私はストライカーユニットの開発がしたい (社畜新兵)
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会議

薄暗い会議室で、二人が延々と会議するお話です。
「どんな判断や!金どぶに捨てる気か!」
みたいなやり取りを、二人がしていると思ってください。


登場人物

ヘルムート・ビッツ
元カールスラント軍所属の傷病軍人。オラーシャの設計局で開発主任を非公式に勤める。一度撃墜された彼女は、このユニットの開発を成功させ、再起を図る。
年齢16歳

ヴラジミール・ミハイル・ペトリャコフ
表向きの開発主任
おおらかな性格だが、仕事には厳しい。
ヘルムートの上司にあたる。
年齢60代

場所
会議室


「以上の理由から、開発期間の延長と、予算の追加投入をお願いします」

締め切った薄暗い会議室で一人の銀髪の女性が、黒板に書いた細かい数値や、大きく広げられて貼られたブループリントを、物差しで指しながら何かを説明しおえた。

「無理だな、荒唐無稽な話だ。君はカールスラント人だろ?だったら与えられた期限と予算は守るべきだ、最初からそう言う約束だったはずだ」

向かい側の席に深々と腰掛けるでっぷりと太った男が、彼女の要求を鼻で笑いながら返す。

「しかし、今のままでは!」

「おい、少し熱いな、暖房を弱くできないか?」

銀髪の女の反論を太った男は軽く遮り、部下に暖房の温度を下げるように言った、真冬だというのに、この部屋は相当暑い。主な原因は彼の吐く暖かな息が部屋を徐々にあたためているからだが。

「今のままでは、当初の計画にあった「究極のストライカーユニット」は開発できません」

銀髪の女性がゆっくりと椅子に座りながら太った男の目をまっすぐ見ながら淡々と語る。

「ヴィッツ中尉。ヘルムート・ヴィッツ特務中尉。もういいんじゃないか?君は十分やった」

太った男がゆっくりと、銀髪の女性をたしなめる。

太った男はどうやら名のある将校のようで、かなりの年をとっていて、表情は柔らかく、落ち着いた雰囲気を漂わせている。

「ペトリャコフ中佐!ここで諦めては全てが水泡に帰しますよ!あなたは責任を取らさ..」

銀髪の女は興奮した様子でまくし立ようとする。彼女の名はヘルムート・ヴィッツ、かつては、誰もが彼女の名前を知っていた。だが今は皆に忘れられ、名前がない亡霊と同じ。

「君の戦争は終わった。終わったんだよ」

興奮し、再び立ち上がったヘルムートに残酷な事実を突きつけるペトリャコフ。

「この鏡で今の君の姿を見なさい、中尉、左腕と左目を無くし、不具の体だ」

ペトリャコフは懐から手鏡を取り出しヘルムートに向ける。

「不愉快です、その目は、気に入りません」

ヘルムートは鏡を見ようともせず、老兵の憐みにあふれた目を刺すように睨む。

「そうかい、開発を延長するにしろ、司令部を説得する材料がないとな。何もないだろ今は」

ペトリャコフは感情的になるヘルムートを軽くあしらいつつ、淡々と言った。

「試作機は、完成しています。ですがあれでは不十分です。性能が、不十分なんです」

少し落ち着きを取り戻したヘルムートが、目線を床の端にそらし、悔しそうにつぶやく。

「試作機?初めて聞いたぞ?性能は?どれくらいだ?」

ペトリャコフが、目を見開き驚きながらヘルムートに問い詰める。

「これくらいです」

恥ずかしそうに、試作機のスペック表をペトリャコフに渡すヘルムートは、まるで教師に遅れた宿題を提出する小学生のようだった。

「ふむ、なかなかいい数値だな、司令部の要求した値をわずかに下回っているが」

渡されたスペック表に軽く目を通し、少し嬉しそうにペトリャコフは言った。

それを聞いたヘルムートは、弱々しく返す。

「下回っていたら駄目じゃないですかぁ」

「ふむ、このユニットは初飛行したのか?」

ペトリャコフがヘルムート顔をのぞきながら聞く。

「はい、私が直接試しました。10回ほど」

ヘルムートは唇を尖らせながら、恥ずかしそうに答えた。

「10回!!君はまだ飛べたのか!!」

ペトリャコフが驚いて椅子から崩れ落ちそうになりながら、聞く。

「私をまだ16歳です!魔力減衰まだしていません!」

ヘルムートが噛みつかん勢いで返す。

「そういえばそうだったな、忘れていたよ」

ペトリャコフは、噴出した汗をハンカチで拭きながら言う。

「それで、耐久試験はしたのかい?」

ペトリャコフはずれた眼鏡をかけ直しつつ聞く。

それに対してヘルムートはうつむきながら答える。

「10時間の耐久試験を5回行い、うち3回は成功、何とかもちました。ですが2回は」

「2回は?」

ペトリャコフが聞く。

「オーバーヒートで、稼働時間を8時間、過ぎた後で出力が急激に低下し、停止しました」

ヘルムートが悔しそうに、早口で一気に答える

「十分だ、十分すぎるよ、ムート、よくやったじゃないか」

ペトリャコフは様子で腕を組みながら感心した様子だ。

「そのあだ名、気に入りません」

ぽつりとヘルムートがつぶやく。

「ハハハ!そうかい!とにかく、コンペティションはこの試作機を出そう!これでいける」

心底嬉しそうに、ペトリャコフはまくし立てた。

「嫌です!こんな駄作機!!!認められません!!!!」

ムートは机をバンバンと、2回たたき叫ぶ。

「ふーん、そうかい?君は羽の生えたティーゲルでも作るつもりかい?」

ペトリャコフは頬杖を突きながらムートに聞き返した。

 

「羽の生えた重戦車?そんな物を作ってどうするのです?」

キョトンとした様子でムートは聞き返す。

それを聞いたペトリャコフは自分の髭を触りながら言う。

「君は今ティーゲルの様な高級車を作ろうとしているが、司令部が欲しいのは」

「欲しいのは?」

ムートが聞き返し。

「T-34の様な国民車だ、誰でも使える、丈夫なユニットだ」

へルームとも前にビッシっと人差し指を突き出しながらペトリャコフは言ったのだった。

「納得いきません」

ヘルムートは頬を膨らませながら言う。

「コンペティションの準備、頼んだよ。あと図面も部品表もすべて提出するように」

そう言うとペトリャコフは、上機嫌で会議室を後にする。

「いつまでも私を子ども扱いしないで、ペシュカおじさん」

誰もいなくなった、会議室でヘルムートは長い溜息をつく。二人の付き合いは長いようだ。

 

 

 

 

 




良ければ感想をくれるとうれしいです。


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二人の再会

時系列は全開の話の前の話です。
登場人物は同じ二人。

ヘルムート・ビッツ
元カールスラント軍所属の傷病軍人。オラーシャの設計局で開発主任を非公式に勤める。一度撃墜された彼女は、このユニットの開発を成功させ、再起を図る。
年齢16歳

ヴラジミール・ミハイル・ペトリャコフ
表向きの開発主任
おおらかな性格だが、仕事には厳しい。
ヘルムートの上司にあたる。
年齢60代


「中佐、お客様です。名前は、へルームト?女性です。そう、銀髪の、かしこまりました」

「突き当りを右に進んで、三番目の部屋にお進みください」

黒ぶちで眼鏡をかけたブロンドの女性が、丁寧にヘルムートを案内する。

「ありがとう」

そう答えたヘルムートの姿は痛々しいものだった、左腕はなく、足も自由に動かさないのか残った右手で松葉づえをついている。まるでさび付いて壊れたロボットのように、不満足になった五体を引きずるように、彼女は歩いていく。

「どうぞ、入ってきなさい」

焦げ茶色をした無機質な色をしたドアの向こうから、落ち着いた声がする。

「失礼します」

はっきりと力強いよく通った声で、返事をしたヘルムートは、松葉づえをわきに置いた後、しっかりとした足取りで、部屋に入っていく。

「おお、ムート久しぶりだな、何年振りか、大きくなった」

そういうと、白髪の大きな男は両手を広げ、ヘルムートを抱きしめるが、ヘルムートはそれを心底嫌がっていた。

「そろそろ放してください。熱いです、それにしっとりしていて不快です」

「相変わらず手厳しいな。その体は、撃墜されたのは本当だったのか、可哀そうに」

男はヘルムートの着ていた軍服の垂れ下がった左袖をつかみ、悲しそうにつぶやく。

「可哀そうではありません!こんな姿になったのも、すべて私が選択した結果です!同情される筋合いはありません!ペトチャコフ中佐!!」

ヘルムートは目に見開き、怒りをあらわにしながら叫ぶ。

「そうか、それは悪かった、気には相変わらず強い子だ」

ペトリャコフは落ち着いた返事をした後、ゆっくりと席に着く。

「座りなさい、そろそろ仕事に話をしよう」

「失礼します」

着席をすすめたペトリャコフにヘルムートは、素直に従う。

「君にはストライカーユニットの開発をやってもらう」

そう言うとペトリャコフは、DO NOT CPYの赤い判が押された資料をヘルムートに渡す。

「中佐、私はユニットを使ったり、整備したりは沢山しました。ですが..」

ヘルムートは渡された資料に軽く目を通した後に、顔を上げ何かを言いかける。

「司令部に提出された、君の論文を読んだよ、君は魔法力学に明るい」

ヘルムートの話を遮った後、ペトリャコフは腕組みをしながら、言う。

「片腕では、設計図は引けません」

とヘルムート

「君の代わりに設計図を引ける人間はいくらでもいる、用意しよう」

とペトリャコフがすぐに返す。

「設計の経験がありません」

ヘルムートがまた言い訳をする。

「嘘は良くないな、メッサーシェルフBF109アドルフ―フィーネ・ガランド専用機、あれを設計したのは君だろ?改造案とはいえ、美しい図面に綺麗な数値、実にいい仕事だった」

ペトリャコフはヘルムートを褒めちぎる。

「必要な物資と人員は?」

少し乗り気になるヘルムート。

「私がすべて用意しよう、責任をもって」

腕組みをしたままペトリャコフが答える。

「カールスラント軍機の図面が欲しいです。これは用意できないでしょう?」

口に手を当てた後、ヘルムートは試すように言った。

「君の「お母様」を頼れば、すべてそろう、そうだろ?」

口にくわえたパイプにマッチで火をつけながら、答えるペトリャコフ。

「じゃあ」

ヘルムートがまた何か言おうとした後、

「やるのか?やらないのか!」

ペトリャコフが短くはっきりと言った。

「やります!やらせていただきます!」

ヘルムートは背筋をピンと伸ばし思わず敬礼をしながら答えた。

「決まりだな、明日この場所に9時来るように」

そういうとペトリャコフは、メモを渡す。

「ありがとうございます。ところで今夜の宿は?」

ヘルムートが間抜けな返事をした。

「自分でとりなさい」

と突き放すペトリャコフ。

「お金がありません」

空っぽの財布をわざとらしく振りって見せるヘルムート。

「はぁ、その歳になっても小遣いをせびるのか、ほら」

財布の中身からいくらかを、ペトリャコフはヘルムートに渡す。

「ありがとうございます!おじさん。では失礼いたします」

金を受け取るやいなやヘルムートは短く敬礼をし、足早に部屋を去っていった。

 

 

 




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開発開始の幕が上がる

いよいよ開発が開始します。

ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァ
階級:中尉
本名はヘルムートビッツだが、ペトリャコフ中佐の姪として開発主任に抜擢される。

ヴラジミール・ミハイル・ペトリャコフ
階級:中佐
ペトリャコフ設計局の局長を務める。ナタリアの上司
年齢50代

国籍:オラーシャ人

アレクセイ・スタルノフ
ストライカーユニットの試作を担当、年齢40代
オラーシャ人

ロイ・カロラー
設計主任を務める
年齢40代
国籍:ガリア人



※本作品はあくまで「ストライカーユニットの開発」の話なので、戦闘シーンとかはありません。女の子同士のキャッキャうふふもありません。脂ぎったおっさんたちの血と汗と涙の物語り。まぁプロジェクトXをストライクウィッチーズの世界観で描いた作品だと思っていただければ。


「ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァ中尉、私の姪だ。よろしく頼む」

「開発計画のかじ取りを任されました。ナターシャですよろしくお願いします」

ペトリャコフ中佐がヘルムートを新たらしく用意した名前で紹介する。

「設計主任のロイ・カロラーです、ガリア人です。ストライカーユニットのユニットは初めてですが、双発の偵察機の設計経験が生かせるかと、ともに頑張りましょう」

眼鏡をかけた細身で少し年をとった男が丁寧な口調で答える。

「試作を担当する、アレクセイ・スタルノフだ。随分若い開発主任だな。まぁ何か作りたいものがあったら読んでくれ」

恰幅の良い中年の男が荒っぽく言った、どうやら彼は、ペトリャコフ中佐の「お友達人事」が気に入らないらしい。

「責任者はこれで全部だな、では開発計画の概要を説明しよう。

映写機が動き始め、ペトリャコフが話始める。

「今見ている映像は、Pe-2高速爆撃機だ。私が設計した機体だ。君たちにはこの機体をストライカーユニットにしてもらいたい」

映写機が写した映像は双発の爆撃機Pe-2の試験飛行映像だった。

「何か質問は?」

映像を止め、ペトリャコフが言う。

「はい!いくつか質問があります」

「言ってみなさい、ナタリア」

ペトリャコフがヘルムートを「偽の名前」で呼ぶ。

「開発期間は?」

「一年と言いたいところだが、ネウロイの進攻が当初の予想よりも激しい、半年で頼む」

「原型機のVI-100は設計から初飛行まで3年かかったんだ、無茶だよ、そんな突貫工事は」

試作機を作ったアレクセイがタバコをふかしながら言う。

「予算は?」

ロイが眼鏡をハンカチで拭きながら聞く、彼も乗り気ではないようだ。

「T-34が10台作れるほどの、予算は確保した」

ペトリャコフが口に咥えたパイプを大きくふかすと、そう言った。

「少なすぎます!ティーゲル10台でも少ないと感じるのに!司令部は何を考えているのですか!!」

ナターシャ(ヘルムート・ヴィッツ)がいきなり席を立ったかと思うと、机に手を叩きつけながら激昂した。それを見ていたほか設計主任のロイと試作担当のアレクセイの2人は驚いて、少し固まっているが、ナターシャは構わずペトリャコフに噛みつく。

「おじさん!私はストライカーユニットの開発は未経験ですから、開発費がどれくらいなのかは詳しく知りません。ですが、あの扶桑皇国のストライカーユニットの”零戦”、あれの開発費をご存知ですか?11億円ですよ!オラーシャルーブルに換算して7億ルーブル!」

「へぇ、そうなのか」

試作担当のアレクセイが博識なナターシャに思わず感心する。

ナターシャはアレクセイを一瞥した後、またペトリャコフを向きながら叫ぶように続ける

「それに開発期間は約2年間です半年なんて短時間で!ストライカーユニットの開発なんてできないのですよ!」

「おい、ナタリア?だっけ?ネェチャン。あんたが開発計画を仕切ってくれるのか?」

試作担当のアレクセイが、あごひげを撫でながらナターシャに質問する。

「そうです、私では開発主任は務まらないと思っているでしょう?ご心配なく、この開発計画は中止です!話にならない!」

ナターシャが苦虫をかみつぶしたかのような顔で答える。

「ペトリャコフの旦那!俺は乗るぜ!この開発計画はうまくいく。あんたの姪っ子は俺たちよりストライカーユニットに詳しい。ロイ!お前さんはどうする?」

試作担当のアレクセイは吸っていた紙巻き煙草を灰皿に押し付けながら、満足げに言った。

設計担当のロイは、眼鏡のつるをいじりながら言う。

「私もやらせていただきます。ナタリアさん、いくつか質問しても?」

「ええ、もちろんです」

ナターシャはおずおずと答える。

「あなたはなぜそんなにユニットに詳しいのです?零戦の開発費など、並みのウィッチでは知りえない情報です」

設計担当のロイは、口に手を当てた後、ナターシャに好奇心のまなざしを向けつつ、聞いた。

「撃墜される前、ブリタニアにある宮藤博士の研究施設に行ったことがあるのですよ、私。そこで宮藤博士に直接質問したら、快く答えてくださいました。ああなってしまったのは非常残念です」

ナターシャは自分の今までの経験を淡々と語る。

「すばらしい!あなたほど開発主任に適役な人は、今のヨーロッパを探してもいない」

いつの間にか口に咥えていた紙巻きタバコをふかしながら、設計担当のロイはナターシャに拍手喝采を送る。

そしてペトリャコフ中佐が、すっと立ち上がると高らかに宣言する。

「決まりだな!今このときより、新型ストライカーユニットPe-3の開発開始をここに宣言する!開発責任者は私、ヴラジミール・ミハイル・ペトリャコフ、開発主任は私の姪、ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァ中尉が務める。異論があるものは?」

「異論ないぜ!よろしく、ナターシャの嬢ちゃん」

試作担当のアレクセイは、笑いながら答える。

「私もやらせていただきます。ナタリア開発主任、これから半年間、ともに戦いましょう!」

設計担当のロイもとてもうれしそうに返事をした。

「ちょっと!私は異論ありますよ!この開発計画からは降ります!!やりませんからね!」

ナターシャを噛みつくように言ったが、その言葉を無視してペトリャコフは言った。

「異論はないな!!では諸君!半年の開発期間ネウロイから一人でも多くの人々を救うために闘おう!母なるオラーシャに勝利と繁栄を!!!!」

それにアレクセイとロイも呼応して叫ぶ。

「「オラーシャに勝利と繁栄を!!!」」

「恨んでやる~~~」

ナターシャだけが悔しそうに歯を食いしばっていた。こうして開発計画がスタートしたのだ。

 

 

 




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問題だらけの設計図

設計主任のロイ・カロラーが設計図を持ってきた、
それを見たナタリアはある問題に気付く

ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァ
階級:中尉
本名:ヘルムートビッツ
ペトリャコフ中佐の姪として開発主任に抜擢される。
年齢16歳
出身:カールスラント西部

ロイ・カロラー
設計主任を務める
35歳の時にモスクワ在住の若い女性と結婚、子供はなし。
年齢40代
出身:ガリア東部

ヴラジミール・ミハイル・ペトリャコフ
階級:中佐
ペトリャコフ設計局の局長を務める。ナタリアの上司
ナタリア(ヘルムート・ヴィッツ)とは長い付き合いで、彼女に偽の名前と開発主任の席を用意する。
ヘルムートとは長い付き合いで彼女に事を気にかけているようだ。
年齢60代


「ロイさん、引いてくれた設計図を見ました、いくつか質問があります」

ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァは少しため息をついた後、そう設計主任のロイ・カロラーに聞いた。

「ええどうぞ、何か不満そうですね。私が引いた図面に問題でも?」

ロイは少し驚いたのか、一瞬、目を丸くした後、口に手を当てそう答えた。

「まずここ、何でストライカーユニットにプロペラが付いているんですか?」

ナターシャは黒板に張り付けた図面を指で指しながらいった。

「それは、空を飛ぶからです、飛ぶためにはプロペラが必要でしょう、飛行機もストライカーユニットも」

ロイは自分の間違いに気づいていない様だ。

「ストライカーユニットにプロペラはついていません!ロイさんがプロペラと呼んでいるあれは、わかりやすく説明するとですね、魔動力エンジンから発生させた。言ってしまえば魔法力で作ったプロペラ、魔法力の塊みたいな物です!」

ナターシャは黒板に簡単な図を書きながら、ロイ・カロラーに講釈を垂れる。

「知らなかった、あのプロペラの様なものは魔法力で作っていたものだったんですね。シールドと同じように」

ロイは驚きを隠せないようで、手のひらで口を覆いながら返す。

「理解が早くて助かります。後は全体組立図に書いてあるここ、直径200×600mmの筒状の部品があるんですが、これは何です?」

ナターシャは黒板に貼られたA1サイズの大きな全体組立図を指さした。

「それは、ストライカーユニットにウィッチが足を入れるための部品ですね」

ロイは、その箇所には少し自信があるのかはっきりと答える。

「よいしょ!これはその部品に似た、ホウロウ製のごみ箱です。ロイさん、靴を履いたままでいいですから、この2つのごみ箱に足を入れてみてください」

ナターシャはわきに置いてあったごみ箱をロイの前に2つ並べるとそういった。

ロイは言われた通り、靴を履いたまま2つのごみ箱に足を入れる。

「はい、ストライカーユニットに足を入れました。ではそのまま離陸して空に飛び立つ、ことはできないので、足を上にあげてください」

ナターシャはロイに淡々と指示する。

「足を上げました、この行為に一体何の意味が?」

ロイはそういうと、ナターシャの目を見た。

「うーん、分かってくれませんか、このごみ箱を、飛行場を滑走するストライカーユニットだと思ってください。今度は私がこのストライカーユニットを履きます」

そう言うとナターシャは靴下と長ズボンを脱ぎだし、下半身だけ下着姿になった。

「ちょっと!ナタリア中尉!一体何を!」

ロイ・カロラーは驚き、思わず叫んだが、ナターシャはそれを無視しはだしのまま、2本の空ごみ箱に足を突っ込む。

「これからすることを見ていてください、もう一度言いますよ、このごみ箱がストライカーユニットです。クリストファー!お願い!」

そうナターシャが言うと、彼女からまだらのカラスの翼が頭の両側から飛び出る。そしてお尻からは尾羽がとでた!」やがて全身が青白い炎のようなものにつつまれる。

「では飛びます、私とストライカーユニットの位置に注目してください」

ナタリアはふわりと、薄暗く狭い会議室の天井まで手が届きそうなくらいの高さまで浮かび上がると、そのまま話始める。

「ロイさん!ごみ箱はどこにありますか」

天井近くまで浮いたままのナタリアは、驚き茫然とするロイに大きな声で聞いた。

「え?ああ、床の上にありますよ!」

ロイがナタリアに聞こえるように声を大きくしていった。

「ごみ箱がストライカーユニットだったら、ストライカーユニットは飛行場に置いてきぼりになって、私だけこうして飛ぶことになる!そう思えません?」

ナタリアは浮いたままはっきりと大きな声で、ロイに尋ねる。

「ああそうか!足が引っかかるような形状に変えないと、長靴のような形に!」

ロイ・カロラーはようやく自分の間違いを理解したのか、手を叩き納得した。

「よっと、その通りです、ストライカーユニットには魔法力で常に上へ上へと飛ぼうとすので、離陸してすぐに足から抜け落ちる。なんてことは稀です。しかし、空中で魔動力エンジンが一瞬だけ止まった時や、急旋回をした時に、ユニットが足から抜け落ちたり、勢いよくすっぽ抜ける。なんてことが起きたら困るんですよ。そうならないために、ユニットが足から離れないように工夫が必要なんです」

ゆっくりと床に着地したナタリアはズボンをはきながらロイに語った。

「ほぉ。勉強になりますな」

ロイ・カロラーは顎に手を当て感心する。

「一般的に足を入れる部品はジェラルミン製で、長靴のような形をしているので、「銀色の長靴」と呼ばれています。その長靴の内部には、スチールウール製の靴下を付けたり、ヘルメットの内側みたいに革製の輪っかを張って、そこに足を通したり、それぞれのメーカーで工夫しているんです。因みにメッサ―シェルフはスチールウールの靴下に足を通すタイプ、オラーシャのI-16は革製のベルトに足を通させるタイプですね」

ナターシャが長い靴下を、机に腰掛けながら履きつつロイに教えた。

「成程、勉強になりますな、ユニットの開発は航空機開発と勝手が違いますね、これは骨が折れる仕事になりそうだ」

ロイ・カロラーは頭をかきながら言った。

「せっかく組立図まで作ってもらって悪いんですが、やり直しです」

ナタリアは少し困った笑みを浮かべながら、ロイの肩に右手を置いて言う。

「knock!knock!!ナターシャここにいたか、頼まれていたものを持ってきたぞ、おい!この部屋に運び込んでくれ」

二人のいた会議室にペトチャコフ中佐とその部下が次々と、茶色紙に包まれた四角い塊を運び込む。

「おじさん何ですか?これは?」

ナターシャは呆気にとられた様子でペトリャコフに聞いた。

「ほら、頼まれていたストライカーユニットの図面だよ」

ペトリャコフは茶色い包み紙を破き、中の図面をナタリアに渡しながら言った。

「これ何機種あるんです?」

ロイ・カロラー頭を抱えながらペトリャコフに尋ねる。

「知らん。私は予算確保に奔走しなければならんのでね、部下はここに置いていくから使ってくれ、それでは頑張ってくれよ」

そう言うとペトリャコフは部下を置いて、そそくさと部屋を出て行った。残されたのは2人と5人の手すきの兵士。

「えーと、あった、図面のリスト、どれどれ、リベリオンからP-40とF4F、カールスラントからはBF-109とシュトゥーカJu-87、ブリタニアのハリケーンとスピットファイアその他色々あるのね、図面の整理、しないといけませんね」

