はるけき世界の英雄譚-召喚されたら女になってんですけど元の体どこですか!- (白澤建吾)
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1章 士官学校編
召喚魔法は落とし穴


 私の顔をした男は元の体の持ち主である私に向かってとんでもないことを言い出した。

「お前、前のおれの体だな、ってことはこの体の持ち主か、なんだ?自分に抱かれに来たか」

 下卑た笑いを浮かべていう元の私の顔を見て怒りを通り越して、ああ、私はあんな顔で笑うこともあるんだな、と妙な感心をしたが、本題を思い出して言った。

「そんな気色悪いこと思うわけ無いだろう? 体を返してもらいに来たんだよ!」

 

 私が用件を口に出した瞬間、恐ろしく、そして禍々しさすら感じるほどの魔力を放出する元の体に心臓を握りつぶされる様な恐怖と威圧感を覚え、なんとかこらえる。

 奥歯をぐっと噛み締め、私の敵に私の体の返還を要求した。

「まあ、そうだよな。おれだってお前の立場ならそういうだろうな」

 これは可能性があるか、と期待すると

「そもそも元に戻す方法なんてあるか知らんし、戻そうとも思わねえが」

 たしかに、魂だけを取り出して入れ替えるなんてできるのかわからないが、方法が判れば交渉もできるかもしれない、という思いはいとも簡単に打ち砕かれた。

「取り戻しに来ると思えばやっぱり答えは一つしかねえよな? 殺す!」

 

 明らかに格上の力を持った私の元の体は、ギラリ、と怒りと殺意を込めた眼差しを私とイレーネに向けた。

 

 ──どうしてこうなった。

 

 あの日はいつもの通りの朝が来ていたはずだ。

 

 いつもいつも終電で帰ってきて最寄り駅からコンビニでおにぎりを買い、

 歩きながら食べ家に着くとさっとシャワーを浴びて寝る。

 そんな生活になって3か月、これは転職失敗したなぁと思いつつ転職活動をする時間がない。

 これは中々に詰みかけてるな、とは思うがどうしたもんだろうか、と考えが次に進まないのは無意識に諦めてしまったのか疲労とストレスで思考力が落ちていたのか。

 

 いつものように髭を適当に剃り、ヨレヨレのスーツを着てギリギリの時間に家を出る。

 玄関のドアを開けて空を見た。

 こんなに明るくて気持ちのいい朝なのに帰るころには日が変わる頃か、と陰鬱な気持ちで1歩踏み出す。

 少し低くなっているドアの外に1歩足を踏み出したとき、足がマンションの廊下をすり抜けてしまった。

 

 とっさに地面に手を付こうとするが穴の向こう側が思ったより手前にあり肘を強打したあと顎を強打した。

 目の前がチカチカしたまま真っ暗な穴の中を落ちていった。

 

 どれくらい時間がたったか、電球とも松明とも違う光が薄ぼんやりと真っ白な石造りの部屋を照らし、硬い石の床の上で目が覚めた。

 

 床に書かれた魔法陣と囲むように埋められた宝石のようなものが光ってる。

 周りを見渡すが人はいないし見覚えのない場所。

 部屋の中をウロウロして扉を見つけ、とりあえず表に出てみようかとドアノブを探してみるがそれらしい取っ手が見当たらなかった。

 両開きに見えて引き戸かな、とも思ったがそんなこともない様で扉には鍵がかかっているようだった。

 

 どうにも行き場がなくなってしまったので

 そういえば肘と顎打ったな、と思い出し顎を触ってみると、剃り残したひげの感触がせず、柔らかくてすべすべしていた。

 首も細いし喉仏がない。

 変に思ってあちこち触ってみると胸は膨らんでるし股間にあるはずのものがなかった。

 女になっていた。

 初めから女だったか? と無意味に疑ってみたが思い当たることもなく現実逃避は失敗に終わった。

 

 しかも服装をみると年のころは高校生か。

 何かの間違いだとおもって色々触ってみるが、やはり自分の体が女になってるという現実は変わらなかった。

 

 扉の方でバタバタと音がして鍵が開いた音がした。

 ゆっくりと音もなく扉が開くと逆光で顔がよく見えないが白いローブ姿の男が入ってきた。

「ようこそ召喚者の方」

 そう言って胸の前で拳をぐるぐる回した。

 挨拶だろうか。

 

「我が国の召喚に答えていただきありがとうございます。」

 確認された覚えはないのだが・・・。

 それとも穴に落ちるのが快く答えたということになるのだろうか。

 

「わたくしの名前はワモン・パレデス、聖王国ファラスの神の言葉に所属する神官長です。召喚者の方のお名前をお聞かせ願いたい。」

 

「オオヌキカオルです。」

 自分の声が高いことに驚いた。

 

「うら若きお嬢様にこのような場に来ていただき申し訳ないのですが、我が国は異世界から召喚した英雄と共に大きな戦いを乗り越える必要があるのです。」

 こっちの都合はお構いなしで戦うことは決定しているようだ。

 しかし偉そうな人の前では借りてきた猫になる習性が身についているため突っ込みもせずに次の言葉を待つ。

 

「戦いの心得もあれば名を上げ貴族となることもできるのですが、いかがいたしましょうか。」

「いかがとは・・・。」

「そうですね、その説明も必要でしょう。」

「邪悪な者たちを打ち滅ぼす正義の使命を帯びた聖騎士団の一員として戦ってほしいのです。」

 

 邪悪なものとは一体、と思い説明の続きがあるかと思ってぼーっと見ているとどうやらこれで終わりらしい。

「邪悪な者というとなんでしょう、魔王とか魔族とかなんかそういうのですか?」

 いちいち説明を求めないとちゃんと説明してくれないのだろうか。

 

「魔王については250年ほど前に召喚人に滅ぼされたので大丈夫です。

 魔族については滅多にあるものでもないので気にする必要はありませんが、魔族討伐にでるのは精鋭にのみ与えられる命令になるのでよほど強くない限りは行く必要はありません。」

 

 魔王も魔族もいるのか、何がどう違うのかよくわからないが。

 ワモンは続ける。

「目下、討伐しなければならないのは魔物と邪教徒になりますね。」

 魔物はともかく邪教徒となると人かぁ、それは急に人を殺せと言われても抵抗がある。

 

「崇高な使命を胸に戦えるという機会を与えられたことはうれしいのですが、生まれてこの方、人を殴ったこともないので戦力になるとは思えないのですが」

「異世界から来ていただいた方はやはり魔力を扱う素質があるようですね、直接戦闘に参加せずとも支援もできましょう」

 私の育成プランを独り言の様につぶやくと

「士官学校に入るといいでしょう。

 兵士として戦う基礎や魔法による支援に魔道具の作り方を覚えればそれだけでも戦力になります。

 素質があれば将として人を率いることもできるでしょう。」

 

 将来の軍人とはいえ、いきなり敵と戦ってこいとは言われないだろう。

 1年か2年、長ければ3年ほどの時間稼ぎに成功したと思う。

 

 元の体は取り戻したい。

 元の世界に帰る・・・のは悩む所だがこのまま宗教戦争に駆り出されるのは勘弁してもらいたい。

 

「ではひとまず入学の方向でお願いします。」

 時間稼ぎをすることにしたんだ。

 

 




初めてなので優しくしてください


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世界の成り立ちと宗教国家

 ワモンはふむ、と頷いたあと

「よいでしょう、では案内させます。エリーを小間使いにつけます。

 エリーはいますか」

 そう言ってエリーとやらを呼んだ。

 

「では来るまでの間この世界の成り立ちについて簡単に神話について

 話しておきましょう。」

 といって勝手に語りだした。

 これは宗教の勧誘になるのだろうか。

 

 その昔、記憶にも記録にも残らない太古の昔。

 災厄が人類を襲った。

 災厄が先か、それが先かは今となってはわからないが、邪な神が降臨した。

 

 邪な神は全知全能であり、主神と対になる神だった。

 主神は人を作り生き物を作った。

 邪なる神は魔族を作り魔物を作った。

 二柱の神は対立し、はるか昔に地の底深く主神により封印された。

 しかし、災厄により封印が解け顕現してしまったのだ。

 

 邪な神の眷属の魔物や悪魔が解き放たれた。

 魔物達は生きとし生けるものを蹂躙し、(くら)い感情を糧として勢力を広めていった。

 全知全能なる主神と邪な神は互いに拮抗し、

 その星に住む生き物を守る神は自らが生み出した眷属を守護できなくなってしまった。

 

 主神は自ら作った生き物たちを守護するため、

 自らの力の一部で分身を作った。

 

 人類を団結させるため、神ははるか昔に罰として分けられた人の言葉を一つに戻した。

 一つの言葉で意思疎通を図ることができるようになった人類は

 武器を手に取り対抗したが人を殺すための武器では悪魔へ

 致命傷を与えることができず、その星に住む生き物は数を減らしていった。

 

 人が数を減らしたことにより、文明のすべてが衰退し、様々なものが失われてゆく。

 人類の中でも戦う術を持つもののなかに魔物や悪魔と対抗できるものがいたが

 圧倒的に数は少なく、戦えない者は地下や打ち捨てられた洞窟へ隠れ住むようになった。

 

 時が過ぎゆく中で主神の分身(わけみ)たる神の子の声を聴く少数の人間が現れ新たな信仰が始まった。

 

 集まった信仰は新たな神の御名において奇跡を起こし、悪魔へ抵抗し始める。

 文明のすべてが塵芥に帰してなお人類は立ち上がった。

 だが奇跡を起こし悪魔へ対抗しうる神の使徒は多くは現れずほとんどの地域で人は数を減らしていった。

 

 立ち上がった人類の中に英雄が生まれるのは祈りの奇跡か、必然か。

 いつ現れたか、どこから来たかわからない英雄はマーリンと名乗り

 たった一人の友、クロンシュタットという神官と共に幾多の魔物と悪魔を打ち滅ぼした。

 

 マーリンはあまりにも強すぎた。

 いつしか人々は自らの力で困難に立ち向かうことを忘れマーリンの到来だけを待ちわびることになった。

 マーリンも魔法の力で寿命を延ばして生きながらえたが、マーリンの後継者は現れず

 いつしかマーリンも戦うことができなくなってしまった。

 マーリンは人々に戦う力を思い出させるため、人々の礎となるため自らを世界樹とし、世界に魔力を満たした。

 友の神官クロンシュタットは最初の王として魔法王国を作った。

 王はマーリンの存在と思いを歴史に埋もれさせないためその物語を語り継ぎ

 世界樹を守ったという。

 

 世界樹の場所は隠され、世界樹は天を突くように大きいとも、

 大地のように広いとも言われるようになった。

 

「という歴史がある我が国の物語となるわけです。

 他の国はこの国で罪人となり放逐された者たちが作った集落の末裔や

 この国から派遣され資源採集を行っていた衛星都市が独立したものになります。」

 

「マーリン様のおかげで我々も魔法を行使できるようになりましたが、

 本来であれば魔物や悪魔と戦うため、それを忘れて侵攻しようという異教徒を

 打ち据えることも必要になりましょう、よろしくお願いしますね。」

 そういってにっこりと笑った。

 



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初めて鏡を見た

 ワモンが語るこの世界の神話を聞き終えた頃、ドアが開けられ、呼ばれていたらしき女性がきた。

 

 年は20代半ばくらいだろうか、グレーのひっつめ髪で給仕服を着ていたが、見たことがあるような給仕服なのは召喚者に持ち込まれたものなのだろうか。

 背は私より高いがそもそも基準としての私の身長が狂ってしまっているので、エリーというこの女性の身長が高いのか低いのかわからないが、今の私より10cm程高いようだ。

 

「はい、お呼びでしょうか」

 と、胸の前で拳を回した。

 なんとなく真似をして胸の前で適当に右手を回してみた。

 エリーは一瞬、目を見開いたあと何事もなかったように無表情に戻った。

 

「見ての通り異世界からの召喚に答えていただいたオオヌキカオルです。あなたには身の回りの世話をお願いしますのでくれぐれも粗相の無いように」

「かしこまりました。」

 そう言ってエリーはお辞儀をし、私にこちらへ、と促した。

 エリーについて部屋から出る。

 

「・・・オル様、オオヌキカオル様」

 エリーは何か話をしていたようだが何か話をしていたのか話を聞いていなかった。

 

「すみません、聞いてませんでした。」

「本日の所は召喚されたばかりでお疲れもあるでしょうからこれから過ごす学生寮のお部屋へと案内いたします。」

 ああ、すみませんね。と答えると

「明日からは訓練などが始まりますので朝お迎えに行ったあと練兵場へ案内いたします。」

 改めて説明してもらった後、エリーは言いづらそうにして口を開いた。

 

「先程のオオヌキカオル様の世界の挨拶と異なりこちらの挨拶は左手で拳を作り、顎の下から心臓の上を通り円を描きます。

 1度目は神への祈り、2度目は相手への敬意です。」

 と言った。

 真似をしたつもりだったが変だったらしい。

 

「右手で途中から何度も回すのはあまり良くない意味になりますのでご注意くださいね。」

 そういってエリーはお辞儀をした。

 

 知ったかぶりで失敗をしたようだ。

「すみません、ありがとうございます。」

 そう言ってお辞儀を返すと

「お辞儀は上手でらっしゃいますね」

 そう言ってエリーは軽く笑った。

 

 兵舎と神殿は王宮を中心に渡り廊下でつながっており、召喚の部屋は王宮にあるらしい。

 今日はこのまま兵舎へと向かい、明日は兵舎から王宮の裏側にある練兵場へ行く、というスケジュールになる。

 神殿には出入りすることはあまりないだろうということだった。

 

 案内してもらいながら歩いているが、同じ敷地内だというのに思ったより遠く、この体の体力と足では何度も行ったり来たりするのは大変そうだ、と暗い気分になった。

 

 見た感じ健康的ではあるが筋肉がなさすぎる。

 太っているわけではないのが救いか。

 

 特に話すこともないため黙って歩いていると、話しかけられることもなく迷わず兵舎の自分の割り当ての部屋についた。

 エリーの足元しか見ていなかったのでここから動いたら戻ってこれる自信がない。

 エリーは鍵を取り出し促すと部屋の説明を始めた。

 

「召喚者には士官候補生の個室が与えられます。

 トイレやシャワー室はありますが、シャワーの温水は本来の士官候補生であれば、連れてきた使用人かご本人が魔力を入れる必要があります。」

 

「魔力・・・」

 もちろんそんなファンタジーなものの心当たりなんてない。

 

 幸い今の季節の水は凍えるほどは寒くない、水シャワーを覚悟した。

「お世話を仰せつかっておりますので、2、3日に一度魔力を入れに参ります。」

 エリー微笑んでがそう言ってお辞儀をした姿は、まさに聖女のようだった。

 

「急に世話をしろなんて言いつけられたのにそんなことまでしてもらって申し訳ありません。」

「召喚者様のお世話ができるのは光栄でございますからお気になさらずに。」

 

 その後、部屋の中の設備、お湯の出し方やトイレの使い方を教えてもらった。

「晩御飯は夜にお持ちします。なにか食べられないものなどありますか?」

「辛いもの以外なら大体大丈夫です」

 

「そうですか、では御用があればこのベルを御鳴らし下さい、魔法のベルでわたくしにだけ聞こえるのでご用件を承りに参ります」

 と、言ってと小さなベルを置いて、また後ほどと挨拶して退出していった。

 

 部屋に一人になり夕飯まで特にやることがないが、今の時刻がわからない。

 今の季節が向こうと同じ5月から6月くらいを想定して窓から外を見ると15時から17時頃じゃないかと思う。

 学生寮の中を探検したい気持ちもあるが方向音痴の私はおそらく戻ってこれないだろう。

 しょうがないのでシャワーでも浴びることにしてなるべく見ないようにして服を脱いてシャワー室に入る。

 

 目線を正面からちょっと上に固定してシャワー室に入ると鏡があった。

 金属を磨いた鏡ではなく、ガラス製の想像したよりゆがみのないガラスの鏡だった。

 そこに写るのはやはり知らない女の子で、漫画やアニメの中でならすごく楽しんでいたのに、と残念思う。

 実際の私は現実の自分と中身のギャップの違和感で乗り物に酔った様な、めまいを起こしたような気持ち悪さを覚えた。

 

「あ、あ、あー」

 と、改めて声を出してみると姿の違和感だけでも飲み込み切れていないのに、浴室に響く声が新たな違和感を与え、どう収めていいかわからず行き場をなくした気持ちが胸の中でぐるぐると気持ち悪く暴れだす。

 叫んで、暴れまわれれば楽になれるのかも知れないが、他人の体だと思い我慢しようと思ったが溢れ出した憤りのまま壁を叩いて痛い思いをした。



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シャワーを浴びるのも一苦労

 昔見たアニメでならなくなったり増えたりしたものにドキドキワクワクして楽しそうだったのに実際に味わってみるとまったく別物で違和感だけが体にまとわりついてる気がしてこれが新しい体か、がんばるぞ! とはとてもじゃないけれども思えなかった。

 

 石鹸で髪を洗うことに関して無添加主義の美容師の友達に聞いていたが、石鹸だけだとキューティクルが広がって絡まるから酸性の液体でキューティクルを収縮させる必要があるんだよ、という無添加ブームに乗った話を思い出した。

 

 しかし、石鹸しかないので髪はギシギシになって大変だった。

 

 適当にタオルドライしてできることならシャワー用の使用人を雇いたいとボヤいた。

 もしくはもうめんどくさいので2度とシャワーを浴びたくないという思いでいっぱいだった。

 

 タオルドライしたまま何もかも面倒なのでベッドに倒れこみ顔に濡れた髪が張り付いて冷たいが何もかもどうでもいい気分でヤケになってそのまま寝てしまった。

 

 起きたのは夕飯でエリーが呼びに来た時だった。

 

「おはようございます。」朝ではないがエリーに挨拶をし、何か着るものがないか見渡したが着ていた服すらなくなっていた。

 

 エリーはきちんと察してくれて

「こちらをお召下さい、あと寝ぐせがすごいですよ」と服を一着渡してくれた。

 

 士官用の制服らしいがスカートだった。

「ズボンはないのですか?」と、スカートはなるべくなら履きたくないのでエリーに聞いてみる。

「制服のズボンというものは男性用のものしかありませんね、訓練用のものならズボンもありますが、それですと上下が合いません。」と言って笑った。

 まだ女性解放運動は起こっていないらしい。

 

「面倒でなければ女性向けの制服のズボンを作ってもらえるように手続きしてもらえるとありがたいです。軍だといつ何があるかわからないですから」

 と、エリーにお願いしておいた。

 

 ロングスカートだったのは不幸中の幸いでこれがミニとか貴族的なふんわりしたものだとかならますます気が滅入ってしまう所だった。

 

 次の問題はビスチェを差し出されたことだった。

 

 もう文句をいう気力も失せてつけ方がわからないといい回避しようとしたが、手伝ってほしいという意味だと伝わってしまいぎゅうぎゅうに絞められてしまった。

 

 苦しい、もっと緩めてと少し我慢してくださいの応酬と寝ぐせを取ってもらうために悲鳴を上げ続け、着替えるだけでものすごく時間がかかってしまった。

 

 制服への着替えの後は、エリーに食堂に案内してもらう。

 初日くらいは部屋でゆっくり食べたい、と思いつつ軍属になるんだもんな、と諦めてついていく。

 

 私に与えられた部屋はどうやら3階で、食堂は1階にあるらしい、2階は男性士官のフロアで3階の半分が女性士官でもう半分が倉庫になっているらしい。

 

 1階まで降りて廊下の突き当たりに観音開きの扉が開け放たれていて中で人がうごめいているのが見えた。

 

 5人くらいがかけられる長テーブルと長椅子がおいてあり好きな所に座って適当に食事をとるらしい。

 

 奥にはトレイを置くレールと厨房が見えた。

 社員食堂っぽいなぁと思いながら重ねられたお盆から1枚取り列に並んだ。

 

 私の世界でもおなじみのお盆をスライドさせて作り置きの料理を順番に受け取っていくスタイルだった。

 

 エリーの説明を聞きながら順番に並んで受け取っていく。

 

 蟹歩きをしながら周りを見渡してみるとだれかの使用人の姿もあってそこそこの身分の人以外はここで食事をとっているらしいことが分かる。

 

 今日の晩御飯はパンとスープとサラダ、主菜はスパイスを振って焼いた肉らしい。

 サラダには塩と油くらいしかないのかと思ったら過去に召喚された召喚者によってすでにマヨネーズの作り方が広まっているようだった。

 

 私が介入してお金持ちになる余地が残っててほしい、楽して大金持ちになって楽な暮らしができるならどこでもいいのだ。

 元の体には戻りたいが。

 

 適当に入口近くの席に座り、エリーと明日からの訓練について聞いてみる。

 

 朝は最初にこの食堂の隣の講堂に集まることになっているらしい。

 そこからそれぞれの部隊の訓練のために散るそうだ。

 私はまだどこに所属するかわからないため、とりあえず行ってみるしかない。

 

 料理の味は想像していたのと違い、普通の料理の味だった。

 

 食材とか文化が違うからこんなにおいしいとは思わなかったという話をエリーにしたところ異世界人の料理人が相当手をいれたらしい。

 

 マヨネーズもその料理人の残したレシピで、食堂の隅の棚にはリバーシもなんなら麻雀もあり、過去にそれを広めた召喚者は商人として大成功を収めたという話だった。

 

 何百年も前のことだとか。

 

「オオヌキカオル様は何か作ったりするのですか?」

 

 異世界人は何か新しいものを持ち込むのは当たり前なのだろうか。

 

「もうちょっとなにか作る隙間を残しておいてほしかったね。食事に関しては難しいかもしれないね、なんか作れたら収入になるんだけど。」

 

「では休暇の際にでも街に出てみましょう、私も必要なものがあるので案内しますよ」

 

「歌とか遊びなら年代によっては伝わってないものがあるかもしれないから儲かるかは別として文化は広げられるかもね」と答えた。

 

 ここで初めて知ったのだが、部屋は307号室だった。

 これで寮の中を探検しても帰ってこられる。

 ここに来て初めての良いニュースだった。

 

 朝になればエリーが迎えに来るらしい。

 

 少し早く目覚めてしまったのでベッドの中でだらだらと転がりつつ時間をつぶそうと思ったが、何もなく時間だけつぶすのは難しく悩んだ末に制服を着るということに思い至った。

 

 パジャマを脱ぎ、妙に固い素材のスカートを履き、

 ビスチェの扱いに困りはてた所でノックの後に

 お迎えに上がりましたと声がした。

 

 どうぞ、と入室を促してビスチェを掲げて見せる。

 

「やはり着なくてはいけませんか」

 

「異世界ではどのような服を着ていたのかはよく知りませんがこちらでは必要なものなのです。さ、後ろを向いてください、オオヌキカオル様」

 

 そういってビスチェを取ると後ろに回り込んだ。

 

「エリー、気になってたんだけど、なんでフルネームで呼ぶの?」

 

「一度に紹介されたので家名があるとは思いませんでした。なんと及びしたらいいですか?オーヌ様ですか? オル様ですか?」

 オーヌ・キカ・オル、ミドルネームが発生してしまった。

 

「カオルでお願いします。オオヌキはファミリーネームなんですよ。」

 

「それは失礼しました、カオル様」

 ポイントカードを持っていなかったくらいの失礼したと思ってなさそうな気はするがエリーがそう言ってビスチェを絞めた。

 

 上着を着、編み上げのブーツを履いて姿見で確認する。

 やはりそこに写るのは自分の姿ではなかったが、自分の体を取り戻すまではうまくやらなくては。

 

 元の体に戻ったら帰る方法を考えよう。

 元の世界に帰れても体がこのままでは記憶喪失の行方不明者みたいだからな。

 

 部屋を出てエリーに自分で行けるから大丈夫ですよ、と告げると

「お世話を仰せつかっているのでそういうわけにはまいりません。」と言われた。

「じゃあ、よろしく」と言って先導してもらった。



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初登校と二日酔い教官と初魔力

 周りを見渡す気にもなれずに斜め前をぼうっといると

「お前見ない顔だな」

 と制服を着た赤毛の少年とピンクブロンドの太っちょと金髪を逆立てた筋肉質の3人の少年に絡まれた。

「今日から来るようにワモン様に仰せつかりまして」

 と愛想笑いを浮かべて答えた。

 

「ワモンの、なるほど、魔力持ちか、女だからといって足を引っ張るんじゃないぞ」

 そういって赤毛の少年はデコピンして去っていった。

 皮膚が薄いのかすごく痛かった。

 ガキ大将か、と納得したがこれからも無駄に絡まれるのかと心配になった。

 

 しばらくして教師というか教官なのか髭を蓄えた短髪のおじさんが入ってきた。

 40代半ばだろうか。

 

「注目、時期も中途半端だが今日から新しく仲間が入ることになった。カオル、こちらへ」

 呼ばれたので仕方なく教壇へ向かう。

 

「今日から諸君らと一緒に学ぶオオヌキカオルである。

 貴族ではない士官候補生が来ることが珍しいが同じ学び舎にいるものは平等で対等だ。

 我が校の誇りに泥を塗るような生徒が出るとは思えないがくれぐれも気を付けるように。」

 講堂中に響き渡る大声で私を紹介した。

 

「わたしの名前はヤニック・デ・パヴァン、この学年の教官を務める。

 学校についての詳しい話はほかのものより聞くといい。」

 そう小声で言い席に促した。

 

「1年のA班は講義室1、B班は講義室2、C班は講義室3、DE班は練兵場へ行くように、

 カオルはひとまずC班に入るように、では解散」

 教官がそう言って退出した。

 さて、講義室3とやらはどこだろう、大事なことはわからないままだ。

 

「オオヌキカオル様? 講義室3の場所はわかります?」

 と、ピンク色の瞳と金色の髪のロングヘアを持った綺麗な少女から声をかけられた。

 こういうときに声をかけてもらえるのはありがたい、と新入りに積極的に話しかけてきてくれるこの少女に感謝した。

「わからないのです。」

「ではわたくしもC班ですから一緒についていってあげますね、あたしの名前はイレーネ、イレーネ・モンテーロよ、イレーネって呼んでくださいね」

 といって握手を求めてきたので、

 その手を握りながら、じゃあカオルでお願いしますね、と答えた。

 

 ロングヘアを揺らしながら立ち上がり、さ、行きましょと言った。

 イレーネは歩きながら同性が来てくれてうれしいわ、といった。

 

「やっぱり女性だって立ち上がって戦わなくてはいけないと思うの、でも女性ってだけで煙たがられることが多いじゃない?

 軍だと魔力があって魔法を覚えれば男も女もないと思うの!

 あたしはそんなに頭よくないから用兵なんてできないからきっと前線で部下を指揮するいいリーダーになると思うわ、そういえばあなた・・・カオル?

 カオルはワモン様に連れてこられたらしいけどどうしてかしら?」

 だんだん口調が崩れて本性が露わになってきた。

 

 ワモンについては別に詳しくないしあまり話題にだしたくないと思い曖昧に答えた。

 

「ところで今日はどんなことを講義するのかな?」

「今日はまだ魔力の扱い方と初級の魔法かな、力がある貴族はこどもの頃から教育を受けるけど、あまり力がなかったり魔力持ちとして連れてこられる子供たちは基礎からやるから。」

 

「ここが講義室3よ」

 と言ってドアを開けてくれた。

 イレーネの話に夢中になってたつもりはなかったが道のりを覚えるのを忘れた。

 イレーネにお礼をいい、チョップをしながら先に入った。

 

 20人も入ればいっぱいというような小さな教室の教卓で教官らしい男が机に突っ伏して寝ていた。

 生徒はそんなに多くなく、7、8人くらいが思い思いの場所にまばらに座っていた。

 

 私は外様なのでやる気アピールしつつ教卓の正面にならない様脇にずれて前から2番目の席に座った。

 中学校時代の先生の一人がつばを飛ばす人だったので男女関係なく人気のない先生だった。

 イレーネは私の隣に座った。

 

 お喋りっぽいイレーネが口を開かないところをみるとうるさくしてはいけない教官なのかもしれない、イレーネはこっちを向いて小さく手を振ってくる。

 どこの世界でも女子は友達に小さく手を振る習性があるのだろうか、と思いつつ小さく手を振り返した。

 

 始業らしき鐘の音が聞こえた。

 しかし教官は寝たまま起きない。

 

 この班の女子はイレーネだけらしい。

 女子1人だけなら心細いだろうね、と思いつつ外見と中身が違って申し訳ないと心の中で詫びた。

 私のせいではないが。

 

 他の生徒も緊張したまま背筋を伸ばして固まっていた。

 私はこっそりとイレーネに

「いつもこうなの?」

 と聞くと激しく頷いて回答した。

 

 そんなに緊張してたら始まる前から疲れちゃうよ、と思って頬杖をついた。

 

 まだ時間にして数分だがそろそろ起こしたほうがいいだろうか、

 と逡巡した最中だった。

 

 あくびをしながら教官が目覚めた。

 

「いやー、二日酔いがつらくてな、おはよう諸君、初めての顔の者もいるな、おれはルイス・アルメンゴル、ルイス教官だ。君、名前は?」

 どこにでもこういう教師はいるのか、と驚いた。

 

「オオヌキ、カオルです。今日からお世話になります」

「うむ、よろしく、カオル。

 では講義を始める、とはいっても今日も魔力の扱いに慣れる訓練だ」

「カオルはこちらへ」

 別に呼ばれ、新入生にはするという話を別に聞かされた。

 

 士官学校は4年制となり、幹部候補生や個人で相当数の戦力となりうる場合は3年以上、前線が主になりうる成績であれば2年や3年で卒業、配属となるらしい。

 

 そして今みんながやっているのは体内と周りに流れる魔力の流れ感じとり操る基礎だった。

 入学して1か月ずっとこの講義ではこの基礎練習をしているのだという。

 

 最初のきっかけとして教官が生徒の魔力を外から動かし、その感触をもとに自分で動かせるようになれば次のカリキュラムに進むことができる。

 

「では手を出しなさい、両手を合わせて少し離して、そう」

 手首をつかまれて微調整されながら10㎝くらいのボールを持つような形で手のひらを向かい合わせた。

 私の手のひらの外からルイス教官が両手で包み込むように手をかざした。

 

「最初は相当びっくりするから覚悟しろよ、あとその場所から手を動かすな」

 ルイス教官は真剣な目で手に注目すると魔力を込めたようだった。

 魔力が注がれた手の甲がぞわぞわする。

 

 悪寒が両手の甲を内側に押してくるような圧力を感じるが手の平に熱いビリビリする何かがあり内にも外にも手を動かせない。

 あまりの気持ち悪さに口からうえぇ、と声が漏れた。

 しばらくして、そろそろいいだろう、とルイス教官は手を離した。

 手の周りの気持ち悪さが抜け自由になった。

 

 熱くてぞわぞわしてちくちくする感触が残っているので手のひらをこすり合わせてから、

 スカートの腿の所で拭いた。

 

「余裕がありそうだったな」

 と、ルイス教官に言われたが、と手をこすりながら反論した。

「そんなことないですよ、すごい気持ち悪かったです。」

「その程度で済んでるから余裕があるんだ、内包する魔力が少なかったり抵抗力がよわいとおれの魔力に負けて水ぶくれになったりちょっと血が止まったみたいに痺れたりするんだ。力加減はしていたからそうはならないようにしているがな」

 

 自分の手をみると特に何もないことに安心し、丈夫な体で親に感謝と思おうとしたがよく考えたら自分の体じゃないんだった、と思いとどまった。

 

「では自分の魔力を操る方法は今無意識に使っていた魔力が手の内側にあったがわかったか? 

 わからないか、もう1度やるが、魔力を使って火を起こすと合格だ。

 火じゃなくても光でも水でもいいがイメージしやすいからな、さ、手を出せ」

 

 もう1度、弱めにやってもらうと確かに押し込んで来ようとする何かに対して手の平の中で動く流れが分かった。

 

 今度は少し楽になりました、と言うと

「それは抵抗しようとしすぎて抜けた魔力が自分の手の平に抵抗してたんだな、めずらしいこともあるもんだ、扱いになれたらそういうことも起きなくなるから慣れるように。」

 

 ルイス教官は手をひらひらさせながら

「もういいな、おれは二日酔いで寝るからあとは仲間とやれ」

 そういって机に突っ伏して寝てしまった。

 

 席に戻って続きをする。

 イレーネは気になるようで

「どうだった? 痛くなかった?」

 と、自分の練習を中断して寄ってきた。

 

「ぞわぞわちくちくして気持ち悪かったよ」

「やっぱり強いんだねぇ」

 と感心していると、会話を聞きつけてかほかのクラスメイトが集まってきた。

 

「強いんだって? おれロペス」

 ラウル、ペドロ、フリオ、ルディと口々に言った。

 昔から人の顔と名前を覚えるのは苦手なんだ、手加減してくれと思いながら愛想笑いをし

 

「わたしはカオル、オオヌキカオル、よろしく」

「オーヌキ? 聞いたことない家名だな、どこの貴族だ?」

 と、怒髪天を突いたような逆立てた緑色の髪が印象的なペドロが言った。

 

「遠いところから連れてこられたからだいぶ遠方の国だよ」

 とごまかした。

「黒い髪も珍しいな、闇の加護でもあるのか?」

「そんなことは言われたことはないね」

 と答えた所でルイス教官が起きて一喝した。

「おまえら! こっちは二日酔いで寝てるんだぞ! 少しは静かにしろ!」

 なんてやつだ、つい喉元まで出そうになったがすんでの所で我慢した。

 

 だれともなく目を合わせ声を出さないように笑った。

 しょうがないので円座になって基礎訓練を行う。

 やはりみんなは1か月とはいえ先に始めてる分、進んでいるようだ。

 よく見ると両手の間に陽炎のようなものが見えた。

 

 とりあえず手でボールをつかむようにしてみるがぱっと出たりしないようだ。

 目を瞑りさっきの気持ち悪い感覚を思い出し手の平に集中すると、体の内側をなにかこってりしたものがあるのを感じる。

 まるで体内をこってりしたラーメンスープが流れているように感じたので、指先に開けた穴から流れ出るイメージでこってりを導いていく。

 

「カオルカオル! 出てる出てる!」

 イレーヌが慌てて声をかけてきた。

 

 初日で出るとは中々に順調じゃあないか、と思いながら目を開けると指先から流れ出たこってりはその場にとどまることなく流れ空気中に霧散していった。

 ペドロ達も目を見開いてこっちを見ている。

 

「液体をイメージしちゃだめだ、もっと扱いやすくなるようイメージして手の中に収めるのが基礎なんだ」

 そういって名の知らぬ(覚えていられない)金髪の少年が寄ってきて流れ出たこってりを下から支えて手の中に収めようとしてくれた。

 もっと粘土のようにそう念じると体内のこってりは硬くなって指先からまったくでなくなってしまった。

 

「今度は硬すぎる」

 そういって名の知らぬ金髪の少年は苦笑いを浮かべ自分の席に戻っていった。

 

「ありがとう、ええっと・・・」

「ロペスだ、ロペス・ガルシア」

「ありがとうロペス」

 そういって自分の訓練に集中した。



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魔力操作と推し仲間

 イメージしてしまうとそのイメージに縛られて使い勝手が悪くなるらしい。

 

 これは難しくなったぞ、と思いながら

 特定のイメージをしないようにひねり出そうとする。

 

 してはだめと思えば思うほど液状化し指先から垂れ流される。

 

 しかし手にボールを作るように固め、手の中でとどめるようにする。

 

 違うんだ、こうじゃないんだ。

 

 一度手を打って手の中の魔力を散らして仕切り直す

 次はガス状にできないか試みる。

 

 どうやら魔力で作ったガスは空気より軽いらしい。

 

 ゆらゆらと立ち上り霧散していく。

 

 このガスは吸っても大丈夫なのか、と少し気になったがイレーネの

「さっきよりだいぶましになったね」の一言で気を取り直して続ける。

 

 集中しすぎて疲れてしまったので周りを見てみると銀髪の・・・

 たしかルディの手でゆらゆらと手を包む魔力の流れが見えた。

 

 イレーネは量が足りないのか維持ができていないようで出たり消えたりしている。

 

 ペドロは片手でやっていた、

 片手でしかできないのか片手でやるのが次の訓練なのか。

 

 明るい青い髪をしたふとっちょも片手でやっていた、

 やはり両手の次は片手でやるのか。

 

 ゆらゆらとした魔力が壊れたコンロのように

 ボッボッと火が付いたり消えたりしていた。

 

 ロペスもルディと同じくらいか。

 

 濃い緑色の髪のひょろっとした気弱そうな彼は全く出ていない様だった。

 

 前のめりになり体にガチガチに力をいれて集中している、

 集中しているというよりは踏ん張っているように見える。

 

 一番遅れているせいか焦っているのだろうか。

 

 他の人のを見たせいか、オーラっぽくしたらいいのかな、と真似ることにした。

 

 カンニングした結果おそらくできている気がする。

 

 イレーネにどうかな、と聞いてみると

「もうできたの!? 早いよ!」と驚いていた。

 

「みんなのを参考にしたんだ、次はどうしたらいいのかな?」

 

「次はペドロかラウルに聞くといいよ」とペドロとふとっちょを指さして

「ペドロ、ラウル! カオルもう次いくんだって、教えてあげてよ」といった。

 

 ペドロとラウルは流石に早いなといいながら私が座る場所を開けてくれた。

 

 ちょっとごめんよっとみんなの真ん中を通りペドロとラウルの間に座った。

 

 ラウルはふうふう言いながら説明を始めた。

 

「次はね、体から離す訓練だよ、離した所で火をつけるんだ、

 しばらくはそんな感じだね。」

 

 そういって自分の訓練に戻った。

 

 よく見ると手の平から出た魔力は山型に盛り上がるが

 離れて浮いたりしていないようだった。

 

 真似てみると確かに難しい。

 

 体から離れていくイメージがわからないのだ。

 

 そうしているうちにカランとベルが鳴った。

 

 果たしてルイス教官は目覚めて次の予定を教えてくれるのだろうか。

 

 ハラハラしながら見ていると

 だるそうに体を持ちあげぐったりと背もたれに寄り掛かった。

 

「あーだるいわー、次もここで魔法理論の基礎でーす、お昼食べたら集合ー」

 

 そういって突っ伏した。

 

 午後もここなら一人で歩ける。

 

 さっきの講堂に戻ってエリーと合流して昼飯にするんだ。

 

 イレーネにお昼の予定を聞かれ、

 ワモンに世話をするように言われてるエリーと食べる、と伝えた。

 

「力のない貴族とはいえいたら気を使わせちゃうね、

 今度一緒に食べましょ」と予約された。

 

 エリーにも伝えておくよ、といい解散した。

 

 講堂に戻るとすでにエリーは来ていて講堂の入り口前で待っていた。

 

「待たせたかな」

 

「先ほど来たばかりです。」といい、一緒に食堂へ移動した。

 

 今日はポトフとパン、サラダだった。

 

 足りるかなと思ったが意外とおなかが膨れた。

 

 食事が終わって午後の開始の鐘が鳴るまではまだ時間があるので

 エリーに話しかけた。

 

「一緒に講義受けてるイレーネって子が私とエリーと一緒にご飯したいんだって、

 かまわないかな?」

 

「あたしはかまいませんが、イレーネ様はお貴族様でしょうか」

 

「そうだけど結構気安い感じだったよ、

 元々市場とかでて色々遊んでたみたい、自分では力ない貴族って言ってたけど」

 

「ご一緒することで失礼に当たらなければ断れる立場でもありませんので・・・」

 

「ごめんね、ワモン様について情報収集したいみたいだったから・・・」

 

「ワモン様の?」

 

「そう、ワモン様が好きらしいから

 きっとワモン様について語り合える相手が欲しいみたい」

 

「そのお気持ちはよくわかります。」

 

 意外とエリーもワモンのファンだった。

 

 確かにワモンは顔は整ってるし落ち着いた雰囲気のいい大人だった

 

「そうなんだ、ワモン様ってどんな人なの?」

 

「神殿の長にして聖王国ファラスの神聖魔法や

 主神の奇跡を行使するアンデッドや闇に潜むものに対しての最大戦力で、」

 お茶をくいっと飲み喉を潤すと

 

「パレデス家の当主でありながら奢るところはなくすべての人にやさしく

 ワモン様自身を神の化身なのではないかと噂されることもあります。

 それもそのはず神自身で造形したかのような麗しいお姿で人々を癒して救い、

 神聖騎士として出陣する際は主神の仮の姿といわれる

 戦天使もかくやという神々しさなのです。」

 

 こっちも止まらない人だった。

 

 イレーネといい相性なのではないだろうか。

 

 このままエピソードトークが始まってしまったら

 席を立つタイミングを逃してしまう。

 

「じゃあ、イレーネと食事するのはいつがいいかしら」と話を逸らすと

「そうですね、できることなら晩御飯をご一緒して一晩中でも

 ワモン様について語り合いたいと思うのですが、

 お仕事もありますのでお昼であればいつでもよろしいかと。」

 

 とんでもない情熱がはみ出たがそんなのに付き合うのはごめんだった。

 

「イレーネにもそう伝えておくね、じゃあまた夕方にね」といい、

 足早に講義室3へ向かった。



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魔法の講義と初めての実践

 講義室3へ戻ってきた。

 

 講義なら前の方がいいだろうということで机に突っ伏して寝ている

 二日酔いのルイス教官の酒臭い息が当たらない様、教卓からずれて座る。

 

 イレーネが隣(教卓の正面)に座りそうだったので1つずれてあげた。

 

 同好の士は断らないと確信している様な表情でどうだった? と聞いてきた。

 

 お昼なら是非って言ってたよと答えると喜んでいた。

 

 鐘がなりやはりしばらく、1分くらいしてからだるそうに起き上がった。

 

「あぁ~、だいぶましになったーだれか食べ物持ってない? ない? そう」

 

 そう言ってコップに水を出し飲み干した。

 

「やっぱり井戸水の方が美味いな、じゃあ、魔法理論の基礎の1回目でーす。」

 

 というわけでだるそうに始まった講義だったが

 大別すると3つ、

 ・黒魔法、自分の魔力を糧として世の理にアクセスし、行使する。

 ・精霊魔法、理の異なる世の力ある存在に力を借りて力を行使する。

 ・信仰による奇跡、神に信仰を捧げることにより神の力の一部を借りて行使する。

 

 同じ現象を起こそうとした場合、どの発動方法でも結果は変わらないらしいが、

 使用する魔力量や威力に影響を与えるらしい。

 発動方法は

 ・直接行使する

 ・魔法陣などで発動する黒魔法や精霊魔法、信仰による奇跡を起こす。

 ・魔力を注ぎ込み体から離して行使する(魔石を経由することが多い)

 

 例外として魔力が湧き出す金属などを使った魔剣や神剣があるとのことで、

 次の時間の練兵場での訓練で肉体強化を覚えるらしいが、

 それは直接魔力を注ぎ込むにあたる、と補足が入った。

 

 講義をする割に授業内容は覚える必要はなく、

 実技で試験をするらしいが信仰による奇跡はできたら加算される程度。

 

 筆記があるのは3年からでそれまでは戦闘訓練と魔法訓練だけを行うのだった。

 

 この時間はこの国では主神を唯一とする国教を持つ国だが、

 他には自然信仰の国や主神とその子供たちも神として祀る国、

 新しき神を名乗る神本人が統治し、信仰させている国があるらしいが

 言いたいことはいざというとき役に立つから信仰はしといた方がお得だ、

 といっていた。

 

 信仰にお得とは、と思ったが、そういう信仰だと奇跡もそれなりなので

 不遜とかは気にしなくてもいいらしい。

 

 まれに特に信仰していないのにものすごく祝福されて発動する人がいるらしいが、

 過去に来た英雄の子孫なのではないかと言われているという程度で、

 特に研究などされているわけではないらしかった。

 

 戦えるように訓練された後はハンター協会に登録して

 簡単なところから依頼を受けていくと

 こづかい稼ぎにもなって一石二鳥だと言っていた。

 

 鐘が鳴り次の練兵場に移動する。

 

 みんなでぞろぞろ移動する。

 

 ロペスは低位貴族でルディは騎士の家系らしい。

 

 肉体強化が得意だと自慢し

 イレーネに一緒にハントに行こうと誘っていた。

 

 こっちの世界のデートは二人で狩りにいくのかな、

 殺伐としてるなぁと思っているとカオルも行くならいいよと言っていた。

 

 私の肩を肘置きにしながら

「3人でどうだい? 危険な目にあってもおれが守ってあげられるから

 安全にハントが楽しめるよ。」

 

 と言い、前髪をファサっとかきあげた。

 

 お貴族様とやらはこんなもんなのかな、とイレーネを見たら苦笑いをしていた。

 

 巻き込むんじゃないよとかお前あんまり強そうじゃないな、という思いを込めて

「3人じゃ心細いなぁ、もう1人か2人くらい強そうな人がいるといいんだけど」

 と答えた。

 

「そうかい? じゃあ、ルディと兄を呼ぼう、これで決まりだね」といい、

 ルディに声をかけて一緒にどこかに行った。

 

 イレーネは小さい声でごめんね、と言った。

 

 うまく断れなくてごめん、と答えた。

 

 「では今日は肉体強化の魔法を使い戦闘訓練をする。」

 ヴィク・ヴァン・ハインと名乗った筋肉ダルマはそう言った。

 

 いきなりか! と驚いたが個別に最も強い肉体強化を使わせて

 同じくらいの強さで訓練させる分別はあるようで胸をなでおろした。

 

 ペドロとロペスとルディは部位別の肉体強化しかできないという

 危なっかしいものだったが練兵場は神の奇跡の結界があるため、

 痛みはあるが、致命的な怪我にはならず短い時間で元の状態に癒されるので

 首を飛ばしても短時間なら大丈夫という高性能で夢のような結界に守られていた。

 

 この効果がある装備があれば不死身の軍隊が作れるなぁと思い、

 無敵の軍隊について夢想しているとぼーっとするな、と怒られた。

 

 そういえば昔もぼーっとして怒られたなぁと懐かしく思い出した。

 

「肉体強化を見せてみろ」と言われ、

「やったことないのでわかりません。」と答えた。

 

 とんだ箱入りだな、と言われお前は最後だ、と後にされる。

 

 私以外は弱いが使えるという程度だった。

 

 みんなのを見ていると強化したい部位に魔力を集め、

 強化のための呪文らしきものを唱えるだけでよさそうだった。

 

 それぞれの家に伝わるのか、言葉はみんな違うものだった。

 

「魔力をため、強化を、というと簡単な肉体強化がかかる。やってみろ」

 

「きき、強化を」というとほんのり肘から先が光った。

 

「なかなか良い反応であるな、どれわたしの手を殴ってみなさい」

 そういって手を出した。

 

 見よう見まねのファイティングポーズを取り、

 ヴィク教官の差し出した手に左拳をあて距離感をつかみ、

 右手を思い切り突き出した。

 

 当たった瞬間パン!と手首から先が弾け飛んでなくなってしまった。

 

「ええ? ええ! なんでぇ!」

 



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回復魔法と理不尽

「大丈夫ですか! 大丈夫じゃないか! 申し訳ない!」

 慌てて叫んだ。

 

「このような威力になるとは思わなかったが大丈夫だ、すぐに治る。」

 

 しばらくすると光の粉のようなものが集まってきて手がもとに戻った。

 

 あまりにも現実感がないので治った手を見ていると

「まさかガード無しだと手が吹っ飛ぶとは思わなんだ」と言ってがははと笑った。

 

「肉体強化は百人力の力を手に入れ、神の目を持ち、風より速く走る力のことだ、

 1発だけ強い攻撃をだせるというのもいいが、長期戦には向かない。

 どこをどう強化したいか思いながら魔力を込めて呪文を唱えよ」

 

 治った手をにぎにぎさせながらヴィク教官が言った。

 

「百人力、百人力、百人力・・・」

 

 右手に力が付くように祈りながら強化を、とつぶやいた。

 

 今度は光らなかったが手の感覚が変わった。

 

 ヴィク教官はふむ、とうなづくと刃を引いた剣を持ち、

「その木剣でわたしの剣を弾き飛ばして見せよ」と言った。

 

 はい、と答え横薙ぎにできるよう真横に構えて1歩で届く間合いを図ると

 全力で踏み込んだ。

 

 制御できていない力でヴィク教官の分厚い胸に全力で頭突きをして

 

 ヴィク教官を3メートルほど吹っ飛ばしてしまった。

 

「ああああああ、すみません! すみません!」

 

 仰向けに倒れたヴィク教官はむせながら立ち上がり

「いや、今回は大丈夫だ、強化は申し分ないが制御ができてないな、

 お前は相手に合わせて強化具合を調整できるようにする訓練をすることだ、

 雑魚に全力で魔力を使う必要もないし、訓練で毎度人を飛ばさなくて済むからな」

 

 そう言ってベンチに座り、全員集合、と言った。

 

 あまりいうことを聞かずだらだらと集まってくる様をみて、全力疾走!

 と一喝し、慌ててみんなが駆け寄ってきた。

 

「この時間は知ってのとおり肉体強化による戦闘訓練も行うが、

 肉体強化無しでの戦闘訓練も行う。

 強化と言っても元が強いほうが強化されるし、

 肉体強化でごまかさずに正しく戦う術を覚えることができるからだ」

 

 そしてニッと笑い

 

「この時間のほとんどは素振り、走り込み、

 慣れてきたら試合形式でということになる。」

 

「肉体強化は言われるまで禁止だ、では今日は練兵場の外周を10周したあと

 時間いっぱい素振りをすること。」

 

「やる気がなかったりしたやつは次回5周追加だ。よし、行け!」と言って

 手を叩いた。

 みんなダラダラしているとは思われないような程度で走り始めた。

 

 昔から運動は得意な方ではなかったがこの体は弱すぎる。

 

 なにか病気なんだろうか。

 

 もしそうならまずい、と思うが考えるのも億劫になってくる。

 

 イレーネも走れてないが私よりましだ。

 

 勝てるのはふとっちょのラウルと虚弱そうな眼鏡君くらいだった。

 

 もしかしてビスチェの締め付けのせいで呼吸が浅いのかもしれない。

 

 イレーネの後ろに張り付きペースメーカーになってもらう。

 

 何も考えずただ黙々と足を動かすマシンとなり乗り切った。

 

 イレーネが少し遅くなったから乗り切れてなかったかもしれない。

 

 心の中でイレーネに深く感謝をした。

 

 走り終わりヴィク教官の所へ行くと

 

 ペドロやロペス達キラキラ軍団は木剣の素振りをしていた。

 

「正面の相手の頭を打ち据えるつもりで上から正面に剣を振り下ろすんだ」

 

 手本を見せベンチにどっかりと座り込むと

 キラキラ軍団のフォームに指導を入れ始めた。

 

 イレーネと並んで木剣を構え力いっぱい木剣を振った。

 

 心の中でピタリと止まったはずの木剣は

 振り下ろした勢いのまま地面をしたたかに打ち据えて

 私の両手にダメージを与えた。

 

 力がなさ過ぎて木剣に振り回されて途中で止められないというのは

 初めての経験だった。

 

 イレーネも「んんんんっ」と声にならない叫び声をあげて

 何とか地面につけずに済んでいた。

 

 すこし遅れてラウルと眼鏡君が戻ってきて素振りを始めた。

 

 ラウルは少し振れていたが眼鏡君は私と大差ない感じだった。

 

 それから数回振ったが虚弱軍団はヴィク教官の頭を抱えさせ、

 ギリギリ振れる程度の強化をかけてもらいなんとか乗り切った。

 

 鐘がなり今日はもう終わりなので大講堂に行けと言われ

 各々だるそうに移動し始めた。

 ペドロが

「女は力がないから木剣より短いのかもっと軽い武器があればいいのな」と

 フォローらしきことを言っていた。

 

 イレーネはほんとにねーと言っていたが

 私は好きでこの体でここに来たんじゃない!

 

 と叫びたくなったがぐっと奥歯を噛んで我慢した。

 

 様子が変だったのかイレーネが様子を気にしてくれた。

 

 ちょっと疲れちゃってと答えてとぼとぼと歩き出した。



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新しい下着と制御できない魔法

 腕と足は痛いし体はヘトヘトだった。

 

 汗が冷えて体に張り付いて気持ち悪い。

 

 百人力とイメージしたら力が強くなるなら元気出ろって思えば元気でるかな

 ちょっとした思い付きだったがやってみたらことの他うまくいって

 萎びた心が少し潤いを取り戻したようだった。

 

 帰りは別に戻ってこなくてもよかったみたいで

 待ち合わせをしてこの後遊びに行ったりする人だけが戻ってきている。

 

 だからイレーネ他C班はだれも戻ってきていなかった。

 

 きっとみんな帰って疲れをいやしているのだろう。

 

 エリーが迎えに来てくれたので一緒に部屋へ向かう。

 

 エリーが甲斐甲斐しくしてくれるので偉くなった気がしてくる。

 

 まっすぐ帰るのにも夕飯にも早いがどこかに行くには中途半端、

 シャワーを浴びたら時間もちょうどよくなるかなと思いながら歩いていたら

 部屋についた。

 

 エリーに脱ぐのを手伝ってもらい、シャワー室にいく。

 

 ビスチェを脱ぐと呼吸が楽になった。

 

 やっぱり締め付けは相当負担になってたんだな、と思いシャワー室で

 ビスチェを着なくてはいけないのかと足踏みやジャンプして試してみる。

 

 結果は胸の上がちぎれそうなくらい痛かった。

 

 軽くジャンプしただけなのにちぎれるかと思った。

 

 なるほど、ブラジャーはこのためにあるのか、と自らの身体で理解したので解決方法についてエリーに相談してみよう。

 

 びしょびしょのままシャワー室から出てエリーに下着について相談した。

 

「エリー、相談したいんだけどビスチェで戦闘訓練すると息が苦しくて

 大変なんだけどもっと動きやすくて胸をがっちりと止めてくれる

 下着はないかな?」

 

 エリーは私の前に立って両手を広げたのでハグでもするのかと思ったら

 

 風の魔法でびしょびしょを乾燥してくれた。

 

「カオル様は召喚者なので知らないこともあると思いますが、

 ビスチェやコルセットで魅力的なボディラインを見せるのが嗜みというもので、

 おっしゃるものはあることはあるのですが淑女としてそういうものはどうかと、

 あと服も着ずにうろうろするのもどうかと」

 

「普段着がないのですよ。」

 

「そういえばそうですね」といい、しばしお待ちください。

 

 と言って部屋から出ていった。

 椅子に座っていい子で待つ、まだここに来て2日目なのだ。

 

 班のみんなのおかげで少しこの体に慣れることができた。

 

 使っていけば慣れることはできるだろう、

 慣れた結果、元の体に戻った時に自分の体に違和感がでる可能性がある。

 

 慣れないのも慣れるのも困る。

 

 どうしたものか、と悩んでいるとエリーが帰ってきた。

 

「お待たせしました、こちらをお召ください。あとこちらが寝巻です。」

 

「これは?どうしたの?」

 

「ワモン様に言って使っていない一式を持ってきました。」

 

「ありがとう、下着の件はどうなった?」

 

「さらしを持ってこようかと思ったのですが、呼吸が苦しいとの話でしたので

 昔の召喚者が作ったものがありましたので持ってきました。」

 

「そんなものもあるのか、しかしサイズは大丈夫なのかな」

 

 ためしに着てみる、これはスポブラか。

 

 これはこれで不本意に女装させられる気持ちになるな。

 

 つけてみると少し緩い気がした。

 

「ゆるそうですね、魔力を込めると体に合わせるようになっているようですよ。」

 

 ほう、と答えカップの所に両手をあて今日習った通りに魔力をだしてみた。

 

 じわじわと締め上げられ少しきつめになったところで止まった。

 

 軽くジャンプしてみると一切揺れず動きやすかった。

 

 体をひねって動かしてみた。

 

「いいね、これ」

 

 持ってきてくれた普段着を着た。

 

 やっぱりスカートか、とぶちぶち言いながら着る。

 

「そろそろ晩御飯にしたいのだけど。」

 

「そうですね、お持ちします。」

 

 そう言って部屋を出ていきしばらくしてカートを押してきた。

 

 食事をテーブルにならべ何か魔法をかけていた。

 

「それはなんの魔法?」

 

「昔の召喚者が作ったという黒魔法のレンチンという魔法です。」

 レンチン・・・

 

「簡単ですよ、魔力の扱いができるようになったら教えて差し上げますよ。」

 

「できるできる、教えてください!」

 

「ではいう通りにしてくださいね、まず温めたい範囲に薄く魔力を広げてください。

 そしてレンチン、と唱えるのです。」

 

「レンチン」

 

 テーブルの上がぼうっと光り、今日の晩御飯がカラカラの干物になってしまった。

 

 呆然とカラカラに干上がったスープを眺めた。

 

「魔力の制御できてなかったのですね・・・。代わりの物をお持ちします。」

 

 再び食事を用意してくれた。

 

 きっとあきれ返ったに違いない。

 

 エリーは食事を置いてではまた明日、と言って出ていった。

 

 照明が暗いからかここの食事はおいしくなさそうに見える。

 

 もそもそと食べ、やることもないので寝ることにした。

 

 寝巻に着替えベッドに入る。

 

 いつになったら帰れるのか

 そもそも帰れるのか

 体はどうなってしまうのか

 このまま帰るとまた高校生、しかも女子高生になってしまうのか。

 

 考えれば考えるほど眠れなくなりそうだったが無茶苦茶に動かされたせいか

 泥の中に沈むように意識は深く落ちていった。



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非力な体と模擬戦

 昨日はよほど疲れたのか早く寝た割に早起きせずに普通に目が覚めた。

 

 全身の筋肉痛がつらい。

 

 もうずっと運動なんてしてなかったから学生時代以来の痛みだった。

 

 軋む痛みを我慢して寝巻から制服に着替える。

 

 エリーを待って講堂に行き、ルイス教官の講義を受けるため講義室へ移動する。

 

 今日も魔力を離して維持する訓練をする。

 

 もりもりと長く伸ばすことはできるが、ちぎれるとその場で維持できず霧散する。

 

 これは難しい。

 

 みんなでうんうん言いながら時間を浪費し、あっというまに昼になった。

 

 イレーネと一緒にエリーと合流し、一緒にお昼ご飯を食べる。

 

 予想した通りエリーとイレーネは盛り上がり私は置いてけぼりになった。

 

 エリーとイレーネは食事の約束と、手紙を交換する約束をして昼休みが終わった。

 

 午後は昨日と違って講義ではなく練兵場での訓練だった。

 

 軋む体でマラソンをし、

 肉体強化をかけてもらい素振りをする。

 

 自分でもかけてみたが、思ったより強力にかかったらしく

 

 ロングソードを片手で振り回してイレーネが驚いていた。

 

「どうだい?その状態でおれと手合わせしてみない?優しくするよ」

 とロペスがちょっかいをかけてきた。

 

 ヴィク教官は却下するかと思ったら、いいだろうやってみろ、と武器を選ばせた。

 

 ロペスは長剣、私は、と。武器を見て回る。

 

 どれもこれも使ったことないからどれも一緒かなぁ、と思いながら

 軽いものは木の盾と鉈の様な長さのショートソード、

 刃渡り1mちょっとの剣、

 刃渡り2mもありそうな剣

 槍に棍に弓に斧、さて、どれにしようか。

 

 ここは武器の王である槍にしましょう。

 

 右手で石突をもち、左手で半ばより手前を槍が水平になるように持ち

 半身に構えた。

 

 重さは感じない、リーチの差があるからいけるか。

 

 ヴィク教官が「はじめ!」と合図した。

 

 ロペスが剣を構え隙を伺うように私の周りをじりじりと移動する。

 

 剣の間合いに入ってしまったら対応できず負けてしまう。

 

 穂先を左右に揺らし威嚇する。

 

「間合いが違うからやりづらいね」と、いいながら楽しそうに笑っている。

 

 剣で穂先を叩き穂先をずらし、剣の腹で柄を滑らせ突っ込んできた。

 

 槍をひっこめる場所も暇もないので反対向きに回り、石突で胸を突いた。

 

 皮の鎧を突き当たり阻まれたが一瞬怯んで苦しそうな声を出した。

 

 そしてその隙に槍を引いて後ろに引いた穂先を上からたたきつけた。

 

 ロペスは剣の腹で受けそのまま走ってきた。

 

「嘘だろ!」と思わず叫んでしまいそのままの勢いで蹴り飛ばされ

 剣をのどに突き付けられた。

 

「負けました」と槍を手放した。

 

「最後の叩きつけるのはよかったね、かっこよくて。

 でもあそこは払って頭を叩いた方が効果的だったかもね。」

 

 といって手を引いて起こしてくれた。

 

「戦うの初めてだからどうしていいかわからなかったよ」

 

「あれで?槍のことはわからないが才能があるんじゃないかな?」

 

 といってロペスがほめてくれた。

 

 見よう見まねカンフーはうまくいった様だ。

 

「体は動かせるのに力がないとはなんともちぐはぐなことだな、

 今日も素振りをしたまえ!」

 

 と言ってヴィク教官が笑った。

 

 軋む体で素振りをしヘトヘトになって今日は終わった。

 

 木剣を片付けて講堂の方へ歩いていくとイレーネに声をかけられた。

 

「明日休みだけど用事ある?」

 

「休みってあるの?」

 

「そりゃあ、あるわよ」と言って笑った。

 

「用事がなければ街にでましょ」と言われたが断る理由がないし

 特に思いつかなかった。

 

「いいよ、初めて外出るから色々見せてね」と言って今日の所は解散した。

 

 

 エリーと合流し、部屋に戻る。

「召喚者の下着のおかげですごく助かりました。」

 

「それはよかったです。」

 

「洗濯する分も考えていくつかあればいいんだけど」

 

「手配しておきましょう」

 

「ありがとう、助かります。」

 

 夕飯の準備をしてもらい、明日について相談する。

 

「明日は休みらしいのですが」

「そうですね」

 

「明日はイレーネと街に出ようと誘われているので

 何か気を付けることはありますか?」

 

「イレーネ様がいれば大丈夫だと思いますが夕方にはお戻りください」

 

「わかりました。」

 

 食事をとりストレッチをしてシャワーを浴びてベッドにはいる。

 

 まだ1週間とたってないのだ、疲れすぎてこの体がこの先もつのか心配だ。

 

 今日も横になっただけで意識が泥の中に沈んでいった。



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初めてのお出かけとハンター登録

 イベントの日は早朝に起きる。

 

 運動会に始まり遠足、修学旅行に卒業旅行、7時に起きれば間に合う

 悪名高い社員旅行でも5時ころに目が覚めていた。

 

 こちらに来ての初めての外出ともなるとイベント扱いらしい。

 

 エリーに言って取り寄せてもらったのは昔映画でみた

 アメリカ開拓時代の映画で女性が着てたものに近い気がする。

 

 しばらくドアの前でぼーっとしていると

 深い青のワンピースを着たイレーネが来た。

「待たせたかしら」

「今来たところだよ」

 こういう時は何か一言言った方がいいのか、女同士でもいうのかわからない。

 まあ、いいか。

「さあ、どこ行きましょうか」

 気を取り直して歩き出した。

 

 午前中は服屋巡りをし、試着するイレーネに付き合ってあちこち見て回る。

 

 服なんて着られればいい人生だったからどうかなと聞かれても

 なんと答えたらいいかわからない。

 

 どうしたらいいかわからない私は持てるバリエーションのすべて

 (似合ってるねとかわいい、素敵)を駆使して乗り切った。

 

 一通りウィンドウショッピングをして

 そろそろお昼にしようかということになったが、

 こんなこともあろうかとエリーがお昼代をくれたおかげで

 イレーネにたかることにならずに済んだ。

 

 これも神殿からだしてくれたのだろうか。

 

 ありがたくお昼ご飯を食べることにする。

 

「ねえ、カオルはどんなの食べたい?」

 

「そうだねぇ、どんなのがあるのかな」

 

「テーショク、パスタ、ラァメン・・・あとは串焼きに

 野菜スープとパンの店があそこかな」

 

 それぞれの店に指さしで教えてくれながら

 この辺で食べられるものを教えてくれた。

 

 定食にパスタにラーメン・・・色々な影響がみられる。

 

「イレーネは何が好きなの?」

 

「そうだねぇ、テーショクかパスタかなー、ラァメンは食べ方がちょっとね」

 といっていた。きっとすするのがダメなんだろう。

 

「じゃあ、パスタにしようか。」

 

 女性が食べるならパスタが無難だろう。

 

 パスタの店に向かい、重そうな扉を開ける。

 

 ほとんどの席が埋まっていたが奥のテーブルとカウンターが空いていた。

 

 奥のテーブルにつきメニューをもらう。

 

 麦も唐辛子もニンニクもあるのだろうか。

 

 メニューの文字は見慣れたものだったが同じものなのか寄せた違うものなのか。

 

 ブレンボとチチトーンのペペロンチーノにしよう。

 

 ブレンボとチチトーンがなんだかわからないがペペロンチーノなら大丈夫だろう。

 

「イレーネはなににしたの?」

 

「あたしはミルギルとタタンプのアラビアータにしたわ」

 

「私はブレンボとチチトーンのペペロンチーノにしたよ」

 

 店員を呼んで注文をする、

 どうやらお昼にはコーヒーか紅茶が付く様で二人とも紅茶にした。

 

「この後付き合ってほしい所があるんだけど一緒に行ってくれる?」

 とイレーネが言った。午前中散々付き合ったが今更だな、と思い

 

「いいよ、どこ行きたいの?」と答えた。

 

「ハンター協会に行って登録したいんだよね、おこずかい稼ぎしたいの。

 あとは依頼を受けて戦いに慣れたり色々ね」

 

 荒事に慣れてないからそういうこともした方がいいのかもしれない。

 

「いいね、私も登録しようかな、戦い慣れておいた方がいいよね、

 私もおこずかいくらいほしいし」

 

「こういう時に力ある貴族なら仕送りも色々手を回してくれるんだろうねー」

 

「ボンボンはいいねー」と言ってからボンボンは通じるかと心配したが

 

 特に変な顔されなかったので通じたらしい。

 

「ペドロとロペスとルディは学校入る前にハンター協会に登録してるみたいよ」

 

「さすがだねー」

 なんていっていると給仕がパスタを持ってきた。

 

 たしかにペペロンチーノだった。

 

 ミニトマトに似ているがなんだかデコボコしているし縞々の野菜と

 緑の茎に白黒の粒々のブロッコリーが乗っていた。

 

 なんだかとてもおいしくなさそうなペペロンチーノを食べてみる。

 

 味はたしかにペペロンチーノだった。

 

 昔の召喚者はここにたどり着くまでどれだけ食材を探して回ったのだろう。

 

 はるか昔に召喚されたという先人の苦労を偲びながらペペロンチーノを食べた。

 

 

 会計をしてハンター協会に向かう。

 

 ハンターといいながらよくよく話を聞いてみると

 

 ただの登録制で日雇いのアルバイトみたいなものらしい。

 

 元々はちゃんとハンターだったらしいのだが、

 

 上から下まで全員ができる仕事をそろえていたら

 そんな変なことになってしまったらしい。

 

 そういうのは冒険者じゃないのかと聞いてみたら

 冒険者は冒険をするんだからどこかに所属する必要もないし

 街になんか帰ってこないしいっぱいいるわけじゃないから

 協会とかギルドとか必要がないとのことだった。



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初仕事と怪しい動物

 石畳が敷かれて整備された道をイレーネと歩く。

 

 両脇に立ち並ぶ石造りのアパートメントはどうやって建築しているか

 想像がつかないが大体が5階建てや6階建てになっているように見えた。

 

 道路の端には人ひとりがすっぽり入りそうな大きさの排水溝が

 掘られ悪臭のする液体が流れている。

 

 2人で悪臭に眉をひそめていると

「神殿の方は臭いも漏れないように整備されてるけど、

 下町の方はこれでもだいぶ整備されたみたいよ、

 昔は窓から捨てて放置してたみたい」

 

 イレーネが教えてくれた。

 

 何十年か前に現れた英雄王が一切合切を整備し直したらしい。

 

 それも召喚人なのかな、結構な頻度で結構な人数呼んでるのではなかろうか。

 

 歩いてみると碁盤の目のような区画整理のされ方をしているようだった。

 

 神殿を中心に貴族区画があり、

 その外側には裕福な商人や儲かっている職人、騎士が住む区画

 ここまでは下水道が整備されており、

 その外側の貧民用の区画がただのドブ川を下水にしているようだった。

 

 なるべく臭いをかがないように急ぎ足で向かう。

 

 ハンターギルドは貧民用の区画でも街の入り口の近くにあり、

 神殿からは結構な距離を移動しなくてはならないらしい。

 

 口数少なく大急ぎでハンターギルドにたどり着いた。

 

 獲物を持ってすぐに精算できるようになっているからなのか、

 ハンターギルドからは街の入り口が見える距離にあった。

 

 街の入り口には木製の櫓が立ち、外側を石造りの塀が取り囲んでいた。

 

「ずいぶん高い塀で囲まれてるんだねぇ?」とイレーネに聞いてみると

 肉食の動物やら魔獣が来たりするから当たり前じゃない、と言われた。

 

 思ったより危険な世界に来てしまったのだな、と今更になって思った。

 

 開け放たれたハンターギルドのドアをくぐると受付と待合室があった。

 

 入り口に立っていた職員がお上りさんの様にきょろきょろしている私達に気づき

 要件を聞いてくれた。

 

 ハンター登録したい、といい、受付に案内してもらった。

 

 まるで市役所の総合案内のようで安心した。

 

 受付のおばちゃん職員に引き継がれ、笑顔のおばちゃんに説明を受ける。

 ・手数料のみで誰でも登録ができる。

 ・登録した証としてペンダントがもらえる。

 ・ランクは1から始まり一定の貢献度があればランクが上がる。

 ・一定ランク毎に色が異なるペンダントに交換される。

 ・パーティを組んで狩りに出かけることもできるが、

 ランクは目安なので高ランクだから強いわけではないので注意すること。

 ・ハント中の他のハンターの獲物に手を出すと

  トラブルの元になるので注意すること。

 ・依頼は同時に何人でも受けられるが達成は早い者勝ちなので注意すること。

 ・達成したらここではなくあっちの受付にいくこと。と指をさして示した。

 

 エリーにもらってきた登録料を払い、名前入りペンダントをもらった。

 

 ペンダントというよりドッグタグだった。

 

 ちゃんと2枚組になっていて

「ハンターの死体を見つけたら1枚持ってきてくださいね」と言われた。

 

「さっそく簡単な依頼でも受けてみようか。」と

 ドッグタグをつけながらイレーネに提案した。

 

「いいね、外の案内もしてあげるよ」とイレーネはニっと笑った。

 

 掲示板の前に立ち木板に炭で書かれた依頼内容をみる。

 

「これって何で書いてるの?」とイレーネに聞いてみると

「鉛筆みたことないの?」と受付の中を指さした。

 

 受付の中では職員が細めの竹の様なものに

 黒い棒が刺さっているもので書類仕事をしていた。

 

 初期の鉛筆か、これは珍しいものをみた。

 

「あれが鉛筆なんだー、へぇ、初めて見たよ」

 と素直に答えた。

 

「鉛筆がないなんて変なところから来たんだね」と

 イレーネが肩をすくめながら言った。

 

「竹のペンに墨をつけて書くんだよ」と適当に答えておいた。

 

「最初はこんなものかなぁ」とイレーネが1枚の木札を指さした。

 薬草10枚 1セット 銅貨 5枚

 

 読めるのは日本語が書いてあるのか

 何か不思議な力がかかっているのかわからないが

 武器も持たない私には草取ってくるのが精いっぱいだろう。

 

「確かに。」と言ってイレーネとハンターギルドを後にする。

 

 街の入り口に行きじろじろと見てくる門番の兵隊の前を通り、街の外にでる。

 

 人が歩くから草が生えていないというだけの街道を道なりに行き、

 人気が減った所で道から外れて森に入ると薬草の採取にいいらしい。

 

「ロペスにちょっと聞いてみたら

 前髪かき上げながら初心者ならここだって教えてくれたよ」

 

 と、ロペスの物まねをしながら言った。

 

「そうなんだ、じゃあ、薬草はどういうのかわかる?」

 と聞いてみた。

 

「見たことない?そこの小さい花つけてる草」

 

「ないなぁ、私の所はもっと草だったよ、花が咲かないようなやつ」

 と、適当に答えた。

 

「そっかー、ずいぶん遠くから来たんだね」

 と感心していた。

 

 だらだらと(主にイレーネが)しゃべりながら2時間ほどで

 200本ほどの薬草を採取し暗くなる前に帰ることにした。

 

 薬草を入れた袋を担いで帰途につく。

 

 思ったより遠くまで来てしまったらしく森の端が思ったより遠くにあった。

 

「思ったより遠くまできちゃったね」と言いながらイレーネの方を見ると

 イレーネは返事もせずにどこかを見つめていた。

 

 不審に思いながらイレーネの視線を追ってみると

 猿のような動物が1頭こちらを見つめていた。

 



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魔物と見様見真似格闘技

「あれは?」

 猿のような動物から目を離さずにイレーネに聞いてみる。

 

「たぶん魔物化した猿ね、

 警戒心が薄くなって狂暴になっているはずだから気を付けて」

 ギッギッと鳴き声を上げながらこちらに近寄ってこようとしている。

 

「逃げた方がいいんだよね?」

 猿から目を離さないようにして後ずさりしながら聞いてみる。

 

「もちろん、でもあっちの方が早いよ。もう逃げられない」

 そういってナイフを構えた。

 

 そんなもの持ってきてるなんて!

 

 私はなんの用意もせず丸腰で来た自らの無能を呪った。

 

 しかもロングスカートとワンピースの二人組だ。

 

 とはいえ身体強化がある分無いよりましか。

 

 出せるだけの魔力を出して強化をする、

 切羽詰まった状況の方が強化が全身に回っているようだ。

 

 魔物化した猿がイレーネを標的にして飛びかかっていった。

 

 年下の娘さんはさすがに守らないと、

 そう思い全身に魔力をみなぎらせて強化を!とつぶやく。

 

 魔物化した猿が右腕を振り上げる。

 

 イレーネはナイフを構えたまま恐怖のため硬直してしまっているようだ。

 

 全力で地面を蹴り猿に接近する。

 

 すんでの所で猿の脇腹に蹴りを入れて

 イレーネに対する攻撃を妨害することに成功した。

 

 蹴り飛ばされた猿は背中から木に衝突し地面にどさりと落ちた。

 

「平気?」そういってイレーネの背中を叩いた。

 

 ビクッと肩を震わせこっちを向いてうなづいたが表情に血の気がなかった。

 

 恐怖に染まった瞳は立ち直るのに時間がかかるだろうということは

 容易に予想がついた。

 

 猿をみると多少のダメージがあるらしくのっそりと起き上がってこっちを見た。

 今度は私がターゲットらしい。

 

「イレーネ、木の陰に隠れてできたら隙を見て後ろから急所を狙えるかな」

 

 そういってイレーネからゆっくり離れてうまく背後を取れる位置取りを探す。

 

 ギラギラと赤く光る眼で私を見据えたまま

 ゆっくりと回り込むように近づいてくる。

 

 さっきの蹴りで警戒心は受けつけられたらしいが

 一撃で仕留められなかったのは失敗だった。

 

 次は当たるかどうか。

 

 見よう見まねでファイティングポーズをとる。

 

 左手を前に出し右手を引き体重を後ろに乗せた。

 

 たしか左手は心臓より上に上げた方がいいんだったか。

 

 拳は親指を握りこむと骨折する。

 

 猿は木を蹴りながらとびかかってきた。

 

 さっきと同じように右手を振り上げ叩きつけるつもりか。

 

 左手で猿の右手を外側に弾く、手の甲に衝撃が走り、

 恐ろしく痛いが気にしていられない。

 

 猿の腹ががら空きになる。

 

 握りこんだ拳を思い切り突き出す。

 突き出した拳は猿の胸に届きドンと鈍い音を響かせ猿を2mほど吹っ飛ばした。

 

 動かないがまだ生きているようだ。

 

 とどめを刺さなくてはいつ復活して追ってくるかわからない。

 

 が、動かなくなったことに一瞬気が抜けたのか眩暈がしてきた。

 

 とてもじゃないけど立っていられないがへたり込むわけにはいかない。

 

 私は力を振り絞って叫んだ。

 

「イレーネ!とどめを!」

 

 それが本当に最後の力だったらしく意識を失ってしまった。

 

 どれくらいたったか名前を呼ばれて意識を取り戻した。

 

 眩暈はまだ残ってるがだいぶましになったようだ。

 

「カオル!カオル!よかった。急に倒れちゃって!」

 

「ありがとう、ごめんね、猿はとどめ刺した?」と聞くとイレーネが指をさした。

 

 指の先には胸にナイフが刺さったまま倒れている猿がいた。

 

 眩暈を我慢しながら体を起こすと空を確認した。

 

 明るさがあまり変わってないところをみると

 倒れてた時間は30分も経っていない様だった。

 

「お手柄だね、また変なのが来るといけないから帰ろうか」

 イレーネに手を借りて立ち上がった。

 

「カオルがいなかったらだめだったよ、ありがとう」

 

「私も必死だったからねー、なんとか二人で乗り切れてよかったよ」

 

 薬草を忘れていないことを確認し帰ることにした。

 

「イレーネ、ナイフいいの?」と聞くと

 

「近寄るの怖いから近づけなくて」とイレーネが答えた。

 

「そっか」と苦笑いした。

 

 今度だれかについてきてもらって回収したらいいだろう。

 

 せっかくの服も砂埃にまみれてしまった。

 

 眩暈は残るが命には代えられないので大急ぎで街道まで戻る。

 

 疲れから何もしゃべる気にもなれず歩くのも辛く

 行きの2倍近く時間をかけて街に戻った。

 

 ハンターギルド入り口の総合案内の人に薬草の換金を、と告げて

 換金の窓口に案内してもらう。

 

「今日さっそく行ってきたんですね、

 でも採取の割にボロボロですが何かありましたか?」

 

 受付の人が薬草を数えながら有様について聞いてきた。

 

 この人は目がいくつついてるんだろう。

 

「魔物化した猿に見つかって命からがらでした」とイレーネが答えた。

 

「採取だけだったから武器なくてどうしようかと思いましたね」と私が答えた。

 

「よく逃げてこれましたね」

 

「いえ、倒しました、ナイフもとどめ刺してそのまま置いてきちゃって」

 

「そうですか、がんばりましたね、銅貨100枚になりますが、

 50枚ずつでいいですか?」

 

 運がよかったではなくがんばったと言ってもらえて地味にうれしい。

 

 もう二度とあんな目に会いたくはないが。

 

「はい、それでお願いします。」とそれぞれに10枚5セットの銅貨が詰まれる。

 

 革袋に入れて腰につける。

 

 みんなそうしているが盗まれないのだろうか。

 

 イレーネとハンターギルドを出て帰路につく。

 

 朝は元気に歩いてきたこの道を疲れ果てた今歩いて帰るのがつらい。

 

 イレーネは平気なんだろうか、とイレーネを見ると

 心配そうにこっちを見ていた。

 

「ん?なんかついてる?」と聞いてみるとイレーネは

 

「歩くの辛そうだからどこかで休憩してから帰る?」と提案してくれた。

 

「喉乾いたしお腹すいたしそうしよう」

 

 と言って朝と同じ店に向かった。



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魔物の毒と回復魔法

 カラカラとドアベルがなり、席に案内してもらう。

 

 店の中は夕食時には早いためか

 割と空いていたので大きめのテーブルの奥の席にしてもらった。

 

 カルボナーラとボロネーゼを大盛で頼みついでに水を注文した。

 

 飲める水はただじゃないらしい。

 

 しばらくするとピッチャーに入った水が届いた。

 

 二人でピッチャーが空になるまで水を飲みテーブルに体を投げ出した。

 

「死ぬかと思った」

 

「真っ白になっちゃって動けなくてごめん」

 

「あれがなかったら私が真っ白になっちゃってたから大丈夫」

 

 と答えるとイレーネが吹きだしていた。

 

「そういえば手が痛いんだった」と思い出し左手を見てみる。

 

 内出血で手の甲が赤黒くなっていた。

 

「大丈夫?」

 

 イレーネが私より痛そうな顔をしてゾワゾワに耐えていたのが面白かった。

 

「たぶん、帰ったらエリーに相談してみるよ」

 

 動かしてもそんなに痛くないからきっと骨は大丈夫、

 と思いながら指をワキワキと動かすと私の指とイレーネが連動して

 痛そうな顔をするのが楽しくなってきた。

 

 痛いのは痛いんだけれども。

 

「カオル趣味悪い」

 

「まあね」といってニヤリと笑った。

 

 しばらくしてパスタが来たので二人で黙々と食べて帰路についた。

 

 一緒に兵舎へ向かい、それぞれの部屋の前で別れた、

 イレーネは310号室だからたまには遊びに来てねと言って帰っていった。

 

 落ち着いてきたらやっぱりズキズキする。

 

 果たして休日にエリーを呼び出していいものなのだろうか。

 

 来なかったら明日にして来たら謝ろう、そう決めてベルを鳴らした。

 

 しばらくするといつも通りにエリーが来た。

 

「休日にすみません、今日ハンターギルドに登録したついでに採取に行ったら

 魔物化した猿に襲われまして

 手を怪我をしたのですが治療はどうしたらいいでしょう」

 

 と手の甲を見せた。

 

「まあ、よく帰ってこれましたね、さすが召喚者という所でしょうか、

 今の時間なら神殿に神官もいるので治癒の奇跡でもかけてもらいましょう」

 

「校医の回復魔術師でもいいのですが、跡が残るといけないので」

 と言って先を歩いて案内してくれた。

 

 兵舎から神殿への渡り廊下を通り2度目の神殿訪問をする。

 

 くねくねといろんなところを通りながら案内された場所は治療室とあった。

 

 ここに置いていかれたらもう帰れない。

 

「ワモン様のお客様が怪我をしたので治療していただきたいのですが」

 エリーが中の神官にそう告げた。

 

 告げられた神官は驚いた顔をして

 私の顔を確認した後こちらへと言って椅子を差し出した。

 

「怪我をしたのはどちらですか?」

 

 向かいに座った中年の神官へ左手を差し出した。

 

「怪我以外にも毒が少しあるようですね、どうされました?」

 

「毒?毒ですか!魔物化した猿と戦ったのです、

 こう叩かれそうな時に左手でその手をはじいたときに怪我をしたようです。」

 ジェスチャーで猿役と私の一人二役で演じて見せる。

 

「入学したての女生徒二人で撃退するとは今年は豊作ですね」と言いながら

 神官は祝詞を唱える。

 

 淡く光る光の玉出現させ患部に当てた。

 

 じわっと暖かい光の玉の中で細かい傷がふさがり内出血が消えていく

 治癒の奇跡ってすげーと思いながら呆けてみていると

 あっという間に終わってしまった。

 

「終わりました」

 

 と言って手をパンと合わせ擦り合わせた、ルーティーンか何かかな?

 

「ありがとうございました。おいくらですか?」

 

 と聞くと寄付で運営しているのでお気持ちでと言ってきた。

 

 お気持ち!とは言え今出せるものは銅貨45枚しかないのだ。

 

 色々考えたが銅貨5枚を寄付の投入箱に投下した。

 

 周りを見回してみると別の入り口の向こうに待合室があった。

 

 裏から来て優先してやってもらってしまったらしい。申し訳ない。

 

 治療室から出てエリーにお礼を言った。

 

「どういたしまして、お役に立てたら何よりです。」そう言って微笑んで

 部屋まで先導してくれた。

 

 なんか距離があるなぁとは思うものの帰る方法見つけたらさっさと帰るし

 仲良くなってもしょうがないと言えばしょうがないか、と思うことにした。

 

 エリーの案内のおかげで自室にたどり着き夕飯について聞かれた。

 

 食べてきたとはいえまだ夕方から夜になったばかりだとすると

 後からおなかがすくかもしれない。

 

 食欲があまりないので軽く食べられるものをお願いした。

 

 外出して汚れたからシャワーを浴びようとシャワー室に行く。

 

 魔力も扱えるようになったから自分でお湯も出せるようになっているはずだ。

 

 見たら自分と認めてしまう気がして恐ろしいので

 

 自分の体を見ないようにしてシャワーを浴びる。

 

 つい忌避すべきものを触るような手つきで手早くなるべく触らないように

 汗を流しシャワー室をでる。

 

 魔法が使えるようになれば髪も乾かせるようになるのだろうか。

 

 タオルが日本のものと違ってそんなに吸わないのだ、

 ドライヤーのないここでは自然乾燥に任せるしかないのだろうか。

 

 濡れた髪の毛が自然に乾くころ

 エリーがクラッカーとスープをサラダを持ってきた。

 

「ありがとうエリー、ところで質問なんだけど

 髪を乾かす道具とか魔法って無いのかな」

 

 エリーがテーブルに食事を並べて布をかぶせた。

 

「こちら後でおあがりください、

 髪を乾かす道具は貴族の中で少数ですがあるようです。

 道具がない場合は魔法で乾かすことになりますが、

 慣れないと水分が飛びすぎて大変なことになってしまいます。」

 

 そういってエリーは布を濡らしてくると熱風(アレ・カエンテ)と言って布に手をかざした。

 

 手から風が出てタオルがひらひらとなびき乾いていっているようだ、

 ドライヤーの様な作動音がないのでよくわからない。

 

 半渇きのタオルを渡され早速使ってみる。

 

 左手でタオルを持ち、右手をかざし魔力を手に集めて唱える。

 

熱風(アレ・カエンテ)

 

 ゴッと音がしてタオルが黒焦げになりちぎれ飛んだ。

 

 エリーを見ると完全に引いていた。

 

 私は笑ってごまかす以外の手段を思いつかなかった

 

「あは、あはは・・・あはは・・・」



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焦げるタオルと大魔道カラテ

「そういえばそうでしたね」

 

 エリーは燃え尽きたタオルの破片を集めながら言った。

 

 レンチンの時か。

 

「魔力が少なくても使える効率の良い魔法は魔力量の多い人が使うと

 高威力で発現してしまうのを忘れていました。」

 

 そういってもう1枚濡れタオルを持ってきて渡してきた。

 

「多少の魔力の扱いができるようになっているようなので

 弱く発現するようにして使ってみてください。」

 

 私はうなづくと濡れタオルを左腕にかけ

 

熱風(アレ・カエンテ)

 ゆらり、と濡れタオルが揺れ一瞬にして乾いた。

 

 と、同時に焦げ臭さが漂う。

 

「今のままでは髪の毛がチリチリになってしまいますね。」

 

 笑いをこらえた風にエリーは言った。

 

「・・・しばらくは風呂上りに呼んでもいいでしょうか。」

 

「はい、承りました。」

 

 意外と笑い上戸らしいエリーはニマニマと笑いながら快く受けてくれた。

 

「今日はありがとう、おやすみなさい」

 

 エリーを送り出し寝る準備をする。

 

 しかし、髪の毛をチリチリにしかけたりしてたら

 なんだか思ったよりおなかが空いてしまった。

 

 塩とオリーブオイルをかけたサラダと

 薄味のスープに塩を追加し硬いクラッカーを浸して食べると

 焦がしたタオルを再び水浸しにして熱風の魔法を練習する。

 

 両手でタオルの上端を持って薄く細く長く出るよう集中する。

 

熱風(アレ・カエンテ)

 

 両手の平から温風が出る、うまくいった、と気を抜いた瞬間ゴッと

 タオルの上半分が焼失した。

 

 なるほど、すぐには無理だな、と納得し、床に就くことにした。

 

 講堂から練兵場に移動しイレーネとナイフを取りに行く算段をする。

 

 とは言え行けるのは早くても次の休みの日なんだが。

 

 そうしているとロペスが来た

 

「何の相談?おれにできることなら手伝うよ」そう言って前髪をかき上げる。

 

 ことあるごとにかき上げなくてはいけないのだろうか。

 

「実はハンター登録したんだけど、採取に行ったらナイフ忘れてきちゃって

 取りに行きたいって話だったのよ」とイレーネが答えた。

 

「武器を手放すなんて迂闊だね、何かあったのかい?」

 

「薬草だけ採取するつもりだったんだけど魔物化した猿が出ちゃって

 とどめ刺すのに使ったんだけど、刺したっきり逃げてきちゃって」

 

「なるほど、それじゃあ、そのナイフはもう使えないなぁ、

 魔物の毒の血にさらされたままだと腐食して朽ちてるか

 運が良ければ毒の武器になってるんじゃないかな、

 そうなったら結局手放さなきゃいけないだろうけどね。」

 

「どっちにしても手元には残らないのか・・・」とイレーネが少し落ち込んでいた。

 

「そもそもなんでとどめを刺したんだい?死にかけを見つけたとか?」

 

「普通に生きてるのに見つかってカオルが撃退してあたしがとどめを刺したのよ」

 といって私を指さした。

 

 ロペスは目を見開いて私をみたあと

「君は、武器は何を使ってたのかな?」

 

「武器なんかないよ、まさか戦うことになるとは思わなかったからさ」と答えた。

 

「すごかったのよ!まるで大魔道カラテを見ているようだったわ!

 恐怖で動けなくなったあたしをかばって猿を倒したの!」

 

 といって大魔道カラテの始祖となった光の使者のホワイトベルトの格闘家が

 闇の使者のブラックベルトを倒した物語の様だと私を褒めたたえていた。

 

 なんだその話。

 

 先に召喚された白帯が魔法を使って後から来た黒帯を倒したのか?

 

「私も必死だったしキックとパンチで気絶しちゃったから大したことないよ」

 

「2発で倒したのも本当なのかい?

 さすがにワモン様に見込まれて入学するだけのことはある」

 

「ではそんなカオルと模擬戦がしてみたいね」と言って

 ヴィク教官の所へ行き何か説明をしてきた。

 

 ヴィク教官はこちらをみると

「なるほど!それは素晴らしいな!カオル!出てこい!」

 しょうがない、がんばろう。

 

 ふぇい、と答えて前に出る。

 

 この間と同じように半身に構え後ろ足に体重を乗せる。

 

 体の軸がぶれないようにすり足で移動する。

 

 ロペスはファイティングポーズを取り軽い足取りで跳ねるように回り込んでくる。

「レディファーストとはいかない様だからこちらからいくよ」

 

 そういって飛び蹴りを放ってきた。

 

 身体強化しているから身長より高くも飛べるらしい。

 

 魔法ってすげえなぁ、と改めて思いながら左手で飛び蹴りの足首を弾き

 左手を中心に横に回り込んだ。

 

 飛び蹴りをいなされたロペスは私の横を通り過ぎこちらに背中を向けて着地し、

 後ろも見ずにバックナックルを、というか後ろ向きに拳を振り回した。

 

 ロペスの拳を左腕で上に弾き、

 がら空きになった脇腹にこの間の通りに拳を突き入れる。

 

 ロペスがくの字に曲がりぐぅとうめき声をあげて倒れこんだ。

 

「そこまで」ヴィク教官が模擬戦闘と止め、ロペスの様子を見る。

 

「気絶しているな、背中まで魔力を回さないからだ。」そう言って

 ペドロに端まで連れて行かせていた。

 

「どうせすぐ目を覚ます、それまで適当にその辺で打ち合いか素振りでもしてろ」

 

 そういって気絶するロペスの脇でスクワットを始めた。



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反省会と大やけど

 ヴィク教官のスクワットの掛け声を十数回聞いたときロペスがのそり、と

 起き上がった。

 

「起きたな、ロペスよ」とスクワットを続けながらヴィク教官が声をかけた。

 

 ヴィク教官の前に集まり先の模擬戦について話を聞く。

 

 ロペスは私をちょっとにらんだ様に見えたがすぐに元に戻った、

 申し訳ない、と心の中で謝った。

 

「今の模擬戦の反省だが、まず相手が後の先を取ろうとしているのに

 ロペスは後先考えずにつっこみすぎだ。」

 

 そういってロペスを見るとロペスはうなづいた。

 

「1対1で女と侮ったな。」

 

 ロペスは表情には何も無いようにしていたが、拳をぎゅっと握って屈辱に耐えた。

 

 私はそんなことに気づかず中身はともかく

 外見は女子だもんなぁと思い暗い気持ちになった。

 

「そして、カオル」と男のままだったらもう少しうまくやれてたのだろうか、

 と考えていたところで名前を呼ばれ、ふぁい!と返事してしまった。

 

「お前のは1対1で肉弾戦のみでしか使えない。

 まったく役にたたないので忘れろ。」

 

 と中々に手厳しいことを言われた。

 

 ですよね、と思いながらうなづく。

 

「とはいえ、なぜかわからない者がいれば真似をするやつがいると困る。

 そこで正しい戦い方を見せたいと思う。カオル!前へ!」

 

 えぇ、絶対ろくなことにならないじゃん、うう・・・

 という思いをおくびにもださずにヴィク教官と対峙する。

 

「肉弾戦でやるなら細かく刻んで態勢をくずさんとな」

 

 とういって無造作に寄ってきて両手でジャブを放つ

 左手だけでは対処しきれず両手で捌くことになるが肉体強化の熟練度の違いか

 一発一発が重く押され始める。

 

「と、まあ、これが肉弾戦だ。」と言って攻撃をやめた。

 

「ちょっと回復させてやろう。至高神の癒し手(イオス・キュレイド)

 

 呪文を唱えると私だけでなくここにいる全員が光に包まれた。

 

「これはこの練兵場にある結界内で教官だけが使える魔法だ、

 放っておいても回復するんだが早く回復したいときに使う。」

 

「では次は対人戦の模擬戦だ、吾輩に一発でもあてたら合格とする。」

 

「対人戦ではまず牽制を行う。炎の矢(フェゴ・エクハ)!」

 そう叫ぶとヴィク教官の周りに8本の炎の矢が出現した。

 

「我々は1対1で対峙した場合に、

 市民や動物の様に肉弾戦だけで戦うことはあり得ない。」

 

「相手の実力を図るためや思った通りに動いてもらうために

 出しやすい魔法で牽制する。」

 

 そういって2本の炎の矢が飛び出した。

 

 1本は私を直接、もう1本は私の左を狙って放たれた。

 

 見える速度なので1歩右に移動し矢をやり過ごす。

 

 あとから考えると、だが放たれた2本の矢に集中し周りが見えなくなっていた。

 

 もう少し戦い慣れていたらもっと視野を広くもてていたかもしれない。

 

 後から遅れて前2本より速い速度で放たれた矢は左手の掌に直撃した。

 

 炎が吹き上がり手首から掌が焼けただれる。

 

「ああああ!熱い!痛い!」

 もう痛みで戦うどころではない、

 こんな手首から先が(ただ)れるような火傷は生まれて初めてだった。

 

 私は患部に触れることもできずわめくことしかできなかった。。

 

「まあ、こんなもんだろう。至高神の癒し手(イオス・キュレイド)

 爛れた皮膚が元通りになる。

 

「と、まあいくら強くてもこういう戦い方をすると

 こうなるという実践だったわけだが」

 サンプルで腕焼くとかやめてほしい。

 

「ある程度剣を振って魔法で戦えるようになれば訓練は真剣と魔法でやってもらう。

 癒しはかけるが痛覚が普段通りだとショック死する可能性もあるので

 痛覚遮断も行う。」

 

 ハードすぎる。と背中を冷汗がつたった。

 

「痛覚遮断は腕切断くらいなら我慢して戦えるものだから安心するといい、

 あ、さっきかけてみればよかったな、ちょっともう1回焼かれてくれないか?」

 

 とヴィク教官がウインクをしながら人差し指を立てた。

 

「痛くなくてもいやです!無理です!」

 

 全力拒否した。

 

「そうか、じゃあ、ほかに体験してみたいやついるか」と見回すが

 みんな目を逸らしたまま返答しなかった。

 

「たまに目を輝かせて立候補するやつがいるんだが、

 しかたないな、では今日はここまで」

 

 と信じられないことを言い、パン、と手を叩いた。

 

 なんだか精神的に疲れてしまい、

 みんな口数少なに昼食のために食堂へ移動していった。

 

 エリーと落ち合いイレーネと昼食を取っていると

 イレーネがおずおずと口を開いた。

 

「手、もう大丈夫なの?」

 と左手を見ながら質問した。

 

 カオルは手をわきわきと動かしながらイレーネに掌を見せた。

 

「大丈夫みたい」

「結界の回復魔法すごいね、でもデモンストレーションのために人に

 魔法当てるの勘弁してほしいわ」

 

「いくら痛みがなくてもあれを友達とやれっていうのは自信ないなぁ」

 

 友達じゃなくても他人を傷つける練習というのも

 異世界ならではなのか軍だからなのか。

 

「これがだめで退校する生徒も毎年何人もでるからね、しょうがないよ」

 

 へし折れそうな心でなんとか昼食を取って午後の授業が始まるのだった。

 

 後日こっそり聞かされたところによると、

 一人強いのがいると妬みの原因になるため一度教官のほうで叩いて

 強そうに見えるがお前らとそんなに変わらんのだぞ、

 というところを見せることによって

 自然と敵対心を薄めさせるように働きかけていってるそうな。

 

 それにしたって、泣くほど重度のやけどはやりすぎだと思う。



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魔力量と魔力操作

 午後の授業、といってもうまくいかない魔力操作をするだけだが、

 今日はなんだか班のみんなが優しかった。

 

 特にロペスが気色悪かった。

 

 なんだ、手を焼かれて泣いてしまったせいか。

 

 そういえば確かにそういうやつっぽかった、と思い出した。

 

 大地の女神を思わせる美しい髪がどうとか言いながら左手を取り

 やたらとエスコートしようとしてくる。

 

 ごつごつした自分より体温が高くて大きい手、というのは

 記憶にないな、と思いながら

 

「調子のんな」といいつつ重ねられた手をぴしゃり、と叩く。

 ははは、つれないじゃないかと言いながらロペスが離れていった。

 

 その後も魔力を出したりひっこめたり伸ばしたりしてみたが魔力は離れなかった。

 

 右手で伸ばして左手でちぎってみると左手に張り付いて離れない。

 熱風(アレ・カエンテ)が手元しか効果がないのはこれができないからなのかな、と

 ぼーっと考えながら試行錯誤していると、みんなが私を見ていた。

 

 ん?と思って隣にいるペドロの顔を見てみると

「いやあ、ずいぶんの量の魔力だしてるなぁって」と、ペドロが引いていた。

 

「えぇ、そんな馬鹿な」と言って見回してみるとみんなそんなに出していなかった。

 

 夢中になりすぎた、としょんぼりすると

 釣られてか魔力も萎びているように感じた。

 

 気を取り直して揉んだり伸ばしたりしていると

 なんだか他のまだできていなかった人もなんとなくつかんだ様子で

 一緒に切り離す練習に入っていた。

 

 できるということを認識する、それが大事なのかもしれない。

 

 ではできないと思いながら試行錯誤したところで

 無駄な努力になりそうだ、と思った。

 

 なんとかできてる様を見られないものか、とできそうな人に目をやると

 今日もルイス教官は二日酔いで机に伏しているのだった。

 

「ルイス教官、起きてください、大事な用です。」

 

 座ったまま魔力を伸ばしてルイス教官の周りでうねうねさせた。

 

 1本でうねうねしたところ邪魔くさそうに振り払う、

 触れられた所が霧散してしまうのできっとうねうねに攻撃を

 しかけているのだろう。

 

 なので両手を使って両耳を狙ってうねうねさせてみる。

 

 片腕を枕にしているので片手で振り払おうとするが

 常にどちらかが耳をうねうねするのでついには根負けした。

 

「睡眠中だぞ!」

 

 ガバっと起き上がり机をたたいて叫んだ。

 

「その前に講義中です!」うねうねをぶつけて叫んだ。

 

「うざったいし気持ち悪い!なんだこれ!」

 うねうねを両手で弾き飛ばし霧散させられた。

 

「私の魔力です!」

 

 と、Vサインを出した。

 

「なんだそれ、まあ、いいや、なんだっけ?」

 

「魔力を体から切り離して浮かせるイメージがわかないので実演してください。」

 

 魔力を伸ばして動かして見せる。

 

「妙に器用なことしてんな、わかった、慣れれば簡単だからよく見てろ。」

 

 そう言って人差し指を立て魔力を伸ばし始めた。

 

 1メートルほど伸ばしたところで根本から切り離し棒状にした魔力が残った。

 

「さすがですね」感心してみていると

 

「まだまだ」というと棒状の魔力がぷつぷつと切り離され20ほどの玉状になった。

 

 そしてそれぞれの魔力の玉が燃え上がり円状に回転しながら小さくなって消えた。

 

「このくらいやってくれ」

 

 そういって寝なおした。

 

「無茶言わないでください。」

 

 さっきみたもののイメージが消えないうちに同じことをしようと試みる。

 

 ふむ、やはり見てからだとイメージが違うと実感する。

 

 切り離された魔力は数秒切り離したが維持ができなくて消えてしまった。

 

 しかし切り離しの最初は成功した。

 

 やっとできたうれしさでニッカニカになりながら

 隣にいたペドロに自慢しようとするがペドロもさっき見たイメージで

 実践しようとしていてだれも見ていなかった。

 

 肩透かしをくらった気分でがっかりしながら維持できるよう再び挑戦する。

 他の人も一瞬切り離せるようになったようだ、

 やってみせるのは大事なんだなぁと思いながら私は自分の魔力に集中する。

 イメージはあっても出力を集中することが難しい、

 それでも続けていると最初の頃よりはましになってきたと思い

 夢中になっているとガタン!と大きな音がした。

 

 驚いて音の方をみるとイレーネが倒れていた。

 

「待て、触るな」そう言っていつの間に起きて移動してきたのか

 ルイス教官がイレーネを介抱する。

 

「これは魔力切れだな、寝かせておけば回復するだろう、

 あ、ついでにそろそろ時間だが次もここだから」

 

 そう言ってイレーネを講義室の後ろへ寝かせた。

 

「魔力切れってはじめてみたけどあんなんなるんだな」

 とペドロが言った。

 

「なるなる、猿の時私もなったわ、

 徹夜したあと用事まで時間あるからちょっと目を休めようと思って

 目をつぶった時くらい意識保ってらんなかったよ」

 

「なんだそのわかるようなわからないような例え」

 

「あれはやばいね、戦闘中だろうが逃亡中だろうがいきなり来るよ、

 気を付けて残しておかないと意識失ってる間に死ぬことになるね。」

 

 と、感想を述べた。

 

 ペドロがへぇ、と感心していた。



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二日酔いと魔法講義

 しばらくして次の講義が始まった。

 が、しかし二日酔いのルイス教官は講義を始めない。

 

 どうしてかと思うとイレーネが目を覚ましたから席に着くのを待ったらしい。

 

「さて、今日は黒魔法の仕組みについてだが。

 以前の講義で『黒魔法、自分の魔力を糧として世の理にアクセスし、行使する。』

 と言ったが世の理の正体というのはわかっていない。」

 

 なんと。

 

「言葉、動き、音程を正しく行使すると世の理が魔力を引き出し発現する。

 というのが黒魔法の概要となる。

 この時複雑な手順を要するほど引き出される

 魔力が増え威力が上がるというわけになる。

 個人で行使できる最も複雑な魔法は

 歌って踊りながら魔法陣を描いて発動するというものがあるが

 持てるだけ全ての魔力を使って魔力量に応じた大爆発を起こすというものだが、

 今は複雑すぎてできる者はいないはずだし、

 もしできても使った後根こそぎ持っていかれて死ぬ。」

 

「精霊魔法との違いは力を借りる先を指定するかしないかという所が大きいが、

 あとは黒魔法は世界の理に登録された通りに行使する必要があるが、

 精霊魔法はそこまで厳密に要求されないということと、

 先に魔力をささげるか後に引きだされるか、ということになる。

 神は普通は信仰が必要なんだが、

 破壊神だけは呼んで捧げれば力を貸してもらえる、

 さっきの大爆発の魔法は魔力量によってはこっちを使った方がだいぶいい。」

 

「あとは信仰による奇跡だな、癒し、浄化、精神系に作用するものが主になる。

 祈りをささげる対象の神、信仰の深さ、積んだ徳、あとは魔法と一緒で

 才能もあるがこっちの場合はもう一つの才能としてどれだけ神に愛されているか、

 ということが重要になる。

 戦の神に平穏や旅の無事を祈ってもほど遠いものが叶えられるだろうし、

 昨日今日祈り始めましたなんて人に奇跡が届くわけもなく、

 実績もないのに大きな奇跡は起こらずという所だな。

 まあ、必要な場合は信仰するより修行中の修道士を連れてきた方が早いし確実だ。

 向こうも徳を積む必要があるからな、持ちつ持たれつということだな」

 

「世界の理に登録されていない方法で行使して認められれば登録ということになるが

 同じ方法でも登録できる人とできない人がいるため、

 相性や血統などなんらかの条件が必要らしいということがわかってるが

 どんな条件かは厳密にはわかっていないし、

 わかってる条件は国家機密にあたるらしく公開はされていないが、

 まあ、推測はできるわな。」

 

「あぁ、最後に一つ、同じ効果でも言葉が違うとか

 動きが違っても登録はできるらしいから狙うなら炎の矢(フェゴ・エクハ)辺りに

 別名付けることもできるぞ。」

 

 といって今日は解散になった。

 

 いつかやってみよう。

 



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魔力操作と新しい魔法

 ついに、この時がきた。

 魔力を離して自由に動かすことができたのだ。

 

 浮かせる練習を始めて2週間、

 浮くだけでどうにもならなかったこの『塊』について

 今日、突然つながったと感じた。

 

 感じたまま動かすと思った通りに動き、維持に魔力を必要としなかった。

 

 なるほど、これならルイス教官のあれが可能だわ、と納得した。

 

火よ(フェゴ)

 

 と力ある言葉を唱えると掌の上で拳大の炎が立ち上った。

 

 おおおお、できた!ついにできた!

 頬が勝手に吊り上がっていくのを感じながら

 務めて冷静に体から離し消して見せる。

 

 ペドロが「カオル!ついにやったな!」と興奮して声をかけてきた。

 ペドロはすでにできるのに大げさなやつだな、と思いつつも

 悪くないと思い右手を上げた。

 

 いぶかしんで右手を上げたペドロにハイタッチした。

 

「いえーい!やったぜ!」と、講義室にパァーンと鳴り響いた。

 

「うるさいぞ!」今日も二日酔いのルイス教官が抗議の声を上げた。

 

 班の仲間が口々にやったな、おめでとう、と声をかけてくれるが

 彼らはあと1歩だがまだできてないのだ。

 

 この感動を味わってもらうために手伝ってあげなくては!

 

 しかし、急にわかったというものをどう伝えるものか。

 

 そこらへんはペドロと相談してみよう。

 

 すこし離れてペドロと相談してみる。

 

「ペドロどうだった?私はつながったって感じがしたんだけど。」

 

「つながった、か。カオルはそういう感覚だったのだな、

 おれは鍵が開いた感じだった。」

 

 人によってずいぶん違うらしいし結果だけ伝えても意味がないなぁ。

 

「結局は使いまくるとそのうちうまくいくよって話にしかならないのか。」

 

「そうだな、残念だ」

 

 そういって肩をすくめて席へ戻っていった。

 

 しょうがないので席に戻って複数出したり動かしたりしてみる。

 

 1度できると多少難しいこともなんなくできるようになるらしい。

 

 大きな一つを出して10個に分裂させて輪を作り

 回転しながら燃えろ、と念じる。

 

 回転させながら燃え上がった魔力をそのままルイス教官の前に移動させ

「教官!できましたよ!」

 

 頭の上で炎が回っているにも関わらずルイス教官は無視を決め込んだ。

 

「煩わしい虫の羽音!」

 

 頭の上で回ってるものに虫の羽音があればきっと寝ていられないに違いないと思い

 音を鳴らそうと思ったら登録されてしまった。

 

 ルイス教官の頭の上で火の玉がブーンブーンと音を立てて踊り狂う。

 

 我慢していたルイス教官もついに我慢の限界になり机をたたいて立ち上がった。

 

「うるっせぇー!嫌がらせのために魔法登録するな!」

 ビシッと私を指さした。

 

「もうちょっと実用性があればよかったですね」

 

「やかましいわ!」

 

「だって、ほらできたんですよ!」そう言ってさっきの倍、

 20個の魔力を回して火をつけた。

 

「わかったわかった、ずいぶん出してるが魔力の枯渇は大丈夫なのか」

 うんざりしながら言われた。

 

「なんか繋がったからか結構平気ですよ、『煩わしい虫の羽音』!」

 ブーンブーンと音がなる20個の燃える火の玉を教室中に放つ。

 

(アグーラ)!」

 

 調子にのってブンブン言わせてたら頭から水をかけられた。

 

 後ろを振り向くとペドロが犯人だった。

 

「ひどい!」

 

「うるさいわ!」

 

 いい年した大人なのに怒られてしまった。

 

「魔力の扱いの課題ができるようになったやつらがでてきたから

 次回の模擬戦闘から魔法が解禁されるからどう戦うか考えておけよー、

 じゃあかいさーん」といってルイス教官は講義室から出て行った。

 

 熱風の魔法で乾かそうと思うが自分が焼けたりしないだろうか。

 

 恐る恐る何もないところに熱風(アレ・カエンテ)を出してみる。

 

 扱いが上手になったからか思った通りの量と温度の風が出た。

 

 イレーネと話しながら乾くのを待つ。

 

「うまくやるコツとかないのかなぁ」とイレーネがぼやく。

 

「ロペスとも話したんだけどね、うまくいったって瞬間の感覚が

 人によって違うっぽくて自分の感覚伝えない方がいいかもね、って感じで

 伝えられないんだよねー」

 

「そうなんだー、悔しいなぁ」

 

「でも使いまくってたらこれだ!って瞬間くるから頑張って練習してね。」

 

 そろそろ服も髪も乾いたのでそう言って

 講義室を出てエリーと合流し自室に戻った。

 

 シャワーを浴び、髪を乾かす。

 今までならアフロになっていたであろう熱風(アレ・カエンテ)もきっと今なら正しくできるはず。

 

 と、濡れたタオルで実験して確信した。

 

 実際使ってみると手櫛から直接温風がでるので

 櫛やドライヤー使うよりはるかに楽に乾かすことができた。

 

 食事を運んでもらいエリーについにできるようになったと魔力をうねうねさせると

 エリーは困ったような、気持ち悪いものを見たような

 変な愛想笑いを浮かべて賛辞を述べた。

 



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攻撃魔法と痛覚遮断

 今日は朝から戦闘訓練らしい。

 

 直立で並びヴィク教官の話を聞く。

 

「と、いうわけで模擬戦闘だが、魔力の基礎ができた者が出始めたころなので

 実戦に近い形式でやってもらう。」

 

 どう違うのかな、とぼーっと見ていると説明が続いた。

 

「武器は自分の物を使い、魔法も好きに使っていい。

 装備は訓練用の皮鎧だが、首から上は狙うな、蘇生は難しいからな。

 年に1人くらいは蘇生に失敗するか即死するからそこらへんだけ気を付けること。

 あとは強めの痛覚遮断をするから殺すつもりでやれ」

 

 急にやれと言われてクラスメートと殺し合いできるものなのか?

 

 無理じゃないか、と思っていると。

 

「今魔力の基礎ができているのはペドロとカオルだけか、二人とも前へ」

 

 うげぇ、と思いながらなるべく表情にださないように前にでる。

 

 みんなから離れペドロと向かい合う。

 

「がんばろう、カオル!」少し離れたペドロがキラキラした笑顔で叫んだ。

 

「教官!私武器がありません!」私が答えた。

 

 ペドロが勢いを削がれてカクっとなっていた。

 

「しからば我が剣の予備を貸し与えよう」と言って

 脇に刺した細身の剣を投げてよこした。

 

「ありがとう存じます!」受け取った剣を鞘から抜き取って構えた。

 

 教官のはじめの合図でペドロが剣を構えて飛び出した。

 

 私は身体強化を使い剣を受ける。

 

 受けられた剣はすぐに引かれ次々と切りかかってくる。

 

「無理無理無理無理!」肉体強化のおかげで

 この体でもなんとか受けきれるが完全に押されている。

 

「無理という割に十分受けきってるな!さすがだ!カオル!」

 

 ペドロは嬉しそうに笑いながら剣を翻す。

 

 剣に集中して受けているとお腹に衝撃を受けて吹っ飛ばされた。

 

 ゴロゴロと転がり砂まみれになるが思ったより痛みはなかった。

 

 転がった際に剣で傷つけてしまったか

 左腕が切れていたがそれも大したことない感じだった。

 

 なるほどこれが痛覚遮断か。

 

 これで同級生同士の殺し合いもスポーツになってしまうし、

 傷つける抵抗感もなくなるしもっと言えば心臓刺しても死なないのであれば

 殺す忌避感も薄れてしまうんだろうな、と感心した。

 

 こっそり戦意高揚するなにかもあるのかもしれない、

 妙に高揚感があることに気づいた。

 

炎の矢(フェゴ・エクハ)!」私を取り囲むように14本の炎の矢を出現させる。

 

「初心者でその量か!」ヴィク教官が驚きの声を上げる。

 

 牽制に3本飛ばしながら切りかかる。

 

 ペドロはよけるでもなくこちらに向かって駆け出し、

 2本を体勢を傾け紙一重で回避し、

 残りの1本を剣の腹で叩いて潰した。

 

 なんだかんだで心得があると違うな、と思い1本飛ばしながら切りかかる。

 

 炎の矢(フェゴ・エクハ)を払うか剣を受けるか迷ったペドロは

 炎の矢(フェゴ・エクハ)をまともに胸に受けて吹っ飛んだ。

 

 これで終わりにしてくれるとありがたいが、どうもそうはいかないらしい。

 

 皮鎧を焦がしただけだったようだ。

 

「思ったより熱いし衝撃があるな」と砂を払いながらペドロが立ち上がった。

 

炎の矢(フェゴ・エクハ)!」ペドロも炎の矢を出したが3本しかでなかった。

 

「ふむ、カオルほどはやはり無理か」そう言ってにやりと笑うと

 剣を構えて駆け出した。

 

 手を焼かれた記憶がよみがえり思わず怯んだ。

 

 その隙をペドロは見逃さずさっき私がやったように切りかかりながら

 炎の矢(フェゴ・エクハ)を全て飛ばす。

 

 炎の矢(フェゴ・エクハ)に驚いた私は思わず残りの炎の矢(フェゴ・エクハ)を全てペドロに飛ばしてしまった。

 

 至近距離での炎の矢(フェゴ・エクハ)の応酬でぶつかった炎の矢(フェゴ・エクハ)は小さな爆発を起こし

 ペドロと私はまともに炎を浴びてふっとんだ。

 

 体中が熱くてヒリヒリするが思ったより大丈夫そうだ。

 

 そう思って立ち上がろうとすると体に力が入らなかった。

 

「そこまでだ!至高神の癒し手(イオス・キュレイド)

 

 キラキラが降ってくると体が動くようになった。

 

 立ち上がった時にペドロを見てみると皮鎧は焼けてちぎれ飛び、

 かろうじて皮鎧に守られた胴体部分がなんとか体を覆っている状態だった。

 

 改めて自分を顧みると自分も皮鎧は真っ黒だし

 服もほぼ焼け落ちかけて際どい状態になっていた。

 

「服は修復されませんか」ヴィク教官に問うてみると

 教官は無言で首を振り「着替えてこい」と言ってイレーネにマントを渡した。

 

 マントを持ったイレーネがマントを被せてくれる。

 

「体痛くない?大丈夫なの?」心配げに聞いてくる。

 

「大丈夫みたいよ?痛みもねー、全然なくて。

 まだいけるかと思ったんだけど体動かなくてね。」

 

「えぇ、そうなんだ。結構大変そうだったよ」

 

 イレーネと一緒に更衣室に向かった。

 

 訓練用の軍服は自分のものではなく

 ロッカーに大量に掛かっているものから自分のサイズの物を選び

 使い終わったら籠に入れておき、後でまとめて洗ってから

 ロッカーにかけるというシステムらしい。

 

 ちなみに洗うのはD班E班の仕事ということだった。

 

 がんばれ若人。

 

 思ったより綺麗に洗われている軍服にエールを送り着替えた。

 

「珍しい下着着てるのね」イレーネがマントをたたみながら言った。

 

「あぁ、これはビスチェだと動きづらいからエリーに探してもらったの。

 昔の召喚者が作ったものらしいよ。」着替えながら答えた。

 

「動きやすそうだけど、どこで買えるかしら?

 ビスチェで戦闘なんてできないからいつもはサラシなんだけど

 それはそれで息苦しくてさ」

 

 そう言ってちらっと軍服の襟元からサラシを見せた。

 

 サラシに押しつぶされた胸が覗いて、おっ、と思ったことを

 ポーカーフェイスで隠しながら

「エリーに聞いておくよ」と冷静に答えた。

 

 着替えて戻る際にさっきの模擬戦の最後の方を聞いてみた。

 

 最後切りかかる瞬間にお互いが炎の矢を飛ばしたあと爆発が起き、

 炎に巻かれて私とペドロが吹っ飛ばされて全身からぶすぶすと煙を上げ、

 普通の状態じゃないということが見て取れたらしい。

 

 しかも最後のペドロの剣は届いたようで、

 私はだくだくと広がる血の海に沈んでたということだった。

 

 重度の火傷に大量出血でまるで死ぬ寸前だったと言われ、

 聞かなきゃよかったと心底後悔した。

 



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叱咤と観戦

 着替えてペドロと一緒に教官の前に行く。

 

 ペドロはおおむね褒められていた。

 

 問題は私だった。

 

 散発的に飛ばしすぎだし剣もなってない、かろうじて守れているがそれだけで

 私の腕で切れるのはこどもくらいだそうだ。

 

 とてつもなく詰められ心をメッコメコにへこまされ

 しょんぼりしながら見学に回った。

 

 そもそも喧嘩もしたことないし自分の体じゃないのに

 いきなり剣を振って戦えなんてできるわけないじゃんよーと

 完全に折れ切ったまま見学するために座り込んだ。

 

「なんかいっぱい言われてたね」とイレーネが笑いながらやってきた。

 

「武器なんか持って戦うのなんて初めてなんだからしょうがないじゃんねー」と

 答えたものの年下のお嬢さんに愚痴るのは中々にかっこ悪いな、と反省した。

 

 しかしぼやきを聞きつけたロペスが

「カオル!剣の手ほどきなら任せてくれよ」と言って

 手を取ってきたのでピシャリとやっといた。

 

 しかし、教えてもらうのは悪くないかもしれないな、と

 心の中で検討中にしておいた。

 

 休憩がてらイレーネの体の使い方とか参考になるかなと模擬戦闘を眺める。

 いったん痛覚遮断の模擬戦闘を解禁したら全員解禁なら

 初めから解禁しとけばいいのにと思いながら

 イレーネを見つけると、ルディとの戦闘だった。

 

 ルディはあんまり話したことないが魔力の扱いとしては

 どうだったかな、と思い出してみるが

 まったく見ていなかったので思い出せない。

 

 イレーネとルディは地面を蹴ると数合打ち合い距離を取った。

 

 特に何かあるわけでもないのに離れた意味はあるのかな、と観察していると

 ヴィク教官から意味もなく距離を取るなと叱責されていた。

 

 やはり身体強化をすると女性であっても

 男の力にもある程度対抗できるようになるのだなぁ、と

 イレーネを見ながら感心した。

 

 イレーネは大きいほうではないため恐らく175㎝くらいのルディと比べると

 身長差は15㎝くらいありそうだ。

 

 お互い片手剣だが、イレーネはたまに両手で扱えるように左手は手甲のみ、

 ルディは片手は盾を構えたスタイルだった。

 

 手数のイレーネと防御重視のルディの戦いは意外と長く続き

 足やら手やらの末端に中々深い傷を負ったが

 私やペドロの時のような重傷を負うことは無くて安心した。

 

 他の人が死力を尽くして戦う様は

 意外と手に汗を握って応援してしまうのだな、と感動した。

 

 戦いの結末はお互いの魔力切れによるダブルKOだったが。

 

 二人は傷を治してもらい、反省会というなのダメ出しを受け戻ってきた。

 

 所々に血の塊を付けたふらふらのイレーネに思わず声をかける。

 

「すごかったよ!感動した!」イレーネは照れ笑いを浮かべて隣に座った。

 

「頑張ったけど残念だったよ、でもまあ、魔法なしで

 ルディと張り合えたんなら今の所合格かな?」

 

「魔法使えるようになってチーム組んでからが本番だね。」

 

 そのあとはラウルとフリオの戦闘を見ていたが、あまりにも積極性がないもので

 ヴィク教官にどやされていたが最後はなんとか形だけは戦った感じになった。

 

 この世界で私より戦えない人もいるもんだな、とある意味感心した。

 

 しかし、彼らは学生時代の自分と自分の友達に通じるところがあり

 シンパシーを感じる。

 

 私が積極性を獲得したらこちらから話しかけて友達になろう。

 

 そうこうしているうちにお昼を少し過ぎて解散となった。

 

 初めての実践的な模擬戦闘だったがお前たちよく頑張った的な訓示を聞き、

 ラウルが感極まったか声を上げて泣いていた。

 

 だらだらと着替えてイレーネと一緒にエリーと合流して

 昼食を取るために食堂に行く。

 

 イレーネとエリーは推しの話で盛り上がっているようでいいことだ、と放置した。

 むしろ放置された。

 私は3人集まるとこのポジションにいがちだな、と自虐的に人生を振り返る。

 

 午後は魔力を使い果たしてヘロヘロなのに魔法の基礎だった。

 できている私とペドロは自習で自由にしていいらしい。

 せっかくなので同じ作業を繰り返して

 もっと多く精密に魔力を扱えるように練習する。

 

 魔力を分裂し集中する。

 

 一つずつ変化させ消していく。

 

 炎、光、氷、闇、水、風、変化させるだけなら

 やはり思っただけでできるようになった。

 

 飛ばせば無詠唱ということになるのかな?

 

 闇なんて黒いもやっとしたものを飛ばしたところで何の効果もなさそうだが。

 

 ここで私とペドロの魔力の行使を見ていた班の他の人が

 不完全ながらもできるようになり、全員そろって気絶した。

 

 しばらくたって意識を取り戻したところで、宿題がだされた。

 

 明日の休日は班内でチームを組み学校裏にある管理されたダンジョンへ行き、

 最奥にある魔法石を取ってくることという話だった。

 

 休日を使ってそんなことをさせるのか、

 しかし魔法石以外は売っていいらしいのでおこずかいにしたい。

 

 イレーネと話し合い、ロペスとチームを組むことにした。

 

 ペドロとルディとラウルとフリオがチームを組んでいた。

 

 皆と話し合い、明日の朝、待ち合わせをダンジョン前にし、好き好きに解散した。

 

 実家がここになく、お金もない私は武器がないので教官から許可をもらい、

 訓練用だが刃がついた鉈くらいの長さの剣と手甲を借りて自分の部屋へと帰った。



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はじめての冒険

 ダンジョン前に到着した。

 

 正確にはダンジョン入り口前受付に到着した。

 

 学校裏と言っても思ったより近くなく

 裏側から出てから1時間ほど歩いた所にあり、

 1年受付や2年受付と書いてある屋台が並んでいた。

 

 屋台の裏側に少し離れて地下鉄の入り口を小さくした様な

 ダンジョンの入り口が口を開けていた。

 

 1年受付の前に立ち、中の人に声をかけた。

 

「すみませーん、ダンジョン攻略するように課題がでたのですが」

 

 中にいた痩せぎすで釣り目のおばさんは読んでいた本から目を離さず

「班と名前は!」と返事をした。

 

「C班オオヌキカオルです。」と答えると木札を取り出し

 

「このマークと同じのが書いてある入り口に入りな」と言って

 手をしっしっと払った。

 

 木札を見ると三角形が2つ重なったマークが書いていた。

 

 付近をウロウロして同じマークを探し、

 入り口を確認すると受付の近くにある売店に向かった。

 

 あまりお金は無いが今後のために何があるか確認しておきたい。

 

 マッピング用のメモ帳は銅貨4枚、飲み薬(ポーション)は1級なら銅貨2枚、

 一番高級な5級なら銀貨1枚という所だった。

 

 マッピング用のメモ帳を買い、

 飲み薬(ポーション)をジャブジャブ買えるくらい

 稼げるようになりたいものだな、

 と思いながら商品を見ていると

「失礼、お嬢さん」といって脇にどけられた。

 

 お嬢さんじゃねーよ、と思いむっとして声の主を見上げると

 どうやら上級生らしい。

 

 とはいえ、買いもしないのにウロウロしてたんだから

 しょうがないか、と思い売店を離れることにした。

 

 今日入るダンジョンに戻ってくると

 イレーネがダンジョンの脇で所在なさげにしていた。

 

「売店見てきてたよ、待たせた?ごめんね?」と声をかけてイレーネの元に行く。

 

「さっき来たとこだよ、ロペスはまだ来てないよ」といって

 ロペスがいないことを確認するように周りを確認していた。

 

「ロペスはしょうがないなー、まあ、詳しい時間なんて時計もないから

 わかんないよね」

 

「時計は高いからねー」あるにはあるらしい。

 

 しばらく公共の時計について話しをしている間にロペスが来た。

 

「カオル!イレーネ!すまないね」と、ロペスが小走りで来た。

 

「死刑だな」と私がいうと

 

「それがいい」とイレーネが同調した。

 

「勘弁してくれよ、お詫びにこれあげるからさ」と言って

 イレーネと私に1級の飲み薬(ポーション)を1本ずつ配った。

 

「これ買いに行ってたの?」と聞くと寝坊したから

 お詫びに家のを持ってきたと言って笑っていた。

 

「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と

 イレーネが私とロペスに確認するとダンジョンの入り口に向かった。

 

 ダンジョンの入り口脇には立て札があり、

 内部でみられる魔物の一覧が載っていた。

 

 このダンジョンでみられる魔物達

 ・洞窟の小鬼(ゴブリン)

 ・土くれの悪魔

 ・ローパー

 

 と書いてあった。

 初心者用ダンジョンだからきっと弱いんだろうが

 土くれの悪魔という名前はどうなのだろうかと思わなくもない。

 ローパーはやっぱりあれなのだろうか、触手と口がついているやつ。

 

 気を取り直してロペスを先頭、2番目イレーネ、最後に私の順番で階段をおりる。

 初心者用といえども中はライトアップされていることもなく、

 入り口の明かりが届かない所は真っ暗だった。

 

光よ(イ・ヘロ)

 

 各々光源の魔法を唱え視界を確保する。

 

 ロペスは割とドスドスと勢いよく歩いていく、

 私とイレーネはコンパスの差かついていくのがやっとだった。

 

「ロペス!足が速いよ!」

「お、すまないね、ついつい気が急いてしまってね」と言って

 イレーネと並んで歩き始めた。

 

 光源の魔法は少し前を浮いた状態で一緒に動くので

 両手は自由になっているのだが、

 剣に手をかけることもなくぶらぶらしているけどいいのか判断がつかない。

 

「剣抜いてなくて奇襲とか気にしなくていいの?」と聞いてみるとロペスは

「小鬼や土くれ如き見てから抜いても大丈夫さ」と言ってニカっと笑った。

 

 地下1階は曲がりくねってはいるがほぼ1本道の様で

 音にさえ気を付けていれば問題はなさそうだった。

 

「ほら、見てみろ、土くれの悪魔というのはあーいうのだ。

 1人1体でいいか?」と剣を抜いて切っ先で指した。

 

 土が腰くらいの高さに盛り上がって腕が生えたような風貌のものが3体、

 こちらに向かってゆっくり進んでくる。

 

 悪魔というのは普通現世に現れるための体を持ってるものなのだが、

 体すら持てない弱い悪魔がなんとかそこいらの土を集めて

 体を持ったものが土くれの悪魔、ということで、

 小さな生き物捕食し、だんだんと成長すると

 そのうち体を持てるようになるかもしれない、ということだった。

 

「カオルは右、イレーネは真ん中、おれは左のをやろう」

 ロペスがターゲットの指定をしたので、

 うなづいて剣を構え身体強化をかける。

 

 ロペスは上段から無造作に剣を振り下ろした。

 

 振り下ろされた剣は体の半分くらいで止まり

 裂けた頭は元の形に戻って剣を取り込もうとした。

 

「ふむ、強化無しではこんなものか」と言って一度距離を取り、

 身体強化をかけて一気に距離を詰め、無造作に刺さった剣を引き抜くと

 そのまま真っ二つに切り裂いた。

 

 次にイレーネを観察してみると右後ろに私がいるのにも関わらず横に薙いだ。

 

 幸い届かない距離だったが

 もう少し前で一緒に戦おうと思ってたらと思うと心臓に悪い。

 

「イレーネ!横には振らないで!」

 

 というとロペスがイレーネの後ろにピッタリ張り付いて

 手首をつかんでレクチャーし始めた。

 

 ナチュラルにセクハラまがいのことができるとか羨ましい。

 

 と思いつつ、身体強化を行使し、全力で土くれの悪魔を両断した。

 

 力を入れすぎたのか地面に剣が食い込んでしまった。

 

 さて、と思ってイレーネとロペスを見ると

 真剣な表情のイレーネとにやけたロペスが

 土くれの悪魔を斜めに切り下ろして倒したところだった。

 

「これがここで一番楽な奴なのかな?」と聞いてみると

 ロペスが軽くうなづいてイレーネに剣の振り方のレクチャーに戻った。

 

 狭い洞窟内での戦い方の説明と剣の振り方を眺めながら

 勉強になるわーと思い休んでいると

 遠くからギッギッと鳴き声の様なものが聞こえた。

 

 話し声やらを聞いて様子を見に来たのかな、と休憩をやめ

 剣を抜き両手に持って中段で構える。

 

 剣道の見よう見まねの上に西洋の剣で問題ないのかとか諸々の問題はあるのだが、

 これしか知らないのでどうにもならない。

 

 十数年前に体育の時間で2、3度やっただけなのだ。

 

 これでどうにかなれば柔道ではなく剣道を選んでおいてよかったといえる。

 

 その様子に気づいたロペスがイレーネに声をかけ座り込んだ。

 

 援護くらいしてくれよ、と心細くなりながら洞窟の小鬼(ゴブリン)と相対する。

 

 洞窟の小鬼(ゴブリン)はイメージしていた通りの小柄で醜い姿だった。

 

 大振りのナイフをブラブラさせ

 

 ニヤニヤと、おそらくニヤニヤと笑いながら私の前にきた。

 

 後ろの2人の姿は目に入っているだろうが怪我をしているか何かで

 援護はないと踏んでいるのだろう。

 

 ただの高みの見物しているだけなのだが。

 

 無造作に振り上げたナイフで切りかかってくる。

 

 なるほど、これなら模擬戦闘の方が速いし重そうだ。

 

 身体強化を使った膂力(りょりょく)を使って剣の腹でナイフを弾き体勢を崩した。

 

 弾かれた程度で体勢を崩してしまうなら武器は重すぎるんじゃないかな、と

 感想を漏らして整える隙を与えない様大きく踏み込み

 心臓を狙って切っ先を突き入れた。

 

 洞窟の小鬼(ゴブリン)の胸に剣が飲みこまれ

 洞窟の小鬼(ゴブリン)が断末魔の声を上げて脱力していく。

 

 力が抜けた洞窟の小鬼(ゴブリン)が倒れずるり、と剣から抜けていくので引き抜く

 その瞬間後ろからカオル!だめだ!と聞こえたが

 すでに引き抜いてしまった後だった。

 

 生き物を殺すのは初めてなのだ。

 

 そんなことなんて思いつきもしなかった。

 

 まさか返り血というものがこんなに激しいとは思っても見なかった。

 

「カオル!目を開けてはだめだ!なるべく息も止めてそのまま!」と

 ロペスがいうのでその通りにする。

 

(アグーラ)

 

 頭から水をかけられ今度は濡れネズミになった。

 

 



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大荷物と強敵

 「そんなもんだな、乾燥は自分でやってくれ」

 

 熱風(アレ・カエンテ)を自分にかけながらロペスのレクチャーを受ける。

 もう制御不能で焦がしてしまうことはないのだ。

 

 魔物の血は魔物以外の生き物にとっては毒なんだそうな、

 失明したり衰弱したりするため、返り血を浴びることはよくないんだそう。

 そういえば猿から負った傷も毒に侵されていると言われたな。

 これからはなるべく魔法を使っていきたい。

 

 洞窟の小鬼(ゴブリン)の持っていた大振りのナイフを回収して奥に進む。

 洞窟内部は補強もしてあって人工的に掘られたということがわかる。

 

 トータル2時間くらい使ってしまったが、あまり分岐もなくほぼ1本道で階段に着き、一休みすることもなく階段を下りて2階に降りる。

 

 2階は景色は変わらないが通路の分岐があるようで降りてすぐに二手に分かれていた。

 

「さて、マッピングはどうしようか」

 というとロペスはキザったらしくやれやれというように肩をすくめてから言った。

 

「そんなのはこんなダンジョンではいらないさ、やりたいなら止めないけどね」

 私の意見を聞く前に一人で左手に向かって歩き出した。

 

 マッピング用のメモ帳と言っても小さく作ってあるだけで方眼紙があるわけじゃなかった。

 距離の感覚なんてわからないので大体でメモをしながら歩いていく。

 今度だれかにやり方を教えてもらいたい。

 

 勝手に戦って勝手に進んでもらうロペスの後ろをついていきながら通路をメモする。

 イレーネには脇道がないか見てもらうのでおそらく見落としはないだろう。

 

 洞窟の小鬼(ゴブリン)が2匹でた時にイレーネにも戦ってもらおうと思ったがガチガチになっていたので逆に危なそうとロペスと相談して私と一緒に戦った。

 

 私が最大光量で光よ(イ・ヘロ)を使い、目つぶしをしてイレーネが切りかかる作戦が効率が良かった。

 欠点としては光よ(イ・ヘロ)を使う際に対象から目を逸らしてしまうということだな。

 しかしここでは役に立つので積極的に使っていく。

 

 おかげでガチガチに力が入っていたイレーネも、段々と力まずに動けるようになってきた。

 2階は分岐はあってもそこまで意地悪な作りになっていない様だった。

 しばらくすすむとロペスが立ち止まり剣に手をかけた。

 

「カオル、イレーネ、こいつは光は効かない、剣で切ってもすぐに再生するから魔法でやるんだ」

 どうして剣を抜いたと思ったが、それは曲がり角から現れた魔物の姿を見てわかった。

 これがローパーだろう。

 

 円筒形の本体から出る多数の触手がうねうねと動き、身をよじるようにして現れた。

 洞窟の小鬼(ゴブリン)を引きずったままこちらに触手を伸ばしてくる。

 恐らく食事中なのだろう。

 

 触手に掴まれたらどうなるのだろうか、興味はあるが試してみるわけにはいかない。

 

炎の矢(フェゴ・エクハ)!」

 出してから気づいたが洞窟の中で使っても大丈夫だろうか。

 

 だめだったらごめん、と心の中で謝りながら出現させた6本の炎の矢(フェゴ・エクハ)を一気に放った。

 ローパーはよく燃えるようでじゅうじゅうと音を立てひどい臭いをまき散らしながら苦し気にうねり始める。

 

 なんだか大丈夫そうなのでさっきより魔力を込めて炎の矢(フェゴ・エクハ)を行使する。

 さっきの物より白く光る炎の矢を6本出現させ1本ずつ使って威力を確かめることにした。

 

「まず1発!」

 気合と共に1本飛ばすとまっすぐ飛んで行った炎の矢(フェゴ・エクハ)はローパーの体を削り取って断面を炭化させた。

 炭化された断面は元に戻ることなくそのまま触手が生えてきて、リンゴマークのロゴの噛み跡から芋虫が生えてきたようだと思うとちょっと面白かった。

 残りの炎の矢(フェゴ・エクハ)を重ならないようにばらけさせながら当て、ローパーを消滅させた。

 

「剣は初心者だが魔法は素晴らしいな、なに、すぐに追い越して見せるさ」

 ロペスが爽やかに言った。

 ちなみに、ローパーの回収部位は触手だそうだ。

 

 初心者が行くようなダンジョンにしかいない割に、難易度が高いのでそこそこ高く売れるらしい。

 今回は焼き尽くしてしまったので何一つ回収できないが。

 

 次にローパーと遭遇した時は3人で囲んで触手だけを狙い、ある程度量が取れた所で焼き殺した。

 回収するときも触手には触れないので、汚いものを扱うように剣先で掃くように袋に放り込んだ。

 そこでふと思ったのだが、土くれの悪魔は1階にしかでないようで2階には一切出現しなかった。

 

 チュートリアルダンジョンならこんなもんなのだろう。

 

 2階からの下りの階段を見つけた時にはゴブリンの持っていたナイフ4本、大振りのナイフ3本、鉈2本、棍棒5本回収し、その重さに辟易した。

 しかもその上、水分たっぷりなローパーの触手を持っているのだ。

 3人で分担してもギリギリだった。

 

 ロペスは実家からの支援があまりないと言っていたが、イレーネや私ほど無補給ではないようなので気合で全部持って帰ろうとした私とイレーネに呆れていた。

 

 イレーネも貴族だったはずだが、私と変わらないレベルなのはどうしてなのだろうか、いつか理由が聞けたらいいが。

 相談した結果、棍棒は木なのでいらないだろうという結論に至った。

 次捨てるのは金属の量的にナイフ、大振りのナイフとなるだろう。

 安いものから捨てていく。

 

 3階に降りる前に荷物を降ろし、ひとまず休憩してから降りることにした。

 

 イレーネの消耗も見た目よりありそうだし、私も元の体の感覚で動いてしまうので思ったより疲労してそうな気がする。

 2階の滞在時間はもうわからない。

 あっという間に1時間くらいでたどり着いた気もするし、3時間くらいかかってたどり着いた気もする。

 このペースは今日中に終われるペースなのか判断がつかないのが気を焦らせた。

 

 あの重い荷物を持って3階に降りてきた。

 この荷物があるとマッピングなんて言っていられないというのは誤算だった。

 2階も後半はほとんどマッピングできておらず、ロペスのいう通りになってしまったのが悔しい。

 3階は広めの通路が直線に伸び、行き止まりに両開きの金属製の扉があり、チュートリアルの最後はボス戦か。と思い扉の前に荷物を置いて扉を開けて抜剣し、恐る恐る中に入り中にいる物の姿を確認する。

 

 大人の男性サイズの大き目の洞窟の小鬼(ゴブリン)と、取り巻きの様な洞窟の小鬼(ゴブリン)が6体。

 大人の大きさで小鬼とはどうなのか。

 

「カオル、剣だけで勝とうと思うなよ、あと光よ(イ・ヘロ)を使う時は声をかけてくれ」

「イレーネ、肩に力を入れすぎるなよ」

 ロペスが声をかけそれぞれの間隔を広くとった。

 

 大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)は後方に立ったまま取り巻きの洞窟の小鬼(ゴブリン)に指示してそれぞれ2体ずつ割り当てた。

炎の矢(フェゴ・エクハ)!」高出力で10本の炎の矢を出現させる。

 

 ギラギラと光る炎の矢を見た大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)は、イレーネとロペスに割り当てた2体のうちの1体を私に向かわせ、自分も邪魔なニンゲンを叩き潰すために動き出したのだった。

 

 速攻をかけるために強めに発動したら集中攻撃を受けるとは思わなかった。

 少し焦りながらロペスとイレーネには取り巻きを片付けた後で助けてもらえることを期待する。

 

 最大出力で光よ(イ・ヘロ)を使い洞窟の小鬼(ゴブリン)の動きを止め、距離を取って一斉に炎の矢を放つ。

 

 頭を狙って放たれた炎の矢は取り巻きの頭を蒸発させ、大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)がむやみやたらと金棒を振り回し、たまたま当たって打ち上げた洞窟の小鬼(ゴブリン)にあたってしまい、大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)には当たらなかった。

 

「使う時は言えと言っただろう!」

 非難の声を上げながらロペスが支援にきてくれた。

 イレーネはまだ頑張っているらしい、助けには行けないががんばれイレーネ。

 

「もう盾になる洞窟の小鬼(ゴブリン)もいないからもう1発打てば倒せるんじゃないか?」

 ロペスがいうので、確かに、と思い炎の矢(フェゴ・エクハ)を行使し、4本の炎の矢を出現させた。

 

 とどめと思い気が抜けてしまったか本数も少ないし、赤く光る普通の炎の矢だった。

 

 大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)はさっきので力尽きたと思ったか、金棒を振り上げ襲い掛かってきた。

 大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)の正面を避け炎の矢を放つ、放たれた炎の矢はまっすぐ飛んで行って金棒で薙ぎ払われて消えてしまった。

 

「カオル!気を抜くな!」

 ロペスは金棒と打ち合うと剣が持たないため、カバーに入れず大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)の視界の外から炎の矢(フェゴ・エクハ)を放ち体力を削る。

 

 そのころイレーネが洞窟の小鬼(ゴブリン)を倒したが、体力的にも技術的にもこちらに参加できずに遠巻きにしていた。

 下手に参加してそちらに気が向いてしまっては困るので今はおとなしくしてほしい。

 

「煩わしい虫の羽音!」

 強めに発動したそれは、もうんもうんと唸りながら洞窟の小鬼(ゴブリン)の周囲を飛び回り気が散ったのか、洞窟の小鬼(ゴブリン)は金棒を捨て頭の周りで手を振り始めた。

 その隙にロペスが後ろから心臓を狙って剣を突きさした。

 

 刺されたことに気づいた洞窟の小鬼(ゴブリン)は忌々し気にロペスを睨み、掴みかかるために振り向いたが、既に背中に剣を残したまま飛びのいたため、素手のロペスを追って歩き出した。

 

 今度はこちらに背を向けたので炎の矢(フェゴ・エクハ)を、今度は気を抜かずに発動させる。

 

 間髪入れずに10本の炎の矢を洞窟の小鬼(ゴブリン)に放ち直撃させた。

 あちこち焦がしたが普通の洞窟の小鬼(ゴブリン)と違い消失することなく形を残したまま絶命した。

 

 危なかったな、と言ってロペスに親指を立てて見せる。

 ロペスは剣を杖代わりにしてへたり込んでそれに答えてくれた。

 

「カオル、大丈夫?」

 離れていたイレーネがやってきて肩を支えてくれた。

「イレーネこそ平気?」

「あたしは下がってみてただけだからね」

 そう言って表情を曇らせた。

「これから一緒にがんばろう?」

 

 大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)の心臓が結晶化した魔法石をロペスに取り出してもらう。

 イレーネと二人だったらどこにあるかわからなくて右往左往していただろう。

「こいつは洞窟の小鬼(ゴブリン)なのかな」

「おそらく変異個体か別な物が配置されたんだろう」

 とロペスが言った。

 

 大きい洞窟の小鬼(ゴブリン)の金棒をロペスに持ってもらい、ドアの前から荷物を回収し、ボス部屋の奥にあった階段を登った。

 階段を上って地下2階から1階の辺りに差し掛かった時に気づいたが、身体強化を使えば重い荷物も楽に運べるということだった。

 

 驚くほど体が軽く、重い荷物があっても1段飛ばしで走っていけるくらい楽だった。

 地上に出た私達は思ったより早く攻略できたようで、宵の口だった。

 戦利品を換金するためにハンター協会へ向かう。

 

 学校の中に支店があってもよさそうなのにと思いながら、軽い足取りで街の入り口側に向かう。

 そんなに前のことではないはずなのに、街の入り口側は臭いということを忘れていた。

 3人で顔をしかめて小走りでハンター協会に向かった。



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祝勝会とお持ち帰り

 買取カウンターに戦利品を並べる。

 

 ナイフ4本、大振りのナイフ5本、鉈1本、金棒1本

 そして、ローパーの触手一袋合計して95枚の銅貨になった。

 

 重量で考えるとローパーの触手3袋持ってきた方がいいらしい。

 

 難易度で言うと薬草取ってきた方が楽だった。

 

 想定外の魔物との遭遇のリスクはあるが。

 

 一人当たり33枚。余った2枚はロペスが辞退した。

 思ったより実入りはよくなかった。

 

 時間も遅くないことだし、ということで

 食事と反省会をしようということになった。

 

 ロペスは色々知っているらしく

 安くていい店があるということで連れてってもらう。

 

 少し神殿の方へ移動してメインストリートから外れた所に

 昔の召喚者に弟子入りして暖簾分けされたという店がある。

 

 少しさびれた薄汚れた店に案内された。

 

 自分は常連なんだ、という友達に連れていかれた居酒屋に似ている。

 

 店主と私の友達と他の常連が談笑してとても居心地の悪い思いをした。

 

 よくよく考えるとあれば割り勘要員として連れていかれただけではないかと

 軽く闇の扉が開きそうになったので

 気を取り直してイレーネと共に恐る恐る入店する。

 

 中は思ったより広い感じで5人座れるカウンターと4人掛けテーブルが2つあった。

「親父さん、焼きそばとビール3つずつ」と勝手に注文をして

 奥のテーブルに座った。

 

 親父さんと呼ばれた男は返事もせず焼きそばを作り始めた。

 

 どうやら知っている焼きそばらしい。

 

 しばらくするとビールが運ばれてきた。

 

 ガラスではなく、木のコップだった。

 

「はじめてのダンジョン攻略に」とロペスがコップを掲げ

 イレーネが一緒に掲げてコップを合わせた。

 

 真似して合わせる。

 

 ぶつけるわけでないけど乾杯っぽいことをするのだな、と思った。

 

 こっちの世界で初めて飲むビールはしらない味だった。

 

 苦味がすくなく甘い匂いがする、そして炭酸がない。

 

 ビールと思うとまずいがこういうものだと思うとこれはこれでおいしい気がする。

 

 普通に頼んで出てくるあたりアルコールに年齢制限はないのだろう。

 

 イレーネもちびちびと飲んでいるがそんなにおいしそうには飲んでいなかった。

 

 しばらくして焼きそばが3つ、ソース味のよくみるやつが出された。

 

 レシピを残してくれた先人に感謝しつつお腹を満たした。

 

 食べて、酔って楽しくなってきた所でロペスが席を立った。

 

「おれはこの後行きたいところがあるからあとは二人で楽しんでくれ」と言って

 多めにお金を置いていった。

 10代にしてイケメンすぎる。

 

「どこいくんだろうね」となんとなくイレーネにいうとイレーネは真っ赤な顔で

「どうせ色町よ」と吐き捨てた。

 

「家が裕福なわけでもないってわかってるのにどうして行って

 家族とトラブルを起こしたがるのかしらね!」

 だれかに対して憤っていた。

 

「その癖お母様は女の幸せは結婚して家庭に入って

 こどもを生むことだなんて信じてるし今が幸せじゃないじゃない」

 イレーネがだめな感じになってきた。

 

「あたしは自立したいの。一人の力で立って自分の生きた証がほしいの。」

 

 今度は泣き上戸になった。

 

 私はとりあえず相槌を打つしかできなかった。

 

「お兄様達は剣も魔法も先生を付けてもらえたのにあたしはだめだっていうのよ!」

 

「それはひどいね」

 

「でしょう!だから今学校に行けてるのは最後のチャンスでさ、

 花嫁修業ばかりで荒事なんてしたことなかったから援助なしで放り込めば

 挫折して諦めるだろうってことで許可してくれたの。」

 

「諦めて帰れば格上の貴族との縁談をまとめて

 あとはずっと籠の鳥になるんだろうね。」

 

 と、ぽつりとつぶやいた。

 

 イレーネの気持ちも命も軽視しすぎではなかろうか。

 

 まともに戦えないまま失意のまま実家に帰るだろうということなのだろう。

 

 しかし、そこそこ戦えるようになってしまったら

 きっと長くは生きていられないだろう。

 

 イレーネの両親は政略結婚ができればどんな子供でもいいのだろうか。

 

 この世界にきてただのクラスメイトだけれども、

 

 気さくに話してくれて一緒に仕事をしたりしてどれだけ救われたかと思うと、

 勝手に感じている恩だが報いたい。

 

「許せないな!明日からがんばろう!イレーネが一人で戦えるように協力するよ!」

 

 というとイレーネはありがとうと大好きをくりかえして泣きながら寝てしまった。

 

 寝たイレーネを放っておいてちびちびとなんだかよくわからないビールを飲み

 この体は元の体よりアルコール強いかもしれない。

 

 しばらく一人で飲んでからイレーネを起こして連れて帰る。

 

 スカートをおんぶするわけにはいかない。

 

 眠いともう動けないを繰り返すイレーネに肩を貸して街を歩く。

 

 割と遅くなったようで人通りもまばらで新月の様で通りは真っ暗だった。

 

 頭上の少し高いところで光よ(イ・ヘロ)を使い周りを照らして歩く。

 

 学生寮についてからは人目がなくなったので身体強化してイレーネをおんぶする。

 

 きっと後ろは悲惨なことになっているが短時間なら大丈夫だろう。

 

 3階まで駆け上がりイレーネに部屋番号を聞くが

 イレーネは寝入ってしまって起きてくれない。

 

 しょうがないので自室に連れて行き、ベッドに放り投げる。

 

 シャワーを浴びてさっと乾かして寝る準備をする。

 

 いい加減この体にも慣れてきてしまった。

 

 昔の妄想した女になったらきっとエロエロで楽しいんだろうと思ったのに

 そんなことなかった。

 

 なんだか忌避感があり触れがたく

 自分の体と関わりたくない気持ちで現実から逃げ回ることしかできない。

 

 この違和感は慣れることないだろうから早く自分の体を探したい。

 しかしこの世界を一人で歩き回るにはまだ弱いのだ。

 

 転がしたイレーネを端によせ一緒にベッドに入って眠った。



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二日酔い2号とクリア

 たくさん運動して、酒飲んで、眠る。

 ストレス大解放。

 しかし授業はあるのだ。

 

 隣で寝こけているイレーネを見て昨日の大騒ぎで

 少しは気が晴れてくれたかな、と気がかりだった。

 

「イレーネ、そろそろ起きな」といいながらゆさゆさと揺らした。

 

「うう、ううー、頭いたぁ」

 すっかり酒が残ってしまった様でイレーネは頭を抱えて起き上がった。

 

 魔法で水を出しコップに入れてイレーネに渡す。

 

「ありがと、ってカオル!?なんで!?」

 

「ここまで連れてきたけど前聞いた部屋番号忘れちゃって

 イレーネ起こしても起きないから連れてきた。」

 

「あぁ、そうなんだ、ありがとう。ごめんね。」と言って

 一気に水を飲みほして立ち上がった。

 

「シャワー浴びてからいくよ」と言って部屋から出て行った。

 

 私もひらひらと手を振ってイレーネを見送ると

 エリーが迎えに来るまでにできる準備はしておく。

 

 髪も段々伸びてきてうっとおしいことこの上ないから

 いっその事坊主にでもしてしまいたい。

 

 万が一切った直後に体を返すことになったら申し訳ないからやらないが。

 

 整えるくらいはしてもいいかな?

 

 と、思っているとノックされエリーが朝食を持ってきてくれた。

 

「おはようございます、カオル様」

 

「はい、おはようエリー」

 

 持ってきてもらった朝食を食べながらここの生活について

 気になったことを質問してみる。

 

「ここいらの貴族の子女は魔力なり、

 武芸なりで戦う力があっても戦場にはでないものなの?」と聞くと

 

「力ある貴族の跡継ぎでない場合に限りますが」と前置きして説明してくれた。

 

 力ある貴族はエリート中のエリートなので男女問わず文武両道が求められ

 基本的に前線で戦うわけではないため、女性指揮官などはいるそうだ。

 

 しかしイレーネの様な力ない貴族だと十分に教育できない場合が多い上に

 指揮官になるような家柄ではないため、

 どうしても前線に近いところで戦ったり

 それこそ前線で指揮をとることが多いそう。

 

 そうなると家柄的に戦う事を由とするか、

 家をでることになるんだということだった。

 

 一般兵にもなると魔力があるわけでもないので

 肉体の力のみで戦うことになり、女性はいなくなる。

 

 いないわけではないのだが目的が異なるようだ。

 

 どういうことかというと上手くいけば

 貴族との血縁ができるという目的で志願してくる女性もいなくはないらしい。

 

 あと気になっていた力ある貴族という言い方だった。

 

 どうやら爵位をあらわす言葉は無いらしく、

 貴族の序列は王家へ納める税収が多いと力があるらしい。

 

 大領地や金鉱山、あとは産業がある貴族は強い。

 

 領地がなく王宮内で文官をしている貴族は弱い。

 

 そして年に1度王の感謝と共にその格付けが発表されるということだった。

 

「なーるほーどねー」と言いながら朝食のパンの最後の一口を頬張った。

 

 その後着替えを手伝ってもらい登校する。1階に降りるだけだが。

 

 じゃあ、また後で、と言いながら班の仲間と落ち合って

 いつもの講義室に移動する。

 

 さっき振りのイレーネはもじもじしながら

 昨日変なこと言ってないよね?と耳打ちしてきたので大丈夫、と返しておいた。

 

「ということで、昨日はダンジョンに潜ってもらったわけですが。

 カオルの所の魔法石は、と。」ロペスに手渡され机の上に置いた。

 

 大きさは3㎝くらいだが初めての魔法石。

 

「そしてペドロの所のは」というとペドロが小袋に入ったものを手渡した。

 

 1㎝に満たないものが20粒弱取り出された。

 

「みんな怪我もなくよくやった。

 それぞれのチームは死ぬほど大変だったろ」と言って笑った。

 

 どういうことか考えていたらほかの人もきょとんとしていたようで、

「何がでてどういう構造のダンジョンに潜らせるかは

 事前にこっちで調整できるんだ、しらなかったろ?」

 

 お前らは洞窟の鬼(ホブゴブリン)、お前らは大量のローパー

 と言って指をさした。

 

「クリアできるギリギリの所を攻めるのが腕の見せ所なのよ」と

 いいながらルイス教官は上機嫌だった。

 

「これで基礎の第1段階が終わったわけだ。

 あといくつか覚える魔法があって、魔法史を進めたら第2段階が終わるが、

 そのあとはABDE班との合同訓練が始まるから覚悟しておけよ。」

 

 まあ、ずいぶん先になると思うが。と付け足した。

 

 と、ここで初めて気づいた。

 

 ルイス教官、二日酔いじゃないなんて珍しい。

 

 どうでもいいが。

 

「さて、全員が基礎ができた所で魔法史を本格的にすすめていくが

 基本的には全部暗記だ。がんばれ」

 

 そういって魔法史の授業が始まった。

 

 魔法史と言っても古い順に魔法を作った過去の偉人の話と魔法の解説をしてから

 その時代の魔法を丸暗記することがメインになりそう。

 

 マーリン時代の魔法は古代語をベースにしたオリジナルの言葉らしく

 炎の矢(フェゴ・エクハ)なんかはそのころに作られた古来より正しく存在する魔法である。とのことだった。

 

 そして、そのマーリンが消えて数百年後に異世界から勇者達が現れて魔法を作り。

 

 その後勇者達の遺産により召喚者を呼べるようになり、

 代々の召喚者が魔法を作ったらしい。

 

 ちなみに、勇者や召喚者が作った魔法はごっそり魔力を持っていかれるため、

 

 ほとんど使う人はいないのでマーリンの作った古い魔法が現役なのだ。



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イレーネと手加減

 大まかに歴史がわかったところでひたすら暗記することになる。

 

 座学で丸暗記より外で実際に使ってみながら覚えた方がいい気がするが。

 

 この時間で黒板にチョークの様な白い石の欠片でマーリンが作ったといわれる魔法を成立年と合わせて書き込まれていった。

 

 まさか覚えるのか、と思うが学者じゃないのだからその必要はないはずだ。

 

 学生時代は歴史苦手だったなぁと思い、はるか遠くの場所と時に思いを馳せた。

 

 なんだかんだで今でもただ暗記しろと言われるのが苦手なのはまったくもって変わっていないな、と苦笑いした。

 

 授業は置いておいて魔法を覚えることも大事だが魔力量を増やすことはできないのか。

 

 効率がいいはずの魔法を使っても簡単に魔力切れを起こしてしまう我が班の連中が今のままでは魔法を覚えて模擬戦闘なり実戦投入された所ですぐに息切れして役立たずになるか神の元へ召されてしまうだろう。

 

 そんな感じで考え事をしていたら講義が終わってしまった。

 

 昼食はエリーと合流してからイレーネと3人で一緒に食べることにする。

 

 イレーネとエリーは毎度毎度似たような話しをしてて飽きないのかなと思うが推しの話はいつまでしていてもいいもんなんだろう。

 

 若干ぱさついたパンとチキンの香草焼きにじゃがいものポタージュ、そして謎の豆の煮物を食べ午後は練兵場で模擬戦闘になる。

 

 召喚前も今のこの体も肉体派ではないのだから近接戦闘しない様にしたい、訓練ではそうもいかないのかもしれないが。

 

 練兵場で戦闘服を着て居並ぶ我々の前に立つヴィク教官がいつものようにバカでかい声を上げる。

 

「基礎の第1段階が終わったと聞いた。ひとまずはよくやったと言っておこう。」

 

「そこで2段階目の魔法を教える。今日はこれを使用して模擬戦闘を行う。」

 

「1つは風の守り(ヴェン・コルナ)、魔法や矢をかわすために使う」

 

「もう1つ消費が激しいが魔法の直撃に耐える魔法障壁(マァヒ・ヴァル)

 

「では最初にペドロ・バレステロス!ロペス・ガルシア!」

 

 呼ばれた二人ははじめの合図とともに剣を交わす。

 

 ペドロが大振りの両手剣を水平に構え飛び出しロペスの胸元を狙っているようだ。

 

 ロペスは盾で受けるが勢いを殺しきれずに後ろに飛んで距離を開け、炎の矢(フェゴ・エクハ)を飛ばし盾をかざしたまま飛び込んだ。

 

 ペドロは風の守り(ヴェン・コルナ)炎の矢(フェゴ・エクハ)を逸らしロペスの盾を正面から両断する勢いで剣を叩きつける。

 

 両手の全力を片手で受けたロペスはぐらついて反撃には至らない様だった。

 

 それでもペドロの両手剣を盾で弾き剣を水平に薙いだ。

 

 剣を弾かれたペドロは弾かれた剣を無理やり戻しロペスの剣を受ける。

 

 身体強化がある分手数が多いほうが有利なのかな、と思うが同じ速度で振れるなら両手剣の方が重くて受け辛いのかもしれない。

 

 その後も一進一退の攻防を続け手数に押されて魔法防御をしまくったペドロが魔力の枯渇で負けていた。

 

「そこまで!」教官の止めに応じて模擬戦闘が終わった。

 

「今は負けるが魔法を使っていれば魔力量が増え押されなくなる、精進すること」

 と、ペドロに声をかけた。

 

 ペドロはうなづくと見学の列に戻っていった。

 

 次はフリオとルディが前に出た。

 

 自信なさげにオドオドしたフリオの戦いは防戦一方でルディの素振りの練習くらいにしかなっていないように見えるが、よく見れば細身の体で全部受けきっているので意外とすばらしいと言えるのではないか。

 

 とはいえそれだけでフリオが力尽きて終わった。

 

 自信をもて攻めろと見た通りのアドバイスを受けてフリオが見学に戻る。

 

「次!イレーネ!カオル!」

 回復魔法があるとはいえイレーネに刃を向けるのはやりづらい。

 

 イレーネと正対して立ち剣を構える。

 

 イレーネも私と同じく荒事の経験がないはず、であれば育成計画は魔法特化の方が私とイレーネに向いているに違いない。

 

「はじめ!」

 

 合図と同時に細く高熱を持つ炎の矢(フェゴ・エクハ)を展開してみせた。

 

 イレーネはショートソードをぎゅっと握りこみ緊張を見せる。

 

 足を動かして!と思いイレーネの手足を狙い当たらないように炎の矢を連続発射する。

 

 イレーネは炎の矢を躱すために横に走りながら距離を詰めてくるが足元を狙った炎の矢を回避するために距離を空けざるをえないように発射する。

 が、単調に発射するだけでは当たらないし魔法も使ってくれないだろう。

 

 氷の矢(ヒェロ・エクハ)を行使し氷の矢(ヒェロ・エクハ)を展開する。

 

 少し多めに持っていかれたが気にせず氷の矢(ヒェロ・エクハ)を展開したままイレーネに向かって突進する。

 

 イレーネは炎の矢(フェゴ・エクハ)を牽制の様に発射し、矢の影になるよう後を追って走り出した。

 

風の守り(ヴェン・コルナ)!」私は風をまといイレーネの炎の矢を背後に逸らしイレーネの足元に向かって氷の矢(ヒェロ・エクハ)を放った。

 

 イレーネも風の守り(ヴェン・コルナ)で逸らすが上から下に打ち下ろした1本が風の守り(ヴェン・コルナ)で逸らしきれずに足元に落ち、地面とイレーネの左足を凍らせた。

 

 風の守り(ヴェン・コルナ)では回避しきれない角度で次々と氷の矢(ヒェロ・エクハ)を放ち、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)使えよ、と願い私は残り少なくなった氷の矢(ヒェロ・エクハ)をイレーネ向かって打ち出した。

 

 が、期待と裏腹に風の守り(ヴェン・コルナ)と剣で弾く、という選択をし、イレーネのふくらはぎを直撃してしまった。

「そこまで!」教官に止められた。

 

 イレーネは劣勢の時はもっと攻めていけと、消費量が少ないからと言って風の守り(ヴェン・コルナ)ばかりに頼るな、という話で終わったのに、

 私の場合はなんだあの体たらくは、直接攻めるべき所で攻撃しに行くわけでもなく無駄に魔法ばかりに頼って魔法がいっぱい使えるのを自慢でもしたいのか

 指導したいのなら頭使って誘導しろ思いあがるなと怒られてしまった。

 

 そして

「あーいうことができるならまだ余裕ありそうだな、そのままラウルとやれ」と次の試合を言い渡された。

 とほほ、と言いたくなる気分で、ラウルと向かい合う。

 とほほ、そう、数年ぶりに聞いた気がする。まさにとほほ。

 

 太っていたので完全に油断していたが、

 魔法があれば別、ということをいやというほど思い知る事になった。

 

 はじめの合図で身体強化をかけたラウルが一気に突っ込んでくる。

 

 こちらも身体強化をかけ剣を受けるが

 受けた剣があまりにも重く踏ん張りが利かず吹っ飛ばされ背中から落ち肺の空気がすべて吐き出さされた。

 

「げほっいったぁ」追撃してこないのは余裕ゆえか、と思いつつ立ち上がる。

 

 普通に身体強化をかけたのだと太刀打ちできないなと呟き、多めに魔力を使って強化をかける。

 

 それでもきっとフィジカルの差は埋まらないだろう。

 

 改めて剣を握りなおすとラウルと向い合った。

 



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フィジカルの差と体調不良

 真正面から打ち合っても勝ち目はないし、

 重心を落としたままでも受けきれずに吹っ飛ばされる。

 

 動ける太っちょというのは近接戦闘においてこれほどとは。

 

 重心を上げとにかく動いて真正面から当たらない様に逃げ回る。

 

 炎の矢(フェゴ・エクハ)を2本出し、1本は打ち出して、

 もう1本は出した場所に置いておく。

 

 その場に残されたに炎の矢(フェゴ・エクハ)に警戒して私への警戒がそれた一瞬で

 同じことをし追撃をする。

 

 こちらに意識が向いた瞬間、死角に置いた炎の矢(フェゴ・エクハ)が飛んでゆく。

 

 昔のロボット対戦ゲームに似た戦い方は異世界でも通用する場合もあるらしい。

 

 そういえば外国人の対戦相手から「逃げ回ってばかりの卑怯者のくそ野郎」と

 メッセージが来たなと懐かしく思い出した。

 

 ラウルは炎の矢を剣で弾き、一直線に追ってくるが

 私のスピードには追い付けない。

 

 追い付かれてはかなわないので逃げながらより強く足に強化をかける。

 

 がんばればきっと音速を超えるに違いない。

 

 ラウルを炎の矢で包囲した所で立ち止まり勝利宣言をした。

 

「私の勝ちです!」勝どきをあげ剣を掲げた。

 

 ヴィク教官はしばらく考え込んでから

 

「ラウル、やれるか?」と聞くとラウルは首を振って寝転がった。

 

「私も、もう、限界です。」膝がくだけないように手で押さえて息を整える。

 

「まあ、いい、今回はなかなかよくやったな、カオル」

 

「ありがたく、存じ、ます」

 

 膝が勝手に笑うのを感じながら端によって座り込んだ。

 

「今日のところはこんなところだろう。

 しかしもうちょっと剣を振れるようにしないといかんな」

 と言って解散になった。

 

 座ったばかりだというのに。

 

 喉は焼かれたように熱く足に力が入らない、もう少し休んでから立ち上がろう。

 

「おいカオル!この後もここ使うんだからさっさと立ち上がって帰れ!」

 

 しょうがないのでイレーネに引っ張り起こしてもらって立ち上がった。

 

 更衣室に入る前に頭から(アグーラ)を浴び、喉を潤す。

 

「たまりませんな!」とイレーネにいうと苦笑いした。

 

 イレーネと一緒に着替える。

 

 イレーネの体も見慣れてしまったもので

 イレーネに締まったんじゃない?体、というとそう?やったね、と喜んでいた。

 

 大きい講堂でエリーを待ちながらイレーネともっと魔力増やさないと

 後半ジリ貧だよね、といかにして無駄に魔力を使って魔力を増やすかについて

 議論し、その後はエリーとイレーネがワモン様談義に花を咲かせた。

 

 しばらくして落ち着いた二人と一緒に部屋へと戻る。

 

 階段の段を上るたびに腿とふくらはぎに激痛が走る。

 

 これはきっと筋繊維が断裂してしまったに違いない。と、

 エリーに言ったらただの筋肉痛です。と切り捨てられイレーネには笑われた。

 

 なんとか3階にたどり着いて部屋に入る前にイレーネに聞いてみる。

 

「そういえば、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)って

 魔法障壁(マァヒ・ヴァル)同士でぶつけたらどうなるのかな?」

 

「試してみようか」と二人で弱く魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を使い打ち合わせてみる。

 

 ほんの少しだけの魔力しかこもってない魔法障壁(マァヒ・ヴァル)だが

 ギィンと結構な、他のフロア響き渡る程度に大きな音を立てて

 魔法障壁(マァヒ・ヴァル)が砕けた。

 

「安全に魔力枯渇狙えるかと思ったのに、

 普通のぶつけたらどうなるのか」とがっかりした。

 

「いい方法探さないとね」といい自分の部屋に帰った。

 

 水浴びはしてきたが流しただけなので一応シャワーを浴び

 夕食を用意してもらう。

 

「私の食事はエリーが用意してくれるけど、普通はどうしているのかな?」

 

 エリーに聞いてみると、普通は側仕えや使用人を連れてきたりすることもあるし、

 自分で全部やることもあり、自分でやる場合は1階の食堂に行けば

 朝から夜まで人がいるし人がいない場合は

 材料持ち込みで自分で調理できるとのことだった。

 

「なるほど、いつもありがとうございます。」というと一瞬驚いた顔をしてから

「朝と夜だけですし、おかげでお友達もできたので

 こちらこそありがとうございます。」と微笑んでくれた。

 

「では、また明日よろしくね」と夜の挨拶をしてエリーを見送った。

 

 今日は無理に身体強化をかけたせいか色々体がおかしい気がする。

 

 早めに寝て明日に備えようとベッドに入った。

 

 次の日の朝、やはり体調を崩した。

 

 吐き気と腹痛が止まらないし、魔力が勝手に溢れて暴れて止まらないのだ。

 

 溢れた魔力が動くたびに眩暈がして気持ちが悪くなる。

 

 腹痛と眩暈に震えがでてガチガチと奥歯がなる。

 

 エリーが来るまで痛みに耐えベッドの中で蹲る(うずくまる)

 

 しばらくして控えめなノックの音が響く。

 

 返事もできずに痛みに耐えると、返事がないことに何か感じたかエリーが

 ゆっくりとドアを開け入ってきた。

 

「ずびばぜん、腹痛と吐き気が止まらないし、魔力が制御できないしで

 何か大変な病気になってしまったんじゃないかと思うのですが」というと

 エリーはあらまあ、という表情をして

 

「カオル様は女の子の日が重いのですね、今お薬お持ちします。」と出て行った。

 

 私の知ってる話と違うし聞いてる話とも違う!

