩いていく。

 

「どういう意味……?」

 

「硝子さんも厳しい人だな〜! 高1なんて間違いだらけの時期だろ! な! 結果良ければとまでは言わねぇけどよ、あんまり気負うなよ!」

 

「猪野君、慰め方下手だね」

 

(…………)

 

 猪野の慰めを受け取り、伏黒は屋上へと歩を進める。点滴の管は外しても問題は無く、多少の気怠さを押しながら階段を上る。道中で考えをまとめていく。

 

(宿儺の中から見ていた天元様との超重複同化、その権利は俺(伏黒恵)に移せる。死滅回遊の泳者の数からして残っているのはほぼ俺達だけ。条件は簡単だ)

 

 カツンカツンッ……

 

(……日本人一億人分の呪力をどうやって取り込ませるか)

 

 開く屋上のドア、宙に浮かぶ月と重なるように袈裟を翻した術師の姿。

 

「伏黒恵。持っていたぞ」

 

 宿儺の側近、裏梅が冷静に彼を見下している。

 

「……お前も"こっち側"かよ」

 

「それを認識出来るの者は少ないが。宿儺様の命だ。違うわけにはいかん。それで、私は何をすれば良い」

 

「まず必要なのは同化の条件をクリアすること、俺にその権利を移すこと、そして刹那に一億人分の呪霊による呪力を取り込ませることだ」

 

「待て、そんなことをすれば……」

 

「問題ない、アイツの器は羂索曰く無限らしい。それに、今回は溢れてくれたほうが都合がいい」

 

「彼女の術式は理解している。だがそれ故に、彼女はその決断を下さないと思うが」

 

「それは無い。詳しくは話さないがそれだけは断言できる」

 

「そうか……なら、私は残った泳者を全滅させることに注力しよう。羂索はそちらがなんとでもするだろう?」

 

「あぁ、乙骨先輩や夏油先生なら今の羂索じゃ相手にならないと思う」

 

「了解した」 

 

 一言残し裏梅はその場から土煙を残して消える。

 

「……全部、終わらせなきゃな」

 

 ──ー

 

 翌日朝

 

「「「イェーイ! 伏黒恵、復活記念!!」」」

 

 釘崎と虎杖と刹那が伏黒の部屋に押入り、部屋を飾り付ける。唖然とする伏黒に、本日の主役と書かれたタスキとパーティー帽を被せ、大声でクラッカーを鳴らしながら祝う。

 

(そういや刹那もなんだかんだこういうタイプだったな……)

 

 交流会の一件でも似たようなことをしていた刹那を思い返し、どこか遠くを見つめながら伏黒は心の中でつぶやく。

 

「つーわけで! 伏黒の復活記念と言ったらピザでしょ!!」

 

「コーラもあるわよ!」

 

「アイスも沢山ありますよ!」

 

「……消化に良いもんよこせよ」

 

「文句言うなぁ!」

 

 惣菜や冷凍食品の群れを前にハイテンションで騒ぐ虎杖と釘崎、伏黒の復活がよほど喜ばしいのか、二人はギャアギャアと笑顔で騒ぐ。

 

「楽しいですね、恵君」

 

 ニコリと、柔らかな笑顔を向ける刹那に伏黒も自然と笑みが溢れる。

 

「あ、そうだ。これ渡しておきますね。今の恵君は自衛の手段がないので」

 

 刹那は腰に巻いていた神武解を伏黒へと手渡す。信用されすぎている現状に罪悪感を覚えてしまう。

 

「……」

 

「お、やっぱり一年ズ集まってんな」

 

「ツナ」

 

「お、先輩達も食おーぜ!」

 

「いや朝からこのラインナップは重てーだろ……」

 

「アハハ、ちょっと僕も重たいかな」

 

 パンダが扉を開け、三人の先輩も部屋に入っていく。

 

 ちょこちょこと食べ物をつまみながら伏黒の復活を祝う。

 

「じゃあ、僕と真希さんはそろそろ行くよ」

 

「え、今日なんですか!?」

 

「夏油先生が誘導した。場所的にもここからなら蜻蛉返りできる距離だし、こっちのアドバンテージが大きい。大丈夫。全部終わらせてくるよ」

 

 バチンッ

 

 乙骨の瞳は暗く、その決意を感じた一同は息を呑む。

 

 その緊張を感じた真希は乙骨の頭を強く叩いてなだめる。

 

「痛ぁっ……痛いよ真希さん」

 

「お前が危ない面してるからだ」

 

「先輩!」

 

 虎杖が手を上げ、乙骨と真希もハイタッチする。続いて釘崎や刹那、パンダと棘、最後に伏黒も手を合わせる。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

(予定よりも速い。裏梅が上手いことやってくれるといいんだが……)