ナターシャは落ち着いた様子でロイに言った。

「私の部下が手を空けていますから、彼らとこの兵隊さんたちにやらせましょう」

ロイは山と積まれた図面の包みを解きながら言った。

「その間私とロイさんで、設計の再検討ですね」

ナターシャは先ほどまで黒板に広げられていた図面をくるくると丸めながら言う。

「いつまでに仕上げたらいいですか?組立図は」

ため息交じりの疲れ切った声を出しながら、ロイはナターシャに尋ねる。

「明日から試作に入りたいので、今日中に終わるよう頑張りましょう!」

ナターシャは自信に満ちた顔でロイに言い放つ。

「今日は残業ですね、妻に電話しなくては」

ロイ・カロラーは何度目かわからないため息をついた。

 

 

 

 




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試作開始

ようやく試作、しかし3人が作り始めたのは、ストライカーユニットではなかった。

登場人物

ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァ
階級:中尉
本名:ヘルムートビッツ
ワイト島付近でネウロイと交戦し、相打ち、撃墜され漂流した経験がある。
現在はその時の名前と身分を隠し、オラーシャに亡命している。
ペトリャコフ中佐の姪として開発主任に抜擢される。
年齢16歳
出身:カールスラント西部

ロイ・カロラー
設計主任を務める
ガリアからモスクワの設計局に出向してきた。
35歳の時に彼にロシア語を教えていた若い女性講師と結婚、子供はなし。
年齢40代
出身:ガリア東部

アレクセイ・ヒョードルヴィチ・スタルノフ
ストライカーユニットの試作を担当、年齢40代
オストマルクマルク出身の若い女性と結婚
本人は一生独身を貫ぬくつもりだったが、移民の女性とモスクワで出会い、
面倒を見ているうちに仲が深まる。周囲の勧めもあり最近結婚した。
しかし、飲んだくれで中々家に帰らないため、妻にさみしい思いをさせている。
オラーシャ人




「よし!組立図を確認しました。問題ありません。試作はこれで行きましょう」

うっすらと東の空から日の出の気配が感じ始めるころ、ナタリアは机に広げられた組み立て設計図に朱書きをし終え、微笑んだ。

「良かった、今何時です?」

設計主任のロイ・カロラーは憔悴しきった顔で言った。

「え~と、5時ですね、日の出の前に、間に合いました」

ナタリアは胸ポケットから取り出した銀色の懐中時計見ながら言う。それは彼女の死んだ父親から送られた形見だ。

「良かった、今帰れば、妻と一緒に朝食がとれる」

そういうと、ロイ・カロラーは帰り支度を始める。

「13時からアレクセイさんと試作開始の打ち合わせをやるので、出席してくださいね~」

ナタリアは床に突っ伏したままロイに言った。

「わかりました、場所は?」

ロイ・カロラーは一瞬足を止め、ナタリアに聞く。

「試作工房の黒板があるとこです」

机に突っ伏したまま、ナタリアが続けて言う。

「試作工房に13時ですね。ナタリアさん、図面の保管と複製をお願いしますね」

そういうと、ロイ・カロラーは足早に設計室を後にした。

「うぅ、そうだった、図面の複製をしなきゃ。もうひと頑張り!」

そう言うとナタリアはトレーシングペーパーに線を引き始めるのだった。

これがストライカーユニットか、む!おい!プロペラがないじゃんかよ!」

アレクセイが工房の黒板に貼られたブループリントを指さし言った。

「え~と、アレクセイさん」

気怠そうにナタリアが説明しようとするが、それを遮るように、ロイがきのう知ったばかりに知識をアレクセイにひけらかす。

「アレクセイ、ストライカーユニットにはプロペラが必要ないんだ、ウィッチは魔力でプロペラを作れるからな」

「ん!?そうなのか、知らなかったぞ。この長靴みたいな部品は足を入れるための物か?」

アレクセイは図面を指さしナタリアに聞く。

「その通り!理解が早くて助かります!」

ナタリアが嬉しそうに答える。

「で?こいつをいつまでに作ればいいんだ?」

腕組みをしながら、アレクセイがナタリアに聞いた。

「2週間でお願いします」

ナタリアは親指と人差し指で2を作ってアレクセイの前に突き出す。

「無理だな、急いで3か月だ」

アレクセイは自分の指で3つ数えながらそう返す。

「じゃぁひと月で!初飛行まで!」

ナタリアが食らいつかんばかりの勢いでアレクセイに言った。

「無理だと言ってるだろ!部品図があるならまだしも!組図だけでひと月は無理だ!」

アレクセイはナタリアにつばを吹きかけるような勢いで叫ぶ。

「アレクセイ、何とかひと月でできないか?試作1号機が早くできれば、それだけいいものが開発できるだろう?」

ロイが落ち着いた様子で、アレクセイにさとす。

「お嬢さんが試作の舵取りをしてくれるなら、やってもいい、若い連中もやる気を出すだろう。だが、そのためにはその左腕を何とかしないとな」

アレクセイは肘から先のない、ナタリアに左腕を見て言った。

「本物の手のように指まで動く義手があれば、試作を手伝えるんですが」

ナタリアがまた困ったような愛想笑いを浮かべ、アレクセイに言った。

「なら、作りましょう!その義手。図面は手が空いている私が書きましょう」

ロイが少年のように目を輝かせながら言った。

「それだ!お嬢ちゃんはウィッチだろ?だったら魔法力で動く義手を作ればいい!」

アレクセイがにやりと笑いロイの提案に乗る。

「確かに私にはまだ魔法力があります、ですが魔法力で動く義手なんて聞いたことありませんよ!もしできたら、世界最小のストライカーユニットになる」

ナタリアがはっきりと無理だと二人に告げた。

「世界最小のストライカーユニットか、いいじゃないか!こう見えて俺は手先が器用でね、趣味で腕時計を作ってるんだよ、図面をロイに引いてもらってな」

アレクセイがいたずらを考え付いた子供の様に笑いながら言った。

「腕時計と魔法力で動く、いわゆる魔動機械では勝手が違います」

ナタリアが大きめな声を出してアレクセイに言った。

「やってみなきゃ分からんだろ?やる前から諦めてどうする」

アレクセイはまたニヤニヤと笑いながらナタリアに言った。

「1週間です、それ以上時間はかけられませんよ」

ナタリアがため息をつきながら言った。

「よし!俺は使えそうな部材を集める、お前らはポンチ絵でも書いといてくれ」

アレクセイは鼻歌交じりで、鉄くずの山を漁りだ、必要な工具を机に並べ始める。

「では、私たちは魔法力学の計算とポンチ絵の描き始めましょう」

そう言うとロイはノートとケントを広げ始める。

「ではまずは外形の大きさを決めましょう。巻き尺は、あった。これで腕を図っていきます」

ナタリアは上着を脱ぎ、下着姿になると、短くなった腕の長さを図り始める、それを見たロイはもう驚いたりはしなかった。

カタカタカタ、高級時計の様な丁寧の音を立てながら、ジュラルミン製の義手の指が正確に動いている。ナタリアの新しい腕が出来上がったのだ。

「よし!指の稼働はピアノ線で引っ張る形にして正解だな!巻き取り機もうまく動いてる」

アレクセイが出来上がった義手の挙動を見て満足そうに言った。

「まさか趣味の時計作りが役に立つとは、ナタリアさん新しい腕の具合どうですか?」

ロイが驚いた様子でナタリアに聞く。自分たちが作った義手がここまで正確に動くとは思っていなかったのだ。

「すごいです!元の腕よりも自由に!それに正確に動きます!!指が動くだけでもすごいのに!手首やひじの関節まで動くなんて!!」

ナタリアは新しい自転車をプレゼントされた少年のように、興奮しはしゃぐ。

「それはあんたが作った「最小のストライカーユニット」のおかげで出来たことだ。すごいのはあんただよ、ナターシャ」

アレクセイが初めてなナターシャの名前を呼んだ。

「そう褒めても何も出てきませんよ。あれ?そういえばこれ作るのに何日かかりました?」

ナタリアがあることに気づく、この義手の開発に2週間もかかっていたのだ。

「よし!ひと仕事終わったんだ。飲みに行くかな」

アレクセイが工具を片付け、帰り支度を始める。

「私は家に帰られてもらうよ、もう2週間も家に帰ってないんだ、奥さんに何か買って帰るかな、あ!」

ロイが作業着から普段着に着替え始めたあと、気づく。

「そうですよ!2週間です!2週間たったのにユニットの試作が手付かずです!」

重大な問題に気付いたナタリアが2人を引き留めようとする。

「「また明日!!」」

ロイとアレクセイは息を合わせたかのように言うと、逃げるように走り出し、帰っていった。

「ちょっと!帰らないで!逃げないで!裏切者~~」

モスクワの街に差す夕焼けに、消えてゆく二人の影を見ながら、ナタリアは叫ぶのだった。

 




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贈り物と彼女の過去

遂に動き出したストライカーユニットの試作、そんなとき、ペトリャコフ中佐から「贈り物」が届く。

登場人物

ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァ
階級:中尉
本名:ヘルムートビッツ
ワイト島付近でネウロイと交戦し、相打ち、撃墜され漂流した経験がある。
現在はその時の名前と身分を隠し、オラーシャに亡命している。
ペトリャコフ中佐の姪として開発主任に抜擢される。
年齢16歳
出身:カールスラント西部

ロイ・カロラー
設計主任を務める
ガリアからモスクワの設計局に出向してきた。
35歳の時に彼にロシア語を教えていた若い女性講師と結婚、子供はなし。
年齢40代
出身:ガリア東部

アレクセイ・ヒョードルヴィチ・スタルノフ
ストライカーユニットの試作を担当、年齢40代
オストマルクマルク出身の若い女性と結婚
本人は一生独身を貫ぬくつもりだったが、移民の女性とモスクワで出会い、
面倒を見ているうちに仲が深まる。周囲の勧めもあり最近結婚した。
しかし、飲んだくれで中々家に帰らないため、妻にさみしい思いをさせている。
オラーシャ人

ヴラジミール・ミハイル・ペトリャコフ
階級:中佐
ペトリャコフ設計局の局長を務める。ナタリアの上司
ナタリア(ヘルムート・ヴィッツ)とは長い付き合いで、彼女に偽の名前と開発主任の席を用意する。
ヘルムートとは長い付き合いで彼女に事を気にかけているようだ。
年齢60代



「では、今日から試作をはじめますよ、いいですね二人とも」

太陽がモスクワに東に昇りきった頃、試作室にいつもの三人が集ると、ナタリアが言った。

「ああ!いつでもいいぜ、ナターシャ。で?何から作る?」

試作担当のアレクセイが威勢よくそう答える。

「そのことなんですが、ロイさん。部品図の進捗は?」

ナタリアが設計主任のロイ・カロラーに聞いた。

「私たちが2週間、義手を作っている間に、私の部下が部品図を一通り引いてくれました。もちろんパーツリストもね」

ロイが眼鏡の山を指でぐいと押し上げると、そう言った。

「では、まずは最も重要で、もっとも作るのが難しいエンジンからです」

ナタリアは黒板にチョークにストライカーユニットのポンチ絵をかきながら言った。

「わかった、エンジンだな。しかし機体の方はあと回しでいいのか?若い連中を機体の試作に、何人か回そうか?」

アレクセイがナタリアに聞く。

「いえ、まずはエンジンの開発に集中しましょう。ユニットの機体は、言ってしまえばジュラルミン製の大きな箱のようなものです。作るのに苦労するのは、降着装置くらいですよ」