 

 腹痛と悪寒に耐えしばらくするとエリーが戻ってきて丸薬をいくつか差出し、

 私を起こした。

 

 大慌てで薬を飲みこみ横になる。

 

「今日はお休みしたほうがよさそうですね、連絡はこちらでしておきますから

 今度からは来そうな時は前の日に飲んだ方がいいですよ」とアドバイスして

 朝食を置いて出て行った。

 

 そして帰り際に薬を多めに用意してもらうようお願いした。

 

 数分で魔力が収まり、段々と痛みが和らいでいく。

 

 1時間もすると元通りに動けるような気がしたので

 おいていってもらった朝食をとった。



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魔法補助魔法と放置プレイ

 魔力を増やすにはたくさん使って、たくさん回復すると段々増えるらしい。

 体力と一緒だ。

 

 普通は魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を張り、他のみんなで魔法障壁(マァヒ・ヴァル)が維持できなくなるまで

 炎の矢(フェゴ・エクハ)などの攻撃魔法により削るというのが一般的な鍛え方らしい。

 

 事故も多く、炎の矢(フェゴ・エクハ)が残っているのに魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を維持できなくなり、

 炎の矢(フェゴ・エクハ)が直撃して大やけどしてしまう。

 

 魔法障壁(マァヒ・ヴァル)はそれ自体、攻撃力がないので

 相手にぶつけるということはあまり考えられてこなかった。

 

 せいぜい盾で殴る程度の威力だと盾で殴るし、近接戦闘なら剣の方がいいし、

 魔力の消費は多いから攻撃するなら炎の矢(フェゴ・エクハ)の方を使った方がよほど効率がいい。

 

 あれから毎日、イレーネと二人で一日の講義が終わった後、街の外へ出て

 人気のない大きな音を立てても大丈夫そうな森林の奥の方で魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を発動し、

 お互いに拳をぶつけ合うという脳筋まっしぐらに見える訓練方法で魔力の最大値を増やしていった。

 

 イレーネと見つけたこの方法なら魔力量の成長が早くなりそうだ。

 

 欠点といえば、とてつもない破砕音と反動が大きいため

 毎度後ろによろめいてしまうということくらい。

 

 やりすぎると人気のないところで2人して気絶してしまうため

 気を付けて殴り合う。

 

 毎日ヘロヘロになり、今日も頑張った、と言い帰路に就く。

 

 魔法の講義もマーリンの時代から勇者達の時代になり

 知っている言葉で作られた魔法が出始めた。

 

 印象深かったのはどんな魔法も強化することができるという

 魔法補助魔法ともいうもので、

(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け」というものだった。

 

(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け」は

 魔法を唱える前に発音し、その後いつもの炎の矢(フェゴ・エクハ)を使うと

 いつもの数倍の魔力が持っていかれるが応じた威力か量の

 炎の矢(フェゴ・エクハ)が出るというものだった。

 

 なんにでも使えるので重宝しそうだが消費量が多いため、

 やはりあまり使われてきていないらしい。

 

 講義をしてから実技という流れで魔法の習熟と戦闘訓練をして

 空いた時間を図書館に通い元の姿に戻る手段について調べるという日常を数週間、

 おとぎ話を含めるといくつかの可能性があった。

 

 一つ目は王位継承権をめぐって順位の低い王子が上位の王子に呪いをかけて

 カエルにした。

 英雄が湖に眠る鏡の秘宝で元に戻し王子と英雄は王と妃となったという話

 

 二つ目は悪魔が王に姿を変えて国を乗っ取った後、税を上げ、軽い罪でも処刑し、

 国を混乱に陥れた時に旅の召喚者が邪悪な魔力の残滓に気づき、

 姿を変化させる魔法を無効化する薬を使って悪魔の姿に戻し、

 討伐後その国の王となった話

 

 三つ目はバジリスクの大発生によりある村が石化させられ全滅した。

 しかし旅人とその仲間達がバジリスクを退治し、聖なる力が秘められた剣をかざし

 石に変えられた村人を元に戻したという話

 

 四つ目はゆく先々でだまされ、傷つきながらも人に施しをする旅の青年が

 人に化けた魔物に狙われた時に、不憫に思った女神がすべての虚構を見破り

 無効にするという真実の瞳を与え、魔物を討伐し、英雄となった青年の話

 

 五つ目は女神の沐浴を覗きに来た男に女神が水浴びが気になるなら

 あなたもいらっしゃいと言って女にし、男はそのまま女神の従者になったという話

 

 どれもこれも眉唾物だが不思議な世界での不思議な物だと思うと

 どれもありそうな気がしてくる。

 

 しかし、こうしてよく考えてみると

 ずっとだれかと入れ替わったと思っていたが

 変化させられたという可能性もあるのだな、と気づいた。

 

 むしろ呪いやら魔法がある世界なら入れ替わりより

 可能性としては高いのではなかろうか。

 

 そう考えたら髪もばっさりやってもいいし

 多少無理してもいい気がして元気が出てきた。

 

 どうせどうなっても自分の体だ!

 なんだか元気になってきた。

 

 元の体を取り戻したらこっちの世界にいてもいいし、帰る手段を探してもいい。

 

 何はなくとも元の体を取り戻す。

 

 あれから攻撃手段、魔法からの防衛手段を覚え、

 肉体強化なく剣を腕力で振って振り回されることなく

 素振りすることができるようになり(これが一番時間がかかった。)

 肉体強化のみで1対1でそこそこ戦えるようになった。

 

 イレーネはまだ苦手なところもあるが、

 秘密の魔力の強化特訓によってフィジカルの不利は

 魔法で補えるようになってきた。

 

 やっとここまできて物理攻撃からの防衛手段を覚えた。

 

 物理攻撃からの防衛手段は龍鱗(コン・カーラ)と言って

 最初から覚えてしまうと食らってからカウンターでごり押しするようになるため

 基礎を覚えてから覚えるようになっているらしい。

 

 これでやっと次の段階に進むということだった。

 

 進む、といっても練兵場でやることは変わらないらしい。

 

 講義内容が次に進むとのことだった。

 

 いい節目だったのでいつもの3人で打ち上げをして

 やっぱりロペスが一人で抜け出し、

 イレーネはやっぱり酒に飲まれたのでたまには放置して捨てて帰ろうかと思ったが

 飲み屋に放置は可愛そうなので筋トレついでに担いで帰り

 部屋の前に転がして置いたら次の日の朝、エリーとイレーネに

 ものすごく怒られた。

 



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魔道具を作ろう

「節々が痛い」とイレーネが体をさすりつつつぶやいた。

 

「床に直接寝るなんてするもんじゃないね」というと

 すごく恨みがましい目で見られたが気にしないことにした。

 

 

 今日から始まるのはAB班と組んだ時に側に仕えて色々するための

 魔道具作りらしい。

 

 やんごと無き身分の方々は指示するだけで自分で何かすることは珍しいので

 側にいる手下ががんばるんだそうな。

 

 

 よく作る必要があって基礎ともなるのが守りの魔法をかけたアクセサリーで

 魔石と術を封じ込めた紋様を描くことにより対応した攻撃から

 魔石に魔力がある限り主を守るというものだった。

 

 練習は安い鉄製の腕輪に魔力を通す千枚通しのような道具に

 力を込めて魔石を埋める穴、そこから魔力が流れる経路を掘り、

 粉にした魔石を練りこんだ墨を流し込むことによって完成する。

 

 紋様にも意味があり、属性を指定したり発動条件を指定したり、

 魔石から取り出した魔力を一時的にためておくものや、

 結果どう振舞うかを指定するものが大まかに存在する、ということだった。

 

 ルイス教官がちゃんとみてろよーと言いながら

 練習用の鉄のリングに千枚通しで線を引いていく。

 

 キリキリと音を立てながら糸状に削れ、

 溝になっていくのを感心してながめていると

「しばらくはこの基本の模様を作ってもらうからな、

 弱い魔法攻撃を打ち消すお守り(アミュレット)だ。」

 といって模様が描かれた紙を配った。

 

「コツはあまり魔力を込めすぎないことだ、込めすぎると貫通するからな

 あとは焦らないことだ。」そう言ってそれぞれバラバラに散って作成を開始した。

 

 イレーネが万力に挟んだ鉄のリングに

 両手で逆手に持った千枚通しでリングをえぐっていた。

 

 向かい合わせで座っていたのでえぐられた鉄の破片がピシピシと顔にあたる。

 

「あの、イレ、っぺ、それはそうやるんじゃないと思うんだ」

 口に入った破片を吐き出しながらイレーネに進言する。

 

「そんなことないわよ、ちゃんと掘れてるよ」というが

 見た感じ深さがバラバラでちゃんと掘れてるようには見えなかった。

 

「ピシピシ当たるからてこの原理を使って掘らないで」というと

 難しい顔をして考え込んだ。

 

「表面をなでるようにするとちょっとだけ削れるから

 根気よくなでていって、ね?」といって表面をこすってみて

 糸の様に削れた金属をイレーネに渡した。

 

 まるで小学生男子の版画を思わせるパワープレイを止めて

 ちょっとずつ掘ってもらうことに成功した。

 

 イレーネは綺麗な見た目と裏腹に雑な性格をしているのが残念な子だと思わせる。

 

 周りを見渡してみるとやっぱりみんな結構雑に掘っていることに気づくが

 いちいち忠告して回るのも面倒なので聞かれたら答えることにして

 意識の外にぺいっと投げ捨てる。

 

 印刷技術があるのかと思ってみてみると1枚1枚手書きで書かれている

 基本の模様が書いてある紙に従いそのまま書き写していく。

 

 クズ魔石から魔力を取り出す紋様と注釈を読みながら作業を進める。

 

 取り出した魔力を貯める紋様

 

 装着者に対して魔法が接触することを感知する紋様

 

 感知した魔力量と同じだけの魔力を魔力を貯めた紋様から取り出す紋様

 

 1発だけ防ぐ魔法障壁(マァヒ・ヴァル)にして行使する紋様

 

 使われなかった魔力をクズ魔石に戻す経路と紋様

 

 と説明を読み終わったところで、

 

 なるほどこれ基盤設計みたいなものか、と思った。

 

 この魔道具にスイッチを付けたら世界で最初の魔道計算機が作れるかもしれない。

 

 電子基板なんて新人の頃に2年くらい配属されてやってたくらいなもんだが、

 空いた時間で勉強がてら回路設計させてもらったな、と思い出された。

 

 無心で千枚通しを動かしいい感じに掘り進め大体3分の1ほど

 出来上がったところで時間切れとなった。

 

 エリーについてきてもらって図書館へ行き、

 魔道具作成に参考になりそうな本を借りて部屋へ戻る。

 

 属性や動きをつけるための紋様の種類だけでも覚えた。

 

 量が多くて一度に覚えられる量ではなかったので、

 書き写さなくてはならなそうだが。

 

 マッピング用のメモ帳もどうせ使うこともなさそうなので書き留めることにした。

 

 書籍内の注釈に西方には魔力を込めた印を指先で描き発動する印術と、

 紙に書かれた紋様に魔力を通すことによって発動する

 札術といわれる魔法があることが分かった。

 

 全部覚えたいところだが、そこまで脳のメモリが優秀ではないので

 地道に覚えていくしかない。

 

 3日もあれば掘りあがるかと思ったが、

 細かい箇所や修正に思ったより時間が取られ倍の6日間もかかってしまった。

 

 終わるのが早かったので他の人と合わせるために

 完成度を上げさせられただけなのだが。

 

 インクに魔石を砕いた粉を混ぜ、溝に流し込んでいく。

 

 熱風(アレ・カエンテ)で乾かして魔石用に開けた穴にはめ込んで固定し、魔力を込める。

 

「カオル、つけてみろ」と言われるがまま作った腕輪をはめ

「こうですか?」と聞くと問答無用で炎の矢(フェゴ・エクハ)を投げつけられた。

 

 腕輪の効果で炎が散らされた。

 無傷だったがあまりにもいきなり声も出せずに固まってしまったが

 気を取り直して抗議する。

 

「何するんですか!」

 

「テストだ、テスト。人がつけないと発動しないだろう?」

 

 そういって全員が恐る恐る炎の矢(フェゴ・エクハ)を食らってみんな問題なく腕輪が効果を発揮した。

 

「基礎だしちゃんと掘れてるの確認してるからな、毎年やるんだ」といって

 ははは、と笑った。

 

 性格悪いことこの上ないな。

 

「これって熱風(アレ・カエンテ)辺りを出せるようにしたら魔法が使えない人に売れそうですよね」

 

 と言ってみると、売れないぞ、と言われた。

 

「練習用のこれですら気軽に買えるもんじゃないし、

 買える富豪は使える奴を雇って護衛にする」

 

 こづかい稼ぎにいいかと思ったがダメな様だ。

 

 いや、1回だけ防ぐ龍鱗(コン・カーラ)の魔道具があれば暗殺におびえる富豪には売れるかもしれない。

 

 そんな富豪と会うことがあれば聞いてみたい。

 

 



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皆の評価と治安維持隊

 魔道具の作成精度とスピードをあげるためにひたすら作らされる事数週間、

 いい加減何度もこすって削るのが面倒くさくなったので

 太い釘を研いで先端を鋭利にしたもので代用し

 一度で掘れるようギリギリの量の魔力量に増やしたことによって

 スピードが上がった。

 

 この班の中で精度スピード共に私が一番だが、

 フリオが次いで、ルディ、イレーネ、ロペス、ペドロ、

 最後がふとっちょのラウルだった。

 

 ロペスとペドロは血の気多いから前線に出るのもやぶさかではなさそうだけれども

 ラウルはどっちに行きたいんだろうね。

 

 ルディなんかは戦ってもよし後方でもよしでオールラウンダーな感じで優秀だね。

 

 イレーネは実践経験も訓練も少ないから前線に出したらすぐ死ぬだろうね。

 

 フリオはもう後方支援が適正だね。

 

 という感想をルイス教官に時間つぶしついでに聞いてみる。

 

「そこそこ的確なのが腹立つな」ルイス教官が顎を撫でながら言った。

 

「一つ抜けてるのは、どっちにも適性がない場合は

 治安維持隊に行くってことだな。」

 

「治安維持?暴徒鎮圧?」軍の治安維持と言えば暴徒鎮圧だろう、きっと。

 

「犯罪の予防とか捜査とか」と呆れた気持ちをちっとも隠さない顔でいった。

 

「ああ、警察ですね。私の故郷では軍と警察は別組織だったのです。」

 

 市内の警備や一般人の犯罪者に軍の力は大きすぎますしね、と付け加えた。

 

 ルイス教官はなるほど、とつぶやいて考え込んでしまった。

 

 

 話し相手がいなくなってしまったので暇つぶしに魔道具を作ることにする。

 

 魔力を貯める紋様を並列で並べることによって1度に仕える魔力量を増やして

 属性は光、発動条件は衝撃を受けること。

 

 これを20㎝程のバックラーというらしい盾に刻み込んでいく。

 

 これは訓練用のものを借りて(パクって)来たものだ。

 

 魔石は持ち手側に3つほど埋め込めるようにしてクズ魔石を3つはめ込む。

 

 2時間ほどかけて攻撃を受け止めるとフラッシュが炊かれるという

 

 はた迷惑な盾を作成し

 フラッシュシールドという名前を付けこっそり元に戻しておいた。

 

 あとはほかのメンバーの様子をみたり半分寝たりしながら過ごした。

 

 このカリキュラムは本来はもう1か月くらいかかるらしい。

 

 楽しくなりすぎてしまったことを反省した。

 

 

 フラッシュシールドは目くらましをする盾があるという噂で

 だれがこんなものを作ったと文句を言いながらも

 皆が面白がって使いたがり、あっというまに魔石の魔力を使い切ってしまい

 それほど時間をおかないうちにやさしくチカチカするだけの盾になってしまった。

 

 それでも面白がられて優しくチカチカさせて遊ばれてしまったため

 紋様が剣で削れてその機能を失ってしまった。

 

 フラッシュシールド装備者の勝率が高かったという報告を受けた上層部が

 

 コストと戦果を天秤に掛け頭を悩ませたというのはまた別の話。



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暇つぶしと上位貴族

 あれからまた1か月が過ぎ、班のメンバーの進捗を待っている間

 暇つぶしに魔道具作りの本を読んで過ごした。

 

 本を読んでいると両脇の髪の毛が邪魔でしょうがない。

 

 昔、クラスの髪型を気にしないタイプの女子のもみあげ部分が

 カールしていた理由が分かった。

 

 耳にかけるのだ。

 

 しょうがないのでエリーにいい感じに縛ってくれと頼み、

 長さが足りないポニーテールにしてもらった。

 

 全員が魔道具をそれなりに作れるようになり、

 カリキュラムが次に進むようで、座学が減り訓練が増えるようだ。

 

 練兵場に集合するとABDE班もそろって並んでいた。

 

 ヴィク教官が全員の前に立ち後ろに髭を蓄えた長身の教官が立っていた。

 

 偉そうなのできっとヴィク教官の上官にあたる人なのだろう。

 

「カリキュラムが進んだので今日から全班合同での訓練を行う。」

 

 AD班、BE班で班分けをして、C班は半分に分けて両方に振り分けられるそうな。

 

 私はペドロとルディと一緒にAD班に振り分けられた。

 

 どこに立ってていいかわからずまとまってキョロキョロしていると

「お、貴様はいつぞやの女ではないか」と声をかけられた。

 

 自分が声をかけられたと思っていなかったのでスルーしていると

 ペドロに呼ばれてるよ、と肩を叩かれた。

 

 振り向くと赤毛の男が立っていた。

 

 背が高くあまり筋肉質ではない感じだが鍛えられている様子がわかる。

 

 まあ、ここにいるほとんどの人は鍛えられているのだけども。

 

 はて、だれだったか、と思っていると

 ペドロに袖を引っ張られて礼を見せられた。

 

 そういうことか、と理解し一緒に礼をする。

 

「お前、名は」偉そうな偉い人が名を聞きたいという。

 

「はい、オオヌキ・カオルと申します。」

 

 そのあとペドロとルディの名前を聞き満足げにうなづいた。

 

「吾輩が貴様らの上官となるフェルミン・レニーである。」

 

 取り巻きのピンクブロンドの眼鏡をかけた神経質そうな男が

「トミー・セビリャだフェルミン様の配下だが貴様らの上官となる。」

 

「トミー殿と同じくアイラン・バルノである。」

 

 上半身裸のマッチョがサイドチェストを決めて自己紹介した。

 

 今年の1年生でA班は3人しかいないらしい。

 

 B班もそんなに変わらないらしいが異世界でも少子化だろうか。

 

 

 これから始まるのは個人戦から集団戦に移るらしい。

 

 上官となる幹部候補生のいう通りに戦場を駆け回る駒となるわけだ。

 

 練兵場を広く使い対峙するA班とその配下達とB班と配下達。

 

 ルールは一定時間戦闘を行い、生き残りが多いほうが勝利チームとなる。

 

 訓練時だけの追加ルールとして一般兵に魔法攻撃をしてはいけないというものがある。

 

 一般兵は魔法耐性がないため想定したものより大きなダメージになってしまい、死亡事故が多いらしい。

 

 それなのに混ざって戦わせる意味があるのかと疑問に思う。

 

 また、A班リーダーのフェルミンとB班リーダーのなんとかさんが討たれても終了となる。

 

 練兵場の脇に組まれた(やぐら)に教官達が座り高みの見物をしている。

 

 はじめ! と叫んだヴィク教官が上空に魔法を放ち爆発させる。

 

 初めて見るがどういう魔法かな、とぼーっと見上げていると後ろからチョップされた。

 

「ぼーっとするな」フェルミンに怒られた。

 

 しかし彼の作戦は最初はやることがないのである。

 

 一般兵を突撃させて適当に数が減ってきたら

 私達が出ていって数を減らしつつリーダーを狩るという作戦らしい。

 

 私だったら矢と魔法で数を減らしてから突っ込ませるかなぁと思うが

 正しいかどうかわからないし最初はこんなもんだろう。

 

 300人ほどだという自軍の兵が声を上げながら突撃していく様をみるのは

 中々に壮大だなぁと感心しつつなにかできることはないかウロウロしてみるが

 今度はウロウロするなと怒られた。

 

「攻撃以外ならなんかしていいですか?」とフェルミンに聞くと

 

「何をするかしらんがいいだろう」という

 大して興味がなさそうな答えが返ってきた。

 

「土の大精霊よ土の大精霊よ、竜の鱗、鋼の体、何物にも砕けぬ御身の加護を

 勇者たちに与えられんことを!

 ハードスキン!」

 

 暇つぶしに300人に防御力強化をかけてあわよくば

 寝てしまおうという作戦を試みた。

 

 特訓のおかげかギリギリ意識を失わない程度にふらふらになり、

 今行われた異常な光景に驚くペドロやフェルミンに気づくことなく

 その場にへたり込んだ。

 

 

 ちなみに、これは召喚者の時代になってから

 大人数に対しての物理攻撃に対する防衛手段として作られたもので

 魔力量にもよるが10人程度なら詠唱は省いてもいいが、

 数十人ともなると詠唱が必要になる。

 

 自分だけの場合はもっと古い龍鱗(コン・カーラ)が効率がいい。

 

 後で話を聞いてみると300人なんて術者を5人くらい集めて詠唱をするもので

 1人でやるものではなかったらしい。

 

 突然の防御力強化により、刃を引いたとはいえ武器による攻撃をものともせずに

 押し込んでくる一般兵に対して、強化無しの一般兵と、

 魔法攻撃を禁じられた将校はあっというまに飲み込まれて我々の勝利が確定した。

 



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模擬戦の終わりと亜神の国

「いやー、終わりましたね」

 

 疲れたのでうんこ座りしながら感想をいうと軽く無視された。

 

 

「おい、バレステロスの」フェルミンがペドロを呼び小声で囁いた

 は、と耳を傾けた。

 

「そこのカオルはなぜ女性のくせにああも女らしくないのだ」

 

 所作がなっていないものに対して直接なっていないと言わない彼は

 この奇妙な女の普段の様子が気になり、同じ班の仲間に聞いてみたくなった。

 

「カオルはー・・・、ワモン様が連れてきたという

 おそらく平民だと思うのですが、なぜか氏があり、

 驚くほど丁寧で繊細な所作をするかと思えば

 このように我々も驚くようなことをするのです。」と答えた。

 

「そうか、この辺のものですらないのか」と呟き少し考えこんでから、

 

 なるほどわかった、と礼を言ってペドロを解放した。

 

 遠くからイレーネとロペスが走ってくるのが見えた。

 

「いえーい! おつかれー!」と叫んで歓迎し、この後すぐに健闘をたたえて

 反省会でもするのかと思ったら続けざまに身体強化かけたチョップが私を襲った。

 

「あだっ! なんだよ!」抗議の声を上げた。

 

「あんな人数にハードスキンかけたら勝てるわけないじゃない!

 

 バランス考えなさいよ!」

 

 と腰に手を当ててふんっと気色ばんだ。

 

「ごめんね、暇でさ、攻撃魔法以外ならやってもいいっていうからつい」

 

「つい、で戦況ひっくり返さない!」

 

「はひぃぃぃ」と、土下座した。

 

 身体強化かけてても300人に飲まれてボコボコにされると

 やっぱり痛かったらしい。

 

 怪我がないようでよかった。

 

 汗一つかかず、砂埃一つついていない私は

 着替えるとさっさと部屋に戻ろうと準備した。

 

「オオヌキ カオルだったか、今日の活躍は見事だった、

 今少し精進すれば正式に我が部隊に引き上げてやろう」

 

 とよく知らない偉い人が声をかけてきた。

 

 いやですよ、メンドクサイとは言えずに私は頭を下げ

 お眼鏡にかなうようないいもんじゃないですよ、

 そんなことならここにいるもっといい人にしてください、と遠回しにお願いした。

 

 偉い人はふんと鼻をならすとどこかに行った。

 

 面倒くさいことにならなきゃいいなぁと

 去っていく背中を見送りながらつぶやいた。

 

「アールクドットとの戦争の旗色は悪いのだろうか」ペドロがつぶやいた。

 

 ある一人の国王が神性を得て亜神となり信仰を集め新しい神を目指している。

 

 その亜神が治める国がアールクドットという国だった。

 

 元々流刑により捨てられた者たちが起こした集落から始まった国は、

 拡大主義を掲げ、周囲の国に侵略を開始した。

 

 略奪し、蹂躙し、侵略先の人民を奴隷として使いつぶし、

 ついには聖王国ファラスと肩を並べるほどの大国となった。

 

 

 ならず者の帝国として名を馳せたアールクドットは

 現国王の亜神化という(カリスマ)を得てその勢力を伸ばそうと

 天を貫く霊峰と名高いビサクレスト山を迂回し、奴隷により道を切り開き、

 戦力を消耗させずに砦を築き戦端を開いた。

 

 数十年続く小競り合いは拮抗していたという話だったが

 優秀だからと言って学生を飛び級で引き抜くということがあるだろうか。

 

 実家に手紙を書いて近況を聞くことにした。

 

 ペドロへの両親からの回答はあまり詳しくは言えないが

 いつもの小競り合いではなさそうだ、ということだった。

 

 カオルはそんな政治と戦争の話など露知らずいつものとおり

 魔法と魔道具作りに邁進しつづけ、役に立つのか立たないのかよくわからない物を

 秘密裏に量産し続け訓練兵たちに混乱を与え続けた。



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私とイレーネの魔法障壁と

 あれから数日後、

 今度は一般兵を見学にしてABC班で模擬戦をする。

 

 将来上官になる者たちの本気を見せつけることと

 一般兵を入れると派手な魔法が使えないのでしょうがない。

 

「はじめ!」

 

 見物席から大声が響いた。

 

「カオルはペドロとルディに強化を、

 その後ペドロとルディは向こうのC班を抑えろ。」

 

「はい、ハードスキン、シャープエッジ、イリュージョンボディ、

 あと何要ります?」

 

 ハードスキンは物理攻撃に対する防御魔法

 

 シャープエッジは武器の攻撃力が上がる魔法

 

 イリュージョンボディは相手から自分を視認しづらくなる。

 

「属性の付与もできるか。」

 

「じゃあ、ペドロにファイアエッジ、ルディにはアイスエッジ。」

 

 属性の付与はハードスキンの効果を弱めてダメージが与えられるようになる。

 

 また相手に異なる属性の加護があれば加護を打ち消してダメージにつながる。

 

「よし、ではカオルは全力で二コラをつぶしに行け。」

 

 ニコラ・ロソンはB班のリーダーで

 サラサラの銀髪が目立つ神経質そうな少年だった。

 

「では、援護攻撃後行きます。(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け! 氷の矢(ヒェロ・エクハ)!」

 

 白く輝く氷の矢が100本近く上空に展開される。

 

「カオルには一度常識というものについて聞いてみたいものだな、

 魔法補助呪文を使うのは学生どころか

 魔術学者にもなかなかいないのではないかな」

 

 そういってフェルミンがにやりと笑った。

 

「これを部下として自由に使えるのはついてましたね、フェルミン様」

 トミーがフェルミンと頷き合った。

 これ。これ扱いされた。

 

「では一気に飛ばすので陰に隠れて突っ込んでいってください。

 たぶんイレーネの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)は耐えきるでしょうからよろしく。」

 

 そういってすべての氷の矢を二コラに向けて発射すると、

 ペドロとルディは弾かれたように飛び出していった。

 

 

「なんて量だ!全力でやるにしても限度があるだろう!訓練だぞ!」ロペスが悲鳴を上げた。

 

 イレーネはかばうようにすっと前に出て言った。

 

「あたしが対応します! みんなはあたしの後ろに。」イレーネはそういうと

 眼前を覆いつくす氷の矢の前に立ち魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を展開した。

 

「バカが! あれを一人で防げるものか!」

 

 二コラの班と合同になってから二コラといつも一緒にいて

 C班を小物の集まりとバカにしてくるアグスティン・フィスが

 吐き捨てるように言った。

 

 確かに力のない没落貴族や多少裕福な商人ばかりの班だけれども。

 

 でも今のあたしはカオルのおかげで魔力は伸びた。

 もっと上までいくんだ!

 

 深呼吸をして受け止める覚悟を決めた。

 

 魔力量を増やして濃度を上げたおかげで

 キラキラときらめく魔法障壁(マァヒ・ヴァル)に氷の矢が突き刺さる。

 

 ガシャガシャと氷の矢の砕ける音と共に

 あたしの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)がガリガリ削られていく。

 

 自分で進んで請け負った役目だが早々に後悔した。

 早く終わって! と夢中で魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を維持していたイレーネだったが

 魔力切れを起こして気絶するのと氷の矢の最後の1本が砕けるのは同時だった。

 

「あと、よろし…く…」といって気絶したイレーネをどこからともなく医官候補生が担架で運んで行った。

 

 

 フェルミンは遠くで砕ける氷の矢を眺め

「あれを一人で防いだか、C班の女はあっちもこっちも魔力お化けだな。」

 

 しかしあっちはこれで終わりだがカオルは余裕がありそうだ。

 

 二人で向こうの三人を抑えればカオルが自由に動ける。

 

「トミー、アイラン、幻体(ファンズ・エス)をかけてからカオルと反対側を回って二コラを取ってこい」

 

「それではフェルミン様の護衛が」トミーがいうとフェルミンは鼻で笑っていった。

 

「取られる前に取って来い」

 

「はっ」そういってトミーとアイランが駆け出した。

 

 さて、取って来いと言われて駆け出したものの、向こうにはまだ二コラ以外に三人いたはず。

 

 3対1でどうしようか、と現地まで来てみるとイリュージョンボディが効いているおかげか真後ろまで来られてしまった。

 

「C班のもう一人の女がいないな」二コラとその仲間たちが話をしていた。

 

「さっきの氷の矢(ヒェロ・エクハ)で力尽きてそこの女と同じく引っ込んでるのでしょう」

 

 イレーネは一人で氷の矢(ヒェロ・エクハ)を防ぎ切ったのか、一緒に成長していることを実感するね。

 

『取って来い』について(さら)ってくればいいのか、戦闘不能にしたらいいのかを悩んでいる間に

 トミーとアイランがやってきたようだ。

 

「レニーの所のが来たようだ。アグスティンとリカルドは対応を、ダビはフェルミンを取ってきてくれ。

 

 戦闘不能にする前に多少痛めつけてきてもかまわんぞ。」そう言って厭らしく笑った。

 

 二コラ配下の三人が駆け出しトミーとアイランがダビを止められない様を確認してから

氷塊(ヒェロマーサ)」空中に50kgほどの氷の塊を浮かべ、無言で後頭部に向かって叩き下ろした。

 

 聞いたことがない鈍い音を立てて二コラを氷の下敷きにして勝どきを上げた。

 

「取ったどー!」

 

「そこまで!」ヴィク教官の声が響き渡った。

 

 フェルミンの元へ戻り教官からの総評を受けるために集合する。

 

「お前のイリュージョンボディは他よりかかりが強いな、よくやった」フェルミンが小声で言った。

 

 なんだか褒めてもらった。

 

 そのあとの教官からの総評はフェルミンの用兵がよかったという話と、

 イレーネと二人で魔力量が多くてよろしいという事で締めくくられた。

 

 

「あれってどうやって戦闘不能にしたの?」

 

 イレーネが気絶から覚めてしばらくしてから聞いてきた。

 

 魔法補助魔法を使用しての氷の矢(ヒェロ・エクハ)を目隠しにして

 認識阻害をかけた状態で回り込んだ話を事細かに解説した。

 

「そっかぁ、防ぎきるところまで読まれてたかぁ」と

 イレーネは悔しそうな雰囲気を出していたが嬉しそうだった。

 

 その後練兵場は一般兵の訓練と後片付けがあるため、

 そのまま放置して寮に戻ることになり、

 帰り道でイレーネとロペスにそろそろどこかで時間を取って

 少し難しい仕事をして力試しがしたいと言われた。

 

「あたしはおこづかい稼ぎだけどね」とイレーネが追加した。

 

「稼げて戦える仕事があれば見てみようか」そう言ってはみたものの、

 日帰りで強くて稼げるというのは、まあ、ないだろうな、と思った。

 

 



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遠征とお仕事

「お金がないんです! 仕事がしたいんです!」

 

 イレーネの悲痛な心からの叫びが講義室に響き渡った。

 

「お、おう、そうだな」

 

 ルイス教官があまりの勢いに怯んだ。

 

「日帰りでは稼げる仕事がないので遠征したいのです。」私が横で補足した。

 

「あー、そういうことねー。毎年何人かいるわな」そう言って

 髪の毛をわしわしと搔きむしった。

 

「いくつか条件はあるのだが、許可は可能だ。」

 

 

「まず第一にカリキュラムが終わっていること。これはギリギリ合格かな

 あと、当たり前の話だが十分な戦闘能力があること、これは合格

 個の生存確率を上げるためにパーティを組むこと、当ては?」

 

「カオルとロペスと行きます!」

 

「前衛もいて後衛もいて、万能型のおばけもいて、まあいいか。」

 

「いつもいつもひどいですよ!」私が抗議の声を上げると鼻で笑って無視した。

 

「手続きはやっとくからいける日程は後で知らせる」そう言って

 手をひらひらさせて追い払われた。

 

 

「これで冬を越えられる」

 

 イレーネがほっとしたように息を吐いた。

 

 仕事が成功すると思っているようだがまだ早くはないかな?

 とは思っても口には出すまい。

 

「遠征するなら何が必要なのかな? わかる?」イレーネに聞くと

 イレーネもよくわかっていなそうだったのでロペスに聞いてみる。

 

「着替えはできたら、水は魔法で出すとして、あとは食料だね。

 保存食を買い込んでいく必要がある。予定日数+3日分はほしいかな?」

 

「行く前から結構かかるね。」手持ちで足りるだろうか。

 

「あとは現地でウサギとかイノシシとか狩れたらいいな。」

 

 なんて希望的観測。

 

 

 それからしばらくして1週間の外出が認められた。

 

 出発日の前日、つまり今日。

 

 食料の買い出しのついでにどんな仕事があるかハンター協会に見に行く。

 

 そもそも仕事が残っていないということだってあり得るのだ。

 

 いままで簡単な仕事しかしてこなかったので

 張り出された内容をみても具体的にイメージができない。

 

 張り出された仕事をぽかーんとみているイレーネを放っておいて

 受付のおねいさんにおすすめを聞いてみることにする。

 

「すみません、1週間で帰ってこられる内容でなるべく稼げるものはありますか」

 

 もう少し聞き方もあったかもしれない。

 

「はい、少々お待ちください。

 士官学校の学生さんですね、

 では魔力が扱える段階にあるということでよいですか?」

 

 にっこりと微笑んで対応してくれるおねいさん。

 

「はい! 魔力おばけと言われたので大丈夫です!」

 元気に答えると受付のおねいさんは若干ひきつった微笑みで

 おすすめを探してくれた。

 

「1週間ですと、3、4つ消化したほうがよさそうですね。

 薬草の収集、これは乾燥させてから持ってきた方が軽くなるしいいですよ。

 あとは魔力の無いハンターでは討伐が難しい魔物の討伐を梯子しながら移動して

 ダンジョンに潜って希少素材を回収できたらなんとか、という所でしょうか」

 

 移動に片道2日、ダンジョン3日、帰りに2日、

 ずいぶんと強行軍だが稼ぐためには仕方がない。

 

 日程をメモに書きながら考えた。

 

 

「と、いうスケジュールになりました。」

 

 メモを見せて説明した。

 

 ロペスはふむ、と考えおそらく、と前置きして

「このスケジュールは魔力を持たないハンターを基準にしている。

 だからこの日程よりは楽になるだろう。」

 

 その分稼げればいいが。

 

 スケジュール確認と仕事の受託を済ませ食料品の買い出しをする。

 

 買い出しと言っても必要なものはハンター協会の近くで全部揃ってしまう。

 

 固く焼き固めたパンに干し肉、あとは塩をいれる小瓶を買い、

 塩は食堂からいただいてしまいたい。

 

 意外と高いので。

 

 海が近くにあれば自力で作れそうなのに。

 

 これは中々いいアイディアなのではなかろうか。

 

 魔法で塩精製して売るのだ。

 

「塩は食堂からもらえないかな」会心のアイディアを確認すると

「えーだめだと思うよ、怒られたらいやだしおとなしく買おう?」と

 イレーネに却下されてしまった。

 

 色々買ったおかげで飲みにいく余裕がなくなってしまった。

 

 イレーネも私も稼いだ金はほとんど酒代に消えている気がする。

 

 このままではダメなハンターになってしまう。

 

 ほどほどに飲む、と私は心に誓った。

 

 

 だらだらと話しながら寮に帰ってきた。

 

 明日の朝に練兵場の裏で待ち合わせしてから出発することにした。

 

 

 次はこちらでの保護者の様なお世話係のエリーにも話を通しておく。

 

 夕飯の準備をしてきてくれた時に明日からのスケジュールを伝える。

 

「すみません、急ですが明日から1週間ほど

 イレーネとロペスと3人で稼ぎにいくので空けます。」

 

「あら、たった三人でいく許可がでるなんて今年は優秀ですね。」

 

「詳しいですね」

 

「神殿に勤めていると毎年冬を越すために

 遠征した候補生の訃報も多いですからね。

 毎年のこととはいえ心が痛みます。」

 

「無事に帰ってきます。」

 

「はい、どうかご無事でお戻りくださいね」

 

 朝晩だけとはいえ数か月の付き合いになるしエリーを悲しませないようにしたい。

 

 悲しんでくれるだろうか。

 

 悲しんでくれると思いたい。

 



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旅立ちと討伐

 やっぱりイベントがあると思うと早起きしてしまう。

 

 訓練用の制服を着て防寒具のマントの準備をしている間に

 エリーが来て朝食をとる。

 

 これからしばらく文化的な食事がとれないと思うと

 楽しみな反面、気が重くもある。

 

「イレーネさんと一緒に無事に帰ってきてくださいね。」

 

 そう言われ頷くと手を振って別れた。

 

 貸与品の丈夫で小汚いリュックを背負い待ち合わせに行く。

 

 待ち合わせ場所にはすでにロペスが立っており暇そうにしていた。

 

「早いね」と声をかけると

「いつも遅刻だと言われたくないからな」と笑っていた。

 

 それからほどなくしてイレーネがやってきた。

 

 イレーネも訓練用の服だった。

 

 やっぱり汚れてもよくてスカートでなく、

 動きやすい服というとここの女性服は制約が多い。

 

「さて、じゃあ行こうか。」とロペスが身体強化をかけた。

 

 私とイレーネも併せてかける。

 

 

 まず初日は

 熊の魔物の手長熊が発生したので

 討伐してほしいという仕事の依頼だ。

 

 初めから魔物として生まれてくるものと違って

 血液が毒になってしまっているので食べられない。

 

 そのため、好き好んで狩りにいく人が少なく、

 後回しにしているうちに成長してしまい

 依頼をしなければいけなくなるころには十分に育ってしまっている。

 

 魔力がないと人数で一斉に押しつぶすしかないため、

 報酬がよくても参加人数の頭割にすると大した金額にならないし、

 死傷者も多いという人気のない仕事になっている。

 

 

 不思議なこと初めから魔物として発生する豚頭(オーク)やら角兎(アルミラージ)は食べられる。

 

 

 今回の依頼の手長熊は両腕が発達してゴリラのようになった熊で

 ただでさえ強力な腕力がより強化されている。

 

 熊としての習性を幾分か残していて木に爪でマーキングをするのだが、

 強化された力によって直径30㎝程の木も半分近くえぐれてしまい、

 立ち枯れするか折れてしまう。

 

 他に熊の魔物と言えば鬼熊という物があり、

 通常であれば2m50㎝ほどの熊が単純に大きくなるというもので、

 過去に出現した最大の物は6mを超えると言われている。

 

 こちらのマーキングは普通に木を折ってしまうので逆にわかりづらい。

 

 手長熊なら依頼料は金貨で2枚、鬼熊なら5枚は硬いのに残念だ。

 

 金貨4枚もあれば平民はなんとか1年暮らせる金額だという所を考えると

 やはり熊の魔物の脅威度が推測できる。

 

 常人であれば休憩をとりながら丸一日徒歩で移動する距離を2時間ほどで踏破し、

 件の場所周辺にたどり着いた。

 

 使える体力も速度も完全に計算外だった。

 

 警戒しつつ休憩をとる。

 

 季節も冬が近いために常緑樹の葉は落ち、

 視界が開けているため過度に緊張しなくてよくて助かる。

 

 ロペスがちょっと行ってくるといってどこかにいき、

 イレーネと二人で焚火を囲んだ。

 

「思ったより早く来ちゃったけど手長熊に攻撃通じなかったらどうしようね」

 

 イレーネが不安なのか落ち着かない様で、焚火を枝でかき回しながらつぶやいた。

 

「光量強めの光よ(イ・ヘロ)で目くらましをして逃げたらいいよ、

 それに魔法なくても討伐はできるみたいだからどうにかなるよ。」

 

 干し肉をあぶりながら唾液かスープでふやかさないと

 まったくもって歯が立たない固パンを一つ口に入れる。

 

 おいしくないから干し肉の塩分がないとつらいな、これは。

 

「カオルといると社交も恋バナもなくて楽でいいわ」

 

「貴族じゃないしあんまり人のプライベートに興味ないからね。」

 

「社交にでるとそんなのばっかりでさ、1回でいやんなっちゃって

 お父様とお母さまのいう通りにしてたら

 一生これをやるのかと思った時の絶望っていったらなかったわ」

 

「魔力もちょっとはあったし、

 国のためって無理言って最低限お金出してもらって学校に行かせてもらえたけど」

 

「きっと生まれる家を間違えたんだわ」

 

「お貴族は大変だね」放っておくとネガティブの沼に沈んでいきそうだ。

 

「ほんとに」というと肩をすくめて見せた。

 

 それにしてもロペスは遅いな、迷ったのかな?

 

 と思って辺りを見回してみると遠くに姿が見えた。

 

 走りながら何か叫んでいるようだが聞こえない。

 

 イレーネにあれどうしたんだと思う? 

 と聞いてみると何かあったんでしょと立ち上がった。

 

 ぜえぜえと息を吐きながらロペスがやってきた。

 

「すまない、連れてきてしまった」といって指をさした。

 

 首を向けてみると遠くに黒い影が走ってきているのが見えた。

 

「兎でも取れればと思って狩りに行ったんだが獲物がかぶってしまってね」

 

「あー、はいはい。じゃあ、かけるよ」と言って

 

 ハードスキン

 

 シャープエッジ

 

 イリュージョンボディ

 

 ファイアエッジ

 

 を立てつづけにかけた。

 

「あーこれは強力だ、ペドロとルディがすさまじく強かった理由がわかったよ」

 

 といって剣を抜いた。

 

 イレーネと下がりロペスを援護体勢に入る。

 

 援護といってもなんてことはない、

 距離を取って移動しながら魔法攻撃するだけだ。

 

「さて、おれの初陣に付き合ってもらおうか」

 ロペスが手長熊の前に立ちはだかった。

 

 しかし、イリュージョンボディのせいで視認阻害が働いているおかげで

 立ち止まった熊は辺りの臭いを嗅ぐだけで

 戦いが始まりそうな感じにはならなかった。

 

「やーい、拍子抜け-」とロペスをいじってみる。

 

「うるさい」そう言ってとびかかっていった。

 

 うおおおと叫びながら斬りかかっていったために

 熊には何かが近くにいるということが伝わっており、

 とりあえず手を振り回し始めた。

 

 慌てて剣で受けて吹っ飛ばされるがきちんと着地したし

 特にダメージはないようだ。

 

「何してんの」あきれてどういう意図だったか聞いてみる。

 

「騎士は正々堂々と雄々しく戦うものだろう?」

 

 きらりと歯を光らせて答えた。

 

「騎士じゃないしイリュージョンボディの意味ないじゃん」

 

「ああ、まったくもってその通りだな」そう言って気を取り直して駆け出した。

 

 完全に警戒しているし援護の一つもしようか、と思って

 イレーネと小声で相談する。

 

「手を何とかしたいね、イレーネは左手、私は右手になんかしてみる」

 

 炎の矢(フェゴ・エクハ)を使うと熊がこちらに気づいた。

 

 イリュージョンボディを使っていても

 出した魔法にはかかっていないのだということに気が付いた。

 

 それをみたイレーネは私から離れて風の刃(ヴェン・エスーダ)を使う。

 

 炎の矢(フェゴ・エクハ)をその場に残して逃げ出す。

 

 ロペスを無視して宙に浮いた炎の矢を叩き潰し使用者の私を探した。

 

 ロペスは熊の後ろから、今度は黙って背中に切りかかった。

 

 剣は思ったより簡単に背中の毛皮を切り裂きどす黒い血が噴き出した。

 

 今度は傷を負わせた犯人を捜して暴れまわる。

 

 完全に攻めあぐねているロペスは放っておいて

 イレーネと二人で首を狙って風の刃(ヴェン・エスーダ)を放つ。

 風の刃といっても真空で切れるものなんて

 表面上の数センチ、下手すれば数ミリが切れる程度の威力しか出ないが

 姿を隠して使えるという点で急所を狙って使われる。

 

 うまい具合に首の前側を切り裂き、血を噴き出した。

 

 首からダラダラと血を流しながら臭いをたよりに

 空を攻撃しているが段々動きが鈍くなってきた。

 

 このままだと放っておいても死ぬだろうが

 そろそろロペスにとどめを刺してもらおう。

 

地霊操作(テリーア・オープ)!」熊の足元の地面をえぐり取り転ばせる。

 

 必死に立ち上がろうとするが血糊で滑って立ち上がれないようだ。

 

「任せてもらおうか!」

 あまり役に立たなかったロペスが見せ場を作るために

 熊の側に立ち剣を上段に構えた。

 

「はい、どうぞー」やる気のない返事をすると

 ロペスはぬん、と気合を入れて首を胴から切り離した。

 

「おぉーお見事」イレーネと一緒に拍手をして剣の冴えを褒めたたえた。

 



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狩猟と野営

 魔石取りとしっぽの回収という重労働をロペスに押し付けている間に

 荷物をまとめて移動の準備をする。

 

 なぜなら血が出る物は魚くらいしか触れないからだ。

 

 ロペスは熊の胸を切り開いて中に手を突っ込んで引っこ抜いて血まみれになった。

 

 首が落とせるなら剣で解体もできたんじゃなかろうか。

 

 (アグーラ)で丸洗いをして移動を開始する。

 

 

 次の目的は巨大猪(グレートボア)の狩猟。

 

 魔物ではないが大型で獰猛な雑食性の野生動物なので人を見かければ

 持っている食料を目当てに襲うし、人里近くに移動すれば畑を荒らす。

 

 この時期に狩れれば冬の数十人分の食料になる。

 

 問題は大きさ故の運搬の難易度の高さだ。

 

 その場で解体しても肉の量は100㎏を超えるため知識がない場合は

 300㎏ほどの死体を持って帰らなくてはならないのだ。

 

 また半日分の距離を移動して巨大猪(グレートボア)がでるという里山に入る。

 

 背の高い木は葉を落としているが、

 背少しより高い常緑樹が多いせいで視界が悪かった。

 

 火を焚いて木に登り、食料を狙ってきた巨大猪(グレートボア)に樹上から奇襲をかける作戦だ。

 

 火事にならないように枯れ葉を飛ばしてから木を組んでいるとイレーネがもじもじしていた。

 

 木に登れないのかな? と思っていると俯いて考え込んだり空を仰いだりしていた表情がきゅっと締まり

 私をロペスに声が届かない所まで引っ張っていき小声で話した。

 

「カオルはトイレ大丈夫?」

 

 あぁ、それか。

 

 どうやらイレーネは切羽詰まるまでトイレが無いということに気が付いていなかったようだ。

 

 女性で軍人やハンターへのなり手が少ないのがこの理由だ。

 

「大きいほうは我慢が必要だけど小さいほうなら大丈夫だよ」

 

 はて、と頭を傾げたイレーネに続けて言った。

 

「トイレなんて用意できないし、ゆっくりしていたらどこから襲われるかわからないからね。

 

 ここ来る途中に走りながらした。」

 

 というとイレーネは驚愕の表情を浮かべる。

 

「あとは走りながら(アグーラ)で洗って熱風(アレ・カエンテ)で乾かした。」

 

「だから後ろ走ってたんだ・・・」

 

「ちなみに、どうしてもしなきゃいけなくなったら全力で幻体(ファンズ・エス)かけてから(カエンテ)でつむじ風を作ってするつもりです!」

 

 というと、イレーネはおおおお! と歓喜の声を出しがしっと両手で握手をした後

「先に戻ってて!」といってどこかに走っていった。

 

 大きいほうは穴を掘って埋めるんだよ、と心の中でアドバイスして歩き出した。

 

 適当に太目の枝を拾いつつロペスの所へ戻る。

 

「カオルか、イレーネはどうした?」

 

 適当に重ねた薪はきれいな円錐形に整えられ、理想的な焚き火の形を取っていた。

 

「お花を摘みに行ってるよ」

 

「危険だとは思わないのかな」

 

幻体(ファンズ・エス)を全力で使うといいって言っておいた。」

 

「なるほど、それはいいな」

 

 ほどなくして本当に花を摘んできたイレーネがやってきた。

 

「お待たせ!」小さな白い花を私に差し出して言った。

 

「はい、おつかれー」と迎え渡された小さな白い花をロペスの髪に刺した。

 

 

 さて、気を取り直して作戦を始めようか。

 

 ロペスが組んでくれた薪に(フェゴ)で火をつけ、干し肉を放り込み

 イリュージョンボディをかけてロペスは樹上に登り私とイレーネで火の管理をするために

 焚火を囲んだ。

 

 木を足しながら巨大猪(グレートボア)を待つ。

 

 焚火は良い、心を癒してくれる。

 

 無心になり火を見つめていると邪魔が入った。

 

「ねえ、カオル、カオル」目を向けるとイレーネが手をひらひらさせていた。

 

 なんだね邪魔だな、と思っているとイレーネが私の後ろを指さした。

 

 今度はなんだよ、と後ろを振り向くと牛ほどの大きさの猪がブゴブゴ鼻を鳴らしながら

 食料を探しているところだった。

 

 叫びだしそうになる衝動を押し殺して慌ててイレーネと逃げ出した。

 

 焚火の周りをぐるぐる回りながら臭いの元を探す巨大猪(グレートボア)

 

 ロペスを見るとナイフを握りタイミングを計っていた。

 

 動いていると狙いづらいのかな、と思い干し肉を投げることにした。

 

 ロペスに背を向けるタイミングで頭の近くにいくつか放り投げると

 突然現れた肉に警戒せずにすぐに食べ始めた。

 

 ロペスはナイフを逆手にして両手で握り意を決して樹上から飛び降りた。

 

 自由落下の速度と身体強化された膂力によりナイフは巨大猪(グレートボア)の分厚い頭蓋骨を貫き

 必殺の一撃となった。

 

 ずん、と音を立てて崩れ落ちる巨大猪(グレートボア)

 

 しばらく巨大猪(グレートボア)の上でナイフを動かしぐっと力を入れて頭から引き抜いた。

 

 大きく息を吐いてナイフについた血とナニカを近くの木の幹で拭っていた。

 

 私とイレーネが逃避先から戻って無事? と聞くとロペスが安心したように笑った。

 

「傷一つ無いが思ったより緊張したよ。でも脳天に一撃さ、やるもんだろ?

 

 さあ、カオルは解体を手伝ってくれ」とロープを渡してきた。

 

 

 だくだくと頭頂部から血を流し動かなくなった巨大猪(グレートボア)の左右の後ろ足をそれぞれロープでつなぎ、

 血抜きと内臓の処理のためにハンモックの様に木から吊り下げ肉の保護のために凍える風(グリエール・カエンテ)をかける。

 

 血の匂いに気持ちが悪くなりそうになる。

 

 川まで持っていければさらして置けるのだが、獲物は重すぎるし近くに川もない。

 

 吊り下げた所で日は落ちここでキャンプせざるをえない感じになった。

 

 そこら中に血が流れないように地霊操作(テリーア・オープ)で深めに穴を掘り、血だまりを作る。

 

 明日起きたら内臓の処理をして仕事の依頼をした村へ肉を届けにいき、受領証をもらえば2つ目の仕事は完了だ。

 

 巨大猪(グレートボア)の近くで改めて焚火を囲み、交代で寝ることにした。

 

「だれか解体とかしたことある?」イレーネが火を見ながら言った。

 

「鳥ならあるんだがなぁ」とロペスが言った。

 

「趣味でな、弓を担いで父と兄と三人で狩りにでかけてその場で処理をしてくるんだ。」と言った。

 

「じゃあ、できたも同然だね。」と私がいうと

 

「ああ、期待していてくれ。」とにやりと笑った。

 

「それよりも凍える風(グリエール・カエンテ)が使えるなら丸ごと凍らせて

 ロープをかけて引っ張っていった方がよかったかもな。」というと

 

「それでは血抜きができなくなりそうだから駄目ではないか? いやしかし、明日聞いてみるとしよう」

 

 そうして夜は深けていき、交代で見張りをすることにして就寝となった。

 

 日の出と共に起き、美味しくない朝食をとる。

 

 不慣れながらも仕事の受注時に指示された通りに内臓の処理をしながら(アグーラ)で洗っていく。

 

 よく冷えた肉を背中側から支えると手から全ての体温を持っていかれる気がした。

 

 大事なのは血抜きと肉の汚染を防ぐこと。わかってはいても冷たすぎる。

 

 掘った穴に捨てた内臓に土をかぶせて処理をする。

 

 

 イレーネに(アグーラ)をかけてもらい、水浸しにした巨大猪(グレートボア)の毛皮に凍える風(グリエール・カエンテ)をかけ

 繰り返すことによって氷のソリの様にしてロープをひっかけて引っ張っていく。

 

 イレーネが先に駆け背の高い草や低木を切り裂き、

 後ろを駆ける私とロペスが後ろ足に結んだロープを引っ張っていく。

 

 

 1時間くらい走ったところで村が見えてきた。

 

 村を守る木の柵をぐるりと回り入り口を探す。

 

 見張りの人、おそらく持ち回りの村人に依頼を受けて猪を狩ってきた。というと村長の所へ行ってくれ。と門を開けた。

 

 村内を見渡すと男性は農作業か狩りへ出たのかあまりおらず、女性は服やパンを入れた籠を抱えてあちこちで立ち話をしていた。

 

 見慣れない子供が巨大な猪を引っ張って歩いている様をぎょっとして見ていた。

 

 お騒がせして申し訳ない。

 

 村の中のメインストリート? を進み比較的大きな木造の平屋の前に立つ。

 

「すーいーまーせーん、仕事の依頼を受けてきましたー」と叫び、

 身体強化をかけたままだという事を忘れドアをダムダムと叩いた。

 

 2回目のノックで木枠の中の板の1枚が割れてしまった。

 

「おいおい、仕事は家の解体じゃないぞ。よく来てくれた。」と想像より比較的若い、

 恐らく40~45歳前後の村長がドアを開けて迎い入れてくれた。

 

 



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納品と冷凍

「はじめまして、村長さん、仕事を受けてきましたハンターのカオルといいます。

 こちらがロペス、イレーネです。」

 

「なるほど、士官学校の学生さんか。

 

 私がこの村の村長をやっておるベニグノ・ドゥ・デロールという。」

 

 村長とはいえ平民に家名があるのかと思ったがよくよく話を聞くと

 

 デロール村のベニグノという意味だった。

 

 それがドゥ、らしい。

 

 

「お前さん方が狩ってきた巨大猪(グレートボア)、ありゃ見事なもんだなぁ」

 

 家族で使うには大きいテーブルに座り村長さんが言った。

 

「はあ、初めて見たのでわかりませんが大きいのですか?」と聞くと

 

「でかいね、でかいし血抜きもよさそうだし凍らせてあるのがありがたい。

 ドアを壊したのが帳消しになるくらいさ」といって笑った。

「まず受領証がこれ、あとは手紙を書くんで一緒に渡してくれ。追加で報酬がでる。」

 

「あ、ありがとうございます。」と頭を下げると

 

「凍ってるおかげで肉も悪くならないし、きちんと処理してくれたんだ。

 

 いい仕事には金をださんとな。」と言って4つに折った紙を差し出した。

 

「こづかい稼ぎにもう一つ仕事せんかね?」といって席を立って手招きした。

 

「今日にはここをでるので時間のかからないことでしたら。」

 

 とあらかじめ釘を刺しておき、ついていくとキッチンだった。

 

 キッチンには下りの階段があり、地下室があるようだった。

 

 地下は村の食料庫でな、といい階段を降りていく。

 

 ついていくと30段ほど降りた所に分厚い観音開きの扉が現れた。

 

 閂をはずし閂置き場にゴト、と立てかける。

 

「氷室として使いたいんだが魔法なんて人を頼むとなかなか順番が回ってこない上に恐ろしく高くてな、もし魔力が余ってるようならお願いしたいのだが」

 と、言って扉を開けた。

 

 ひんやりとした空気が流れ出る。

 

 暗い氷室の中に入る。

 

 3mほどの高さの天井と教室くらいの広さに天井に届くほどの高さの棚が等間隔に並べられている。

 

「で、いつも頼むときはいくらくらいになるんですかね?」と聞く。

 

「いつもは金貨1枚だな、金貨1枚でここの壁を凍らせて貰っている。」

 

 といって土壁をコンコンと叩いた。

 

「それで、どのくらい持ちます?」

 

「春までは持たんが冬を越せる程度はなんとか。」

 

「心許ないですね。」 

 

「棚の一番上を氷置き場にして壁とは言わずすべてを凍らせましょうか。

 

 料金は特に変わらなくて大丈夫です。」

 

「できるのであればありがたいですが。」

 

「三人でやるんですぐですよ」

 

 本当なら冷気を生む魔導具をおいておきたい所だが。

 

 三人で凍える風(グリエール・カエンテ)を使い、壁、棚、食料を全て凍らせる。

 

 その後、籠と桶を持ってきてもらい、(アグーラ)を凍らせたものを籠に入れ、

 

 解けた水を受けるために桶の上に置く。

 

 冷凍庫の様な気温になった地下室で私とイレーネの耐寒能力に限界が来る。

 

 何をするにも不便な体だ。

 

 

 ガタガタと震えながら地上に戻ってきた。

 

「これは協会通してないから直接払おう」といって金貨1枚と銀貨25枚くれた。

 

 思ったよりも色々やってもらったからな、と付け加えた。

 

 礼を言って村長の家を後にする。

 

 デロール村には村人用の商店しかないので買い足すこともできず、

 旅人もあまり来ない様な村らしく宿もないので長居ができない。

 

 ジロジロとみられながら入り口の門へ向かう。

 

「カオル、やったね!」イレーネが嬉しそうに笑った。

 

「ねー、思ったより稼げたね。

 でも本当なら魔道具作っておけたら一気に大きなお金になりそうだったんだけどね。

 どうしても来年になっちゃうし、継続して稼げなくなるからね」

 

 これで合わせて金貨5枚半、冬支度ならもう大丈夫なんじゃないだろうか。

 

 まあ、お金なんていっぱいあって困るもんでもないし、いいか。

 

 

 「さて、いきましょうかね。」

 

 イレーネが伸びをして言った。

 

 ぐっと力を入れると一度に引き出せる魔力量が増えたせいか、足に魔力のきらめきが見えた。

 

 次の目的地はアーグロヘーラ大迷宮という未踏破迷宮での素材回収。

 

 迷宮内では割とありふれた素材ではあるが迷宮まで入らないと取れないため

 

 離れれば離れるほど希少素材として珍重される。

 

「そういえば、秘伝だったら申し訳ないのだが。」

 

 言いづらそうにそっぽむいたロペスがぼそり、と言った。

 

 意を決して私をみたロペスはやはり美形だ、こっちの人はみんな美男美女でずるい。

 

「イレーネの魔力が伸びたのはカオルがなにかしたんだろう?

 もしよければオレにもそれを教えてくれないか。」と言った。

 

「あぁ、大したことしてないよ。みんながやるみたいに魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を消滅させるだけだよ」

 

 といって魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出す。

 

「さ、出して。なるべく強いのね。」といって促すとロペスも魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を使った。

 

「どんなに強くても弱くてもぶつかったら1発で割れちゃうから魔力がなくなるまでぶつけるのさ」

 

 肩幅より広くスタンスを取り、重心を落とす。

 

「反動すごいから後ろに気を付けてね。」といってロペスの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)に私の魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけた。

 

 甲高い破裂音をさせて私とロペスの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)が消滅し、ロペスは後ろに転がった。

 

「なるほど、これなら集中攻撃うけるより早いし安全だな」

 

 砂埃を払いながら立ち上がるともう一度やろうとするので、移動もあるし迷宮行くんだからやめておけ、と止める。

 

 そして、私の後ろを見て固まった。

 

 振り向くと謎の大音量が響き渡ったおかげで村民が柵に張り付いてこっちを見ていた。

 

 愛想笑いで謝って移動を開始した。

 



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迷宮突入前の宿泊

 徒歩移動で1日の距離にあるアーグロヘーラ大迷宮。

 

 そして、大迷宮の周りを切り開き探索者を目当てにした商人による集落が作られ、

 

 ぽっかりと口を開けた迷宮の入り口の脇には保険会社とガイドブックの販売の広告が立ち

 

 屋台では生ハムを挟んだパンやみたことのない色の野菜の酢漬け、肉の串焼きや

 

 焼いたソーセージもあり、見ていると今まで空いていなかったお腹が空き始める気がする。

 

 

 頑張って全部持ってこなくてもここで保存食買えたな、とちょっとがっくりきた。

 

「せっかくだから食べない?」ロペスが串焼きの肉の屋台の前で言った。

 

「いえーい、食べるー!」イレーネは串に刺した野菜の酢漬けが気になるようだ。

 

 私は肉と炭水化物が欲しい。

 

 

 今の時刻は夕方前だが、今から迷宮に入るには遅いが1日が終わるにはまだ早い。

 

 今日はロペスの魔力アップでも提案してみようか。

 

 

「銀貨かー、銀貨なんて釣りだせんよ」

 

 恰幅のいい髭の店主は頭に巻いた手ぬぐいの上から頭をかきつつそういった。

 

 両替はあっちだぜ、と指をさした。

 

 両替商の所へ行き、それぞれ銀貨1枚ずつ大銅貨に変えてもらう。

 

 手数料は5%、銅貨10枚とられた。

 

 

 元の屋台通りに戻り、各々食べたいものを買って集まる。

 

 食べながら歩こうと思ったらイレーネとロペスはなんだかんだで育ちがいいのか、

 ちゃんと座って食べたいと言った。

 

 面倒なやつらめ。

 

 屋台通りから外れた所に置かれたテーブルにつき買ってきたものを食べ始める。

 

「この後、寝るまでロペスの魔力を鍛えようかと思ったりしたんだけど、どうかな」

 

 と提案してみる。

 

 ロペスは目をキラキラさせてありがたい! と叫んだ。

 

 ロペスは大急ぎで食べ、期待いっぱいの目で見つめてくる。

 

 イレーネと目を合わせ笑った。

 

 

 大音量がなるので集落から離れて改めてイレーネとロペスが殴り合う。

 

 拳と拳を打ち合わせるだけだが。

 

 身体強化で弾き飛ばされない様にし「魔法障壁(マァヒ・ヴァル)!」バリーン! 「魔法障壁(マァヒ・ヴァル)!」バリーン!

 

 しばらく打ち合っているとロペスが辛そうになってきた。

 

 やはり積み重ねがあるからイレーネの方が持つなぁ、と思って眺めていると

 最後の時が来たようだ。

 

 魔法障壁(マァヒ・ヴァル)が破けた瞬間に脱力して崩れ落ちた。

 

 

「最後に1発だけ私とやろうか」ロペスを転がしたままイレーネと向かい合う。

 

 魔力を込められるだけ込めた魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を打ち合わせた。

 

 昔は数をこなしていたが使った魔力の総量が同じなら結果は変わらないということに気づいてからは

 イレーネとは最大量を1発で済ませる。

 

 イレーネはよろよろと後ろによろめいてから崩れ落ちた。

 

 私も軽いめまいを覚える。

 

 

 日が傾いてきた所でロペスとイレーネを起こして宿をとるために迷宮に向かう。

 

「なるほど、毎日隠れてこんなことをやっていたのか。これはきついな。」

 

「魔力を回復する回復薬でもあればいいんだけど。」

 

「必要な者が少ないから中々な。」貴族にしか需要がないものは店売りしないか。

 

 

 色々な店があるなぁ、とみてみると薬屋、武器屋、防具屋、レストランはあるが、

 食材を売る店があまりないことに気づく。

 

 観光で成り立つ街の様だ。

 

「防具とかって買った方がいいのかなぁ」ロペスに聞いてみると

 

「我々は魔法があるからなぁ、奇襲されない限り平気だからな」と防具の購入には否定的だった。

 

 

 迷宮の入り口から遠い宿に入る。

 

 なぜなら宿賃が安いからだ。

 

 

「3部屋、素泊まりで」

 

 カウンターに左ひじを乗せてポーズをとる。

 

「1泊大銅貨1枚前金で。あと宿帳に名前と住所おねがいします。」

 

 事務的に対応された。

 

 先にイレーネとロペスに書いてもらって住所を書き写す。

 

「じゃ、あとで」夕飯の約束をして部屋に入る。

 

 

 部屋に入り、荷物を広げる。

 

 持ってきた布を(アグーラ)で濡らし体を拭く。

 

 この世で一番いやな時間だ。

 

 早く自分の体を取り戻したい。

 

 なんなら性別が変わる魔道具か薬でもないものか。

 

 そんなことしたら返す時に困るか。

 

 第一なんだこの胸は! 動きづらいし揺れれば痛いし!

 

 あぁ、だめだ。

 

 思考が暗い方向に流れてしまう。

 

 頭をガシガシと掻きむしると脂と砂埃でゴワゴワになっていた。

 

 きっと臭いもすごいことになっているのだろう。

 

 

 服を着なおしてイレーネの部屋をノックする。

 

「イレーネ、晩御飯どう?」と声をかけると

 

「今出る!」と返事が返ってきた。

 

 バタバタと中で音がしてぎゃあと悲鳴がしてしばらくしてイレーネが慌てて出てきた。

 

「無事?」

 

「ちょっとトカゲがでただけだから!」

 

「あぁ、隙間多くてでそうだもんね。さ、ロペスを拾いに行こうか。」

 

「起きてるかな」

 

 反対側の隣の部屋の前でノックする。

 

「ローペースくーん、あーそびーましょー」

 

 いないのか、寝てるのか返事はなかった。

 

「寝てるかな」

 

「寝てそうだね」

 

 夜食を買ってくるだけでいいか。

 

「そういえば」ん? とイレーネがかしげる。

 

「石鹸ほしい。」というと、

 

「持ってるよ、後で貸してあげるね」と言った。

 

「ありがとう、ビネガーはあるかな」

 

「ビネガー? 何に使うの? 石鹸食べるの?」

 

「石鹸で洗った後にビネガーとかレモン汁を髪に使うとゴワゴワするのが直るのさ」

 

 へぇ、と言ってロペスの部屋のドアを見た。

 

 さて、どうしようか。

 

 ちょっと強めにノックして声をかけてみる。

 

「あぁ、ちょっと待ってくれ」そう言って寝ぼけまなこのロペスが出てきた。

 

「飯の時間だよ」というと

 

「あぁ、行こう。」とすぐ出てきた。

 

 フロントに鍵をあずけ街に繰り出す。

 

 余裕が出たので少しよさげな、大衆向けのレストランに入る。

 

 ワインと、おすすめを聞くと牛肉の煮込み料理が今日のおすすめだった。

 

 あとはサラダと、パンを頼んだ。

 

 牛はこちらでも牛らしい。見た目はしらないが。

 

 パンによく合う甘く味付けされたソースと柔らかい牛肉は

 

 まともなものを食べれなかったこの3日間で最高の味だった。

 

 ソースをパンで拭い最後まで味わう。

 

「最高においしい」思わずつぶやいた。

 

 

 食事もそこそこにロペスがどこかに行き、手に何かをもって戻ってきた。

 

「カードを借りてきたよ、食事のあとはワインとカードだろ?」

 

 と言ってカードの束を置いた。

 

「あたしやったことないよ」とイレーネがいう。

 

「まあ、そうだろうな。」とロペスがいうがわかっててなんでやろうと思ったか。

 

「じゃあ、初心者でも遊べるものにしようか、ロペスは何ができる?」

 

「よくやるのはポーカーだが、あとはバカラ、ブラックジャック辺りだな」

 

「遊びにいくと途中で抜けてたのは色街じゃなくてカジノに行ってたのか。」と聞くと

 

「そりゃあそうだろう、両手にこんなにかわいい花を抱えて何を抱きにいくというんだい」

 

 と笑った。そこに私は含めないでほしい。

 

「じゃあ、ブラックジャックだね、ディーラーできるから」と立候補した。

 

「お、それはいい」といってカードの束をこちらに置きなおした。

 

 私はカードの束を裏返し、スライドさせ、すべてのカードをプレイヤーに見せる。

 

 きちんと順番通りに並んでいるようで安心した。

 

 ダイヤ、クローバー、ハート、スペード。

 

 元の束に戻し、半分に分けシャッフルする。

 

 そうするとダイヤ、ハート、クローバー、スペードの順番に並ぶので、クローバーの8の上を持つ。

 

 多い束と少ない束で別れるので、2対1の割合でシャッフルし、もう一度シャッフルする。

 

 これで準備が整った。

 

「ブラックジャックは最低ボックス数が2だから2つかけてね。」といって

 銅貨を2枚置かせた。

 

 ロペスの前にシャッフルした束を置き、切ってもらう。

 

 ディーラー、プレイヤー1、プレイヤー2の順番で配り、カードを表にする。

 

 私の1枚目のカードは9なのでシャッフルはうまくいった様だ。

 

 2枚目のディーラーのカードは伏せ、プレイヤーのカードはやはり8以下となった。

 

 このシャッフルは順番が狂わない限りディーラーに9以上のカードが配られるというもので、

 

 HITの関係ですぐに狂うのだが。

 

 イレーネにルールを説明しながらゲームを進める。

 

 イレーネはふむふむと聞きながらロペスとゲームを進めていく。

 

 最初のゲームではロペスが2ボックスともバーストしてしまった。

 

 やるからには徹底的にかっぱぐ、そう、かっぱぎ王なのだ。

 

 軍資金は今日両替した銅貨の残りと決め、イレーネも参加し遅くまで遊び、

 

 何回かシャッフルしてゲームを続けたが、イレーネは初めてのカジノゲーム体験に

 

 ハンカチを持っていればギリギリと嚙み千切りそうなほど悔しがり、

 

 ロペスはこのディーラーの勝ち方はおかしいと不審がるのだった。

 

 イカサマはしていない。

 

 



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突入1日目と命の軽さ

 そうとう疲れていたのか、イベント補正で早起きすることもなくぐっすりと眠った。

 

 ブラックジャックは少し負けたが私の総取りと言ってもいい結果になり、

 ロペスはまあ、そういうこともある、という感じだったのに

 ギャンブル初心者のイレーネは完全に頭に血が上ってしまって取り返すまでやる勢いだった。

 

 彼女にギャンブルを与えてはいけない。

 

 そう、ギャンブルは紳士の遊びなのだ。

 

 

 洗面所でイレーネに借りた石鹸を使って髪を洗う。

 

 まったく泡立たなくて気持ち悪かったが3度目の洗髪でやっと泡が立つようになった。

 

 そしてギシギシになってしまった髪に宿のおばさんに売ってもらったビネガーを少し薄めてなじませる。

 

 そうすると石鹸によって広がったキューティクルが閉まってギシギシが直るのだ。

 

 

 熱風(アレ・カエンテ)でわしわしと髪を乾かして服を着てチェックアウトの準備をする。

 

 宿賃は前金なので鍵を受付に返すだけで済むが、

 出る前にイレーネに石鹸の返却とビネガーのおすそ分けにいかなくては。

 

 イレーネの部屋のドアをノックするとうめき声が聞こえた。

 

 しばらく待つとゆっくりとドアが開き、

 青い顔をしたもう1歩で下着姿になってしまうイレーネが出てきた。

 

「ちょちょちょ、外出る格好じゃないでしょう」と言ってイレーネを奥に押し込んだ。

 

 ベッドにうなだれるイレーネの様子を聞いてみるとやっぱりただの二日酔いらしい。

 

 とりあえずコップに氷と水を出して飲ませる。

 

 ほんとに色々残念な美少女だ。

 

「まあ、ただの二日酔いで安心したよ、外出てるから」

 

 とため息交じりに言ってイレーネの部屋を出る。

 

 

 受付に鍵を返し、表にでる。

 

 そういえばロペスに声をかけるの忘れていた、と思い歩き出した。

 

 朝食はなににしようか。

 

 パンが山積みになっている屋台の前に立ち、適当に4つ買う。

 

 ビニール袋も籠もないのだった。しょうがないので左手に3つ抱えて食べながら歩く。

 

 日本のパンより水分が少なく、歯ごたえがあるので口の中の水分が持っていかれる。

 

「おや、カオルじゃないか、イレーネはどうした?」

 

「二日酔いでつぶれてるからおいてきたよ、どうせ朝ごはん食べられないだろうし。」

 

 と言って並んで歩き始めた。

 

 宿の近くのカフェでお茶を飲んでまつことにした。

 

 というか、ロペスはここで朝食をとっていたらしい。

 

 宿から見えやすいテラス席に座り、

 既に買ってしまったが持ち込むのも申し訳ないので紅茶とパンを注文する。

 

 

 もそもそとパンを食べこれからのスケジュールをロペスと考える。

 

 今日を含めて残り5日、おそらく帰りは1日あれば十分に帰れるだろう。

 

 4日分の食料を持ち込むことにする。

 

 荷物の整理をしていると青い顔をしたイレーネが宿屋から出てきた。

 

 私達を見つけ重い足取りで寄ってくる。

 

「お酒がなかなか抜けなくてごめんねぇ」と言って席に着いた。

 

 店員を呼んで野菜の入ったスープと、私とイレーネの紅茶、麦粥を頼んだ。

 

「ダンジョン攻略2日伸ばそうと思って。」というと、

 

「帰りは1日で十分だろう?」とロペスが細くした。

 

「おお、荒稼ぎするんだね」とちょっと元気を取り戻した。

 

 しばらくして注文した食事をとりながら色々と妄想しているようだった。

 

 捕らぬ狸の皮算用といいましてな、とイレーネの様子をみた。

 

 

 水分と糖分を補給して元気になったイレーネはバンと机を叩き、

「いざ行かん! あたしたちの冬の贅沢のために!」と立ち上がった。

 

 今でももう結構稼いでいるのだけど、いちいち言ってモチベーションを下げてもしょうがないので黙っている。

 

 意気揚々と戦闘を歩くイレーネについて大迷宮の入り口に行く。

 

 

 道中、武器屋で私用の魔力をよく通すという金属の棒を買う。

 

 剣は丈夫にするために幅が広く作られているため、重い。

 

 未だに斬るのが嫌なので軽くて丈夫な棒がちょうどいいのです。

 

 

 ■5日中1日目

 

 

 馬車が入れそうな大きさの大迷宮の入り口に躊躇なく突入するイレーネを止めて

 

 いつものフォーメーションに戻り頭上に光よ(イ・ヘロ)を掲げ身体強化した状態で移動を開始する。

 

 奇襲への警戒のためにハードスキンを全員にかける。

 

 

 しばらく進むと汚い服を着た4人組の男が道をふさいだ。

 

「貴族のぼっちゃん達よぉ、金目の物おいて帰ってくれねえか?」

 

 リーダーらしい背の高い男がナイフをブラブラさせながら言った。

 

「なんだお前ら」ロペスが対応する。

 

 ツカツカ、と大柄の男がロペスに近寄ると無言でロペスの顎を拳で打ち抜いた。

 

「ほらすぐに出さないからミケルが警告しちまったじゃねえか、こっちは殺して身ぐるみ剥いでもいいんだぜ」

 

「去年のガキどもみたいにな」太った男がそう言った。

 

 毎年こうした盗賊行為を繰り返しているのか。

 

 殴られたロペスは特に気にすることもなくミケルという男の顎を殴りつけた。

 

 身体強化によって膂力を上げられた拳はいとも簡単に男の意識を刈り取った。

 

「おい、話とちげえじゃねえか」

 

 太った男がリーダーらしき男に文句を言う。

 

「そうだな、しょうがねえ、今年も殺すか」そう言ってギラリ、と私を見た。

 

「強えのは男だけだろうからお前がやれ」と太った男と痩せぎすの男に指示をする。

 

「メスガキどもはおれがやる」そう言って二手に分かれる。

 

 イレーネは剣を抜き両手で構え、私は金属棒を水平に向けて構える。

 

 リーダーの男はもう1本ナイフを取り出し2対1で相対する。

 

 流石に一人で二人相手をしようとするだけあって腕力も技術もあるようで、

 

 2本のナイフで私の棒とイレーネの剣をさばいて見せた。

 

 強化無しならこんなもんか、と思いなおし身体強化をかける。

 

 身体強化ありなら魔力を持たない普通の人なんてなんのその。

 

 棒の両端から少し内側を持って腰の回転で左、右、と打ち込む。

 

 最初の一撃でナイフが折れ、次の一撃で左上腕の骨がゴギリ、と折れる音がして私の手に気持ちの悪い感触が伝わる。

 

 あとはこれでハンター協会に突き出すだけでいいのかな、と思った瞬間

 

 イレーネがすい、と前に進み出てリーダーの男の心臓に剣を突き刺した。

 

 えっと思った瞬間イレーネは刃に鋭刃(アス・パーダ)をかけ血糊を払った。

 

 どうしていいかわからずロペスの方を見ると、ロペスは痩せぎすの男の首に刺した剣を抜くために足蹴にしたところだった。

 

 太った男は血の海に沈んでいた。

 

 えぇっ殺すの!? というとロペスとイレーネは口々に力ない貴族とはいえ、平民の盗賊が害そうとした。

 

 それだけでここで殺しても突き出しても結末は変わらないから問題ないということだった。

 

 ギルド証こと、ドッグタグをハンター協会に出して処分した、というだけで十分らしい。

 

 捕まえて突き出さないのかと聞いたら、たかだか平民の賊のために自分らが

 

 予定を遅らせる必要があるのかわからない、という話だった。

 

 血の匂いに胃がぎゅっと掴まれたように痛み、

 

 胃酸がせりあがってくるのを感じるが我慢する。

 

 私が気持ち悪そうにしているとイレーネが心配して背中をさすってくれた。

 

 しばらくさすってもらってなんとか持ち直した所で移動を開始する。

 

「人が殺されるところとか血の匂いとか苦手でね」というと

 

「カオルはずいぶん平和な所から来たんだね」とイレーネが驚いていた。



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悪臭と向上心

 吐き気が収まったので移動を開始する。

 

「神官の癒しの祈りが必要だな」とロペスがつぶやいた。

 

 申し訳ない。と心で謝る。

 

 死体は放っておくと迷宮に吸収されるのか消えるそうな。

 

 あとは肉食の魔物が食べたり。

 

 消える様は見てみたい気がするが、食べられるところはあまり見たくない。

 

 

 洞窟の小鬼(ゴブリン)やローパーを蹴散らしながら目的のフロアを目指す。

 

 洞窟の小鬼(ゴブリン)やローパーくらいなら成長した私達の相手ではないのだ。

 

 岩山を掘った坑道のように続く道を大急ぎで駆け抜ける。

 

 ガイドブックを見ながらあっというまに2Fへの階段にたどり着く。

 

 ガイドブックと言ってもそんなに厚みのあるものではなく、フロアごとにまとめられ、

 

 地図と得られる素材と出現する魔物が記載されているのだ。

 

 深くなるほど値段が上がる。

 

 1Fは大銅貨1枚程度だが、目的の7Fは銀貨で5枚、普通に暮らすなら半月くらい暮らしていける金額になる。

 

 

 

 2Fはスライムとゾンビが出現する。

 

 スライムは中々に強敵らしく見えづらいコアを一撃で切り裂くか、

 

 魔法で攻撃する必要があり、動きが遅いため基本的に無視される魔物になるが、

 

 気を抜くとまとわりつかれてしまうので注意。とガイドブックに書いてあった。

 

 ゾンビは迷宮内で死んだであろうハンターが迷宮の魔力によって人に襲い掛かる魔物になってしまったようだ。

 

 人の血肉を求めて捕食し、血肉に含まれる魔力によって成長するとあった。

 

 他にスケルトンもいるらしいがスケルトンは3Fかららしい。

 

 発生はゾンビと一緒だが性質が異なり、ゾンビは噛みついてくるだけだが、

 

 スケルトンは武器を持ち命を狙ってくる。

 

 スケルトンやゾンビに苦戦していると音もなくスライムが這いよって来るという仕組みらしい。

 

 武器の扱いは下手だが魔力もあるのでこの辺は問題なさそうだ。

 

 

 フロア中が腐肉の臭いが充満していて精神的にきつい。

 

 姿はないのに臭いだけはする。

 

 口呼吸でも逃がしきれない臭いに顔をしかめながら大急ぎで3Fに向かう。

 

 まっすぐ階段へ向かい、転がるように駆け降りる。

 

 

 

 3F

 

 2Fの魔物に加えてスケルトンが出現する。

 

 つまり3Fも臭い。

 

 身体強化のおかげでスタミナの心配をしなくていいのはありがたい。

 

 涙目になりながら無駄な探索をせずに4Fへ向かう。

 

 しかし、スケルトンの産出が多く、普通に歩いているスケルトンにも会うが、

 

 スケルトンが壁から生まれるところにも遭遇した。

 

 他の魔物はどう生まれるんだろうか。

 

 息を止めたまま出会いがしらにスケルトンの頭に向かって金属棒で殴りつける。

 

 剣で受けようとするがただの鉄の剣なので横から叩き折られて頭蓋ごと砕かれる。

 

 頭蓋骨の一部を砕いただけでは動きを止めることはないのだが、逃げるまでの時間稼ぎになる。

 

 魔物にしてみれば通り魔の様に駆け抜けてあっというまに4Fに到達する。

 

 

 

 4F

 スケルトン

 犬人(コボルト)

 鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)

 が出現する。

 

 ここら辺から素材を回収して収益が上がるようになる。

 

 皮と牙、爪に糸と質が少し良くなった魔石が拾える。

 

 準備運動がてら少し戦ってみようと相談し、ゆっくり歩きながら5Fへ向かう。

 

 コスパがいいのは鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)の爪と糸らしい。

 

 爪は魔力付与をしてアクセサリーに、糸はよい布が織れるそうだ。

 

 カサカサと爪が地面をひっかく音を立てながら鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)が現れた。

 

 普通の蜘蛛よりもサソリに近く、腹部分が長く反りかえった形をしていた。

 

 正面を向いたまま対象に糸を飛ばすことができるようだ。

 

 倒し方は頭をつぶすこと、大事なことは腹に傷をつけないこと。

 

 イレーネは「うぇえ、蜘蛛気持ち悪い」と言い、

 

 ロペスが私達を手で制し、やらせてくれ、と言った。

 

 じゃあ、と下がり後ろを警戒しつつ見学する。

 

 蜘蛛の目の前で剣を左右にゆらゆらと揺らすと、蜘蛛は狙いが定まらないらしく左右に体を揺らしていた。

 

 剣を揺らしながらゆっくり近づくと頭を狙って剣を振り上げた。

 

 振り上げた剣を狙って糸が吐かれ、ロペスは剣を取り上げられてしまった。

 

「しまった!」そう言って左手の盾を蜘蛛の顔に投げつける。

 

 ガキっと盾を牙で受け止めその場に捨てた。

 

 これでロペスは丸腰になってしまった。

 

 蜘蛛は喜んでいるのか前足で地面をカツカツと突いて音を出していた。

 

「そろそろピンチ?」と聞くと

 

「少しな」と答え「氷の矢(ヒェロ・エクハ)」と力ある言葉を行使した。

 

 出現させたキラキラと光る5本の氷の矢を出現と同時に打ち出した。

 

 氷の矢は蜘蛛の頭を貫いて胸まで凍らせた。

 

「魔法を使わないと面倒だな」剣についた糸を燃やして取り、

 

 持参した糸回収用の木の枝で糸を巻き取りながら言った。

 

 魔法を使えないハンター達はどうしているんだろう。

 

 その後、遭遇した鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)に出合い頭に殴りかかってみると

 

 私の金属棒が頭に到達する前に糸が飛び出し、驚いて後ろに飛んだのだが普通に捕らわれてしまった。

 

 左右のどちらかに避ければよかったのだが。

 

 引っ張られて捕食される前にイレーネに糸を焼き切ってもらい、(アグーラ)で洗った。

 

 餌をとられた鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)は両前足を上げ威嚇のポーズをとる。

 

 さっきと同じようにロペスが剣をゆらゆら揺らし、

 

 そこに意識が言っている間に頭に向かって土の弾丸(ティラ・ヴァラ)を打ち出し頭をつぶした。

 

 魔法がない場合はこれが矢での攻撃になるんだな、と理解した。

 

 2時間ほどそうやって糸回収をしたとき、靴の足音がした。

 

 他のハンターが来たかと思ったら犬マスクを被って全身に毛だらけの着ぐるみを着たような魔物が立っていた。

 

 なるほど、犬人(コボルト)か。

 

 犬人(コボルト)はこちらを認識すると、鼻に皺を寄せてうなりをあげた。

 

 そして剣を抜きのしのしとこちらに歩み寄ってくる。

 

「カオル、やってみないか?」とロペスが試すような目で見てきた。

 

 しょうがない、と息を吐き身体強化を強めにかけた。

 

 犬人(コボルト)が剣を振り上げ私に切りかかる。

 

 金属棒を野球のバッティングの様に振り、犬人(コボルト)の剣にぶつけ剣を弾き飛ばす。

 

 そしてがら空きになった胸に全力で前蹴りを入れて犬人(コボルト)を吹っ飛ばした。

 

 起き上がってくる前に氷の矢(ヒェロ・エクハ)を使いとどめを刺した。

 

 遠く離れた暗い所で殺してるから気持ち悪くない。

 

「変な戦い方だったな」といい魔石取りを代わってくれた。

 

 私はナイフを持ってないので。

 

「確実で楽な方法だね。」と言い訳して血で濡れたロペスの手に(アグーラ)をかける。

 

「確かに。近接戦闘の筋悪いから距離を置いて魔法というのは悪くないかもしれないな。」

 

 と、私の戦い方を分析した。

 

 5Fへの移動中にもう1度犬人(コボルト)に遭遇し、次はイレーネが一人でやってみることにした。

 

 というかやりたいと名乗り出た。

 

 向上心があって大変いいことだと思います。

 

 

 

 イレーネも私と大して違わないくらい近接戦闘下手だががんばって剣を打ち合わせている。

 

 ハードスキンもあるから、とそこまで身体強化を強くかけずに両手で剣を振り回すが、

 

 片手で持っている犬人(コボルト)と剣のスピードが変わらない。

 

 まあ、勝つためにやってるわけじゃないからいいのだろう。

 

 私は地面に座って(アグーラ)を飲みながら見学した。

 

 傍らに立つロペスにイレーネの剣はフェイントが足りないんじゃないかと意見を言ってみると

 

「そうだな、戦い方が犬人(コボルト)と一緒だ、とにかく弱点に向かって空いている所に向かって振り回しているな」

 

 私もそんなに変わらないが。

 

 

 

 しばらくイレーネと犬人(コボルト)は数分間打ち合い、犬人(コボルト)のスタミナ切れで反応が鈍くなってきたところで

 

 イレーネの剣が犬人(コボルト)の胴から首を切り離した。

 

「いやー、疲れちゃった」と汗だくになったイレーネに頭から(アグーラ)をかけてねぎらう。

 

 イレーネの髪と体を熱風(アレ・カエンテ)で乾かすついでに休憩をとり、

 

 5Fに向かって移動を開始する。

 



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迷宮内で野営

 5Fに到着した。

 

 犬人(コボルト)鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)と基本的には4Fと変わらない。

 

 あとは洞窟蛇(ダンジョンスネーク)

 

 大型の蛇で牙に空いた穴からスプレー状に毒を飛ばし、

 目つぶしをした後に噛みついて毒を注入して殺すか、絡みついて絞め殺すという生態をしている。

 

洞窟蛇(ダンジョンスネーク)は練習がてら試しに狩ってみたりできそうにないね」というと

 

「防御魔法じゃ毒は防げないし、我々だと解毒もできないからな気を付けて進もう。」

 

 とロペスが(イ・ヘロ)を5mほど先に出現させて言った。

 

 

 しばらく歩くと怪しい光球が近づくことで異変に気づいた洞窟蛇(ダンジョンスネーク)

 鎌首をもたげて怪しい光に対して毒霧を噴き出した。

 

 (イ・ヘロ)は暖かいのだろうか。

 

 洞窟蛇(ダンジョンスネーク)の生態が気になったがとてもじゃないが近づけないので遠くから

 氷の矢(ヒェロ・エクハ)で攻撃し、氷の矢で壁へ(はりつけ)にして処分する。

 

 毒の牙が素材として回収できるが他のものと一緒に袋へ入れると毒のせいで

 他の素材が腐食してしまうので注意が必要だ。

 

 用途としては狩猟の際の武器に塗る毒として使い、魔物にも使えるのでいざという時の備えになっている。

 

 猛獣を狩るには魔物化した動物の血でもいいのだが、肉が汚染されてしまって食べられなくなるのでこの蛇の毒を使う。

 

 稀にだが狩猟対象が魔物化した動物の血と順応して魔物化してしまい、より凶悪になってしまうことがあるため、

 魔物化した動物の血は最後の手段だ。

 

 

 6Fに向かうために、見かける魔物に問答無用で氷の矢(ヒェロ・エクハ)を飛ばしながら移動する。

 

 もちろん素材の回収は怠らない。

 

 回収する素材が小さくて軽いおかげで移動の邪魔にならないのがうれしい。

 

 洞窟の小鬼(ゴブリン)の武器とか今になって思うとバカなんじゃないかと思う。

 

 重い、安い、かさばる。

 

 

 あっというまに6Fへの階段にたどり着き、

 階段で休憩をする。

 

 なわばりがあるのか迷宮内の魔物は階段には近寄らないのだとガイドブックに書いてあった。

 

 6Fのガイドブックにはじめて書いてある辺りあまり知られる情報ではないようだ。

 

 階段の壁に寄り掛かりカバンから今朝買ったカバンに入れていたせいでつぶれたパンを取り出して食事にする。

 

 1つは食べたが3つは処分に困って適当にカバンに詰めてきたのだった。

 

 

「カバンを抱えて寝られれば特に警戒して寝る必要はなさそうだけど、どうしようか。」とロペスに聞くと

 

「ここから先に行ける戦闘力があれば魔力がなくてもどうにかできる可能性があるから見張りは必要だ。」

 

 と主張した。

 

 不測の事態に見張りは必要か、ということで順番に起きて休憩をとることにした。

 

「寝ることができるのであれば魔力増やさないか」とイレーネを誘い魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけ始めた。

 

 向上心の高い若者はまぶしいのうと感想を漏らし、先に休ませてもらおうかと思ったが、

 

 ばりんばりんうるさすぎて寝られたものじゃないので、干し肉を噛んで気を紛らわせる。

 

 ロペスがダウンし、イレーネに余裕がありそうだったので1回だけ私と魔法障壁(マァヒ・ヴァル)割りをして

 

 イレーネが休憩に入った。

 

 

 イリュージョンボディを全員にかけ暗闇の中でじっとしていると上の方から声が聞こえた。

 

「やっぱり洞窟蛇(ダンジョンスネーク)のフロアが一番面倒だな、何度来ても面倒だ」

 

 松明の明かりが見え、見つからないように息を殺した。

 

 さっき面倒と言ったのは先頭に立つ大楯を持った190㎝はあろうかという大男だった。

 

「毒にかかっても私がいるではありませんか、安心してブロックしていいんですよ」

 

 と後ろからついていくローブを着た長髪の男が言った。

 

「そうなる前に仕留めたいんだが松明の明かりだと接敵してからの準備になるから難しいんだよな」

 

 と弓矢を担いだ軽装の男が言った。

 

「階段だからってごちゃごちゃうるさいぞ!」と殿(しんがり)のライトアーマーの剣士が諫めていた。

 

 タンクに僧侶にシーフにアタッカーか、バランスいいなぁ、と思っているとシーフの男が周りを警戒する。

 

「なんか変じゃないか?」というが違和感を覚えているのはシーフだけらしく

 

「別に何もないが? そんなことよりさっさと降りろ」と言われ、そのまま階段を下りていった。

 

 

 

 そして辺りは暗闇に戻った。

 

 物音ひとつせずに耳鳴りがするような沈黙。

 

 大きく息を吐くと緊張を解いて(アグーラ)で出した水を飲む。

 

 ちょっと水飲みすぎたかもしれない。

 

 緊張が解けたせいか、トイレに行きたくなってきた。

 

 こっそりと5Fに戻り効果があるかわからないが幻体(ファンズ・エス)を重ね掛けして用を足し、

 

 (アグーラ)で洗った後に熱風(アレ・カエンテ)で乾燥する。

 

 再び階段を下りるとイレーネが起きていた。

 

「どうしたの?」と聞かれ

 

「警戒とお花詰みに」と小声で答えた。

 

「さっきハンターのパーティが降りていったんだよ」と教えると寝入っていて気づいていなかったようだ。

 

「じゃあ、次は私が寝ることにするよ」といってカバンを抱えて俯いて寝ようとしたが

 

 胸が邪魔になって寝づらいので壁に寄り掛かって寝ることにした。

 

 本当に忌々しい。

 

 

 

 (イ・ヘロ)を使い、時間はわからないが朝食をとることにする。

 

 体力使って魔力も使って疲れているのに睡眠時間はいつもの半分というのは辛い。

 

 そして座って寝たのでお尻も痛い。

 

 

 

 昨日買った残りのパンをとりだした。

 

「カオルは用意がいいな、短期なら堅パンでなく普通のパンでもいいかもしれないな」

 

 といって堅パンを食べた。

 

「食べる機会を逃しただけだよ」といってパンをむしって食べる。

 

 イレーネは起動するまで時間がかかるらしくまだうとうとしていた。

 

 時間の余裕もまだあるし、帰りは1日かけてまっすぐ帰る予定にしておけば問題はないだろう。

 

 

 

 ■5日中2日目

 

 辛そうに瞬きを繰り返すイレーネの顔に水流をつけた(アグーラ)をそっとつけて顔を洗わせる。

 

 その後少し目が覚めたか、のそのそと堅パンを食べだした。

 

 しばらくしてイレーネが動けるようになったので6Fに向かって移動を開始する。

 

「ごめんね、朝弱くて」といってしょんぼりしていた。

 

「体質ならしょうがないさ」ロペスがフォローした。

 

 気を取り直して立ち上がり、折り曲げて寝たせいでバキバキになった腰を伸ばす。

 

 固まった筋肉が伸ばされて痛気持ちいいが毎日だとつらいなぁと思いながら階段を下った。

 

 

 

 6F

 

 ガイドブックによると

 

 洞窟蛇(ダンジョンスネーク)、地味にスライムが復活し、人食い植物(マンイーター)がいる。

 

 人食い植物(マンイーター)はガイドブックによると、

 

 幹が太い低木の姿をしており、上部より無数の触手が枝の振りをして伸びており、

 

 獲物が近づくと一瞬のうちに触手が獲物を捕らえて枝の間にある口で咀嚼するというものと書いてあった。

 

 洞窟蛇(ダンジョンスネーク)が枝の間で共生しており、とらえる前に洞窟蛇(ダンジョンスネーク)が毒を吹きかけて動けなくした後に

 

 人食い植物(マンイーター)がゆっくりと食事を楽しむという関係で、人食い植物(マンイーター)が食事後に吐き出す

 

 魔力のこもった排泄物を目的にしているのだという。

 

 攻略法は火を使うのが一番なのだが、洞窟内での大量の火は呼吸できなくなってしまうので、

 

 根気よく1本ずつ切り落としていくしかないようだ。

 

 洞窟蛇(ダンジョンスネーク)が一緒にいると難易度が上がり、矢で洞窟蛇(ダンジョンスネーク)を仕留めた後に

 

 切り落としていくしかないが奥深くに潜っている場合は矢が通らない。

 

 

 

 降りてしばらく歩いてみて思ったが、真っ暗闇の中に木が生えているのは違和感がありすぎて呆れた(シュールだった)

 

 先行して置いておいた(イ・ヘロ)に対して人食い植物(マンイーター)の触手が絡みつこうと空を切り、

 

 洞窟蛇(ダンジョンスネーク)が毒を吐いた。

 

 魔力に反応しているようだ、と感じた。

 

「イレーネとロペスは炎の矢(フェゴ・エクハ)を、私は(カエンテ)で空気を攪拌します。」

 

 洞窟蛇(ダンジョンスネーク)は魔力で作られた炎の矢に反応し、射出された炎の矢に噛みついて、

 

 人食い植物(マンイーター)は触手でとらえようと燃え上がらせた。

 

 魔力があるというだけで相当なアドバンテージなんだなぁと感心した。

 

 人食い植物(マンイーター)の素材は本体の木なのだが、重いわりに売値がよくないので今回は放置する。

 

 燃え尽きて動かなくなった人食い植物(マンイーター)(アグーラ)をかけて消火する。

 

 それからも何回か遭遇したが洞窟蛇(ダンジョンスネーク)が共生しているのはいなかったため、

 

 ロペスがやる気をだして魔法を使わずに倒したいと言い出し、肉体強化を解除してハードスキンのみでやった結果、

 

 思った通りに捕らわれてしまったのでイレーネと一緒に慌てて風の刃(ヴェン・エスーダ)で救出し、今後やる気を出すのを禁止した。

 



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油断と逃走

 ロペスにせめて身体強化位は使えとキュウキュウに絞ってから移動を開始する。

 そういえばスライムには気づかなかったがいたのだろうか。

 一気に駆け抜けて7Fを目指す。

 

 イリュージョンボディだと魔力の残滓を感じるのか

 人食い植物(マンイーター)は胡麻化しづらいようで近くをうねうねと探っていたので魔力探知ができる魔物に対しての対策が必要だ、と頭の奥にメモをした。

 

 6Fで3時間くらい使ってしまったがまだ使える時間はたっぷりある。

 焦らずに7Fへの階段で休憩をとる。

 

 

 7F

 目的の7Fに到着した。

 ここでは洞窟の巨人(トロール)人食い植物(マンイーター)石人形(ゴーレム)が出現するらしい。

 今回の目的は洞窟の巨人(トロール)の魔石だ。

 大きく丈夫な体で剛腕を振るい、狂暴で、肉食で、食欲旺盛で治癒能力が高い魔物は動きが鈍いため普通は逃げ回って次のフロアを目指すとのことだった。

 

 石人形(ゴーレム)も同じく逃げ回って次に行くのが普通で、逃走経路上の人食い植物(マンイーター)に気づかず捕食されることが多いので、注意、と書いてあった。

 ハードスキン、シャープエッジ、イリュージョンボディをかけ直し、いつも通りに(イ・ヘロ)を前方に出す。

 T字路の先から重量がある生き物が歩く音が聞こえ、ロペスが壁に寄り手をあげる。

 

 イレーネと一緒にロペスの後ろに付き1列になり、イレーネがロペスの肩をたたき、私がイレーネの肩を叩くと、イレーネは再びロペスの肩をポンポン、と2回叩いて全員用意できたことを伝えた。

 

 T字路の中央に浮かぶ(イ・ヘロ)の前に立ち、こちらに気が付かない洞窟の巨人(トロール)(イ・ヘロ)をつかもうとしたり叩いてみたりしていた。

 

 意外と好奇心が強いのかもしれない。まあ、それはそれとして。

 ロペスとイレーネが音を立てない様後ろに回り込み、私は来た道を少し戻って待機する。

 

 身体強化をかけたロペスが洞窟の巨人(トロール)の首を狙って剣を横に薙ぐ。

 身体強化が弱かったか、剣の重さが足りなかったか、剣は首の半分ほどの所で鈍い音を立てて止まってしまった。

 慌てて剣を引き、飛びのいた。

 首からだくだくと血を流しながら奇襲してきた相手を探し後ろを振り向く。

 

 攻撃によって触れて認識されてしまっているからか、洞窟の巨人(トロール)はロペスを見つけ怒りの声を上げた。

 

 手で傷口をおさえている間に流れ出る血の量が減っていくことにロペスは気づいた。

「一度にとどめに刺さないとすぐに治癒してしまうぞ!」と叫び声が聞こえ、私は小声で魔法を行使する。

 

(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け 炎の矢(フェゴ・エクハ)

 見つかりたくないと思いながら行使された炎の矢(フェゴ・エクハ)は闇を燃やした様な闇色の炎でできた矢だった。

 魔力を無駄遣いしない様に1本だけ出現させ、一撃必殺を狙う。

 

「こちらは風の刃(ヴェン・エスーダ)を使う、属性を合わせてくれ!」とロペスから指示がきた。

 どうせもう見つかっているから気にしない、ということなのだろう。ありがたい。

 

 少し向こうで洞窟の巨人(トロール)が腕を振り回すのが見える。

 ロペスが対応しているのだろう、恐らく。

 

 イレーネの風の刃(ヴェン・エスーダ)の声が聞こえ、少し深い程度の傷が全身に刻まれ、それもすぐにふさがってしまう。

 

 怒りに我を忘れた洞窟の巨人(トロール)は壁に手がぶつかるのも気にせずロペスを叩き潰さんと拳を振り回した。

 身体強化とハードスキンがかかっている状態で盾をつかっていなしているが、そう長くは持たなそうな雰囲気がした。

 

 頭を狙って炎の矢(フェゴ・エクハ)を打ち出した。

 闇に紛れて洞窟の巨人(トロール)の頭に放たれた闇色の炎の矢(フェゴ・エクハ)はごう、と燃え上がり、洞窟の巨人(トロール)は頭部を闇色の炎に巻かれたまま暴れまわった。

 しばらくゴロゴロと転がって段々と動かなくなっていった。

 

 流石にもう治癒はないだろうと近づいて死亡確認を行う。

 同時にロペスとイレーネも寄ってきたのでハイタッチした。

 いまいちハイタッチにピンと来ていない顔していた。

 

「もう少しで叩き潰されるところだった。助かった、礼を言う。」とロペスが言った。

「ねえ、カオル。あの黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)はなに?」とイレーネが聞いてきたので

 

「見つかりたくないなぁと思って魔法補助魔法かけて炎の矢(フェゴ・エクハ)を出したらああなったのさ」と正直に答えた。

 

「1本だけなら負荷も高くないし使いやすいよ」と付け加える。

 

 それならば、とイレーネは

(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け! 炎の矢(フェゴ・エクハ)!」と力ある言葉を行使し、黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)を出現させた。

 

「全然軽くないじゃない!カオルの魔法についての話は半分で聞いておいた方がいいわ。それにこれなら魔法補助魔法がなくてもできそうよ」と言ってもう1本黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)を出現させた。

 

「見た目に魔力量は関係ないか。」とロペスが感想を漏らした。

 黒いからと言って何か違いがあるかというと特にないのだが、イレーネのなにかにヒットしたらしく、

 

 以降黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)を好んで出すようになった。

 ロペスに洞窟の巨人(トロール)の魔石を取り出してもらい、休憩をしつつ今後の予定を決める。

 

 今回みたいに洞窟の巨人(トロール)とまともに戦っていたのでは体がもたないので発見と同時に魔法補助魔法を使った炎の矢(フェゴ・エクハ)で頭を燃やす、実にシンプルで簡単だ。

 

 1つ銀貨20枚になる洞窟の巨人(トロール)の魔石を順調に回収していると、今まで聞いたことのない様な地響きを聞いた。

 これは出るという石人形(ゴーレム)の足音か、と話し合った。

 石人形(ゴーレム)のコアもいいお金になるので、できたら回収したい。

 金貨4枚あれば1年暮らせるという中でなんと金貨1枚になるのだ。

 

 音をたよりに石人形(ゴーレム)を探しているとそんなに遠くないところで巡回しているようだった。

 迷宮への侵入者を発見すると排除するために行動を開始した。

 目にあたるパーツがないのっぺりとした頭部でこちらを確認し、ゆっくりと歩き出し、ロペスに向かって石でできた拳を叩きつけた。

 

 ロペスは横にそれて紙一重で避けると地面を叩いた腕に剣を振り下ろしたが、石人形(ゴーレム)の腕には傷一つつかない。

 そのまま石人形(ゴーレム)は叩きつけた拳を横薙ぎに振り回した。

 

 下から振り上げられた拳はロペスの腹を捕らえ、そのまま弾き飛ばしてロペスを壁に叩きつけた。

 盾で拳の直撃は防いだが、壁に向かって背中から叩きつけられたロペスはそのまま意識を失って地面に転がった。

 

 これはまずい、と救出に行きたいがすぐ前に石人形(ゴーレム)がいるため、近づけない。

 意識を失ったものは排除済みとして認識されるのか

 無視してこちらに向かってきた。

 

 魔法を放ちながら下がる。

 炎の矢(フェゴ・エクハ)は表面を焦がしただけで、氷塊(ヒェロマーサ)氷の矢(ヒェロ・エクハ)土の弾丸(ティラ・ヴァラ)は砕け散った。

 風の刃(ヴェン・エスーダ)も表面で散ってしまった。

 金属棒で伸ばされた手に向かって叩きつけてみるが、手がしびれただけだった。

 

「イレーネ(アグーラ)を通路に撒いてもらえる?」

 と言ってイレーネに(アグーラ)を使ってもらい、私は凍える風(グリエール・カエンテ)で撒かれた水を凍らせた。

 つるつるになった通路で歩きづらそうにはしているが大きな足は安定していて転んだりはしないようだ。

 いったん下がって二人で石人形(ゴーレム)に向かって走り始める。

 石人形(ゴーレム)の両脇を抜ける瞬間、腰を軸に回転してラリアットをした。

 慌てて二人でスライディングをして滑りぬける。

 拳が髪の毛をかすってチッと音を立てた。

 冷汗を書きながら二人で気絶したロペスを担いで逃げ出した。

 

 



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焦りと安堵

 6Fに続く階段まで戻ってきた。

 

 ハードスキンがかかっていたおかげで外傷はないように見えるし、呼吸も脈もある。

 しかし、意識を取り戻すまではわからない。

 

 イレーネは蒼白になって「どうしよう」と繰り返していた。

 

 こういう時に神官が必要になるのか、ということを改めて思い知ることになった。

 どれくらい時間がたっただろうか。

 

「おや、魔法の光がみえるな。」と階上から聞こえてきた。

「学生の遠征の季節だものな。」別の男の声が返事をした。

 

 戦斧を持った大柄な男と、長髪で弓を背負ったライトアーマーを着た男、角刈りで白衣の様な不思議な服を着た男の3人ががやがやと話しながら降りてきた人たちは私達を見つけると

「女性とは珍しい、こんにちはお嬢さん方、こんな所でどうしたんだい?」と長髪の男が言った。

「この先で仲間が石人形(ゴーレム)にやられて気絶してしまったので意識を取り戻すのを待ってるんです。」と答え階段で転がされているロペスを指さして言った。

 

 角刈りで白衣がどれ、と近づくと手を取ったり熱を測り、両手でロペスの頭を包み込むと、

「戦と知恵の神、アーテーナ、傷つき倒れた我が同胞(はらから)に再び立ち上がる力を。癒しの奇跡をお授けください。」と、いうとロペスの頭部を癒しの光が包んだ。

 ロペスはうぅ、とうめくと意識を取り戻した。

 

「あぁ! ロペス! 大丈夫!?」とイレーネが叫ぶように言ってロペスをガクガクと揺さぶった。

「大丈夫だから揺らさないでくれ、強化かかったままなんだ」と言ってイレーネを引きはがした。

 

 私は角刈りの白衣男に

「ありがとうございます、助かりました。」というと、

「これも神官の修行でね、徳を積む修行の最中だからそんなにかしこまらないでくれ」と言った。

「迷宮攻略中に余計に奇跡を使わせてしまったことには違いがないのですから何かお礼ができればいいのですが。」と、ロペスが言った。

 

「7Fは学生さんが来るような簡単な階層じゃあ、ないはずなんだがどうしてたのかい?」と聞かれ、

「魔法がそこそこ使えるので、洞窟の巨人(トロール)の魔石を取りに来たんです。」と答えた。

 

「ほう、洞窟の巨人(トロール)が狩れるほどに魔法が使えるとは素晴らしい! ええ、と」とロペスを見るとロペスは「ロペス、ロペス・ガルシアです。彼女がイレーネ、こっちがカオルです。」と答えた。

 紹介されとりあえず、名乗る。

 

「では、提案なんだが、迷宮撤退の期限がくるまで一緒に狩りをするというのはどうかな?」と戦斧をもった男が言った。

「もちろん取り分は山分けでかまわないからどうだい?」と、長髪の男が言った。

 

 イレーネは不安そうだが、ロペスはまあいいんじゃないか、ということでこっそり龍鱗(コン・カーラ)とハードスキンを重ねてかけることによっていざというときの備えにする。

 

 アルベルト、アンヘル、ニコラスの3人組と計6人で狩りにいくことになった。

 アルベルトが戦斧の男、弓兵がアンヘル、神官がニコラスというらしい。

「たぶん、あと2日しか潜れないのでその感じでお願いします。」と言って、7Fへと移動を開始した。

 

「2日なら洞窟の巨人(トロール)より9Fの牛頭(ミノタウロス)の角と魔石を取ったほうが効率がいいな、かまわないか?」とアルベルトが言った。

 2日で行って地上に戻れるなら、と答えた。

 時間がないということを考慮してくれたのか、速足で7F、8Fを一気にぬけ、9Fに到着した。

 道すがらガイドブックを借りると、牛頭(ミノタウロス)は巨大な戦斧を持ち、力と耐久力が高く巨大な戦斧を担いで追ってくるため、容易に逃げることもできない。

 

 これを狩れるかが上級ハンターへの入り口、とあった。

 他出現するのは擬態する牙(ミミック)

 宝箱ではなく、ハンターの忘れ物に擬態して袋を開けた者を噛みついてくるらしい。

 死ぬほどの傷ではないが続けて探索できる傷にはならないため、注意すること。とあり、対処法は剣など道具を使って開けるか無視すると書いてあった。

 

 傷ついた状態で牛頭(ミノタウロス)と出会ってしまったら詰むのだろうな。

 

 9F

 

 あれが擬態する牙(ミミック)だ、とアルベルトが指をさした。

 不自然にというか、自然に、というか通路のど真ん中に汚い袋が落ちていた。

 金属棒で端に寄せて普通に通った。

 

 アルベルトが先頭、アンヘル、ニコラス、イレーネ、私、殿(しんがり)にロペスが付き牛頭(ミノタウロス)を探す。

 アルベルトには(イ・ヘロ)が好評で、いつもは片手に松明、片手に戦斧で接敵した場合、ニコラスに手渡ししてから薄暗い中で戦うんだそうな。

 松明係がほしくなる、と言っていた。

 

 牛頭(ミノタウロス)に出会ったのはそれからしばらくしてからのこと、折れ曲がった通路の先から柄の長い斧を持った牛マスクを被ったような2mを超えようかという大男が現れた。

 ニコラスが神に祈る。

「戦と知恵の神、アーテーナ、強き心と剛力を汝の使途へ与え給え、魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を」といいアルベルトに身体強化がかかった。

 魔法では自分にしかかけられない身体強化が奇跡では人に与えられるらしい。

 

 神の奇跡を見て呆けている私をじっとニコラスが見てきた。

 なんですっけ? と思ったところで思い出す。

「そうでした! ハードスキン! シャープエッジ! イリュージョンボディ! ファイアエッジ! すみません!」

「忘れられてなくてよかった」とにこやかに言われた。

 アルベルトと牛頭(ミノタウロス)が斧対斧で打ち合う。

 

 元々強化無しで斧を振り回せる膂力(りょりょく)に身体強化の奇跡が乗って牛頭(ミノタウロス)にも負けない力が発揮された。

 力でも技でも拮抗しているアルベルトと牛頭(ミノタウロス)

 アルベルトが放った一撃を牛頭(ミノタウロス)が柄で受けて動きが止まった瞬間にアンヘルが矢を放つ。

 放たれた矢は察知されたのか紙一重でよけられてしまった。

 

「タイミングは指示するから一緒に攻撃してくれると助かる」とアンヘルが言うので素直にうなづく。

氷の矢(ヒェロ・エクハ)!」流れ弾があたってもハードスキンで防げるかな? と思って氷の矢(ヒェロ・エクハ)を選択すると

 イレーネはお気に入りの黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)を出していたところだった。

 土の弾丸(ティラ・ヴァラ)を選んだロペスもたぶん私と似たような理由だろう。

 急に3属性の攻撃呪文が出現したことにぎょっとする牛頭(ミノタウロス)

 その隙をついたアルベルトが牛頭(ミノタウロス)腹を蹴り、反動で後ろに下がる。

「今です!」とアンヘルがいい、アンヘルの矢と同時に魔法が放たれた。

 

 氷の矢(ヒェロ・エクハ)土の弾丸(ティラ・ヴァラ)はザクザクと体中に刺さり、黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)はその身を焼いた。

 ぶすぶすと煙を上げながら血を流す牛頭(ミノタウロス)にアルベルトの戦斧が襲い掛かった。

 抵抗する力もなくした牛頭(ミノタウロス)はガードしようと腕を上げようとしたが上がらず頭が体から離れた。

 

「さすが魔法使いだな!」と一番『さすが』だったアルベルトがいう。

「あれを腕力で止める方が流石ですよ」と答えると

「それはニコラスがいてこそだからな」と謙遜した。

 普段からのトレーニング無しでは強化したところでたかが知れるはず。

 

 ロペスとアルベルトが魔石と角を回収し、素材の回収のコツを聞いていた。

 今までロペスは魔石を傷つけないように浅く切り開いた穴から強引に魔石を取り出していたので獲物の大きさによっては肘近くまで手を入れる必要があった。

 

 魔石は背中側にあるので、背骨の脇に刃を入れてから切り開けば、魔石に傷つけることなくだいぶ綺麗な状態で魔石が取り出せるらしい。

 まあ、私はやらないから覚えておくこともないが。

 

 手についた血を(アグーラ)で洗い流す。

「ありがとう、やはり魔法は便利だな」とアルベルトが言った。

 その後、接敵と同時に魔法を使い、アルベルトが速攻をかけるという流れでリスクなく狩りを行った。

 

 2日間、9Fで過ごし、解散の日となった。

 

9Fから帰ろうとすると

「8Fの道わからないだろう?8Fは石人形(ゴーレム)牛頭(ミノタウロス)が出るんだ、7Fまで道案内させてくれ」と言ってくれた。

彼らの案内で7Fの階段前に到着した。

 

「2日間ありがとうございます。」というと

「お礼をいうのはこちらの方だ、今までギリギリで倒していた相手に楽勝で倒せるようになったのだからな、機会があればまたお願いしたい。」と言った。

評価されるのは素直にうれしい。

「こちらこそお願いします。」といい、握手した。

 

まるで親子差もあるような手の大きさに驚きながらアンヘル、ニコラスとも握手をするとロペスとイレーネもアルベルト達と握手をしていた。

 

「我々はアーテーナの鉾だ、困ったことがあったらハンター協会で呼び出してくれ」と言った。

 

では、最後に、と言い、アーテーナの鉾にいつ(ハードスキン)もの(シャープエッジ)4点(イリュージョンボディ)セット(ファイアエッジ)をかけニコラスの杖に光よ(イ・ヘロ)をかけて別れた。

 

 

 

 



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遠征終わり

 7F

 いい人たちだったな、と言い合って身体強化して駆け抜ける。

 迷宮を駆け抜ける風になるのだ。

 

 あっというまに地上まで出てくると、太陽はだいぶ西の方に傾いていた。

 暗くなる前にその足で宿に向かう。

「ねえねえ、どうする? 宿」とイレーネが聞く。

 特に考えていなかったので、最初の宿でいいんじゃない? というと

「お金はあるんだからもっといいところにしようよ、お風呂入りたいし」と言った。

 それはどうする? じゃないんじゃないかと思ったが、確かに風呂は入りたい。

 

 なんと言っても洞窟の巨人(トロール)の魔石12個にミノタウロスの角は14対で28個、魔石は14個もあるのだ。

 洞窟の巨人(トロール)の魔石だけで1年暮らせてしまうのだ。

 

 角は荷物としては重いが、その分値も張るので全然気にならなかった。

 

 迷宮の入り口から少し離れた所にある、石造りの大きな宿。

 手作業による木造ではなく、魔法による石造りだというのが売りらしい。

 そして、従業員に魔法使いを置き、(イ・ヘロ)の魔道具を使って夜でも廊下が明るいという高級宿である。

 そして各室にシャワー室があり、対価を支払うことにより魔石に魔力を込めてもらって水とお湯が使えるという

 よくよく聞いたら学生寮と似たような設備を備えているのだった。

 高級と言うから期待したのに、というがっかりした表情のイレーネ、苦笑いのロペス。

 カウンターで指を鳴らし、「シャワー室付きのシングル3部屋! 一泊で」というと

「では前金で銀貨9枚になります。こちらに名前と住所をご記入ください」と、普通に対応された。

 鍵を受け取り、たらいを借りて部屋に入る。

 

 疲れていたのでそのままベッドに倒れこみたいが汚れているので先にシャワーを浴びることにした。

 脱いだものをたらいに入れ、お湯で満たしガシャガシャと踏みながらシャワーを浴びる。

 洗濯とシャワーの同時進行で効率的にできる! と思ったが目をつむりながら足踏みしたら転びそうになったので結局別にやった。

 

 シャワーを浴び、清潔になったところで熱風(アレ・カエンテ)で乾かしてベッドに倒れこむ。

 このまま寝てしまいそうになり、慌てて起きる。

 たらいに置いたままの服を改めてすすぎ、熱風(アレ・カエンテ)で乾かして着直した。

 ベッドに座りぼうっとする。

 そういえば、イレーネと私は冬の服やらいろいろ必要だから稼ぎにくるのはいいとして、特に困ってなさそうなロペスがついてきたのはなぜなのか、ということを思いついた。

 あぶなっかしいとかそういうこともあるのだろうし、来てくれて助かったのも事実なのだが。

 いつか聞ければいいか、と思い直し(アグーラ)で水を出して飲んだ。

 

 晩御飯どうしようかなぁ、この間の店美味しかったからまたそこでもいいのだけど。

 と考えているとノックの音が響いた。

「カオル、そろそろディナーの時間だがどうする?」とロペスがドア越しに声をかけてきた。

 行くよ、と答えてドアを開けるとシャワーだけは浴びたロペスが立っていた。

「あれ、洗濯しなかったんだ」と聞くと

「あぁ、それでたらいを借りていたのか」と思い当たったようだった。

 もしかしてイレーネも汚れたままなのだろうか。

 そう思ってノックしてみると遠くから先行ってて! と返事が聞こえてきた。

 

「だってさ」とロペスに言って宿のロビーにある椅子に座ってイレーネを待つ。

 石人形(ゴーレム)の対処について激論を交わしているとイレーネがやってきた。

 ちゃんと洗濯は済ませてきたようだ。

「お待たせ、なんの話?」ロペスと私は立ち上がり石人形(ゴーレム)の倒し方についてイレーネも混ぜてレストランに向かって歩き出した。

 

 少し高級そうな、石造りのレストランの前に立ち、ここにしようと決めた。

 受付をすると席に案内される。

 メニューがロペスにだけ渡され、ロペスが適当に注文していた。

 

 ロペスが何か注文し、ワインは赤のこれを、と言ったのだけ聞こえた。

 

「ねえ、カオル! ブラックジャックやりましょう!」というので

「そういうのは食前にやるもんじゃないし、イレーネ両替しないとないでしょうよ」というと唇をつんととがらせてちぇーと言っていた。

 

 まあ、ハマっちゃう人は食後もダメですけどね。

 ほどなくして、食前酒でキールというカクテルが出された。

 はじめての味。

 

 ちびちびと飲んでいるとサラダが出された。

 ラディッキオとレタスのサラダというらしい、チチトーンとブロッコリーが両方入っていた。

 給仕の男が

「魔力の満たされていない土地で育ったチチトーンが緑色になるのですよ、こちらの地域では珍しいのでサラダに使っています。」

 

 普通に向こうの野菜もあるのか、と驚いてブロッコリーを突き刺してみていると

「それ真緑で気持ち悪いよね」とイレーネが言った。

 私は白黒のつぶつぶの方が気持ち悪いと思います。

 

 味は、とみてみると味はブロッコリーの方がおいしいけど、魔力がないので一味足りない気がしてくる。

 スープは茶色のどろっとしたニニギのポタージュらしい。

 味はトウモロコシだった。

 スイートコーンに魔力をあげると茶色になるらしい、まあ、トウモロコシなんて色いっぱいあるしそういうこともあるだろう。

 

 スープを飲み終わったがイレーネがまだスープを楽しんでいたので手持無沙汰になり、パンを手に取る。

 小麦も魔力で色が変わったりするのだろうか。

 少し硬いパンをちぎって口に放り込む。

 

 しばらくするとメインディッシュの肉料理が現れた。

 ラムと牛ほほ肉の赤ワイン煮込みらしい。

 肉アンド肉。実に中高生男子らしい注文の仕方である。

 

 イレーネが小声で「男子に頼むとこういう頼み方するからいやなのよ」と文句を言っていたがおじさんになってもそういう頼み方をする私としては笑ってごまかすしかなかった。

 

 そしてデザートはアップルパイだった。

 珍しい果物が入ったので今週だけ出していると言っていた。

 イレーネもロペスもリンゴは初めての様で食感と味についてこれはいいとか

 甘酸っぱくていいと言っていたので機会があれば私の世界に招待したいものだ。

 

 デザートまで食べ、3人でワインを1本空けてから宿に帰る。

 本当に高級店だったらしく、銀貨7枚だった。

 

 じゃあ、明日の昼前に、と約束して部屋に戻り、適当に晩酌して寝た。

 

 

 

 



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帰路

 宿の近くの喫茶店で朝食を取り、帰路に就く。

 ごちゃごちゃと荷物を抱えてしまったが、身体強化をすれば問題ない。

「女子の支度は時間がかかるというがカオルは早いな」

 食後の紅茶を飲みながらロペスが言った。

 

「まあ、特に気にするものもないしね」と答え、チェックアウトに時間がかかっているイレーネを待った。

 レタスとトマトのサンドウィッチを食べ終え、追加で小さいサイズのピザを頼み、そしてまた追加でチキンとレタスのサンドウィッチを頼み、4杯目の紅茶を飲み始めたころにイレーネがやってきた。

 

「遅くなってごめんね」と言って席について朝食を頼んだ。

「勝手に早く外に出てただけだしね。気にしなくていいよ」とフォローした。

 

「そういうことだ」とロペスが同意した。

 イレーネの朝食を待つ間にホットドッグを頼んでロペスに今日はよく食べるな、と驚かれた。

 なぜか妙にお腹が空くのです。

 

 イレーネの食事も終わり、軽く伸びをして出発する。

 森の中ではなく、きちんとした道を全力ダッシュで駆け抜ける。

 きちんとしたといっても石畳だとかアスファルトだということではなく、踏み固められて草が生えていないだけの道というだけなのだが。

 

 1時間毎に休憩を挟みながら6時間ほど掛かって我が聖王国ファラスへと帰還した。

 日が傾いてもうじき日没だろう、今日中に戻ってこれてよかった。

 その足でまっすぐにハンター協会に行き、デロール村の村長からの手紙と手長熊のしっぽを渡して報酬をもらう。

 報酬は金貨2枚と銀貨40枚、巨大猪(グレートボア)は被害額が熊ほどではないから安いのだろう。

 そして換金の窓口に行き、鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)の爪と糸、手長熊の魔石と洞窟の巨人(トロール)の魔石と牛頭(ミノタウロス)の角と魔石を全て預けた。

 鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)の爪は30個、あまりにも多かったので途中捨てた。銀貨3枚、糸は1匹分の1巻き、40個で1つあたり銀貨5枚。

 洞窟の巨人(トロール)の魔石は12個、1個当たり銀貨20枚なので240枚。

 牛頭(ミノタウロス)の魔石は14個、1個当たり銀貨30枚なので、銀貨420枚

 そして角は28本、1本あたり銀貨25枚なので銀貨700枚。

 合計すると銀貨1650枚、金貨にすると27枚と銀貨10枚という結果になった。

 

 これにデロール村の村長から直接もらった金貨と仕事の報酬を合わせると金貨34枚と銀貨50枚、一人頭金貨11枚と銀貨25枚という結果になった。

 

「はぁぁ、よかった。」お金を入れた革袋を抱きしめてイレーネが言った。

 ロペスがよかったなと言って、懐に革袋を仕舞った。

「さて、この後どうする?」とロペスがいうので

「せっかく懐あったまったんだからちょっといい店行こうよ」とイレーネがいうので、一緒に兵舎の方にある少し高級な店に行くことにした。

 若人がどんどん贅沢を覚えてしまう。と思ったが、彼らはもともと貴族だったわ、と思い直した。

 日常的に銀貨1枚するような食事をしているのかは知らないけれど。

 

「ここ来てみたかったのよね」と言って土の様な石の様なよくわからない材質でできた建物に入っていった。

 来てみたかったそのレストランは、大迷宮前の集落で食べたものと大差なく、確かにおいしかったが一度食べたものと思うとそこまで感動は無かった。

 ほろ酔いでレストランを出て、兵舎へ向かう。

 

 ふらふらと歩きながらイレーネが

「カオルにロペス、本当にありがとう。このお金がなかったら自分の支度もできないからってきっと連れ戻されてた。きっと連絡がこなくてお父様は慌ててるわ」そう言って笑った。

 その後、自室に戻った。

 体調がおかしいのできっとアレの予兆だと思い、薬を飲む。

 きっとこれで大丈夫だ。

 

 なんだかんだで絞れるくらい汗をかいたので、シャワーを浴びてベルを鳴らした。

 帰還の報告くらい自分で言いに行ければよかったのだが、エリーがどこにいるかしらないのだ。

 ノックの音がなり、どうぞ、というとエリーがやってきた。

「ただいま! エリー! 全員元気です!」というとぱっと笑顔を輝かせた。

「おかえりなさい、カオル様」そういって胸の前で拳を回したので私も拳を回して答える。

 今度は間違えない。

 

「帰還の報告だけしたくて呼びました。」というとエリーは

「気にしていただいてありがとうございます。」と頭を下げた。

 

「今日の所は早めに寝るので今度イレーネと一緒に土産話でも聞いてください。」と言って就寝の挨拶をした。

 同じ頃、ロペスは自室に戻ろうとすると廊下でルイス教官に「無事に戻ったか」と、声をかけられた。

「はい、戻りました。」というと、ちょっと来い、と地下の会議室らしき部屋に連れていかれた。

 

 そこには既にヴィク教官とフェルミン・レニーがいた。

「まあ、座れ」とコップに茶色い液体が注がれ、差し出された。

「で、カオルとイレーネとの遠征はどうだった?」ルイス教官が言う。

「気づいたことや実際にあったこと、あとはそれでどう思ったか、という所だな。」

「彼女は、出しゃばらない感じがします。」

 一緒に戦うと功績を均一にしようとするのか、少し手をだしてから1歩下がる様な真似をする。

魔力量が多く、威力が高い気がします。

 血に対して忌避感が強く、命を奪うということをしようとしない。という話を迷宮でハンターに待ち伏せされた話を交えて言った。

 あとは、弱いものを守らせるとことのほか頑張ってくれます。

 

 ブラックジャックの例をだし、専門家ならわかるであろうことをこともなげにやる知識。

 一つ一つ思い出しながら彼女のことを語っていく。

 きっと彼らが聞きたいのはこの結論なのだ。

 茶色い液体はブランデーだった。

 喉の奥を焼きながら通りすぎるブランデーを感じながらこう言った。

 

「カオルは、召喚者、相当に平和な世界から召喚された、隠しているわけではないと思いますが召喚者なのだと思います。」

「彼女をこのまま戦場に向かわせたとしても、過去の召喚者の様な活躍は期待できないと感じます。」

「どうしてそう思った」ヴィク教官が言った。

「彼女は戦うということに対して心が弱すぎます。」

「幸い、後方支援も並以上にできるので、このまま魔力量が増えれば直接ではないですが活躍はできるでしょう。」

 

「そこで相談なのですが」と続け回答を待った。

 ルイス教官がうなづく。

「人の目にふれず、音の漏れない個室を借りれるように彼女に言います。」

「なんのために」フェルミンが言った。

「内容は彼女の秘法なのでいうことはできませんが、従来より魔力量を増やす方法を持っています。」

「しかし、方法としては難しいものではないので上位貴族の秘法と同じであった場合・・・」

「秘法を盗んだと濡れ衣がかけられ取り込まれるか罪人として扱われてしまう可能性がある、ということか。」とヴィク教官が言った。

「わかった、ヤニック様にはこちらで手配しておく。」

「で、貴様は知っておるのだな?」ヴィク教官がにやりと笑って言った。

「はい、それで秘匿するように忠告しました。」

「いい判断だ。」といってルイス教官がロペスの髪をぐしゃぐしゃと掻きまわした。

「では、英雄の出現に」といってヴィク教官がグラスを上げ、口々に「英雄の出現に」といってグラスを上げた。

 

 次の日の朝、案の定アレだった。

 薬を飲んでるので普通にしていられるがなければ毎月地獄だったろう。

 そうでないときはそこまでひどくないという経験からだが特に魔力と体力を使ったあとにアレが来ると体調がひどいことになるらしい。

 

 



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遠征の振り返り

 一晩明けて、エリーが朝食を持ってきてくれる前に着替えを済ませた。

 イレーネが起きてたら一緒にエリーを待ってもよかったんだが、

 きっとギリギリまで起きられないタイプなのでまだ夢の中だろう。

 エリーを待つために本を読む。

 

 今日の本は2年目に覚える魔法についての本。

 

 炎の矢(フェゴ・エクハ)の様にとっさに使うものではなく、大人数にかけたり高威力のものを覚えるらしい。

 以前の訓練の時に兵士に使ったハードスキンなんかがそれにあたる。

 大体は多人数対多人数で向かい合った時に矢を射るのと合わせて打ち出される高威力魔法になる。

 向かい合った軍隊同士で一斉に打ち合い、盾と魔法障壁(マァヒ・ヴァル)で防ぎ落ち着いたところで一般兵が突撃を行い戦闘が始まるのだ。

 

 魔法が使える士官を先頭にして縦列に並んだ敵集団の横っ腹に騎馬突撃の様に突撃し、中央から引き裂いて駆け抜けるという戦法が試されたが、抜ける前に魔力が尽きて殺されてしまうことが多かったため、

 

 親の貴族から『正しい血族である我々貴族が厚意で協力しているにも関わらず、そのような消費の仕方をするのであれば、軍にいれることは以降控えさせていただく』という書状が届き、以降貴族の子女がその戦術に参加することはなくなり、武功が減ったとそれはそれで不平が出た。

 

 この戦術を取りたい場合は、魔力持ちの平民が行うようになったが、貴族ほどの魔力があっても袋叩きにあうのに魔力の成長が未熟な平民では成果を上げる前に全滅してしまったため、やはり使われなくなった。

 と、別の本に書いてあった。

 

 若干面倒になった詠唱を覚えているとノックの音がした。

 エリーが来たようだ。

 

 はーい、と返事をすると、エリーが朝食を持ってきてくれた。

「おはようございます、カオル様」

「はい、おはようございます」

 

 エリーが持ってきてくれた朝食を取りながら、戦った魔物の話やイレーネとロペスの宣伝をしておいた。

 

 その後も講堂に着くまで話に付き合ってもらった。

「久しぶりだな、カオル、少しやせたんじゃないか?」

 と、ペドロが声をかけてきた。

 

「固いパンと干し肉ばっかりだったからそうかもねでも普通のパンとかも食べてたからロペスとイレーネの方がやせたかもしれない」と答えた。

 

 その後、ロペスとイレーネも合流してロペスの突っ込みたがる話とイレーネの黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)の話で盛り上がった。

 

「お前ら、やせたな。イレーネ、ちゃんと稼げたか?」とルイス教官が声をかける。イレーネは元気よくはい! と答えて笑みを見せた。

「それは良かった。」

 

「ラウル、お前もダイエットのついでに遠征行ってきたらどうだ?」とペドロが茶化し、「体力ないしお金困ってないからいやだよ」とラウルが答えた。

 

 なんだかんだで貴族なんだなぁとしょうもない感想を抱いたが、なぜ体力なくてお金に困ってない太っちょのラウルが軍に入ることになったのか。

 

 とどうせ大した話じゃあないだろうと思うが、若干の謎を残した。

 

「まあ、せっかくだからやってきたこととか、戦った相手とか迷宮の話とか

 発表してもらうかな、な、ロペス」

 そういわれまんざらでもない顔で前に立つロペス。

 

 そもそも私とイレーネはお金がないので行ったが、ここにいる候補生は弱小とは言え貴族や太い商人の子供なのだ。

 わざわざ危険を冒してまで迷宮に潜る必要なんてない。

 であれば、こういう話は娯楽としてもいいのだろう。

 

 修行の旅に出てほしいとか思惑があるのかもしれない。

 

 初日の腕長熊討伐でイリュージョンボディがかかってるのにかっこつけて

 

 空回りした話を省いて私の炎の矢(フェゴ・エクハ)に反応した手長熊を後ろから切りつけ、イレーネが風の刃(ヴェン・エスーダ)で頸動脈を狩り、自分がとどめを刺した話をかっこよく披露していた。

 

 その後、巨大猪(グレートボア)を狩り、一晩明かしてデロール村に行き、村長の家のドアを身体強化かけた私が破壊した話を誇張して語っていた。

 

 自分のは隠したくせにずるいやつだ。

 

 まあ、かっこつけたい年頃なのだろうと、寛大な私は優しく許してやることにした。

 

 その後続く大迷宮での冒険譚にロペスは意外と話上手なのか、ペドロやルディがのめりこむように聞き入っていた。

 

 そのあとの話は、石人形(ゴーレム)に出合い、まったくもって歯が立たず、吹き飛ばされてしまった話だった。

 

「カオル、気絶している間の話をおねがいできるかな?」というので交代してその部分の話をする。

 

 気絶したロペスに興味を無くした石人形(ゴーレム)は私とイレーネに向かってきたので、イレーネと二人で(アグーラ)を床に撒いて凍える風(グリエール・カエンテ)で凍らせることによって、つるつるになった地面で石人形(ゴーレム)の機動力を奪いつつ、スライディングで脇を通り抜けてロペスを肩に担いで6Fの階段まで戻った。

 

 ハードスキンのおかげで外傷はないようだったが、無事かどうかわからない中、アーテーナの鉾というハンターのチームが通りかかって回復させてくれた、という話をしてロペスに話を戻した。

 

 アーテーナの鉾は前衛のアルベルト、後衛のアンヘル、神官のニコラスの3人組のパーティだと紹介し、

 

 アーテーナの鉾と合流し、全員が後衛へと回ることによって9Fの牛頭(ミノタウロス)を狩ることができた。

 

 我々は魔法を使うために身体強化は自分自身にしかかけられないが、神官は奇跡の発動によって前衛のアルベルトに身体強化をかけられた。

 

 身体強化をかけた所で今の我々には抑えられないであろう牛頭(ミノタウロス)を一人で抑えて後衛の介入する隙を作るという技術をもって連携して戦っていた。

 

 前衛の役目とはいえ、攻撃的でかつ力が圧倒的に強い魔物を相手にたった一人で立ち向かう姿に感動した話を熱く語る。

 

 きっとロペスのあこがれの大人像が出来上がった瞬間だったのだ。

 

 前衛と言えばペドロと自分くらいの強さがあれば中々やれるんじゃないかと思っていたが、実際にハンターとして生きている彼らをみると技術も体もできていないんだと実感した。

 と、締めた。

 

「いい経験ができたな」とルイス教官が感想を言った。

「今聞いた通り、お前らは普通の人間よりは強い、だが戦いを生業にする者からすると中位くらいなものだろう。

 4年ここで成長した時こそ戦いを生業にしているものを超えることになる。精進すること。」と全員を引き締めた。

 

「あと、カオルとイレーネ、ちょっと」と手招きした。はい、なんでしょ。と行くと

「ロペスから聞いた。地下の会議室使ってもいいぞ。」

 はて? と思っているとロペスが魔法障壁(マァヒ・ヴァル)の件だ、と耳打ちした。

「あぁ、はいはい、ありがとうございます!」

 これでわざわざ出かけなくて済むのがありがたい。

 

 



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イレーネと冬の買い物

 遠征から半月ほど経った秋も半ばという頃。

 懐が温まったイレーネから買い物の同行を頼まれた。

 

 ついでに私の冬服も買わなければ。

 支給された服では薄くて冬を越せそうにない。

 

 商業区画へ、下町ではなく高い方の商業区画にイレーネと一緒に出掛ける。

 わざわざ質の悪いものを買いに臭いところに行かなくて済むのはありがたい。

 

 なんか、士官学校が充実してきてしまったせいか、こっちの生活も悪くない気がしてきた。

 帰っても終電で帰るような生活なんだもの。

 

 とはいえ、実際に殺し合いをするようになるとまた意見も変わるんだろうな、と結論を保留にした。

 

 春先にエリーに用意してもらった服を着て本を読みながらイレーネを待つ。

 朝食を食べ、小一時間ほどたったころにイレーネが訪ねてきた。

 

「カオルはいつも朝早いね」まだまだ眠そうなイレーネと街に繰り出した。

 この時期、イレーネはいつもなら年末に向けて仕立てたドレスの試着と調整をするのだけれど、今年はドレスを買わないので防寒具や遠征に使うマントを新調する必要があるらしかった。

 

 おいてきた今まで着てた服は普段着と言ってもヒラヒラしたものなので可愛いのは可愛いでいいのだけど家を出た今、着ていく場所がないし、着るまでは可愛いから気分が上がるのだけど、着始めると面倒でしょうがない。

 着た後も締め付けはきついしゆっくり動かないと裾踏んで転ぶしでやっぱり面倒なの、とそんな話をしつつ二人で綺麗な石畳が敷かれた道を歩く。

 

 まずは古着屋にいく。

 石の様な不思議な材質の建物に入ると古着独特の臭いがする。

 ちょっと顔をしかめてから着れそうな服を探す。

 やっぱり女性ものはスカートしかないようだ。

 

 男性物でいいかと思ったが一番小さくてもウェストも裾もぶっかぶかで作るしかなさそうだ。

 しょうがないのでなるべく妙な模様が入っていないセーターを数枚選んだ。

 

 イレーネは膝下の長さのスカートとセーターを買っていた。

 既製品の中古でも銀貨で払うとは思わなかったが今の私達は億万長者に匹敵する気持ちに溢れているのでなんてことなく支払った。

 リュックに買ったものをしまい、隣にある仕立て屋に入った。

 小汚い制服を着た金のなさそうな子供が二人、不審な目で見られながら入店する。

 

「すみませんが、いくつか仕立てていただきたいのですが」というとにっこり笑って接客モードに切り替わった。

「どのようなものがご入用でしょう?」

「私は上着とズボンがほしいです。」といってもこもこな上着を注文する。

 素材は丈夫な紺色の布を指定し、中綿(なかわた)を入れてもらう、襟にはたぬきの毛皮を使って首を温かく守れるようにするが暑い時には外せるようにボタンで取り外しできるようにする。

 胸ポケットを付けたかったが邪魔なものがあるから使いづらそうなので断念して腹のポケットのみで我慢する。

 ジャケットの絵を書いてこんな感じにしてほしい、と要望を出すと

「なんか、かわいくないね」と感想を漏らした。

 

 私の注文が終わるとイレーネは

「あたしはマントと冬の上着とズボンかな?」といった。

「マント?」と聞くと、野営の時に敷けたり頭から被って雨しのいだりできるのよ。

 と答えた。

「あらあら、お嬢様方、流行りのデザインのきれいなスカートもありますよ」とかわいらしいデザイン画を見せてきた。

「私たち士官学校生なので、動きやすい方がいいんですよ」というと、なるほど、大商人か貴族か、と納得したようだった。

 

 

 なら、マントあったほうがいいのかなぁ、と思うが、ジャケットにマントっておかしくないか?

 おかしいがないと不便ならまあ、いいか。とマントも注文した。

 イレーネの注文の後に採寸してもらう。

 

 ズボンは動きやすい様にダボっとさせて腿の外側にポケットを付けてもらい、前と後ろにもポケットを付けてもらって採寸した。

 念の為肘と膝に魔物の皮を使って補強してくれる様お願いした。

 

「ポケットだらけだし、なんか変、かわいくない」とイレーネが言った。

 それはそうだろうと私も思う、実用性重視なんだもの。

 

 そう思うとマントじゃないほうがいいな、ポンチョにしよう。と注文の変更を伝える。

 ポンチョがわからない、というので簡単な絵をかいてお願いした。

 できたら防水のものがあればお願いしたい、というと

 防水布で作りましょうと提案された。

 サンプルの布を触ってみると妙に分厚く、ぷにぷにと弾力があった。

 

 上着の布代が銀貨10枚、中綿が銀貨1枚、たぬきの皮が銀貨2枚

 ズボンの布代が2着分で銀貨24枚、ポンチョの防水布が銀貨40枚とのことだった。

 

 やはり機械がないと手作業のコストが跳ね上がるな、と思っているとなんと仕立て代が含まれていないという。

 仕立て代は上着が銀貨6枚、ズボンが2着分で10枚、ポンチョは12枚とのことだった。

 合計銀貨で105枚、金貨2枚と銀貨5枚ということになった。

 

 やっぱり服は贅沢品なんだなぁ、と思い、イレーネを見てみると店員に言いくるめられて流行りのデザイン重視になり、防寒具なのに薄手にされそうになっていた。

 厚手の羊毛と綿の合わせた生地でコートなんかいいんじゃないか、と女性向けのコートはダッフルコートくらいしかしらないのでデザインを書きながらこういう感じなら生地の厚さとデザインが両立できると説得した。

 

 ズボンの形には特にこだわりはないらしく、普通の男物のズボンを縮小したものを注文していた。

 私が補強のために膝に皮を使っていたことでイレーネもなんとなく真似してみたくらいだった。

 

 ダッフルコートの布代が銀貨で14枚、ボタンに使う鹿の角が銀貨1枚、マントが皮と布を張り合わせたちょっと高いやつで銀貨12枚にズボンは銀貨5枚という所だった。

 それに仕立て代を合わせて合計銀貨48枚となった。

 

 億万長者に匹敵する気持ちをもってしても貧乏性は抜けないな、と思って仕立て屋を後にした。

 採寸やらデザインやら色々してたらもう昼過ぎだった。

 

「お腹空いたからご飯食べよっか?」とイレーネがいうので適当に入って昼食ができそうな店を探した。

 少し歩いてレストランに入る。

 ガーリックトーストとサラダとスープにコーヒーを頼んで一休みする。

 

 食べなれた物があって助かる。

 入ってる野菜は見慣れないが。

 

 黙々と食べ終わったところでイレーネが口を開いた。

「カオルってさ、召喚者だよね」

 なんと答えようかと思案を巡らせていると

「まさか、隠してるつもりだったの?」

「そんなことはないけど」

「だよね、隠してたつもりって言われた方がびっくりするわ」

「でもなんで聞いたの?」

「いやー気になっちゃって、隠してる風でもないし、聞いてもいいかなーって」

「確かにそうなんだけど」

「あたしが受けてきた淑女の教育なんてあほらしいものも感じもないし、スカート嫌いだし、今日なんて変な服デザインするしさ」それは女物着たくないっていうだけなんだけどな。

「ま、聞きたいこと聞いたからすっきりしたわ!」

 

「それに昨日のあれも召喚者絡みよね」

「昨日の?」

「地下の会議室」

「あぁ、ロペスが。」

「そゆこと」

「じゃあ、これからはバリバリイレーネを鍛えられるね」と言ってにやりと笑うと

「うん、よろしく」といってにっこりと笑って私の心をちょっとドキドキさせた。

 

 軽くお腹がいっぱいになったところでせっかくだから地下の会議室を使ってみようということで学生寮に戻ることにした。

 

 動きやすい恰好に着替えて現地集合しようとしたが、私は場所がわからないのでイレーネが迎えに来てくれるのを待ってから地下の会議室(しゅうれんじょ)に向かった。

 

 会議室といいながら全て片付けられていて、がらんどうの室内だった。

 ありがたいことに私達のために空けてくれたんだろう。

 イレーネと向かい合ってこまめに休憩を挟みながら2,3時間ほど魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけあう。

 

 「ここらへんで最後にしようか」

 

 どちらからともなくそういうと最後に残りの魔力を全部使った魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけてへたりこんだ。



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イレーネと冬休み(1)

 クリスマス。

 

 ここでは家族で1年の健康を神に感謝し、次の年の幸せを神に祈って過ごすらしい。

 

 学生寮でも12月の24日から翌年の1月6日までいわゆる冬休みになり家族の元へ帰ることができるのだという。

 

 私はもちろん行く当てはないので、寮で過ごすことになる。

 

 エリーもロペス達もどうやら実家に帰るらしい。

 

 実家から帰ってきてほしいと手紙が届いたらしいがイレーネは帰らないらしい。

 

 プレゼントは石炭を送るんだよ! とちょっとさみしそうに笑っていた。

 

 ということで冬休みは自然とイレーネと過ごすことになった。

 

 学生寮の食堂も休みになってしまうので、自分で作るか買ってくるかしないといけない。

 

 あとはワインを2、3本買っておけば大丈夫だろう。

 

 

 という話をしていたのだが、結局当日になって作るのも面倒だよね、という話になり

 

 焼いた肉やら野菜やらを買いにでた。

 

 二人で1個ずつ大き目の籠を持って屋台を回って色々買いこむ。

 

 衣料品店やら雑貨店はクリスマス休暇で閉めてしまっているので、歩いていてもつまらない。

 

 祝日なのに店を開いてくれる飲食店の方々には感謝しきれない。

 

 パンにチーズ、塩コショウで焼いた牛肉に七面鳥のローストを切り分けてもらって学生寮に帰る。

 

「いやー買いに買ったね、これで明日のごはんにも困らなそうだよ」と言って木箱に買ってきた食糧を仕舞った。

 

「ワインは買いに行かないと明日の分はないけどね。」というとイレーネはにやりと笑った。

 

 各々の部屋でシャワーを浴びて再集合する。

 

 私は烏の行水といわれるくらい雑に入り、パジャマに着替えてイレーネを待つ。

 

 こんな体でなければ美少女と二人きりのクリスマスなのだがなぁ、と

 

 自分の体を見下ろした。

 

 この体の持ち主も急におっさんになっちゃって困ってるだろうに。

 

 はあ、と大きくため息をついた。 

 

 ひとまず空き部屋から椅子を借りてきてイレーネを迎える準備をする。

 

 テレビでもあれば時間つぶしにぼーっとできるんだがなぁ、と思いながら手元の本を見る。

 

 ぱらぱら、とめくって適当なところで止めて眺める。

 

 激しい雷雨の中で英雄が姫を守って戦う場面だった。

 

 ここは物語は宗教関係の伝説か英雄譚くらいしか読むものがないのだ。

 

 ただファンタジーな物語がフィクションでなく、ノンフィクションという違いはあるが。

 

 そんなことを妄想しているとノックの音が響いた。

 

 足早にドアに駆け寄りドアを開けるとパジャマ姿のイレーネがいた。

 

「来たね」というと

 

「お招きいただきありがとう存じます」といって何もない空間をつまんでお辞儀をした。

 

 なんて言ったっけ、カーテシーだったか。

 

「いらっしゃい」と言って中に促した。

 

 イレーネの座る椅子を引き、イレーネを席に案内すると自分の席に着いた。

 

 席と言っても2席しかないんだけれど。

 

「じゃあ、さっそくワインでも。」といってコルクを抜いた。

 

 銀貨15枚で買ってきた銀のゴブレットを並べた。

 

 高々コップにそんな値段を払わなきゃいけないなんて、と思ったが

 

 木のコップじゃ雰囲気でないし、と悩んだ末に買ったのです。

 

「ずいぶん奮発したね!」としげしげとゴブレットを眺めて言った。

 

「せっかくだからね」と言って高級なコップに安ワインを注いだ。

 

 メリークリスマス! といって乾杯して一口飲む。

 

 うん、安い味だ。

 

 木箱からチーズとパン、焼いた牛肉を取り出してレンチンを使う。

 

「最初の頃なんかレンチン使うとカラッカラにしちゃってさ、全部エリーにあっためてもらってたの」と、いうと

 

「あたしもそうだったから冷たいまま食べてたよ」と笑った。

 

「じゃあ、あれだ、熱風(アレ・カエンテ)。髪乾かそうとして試しに濡れたタオルにかけたら焦げちゃった件」というと

 

「そうなんだよねぇ、だからあたしは自然乾燥だったよ」といって遠い目をした。

 

「侍女くらいつけてくれればいいのにね」というと

 

「そこまでして凹ませてやりたかったってことなんだろうねぇ、でもあたしが勝ったね」と言ってガッツポーズを取った。

 

 

 ワインが2本空いたころまでは覚えているのだが、いつのまにか前後不明になり気が付いたら朝だった。

 

 なぜかパンイチで、ベッドで寝ていた。

 

 イレーネの姿を探すと私と逆さになってやはりパンイチで寝ていた。

 

 どういうことだろう。と昨日の記憶を取り戻そうとするが酔いが回り始めたあたりの

 

 イレーネから異世界から来たんでしょどんなところよ! と絡まれて説明したり

 

 異世界の歌を歌えと言われていろいろ歌ったことは覚えているがそのころはまだ服を着ていた。

 

 よくよく思い出すとイレーネだいぶ酒癖悪いな。

 

 そのあとはイレーネがこっちの歌を歌ったりして、あとどうしたっけなぁ、と天井を仰いだ。

 

 まあ、いいか。寒いので服を着よう。

 

 すぐ出れるようにこの間作った服を着て、暖炉に(フェゴ)を魔力強めに放り込んだ。

 

 薪代の節約である。

 

 パンイチで寝ているイレーネを放置してテーブルにつき、お茶を入れてパンを食べる。

 

 よっぱらってなんか変なこと言ってないだろうか、と心配になる。

 

 私本当は男なんだぜーって言ってたらなんていうだろう。

 

 はあ、はやく男になりたい。

 

 そして瓶に残った1杯分に満たないワインをゴブレットに注いだ。

 

 パンをつまみにワインを飲んでいるとイレーネがうめき声をあげたが起きた感じではなかったので寝言だろう。

 



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イレーネと冬休み(2)

 その後、イレーネが起きたのは昼近くになってからだった。

 

 やはりパンイチになっていた経過についての記憶が戻ることはなく、

 

 淑女が全裸で寝るなんてはしたないと落ち込んでいた。

 

 イレーネには淑女がどうのではしたないとか割と今更だと思うのだが、口には出すまい。

 

 長々寝たおかげで二日酔いも軽く適当にパンを食べてから今日の分のワインを買いに行くことにした。

 

「そういえば、来年の6日まで休みなんだから遠征できたらよかったね。」と、イレーネがいった。

 

「私たちだけだと非力すぎて危ないから無理だね。」と、手をひらひら振りながら言った。

 

「ちょっと大きめの魔獣退治だけならなんとか、いけなくはないかもしれないけど。」

 

 手長熊辺りを革もほしいと思うともうきついだろう。

 

 ただ殺すだけなら魔法撃って逃げたらいいのだ。

 

 あと血まみれになりたくないので魔石は取れない。

 

 今日も休みの店は多い、いつも朝から開いているパン屋も営業時間短縮で昼から夕方までになっている。

 

 

 昨日の反省点を踏まえてチーズを多めに買っていくことにする。

 

 多いと思ったが二人で安ワインをがぶがぶ飲みながらだとあっという間にチーズがなくなってしまったのだ。

 

 今日は七面鳥もあるからそこまで消費しないかな?