 

「どしたん伏黒? やっぱ心配?」

 

「まぁそうよね。今回は冥さんのカラスも無いから見れないし、心配な気持ちは分かるわ」

 

「……」

 

「暗くなってても仕方無いですよ。今僕達は療養に専念しましょう。まぁ……恵君以外は元気みたいですけど」

 

 元気に両腕を振り上げる虎杖の横で、金槌をバットのように素振りする釘崎を見て刹那は困ったように薄く笑う。

 

 ──ー

 

「呪霊の数は、まぁ、こんなものだろう。心許ないと言う他ない。その上で、弱い者イジメかい?」

 

 決戦の舞台は埼玉県、秩父市。理由は単純に高専組から近く、住民の避難も完了しているから。

 

「政府を脅して退去命令。外国の軍隊もとっくに撤退、世界に放送するわけでもなく、私を闇に葬ろうって魂胆ね。正しいよ」

 

(……リカの姿が無い、何か企んでるな?)

 

 夏油、乙骨の二人は市街地の大通りで羂索を待ち構え、睨みつける。

 

「話はシンプルになった。世界が元に戻ることはないが、お前を殺すのは必要なことだ」

 

「そうだね。私も自分のことを世直し奉公をするような人間だとは思ってないよ。でも……」

 

 羂索は一つの間をおいて進める。狂気の笑顔は諦めのような、それとも次を見据えるかのような、そんな認識を夏油は覚える。

 

「君達は次の世界をきっと楽しく思うよ」

 

(……何かおかしい。千年の渇望だぞ? この程度で終わるような奴か?)

 

 羂索は領域を展開するために印を結ぶ。同時、乙骨も自らの領域を展開して押し合いへと持ち込む。

 

「「領域展開」」

 

 胎蔵遍野 真贋相愛

 

 人体実験の成れの果てを彷彿とさせる、悍ましい塔状のものが生えた羂索の閉じない領域、そして淡路結びが飾られ、数多の支柱と刀が刺さる乙骨の領域。

 

 夏油を対象から外した領域、刀にはストックした術式がランダムに入り、それは手にしなければわからない。

 

 刀を手に取り、羂索へ仕掛ける乙骨、同次に武器庫呪霊を身体に纏わせて夏油が後方から支援する。

 

 最初に手にした術式、烏鷺の"空を面で捉える"術式。

 

 羂索はその術式を理解している為、雑魚呪霊を切り離して囮に使い距離を取る。

 

「チッ」

 

 続いて距離を取る羂索に大型のミミズ呪霊を突撃させるが、羂索は反転術式を用いて一撃で破壊する。

 

「!!」

 

 ビキキッ、バォンッ!! 

 

 呪霊の消失反応を利用して目を晦まし、口の中から夏油が強襲、重たい蹴りを顔面に受けた羂索は吹き飛ぶが受け身を取って即座に反撃に移り、夏油と格闘戦を互角に繰り広げる。

 

「呪霊操術のクセに、中々強いじゃないか」

 

「お褒めに預かりどうもっ!」

 

 パキィンッ

 

「ッ!」

 

 カポエラの要領で蹴った夏油の顔が下がった瞬間、足に巻き付けた武器庫呪霊に閃光弾を吐き出させて、回転して蹴り飛ばし、即座に起爆させる。

 

 怯んだ瞬間に乙骨は刀を拾い、星の怒りで羂索の顔面を呪力ガードの上から殴り飛ばし、着地点に夏油は呪力の塊を放つ。

 

「極の番、うずまき」

 

「ッッー!!」

 

 ッゴォォンッ!!! 

 

 砂塵と破壊された刀や支柱の瓦礫が舞う。その中から立ち上がる羂索を支柱に立って警戒しながら二人は話す。

 

「あんまり壊さないでください」

 

「ごめんごめん」

 

(……あんまり手応えがない。呪霊の数だけ比例して防御能力が上がる。防御無視の刹那さんや五条先生レベルの呪力出力は僕には無いけど、夏油先生の攻撃はかなり効いてる)

 

「憂太」

 

「……リカ」

 

 姿を消した羂索が夏油の探知にひっかかり、乙骨に合図を出す。

 

 パキィンッ……

 

 外側の防御力を高めた乙骨の領域、僅かな先頭の間に羂索はそれを破る。同時に乙骨は指輪を薬指にはめ直し、最愛の人を模倣した彼女を喚ぶ。

 

 ズンッッ!!! 