ナタリアはアレクセイの質問に対し、長々と答える。

「ただの箱だって?機体が?エルロンとラダーとエレベーターがいるだろ?ただの箱なんてことは無いだろ?」

アレクセイはナタリアの答えが引っかかるようでまた質問をした。

「ユニットには、エルロンもラダーもエレベーターもありませんよ。必要ないですから」

ナタリアが今度は短く答えた。

「アレクセイ、もう一度、組立図をみよう。補助翼や、方向舵がついていないだろう」

ロイが組立図を指さしながら言った。

「確かに、尾翼や主翼はあるが、エルロンもラダーもエレベーターも見当たらないな」

アレクセイは組立図をみながら、首をかしげ言った。

「その理由は、飛行機は揚力で飛びますが、ストライカーユニットは魔法力で飛ぶからです」

ナタリアは堂々とアレクセイに言った。

「なんだそれ?分からん、詳しく説明してくれ」

アレクセイは口を曲げ、また首をかしげ言った。

「え!えーっと、ほら!オラーシャの魔女、バーバ・ヤーガは木の臼に乗っかって飛ぶでしょ?ウィッチはほうきや木臼でも、飛ぼうと思えば飛べるんですよ、ストライカーユニットがこの形をしているのは、魔法力学で計算した結果、翼をつけた方がよく飛ぶと分かったから、こんな形をしているんです」

ナタリアはアレクセイの思わぬ反撃にあわて、ひどく動揺し、何もない空間でろくろを回すように両手をわたわた動かし、アレクセイに何とか説明する。

「うん、成程、つまりユニットにとって、機体はただの箱で、翼はただの飾りってわけか」

アレクセイはまた組立図をみながらそう言った。

「翼は飾りというわけではないですが、今はその認識でいいです」

ナタリアは困った顔で、頬を指でかきながら答える。

「ナターシャ!!ナターシャはここにいるのか?」

工房に大きな声が響きをわたる。ペトリャコフ中佐が来たのだ。

「はい!ここにいますよ!」

ナタリアが負けじと大きな声で答える。

「ここにいたか、頼まれていた物、持ってきたぞ。ようやく持ち主に返すことができた」

そう言うと、ペトリャコフは大きな木箱を部下に運んでこさせる。

「頼まれていたもの?とりあえず開けましょう。バールは~ああ、ありがとうございます」

そう言うと、ナタリアは木箱を開ける、中身は銀色に輝く、ストライカーユニットだった。

「シルバースピットじゃないか!どうしてこんなところに!」

アレクセイがストライカーユニットを見ると、驚きを隠せないようでそう言った。

「あら、この子を知っているんですか?」

ナタリアが、冷たい視線でアレクセイを見た。

「撃墜された伝説のウィッチ、ヘルムート・ヴィッツの愛機、誰でも知っていますよ」

ロイは興奮する自分を何とか抑えながら、言う。

「そうだ、彼女が装備していた銀色のスピットファイア、3機あった内の1機だ」

ペトリャコフが落ち着いた様子で言った。いつの間にか降った雨の音につつまれた工房の中には、4人以外に人は誰もいなくなっていた。ペトリャコフが人払いをさせたのだ。

「こんながらくた、持ってこなくてよかったのに」

ナタリアがうつむきながらぽつりと言った。

「君の愛機だろ?ヘルムート、ヘルムート・ヴィッツ少佐」

ペトリャコフはわざとらしく、ナタリアを「本当の名前」で呼んだ。

「待ってくれ!状況が呑み込めない!このお嬢さんは、先日撃墜された伝説のエースってことですか?そのエースが!何でこんなところにいるんですか!」

ひどく動揺した様子で、ロイが聞く。

「おっしゃる通り、私の本当の名前はヘルムート・ヴィッツ、ネウロイに撃墜されるまでは、カールスラント軍のウィッチでした。名前を変えここにいる理由は」

うつむきながら言葉に詰まるナタリアを見かね、ペトリャコフが口を開いた。

「この子が名前を変え、ここにいる理由は私だけが知っている。だが教えられない。無論この秘密はここにいる4人だけのものだ、ラーゲリにぶち込まれたくないなら、墓場まで持って行ってくれ、分かったな、ふたりとも」

「ダー、口をナイフで裂かれても、言うつもりはねぇよ」

アレクセイが短く、力強く答える。

「ウィ、聞かなかったことにします。ですが一つだけ、ヘルムートさんに言いたいことがあります」

ロイがこわばった顔でナタリアに言った。

「どうぞ」

ナタリアはようやく顔を上げ、ロイにこたえた。

「オストマルクからの撤退戦、私の弟が、あなたに幾度となく命を救われたそうです。今も弟がブリタニアで生きているのは、あなたのおかげだ。ありがとう」

ロイは優しく微笑む。

「そんなこと、言われるのは久しぶりです」

ナタリアは瞳に浮かべたに涙がこぼれないように、恥ずかしそうに上を向く。

「感動劇は終わったか?そろそろ仕事に戻ってくれ」

2人を面白くなさそうに見ていたペトリャコフが水を差すように言った。

「あんたは相変わらずいい性格だな、俺たちは3人で宜しくやるから、さっさと自分の仕事場に戻りやがれ!」

そう言うとアレクセイが、ペトリャコフを工房から追い出す。

「さて、ナターシャの嬢ちゃん!このシルバースピット!どうするつもりだ?」

アレクセイが目を輝かせながら、箱から出されたスピットファイアをベタベタと触りながらナタリアに聞いた。

「もちろんバラします。ねじ一本に至るまで分解して、タグをつけて床一面に並べ、また組み立てる。これを繰り返しましょう。まずはエンジンから」

ナタリアが笑いながら言った。

「エンジンの開発ではよくやることですが、少しもったいない気もしますね」

ロイが苦笑いしながら言う。

「俺は大賛成だ!一度マーリンエンジンをバラしたかったんだ!うちの若い連中にも手伝わせよう!」

アレクセイは乗り気のようだ。

「念のため、機体を地味な色で、塗装しましょう。これでは目立ちますから」

ナタリアが塗料缶とエアブラシを持ってくる。

「もったいないが仕方がないな、オラーシャらしい冬季迷彩を塗ろうぜ!」

アレクセイは張り切りながら、白色の塗料缶を持ってくる。

「私はオラーシャの国籍マークと、赤い稲妻のマークを入れましょう。エースらしくね」

ロイは筆と切り抜いた新聞紙を持ってくる。

「地味な見た目にしてください!あ!いきなり下地塗りだした!灰色!ださい!」

大の男2人が急に張り切りだし、テキパキと銀色のストライカーユニットを塗りつぶしていく、ナタリアはそんな二人を、文句を言いながら手伝うのだった。

 

 




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今調べて分かったことですが、モスクワはストライクウィッチーズの世界では陥落してたんですね...
正直その設定は理解に苦しみます。だってモスクワは絶対防衛都市で、モスクワ陥落=ソヴィエト降伏からのスラブ民族のウラル以東追放はHoi4プレーヤーの鉄板になっているんですから。
まぁ嘆いていても仕方がない。幸いモスクワの陥落の年数は調べても出てこなかったので、1940年末としましょう。因みにヘルムート・ヴィッツのモデルとなった「ヘルムート・ヴィック少佐」は1940年末に海上で行方不明になっているので、彼女が撃墜された年は1939年末としましょう。これで何とか、何とかつじつまが合うはず!
ガンダムなどにも言えることですが、軽々しく設定を追加するのはやめてほしいものです。さすがに史実とかけ離れた設定はどうかと思いますw
というわけで次回は、モスクワにネウロイの影が迫り、開発が急ピッチで進みます。


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プロトタイプ!!エンジンは骨董品

いよいよエンジンの開発に乗り出す3人ですが開発は一発でうまく決まるものではありません。


「えーと、記念すべき試作エンジン1号機完成しましたが、性能チェックをする前に、ひとこと言いたいことがあります」

汚れた作業服に身を包んだナタリアが、目の前にある今組みあがったばかりの魔導エンジンを見ながら言った。

「何が問題あるんだ?まだ動かしてもいないぞ」

試作責任者のアレクセイが不満そうな顔をしてそう言った。

「どう考えても大きすぎるね、私の設計ではエンジンの外径は20mmだったけど、いざ作ってみたら、どれどれ、ざっと50mmはあるな」

設計主任ロイ・カロラーがスケールでエンジンを計りながら言った。

「この大きさでは背中に背負わなければ使えません。先の大戦レベルですね。骨董品のストライカーユニットじゃあ、ペトリャコフ中佐は納得しませんよ」

ナタリアは魔導エンジンを抱えながら、アレクセイに文句を言う。

「わかった、確かにこいつはバカでかい。だがな、せっかく作ったんだ。動かしてみたっていいだろう?」

アレクセイは自作した台にエンジンを載せ、速度計をつなぐ。

「私に動かせと?」

ナタリアがため息をつきながら言う。

「私からも頼むよ。どれくらいの速度が出るのか、再設計のために知る必要がありますから」

ロイが記録の準備を整えて言う。

「わかりました、では1時間だけ、動かします、クリストファー!!」

父親から引き継いだ使い魔の名前を呼ぶと、ナタリアはまた青白い炎に包まれる。取り付けたスターターの魔導モーターが動き出すと、魔力で出来たプロペラが浮かび上がり、それはゆっくりと回り始めた。徐々に回転が速くなり、やがて魔動力エンジンは行進曲のように、狂いのない正確なリズムを刻み始める。

「400!450!500!少しゆっくり!510!520!530!そのまま!」

アレクセイが速度計をにらみながら、ナタリアに細かく指示を出す。

「む!うぅ、久しぶりですよ!ユニット動かすの!」

ナタリアは耐熱手袋をはめた右手でエンジンをつかみながら、苦しそうにエンジンに魔力を送りつづける。

「我慢してくれ。ロイ!何秒かかった?」

アレクセイが短く言った。

「600!少し遅いが、まぁ良いだろう」 

ロイが秒時計を読み上げる。

「600は掛かりすぎです!300でスクランブルするんですから!」

ナタリアが右手でエンジンを動かしながら言った。

「もう十分だ!止めていいぞ!ナターシャ」

アレクセイは必死にエンジンを動かすナタリアに言った。

「もういいんですか?まだ30分も経ってないですよ。アチチチ」

ナタリアはやけどをしかけている、右手をプラプラ振りながら言った。

「試運転ならこんなもんだろう、十分だ」

アレクセイは満足そうに言う。

「当初の目標の最高速度500km/hは出ましたが、課題は小型化ですね」

ナタリアはまだ熱いエンジンを見ながら言う。

「このエンジンの部品は鋳造で作っているよね?機械加工の削りだしにしたら?」

ロイが提案する。

「手間がかかっちまうし、量産コストも上がるから、鋳造で作りたいが仕方ないな」

アレクセイが渋々提案を飲む。

「プロトタイプはなんでも手作りでしょ!飛行機もストライカーユニットも!」

ナタリアが調子のいい軽口をたたくが、それを二人は無視した。

「ナターシャ、機体の試作も始めたいが、うちの若い連中を使って作ってくれるか?」

アレクセイが壁に貼られた進捗管理表を一瞥するとそう言った。

「ああ、確かに器がなければ、試験飛行はできませんからね。やりましょう」

ナタリアがアレクセイの指示を理解し、答える。

「私とアレクセイはエンジンの設計と試作のやり直しだね。課題は小型化と立ち上がりか」

ロイが顎に手を当てながら言った。

「エンジンの加速を速くしたければ、やはり性能のいい魔導モーターが不可欠ですね」

ナタリアが食らいつくように言った。

「この魔導モーターってやつは、普通のスターターモーターとどう違うんだ?」

アレクセイが、始動用の魔導モーターを指さしながらナタリアに聞く。

「ああ、それはですね、普通のモーターは電気で動きますが、この魔導モーターは魔力で動きます。一番の違いはそこですね。あと電気はバッテリーに蓄電できますが、魔法力は体の外には貯められません。魔法力バッテリーなんて物も今はありませんね。もし開発することができれば、戦艦や戦車がシールドを張れるようになって、戦場ががらりと変わるかも」