 

 ただでさえ娯楽がすくない世界なのに年末のせいでますますできることがなくなってしまった。

 

「普段の年末はなにしてんの? すごい暇なじゃない?」と聞いてみる。

 

「そうねえ、ゲームだとリバーシとか将棋にチェスなんかあるけど、

 

 あたしリバーシしかやらないから飽きちゃってもうやってないね」

 

「あとは楽師呼んで歌ってもらったり一緒に歌ったりしてたわね、年末はいい額取るのよ」

 

「後どうしてたかなぁ~、あ、聖堂に行かされて祈らされたりしたわ」

 

「あぁ、あと編み物と刺繍させられた。花嫁修業のいい機会だからって」そういって苦々しい顔をした。

 

「苦手だった?」と聞くと

 

「よく褒められたよ、あたしが嫌いなだけだからね」と言った。

 

 ちまちました作業が得意なら魔道具作りも慣れたらいい感じに作るようになるのかもしれないな。

 

 

 歩きながらだらだらと話しているうちに酒屋についた。

 

 昨日の反省を生かして赤2本、白2本、ブランデーを買った。

 

 どうせあるだけ飲んじゃうんだから明日また来たらいいさ。

 

 そう思いながら屋台で串焼きを何本か買って歩きながらたべる。

 

 イレーネは抵抗ありそうだったが私に倣って食べ始めた。

 

「冷めてないからおいしい」と気に入っていた。

 

 その後も適当に歩き回って買い食いしつつ夜のつまみによさそうなものを買って帰った。

 

 

 今日も昨日と同じくぐだぐだとしゃべりながら酒を飲み、酔いつぶれて寝てしまった。

 

 そんな生活を年明けまで続けてしまった。

 

 あっというまに新年。

 

 ここでは新年はそんなに祝わないらしい。

 

 クリスマス休暇の一部に新年がある、ただそれだけのようだった。

 

 とりあえず、今日も今日とて飲んだくれて酔いつぶれたイレーネを起こして

 

 あけましておめでとうとあいさつをして外に食べに行く。

 

 パンイチで起きたのはあれ以来なかったのでよほどショックだったんだろう。

 どっちかが分からないけれども。

 

 たぶん、イレーネだな。淑女らしいから。

 

 そして寒い寒いと思っていたら年明け早々に雪が降った。

 

 この間作った服を着てホットワインのために出かけた。

 

 マントやコートと違ってポンチョだと熱風の魔法を使っても

 

 暖かい空気が拡散していかないところが利点だ。

 

 コートだとそもそも手が外にでてしまっているので使えない。

 

 厚手の生地で作っているのでそこまで寒くならないはずだ。

 

 下町まで出向き、安くておいしい煮込み料理をたらふく食べ、

 

 お土産に、と汁を抜いて油紙で包んだものを籠にいれてほくほく顔で帰路についていた。

 

 近道しよう、とイレーネに誘われ、普段通らない細い道を通り、

 

 いつもの酒屋に向かう時だった。

 

 昼間なのに薄暗い通りを通っている時、

 

 ちょうど通りを抜けるところに人影が見えた。

 

 治安の悪い区画の人目につかない通りを通っているのだから

 

 当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 仕方ない、とイレーネと頷き合って身体強化をかける。

 

「そっちのかわいこちゃんにだけ用があるからちんちくりん、お前はどっかいきな。

 

 助けなんて呼んでくるんじゃねえぞ」

 

 ホームセンターファッションで着ぶくれた女には興味がないらしい。

 

 山賊の様な毛皮を着た無精ひげの男が言った。

 

「どうしてもっていうならそいつの後で相手してやってもいいけどな」と

 

 太った山賊が下卑た笑いを浮かべて言った。

 

 なるほど、目的はイレーネ、そうだよね。

 

 とはいえこういう男の下卑た視線というのはこんなにも気持ち悪いのか、と実感した。

 

 それにしてもちんちくりんと言ったあとに相手してやるとはロリコンか。

 

「どうせ悪人に人権はないんだからやっちゃうよ」とイレーネが

 

 黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)を出現させる。

 

「街中で魔法はやめようよ」というとぽん、と手を打って消した。

 

 そしてキッと太った山賊をにらむと一気に距離を詰め拳を繰り出した。

 

 イレーネの拳をつかもうと手を伸ばしたが、身体強化したイレーネの右拳は

 

 太った山賊の手を破裂させ、破片を辺りにぶちまけた。

 

「いでえよおお!」無くなった手首を見せつけるように

 

 振り回しながら悲鳴をあげた。

 

「やってくれるじゃねえか」

 

 無精ひげが懐からナイフを取り出した。

 

「ほら!カオル!ピンチだよ!」

 

 イレーネが喜々として指を指した。

 

 あぁ、そうか。

 

 彼女は母チーターなのだ。弱ったインパラを子チーターに与えて

 

 誰にも見つからない路地裏で狩りの練習をさせているのだ。

 

 こんなことまでさせてしまって申し訳ない、と思いその思いにこたえるべく

 

 身体強化をかけて無精ひげのチンピラに向かい合う。

 

 悪人に人権はない、悪人に人権はない。

 

 自己暗示をかけて突き出されたナイフを持つ手に右手の手刀を打ち込んだ。

 

 強かに打たれた手はナイフを持っていられずに放してしまう。

 

 自由落下するナイフを左手でつかみ、そのまま心臓めがけて押し込んだ。

 

 一瞬を何十秒に感じる中で左手にゆっくりと伝わるずぶり、と人を殺す感触。

 

 お父さん、お母さん、ついにやってしまいました。

 

 一瞬のことで何が起こったか把握できていない無精ひげが目を見開いて私の顔をみる。

 

 目線を下に落とし、胸からナイフの柄が生えていることを確認するとぐぅっとうめき声をあげて倒れこんだ。

 

 倒れた無精ひげを見下ろして案外大したことなかったな、と思おうとしたが

 

 手の震えが止まらなかった。

 

「がんばったね」といってイレーネが後ろから抱き着いてくる。

 

 背中から感じる人のぬくもりにありがたいやらお前のせいだぞとか

 

 色々考えているうちになんだか涙がでそうになった。

 

「もうこんなことはこれで最後だからね、

 

 人を殺すために徘徊するなんてこれじゃただの殺人鬼だよ」というと

 

「確かに殺人鬼だわ」と言って笑った。

 

「でも、いざって時に命を落とさないようにって心配してくれてありがとう。」

 

「あたしのこと嫌いになった?」

 

「まさか、好きになりそうだよ」

 

「じゃあ、その時はハグくらいしてあげるわ」と言って

 

 太った男を無視して酒屋へ急いだ。

 

 その後、刺した感触を夢に見て目が覚めてしまったりしたがしばらくイレーネが

 

 一緒に寝たりして付き合ってくれたおかげで少し楽になった。

 

 一人だったら耐えきれなかったかもしれない。

 

 そもそもがイレーネのせいなんだが。



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新学期と冬の作業

 あっというまにクリスマス休暇は終わり、

 

 1月7日、登校日になった。

 

「いよう!イレーネとカオルじゃないか・・・」ロペスが挨拶をしたが最後怪訝な顔をした。

 

「あけおめ!どうしたの?」とイレーネが言うと、

 

 ロペスは言い出しづらそうに口を開いた。

 

「お前ら、ちょっと、丸くなったな」

 

「まあ、遠征行く前くらいに戻ったんじゃないか?」とペドロが言った。

 

 戻っただけとはいえ返す体を太らせてしまうのはまずい。

 

 と、思ってイレーネを見てみると頬を抑えて絶望していた。

 

「もしかして、とは思っていたのだけれど・・・」自覚はあったようだ。

 

 最初の時間はヴィク教官によるテストだった。

 

 男子連中は家でも親兄弟や友達と遊びで訓練していたのだろうが

 

 魔力育成はしていたがまるっきりだらだらと無駄に時間を消費していた。

 

 ペドロとやってみろ、と前に出されて正対する。

 

 鈍った分強めに身体強化をかけて半身になり、水平に鉄の棒を構える。

 

 

 ペドロは目の前に立った同級生の女子を見て、どこがどうといえるわけではないのだが、心構えが変わったというのか、いつもと雰囲気が違うな、と感じて警戒する。

 

 戦意高揚がいつもより強いのか?とも思ったがわからないので意識の外に追いやる。

 

 いつもカオルは戦意高揚に抵抗(レジスト)していたのだが、この間の一件で暴力に対する忌避感が薄れてしまったために戦意高揚が効いてしまっていたのだった。

 

 はじめ、の合図で目の前の少女が低く飛び出した。

 

 いつもの気を使って受けやすく放たれるような優しい一撃はなく、両手剣では受けづらい前足のすねを狙って骨を砕かんばかりの勢いで放たれた。

 

 慌てて剣で受けてはじくと、はじかれた勢いを利用して一回転し、がら空きになった肩口を狙って鉄の棒をたたきつける。

 

 空いたところにただただ打ち込むという素人同然の攻撃を繰り返すだけだが、強力な身体強化のおかげで恐ろしく速い打ち込みが繰り返され受けるだけで精いっぱいになってしまった。

 

 幾合かの打ち込みを受け頭上から叩きつけられる棒を受けた瞬間、冬の休みに父からもらった、ちょっと質の良い剣が根本で折れてしまったのだ。

 

 一度距離をとって負けを宣言するしかないのだが、とっさの事態に対応できずに固まってしまい、折った勢いのまま棒が叩きつけられる。

 

 まずい、とは思うが体が動かずギリギリ頭を砕かれるのを避けるために首を横に反らした。

 

 頭があったところを通り過ぎ、棒はペドロの鎖骨を折って止まり、ペドロは衝撃と痛みで意識を失ってしまった。

 

「そこまでだ、丸くなって鈍ってそうだったのに前より動きが良いな、精進するがよい」ヴィク教官が至高の癒し手を使ってペドロの負傷を癒した。

 

「次に鈍ってそうなイレーネとラウル」

 

 気まずそうな顔をしたラウルとイレーネが向かい合う。

 

 始まりの合図にラウルはいつものように身体強化をかけて

 

 体当たりするように剣を突き出し突撃した。

 

 いつもの戦法でいつもの攻撃の仕方。

 

 イレーネはラウルの一撃をやり過ごして後ろから攻撃しようと特に何も考えずに

 

 ぽん、と1歩動いて最低限の動きでそれを回避した。

 

 しかし、位置取りが悪くラウルの剣を持っていない方へ動いてしまったために、ラウルの左腕が延ばされた。

 

 高速のラリアットはイレーネの上半身をくの字に曲げ、ラウルの急ブレーキとともにそのままの体勢で壁に向かって放り投げられた。

 

 ほんのわずかな、一秒にも満たない時間の中、慌てて龍鱗(コン・カーラ)をかけて壁に激突した。

 

 身体強化と龍鱗のおかげで外傷はなく、衝撃も耐え切った。

 

 広い練兵場で助かった、とため息をついてラウルを向くと追撃を仕掛けてきているところだった。

 

 今度は間違えない、ラウルの背中側に多めの歩幅で移動した。

 が、ラウルはイレーネの手前でブレーキをかけ剣を横薙ぎに払った。

 

 急ブレーキには驚いたが予想の範囲内だったため、頭を下げて足払いを繰り出した。

 

 ラウルは防御させて押し込むつもりだったがかわされてしまったのでイレーネの足払いをそのまま受けて転んでしまう。

 

 ラウルが起き上がる前に剣を踏み、喉元に剣を突き付けたイレーネの勝利で終わった。

 

 イレーネも少しは成長しているようで自分のことのようにうれしい気持ちになった。

 

 それ以外はまあ、なんかいつも通りの感じだった。

 

 座学は魔道具作成なのだが、腕輪にちまちま効果の弱い基礎的なものを作る所から少し応用になり、魔石は使わずに自分の魔力で発現する普通の魔道具を作る。

 

 戦場や迷宮で使うような剣、盾、防具辺りが妥当だろう。

 

 重さが消える荷車とかあれば兵站に役立ちそうだが。

 

 

 自分の装備品を魔道具にするために万力に挟み

 

 金属の棒の先端に魔法の出口を作る。

 

 2つの機能を持たせたい、円柱状になっている前半分と後ろ半分で文様を刻むことになる。

 

 端を持ち、魔力を込めて地面を突くと1メートル先の地面が盛り上がり壁になる機能、反対側の端を持ち、魔力を込めて地面を突くと1メートル先の地面が穴になる機能だ。

 

 大きさは込める魔力量に比例するとする。

 

 防御逃走用の私らしい消極的な魔道具兼武器なのだ。

 

 しかしやってみるとこれが中々に難しい。

 

 面積が狭くて丸いので滑って変な感じにえぐれそうになるのでゆっくり慎重にやらなくてはいけないのが焦れる。

 

 ロペスはいずれ斧に持ち変える予定だが、練習として家から持ってきた片刃の長剣を改造するらしい。

 

 はるか西の国で作られたという反りのない日本刀のような直刀の峰に書くらしい。

 

 詳しく聞こうとしたら楽しみに待っててくれと言われてにやりとされた。

 

 イレーネは特に何も思いつかなかったらしく、黒い炎の矢が出るナイフを作ることにしていた。

 

 ペドロは前に練兵場でみた光る盾が気に入っていたのだ、と教えてくれた。

 

 どうやら剣に光と炎の文様を施し、かっこよく光って燃える剣を作るらしい。

 

 私のせいで変なものを作る人がでてきてしまった。

 

 技術的には高度なことをしているのだが、出来上がるものが残念でたまらない。

 

 フリオとラウルはお湯が出る盾を作ると言っていた。

 

 接敵した瞬間に熱湯をかけるのだと、あとはスープも作れるし、とラウルが言っていた。

 

 ルディは鋭刃(アス・パーダ)がかかる剣だった、なんというか普通だな、と思ったが口には出さないでおいた。

 

 そんなこんなで冬の間は魔道具を作り、3年生と4年生は研修という名目で兵站部隊の手伝いをするというのが例年のカリキュラムだったのだが、今年は2年と3年生が兵站部隊研修をして、4年生は別な場所で補佐するらしい。

 

 いつもと違うことをする軍行動というと嫌な予感がしなくもない。

 

 来年は元に戻っているかもしれないし、そこまで気にしないことにした。



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土属性棒と進級後の初授業

 魔力を込めて地面を突くと1メートル先の地面に壁ができたり穴ができたりする

 

 金属棒は余計に方角を刻印してしまったので、

 

 正面の印をつけなくては思ったところに壁と穴が作れないという欠点が露呈したが、

 

 インクで赤い点を打つことで解決した。

 

 いちいち見て回す必要があるが慣れるしかあるまい、とあきらめる。

 

 そして、この土属性の魔法が使える金属棒にヌリカベスティックと名付けをもって

 

 進級に合格をもらった。

 

 イレーネは意外なことに2か月で黒炎のナイフ(ダークフレイム)を完成させ合格をもらった後、

 

 普通の炎の矢が出るナイフも追加で作成して遊んでいた。

 

 ロペスのもったいぶった直刀は峰から(カエンテ)がでるというものだった。

 

 出る量も勢いもだいぶ強く、

 

 何も考えずに握った瞬間噴出した風の勢いに振り回され

 

 石の床を思いきり切り付けてしまい、

 

 刃こぼれを心配するロペスに怒られてしまった。

 

 トロールの首を一度で落とせなかった事から

 

 剣の威力を上げるために作ったらしい。

 

 切れ味もいいし、私が使えば宝の持ち腐れになるだろうが

 

 きっとロペスならよい使い手になれそうだ。

 

 銘は疾風の剣と名付けて合格をもらった。

 

 フリオとラウルは、熱水の盾(アレ・アグーラ)と名付け、

 

 ルディはシンプルすぎるがゆえに名付けに困りシャープソードと名付けていた。

 

 しかし問題はペドロなのだ、光って炎が出るというそんなにすごいわけではない

 

 中二心溢れる剣に太陽神の剣(アポロンソード)という銘をつけていた。

 

 絶対に後悔するぞ!やめるんだ!と心の中で止めておいた。

 

 

 

 2年になったからと言って下級生の面倒みるとか上級生となにかするとかはないので

 

 結局はいつものメンバーか将来の上官と訓練するくらいしかないのだが、

 

 2年生は魔道具作成の他に魔法薬(ポーション)の作成が追加された。

 

 水代わりに配って兵員の疲労を回復するものが最も簡単で作る量が多く、

 

 魔力が回復するものが難易度が高くあまり頻繁には出てこないが

 

 できなければ進級は難しくなるそうな。

 

 自分と上官の命にかかわりますからな。

 

 あとは癒しの魔法薬、等級にもよるが上のものであれば

 

 致命傷から帰ってくることができるらしい。

 

 普通に売っているものはせいぜい出血をとめ、

 

 少し深い傷に対して癒しが行われるらしいのだが、普通にすごいことだと思う。

 

 ということで低級ポーションの作成から始まるのだった。

 

 

 まず最初に作るのは二日酔いが治るポーション。

 

 お、お前・・・、と思わなくもないが、元気に授業をしてくれるなら喜んで作ろう。

 

 全員に魔力が通るかき混ぜ棒が配られた。

 

 材料は酒精の強い酒、シーガ(アロエのようなもの)、牛乳、水、オリーブオイル。

 

 水は汚れていても調合中に分離するので気にしなくてもいいらしいが、気になるなら布で濾す、飲むことを考えるときれいな水の方が飲む気持ちになる。

 

 それを鍋に入れ、水、シーガ(アロエのようなもの)、牛乳を

 

 入れ焦げ付かないようにかき混ぜ棒で混ぜながら加熱する。

 

 魔力を込めるとシーガ(アロエのようなもの)が溶けて緑色の濁ったドロドロになった。

 

 そのタイミングでオリーブオイルを投入すると

 

 濁った部分がオリーブオイルに移り、

 

 透明な緑色のドロドロとシーガ(アロエのようなもの)の皮などが固まった上澄みに分かれるのでお玉で上澄みのオリーブオイルだけをすくって捨てる。

 

 そして最後に酒を投入するとドロドロが酒に分解されるようにサラサラになった。

 

 酒を入れるのに酒が抜けるという不思議な現象が起こるポーションが出来上がった。

 

 二日酔いのルイス教官はとりあえず飲んで元気になり、

 

 3級のそこそこ安いポーションの作り方をレクチャーし始めた。

 

 数種類の薬草を既定の量入れてまぜるだけなので

 

 レシピを暗記する必要があるということ以外は

 

 二日酔いの薬の方が小めんどくさい感じだった。

 

 シーガ(アロエのようなもの)も3級用の薬草もその辺で割と高い値段だが、買えるものなのでここまでは自分でも作れる。

 

 これより上の4級以上だと採取しにいかないといけないので実習を兼ねて

 

 鍋を担いで山に入るそうだ。これから。

 

 そんな馬鹿な、とは思ったが週に1回は丸一日かけて

 

 採取と作成を繰り返す日があるということから

 

 癒しの奇跡が行使できない我々にはなんだかんだで

 

 大事な仕事だということなのだろうと思った。

 

 

 聖王国ファラスから十数km離れた手入れのされていない山林まで小型の両手鍋と

 

 五徳、かき混ぜ棒に5㎏ほどの砂袋を入れて身体強化をかけて行軍を開始する。

 

 2,3キロ走ったところでラウルとフリオのふとっちょガリガリコンビは

 

 速度が落ち始めてルイス教官にどやされ始めた。

 

 無理をさせても体力回復するわけではないのだからしょうがないと思うが

 

 訓練なのだからしょうがない。

 

 

 30分もあればつくはずのところが

 

 小休止を挟みながら1時間半近くかかってしまった。

 

 

 魔物や猛獣に遭遇した場合の警報(アルラッテ)を教えてもらい、

 

 正しい音量がでるか確認するために一人ずつ鳴らしてみる。

 

 大体の人が鐘のガラーンという音をさせていたが、

 

 私だけブィーム!ブィーム!とサイレンの音をさせ、

 

 ルイス教官がまたお前は…と言って頭を抱えた。

 

 

 散会してもソロでもいいから指定した薬草を採取すること、ということで

 

 入山するのだが、イレーネは魔物にあったら炎の矢(フェゴ・エクハ)出しまくるだろうし、

 

 ロペスの剣の威力も見たい。

 

 熱水の盾(アレ・アグーラ)にも太陽神の剣(アポロンソード)にもシャープソードにも興味はない。

 

 ということでいつものメンツで探索することにした。

 

 

「早くなんか出てこないかな」イレーネがわくわくしながら言った。

 

「出てきてもイレーネのナイフは使っちゃだめだよ、森なんだから」というと

 

「あぁ、そうだった、氷の矢(ヒェロ・エクハ)が出るようにしたらよかった」

 

「でもそれだと黒くて汚い氷の矢がでてくるんじゃないのかな」

 

 というとショックを受けて自動で歩くマシンになってしまった。

 

「むしろ使っていきたいのはロペスの疾風の剣だよね」

 

 とロペスにいうとうれしそうに

 

「この剣の良さがわかるかい、カオル。トロールや熊くらいの強い

 

 魔物の骨が()てるか実験したくてたまらないね」

 

「カオルのもなんかカオルらしいね」とイレーネが言った。

 

「そうでしょうそうでしょう、攻めて良し、守って良しだよ」

 

「攻めることも考えてたのか」ロペスが意外そうに言った。

 

「まあ、突っ込んでくるラウル辺りには防御壁が攻撃みたいなもんだけどさ、

 

 あ、ちょっとそこに立って」とロペスを立たせて

 

 軽く魔力を込めてヌリカベスティックを使った。

 

 10cmほどの高さで盛り上がった土壁はロペスを1mほど飛び上がらせた。

 

 イレーネが意外なほど感動して「おおお!」と雄たけびを上げていた。

 

 驚いてリアクションが取れなかったらしいロペスは着地してから

 

「洞窟でこれやられたら確かに強いな」と言った。

 

「あとは持ち上げられる重さの限界が知りたいね、ゴーレム飛ばせるなら

 

 天井でゴーレムを殴れるからね」といって盛り上げた地面をもとに戻した。

 

 

 さて、薬草を探しましょう。

 

 特徴を描いた紙だけ渡されたのでそれっぽいのを採取して

 

 潰して汁が出ないように籠にいれていく。

 

 2時間ほど、採取をすると籠一杯になったのでルイス教官の元へ戻ることにする。

 

 よいしょ、と籠を背負い、曲がった腰をぐっと伸ばすと遠くからこっちを

 

 じっと見ている者の姿が見えた。

 



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降って湧いたキャンプの話

「ねえ、ロペス、イレーネ、あれなんだと思う?」

 ロペスが目を凝らして見て言った。

「大き目の牝鹿だな、魔物化もしていないし、大人しい草食だから襲ってはこない」

「おいしい?」と、聞くと

「あれは雌だし、春は出産を控えて栄養をつけている最中だからな」

「つまり?」

「ほどよく脂がのってておいしい」

「狩ろう!」イレーネと声をそろえて言った。

 

「しかし、難しいぞ?もう姿を見られている上に警戒されているこの距離だと魔法を使っても逃げられるぞ」

 ぐぬぬ、銃があれば!

 

 帰る振りしてミラージュボディをかけて回り込むしかなさそうだ。

 幸い木が生い茂っているためそんなにいかなくても見失ってくれるだろう。

 その後、前から後ろに(カエンテ)を使って魔法的に風下に回る。

 打合せ通りに歩きながらミラージュボディをかけ、背の高い草と木が重なったタイミングで木の陰に入り、姿勢を低くした。

 

 草が揺れない程度の(カエンテ)を各々が使い、鹿に接近する。

 違和感は覚えているようだが、狙われているとも知らずに低木の新芽を食べる鹿。

 ロペスとイレーネは左右から、私は後ろから回り込む。

 しゃがんで歩こうとするので、匍匐前進(ほふくぜんしん)を教えて一緒にやってもらう。

 

 私が一番遠回りなのでロペスとイレーネは私に歩調を合わせて進む。

 10分ほどかけて鹿の後ろに回り込み、死角をとった誰かが氷の矢(ヒェロ・エクハ)で頭を打ち抜くという算段になる。

 

 鹿は斜め右、ロペスの方を向いているので私かイレーネがやることになる。

 どちらにしても微妙に位置が悪いように感じてためらった。

 イレーネも動く気配がないので、ゆっくりと後頭部を正面に捕捉できる位置に移動した。

 しゃがんだイレーネを見ると小さく親指を立てているので私が狩ることにした。

氷の矢(ヒェロ・エクハ)」小さい声でつぶやく。

 

 くるくると回転しながら鋭利に白く硬く育っていく氷の矢(ヒェロ・エクハ)を見て、狩猟にはずいぶん抵抗がなくなったことを実感した。

 解体はきっと年単位で無理だが。

 

 全力の魔力を込めて弧を描いて打ち出した氷の矢(ヒェロ・エクハ)は鹿の後頭部に刺さり、口から抜けて飛んで行って鹿はその場に崩れ落ちた。

「素晴らしい腕前だな!将来は猟師か?」とロペスが楽しそうにいう。

「解体できないの知ってんじゃん」と文句を言うと

「なんでも慣れさ、さ、ここはおれがみてるから教官呼んできてくれ、あとおれの籠も頼む」と言って(アグーラ)で鹿を洗った。

 籠を二つもって山を下る。

 

「きょうかーん、鹿取れたんでてつだってくださーい」と叫ぶとルイス教官は少し青ざめたように見えた。

 遠目だから見間違えか?とも思ったが近寄ってみるとやっぱり顔色がよくない。

「もしかして超でかい牝鹿?」うなづいた。

「やってくれたな」何かしてしまったらしい。

 ルイス教官が頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「まあ、話はあとで聞くので一人で待ってるロペスを迎えに行きましょう」

 と促すとため息をついて

「まあ、事前に話しておかなかったのはこっちだしな、ケガをする前に迎えに行こうか」と立ち上がった。

 ロペスのもとにみんなで向かい、こっそりと

「これ、とっちゃダメな鹿らしいよ」というとまじかよ、と驚いていた。

 しょうがないのでみんなで足を持って元の集合場所へ戻る。

 

 待っている間に身体強化の練習ついでに後ろ足をつかんでジャイアントスイングをして血抜きをしながら凍える風(グリエール・カエンテ)で内臓まで冷やしていた。

 秘技 脳筋血抜き。

 この鹿について話を聞く。

 実はこの鹿はこの森林の主の妃だ。

 

「普段はおとなしい、普通の鹿を目の前で狩っても逃げていくし、近くにいても何もしない。しかし、妃が殺された場合は話が別だ。近隣の村まで行って人間を皆殺しにしようとする。なので、狩る場合はセットで狩る必要がある。これより治安維持のため主が現れるまで野営し、討伐後帰投するとする」

 というと、返事はするもののラウルとフリオはいやそうな顔をしていた。

 これは軍として初任務じゃなかろうか。

 とはいえ、出てきてくれるまでやることもないので焚き木を探して暇つぶしに火を焚くことにした。

 しばらく火を眺めていると、おなかが空いてきた。

「ロペス、カオル、イレーネ」とルイス教官に声を掛けられ少し離れたところへ移動する。

「おまえらは、いったん手を出すな。フリオとラウルにも体験させたい」

 というと、ロペスはやっと試し切りができると思っていたのでショックを受けていた。

 

「まあ、楽できる分には文句ないですよ」と答え、ショックをうけているロペスを置いてイレーネと焚火に戻った。

 その後、ペドロ、フリオとラウルを連れて少し離れて話をしていた。

 ルディは指示を受けた後、空の籠を担いでどこかに行ってしまった。

 暇つぶしになるなら私がそっちやりたかった。何するかしらないけど。

 しょんぼりしながら戻ってきたロペスに疾風の剣の素振りでもしてたら?

 と声をかけるとそうだな!と気を取り直して元気に振り回されていた。

 まともに振り回せもしないのに試し切りするつもりだったとは恐れ入る。

 

 身体強化をかけなければかっ飛んで行く刃を御しきれず、身体強化をかけてしまうと全身に回った魔力で風がでるという中々に難しい武器になってしまったな。

 

 ボタン押してる間だけ風が出るようにすればよかったな、次作るときはアドバイスしよう、と心に誓った。

 まるで強敵と戦っているような声を上げ剣に振り回される姿にやじを飛ばしながら暇をつぶしていると息を切らせてルディが返ってきた。

 何をしてきたのかと思ったら食料と主の狩猟のためのキャンプをすると伝言しに行ってきたらしい。

「おつかれー」と手を振るとルディも一緒に座ってロペスにヤジを飛ばした。

 

 うるさい!気が散る!とかいいながらも風を出すことなく上段に構えることができるようになっていた。

 

 きりっと表情を引き締め、ぐっと手に力が入るのがわかる。

 ヤジを忘れてみていると、意を決したロペスがまっすぐに振り下ろした。

 風切り音を立てて中段でピタリ、と止まった。

 ついに制御しきったかと腰を浮かせた瞬間、首をかしげた。

 どうやら今度は出せなかったようだ。

「なんだよーお前にはがっかりだよー」というと

 

「うるさい!やってみろ!」というので貸してもらった。

 代わりに私のヌリカベスティックも貸してあげることにする。

 実際持とうとするだけで恐ろしい。

 

「すでに怖いのだが!」と叫ぶとロペスははははと笑っていた。

 さすがに鞘に収まった状態では風はでないようなのでぐっと力を込めて刃を水平にして横向きに持ち、イレーネに鞘を引き抜いてもらう。

 なぜなら刃を上向きか下向きにした瞬間、切り上げて転ぶか、足に向かって刃が飛んでくるからだ。

 水平なら殺人独楽になるだけで済む。

 

 ゴォォと聞いたことがない風の音を聞きながらちょっとでも気を緩めたら持っていかれそうな負荷が体にかかる。

「ロォォォペェェェェス!ちょっともう無理どうしよう!」

 

 身体強化をすれば出てくる風の量も増えるし、増えた状態で身体強化を弱めたら飛んで行ってしまう。

 二刀流にしたら空飛べるんじゃない?と一瞬現実逃避しそうになる。

 

「待て待て待て!あきらめるな!今考える!」慌てたロペスが剣の届かないところで止めようと手を伸ばす。

 

 ふと、横を見るとルイス教官がニッカニカ笑いながらこの大惨事を眺めていた。

 

 文句をいう余裕がないのであとでいうことにして対処を任せたロペスを見る。

 彼が一言、折れてもいいから地面にたたきつけろと言ってくれればすべて丸く収まるのだが、いや、思いついていないだけかもしれない。

 言ってみればきっと、なるほどやってくれとこの友達思いの男は言うに違いない。

「剣が折れても構わないから地面にたたきつけて良いと言ってくれないか」

 というと「言うと思うか!馬鹿か!」という返事が返ってきた。

 なんてこった、現時点での最速の解決法が否決された。

 

「カオル、お前の棒を借りるぞ」と何か思いついたロペスが私のヌリカベスティックを持って正面に立った。

「今から棒を押し当てるからゆっくり身体強化を抜くんだ」

「なるほど、素晴らしい!やるじゃないか」と言ってヌリカベスティックが押し当てられ身体強化を抜いていく。

 30分もたってないはずなのに延々とやっていた気がする。

 

「カオルには渡しちゃいけないな」とロペスがつぶやき、イレーネも自分の黒炎のナイフ(ダークフレイム)を見た。

 私は鞘に納めてから大の字に転がった。



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主の討伐と反省会

 ロペスは改めて身体強化をかけた状態で疾風の剣を振り回し始めたので離れてルイス教官の近くに移動した。

 

「いやー、お前が慌ててる姿っておもしれえな」ルイス教官がニッカニカ笑いながら煽ってきた。

 

「助けてくれても罰は当たりませんよ、むしろ助けないと罰が当たりますよ?当てますよ?」

「まあまあ、そういうなよ、それよりロペスのあの剣、どうだった?」

「片足立ちになれば殺人独楽になれますよ。試しに借りてみたらどうです?」というとそうだな!といってロペスのもとへ向かった。

 

 ロペスと少し話をしてから疾風の剣を借りて真剣な表情で鞘から抜くと中段に構えて身体強化を使用した。剣先がぴくりと下に動いた。

 その後、正対の構えで動かなくなったが、髪の毛がなびいたり止まったりしてる辺りきちんと魔力の制御ができているようであった。

 

 そして、吊るしてある鹿の前に移動した。

 その間、身体強化したまま風を出さないようにしているのは流石、と舌を巻いた。

 そして、逆さ吊りの鹿の前に立ち、剣を構える。

 

 正対から横薙ぎに剣を振るった瞬間、ゴッと風の音がして鹿の首がどん、と落ちた。

 ふっと息を吐き、剣を鞘に納めてから振りむき、

「これがあれの答えということだな?いいものだ」と言って返した。

 

 それから青空飲み薬(ポーション)作成教室が始まった。

 それぞれ採ってきた薬草の名前と、薬効を教えながら次々と鍋に投入させていき手当たり次第に飲み薬(ポーション)を作らせた。

 

 疲労回復効果のあるもの、数時間は寝ずにいられるカフェインのようなもの、中級程度の治癒薬、寒さに強くなる薬、呪いにかかりにくくなる防御薬、魔力回復薬はもっと遠くまで行かないといけないらしい。

 

 様々なものをいっぺんに作らされたが、恐らく作業になれるために数をこなしているだけだろう。

 

 そして、日が落ち、食事を取るとこのキャンプの役割分担が言い渡された。

「損害がでそうな時に声をかけるからロペス、カオル、イレーネはあまりなにもしないこと、見張りも戦闘もだ。」

「はあ、わかりました」

 そうするとやることがないのでイレーネの炎の矢(フェゴ・エクハ)のでる方のナイフを借りて

 

 身体強化をかけた状態で炎がでないようにする練習を始めた。

 ロペスの疾風の剣と違って上に向ければ大丈夫なので助かる。

 自分の練習用に何か作ろう、と思いながら魔力の調整をしてみると、これが実に難しい。

 

 少なくしようとすると身体強化も一緒に弱まるし、身体強化を強くしようとすると魔力がでまくる。

 

 いっそ不可能と言ってくれた方が助かるのだが、できた人がいるのでやるしかない。

 

 イレーネがやることなさそうにしていたので、

「イレーネもできるようにしておくと二刀流ができるようになるよ」というと

「たしかに!」と言って黒炎のナイフ(ダークフレイム)で練習し始めた。

 

 これでイレーネができるようになると相手する人は大変だろうな。

 二刀流で常に2種類の魔法が飛んでくる。

 しかも1種類は無詠唱で発現するのだから。

 

 二人でボボボボと炎をとばし、近くでは暴れる剣に振り回される男。

 

 ルイス教官はいつのまにか持ち込んだ酒を飲みながら横になりペドロ達は哨戒し始めた。

 

 安心して寝るために近くにいたペドロに

「あ、森に向かって横から見るとこういう感じで穴を掘って(イ・ヘロ)を光量をできるだけ強くして朝まで維持できるものを入れて頂戴(イ・ヘロ)とはいえ、光量強くして朝までとなると結構大変だよ」

 カタカナの『レ』を書きながらお願いした。すると、ルイス教官が

「おまえなぁ、なにもするなと言ったはずだが」と言って呆れた顔をした。

 

「夜営を任せるんですから安心して私が寝れるようにしただけです!」

「配置とかこれ以上はなしだからな、お前等はいつ寝てもいいぞ」といって火の番をし始めた。

 

 さて、眠くなるまで魔力操作の練習をしてから寝よう、と決めイレーネと炎の矢(フェゴ・エクハ)を打ち上げながら話でもしてようかと思った。

 

「月がないと警戒するにも難易度が上がっちゃって大変だね」と、哨戒の邪魔にならないように小声でいうと

 

「月ってなに?」と言っていた。

 月はないらしい。潮の満ち引きはどうなっているのか。

「私のいた世界だと夜になると白く輝く星が出てくるんだよ」と雑な説明をした。

 

「夜もそんなのがあったら眩しくて寝れないんじゃないの?」

「そこまで明るくもないんだよ、これくらいかな?」と弱めの(イ・ヘロ)を出した。

「夜歩くのにちょうどいいくらいなんだと便利でいいね」と言っていた。

 

 その後、元の世界の話を少ししていたら肌寒くなってきたのでリュックからポンチョを取り出して被って寝た。

 

 

 朝、少し日が昇ったあたりで目が覚めた。

 

 どうやら夜襲はなかったらしい。

 

 朝の柔らかな日差しの中でぼーっとしているとドコドコと巨大な足音が響き渡った。

 来たか、と思うとルイス教官が「来たか!」と言っていた。

 ペドロをリーダーとしてルディ、フリオ、ラウルが緊張する。

 森の中から足音の正体である立派な角を生やした雄鹿が現れた。

 ばんえい馬を思わせる太く力強い足が不愉快そうに地面をたたいていた。 

 

 私は幻体(ファンズ・エス)をかけて見学する。

 同じく幻体(ファンズ・エス)をかけたイレーネ達とルイス教官と集まりぼそぼそと話をする。

「ちょっとでかくないですか」

「思ったよりでかいな、悪いがハードスキン頼めるか」

 うなづくと彼らにハードスキンをかけた。

 

「ロペスの疾風の剣が完成していれば角とか首の切断を狙えたんでしょうが、これはなかなかに難しい戦いになりますね。」というと

「参加したい」とロペスがぼそり、と呟いた。

 

「イレーネ、お前ならどうする?」とルイス教官に問われたイレーネはむーと、少し考えたあと

「一番楽なのはカオルに丸投げなんだけど」

「ひどいな!」

 

「あたしにできそうな手だと頭を炎で包むのかな、あたしは黒炎のナイフ(ダークフレイム)があるから握って逃げ回るだけでいい感じ?」

「それは最後の手段、血抜きの前に焼けちゃうから今回は却下だね」

 

「いくつかやれそうなのは、鼻先を殴って脳震盪起こしてから(アグーラ)で窒息させるか、頸動脈狙って風の刃かな?お、いいこと思いついた!」

 イレーネが疑わしい目で見てくる。

「ヌリカベスティックでアッパーカットだ!」

「やっぱり変だった」

 

 妄想に耽って彼らを忘れていた。

 立ち上がりからの踏み付けと頭を振る、後ろを蹴るの3パターンの攻撃方法で暴れる主。

 

 綺麗に勝つんでなければ囲んで少しずつ切り付けるだけで済むが、やはり肉をとるためには最低限の手順でおわらせなくては。

 

 魔力操作ができてないまま熱水の盾(アレ・アグーラ)を構えるとお湯が出続ける欠点というか仕様だと使いづらいということには気づいていたようでお湯を出すには盾をふちを両手で持って魔力を込めるという使い方にしてしまった。

 

 着眼点はよかったが解決方法がよくなかったね。

 

 ロペスのようにしておけば攻撃を受けた瞬間にスプラッシュできたのに、これではただの日用品に防具の機能を付けました、というだけの代物で、ふちを両手で持つなんて指を飛ばしてくれと言っているようなものだろう。

 

 魔力操作に慣れるまで持ってるだけで水がじゃばじゃば出続けるというのも邪魔くさいが。

 

 ということで熱湯攻撃は難しいとなると、握ってるだけで光りながら炎が出る太陽神の剣(アポロンソード)かシャープソードくらいしか戦力にならないということになる。

 

 普段なら野生動物は炎をかざすと逃げていくはずだが、必殺の意思を持って対峙するこの牡鹿は全くひるまない。

 

「お前らのその剣と盾の戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)を見せてみろ!」とルイス教官が檄を飛ばす。

 

 なるほど、目的はこれか。

 

 意識の低さを認識させたかったのだがいい手はないかとおもっていたところに私達がやらかしてしまったのを利用したということか。

「魔物化した動物でなくて運がよかったですね」というと

「正直助かった」と返事が来た。

 

 ラウルが盾役になり、正面からひきつけ、ルディとペドロがアタックし、この中で比較的魔力に余裕のあるフリオが後衛となって氷の矢(ヒェロ・エクハ)を撃つというオーソドックスなものだった。

 

 おかげであちこち傷つけられ、肉の品質が落ちていく。

 返り血も浴びるので魔物化した動物だったら大変なことになる所だった。

 

 両脇からアタックすることで立ち上がってラウルに巨大な足を振り下ろす攻撃ができないようだが、振り回す角が大きく硬いので苦戦している。

 

 あと魔力の育成もあまりうまくいっていないのかもしれない。

 

「そろそろいいかな、カオル、さっきのやってこい」

「彼らのプライドとか」

「怪我されては元も子もないからな」ということでしょうがなく参戦することになった。

 すすすす、と近寄りラウルの後ろにたった。

 

 頭を振って角をラウルに突き上げて空振りした後、左右に振ろうと頭を少し下げたタイミングに合わせて、ヌリカベスティックの飛び出る方を2メートルほど飛び出るように打ち付けた。

 

 地面から飛び出た土の塊は振り下ろされた巨大な牡鹿のあごを下から打ち抜き見事にカウンターでアッパーカットを受けた勢いのままふっとび仰向けに倒れた。

 

 何が起こったかわからないペドロ達があっけにとられているので、幻体(ファンズ・エス)を解いた。

 

「カオルか」と言って気を抜いたので慌ててとどめを刺させた。

 足首と頸動脈の血管を切って強めの水流で水洗いしてからロペスは離れた所でロペス式脳筋血抜き冷蔵法をしている間、反省会をすることになった。

 

 

「まず、自分より体躯の大きい殺意を持った相手に立ち回りは上々だった。」と、褒める。

 

「次に、この戦いの中で自分に足りないものが見えたかもしれない。

 昨年の遠征で自分に足りないものに気づいたカオル達は

 それを補うものを作ったが、

 気づかせる機会を与えられなかった我々の落ち度だった。」

 

「次からはそういう視点で魔道具つくってみてほしい、以上」と言って締めくくった。

 

 

 



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バーベキュー大会

 魔法薬(ポーション)作成のための薬草採取をする。

 

 シーガ(アロエのようなもの)はイレーネのために多めに採取しておきたい。

 

 夕方までかけて採取をして熱風(アレ・カエンテ)で採取した薬草を乾燥させる。

 

 地面に置きたくなかったので吊るしておいた木から降ろし、大鹿たちの後ろ脚をもって引きずって帰る。

 

 これも以前と同じように毛皮を凍らせて引っ張って帰る。

 

 今度は枝を払う必要がないので楽だ。

 

 全員分の薬草をイレーネと分け合って籠にいれ先導する。

 

 あっというまに帰還し、練兵場に冷凍鹿を持ち込むと料理人と士官候補生、教官がそろって待っていた。

 

 フェルミン・レニーがやってきて私に言った。

 

「新学期早々やらかした2年がいるときいて最初に貴様の顔が浮かんだわ」

 

 反論しようとしたができずにぐぅと唸るしかなかった。

 

「で、これは何の集まりなんです?」と聞くと、

 森林の主などの大型の獣を狩った場合は

 解体を練兵場で行い、分配をする習慣になっているらしい。

 

 たしかに合わせて300㎏を超えそうな大きさのジビエどう解体してもC班で消費しきれるものではなかった。

 

 肉100㎏、ホルモン100㎏ 残りがそれ以外。

 

 肉は分配して、ホルモンはこの場でみんなで食べて、残りは希望者にということなので急遽バーベキュー大会が始まるのだった。

 

 1年間ここにいてほぼ初めて上級生を見た。

 遠目から見たことはあったのだが、まじかでみるのは初めてだった。

 人数が多いしやはりでかいな!

 

 4年生は36人、3年生は44人、1年生は26人だということだった。

 私らが一番少ない。

 

 100㎏を130人ほどで分けることになりそうだ。

 いそいそと上級生と1年生がどこからかバーベキューセットを運んできた。

 我々はとってきた人なので解体の見学だけでよいらしい。

 別にそのくらい働いてもいいんだけれども。

 

 学食に勤める二人のコックが狩猟した動物を解体する専用の台を二台運んでくる。

 そうすると二人の教官がいそいそと鹿をつるしてコック場を任せた。

 

 鮮やかな手つきで解体される鹿をみてどこの部位をもらおうかと妄想していると、

 ルイス教官が小声でつぶやいた。

「お前ら、角は魔法薬の材料になる。一人10㎝くらい確保しろ」

 大事なミッションが下された。

 とはいえ、7人で10㎝ずつとっても半分以上残るので問題はないだろう。

 

 私が雌のフィレ肉を狙っていることはイレーネにも知られてはいけない。

 しかし、タンも捨てがたい。貴重なので一度食べてみたい。

 くぅっ。

 

 解体した肉を置くための台にコックのおっちゃんが部位名を言いながら肉を置いていく。

 牝鹿が解体され終わったところでルイス教官に名前を呼ばれる。

「こっちはカオルがとどめ刺した方だな?」と問われ、そうです。と答える。

「好きな部位を一人分選べ」というのでタンかフィレかと思ったが

 舌そのものを見てみるととてもじゃないが選べるフォルムをしていなかったので迷わずフィレをとった。

 イレーネが叫んでいる。すまない、イレーネ、君との友情もここまでだった。

 次はだれだと問われたロペスとイレーネはじゃんけんをして決めていた。

 

 じゃんけんはロペスが勝利を収めたようでイレーネの悲鳴が響き渡っていたがロペスがモモ肉を選ぶといよっしゃーと叫んでいた。

 そのイレーネはタンを選ぼうとしていたが見た目が無理といってロースをもらっていた。

 

 その後、ペドロやラウルの功績順に肉をもっていき、教官、上級生、身分の順に一人分ずつ切り分けていき、ぎりぎり1年生のAB班まで配布され、C班は全員分には満たないということでバーベキューに回された。

 

 一番悲しいのはこの場に呼ばれすらしない全学年のDE班だろう。

 台形を逆さにして底面を抜いた形をしたバーベキュー台20台に火が灯され

 学校のコックがさばいた鹿ホルモンがスライスされて配られた。

 

 大皿に並べられたホルモンを小皿にとり適当なバーベキュー台に陣取り

 舌鼓を打つ。

 人気のバーベキュー台は上級生の身分の高い生徒と教官が占領し、

 身分と学年順に自然と遠くに追いやられていく。

 

 私たちは2年生のC班なのでもっとも外側からちょっと内側に入ったところで

 A班とB班の隣だった。

 

 すれ違う上級生たちがご馳走様とあいさつしてくるという居心地の悪さの中で

 シェフがトリミングした鹿のタンやあとでこっそり食べるつもりだった肉を

 シェフに頼んで切り分けてもらってその場で食べてしまう人が多い中、

 私は凍える風(グリエール・カエンテ)を使ってきちんと冷やして確保したままにする。

 

 もそもそと鹿のホルモンを食べているとフェルミンが話しかけてきた。

「カオル、ガルシアのやつから聞いたがなかなか面白い武器を作ったみたいだな」

 ガルシア?ガルシア、あぁ、ロペスか。

「たいしたことないですよ、ロペスの疾風の剣のほうがよっぽど面白いですよ」

 と答えると

「あれはいかんな、使いこなすまでが面倒すぎる」イレーネのも言おうとすると、

「モンテーロのも同じだが危なすぎる、握るだけで炎の矢(フェゴ・エクハ)

 出るのは味方を後ろから撃つつもりかと思われても仕方がない」

 

「そこで興味があるのが貴様のだ、カオル」

 

 はあ、と答えてヌリカベスティックを渡して使いかたを教えた。

 練兵場の端の方に移動してもらって試し始めた。 

 しばらく壁を出したり穴をほったりしながら遊んでいたが、

 突然よろよろと倒れ込んでしまった。

 

 アイラン・バルノが慌てて駆け寄り、トミー・セビリャが私にどういうことだと詰め寄ってきた。

 

「ただの魔力切れでしょう」と答えると

 

「つい楽しくなってしまったわ」と言ってフェルミンが笑っていた。

 

「魔力量によって壁の高さが調整できるようになっているので、微調整して遊びたくなる仕様になっております」と答えた。

「じゃあ、面白いついでにペドロの太陽神の剣(アポロンソード)なんかどうです?かっこいいですよ」というとペドロは嫌そうな顔をして逃げようとしたが、トミー・セビリャに回り込まれてしまった。

 

 しぶしぶ太陽神の剣(アポロンソード)を渡すと、魔力切れの主に変わってトミー・セビリャが抜いて掲げた。

 

「こ、これは素晴らしい!」とフェルミンが感動していた。

 

「フェルミン様にふさわしい剣でありますな!」とアイラン・バルノが叫んだ。

 

「それは戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)がないとどやされたばかりでして」とペドロが答えると

 

「たしかに戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)はないな、

 だからこそ吾輩にふさわしい」と、フェルミンが答えた。

 

 ペドロはわけのわからない顔をしていたが、

 

「吾輩は先頭には立たぬからな、

 だからこそこの剣は吾輩にちょうどいい、どうだ、譲る気はないか?」

 

 とペドロにいうとペドロは

 

「俺の作ったもので良ければ」と答え太陽神の剣(アポロンソード)はフェルミンのものになった。

 

 あとで代金を届けさせる、と追加した。

 

 バーベキュー大会は無事に終わり、

 

 私はよく冷えたフィレを私の部屋の保存容器に大事にしまい込んで

 

 イレーネと二人でこっそり消費した

 

 

 

 



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兵站のお手伝いという簡単なお仕事

 ここ数ヶ月は魔法薬(ポーション)の作成と魔道具の作成に邁進し、

 魔力出力練習用のアラームを作成した。

 

 手に持つ必要がなく、体のどこかに触れている状態で魔力を流すと警報(アルラッテ)がなるという魔道具だ。

 音は私のものに合わせてヴィームと警報音がなるが、簡単な素材でできているので量産もできる。

 上位の貴族であればそれこそ今すぐ欲しい商品になるだろう。

 

 貴族の子女は幼い頃から魔力操作の訓練を始めるということなので、さらわれた瞬間に意識さえあれば警報が鳴らせる。

 そんなアラームを自分用によほど魔力を込めないとまともに音がならない弱いものを試作したので、歩きながら音がならないように身体強化したまま魔力操作をするのだった。

 

 数ヶ月やってて未だにできないのでルイス教官にアドバイスを求めたがやってればそのうちできると言われてしまった。

 役に立たない奴め。

 

 そんな折、いつもは3、4年生が実施していた年度末に行われる兵站部隊の研修が秋に行われるというのだ。

 

 兵站部隊の殿(しんがり)について奇襲に対して警戒するだけの簡単なお仕事だった。

 1車両(?)につき10人前後が荷駄管理をし、30人前後が警護についている。

 20両ほどの荷馬車が2列縦隊で少し距離を開けて搬送している。

 先頭に隊長を置き、4両に1人副隊長がつく。

 

 A班は真ん中くらいでB班は先頭にいるそうな。

 

 なにかあったときのためにA班には大音量でブザーの様にビーと鳴り、B班には防犯ベルの様にビビビビと鳴る警報石(仮)を渡し、大変なことが起きたら思い切り魔力を込めろと渡した。

 

 フェルミンの腰巾着ことトミー・セビリャが警報石(仮)を見てなにか言いたげにしていた。

 兵站部隊の新兵と老兵の皆さんに紹介してもらい、どうもどうもと挨拶をするが、向こうにしてみれば学生で新兵以下の扱いとはいえ、貴族の子供か自分の家族が働いている商家の子供だったりするわけで腰の低さを見せても態度が軟化することはなかった。

 

 荷車に乗った武器や防具などの消耗品に、日持ちのする野菜や塩漬けにした肉、小麦粉等の穀物や調味料が詰まった袋を載せた荷馬車をばんえい馬のような馬が引いていく。

 

 遠足気分の私とイレーネに対して、気を引き締めて歩く兵士と私の仲間たち。

 そして呆れた顔で引率するルイス教官。

 その時B班の防犯ベルのアラームが聞こえた。

 

 ルイス教官を見ると、すっと表情が引き締まり、

「イレーネとペドロ、様子を見てこい、何ならそのまま解決してきていいぞ」

 と言って行かせた。

 

「なんでしょうね、どっかの敵軍に奇襲でもされたんなら陽動でしょうかね」

 と聞くと、

「情報が来る前に想像するんじゃない」と窘められた。

 

 しばらく待機していると前の方から若い兵士が走ってきた。

 

「伝令!伝令!先頭車両でオーガの群れに接敵!その数12!支給援護を求む!」

「12か、多いな、しかし本隊というには少ない気がする、狙いは食料か」

 ルイス教官が呟いた。

 

「ま、B班のおぼっちゃんにイレーネとペドロならなんとかいけんだろ」

 援護はしないことにして兵站部隊の隊長の判断に任せることにした。

 

 しばらくするとA班に渡したブザーが鳴り、伝令が慌てて走ってくるのが見えた。

「やっぱり来たな」と嬉しそうにいうので

「そういうのは表情を隠してやるもんですよ、で、オーガってどんなんですっけ?」

 と、聞くとお前は授業聞いてなかったのか、と言って説明してくれた。

 

「少し大柄で単品の脅威度で言えば牛頭(ミノタウロス)よりちょっと下だが、やつら群れを作ってリーダーの指示で動くから一般兵はやばい。」

「じゃあ、助けに行かないんです?」

 

「元々戦うために軍にいるしなぁ、平民はいっぱいいるし、貴族の子供って言ってもまともに戦えないから箔つけるために軍に所属させて兵站部隊でぬくぬくしてな、おれやつら嫌いなんだよ」と、まあ、ぶっちゃけるぶっちゃける。

 

「そんなこといって聞こえてたらどうするんですか、いや、それよりその話をまとめるとここの主戦力は」と、咎めつつ聞いてみると

(カエンテ)で魔術的に風下にいるから大丈夫、そして対魔物の主戦力は我々だ」と言ってにやりとした。

 

「対人やら対部隊ならいいんだが、魔物相手となると人数も練度も足らんし、部隊長も経験が浅くこの事態に対応できていない」と、評した。

「ラウル、ロペス、フリオはA班の救援に、ルディとカオルはここで待機だ」

 と指示を出して駆け足!と叫んだ。

 

「おそらく来るだろうがこっちに来た場合は、荷駄隊には弓を射掛けさせるからカオルが撹乱、ルディは直接戦闘」というとルディは暗い顔をした。

「騎士の家から来てても戦うのはいやなの?」と聞くと

「人が相手ならまだいいけど、魔物は、ね」と言った。

「私は人の方が相手にしたくないなぁ」と言ってルディから離れて街道沿いの隊列の邪魔にならない所にヌリカベスティックで1m30cmほどの壁を作る。

 矢を射掛ける時に隠れられて私とルディから離れた相手が来ても逃げ回れるようにする。

 

「ロペスの今の疾風の刃の熟練度見たかったですね」というと

「しらんのか?今は身体強化を切った状態で振り回して攻撃の瞬間に全力で魔力を込めているぞ」意外と生徒見てたんですね、というと失礼な!と憤慨していた。

 そういえば、ルディと私しかいないと思ったけど、この人も戦力になるんだった。

 

 街道脇の森からバキバキガサガサと複数人が低木を蹴散らしながらやってくる音が聞こえた。

「こっちに来たか」ルイス教官は面倒くさそうに呟いた。

 

 森の中に見える影を見ると、思ったほど多い数ではないらしい。

 10は行かないくらいだろう。

 

「よかったな、少ないぞ」ルイス教官が言った。

「いやいや、だってあれリーダーですよね!教官!」ルディが悲鳴を上げる。

 だって、私は逃げ回ってればいいけどルディは直接戦わないといけないのだ。

 

「大丈夫、骨は私が拾ってあげるから」というと泣きそうな顔をしていた。

 大丈夫、心を強く持ちたまえ、ガハハ。

 

「しょうがない、私謹製のハードスキンかけるから頑張れ!」と言ってぐっと魔力を込めてハードスキンをかけた。

 

 幻体(ファンズ・エス)をかけてしまうと一般兵のほうが目立ってしまうので今回は無し。

 

 むしろ一般兵にかけたほうがいいか、と思いついたが荷駄隊100人以上にかけた所でどうせこっちで引き受けてしまうんだから意味がない事に気づいた。

 それにオーガがどれくらい強いかわからないので今回は生身で頑張ってもらいたい。

 

 6体のオーガと1体のリーダーらしき個体が現れた。

 雑魚と子供の群れを見たオーガのリーダーは荷馬車を指差して顎をしゃくった。

 おお、高みの見物か、ありがたい。

 

「7体のオーガに囲まれているぞ!」と兵士が騒ぎ、兵站部隊の副隊長が戦闘用意だ!馬車を守れ!と叫ぶ。

 なるほど、たしかに練度が足りない。

 

 6体のオーガは雑魚は相手にせず間近にある4台の馬車のうち3台に2体ずつ向かっていた。

 近づくオーガに及び腰の兵士。

 

 ルディと2人で1人2体受け持ちで余った2体が馬車につくまでに倒して向かう。

 なかなか厳しい。

 

 しょうがないので、こっちに注目してもらうため攻撃を仕掛けることにした。

 

 ルディとそれぞれ2体のオーガの前に立ちはだかる。

 なんか変なのが現れたぞ、とちょっとだけ警戒したが無視して進もうとした。

 

炎の矢(フェゴ・エクハ)!」火力高めの炎の矢(フェゴ・エクハ)を40本ほど。

 1体につき20本あればなんとか倒せるか。

 

 私が炎の矢(フェゴ・エクハ)を出したのをみてぎょっとしたオーガは両腕で顔をガードし腕の隙間からこちらの様子を伺った。

 さすが戦い慣れているがここ数ヶ月魔法を使ってきて、炎というものに囚われすぎていたことがわかった。

 イメージで結果が異なるのであればもっと破壊力があっても良かったのだ。

 

 以前の私の炎の矢(フェゴ・エクハ)は着弾して焦がすか燃えるかしていたのだが、突然ひらめいた、もっと爆ぜてもいいじゃないか、と。

 というわけで今の私の炎の矢(フェゴ・エクハ)はバージョン2と言える。

 

「まず両手が邪魔だな!」と言って4本、両腕めがけて放った。

 下から弧を描いて襲いかかる炎の矢(フェゴ・エクハ)

 

 4発の爆裂は剛力でしられるオーガの防御を解くにはまだまだ足りないようだったが脅威を与えることはできたようだ。

 

 しかしそのせいで1対2だったものが1対3になってしまった。

 もう1体はルディの方に行った。ルディにすまないと心のなかで謝った。

 

炎の矢(フェゴ・エクハ)!」追加でもう30本ほど。

 そしてヌリカベスティックを掲げルイス教官に向かって叫んだ。

「ヌリカベスティックの真の威力をお見せしましょう!」

 一斉掃射して炎の矢(フェゴ・エクハ)を追って突撃する。

 

 炎の矢(フェゴ・エクハ)を追って接近してくるニンゲンのメスを迎え撃つため、それぞれ武器を出し、炎の矢(フェゴ・エクハ)を防御仕切ってからひ弱なニンゲンのメスを血祭りにあげようとぐっと踏ん張って炎の矢(フェゴ・エクハ)を耐えきるオーガ達。

 

 その手に持った棒で殴りかかるのかと思いきや急に立ち止まるニンゲンのメス。

 また何かするのかと観察した。

 

 

 思ったとおりに亀のように固まってくれた。

 腰を落とし両手でヌリカベスティックを持ち、全力で地面を突いた。

 一瞬のうちに2mまで伸びる土壁、その時間はほんの瞬き程度、およそ0.1秒。

 秒速20mの速度で射出されたオーガは空高く飛び上がった。

 オーガが何が起きたか把握して立ち直る前に次に移る。

 ぽん、と横に1歩ジャンプし、同じく射出する。

 それを3体分。

 

 はたから見ると走り出したかと思うと急に立ち止まり、中腰でぴょんぴょん跳ねるとオーガが飛んでいくという変な光景だった。

 

 いかに頑丈で頑強なオーガといえ、強烈なGには耐えられるはずもなく。

 意識を失ったオーガが自由落下してくるので色々なものが飛び散らないよう地霊操作(テリーア・オープ)を大きめの穴を掘った。

 

 穴を背にしてルイス教官に「どうです?この初見殺し!」というと

 「意外とえげつないな、お前」という声とともに後ろからゴシャゴシャッという音が響いた。



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各戦場への援護

 矢を射掛けるはずだった一般兵は私がやらかしたせいで完全にタイミングを失ってしまって見学しているだけになってしまった。

 いや、派手にはやったがやらかしたとは思っていないが。

 

 オーガのリーダーは目の前で行われる惨事にどう反応したものかと悩んでいるようだった。

 撤退か、群れの戦士に無慈悲な誇りのない死を与えたニンゲンのメスを殺すか。

 しかし、私はそんな葛藤を無視してルイス教官の隣で聞いてみた。

「ルディどうですかね」

 

「シャープソードはシンプルで意外とあいつにあっているな、体も出来てきたし剣の腕自体悪くないからオーガ3体の武器相手でも折れずに戦えている」

 オーガの武器というのはその辺の倒木を鹵獲した剣で削ったようなものや、両手剣などをまるで鉈のように軽々と振り回すのだから一般兵にはたまらない。

 

「援護しますか?」

 

「もう少し見たいな、それよりリーダーがどう動くか見ておいてくれ」

「むしろ教官の実力がみたいですね」

 

「しょうがねえな、じゃあ、ルディのバックアップよろしく、バックアップだぞ加勢しろって話じゃねえからな」と言いながら肩を回すとオーガのリーダーに向かって歩き出した。

「それだと見学できません!」

 

「早く終わらせれば見れるぞ」とはいうものの、バックアップというのはどうしたらよいのか。

 刑事ドラマなら突っ込む相棒に後ろから銃撃して敵を引っ込めておくくらいのイメージしかないので、余計に手を出して邪魔するくらいなら何もしないほうがよい気がする。

 

「ルディー!がんばれー!」

 しょうがないので応援することにした。

「左左!右が!上からくるぞ!気をつけろ!」

「精一杯なんだから気を散らさないで!」ルディが悲鳴を上げた。

「隙をみて炎の矢(フェゴ・エクハ)打ってくれればいいから!」

 なんだ、それでいいのか。

 

 少し離れた所で氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)と唱え足を踏み鳴らした。

 踏み鳴らされた足元から冷気を放つ氷の蔦がオーガの足元に伸びる。

 足元の死角から迫る氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)に気づくはずもなく、絡まる氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)のせいで棒立ちにさせられる。

 

 絡まる氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)は体温を奪い、拘束し上半身に這い寄る。

 足が止まるだけなら放置してルディに集中したい所だが、上半身まで迫るのであれば放置しておけないらしく手で剥がそうとした。

 完全に無防備になったオーガの心臓をルディの剣が貫いた。

 

 3対1で互角だったルディとオーガは私の介入によってルディ優勢となり、これで大丈夫だろうとルイス教官の戦いっぷりを見ようとした瞬間、オーガのリーダーの後ろから首をはねた所だった。

 まったくもって見られず、がっくりと膝をついた。

 

氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)使うの遅かったな」

「最初応援してたんで」というと呆れ果てていた。

「ルディなら大丈夫だろうから前の方の支援に向かってくれ」

「次々と人使いが荒いですね」というと

「なんたってここは軍でおれは上官でお前は部下だからな。さ、行った行った」と言って手をひらひらと振って追い払われた。

 

 軽く駆け足でA班とロペス達がいる中間あたりにたどり着いた。

 龍鱗(コン・カーラ)風の守り(ヴェン・コルナ)をかけたロペス達とトミー、アイランが

 オーガと一緒に矢を浴びながら戦っていた。

 フェルミン・レニーの後ろに行き

「なんだこれ」と、呟いた。

「おお、貴様か、オーガ共の数が多くてな、いっぺんに抑えるためには

 こうするしかなかったわ」と苦々しい顔で言った。

 20近くいるのでは一人あたり4体になるとラウルとフリオには荷が重いか。

「教官は?」

「間の悪いことに別件でB班の教官と一緒に先に行ってしまっていてな」と答えた。

 

 混戦状態になっているため、下手に手を出すと味方に当たってしまうが、風の守り(ヴェン・コルナ)がかかっているのであれば氷の矢(ヒェロ・エクハ)辺りなら逸れてくれるか。

 試しに氷の矢(ヒェロ・エクハ)を少数出し、オーガの足を狙って放つ。

 守りの範囲が広いのか少し逸れてしまった。

「援護するのもなかなか難しいですね」というとそうだ。と答えた。

「じゃあ、私が参加してロペスとトミーさん、アイランさん、私が4体受け持つ感じでどうでしょうね。」

「すまんがそれで頼む」フェルミンが頷いて言った。

 

「カオルが来た!トミー!アイラン!ガルシアの!貴様ら4体受けもて」

「あと矢、止めてもらっていいですか」

「援護はいらんか」

「邪魔なだけです」というと、むっとした表情を一瞬浮かべたが

「まあ、貴様ならそうだろうな」と言って諦めた。

 

 身体強化をかけ、ラウルとフリオのところまで一気に走って行き、後ろからヌリカベスティックで殴りつけて2体ずつ引き剥がした。

 

 とはいえ、数の不利をひっくり返せるほど近接戦闘が匠なわけじゃないのだ。

火炎球(フェゴ・イェーグ)

 牽制に火炎球(フェゴ・イェーグ)を放つ、火炎球(フェゴ・イェーグ)は着弾地点で燃え上がる性質の魔法。

 しかし、弾速は遅くただ燃え上がらせるだけなら炎の矢(フェゴ・エクハ)の方が

 弾速が早い分使える。

 

 今まで相手にしていた近接戦闘主体のラウル達とは違う戦い方のニンゲンのメスに一瞬警戒する。

 彼らも好き好んで火の中に飛び込みたいわけではないからだ。

 

 そして火炎球(フェゴ・イェーグ)の真価は詠唱を伴った発動をした時

「炎よ炎!我が前に立つ愚かなる暗黒の使徒達に

 その赤き(かいな)の抱擁を!火炎球(フェゴ・イェーグ)!」

 

 ぎゅん!と両手の中に煌々と光る炎の玉が生まれる。

 なにかしらないがおかしいことになったぞ、と気づいたオーガ達は慌てて武器を構えて走り寄ってくるがすでに遅い。

 

「くらえ!火柱!」オーガに向かって火炎球(フェゴ・イェーグ)を投げつけた。

 走り寄るオーガの足元に着弾した火炎球(フェゴ・イェーグ)は、轟音を立てて4体のオーガを飲み込む火柱になった。

 

 詠唱付きの火炎球(フェゴ・イェーグ)は空気を巻き込みながら燃焼する火柱となり鉄の塊も一瞬で溶かす。

 もちろん魔力も大いに消費する。

 

 普通の魔法使いでは使えて1回、しかも魔力量が足りないと発動した瞬間気絶して自分の足元に落として火柱を上げることになるので、こんな危ないを魔法使う人は少ない。

 

 灰になったオーガを確認して灰は灰に、と思ったがそれでは生まれ変わりを望むことになってしまうな、と思って考えるのをやめた。

 そして、他の人の援護に回ろうと振り向くと、オーガも含めて私をみてぽかん、としていた。

 

 このままでは自分たちも同じ末路をたどってしまうということに気がついたオーガは泡を食って逃げ出した。

 

 私が荷馬車に戻るとフェルミンが

「よくやった。こっちはもう良い」と私とロペスをB班に向かわせた。

 

「もうコメントもされなくなった。」とロペスにいうと

「まあ、色々聞きたくなるし言いたくなるからな」と言って苦笑いした。

 釈然としないまま

「ペドロもイレーネもいるし、12体って話だからあっちは大丈夫だろうけど様子見に行こうか」と言って先頭車両へ向かって軽く駆け足で進みだした。

 

 B班のいる先頭車両にたどり着くと、思ってもみない光景が広がっていた。

 

 B班は4人いるのだが、誰一人まともに戦闘に参加していなかった。

 ニコラがわめき他の3人は逃げ回り、荷駄隊の副隊長らしき人が矢を射掛けさせ、イレーネが魔法を使って足止めをし、ペドロが前に出ていた。

 

「なんだこりゃあ」思わず呟いて呆然としてしまった。

「カオル!しっかり!」と言ってロペスが背中をばん、と叩いた。

 はっとしてそうだった、援護に来たんだった。と思い出した。

 

 イレーネの所に言って手分けして、と考えた時にイレーネが回避に失敗してオーガの持つ大人の腕より太い棍棒で打ち上げられ地面に落下して動かなくなったのは同時だった。

 

 それからのことはよく覚えていないが気がついたら動かなくなったイレーネを抱えて呼びかけていると

「そんなにしたらほんとに死ぬから落ち着け」とロペスに言われて引き剥がされた所だった。



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新しい魔法と無視リスト入り

 頭から(アグーラ)をかけられた後、(アグーラ)を飲んで落ち着いた。

 

 びっちょびちょになったまま周りを見てみるとB班と一般兵は遠巻きにして、ペドロはイレーネを介抱し、私の横にはロペスがいる。

 

 イレーネは龍鱗(コン・カーラ)がかかっていたから衝撃で気を失っただけでまったくもって五体無事だということで安心した。

 

「はて、オーガはどこに?」と思って聞いてみるととんでもない答えが帰ってきた。

「お前が全部やったんだ」

「き、記憶にございません」

 

 そうだろうな、と言ったロペスに何が起こったか聞いた。

 

 カオルとおれが駆けつけた時にイレーネがオーガの棍棒によって打ち上げられ頭から落ちたように見えたがたぶん肩から落ちたんだと思う。

 その瞬間、カオルが悲鳴を上げてイレーネの名前を呼ぶと無数の炎の矢(フェゴ・エクハ)が現れた。

 カオルはオーガを無視してイレーネに駆け寄り気絶したイレーネを抱えると、炎の矢(フェゴ・エクハ)が発射されあっという間に12体のオーガを消し炭にした。

 

 そして揺さぶっていた所でロペスに止められた。

 

 話の途中で気がついたイレーネが気を失った後のことを聞いて私がそんな状態になったと言われて照れていた。

 

「たぶん、あの悲鳴とイレーネの名前呼んで発動した炎の矢(フェゴ・エクハ)な、魔法登録されたぞ」とロペスが笑った。

「良かったな、自分の名前が魔法になったぞ」と言われて

「もう! カオル!」と怒っていた。

「なんて叫んだか覚えてないからもう出ないから」とフォローした。

「そういうことじゃない!」

 私にイレーネが詰め寄っているとロペスが

「まあ、無事だったんだからいいじゃないか、報告のために戻ろう」と言って私とイレーネの肩に手をおいた。

 

 それから全員で後ろの車両に戻り、撃退の報告をした。

 戻った頃には流石にルディもオーガを倒し終えて休憩していた。

「C班全員戻りました」とロペスがいうと

「なんかすげえのやってたな、またカオルだろ」とルイス教官が言った。

「まあ、そうらしいんですが」というと自分でやったことだろ? と言ったのでロペスが説明していた。

「パニックを起こして魔法登録とは恐れ入る」と言って笑ってイレーネに世界初じゃないか? パニック起こして魔法登録するのも魔法の名前に人名入るのもといってからかっていた。

 

 少し休憩をはさむ。

 貴族などの士官候補生が少し離れてのんびり食事をし、一般の兵士は交代をしながら食事を取っていた。

 

 荷駄隊の最後尾4両を担当する兵士たちは貴族の子供がピクニック気分で来るんじゃねえよ。

 いざとなったら遊び気分のアイツラ守るために肉の壁になって死ぬのかよ。

 

 と、思っていたが実は自分たちが可愛くてちっちゃい方の貴族の女が気分を害した途端に無礼討ちで消し炭にできる実力があり、兵士たちは守られる側なのだという現実を突きつけられ戦慄した。

 実際は貴族ではないので無礼討ちができるのはどちらかというと背が高くて可愛い方のイレーネだけなのだが。

 

 が、気を取り直した兵士たちは休憩中に話しかけて気に入られればお嬢様付きの世話係とか兵士になれたりしてもしかしたら恋人とかになって贅沢な暮らしができるようになるかもと妄想して次々に私とイレーネの元にお礼を言いに来た。

 

 イレーネは黙っていれば可愛いので鼻の下を伸ばされることに慣れているようで適当にあしらっていたが私はそんな経験ないので気持ち悪くてしょうがなかった。

 

 慕ってくるものを邪険するのも気が引け、知らない人に囲まれるのにも慣れていないので困ってしまった。

 あしらい方も下手なのであっというまに囲まれてしまった。

 

 困っているのを見かねたのかルイス教官がお前ら散れ散れ、と追い払ってくれた。

「助かりました」というとおう! と手を上げた。

 

 

「そういえば、さっき兵士から聞いたんだけど、変な倒し方したんだって?」

 イレーネが小声で囁いた。

 

 なんで小声? と思いながら

「ヌリカベスティックで打ち上げただけだよ」というと、あぁ、なんだ。

 と興味をなくしていた。

 

 もっと興味持って! と、思ったけど別に持たれてもそんなに話題なかったわ。

 ということを思い出したがなんとなく腹いせにイレーネの足元を1cm、着地と同時に沈ませるいたずらをして怒られた。

 

 ルイス教官に散れと言われてしまった一般兵達は野営でも話しかけてくることもなく至って順調なものだった。

 今更ながらそういえば彼も貴族だった。

 

 異世界から呼び出されたワモンの客でなければこんなに気安く話しかけられる人じゃあ、なかったんだな、と今回の件で改めてわかった。

 だからといってこれから後も態度を改める気はさらさらないが。

 その日はもうトラブルが起きることもなく、キャンプが張られることになった。

 

 テントはペドロ達が張ってくれるということでイレーネと一緒にロペスを巻き込んで今日の反省点、近接戦闘の拙さはまずい、という弱点を補うための訓練をする。

 

 昼間思いついたことを確かめるためにロペスに手伝ってもらう。

 身体強化をかけてロペスと向かい合う。

 ヌリカベスティックを長めに持ち、半身になって先をゆらゆらと動かす。

 

 軽く打ち合い、上から振り下ろされた剣をヌリカベスティックの両端を持ち受けると片手を離して受け流しがら空きになった顔を横から殴りつける様に振り上げる。

 

 ロペスは上半身の動きで躱すと私の胴に向って剣を翻した。

 私はヌリカベスティックを手元で回転させると縦に持って剣を受け止めた。

 

 その後数合打ち合ったが決定打になるものはなく、なんとなくこの辺かな? というところで中断した。

 

「やるようになったじゃないか」とロペスがいう。

「なんか流れが分かる感じがしたよ」というとそれこそ上達だなと言って次はイレーネの相手をする。

 黒炎のナイフ(ダークフレイム)を使って戦うことを想定してショートソードとナイフを構えた。

 まだ魔力制御がうまくないので身体強化をかけた状態では黒炎のナイフ(ダークフレイム)が起動してしまうのだ。

 

 こうしてみると、イレーネの戦い方はロペスやルディを元にしたのかな? と思う。

 足を止めて盾を前に出し受けながら隙をついて攻撃する。

 いまやそれも片手がナイフになってしまったのでもっとアクティブに攻撃を受けないようにしないと行けないのではないか。

 と思いついてみた。

「はい! 先生!」と手をあげてロペスに意見する。

 

「先生? また変なことを言い出したな、なんだ」イレーネとの訓練の手を止めて言う。

 いつも変なことばかり言うような印象を与えるのはやめてほしい。

「イレーネは体重が軽い割に重心を落とし過ぎだと思うのです」

 手を上げて発言するがイレーネはいまいちピンと来ていないようだった。

 

「うまくできるかわからないけど、しょうがない、ちょっと剣とナイフ貸して」と、少しでもイレーネのヒントになればと不慣れだが二刀流になる。

 

 重心を上げてステップを踏み、踏み込みステップバックと左右に振り攻撃のタイミングを図られないようにする。

 

 擬似的に黒炎のナイフ(ダークフレイム)を再現するため炎の矢(フェゴ・エクハ)を1発だけ発射しつつ踏み込んでショートソートで突きを行う。

 

「と、まあこんな感じでどうかな」とデモンストレーションを終える。

「たしかにこっちの方がイレーネには合いそうだが、カオルもこっちの戦い方のほうがいいんじゃないか?」と、ロペスが言った。

「ヌリカベスティックでやるのがイメージしづらくてね、練習はしとくよ」といってイレーネに剣とナイフを返し、テント設営中のペドロを呼んでロペス、ペドロ対私とイレーネで練習をすることにした。

 

 ハードスキンをかけ怪我を防止しつつ、魔法を使うと私達が圧倒してしまうのでなしにする。

 黙っていていざという時に使おうとしたらロペスにヌリカベスティックも禁止された。

 足を止めて打ち合う体勢の2人に対して動き回ることで体勢を崩して隙をつく練習の私とイレーネ。

 

 並んで剣を構えるロペスとペドロ。

 左右に分かれてロペス達の周りを走り、タイミングを合わせて襲いかかる。

 イレーネにはペドロに張り付いてもらい、ロペスとペドロの間に体を入れ、ロペスに1撃入れ、ステップバックし対峙する、と思わせてヌリカベスティックの端をもって後ろに向かって振り回しペドロの後頭部を狙う。

 

 体に力を入れて攻撃を受けるために重心を落としたロペスに攻撃を中断させる瞬発力は出せず、ペドロも眼前に迫るイレーネに注意が集まっているため後頭部への打撃に気づかなかった。

 

 ぎぃん!とヌリカベスティックが弾かれた音がしてペドロがたたらを踏んだ。

「ペドロアウトー」と私が言うと

「不意打ちなんて反則だ!」とペドロが抗議した。

「戦場で打ち合ってる最中に矢だって飛んでくるのです」と言って黙らせた。

 

 身体強化していても重心を上げて手数で戦う様になったイレーネと私が相手ではロペスは受けきることができなくなり

「まいった!」というところで練習は終了した。 

 

 キャンプの用意もせずに遊んでいるように見える貴族の子ども達を遠巻きに見ていた一般兵は正直な話お飾りの主人と、口調が変でめっぽう強い護衛っぽい少女の2人組だと思っていたが、2人共遊び感覚で目にも止まらない速さで駆け回り、魔法を行使する触れてはいけない人なんだということを認識し、もう話しかけるのはやめようと心に誓った。

 



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目的地への到着と2人目の理不尽上司

 夜中に不審者が荷駄を狙って侵入するなど細かいトラブルはあったが

 それ以外は概ね平和に過ぎていった。

 

 侵入していたのは敵国の斥候ではなく、手癖の悪さで街を追い出された猟師だった。

 弓が壊れてしまったので食料をいくばくかと弓矢でも盗んで猟をしようと思ったらしい。

 まあ、よくこの人数の中に盗みに入ろうと思うものだ、と感心した。

 

 軍に対する窃盗なので未遂でも数年の投獄か鉱山行き、

 悪ければ死刑になるだろう、との話だった。

 連れて行くのが面倒だとその場で殺されないだけ運がいいな、と教官が言った。

 

 馬の体力に合わせた行軍の性質上、無理のない速度で無理のない距離を歩くため

 いい加減遅さに飽きてしまい、はじめのピクニック気分も抜ける。

 

「飽きました」とつぶやくと

「おれもだ、だからこれやりたくないんだよ」と教官が答えた。

 そしてそんな行軍はあと7日間もあるのだ。

 イレーネとロペスと飽きた飽きたと口々にいいながらダラダラと歩いていく。

 

 1日1回くらいは何かしら起こるだろうと思ったが、

 群れからはぐれた豚頭(オーク)が前の方に出たくらいで、

 ほとんど関われずにちょっとしたミニイベントが消化され

 退屈になんの花も添えない結果となった。

 

 リュックに道すがら食べようと思って氷砂糖を買って入れてきた事を思い出した。

 香料や着色料がない上に砂糖は貴重なので貴族のお菓子といえば氷砂糖らしい。

「どうぞ」とルイス教官に氷砂糖が入った袋を差し出す。

「悪いな」といいながら大きめの氷砂糖を3つも持っていった。

 その後、イレーネやロペスたちにも振る舞い貴重な甘味で機嫌よく行軍した。

 

 デウゴルガ砦。

 砦というよりちょっとした城郭都市のような

 重厚な石の壁に囲まれた都市にたどり着いた。

 「砦っていうわりに大きいですね、兵站いらないんじゃないですか」

 と聞くと、この先にもう一つ拠点があるのでここで引き継ぎをして帰り、

 ここの兵站部隊が適宜必要な数を後ほど送るのだという。

 

 なぜ都市機能があるデウゴルガ砦で用意して送らずに

 わざわざ離れた聖王国ファラスから送るのかというと、

 城壁の中での食糧生産は限られた量しか作れないため、ここで作ったものはすべてここで消費されてしまう。

 そのため、十分な量の食料を用意できず、かと言って城壁の外で農業をやろうにも野獣や敵国による破壊工作や毒に警戒する必要があり、農業ができないのだという。

 

 狩猟ではいつも同じ量を用意することができるかわからない。

 武器防具を作ろうにも鉄もあまり取れないので送る必要があるらしい。

 

 ずいぶん変なところに作ったもんだ。とは思うがここから先はどうやっても似たようなもんなので、川に近い開けたところに作ったほうがましなんだそうな。

 

 ルイス教官と砦の偉い人が応接室に向かう前にイレーネが何やらルイス教官に声をかけていた。

「教官、ちょっと用事行ってきていいですか?」

「しょうがねえな、早めにもどれよ」と言ってイレーネはどこかに行ってしまった。

 

 兵站部隊の隊長とデウゴルガ砦の何某かの偉い人の間でサインをするのを眺め、

 可能な限り速やかに帰還せよ、という命令書をルイスが確認する。

 

 応接室でルイス教官が手続きしてる間に、ロビーでコーヒーでも飲みながらぐでっとすることにした。

 ぐでっとして机に突っ伏しているといつのまにかうたた寝してしまったようだった。

 

 しばらくして応接室からルイス教官が出てきたころ、

 イレーネがガシャガシャと金属音がする少し大きめの革の袋を抱えて持ってきた。

「イレーネ、お前、それ…」ルイス教官が言葉をなくす。

「この後、宿泊ですよね、今日こそカオルに勝つんです!」と小声で宣言した。

「帰還命令が出てるんだが」というとイレーネはひどく傷ついた表情を浮かべる。

「まあ、おれも疲れてるしな、適当に理由つけて明日にするか」と言って頭をガシガシと掻いた。

「おい、カオル、起きろ」と揺さぶられ変な声を出しながら伸びをする。

 

 軍の食堂と宿泊施設が使えるということなので全員で移動した。

 

 デウゴルガ砦の軍の食堂で早めの夕食を食べていると

 私達のテーブルの脇につかつかと早足で兵士がやってきた。

「こちらにいらっしゃいますオーヌキカオル様に我がデウゴルガ砦司令官のレオノール・レジェス閣下がお会いになりたいとの仰せにより迎えに参りました。」

 

 そう聞いたルイス教官が苦虫を20匹くらい噛み潰したような顔をした。

 なんて苦い顔! と思っていると

「オーヌキカオル様はどちらですか?」と兵士がもう一度言った。

 しらばっくれて逃げられないかな。

 と、思っているとみんなが羨望の眼差しで私に注目したおかげで

 私だとバレてしまった。

 

「おれも同行しよう」とルイス教官が立ち上がった。

「私、食事中なのですが」と抗議の声を上げると

「上官の命令は絶対だ」と襟首を持ち上げられた。

 

 1階奥にある食堂をでて階段で4階まで上がり、

 あっちこっちの角を曲がって大人が5人並んで通れるような

 大きな観音開きのドアにたどり着いた。

 

 あぁ、本当に偉い人なんだと思いつい不安になりつばを飲み込んだ。

 呼びに来た兵士の後ろにルイス教官と並ぶ。

「オーヌキカオル様をお連れしました!」と大声で叫ぶと中から入れ、と聞こえ

 兵士に開けてもらい中にはいる。

 

「よく来た、貴官のおかげで兵站部隊に損害を出さずに運べたと報告があった。

 礼を言おう。

 して、そのオーガの群れを一人で消し炭にできる貴様を我が部隊に迎えたいと

 思っているのだが、どうだ」

 30台半ばくらいの深緑色の髪をした女性司令官風の人が

 自己紹介もなしに言った。

 

「お待ち下さいレオノール・レジェス閣下」

 ルイス教官がレオノール・レジェスを止めた。

「貴官は・・・ルイス・アルメンゴルか、久しいな」

「は、お久しゅうございます。

 今のタイミングでカオルを引き抜くのはご再考ください。

 というためにここに参上いたしました」

 

「しかし、オーガを消し炭にするほどの炎の矢(フェゴ・エクハ)

 正しい火炎球(フェゴ・イェーグ)を立て続けに使ってなお平気なのであれば

 すでに即戦力なのではないかね?」

 高圧的にルイス教官に圧力をかけるレオノール・レジェス。

 がんばれルイス教官!

 

「人払いを」と言ってレオノール・レジェスに近づいたルイス教官は耳打ちした。

 レオノール・レジェスがバカな! なんとバランスの悪い、などと

 相槌を打っていた。

 

 いいことは言われていない気がする。

 

「わかった。カオルとやら、今から貴官の力を見たい。ついてこい」

 

 レオノール・レジェスの後ろをルイス教官とついて歩きながら小声で抗議する。

「どういうことですか!」

「すまん、今から出してもすぐ死ぬだけだと言っただけなんだが」

 

 偉い人の部屋をでて今度は1階に降りる。

 行く先々で変なことさせられてる気がする。

 

 軍施設の裏手から出てすぐ前の円筒形の建物に入った。

 暗い廊下を歩き、中に入り周りを見渡すと観客席があったので

 どうやらそこはコロシアムのようだった。

 

 レオノール・レジェスは中央まで歩くと振り返り私に言った。

「貴官の力のすべてを見せてみろ! なんなら私を殺しても構わん!

 倒せたらこの砦の幹部にしてやろう」

 と言って手を広げた。

 まったく御免こうむるが逃してはもらえないようだ。

 

「なんです? あれ」

「悪いやつではないんだが強いと聞くと自分の部下にしたがるんだ」

「適当に手を抜いたらいいんですかね?」と聞くと

「そういうのはすぐばれるから接近戦でいけ」とアドバイスをもらった。

 

 全力で身体強化をかけてヌリカベスティックで殴りかかる。

 龍鱗(コン・カーラ)をかけただけで受け止め

「なるほど、2年生女子でこの体格でこの威力、なかなかの魔力量だ

 これが発展途上か、すばらしい」

 と感想を漏らした。

 

 立て続けに殴りかかるがまったくもって相手にならず、

「確かにこの近接戦闘能力はひどい」という感想を引き出したが若干傷ついた。

 

 魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を唱えたレオノール・レジェスは

「次は魔法が見たい。私を消し炭にするつもりで打ってこい!」

 そんな無茶な、と思いながら炎の矢(フェゴ・エクハ)を発現させると突然飛び蹴りを食らった。

 完全に油断していたためにぶうぇーと変な声で鳴きながらふっとばされごろごろと転がった。

「な、何を…」と立ち上がると

「甘っちょろい! 消し炭にしろと言ったはずだ!」と仁王立ちで甘さを指摘した。

 

「万が一殺しちゃったら嫌なので無理です!」と断ると

「たしかにルイスの言うとおりだ、解散!」と言って帰ってしまった。

 

 土埃にまみれた私の傍らにルイス教官がやってきて

「災難だったな」と呟いて肩に手をおいた。

 彼女の中の正解は火炎球(フェゴ・イェーグ)を本気で打ちつつ当てないことだったらしい。

 上官に向かって殺すつもりで攻撃するようなやつはいつか反旗を翻すはずなので問題外なんですって。

 やってたら飛び級で卒業だったかもしれないので結果的にこれで良かったが。

 

 

 ちなみにあの時の耳打ちは

 こいつはワモンの召喚した異世界人で

 近接戦闘のセンスはほとんどないが魔力量は発展途上であり、

 魔物ですらやっとまともに戦えるようになったが

 人を殺す覚悟がない甘ちゃんなので

 今戦場に出すとすぐ死ぬか壊れるか逃げ回るだけなので

 あと2年預けてくれればこの英雄の素質を開花させて引き渡す

 という内容だったがカオルにはすべて知らされることはなかった。

 

 そもそも配属先はここになる保証もないのだが

 せっかくの面白い才能を見つけて楽しんでいるのに引き抜かれてたまるか、とルイスは脳筋の元上司に黙っておいた。

 

 

 私は砂埃まみれのまま食堂へ戻り、

 待っていてくれたイレーネになんのようだったの? と聞かれ、飛び級で引き抜かれそうになって断ったら蹴り飛ばされた、と省略して答えた。

 

 片付けられてしまった食事の代わりに新しく用意してもらう。

 普通に1人前を用意してもらったが半端に食べてしまったあとなので、すぐお腹いっぱいになってしまい破裂するんじゃないかと思いながらお残ししないように頑張って押し込んだ。

 

 

 夜シャワーを浴びて酒を片手に一人でぼーっとバーを併設した娯楽室にいると、

 フェルミン・レニーを筆頭としたA班の3人がビリヤードでもやりに来たようだった。

 しばらくやんややんややっていたがトミー・セビリャが酒でも取りに来たのか

 私の横に座り、しばらくうつむいて考え込むように酒を飲み、

 小さな声で

「昔な、妹がいたのだ。

 ある日、家族でピクニックに行ったとき一人でふらふらと家族から離れて花を摘んでいた妹が誘拐されてな、気づいた時には攫った者が遠く離れてた。

 父が身体強化をかけて追ったが魔法を使える者らしく追いつけなかったと聞いた。

 

 最も私は今より小さかったからなにかできたわけではないんだが、警報(アルラッテ)が鳴る魔道具、あれが5年前にあればすぐに気づいて助けられたかもしれないと、今更になって、今でもどうにかできたんじゃないかと思ってしまうのだ。」

 

「その後妹さんは…?」

 

「身代金の要求通りに払ったと聞いたが帰ってこなかったよ、飲みすぎたようだ。

 すまぬな、こんな話突然に。」

 と言って3人分の酒を持ってフェルミンの元に戻っていった。

 そんなに親しくないのにいきなりそんな事言われてもテンションガタ落ちだよ。

 

 戻って笑いながらビリヤードをしているレニーを見て切り替えが早いのか

 貴族は心を隠すのが上手いのか、と考えていると

「1人かい?」とロペスに声をかけられた。

「3人に見える?」というと4人はいるな。と言ってビールを注文していた。

 

「ダーツ、できる?」

 ロペスがダーツが何本か入った木のコップを差し出して聞いた。

「カウントアップなら」と初心者アピールをすると、いいだろうと答えてダーツボードの前に立った。

 

 ダーツボード自体はよく見知ったものだったが、樹脂なんてないので針を木の板に刺す古い感じのものだった。

 軽い感じで投げるとブルと1と1のトリプルに刺していた。

 あんまりうまくない気がする。

 

 ダーツを投げる場所を示す線の脇にあるテーブルの上にあるメモにスコアを書き込んで私を呼んだ。

「投げ方はわかる?」と聞くので

「知らなかったらカウントアップもできないでしょ」と答えて交代した。

 

 木のカップからダーツを取り出すとその重さに驚愕した。

「ロペス! 重いよこのダーツ!」というと

「軽かったら刺さらないじゃあないか、相変わらず変なことをいうな」というとちょっと考えて

「いや、知ってるダーツはどのくらいの重さなんだ?」と聞いた。

 私はポケットに手を突っ込んで銅貨を何枚か出し、3枚位かな? という所でロペスの手においた。

「軽いな、カオルの世界の人はみんな虚弱なのか?」と聞くので

「え? 言ったっけ?」というと

「気づかないやつなんかいないよ」と言って笑っていた。



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魔道具が売れない理由

 その後、ロペスにソフトダーツとはなんぞ、という話をしている間にいつの間にかフェルミン達は帰っていた。

 改めてダーツを始めてみると、びっくりするほど背の低さと腕力の違いに驚いた。

 

 普通に構えて投げるとヘロヘロで中心のブルを狙ってもボードを外れて左下の壁に突き刺さった。

 あとダーツが重すぎる。

 銅貨と比べてみたら5枚くらいで同じくらいかな?と思ったので25gくらいあるかもしれない。

 

 肘の位置を少し高めにとり、頭の上から振り下ろすように投げるとなんとか届いたが左右はなんとかブレずに投げられたが、上下が安定せずまともに投げられなかったのでしばらく練習しなきゃ無理だねという結論になり、テーブルに移動した。

 

 インディアンポーカーやらセブンブリッジやらを適当に説明しながら遊んでいると

「あら、仲良しさんじゃない」と言ってイレーネがやってきて

 銅貨がたくさん入った袋をテーブルにガシャっとおいた。

「さあ!やるわよ!」

 

「そんなに種銭ないから」というと高々2銀貨分よ!と堂々と言っていた。

 約2kg!アホかこいつは!それ抱えて帰りどうするんだ!と心のなかで叫び、

「足りなくなったら代用品で良ければ付き合うよ」というと

「それでこそカオルよ!」と言って水で薄めたウィスキーを持ってきて

 氷塊(ヒェロマーサ)で小さい氷をいくつか入れて飲み始めた。

 

「さっきは何をしていたの?」ちびちびと飲みながらイレーネが聞いた。

「インディアンポーカーとセブンブリッジだね。

 3人でやるならページワンとか大富豪とかもあるよ」

「さすが異世界人、しらないのばっかりだ」そう言ってロペスがニヤリとした。

「あら、ロペスも気づいてたんだね。」とイレーネがこともなげに言った。

「わからない方がどうかしてる」とロペスが言って2人で笑っていた。

 

 隠していたわけじゃないが見え見えだと言われるとどうしてぐぬぬ、となってしまうのだろう?

 

 その後、手軽なのでインディアンポーカーを遊んでいるとルイス教官やらペドロやらが来たのでルールを教えながら大富豪を始めたが革命というシステムを説明すると追い落とされる側なので微妙な気持ちになるのか困ったような苦々しい様な不思議な表情を浮かべ、ページワンとセブンブリッジを遊ぶことになった。

 

 賭けて遊べるようになるまでルールを説明しながら何ゲームか遊んでいたら賭けるのを忘れて普通に遊んでしまい、夜更け頃解散した。

 

 

 寝る前に二日酔いの飲み薬(ポーション)を飲んだおかげで全く酒が残らなかった。

 これは常備したい。

 

 食堂に行き、朝食を取る。

 コーンっぽい味の野菜スープとパンに紅茶を取ってきて朝から優雅に過ごしていると、暗い顔だが二日酔いになっていないイレーネがやってきた。

 彼女が朝弱いのはもしかして酒が残っているせいなのではなかろうか。

「そんな顔してどうしたのおはよう」

「昨日賭けるの忘れたから両替が無駄になってしかも軽くするために今日も両替なきゃいけないことに気づいたのおはよう」

「手数料無駄に2回払うんだね」

「そうなのよ」

 

 いくら大富豪の様な気持ちに溢れていてもその裏に隠れているのは貧乏性だ。

 無駄な出費は抑えたい。

 あとだんだん減ってきているし。

 

「預ける所とかあればいいんだけどね」

「あるんだけどね、基本的に預けた所でしか引き出せないのよ

 別のところでも引き出せはするんだけど、手数料が結構取られちゃうの」

「だったら両替でも一緒なのね」というと悲しそうにカクンと頷いた。

 

「そろそろまた潜りたいねぇ」というと

「しばらく長期で休めないからねぇ」とイレーネが答えた。

 

 2人で遠い目をして自動的に朝食を食べ終えると、イレーネの両替に付き合うついでに街を見て回る。

 

 そういえば街全体が臭わない。

 川が近いので下水でも通っているのだろうか。

 そうするとなんの処理もなしに垂れ流しということになるが・・・。

 

 両替屋の前でイレーネを待ちながら町並みを眺めていると、通りすがりの人がチラチラみて来るのが鬱陶しい。

 そんなに黒髪は珍しいか。

 人の入れ替わりがなさそうだからよそ者だから見られているのかもしれない。

 

 しばらくして両替をし終わったイレーネが出てきた。

「おまたせ!両替料おまけしてもらっちゃった!」

 店員がイレーネのことを覚えてたらしく、

 一切使わずに戻ってきたのを不思議に思い理由をきいた所、

 理由が面白かったので半額におまけしてくれたらしい。

 

 それでも無駄に銅貨30枚払ってんだからな?

 でもお金をかけなくても十分に楽しいとわかってもらえてればいいが。

 

 と、イレーネと両替屋の前で立ち話していると、やっぱり通りすがりにチラ見される。

「さっきからなんだろうね」と歩き出しながら小声でイレーネにいうと

「あたしも少しは自覚あるし大概だけどカオルはほんとに無自覚ね」と、よくわからないことを言ってすたすたと先に行ってしまった。

 

 軽く観光、といっても軍施設に近い街なので、一般兵は支給品が与えられる。

 ハンターの仕事のほとんどが一般兵の任務として行われるため、ここにはハンター協会がない。

 一般兵は自分専用の装備を買う余裕なんかないので、武器、防具、その他の飲み薬(ポーション)や魔道具などは貴族用に少しいいものが流通しているのだった。

 

 その中の1軒、たまたま目についた片足の山羊という名前の店を覗いてみた。

 

 元々は中級の商家の生まれだったが魔力があったので士官学校に入学したが、あまりにも戦闘センスがないため、後方支援に回されて魔道具や飲み薬(ポーション)を作る部隊で従軍していたが、襲撃を受けた際に足をやられてしまい、戻ってくるまでに傷が悪化し、治癒の奇跡が間に合わずに切断したんだと、聞いてもいないのに説明してくれた。

 

 店の中をみてみると、自己顕示欲の割に腕はいいようで、

 装備すると魔法障壁(マァヒ・ヴァル)龍鱗(コン・カーラ)が腕の部分にだけかかる籠手を見つけた。

 紋様は布と革で隠されていて見えないが試着してみるとなかなか効果も高そうだ。

 そして意外なことにスライドスイッチが装備されていた。

 イレーネを呼んでこの機構はすごいと説明していると店主のおじさんは

「わかるかい?そうなんだよ!」と感激していた。

 金貨1枚と銀貨10枚の所、負けてくれると言っていたがそれでも金貨1枚なので

「無理です!」と断り、冷やかしも悪いかと思って銅貨10枚の二日酔いの飲み薬(ポーション)と大銅貨3枚の魔力回復薬2級を2本ほど買って表に出た。

 

「魔道具が売れないって理由がわかったよ」とイレーネにいうと

 ほんとにね、と言って肩をすくめた。

 買っても擦れたり削られたりして機能しなくなるとその場で修理する必要があるのだということを最近感じた。

 

 外食するところもあまりないのでぷらっと歩いて結局、軍の食堂に戻るしかなかった。

 B班の姿が見えないのでトランプで遊んでいるペドロ達に聞いてみると、

 兵站部隊の先頭でオーガの相手をさせられたときにC班のやつらが引っ掻き回して手柄を奪っていったと言って父上に報告するのだ、と早くに出たらしい。

 そんなこと言ってペドロとイレーネが来てくれてなかったらどうなってたのよ、と呆れる。

 

 長期で休むならそろそろ今年の課題を全部済ませてしまいたい。

 私は今年の冬支度は食料と薪が少しほしいかもしれない。

 (フェゴ)でも温かいは温かいのだが、遠赤外線がでないらしく温かいけど寒いという感じになってしまうのでやっぱりあったほうがいい。

 

「今年はいいけど、来年のことを考えるとやっぱり遠征したいね」とイレーネにいうと

「そうだね、今年もクリスマス休暇は帰らないと思うし」というので

「まだ許してないの?」と聞くと、

「家族としては好きだし、いい父と母なんだけど、人として合わないのよねって

 ことがカオルといてわかったから」気が合うのはいいけど私のせいみたいじゃないか。

「ま、元気だよって手紙くらいは出しなよ」と言って最後の一口になった紅茶をくいっと飲み干した。

 

 もう少しなんか食べれそうな気がするなぁと、ちょうどいいメニューを探していると、ルイス教官が慌てた様子でやってきた。

「全員いるな、緊急事態だ。ファラスに帰れなくなった」

「ん?どういうことです?」と聞くと、

「アールクドットの新人狩り(ルーキーハント)が出たらしい。

 B班が遭遇して全員バラバラに逃げたおかげで1人だけ生き残ったと報告がきた」

「アールクドットの新人狩り(ルーキーハント)は強いのでしょうか」とペドロが聞いた。

「つよいのはめっぽう強い、我が国の上級騎士と同等以上の者がいると言われている。」

「おれでいうとおそらく下から2番めの第2階戦士(セグーノグエーラ)か3番めの第3階戦士(アーセラグエーラ)だろうな、

 B班についてるエナメドで第3階戦士(アーセラグエーラ)から第4階戦士(アルトグエーラ)だと考えると、運が悪ければ守りきれんな」

 

「そもそも新人狩り(ルーキーハント)って何をしているのですか?」とルディが言った。

 

 新人狩り(ルーキーハント)は将来戦士として戦場を駆け回る貴族の子供を早めに排除するために行われるアールクドットが行う。

 今回出現した場所はオーガの討伐現場ということで魔力の残滓を感じたのか、地面の状態で判断したのかはわからないが今のうちに潰しておいたほうがいいと判断したために復路を戻ってくるのを待っていたんだろう。

 ちなみに、なぜ我々が同じことをしないかというと、アールクドットでは戦士階級はコロシアムを勝ち残った者が素質ありと見込まれてスカウトされるものだから配属時点で狩れるほど弱くないんだそうだ。

 

 新人狩り(ルーキーハント)が居座っているのは主に私のせいだったのかもしれない。

 イレーネが泊まろうと言ってくれて助かった。

 

「と、いうわけで街道を使うことができなくなった。

 大回りしてアーグロヘーラ大迷宮で状況が落ち着くのを待ってから帰還したいと思う。」とルイス教官が言うと、イレーネの表情に喜色が浮かんだがすぐに落ち着けて真顔になった。

 

「ほとぼりが冷めるまでは自由行動ですか」と私が聞くと

 一瞬呆れた表情を浮かべたルイス教官は、難しい顔をしてから

 まあ、いいだろう。と許可をだした。

 

 私とイレーネはテーブルの下でぐっと拳を握った。

 

 



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パンと肉とビールは野菜に含むか

 アーグロヘーラ大迷宮に行ける!ベッドに入り、ロペスは高揚した。

 アーテーナの鉾に会えるだろうか、あれから1年近くが経ち、おれは変わっただろうか。

 去年と比べて全然進歩がないんじゃあないのか?と、いわれるんじゃないかと怖くもある。

 たった1回付き合っただけの学生なんて覚えていてくれているかな、と心細く思うが、よくよく考えると魔法を使わない普通のハンターにとって無駄に魔法を使いまくったカオルのことは忘れられないだろうな、と思って、安心すると共にカオルといるといつも添え物になってしまうんじゃないかと下級とはいえ貴族としてのありようを問われている気がして、カオルに対しての嫉妬心が鎌首をもたげようとしてくる。

 ここで嫉妬してしまうのは貴族の矜持にかけるともいえるし友を侮蔑することになる、と自分を戒め就寝した。

 

 翌明け方、砦の東側にある訓練等で外出する際の馬車が通れない小さい出口から皆が頭を低くして歩く中、私とイレーネは堂々と胸を張って歩いて出た。

 背が低くてもいいことはあるものだ。

 

「念の為イリュージョンボディをかけてくれ」とルイス教官がいうので

(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け イリュージョンボディ」と小声で唱え、皆の存在を希薄にする。

 いつもいつも私にやらせるけど教官がやったほうが強いんじゃないの?という疑問が頭を横切ったが上官命令の是非について考えてもしょうがないのでなかったことにした。

 

「街道沿いは待ち伏せがある可能性が高い、森の中を突っ切るがなるべく音はたてるなよ」と無茶を言うルイス教官を先頭にして走り出した。

 

 先頭のルイス教官が障害物になる低木を目にも留まらぬ速度で切り開き、

 ペドロ、フリオ、ロペス、イレーネ、ルディ、ラウル、私の順番で森の中を走る。

 私の前を走るラウルが辛そうにふうふう言いながら「や、痩せちゃう…」とつぶやいた。

 痩せるがいい。むしろここ1年でなんでちっとも痩せてないのだ。

 というか痩せたくないのか?

 私の中で謎は深まるばかりだった。

 

 1日目は森の中でキャンプをする。木の間隔が広く、低木が多いので虫は気になるが木の陰に隠れられるよう地面で見つからないように一晩過ごす。

 せめて座りやすいように、とルイス教官の指示で私が(カエンテ)で辺りの枯れ木や枯れ草を吹き飛ばし、

 今度はイレーネと2人で黒い炎の矢(フェゴ・エクハ)で辺りを焼き固めることにより、乾いて過ごしやすい区画を作ることができた。

 ルイス教官はなんでも知ってる。

 炎の光がないのでこういう時に使えるとは思わぬ副産物だった。

 

 暗くなるまで暇なので、警戒と称してみんなウロウロし始める。

 適度に人がバラバラになった所でイレーネを呼び出して、魔法の研究結果の話をする。

 

 光を曲げてステルス迷彩の様に見つからずにいられる魔法はないものか、と調べたが光属性の魔法は光るだけという認識らしく、光に干渉する魔法は無いようだった。

 不可能であればしょうがない、と操作しやすくて目隠しに使えそうな闇属性を使うことにした。

 魔力を闇に変え目隠しに体を囲ってみたりカーテンのように囲えないか試してみたりしたが、目立ちたくないのが目的なのに真っ黒なもやもやが立ちはだかるとどうしても目立ってしまうという問題にぶち当たった。

 

 お花摘み中に好奇心から頭突っ込んできた人と目を合わせたくない。

 

 研究に行き詰まり、手遊びで手のひらの上で動かしたり魔力を込めてぎゅっと濃くした所、

 闇を消したわけではないのに目の前から消えてしまった。

 

 濃くしたり薄くしたりして調べて見ると光は濃い闇にぶつかるとぶつかった闇に沿って曲がって進み、元の位置に戻る性質があるようだった。

 魔力を闇として密度を上げて体にまとい、光に曲がってもらうことでステルス迷彩が実現できた。

 光は避けて通るので自分自身に光は届かないし、そもそも闇の中に浸かるので目の前にある手のひらも見えないくらい真っ暗になってしまう。

 

 主に無防備になるお花摘みのためにステルス魔法を作ることに成功した瞬間だった。

 

「これは…」と思わず息を呑むイレーネ。

「まだ名前がないのです。」密談をするように声を潜めて言った。

 呪文無しで行使するには濃い闇を纏うのは効率が悪すぎてお花摘みのためにもっさりと魔力が持っていかれてしまうのは困る。

「カオルのいた異世界だとこういうのはなんていうの?」ふと思いついたようにイレーネが言った。

「ステロス?」なんでもない所で噛んでしまった。

「ステルス」と言い直したが遅かったようだ。

「ステロスという名前に決まりました…」悔しさでぐっと膝の上で拳を握った。

 後世まで噛んだ名前が残ることが決定しがっくりと項垂れる。

 

「ステロス!」イレーネが唱えると黒いモヤがイレーネをもこもこと包んでいき、

 黒い塊になったかと思うとすーっと消えた。

 イレーネがいた辺りを触ってみるとたしかにイレーネの肩があった。

「わあ! 急に触るとびっくりするじゃない!」と言って驚いていた。

 闇をまとうために周りが真っ暗になってしまうと伝えるのを忘れてた。

 

 出してる間、ずっと魔力がジリジリ減り続けるけれども、丸出しになる不安と羞恥に比べれば大したことはない。

 いや、減り方を考えると普通の人では使い物にならない気がする。

 

 ステロスを消して感激した表情のイレーネとがっちりと握手をして収穫なし、と言ってキャンプに戻った。

 

 火が使えないので固いパンだけをもそもそと食べる。

 獲物でも取れてたら生肉を腐らせて無駄にするところだった。

 (イ・ヘロ)も使えないので気分転換に体を動かすことも出来ず元気な男子連中は不満げだ。

 

 そういう時はさっさと寝ちゃうに限るよ、とリュックからポンチョを出して被り、熱風(アレ・カエンテ)をじわっと出しながら膝を抱えて就寝した。

 

 外で寝るのも膝抱えて寝るのもいい加減慣れてしまった。

 朝日で目が冷めた私は(アグーラ)を出しうがいをして顔を洗い草木に水をやった。

 ルイス教官はどこかに行っているらしく、カバンだけがおいてあった。

 

 少し離れてステロスの威力を確かめるとキャンプに戻って硬いパンをもそもそと食べた。

「もう起きてたのか」どこからか戻ってきたルイス教官が言った。

「寝るのも早かったですしね、どこ行ってたんです?」と聞くと哨戒だ。と答えた。

 

 今日あたりでアーグロヘーラ大迷宮着くかなぁ、そろそろ火が使えないのは辛い。

 すぐに疲れるラウルを走らせるにはお尻に(フェゴ)を投げつけてやればきっと走るはず、とみんなが起きるまで変な妄想に浸る。

 

 それより問題はフリオなのだ、本当に食べてるのかと心配されるほど細く、筋肉がない。

 入学当初に比べれば少しは筋肉も体力もついたらしいが。

 食べても食べても太らないし、筋肉もつかないというのは想像つかないがそれはそれで辛そうだ。

 空腹で運動してから食べて寝たらいいのかな。

 向こうでもこっちでも食べたら食べた分きちんと肉になる私にはその悩みにはまったく共感できないが、解決方法があるなら提案してあげたい気はする。

 

 朝から走って夕方頃、街道を外れて走ったおかげで時間がかかってしまったがアーグロヘーラ大迷宮まであと半日という所まできてそろそろキャンプかな? という時間になってきた。

 

 薄暗くなり始めて今日もキャンプかーと思っていると、

「そろそろ大丈夫だろう、近くに街があるから今日はそこにいく」とルイス教官が言った。

 森の中ばかり走ってきたのによく道がわかるもんだ、と感心した。

 

 一応警戒して(イ・ヘロ)は使わずに森の中から出ると、街道の先に明かりが見えた。

深く見通す目(ディープクリアアイズ)」ルイス教官が遠見の魔法で街道を確認する。

「待ち伏せありそうですか?」と聞くと手で抑えられた。

 しばらく周りを見渡してからルイス教官はふーっと息を吐いて

「大丈夫そうだ、いくぞ」と言って全員で改めて身体強化をかけ走りだした。

 

 真っ暗になる前に宿場町に着くことができた。

 アーグロヘーラ大迷宮まで徒歩1日という絶妙な距離にあるオヘルデという少し規模が大きい街だった。

 デロール村と違って木の柵ではなく、頑丈な石を組んでできた塀に囲まれた大きな街は

 夜でも出入りが自由らしく門番はいるが門に扉がないようだった。

 門をくぐると馬車2台がすれ違ってもまだ余裕があるほど広い道をメインストリートに宿場町というだけあり道沿いに大きな宿が立ち並んでいた。

 

 ルイス教官が先導し、宿を決める。

「ここがいいだろう?」と振り向いてフリオを見た。

 フリオは曖昧な表情で愛想笑いを浮かべていた。

 

 開け放たれた入り口からぞろぞろと入っていき、ルイス教官が受付でシングル1部屋とダブルを3部屋頼んでいると、ラウルの影に隠れていたフリオに

「坊っちゃん!逞しくなられましたね!」と話しかける人がいた。

 

 坊っちゃん?と思って声の主を確認すると太ったおばさんがお盆を持って立っていた。

 なるほど、実家か、と納得するとルイス教官がニヤついていた。

 知っててやるとは性格悪いな、と思わず苦笑いした。

「ちょっと研修の途中で寄ることになったよ」と片手を上げた。

 受付の人も坊っちゃんの先生ならサービスしときますね、と言って部屋のランクが上げられた。

 もしかしてこっちが目的か?

 違うな、最初にシングル1部屋とツインを3部屋と言っていた。

 一番の目的は経費削減だ。

 

「ほい、女子部屋の鍵」と言って鍵を渡された。

 いつもいつも女子扱いされることに居心地の悪さを感じる。

 

 3階建ての木造建築の宿の2階奥3部屋がダブルで、3階がシングルの部屋なのでルイス教官と階段で別れそれぞれ割り当てられた部屋に入る。

 フリオは「おれといるより実家の方がいいだろ?」とルイス教官に言われ、苦笑いで自宅の方に行った。

 

 荷物をおいてイレーネと交代でシャワーを浴びた。

 その後、カーゴパンツとセーターに着替えて客用の洗濯場に行った。

 水やお湯、石鹸の販売されていて、別途お金を払うと宿の人が変わりに洗って干しておいてくれるサービスもあったのでお願いして23と書いてある木札を受け取り食堂に向かった。

 

 まだ空いていたので6人がけテーブルの真中にどっかりと座り、適当に注文して晩ごはんにする。

 フリオが来ればおすすめも聞けるかもしれないが全部おいしいよと言われる可能性もあるし家族水入らずの所邪魔しても悪いしね。

 

 肉が食べたいとひき肉のステーキと牛肉のステーキとコッペパンにスープを頼んだ。

 肉だらけになってしまった。

 食事中に酒を飲まない習慣なのでまだ頼まない。

 とりあえずコッペパンとスープで空腹をごまかしているとイレーネが向かいに座った。

「洗濯お願いできるっていいね」と言っていたので、パンをスープで流し込んで

「あれは全世界に広めるべきサービスだね」と返事した。

 

 イレーネはテパさんを見つけて手を上げて呼ぶと、サラダとなにか色々注文していたが私の前にサラダがないのを見つけ、サラダを追加注文した。

「私は肉が好きなんだよ」と言ったが受け入れてもらえなかった。

 テパさんはうちのドレッシングも美味しいですよ、と言われて回避不能となる。

「パンも小麦だし、肉だって草食べた動物の肉なんだから野菜だよ」と抗議する。

「じゃあ、ビールも野菜ってことで早速飲もうか!」といい笑顔でいっていたのでいつも飲み過ぎを注意する私はぐっと喉を鳴らした。



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らしくない二人

 食事を終えてビールという名のなにか違う物とピクルスを頼み、ちょっとお花摘みにと言って席を外したイレーネが恐ろしいものを買ってきた。

 

 53枚の手触りの良い加工がされた紙が入った厚手の紙のケースだ。

 そう、トランプだ。

 

 今までは借りてきたもので満足していたのについに買ってしまった。

 きっとアーグロヘーラ大迷宮の階段で寝る前にやろうとかキャンプのテントでやろうとかきっと言い出すにきまってる。

 

 フリオの実家! なんで売ってるの!

 

 いや、いつか1人で賭場にでかけて借金まみれになる可能性を考えたら

 一緒に遊んであげれば賭場に行かないと思うとこれはこれで良かったのかもしれない。

 ならば付き合おうじゃないか、と思っていくつか遊んでみたが

「賭ける賭けない以前に2人だとつまんないね」と言ってトランプを大事に仕舞った。

 

 夜も更けてきて飲み屋として客が訪れるようになったのでテーブルが足りなくなってきたようだ。

 2人席があればよかったんだけれども無かったので4人席に移動しようと言ってピクルスの入った器とビールのコップを持って立ち上がった。

 ハンターのパーティは大体3人~6人のパーティが多いようなので基準が4人掛けテーブルか6人掛けテーブルなのだろう。

 

 外から入ってきたロペスとペドロは

「いよう、お二人さん」といって勝手に座った。

 別に文句があるわけではないけど。

 

 そして隣りに座ったロペスに耳打ちした。

「イレーネがトランプ買ってきた」というと一瞬ひくっと引きつらせたがすぐに平静を取り戻し、覚悟は出来た。と答えた。

 きっと思うことは私と一緒だったろう。

 

 2人共ビールを頼み、

「せっかく4人になったんだからブラックジャックしましょう!」というイレーネの提案があったが

「ディーラーできるのがカオルしかいないのにカオルにやらせるとなんか怪しげなことするからだめだ」

 とロペスが言ったのでみんなお気に入りセブンブリッジをすることにした。

 そして怪しげなことをしていたと聞いたイレーネがじとっと疑いの目を向けてくる。

「イカサマはしてないよ、安心して」と言って笑顔でどうどう、というと

「詳しくは後で聞かせてね」とちょっと怖い笑顔でセブンブリッジの札を配り始めた。

 

 

 それから2時間くらい遊んでいたが、イレーネがカードを持ったままうとうとと眠そうにしていた。

 飲むペース早いな、と思ったとおりだった。

 

 私ももうそろそろ限界かなというところだったのでお開きにすることにした。

 イレーネの命とも言えるトランプを大事に仕舞い、ロペスと一緒に肩を貸して2階の奥の部屋へと搬送する。

 

 ドア前まで一緒に運んだロペスは、じゃあ、ここまでで、と言って自分の部屋にペドロと戻っていった。

 イレーネをベッドに放り投げてリュックの中から二日酔いポーションを2本取り出して1本飲むと、イレーネを起こしてもう1本を飲ませた。

 

 明日はアーグロヘーラ大迷宮に着く。

 潜るわけではないかもしれないが体調は万全にしておきたい。

 ベッドサイドのテーブルにイレーネのトランプをおいて寝る準備をした。

 

 洗面所にある未使用の木の枝をもしゃもしゃと噛み砕きながらルイス教官が部屋から出てきた気配がないことが気になった。

 帰れなくなってふて寝でもしているのだろうか。

 木の枝が柔らかくなってブラシ状になってきた頃、少し酔いが冷めたのかイレーネが覚醒した。

「ここは…? あぁ、ありがとうね」と言って水を飲むとベッドに座って木の枝を咥えた。

「もう少しお酒強くなりたい」と言いいながら項垂れる。

「二日酔いポーション飲みながら酒飲んだら?」というと

「えぇ~? それだと酔えないしお金の無駄じゃない」と言ったので、

「お金の無駄を考えるならお酒なんか飲まないほうがいいよ」と笑うとそれもそうねと言って二日酔いポーションを少しだけ飲んでからお酒のむわ、と決意を新たにした。

 

「明日どこまで潜れるかな」と聞くと、

「ロペスの疾風の剣の調子次第かな? 牛頭(ミノタウロス)辺りならオーガも行けたし3人で行っても大丈夫だと思う」ずいぶんと自信がついたようで嬉しい。

「ペドロ達が来たいって言った場合は?」と聞くと

「ん~、正直遠慮してほしいね」と眉間に皺を寄せて唸った。

 

「すっかり酔いが覚めちゃったね」と言って下に降りていった。

 まだ飲むのかと思っていると、しばらくしてウィスキーのボトルとコップを2つ抱えて帰ってきた。

「二日酔いポーション飲んでからお酒を飲むとどっちが勝つのか実験ね!」と言ってテーブルにコップとボトルを置いた。

 

「ほんとに貴族らしくないねぇ」と頬杖をついてしみじみというと

「女らしくないカオルといいコンビね」と言ってニヤッと笑ったイレーネに対して笑ってみせたが秘密を抱えている罪悪感がぎゅっと胸を締め付ける。

 上手く隠せたつもりだったが敏感に何かに気づいたイレーネは

「あれ? 気にしてた? ごめんね」とすごくすまなそうにいうので

「女らしくしようと思ったこと無いし、そういうんじゃないよ」と改めて笑ってみせた。

 意外とちゃんと見てるんだな、と隠すんだったらもっとしっかりしないと逆にイレーネに不要な心配をかけてしまう、と思った。

 

「ほんとに? なんかあったらちゃんと言ってね」と言って水割りを作ってくれたのでお礼にイレーネのコップに氷塊(ヒェロマーサ)を入れた。

 

 ちびちびと飲みながらいつか言わなきゃいけないよな、と思っているとイレーネがあーっと大声を上げた。

「ブラックジャックの! イカサマ! 聞いてない!」と思い出してしまった。

「イカサマじゃない!」ときちんと反論した。

 

 その後、1時間近くブラックジャックのシャッフルの仕方とその対処法を白状させられた後、私はできないけど、と前置きして2枚めを取り出す方法や予め10以上のカードを減らしておくとか色々できるよ、と説明を終えた。

 

「そういう悪いことばっかり知ってるカオルのディーラーじゃもうブラックジャックやらない!」と宣言されてしまった。

「悪い人はいつでもカモを募集中だよ」と言ってニヤリとしてそろそろ寝ようか、と寝る準備をした。

 

 真っ暗になった部屋でベッドに潜り込み、ふぅーと息を吐いて寝ようと思った時

「なんでもいいから相談してね」とイレーネが小声で言った。

 

 突然の不意打ちに思わず心がじんわりと暖かくされてしまったことが気恥ずかしくなってしまって

「うん、おやすみ」と少しそっけなく答え意識を闇の中に溶かしていった。

 私はイレーネに甘えてばっかりだ。

 



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覚悟と決意と

 窓はガラスではなく、木の板なので朝になっても部屋の中は真っ暗だ。

 木の板の隙間から差し込む光で日が昇ったことを知り、木の板の窓を開けてつっかえ棒を立てた。

 

 朝食の時間を逃した程度の寝坊をしたようだ。

 イレーネを朝だよ、と揺さぶるともうちょいといって力尽きたので二日酔いではなさそうだ、と安心した。

 セーターとカーゴパンツに着替え、イレーネの分の洗濯の木札も持って洗濯室に出向く。

 

 ずっと着てた制服はきれいに洗ってたたまれた状態で木札と交換できた。

 部屋に戻って音を立てないようにそっと制服に着替える。

 

 イレーネの制服はテーブルに置いてそっとドアを締めて鍵をかけてドアの脇にある3分の1にした郵便受けのような穴に鍵を押し込んだ。

 これでイレーネが起きるまでこのドアは宿屋の主人以外開けられない。

 

 弱い(イ・ヘロ)の魔道具が照らす廊下を歩きイレーネにはいつ本当のことを話せるか考えるが、なんの目処もたっていないのに警戒だけされるのは得策ではないと思いいずれ言おう、と後回しにして階段を降りてロビーに行くとすでに朝食を終えたロペスがいた。

 

「遅かったな」と手を上げてペドロが言った。

「私はいつもは早いんだけどね、昨日はちょっとブラックジャックについて問い詰められてのたのさ」と手を上げて答えた。

「ペドロだけなのはめずらしいね、朝ごはん食べた?」と聞くと

「カオルとイレーネ以外はみんな食べてどっか行ってるよ」と苦笑いしていた。

 

 朝食にスープとトーストにバターを買ってきて食べ始めた。

 そういえば米なんてずっと食べてないな、まともに食べたのはいつだったか・・・。

 コンビニ弁当は高いからずっと買っていなかったし、せめて野菜を取らなければと思って季節の安い野菜をインスタントラーメンのスープと共に食べて済ませていたので最後に炊飯器が稼働したのは召喚されるずっと前だったはず。

 

 意外と食べたいと思わないもんだなぁ、と3枚めのトーストにバターを塗った。

「食べながらでいいから聞いてくれないか」とペドロが言った。

 口の中に甘い香りのバターが広がっている最中なので頷くと

太陽神の剣(アポロンソード)をフェルミン様に譲ってしまっただろう?」

 口の中のものを飲み込んで

「あぁ、そういうこともあったね」と思い出して心のなかで笑った。

 

「あれに代わるきちんとしたものを作りたいのだがいいアイディアが浮かばないんだ」

 もっとかっこいい太陽神の剣(アポロンソード)を作りたいと言われなくてよかった。

 

「そういうことか、とりあえずアーグロヘーラ大迷宮に潜っていい着想が出なかったら相談に乗るよ」と答えた。

 なぜかわからない顔をしているので

「ここでなにか閃いても実際使えるかわからないし、着想がないまま潜って強敵にあたって自分の欠点がわかればそれを補うものを作ることができるし、強みを強化することもできるからね」

「そうか…」と言って考え込んでいるペドロに

「逆にここでこれがいいと決めちゃうと作るものを想定した戦い方になっちゃうからね、アイディアが邪魔になっちゃう所か怪我にもつながるよ」と言って、おかわりのトーストとコーヒーを頼んだ。

 

 たしかペドロは両手剣だったなぁ、と思い出しながら鋭刃(アス・パーダ)がかかる両手剣ならルディのと差は無いが実用的だけど、どんなのがいいかなぁと思っていると

 イレーネがやっと降りてきた。

 鍵を返してチェックアウトして私の隣りに座って朝食を取る。

「ペドロはなにしてるの?」とペドロに問うと

「相談に乗ってもらっていたのだ」と答えたペドロに間髪入れず

「恋の相談ね!」と嬉しそうにいうがこのメンバーで恋の相談されたら相手はイレーネにならないか?と思ったが貴族なら親が決めた婚約者がいてもおかしくないか。と考えた。

「ちがうよ、いい武具のアイディアはないかって話してたんだ」というと

 イレーネは太陽神の剣(アポロンソード)を思い出してあぁ、あれね、という顔をした。

 

 5枚めのトーストを食べているとルイス教官が降りてきた。

「お前らまだ食べてんのか、そろそろ出発する用意しとけよ」と言ってチェックアウトしてどこかに行った。

 表情に余裕がないのが気になる。

 

 しばらくしてぞろぞろと全員が戻ってきてルイス教官を待った。

 フリオ全員が揃った頃にテパさんに「坊っちゃん!みなさん揃いましたよ!」と叫ばれて坊っちゃんはやめてよ!と言いながら店の奥から出てきて笑われていた。

 

 ルイス教官が中々戻ってこないので大きな6人がけテーブルで7並べをしていると

 テパさんがぼっちゃんのご学友のみなさんに、と紅茶とクッキーを差し入れてくれた。

 教官が帰ってこないばっかりに申し訳ない、と恐縮した。

 

 2回ほど7並べを遊んだころ、やっとルイス教官が戻ってきた。

「そろってんな、注目、これからアーグロヘーラに行くわけだが、悪い知らせだ」

 そういう時はいい知らせと悪い知らせがあるというもんなんじゃないか。

 

「あっちこっちでアールクドットの戦士(グエーラ)がうろうろしている。商人や旅人には手を出していないらしいが、子供の戦士(グエーラ)がいないか確認しながら歩いているらしい」

 だれかの喉を鳴らす音が聞こえた。

「ハンター連中にも高圧的に行くもんだからいざこざも起こっててけが人が出ている」

 

「何をそこまで警戒してるのか知らんが」と言って私をみた。

「ファラスの周りにはより高位の戦士(グエーラ)が配置されてこっち側はそんなに強い戦士(グエーラ)は配置されていなそうだと連絡がきた」

 部屋から出てこなかったのは秘密のやり取りをしていたらしい。

 

「この状況を利用させてもらう」

「アーグロヘーラ大迷宮周辺の戦士(グエーラ)はこの人数なら押し切れる、排除後お前らの知り合いのハンターの討伐ということにして処理してもらう」

 

「アーテーナの鉾に会ったのは1年前ですよ、まだ活動してるかわかりませんし、私達のこと覚えているかわかりませんよ」

 

と私がいうとルイス教官はニヤリとして

「活動に関してはわからんが、忘れられるってことはないな」と言った。

 イレーネとロペスが口々にそうだね、とそうだな、とか言っていた。

 

「ここで重要な働きをするのが他でもないカオル、お前だ、おれを除いた中での最大戦力だからな」

「悪ではなく敵を殺害できるか否かで成否を分けると言ってもいい、できるか」

「弱らせてトドメだけまかせるのは却下だ、万が一逃げられたら本隊が来る可能性がある」

 

「相手の階級によっては弱らせる余裕すらないかもしれんが、できなければここにいる全員が死ぬ可能性が高い」

 すごく畳み掛けてくる。

 

 できるかできないか、殺すか殺せるか、死ぬか守れるか色々な言葉が目の前でぐるぐるしている。

 

 隣に座ったイレーネが混乱する私の手をぎゅっと握った。

 ピンク色の綺麗な瞳が不安げに私を見た。

 

 自分の意志で敵を殺せるか、と逡巡する。

 私が覚悟できていないと私の友達が死んでいくと言われると胸の奥がざわざわとした気持ち悪さでいっぱいになり心臓が殴られたように痛いくらい強く鼓動した。

 

 ずっと思い出さないようにしていたが去年の年末にイレーネと初めての殺しをやったことを思い出す。

 ぶつぶつと肉を切り裂く感触を思い出して前ほどショックを受けないことを確認して言った。

「1人も100人も殺せば一緒です!」

「いや、虐殺しろとは言ってないぞ!」と言ってルイス教官が言ってイレーネは安心したようにすこし微笑んだ。

 

「やります、やれます」ルイス教官を見て静かに答えた。

 



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隠匿魔法と神への祈り

「さて、そこで相談なのですが、個室は借りれますか」と気を取り直してルイス教官とフリオに聞いた。

 フリオはちょっと考えてから

「父に言って応接室を借りてきます」と言って奥へ言った。

 

「また変なこと始めたのか」とルイス教官が呆れたように言った。

「始めたんじゃないんです、研究してたものが形になったので今回の話に使えるかな、と」

「選択肢が増えるならそれに越したことはないが」といって頭をバリバリかいた。

「ここじゃ言えない話なのか?」というので

「性質上秘匿したほうが役に立つものなのです」と口に人差し指を当てて答えた。

 

 しばらくするとフリオが戻ってきたので一緒に応接室に向かった。

 

 さすが大きな宿屋の応接室だ、と思わせる立派な調度品が揃えられており、

 使用人によってテーブルとソファは端の方に片付けられ広く使えるように気を利かせてくれていて、ヌリカベスティックとかぶつけて傷つけてしまわないか心配になったので入室と同時に絨毯の上に転がした。

 

「さて、研究結果というものを見せてもらおうか」とルイス教官が腕組みをして言った。

「いいですよ」と魔力を闇にして濃く深くしていく。

 しばらく魔力を注いで透明になった所でどうです? と見せると唖然とした表情で私の手元を見た。

 手のひらの上では濃くしたり薄くしたりして魔力の闇を出したり消したりした。

 周りをみるとイレーネ以外目を白黒させていた。

 

「闇を濃くすると光が闇を避けて通るという性質を見つけたので、それを利用することによって透明になることができるのです」

「これを全身にまとうということか」

「そういうことですね」

 

「呪文は?」

「今の所秘匿しています、これが広がった先の影響は想像がつきますから」

「そうだな、知るものは少ないほうがいい」

 

「そして欠点もあります、ちょっといいですか?」とルイス教官に近づくと

 聞こえない様に小声で「ステロス」と唱えて私の闇でルイス教官を包み込んだ。

 

 もりもりと闇に飲まれて困惑するルイス教官を放置して魔力を込める。

 完全に透明になったところでどうです? と聞くと

「なるほど、真っ暗で音以外の情報が入ってこないんだな」と理解してもらった所でステロスを解いた。消費魔力もすごいですよ、と補足した。

 

「元々は長期出張するハンターのトイレ環境を良くするために作ったのです」と小声で付け足した。

 思いついたものと出来上がってくる物のスケールが違うな、と呟いた。

 

「人数ごまかして歩くくらいしか用途が思い浮かばんなぁ」と言って頭をバリバリと掻いた。

 困った時の癖らしい。

 

「あと、秘伝だと思うのでこういうことをいうのは気がひけるんだが、今のこの状況で魔力を増やす秘伝を与えてもらうことは可能だろうか、少しでも底上げがしたい。」ルイス教官が頭を下げた。

 

 私はイレーネと顔を見合わせると

「なんのつもりで秘伝と言っているのか知りませんがいいですよ」と、答えると

「やはりそうだよな、えっ?」と驚いていた。

 

「人気がないところを選んでやってたのは秘密にしたかったんじゃなくて魔法障壁(マァヒ・ヴァル)がうるさかっただけですよ、ねぇ?」とイレーネにいうと

 

「えぇ? そんなことないよ、魔力の育成なんて普通こっそりやるもんだよ」と呆れられてしまった。

「どうする? 公開するのやめるか?」と、ルイス教官が問いかける。

「イレーネいい?」と聞くと

「あたしはもうだいぶ増えたからこの場だけにしてくれるならいいわよ」とちょっとおもしろくなさそうに言った。

 

「底上げしたいという気持ちもわかりますし、別にぽっと思いつきでやってうまくいっただけなんでいいですけど、ほんとにうるさいんですよ、この部屋の防音は?」とフリオに聞くと

「商談する部屋だから他の部屋よりは音がもれないよ」と答えた。

 

 イレーネに付き合ってもらってごくごく弱い魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけた。

 パリーンといい音がして軽くのけぞった。

「これは確かにうるさいな」ルイス教官が考え込む。

「強くすればするほどうるさくなりますよ」

 迷惑になるし、人が寄ってくるから気軽にできないんだよね。

 

「なるほどな、これに関してはあとで考えよう」

 

 覚悟も決まり、秘密の打ち合わせも終わったのでアーグロヘーラ大迷宮へと向かうことになる。

 

 オヘルデの街の物見櫓から深く見通す目(ディープクリアアイズ)で見てみるとやはりオヘルデとアーグロヘーラ大迷宮のちょうど中間くらいの位置で待ち伏せがあるらしい。

 しかし、待ち伏せは3人なので全員で当たればどうにかなるかもしれない。

 

 アーグロヘーラ大迷宮までは普通の徒歩移動で1日もあれば到着できる距離というところなので、薄暗くなった頃に接敵できるよう少し遅めに出発する。

 

「さっき気づいたんだけど、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)やるより、一人で無詠唱のステロスの練習してたほうが細かいコントロールも必要になる分、練習にもなるし消費も多いよ」と誰にも聞こえないように小声で言うと

「新しい秘伝作るの早いよ、ヤキモチ焼いたあたしがバカみたいじゃん」と肩を落とした。

 

 途中までは普通に移動するが、見つかる前にステロスによって透明になり、ルディのリュックの紐を掴んでついていく。

 フリオはイレーネ担当だ。

 

 アールクドットの戦士(グエーラ)1人に対してルイス教官、

 ペドロとロペス、フリオとラウルとルディを当てる。

 しばらくは防御に徹して誘導し、後ろから襲いかかるという作戦になった。

 私とイレーネは合図が出るまでステロスでひっそりと出番を待つことになる。

 

 アーテーナの鉾に後始末をお願いするにあたって魔法で攻撃することが禁じられたため、ショートソードを買った。買わされた。安物でも銀貨3枚。

 1家族の1月分の食費を超える。

 

 ラウルに疲れた演技をしてもらって足元どころか目の前もわからない闇の中でおっかなびっくり道を進む。

 ルディが打ち合わせどおりに接敵を知らせる振動をリュックにつながる紐に与えた。

 私は紐を手放して合図を待つ。

「私はアールクドット第2階戦士(セグーノグエーラ)アンリ・シャヴァネル! そなたらに咎はないが我が主君の名によりお命頂戴する!」アールクドットは名乗ってから敵を打ち倒すのを誉れとしていると移動中に聞いた。

 おかげでこちらも準備ができるのでありがたい。

 あとの2人は2人とも第1階戦士(オットグエーラ)だった。

 これならなんとかなる気がする。

 

 元々士官学校に入ったのは荒事をしないための時間稼ぎのためだったはずなのに、と思い出し、もう引き返せない所まで来てしまったと思うと、戦いの剣戟(けんげき)の音が私の覚悟を削り取っていく。

 唯一知ってる戦の神ことアーテーナに強い心を願って祈りを捧げる。

 人が困った時最後にすがるのは神様仏様と決まっている。

 

 深呼吸を繰り返し祈っていると祈りが通じたのか深呼吸で気持ちがおちついたのか心が平静を取り戻した。

 大丈夫、私はやれる。

 イレーネとならやれる。

 

(イ・ヘロ)!」ルイス教官の合図が聞こえた。

 瞬間でかけられる最大限の身体強化をかけ、魔力の煌めきと共にステロスが霧散する。

 背中を向けていてまだ気づいていないので全力で地面を蹴ってちょうど目の前にいるフリオ達が受け持っているアールクドットの第1階戦士(オットグエーラ)に背後から襲いかかった。

 

 後ろからの気配に気づいたものの、身体強化したスピードと飛びかかる瞬間にかけられた鋭刃(アス・パーダ)には反応できず、私のショートソードの切っ先はいとも簡単に心臓めがけて背中から突き刺さり胸へと突き抜けた。

 

 こういうことしないために士官学校に入ったのに入ったせいでこんな結果になってしまった。

 もっとも、入らなかった場合は何も出来ずに死んでいたんだと思うと、しょうがないと言えばしょうがない。

 そう諦め、私の時間稼ぎは失敗に終わった。

 

 大丈夫、おもったより負担がない。

 イレーネは、と見るとちょうど右のわき腹から左の肩にかけて突き刺し重心が上がったところに足払いをかけて転ばせていた。

 

 第2階戦士(セグーノグエーラ)と戦っている最中のルイス教官を援護するため氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)を使って足元を絡めていく。

 足元に絡みつく氷の蔦を振り切るために身体強化を掛けるのがわかった。

 そのために意識が目の前から足元に移った一瞬をルイス教官は見逃さずフェンシングのように一瞬で距離を詰め心臓を一突きにした。

「そんなに危なげに見えたか?まあ、いい援護だった」と無駄じゃないけどなくてもよかったと評価された。

 

 ルイス教官のもとに集まった。

「討伐証明はなんです? 死体担いでいくんですか?」と聞くと、

「逆にお前んとこの世界だとどうだったんだ?」と小声で聞いた。

 

「私の住んでいた所では争いらしい争いがなかったので病気や事故以外で死ぬことはまれです。

 でも昔々の戦いが激しかった頃は一般兵は耳を切り落として塩漬けにして持って帰ったり

 偉い人の頭は持って帰ってましたね」と答えた。

「そうやって敵をすべて滅ぼして平和になったのか、なるほどな」と納得していたが面倒なので訂正しなかった。

 

戦士(グエーラ)の討伐証明は剣だ。柄と鞘に階級が彫ってあるんだ」というと第1階戦士(オットグエーラ)第2階戦士(セグーノグエーラ)の剣を全員に見えるように置いた。

 

 第1階戦士(オットグエーラ)に比べて第2階戦士(セグーノグエーラ)の装飾の方が細やかで範囲が広いようだった。

 

第2階戦士(セグーノグエーラ)の彫刻のほうが細かいんですね」と、イレーネが言った。

第1階戦士(オットグエーラ)は柄の中心だけで第2階戦士(セグーノグエーラ)だと中心の彫刻を装飾できるようになる。第4階戦士(アルトグエーラ)までは鞘に彫刻はできないらしい」と、ルイス教官が指で示しながら説明した。

「剣は戦士(グエーラ)の証で戦士(グエーラ)になった時に王から与えられて

 盗まれたりした場合は、どうやるのか知らんが、魔力を奪われて追放か死を選ばされるそうだ」と補足した。

 

「と、いうわけでこの剣はアーテーナの鉾の資金の足しになり、我々の存在は隠匿される」

言って剣を持ち、身体強化をかけて走り出した。



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新しい村と外される梯子

 ほどなくしてアーグロヘーラ大迷宮前に到着した。

 1年前にはなかった住宅地が作られていたのだからもうここはアーグロヘーラ村とかアーグロヘーラ町にしてしまったほうがいいんじゃなかろうか。

 

 元々は商人が自宅兼店舗として建てた商店でハンター相手の商売を始めていたのだが、1年前の今頃に子供達だけでものすごい量の素材を持ち帰ったという話がまことしやかに噂され、

 噂を聞いたハンター達が子供にできるんだから自分達にもできるんじゃないかと大迷宮へ潜る者が急増してきてしまい、最近はどこの店でも対応する人数が足りなくなってきてしまった。

 そのため、住み込みの従業員を他の村から雇ってきたのがこの去年は無かった住宅地が作られるきっかけとなった。

 

 正しくはその後、住み込みだけでは足りなくなり、住居兼店舗では限界に来てしまったために、

 アーグロヘーラ村(仮)の商人達は共同出資して従業員を住まわせる居住地を建てようと相談する。

 

 建物は縦に伸ばすと建設費用が増えるがここはアーグロヘーラ村(仮)、大迷宮が発見されるまでは森の中にぽっかり空いたどこにでもあるダンジョンだったのだから邪魔な木を切り開いてしまえば開墾場所すべてがアーグロヘーラ村(仮)となるので建設費用を抑えるために安い長屋を建てることになる。

 

 心持ち多めの給料を払っても家賃は天引き、迷宮しか無いので娯楽は酒しかないが、酒を出す店は大体この商人達の店なので払った分が帰ってくると思うと笑いが止まらない。

 その上、新しく切り開かれた外側は危険が多いが商店で働く新人ほど外側なので多少何かあっても損失は少ないし、ハンターたちも多いため対処も早いといいことづくしだった。

 

 今商人たちの中で次に建てたい施設の話になるとかならず出てくるのが賭場だというがいい用心棒は迷宮に潜るために来ているので雇えない。

 そのため、いつも先送りになっているというのはまた、別の話。

 きっとその話をカオルが聞くとやめてくれと叫び、イレーネは用心棒になろうとするだろうが街の裏側でされる密談が耳に入ることはないのだから。

 

 1年前に比べて少し大きくなった集落に軽く驚きつつ、きょろきょろしていると、ペドロに肩を叩かれた。

「2回目なのにめずらしいのか」と。

「1年しかたってないのにだいぶ発展してるんだよ」と答えた。

 ペドロは興味なさそうにほう、と言いながら見渡してルイス教官と宿を取るためにあるき出した。

 聞いといて何だ! とは思ったがまあ、興味はないだろう。

 

 その後イレーネとロペスと共にあれが違うとかいいながら場所の確認のために宿の前まで一緒に行き、チェックインをお願いしてハンター協会へと向かうことにした。

 

 1年前は前を通りかかっただけだったので、曖昧な記憶を頼りに迷宮入り口近くにあるハンター協会に向かった。

 

 総合受付に向かい、ハンターパーティの呼び出しをお願いしたいと伝え、自分たちの組織名と代表者名、呼び出したいパーティを記載して大銅貨2枚を添えて提出した。

 1枚は手数料で1枚は呼び出したパーティへの謝礼になるんですよ、と言ってにっこりと微笑んだ美人で巨乳のお姉さんにロペスが鼻の下を伸ばしていた。

 これで協会の人がアーテーナの鉾の都合を聞いてきてくれるはずだ。

 

 番号札を持ってハンター協会のロビーにあるベンチに座って回答を待っていると今の私と同じくらいか少し下の男の子が息を切って入ってきた。

 

 こんな時間に子供が働いてるなんて、と思っていると、将来ハンターになりたい学生が小遣い稼ぎと顔つなぎのために学校が終わった後夜まで働いてたりするんだ。と、ロペスが教えてくれた。

 ロペスはなんでも知っている、とイレーネと感心していると

「今から来られるそうです」と言って礼をして下がろうとした男の子をロペスが引き止め

「すまんが、ロヴェルジャという宿にいるルイスという男を呼んできてはもらえないか?」と、言って受付に追加料金を払った。

 

 だれも来ないのでぼーっと座っていると、戦士(グエーラ)の剣を持ったルイス教官がやってきた。

 ルイス教官は私達を見つけると軽く手をあげて合流した。

 ルイス教官も私達も制服で一応外なのできちんとしておくべきか、と考えたので3人で立ち上がり報告っぽくする。

 

 敬礼をして

「今から来られるそうなので早めに来ていただきました」というと、頷いて座れ、と言った。

 一応外なので。

 

 勝手に発言してるようには見えないように口の端だけを少し開けて小声でせめて着替えてきていればトランプくらいできたんですけどね、というと、まさか面会依頼を出して当日会うと言われるとは思わなかった。と、言っていた。

 

 それからまたしばらくしてアーテーナの鉾がやってきた。

 アーテーナの鉾のメンバーは大人なので1年では見た目はそんなに変わってなかったがアルベルトが布で左腕を吊っていた。

「お久しぶりです、覚えてますか」とロペスが嬉しそうに言った。

「もちろんさ、さすが成長期! 去年よりでかくなったな」とアルベルトがロペスの筋肉を確かめるように動く方の手で背中をバシバシ叩いていた。

 

「お久しぶりです、こちらアーテーナの鉾の皆さんです。こちら私の教官のルイスです」

 と、紹介し少し立ち話をした。

 

 アンヘルさんにすす、と近寄り、小声でアルベルトさんどうしたんですかと聞くと、

「一昨日牛頭(ミノタウロス)とやりあったときに戦斧の柄が折れちまってな。

 なんとか倒したんだがそのときにぽっきりと」と言ってため息をついた。

 

「ニコラスの祈りだと重傷者を癒せる奇跡が起こせないから長期休暇を取ることになったのさ」と小声で言った。

 

 ルイス教官とニコラスさんの間で話し合いがされ、アールクドットの戦士(グエーラ)はアーテーナの鉾が討伐し、その際に骨を折ったという表向きの話(カバーストーリー)になった。

 

 そんな堂々とそんな話をしていていいのだろうか、と心配していると

 賞金がかかってる下位の戦士(グエーラ)なんてしょっちゅう討伐されているし、

 この剣も協会経由でファラスに送られるだけだからだれも気にしたりしない、と後で教えられた。

 

 せっかくだから一緒に食事でも、と宿ロヴェルジャへ向かう。

 そういえば貴族だったルイス教官の対応は言葉が荒くないニコラスに一任された。

 

戦士(グエーラ)の討伐報酬まで頂いてよかったのですか」と道すがらニコラスが聞く。

「事情があって戦士(グエーラ)の討伐を隠したかったのだが、こいつらから貴殿らのことを聞いて渡りに船だと協力を要請した」一瞥するように目配せをして

「報奨金についてはこちらはそんなに困っているわけではないので取っておくといい」とルイス教官が偉そうに言った。

 

 なんだか無理に偉そうに演技しているように見えて、普段の姿を知っていると滑稽に見えてしまう。

 

「こちらとしても収入がなくなった所だったのでお話しいただけてありがたく存じます」

「ほとぼりが冷めるまでここにいるつもりだ、こいつらの訓練も兼ねて連れて行ってもらっても構わない」ルイス教官が偉そうに言った。

 

「それは僥倖、我々としても助かります」と言って恭しくお辞儀をした。

 ロペスとイレーネを見ると嬉しそうに目を輝かせていた。

 理由は異なるのだろうけれども。と、思わず笑ってしまいそうになったが、なんとか表情に出さずにこらえた。

 でもよく考えたらロペスの大好きなアルベルトは骨折ってるんだから留守番だぜ?

 

 宿に着き、ロビーで着替えたペドロ達が談笑しているのが見える。

「お前らは着替えてここに集合だ」と言って鍵をもらった。

 イレーネと一緒に3階の階段近くの部屋に行き、急いで着替えて1階に集合する。

 

 いつもはもっとフランクなんですよ、とルイス教官の正体をアーテーナの鉾に告げ口しているとラフな格好のルイス教官がやってきた。

「ここでの食事は個室がないということなので隣の店に行って個室を借りようと思う」と言って表に出て隣の龍の怒り亭という不吉な名前の食堂に入っていった。

 

 個室を、と言っていくらか渡し、奥に案内される私達。

「この店は西方の料理の専門店なんだ、西方ではちょっといい食事をしようとすると個室を使う文化らしくてな、昔良く使ってたんだ」と言ってルイス教官が円卓の奥の方にどかっと座った。

「ま、好きな席に座るといい」と言って着席を促した。

 入り口に近い場所にある席に座ると、イレーネとロペスに挟まれた。

 

 ルイス教官以外は次々と運ばれてくる大皿料理の食べ方がわからないらしく、お互いの顔を見合わせて手を伸ばしかけたり皿をなでたりしていた。

 意地が悪いルイス教官は戸惑っている様を見てニヤニヤしていたが、私の方を見て顎をしゃくった。

 しょうがないな、とため息をつくと、見るからに辛そうな野菜と肉の炒めものを取皿に取り分けてロペスの前に置いた。

「こうして自分の食べたいものを取皿に取って食べるのですよ」と説明し自分のカトラリーで直接食べてはいけないマナーになっていますからねと付け加えた。

 ロペスが真っ赤な料理に悶絶しているのが楽しい。

 

「さすがカオル、なんでもしっているな」と言って喜んでいた。

「なんでもじゃないです、知ってることだけ知ってるんです」と答えて自分用にピリ辛に味付けされた肉団子を取り分けた。

 まさかこのセリフと使うことがあるとは思わなかった。と密かに喜んだ束の間

「何だそのしてやったような顔は」とルイス教官に言われた。

 

 ポーカーフェイスは失敗したようだ。

 どんな理不尽も急な仕様変更でも見に覚えのないクレームをつけられた時でも無表情でいられたはずなのにできなくなってしまったのは人として当たり前の感情豊かな生活が出来ているせいなのかもしれない。

 

 ロペスとイレーネはニコラスさんとアンヘルさんと話をして、ルイス教官とアルベルトさんが話をしていた。

 私は宴会が得意じゃないのでいつも飲み物を聞いたり皿を下げたり新しく注文したりしてあまり席にいないようにしているので細かい話は聞いていないがロペスとイレーネはやっぱり迷宮に潜りたいらしい。

 ロペスはその時にニコラスさんの加護があれば魔法の強化とどう違うか確かめたいとすごく健全なことを言っていた。

 イレーネはなるべく簡単で軽くて高く売れる素材についてアンヘルさんに聞いていた。

 

 ペドロ達にもベテランのハンターの話を聞いてほしいんだけどな、と思いながらなんだかよくわからない話で盛り上がるペドロ達を見ていた。

 

 入口近くに座った私が酒や次の料理を頼んだりしているとイレーネが

「なんでそんな下働きみたいなことしてるの?」と疑問を耳打ちした。

「だって他に人いないじゃん?」というと、そういうのは宿の人に言って呼ぶんだよ、と教えてくれた。

 そんな話始めて聞いたわ、と思ってルイス教官を見るとニヤニヤしていつ気づくか観察していたようだった。

 ルイス教官は手元のベルを鳴らして店の人を呼ぶと、給仕を1人お願いしたい。と言って下がらせた。

 

 ぽかんとしている私はきっと面白い顔をしていたのだろうがみんなして笑わなくてもいいじゃないか、さっきのあれは嫌味か!梯子を外された気分だ!と憤慨しつつ燃えるように辛いチキンと喉を焼くショットグラスに波々と注がれたウィスキーを一気に流し込んだ。



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神への祈りと疾風の剣

 二日酔いポーションのおかげで朝の調子がすごくいい。

 そろそろなくなるので迷宮から帰ったら作らなければ。

 いつもの訓練用の制服に着替え、朝が弱いイレーネを放置して宿の1階でトースト4枚とスープにハーブと塩コショウで焼いた腸詰めを頼んで席についた。

 

 番号札を渡され、出来上がったら混む時間帯以外は席まで持ってきてくれる辺り召喚者の持ち込んだ文化は思ったより多いのかもしれない。

 

 腸詰めを1口大に切り刻んで口に運びハーブと豚肉の脂の香りを楽しみ3枚めのトーストに手を出した。

 食べ終わったらこれをイレーネに持っていてあげよう、そう思ってトースト2枚にして同じメニューを頼み、朝食を続けた。

 

 機嫌良さげに降りてきたロペスが向かいに座って言った。

「今日もずいぶん寝坊したじゃないか」

「イベントがなければ私の朝はこんなもんさ」フフン、と答えると

「偉そうに言ってるがただの寝坊だからな」と、チョップして食料を買ってくる、と外に出ていった。

 

 朝食を食べ終えた所でイレーネ用の朝食が届いた。

 トレイを持って3階に上がり、部屋に入るとイレーネを起こして膝の上にトレイを置いた。

 最初は自動的に食べているがスープを飲むと覚醒するのかちゃんと動き始めるのが面白い。

 

 荷物の中から3本分、2級の魔力回復ポーションと5級の回復ポーションを2本を革製のポーション入れにしまって腰からぶら下げた。

 

  今日は迷宮に入るので着替えは必要ないし、水を持っていく必要もない。

 応急手当用のポーションをいくつかと食料さえあれば数日は潜れるだろう。

 それより持ち帰る素材を入れる隙間が多いほうがいいに決まっている。

「じゃ、あとでね」と言って荷物を持って外出した。

 

 塩漬けの干した肉と固く焼いた黒パンを1週間分買ってリュックに詰めた。

 通りすがりで見かけたマグカップとリュックと同じくらいの容量の布の袋を買った。

 マグカップはリュックからぶら下げ、布の袋は折りたたんでポケットに押し込んだ。

 キャンプ用のステンレスのコップみたいなのがあればよかったんだけども。

 そんなに安いわけじゃないのだが、陶器なので使い捨てと割り切って大事に使おう。

 

 アーグロヘーラ大迷宮の入り口が見えるカフェへいくと既にロペスがニコラスさんとお茶していた。

「おはようございます、早いですね」と何事もなかったようにいうとロペスが呆れたように私をみた。

「つ、疲れが抜けてなくて起きれなかったんだよ」と言い訳をした。

「アンヘルもまだ起きてきていませんしね、お互い様ですよ」と言ってニコラスさんが笑っていた。

 

 どこまで潜ろうか、という話の中で

「アルベルトさんがいないからロペスが前衛だからがんばってね」というと一瞬何を言われたのかわからないという顔のロペス。

「骨折ってるんだから留守番でしょう?」というと今始めて気づいた顔をした。

「そういえばそうだったな、まあ、任せてくれ」と親指を立てていた。

 

「ニコラスさんの加護と私の援護で牛頭(ミノタウロス)いけますかね?」とニコラスさんに聞くと、

「重量の問題で難しいかもしれませんが一度やってみましょう、だめなら先に進めばいいのです」という。

「戻るんじゃなく進むんですか?」

「先に進むと我々では難しいがあなた方にはちょうどいい相手が出始めるのですよ、知恵を持った魔物です」

「つまり?」

「魔法を使ってくる魔物が出るようになります」

 

「なるほど、それなら我々向きだな」とロペスが言った。

「回収してこれる素材はどうなるんです?」と私が聞くと

「魔法を使う魔物の核となる魔石は魔力が多く含まれているので高く売れるのですよ」と教えてくれた。

 魔石なら角や爪ほど場所を取らないのでたくさん稼げそうだ。

 

 背もたれに寄りかかってリラックスしてイレーネとアンヘルさんを待つ。

 流石にそろそろ迎えに行こうか、と思っていると、イレーネとアンヘルさんが一緒にやってきた。

「迷宮内の食料買ってここ向かってたらアンヘルさんばったり会ったから一緒にきたよ」とイレーネが元気に言った。

 イレーネがアンヘルさんと2人で現れた時に私はなんで2人が一緒に?!と軽くパニックを起こしてしまい、心臓が殴られたように鼓動した。

 

「ずいぶん遅かったがデートでもしてきたのか?」とロペスが茶化して言った。

「まさか、遅かったのは寝坊だし、ほんとにそこでばったり会っただけよ、ねえ」とイレーネが言うとアンヘルさんがなんでもないようにああ、と答えた。

 なんだ、たまたま落ち合っただけか、と安心すると、寄る辺なき私は、イレーネが恋人を作ったり結婚したら1人になってしまうことに気づいてしまい、寂しさと不安で目の前が真っ暗になった気がした。

 

「では、行きましょうか」とニコラスさんが立ち上がった。

 頭を切り替えよう、来てもいない未来の絶望に囚われて今を亡くしてしまうのは間違ってる。

 頭ではわかっていても人の心というものはままならないものだ、と自覚しながら悶々としたものを抱えてアーグロヘーラ大迷宮に突入することになった。

 

 入り口を入り、去年カツアゲされそうになった所でイリュージョンボディを全員にかけた。

 突入順はロペス、アンヘルさん、イレーネ、ニコラスさん、私の順番で縦列で進むことになった。

 (イ・ヘロ)も前中後で使えるので大変明るい。

 そして8階までは用事がないので私達は身体強化をかけたが、アーテーナの奇跡にはそういうのはないらしいので、普通にみんな小走りで9階へ向かった。

 

 

 途中、ロペスが7階に寄りたいといいだした。

「すまないが、アーテーナの身体強化の奇跡と疾風の剣で威力を試したい」と言って頭を下げた。

 アーテーナの鉾はなんでそんな所に?と疑問を持っていそうなので、去年の話をして洞窟の巨人(トロール)の首を一撃で落とせるか威力の確認がしたいのだ、と説明した。

「体の出来ていない学生の一撃で首半分ですか、なるほど、それはぜひ見てみたいものですね」と、ニコラスさんが言った。

「アルベルトもついてねえな、魔法使いと神官の同時掛けだぜ?何十年生きてたってみれるやつぁなかなかいないだろうよ」と、悔しそうに、でも嬉しそうにアンヘルさんがいう。

「元気になったらまたパーティ組んだらいいじゃないですか。前衛なんか何人いたっていいんですから」とアンヘルさんを慰めた。

「いや、流石に何人もは邪魔だろうよ」アンヘルさんは後衛だからそんなことを呆れながらいうのだ。

 

 身体強化をかけた上に全力で集中して必殺の一撃を放つという、あたかも大艦巨砲主義を思わせる疾風の剣はその性質上、通りすがりの雑魚狩りに全く向かないという新たな欠点が発覚した。

 よく考えたらわかるだろうと思ったがまず自由に振り回せるという基本が出来ていないため、まったくもって考えに至らなかった。

 仕方ないので私の銀貨3枚の安物剣を貸し与えた。

 

 身体強化と鋭刃(アス・パーダ)により速さと重さと鋭さが上がったロペスの剣戟はいともたやすく低層階の魔物たちを切り刻んだ。

「アルベルトの斧と違って小回りが効くから速え、速え」とアンヘルさんが手を叩いて喜んでいた。

 

 1フロアを30分かからずに通り過ぎ、洞窟の巨人(トロール)がいる7階にたどり着いた。

 少しも息が乱れていない私達に対して、小走りとはいえ、アンヘルさん達は軽く息が上がり、ニコラスさんはぜーぜー言いながら、これが魔法使い、とショックを受けていた。

 最低限の装備で最速で行けますからね、そうなりますよ、と暖かく見守った。

 追加の松明用の燃料と多めの水と食料を持ち込んで長く潜るほど旨味があるのだろうか?