 

 超重力による影響を夏油と乙骨は受けつつ、リカによる脱出を試みる。

 

(焼き切れた模倣の修復時間を稼ぐための"リカ"。だが接続から5分、これをいなせば勝機はあるかな)

 

「とか思ってるんなら大間違いだから」

 

「!!」

 

 急襲、リカが領域で乙骨と共にいなかった理由。彩華の術式を使うための絵画を運んでいたため。

 

 百を超える絵画、それら全てに彩華のマーキングは行われている。

 

「返す気がないんならせめてこれで死んでよ……"百鬼夜行"」

 

 ドバァッッ!!! 

 

 彼女の思い描く全ての絵物語を実現化させる。呪霊ではないこれらの創作物は羂索を食い尽くすために襲いかかる。

 

 しかし、指向を絞る代わりに重力圧を強め、自身の周り半径二m、羂索の領域による超重力に絵画から出現する式神達は潰れていく。

 

(全方位から襲い来る式神は決して弱くない! 持続力に難のあるこの技を、リカの持つ莫大な呪力を彼女に注いだことでカバーしたか……!!)

 

「シン・陰流、簡易領域」

 

「ッッ!!」

 

 状況を理解する羂索の術式を夏油が自ら突っ込んで中和する。そこが入口となり雪崩込む式神。

 

 乙骨と格納呪霊から取り出した刀で夏油も加わり、二人は羂索の左右の腕を同時に斬り飛ばす。

 

(まだ! 首を飛ばして回復できなくする!!)

 

 グンッ

 

 羂索は重力を下から上へと変更、領域内の全術師は空中へ放り投げられる。

 

「ッリカ!」

 

 乙骨の合図を理解したリカは彩華を夏油の方へと投げ、リカ本体は乙骨の加勢へ向かう。

 

(逆に言えば羂索はこちらに攻撃を回すほどの余裕がない!)

 

(今が勝機! 畳み掛ける!!)

 

(高聡の恨み!!)

 

 全員が攻め時を理解し、同時に呪力を練る。

 

 しかし、不意に起こるからこその想定外。

 

「霜凪!」

 

 パキィンッ!!! 

 

(あの術師! 呪霊の監視を抜けた!?)

 

 三人とリカが凍りつき、肉体の自由を奪われる。しかし、三人とも経験を積んだ術師、直前にそれぞれの手段で氷を防ぎ、即座にその場を脱する。

 

 状況はリセットされ、三人と二人は向かい合う。

 

「高専以外の死滅回遊の泳者は全滅した」

 

「もう? 速いね。まぁ残りも僅かだったしこんなものか」

 

「羂索」

 

 裏梅は鋭い氷柱を羂索の首筋に向け、睨みつける。

 

「同化権限を伏黒恵に移した上で死滅回遊を終わらせろ」

 

 突然の裏梅の言葉に、羂索は停止する。

 

「……はぁ。なんだよ、君も"そっち側か"」

 

「どの道、五条悟を殺せなかった時点で無理だ」

 

「分かってるけど、何が起こるか分んないだろう?」

 

(なんだ? なんの話だ? いや、何か厄介なことをする気がする!)

 

「夏油先生!」

 

「分かってる!」

 

 最大出力

 

「霜凪!!」

 

 乙骨は呪言を夏油は呪霊、彩華は残った絵画から式神を走らせる。再び、裏梅の邪魔が入り攻撃の手が止まり、羂索はその隙にルールを追加する。

 

「コガネ、ルール追加。各地の結界を東京第一結界に纏め、天元との超重複同化の権限を伏黒恵が持つものとする」

 

 リンゴンリンゴン!! 

 

 ルールが追加されたのを泳者に知らせるための鐘を高らかに鳴らす。

 

「受理されました。泳者によるルールの追加が行われました!! 総則15、死滅回遊の結界は東京第一結界に集約されます! さらに総則16、同化権限は伏黒恵が持つものとする!!」

 

(いったい何を……!?)

 

「弾けろ!!」

 

 パリィィンッ、カァァンッッ!! 

 

 氷が爆ぜ、乙骨が投げた刀を夏油が受けとり首を斬り飛ばす。

 

「悪くなかったよ。志半ばで残念極まりないが、次に期待するよ」

 

「うぅぅる"さ"ぁ"ぁい!!」

 

 ドズンッ!! 

 

 リカの拳が頭部のみとなった羂索を叩き落とし、彩華はナイフを脳天から真っ直ぐに突き刺す。

 

「それ以上! 高聡の声で騙るな!!」

 

「憂太! 今すぐ彩華を連れて病院に戻れ! あっちは私が追う!!」

 

「分かりました! 気を付けて!!」

 

(一体何が狙いだ!? 碌なことにならないのだけは分かる!)

 

 乙骨はリカに彩華を雑に持たせ、病院へと全力で憂憂の待機する地点へ移動する。夏油はその場から消えた裏梅を呪霊を先駆けに走り出した。

 

 




薄々、聡明な皆さんなら気づき始めましたかね?


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