ナタリアが長々と説明する。

「で?つまるところ何だ?これは?」

コンコンとスターターを叩いてアレクセイが聞く。

「ああ、私の義手に使われた「世界最小のストライカーユニット」がこれですね。微弱な魔法力を一瞬で増幅して、エンジンの始動に必要な魔力を確保する」

今度は少し要点をまとめて、ナタリアが話す。

「最初からそう言ってくれよ…」

ロイが思わずそうこぼす。

「すみません」

ナタリアはバツが悪そうに言った。

「よし!疑問が解決したところで手を動かすぞ!ネウロイは待っちゃくれねぇからな!」

アレクセイが檄を飛ばし、皆テキパキと動き始める。設計し作って再設計しまた作る。設計開発は地道な仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ナターシャの年齢を若くしました25歳は年取りすぎてたのでwww


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感情的な戦争とロシア的な人事

今回は感情的なお話

ヘルムート・ビッツ
元カールスラント軍所属の傷病軍人。オラーシャの設計局で開発主任を非公式に勤める。一度撃墜された彼女は、このユニットの開発を成功させ、再起を図る。
年齢16歳

ヴラジミール・ミハイル・ペトリャコフ
表向きの開発主任
おおらかな性格だが、仕事には厳しい。
ヘルムートの上司にあたる。
年齢54歳
ナタリアという10歳の孫がいる


「主翼部分はちゃんとDボックス構造にして下さい。強度が欲しいので」

ナタリアが若い作業員たちに細かく指示を出している。アレクセイの部下たちだ。

「ナタリアさん、ここはリベット止めですか?それともねじ止め?」

作業員の一人がナタリアに質問する。

「M3の皿リベットでお願いします。緩んではダメなので、基本的な作り方は飛行機と同じ。できるだけネジは使わないで、溶接とビス止めで作りましょう」

ナタリアは立て板に水のように指示を飛ばす。

「わかりました、すぐに始めます」

作業員が答える。

「おお!やっているな、ナターシャ」

ペトリャコフ中佐が大きな体をノッシノッシと揺らしながら工房に入ってきた。

「中佐、何しに来たんですか?その巨体で入られては邪魔です」

ナタリアが嫌味を言った。

「開発に励んでいる君たちを激励!と言いたいこところだが、悪い知らせだ」

ペトリャコフ中佐が眉間にしわを寄せ言う。

「聞きたくありません。皆さん!作業を再開してください」

ナタリアがわざと大きな声を上げて、作業員たちに指示を出す。

「この奥の部屋で話そう、あまり若いのに聞かせたくない話だ」

鉄の扉を開け、ペトリャコフがナタリアを招く。

「ネウロイがドニエプル川に到達した、この意味が分かるな?」

ペトリャコフがナタリアに現実を告げる。

「ドニエプル川はライン川と同様、防衛の要であることは理解しています」

ナタリアが短く答える。

「先の大戦のネウロイが相手であれば、ドニエプル川で侵攻は止まるだろう」

ペトリャコフが言う

「今のネウロイはまさに空飛ぶ戦艦、マンハイムは、私の故郷は一瞬で火の海です。ファーターも奴らに焼き殺された」

ヘルムートは歯を食いしばりながら、瞳に憎しみの炎を宿していた。

「その空飛ぶ戦艦からしたら、陸軍1個師団もアリの群れに等しい。戦況は芳しくない」

ペトリャコフが一枚の写真をヘルムートに渡す。空を覆う巨大なネウロイの写真だ。

「私にどうしろと?」

ヘルムートは写真を突き返しながらそう言った。

「もし君が負傷していなければ、今すぐ空に上がれと言っただろう。君はこの化け物を38機も撃墜している。単独でだ!君の力があれば、戦局はこちら側に傾く!多くの将兵を救える!君は奇跡を起こせる!ミュンヘンやダンケルクで起こしたように!」

ペトリャコフは興奮した様子でナタリアの肩をつかみ、そう叫んだ。

「そうしてまた、あなた達は私を使いつぶすつもりなのですね」

ヘルムートが冷たく言うと、ガタリと音を立てて、左肩にはめていた義手が落ちる。

「すまない、孫がな、ウィッチになったんだよ、ナタリアが、あの子が死んだらと思うと、君のようにネウロイに身を焼かれると思うと、何にでもすがりつきたくなる」

ペトリャコフはいつの間にか取り出したタバコをくわえ、吸い始める。

「ここは禁煙です」

ヘルムートが短く言った。

「今は吸わせてくれ。君はストライカーユニットの開発を急げ。司令部はモスクワの放棄を考えている」

煙草をふかしながらペトリャコフは言った。

「モスクワを放棄してどこに行くんですか?この町の200万人の人々は」

ヘルムートが淡々と聞く。

「ウラル山脈の向こう側に、リベリオンと扶桑の支援を受けながら、ウラジオストックに楽園を作るそうだ」

ペトリャコフがあきれて笑いながら言った。

「狂っていますね。お偉いさんの頭には脳みその代わりに、雪でも詰まっているんですか?」

ヘルムートがため息をつくとそう言った。

「お孫さん、ナタリアちゃん、おじさんの言い方だとまだ訓練兵でしょう。配属が決まってないなら、テストパイロットとして、ここに受け入れては?」

ヘルムートが提案する。

「いいのか?確かに訓練兵だが」

ペトリャコフが驚いた様子で聞き返す。

「今の私はネウロイを怖がっているだけの臆病者で、戦うことはできません。ですが訓練兵の面倒を見ることはできます。訓練を終えた後は、ヨアヒムの護衛部隊にでも預ければ、ドニエプル川に送られるよりは、生存率は高いでしょうね。どうします?」

ヘルムートは義手をいじくりながら言う。

「頼む!孫を是非使ってくれ!一人前のウィッチの育ててくれ!君に育てられたウィッチは皆エースになると評判だろう!クルピンスキーやロスマンいように!」

ペトリャコフはヘルムートの手を握り激しく上下に、振りながら言った。

「クルピンスキーはガランドの部下で、ロスマンはラルの部下です。私とのかかわりは全くありませんよ。私が育てたウィッチは皆、ネウロイに焼き殺されましたから。それでもいいんですね?私にナタリアを預けても」

ヘルムートが脅すように言った。

「そうだったのか、だがよろしく頼む。君以上のウィッチを、私は知らないからな」

真っ直ぐとヘルムートの目を見てペトリャコフは言った。

「では引き受けましょう」

ゆっくりとヘルムートが言った。

「明後日でもここに来させよう!よろしく頼むよ!」

そう言うとペトリャコフは軍帽をかぶり直し、ゆっくりと工房を後にするのだった。

「良かった、そろそろ一人ではきつくなってきたところだし、何とかお孫さんのおみ足をふっ飛ばさないエンジンを作らないと」

そう言うとヘルムートは大きく伸びをし、また作業員に指示を出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、教官を安請け合いする。ヘルムートなのでした。


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モスクワに迫る影、今私たちにできることは

今回は会話劇、ヘルムートが終始演説して終わりりますw


「最大外径が200mmよし!サイズは問題ありません!後はこのエンジンがちゃんと動くかですね」

ヘルムートは鉄尺で組み上がったエンジン試作3号機のサイズを計り微笑む。

「おう!ここまで小さくするのには苦労したぜ!部品も小いせえし、組み立ても自作の工具を使わなくちゃできねぇ!お前さんが持ってきた特製の工具がなかったらできなかった!」

エンジンを試作したアレクセイが誇らしげに言った。

「うん、欲を言えばもっとたくさんの試作したかったのですが、今の戦況ではこれ以上エンジンの開発には時間をかけられません。残念ですがね」

ヘルムートは少し悲しそうな笑顔を浮かべ、そう言った。工房内の皆がざわつき始める。

「戦況?ネウロイはどこまで来ているんですか?」

設計者のロイが聞く。彼らは何も知らないのだ。

「落ち着いて聞いてください。ドニエプル川を越え、ここに来ます」

ヘルムートがそう言うと、皆一斉に騒ぎ出す。お互いに顔を見合わせ、呆然とする者もいれば、ふざけるなと大声で癇癪を上げるものもいた。急いで工房から逃げ出そうとする者が何人か出始めたころ、工房の出口から大きな声で叫ぶ大男がいた。

「ストーイ!!!皆動くな!動けばこの兵士たちが貴様らを機関銃で撃ち殺す!」

ペトリャコフ中佐が来たのだ。彼はモシン・ナガンやDP28軽機関銃で武装した、屈強な兵士たちを引き連れている。

「これがオラーシャ軍のやり方ですか?」

集団の先頭にいたヘルムートが言う。

「そうだ。やってくれたなヘルムート中尉。もし今の事実がモスクワの市民に広まったら、どうなるか想像はできなかったのか?」

ペトリャコフはシガレットを取り出しながら言う。

「市内は大混乱、皆がモスクワから逃げ出そうとして、死者も出るでしょうね」

落ち着いた様子でヘルムートは言う。

「ではなぜ!こいつらに話した!ここには30人の作業員がいるんだぞ!」

ペトリャコフが激怒する。確かに狭い工房内は設計担当と試作担当の作業員であふれていた。

「何も知らずネウロイに焼き殺されるよりは!逃げようと必死に、あがいて死んだほうがましだからです!」

ヘルムートは銀色の義手を振りかざしながら、演説を始めた。

「私の故郷と父がネウロイに焼かれたのは、カースラント政府が住民に避難を呼びかけなかったからです!今のオラーシャ政府と同じように!意図的に情報を隠したからです!私がミュンヘンを守ろうとネウロイと戦っていたころ!故郷は焼かれていた!マンネハイム町の人たちはネウロイになぶり殺しにされた!父は一人でも多くの住民を逃がそうと戦い、その最中に瓦礫に足をつぶされ、動くこともできず、火事でゆっくりと焼き殺された!父とともに戦ったクルツ中尉が教えてくれました。父はあの日からずっと故郷のマンハイムで、がれきの山に埋もれたまま。モスクワに住むあなたたちは、その地獄を味わいたいのですか?」

皆ヘルムートの演説に引き込まれ、聞き入っていた。銃を向けていた兵士も、立ち尽くしていたロイも、騒ぎを鎮圧しようとしたペトリャコフも、かんしゃくを起こし、暴れていたアレクセイでさえ、皆沈黙している。火の海となるモスクワ、何もできず殺されていく自分たちと家族、その光景を想像すらしたくないのだ。

「で?あなたたちはどうするんです?どうしたいのですか?父と同じように、子供たちを逃がすために銃を取り戦って死んでくれるんですか?」

見かねてヘルムートが聞く。だが皆下をうつむいてすすり泣くことしかしない。

「ペトリャコフ中佐、例の計画を皆に説明してください。そのために来たのでしょう?」

場を完全に支配したヘルムートがペトリャコフに言った。

「そうだったな、皆よく聞いてくれ!司令部はモスクワの放棄を決定した!すぐに持てるだけのものを持って汽車に乗る準備をしてくれ!このストライカーユニットの開発は、ウラルに新しく作った工場都市で行われる。そこなら量産も問題ない!」

ペトリャコフが命令を出すと、皆が一斉にまた騒ぎ出す。

「アハテゥンク!!今騒いでもどうにもなりません!皆さん落ち着いて逃げる準備をしてください。避難指示はちゃんと政府が出してくれますから!不確かな情報をばら撒いて混乱を招くことだけはしないように!一秒たりとも時間はありません!設計図!工具!工作機械!持っていけるものはすべて持っていきます!はい!動いて!」

ヘルムートが正確な指示を素早く飛ばすと、皆が正確にきびきびと動きはじめた。自分たちがすべきことをようやく理解したのだ。

「ヘルムート中尉、君に合わせたい人がいる。来てくれ」

ペトリャコフがそう言うと、兵士たちを引き連れて工房を後にする。

「ああ、お孫さんですね、確か面倒を見る約束でした」

ヘルムートは手を打ち、言う。

「孫ともう一人、ウィッチだよ」

工房を後にした二人は、コンクリートでできた、武骨な建物に入ってゆく、いつの間にか兵士たちはいなくなっていた。

「ここだ、この扉の奥にいる」

そう言うと、赤い鉄扉の前でペトリャコフが止まる。

「誰なんです?もう一人のウィッチは?」

ヘルムートが聞く。

「会えばわかるさ」

ペトリャコフがそっけなく答える。

「私をこっそりここで撃ち殺すつもりですか?」

ヘルムートが低い声で言った。

「早く入ってきなさい!扉の前でやいのやいのしないで!」

扉の向こう側で懐かしい声が聞こえた。忘れようもない、彼女の大切な人の声だ。

 