 

「じゃあ、さっそくやりますか」と言ってロペスに補助付きのイリュージョンボディとシャープエッジをかけた。

 ニコラスさんは息を整えるとアーテーナに対して祝詞(のりと)を上げた。

 戦と知恵の神、アーテーナ、強き心と剛力を汝の使途へ与え給え

 魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を

 

 祝福が光となりロペスに降り注ぎ体に吸い付いていく。

 

 ロペスは自分の手のひらを見ると、疾風の剣を抜いた。

「これはすごい、魔力をつかっていないのに身体強化がかかっているぞ」と疾風の剣を振ってみせた。

 少し振り回して感覚を慣れさせてから魔力を込めて疾風の剣を発動させる。

「自分でかける身体強化ほど強くはないが、身体強化をかけたり止めたりして変に気を使わなくていいから楽だ」と、今の状況を評価した。

 

 7階を歩き、洞窟の巨人(トロール)を探す、5分もしないうちにのしのしと歩く足音が聞こえ、私達は息を潜めた。

 去年と同じように(イ・ヘロ)を歩く先に出して洞窟の巨人(トロール)を釣る。

 やはり、中に浮く(イ・ヘロ)を触ってみようとしたり両手で叩き潰してみようとしたりしていたので、疾風の剣を構えてロペスは足音を殺しながら洞窟の巨人(トロール)の背後から忍び寄っていく。

 

 肩の高さよりだいぶ上にある首に狙いづらそうにしながら、軽く飛び上がって全力で振り抜いた。

 ごう、とおよそ剣を振ってなる音とは思えない風の音を上げて刃は首を通り過ぎ、洞窟の巨人(トロール)に背を向けて着地した。

 

 洞窟の巨人(トロール)は伸ばしていた手を力なく下げると、膝を付きそのまま倒れ込んだ。

 膝をついた拍子に首が離れ、転がっていった。

 



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神への祈りと魔法の矢

「おみごと!」思わず叫んで手を叩いた。

 偶然だろうが背を向けるのが必殺技のキメっぽくてかっこいい。

 アンヘルさんは私と同じように喝采し、ニコラスさんは本日2度めの「これが魔法使いか」と呟いた。

 

 ロペスは血振りをして剣を鞘に収めると、

「カオルに祝詞を覚えてもらえば祝福の奇跡起きないかな」と、言って私のショートソードで洞窟の巨人(トロール)の背を開いて魔石を取り出しにかかった。

 

「無茶言うなよ」と笑うと、ニコラスさんが

「もしかしたら魔法の才能で徳が足りない部分を補えるかもしれませんよ」と余計なことを言い出した。

 

「それならイレーネもできるはずなのでは?」と反論すると

「では全員でやればいいのです」とにっこりと微笑んだ。

 ニコラスさんの中では魔法使いはやらせれば大体なんでもできる人という印象になってきてはいないか。

 

 ニコラスさんに神の存在を信じ、祈り、その時に魔力を奉納してみてほしい、と言われた。

 イレーネとロペスはこの世界で生きている人だから神を信じるのは容易いと思うが、私にはいまいちピンと来ない。

 この間のは必死だったからな、今も同じ条件で祈れるか問われるとわからない。

 

 ニコラスさんに続いて祝詞を唱える。

 ぐっと魔力を出し、祈りを唱えるとイレーネに強化がかかったのがわかった。

 イレーネはぴくり、と動くと何事もなかったかのように振る舞った。

「やっぱりだめだったね」とロペスとイレーネと一緒になっていう言うがニコラスさんは私をじっと見つめて

「私がわからないわけがないでしょう」と言ってにっこりと微笑んだ。

「で、ですよね」

「しかし、魔力の奉納をしてもできる人とできない人がいるとは興味深い、カオル、あなたアーテーナの信徒になりませんか?」と研究対象として信徒にならないかと勧誘された。

 

「だめに決まってるじゃない! そんなこというならここで終わりですよ!」と、イレーネが怒り、抱き寄せられた。

 イレーネ自身は身体強化をかけていないが、私が祝福してしまっていることで感覚がいつもと違うためにどのくらい強化されているかわかっていないのかもしれない。

 

「冗談ですよ」と言って微笑んだ目はあまり冗談を言っているようではなかった。

「そうだぞ、ニコラス、改宗は簡単じゃないんだし年下に無理いうんじゃないよ」

 と嗜めた。

 アンヘルは嗜められるちゃんとした大人だった。と見直した。

 

 そして、私を抱き寄せたイレーネの腕が私の喉を締め付ける。

 頸動脈を締められた私はちょっと気持ちよく意識を手放した。

 

 しばらくして目をさますと、イレーネの膝枕で寝ていた。

「あ、おはよう」泣きそうな顔で私の顔を覗き込むイレーネに挨拶して起き上がった。

 なぜ寝てたんだっけ、と思い出そうとするが思い出せない。

 しかし思い出したことはあったのできちんと言わなくては、と口を開いた。

「アーテーナの信徒にはなりません!」

「それはもうイレーネさんに断られましたよ」とニコラスさんは笑って言った。

 

「あとなんかあったっけ?」と聞くと、

「あたしが締め付けて気絶させちゃったの、おぼえてない?」と言われ、ごめんねと消え入りそうな声で言った。

「そういえばそんな気がするね、中々に気持ちよかったからいいよ」というと変態だ。と言われ、みんなに笑われた。

 

洞窟の巨人(トロール)も1撃で倒せることがわかったし、先に進もう」

 気を取り直していうと

「もうすこし休憩しなくて大丈夫か?」とロペスが言う。

「心配性だね、少し寝ただけだから大丈夫だよ」と言うと、屈伸をした。

 

「そういえば、アーテーナの祝福は移動につかっちゃだめなんですか?」と、ニコラスさんに聞くと

「回数に限りがあるので考えたこともありませんでした」としょんぼりして答えた。

「ではニコラスさんとアンヘルさんを祝福しましょう!」

 気絶してる間になにか話し合いがあったのか、私が祝福ができること自体はもう問題にしていないようだった。

 

 私が祝詞を唱えるとニコラスさんはほう、と感心したようで

「3位の神官くらいの祝福ですね」3位といわれてもピンと来ない顔をしていると

「私は6位になります。入殿して見習い、数ヶ月下働きをし正しい生活を身につけると入門者、それから」

 と言った所でアンヘルさんがいつまで説明してるんだよ、と文句を言ったが

「休憩のついでですからね」と言って横槍を却下した。

「入門者が祈り、祝福が得られるとここで1位になります、ほとんどの入門者はここで1位になれずに入門者のまま過ごすか還俗していきます」

 

「1位の神官が祈り正しい生活をし、神殿に来る人々に祝福を与え徳を積み、7位以上の神官に認められる祝福が与えられるようになると2位になります」

「2位の祝福はきちんと効果のでる祝福になるのでお布施をいただくことになりますが、欲目を出してしまうと祝福は弱まってしまいます」

「お布施に心をゆらさず、より効果のある祝詞を上げ祝福や奇跡を起こせるようになるとやっと3位です」

「あっているかはわかりませんが、1位が兵長になるイメージでしょうか」

 兵長、小隊長補佐、小隊長、中隊長補佐くらい? どっちもイメージしづらいのでなんとも言えないがいきなりベテランになってしまったと言いたいのだろう。

 

「アーテーナの奇跡を分け与えていただけるようになったのですから入信していなくてもきちんと祈るのですよ」というと、完全に飽きて転がってしまったアンヘルさんが

「そろそろ休憩終わりか?」と言って立ち上がった。

「おかげさまで休めました」とニコラスさんが微笑んだ。

 

 次は9階に向けて小走りで移動を開始すると階段近くで石人形(ゴーレム)の気配を感じた。

「次は私の出番かな!」と言って前にでる。ニコラスさんとアンヘルさんが大丈夫かとロペスに言って心配そうにしていた。

「大丈夫ですよ、だめならさっさと逃げますから」と言ってみんなを下がらせて石人形(ゴーレム)と対峙する。

 ヌリカベスティックの射程は1メートルにしてしまったのでどう隙をついても懐に潜り込んで天井で押しつぶすという目論見は打ち砕かれた。

 

 しょうがないのでステップインとステップバックを繰り返して石人形(ゴーレム)を挑発し、手を伸ばしてきた所で肘から先を頂いてしまおうと考えた。

 フェイントに乗って伸ばされた手が空を切った所で肘をめがけてヌリカベスティックを地面に突き立てた。

 高速で持ち上がる土の壁は石人形(ゴーレム)の肘を持ち上げるだけで特に何も起きなかった。

 いや、ものすごく持ち上げるのに魔力を使った。こんなに重いとは思わなかった。

 

「まさか肘だけでこんなに重くて硬いとは思わなかったわ、ははは」と笑ってごまかしてみんなのもとへ戻り、改めて9階を目指して駆け出した。

 

 

 9F

 この階ではロペスが牛頭(ミノタウロス)相手に戦えるか、という所が焦点になる。

 ニコラスさんの祝福と身体強化に私のショートソード(銀貨3枚)があればどうとでもなる気がするが。

 そもそも同時にかけられるのかはわからないが。

 

 去年と同じ様に汚い巾着になりすました擬態する牙(ミミック)を通路端に寄せて歩く。

 

 柄の長い大斧を担いだ牛頭(ミノタウロス)が曲がり角から現れた。

 ニコラスさんの祝福と自身の身体強化をかけてみる

「重ねがけは問題ないようだが、効きすぎて動きづらいな」と言って龍鱗(コン・カーラ)鋭刃(アス・パーダ)をかけ

「これなら多少不慣れでもなんとかなるだろう」と呟いて牛頭(ミノタウロス)と向き合った。

 去年と違っていざとなれば氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)とか色々対処のしようもあるし、どうにかなるでしょう。

 とイレーネと一緒に完全に観戦モードに入った。

 そんな姿を見て慌てるのがニコラスさんとアンヘルさん。

「大丈夫ですよ、危なそうならちゃんと援護するんで安心してください、ロペスはがんばりやさんですからきっと一人でもなんとかしますよ」と、言いつついつでも炎の矢(フェゴ・エクハ)を打てるように待機する。

 

 一番気が気じゃないのは鋭刃(アス・パーダ)がかかってるとはいえ、戦斧と打合わされている私のショートソードの無事だ。

 身体強化とアーテーナの祝福の重ねがけした分で片手剣であるショートソードのリーチの不利を補ってあまりある戦いをしていた。

 重い攻撃は両手で受けるがそうでない場合は、左手だけで受け右手はいつでも疾風の剣が取り出せるように備えている。

 牛頭(ミノタウロス)は子供相手に攻めあぐねてムキになったのか力任せに戦斧を振り回し、私でもわかるくらい段々と隙が目立ってきた。

 

 イレーネにいざという時に炎の矢(フェゴ・エクハ)でも打って援護してねと耳打ちしてアンヘルさんのもとに行く。

「ちょっと試してみたいんですが」と言うと胡散臭そうな顔で私を見て、

「あいつはいいのか?」とロペスを見た。

「イレーネにまかせてきたんで大丈夫です」と答え、やりたいことについて説明をする。

 大した話ではなく、矢筒にシャープエッジをかけさせてほしいというだけの話し。

 

 鋭刃(アス・パーダ)だと弓にかかるわけではなく、射ろうとする1射にしかかからないようで使い勝手が悪いな、と思っていたが、さっき後ろについて走ってる最中に矢筒を見て、もしかしたら矢筒にならいけるんじゃないだろうか、と考えたのだ。

 

「魔法だと矢の速度はなかなかでませんからね、とっさの攻撃手段は増やしておきたいと思いまして」と揉み手をしてお願いした。

 矢の速度と聞いて満更でもない表情を浮かべアンヘルさんは背中から矢筒を外して置いた。

 遠くからカオルゥ! と抗議の声が聞こえるが気にしない。

 

 矢筒を持ち、シャープエッジを唱える。

 ぼうっと一瞬光り、すべての矢にシャープエッジがかかったということがわかる。

 はい、と渡すと、アンヘルさんは矢をつがえ、ロペスと牛頭(ミノタウロス)が離れた隙を狙って矢を放った。

 

 あくまで援護のために小回りが利いて速射できるように、と弱めに張られた弦で矢は放たれた。

 慣性と重力の放物線を描くはずの矢は本来であればもっと下に命中するはずだった矢は重力を無視して顔に向かってまっすぐと飛び、左目に深々と突き刺さった。

 

 急に襲ってきた矢に困惑と痛みの悲鳴を上げる牛頭(ミノタウロス)

 ロペスはその隙を見逃さず私のショートソードを腹部に突き刺すと、身体強化を掛けたまま疾風の剣を抜いた。

 その瞬間、暴風が吐き出され下から上に向かって切り上げ木製の戦斧の柄を切断し、疾風の剣はそのままの勢いで牛頭(ミノタウロス)の首の前半分を切り裂き牛頭(ミノタウロス)を沈黙させた。

 

 私はアンヘルさんに

「魔法の矢になりましたね」と言うと、アンヘルさんは呆けた顔ですげえな、と呟いた。

 



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私が帰る理由

 このまま9階で牛頭(ミノタウロス)を狩っていてもいいのだが、効果的なダメージを与えられないアンヘルさんと、やる気のない私達ではロペスの負担だけが多いという話になった。

 丁度いい相手であれば私達とシャープエッジをかけたアンヘルさんの矢で負担も分散できるだろうとニコラスさんがいうので、11階か、12階へ行こうと言う話になった。

 

10F

 重量級のみが出現するフロアでは長居してはいけない。

 7階はまだ出現率が低いのか同時に現れることはまれだったのだが、10階では石人形(ゴーレム)洞窟の巨人(トロール)牛頭(ミノタウロス)、彼らの出現率が上がり、それぞれ徒党を組んで協力して襲ってくるわけではないが、獲物を取り合って喧嘩することもない。

 いっそ食べるのが目的なら奪い合って三つ巴を狙えるのだが、石人形(ゴーレム)は排除したいだけで、牛頭(ミノタウロス)は戦いたいだけで食べるつもりなのは洞窟の巨人(トロール)だけなのでどいつもこいつも戦闘を見かけると大喜びで参戦してくるのだ。

 

 そして、この辺まで来ると地図代も馬鹿にならない。

 アーテーナの鉾は9階までの地図はもっていたし、そこから先はまだ必要がない上、アタッカーが療養中なので余計な出費は抑えたいだろう、ということで私達の方で10階~12階までの地図を買った。

 計銀貨46枚、もうすぐ金貨に届きそうだった。割り勘で良かった。と胸を撫で下ろした。

 

 低層階の様に通り魔の様に出会い頭に魔物を排除して進むことは難しいのでイリュージョンボディをかけて慎重に進む。

 幸い、石人形(ゴーレム)を見かけたくらいで通り過ぎることが出来た。

 

11F

 群れを作って徘徊するオーガと牛頭(ミノタウロス)が徘徊する11階は調子に乗り始めたハンター達に教訓として死を与えるという。

 9階で物足りなくなったハンター達のパーティは、すでに9階で危なげなく狩っている牛頭(ミノタウロス)牛頭(ミノタウロス)より弱いオーガしか出ない11階に移動しようという話になる。

 

 カオル達くらいの殲滅速度が出せるのであれば、9階でも全く問題がないのだが、9階で行き詰まった末にオーガの群れがいる11階なら効率が上がるだろうと思う身の程知らずは、少し値段は下がるがオーガの魔石を一度に複数個得ることができると思い移動を開始する。

 

 欲の皮をつっぱらせたハンター達は、群れを作る魔物の厄介さと、パーティで牛頭(ミノタウロス)を1体圧倒した所で群れ対群れではまったくもって勝手が異なるということを失念する。

 

 そして、才能があるハンターは、冒険の途中で身体強化に目覚めることがある。

 もちろん、意図的に魔力を目覚めさせ、伸ばし方を知っている貴族達や士官学校に入る様な大商人と違い、目覚めたばかりだと量も少ないし、最大値の増やし方も知らなければ、それが魔力だと気づいていない場合すらある。

 

 ここまで来て牛頭(ミノタウロス)を圧倒したハンターは無意識のうちに身体強化を使い、牛頭(ミノタウロス)を1対1で圧倒し、より弱いオーガならば余裕を持って狩れると誤解して前衛1もしくは2で群れに対して立ち向かうのだ。

 

 ガイドブックにも前衛は3人以上を推奨とし、資金に余裕がなくメンバーの補充ができない場合は9階での狩りを継続することをおすすめする、とも書いてある。

 ここで普通のハンターの全滅パターンは2種類、魔力に目覚めて身体強化が出来てしまった場合、魔力の枯渇によりアタッカーが気絶して戦線が崩れる、もう1つは身体強化が使えない場合、複数のオーガに対して対応しきれず、アタッカーから殺され、戦線が崩れる。

 

 カオルたちの様に9階で金貨十数枚稼げるようなハンターはそうそうおらず、だれでもなれるハンターという職業は基本的に金欠なのだ。

 実際に、ペドロ達は5階の鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)洞窟蛇(ダンジョンスネーク)に苦戦しているのだから。

 

 11階へ向かう階段で休憩を取ることにした。

 なんだかんだで5時間近く稼働しっぱなしで食事も満足にとっていなかったことに気づき、アドレナリンが出ているのか、イレーネやロペスはまだ行けると意気揚々としているが、ニコラスさんとアンヘルさんは行けると思っている今のタイミングで休憩を取るんだ、と彼女らを抑えていた。

 

「カオルも行くというと思ってたよ」と、アンヘルさんが言った。

「私は基本的に何もしたくないので休憩は5分おきだっていいですよ」と言うと、

「その案には異論はないが5分はとりすぎだな」と笑っていた。

 

 宙に浮かせた大きめの(アグーラ)に水袋やマグカップを突っ込んで飲みたい分汲んでもらう。

 しょっぱくて硬い干し肉の端っこを揉むように噛んで唾液でふやかして噛みちぎり、口の中がしょっぱくなったタイミングで味のない固いパンを水でふやかして胃へと押し込んでぐったりする。

 

 あごの筋肉を酷使する食事が一番疲れる。

 身体強化は歯が折れそうなので怖くて使えない、もしかしたら一緒に強化されるのかもしれないけど。

 

 カセットコンロみたいなのがあればもうちょっと食事もましになるんじゃなかろうか。

 迷宮内だと干し肉からでる塩と出汁で干し肉を柔らかくして食べれるだけか、鍋も持ち歩かなきゃいけないし、高いし需要なさそう。

 勝手に考えて勝手にがっかりしていると

「いいこと思いついたって顔したあとがっかりしてたけど、どうしたの?」とイレーネに聞かれた。

 まさか全部表情に出てるとは思わなかった。

 

「お湯を沸かしてちょっとした料理ができる魔道具があれば干し肉も柔らかくしてスープも飲めるしいいかなと思ったんだけど、それだけのために買う人いないなって思ってね」

「あーこれ硬いもんね」と言って犬歯で噛み付いて引きちぎった。

 

 階段に座り込み軽く頭を下げると軽く眠気が来た、と思ったが起きていられないような眠気に変わった、思ったより魔力使っていたか。

 そんなそんなことはないはず、と思ったがどんどん強くなる眠気は目眩のように目の前がぐるぐると回り、焦点を合わせることすら許してくれない。

 きっと眼球がブルブル震えて気持ち悪い顔してるだろうな、と思いつつ、ほんとに気持ち悪くなってきたのでちょっとだけ、と思って眠気に抗うことをやめた。

 

 どのくらい眠っていたか、目が覚めると真っ暗だった。

 別に照明がないのだから真っ暗なのは当たり前なのだけど、起きた瞬間、目の前の手すら見えないというのは意外とぎょっとする。

 ぼんやりと光る(イ・ヘロ)を出し、バキバキになった体を伸ばしてみんなが寝ていることを確認し、10階へ戻ってステロスの威力を確かめる。

 

 再び階段へ戻ってくると、思ったより寝ていたようで、ずいぶん頭がすっきりした。

 マグカップに(アグーラ)氷塊(ヒェロマーサ)をかけ冷たい水で目を覚ます。

 (アグーラ)だけなら浮かべておくだけなのだが、氷塊(ヒェロマーサ)も一緒に使うとなると全部に魔力を通して維持する必要があるので出来ないわけではないが、面倒で効率が悪い。

 

 最初に起きたのはロペスだった。

「起きてたか」と、小声で言って隣にすわった。

「最初に寝たからね」と、小声で返し、(アグーラ)氷塊(ヒェロマーサ)をかけたマグカップを渡した。

「いいのか? 借りて。すまんな」と言って一気に飲み干し、喉を潤すと

「そのためのマグか、帰ったらおれも買うことにしよう」と言って、(アグーラ)を出すと、その中にじゃぼんとマグカップを入れてぐるぐると振り回して洗って返してくれた。

 汚水というほど汚れていないのだけど、汚水は階下に放り投げ捨てていた。

 

 みんなの邪魔にならないよう、10階の方へ登ってみんなが起きるまで石人形(ゴーレム)は結局どうしたら現戦力で倒せるか、という話をしていたが、ヌリカベスティックが効かない時点で今のままでは無理だろうな、という結論にならざるをえなかった。

 

 11階は通り過ぎるとして、12階ではどうしようか、と役割を相談する。

 12階では低級の悪魔(マイノール・ディーマ)小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)がでると書いてある。

 長い月日を生きた洞窟の小鬼(ゴブリン)が魔力を得ると魔法を行使することができるようになると言われているが、迷宮内では小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)のまま生まれてくる。

 長い月日を生きた経験がないので脅威度はだいぶ下がるらしいがそれでも魔法が使えないハンターたちには脅威となる。

 

 低級の悪魔(マイノール・ディーマ)は異界で力を得た悪魔が魔力を持ってこちらの世界に受肉したもので、物理攻撃はあまり効かないため、聖別した武器や魔法での攻撃が推奨される、と書いてあった。

 

 ロペスはやっぱり前衛で魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を展開しつつ近接を警戒する。

 私とイレーネは魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を展開し、近接戦闘をするには迷宮内は狭いので中衛とする。

 私とイレーネの新しい戦い方であるステップを踏んで撹乱しつつ隙を伺うのには不向きだと判断した。

 私はともかくイレーネにはなるべく実戦で経験を積んでほしいんだが。

 

 後衛はアンヘルさんの魔法の矢で、回復にニコラスさん、と。

 

 毒をもつのはあまりいなそうだが、解毒と簡単な傷の治療はできるらしい。

 ぜひ祝詞を教えてもらいたいものだ。

 

「カオル」ロペスがぽつりと呟いた。ん? と返事をすると

「帰れる方法がわかればこっちの生活を捨てて帰ってしまうのかな、と思ってな」と。

 

「帰れれば帰るか、と言われるとその前にこっちでしなきゃいけないこともあるんだけど」

「しかしそれが終わってから帰りたいと思うか、と言われると、どうだろうな。」

「たった2年でイレーネとも仲良くなっちゃったし、ロペスともこうして話をする仲になってしまったしな、今ウィスキーでもあればいい酒が飲めそうだ」と笑ってみせると、ロペスは喉になにか詰まったような、苦しげな表情を浮かべた。

 

これは茶化していいもんじゃなさそうだ、と改めて思い直した。

「すまん、ちょっとだけ帰る努力はするかもしれない、イレーネとロペス連れて向こうにいけるかもしれないからな」

 

「急に知らない世界に連れてこられる色々を知ってるのに連れて行くとはどういうことだ」とロペスが笑った。

「向こうは魔法はないが命の危険がないし、勉強さえすればこっちより楽しく楽に暮らせるぞ」と、誘うと

「でもこうやって迷宮に潜ったりして冒険できなくなるのはつまらないかもしれないな」というと、それはちょっと寂しいかもしれないな、と思った。

 

「おれはカオルにこんなこと頼める義理もないかもしれないが、できたらこっちに残ってほしいと思っている」

「それはまたどうして?」

「カオルとは、その、イレーネともそうだが、一緒にずっとパーティを組んで行ければ、と思っているんだ、だから、その、な」と言って照れてごまかした。

 そうか、そこまでロペスがいい友達だと思っていてくれているとは思わなかった。

 ありがとう、と言おうと思うと、喉がひゅっと締まって言葉が出てきてくれない。

 ロペスにはイレーネと一緒に面倒ばかりかけて申し訳ないと常々思っていたので素直に嬉しい、と言いたいのだが、一つだけ言っておかなければいけないことがある

「両手に花とか思ってたら張り倒すからな」と言って笑った。

 私はいつかちゃんと自分の体に戻るんだからな。

 

「とはいえ、向こうに帰っても実はそんなことを言ってくれる様な友達もいないし、両親はもういないし、家族があるわけじゃないからな、いや、友達がいないわけじゃないからな、そこは誤解するなよ」言ってて悲しくなってきた。

 

「向こうではこっちでいう魔道具を作る仕事をしていたんだけどな、仕事なんて朝、家を出ると帰りは真夜中なんだ」終電で帰っていた頃を思い出して暗い気持ちになった。

「そうか、向こうで仕事までしているのか、だったらなおさら帰らなくても平気なのか?」

「私一人抜けてどうにかなるならその仕事は私がいたって遠くないうちに破綻するさ」と笑ってしまった。

 なんだ、帰る理由がもうないじゃないか。

 30年近く過ごしてきた世界の薄っぺらな人生に心のなかで涙した。

 

「カオルがしっかりしてる所があるのはそういうことをしているからなんだな、抜けてるところも多いが」といってくっくっと小声で笑った。

 

「だから、ロペスとイレーネがそういうならこっちで暮らすことも考えてもいいかもしれない」

「心の友だな」と言って握手を求められると階段の下からアンヘルさんが起きてきた。

 

「青春だな」

「すみません、起こしてしまいましたか」というと、

「だいぶ寝たから大丈夫さ、心の友よ」と言って笑った

 



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常にやらかしている気がした

「じゃあ、アンヘルさんの青春も聞きましょうか」と私がいうと、アンヘルさんは決まりの悪い顔をして考え込んだ。

「そんな面白い話なんかねえんだよな、平民の猟師が村の友達とハンターになるなんて日常茶飯事だしな」

 と、ちょっと暗い顔をした。

 

 そういえば、ここは命が軽い世界なんだった、聞いてはいけないことを聞いてしまった。

「聞いちゃいけないことでしたね、すみません」と謝ると、

「いいさいいさ、んで、色々あってアルベルトに会って、あっちこっちうろうろしてたらニコラスに会って、実入りがいいから大迷宮で稼いでるって感じだな」

 色々はあまり多く語りたくない過去なんだろう。

 

「そしたらこんなのをみつけちまって、今までの3人でやってきたって自負と自信が吹っ飛ぶったらありゃしないわな」と言って笑った。

「なんか、すみません」と元はと言えばロペスのミスが発端だったな、と心のなかで薄く笑った。

 

「お前らから見てもカオルはとんでもなさそうだしな」

「わかりますか、そうなんですよ」と、言った。

 いくらなんでも私だって傷つくこともあるんだぞ! と心のなかで叫んだ。

 

「で、ちょっと見てもらいたいものがあってな」アンヘルさんが真面目な顔に戻って言った。

「なんでしょう」と答えると、なにもない手のひらを見せた。

 

 なにもないがなにかある、そして私とロペスには見覚えがあるものだった。

 手のひらから立ち上るゆらゆらとした、熱されたアスファルトから立ち上る熱気のような無色透明な()()

 

 やっちまった。と、俯いて両手の中指でこめかみをぎゅっと抑えてどうしたらいいか考える。

「やりましたね!」とロペスは興奮しているが、なぜ魔力が出るようになったかの心当たりは無いらしい。

 

 どうにか自然に目覚めたことにできないか、と逡巡し、いい案が思いつかないのでそっと目をそらした。

 アンヘルさんは私のほっぺたをわしっと掴んで目線を合わせると

「心当たりが無いのなら()()()さんに聞いてみないとなぁ?」と悪い笑顔で言った。

ひょれらけはらめです(それだけはだめです)ふぇされましゅよ(けされますよ)」というと笑顔が消え、手を離した。

 

 貴族の面倒さと怖さをアンヘルさんに伝えないといけない。

「私も聞いたばかりの話なのですけどね、貴族の魔力に対するデリケートさについて中々想像つかないと思いますが、たまたま目覚めた平民は放置できるんです。数が少ないので。」

 

「でも、簡単に目覚める平民がたくさん生まれるとなると彼らのプライドを刺激してしまうんです。」

 

「そうすると、私は下級魔法使い製造機として取り込まれてアンヘルさんとニコラスさんは経過観察するために取り込むか拒否されたら殺すしかなくなるんです、私も貴族じゃないので色々漏れるとまずいんですよ」というと

 

「ですから、目下警戒しないといけないのはここにいるロペスとルイス教官なんです」と言って、すい、とロペスを指差した。

 指を差されたロペスがぎょっとした顔をした。

 

「なんでおれが! イレーネはいいのか!」

「イレーネはどちらかというと貴族である立場を捨てたいと思ってる方なので大丈夫なのですよ、ロペスは仲が悪いとは聞いてないし、独立する時にいい感じに地位もらえるかもしれないからそこんところの意思確認はしておきたいんだよね」

 

「と、いうわけで心の友になったばかりでこういうことになるというのはとても悲しいことですが」と言ってアンヘルさんに目配せすると、アンヘルさんは悪い笑顔で弓に手をかけ、私は悲しそうな顔でヌリカベスティックに手を伸ばした。

 

「まてまてまて! 言うわけ無いだろう、友を売って贅沢な暮らしをしたい男だと、本当におれのことをそう思うのなら今すぐ殺してくれ」ダークグリーンの瞳がまっすぐに私の目を見て言った。 

 

 自分を守ろうとしすぎた上に調子に乗ってロペスを傷つけてしまった。

「すまない、調子に乗った。傷つけるつもりはなかった、試すような真似をしてごめん」と言ってヌリカベスティックから手を離した。

「カオルの不安もわかるし、しょうがないさ、でも今回だけだからな」と言った。

「あんたいい男だよ」と言って肩を叩くと苦笑いを浮かべていた。

 

「あとでニコラスさんにもこっそり確認しましょう、見えたらちゃんと説明しないといけないので」と確認をお願いした。

「イレーネにもルイス教官にはいわないように口止めをしておかないといけないな」

 

「ということでアドバイスはできるのですが、立場上あまり深く教えてあげられないので魔力を当てにした行動は控えてください、魔力の枯渇で死にますから」というアドバイスをした。

 

「ちょっとまっててください」と言って、ロペスを引っ張って内緒話をする。

「魔力の基礎までなら教えていいと思う? 1年か2年でやめて治安維持隊に行く人もいるよね」と聞くと、

「たしかにそうだな、1年でやることくらいなら教えてもいいかもしれない」と勝手に判断した所でニコラスさんが起きてきてみなさん、早いですね、と言ってあくびを噛み殺していた。

 

「おはようございます、ニコラスさん。アンヘルさんのこれどう思います?」と言うとアンヘルさんが得意そうに魔力を出して見せた。

 手のひらの上を見て固まり、アンヘルさんの顔を見て、自分の手のひらを見た。

「やっぱり出せますか」たまたまアンヘルさんだけが目覚めたという線は消え、私の祝福の影響が確定した。

 

 イレーネに火が入ったので、アイドリングをしてエンジンが温まるまで魔法についてニコラスさんとアンヘルさんに知ってる範囲で教えることにした。

 とは言っても最初のときにやっていた様に体から切り離した魔力を炎と化して浮かせる、という最初にやったやつだ。

 そして、魔力があるのなら使えそうな、魔法、レンチンを使ってもらう。

 マグカップに(アグーラ)を入れ、ニコラスさんに渡した。

 

「手をかざしてレンチンと唱えると水が温かくなりますよ」と言って実践してもらう。

 レンチンとニコラスさんが唱えると、マグカップに入っている水は少し熱いお風呂くらいの温度に温まった。

 アンヘルさんもやってみたが、同じくらいの結果だった。

 ニコラスさんの方が少しだけ魔力がある様子。

 

「あれ? 私のときと違うな」と、ロペスと一緒に首を捻る。

「どうなったんだ?」とアンヘルさんがいうので

「食事がすべてカラッカラの干物になって新しく用意してもらいました」と答えると

「さすが、規格外は違うな」といって感心していた。

「イレーネもそうだったので最初の量が違うんですよ、きっと」というと、ロペスも

「確かに、使用人にやってもらっていたから初めて自分でやった時は干物にしたな」と言っていた。

 士官学校に入るのはみんなそんなもんらしい。

「あれ気まずいよね」と士官学校あるあるをした。

 

「この魔力量だと身体強化すると危険です、掛けた瞬間に倒れます」とニコラスさんに言う。

「たしかに、レンチンでちょっとふらつく感じがしますね」と初めて魔力を使った感想を言った。

 

 炎と化した魔力を20個程だして火の玉をぐるぐる回してみせると、

「最低でもこれができるようになるまで実践しないでくださいね」と言って魔力の扱いについて終了することにした。

「あとはアルベルトさんですね」というとなぜかロペスも一緒に祝福をかけてあげてほしいと頼み込んできた。

 

 急に3人共魔力に目覚めるという怪しさ満点のこれをどう誤魔化そうと頭を悩ませると、エンジンが温まったイレーネが起きてきた。

「おはよう」と言ってふぁーとあくびをすると、硬い黒パンをガジガジとかじっていた。

「あ、おはよう」とイレーネに挨拶をして、考える。

 

「目覚めたときに一緒にここにいなきゃいいわけだな」とロペスが言った。

 なるほど、たしかに目覚めたよーと言って迷宮から帰ればなにかあったと思われるが、目覚めたよーと言ってよそから帰ってきた時に私がいなければなんの問題もない。

 

「では、条件としてアーテーナの鉾の皆さんには療養の旅に出てもらいます、できればなるべく遠くに」というと、ニコラスさんが

「私の故郷まで療養の旅に出ることにしましょう、戦士(グエーラ)の報奨金があるので船に乗っても十分暮らせます」

 

「そして魔力を操る練習は宿の個室以外では行わないと約束してください」

「あとは、一人だけ魔力に目覚めた設定の人を決めてもらってその人以外は使えないという体で活動していただきたいです」

 

 イレーネがいそいそと10階に向かって上がっていった。

 

「それはアルベルトを魔法使い役にしたとして、アルベルトが使ってる様に見せて私が使うのであれば問題はありませんか」とニコラスさんが言う。

 

「ないですね、詠唱さえ見られなければ問題は無いと思いますし、魔力が増えれば身体強化と祝福の重ねがけができるというメリットを考えるとアルベルトさんがちょうど良さそうですね」

 

「あとは目覚めてくれない場合はアンヘルさんかニコラスさんのどちらかにしましょうか、という話がまとまればこの話は解決ですね」

「じゃあ、おれだな」とアンヘルさんが言った。

「矢の強化に魔法は必要だが、祝福には魔力はいらないからな」というとニコラスさんもそうですね。と同意したのでこれで解決といえよう。

 

 という所で、イレーネも朝ごはん等を終えて出発する準備が出来たようだったので、ニコラスさんとアンヘルさんが魔力に目覚めた話と、私が祝福ができるようになったという話はルイス教官には秘密にしてね、と言って11階へ向かった。

 

11F

 ここはロペスとイレーネと私にしてみれば9階と変わらないのだが、アーテーナの鉾にしてみれば緊張感あふれる危険なフロアらしい。

 適当に流して12階へ行くことにすると、4体のオーガの群れと出会った。

 と、言っても兵站のお手伝いしたときのようにきちんとしたリーダーのいる群れではなく、そこらで発生したオーガ同士が一緒にいるだけのようだ。

 武器も持たず分担もせずに狙いたい獲物に向かって一目散に突撃するようなオーガは今の私達の敵にはならない。

 つまり、私とイレーネに向かって2体ずつ。

 アンヘルさんは大丈夫か、と後ろでいうが、広くない通路で連携の取れないオーガなんて1体も2体も変わらない。

 せっかくなのでイレーネと二人で身体強化をかけ、前に出た。

「あ、剣返して」と言ってオーガから目を離さずに腕を伸ばすとロペスが私の手にショートソードを渡してくれる。

龍鱗(コン・カーラ)鋭刃(アス・パーダ)」示し合わせたわけではないのだが、イレーネと一緒に強化魔法を唱えると、いつもはぼうっとかかるだけの魔法が光の粒になり、絡み合って帰ってきた。

 不可思議な現象に困惑して見ていると、一人でかけるより少し強い気がした。

 

「あたしからいくよ!」とイレーネがいい、頷くとイレーネは一気に飛び出してオーガに襲いかかっていった。

 オーガは武器を持たないため1体はイレーネに殴りかかり、もう1体は掴みかかろうとした。

 殴りかかる手を左手で上に弾き、頭を下げて大きく踏み込んで胸に黒炎のナイフ(ダークフレイム)を突き刺した。

 もう1体のオーガに対して振り向くと掴みかかる手を切り上げて切断し、後ろにいたオーガに向かって蹴り飛ばした。

 

 私の所に戻ってきたイレーネは

「今日の身体強化いつもより効いてるみたい、さっきのやつのせいかな」と言って私と交代した。

 

 確かにいつもより身体強化が強いというか、単純に強くなったという感じじゃないんだけど、なにか違う感じがした。

 あっというまに仲間がやられてしまった衝撃と怒りで雄叫びを上げイレーネに襲いかかろう走り出すオーガに飛び蹴りを放つ、不意打ちとはいえ、体重差は倍近くありそうなものなのに、私に反動を残すことなくオーガを弾き飛ばし壁に衝突させた。

 

「おおおお!?なんだこれ!オーガが軽い!」

 巻き込まれただけのオーガが起き上がり私に向かって駆け寄ってくる。

 いい加減、撤退のし時ではないのかな、とおもうがその判断をするほど冷静でもないし、経験もないのだろう。

 逃げるという選択肢を忘れ、怒りのまま襲いかかってくるオーガに対して、私は上段に構え、一刀の下に切り捨てた。

 

 片腕を失ったオーガはほうほうの体で逃げ出したので、見逃して私達に今何が起きてるか確認する必要があるね、とロペスとイレーネに言った。

 

 なぜかかかった妙な身体強化はそれ以降発動することがなく、なぜ起こったのか、と首を捻るばかりだった。




さて、ここでストックが尽きてしまったので更新は月曜日、水曜日の朝9時になります。
無駄に短編とか書いちゃったおかげでほんとにストック削ってしまって大変です。

では、また。


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不思議な現象と未知との遭遇

「ロペス、ちょっと鋭刃(アス・パーダ)かけて構えて」

 と言ってショートソードを逆さにしてロペスに渡した。

 

 ロペスはカオルの身体強化に使っている魔力のゆらぎがいつもより濃く強く見え、存在が濃い、というか威圧感があるというか、なんと言っていいかうまく言葉にはできないが、なんだかいつもと雰囲気が違うカオルに警戒して半身に構えた。

 

 いつものように半身に構えて棒を両手でも広く持ったカオル。

 正面からちょっと打ち合うにはなんとか不都合はない程度の広さの通路で向かい合って立つ。

 

「いくよ」

 とカオルがつぶやき、

「さあ、来い」

 といつものようにおれがいうと、十分な明るさがないなど理由はあるが、カオルの姿がかき消えたと錯覚する速度の踏み込みを行いながら左手側に右手を寄せ、長く持つように持ち替えると、水平にあの変な名前の棒を振った。

 かろうじて剣で受けると、まるでペドロの両手剣を受けた時の様な打ち込みが、握力を一瞬にして奪い去った。

 もちろん、カオルの一撃だからと油断していたのもあるが、いつもは受けていなす余裕がある。

 

 弾き飛ばされたショートソードはガランガランと音を立てて転がり、ロペスはぽかんとした表情で棒を振り抜いてにやりとするカオルをみた。

 

 カオルは「やっぱりか」

 とつぶやくと、ショートソードを拾い上げ、油断したね、と言ってロペスに渡した。

 

「いや、油断はしたがそれどころじゃないぞ」

 とロペスは私にちょっと文句を言う。

 なぜかはわからないが、私の打ち込みの重さが変わってしまったのだ。

 と、悩んでいる後ろで今度はイレーネの打ち込みをロペスが受けていた。

「おい、お前もか!」

 と叫ぶロペスにちら、と目をやると、嬉々として打ち込んでくるイレーネの剣をなんとか受けている状況だった。

 

 イレーネの攻撃は1つ1つが軽いため、いつもなら簡単に受けられてしまい、次の攻撃につながらないと悩んでいたイレーネの一撃は、他の同級生の様に受けさせ押し込むことができるのだから楽しくてたまらないらしい。

 

「あんまりロペスを疲れさせちゃだめだよ」

 とイレーネを止め、ロペスに受けた感じを聞いてみると、私とイレーネの打ち込みの重さは同じくらいだということだった。

 なぜか、と考えてみるが同時に魔法を使ったことが原因なんだろうな、というくらいで理由はわからないのでルイス教官になにか聞かれたらこれを聞くことにしよう。

 

「おまたせしました! 魔石を取り出したら気を取り直して先に進みましょうか!」

 と、明るく言うと、「もう驚くことはないと思ったが、流石に驚いたな」

 とアンヘルさんが言って、ニコラスさんがうなづいた。

「でもどうですかね、時間効率は」

 とニコラスさんに聞いてみた。

 牛頭(ミノタウロス)の魔石は1個当たり銀貨30枚、角は1本あたり銀貨25枚で取引されるが、オーガは魔石1個当たり銀貨25枚で買い取ってもらえるので、一度に複数相手できるなら若干オーガを相手にしていたほうが良さそうな気がしてくる。

 若干を埋めるために無理をする必要がないのでどちらも相手にできるのだが。

「どうしましょうね、12階の低級の悪魔(マイノール・ディーマ)とどっちが効率いいですかね」

「オーガと牛頭(ミノタウロス)だと後衛が安全なんですよね」

 とニコラスさんの談。

「たしかに。イレーネを中衛に置いて全部叩き落としてもらう必要があると思うと、オーガと牛頭(ミノタウロス)を相手にしてたほうが効率よさそうですね」

 

 ということで予定が変わり、11階で稼ぐことになった。

 私とロペスを前衛、間にアンヘルさんとニコラスさんをはさみ、殿にイレーネを置いた。

 それからまる2日、危なげなくオーガと牛頭(ミノタウロス)を相手にし、強敵だったのは片腕のオーガが指揮をする6体のオーガの群れに多少手こずらせられたが、通路が狭いのが幸いして無傷で切り抜けることが出来た。

 大体1時間で銀貨80枚~125枚、たまに150枚になる。

 軽く計算してみると3000枚近くになったのでいい気になって12階に行ってみたくなる。

 

「12階に行ってみるってのはどうですかね」

 とニコラスさんとアンヘルさんに聞いてみる。

低級の悪魔(マイノール・ディーマ)でも狩りにいく相談かい?」

 と、耳ざとく聞きつけたロペスが大喜びでやってきた。

「相談だね」

 というと

「そういう前のめりな所はアルベルトにになくてもいいんですよ」

 とニコラスさんが呆れたように言った。

「行けると思う時に」

 と口を開いたアンヘルさんに耳打ちした。

「ちなみに概算ですけど、1人辺り金貨10枚越えていますよ」

 と。

 ピクリ、と止まると

「行ってみてあぶなかったら戻ればいいんだよ」

 と、

 ニコラスさんは藁にもすがる思いでイレーネにも声をかけた。

 

「どうですか? わざわざ危険を犯すこともないと思いませんか」

 というのでニコラスさんに見えないように魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出してみせた。

 

 イレーネはもっと前衛に近いところで活躍したいはず。

 なんなら、ロペスとイレーネが前衛で私が中衛だっていいんだから。

「魔法を使うという魔物に興味があります!」

 と元気よく答えてニコラスさんが怯み、12階の階段近くで試しに歩いてみることになった。

 

 12F

 早々に12階にたどり着き、探索していると、私の胸くらいの背の高さの人影を見つけた。

 ローブを着て杖を持った洞窟の小鬼(ゴブリン)だった。

 なるほどあれが小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)か、失念していたのは洞窟の小鬼(ゴブリン)は群れるということだった。

 これがオーガに壊滅させられるパーティの油断か、と以降同じ油断をしないよう心を引き締めた。

 

「数が多い!」

 ロペスが前に出て魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を展開した。

 7体の小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)は、ギャアギャアと鳴きながら杖をかざし、炎の矢(フェゴ・エクハ)氷の矢(ヒェロ・エクハ)を散発的に射掛けてくる。

 1つ1つ威力が高くないし、量も少ない。

 

 イレーネが前に出てロペスと共に小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)が使用する魔法を打ち消しながらあれば全力か、と探っている。

「ここまで来たことありますか?」

 とニコラスさんに聞いてみる。

「ないですね、神官がここまで来ていたのはずいぶん昔の話だと聞きました」

「ではあれより少し強いものを全力だと想定しましょう、人数と対応しているのが2人なので油断しているのかもしれません」

 と言ってアンヘルさんの矢筒にシャープエッジをかけた。

 

 アンヘルさんは弓を引き絞り、魔法を放っている小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)の手を狙って矢を放った。

 矢はまっすぐに杖を持った手を貫いた。

 手を負傷した小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)は杖を持つことができず、後ろに下がっていった。

 そうなると、防御に専念するだけのものより遠距離からのアタッカーを脅威とみるのは自然なことだった。

 今まで無視されていた私とアンヘルさん、ニコラスさんに視線が向いた。

 ニコラスさんはひゅっと息を吸い込み方に力が入っていた。

「大丈夫ですよ、私が魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を張りますから、アンヘルさんは引き続き矢をお願いしますね」

 と言い、かばうために前に出る。

「お願いします。」

 と、ニコラスさんが言って後ろに下がった。

 

 もっとも、小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)の今までの戦いぶりはロペスとイレーネの守りを貫けるものではないのだけれど。

 後ろから炎の矢(フェゴ・エクハ)を使って小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)を狙って撃ってみる。

 広めの範囲のイレーネの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)にあたってパリンと割れてしまった。

「わ! ごめん!」

 と叫ぶと慌てて魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を展開したイレーネに怒られてしまった。

「もう! 撃つなら言ってよね」

 ほうれんそう大事。

 私は手をださないことになり、アタッカーはアンヘルさんの矢にまかせることにした。

 連続で小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)の頭を貫くアンヘルさんの魔法の矢。

 

 撃っても撃っても防がれる魔法に頭に血が登り、逃げ時を失った小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)は最後の1体になっても魔法を撃つことをやめることなくアンヘルさんに全滅させられていた。

 

 

 小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)に刺さったアンヘルさんの矢と魔石を回収して反省会を行う。

「さて、反省会ですが、まず、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)は範囲が見えづらいので後ろから援護する時は声を掛ける必要がありました。」

 というとイレーネが大きく頷いた。

 

「危険がある程度無視できるなら、私達のだれかが魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を張って物理で突貫するのが早そうですね」

「そうでなければ今みたいに魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を張ってアンヘルさんの矢で減らしていくのが安全で良さそうでした」

 どちらにしても小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)の魔法は私達に傷一つ付けることが難しいのでどっちでもいいのですけれども。

 

 小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)についてはもういい、次の課題は低級の悪魔(マイノール・ディーマ)だ。

 低級の悪魔(マイノール・ディーマ)は精神体に近しい存在である悪魔に属する生命体が受肉して精神体なのに物理攻撃もできるというこの世界に生きる生命体すべてに対しての敵として発生した。

 根本たる精神生命体に対しての攻撃力を持たない場合、表面の物理面を傷つけたところですぐに修復されてしまい、なんのダメージにもならないので魔法使いや祝福が必須になる。

 

 アーグロヘーラ大迷宮、10階から難易度が上がりすぎていないか、と思っていた。

 完全に隔絶されるのは12階だが、上級の神官かロペスやイレーネくらいの魔法使いがいないと話にならないというのはいくらなんでも上がりすぎていると感じた。

 それなのに地図はもっと奥の階層まで売っているのだ。

 探索できるほどのハンターやら冒険者がいた。

 でも今現在、そこまで到達することができるパーティはほとんどいない。

 質が落ちたのか、急に魔物が強くなったのか。

 

 考えてもわからないものは後回しにして低級の悪魔(マイノール・ディーマ)を探し、どのくらい強いのか確認する必要がある。

 全員にハードスキンをかけ、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出して警戒する。

 ロペス前衛、アンヘルさん、イレーネ、ニコラスさん、私の順番で進む。

 

 ロペスは少し前に(イ・ヘロ)を置き、イレーネは頭上に配置し、私は私の少し後ろに置いた。

 ドローンの様に自動でついてきてくれるので警戒範囲が広く取れて助かる。

 

 しばらく歩いていると、後ろで影がゆら、と揺れた気がした。

 後ろを振り向くと(イ・ヘロ)がきちんと光を放っていた。

 気のせいか、と思い前を向くが何もないので前を向くと、ニコラスさんが倒れていた。

「ニコラスさん!」

 慌てて抱きかかえると青い顔で気を失っていた。

「イレーネ! ロペス! 警戒を! ニコラスさんが倒れた!」

 前を歩く二人に警戒を呼びかけた。

 

 呼吸と脈を計る、呼吸はある、脈? 脈はあるがどう数えればいいんだ? 覚えてるのはAED使った後の心臓マッサージのやり方だけだ。

 とりあえず脈はある、きっと1秒くらいに1回くらいなのでたぶん、大丈夫だと思う。

 振り向いたイレーネは

「カオル! 上!」

 と叫び、炎の矢(フェゴ・エクハ)を放った。

 頭上でボンボンと炸裂し悲鳴が上がった。上を見ると見たことのない生き物がブスブスと黒煙をあげてぶら下がっていた。

 

 驚いて思わず叫びながらニコラスさんを引っ張ってイレーネの所に逃げ込んだ。

「何あれ!?」

 というと

低級の悪魔(マイノール・ディーマ)だろうね」

 と言ってニコラスさんを抱えた私の前に出た。

 アンヘルさんが「ニコラスはどうだ」

 というのでおそらく大丈夫です! と答えると矢筒を差し出したのでシャープエッジをかけた。

 

 ロペスが前に出て防御姿勢をとった。

 イレーネが魔法で攻撃し、アンヘルさんが矢を射ることで低級の悪魔(マイノール・ディーマ)を攻撃していく。

 ロペスの動きを見ていると、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)龍鱗(コン・カーラ)の両方を使わないと守りきれていないように見える。

 そうであれば、ハードスキンしかかかっていなかったニコラスさんに攻撃が通ったのは納得が言った。

 精神体による精神への攻撃だったのだ。

 そうとわかればできることは唯一つ

「戦と知恵の神、アーテーナ、強き心と剛力を汝の使途へ与え給え

 魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を!」

 この場にいる全員に加護を与える。

 

 青白い顔のニコラスも赤みがさしてきたことで成功を確認した。

 ロペスは魔法障壁(マァヒ・ヴァル)が削られる量が減り、イレーネの炎の矢(フェゴ・エクハ)低級の悪魔(マイノール・ディーマ)の体を削る量が増えた。

 アンヘルさんの矢はシャープエッジだけの時は刺さるだけだったのだが、刺さった箇所の周りが霧散して消えていた。

 

 そうだ、これが本来のアーグロヘーラ大迷宮に挑むパーティの戦力だったのだ。

 何があったかは想像するしかないが、ハンター達から魔法と神官による奇跡を奪ったのが今のハンター達が低層階から抜けられないようになった原因だろう。

 おそらくそう遠くはないはず。

  



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未知の力とピクニック気分

 アンヘルさんがニコラスさんを担いで11階に続く階段へ逃げてきた。

 

 階段にニコラスさんを座らせ、意識を取り戻すのを待って、反省会をした。

「ニコラスさんに加えられた攻撃は受肉した肉体による物理攻撃と精神体による精神への攻撃です。」と、状況の確認し、皆が頷くのを見た。

「物理攻撃はハードスキンで守れましたが、精神攻撃は魔法障壁(マァヒ・ヴァル)でないと守れないようです」

 

「不思議だったんですよ、大迷宮という名前がついているのに低層階で急に難易度が上がりすぎてると思いませんか」というといまいちピンときていないようだった。

 

「7階ですら神官の祝福や魔法の身体強化があって初めて対等に渡り合えるじゃないですか、まったく無くしてやれますか」というと

「まあ、無理だろうな」とアンヘルさんとロペスが言っていた。

 

「売ってるガイドブックは30階まで売ってるのは見ましたが、今15階まで行けるパーティってどのくらいいます?」とニコラスさんとアンヘルさんに聞いてみると

「ここ最近で一番深く潜れているのは上級の神官と、左腕が肘から先がない元軍人がいる6人組のパーティで14階だ」と、思い出しながら答えてくれた。

 

「不思議ですよね、30階までの地図を書いた実力を持った人たちは今どこで何をしていて、その後に続く人がいないのはなぜでしょう」

「いつからアーグロヘーラ大迷宮を攻略できるハンターはいなくなったのでしょう」

 そういうとみんな押し黙ってしまった。

 

「後もう1つ疑問なのですが、ガイドブックに書いてありますよね、低級の悪魔(マイノール・ディーマ)には物理攻撃はあまり効かないため、聖別した武器や魔法での攻撃が推奨される、と。聖別というのはどうやるんですか?」と、聞くと

「聖別は儀式用の部屋に入り、香を炊いて祈りを捧げるのですよ」と言って自分の中の聖別とガイドブックの聖別の違いに気づいた。

「この場でできる聖別がある、と」

「そうですね、私もそう思います」

 

「まとめると、昔のハンターは魔法を使い、神官が未知の祝福を与えられていた。

 しかし今ではそんなものは存在せず、自然に廃れたのか、何者かが意図的に情報を隠蔽していったのか、というところでしょうかね?」

 

「ま、疑問については目をつけられない程度に調べるとして。

 目下、我々はあまり深く潜る実力はないという体で、目立たないように気をつけましょう!」と、いうと

「カオルにだけは言われたくないな」とロペスに言われ、反論しようとしたところでみんなに笑われてしまったのでしょんぼりと肩を落とした。

 

 低級の悪魔(マイノール・ディーマ)に対する対応方法がわかった所で、もう1度12階に挑戦するかどうか、という話しになる。

 天井に張り付く低級の悪魔(マイノール・ディーマ)に驚いてしまったということもあるのだけれど、まだまともにやりあってないので感触は確かめておきたいという気持ちもある。

 

 痩せぎすの男の様な体に体のサイズには合わない大きさの強大な手足を持ち、ヒヒの顔にライオンの様なたてがみを生やした3メートル近い黒い生き物が真上に張り付いていたらきっと驚く。

 だれだって、驚く。

 

 12階へ進み、低級の悪魔(マイノール・ディーマ)を探す。

 小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)はロペスとイレーネがささっと片付けてしまえるので、やはり魔物の強さと必要スキルのバランスの悪さが目立った。

 ペドロ達はきっと7階くらいで苦戦してそうだが、まっすぐここに来れるなら余裕で稼げるんだろうけど、11階までにいるのが良くないね。と思って一人で納得した。

 

 ペドロ達は今現在、5階にいて苦戦中だった。

 手加減をして鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)の頭だけを潰さないと爪はともかく、高く売れる糸が取れないためだった。

 

 警戒していると低級の悪魔(マイノール・ディーマ)はすぐに見つかった。

 どうやら天井からぶら下がって不意打ちするのは彼らの常套手段の様で、見つかると諦めて降りてくる。

 降りてきたあとは、魔法は使えないようでその高身長と大きな手、そして生えている爪を生かして引き裂くか、突き刺すようにして攻撃してくる。

 

 ロペスは成長したものでゴーレムに気絶させられて以来、身体強化なしでとか生身の力だけで戦うなんて無謀な真似をすることがなくなった。

 痛い目をみていい勉強になったようだ。

 

 遠距離攻撃がないと思えば後ろを気にしなくてすむのでロペスやイレーネたちと交代で1体1で戦ってみる。

 身体強化と龍鱗(コン・カーラ)魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をかけ、普通のヌリカベスティックで叩いてみると、ある程度の強さを超えると破壊することができた。

 肉体的な破壊だけでは痛みがないの様子で、すぐに再生させ襲いかかってくる。

 

 切り裂きは鋭刃(アス・パーダ)をかけたヌリカベスティックをぶつけて破壊すると、子供の悲鳴の様な声を上げて怒りに燃える瞳で私を睨みつけた。

 鋭刃(アス・パーダ)をかけた一撃では痛みはあるようだがすぐに再生し、心臓めがけて爪を突き刺そうと爪を伸ばす。

 伸ばされた爪をヌリカベスティックで砕き、耳障りな子供の悲鳴のような声を上げる。

 聞いてるだけで不快感が増し、心がざわついてイライラしてくる。

 醜悪な頭を潰し、声を止めようとしたが砕かれた頭の根本、首の中から声が聞こえた。

 頭が再生されそうだったのでやたらめったら叩きつけてダメージを蓄積させていった。

 受肉はしたが、正しい意味で肉体をもたたないため、存在を消された低級の悪魔(マイノール・ディーマ)は魔力の濃い魔石となってカラン、と転がった。

「タフなだけで弱いな」とつぶやくと

「カオルの説がしっくりくるね」とイレーネが言った。

「仮設だとしてもルイス教官に相談するのもまずそうだな」とロペスが首をひねった。

 一通り試してみて、わかったことは、ワモンが言っていた神話の通り、魔法は()()と戦うためにあるのだということを実感し、それなしでは12階を超えられないということがわかった。

 

 山分けを固辞するニコラスさんに低級の悪魔(マイノール・ディーマ)小鬼の魔法使い(マァヒ・ゴブリン)の魔石を半分押し付けて11階へと続く階段へ戻ってきた。

 律儀に分けたいという話ではなく共犯者としての自覚をもってもらうためという目的なのだけれども。

「でも売るのは目立つのでいざという時まで我慢してくださいね」とお願いした。

 

「いざというときの魔石を除いて、旅費と治療と滞在にかかるお金は大丈夫そうですか?」と聞くと

「お金の問題はもういいのですが、魔力を持ったと思うと宿に帰って練習と研究をしたくてたまらないのです」と、瞳に熱い思いをにじませながらニコラスさんが言った。

 

 確かに前の稼ぎと合わせるとしばらくは遊んで暮らせるくらいは稼いでしまったし、表向きに今潜れる限界まで到達してしまっているだろう、個人的には13階で出没するという蜥蜴人(ラガ・ルノ)が気になるのだけれども。

 

 ガイドブックにはアーグロヘーラ大迷宮の最初の難関、近接戦闘にすぐれ魔法防御力の高い鱗に覆われた異形の戦士、経験の浅いうちは逃走方法を用意して挑むといい、と書いてある。

 

 いままで散々苦労させられた気がしたが最初の難関までたどり着いてなかったと思うと、好奇心が刺激された。

「13階の蜥蜴人(ラガ・ルノ)が気になるのだけど、見てみない?」と聞くとロペスが

「たしかにどのくらい強いか気になるな」と目を輝かせた。

 

「おい、お前ら、へらへらしてるが少し調子に乗り始めてないか?」とアンヘルさんに肩を掴まれた。

 へらへらなんか、とロペスが言おうとしていたので止めて首を振った。

 私もロペスもイレーネも調子に乗って緊張感をなくしていた。

 それでもピクニックかと言わないアンヘルの優しさを感じた。

 

 迷宮内で口角が上がっているという馬鹿さ加減を自覚し、上がっていた気分が落ち着いた。

「1体ならいいだろうが、複数出てきたらどうするんだ、オーガとちがうんだぞ」と、言われたしかに、と思い直す。

「これ以上進みたいならおれらはここで降りるからな」と言った。

「すみません、もう言いません」と言って頭を下げた。

 

 まだなにか言いたそうなロペスを隅っこに引きずっていった。

 思ったより落ち着いていて忘れていたが彼はまだ血気盛んな10代だった。

「最悪の事態を想像するとして、ロペス、近接戦闘がロペスより上で、私の魔法が効きづらい蜥蜴人(ラガ・ルノ)が、1体なら全力で戦って倒せばいいけど、2体出てきたらどうするつもり?」と聞いてみる。

 

「あのなんか強くなるやつを使えれば」と、食い下がってくる。

「なんで発動したかわからない効果を狙って、ぶっつけ本番? 本気?」というとぐっと言葉に詰まった。

 それに私もイレーネも今日のような強化をしたとしても、今度は近接戦闘能力が足りてないのだ。

 変に食い下がってくるロペスに妙にイライラした挙げ句、私もムキになって行きたければ1人でいけという言葉を寸前で飲み込む。

 本当に行ってしまったら後悔するのは私だ。

 

「カオルもあんまり追い詰めるものじゃないですよ」

「ロペスもそんなところまでアルベルトに似なくていいんですよ」とニコラスさんに諌められた。

 ロペスは似ていると不意打ちを突かれ、嬉しいような複雑な顔で私とニコラスさんを見比べた。

 

 心の中のザワザワしたものを押し殺して落ち着いた。

「切りもいいですし、今日はこのまま帰りましょう」ニコラスさんが手をパンと叩いて言った。

「アルベルトも勢いがついてくると中々帰りたがらなくて面倒なんですけどね、そのせいで骨を折ったので今度からはおとなしくなるといいのですが」

 というと、ロペスの顔が引き締まった。

 いい指導員を手に入れた。

 

 その様子を見ながら腰に手を当ててふんぬ、とため息を一気に吐き出して気持ちを切り替えた。

「カオル? 大丈夫?」とイレーネが恐る恐る聞いてきた。

「ん? 大丈夫だよ? なんで?」と聞くと

「なんかいつもと違って感情的になってたみたいだったから」と言っていたので

「そうだった? 疲れたのかな?」と言ったがそういえば私もムキになってたな、と思い出した。

 まあ、いいか、と思って帰り支度をして戻ってから分ける時間が取れるかわからないので、魔石と角を山分けした。

 その後、ニコラスさんが身体強化の祝福をかけて駆け足で帰還した。

 

 5階を通って4階に行く途中、楽しそうな叫び声と剣戟のような音が聞こえた。

 (イ・ヘロ)を消してみると、路地の向こうから(イ・ヘロ)の明かりが見えた。

「大丈夫です、おそらく同級生でしょう」と、ニコラスさんにいうと、気配を消して覗き込んだ。

 思ったとおりペドロ達と犬人(コボルト)が戦っていた。

 しかし、戦い方がおかしい、ペドロが片手剣を使ってまるでフェンシングの様に左手を背に回して楽しそうに戦っていたのだ。

「あれ、なんだと思います?」とアンヘルさんに聞くと、

「あれが士官候補生が煙たがられるやり方なんだが、楽に戦える所を見つけるとそこで遊び始めるんだよ」

 命がけで来てるハンター達にしてみれば、騒ぎながら戦うものだから魔物も集まって行ってしまうので、このフロアまでしか来れない駆け出しから慣れてきた頃のハンターは貴族のボンボンめ、と恨みをつのらせ煙たがられていく。

 

 なんかすみません、とアンヘルさんとニコラスさんに言って、ペドロ達を止めに行く。

 (イ・ヘロ)をかけ直して彼らに近づいていく。

「ここでアホみたいに騒いで楽に狩れるなら7階に行って洞窟の巨人(トロール)の魔石でも取りに行きなよ」

「カオルか、アホみたいとはなんだ、これでも新しい戦い方を模索中なんだ」と言い訳をした。

「だったら盾くらいもちなよ」と近づくと、1歩下がった。

 

 ん? と思い1歩近づくと、同じ距離だけ下がった。

「いや、その、すまないが」と言われて思い出した。

「そういえば5日くらいお風呂入ってなかったわ」

 汗まみれで、空気の流れの悪い場所で連泊、そりゃあ、臭いわ。

 

「とはいえ! ここが限界のハンター達もいるんだから、ちゃんと狩場を開けて戦い方の模索ができるくらい楽なら7階に行って強敵と戦って模索しなさいな!」

「でないと汗まみれで抱きつくよ!」とくわっと威嚇のポーズを取ると

 

「それはそれで」と言いかけたので睨みつけて黙らせ

「ほら、7階までのガイドブック貸してあげるから、行った行った」と追い払った。

 

「またせちゃってすみませんね」と言ってアンヘルさん達のもとへ戻った。

「カオル、いくら冗談でも淑女が抱きつくというのは」とロペスが小言を言おうとしていたので

「私は淑女じゃないからね」と言って今度はロペスを黙らせた。

「これでこそカオルよね」とイレーネは妙に納得し、大迷宮脱出に向けて走り出した。

 

 大迷宮を出たのは日が傾きかけてはいるがまだまだ明るい時間帯だった。



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癒やしの奇跡と強化の真髄

「出てくる時間的に、もう少し潜ってても良さそうでしたね」

 と、いうと

「迷宮内で野宿するのはどんなに寝ても回復しきれないから疲労がたまる前に出たほうがいいんだ」

 とアンヘルさんが言っていた。

 

「じゃあ、このままアルベルトさんの所にいきます?」

 と聞くと

「ありがたいがいいのか? 先に風呂入りたかったり」

 とアンヘルさんが気を使っていってくれた。

 

「ルイス教官に帰ったのを知られる前に

 さっさとアルベルトさんを祝福して部屋に引っ込んでいてもらいましょうよ」

 

「お前、言い方が」

 とロペスが呆れた声を出した。

 

「あたしは汚れたままで人と会うのは」

 とイレーネが言った。

「これが普通の反応だ」

 とロペスが言った。

 

「アルベルトさん達はベテランですからね、汚れた人に会うことなんてなんでもないでしょう、そうですよね」

 とニコラスさんに言うと

「まあ、そうですが」

 と答えたがなにか言いたそうにしていた。

 

 迷宮前からしばらく歩き、アーテーナの鉾の宿にたどり着いた。

「いやー疲れましたね、さっさと山分けしてお風呂に入りましょう」

 といいながら宿の階段をバタバタと駆け上がりアルベルトさんが療養中の部屋に向かった。

 

 アンヘルさんがダムダムとノックして部屋になだれ込んだ。

「なんだなんだ」

 と驚くアルベルトさんを放置して、現状を説明した。

 

「まさかそんなことが」

 と驚くアルベルトさん。

 アンヘルさんが得意げな顔をして(イ・ヘロ)を唱え、一瞬だけマッチのような明かりが灯り、魔力切れを起こしたアンヘルさんが座り込んだ。

 

「たしかに、魔法だったな」

 アルベルトさんが納得した。

「一瞬で魔力切れを起こすようですけどね」

 と付け加えた。

 

 迷宮内で話し合った療養の旅に出る設定を言い含め、これからすぐにでも旅にでもらう、という話をして、アルベルトさんに了承を得るが、失われた魔力と奇跡の話は伏せておいた。

「さ、さっそく祝福しましょうか!」

 と言ってアルベルトさんにかけようとすると、

「せっかくなので癒やしの奇跡にしてみてはいかがでしょうか」

 とニコラスさんが言った。

「いきなり治っちゃうような変な事になりませんよね、もうお腹いっぱいなんですけど」

 と文句を言うとニコラスさんの笑顔が固まった。

 

「強化の祝福は切れるまで時間がかかるので癒やしの方が都合がいいのですが、万が一骨折が治ってしまったら、折れたふりをしたまま旅にでるので大丈夫ですよ」

 

 こんな信用できない笑顔を見たのは初めてだ。

 しかし言うこともわかる。

「じゃあ、実験しましょうか」

 と、いうとニコラスさんは嬉しそうに祝詞を教えてくれた。

 

 ニコラスさんと一緒に祝詞を上げると、アルベルトさんの折れた腕を光が包み、癒やしの奇跡が発現した。

「ニコラスだけでの癒やしより痛みが和らぐな、2人でかけたからか?」

 と言ってギプスの上から腕をさすった。

 

「では明日にでも療養の旅に出るとしましょう」

 とニコラスさんが言った。

「ご迷惑おかけします、ありがとうございます」

 とニコラスさんにお礼を言うと私達の宿に戻ることした。

 

 牛頭(ミノタウロス)の角は嵩張るのでアーテーナの鉾に引き取ってもらったので私達のリュックに入っているのは魔石だらけだ。

 あまり揺らすと魔石同士がぶつかってかけて価値が落ちるんじゃないかと今更ながら心配しながら宿ロヴェルジャへ戻った。

「そろそろファラスへ戻れるかな」

 荷物を置くと、イレーネが心細そうに呟いた。

「ルイス教官に聞いてみないとね」

 

 先に入るよ、と言ってシャワーを浴びた。

 髪の毛が伸びすぎて汚れすぎて洗っても洗っても泡立たない。

 ショートくらいまで切ってしまおうか。

 ここに来た時は肩くらいの長さだった髪の毛は背中の真ん中くらいまで伸びていた。

 

 ちょっとおなか痛いかもしれない。

 冷えたかなとおもい、早めにあがらなくては、とビネガーを薄めたお湯をかぶって体を洗い、これも中々泡立たなくて苦労したけれどもなんとか洗い終えてシャワー室を後にした。

 

 熱風(アレ・カエンテ)で全身を乾かしながらイレーネに空いたよ、と告げるとイレーネはいそいそとシャワー室に向かった。

 

 汚れた制服を畳んで私服を着た。

 ここには洗濯サービスはないらしい。

 

 帰る理由がなくなったと思ったら、もう向こうのことを思い出すこともなくなってしまった。

 

 魔力がある持つ側にいるから楽で楽しい生活なんだろうけども、持たざる側に回っていたら泥水をすする様な貧乏生活か想像はしたくないが、色々不本意なことになっていたはず。

 

 晩御飯の時間には早いがなにかするには遅い時間なので仮眠を取ることにしてベッドに大の字で倒れ込んだ。

 仮眠するといって仮眠になったことなんて1度もないけど。

 

 意識が戻ったのは寝てからどれくらいたったか。

 ドアがダムダムとノックされた音で目が覚めるとイレーネの顔が目の前にあって驚いた。

 なんと勝手に私の腕を枕に使って寝ていたのに起きない自分すごいな、とちょっと笑った。

 イレーネを起こしながらドアを開けるとロペスが立っていた。

「おや、晩御飯かい?」

 と、聞くと

「それもあるが、もう少ししたらだ。それ以外があるらしいからイレーネと来てくれ」

 と言っていた。

 

 身体強化なしだとイレーネがいくら軽いと言っても限界はあるので、強化しながらイレーネに肩を貸して無理やり連れて行った。

 うめきながら自動的に歩くイレーネを連れてロビーの奥の方に座るルイス教官が目に入った。

 ロペスはレディに気軽に触れられないというので私1人で連れて行ったので結構疲れた。

 

「お1人でどうしたんですか」

 と向かいに座ると

「ペドロたちが戻ってこないんだが何か知ってるか?」

 といって、手をあげてウェイトレスを呼んだ。

「まだ1日目の夜でしょう? 心配するほどです?」

 と聞くと

「あいつら基本日帰りだからな」

 といってウェイトレスからビールを受け取って3、とジェスチャーをした。

 

「あんまり酷かったんでガイドブック押しつけて7階に行かせましたよ」

 ことの顛末を説明した。

 私たちが盛り上がりすぎてアンヘルさんに怒られた話はしない。

 私はアンフェアなやつなのだ。

 

「なるほど、それはひどいな」

 と、いって苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 で、といって私の顔をみた。

 

「今回はなんかやらかさなかったか」

 ニヤリとしてそういうとウェイトレスが私たちの分のビールを持ってきた。

「なぜそう思うか聞いてもいいですか」

 憮然としていうと

「ここ最近は目を離すとなんかやらかすし、お前もイレーネも魔力の成長が著しいからな、そういう時は色々あるんだ」

 単純に気にかけてくれていただけだった。

 

 警戒してしまって申し訳ない、と思いつつイレーネと発現した不思議な強化について聞いた。

「やっぱりやってたな」

 嬉しそうに言った。

 

「なんでそんなにうれしそうなんですか」

「まあ、そんなにらむなよ、喜んでんだからな」

 はあ、と返事をすると

「それは来年やる予定の合唱魔法といってな、2人以上で唱えて魔力を混ぜて練り上げると効果が上がるんだ、だが重さは別の話しだ」

 ほう! と身を乗り出して聞く体勢になると

「身体強化の神髄と言われていてな、できる奴はできるけどできない奴はとことんできん。

 騎士身分の中でも上級騎士になる者は全員できる。」

 おれはできんから教えられんからな、と付け加えて笑った。

 結局、なぜ真髄に到達したのかはわからないままだった。

 

「じゃあ、自由にできるようになれば2人で1人の上級騎士になりますね」

「できるようになるなら1人でできるようになってくれ」

 あきれた表情でルイス教官が言った。

 

「ペドロ達も変なことに巻き込まれたのかと思って呼び出しただけだから飯でも食うといい」

 と言ってウェイトレスを呼んだ。

 心配症ですね、というと

「引率ってこともあるが、お前、そういう所に疎いがやつらも跡取りじゃないとはいえ、貴族の子女だからな」

「あ、あー、確かにそうですね、さっぱりすっかり忘れてました」

「ある程度は仕方ないとはいえ言い訳できるくらいの状況じゃないとおれも困るんだよ」

 と、怪我等の万が一の事態は特に問題がないと恐ろしいことを言っていた。

 

 来た時は夕飯には少し早いかな、というタイミングだったので呼んだウェイトレスにイレーネと一緒にお腹にたまるおすすめの物を、と頼んだ。

 いつのまにか目が覚めてビールを飲んでいたイレーネにいつ目が覚めたのか聞いてみたら、2人で1人の上級騎士の辺りだと言っていた。

「ほとんど聞いてなかったね」

 というと、

「後で教えてね」

 と言って残りのビールを飲み干した。

 

 晩ごはんを食べ終え、すっかり夜の帳も降りて宿の1階の食堂はハンター達が集まる飲み屋になった。

 装備を解いたハンター達が集まりガヤガヤと賑やかになった。

「今日は迷宮内で野営するんですかね」

 と、真っ赤な顔をしたルイス教官に聞いてみた。

 最近わかったが彼は飲む割に強くないらしい。

「さあな、それより飯持って行ってんのか?」

 と、興味なさげに言った。

 その言葉に嫌な予感がしてロペスの方を見るとロペスも同じことを考えていそうだったが、私もロペスも、もちろんイレーネも結構な量の酒を飲んでしまったので今すぐ行くぞ!ということはできない。

「どうでしょうね、水は飲めるでしょうから心配しなくてもいいかもしれませんね」

 ということにした。

「起きた時に帰ってきてなかったら気にしよう」

 ロペスとそう申し合わせて今日はペドロ達のことは忘れて普通に飲むことにした。

 我ながら酷いと思うが、もう飲んでしまったので今更気にしてもしょうがない。

 

 そして酔っ払った他のハンター達がテーブルの上に登り、吟遊詩人の歌にあわせてテーブルからテーブルに飛び回って踊り周り、料理を蹴散らされたハンターとの殴り合いが始まってしまった。

 酔いつぶれたルイス教官を放置してふにゃふにゃのイレーネに自分の分のビールをもたせて私はビールとつまみの腸詰めを持ってロペスの部屋で飲み直すことにした。

 二日酔いポーションを一口飲んだイレーネがちょっと復活した所で久々にトランプで遊んで夜は更けていった。



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装備の新調と男の社会と

 二日酔いポーションを飲んで寝たので早朝にばっちり目が覚めた。

 イレーネに声をかけて朝食のために1階に降りた。

 

 黒く硬いパンをスープに浸して食べる。

 味噌玉のようなものを持ち歩ければ外でもスープが作れるのに。

 味噌の作り方なんて原料くらいしかしらないから誰かにどうにかしてほしいとおまかせしたい。

 帰りたくなるほどではないけれども、もう少し食文化が豊かにならないかなぁとは思う。

 いや、昔定食があると聞いたな、もしかしたら味噌はあるのかもしれない。

 もっとも味噌玉の言葉しかしらないので味噌があっても作り方は知らないのだけど。

 

 朝食を取り終え、紅茶とクッキーを頼んでだれかこないかな、と待ってみた。

 イレーネの起動には時間がかかりそうだし、と思い、同じ飲んだくれのルイス教官も潰れていることだろう。

 二日酔いポーションを飲むのは邪道らしいので滅多に飲まないんだそうだ。

 

 空になったティーカップに(アグーラ)で少し水を出して、あの薬を飲んだ。

 いやー、一心地ついた、とリラックスしていると一つ思い出したことがあった。

 

 制服が汗でべったべたに汚れたままだった。

 慌てて部屋に戻り、シャワー室で石鹸をこすりつけてガシャガシャと踏みつけまくり、3回洗って2回すすいだ所でやっと綺麗になった。

 熱風(アレ・カエンテ)を少し強めに出して部屋の中でバサバサと振り回したりして慌てて乾かした。

 部屋の中で乾かそうと暴れているとイレーネがもぞもぞと動き始めたので起こしてしまったか、と思っていると

「カオルー…、薬ない?」

 と、芋虫イレーネが首だけだしてベッドの上でもぞもぞとうごめいた。

「あるよ、ちょっとまってね」

 ポケットから薬が入った小瓶を取り出し(アグーラ)を入れたマグカップと一緒に渡した。

 

「ありがとう」

 コップを受け取って一気に飲み干した。 

「ちょっと今日は無理そう」

「じゃあ、パンとスープ持ってくるね」

 そう言ってベッドに潜ったのを確認して乾きたての制服に着替えてから

 イレーネの朝食を持ってきてテーブルに置いておいた。

 

 しょうがないので1人で宿の食堂の隅っこの方で紅茶を飲んで時間を潰した。

「こんなところでなにしてんだ」

 ロペスが向かいに座った。

「ペドロ達が帰ってくるのを監視しつつ体調を崩したイレーネの邪魔にならないように表にでてるしかなくてこうして紅茶を飲んで時間を潰しているのさ」

 と、答えた。

「難儀なやつだな、どうする? 迎えに行ってみるか?」

 いつでも行けるのかそんな事を言った。

「朝ごはんは?」

 と、聞くとまだだ、と言って注文しに行った。

 

 ロペスの朝食を、食べるの早いなぁと思いながら見守り、食べ終わったロペスは待たせたな! と言って立ち上がった。

 

 ロペスと一緒に早足でアーグロヘーラ大迷宮前へ向かった。

 途中で食べるものがないかもしれないからなんか買っていこうか、と3日分くらいの硬パンを4人分買ってリュックにしまった。

 

「魔法がある我々には必要ないと思っていたよ、だが12階より先に進むんだったら入ったほうがいいかな」

 保険会社のパンフレットを受け取ったロペスが言った。

 

「保険なんて怪我して治療中働けなくなったりしたときのためのものだから、再起不能の怪我はそのままだし死んでもお金が届くだけだからね、意味があるかどうかは怪我の程度と養うメンバーがいるかどうかだね」

 というと、詳しいな、と感心した。

「さあて、入りましょうか」

 と言っていつもどおりに(イ・ヘロ)を使って汗をかかない程度に早足で7階に向かった。

 

 5階に差し掛かった時に聞き覚えのある声が聞こえた。

 ロペスと顔を見合わせて声のもとへ向かった。

 

 声のもとへたどり着くと、思った通りの光景が広がっていた。

 相手は鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)だったけれども。

「何してんの」

 私が力なく声をかけてみると

「カオルに聞いたとおりに洞窟の巨人(トロール)炎の矢(フェゴ・エクハ)で倒せるようになったから8階で牛頭(ミノタウロス)と戦ってみたんだが、1対1だと歯が立たなくてな、かと言って全員でかかっても体力的にきつい、ということで洞窟の巨人(トロール)だけを倒そうと思ったら魔力の消費が多くて辛いし、たまに石人形(ゴーレム)も出るから気を張る必要もあって、それで夜になってから邪魔にならないかな、と思って鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)で訓練と資金稼ぎをしてもいいんじゃないかと」

 ペドロとルディがあたふたと言い訳しているロペス達を見ると脱力感が全身を襲った。

 

「なんで1日で諦めて帰ってこなかったの?」

「7階に行くって言ったからすぐ逃げ帰ったと思われるかと思って」

 と言って目をそらした。

 

 まあ、プライドもあるか、あまりそこを攻めるのもかわいそうか。

 

「予定にないことをするなら伝言してよね」

 というと、あぁ、すまないなと答えた。

 

「じゃあ、おれ達は帰るから、パンは適当に食ってきてくれ」

 と言ってロペスがフリオにパンを渡していたのでついでに5級のポーションを1本渡して帰還した。

 

 ペドロ達の所在を確認して表に出てきたがまだ太陽はまだてっぺんまで登っていなかった。

 山分けした魔石はここで売っても安く買い叩かれてしまうので前回同様にファラスに持って帰ってから換金する。

 

 ハンターが多く、商機を求めてやってきた商人もたくさんいるので、質のいい武器とかもありそう、と思いついた。

 最近はやっぱり武器でも買ったほうがいいかなと思い始めたのだ。

 ヌリカベスティックだけでは致命傷を与えづらいので戦闘時間だけが無駄に延びていくという欠点についてついに目を向ける覚悟ができた。

 

 刃が通らない場合に打撃を使うにしても、ただの金属棒は重さがたりないので打撃攻撃をしたい場合はバトルハンマーの様な専用武器の方が効率がいい。

 ただ、壁を出すのはいい機能だと思っているのでこれからも使っていきたい。

 

 と、いう話をロペスにして武器を扱っている店か鍛冶屋を目指した。

 迷宮入り口に近い所にある普通の木造2階建ての武器と防具を扱う店に入り、商品を見て回った。

 

 ナタより短くナイフより長い短剣は両手で持てないので重い一撃は耐えられなさそうで怖いのでなし。

 ツーハンデッドソードは身体強化をかけると持てるが、長くて取り回しがしづらそうだ。

 身体強化をかけた状態で長めの短剣からショートソードに細身の片手剣、鉄の棒にトゲトゲの玉がついたモーニングスター、バスタードソードにツーハンデッドソード、ハルバートにバトルハンマーと、一通り振り回してみたがしっくり来なかった。

「わからん」

 と、ロペスにいうと、あまり派手に目立つなよ、と呆れられた。

「ますますわからん」

 と周りを見回すと、店主のひげのおじさんが目を剥いてかろうじて動揺を隠していた。

 

 ちょっと気まずい思いをしながらひげのおじさんに聞いた。

「すみません、手甲がほしいのですが」

「うちにそんな小さいサイズの防具はないな」と断られた。

「そうですか、すみません」

 と店を後にした。

 この体は!なんで!こんなに小さいんだ!

 憤りを表に出してもロペスに八つ当たりにしかならないからぐっと押し込めて蓋をした。

 

 サイズがないというのであれば仕方がない、直接オーダーメイドで注文するしかない。

 

 鍛冶職人は槌の音がうるさいことと、設備の移動にコストがかかるので商人と違ってフットワーク軽く引っ越しすることができない。

 やっとの思いで工房を畳んでやって来た頃には迷宮前や表通りのいい場所は全て埋まってしまってるため、思った場所に店を出せない。

 そのために、迷宮の入り口から離れた所で職人達が固まって工房を建て、職人区画というような地域になっていた。

 

 一番近くにあった大きな工房に入ると、なぜかロペスにだけ話しかけられた。

 私が要望を出すと、ロペスに返事をし、ロペスが「だ、そうだ」という謎の会話がなされ、会話には参加しているけれども無視されているという不思議な状況にイライラが募る。

「もういいです、お邪魔しました!」

 そう言って私は踵を返した。

 



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世の理不尽と採寸

「なんだあれ! ねえ! 私隠匿魔法使ってた!?」

 感情のままにロペスに苛立ちを吐き出した。

 結局、ロペスに八つ当たりしてしまった。

 

「そうだな、今の店では面食らってしまったが次からはおれは関係ないっていうよ」

 と言ってくれたのでひとまずは振り上げた拳を下げることにした。

 

 隣の鍛冶職人の工房に入り、受付に防具を作ってもらいたい、と私がいうと

 やはり一旦ロペスの方を見てから私の対応を始め、

「おれは関係ないから彼女から話を聞いてくれ」

 とまるで丸投げしたような言い方で私から離れて工房内を見て回るが、早々に飽きて私の後ろにやってきた。

 工房の既製品よりどんな物を作るのか興味があるらしい。

 

 詳細な仕様を詰めようとするとやはりロペスに許可を取るような話し方になり、もういいです。

 と言って、店をでた。

「私は透明人間か! だんだん消えていくのか!」

「人間は透明じゃないぞ、そっちの世界には随分変なのがいるんだな」

 絶望の限りを叫み、もうやだこの体!とじたんだを踏んだ。 

 ロペスは冷静だった。

 

 その後いくつか順番に入ってみたが、どこにいってもそういう扱いで疲れ果てた。

「時間、無駄に使わせて悪いね」

 と、言うといい笑顔で答えてくれた。

「好きでやってることだから大丈夫さ」

 

 いけ好かなそうな受付がいる工房に入らないようにして工房を探していたらとうとう端で外側に近いこぢんまりとした工房まで来てしまった。

 中を覗いてみると赤子を抱いた女の人が暇そうに受付に座っていた。

 

 女の人ならあるいは、と思い

「ここにしよう」

 と、ロペスに言った。

 

「ずいぶん小さいし、暇そうにしてる工房だがいいのか」

「背に腹は変えられないからね」

 

 ごめんくださーいと言って工房に入ると暇そうに赤子をあやしていた女の人が営業スマイルで迎えてくれた。

 

 こういう手甲がほしいのですが、という話をするとやはり一旦ロペス経由で確認された。

 そしてロペスがおれが使うわけじゃないから直接聞いてくれと言ってもなんだかロペスに気を使った様な接客がされ、がっかりして帰ろうと思った時だった。

「おまえなにしてんだ!」

 と、怒号が響き渡った。

 

「客を間違えるな!嬢ちゃんが使うものを坊主に聞いてどうする!」

 当たり前といえば当たり前のことなのだが。

「ちょっとすまんね」と奥さんらしき受付の女の人を引っ張っていき奥で言い争いをしていた。

 

 奥から女がでしゃばるなんてとか色々聞こえるのをロペスと見合わせてお互い苦笑いで聞きつつ待った。

 

「すまんな、あいつは奥に引っ込めたから注文を聞かせてくれ」

 と言って椅子を出してきた。

「ぼ、あんちゃんの方はなんもないんだな?」

 と確認し、ロペスは頷いて

「暇だからついてきただけだ」

 と、言った。

 

「そうか、じゃあどんなものがほしいか言ってくれ」

 と言って、私の目を見た。

 

「助かります」

 内側に強い革を使って指の根元から肘のあたりまでの指出しグローブに手甲を付けたような、と概要を伝えた。

 

 指は自由に動かせるようにしてほしい。

 手首の可動はある程度犠牲になってもいい。

 他の工房だとたったこれだけのために革の素材とか手甲の厚みとかいちいちロペス経由で聞いてきて、いや、忘れよう。

 

 そして工房の中を案内してもらって金属部分の厚みや加工を指定した。

 両手分の注文をして、普通の対応なんだけど、良くしてくれた店主に追加注文をした。

「内側に革を張ったチェインメイルなんてありますかね?」

「聞いたことがないが作れるぞ、だが蒸れそうだな」

「レザーアーマーだと思えば、まあしょうがないですね」

「じゃあ、採寸だな」

 と言って、生活感あふれるダイニングに案内された。

 

「おい、採寸だ、終わったら声かけてくれ」

 と、言うと私を置いて表に出ていった。

 

「女の子なのにハンターやってるのかい?」

「士官学校生なんですよ」

 と、半裸に剥かれながら答えると

 

「ご令嬢様ですのね、この通り学もない身ですからご無礼があったらすみません」

 と、緊張して言った。 

 

「緊張しなくても大丈夫ですよ、私は魔力があると言われただけの平民です、貴族はあっちですよ」

 と親指でロペスがいる方を示すと心配そうに扉の向こうを見た。

 扉の向こうから何を言っているかわからないが、店主の声が聞こえていた。

 

「心配ないですよ、いいやつですから」

 と言って、手を広げて足を肩幅に開いた。

 

 首とか肩、腕上、腕下と書いてある布を一巻きされ、布を針で止めた。

 メジャーがあれば図ってメモをするだけなのに面倒なことだ、と思いながら作業を見守った。

 背中やら肩やら取り終わって、服を着直した。

 

 店の方にでると、ロペスが身体強化をかけて大ぶりのグレートソードを振り回して見せて店主のおじさんが大喜びしていた。

 

「さすがに重いですね!」

 と、楽しげに言って棚に立て掛けた。

 

「お、嬢ちゃんの方の採寸も終わったか、武器もほしいんだったよな」

 そう言って自分の店の商品を眺めて

「これなんてどうだ、重心が手元にあるから断つ力はでかい剣ほどじゃないが遠心力で斬れるから取り回しがしやすい」

 竹刀よりいくらか柄の短い両手剣を渡された。

 

「ちゃんと鍛造だからよく切れるが剣身の根本は刃を潰して固くしてあるから受ける場合はここで受けるんだ」

 そう言ってロペスに模造刀を渡すと軽く打ち込ませたものを受けてみせた。

 

 振ってみるとたしかに手元に重心があるので振り回される感じがしないので振り回してみると楽しくなってくる。

 身体強化をかければ片手でも両手でも運用できそうなのでちょうどいい長さかもしれない。

「これもらいます」

 と言って値段を聞くと鞘とセットで銀貨20枚だった、安物ショートソードと違ってちゃんとした値段だ! と驚いた。

 

「あとはチェインメイルと革の加工で金貨1と銀貨20、手甲は2つで金貨2って所だな、前金で納期は1ヶ月半後だ」

 すこし質の悪い紙に内訳を書いて良ければサインを書いてくれと紙を差し出した。

 控えとかないよねー、と思ってると、サインの箇所になにか書いて私の名前を上下で分かれるように切り取って受け取り証だ、と言って渡された。

「え? 無くしそうですね」

 というと、

「あー、拠点ここにあるわけじゃねえんだもんな、ま、嬢ちゃんならなくてもわかるから大丈夫だ」

 といってがははと笑った。

 

 そろそろ嬢ちゃん呼ばわりをやめてほしいのだが、代わりになんと言ってもらえば自分が満足するのかわからないので我慢した。

 ジョー・チャンなんてどうだろうと一瞬頭をよぎったがなかったことにした。

 

「じゃあ、よろしくおねがいします」

 と剣だけ受け取って鍛冶職人の工房を後にして表通りに着くと、もう夕方になっていた。

 

「悪いね、こんな夕方まで付き合ってもらっちゃって、なにか食べて帰ろうか、お礼におごるよ」

 というと、そうか? と言ってそんなに高くないパスタ料理の店を指定した。

 

 注文したものを待っている間、ロペスに

「剣を買ったんだからこれからは剣の練習をしないとな」

 と、言われ、そりゃあそうだよな、とげんなりした。

 

 ひき肉にタタンプの紫色の野菜の汁が絡まったあまり美味しい感じがしない色のペンネが出されて、うえっと思ったが食べてみたら普通にトマト味だったので美味しかった。

 ささっと食事を済ませて表に出ると日も落ちかけていて、夕日はつい私達の足を急がせた。

 

 宿に戻ると、そろそろ迷宮から帰ったハンターたちが夕食と晩酌をしに来る頃だった。

 見回してみてもルイス教官をはじめだれもいないので部屋に帰ることにした。

 イレーネはまだ寝てるかもしれないと、ゆっくり開けると中で薄手のセーターとスカートを履いたイレーネが1人で食事をとっている所だった。

「元気? 大丈夫?」

 と、聞くとスープを飲んでいたイレーネがスプーンを咥えたまま頷いた。

 テーブルマナーはどこかに忘れてきたようだ。

 

「今日は久々にしんどかったよー、カオルのおかげで助かった」

 ありがとう、と頭を下げた。

 

「役に立ててよかったよ」

 と言って、向かいに座ると

「カオルの晩御飯は?」

 と、聞かれたので昼間はずっと鍛冶職人の工房を回って腹立たしい思いをした! という話を訴えた。

「その後食べてきたから食べたばかりなんだ」

 

「まあ、こっちだとそうだよね。

 あたしのドレスを買いに行ったときもね、レースとフリルの数をあたしじゃなくてお父様に聞くのよ」

 と、思い出して笑っていた。

 

「貴族相手でもハンター相手でも一緒なんだね、さすがに使う人に直接聞いてほしいよ」

 そう言ってイレーネに食後の紅茶を出してあげた。

 

「カオルのいた所はちゃんと使う人に聞いてくれてたんだね」

 と聞かれ、服屋では逆に私が放置されたことを思い出した。

「服屋だと彼氏は放置で店員と彼女が盛り上がるのが常だね」

 と、答えるといいなぁと羨ましがっていた。

 

「でも私はこっちのほうがいいな、イレーネもいるし、ロペスもいるしさ、社会制度は変えることができるけど友達はできないからね」

 というと、可愛そうな人を見る目で見られた。



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友の負傷と試し斬り

 ダムダムとノックの音が響き

「いるか!」

「いますよ、どうしましたか」

 とルイス教官の声がしたのでドアを開けながら答えた。

 

 切羽詰まった表情で口を開いた。

「ニコラスさん知らんか、ペドロが骨を折った、後遺症が残るようなもんじゃないがなるべく早く治したい」

 

「え! 大丈夫なんですか! ニコラスさん達とは昨日別れたっきりでしりませんけど、昨日の帰り際、5級の飲み薬(ポーション)渡しましたけど、それで治らないくらい酷いんです?」

 

 と、答えると

「5級だとあまり深いキズは治せないが、なかったら迷宮内で死んでたな、いい機転だった。」

 なんとなく渡した飲み薬(ポーション)が命を救ったということにほっとした。

 

「気が向いて渡したのが良かったですね、そういえば、アルベルトさんの治療のためにニコラスさんの故郷で治療すると言っていたのでもういないかもしれません」

 と、表向きの理由(カバーストーリー)を話した。

 

 余談だが、その頃アーテーナの鉾は迷宮内での稼ぎと戦士(グエーラ)の報酬を使って速度の早い船に乗っていた。

 大型の風の魔道具が積載してあり、魔石を使ってどんな凪でも船が全速力で進むようになっている。

 自然の風と魔法の風がぶつかり合い、普通の船より揺れる船内の2等室でアーテーナの鉾は(イ・ヘロ)を使っては目眩(めまい)を起こすという作業を繰り返していた。

 

 

 ルイス教官がガリガリと頭をかきむしりながら言った。

「そうか、じゃあしょうがない、医者に連れて行くか」

 奇跡ですませる予定だったのか、

「ニコラスさんはまだそこまでの癒やし使えませんよ、アルベルトさんも折れたままだったですよね」

 というと、そういえばそうだった、とトボトボとどこかに行った。

 

「ペドロ無理しちゃったのかな」

 イレーネが心配そうに言った。

 

「ちょっと煽っちゃったからムキになって行ったのかもしれない」

 ちょっと責任を感じた。

 ちょっとだけ。

 

「昨日のあれかあ、まあ、あれはしょうがないよ」

「いや、今日もね」

 と、今日の5階での話をすると、

「だめだと思ったら帰ってくればいいのにね」

 それができないから怪我をするんだろうね。と自分を戒めようと思った。

 

「とりあえずお見舞いいこうよ」

 と、立ち上がった。

 二人で部屋の外に出ると、とりあえずロビーに向かった。

 

 すっかり出来上がったハンターたちの中に友達の姿を探したがいくらなんでもいなかった。

 部屋かな? と今度は2階に上がってロペスの部屋を訪ねた。

 

 ノックすると、今開ける、と言ってロペスが出てきた。

「ペドロはどこに行ったか知ってる?」

「医者だが」

「場所は?」

「しらんが、ちょっとまってくれ、ルディ、ペドロの病院はどこだ」

 奥に向かって声をかけた。

 

「ルイス教官が連れてったから場所までは聞いてない」

 と聞こえた。

「だ、そうだ」

 

「じゃあ、しょうがないね」

 と、言って部屋に戻ろうとするとイレーネが心配そうに部屋を覗き込んで言った。

 

「そうね、でもルディ達は晩ごはん食べたの?」

 覗き込んだ先でベッドに座り込んだルディが背を向けたまま(かぶり)を振った。

 

「怪我がないなら気が乗らなくても食べたほうがいいよ」

 イレーネが中に入ってルディの肩を抱えて立ち上がらせた。

 ルディは抵抗することなくイレーネに動かされるままにロビーに連れられてきた。

 

 芋とペンネの炒めものと腸詰めの炒め物、野菜スティック、大量の豆類とビールが4つ並んだ。

「けが人は出たかもしれないけど、皆無事でよかった」

 と、ロペスが言ってジョッキを軽くあげた。

 ルディは目を伏せ軽くジョッキを上げて答えた。

 

 沈んだ気持ちでちびちびとビールを飲むルディを見守っていると、

「最後に2人ずつ組んで牛頭(ミノタウロス)と戦おうとペドロが言い出したんだ」

 と、ぽつりと零した。

 

「ラウルとフリオは乗り気じゃなかったけどね、だから見てるだけでもいいからって引っ張っていってさ」

 自嘲的に笑った。

 

「で、ペドロと2人で牛頭(ミノタウロス)と戦った時に目の前にしたら思ったよりでかくてさ、びびっちゃって」

 両手で握るジョッキに力がこもった。

 

「僕を、かばってペドロが…」

 そう言って俯いた。

 

龍鱗(コン・カーラ)がかかってたし、飲み薬(ポーション)があったおかげで後遺症残らないらしいから改めてお礼をいうといいよ」

 と、言ってイレーネが慰めていた。

 

 小さく頷いたルディは残りのビールを一気に流し込むとジョッキをテーブルに置いて少し悔しそうな表情をした後、そうだね、と呟いて、ありがとう。と言った。

 

 少し明るくなったルディにその後も飲ませ続け色々喋らせた結果、でかいものが怖いのは父親の体も声もでかくてしごかれ続けたからだということがわかり、心の傷になるほど怖いのなら慣れるまで牛頭(ミノタウロス)と戦わせるか、と言うと泣きそうな顔をした。

 

 次の日、頭痛を訴えるルディに残り少ない二日酔いの飲み薬(ポーション)を分け与えてペドロのお見舞いに行った。

「僕のせいですまない」

 大迷宮の入り口を背にメインストリートから2本裏通りに入った所にある木造3階建ての診療所の3階、2人部屋に入院するペドロの顔を見た瞬間にルディが頭を下げた。

 

「怪我がないようで良かった」

 うめき声を上げながらベッドから起き上がったペドロが笑顔で言った。

 

「謝る前にお礼言わなきゃ」

 とイレーネが耳打ちした。

 

 ルディはイレーネの方をちらり、と見て頷いた。

「おかげで無傷だ、ありがとう」

 そう言って右手で握手をしようと手を上げかけてから左手を差し出した。

 ペドロは嬉しそうに左手で答えると

「ファラスに戻るのが遅れてしまうな、すまない」

 と表情を曇らせた。

 

「それこそ僕のせいだ」

 とルディが言った。

 

 これは終わらないやつだな、と思い

「どっちも責任でもあるし、どっちの責任でもないよ」

 と口を挟んだ。

 

 振り向いたルディが

「5級の飲み薬(ポーション)を持っていたカオルは骨折が治せる様な飲み薬(ポーション)は持っていないのか」

 と、すがるような目で見る。

 

「たまたま買ったやつだからね、すぐ作れますか?」

 とルイス教官に聞いてみる。

 

「無理だ、そこまでいくと薬師の仕事になるからな、高等魔法学校に行って覚える範囲だ」

 と、手をひらひらさせた。

 

「まあ、まだ戦士(グエーラ)がウロウロしているらしいからゆっくり治すといい」

 そう言って全員で宿に帰ることにした。

 

 ファラスの方で討伐もしている様だが、ゲリラ的に現れては逃げるを繰り返すので状況は芳しくないらしい。

 おまけに今まではファラスとアーグロヘーラ大迷宮、もしくはファラスとデルゴルガ要塞を主としてゲリラ活動が行われていたのが、西の港町、ティセロスと中継都市のククルゴの間、ククルゴとファラスの間でも出没するようになり、ファラスの騎士の上層部を悩ませていた。

 

「そういえば、宿泊費用って大丈夫なんですか」

 と、思いついたので聞いてみるといい笑顔で言った。

 

「国に直接請求するようにしてある」

 だから少しいい宿なんですね、と心の中で呟いた。

 

 学校がないからって遊んでるんじゃないぞ、とルイス教官がいうが、ラウルとフリオは心が折れてしまったのか、しばらくは潜りたくない、といっていた。

 

 大迷宮に潜るためにできた町なので、できることは寝るか飲むか迷宮に行くくらいしかない。

 最近になってやっと夜に吟遊詩人が出てきて歌を聞いたり神話やら英雄譚やら他の街で起こっている面白いことやらを聞かせてくれるようになったようだ。

 

 今ホットな話題は街道を占拠して恫喝する異国の戦士という聞き覚えがある話だった。

 今は子供の戦士を探しているわけでもなさそうで、道行く商人に絡んでは数日分の食料を略奪しているらしい。

 もうただの嫌がらせとしか思えない。

 

 ソロになってしまったルディを連れて9階にでも行こうか、とロペスとイレーネと相談していると、あまり潜ってばかりいても知らないうちにたまる疲労は生存率に関わるからカオルたちが休暇を取るべきだ、とルディが言い訳をするので牛頭(ミノタウロス)と戦う決心が着くまで2、3日休暇という名の猶予を与えてあげることにした。

 

 ルディのことは置いておいて、ロペスとイレーネと一緒に休暇を取れ、と言われてしまっているので

 やることがないと不満を漏らしつつだらだらと過ごしたり飲みに行ったりして過ごした。

 

 3日後、ルディを捕らえたロペスと4人で迷宮に向かった。

 滞在予定3日、食料は4日分、全員がマグカップを買って準備万端!

 一気に9階まで突入した。

 

 ロペスが先頭に立ち、イレーネ、ルディ、私の順番で進んでいく。

 光源が4人ともなると暗い迷宮も危険な場所とは思えないくらい煌々と取らされていた。

 

 壁際に寄って殿を歩きながら抜身の剣を構えたまま歩くルディの横顔を見てみると緊張で引きつっていた。

 

「来たぞ、やれるか」

 ロペスが言うと、ルディがビクッと固まった。

 

「じゃあ、最初は私がやろうか」

 新しく買った剣の使い心地を試すために龍鱗(コン・カーラ)鋭刃(アス・パーダ)をかけて前に出た。

 身体強化と魔法さえ使っていれば多少まずいことがあっても大丈夫だろう。

 

 見上げるような大きさの牛の頭を持った怪物は今の私と同じくらいの大きさの柄の長い戦斧を構えていたが、私が前に出ると肩から力を抜いた。

 

 あからさまに格下に見られるとそれはそれで腹が立つな、と思いながらちょっとおもしろかった。

 腹立ち紛れに一度かけた身体強化を再度、より強くかけて背中に背負った剣に手をかけ勢いよく引き抜いた。

 

 買った剣が腕より長くて鞘から抜けないという想定外の事態が起きた。

 

 ロペスとイレーネは笑い転げる声がした。

 羞恥により頭に血が登ってくるのを感じるが努めて冷静に対処し、引き抜く途中の剣を出したまま、お辞儀をして剣を地面に落としてから拾って構えた。

 

 なんだか牛頭(ミノタウロス)も力が抜けてしまっている気がするが格下に見てくれているなら危うげなく戦うことができるだろう。

 と、自分に負け惜しみを言った。

 

 すり足風のステップで前後左右に動いたりしてみて機会を伺ってみる。

 一瞬強く踏み込み、大きくステップバックしたりを繰り返していると攻めあぐねた牛頭(ミノタウロス)はイライラするように強く鼻息を吐いた。

 

 大きく踏み込むような動きをフェイントにして小さく踏み込むと、怒りに任せた戦斧の大振りの一撃を虚空に放った。

 空振りした戦斧は地面を強かに打ち付けて背中をがら空きにした。

 私は1歩牛頭(ミノタウロス)の背中側に回ると全力で剣を振り下ろし、牛頭(ミノタウロス)の背骨ごと背中を切り裂いた。

 

「後の先に回るとさすがだな、剣が抜けない時はどうなるかと思ったが」

 と言って笑いをこらえきれずにわはははは! と笑って膝を叩いた。

 

「うるさいぞ!」

 肩から鞘を外して剣を収めて

「次はルディだからな!」

 というと冷水をかけられたようにルディの顔から笑顔が消えた。

 

「私でもできるんだからちゃんと身体強化に魔力をかけられればルディだってできるよ、今だって笑えてたしサポートするから頑張って」

 そういってルディの肩をバシバシ叩いて気分をほぐそうとしたがよほど痛かったのか真っ赤になって痛いよ、と言われ嫌がられてしまった。

 

 まるでウザ絡みする上司のようだったので素直に謝った。

 



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特訓の成果と劣等感

 しばらく擬態する牙(ミミック)を道の端にずらしながら歩くと次の牛頭(ミノタウロス)が現れた。

 ルディの準備が整ってないと見たか、イレーネが

「あたしも試したいことがあるんだけど」

 と、主張した。

 

 少し狭いかもしれないが、1対1なら大きく動けないだけでそれなりにステップを踏んで戦えると思ったのだろう。

 あれからイメージトレーニングをしたりこっそり練習でもしていたのかイレーネのステップは様になっているように見えた。

 そういえばイレーネの近接戦闘なんてずっと見ていなかった気がした。

 私がやったようにフェイントを入れながら動き回り、牛頭(ミノタウロス)のミスを誘う。

 ここまでは私もやっていた。

 

 リズムが単調な気がしていたが、ステップインした瞬間を狙われて真横に戦斧を薙ぎ払われた。

 バカ! と心のなかで叫び助けに入ろうとした瞬間、イレーネの上半身が消えた。

 牛頭(ミノタウロス)の攻撃でそんなバカな! と思うと、ただ単に上半身をお辞儀をするように倒して回避していただけだった。

 ほっと胸をなでおろすと空を斬った牛頭(ミノタウロス)の右腕に向かって、ショートソードを手首を使って1回転させて切りつけ、肘から先を落とした。

 そのままステップバックし、牛頭(ミノタウロス)の体勢が整う前に剣を回転させながら踏み込んで斬りかかるという動きを繰り返し、牛頭(ミノタウロス)を倒していた。

「かっこいい! まさに蝶のように舞い、蜂のように刺すだね!」

 と、喝采すると

「初めて聞く言葉だけど、あたしのためにあるような言葉ね! 合間をみてはルイス教官に教えてもらってたのよ」

 と得意になっていた。

 

 2組2列の隊列を組んで歩く。

 ロペス、イレーネに少し離れてルディと私。

「自分の規格外を棚に上げて皆が皆できるなんて思うなよな」

 ルディが小さい声で私に言った言葉にカチンときた。

「じゃあ、そこで足踏みし続けるんだね。フリオとラウルみたいに心折っちゃった? もう無理なら帰ろうか?」

 発破をかけるためもあるが腹立ち紛れに、きっと痛いであろう台詞を吐いて煽った。

 

「私に勝てないから諦めるのなら何が出てくるかわからない戦場になんかいけないよね、後方支援に回るの?」

 ルディが立ち止まった。

 

「僕の気持ちも知らずに!」

 ルディが叫んだ。

 

「そりゃあ知らないよ、拗ねて人を羨んでるだけのお子様の気持ちなんてさ、私だってロペスだってイレーネだって努力はしてるんだ」

 腕を組んでいたが、ルディがいつ逆上してもいいように腰に手を当ててふん、と鼻息を吐いた。

 努力不足を指摘されて、ぐっと言葉に詰まるルディ。

 

「カオル、いいすぎだ」

 下がってきたロペスが私を抑えた。

 イレーネは前で心配そうにしながら警戒してくれていた。

 

「いいや、やめないね。そこの拗ねてるおぼっちゃんは私とイレーネとロペスの努力にケチを付けたんだ」

 なんだかイレーネやロペスのことをバカにされた、と思ったら頭に血が上ってしまった。

 

「おれは気にしないから我慢しろ、迷宮内だぞ!」

 ロペスが私を抑えようとしてくるが身体強化をかけて軽く押して退かせた。

 

「ルディにも同じだけの努力を強制します!」

 そう言って腰につけた魔力回復の飲み薬(ポーション)をルディに突きつけた。

 ルディは私を見下ろして睨みつけた。

 

「身体強化をかけて魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出して」

 私は半身になって腰を落として右手を引く。

 

 ルディはふてくされながら私に習って腰を落として魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出した。

 ルディと同じくらいの強さの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出して、せーの、と合図を出して魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけ合う。

 

 ルディは弾けた魔法障壁(マァヒ・ヴァル)の反動で軽くのけぞった。

「もっと強く魔法障壁(マァヒ・ヴァル)出して」

 

 ルディは一瞬ぎょっとした表情をしたがすぐにふてくされた表情に戻した。

 何度か繰り返すとルディは息荒くへたり込んだ。

「なんどこれを繰り返してきたと思う?」

 

 へたり込んだまま、私を見た。

 強い疲労を浮かべた目はもう拗ねたり怒りを浮かべたりしてはいなかった。

「さあ、これを3分の1だけ飲んで」

 魔力回復の飲み薬(ポーション)を差し出した。

 

 ありがたい、とばかりに頷いて私の手から受け取り、クイッと飲むと残りを返してよこした。

 

「私はまだまだやれるからね、回復したらまたやるよ」

 視界の端でロペスとイレーネが引いているのが見えた。

 へたり込んだままのルディを見下ろして魔力の回復を待つ。

 

 じっと見ていると目に光が戻ったルディがゆっくりと立ち上がって構えを取った。

 私も頷いてそれに答え、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつける。

「それが限界の強さなの!? もっと強く張りなよ」

 ルディはぎり、と奥歯を噛んで魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出した。

 

 ほう、がんばったな、と感心してルディの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を打ち壊して気絶させることで休ませてあげることにした。

 

「やりすぎだ」

「少しね、ルディを抱えて8階の階段に行こうか」

 そう言って口の端を上げた。

 

 8階への階段へ向かう道すがら

「ルディの自信になるまで魔力を成長させればいいんだよ、覚悟も気合も魔力も半端だから自信がないし、人の努力がわからないから妬むんだよ」

 だから…

 

「…だから両方満たしてあげたらいい、努力を強制されて、魔力が満ちれば自信がつくでしょう?」

 

 階段に座り、ルディに上げた魔力回復の飲み薬(ポーション)の残りを一気に飲み干した。

 大きく息を吐いて私の中の魔力が回復していくのを感じながら頭を下げていると、時間にすると5分くらいだが寝てしまっていた。

 疲れたかな、と思って伸びて固まった首筋をコキコキとほぐしているとイレーネとロペスの姿がない事に気づいた。

 

 二人でどっか行ったかな? と思うと急に心細くなって心臓が強く鳴りだし、今すぐ二人を探しに行きたい衝動に駆られた。

 

 やっぱりそうだよな、いつまでも無自覚ではいられないよな。

 とは思っていても自覚してしまったらどんな顔で前に立ったらいいかわからない。

 

 子供か、とも思うがこれが今の自分の表に出せない事情ゆえに何事も無い様に振る舞う必要があるのだから仕方がない。

 できることなら全部ぶちまけて全部受けれてもらえればいいけれど、この女の体ではどうしたらいいか私の中に知識はないのだ。

 受け入れられても拒否されても怖い。

 

 耳をすますと、遠くから破砕音が聞こえてきた。

 ほっとするとともに置いていかれた寂しさをちょっとだけ感じた。

 

 自分の中でうずまくドロドロして胸につかえているものをぎゅっと押し込めて心から切り離す。

 どんな理不尽だって笑って受け流していた頃の感覚を思い出せ。

 両手で顔を叩いて気合を入れた。

 

 しばらく待っていると20分くらいでイレーネたちが戻ってきた。

(アグーラ)!」

「わ! カオルか、おどかさないでよ」

 と、イレーネとロペスの目の前に水の塊を浮かせて驚かせた。

 

 いたずらが成功したのでニヤリと笑って言った。

「おつかれ! 水飲みなよ」

 ロペスとイレーネが荷物からマグカップを取り出して一気飲みした。

 

「カオルとルディの見たら久しぶりにやりたくなってな、イレーネの魔力が前より多くて驚いた」

 ロペスが言った。

 

「秘伝があるからね」

 そう言ってイレーネが笑った。

 

「まあ、そんな意地悪言わないでロペスになら教えるからさ」

 ルディがまだ目覚めないのを確認し、2人で少し下の方に移動して距離を取った。

 

 二人で並んで階段の下をむいて座った。

 そして、手の上で魔力を闇にしてどんどんと濃くしていく。

 (イ・ヘロ)の光があってもなお暗い闇の魔力が圧縮されていくと、すぅっと私の手のひらが透けて見えた。

「たったこれだけのことなんだけどね、秘密だよ」

 と言って人差し指で唇を押さえた。

 

 ロペスは目を見開いてから苦笑いをして自らの手のひらをじっと見ると、圧縮しきれない闇の塊がぐるぐると渦巻いていて、まるで私の中身だな、となんとなく思った。

 

「難しいな」

「1人の時にだけやってね、力ある言葉も秘密にしてるんだから」

 というと

「そうだな、まずは素早く圧縮できることから始めないとな、でこれはルディには…?」

「言えないね、ここにいる3人だから言うんだよ、力ある言葉を使わなくても効率は悪いけど自力でできるんだから」

 そう言って全身を闇の魔力で包んでみせた。

 

 ロペスの喉を鳴らす音が聞こえる。

「ルディのことそこまで信用できるか知らないし、ルディのことを考えたらあまり危険なことを言いふらして回るわけにもいかないしさ」

 

「カオル!ルディが目を覚ましたよ」

 イレーネが教えてくれたので、上に登り、ルディに言わなくては。

 

「さ、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出して!」

 



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努力と根性とポーカーフェイス

「さ、魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を出して!」

 右手に魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を張って半身に構えた。

 

 嫌そうな顔をしてルディが立ち上がって構える。

 ルディがよろめくまで続け、魔力回復の飲み薬(ポーション)を飲ませて繰り返した。

 遠くからやり取りを眺めているロペスとイレーネが

「カオル怒らせるとめんどくさい」

 と、陰口? を叩いているのが聞こえた。

 

 そう、私は最高にめんどくさい奴なのだ。

 

 腰にぶら下がっている魔力回復の飲み薬(ポーション)を全部飲み終わり、ルディを気絶寸前まで追い込んで今回の努力の強制を終えることにした。

「ずっとこれをやってきたんだからね!」

 と、ふんっと鼻息を吐くとルディは項垂れた。

 

 ここまで疲労させてしまったらもう今日は無理だろうから休憩のために帰ろうか、と言うと何もしていないイレーネとロペスは不満そうだった。

 思わず苦笑いしてしまい、2人の有り余る元気を消費させようと思い、

「2人で行ってきなよ」

 と、送り出した。

 

「悪かった」

 と、ルディが言った。

「わかってもらえればいいよ」

「どれくらいこれをやってたんだ?」

「1年の夏か、秋頃だったかな、だから1年ちょいで、ロペスは秋の終わり頃か冬くらい教えたからそろそろ1年経つね」

「そんなにか…」

 そう言って天を仰いだ。

 

「僕もできるだろうか」

「ファラスに帰ってからなら地下が使えるんだけどね、ここにいる間は7階でやろうな」

 そう言って親指を立てるとルディの表情が柔らかくなった。

 

 元々私より戦えているはずなんだから魔力を増やせば私なんかより強くなるよ、と慰めたり他愛のない話をしている間にロペスとイレーネが帰ってきた。「おつかれー」

 と、手を上げ2人を迎えた。

 楽しそうに手をあげて挨拶を返したイレーネの笑顔に胸がちくり、と痛んだが気にしない。

「満足した?」

 と、聞くと、まあまあだね。と答えたので帰ることにした。

 予定の滞在よりだいぶ短くなってしまったが、ルディの成長につなげることもできたので良しとしよう。

 

 迷宮を脱出してみると、真っ暗だった。

 丸1日くらい潜っていたように感じていたが、実はそんなに長々と潜っていたわけじゃないらしく、通りには思っていたより人が多く赤ら顔をして肩を組んだハンター達がふらふらと歩いていた。

 

「早く晩ごはんにしよう」

 ロペスはよほどお腹が空いているのか、ルディと一緒に大股でのしのしと歩いていってしまった。

 私とイレーネはしょうがないね、と笑って身体強化をかけて追いかけた。

 

 宿に着くとほぼ席が埋まっていたが、奥の方に4人席がちょうどよく空いていたので席を取って、ビールを4人分と腹にたまるつまみを頼んだ。

 

 届いたビールで乾杯すると、ルディは改めてすまなかった、と謝った。

「1年もああやって魔力を枯らしながら増やしていたとカオルに聞いた、才能でも特別なわけでもなく努力によってここまでの魔力を身に着けていたとは思いもよらなかった。」

 そう言って頭を下げた。

 

「わかってくれればおれからは言うことはないさ、な?」

 ロペスはそう言って、いい笑顔でイレーネを見た。

 私と一緒にいるせいで変な人扱いされているイレーネも、おそらくまっすぐに努力を認めてもらったことは初めてだろう。

 喜びの感情が溢れて思わず涙目になってぐっと奥歯を噛み締めて我慢していたのが見えて私も嬉しく思う。

 

 花嫁修業と言って色々と強制され、やりたいことはやらせてもらえず、諦めさせるためだけに士官学校への入学が許可され、努力して力をつけたと思ったら私と一緒にいるせいで変なやつの仲間扱い、よくよく考えるとイレーネが可哀そうな人生を歩んでいる気がしてきた。

 いや、変なやつ扱いされる私だって可哀そうだと思いませんか。

 

 イレーネは嬉しそうに頷くと

「これからはあたしも努力を強要するからね!」

 と、照れ隠しで憎まれ口を叩いていたが、ルディも嬉しそうに笑って

「あぁ、よろしくたのむ」

 と、握手をしていた。

 

 その後もダラダラとワインやビールを飲んで、ウェイトレスが持ってきたじゃがいもとベーコンのバター炒めや、ペンネと見たことのないきのこの炒めものを食べながら吟遊詩人の歌に耳を傾けてた。

 

 どうやら異国の英雄譚のようで、どんなものかと思って聞いてみると、アールクドットの戦士は強いぞ偉いぞというプロパガンダの歌だった。

 

 勢力を拡大しているアールクドットにいれば平和で豊かな生活ができるとか、並ぶ国はいないとか、戦士たちの楽園だとか。

 聖王ランス様の(もと)にいれば幸せが約束される。

 今戦士たちを集めているのは争いのない世界を作るために世界を統一するのだ、と言ったところで呑んだくれたハンターたちに袋叩きにあって店を追い出されていた。

 袋叩きに参加していないハンター達は歓声を上げ、拍手で見送った。

 

 向こうでもそういうやたらと勢力を広げたがる国はあったが、陸続きだと何をされるかわからないのが不気味だ。

 

 追い出されたプロパガンダ吟遊詩人の代わりに駆け出しの吟遊詩人が、その戯曲を初めて聞く私にもわかるくらいの間違えっぷりで、250年前の魔王と戦った英雄達の英雄譚を爪弾くのを聞いた。

 

 イレーネにこの話知ってる? と聞くと、当時のファラス第3王女騎士姫レオノールが魔力の煌めきをまとって異世界の英雄と共に魔王を打倒した話が素敵なのよ! と演劇の解説を延々と聞いた。

 

 魔力の煌めきという所に引っかかって詳しく聞いてみると、舞台衣装に魔石が使われていて動く度に光の粒が弾けてキラキラしてすごくきれいなんだと熱く語っていた。

 

 貴族向けの劇団は貴族がパトロンになっているのでそういう衣装も作れるらしい。

 

「昔、劇場に連れて行ってもらった時からずっとレオノールに憧れててさ! 剣を振るって英雄になりたかったんだけどね、戦うのってもっと華やかだと思ってたのに、まさかこんな泥臭いとは思わなかったよ」

 と、萎みながら自嘲的に笑った。

 

「英雄譚なんてそんなものだし、まだ学生だからね、本番は2、3年後だよ」

「少しでもいい待遇でいけるようにがんばらないとな」

 と、ルディと話していたロペスが話に入ってきてイレーネとルディの顔を見て微笑んだ。

「もちろんよ! だから今日の所はトランプやりましょう!」

 唐突に取り出したトランプに、またか、と思うロペスと私、ぎょっとするルディ。

 

「カオルにディーラーやってもらうとなにかされそうだからロペスにお願いしたいの」

 まだ信じていてくれていないようだ。と苦笑いをする。

 

「そろそろ信じてくれてもいいんだよ」

「うさんくさーい」

 と言ってロペスにカードの束を渡した。

 

 ロペスがやったことがないルールのゲームがやりたい、と言うので

 4人ならババヌキでもいいだろう、とルールを教えながら何回かやってみると、ポーカーやらで遊び慣れているロペスは比較的表情を隠すのがうまかった。

 

 ルディは思ったことが全部表情にでているが、意外なことにイレーネの感情の隠し方は堂に入ったものだった。

 

 最初の頃は前のめりで全部出ていたのだが、感情が読まれていると察すると背筋を伸ばしてカードを扇のように持ち軽く微笑んで視線を一点にとどまらせないようにするようになった。

 初めて貴族らしい一面が見られた気がしてちょっと見直した。

 

「カオルは貴族でもないのに感情読ませないようにするの上手ね」

 と、優雅に微笑んだままイレーネが言った。

「働いてたら色々あるもんよ」

 

 ゲームを進めていくうちにルディもなんとか表情を隠そうとして試行錯誤していたが、酒も入っているのでぐだぐだになってしまっていて、それはそれで楽しそうだった。

 



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折れる心と冬の寒さ

 しばらくは迷宮の9階でイレーネとロペスは牛頭(ミノタウロス)狩りに精を出し、

 私とルディは8階に登る階段前で魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけ合う特訓に精を出した。

 

 迷宮潜る際に何度かラウルとフリオも誘ったがそんな深くまでなんか行かないよ、と一度も来ることはなかった。

 きっと彼らはファラスに帰ったら治安維持隊への移動を志願するだろう。

 騎士階級ほどでないにしろ、治安維持隊でも魔力持ちともなればそこそこ給与もいいらしいから、比較的安全な就職先としていいだろう。

 

 毎年のことなのかルイス教官も迷宮に潜れ、ということもなく、おにいさんと弟分の様な感じで、食事に行ったりイレーネからトランプを借りて遊んだりして過ごした。

 

 それでも2、3日に1回は腕をつったままのペドロと3人で、ペドロのリハビリがてら4階の鬼蜘蛛(ジャイアントスパイダー)狩りで小遣い稼ぎをしているようなので私達と一緒のタイミングで潜る時にはイレーネ達と一緒に魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつけて魔力を伸ばす相手になった。

 

 そうしているうちに1ヶ月が過ぎ、ちらほらと細かい雪が降る季節になった。

 その間もルディは迷宮内で魔力切れを起こしては回復を待ち、また魔力切れを起こすスパルタ式魔力強化のおかげで牛頭(ミノタウロス)と1対1で渡り合えるようになり、せっかくなので、と私に剣を教えてくれた。

 

 ルイス教官にどうなっているのかと詰め寄ってもまだ許可がでないがもう少し待ってろ、と言われた。

 もう少し、といわれても早くしないと冬になってしまうと装備も足りなくなるし帰れなくなるんじゃないか、と心配になった。

 

 それから季節も完全に冬になり、かなりの量の雪が積もった。

 そろそろ注文したものが出来上がる頃だったので、暇にしているイレーネと一緒に訓練用の制服を着て鍛冶工房に向かった。

 

 私はいつでも持ってるポンチョを着て中で熱風(アレ・カエンテ)を吹き出しておけばだいぶ温かいが、マントを羽織るイレーネは前を合わせて器用に留めていたが、マントの中で熱風(アレ・カエンテ)は使えるのだろうか?

 前を閉じて熱風(アレ・カエンテ)が使えるのだったら私もマントを作ったかもしれない。

 

 迷宮前のメインストリートはハンター達や商人総出で馬車も通れるようくらい雪かきがされていた。

 しかし、メインストリートから外れた通りは商人が店から表通りに出るために足で雪をかき分けて進んだ獣道の様な道ができていた。

 

「まったく、歩きづらいったらありゃしない」

「支給されたのがブーツでよかったね」

 ブーツといっても冬用ではないので雪の中を歩くと一気に冷え切ってしまってつま先が痛い。

 

 熱風(アレ・カエンテ)で溶かしてやろうか! とも思ったが溶けた水が未舗装の土の地面をどうにかしてしまいそうだったのと道が凍ってしまうので妄想だけにしておいた。

 

「ごめんくださーい」

 と、声をかけて工房に入ると赤子を抱いた女将さんが受付にいた。

 女は度胸を地で行くような恰幅のいい人だったが、赤子がいるということはそんなに年はいっていないのかもしれない。

 赤ちゃん冷えないかな、と思ったがものすごいぐるぐる巻にされているのできっと大丈夫なんだろう。

 

「あ、いらっしゃい、できてるよ」

 そう言って奥に入ると、お嬢ちゃんがきたよ、と声をかけた。

 

 イレーネはキョロキョロと店の中に飾っている剣を見ながらうろうろし始めた。

 中から商品を持ってきてくれるのを待ちながらイレーネと一緒に剣を眺める。

 

「そちらのお嬢さんもカオルちゃんと一緒に女だてらにハンターやってんのかい?」

 女将さんがイレーネに聞いた。

 

 女だてらにいらっと来た私はつい

「あ、そんなに気にしなくてもいいけど、彼女は貴族です」

 と、わざわざ言ってやったら女将さんの笑顔が張り付いたまま固まった。

「もう! やめてよ、自分でも忘れてるんだから!」

 

 私の服を引っ張って注意してから

「親は貴族でもあたしは貴族じゃないので、気にしないでくださいね!」

 と笑顔で女将さんにいうが女将さんもじゃあ、大丈夫だね! とはならなかった。

 

 私も修行が足りないな、と心のなかで反省した。

 

 そうこうしているうちに奥から注文した布にくるまれた包みを持った親父さんが現れた。

「おう、待たせたな」

 カウンターに包を広げ中から私が注文した手甲とチェインメイルが出てきた。

 

 私の体に合わせたチェインメイルと手甲を試着してみると、注文していない部分があった。

「嬢ちゃん、剣より拳のほうが得意そうだったから手甲の指の所に鋲付けといた」

「そういえば最初に魔物化した猿、倒したのもカラテパンチだったもんね」

「得意じゃないし、これからは剣が得意になるはずだよ」

「本当か? ためしにこれ振ってみな」

 と、面白がって親父さんが私に刃の細いロングソードを渡してきた。

 

 ルディに教えられてきた基本の素振りを身体強化強めにかけて振って見せると、

「思ったより振れててつまんねえ」

 と、言われたので

「私もなかなかやるもんでしょ!」

 と得意になっておいた。

 

 そのあとにあたしもあたしも、とイレーネも振ってみたがやっぱり私より振れているので

「私は平和主義者だから直接戦うのは苦手なんだ」

 と、言い訳をして思わず苦笑いをしてしまった。

 

 こういうのは着慣れておいた方がいい、という親父さんのアドバイスの基、この時期は直に着ると寒いからな、と作ってくれたアンダーシャツを着てからチェインメイルを着て調整してもらい、その後、サイズが変わったら脇の下と脇腹の金具で胴回りを、腹と背中にある金具で長さが変えられる、と調整の仕方を教わった。

 

 手甲の方は注文外の鋲があるくらいで指出しの手袋だと思えば特に問題はなさそうだったが、こっちの方の調整は簡単にはできないから、面倒くさいだろうが、持ってきてくれ、と言われた。

 

 調整中はイレーネは女将さんと一緒に女将さんの子供を抱っこしたりして待っていたが、よくよく話しを聞いてみると親父さんは30代入ったばかりで女将さんは20代なかばだった。

 見た目より老けて見えることに驚いたが、私のことは13歳くらいだと思ってた、と言われた。

 まあ、どんな見た目だろうと私の体じゃないしな。

 

 それより見た目より幼く見えるのならロペス経由で相手されたのも女だからという話ではなく保護者だと思われたのかもしれないと思うと、それはそれで複雑な気持ちになった。

 

 チェインメイルの上から制服とポンチョを着て

「ありがとうございましたー」

 と、挨拶をして工房を出る。

 

 お昼にちょうどいい時間だけど、中途半端にどこかに寄ってしまうと、つま先が大変なことになるので、イレーネと一緒に雪をかき分けて宿に帰る。

 宿につく頃にはつま先も冷え直し、一旦部屋に戻って熱風(アレ・カエンテ)でつま先を温め直してからロビーに降りて昼食になった。

 

「このつま先の冷えはなんとかならないかな」

「作るしかないね」

 ここの宿は主食といえばパスタしかないようだ。

 固いパンよりは美味しいので全然いいのだが。

 

 冬の寒さへの対策を練らないと冬の間ここから動けない恐れがある。

 おどろおどろしい色の謎のきのことベーコンのパスタと紫色のトマト味のニョッキを食べながらどういう物があればいいか頭を捻った。

 

 魔石を使うと厚みが出てしまうので使用者の魔力を使う必要がある。

 足を暖めるには靴の中に入れる必要がある。

 足を燃やすわけにはいかないので火を使うわけにはいかない。

 

 ありそうでないのがただ熱が出るだけの魔法だった。

「レンチンはどうかしら」

 と、イレーネがいうが、レンチンは向こうと同じように水分子を振動させるものだったら弱くても怖いので使えない。

 人の体の水分子は振動させていいものじゃないはずだ。

 

「どう弱くしても一部分だけやけどを負うような物になる気がするね」

 と、答えた。

 

「やっぱり熱風(アレ・カエンテ)を吹き出させるしかない?」

「それなら簡単だし、作ってみようか」

 と、言って最後の一口のニョッキを食べ終えて追加の腸詰めと食後の紅茶を注文した。

 

 いつもいつも腹八分でやめようと思っているのにバッチリ十分まで食べてしまった。

 腸詰めは余計だった。

 

 パンパンになったお腹を抱えてイレーネと2人で金属の板を探しに

 表通りの大きな店に向かった。

 ここは鍛冶職人を雇いながら消耗品も売っているため、言えばなんとなく出してくれそうな気がしたのだ。

「ごめんくださーい」

 と言って、ドアを開けると受付にいたオールバックの20代半ば位の男が営業スマイルで

「何がご入用でしょう」

 と言って迎えてくれた。



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冷え性対策と最後の夜

「なにがご入り用でしょう」

 オールバックの店員は営業スマイルで迎えてくれた。

 

「このくらいの大きさでなるべく薄い金属板があれば4枚、欲しいんですが」

 指で楕円形を作って見せながら聞いてみる。

 イレーネと私の分、2枚2セットだ。

 

「革鎧の補強用の鉄板より薄いようですね、少し費用が発生しますが、加工いたしますが、少しお待ちいただいてよろしいでしょうか」

 かまいません、と答えると受付の店員は奥に引っ込んで手ぶらで帰ってきた。

「少し叩いて薄くしているので店内でお待ち下さい」

 そう言って頭をさげ、7、と書いてある木札をだした。

 

 そういえば飲み薬(ポーション)も買っておきたいな、と思って見てみると5級より上のものは扱っていないようだった。

 ハンター相手に商売するなら6級くらいは扱ったほうがいいと思うのだが。

 6級から値段が跳ね上がるから使用期限も考えるとしょうがないのかもしれない。

 そんな話しをしながら待つこと10数分、7番のお客様と声がかかったので受付に行き、鉄板を受け取って大銅貨4枚を支払った。

 

 薄く叩き伸ばされた金属板を改める。

 魔力もインクを載せれば問題ないし、大魔法に耐えるような耐久性も必要としていない。

 

 買った鉄板を持って部屋に戻り、二人でキリキリと紋様を描いていく。

 微弱に魔力を吸い上げる回路を刻み込んだ。

 

 微弱、とはいえ吸い上げた魔力がそのままの量で熱風(アレ・カエンテ)の回路に通ってしまうと、火傷をしてしまう可能性がある。

 

 規定量以上の魔力は(カエンテ)にして無害な形にして消費する。

 もっと魔力の扱いがうまくなっていたらいい具合に出力を調整できるのだろうけど。

 

 イレーネに規定量以上の魔力についての回路の解説をするとほほー、と感心して自分の物に刻み込んでいた。

 

 そうして、両足分作成し、ブーツの中にいれて使ってみる。

 魔力を通さないと金属なので冷たい。

 身体強化を徐々に強めていくとつま先に温風が吹き付けられ中々に暖かくていい。

「いいんじゃない? イレーネはどう?」

「もっと熱くてもいいかもしれないね」

 

 (カエンテ)熱風(アレ・カエンテ)が同時にでる量の魔力を流す。 暖かさが薄まってはみ出したぬるい風がズボンの中に吹き出した。

 つま先だけなくズボンの中まで暖かいのはありがたい。

 

「ためしに外歩いてみようか」

「そうだね」

 二人で外にでて雪かきされている表通りと、雪かきされていない宿の裏側に回って雪を蹴ったりしてみる。

 十分な暖かさだと思ったのは雪の冷たさでぬるくなってしまうし、(カエンテ)が出ると冷風になってしまった。

 

「冬の寒さを軽く考えてたね」

 そう言い合って部屋に戻って熱風(アレ・カエンテ)の温度を上げる。

 少し熱いかな? くらいの温度で出るようにし、(カエンテ)の出力を弱くするよう調整したら満足のいく結果となった。

 

「スカートじゃ使えないね、めくれちゃうよ」

 そう言ってイレーネがズボンの裾を持ち上げて見たりしながら温風が足を温めてくれる感じを楽しんでいた。

 

 それから2日後、日がてっぺんを超えて少し傾き始めた頃、ルイス教官の部屋に全員集合しろ、との話で集められた。

 ルイス教官が嬉しそうにしている時はきっと良くないことが起こる印象がある。

「よく来た、いいニュースと悪いニュースがあるがいいニュースから言おうか、ファラスに帰れるぞ」

 そう言うと、木箱からコートを取り出した。

 

「悪いが勝手に部屋に入らせてもらった、これはイレーネのだな」

 ダッフルコートをイレーネに渡す。

「これはカオルの…変な上着だな」

「ポケットが沢山あって便利なんですよ」

 上着を受け取って言った。

 

 その後全員が冬用の上着を受け取りルイス教官の言葉を待った。

「まあ、悪いニュースというのは察していると思うが、明日出発するということだ、死ぬほど寒いから準備してこいよ」

 

 一つ聞いていいですか、とちょっと手を上げると、おう、と返事をされる。

「結局、ここまで帰るのが遅くなったのって雪を待ってたってことでいいんですか」

「そうだな、アールクドットは雪が降らないのと秋口にこっちに来ていることから、雪用の装備はもっていないと判断した。

 おまえらだけじゃなくて上級生も、ククルゴやらデウゴルガ要塞から動けなくてな、全員が動けるようになるのが雪を待つのが一番だった」

 

「なるほど、安全が確認されたってことですね」

「そうだ、身体強化で行くから半日もあれば着くだろう、キャンプの用意はしなくていい、では解散だ」

 

 そう言って部屋から追い出されたので、皆でロビーに行き遅めの昼ごはんにした。

「今年のクリスマスはなくなりそうだな」

 ふっくらとはしていないがそんなに固くないパンとスープを食べながらペドロが言う。

 確認なのか、無念を伝えたいのかわからないがだれとなくため息を付いた。

 

「あたしもカオルもクリスマスなんて関係ないからね、去年と同じよ」

「去年は何をして丸くなってたんだ?」

 ちょっと意地悪な笑顔でロペスがイレーネをからかった。

「なんにもしてません!」

「そりゃあ、丸くなるな」

 そう言って笑われた。

 

「でも今年は魔力増やせるしね、帰らなくていいのはいいことだよ」

 ルディは短期間で魔力が増えたため、まだまだ増やしたくてしょうがないんだろう。

 

「帰って治癒してもらったらおれも特訓に加わらせてくれよ」

 慣れてくると目の前で使われた魔力がどのくらいの量かわかるようになってきた。

 たった数日でも離れている間に、みなぎる魔力量が桁違いに増えていたのだから、自分も、とペドロは目を輝かせて言った。

 

「あぁ! やろう!」

 ルディが嬉々として答えてくれたので私が出動することはなさそうだと安堵した。

 

 昼ごはんを食べたので、一旦部屋に戻って荷造りをすることになり、ぞろぞろと自分の部屋に向かって移動する。

 

「さて、帰るにあたって泊まりもないし買うものってあるかな?」

「んんー、一通り揃ってる気がするんだけど」

 

 制服を着て、上着を着て、制服の上からカーゴパンツを履いてもっこもこになってみる。

「カオルの世界では当たり前なのかもしれないけど、制服の上からズボンを履くのはどうかなって」

 イレーネが遠慮がちに言った。

「私の世界でも変だから安心して、でも2枚履いてるってわかんないでしょ?」

「そうだけど…」

 と、一言言いたげだった。

 

 剣を背負ったままではポンチョが引っかかって着れないので腰に佩くことにした。

 フル装備にしてみて気づいたのは手袋がないということだった。

「もう無理だね」

 大迷宮前には今から女性物の手袋を売ってたり作れる場所はない。

 女性は基本的に外で作業しないし、貴族ではない女性は着飾ったりしない。

 だからファラスにいたとしても防寒に使えるようなしっかりしたものは注文しないと用意はできない。

 

「ま、ポケットにでも入れてなんとか凌ごう」

 という結論になり、頷き合った。

 

 明日の装備を確認し、制服姿になったら晩ごはんの時間だ。

 パスタと芋料理と腸詰め以外はそんなに美味しくない宿での晩ごはんも食べ納めだ。

 

「明日からやっとちゃんとしたものが食べれるね」

 まだ飲みだすには早い時間なのでイレーネが声を潜めて言うと

「イレーネはビールさえあればどこでも構わないだろう?」

 と言ってロペスがジョッキを上げて乾杯した。

「まあ、そうなんだけどさ、昼間は飲まないからやっぱり食事の選択肢は多いほうがいいよ」

 

 しばらく最後の食事を楽しんでいるとラウルとフリオが

「ぼくらはそろそろ寝るよ」

 と言って部屋に帰ってしまった。

 

 この先のことについて本人の口から聞けていないので

 もっとがんばろうとか寂しくなるねとも言うことができず、なんとも言い難い気持ちで部屋へ帰る彼らを見送った。

 

 いつのまにか飲み屋状態になった宿のロビーで手元のビールを抱えて黙り込んでしまった。

「おい、坊主共!酒飲んで沈み込むたあ、酒の作法に反するってやつだぜ。

 おまえらあれだろ?士官学校のやつらだろ?」

 そう言って酔っ払いがロペスに絡み始めた。

「わかるかい?おにいさん!今日は大迷宮で死んだ友達の命日だったんだ。

 そういう時はこんな気持ちになるもんだろ?」

 と、よくわからない話しをし始めるとよっぱらったハンターが感極まって

「ああっ!ああっ!わかるぜ!聞いてくれるか!」

 と、ロペスと語り合い始め、絡んできたハンターに椅子を勧めた。

 ハンターから話を聞き始めると同時にテーブルの端に寄ってハンターとロペスと同じテーブルについた人達、という状態にした。

 普段は中身は年上だから、と思っていてもこういうときの対応で地頭の良さが出るもんだなぁとつい、感心してしまった。

 あとでなにかお礼をしよう。

 

「ねえ、カオル! あのハンター巻き込んでトランプしましょう!ディーラーはカオルにまかせるから!」

 酔いが回りつつも声を潜めて巻き上げようとするイレーネの目の輝きに若干引きつつ

「あれは結構みんな知ってるもんだから逆に巻き上げられちゃうよ、そんなことするくらいならトランプで遊ぼうか」

 イレーネをなだめて最後の夜を過ごした。

 



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着膨れる私と雪中移動

 帰る日の朝となり、私はまず、制服を着ると、その上からセーターとカーゴパンツを重ね着した。

 そしてその上から上着を着てモコモコに着膨れる。

 

 ロビーにある食堂の受付にイレーネの分の朝食を頼み、自分の分のパンとスープを完食すると、イレーネに朝食をお届けする。

 

「んうぅ、ありがと」

 イレーネは自分の鞄から二日酔い飲み薬(ポーション)を取り出すと、こぽん、と音を立てて飲み干してため息を付いた。

 

 イレーネの食事の脇で鞄に荷物を詰め、靴にいれた暖か中敷きの動作確認がてら食料の買い出しにでかけた。

 必要なのは今日の分だけなので硬いパンではなく、いつも食べてる多少柔らかいパンで十分、イレーネの分も買って宿に戻ることにする。

 

 宿に向かっている最中にここでは珍しいお茶を扱う商店で見かけた茶葉を買った。

 マグカップに直接茶葉を入れて飲むものらしく、飲み終わったらまたお湯を注げば何度か飲めるという代物だった。

 1人で何度も飲んでたらお腹がたぽたぽになりそうだが、回し飲みすれば大丈夫だろう。

 

 冬季だけでももうすこし移動中の食事に種類がほしい。

 動くエネルギーのためだけに摂取する味気ない食事が続くのは辛いのだ。

 

「準備はどうだい?」

 部屋に戻ってイレーネの様子を伺うと食後のお茶を飲んでいたイレーネが親指を立てて答えた。

 

 イレーネの分のパンをテーブルに置いて

「先行ってるよ」

 と、部屋を後にした。

 

 ロビーで皆を待っていると、ロペスとルディが降りてきた。

「おはよう、早いな」

「おはよう、起きちゃったから朝ごはん食べてパン買ってきた所だよ、今日中に帰るから手ぶら?」

 

「僕は昨日のうちに硬パン買っておいたよ」

「おれはこれから買いに行ってくるよ」

「そっかー、今日だけだから硬いパンの必要ないからね」

 そういうと、ルディがはっとして私の顔をみた。

 

「長距離移動中の食事は硬パンっていうのは先入観に囚われすぎだね」

 思わず笑ってしまってルディに言うと、ロペスと一緒に普通のパンを買いに行った。

「あ、もしよければスープでも頼んで堅パン食べちゃってよ」

 と、付け加えて駆けていった。

 

「すみません、少し大きめの器でスープもらえますか」

 ルディとロペスを見送ってからスープを頼み、ルディに貰った堅パンをスープに沈めた。

 

 スープに堅パンが浮いてこようとするのをスプーンで沈めながらふやけるのを待つ。

 数分待つと、スープの中でぐずぐずに崩れた堅パンは、パン粥みたいな見た目になり、暇つぶしに食べていると、ルイス教官とペドロ達がやってきた。

 

 腕を吊ったままではトレイの持ち運びに困るだろう、とペドロを席に座らせて、ペドロのトレイを持ってきてあげた。

「すまん、ありがとう」

 と、いうペドロに困った時はお互い様ってことで、と答えると

 ルイス教官が、もう準備できたのか?と聞いた。

 おお、先生っぽい。と感心しながら、もちろんです。と答えると

 ルイス教官は満足げに頷いた。

 

 ロペスとルディが帰って来た頃、イレーネが準備を終えて降りてきた。

「おはようございます、いつでも出れますよ!」

「めずらしく元気だな」

「カオルのおかげです!」

 と言って機嫌良さげなルイス教官にびっと親指を立てて答えるとルイス教官が呆れながら答えた。

「1人でできるようにしろよ」

 

 ラウルとフリオ、ペドロがものすごい勢いで食事を終えて、移動中の食事を買いに出かけようとしていたので、トレイは戻しておくから置いといていいよ、と声を掛けペドロ達を買い物に行かせる。

 

 それから全員が揃うのを待って移動を開始する。

「まあ、長々と大迷宮前で過ごしたが、こういうのは運がいいと思えよ、

 普段は野営だからな、あと定期的に休憩は取るが暖は取れると思うなよ、

 あとは隊列は、おれを先頭にしてカオル、イレーネを前に、その次がペドロとフリオ、ラウル、ルディ、殿がロペスだ」

 

 ルイス教官を先頭にして駆け足でファラスへと進軍する。

 

 冬になると馬車もあまり走らないようで、腰まで雪が積もる中、ルイス教官が熱風(アレ・カエンテ)で雪を溶かしながら走り、私達はそれを追うだけでいいので楽だった。

 

 私がやると広がって発現する熱風(アレ・カエンテ)を2列分の幅で、遠くに届かせる技術はやはり年の功か、と感心しながら後ろを走ると、少し向こうに雪が溶かされた開けた場所があった。

 ルイス教官は舌打ちすると、止まれ、と言い全体を停止させ小声で2人だ、と全体に伝えた。

 

「我らは!アールクドット第3階戦士(アーセラグエーラ)

 ユベール・ド・グエーラ!」

 と、叫ぶともう1人が

第2階戦士(セグーノグエーラ)!ジャン・ド・グエーラ!」

 と、名乗った。

 

 2人は布のインナーの上に金属を貼った革鎧にマントを着ている。

 帰還命令を無視したのか命令が来なかったのかわからないが、季節外れの格好でひどく寒そうだった。

 

「本来なら1対1で経験にしたいんだが、丁度いい教材にさせてもらう」

 コンディションが万全でないと見たのか、ルイス教官は悪い笑顔で私に言った。

 

「イレーネと2人で真髄に到れるか試せ、できなくても2人でなら第2階戦士(セグーノグエーラ)くらいならやれるだろう?」

 私は、はあ、と気のない返事をして、イレーネと2人で第2階戦士(セグーノグエーラ)のなんとかさんの前に立った。

 

「ロペスとルディはおれと一緒に第3階戦士(アーセラグエーラ)だ」

「げえっ」

「まじかよ」

 そう言われるがまま、3人で第3階戦士(アーセラグエーラ)の前に立つ。

 

 第2階戦士(セグーノグエーラ)を見てみると、なんとなく強さがわかる気がした。

 2人でかかるほどだろうか、と。

 そう思っていると、イレーネが手のひらを上にして、上に手を重ねろ、と言ってくる。

 

 なにがしたいのだろう、と思い、なんとなく手を重ねると、

「まずは身体強化ね」

 と、指示され、一緒に身体強化をかけた。

 

 まずまずの強化がかけられ、これであれば真髄なぞに至らなくても2人で押し切れるんじゃないかと思いつつ、イレーネを見ると、やっぱりやる気らしいので付き合うことにする。

龍鱗(コン・カーラ)!」

 私の青い魔力とイレーネの赤い魔力がキラキラと煌めき、私とイレーネの周りを混じり合いながら私達の体にまとわりついた。

 

 次は剣を抜く必要がある。

 イレーネの手を離して腰の鞘を左手で後ろに引きながら、右手の人差し指と親指で鍔をつまんで抜く。

 手首が固定されては抜けなかった時に、また悲しい思いをすることになる。

鋭刃(アス・パーダ)!」

 剣を構えて一緒に使うと、いつもは剣にだけふわっとまとわりつく魔力がイレーネとの魔力と混ざり合って剣に帰ってきた。

 

 前のともちょっと違うな、と思いながら前より強くかかった身体強化に驚いた。

 イレーネと目を合わせるとイレーネも驚いたようで大きな目がますます大きく見開かれていた。

 

「じゃあ、やろうか」

 改めてイレーネと一緒に剣を構え、一緒に飛びかかった。

 上段から両手持ちで斬りかかる私の剣を、威力の相殺を狙ったのか戦士(グエーラ)は右手の剣を私の剣にぶつけた。

 

 そして、反対側から切りつけるイレーネの剣を、盾で抑えるためにぐっと腰を落として身体強化をかけた。

 

 イレーネの剣は盾で受け止められていたようだが、私の剣は、戦士(グエーラ)の片手剣とぶつかり、火花を散らした瞬間、戦士(グエーラ)は剣を取り落してしまった。

 片手で受けきれるほど弱い一撃ではなかったようだ。

 

 私はとっさに取り落した剣を蹴り飛ばした。

 戦士(グエーラ)は舌打ちをして蹴り飛ばされた剣を取り返そうと思わず目で追ってしまい、イレーネを意識の外に外してしまった。

 



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マネキンの処分と帰還報告

 戦士(グエーラ)は蹴り飛ばされた剣を思わず目で追ってしまい、完全にイレーネを死角に入れてしまった。

 

 イレーネはもう1歩深く踏み込んで体勢を整えると、心臓めがけて背中から剣を突き刺す。

 ドス! という重い音がしたが、龍鱗(コン・カーラ)がかかっていた様で、革鎧を突き抜けることができなかった。

 突き崩された勢いを利用されて転がって間合いを開けられてしまった。

 

「くそ! 舐めてた!」

 戦士(グエーラ)は剣を拾うと改めてこちらに向き合った。

 

「ねえカオル、あたしが先行くからタイミングずらして来てもらっていい?」

「いいけど」

 返事を聞いた瞬間に飛び出したイレーネにタイミングを合わせるために氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)の力ある言葉を唱え足を踏み鳴らした。

 私の足元から伸びる氷の蔦はパキパキと音を鳴らして第2階戦士(セグーノグエーラ)に襲いかかる。

 

「くそ! 嫌がらせか!」

 氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)魔法障壁(マァヒ・ヴァル)が相殺され私の魔力と戦士(グエーラ)の魔力の削り合いになった。

 

 さっきは奇襲だったから、手を痺れさせ気をそらしてイレーネが背後から不意打ちできたが、混戦になると経験不足からお互いの足を引っ張って逆に怪我を負う危険性がある。

 

 そこで私が思いついたのは、あんなに寒い格好で相手しているんだから嫌がらせをして体力と魔力を削ってやろう、ということだった。

 失敗だったのは氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)は発現に足を踏み込む必要があるのだけれど、足を離したら効果が終わってしまうことだった。

 

 しょうがないので、そのまま次の魔法を使うことにする。

凍える風(グリエール・カエンテ)!」

 冷気自体に魔力を多く回さずとも、勢いよく吹いた風は冬の冷気を巻き込んでイレーネと戦士(グエーラ)を飲み込んだ。

 

「もー! 寒いよ! バカ!」

 イレーネからもクレームが来るが止めはしない。

 でも、手袋無いんだったね、ごめんね、と心のなかで謝った。

 

 左手から出る凍える風(グリエール・カエンテ)と、右足から出る氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)によって私は固定砲台化されてしまっているが、イレーネがその分活躍してくれているので、私は心置きなく魔力を込めた。

 

 寒さと氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)戦士(グエーラ)の魔力と体力を剥ぎ取っていく。

 

 本来ならステップを踏んで撹乱する練習もしたいはずなのだが、予定外に私が動かなくなってしまったので、イレーネの行動を制限させてしまった。

 

 それでも舞うようにくるくると回りながら、剣を閃かせ手首の回転を利かせて遠心力を乗せた一撃は、見た目より重く盾で弾くことも剣でいなすこともできなくなっているのか、真っ向から受け止めて自らの体力を削っていった。

 気持ちが昂っていっているのか、どんどん動きが鋭くなっていくイレーネ。

 終わりは唐突に訪れた。

 イレーネの剣を受け止める力がなくなってしまった戦士(グエーラ)は、イレーネの剣を受けた瞬間に剣を取り落してしまった。

 

 さっきの様に転がって回避することもできずに苦悶の表情を浮かべ、両手で盾を構えて九死に一生を得ようとあがくが、同時に魔力切れを起こし、

 私がしつこく使い続けた氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)戦士(グエーラ)の体を拘束し始めた。

 

 身体強化が切れ、龍鱗(コン・カーラ)が切れた戦士(グエーラ)の盾が腕と共に真っ二つにされ、白い雪を赤く染めた。

 両手を失い、体力も魔力も尽きた戦士(グエーラ)は目から光が消え、がっくりと膝をついた。

 まるで斬首を待つように項垂れた戦士(グエーラ)に対して上段に構えた剣を一気に振り下ろした。

 

 首が雪の上に音もなく落ちると、イレーネは笑顔でハイタッチした。

「やったね!」

 一度は覚悟したものの、目の前でうつろな目をして転がる生首と雪を真っ赤に染める血を見ると、相当なストレスを感じて胃に来る。

 もう大丈夫だと言った手前、心配をかけないようイレーネに愛想笑いで返した。

 

 戦士(グエーラ)の剣を回収したイレーネとペドロたちの所に戻り、ルイス教官の方の状況を聞いた。

「最初の頃は教官がメインでロペスとルディがサポートしてたんだが、途中からロペスとルディと交代して氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)でサポートに回っている所だ」

 

 体の芯まで冷えた第3階戦士(アーセラグエーラ)と、未熟とはいえ体力が万全で体が温まっている学生2人が相手では、普段は2対1で遅れをとることがないはずの戦士(グエーラ)も押されていた。

 

 おまけにルイス教官が私の嫌がらせをみて楽しげに発現させている氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)が魔力と体力と集中力を剥ぎ取っていく。

 魔力の使い方が上手なのか私が出すよりも早く力強いので参考にしたい。

 

 みるみるうちに動きが悪くなり、足が完全に固定された。

 私の氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)はあんなに力強く拘束できない。

 さすが。

 

 氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)が腰まで上って来た頃、そろそろ止めでも刺すのかな? と思って見ていると、ロペスとルディは攻撃の手を止めてしまった。

 

「まあ、こんなもんだろう」

 と、言ったルイス教官は氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)へ込める魔力を増やして一気に氷で飲み込んでしまうつもりらしかった。

「くそ! 殺せ!」

 戦士(グエーラ)は体に絡まって凍りつく氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)を剣の柄頭で殴ったりするが、踏ん張りが利かずに振るわれた一撃は氷を砕くことができなかった。

 段々と肩も腕も飲み込まれ、あっというまに氷漬けにされてしまった。

 

 氷の中から燃えるような瞳でルイス教官をにらみつけたまま恐らく息絶えた戦士(グエーラ)

 ルイス教官は剣を鞘へ収めると振り向いて言った。

 

「久しぶりすぎて覚悟がどっか行ったか?」

 力強く冷たい瞳のルイス教官が私の目を真っ直ぐ見て言った。

 これはまずい流れだ。

 

「お前の事情もわかっているし、もう少しうまく隠せてたらこういうことを言うこともないんだがな、このまま放置していざという時に命を落とす可能性を見逃すわけにも行かない、というおれ達の気持ちもわかってもらえるはずだ」

 演技掛かったわざとらしい仕草で私に止めを刺せ、と言ってくる。

 

 一瞬のためらいから命を奪われることがあるのは頭ではわかっている。

 

 氷漬けの戦士(グエーラ)に向かって両手を合わせ、身体強化と鋭刃(アス・パーダ)を全力で掛けて顔が見えない位置に移動すると、持てる力のすべてをもって戦士(グエーラ)の首を飛ばした。

 

 体は凍りつき、血の流れは止まっているのでまるでマネキンを斬った感じだった。

 おかげで人を斬った感触を味わうことなく教官の命令を遂行することができた。

 

「いやーいつもいつもきついですよね」

「こいつ今回はそこまでショック受けてないな、まあいい、休憩だ」

 ルイス教官が剣の回収をラウルとフリオに指示して休憩時間になった。

 

 雪の上で突っ立ったまま頭を切り離したマネキンのことを思う。

 異国の地に派遣され、十分な装備がないまま寒さに凍えながら帰還命令を待っていたのではないか、と思うと可哀そうなやつらだったな。

 

 唯一知っている神であるアーテーナに彼らの成仏を祈り、休憩が終わったのでファラスに向けて移動を開始した。

 

 2ヶ月ぶりのファラスについたのはその日の夕方だった。

 報告はこっちでやってるから解散、と言われ各々自室に戻った。

 

 エリーを呼んで無事を知らせるために、一旦イレーネの部屋の前に移動し、ノックすると旅装を解いたイレーネが顔を出した。

「あれ? カオル、どうしたの?」

「エリー呼ぼうと思って」

「あー、いいね! 無事を知らせないとね」

 

 私の部屋に戻ってきてからベルを鳴らしてしばらくするとバタバタと足音がして慌てたリズムのノックが響いた。

 帰ってくるのを待っていてくれたのを嬉しく思い、イレーネを目を合わせて思わず笑みが溢れる。

「どうぞ!」

 いつも落ち着いているエリーにしては慌てたようにドアを開けた。

「ただいまもどりました! お久しぶりです、エリー!」

 打ち合わせてはいなかったのだけれども、声を揃えてエリーに挨拶をしてしまった。

 

「おかえりなさいませ! お久しぶりです、カオル様! イレーネ様!」

 狭い室内で思わず3人で駆け寄ってしまったが、握手だけしようと思ったのにイレーネと一緒にエリーに抱きしめられた。

 わ! と驚くとぎゅっと腕に力を込められた。

「ずっと心配しておりました、また会えてよかったです」

 思ったより心配をかけさせてしまっていたんだな、と思うと同時に無事をこんなにも喜んでくれて、感極まってしまい、抱き返してしまった。

 ちょっとだけうるうるしてしまい、顔を見られないようにぎゅっと腕に力をいれると、エリーもイレーネも泣き出し始めてしまい、え?! そんなに泣くほど?! と思ったのはないしょの話し。

 

 エリーとイレーネが落ち着くのを待ってから3人で私の部屋で夕食を取ることにした。

「明日はお休みにしてきましましたからね!」

 エリーもそういうことをするんだ、と意外に思いつつ食堂で貰ってきた夕飯を食べながら、イレーネが兵站のお手伝いをした所から今まで起きたことを話しエリーも楽しそうに聞いていた。

 



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イレーネの理想と神話の奇跡

 日が落ちた頃から始まった夕食は、日が落ちた後も続き

 ファラスを離れている間の話が終わった日付もそろそろ変わろうか、という頃。

 エリーは学生の恋愛話が好きなようで、私とイレーネが一緒になにかした、という話しをすると青春ですね、と遠い目をし、だれかと2人で遊んだというと、

「ひっそりと2人だけで育まれる恋が始まるのかしら」

 などと、目を輝かせて口を挟んでくる。

 

「C班の男子なんて、あたしより魔力少ないんだからね、あたしは騎士姫レオノールになるんだから」

 イレーネがそう言うと、まあ、たしかに、と納得しつつ

「その条件に当てはまる人、というとカオル様しかいませんね」

「そうなのよ、カオルをどうにかして男にできないかなって常々思っているのだけれど」

 軽く酔ってふわふわと回転が鈍くなった頭で必死で考える。

 

 なりたいというのも変な話だし、やれるものならやってみろというのも、なんでそんなに挑戦的なのか意味不明だし、どうしたらいいものやら、と思っていると

「やだ、冗談だよ」

 と、笑われてしまったが、冗談で済ませられるなら、と

「まあ、イレーネが養ってくれるなら男になるのもやぶさかではないね」

 と、冗談っぽく答えておいた。

 

「意外にいやがらないのね、神話の奇跡が起こせるようになったら選択肢としてありかしらね」

 嬉しそうにイレーネが言うと、口ぶりと違って妙に嬉しそうな、楽しそうな表情でエリーが言った。

「カオル様、ちゃんと断らないと大変なことになりますよ」

「もう遅いもんね、カオルはあたしがもらったよ!」

 そう言って勢いよく立ち上がると、くるくる踊りながらベッドの上に倒れ込んで寝始めてしまった。

 

「この調子なら明日覚えてないんで大丈夫ですよ」

 と言って思わず苦笑いすると、エリーも苦笑いで返してくれた。

 

「安心しました」

 酔いが回った目をしたエリーがぽつり、と零した。

 

「この世界に1人で召喚されて、心細かったと思います。

 世話係と言っても、わたしは呼び出した側ですから嫌われていても仕方ないと思ってました。

 だれかが一緒にいて心の支えになってくれたら、と思っていたのです」

 

「召喚されたのはエリーのせいじゃないですからね、優しくしてくれたことはちゃんと知ってますよ」

「年下のあなたにそんなこと言わせちゃって、本当にごめんなさい」

 と言ってうつむいて泣き始めてしまった。

 

 中身は年上なので気にしないでね、とは思っても口に出せないまま、エリーを慰めているうちにエリーはテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 泣き上戸なのかな、とエリーを抱き上げイレーネの隣に転がした。

 

  暖炉にある消えかけた(フェゴ)を消し、

 火力を上げて燃焼時間を長くなるよう魔力を込めた(フェゴ)を放り込み

 二日酔い飲み薬(ポーション)を飲んでからイレーネの隣に転がった。

 

 

 朝、起きてみると、昨夜に放り込んだ(フェゴ)の火力はよっぱらったおかげで間違えたらしく、

 まるで夏のような室内で、汗だくで目を覚めた。

 

「あっつー」

 独り言を言いつつ起き上がってみると、エリーがイレーネの腕枕でイレーネに寄り掛かるようにして寝ていた。

 美人と美少女なので絵になりますね、と思いながらシャワーに向かった。

 

 暖炉の火力を弱めてからシャワーを浴びて、まだ寝ている彼女らのために朝食を食堂に貰いに行った。

 食堂のおばちゃんにしばらく見なかったね、と言われ色々あって大変だったんですよ、と答えて朝食のパンとスープにハムエッグと腸詰めのプレートを人数分貰って部屋に帰った。

 

 2人のために二日酔い飲み薬(ポーション)を作ろう、と思いついて食堂から牛乳とオリーブオイルを貰って来た。

 鞄に残った最後の乾燥シーガ(アロエのようなもの)を使って二日酔い飲み薬(ポーション)を作って作り終えると、凍える風(グリエール・カエンテ)で飲みやすい温度に冷まして置いておいた。

 

 貸出期間を2ヶ月以上も過ぎた読みかけの本を読みながら2人が起きるのを待っていると、きゃあ!という叫び声がした。

 起きたか、と思って見てみると2人同時に目を覚ましたようだ。

 

「中々絵になってたよ」

 そうからかって2人に二日酔い飲み薬(ポーション)を勧めた。

「こんな恥ずかしい状態になってるんだったらさっさと起こしてよね!」

「まあまあ、裸になってるよりいいじゃない」

 というとうぐっと言葉に詰まって二日酔い飲み薬(ポーション)を飲み干した。

 

「この飲み薬(ポーション)はすごいですね、お酒が抜けていくのがわかります」

「最初に作るポーションはこれなんですよ、私とイレーネもよく飲むので得意な飲み薬(ポーション)作成の1つです。」

「エリーがお酒を飲むとは知りませんでした」

「たまには飲みますよ」

 

 食事を取った2人と今日は何をしようか、と予定の話しをしようとすると

「そういえば、2人の話に出てきた暖かい中敷きってどういうものなのでしょう?」

 とエリーが遠慮がちに言った。

「エリーって冷え性?」

「人並みに冷え性です」

 

 人並みがわからないが、面白かったのでちょっと笑ってしまった。

 エリーなら魔力もあるし、大丈夫だろう、と思い

「私のでよかったらためしに使ってみますか」

 と、靴から金属板を抜いて、綺麗に拭いてからエリーに渡した。

 エリーはおずおずと私の手から綺麗に拭いた金属板を受け取ると、自分の靴に入れて足を通してみた。

 

「これは大変に暖かいですが、室内で使うには少し熱いのと…、魔力が」

 と言って慌てて靴を脱いだ。

「これを使ってなんともないというのはさすがお貴族様と召喚者ですね」

 エリーには消費量が重いか、と心にメモをする、空いた時間で作りたいがどう弱く作ってもバカ出力になってしまいそうだった。

 

「今日の予定はエリーの中敷きをつくりましょう!

 私が左でイレーネには右を作ってもらって、どっちが使いたいかエリーに決めてもらうというのはどうかな!」

 そう提案するとイレーネは乗ってくるがやっぱりエリーは恐れ多いと辞退しようとした。

 

「戯れに付き合うと思って作らせてください」

 思わず拝みながらエリーにお願いすると、エリーは眉を八の字にして笑顔で受け入れてくれた。

 鋭刃(アス・パーダ)を掛けたナイフでイレーネが提供してくれた端材をエリーの足のサイズに合わせて切断、加工を始めた。

 

 板の上に立ってもらうと、エリーは足の指が浮くタイプだったので、指の付け根で熱風(アレ・カエンテ)が出るようにして、

 熱くなったら指を踏み込むようにして、指と板に接触させると(カエンテ)がでて冷やせるようにした。

 中々機能的でいいんじゃなかろうか、と心のなかで自画自賛しつつイレーネの方を見てみる。

 

 シンプルに熱風(アレ・カエンテ)が弱く出るだけのものにしていた。

 私が考えるよりも熱量多めで風少なめ。

 たぶん、私とイレーネが使うとつま先が大やけどしてしまいそうな、シンプルなものだった。

 

 これは実際に使ってもらうと目からウロコが落ちるとはこのことか、と思わされた。

 エリーはいつもスカートなので、私が作った物を使うと、裾がひらひらして淑女らしくない物になってしまった。

「これはちょっと…」

 と、恐縮するエリーにそんな物を履かせようとしてごめんね、と謝り、両足をイレーネの紋様を真似して修正した。

 

「これで足が冷えることなく過ごせますね」

「もう少し冷えるようなら魔力を多めに出すといいですし、やっていると魔力量も増えるかもしれませんね」

 そう付け加えると、足に魔力を込める練習をしていたので、貴族かどうか関係なく魔力の量というのは、この世界の人にとって私が思うより大きな問題なんだなぁと思わされた。

 

 学生達のバタバタのおかげでクリスマス休暇がなくなったエリーは1日だけ休むと神殿の雑務に奔走することが多くなり、

 朝夕以外は顔を合わせることができなくなった。

「みなさんが帰ってくるまでは結構暇でしたし、なにより心配でたまりませんでした」

 と、言っていたので仕事の量としては辻褄があうのだろう。

 

 そして年が明け、新学期になった。

 

 最初の週末、イレーネには実家から無事に帰ったなら手紙くらい出しなさい、相手方へのお返事もあるでしょう、という手紙が届き、

「いい加減諦めたらいいのに」

 と暗い顔でつぶやいていたのが印象的だった。

 適当な返事を書くというので

 中級騎士並に魔力のある大変将来性のある同級生とお友達になりました、と本当のことを書いて送った。

 まさか同級生に女子がもう1人いるとは予想してないだろうね、と言ってなんだか苦しそうな泣き出しそうな顔で笑っていた。

 

 思わず抱きしめたくなる弱々しい笑顔だったが、なんとか踏みとどまって

「魔石売って外で飯にしよう」

 こういう時はパーッと飲むに限る、二日酔い飲み薬(ポーション)はもう無いから明日は一緒に二日酔いだ。

 

 まだ早い時間だというのにイレーネの手を取って街へ出た。

 



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雪解けと急ぎの用事

 なんだかんだあったけれども、新学期が始まりラウルとフリオはやっぱり治安維持隊の方にいくのだそうな。

 春までは一部の授業以外は一緒に訓練するらしいのでそれまでの短い間、よろしくという挨拶があった。

 

 春までの課題は相手に掛かっている身体強化や龍鱗(コン・カーラ)などの魔力を見るというもので、接敵した際に正しい人数と対応を取るために必須となる。

 

 相手の魔力が見れる方法くらい治安維持隊に転属する彼らに教えても良さそうだが、これから覚える『相手が今どれくらい魔力を使っていて、どのくらい余力を残しているか』という課題を中途半端にできるようになると

 表面上の見える魔力をすべてと思い込み、逆に危険なので教えないほうがいいそうだ。

 

 しばらくは相手の魔力を見て、自分の魔力量を調整して、剣で軽く打ち合うという訓練が続く。

 自分と相手の魔力量を見て調整するという反復の中で、

 今、自分がどのくらい魔力を出していて、まだどのくらい余裕があれば、

 まとう魔力はどの様に見えるか、という『ゆらぎ』がわかるようになってくる。

 

 熱心な生徒であれば2年生中にできるようになるのだが、

 熱心でない生徒は3年に入ってしばらくかかるらしいので、どちらかというと熱心でなかった彼らは参加が許されなかったのだろう。

 

 私とイレーネとロペスは魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をぶつける練習をしていたせいか、思ったより早く『ゆらぎ』がわかるようになり、

 ルディとペドロは3年になる前に『ゆらぎ』がわかるようになった。

 

 そして、あっというまに雪解けの季節になった。

 最後に送別会とかするのかと思ったらこっちではそういう風習はないらしく、ルイス教官からちょっと説明され、次は3年で、と解散して終わりだった。

 別に特別仲良かったわけじゃないけど、別れを惜しむ的な情緒がないよね、とイレーネにいうと相変わらず変なこと気にするのね。と、言われた。

 

 

 都市部では雪が溶け、歩きやすいいつもの道になる頃、冬眠していた動物が目覚め、餌が増えた魔物が活発に活動をはじめる。

 そして、それを獲物にするハンター達も活動を始める。

 

 ある日、エリーに朝食を持ってきてもらって一緒に食事をしていると、慌てた様なノックの音が響いた。

「開いてますよ」

 と、答えると、すまない! と、いうと同時にバン! とドアが開けられ

 しらない男が手紙を持って来た。

 

「ハンター協会からの緊急事態の手紙だ」

 そう言ってハンター協会から来た男はエリーに私とイレーネの分の手紙を渡して帰っていった。

 イレーネはノックしたけど返事がなかったそうだ。

 

 思わずエリーと顔を見合わせて笑ってしまった、後で声をかけよう。

 渡された手紙を読むと雪解けに合わせて移動してきた豚頭(オーク)の群れと

 冬眠から覚めた熊が魔物化しているので討伐の手を借りたい、という内容だった。

 

 今年は数が多く、登録しているハンターに声をかけているらしい。

 基本的に私は2階に立ち入りは禁止されているのでエリーに伝言を頼み、

 私はルイス教官のところへ行く。

 

「まーた面倒なことを」

 そう言って後頭部をバリバリとかいた。

「よし、授業の一環ということにしよう!  予算の確保と教育の成果と国への貢献!」

「ん? 予算? 国からはでないんですか?」

「ちょっとやりたいことがあってな、予算外の活動になるから諦めようと思ってたんだ」

 そう言ってニッと笑った。

 

「ということはいくら稼いでも持っていかれてしまうんですね」

「まあ、そういうなよ、低級の悪魔(マイノール・ディーマ)の魔石で儲けたんだろ?」

 1回換金しただけですでに知られているとは、と驚いて鼓動が早くなる。

 平静を装いながら

「お金というものはいくらあってもいいものですからね」

「まあ、そういうなよ飯くらい好きなだけ頼んでいいからよろしくな」

 そう言って私に背を向けて手をひらひらと振って追い出した。

「その言葉忘れないでくださいね!まあまあいい店予約しますからね!」

「お手柔らかに頼むよ」

 という声を背後で聞いて、通用門へ急いだ。

 

 通用門ではすでにイレーネとロペス達が私を待っていた。

 ルディは面倒そうだったが、ペドロは骨折自体の治療は済んでいるが、衰えた筋肉のリハビリと魔力量の増加でルディ達に置いていかれているので、

 体を動かしたくて仕方がないらしい。

 

 私はルイス教官との話を彼らにして、稼ぎは学校のものになるが終わったら、好きな店を選んでいくらでも食べていいと許可を得た話をすると食べ盛り達は大喜びではしゃいでいた。

 

 みんなでぞろぞろとハンター協会まで訪ねていくとフリオとラウルがハンター達の受付と配置の整理しているのが目に入った。

 私は見て見ぬ振りをしたほうがいいかな? と、考えているうちにペドロとルディがさっさと話しかけに行ってしまった。

 無神経じゃないのか、いいのか、大丈夫か、と後ろの方で心配しているとフリオとラウルもなんだか普通に話し返しているので杞憂だったようだ。

 

 君たちコミュ力高いな、と感心しつつ一緒に話しかけに行く。

「元気そうでなにより、ルイス教官に稼いでこいって言われてるから一番いい所を頼む」

「そんなこと言われなくても士官学校の3年生は最前線だってよ」

 フリオが笑って答えた。

 

 

 ハンター協会の案内により、ファラスから出て、南へ徒歩10日ほどの所にある山の麓に配置になった。

 身体強化あるから遠くてもよかろう、ということか。

 まあ、いいけどさ、と心のなかでつぶやいて駆け出し、1日と3時間ほどで到着した。

 クルティエーナという宿泊施設の無い農村にたどり着き、先に待っていたハンター協会の偉い人と合流し、配置について打ち合わせる。

「増援をよこしたって連絡きたが、ガキじゃねえか」

「隊長、士官学校の生徒相手に思ったまま口に出すのはやめてください」

 秘書っぽい補佐の女性が無精ひげの隊長を(たしな)めた。

「おお、悪いな。手紙によると巨大猪(グレートボア)とか手長熊辺りなら1人で対応できるとあるが間違いないか」

 表情がキッと引き締まると一番前にいたペドロに聞くと、それならこいつに聞いてくれ、とロペスを示した。

「確かに1年半くらい前に3人でやった」

 やりはしましたが、正面で対応したのは彼1人ですよ、と補足した。

 

「十分だ、では、学生に大変なところを押し付けるようで悪いが、5人で一区画受け持ってもらいたい」

「では、討伐に専念するために討伐証明部位を回収できる人の派遣をお願いできますか」

 ロペスと隊長の間で交渉が進むのを黙って見守った。

 

 クルティエーナから半日ほど歩いた辺りにある山と山に囲まれた盆地へ続く道から盆地にかけてが受け持った区画となる。

 私達が受け持つのは野生動物ではなく、豚頭(オーク)やオーガをメインとした群れを作って移動する魔物が相手になるそうだ。

「すまないが、どれだけ人を割いても普通のハンターじゃぶつかった時の損害が大きすぎる」

 というのは隊長さんの談。

 

 山を越えて見られないように隠れながら休憩を取れるというのは中々の知恵と社会性があるのだなぁ、と感心した。

 そういう話を走りながらイレーネに話すと、またそんなことばっかり考えて!情が移ってもしらないよ!と怒られてしまった。

 

 討伐しているハンターのキャンプに着き、討伐の進捗や引き継ぎをした。

 現在は狭くなっている盆地の出口でバリケードを張って膠着状態になっている。

 森の中を迂回して来られない様に罠を張っているので入らないように、と言われた。

 

 偉い人を1人と補佐を1人と100人近くいたハンター達の半分を残してクルティエーナへ帰ってしまった。

 半分残ったハンターたちは夜間の警戒要員として残り、夜間、襲撃が合った場合は私達が起きるまでの間食い止めるだけで、戦ってはくれないらしい。

 丸投げされている、と少し憤りを感じるが、技術があっても魔力のない人達にうろうろされると、同士討ちの危険が増すだけなのでいない方がいいはずだ、と気を取り直した。

 

「では、休憩後、作業に取り掛かります」

 



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無礼な彼らと堪え性のない彼ら

 ロペスが討伐の引き継ぎを行うと、補佐の女性の案内で休憩用のテントに案内された。

「そっちが女性用でこっちが男性用だ」

 そういう補佐の人に礼を言って、一休みしたら声をかけてくれ、と言ってロペス達はテントに入っていった。

 テントの外から声がする。

「見たか? ガキじゃねえか」

「しっ聞こえるぞ」

「かまやしねえよ、お貴族様にゃゴミの区別なんかつかねえんだからな」

 わざわざ聞こえるように陰口を叩くなら

 まとめて燃やしてやろうか。と言う考えが頭をよぎったが、いい大人なので聞かなかったことにしてあげた。

 

 平民耐性の無いペドロとルディが応戦してしまった。

「見たか? あいつら、どいつもこいつもいい年してなでたら消し飛びそうだったな」

「まったくだ、そのせいでファラスからここまで派遣されたんだからな」

 

「ひよっこがピーピー鳴いてやがる」

 

「聞いたかルディ、ひよっこに頼らないと毎年の恒例行事もままならないらしいぞ」

 

「野郎!」

 どちらからともなくテントから飛び出して殴り合いが始まってしまった。

 

 始まってしまったか、と肩を落としつつイレーネがソワソワしているので見てみるとテント出口の隙間から殴り合いをしている様を覗いていた。

 

 骨を折らない程度に痛めつけるのなら4級の飲み薬(ポーション)があれば十分だろうとリュックの中を確認してひとまず安心することにした。

 平民相手ならすぐ終わるだろうと思い、いつでも飲ませられるようにリュックを抱えてイレーネと一緒にテントを出た。

 

 ペドロのケンカ相手の男の仲間が会釈をした。

「なんかすみません、おれはダビドといいます、彼がセルヒオで、もう1人がマルクといいます」

「私は、カオルといいます、彼女はイレーネ、

 今、セルヒオさんを転がしたのがペドロで、マルクさんのキックを受け止めたのがルディです。

 まあ、怪我とかしなきゃなんでもいいんですけどね、あ、いま出てきたのがロペスといいます。」

 

「すまんね、短気ですぐに誰彼構わずつっかかって行っちまって」

「ペドロ達が無礼を許してくれたからいいものの、運が悪かったらいきなり斬首ですよ」

 

 そう言うとダビドが鼻白んだ。

「貴族様相手にいうのは確かにそうなんだろうが、いきなりそんな事できるわけあるかい」

「それは法律でってことですかね? 力でってことですかね?」

「こんなところにゃ法は届かねえさ」

「じゃあ、ますます許してもらえてよかったですね、なんで5人しか来てないと思います? そういうことですよ」

 そう言ってにっこりとしてやった。

 

 ダビドは明らかにむっとした表情をしていたが、50人の代わりに5人しか来なかったという事実に黙り込むしかないようだった。

 

「遊んでるなら休憩終わって仕事しよー」

 と、叫んだ。

 ペドロはおう、と答えると出されたセルヒオとマルクの手を強引に取り、楽しかった、と握手をした。

 急に握手をされ、毒気を抜かれたセルヒオとマルクはぽかんとその場に佇んでいた。

 

 隊長さんの所へ向かいながら聞いてみる。

「最初の怒りはどこに行ったの」

「なんだか楽しくなってしまってな」

「楽しそうな職場に来れてなによりだね」

 

 隊長さんのテントの前で休憩が終わった、と告げると、入れ、と言われ

 中に入る。

 

「もういいのか?」

「余暇を楽しめない人もいるので、仕事していたいのです」

「そういうことならいいが、では案内しよう」

 そう言ってテーブルに広げられた地図を指し示した。

 

「我々が受け持っているのがこの辺りだ」

 盆地と森を指し棒で示した。

「さっきも言ったがバリケードを張って凌いでる所だ、早く対応してもらえるのはありがたい、道案内はミレイアにさせよう」

 そういうとテントに案内してくれた補佐の女性が前に出た。

 

「よろしくおねがいします」

 ミレイアさんと握手をして案内してもらう。

 

 ミレイアさんを先頭にしてミレイアさんの急ぎ足のペースで数分、

 筋骨隆々な男たちが走り回ってる所にたどり着くと現場の監督官を呼び、

 簡単な紹介をしてそのまま私達は実戦投入となった。

 

「今はあちらも態勢を立て直しているようです。

 今のうちにやつらに対して攻撃を仕掛けていただけると良いかと」

 

 こちらから攻めるほどの戦力がないことまで把握されているのか、消耗するとさっさと引いて回復を待ってからまた攻めてくるらしい。

「完全になめられてますね」

 

「だからこそ貴方がたの攻撃が有効的な一撃になるはずです」

「ん? 奇襲をかけてそれで終わりですか?」

「ハンター達は士気が落ちているので直接戦うのは難しいです」

「私達だけじゃあ全滅させるのは無理かもしれませんよ」

 

「大丈夫です。毎年この辺ではそうやってアールクドット側に追い返すだけで、中途半端に数を減らされても困るのですよ」

 つまり? と聞くと

「目標としてはなるべく多く生かして追い返すこと、

 次に全滅させてくれると向こうから追い返されてまた来ることがないのでありがたいです」

「どちらにしても、無茶言いますね」

 

「士官学校の教官殿に許可を取りに行った際、今年の学生は活きが良いので一騎当千と思っていただいて結構、と言っておりましたので」

 ……あの男!

 

「ではあちらの戦力の確認もしたいので、森の中から偵察に行きましょうか」 そう言ってミレイアさんを先頭に森の中の罠を説明してもらいながら進み

 茂みの中から戦力を確認する。

 

 豚頭(オーク)はざっと40、オーガは…20前後のグループが4つ、奥の方で横たわっているグループが1つあった。

 豚頭(オーク)の方はオーガの下部組織なのかひとかたまりになって、森で獲ってきたであろう獲物を貪っている最中でオーガの方は1体のリーダーとグループ統率者のサブリーダーと一般兵が立ち並ぶ。

 

 120体対5人

 

「オーガは食事取らないのですか」

 ミレイアさんに聞くと戦闘状態になると何日か食べなくてもいいらしいです。

 と答えた。

 

「食事中の奇襲は難しいですね」

「カオル、ねえ、AB班とやったときのあれやろうよ」

 あれ? あれってなんだっけ

氷の矢(ヒェロ・エクハ)をいっぱい出してたでしょ」

「あー、はいはい、魔法補助魔法使っていっぱい出したあれね」

 

「あたしとカオルが合唱魔法と魔法補助魔法使って氷の矢(ヒェロ・エクハ)出して数を減らすから、3人で残りを処理してもらえれば全部いける気がするんだけど」

「それだとお前らが意識失ったらどうするんだ、戦場で気絶なんてシャレにならないぞ」

 ロペスの心配ももっともだ。

「ちゃんと考えてあるわよ! 魔力回復飲み薬(ポーション)を用意したの」

 そう言って1本の瓶を置いた。

 

「それであれば逃げるくらいの時間は稼げるか、それでいこう」

 

 イレーネと手をつないでステロスを使い、透明になって森の中から7歩だけ歩く、と決めてあるき出す。

 透明になったまま魔法補助魔法を使う。

 

 「(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け! 氷の矢(ヒェロ・エクハ)!」

 

 無数の、見ただけではもうどのくらいの矢が出現したのかすらわからないほどの量の白く輝く氷の矢(ヒェロ・エクハ)がもやもやと冷気を吐き出しながら出現し、豚頭(オーク)とオーガに動揺が走った。

 

 何もない場所に突然現れた2人のニンゲンの少女に向かってオーガのリーダーが指をさして何か叫んだ。

 

 全身をだるさが襲う、右手に握ったイレーネの手から力が抜けて行った。

 慌てて瓶から魔力回復飲み薬(ポーション)を飲むと、そのままイレーネの口に瓶を突っ込んで飲ませるとその場にしゃがませた。

 

 わらわらと寄ってこようとするオーガ達に向かってすべての氷の矢(ヒェロ・エクハ)を射掛け、降り注ぐ氷の矢(ヒェロ・エクハ)豚頭(オーク)とオーガを蹂躙するのを見守る。

 魔法補助魔法を掛けた氷の矢(ヒェロ・エクハ)は、足に刺されば地面と足を凍らせて動けなくし、体に刺さると刺さった箇所が凍って無理に動かそうとすると凍った箇所が砕けているようだった。

 私にとって理想的な戦場と言えた、仲間に危険はなく、血が流れず、匂いを嗅がずに敵だけを叩き潰せるのだ。

 

 それでもたまたま当たらなかった数体が、先に射抜かれた豚頭(オーク)や仲間の死体を担いで私に迫ってこようとするものも現れる。

「さあ、3人共! やっておしまいなさい!」

 

 



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男社会とオーク肉

「さあ、3人共! やっておしまいなさい!」

 3人は私の声と同時に茂みから飛び出し縦横無尽に駆け回る。

 

 無数の氷の矢(ヒェロ・エクハ)が降り注ぐ混乱の中、五体満足でロペス達3人に対応できる豚頭(オーク)もオーガも多くない。

 

 無事だったリーダーは私が降らせたと察した様だが、サブリーダーが負傷し、残ったオーガ達では自力で混乱を立て直すことができないようだった。

 指示系統が混乱している中、飛び出したロペス達めがけて襲いかかる者、私とイレーネを見つけて襲いかかろうとする者、負傷者を安全な所に運ぼうとする者と分かれ、それぞれが思い思いに行動し始めていた。

 

 ありがたいことにロペス達は自分達に向かってくるものと私達に来ている者を手分けして対応してくれている。

 魔力回復飲み薬(ポーション)が効いてきたのか、力の戻ったイレーネを引っ張り起こすと、個別に氷の矢(ヒェロ・エクハ)で対応できるように体勢を整えた。

 

「動ける?」

「まだ、ちょっとふらつくかな、でも少しなら魔法使えそう」

「じゃあ、あとちょっとだから頑張って」

 イリュージョンボディをまだつらそうなイレーネにかけるついでに自分を含めて戦場の空気の中で邪魔にならないように存在を希薄にして戦況を確認する。

 

 立っているのは3割以下、無傷でロペス達と戦っている豚頭(オーク)とオーガは1割を切る状態で私とイレーネは自分の仕事を終えてじっとする作業に入る。

 流石に危険な場合は介入しようとは思うけれども、きっと彼ら同士で連携するだろう。

 

 まだ体調が戻ってない癖に飛び出したそうな気配を覗かせるイレーネの手を握って制しながら、数を減らしていくオーガ達とその間を駆け回り、捕まらないように左右にフェイントを入れながら振り回された武器を弾き飛ばし、伸ばされた手足を切断して回る様を見守った。

 

 1体1体足を止めて倒すより、足を止めることがないのでオーガ達が一斉に集まってきて袋叩きにあいづらい。

「やるねえ」

「今のあたしじゃ無理だね、一気に切断まで押しきれないよ」

 と、私のつぶやきに答えた。

「真髄に届いてやっとって感じかな、ま、がんばろうね」

 

 ロペス達が負傷してもなお戦意を失わないオーガと豚頭(オーク)を始末し、ミレイアさんに隊長さんへの報告と素材回収要員の手配をお願いし、私達はキャンプへ戻り、休憩後ファラスに帰投することになる。

「来てもらってすぐに解決とはさすが士官学校生だな! 今素材の量を確認しているが、なにせ量が多いからな今日は泊まっていってくれ」

 隊長さんは笑顔で言うとロペス、ペドロ、ルディと握手をして肩をバシバシ叩いているのを、私とイレーネは後ろから眺めた。

 

「魔力はいい具合になってきたけど、やっぱり近接戦闘が課題だね」

 割り当てられたテントに入り、イレーネにお茶を淹れてあげながら今後の話しをしようとイレーネに話しかけると、簡易ベッドに腰掛けたイレーネがぽつり、とつぶやいた。

「今日もあたし達はいないみたいだったね」

「リーダーだけっていうのならともかく男だけっていうのはよくないよねー」「なんかカオルは平気そうだね」

「面倒なのが嫌いだからね、勝手に話が終わってくれるなら大歓迎さ」

 それと実は女じゃないからね、と、心のなかで付け加える。

 

 「この手甲の時は話が通じなくて大変だったから、是非時代を先にすすめてほしいものだよ」

「時代なの?」

「だれかが最初の1人になると時代が変わるもんさ」

 そういうとイレーネはわかったようなわからなかったような顔で紅茶を飲むと大きく息を吐いた。

 

 昨日から走り詰め働き詰めで疲れたので、せめて夕方まで仮眠を取ろうと簡易ベッドに横になると寝づらいベッドでも襲ってくる睡魔に身を任せた。

 

 それから起きたのは完全に日が落ちてからだった。

 ミレイアさんに起こされ目を覚ますと、私達が討伐した豚頭(オーク)肉が夕食に出るそうだ。

 

 ミレイアさんに連れられて食事用の場所の前の方にロペス達と座らされる。

 私は後ろのほうが好きなんだけど。

 

 ろくな明かりのない野外に8人掛けのテーブルが20台ほど並び、ハンター達は前の方に詰めて座った。

 

 隊長とミレイアさんは私達のテーブルの前に座り、次に私とイレーネが向かい合って座り、私の隣にロペス、向かいにペドロ、ルディと並んだ。

「イレーネが女だから無視されたって気にしてるから機会があったら気にしてあげて」

 隣に座ったロペスに小声で伝えた。

「すまんな、おれもあれはどうかと思ったんだが勢いに押されて口を挟めなかった」

「私としては面倒な挨拶が勝手に片付いてよかったんだけどね」

「お前はそういうやつだよ」

 と言って苦笑いをした。

 

 そのあと、焼いた豚頭(オーク)が運ばれてきてハンター達と一緒に晩御飯を取ることになった。

 

 森の脅威は去ったということで酒も運ばれて来て隊長が席を立って

 我々は押し返すしかできなかったがファラスの貴族たる士官学校生がすべての問題を解決してくれた! というと、ハンター達から歓声が上がった。

 

「英雄たる彼らに挨拶をしてもらおう」

 ペドロが立ち上がりそうな所をロペスが目配せして立ち上がった。

「私はロペス・ガルシアだ、ウルファラから来た。

 英雄として紹介されたが今回は真の英雄を紹介したい、彼女らだ」

 そう言うと、やりたいことに気づいたらしきペドロが目を丸くしているイレーネを立たせた。

 私もしょうがなく、やれやれ、と立ち上がりロペスとイレーネと一緒に前に出た。

 

 篝火が焚かれている中、後ろの方の人の顔は見えないし、向こうからもあまり私の顔も見えていないだろう。

 

「諸君らは想像できるだろうか、この空一面無数に広がる致死に至る氷の矢を、彼女らはそれを行使し100体を超えるオーガ共の8割以上を死傷させたのだ」

 イレーネと私に(イ・ヘロ)を力いっぱい使ってやれ、と耳打ちした。

 イレーネと2人で(イ・ヘロ)を使い、広場を一気に明るくしてみせた。

 たった数メートルほどだが顔もよく見えるくらい明るくなると、奥の方ではどうせ見えないと思ったか、焼いた豚頭(オーク)にかぶりついている姿がよく見え、手に持った肉をそっと置いてごまかした。

 

 おお、と驚きの声が上がるのを確認し、ロペスが続ける。

「これが彼女らの魔法だ、この光の様に発現させた氷の矢が蹂躙し尽くしたあと我々が後始末をしただけなのだ」

 

「真の称賛は彼女達へ! 彼女達に拍手を!」

 ハンター達は私達に惜しみない拍手をしてくれた。

 外行きのロペスかっけーな、と思いながらイレーネをそっと見ると、誇らしそうに笑顔を浮かべ素直に称賛を受け取っているのが見えた。

 

 挨拶を終えて席に戻った、隊長さんの隣には座りたくなかったのでロペスと場所を入れ替えると隊長さんが

「そんな馬鹿な話があるか、彼女らは補助だろう?」

 というまったくもって失礼なことをロペスに不機嫌そうに小さな声で言っていたが普通に聞こえた。

「おれが言ったことは本当ですよ、ミレイアさんも見てましたし」

 ミレイアさんも頷いた。

「女がそんなことできるわけないだろう、手柄をゆずる約束でもしてたんだな? 色香にでも惑わされたか?」

 鼻をふんと鳴らして酒を煽ると、ミレイアさんが済まなそうな顔をした。

 

「いまのは聞き捨てならないな、明日起きて臆病風に吹かれて忘れていなかったらどっちかに勝負を挑んでみるといい」

 ペドロがそう言うと、むっとした顔の隊長さんが立ち上がろうとしたが、身体強化を掛けたロペスがまあまあ、と肩を押さえて座り直させた。

 子供の力相手に、どんなに力をいれても立ち上がれないことに目を白黒させながら隊長さんはボトルのワインと食べかけの肉を持って寝る! といってテントに戻ってしまった。

 

「すみません、彼は女性とみるといつもああして見下さないと気がすまないのです」

「そんな人の下で働くのも大変ですね」

 



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思えば遠くへ来たものだ

 次の日の朝、

 硬いパンと焼いた豚頭(オーク)肉とスープを朝食に食べつつ、このままなかったことにしてさっさと帰ろうと思っていると私の前に隊長さんが立った。

 目だけを動かして見上げると、見下してます! という感情を隠さない目が私を見据えていた。

「おはようございます」

 私が挨拶をすると、舌打ちをした。

「このままおとなしく返してしまうとおれが逃げたと思われるからな、遊んでやるから飯食ったら広場に来い」

 ニヤニヤしながら私を見るペドロを睨みつけ、とりあえず文句を言う。

「余計に絡むから面倒なことになったよ」

「女だからと友が侮られたのだ、これはおれが侮られたのも同じ、だから頑張ってきてくれ」

「重ね重ね面倒だ」

 肩を落として言われるがままに不機嫌を隠そうともしないしかめっ面を広場に向かった。

 

 もうオーガ達の討伐が終わったので、夜ぐっすり眠れるようになって元気そうなハンターたちが始まる前からやじを飛ばしながら取り囲む。

 不機嫌な隊長さんとしょんぼり顔の私が対峙した。

 

 申し訳無さ全開のミレイアさんが前に出て、模擬戦前の注意事項を言った。

「使用可能武器は木剣または素手による格闘のみ、戦闘不能か降参により模擬戦終了です。

 なお、カオル様は攻撃魔法の使用は禁止です」

 

「おねがいしまーす」

 と礼をして身体強化を強めにかけた。

 隊長さんは何も言わずに木剣を構える。

 じわっと身体強化がかかるのが見え、なるほど、自覚せずに使えているタイプの人か、と感心し、身体強化をより強くかけた。

 

 拳をギュッと握り、頭と胴を守りやすい位置で構え、隊長さんに手甲側を向け龍鱗(コン・カーラ)を使った。

 

 上半身は両手で守ってしまっているので隊長さんから狙える私の体は肩、足くらいなものだろう。

 そう思ってジリジリと間合いを詰めると、頭を狙ったフェイントを入れて脛の骨折れよ! とばかりに振られた木剣が私の足を襲った。

 ゆっくりと振り抜かれる木剣を見て、強化されるのは思考と視界も入るのか、と今更ながら知ることができた、身体強化を掛けた者同士でやるとわからないものなのだな、と思う。

 それでも脛を狙って振られる木剣に対して避けなければ! と避けてはいけない! がせめぎ合う。

 ぐっとお腹に力を入れて脛で木剣を受け止める覚悟を決め、重心を落とした。

 

 ガンッと音がして私の脛で木剣が止まり、隊長さんの自信満々の顔から目を見開いた驚愕の表情へと変わった。

 よかった! 痛くない! と、ホッとしつつ隊長さんも革鎧があれば大きな怪我はしないだろう、と右拳を腰の回転を乗せて突き出した。

 

 私の拳は隊長さんの右胸を捕らえ、真正面から打ち抜き損なった結果、斜めに抜けてしまったが、十分な威力を残せたらしく、隊長さんはゴロゴロと転がって倒れた。

 ミレイアさんが隊長さんを確認すると大きく両手を振り、戦闘不能を伝えた。

 

「すみません、ちょっとやりすぎましたかね」

「たまにはこうして懲りてくれればいいんですが、男だけのグループを作れば大変有能なんですよ、こう見えても」

 苦笑いしてハンターに言って隊長さんをテントに運んでいった。

 

「後の先を取ると強いな」

「さすがのカオルのカラテね」

「ハンターとはいえ一般人相手にえげつない」

「僕にもカラテ教えてくれよ」

 口々に茶化されながらミレイアさんに帰還を告げる。

「じゃあ、目を覚ましても面倒そうなので私達は帰ります」

「そうしてください、あ、あとこの木札をルイス様に」

 鞄からはがきの半分くらいの木札を取り出し私にくれた。

 

 木札には討伐頭数と単価、合計金額が書いてあり、金貨58枚と銀貨6枚という14年ほど何もしなくても暮らせるとてつもない金額だった。

 個人で持つには多いが組織が持つにはそうでもないか、と思い直すとリュックに木札を仕舞って帰路につくことにした。

 

 往路に比べて復路は朝早く出発できたのでなんとかその日のうちに学生寮までたどり着き、自分のベッドで眠ることができた。

 

 

 夜が明け、エリーと朝食を取りいつもどおり授業があるので講義室に向かった。

「おはようございます、これ木札です」

「おお、思ったより稼いできたな」

「足りますか?」

「十分だ」

 

 午前は飲み薬(ポーション)の作成の講義、午後は魔力感知模擬戦闘だった。

 

 運良く素材が手に入ったとのことで、魔力回復飲み薬(ポーション)を作る。

 ピリーコとかいうどんぐり大の赤い実が手に入れづらかったらしい。

 

 魔力回復飲み薬(ポーション)の材料は今回はオーガの魔石を1個、ピリーコの実を1個、角兎(アルミラージ)の角1本、(アグーラ)で出した魔法の水に食用油。

 あとは、禍々しい見た目のミニトマトのブレンボ、なるべく魔力が多いものがいいらしい。

 

 二日酔いポーションは水なら何でもよかったことを考えるとなんだかちゃんとしたものを作るんだと思ってちょっと感動した。

 

 火を使うので練兵場の端に行き、五徳に鍋をセットして鍋に対して半分量の水をいれ、自前の(フェゴ)で加熱を開始する。

 まだ(ぬるい)いうちに水の中でピリーコを指で潰し、沸騰までの間にブレンボをみじん切りにする。

 みじん切りする前に魔力が足りない場合は、火にかける前に魔力で包み込みブレンボに吸わせるといいらしい。

 今回のは魔力がそこそこ籠もったものだったのでこの作業は不要だった。

 沸騰の直前に、ブレンボのみじん切りを投入し、かき混ぜながら沸騰を待つ。

 

 グラグラと沸いたら魔石を1個いれ、溶けるのを待つ、2個用意できた場合は、1個目が溶けてから投入すること。

 ピリーコの実とブレンボを溶かした水に素材を入れると魔力を抽出する作用があるそうだ。

 素材の魔力量や硬さによって量を増やすのだが、1級のものを作るのにそう何個も入れる必要はない。

 

 魔石が溶けたら次は角兎(アルミラージ)の角を沈め、火が通ってグズグズになるのを待ち、かき混ぜ棒で強めにかき混ぜ粉々にする。

 十分に粉々にできたら食用油をたらし、角の溶け切らなかった不純物とピリーコの実と種の皮を吸着させ、上澄みを捨てる。

 これで2級の魔力回復飲み薬(ポーション)ができあがり。

 

 1級の飲み薬(ポーション)にするのであれば、水を足し、ひと煮立ちさせると1級の魔力回復ポーションが出来上がる。

 

 昼食後、午後の講義はいつもの通り、魔力感知と操作の習熟だった。

 龍鱗(コン・カーラ)をかけ、剣の切れ味と重さに加え、鋭刃(アス・パーダ)をかけ相手の龍鱗(コン・カーラ)を打ち破る威力になるよう調整する。

 打たれる側は破られないよう龍鱗(コン・カーラ)を強くし、負傷しないように受ける。

 

 痛み自体も痛覚遮断がされているので、イレーネやロペスと魔力量の読み合いをするゲームをしている感じがして楽しい。

 

 たまにやりすぎてしまい流血することもあるが至高神の癒し手(イオス・キュレイド)を即座に発動してくれるし、一瞬痛みを感じてもすぐ痛みも引くために痛みに対して恐怖が湧かないのだ。

 硬いドッヂボールの球を顔で受けた時とか、サッカーの授業をいい感じにサボるためにキーパーになって顔面ブロックした時の方が痛みがいつまでも引かないので怖い。

 

 少しずつできることが増え、少しずつ元の世界を忘れ、少しずつこの世界が好きになる。

 持つ側だということも理解しているし、なにか切っ掛けがあったわけではないけれども、もう私の居場所はここでいい、そう思った。



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ルイス教官のしらない一面と魔法薬の作り方

「今日は高等魔法学校の講師に来ていただいたのでしばらくの間、上級飲み薬(ポーション)の作り方を教えていただく」

 ルイス教官の隣に立った見知らぬご婦人は高等魔法学校の人らしい。

 紹介が終わると、ルイス教官は少し離れて椅子に座って授業を見守る姿勢になった。

 

 紫がかったグレーの髪のふくよかな女性は優しげに微笑むと

「ただいまご紹介いただきましたリタ・エリアです、あちらでは魔法薬の専門で教鞭をとっておりますわ」

 そう言ってルイス教官の方を一瞬見たかと思うと、

「なぜ、わたくしが呼ばれたのかということから説明が必要になるかと思うのですが、じゅう…3年? 4年くらい前かしらね、ルイス君がわたくしの所に直談判しに来ましてね」

 ルイス君……

「先生、授業以外のことは」

「まあまあ、熱意ある生徒の話は大事な話ですよ」

 そっと手で制すると、立ち上がろうとしていたルイス教官は諦めて座り、膝の皿が砕けんばかりに指でタップしていた。

 

「魔法薬の作り方を習いたいのですが、個人的にお願いするにはいくら必要でしょうか! って

 目をキラキラさせながら士官学校の制服を着た男の子が来ていうものですから、

 どこまで作れるの? と聞いたの、そうしたら4級の飲み薬(ポーション)までは作れます!

 なんていうから魔力回復飲み薬(ポーション)の2級と5級の飲み薬(ポーション)も作ってらっしゃいな、

 そうしたら授業1回、銀貨5枚で個人的に授業をしましょうって返事したの、そしたらすごく嬉しそうに帰っていって」

 リタ先生がルイス教官を見ると、みんなが一斉にルイス教官を見た。

 すごくバツの悪そうな顔をして帰りたそうにして頭をバリバリとかきむしっていた。

 

「それから何日か、1ヶ月は経たないくらいだったから20日くらいかしらね、音沙汰なくて諦めたのかな? と思ってたらアーグロヘーラ大迷宮まで遠征に行ってました! っていうのよ、そんな危険を冒してまでわたくしの授業受けたいのね、って思ったらうれしくってうれしくって、で、それから教官になって何年かに1回、優秀な生徒が来たんです、授業お願いしてもいいですか、ってくるようになったのよ、ルイス君こう見えてすごく生徒思いじゃない?」

 

 リタ先生のルイス教官はいかに生徒思いで、なんとか生き残らせるために個人で

 カリキュラムにない魔法薬の作り方なんて教えているという。

 個人で、という所には一言いいたいのだけれども。

 

 それからしばらくもお喋りは止まらない。

 リタ先生はすごくしゃべるタイプのおばちゃんだった。

 

「今年も聞く所によると優秀なんですってね? あたくし楽しみで楽しみでいつもはなかなか優秀なのがいるからっていうんだけど、今年は優秀で面白いなんていうものだからものすごく早く来ちゃって」

 

「あなたかしら? それともあなたかしら?」

 リタ先生は好奇心と喜色の目で私とイレーネの前に立った。

 

 面倒な予感を感じ取った私はイレーネを指さしたが、イレーネも同じ予感を感じたらしく私を指さしていた。

 

「まあ、お友達思いね! あ、そうそう! みんなに自己紹介してもらわなきゃ!」

 リタ先生の勢いは止まらない。

 

「まずはわたくしから、リタ・エリア、ファラスから遙か西の国、リボーサという国の出なんですけどね

 知ってます? 昔は陸続きの長い国だったらしいのですけど、800年前に真ん中が魔族に沈められちゃって1つの国の中で

 陸側と海側って言われるうちの海側にうちがあるのよ、で兄が3人と姉が1人に妹が2人、弟が1人いるんだけど、

 家督継ぐ話になった時に」

 そういうと胸を張って腰に手を当て、偉そうな雰囲気で声を低くして言った。

「お前に家督を継がせると本と飲み薬(ポーション)の材料で家が傾く、早急に出て研究者にでもなるがいい、なんていうの、ひどい話じゃない? まあ、なるまでのお金は出してもらったんだけどね。

 あ、でもここにいる子達はみんな似たような境遇よね、じゃあ、貴方から自己紹介してちょうだい」

 

 そういって1人ずつ自己紹介をさせ、1人1人の自己紹介に口を挟みながら聞き終わって満足気に頷くと

「では講義は明日から本格的に始めますからね、集合はここではなくいつも調合をしている所に来てくださいね」

 というと同時に鐘が鳴った。

 ぽかんとする我々を残して優雅に講義室から出ていくと、室内に静寂が訪れた。

 

「あぁ、そうか、昼か」

 最初に動くことを思い出したのはペドロだった。

 生命力を吸い取られた亡者のように動き始め、戸惑いながら昼食を取るためにそれぞれ食堂に向かった。

 

「なんかすごかったね」

 イレーネにそう言われて頷くしかなかった。

 すべての言葉を置き去りにして印象だけを残していったリタ先生。

 明日からついていけるだろうか、と不安感しかなかった。

 午後の実技もなんだかふわっとしたまま過ごしてしまい、ヴィク教官にどやされた。

 

 ──次の日──

「さて、今日の飲み薬(ポーション)作成講義ですけど、ルイス君にお願いされたとおりに9級のものを作ります、これは骨折、内臓、切断の修復に効きますが、欠損をもとに戻す効果はないので、

 手足が切断された場合は切断した先の手足が必要になりますよ。

 野獣や魔獣に食べられた、なんてケースで内臓が一部でも食べられている場合は使っても無駄になりますからそれも注意するのよ」

 

 骨折、と聞いてつい、ペドロをみてしまった。

 ペドロは思い出したのか、折れた箇所をなでて真剣な表情でリタ先生の話しを聞いていた。

 

「材料はルイス君が手配したから配りますね」

 そう言って1人ずつ呼んでは材料を手渡しした。

 前も使ったピリーコが10粒に魔石が10個、小瓶と森の主の時に切り取った森の主の角の欠片だ。

 

 いつもの作業なので慣れたもので五徳に鍋を乗せて(フェゴ)を使おうとすると

「はいそこ、勝手にやらないのー」

 と、注意されてしまったので、そっと手を引っ込めた。

 

「まず、五徳に鍋を乗せましょう、いつもと一緒よね、いつもは6級までは気にしなくていいんだけど

 7級からは作る時に魔力の伸びを良くするのと清潔にするために鍋の内側を(フェゴ)で焼くのよ」

 そう言って鍋の中で(フェゴ)を踊らせ金属の鍋を消毒した。

 

「はい!熱いうちに(アグーラ)を鍋いっぱいにいれるのよ

 もう中の水は温かくなってきているから沸騰する前にピリーコを全部潰していれて頂戴」

 優雅な手付きでものすごい勢いでピリーコを潰して入れていった。

 

 鍋の中でピリーコを潰しながら質問してみる。

「すみません、沸騰前ということは氷塊(ヒェロマーサ)とか使って温度下げてはだめなんでしょうか」

「だめではないのだけど、ちょっと雑味がでちゃうからあまりやらないほうがいいんだけど、それも経験ね、いいでしょう!沸騰する前に氷塊(ヒェロマーサ)でちょっと温度下げちゃって」

 言われるがままにこぶし大の氷塊(ヒェロマーサ)を入れ、鍋の中で手を洗うように両手をこすり合わせてピリーコの実をぐちゃぐちゃに潰して水に溶かした。

 

 「沸騰したら女神の手の蜜、この小瓶ね、1滴ずつ溶けるのを確認しながら少しずつ追加していくのよ、一気に入れるとピリーコが凝固して魔力の融解効果が悪くなってしまいますからね、あ、そうそう女神の手っていうのは山に生える花なんですけどね、薬の材料に使えるのは雲の上に生えたものだけなの、こう、白くて女神様の手の様な白くて優しい感じがする綺麗な花なのよ」

 話が逸れていく間にも鍋の中では作成途中の飲み薬(ポーション)がぐつぐつと煮えている。

 

「すこしこうして煮立たせてから火を止めて森の主の角の欠片を優しく鍋底に沈めて」

 そう言って(フェゴ)を消すと、ゆっくりと森の主の角の欠片を沈めた。

「こうしてしばらく待つと角が溶けて白く濁るから溶け切った所で沸騰させないくらいの弱い(フェゴ)をつけるのよ」

 そろそろ全部まとめて入れたくなってきた。

 

「後は魔石を溶かすだけだからもうすこし頑張ってね、魔石を溶かす時は魔力を込めたかき混ぜ棒でゆっくり回しながら1つずつ溶かしいれていくのよ」

 優雅にくるくると優しくかき混ぜながら魔石を1つ、飛沫が経たないように入れた。

 真似をしてかき混ぜながら入れてみてもかき混ぜ棒が魔石にぶつかるしそのせいで飛沫が立つので上品さというものの習得難易度の高さが伺い知れた。

 

 1つずつ魔石を入れていくと、少しずつ赤く色づいていき、真っ赤になった所で1人ずつに声を掛け、その色で完成です、その色を忘れないで、と言っていた。

「そのまま飲んだりかけたりすると9級飲み薬(ポーション)として効くけど、薄める時はちゃんと(アグーラ)で薄めるのよ」

 

 飲み薬(ポーション)を瓶に入れ、コルクで蓋をして完成となる。

 鍋一つで4本の9級飲み薬(ポーション)になるのだが、常温での保管は季節にもよるが1ヶ月~2ヶ月、

 おがくずや使っていない布を敷き詰めた木箱で凍える風(グリエール・カエンテ)で凍らせて保管すれば1年は大丈夫とのことなので

 街へ出て木箱とおがくずをもらってくるまでそれぞれ、名札を付けた飲み薬(ポーション)瓶をルイス教官に預かってもらった。

 

 その日の午後の模擬戦をなんとかこなし、飲み薬(ポーション)作成講座3日目、すでに作った9級の飲み薬(ポーション)の復習を行い、頭より手のほうが優秀なのはさすがルイス君の教え子ね、と嬉しそうに言われ、

 4日目以降は、材料が手に入らないので座学で10級、11級の失われた欠損が元に戻る飲み薬(ポーション)の作り方を学んだ。

 材料は手に入らないわけではないが恐ろしく高価な物なので、メモをしておけば覚えておく必要は無いと言われた。

 

 それよりもノートを取っておく必要があるのは高級になればなるほど、材料の加熱と投入タイミングがシビアになっていくということで、

「本当は難易度の高い飲み薬(ポーション)の作り方はやって見せたいんだけど材料は高いし貴重だし、魔法学校でも材料が集まった時は全校生徒を集めて講堂で遠目から見るのがせいぜいなの」

 ということで、楽しくないといえば楽しくない解説を聞いて、ただノートを取って暗記し、リタ先生の好きな飲み薬(ポーション)や好きな花や好きな素材の話に脱線しつつ飲み薬(ポーション)講義が5日目まで続き、リタ先生の講義が終わった。

 

 リタ先生は1人1人に軽くハグをして

「あなた方が高等魔法学校に来ていたらいい薬師になっていたかもしれないと思うと、もったいないと思ってしまいますね。

 特にカオルちゃんは飲み込みも早くて魔力もあって面白くて優秀なのがいるというルイス君の評価も納得ですね、そもそもここの子達は魔力が多すぎるのです」

 白熱したリタ先生による5級の飲み薬(ポーション)なんて

 3年生になりたての生徒が気軽に作れるようなものじゃないんだ、

 という話を楽しそうに話していたのを聞き流して9級はいつ作るはずだったものなのかな、ということに思いを馳せた。

 



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いつもの小競り合いと食糧危機

 今年も恒例のアールクドットがデウゴルガ要塞と小競り合いをしている、という話が聞こえて来る。

 今年はどうやらいつもより規模が大きいらしく、デルゴルガ要塞の戦力と物資のみでは厳しいとのことで、ファラスの正規兵1000と食料、武器が旅立っていった。

 

 今ファラスに現存する戦力は通常時の3分の1程度とのことで地図を見ながらルイス教官に質問してみた。

「今迂回されて責められたらきついんじゃないんです?」

「視点としては間違ってないんだが、アールクドットからデウゴルガ要塞にいつもの2倍ほどの戦力が送り込まれている、それ以外の戦力を迂回させて奇襲をかけても疲労した兵と、待っているのはほぼ同数の元気な兵の戦いになるから問題ない、という話が1つ目だ」

 そう言って指を1本立てて続けた。

 

「2つ目はビサクレスト山、デウゴルガ要塞の向こう側にある山脈だな、あの山は夏でも雪深い。

 雪が降らないアールクドットから越えようとすると相当な準備と消耗を覚悟しなくては越えられないし、越えても1つ目の話につながるわけだ」

 2本目を立てた。

 

「と、いうわけで今日から図上演習だ。最初に任されるのは小隊だがいずれ中隊規模になる可能性があるからな」

 マス目で区切られた地図を広げると色とりどりの木でできたブロックをいくつかと、向こうとこちらを隔てる衝立を置いた。

 

「お前らは1人3個の自分の色を決めて駒をこの辺に自由に置け、おれはこっち側で部隊駒を全部使う。ルールはペドロとロペス辺りならやったことあるだろうが、将棋やチェスみたいなもんだ、それを5対5でやるだけだ」

 将棋と同じ様にターンごとに駒を動かすのだが、参加者は1ターンにそれぞれ駒を1つだけ動かし部隊の動きの確認をするのだそうな。

 

 1人の持ち駒は3つ、今回は歩兵駒が3つ。

 ルイス教官は3つの1グループが5つ。

 

「まあ、最初は相談無しでどこまでできるか試してみるといい」

 そういうとバラバラに攻める私達と統一された意思で動かされる5グループの駒は

 なんとなく包囲したほうがいいのかな、とフラフラしている間に各個撃破されて全滅した。

 

「まあ、ここまで連携せずに戦うことはほとんどないんだがな、伝令は一般兵だから少し前の状況が伝わってくるし、参考にしかならんということは頭に入れておいてくれ」

 

 そういうと次は最初に1度だけ相談していい、と言われ、向こうとこちらを隔てる衝立が立てられ相談し、部隊を私とロペスの2部隊、とイレーネ、ルディ、ペドロの3部隊に分け初期配置を行った。

 衝立を取ってみると完全に読み切られていたか、ルイス教官の5グループの部隊は1箇所に固まって配置された。

 相談はできないが、合流しなければならないということはわかる。

 3部隊の正面に置かれた5部隊の塊に対して、防御形態を取り、増援をまつが私とロペスの2部隊は背後を取り挟み撃ちにすればいいんじゃないかと動かしてみると、ロペスとの揃わない足並みに、あっという間に各個撃破され、3部隊の塊は後でゆっくり飲み込まれた。

 

「毎年こうなるんだけどな、じゃあ、今の反省会を一つずつ確認してくが……」

 ゲームとその振り返りを繰り返し、兵の運用を学んでいった。

 

 ───1ヶ月程後、デウゴルガ要塞攻めは未だに続き、今回は集団自殺でもすることに決めたのか、と大人達は笑い、士官学校内でも大きな勝利を前に浮足立った雰囲気が漂った。

 

「なんか最近、食堂のメニューが減ったね」

 2種類、日によっては3種類から選べていた昼食のメニューが1種類になり、おばちゃんがデウゴルガ要塞の戦いが終わったら元に戻るから今だけ我慢してね、と言っていた。

 

 それからまたしばらくすると、実地訓練として、3年、4年のABC班の士官候補生1人ずつをリーダーにして

 往復5日間の日程でリーダー1人に対してDE班の一般兵を5人程指揮下に入れて森へ行き、巨大猪(グレートボア)などの野生の動物や角兎(アルミラージ)を狩ってくるという課題について話を聞く。

 

 段々露骨になってきたな、と嫌な予感だったものが確信に近くなり、やる気を出しているルディとロペスに対して、

 確信は無いけれどもなにか不吉な物を感じ取っている様に見えるイレーネに、まずい状況になっている、と確信している表情のペドロ。

 

 直立のまま動かない兵についてくるようにロペスが言うと、ルディと一緒に先頭にたって歩き始めた。

 少し下がって荷車を引く私とペドロにイレーネと続き、後ろには25人のガチガチの槍を担いだ一般兵が続く。 

 本来なら彼らに引いてもらうのが筋なのだが、身体強化が掛けられない彼らに任せると目的地まで時間がかかってしまうので行きは私とペドロが引っ張ることにした。

 

「どう思う?」

 ガラガラと木製の車輪が騒音を立てているので、遠慮なくペドロに聞いた。

「ファラスから食料を持ち出して前線に送ること自体は想定内だが、影響がでるほどというのはおかしいな」

「どういうこと?」

 私とペドロの話を聞いてイレーネも気になったようだ。

 

「ファラスやエルカルカピースから集めた食料は今デルゴルガ要塞に送っているだろう、という話はわかるな?」

「だから食料がなくてこんな変なこと始めたってことなんでしょう?」

 故郷の名前が出た途端、嫌な顔をしながらイレーネが答えた。

 

「大きくいうとそうなんだが、家から食料がなくなったらどうする?」

「そりゃあ、買いに行くに決まってるじゃない」

「だろう? じゃあ、ファラスの場合、不作の時や今みたいな時はどうしてるか知ってるか?」

「ウルファラかティセロスから買うしかないよね」

「そうだ、ウルファラの場合は東にあるちょっとした山を越えるから輸送費が(かさ)むからいつもはククルゴ経由でティセロスから買っているはずだ。

 もうそろそろ入ってきても良さそうだが、そういう気配をみせていないということをおれとカオルが気にしているわけだ」

「じゃあ、食べるものなくなっちゃうじゃない」

 

「もうすぐ終わるから大丈夫だというのならいいんだが、こうしてハンターの仕事をするというのが指揮の練習のついでに食料がほしいだけなのか、食料がほしいから使えるものは何でも使いたいのか、それが問題だな」

 これ以上は答えは出ないので一般兵の彼らに早足でついてきてもらい、その日の夕方に猟場へ到着した。

 木々が生い茂る丘の前が開けているのでここを拠点とすることにした。

 

 各部隊から1人の計5人、彼らには悪いが先にテントの設営と火の番をしてもらうことにし、狩猟班に先に休憩を取らせ、

 居残り組はその後に休憩してもらう、と告げると一般兵見習い達は良い返事をしてテントの設営に入った。

 私とイレーネ用、ペドロ達3人の分、あとは見習い達の4人ずつ寝られるものを5つ、残りの5人は交代で見張りをする。

 

 持ってきた食料と言っても30人分の5日間の堅パンなのだけど、正直、虫が食べるのかすら怪しいが、食べられてなくなってしまうのはそれはそれで困る。

 

 何かあればこの拠点に戻ってくることを約束して、全員で手分けをして(イ・ヘロ)を拠点のあちこちにばらまいてから

 それぞれ部下と一緒に散開して獲物を探す。

 

 狩猟組として私についてくる部下はバビエル、ヨン、フアン、ホルヘ、ヘススという名前の5人。

 居残り組にはヘススに残ってもらうことにした。

 少年といっても今の私よりは年上に見えるところが悲しい。

 

 見習い達にシャープエッジとハードスキンをかければ怪我は減らせそうだが、それでも心許なく見えてしまうのは強さの基準が自分達やハンター達になっているせいだろう。

 身体強化が使えないのならせめて祝福でも与えられればいいのだけれど、なにかの拍子に教官達に知れると大変な事になりそうなので、彼らが危機に陥った時は氷の矢(ヒェロ・エクハ)なんかで援護するに留めることにする。

 祝福といえば、他の神の神官と交流ができたら罰当たりめが! と怒られてしまいそうだけれど他の神での祝福も試してみたい。

 

 全員のつま先に極弱い(イ・ヘロ)を付けて私を中心にする形で前に槍を持った3人、後ろに弓を装備した1人の隊形で森の奥へと進む。

 本来なら頭の上に掲げて煌々と照らして歩きたいのだが、光を見て逃げられても困るから足元だけでも見えるようにした。

 深く見通す目(ディープクリアアイズ)を使って暗闇を見通しながら獲物を探した。

 



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隊長というものについて

 星の灯と(イ・ヘロ)が心許なくつま先とその周辺を照らす中、私だけが深く見通す目(ディープクリアアイズ)で遠くまでよく見えることに多少の申し訳無さを感じつつ森の中を進んだ。

 もう少しこの体の身長が高ければ司令塔として少しは役に立てるのかも知れないがいつまでも無いものねだりをしてもしょうがない。

 ヌリカベスティックも緊急時の防衛手段と対象物の射出のための機能なので、全く音がしない中で使うと土の盛り上がる音がしてしまう。

 

 どうしようか、と悩んでいると、そもそも道具に頼らずとも自分で魔法を使えばいいことを思い出し、地霊操作(テリーア・オープ)を使って高さ40cmほどの土の道を作り斥候をしながら歩く。

 まるでランウェイだな、と思ったが用途を考えるとキャットウォークの方が適切かと思い直した。

 

 (カエンテ)で緩やかな風を後ろ側に流しながら右手を上げしゃがむと、後ろを歩くフアンが立ち止まり、小さな音でカカッと鳥の鳴き真似をした。

 弓兵はそういう技能もあるらしい、と感心する。

 前の3人がしゃがんで待機した。

 

 シルエットを見ると巨大猪(グレートボア)だろう。

 フアンに左手で方向と距離を伝えると、矢をつがえる音が聞こえた。

 後ろ向きにフアンがつがえた矢にシャープエッジをかけ、高さを伝えた。

 

 巨大猪(グレートボア)が向きを変えて左斜め後ろから狙えるまで待つ。

 しばらく待って右手を倒すと、図上を風を切る音が通り過ぎ矢が飛んでいくのが見える。

 まっすぐに飛んでいった矢は巨大猪(グレートボア)の左脇から深々と突き刺さった。

 距離と高さの目算が間違っていたようだったが狙いたい場所にあたっているので結果良しとする。

 

 もう1度頭の上に右手をあげ、親指を立てて命中を伝えた。

 距離と高さを修正してもう1射を指示し、巨大猪(グレートボア)はこちらを発見できていないようだったがうろうろと犯人探しを初めたので、もう1度シャープエッジをかけて2射目のタイミングを探った。

 

 矢が飛んできた方を向いて頭を振りながら、不快そうに前足で地面を蹴っていた。

 頭か首にでも刺さればいいか、と少し高めに射掛けさせた。

 タイミング悪く、頭を上げた瞬間に届いた矢は額を傷つけ骨で滑って彼方へと飛んでいき、同時にこちらの居場所がバレてしまった。

「2射目、失敗! 3射目、用意! (イ・ヘロ)! 近接戦闘用意! シャープエッジ! ハードスキン! イリュージョンボディ! 3人は槍を構えて前へ、フアンは巨大猪(グレートボア)の左側に回り込み止まった瞬間に心臓を狙ってください」

 立ち上がったバビエル、ヨン、ホルヘは槍を構えて密集した。

 彼らの後ろでキャットウォークに立ち、囮になる。

 

「怪我をしたらお高い飲み薬(ポーション)をおごってあげますよ!」

 巨大猪(グレートボア)はその巨体でドスドスと音をさせ、(イ・ヘロ)を掲げた私に向かって一直線に突っ込んでくる。

 少し高い所にいる私に向くために頭をあげたまま突っ込んできた巨大猪(グレートボア)は、首に向かって突き出された槍になんのためらいもなく突き刺さった。

 正面に立っていたヨンが押しつぶされる直前に飛び退き、巨大猪(グレートボア)の巨体は私の立っている土の土台を崩して事切れた。

 前に狩ったものより少し小さいがそれでもハードスキンで守りきれるかわからない大きさだった。

 これに押しつぶされていたら9級でも治ったかわからなかった、すまない。と心のなかで詫びる。

 

 絶命した巨大猪(グレートボア)の死体を仰向けにひっくり返し、前足に紐を掛けて彼ら4人に引っ張ってもらう。

 木の根や枝で足場が悪い中、屈強と言えない彼らでは難しかったらしくほとんど動かないので地霊操作(テリーア・オープ)で道を作りその上を滑らせる様に引っ張るとなんとか4人で動かすことができた。

 もう隠れる必要はないので頭上と彼らの後ろから(イ・ヘロ)で照らしゆっくりと歩いた2時間程の道のりを、大急ぎで荷物を引っ張って同じくらいの時間をかけて戻った。

 

 煌々と照らされたキャンプ地が森の中から見え、巨大猪(グレートボア)を引く彼らにもう少しだからがんばれ、と励まし先頭に立って悠々と歩いた。

 拠点に戻ると、次は巨大猪(グレートボア)の血抜きをする必要がある。

 イレーネ達は戻ってきてないので、頑張って引っ張ってきてくれた彼らと、休憩中の居残り組に木に吊るしてもらわなくては。

 

「お疲れさまです。

 まず休憩を取ってください。休憩終了は声をかけるので()()を木に吊るして血抜きと内臓の処理をします。では解散」

 

 リュックからコップを取り出して(アグーラ)を満たして一気飲みした。

 待っている間に凍える風(グリエール・カエンテ)で全体を冷やしてから、前足に結んだ紐を外して後ろ足に結び吊り下げる準備をしていると、バビエルとヨンが慌てて走ってきた。

「隊長! そういうことは我々がやりますので!」

「私は歩いてただけだし、暇だからね」

 無理やり引き剥がすこともできず、オロオロしている間に両後ろ足に紐を結び終え

「まだ元気があるようならさっさと血抜きしちゃいましょうか!」

 と、休憩の終了を告げて全員集合させた。

 

「休憩したばっかりなのにごめんね、肉の鮮度の問題もあるので早めに処理しちゃいます」

 私の前に並んだ4人に2本のロープを並んだ木の枝に掛けて吊り下げるように指示をして、宙ぶらりんにする。

 2人で片側だと腕力の問題で持ち上がらないので、見習い達4人と私で分かれて木から吊り下げ、彼らを驚かせた。

 

「この中で猪の解体したことがある人はいますか」

 そう聞くと、バビエルとヨンの2人が経験があります、と言って前に出た。

 

「では、この2人の指示で血抜きと内臓の処理をお願いします。水が必要であればいくらでもだしますから内蔵で食べられる物があればせっかくなので食べちゃいましょう」

 私の言葉を聞いたバビエルとヨン以外ぎょっとした表情を浮かべた。

 

「狩った直後じゃないと食べられないものですし、処理も水しかないのでそれでできるものだけをそこの樽に分けて置いてください。

 それ以外は穴を空けるのでそこに捨てるといいです」

 地霊操作(テリーア・オープ)巨大猪(グレートボア)の下に腰まで入るくらいの深さの穴を空けて彼らが仕事を終えるのを待って、バビエルとヨンのリクエストであっちこっちを凍える風(グリエール・カエンテ)で冷やしながら水で洗った。

 

 解体していたのと別にヨンが心臓や肝臓なんかを水で洗うのを手伝い、他の小隊が戻ってくる前に先に食事を取ることにした。

 他に調味料がないので適当にスライスしたイノシシの内蔵に塩をしてもらって焼くだけの物を堅パンと水で食べる。

 

 ホルモンは美味しいけれど、塩と肉の味の他は美味しくないパンと水なのが悲しい。

 そんなことを考えているとロペスが戻ってきた。

 

「一番乗りかと思ったが、先にカオルが戻ってきてたか。しかし持って帰るものに手をつけてるのか?」

「あ、おかえり、これは心臓と肝臓だよ、どうせ捨てるものだからね、食べれるうちに焼いて食べてしまったほうがいいだろ?」

 と、私が言うと、こいつゲテモノ食ってやがる、という顔をして解体に向かった。

 

 美味しいのにねとバビエルにいうと、猟師以外は古くなったものをそこらの犬にやるくらいでたべませんから、と苦笑いをして答えた。

 

 拠点から少し離れた肉の解体に使っている場所から歓声が聞こえ、きっとロペスが脳筋血抜きをしているんだろう。

 しばらくするとロペスと彼らの小隊が興奮しながら戻ってきて、彼らの食事の時間になった。

 

 上司が近くにいると楽しめないだろう、とロペスを誘って少し離れてこっそりと持ち込んだ蒸留酒で1杯だけ、と前置きして乾杯した。

 遠くからは我が隊長は巨大猪(グレートボア)を振り回すんだぜという話で盛り上がり、またやったんだと笑うと、せっかくだからいいところを見せないとな、と笑った。

 

 だらだら1杯の蒸留酒を薄めながら飲んでいると、イレーネとペドロも戻ってきて早速ぼやいた。

「真っ暗で探すのに時間かかっちゃったから角兎(アルミラージ)しか見つからなくて量取れなかったよ」

「おれは鹿だけだったな、見つけた瞬間に槍を投げて仕留めたんだ」

 

「逆によく狩ってこれたね、深く見通す目(ディープクリアアイズ)使えば暗くても遠くまで見えたのに」

 

「え?! あれって遠く見るだけじゃないの?!」

「違うのか!」

イレーネとペドロはどうやら知らずに身体強化だけで獲物を狩ってきたようだ。

 

「ルイス教官だって視覚の強化だってなんかの時にぽろっと言ってたよ」

「それこそ遠くを見るものと勘違いしてもしょうがない言い方だな」

 ロペスが笑いながら言っていたが、ロペスはきっと知っていたに違いない。

「ルディはまだ戻ってきてないの?」

 周りを見回していうイレーネにまだだね、と答えるとロペスが

「獲れなくても一度戻ってきて休憩したほうがいいな」

 と、心配そうに言った。

 

「少し休憩したら探しに行こうか」

ロペスがいうことに私はうなづいて答えた。

 



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行方不明者の探索をしよう

 ロペスと私は休憩中だったので早めに切り上げ、盛り上がっている見習い達のところへ行き

「ルディの捜索に行く。お前たちは待機だ。」

 そう言いながらロペスが足早に通り過ぎ、私が付け加える。

「あ、なにかおかしなことが起きたり私達が捜索に行っている間に戻ってきたら警報(アルラッテ)の魔導具を鳴らしてください」

 

 身体強化と深く見通す目(ディープクリアアイズ)を使って森の中に入る。

 と入っても私より頭1つ以上、背の高いロペスに探索をまかせることになるので、せいぜい周りに変なものがないか警戒するくらいしかやることがないのだけれど。

 耳をすませて奥に進むと煌々とした(イ・ヘロ)と叫び声に剣を打ち合わせる音が聞こえてきた。

 

 ロペスと目を合わせてうなづくと、2人で幻体(ファンズ・エス)を使って音を立てないようにゆっくりと剣戟の音のもとへ向かった。

 低くした姿勢のまま草をかき分け進んでいくと、剣戟の音と共にだれかが野次を飛ばす声が聞こえた。

.

「ガキと雑魚くらい早くやれよ、仕事に戻ろうぜ」

「そう言ってもこいつ意外とつえーんだよ、簡単に言うなよ」

 野次の正体は木に寄りかかってだるそうに野次を飛ばしている男と、ルディと戦っている男の2人。

 鉢金にジャケット、胸を守る薄い皮のプロテクターを付けた軽装の2人はアールクドットの戦士(グエーラ)だろう。

 軽装なのは斥候かスパイ行為のために来ているのだろう、と推測した。

 

 ルディの方は配下の見習いの2人が負傷、無事な2人は介抱していて、ルディ本人は守るのに精一杯だったが、足元を払われ転ばされてしまった。

 

 慌ててロペスの肩を叩いて休憩中の戦士(グエーラ)を指差し、私はルディの救出のために飛び出した。

 私は走りながら剣が抜けないのでルディに襲いかかっている戦士(グエーラ)を蹴り飛ばした。

 突然吹っ飛んだ相棒に驚きの声を上げた瞬間、ロペスが一瞬で抜いた剣で串刺しにしたのが視の端に見える。

 

 蹴り飛ばした戦士(グエーラ)は頭から木にぶつかり軽い脳震盪を起こした様でふらふらと立ち上がった。

 態勢を立て直す前に、と私はルディの剣を拾って駆け出し戦士(グエーラ)に駆け寄った。

 

 相変わらず近接戦闘が苦手なので、私が食い止めている間にロペスかルディが協力してくれるのを期待して、身体強化を強めて戦士(グエーラ)に切りかかった。

 上段からの刃を戦士(グエーラ)は剣をもって受け止めるために剣を構えた。

 

「1対1の戦いに割り込むとは戦士(グエーラ)の誇りもない女め!」

「戦士じゃないし女じゃないからな!」

 

 戦士(グエーラ)鋭刃(アス・パーダ)を掛けていなかったのかルディのシャープソードに思ったより魔力を流し込んでいたのか、受けた剣は切断され、そのままの勢いで腿を切りつけ、変に勢いが抜けてしまったせいでよろめいて勢い余って木の根を叩いた。

 その隙を見逃してくれず、かといって大きく動く余裕のない戦士(グエーラ)は木に寄りかかったまま、私を足で押し込むように蹴り飛ばした。

 横から押されてバランスを崩してよろめいて転ぶと、私の体勢が整う前に戦士(グエーラ)は切りつけられた足に負担がかからない様に構えを取り直した。

 

 自分の体勢を立て直すための時間稼ぎだったようだが、ルディがやってくるだけの時間も与えてしまった。

 戦士(グエーラ)は苦虫を噛み潰した様な顔をして、戦士(グエーラ)の誇りを傷つけた私を睨んだ。

 ルディに剣を返して自分の剣を抜き2対1、戦士(グエーラ)の横から幻体(ファンズ・エス)をかけたままゆっくりと近づくロペス。

 

 よほどの実力差がないとひっくり返すことができない戦力差に、それでも戦意を失わない戦士(グエーラ)

 精神力強いな、と感心しつつ戦士(グエーラ)の周りを軽いステップで動き回りながら散発的に攻撃を加えて消耗させ、私の攻撃の合間にルディが重めの一撃を加えた。

 

 ステップを踏んで細かく仕掛けているからと言って私の一撃が軽いわけではなく、打ち込みの瞬間手首を返すことで先端に遠心力を生み、反撃を許す前に飛び退き、ルディが合わせて踏み込んで受けきれなかった部分に傷を負わせる。

 本来ならこういうことを1人でできる必要があるのだろうけど。

 

 2対1になって数十秒、もっと長い時間経っていた様に感じていたが後から聞くとそんなものだ、と教えられた。

 目の前のことに精一杯ですっかり忘れ去られていたロペスが後ろから一撃で戦士(グエーラ)を殺害し、私が破壊した剣を拾って

第2階戦士(セグーノグエーラ)だったな、あっちのも第2階戦士(セグーノグエーラ)だったから、奇襲とはいえ強くなったんじゃないか?」

 そう言って自分の剣の柄をなでて満足げだった。

 

「怪我人は?」

 と、ルディに聞くと、

「ああ、そうだった。きちんとした治療をするには設備も人数の余裕もないし、手はまだ必要だからしょうがない」

 ルディから5級の飲み薬(ポーション)を与えられた恐縮っぷりと言ったら、逆に見ていて可哀そうになるくらい小さくなっていた。

 打撲と軽い切り傷なので瓶から1口ずつ飲ませると、体力の回復も待たずに拠点に戻ることにした。

 

 見習いの彼らもなんとか回復できたようで、陰ながらホッとしてルディ達と歩き出した。

深く見通す目(ディープクリアアイズ)を使って歩いてたら、ちょっと小さめだけど牝鹿がいてさ、うちの部隊に弓兵いないから直接叩こうと思って追ってたら鉢合わせして大変だったよ」

 

 運が悪かったと言うか、良かったと言うか。

 学生に猟師の真似事をさせる状況ということが漏れる心配は少ないほうがいいか。

 

「カオルとルディの連携、あれはよかったな」

 急に何を言い出すんだと思えば、さっきの苦し紛れの戦い方のことだった。

「ただカオルは余裕ありげな雰囲気を出すくせに実戦となると、すぐに焦って単調になるのは直らんな。

 ルイス教官があれこれやらせてみたくなる気持ちもわかる」

「そんなに余裕なさそうだった?」

 

「横で見てても必死だったよ、だから合わせやすかったんだけどさ」

「なるほど、フェイント部分はおまかせしてしまえば私は何も考えなくてもいいんだな!」

「どうしてそうなる! ばれたら1対1とほとんど変わらなくなるだろうが!? 頼むから上達してくれ!」

「じゃあ、手数で勝負するよ、ロペスもルディも練習相手よろしく!」

 と、言うとロペスは肩を落とし、ルディは苦笑いで返してくれた。

 

 拠点に戻ると心配そうに座っていたイレーネがぱっと顔をあげ、つまらなそうにしていたペドロを引っ張って来た。

「アールクドットの偵察が来ててルディと鉢合わせしてたよ」

 そう説明すると、ロペスとルディが戦士(グエーラ)の剣を掲げて見せた。

「すごいな! 2人とも第2階戦士(セグーノグエーラ)か」

 ペドロが自分も行きたかった、とつぶやいた。

 

 ルディと部下たちが食事を済ませて、ルディ以外の4部隊で獲ってきた獲物に凍える風(グリエール・カエンテ)をかけて小さいものは半冷凍、大きいものは冷蔵した程度の温度にして、温度管理のためにペドロと見習い2人には寝ずの番をしてもらうことにして、ひとまず寝ることにした。

 

 テントの中で無音で闇を出したり引っ込めたりすれば、外からは起きてるか寝ているかすらわからない。

 イレーネと一緒に魔力を増加させる訓練をしてから寝る。

 非力な体と立場の弱い私達は、高めた魔力を持って初めて自由になるのだ。

 

 2日目の朝、イレーネを起こさないようにそっとテントを抜けて(多少のことでは起きないのだけど)ペドロの所に行くと、眠い目をこすりながらイレーネから借りたトランプで遊んでいるペドロと見習いがいた。

 

「おはようさん、交代するよ」

「そうか、このゲームが終わったら頼むよ」

 手元のカードをにらみながら答えた。

 

 ゲームの終わりを待っている間に、肉の温度を確認し、少し強めにかけ直した。



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山の恵みと豊穣の神

 堅パンと水で朝食をすませて散策をしながらロペス達を待ち、イレーネ以外が揃った所でイレーネを起こして2日目の狩猟にでかけた。

 昼は見習い3人で拠点の番をしてもらい、野営したペドロ達は休憩を取ってもらう。

 前日の反省で2部隊1チーム構成で出かけることにした。

 

 ロペスと組むことになった私は2人で深く見通す目(ディープクリアアイズ)を使って獲物を探した。

 そもそも1日目で獲物と出会えたのは運がよかったのか、森に入って日が大分昇ってきても見つけることができなかった。

 木が多すぎる、と不満を漏らしながら高い所を目指して歩き、高所から見下ろして獲物を探した。

 

 ロペスにあそこにイレーネがいる、とかあっちも獲物が見つかっていないようだな、と話していると巨大猪(グレートボア)と戦っている豚頭(オーク)が2頭見つけた。

「あれを見て!」

 と、指をさすと、その先にいる獲物をロペスが見つける。

「ロペスと私で豚頭(オーク)を1頭ずつ、彼らには巨大猪(グレートボア)をやってもらおうか」

 そう提案すると、頷いて返事をしたので獲物のもとへ向かった。

 

 ここで問題になるのはやはり見習い達の足の速さだった。

 むしろ鍛えてある分、普通の人より早いはずなのだが、魔法が使えないというのはこんなに違うのか、と改めて驚いた。

 

 ゆっくり着いてあちこち傷ついて肉が痛むのも困るし、私とロペスだけがたどり着いても困るし、彼らにも役割を与える必要がある。

 一つひらめいた私はロペスに、彼らを連れてきてほしい、と頼み先行した。

「何をするかわからんが、わかった」

 と、返事を聞き、幻体(ファンズ・エス)をかけて一気に巨大猪(グレートボア)達との距離を詰めた。

 

 かれらの近くまで来ると、枝の上へ飛び上がり野生動物対魔物の戦いを眺めた。

 牙と棍棒のぶつかり合い、怪我が増える前にハードスキンをかけてロペス達の到着を待った。

 突然ダメージを受けなくなったことに困惑しながら恐る恐る戦う豚頭(オーク)達。

 

 しばらく待つとガシャガシャと鳴らしながらロペス達がやってきたので豚頭(オーク)達のハードスキンを解除した。

 

「私とロペスは1人で1体豚頭(オーク)を受け持ちます」

「お前たちは全員で巨大猪(グレートボア)を仕留めろ、ハードスキン、シャープエッジ」

 

 獲物を横取りにきた私達に豚頭(オーク)は激怒し、2体とも一番弱そうな私に向かってくるのをロペスが1体引き剥がして相手をする。

 私も今更豚頭(オーク)には遅れを取らないが目的は肉。

 

 いい肉を取るにはやっぱり血抜きはきちんとしたい。

 ヌリカベスティックは寮に置いてきてしまったので鞘に納めたまま、剣を構えて棍棒をいなしながらフェイントを入れつつ豚頭(オーク)の意識を刈り取るべく動いた。

 

 なるほどこれが余裕がある時とない時の差か、と自分でもわかるくらい相手の動きが見えた。

 フェイントを入れて大ぶりになった所で後頭部を思い切り叩き、豚頭(オーク)の意識を刈り取った。

 

 ロペスの方も私が終わる前にあっさりと首をはねて、ロープで縛って逆さ吊りにして血抜きを始めていた所だったので、私の方も逆さ吊りにしてから頸動脈を切って凍える風(グリエール・カエンテ)を掛けながら血抜きをしつつ見習いの彼らの様子を伺った。

 

 ハードスキンのおかげで怪我はしないと思ったか、勇敢に戦い、あちこちを切り傷だらけにしてなんとか倒した。

 まだ温かくて新鮮なうちに巨大猪(グレートボア)も逆さ吊りにして血抜きと冷却を初めた。

 

 堅パンと水を飲みつつ血抜きを待つこと数時間、いい加減日も傾き始めたので、拠点に帰ることにする。

 見習い達には木の棒で巨大猪(グレートボア)を吊り下げて持ってもらうとして、豚頭(オーク)はどうしようか、と相談すると担いで帰るしかないらしい。

「獣臭いからいやなんだけどなあ……」

「持って帰らないわけにはいくまい?」

 と言われ、言い返すことができずに大量の(アグーラ)でもみくちゃにした後、乾いた風(セレ・カエンテ)で乾燥させ

 頭の上に担いで持って帰り、見習い達に心臓とレバー、あとは猟師の子供のハビエル達のおすすめのホルモンを塩焼きにしてもらい、肉の方は凍える風(グリエール・カエンテ)で凍らせた。

 

 2日目の夜はルディに寝ずの番をしてもらい、2日目が終わった。

 

 ──3日目

 イレーネとコンビを組んで今日も山を散策し、木の上に止まっている山鳥を氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)で動けなくして、思い切りジャンプして枝ごと山鳥を捕獲した。

 見習い達に山鳥の処理をしてもらい、凍らせた山鳥を枝にくくりつけ持ってもらい、1日中散策して夕方、牝鹿を2頭いるのを見つけた。

 弓兵のユアンとイレーネの所のサージ以外の見習いにイリュージョンボディをかけて忍び寄らせ、前足を狙って矢を射掛けさせ逃げられる前に一気に駆け寄り首に刃を突き刺した。

 森に内蔵を捨て、見習い達に担いでもらって拠点に帰りロペスの番で3日目が終わった。

 

 ──4日目

 荷物は私達が運んで見習い達が早足でここまで来ているので、帰りの荷物がある状態では同じ速度では帰れない。

 朝、ペドロが先頭に立って見習い達へ号令を出し、荷車に凍らせた獲物を積み上げ意気揚々とファラスに帰る。

 往路の半分以下の速度でゆっくりと進む荷車を眺め、そういえば兵站のお手伝いでもこんな速度だった、と思い出した。

 あの時はオーガがでてきてそのあと新人狩り(ルーキーハント)が出てきて大変だったなあ。

 

 いつもは下っ端仕事をしているので、新たに下で働く者がいるというのは落ち着かない。

 荷車に腰掛けてロペスとペドロの暇つぶしのチャンバラにイレーネやルディと一緒に野次を飛ばして楽しんだ。

 

 

 ──5日目

 休憩の都度、(アグーラ)を振る舞い、疲れを見せる見習い達を労いながら夜までかかってなんとか5日目の日のうちにたどり着くことができた。

 ふんぞり返るのも気を使うのも疲れる。

 

 神殿の前にたどり着くと、中からルイス教官がでてきた

「あら、教官、どうしたんです?」

「用事があって神殿に来てたんだが、荷車が見えたからな」

「そうですか、只今戻りました。巨大猪(グレートボア)と牝鹿に角兎(アルミラージ)と山鳥がたくさんです」

「山の恵は思ったより多かったな、凍らせてあるならちょうどいい、神殿の食料庫に運び込むよう」

 見習い達に指示すると私達の仕事はここで終了となり、自室に戻った。

 

 帰宅の連絡をするためにエリーを呼ぶと、しばらくしてやってきたエリーは少し痩せているように見えた。

「遅くにすみませんね。 ただいま帰りました、少し痩せましたか?」

「お待ちしておりました、最近はあまり多く食べられていないので少し痩せてしまったかもしれませんね」

 

「夕食はまだ食べられますか?」

「今日、新鮮な山鳥の肉が入ったとのことで、いつもより豪華なお食事ですよ」

 と言って嬉しそうに笑ったので私も嬉しく思った。

「では大盛りでお願いします」

 せっかくなので特権を使って多めに持ってきてもらい、エリーに分けて一緒に食べることにした。

「食料に関して助けてくれる神様がいないのはどうしてでしょうね」

「土の力に、水の力、風の力を必要として、育つのに時間が必要ですから、そこまで大きな奇跡を起こせる力がないだけかもしれませんよ」

「であれば、豊穣を司る神を祀る土地で力ある神官が集まって祈れば、毎日収穫できるかもしれないということですかね」

「大げさにいうとそういうことですね」

 なかなかままならないことだけはわかった。

 

「最近はどうですか、やっぱり食べられるものは減ってきていますか」

「そうですね、日持ちのしないものはある程度使えるのですが、保存の利く小麦や芋はちょっと困る量しか使えないようです」

「で、あれば市中にも食料は減っているのでしょうね」

「先週から食料は国が管理して配給と炊き出しが行われています」

「いよいよ、という感じなのですね」

「いよいよ? ですか?」

「こちらの話です、早く終わってお腹いっぱい食べたいですね」

 

 エリーを見送って就寝する。

 

 



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そして戦端は開かれる

 いつもの講義室にABC班が集められた。

 14人いたメンバーも色々あって全員集めても9人、1個上の4年生は40人ほど、1個下でも26人。

 ただでさえ少ない人数がますます少なくなった、と改めて感じる。

 

 ルイス教官とヴィク教官とたしか、ブルーノとかいう教官が前に立つ。

 ヴィク教官が苛立たしげにこれからの予定を私達に告げた。

 

「予想していたものもいるだろうが、戦況はあまりよくない。

 中立であるはずのティセロスがアールクドットに呼応して兵を挙げた。

 食料の購入で出し渋りをするなど怪しい動きは見せていたがここに来て挙兵するという暴挙に出た」

 ヴィク教官は私達の反応を待たずに続ける。

 

「我々が相手をするのは商人が雇った烏合の衆である。

 ククルゴを経由してティセロスへ向かい、この烏合の衆を制圧、一般兵と共に帰還せよ。

 一般兵は昨日のうちにククルゴを経由せずにティセロスに向けて出立させた。

 ルイスと共にこの後すぐに出るように」

 

 軍属と言っても前の世界のように一糸乱れぬ行軍の訓練なんてものは私達にはなかったので

 身体強化をしてルイス教官を先頭にして後ろをついていくだけになる。

 

 お久しぶりですね、とフェルミンに挨拶をすると

「デウゴルガ要塞の方も聞いているより悪いらしい、早めにこっちを片付けてデウゴルガ要塞へ向かうぞ」

「勘弁してほしいですね」

「一騎当千が5人もいるのだ。 そなたらがいればそれなりに早く片付くと期待しているからな」

「ますます勘弁してほしいですね」

「吾輩も貴様も持つものだ、諦めるがいい」

 

 常人の徒歩移動で3日半、私達が急ぎで4時間弱。

 ククルゴという街へたどり着いた。

 

 街のゲートから入り、戦況を聞くためにルイス教官が街の長のもとへ向かった。

「この辺は食料を差し出しているので、特に破壊や連れ去りが発生したということはありませんね」

 長、というからおじいさん的な人がでてくるのかと思ったら性格のきつそうな、お姉さんが出てきた。

「そうですか、では一晩ここに宿を取ることにします、情報提供ありがとうございます」

 よそ行きの笑顔でルイス教官が礼を述べると、お姉さんの視線が私の後ろ、ドアの前にいた男に一瞬移った。

 

「今はどこも食料が足りなくなってしまって大変ですが、もうすぐ落ち着くという話ですから協力は惜しみませんよ」

「色々大変ですね」

 ルイス教官が立ち上がり、ではこれで、と私達に退室を促した。

 

 足早に街の長のもとから立ち去り、身体強化を使った高速かつ優雅な動きで

「カオルだけついてこい、後は門の前で待機、手を出すんじゃないぞ」

「どうしたんです?」

「まずはパン屋だ、詳しくは街を出てからだ」

 というルイス教官について歩き、全員分の堅パンを買って入り口に向かった。

 

 街の入口について目に入った光景は、この街の警備隊10人と2人の戦士(グエーラ)と向かい合っている我が仲間たちの姿だった。

 彼らに見つかる前にルイス教官のイリュージョンボディで認識阻害が掛けられた。

「警備隊には手を出すな、戦士(グエーラ)は殺すな、だが無力化しろ、お前は左だ。 3、2、1、いけ!」

 命令と号令がいっぺんにされ、慌てて向かって左の男に向かってヌリカベスティックを突き立てて気絶するのに十分な速度で打ち上げ、もう1人の戦士(グエーラ)の顎を鮮やかな蹴りで撃ち抜いた所だったのでついでに打ち上げておいた。

 

「落ちてくるんで受け止めてください」

 ルイス教官とお姫様抱っこで戦士(グエーラ)を受け止めると、何が起こったかわかっていない警備隊に投げつけ転んでいる間に姿を表し、ルイス教官を先頭に逃げ出した。

 

 街道から外れしばらく走った後に、フェルミンとニコラがルイス教官にどういうことかと聞くと、

「あれが、あの街の長ができる最大限の情報提供だった」

 

 あの場にいたのは街の長ともう1人はアールクドットの監視で、不用意な発言をすると長の首が物理的に飛ぶのだそうだ。

 あの目配せはアールクドットの監視に兵を呼ぶように伝えたもので、その際にこの街はもうアールクドットの占領下にある、と教えてくれた。

 中立のはずの土地を占拠して早々に裏切られるというのは何をすればそんなことになるのか。

 

 港町ティセロスからの中継地点の街が占拠されているということはティセロスも既に支配下に置かれアールクドットの代官かティセロスの中でアールクドットの息がかかった者が議会の長についていることだろう。

 で、あればここから先の目的は変更になるはずだ。

「一般兵と合わせてティセロスに常駐するアールクドットの戦士(グエーラ)と兵の排除、ティセロスの開放のため、偵察を行うこととする」

「じゃあ、見つかる前に兵の回収して下げないといけませんね」

 

「ニコラ、地図でいうとこの辺に向かっているはずだから一旦この辺まで下がらせてキャンプの用意をさせておいてくれ」

 地図を広げてニコラを呼び、指示を出すとニコラは

「その様な斥候の真似はそこのC班の女にでもやらせればいいと思いますが」

「言いたいことはわかるが統率力のある者が行って言うことをきかせる必要があるが、フェルミンにやらせるわけにはいかないからなニコラが適任なんだ」

 統率力のあるもの、と聞いていばるのが大好きなニコラは横目で私を見てニヤリと笑い、目にも留まらぬ速さで駆けていった。

 

「ルディ、お前は旅装に着替えてティセロスに入り、ルディは幻体(ファンズ・エス)を使ってティセロスの一般兵に紛れて、そうだな、カオルのあれ、あの耳障りなやつ」

「煩わしい虫の羽音」

「そう、それを聞いたらこっちに向かって石を投げて一般兵のだれかに当てたらティセロスの街に戻れ」

「戦わなくていいんですか?」

「ティセロスで着替えて戻ってきてくれればいい、無理そうならどこかの宿屋で待機しててくれ」

 背の高い茂みの中で旅装に着替えたルディは街道に向かって分かれた。

 

 ティセロス近くの一般兵との集合地点に向かって軽く走りながらイレーネが私の袖を引っ張って耳打ちした。

「ルディのあれ、どういうこと?」

「多分、このまま行っても戦闘にならないから、向こうに戦端を開かせるんだよ」

「だってやるのはルディでしょ?」

 口の前に人差し指を立ててから

「だれだかわからない兵士が勝手に石を投げて、先制攻撃をした、そういうことだよ」

 そう告げると、目を見開いて私に小声で抗議した。

「そんなの卑怯よ」

「じゃあ、食料の輸送を妨害するには卑怯じゃない?」

「卑怯ね」

「ファラスは戦争以外の戦いを知らないうちに仕掛けられて負けた。

 たぶん、前に戦士(グエーラ)があっちこっちに出てたのもその辺の動きに関係してたんだね、今更だけどさ」

 

「そんなのわかるわけないじゃない」

「そうだね、私達は現状維持したかったしね」

 

「そんな状況でも国と国はいきなり攻め込むことはできないから、ニコラだけ先に行かせてアールクドットから潜り込ませない様に警戒させるのさ、向こうもファラスを滅ぼしたいみたいだから」

 

「それでルディに先制攻撃をさせることにしたってこと?」

「そ。

 食料がなくなって買ってこようにも邪魔される。

 全員で飢えるくらいなら邪魔を取り除こう、でも悪者にはなりたくない」

「わがままだね」

 

「ルディが石を投げて魔力を探られる前に煩わしい虫の羽音で魔力をばらまいてルディの魔力を見つけられないようにしてルディを逃がす、

 私達は先制攻撃を受けたといえば正当な理由を付けてアールクドットを排除するために行動できる」

「あたしには中隊長以上にはなれそうにないわ」

 そう言って残念そうに笑った。

「部下がどれくらいいるかなんて関係ないよ、英雄は一人だからね」

「たしかにそうね!」

 

 しばらく走り、背の高い草を踏み倒して外からあまり見えないような陣地を作った一般兵とニコラが待つ集合場所へたどり着いた。

「どうだ、我が統率力は」

 ニコラが長く伸びた銀色の髪の毛をかきあげると一糸乱れぬ動きで一般兵が敬礼をした。

「さすがですね! 私じゃあ、こうはいきませんよ」

 よいしょしてあげると嬉しそうにフェルミンの後ろにいたトミーに絡みに行って嫌な顔をされていた。

 

 

 明るいうちに寝れるだけの高さの平たいテントを設営させ、上に草を積む。

 カモフラージュの意味がなくなってしまうので(イ・ヘロ)(フェゴ)も使用できない。

 しかたなく堅パンを噛みながら就寝する。

 

 野営した朝は体がバッキバキになる痛みで目が覚めるが

 踏み潰しただけの草の上にテントを置いただけなので草がクッションになって多少マシになった代わりに湿気がひどい。

 むしろ背中が濡れているくらいだ。

 

 私達以外はキビキビと動きあっという間にテントが片付けられ、ルイス教官の前にすばやく整列した。

「今日は恐らく戦闘になると思うが、こちらから手を出すことは許さん、命令違反をした者は即刻処分する」

 

 ハードスキンの合唱魔法を使う、2人で600人にかけるのはその後に差し支える可能性があるのでイレーネの他にロペスも呼んでハードスキンをかけた。

 魔法使い同士でかけるほど強くなくていいので消費も思ったより少なかった。

 

 私はルイス教官の脇に立ち、

 4つに分けた兵を横に長く展開させた。

 イレーネやロペス達はそれぞれフェルミン達AB班のサブについて雑務と遊撃に回る。

 

 リーダーが前に立ち、サブリーダーが兵の後ろに立ち、投石の動きがあった場合に対応できるようにする。

 

 

 ティセロスにたどり着くと、ティセロス商人の私兵とアールクドット兵が展開していてククルゴから連絡はすでに行っていたようだ。

 ティセロスとアールクドット兵の数を合わせてもこちらより少ないがなぜ籠城しないのか。

 アールクドットはそれなりに練度と士気が高そうだが、ティセロスの私兵は明らかに士気が落ちていた。

 

「ファラスの騎士殿! 兵を率いて恫喝なぞどういう了見ですかな!」

 アールクドットの戦士(グエーラ)が前に立って叫ぶ。

 もう立場を隠そうともしていないのが不快だ。

 見える範囲で戦士(グエーラ)は6人、上位の戦士(グエーラ)でなければ全員でなんとか対応できそうだ、と少し安心した。

 

「我々も食料を多く必要としましてな! 暇をしている兵を連れて買付に来た所だ!」

 ルイス教官が叫んだ。

 

「こちらとしてもお分けしたいのは山々だが余っていないので心苦しいがお引取り願いたい!」

 よく言う、と思ってやり取りを聞いていると、

 小声でやれというので煩わしい虫の羽音を使ってティセロスの兵の頭の周りにまとわりつかせる。

 一瞬耳元で羽音がして不快な表情を浮かべた瞬間に魔法を打ち切った。

 

 だいぶ離れているはずのティセロス兵の後ろから石つぶてが飛んでくるのが見えた。

 1個2個かと思ったらどうやら握れるだけ握って両手で投げたらしい。

 大小合わせて10個前後の石が私の後ろの方でガチンゴチンと当たる音がする。

 

「なんてことだ! 先制攻撃を受けたぞ! かかれ!」

 わざとらしくルイス教官が叫んだ。

 頭使ってるのか使ってないのかわからない切られ方をした戦端はルイス教官の声によって開かれ、フェルミン達を先頭にしたはらぺこの兵達と

 アールクドット兵を先頭にしたわがもの顔で街を跋扈するいけすかない奴らに協力しなきゃいけない兵と、やればやっただけ結果が返ってくるアールクドット兵が入り乱れる戦場となった。

 

 



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戦場を駆ける

 煩わしい虫の羽音を使ったことで私の役割は終わったつもりになっていたら

 お前も行けと言われ、しょうがなく身体強化をかけて戦いに出た。

 

 アールクドットの兵が妙に強い気がする、と軽く打ち合わせてみて感じた。

 ファラスの兵にはない重さと速さを持った一撃は一瞬驚かされたが軽く弾いて切り伏せることができた。

 どうやら大規模でハードスキンをかけられる者はいないらしい。

 

 ファラスの一般兵と戦っているのを見るとハードスキンをかけているはずの兵に攻撃が通っているのをたまに見かけた。

 戦士か傭兵の国の兵の精鋭が正面からぶつけずにこんな側面から当てるような使い方をするのか、と不思議に思う。

 

 基本的にはハードスキンを破れていないのでたまたま力が強い者だったか魔法の素質があって身体強化が強力だったのかも知れない。

 私の近くで攻撃を受け止めたファラスの兵はよろめいて尻もちをついたのでアールクドットの兵を蹴り飛ばして引っ張り起こした。

「あ、ありがとうございます」

「運が良かったね」

 

 それにしても嫌に強いな、と思いもしかして、と魔力を見た。

 嫌な予感というものは当たってしまうようで、アールクドット兵は全員、大なり小なり身体強化を使っていた。

 

 はじめから知っていたら兵を出す前に攻撃魔法を使ったのに! と思うと、

 デウゴルガ要塞で今回押し込まれてどうにもならなくなっているのはこういう理由か、と納得もした。

 

 ファラスの貴族が自らの力を誇示できるように平民から魔法を取り上げ、平民が魔法を忘れたファラスと

 アールクドットは平民に効率よく魔力を目覚めさせる方法を探していて成功したからこその侵攻なのだろう。

 これはまずいんじゃないか、とルイス教官を見ると、目があった瞬間、ルイス教官が頷いた。

 

 近くにいた兵士と戦士(グエーラ)を切り捨ててルイス教官のもとへ向かった。

「敵の一般兵が身体強化使ってます!」

「ああ、まずいな」

「一旦引かせて魔法使いますか」

「押し込まれるだけだ、お前らに暴れてもらうしか今は手がない」

「しょうがないですね、了解です」

 

 元気に戦っているイレーネの所に行き、兵士の消耗を優先させることを伝えた。

 この場に神官はいない、私達の取れる一番効率のいい戦い方は、戦士(グエーラ)をみんなに任せて兵士全体の腕と足を切りつけながら走り回ることだ。

 

 ちょっとした身体強化だけならよほどの腕がないとあまり意味がないんだな、ということを感じながら遠くから聞こえるあの女をなんとかしろというわめき声を聞いて、そろそろ目をつけられたか、と声の主を見る。

 あそこだ! と剣で私を指し示した。

 

 ファラスの兵もアールクドットの兵もいるにも関わらず放たれる炎の矢(フェゴ・エクハ)

 慌てて駆けアールクドットの兵も一緒に魔法障壁(マァヒ・ヴァル)で守ってやる。

 バチバチと魔力の弾ける音をさせて炎の矢(フェゴ・エクハ)が尽きると、後頭部を誰かに殴られた。

「いで!」

 痛いわけじゃないが驚いて思わず声が出てしまい、振り向くと今守ってやったアールクドットの兵が剣で私の後頭部を切りつけたようだ。

 

 イラッとして目の前に突き出された刃を握って奪い取って蹴り飛ばして、奪った剣を投げつけた。

「守ってもらった相手にやることか!」

 イレーネは戦場を忘れたようなポカンとした顔で私が蹴飛ばしたアールクドット兵が転がっていくのを見守っていた。

「まさかあの状況で後ろから切られると思わなかった」

「私もだよ、まったく!」

 

 苛立ち紛れに文句を言ってから炎の矢(フェゴ・エクハ)の使用者を探す。

 

 龍鱗(コン・カーラ)鋭刃(アス・パーダ)をイレーネとより強くかけ直して身体強化が真髄に届いたことを確認、私達をめがけて駆け寄って来た2人の戦士(グエーラ)から逃げた様に見せて広い場所を目指して移動した。

 血と土が混ぜられた泥に足を取られて転びそうになりつつ少し離れた所で戦士(グエーラ)とぶつかった。

 

 金属プレートと革を合わせて作られた鎧を着た戦士(グエーラ)は、黙ってかかってくればいいのに剣を掲げて名乗りを上げる。

第3階戦士(アーセラグエーラ)! フレデリック・カッセル!」

第3階戦士(アーセラグエーラ)! ベルナール・ワイス!」

「オオヌキカオル! 学生!」

「イレーネ・モンテーロ! 学生!」

 

 お互いに名乗りを上げた瞬間、戦士(グエーラ)は剣を振り上げ襲いかかってきた。

 力任せに斬りかかってくるところを見ると、体格差で押し切れると踏んだらしい。

 

「兵ばかり狙うなど卑怯者め! 戦士(グエーラ)の誇りはないのか!」

「さっき名乗ったでしょ! あたし、ただの学生だからね!」

「そうそう、食料を買いにお使いに来ただけなんだよ」

「好き勝手に兵を切り捨てておいてバカにして!」

 簡単に頭に血が登ったフレデリックと名乗った戦士(グエーラ)は私の頭目掛けて剣を振り下ろす。

 思ったより冷静だった私は構えた剣で戦士(グエーラ)の剣を受け流し、がら空きの背中を斬りつけるが硬い音がして剣が弾かれた。

「うお! 硬い!」

 弾かれた勢いを利用して腹を蹴り飛ばし、転ばせたフレデリックに火炎球(フェゴ・イェーグ)の詠唱をする。

「炎よ炎! 我が前に立つ愚かなる暗黒の使徒達に

 その赤き(かいな)の抱擁を! 火炎球(フェゴ・イェーグ)!」

 イレーネと戦っていたベルナールという戦士(グエーラ)はイレーネの隙を縫って、

 私が飛ばした火炎球(フェゴ・イェーグ)の火球が着弾する前に魔法障壁(マァヒ・ヴァル)で蹴り飛ばして火炎球(フェゴ・イェーグ)からフレデリックを守った。

 

 蹴り飛ばされた火炎球(フェゴ・イェーグ)は兵たちの混戦の真っ只中に落ちて何人かが火柱に飲み込まれ、周りにいた数人が火傷を負ったらしい。

 大きな魔法はこんな所で使ってはいけない。

 

 蹴り飛ばした戦士(グエーラ)魔法障壁(マァヒ・ヴァル)が弱かったか足に火傷を負ったようだが、まだなんとか動けるようだ。

 だが第3階戦士(アーセラグエーラ)を負傷させられたなら運がいい。

 

 フレデリックが体勢を立て直して戻ってくる前にイレーネに加勢してベルナールを集中攻撃することにした。

 私は火傷をした足で支えなくてはいけない様にイレーネより早く横薙ぎに剣を振るう。

 

 ミエミエの一撃を受け止めると火傷をした足に痛みが走ったか顔をしかめ、その隙にイレーネがバランスを崩した側の側面から剣を突き立てた。

 脇腹を狙って突き出した剣は龍鱗(コン・カーラ)の破砕音をさせて鎧の隙間に突き刺さった。

 ごぼっと血を吐いたベルナールの胸を氷の矢(ヒェロ・エクハ)で貫き、凍結させた。

 

「お前ら! よくもベルナールを!」

 怒りに唇を震わせながらフレデリックが私に斬りかかってくる。

 受け流しきれずに鍔で受け止めると私を押しつぶそうとするのか受け止めた剣に力を入れて迫ってきた。

 

 怒りからかさっきより強くなった身体強化に押され、体勢を崩しかけるがなんとか押し返すと、振り上げた剣をデタラメに振り回して打ち付けてきた。

 慌てて両手で剣を持ちなおして魔力を込めて弾き返した。

 イレーネとの合唱魔法による真髄の力がなければ押し切られていたことだろう。

 

 イレーネに(イ・ヘロ)を使う合図をしてフレデリックに斬りかかる。

 一度引いて冷静になったか私の剣は受け止められ、受け流されるが勢いを乗せたまま剣を回転させ切り上げる。

 今度は私の方が真髄と身体強化の方が強いらしく少しずつ押し始めた。

 勝てる! そう思ってがら空きになった頭に向かって剣を振り下ろすと、意識してない所から剣が回ってきて私の剣がつつーっといなされた。

 体重も乗せてしまっていたのでたたらを踏んでよろめいた。

 

 まずい! と思い体勢を立て直すのを諦め、(イ・ヘロ)を最大光量で放ち、よろめいた方へ転がって血と泥にまみれて距離をとった。

 起き上がる前に袖で顔を拭ってフレデリックの方を見る。

 

 フレデリックの目がくらんだ一瞬を見逃さずにイレーネが後ろから襲いかかり首と胴を切り離していた。

「助かった!」

「合図があったからね」

 軽くハイタッチすると、周りを見渡す。

 

 ティセロスには高位の戦士(グエーラ)は来ていなかったようで、私達の兵を傷つけて回る作戦とロペス達でなんとか対処できているようだった。

 状況の確認と(アグーラ)で泥を落とすために一旦ルイス教官のところへ戻ることにした。

「おい、カオルちょっと来い」

「はい、なんでしょうか」

「なんで火炎球(フェゴ・イェーグ)を使った」

「広かったのと、早く終わらせたかったのと、蹴り飛ばせるとは思っていませんでした」

火炎球(フェゴ・イェーグ)は多数を相手にする時に使うんだ、あーなるからな」

「すみません、以後気をつけます。 状況を聞きに来ました」

「思ったよりいいぞ。 お前がで混戦でも火炎球(フェゴ・イェーグ)を使うやばいやつがいるってビビらせたせいもあるが、ティセロス兵に士気がないから結構逃げ出してる。 戦士(グエーラ)はお前らの方が若干上回っているからそろそろ撤退が始まるぞ」

 

 遠くから太鼓の音が聞こえると、後ろの方からほぐれるように兵と戦士(グエーラ)が撤退を初めた。

「追撃しますか」

戦士(グエーラ)を狙え」

「了解! 氷の矢(ヒェロ・エクハ)!」

 とりあえず、100本程の氷の矢(ヒェロ・エクハ)を出して戦士(グエーラ)の足をめがけてバラバラに射掛ける。

 戦士(グエーラ)は逃げながら魔法の気配を感じ慌てて魔法障壁(マァヒ・ヴァル)で己が身を守った。

 

 ファラス兵がアールクドット兵を追い、フェルミンを先頭にして戦士(グエーラ)を追った。

 私はイレーネとなんとなくルイス教官と後ろからついていき、門が閉められたティセロスの前で横に展開し、要塞攻めの準備をした。

 

「城攻め、要塞攻めってどうするんですか」

氷塊(ヒェロマーサ)土の弾丸(ティラ・ヴァラ)をぶつけて壁と扉を破壊する。

 守る側は城壁の上や裏から魔法障壁(マァヒ・ヴァル)で守る。

 弾が尽きたほうが負ける、それだけだ」

「だから攻城戦用の兵器がないんですね」

「お、面白そうな話だな、帰ったら聞かせろ」

 

 フェルミン達は先頭に立って攻城戦の準備をし、その間はファラスの兵を後ろに下げ休憩を取らせる。

 2人1組になり、攻撃手と防衛手になり、放たれた魔法攻撃を防衛手が受けている間に攻撃手が攻撃をする。

 フェルミン、トミー組、ニコラ、アイラン組、ペドロ、イレーネ組、それに私とロペス組。

 ルディは中に潜入したまま出てきていない様子でまだ戻ってきていなかった。

 

 兵たちを後ろに下げて心許ない人数の人間攻城兵器が前に立つ。

 イレーネの方をちらっと見るとイレーネも横目に私をみていたので小さく親指を立てて見せると、イレーネも小さく親指を立てて応じた。

 

 ルイス教官の笛の音に合わせて氷塊(ヒェロマーサ)土の弾丸(ティラ・ヴァラ)を使い、巨大な氷塊と岩は魔法障壁(マァヒ・ヴァル)にぶつかり砕け散りながら突き進む。

 門にたどり着く頃には小さな欠片になってしまった。

 すると向こうから今度は炎の矢(フェゴ・エクハ)の束と氷の矢(ヒェロ・エクハ)の束が飛んでくるのをロペスが前に出て受け止めた。

 

 これは魔力回復飲み薬(ポーション)を飲みながら戦える防衛側が有利か、と不利を覆すにはどうしたらいいか考えを巡らせた。

 

 



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攻城戦と見知った顔

 ロペスの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)の陰で思いついたことを聞いてみる。

「やっぱり街を焼くのはだめかな」

「急に何を言い出すんだ」

「ほら、防衛側はいくらでも飲み薬(ポーション)飲めるからいつまでたっても終わらないと思ってさ」

「確かにそうだな、でも今回はないな、街焼いて飯をくれとは言いづらいだろう」

「じゃあ、門の破壊も手加減しなきゃいけないんじゃない?」

「普通は破壊されても影響が出ないよう門からまっすぐ道を引くから多少やりすぎても大丈夫だ」

 

「破壊と再生を司る大神(たいしん)よ」

「おい、まて、なんだその詠唱は」

「ルイス教官も前に言ってたでしょ、破壊神だけは信仰に関係なく力貸してくれるって」

「そうだったか? ならいい」

 信仰なしで祝福できることを心配してくれた様だ。

「そんなにうかつじゃないさ、心配してくれてありがとう」

 

 空に向かって手を掲げ、神へと祈った。

「破壊と再生を司る大神(たいしん)よ!

 誉れ高い我が神よ!

 宇宙の真理たる御身より出ずる力を我に貸し給え!

 吠え猛る御身が力! 捧ぐるは我が魔力!

 求むは我らが敵の破壊と再生の祝福を!」

 

破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)!」

 私の両手に生まれた破壊の力は魔力をぐんぐん吸って大きくなり、バスケットボールより大きな破壊の力の塊となり、完成したと思った瞬間、どこからか注ぎ込まれ初めて大きめのバランスボールの大きさに膨らんだ。

 

「おい、カオル」

「今ちょっとまって、大きすぎて扱いづらいし安定してくれないの」

 ちょっと! 神様! もうすこし小さく……!

 手の中で暴れる光球に魔力を込めてぐぐっと小さくしていく。

 

 バリバリと音を立てながら砕けるロペスの魔法障壁(マァヒ・ヴァル)の音を聞きながら降りかかる炎の矢(フェゴ・エクハ)が収まるのを待つ。

「もう平気なのか?」

「大分落ち着いたね、気は抜けないけど。そろそろ落ち着く?」

 光球から目を離さずに答えた。

「もうそろそろだ」

「早く唱えすぎた」

 光球の維持に疲れてきた。

 

 遠くの方で笛の音が聞こえる。

「よし、いまだ!」

 

 破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)には2つの使い方がある。

 1つは火炎球(フェゴ・イェーグ)の様に飛ばして着弾地点で破壊のエネルギーを開放する、もう1つは破壊のエネルギーを収束して光線とする使い方だ。

 

 直接放り投げてもいいのだけど、初めて使う魔法なので、どれだけの破壊をばらまくかわからないことに心が決まらなかったので、途中で切り上げられる光線で使用することにした。

 

 破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)を開放し、光の束が放たれた。

 収束された破壊の力はまばゆい光を放ち術者の私の目を眩ませながら門扉に突き刺さり爆発音が轟いた。

「ロペス! 前が見えない!」

「アホな魔法を使うからだ! だが魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を貫いて扉を破壊した! もう止めていいぞ」

「止めかたがわからん! 無くなるまでとまらないんじゃないか」

「感心したらいいのか、がっかりしたらいいのか、わからんな」

 そう言って笑うと

「ついでだ、街の防壁も破壊してしまおう! ゆっくり左を向け!」

「ほんとに!? いいの!?」

「まかせろ!」

 ロペスの声に従ってゆっくり左を向くと少し向いた所でそこまでだ、と止められた。

 何が起こっているかは私からは見えないが、爆発音と瓦礫の音が響きロペスの指示に従って破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)で薙ぎ払った。

 しばらく破壊を撒き散らして段々と弱くなって来た所で、破壊の力の残滓を門があった辺りに投げつけた。

 煌々と輝く光球が着弾すると爆発音と共に土煙が立ち、瓦礫がバラバラと落ちてきた。

 土煙のせいでティセロスの街の様子はわからない。

 

 制御するのは大変だったが、祝福を得て顕現した力なのであまり魔力は使わなかったからまだ動ける。

 飛来する炎の矢(フェゴ・エクハ)に備えると、後ろから脳天に衝撃を受けた。

「おで!」

 振り向くと呆れた顔をしたルイス教官がチョップのポーズで立っていた。

「なにするんですか」

「やりすぎだ、何を使った」

「すみません、初めて使ったもので。 破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)を使いました。」

破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)? そんな威力は出ないはずだが」

「破壊と再生を司る大神(たいしん)に祈りを捧げていたので間違いはないと思います」

「小さな街ならまるごと1つ消えるな……」

「え? そんな威力でした?」

「ああ、制御できる様になるまで、よほどのことがない限り使わないほうがいいな」

 せっかく覚えたのに使い物にならないなんて。

 

 もうもうと立ち込める土煙の中から一人の太った中年男性が両手をあげて出てきた。

「ティセロス議会の議長ステファノと申します。 無事だったアールクドットの戦士たちは先ほどの爆発をみて撤退してしまいましたよ」

 ルイス教官は兵たちと街に入り、瓦礫を片付けて道を作らせると代表のおじさんと何か話しをしながら街の奥の方へ行った。

 

 取り残された私達は帰還の指示が出るまでやることがなくなってしまった。

「下敷きになってるアールクドットの戦士(グエーラ)はいいの?」

 ロペスに聞くと

「敵だからな、意識があるなら止めくらいは差したほうがいいかもな、まあ兵達がやるだろう」

 装備の略奪とか色々配慮して上げる必要があるそうな。

 ペドロが残って監督をする、というので任せてルディを迎えに行くために街に入る。

 

 街の入口付近の建物は私の破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)が入り口近くの建物の外壁を壊して申し訳ないことになっていた。

 戦闘地域になった辺りに住んでいた市民は避難していたおかげで怪我人がいないようでほっとした。

 石畳が敷かれた石か土かわからない建物が建ち並ぶ大きな通りをヒソヒソされながら歩き、議会所の近くにある高級そうな宿泊施設(ホテル)に案内された。

 

 カルロ・デ・ペゲティニアというティセロス議会員だという商人はフェルミン達にへりくだりながら、ティセロスでは12階建ての議会所に次ぐ我が9階建ての宿泊施設(ホテル)は、精鋭の魔法使いを呼んで大金と技術の粋を集めて建てたという自慢話を聞き流しながらルイス教官とこの街に潜んでいるルディがやってくるのを待った。

「どうです? ロビーのこの像! 旅と商いの守護をするイーマスをかたどった物です、イーマスの神官も一度は祈りを捧げに来ることを夢見るらしいですよ」

 と自慢話の中にイーマスという神がいるという話を聞いた。

 あ、アーテーナの他にもいるんだ、とよく考えればいるに決まっているだろうことに今更驚いてカルロに聞いた。

「今は神官様はいらっしゃいますか」

 と、聞くと邪魔そうな目で私を見て、今日はいらっしゃらないようですな、というと再びフェルミンに建物と像の自慢をし始めた。

 

 何度目かのここいらにはこれ以上の建物はありませんからね。という自慢とフェルミンのお父様によろしくという話を聞いていると噂を聞きつけてルディが来たのをイレーネが見つけた。

「あ、ルディだ、よく場所わかったね」

「すごい音してたけどカオルがまた何かしてたの?」

「聞く前から私がやったと決めつけるのはいかがなものかな」

「実際は?」

「私がやりました」

 ルディはそうだよね、知ってた、と笑うと、ペドロを連れてどこかに行った。

 

 ロペスはイレーネにトランプを出させると小声で話し始めた。

「破壊神の祝福だが、異常な威力になったのはやはりカオルが祝詞を唱えたことが原因だろう」

「あの光、そんなのだったんだ」

「カオルが祈ればとりあえず何か祝福してもらえるんじゃないか?」

「そんな罰当たりな、あ、それあがり」

「ぐっ……、とはいえファラスだと主神信仰が強すぎて試すのも面倒だな。 ニコラスさんの故郷は色々な神の分身(わけみ)の信仰が多いそうだから機会があったら試してみてくれ」

「船で何日もかかるような所なんて、行くことはなさそうだ」

「退役したら連れてってね」

「退役なんて何年先の話になるかわからんな」

 そう言って笑っていると、話が終わったらしいルイス教官が議長ステファノと一緒にやってきた。

 

「兵たちは外壁の代わりに警備をさせ、お前らはここで1泊してから帰還する」

 外でキャンプにならなくてよかった、という安心感からか、みんなで良い返事をして部屋に案内してもらった。

 私とイレーネは2階、ロペス達は3階、ルイス教官は6階に部屋を割り当てられ、シャワーを浴びて夕食を取りながら明日の予定をルイス教官から聞いた。

 食料輸送にニコラとルディ、ペドロが残り、フェルミン、トミー、アイラン、ロペス、イレーネ、私が先にファラスに戻ってからデウゴルガ要塞に向けて出発しろ、という話だった。

 

 朝、せっかくなので飲み薬(ポーション)や素材を買おうと表に出ようとした時、裕福ではない感じの旅装の男とすれ違った。

 男は受付に行くわけでもなく、イーマスの像の前で跪くと、静かに祈りを捧げ始めた。

 本当に祈りに来るんだ、と驚き、彼の祈りが終わるのを待った。

 

 祈り終えた男は受付に行くとどうやら心づけを渡して表に出た。

「すみません、イーマス神の神官様とお見受けしますが、お話を聞かせていただきたく、お時間よろしいでしょうか」

 胡散臭いスカウトの様に男と並行して歩きながら話しかけた。

 勉強中の身の学生だ、というと神官の男は嫌な顔ひとつせずにイーマス神について教えてくれた。

 幸運と富を司り、旅人と商人の守護をするイーマス神は、神話では策略に長け、遠くの地にいる父神へ策を授けにだれよりも速く走り、その脚力は死の国へ忍びこんでも冥府の番人に捕まることなく戦に巻き込まれて死んだ妻を連れて帰るほど、というもので、あっちこっちの神が時間とともに同一視されたのだろうと推測した。

 その後、一緒に朝食を取りながら祝福と祝詞を教えてもらい、本格的に学びたくなった時は海を越えて西に向かい、ツィオーニウスで学びなさい、とイーマス神を表す印を教えてくれた。

 思ったより大量の情報を一気にもらったがなんとかメモに取ることができ、昨日の今日で新しい神様情報がもらえるとは思っていなかったので、大満足でカルロさんご自慢の宿泊施設(ホテル)へ戻り、出発の準備を終えた。

 

 眠い目をこすりながらフラフラするイレーネを連れてロペス達と街の外に出た。

 キャンプの見張りをしている兵に挨拶でもしようかとウロウロしていると、何か起こったようで兵たちがバタバタと走り回っていた。

 

「どうしました?」

 と、近くにいた兵に話しかけると気をつけの姿勢を取り、報告してくれた。

「ファラスから伝令が来たためルイス様に報告を行うところです! 伝令係は傷を負っているため治療中です!」

 不用意に歩き回って話しかけてしまったことを後悔しつつ

「では報告をお願いします。 私は伝令の傷を見ます」

 そう言って報告に行かせると、リュックの中から3級飲み薬(ポーション)を取り出して治療中の伝令に近づいた。

「様子はどうですか」

「命に別状は有りませんが、体力の消費もあり見た目よりよくありません!」

「では、この飲み薬(ポーション)を飲ませてください」

 布に包んだ飲み薬(ポーション)の小瓶を渡すと、ルイス教官の所へ戻った。

 後ろからしっかりしろ! 閃光の聖女様の飲み薬(ポーション)だ! と聞こえたが聞かなかったことにした。

 

「よく来た、昨日と指示が変わる。

 今来た伝令によると、デウゴルガ要塞が落ちたそうだ。アールクドットはデウゴルガを越えてファラスに向かっているらしい。 この伝令がその報告を持ってデウゴルガをでたのが5日前だ」

 私達がファラスを出たときにはすでに落とされた後だったらしい。

 

「まだ持ちこたえているだろうから急ぎファラスに戻り全員で救援にあたる、以上」

 結構な量をデウゴルガ要塞に送り出してしまっているから、長くは持たないんじゃないかと心配をしつつ急いで帰還する。

 

 合間に休憩をはさみながらファラスにたどり着く頃には日が落ち、閉門の時間が過ぎてしまっていたので、少し離れた所で野営をして朝早く、開門と同時に状況の確認にゆくことにする。

 

 朝になっても門は開けられず、出入りするハンターや商人達が門の前で困惑していた。

 様子がおかしいので離れた所から何か動きがあるまで観察することにした。

 

 堅パンを噛みながらアールクドットが来るまで閉鎖しつづけるのかな、と考えていると門が開き、中から兵士が出てきてテーブルのようなものを設置した。

「遅かったか」

 ルイス教官が諦めたようにつぶやいた。

 

 テーブルの上にアールクドットの戦士(グエーラ)が恭しく首を並べていった。

 中には見知った顔もあったがほとんどしらない顔ばかりだった。

 イレーネがワモンの名前を呼び、フェルミンの父の顔もあったらしい。

 エリーは無事だろうか。

 

「本日、聖王国ファラスはアールクドットの一部となった!」

 ああ、やっぱりそうか。

「代官はダニエル・ヴォクレール第8階戦士(クォルタグエーラ)が務める!」

 やっと第3階戦士(アーセラグエーラ)に勝てる程度の私達では第8階戦士(クォルタグエーラ)なんて逆立ちしたって勝てないだろう。

 あの人がダニエル・ヴォクレールだろうか、と深く見通す目(ディープクリアアイズ)で顔を見てみる。

 

 読み上げている紙の陰になっていて見えない。

 今後のファラスの話を読み終わり、紙を下ろすと見知った顔が現れ、私と目が合い、ニヤリと笑った。

 

 そこには戦士(グエーラ)の軍服を着た私がいた。

「不服あるものは直ちに第6階戦士(エクストグエーラ)、アイダショウのもとへ申し出るように!」

 アイダショウと名乗った私は、隠れて見ていた私の目を見てそういった。




今回で1章を終える予定だったのですが終わりませんでした!

次話投稿はなるべく早くしますが年明けになってしまうかも知れません。
なるはやでがんばります。

よいお年を。


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元の私と彼らの仇

「もう見つかってるな、さすが第6階戦士(エクストグエーラ)だ」

 ルイス教官がつぶやいた。

「逃げますか?」

 あんな魔力を見せられてはとてもじゃないが勝てるとは思えない。

 それでも6番目、奥には8番目が控えてるのだ、あと何人あんなのがいるかわからない。

 

「父の仇くらい討てずしてなんのための高貴な血か」

 フェルミンが、トミー達と立ち上がった。

「逃してくれないだろうなあ、逃がすつもりならこっち凝視しないだろうさ」

「言いたいことがあるなら来いというのなら言ってやろう」

 

 深く見通す目(ディープクリアアイズ)でアイダショウの顔をみたニコラが

「アグスティン達の仇だ……」

 ずいぶん前に新人狩り(ルーキーハント)で殺されたニコラの仲間の名前を呼んだ。

 ルイス教官もフェルミン達も生まれ育ったのがファラスなのでどうにかしたいらしいが、

 私達C班はルディ以外は外から来ているので温度差が激しい。

 

 私はもちろんだし、イレーネはここから東に1、2日行った所にあるエルカルカピースという街で、ロペスとペドロは山を越えた東端のウルファラだ。

「この街の外から来ている君らは気がすすまないだろうが、手を貸してくれないか」

 ルディが祈るような顔で私の顔を見る。

 ロペスとイレーネを見ると頷いていたので、しょうがないな、と息を吐いて詠唱することにした。

 

 これから死地に向かう彼らに力を、お願いします。

「戦と知恵を司る神、アーテーナよ! 強き心と剛力を汝の使途へ与え給え

 魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を!」

 

「旅と商いを守護し幸運と富を司るイーマス神に願い奉る!

 御身のお力の一部を貸し与えることを(こいねが)う、幸運を! 知恵を! 戦場を駆ける疾き脚を!

 困難に打ち勝つ御身の奇跡を!」

 

「おい、ロペス、どういうことだ」

 ルイス教官がロペスから報告を受けていないことについて確認した。

「魔力を奉納して祝福を受けることができるのですが、ファラスでは彼女の力を持て余すと思い、秘匿することにしました」

「主神崇拝が強いからな、戦いに勝てたのは主神以外の加護のおかげですとは言えんか、わかった」

 

 身体強化をかけ、重ねがけできたことを確認し、イレーネと一緒にいつもより多く魔力を使って龍鱗(コン・カーラ)鋭刃(アス・パーダ)を使って真髄に至る。

 逃げる余力は考えないほうがいいだろう、生き残ることこそ優先すべきだ。

 

「あと1年あれば英雄を作れたんだがなあ」

 と、ぼやくとルイス教官が立ち上がり、いくか、とフェルミンに声をかけた。

 彼らを先頭にしてアイダショウに異論を申し立てに行く。

 

「おや、亡国の敗残の将がいらっしゃいましたな」

 お立ち台に立ったアイダショウの部下らしき体格のいい男が、ルイス教官に向かって言うがフェルミンが返事をする。

「ここはお前たち下賤な蛮族の立ち入っていい場所じゃないぞ」

「いままではそうだったかもしれないが、今は違う」

 

「おい、勝手に口を開くな」

 ああ、私の声ってあんなんなんだ、なんか気持ち悪い。

 アイダショウは台から降りると最初に口を開いた男を蹴りつけた。

 

「お前、前のおれの体だな、ってことはこの体はお前のか、自分に抱かれに来たか」

「そんな気色悪いこと思うわけ無いだろう? 返してもらいに来たんだよ!」

 

「この体はいいな! やっと自分の体を手に入れたって感じだ。力はあるし女は抱ける。昔から合わなかったんだその体、力は弱え、毎月腹痛抱えにゃらいけないし、友達だと思ってたら変な目で見られるんだ、わかるか」

「そんなの手術とかどうにかなるだろ?」

「本物を手に入れたのにわざわざ偽物で満足できるわけないだろう? やっぱり生かしておくと取り戻しに来るよな」

 アイダショウは腰に手を当てて空を仰いだ。

「はー、殺すしかねえようだな、10年掛けて第6階戦士(エクストグエーラ)になったのは伊達じゃねえぜ」

「10年? その割に年取ってないんじゃないか」

「来た時はもう少し若かったな、本当はいくつだったんだ?」

「28だ」

「おっさんか、若返ってたのか、助かったわ。じゃあな、前のおれの体。隣の女は好みだからお前を殺してからもらっていくよ」

 ドン! と聞こえそうな勢いで魔力が体の隅々まで行き渡り、身体強化がかかったのがわかった。

 

「前の体ってどういう」

 イレーネが私に囁いてくる。

「詳しい話は後でゆっくりさせて、まずは生き残らないと」

 

「おれはこの女二人相手にするから、お前らは適当にやってろ、殺しても構わん」

 ミシェル、ジャン、ジャック、セルジュと名乗った戦士(グエーラ)は全員第5階戦士(イクアングエーラ)だった。

 2、3人で当たってなんとか1人倒せるかどうか、という実力差がありそうだが、今回は祝福もした。

 善戦してくれるだろう。

 

第6階戦士(エクストグエーラ)、アイダショウ」

 ショウは名乗りを上げると一気に距離を詰め斬りかかってきた。

「カオル! 街に被害が出ない様に離れろ!」

 ルイス教官の声に、イレーネと二人で街と、元統治者の首を汚さない様に距離を取って走り出した。

 イーマス神の加護のせいか、いつもより脚力にスピードが乗り、ショウを大幅に引き離してしまった。

 

 追いついてきたショウが私の胸に向かって繰り出した突きを剣を横から当てて逸すと、体勢を変えたショウは抜けた先で首に向かって凪いだ。

 正確に首を狙って迫る剣を鍔で受け戦意を剥ぐために囁いた。

「私を殺したら持ち主のお前も死ぬかも知れないんだぞ! 安易に殺していいのか」

 私の言葉で一瞬考えたが前より強い殺意が私を突き刺す。

「その体に戻されるくらいなら死ぬことに決めた、おれと一緒に死ね」

 比べ物にはならないが、低級の悪魔(マイノール・ディーマ)の様な薄気味の悪い魔力の気配をさせて私を睨んだ。

 

「私って言うんだからその体でも十分だろう、諦めろよ」

「社会人はそういうんだ、性別は関係ないんだよ、学生か?」

 新入社員のときに先輩にオレというのは辞めろ、と言われ、使い分けをするのが面倒なので私に変えて7年程。

「その体でわかるだろ?」

「お前と同じ様に若返ってきてるかもしれないだろ」

「あーそうかい、おれは若返ってないらしいな、むしろ少し成長したか?」

「こっちに来て3年経ったからな」

「元の体を改めて見るとなかなかいいな、あいつと一緒に抱かせろよ」

「嫌な思いしてきたくせによくもそんなこと言えたな! 地霊操作(テリーア・オープ)!」

 私は地霊に両足を固定させて、後ろに倒れ込みながら思い切り右足を蹴り上げた。

 ごうん! と重い音をさせ龍鱗(コン・カーラ)に阻まれたが衝撃の一部は伝わる。

 

 ショウはぐっと呻くと憎々しげに私をみて

「元男の癖に真っ先に股間狙ってくるとはとんでもねえやつだな!」

「無力化するのにそれが一番いいからな」

「この腹の下に響く痛みと重さは嫌なことを思い出させるな……」

「そりゃあ悪かったな」

 倒れかけたまま空いた足でショウの胸を蹴って後ろに飛んで距離をあけた。

 少しよろめいたショウの隙を見逃さずイレーネが後ろから斬りかかった。

 合わせて氷の矢(ヒェロ・エクハ)を唱え、放った後剣で追撃する。

 

「古臭い魔法を使っているな! だからアールクドットに攻め落とされるんだぜ、スパークランス!」

 白く光る稲妻の槍は後ろから襲いかかるイレーネに向かって放たれた。

魔法障壁(マァヒ・ヴァル)!」

 とっさに唱えた魔法障壁(マァヒ・ヴァル)にぶつかったスパークランスは魔法障壁(マァヒ・ヴァル)にぶつかったために四方八方に飛び散り、枝分かれした一部がイレーネの肩や足を少し焼き、苦痛に顔を歪ませた。

 

「ぐぅっ! 雷の魔法なんて!」

「あいつは古い魔法と言ったんだ、召喚者が作った魔法ならイレーネだって使えるよ! スパークランス!」

「スパークランス! ほんとだ! 出た!」

 力ある言葉を唱えると指先に集まった魔力が電気の奔流となりショウに襲いかかった。

 

「なんの対策もなく真似される魔法使うわけがないだろう!? バカが!」

 剣を地面に突き立て叫んだ。

 なるほど、避雷針と魔法障壁(マァヒ・ヴァル)で防げるものなのか。

 

 私は腰にくくりつけた紐を解き、ヌリカベスティックを地面に突き立てた。

 ショウの目の前の地面がぼごっと音を立てて穴が空いた。

 

「おっと、つまんねえ真似してくれんじゃん」

 動き回りながらイレーネと交互や同時に仕掛けてみるがお互いに龍鱗(コン・カーラ)が固くて決定打にならない。

 体力だけがジリジリと削られる中、どうにかしないと、と考えるが今手持ちの魔法だけでは決め手に欠けるな、と焦る。

 

「そろそろ飽きたな、こういうのはどうだ? 龍爪(ロン・チャオ)!」

 また聞いたことがない魔法だ。

 ファラスはどれだけ外からの情報を遮断してきたんだろう、と腹立たしく思う。

「聞いたことないだろう? 遥か西の国ロンファーの魔法だ! 真似てもいいぞ、生き残れたらな」

 魔法によって白銀の刃は黒く染まり不気味な光を放っていた。

 

 様子なんか見たって変わるわけがないのに予想外の出来事が起こるとつい、固まってしまう。

「まずはお前だ、元の体」

 そういうと黒く染まった刃で襲いかかってきた。

 刃を合わせてみると鋭刃(アス・パーダ)の上位互換というわけではなさそうだ。

  魔法の面ではなんとか拮抗しているが、ショウは10年のベテランだ、技術面でまともにやっては勝つ目が見えない。

 技術の差を埋めるためにはイレーネと同時にかからないと。

 

 イレーネと一緒に仕掛けるが私とイレーネの剣はショウの龍鱗(コン・カーラ)を削るだけで刃が通らない。

 相当削れているはずなのだけれども、と思うと気が急いてしまい、タイミングも大小を織り交ぜることもなく手首を返し遠心力を乗せた攻撃ばかりしてしまい、読まれ、いなされ、しまった! と思った時にはすでに遅かった。

 斬りかかられた剣を受け止める剣が間に合わないので慌てて手甲で受ける。

 龍鱗(コン・カーラ)をすり抜け手甲にぶつかり、想定外の衝撃を受けたと思った瞬間、蹴り飛ばされて地面に転がった。

 

「終わりだ」

 黒い刃が私の心臓をめがけて光る。

 圧縮された時間の中で体を動かすことも忘れ、なすすべもなく刃の切っ先を目で追った。

 

「カオル!」

 イレーネの声が遠くで聞こえた気がした。

 私がやられたら次はイレーネが殺される! そう思うとやっと体が動くようになった。

 これをよけてイレーネに仕掛けてもらったら私も龍爪(ロン・チャオ)を使って反撃だ。

 

 そう思うと目の前に影がおちた。

「無事?」

 私の前に立つイレーネが笑顔で私の無事を確かめてくれる。

「ああ、うん」

「よかった、負けちゃいやだからね」

 胸から剣を生やしたイレーネは弱々しく笑顔を浮かべると、ずる、と剣が抜け、私の上に落ちてきた。

「イレーネ! イレーネ!」

 私の上に覆いかぶさるように横になったイレーネを揺さぶり、イレーネを呼ぶ。

 抱きしめた手に温かい物で濡らされ、それが血であることに気づきどうしていいかわからなくなる。

 

「ちっ、邪魔するなよ。 まあ、いいさ二人まとめて殺してやるよ」

 私のせいでイレーネが、せっかくイレーネが守ってくれたのに、イレーネを救わないと、怪我の治療を。

 逃げる、守る、戦う。どうしたらいいかわからない。

 

 イレーネの命が抜けていく、どうしよう、どうしたら。

 イレーネ! イレーネ! 待って!

 

 そこで私の記憶は途切れ、気がついた時にはしらない場所でベッドに寝かされていた。




また終わりませんでした。
年があけたら士官学校編最終話の投稿します。


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冷気の檻と呪われた体

(イ・ヘロ)

 真っ暗だったので明かりを使うと、ベッド1つと椅子が1脚あればいっぱいになってしまう広さの窓のない湿った空気が漂う部屋だった。

 軽く体を起こしただけでベッドがギィギィと音を立てて揺れ、使っている寝具も士官学校で使ってたものとは比べ物にならない位、質も手入れも悪く臭いもする。

 

 なんでここにいるのだったか、と思い出すとイレーネの最後を思い出して心臓が早鐘を打つように鼓動し、胃液がせり上がってきた。

 床に吐くつもりでとっさにベッドから頭を出したが、気持ちが悪いだけで胃液もでなかった。

 

 もしかしてあのまま捕まってしまって捕虜にでもなってしまったのか、イレーネの仇を討つこともできずにこのまま処刑されてしまうのかと思うと

「よかった、負けちゃいやだからね」

 と言った弱々しい笑顔を思い出して涙が止まらない。

 

 しばらく泣き続けていると、思ったより声が出ていたらしく、突然ドアが開けられ、ルイス教官とロペスが入ってきた。

「起きたか、無事そうで良かった」

 ルイス教官はそう言うと、私の額に手を当てて体温を測った。

 突然のことに涙も引っ込んでしまった。

「おはようございます、ルイス教官にロペス、ここはどこですか」

「エルカルカピースの貧民区画にある酒場の地下だ」

「エルカルカピースといえばイレーネの」

「ああ、そうだ。イレーネは死んでないからな、命に別状はないが今はまだ眠っている」

「え? だって心臓を……」

 あの光景をまた思い出してしまって胃がぎゅうっと痛み顔が歪んだ。

「あれでお前が暴走してくれて助かった」

 そう言ってあの後、何が起こったか教えてくれた。

 

 ───────────

 戦士(グエーラ)はカオルの祝福があったおかげで思ったより簡単に対応できた。

 精々第3階戦士(アーセラグエーラ)と戦えるか、という程度だと思ったがジャン・ジボーと名乗った第5階戦士(イクアングエーラ)を圧倒できたのはこいつが単に第5階戦士(イクアングエーラ)の中でも弱いのかと思ってしまうほどだった。

 そのほかの戦士(グエーラ)も、ジャン・ジポーを処理してから生徒たちを手助けしながら倒して最後の第5階戦士(イクアングエーラ)を葬りカオルの救援にもいかなくては、と少し離れた所で戦っているカオルを探した。

 

 見つけた時は蹴り飛ばされて地面に転がった所で、何かを言ったアイダショウという第6階戦士(エクストグエーラ)が剣を構えると、イレーネが間に入ってカオルを庇った。

「カオル! 戦え!」

 そう叫んだがカオルはイレーネを抱えて動かなくなった。

 ロペスと頷きあってカオルのもとへ走り出すと、アイダショウが困惑しているのが見えた。

 

 初夏の陽気の中でカオルの足元の草が凍りついていく。

 白い冷気が溢れ出しアイダショウを足元から凍らせはじめていた。

「おい! なんだこれ!」

 魔法障壁(マァヒ・ヴァル)を使っているようだが魔法障壁(マァヒ・ヴァル)毎凍らせているように見えた。

 近づこうとするとつま先が冷え、氷の膜が張るため、近づけない。

 敵も味方も関係なく凍らせる冷気の檻の中でイレーネは氷つき、アイダショウもまとわりつく氷を壊しながら冷気の元を絶つべく剣を振り回すが、足が固まってしまっているので龍鱗(コン・カーラ)に弾き返されているうちに段々と飲まれ、氷の塊に封じ込められてしまった。

 

 それでもしばらく冷気を出し続けたカオルは、魔力の枯渇によってか、イレーネを抱きかかえたまま意識を失ってぐったりとした所で近づけるようになった。

 カオルと凍ったままのイレーネを抱きかかえて氷漬けのアイダショウを見ると、目は怒りに燃え、今にも氷を割って飛び出してきそうだった。

 そうなるのも遠くないと感じ、エルカルカピースにある治安維持隊の内偵班が使う隠れ家に逃げ込んだ。

 

 隠れ家がある酒場に着くと、特別室を使わせてもらう、と銀貨を25枚渡した。

 一旦2階に上がってから奥の階段を地下に向かって降り、常駐する斥候と神官に挨拶をした。

「この二人なんだが、頼む」

 神官にカオルとイレーネを預けて診断を待った。

「こっちの、白髪の子はただの魔力の枯渇だね」

 魔力を使いすぎたせいか、冷気のせいかわからないが夜の闇を思わせる黒髪は、あの冷気の様にまっしろになってしまっていた。

「こっちの子は……、難しいね。 魂が抜ける前に凍らせたおかげでまだ蘇生は可能なんだけど、ちょっと簡単に手に入る飲み薬(ポーション)じゃなくてね」

 せっかく生き残る可能性があるのに、高価な飲み薬(ポーション)が必要と聞き、材料は持っていたかと逡巡した。

 

「7級、いや8級の飲み薬(ポーション)がないと氷を溶かしたらすぐに魂が抜けてしまうんだよ」

 そう聞いた瞬間、ロペスがカオルの鞄をあさり小瓶を取り出した。

「こっこれ! 9級の飲み薬(ポーション)です!」

 そういえばこいつはやたらと持ち歩くやつだった。

「これであれば確実ですね、まかせてください」

 そういう神官にまかせて別室の『作戦室』とドアに書かれたダイニングで、酒場から持ってきてもらった異常に塩っ気と薫煙臭が強いのに肉の臭みも負けてないソーセージと、元は普通のパンだったのに堅パンの様に固くなっているパンを食べてカオルとイレーネの回復を待った。

 

「ルイス教官、ここは?」

 と、フェルミンが口を開いた。

「ここは不穏分子を監視するために教会と国で作った内偵用の施設だ。上はダミーの酒場だが実際に営業もしてるからこうして貧民用の飯も食える」

 

「あとはファラスが落ちてしまったんだ、もう教官でも軍人でもなくなったな、ルイスでいいさ」

「ルイス、吾輩、いやおれは、ファラスを取り戻し父の仇を討ちたいと思う」

 フェルミン・レニー、またの名をフェルミン・ファラス・レニーという彼の父、フェリックス・ファラス・レニー国王の第4子は、討たれ、首を晒された父の仇を討ちたいという。

 オレも国を、というか家を取り返したい気持ちもなくはないが、オレが必要としているのは長年かけて集めた素材と本だ。

 他所に移せるなら国に執着する必要はない。

 

 フェルミンは旗印としては問題ないだろう、前王の実子で継承権がある正しい血筋だ。

 だが、戦力がいかんともし難い。

「しばらく地下に潜り、戦力が集められれば組織を作ってもいいでしょう、ですがこの人数でやるつもりならフェルミン様には単騎で戦士(グエーラ)を圧倒してもらわなければなりません。カオルでも第6階戦士(エクストグエーラ)に負け、後ろには第8階戦士(クォルタグエーラ)が控えていたのです」

 

 フェルミンは俯き、しばらく考えて言った。

「何年かかろうともやってみせる、できるかぎりでいい、協力してくれ」

「いいでしょう、王よ」

 そう言って差し出された手を掴んだ。

 

 ペドロ達もやられっぱなしにゃしねえ、イレーネの仇を討たんとな、と言いつつ参加してくれそうでありがたかった。

 

 ───────────────────

「で、回復を待って2日、中々目を覚まさねえなあと思ってたらうおおん! と叫ぶ声を聞いて様子を見に来たってわけだ」

 どれだけ叫んだんだ、とそう言われて自分の髪を見ると見事に真っ白に色が抜けていた。

 少し頭が軽い気がする。

 

「イレーネが無事なようでよかったです、で、ルイス教官、イレーネはどこに?」

「もう教官じゃないんだ、ルイスでいいさ。イレーネは別室でまだ寝てる、まだ話は終わってないんだ。悪いニュースもある」

 薄暗い(イ・ヘロ)の明かりの中でルイスの真剣な目が私をじっとみつめた。

「え? まだなんかあるんですか」

「神官の治療はうまくいったが、あの黒い剣の魔法のせいか、アイダショウの力かはわからんが」

 ルイスは言葉を選ぶように口をつぐんで言いよどんだ。

「イレーネは魂を削られて呪われた、おそらく目と手足は以前ほど動かせないだろうという話だった。だがその呪いは本来であれば命を奪うほど強いものだったらしいが、お前の祝福のおかげで末端だけで済んだ」

 

 イレーネが私のせいで満足に動けない体になった、と聞いた。

 頭に血が上り目の前がチカチカして、心臓が痛い。

 吸っても吸っても息が入ってこない。

 こんなことになるなら私が死ねばよかった。

 

「おい、カオル! 話はまだ終わってない。呪いさえ払えれば元に戻るんだ」

 うつむく前に顔を両手で掴まれてぐいっと上げさせられた。

 

 




間違って消しちゃったんで再投稿しました


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呪いと約束

「呪いは道具や体なら聖水があればいいんだが、イレーネの場合は魂にかけられてしまった。呪いの主はアイダショウだろう、やつを殺せば呪いははれるかもしれない、魂の呪いを解く神官が見つかるかもしれない。どうだ? やるか」

 しばらくはイレーネには不便をかけさせてしまうが、しばらくは待ってもらおう。

 喉が痙攣して声にならないので強く頷いた。

 

「元気が出た所で飯を食え」

 そういって出されたものはお湯でパンを茹でてぐずぐずにしたパン粥のようなものにしょっぱくて臭い腸詰めをほぐした物を入れて塩味を付けたものだった。

 食べる前からちょっと臭みがある薄汚れたミルクパンを持たされ、ルイスの方を見ると、ニヤリと笑って

「戦って負けたんだ、いくら金を持っててもしばらくはこのパンと腸詰めしか出てこないぞ」

 と言って私を改めて絶望させた。

 

「そのまま聞け。前に、イレーネの名前を魔法にしたということがあったが、今回のでわかったことがある。呪文は言葉じゃなかった」

「刻印とか印術と言われるものだったってことですか?」

「いや、いままで聞いたこともない話なんだが、おそらく心だ。心の有り様が呪文になっているんだ。だから前回は怒りで炎の矢(フェゴ・エクハ)を撒き散らし、今回は悲しみか絶望かわからんが無言で冷気の檻を作った」

 じっと見つめられ、まずいパン粥を食べるのも忘れて息を呑んだ。

「お前は、一体、何者なんだろうな」

「そんなの私が知りたいです」

 

 ちょっとえづきながら食事を済ませて、隠れ家の中を歩いた。

 地下に掘られた空間は意外と広いようで、上に続く階段から伸びる廊下に向かい合わせに作戦室と調理室と書かれたドアがあり、両側に1,2と書かれた大部屋、3,4と書かれた中部屋、奥はT字路になっていて、1人用の個室が7部屋、5~11まで番号が振られていた。

 私が寝ていたのが5番で右手の奥、イレーネは6番、隣の部屋に寝ている。

 突き当りには重そうな鉄の扉があり、ノブを回してみるが鍵がかかっているらしく開かなかった。

 

 一通り中を見て回り、地上の店舗より広い地下空間に驚きつつ、イレーネが眠る部屋に悪事を働くわけでもないのに音をさせないようにするり、と忍び込んだ。

 イレーネの脇に座り、手がベッドからはみ出ていたので中に入れてあげようと手を掴むと、恐ろしく冷たく生きている人の手とは思えないくらい重かった。

 呪いのせいと言っていたけど私が凍らせてしまったせいなんじゃないか、と思うとまた心臓が痛くなった。

 

 眠り続けるイレーネの手を握り、せめて私の体温分だけでも命を渡せれば、そう思ってさすり続けた。

 それからしばらく朝、起きてから食事とトイレ以外はイレーネの脇に座り、目が覚めるのを待った。

 

 ここに来てから2週間位たった頃、いつものようにイレーネの脇に座り手をさすっているとイレーネが目を覚ました。

「カオル、さすりすぎると痛いよ」

 おはよう、と言って手をにぎるとイレーネを起こすのを手伝って(イ・ヘロ)の明かりを強くした。

「真っ暗な中でなにしてたの?」

 そう言われ、心臓が強く鼓動した。

「あと手足も重いし、なんか調子悪いみたい」

 そういうイレーネの顔を見ると、綺麗な桜色だった瞳は光のないくすんだ灰色に染まり、手は血の気のないまるで生を感じさせない皮膚の色をしていた。

 

「あのね、イレーネ……、きっとショックを受けると思うんだけど、今、(イ・ヘロ)の魔法は使っているんだ」

 それから今のイレーネの状態について聞いた話をイレーネに話した。

 時折唇を噛み、動きづらい左手が握ろうとゆっくりと動いた。

 

「私をかばったおかげでこんなことになってしまって、ほんとにごめん」

「あたしを即死から救ってくれたんでしょ? それに身体強化使えばなんとか動けるから、大丈夫」

 そう言って両手を動かして透かして見た。

「魔力を込めたらなんかぼやーっと見えるかな、これが魂が削られた手とあたしの魔力ってことかな? 魂と魔力が見えてるみたい。だいぶぼやけてるけど」

 

 こっちを見て困惑したように

「カオルの魂ってカオルと見た目違うんだね」

 あとでと言ったのに、いざ問われるという勇気がでなくて

「そうなんだ、どんな見た目なの」

「なんかアイダショウに似てる、もしかして召喚された時に入れ替わっちゃったの?」

 前の体、魂の姿を見られては推測も簡単だろう。

「そうなんだ、だから体を取り戻したかったんだけど、向こうは返したくないらしくて」

「そんなことより! 恋人でもない男子の前で脱いでたなんてあたしもうお嫁にいけないじゃない! バカ! ずっとやらしい目で見てたんでしょ! 信じらんない!」

「ええ?! イレーネが神の奇跡で私を男にしてくれたら婿にしてもらうから許してよ」

 そういうとイレーネは見えない目で私をじっとみて

「まあ、よく見ると思ったより悪くないし、声がカオルで見た目がショウってやつだと思うと違和感がすごいんだけど」

「逆だよ、見た目がカオルで声がショウだよ」

「あたしにとっては逆だもの」

 そう言って声を上げて笑うと、ノックの音がしてルイスとロペスが返事も待たずに入ってきた。

 

「目が覚めたか」

 そう言ってイレーネの無事を確かめ、目と手を見るとやはり息を呑んで呪いにかかってしまったイレーネを心配そうに見るが

「呪いのことはカオルに聞きましたし、カオルが将来と呪いを解いてくれる約束をしてくれたので大丈夫です」

 それに、と続けた。

「魔力は変わないから身体強化すれば日常生活には支障はでないし、目はまあ、魂と魔力しか見えないから不便だけど」

「おい、将来ってなんだ」

「あたしがこんな感じになっちゃったのを気にしたカオルが約束してくれたんですよ」

 そう言って見ているのか見ていないのか不思議な眼差しで私を見て笑った。

 

「そうだ、腹減ったろ?」

 ルイスがロペスを引っ張ってあのパン粥を用意しに出ていった。

 

「魂の見た目は元の体の見た目と同じだったよ、やっぱりカオルの体って入れ替わってたんだね」

「そうなんだよ」

「だからかわいくない格好してたんだね、ずっともったいないって思ってた」

「見た目より機能の方が大事だからね」

「そんなことないよ、気分が良くなるのは十分機能だよ」

「たしかに」

 と話していると、再びノックの音がしてロペスがパン粥を持ってきた。

 

 胃をびっくりさせないようにとゆっくりと食べることを強要され、目を白黒させながらパン粥のまずさを堪能する様を確認し、食器を下げるついでにイレーネを寝かせて退室した。

 

 それから私はイレーネが不便がないように、(イ・ヘロ)を刻み込んで足元でほんのり光る魔導具を作った。

 低級の悪魔(マイノール・ディーマ)の魔石を砕いてクズ魔石にしたものを組み込んで廊下の隅に置いた。

 

 刻み込んでいる作業をロペスとペドロに手伝ってもらっている間、フェルミンが手伝いもせずに私の向かいに座ってじっと私の顔を見てくる。

「どうしました?」

「もう敬語は使わなくていい、国も身分もなくなってしまったからな」

「はあ、わかりました。で、なんの用?」

「おれは国を取り戻して父上の仇を討ちたい、手を貸せ」

「私はそんなことよりイレーネの呪いの方が大事なんだよ」

「わかってる。どうせあの第6階戦士(エクストグエーラ)とはまた戦うんだ、イレーネの呪いが解けるまででいい。そのための人は使っていい、神官だっているしまだ人も集めている」

 

「今のままでは絶対にアイダショウには勝てませんよ、祝福とイレーネと合唱魔法を使ってやっと2人で渡り合ってたんですからね。その上、代官は第8階戦士(クォルタグエーラ)なんて絶望的に強いだろうし、その上一般兵まで魔法を使うのですが」

「わかった、もういい。何年かかってもいい、力を蓄え、反逆する。そのために力を貸せ。取り返したら要職につけてやる」

「最後のは期待してないけど、神官と戦闘訓練できる人がいれば紹介してほしいもんですね」

 



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桜色の瞳と新たな希望【1章完】

 ファラスが滅び、士官学校自体なくなってしまった。

 今の私たちは反逆者でレジスタンス。

 イレーネの呪いが解けるまでイレーネを守ってもらう場所も必要だし、神官の手も借りたいのだ。

 その神官は、というと高位の神官の生き残りは少ない。

 アールクドットの国教は亜神を王として崇拝するらしく、ファラスにいた神官達は改宗か死を選ばされ、たまたま外に出ていた神官が生き残ったが階級の高くない者ばかりだった。

 

 2ヶ月ほどが経ち、イレーネが隠れ家の中でなら動けるようになった時に

「ひとまず無事だということを家族には伝えたい」

 と言い出した。

 しょうがないのでロペスと私で旅をしてきた風を装ってイレーネの実家に行って手紙を渡し、できたら返事をその場で書いてもらう。

 

 イレーネの代筆をして、母からもらったというペンダントを借りる。

 常駐の兵に男女の旅装を手に入れてもらい、ロペスと二人でだれにも見られないようエルカルカピースを出てから入り直す。

 旅費が心許なくなってきたのでお貴族様に買い取ってもらいたい物があるのだが、どこにいけばいいかと、門に入る順番待ち中に地元の人に聞いてみると、珍しい物ならモンテーロ様がいいと言っていた。

 プライドが高く、珍しい物を自慢したい人だとイレーネが言っていたので間違いないだろう。

 イレーネから聞いた場所とは違う場所に家があったが、何年も帰ってないんだし何か事情があるのかもしれないな、と考えるのは後回しにした。

 

 教えてくれた場所に行くと、エルカルカピースの領主の屋敷だった。

「なあ、カオル」

「私も同じことを言おうとしてるんだが」

「聞いている話と違うな」

「これは門前払いを食らってもおかしくない」

 

 門番なんている貴族じゃないからすぐにお父様かお母様に会えると言っていたはずだが、2人の門番がばっちり目を光らせて封鎖している門に近づいた。

「すみません、旅のものなのですが、モンテーロ様は珍しい品物を集めていると聞きまして、是非見ていただきたい物があるのですがお目通りできますか」

 そう言ってイレーネから預かったペンダントを見せた。

 

 目線だけで私を一瞥し、私が愛想笑いで答えるともう1人の門番に行かせて、門の前で私たちが不審な動きをしないよう見張った。

 

 しばらく待つとお会いになるそうだ、と言われ、応接室に通された。

 それからまたしばらく待たされ、イレーネの父と母が現れた。

 父は50代、母は30代といったところか。

「で、珍しいものとはなんだね、見せなさい」

 挨拶をしようとすると手で止められ、要件だけを言われ、ペンダントと手紙を差し出した。

 

 イレーネの父は手紙を読むと

「で、イレーネは無事ではないのか、どこにいるんだ」

 と娘の安否を確認するので、なんだいうよりちゃんとしたお父さんじゃないか、とイレーネの評価に文句を付けつつ現状を伝えた。

「アールクドットの戦士(グエーラ)の攻撃により目と手足に呪いがかけられてしまい、日常生活にはなんとか支障はないのですが」

「そうか、子どもが産めるならそれでいい、どこにいる」

「ん? え? どういうことですか」

「もう戦えないのだろう? なら十分じゃないか、私はこの家のためにアールクドットの上級戦士と親族になるのだ、イレーネはどこだ」

「今治療中ですので、場所はちょっと」

「娘の友だちだというから優しくしてやればいちいち反抗しおって! 先生! ファラスの生き残りです!」

 この言葉に血の気が引き、ロペスの方を見ると顔色をなくして青ざめていた。

 

「生き残りだ~?」

 そう言いながら入ってきた男は見覚えがあった。

 20代なかばの背の高いひょろりとした男。

「あいつは、オレが殺したはず」

 ロペスが小声で言った。

 

「お? てめえ、おれを殺したガキじゃねえか、じゃあもう1人はショウを氷漬けにした女のどっちかだな」

 魔力が膨れ上がるのを感じ、慌てて身体強化を掛けて窓を破って逃げ出した。

 エルカルカピースの街の外まで走りながら祝詞を唱えアーテーナとイーマスの祝福を得て、街の外まで戦士(グエーラ)を誘導した。

 

「ショウ怒ってたぜ~? 凍らされるわ逃げられるわでな~ お? おれか? おれは色々あって生き返ったのよ。で、反抗的な領主を殺して空いた領主の席に座ろうかな? って思ったらここってつまんないでしょ? なーんにもなくって。管理するのも面倒だから代官を立てようかなって思ったら下位貴族がすり寄ってくるのよ、ぜひ代官に代わりに娘を差し出しますってさ」

 なんて父親だ! イレーネから聞いていた話より酷い!

「でもしばらくは暇潰せそうで良かったよ、さっさと潰して生き残りのいる場所吐いてもらわないとね。我慢するか吐かせられるかって勝負っぽくて燃えるでしょ、2人とも順番に遊んであげるから死なないでね。あ、そっちの君とは初めてだったね、第5階戦士(イクアングエーラ)ジャック・ヴァルタン、行くよ」

 剣を構えたジャックは一気に飛び出しロペスに斬りかかった。

 

「こいつ! 前より強いぞ!」

「でしょ? これが生き返った秘密さ」

 今の私が近接戦闘を挑んでも足を引っ張ることにしかならなそうだが魔法で支援も難しい、ともなると闇雲に当たって隙を作れれば御の字か、と考え二刀流で飛びかかり、ロペスのじゃまにならない位置から剣とヌリカベスティックを叩きつけた。

 当たればダメージにはなりそうだがロペスを処理しながら私の二刀流を龍鱗(コン・カーラ)と剣で対応した、一撃が重くなければ龍鱗(コン・カーラ)を貫通しないと思われたか。

 実際そうなのだがイレーネがいないのが辛い。

 

 疲れを装い段々と私が繰り出す攻撃回数を減らして私への警戒が薄まるようにしながら隙を伺う。

 戦いながらロペスにシャープエッジを掛け剣の威力を上げることで警戒心がギリギリまで薄くなった所でヌリカベスティックでジャックを打ち上げた。

 やっぱり身体強化がかかっているとヌリカベスティックのGで気絶させることはできないようで、上空から時間稼ぎにしかならないことされるのはイラっとするんだよね、という叫び声を聞きながら詠唱を始めた。

(エロヒム)悪魔(エサイム)よ我が声を聴け! 炎よ炎! 我が前に立つ愚かなる暗黒の使徒達に

 その赤き(かいな)の抱擁を! 火炎球(フェゴ・イェーグ)!」

 打ち上がったジャックをぽかんと見ていたロペスが詠唱を聞いてニヤリと笑った。

 

「破壊と再生を司る大神(たいしん)よ!

 誉れ高い我が神よ!

 宇宙の真理たる御身より出ずる力を我に貸し給え!

 吠え猛る御身が力! 捧ぐるは我が魔力!

 求むは我らが敵の破壊を! 破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)!」

 

 上空からスパークランスや炎の矢(フェゴ・エクハ)の様な魔法を打ち込んでくるが魔法障壁(マァヒ・ヴァル)にあたって散った破片は受ける覚悟さえすればなんてことはない、多少の怪我のために飲み薬(ポーション)も用意しているのだから。

 

 私達の魔法をみて悲鳴を上げながら落ちてきたジャックに向かって私の火炎球(フェゴ・イェーグ)とロペスの破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)の光弾を解き放ち、破壊と炎が渦巻いてジャックを飲み込んだ。

 ロペスの破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)は私が使った時と違って家1軒を跡形もなく消し飛ばす程度の威力しかでておらず、なるほどこれが丁度いい破壊力か、と感心した。

 

 火柱と破壊の光弾に飲み込まれたジャックは跡形もなく消失した。

「これで生き返ってくることもないだろう」

「イレーネがいないと近接戦闘できないのは辛いわ、隠れ家に帰ろうか」

 ロペスとイリュージョンボディをかけてこっそりとエルカルカピースに侵入し、イレーネに今日あったことを報告しようとイレーネの部屋を開ける。

「目が戻ったの!」

 元の桜色の瞳に戻ったイレーネが明るい笑顔で迎えてくれた。

 

 イレーネが手を広げて近づいてきた所で、一瞬悩んでから抱きついてきたので受け止めた。

「やっぱりカオルはこっちだよね、でもなんで急に治ったのかな?」

 イレーネに今日あったことをかいつまんで報告した。

戦士(グエーラ)に嫁がせるとかとか、昔より酷くなってて落ち込むわ。でも端っこに引っかかってただけの貴族から領主の代官になれると思えば、あの人ならそれくらいは……。

 まあ、それはいいわ、殺したはずの戦士(グエーラ)が生きていて、殺したらあたしの目が治ったってことは」

「イレーネから削った魂を使って復活したってことなんだろうな」

 

「殺したはずの戦士(グエーラ)の行方と、他の街にいないか調べてもらって、全員倒したらあたし復活ってことね」

「簡単じゃないだろうけどね」

 そう言ってイレーネと抱きついた片側の腕を広げ、ロペスを輪に入れてイレーネの魂を取り戻す決意をした。

「頼りにしてるよ!二人とも!」

 

 

士官学校編 完

次章へ続く




終わる終わると言っていた士官学校編が終わりました。
書き溜めてから続きの投稿になるのでしばらくお待ちください。
評価とかしてくれるとモチベーションにもなるのでいれてもらえると嬉しいです。

次話はストーリー分岐がしたくて書いた蛇足のIFルートの話になります。


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IFルート 英雄の誕生

58 目的地への到着と2人目の理不尽上司での分岐になります。


 夜中に不審者が荷駄を狙って侵入するなど細かいトラブルはあったが

 それ以外は概ね平和に過ぎていった。

 

 侵入していたのは敵国の斥候ではなく、手癖の悪さで街を追い出された猟師だった。

 

 弓が壊れてしまったので食料をいくばくかと弓矢でも盗んで猟をしようと思ったらしい。

 

 まあ、よくこの人数の中に盗みに入ろうと思うものだ、と感心した。

 

 軍に対する窃盗なので未遂でも数年の投獄か鉱山行き、悪ければ死刑になるだろう、との話だった。

 連れて行くのが面倒だとその場で殺されないだけ運がいいな、と教官が言った。

 

 馬の体力に合わせた行軍の性質上、無理のない速度で無理のない距離を歩くため、いい加減遅さに飽きてしまい、はじめのピクニック気分も抜ける。

 

「飽きました」とつぶやくと

「おれもだ、だからこれやりたくないんだよ」と教官が答えた。

 そしてそんな行軍はあと1週間もあるのだ。

 イレーネとロペスと飽きた飽きたと口々にいいながらダラダラと歩いていく。

 

 1日1回くらいは何かしら起こるだろうと思ったが、群れからはぐれた豚頭(オーク)が前の方に出たくらいで、ほとんど関われずにちょっとしたミニイベントが消化されてしまって退屈になんの花も添えない結果となった。

 

 歩きながらリュックに道すがら食べようと思った氷砂糖が入ってるのを思い出したが、もうすぐ目的に到着するので今更か、と思って後で食べることにした。

 

 デウゴルガ砦。

 

 砦というよりちょっとした城郭都市のような、重厚な石の壁に囲まれた都市にたどり着いた。

 

 「砦っていうわりに大きいですね、兵站いらないんじゃないですか」

 とルイス教官に聞くと、この先にもう一つ拠点があるのでここで引き継ぎをして帰り、ここの兵站部隊が適宜必要な数を後ほど送るのだという。

 

 なぜ都市機能があるデウゴルガ砦で用意して送らずにわざわざ離れた聖王国ファラスから送るのかというと、城壁の中での農業、畜産はすべてここで消費されてしまうため、十分な量の食料や武器防具を用意できず、かと言って城壁の外で農業をやろうにも野獣やアールクドットによる破壊工作により農業ができないのだという。

 

 狩猟ではいつも同じ量を用意することができるかわからない。

 武器防具を作ろうにも鉄もあまり取れないので送る必要があるらしい。

 

 ずいぶん変なところに作ったもんだ。とは思うがここから先はどうやっても似たようなもんなので、開けた川に近いところに作ったほうがましなんだそうな。

 

 ルイス教官と砦の偉い人が応接室に向かう前にイレーネが何やらルイス教官に声をかけていた。

「教官、ちょっと用事行ってきていいですか?」

 

「だめだ、これが終わったら食事と休憩後そのまま帰還だ」

 ルイス教官は疲れからか少しきつい言い方になってしまったがこの後の任務もあるので仕方ない。と自分に言い訳をして手続きに向かった。

 

 ルイス教官に自由が許されなかったイレーネががっかりした表情で戻ってきた。

 

 兵站部隊の隊長とデウゴルガ砦の何某かの偉い人の間でサインをするのを眺め、可能な限り速やかに帰還せよ、という命令書をルイスが確認する。

 

 応接室でルイス教官が手続きしてる間に、ロビーでコーヒーでも飲みながらぐでっとすることにした。

「あーあ、泊まりたかったなぁ」とイレーネが零し、まあまあ、となだめながらコーヒーを勧めた。

 

 

 しばらくしてルイス教官が応接室から戻ってくると帰還命令が出ているらしい。

 なる早、という話だが一泊くらいしてもいいんじゃあないかと思うが命令ならしょうがない。

 どうせ身体強化して1日、2日で帰るのだから。

 

 いや、やっぱり辛いな。

 

 A班B班は1泊してから帰るとのこと。

 上級貴族は余裕があって羨ましい。

 

 砦から出て体をぐいっと回して気持ちを改める。

「なる早ってことだから班を2つに分ける、ロペス、イレーネ、カオル、ルディは先行組、ペドロ、ラウル、フリオは後から来い途中でキャンプするが追いついてきてもいいし、好きなときに取ってもいい」

 

 往路で通った道をそのままなぞって復路にする。

 身体強化をかけて駆け抜けるので往路と違って楽だが、1日で帰還できるほど短距離ではなかった。

 その日の夜はキャンプを張る。

 後行組は結局追いついてこなかった。

 特に何もせずにその日は眠り、朝早く出発する。

 

 オーガを倒した辺りまで来た時、見慣れない格好の男が3人、街道のど真ん中に立っていた。

 ルイス教官がまずい、と呟いた。

「なんです? あれ」と小声で聞いた。

「アールクドットの戦士(グエーラ)だ」

「なぜこんなところに」と言うと

新人狩り(ルーキーハント)だ」という言葉で理解する。

 士官学校の学生は卒業すると一騎当千の戦士になる。

 その芽を早めに摘むために遊撃する部隊がいるのだろう。

 

 ほとんどは実力が拮抗するものだが、何年かに1人、とてつもない実力を持った士官が生まれるため

 それを警戒してやっているのだった。

 

「おれは第6階戦士(エクストグエーラ)! アイダ ショウである!