次回からはモスクワ撤退編、私が描く撤退戦は、しょぼいです。BEAの建物よりしょぼいです。


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ふたりで作戦を立てよう

いよいよ、「しょぼいモスクワ撤退」作戦が始まります


「初めまして、君がナタリアだね。今日からあなたの面倒を見る。ヘルムート・ビッツだ!よろしく!」

ヘルムートはナタリアの隣でロシアンティーを飲む金髪で黄金色の瞳をした女性をあえて無視し、焦げ茶色の髪をした背の低いナタリアに握手を求める。鼻の上のそばかすが愛らしい女の子だ。

「え!ああ、ナタリア・ルキーニーシュナ・ペトリャコーヴァです。皆からはナターシャと呼ばれているので、そう呼んでください」

ナターシャがヘルムートの握手に応じる。

「ちょっと!私のことだけ見えなくなっちゃったの!お~い!ここにいますよ!ほら!」

金髪の女の子がヘルムートに向かって大きな声を出す。歳は10代後半、大人びた雰囲気の女の子だ。カールスラント軍将校の軍服を着ている。

「ナタリアさん、おじい様に基地を案内してもらいなさい。訓練は明日から始めます」

ヘルムートは笑顔の仮面を顔に張り付けたままそう言った。

「ダッ、ダー!では失礼いたします!」

そう言うとナターシャは足早に部屋を出て言った。

「で、何しに来たの?ヨアヒム、ヨアヒム・ベルリッヒ空軍少佐。ブリタニアにいるかわいい部下たちはほったらかし?」

ため息をついた後、ヘルムートは金髪の少女ヨアヒムを見てそう言った。

「あなたを助けに来たのよ!大切な家族だもの。ネウロイがここに迫っているから、すぐに逃げましょう。滑走路にC-47を駐機させているからそれに乗って」

ヨアヒムという名のその少女は、ヘルムートに抱き着くと、耳元でそうささやいた。ヨアヒムとヘルムートは、ある研究施設の被験体だった。二人は見えない絆でつながっている。

「嘘だな、私を連れ出すなら、す巻きにして輸送機に押し込めばいい。それをしないのは、君が特別な命令を受けているからだ。クレムリンの老人たちからね」

抱きしめられたままのヘルムートが苦しそうに言った。

「あら、相変わらず勘がいいのね」

抱きしめていたヘルムートを放し、ヨアヒムはすぅーと後ろに下がりながら言う。

「ヨアヒムの固有魔法は特別だから、ここモスクワでも役に立でしょう。「施設」の連中も気に入っていたし。」

ヘルムートがつい口をすべらせる。

「あの豚どもの話をしないで!あいつらは死んだの!お父様が殺してくれた!だからもうその話はしないで!」

ヨアヒムがヘルムートの腕にすがりつき、泣き叫んだ。彼女たちに「実験」を繰り返した研究者達は死んだ。ヘルムートの父親、シュタイナー・ヴィッツとその部下たちに、銃殺され、ムクロは乱暴に対戦車壕に放り込まれ、燃やされた。

「そうだな、あいつらは死んだ。もう私たちを切り刻む奴らはいなくなった」

そう言うと、ヘルムートはヨアヒムを落ち着かせるためにそっと頭を撫でた。

「感動の再開はそこまでにしてもらおうか、仕事の話をしよう」

トレンチコートを着た、のっぽな男が、いつの間にか部屋に入ってきている。左手には手錠付きのブリーフケースを持っている。

「あなたは?」

ヨアヒムが冷たい視線をその男に向ける。

「「郵便物」を届けに来た」

そう言うと男は慎重に手錠を外し、ケースから茶封筒を取り出すと、ヨアヒムに渡す。

「ご苦労様」

受け取ったヨアヒムはそっけなく言った。それを聞いた男は音もたてず部屋を出ていく。

「なんだ?それは?」

ヘルムートが取り出された封筒の中身をのぞき込む。

「白紙の命令書ね。皇帝陛下の著名が入った」

ヨアヒムがにやりと笑い言った。

「白紙の命令書?そんなもの何に使うんだ?」

ヘルムートが聞く。

「あら?ムートにはこの書類の価値が分からないのかしら?これは魔法の契約書なの」

得意げな顔をしてヨアヒムが言った。

「魔法の契約書ねぇ、どう使うんだ?その契約書は」

ヘルムートが聞いた。

「使い方は簡単!例えば今日のお昼にオラーシャ歩兵が200人必要なら、この契約書の空欄にこう書くの!〇〇中隊に指令を与える。4時間以内にモスクワの赤の広場に集結せよ、追って秘密指令を与える。とそれっぽい命令を書いて、中隊長に渡すとあら不思議!手すきの兵隊が200人!私の部下になっちゃうの!」

嬉しそうにヨアヒムがはしゃぐ。

「ツァーリの名のもとに、私たちはなんだって出来るわけか、この町にあるものも、人も、好き放題にできる。成程、わるくないな」

「命令書」の価値を理解したヘルムートがほくそ笑む。

「で?そいつを使って何をするつもりなんだ?」

ヘルムートがヨアヒムに聞いた。

「ふふん!よく聞いてくれました!モスクをの南50kmの何もない畑だけがある土地に、私の固有魔法、「謀略」で、偽のモスクワを作るの!本物のモスクワは魔力で作ったきりと雲で覆うから、奴らには気づかれないわ!ネウロイは偽のモスクワを攻撃する」

得意げにヨアヒムが作戦を説明した。

「ネウロイが張りぼてのモスクワを攻撃している間に、200万人の市民をウラル山脈の向こう側へと非難させるわけか」

ヘルムートがこの作戦のゴールを言った。

「そう!理解が早くて助かるわ!」

ヨアヒムが嬉しそうに踊りながら言った。

「一言、言っていいかヨアヒム」

ヘルムートが腕を組み言った。

「なぁに?」

甘ったるい声を出し、ヨアヒムが答える。

「い!か!れ!て!る」

ヘルムートがはっきりと強い口調で言うと。ヨアヒムが嬉しそうに言い返す。

「そう?ならこの作戦はうまくいくわ!あなたの勘はいつも外れる。笑うのはいつもあたし!悔しがるのはあなた。昔からそうだった、これからも変わらない」

ヘルムートの鼻先に人差し指を突きつけると、ヨアヒムはアリを踏み潰す子供どものように、残酷に、楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は書くのに時間がかかりました、続きは、やる気が出れば書きますw
感想をいただければやる気が出ます。


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作戦会議

3人のウィッチが狭い部屋で作戦会議、ヨアヒム・ベルリッヒが建てた奇策はかなりしょぼい。


「それじゃあ、作戦を説明するわ!」

壁一面に貼られている、オラーシャ全域の地図を手のひらでたたきながら、ヨアヒム・ベルリッヒが言った。

「おい!私はまだやるって言ってないぞ!」

ヘルムートが戦略地図をにらみながら、噛みつくように言った。

「あら、あなたはスカイトレインに乗らなかった。それはやるってことでしょ?それとも、マンネハイムの時みたいに、私たちを見つけるのかしら?」

ヨアヒムは黄金色の瞳でヘルムートの青灰色の瞳を刺すように見つめる。

「あの時のこと、まだ恨んでいるのか?」

苦しそうに、ヘルムートが言う。

「いいえ、私はあなたを愛しているもの。お父様と同じようにね」

甘ったるい声を出しながら、ヨアヒムはヘルムートの左頬をそっと撫でる。

「あの~私は何をすればいいでしょうか?」

恥ずかしそうにナタリア・ベトリャコーヴァが手を挙げ言う。

「あら?あなたまだいたの?」

不機嫌そうな顔をし、ヨアヒムが言った。

「私が呼んだんだよ!ごめんな、今日から実戦訓練をするはずが、こんなことになって」

恥ずかしそうに顔をかきながら、ヘルムートが言った。

「まぁいいわ、こういう「いいこ」はいくらでも使い道があるもの」

涼しい顔で言うヨアヒム。

「本人がいる前で言うなよ」

ヘルムートはぽつりと言った。

「話が大分それてしまったわね、仕切り直し。今現時点の戦況を改めて説明するわ、ネウロイはドニエプルラインを突破、現在敗走したカールスラント中央軍集団とオラーシャ中央方面軍は真っ二つに引き裂かれ、二つに割れた軍団は北のサンクトペテルブルグと南のツァーリツィンに敗走中、モスクワを守る兵力はカールスラント、オラーシャ両軍にほとんど残されていないわ」

ヨアヒムが事実をとうとうと語る。

「だから、モスクワを捨てて尻尾を巻いて逃げるってか、気に入らん」

ヘルムートが口を尖らせ言った。

「ほかに方法がないのよ」

つまらなそうにヨアヒムが言った。

「あっ!あの!ウィッチ隊は!ウィッチは来てくれるんですよね!」

ナターシャは必死に言う。

「残念ながら望みは薄いわね、司令部はモスクワを守るためにスモレンスク-ブリャンスク防衛ラインを敷いて、そこを新編したウィッチ隊に守らせてるけど、いつまで持つか」

「ついこの間まで離発着の訓練をしていたひよっこ共だぞ!持つわけがない!皆ネウロイに焼かれる!一人でも多く、ウラルに送ってやれ!その魔法の命令書を使ってな」

ヘルムートが怒りをあらわにしながらそう言った。

「あなたが彼女たちの代わりに闘うなら、それも出来るけど、それでもいいの?」

ヨアヒムがヘルムートの顔を覗き込みながら言う。

「いいさ!やってやる!新兵が大勢死ぬよりはましだ!」

ヘルムートが銀色の義手で握りこぶしを作りながら言う。

「いったね、言質とったよ、ムート」

ヨアヒムがいたずらを思いついた子供の様な笑みを浮かべる。

「え?」

ヘルムートが間の抜けた声を上げる。

「じゃぁ、私の作戦を説明しるわ!」

そう言うとヨアヒムは机に地図と資料を広げ始める。

「今ネウロイはここ!で、この場所に廃村があるの!」

「ちょっと待て!」

ヘルムートが慌てて止めようとする。

「待たないわ!あなたにはこの廃村から飛び立って、ネウロイの背後を突いてちょうだい!」

張り切り、作戦を言い切るヨアヒム。

「はぁ!どれ?この廃村から私が飛び立つだって!そんなことをしてどうする!ネウロイの大群にまた押しつぶされるだけだぞ!ブリタニアの時と同じように」

ヘルムートは激昂する。

「あなた一人ならね、でもこの子たちとならどうでしょう?」

そう言うとヨアヒムの影から風船のようなものが、5個浮かび上がる。その風船は少しずつ色を変え形を変え、やがてウィッチそっくりな見た目となった。

「すごい。陰からウィッチ隊が」

ナターシャが思わず声を上げる。

「この風船はただ浮かぶだけで、飛べはしないだろう」

ヘルムートは落ち着いた様子で言った。

「私もあなたと同じように固有魔法を鍛えているのよ、だからこんな芸当もできる」

そう言ってヨアヒムが指を鳴らすと、ウィッチの風船は狭い部屋の中で、一斉に編隊飛行を披露したかと思えば、ロールや宙返りを披露した。

「ほぉ、大したもんだ」

ヘルムートが関心する。

「この子たちは私から離れていても、自分で考えて行動してくれる。攻撃はできないけど、一応シールドは張れるから、耐久力はあるの。これを100人あなたのもとにつける、これでどう?いけそう?」

ヨアヒムがヘルムートに聞いた。

「ああ、これだけウィッチが居れば、ネウロイは背中にナイフを突きつけられたも同じだ!」

ヘルムートが嬉しそうに言った。

「では決まりね!ヘルムートあなたは廃村に向かって、ウィッチ風船はもうそこに送ってあるわ。警戒網が敷かれていないのは確認済みだから、低空で飛べば見つからないはず、納屋に無線機と食料を用意したから、作戦を開始するまではそこにいてちょうだい」

ヨアヒムが矢継ぎ早に指示を出す。

「わかった!すぐに出発しよう!この地図はもらっていくぞ!」

そう言うとヘルムートは地図を丸めて持っていき、部屋を飛び出していった。

「あの~私は?」

ナタリアが申し訳なさそうに声を上げる。

「早く追いかけなさいよ!おいていかれますよ!」

ヨアヒムがナターシャの尻を叩き、部屋から追い出す。

「ひぅ!しっ失礼します!」

ナターシャは尻を噛みつかれた兎のように飛び跳ね、ヘルムートを追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