 おまえらに恨みはないが禍根の元を断つため始末させてもらう!」

 と、私の顔をした男が叫んだ。

 あとの2人の名乗りの間にルイス教官に伝える。

 

「教官! 第6階戦士(エクストグエーラ)は召喚者です!」

「なに! わかるのか」

「召喚前に顔を見知っています」

 

「そうか、そこからどうにかならないものか」

「試してみますか」

 

「頼む、第6階戦士(エクストグエーラ)はおれらじゃ逆立ちしたって太刀打ちできないからな」

「そんなに強いんです?」

「おれの実力でいうとせいぜい第2階戦士(セグーノグエーラ)第3階戦士(アーセラグエーラ)って所だな、下から2番めか3番目だ」

 この中の一番の実力者で2番めか3番目、と聞き目をむいた。

 

「話しかけてみますから、万が一のときは逃げてください」といって前に出る。

「済まない」ルイス教官はすでに諦めているのか逃げる算段をロペスとイレーネ、ルディに伝えていた。

 

 アールクドットの新人狩り(ルーキーハント)の前に出ると最初に名乗ったアイダ ショウはおや? という顔をした。

「お? おれの前の体じゃねえか」

 前に立つだけで今まで感じたことのない魔力の威圧感があった。

「おい、お前ら、ここはおれがやるから寝てていいぞ」

 と仲間の戦士(グエーラ)に言う。

 

「私は大貫薫といいます」

「カオルか、おれはショウだ、さっき名乗ったな」

「その、体が入れ替わっているのですが」

「ああ、この体は具合がいいな」

「返してもらいたいのですが」

 

「まあ、普通はそうだろうな」

 

「では…」

 

「断る、そして殺す!」

 

 魔力の威圧感が増した。

 威圧感による恐怖でとっさに炎の矢(フェゴ・エクハ)を出してしまった。

 

「魔力量はあるようだが、まだ魔法の真髄に届いてねえな? やっぱりここで殺しておかないとな!」

 

 身体強化の煌めきが見えた瞬間、思い切りふっとばされた。

 受け身を取ろうとしたが体が動かなかった。

 

 遠くからイレーネの悲鳴が聞こえる。

 大丈夫、痛みはないと声を出そうとしたが声にならなかった。

 

 

 イレーネはただ1人でアールクドットの新人狩り(ルーキーハント)と対峙するカオルを心配していた。

 ルイス教官はここで生き残る可能性があるのはこの方法だけだ、という。

 全員でかけられるだけの身体強化をかけて待機する。

 失敗した場合はバラバラになってデウゴルガ要塞に戻るか、アーグロヘーラ大迷宮か聖王国ファラスに逃げ込め、という話をされ、

 失敗とはカオルはどうなってしまうのか、考えたくなくて聞けずにいた。

 

 遠くで見ているだけなのに威圧感を感じる。

 これを目の前で受けているカオルはどんな威圧と恐怖に耐えているのだろうか。

 

 なにか身振りを交えて話していると、魔力の威圧感がドンと増し炎の矢(フェゴ・エクハ)をカオルが発現させた。

 ルイス教官が「まずい! 逃げるぞ!」と叫ぶ。

 

 

 一瞬身体強化の煌めきが見えたと思った瞬間、ロペス、ルディは命令に従順に一目散に走り出したおかげで見ることはなかったがイレーネはカオルの頭が胴から離れて落ちていった瞬間を見てしまった。

 

「カオル! カオル!」

 悲鳴を上げたイレーネをルイスが抱き上げ走り出す。

 

 自分の体を殺したアイダショウは自分で切り離した頭を見下ろした。

 追わないのか、と近づいてきた仲間を足蹴にした後、まだ立ち尽くす前の体を苛立たしげに蹴り倒した。

 

「今日は帰る」といい、その場を後にした。

 

 

 

 遠く離れた森の中であそこに帰ると喚くイレーネになんのためにカオルが一人で残ったと思ってるんだとひっぱたき、状況を整理してこれからどうするか考える。

 

 おそらくだがB班のやつら、おれらをカナリアにしやがった。

 そう考えているとつい口から出てしまっていたらしい。

 

 イレーネの瞳が暗く燃えた。

「許せない」

 

「耐えろイレーネ、戦士(グエーラ)を倒して仇を討つことも、B班とその親を殺すこともだ」

「奴らを潰すには今はまだ力が足りない」

 ルイスは自分の爪が手のひらに食い込んで血がでていることにも気づくことなくイレーネを説得する。

「今戻ってもカオルの二の舞だ、帰って親を殺しても全員は殺せない。今は耐えるんだ」

 涙を揺らしながら睨むようにしてルイスの話を聞いたイレーネは大きく頷いた。

 

 

 警戒をしながら森の中を通り、聖王国ファラスへと戻る。

 イレーネの口からカオルの訃報を知らされたエリーは大きく目を見開き、彼女ならどんなときでも大丈夫だと思っていたのに、とショックを受け、ワモンに報告すると

「今回は運が悪かったですね」

 の一言で済まされてしまい、ワモンに対しての不信感をつのらせた。

 

 後行組も新人狩り(ルーキーハント)には出会ったが第1階戦士(オットグエーラ)が2人だけだったため、

 ラウルが盾となってペドロとフリオが攻撃することでラウルの左手を犠牲にしてなんとか退かせることができた。

 

 それからしばらくしてアーグロヘーラ大迷宮経由で帰ってきた

 ロペスとルディにカオルの訃報が知らされ、仲間内で小さいながらも葬儀を行った。

 

 さようなら

 小さくてかわいい

 少しがさつだけど繊細で

 とても優しい

 異世界から来た

 大好きなあたしの友達。

 

 

 それからロペスとイレーネはよく2人で消えることが増え、ロペスはカオルがいなくなった途端イレーネに乗り換えたかと陰口を叩かれるようになったが、気にすることなくイレーネと2人でカオルの残した方法で魔力量を増やし、

 

 2人は士官学校を卒業するころには聖王国ファラスでも上級騎士に匹敵する魔力量を持つようになり、数年で英雄と呼ばれるようになった。

 イレーネはその美しく金色の柔らかな髪と黒い炎を使うことから金色の豹姫(ドラドリオ・レパ・プリーカ)と呼ばれ戦場を駆け回った。

 

 ロペスは短く借り揃えた金髪と真っ黒になるほど緻密に紋様が書き込まれた戦斧を振るい、どんな攻撃をも受け付けない龍鱗(コン・カーラ)を身につけ、金色の虎王子(ドラドリオ・グエ・プリッティエ)と呼ばれ幾多の戦果を上げ続けた。

 

 2人はある戦場を最後に祝言をあげ、ひっそりと人々の前から姿を消した。

 

 バッドエンド

 英雄の誕生

 




書くの辞めようと思った時にせっかくだからちゃんとバッドエンドで終わらせようと思って書きました。
結局普通に書き続けてしまったわけですが。

これにてしばらくお休みになります。
こんなタイミングなのでよければ評価、お気に入りお願いします


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レジスタンス編
髪を切った私と地下組織


 2つの意味で地下に潜って最初の夏が来た。

 魔力の暴走によって真っ白になってしまった私の髪は夏になっても黒髪が生えてくることはなく、白いままだった。

 前なら返す前にこんなことになってしまってどうしようと思うところだったけれど、元の持ち主はこの体ごと私を殺すつもりだということなのでその心配はいらなくなった。

 なんなら坊主にだってしてしまってもいいはずだ。

 

「ねえ、髪切ってほしいんだけどできるかな」

「やったことないし、あたしまだ手とか細かく動かせないから変になるかもしれないよ」

「動かす練習だと思ってくれて大丈夫だよ、適当に短くしてくれたらいいからさ、どうせ失敗しても伸びるし」

「えぇ~? あとで文句いわないでね」

 地下には姿が写せるような大きな鏡がないのでイレーネを監視することもできず、内心失敗したかとハラハラしながら任せた。

 

「短くするなら最初にばっさりといかないとね。えいっ」

 ショートソードに鋭刃(アス・パーダ)をかけて私の髪を束ねると大体このくらいの長さ(ロブ)にして、と指定した首の後ろあたりで髪が切れる音がした。

 その後、はさみであれ?あれ?という不安を掻き立てる声を聞きながら丸刈りか角刈りを覚悟する。

 動かす練習だと言った手前、ちゃんと切れているか聞きたくなるのをぐっと飲み込む。

 

 意気揚々と持ってきた鋏も大きな裁ちばさみ、散髪用の物なんてこの世界にはない。

「そんなに肩に力をいれないで、気楽にね」

「大丈夫、力、抜けてる。ただちょっと柔らかくて細いから難しいだけなの」

 どう見てもそうは見えないが、髪をとかしては怖怖(こわごわ)と刃先を入れることを繰り返し、1時間ほどかけて散髪が終了した。

 鏡を渡してもらって見てみると、思ったより短く(ショートボブ)なった。

 ちょっと毛先がバラバラだけどだいぶ軽くなったしこんなもんだろう。

 

 

 ──そして夏までの間、アールクドットの統治に耐えられなくなったファラスに住む人たちがツテや噂を頼りにエルカルカピースに潜むレジスタンスの元に訪れ、彼らは口々に言った。

「もうこの国はだめだ」

「アールクドットから来たやつらが見かけた人をさらって奴隷にする」

「貧民街のやつらが怪しいクスリやってあちこちで強盗をするようになった」

「治安維持隊のトップがアールクドットのやつに変わって機能しなくなったから抜けてきた」

 だから、レジスタンスによって国を取り戻そう。と。

 

 レジスタンスのリーダーの名前はフェルミン・レニー。

 正しく呼ぶならフェルミン・ファラス・レニー。

 聖王国ファラスの直系で三男、正しい血筋でレジスタンスの旗印。

 今のファラスに見切りを付けた人達がアールクドットに見つからないようヒッソリと集まってくる。

 

 頼ってこられたからといって全員を受け入れられるわけではない。20人も入れば隠れ家はあっという間にいっぱいになってしまうから。

 隠し部屋から酒場を覗き、既知の顔であれば別に接触をしてレジスタンスを組織しようとしていることを告げて仲間になってもらう。

 ここで引き入れた者は後の活動の下地を作ってもらうために、北に広がるボーデュッガ砂漠を越えたバドーリャという都市でハンター組織を結成してもらい、こちらで断った人たちの中から大丈夫そうだ、と判断した者を向かわせた。

 

 そうでないただの食い詰め者に関しては身元がわからないので断るしかない。

「家がやつらに取られたんだ、もうファラスに戻れない!」

「アールクドットのやつらに妻をさらわれた、取り戻してくれ!」

 酒場で叫ぶ彼らを迷惑そうに追い出し、酒場のマスター役の……アルドという老人に変装した男は数少ない店の客に迷惑料として安い酒を振る舞っていた。

「すまないね、最近はどこの酒場も何の店かわからないまま来るやつらが増えててね」

 バドーリャにいけばこっちにいるよりいい暮らしができるはずだとアドバイスできればいいんだがな、と付け加えた。

 

 ファラスが落ちてたった数ヶ月のうちにファラスとファラスの支配下にあった都市は様変わりしてしまった。

 貴族が住む区画は貴族の処分と追放によって空き家になった家にアールクドットから来た戦士(グエーラ)が住むようになり、街中で見かけた婦女子を(さら)い、店に並ぶ商品を自分の物の様に持っていく。

 

 商人はどうせアールクドットにもっていかれるなら、と商品に損害分の値段を乗せまともに買い物をする市民の負担が大きくなり、なんとか暮らせていた者は盗みや物取りをするようになった。

 そして、ファラスを治めることになったアイダショウが思いつきで消費税を導入したため、市民の生活は値上がりと合わせてより負担が大きいものとなっていった。

 商人は売上をどんぶり勘定で管理していたものも多かったため、売るときは取り、納税する時はごまかす様になる。

 

 元々貧しかった者は空腹を紛らわせるために食べなくても平気になるという怪しげなクスリを使い、それすら買えないスラムの住民がクスリ欲しさに商人区画で暴力事件と強盗事件を起こすようになったが治安維持隊がその仕事をまっとうすることは少なかった。

 

 治安が良く、平和だったファラスの今を訴えるために、市民階級に落とされた元貴族の幾人かが抗議に向かったが行方不明となり、問い合わせた家族へは要望を聞き、納得して帰っていただいたという返事のみで捜索されることはなかった。

 

 黒ずくめの諜報員からファラスの現状の話をみんなで聞きながら、アールクドットの目的はなんなんだろうか、と疑問に思う。

 ただただ荒らして吸い上げる旨味も捨て荒野になったら帰っていくんだろうか。

 ロペスやイレーネ達は許せないと怒りを露わにしているが、私やルイスさん達は首をかしげる。

 弱体化していくなら外敵を呼び込んで自領の守りが薄くなるだけでいいことなんか一つも無い気がするのだけれども。

 

 同時に、再起するために組織するレジスタンスの活動拠点となるバドーリャについても話を聞いた。

 バドーリャはその先にあるアレブラムという湾岸都市とファラスの貿易品が集まる中継地点として発展した歴史を持つ街で、アレブラムからの荷物は砂漠越えをする準備をするため、ファラスからの荷物は砂漠を越えて一息つくことができる宿場町らしい。

 

 元々はアレブラムに住めなくなった人々がオアシスの周りに人が集まっただけの集落だったのだが、ファラスから人が来たことにより貿易のための都市になっていった。

 ボーデュッカ砂漠を大きく迂回していくこともできるが、砂漠では野盗は潜めないが砂獣がおり、迂回路では魔物や野獣、野盗がいる。

 どちらの道も襲われる可能性がある上に迂回路は砂漠を超えるより時間がかかってしまうので十分な水を持って砂漠を越えていく者が多い。

 

 先の通り、ルイスさん(教官を外して呼ぶことに未だ慣れない)が人を使ってバドーリャで黄金の夜明け団という名前の表向き普通のハンター組織を作らせた。

 




投稿再開です!
週1くらいでやっていきます
よろしくおねがいします


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サブちゃんとキャベツ

 こちらで断った者たちやエルカルカピースで食い詰めそうな者にバドーリャなら今よりましな暮らしができるらしい、と噂を流し表向きハンター組織としての黄金の夜明け団を大きくした。

 食い詰めそうなものは雑用を主にした仕事を担当し、元々ハンターをしていた裏の事情を知らない者は砂獣狩りを、裏の事情を知る者は情報収集を行った。

 

 当のエルカルカピースはイレーネのお父さんが代官になったことにより、増税と隠し金庫への納税を行うことになってしまったので、市民の生活は暮らしづらいものになり、私が買い物をしてきた時にいくつか質問に答えるとイレーネは頭を抱えることになった。

 

 今日も情報収集と隠れ家の食料調達のために街に出る。

 貧民区画と商人区画の間にある酒場を出て、中央の方へ歩きいつもの肉屋で今朝絞めたという鶏肉と昨日取れた猪肉があるというので多めにもらって次はパンを買いに行く。

 税金は上がったがファラスのように略奪する者が少ないため商品はそこまで値上がりしているということもなさそうだ。

 あとはエルカルカピースは穀物の生産をしているから、ということもあるのかもしれない。

 ファラスの貴族からは田舎貴族として馬鹿にされたエルカルカピースの貴族は小作人を抱え、農作物の管理を行うファラスの食料庫としての役目を持つ。

 酒と戦いが身の証になるアールクドットの貴族たる戦士(グエーラ)にも人気がなかった、ということは幸運でしかなかった。

 アールクドットから赴任してきた戦士(グエーラ)は代官だけを決めてファラスに帰ってしまったため、人も、商品も強奪もされることがなく統治者の頭がすげ変わっただけで済んだからだ。

 その代官は私腹を肥やすことだけが目的なので生活の不便さえ我慢すれば暮らしていける。

 

「嬢ちゃん! いいところに来た!」

 考え事をしながら歩いていると、大声でパン屋のおじさんが私を呼んだ。

「嬢ちゃんは止めてくれって言ってるでしょう」

 パン屋のおじさんの呼び声に答える。

 

 エルカルカピースの隠れ家に住むようになった時、イレーネに

「パンならこの店が一番美味しいし、なによりヒヤシアメ(トライカー)って飲み物が美味しいのよ!」

 という話を聞いたので試しに飲んでみた。

 ちょっと香ばしいぬるい砂糖水を出されたので氷塊(ヒェロマーサ)の欠片をコップに落として飲んだ。

 それをみた店のおじさんに魔力に支障がない範囲でいいので氷を売ってくれ、とすがるような勢いで懇願され、それ以来数日分の氷とヒヤシアメ(トライカー)とパンを交換するようになった。

 

 氷と交換する量では何日分にもならないので、追加で何日か分と、ヒヤシアメ(トライカー)の原料である茶色くてどろりとした麦芽糖を少し買った。

 いつも冷えたヒヤシアメ(トライカー)を飲み干すまで軒先を借りて日陰で涼む。

「こんなときでもなければ肉屋にも氷頼みたいんだがなぁ」

「あんまり大っぴらにできないもんで、すみませんねえ」

「嬢ちゃんのせいじゃないからな」

「前はちょっとしたお小遣い稼ぎができてたんですけどね」

「そうだよなぁ、やつらのせいで魔法使いが全然いなくなっちまった」

 魔法が使えるのは元貴族や豪商、たまたま多めに持った人で9割はファラスの軍属だったので、アールクドットに嗅ぎつけられると戦士(グエーラ)が来てしまう。

「私もいつまでここにいられるかわかりませんからね、氷室でもあればまとめて冷やすこともできるんですけど」

「そんなもん、でかい店か僻地の村長くらいしか持ってないもんな。お、噂をしたら来たぞ」

 

「カ、カオルさん!」

 ここでヒヤシアメ(トライカー)を飲んでるとたまに現れる野菜と鍛冶と服飾を扱う店の息子さん。

 ちょっと太り気味の金髪で妙に背の高い男は意外な軽やかさで走ってきた。

 

 名前はしらないがご意見伺いをするので陰でサブちゃんと呼んでいる。

 おう、と手を上げて挨拶をすると

「肉屋さんからここにいるって聞いたんですけどこのあと野菜どうです? いいのが入ったんです」

「お、どんなんだい?」

「キャベツと色はよくないけど新鮮なミルギルとブレンボと、あとは葉物ですね」

 私に合わせて中腰になったサブちゃんは深緑色の瞳を輝かせて是非来てくれと言う。

「じゃあ、よろしく頼むよ」

 パン屋のおじさんに挨拶するとサブちゃんの後ろをついていく。

 不思議なことにキャベツはキャベツのままキャベツなのだ。

 

「カオルさんはファラスでは何をしてたんですか」「薬草摘みばっかりやってたね」

「カオルさんはどの辺に住んでるんですか」「あっちの方だよ」

「髪の色めずらしいですね」「そうなんだよ、めずらしいんだよ」

「あ、そうそう大根もいいのが入ったんですよ」「それももらおうか」

 サブちゃんの店に着き、まっくろな蕪みたいなものを出されて思わず一言いいそうになったが、話しが広がらないように心がけて適当に相槌を打ちながら、おすすめの野菜を愛想笑いをしながら買って帰った。

 

 サブちゃんの所で買い物をするとどういうつもりかサブちゃんがこっそり離れてついてくるので、最近はアールクドットに売るつもりなんじゃないかと思っている。

 安いし美味しいしどうせ巻けるから気にはしていないけれども。

 

 もちろん隠れ家の場所は知られるわけにはいかないので、一旦商人区画から平民の住宅の方へ遠回りし、細い路地へと曲がった直後に幻体(ファンズ・エス)で身を隠す。

 野菜を買った後、毎回同じ場所で身を隠し、路地を曲がったところでうぇっ?!と声を上げるのを見届けてから隠れ家に帰るまでがセットになっている。

 

 



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イライラと操り人形の体

 幻体(ファンズ・エス)をかけたまま音をさせないようにするりと酒場のドアをくぐり、店内に人がいないことを確認する。

 バーテン役のアルドさんが店の椅子に腰掛けて暇そうに(イ・ヘロ)を出して明滅させて暇つぶしをしていたので

「わぁっ!」

 という声と共に幻体(ファンズ・エス)を解いてアルドさんの目の前に現れ、びっくりさせると(イ・ヘロ)の玉がパン! と弾けて消えた。

「勘弁してくれよー」

「やるたびに驚いてくれるのが嬉しくて」

 買ってきた食料を店の氷室に放り込んで隠れ家に向かった。

 

 気温が高いが湿度が低いおかげで、日差しにさえ当たらなければ汗をかくほどでなく、人目を忍んで室内にこもっている私達にはありがたい気候だった。

 とはいえ、暑いものは暑いので私やイレーネ達のように魔力が多めに使える人は凍える風(グリエール・カエンテ)を垂れ流しながら過ごして、首振りの扇風機を風を奪い合うようにここにいてくれと言われて暇な時はクーラーの様に設置された。

 ルイスさん達元教官は戦力の強化にちょうどいいと諜報を担当する者やただの職人にまで魔力の扱い方をレクチャーして回った。

 魔力を捧げた祈りでの祝福によって魔力が与えられるのかと思っていたのだけど、魔力を扱う基礎でやった持たないものに魔力を通して覚醒させるというものだけで十分らしい。

 

 街には意外と精巧な人相書きが出回り、ルイスさんやフェルミンを始め、ロペスやイレーネまでも表を歩けなくなってしまった。

 最初の頃は何もしなくても寝てたり遊んでいるだけでいいと気楽なもんだったが、1週間を超えた辺りから雲行きが怪しくなった。

 皆が落ち着かなく廊下をうろうろし、会議室ではチェスをするのもなんだかイライラしながら打つのを見かけるようになり、体を動かせないのがよくないのかと、隠れ家で一緒に暮らしている諜報員の何人かと近接戦闘訓練をして過ごしたりした。

 学校では武器を使った戦闘訓練が多かったので狭い所で制圧する訓練ができていなかったからちょうどいいとルイスさんが喜んでいた。

 

 元々隠れ家にいた諜報員達からは近接戦闘を、諜報員達には魔力を扱う訓練が同時にできた。

 刃をつぶし先端を丸くしたナイフを持ち、制圧するか首に届いたら勝利、というルールで私も参加させられ、出す攻撃はすべて読まれ、止めたと思った攻撃は見えない所からの一撃になり、流石本職は強いと舌を巻いた。

「カオルはフェイントが苦手だからな」

「得意な戦いは開幕大魔法だもんな」

「隠れて不意打ちも得意だもんね」

 ロペスやペドロ、あまつさえイレーネにまで言われて私の心は軽くくだけてしまった。

 もう無理っす、と言って断ろうとしたが苦手なんだからやれ、とやらされたお陰で少しはできるようになった気がしなくもない。

 

 気分転換に体を動かしていると言ってもやっぱりストレスがたまるのか、早くファラスを取り戻したいルディ達と今のままだと難しいというロペスや私との議論がだんだんと白熱し、最終的にはフェルミンとロペスが胸ぐらをつかみ合って口論をし、殴り合いに発展しそうになる。

 それを見たルイスさんが氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)を素晴らしい早さで展開して二人を縛り上げたのをみて思わず流石! と声を上げオロオロして見ていたイレーネに冷たい目で見られた。

 

 

 私の人相書きは黒髪のロングヘアで暗めの表情で書かれていたため、ショートに切って伊達メガネをかけたり、不本意ながら少し化粧をしてもらうだけで買い出しくらいの外出なら問題なくでき、目立たないように古着屋で買ってきてもらった町民の服をこれもまた不本意ながら着て外出できるようになった。

 大人の女性はくるぶしが隠れるスカートを履くのが当たり前のようで、ズボンを履くのは男性か劇場に立つ女優くらいなものらしい。

 

 その日も買い物に出た日だった。

「はい、頼まれてたお茶っ葉と着替えね」

 籠から紙袋に入った茶葉と紐で縛ってある衣類を取り出してテーブルに置いた。

 

「外はどうだった?」

「流石に夏は暑いね、ちょっと歩くだけで汗がでてくるよ」

 自分に向かって乾いた風(セレ・カエンテ)を浴びせながら答えた。

 

「ずいぶん楽しそうね」

 不機嫌を隠さずにイレーネが私に言った。

「おい、おれたちが出られないから買い出しに出てくれてるんだぞ」

 ロペスがそういうとイレーネはテーブルの上に出した着替えをつかむとドスドスと音を立てて部屋に戻った。

 たまにこうして直接矛先が来る時もある。

 

「イレーネも外に出られてなくて気が立ってるんだ」

「まあね、もうずっとでられてないもんね。ロペスは平気?」

「たまにイライラすることもあるがイレーネほどじゃないさ。手足が不自由なストレスもあるだろうしな」

 あとは私だけ外にでてるというのもきっと、口には出さないけれどもあるに違いない。

 

「もう少し気晴らしができたらいいんだけどね」

「髪の色とか変えるものがあればイレーネも変装して外にでられそうなんだけど」

「材料が手に入らないからな」

「だから1人だけ自由にしてたらやっぱりずるいって思うよね」

「カオルだって好きで白髪になったわけじゃないんだからな」

「口に出さないイレーネは我慢強いね」

 私がイレーネの立場だったら腹立ち紛れに白髪になって外出れてずるいっていいそうだからね。と心のなかで付け加えた。

 

 そう思った所でルイスさんに他にも生き返った戦士(グエーラ)はいるのか調査してほしいとお願いした結果を聞くという用事があったのを思い出した。

「ルイスき……さんはどこかな、調べてほしいってお願いした話の結果を聞きたいんだ」

「その話ならおれも気になってたし聞いておいたよ。街に入るのは簡単なんだが、同じ名前を名乗ってるだけか本人かわからないからまだかかるそうだ。身辺調査に気づかれると確実に潰されるから近づけないんだそうだ」

 才能があって熟練の戦士(グエーラ)と魔法覚えたての諜報員では相手にならず、血の気が多く残忍な戦士(グエーラ)は捕まえて尋問もせずに始末してしまうんだそうだ。

 

 もっと早く魔力の扱いを広めていたら、こんな事にならなかったのに、と思わずにいられない。

「調査員に魔力の使い方教えても訓練できないから、移動速度も調査能力も変わらないんだよねー、時間かかりそうなのにここから出られないのも辛いね」

 

 時間がかかるから結果がでるまで無期限で地下の隠れてろ、というのはやっぱりたまらないよなあ、と思う。

 だからと言っていますぐ別の街に拠点を移そうと思っても今のイレーネがどの程度動けるかわからない。

 

 戦士(グエーラ)を倒したことで目は元に戻ったが、まだ両手足が以前のとおりに動かず、身体強化を使ってなんとか自分の体を操り人形の様にして動かしているらしい。

 食堂に来た時のこと、ねずみが足元を走って驚いて飛び退いたイレーネが、着地に失敗してぺたん、と座り込んでしまった。

 膝から下は魔力を込めて動かさないといけないのでとっさの時は力が入らずに転んでしまうんだそうだ。

 苛立たしげに膝を叩いて立ち上がった。

 

 動かそうと思うとその通りに動かせるけど、とっさのことには反応が難しく、軽く戦闘訓練とかできればリハビリにもなるんだけど、地下だとそれも難しい。

 

 体を動かすだけの魔力については問題ないけれども、手足の操縦にどれくらいの集中力がどれくらい持つかということがあるのだが、リハビリができないのでぶっつけ本番でどこまでいけるか試してみることになる。

 リハビリは続けてもらっているけど、拠点を移すなら乗り物と私達の補助が必要になってくる気がする。

 



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引っ越しと感傷

 ある夏の朝。

「おい、拠点移すぞ」

 身支度を整えて朝食を取るために食堂兼会議室に向かうと、珍しく二日酔いにならずに朝食を食べていたルイスさんが機嫌良さげに言った。

「急ですね」

「調査も正直行き詰まってて時間がかかりそうだし、黄金の夜明け団がそれなりの大きさになってきたし戦力にできるように訓練もしたいしな」

 いつも酒を飲むのに使っているジョッキサイズのマグカップに(アグーラ)を入れるとぐいっと飲み干した。

 

 

「イレーネもそうだが、他のやつらも何ヶ月も引きこもることになっていて気が立ってる。なんとかしないと立ち上がる前に内部から崩壊ってことにもなりかねないところまできてるわけよ」

「特にイレーネは体を動かす練習もしなくてはいけませんしね」

「ああ、そうだ」

「どうせ荷物なんてたいして無いだろ? 脱出は今日の日没後、闇に紛れて街から抜けることにした、行き先はバドーリャだ」

「わかりました。イレーネにも伝えておきます」

「ロペスにお前とイレーネはいつものとおりだな、あとはルディ。ペドロはフェルミン達と。おれらは残りを連れていくことになる」

「ルイスさんたちの負担大きいですね」

「魔法が使えないだけで経験は豊富だから見つからなきゃそうでもないんだな、それが」

 伝えることだけ伝えると、じゃあ準備があるから、と言ってどこかに行った。

 

 そして自分の分の朝食を食べている最中にイレーネが来たので伝えるとほっとしたように微笑んだ。

「やっとこの薄暗くて狭い地下から外に出れる! 世界がが輝いて見えるよ!」

 本当にうれしそうにぐっと手を握り空を仰いだ。

 

「行き先はバドーリャだってさ、行ったことある?」

「名前を聞いたことある程度だね。あ、前から思ってたんだけど、ルイスさんって呼ぶのなんか気持ち悪くない?」

「私もそう思ってた」

 思わず笑ってしまったけどイレーネもそう思っていたらしい。

 ひとしきり笑ってからイレーネがもじもじしながら言いづらそうに口を開いた。

「なんか、外出れないからって八つ当たりしちゃってごめん」

「ちゃんとわかってるから大丈夫だよ」

 そう言ってニッと笑ってみせた。

 こういう所で器の大きい所をみせていきたい。

 

 私達がここを発ってから人相書きが出回ってて逃げ出す方法がない素顔のアルドさんや情報収集をしてくれていたが正体がバレ隠れ家にこもっているティトーさんが、秘密基地の後片付けをしてからルイスさん達と隠し通路を通ってスラムへ逃れてうまい具合に逃げるらしい。 

 そのために最初に脱出する私達がスラムの壁に近い空き家から外に出る穴を掘って門を通らずに脱出できるようにする。

 

 

 荷物の整理をした所、鞄に前何本か作った最後の9級の飲み薬(ポーション)を見つけた。

 そういえば、いれっぱなしだったな、と開けてみる。

 きゅぽん、と小気味良い音と共に嗅いだことがない恐ろしい臭いが溢れ出し、冷やして置かなければいけなかったことを思い出した。

 なんともいえない悪臭が夏に多めに作ったカレーを棚の上に置いたことを忘れ、茶色かったカレーが緑色になっていたことがあったという苦い思い出をフラッシュバックさせる。

 

 間違って蓋が開いて悪臭を漂わせながら歩くことにならないか心配になりながら改めて蓋を閉じて布をかぶせ、抜けないように紐でぐるぐる巻きにした。

 

 後は食料もほしい。しばらく困らない程度に。

 変装して外に出る時は、『ファラスから逃げてきたスラムの近くに住みついた家族』という設定で暮らしている。

 

 いつもいくパン屋に行き、いつもの安くて少し硬い棒パンを大量購入する。

「いつもいつもいっぱい買うねえ」

「父も母も働いてますからね。食べ盛りが多くてこれでもすぐなくなっちゃうんですよ、その癖買い物は手伝ってくれないし」

 困ったふうに笑って肩をすくめて見せる。

 

「そうかい、じゃあこれはおまけしとくよ」

「ありがとう、多めに買いだめして置きたいんであとでもう1回来ます」

「あっはっは、またおまけしないとね」

 籠と布の袋いっぱいにパンを詰めてもらって隠れ家に帰るために歩きだすと今度は肉屋に声をかけられた。

「嬢ちゃん! うちの干し肉もどうだい!」

 愛想笑いをしながら干し肉を追加で購入して隠れ家に戻り、もう1度買いに言って倍の量のおまけをもらってやっとの思いで買い物を終えた。

 

 4人分の3日分くらいの食料を用意できたので出発の準備をする。

 制服はもういらないだろう。

 作った服はオーバーサイズで作ったが成長したのか少しちょうどよくなった。

 ファラスが滅ぶ前にエリーにスポーツブラを頼んで持ってきてもらえて助かった。

 エリーはどうしているか、無事だろうか。

 

 遠征した後に帰還の報告した時にほっとしてくれた笑顔を思い出す。

 魔力もあって優秀な召使いならひどいことにはならないだろうと希望的観測をして。

 もう少しだけ、待ってて、と。

 

 さようならが言えてなくて、行方が知れなくて、ちょっと感傷的になってしまったが、ここでこうしていても仕方がない。

 不要になった制服を畳んでベッドの上に置いておいた。

 



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曲がりくねった隠し通路

 日が落ちて、ロペスやルディ達と4人で最後の食事をとろうということになり、表の酒場の店主役のアルドさんが残った野菜と肉でいつもより豪勢な食事を作ってくれた。

「もうここを引き払いますから材料残しておいてもしょうがないですからね、先程フェルミン様にもご好評でしたよ」

 フェルミン達はもう食べてここをでたらしい。

 

 ここに来てはじめの頃はふさぎ込みがちだったルディもフェルミンにいつかファラスを取り戻そうと声をかけられ元気がでたのか、最近はよく笑うようになった。

 娯楽のない隠れ家でフェルミン達と部屋にこもって気炎をあげる声を2、3日に1回は聞いてよく飽きないなと関心したものだ。

 

 脱出のメンバーを選んだ時、ルイスさんは私達にルディを含めた。

 ルディをフェルミン達と行かせなかったのはフェルミンもルディもファラスに行きたがっているからなのだが、万が一だれかが行きたいと言い始めてしまったら止めるものがいなくなってしまう。

 そういう理由でフェルミンと同行するのはペドロ。

 止められるとは言わないが説得はしようと試みるはずだ。

 

 今の未熟で少数の戦力でやけくそ気味に攻めに行くのは自由だし、それで散るのがいいと王が自ら滅ぶならそれはそれでしょうがない。

 しょせん私はよその人なので玉砕覚悟ででも取り戻したいという気持ちは想像がつかないだけなんだろう。

 

 最後の食事は野菜の炒めものと干してない肉を具に入れた干し肉のスープに、柔らかいパン、焼いた川魚だった。

「最後だからってわざわざ買いに行ってくれたんだね」

 イレーネ達とこの後に待ち構えている味気ない食事のことを考えないようにして眼の前の食事の味を楽しんだ。

 

 短い間だったけど隠れ家の門番にして料理番、たまに表の酒場に出てはちょっと飲ませてもらっていたりもして思ったより世話になった気がする。

 そう思ってみると、色々世話になったお礼につい何かしたくなって

「ありがとう、これ移動中にでも食べてください。向こうでもよろしくおねがいしますね」

 私は荷物からパンと干し肉を取り出してテーブルに置いて出口に向かった。

 

 旅装はいかにも旅慣れていますという格好ではなく、持てるだけのものを持って逃げてきた風を装わなくてはいけない。

 粗末なズボンにシャツのロペスとルディに、私とイレーネは粗末で少し汚いワンピースが用意された。

 女性服が上下に分かれるのは布が沢山使える貴族だけで、平民の女性はワンピースを着るのだそうだ。

 

「そろそろでます」

 とルイスさんに声をかけるとおう、と返事し先頭に立って歩き始めた。 

 隠れ家の裏手、私が使ってた部屋の一見壁にしか見えない奥の壁の上をルイスさんが殴りつけると壁の真ん中を中心に縦に壁が跳ね上がった。

「押さえてるからくぐれ」

 回転した壁を持ち上げたルイスさんが先頭に立っていた私に中に入ることを促した。

「最後向こうから通路を埋めてくれ」

「壁だけ立てておくので必要があったら蹴破れるようにしておきますよ」

 全員を通してから壁板をくぐり、壁板がばたんと閉じられたのを確認してヌリカベスティックを突き立てて壁板が動かない様にした。

 

 土壁のトンネルの中を、少し屈んでロペスの(イ・ヘロ)の明かりについていく。

「低いな」

「ずいぶん歩かされるようだが、どこにでるのか」

 

 今歩いてるのは街のどの辺りの地下かな、と頭の中の地図と照らし合わせる。

 蛇の胴の様にまがりくねりながらもうどの向きに歩いているかわからなくなり、今どの辺かなんて考えるのを諦めた。

 

 エルカルカピースという都市は頑張れば1日で外周れるくらいの広さなのでそんなに広くはないのだけど、私の身長で少し屈まなければならないトンネルはロペス達の腰に少しずつダメージを与えているようで、歩きながらなんとか伸ばせないかとくねくねと試行錯誤しているのが見えた。

「すまない、休ませてくれ」

 2時間ほど歩いた頃、一番背の高いロペスが最初に弱音を吐いて膝をつき、ルディ、イレーネが続いた。

 私は軽く屈むと言ってもちょっと膝を曲げて腰を落として歩く程度だったので特にダメージはなく、羨ましいようなそうでもないような顔で見られながら休憩した。

 

「うう、気持ちいい」

 膝立ちになったイレーネが腰の仰け反らせながら逆さに私を見ながら呻いた。

 ロペスは猫の背伸びのように四つん這いから足を伸ばして、ルディは腰を捻ったりくねくねして伸びをしているようだった。

 イレーネにいやー大変だねえ、なんて話しているとルディが私を見ていることに気づいた。

 なにかあるのかとルディの方を見ると慌てたように

「荷物多いよね」

「ああ、これね。日持ちするパンと干し肉を買い込んでおいたの」

 質問に答えると興味をなくしたのか、ああ、そうなんだ。と視線を彷徨わせストレッチを始めた。

 

 食べてから大した時間が経ってないのに一休みしたらなんだかお腹が空いてきた気がする。

 そう思って荷物から干し肉を出してガシガシ噛みちぎっていると

「あたしにも頂戴」

「いいよ、いくよ」

 というイレーネに向かって干し肉を優しく放り投げた。

 イレーネは干し肉の軌道を確認し、手に集中して魔力を込めて受け取った。

「歩いたりするのはいいんだけど、手を細かく操作するのは集中しないと難しいね、あと握力の調整も難しいから引きちぎるのも中々慣れないよ」

 はあ、とため息をついて引きちぎろうとした手を滑らせていてて、と呟いた。

 

 10分ほど休憩したところでロペスがそろそろ行こうか、と言って立ち上がった。

 膝を曲げて腰を落として歩くといいよ、とアドバイスしてあげたので彼らの腰の疲労の軽減と移動速度の向上に繋がり、そういうことは早く言ってくれないかなという非難を浴びた。

 

 それからまた2時間ほど歩くと、木の板の壁に突き当たった。

 やっとゴールか。と思い、ロペスが開けてくれるのを待っていると、ロペスが困惑するように板を撫でくりまわし始めるとルディも一緒になってべたべた触り始めた。

「開け方がわからん」

「蹴破るか」

「どこにでるかわからないんだから音立てないでよ」

 物騒なことをいうルディをイレーネが咎めた。

 

 一番うしろで大荷物を抱えているので前に見に行けず彼らの動向を見守るばかりの私。

 トンネルの高さはずっと変わらず、木の板は扉のようにも見えず、押して開けるわけでもなさそうだ。

 板と板の間から薄明かりが漏れているのでこの先はどこかの建物の中に通じているのだろうか。

 

 ふと、思いついたことを言ってみた。

 形似てるから開け方も一緒なんじゃない? と。

 しかし、つまみも取手もないので引くことができないようで試行錯誤しているロペスを下がらせてルディが彼の剣、シャープエッジを取り出し扉の下の方をちょっとだけ切り取った。

 ルディは切り取った木の板に手をかけると、思い切り引っ張り縦に回転する扉を開けることができた。

「器用なもんだ」

 ロペスが感心していうとルディに続いて扉から表に出た。

 

 外から叫び声が聞こえ、ロペスとルディと何者かが言い争い始めた。

 イレーネと顔を見合わせて急いで隠し通路から出た。



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積み重なった歴史の臭い

 あまり騒がれたくないのになにがあったかと表に出てみると、隠し通路を抜けた先は6畳ほどの薄暗い空の倉庫の中だった。

 小さな(イ・ヘロ)の光に照らされた半裸の女性と着衣の男が叫び声をあげているのを困った顔で見ているロペスとルディ。

 

 私とイレーネが隠し通路から出るとうんざりした顔でロペスが言う。

「無人のはずだったが勝手に入り込んで連れ込み宿と勘違いしてるやつがいてな」

「じゃあ、さっさとでようか」

 この倉庫が貧民街の端にあるためか、それともこの男女のせいか。

 山の方にある公衆便所と生ゴミを混ぜたような臭い、不潔で耐え難い臭いに汗と時間が経った汗の臭いが充満していて、えづくのを我慢しながら急いで出ろ、とジェスチャーした。

 

「壁の中からこんな所に小綺麗な奴らが出てくるなんざろくな理由じゃねえな?」

 元は白かった布が灰色というか茶色というか不思議な色に染まったシャツを着た若い男は、妙に小綺麗な服を着た4人が壁から出てくるのはおかしいと閃いたようで不潔な臭いを漂わせてロペスの前に立ちはだかった。

貧民にカモフラージュする目的で着たこの小汚い服は、本物の貧民には十分上等できれいな服だったようだ。

 

 そんなことしたら命がいくつあっても足りないよと心のなかでアドバイスをして気を抜いた瞬間、えづいてしまった。

 バカにされたと思ったのか、汚い風貌に似合わないよく手入れをされたナイフを取り出して私に向けて怒りと殺意を放った。

「てめえ、召使いかなんかしらねえがバカにしてんだろう」

 ロペスの(イ・ヘロ)の光がきらりと反射する。

 

「刃物なんて出してトラブルはゴメンだよ」

 女の方は慌てて服を着て巻き込まれないように端に寄った。

 ロペスは何も考えていない様にためらいのない素早い足運びで男の元へ向かうと突き出されているナイフを持った手をどけて、右足で男の足を払いながら、右手で頭をおさえ、足と反対方向に払った。

 

 隠れ家でやっていた型の確認のような訓練は思いがけない場面で活躍することになる。

 ロペスの身体強化が少しだけかかった投げとも足払いとも言えない技は男に受け身を取らせる余裕を与えることもなく、倉庫の床に叩きつけ意識を刈りとった。

 

「大丈夫、何もしなければなにもしないよ」

 ルディが女の方にいうと先頭に立って倉庫から出た。

 

 倉庫の外は篝火すらなく、点々と家から漏れる明かりでなんとか道が解る程度だった。

 光量を落とした(イ・ヘロ)の光を先頭にルイスさんに指定された壁を目指して移動、おそらくここだろう、という場所を見つけた。

 

 石造りの家と隙間だらけの木造の家の間、人1人が通れる隙間があった。

「やろうか?」

「カオルにゃ無理だな」

 声をかけてみると、ロペスから無理だと言われてしまった。

 私が一番体が小さいんだから私が一番いいんじゃないのと思って覗いてみると、色々な歴史が積み重なって異臭を放っていた。

 

「奥にトンネル開けてもらってもここの上通るの無理」

 思わず袖で顔を覆ってしまった。

「おれもここには足を踏み入れたくないな」

 ロペスも苦々しい顔をして鼻を覆った。

 

「しょうがないな、おれがやるよ。ロペス達は離れててくれればいいから」

 離れてルディが多めの(アグーラ)の塊を建物の隙間に放り込んだ。

 奥の壁にぶつかったらしく、バシャ! と水が弾ける音がしてしばらくすると、奥からこの隙間の歴史と水が流れて出てきた。

 それを何度か繰り返して何も流れてこなくなるのを確認して隙間に入る。

 

 建物と建物の間を照らすと地面と壁の汚れはこびりついて流すだけでは落ちなかった。

 なんでこんな裾が揺れるスカートなんてものを履かせられてるんだ、と憤りながら裾が壁につかない様に慎重に、1歩ごとに背中に悪寒を走らせながら、靴から飛沫を飛ばさないようにそれはそれは慎重に奥に進み、地霊操作(テリーア・オープ)でロペスが通れるだけの穴を、土と石で作った壁に穴を開けた。

 

 壁の外で出て思い切り伸びをして開放感に思わずくぅと声を漏らす。

 足元の感触から(くるぶし)ほどの高さの草が生えた場所にでたようだ。

 町の外の明かりになるものは星の光しかなく、かと言って(イ・ヘロ)なんて使おうものなら街の見張りに見つかってしまうので、深く見通す目(ディープクリアアイズ)を使って誰かに見られていないか確認した。

 

 町の外では見張り以外に出くわすのはなにもアールクドットやエルカルカピースの人間だけじゃない。

 中型犬や大型犬サイズの野良犬達は私と目が合うと唸り声を上げた。

 

 リーダーらしき大型犬と取り巻きの4頭が正面、あと何頭かが壁から出てきた私達を取り囲んだ。

「数が多いのと吠えられると人が来るかもしれない」

 ロペスとルディが相談する。

 

「イレーネ、走れる?」

「たぶん、でもわからない」

 訓練はしたけどあくまで訓練、実践を想定した練習なんてしてきてない。

 

「イレーネは援護を、カオルとルディは両脇を。おれは正面の5匹をやらせてもらう」

「火と音はたてないようにね」

 ルディが私とイレーネをみてニヤリとして言った。

「わかってるよ」

 イレーネはむっとしたように口を尖らせると念のために龍鱗(コン・カーラ)をかけた。

 私も苦笑いをしながら魔力による身体強化をかけ、両手の手甲の調子を調べるように拳部分を軽くうちつけた。

 

 こちらからみて右翼側の野良犬に構えをとった。

 異様に筋肉が盛り上がり、牙を向いて威嚇をする野良犬が4匹。

 その牙も街の中で餌をもらっていたやせ細った犬の牙とは比べようがないくらい大きくするどい。

 まさか、と思った時、イレーネが言った。

「この野良犬魔物化してる!」

 



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久々の実践と反省

 魔物化した動物を食べた肉食の獣はより強く、より獰猛になる、とは言え身体強化が自由に使えれば1対1なら余裕で対処できるのだけれども。

 牙や爪には獲物の体を蝕む呪いのような毒を持つようになり、常に飢え獲物をさがし、飢えを癒やすために多少の痛みに強くなる。

 そして、返り血には同じ毒が入っているので目に入ったり口に入ってしまったのを飲んでしまうことも許されない。

 解毒の奇跡も癒やしの奇跡も私は使えないので、全員かすり傷すら許されない戦いで、威力のある炎を上げたり音がでるような魔法は人が来てしまうので使ってはいけない。

 

 久々に龍鱗(コン・カーラ)をかけて短剣を抜いた。

 3匹までなら視界に収められるんだけれど4匹ともなると自信がない。

 右から1、2、3、4と番号を付けた。

 氷の矢(ヒェロ・エクハ)をばらまき足を止めさせて1と番号をつけた魔物犬に斬りかかる。

 

 魔物犬1は氷の矢(ヒェロ・エクハ)に驚いて飛び退いた瞬間を狙って前足を切り落とした。

 わざわざ苦しむような切り方をしてしまったのは申し訳ないが返り血を浴びたくないのだ、と心のなかで謝った。

 休むまもなく隣の魔物犬2に斬りかかった瞬間、意識から外れた魔物犬3が回り込んで私の右側から噛みついてくる。

 

 まずい! と思うが体勢が完全に目の前の魔物犬2を斬りかかる姿勢から変えられないし変えれたら魔物犬2が噛みついてくるだろう。

 できたら魔物犬2の返り血も浴びたくないのだけど、と思いながら全力で魔物犬2の頭を真っ二つにし、返り血をあびながら目を瞑って転がった。

「左に転がって!」

 イレーネの声が聞こえ、考えるまもなく言葉のとおりにゴロゴロと左に転がった。

 ギャンと悲鳴が聞こえ、直後頭から大量の水をかけられ、自分でも(アグーラ)を辺りにばらまいて洗い流しながら立ち上がった。

 

 ばらまいた(アグーラ)とイレーネの援護のお陰か魔物犬4は距離を取り、魔物犬3は黒い炎に包まれていた。

 さすが黒炎(ダークフレイム)!とびちゃびちゃの泥まみれになりながら立ち上がり、後ろにいるイレーネに助かる! と声をかけた。

 

 ちらっと見た感じロペスとルディは危なげなく1頭ずつ残して倒しており、イレーネの援護は必要なかったようだ。

 視界の端で魔物犬1がイレーネによって燃やされ、悲鳴に気を取られた瞬間に魔物犬4に飛びかかる。

 魔物化した野犬は犬の習性を残して徒党を組む。

 おかげで私から目を離したために、身体強化された私の速度に反応できず、私は首を斬り上げてそのまま向こう側へ抜けた。

 なんとか最後だけは返り血のを浴びないようにできて満足する。

 

 背後に魔物化した犬の崩れる音を聞き、久々の命のやり取りで思ったより疲労を感じながら(アグーラ)で泥を落として乾いた風(セレ・カエンテ)で乾燥し始めた。

「なにやってんだ、行くぞ」

 私の肩をたたいてロペスが走り始めた。

 イレーネの速度に合わせてゆっくりと、横に広がって走るお陰で両側から口々にダメ出しをされて久々に心がしおしおと縮んでいく。

 

「しばらく実戦がなかったら元に戻ってるんじゃないか」

龍鱗(コン・カーラ)だってちゃんとかけたら牙なんか通さないでしょ?」

「こっちの方が圧倒的に強いんだから様子見なんかいらないだろう?」

「なんで相手に合わせて強化するんだ? 戦力の逐次投入は悪手だぞ」

「心配ならハードスキンかければいいじゃない」

「半端に氷の矢(ヒェロ・エクハ)ばらまいたのも意味がなかったな」

 

 いちゃもんでもなんでもなく、的を得ている上に次は怪我や毒、下手をすれば命の危険だってあるんだから反論の余地もない。

 

 常人の足で2日半でたどり着く距離にあるこちら側の砂漠の入り口の街、ボーデュレア。

 身体強化かけて走れば3時間もあればつくくらいの距離なのだが、全力で走ると着地に失敗したイレーネの顔面が地面と仲良くなってしまいそうだということなので無理のない速度で走ることにした。

 ボーデュレアもファラスの影響がない宿場町なのでアールクドットの戦士(グエーラ)ができることは、戦士(グエーラ)と兵士を送り込んで制圧するか、トラブルにならないように手前で面通しをする程度になるだろう。

 

 幸いなことにアールクドットがあちこちでやらかしてくれているおかげで以前はほとんど見られなかった旅装の一般人が増えたため、昼夜問わず不審がられることが少なくなった。

 万が一検問のようなことをしていたとしたら人が多ければ紛れることもできるかもしれないし、夜なら闇に紛れたり暗いので見られてもごまかせるかもしれない。

 そんなことを話しながら休憩を取る。

「ちょっとカオル、スカートなんだからそんな座り方しちゃだめだよ」

 何も気にせずに座ったらイレーネに注意されてしまい、ロペスとルディは気まずそうに視線を外していた。

 

 休憩なのでせっかくだからパンを多めに消費してもらいたい。

 3日分もいらなかった。

 そんな自分のミスをおくびにも出さず食べ盛り達にパンを振る舞った。

 

「焼くかバターくらい付けないとパンばっかりそんなにいらないぞ!」

 ロペスとルディに3本目の棒パンを差し出した時に断られてしまった。

「とりあえず大量のパンを持っているのは不自然だから捨ててくれ」

「ですよね」

 引きつった笑いを浮かべてさようならと分かれを告げ、地霊操作(テリーア・オープ)で掘った穴に余分なパンを埋めた。

 

「あとあの変な服もルディかおれに預けろ、荷物を改められた時に余計なことを言われたくない」

 変な服といわれぎょっとするが直後に落ち込み、リュックからカーゴパンツとジャケットを取り出してルディに渡し、代わりにルディの荷物をいくつか受け取った。

 

「私とイレーネの服が今着てるのしかないことになるんだけど平気なの?」

「女は最悪ワンピース1着と手さえあれば家事できるから問題ない」

 え?! と思ってイレーネの方をみると

「すごいでしょ」

 と憮然として囁いた。



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心の鎖と袖の下

 気を取り直してボーデュレア入りの相談をする。

 戦士(グエーラ)がいたとして、倒すことは難しくないだろう。

 隠れ家に潜んで報告を数ヶ月に渡って聞いてみると、強ければ強いほど偉いアールクドットの戦士(グエーラ)はこういう細々した面倒な仕事は第3階戦士(アーセラグエーラ)以下の者に押し付けるらしい。

 なんといっても砂漠の手前の娯楽もないような僻地で実入りも少なそうな仕事だ。

 

 アールクドットも以前の様に大きな動きを見せられない状況でないため、大手を振り徒党を組んで、なんなら通りすがりに殴りつけても問題にならない様な状況である。

 情勢が圧倒的に決まってしまっている今、顔を確認するだけの作業に一般兵を連れて戦士(グエーラ)が何人も来ることはないだろう。

 

 もしかしたら手配書の通報待ちをして捜索なんてしてないかもしれない。

 そんな妄想をしている間にロペスとルディによってボーデュレアへの計画が決まった。

 

 最初にルディと私が2人で行って、戦士(グエーラ)が表に出てきていないことを確認し、検問に引っかかってる間にロペスとイレーネがイリュージョンボディをかけて通り抜けることにした。

 戦士(グエーラ)がいれば戦闘はさけられないが、ボーデュレアで戦士(グエーラ)が消息を断つと目的はモーデュッカ砂漠を越えてバドーリャへ行くことだと知られてしまうのでできるだけ戦闘は避けたい。

 

 そういうわけで二手に別れてすこし急ぎ足で進む。

「私にゃ国とか故郷とかがないわけじゃないけど、そこまで思い入れがないから気分を悪くしたらすまないんだけど」

 小走りで移動しながらルディに機会があったら聞いてみようと思っていたことを聞いてみた。

 

「ルディの口から親兄弟の仇を討ちたいっていうのは聞いたことがなくて、フェルミンと一緒に国を取り戻すんだ!って盛り上がってるんだけど、国を取り戻したいのはプライドの問題なの?」

「改めて動機がプライドかと言われると難しいな。育った場所だからっていうこともあるし、おれも騎士の一族だからね。負けて取られたっていうのは父上に対してもファラスの騎士達にたいしても許せない気持ちはあるし、父上のできなかったことをおれがやりたい気持ちもあるな。あとは隠れ家に籠もる様な生活を強いられていることに対する八つ当たりもかな」

 八つ当たり、といってちょっと恥ずかしそうに笑った。

 

「ハンターの仕事とかやってみたりして、けっこうみんなと一緒ならどこでも生きていけるなあなんておもっちゃったりしてさ。野宿もダンジョンにこもりっぱなしになるのもそんなに苦じゃなかったよ」

「魔法が使えるっていうだけでどこでも生きていけそうな気もするもんね」

 

「あとは、そうだね、戦って負けたことに対して仇を討ちたいって気にはならないかな、思ったより。父上も自分で戦って死ぬことは騎士の誉って言ってたしね」

 寂しそうにいうルディの表情がちょっと嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「カオルに聞かれて改めて考えてみるとファラスにはそんなに執着はないのかもね、殿下とはやらなきゃいけないっていう話ばっかりしてて自分がやらなきゃって思ってたけど、引っ張られてただけだったのかもしれないね」

「だからって諦めるわけじゃないよ、殿下をうまく盛り立てていけばうまくいけば騎士じゃなくもっと国とか軍部の中枢にだって食い込めるだろうからね」

 ちょっとは打算もあるんだよ、と笑ってみせた。

 

「殿下? ああ、フェルミン。彼は王族だったからね。また立場も違うんだろうけど、ちゃんと足元を固めて決起するならちゃんと協力するよ」

 

「殿下は学校行ってた頃から将来上に立つ教育されて来てる人でおれ達みたいに腕試しにハンターの仕事をしたりすることはなかったし、遠出するのも兵站の時くらいだったからね。

 やっぱり未来とか将来とか全部失って、暗い隠れ家に閉じ込められることになって、王族としての生活も立場もなくなって色々思い詰めてたみたいだしね。

 そういう意味だと外出られないのは辛かったけど殿下ほど追い詰められてないかなっていうと微妙な気がしてきちゃったかな」

 落ち込んだような、ちょっと元気がでたような不思議な表情で言った。

 

「ファラスを取り戻して将軍になるのも、どっか別のところで新しい生き方見つけるんでも味方になったげるから元気だしなよ」

「ああ! ありがとう!」

 笑顔で答えたルディの顔をみて、元気がでたようでよかった。

 

 深く見通す目(ディープクリアアイズ)を使ったまましばらく進むと篝火が遠くに見えたのでおそらく検問だろうとランタンをつけて汚らしく泥を顔や体に塗って徒歩移動にする。

 その検問の向こうに柵に囲まれた集落が見えた。

 

 入り口から少し離れた所で検問を行っているのはボーデュレアから協力を得られず、住人と揉め事を起こさなければいいということなのだろうか?

 戦士(グエーラ)さえいないのなら4人で幻体(ファンズ・エス)をかけて回り込んでも見つからずに入れるかもしれない。

 

 ルディがもつランタンは足元を照らす旅用のランタンで、これは家の中や街中で使うようなランタンを使ってしまうと持ってる本人は周りがよく見えず、遠くにいる野獣や野盗なんかがあそこに無警戒のアホが居るぞ!と灯りに引き寄せられる虫のように集まってきてしまう。

 洞窟とかダンジョンの様にある程度狭い場所でなら周りを照らすことは通路全体を照らすことになるので普通のランタンの方がいい場合もあるのだけれど。

 

 ランタンを持ったルディが前を歩き、検問所までゆっくり歩いていく。

「そこの2人! 止まれ!」

 何ヶ月か前まで練兵場でよく見たファラスの軽鎧を着た3人のうちのだれかが大声で私達を呼ぶ。

 篝火が2基、若い2人が確認を担当し、中年の1人は後ろから監督をしているようだ。

 

 張られているテントは休憩と物置に使っているのだろう、篝火に照らされて中にテーブルと椅子、何台かのベッドが見えた。今いる3人でここを担当しているのは全てだろうか。

 

 ファラスの兵士はルディの前に立ちはだかって威圧的に尋問を開始する。

「どこから来た、目的は」

「働き口を探すためにエルカルカピースから来ました」

「汚いな、そんななりならどこにいっても働けないんじゃないか」

「辛気臭い顔した女だな、ちょっとは笑ってみせろよ」

 顔をしかめたり私の顔を下から覗き込んだりして、少しむっとする。

 まるでチンピラだが僻地に飛ばされるような人はこんなものか、と心の中で罵倒してから納得し溜飲を下げた。

 

 ルディと別々にされ、篝火の前で取り調べの様に目的と持ち物を調べられた。

「お金もなく仕事も無いので持てるものだけを持って逃げるように来たのです」

「そうだな、アールクドットのもとで働けるおれらと違って平民は大変だよな。逃げた貴族共がさっさと捕まってくれればこんなところで検問しなくて済むんだけどな」

「でもここで四六時中立ってないといけない兵隊さんもお辛いですよね」

「まさか!昼と夜で交代してるさ。で、なにかあったら警報をならすと第3?第4?たしか第4階戦士(アルトグエーラ)の隊長が処理してくれるってわけよ」

 ああ、いるんだ。と思わず戦慄し、つばを飲み込んだ。

 

「寝ずに仕事させられてるのかと心配しました。お仕事終わりにでも皆様で疲れを癒やしてください」

 ごそごそと私のリュックをまさぐっていつまでも開放してくれなそうなので、なけなしの風を装って銀貨を2枚握らせた。

 手元の銀貨に目をやり小さく笑うと、同情してるように見せかけて私を開放し、ルディの方の兵士を見ると満足げなのでルディの方でも握らせたようだ。

 

 やっぱりこういう場合は心より欲に訴えるに限る。

 篝火の前から離れてルディと一緒になんとなく申し訳なさげに通り抜けた。

 

 ボーデュレアの集落の入り口からボーデュレアに入り、緊張から開放されてやっと大きく息を吐いた。

「力で解決できないって辛い」

 ルディが小さくぼやいたので良く我慢できました。と褒めた。

「さて、イレーネ達はもう通り抜けたのかな」

 真っ暗な闇の中、店の明かりだけを頼りにぼんやりとイレーネを待つ。

 

 数分待ち通り抜けに失敗したかと心配しているとものすごい勢いで何かが膝の裏を叩き、後ろ向きに転びそうになった所を後ろから抱きとめられた。

「力加減間違えた~あああっ」

 膝カックンの主のイレーネが私を後ろから支えようとして一緒に尻もちをついた。

 

「受け止めるの失敗しちゃった。ごめんね」

 と可愛く謝ってごまかした。

 

 ルディの方を見ると、ロペスがイレーネの真似をして膝カックンを可愛く誤魔化そうとして失敗し、ボディブローを食らっていた。

 



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ボーデュレア

 砂漠の手前、草原に作られた集落であるボーデュレアには常夜灯として篝火を炊くことはない。

 集落としては大きくないので治安がいいことと、木が高額なので木はそのまま燃やすことが理由としては大きい。

 

 ボーデュレアの街では酒場兼宿屋の1階に人の上半身が見えるくらいの大きさの窓が開けられている建物がいくつかあり、素泊まりをするだけの宿に止まった人や、酒場から出てきた酔っ払いがランタンを持って歩き、通りかかる男達にその窓から顔を出した女性が声をかける。

 

宿と飲み屋といかがわしい店が併設されている場合、他の街では薄暗い街角や明るい場所で花を見せつけるようにして客を取るのだが、ボーデュレアでは篝火や(イ・ヘロ)の魔道具なんかの灯りを置かずに暇そうにしている花が客になりそうな男に声をかける。

 店のなかをわざと明るくして逆行で嬢の顔が見えづらいようにする。

 すると確認するためには近くに寄っていかなくてはいけないし、好みであればお近づきになりたくなるというのも人情だろう。

 

 土地の広さに限界があり、働き手も多くない。

 いくらでも入れ替えられる都会と違って使い捨てにはできないために、嬢と数人の男が窓越し話しをして気に入られた者だけが明るい所で嬢の顔を拝むことができる。

 

 ボーデュレアで働く者は新天地を求めてバドーリャから来たはいいが、ファラスではよそ者と馴染めず、エルカルカピースでは需要が少ないティセロスは遠すぎるがバドーリャにはもう帰れない、そんな事情がある者たちが多い。

 こういう店で働く嬢は旅人からは、彫りが深く手足の長い褐色で健康的な彼女らはランタンの光がよく映え大変蠱惑的なんだそうだ。

 

「おにいさん達今日ここ来たの? お嬢さんたちと一緒にお食事なんてしてかない? 今日は暇でさ、サービスするよ。2階使うなら2人までにしてね、おにいさんでもお嬢さんでもいいけど」

 気だるげに窓枠に寄りかかったほっそりとした手足の女性に声をかけられた。

 なんとなく話しを聞いてみたくなって4人で近寄ってみる。

「あたしマリア、よろしくね」

 窓枠に胸を乗せて寄りかかって気だるげに握手を求め、ロペスとルディが答えると私達の方をみてほれほれと手を揺らしてくるのでしょうがなく握手をした。

 

 握手をしながらマリアの胸につい目が行ってしまったのを振り払って食事について聞いてみる。

「今ついたばっかりだしお腹空いてるんだ。なんか美味しいものある?」

「あるある、うちの料理はちょっと値が張るけど美味しいよ。なんたって魔法の氷室があるからね」

「ねえ、カオル。すごい胸!」

 イレーネが私の袖を引っ張って興奮して囁いた。

 

「ちゃんとしたものが食べられるならいいんじゃないかな」

 ロペスがまとめみんなが同意したところでマリアがそっちの表側から入ってねいう言葉に従って、建物の向かって左側のドアから酒場に入った。

 売春宿に併設されている酒場なんてどんな怪しい酒場かと思ったらちゃんとした明るい、普通の酒場だった。

 屋外はまったく灯りがないのに屋内は(イ・ヘロ)の魔道具に照らされ目が眩む様な明るさだった。

 

「いらーっしゃーい、こっちこっち」

 踊り子の様な衣装のマリアが手招きをして呼ぶ。

 

 ロペスがこなれたように少し手を上げて答え、招かれたテーブルに向かう。

 ささ、座って座って、とマリアに促されてイレーネと私が座り、向かいにルディとロペスとマリアが座った。

 座るんだ、と驚いているとイレーネもルディも驚いているので私が知らないだけではないらしい。

 ロペスはまんざらでもなさそうなので放っておくことにする。

 

「晩ごはんなら羊肉と赤タタンプと豆のスープとパンが美味しいよ。あとは」

「じゃあ、それ」

 なんだかんだまたお腹が空いてしまったので間髪を入れずに注文をする。

 

「あとは羊が入ったから羊のスパイス焼きのフルーツソースがけと、飲むなら冷えたエールがあるよ。冷えてないものあるけど、飲むなら別料金だけど冷えてたほうが絶対おいしい」

「飲みたいなぁ……」

 イレーネがぽそっと呟いた。

 酔うと身体がうまく操れなくなるイレーネならではの悩みだ。

「今日は酔いつぶれたらお姫様抱っこで連れて帰ってあげるから飲んでもいいよ」

 ずっと我慢してきてまだ我慢しろ、というのも可哀想なので、そうイレーネに囁くと、眉間に皺を寄せてしばらく考え込んで唸り声を漏らしてから

「じゃあ、飲む」

 苦々しいやら嬉しいやら複雑な表情を浮かべて注文に追加した。

「じゃあ、待っててね」

 と、言い残してマリアが店の主人に注文を伝えに行くと、そのまま奥からエールが入ったジョッキを5つ持ってきてテーブルにドン! と置いた。

 

「はい! おまちどう! 1杯目はサービスだよ!」

 やったー! と全員で一気に飲み干す。

 1日歩いてきた体に冷えたエールが沁みるー、と全員飲み干した所でマリアが囁いた。

「で、この中に魔法使いの人いるよね、協力してほしいんだけど」

 思わずみんなハッとしてマリアの顔を見ると嬉しそうに微笑み、私の顔を見て言った。

「やっぱりあなたかな?」

 なんのことですかね、と恍けようとした時

「だって、さっきお姫様抱っこで連れて帰るって言ってたじゃない」

「私がただ彼女を担いで帰れるだけの力があるってだけの話ですよ」

「ふぅん……、別に偉そうにしてるファラスから来てるなんとかに告げ口しようとかそういうことじゃなくて……警戒させちゃってごめんね」

「ことと次第によってはここにいる全員がただじゃすまんぞ」

 ロペスが小声で言ってにらみつけ、私はあちゃーと心の中で頭を抱えた。



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店主の願いと古い魔道具

「ええっ?! あんたもかい?! いや、違うのよ、脅したいわけじゃなくて助けてほしいのよ」

 浅黒い顔を真っ青にして首を振った。

「ロペスもいきなり脅しつけるもんじゃないよ」

「そうは言ってもだな」

 

「ただちょっと力を貸してほしかっただけなんだよ、あたしはバドーリャ出身なんだけどさバドーリャじゃあ、あたしみたいなのなんていくらでもいるからさ──」

 

 彼女がいうにはホステスとして稼げない彼女は役者になろうと、一攫千金を狙ってファラスに行ったがファラスでは褐色の女というのは役者としてもホステスとしても人気がない。

 バドーリャでは神官の治療と癒やしのお陰で高級ホステスはそこそこ地位のある職業だったが、ファラスではホステス職業の地位が低く、稼げないどころか危険が多い仕事だという現実を知った。

 

 身の危険を感じてエルカルカピースに移ってみると主な産業が農業なので庶民仕事帰りに飲み歩くということが一般的でないらしく労働者のほとんどはまっすぐ家に帰ってしまい、たまにくるのはぶよぶよと太った大銅貨を投げつけてくるような商人で、失意のままエルカルカピースを後にし、行き場がなくなったマリアを雇ってくれたのがこの宿の女将さんだということだった。

 

 ボーデュレアでこの宿の女将さんに助けてもらったから恩返しがしたい、という話しをだんだんと消え入るような声になりながらぽつりぽつりと話し終えると、気がつくと急に何事もなかったかのようにこの辺で食べられる美味しいものの話しをし始めるマリアにぎょっとすると、最後の客が帰るのを見計らって、マリアが声を潜めて言った。

「……でね! やってほしいことっていうのは氷室の冷却と、女将さんの魔力だともう動いてるものギリギリな氷の魔道具に魔力をいれてほしいのよ」

「急に美味しいものの話になったから何が起きたかと思ったよ」

 私が思わず苦笑いしていうとマリアは一緒に苦笑いして言った。

「お客さんも帰るところだったけど話が終わっちゃったからなんか話ししてないとって思って」

 

 マリアの女将さんのなにかしたいという思いと、なんだかんだで美人のマリアに頼られてロペスもほだされたか、やる気になってマリアにやろうというと、マリアは助かるよ! と言い、さっさと店を閉め女将さんとやらを呼びに行った。

「いくら客がいない日だからって急に閉められたら困るよ」

 と文句を言いながら奥から押し出されるように連れられてきた女将さんは私達を見ると

「マリアがすまないね」

 ロペスに握手を求めるとロペスたまに発症するかっこつけたい発作を起こし、空いた手で前髪をかきあげながら言った。

「いや、話しを聞いて是非協力したくなったのはこちらなのだ」

 

 イレーネは鼻で笑い、女将さんは胡散臭そうな目でロペスを見て

「そうかい? じゃあ気が変わらないうちにお願いしようかね」

 そう言ってマリアと一緒に店の奥へと案内を始めた。

 

 カウンターを跳ね上げて通してもらうと調理場に触れないよう速やかに奥へと進み、暖簾というか目隠しのための布の仕切りを除けて進む。

 元々は(イ・ヘロ)の魔道具が照らしていたと思われる廊下は前を進む女将さんが持ったランタンの灯りにぼんやりと照らされた。

 

 古い木造の廊下の先は石の階段になっており、いい加減足元が危ないのでロペスに(イ・ヘロ)を使ってもらって進む。

「ほんとに魔法使いなんだね、あんた」

「まあな」

 美人のマリアに驚いてもらえて、まんざらでもなく返事をした所で氷室に着いた。

 

「ここはわたしの爺さんの爺さんの……爺さん辺りが貴族だったんだけどなんかやらかしてね。追放されるほどの悪事が何かもう残ってないんだけど、魔力が扱えて魔道具が作れたから穴を掘って氷の魔道具を埋めて氷室にしてここで商売を始めたのさ」

 

 氷室の扉の手間に壺が置いてあり、そこに火がついた松明を逆さにつっこんで火をけして扉を開けた。

「魔力の光は熱がでなくて便利だね、あたしももっと魔力があれば使いたいもんだよ。魔道具なんて余ってたりしないかね?」

「道具に頼る必要がないからもってないんだ」

 

 ロペスは頷くと氷室の中に入り、入り口で立ち止まって中を見渡した。

 入り口に立ち止まられて邪魔だったので、ちょっとだけ身体強化をかけてロペスを持ち上げて横に置いた。

 

 中に入ってみると、以前見たデロール村の物とは違い、じっくり読み解きたいほど見事な紋様の刻まれた部屋だった。

 中小様々なサイズの魔石と魔石に刻まれた紋様は魔石と魔石を結び、(イ・ヘロ)の紋様や凍える風(グリエール・カエンテ)の紋様に絡みつき、まるで芸術品のように部屋中に広がっている。

 ロペスが魔力を注ぎ始めると(イ・ヘロ)の紋がうっすらと輝き始め、紋様が刻み込まれた魔石を照らし、魔石に刻まれた紋様をより細かく確認することができた。

 

 ファラスでは魔石が比較的多く取れていたので、魔石に刻むということが一般的ではなく、1回切りの電池としてしか使われていなかったが、ここで使っている魔道具は魔力を注ぐと魔石の中に貯められるようになっているバッテリーの様になっている、と女将さんの説明で理解した。

 

 

 

 



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魔力注入と両手に花

「魔石に刻まれた紋様が魔力の再吸収を促すんですね、これがあれば使い捨てにしなくていいし、魔力を持たなくても魔道具が使えるようになってるんですね」

 壁に刻まれた紋様を読みながらつい独り言を言ってしまうと、女将さんにじっと見られている事に気づいた。

「私も少しは魔力があるから魔道具を作るのが好きで魔道具の紋様見るの好きなんですよ」

 ロペス1人に任せるには荷が重いのでこっそりとロペスに合わせて少しずつ魔力を込めているのをそう言ってごまかすが、正直、納得してくれたとは思えない。

 自分自身に苦笑いをしながら紋様をなぞり、はるか昔に刻まれたという見たことがない形の紋様を紐解きながらすべての魔石に十分な量の魔力を注いだ。

 いくつかわからない物もあったが魔力効率のいい書き方のヒントになりそうな物もあり意外と楽しく読ませてもらった。

 

 魔力を注いでいた紋様から手を離すと(イ・ヘロ)の光が氷室の天井から降り注ぎ凍える風(グリエール・カエンテ)の紋様から凍てつく冷気が吐き出される。

 よく見ると足元にも(イ・ヘロ)の紋様が刻まれ、影ができにくい作りになっていて棚に置かれた食料品がよく見える工夫がしてあるのがわかる。

 みんなでウロウロと氷室の中を見回っておかしな箇所がないか確認して回る。

 刻まれた凍える風(グリエール・カエンテ)の紋様からそよそよと冷気が吹き出されているのを感じてロペスと女将さんが満足げに頷いた。

 

「こんなもんだろう、どうだ?」

 ロペスが何事もなかったかのように女将さんにいう。

「まさかあんた1人でここの魔石をいっぱいにしたのかい!? これは驚いた」

 バツが悪そうにするが気取られないように、まあな、と答える。

「あたしの魔力じゃ1日も動かせないで止まっちゃうような状態だったからホントたすかったよ!」

 

「おかみさーん、あたし寒い」

 踊り子の様な格好をしているのだから寒いのは当たり前なのだが、マリアが最初に悲鳴を上げて、次にイレーネが寒そうに肩をこする。

 そんな格好ではマリアは確かに寒いだろう。

 

「そうだね、風邪引く前にもどるとしようか。さあさ、出た出た」

 手で押し出すような身振りをして女将さんがドアを閉めるとガチャガチャと大きな音をさせて鍵をかけ先頭に立って歩き出した。

 

「いやー今日は助かったよ、もう店は閉めちゃったから好きなだけ食べていくらでも泊まっていってくれてもかまわないよ」

「いや、急ぐ旅なので明日の夕方にはでるさ」

 女将さんはロペスのことを大層気に入ったらしく、滞在する限り一行の滞在費はかからないらしい。

 

 数人分の魔力供給を1人でやってくれたのに費用を請求せずにただでやってくれるんだから当たり前といえば当たり前の話ではあるのだが。

「あたしがもう少し若かったら逃がしゃしないんだけどねぇ! あっはっは!」

 そういいながらロペスの腕を抱いてとっておきの酒をだすよ! と言いながら席に引っ張って行き、女将さんに困っているロペスを見ているのは、我ながら性格が悪いと思うけれど正直楽しい。

 

「おかみさんだめだよ! お兄さん困ってるじゃないか」

 そういいながら女将さんの反対側に回ると腕を引っ張って女将さんからロペスを取り戻して並んで歩き始めた。

 

「ロペスモテモテだね、羨ましい?」

 イレーネがルディをからかうと

「あれはいくらなんでも羨ましくないかな」

 苦笑いで見送り、少し離れた所に席に着くと女将さんがテーブルに薄いエールらしきジョッキと茹でたマカロニにスパイスソースがかかったものをサービスで置いてくれた。

 

「あんたらもありがとうねえ、今日は好きに飲み食いしてってくれていいからね」

 その後も女将さんはマリアと一緒にロペスに酒を飲ませ続ける合間に私達の様子を見てくれて酒とつまみが空になるということがなかったものだから流石ここで店をやってて長いのだなぁと感心した。

 

 だらだらと飲み続けていると上から人が降りてきた。

 マリアと同じような踊り子のような衣装の女性が降りてくるとルディにひらひらと手を振り、女将さんとなにやら話しをするとエールを4杯持ってこちらのテーブルに座ると勝手に乾杯して飲みだした。

 払うわけじゃないのでいいのだけど。

 

「せっかく両手に花なのに来ちゃってごめんねー、あっちちょっと必死すぎでしょ? あ、あたしスーシーよろしくね!」

 全く反省もしてないであろう色白の踊り子風の彼女、スーシーは私達と握手をして奥に引っ込んだかと思うと

「こんなパスタじゃなくて肉だよね、肉。こちとら労働してきた直後なんだから!」

 作り置きしてあっただろう肉と根菜のスープとパンを人数分もってきて私達の前に並べた。

 

「今日はもう疲れちゃったよー、ひどいんだよ! すんごい勢いでお尻ひっぱたいてきてお尻割れちゃうかと思ったわ。ほら見てよ、お尻4つに割れてない? 今日はもうこれで終わりだからいいんだけどさ。あ、君お客さんじゃないよね?」

 スーシーはお尻を隠す布をぴらっとめくってルディに見せながら言うと、ルディにいうとルディは驚くやらあっけにとられるやら、そのままの顔で頷いた。

 

「客の話はここでするんじゃないよ!」

 女将さんに怒られてスーシーははぁーいと気のない返事をした。



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砂漠を越える準備をしよう.

 その後もスーシーにからかわれて真っ赤になり口数が少なくなったルディにイレーネと一緒に真っ赤だ真っ赤だというのを肴にして飲んでいた。

 

「あれ? 手に力がはいらない」

 ジョッキを持つ手がテーブルから離れなくなってしまったのか、眉間に皺を寄せて腕を持ち上げようと努力しているようだった。

「飲みすぎたんじゃない?」

 イレーネの手を取り、力を入れさせてみるとピクピクと力は入るのだが、握ったり動かしたりするほど力が入っていない。

「右手だけでも! まだ! まだ飲みたいの!」

 とろんとした目でジョッキを睨むが、手はジョッキを持ち上げることなく

「そろそろ寝ようよ」

「しょうがない、寝ようか」

 そう立ち上がろうとしたが、足にも力は入らないらしく泣きそうな顔で呟いた。

だでない(立てない)

 しょうがないな、と軽くため息をついてルディと一緒にイレーネを肩に担いで宿の部屋に放り込んでからそれぞれ寝た。

 

 階段を登って部屋に入る前にちらっとロペスを見ると、珍しく大はしゃぎで分厚い木のテーブルを左手に掲げ、右手ではマリアが座ったままの椅子を持ち上げて明日大丈夫か、こいつ……、と思いながら部屋に戻ったのを覚えている。

 次の日起きてみると、二日酔い薬がないのをわかっているのに二日酔いになっているとは夢にも思わなかった。

 いや、あんなはしゃぎ方してたらそうなるだろうなと予想はしていた。

 

 そうなると思っていたのと、実際にそうなるというのは天と地ほど差があるが、この男は……。

 軽く頭を抱えながら、どっちにしろ昼間は出発できないのだから日が傾くまで延々と水を飲んでいてもらおう。

 

 起きた時はすでに日も昇っており中天まではまだしばらく、という頃。

 昨日は暗くてよく見えなかった街並みが日光に照らされてよく見える。

 

 中央のオアシスを囲むように町の外を背にして建物が立ち並び、街中では荷車を引いたロバとすれ違いながらイレーネの様子を気にした。

 手足に魔力が込められなくなるくらいの量だと二日酔いにならないらしく、朝から起きていたので一緒に買物に出た。

「昨日はありがとう」

「またしばらく飲めなくなっちゃうしたまにはね」

「手足が不自由ってほんと不便、今も結構集中しながら歩いてるのよ」

「意外とそうは見えないもんだね」

「で、何を買いに行く所なの?」

「砂漠を超える時の食料品とラクダを借りにいくよ、夕方に出るからラクダはその時でもいいんだけどね。パンと干し肉とあと怪しまれない程度に水もほしいよね」

「せっかくここまで怪しまれないできたもんね」

「そういえば、砂漠って越えた事ある?」

「砂漠なんて噂にしか聞いたことないよ、カオルの所にも砂漠ってあったの?」

「遠い外国にあったよ、私の所からは見たこともないけど話は知ってるよ、昼間は灼熱で夜は極寒になるんだってさ。あとはサボテンを食べるとか」

「えぇ、あんな棘だらけの食べられるの?!」

「棘を取って皮を向いて焼いて食べるんだって、美味しいかはしらないけど」

 

 そういいながら食料品店に入り、日持ちのする根菜や油の入った壺を抱えて歩くと店のおじさんが呆れたように言った。

「災厄で呪われたボーデュッカ砂漠の植物なんて食べようものならお腹を壊して死んでしまうよ」

「えぇ?! だめなの?!」

 いざとなったら食べれると思っていたので、驚いて思わず声を上げてしまった。

 

「準備不足でサボテンなんざ食う羽目にならんようになんでも買ってくといい、砂獣は昼動くから夜の寒いうちに移動して昼間は日陰を作って音を立てないようにして休むんだ」

「砂獣だって、カオル聞いたことある?」

「イレーネが知らないなら、私も知らないねえ」

「ホントに砂漠を越えようとしてるのかい? 遠回りでも迂回したほうがいいんじゃないかね。必要なものなんでも買ってくれるならうちとしては構わないがね」

 ムスッとした表情で砂漠を越えるなら1人分はこんな感じだね、と麻袋に次々と野菜や干し肉を放り込んだ。

「パンは入れないんですか」

「パンは嵩張るし、小さくなるまで焼き固めたら食べるのに水分が必要になるからおすすめしないね。多少高くても砂糖を買ってったほうがいい」

「砂糖あるんですか」

「砂漠の向こうのバドーリャからね、バドーリャにはその向こうのアレブラムからだしアレブラムには海を越えて来てるわけだ」

 何を言いたいのかわからず、イレーネと一緒に怪訝な表情を浮かべていたと思う。

「わからんか? 目が飛び出るほど高いぞ」

 ニヤリと笑って革の袋、手のひらに乗るほどのサイズなのでちょっとしたマグカップ2,3杯程度の量だろう。

 高いと言われ、私とイレーネの喉が鳴った。

「1人分で銀貨5枚だ」

 一般的な1家族の2、3ヶ月分の食費に当たる銀貨5枚がこれっぽっちの砂糖の値段だと言われた。

 茶色い砂糖がでてくるのかと思ったら意外とさらりとした白砂糖を革の袋からのぞかせた。

「これを水に溶かして飲むわけよ。まあ、なくてもなんとかなるもんだが夜は相当冷えるからな。あったほうが安心だろ?」

「どのくらい寒いんですかね?」

「昼間作っておいた薄い塩水は凍る時がある。しょっぱくて飲めないようなのは凍らなかったな」

 氷点下なのは確定のようだ。

「ということで塩も買っていくといい」

 革の袋をドンと置いた。

「ちなみに、これは……?」

 イレーネが恐る恐る聞くと

「量もそんなに必要ないし、元々砂糖ほど高く無いから安心しな、4人分で大銅貨3枚だ」

 たった数日間、砂漠を越えるための諸々に全員でちょっと裕福なご家庭の1ヶ月間分の収入を使うことになるとは夢にも思わず目眩いがしてきた。

「訳ありみたいだからちょっと負けといてやるよ、毎度! あと昼間は盾で卵が焼けるからな、ちゃんと日差しは避けるんだぞ」

 嬉しそうに負けてくれた店の店主にお礼を言って4人分のそれぞれの食料が入った袋を抱えて宿に戻った。



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金が絡むと彼女は怖い

「あら、カオルちゃんとイレーネちゃん。どうしたの?」

「砂漠越えていくから早いうちに食料とか買ってこようと思って今買いだしに行ってきた所です」

「あー、そこのちょっと馴れ馴れしいおじさんのいる所?」

「そうですそうです」

 イレーネが嬉しそうに頷いた。

「これだけあれば砂漠越えるくらいの食料になるってやってもらっちゃいました」

「あそこね、物はちゃんとしてるんだけど、足元みて値段吊り上げてからちょっと下げてくるんだよね」

 あちゃー、やられたねーと言おうとイレーネを見ると魔力をまとった手足から魔力が濃く吹き出し始めたところだった。

「燃やす……」

「ちょっとまって! 落ち着いて! 落ち着こう? 色々出ちゃってるから!

 こういうのは騙される方が悪いんだし中身はちゃんとしてるから! ね! ね!」

 冷たい目で私を睨むイレーネ、お金が絡むと意外とおっかないやつだ。

 

「次はわかる人を連れて行こう、反省、な? 過去は振り返らない! 次に活かそう! ね?!」

「そうだよ、次はマリアついていかせるから今回は勉強したと思って!」

 異様な雰囲気を感じたか女将さんもイレーネを宥めると、大きなため息をついて肩をがっくりと落として

「悪いのはロペスとルディだってことにするよ」

 それでなにが変わるかわからないけれど、イレーネの気が済むならそれでいいだろう、と納得することにした。

 

 しばらくしてルディが降りてきて一緒に昼に近い朝ごはんを食べ、昼ごはんの時間が終わった頃にロペスが頭を抱えてふらふらと降りてきて、水入れの水を勝手に飲み酒臭いため息をついて椅子に座った。

 

「水、大銅貨1枚だから払っといてね」

「うぅ、まじか……、飯より高い……」

 

「全員揃った所で相談があるんだけど、銀貨1枚でどう?」

 女将さんが営業スマイルを崩さずに小声で相談を持ちかけてきた。

「何を考えているんですか、女将さん」

 涼しい顔を崩さないように注意深く、女将さんが持ってきてくれた芋と小麦を捏ねて乾燥したブレンボとミルクで煮たニョッキの様な不思議な物をつまみながら、女将さんに聞く。

 

 イレーネとルディにはまだポーカーフェイスは難しいのか、不慣れながらも水を飲んだり食事を口にして表情に出さないように頑張っていたが、ロペスは具合悪そうにしながら注意深く周りを気にしていた。

 

 店の中には客が10人近くおり、フロアを歩く給仕が2人、奥には昨日はいなかったコックの姿も見える。

「なんで昨日言わなかったんです?」

「昨日はまだ半信半疑だったんだよ。今朝ぼったくられただろう? あそこは貧乏人からは取らないし、あたしも商売だからね。売れる相手には恩を売って儲けたいって思うのは自然なことだろ?」

 少しイラっとするが、まだ本題には入ってないし、騒ぎを起こせる立場じゃない。

 イレーネとルディをみるとちょっとムッとしているが目でちょっと待ってもらう。

 

「あっちと違って話せてよかったよ。あんたらの訳ありってアールクドットのあいつだろ?」

 イレーネの息を飲む音が聞こえ、ロペスが流石に鋭いな、と呟いた。

 

「差し出さない代わりに金を出せってことですかね?」

 そう言われても抵抗できるわけじゃないので従うしかないのだが。

 

「違う違う、言い方が悪かったね。あんたら夕方に出るんだろう?

 今あいつは町の外で見張りをしてるから帰ってくる時間とラクダを借りてきて安全に町から出る手伝いをするよ。どうだい?」

 ロペスをみると少し頷いたので頷き返し

「いいでしょう、最初に銀貨1枚。夕方ラクダと一緒に成功報酬として銀貨をもう1枚。その他必要な経費もその時で構いませんか?」

 

「ああ、ああ。助かるよ」

 女将さんは親指を立てた拳を寄せてたが意味がわからずにいると、ここでは商談成立の時はお互いに拳を合わせて約束をするのさ。と教えてくれた。

「もし裏切ったらこの手を差し出しますって意味だよ」

「なるほど、私のところで言う針千本飲ませるってのと一緒ですね」

 思わず口走ってしまった一言に女将さんはちょっと青ざめて、もちろんさ。と言って奥に引っ込んでいった。

 これは余計なことを言ったか、と思ったが出てしまったものはしょうがない。

 

「カオルの所って平和そうなのに妙な所で野蛮だよね」

 イレーネが機嫌を直して感心する。

 機嫌がよくなるポイントがよくわからないが直ったのならなにより。

 

 女将さんのススメで夕方まで部屋で暇つぶしをし、出発前の夕食も部屋まで持ってきてくれるというので厚意に甘えておいた。

 

「せっかく色々みて回れると思ったのに」

 そうなんだよね、またアールクドットのせいで引きこもることになってしまったんだよね。

 とはいえ、あと数時間。

 私は女将さんが地下に入る時に(イ・ヘロ)の魔道具があれば便利だよね、と思い、暇つぶしがてら魔石に紋様を直接刻むことにする。

 

 カバンの底に眠っていたクズ魔石に(イ・ヘロ)の紋様を直接刻みこむ。

 本来なら金属板と紋様を流し込むインクも必要なのだけど、今持っていないので直接刻み込むことになった。

 魔石に刻んだ(イ・ヘロ)の紋様は、私が刻み終わった瞬間から内在する魔力をぼやーっとした光に変えてあるだけ垂れ流してしまうという本来なら使えない代物なのだけど、魔力を持っているという女将さんに魔力を込めて使ってもらうことにする。



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フード付きマントと砂漠の入り口

 夕方までの暇つぶしにぼったくり商店のおじさんの受け売りの砂漠情報を披露し、日差しと寒さから身を守る方法について聞く。

 日差しなら雨除けになるポンチョを被って凍える風(グリエール・カエンテ)を使えば私は問題ないんだろうけど、ただのマントしかない人達はどうするのか、単純に興味があった。

 

「そういえば何も考えてなかったな、なあ?」

「夏の暑い時よりちょっと暑いくらいだろう?」

 ロペスとルディが軽く考えていることがよくわかった。

 

「昼は盾で卵が焼けるし、夜は水が氷るってさ。それくらい強い日差しだと日焼け通り越して火傷するから気をつけてね」

「どうやって!?」

「光より早い動きで避けるとか」

「影の速度は人間には無理だ」

「女将さんに聞いてみてね」

「また金がかかるのか……」

「嫌味!? あたしに対する嫌味なの!?」

 

「いや、あれはおれが行ってもぼったくられてただろうから誰が悪いとかなかった! イレーネとカオルは何も悪くない!」

「そうそう、だれが行っても同じだったんだから誰も悪くないよ!」

 

 ロペスとルディの必死の説得によってなんとかイレーネの行き場の無い憤りと自己嫌悪を慰めた。

 

 夕方、日が落ちかける前の頃。

 女将さんがやってきた。

「アールクドットのやつは今日で本国に帰るってスーシーから連絡がきたよ」

 スーシーはここで働いている嬢の1人でアールクドットの兵士の1人がお客さんなんだそうだ。

 アールクドットの兵士は交代制で、丸1日休みともなると、そこそこ高いお給金から長々と居座ることが多いらしい。

 楽で稼げると嬢達には評判で、下手に手柄を立てていなくなられるよりここに住んでくれたほうがありがたいという話を聞いた。

 

 もちろん身請けにはもっとお金持ちの方がいいので彼らはどこまで入れ込んでもいい夢をみているだけなのだけれども。

「さっき発って次の監督者は3日後にくるよ」

「ほう? そうか、じゃあスーシーにも分前をやってくれ」

 ロペスが銀貨を指で弾いて女将さんに渡した。

「若いくせにかっこつけてんじゃないよ」

 女将さんはニヤリと口角をあげ、空中で銀貨を受け取ると今からなら丁度砂漠を渡るにゃちょうどいい時間だよ、とラクダ屋へと案内を始めた。

 

 宿をでてオアシスを周回して水を汲みつつ反対側にあるラクダ屋に向かう。

「さっき話してた砂漠越えのお客さん連れてきたよ」

 扉をゴンゴンと拳でなぐって店主を呼び出す。

 なんだかわざと粗野な振る舞いをしているようで、なんだか余計な負担をかけてしまった気がして申し訳ない。

 

「お、来たか。こいつが貸し出すラクダのジョアンナだ。」

 ラクダと言って紹介された動物は知っているラクダとは似てるような似てないような不思議な代物だった

 毛が生えた恐竜の様なその動物は、ラクダのような瘤を背中に乗せてはいるが、その瘤も背中全体にできた瘤が羽のように左右に分かれて大きな荷台の様になっていた。

 

「知ってるラクダと違う」

 あまりにもかけ離れた姿に思わずつぶやくと

「これがターク(らくだ)だよ。荷台と屋根を付けるからちょっと待っとくれ」

 

「カオルの知ってるラクダってどんななの?」

 店の表に出て待っているとイレーネが質問してきたので地面に木の枝でラクダを書きながら説明する。

 画力が無いせいでターク(らくだ)と足の太さと瘤の違いくらいしか説明できなく、ふぅんと言ったっきりどこか散歩に出かけてしまった。

 

「絵は下手なんだな」

 店から出てきて私のラクダを見たルディが一言呟いてラクダ屋の待合所に入っていって私は思わずうなだれ、その様をロペスが見ていて笑いながら待合所に入っていった。

 

 気を取り直して立ち上がると思ったより長い間絶望に打ちひしがれていたらしく、ちょうどターク(らくだ)に荷台が乗ったところだった。

「さあ、出発しようか」

「ちょっとあんた! そんなの着てったらだめだよ! それ防水布だろう?」

「日除けもできて雨も防げますよ」

「砂漠じゃ熱でゴムが溶けて髪の毛がベタベタになって切るしかなくなっちまうよ、あんたの分も借りてきてあるからマントにしな」

 髪の毛が溶けたゴムでべとべとになってしまい丸刈りになる想像をして女将さんとフード付きマントとポンチョを交換した。

 カバンに仕舞っても熱でゴムが溶けるかもしれないから持って歩けないらしい。

 せっかく作ったのに残念だ。

 

 2mを超える高さにある荷台に荷物を放り投げて手綱をロペスに任せて砂漠へと向かった。

 盗賊や魔獣なんかに遭遇した場合、安全なところまでまっすぐ走って待機しているから方角を覚えておいて安全になったら迎えにいってあげる必要があるが、それでも迎えに来ない場合は勝手に帰ってくるから気にしなくていいそうだ。

 ターク(らくだ)のジョアンナは思ったより頭がいいらしい。

 

「じゃあ、女将! 世話になった!」

「お世話になりました。これ使ってください。魔力を込めるとほんのり光るので松明を持って歩かなくても良くなります」

 残りの報酬とラクダのレンタル料に私が掘った(イ・ヘロ)の魔石を渡して握手をすると、女将さんは1人ずつ抱きしめてまたおいで、と言って見送ってくれた。

 

 ロペスに手綱を惹かれたジョアンナを先頭に砂漠に向かって歩き始める。

「ちょっと布厚過ぎない? 砂漠なんでしょ?」

 イレーネがジョアンナと一緒に借りた厚手の布で作られたフード付きマントに文句を言っていた。

「夜にキャンプするならこのくらいだと心許ないね」

「何を言ってるんだ。夜は歩くんだ、聞いてなかったか。昼はらくだの幌を伸ばして屋根にして休む、夜は歩く。な? カオル」

「え? ごめん。私も聞いてこなかった」

「まあ、そういうことだ。これから夜通し歩いて日が昇り始めたらキャンプだ。体力が余ってたら休憩してから炎天下歩いてもいいそうだぞ」

「きゅ、休憩は大事だよ」

「そうそう」

 ロペスの嫌味をサラリと流し、砂漠の入り口に立った。

 

 乾燥地帯の砂漠の手前で雑草が点々と生えているのにたいして、線を引いたように草花が全く生えなくなる場所、そこが砂漠の始まりらしい。

 

 硬い地面に蹄が刺さる音をさせてジョアンナが行く。

 夕方でも少し汗ばむくらいの気温だが、湿度が異常に低いためにかいたそばから乾いていき、気化熱により籠もった熱が逃げていくので思ったより辛くはない。

 

 少し風が出ているので砂が舞い、袖で口を覆って言葉少なに夕暮れ時の砂漠を進む。

 橙色の夕日が沈み、紫色から藍色に移り変わり日が落ちる。

 日が落ちた直後は思ったより気温が下がらず、なんだこんなもんかと言い合いながらマントの前を開けてあるくといつのまにか気温も下がり肌寒くなってきた。

 

 星のあかりだけを頼りに進んでいくと、硬い砂の地面がだんだんとサラサラとした足が取られるような砂地になった。

(イ・ヘロ)! 目が慣れてきたからそのままにしてたけどやっぱり灯りがないと歩き辛いね」

 そう言って(イ・ヘロ)の灯りで足元を照らしたイレーネに習ってみんなで(イ・ヘロ)で足元を照らした。




投稿するの忘れてました


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灼熱の砂漠の料理

 おそらく今は真夜中くらいだろう。

 時計も月も無いので星くらいしか時間が解るものがないのだけど、私達のだれも星が読める人がいない。

 歩くのに夢中になっていたけど、思い出したらなんだかお腹が空いてきた。

 

「そろそろ1回休憩しない?」

「そうだな、止まれ(パー)

 ターク(らくだ)用の言葉らしい。

 言葉に従ってジョアンナが座り込み休憩に入ったので荷台から桶を取り出し水を出してやった。

 ジョアンナは桶に顔を突っ込みガブガブと音を立てて水を飲んでいたので相当のどが渇いていたのだろう、すまないことをした。

 

 夜ご飯はいつもの通りパンと干し肉と塩をひとつまみ入れた塩水。

 パンが固くないだけありがたい。

 食後の休憩でイレーネがジョアンナジョアンナ言いながら撫で回しリフレッシュした頃出発する。

 

行くぞ(ンバー)

 ロペスが声をかけるとジョアンナはイレーネの顔に鼻先をこすりつけてから立ち上がった。

「ねえ、ロペス。あたしもジョアンナの御者やりたいんだけど」

「いいが、別に面白いもんなんてないぞ」

 そう言って手綱を渡して動かし方とターク(らくだ)用の言葉を教えた。

 

「おまたせジョアンナ! 行くよ(ンバー)

 イレーネがジョアンナと足を取られながら真っ暗な砂漠を進む。

 平坦な荒野のような砂漠から風が拭き上げて丘の様になった砂漠を歩き数分、おっとかあれれとかいいながら操り人形の様に足を取られてはカクカクするイレーネを見かねたのかジョアンナがイレーネの襟をくわえて持ち上げると、自分の首の根元に置いた。

「ありがとう」

 イレーネが首筋を撫でながら礼をいうと、ジョアンナはうれしそうにボエーと可愛くなく鳴いた。

「動いてないと寒い」

 と呟いたイレーネが熱風(アレ・カエンテ)を使い、マントの中でジョアンナの首とイレーネを温め始めるとジョアンナは気持ちよさそうに目を細めたりしながら、首を仰け反らせてイレーネに鼻先をこすりつけてイレーネを鼻水まみれにした。

 やめてよーなんていいながら楽しそうだったのでちょっとうらやましい。

 

 身体強化をかけて1晩中歩きとおしてはるか遠くの空が明るくなり始めるとそよ風が拭き始める。

 目覚めた風は大地を砂を巻き上げ丘を作り、死の大地をより過酷なものにしていく。

 

「やっと夜明けだ……」

 ルディが白い息をほっと吐いた。

 地平線から太陽が顔を出し、凍えるような大気は陽の光を浴びて厳しさを和らげていく。

「暑くなる前にテントを張ってしまおう、止まれ(パー)

 ジョアンナを座らせるとイレーネは首から降りて甲斐甲斐しくジョアンナに水をやった。

 

 荷台から布の塊を引っ張り出したかと思うと、バッと広げてジョアンナの荷台の屋根と結び、火かき棒の様な長さジグザグした変な形のペグを打った。

「カオルとルディでこれを敷いてくれ」

 ペグを打ちながら、砂上に転がした巻いた布の棒を指し示した。

 どれどれ、とルディと広げてみると薄手の絨毯が丸めてあったのでロペスが張った厚手の布の屋根の下に伸ばすと中で休めるようになった。

 移動式で省スペースなテントなのだが、テントの躯体になっているジョアンナは放っておいて大丈夫なのかと思っていると、今度はイレーネとロペスがジョアンナの荷台の屋根部分から布を引っ張りだして、ジョアンナの頭にかける。

 ジョアンナは安心したように首を丸めて休み始めた。

 

 女将さんが水が使えるならパン以外がいい、ということで持たされた乾燥パスタを茹でようと思ったが地霊操作(テリーア・オープ)でかまどを作ろうとすると盛り上がった砂の山がサラサラと崩れてしまって形が維持できなかった。

地霊操作(テリーア・オープ)が使えないんだけどどうしたらいいか知ってるー?」

炎の矢(フェゴ・エクハ)を砂地に叩き込んでから砂の上に鍋を乗せるんだ」

 そんな無茶苦茶な、と思いつつ言われた通りに熱量を上げた炎の矢(フェゴ・エクハ)を砂に打ち込んでみる。

 赤熱する砂の上に鍋を置きしばらくすると鍋に張った水がぐつぐつと沸騰し始める。

  

 ショートパスタと乾燥野菜を適当に掴んで放り込み場所を変えて炎の矢(フェゴ・エクハ)で火力を調整しながらパスタを茹であげる。

 お湯を捨て少し残ったお湯にチーズと塩で味を調整して完成させた。

 

 木の皿に適当に盛り、木のスプーンを添えてイレーネたちに渡した。

「見た目と違っておいしい!」

「いけるな、これなんて料理だ?」

「乾燥野菜とチーズのショートパスタ、砂粒を添えて」

「じゃりじゃりするけどこれが味わいだとは思わなかった」

 

 朝ごはんをお褒めに預かったところで4人でテントの中に入って仮眠を取る。

 木の食器は砂に突き刺し、汚れを砂と一緒に落としてから(アグーラ)で砂を流して適当な布で拭いてジョアンナの荷台にしまう。

 水がない場合は布で拭うだけなんだそうで、(アグーラ)があってよかったと改めて思った。

 

 

 砂漠は湿度が低いから日差しを良ければ暑くないよ、といったのはだれだったか。

 確かに湿度が高い炎天下よりは暑くはないがどちらにしても熱風が吹き、熱せられた布が反対側に熱を伝えてくるのでじわじわと暑い。

 救いは暑くなる前にテントと絨毯を敷いておけたので下から熱が上がってくるということがないということだ。

 

 テントの入り口に氷塊(ヒェロマーサ)でも置いておいたら涼しくなるかな、溶けてべちゃべちゃになっちゃうかな。

 そんなことを考えていたらいつのまにか眠りについてしまっていた。

 

 起きたのはだいぶ経ってから。

 全身汗だくで目が覚め、這い出るようにしてテントから出るとテントの外の照りつける太陽はこれまで味わったことのないほど強く照りつけ、肌をジリジリと焼き、疲労感を押し付けてくる。

 

 フードを被って(アグーラ)を飲み、凍える風(グリエール・カエンテ)で体を冷やした。

 太陽は真上にいてまだまだこの暑さを許してくれる気がないことだけはわかった。



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昼の砂漠と凍える風

 思わず出てきてしまったが出ずにいたほうがよかったか、と改めて思い直しテントに潜り込み凍える風(グリエール・カエンテ)でテントの中を冷やしながら改めて寝ようとした。

 

 心地よい冷風を浴びながら意識が遠ざかり始めると凍える風(グリエール・カエンテ)が弱まり外からむわっとした熱気が吹き込んでくる。

 それで目が覚め凍える風(グリエール・カエンテ)を強め、という繰り返しで中々根付くことができなかった。

 

 そんなことを繰り返しながらなんとか寝ることができ、目が覚めた時にはテントの中に涼しい風が吹き、寝苦しさを感じることがなく起きることができた。

「これずっとやってるの意外ときついね」

 早く起きたらしいルディが凍える風(グリエール・カエンテ)でテント内を冷やしてくれていたのだ。

「なんでまた」

「カオルが寝ながら凍える風(グリエール・カエンテ)使ってるのみていい考えだと思ってやってみたんだけどね。寝ながらなんて無理だったよ」

「そうなんだ、気持ちよく寝れたよ」

 ありがとう、というと練習のついでだから。と言ってそっぽを向いて照れていた。

 

 照れ屋め、と思いながら周りを見渡すとロペスはいるのだけどイレーネがいなかった。

 イレーネは?と聞くと外だよ、とのことで表に出てみると、傾きかけていた太陽のすべての生き物を焼き殺そうとする日光は煮殺す程度に和らいでいた。

 

 イレーネの姿が見つからずギラギラと照りつける太陽に手で日陰を作って見回してみるが見つからない。

 辺りを歩き回るにしても見える範囲は不毛の地。

 捜索範囲を2mくらい広げてみてもやはりおらず、これは砂に飲み込まれたか! と自分に冗談を言った所であと1箇所、見ていないところを思い出してジョアンナの頭の布をぴら、とめくってみるとジョアンナに抱きついて凍える風(グリエール・カエンテ)を出したまま寝ているイレーネを見つけた。

 

「器用だな」

 イレーネを見なかったことにして布を掛け直すと、テントの入り口に座っておやつに、と持ってきた白パンをかじって小腹を満たす。

 柔らかかった白パンは乾燥した空気と熱でカッチカチのパッサパサになっていて、もっと早く食べていればと思わずにいられなかった。

「おれももらっていいかな」

 ルディがいうのでしょうがないな、というふりをして半分にちぎったパンを放り投げた。

「乾いてて硬い」

「まさかたった1日でこんなになっちゃうだなんてな、がっかりよ、もう」

 干し肉を取り出してナイフで半分にしてルディに放り投げ、自分の分の干し肉に水分を与える。

 ロペスとイレーネが起きるのを待って夕飯の準備をする。

 今日もショートパスタ。

 積載量に限界がある個人の旅なのでせいぜい根菜と乾燥野菜くらいしかもってこれなかったので具もほぼ前と同じ。

 

 鍋に水を張って乾燥野菜のタタンプという紫色の毒々しいトマトの様なものとじゃがいもを1口サイズに切って茹でてからパスタを放り込む。

 紫色のねっとりというよりねっちょりとしたソースが絡んだパスタはいつみてもグロテスクで食欲をそそる色はしていないのだけど、ここで育った彼らにはやはり食欲をそそる色らしい。

 

 テントの中で日差しを避けながらパスタを食べ、日が落ちるのを待ってからキャンプを片付けて移動を開始する。

  

 イレーネは手綱を杖代わりに半ばぶら下がるようにしながら歩き辛い砂地でリハビリをしながら歩き、疲れたらジョアンナの背に乗り居眠りしつつ行く。

 ジョアンナはイレーネにまかせておけるので身体強化をかけてジョアンナを中心に少し広めに広がって異変はないか警戒しながら歩いた。

  

 真っ暗であるき辛いので足元を照らすのだけど、砂漠では少しの光でも遠くから見えてしまうので(フェゴ)(イ・ヘロ)を同時に使用して(フェゴ)の明るさで照らしているように偽装する。

 遠くから見れば(フェゴ)か松明か区別はつかない。

 

 広大な砂漠を僅かな灯りで歩く幻想的な光景と、あまりの寒さで耳と鼻が取れそうになる異国情緒を味わっていると脚長でスリムな2本足で歩くターク(らくだ)に乗った男が3人、松明を持ってこちらにやってくるのが見えた。

「おにいさんたち、水が余ってたらわけてくれないか」

 フードを外して水を分けてくれという男は浅黒く、口ひげが立派な男だった。

 

「その割になんだか元気そうだが?」

 ロペスが剣に手をかけながら対応する。

「そんなに警戒しないでくれ、確かにまだ元気だが水が尽きたままじゃボーデュレアにもバドーリャにもいけやしないんだ、できるなら目的地が一緒なら途中まででいいから同行させてくれないか」

 ロペスは私達と目線を合わせて頷くといいだろう、と言って話しかけてきた男に革袋に入った水を1袋投げて渡した。

  

「水ももらえる上に魔法の光もあるパーティに同行できるとはありがたい」

 3人の男達は脚長でスリムなターク(らくだ)から降りると残りの2人もフードを外し、交代で水を飲み改めてロペスに礼を言った。

「私はリノ、こっちがエッジオ、そっちがピエールフだ。砂の上だから挨拶は簡易でゆるしてほしい」

 リノはそういうと右手を頭の上でぐるぐる回してから前屈を2回繰り返すと、続いてエッジオとピエールフが真似をする。

 奇妙な儀式が始まりそうな様だった。

 エッジオもピエールフもリノと同じく浅黒く、ひげを蓄えている辺り大人の男はひげを生やすという文化なのだろうか。 

 

「おれはロペス、こっちがルディでそっちの女性がカオル、らくだに乗ってるのがイレーネだ」

 ルディとイレーネが軽く手を上げたので、向こうのマネしなくていいのか、と思いつつ軽く手を上げた。

 

「イレーネ嬢はタークと相性がいいようだな、どうだい?こっちの長脚種(グランターク)に乗ってみないか?」

 挨拶もそうそうにイレーネにちょっかいだそうとしているのかしきりに自分のタークに乗ってみないか誘ってくる。

 

「あたしはこの子で十分、カオルを誘ってあげて頂戴」

 イレーネがジョアンナの首に抱きついて断る。

 私を出汁にするのは止めてもらいたい。

 イレーネに断られたリノをみたエッジオが嬉しそうに私のところに長脚種(グランターク)を連れてきて声をかけてきた。

「君はカオルだったね、どうだい? 一緒に乗ってみないか?」

「まあ、いいけど」

「君がいればもう松明もいらないか。降りる時に火を分けてくれな」

 私の頭の上で輝く(フェゴ)(イ・ヘロ)を見て砂に松明を突き刺し消火した。

 火が消えた松明を長脚種(グランターク)の鞍に吊るし、私の足を鐙にかけさせると一気に持ち上げ長脚種(グランターク)に乗せてくれた。

 別に補助してくれなくても身体強化があるのでジャンプして乗ったっていいんだけど。

 と心の中でつぶやいた。



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いつの世も自分の子が1番

「どうだい? この長脚種(グランターク)は? 大きくて乗り心地がいいだろう? 剛力な竜(ポデラゴ)っていうんだ、名前を呼んで撫でてやると喜ぶから撫でてくれよな」

 剛力な竜(ポデラゴ)剛力な竜(ポデラゴ)ーと呼びながら体をぽんぽんと叩くと剛力な竜(ポデラゴ)がグエーと鳴いた。

 確かに左右にも上下にも大きくゆれず私を運んでくれる。

 ふさふさの体を撫でてみると思ったより毛が硬くて撫で心地は良くなかった。

 

 私が撫でるとなにか気に入らなかったか、ちょっと不快そうに体を揺らした。

 無視していいのかわからなくてエッジオの顔をみると、剛力な竜(ポデラゴ)が低い声で鳴き、エッジオの背中に頭をグリグリと押し付けた。

 

「乗せたばっかりなのにすまないな、剛力な竜(ポデラゴ)がごきげん斜めみたいだ」

 エッジオの手を借りて降りると剛力な竜(ポデラゴ)は頭をブルブルと振って足を踏み鳴らし私の背中に頭を押し付けた。

「うええっ? えっ? (いた)た。どうしたらいいの?」

 剛力な竜(ポデラゴ)にグリグリと押されて困惑していると

「ははは、乗せるのは嫌だけど撫でてはほしいらしい。すまないが少し撫でてくれないか」

 嬉しそうに剛力な竜(ポデラゴ)の手綱を引いて笑った。

 乗せたくないくせに撫でてはほしいなんてなんてわがままなやつだ、と歩きながらゴワゴワした硬い毛を撫でた。

 

 ギィギィと甘えた声? を上げて喜ぶ? 剛力な竜(ポデラゴ)をワサワサと雑に撫でながらルディを見てみると、ピエールフに肩を抱かれて困り果ててるルディが視界に入った。

「あいつはそういうんじゃないから安心してくれ」

 ピエールフを見てエッジオが『そういうのじゃない』とフォローをしていたが、別にそういうのでもそういうのじゃなくても私には関係がないのだけど。

 

ターク(らくだ)は荷を守るが長脚種(グランターク)は荷物は運べないが人を乗せるんだ」

「何が違うの?」

ターク(らくだ)は危険が迫ると荷を守るために逃げ出すようにしつけられてるだろう? 長脚種(グランターク)は人と一緒に逃げられるまでついててくれるんだ、かわいいだろう?」

 はあ、と相づちを打つとわかってないなという顔をして

「あと、例えば人を乗せると揺らさないように走ってくれるんだ、すごいだろう?」

「優しいですね」

「そうなんだ! わかるだろうこの瞳! 馬のほうが荷は運べるし人も乗れるなんていうやつがいるが人が入る所全てについてこれるのはターク(らくだ)達だけなんだよな、カオルちゃんわかっててくれてぼかぁ嬉しいねえ」

 そんな深いことを言ったつもりはなかったがエッジオはひどく気に入ったらしくその後も剛力な竜(ポデラゴ)のいいところをひとしきり語った後、リノのピエールフの長脚種(グランターク)についても語り出した。

 リノの長脚種(グランターク)は熱き砂漠の風という意味のサーリーオという名前でピエールフの方は

 誇り高き竜という意味のプーダレッゴという名前らしい。

「ここだけの話だが、彼らの長脚種(グランターク)も中々だが、僕の長脚種(グランターク)が一番速くて優しいのさ」

 きっとリノとピエールフもロペスとルディにそういう言ってるんだろうな。

 

「で、こんな少人数で砂漠を越えようっていうのはどんな事情なのかな?」

 踏み込んだことを聞いてもいいくらい仲良くなったと思ったのかなんなのか。

「ファラスは今大変なことになっててね、税金も高くなっちゃったし、ロペスとルディは腕に覚えがあるからそっちで稼ごうってことになってさ、私とイレーネも一緒にどう? ってね。こんなに砂漠越えるのが大変だとは思わなかったよ」

 そう言って苦笑いしてみせた。

 きっとあっちでもそんな雰囲気の話しをしているだろう。そう思ってロペスを見るとリノの熱き砂漠の風(サーリーオ)に乗ったまま寝ていて、ピエールフはルディに誇り高き竜(プーダレッゴ)の手綱を任せて寝ていた。

「ああ、あれは昼に見張りをするために長脚種(グランターク)で寝ておくんだ、長脚種(グランターク)の最大の欠点は上で寝づらいってことだね。まあ、それも背もたれを少し倒して寝ればそれなりに寝やすいもんさ」

 

 話に付き合って歩いていたら気がつくと空も白み始め、これからまたあの灼熱地獄の中で1日過ごすのかと思うと気が滅入ってくる。

 日が昇り始めた所でキャンプの用意をする。

  

 どうせもうしばらくすると暑くて体も温まってしまうのだけれど、やっと緩み始めた今の時間なら温かいものも美味しく食べられるだろう。

 リノたちから食材を集めて乾燥野菜と干し肉のスープにショートパスタを突っ込んだものを出した。

 食材に限りがあるのでバリエーションもだんだんと寂しくなってくる。

「砂漠でパスタ……」

 エッジオは私の手からスープ皿を受け取ると変なものを見るような目で私を見てつぶやいた。

「そういえば水どうしてた?」

「ロペスがいるからね、水はいくらでも使えるのさ」

 

 冷えた体に出汁の薄い塩味のスープが暖かく染み渡る。

「美味いじゃないか!」

 リノとエッジオが感激して声を上げる。

「普段どんなのを食べてるんですか」

「砂漠だと干し肉だけだな」

「僕らはだれも料理できないし、砂漠じゃ水使えないから料理は基本的にできないからね」

 水の話はごまかしてるのに水の話はやぶ蛇だった。

「鍋1つ分水出せるってすげえよな、砂漠だとオアシスが歩いてるようなもんだもんな」

 ピエールフさんに器を渡すと、爽やかに器を受け取り、苦笑いと緊張した面持ちのルディと一緒に食事を取っていた。

 

 私はこっそりとエッジオに耳打ちする。

「ピエールフさんはそういうのじゃないんじゃなかったっていう話でしたが」

「おかしいな、今までそんな素振りを見せたことがないのに」

「エッジオさんとリノさんは体大きくて髭で黒いですからね、小さくて髭のない白いのが好みだったのかもしれませんね」

「そんなことよりエッジオと呼んでくれよ、さんなんて他人行儀な。もうカオルちゃんと僕の仲だろう?」

「そんな仲はしりませんよ。ロペスがジョアンナにテントを張ってくれたのでまた」

 水の入った革袋と空の水袋を交換して、エッジオを追いやった。

 テントの中に入ると大きく肩を落としてため息をついているルディがいた。

「イレーネはまたジョアンナの所?」

「いや、日傘を借りてロペスとピエールフと一緒に昼の見張りをするみたい」

 ロペスやリノと話をしたり寝たりしながら1晩過ごしたのでまあまあ、元気があまっているらしい。

「そう」

 ルディもそんなに固くならずに突っぱねたらいいのに、と思いながらごろり、と横になった。

 腕を枕にしてルディに背を向け、寝るまでの間、涼みながら寝るために凍える風(グリエール・カエンテ)を使う。

 



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砂漠を生きる生き物を見る

「ねえ、カオル」

 ルディの背中越しに外にもれないように気をつけた小声。

「なに?」

「ピエールフさんのことどうおもう?」

「いつもはあんなんじゃないってエッジオさんが言ってたね」

「やっぱりそうなんだ」

「なに? 脈アリ?」

「ないよ!」

「じゃあ、突っぱねたらいいじゃない」

「まだ告白されたわけでもないのにどう断っていいかわからなくて」

「あーまだそこまで行ってないもんね」

「その割にすごい距離近くてどうしたらいいか」

「あーわかるけど私もどうしたらいいかわかんないね」

「だよね……」

「あ、昼間移動したら暑いからくっつくなって言えるかもね」

「命の危険を冒してまでやることじゃないよ」

「死ぬほど嫌なわけじゃないんだね」

 ルディが言葉に詰まったのを感じて思わず笑ってしまい、そのまま寝ることにした。

 

 夕方、汗びっしょりで目が覚めるとルディはまだ寝ているようだった。

 首を伝う汗を拭って体に溜まった熱を吐き出すように深くため息をつく。

 

「寝てる間に干からびてしまいそうだ……」

 (アグーラ)を口の前に持ってきて吸い込むと体中が潤い生き返った感じがする。

 フードを被って凍える風(グリエール・カエンテ)で火照った体を冷やしながらテントから出る。

 日が傾きかけた灼熱の大地でロペスとイレーネとピエールフにエッジオの4人でバレーの様な遊びをしていた。

 この暑いのに何してんだ、と見ていると私が起きてきたことに気づいたエッジオが駆け寄ってくる。

 

「おはようカオル。カオルの髪は光が当たると白く綺麗に輝くね、まるで水の女神が」

「そうかい、おはよう」

 喋っている途中だったが、長くなりそうだし興味がなかったので中断した。

「で、あれは何をしてるの?」

「あれは旅に出た召喚者が言い伝えたという砂の上で行うスポーツなんだ。バドーリャの先にあるアレブレムという海の街の砂浜をみた召喚者が砂浜の上ではこれをやるものだと伝えたものらしいよ」

 やっぱり召喚者絡みだったか。

「やったことがないだろうから、興味があるなら僕が優しく教えてあげようか」

「暑いから嫌です」

 

 身体強化をかけすぎたか、イレーネの打ち上げたボールは見当違いの方向へ飛んでいき、砂の上にぽすっとバウンドせずに落ちた。

 取りに行こうとするイレーネに手で合図してロペスが走り出した瞬間、ボールの下の地面が盛り上がり地面の下から巨大な柱が立ち上がったかに見え、ラグビーボールの様な楕円の先端が開き、ボールを飲み込んで砂の中に飛び込んだ。

 

 黒い頭に黄土色の体、蛇のようにも見えるが、砂を蹴るためか後ろ足だけ体から生えていて、

 まるで砂の上でクジラのジャンプを見ているような非現実的な様を目の当たりにして思わず思考停止してしまった。

 

「砂獣だ! 音を立てるな」

 エッジオは私にそういうと、剛力な竜(ポデラゴ)を呼んだ。

「乗って!」

「私よりイレーネとジョアンナを」

 頷いたエッジオは音もなく駆け出すとイレーネを後ろから抱き上げて剛力な竜(ポデラゴ)に乗せ、ジョアンナを連れて逃げ出した。

  

 砂獣と呼ばれたクジラの様な生き物はエッジオを追って地面を進み始めたが速度は剛力な竜(ポデラゴ)ほどではない様なので、おそらくエッジオとイレーネは無事だろう。

「逃げるぞ!ルディとリノを起こせ!キャンプを片付けろ!」

 慌ててルディを起こし、ロペスとキャンプを片付けると、エッジオの逃げていった方に追っていくか待つか、リノ達はどうするのだろう。

 

 ピエールフは誇り高き竜(プーダレッゴ)にまたがると共に駆け出し、叫んだ。

「リノはジョアンナと彼らを頼む、おれはエッジオと合流して追いかける! ルディ! 無事でな!」

「分かった!」

 リノは熱き砂漠の風(サーリーオ)とジョアンナを紐でつなぐと歩き出した。

「さあ、砂獣が戻ってくる前に行こうか」

 

ターク(らくだ)長脚種(グランターク)一財産(ひとざいさん)だからね、砂獣が出た時は優先して逃がすんだ。場合によってはおれだけが逃げることになることもあるから済まないがわかってほしい」

「その時はターク(らくだ)を返しておいてください」

「荷物は1ヶ月だけ預かっててくださいね、生きてるかもしれませんから!」

「なんでもいいですけど、ピエールフさんを止めてください」

 だれかの心の叫びが聞こえたが聞かなかったことにした。

 

 まだまだ日が落ちきっていない中歩き始めたので少しの時間で汗が滴ってくる。

 夕方とは言え日が落ちて気温が下がるには体感で2時間くらいはありそうな気がする。

 砂の上を吹く熱く乾いた風が服が湿った瞬間に水分を奪っていき、直後にまた汗をかく。

 汗を拭おうと顔を触ってみると塩の結晶のざり、とした感触がした。

 

「どうした、熱き砂漠の風(サーリーオ)。落ち着かないか?」

 落ち着かない様子で辺りをキョロキョロ見回している熱き砂漠の風(サーリーオ)の首筋を撫でてなだめているが効果はないらしい。

 そうこうしているうちに大人しかったジョアンナにも伝染し、熱き砂漠の風(サーリーオ)とジョアンナを繋いだ革紐が邪魔になりそうだった。

「まさか他のに見つかったのか。ロペス! ジョアンナと繋いだ紐をはずしてジョアンナを逃がせ!」

「ルディ、ジョアンナを頼む!」

 ジョアンナの紐を切ったロペスはルディにまかせて送り出した。

「ロペス!カオルちゃん!すまないが熱き砂漠の風(サーリーオ)を逃がしたい!安全に音をだすことはできるか」

「まかせろ!」

 ロペスが胸を張って言った。

 

熱き砂漠の風(サーリーオ)! ジョアンナと先に行っててくれ!」

 リノがそう言って熱き砂漠の風(サーリーオ)の尻を叩くと熱き砂漠の風(サーリーオ)はその場に座り込んで動かなくなってしまった。

「おれのことなら大丈夫だから先に逃げててくれ! な!」

 リノが熱き砂漠の風(サーリーオ)の手綱を引っ張っても頑として動かなくなってしまった。

「リノ! おれたちなら大丈夫だ! な? カオル」

「ああ、そうだな」



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砂漠を生きる生き物の驚異

氷の矢(ヒェロ・エクハ)!」

 ロペスと同時に氷の矢(ヒェロ・エクハ)を唱えた。

 使った魔力の割に弱くて少ない氷の矢(ヒェロ・エクハ)を2人であちこちにばらまいて砂地に突き刺した。

 その中の1本に砂獣が食いついて砂の中からジャンプをして砂煙をあげる。

 

「実は私も魔法使いだったんだ。さあ、急いで!」

 そう言って笑ってみせた。

「ああ! ああ! すまない! 恩に着る!」

 砂獣が近くまで迫ったリノは顔色を失くし、大急ぎで熱き砂漠の風(サーリーオ)に飛び乗るとジョアンナを追って全力で走り始めた。

 

 あちこちに氷の矢(ヒェロ・エクハ)をばらまいて、着弾に反応してあちこちに移動しながら砂地に刺さった氷を飲み込んでは砂に潜った。

 時間稼ぎはできそうだがこのままでは延々と音を立てていなくてはいけなくなる。

  

「さて、どうするか」

 ロペスが小声で囁く。

 私もそれに答えて参ったね、と囁いた。

 

 十数分氷の矢(ヒェロ・エクハ)を打ち込んで飛び出した横っ腹を叩こうと繰り返し、何十回目かの空振りの後、巨体は砂に潜り込むことなく砂の上に打ち上がった。

 疲れたか諦めたのかと思ったがそうではないらしく、探るように頭を振ると私とロペスの方に向き直り砂に飛び込んだ。

 砂埃を上げながらこっちに向かって突っ込んで来る。

 泳ぎ始めは表面に姿を見せていたが深く潜るとどこを泳いでいるのかわからなくなった。

 

 真下から来る。

 氷の矢(ヒェロ・エクハ)をばらまきながら逃げよう。

 そう思って身体強化をかけてその場から飛び退いた。

 踏み込んだ砂が力を逃したせいで思い切り滑ってバランスを崩して転んでしまう。

 地面と近くなったからか身体強化で聴覚が鋭くなったのか、砂の下から砂獣が移動する低い音と振動が伝わってきた。

 

 このままでは襲われてしまう! 足元から飲み込まれる姿を想像してなんとかしなくては、と立ち上がって逃げ出そうとしたが砂の柔らかさと身体強化のせいで手で砂を掻き、足で蹴っても砂が飛び散るだけで立ち上がることができず、焦りのせいでますます頭に血が登ってくる。

 

「ヒヒヒ氷塊(ヒェロマーサ)!」

 頼むから追っていってくれよ! と人の頭より大きいくらいの塊を出して放り投げた。

 大きな丸い氷の塊はゴロゴロとどこかに転がって行った。

 

 地響きはドンドン大きくなり砂の上で格好悪くもぞもぞと逃げ出そうともがく。

 下から砂が持ち上げられる感触が伝わってきていよいよもうだめか、と覚悟すると焦って追い詰められた心が落ち着いてきた。

「カオル! 手を伸ばせ!」

 ロペスがこっちに向かって引っ張ろうとしてくれるのが見えた。

 きっと引っ張った勢いで2人で転んでしまうに違いない。

 

 なにも2人で犠牲になる必要はない、飛び出した所を私と一緒に攻撃して倒してくれればいい。

 そう思って頭を振って詠唱を始めた。

「破壊と再生を司る大神(たいしん)よ! 誉れ高い我が神よ!」

 

 私が差し出した手を無視して破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)の詠唱を始めたことにぎょっとしたロペスの顔が面白くて思わず笑ってしまった。

 

「宇宙の真理たる御身より出ずる力を我に貸し給え!」

 ぐぐっと私の体が持ち上がり、いよいよかと思ったがまだ詠唱が終わってない!

 

 私の体を持ち上げた砂の塊は急に進路を変え、私が放り投げた氷塊(ヒェロマーサ)に向かって飛びかかり、大きな顎で噛み砕き、悲鳴を上げて逃げ出した。

 

「吠え猛るおん……助かった?」

 いつのまにか日が落ちて冷えてきたからか、はたまた恐怖からか体が震え始め、まるで溺れた様に息ができなくなった。

 大丈夫、落ち着け、落ち着け。もう大丈夫だ。

 自分に言い聞かせながら体を擦る。

 

「おい! おい! 大丈夫か!」

 砂に足を取られながらロペスがやってきて私の肩を揺らした。

 呼吸に一生懸命で揺らされることに対応できずにいると覆いかぶさるように抱きしめられ

「大丈夫だ、もう大丈夫だ」

 そう声をかけられ、暫くの間必死に肺を膨らませ、完全に日が落ちて真っ暗になった頃やっと落ち着きを取り戻した。

 

「ありがとう、落ち着いたよ」

 私に抱きつくロペスをひっぺがしてお礼を言った。

「手のばしても断るし、もうだめかと思った……。いや、それよりとっさとは言えこの距離で破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)を使うのはどうなんだ。道連れになるところだった」

「確かにそうだな。やっぱり気が動転してたよ」

「すっかり夜になってしまったな、(イ・ヘロ)でリノ達を呼び戻そう」

 直接見ると目が眩む様な明るさの光を打ち上げる。荷物も預けてしまったので(アグーラ)くらいしか口にできるものがなく、しょうがないので(アグーラ)を飲みながら座り込んでだれかが来てくれるのを待った。

 

「死ぬかもっていう時に手を伸ばしたらちゃんと掴めよ、笑って死のうとするんじゃあない」

「お? 私、笑ってた?」

「笑ってたよ。破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)の詠唱した時」

「あ? あぁ、詠唱始めたのにぎょっとした顔が面白くてつい」

「ついじゃないぞまったく。心配して損した」

「いやー私ももうだめだと思ったさ、心配させたね。死なばもろともって思ったら思い出せる魔法あれしかなくてよく考えたら使ってたら大変なことになってたね」

 私がわっはっはと笑うと笑い事じゃない! と叫ぶロペスも笑っていた。

 無事に切り抜けられてよかった。

 

「だが、もういよいよだめな時でも諦めてくれるな」

「思い出せたら必死で切り抜けるよ」

 砂まみれで転がり、光を見つけた彼らが帰ってくるのをまった。

 体力が減ったわけでもないし、魔力をものすごく使ったわけでもないけどすごく疲れた。

 まだ起きてそんなに時間経ってないけど今日はもう眠りたい。

 

 しばらくすると(イ・ヘロ)の灯りを頼りにリノやエッジオ達が戻ってきた。

「ほんとに遠くからでも見えるもんだな!」

「怪我はないか」

 ルディが関心した様に言い、リノは怪我の心配をしてくれた。

「カオルは死にかけたが結果的に傷一つない」

「またなんか変なことしたんでしょ!」

「身体強化したままジャンプしようとしたら砂に足を取られて転んだだけだよ」

「身体強化?」

 エッジオが驚いて会話に入ってきた。

「ごめんね、実は私も魔法使えるんだ」

 そう言って魔力を込めて火を出してみせた。

「無詠唱!」

 エッジオが驚きのあまり叫んだ。



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砂漠を生きる生き物の倒し方

「こんなに可憐なのに魔法まで使えるなんて!」

 感激したエッジオが瞳を輝かせて私の手を取ろうとその魔手を伸ばしてくる。

 その手をひょいとかわしてエッジオを無視してリノとピエールフに聞いた。

「と、いうことで逃げていったのですが、どういうことでしょうかね?」

「氷の塊が落ちた所に飛び退いたと思ったんだろうな、あとはカオルがいう通り氷を食べて体温が下がるのを嫌がったんだと思う。あいつらは夜になると冷気で体が動かなくなるから巣に帰って朝を待つんだ」

「ははあ、やっぱり変温動物なんですね」

「地中を潜るためか目がないが歩いている足音を聞くために耳が良くて、どこからでもやってくる。たまに地上に顔を出して周りに生き物がいないか探すことがあるらしく、鼻はそれなりにいい」

「砂を泳いで地中から襲いかかる習性から砂鮫(アル・ベレオ)と呼ばれてるやつだね」

「倒すには破壊の魔石を買ってきて口の中に放り込んで爆発させるんだ」

「あいにく使い切ってしまって1個もないけどね」

「早く移動しないと夜明けにはここに戻ってきちまうぞ」

 エッジオとピエールフが教えてくれるのを聞いてどう戦ったらいいか考えていると、リオが移動の準備をしながら言うと、皆はっとして移動を開始した。

 

「怪我はなかった?」

 ジョアンナはリノに繋いで引っ張ってもらっているので徒歩移動になったイレーネと一緒に砂漠を進む。

「柔らかい砂地だからね、下から持ち上げられてちょっと転がっただけだよ」

「そう、ならいいけど、それより気になってるんだけど」

 声を潜めて私に耳打ちする。

「ルディとピエールフさんどうなってるの」

「ピエールフさんはルディに夢中なんだけどルディにはその気がないんだってさ、でも脈がないわけじゃなさそうだと見てる」

「あんなに周りが見えなくなってるピエールフは珍しいんだ、今までいい相手がいなかっただけだったんだな」

 エッジオがルディに絡むピエールフを暖かく見守りながら教えてくれた。

  

 ピエールフが剣を自慢し、ルディは湾曲した刃(シミター)を物珍しく観察しはじめ、まんまとピエールフの罠にハマっていく。

 砂に足を取られることなく踊るようにステップを踏み、(イ・ヘロ)が踊るように閃く刃に反射してつい見とれてしまうほどの腕前だった。

「ピエールフさんってもしかしてものすごく強くないですかね?」

「わかってるね、砂に足を取られない滑らかな足運びはあいつだけだな、どうしても踏み込みで足が沈み込んじまう」

 

 ルディはピエールフさんに手首を掴まれながらシミターを翻し、踏み込んで足を取られ、転びそうになるたびに支えてもらっていた。

「中々いいんじゃない?」

「そう見えるね」

「人の恋愛を見るのはほんっとにワクワクする」

 

「で、僕の相手はどっちがしてくれるのかな?」

「あそこにいるのがロペスっていうんだよ」

「知ってる知ってる。こっちがカオル嬢でこっちがイレーネ嬢だろ?」

「そうそう、あとはバドーリャに何人かいるから好きなのを見繕うといいよ」

「嬢って呼び方花売りみたいだからやめてくれる?」

「こんなに僕に興味持ってもらえないのは初めてだよ!」

「騒がれると寝れないんだが」

 リノさんに怒られて大人しく歩くことにした。

 

 私がまたがった剛力な竜(ポデラゴ)と手綱を持ったエッジオを先頭に熱き砂漠の風(サーリーオ)に乗ったリノさんと誇り高き竜(プーダレッゴ)が並び、その後ろにジョアンナに乗ったイレーネと縦隊を組み、魔法が使えること自体知られているので、後ろ向きに熱風(アレ・カエンテ)を吹かせながら夜通し歩いた。

「ねえ、カオルちゃん」

「言うの忘れてましたが、ちゃん呼ばわりは好きじゃないんですよ」

「それは呼び捨てでいいということかな? わかったよカオル」

 呆れるような、どっと疲れがのしかかってきたようなイレーネがいてくれれば少しはマシだったろうにと思いながら、無言でエッジオの足元に炎を飛ばして驚かせた。

「うおっ! ひどいよカオル……ち。 わあ!2度も燃やさなくてもいいじゃないか」

「カオルっちとか変なこと言うからだよ」

「舌に馴染んでしまったんだからしょうがないだろう?」

「馴染みがなくなるまで焼くしかないか」

「もう言わない! 言わない!」

 手を振って消してみせるとため息をついてみせた。

 消すのも別に手を振る必要はないのだけれど、その方がそれっぽく見えそうなのでそうした。

 

 まるで新月の夜の様に真っ暗な砂漠は星だけを頼りに進むらしい。

 光の帯をあっちこっちに広げたような夜空は星がありすぎてどの星がどうと説明されても区別がつかないくらい多い。

「あの星があっち側に沈むと日の出だよ」

 星の説明をしながら日の出までの目安も教えてくれた。

 月も街の明かりもない砂漠では星が多すぎて明日どころか目を離したらもうどの星だったか思い出せない。

 

「それにしてもカオルの魔法はすごいな、カオルの仲間はみんなそうなのかい?」

「私と、ロペスくらいなもんであとはそこそこだね」

「使えないじゃなくてそこそこがそんなにいるのか、すごいな」

 これは答えを間違った気がする。

 

「これはここだけの話にしてほしいんだけど、僕はバドーリャのハンター組織で将来を期待されててね、行く先が決まってないのなら是非来てくれないか?」

「私の一存だとなんともいえないけど、行く先は決まってるんだ」

「そうか、すっごく残念だよ」



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砂嵐の過ごし方

 その後もバドーリャのハンターの仕事の話をしていると日の出の時間になった。

 私とルディは身体強化のお陰でまだまだ活動できるけど、できるからと言って無理をして無理しなきゃいけない時に動けないんじゃ話にならない。

 それに、魔法が使えないエッジオ達には睡眠が必要なので朝食もそこそこに仮眠を取る。

 

「ねえ、カオル」

「どうした少年」

「なんかその表情いやなんだけど」

 イレーネの顔をみるとニマニマと興味津々な笑顔が満面に浮き出て、おいおいと思いながらきっと私も似たようなもんなんだろうとちょっとだけ反省した。

 

「カオルとイレーネが思うような話じゃないよ、ただあの体術すごかったっていうだけの話でさ」

「確かに足を取られずに歩く方法があるならイレーネにちょうど良さそうだね」

「明日にでもピエールフさんにあたしにも教えてもらえるか聞いて見てよ」

「わかった」

「じゃ、おやすみ」

 

 転がって凍える風(グリエール・カエンテ)を使ってテントを冷やす。

 1回寝入って、ちょっと目を覚ましてウトウトしながら凍える風(グリエール・カエンテ)で涼みながら寝ようとした時、ロペスとリノさんの声が響いた。

 

「起きろ! 砂嵐だ!」

 テントを剥がされて一瞬にして照りつける太陽の下へ引きずり出された私達が、目をくらませながら見たのは巻き上げられた砂が壁のように立ち上がり迫ってくる砂嵐の壁だった。

 目の前に迫る幅何kmあるかわからない砂嵐に驚き、眠気なんて一気に覚めてしまったが対処法なんてわからないのでルディもイレーネも私も立ち上がってパニックになった。

「落ち着け! テントの張り方を変えて皆ですぎるまで籠もるだけだ」

「え? そんなもん?」

「あとはジョアンナ達の顔に防砂布をかけてやるんだ」

 ロペスに布を渡され、イレーネとジョアンナの元に向かう。

 いつすぎるかわからない砂嵐の接近を見ながら、ジョアンナに(アグーラ)で水分補給させつつ満足した所でイレーネが布をかけて首筋を撫でた。

 

「カオル!イレーネちゃん!こっちにも水をくれないか」

 エッジオが呼ぶので手分けして水を飲ませて砂嵐を避けるためにテントに潜る。

 砂嵐を避けるためのテントは中央に柱を立て、布の端に座ってめくれ上がらないようにおさえたまま過ぎ去るのを待つのだとピエールフさんがルディに教えていたのを盗み聞いた。

 内向きに間隔をあけてロペス、リノさん、ルディ、ピエールフさん、イレーネ、エッジオ、私の順番で座った。

 

 薄暗いテントの中を(イ・ヘロ)で照らし、ピエールフさんがルディと話をして、ロペスとリノさんが話をしていた。

 ピエールフさんは大声で叫んでいるが私の方にはほとんど届いてこない。

 それはゴウゴウと音を立て吹き荒れる風と砂を巻き上げバチバチとテントに叩きつける音のせいなのだが、やることがない。

 普通は通り過ぎるまで大人しく待つものらしい。

 積もった砂がテントに降り積もりだんだんとテントが埋まってくる。

「そろそろテント直すから端を持って立ち上がって!」

 とエッジオが叫んで、端を持って示してくれたのでその通りにする。

 リノさんは中央で柱にしている棒を持って全員で一斉に立ち上がった。

 

 立ち上がって隙間が開いたテントの下から防風と砂が吹き込んで来て思わず目をつぶる。

 外では嵐で砂が巻き上がるせいでおもったより陽の光が入ってこないらしく、差し込む光もぼんやりと照らすだけだった。

「リノに合わせて歩くんだ!」

 エッジオはそう言うが目も開けられないほどの砂嵐が顔を叩き、息もできない気がしてくる。

 布が引っ張られる感触に従って少しずつ歩き、蟻地獄の様に凹んだ砂地から這い出る不格好な蜘蛛の様に移動して再びテントに籠もった。

「うまるまで放っておいてもいいんだけど、砂嵐の中で長く座ってると腰から根が生えて砂漠の砂に魂を持っていかれるから少し埋まるくらいのタイミングで移動しなきゃいけないんだ」

「長く座っていると立ち上がった時にお尻から魂が抜かれて死んだことに気づかないまま倒れてそのまま死んでしまうんだ」

 エッジオとリノが教えてくれた。

 

 そうやって数時間毎に少し移動すること数回、砂嵐によって薄暗かった外の景色は段々と明度を落としていき、すっかり真っ暗になった。

 外では風と砂が暴れる音が止まず、話しをしようにもテントを抑えてないといけないので耳元で話をすることができず、ほとんど会話にもならないし、カードゲームをしようにも距離は離れてるしで何もできずただ座っているだけ。

 そして朝から晩までなにもしないのもいい加減疲れてきた。

 だれも口を開くことがないので喧嘩も起こらない。

 

 薄暗い(イ・ヘロ)の光に照らされながらテントに寄りかかっているうちにいつのまにか寝てしまったようで、気がついたら砂嵐はとうに過ぎ、みんな寝入ってしまっているようだった。

 砂は背中の中頃まで降り積もってテントを埋めて一人でこっそり抜けようとするとテントの中に砂がなだれ込んでくるのが容易く予想できたので出るに出られずお尻でテントを抑えたまま、もじもじと体を動かした。

 

「ああ。起こしちゃったか」

「いや、ずっとウトウトしてただけだから大丈夫。それにしても全員起きてもらわないとテントから出ることもできないの?」

「そうみたいだな」

 目を覚ましたロペスと小声で話しをしているうちにエッジオとリノさんが起きて私に言った。

 

「苦悩するような表情で寝てたけど何か悩んでいるのなら僕に話しておくれ」

「妙なのにくっつかれて困ってる」

「こいついつもこうなんだ、すまない」

 そう答えるとエッジオをじとっと横目で見て解決策にならない答えを私に提示した。

「砂嵐のせいで体中砂まみれだよな」

 こいつ強いな、と感嘆しているとイレーネとルディ、ピエールフさんが起きてきてやっとの思いで表にでて満天の星空を見ることができた。

 

 ぐっと伸びをして鼻が変な感じになっていたのでちょっと強めに息を吹き出してみると砂の塊がぽんっと出てきた。

 それをちょうどロペスとイレーネに見られて微妙な表情をされ

「いや、まさかそんなことになるなんて思わないじゃん」

 と自己弁護をしたが無視され、彼らはマントで隠してこっそり出していた。ずるい。

 

 頭を触ってみると指も通らないほどゴワゴワになっていて、顔も砂がくっついてまるでパックの様に固まっていた。

 イレーネも髪を触って手櫛で整えようとしたが力加減を間違えて引っ張って顔を歪めていた。

 日が登ったら水浴びをして砂を落とそう。



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理解者がいるということはとても大事

 ザリザリと顔に張り付いた砂を擦り、お腹すいた。とつぶやくと

「歩きながら干し肉でごまかすしか無いな。食料もだんだん減ってきたしなるべく進んでおきたい」

 ロペスとリノさんが出発の準備を終えて言った。

 

 夜のうちになるべく進んで朝になったらパスタを茹でて、仮眠を取って夜になったらまた歩いて。

 リノさんの話では明日の夜中から明後日の夜の内にボーデュッカ砂漠を越えられるだろうという話だった。

 身体強化をかけると疲れ知らずで走れるせいかお腹もあまりすかなくなるのでこっそり使ってズルをして1晩。

 ルディとピエールフさんが仲よさげに話しながら私達から妙に距離を取ってというか、少し離れて先行して進む。

 昨日まであんなに仲良かったっけ……? と思ってイレーネの方を見るとにんまりして小さく指をさした。

 そういう楽しみ方は良くないよ、と苦笑いをしてしばらく歩くとルディとピエールフさんが昼の見張りをするから仮眠を取らせてもらうと言って誇り高き竜(プーダレッゴ)熱き砂漠の風(サーリーオ)にまたがって早々に寝てしまった。

 

 仮眠を取っている彼らの眠りを邪魔してはいけない、と熱風(アレ・カエンテ)で温まりつつ音を反対方向に流して風上にいてもらう。

「いやー、まさかしらない間に一緒に昼の見張りするだなんてね」

 ワクワクが抑えられないイレーネが囁いた。

「砂嵐で籠もってる間になにかあったんだろうねえ、なにかできる暇なんてなかったと思うんだけど」

 そこに関しては本当に不思議でピエールフさんはどうやってルディの防御を崩したのかちょっとだけ気になった。

 聞いても素直に教えてくれそうにはないけれど。

 

「ファラスの方だとあーいうのは良くないかもしれないが、バドーリャだと実は結構あるもんで、働き手が2倍になるからって言いながら一緒に暮らしていつのまにか誓いの腕輪を捧げて雄々しき力の神(ジーヴァス)聡明な智慧の神(ティーヴァス)の夫婦の神殿で夫婦になるわけよ」

「夫婦の誓いもファラスとは違うのね」

「ファラスではどうするの?」

「ファラスだとパーティでダンスをして、神父さん呼んで主神に誓ってまたパーティして、またダンスするの。最初のはダンスは夫婦で踊っちゃいけなくて、あとのダンスは夫婦でしか踊っちゃいけないの」

「イレーネみたいにダンスが嫌いだと2回つらい思いをしないといけないんだね」

「あら、嫌いだけど苦手なんて言った覚えはないんだけど」

「ほう? それなら僕と1曲踊っていただけると」

 そう言ってかしこまったように手を差し出すがイレーネには相手をされずに体調が良い時ねとあしらわれて次は私と踊ろうとしたが、私は踊れないので断った。

「それならちょうどいい、僕は初心者にダンスを教えるのが得意なんだ」

「それならそこで手本になるようにダンスをしながら歩いてくれると私としては嬉しいかな」

 私が適当にいうと、エッジオは喜んで、というや否や伴奏もなしで空気を相手にくるくると踊り始めた。

 大きく円を描いて優雅に踊るエッジオは不思議なことに歩くのと変わらない速度で進む。

 器用なもんだ。と関心しながら放置してイレーネと身体強化をしながら踏み込んだ時に砂に足を取られないようにするにはどうしたらいいか話しながら歩く。

 

 何度やってもやはりネックになるのはとっさの踏み込みとジャンプでの1箇所にかかる荷重だ、という結論に至るが解決方法は見えてこない。

 ピエールフさんほどじゃないというエッジオのダンスを見ながらあーだこーだいいながら試してみるが、足の裏を全部使える状況では足の裏を全部接地させて、そうじゃない時はつま先ではなく足の外周を使うとましになる、ということがわかっただけだった。

 あとは水をまいて砂を固めると少しマシになる。

 マシな程度なんだけども。

 

 残りの食料と踏破を考慮するとできれば少し急ぎたい。

「なあ、エッジオ」

「カオルに名前を呼んでもらえるとまるで乾いた砂地に天から降り注ぐ慈雨の様に僕の心を潤してくれるね」

「なんか誰にでも言ってそうだね?」

「あたしもそう思う」

 女性扱いされて落ち込んだり嫌な思いをすることが減った。

 実際の中身は違うし、いつか元の体に戻るんだということをイレーネだけはわかってくれてると思うといちいち腹を立てなくても良くなってきた。

 理解者は大事だ。

 

「急ぎたいから長脚種(グランターク)に乗って早足で朝まで走らせられる?」

「速度にもよるがそのくらいなら行けるだろう、何をするんだい?」

「一晩走る」

「そんな無茶な」

「慣れてるから大丈夫、ね」

「うん、あたしらには普通のことよ」

 

 エッジオと一緒にロペスとリノさんの所に行って走るから長脚種(グランターク)に乗ってくれ、と言いに行き、さっきと同じやり取りをしてリノさん達は騎乗の人となった。

 ルディはピエールフさんと一緒に乗ることにしたらしい、お熱い。

「なんか久々な感じだわ」

「あたし走れるかな」

「だめだったら長脚種(グランターク)に乗せてもらったらいいさ」

「いつでも相乗りしてくれても構わないよ」

 イレーネはエッジオにべえ! と舌を出して行きましょ! と駆け出した。

 ロペスにはイレーネと並走してもらい、私はイレーネの後ろについて走り出す。

 

 ちょっと走りづらそうにしながら軽い調子で跳ねるようにして走るイレーネとベタ足で蹴り出す力より腿を上げて走るロペス。

 私もロペスの様に地面をあまり蹴らずに走る。

 しばらく走ってみると、バタバタとかっこ悪く走るのは普通に走るより余計に体力と筋力を使うが全力疾走じゃないのでなんとかなりそう。

 無駄な運動も砂漠の夜の気温のお陰で体温が上がらずに済む。

 

 そうして何時間か走るといよいよ日の出の時間になり、見上げるほど大きな大岩がある所で休憩を取ることにした。

「ほんとに走りきったのか……」

「魔法って改めて見るととんでもないな……」

 リノさんとエッジオのぼやきを聞きながら軽く汗ばんだ額を拭い(アグーラ)で喉を潤した。

「やっぱり砂地は走りづらいね」

「いい運動になった」

 ロペスとイレーネは満足そうに笑って休憩の準備を始めるとルディとピエールフさんが長脚種(グランターク)から降りてきた。



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急な遭遇は意外と動揺する

 テントの日陰で凍える風(グリエール・カエンテ)を浴びながら干し肉をかじっているとルディとピエールフさんはフードを目深に被って、足運びの練習をし始めた。

 元気だなぁと関心して岩に寄りかかって仮眠を取ることにした。

 

 どのくらい寝ていたか。

 まだ頂点に届いてないのでそんなに時間経ってないはず。

 そう思いながらテントから出て見張りの2人を探す。

 長脚種(グランターク)の近くにもいないし、見渡す限り隠れられるのは岩があるくらい。

 岩の向こう側にいるのかな、と思って岩肌を左手で撫でながら歩いて行く。

「すごいな! 魔法ってこんなこともできるんだな」

「でもおれもロペス達に比べたらまだまだだからさ」

 ルディとピエールフさんの話し声が聞こえる。

 2人は岩陰で砂を掘り日陰を作って話をしているようだった。

 

 そんな所で何してるの? と声をかけようと近づくとピエールフさんがルディの唇を奪った場面に出くわした。

 思わず声をあげそうになるのをこらえて少しずつ下がりながら成り行きを見守る。

 無理にされているようなら助けに行かないと、と思ったが身体強化使えるんだから嫌なら自分で引き剥がすか、と妙に冷静な気持ちになりテントに戻ることにした。

「髭って結構くすぐったいんだね」

「剃ったほうがいいかな」

「どっちでもいいよ」

 なんて話しが聞こえてきて。

 

 

 こっそりテントに戻り、改めて寝ようとしたけれどもさっきの光景が頭をちらついて中々眠れそうになかった。

 友達のキスシーンというのは思ったより動揺させるらしい。

 私もまだまだだな、そう思いながら寝るのを諦めてテントの中に凍える風(グリエール・カエンテ)をばらまいて暇をつぶした。

 

「ピエールフ探して近く通ったら冷気が流れて来てて気持ちよさそうだな」

 外から顔だけをひょっこり出したエッジオが入れてほしそうにしていた。

「ピエールフさんはルディと一緒にいたのをさっき見かけたから入るといいよ」

 ルディの邪魔をさせないようにテントに迎え入れると、凍える風《グリエール・カエンテ》を強くした。

「ああ、これは快適だ。一家に1人カオルちゃんがほしいな」

「私じゃなくて魔法使いだよ」

「でも特別魔力が多いんだろう?」

「人よりちょっと多いだけだよ」

 寝ていたはずのイレーネとロペスが示し合わせたように一緒に嘘だ、と言って起きた。

 

「イレーネとカオルが特別なんだ」

「あたしは普通です」

「四六時中身体強化したまま過ごせるのはお前ら2人くらいなもんだ、ほんとにいつ回復してるんだ?」

「え? ロペスだってやる気になればきっとできるよ、自分を信じて」

「無理だ無理だ、途中で気絶するのが関の山だ」

 

「僕も魔法使えるようになりたいもんだね、キッチンが歩いてるようなもんだろ?」 

「たしかにナイフの切れ味も自由だし間違って手を切っても簡単に傷つかないな」

「暑くなれば冷たい風もでるし、寒くなれば温かい風もでるし、なんという便利さ」

「一家に1人奴隷のように働かないといけなくなりそうでぞっとしないね」

「持つ者というのはいつだって孤独で大変なもんだろう?」

 偉そうにそう語るエッジオも魔法を使えるようにしてこき使ってやりたいと思いながら

「わかってる風に言うもんだな」

 

「持たざるもんだからね、持ちたいと思ってしまうとつい意地悪を言ってしまうのさ」

 ぬっとテントに顔を突っ込んできたリノさんがエッジオにそういうとエッジオは悪びれることなくそう言った。

「すまないね、お邪魔させてもらうよ」

 リノさんがテントに入ってきて一緒に冷気を浴びて一息つく。

「どうだい? 涼しいだろう?」

 エッジオが自分の手柄のようにいう。

「確かに一家に1人と言いたくなる気持ちはわかるな」

 そう言ってロペスが差し出した水のマグカップを受け取った。

 

 ふと誰も口を開くのをやめた一瞬、遠くから悲鳴が聞こえ、顔をあげるとリノさんとエッジオが顔を見合わせてテントから飛び出して行った。

「砂獣だ! ルディ君とピエールフが危ない!」

 私達も慌てて後を追う。

 

 さっき見かけた大岩の裏まで走ると砂地を真っ赤に染めてぐったりとしているピエールフさんと同じく血で染めながらうめいているルディを見つけた。

 ロペスがルディを抱き上げ呼びかける。

「ルディ!」

「下から……でかいのが……気づいて突き飛ばしたんだけど……左腕をやられた」

 そういうルディの腕を見てみると肘から先がなくなっていた。

「エッジオ! ルディが!」

「ああ! ピエールフは足をやられた! 手足で済むとは運がいい!」

砂鮫(アル・ベレオ)だ! やつはまだ近くにいるはずだ! 応急処置をしたい。岩の上に運ぶんだ」

 ロペスがルディを抱きかかえると、私にピエールフさんを頼む、と言って大岩を駆け上がって行った。

 ぐったりするピエールフさんを担ぐとロペスを追って大岩の上に登った。

 地面がしっかりしてたら飛び乗れて手間も少なかったのだけれども。

 

「岩の上は暑いな、カオルちゃん、岩を冷やせるか」

「ロペスとイレーネ、(アグーラ)を」

 リノさんとエッジオが切断された手足の根本で止血をする間、ロペスとイレーネには水をかけて冷やしてもらい、あっという間に温まって乾いていく水を氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)で大岩全体を包み込むように氷の蔦這わせるが、熱であっというまに溶けて消えていく。

  

 触れるだけで火傷をしそうなほどに温められた大岩は私の氷の蔦とロペス達の水で徐々に温度を下げて行く。

 なんとか寝かせてもいいくらい下がった所でルディとピエールフさんを岩の上に寝かせると、エッジオは長脚種(グランターク)達を逃して方角を確認し、テント生地を手に戻ってくる。

 ロペスとエッジオが端を持って岩の上で影を作り、ルディとピエールフさんの様子をみた。

 

「血を多く流したようだがなんとか大丈夫だろう。それより砂鮫(アル・ベレオ)をどうにかしないと移動ができない」

「どんなやつなんですか?」

「砂の中を泳ぐ鮫だな、4つに割れる顎を持っていてなんでも噛みついて食いちぎる。弱点は寒さ、夜になれば体が動かなくなるらしく巣に帰る」

「それで氷食べたら逃げていったのか」

「あとは目はほとんど見えないが耳がいい、砂を歩く音を聞いて襲ってくる」 

 

 人の頭より少し大きいくらいの氷塊(ヒェロマーサ)を作ると、大岩から落として見る。

 同じ大きさで作るよりものすごい量の魔力を持っていかれた。

 氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)を使い続けたのもあってか、ちょっとだるさを感じた。



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砂漠の生き物の生命力

 砂まみれになりながら転がっていく氷塊(ヒェロマーサ)を見守っていると一瞬砂地がへこんだと思った瞬間、人の上半身くらいなら丸ごと飲み込める様な大きさの4つに分かれた口が現れ、氷塊(ヒェロマーサ)をばりんと噛み砕くとそのまま砂から飛び出し、たった数秒の間だったが砂の上に転がって動かなくなった。

 砂の鮫というくらいだから魚っぽいのかと思ったが、尾びれや尻尾のようなものはなく、砂をかいて進むためであろう小さな手足がまばらに、無数に生えてワキワキと気持ち悪い動きをしていた。

 

「なにあれ! きもっちわるい!」

 イレーネが異形の生物を見て悲鳴を上げた。

「エッジオ、あの動きはなんだ?」

「見たことが無い動きだけど、きっとカオルの魔法がなにかしたんだろう?」

「あれはただの氷ですよ」

「飛び降りて突き刺してやれば1発じゃないか?」

 こともなげにロペスがいうとリオさんが

「表面は岩のように硬いんだ。昔、死骸を持って帰って力自慢が斧で叩いてみたが、表面が削れただけだったそうだ」

「じゃあ、剣だと難しいか」

 

「リオさん、いつもはどうやって倒すんですか」

 ロペスが砂鮫(アル・ベレオ)の倒し方を聞く。

砂鮫(アル・ベレオ)狩りは爆発する石(エプゾレア)という物があるんだが、それの周りに肉を巻いたり動物にくくりつけて走らせたりして食べた所を爆発させて倒すんだ」

爆発する石(エプゾレア)は高いから、仕事の時以外はあんまり持ち歩かないんだ、たまに暴発するし」

 リュックの中で爆発して背中が大変なことになる想像をして眉をひそめた。

 

「今は大丈夫だが今日中に運べないと持たないぞ、特にピエールフは出血量が多い」

「ロペスとカオルでけが人を担いで全員でバラバラに走って逃げるか」

「1人は確実に逃げられないぞ」

 

「おれとカオルが降りていって戦うしかなさそうだな」

「女の子にそんなことをさせるなら僕がいく」

 私を女の子扱いしたいエッジオがロペスに言うが、エッジオは魔法が使えない普通の人なのだ。

「まあまあ、危ないと思ったら帰ってくるから」

 ルディの荷物から剣を借りて龍鱗(コン・カーラ)鋭刃(アス・パーダ)をかけて身体強化を強くする。

「気をつけてね」

 心配そうにいうイレーネに力強く頷いて答えると、ゆっくりと砂の上におりる。

 ロペスは大岩の上で剣を構え、いつでも飛び出せるように準備をした。

 昔、手長熊を狩ったときの様に飛び降りる勢いで突き刺すとそのまま噛みつかれるおそれがあるので斬りかかるつもりらしい。

 イレーネは氷の矢(ヒェロ・エクハ)を展開するが、気温のせいで維持をするのが大変そうだ。

 

 私の剣より少し長いルディのシャープソードを借りて剣先で砂を動かして気配をさせる。

 動きがないので少しずつ動かしながら砂に切っ先を叩きつけてみる。

 

 しばらくウロウロさせてみると、少し離れた所でゆっくりと砂が盛り上がるのが見え、やっと釣れた!と一安心した。

 やはり近くで待っていたらしい。

 しらないふりをして切っ先をトストスと砂に打ち付けると砂が盛り上がっていた所が凹むようにして動きがなくなり、気づかれたか、と少し焦る。

 

「来るぞ!」

 頭の上でリノさんが叫んだ。

 ん? どこだ? と思ってリノさんの視線を確認しようとした瞬間、剣先の下の砂がごっそりとなくなり、大きな顎とぐちゃぐちゃの口の中が砂の中から現れた。

 イレーネの放った氷の矢(ヒェロ・エクハ)は口の中に3発刺さり、ロペスの剣は硬い表皮に傷をつけ少し割れ目を入れ、私はシャープソードを喉に向かって突き刺した。

 思わず手を放してしまい、後でルディに謝らなくてはいけなくなってしまった。

 

 悲鳴を上げながらヘドロの様な深い緑と黒を混ぜたような血をばらまきながら悶える。

「効いてるぞ!」

 頭上から嬉しそうなエッジオの声が聞こえた。

  

 砂鮫(アル・ベレオ)は喉に刺さったシャープソードを抜こうと悶え、悲鳴をあげる。

 開かれたままの喉に向かってなるべく魔力を込めた氷の矢(ヒェロ・エクハ)を放ち、その間にロペスは岩から降りて力任せ疾風の剣で砂鮫(アル・ベレオ)を斬りつける。

 砂鮫(アル・ベレオ)は暴れ、剣で切りつけようとした私とロペスを弾き飛ばし、その間イレーネが氷の矢(ヒェロ・エクハ)を発射する。

 私は立ち上がって振り回した頭にタイミングを合わせてヌリカベスティックで顎の先端をホームランする。

 本当はもっと頭の方を叩きたかったのだけど暴れまわるおかげで近づけない。

 効いたのか効いてないのか砂鮫(アル・ベレオ)はその巨体を砂の上に横たえ、なおも暴れ続ける。

 

 ロペスは(アグーラ)で水浸しにしてイレーネは氷の矢(ヒェロ・エクハ)を打ち続け、私は精一杯の魔力を込めて凍える風(グリエール・カエンテ)氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)で氷攻めにする。

 

 太陽によって温められるよりも3人で行う氷攻めの冷却の方が勝ったらしくだんだんと動かなくなってくる。

 外側からじゃとてもじゃないが致命傷を与えられているようには見えないのが恐ろしい。

 ヌリカベスティックも身体強化してホームランしてしまったせいで曲がってしまった。

 

 動かなくなったので攻撃をやめて様子をみていると太陽の熱で氷が溶け始めるので慌てて水浸しにしてから氷漬けにする。

 溶けたときにまた動き出したら次はこうはいかないかもしれないので心底おっかなびっくりで遠巻きに魔法を使う。

 

 長脚種(グランターク)がいないのでどこにいくこともできず、まだ夕方にもなっていない日中で日が暮れるまで氷漬けにし続ける必要があるのだろうか。

 そう思いながら袖で汗を拭った。

 そうだ、魔力が尽きるより暑さで大変なことになる。

  

「ロペス、魔力持たないからなんとか心臓を探してとどめさしてよ」

 一緒に氷の矢(ヒェロ・エクハ)を放っているロペスにいうと、ロペスは疾風の剣に鋭刃(アス・パーダ)をかけ、私は疾風の剣にシャープエッジを重ねがけしてあげた。

「足元も悪いし、ものすごい硬いんだ。石人形(ゴーレム)ほどじゃないが」

 はあ、と息を吐くと身体強化をかけておそらく心臓だろうと思う箇所に向かって何度も何度も疾風の剣を叩きつけて表面を削っていく。

 相当に魔力を込めているらしく、剣を振るごとに疾風の剣から吹き出る風の音がゴウと鳴る。

 ある程度削ったところで鍔に足をかけて体重を乗せて一気に突き立てる。

 

 突き立てる所を見に行くと、削り取った表皮は5センチはありそうで、ドロドロのどす黒い血が脈拍に合わせてどろり、どろり、と吹き出す。

 寒さで動けなくなっただけで生命活動自体が止まったわけではなかったと知り戦慄した。

 

 とどめは刺したとロペスが剣を引き抜くとヘドロの様な血が吹き出し、ロペスをヘドロまみれにして視界を奪い、砂鮫(アル・ベレオ)は体をくねらせ暴れて目を瞑って動けなくなったロペスを弾き飛ばした後、体を跳ねさせ、脱力するとそのまま動かなくなった。

 死んだ、はずだ。

 弾き飛ばされたヘドロと砂まみれになったロペスに駆け寄り、(アグーラ)をかけて生臭いヘドロと落とさせる。

  

「なんとか倒したがもう2度とやりたくないな」

「でかいし硬いし臭いし怖いし最低だったね」

 ハイタッチをして皆が待つ大岩の上に這い上がった。



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バドーリャという街

 岩山にいるイレーネに手を借りて引き上げてもらう。

「さすが魔法使いだな!」

 エッジオとリノさんが迎えてくれた。

「いやあ、疲れちゃったね」

 テントを広げたエッジオが「僕の作った日陰で休んでくれるといいよ」なんていうものだから皮肉っぽく「いい日陰だね」と答えて、宙に浮かせた(アグーラ)を飲みながらルディとピエールフさんの顔色を見る。

「様子は?」

「今のところは大丈夫そうだけど、持って明日の朝まで。しかも気温が下がる夜中は体温を下げないようにしないと2人とも持たないと思う」

「厳しいね」

「ロペス君、すまないがテントを持っててくれないか。長脚種(グランターク)を連れ戻してくる」

「ああ、わかった」

 ロペスにテントの布を渡すと、リノさんは大岩から飛び降り、長脚種(グランターク)が逃げた方に向かって走っていった。

 ルディ達を冷やしながらリノさんが戻ってくるのを待つ。

 

「この暑さなのに目を覚まさないから水を飲ませられない」

 エッジオが意識を失っているピエールフさんを抱きかかえてつぶやいた。

 何もできずにただただ冷やして見守ること数分か、十数分か、リノさんがジョアンナと3頭の長脚種(グランターク)を連れて戻ってきた。

 

「ピエールフ達の様子は?」

「変わらない」

「戻ってくる時に考えたんだが、誇り高き竜(プーダレッゴ)にはロペス君かイレーネちゃんにピエールフを抱えて乗ってもらって、カオルちゃんはおれの熱き砂漠の風(サーリーオ)にルディ君と一緒に。エッジオが先頭になって急ぎバドーリャに向かってもらって神殿まで急ぎ連れて行ってもらいたい」

 

「リノ、お前はどうするんだ」

「おれは残ったほうとジョアンナを連れてあとから向かう」

「確かにそれなら最速だね」

「抱えられるならイレーネちゃんに抱えてもらった方がいいな、こんな時になんだが男と2人で砂漠に置いていかれるのも心細くなるだろう」

「そういうわけでできるかい? イレーネちゃん」

「まかせて!」

 

 急いでルディを抱えて熱き砂漠の風(サーリーオ)にまたがり、同じく誇り高き竜(プーダレッゴ)にまたがったイレーネとエッジオと頷き合うと長脚種(グランターク)とルディを冷やしながら駆け出した。

 振り向くとロペスが手を振って見送ってくれたが振り返すことができなかったので(イ・ヘロ)をチカチカさせて返事した。

 

 改めて前を向き直し、抱きかかえたルディに覆いかぶさるようにして凍える風(グリエール・カエンテ)で冷やし続ける。

 時折揺れて痛むのかルディはうめき声を上げるが意識を取り戻すことはなく、浅い呼吸を繰り返していた。

  

 傾いた日はもうすぐ日没になると知らせてくれる。

 日が落ちると気温はマシになるが私は方角がわからなくなってしまうが、ベテランのエッジオについていく。

 

 日が落ちてしばらく走ると、エッジオが手を上げてスピードを緩めた。

「すまない、剛力な竜(ポデラゴ)が限界がきてしまった」

 私達が乗る長脚種(グランターク)も体温が上がり息が上がって限界も近そうだった。

 冷やしているとは言え、荷物はエッジオの倍なのだから。

 

 ルディを下に下ろしてここまで乗せてきてくれた熱き砂漠の風(サーリーオ)(アグーラ)を飲ませたり頭からかけたりして落ち着くのを待つ。

 上がりすぎた体温は冷え込む砂漠の夜の中でもかけた水が湯気になって立ち上るほど。

 

 イレーネも誇り高き竜(プーダレッゴ)を休ませようとするが、誇り高き竜(プーダレッゴ)はピエールフさんの近くに座って心配そうに鼻で体をつついたりしていたが体に触るし、休んでもらってまたすぐに走ってもらわないといけないのでエッジオがなんとかなだめて休ませていた。

 

「もう距離はそんなに無いから今日中なら水さえあればバドーリャにつけるはずだ」

 ルディを熱風(アレ・カエンテ)で温めながら長脚種(グランターク)達の体力の回復を待った。

 腕が痛むのか時折苦しそうに息を吐いた。

 

 エッジオが長脚種(グランターク)達の様子を見ながら苛立たしげに歩き回る。

 イライラと緊張が伝わるのか剛力な竜(ポデラゴ)熱き砂漠の風(サーリーオ)はしきりに首を振り落ち着きがない。

「エッジオ! 熱き砂漠の風(サーリーオ)が落ち着けない」

「ああ、ああ。すまないね。落ち着かなくて」

 

 エッジオが剛力な竜(ポデラゴ)を撫で回して気を紛らわせてしばらく経った。

「もう大丈夫だろう」

 ルディを抱えて乗った長脚種(グランターク)が立ち上がると、はるか遠くに都市の灯りが見えた。

「エッジオ! あれが?」

「そう、バドーリャの灯りだ」

 ゴールが見えると現金なものでなんだか元気がでてきて、それが伝わったのか熱き砂漠の風(サーリーオ)の歩みも速くなった気がする。

  

 光に向かって誘引される虫のように豆粒のようなバドーリャに向かって無言で歩を進めた。

 その甲斐もあってか程なくして砂漠が終わった。

 線を引いた様に突然地面が固くなり、足と取られる砂ではなく、固く踏みしめられた荒野と言うような地面。

 根を張ることができるので少ない水でも生きられる背の低い草木の姿がちらほらあった。

 

 ここからならイレーネと2人でおんぶをして走っていったほうが早いんだけど、走ったら揺れちゃうし良くないかなんて話しをイレーネとしていると

「そうだね、早く着くのはいいけどあまり揺らされると体に負担が大きいから剛力な竜(ポデラゴ)達にがんばってもらおう」

 エッジオがそう決めた。

 

 そういえば、こんな所で思い出すなんてとてつもないほどに遅いのかもしれないけれど、長脚種(グランターク)にも祈りの奇跡はあるのだろうか。

 エッジオに聞こえないように小声で祈り、魔力を捧げる。

 体をぐん!と後ろに持っていかれるような加速を見せて長脚種(グランターク)達の動きが良くなった。

「おおう!」

 驚いて思わず声がでてしまったが、驚いたのはエッジオとイレーネも同じようだった。

 イレーネは急に祝福するなんて!という目で私を非難し、エッジオは何が起こったかわからないが急げるならいいと切り替えたようだった。

「いいぞ! 剛力な竜(ポデラゴ)!」

  

 バドーリャの灯りがだんだんと近づいてくるにつれ星の光の中でバドーリャという街のシルエットが見えてくる。

 巨大な山の(ふもと)の小さな街、そんな印象だった。

 しかし山の所々にも灯りが見え、中腹にも住む気になれば住めるのか、と感心した。

「カオル、目的地は……みえるかい? 山の真ん中よりちょっと上にあるあの灯り」

「ああ、ああ、見える見える」

「道が悪いからがんばってついてきてくれよ」

 剛力な竜(ポデラゴ)にしがみつくように体勢を整えると加速させる。

 熱き砂漠の風(サーリーオ)誇り高き竜(プーダレッゴ)も続いて加速してついていってくれる。



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神殿へ

 砂地の道の端に大きな桶や箒が立てかけられ、車輪の跡か浅い(わだち)のお陰で急いで行くにはちょっと困る通りを3頭の長脚種(グランターク)が音もさせずに駆け抜ける。

 酔っ払いが驚いて転んで文句をいう声が聞こえた。

「すまん! 道を開けてくれ! 神殿に急ぎの用がある!」

 先頭を走るエッジオが叫びながら長脚種(グランターク)を操る。

 

 夕食も終わり、明日の準備をして寝ようかという頃、外を歩く人は少なく飲んで帰ってきた酔客を目当てにして街角に立つ売春婦くらい。

 長脚種(グランターク)の足で数分駆け抜け神殿が建つ岩山の麓まで来た。

 見上げるほど高い山の周りに街があるのかと思っていたが、麓まで来てみると岩山を削り家を建てているという事がわかる。

 第一印象は天を突くほど積み重ねたプレハブの山。

 

 この街のメインは麓ではなく、岩山を削って作った家なのだ。

 その証拠に移動しながら見た麓の家は木造や土壁の家で、岩山の家は石を削って作った物やレンガ造りの家がほとんどだった。

 

「あと少しだ、がんばってくれよ」

 そう言って剛力な竜(ポデラゴ)の首をなで、剛力な竜(ポデラゴ)は鼻息でその声に答えた。

 

 岩山は緩やかなスロープで円を書くように整備されている道と、階段でまっすぐ登れる2つの道があり、エッジオは階段を登る道を選んで駆け上がる。

 ほとんど隙間なく建てられた岩山の住宅の間を全力疾走させ、岩山を一気に登っていく。

 揺らしてもいいのであればきっと家を踏み台にして登っていくだろう。

  

 熱き砂漠の風(サーリーオ)も頭を上下して苦しそうに息を吐きながら階段を駆け上がっていき、さっきよりスピードが落ちてきてもう長くは走れないだろうと予想できた。

 ほどなくして剛力な竜(ポデラゴ)を止めここからは徒歩だ、というと手綱を近くの空いている長脚種(グランターク)用の馬留め(竜留め?)につなぎ、感謝を伝えた。

 私とイレーネがルディとピエールフを背負ってエッジオが熱き砂漠の風(サーリーオ)誇り高き竜(プーダレッゴ)を馬留めにつなぐのを待ってなるべく揺らさないように走り出した。

 

 背負ってみて改めて気づいたが、ルディは発熱しているようで体温が高く、揺れるたびに苦しそうにうめき声を漏らした。

 イレーネの方を見ると険しい顔で頷くのでピエールフさんの状態も良くないらしい。

 だが先導するのは普通の人、人を担いだ私達より早く走れないエッジオ。

「エッジオ、ここから先は2人で一気に登っていくから場所を教えて」

「すまないね、僕が不甲斐ないばかりに、神殿はあそこだ、近くに行けば雰囲気でわかると思う」

「よし、行こうか!」

「うん!」

「後から行く、ピエールフを頼んだ」

 

 上下に揺らす回数は少ないほうがいいだろうと、身体強化を強くして腰を落とした。

 私の意図を察したイレーネも腰を落とす。

 

 思い切り飛び上がり2軒上にある家の屋根に着地し、膝でその衝撃を吸収しまた飛び上がる。

 3度繰り返し、エッジオに行けと言われた建物の前に到着した。

 白く大きな屋根を古代の神殿を思わせる純白の円柱の柱によって支えられた神殿の門を背中で押し開け侵入する。

 なにかの紋様が書かれた布が敷かれた大広間の様な空間にはひざまずいて祈りを捧げる人が4人、今はこの人達は関係ないだろう。

 

「すみません! けが人の治療をおねがいしたいのですが!」

 祈りを捧げている人を驚かせてしまうが今は気にしていられない。

「教会は静かにする場所ですよ」

 後ろから声をかけられ振り向くと柔和な笑顔を浮かべ、子供にしーっとするように唇に指を当てた神官服に身を包んだ若い男がいた。

「ご案内いたしましょう」

 肩にかかる髪を揺らしながら歩き出した。

 

 祈りを捧げていた広間から治療室に案内され、ルディとピエールフさんをベッドに寝かせた。

「血も多く失っていて傷もひどいですね、これは心付けが多く必要になりますが」

「ファラスの通貨でも良ければ……、あ、これで全部じゃないですけど」

 イレーネが銀貨を2枚見せた。

 

「ファラスの……、まあいいでしょう。こちらの彼は銀貨10枚、こちらの彼は重症なので銀貨30枚頂きます」

 生臭さめ! と心の中で罵るがそんなことを少しも感じさせないようにして銀貨を40枚積んでみせた。

「ですが、ここでは癒やししかできません。欠損の治療は高位の神官のいる神殿でお願いします。」

「銀貨40枚も払うのにどうして!」

「欠損の癒やしは銀貨などでは足りないのですよ」

  イレーネが思わず食って掛かるが神官に一蹴されてしまい、悔しそうに拳を握る。

 

 こんなに払うのにそれしかできないのか! と憤るがではお引取りくださいと言われるとどうしようもないのでイレーネを止め治療をお願いした。

「ではあちらでお待ち下さい」

 と、退室を促され渋々部屋を出て暗い待合室の椅子に座って治療とエッジオを待った。

 

「何のための神の奇跡なのよ、ねえ?」

「そうだね、でも奇跡を取り上げないんだから御心に沿ってるんだよ」

 そういうとむぅと唸ったイレーネに肩を軽く叩かれた。

「いてて」

 

「そういえばさ」

「ん?」

「カオルって向こうで何してた人なの?」

「え~? こっちでいうとそうだなぁ~、魔道具の紋様刻むような仕事かなぁ」

「すごいじゃない!」

「魔力とかいらないからでもだれでもできるんだよ、それで朝から真夜中まで働いてたね」

「犯罪奴隷にでもなってたの?」

「悪いことをしてなくてもそういう生活をおくることになることがよくある世界でね、そんなんだから友達とも疎遠になったし親の死に目にも会えなかったし兄弟もいないからほんとに1人でね……」

 思い出したらなんだか涙が出てきた。

 

 



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あっちの世界の話

「辛いことじゃなくて楽しいものはなかったの?」

 イレーネが慌てて話題を変えてくれた。

「ああ、娯楽はたくさんあったね。隠居した国の偉い人が旅をしながら悪人を懲らしめる劇とか不思議な力を身に着けた人が変身して人知れず悪と戦ったり、学園の恋愛模様の劇とかを劇場にいかないで家でみれたりね」

「え? 劇団を家に呼ぶの?」

「そうじゃなくてカメラとテレビってのがあってね、カメラを通して見たものがテレビっていうのに映るものがあってね、テレビがあればそこに行かなくても見れるのよ」

 こんな感じで、と図を書いて説明してみる。

「便利なんだね」

「そうだね、あとはこっちには小説はあるけど、漫画っていう本があって絵で話を読めるから子供でも楽しめたりね」

「こっちだとなんでできないんだろう?」

「印刷の問題かな?」

「印刷?」

「こっちの印刷って判子で紙にうちこんでいくじゃない? それだと絵は1枚ずつ書き写さないといけないから」

「高くなる」

「そう」

「あとは、そうだなぁ。食べ物が余ってたから何十人分のご飯を早食いするのを見たり」

「面白いの?!」

「面白いんだよ」

「あとはスポーツしたり見たりかな」

「スポーツ?」

「野球とかサッカーとかゴルフとか」

 1つずつ簡単にルールを説明する。

「あー、貴族が狩りをするようなものね」

「それもあったね」

「あとは夜しかやれないけど、遠くの知らない人と話ししたり」

「サロンみたいなもの?」

「そうだね、昼間だとお金がかかるんだけど、夜だとお金かからないから……。まあ、あんまり参加できてなかったんだけどね」

「あと酒の種類はやたらと多かった。甘くていくらでも飲めちゃうのから舐めるだけで燃えるくらい強いのとか」

「へえ、1回飲んでみたいね。でもさっき言ってた不思議な力を身に着けて変身した人が悪と戦うのなんてカオルっぽい」

「そうかな? 変身!」

 変身ポーズを取ってみた。

 

「カオルが変身するのは花かな? 蝶かな? 変身して誘惑するなら是非僕にお願いしたいね」

 ぜえぜえと荒い息のエッジオがふらふらになりながら待合室の入り口にすがりつくように立っていた。

「変身したら悪を倒すのさ」

 そう言って必殺技の名前を言いながらエッジオにキックを寸止めしてみせた。

 

「ずいぶんと余裕だね、僕はこんなに死にそうなのに」

「銀貨40枚も取られたよ」

「げっ、でもまあ、命が助かったと思えば……カオルもイレーネちゃんもありがとう」

「連れてきただけだからね、癒やすのはここの神官だよ」

「後はロペス達を待たなきゃね」

「リノ達はまだかかるからアジトに案内するよ、下まで降りないといけないから気が重いけど」

 はあ、と深くため息をついてさ、行こうか。と歩き出した。

 

 疲れて口を開くのも億劫で、黙々とエッジオの後ろをゆっくりとついていき、岩山を降り切ると路地裏の1軒の家に着いた。

「さ、お姫様方、我が城へようこそ」

 演技掛かって恭しく礼をしながら部屋の中へ案内するエッジオ。

 

「今お茶入れるから座ってまってておくれ」

 板張りの室内の中央にあるダイニングテーブルに座らされると、エッジオは奥に行きお茶を用意してくれるらしい。

「なんてこった」

 なにかトラブルがあったらしくエッジオのぼやく声が聞こえた。

 

「座っててくれと言った直後ですまないがカオルにお願いがあるんだ」

 ちょっと弱った表情をしたエッジオに呼ばれキッチンに行くと火の着いていないかまどの前で腕組みをするエッジオ。

「薪を切らしていたようでね、炎をもらえないだろうか」

 バツが悪そうに頬を掻きながらいうエッジオに

「そんなことか、しばらく消えないようにしておくよ」

 そうやって多めに魔力を込めて(フェゴ)をかまどの中に置いてきたついでに空の瓶に(アグーラ)を満たしておく。

「助かるよ」

 そういうエッジオに背中で手をひらひらと振ってダイニングに戻った。

 薄暗い(イ・ヘロ)の光の下で向こうの娯楽の話の続きをしていると、マグカップを持ったエッジオも加わってきた。

「カオルは本でも書いたほうがいいんじゃないかな」

「私が考えた話じゃないから記憶にあるのを出しきったら終わりだしそもそも盗作だからね」

「じゃあ、吟遊詩人なんてどうかな? あれもだれかが考えた歌を歌ってお金もらってるからね。ここで語られるは、はるけき世界の英雄譚、なんてどう?」

 ハープを爪弾く真似をしながら期待を込めて桜色の瞳が輝いた。

 

「人前で歌うのなんて無理だよ」

「こんなに面白そうなのに」

 不服そうにつんと口を尖らせた。

 

 それからイレーネが久々にブラックジャックをやりたいと言い出し、ロペス達が来るまでの暇つぶしならいいだろうとディーラーをすることを許された。

 荷物から干し肉を配り、チップ代わりに置いたりチップを食べたりしながら過ごすと、一向にこないロペスを気にしながらエッジオの干し肉をすべて取り上げ、イレーネはニヤニヤしてエッジオが負ける様を楽しんだ。

 

 そろそろ夜が明ける。

「ここは砂漠からだいぶ離れているから昼間は少し暑い程度で済むよ、今もそこまで冷えないだろう?」

 普通に過ごせていたから忘れていたが、砂漠の夜は冷え込むのだった。

 

「リノ達はまだかかりそうだから宿でも取ってまっててもらってもいいか? ここは女性が寝るのに向いてないからね」

「ここの宿はどこにあるの?」

「山を少し登った所が一番安くてまともな所だね、隣にハンター協会もあるから気が向いたら見てみるといいよ」

「じゃあ、そこに行こうか」

「そうだね」

 

「こっちは大型の魔獣も多いからね、ハンターは組織を作って共同で狩りをしたりするんだ。多ければ15人とかチームを組んだりしてね。

 普通は功績を上げて認められたら魔力の扱いなんか教えてもらってもっと実入りがよくなるんだけど、僕のいるギルドはもっと早く教えてくれるのさ」

「それならなんでエッジオは使えないの?」

「まだ順番が来てないからだよ」

「結構時間かかるんだね」

「そういうこともあってバドーリャのハンターギルドの中じゃ新進気鋭の有望なギルドだからカオル達もどうだい? 将来幹部になる僕が口を聞いてあげるよ」

「順番待ちの下っ端なのに~?」

「将来の話だからね。他のギルドに行くのなら僕の所においでよ」

 

「行くところはもう決まってるんだ」

「そうそう、なんてったっけ?」

「なんだっけ」

「そんな名前も忘れちゃうようなギルドじゃなくて僕のいる黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)にしなよ」

「どっかで聞いた様な」

「まあ、私たちは行く所があるからそこが潰れてたらね」

「一緒に狩りができるのを楽しみにしてるよ」



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私の体じゃないんだぞ!

 エッジオの家を後にして日が登り始めたバドーリャの街並みを歩く。

 石造りの街並みは独特なひんやりとした雰囲気で人が歩いていないということもあって寒々しい感じがした。

 そんな街並みの中を歩くとエッジオの言う安くてまともだという宿にたどり着いた。

 『オアシスのしずく亭』という名前の外観は1階は巨大な岩をくりぬいて作った石造りで2,3階はレンガで増築しているようだ。

 中に入ると灯りは消され、日も登り始めなので差し込んでこないので薄暗い。

 おまけに日の出なので食堂の1階にはだれもおらず、待っていても出てこないので受付に置いてあるベルを鳴らした。

 

「ふぁ~、お早いおつきで。食事ですか、宿泊ですか」

 ベルの乾いた甲高い音が響き髭面の太ったおじさんがターバンを直しながら眠そうに出てきた。

「宿泊で。2部屋」

「朝晩付きで、1部屋銀貨1枚だよ。魔石に残ってる分で出る水はただだけど魔力の補充が必要なら別料金だ。石けんがいるなら1個銅貨5枚だ」

「はい、2人分の銀貨2枚と石けん代の10枚」

「こりゃあ、ファラスの金か」

 支払った銀貨を透かして見るように器用にくるくると回しながら銀貨を確かめる。

 

「部屋は3階だよ。ほい鍵と石けん」

 カウンターに木のプレートがついた鍵と小さく切り分けられた石けんが放り出された。

 木製のキーホルダーが着いた鍵がガチャリと音を立てて滑る。

 

 イレーネと鍵を受け取り一旦私の部屋で今後についてちょっと話した。

 あちこちでファラスの硬貨で払っていては、逃げてきているのにファラスから来たと宣伝しているようなものなのでどうにかしたいな、と。

 両替するにも金額が大きく、換金する物はあるが換金所がわからない。

 なんにせよ早くルイスさん達と合流したいね、というところで解散して寝ることにした。

 

 寝る前にシャワーを浴びたかったが徹夜で走り回ったせいか砂漠超えの疲れがでたか異常に体が重い。

 これはもう無理だ、とベッドに体を横たえるとまぶたを閉じた瞬間に眠りに落ちた。

 

 目が覚めたのは次の日の朝、丸1日部屋から出てこず、食事も取った様子がないことを不審に思ったか心配をしたか店のおじさんによる大音量のノックの音で起こされた。

「お客さん! 大丈夫ですか!」

 無理に起こされたためか、目眩のような眠気を振り払い重い体をひきずってドアを開けた。

「はい、どうしました?」

「丸1日部屋からでてこないので」

「ああ、すみませんね、すごく疲れていたので。はいこれ、追加で2人分」

 ほっとした表情を浮かべたおじさんに銀貨を2枚渡して無造作にドアを閉めた。

 ベッドまで歩きながら宙に浮かべた(アグーラ)に吸い付いて喉を潤し、ベッドに倒れ込んで寝直した。

 

 その次に目が覚めたのは夜だった。

 再びおじさんが起こしに来たわけじゃない所を鑑みると、丸1日寝てたということはなさそうだ。

 と、いうことは通算でいうと36時間くらい寝てしまった様で部屋は真っ暗だった。

  

 (イ・ヘロ)を使い部屋を照らすと、天井からランタンが吊り下がっていたので(イ・ヘロ)を放り込む。

 なにか食べるものはないかと家探ししてみるがウェルカムなんとかなんて物はあるわけがなく、1階に降りなければならないようだった。

 ため息を付きながら顔にかかる髪の毛を避けて耳にかけるとゴワゴワに固まった毛が指に引っかかり不快感を覚えた。

 

「シャワーか……」

 ぽつりとつぶやきノロノロと服をまとめるとシャワー室に持ち込み下着も上着も関係なく(アグーラ)と一緒にたらいに放り込んで踏み洗いをした。

 あっというまに水は砂色に濁り、洗いは捨てを4度ほど繰り返してやっと濁らなくなった。

 水を捨てたたらいを足で隅に追いやると据え付けられている魔石に魔力の補充をしてシャワーを浴びる。

 温水が出ると思い込んだまま頭から冷水をかぶってひぃ! と声がでて1人なのに恥ずかしい思いをしてしまった。

 熱風(アレ・カエンテ)でシャワー室を温めながら大慌てで汚れを落とし、石けんで髪を3度も洗った。

 汚れすぎて泡が立たなかったためだ。

 

 芯まで冷えた所で体も洗わなければいけないと思い出し、再度シャワーの出水ボタンに恐怖を覚える。

 熱風(アレ・カエンテ)のおかげでシャワー室がだいぶ温まり、私の体も少しずつ温まり始めたので、手で石けんを泡立てて体に塗りたくる。

 これもせっかく泡立てた石けんがあっというまに消えていってしまい、何度か冷水を浴びる羽目になった。

 

 やっと汚れを落とし終えたので今度はたらいの中の服を脱水して熱風(アレ・カエンテ)で乾燥させる。

 そういえばこの平民の服とやらの洗い方はこんなんで問題なかったのか心配になったが乾かしてみたら大丈夫なようで安心した。

 手ぐしで髪を乾かしながらシャワー室から出ると身支度をし、姿見で最初全体を確認してから顔を確認するために姿見に近づいた。

 髪を直して口を突き出してみたりして結構イケてるじゃん、と思ってはっとする。

 何を言ってるんだ! 自分じゃないんだぞ! と自分の考えを否定した。

 

 思わずよぎった考えに目眩を覚えさっさと忘れようと部屋を出て階下に急いだ。

 薄暗い階段を駆け下りる。

 2階から1階への階段は段々と明るくなってガヤガヤと人の話す声が聞こえ、食事に降りてきたついでに受付にいたおじさんにもう1泊するから、と銀貨2枚置いて食事を摂ることにする。

 

 昨日の朝来たときは眠気のあまり受付以外目に入っていなかったけれどもそこそこ広い食堂があり、宿泊客らしき男たちが食事と酒を楽しんでいた。

 カウンター席とテーブル席が9席、テーブルが全部埋まっていたので私はカウンター席に座りなにか腹にたまるものを、と注文した。

 

 しばらくするとミートボールが乗った赤いソースのパスタが出され、銅貨5枚だと言われてポケットから取り出しとカウンターの上に積み重ねて置いた。

 1口食べてみるとやはりトマトであり、紫色のタタンプではないよく知ったトマトで妙に感動してしまった。

「チーズありますか」

「別料金だよ、銅貨2枚」

 高いな、と一瞬思ったが、まあいいかと追加でカウンターの上に置いた。

 引き換えにカウンターに粉チーズがこんもり盛られた小皿が置かれた。

 

 なんのチーズかはわからないが少し臭いが強い気がする。

 かけて食べられなくなったらどうしようと心配しながら小皿を逆さにしてパスタと混ぜる。

 1口食べてみると強いと思った臭いもいい具合にトマトの香りと一緒に食欲をそそる匂いになっていた。

 これはおいしい! と再び感動する。

 元々食にこだわりがないので流されるように食べていたけれど、私は本当は向こうで食べていた物を求めていたのかもしれない。



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一生懸命に生きるって

「1人でいいもの食べてるのね」

 そう言ってイレーネが私の肩に手を置いた。

「パスタだよ、赤いけどね」

 イレーネはうっという顔をしてから隣に座り同じものを、と頼んだ。

 出てきた赤いミートボールパスタをまじまじと観察して恐る恐る口に運んだ。

「味はタタンプと一緒だったね」

「こっちの土地は魔力があまりないから赤くなっちまうんさ」

 料理人のおじさんが、受付した人とは違う頭に布を巻いた筋肉質で背の高い、おじさんが皿を拭きながら話しかけてきた。

「チーズをかけるともっと美味しいよ」

 銅貨2枚を置きながらいうと、料理人のおじさんが奥に行き、しばらくしてからチーズの小皿を持ってきた。

 

「おお! おいしい!」

 チーズを混ぜたパスタを食べ感激の声をあげる。

「そのチーズは普通に作るときより発酵を多くしてるから臭いは強くなるが料理によくあうんだよ」

 店のおじさんによるチーズの講釈を聞き、感嘆の声を上げながらイレーネがパスタを食べ終えてふうと息を吐いた。

 

「2日ぶりに食べたね」

「そういえば2日ぶりだったね、急に食べて胃がびっくりしないかな」

「まあ、大丈夫じゃない? おじさん、ビールください」

「ビール? エールかい? ラガーかい? エールは1杯銅貨4枚、ラガーは大銅貨2枚だ」

「ラガー? なんでそんなに?!」

「ラガーはあっしが知る限りではここでしか作ってないビールだからな」

「作るのに低温でないとだめだから作るのが難しいんだよ」

「ほう! 詳しいなお嬢さん!」

「そういうのがあるって聞いたことがあるだけなのでちゃんとした作り方なんて知りませんけどね」

「魔道具がないと作れないからここにしかないからな」

 そう言ってニヤリとした。

 

「じゃあ、ラガーを2杯」

「ほい、まいど!」

 ラガーがなみなみと注がれた木のジョッキがどん、と置かれる。

「あ、腸詰めかなにかあてになるものもらえますか」

「あいよ」

 

 乾杯しようと思ったが乾杯するような状況でもないし、と思ってジョッキを持ち上げたままなにかいうのかと譲り合ってたら無言でジョッキをぶつけることになってつい吹き出してしまった。

「なんかいいなよ」

「イレーネだって」

 でもやっぱり言葉はでてこなくて2人でジョッキを持ち上げてから口をつけた。

 ちょっと薄いが確かにこの味だ。

 久しぶりの味に思わず一気に飲み干してしまった。

「苦くない?」

「そうかな? まあ、私は飲み慣れてる味だからね」

 小声でささやくとあたしはエールの方がいいわと返事をした。

 

 久々の酒をイレーネと楽しみ日付が変わる辺りまで飲んで、やっぱりふにゃふにゃになったイレーネを担いで部屋まで連れて行った。

「鍵どこ?」

「もう無理ー、眠いー」

 ああ、またか!

 そういえば、今日は少しペースが早かったな。

 イレーネの飲みっぷりを思い出しながら仕方なく私の部屋に連れ込み、ベッドに放り投げ靴を脱がせ毛布をかけた。

 初めから2人部屋を取ればよかったということに今始めて思い当たった。

 見た目は同性でも異性だからと分けていたけど宿代も少し高くなるし、イレーネは気にする素振りはないしなんだか腹が立ってきた。

 

 歯を磨きながら弱々しい(イ・ヘロ)の光を反射して煌めくサラサラなイレーネの髪と酔って真っ赤になった寝顔を眺め、酒さえ飲まなければいいんだけどなぁと思いながらイレーネの横に潜り込んだ。

  

 

 あれだけ寝たので目が覚めたのは翌朝、割りと早い時間だった。

 そろそろロペス達もたどり着いたか、もしくは着いてるけど連絡が取れないのかもしれない、と思い出した。

 すまない、ロペス。

 イレーネが置きたらエッジオの家に行ってみよう。

 

 まだぐーすか寝ているイレーネのほっぺをつまんで揺らしてみるが起きる気配はないのでゆすり起こして自分の部屋に帰らせる。

 自分の荷物をまとめてあくびをしながら階段を降りていると足を踏み外して転びそうになり、思わず飛び降りると着地で大きな音を立ててしまって店のおじさんやら朝食を取っていた旅人っぽい商人やらの注目を集めてしまって愛想笑いですみませんと謝った。

 

「すみません、朝のメニューとかありますか?」

 騒がせてしまったので恐縮してカウンターの奥のコックに聞いてみると

「ここらの朝食は1種類しかないよ」

 とのことなので「じゃあ、それお願いします」というと鼻でふん、というと奥に引っ込んでいった。

 しばらくするとにんにく臭い真っ白な目玉焼きとフライドポテト、そして半分に切られたガーリックバターたっぷりのバゲットが差し出され、銅貨3枚だよ、と言われた。

 朝からにんにくか……と思いながら、しかし出されてしまったからには食べなくては。

 

 鼻の奥に残る強烈なにんにくの臭いに毎日でもいいくらい美味しいけど、今日はもうだれにも会えないな……。と思いながらフォークで卵焼きを切ってパンに乗せて食べる。

 強烈な臭いのボリュームに思わずぽかんとアホみたいに口を開けて臭いに色があるなら口からにんにく色の臭いが立ち上ってるだろうなと口から黄色いモヤが立ち上ってる姿を想像した。

「にんにくの臭いが消えるって言われてるお茶いるかい?」

「ああ? ああ、お願いします」

「よく口開けてたらにんにくの臭い消えないかなってぽかんとしてる客が多くて出すようにしたんだよ」

 それならにんにくの入ってないメニューを出したほうが早いんじゃないのかな、と思いながらへえ、と愛想笑いしておいた。

 

 そろそろロペスは着いた頃だろうか。

 それならイレーネと一緒にエッジオの家までいかないといけないな、と思いながらにんにくの臭いが消えるお茶をちびちびと飲みながら考える。

 結局お茶を飲み終わってもイレーネは起きてこなかったしにんにくの臭いは消えなかった。

 店主に文句を言いたかったが「と、言われている」と言っていたので実際は違ったねえと言われるとどうにもならない。騙された気分だ。

 

 そういえば、エッジオにはここの宿にいる話をしているのだから、ロペスたちが着いて落ち着いたら訪ねてきてくれるんじゃないだろうかと閃いた。

 何度か読み終わった本を取り出して、どこから読もうかな、と半分くらいを開いて読み始める。

 女神に魔王討伐を命じられた少年ニースが仲間と一緒に魔王を倒す英雄譚での最初の仲間、ポールというひ弱な魔法使いが仲間に入った辺りから読み始めるのが好きだ。

 大きな音を立てられると驚いて固まってしまうほど気弱だった彼は、冒険によって成長し、龍の息吹を身一つで防ぎ仲間を救うが魔力を使い切った彼は勝利と引き換えに戦う力を失ってしまう。「最後までいけないけど、ボンクラな身じゃここらが潮時、これからはのんびり幸せに暮らさせてもらうよ」そう言って笑って見せる。

 そういう先を知った上で気弱だった所から読み返すと応援もひとしおだと思う。

 一生懸命生きるってこういうことだよね、と彼の退場を見届け大きく息を吐いた。



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ロペスを迎えに行こう

「すみません、なにかお茶を」

「ヴィッテ茶なんてどうだい、スッキリした香りとキリッとした苦味のお茶だよ」

「じゃあ、それで」

 本の続きを読もうかと思ったが、椅子の木の板の硬さのせいで痛くなってきた。

 昔はこんな事なかったんだけど、この体は小さいことで地味に不便を強いられる。

 ぐっと背伸をして気分転換するついでにトイレに行き、戻ってくるとヴィッテ茶らしき壺がテーブルに置かれていた。

 

 手の中に収まるくらいの壺に金属のストローが刺さったヴィッテ茶を飲む。

 確かに臭いは爽やかで苦味が強い。

 強すぎて口の中身が全部バラバラに分解して取れてしまいそうだった。

 にがすぎて思わず眉間に皺を寄せて苦味を我慢してちびちびと飲む。

 

「そうそう、濃かったらこれで薄めるんだぜ」

 お湯の入ったポットをドンと置いて店主は次の客の所に行った。

 出し忘れか。

 お湯を足し、先が茶こしになっているストローでかき混ぜて一口吸い込んだ。

 やっぱり苦いが耐えられないこともない。

 そう思いながら飲んでいたら苦味もあまり感じず爽やかな香りだけを楽しむことができるようになった。

 

 ふと顔をあげると眠そうな顔で向かいに座るイレーネが目に入った。

「おはよう」

 やっぱり朝が弱いイレーネは青白い顔をして亡霊のように座っている。

「はい、目がさめるよ」

 ヴィッテ茶を勧める。

 イレーネは重そうに体を操ると器を手前に寄せてストローを咥え、ヴィッテ茶を飲む。

 少し熱くて苦いお茶はばっちりイレーネの目をさますことができたようで、もう少しで吹き出す所だった。

「なにこれにっがーい」

「ヴィッテ茶っていう爽やかで苦いここのお茶だってさ、お湯足してるからだいぶ苦味は薄まってるよ」

 軽くショックを受けたようにうぇーという顔をして、一口だけ飲んでやっぱりうぇーという顔をした。

 

「そこからで気づくかわからないけど、朝食はにんにくたっぷりの卵焼き食べたから今この辺がにんにく臭がすごいことになっててさ。にんにくの臭い気にするなら外出たほうがいいかもしれないよ」

「にんにくかー、夜ならいいんだけど、朝は辛いかもなぁ」

「今日はだれにも会わないって決めたときに限ってお客さんが来たりね」

「あるよね、そういうこと」

「そろそろエッジオの家にも行きたいし今日はやめておくよ、出る準備するね」

 階段をのぼるイレーネに手をひらひらとしながら少しでも薄めないと、とヴィッテ茶をがぶがぶと飲み干す。

  

 にんにく成分を薄めるためにがぶがぶとお茶と水を飲んだおかげでたぽたぽになってしまったお腹を抱えてイレーネと一緒に朝食を探しつつエッジオの家に向かう。

 宿があったのは下から大体3層目くらい。

 岩山を削って1枚の石畳と化した岩山の道を通って下っていく。

 岩山の途中では歩きながら食べられるような物を売っているような店を見つけられず、岩山を降りた所で屋台があちこちにあった。

「お嬢さんたち観光客だね! バドーリャに来たらこれたべなきゃ! 注文の仕方がわからないならおすすめでサンドするよ」

 なんていうのでバドーリャならではのなにかを挟んだサンドなのかと近寄ってみると、確かに美味しそうな匂いをさせるパンと鍋で煮込まれている具と新鮮そうな野菜が所狭しと並べられていた。

「お腹すいたからこれたべよ、おすすめでお願いします」

 いよいよ限界になったイレーネは人差し指を立てておすすめを注文すると、店主のおばさんはあいよ、と威勢よく返事をしてひょいひょいと手早く何かのサンドイッチを作った。

 作る間にトマトの様なタタンプをいれないでほしそうにしてたが口を挟むスキを見いだせずに完成してしまった。

「食べてみると普通なんだけどやっぱり真っ赤なのって気持ち悪いよね」

 そうだね、とは返事しておいたがやっぱり紫色のトマトのほうが気持ち悪いと思うのは仕方がないと思う。

 

 エッジオの家に着くと、ノックをしてみる。

 中からはいはいはいと声が聞こえ、勢いよくドアが開けられた。

 あと半歩前に出てたら鼻が潰れてしまうところだった。

 

「カオルにイレーネ嬢! もう大丈夫かい? 僕も昨日やっと動けるようになった所さ。ロペス達も戻ってきてるから入るといいよ」

 ドアを開けて私達を迎え入れてくれた。

「やあ、ロペス。ずいぶん遅かったね」

「ああ、ひどい目にあったよ。あの後小型の砂獣の群れに襲われてな」

 砂犴(アル・ガオ)という砂漠に住む犬に似た獣の群れに襲われ、リノさんと協力してなんとか撃退してここにたどり着いたらしい。

 風呂に入ってよく寝たようだが、服は砂まみれで洗っていないが砂漠の乾燥した空気のお陰で嫌な臭いが発生しづらいようだ。

 数日ぶりに会った友人の顔をみてえづかなくて済むのはありがたい。

 

 エッジオに案内されて中に入るとリノさんとロペスがテーブルでお茶を飲んでいた。

 空いた皿を見るにどうやら朝食後に来たようで、いいタイミングで来たように思う。

 イレーネと一緒に勧められるままに一緒にテーブルに付き、黄緑色のお茶が出してくれた。

 ちょっと汚いものを思わせるそれをイレーネは気にせず飲んでいたので、飲めるんだこれ。と心のなかでつぶやき恐る恐る口をつけた。

 

「剣が通ったから足を引っ張らずに済んだが、魔法があるというのはすごいものだね」

 ロペスがかけた防御力を上げる魔法(ハードスキン)砂犴(アル・ガオ)から身を守り切れ味を増す魔法(シャープエッジ)は毛皮を容易に引き裂いて無傷で撃退することができたと、今体験したことのように興奮して言った。

 それを聞いたエッジオは得意げな表情を満面に浮かべ

「だから、カオルにはうちのギルドに来てほしいとお願いしてるのさ。カオルが来ればイレーネ嬢もロペス君も来てくれるだろう?」

「私たちは行く先が決まっているって断っているところだけどね」

「そうだぞ、ロペス達は黄金のなんとかという所に行くんだ」

 

「わかるけどね、一緒に仕事をしたいと思うのも自由じゃないか。

 で、話は変わるがルディ君とピエールフのことだが、もう傷はふさがって血もだいぶ回復したそうだが失った体を元に戻すには高位の神官を呼んでくるか神官と同じくらい高位の飲み薬(ポーション)を手に入れる必要がありそうだ」

 ルディはまあ、身体強化があるし、盾代わりに肩から肘までのプレートでも作れば剣を振る片手があればどうにかなるだろう。

 10級の飲み薬(ポーション)があれば欠損も治るらしいが残念ながら私達は9級までの作り方しかしらない。

  

「輸送隊は足は義足でも仕事には影響はないからな」

 リノさんはあまり心配していないようで不思議に思っていると顔に出ていた様で、

「どうした? カオルちゃん、そんな顔して」

「いや、足無くしたのにあんまり心配してないなぁって思って」

「あの砂漠じゃ砂獣に一飲みなんてザラだからね、命があっただけ幸運なのに義足さえ付ければ仕事も続けられるんだ。むしろ生き残ったからこそ幸運の男として仕事が増えるかもしれないな」

 リノさんはエッジオの話を聞きながら仕事が増えるのが嬉しいのか、あごひげを撫でながらうんうんと満足気に頷いた。

 よくわからないがそういうことらしい。



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鮮度は悪くて当たり前

「それよりもピエールフのためにそちらのルディ君が利き手ではないといえ、戦士の腕を失わせてしまった」

「あれはルディが好きでやったことですから、きっと大丈夫じゃないですかね」

「そうね、それにその気になれば10級の飲み薬(ポーション)くらいどうにかするでしょ」

「砂獣に飲まれてなければ9級の飲み薬(ポーション)でくっつけられたのだがなあ」

「ロペス君、それじゃまるで9級の飲み薬(ポーション)は持ってるみたいじゃないか」

「いくらなんでも持ち歩いちゃいないさ。あれ、思ったより日持ちしなくてな。材料があればそこのカオルが作るさ」

 ロペスがそういうと、とんでもない物を見たような顔で私達の顔を見回し苦笑いして言った。

「やっぱりうちのギルドに来てほしくなってきたよ」

「凄腕の薬師を紹介したってことでギルドの貢献ポイント相当もらえるからな」

 貢献ポイントが溜まったら何があるんだろう、食器セットとかもらえるのかな。

 

「さて、じゃあそろそろハンター協会に行ってルイスさんかフェルミン辺りを呼び出してもらおうか」

「近くだけど案内するよ。じゃ、行こうか」

 エッジオが立ち上がり、リノさんは食器を片付けおれは寝るからよろしく、と言って奥に引っ込んだ。

 家を出るとエッジオは心配してないようなことを言うけどあれはあれで僕らのリーダーだからね、あまり弱みを見せないようにしてるんだ、冷たく見えたら誤解しないでくれよ。と、小声で囁いた。

 

 昼のバドーリャの街並みを改めて見るとお金のかかってなさそうな粗末な2階建ての住居や商店、屋台が立ち並んでいる。

 その中でも大きめの建物は安くて多い食堂なんだそうな。

 

 エッジオが「ここの通り平民が多く住んでて比較的安全でいいものを売る通りなんだ」という道案内で平民の道を歩く。

 焼いた串焼きの肉を売る店や、香草のスープを売る店、野菜を売る店、質の悪いナイフや剣を売る店なんていうことを先頭を歩くエッジオに説明してもらいながら人の波をかき分けて岩山の方へ歩く。

 

 店の前で大声でここの店は肉の鮮度はいまいちだがつけダレが絶品だなんていうのを店の人の耳に入ると怒られるんじゃないかと思い顔色を伺ってみると気にしていないようだ。

「鮮度が悪いなんて聞かれたら怒られるんじゃないですか?」

「鮮度がいい肉は上の方のレストランで魔法の氷室で保存されているものか運がいい時しか食べられないからね」

 鮮度が悪いのは当たり前のことらしい。

「カオルって時々変なこと気にするのよね」

「美味しい肉を食べるのに鮮度って大事だよ~、鮮度がいいまま保存できたら魚も食べられるんだよ」

 そうはいってもピンと来てもらえなかった。

 

 結局、美味しそうな匂いには抗えず、みんなで串肉を持ってハンター協会に向かう。

「ここは僕のおすすめの店なんだ」

 エッジオはそういうと全員分の串焼きを買い、全員に配った。

 

 スパイスとニンニクの香りが強い塩味の赤身肉は噛みごたえがあり、噛めば噛むほど旨味が出てくる。

 鮮度が悪いわけじゃなく、常温で熟成できているのか、つけダレに腐敗を防ぐ効果があるのだろうか?

 腐敗と紙一重の神業とも言えるようなことをしているのだろうか。

 

 イレーネとロペスも私が貰ったものとは違う串らしく、1串に4つ刺さっている肉の塊を色々な味を頼めるように1つ食べる毎に次に回していく。

 ロペスが貰ったものは癖のある豚肉のような食感の肉で臭みとタレの香りと調和し臭みも美味しさの一部として存在するようで、

 イレーネが貰ったものは硬い鶏肉を思わせる弾力のあるくせのない肉は後から尽きること無く脂の旨味が感じられた。

「お金は後でまとめて渡すよ」

「なんとか生きて帰ってこれたお礼に奢らせてくれよ。今回の荷運びは納期の前倒しでボーナスもでたのさ」

 ならば、遠慮なく奢られることにしよう。

 

 道案内してもらいながら改めてバドーリャを見上げる。

 大きな岩山に道を通し、道沿いに岩山を掘って家にしたものと、石やレンガを積んで漆喰を塗ったと思しき建物が隙間なく立ち並んでいるのが見える。

 エッジオの案内で岩山の螺旋の4層目にあるハンター協会にたどり着いた。

 彼がいうには、平民でも資産に余裕がある家は岩山の下層に家を持つことがステータスで、上層は昔から議会員や時を告げる魔道具を管理する刻時院の関係者といった有力者達が暮らしているため登ることすら許されないらしい。

 

 ハンター協会はこの岩山の下から2層目の道の岩山側に建てられ、山に建てられた家、というより岩山の壁肌から突き出した建物といった感じで2階建ての建物だった。

「わが町のハンター協会へようこそ!」

 ニッと笑ったエッジオがドアを押さえて通してくれた。

 中に入ってみると建物が石造りなのと窓が少なく光があまり入らないことと、まだ昼前だからかひんやりとしている。

 魔術の光で照らされたハンター協会の屋内には人はまばらで受付職員は暇を持て余しているようだった。

 

「すみません、連絡を取りたいギルドがあるのですが」

 白髪交じりの紫色の髪をした痩せた40歳前後の職員は元気と明るさという言葉とは無縁な態度でだるそうに座り直す。

「バドーリャのハンター協会へようこそー、ギルドへの連絡は大銅貨5枚でーす」

 銀貨を1枚出すと嫌な顔をして大銅貨15枚のおつりを返してくれた。

「えぇと、この紙にギルド名とギルド員の名前を」

 5センチ四方の紙と鉛筆が差し出されたので、ロペスが『黄金の夜明け団』『ルイス』と書いた。

「時間かかるからその辺に座って待っててー」

 

 先に座って待っていたイレーネとエッジオの所に行き、テーブルに突っ伏して寝ている人や何をするでもなくぼーっとする人を見回しながら腰をかける。

 ファラスであればちょっとした飲食ができそうな所があったのだけど。

 そう思って見回すと仕事の受注と報告くらいしかなさそうなこのハンター協会に6人がけテーブルが8セットも置く必要はないんじゃないかと思ったが、減らしてしまうと殺風景になりすぎるので間を埋めるためだけに置いているのかもしれない。

 

「ふえー、これで旅の目的が果たせると思うと肩の荷が降りた気分だわ」

「いつも通り年寄りくさいこと言ってるけどこれからここで暮らしていくことになるだけだからね」

「そうだ、ここに住むなら、ロペス君はひげを伸ばさないといけないな」

「エッジオもそうだけど、そういえばここの人ってひげの人多いね」

「そうなんだ、ひげも無いやつは信用もされないし、大人の男とはみとめられないのさ」

 剃る機会がなくて少し伸びたひげを撫でながらロペスは伸ばすのか……とつぶやいた。



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ひげは男のステータス

「髭は長すぎても短すぎてもいけない。

 口ひげは両側を剃ったり真ん中だけ剃るような形の髭は詐欺師の髭といって良くない髭なんだ。

 口を囲うように上下がつながってしまうようなのは野蛮に見えるからやめておいたほうがいい」

 エッジオが人差し指と中指を鼻の下に当てたりしてだめな形を手で示しながら教えてくれる。

 ちょび髭はだめで馬蹄形やサークルは野蛮らしい。

 流行りは口ひげを伸ばして正面から見るとあごひげとつながっているように見えるけど横から見るとつながっていないワイルドな装いらしい。

 聞いてみたもののさっぱりわからない。

 

 髭の説明を聞き飽きたのでロペスのちょび髭を想像してニヤニヤしているとイレーネが私の顔をみて変な顔をしていた。

 メモを取り出してちょび髭を書いて紙とロペスを重ねて見せるとブフッと吹き出しロペスがちょっとムッとしていた。

 

「あごひげは口の下だけを残して左右は剃ったほうが無難かな、整えすぎてると偉そうにしてると見られる場合もあるし、整えてないとだらしがないといわれるしな」

 そんな話をスルーしながらエイブラハム・リンカーンの髭を書いてイレーネに渡すと背中を丸めてヒクヒクと震え始めてロペスに睨まれた。

 それからカイゼル髭とか色々書いてはイレーネと一緒にロペスやエッジオに透かしてこれが似合うとかありえないと笑いながら過ごしてどのくらい経ったか。

 

「遅かったな!」

 少し痩せ、まばらなひげをはやしたルイスさんがいつの間にか私の後ろに立ってひげメモを眺めながら言った。

「お久しぶりというほどではないですけど、お久しぶりです。少し痩せました?」

「副団長?!」

「は?! 副団長?!」

「ああ、そうそう、黄金の夜明け団(おうごんのよあけだん)の副団長やってんだわ。フェルミンが団長でトミーとアイランが団長補佐やってる。ってお前は輸送やってくれてる……たしか、エッジだったか」

「えっえっエ、エッジオです」

「ああ、そうそう、エッジオ君、なんでこいつらと?」

「それについては私から説明しましょうか」

 間に入って砂漠で水がなくなったエッジオ達と合流したこと、ルディとピエールフが砂獣に襲われたこと、宿に泊まって体力の回復をしてからロペスと合流してからエッジオにここまで案内してもらったことを説明した。

「あー、運び込まれた重症者ってルディだったか、とっさとはいえ、運が良かったな」

「ルディ君のおかげでピエールフも仕事続けらりことに感謝すると思います」

 片手、片足無くしてもこんな感じにしか思わないことには未だになれないが、命が安いのだからそういうものなのだろう。

「そのうち飲み薬(ポーション)でも作ってあげたらいいですよ」

「簡単にいうが10級はなかなかなあ」

 頭をガシガシとかいた。

 きっと飲み薬(ポーション)作りの師、リタ先生を思い出して作り方を復習しているのだろう。

「取りに行かないと手に入らない材料はお前らで用意しろよ、おれはここから動けないからな」

「もちろんです」

 ロペスが力強くうなづいた。そしてひと段落ついて思い出した。

「エッジオのギルドゴールデン何とかって違う名前だったよね」

黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)だ」

「で、正しくは?」

 ルイスさんに話を振ると「黄金の夜明け団(おうごんのよあけだん)だ」という。

 どういうことかと聞くと、ルイスさんがギルド作成を頼んだ時の書類に読み方を書き忘れたのでみんなが好き勝手呼ぶことになったというなんともばかばかしい話だった。

 

「まさか自分が下っ端やってるギルドの幹部候補生だと知ってたらさっさと逃げてた」

「あたしとカオルを口説こうとしてたもんね」

 エッジオのぼやきをイレーネがからかった。

 

「ルディとピエールフはどういう顔をするだろうな」

 ルイスさんとロペスは面白そうに今ここにいない2人の反応を予想して面白がる。

 素直に喜んでくれればいいけど、幹部候補の片腕を失う原因になってしまったとピエールフさんが責任を感じなければいいが……。

 

「じゃあ、ギルドに行くか」

 ルイスさんを先頭に岩山をまるで巨大な巻き貝のように削って作られたバドーリャの街を歩きながらこの街やこれからのことについて色々教えてもらった。

 今は砂獣や魔物の退治や荷物運びなんかをしながら戦力を集め、育てている所で、いずれ『ファラスを占領したアールクドットの討伐』をハンター協会に仕事として発注したいそうだ。

 自分で発注して自分で受けて自分に支払うというのも手数料もあってバカバカしい気がするけれど、発注者が全員戦場に出てしまう。

 すると払う者も受け取る側も全員無事に帰ってこれる保証もないので支払いについては事前に取り決めておかないと受ける側が嫌がるというのもわかる。

 命からがら帰ってきて発注者が死んでしまったから誰が金持ってるかわからないなんて容易に想像がつく。

 

 そういうわけで数千人分を雇えるくらいの資金稼ぎと、その戦力を増強するという気の長い計画なんだそう。

 そう思って最初ファラスから移住した元教官達で仕事をうけたそうだ。

 仕事自体は上手くいったが、過程に問題があったそうで、ここでは『魔術師ギルド』というものがあり、魔法はお金を払って教えてもらうんだそうだ。

 そんな事情も知らずに仕事を受けていたが、魔術師ギルドとしてみればファラスから来たやつらときたら金も払わずに魔法を使ってけしからん、ということでハンター協会に行っても仕事が受けられなくなった。

 

 どういうことだと話を聞いてみるとこの街の有力者の1人である魔術師ギルドの長が裏から手を回して仕事をさせないようにしたのだという。

 これはまずいと慌ててわびをいれ、以降この街で使う魔法は魔術師ギルドから買ったものを使用するよう約束した。

 ファラスの魔法は基礎を終えると威力や性能を決めるのは本人の才能次第なのだけど、ここバドーリャの魔法は威力や進度によって段階が定められていて、1つずつお金を払って教えてもらう必要があるらしい。

 そこによそからきて後ろ足で砂をかけたものだから魔術師ギルドのプライドを傷つけ干されることになったのだ。

 

「そういうわけだから騒ぎを起こしてくれるなよ、カオルとイレーネ」

 イレーネはともかく、なぜ私が騒ぎを起こすと決めつけているのだろうか。

「目立たないようにしますよ、くれぐれも」

「カオルはともかくあたしは騒ぎなんて起こしませんよ」

 はっとしてイレーネをみるとふふん、と勝ち誇っていたがロペスに「どっちもどっちだ」と言われ傷ついたふりをしていた。



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ペドロの家に遊びに行こう

「後はファラスの金はこっちの金に両替してやる」

「使うのも鋳潰して売りに行くのも目立つだろうなって思ってたんで助かります」

 

 そのあと砂漠を通るのはしんどかった話を延々と愚痴りながらルイスさんの案内で第7層にあるという1件の建物の前に着いた。

「1階は基本的に開いてるが2階に上るには鍵が必要だ」

 ロペスを先頭に私とイレーネが建物に入ると目隠しの衝立があり、その奥にいくと事務机のような四角いテーブルが4台置かれ、その奥に2階へ上がるための階段があるのが見えた。

 それ以外は椅子と小さなテーブルがいくつか置かれ殺風景というかどこかの事務所に来てしまったかのような気すらする。

 その癖天井からは煌びやかなシャンデリアがつるされ、ギラギラと光を放つ。

 

 なんだこりゃ、と思いながら呆けたように天井を見上げると「まあ、なんだ付き合いとかいろいろ、な」と、言葉を濁した。

「ガラスですか」

「いや、魔石製だ。仕組みはなんとなくしかわからんが」

 少し目が眩みながら見上げると、枝を伸ばした逆さの木に魔石の実がなっているようなデザインのシャンデリアはギラギラと無駄に明るく光を放っている。

「魔力の供給は下ろしてからでしょうか」

「そうだ、あそこの鎖を引くと上げ下げできるようになっている」

 たまに補充するだけでいいので、ろうそくを使ったシャンデリアよりは管理が楽な様だ。

 

「イレーネとロペスの家にもこんなのあったりするの?」

「うちに人を招くことはないからなかったな、中級や上級貴族だったらそういうこともしてたのかもしれんが、やっぱり呼ばれないからわからん」

「あたしも」

「フェルミン達ならわかるんじゃないか?」

団長(フェルミン)には殺風景な部屋にこのシャンデリアはどうなんだ? と言われたよ」

 ルイスさんが苦笑いした。

 

「あ、こいつらとあと入院中の1人で最後だ」

 事務のおじさんにそう告げると奥の階段に向かって歩いていく。

 ルイスさんの後ろについて事務のおじさんにどうもどうもと頭を下げながらついて階段を登ると突き当りにドアがあった。

「ここから先は幹部だけが入室できるようにしてる。色々内密にしないといけない話もあるからな。鍵は後で渡す」

「ペドロ達はどこに行ったんです?」

「一昨日ついてここの鍵と家の鍵渡したから今は家にいるんじゃないか? お前らの家も18層にあるから後でいくといい」

「みんなその辺りですか」

団長(フェルミン)達とおれらは15層と16層だ。上に行くほど買うのも借りるのも高くなるから本当はおれらも下の方がいいんだが空きがなくてな」

 

 建て増しして作られたと思われる2階の部屋は奥に幅2メートルほどの大きな机が1基置かれ、昔のドラマで見たようなワンマン社長がいるオフィスの机の配置はこんなんだったと思い出させる配置で幅1メートル位の机が4基を1つのかたまりにして2つ並んでいた。

 入り口に一番近いところで初老の男性が事務仕事をしているようだった。

「奥が団長席で手前がルイスさんの席ですか」

「そんなところだ」

「カルロスさん、ちょっといいですか。後でもう1人来ますが、パーティリーダーになるのが着いたんで紹介します」

「はい、はじめましてお坊ちゃん方(わたくし)カルロスと申します。ファラスでヴィク様の身の回りのお世話をさせていただいておりました」

 身なりが良く落ち着いた雰囲気の……執事という雰囲気はこういうものだと感じさせる。

 私たちはパラパラと名乗りよろしくお願いしますと挨拶をした。

 

 カルロスさんは嬉しそうに微笑みながら「若い人が増えてファラスに戻れる日も近くなりそうですね」と握手を求めてきたので「がんばります」と苦笑いで握手に答えた。

 

「そうだ、どうせ後でまた来てやることになるなら、両替と魔石の買取もやっておこうか」

 挨拶をしている間に鍵の束とお金が入っているだろう袋を持ってきて机にドスン、と置いた。

 いくらもってたっけ、と思いながらじゃらじゃらとファラス貨幣を積み重ねて同じだけのお金を受け取る。

「手数料とかとらないんですね」

「両替商じゃないからな」

「あと魔石はこんなところですね」

 魔石を入れた袋を逆さにしてざらーっと出してみると、あっちこっち振り回したりしてたおかげで砕けたものが多くほとんどお金にはならなそうとがっかりした。

 イレーネとロペスも慌てて自分の魔石を入れた巾着をのぞき込み砕けているのを確認してちょっとショックを受けているようで言葉がないようだった。

 それでもイレーネはまだ暴れることが少なかったので生き残った魔石は私とロペスよりも多かったが、今度はこっちでのこの程度の魔石は貴重なものでもないらしく買い叩かれてへこんでいた。

 価値としてはだいたい3分の1。

 一般人にはなかなかのボーナスになるくらいの金額だけれども、イレーネには元々の家柄とここ2年で稼いできた実績から考えると二束三文に感じてしまうのだろう。

 

「どうする? 持って帰るか?」

 ルイスさんがにやにやと腹の立つ笑顔で砂の様になった魔石や欠片を指して言う。

「持って帰ります! 魔道具作るためのインクだって必要ですからね」

「作成済みのインクがこれだ、在庫はまだあるぞ」

 ポケットから小瓶4本を取り出して置いた。

 顔を見るとやっぱり腹が立つ笑顔だったが、どうせ作ることになるならと苦々しい思いで砕かれて欠片になったり粉になった魔石と交換した。

「本来なら売り物なんだがおれとお前らのよしみだ。こうやってギルド員に雇用を作るのも仕事のうちだから後でメイドと小間使い送るからその辺よろしく」

「はあ、社会貢献ってことですか」

「話しが早くて助かる。あとはメイドを雇う財力があるってことをアピールしないとな。イレーネ達は詳しく知りたいなら後でカオルにでも聞いてくれ。次は3日後にロペスの家にいくから朝来てくれ」

 じゃあ、また。と挨拶をして表に出る。

 

 新しい家まで3人で向かいながらさっきの社会貢献について、豪農や大商人が売るものを買う顧客を増やすことでバドーリャの経済が回るのだとギルドの事務所からの道すがら説明した。

 18層まで降りてみると私達の家は泊まった宿がある通りの3軒隣にあり、そのせいか割りと人通りが多いようだった。

「なあ、ペドロに挨拶していこうか」

 ロペスがペドロの家の前を通った時に思い出したようにつぶやいた。

 イレーネが同意して私が続いた。

 

 先頭に立ったロペスがドアノッカーをダムダムと叩くと奥からパタパタと足音が聞こえ、扉の小窓が開いて女性の目が見えた。

「どちらさまですか?」

「すまない、ここがペドロの家だと聞いたのだが間違えただろうか」

「どちらさまですか?」

「……ここがペドロ・バレステロスの家ならロペス・ガルシアが来たと伝えてもらえるか」

「少々お待ちを」

 小窓がパタンと閉まり女性は奥に向かったようで、ここがペドロの家で間違いないようだ。

 しばらく待つとドアが開き、ラフな貫頭衣を着たペドロが現れ「お前たちも無事についたか」と迎えてくれた。



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味が薄い料理が普通という文化

「この辺はどこもこんな家で狭くて仕方がない」

 ペドロが文句を言いながらここがキッチンと使用人の部屋、ここがトイレ、ここが洗濯場、と説明をしながら廊下を通り、ダイニングへ案内された。

「あとは2階におれの寝室と書斎がある」

「今の話で浴室がなかったと思うのだけど」

「ここいらでは水は貴重だからか、せいぜいぬるま湯で体を拭くのが精々で金持ちになると頻度があがる程度だ」

 ペドロの召使いがお茶を出してキッチンに引っ込むのを見届けると、声を少し小声で

「魔法で出すにしても無尽蔵に使えるのはお前らくらいだからな」

「おれを一緒にしないでもらおうか、変態はこの2人だけだ」

「こっちから見ればお前も似たようなもんだ」

「変態ってなにさ!」

「おお、自覚がないとは生きづらかろう」

 ペドロが笑いながら空になった私のお茶を継ぎ足した。

 

「まあまあ、努力した結果なんだからいいじゃない。ね? とはいえこっちで仕事しないといけないならペドロとルディも魔力を増やさないと。こっちの魔物は向こうのより強いみたいだからさ」

「そうなんだ、聞いてくれよ。おれらは東の山脈を超えているルートでこっちに来たんだがな。あ、その前に昼は食べたか? まだなら一緒に食べていくといい」

 テーブルにあるベルを鳴らすと召使いの女性がキッチンから出てきて「御用でしょうか」とペドロの傍らに立った。

「パオラ、すまないが昼食を彼らにも用意してくれ」

「かしこまりました」

 礼をして下がる召使いの女性を見送って「彼女は?」と聞くと

「明日辺りお前らの家にも派遣されてくるぞロードーシャをコヨーするシャカイテキセキニンを果たすんだとさ、支払いはこっちもちだし、その、な」

 言いづらそうにだんだんと声が小さくなりながら言葉を濁した。

 なんだろう、と思っているとパンが入ったバスケットとスープの入った鍋にスープ皿をカートに載せたパオラが現れた。

 テーブルの真ん中にバスケットと調味料入れを置くとスープを給仕する。

 スープ皿が置かれ、スープが注がれるとベーコンと細かく刻んだ野菜のスープの様だった。

「さあ、いただこうか」

 主人であるペドロの声で食べ始めるとパオラは礼をしてキッチンに向かった。

 ペドロは心配そうな目で私達を見回し、私が食べるのをじっと見てくる。

 パンを2つに割り食べてみると普通のパンの味だった。

 なんてことはない、普通のパン。硬さは少しあるが焼き立てを買ってきたであろう味。ペドロの表情が変わらないのでこれではないんだろう。

 イレーネを見るとイレーネも訝しんでる様子でお互いに頷きながらスープに手を付けた。

 

 なんというか、味がない。

 ベーコンの油と塩味が遠くにうっすらと感じられる。

 野菜も食感がなく、口に入れた瞬間にどろりと崩れた。

「自分で、塩を足して味を調整するんだ」

 小さなスプーンが刺さった小瓶を渡された。

 サラサラ、と塩を足して食べてみると、味のないドロドロが塩味のドロドロになっただけだった。

 微妙な顔の私たちを見てペドロが満足そうにうなづく。

「そうだよな、それが普通だな。文句を言ったらこちらではこれが普通ですよっていうわけだ。だが向こうで食べてたものがどうやって作っていたかなんて平民や料理人の子供じゃあるまいし知るわけがない」

「たしかに。それで?」

「お前らのところにも大差ないのが送られてくるわけだ」

 ぐっと喉を鳴らして苦々しい表情を浮かべるロペスと眉間にしわを寄せてどうにかこのドロドロがおいしく食べられないかとスプーンを持ち上げたり下げたりするイレーネ。

 私はというと貴族じゃないしやり方を指示すればやってくれるだろうと楽観的に考えていた。

 

「料理できないのに身の回りの世話をするなんてどういう人なんだろうね?」

「料理以外は普通にできているからこれがこっちの普通なんだろうさ」

 まあ、いつかだれかに聞いてみようと心のメモ帳にうっすらと書き記し、ここの食材を確認して改善できそうならいい方法考えておくよと私が言ったことで今日の所は解散となった。

 

 ドアの鍵、と言っても現代で使っていたようなきちんとしたものではなく、おもちゃの宝箱についているような頑丈で安っぽい形の鍵を差し込み半時計回りに回す。

 中に入って鍵の形をみてみると、円を切った板が鍵の回転とともに出てくる仕組みで意外とちゃんとしてる、と感心した。

 

 一通り家の中を物色してキッチンや風呂に使用人の部屋、テーブルと椅子だけのダイニングに寝室、書斎と一通り見て回った。

 ひんやりとした石造りの1階にいると気温は低くないのに体温を奪われるような気がしてぶるっと体を震わせると増築された木造の2階に上がりペドロに書斎と紹介された部屋に入る。

 真っ暗な室内に(イ・ヘロ)の光を放り投げ書斎の机に座ってぼーっとする。

 

 一体これから何をさせられてしまうのか。

 部下が付くならめんどくさいから自分でやってしまうという選択肢を取ってはいけないことになる。

「ああ、めんどくさい」

 背もたれに体重を預けてぼやいた。

 

 窓がないので外の時間がわからず、うだうだと考えながらぼーっとしているとどれくらい時間がたったか。

 階下からかすかにドアノッカーの音がした。

 もう使用人とやらが来たのかな、と重い腰をあげて玄関に向かう。

 のぞき穴なんてものはやっぱりないので「はーあい」と返事をしながら鍵を開けてみるとイレーネが立っていた。

「あらま、どしたの」

「家になんにもないし、ちゃんとしたもの食べに行きたくて」

「ああ、そうだね。皿の1枚もないもんね」

 

 苦笑いして荷物を漁って銀貨を適当に何枚か取り出してポケットにしまおうとしたが、女性物の服はポケットがないらしい。

 しょうがないので小さな巾着に入れ一緒に外出する。

 1階層上にある渡り鳥の翼亭という中規模の商家が接待で使うことがあるというちょっといい店に行った。

 

「当店はドレスコードがあるのですが、初めてですので今回は多めにみます。ですが次回からはきちんとしたドレスでいらっしゃってください」

 入店した私とイレーネを見比べ、いやそうな顔をして受付の男は言った。

「はあ、すみません」

 とりあえず謝ってはみたが、次回からはどうしよう。

 

 受付の男はお客様を3番テーブルに、そうウェイターに告げ、呼ばれたウェイターの男は私たちを席に案内する。

 椅子を引いてくれるような店に来るのは初めてだ。

 きれいなクロスがかけられたテーブルに向かい合わせで座った。

 席に着くと「ありがとう」というとウェイターはメニューを置いて引っ込んでくれると思ったがにこやかに指をムニムニと動かし、にっこりと笑った。

 

 ああ! チップか! と思いつき巾着から銀貨を渡した。

 渡された硬貨が銀貨だったことに驚きつつも喜色を満面に浮かべ恭しくメニューを開いておすすめを教えてくれた。



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思えば遠くへ来たもんだ

 

 名前だけではどんな料理で味なのかイマイチわからなかったので、適当に美味しいのを、と注文するとまるで貴族に対するような態度で引っ込んでいった。

 教育が行き届いているようで何よりだが、他の客からはなんだか見られている様な気がする。

 

「なにあれ?」

「チップっていうのでね、サービスに対して直接お金を払うんだよ」

「カオルの所だとそうだったの?」

「そういうわけじゃないけど、そういう国もあるって知ってただけ」

「そうなんだ。そういえば髪の色ちょっと戻ってきてるの気づいてた?」

「え? ほんと?」

「うん、うっすら黒くなってきてるよ」

「白いままだと目立つなぁって思って染めようと思ってたところだからよかった」

「目立つのが嫌ならまだ薄いグレーだから染めたほうがいいかも」

 そう言ってちょっと笑った。

 

「じゃあ、明日来る使用人とやらにお願いしてみようかな」

「あたしらの所に来る人もあの味なのかな」

「いやー困っちゃうねー、仕事で外出てたほうがまともなもの食べれそう」

「そうだよ、カオルのありあわせパスタの方が絶対おいしい」

 前菜のサラダを突きながらぼやくイレーネを見て、そもそも家事能力がないのに使用人やるってどういう人なんだろう? と思ってイレーネにも聞いてみる。

「やったことはないですがやる気はあります! みたいな?」

「できることで稼いだほうがよさそうなのにね」

 そこらへんも事情があるんだろう。結局はそういう結論になり新しい使用人についての話は終わった。

 

 パンのバスケットとポタージュがだされ、周りを見てみると知ってるものよりどろっとした粘度の高いポタージュをパンですくいながら食べるのがこのポタージュの食べ方のようで真似をしながら食べる。

 接待をするような役目でもなかったので高級な食事なんてしらない私はイレーネと周りの様子をうかがいながら恐る恐る食べ進める。

 なんだかんが言ってもイレーネは貴族なので落ち着いていて奇麗なもんだなぁと感心した。

「なにさ」

「いやあ、食べ方奇麗だなぁと思って」

「ほめたって何にもでないよ」

「褒めコインとか出て溜まったら賞品と交換できたらいいのにね」

 そういうと何それといって声を出さずに令嬢らしく笑った。

 ちゃんとした所ではちゃんとできる意外な一面を見た。

「変なこと考えてるでしょ」

「まさか」

 

 スパイスのソースがかけられた見たことがない肉質のステーキがテーブルに乗せられ、羊肉のステーキですとウェイターが解説した。

「当方のステーキソースは高級店にも引けを取らない味ですのでお楽しみいただけますよ」

 なんて言って引っ込んでいった。

 

 どれどれ、と食べてみるとマトンらしくちょっと臭みが強くて私には辛かった。

 ソースを目一杯つけて添えられたハーブを乗せて食べてみるとだいぶ臭みが薄れなんとか美味しく食べられるようになった。

「ソースおいしい」

 イレーネがつぶやく。

「肉の臭みがすごくない?」

「羊ならこんなもんじゃない? 何年か毛を取ってから肉にするからどうしてもね」

「そうなんだ、1年以内の肉しか食べたことなかったから」

「ほんとに平民だったの? 貴族だったんじゃないの?」

「普通に平民だったよ、ただちょっと仕事しすぎで妙にお金持ってただけでね。お金持ちはもっとレアなものを食べるんだよ」

「例えばどんなの?」

「サメの卵とか変な匂いがするきのことかおいしくなるように育てた牛とか……あとは数が少ない動物の肉だね」

「牛を食べるためだけに育てるんだ。牛なんて怪我して処分されるか働けなくなったのしか食べたことないよ」

「だから牛肉は煮込み料理にしか入ってないのか」

「牛なんて働くための動物だからね、囲って育てても餌の量も多いし魔物が来て襲われちゃうから食べるために育てるのなんて早く育つ豚くらいなものよ」

 家畜をあまり見ないとは思っていたけど肉食獣がうようよしてる場所で放牧なんてできないか。

 

 また一つ世界の謎を解き明かして感心しているとテーブルへ1人の男が寄ってきた。

 1本足の椅子と8弦のギターのような不思議な楽器を持った男はいかにも吟遊詩人ですと言わんばかりにヒラヒラした服でキラキラした笑顔でどうです? なんていい声で声をかけてきた。

「お嬢様方、1曲いかがですか? 数十年前に召喚者が書き残したという歌やこの地に伝わる英雄譚、東の国の神話などきっとお気に召すものがありますよ」

 

 うさんくさいと思いつつも表に出さないように切り分けた肉を口の中に放り込みながらイレーネに目くばせして華麗で華やかな流しの男の対応を任せた。

「召喚者の曲をお願い」

 追い返してくれるのを期待したのにイレーネは興味深そうに大銅貨を弾いて飛ばすと吟遊詩人は目にもとまらぬ速さでヒラヒラの袂にしまい込んだ。

 

 吟遊詩人はニッと笑うと1本足の椅子に軽く腰を掛けるとギターのような楽器を奏で始めた。

 あぁ、この曲は知っている。

 所々違うが私がここに呼ばれる前の年か前々年に流行った曲だ。

 さっき数十年前と言ったか好きな時間から呼び出せるのか? どんな基準で? 考えてはみても答えがでない疑問が後から後から湧いてきて頭の中を埋め尽くした。

「知ってる?」

 小首をかしげながらイレーネが声を出さずに口の形だけで聞いてきたのでわずかにうなづいてみせると妙に目を輝かせて嬉しそうに吟遊詩人をみた。

 

 知ってる曲とだいぶ違うけれど似た雰囲気の曲をイレーネのリクエストで奏で歌う吟遊詩人。

 しかし不思議だ。

 私がここにくる3年前の時点からたしか2年くらい前にヒットチャートの1位だったはずの曲がこんな所でずっと昔から歌われてきたなんて。

 楽しげに歌を聞くイレーネを見ながらぶどう酒を頼み、吟遊詩人の男にも勧めながら昔話や遠い地の英雄譚なんかも聞いて。

 周りで食事をする他の客も段々と食事を終えて吟遊詩人の男の歌に耳を傾ける。

 

 有線放送かジュークボックスみたいなものか。

 そう思いながらだらだらと出てくるものを食べていたらいつのまにかすべて終わっていたようだ。

「おや、そろそろお帰りの時間ですね。では最後の1曲はサービスさせてもらいますよ。故郷を離れてバドーリャに来たお嬢さん方にぴったりの曲を」

 そう言って歌った曲は20何年か前の曲だった。

 所々歌詞がこっち向けにアレンジされていたけれど故郷を離れて故郷を思う曲を聞いて思わず目の奥が熱くなってしまったがなんとか堪えて歌い終わった吟遊詩人に銀貨を差し出した。

「ありがとうございますお嬢様方」

 日本からファラスに攫われ、ボーデュレアからバドーリャに。

 私はこの先どこまで行ってしまうんだろうな。

 

 ふらふらのイレーネに強引に手を掴まれブンブンと振り回されながら一緒に歩いて家まで帰った。

「カオルの世界の曲もっと聞かせてね」

 家まで送り届けて私も家に帰る。

 

 いい具合に酔ってるしおなかもいっぱいなのでさっさと寝る準備をして簡素なベッドに横になる。

 横になって気づいたがかけるものが用意されていなくて少し肌寒い。

 (フェゴ)を出してぷかぷかと空中に浮かべ(ほの)かな暖かさの中、酔いも手伝ってあっというまに意識が闇に引きずり込まれるように眠りに落ちた。



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召使い奴隷と荷運び奴隷

 昨日は思ったより飲みすぎたようで、朝まで部屋を温めて置くつもりで出した(フェゴ)が、魔力の込め方を間違ったかおもったより長持ちしなかった。

 夜の寒さに叩き起こされてガチガチと歯を鳴らして起き上がって(イ・ヘロ)を灯した。

 

 1階に降りてトイレに行き、木戸の窓を開けてみると遠くに明け方の光が見えるところから朝には遠そうで外の風はひんやりと冷たく、家の中と外との気温差はないようだった。

 どおりで寒いわけだ。

 

 ぶるっと体が震えすぐには寝付けそうになかったので何かないかとキッチンを物色してみるが思った通りお茶を飲むにもポットもないしなんならコップもない。

 いや、コップはあるか、私が持ってきたやつだ。

 

 我慢して寝るしかないか、と肩を落として寝室に戻り、ベッドに腰掛けた所で思いついた。

 石なら燃えないから熱を溜めて暖房にしたらどうだろうか。

 幸いこの家は1階は石造りだ。なので素足で歩くと冷たすぎて体中の体温が奪われて死んでしまう気がする。

 部屋の床に炎の矢(フェゴ・エクハ)を叩きつけて焼き石にして床に寝るよりましなベッドに横たわった。

 

 野宿が続いていたので気にしていなかったけど、綿と草のベッドに比べるとファラスのベッドはいいものを使ってたんだなといまさらになって思う。

 知ってたら担いで逃げることもきっと考えた。というのは冗談だけど、このマットレスは動くと下の方で乾いた草がカサカサ鳴るのだから。

 そんなことを考えているうちに意識は遠ざかり、寝入る瞬間に明日起きたときに足やけどしないかなと一瞬よぎったがまあ、大丈夫だろうと意識を手放した。

 

 目を開けてみると真っ暗な闇が広がっていて手を伸ばしても指先さえ見えない。

 なんでこの家の2階は窓一つないのだろう。

 (イ・ヘロ)をいくつか出して四隅と中央に浮かべ昨日の恰好のまま1階に降りながら廊下と階段にもいくつか設置した。

 1階に降りて台所に立っては見たものの、買ってきてないんだから食べ物がない状態では結局は外に買いに出なくてはならないということに気づいて巾着の中身を確認してイレーネの家に向かった。とは言っても隣に住んでいるわけで家を出て鍵をゆっくり時間をかけてしめても1分もかからない。

 家をでて首をイレーネの家の方に向けるとノッカーで扉を叩いているロペスがいた。

「ああ、カオルか。ルイスさんに2人を呼んでくるように言われたんだがイレーネが出てこなくてな」

「昨日一緒にご飯食べに行ったからね」

「じゃあ責任をもって連れてきてくれ、飯も用意しておくらしいから」

 そういうと手をひらひらと振りながら自分の家に向かった。

 

 ドアノッカーを少し強めにダムダム叩いて反応が返ってこないのでさて、どうしたものか、としゃがみこんで考えていると、世話係がいれば起きるの待ちなんてこともなくなると思うと高々飯がまずいくらいどうでもいい気がしてきた。

 そうだ、料理なんか教えればいいだけだし簡単なことじゃないか!

 気を取り直して再びドアノッカーを叩く作業に入る。

 ドアに寄りかかって片手で本を開きながら空いた手で一定のリズムでダン、ダン、ダンと叩いていると

「あれ、開かない」という声が中から聞こえてきた。

「あ、ごめん。寄りかかってた」

「どうしたの? 急ぎ?」

「召使い? 世話係? 的な人の紹介をするからロペスの家に来てほしいんだって」

 そういうとものすごく面倒そうな顔をしたが朝起きられるようになるんだからいいじゃないかと心の中で答えて

「そういうことだからなるべく急いでね、ご飯は用意してくれるらしいから」

 面倒そうな顔が嫌そうな顔に変わり思わず笑いそうになりながらイレーネの家をあとにした。

 

 2軒戻ってロペスの家へ。

 こっちはドアノッカーを鳴らすとすぐに見覚えのない女性が出てきて対応してくれる。

 中に通されると椅子に座ったルイスさんの隣に初めて見る3人の女性と3人の悪そうな顔をした男が立っていた。

 男の方は右手と右足、左手と左足を繋いで鎖がつけられ普通の人ではないことがわかった。

 

 テーブルをはさんで向かい側に椅子が3脚。

 1脚はこの家の主のロペスが使っているので隣の空いている椅子に腰を掛けた。

「イレーネは?」

「なるべく早く来るように言ったのでもう少ししたら来ると思います」

「朝弱いのだけは治らんなぁ、まあいいか。マリアローザ」

「はい」

「朝食を先にだしてやってくれ」

「かしこまりました」

 ルイスさんの隣に立っていたマリアローザという青色の髪をした女性はお辞儀をするとキッチンの方に向かって行った。

「来るまでやることもないから先に飯にしよう」

 しばらく待つと何かのスープの入った鍋と焼いた豚肉と濃い茶色のパンをもってマリアローザが戻ってきた。

「話しながら食べるつもりだったんだがイレーネは冷めたので我慢してもらうことにしよう」

 スープ皿より少し深い皿に注がれたスープを一口飲んでなるほど、芋のポタージュか意外と美味しいな、と思いながらパンを半分に割るとちょっと硬くてぼそぼそと崩れる。

 硬さは洞窟とかで食べるような堅パンよりはましだけど見た目通りぼそぼそで臭みがあって美味しくない。

 

 なるほど、スープかポタージュでもないとどうにもならないんだな、とパンでポタージュを掬うようにしてふやかして食べる。

 ポタージュは美味しい。

 美味しくないのが表情にでていたのか

「やっぱり安いところで買ってくるとそんなもんだよな」

 なんだか楽しそうにルイスさんが言った。

「もっといいパンがあるなら次からはもっといいものにしたいと思います」

「ああ、そうするといい」

 

 後で紹介すると言うから放置してはみたものの、ルイスさんの隣で表情を動かすことなく立ち尽くす男女6人はやっぱり気になる。

「やっぱり名前だけでも紹介してもらっていいですか」

「まあ、いいか。こっちがロペスの所で住み込みで家事をやってもらうマリアローザ、あっちの男が通いで力仕事を任せるチェーザレ」

 マリアローザはきれいな礼をしたがチェーザレはふてくされたように顎だけで礼をした。

「で、その隣がニコレッタ、あれがアンドレア」

 ニコレッタはマリアローザの様に礼をし、アンドレアは小声でよろしくといって肯定するよりも小さく頷いて礼をした。

 私のところに来るニコレッタは20代も半ばくらいの私より背が高く明るい青い髪をしたニコレッタとヒゲも髪の毛もぼさぼさで汚れすぎてて年なんかもよくわからないが20代~30代っぽい。背はロペスより小さいがルディくらいか?

 あと、だいぶ臭う。

 

 で、その隣がと言った所でドアノッカーの音が響いた。

「来たか」

「呼ぶにしても急ですよ」

 そう不満を口にしながら入ってきたイレーネは私の隣に座りマリアローザから給仕を受けていた。

 

「イレーネ、こっちがエレオノーラ、あっちがデビス、エレオノーラは住み込みで家事をしたり留守の間の管理をする。デビスは力仕事があるときに用事をたのむから住み込みではない」

 エレオノーラはイレーネに向かって礼をし、デビスは他のアンドレアとチェーザレに勝ち誇った様に笑みを浮かべ

「お嬢様、本日からお世話になりますデビスともうします」

 口を開くと口が回る小者のような感じだったが、見た目は妙に体ががっしりしてなんだか見た目と性格にギャップを感じさせる。

 犯罪奴隷の3人は薄汚れた灰色のボロをみに纏っていた。

 

 



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犯罪奴隷はちょっと臭う

「国が違うと色々ちがうもんだなあ」

 感心したようにロペスが腕を組んでつぶやいたのを聞いたイレーネも小さく頷く。

「だいたいのことはわかりました」

「で、今日はこれからお前らの家財道具服食器を買いに行ってもらう必要がある」

「昨日はかけるものもなくてすごく寒かったんですよ! だから中々寝付けなかったのに寝坊した扱いされて!」

「すまんな、手配するの忘れてた」

 イレーネの抗議もさらっと流され私達に金貨を1枚ずつ渡された。

「これは?」

「必要ないかと思ったが一応当面の資金も渡しておく、いらんか?」

「いいえありがとうございますたすかりますもうあたしのです」

 言い終わる前にイレーネが金貨を抱きしめてもう離さない旨を全面に押し出した。

 

 正直な話、そこまで困っているわけではないのだけどここの物価がどんなものかわからないし、多くて困るものじゃないのでありがたくいただくことにする。

「じゃ、あとは勝手にしてくれ」

 ルイスさんはそういうと自分の荷物をまとめてさっさと帰ってしまった。

 と、思ったらすぐに戻ってきて

「あ、仕事の話もあるから明日の朝ギルドに来てくれ」

 と言ってから帰っていった。

 

 ルイスさんが置いていったと思われる魔法の明かりの中、どうしていいかわからず椅子に座って惚ける3人と、勝手に発言していいかわからないといった表情でもじもじするメイドと何もしないで1日が終わるならそれでいい荷運び。

「じゃあ、とりあえず家帰ろっか。また明日ね」

 イレーネが勢いよく立ち上がってちょっとだけふらつくと2人を連れて出ていった。

「私も行こうかな、布団がないと凍え死んでしまうからね、ニコレッタさん、アンドレアさん行きましょうか」

「カオルはカオルって感じだな」

「何を訳のわからないことを。じゃあね」

 帰ると言っても隣の家。

 

「お邪魔します」

 恐る恐るニコレッタが私のあとについて歩き、その後ろにアンドレアが続いた。

「留守も任せるので鍵、持っておいてください」

 予備の鍵をニコレッタに渡すとニコレッタはポケットに大事に仕舞った。

「色々足りないので今から買いに出ましょう。でも私はこの街に詳しくないのでおすすめの店とかあればそこに行きましょう。ありますか?」

「いくつか知っています」

「おれもだ」

「助かります。では行きましょうか」

 最初は大きいものからということで少し登った所にある中古の家具屋に向かう。

 中古といってもやはり高級品だったり素人が切って釘を打っただけの物なんていうのもあるので客層によっても内容は変わる。

 ニコレッタに連れてきてもらったのは中級の商人やすこし羽振りが良くなってきたハンターが買うような店。

 ちゃんとした家具職人が作って買い替えやなんらかの理由で手放さなければいけなくなった家具を扱う店。

 下町の家具屋は家具屋とは名ばかりのガラクタ屋なんだそう。

 

 家具屋では食器棚とワードローブを大小1つずつ。

 これは私の部屋のものとニコレッタの物を買った。

 わたしなんてその辺においておけば十分だと固辞するのをまあまあ、と押し留めてやや強引にニコレッタのワードローブを買う。

 新品はオーダーメイドになるが、作ってもらっているまで待つ余裕はないので、新品を選択する時間的経済的余裕は今のところない。

 家具屋に台車を借りてアンドレアに買った家具を乗せてもらって家に運んでもらう。

「寝具は取り扱いありますか」

 ふと思いついて聞いてみるとあるらしいのでなるべく綺麗で、できたら新品の寝具を私の分とニコレッタの分を注文し、品物を受け取って次の店に行こうと思ったら寝具は別の店からの配達になるのだという。

「多少お金がかかってもいいので今日中でお願いしますね」

 そう言って家具屋を後にした。

 次に買うのはは食器と服。

 

 アンドレアが表情を変えずに台車を引き、ニコレッタの案内で食器を買いに向かう途中で私の家に寄り、家具を一旦家の中に運び込んでもらった。

 無言で作業するアンドレアを不安げなニコレッタと私が自分でやるのが一番早いのにと思いながら搬入が終わり。

「またせた」

 ニコレッタを先頭に、私、台車を引いたアンドレアが続く。

 このまま借りた台車を引っ張って行きそうだったのでニコレッタに

「台車返さなくてもいいの?」

「食器と服は荷物になりますから」

 ちゃっかりしてるんだな、とちょっと笑った。

 

 木の車輪がゴロゴロと音をたて螺旋の道を足早に下る。

「食器は下の方に向かうんですね」

「消耗品ですから安いものを多めに揃えようかと思いまして」

「陶器と金属はいずれ買わなくてはいけません」

「どうして?」

「お客様がいらしたときに使いますから」

「あぁ、見栄ですか」

「そうですね、あ、ここが雑貨屋です。アンドレアさんはここで待っててください」

 そういうとアンドレアは頷いて台車に寄りかかった。

 

「さ、カオル様。行きましょう」

 ぎぃとドアを開けてさっさと中に入っていった。

「どんな物がいいですか?」

「んん~、統一感とか気にしないので良さそうなのを4人分くらい揃えてくれるといいですね。私とニコレッタさんと、予備が2人分」

「では、そのように」

 ニコレッタが必要なものを注文してくれている間に私はふらふらとそんなに広くない店の中を見て歩き、店主は注文に合わせて木箱にいそいそと食器を詰めていく。

 細かい模様の入った高そうな銀の食器やら陶器の食器はいくらするんだろうと間違って触らないように時間つぶしをしていると、太ったおじさんが声をかけてきたことで存在に気付いた。

「あ、あの、終わったのでお支払いを」

「あ、ああ、すみません。おいくらですか?」

「銀貨2枚と大銅貨2枚でたくさん買っていただいたので銅貨の端数はおまけにしておきます」

「そうですか、ありがとうございます」

 そう言って巾着から取り出した銀貨3枚を渡すと大銅貨8枚になって返ってきた。

「お荷物は外の台車に積んでおきましたので、あ、木箱は返却おねがいしますよ」

「お手数おかけします」

「これからもごひいきに」

 ニコレッタにドアを開けてもらって表に出た。

 

 表に出るとちょうど木箱を2つ積み終わったところで中をのぞいてみると買った食器は木製だった。

「銀は高いですし、陶器は持って帰るまでにぼこぼこの地面と台車の揺れで粉々になってしまいますから安くて丈夫な木製が使いやすくていいですよ」

「あーなるほどねえ、次は服屋ですか?」

「そうです、すぐそこですよ」

 ガタガタゴロゴロと台車の音を響かせて服屋に向かう。

「ニコレッタさんは荷物とか持ってきてますか? この後ついでに取りに行ってもいいですが」

「わたくしは荷物ありませんわ、前にいたところは使用人服を貸していただいていました」

 着の身着のままであちこちに行っているらしい。

 なんで私が彼女の衣服を買うことになっているのだろう?

 

 ニコレッタがそうならきっとアンドレアも今着ている薄汚れた服1枚しか持ってないのだろう。

 ちらっとアンドレアを見ると無言で無表情のまま台車を引いていた。

 私の視線にきづいて一瞬こちらを見たがすぐに視線をはずして台車を引き続けた。

 いくら犯罪奴隷とはいえ、一緒に歩く人が小汚い格好で同行すると思うとそれが当たり前だとしてもちょっと嫌な気分になる。

 ここ数年で小汚い慣れをしてるつもりだったのだけど、それでもちょっとどうかというくらい汚い。

 近くに寄るとちょっと臭いもする。

 

「……様! カオル様! 古着屋に着きました」

 考えながら歩いていたらとっくに着いていたらしい。

 すまんすまんと思いながら偉そうに頷くとアンドレアを外に待たせてニコレッタと一緒に古着屋のドアをくぐった。



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人の上に立つとは

「いらっしゃい」

 気怠げな声と古着独特の臭いを感じながらやっぱり古着は好きになれない。

 そして、衣食住の面倒を見ろと言われたことを思い出しニコレッタに服を選んでもらう指示をだす。

「ニコレッタさんの仕事着2枚とニコレッタさんの服を2枚、アンドレアさんの服も買えればいいんだけど」

「鎖があるので着替えられませんよ」

「あぁ、そうだったか」

 せめて臭くないようにしたいのだけど。

「アンドレアさん、奴隷だから風呂とか入れてもらえてないよね。どうにか臭わなくできないかな」

「わたくしに洗えというのはちょっと……」

「いや、せめてうちに来たときはまず体を洗ってもらうとかできないかな」

「そう言えばそれが命令になりますわ」

 そういうものか。

 

 ニコレッタに自分の服を選んでもらっている間に私の服を探す。

 店内を見てみると、売り場はスカートかワンピースか、そうじゃないかというざっくりとした判断で分かれているようだ。

 端から順番に見ていき、サイズが合いそうな薄手のシャツと部屋着によさそうなゆったりとした厚手の上下、丈夫な布で作られた作業着の上下。

 本当は試着をしないといけないんだけれども、着る前に洗いたいのでなんとなく少し大きめならいいや、と片っ端から取ってくる。

 

 アンドレアにはマントならどうだろう?とそんなに私とニコレッタのものに比べるとそんなに高くないグレーのマントを1着ハンガーから取るとニコレッタの服と一緒に店主の待つカウンターにどさっとおいた。

 牢に帰れば鎖を外して着替えができるんじゃないかと思い、今着ているよりましな古着を上下で追加した。

「ちょっと精算するんで待っとれ」

 ピカピカの頭を下げて木札を読んではメモ書きをしている様を眺めて待つと、銀貨1枚と銅貨45枚だということで銀貨1枚と大銅貨2枚と銅貨5枚を払った。

 アンドレアは外にいるのでニコレッタと二人で買った服を抱えて独特な匂いにうぇーと思いながら表にアンドレアの台車に載せ、帰路についた。

 

 ニコレッタに食器と衣服の洗浄を支持してリビングにアンドレアと2人になる。

「アンドレアさん、こういうと申し訳ないのですがきっと衛生的な生活をさせてもらえてないと思うのですが、もしよければ汚れを落とすというのはどうですか、いや脱げないと思うので服ごと洗うことになるんですけど」

 犯罪を犯してしまうような人を怒らせるのは怖いので、怒らせないように注意しながら提案をする。

 無表情でぴくりともせず全身からすべての感情を読み取ることはできない。

「あなたがそういうなら従います」

 というので浴室に案内し、奥の方に立ってもらって首だけを出して全身まるごと(アグーラ)で洗い、石鹸を渡してなんてこと無いように装いながら言った。

「ついでなので洗濯もしてしまいましょう」

 アンドレアは自分で全身に石鹸を塗りたくって擦るが泡が立たない。

 何度か流しては洗ってもらい数回の後、やっと汚れが落ちたようだった。

 あ、髪なんか鎖が足とつながっているせいで腕が上げられなくて体育座りで洗わなくてはいけなくて罪を犯したといっても鎖に繋がれて頭洗うのを見下(みおろ)されるアンドレアを見ていると少し可哀そうに思った。

 

「なんか、こんなことまでしてもらって、すみません。貴重な水もたくさん使わせてしまったし」

 無骨な風貌から意外としおらしいことをいうアンドレア。

「これからいっぱい働いてもらうんで清潔にしていないと病気になったりして働いてもらえなくなるのは困るのでお互い様ですよ」

 と、やっぱり思ってもいないことを言う。

 戦えば私のほうが強いと思ってても怖いものは怖い。

 

「ちょっとびっくりしますけどだれにも言わないでくださいね」

 そういうと返事も待たずに熱風(アレ・カエンテ)のつむじ風でもみくちゃにする。

 心底驚いた顔で私をじっと見るアンドレア。

 乾いた頃を見計らって買ってきたマントと着替えを渡した。

「どこに帰るか知りませんけど、鎖外してもらえるなら着替えてから着てください。その服のまま連れ歩くとなんだかいじめているみたいで気分がよくないので」

 ぽかんとした表情のままのアンドレアに服を受け取らせ今度はニコレッタの様子をみにキッチンに向かう。

 熱風(アレ・カエンテ)のせいで気温があがり暑くなってしまったので靴を脱いで裸足になると冷たい床が気持ちいい。

 

 アンドレアの洗濯に時間がかかっている間に、食器類はすべて洗い終わって今は洗濯をしているようだ。

「どんなかんじですか?」

「わあ! 音もなく忍び寄らないでください」

「靴だと暑くて」

「今度革のサンダルを買ってきますね、洗濯ももうすぐ終わります。干し終えたら食事を作るのでもう少し待っててください」

 わかりました、とリビングに戻ろうとした所、ニコレッタがあっ!と声を上げた。

「ハンガー買うの忘れた!」

 絞り終わった洗濯物を前にしてがっくりと肩を落とすニコレッタに熱風(アレ・カエンテ)を浴びせかける。

「魔法で乾かしましょうか」

「今回だけ、今回だけお願い致します」

 気まずそうにシュンと小さくなったニコレッタがあまり責任を感じないようにちょっと笑って熱風(アレ・カエンテ)で濡れた洗濯物に温風を叩きつける。

 最初のうちは水を含んで重い衣服がだんだんと浮き上がりはためくようになっていくさまをぽかんと口を開けて凝視するニコレッタ。

「面白いですかね?」

「カオル様は魔力量がずいぶんと多い魔法使いなんですね……。だから使用人を手配されるのですね」

 将来性もありそうで安心しました。そうニコレッタは心の中で付け加えた。

 

「まあ、そういうことですね。お金以外でも足りないことがあれば言ってください」

「ありがとうございます」

 そんな話をしているうちに乾いた洗濯物が宙を舞うようになったのでニコレッタが手を入れても火傷をしない様に温度を下げ回収してもらう。

「乾燥も早くていいかもしれませんね」

「そんな何度も手をわずらわせることはできません」

「そんなもんですかね? まあ、私は貴族でもなんでもないのでそこまで気にしなくてもいいですよ」

「人の上に立つ者がそれでは困ります!」

 ニコレッタの返事を聞かずにリビングに戻ると部屋の角の方でアンドレアが所在なさげに立っていた。

「あ、放っておいちゃってすみませんね」

 私の言葉に頷きで返事をした。

 

 座れと言っても頑なに立ったままのアンドレアさんとダイニングで待つとニコレッタが洗濯物を抱えて2階、おそらく畳んだ洗濯物を私の部屋に置きに行き、戻ってくると今度は食事の用意をいたしますね。と言ってキッチンに向かった。

 まな板をナイフが叩く音を聞きながらペドロの家で食べたようなものがでてくるんじゃないかと心配していたらやっぱりぐずぐずの味のない肉野菜スープと硬いパンに焼いたソーセージだった。

 ニコレッタは私の分を並べるとアンドレアに声をかけて一緒にキッチンに引っ込んでいった。

「一緒に食べないんですか?」

 キッチンを覗き込んで小さなテーブルで一緒に食事をしている2人に声をかけた。

「主人と使用人が一緒に食卓を囲んではいけないものなのですよ?」

 ニコレッタはおねえさんが弟妹に言い聞かせるようにいうと給仕にもどった。

 

 気にしないんだけどなあ、と思いながら薄味のくたくたスープに塩を足して味を調整しても尚、美味しくない食事を1人でたべる。

 我慢して最後の一口のパンをスープで含み嚥下を終えると、まるで苦行を乗り越えたかのような精神的な疲れを感じた。

 これを毎日食べないといけないのかと思うとすべて外に食べに行きたい。

 食器を片付けているニコレッタの横顔を見ながら勇気をだして質問することにした。

 この食事をずっと我慢することはできないから。



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肉屋が素手でつかんだ肉を

「この野菜スープ? はなんでこんなにくたくたに煮て煮汁捨てちゃうんですかね?」

「悪くなっていることも多いですから茹でて悪いものを煮出して捨てるのです」

「じゃあ、新鮮ならそんなことしなくてもいいってことですかね?」

「そうですね、そういうことになります」

「では小さい氷室を作るのでなるべく新鮮なものを買ってきてください。あと肉もそうですが買ってきたら凍らせます。それであれば私の食べたい物を作ってもらえますかね」

「差し出がましいようですが、家庭でだされる食事というのはこのようなもので、レストランがおいしいのはコックの技術と高いお金を払って取り寄せた新鮮な食材が揃って美味しいものがでてくるのですよ?」

 この世間知らずに常識を教えなければとも思ったのか言い含めるようにいうニコレッタ。

 

「ちゃんとすればちゃんと美味しくなりますよ。今度からちょっとでも腐ってかなと思った物は、捨ててください。茹でても腐った物はどうにもなりませんから。あ、あと、茹でた水は捨てないでください」

「……? わかりました」

 イマイチピンと来ていないような表情で了承するのを確認した。

 

「1つの料理につき1度だけ作り方を見せますので覚えてください」

 立て続けに3つ言うと私の言葉に不満を覚えた様で反論してきた。

「腐っているものを捨てることはわかりましたが、茹でた水は濁って泡立っているのですよ? とても食べれるものだとは思いません」

「まあまあ、そこも任せてくださいな。アンドレアさんは今日の所はもう大丈夫です」

 もう用事はないのでアンドレアさんを帰らせる。

「カオル様、報酬を与えてあげてください」

「報酬? 今?」

「犯罪奴隷の更生のために報酬の一部を納めることによって刑期を短くできるのです。相場は銀貨1枚以下ですね、あまり安すぎても次から来てもらえなくなるので適度に」

 なるほど、と呟いてきんちゃく袋から銀貨を1枚取り出してテーブルにおいた。

「あ、カオル様」

 ニコレッタが呼び止めてくる。

「銀貨で渡してしまうとそのまま収めなくてはいけないので大銅貨で払ってあげるといくらか手元に残せるのでそうしてあげてください」

「詳しいですね」

 きんちゃく袋から大銅貨を10枚取り出してアンドレアの前に積み重ね、追加で大銅貨を5枚横に並べた。

「あ、あとこれはこれからもよろしくお願いしますね、って所で。あ、どうやって持って帰ります? 袋とか持ってますか?」

 

「ありがとう……ございます……。特に持ってないのでこのまま帰るつもりですが」

「きんちゃく袋とかに入れます?」

「それだと音がなってしまうので……」

「寝てる間に盗られたり?」

「まあ、そういう…、あとまだ納められるだろう? と」

「なるほど、じゃあ、難しいですね。預かっておいてあげるよというのも別に専属じゃないですしね」

「お気遣いありがとうございます」

 

 アンドレアはそう言って深々とお辞儀をして玄関から出て1人で帰っていった。

「アドバイスありがとうございます、でも犯罪者を1人で歩いて行かせていいもんなんですか? 逃亡とか」

「あの鎖をつけたまま逃げても逃げられるものじゃありませんし、労働が許されている犯罪者は逃げるほうがデメリットが大きい犯罪者だったりするので大丈夫なのですよ」

「ははあ、なるほど。色々と知らないことが多いので気がついたことがあれば教えて下さい」

「かしこまりました、では何かあればお呼びください」

 ニコレッタはスカートをつまんで礼をしてキッチンに戻っていった。

 そういえば使用人の部屋もあったっけ。

 

 リビングにいてもしょうがないので空の木箱を持って自分の部屋に向かい簡易的な冷蔵庫を作ることにする。

 木箱の内側に魔力を通すインクで文様を描く。

 ボーデュレアでマリアの女将さんの所で見た冷気が出る文様を木箱に刻み、その後魔力を込めると吸収する文様を刻んだ魔石を埋め込んだ。

 さて、これをキッチンに置けば肉を買ってきても腐ることなくちゃんとしたものが食べられる。

 

 冷気がでる空の木箱を抱えて1階に降りニコレッタを呼びながらキッチンに行くと部屋からニコレッタが出てきた。

「なんの御用ですか? 呼んでくだされば行きましたのに」

「呼び方がわからなかったので。そんなことより肉を買ってきたらこれに入れてください」

「これは?」

「今仮で作った魔導具です。箱型の氷室で箱氷室とでもいいましょうか。断熱ができていないので常に強い冷気を出しておかないといけない欠点がありますが入れた物を凍らせて保存できます」

「作った? これを? 今? カオル様が?」

 心底信じられない顔で私の顔と箱を行ったり来たりさせて困惑しているのがよく分かる。

 

「そうです。ついでに買い物にでも行きましょうか」

「そんなことは主にはさせられません」

「食べたいものもありますし、おねがいしますよ」

 そう言うと渋々と言った感じで従ってくれた。

 

 慌てて部屋に戻ってリュックの中身をぶちまけて空にしたリュックを背負ってニコレッタと一緒に家をでた。

「この街のことはよくわからないので案内お願いできますか」

「かしこまりました。食材を売る店はこちら側には高級なものを扱う物が多くあります、食用の魔物肉などですね」

「オークとか?」

「狩って来るまでの難易度によって人の手も多くかかるので難しい魔物ほど高くなります。下層を抜けますと猪や鹿、うさぎなどの動物肉を売る店がいくつか。今日取れたものがあれば少し値は張りますが購入可能です」

「なんなら獲りに行きたいもんですね」

「そういう御冗談をいう方だとは思いませんでした」

「まあ、期待しててくださいよ」

 さらっとスルーされた後、まったくもって会話も弾まず必要最低限喋ると黙るを繰り返し、通りかかった店の紹介を聞きながら目的の肉屋にたどり着いた。

 

 大きな塊肉や鶏肉、ソーセージなんかはフックにかけて吊るされ、

店頭に並べられた小分けにされた塊はすでに腐っていそうな気がする。

「今朝さばいたようなものがありますか」

「今朝のはこの辺のやつだな」

 温かい地方で冷蔵もされなかった肉はたった数時間でも表面は乾いて変色している。

 なるべく大きいのを買って周りを削げば大丈夫だろうか。

「アンドレアさんがいる間に買えばよかったですね。これとこれとこれとこれを3つお願いします」

「猪と牡鹿2つに鳥3つね」

 フックから肉を下ろすとフックが通っていた穴に麻縄を通して渡してくれた。

 油紙で包んでくれればリュックに入れられるのに。

 素手でベタベタ触るのが気になったがこの後表面は捨てし鳥は洗うからと思って我慢する。

 

 肉屋から持たされた肉塊は1つ5~10kgほど、合計で30kgくらい。

 ニコレッタが「わたしが持ちます!」というので持ってもらったらよろめいてしまって1人で担いで帰るのは無理だろうなぁということで、私が主人としていい所を見せようじゃないか。と、ちょっと身体強化をして大きいのをいくつか持つと

 ニコレッタに申し訳無さそうな顔をさせてしまった。

「まあ、普通は持てるものじゃありませんからね、ちょっとした力仕事なら任せてくださいよ」

「できるからと言って使用人の仕事をしてしまうとわたくしの立場がございません」

「ニコレッタさんに期待している仕事は家事で荷運びじゃないですからね。次からはアンドレアさんがいる時にお願いすることにします」

「使用人というのは主人に手を煩わせてしまうというのは使用人失格なんです」

「そうですか、まあ、私は堅苦しいこと言わないので徐々に慣れていきましょう。さて、一度帰って肉を処理しましょうか、次から同じことをやっていただきたいので」

 リュックにしまえなくて、両手にいっぱいの肉を持て余した私達は一度帰ることにした。



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きちんとした食事

 大量の肉を持って帰ると行きと違ってまっすぐ帰ってきたので、10分ほどでうちに着き、キッチンに向かうと作業台にどかどかと肉を乗せた。

「表面はもう悪くなっているので捨てます」

 ナイフを当てると中古で買ったからか思ったより切れ味がなくてブニブニするだけだったのでこっそりと鋭刃(アスパーダ)と呟き切れ味を上げて表面を削いでいく。

 これもあとで魔道具にしておこう。

 

 乾いて古くなった周りを切り落とし終わった赤い肉を1回分くらいに小分けに切り分けて凍える風(グリエール・カエンテ)で凍らせて箱氷室に入れる。

「こんな感じで少し多めにお願いします。切り落とした古い肉は捨ててください」

 

 ニコレッタがナイフを持って刃を当てた瞬間シャープエッジをかけてあげた。

 妙に切れ味が上がったことに多少困惑した様子をみせたが気にする素振りを見せずに悪くなった部分を切り離し、できました。と脇に寄せたものを凍らせて冷凍箱に入れる。

 すべての肉を同じようにしまって最後に鳥肉を2つ凍らせて1つは凍らせずに冷凍箱にしまった。

 

 次は野菜とパスタを買いにいくことにする。

 水を用意しなければいけないという欠点はあるが、パスタは茹でられればパンより美味しく食べられるという理由でパスタを選んだ。

 

 大きめの麻の袋を持ったニコレッタについていき、食料品の店でショートパスタを。

 次に野菜を売る屋台に行きなるべく新鮮そうな野菜をいくつか。

 いらない木箱がほしいと言ったら木箱の他に果物がおまけで付いてきた。

 ニコレッタは美人だからな。

 調子に乗って色々買い込んだらニコレッタに持てないくらいの重さになってしまって、店のおじさんはちょっと心配そうによろめくニコレッタを見る。

「さて、任せてくださいな」

 野菜とパスタの袋が入った木箱を身体強化をかけて持ち上げるとニコレッタは困った顔をして、野菜を売る屋台のおじさんが驚いていた。

「肉のときも思いましたがカオル様は力持ちなのですね」

「魔法使いですからね」

 あまり大っぴらに言うことじゃないのでこっそりと囁いた。

 

 もらってきた木箱を抱えて自分の部屋に戻り急いで冷気がでる箱を作る。

 こっちは凍らない程度の冷気を。

 魔石をはめるとゆるゆると冷気を吐き出した。

 空の箱氷室を抱えてキッチンに行き、野菜と果物を入れる。

「わざわざこうしておく必要はあるんですか?」

「冷やしておくと腐りづらくなるんですよ。腐らないわけじゃないので早めに使ってくださいね」

 凍らせなかった鳥肉を冷凍箱から冷気箱に移して晩ごはんの準備をする。

 

 前の住人が残していった薪を竈に放り込んで大きめの(フェゴ)で着火する。

 火力でいうと中火から強火くらい。

「そんなに小さい火では火が通らないのではありませんか?」

「強いと中に火が通る前に焦げてしまうんですよ」

 雑に作って食べられるトマトソースのパスタと鶏肉と野菜を適当に切って入れたスープを作る。

 赤いのでトマトと呼びたくなるが、こっちではタタンプ。

 何年経っても一旦トマトを経由しないと正しい名前がでてこない。

 

 茹でたパスタとトマトとにんにくで簡単に作るパスタ料理、塩辛い干し肉は砂漠で食べきれなかった分を使った。

 

 野菜に根菜、あと鶏肉を切って全部鍋に入れて煮込む。

 灰汁が出てきたところでニコレッタが心配そうに覗き込む。

「そろそろ一度お湯を捨てませんと」

「捨てなくて大丈夫ですよ、でもこうして、灰汁(あく)っていうんですけど、美味しくないので取ってください」

 灰汁をすくいながら手順を説明する。

 灰汁をすくうのは好きだ。鍋をやるならずっと灰汁をすくっていたい。

 

 塩で適当に味付けをして味見をしてもらう。

「なんです……? これ……」

「新鮮な食材できちんとした調理をするとこんな感じになりますから、煮汁は捨てないでくださいね」

 ニコレッタに手伝ってもらってパスタとスープを取り分けて2つともリビングの食卓に運ぶ。

「あの、一緒に食事をするわけには」

「まあまあ、一人で食べてても味気ないので付き合ってくださいな」

 

 恐縮しているのか不機嫌なのかよくわからない顔をしたニコレッタと食卓を囲む。

「失礼があれば申し訳ないのですが」

「そういうのうるさいほうじゃないので大丈夫ですよ」

 一緒に食べると言ってもなんで奴隷になったのかとズカズカ踏み込んでいい話じゃなさそうだし、ファラスから逃げてきたって話をしていいものかもわからないので、結局向かい合って無言で食事を取った。

 それでも何もない空間と向かい合って食事をとるよりは全然いい。

 

「どうです? 作り方は覚えましたか?」

「美味しいですね。こんな美味しいものはお店でしか食べられないと思っていました。作り方もおもったより簡単で」

「機会があればイレーネとロペスの所にも教えてあげてください」

「わかりました」

 これでメンバー内の食事のクオリティの上下が均一になるだろう。

 あとで知ったことだけど使用人同士だからと言って交流があるわけじゃないらしく、イレーネやロペスの食卓にまともな物が並ぶことはなかった。

 

「あ、お部屋に戻られるまえにこれを」

 ニコレッタは慌ててキッチンから小さなハンドベルと手のひらに乗るサイズのピラミッドのフレームの中にベルがぶら下がっている置物を持ってきた。

「御用の際はこちらを鳴らしていただけるとわたくしの所にあるベルが鳴るので伺います」

 ハンドベルを鳴らすとピラミッドの中のベルが一緒になってチリンと音を立てた。

 ファラスにあったものも同じ様なもんだろう。

「ありがとう」

 礼を言って部屋に戻った。

 

 ひとまず暮らすのに不便がない程度に落ち着いたはずだ。

 明日辺り黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)とやらに顔を出してみようか。

 ベッドに座るといつのまにか運び込まれていた厚手の布に包まって寝た。

 

「おはようございます、カオル様」

 呼ばなければ来ないのかと思っていたら朝は来るらしい。

「あ、おはようございます」

「食事の準備ができました。お着替えはここに置いておきます」

 昨日洗濯をした服を置いていってくれた。

 立ち去る背中に礼を言って着替えをする。

 

 リビングに行くとすでに皿が置かれていた。

 昨日のスープの残りと硬いパンをニコレッタと一緒に食べる。

 パンを割るように毟りとりスープに漬けて柔らかくしてからスープがたれないように注意して食べる。

 スープと一緒に食べると臭みだと思ったパンの臭いは香ばしい感じになっていて意外と美味しい。

 そうニコレッタにいうとニコレッタもそう思っていたのか同意してくれた。

「あ、今日はギルドの方に顔をだしてきますから昼間は自由にしててください」

「かしこまりました」

 

 食事を終えて部屋から荷物を取ってくると洗い物をすませたニコレッタが長い布を持って立っていた。

「なんですかそれ」

「昼間は日差しが強いのでフードを被るかこちらを巻いた方がよいですよ、さ、こちらに座ってください」

 言われるがままに椅子に座ると後ろから長い布を頭にぐるぐると巻き付けた姿はまごうことなくターバンだった。

「なんか落ち着かないんで、しないで外にでたいのですが」

「ターバンやフードもなしに顔を晒して表を出歩くなんて淑女らしくありません! 砂埃で髪も汚れますし良くありません」

 

「屋台のおばさんとか巻いてなかったと思うのですが」

「下町は基本的に貧民なので長くてきれいな布を買う余裕がないだけです」

 ここでは着けるもんだ、と、そう言われると反論もできず大人しくターバンを巻かれる。

 髪の毛を全部仕舞われてしまった顔は髪があるときより大きく見えるんじゃないかと気になった。

 

「できました。とてもよくお似合いですよ」

 本当だろうか?

 ぴっちりと巻かれて軽く叩いてみると布のお陰でよほど強く叩かなければ頭部にダメージもなさそうで手でポコポコと音をさせながら叩いてみる。

「こちらではそういうことをするのははしたないですよ」

「すみません」



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世間知らずな主人

「じゃあ、昼は外でたべると思いますが夜は帰ってくる予定です」

「はい、お待ちしております」

 ニコレッタは今度の主人は変わった人だな、と思いながら礼をして出ていく主人を見送り、自分で鍵までかけるのかと少し驚いた。

 

 前の主人は太った商人で何人か使用人を雇えるくらいそこそこはぶりが良かったと思う。

 執務室は鍵をかけて誰も入るなと毎日の様に言っては興味を持ってほしいのかあれは貴重なものなんだからな! と言い、独身で、何人かいた使用人にボーナスを餌に夜にベッドルームに来るように言う男だった。

 わたしの信仰では伴侶以外と閨を共にするのは良くないことだったので断り続けていたけれど、そういう部分に寛容な神を信仰している何人かは銀貨1枚のボーナス目当てに言う事を聞いてベッドルームに行っていたようだ。

 外でも買っている様で呼ばれる頻度はそんなに多くなかったけれど、毎度毎度断っていたらクビが飛んだ。

 新しい奴隷を連れてきたあの男は、屋敷の中での仕事振りに問題がある! お前をこれ以上置いておけない! ということを言われ詰め所に戻された。

 

 その後1ヶ月ほど次の仕事が決まるまで、詰め所で待機するのだけど、ただいるだけでも食事だなんだかんだとお金がかかりじわじわと増える借金。

 できることはないとわかっていても早く決まってくれないと借金が返せないと焦るばかりだった時に「新しい職場が決まったぞ」と管理者が言った時は、これで借金を増やさなくて済むと胸をなでおろした。

 連れて行かれた先は下層だけど岩山にある小金持ちの家だった。

 1日でも早く借金を返したいから、環境が良くなくてもいいから、もう少し裕福な家にしてほしかった、と心のなかで愚痴った。

 

 明るいグレーの髪をした新しい主人はカオルという名前の子供の様な見た目の可愛らしい女性だった。

「慣れないこともあると思いますが」

 そういって奴隷と握手をする主人なんて聞いたことがない。

 

 衣食住の面倒を見ろと言われたわたしの主人は少し考えてわたしに質問をした。

「相場はいくらですか?」と、いうので正直に答えた。

「大体5枚から10枚の銀貨で以前の主人には6枚で雇われておりました」

 お給金はだいたい銀貨5枚~10枚が相場で、特別な技能があると交渉もできるのだけれど。

 前の商人の家では説明もなしに衣食住にかかった費用が引かれて手元に残るのはなんの銀貨1枚あれば多いくらい。

 返済をするとほとんど残らなくて毎月青色吐息を吐いたものだった。

 

 そう正直に答える。

「6枚? 足りるもんなのですかね?」

 足りないと正直に答えていいものかしら、と彼女の目をみる。

 黒い瞳はなんの屈託もなくわたしを見ていて、彼女はただ単純に疑問に思ったことを口に出したんだということを伺わせた。

 うまくいけばもっともらえるかもしれない。

 わたしは卑屈に見えない様に気をつけながら現状を説明した。

「正直、足りるものではありませんでした。食費や家賃として引かれて手元に残った物も返済をすると子供の小遣い程度すら残らない有様でした」

 苦労をしていなさそうな顔をしている彼女に情に訴えれば多めにもらえるとか思わなかったといえば嘘になる。

 

「まあ、そうですよね。じゃあ、銀貨8枚くらいにしておきましょうか」

 こんな簡単に増やしてもらえると逆にぎょっとしてしまう。

 その後、家具と服を買いに行けばわたしの分どころか犯罪奴隷の服を買おうとし始める始末。

 とんでもない世間知らずを主人にしてしまったのか、すぐ破産してまた詰め所に戻されてしまうのかもしれないと暗澹とした気持ちになった。

 家賃とか食費についても何も言われなかったのは払えと言われないのか何も言わずに天引きしてくるのかわからなくて不安になる。

 

 そういえば料理だってわたしはお母さんによく火を通して悪くなった部分は捨てるのが料理だと教わってきた。

 肉だって早めに燻製にしたり腸詰めにしたりして保存が効くもの以外は緑色になった部分は切り落としてハーブまみれにして臭いを我慢して食べるものだった。

 この新しい主人の料理はたしかに食べてみると美味しいし、臭くないし、お腹も痛くならなかった。

 

 機会があればご友人の奴隷にも教えてあげてほしいといわれたけど、別に友達でもないのでわざわざ行って運良く身につけられた技能を教えたいとは思わない。

 ここをクビになってもこの料理1つあるだけでもわたしは今までよりいい給金で働けるのだから。

「あ、食費と必要な物を買うのに使ってください」

 薄汚れた手のひら大の巾着を受け取るとずしりと硬貨の重みを感じた。

 この人はわたしがいくらか抜くとは思わないのだろうか。

 

 前の主人はわたしをベッドルームに呼びたがったがカオル様は女性だし、品定めするような目でみてこなかったのでそういう趣味はないのだろう。

 そういえば、クビになったのもその要求に答えてくれる奴隷を見つけたからという理由だったしわたしとは合わなかったのだ。

 水も毎朝必要な分を井戸まで汲みに行かなくてはいけなかったのだけど、この主人は「必要ならいつでも言ってください」とわたしに水汲みに行かせることなく魔法で水を出してくれた。

 

 前の前の主人だった人は魔法使いだったのだけど、水を出すどころか、水汲みをするわたしの足元に火を飛ばすのが好きな人だった。

 足元を燃やされ慌てれば慌てるほど喜んで炎の礫(ファイアシュート)の魔法を使って魔力切れを起こして寝込むような(アホ)だった。

 あの時の恐怖と屈辱を思い出して思わず洗い物をしている手に力が入ってしまう。

 でも今回は大丈夫だと安心できるまでは気を抜かずにすごそう。

 そう自分に言い聞かせ、気を取り直して掃き掃除を始めた。

 砂漠に近いこの街は窓を減らしても玄関から入ってくる砂が多くマメに掃き出さなくてはいけない。

 料理と同じくらい大事な仕事。

 わたしは(ほうき)を握る手にぎゅっと力をいれて新しい主人がいい人であるように祈った。

 

 

 そういえば、ニコレッタに施錠してもらってもよかったし鍵も持たなくてもよかったかな、と思いながら下町と違って人通りがない岩山の街を少しだけ身体強化で身軽にして7層にあるギルドにたどり着いた。

 衝立をよけて中に入り事務の人に挨拶をする。

「おはようございます」

 その声に事務の人ではないギルド員が私の方をみて怪訝な顔をした。

 挨拶はしないのだろうか。

 事務仕事をしている人にルイスさんを呼び出してほしいと伝えるとあっちで待ってろと言われたので少し離れた所にある小さな椅子に腰掛けて待つことにした。

 待合スペースらしき場所にいる5人の先客のじゃまにならないように端の方に座り大人しくルイスさんが来るのをまつ。

「なあ、あんた。見たこと無い顔だが新しく入団するのかい?」

「ちょっと前に入ったんです」

「そうか、ならおれらが色々教えてやるからな」

 ふひひ、と気持ち悪い笑顔を私に向けてきた。

 曖昧な返事をしていると私に興味を失ったのか話しかけてくるのをやめて5人で話し始めた。

 

 しばらく待っているとイレーネが来て私の隣に座り、次にペドロ、遅れてロペスがやってきた。

「おはよ、早いね。カオルも布巻かれたんだ」

「そうなんだよ。もうルイスさんは呼んであるからしばらくしたら来ると思うよ。もうだいぶ待ってるけど」

「今日はおれが一番だとおもったんだがな」

 全員頭に布を巻かれ見慣れない姿に変な感じがするという話で盛り上がっていると同じ様に布を巻かれたルイスさんがやってきた。

 

「なんだお前らみんな来たのか」

「落ち着いたタイミングが一緒だった感じですね」

「そうか、ちょうどいい。お前らがリーダーになってチームを作ることにしててな、あそこにいるのがペドロの部下になる。おい、お前らちょっと来い」

 さっき色々教えてくれると言っていた男たちはペドロの部下になるらしい。

 急に部下だと言われても驚くし彼らも急に呼ばれて年下の新参者がお前らのリーダーだと言われて困惑の色を浮かべている。

 

「1班2班3班は今日はどこに?」

 私達を置き去りにしてルイスさんは事務のおじさんにだれかの居場所を聞くと事務のおじさんは机の上の紙をみて言った。

「今日は合同で砂狼(アル・ロッブ)狩りの依頼で外に出てるよ」

「それなら合流することにしよう、いくぞ!」

 今度はどこかに行くらしい。

 その声を聞いたペドロの部下になる人たちは大慌てでギルドの隅に置いた自分の荷物を回収しに行った。

「何も準備してませんよ」

「日帰りだから問題ない、武器だけあればお前らなら十分だろ」

 ロペスが抗議したが軽く流されてしまい、ペドロの部下だという彼らも私達も戸惑いながらついていくことになった。

「カオルとイレーネは丸腰か。流石に丸腰は無理だな。これでも使ってろ」

 事務所においてある誰も使っていないなまくらっぽいショートソードを私達に投げてよこした。

「使えるんですかこれ」

「刺せば刺さるぞ。まあ、人数もいるから砂狼(アル・ロッブ)くらい大したことないさ」

「そりゃあそうでしょうけど」

 反論も思い浮かばないのでしょうがなくルイスさんを先頭に岩山を降りる。



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部下という名の反対勢力

 ぞろぞろと大勢で歩く人はあまりいないのか、総勢9人の集団はジロジロと見られながら街を抜け荒野に出る。

「ここから向こうの方にいくと砂漠に飲み込まれた森に着くんだが砂狼(アル・ロッブ)はそういう森を根城にしててな、数が増えると家畜を狙ったりキャラバンを狙ったりするんだわ」

「数が増えるってどのくらいの数になるんですか?」

 狼の群れってどういうものなのか……。

「普通の群れは少ないとペアで2頭、ちょっと増えて親兄弟で6頭。稀に群れ同士がくっついて30頭くらいになることもあるって話だったがそうなると次第に派閥ができて群れがわかれるそうだ」

 

「6頭だとそんなのに何人もぞろぞろ行く必要あるんですか?」

 今私達が合流すると25人にもなる。

 そのくらい人員の導入が必要なのかとロペスが疑問に思うのも当然だと思う。

 いくら顔合わせをしたいからと言ってもだ。

 

「でかくて統率が取れてる魔獣だからな?」

「狼っていうから犬みたいなもんだと思ってました」

「そういうことだから目についたのは片っ端から狩ることになるが、皮は欲しいそうだ。肉はまずいから期待するなよ」

「狩るだけじゃなくて皮も綺麗にというと、今行ってる人たちで足りるんですか?」

「基本的にはぐれを狙うからギリギリというところだな、盾がうまく働けば2頭くらいは。ベテランがいるから大丈夫だと思うが……。もちろん数が思ったより多ければ難しいが」

「運次第っていうのも困ったもんですね」

「発見できるかどうかもわからんからな」

 

 草がまばらに生える荒野を歩いて目的地に向かう。

 私達だけであれば走っていけばいいのだけど、ペドロの部下は魔法が使えない上に畳ほどの大きさの鉄板を担いでいる人がいるのだ。

 あの屋台の鉄板にしか見えない鉄の板は盾らしい。

 どうみても鉄板焼きの鉄板に取手を付けただけにしか見えないが盾だと。

 あの盾が鉄板にしか見えないポイントが縁がちょっと立ち上がっていて、具材が落ちないようになっているあの縁の様に見えるのだ。

 そして、油でも塗っている様にぬらぬらと艶があるのが盾という名前に違和感を覚えさせる。

 

 ルイスさんを先頭にロペス、私、イレーネ、そしてペドロとその部下たち5人。

 2時間ほど歩くと遠くに砂漠と森が見える。

 あれが目的地なんだろう。

 近づいていくと不思議な光景が目に入ってきた。

「なんだあれは……、砂漠なのに木が生えている……」

 砂漠の端に背の高い木が無数に生えて森になっていて、まるで砂漠に飲み込まれている最中の森のように見え、ロペスが驚きの声を上げた。

 向かって右には広大な砂漠が広がり、左側にはこれまた広大な荒れ地が広がり地平線が見える。

 

「初めて見ると驚くよな、あの森を奥の方、見てる方向でいうと左に行くと段々と砂地から土に変わるんだがそうすると砂漠に生える木じゃない普通の木になるんだ。あ、キャンプする時は砂漠から離れた方の地面が固くなってる辺りでな。森に入ると視界が悪いから危ない」

 ルイスさんが砂漠と反対側に指差して説明をするがどうやら砂漠にしか生えない木という物があるそうだ。

「水なくても木って育つんですかね……」

「さあなあ。それよりもう少しいけば合流できるはずだ」

 どうやら興味はないらしい。

 

 少し汗ばむ位の気温の中、ジリジリと照りつける太陽に頭に布を巻くよりフードがほしいと思った。

 それからまたしばらく歩くと遠くに人影が見える。

 今が一番暑い時間帯なので休憩をしているのだろうか。

 少し急ぎ足で彼らのもとへついてみると足音に気づいた彼らは勢いよく立ち上がりルイスさんに挨拶をした。

 中にはエッジオとリノさんも混ざっていて見知った顔を見つけてつい手でも振ろうかと思ったがこっちに気づいてくれなかったのでやめた。

「ああ、楽にしてていい。今日は増援のついでに新しく入ったこいつらに案内をと思ってな。左からロペス、ペドロ、イレーネ、カオルだ」

 呼ばれた順番に挨拶でもするのかと思ったらみんな頷くか特にリアクションを取ることもなく、私も名乗りそびれて軽く手を上げて答える。

 そして1班、と呼ばれた中にエッジオもいて、ハビエル、ヨン、フアン、ヘスス、ホルヘという男たちが私の部下になるということだった。

 次に2班、イレーネの部下、3班ロペスの部下と続き

「チームになって慣れないうちは色々やりづらいだろうということで今回だけおれがリーダーに指示をだすが自分の判断で変えても構わない。

 メンバーはリーダーのいうことを聞いて動いてくれ、じゃあしばらく休憩とする」

 そういうとドカッと座り込み(アグーラ)を出して飲む。

 

 私たちはそれぞれ自分の部下だという人たちの元にいき簡単に挨拶をするとエッジオに声をかける。

 見た目の年齢が年上ばかりなのでいうことを聞いてくれるか心配。

「見知った顔がいてくれてよかったよ」

「僕としてはなんともいえないな」

 困ったような笑顔でリーダーになるんだから毅然として見せてくれよと私にだけ聞こえるように囁いた。

「急に来て女子供がリーダーってどういうことだ」

 ハビエルという大盾を持った大柄な男が文句をいう。

「ですよね、とはいえそういうことなのでよろしくおねがいします」

「嬢ちゃん、あんたは何ができるんだ?」

「なんでもしますよ」

「後ろから口だけ出すのはなんでもするとはいわねえんだがな?」

「ほんとになんでもしてくれるならお得じゃねえか」

 たしか、ヨンというハビエルにも負けないくらい大柄な男が口を挟んでくる。

「どっかの巫女がそんなことするって話があったな」

「そのために命晒すなんざごめんだわ、それなら戦えそうな坊主どもの方がましじゃねえか」

 

 全然言うことを聞いてくれる雰囲気でない彼らは好き勝手言ってくれる。

 困ってしまってルイスさんの方をみるとニヤニヤしながら私達の方をみていた。

 イレーネも私と同じ様な状態だし、ロペスも小僧のいうことなんざ聞けるか女のほうがましだったなどと言われ、ペドロの所も同じ様な感じ。

 そうは言ってもイレーネは冷たい目で、ロペスとペドロは割りと怒りを感じさせる表情で自分の部下になるであろう男たちを見ていて、いつ処分してもおかしくない。

 しょうがないので文句を言いにルイスさんの所に行く。

「どういう状態ですかこれ」

「軍じゃないから上官の命令は絶対って話じゃないもんな。口だけでわからせられるならいいが、怪我はさせるなよ。あとあの大盾は壊すなよ」

 ええ……。と途方にくれそうになっていると、遠くからだれかが叫びながら走ってくる。

 

 走ってきたのは今日ギルドの事務員らしく、少し仕立ての良さそうな生地のブラウスとベストにスラックスの様な格好の女性だった。

 女の人1人でこんなところまできて大丈夫なのだろうか?

「……スさん! ルイスさん!」

「もう来たか。いい運動になったな」

「もう! 仕事があるんだから逃げないでください!」

「今日はほら、新人に仕事をおしえてやらないとな」

「団員を喧嘩させるのが仕事なもんですか!」

「最初はほら、色々あるもんだろう? すぐに収まって仲良くなるさ」

「せっかく入ってくれた新人がやめちゃったらどうするんですかもう!」

「大丈夫、こいつらは何人束にしたって負けないしギルドを辞めることもないさ。そういうことだから仲良くな」

 身体強化くらいならしてもいい、と小声で告げると今来たばかりの女の人と一緒に帰っていった。

 

 しょうがないのでロペス達を呼んで今ルイスさんから言われたことを伝える。

「平民は獣みたいなもんなんだな」

「躾けないとね」

「そういう言い方はよくないよ」

「相変わらずカオルは真面目だな、と思ったがカオルも平民か。すまんな」

 ロペスは反省のない顔で身体強化を使うと口を開いた。



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いうことを聞いてもらうには

 イレーネと一緒にロペスとペドロの様子をみる。

「全員躾けてやるからかかってこい。だれがリーダーか教えてやる」

 ロペスとペドロがそういうと彼らの部下は顔を真っ赤にして立ち上がる。

 臨時でリーダーをしていたらしい2人がそれぞれ他のメンバーを抑えロペスとペドロと対峙する。

 リノさんは結果がわかっているのか涼しい顔でことの成り行きを見守り、エッジオはバツの悪い顔で困っていた。

 

「おい、嬢ちゃん達よ」

 嬢ちゃん呼ばわりに軽くイラっとする。

 イレーネも同じだったらしく視線で凍らせられそうなくらい冷たい目をしていた。

「どうしました? やっぱり実力もわからないやつのいうことなんか聞けないって話ですかね」

「すっ裸で指揮するならリーダーとして認めてやるよ、言うことを聞くかどうかはわからんが」

 ハビエルが口を開いた所でヨンが口を挟んできてハビエルが大きなため息をついた。

「そんなちんちくりん脱がせたって面白くないだろう?」

 ゲスが増える。

 たしかこいつはホルヘだ。

 

 イレーネのところからもゲスが1人来てそれ以上のことをしてくれるとありがてえと参加してきた。

 こんな言い方されると流石に私だって腹が立つし、イレーネをそういう視線にさらさせるのも腹が立つ。

「女子供のちんちくりんに負けるのが怖くてしょうがないから口で勝負してるってことなんですかね? あ、汚いので近づかないでくださいね」

「優しくしてりゃあ、調子に乗りやがって」

「あれが優しいとか。やっぱり頭の中も獣並なのね」

「ああ、分かった。どっちがやるんだ? おれが2人相手すりゃあ満足か」

 ヨンが手に持った戦斧を手放し、ガランと金属音をさせて転がった。

 

「私1人で十分ですよ、彼女は力加減ができないので私がやります。負けたらちゃんという事聞いてくださいね」

「顔の形変えて慰み者にしてやるから楽しみにしてろ」

 ヨンが忌々しそうに吐き捨て指を鳴らした。

 ハビエルは苦々しい顔をしているが他のやつらはやれーとか1枚ずつ脱がしてやれとか好き勝手やじを飛ばしている。

 まったく……と思っているとイレーネもやっちゃえー! と叫んでいたので思わず苦笑いしてしまった。

「ニヤニヤしやがって」

 言うが否や右手を振り上げ殴りかかってくる。

 手甲を付けたままでは怪我をさせてしまう! と慌てて身体強化をかけ上から叩きつけるように殴る手をつかんでかがみ込みながら体の下に潜り込んで飛び上がる様に一気に立ち上がった。

 ヨンの殴りかかる勢いを利用して背負投げをして地面に叩きつける。

 勢い余って私も浮いてしまってヨンの腹に落ちてしまった。

 ぐえっ! という声を聞いてこれで私の勝ちだな、と思っていると空いた手が私を拘束しようと動くのを感じ、首を閉められてしまう! と慌てて転がりヨンから離れる。

 

「どうです? 負けましたか?」

「なめやがって!」

 そういうヨンは姿勢を低くして抱きしめる様に走り込んでくる。

 タックルから馬乗りになるつもりか、もっと早く気づいていれば同じくらい体勢を低くして頭突きをすれば意表を付けそうだけど怪我をさせてしまうか。

 じゃあ、どうしようか。

 とは言え、悩んでいる時間もないので急いで対処する。

 飛び越すのが見え見えだったら立ち上がって捕まえられてしまうか? と思ったので一瞬沈み込んでからヨンの肩に手をかけて飛び越した。

 目標物がなくなったのと上から肩をおされてしまったせいで立ち上がれずに地面に顔から突っ込んでいった。

 背後からごしゃあと地面となにかが擦れる音がしてイレーネがうわっ痛そーと声を上げた。

 

「ちょこまか動いてるだけじゃねえか!」

 私に対してやじが飛ぶ。すでに手遅れになってしまったが怪我をさせたくないだけなんだれど。

 そんな私の思いとは裏腹にヨンは顔と手に深い擦り傷を負ってしまった。

 ギラギラと血走った殺意のこもった目で私をにらみつけるヨン。

 これは失敗したなと思ったが時はすでに遅し。

「次はおれだ」

 ヨンを押し留めてフアンという男が私の前に立つ。

 フアンはヨンと違い痩せていてパワーがあるタイプには見えないが身長が高く素早そうだ。

 ファイティングポーズをとって軽いステップを踏みながら私に迫るフアンに対して重心を後ろに半身でかまえた。

 フアンの拳が私の脇腹めがけて突き出され、前に出した手で払い空いた胸を殴ろうとしたが払われた手の勢いを利用して反対の手が私の顔めがけて振り回されとっさに上に弾いた。

 腕を振り上げた勢いを利用して後ろに下げたままの足でフアンの胸めがけて突き出した。

 弾かれて手を開いたままになっているため払うことも守ることもできずにまっすぐに突き刺さって吹っ飛んだ。

「どうです?」

「じゃあ、最後におれとやろうか」

 ハビエルがニヤリとして私の前に立った。

「えぇ……もういいでしょう?」

「まあ、そういうなよ。きっと楽しいぜ」

「そんなものに楽しみを覚えたことなんてないですよ」

「いうことを聞くなら強いやつの方がいいだろう?」

 はあ、と大きくため息をついて構えをとる。

 ハビエルも少し前傾に構え拳を軽く前に突き出し、ボクシングに似ている気がした。

 左右に揺れながらゆっくりと私の回りを反時計回りに回りながら間合いを詰めてくる。

 身長差は20cm以上。体重差はきっと倍はありそうだ。

 

 ゆっくりと迫ってくるせいでいつものように相手の勢いを利用して突破するのも難しそうで、かと言ってこちらから飛び込んでいこうにもよほどの身体強化をかけていないと手がとどく前に向こうの手に私が突き刺さりに行くことになりそうだ。

 ハビエルもそれがわかっているようで左右にゆっくり揺れながら少しずつ間合いを詰め向こうの間合いに私が入る。

 間合いを開けてもいいのだけど、魔法もなしにただ離れても打開できる手が見つからないのでハビエルに合わせて動くことにした。

 

 ハビエルから繰り出されるパンチは引手(ひきて)が早すぎて捕まえる前にファイティングポーズに戻ってしまった。

 やはりボクシングだ。

 元々あったものが発展したものなのか召喚者が伝えたものなのかはわからないがまともにやりあったら勝てる要素はなさそうだ。

 ジャブの速さをみた所、ジャブに合わせて飛び込んでも右からフックが飛んでくることは間違いなさそう。

 試しに飛び込むかとも思えずちゃんとした訓練を積んでいるわけじゃないので早速ジリ貧になった。

「見てるだけでいいのかい?」

「私は後の先を取るんだ、わかってて言ってるくせに」

 そう言いながら私を間合いから逃さないように、私の後ろ側にジリジリと動き続けジャブを挟んでくる。

 間合いの遠い私には反撃する隙を見つけることができずに防戦を強いられる。

 しかし身体強化によって『見えて』いる私はジャブを放つ左手首の内側をこれもパーリングというのだろうか? と思いながら手甲をぶつけて弾き返す。

 

 ちょっとずつダメージが溜まっているのかジャブのスピードが少しずつだが目に見えて衰えきた。

 何と言っても私の手甲は鉄製だ。

 

 防戦一方なわけだけれど、私のダメージは皆無でハビエルは手首の痛みに合わせていくら細かく手を出しても捉えられない苛立ちから目に見えて動きが雑になる。

 私も手を出しているのだけれど、長さが足りないためにこまめにジャブを出されると近づけないために攻めあぐねて苛立って来る。

 それでもなんとか無理にでも手を出そうとしてスレスレでかわすことが多くなり、ニコレッタに頭を布でガチガチに巻かれてなかったら髪の毛を掴まれてしまっていたかもしれない。

 フードだと顔にかかって視界を妨げるのか、と少しだけ冷静にフードを出されなかった理由を推測した。



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調理器具兼防具

「そろそろ食らってくれて終わらせようや」

「私の拳の威力とか気になりませんかね?」

「それはこんど砂獣にでもやってくれや」

「うあっと、残念です」

 喋りながらというのは意外と目の前に集中できないものなのだな、と改めて1つ学び次の攻撃を転がって避ける。

 その時だれにも聞こえないようステロスを唱え不可視になる。

「なっ! どこに消えた!」

 どこにも消えていないのだけど、初めて見るときっと驚くだろう。

 私からも見えないけどだいたいの位置はわかる。

 ハビエルが同じことを考えて適当に殴りつけられたら感知するとなくクリーンヒットするのだけど初見ではきっとわからないだろう。

 

 私も私で時間がたつと正確な位置がわからなくなってしまうので『いる』であろう場所を蹴り抜いた。

 途中で足にあたった感触を感じそのまま押し込む。

 どこにあたったかわからないけど私の肩の辺りの高さを蹴ったので腹より上のどこかだろう。

 ハビエルのうめき声とハビエルが転がった音を聞き、ステロスを解除した。

「出てきた!」

 私の目の前には見学していたはずのイレーネがいつのまにか延し終えたのかイレーネの部下が転がっている光景が広がっていて私はハビエルを探してキョロキョロと辺りを見回した。

 

 私の斜め後ろに転がったハビエルを見つけ、なるほど蹴り抜いたからかと納得した。

「どうです?!」

「わかったわかった、お前の勝ちでいいよ」

 思わず腰に手を当ててふん! と強く鼻息を吐いた。

 

「ずいぶん時間かかったな、理由は想像つくが」

 ロペスも早々に自分の部下を転がして見物をしていたらしい。

「怪我させないように魔力を調整して逆に怪我させちゃったね」

「向こうの魔法は使えないから自分のものならいいだろうと閃いた」

「いや、まあ、そうなんだけど」

「全部一撃で終わらせれば早いし怪我もなかったんだがな」

「だってほら、力の加減未だにわかんないしさ」

 やっぱりここでもダメ出しをされてしまった。

 ちょっとだけ落ち込んだけど、いつものことだと開き直ることにしてカバンから2級の飲み薬(ポーション)を取り出して班ごとに集まっているハビエルの所に向かう。

 

「怪我大丈夫ですか? 飲み薬(ポーション)あるんで、どうぞ」

「おう、最後のありゃあ、なんだ?」

「あれは私が作った魔法です」

「なんだそりゃ、魔法は魔法屋で買うもんだろう?」

「たまたま作れたんです」

「そうか、よくわからんが飲み薬(ポーション)はもらっておこう、リーダー。これからよろしくな」

「よろしくおねがいします」

 

 休憩を取ったばかりなのにまた休憩が必要になってしまった。

 ハビエルは飲み薬(ポーション)を飲み干すと左手の動きを確認してフアンやヨンに指示をだして子供の頭くらいの大きさの石を4個持ってこさせ四角形を作るように四隅において中心で火を起こした。

 なにか儀式でもするのだろうか。

 火を大きくした後、焚き火を少し動かして大盾を石の上に置いた。

 鉄板っぽいと思っていたけど本当に鉄板なんだ! 表情には出さなかったがものすごく驚いた。

 

 リーダーになったはずなのにできることもなく佇む。

 まあ、いままでどうしてたか確認もなしに急に仕切れと言われても私には難しい。

「これって鉄板ですかね?」

「まあ、見ててくださいや」

 痩せて背の小さい、なんといったか……、ヘススだ。ヘススが私の横でこれから休憩のついでに腹ごしらえをするんだと説明してくたがハビエルにさぼってんな! とどやされ作業に加わっていった。

 

 影の薄かったエッジオは大きなリュックから色々と取り出しハビエルに渡している。

 エッジオは荷運び(ポーター)としてついてきていたらしい。剛力な竜(ポデラゴ)は留守番だろうか。

 鉄板の上で野菜や肉をナイフで切って端に寄せる間にヘススが強火にした側で調理を始めた。

 

 野菜や戻した干し肉を炒めているとフアンがどこからかうさぎと少し大きな水鳥を持って現れた。

 フアンは猟師だったらしい。

 無言のまま無造作に鉄板の脇に置いて、あとはもう何もすることはないと言うように少し離れた所に座り込んだ。

 するとエッジオとホルヘが皮を剥いで肉にしていく。

 ぼーっと鉄板焼きを作っていくのを見守り、最後に平たいパンを鉄板で焼き目がつくまで温めてから半分に切り具を詰めて完成らしい。

「リーダーも、どうだ?」

「ああ、すみません、いただきます」

 ぬっと目の前に突き出された肉野菜詰めパンを受け取ると1口頬張ってみる。

 味がない。

 そういえば調味料を使った様子はなかったものな。

 期待した味と違う素材そのままの味を味わっているとイレーネやロペスの所でも同じものが作られていたようで、目があった時思わず苦笑いで通じ合った。

「外で有るき回るのに味付け薄いんですね」

「塩は安くないからな。ありゃあいいが、その分儲けが減る」

「あー、なるほど」

 そう言われてしまうとまずいからどうにかしろというのはだったら自分で用意しろ、という話になる。

 次は私が用意しよう。向こうでいう残業してると上司が栄養ドリンクを買ってくるようなものだと思えば。

 薄味過ぎて辛い。

 

 香ばしい堅パンと薄い塩味の干し肉のサンドイッチを食べ終え、ハビエル達旧リーダーと私達新リーダーの8人で集まってこれからの話をする。

 主にハビエル達、旧リーダーの話の内容を聞くだけなのだけど。

「流石に26人で一度に歩いていたら出てくるものも出てこないな」

「班ごとに分けましょうか」

「そうするしかないだろうな」

「なら、一旦2つに分けて西と南に分かれてからその先で分かれて広い範囲を捜索するとするか」

「そうするか。森を囲んで中を捜索することにしよう」

 ルイスさんの話では中々危険な魔物らしいので散開する前に保険はかけておきたい。

「あー、すみません。祈りを使っていいですかね?」

「祈り? お前巫女だったのか」

「巫女ではないのですが祝詞がいえます」

「ただのまじないか、まあいいか」

「時間は取らせないので」

 そういうと魔力を込めてアーテーナに祈り、この場にいる全員に奇跡を与える。

 

 戦と知恵の神、アーテーナ、強き心と剛力を汝の使途へ与え給え

 魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を

 

「お? ほんとに祈れるのか!」

「こりゃあ、すげえ!」

「勝手が違うんで少し動く練習してからにしてくださいね」

 そう言った私の声が聞こえているのかいないのか、ハビエルを始め初めて祝福を受けた男達はすげえすげえ言いながら力比べをしたり飛び上がったりしてなんだかんだ体を慣らした。

 

 その後、班ごとに集まって移動を開始する。

 私の所はハビエルを先頭にヨン、ヘススが続き、後衛としてフアン、私、エッジオ、殿(しんがり)にホルヘが続いた。

 イレーネの所も似たような隊形で、ロペスとペドロの所はペドロが殿に付き、ロペスは先頭のアルドに続いて前衛についた。

 

 広めに取った隊列では近くにいるのは無口なフアンとエッジオ。

「いやー、急にいるんだもん。びっくりしたよ」

「僕だって! いつも通り荷運び屋(ポーター)やってたらカオルが来て殴り合い始めたと思ったら祝福するんだから驚いたさ」

「こればっかりはほんとになんでか」

「予想がつかない所がカオルらしいよ、でも荷運び屋(ポーター)の仕事も楽になったよ。ありがとう」

「どういたしまして、何一つ望んでないのに不思議だよね」

 

「お前らは、知り合いなのか?」

 無口だと思ったフアンがぼそりと言った。

 喋らないと思ってた人が急に声を出したので驚いてしまって返事が遅れる。

「ああ、そうなんだ。ボーデュレアから砂漠を越えてきたカオル達と知り合ってね」

「そうか」

 それきり黙り込んでしまった。

 無口というか無駄に喋らない人なのだろう。

 

 それからエッジオとバドーリャについての話を聞きながら狩り場へと移動し、それぞれの班が自分の割当のエリアにつくと離脱していく。

 最初にイレーネとロペスの班が分かれてペドロの班と少し離れてまた少し歩く。

「リーダー、おれらはあっちだ」

 ハビエルが顎をしゃくって方向を変えた。

 今更ながら群れを狩るのになぜ散開するのだろうと疑問に思いながらペドロに軽く手を上げて挨拶をして分かれた。

 

 



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その数、6

 森に入る手前を森に沿ってぐるりと回り途中でペドロ達と分かれて森に入る。

 砂地の森のせいか、低木も雑草も生えておらず砂漠に生える木は森の外の夏のような日差しと気温から守ってくれる。

 低木がないので見通しがいいかといえば、伸びた枝が視界を塞ぎしゃがまないと遠くまで見通せない。

 これは4本足の魔物の方が有利なんじゃないかと辺りを見回しながら心配になった。

 エッジオに小声で聞く。

「音が聞こえてからじゃ遅いよね?」

「そうだよ、だから少ししゃがんで歩くのさ」

 まったくもってしゃがんでないエッジオがいう。

 不思議に思っていると僕は荷運び屋(ポーター)だからね、そう言ってウインクした。

 そして景色ではなくハビエル達を見回してみるとそれぞれ腰を落として歩いているが真ん中を歩いている私やフアンは屈むことなく邪魔な枝を手で避けながら歩を進めた。

 

 枝払えばいいのにと思ったが、先頭を歩くハビエルは咄嗟に盾を構えなくてはいけないので余計な仕事はできないし、ヨンが扱う武器は戦斧なので細かい取り回しが良くないしヘススは小柄なのと丈夫で折れづらいショートソードなので切り落とせる範囲はそんなに広くない。

 せいぜい私が歩きやすくなる程度。

 

 足を取られたり根に躓いたりしながらゆっくり歩いて1時間ほど。

 不意に風上から濃密な獣の匂いが漂ってきて、心の準備の整ってない私は思わずえづいた。

 ハビエルが止まり盾を構えてしゃがんだ。

 ヨンやヘススもそれに続いてしゃがみ、フアンとエッジオがしゃがんだので私もそれに続いた。

 盾の影でハビエルが手を上げ「あっちにいる」とハンドサインを出して「数は6」とハンドサインが続いた。

 6頭! 多いな……と思い、顔を動かして砂狼(アル・ロッブ)を覗いて見る。

 大型犬くらいだと思っていたのだが、実際みてみると小さめの牛くらいありそうだ。

 獰猛で連携の取れた動きをする牛くらいの猛獣。

 

 あんなの狩るってできることなのか、と逃げたい気持ちでいっぱいになりながらハビエルの動向を見守る。

 ハビエルの上げた手は撤退を告げ、音を立てないようゆっくりと後退する。

 胸が悪くなる獣臭さがあるうちは安全、と思いながら慎重に歩く。

 風下であればちょっと音がした所で向こうまで音は届きづらいはずだ。

 そう思いながら撤退しているとびゅうと突風が吹いてマントが体にまとわりつく。

 はっとして顔を砂狼(アル・ロッブ)の方に向けるとハビエルの表情がが苦々しいものになっているのを見た。

「見つかった、いつも通りにおれが前にでる。ヘススとホルヘはおれと、ヨンはフアンと嬢ちゃんと荷運び屋(ポーター)を」

 口々に返事をしてフォーメーションが変わっていく。

 ギリ、と弓を引く音をさせたかと思うと瞬時に矢を放つ。

 フアンが牽制をすると砂狼(アル・ロッブ)は矢を避けつつ2組に別れた。

「最初に来るやつはおれが抑える、フアンはそのまま牽制をしてくれ、荷運び屋(ポーター)、危なくなったら荷物は捨てていいから木に登るなりしてくれ、嬢ちゃんは邪魔にならないようにしててくれればいい」

 ヨンは1対1で砂狼(アル・ロッブ)を倒すつもりだろうか。

 そう思った時、フアンが腰のポーチに手を入れ、赤い小さな魔石を取り出した。

 爪でぎっと傷をつけるとほのかに赤く光り始めた赤い魔石を砂狼(アル・ロッブ)の方に放り投げる。

 

 石でも投げられたと思ったか投げられた魔石を無視して走り抜けようとした瞬間、赤い魔石が一瞬ピカッと光り爆発を起こした。

 炎と爆風をまともに浴びた先頭の3匹の砂狼(アル・ロッブ)は悲鳴を上げながら転げ、後続の3頭が躍り出る。

 爆発を目隠しにして放たれたフアンの矢は先頭に躍り出た1頭に突き刺さり一瞬怯んだがそのまま走り寄ってくる。

 

 ハビエルとヨンのグループで少し離れたことにより砂狼(アル・ロッブ)も爆発を食らった組と食らってない組に分かれて対峙する。

 別れずにいると牽制ときっかけを作る2頭といつ来るかわからない4頭の全てに気を配らないといけなく、それなら牽制の1頭と監視しやすい2頭にしておいた方がいいらしい。

 ヨンは最初の1頭が近づいてくるタイミングに合わせて戦斧の先端で受け後ろの2頭にフアンが弓を放ちこちらも牽制する。

 

 後ろでガン! と音がして驚いて振り向くとハビエルが盾を地面に突き立てた音だった。

 急に何だと思っていると盾の向こう側で爆発がした。

 フアンが盾越しに魔石を投げたようでハビエルの方の1頭が倒れるのが見えた。

 2度の爆発を食らってもまだ生きているようで生命力というか防御力に驚いた。

 

「あんたもやるか? 傷をつけて7秒で爆発するからその間に投げるんだ。あとハビエルが盾を鳴らしたらヘススとホルヘが盾の影に入るから魔石を投げるといい」

 ギリ、と爪で傷を付けて魔石の内側から光り始めるのを見て様子をみている2頭の砂狼(アル・ロッブ)に向かって放り投げた。

 コロコロと転がって爆発する。

 その頃には2頭の砂狼(アル・ロッブ)は魔石を避けてしまっていた。

「おれが左の方に投げるからあんたは右のに投げろ」

 ピンポン玉ほどの大きさの魔石の表面に爪で傷をつけると少しずつ光り、暖かくなってくる。

 3つ数えた所で砂狼(アル・ロッブ)の頭を目掛けて思い切り投げつけた。

 身体強化を書けて全力で投げつけられた魔石は砂狼(アル・ロッブ)の眉間に当たり爆発し、思わず呟いた。

「まだ7つじゃない」

「割れるほどの力でぶつければ傷つけなくても爆発するのか、そんな力で投げるやつぁ初めて見たぜ。普通に爆発させるより威力もでかそうだ」

 フアンの方の砂狼(アル・ロッブ)は爆発を避けて唸りを上げている。

「こっちで気を引くからもう1回頼む」

 私の手にもう1つ握らせ傷をつけて3つ数えてからふんわりと放り投げた。

 放り投げられた魔石は砂狼(アル・ロッブ)の横に落ち難なくその場から離れフアンを睨む。

 そのタイミングに合わせてさっきより多めに身体強化した私の豪速球は力みすぎて砂狼(アル・ロッブ)の足元に着弾して爆発した。

 はずした! と思った瞬間ギャン! と悲鳴が聞こえる。

 爆発の砂煙が収まると前足が焦げて立てなくなった砂狼(アル・ロッブ)がいた。

 ヨンと対峙する砂狼(アル・ロッブ)は一瞬のうちにバックアップの仲間がやられ、狼狽しているのがわかる。

 後ろから聞こえる何度目かの爆発で悲鳴を上げた仲間の方に気を取られた瞬間、ヨンが手にした戦斧を振り下ろしながら襲いかかった。

 

 気配を感じて意識をこちらに戻し、脳天をめがけて振り下ろされた戦斧から逃れるために後ろに飛ぶ。

 振り下ろされた斧と回避する砂狼(アル・ロッブ)、一瞬斧の刃が早かったか砂狼(アル・ロッブ)の首から出血が見て取れた。

「ちっ浅いか。だが嬢ちゃんの祝福ってやつはすげえな! いつもなら届かない所だ」

 戦斧を握り直して構える。

 

「こっちの支援はおれがやるから嬢ちゃんはハビエルの方にいってくれ」

 魔石の入った袋を私に放り投げると、フアン弓を構えた。

 バカ! 魔石同士がぶつかって爆発したらどうするんだ! と口に出る前にヒュッと息を飲んだ。

 青くなりながら邪魔にならないように気配を消して棒立ちになっているエッジオの無事を確認してハビエルのバックアップにつく。

 

「リーダーの祝福がなければ押しつぶされる所だった、礼を言う」

 ハビエルが盾を斜めに構えて、爪を防ぎながら言った。

 砂狼(アル・ロッブ)が大型とはいえ、身体強化がかかった両手持ちの盾を破るには難しいらしい。

 そして一緒にいるヘススとホルヘは片手剣と盾をもったスタンダードなスタイルだが、今回は相手が悪い。

 盾で防ぎきれなかった攻撃を受けてホルヘが怪我をしているがヘススと力を合わせて防御に徹する分には影響はなさそうだ。



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休憩と救援

 ハビエルの盾に苦労している砂狼(アル・ロッブ)に対して攻撃を仕掛けようとすると怪我をしているとはいえ、仲間の2頭が動くのでお互いに手が出せないでいる。

「リーダー、押し返すから好きにやってくれ」

 ハビエルは盾を握り直し、砂狼(アル・ロッブ)の爪に合わせて走り出した。

 ガン! と爪が盾に当たり、下から掬うように押し上げていく。

 体重差も体格差もある押しつぶされるはずの人間が潰されないどころか、押し返してくる。

 困惑した砂狼(アル・ロッブ)は後ろに飛び退くと改めて襲いかかるために後ろ足に力を入れた。

 

「いまだ!」

 ハビエルの合図で傷を付けていない魔石を全力で投げる。

 今度はコントロールよくまっすぐに砂狼(アル・ロッブ)の頭に突き刺さった。

 激しい爆発音をさせて砂狼(アル・ロッブ)の頭部が真っ黒に焼け崩れ倒れた。

 向こう側の最後の1頭をフアンと一緒に片付けたヨンが前衛に加わった。

 

 不利を悟って逃げるかと思ったが闘争心は衰えないようで唸りを上げ私達の周りをゆっくりと回って隙を伺う。

 頭数が多いときであればいいが、すでに6対2。

 1頭を大盾が捉え、もう1頭を高い攻撃力の戦斧と矢が狙う。

 もう私は必要ないかな、とエッジオに気を配って近くに立つ。

 傷つけた魔石を転がして砂狼(アル・ロッブ)の気がそれた隙にフアンが矢を放つと後ろ足に突き刺さり動きが鈍くなり、ヨンがその隙を見逃さない。

 雄叫びを上げながら躍り出ると砂狼(アル・ロッブ)の首を両手に持った戦斧を振り下ろし骨ごと切断した。

 最後に1頭残った砂狼(アル・ロッブ)は流石に不利を悟ったか、じりじりと後ずさると脱兎のごとく逃げだした。

 

「死ぬかと思ったーーー!」

 座り込んだヨンとホルヘにハビエルが怒鳴る。

「おい、気を抜くな!」

「僕ぁ、カオルがいるから心配してなかったけどね」

 そういうエッジオは目に見えて膝が笑っているけど、見なかったことにしてあげよう。

 ヘススとフアンは周囲を警戒して逃走がフェイントでないことを確認してから武器を収めた。

 

「助かった。お前さんがいなかったら死んでた」

 ハビエルがぼそりとつぶやく。

「役に立ててなにより」

 ふふん、と口の端で少し笑って見上げるとハビエルはやれやれと言った顔で肩をすくめて見せた。

「少し休んだら他のやつらの様子を見に行きましょうか」

「そうだな」

 

 エッジオに話しかけようと思ったらエッジオは砂狼(アル・ロッブ)の皮を剥いだり荷物の整理の仕事に忙しく働いていたので、近くの木に寄りかかってハビエル達を観察した。

 フアンも参加したそうにしていたが、矢の回収と使えるか品定めをして、だめなら矢じりを回収するので参加は見送りらしい。

 

 車座になってサイコロを転がして遊び始め、気になったので気になって近づいてみると、ホルヘがちらっと私の方を見たがすぐにサイコロに視線を戻し、ゲームを続けた。

 

 2個のサイコロを転がして銅貨を中央に投げて次の人。

 どういうルールだろうと観察しているとゾロ目出ない時は中央に銅貨を投げて、ゾロ目が出たら中央においた銅貨を総取りするらしい。

 面白いのだろうか。

 3周くらい回した頃ハビエルがそろそろ行くぞ、と立ち上がる。

「勝ってるから早めに切り上げやがった!」

 ホルヘが文句を言いながら出立の準備をする。

 

「おれらの判断のせいで全滅する所だった、恩に着る」

 ハビエルと先頭を歩き、ペドロの班の方に向かっているとハビエルが改めて礼を言ってきた。

「大所帯で固まってたっていう理由がわかりました」

「だが、気が緩んでいたようだ。いつもはもっと少なくて、お前さん方の力を見ようとして分けたせいで全滅する所だった」

「危なかったですね」

「だが力は本物以上だった。これからもよろしく頼む」

 

 しばらく歩いた頃、遠くで叫び声が聞こえる。

「ベルニの声だ、急ぐぞ!」

 ペドロの班の1人、ベルニの声らしい。

 重い装備で屈んで走り続けるのは難しいので早足になり、急いで駆けつける。

 駆けつけてみると8頭の砂狼(アル・ロッブ)に囲まれ、1人は倒れ、2頭の砂狼(アル・ロッブ)が血まみれで転がっている光景だった。

 

「大丈夫か!」

「助かる、ベルニがやられた!」

荷運び屋(ポーター)! そいつを頼む!」

 ヨンがエッジオを守る体勢を取りながらエッジオは急いで倒れるベルニに駆けつける。

 腰に付けた飲み薬(ポーション)入れを開け瓶を取り出すとベルニを抱き起こし飲み薬(ポーション)を飲ませた。

 

 8頭の砂狼(アル・ロッブ)をまとめて相手にするのはこちらの人数が多くても見なければいけない箇所が多すぎるのでペドロの班と私の班で背中合わせになり、砂狼(アル・ロッブ)を分断する形で群れの中に入り込む。

 エッジオは邪魔にならないように班の間にベルニを引きずってくる。

 後ろの方でボンボンと魔石が破裂する音がして爆発の熱風と砂狼(アル・ロッブ)の悲鳴が聞こえてエッジオは生きた心地がしなかった。

 

 魔石に傷をつけて放り投げるフアンと全力投球で爆発させる私の援護をはさみながらハビエルが大盾で視界を塞ぎ、ヨンの戦斧が影から襲いかかる。

 ホルヘとヘススはエッジオとベルニを守るために内側で待機する。

 

 魔石を砂狼(アル・ロッブ)の1頭に叩きつけ、倒れる仲間を見て驚いた隙にヨンが飛び出し雄叫びを上げながら1頭を屠る。

 ヨンが戦斧を振り切って無防備になった隙を砂狼(アル・ロッブ)は見逃さずがら空きになった背を狙って噛みつく瞬間、ホルヘの「後ろだ!」という声に反応して戦斧を手放して転がり、私が投げる魔石を警戒する。

 襲いかかる動きを見せる砂狼(アル・ロッブ)に魔石を投げる振りをしてみると横に飛び退った。

 何度かフェイントをかけてみると途中からフェイントを見抜くようになってしまい、投げつけると避けられてしまい、砂狼(アル・ロッブ)がいた所を通り過ぎて爆発した。

 その隙にヨンが戦斧を取りに行こうとすると今度はそちらで威嚇の声を上げ妨害をする。

 

 フアンの投げる傷をつけた魔石の爆発タイミングも、うっすら光るからかなんとなく読まれてしまっている気がする。

 一瞬止まった隙に魔石を投げる。

「おい! そこはだめだ!」

 ヨンが慌てた声をあげるが、魔石はすでに私の手を離れてしまっている。

 軽やかにぴょんと飛び退いく砂狼(アル・ロッブ)

 砂狼(アル・ロッブ)の頭を狙ったため、元いた場所から少し向こう

にはヨンが手放した戦斧が転がっていた。

 幸いなことに戦斧に直撃はしなかったが爆発で弾かれた戦斧はハビエルの盾にものすごい音を立ててぶつかり、柄が折れて修理が必要になってしまった。

「ご、ごめん」

「いや、いいんだ」

 後で修理代だけでも出そう。

 

 攻撃力が一番高いヨンの武器が私のせいで使い物にならなくなってしまったのでヨンは戦力外になってしまい、ヘススとホルヘが前にでざる負えなくなった。

 彼らは体格がよくないので片手剣と盾では重量を支えきることができるか心配なのだが、もしかしたら加護のおかげで耐えきれるのかもしれない。

 ハビエルの脇に私が立って2人で1頭に当たり、フアンは弓で2頭の動きを監視し、ヘススとホルヘが2人で1頭に当たる。

 身体強化を強めて右手で剣を構え、魔石の袋に左手を入れ、5、6個まとめて握り壊れない程度に力を込めて傷をつける。

 1、2、3と数えて魔石をまとめて放り投げる。

 散発的に放り投げられるだけだった魔石に慣れていた砂狼(アル・ロッブ)はまとめて降ってくる魔石にぎょっとして体を堅め、フアンが矢を放つ。

 防御姿勢を取るように伏せて縮こまり目を閉じ、爆発に耐える。

 爆発の土煙の中からあちこち焦げて肩や体に矢が刺さってはいるが、戦意はまったく喪失していないようにみえる。

 

 1体が相手だとハビエルの出番はあまりない。

 しょうがないので私が前に出てたまにフアンに援護してもらう。

 牽制に魔石を砂狼(アル・ロッブ)の死角に放り投げ、聞かれないように爆発に合わせて龍鱗(コン・カーラ)鋭刃(アス・パーダ)をかける。

 なんか久々だなあ、と思いながら1対1で砂狼(アル・ロッブ)と向かい合う。

  

 ゆっくりと歩きながら品定めしているのか、しばらく私を観察した後、唸り声を上げながら身を低くしてかまえた。

 来る、と思わず身を固くする。

 砂狼(アル・ロッブ)にしてみれば、集団で畳み掛けてくればどうにでもなろうものを、なぜか1人で前に出てくるチビの相手はどうやっても負けることがないだろう。

 頭でも喉でも腹でも、どこを狙っても一噛みで仕留めてしまえばいい。

 こいつを殺して1人ずつ殺していって適当に減らして逃げればいいだろう。

 

 砂狼(アル・ロッブ)は人間が反応できない速度で、人間が耐えられない重さで押しつぶすのがいつもの必勝法である。

 身を低くして襲いかかる体勢になる。

 

 剣の修行をしていない私にまっすぐ襲ってくる砂狼(アル・ロッブ)相手に咄嗟にできることは、突きくらいしかできそうなことが思いつかない。

 上段にかまえておけば、届く前に振り下ろしさえすればいいし、避けられても切り返すこともできるはずだ。

 そう思って右足を引き、半身になって剣を構えた。



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血の臭いはまだ苦手

 弾かれるように襲いかかる砂狼(アル・ロッブ)に反応して私にその牙が届く前に前側に出した左足のつま先を軸にくるりと回転し、軸をずらして構える。

 軸をずらした私の目の前を砂狼(アル・ロッブ)が恐ろしい速度で通り過ぎる。

 グリップをギュッと握ると力任せに砂狼(アル・ロッブ)の首めがけて剣を振り下ろした。

 

 借りてきたなまくらのショートソードは鋭刃(アス・パーダ)のお陰で骨が切断される手応えを味わうことなく振り抜けた。

 着地に失敗し音を立てて倒れ込んだのを視界の端で捉え、剣についた血を右手に持ち替え勢いよく振って飛ばす。

 そうしているうちにハビエルが盾をかまえ退路を塞ぎ、私が向かい合っている間に仕留め終わったヘススとホルヘが別ルートの退路を塞いだ。

 

 惜しむらくはショートソードが短かく、十分な踏み込みができなかったこと。

 おかげで砂狼(アル・ロッブ)を一撃で倒せなかった。

 私の技術が未熟なせいだ。

 右前足を切断され、首にも少し刃が届いたようで出血が多い。

 致命傷となる右前足からの出血はすぐに止血をしないと生き延びることはないだろう。

 どす黒い血が流れる様を見て、血なまぐさい臭いを嗅ぎ、私の戦意がしおれていく。

 3本足になってもそれでも生きようと戦意が衰えず、私をにらみ唸る砂狼(アル・ロッブ)を見て胃の辺りがぎゅっと軋んだ。

 なぜさっきまで自信満々に剣を持っていたのかわからない。

 だまって魔石を投げておけばよかった。

 

 だれでもいいからトドメ刺してくれないかなと思いながら、死を待つだけの砂狼(アル・ロッブ)を前になんとか心を奮い立たせて剣を中段にかまえた。

 まっすぐ行って突き刺す。まっすぐ行って突き刺す。

 フェンシングの突きを放つ様に、バドミントンで遠くの羽を拾う様に思い切り地面を蹴ってショートソードを喉めがけて突きたてる。

 同時に砂狼(アル・ロッブ)が飛びかかってくる。

 一か八かで私の喉をめがけて噛み付いて来た口めがけてショートソードがあっけなく、飲み込まれ砂狼(アル・ロッブ)は最後の力で私の手を噛み砕こうと口を閉じて鍔に歯が当たりがちりと音をさせそのまま力が抜けていった。

 

 流れ出た血で手をベトベトにされグリップが滑る。

 暖かさとぬるぬるとした血の感触を感じながら、砂狼(アル・ロッブ)の喉からずるり、とショートソードを引っこ抜く。

 どろどろになったショートソードの血振りをしようと思い切り振り下ろすと手が血で滑ってものすごい勢いで飛んでいって地面に突き刺さった。

 

 その間にハビエル立ちはペドロの方に援護に向かって砂狼(アル・ロッブ)を囲んだ。

 大盾が2枚と片手剣はペドロ含めて4人、刃の長い両手剣を持ったのが1人。

 そしてこちらの戦斧は私が誤って壊してしまった。

 少し水を出して柄と手を洗って突き刺さっているショートソードを引っこ抜いた。

 

 ハビエルの後ろに立ち状況を確認すると、もう砂狼(アル・ロッブ)は残り2頭でフアンとペドロが2頭倒したらしい。

「ヨンも武器壊して休んでるからリーダーは荷運び屋(ポーター)の所で休んでるといい」

 ハビエルにそう言われて何かあったら呼んで、と声をかけてエッジオの方に向かった。

 

 武器がないので早々に休憩を取っているヨンとベルニの容態を見ているエッジオの元に着く。

「おう、嬢ちゃん、やるじゃねえかって負けたみたいな面してどうした」

「血の臭いとヌルヌルで気持ちが悪くなっただけです」

「あ、カオル。この水で手を洗うといいよ」

 カバンから陶器の瓶を出してコルクを抜いて私の方に向けたので洗わせてもらう。

 あとでこっそり補充してあげよう。

「ありがとう。あの人はどう?」

 疲れたように首を振って言う。

「手持ちの飲み薬(ポーション)だと等級が足りなかった。肋骨がおれてるし内蔵が傷ついてたら長くは持たないと思う」

 

 表面上、傷は治っているようだが、それは軽傷の傷が治る程度の飲み薬(ポーション)の効果で重症が治るのは7級だったか。

 飲み薬(ポーション)でなんとなく体力が回復したのか呼吸は安定しているがどうなるかわからない。

 早く砂狼(アル・ロッブ)を倒して病院につれていかなくてはいけないのに。

 遠くから8人で取り囲んで倒す様を眺める。

 4人で1頭。すぐ終わるだろう。

 

 大盾でぶつかり、砂狼(アル・ロッブ)が頭で受け押し返して隙ができた瞬間、左右から剣を突き出し刺せても刺せなくてもさっと下がって追おうとしたのを矢で牽制する。

 あっ、違う! そこで切りつけて! ああ、そうじゃない! とこれは時間がかかりそうだ、とハラハラしながら観戦する。

 自分でやるときはさっぱりなのに人のを見るときは理想の動きが見えるという不思議。

 それからしばらくしてやっとのことで砂狼(アル・ロッブ)を倒すと皮を剥いで、せめて1頭だけでも肉を持ち帰ろうか、と相談してベルニの様子を確認したら移動しようか、と話をしたところだった。

 

 「ハビエル!」

 エッジオが叫ぶ。

 ハビエルではなく、ペドロの隊のルベンという大盾の男が盾を放り出してベルニのもとに駆け寄った。

 苦しそうに呻くベルニを抱きかかえると息を引き取るのを静かに見守り、呟いた。

「もっと早く仕留められてたら間に合ったか」

「いや、無理だろうな。元々傷が深かったのを飲み薬(ポーション)で傷を癒やして生きながらえたんだ。痛みの中で死んだわけじゃない」

 内蔵だけの傷だけなら痛みがない場合もある。

 飲み薬(ポーション)で傷を治したお陰で、痛みに苦しんだ中で逝ったわけじゃないというのはせめてもの救いか、とルベンの背中をみて感じた。

「そうだな」

 そう言ってベルニを抱きかかえ、少し離れた木陰に寝かせると全員でキャンプの準備をし始めた。

 

 バドーリャの街は墓地が少なく、弔いをしようとすると、ギルドの幹部や大商人などの金持ちの家では魔法で焼いた灰を風魔法で空高く巻き上げ自然に返す。

 魔法使いを雇うことができない庶民は神殿の施しによって祈りを捧げられたあと、鳥葬で弔われる。

 どちらにしても自然に返すという弔い方が一般的なんだそうだ。

 

 旅先やギルドの仕事中の事故では、血縁など親しければ無理にでも遺体を持って帰ることはあるが、通常、遺体は持って帰らない。

 旅や仕事中に死人が出た場合、そんな時は一晩一緒に過ごして明朝に別れを告げる。

 

 こんな仕事をしていれば生きていた証を残せるのは一握りの中の一握りの英雄くらい。

 英雄になれない大多数の彼らは歴史の中に埋もれ死と共に忘れ去られる。

 だからだれかの記憶に欠片でも残ることを祈って一晩一緒に過ごして弔いをする。

 死ぬことは構わないが一人で忘れ去られるのは寂しいから。

 おれはこうして死んだ仲間の思い出を語り、ここにいるだれかは死んだおれの思い出を語ってほしい。

 狩猟と闘争を司る神を信仰する彼らの最後の祈りが思い出だとでもいうのか。

 

 砂漠に飲み込まれた森に埋めても土に還ることはないので野生の動物や魔物が命を循環させるんだ、たまにスケルトンになったりするやつがいるけどな、と後にハビエルに聞いた。

 

 その日の夜、焚き火を囲んで食事をしながらルベンを中心にベルニの思い出話しを聞いて過ごす。

 ベルニとルベン達は昔からの知り合いだったわけでもなく、バドーリャで生まれ育ったベルニと他所の土地からやってきたルベンがなんとなく黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に登録して、なんとなく組まされた縁なんだという。

 一緒に仕事に行き、仕事終わりに飲みに行って、そんな当たり前の日常の話をみんなでして、あんなことがあった、あいつはこうも言っていた、そうして夜は更けていった。

 「番はこっちでするから先に寝てくれ」

 寝ずの番は同じ班でするからと少し離れたところで野宿することになった。

 柔らかい砂地のベッドは思ったよりも寝心地がよく、マントさえ被ってしまえば冷えることもなさそうなので、木の根を枕にして丸くなって寝た。

 

 寝る間際までは冷えを感じることはなかったが、マントにくるまったまま寝られるわけもなく、はだけたせいで早朝の冷えは体の芯まで冷えて目が覚めた。

 ここで寝る正解は木に寄りかかって座って丸くなって寝るのが正解らしい。

 少し離れた所でペドロの所のイサークとかいう元猟師が焚き火に枝をくべるのが見えた。

 私の周りではハビエル達がまだ寝ているので起こさないようにゆっくりと立ち上がり、付近を一周してきた。

 寝ていた木に戻ってきて今度は木の根と幹の収まりのいい箇所を探して背中を当てマントにくるまり2度寝をした。



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精算と報酬

 木に寄りかかって俯いて寝たおかげで今度は首の痛みで目を覚ました。

 固まった首の筋肉を解すために周りを見回してみると、そろそろ起床の時間らしく、起きてストレッチしている人やまだ寝ている人がいたり、そんな時間だった。

 エッジオは1人先に起きて火の準備をして干し肉を戻して簡単なスープを作っていた。

 おはようと声をかけ火に当たる。

「おはよう、カオル。すぐ用意するから待っててくれ」

 荷物から木のスープ皿と堅パンを出して朝食の用意をしてくれる。

 ナイフで切れ目を入れた堅パンを焚き火で炙ってスープが入った皿と一緒に差し出された朝食を受け取った。

 少しずつちぎりながらふやかしたパンを食べ、残ったスープを飲み干した。

「ごちそうさま、水で洗ったほうがいい?」

「いや、ここらの砂は綺麗だから砂をまぶして乾かしてから布で拭くだけで大丈夫なんだ」

 木の皿を拭く布は砂をはらうための布だったか。

 

 ペドロの所に様子を見に行ってみるとすでに起きて朝食も終えたペドロ達が帰り支度していた。

 木にもたれかかって眠るように息絶えたベルニの元に行き手を合わせた。

「何してるんだ?」

「私がいた所では死者を送るときはこうするんだ」

「そうか」

 ペドロはそういうと私に習って手を合わせた。

 

 撤収準備を手伝い、ハビエル達の元へ戻るとすでに食事を終えエッジオが撤収準備が終わっていた。

 ペドロ達のところはもう少しここで休憩してから帰るらしい。

 待たせたようで申し訳ない。

「もう今日は撤収でいいよな?」

 ヨンが文句は言わせないと撤収を提案する。

「ええ、ええ。いいですよ」

 もちろんですとも。

 

「しかし、2日で砂狼(アル・ロッブ)の毛皮と魔石が10は中々実入りがいいんじゃないか?」

 ホルヘがたいした活躍もしていないのに機嫌良さそうに言った。

 人が死んでるんだから! と止めようと思ったがだれも気にしていないようでガサツというか、無神経というか周りへの配慮がないことにストレスを感じる。

 とはいえ、付き合いが長そうなルベン達も普通に帰還準備して気にしていなそうなので間違っているのは私の方なんだろう。

 

「何枚かは頭部が焼け焦げてるが体に切り傷がないからどう査定されるかだな」

 ヨンがエッジオが剥いだ皮を思い出しながら皮算用しているようだ。

 7人で分けてしまうと手元に来るのは大した金額にならないんじゃないのかね?

 そんな話をエッジオに帰りの道すがら聞いてみると、砂狼(アル・ロッブ)なんて6人が全力で当たって2頭狩れば運が悪ければ死人がでることもあるし、けが人がでてせっかくの儲けが吹き飛ぶなんて当たり前にある。

 難易度の高く、リスクに見合った報酬が出る獲物なのだから、それが10頭分、そこまで危険にさらされることなく手に入れられることができたのはすごいことだよ、と教えてくれた。

「5人で6頭の砂狼(アル・ロッブ)なんて文字通り全滅だからね、普通」

 そういうと、エッジオも追加報酬でるかな、なんて夢想して、ホルヘとヨンは武器を新調して夜のお店に行こうなんていうのが聞こえ、フアンも口は開いてないが弓の手入れをしながら歩く様が楽しそうに見え、みんながなんだか浮足立っているように見える。

 

 警戒しながらバドーリャまで、私の緊張は全く無駄になってしまったが無事にたどり着き、馴染みの店に通りかかると後でいくよなんて挨拶して上機嫌に黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に帰還する。

 受付のテーブルにどかどかと砂狼(アル・ロッブ)10頭分の皮やら魔石やら肉を乗せて、討伐完了と毛皮の納品を伝えると

「精算するのでお待ち下さい」

 と、鑑定のため、魔石と毛皮、肉を持って奥に行った。

 

「あーやって奥に行かれるとなんか細工されてる気がしてイラっとするよな」

「そんなわけあるか、だったら問題になってるはずだろ?」

 不満をいうホルヘに諫めるヘスス。

「信用問題になるのでそこは厳しくやらせてもらってます」

 鑑定を終えた受付嬢が音もなく現れ、感情を表さずに一言釘を刺し、ホルヘが驚いて謝る。

「あ、はい。すみませんもういいません」

「では、1人ずつ呼ぶので来てください、カオル様」

 はーい、とテーブルにつく。

 

「初めてのリーダーお疲れ様でした」

「いえいえ、大したこともできずに」

「あなたがリーダーになっていきなり狩猟の成果が10倍になったのですから」

「そういわれると確かにそうなのですが」

「報酬ですが、こちらが成功報酬の銀貨2枚と大銅貨5枚、討伐報酬の銀貨1枚、毛皮と魔石で銀貨30枚です」

 事務手続きが終わり、合計37枚の硬貨が積み上げられた。

 今日は仕事をするつもりがなかったので手ぶらで来てしまっていたため、そんな大量の硬貨を持ち帰る準備ができていなかった。

 

「大銅貨1枚ですけど、袋、入りますか? それとも預けますか?」

「銀貨5枚と銅貨を手元に。残りは預けます」

 遠くから貯金するくらいなら1杯おごってくださいよー! とやじが聞こえた。

 聞こえなかったことにして受け取った麻の袋に報酬の硬貨をカウンターから流し込むように収めて口をきゅっと閉めた。

 

 ハビエル達が待っているテーブルに戻ってくると、次はハビエルが呼ばれた。

「この後は?」

だれともなしに聞いてみると、ヨンとホルヘは「へへ、そりゃあなあ」と言って言葉を濁していたのでそういうことなんだろう。

 ヘススはハビエルとフアンの3人で飲みに行くと言っていた。

 エッジオはいつもはまっすぐ帰るんだけどね、ボーナスが出たらどこか行こうかな、と言っていた。

 砂狼(アル・ロッブ)10頭のインパクトは相当なもののようだ。

 

「へっへっへ、遊ばなきゃ2、3ヶ月何もしなくても暮らせるんじゃなねえか?」

「飲みにいかねえなんてできるわけねえじゃねえか、もって1ヶ月だな」

 ハビエルが腰の袋をぽんぽんと叩いて戻ってきて、ヨンが呼ばれ、すれ違いざまに突っ込んでいた。

 ヨンが戻ってくると武器を直してもお釣りが来ると喜んでいた。

「あ、あの。私のミスで壊してしまったので修理代払いたいのですが」

「几帳面なやつだな、ありゃあ、おれが変な場所に置いたせいだからな、嬢ちゃんは気にしなくていいさ」

「それではこちらの気も済まないので」

「じゃあ、半分でいいさ。たぶん銀貨2枚もしないだろう。刃は無事だったしな、銀貨1枚だ」

 麻の袋から銀貨を取り出してヨンに渡すと「変なリーダーさんだよ」と呟いた。

 

 それから1人ずつ呼ばれて報酬をもらい、何を買おうか話し合いというか、雑談というか。

 私は欲しいものはなかったので参加せずにぼーっと眺める。

 そうしてるうちに全員に報酬は行き渡り、自然と如何わしい店に行く組と飲みに行く組と帰る組に分かれる。

「リーダー、次の仕事はどうする?」

「毎日じゃないんですね」

「毎日仕事するとか死んじまうわ」

「じゃあ、3日後くらいでどうですかね」

「それだとおれの斧の修理が間に合わないから7日は見てほしい」

「そうですか、それなら8日後の朝、ここで」

 

 解散になって昨日帰る予定だって言ってたことを思い出し、申し訳ない気持ちになる。

 ギルドからの帰りの道すがら休みの予定について話を振ってみる。

「エッジオは次の仕事までどうするの?」

「僕ぁ、明日休んだら短気の荷運びかな? そろそろピエールフも退院できるらしいからね」

「そっか、無事でなにより、私は基本的に遠出しないから何かあったら声かけて」

 私の家の前で分かれて後ろにいるエッジオにひらひらと頭の上で手を振った。

 

 ポケットから鍵を取り出し差し込んで回すと、がちゃりと大げさな音を立てて解錠された。

「おかえりなさいませ」

 奥から慌てたようにパタパタと足音をさせてニコレッタが出迎える。

「ただいま、昨日帰るようなこといったのに帰らなくてすみませんね」

「いえ、お戻りにならないので心配していましたが無事で安心しました」

 

 ダイニングのテーブルに腰をかけると頭に巻かれた長い布を外す。

 汗で張り付いた髪をくしゃくしゃっとしてほぐすと空気が入ってすっきりする。

 そういえば巻かれた布はそのまま枕になるというのも新しい発見だった。

「お召し物もお脱ぎください」

「え? まだいいですよ」

「汚れていますし、その、砂が落ちますので」

「そうですか、そうですね」

 浴室に移動してから服を脱いでニコレッタに渡した。

 

 ニコレッタがお手伝いしましょうか? と声をかけようとした瞬間、大きなたらいいっぱいくらいの量の(アグーラ)を出して頭から浴びた。

 ニコレッタが手を出すべきか悩んでいる間に、濡れた髪をがしがしと指先で地肌をマッサージして、汚れと脂を浮かせて再びざばあっと(アグーラ)を浴びる。

 

「あ、石鹸買っておいたのですが、使われますか?」

「あ、はい。どこですか」

 顔に張り付いた髪の毛を手ぐしで書き上げるとニコレッタが手渡してくれた。

 さっさと出ていくのかと思ったら脇に立っていたせいで、裾にちょっと水しぶきを浴びてしまったニコレッタと、裸の私。

「お、お手伝いします」

「いやいやいやいや、大丈夫です。恥ずかしいので出ててもらえると」

「そうですか、失礼します」

 

 ニコレッタは使用人に見られて恥ずかしいというのも初めて言われたことだった。

 見せつけてくる中年か、存在を無視されることしかなかったので新鮮味を感じるが、使用人としてこんなことではいけないのではないか、とこれからどうしたらいいか悩みながら夕食の準備をしに台所へ向かった。

 

 



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どうせ暇だろう?