感想書いてくれたらペースが上がりますw
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テイクオフとタックネーム

今回は箸休め、離陸して会話するだけのお話です。


「魔法力チェックよし!滑走路もオールクリア!後は~」

ヘルムートは指さし確認をしながら、発進の準備を一人で始める。

「ヘルムートさん!私も行きます!待ってください!」

息を切らして、ナタリアが走ってきた。

「おう!待っていたぞ!そこに私が整備しておいた、イシャクがあるから、それ使いな!」

エンジンをアイドリングさせながら、大きな声でヘルムートがナタリアに言った。

「わかりました!」

そう言うとナタリアはストライカーユニットに足を通しす。

「一発だ!」

ヘルムートが親指を立てる。それを見てナタリアは首をかしげると、エンジンを回す。すると、エンジンは息をつかずに素早く回転数を上げていく。

「すごい、こんなに性能がいいイシャク初めてです」

ナタリアは自分の装備していたストライカーユニットが「最高の仕上がり」になっていたことに」ようやく気付いたのだ。

「それは良かった。先に離陸してくれ、私は後から」

ヘルムートがナタリアに道を譲る。

「わかりました!先に上がります!」

威勢よくナタリアが返事をする。

「よし、滑走路への進入は問題ないな。さて、お手並み拝見だ」

滑走路わきに待機している、ヘルムートがナタリアの離陸を見守る。

「よし、行け、行け、行け!飛べ!」

ヘルムートが思わずナタリアのテイクオフを応援する。

「よ~し、ちゃんと離陸はできるようだな、安心したよ。もう少し滑走距離が短いともっといいんだがな」

ヘルムートがナタリアの離陸をインカム越しに評価する。

「ありがとうございます!」

素直に喜ぶナターシャ。嫌味を言われていることに気づいていない。

「そのままの高度を維持しろ」

ヘルムートが指示する。

「ダー、現在の高度を維持します」

ナターシャが命令を復唱する。

「さて、私の番だな。クリストファー「最大魔力追従制御」を実行するぞ」

ヘルムートがそう言うと、愛機のマーリンエンジンがうなりはじめ、排気筒からボン!ボン!ボン!とやかましい音がする。やがてマーリンエンジンがうなるのをやめパイプオルガンのように、美しく続くエンジン音のハーモニーを奏で始めると、ヘルムートは微笑んだ。

「離陸する!周囲の状況を確認!滑走路!上空!後方!前方!すべてクリア!離陸する!」

そう言うとヘルムートは矢弓のように飛び立つ。滑走距離はわずか25m、素早く離陸し、すぐにハイGターンを決めると、一瞬でロールし姿勢を水平に戻した。そしてすぐに滑走路上空200mを旋回していたナタリアに追いつく。

「何ぼさっとしてんの!編隊を組むぞ!」

パイロットグラスとマフラーを付けたヘルムートがナタリアの肩をたたき言った。

「はい!」

はっとしたナターシャがヘルムートと編隊飛行を始める。

「すごいです!あんな離陸はじめてみました!」

興奮した様子で、ナターシャがヘルムートに言った。

「ああ、あれはマンネハイム式スクランブルと言ってな、私の故郷で流行った離陸のやり方だ。かなり危険だから、お前さんはマネするなよ」

ナタリアがインカムで話す。

「わかりました。ヘルムートさん」

ナタリアが返事をする。

「ナタリア、私のことは空では「クルーゲル」と呼んでくれ。私のタックネームだ」

ヘルムートがインカムで言った。

「え?何ですかそれ?」

ナターシャが間の抜けた返事をする。

「こちらクルーゲル!モスクワ上空を抜け、廃村に向けて飛行中!アテナイ!聞こえるか!」

ヘルムートは無線でモスクワにいるヨアヒムに呼びかける。

「こちらアテナイ。感度良好。アテナイからクルーゲルへ、そのままの高度を維持し、廃村に向かってください。アウト」

ヨアヒムが応答する。彼女のタックネームは「アテナイ」だ。

「こちらクルーゲル、了解した、現在の高度を維持、廃村に向かう、アウト」

そう言うとヘルムートは声帯マイクから指を放した。

「こうやって、無線の交信に使う「空の名前」だ。便利だろう?」

ヘルムートはインカムでナターシャに話しかける。

「すごいです!」

ナターシャは驚くばかりだ。

「君はすごいしか言わないね。ナターシャのタックネームは、どうするかな、そうだ!」

ナターシャの装備していたシモノフ対戦車ライフルを見て、ヘルムートがひらめく。

「ナターシャ、君のタックネームはシモノフにしよう。かなり気に入っているだろう、それ」

ヘルムートがナターシャのタップネームを決めた。

「シモノフ!いいですね!」

ナタリアは嬉しそう返事をした。

「こちらクルーゲル、シモノフ飛んでいるか?」

「こちらシモノフ!問題なく飛んでいます!」

「クルーゲルからシモノフへ、ネウロイは怖いか?」

「シモノフからクルーゲルへ、怖くなんかありません!」

「そうか。君はいいウィッチになる気がするよ。シモノフ」

ふたりの「空の会話」はしばらく続いた。公式記録には残らない、二人だけの秘密の、ささやかな平和を楽しむ会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気に入ってくれたならうれしいです。


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湖への着陸

凍った湖に、ヘルムートとナタリアが着陸する。
それだけのお話です。


「こちらクルーゲル「郵便局」応答せよ!!「郵便局」聞こえているのか!!」

北風に銀髪をなびかせながら、ヘルムート・ヴィッツは「廃村」に向かって飛んでいた。

「なんですか?「郵便局」って?」

ヘルムートと編隊を組んでいた、茶色い髪の少女、ナタリアは間の抜けた質問をした。

「パルチザンと無線で交信しているんだ!インカムで割り込むな!」

ヘルムートは今までに見せないような、恐ろしい顔をすると怒鳴る。彼女の頭から、銀色の狼の耳が姿を現す。彼女の二つ目の使い魔の、「銀狼のレヴォフ」だ。

「は!はい!すみません!」

驚いたナタリアが委縮して、謝った。

「その「すみません」が!私の邪魔をしている!それ以上!口を開くな!」

銀色の狼になったヘルムートが、ナタリアを鋭くにらみつける。彼女は焦っているのだ。

ナタリアが両手で口を覆い、苦しそうに飛び二人が鉛色の空に下を、重たそうに飛んでいると、巨大な湖が姿を現す。湖面は凍っていて、等間隔に光る杭が打ち込んであるではないか。

「こちら郵便局。クルーゲル聞こえますか?」

ヘルムートの無線に、ゆっくりと落ち着いた女性の声が入る。

「こちらクルーゲル!!郵便局か!探したぞ!!」

ヘルムートは嬉しそうに応答する。すると、頭の狼の耳がしぼみ、カラスの羽が生えてくる。彼女は感情によって、使い魔を切り替えることができるのだ。

「こちら郵便局。感度良好。クルーゲル湖の上の焚火が見えますか?」

郵便局のコードネームを使うその女性は、淡々と言った。

「こちらクルーゲル、黒い杭が打ち込んであるのが見える、湖の周りと真ん中に線が2本」

「クルーゲル、真ん中の線に沿って着陸してくれ!それが滑走路の目印だ!」

今度は、野太い男の声がする。

「ああこれか?クルーゲル了解した。ナタリア先に降りろ、もう話して大丈夫だぞ」

ヘルムートはナタリアに優しく微笑み、着陸を促す。

「ダー!先に着陸します!」

威勢よく返事をし、ナタリアが着陸コースを取り、姿勢制御を細かく行いながら、ゆっくりと着陸を始める。

「さて、お手並み拝見!1回!2回!跳ねて!!着陸!冷や冷やさせるな~新兵は」

腕組みをしながら見守っていたヘルムートは、凍った湖に降り立つナタリアを見て、ほっと胸をなでおろした。

「クルーゲル、着陸していいぞ!」

今度は無線から、若い少女の声がする。「黒い杭の飛行場」の横で、黒髪の少女が手を振っている。

「ん?こちらクルーゲル!了解した」

そう言うと、クルーゲルは着陸を始める。ナタリアよりも旋回半径は小さく、ずっと低空で飛行場に進入すると、「バシ!」と音を立てて、カラスのように飛行場に舞い降りた。

「ようこそ!英雄さん!見捨てられた農場に!」

黒髪の少女が拍手でヘルムート達を迎える。彼女の名前はノルド・アイリーンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よろしければ感想を。
励みになります。


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食卓

ただ家族で夕食を取る、それだけの話。


「ウィッチを二人送るとは聞いていたけど。まさか新兵と傷病人が来るとはね。あんた、左腕はどこに忘れてきたんだ?ネウロイの腹の中か?」

出迎えに来たノルドが、2人を値踏みする様に見まわした後、ヘルムートの義手を指差していった。

「まぁ、そんなところだ。ヘルムート・ヴィッツだ。こっちは訓練兵のナタリア。食い物はあるか?酒もあるとうれしいのだが」

ヘルムート達をなじるノルドの言葉を軽く受け流し。ヘルムートは握手をしようとそっと右手を差し伸べる。

「飯が食いたきゃあっちだ。母さんがなんか作ってる。ユニットはあの納屋にとめとけ。父さんが整備してくれる」

ノルドはヘルムートの握手を無視し、納屋と民家を適当に差して言う。

「名前くらい教えてくれないかな?君は?」

ヘルムートはノルドの反抗的な態度に少し困った様子で。空中で行き場を失った右手を引っ込める。

「わかったらさっさと行けよ、ゲルマンスキー!!こっちだって忙しいんだ!」

ノルドは装備していた陸戦型ストライカーユニットのエンジンを勢い良くふかすと、2人に背を向けて走り出してしまった。

「かんじわるーい!何なんですかあいつ!」

ヘルムートの隣で隠れるようにしていた、ナタリアが悪態をつく。

「うーん、仕様がないんじゃない?カールスラント軍人はオラーシャでは嫌われ者だから」

ヘルムートは困った笑みを浮かべ、ナタリアをなだめる。

「早くユニットを格納して食事にありつこう。ここ寒いし」

そう言うとヘルムートはユニットの車輪をゆっくりと動かし、2人は納屋に向かっていく。

納屋に入ると、細身で背が高い痩せこけたアスパラガスの様な男性が2人を出迎える。

「やぁ、よく来たね、お嬢さんがた。ユニットはここに固定しよう」

細身の男が2人を温かく歓迎し、手際良く2人のユニットをフレームに固定していく。

「満足な設備もなく申し訳ない。ノルドの父のアンドリューだ」

そう言うとアンドリューは、2人に握手を求める。

「ノルド?ああ、あの子はノルドというのか。名前も言わずに行ってしまったから、分かりませんでしたよ。ヘルムートです」

ヘルムートはストライカーユニットから降りると、今度こそ握手をする。

「ナタリア・ペトリャコーヴァです!よろしくお願いします」

ナタリアも快く握手に応じる。

「ああ、ノルドは難しい年ごろでね。人見知りなんだ。許してやってくれ」

娘のことを聞かれたアンドリューは、少しバツが悪いように頬を掻くきながら言う。

「おなかが空いただろ?お二人さん。妻が温かい食事を用意している。どうぞこちらへ」

そう言うとアンドリューは二人を小さな民家に案内するのだった。

「あらあら、いらっしゃい。随分かわいらしいお客さんね、珍しいわ」

家の中には白髪交じりで、やわらかい表情の背の高い女性が、台所で夕食を作っていた。

「こんばんは、今日から世話になる。私、ヘルムートとこっちがナタリアです」

ヘルムートが短く挨拶をする。

「イリーナよ、こんばんは、ヘルムートさん。えっ?」

台所から出てきたイリーナが手をふきながらヘルムートたちを出迎えるが、彼女は驚いて少し固まっている。ヘルムートの外見に驚いているのだ。彼女の顔や体には、痛々しい戦いの痕が刻まれていた。魔力によって脱色してしまった髪は、ぼさぼさに痛み。彼女の肩まで伸ばし放題に伸びていたし、左目は白濁し完全に視力を失ってしまっている。そして、左肩からはだらんと義手が垂れ下がって、顔の左半分から左に肩にかけてのやけどの跡は、悲惨としか言いようがない。ヘルムートは生きたままネウロイの熱線に焼かれたのだ。