 夕食はニコレッタが用意してくれた食事を美味しく頂いた。

 片付けをしに台所に向かったニコレッタを見送って、昨日と今日のことを思い返してみる。

 誰も彼も狩りに行くことを深く考えていなかったし、舐めていたと思う。

 私の班であれが起こってもおかしくなかった。

「カオル様、リラックスできるお茶です」

 ニコレッタに声をかけられて眉間に随分と力が入っていることに気づいてこするようにもみほぐした。

「いただきます」

 そう答えるとニコレッタがティーポッドから薄い紫色のお茶をカップに注いだ

 言って初めて会ったメンバーを部下にして急に砂狼(アル・ロッブ)を狩って、他の班の人が救援に間に合わすに死んでしまったことを話した。

 ぐだぐだとくだを巻く私の話をニコレッタは黙って聞いてくれてしばらくしてやっと落ち着いてくると、思ったより疲れていたのか、お茶のリラックス効果のせいか、眠気を覚えた。

「すみません、ニコレッタさん。今日は眠いので早めに寝ることにします」

「では、ベッドを整えてきますので少々おまちください」

 軽く礼をすると、用意されていたお茶と酒の瓶を置いていそいそとベッドメイクをしに私の寝室へ向かった。

 

 砂漠ほどではないが昼はあっという間に洗濯物が乾いてしまうくらい暑く、夜は凍らない程度に冷える。

 真夏の昼間から真冬の夜になるほどの気温差。

 机で寝てしまうと確実に体調を崩してしまうだろう。

 ニコレッタが置いていったポットからお茶を注ぎ、一緒に置いていった酒の瓶から少しお茶に垂らして一口飲む。

 お茶の華やかな香りと、強いアルコールの匂いが鼻の奥を突き刺し、軽くむせそうになりながらくいっと一息に飲み干す。

 ティーカップに少しだけ酒を注ぎ、小さな氷塊(ヒェロマーサ)を出してちびちびと舐めるようにして待つとニコレッタがベッドメイクを終えて戻ってきた。

 

「そんなおじさんみたいな飲み方ははしたないですよ!」

 戻ってくるや私の飲み方を咎めるニコレッタに、コップを持ってくるように言って酒と氷塊(ヒェロマーサ)を入れてあげた。

「魔法の氷なんて恐れ多い」

「いくらでも出せるんで価値なんかないですよ」

「出せるということが特別なんです!」

 さあ、とニコレッタを座らせて一緒に、一杯だけ晩酌に付き合ってもらう。

「そこまでかしこまるもんじゃないですよ」

「お部屋に寝間着を用意しておいたので寝る前に着替えてくださいね!」

 もう! と怒りながら私の手からコップを受け取った。

 

「そもそも、このお酒もわたしなんかが飲んでいいものじゃありませんし!」

「そんないいやつなんですか」

「このお酒はブランデーといいまして、ワインが作れるような肥沃(ひよく)な土地で長い年月をかけて作ったものだと伺いました。なので美味しいのですが、ちょっと遠くから運ばれてきた分高くなるのです」

「そうですね、でもこの辺ならウイスキーなんて作ってるんじゃないですか?」

「よくご存じですね」

「ビールはあるようなので。なんならウイスキーでもいいですよ」

「ずいぶん強いものを好むのですね」

「家を開ける日も多そうなので、長持ちしてくれればなんでもいいですよ」

「たしかにそうですね、ビールなんて1日放っておいたら飲めたものじゃありませんね」

 飲んだことがあるようで、思い出して笑ったニコレッタ。

「ウイスキーとブランデーだとどのくらい値段が違うものなんですかね?」

「ウイスキーが銀貨1枚で、ブランデーは銀貨5枚くらいです」

「……! だいぶ違いますね」

 あまりの値段に驚きでカップを取り落としそうになった。

 

「すみません。買っておくものと思い込んでいたもので」

「いえ、大丈夫ですよ。でも次はウイスキーの方がいいですね。そんなにこだわりないので。ウイスキーには種類はありますか?」

「わかりました。ウイスキーはそんなに何種類もあるものなのですか?」

「すっきり飲めるものと樽の匂いが強いものがあるのですが、私もそんなに飲んだことがあるわけじゃないので」

「そうですか……」

「ニコレッタさんもだいぶ飲める感じなんですかね?」

「この辺の人はそうですね、飲む人はものすごく飲みますがわたしはそんなに飲みません」

 使用人の仕事ができなくなってしまいますから! と少し上気した顔で胸を張る。

 

「そんなに堅苦しく考えなくてもいいですよ、そうですね……、朝から寝る準備までがニコレッタさんの仕事の時間にしましょうか。それ以外はお休みでいいですよ」

「準備までだなんて、わたしが不要ということでしょうか!?」

 うるうると目に涙を浮かべて私の手を握るニコレッタ。

 泣き上戸なのか、感情の振れ幅が大きくなる人なのか。

「違いますよ、趣味くらいあるでしょう? そういうのも大事だと思うのです」

「趣味なんて、大商人の子女がやるもので、そんなお金、わたしには、ありません」

 ふくれっ面で言うニコレッタにそうだった、趣味は贅沢なんだった。と改めて気づいた。

 

「じゃあ、無理のない範囲でよろしくおねがいします」

 ほんのり酔って少し感情的になっているニコレッタをなだめて寝室に戻ることにした。

 

 昨日私が起きた時には綿が寄ってしまったベッドをニコレッタが整えてくれていた。

 ぼそりと倒れ込むと、厚手の布にくるまり酔いのせいもあってか、あっという間に眠りに落ちた。

 朝、ニコレッタのノックの音で目が覚める。

「カオル様、3の鐘がなったのでいかがですか?」

 鐘? 聞いた記憶がないがニコレッタが持ってきたのかな。

「あ、はい。起きます」

 そう返事をするとニコレッタがドアを開けて入ってきた。

「おはようございます。カオル様、お召し物を持ってきました」

「あ、おはようございます」

 ベッドから出て持ってきてくれた服に着替えるように促された。

「着替えたら持っていくので大丈夫ですよ」

「汚れ物を主人に持ち歩かせるというのは使用人として看過できません」

 そういうことでジロジロと見られながら着替えをさせられる。

 お手伝いまでされなくてよかった。

 

「今日はどの様に過ごされますか?」

「特に決めてませんが一旦ギルドに顔を出してからバドーリャの街を見て回ろうと思います」

「わかりました。では、朝食を用意いたしますね」

 脱いだ寝間着を抱えてニコレッタは朝食の準備をするために退出していった。

 

 ニコレッタに渡された今日の服を来てダイニングに向かう。

 テーブルについて用意されていた苦味の強いお茶が入ったポットを傾けカップにお茶を注ぐ。

 朝食はにんにくたっぷり使った揚げた卵とパンとスープ。

 あの宿で出てきたやつ。

「にんにくを使った料理は夜にしてくれると助かります」

「かしこまりました」

 

 朝のまだ少し冷えた空気の中で飲む温かいパンとスープの熱は胃の中でじわっと広がって血を通った様に暖かが伝わった。

 にんにく卵をフォークで切って中からとろりと流れ出た黄身にからませて口に運ぶ。

 にんにくの臭いが口いっぱいに広がって鼻に抜ける。

「美味しいですね! 宿で食べたのより塩味がちょうどいいです」

「ありがとうございます。あの宿は旅人や巡礼者が泊まるので少し塩を強くしているのです」

「食べに行ったんですか?」

「元々この辺でよく食べられるものですから、手を加えるのはハーブを足すか、にんにくの量か塩味の調整くらいなんですよ。それを店で出すというは家のと違うのかなって1度行ってみたんです」

「そうしたら?」

「しょっぱいだけでした」

 そう言って肩をすくめた。

 

 しばらく朝食を食べる私の傍らにいて給仕をしてくれていたが何か思い出したように言った。

「あ、そうでした。ハーブなんかも買ってきて大丈夫ですか? 香りとかよくなるんですけど、不要であれば使わずに料理しますので」

「使ってもらってかまいませんよ」

 最後の一口の卵を片付けるとニコレッタにごちそうさまでした。というとニコレッタはちょっと変な表情をしてから頬を緩めて喜んでいただけて何よりです。と言って食器を片付けて台所に向かった。

 

 私は食後のお茶を飲み終えてカップをことり、とテーブルに置いて立ち上がった。 

「じゃあ、行ってきます」

「お早いお帰りをお待ちしております」

 家を出てニコレッタが鍵を閉めたことでさあ、どうしようかと、途方に暮れる。

 イレーネの家に行ってみるとイレーネは仕事で昨日出てから帰っていないらしい。

 

 しょうがないので、なんとなく口に出しただけの黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)に顔を出すという用事を済ませるためにギルドに向かった。

 少し歩いて黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)の扉をくぐる。

 

 中にはちょうどルイスさんがいて退屈そうに事務仕事をしていた。

 首だけで軽く挨拶をすると、挨拶を無視して魔法屋に行けと言われた。

「お前どうせ暇だろう?」

「まあ、そうですが」

「魔法使えないのも不便だからな。あ、こっちの魔法、気持ち悪いから覚悟してけよ。慣れれば楽っちゃー楽なんだがな」

 ニヤリと笑ってそういうと、手でしっしっと追い払われた。

 この人は自分の用件を伝えるといつも追い払ってくるな、と思いながらギルドを出て言われた通り魔法屋とやらに向かうことにする。

 魔法屋はバドーリャの中でも高位にあるギルドの様で、黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)より上位、3層目に居を構えていた。

 作りは石造りで白く塗られ、杖のマークがついた看板が入り口に吊り下げられていた。



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魔法屋に行ってみよう

 魔法屋の重そうな鉄の扉に手をかけ、押してみるとびくともしなかったので、全体重をかけて引く。

 ぎぎぎ、と扉が軋む音がして扉が開き、扉の隙間にするりと潜り込んで建物の中に入るとふかふかの絨毯が敷かれていた。

 柔らかい絨毯は足音を消すのが目的なのか、奥の方で黙々と事務仕事をしているのが見える。

入って左側に小さなカウンターがあり、カウンターの中でもフードを目深に被った老人が座って仕事をしていた。

 カウンターに座ると目だけでこちらをみて「御用は?」とだけ口にした。

「魔法を習得したいのですが」

「炎の魔法を習得するのであれば次の段階も炎しか習得できない。氷を使いたい場合は、氷も一番下から習得してもらう。これが魔法のリストだ」

 ぶっきらぼうに説明をして、料金と種類が書かれた羊皮紙に書かれた料金表を出して示した。

 生活に便利な魔法なら大銅貨1枚程度、攻撃魔法の最安値は銀貨2枚から。

 

「じゃあ、一番下の4属性全部ください」

「そう、慌てるもんじゃないよ、お客さん。魔力がなくなってしまったらその場で習得失敗だ。いくら自信があっても、もう少し慎重になった方がいいぞ」

「出直しになってもまた払えばいいんですよね? であれば、まとめてやらせてください」

「どんなに自信があるかわからないけど、最初に痛い目にあって置くこともいいだろう。1段階目の魔法1つ大銅貨1枚、4属性分、あとは奥の部屋の使用料で大銅貨1枚。合計5枚だ」

「あ、はい」

 カウンターに大銅貨を並べる。

 受けつけの老人は大銅貨を回収するとローブの中に手を引っ込めてどこかにしまい込んだ。

「ついてきなさい」

 カウンターに入る扉を開けて私を呼んだ。

 私より少し背が高いので大人の男としては背の低いだろうと思われるローブ姿の老人の後をついていく。

 建物の奥にもう1つ部屋があるのかと思ったら、奥は下へ下る階段がある。

「岩山をくり抜いてあるんですね!」

 ひんやりした壁を撫でながら思わず口にすると、無駄口はきかぬように。と一言だけ返事が帰ってきた。

 壁を撫でるのをやめて口をつぐんでゆっくりと歩く。

 

 足元だけ薄い明かりで照らされた薄暗い階段を老人についていくと、シューティングレンジの様な細長い部屋についた。

 ここは明かりが灯され、奥の壁の目の高さの位置に丸がたくさんかかれた的のような絵が書かれていた。

「ここは魔法の習得を行う部屋だ。大魔法を使っても威力を低く抑えるようになっている。利用料は習得する魔法のランクに関わらず大銅貨1枚で習得するか諦めるまで使える」

「あー、普通は1つの魔法で使用料1枚なんですね。なんかすみません」

黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)の常識の無さには慣れているからな、次からは砂時計をひっくり返すごとに銅貨を取ろうかと思っているところだ」

「大銅貨じゃないんですね」

「儲けるためにやっているわけではなく、魔法ギルドは魔法の深淵を伝えるためにあるのだよ」

「そうですか、こちらとしても専有していると言われるのも心苦しいので時間制にしてもらえると助かります」

「払う方がいいとは、変な女だな」

 面と向かってそんなことを言われて鼻白むが特に気にしていないようだ。

「さあ、来なさい。これより略式の入門の誓いを行う。導くは導師クレフ。新たな弟子は……キオル」

 そう言ってフードを取ると灰色がかった青い髪の老人が顔を見せた。

 髪の毛と同じ色のヒゲを蓄えた深い皺が刻まれた60代、と言った風貌で鋭い目が閉じられた。

「すみません、カオルです」

 小声で訂正したが無視された。

 

 それから魔法使いとしての高みを目指すことを誓わされ、やっと魔法の習得が始まった。

 クレフの隣に立たされ、呪文を習う。

「1段階目の魔法は魔法の素養があれば特に必要なことはないのでその名を唱えよ、炎の礫(ファイアシュート)!」

炎の礫(ファイアシュート)!」

 眼の前に現れた野球ボールくらいの炎の玉は、形作った瞬間発射されて的に当たって弾けた。

 魔力を込めることもなくずるりと引き出される違和感を覚えた。

炎の礫(ファイアシュート)! 炎の礫(ファイアシュート)!」

 再び使ってみると、全く同じだけの魔力が引き出された。

 威力を上げようと魔力を多めに込めて使ってみると、溜まった中からやっぱり少しだけ引き出されて全く同じ威力の火の玉が発射された。

 アレンジも利かなければ威力も変えられない。

 威力も低いし、使い道がない、と驚いた。

「嬉しいのはわかるが、そんなに空打ちして魔力が尽きてもしらんぞ」

 その後、同じ様な氷の塊を飛ばす氷の礫(アイスバレット)、魔力をまとった風の刃を飛ばす風の刃(ウィンドカッター)、ゴルフボールくらいの石を作って飛ばす石礫(ストーンバレット)を習得した。

 どれもこれも使い物にならなそうだ。

 

「1段階目はこんなもんだろう、まだ使えるがどうする?」

「もう覚えたので大丈夫です。ありがとうございました」

 ふん、と鼻をならすと入口に向かって歩き始め一緒に出た。

 カウンターの表にでて、クレフが受付につくのを確認して話しかける。

「あの、2段階目を覚えたいのですが」

「さっきの今でまだやるつもりか!」

 ぎょっとして怒られた。

 

「いや、あの、まだ余裕があったので……。その分部屋の使用料払うので、だめですかね?」

「今日はまあ、いいだろう。2段階目の魔法は銀貨1枚、1つにつき大銅貨1枚」

 気が変わらないうちに払ってしまおうと銀貨4枚と大銅貨4枚を取り出してクレフの前に積み重ねた。

 チャラチャラ、と持ち上げて1枚ずつ落としながら枚数を数えると、ため息をついてついてきなさい。と歩き出した。

 2度目にして慣れたものでクレフの後ろを歩いて魔法を覚える部屋に行く。

 2段階目の魔法は4つ。

 3本の炎の矢が狙った敵を焼く炎の矢(ファイアボルト)

 3本の氷の矢が狙った敵を貫く氷の矢(アイスボルト)

 3本の不可視の風の矢が狙った敵を切り裂く切り裂く風(ウィンドエッジ)

 3本の石の矢が狙った敵を打ち砕く打ち砕く石(ストーンキャノン)

 

 どれもこれも1度で使えるようになり、1段階目の魔法の5倍ほどの魔力が吸い取られた。

 ここでやっと気づく。

「RPGか……。それなら、これを作ったのも召喚された現代人ということか」

「何を一人でぶつぶつ言っているのか」

「いや、そうですね、大丈夫です」

「で、表にでたら今度は3段階目を覚えたいというつもりかね」

「あー、その、できたらお願いしたいなぁ~、と」

 クレフは、はあ~と長い長い溜息をついて

「常識はないが礼儀知らずではないらしいな。いいだろう。私かそなたのどちらかが力尽きるまで付き合おうじゃないか」

 ニヤリとしてカウンターまで戻り、クレフのお茶を飲んで待ってもらいながら料金表を見ながら8段階目まで覚えようか、思案する。

 金貨6枚半くらい、なら払えなくもない。

「7段階目までお願いできますかね?」

 クレフは口に含んだ茶を吹き出し怒り出した。

「殺す気か!」

「えぇ?! そんなに魔力使いますか?! どこまでならいけますか」

「5段階ってところだな」

「じゃあ、今日のところはそれでお願いします」

「どれだけ自信家なんだ、おぬし」

「いやいや、量だけは多いんですよ」

「そうか、おぬしには何を言ってももう無駄な気がしてきたわい」

 

 3段階目は身体強化系魔法の初級、これもやらなければ中級も覚えられないらしいのでしょうがなく、使ってみる。

筋力向上(小)(レッサーストレングス)!」

 うっすらと身体強化がかかった感じを味わい、増やすことも減らすこともできない不便さに閉口する。

あと2つ、防御力向上(小)(ガーディアンフォース)と、剣を借りて攻撃力向上(小)(バーンエッジ)をかけてみる。

 自分にもかけられて人にもかけられるらしいが魔物と戦うならかけてもかけなくても変わらなそうだ。

 これなら忘れてしまっても問題なさそう。

 

 

「第3段階わかりました! 次いきましょう!」

「はあ、覚えて帰るだけのおぬしと違ってまだ仕事があるんだからな?」

 指先に出現させた電撃の槍を投げ飛ばす電撃の槍(サンダーランス)

 指先に圧縮した魔力を集めて直接的にぶつける魔力弾(マジックバレット)

 第4段階までの魔法攻撃を防ぐ魔力障壁(弱)(マジックガード)

 指先に集めた水を高圧の鞭にして標的を打ち据える水の鞭(ウォーターヴィップ)

 

 やっと使えそうな魔法がでてきた。が、やはり威力調整なんてできないので使い道にこまるなぁというのが正直な感想。

 威力の調整は効かないし、いちいち指やら手をかざさなければいけないのが良くない、格好はいいのだけど。



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いい肉はおいしい

 使い勝手がわるいなぁと悩んでいる様がつかれたと思ったのか嫌味を込めてクレフが言う。

「どうだ? そろそろ魔力も尽きて多く払った金が無駄になったか?」

「まだまだいけそうです」

 素直に感想を答えるとクレフは舌打ちをして、次の段階に進む。

「どれ、やるぞ。次の段階からは力を取り出すために詠唱する必要がある。全部覚えろよ?

 爆炎の(つぼみ)よ! 我が魔力を糧とし形を成せ! 火炎弾(ファイアボム)

 詠唱と共に出現した赤く燃える球体は出現と同時に的に向かって飛んで行き、爆炎を上げ壁を焦がした。

 続けて私が使うと全く同じ火球が同じように的に飛んでいき爆炎を上げた。

 だれが使っても同じというのはそれはそれで利点なのかもしれない。

 

「冷気の爪よ! 我が魔力を糧とし爪と成せ! 氷結の爪(アイスクロウ)!」

 氷の爪がついたグローブが手に生まれてクレフが的に手刀と突きを叩き込んだ。

「近接攻撃の魔法なんですね」

 同じように詠唱して生み出した氷の爪をまじまじと見る。

 冷たさは感じないが冷気がそよそよと足元を冷やす。

 広げたり閉じたりして動かし方を確認してから手を閉じて的に向かって突き刺した。

 

「余裕ぶった態度は腹立たしいが覚えが早いというのは助かるな。暴れ狂う風よ! 我が魔力を糧とし形を成せ! 空裂弾(エアロブラスト)

 見えないはずの風が渦巻いてうっすらと向こう側が歪んで見える球状の風を飛ばし、的をずたずたに引き裂いた。

 なるほど、そういう魔法か、と使って覚える。

 それにしても雑じゃないか?

 

「これで最後だ。石塊の爪よ! 我が魔力を糧とし爪と成せ! 岩石の爪(アイスクロウ)!」

 見た目も使い方も氷結の爪(アイスクロウ)と同じようなものらしい。

 

「ありがとうございました」

 教えて貰う予定だった魔法をすべて覚えたのでクレフさんに礼をする。

「金はもらっているからな、いやはや、こんな魔法使ったのは久しぶりだよ。疲れた疲れた。さ、店じまいだ」

 疲れたと首をもみながらカウンターに向かって歩き出した。

 

 改めて礼を行って「酷く疲れたからしばらく来ないでくれ」というジョークを聞きながら魔法ギルドを後にした。

 結構時間が経っていたようで、日が傾きかけてそろそろ早めの夕ご飯か、という時間。

 遠くから鐘の音が11回聞こえた。

 

 そういえば、ルイスさんにここの魔法は気持ち悪いと言われたのを思い出し、たしかに調整が効かないまま吸い出される感覚は気持ち悪かった。

 イレーネ達にあったらこのことを話そう。

 そう思いながら通り道で新鮮な豚肉を買い、暖かくならないように冷やしながら家に帰る。

「お早いおかえりでしたね」

「魔法ギルドでいくつか魔法を覚えてきただけなので。あ、これ、通り道で豚を買ってきました」

「まあ、ずいぶん新鮮でいい豚肉を買ってきたのですね、岩山産の豚だなんて初めて見ました」

 どうやら適当に買ってきた豚肉は良いものだったらしい。

 外で飼育するとどうしても肉食獣や魔物が寄ってきてしまうので畜産は岩山の中腹をくり抜いてその中で養豚場や養鶏場が作られている。

 狩猟によって入荷する肉は自家消費か大型の魔獣や獣肉なので高価になっていまっている。

 この街の有力者の1人がその畜産場を管理する一族なんだそうだ。

 

「じゃあ、今日の晩ごはんはそれでお願いします」

「どんな味か楽しみです」

 晩ごはんの準備をしてもらっている間に、自室でラフな部屋着に着替えてダイニングで本を読む。

 しばらくするとニコレッタがワゴンを引いてやってきた。

「いい肉はやっぱり料理をしててもわかりますね、柔らかいです」

「それは楽しみですね」

 

 晩ごはんは、少し硬いパンを切って中をくり抜いて具を詰めたものと、野菜スープと、何かのハーブと塩コショウだけで味をつけた豚肉が用意された。

 野菜スープにはパンからくり抜いた中身をスープの具にしてぐずぐずに溶けてあまり美味しそうな見た目はしていない。

「いい豚肉の調理法がわからなくて」

 ニコレッタは焼いただけの豚肉について私がなにか思う所があると考えた様で言い訳をするが、別に焼いただけでもいい肉は美味しいので文句はない。

 スープだって、見た目がよくないだけで美味しくないわけじゃないはずだし。

 そう思って一口飲むと思った通りの野菜スープだった。

 溶けかけたパンの食感がよくないけれど、美味しいスープだ。

 具を詰めたパンも似たようなものをどこかで食べた気がするのだけれど、思い出せないが美味しい。

 焼いただけの豚肉も元々の肉がいいものだからみずみずしくて美味しい。

 

 豚肉を切り分けて一口、ニコレッタが恐る恐る口に運ぶのを見守り一緒に口にする。

「美味しいですね!」

「本当においしいです……」

 ニコレッタは自分で作ったものなのに驚いて目を瞬かせる。

 そのあとニコレッタと目を合わせてはむふふと笑いながら夢中になって食べ終えた。

 

「ごちそうさまでした」

 そう言って手を合わせるとニコレッタは嬉しそうに微笑んで「はい!」と、返事し、食器を片付けた。

 そろそろ部屋に戻ろうかなと、機嫌良さげに片付けを終えたニコレッタに声をかける。

「今日はもう部屋に戻ります」

「おやすみなさいませ。今まで冷めた食事が当たり前でしたが温かい食事は美味しいです。ありがとうございます」

 そう礼を言って自分の部屋に戻っていった。

 確かに今日のは冷えてしまった後だったら美味しさ半減だっただろう。

 無理にでも一緒に食事を取るようにしてよかった。

 

 部屋に戻って寝る準備をしながらここの気持ち悪い魔法を覚えれるだけ覚えたいと思うのだけど、どうにも調整が利かないのが気持ち悪いというか変な感じで好きじゃないんだよなぁと暗い天井を仰ぐ。

 今日覚えたのは5段階まで、店で見せてくれたメニューでは9段階めまであるらしい。

 6段階目は身体強化の2つ目、7段階目は防御魔法、8段階目は攻撃魔法、9番目が身体強化の3つめで終わりというのは中途半端な気がする。

 考えながら横になっていたらいつの間にか寝てしまっていて、朝起こしに来たニコレッタにちゃんと布団に入らないと風邪を引きますよ! と怒られてしまった。

 

 休暇2日目。

 今日も魔法ギルドに行って覚えれるだけ覚えたい。

「おはようございます。今日は6段階目から教えてください」

「げえ! 本当に来たのか!」

「いやー、すみませんね」

「昨日の今日で魔力なんかないよ。ちょっと待っとれ」

 そういって奥に引っ込むとクレフと同じくらいの年代の老婆を連れて現れた。

 ストレートの白髪が混じった水色の髪が綺麗で、若い頃はきっとモテたろう。

「来るなと言ったのに来たおかげで今日はこやつの世話になることにした」

「クレフの妻のオケアノと申します。とんでもない魔力を持った人が来たってお話は聞いていますよ」

「あ、よろしくお願いします」

「昨日来たなら詳しい説明は不要ですね」

 そう言うとカウンターからメニュー表を持って返事も待たずに歩き始めた。

 

 

 椅子に座るとメニューをこっちに差し出して問う。

「さて、今日はどこまで覚えましょうか」

「行けるところまでは行きたいですね」

「じゃあ、9段階目まで行きましょうかね。厳つ霊(サンダーボルト)は今日は無理なのだけど」

 せっかちなのか、やることが決まるとすぐに見本を見せようと構えた。

「身体強化の2番目は前3つ習得すると4つ目のすばやさ向上(ピクシーステップ)を習得する資格が与えられるが、まあ、全部覚えるのだものね」

 筋力向上(中)(ストレングス)防御力向上(中)(ファランクス)攻撃力向上(中)(ヘビィエッジ)を真似して覚え、続いてすばやさ向上(ピクシーステップ)を覚えた。

 1つ銀貨15枚で合計60枚と場所代4枚。

 

「さあ、次にいくよ。次は防御のための壁を作る魔法だね。土の魔法はどれも人気もないし、使い勝手もそこまで良くないんだけど覚えないといけないものだから我慢しとくれね、硬いし目隠しにもなるから防御以外には使えるよ」

 そう言って立ち上がる土壁(アースウォール)の呪文を唱えると、地面から土の壁が立ち上がった。

「慌てて使うにはちょっと遅いのよ」

 ずるりと、魔力を引き出される感触に背中をぞくぞくさせながら立ち上がる土壁(アースウォール)を成功させる。

 

「本当に物覚えがいいのね、水壁(ウォーターウォール)! これは炎とか雷の魔法から身を守るのに使えるのよ」

 唱えた瞬間に水でできた壁が立ち上がってうねうねと波立つ。

 その後も色々注意事項を聞きながら焼け尽くす炎壁(ファイアウォール)不可視の風壁(ウィンドウォール)も覚え、どれもこれも使いづらいという説明は間違ってないな、とオケアノと笑った。



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引き抜きと友好の証

「魔力は大丈夫かしら?」

「まだ大丈夫です」

「そ、頼もしいのね。じゃあ、次は8段階目の魔法ね」

「おねがいします」

「8段階目からはちょっと難しいの。よく聞いてね」

 

 大地と共に生まれ大地を割る古の巨人よ! 大いなる御身の力の一端を我が手に!

 捧げし我が魔力を糧に我らが怨敵を打ち据えん!巨人の一撃(タイタンフォール)

 

 掲げた手の先に何かの塊が生まれ振り下ろした手の動きと連動して地面を強く叩いて轟音を立てた。

「詠唱が必要になるのよ、すぐ出せないから唱えながら闘うのって大変なのよ」

「1人だと確かに難しいですねー」

 

 メモを見せてもらいながら使ってみる。

 読み上げるのに夢中になって魔力を集中させるのを忘れていたが、詠唱が完成すると意図していないのにずるりと魔力が引き出される気持ち悪さで背筋がぞくぞくした。

「メモをあげることはできない決まりだからなんとかこの場で覚えてね、次のも詠唱しちゃうけど、このまま覚えていく?」

「いや、ちょっと無理そうなので今日はここまででお願いします!」

 それから何回か使ってみて、後ろから「はぁ~、ものすごい魔力量なのね~」と感心するオケアノの声を聞きながら練習した。

 

「すみません、時間かかっちゃって」

「いいのよ~、そのために使用料金とってるんだから、覚えきれなくてなかったらまた来て使用料だけで使えるのよ。でもあなたみたいに魔力いっぱいある人だったら1回で覚えられちゃって儲けにならないわね」

 カラカラと笑いながらがめつい告白をされた。

 

「普通は1つ覚えるのにどのくらい通うんですかね?」

「8段階目だと2、3回使うともうふらふらになっちゃうし、家じゃ使えないから覚えては忘れてを繰り返して早い人なら3日って感じかしら」

「それはすみませんね」

「でもストレスがなくていいわ~。ほんとに覚えが悪い子とかメモみても間違う子なんて後ろで見ながらああもう! ってなっちゃって大変なの」

 その後も適当に雑談をしながら巨人の一撃(タイタンフォール)を覚え、まだ余裕がありそうだ。

「もう1つお願いします」

「あらあら、ほんとに魔力量すごいのねー。うちのギルドに来て欲しくなっちゃう」

 料金を渡すと、コホンと小さく咳払いをして詠唱を開始する。

 

 神の山の炎より生まれし古代の龍よ! 大いなる御身の力を我が手に!

 捧げし魔力を牙と変え、我らが怨敵を焼き尽くさん! 燃える龍の牙(ドラゴンバイト)

 

掲げた手に大きな龍の口を思わせる炎の牙が現れ、振り下ろした手によって的を粉砕した。

「ふぃー、8段階目の魔法は腰に来るわね、わたしも年ね」

 愛想笑いをしながら燃える龍の牙(ドラゴンバイト)の呪文を唱えて使ってみる。

 巨人の一撃(タイタンフォール)のように上から叩きつける魔法らしい。

 違うのは炎の牙による攻撃くらいか。

 呪文も似た感じだし、何度か使ってみたら覚えられそうだ。

 

 それにしてもここの魔法は本当に応用が効かない。

 巨人の一撃(タイタンフォール)燃える龍の牙(ドラゴンバイト)でいうと、詠唱に加えて手を上に伸ばすまで揃って1つの詠唱になるようで唱えただけでは発動しない。

 手を上げてから詠唱ではだめで詠唱してから手を上げる。

 咄嗟に出そうとして同時にやってしまうと発動しないので注意が必要だと言われた。

 だから、剣を持ったままとか、盾で剣を受けながら不意打ちをするような使い方はできない。

 ここの魔法使いは完全に後方支援か強化して近接特化かの選択しかないらしい。

 なんとも不便だ。

 

 暇そうにしてるオケアノに心のなかで覚えが悪くて申し訳ないと誤りつつ、何度か使って覚える。

 あとで思い出してメモをしたいのだけど、それも駄目な決まりだそうで完璧に覚えて帰らないといけない。

 

「ねえ、あなた。そんなに使って倒れたりしないの」

「まだ大丈夫ですねー。あ、お茶ありがとうございます」

 覚えるまで延々と魔法を使い続けている私を心配してオケアノがそろそろ休憩しては、とお茶を持ってきてくれた。

 

「ほんとにびっくりするくらい魔力量が多いのね」

「そうですね、ずっと増やそうとして頑張ってたんで」

「まあ、そんなに増やせるものなのね!」

 口にはださないが教えてもらえないかと目をキラキラさせるオケアノ。

 たぶん、魔力を操作して炎に変えたりする練習はこっちではやっていないと思うので説明が難しいので適当に嘘をついておくことにする。

「言えない約束になっているのですみません」

「そうよね、残念だわ。うちに来てくれたら教えてもらえたりするかしら?」

「それもちょっと難しいですね」

 しばらくどのレストランが美味しいとか、生地の質がいいという話を教えてもらって、練習を再開する。

 何度か唱えてみると、見なくても唱えられそう。

 そんなことを考えながらまだ行けるかなと思っていると

「そろそろ疲れたかしら?」

「いえ、もう1つ行けるかなって」

「1日で8段階目を終わらせようとするなんて思わなかったわ、やるなら大銀貨1枚と銀貨5枚くださいな」

 笑いながら、差し出された手に大銀貨と銀貨、そして使用料を乗せる。

双頭の風の牙(ストームバイト)氷狼の牙(フェンリルバイト)のどっちがいいかしらね?」

「呪文が覚えやすい方で」

「じゃあ、どっちでも変わらないね」

 

「じゃあ、双頭の風の牙(ストームバイト)にします」

「じゃあ、見ておいで」

 

 嵐より生まれし天空の主、双頭の蛇よ! 大いなる御身の力を我が両の手に賜らん!

 捧げし魔力を牙と変え、我らが怨敵を引き裂かん! 双頭の風の牙(ストームバイト)

 

 通せんぼするように手を大きく開くと透明な蛇の頭が現れ、柏手を打つように腕を閉じるのに合わせて挟み込むように的を砕いた。

 なるほど、この魔法は両手が必要なのか。ますます使いづらいという感想を抱いた。

 

 オケアノに促されて詠唱しようと前にたつ。

 メモを見ながら、他の2つとの違いを意識してゆっくりと詠唱する。

 が、ちょっとずつ詠唱が変わってくるのがだんだんと覚えられなくなってきた。

 巨人の一撃(タイタンフォール)燃える龍の牙(ドラゴンバイト)双頭の風の牙(ストームバイト)を順番に唱えて何周かした所でやっと違いを覚えることができた。

 

「ほんと、底なしねえ」

「今日はもう無理そうなのでまた来ます」

 肺の中の空気をすべて吐き出したような長い長い「は~」という感心した吐息を聞きながらもう帰ると告げた。

「今いるギルドがいやになったらいつでもおいでね」

 ニコニコと手を振って見送られ、愛想笑いで答えて帰宅した。

 

 帰りに黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)の前を通りかかったら団長ことフェルミンが帰る所なのかトミーとアイランを伴って出てきた。

 久々にみたフェルミン達はこっちの風習に合わせて髭を伸ばしているようで、まばらに髭を生やしているが、伸び切っていないせいでただの無精髭に見える。

「カオルではないか、久しぶりだな」

「そういえばエルカルカピースを出た時以来ですね、変わりはないですかね?」

 歩いて帰るフェルミン達に合流して一緒にあるき出した。

 

「私もトミーもアイランも事務仕事ばかりでだいぶ体が鈍ってしまったな。な」

 偉そうな一人称も身分を隠すために『私』になっていることに気がついて少し驚いた。

「吾輩もたまには砂狼(アル・ロッブ)やら砂熊(アローソ)でも狩りに行きたいものですな!」

「バカなことを申すな、アイラン。そろそろ立場を自覚しろ。そんな雑務で死なれてたまるか」

 トミーが大きなため息をついてアイランをたしなめた。

 こっちに来てから尊大な言い方が抜けて砕けた話し方になっているようだが、アイランの脳筋は体が衰えても変わりが無いようだ。

 

「で、今日はどこに行ってたんだ?」

 気を取り直すようにフェルミンが私に言った。

「あぁ、ルイスさんが魔法覚えに行けっていうから昨日から行ってるんです」

「こっちの魔法使いづらいというか、気持ち悪いだろう?」

 会う人会う人に同じ話をされて愉快になってきた。

 

「込めた魔力が無視される感じが気持ち悪いんですよね」

 フェルミンを始めトミーとアイランが各々頷いて返事をした。

「で、どこまで進んだんだ? カオルなら魔力も多いし、2日なら5段階目と言った所か?」

「8段階めの3つ目まで行きましたね」

「暗記しただけの魔法は覚えたと言わんぞ?」

「もちろん、ちゃんと使えますよ。残ってるのは氷狼の牙(フェンリルバイト)厳つ霊(サンダーボルト)です」

「それでなんともないのか……」

「少し? あ、そうそう。そのお陰で魔法ギルドから勧誘されました」

「まあ、そうだろうな。私だって同じ立場ならそうする」

 フェルミンが納得した様に大きく頷く。

 

「引き抜かれてもいいんですか!?」

「ハンターギルドと魔法ギルドなら対立しないから掛け持ちしたらいいだろう? むしろ敵対の意志はないと友好的になるかもしれんな」

「こっちの仕事を優先してくれれば文句はない」

「カオル殿を交流があまりないギルドに送り込めば友好な関係が結べるかもしれませんな、わははははは」

 口々に勝手なことを言ってくれる。



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防御魔法の効果は自分の身で

「こっちの仕事をするだけで向こうも我がギルドのメンバーが10体の砂狼(アル・ロッブ)を討伐しました! と言えるから何もしなくても評判が上がると思えば売れるだけ恩を売っておけと思わなくもないのは正直なところだ」

 フェルミンが私の顔をみてニヤリとした。

「売れそうなら売っておきますよ」

 思わずがくりとうなだれた。

 そうこうしているうちにフェルミンの家がある層まで降りてくると、別れ際に「頼んだぞ」と声をかけられた。

 

 関わる人を増やすと面倒も一緒に増える。

 そう思ってため息をつきながら帰路についた。

「ただいまー」

「おかえりなさいませ」

 帰宅を笑顔で迎えてくれたニコレッタに軽く癒やされ、着替えてくると言って自室に戻った。

 家で迎えてくれる人がいるというのはなんだかいいことだと思う。まだ何日も経ってないけれど。

 

 着替えてまだニコレッタに呼ばれるまで時間がありそうだと、本でも読もうと椅子に座ると、ちょっと体が重く感じる。

 思ったより魔力を使っていたようで少し眠気を覚えつつ、本を開いた。

 少しずつ読み進めるが目がちかちかして読み進めることができなくなり、天井を仰いで目頭を押さえた。

 眠気はあるけどそこまで眠いわけでもなく、かと言って何かするほど元気があるわけでもない。

 何をする気にもならずにだらだらと過ごし、ニコレッタが来てくれるのを待った。

 

 結局椅子に座ったまま寝入ってしまい、ニコレッタに揺さぶられて起きた。

「お食事を……」

「あっ、はい」

 口から垂れたよだれを袖で拭ってダイニングテーブルにつく。

 ニコレッタに気にせず一緒に食事をしてくれていいとは言うのだけれども、どうしても当たり前の顔をして主人と一緒に食事を取るというのは恐れ多いというので、毎度「一緒に食べましょう」と誘っている。

 基本的に料理の味について以外の話題はないのだけれど、しばらくして酒を出してもらって飲みながら食べているとつい、お互い口も滑らかになり、今日の出来事を話たりする。

 魔術ギルドに勧誘された話を聞いたニコレッタは、この主人は当たりだ! と確信し、表情に出さないように気をつけながらテーブルの下で拳を握った。が、口元の緩みはどうしても隠せず「優秀な主人に使えることができて嬉しいです」とお世辞で誤魔化した。

 

 次の日も魔法の習得。

 氷狼の牙(フェンリルバイト)厳つ霊(サンダーボルト)の詠唱を教えてもらって、使ってみる。

 数多の眷属を統べる凍てつく牙を持つ冬の王! 汝が眷属に大いなる御身の力を賜らん!

 捧げし魔力を牙と変え、我らが怨敵へ氷の粛清を! 氷狼の牙(フェンリルバイト)

 

 氷狼の牙(フェンリルバイト)は他の牙の呪文と同じく氷の上あごを叩きつける。

 使用者の介入する余地はないと思っていたけど、叩きつける距離くらいは変えられるようだ。

 とは言っても狭い室内、眼の前に落とすかちょっと向こうに落とすかくらいの違いしかないのだけど、どこまで遠くの的を狙えるか今度試してみたい。

 

 こうして色々覚えてみると、王とか主とか出てくるが、実際にいるのだろうか。

 厳つ霊(サンダーボルト)はちょっと特殊なもので、街から出る必要があるのでまた明日、と言われてしまい今日覚えられる魔法はなくなってしまった、とがっかりしていたら

「どうせすぐ覚えて9段階目にいくんでしょ?」とのことで9段階目、3つ目の身体強化を教えてくれることになった。

「身体強化だけは詠唱要らないの不思議よね」

「たしかにそうですね」

 「筋力向上(大)(グレートパワー)」と「防御力向上(大)(ダイアモンドプロテクション)」を使った。

 その名付けのセンスはどうなのかと思ったが、この魔法を作った人のネタ切れだろうか。

 ということは実際に主だの王だのは存在しないのかもしれない。

 

「これを使えばわたしみたいなおばあちゃんでもこのくらいはできるようになるの、ちょっとまってね」

 部屋をでてしばらくするとツーハンデッドソードを持って帰ってきた。

筋力向上(大)(グレートパワー)を使わないとここまで持ってこれなくて」

 ニコニコしながら剣を振り回してみせた。

 ローブ姿の老婆がニコニコしながら背と変わらないくらいの大きさの剣を軽々と扱う異常な光景に思わずちょっと笑ってしまい、まあ!笑うなんて! と、ちょっと怒られてしまった。

「すみません。そうですよね、魔法使いですからそれくらいできますよね」

「あなたもこれからやるのよ」

 言うやいなや振り回していた剣を右手で片手持ちをして、自分の左腕にぶつけた。

 がいん! と音がしてとても軽いとは言えないツーハンデッドソードが弾かれる。

「これをやるときはいつも緊張するのよ、失敗したら神殿にいかないといけないから」

「大丈夫だと思ってても心臓に悪いです!」

 思わずつっこんでしまうとオケアノはカラカラと笑いながら

「あなたでもそんな顔するのね、涼しい顔以外の表情が見られてよかったわ。さ、あなたもやってみて」

 ツーハンデッドソードを受け取り筋力向上(大)(グレートパワー)を使う。

 強めにかけた身体強化くらいか。

 

防御力向上(大)(ダイアモンドプロテクション)!」

 魔法を使うことに慣れてしまっていたので、筋力向上(大)(グレートパワー)防御力向上(大)(ダイアモンドプロテクション)のお陰で久々に恥ずかしいという感覚を思い出した。

「さ、剣で防御力を確かめられたら終了よ。怪我をしたら神殿への寄付は魔法ギルドが払うから安心して」

 怪我って切断じゃないか。と思いながらはい、と返事をして手首の回転でくるりと回して前腕部に刃を落とした。

 オケアノと同じようにがいん! と見えない鎧に阻まれて軽い衝撃のみを腕に伝えた。

 

「今日もすばらしいわね、じゃあ、明日は街からでて、南に、そうね……1時間くらい言った所に魔法ギルドの外の訓練施設があるの。小屋も建ってるし行けばわかると思うわ」

 カウンターで簡単な地図を書いてもらってオケアノのサインを入れてもらって魔法ギルドを後にした。

 

 晩ごはんを食べながらニコレッタと今日1日の話をする。

 ニコレッタは朝私を見送った後、下町に買い物にでかけたそうだ。

 「下町でもタイミングが良ければ新鮮な肉等が手に入るので。

 行ってみたらちょうど肉が運び込まれるタイミングで運がよかったです!」

 嬉しそうに言って肉を頬張った。

 

「カオル様が凍る保管庫を作ってくれたので腐りかけたものを香辛料で誤魔化して調理しなくても美味しい食事ができて嬉しいです」

 なんて幸せそうな笑みを浮かべて言っていた。

「明日の魔法を覚えたらもう教えてもらえる魔法がないんだけど、最後の魔法は街の外に出かけなきゃいけないらしくて帰り遅くなるかもしれないです」

「わかりました。お早いお帰りをお待ちしてますね」

「なるべく早く帰ってきます」

「全部の魔法を覚えたお祝いに何か食べたい物があれば作りますが、食べたいものはありますか?」

「特にはないですねー。ニコレッタさんの得意料理とかあれば」

「じゃあ、母に教えてもらった料理を作ってお待ちしています」

「楽しみにして帰ってくることにします」

 その後、少し話をしてニコレッタが「わたしはこれでおやすみさせていただきます。」と自室に下がった。

 

 じゃあ、私も寝ようかな。と

 ウイスキーを注いだコップを持って自室で少しだけ本を読んで寝ることにした。

 

 イベントがあると思うと妙に早起きをする。

 テーブルの上の飲み残したウイスキーがあるのに気づいて捨てようと思ったのだが、こっちのウイスキーは高いことを思い出し、(アグーラ)を足して一息にぐいと飲み干した。

 焼け付く吐息を吐き出してベッドに転がって本を開き、ニコレッタが着替えを持ってきてくれるまで読むことにした。

 呼んでもいいんだが、まだ寝てたら悪いし。

 

 本を読みながらどのくらいたったか。

 時計がないのでまったくもってわからないがおそらく1時間半ほどだと思うが、過ぎた頃ニコレッタが呼びにきてくれた。

 この生活、奴隷やメイドやらを雇う主の生活というのは結構、思ったより、大層不便で窮屈かもしれないと思い始めた。

 生活のすべての世話をしてもらうということは、世話係を待たなくてはいけないと思わなかった。

 貴族とかお金持ちって我慢強いな。

 

 やることもなくダラダラと無為に過ごし、いい加減起きてしまおうかと思った頃、やっとニコレッタが来てくれた。

 挨拶をするニコレッタから、待ってましたと着替え受け取り手早く着替える。

 買った覚えのない色と形の服を渡された。

 広げて見るとフードがついていて足元まで隠れるロング丈のフード付きのワンピース。

 紺色の生地に黄色い糸でレースが編み込まれた華やかでそれはそれは可愛らしい長さローブのだった。

 



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あなた、魔法ギルドに入らない?

「魔法使いになったのですからローブは大事です」

「近接戦闘をするので足に絡まるようなローブは動きづらいのですが」

「あら、殿方に戦ってもらったらいいじゃないですか、きっとお似合いですよ」

「これ下には何も着ないのですかね?」

「着てしまうと暑いですから、下着だけだそうです」

 下着姿になり、頭からすっぽりとローブを被ってフードを取る。

 スースーしてなんか裸にコートの変態になった気持ちでニコレッタとリビングに行き朝食を取った。

 

 足に絡みついて邪魔なのでスカートをつまむ様にローブの腿の辺りをつまんでバドーリャを降りる。

 ローブ姿で歩くと下町の人たちが遠巻きにジロジロと見てくることに気づく。

 ローブを着て歩いてはいけなかったのだろうか、だったらニコレッタが差し出してくるわけがないはずだし、と思い居心地の悪い思いをして街を抜け、地図にあった魔法ギルドの施設とやらに向かった。

 

 身体強化を使って走るとローブが絡みついてくるので昔のアニメで見たおてんば姫のように腿の両脇を掴んで持ち上げて大股で走る。

 ニコレッタがみたらきっとはしたないというに違いない。

 1時間ほど、と言われた場所は身体強化を使って歩くと5分ほどで到着した。と思う。

 

 指定された場所だと思った場所は子供くらいの大きさや中型犬くらいの大きさの岩転がってるくらいで、レンガで組まれた小さい小屋が荒野のど真ん中にぽつんと建てられていた。

 日除けのために屋根の下に入り、本当にここでいいのかと、扉のない出入り口から顔を出してキョロキョロと見渡していると遠くに小走りでこちらへ向かってくるパンツルックのオケアノの姿が目に入った。

「あらあら、ずいぶん早くに来たのね、その格好じゃここまで歩いてくるの大変だったでしょう」

「うちの召使いが魔法使いならこの格好だというので大人しく着てきたのですが街の外に出る時はローブではないのですね」

「だって、走り辛いもの」

「すごく走りづらかったです」

 ローブを掴んで走る真似をするとオケアノはふふっと笑ってお転婆ね、と感想をいって小屋の隅にあるテーブルに背負っていたリュックをおいた。

「気を取り直して、新しい魔法を覚えましょうか。若い魔法使いさん」

 と、ウィンクをした。

 

「これはね、雷を落とす魔法なんだけど、9段階目にした方がいいんじゃないかとかそういう話があるくらい、8段階目の他の魔法と違う感じの魔法でね。建物の中だと発動しない広い場所が必要な魔法なの」

「難易度的には8段階目ってことですか?」

「そうなの、詠唱難易度は8段階目だけど、消費魔力は9段階目かもっと必要で唱えられるのもわたしとうちの人と、会長と、あと20人くらい」

「思ったよりいますね」

「そう思う? 何百人かいる中で23人だけなのよ、あなたで24人目、あ、でもその前に昨日できなかったことしてもらわなくちゃ」

「昨日? やり残したことありました?」

筋力向上(大)(グレートパワー)防御力向上(大)(ダイアモンドプロテクション)をわたしにもかけるのがもう1つの課題なの。わたし自分でかけちゃったから」

「わかりました」

 そう言って手をかざして筋力向上(大)(グレートパワー)防御力向上(大)(ダイアモンドプロテクション)を続けてかける。

 

 筋力向上(大)(グレートパワー)の効きを確かめ、石を拾って真上に投げ落ちてきた石を背中で受けて防御力向上(大)(ダイアモンドプロテクション)の効きを確かめた。

「さすがね! 合格よ」

 パチパチと手を叩いてほめてくれるオケアノ。

「逆に自分には使えて人にかけられないことってあるのですかね?」

「あんまりないけど、たまーにあるの。たまーに。そういう人は自分勝手だったり自分中心すぎてチームワークとか考えられない人だからあんまりね」

「そういうもんですか」厳つ霊(サンダーボルト)

「あなたはそんなことないって思ってたけど、念のためね」

「はあ、そうですか」

「じゃあ、次の魔法を覚えましょうか」

「おねがいします」

「この魔法はちょっと音が大きいから心をしっかりもってね」

 

 1歩前に出て手を広げ詠唱を開始する。

 破壊と再生を司る大神(たいしん)よ!

 誉れ高い我が神よ! 宇宙の真理たる御身より出ずる力を我に貸し給え!

 吠え猛る御身が力! 打ち据えるは我らが神敵!

 汝が怒りの矢を給わらん! 厳つ霊(サンダーボルト)

 

 詠唱を終えたオケアノは空に向かって人差し指をびっと突き上げ「厳つ霊(サンダーボルト)!」と叫ぶと空に魔力の雲が現れた。

 おおーと思わず声を上げてバチバチと放電する雲を見上げた。

 きっと口をぽかんとあけて間抜けな顔をしていることだろうと思う。

 

「えいっ!」

 オケアノが気合とともに指を振り下ろして少し離れた所にある岩に雷を落とした。

 眼前が真っ白になるほどの光と頭をハンマーで殴られるような空気の衝撃、鼓膜が破れるかと思うほどの雷鳴が響いた。

 チカチカした目が慣れて、やっと目の前が見えるようになると岩は粉々に砕けて地面が焼け焦げていた。

 

 よろよろと屋根だけの小屋まで戻ってくるとふう、とため息をついた。

「術者の目と耳は大丈夫なんですか、これ?」

「全然大丈夫じゃないの」

「使えるんですか?」

「射程は長いし、威力はあるのよ」

 困ったように頬に手を当てて答えた。

「敵も味方も行動不能になってしまいますね」

 (イ・ヘロ)を最大光量で使ったときを思い出したが、こっちは攻撃しつつ、耳も潰せるので目をつぶって当てられるなら意外といいかもしれないと妄想した。

 

「さ、がんばって。あまり自分の近くに落としちゃだめよ」

 視力を取り戻したオケアノが私の腰を押して促した。

 目がくらむのはいやだなぁと思いながらやれやれと定位置に突くと詠唱を始める。

 

 破壊と再生を司る大神(たいしん)よ!

 誉れ高い我が神よ! 宇宙の真理たる御身より出ずる力を我に貸し給え!

 吠え猛る御身が力! 打ち据えるは我らが神敵!

 汝が怒りに滅びの矢! 厳つ霊(サンダーボルト)

 

 どこかで聞いた詠唱だな、と魔力の集まりを感じながら破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)を思い出す。

 破壊の輝き(ハラ・ギオン・ヴィーヤ)は破壊神の力を借りた魔法。

 確かに、厳つ霊(サンダーボルト)は他の8段階目の魔法とは趣が違うようだ。

 オケアノの様に人差し指をびっと突き上げると指し示した先に集まった不可視の魔力が飛んでいって雲になった。

厳つ霊(サンダーボルト)!」

 あまり近いと怖いのでオケアノが落とした岩よりもっと遠くにある同じくらいの岩に向かって指を指した。

 

 眼の前が真っ白になった瞬間、あ、目をつぶるのを忘れてた。と思い出したがすでに後の祭り。

 稲光で眼の前は真っ白、轟音で耳はぐわんぐわんして聞こえず、衝撃で三半規管にもダメージがあったのか真っすぐ立っていられない。

 くらくらしながらオケアノの元へ戻る。

「覚えるために後何回目が眩んだら覚えられますかね」

「1回でうまくいくなんてさすが黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)の2人の美姫(ほし)の1人ね」

「なんですかそれ、初耳なんですが」

「ギルド長の会合があった時にあなたのところのギルド長さんが『我がギルドの北の爪は初陣で10体の砂狼(アル・ロッブ)を軽々と屠った』って自慢してたわよ~?」

 何を勝手なことをしてくれてるんだあいつ! それに北の爪?! 変なあだ名をつけないでもらいたい!

「へ、へ~。そうなんですか……」

 平静を装って返事をしたがきっと私の表情は引きつっていただろう。

「北の爪なんて変な二つ名嫌よね。もう1人は南の爪ですって」

 もう1人? 南の爪? イレーネ?

「なんで爪なんでしょうね? もうちょっとマシな感じにしてほしかったです」

「そうよね。あ、わたしは後ろを向いてるから厳つ霊(サンダーボルト)覚えられたら教えてね」

 そういうと耳に何かをしてから屋根の下で後ろを向いて本を開いた。どうやら慣れっこらしい。

 

 1人でどかんどかんと雷を落として数分、破壊と再生を司る大神(たいしん)の祈りの魔法を覚えて屋根の下で柱にもたれかかって本を読んでいるオケアノの肩を叩いた。

「やっぱり早いのね。認められてる子は早いわ」

 そう言いながら耳栓を抜いてため息をついた。

「認められる?」

「不思議なものでね、破壊と再生を司る大神(たいしん)の魔法は何度唱えても覚えられない子が結構いるのよ。覚えられた子のことをわたしは認められたって呼んでるの」

「ここまで覚えられてこんな思いしてこの魔法だけ覚えられないんじゃ、そう思いたくなりますね」

「でしょ? そして、これで全9段階、すべての魔法を習得したと認めます! おめでとう~」

 拍手をしながら魔法ギルドで覚えられる魔法すべて習得したことを祝ってくれた。

「ありがとうございます」

 なぜか一緒に拍手してしまって嬉しそうにニコニコと拍手するオケアノとヘラヘラして拍手する私。

 拍手を終わらせようと段々と弱くゆっくりにしていくとオケアノが人差し指をピッと立てた。

 

「そこで相談なのだけど」

「はあ」

「あなた、魔法ギルドに入らない?」



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大魔法を使おう

「あなた、魔法ギルドに入らないかしら?」

 パタンと本を閉じると唐突にオケアノが口を開いた。

 そういうこともあるだろうと事前に話をしていたお陰でスムーズに話を進められる。

 これで断られてもこちらは譲歩したことになるので角も立たないと思いながら回答を口にする。

黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)は辞める気ないのですが」

「掛け持ちでもいいのよ? 負担金が半分になるのはもちろんだけど、分前も半分ずつになるから嫌がるかなって思ったのだけど」

「掛け持ちならいいとは言われています」

「そう? 話が早くて助かるわ」

 あっさりと掛け持ちを受け入れ、機嫌良さそうに小屋の隅にあるテーブルにおいたリュックの口を開けて手招きをした。

「掛け持ちで良いんですか?」

「本当は独占したいんだけど、仲良しを別々にしちゃうのも気が引けるし」

「そうしていただけるとありがたいです」

 

「これで最初に教えられる9段階目までの魔法はすべて修めました。その証としてこの魔除け(アミュレット)を授与します」

「はあ、ありがとうございます」

 金色の二重丸に紐がついたものを私の手に乗せ、リュックを漁り次に放射状にトゲトゲが伸びたネックレスのようなものを取り出した。

「そしてこれがギルド員の証よ、このトゲトゲが魔法をイメージしているんですって。それで魔除け(アミュレット)と組み合わせて1つに……あら、硬いわね……! これでよし」

 パチン! と音をさせて組み合わせた2つのネックレスは、ネックレスというには重く大きいものだった。

 手の上でずしりと意味のない重さが手のひらにのしかかる。

 

「ギルドに来る時は付けて来てね、あんまり来ることもないかもしれないけど」

 そう言いながら目が笑っているところを見ると、まだなにかありそうだ。

 

「さて、快く正式に魔法ギルドに入っていただけたということで」

「快く……?」

 私の心から溢れたつぶやきは彼女には聞こえなかったようだ。

「さて、魔術ギルド員が9段階目までの魔法を修めた場合、どうなると思う?」

「え? 名誉会員とか?」

「……だれがそんなものになりたがるのよ、それとも黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)は名誉職があるのかしら」

 一瞬、何が起こったかわからない表情を浮かべたが、ずいぶん馬鹿らしいことを言ったらしく半笑いで言った。

「ないです、ないです」

「そうよね、答えは10段階目の魔法がでてくる、でしたー」

「えぇー」

 まあ、そうだよね。という気持ちとまたお金払うのかという気持ちがないまぜになって押し寄せる。

 

「今日覚えていくわよね? あ、お腹すいたでしょ?」

 リュックからサンドイッチを取り出して薄汚れたテーブルの上に直に置いた。

「えぇ? あ、はい」

 どっちに対しての返事をしたらいいかわからないが、テーブルへ直に置いたサンドイッチはあまり食べたくないと思いながら金貨1枚を渡す。

 まるで私がサンドイッチの対価が金貨1枚であるかのようにオケアノが金貨を受け取りサンドイッチを1つこちらに渡してくれた。

 今思えばここに来る前のファラスは古いながらも清潔だった。

 向こうにいても、こっちに召喚されても特に意識することなく暮らしてこれていたが、バドーリャに来てからはいちいちギョッとしてしまう。

 バドーリャでは多少腐ってても当たり前の様に食卓に並べ、当たったら運が悪かったねといって笑うのだ。

 見た目でわかるくらい傷んでる場合は、パンを多めに食べると悪いものを押し流して当たりづらくなるという迷信からパンを無理に詰め込んで食べるのだと聞いた。

 うちではニコレッタがきちんとしてくれているお陰で変なものを食べずに済んでいることを思うといくら感謝してもしたりないくらいだ。

 

「最初はなにがいいかしらねー」

 持ってきたサンドイッチを頬張りながら頬に手を当ててしばらく考え込む。

 変な臭いと酸味を覚悟して私も恐る恐る口に運ぶ。

 全然そんなことはなく、柔らかいパンとハーブの香りがするソースが塗られた鳥肉が新鮮さを主張するようにいい歯ごたえで噛み切れた。

「美味しいですね」

「今日はうちのコックの腕によりをかけてもらったの。やっぱり楽しくお話するなら美味しいものが一緒じゃないとね、カオルちゃんのコックさんとどっちが美味しいかしら?」

「うちのニコレッタはまだ若いし、来たばかりで勉強中なんですよ」

 きっとこれは招待しろか作ってもってこいという意図なのかなと思ってやんわりお断りをさせていただく。

「きっと美味しいものを食べてると思ったんだけど残念ねぇ」

「逆に簡単につくれる料理とかあったりしますか」

「わたし料理とかしないから~。だって手汚れちゃうしわたしの仕事じゃないものね」

「使用人を連れて歩けたら私も料理とか覚えなくて済むのですけどね」

 

「そうよねー、あ、そうそう何覚えましょうか」

「私はなんでもいいんですが……」

「そうね、大豪雨(ファラードレイン)とか大嵐(テンペスト)辺りでどうかしら。この辺りは雨も少ないし」

「豪雨と嵐ってどんな基準なんですか!?」

「だって、焔の竜巻を呼ぶ魔法とか、大地を割るとか、辺り一帯を凍りつかせるとか物騒な魔法よりいいじゃない?」

 両手を使って竜巻やら地割れのジェスチャーをしながら10段階目の魔法を説明してくれた。

 

「そんな魔法しかないんですか」

「10段階目の魔法は災害を起こす魔法なのよ、でも乾燥しがちな地域だから豪雨とはいえ雨を降らせるのはすごくよろこばれるのよ」

「じゃあ、それでお願いできますか」

「はあい。じゃあ早速覚えましょうか」

 ニコニコと笑いながら魔法メニューが書かれた紙をくるくると巻いてリュックにしまった。

 

 帰り支度をするオケアノを見守る。

 立ち上がって砂ホコリをぽんぽんと払って私の方に背中を向けた。

「払っていただけるかしら」

 そういうオケアノのお尻を無言で払ってあげた。

 人を使うことに慣れている人は自然と人を使い、人に使われることに慣れている人は自然と人に使われる。

 そう思うと少し悲しい気がするが持って生まれたものとして染み付いてしまったのだからしょうがない。

 

 オケアノは小屋からでてぐいっと背伸びをすると何を覚えてもらうか思いついたようで明るい顔で言った。

「じゃあ、大豪雨(ファラードレイン)にしましょうか。水はいくらあっても困らないものね」

 本当にそうだろうか? とは思ったが口に出さずに教えてもらうことにした。

 

「長いから頑張って覚えてね」

 晴れた荒野のど真ん中で太陽に向かったオケアノはそう前置きをすると詠唱を開始する。

 

 大空を司る我が名によって命ずる! 空駆ける風よ、我が前に来たれリ! 降り注ぐ雨を生み出す雨雲よ、命を育む慈しみの雫よ、大いなる流れよ! 

 我が魔力を糧に育てよ黒雲、不浄を流せ! 我が魔力を求めよ飃風! 大豪雨(ファラードレイン)

 詠唱をすすめるに従いだんだんと雲が生まれ、厚くなり日の光を遮って薄暗くなっていき、詠唱を完結させるとぽつぽつと大粒の雨粒が落ちてきたと思うと、あっというまに土砂降りになった。

 少し離れると雨で煙り遠くが見通せないほどの豪雨が土と砂の大地に叩きつけられる。

 

 ずぶ濡れのオケアノがなにかを叫んでいるが雨音にかき消されて何を言っているかわからないので近くに寄ってみると自慢していただけだった。

「このままだと大変なことになるから打ち消す魔法も覚えてね」

 

 万物を司る我が名によって命ずる! 我が眷属よ静謐(せいひつ)たれ 災よ去れ(アンチディザスター)

 

 大豪雨(ファラードレイン)の雨雲はあっというまに四散し元の青空が広がる光景があまりにも、散々魔法を見てきた経験からしても現実離れをしているように感じて口をぽかんと開けたまま、言葉が出てこなかった。

大豪雨(ファラードレイン)が自分の魔力でできたものだったからあっさり消えたけど、抵抗されたりすると中々打ち消せないからえいやっと力を入れて打ち消すのよ」

「そういうもんですか」

「そうね、あとでやってみましょうか」

 余計な作業が1つ増えてしまった。

 

 覚えるために大豪雨(ファラードレイン)で雨を降らせては災よ去れ(アンチディザスター)で打ち消すのを繰り返したせいで地面は泥濘んでどろどろになってしまい、跳ねた水と泥を浴びたローブは水分を含んで私の足にまとまりついて冷たくて気持ち悪い。

「いいわぁ~、あなたやっぱりすごくいい! もう覚えたかしら?」

「あ、はい。もう大丈夫です」

「じゃあ、最後にわたしの大豪雨(ファラードレイン)災よ去れ(アンチディザスター)で打ち消してみてね」

 わたしの返事を待たずに土砂降りを降らせ、災よ去れ(アンチディザスター)の使用を促した。



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新たな魔法と新たな魔物

「大空の支配者たる我が名によって命ずる! 我が眷属よ静謐(せいひつ)たれ! 災よ去れ(アンチディザスター)!」

 オケアノの大豪雨(ファラードレイン)に私の災よ去れ(アンチディザスター)をぶつける。

 自分の大豪雨(ファラードレイン)にぶつけた時とは異なる反応を見せ、ぱっと四散していた黒雲はオケアノの言う通り私の魔法に抵抗してみせる。

 押し返される感触を手に感じて大豪雨(ファラードレイン)の奥から引き裂くように力を込めた。

「真正面からはぶつからずに相手の弱点を探すタイプなのね。そこを埋めると……、あら、自分に自信がないのかしら。挑発には乗らないけどかと言って隙に向かって攻め込むこともしないのね。慎重なのか余裕があるからなのかしら」

 オケアノが私の災よ去れ(アンチディザスター)の運用から性格診断をする言葉が小声で私の耳に届いた。

 性格診断が当たってるとは思わないが恥ずかしいのでやめてくれと思いながらしょうがなく正面から魔力をぶつけて大豪雨(ファラードレイン)を霧散させた。

「本気でやったほうが早いでしょう?」

「確かにそうですが……」

「わかったと思うけれども、弱点を探って霧散させるのは魔力消費が少なくていいんだけど、余裕があるなら一気に押し切ってしまったほうが被害が少なくて済むから全力でね」

 それだけを言うために恥ずかしい思いをさせられたのか。

「それなら、そう言ってくれれば」

「わかってくれる子とわからない子がいるからそこはやっぱりね」

 ちょっと困った笑顔で言葉を濁すオケアノを見るとそれ以上文句をいう気も薄れてしまう。

 そう言われてしまうとたしかにそうだなぁと思う。

 

「わかってもらえたようでうれしいわ。さて、大豪雨(ファラードレイン)は覚えたみたいだし、災よ去れ(アンチディザスター)はまだこれからも使うし、今日の所はわたし疲れちゃったから帰りましょうか」

「そうですね」

 そう答えてローブの裾を持ち上げ、濡れた裾が足にびちゃり! と張り付く気持ち悪さを味わう。

 

「ローブだとそうよね……」

 気の毒そうに私の足元を見るオケアノの表情と、このまま裾を持ち上げて全力ダッシュをしなくてはいけないということにげんなりとする。

 

 ケェー!

 

 遠くから鳥とも動物ともしれない鳴き声が聞こえた。

 帰る時間かな? とのんきに考えているとオケアノの顔色が目に見えてさあっと青くなった。

 オケアノにはこの声の主に心当たりがあった。滅多に会うことはなく、できれば会わずに過ごしたい相手。

 その様子をみて訝しげに声をかける。

「どうしたんですか」

「ひとまず小屋に隠れましょう、なるべく音は立てないでね。さ、早く早く」

 オケアノは大急ぎて小屋へと戻り、急かされてなるべく足音を立てないようにしながら小屋に向かった。

 

 オケアノはしいっと人差し指を立てしゃべらないように指示をすると、リュックから紙片をまとめた物を取り出し、鉛筆でなにか書き始めた。

 

『あれは大怪鳥(コカトリス)の鳴き声』

 そう書いて私の顔を見るので知らないというつもりで首を振った。

大怪鳥(コカトリス)は家より大きく素早く走る大型の魔物』

『耳は良いけど、臭いにはあまり反応しない』

|嘴(くちばし)《くちばし》は石化の呪い、爪は衰弱する毒を持っていて、尾は蛇の頭』

 特徴を短く記していく文字を目だけで追う。

 毒と大きさ以外は想像通りのコカトリスだと思う。

 問題は武器はもっておらず、私とオケアノだけで、私は水を吸ったローブ、オケアノは動きやすいだけの服のみ。

 

 氷結の蔦(エラシオン・ヒードラ)なんかを使えればいいのだけど、向こうの魔法は使うなと言われているのでオケアノの前ではギリギリまで我慢したい。

 ここで息を潜めていたらどこかに行ってくれればいいんだが……。

 

 ケェケェと鳴く声がだんだんと近くなってきている。

『水は貴重だから色々な動物が飲みに来ちゃうのよね』

 のんきにオケアノがそんなことを紙切れに書いた。

 芯を細い竹で挟んだ鉛筆を借りて書いた。

『それなのに武器の一つもないってどういうことですか』

『魔法使いは武器を持って戦うものじゃないわ』

 そういうものだと言われてしまえばそれ以上いうこともなく、魔法使いとはこうあるべきだ、なんていう議論も土地が変わればあり方も変わるであろうことは想像に難くなく。

 完全に論破された私はがっくりと項垂れて、息を潜める以外に今できることを探す。

 

 しばらくすると大豪雨(ファラードレイン)で降らせた水を飲みに色々な動物の声が聞こえるようになった。

 唸り声や暴れまわる音が聞こえ、どこかにいなくなってくれと祈る。

 オケアノも拳を胸に抱いて青白い顔で息を止める勢いで固まっている。

 このままでは話もできないと地霊操作(テリーア・オープ)で入り口を土壁で埋めた。

 明り取りの小さい窓だけでも心細いので木の板の扉を下ろして潜むことにする。

 (イ・ヘロ)、小さな明かりを宙に浮かべ、で筆記に不自由をしない程度に明るくして、鉛筆で紙切れに『大丈夫ですか?』と書くと細かく何度も頷いて大丈夫だと伝えるがそうは見えない。

 外からの唸り声は本気の喧嘩の声になり、ぎゃあぎゃあと騒がしくなった。

 声の大きさからして大型の獣とそれより小さい複数の獣が縄張り争いをしているようだ。

 

「大丈夫よ」

 よろよろと机に寄り掛かるようにしてなんとか姿勢を保ってオケアノが言った。

「大丈夫、外がうるさいから小声なら聞こえないわ、入り口も塞いでもらったし」

 オケアノが私を安心させようとしたか、自分に言い聞かせるか、そんな口調で呟いた。

 

「騒いでたら大怪鳥(コカトリス)が寄ってこないとかないですかね」

大怪鳥(コカトリス)はこの辺の動物の上位にいる捕食者で弱い者いじめが好きなものだから大喜びでやってくるわ、それにしても他所の魔法は秘密のはずなのにごめんなさいね」

 オケアノは脳裏に石化させた獲物を足で踏みつけてバラバラに壊して歓喜の声を上げる大怪鳥(コカトリス)を想像しさっき食べたものが胃をぎゅっと締め付ける痛みを感じ、カオルはぎゃあぎゃあと喧嘩をする声を聞きながら大怪鳥(コカトリス)がどれだけ恐ろしいものなのか想像したが石化させるだけの大きい鳥というだけならどうにかならないかと実態もわからず想像を巡らせた。

 

 息を潜めて小屋の中で数分、外の争いが収まってきてもう大丈夫かと外を覗きたい好奇心に駆られた頃、一際大きな叫び声とその声に驚いて逃げていく悲鳴、威嚇する声が響いた。

 テーブルにおいた手にオケアノが手を重ね動かないようにかギュッと私の手を握った。

 

「身体強化をかけて一緒に街まで逃げることは可能ですか」

「無理ね、あなたは逃げ切れてもわたしは無理よ。街まで逃げ切れたとしても街に大怪鳥(コカトリス)を連れてきたら結果的に倒せてもただじゃ済まないわ」

「死ぬか倒すしかないってことですか?!」

「連れて帰れば下町のほとんどは石化した死体だらけ、街から引き剥がして逃げ切るか逃げ切れず死ぬか、倒すしかないのよ」

「魔法は?」

「ちゃんと通じるわ、当たれば」

 そう言ってため息を付いた。ここの魔法使い勝手悪いからなあ……。

 武器になりそうなものは、と見回すが何度見てもないものはない。

 せめていい感じの木の棒でもあれば。

 

 外の声が収まり始めてきたのでオケアノは再び筆談を始めた。

『身体強化した貴女が逃げ回りながら、わたしが魔法攻撃をします』

 武器がないので脅威度が低い私と、魔法攻撃で脅威度が高く見えるオケアノではどちらを先に仕留めにくるか考えなくてもわかる。

 

『しかしそれでは』

 そう書いた所でオケアノが私の手を握って首を振った。

 あなたが狙われてしまいますと書こうとしたが、改めて書き始める。

『きちんと2人で生き残りましょう。私が前衛をします、武器になるものを探すので時間ください』

 そう書くとオケアノは私の手をじっと見つめて思い詰めるような表情で考え込んだ。

 

『貴女には大きく負担をかけてしまいますがよろしくおねがいします』

 震える手でそう書いてオケアノは大きく頭を下げた。

 私は頷くとファラスの身体強化をかけ、少しでも狙われないようイリュージョンボディをオケアノにかけてあげた。

 口に人差し指を当て「これもないしょでおねがいします」と口の形だけで伝えた。

 それをみたオケアノはちょっとだけ微笑むと私の手を取って小さな声で囁いた。

体を鋼とし剣を持て(カーフィ・カント・フォス)

 なにかの強化が私の体にかかったのはわかったがそれがなにかはわからない。

 オケアノをみると人差し指を口に当ててからペンを取った。

『わたしの育った所の魔法で手刀を刃とする魔法です』

 

 外からは喧騒がおさまり、水たまりをなにかが歩く音とクゥと小さく鳴き声が聞こえ、硬いものが砕ける音が聞こえた。

『あと1つ教えたかったけど時間切れね』

 小屋の周りを大きな足音がぐるぐると歩き回る音がする。

 いよいよ、この小屋に目を付けたようだ。

 小屋の入り口は塞いでしまったのであるのは大怪鳥(コカトリス)の頭も入らないような明り取りの小さな窓が入り口の反対側に1つだけ、それも板が下がっているので持ち上げないと中は見えない。

 

 屋根を(つつ)いているのかコツコツと聞こえ、蹴破るつもりか丈夫さを確かめているのか、軽く揺れるくらいの強さで壁に爪を立ててガリガリとひっかく音がした。

 

 



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頂点に立つ生き物の余裕

 オケアノと顔を合わせ、「入り口を開けて気を引くので後から出てきてください」と伝えて土壁を蹴破って走り出した。

 

 おもちゃの中から餌をほじくり出そうとしていたら餌の方が飛び出てきてしまったことが不満なのか、追い出した喜びか雄叫びと小屋を蹴りつけた音が背中越しに聞こえた。

 私とオケアノが大豪雨(ファラードレイン)で降らせた雨を含んだ地面が、足の下でずるりと滑り軽く足を取られながら少し走って振り向く。

 元々水はけの良い乾いた土地なのでしばらくすれば気温も上がり土も乾くと思う。

 

 オケアノからは見えないだろうと魔法障壁(マァヒ・ヴァル)龍鱗(コン・カーラ)で防御力をあげ大怪鳥(コカトリス)と対峙する。きっとないよりはマシなはずだ。

 頭の頂点が2階建ての家の屋根くらいある細身の鳥。

 尻尾の長いジャイアントモア、それが私の見た第1印象だった。

 大怪鳥(コカトリス)の向こうでオケアノがこっそりと出てきて小屋の影に隠れるのが見えた。

 

 好奇心か、興味深そうに私のことを観察して首をかしげたり上げ下げしたりして私の周りをウロウロする。

 小屋の周りには殺されて啄まれた死骸や壊された石像が点在してみえた。

 

 いつでも反応できるよう重心を落として構える。

 しばらく私の周りで観察していたかと思うと急に飛び上がり、羽を広げて威嚇の姿勢を取った。

 ただ突っ立っている私の何が気に食わなかったのか。

 目を合わせ続けたせいかもしれない。

 

 頭を下げ、泥を跳ね上げながらまっすぐに私の元へ来ようとする大怪鳥(コカトリス)は滑って転べという私の願いが届くことはなく眼の前までやってきた。

 眼の前と言っても私の手からは遠く、首を少し伸ばせば(くちばし)が私に届くという絶妙に攻めづらい守りづらい距離。

 私を見るというより風でひらひらするローブの裾が気になるのか、裾に注目して動きを目で追っている。

 本体の頭と尻尾の蛇では興味を持つものが違うらしく、ひらひらと動く裾には尻尾の蛇は見向きもしないようだ。

 いい疑似餌だな、と闘牛士(マタドール)のマントを翻してひらひら動くようにローブの裾を掴んで動かしながら避けた。

 尻尾の蛇は脇から顔をのぞかせ、私のことを観察しているようにチロチロと舌をだしている。

 

 遠くで見守るオケアノを尻目にしばらく闘牛士(マタドール)ごっこを続けると狩猟を楽しむようにひらひらする裾を追う大怪鳥(コカトリス)の動きを操れるようになってきた。

 何度か大きく動かして首が伸び切った瞬間に首に手刀を入れようと振り下ろす。

 力んでしまって不自然な動きをしてしまったのか、野生の勘が働いたのか、振り下ろす瞬間に首が動き、手刀は大怪鳥(コカトリス)の羽をいくらか散らして表面を少しだけ傷つけた。

 毒でもあるならともかくナイフでちょっと指切った程度の切り傷では怒りを買うだけに終わってしまって見ているだけだった尻尾の蛇もシャーともカーとも言えないような威嚇の音を私に向かって出し始める。

 

 バッと羽を広げて怒りの声を上げ威嚇、羽ばたいて姿勢を安定させその足に生えた鋭く黒い爪を突き立ててくる。

 剣となった手は爪を弾いても大丈夫なのだろうかと思いながら爪に引っ掻かれないようにギリギリで避け、時間差で蛇の頭が襲ってくるのを転がって避ける。

 転がった私を踏み潰そうと大げさに足踏みをしながら襲ってくるのを見て追加で転がると蹴爪にローブの左袖の端を踏みつけられてしまい、動けなくなってしまった。

 これはまずいと、無理に引っ張って袖を引きちぎって開放されたと同時に飛び退いて大怪鳥(コカトリス)から距離を取った。

 袖を持ち上げてほつれた後を見てニコレッタがなんというか、と少し頭をかすめた。

 大怪鳥(コカトリス)をみると足に引っかかったローブの切れ端が足に絡まっていて、(くちばし)と尻尾の蛇が苛立たしげに引き裂き私のことは意識の外に放り投げられてしまった様で体勢を立て直すことができた。

 いっそ脱いでしまって足にローブを絡ませられたら、と閃いたがうまくいかないだろうし、成功してもほぼ全裸になってしまうことになるので、今はやらないことにする。

 

 小屋に隠れて詠唱をしているオケアノに手で示して魔法を使うのを止めてもらう。

 今のままオケアノに魔法で援護してもらうと、敵意がオケアノに向いて襲われてしまい、オケアノが食べられるか石にされてしまう。

 オケアノに援護をしてもらうためには、私、大怪鳥(コカトリス)、オケアノとあんらんでいるのをオケアノと大怪鳥(コカトリス)の間に入ってオケアノに向かおうとするのを邪魔できるようにしないといけない。

 

 カオルはオケアノにはいくつ秘密にしてもらわなければならなくなるかわからないな、と思いながら久々に(イ・ヘロ)を最大光量で炸裂させ目潰しと同時に大怪鳥(コカトリス)脇を駆け抜ける。

 目潰しされた怒りでギャーギャーと騒ぎながら大暴れする大怪鳥(コカトリス)と尻尾の蛇。

 大怪鳥(コカトリス)は目潰しをされてしまったが、尻尾の蛇はピット器官によって熱を見られるため、目潰しは無駄だったのだが、大怪鳥(コカトリス)が足踏みしながら騒ぐものだから脇を駆け抜けていくカオルを狙って体を伸ばしたが蛇は振り回されてしまったせいで届かずに大怪鳥(コカトリス)本体に威嚇の声を上げた。

 

 剣となった手刀で少しでもダメージを与えられればとすれ違いざまに腹に向かって突き刺してみたが手が届く範囲に肉が見当たらずに通り抜けた。

 思ったより羽毛の量が多く、いわゆるもふもふの塊だったようで大小様々な羽が濡れた砂地に飛び散っただけだった。

 視界がもどり、散らされた羽に気づいた大怪鳥(コカトリス)は怒り狂って地団太を踏んでくやしがり、尻尾の蛇はまた振り回された。

 

 大怪鳥(コカトリス)とオケアノの間に入ったがオケアノのことなど目に入らない様子で爪と(くちばし)と尻尾の蛇が私を狙う。

 突き出された爪に手刀を突き刺そうとすると上から(くちばし)が、(くちばし)に対応しようとすると尻尾の蛇が襲ってくる。

 巨体に似合わぬ素早さで防具なしでの戦いはきついものだった。

 オケアノの支援を待つにもうまく隙を作ってあげられないのでオケアノは手をだすことができない。

 当のオケアノは小屋からでて小屋の影でことの成り行きを見守っていつでも魔法を放てる様に準備しているのだけれども。

 

 大怪鳥(コカトリス)とオケアノの間にいながら不意打ちで魔法を使ってもらうことは不可能なんじゃないかと思いついた。

 無理になにか放ってもらうとターゲットが私からオケアノに移ってしまうだろうし、そもそも詠唱は長いし、とっさにぶつけられるものは無いし、中近距離で使える魔法は爪とか牙がでる魔法なんだが、1回で消えてしまう使い捨てなので、近接戦闘に向かないし。

 近接戦闘が上手ければきっとそれで戦えるんだと思うのだけど、あいにく私もオケアノも専門外でどう戦っていいかまったく思いつかない。

 

 こんなことだったらオケアノに逃げてもらう時間稼ぎをしながら自由に戦えていた方がよかった。と小さな声でぼやいた。

 それに捕食者という物がまさかこんな大きくて速くて反応が良くて、獲物をいたぶるのが好きなやつだとは思わなかった。

 食物連鎖の頂点にいるこいつは強者という立場にいる余裕だと思うのだけれど、反応が鈍いというか、少し様子を見て痛そうだなと思ってからカウンターをしているというか、そういう印象を受けた。

 挑発をすれば楽しそうに深追いしてくるし、深追いにカウンターしようとすると少し慌てたようにカウンターが帰ってくる。

 おもちゃや弱ったネズミのような小動物を遊びで狩りをする猫を思わせるその姿に、油断を誘ってなんとか足元を掬えないか観察する。

 

 私とオケアノが降らせた雨のせいで柔らかくなっていた地面の水分が抜けて固くなってきた地面を踏みしめて手刀を構えた。

 改めて戦う姿勢を取ったとて大怪鳥(コカトリス)にしてみれば武器も持たない貧弱な小動物が威嚇のポーズを取っているのとなんら変わりがないと思う。

 そう言っても大人しくやられてあげる義理もないわけで! と、威勢の良いことを言いつつも、ちょっとしたミス、つつかれたり、爪の先が体のどこかにひっかかることすら命取りになる状況で、石化(くちばし)と尻尾の蛇、それに忘れた頃に振り回される足の爪は反撃の暇もなくひたすら避けるだけに追い込まれ正直ジリ貧だった。

 

 だれか、手甲とヌリカベスティック持ってきてよ!



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丸焼きにすると肉は食べられない

 若く有望な新人ギルド員ことカオルの奮闘を小屋の陰から見てオケアノは思う。どうにかして加勢しなくては。と。

 普通、大怪鳥(コカトリス)を狩るためには発見の報告を受け、ハンターギルドで尻尾の蛇を引き付ける剣士を2、3人、正面から石化(くちばし)と爪を受ける大盾、攻撃の要の槍を何人か、援護のための弓使いを3人以上用意してもらい、魔法ギルドで若く体力のある3段階目までを終えた魔法使いを何人か、できたら5人以上編成してやっと戦闘面でのメンバーは最低限揃う。

 それに長期になるなら荷運び(ポーター)も何人か雇って、下品でがさつが服を着て歩いているハンターギルドの人たちはいらないというけれど、小規模でもキャラバン規模になると料理番だって必要になる。

 塩水みたいなスープとカラッカラに焼き締めたパンを食べて耐えることが一人前のハンターになることなんだって偉そうにふんぞり返って言っていたのを思い出した。

 

 その間にも(くちばし)を掴むと尻尾の蛇の牙をひらりと避けて(くちばし)を中心にくるりとまわって着地する。

 あの怪物を相手にするには囲んで叩けるくらいの人数をもって当たらないと死人が出たり石化の呪いを受けたりして全滅だってありえる、それを経った1人で立ち向かい渡り合っているのだ。(避けるたびに変な悲鳴をあげながらだけれども)

 わたしが手を出すときはトドメか致命傷を狙える場合にだけ限らないとあの娘の頑張りを無駄にした上に犠牲まで出してしまうかもしれない。

 声を殺し、祈るように厳つ霊(サンダーボルト)の詠唱を絞り出すと最後の手を掲げる手前で止めて置く。

 遠くから「わっ」や「うわっ」、「おわあ!」という年頃の娘があげる悲鳴ではない様な悲鳴を聞きながら今か今かと発動を待つ。

 もう少し可愛く叫べないものかしら。

 

 そのうち足が滑ったのか疲労によりミスをしたか、尻尾の蛇が大きく口を開けて襲いかかるのを両手で上下から挟み込んで強引に口を閉じると、首を振るのに合わせて吹き飛ばされバランスを崩した。

「危ない!」そう叫ぼうとしたとき、石化(くちばし)があの娘に向かって突き出される。

 あの娘が石になる瞬間なら厳つ霊(サンダーボルト)が直撃しても破損が少なくて済む。

 それで大怪鳥(コカトリス)に直撃で倒したら身体強化をかけて神殿まで運べば呪いを解いて元通りになるはず。

 これが最初で最後のチャンス、そう思って厳つ霊(サンダーボルト)の詠唱の終わり、人差し指を空に向かって掲げ叫んだ。

厳つ霊(サンダーボルト)!」

 わたしを守って戦ってくれていた娘が今にも襲われるというのに悠長に魔力の雲が集まっていく様子を見て、必要な時に使えないからここの魔法は嫌いなのよ! と心の中でこの魔法を作った昔の魔法使いを罵倒しながら見守り、もう少しという所で石化(くちばし)があの娘を襲った。

 もうだめ、途中でも良いから一か八か落とさないと! そう思って指を振り下ろそうとした時、硬質な物が割れる音がしてあの娘が変な悲鳴を上げて吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がった。

 何かが割れて驚いた大怪鳥(コカトリス)は、自分でつついて壊したにも関わらずあの娘が出した音だと思い込みで腹を立て追撃しようと歩き出した。

 

「いてててて」

 吹き飛ばされた勢いを利用して転がりながら起き上がりながら魔法障壁(マァヒ・ヴァル)をかける。

 強めにかけた魔法障壁(マァヒ・ヴァル)はオケアノからは一瞬ぼうっと光ってみえ、またしらない魔法を使ったのかと想像した。

 オケアノは大怪鳥(コカトリス)がカオルに近づく前にオケアノが雷を落とすために指を振る。

 魔力の雲が収縮し、雷が落ちる瞬間、大怪鳥(コカトリス)はなにかを感じ取ったか一瞬早く、カオルを狙って駆け出した。

 オケアノが避けられた! と次の魔法の準備をしようとした時、地面に落ちた雷があちこちでスパークしながら大地を濡らしていた水を伝って大怪鳥(コカトリス)の足を這い羽を焼いた。

 これはオケアノも知らない効果で、雷は水を伝って広がるということ自体、水の少ないこの地域では知りようがないことだった。

 分散してしまって致命傷にはならなかったが、すぐには動けない様子。

 今のうちに止めを刺さなければ、そう思って走りながら燃える龍の牙(ドラゴンバイト)の詠唱を唱え大怪鳥(コカトリス)に近づく。

 

 オケアノがカオルの方を見ると同じ様に詠唱をしていた。

 全力疾走しながら詠唱したため、息が切れてしまってこんなに走ったのはいつぶりだろうと思いながら射程内で「燃える龍の牙(ドラゴンバイト)!」と叫び、右手を高く掲げた。

 同時にカオルは「双頭の風の牙(ストームバイト)!」と唱え両手を大きく広げた。

 感電によるショックから意識を取り戻した大怪鳥(コカトリス)が直上にある燃える龍の牙(ドラゴンバイト)に気づいて逃げ出そうとしたが輝く風の牙が行く手を阻む。

 頭の上と左右を抑えられ、自棄になったかカオルの方に向かって駆け出した瞬間、左右から双頭の風の牙(ストームバイト)がその牙でずたずたに引き裂き、燃える龍の牙(ドラゴンバイト)の焔の牙が押しつぶした。

 

「だー! もう無理!」

 そう叫んでローブが汚れるのも気にせず乾きかけの地面に大の字になって大きく伸びた。

 オケアノも年甲斐もなく叫びだして喜びたいのをこらえてカオルの無事を確認する。

 カオルが石化の呪いを受けたのなら固まる前に神殿に連れて行ってあげなくてはいけないからだ。

 ボロボロのローブで横になっている姿はとてもじゃないが無傷には見えないが大きな怪我をしていたり、石化が始まっている様子も見えない。

 恐る恐る様子を伺ってみると横になったまま首だけを回して言った。

「危なかったですね!」

 危なかったのはあなた1人よ、そう心のなかでつぶやくとカオルの手を取って引き起こして一緒に休憩所に歩いた。

 

 わたしは新たな英雄の誕生を見たのかもしれない、砂鮫(アル・ベレオ)を倒し単独で砂狼(アル・ロッブ)の群れを倒し、今日は大怪鳥(コカトリス)だ。

 短期間で普通の人間がこんなことできるはずがない。

 きちんとした装備さえあれば砂熊(アローソ)だって1人で倒してしまうのかもしれない。

 

 休憩所でオケアノはカオルのローブを脱がせて簡単に洗ってあげた。

 どうせ人は来ないし、外に干しておけば乾くのにそう時間がかかるものではないだろう。

 カオルはすみません、と言いながらローブを渡して下着姿のまま椅子にどかっと座り、空中に(アグーラ)を浮かせて吸い付いて水を飲み、大きくため息をついた。

 オケアノはこの娘に羞恥心は無いのかしらとか、水を魔法で出したまではわかるのだけど、どうやって浮かせているのか教えてもらいたい、と思いながら今やるべきことをやるために大怪鳥(コカトリス)の元へ向かった。

 

体を鋼とし剣を持て(カーフィ・カント・フォス)

 手刀を刃に変えると、大怪鳥(コカトリス)の背中側から羽の根元に切り込みを入れ、解体を始める。

 厳つ霊(サンダーボルト)だけならともかく、その後に燃える龍の牙(ドラゴンバイト)双頭の風の牙(ストームバイト)を同時に使ってしまったため焼け焦げた上にズタズタになってしまっていて、肉としての価値はほとんどなさそうだ。

 肉を取るなら首を落とすか、心臓を1撃で狙わなくてはだめね、とつぶやく。

 きちんと処理をすれば高級食材として売れたのに少しもったいない気もするが、命には替えられない。

 大怪鳥(コカトリス)の肉は血抜きもせずに芯まで焼いてしまったのできっと臭みで食べられたものじゃないだろう。

 そう思いながら手早く解体し、体の奥にある魔石を取る。

 羽の根本に刃を入れ、背中を割り、水で洗って奥に魔石が見える。

 肉も骨もすべて捨てるつもりでいるので丁寧にしなくていいから楽でいい。

 呪いの元になる魔力をたたえた握りこぶし3個分にもなろうという大きさの魔石を見つけ、ずるりと引き出した。

 

 さすがに大怪鳥(コカトリス)の魔石は大きい。

 両手で魔石を持ち上げて太陽に透かして輝きと透明度を確認する。

 濁りはなく、傷付けずに倒せたのできっと良い値が付くはずだ。

 こんなに充実した気持ちで戦利品を見るのは何年ぶりだろうか。

 まだ駆け出しだった頃はどうにかして安全に狩りができないかと工夫をしたのに安全な環境に慣れるとまた昔の環境に戻りたいと思うのはなんてわがままな生き物なんだろうと我ながら呆れる。

 安全な狩りも大事だけれど、持てる手段の中で何ができるか考えて強敵を倒すという狩りのなんと充実することか、魔法使いは後ろで構えて援護するものだなんて言ったのは一体だれだったか。

 カオルに聞かせると「ほとんど隠れてたじゃないか!」と抗議されそうなことを考え、またハンターとして活動してみてもいいかもしれないとオケアノは新しい冒険に思いを馳せた。



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オケアノの決意

 オケアノは本来数人で取り掛かってなおけが人が出る大怪鳥(コカトリス)をたった1人で封じて見せた大人と呼ばれるようになったばかりに見える少女に、自分の持つ魔法の知識をすべて与えてどんな魔法使いになるか見てみたい衝動に駆られるが、まだ早いと自分の考えをかき消した。

 まずはバドーリャの魔法を伝えるのだ。故郷の魔法を伝えるかはそれから決めよう。

 魔石を渡そうとカオルの元に向かうと、カオルは慌てて立ち上がって砂や大怪鳥(コカトリス)の体液で汚れた手を(アグーラ)で洗ってあげた。

「水を浮かせられるのって便利ね」

「意識したことないですが、たしかに出した瞬間に落ちてしまうんだと不便ですね」

「同じ魔法なら大丈夫かしら? (アグーラ)

 オケアノがそう言って唱えたコップ1杯にも満たない水の塊は宙に現れた瞬間ぱしゃりと地面に落ちた。

「浮きませんね」「浮かないわね、しかも量が少ないわ」

 

 やはり魔力を操る訓練をしないと必要な量の魔力を思ったとおりに動かせないのだろうか。と、カオルは考えた。

 唱えれば決まった動作をするここの魔法を知れば知るほど、魔力を操作して自由に調整が聞くファラスの魔法を使うための魔力の操作、これが一番秘伝になりそうなので迂闊に教えられないな、と足元の(アグーラ)を見て思った。

 

 乾かすために岩の上に置いておいたボロボロのローブを着ると、カオルとオケアノはバドーリャへと帰宅の途につく。

 日はまだてっぺんを過ぎてまだ傾くには早い時間、余裕があればもう1つくらいは魔法を覚えて帰りたかったのだけれど、どちらからともなく帰り支度をして街の方向に歩き出した。

 オケアノのすばやさ向上(ピクシーステップ)に合わせてカオルも自分で使い、小走りで向かう。

 その道すがらオケアノが口を開いた。

「あの大怪鳥(コカトリス)の魔石、買い取らせてもらっていいかしら」

「特に使う用事はないのでいいですが」

「明日からきっと見回りの仕事が増える関係でカオルちゃんの面倒にならないように出処はなるべく秘密にするから」

 主に自分の秘密が多いのだけど、お互いいろんなことを秘密にしてる気がするなぁと苦笑いで返す。

 オケアノはそれを肯定と受け取ったようで「ありがと」と魔石を入れたリュックをさすりながら答えた。

 

 しばらくすると、オケアノが何かを思い出した様でぽん、と手を叩いた。

「魔法使いの正装をするなら靴も必要ね、ローブと一緒に仕立てられるようにしてあげるから明日いらっしゃいな。魔石の買い取りと一緒に済ませちゃいましょう」

「その魔石はどのくらいの価値があるものなんですかね」

「魔石だけで金貨1枚は硬い感じなのだけど、肉とか持って帰ってこれなかったのが残念よね、でもローブと靴の仕立て代には十分お釣りがくるわよ」

 そう言って魔石が入ったリュックを持ち上げてみせた。

 魔法を覚えるために金貨10枚近く使ってしまい、手元にお金が無くなってきたというわけではないのだけど、不安を覚える金遣いの荒さだったのでありがたい。

 

 少し走り2人は街の入口の下町の辺りまで来ると魔法を解いて徒歩になった。

 ぶつかるほどの込み具合ではないので並んで歩きながらオケアノが食べたことがないという串焼きの肉を買って食べながら歩く。

 焼く時に金属の串に刺して焼き、注文が入ると串を抜いて笹に似た葉を皿に乗せて提供されているので手は汚れるしどうにかならないかと思っている部分ではある。

 

「臭いし味も塩だけで、ぶにゅっとしててあんまり美味しくないのに癖になる味ね」

 店の人の前でいうのは止めていただきたい、そう思いながら別の肉を買って笹の葉皿をオケアノに渡した。

 

「こっちは臭みはないけど硬いわね。さっきのより美味しいわ。あの人がいるとこういうものが食べられなくて」

 子供の様に肉汁がついた手をぺろりと舐め感想を言った。

 オケアノは下町の食べ物に対する忌避感はあまりないらしく、次々と串焼きを買っては食べ、岩山の辺りに来るまで10皿近く食べたんじゃなかろうか。

「なんか意外ですね、岩山の上の方の人なのに」

「わたし生まれは海を越えたエーディーンっていう所から来たの。だから旅もしたし、食べられないことだってあったからなんでも食べられるけど、あの人はここで生まれてずっと岩山の上の人だからね」

 

 オケアノは「外から来たあーいう魔法使いの相手は得意だろう?」と不機嫌そうに交代を言いつけたクリフの姿を思い出し、おかげでこんなにおもしろい出会いがあった。といつもすまし顔の夫に心の中で嫌味を言ってやった。

 カオルの家は岩山に登り始めてすぐの所で、オケアノにペコペコしながら「家、ここなので」と言って1軒の家に向かっていった。

 カオルと別れたオケアノは下の方の家賃はいくらなんだろうと考えながら岩山に作られた道を歩き、馴染みの仕立て屋さんに手を振ると帰るところだった服飾師ギルドに勤めるラズが出てきたので一緒に帰る。

 ラズはわたしがここに来てからの付き合いなのでかれこれ13、4年位。

 赤毛と髪の毛に合わせた様に赤い瞳と彼女の悩みでもある童顔で若く見られるという顔立ちは出会った頃からずっと彼女の活発で元気な印象を抱かせた。

 たしか、3つ年上で確か今年で35になるはず。

「魔法ギルドにすごい新人が入ったの。明日、急で悪いんだけどローブのオーダーメイドをお願いしたいんだけど」と伝えると二つ返事で了承された。

「そんな新人に使う生地はやっぱり結構いい布を使った方がいいのよね」

「割と上等な生地がいいかしらね」

「最高級じゃなくていいから少し丈夫で長く使える感じでいくつか持ってきてくれるといいかな?」

「レースに使うのは金糸と銀糸に生地に合わせてもっていくね」

「いつもありがとう」

 長い付き合いのラズはいちいちそんなこと言わなくてもいいと言うけど、わたしが辛いときに一番支えてくれたのは彼女だ、友達であり仕事仲間でもある彼女には最低限礼は尽くしたい。

 

 思い出して指輪を外す。

 瞬間、わたしの姿は老婆の姿から本来の年齢相応の姿に戻る。

「魔道具だってわかってても不思議なものね」

 特殊な認識阻害の紋様を組み込んだ指輪は、わたしをクレフと同じくらいの年齢の老婆に偽装させる。

 最初のうちは若い嫁さんをもらって他の男に取られないか心配なんだよ、なんて言われてそうなのかな? いい年して嫉妬しちゃってと少しは可愛げがあると思っていたのだけれど、長く付き合ってみるとそう揶揄されること自体が面倒でプライドが許さないというだけで、わたしのことなんかなんとも思ってはいないのだ。

 

 結婚の話が来たのも『ハンターやってる魔法使いの魔力量がハンターやらせておくには惜しいくらい多い』という噂を聞いた当時の魔法ギルドの世話係が42と19なら丁度いいだろうなんて言って。

 偉い人がたくさん来て自分がどうされてしまうのかわからないまま流されていたらあれよあれよと話が進んで断るに断れない所まで来てしまったのだ。

 せめて男親同士が話し合って決めたというのならそういうものだからしょうがないと思えるのだけど。

 結婚してから何度同じことを思い返したかわからないが逃げて別の街に行ってもよかったし、きちんと断れたら断れていたはずだったのだ。

 ずっと過去の自分を責めて、ため息を付いて、しょうがないんだと思っていたのだけど、カオルという少女に出会ってなぜだか過去に囚われていてもしょうがない事に気づかされた。

 

「ラズ、わたし、離婚する!」

「えぇ?! 急に?!」

「なんか自由になろうと思って。思っちゃって」

「ずっとつまらない人生だって言ってたもんね。決心したんだったら応援するよ!」

「ありがとう!」

 わたしの手を取って、まるで少女のように大げさにぴょんぴょんと跳ねて元気づけようとしてくれる。

  

 外した魔道具の指輪はポケットにしまって道の端でいつも通りしばらくラズとおしゃべりをしてから、これからもよろしくね、とハグをして別れる。

「やっぱりオケアノはこっちの方が良いよ」

 そう言ってくれたラズのためにも自分の人生を取り戻そう。

 

 魔道具をつけて年老いた姿をしていたために心も一緒に老いてしまっていたのか、本来の自分の動きもなくしてしまっていたようで、元の自分に戻って歩いてみるとまるで足に羽が生えているようだった。

 これからはもう我慢しないで好きな服だって着るし、食べたい物だって食べるんだ。

 帰ると家にはメイドしかおらず肩透かしを食らった気になったがまだ日が高いのだからいないのが当たり前といえば当たり前か、と思い直した。

 わたしの心を縛っていた指輪をテーブルに置いて夫の帰りを待った。



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いわゆる帰還報告

 オケアノと分かれて自宅に戻る。

 なんだか数日ぶりにやっと帰ってきた気すらするが今朝ぶりだ。

 ドアノッカーをダンダンと叩いて待つがニコレッタが出てくる気配がない、鍵も持たずに来てしまったので帰ってくるのを待つしかなさそうだ。

「そのような所にいらしても主人は留守ですし施しは致しかねますよ」

 不意に声をかけられ、振り返って声の主を見る。

「まあ! カオル様! そのような格好でどうしたんですか?!」

「いや、まあ、色々ありまして」

 買い物した荷物を抱えたニコレッタは慌てて家の鍵を取り出すと急いでドアを開けて主人を先に通した。

「お着替えをお持ちしますね」

 キッチンに買ってきたものを置くと足早に私の着替えを取りに行ってくれ、私は歩きながらローブを脱ぎ、砂が落ちないようにまとめてから抱えて椅子に座って待った。

 

「魔法を覚えに行っただけなのにどうして新品のローブがボロ布になってしまうのでしょう」

 着替えとともに主人を詰問するニコレッタからは高かったらしいローブがたった数時間で家を持たない貧民の服にされてしまったことに対する怒りが漏れてしまっている。

「色々あったんですよ、ほんと」

 持ってきてもらった着替えを着ながら改めて色々あったと、答えた。

「自分で出した雷にでも打たれたんでしょうか」

「遠からず近からずって感じですね、ほんと大変だったんですよ。死ぬ所だったんですよ」

 

 死ぬ、という言葉に反応して少し聞く姿勢になってくれた。

 ボロボロのローブを下げて温かいお茶を入れてくれて傍らに立った。

「最初は普通に魔法を覚えていたんです、魔法ギルドに加入もしましたしね。これからは2つのギルドから仕事が舞い込むことになって自分でスケジュールを調整しないといけないんですよ」とため息を付いた。

「よくわかりませんが大変なんでしょうか、忙しいのは良いことだと思いますが」

「きっと見せてあげられますよ」

「どうしてそんなに得意げなのでしょうか」

 フフ、と微笑むと続きを語る。

「大雨を降らせる魔法を使ったら水を飲むためにこの辺の動物やら魔物が集まってきちゃって隠れてやり過ごそうと思ったんだけど、大怪鳥(コカトリス)まで来ちゃって」

「まあ! 大怪鳥(コカトリス)だなんて恐ろしい、どうにかして逃げてくる最中にボロボロになってしまったということでしょうか」

「ところが魔法ギルドの試験官というか、一緒にいったオケアノさんはそんなに早く逃げられないし、逃げた先の街で人が襲われたら大変なことになるから逃げられないというのです」

「そうですね、その様な事態になってしまったら生き延びても死罪は免れないと思います」

「それなら死ぬか戦うかしかないじゃないですか。私は覚悟を決めて避難していた小屋から飛び出て大怪鳥(コカトリス)と対峙するわけです」

 椅子に座った私の肩に置いたニコレッタの手にぎゅっと力が入る。

 

 

「──そうだったんですね」

「そういうわけで大怪鳥(コカトリス)の魔石の売却でローブとセットのブーツを仕立てる事になりました」

 カオルに仕えてしばらく経ったが機嫌を損ねた程度で解雇する人ではないとわかりつつどうしても不安に駆られたニコレッタは思わず謝罪を口にする。

「ローブが正装だと知っていたらご用意することはなかったのですが、無知ゆえの差し出口もうしわけありません」

「お互い知らなかったのでしょうがなかったですよ、大怪鳥(コカトリス)出るだなんて思っても見ませんでしたしね」

 やっぱりこの主人は簡単に解雇をするような人でなくてよかった。そう胸をなでおろした。

「そう言っていただけるとありがたいです」

 

 やたらと謝られることにむず痒くなって照れ隠しに頭をかこうと手櫛をいれると砂にまみれたごわついた感触があった。

「お土産で肉でも持って帰ってこれればよかったんですけどね」

「肉は捨ててきたのですか?」

「炎で倒したので血抜きは無理ですしね、きっと血生臭くて美味しくないですよ」

 雷で打たれた後で全身を焼いてしまったのだから、と付け加える。

 

「一度食べてみたかったのに残念です」

「どんな味がするんでしょうね」

「高いのですからきっとおいしいのでしょう。下げ渡す主人に仕えたことがないのでわかりませんが」

 触感も味も匂いもわからないので特にいうことがなくなってしまった。

 なにかあるかな、と頭に手をやった所でさっきの汚れた髪の感触を思い出してシャワーを浴びることにした。

 

「夕飯の前にシャワーを浴びることにします」

「わかりました。着替えを用意して置きます」

「着たばかりなので今着てるので大丈夫ですよ」

「いけません! せっかく洗ったのに汚れた砂がついてしまいます!」

 横着をしようとしたら怒られてしまった。

 

 今着ている物を脱いでカゴに入れ、石鹸を持って浴室に入る。

 いつのまに買ってきたのか知らないが木の椅子が置いてあり、どうやらそれに座って体を洗うようだ。

 立ったまま目を瞑って(アグーラ)を操って頭を洗濯する様に洗うには少々危険だと思っていたのでありがたい。

 温くした(アグーラ)に頭を入れてぐるぐると回しながら手櫛で汚れを落としてから石鹸をつける。

 それでも落ちきれない汚れのせいで泡立つまで時間がかかった。

 体の方も落としてきたつもりだったのだけど、背中や腕、腿の裏にザリっとした砂の感触があった。

 

 ボディブラシに石鹸をこすりつけて十分に泡立ててからガシガシと擦る。

 なんの動物の毛かは分からないが妙に硬くて動かすたびに突き刺さるんじゃないかというくらいチクチクする。

 毛が刺さる痛みに足をバタバタさせながら急いで洗って頭から(アグーラ)を被り泡を流して熱風(アレ・カエンテ)で水分を飛ばして浴室から出た。

 石鹸で洗ったせいで顔とか足の皮膚がひび割れるんじゃないかというくらい突っ張ってしまったがそういうものだからしょうがない。

 出しておいてくれた着替えを着ると見たことがないワンピースだった。

 裸で歩き回るわけにもいかないのでしょうがなく着る。

 ニコレッタには女っぽい恰好は好きじゃないといわなくては。

 

「よくお似合いです。肌のお手入れをしましょう」

 文句を言おうと出た瞬間にニコレッタが褒めたので気勢が削がれ、ああ、うんと答えると、そのまま寝室に連れて行かれ着たばかりのワンピースを脱がされた。

「ちょちょちょ、待って待って」

「さ、ベッドに横になってくださいな」

 勢いに押されてされるがままにベッドにうつ伏せにされた。

「そういうの無くても大丈夫ですよ」

「いいえ! 香油でマッサージしないと肌が荒れてしまいます! 得意ですからおまかせください!」

「そういうことじゃなくて」

「使いすぎて足の筋肉が固くなってますよ!」

「いだだだだだ」

「流石に体が引き締まってますね! ここくすぐったいですか?」

「ヒ、ヒィ、わかってて触るのやめて。ヒャッ、やめてよ」

「さ、後ろは終わりました。仰向けになってください」

 さらりと、当たり前のことをいうようにニコレッタは私の体をひっくり返そうと肩と腰の下に手を滑らせた。

「それはちょっと恥ずかしいというか」

「大丈夫ですよ、カオル様の体はどこに出しても恥ずかしくないいい体してますから磨き上げましょう」

「そういうことじゃなくてですね」

 しばらく抵抗してみたが1回分しか香油は買ってこなかったから使い切りたいと押し切られ大変恥ずかしい思いをさせられて「なるべく手早く」と「あっちこっち変な触り方しないで」と文句を言い続けなんとか香油マッサージを終えたのだった。

 

 油がついたシーツをまとめながらニコレッタが改めて文句をいう。

「抵抗するから時間かかっちゃいましたね!」

「恥ずかしいものは恥ずかしいですからね」

「美しさを保つためには色々やらなくちゃいけないんですよ?」

 そういうとパタパタと楽しそうな足音をさせて夕飯の用意に向かった。

 ニコレッタの後ろ姿を見送って、体中香油でベトベトにされてしまって、たしかに突っ張るのは収まったが本当にこれを風呂上がりにやる意味があったのか疑問しか残らず、なんとしてでも2度とやってもらうまいと心に誓った。



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採寸をしよう

 油まみれのまま裸で突っ立っているとニコレッタが大きなタオルを持って戻ってきた。

「今お拭きしますね」

 そう言って少し硬めのタオルでごしごしと念入りにこすられ思わず悲鳴を上げる。

「刷り込むようにして拭くときれいになりますよ!」

「ならなくていいので優しく拭いてください、自分でやります!」

 あまりの痛みに龍鱗(コン・カーラ)かけたらどうなるかな。などと妄想をしながら乗り切った。

 

 体中真っ赤にヒリヒリするまで擦られ、やっと着替えを渡された。またワンピースか。

 いっそのこと浴衣の方が脱ぎ着し易いのに。一度リクエストしてみよう。

 厚手で柔らかい素材の部屋着のワンピースは、さらりとした感触で軽く、動きを邪魔しないため意外と快適だった。

 

 テーブルについて食事が運ばれてくるのを待つ。

 ズボンをはいていた感覚で適当に座るとワンピースのお尻部分がぐしゃぐしゃになって居心地が悪いのを直して座りなおした。

 蝋燭のゆらゆらとした暗い光が隙間風かなにかで揺れ、眼の前をチラチラと照らす。

 炎が揺れると黒い煙をあげ古くなった油が焦げる不快な臭いが漂い、この臭いの中では食事は難しいと判断した。

 

 食卓に臭いが残らないように玄関で蠟燭を吹き消して真っ暗になった廊下を(イ・ヘロ)を浮かべて食卓に戻る。

 足元を照らすものだと明るさが足りないので部屋全体を照らすようにもう1つ浮かべる。

「魔法の明かりにしたんですね、蝋燭代が節約できるので助かります」

「ちょっと臭かったので……」

 せっかくニコレッタが買ってきてくれたものに文句を言うようで申し訳なく思い、頭を下げた。

「謝らないでください、消耗品だからと安いのを買ってきたのはわたくしなので」

 ニコレッタが使える明かりの魔道具が必要かもしれない。

 ニコレッタの手持ちで使える物が1つ。部屋につるして使えるものが2つか? 3つもあれば大丈夫だろう。

 そんなことを考えているうちにニコレッタは配膳を終え、カートと一緒にテーブル脇に控えた。

 もうそろそろ慣れて勝手に座ってくれてもいいのだけど、これが彼女なりのけじめなのだろう。

 そして、今日も「さ、温かいうちに一緒に食事にしましょう」と声をかけるとニコレッタが一緒の席につく。

 いつもの食卓といつもの食事。

 他愛のない話をして今日は終わる。

 

 

 今日は魔法ギルドでローブと靴の採寸をしてもらう日。

 ニコレッタのマッサージのおかげか、昨日の疲れもすっかり取れ、勢いよくベッドから起き上がり、ニコレッタが来てくれるのを寝巻き姿のまま本を読みながら待った。

「おはようございます、カオル様」

 そう言って持ってきてくれた服は採寸がし易いよう脱ぎ着し易いよう背中を縛るタイプのワンピースだった。

 これだと誰かに締めてもらわないといけないんじゃないだろうか。

 首の後ろを触ってみると、紐を掴むことができたのできっと大丈夫だろう。

 

 ニコレッタが作った朝食を食べ、お茶を飲んでそのまま魔法ギルドに向かう。

 家を出てすぐの所でイレーネの背中が遠くに見えた。

 少し急いで追いつくと声をかけると私の格好をみたイレーネがニヤニヤしながら茶化してくる。

 

「あ、カオル、なに可愛い格好しちゃって」

「雇ったメイド? が勝手に服を買ってきて用意するから困ってるんだ」

「えー、いいじゃん。そのまま女の子になっちゃう?」

「いやだよ、早く元の体に戻りたいよ」

 女の子になっちゃうに反応して唇をちょっと突き出した自分の姿を思い出してゴロゴロと転がって叫びたい気持ちを抑えて振り払った。

 

「最近ギルドに来てないみたいだけど、今何してるの?」

「ここの魔法を教えてもらってたら魔法ギルドと掛け持ちになっちゃって」

「あー、ここの魔法って気持ち悪いよね。出したい量でないし、抑えたくても全部でちゃうし」

「そうなんだよね、はじめの方はみんなそんな感じで上の方に行けばましなんだよ。ギルド員にならないと教えてもらえないけどね」

「えー、そうなの? あたしも入ろうかな」

「災害を起こす魔法だって、昨日なんか大雨降らせたら水飲みに動物と魔物が集まってきちゃって大変だったよ」

「怪我はなかったの?」

「なんとかね、正直死ぬかと思ったよ。イレーネと2人だったら魔法使い放題だったんだけど、向こうの魔法止められてるじゃない?」

「ほんと、不便だよね」

 魔法の話をしながら岩山を登り、イレーネを推薦しておくよ、という話と今度加入しに行くねといって黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)の前で別れた。

 

 それからまた少し歩く。

 整備された石畳の道を小走りで登り、オケアノの待つ魔法ギルドの扉をくぐった。

「いらっしゃい、あ、カオルちゃん」

 知らない人に名前を呼ばれてだれだったか思い出すために考えていたら固まってしまっていた。

「あ、わたしよ、わたし」

 指輪をはめるとオケアノの姿になった。

「あ、オケアノさん、おはようございます」

 正直、驚いたが指輪の力でそういうことができるのかと納得した。

「急にごめんなさいね、うちの事情でね」

「そうなんですね、意外と若かったんですね」

「まあね」

 家庭の事情というのはわからないが、やめた理由もきっと家庭の事情なんだろう。

 奥に見えるクレフの方をみると、不機嫌そうな顔でこちらも見ずに事務仕事をしているようだ。

 まあ、事務仕事をご機嫌な表情でやる人もあまりいないだろう。

 

「さ、もう仕立屋さんと靴屋さんも来てるから寸法はかっちゃいましょう」

 そういうオケアノに連れられて奥の個室に案内された。

 普段は別の用途の部屋らしく、小さな机が端の方に寄せられ中央に広い空間が作られた部屋に昨日のラズと中年の男性が談笑していた。

 

 1人は清潔感のあるスーツとピカピカに磨き上げられた茶色の革靴、ジャケットの代わりなのか短いマントを羽織っていて妙にダンディさを感じさせる白髪交じりの男性、もう1人、ラズと呼ばれた女性は自分の技術を見せつけるためか、ブラウスに大きな精細なレースでできた襟が付いていて、厚手の生地で作られたスカートにも目一杯刺繍がされ、見た目も実際も普通に着る服よりそうとうに重いだろうということが見てとれた。

 

「正式に魔法ギルド員になったのでせっかくだからローブと靴をしたてることになりましてね」

「入ってすぐに仕立てる新人が来るなんてうらやましい、うちの新人なんてまだ全然仕事まかせられなくて」

「わたしの所で育てたわけじゃないからね」

「魔法使いは水さえ出せればどこにいくのも困りませんからな、うらやましいことです」

「そう思って自分の力を過信して旅に出た者が砂獣と魔力の枯渇で帰ってこれないことも多いですから悩ましいことです」

 やれやれといった風に頭を振ってみせた。

 どうやら馴染みらしいオケアノ達をみて所在なく立っていると、その様子に気づいたオケアノが思い出したように声をあげた。

「そうそう、この娘がカオルちゃん。こっちの髭のダンディがシュージさん、お針子の彼女がラズよ」

 お互い紹介してもらい、挨拶をすると早速仕立てに取りかかる。

 最初は靴。

 裸足になって椅子に座り、蝋を使って型を取ってそれを元に木型を作るんだそうだ。

 私の足に保護用に薄い布を水で濡らして貼り付ける、足首まですっぽりと覆うと四角い桶に足をいれ、溶かした蝋を流し込む。

 熱いのを我慢しなければならないと思ったが、少し熱めのお風呂くらいの温度で固まるのも思ったより時間がかからないらしい。

 その間に反対の足にも布を貼ってすぐに型取りができるよう準備する。

 

 待ってる間が暇だろうと気を遣ってくれたのかオケアノがお茶とお菓子を用意してくれた。

 されるがままになっているうちに足の型取りが終わり、半分に割った蝋から救出された私はそのままローブを作るための採寸に移る。

 ローブにそんなに採寸が必要なのかと思うくらい全身の寸法をとり、布と刺繍を決める。

 色サンプルとして実際の布の切れ端を見ながら流行はこの色とか説明をされるがどれもこれも暗い色で、どれを着ても同じなんじゃないの? と思っていると顔に出ているようで、段々とオケアノとラズが主導権を持ち始めて最終的には2択、多くても3択から選ぶだけになった。

 どうやら無難な暗い紺色の生地に金色の糸を使った刺繍が入るらしい。

 デザインに関して真面目に答えていたつもりだったが段々と戦力として認知されず、最終的には決まったことを承認するだけの機械に成り果てた。

 

 蝋を元に木型を作るために採寸も行うと、シュージが盛り上がっているオケアノ達には聞こえないくらいの声で話しかけてきた。

「つま先の形がこの辺の人と違う所を見るとずいぶん遠くから来たんですね」

「そうですね、ずいぶん遠くから来ました」

「痛みはないようですが、合わないのを体の動きで押さえているのでゆがみが出ていますね。走りやすいいい靴を作りますよ」

 そんなことまでわかるのかと思わず感嘆のため息が出た。



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奴隷に仕事を与えよう

 夕方までかかって型取りと採寸、デザインができあがり、何日かしたら確認のために服屋と靴屋にいくことになった。

 今日は、何もしていないのだけどひどく疲れた。

 帰る途中になにか面白い物があればよかったのだけれども、特に見つからなかったので手ぶらで帰る。

 

「ただいま、今日は何にも無かったよ」

「そういうのはわたくしがやりますから、仕事を奪わないでくださいませ」

 そう言って何も言わずにワンピースを脱がしにかかる。

「それはさすがに自分でやるんで」

「仕事が」

「だめです」

 ほどかれた紐を広げて肩から下ろそうとしたワンピースをそのまま脱ぐことはせずにしゃがんでワンピースの裾を持って裏返すように立ち上がりながら下着姿になった。

「なっ! はしたないですよ! カオル様!」

 抗議と小言をにこやかに躱して自室に戻り、ニコレッタが用意してくれていた部屋着に着替える。

 

 貫頭衣を頭からかぶり腰を紐で縛る。

 柔らかい麻といった感触の厚手の生地は思ったより体になじむので、パシパシとたたいて着心地を確かめてから、本を読んで夕ご飯を待った。

 昔、バドーリャで財を成した商人の手記を元に主人公の旅商人と幼なじみの魔法使いと面倒見役兼、いざというときの盾として親に雇われた荷運び(ポーター)の3人で旅をしたことを面白おかしく膨らませた長編小説だ。

 そういえば、ニコレッタと一緒に雇った……そう、アンドレア。

 彼のことをすっかり忘れていた。

 そうは言っても大きなものを運ぶ用事はないし、どこかに出かける用事もないのだから呼びようがない。

 せっかく読み始めたのにアンドレアのことを思い出してしまって気もそぞろになり全然頭に入ってこない。

 そもそもどうしているかわからないのだから考えていてもしょうがない。

 そう結論付けた時ニコレッタが夕飯の準備ができたと呼びに来た。

 

 夕食を食べながらニコレッタに聞いてみる。

「アンドレアさんっていたでしょう? あの荷運びの」

「え? ああ、はい。いましたね」

「あの人の仕事を用意するのも私の仕事っぽいんだけど、用事が無い時ってどうしたらいいのかな」

「無ければ呼びようがないですよ、わたくしは犯罪奴隷じゃないんでわかりませんが」

 心外だと言わんばかりにふんっとパンを力一杯ちぎって食べた。

「だよね、ごめんね」

「奴隷に対して謝ってはいけません、侮られては終わりですよ?」

 そう諭されてしまった。

 

 近所で力仕事してもらう程度の仕事ならアンドレアさんでいいんだけど、荷運びが必要な遠征だとエッジオに声をかけた方が持ち歩ける量も多いし早いので言いつける用事が無いというのも困る。

 何か荷運び以外でできることがあればいいんだけど。

 考え事をしながら食べていたらいつの間にか食べるものがなくなりおなかだけがいっぱいになっていた。

 

「荷運びなら遠征に連れて行けばいいんじゃないんですか?」

「荷運びは長脚種(グランターク)を飼っている人がいるので1人だけ連れて行ってもしょうがないんですよね」

「それなら確かにそうですね、武器か大盾でも持たせておければいいのですが」

「アンドレアさんって何してた人なんでしょうね、体は大きいので何かしてたと思うんだけどね」

 何かいい案はないかとずっと考えていたが、身体強化をかけてしまえば大体の力仕事は自分1人でこなせてしまうというのに呼ぶのもなんだか気が引けるというか、なんというか。

 あまり会ったことがあるわけではないのだけど、アンドレアさんはそんなに悪い人じゃない気がしているので私がいないばかりに声がかからず刑期が伸びてしまうというのもなんだか可哀そうな気がしている。

 悪い人じゃない人が奴隷になるほどの犯罪を犯すという矛盾もあるので私の勘違いだろうが、何か理由があったんだろう。

 荷物を持ってもらうとしたら私がいないときにニコレッタの買い物の荷物持ちをしてもらうのが一番だと考えた。

 

 ベッドの上でそこまで考えたときにニコレッタが起こしに来た。

「おはようございます、カオル様」

 考え事をしているので、ああ、と返事をしてそのまま着替えさせてもらう。

 自分の主人が一晩で魂を抜かれた人形の様になってしまったのを見て不気味に思いながら指定した通りに動くカオルを見て、走れと言ったら壁に向かって走るかしらなどと考えながら差し出された腕に袖を通して着替えさせ「朝食の用意ができていますからいらっしゃってください」と声をかけて様子を見る。

 そっと近づいて食卓に連れて行こうとした瞬間。

「これだ!」と叫ぶカオルにニコレッタは不意を突かれて飛び上がって悲鳴を上げた。

「もう! 叫ぶなら叫ぶと!」と言ってからそんなことは無理か、とそれ以上言うのをやめた。

 

「思いついたんですよ」としゃべり出すカオルに「先に朝食を召し上がってください」と無理やり食卓へ引っ張っていく。

 食卓に着いてもまだしゃべりたそうなのでパンを渡すと一口大にちぎってそのまましゃべり出した。

「毎朝とりあえずアンドレアさんに来てもらうんです」

 用も無いのに呼んでどうするのか、突然変なことをいう主人だ、とニコレッタは心の中でため息をついた。

「スープが冷めてしまうんで朝食を先にしてもらえると」

「え? あぁ、そうですね」

 言うやいなやものすごい速度で食べ始めあっという間に食べ終えた。

「用がなくてもとりあえず来てもらって用がなければ大銅貨あたりを渡してその日はおしまいにします」

 はあ、と相づちをいれる。

「ニコレッタの方で買い出しがあったり用事があればその時言いつけていろいろやってもらって大銅貨にやってもらった仕事の内容か時間で渡すんです」

 

 ニコレッタがこっちでは余り聞かないやり方だけど、カオルの故郷ではそういうやり方もあるのかと思っているとカオルは思いつけたことがよほどうれしかったのか「ここの仕事って1仕事いくらか素材売っていくらって感じで時間を買うっていう考え方ないじゃないですか」とよくわからないことを言っている。

 時間なんて切り取って渡せるもんじゃ無いんだから売れるわけがないと思いながら相づちを打ち、主人がそういうのであればその通りにしようと

「わかりました」と、答えておいた。

 そうすると自分の考えに悦に入っているのか主人は満足げにしていたのでわたくしの判断は間違っていなかったと思う。

「じゃあ、明日からアンドレアさんには朝来てもらうことにして、ニコレッタさんの方で用事がなければ大銅貨を渡して帰ってもらってください」

 そういうと、鐘1つ分働くと銅貨10枚で細かく時間を計る物はないから大体でいいということと、手伝ってもらったからといってニコレッタの給金が引かれるわけじゃないこと、そして、アンドレアに仕事をしてもらわなくてもニコレッタの給金が増えるわけじゃないことを伝えるとそそくさとどこかに出かけた。

 靴とローブの仮縫いはまだ先なので別の用事があるのだろうと主人を見送って鍵をかけた。

 

 カオルはいいことを思いついたことで胸のつかえが下りた気になって表に出てきたものの、特に行き先は決めてなかったなと黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に足を向けた。

 黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)なら用事無しに行ってもやることはいくらでもあるだろう。

 念のため手甲はつけてきているので急に仕事が降ってきても大丈夫なはずだ。

 浮かれながら歩くとあっというまに黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)がある7層目にたどり着く。

 その頃には浮かれた気持ちも落ち着いて「そんなに浮かれるほどの話だったか」と自分に問い直す程度には冷静になった。



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オケアノと食べ歩く

 石造りの建物の門をくぐり中を見渡すとどうやら来客があるらしく奥の方で話し声が聞こえる。

 邪魔にならないよう事務仕事をしている受付の職員に余っている仕事を紹介してもらおうと椅子に腰掛けた。

 ギルド員の証のドッグタグを見せると猫背の受付の職員の背筋がピンッと伸びた。

「何日か前に大怪鳥(コカトリス)が発見されたって話がありましたね。討伐で銀貨120枚の報奨金がかかってますね」

 心の中で呻く、それはたぶん、もうやっちゃったやつだ……。魔石ももうオケアノの渡しちゃったしな。まさか賞金がかかってるとは思わなかったよ。

 

 そんな心の内なぞ知るよしもなく受け付けの老紳士は続ける。

「あとは肉をとるために北西か北東に1日くらい行ったところにある森で狩猟をするっていうのもありますね。肉が新鮮なら報酬ははずむそうですよ」

 1日も行ったところで肉を取ったとして、それを常温か少し暑いくらいの気温の中でまる1日かけて持ってきて無事だろうか。

 はじめから買いたたくつもりなのかもしれない。まあ、荷運び(ポーター)さえいれば凍らせてしまえばいくらでも持って帰れるから心配はいらないのだけど。

 

 いい仕事がないから今日はもう帰ろうかなと思った時、魔法ギルドにいるはずのオケアノから急に声をかけられた。

「聞き覚えのある声だと思ったらやっぱりカオルちゃんじゃない」

 黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に何の用だろう。

「あ、オケアノさん。仕事の依頼ですか?」

「ううん、ちょっとね」

 意味ありげに微笑むとオケアノは言葉を濁した。

 いいたくないのにわざわざ話しかけてきて変なの、と思いながらいい仕事がないということで今日は店じまいにすることにした。

「今日は帰ります。家にいる予定なので、用があったら人をよこしてください」

 言付けするとオケアノと一緒に黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)を後にして帰宅する。

 オケアノは大怪鳥(コカトリス)の討伐がよほど興奮したらしく次があればちゃんと準備をして肉も全部持って帰りたいと鼻息も荒く語っている。

 私としてはもうあんな大変な思いはしたくないし、部下の命を預かるなんていうのも御免被りたい。

 そういう意味では彼女も割といい身分なので、使い捨ての雑兵の命なぞ気にしないタイプなんだろうか。

 いまさら悪いことだとは思わないけど、なかなか馴染むのに苦労する。

 最低限、私を盾にさえしなければいいが。

 

 とはいえ、大怪鳥(コカトリス)の肉は味がいいということなので、気にならないかと言われるとやはり気になるが、そんなに多く見つかるものでもないので運がよければ(悪ければ?)、年1回あるかどうかというものらしい。

 犠牲者が少なくて済んだのはよかったが、討伐ならきちんと準備してから行きたい、肉も食べたいし。

 肉のことを思い出したら、下町の串肉を思い出して、なんだか食べたくなってきた。

 オケアノと分かれたら下町に行こうと思いついた時だった。

「ちょっと下町にいかない? お腹すいてきちゃった」

 オケアノも帰りに食べた串肉の味を思い出したらしく、下町の食べ歩きに誘われた。

「私も行きたいと思っていた所でした」と二つ返事で同意して一緒に歩きだす。

 今食べたくなったのに普通に歩いて行くのがじれったくて、どこの店のがよかったなんていう話をしながら早足で行く。

 それでも時間がかかりそうで歩くのが面倒になってきた。

「ちょっと降りるの時間かかりすぎる気がしません?」

「わたしもそう思ってたの」いたずらっぽく笑った瞬間、すばやさ向上(ピクシーステップ)をかけられ「早く行きましょ!」と駆け出すオケアノについて走り出す。

 

 人の家の上だろうとかまわず駆け抜けるオケアノについて走って行く。

「人の家の上ですけど!」

 緊急時ならともかく好き勝手に人の家の上を歩くものじゃないと思って声をかける。

「石造りの家は丈夫だから大丈夫!」

 そういう問題でも無いと思うが……。

 

「そうそう、あなたの所のあのかわいい子」そういう人は1人しかしらないので心当たりの名前を挙げる「イレーネ」

「そう、その娘! あの娘も掛け持ちするみたい、知ってた?」

「興味があるところまでは聞いてましたね」

「ギルドのお偉方が喜んでたわよ、とんでもない魔力持ちが2人も増えたって」

「それをいうならオケアノさんだって結構な魔力持ちでしょうにね」

「わたしは、まあ、付属品みたいなもんだからね」

 前を走るオケアノの表情は見えないがそんな話になってしまって済まない、と思いながら後ろをついていく。

「なしなし! せっかくおいしいもの食べに行くんだから!」

 走りながら手をぶんぶんと振り話題を変える。

 そうしているうちに下町に着き、最下層の家の屋根から道のど真ん中に飛び降りて通行人の度肝を抜いた。

 恥ずかしいからそういうことはやめてほしい。

「ごめんねー、勢いつき過ぎちゃって」

 非常識な登場のおかげでじろじろと見られ、居心地の悪い思いをしその場から逃げ出すように謝りながら串肉の屋台に向かう。

  

 町中を見て回るなら飲食店以外にも服屋やらアクセサリー屋なんかもあるのだけど、服屋は中古で幾人もの人の手を渡り、ほつれてたり生地が薄くなってたり染みがついてたりして安くても買おうという気になれないものしかないし。

 アクセサリー屋も『魔除け』とか『幸運の』なんていうのもあるのだけど、そういう願いが込めて作られたとか勝手に名乗っただけで魔法的とか、魔術的な効果があるわけじゃないのでアクセサリーに興味のない私と、ちゃんとしたものしか持ってないオケアノには寄る意味もないので自然と飲食店しか選択肢が残らない。

 正直、飲食店も岩山の上のちゃんとしたのを食べたいのだけど、濃い味付けをオケアノが気に入ってしまったのでついていく。

 オケアノはあまりお酒を飲む方じゃ無いらしく、お茶か何かをもらおうと思ったが街の上層から流れてくる水路の水を汲んでいるのを見て流石に嫌だったか「カオルちゃん、水もらえるかしら」と小声で空のコップを差し出した。

 

 岩山の上層では湧き水があるわけじゃ無く、時を告げる鐘があるのだが、その時間を計るのに水が一定量で湧き出す魔道具を使っているのだそうだ。

 その魔道具の水は岩山の中を流れ、自家用の魔道具が用意できない家ではその流れる水を汲んで洗濯や掃除に使う。

 共用の水なので粗末に扱うわけじゃ無いが、外を流れる水なので綺麗かと言われると生水よりましな程度で岩山に住める人は魔法か魔道具で水を出す。

 あとは水にお金を使うのをケチる人。

 自分が飲む飲み水はどこかで買ってきた濾過機で漉して、使用人は瓶に溜めたものを自由に飲ませるとニコレッタに聞いた。

 あの当時はおなかを壊すまでは行かなくてもいつも調子が悪かったと当時を振り返っていた。

 

「ねえ! カオルちゃん! 次はあそこ見に行ってみようよ!」

 見た目の年齢よりずいぶんと幼い印象を与えるはしゃぎようでまた指輪か何かで姿を眩ませているんじゃ無いかと思わず疑心暗鬼になってしまう。

 とはいえずいぶんと楽しそうなので、今日の所はまあ、いいか。と小走りで追いつきおなかがパンパンになるまで食べ歩きをして過ごした。

 下町の入り口からまっすぐに岩山に続く屋台通りの食べ物を一通り食べ、日が傾いてきた。

 次はオケアノのおすすめに行こうと約束をして岩山を登り私の家の前で別れた。

 

「おかえりなさいませ、口になにか付いてますが、食べてらしたんですか?」

「ただいま。魔法ギルドの人と少しね、晩ご飯は少なめにしてもらえると助かります」

 自室に戻り、ニコレッタに脱いだ服をあずけて代わりに部屋着を受け取る。

 薄手のビュッフェドレスの様なものを着させられ、知らないうちに知らない服が増えていくことに軽く恐怖した。

 ワンピースばっかり!

 たしかに着慣れると浴衣を着ている感覚に近いわりに帯は変な風にならないから気にせず過ごせるし意外と、思ったより気に入ったのは確かだけどそういうことじゃないんだよ……。



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どうも断れないらしい

「部屋着より仕事着を増やしてもらえると助かります」

 ワンピースばかりを買うニコレッタに抵抗して言えたのはそれだけだった。

 どんなものが必要か聞いてくれるのでドレスやスカートは動きづらいのでやめてほしいと伝えよう。

 色々と希望を聞いてくれそうなのでポケットたくさんつけることと、乾いた地面でこすれても穴が開かないように補強してほしいこともお願いした。

 「なるほど、ハンターの仕事着に少し手を入れれば大丈夫そうですね。問題はサイズがあるかですが服飾ギルドに採寸があるので相談してみます」

 話が大きくなってきそうだったので「古い中古じゃなければ大丈夫」と伝えた。

 

 有能なメイドにお願いだけしておけば良い様にしてくれるので助かるが、なぜか口を出さない範囲で意にそぐわない行動をとるのはなぜだろう。

 カオルが晩ご飯を食べながらそんなことを考えていると、その様子に気づいたニコレッタは主人に対して心当たりはないが非礼に当たる何かをしてしまったかと心配する。

 彼女なら怒りにまかせてクビにしたりせず、理由を言えばきっと許してくれるという甘えとも信頼とも言える自分の気持ちを信じていた。

 そう思いつつも変な主人には変な逆鱗があって、こういう普段怒らない人こそそこに触れてしまうと手がつけられなくなるほど怒ったりするのかもしれないと、

 

「あの、今日のお食事にまずいところがありましたか? わたくし、何かしてしまいましたか」

 なぜ急にそんなことを言い出したのかわからないが、考え事をしながら食べていたのが食事が気に入らないととられてしまったのかもしれない。

「いいえ、いつも通りおいしいですよ。」

「何か考え事をしていらっしゃったようなので……」

「ああ、たいした話じゃ無いんですがね。買ってくる部屋着にワンピースが多いのはなんでかなぁ~って」

「それは、その、カオル様はかわいらしい格好が余り着ないようなので、1人の時くらいは気を抜いてかわいい格好ができればいいかと」

「そうですね、私はおしゃれをしてお茶を楽しんだりハンカチに刺繍するタイプの人間じゃありません。なんなら夜中に急に叩き起こされて武器を取って戦いにでる側です」

 別にそんなに戦うことが多いわけではないけれど、嘘も方便と思って誇張した物言いをする。

「たしかに、言われてみればそうですね。浅慮でした」

「怒っているわけじゃないのでこれから気をつけていただければいいですよ」

「ありがとうございます。でも、その……」

 食事の手を止めてまさにしょんぼりというのがふさわしい顔で俯いた。

「どうしたんですか? ものすごい量のワンピースを購入した後だとか」

「いえ、そうではなく、その」

 言いよどむニコレッタの言葉を辛抱強く待つ。

 しばらく考え込んだかと思うと、意を決したように顔を上げた。

「申し訳ありません! そこまで華やかな物が好きでは無いと思わずパーティの招待をうけてしまいました。あまり断るものではないので軽率でした」

 どんな重大な過ちがでてくるのかと思ったらパーティの招待か。

「いやあ、1回くらいならいいですよ。どんなひどいことがあるのかと思って肝を冷やしました」

「1度出てしまうと、次から断りづらくなってしまいます。あそこのパーティに出たのにこっちのは断るのは何かあるのかと邪推されますので……」

 あまりの面倒くささにキンキンに冷えた墨をかぶったかと思うくらい目の前が真っ暗になり血の気が引いて寒気すらしてくる。

 

「全員1回ずつ出たら2回目は断るとか?」

「高い地位のお方に2回目を断られたらどんな非礼を働いてしまったかと思われるかもしれませんが、若く地位の高くないカオル様ならそれでなんとか」

「じゃあ、1回くらい付き合ってあげましょう」

「申し訳ありません」

「まあまあ、1回くらいはいい経験ですよ」

「そう言っていただけると……。ありがとうございます」

 その後、食事が喉を通らなくなることもなく夕食を終えて就寝するため自室に戻った。

 

 次の日、久々にゆっくりと休もうかと本を読みながら過ごし、昼食のあとしばらくして、そういえばまだ覚えていない魔法について、オケアノに詳しいことを聞きたいと思いついたので魔法ギルドに向かう。

 受付の女性に声をかけてオケアノを呼んでもらうと、オケアノは外出して1日帰ってこないという話だった。

 黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)にでも行っているのだろうか。

「見ない顔ですけどうちのギルドの人ですよね? 時間ありますか? 魔力が余ってたら補充していってもらえませんかね?」

 初めて見るやる気のなさそうな受付が指を指した先に光を失った深緑色の魔石があった。

「魔力が空っぽになっちゃって、色んな魔方陣が使えなくなっちゃうんで困ってたんですよー」

 20代半ばくらいのそばかすの受付嬢はカウンターにもたれかかったままけだるそうに息を吐いた。

「ギルドの偉い人はやってくれないし、オケアノさんはどっか行っちゃったしクレフさんも連絡付かないしどうしちゃったんすかねえ~」

「入ったばかりなのでオケアノさんくらいしか知りませんけど、魔力入れるだけなら……」

 適当に話に付き合いながら深緑色の魔石に魔力を送り込む。

 壁に埋め込まれた大きな深緑色の魔石を取り囲む様に同心円上に小さな色とりどりの魔石が配置され、石と石をつなぐように魔方陣が描かれている。

 

「魔法練習部屋も灯りもぜーんぶここの魔力使ってるからなーんにもできなくなっちゃうんスよ。不便ったらないッスよね」

「へえ、この魔石で全部ですか、あの魔法練習の部屋すごいですよね」

 どんな威力の魔法も効力がほとんどないくらいまで弱めてしまう特殊な部屋を思い出した。

 中央の大きな魔石に注ぎ込んだ魔力は魔方陣を通って周りの小さな魔石を光らせる。

「来て急に魔力もらっちゃってすいませえん」

 けだるい受付嬢は自分の腕をまくらにしてカウンターで伸びていた。

 どう見ても謝ってると思えないが謝るつもりも無いだろう。

 

 溜まるまで暇なので雑談がてら魔法ギルドの人についてこのやる気の無い受付嬢の印象を聞くことにした。

 しゃべるだけで魔力がもらえるんだからまあ、お得な方だろう。

 魔法ギルドといっても上の方は世襲だったりコネで偉くなる人ばっかりで魔力があるのは幹部でもあまり発言権がなかったり位の低い政治力が低い人で、大魔法使いと仕事できると思って入ったギルドがこんなんでがっかりっすよ、とぼやいていた。

「こんなところでそんなこと言ってていいんですか?」

「いやあ、今日は魔力切れで仕事にならないっていうんで受付のあたし残してみんな帰っちゃいましたよ、もう少ししたらあたしも帰る所です」

「そうですか、じゃあ私も帰ることにします」

 そう言っている間にほとんどの魔石は魔力によってキラキラ光り、中央の大きな魔石も魔力の輝きによって深緑色から明るい緑へと光を変え煌々と部屋を照らし始めた。

 

「げっ! 満タン!? 使いすぎで気持ち悪くなってないスか?!」

 キラキラと輝く魔石と私の顔を見て体調を心配していた。

「そこそこ多いんで大丈夫ですよ」

「これじゃ話が違う。ちょっと待ってくださいね、今度開いてる時にこれ持ってきてください、報酬でるんで!」

 手のひらサイズの紙に『魔力補充(空から最大)』と書いて受付嬢の名前をサインした物を私に差し出した。

 はあ、と返事をして受けとる。最近稼いで無かったのでお金が出るのはありがたい。

 受け取った紙を半分に畳みポケットに押し込んだ。

 一仕事終えてけだるげモードに戻った受付嬢に礼を言って魔法ギルドを後にした。

 

 日はすでに傾いてあと1時間かそこらで落ちてしまうだろう。

 帰りのついでにだれかいれば挨拶でもしようかと思い、黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に寄る。

 中を覗くとカウンターにイレーネとオケアノがいた。



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おじさんっぽいところあるよね

 イレーネとオケアノは2人でどこかに行ってきた後らしく、何枚かの書類にサインしている所だった。

 

「おや、珍しい組み合わせで」

「あ、カオル! 今日はオケアノさんと大触手(アル・ティント)の討伐に行ってきたの」

「ギルドの魔方陣が使えなくて魔法を教えるついでにね」

「それならさっき注いでおきましたよ」

 そう言ってお金がもらえる紙をオケアノに見せた。

「最大まで?! 多いと思ったけどほんとに多いのね……」

「がんばって増やしましたからね。だからイレーネも多いですよ」

「そうね、今日すごかったわ。わたしも黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に入ったから教えてもらえるようになるのかしら」

「たぶん、大丈夫ですよ」

「楽しみにしておくわ」

 

「で、大触手(アル・ティント)って何です?」

 またこの辺に住む害獣の様なものなのだろうが触手だけを切ってきて終わりというものなのか。

「土の中を移動する肉食のなんていうの? 大きな芋虫? 蛇? 砂鮫(アル・ベレオ)よりは弱いんだけど」

 オケアノに聞いたつもりだったがイレーネが教えてくれた。が結局なんとなくのイメージしかつかめない。

「それがなんで触手なんて言われちゃうの?」

「え~? それはこう、こうなるのよ」

 手をくねくねさせて説明してくれたが新しい説明にはならなかった。

 その様子をみたオケアノがクスリと笑う。

「捕食するときに地中から姿を見せて品定めする動きが触手みたいに見えるからそう言われるの」

 イレーネがそうそう! と手をくねくねさせながら相づちをいれ、なるほど、それがそのくねくねか、と納得した。

「で、今日は2人で倒してきたってことですか」

「そうなの。砂鮫(アル・ベレオ)みたいにいきなり下から襲いかかってくるわけじゃ無いし早さもたいしたことないんだけど、ハンターじゃないと対応できないからよく討伐依頼がでるのよ」

 少し砂がついてるくらいで怪我や汚れのほとんどない2人をみるとたいしたことないというのも本当なのだろう。

 

「今度手紙でも出そうと思ったんだけど、イレーネちゃんの魔法も10段階目まで来たから一緒に魔法の使い方を教えたいから、一緒に来てね」

 災害を起こす魔法の続きか。

 そんな大げさな魔法、いらないんだよね。

「カオルは次の魔法知ってるの?」

「11段階目の魔法はまだしらないね。10段階の魔法は1個覚えてるよ、大雨降らせるやつ」

「あたしもそれ」

「大雨以外選んでも使い道がないんだよね」

 竜巻に、炎の竜巻に、地割れ、大嵐、辺り一帯凍らせる。と、1つずつリストアップしていく。

「確かに、街に使ったら大変なことになるから大雨しかないねえ」

「昔は都市を滅ぼすのに使ったらしいから間違ってないのよ、もうそういう相手がいないというのはいいことだと思うけど」

 『もうそういう相手がいない』そう聞いてファラスを思い出したが、市民を巻き添えにしてしてしまうのでありえないし、使えと言われても流石に無理だ。

 しかし、彼らはどうするだろうか。今ここにいない元ファラスの貴族達に軽く思いを馳せる。

 取り返してもその後そこで暮らしていくんだから焦土にするなんて結論には、簡単にいたるわけがないと思いたい。

 

「色々と危ないからね、大豪雨(ファラードレイン)以外はもうあんまり教えてないのよ。次覚えるのは11段階目、魔法生物の召喚よ。これわたしもあんまり使えないんだけど、使えると手札が1枚増えるから是非覚えてね」

 手札、と聞いてイレーネにポーカーやりたいと言われるかと一瞬思ったがそんなことは無かった。

 成長しているようで安心した。

 確かに覚えられるからと言って全員に火炎旋風(ファイアトーネード)を魔法を教えてしまうと失恋の度に都市を滅ぼそうとするやつもでないとも限らない。

 それからしばらく次の仕事と魔法の話をして帰る。

 イレーネとオケアノはまだ仕事の途中だった様でもう少しかかるようだ。

 

 2人共あまり人見知りをしないタイプなので、あっというまに打ち解けているのが自分にはないスキルなので羨ましいと思う。

 またねーというイレーネの声に後ろ向きに手をひらひらさせてギルドのドアをくぐった。

 

「なんかカオルのあーいうところっておじさんっぽいところあるよね」

 中身は本当におじさんだから当たり前なんだけど、と心の中で付け加え、視力を失ってるときに見た姿を思い出した。

「落ち着いてるっていうか、枯れてるっていうか」

「そうそう、普段落ち着いてるのに慌てるとやたら悲鳴あげるよね」

「わかる、この間大怪鳥(コカトリス)と遭遇した時に前衛やってくれたんだけどね──」

 受付のダニエルは書くもの書いた後にやってくれないものか、と思いながらそう盛り上がる2人の話に口をはさむこともできず、2人はしばらく話し込んだ後、困り顔のダニエルに気づいて慌てて済ませた。

 

 そんな話のネタになっているとは思わず上機嫌で家に帰り、ニコレッタと夕食を食べてベッドにもぐりこんだ。

 今日は出鼻をくじかれてしまったおかげでなんにもできなかった。

 明日はどうしようか、と思ったところでオケアノに会ったときに用事を済ませることができたじゃないか、と思いついて目的を達成した気分で眠りに落ちた。

 

 昨日の感じだとオケアノは黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)の方にいるかな、と思いながらニコレッタの用意してくれた朝食を食べていると黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)の使いが来た。

 ドアノッカーのせいか、使いの力が強いせいか、意外と大きな音で部屋に響き渡り驚いてしまって思わず肩がびくっと動いてしまった。

「ギルドの方が手紙をもってらっしゃいました」

 丸めた紙を紐でくくった簡単な手紙を渡された。

 紐を解いてみてみると急ぎの仕事があるのでギルドに顔を出すようにというようなことが慇懃に書いてあった。

「きっと何日か泊まりになると思います」

「かしこまりました」

「それと……」

 昼ごはん用に何か作ってもらおうと思ったが水分の多いものを持っていくにはリュックが汚れないようにバスケットなんか用意しないといけないということを思いついてやめる。

「いや、なんでもないです」

 きょとんとした表情でわかりました、と返事をするニコレッタに調味料を小瓶に分けてほしいとを残して自室に戻り準備をする。

 

 ギルドに向かうために荷物をリュックに詰め込んで手甲をつけて付け心地を確かめる。

 使っていなかったせいか革が堅くなって締め付けがきつい気がするがそれが逆につけている感触が感じられてしっくりきた。

 食料は手配済みなので持って行く必要はないのだが、念のため何食か持って行きたい。

 うちのキッチンに乾燥肉なんかあれば持って行きたいのだけど、ニコレッタは保存の利く乾燥肉を買う必要がないようにしてあるので、どんなに探してもないものはない。

 行く途中でどこかで買っていけばいいだろう。

 パスタはあるのでニコレッタに言って適当な綺麗な袋に適当に何食分か、あとは調味料も分けて入れてもらう。

 できたら着替えとかあれば万が一にも備えられそうなんだが、雨も少ないし湿度も高くないので2、3日なら大丈夫だろう。

「じゃあ、行ってきます」

 荷物の入ったリュックを背負い、元気に家を出ようとすると引き留められた。

「お待ちください! 好きでないのはわかりますがきちんとターバンを巻いてから出てください!」

 知らないふりをしてしれっと出ようとしたが失敗した。

 

 鏡の前で頭をぐるぐる巻きにされてカチカチに締められる。

 頭をきゅっとまとめるとなんか、顔が大きくなった感じがしてちょっと嫌だ。

 小さめの男物の作業着、厚手で丈夫な生地で作られているのが一番の気に入っているポイントなのだけど、色々言いたげニコレッタに見送られて今度こそ家を出る。

 

 身体強化して岩山を駆け足で登り黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に着く。

 今朝呼ばれた私以外の人はすでにそろっているようで、テーブルの上に足を乗せたり、椅子を2個使って寝たり自由にしている私の部下達が見える。

 ドアをくぐった私に気づいたヨンとヘススに遅い遅いと文句を言われた。

 少し離れた所でオケアノが困り顔で椅子に座っているのが見えた。彼女も今日は同行するのだろうか。

「遅いって、今朝使いの人が来てから急いで来ましたんですよ」

「おれらは昨日言われて朝早く来たんだ」

 私をやり込めたのが楽しいのかうれしそうに笑った。

 その声を聞いてか、ルイスさんが来た。

 そんなに前な訳がないのだけど、なんだか久々に見た気がする。



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魔力の扱い方を教えよう

「お、来たか。魔法の練習をしながら大怪鳥(コカトリス)を狩って、あと適当に獲物をとってきてくれ」

「なんですかその適当な指示は」

「前の時に祈って祝福かけたろう? 無事に全員発現したそうだ」

 そういうとニヤリと笑った。

「そうすると、彼女は?」

 フードの様にふんわりと頭に布を巻いて、顔を少し隠したオケアノを指してルイスさんに聞く。

「別口だが、お前の関係者だろう? 魔力はあるが使い方が違うからな、基礎から教えてやってくれ。いい戦力になる」

 ルイスさんがそういうと若い方のオケアノがぎこちない笑顔で手を振ってくる。

 言いたいことだけいうと、ルイスさんはさっさと上の事務所に上がっていってしまった。

 

 ゴロツキの様なハビエル達に囲まれて緊張しているのか背筋を伸ばした良い姿勢で石のように固まり、機械の様にぎこちなく振る手に軽く手を振り返すとヘスス達が小声で話しかけてきた。

「あんな育ち良さそうなの連れて行って大丈夫か、居るだけでガチガチだがお守りなんてしたくねえぜ?」

「服汚されたくないとか言わないよな? まあ年は少し上だが魔法使いで世間知らずなら悪くねえかもしれねえな」

「下品とゲスが服を着てる様なのがいると思えば何をされるか心配で緊張もするだろうよ」

 ヘススに続いたヨンの言葉にため息交じりでハビエルが煽りながらたしなめる。

「きっと私と一緒にいることになるので手間をかけさせることはないと思うので」

「ならいいけどよ」

 基本的に関わり合いは無いよと伝えるとヨンが焦ったようにヘススにいうのが聞こえた。

「いやいや、嬢ちゃんじゃねえちゃんとした女だぜ? お近づきになっておいた方が」

 私には関係ないのでもう少し聞こえないようにしてほしい。あと人妻です。

「それで結局フアンに持って行かれるんだからそろそろ学習したらどうだ?」

 まあ、戦斧振り回すような大男よりだったら痩せて高身長で無口で陰があった方がモテるのかもしれないな。

 

「で、嬢ちゃん。あの人はどういう人なんだ?」

 諦めてないのかヨンがホルヘと一緒に聞き込みに来る。

「魔法ギルドと掛け持ちで加入した魔法ギルドのちょっと偉い人の奥さんでオケアノさんといいます」

「なんだ人妻か……」

「短い雨期だった」

 そういう場合は春じゃないのかと口を挟もうと思ったが、水の貴重な地域では雨期が幸せの象徴らしいとホルヘのつぶやきで知った。

 

「じゃあ、やる気が出たところで今日の仕事内容について伝えます、オケアノさんもこっちへ」

 オケアノを呼ぶとだれとも目を合わせないようにしながら目立たないように目立ちながら歩いてきた。

「みなさんにはこれから大怪鳥(コカトリス)を討伐してもらいます」

「なんだそれ! そんな話聞いてねえぞ! たったこれだけでやれるもんかよ」

 ホルヘが文句をいう。彼は割と短気なところがあるみたいで我が班で噛みついてくる3人の内の1人だ。

 まあ、前衛だし急に大怪鳥(コカトリス)と戦えと言われびっくりすることだろう。

 

「いやあ、どうにかなるもんですよ。あとはそれ以外に適当に肉をとってきてということで」

「やったこともねえのに軽くいうんじゃねえ」

 ヘススが食い下がってくる。

「ないのに言わないですよ、ねえ? オケアノさん?」「ええ、まあ」

「ということで経験者が2人いるので大丈夫です、得しましたね。前衛お願いします」

 そういうとホルヘとヘススは舌打ちをして引き下がった。

 

「大丈夫、ちゃんと神殿につれてって石化解いてもらいますから」

 冷静なハビエルがぎょっとした表情を浮かべていたのでジョークとしては失敗したのかもしれない。

 あとで聞いたところによると無知な相手を安心させて突撃させ、報酬を1人締めするために石化したまま放置するときの常套句らしかった。

 もしくは石化を解いてくれたとして目が覚めた時こう言われる。「わり、寄進に全部使っちまった」そんなはずは無いのだけど約束通り石化は解いてくれたし報酬から寄進もしたから文句を言うに言えず、無報酬となる。

 そんな意図は無かったと謝ると「リーダーはそういうタイプじゃないからわかってる」と、許してもらえた。

 そうじゃない場合はどうするか、きちんと用意があることを見せるために高位の神官を派遣してもらうのだ。

 

 私が来た時点で出発する準備が終わってるというので無駄話をしながらぞとぞろと街の外へ移動する。

 本当は身体強化して一気に駆け下りたいのだけど、ハビエルの鉄板兼大盾みたいな装備や個人の荷物がそれなりに多いのでしょうがなく足並みを合わせる。

 次からは街の外で現地集合にしたい。

 そう思うのは他のメンバーも一緒らしく、装備と口の軽いホルヘやヘススは調理器具兼大盾を持ったハビエルや柄の長い大きな戦斧を担いだヨンにもっと早く歩けと軽口言っては追い払われていた。

 

 体感でものすごく時間をかけて街の外へでると、見覚えのある長脚種(グランターク)に寄りかかって暇そうに寝ているエッジオがいた。

 剛力な竜(ポデラゴ)は私に気づくと首をもたげてエッジオを揺り起こした。

 

「ああ、ああ。久しぶりだね、カオル。準備はできてるよ」

 ハンターが砂地や岩場で活動するときに肌を日差しから守り、岩などで傷を負わないよう丈夫に作られたカオル曰くポケットの無いフード付き作業着姿のカオルがうれしそうに手を振るのを見てつい照れくさくなってしまった。

 あくびをかみ殺す振りをしながら剛力な竜(ポデラゴ)につかまり立ちをして固まった腰をほぐすために伸びをする。

 約一週間ぶりに会うエッジオは初めて会ったときから顔を合わせるときはずっとぼさぼさか、整えてられてない髭だったんだな、と初めてわかるくらいピシッと整えられていた。

「今日はちゃんとしてんだね」

「普通はちゃんとしてるんだよ、どう?」

「かっこいいじゃん」

 褒められると思っておらず不意打ちを受けたエッジオはヒュっと息をのむと照れ隠しに気にしてないそぶりで「だろ?」と言って荷物を整理する振りをするためにカオルに背を向けた。

 エッジオの履くニッカボッカの様なだぼっとしたズボンを見て、私も履きたいなぁと思いながら自分のなんの面白みのないズボンを見下ろした。

 

「おう、リーダー、一緒に確認してくれ」

 ハビエルに呼ばれ、エッジオと3人でエッジオが手配した荷物を確認する。

 何を手配してもらったかしらないのに見せられてもどうにもならないと思うのだけどハビエルの顔色をうかがって問題なさそうなのを確認してしたり顔で頷いておいた。

「そんなに長い期間でるわけじゃないから根菜類と葉物は乾燥と生が半々、水はカオルがいるからその分、小麦とパスタを多めに用意したよ。それと乾燥肉は少し値が上がってたから少なめだよ」

「肉は現地調達できればいいね」

「害獣退治のついでに狩って帰りたいな」

 

 大怪鳥(コカトリス)が出たというのはついこの間、魔法ギルドの魔法の練習で使った所から1日ほど行った所らしい。

 目的地は皆大体知っているので、特に意識はしていないがなんとなくグループができる。

 私とオケアノが先頭を歩き、ハビエル達が少し離れて無駄話をしながらだらだらと付いてきて最後にエッジオは移動中も仕事があるので剛力な竜(ポデラゴ)と一緒に続く。

 

 歩きながらオケアノにファラスの魔力の扱い方の授業をする。

 最初は魔力を出して自由に動かす。それができるようになると、切り離して操作できるように訓練。

 どこまでできるようになるかな? そう思ってオケアノには魔力を出して伸ばしたり動かしたりして見せた。

「魔力ってそんなことできるの?!」

「これが最初で、次は切り離して消えないように制御するの」

 切り離した瞬間に霧散する魔力を見てつぶやいた。

「できる気がしない……」

 オケアノに魔力を操作して見せて「無言でもできるんだけどね、やっぱり口に出した方が意識はしやすいよ、(フェゴ)

 火の玉を操作してみせるとやる気になったらしく段々と歩く速度を落としながら魔力をうねうねと伸ばし始めた。

「魔力だけどうにかしようとしたことなんてないからすごく難しい……」

 そういいながらも切り離して消える炎を見てため息をついた。

 

 日が頂点に昇る頃、疲労を抑えるために休憩を取ることにする。

 今度はハビエルやエッジオ達に扱いを教えなくてはいけない。

 魔力操作をするオケアノを放っておいて、食事の準備をする前に少し離れた所に1人1人呼んでハビエル達にうっすらと魔力を流して魔力を感じてもらう。

 魔力が流される不快感で顔をゆがめながら、声を出すのは格好悪いと思っているのか、体を震わせて我慢していた。

 魔力の出し方から動かし方、そして最後は切り離して自由に操作できるようになること、と説明して休憩中にでも練習しておいて、と1人ずつ説明してはそう言いつけて次に行く。

 私も召喚されて初めはこんな感じだったな、とハビエル達の苦戦している姿に懐かしく思い出した。



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魔力さえあればだれでも強くなれるもんだと思ってたよ

 昼食でも、と思って見渡すと私がやらせた魔力を操る訓練のおかげでハビエル達もエッジオもオケアノも自分の手元に夢中になってしまっている。

 どうやら食べたいのなら自分がやるしかないらしい。

 こんなことになるなら料理人を同行させたら良かったと今更ながら思いつく。

 自分の手元と魔力しか見えない彼らのことは放っておいて何か食べるものを作ろう。

 

 乗せてはくれないけど撫でられるのは好きな剛力な竜(ポデラゴ)の頬を撫でてから背に積んだ荷物の中から少し大きめの両手鍋を取り出してなんとなくコンコンと叩いて丈夫さを確かめる。

 辺りをうろうろして拾ってきた石と砂と(アグーラ)を混ぜて簡単な(かまど)を作った。

 鍋をのせる前に火力を上げた(フェゴ)を出して(かまど)を乾燥させる。

 湯気が出てある程度乾燥した所で(アグーラ)を満たした鍋をのせ、湯を沸かした。

 ヨンとホルヘが「こんなんほんとにできるのかよ」と叫びながら転がり、ハビエルとヘスス、フアンは真面目に手の中の魔力をこねくり回している。

 そろそろやってくれないかなーと淡い期待を込めてエッジオを見ると、がんばりすぎてぐったりとして座り込んでいた。

 水を持って歩かなくてもいいし、なんならお金も取れると思うとやる気がでたのか、自分の限界まで魔力を使ってしまっているらしい。 

 

 しょうがないので、適当に干し野菜と干し肉を取り出して沸いた湯に放り込んで煮る。

 味を見ながら塩を足してはみるが、どうにも味が足りない気がする。

 そう思いながらあーでもないこうでもないと具を足したり塩を追加した結果、鍋の淵ギリギリまで増えてしまい、どうにもできなくなってしまった。

 ふつふつと沸騰したスープは使い古して黒ずんだでこぼこの鍋の淵からこぼれてじゅうと音を立てた。

 このまま煮込めば味が濃縮して美味くなるかと思ったが、なにか足りないしょっぱい物になるだけだろうと容易に想像がつく。

 みんなにはこの一味足りないスープと堅パンで我慢してもらおう。

 

 そう思いながらこぼれないように鍋の中のスープをぐるぐる回していると私に向けられた視線に気が付いた。

 我に返って頭を上げるとハビエルをはじめエッジオやオケアノさえ私がいまいちスープを作るのを見守っていた。

「おや、どうしました」

「いや、いい匂いしてんなと思ってな」

 匂いは確かにいいがこれは失敗作なのだ。

 

「カオルちゃん、あなた料理なんてできたのね」

「お湯に乾燥野菜と乾燥肉と塩を入れただけですよ」

「たったそれだけでこんなの作れるのね」

 ただ突っ込んだものに対してそんな言われ方をしてちょっと気恥ずかしい。

 鍋を温めている(フェゴ)を握りつぶすように消火すると、エッジオが荷物の中からパンと器と取り出して配膳を始めた。

 エッジオに配膳をまかせて近くの腰を掛けるのにちょうどいい岩の上に座って待つことにした。

 

 まだ出発してそんなに時間が経ってないのだけど疲れを見せはじめたエッジオはパンとスープを1人ずつに配り終えると自分のパンにかじりついた。

 その頃にはハビエルやヨンの体が大きい組は食べ終えてしまっていて、昔は自分も早食いしてたなと思い出した。

 自然に早かった訳ではなく、昼に悠々と休んでいると「休んでる暇はあるのか」と言われる様な職場だったので慌てておにぎりを押し込むように食べて仕事をする環境のせいだったのだけど。

 

 それぞれ適当に座り早めの昼食を食べ終えると、寝る者と訓練を再開する者に分かれた。

 訓練中のハビエルに近づき調子を聞く。

「順調ですかね?」

「難しいもんだな、魔力さえあればだれでも強くなれるもんだと思ってたよ」

「まあ、使えるんですけどね。魔力があって力ある言葉を唱えるだけで使えないことはないですよ。(フェゴ)!」

 手のひらに人の頭の大きさほどの炎を出現させる。

 ハビエルは今自分が出している魔力を見つめると、戸惑うように言葉を絞り出した。

「フ、(フェゴ)

 端からめくれ上がるように魔力が炎へと姿を変える様を戸惑いとも喜びとも言えない表情で見守る。

 さっき「こんなんほんとにできるのかよ」と言っていたヨンが恐る恐る力ある言葉を口にした。

 魔力の制御がうまくいっていないようで手のひらの上でまとまらず手のひら全体が燃えているようだった。

「お、おい。手が燃えてて熱くねえのか?」

「ヘスス、お前もやってみろよ。不思議だぜ」

 物珍しそうに燃える手のひらを見たり手の甲を空にかざして見たりしながらヘススに促した。

 ヨン達はでかい図体で子供のようにはしゃぎながらその辺の枯れ草を握っては燃やして遊びはじめ、ヘススは困った様な表情で小声で私に言う。

「リーダー、その、火はちょっとあれだからもう少し違うのは無いのか?」

 私よりは背が高いけれど、他のメンバーに比べるとちょっと背が低く痩せた男が恥ずかしいのかもじもじとしながら

 火以外の魔法はないかという様は、ヘススが痩せているせいかより貧弱に見えて(アグーラ)か身体強化か悩んだ。

 

 少し悩んで(アグーラ)でいいだろうという結論に至った。

 ちょっとだけ使える身体強化なんて生兵法も良いところだ。

 『(イ・ヘロ)』なんかも悩んだが、コツをつかまないうちは集中してないと消えてしまう灯りなんて不便すぎるのできちんと扱えるようになってからでいいだろう。

 

「じゃあ、水を出せるようになりましょう。(アグーラ)です」

(アグーラ)

 出した水は浮かべることもできずパタパタっと音を立てて地面に落ちて吸い込まれた。

 すうっと土の色を変えて消えていったコップ1杯分の水を悲しげな目で見送った。

「容器が必要でしたね、もっと魔力の操作に慣れるとこうして浮かせておくこともできるので早く慣れるといいですよ」

 テニスボール大の炎と水を浮かべて動かして見せてからぶつけて消滅させて見せた。

 

 夢中になって訓練するハビエル達を見ていたらこのタイミングで魔法を教えたことが良かったのか自信がなくなってきた。

 魔物と戦うときにヘロヘロで戦えませんなんてことになったら無事に帰れなくなってしまう。

「魔力を使う練習もしすぎは体に毒なので、休憩中以外はやらないでください。魔法覚え始めたのに死にたくないでしょう」

 教えてやらせておいてこういうことをいうのはどうかとも思うが人に盗み見られない所で教える必要があったので仕方が無いといえば仕方が無い。

 

 今朝出発したばかりなのに多少疲れが見えるあたり、やっぱり間違えたなと心の中でつぶやきつつ大怪鳥(コカトリス)がいたという場所まで移動する。

 ハビエル達は休憩前と違って口を開くこと無く黙々と歩いている。

 疲れたのかと思っていたが実はこっそり魔力操作をしながら歩いていたらしい。

 

 それがわかったのはホルヘが砂に足を取られて転んだからだった。

 しばらく起き上がってくる気配をみせず、のろのろと立ち上がり、立ち上がってもすぐ歩くには辛そうにふらふらとしていた。

「どうしました?! 体調が悪いんですか?」

 もごもごと口ごもるホルヘにどうしたのか、中止して帰投した方が良いかと矢継ぎ早に話しかけると気まずくて自分で答えなかったくせに怒りだした。

「うるせえ! 魔力操作しすぎただけだ!」

「ええ?! なんで怒ってるんですか?!」

「しつけえからだよ!」

 そんな理不尽な! と思った瞬間、ハビエルが早足で寄ってくるとホルヘに拳骨を落とした。

 大男のハビエルから垂直に落ちてくる拳はホルヘの頭がとれるんじゃ無いかと思うくらい上下させた。

「いてえな! お前がリーダーに無駄に面倒かけるせいで全体が遅れてるんだ! すまねえな、リーダー」

 ホルヘは言い返すことができずに舌打ちをして引き下がった。

「一応全員が部下なのでハビエルさんに謝ってもらわなくても大丈夫ですよ」

「だったら早めに拳骨落としてくれや、魔法があればどうにでもできるだろう?」

 そういうハビエルに曖昧に返事をする。

 そして改めて小休止をとると再び歩き出す。

 ちなみに、エッジオは魔力操作をやりたいが為に剛力な竜(ポデラゴ)にちょっと無理をさせてその背に跨がったまま訓練をしている。

 

 魔力量に余裕のあるオケアノは歩きながら訓練を続け、(フェゴ)(アグーラ)を投げる様に飛ばせるようになってきた。

 手から離れてする消えてしまうのだけど、今日覚えてもうこれかと思うとこれが才能かと感心しきりだった。



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