「なんてこと」

そうつぶやくと、イリーナは言葉を失った。夫のアンドリューがヘルムートの顔をみて、何も言わなかったのは、彼が一次大戦を戦い抜いた退役軍人だからだ。今まで戦場とは遠い平和な農場で暮らしていたイリーナとっては、それは受け入れがたい現実だった。

「この人、中尉を見て固まってますよ?」

ナタリアがヘルムートに小さな声でささやいた。

「だまってなさい。あの?私たちも食卓に迎えて頂けますか?」

ヘルムートはイリーナにたずねた。 

「ええ、もちろんよ。手を洗ったら、ここの席に座りなさい。部屋は後で案内するわ」

イリーナはハッと平静さを取り戻し、ヘルムート達を食卓に迎えた。

「ただいま。見回り終わったよ、母さん。て、あんたらか」

帰宅したノルドが先に食卓についた二人を見て、短く言った。

「どうも、これから世話になるよ。ノルド」

ヘルムートがいけしゃあしゃあと答える。

「世話するつもりなんてさらさらないよ。特にカールスラント人の世話ね」

娘のノルドは口を尖らせながら、毒づいた。

「そう意地悪を言うもんじゃない。それに彼女たちのおかげで物資が届けられただろう?」

整備を終え帰宅した父アンドリューが窘める。

「物資?何ですか?」

ナタリアが短く聞く。

「ヨアヒムだったかしら?金髪のウィッチの。カールスラント軍に何もかも持っていかれて、途方に暮れていた私たちを支援してくれたの。この農場を拠点として使う代わりに」

母イリーナが食事を配りながら言った。

「成程、そういうことか。相変わらずずるがしこいというか、抜け目ないというか」

ため息交じりにヘルムートが言った。

「皆に食事はいきわたったね。では祈ろう。天にまします。我らが父よ……」

父アンドリューの言葉を皮切りに、一家が食前祈りはじめ、ナタリアも続けて祈った。無宗教のヘルムートは、訳もわからず周りの真似をして乗り切った。

「さあ、いただこうか」

アンドリューが言い、皆が食事をとり始める。

「質素な食事で申し訳ないわ、お口に合えばいいのだけれど」

イリーナが言う。戦争が始まって以来、オラーシャ全土は食糧難だ。土地はネウロイの瘴気によって汚染され、物流は完全に止まった。今彼らがとっている食事は、ヨアヒムが空輸でわずかに戸溶けた食糧だった。

「いえ、オラーシャに来てから一番おいしい食事ですよ。モスクワの食事よりもずっと」

ヘルムートが食べながら言った。

「あら、あなたたちモスクワにいたの?」

イリーナが聞く。

「中尉はストライカーユニットの開発をしていたんですよ。私はテストパイロットで」

ナタリアが食い気味に言った。

「戦闘で負傷してから、ユニットの開発現場にいたんです。でも奴らがドニエプル河を超えたおかげで、開発は中止、私もナタリアもめでたく前線送りってわけです」

ヘルムートは大きくため息をついてから言った。

「そんな傷で前線に立たないといけないとは、戦況はよほどひっ迫しているのか」

アンドリューが眉をひそめ言った。

「確かに戦況はひっ迫していますが、私がここにいるのは特別強いウィッチだからです!こう見えても見えなくても!柏葉騎士鉄十字章だって持ってるんですよ!」

ヘルムートは立ち上がり、無い胸を張る。出されたワインをあおり、酔っているようだ。

「そのウィッチ様がなぜこんな田舎に?本当ならブリタニアでほかのウィッチ率いて戦ってるはずだろ?」

へらへらと笑いながら、イリーナが言う。

「そう、私はブリタニアでエースだったんです。ネウロイに焼かれるまでは」

急にしぼんだように意気消沈し、静かに語るヘルムート。

「詳しく聞かせてくれないか?オラーシャじゃエースの話なんか聞きやしない。軍はネウロイに負け続けてるからな」

アンドリューが静かに、優しく聞く。

「いいでしょう、ゆっくりでいいなら」

そう言うとヘルムートは静かに語りだした。刻まれた傷の記憶と失ったものの大きさを。

 




気が向いたら続きかきます。


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勝利と栄光は輸出できる。

また作戦会議です。


「始まりはオストマルクの小さな勝利でした」

ヘルムートはそう話し出すと、静かに食事を始めた。

「ああ、ネウロイの根拠地はオストマルクだったな」

アンドリューが黒パンをちぎりながら言う。

「ええ、1939年にネウロイはオストマルクを踏みにじり、そして欧州全土に疫病のように勢力を拡大し、今に至ります」

ヘルムートが淡々と説明を始める。

「私とヨアヒムはオストマルクで東部国境の監視軍にいたんですが、そこから独立して特殊作戦に従事していたんですよ。司令部からの命令ってやつです」

ヘルムートが葡萄酒を傾けながら話す。そして時は、1939年に巻き戻る。

「ムート!ヘルムート!呼んでいるのよ!ヘルムート・ヴィッツ!」

ヨアヒムがヘルムートを呼ぶ。

「なんだ?聞こえてるよ!」

ヘルムートが作業してうぃたてを止め、振り返る。

「またユニットの整備?整備兵にやらせればいいでしょう。そんなこと」

ヨアヒムが油まみれの作業着に身を包んだヘルムートを見下ろしながら、ため息交じりに言った。

「好きでやってるんだ!ほっといてくれ。で?何の用だ?」

油まみれの手をふきながら、ヘルムートは聞き返す。

「新しい指令よ!早く司令部に出頭してちょうだい」

ヨアヒムが短く、明確に言った。

「あいあい、わかったよ」

ヘルムートはけだるそうに返事をした。

「ああ、ちゃんと着替えてから来てね。その汚い格好で来ないでよね」

ヨアヒムはヘルムートを指さし、口をとがらせながら言った。

「へいへい」

ヘルムートが短く言った。

「ヨアヒム・ベルリッヒ、ヘルムート・ヴィッツ!出頭しました」

二人が司令部に出頭する。

「二人ともよく来てくれた、長い話になる。着席したまえ」

口にひげを蓄えた、初老の男性が二人に言った。どうやら彼が指揮官のようだ。

「で?新しい指令は?大将?」

ヘルムートが軽口をたたく。

「まったく、すみません、大佐殿」

あきれながらヨアヒムが言う。

「いやいや、かまわないよ。さて、今の戦況についてだが、これを見てくれ」

大佐が戦略地図を指す。

「現在、オストマルクはネウロイの抑え込みに失敗し、カルパチア山脈に築いた防衛線も崩壊、散り散りになった陸軍は、各地で敗走を続けている」

「あたしたちがこの間までいた、ネウロイ監視軍の奴らはどうしたんだ?まさか墜とされたわけじゃないだろう?」

だらしなく椅子に腰かけていた、ヘルムートが言った。

「無論、彼女たちは今も善戦している。だがこのままではいけない、とても手が足りない」

大佐が疲れ切った様子で言った。

「もはやオストマルクの陥落は決定事項でしょう。その前に、私たちにはできることがある、そうでしょう?大佐殿?」ヨアヒムが落ち着いた様子で言った。

「そうだ、今の我々にできること、いや!必要なのは!ささやかな勝利だ!」

大佐は興奮した様子で、立ち上がりながら言った。

「勝利?この戦況で?」ヨアヒムが首をかしげながら言った。

「どんなささやかの勝利でもいいんだ!故国を踏みにじられ、難民になりさまよう国民の希望になるような勝利が!私たちオストマルク人には必要なんだ!」

大佐が机を大きくたたきながら叫ぶ。

「そんなこと言われてもな。どうするよ?ヨアヒム?」

ヘルムートが後ろ手を組みながら言った。

「わかりました、引き受けましょう。勝利と栄光はカールスラントの主要輸出品目に入っていますから。ただ、確認しておきたいことが一つ」

ヨアヒムが指をすっと一つ立てながら言う。

「なんだね?ヨアヒム少佐?」大佐が短く尋ねる。

「仮に私たちがここ、オストマルクで小さな勝利を得たとしても、私たちの名前が新聞の見出しを飾ることはない。そうでしょう?」ヨアヒムが頬杖を突きながら、いじわるそうな笑みを浮かべていった。

「ん?それはどういう意味だ?」ヘルムートが眉をひそめる。

「そ、それは」大佐が言いよどんだ。

「筋書きはこうです。このオストマルクを支配しているハプスブルク家、この名門貴族から排出された二人の優秀なウィッチが、オストマルクを救うため、華々しく戦う。新聞各社はこう書きたてるでしょうね。「ハプスブルクの双頭の鷲!!戦場に奇跡か!」と。そしてオストマルクが陥落するタイミングで戦死したことにして、「この死を無駄にしてはならない!」と叫び、国民の愛国心を煽り、ハプスブルク家に人々の心を繋ぎ止めたい。ありふれたプロパガンダ、英雄商法ってやつです。どうです?当たってるでしょう?」

ヨアヒムはその場でワルツを踊るように演説する。

「ひどい話だな、くせぇよ、お前さん。ベルリンの下水道のほうがまだましな匂いがするぜ」

いつの間にかタバコをふかしていたヘルムートがそう言い放つ。

「汚いと言われようが、これが我々の戦い方だ!それで!引き受けてくれるのか!?」

大佐は興奮した様子で言った。

「見返りは?それ次第です」ヨアヒムが自分の爪を眺めながら言う。

「報奨金は十分な額を用意している。もちろん前払いだ!あと、作戦行動に必要な物資と人員は可能な限り用意させる」焦った様子で大佐は答える。

「爆撃機一個飛行隊が欲しいです」ヨアヒムが聞く。

「温存していた部隊を回そう!カールスラント製の最新型だ!」反射的に大佐が答える。

「ウィッチ隊は?」ヘルムートが聞いた。

「それだけはだめだ、君たち二人以外のウィッチはかかわらせるのはまずい」大佐が気後れした様子で言った。

「チッ!使えないな!」ヘルムートが毒づいた。

「問題ないでしょう、最新の情報が欲しいですね、諜報員は?」ヨアヒムが聞いた。

「わが軍が使用している諜報網が使えるように指示しよう!オストマルクに展開しているすべての軍の状況が、手に取るようにわかるぞ!」嬉々として大佐が説明する。

「いいでしょう、引き受けましょう。すぐにそちらが持っている情報をこちらに渡してください。手配リストを作成しますから、すぐに必要なものを送ってください」

得意げにヨアヒムが言う。

「そうか!その返事を持っていたよ!すぐに行動を開始しなければ!ネウロイは待ってはくれないからね!」大佐は無邪気な子供のように、指令室から飛び出していった。

「おい!私はやるって言ってないぞ!」ヘルムートが激昂する。

「あら、戦闘狂のあなたならどんな厳しい戦いでも、やるんでしょう?私と一緒なら」

ヨアヒムがいたずらっぽく、笑いながらいう。

「そんなわけないだろう!こんな汚い戦争に加担するつもりはない!」ヘルムートが叫ぶ。

「リストに最新式のストライカーユニットを追加しておくわ。それでどう?」

ヘルムートの口先にそっと人差し指を添えると、ヨアヒムが甘くささやく。

「新型のメッサーかスピットファイアがいい」ヘルムートがプレゼントをねだる子供のように言った。

「決まりね!じゃあ始めましょう!私たちの戦争を!」ヨアヒムが叫ぶ。その姿は荘厳な音楽を奏でる指揮者のようであった。

 

 




さてさて、いかがだったでしょうか?
いきなりですが、私はここいらで筆を折りたいと思います。
というのも、ストライクウィッチーズの世界観は、ウィッチ隊についての掘り下げはすごいのですが、戦史や戦略について、全然描かれておらず、大きく改変されているんですよね。だから私が描こうとしている物語と相性が悪く。書いていてどんどん苦しくなってしまいます。なのでいっそのこと、一からオリジナルの世界観と物語を自分で作ろうと思います。つまらないと思いますが、そのほうが楽しいんですよ。私が。てなわけでこの物語はここで終わりです。今までありがとうございました。


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